インデックス / 過去ログ倉庫 / 掲示板
キャスト
- 1 名前:おみや 投稿日:2001年03月30日(金)01時09分35秒
- はじめまして、よろしくお願いします。
- 2 名前:おみや 投稿日:2001年03月30日(金)01時10分14秒
- ミステリー、閉ざされた雪山、密室。
興味がある方は、御一読のほどを。
更新はゆっくりですけどね。
- 3 名前:1 投稿日:2001年03月31日(土)00時26分20秒
- ■ 市井紗耶香 その1 (2001/1/7)
遠く、声がきこえた。
市井紗耶香はしていたアイマスクをはがすと、片ほうずつゆっくりと目を開き、陽光に慣らして
いく。
ブラックフィルムの張られた車内である。それほど日が差し込んできているというわけではなか
ったが、熟睡していたせいか、しばらくそれに時間をかけた。
のびをしがてらシートから体を起こす。
ロケバス、中型のマイクロバスの車内には、最後部で寝ていた市井と、運転席に座っている平家
みちよのうしろ姿、その二人しかいなかった。
聞こえた声はおそらく、換気用に開けられた中腹あたりの窓から入ったのだろう、ひゅっと風が
また吹き込んできた。
市井は二の腕をかかえると大げさに凍えた仕草をし、そこまで歩くと窓を閉めた。
その足で運転席までのこのこ歩いていく。平家の耳元からのびるビニールコードが見えた。ウォ
ークマンでも聞いているのだろう、背後の市井にはまだ気がついていない。
ページをめくる、紙のこすれる音。
雑誌でも読んでいるのか、いたずら心にまかせ、市井は勢いをつけて覗き込んだ。
- 4 名前: 投稿日:2001年03月31日(土)00時27分03秒
- わっと平家は身をよじると、持っていた冊子をわきに隠す。
「なぁに、ミッちゃん。もしかしてHな本でも読んでた?」
シシシと笑いながら、まだ盗み見ようとする市井を平家は赤面してにらみつけ、
「アホそんなはずないやろ、あんたやないんやから」
と言って遠ざける。「もう、平家姐さんは、ただいま勉強中なの。ええからあっち行っとき、ほら、
そこ座って」
「あー、ヒドイよそれ〜」
しっしっと猫でも追い払うように手を振る平家。あっさりあきらめたのか、市井は肩をすくめる
とシートには座らず、平家の斜めうしろ、フロントガラスのちょうど正面にある、ちょっとした
段差に座り込んだ。
それを横目にブツブツ言いながら、平家はそのよからぬ本をバッグにしまう。イヤホンを片手で
とると、フロントガラスの向こうへ目をやった。市井もそのあとを追う。
いち面の銀世界。純白の稜線を背景に、そろいのジャンパーを着たスタッフが、いそがしく機材
の撤収作業をしていた。
「撮影、終わったみたいやね」
「だね」
- 5 名前: 投稿日:2001年03月31日(土)00時27分42秒
- 市井が立ち上がると視界もわずかにかわり、スタッフの向こう側に娘。メンバーの姿が見えた。
長身の飯田圭織がまず目に入り、その隣りでなにか話しをしているのは吉澤ひとみと石川梨華、
それに後藤真希か。
スタッフが散開するにつれ、安倍なつみ、保田圭の姿も見てとれた。最後にいち団になって雪と
たわむれているのは加護亜依、辻希美、その相手をしているのが矢口真里と中澤裕子。
「裕ちゃん……、ガンバッテルなぁ」
平家の心からであろうそのつぶやきに、思わず吹き出した。
市井はそれから手早く、ロケバス内を片付けにかかった。
出演者である平家はともかくとして、押しかけゲストの市井にとっては、この程度下働きでもし
なければ申し訳が立たない。タダでここまで同行させてもらっているのだ。
バッグを網棚に持ち上げたとき、その建物が目に入った。
風で舞い上がった雪が交叉して幾重にも重なり、ここから望むだけではその詳細を窺い知ること
はできない。しかし彼方の黒い塊は確かな存在感を持ち、異様なまでの雰囲気を放っていた。
聞かされていた、山荘という言葉のイメージからはほど遠い。
これから撮影が本格化するため、彼女たちは数日間をあの場所で過ごすことになっていた。
- 6 名前: 投稿日:2001年03月31日(土)00時28分40秒
- しばらくそれに見入っていると、いつの間にか平家が隣りに立っていた。市井の視線に気がつく
と少し眉毛を持ち上げ、
「ちょっと、不気味やね、アレ」そしてまた山荘へ視線を移す。「なんかほんまにお化けでも出そ
うな気、せえへん?」
「オバケってミッちゃん……」
ふざけて見た平家の横顔が、少しいつもと違っていることに気づき、そこで言葉を切った。
次の瞬間だった。それまで山荘との間にあって視界をさえぎっていた風雪が一瞬にしてその向き
をかえ、まるで幕が開くかのように縦に割れた。それまでフィルター越しに見ていた山荘の全容
が目に飛び込んでくる。
やはり山荘とは言いがたい、洋館といった方がしっくりとくるのかもしれない。黒い木壁の二階
建て。屋根も同色であるため、この距離では大きな箱にも見える。
防風用の、あれは杉か、常緑樹がその箱を囲むように数本ある。しかしそれらの他には何もなく、
山荘それ自体の造りもよく見ると意外に簡素で、どこか過疎の分校を思わせた。
市井、平家とも、唐突に現れたそれを、しばらくの間呆然と眺めていた。
- 7 名前:おみや 投稿日:2001年03月31日(土)00時29分19秒
- 更新です。次回はちょっと未定。
春休みももう終わりかぁ。
- 8 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月31日(土)03時07分32秒
- 何か面白そうな予感!!
期待してます。
- 9 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月01日(日)04時57分06秒
- 市井が出てる
なんか面白そうっすね。頑張って下さい。
- 10 名前:2 投稿日:2001年04月04日(水)02時04分58秒
- ■ ちょっと遅れた、プロローグ
「さてと」
八人が囲むそのテーブル、中澤は一度全員を見わたしてからそう切り出した。
「まあ、撮影もひと区切りついたし、明日いち日はオフ ――」
そこで見切り発車に加護と辻が歓声を上げる。中澤はそれをたしなめると、
「―― って言うても、このタテモンからは出られへんねんけどな」
「ぶぇ〜」とわかりやすいリアクションをかえす年少二人に、形のよい眉を持ち上げると、いく分
くだけた調子で言う。
「辻と加護、なんかスタッフがスキーのセット、用意してくれたみたいやから、なっちかカオリ
に教えてもらい、な?」
中澤の視線を受け、飯田は「もちろん」と肩をすくめた。それを見て、「イェーイ」とハイタッチを
かわす。
「まあこのタテモンから出るな、とは言わへんけど、なるべく近くにいること。わかったな?
とくに辻、加護」
「はーい」と二人の返事が重なる。それを聞いて中澤はうなずくと、
「あと、いちおうみんなの予定、きかせて、私はずっと部屋にいると思うし。ほい、後藤から」
中澤の隣りでテーブルに突っ伏していた後藤が、むくりと顔を上げる。ごしごし拭ったそのほほ
には、くっきりと着ているジャージのラインが残っていた。
「え? あたし? や〜、なんだろ、マンガでも読んでよっかなぁ」
ぐっとのびをしながらそう言って、直後に大きなあくびをひとつ。
- 11 名前: 投稿日:2001年04月04日(水)02時05分35秒
- その隣りに座っていた保田がそれを見て、眉をひそめた。
「後藤、ちょっとあんたプッチのフリ、ぜんぜん覚えてないじゃない。明日いち日はそれ、やる
からね。あと吉澤もだからね」
「えっ」と対岸に座っていた吉澤が、露骨にその表情をかえる。保田はそれを目ざとく見つけると
「なんなのよ」と身を乗り出した。
それが視界に入ったのか、ぼうっとしていた飯田の目の焦点が合う。二、三度のまばたきのあと、
ぶんとその長い手を上げて宣言する。
「あ、じゃあタンポポも、タンポポもやる! 矢口、加護、やるよっ」
「いやカオリ、べつに張り合わなくても……」
「そうですよぉ、スキーしたい〜」
矢口と加護の同時攻撃に一瞬たじろぐも、
「だってタンポポのほうがリリースはやいんだよ? 今やっとかなきゃ、いつやるんだよ」
「だから、べつに今やんなくてもいいじゃん。あたし、そういう時間を拘束するのって、違うと
思うんだけど」
「保田さん、あたし、フリ、ちゃんとおぼえてます。ちゃんとできます」
「矢口がそんなこと言ってるから、石川とか加護とか、ちゃんとやんないんだよ。カオリはやろう
って言ってるのにぃ」
「圭ちゃん、べつに明日じゃなくてもさぁ、そんなのいつだってできるじゃん。せっかくオフなん
だからさ、ゆっくりしようよ〜」
「スキーしたいです〜」
- 12 名前: 投稿日:2001年04月04日(水)02時06分51秒
- 「な、ちょっとカオリ、全部自分がやってきた、みたいなこと言わないでくれる? あたしだって
頑張ってやってるんだから!」
「ちゃんとできるってなに? ちゃんとってなによ? どんだけ練習しても、完璧なんてないん
だからね! 吉澤ぜんぜんわかってない!」
「あ、あたしだって、頑張ってゴッチンと保田さんに追いつこうって、練習してます!」
「もう、圭ちゃんもよっすぃーもさぁ、落ち着こうよ〜」
「スキーしたい〜」
テーブルの上を飛び交う声。その中をオロオロとさまよっていた、辻の視線が中澤に向けられる。
ため息をつくと、ガタンと音を立て椅子から立ち上がった。それにあわせて、そこにいた全員が
動きを止める。加護あたりはさっそく、両耳に指先で栓をしていた。
視線が中澤に集中する。
コホンともったいつけたあと、
「あー、もうだいたいわかったから、ちょっと待っとき」
と拍子抜けの言葉だけを残すと、すがるような辻の瞳を尻目に中澤はさっさとダイニングルーム
を出ていってしまった。
さぐるようなしばらくの沈黙のあと、保田の「なんなのよ!」という一声を口火にしてふたたび、
場は怒声に包まれた。
- 13 名前: 投稿日:2001年04月04日(水)02時07分21秒
- 山荘をちょうど貫くかたちにある廊下、中澤はエントランスへつながるドアとは反対方向へと向
かっていた。開け放たれた右手のドアから光が漏れている。
足早にそこまでたどり着くとドアを開け、「どんな感じや〜」と覗き込んだ。
「あ、中澤さぁん」
ピンクのエプロンで両手を拭いて、石川がこちらに振り向く。そこはいわゆるキッチンで、電気
コンロの上に置かれた、大きめのステンレス鍋が湯気を立てていた。
「石川ぁ、あんたカレー作んのに何時間かかってんの?」中澤が腕時計を見る。「もう9時過ぎて
んで、あんた6時ごろから作り始めるて言うてへんかった?」
「あ、はい。そうですよ」
笑顔のまま鍋に向きなおると、鼻歌まじりに石川はぐるりと一度かき回す。その匂いにつられて
中澤が「おいしそ」とつぶやき駆け寄った。
「これ、もう出来てんのとちゃう? なあ、なっちこれ出来てるやろ?」
中澤に次いで安倍が鍋を覗いて、「うん」と同意する。鍋の中にはカレーのルーがくつくつと煮立
っていた。
「そうですかぁ?」と石川が、すいっとオタマですくうと口元に持っていく。上唇についたルーを
舐めとると、
「まだはやいですよぅ。あと、そうだなぁ……、2時間ぐら ――」
「はっ?」
中澤が振り返りくわっとにらみつけた。なおも石川は小声で、
「え、だって……、カレーってよく煮込んだほうがおいしいって、お母さんが……」
- 14 名前: 投稿日:2001年04月04日(水)02時07分52秒
- 石川からオタマを取ると、残っていたルーを少し手の甲にのせ、それを口へと運ぶ。中澤はその
ままジロリと上目使いに石川を見ていたのだが、しばらくして、
「……おいしい」
とつぶやいた。
そのひと言で石川は目を輝かせると、胸の前でパチンと手をたたく。
「ホントですかぁ? いや〜、ちょっと自信、あったんですよね。でもあと2時間煮込んだら、
もっとおいしく ――」
「あー、もうそれはいいから、これよそって持ってきて。あの子ら、お腹すかしてケンカはじめ
てるから」
まだ何か言おうとする石川を制して、「大至急や」と問答無用でコンロの火を止めた。そして安倍
に振り向くと、
「なっちも手伝ったって。石川、ご飯、もう炊けてるんやろ?」
少し不服そうな顔をしていた石川がうなずく。それを見て「よし」と短く言い、安倍と石川にテキ
パキと指示を出しはじめた。そのとき、
「なんだよカオリー!」
「吉澤あんたねーっ!」
開け放たれたままだったドアから、廊下を反響した声が飛び込んできた。中澤は今日何度目かに
なる大きなため息を吐き、
「ごめん、あとお願い。十分以内! 十分以内に持ってきてや!」
と言うといそがしく、ドアを閉め出ていってしまった。
- 15 名前:おみや 投稿日:2001年04月04日(水)02時08分27秒
- 更新です。次回は今週末かな。
咲いてるところじゃ、桜、咲いてるんだよなぁ。
>>8-9
読んでいただいたみたいで、ありがとうございました。
- 16 名前:黄 投稿日:2001年04月04日(水)02時25分12秒
- わしも読んどるでぇ。おもろいよ。
- 17 名前:おみや 投稿日:2001年04月07日(土)00時23分03秒
- ちょっと訂正。
>>12-13
ダイニングルーム → 広間
キッチン → 厨房
あと、また絵に頼ってみる。↓
1F:http://www.geocities.co.jp/Bookend-Shikibu/7945/file/img_01.gif
2F:http://www.geocities.co.jp/Bookend-Shikibu/7945/file/img_02.gif
- 18 名前:3 投稿日:2001年04月07日(土)00時23分58秒
- ■ #01 加護亜依
―― 20:37 2001/01/08
傘をかぶったクリプトン球の優しい光が、部屋を照らしている。明らかに光量不足ではあったが、
その板張りの空間には、どこか身に覚えのない郷愁があった。
8畳ほどの洋室で、ログハウス風とでも呼ぶのだろうか、四方の壁には横向きに走る木目板が張
られている。ふたつ並べられたシングルベッドと、その間に置かれた小さな木製チェスト、それ
以外に家具はなかった。
しかしその部屋の中には、そんな雰囲気にそぐわない異物がふたつ。壁際に取り付けられた、ま
新しい空調装置と、外側から木板で封印された窓。それが視界に入るたびに、わずかな違和感が
あった。
それらは番組スタッフによるものだった。
当然のことながら、娘。メンバーが入る前にこの山荘は大きく改装されている。内装、建物自体
の安全面、そして空調。外観を崩さない程度に、そのほとんどに手が加えられていた。
言ってしまえば、こうして見るビジョンそのものもまた、人によって造られた物なのだ。
「なんでこの窓、こんなんしたぁるんかなぁ」
加護はそう言って窓ガラスにピタリと手のひらをつけると、人差し指だけでトントンとノックを
した。
木枠の向こう側。本来なら闇夜が広がるべきそこには、隙間なく木板が打ちつけられている。
返事は期待していなかったのか、背後からの「知らない」という声に急いで振り返った。
- 19 名前: 投稿日:2001年04月07日(土)00時24分32秒
- 並んだベッド、窓際が加護なのだが、その廊下側、うつぶせ寝の後藤が読んでいたマンガから顔
を上げた。
加護の視線に気がつくと、「だから知らない」とまたそっけなく言う。ふたたび下に落ちようとす
る後藤の視線を、加護はなんとか食い止めようと、
「あの、……それ、おもしろいですか?」後藤の顔がこちらに向く。「その、読んではるマンガ、
おもしろいんかなぁって、思て……」
「え? ああ、これ?」
後藤はようやく気がついたという表情で、持っていたマンガをひっくり返して、表紙をまじまじ
と見ている。そして「う〜ん」とうなり声を上げてから、
「ちょっと怖いよ?」
と言って、加護のベッドへその本を投げてよこした。
「あ、はい!」
嬉しそうな声が響く。加護はベッドの上にピョコンと飛び乗ると正座になり、それを手にとった。
淡色のグラデーションをバックに、裸の女性のうしろ姿が描かれていた。斜体の文字で「人魚の
傷」、そのとなりに「高橋留美子」と作者。あまりに淡白な表紙だ。
「コワイ……、ですか?」
後藤はベッドから起きると、片手でもう一方の手をぐっと吊り上げのびをしながら、
「う〜ん、なんかね、ジワ〜っとくる感じかな」
と少し声を上ずらせて言う。
「じわ〜……」
さっそく読もうとしたのだが、重版のためか、加護の手のサイズでは上手くいち枚だけめくると
いうことができず、バラッと一気に中ごろまで開いてしまった。
- 20 名前: 投稿日:2001年04月07日(土)00時25分12秒
- それは人外の化け物が、子供に襲いかからんとするワンカットだった。
赤と黒の二色刷りで描かれている。
二足で立つ人の形をしたそれには、腫上がった赤い眼球、耳元にまで裂けた口、そこからのぞく
不ぞろいな歯。変形した体躯の表面には、びっしりと太い血管のような物が浮かびあがっており、
鋭い爪を生やしたその指は、片手に三本しかない。そして頭頂部に描かれた髪の束のようなもの
が、その化け物の不気味さを増しているように思えた。
臨場感こそなかったが、静かな恐怖がわき上がる、そんな絵だった。
出会いがしらというやつだ。加護は「ひゃっ」と息を呑んで、思わずマンガを閉じてしまった。
隣りで覗き込んでいた後藤が、
「あ、それけっこう怖いよね。「なりそこない」っていうんだって」
「ナリソコナイ……」
「怖くなった? 加護にはやっぱりはやかったかな〜」
と言って、フフンと笑う。
「や、そんな、そんなことないです。ぜんぜん、怖くないもん、これぐらい……」
「そお?」
「怖くない怖くない」と口の中でつぶやきながら、加護はほうっとひと息つくと、あらためて最初
からページをめくっていく。
しかし今度はカラー項で、顔中に巻いた包帯からギョロつく目だけを露出させた、先ほどの「なり
そこない」の絵だ。加護はまた、本から顔を離す。
「ほら、やっぱり怖いんじゃん。加護無理しちゃって」
「これは、や、そう、そうですよ。首の運動、首の運動ですよ〜。あ〜、肩こったぁ」
そう言ってわざとらしく肩をたたく。
そしてとりあえず二、三ページを見ずにめくってから、ちらちら「安全」を確認してようやく読み
はじめた。
- 21 名前: 投稿日:2001年04月07日(土)00時26分04秒
- 後藤はしばらく横からそれを覗き込んでいたが、すぐに飽きたのか、加護がそうしていたように
窓際に立った。窓を開けようとしたのか、カチャカチャと細かな音を立てていたが、数分もしな
いうちに、またぶらぶらと部屋の中を歩きはじめる。
「さすがにさぁ、なんにもしないと逆に疲れるよね」
「あ、……はい」
マンガに夢中になっていたせいか、加護の返事はどこか上の空だった。
「うそだ〜、今日ずっと辻ちゃんたちと ――」
加護は顔を上げ、弁解するように、
「あ、はい、えっと、そうでしたそうでした。はは……」
後藤は「どっちでもいいんだけどさ」とあっさり引くと、加護の隣りに腰掛けた。組んだ足の上に
ヒジを立て、頭をその手でささえる。そして、ページがめくられていくのをじっと見つめていた。
空調が低くうなる中、渇いた音だけが響く。
「―― もう悪い夢は終わった」
突然のその後藤の声に、「え?」と思わず声を出して振り向いた。
不思議そうな顔をしている加護に、後藤は指先でちょいちょいと開かれたマンガを差した。指先
を追って視線をもどす。
それは物語の主人公である、湧太の言葉だった。第一章、最後のコマに書かれたフキダシ、それ
を後藤は読んだのだ。
「なんか、怖いっていうか、さびしい話しだよね」
- 22 名前: 投稿日:2001年04月07日(土)00時26分40秒
- 「たまたま人魚の肉、食べちゃってさ、ずっと生きてるんでしょ? 最初はずっと生きてたいから、
それ、食べたはずなのに。ヘンだよね。実際そうなっちゃうと、死にたくなる」
「はあ、……そーなんですか?」
気の抜けるような返事だ。よほどの顔をしていたのだろう、後藤は加護を見てぶっと吹き出すと、
その頭にポンと手をのせ、
「やっぱ加護には、はやかったかなぁ、それ」
と笑って立ち上がった。
何か言い返そうとした加護が言葉を切る。うしろ姿の後藤が、ドアに手をかけ部屋を出ようとし
ていたのだ。
「どこ行くんですか?」
思わずそうきいた。後藤は振り返ると、髪の生えぎわのあたりをわずらわしそうにかいて、
「え? ああ、トイレ、行くんだけど」
「ちょと、待てください」
加護はすっくと立ち上がると、枕元にマンガを置き、後藤の隣りまでずんずん歩いていく。ノブ
を握ったままになっていた後藤の手を取ると、見上げてニッと笑う。
「行きましょうっ」
「トイレ?」
「はい!」
返事を待たずに加護がさっさとドアを開く。後藤は肩をすくめ、「まあいいんだけどさ」と口の中
だけで言うと、手を引かれるまま部屋を後にした。
- 23 名前:おみや 投稿日:2001年04月07日(土)00時27分23秒
- 更新です。次回はちょっと未定です。
この季節には花粉症、ならないんだけどね。秋口にはなる。
>>16
どうもです。適度に手を抜きつつ、やんわり頑張ります。
- 24 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月07日(土)07時28分13秒
- 何か淡々と物語が過ぎているのに、
緊張感が高まっている…。
いつ、それは始まるのだろう…
- 25 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月09日(月)00時59分59秒
- 新作ですか、楽しみにしてます
一気に読みたいんで少しの間消えます。
紫板にした事に意味がある事を祈りつつ・・・
- 26 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月09日(月)05時33分41秒
- 告知しろとか言っといて、チェックしてなかった。
これ読んでみて、もしやと思って見てみたらやっぱりそうだったよ。
『人魚の森』か。なんだか読書傾向が似てるな。
それはともかく、相変わらず引き付けられる文章ですね。期待してます。
- 27 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月13日(金)21時06分14秒
- 大人数の登場人物をまわしていく手腕に期待大。
そういやおねモーで後藤が人魚シリーズ読んでたって話にゃ、私もびっくりしました。
- 28 名前:おみや 投稿日:2001年04月14日(土)00時24分18秒
- ちょっと訂正。
>>19
読んではるマンガ → いま読んでるマンガ
@ @ ハゲ >从#~∀~#从
( ‘д‘)< うんこ
・・・ おふたりともレディなんだから ・・・
- 29 名前:4 投稿日:2001年04月14日(土)00時25分16秒
- 部屋を出ると右手は一階からの吹き抜けで、階下へとつながる階段がある。左手は娘。メンバー
たちに割りあてられた部屋が連なる廊下だ。
その廊下の左右にはドアが五つずつ合計十室あるのだが、使われているのは左側の五部屋のみ、
ひと部屋に二人ずつということになる。
一番手前が加護と後藤、そこから順に、吉澤と石川、飯田と辻、矢口と安倍、中澤と保田。トイ
レはさらにその向こう、廊下が右に折れた先の行き止まりにある。
やはり廊下に取り付けられている照明も暗く、あるいはそれは意図的にそうされているのかもし
れなかったが、廊下の先は吸い込まれるような闇に包まれていた。
くすんだグリーンの壁紙と、細かな柄を織り込まれた赤い絨毯はいかにも悪趣味で、作られたと
いう印象が残った。
二人が歩くたびに、敷かれた絨毯の下の木床がキシキシと鳴る。
たまりかねたのか加護が、
「あの、やっぱり……、ちょっとさぶいですね」
ほっと吐き出した息が、中空で白く舞う。廊下には空調機器が取り付けられていないようだった。
後藤が当り前だと言わんばかりに、
「だったら待ってりゃいいじゃん、部屋でさ」そこではたと気がつく。「あ〜、加護あんたひとり
で待ってるの、怖かったんでしょ? そっか、なるほどね〜、そうなんだぁ」
ニヒヒと笑いながら体を曲げて、加護の顔を覗き込んだ。
- 30 名前: 投稿日:2001年04月14日(土)00時25分55秒
- 「そ、そんなこと、……ないもん」
むっつりと唇をとがらせてうつむく。後藤はさらに調子にのって、
「あたしさぁ、言ったっけ? けっこう見えたりとかするんだよね、幽霊とかさ。あ、ほら加護
のうしろに、なりそこないが……」
聞くやいなやその場を「きゃっ」と飛びのく加護。後藤の前に回りこんでぎゅっと抱きつき、その
ふところに顔をうずめた。
そして後藤の陰から、自分が立っていた場所を恐る恐る覗き込む。
「な〜んてね」
またポンと加護のおでこに手をのせた。
「いるわけないじゃん、そんなの」
加護はむっとその手を見上げると片手で振り払い、駆け出してすぐに立ち止まった。後藤に背を
向けたままうつむいる。その肩が少しの間隔をあけて定期的にゆれていた。
先ほどまでやけに耳についていた、木板がこすれてきしむ音もない。ただしんと静かな空気の中
で、加護の嗚咽がわずかにきこえた。
「あー、その、……加護?」後藤もやりすぎたと感じたのか。「あの、泣いちゃってるの? かな、
なんて……。あたしも、まあ言いすぎたし。なんだ、そう、つまり……、ごめんね」
後藤が近づき肩に手を置こうとしたそのとき、加護がくるりと振り返る。覗き込んだその顔には
満面の笑み。呆気にとられている後藤の手をすばやく取ると、
「はやく、行きますよっ、トイレ」
そう言って、つないだ手を強引に引き、力任せにぶんぶんと振った。
- 31 名前: 投稿日:2001年04月14日(土)00時26分31秒
- 「ちょ、加護 ――」
「ぜんっぜん怖くないですから。怖くない怖くない、怖くない怖くない、こわくなぁ、いーっ!」
キンと耳の奥まで震わせたその声に、思わず後藤は顔をしかめる。反射的に小突こうとして手を
出したのだが、それはすぐにスローダウンして、途中で止まった。
隣りで加護がぐじぐじと目元をこすっていたのだ。後藤の視線に気がつくと、いそいで手をはが
してニカッと笑う。
「だって、後藤さんといっしょやもん」
後藤は手持ち無沙汰になったその手を開くと、今度はゆっくりと軽く、加護の頭にのせた。そし
てゆっくりとなでて、優しく笑う。
そのとき突然、バタンと音を立てて正面のドアが開いた。部屋の明かりが逆光になったその中で、
中澤が両手を腰にあてた仁王立ちで、こちらをにらみつけている。
ゆっくり息を吸い込むと、
「加ぁ護! あんた何時やと思てんの!」
「きゃっ」と短い悲鳴を上げて、加護がまた後藤の陰に隠れた。
「いや、あの裕ちゃん、あのこれはね ――」
「はぁ、もう、なにしてんの……、後藤、あんたまで……」
ため息混じりに脱力すると、つかんでいたドアノブから手を離す。「ホンマにはよ寝なあかんで、
二人とも。明日も朝早よから撮影、あるんやから。わかってる?」
「それは……、うん、わかってる。ごめん」
「……ゴメンナサイ」
加護は後藤のわきから、ちらと様子を盗み見る。しかし中澤と視線が出会うや、サッと身を隠し
てしまう。
- 32 名前: 投稿日:2001年04月14日(土)00時27分13秒
- 中澤は何か言いかけてそれをやめ、片目をつむると首筋を人差し指の先でかいた。それから大き
なため息を吐く。
「今日はもうええわ、はよ寝ぇや?」
それだけ言うとドアを閉めようとノブに手をかけた。
顔を見合わせる加護と後藤。
「はーい」
閉じていくドア、中澤の背中めがけた二人の声がハモる。加護が調子にのって、
「中澤さん、おやすみぃ〜」
そこでピタリとドアが止まった。中澤が隙間から顔をにゅっと出すと、加護をにらみつける。
「―― なさぁい」
- 33 名前:おみや 投稿日:2001年04月14日(土)00時28分06秒
- 更新です。次回はちょっと延びそうです。
いそがしくなってきた。
>>24-27
読んでいただいて、ありがとうございます。
まあ、前フリが長いのは、いつもどおりということで。。。コトはもう少し先になりそうです。
あと「人魚の傷」については、ダイバーV3のHPからです。リサーチで後藤が気になる本か何か
のときにあげてました。
- 34 名前:おみや 投稿日:2001年04月22日(日)01時32分29秒
- 衛星携帯電話については、よく知りません。
- 35 名前:5 投稿日:2001年04月22日(日)01時33分09秒
- ■ 市井紗耶香 その2 (2001/1/8)
無人のツインルームに、携帯電話の着信メロディが響いていた。
ゲレンデに隣接するかたちで建てられた、リゾートホテルの一室である。照明は点けられてはお
らず、閉じたカーテンのわずかな隙間から、ナイタースキー用のライトが室内に入り込んでいた。
「―― ょっと待って、ちょっと待ってちょっと待って」
バスルームのドアが開くと、バスタオルいち枚を身体に巻きつけた、市井が飛び出してくる。
ベッドの上で光るディスプレイを見つけ、携帯を手に取った。あわてて発信ボタンを押す。耳に
あてようとしたそのとき、濡れたままの髪から水滴がぽたぽたと落ちてきた。
「っとと……」
ぐるりと見わたして部屋に誰もいないことを確認すると、いそいでバスタオルを頭からかぶり、
髪をかきまわす。暗闇に輝く、白い肌があらわになった。
「―― ちゃん、市井ちゃん?」
かたわらに放った携帯からもれた声に、動かしていた手を止める。バスタオルから顔を出すと、
目をしばたたかせた。
液晶には数字の羅列、登録しておいた誰の電話番号とも違うらしい。しかしそこからもれてくる
のは聞きおぼえのある声、
「いちーちゃ〜ん、いるの〜?」
後藤だ。
- 36 名前: 投稿日:2001年04月22日(日)01時33分47秒
- タオルを肩からかけると裸のまま、市井はベッドに腰掛けた。ふとももの間に両手で持っていた
携帯を耳元へと運ぶ。
「後藤?」
「あっ、市井ちゃん!」
昨日、ロケバスの中で聞いたものとかわらない、後藤の声だった。ただその口調はいく分高揚し
ているように思えた。
「えへへ、ひさしぶりだねぇ」
後藤らしい、少しぬけたその言葉に思わず脱力する。ため息と一緒にずり落ちた、バスタオルを
引っぱり上げながら、市井も笑っていた。
「ひさしぶりって、この前、きのうまで一緒だったじゃん。なぁに言ってのさ」
「そう? でもなんか、ひさしぶり、って感じなんだよね」
電話の向こう側、後藤の顔が容易に想像できた。携帯を持ち替えて、まだしめり気の残る髪にバ
スタオルを押し当てる。
「はは、なんだそれ」
ひと言ふた言かわしたあと、ふと疑問がわき上がった。
「後藤ぉ、あんた今どこ? まだあの山ん中にいるんだよね?」
娘。メンバーがあの山荘に移ったのが1月7日だ。ベッドわきのデジタル時計に目をやる。1月
8日もすでに23時を少しまわっていた。
「うん、そうだよ。山ん中」
「え、じゃあこれ、携帯で電話してんの? 圏外とかになんなかった?」
ロケバスの中から電話をかけようとして、「圏外」が点いていたのを思い出していた。少なくとも
あの建物のから電線、あるいは電話線がのびていたということはなかった。
スタッフの会話を小耳にはさんだところによれば、山荘内すべての電源も自家発電によるものら
しい。
- 37 名前: 投稿日:2001年04月22日(日)01時34分29秒
- しかし後藤は「ふふ〜ん」と得意気に笑って、
「特別なね、携帯、スタッフの人に借りたんだ。なんてったかな……、そう、エーセイケータイ。
携帯ってカタチしてないんだけどね、電話がつながるんだよ。すごいでしょ?」
「へー、すごいね。でもなんでつながんの?」
「え……、そんなのわかんないよ。……あたしにわかるわけないじゃん」
市井の切り返しに、思惑どおり声のトーンを下げてどもる後藤。思わずほくそ笑んだ。
にやけた顔のままベッドから立ち上がると、市井はふたたびバスルームへともどる。洗面台に置
いた下着を取ると携帯を肩と耳元ではさみ、サッとそれを身に着けた。
不意に話しが途切れたとき、目の前の鏡に映る自分が見えた。まだ火照ったままの身体を、シン
プルなデザインの下着が包んでいる。年相応にそれは女性的なラインを描きつつあったが、自己
管理は怠ってはいないつもりだ、余計な肉はついてはいない。
濡れ髪の隙間から目が合った。その瞬間、
「市井ちゃん?」
後藤の声に、「わっ」と思わず携帯を落としそうになった。
どんどん冷静さを取り戻していく意識。下着姿で後藤と話しをしているというシチュエーション
を認識していくにつれ、その顔は真っ赤に染まっていく。
「なにやってんだよ、まったく……」とつぶやくと早々に、市井は鏡の前から逃げ出した。
- 38 名前:おみや 投稿日:2001年04月22日(日)01時35分06秒
- 更新です。
これにて書き溜めていた分は終了。次回は未定です。
- 39 名前:おみや 投稿日:2001年04月26日(木)11時18分55秒
- ( ̄ー ̄)ニヤリッ
- 40 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月26日(木)22時43分55秒
- その不適な笑みは…??
ヘッドラインから落ちたからか??
それにしても市井可愛いのぅ。。。
- 41 名前:おみや 投稿日:2001年04月29日(日)01時02分39秒
- 後藤ソロの時期にちょっと無理があります。ご容赦ください。
- 42 名前:6 投稿日:2001年04月29日(日)01時03分15秒
- 照明のスイッチをパチンと点け、窓際まで歩いてエアコンを覗き込む。設定温度を2、3度上げ
てから、そのわきにある出窓のカウンターに腰掛けた。それを待っていたかのように、
「あ、そだ、市井ちゃん、今日何してたの?」
と後藤。
「え? ああ、スキー、してたけど?」
カーテンをそっと指先で裂いて、ゲレンデを見た。温度差で窓は曇っており、拭いたのだが降雪
があるせいか、視界はいまだぼんやりとしたままだった。
「あ〜、できるって言ってたもんね。そっか、スキーしてたんだ」
「まあ、ウデはそこそこなんだけどさ」
あきらめてカーテンを閉じる。「そんで、そっちはどうなの? いち日、終わった感じでは」
「う〜ん、どうなんだろ。あたしはなぁんにもしてなかったし。あ、そだ、加護がね、おもしろ
かったんだよ。市井ちゃん、「人魚の傷」って知ってるよね?」
「ああ、あれでしょ、高橋留美子の」
「そうそう。でね、読みたいって言うからさ、加護が。見せたげたんだけど、すっごく怖がっち
ゃって。トイレまでついてくるんだよ」
部屋に「うん、うん」という、市井のうなずき声だけが静かに響く。ただその返事は決して機械的
なものではなく、そのひと言ひと言にはしっかりと感情が込められていた。
十五歳で芸能界という場所にいる。それだけで生じる心の磨耗、あるいはストレス。後藤にとっ
てはこうして話すだけでも、それを軽減できるのだと市井は知っている。
以前の自分がそうだったのだから。
「でさ、寝付くまであたしの手、離さないんだ。ほんとに、まだまだコドモなんだよね〜」
誇らしげにそう言う後藤にほほがゆるむ。目の前に離した携帯に向かって、「あんたもだっての」
と小さくつぶやいた。
- 43 名前: 投稿日:2001年04月29日(日)01時03分52秒
- 「市井ちゃん、きいてる?」
後藤の催促の声でふたたび耳元へもどして、
「聞いてる聞いてる。へ〜、後藤もけっこうタイヘンなんだ。いくつだっけ、加護って」
「えっと、十二歳って言ってたかな。うん、そう、十二歳だ。もうすぐ十三歳になるんだって」
携帯を持ち替える。
カーテン越しに窓ガラスにほんの少し体重をかけ、頭をコツンと当てた。見上げるかたちになっ
た、蛍光灯がわずかにまぶしい。
「じゃあ、入ってきたときの後藤とおない年になるんだ。そりゃコドモだって、後藤だってぜん
ぜんコドモだったじゃん、あのころは」
向こう側で後藤がむっとするのが手にとるようにわかった。市井はシシシと笑うと、
「よく泣いてたし」
とつけ加える。
「そ、そんなに泣いてなんかないよ。たまたま、泣いてたとこに、いっつも市井ちゃんがいただけ
で……」
「はは、なんだそれ?」
市井がようやく苦笑を抑えたころ、ポッカリと会話に穴が開いていた。市井はゆっくりと瞬きを
して、後藤の次の言葉を待つ。
それはいつもより少しだけ時間を空けて、後藤にしてはずい分と真面目な口調だった。
「市井ちゃん、あたしね。……今度ひとりで、ソロデビュー、するんだって」
- 44 名前: 投稿日:2001年04月29日(日)01時04分25秒
- しばらくの沈黙。
そのあと、市井はこらえきれずにタハハと笑いだした。その反応に驚いたのか、後藤が息をのむ。
しかしそれを気にもとめずに、
「「だって」ってなんだよそれ、ひと事みたいにさ。ソロでデビューできるんでしょ? よかった
じゃん。もっと喜びなよ、なんだこう、イエーイとかさ」
と口調は明るい。
言葉をなくしていた後藤が、
「はは……、うん、そうだね。……そうだね」
と、ようやく返した。
「おーい、後藤ぉ。どしたー?」
市井は相変わらず。「もっと話しとかないともったいないぞ。その携帯、エーセイ携帯だっけ?
通話料とか高いんじゃないの? おーい、後藤さーん」
先ほどから耳についていた音で、市井自身も気がついていた。鼻をすする音。後藤が泣いている
ということを。
ただその涙を拭うことは、もちろん市井には物理的にもできなかったし、後藤と同じ立場にいな
い今の自分には、その資格すらないように思えた。
こうして明るく話すこと、少しでも彼女を勇気づけること、それぐらいのことしか自分にはでき
ない。
まぎれもない壁を、そこに感じていた。
- 45 名前: 投稿日:2001年04月29日(日)01時05分05秒
- 後藤が落ち着くまで、何度となく市井はただつなげるだけの意味のない言葉を吐いた。
このまま電話を切らせるわけにはいかない。明日も撮影が入っているのだ。後藤をこんな不安定
な状態で、仕事に挑ませるわけにはいかなかった。
「なんか、……ごめん、ごめんね、いちーちゃん」
やっと発せられた後藤の言葉。その意味を理解するための少しの沈黙。後藤は続ける。「あたし、
ソロ決まったとき、市井ちゃんに何て言おうって迷ったんだ。市井ちゃんはデビューしようって
がんばってるから、……違う、そんなんじゃない。あの、なんかすごく嫌な感じで、何て言った
らいいのかわかんないけど、自分が迷ってるのが嫌で……。あたしが、先にデビューしていいの
かなとか、考えちゃって」
「後藤、あのさ ――」
「あたし知ってたから。市井ちゃんが、がんばってるのとか、色々知ってたから。余計に、何て
いうか、……わかんない。もうわかんなくなっちゃってて。決まってから今までずっと言えなく
て。だから、ごめん……。ごめんね、市井ちゃん」
そこまで一気に言うと、後藤はまたズッと鼻をすすった。
携帯をいつもより少し重く感じていた。
市井はカウンターにヒザを立て、それでなんとかそれを落としてしまわないよう腕を固定する。
- 46 名前: 投稿日:2001年04月29日(日)01時05分37秒
- 「順番は、問題じゃないよ。あたしは後藤がソロで歌える。だから嬉しい。そんだけ」
ゆっくりと言葉をつむぎ出す。「そんだけだから、後藤はなんも気にしなくていいんだよ。それに
ほら、今教えてくれたじゃん。それで十分だって。普通よりずっとはやいんだからさ」
市井自身も、二、三度鼻をすすって声を落ち着けてから、
「それよりも、あんまり泣いてると、明日、目がはれるぞ」
と話しを切り替えようとした。
後藤もそれに応じたのか、どこか幼げな口調で言葉を返してくれる。
「ぜんぜん、泣いてなんかないもん。ちょこっと鼻水が出ただけだよ。……はは、あれ」
「ん、なに?」
「え? ああ、なんでもないよ。ちょっと、はは……、これじゃ加護といっしょだ」
ひとりごちるように言って、後藤は笑う。これで大丈夫だろう。市井は胸をなでおろした。
また、わずかにカーテンを開ける。夜の黒を背景に、市井自身が映っていた。相変わらず下着姿
のままだ。
ちょうど後藤の笑い声もあいまって、その顔は微笑んでいた。
「あ、でもホントにさ。その、なに? エーセイ携帯だっけ? お金かかるんじゃないの? これ
けっこう話してるけどさ」
「あー、そっか。うん、そうかも。えっと、……じゃあ切るね」
と、後藤はあっさりと言う。完全に持ち直したのか、市井も軽い調子で、
「うん、それじゃ。またね」
言って電源ボタンを指でさぐりあて、携帯を下ろそうとした。そのとき、
「ねぇ、市井ちゃん」
それはどこか、子供が母親を引き止める、そんな声にも似ていた。
- 47 名前: 投稿日:2001年04月29日(日)01時06分10秒
- 「なに?」またいそいで耳元に戻した。「明日は撮影、はやいんだろ? 寝とかないとさ、けっこう
こたえるよ」
けれどその返事はしばらくなく。沈黙ののちにひと言、「市井ちゃん、おやすみ」とだけ言って、
電話は切れてしまった。
ツー、ツー、と一変して無機質な音を立てている携帯電話を、市井はじっと見つめていた。
- 48 名前:おみや 投稿日:2001年04月29日(日)01時07分01秒
- 更新です。黄金週間です。書き溜めとかないと、です。
次回は、なんとかはやめに。。。
>>40
そうですよん。
やっと紫も数が増えてきたかな、と。
- 49 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月29日(日)07時49分11秒
- 電話だけでも幸せイパ-イな俺
埋まってるようで埋まってないこのスレが好きです
黄金週間頑張れ
- 50 名前:おみや 投稿日:2001年05月02日(水)00時51分35秒
- >>49
違う方向に頑張っていたり。。。
http://natto.2ch.net/test/read.cgi?bbs=morning&key=987846737&st=65&nofirst=true
- 51 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月02日(水)23時47分46秒
- ・・・また面白そうなの書き始めちゃって・・・
向こうもこっちも楽しみにしてます
- 52 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2001年05月03日(木)05時55分28秒
- 狼板住人とおぼしきおみやさんに質問。
向こうでの感想レスは御法度なのかな?
狼には馴れ合い禁止ちっくな雰囲気があるから、気になってのぅ。
- 53 名前:おみや 投稿日:2001年05月03日(木)23時27分26秒
- >>52
なんで? いいんじゃないの?
- 54 名前:7 投稿日:2001年05月05日(土)00時13分20秒
- それからしばらく市井はカウンターに腰掛けたまま、風雪が強まりだした窓の外を眺めていた。
ふとももの間に置いた両手の平に、携帯をのせたままだ。
足元の暖房がうなり、窓ガラスが思い出したようなタイミングでカタカタと鳴る。
「なあ、あんたそんな格好でなにしてんの?」
その声を耳で確認してから数瞬の空白。頭がようやく事態に追いつき、「わっ」と声を出して市井
が振り返った。
視界の端に平家を見つけたとたん、ベッドのわきまでダッシュしてその陰に身を隠す。いそいで
シーツをたぐり寄せると、マントのようにして身体に巻きつけた。
「な、なんで、ミッちゃんがいるんだよっ」
「いや、なんでって言われても。ココあたしの部屋やし……」
そう、急きょ同行が決まった市井である。シーズンの只中ということで、部屋もシングルルーム
はおさえることができず、なんとか無理を言って平家との相部屋、ツインルームに変更してもら
っていたのだ。
「それは、……そうなんだけど。入ってくるなら、ノックするとか ――」
「しましたぁ。あんたが気がつかへんかっただけやろ? なんか、ぼ〜っとしてたで?」
そう言って平家はテーブルの前まで行き、持っていたビニール袋をその上にドサリと置いた。缶
ビールとツマミが袋からこぼれ落ちる。
「っとと」
転がる500ml缶をすんでのところで止め、並べていく。市井はその隙を見計らって、脱兎のごとく
バスルームに逃げ込み、たたんでおいたジャージにいそいで袖をとおした。
- 55 名前: 投稿日:2001年05月05日(土)00時14分19秒
- ドアから顔を覗かせると、ビールはひと缶空けられており、テーブルわきのソファに座る平家の
うしろ姿があった。
バタンと音を立てて閉じると、それに気がついて平家が振り返る。
「そんで、あんなとこで、あんな格好で、いったいなにしてたん? ……あっ、あんたもしかして
おな ――」
「わっ、わーっ! そ、そんなことしてないよ、するわけないじゃん。絶対してない。……その、
電話がね、後藤から電話があったんだよ」
なおもあやしいという目つきでシシシと笑う平家。テーブルの上からサラミを失敬して、市井は
ベッドのヘリに腰掛けた。
依然ニヤニヤとこちらを見ている平家に、「ホントだって!」と念を押す。
「でもごっちんて、あの子まだあっちにいるんやないの? あそこって携帯通じひんかったけど」
ぐいっと一本飲みきって、空の缶をコンとテーブルに置いた。「通じひんかったやろ?」と、市井
を振り返る。その顔は以外に真面目で、本当に不思議がっているようだった。
「あー、うん。あたしもそう言ったんだけどさ、後藤にね? そしたらなんかエーセイ携帯って
いうの? それ、スタッフに借りたんだって」
「なにそれ?」
「いや、わかんない。はは……、後藤もそう言ってたっけ」
「ふーん」と鼻を鳴らすと、平家は背もたれに身体をあずけ、
「元気そうにしてた? 十人だけやし、大変なんちゃうんかなぁ……、裕ちゃんがとくに」
と言ってまた、新しい缶をプシッと開ける。しかし、それはひと口飲んだだけで持て余したよう
で、両手の中に収まったままだった。
- 56 名前: 投稿日:2001年05月05日(土)00時15分22秒
- 「どうなんだろ、後藤は加護の相手してあげてたみたいだけど。やっぱり大変なんだろうね」
サラミで口をモゴモゴさせながら、「あ、そだ。後藤、ソロデビューするんだってね? ミッち
ゃん知ってた?」
平家はその言葉に、どこか誤魔化すような口調で、
「あ、はは……。知ってた」ビール缶をまた傾ける。「それ本人にきいたん? それともやっぱり
矢口から?」
「え、後藤からだけど」
「そっか……。まあ、そっちの方がましやな……。いや、あんな、ごっちんのソロ決まったとき、
って言うてもちょっと前の話しやねんけど。矢口がけっこう言いふらしてたわけよ、ちょこっと
イジワルめに」
「矢口、あの子もあれでけっこう我の強いところあるやん? 上の人が決めた事とはいえ、やっ
ぱり納得いかへんかったみたいでな。ごっちんはソロで、なんであたしはミニモニ。やねん!
ってこれはあたしが勝手にそう思ってるだけやねんけど。まあ、みんなも事情はある程度知って
たし、矢口も大人げないってすぐに気がついたみたいで、最近は言わんようなったみたいやけど。
まあ、ちょっとした騒ぎにはなってな……」
「そっか……、いろいろあったんだね」
「そ。いろいろあったわけよ……」
どちらからともなく、天井を見上げていた。
暖房と窓の立てる音。それに、自分の吐いたため息が重なる。
しかしもちろん、平家相手にそんなシリアスな雰囲気がそう長く続くはずもなく。しばらくして
「げぷっ」という平家の巨大なげっぷひとつで、そんな空気もあっさりと破壊されたのだが。
- 57 名前:おみや 投稿日:2001年05月05日(土)00時16分14秒
- 更新です。これでだいたい1/3が終了。
次回は、やっぱり未定です。
>>51
はい。
- 58 名前:おみや 投稿日:2001年05月26日(土)16時43分33秒
- http://www.geocities.co.jp/Bookend-Shikibu/7945/file/img_01.gif
- 59 名前:8 投稿日:2001年05月26日(土)16時44分09秒
- ■ #02 保田圭
―― 10:24 2001/01/09
山荘一階、その広間には木製のテーブルと、それを囲むように十脚の椅子が置かれている。窓に
は二階の各部屋と同様、外側から板が打ち付けられていた。すでに正午前、日も完全に昇ってい
るはずなのだが、シャンデリアに照らし出された部屋は薄暗かった。
壁には廊下と同色の壁紙が張られ、絨毯が敷かれている。ただ、室内にはいまだある種の雰囲気、
なにか長期的な蓄積による趣きめいたものが、残っているように思えた。
ここには改装の手があまり入っていないのかもしれない。
「ここって、やっぱりちょっと雰囲気ありますよね」
ぼんやりとその横顔に向けられていた、保田の視線にようやく気がついたという様子で、石川は
持っていた譜面から顔を上げた。テーブルをはさんで斜向かい、二人の目が合う。
石川は片耳にだけしていたMDウォークマンのイヤホンを外し、
「なんかホラー映画にありそうですよね。なんだっけ、あのエクソシストみたいな」
と、さらに続けた。
保田も「そうだね」とそれに同意する。
そしてどちらともなく室内を一度ぐるりと見わたした。壁から突き出た柱の影がストライプ模様
を作り、天井四隅も光がとどいておらず暗いままだ。
確かに、ここには雰囲気があった。
たった二人だけの室内である。保田はついに「こらえきれない」と椅子から立ち上がり、
「石川、あたし裕ちゃん見てくる。あんたひとりで大丈夫?」
そう言い放って、返事を待たずに「でしょ?」と続ける。
断定的に言われた石川だったが、こともなげに「はい、大丈夫ですよ」とこたえた。
そしてまた譜面に目を落とす。イヤホンを片耳に押し込むと、その独特の高音で鼻歌を歌いはじ
めた。
微妙に音程を外したメロディが、それこそホラー映画のBGMのように室内に流れる。
- 60 名前: 投稿日:2001年05月26日(土)16時44分46秒
- これには逆に保田の方が拍子抜けで、テーブルに手をついたまま、でき過ぎたそのワンシーンに
呆然となっていた。
そしてようやく口を開く。その声はわずかに震えていた。
「あんたけっこうタフなんだね。この部屋とか、怖くないの?」
石川は鼻歌をやめずに両肩をリズムにのせたまま、黒目をはしによせる。なにか考えているとい
う仕草だ。
しばらくそうしたあと、
「そうですねぇ……、怖いって思う前に。なんだろうなぁ、ドキドキしてるのが楽しい、っていう
方が大きいです。映画とかでもそうじゃないですか?」
けろりとして大きな瞳を向けられ、保田は「へぇ……」と気の抜けるような相づちをうった。理解
不能といった感じだ。
ふたたび石川が視線を落としたのをきっかけに、「じゃあ、ちょっと行ってくるね」と言って保田
はテーブルを離れた。
しつこく耳に残る石川のハミングを背中に、広間のドアノブに手をのばした。そのとき、カチャ
リと目の前のノブが回転する。思わず「きゃっ」と、らしくない声を出し、保田が大袈裟にその手
を引っ込めた。
開くドアにあと退り、恐る恐る広がる隙間を覗き込む。
「あれ……、保田さん」
聞きなれた声と見なれた顔。吉澤が寝癖のついた頭をかきながら、反対側でドアノブをにぎって
いた。
「おはようございまーす」と、保田にかまわず広間に入ってくる。
「あれー、保田さんと……、梨華ちゃんだけ?」
そう言ってテーブルまで歩くと、広間を見わたした。
ぐるりと旋回した吉澤の視線が保田のところでとまる。
「あの、ごっちん知りませんか?」それは石川のもとへも向けられ、「梨華ちゃんも、知らない?
ごっちん来てない?」
返事を催促するように、吉澤の目が保田と石川を往復する。吉澤にしてはめずらしい、そのどこ
かあわてた調子に、二人顔を見合わせた。
- 61 名前:おみや 投稿日:2001年05月26日(土)16時46分10秒
- 書いたところまで更新してみました。
次回もちょっと未定です。
- 62 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月28日(月)05時34分51秒
- がんがれ
- 63 名前:9 投稿日:2001年06月10日(日)00時19分27秒
- 「朝からずっとここにいるけどさ。後藤、来てないよ。……ね? 石川」
保田の声に石川もうなずく。
「はい、見てないですよね」
そう言って小首をかしげ、吉澤をじっと見ていた。
視線を外さずに譜面を折りたたみ、イヤホンをとる。すると少しもせずに石川はハタと気がつい
たという様子で、
「あー、そっかぁ。そういえばよっすぃー、今日のお昼ごはん作るの当番だったよね?」と、ひと
り勝手に納得して、「うんそう、ごっちんと当番だった。でしょ? よっすぃー」
吉澤は一度うつむくとすぐに顔を上げ、「ばれたか」という感じで苦笑いをかえした。
それを見てようやく心得たりと、保田もニヤリと笑う。
「なるほどね。吉澤、あんた料理下手だもんねー。後藤がいないと……、そりゃ駄目だわ」
何か反論をしようと吉澤が口を開いたのだが、それは早々にあきらめたのか、大きくひとつため
息をついた。
「10時に打ち合わせしよう、ってことになってたんですよぉ。あたし……、その、料理が ――」
「下手だからね」という保田の横槍に、
「違います、今までやったことがなかっただけです。ちゃんと本を見て、ごっちんに教えてもら
えば、きっと……、絶対……、かならず……」
そして石川に「ね?」と、同意を求めるように視線をおくる。石川は曖昧な笑顔を浮かべると、
「ごっちん、絶対に見つけないと……」と口の中だけでつぶやいた。
- 64 名前: 投稿日:2001年06月10日(日)00時20分16秒
- 「それで、打ち合わせってどこでするのよ?」保田の声に吉澤が足元を指差す。「ここ? ここで待
ち合わせてたの? あ〜、それであたしたちだけしかいないってね。―― え、でも10時に来なか
ったじゃん、吉澤」
左手にした腕時計に目をやって、保田がそう言う。
吉澤は寝癖のあたりをかくと、
「それは、ですね。ちょっと寝過ごしちゃって、あ、でも5分ぐらいですよ。それで走ってここに
来たんですけど……。ごっちん、まだ来てないんですよね?」
「だから来てないって……。あ、でもそれだったら探してくればいいじゃん。後藤もう厨房とかに
いるのかもよ?」
と言って背にしたドアを親指で指す。
それを見た吉澤はバツの悪そうな顔をすると体の向きをかえ、パチンと顔の前で手のひらを合わ
せた。そしてその両手ごしに石川を覗き見てウインクをする。
「梨華ちゃん! いっしょに行ってくんないかな? あたし、その……。なんかここ、ひとりじゃ
怖くてさ……」
と拝み倒した。
普段のイメージとは違うその関係図。ただよう沈黙の中、言われた石川自身も目を丸くしている。
- 65 名前: 投稿日:2001年06月10日(日)00時21分08秒
- 「あー、保田さんなんで笑うんですかぁ?」
保田が思わず吹き出した声に、耳ざとく吉澤が反応した。「保田さんだって、さっきドアんとこ
で「きゃ〜」とか言ってたくせに」
身振り手振りを交えて、先ほどの保田の醜態をリプレイする。かなり大袈裟にしたそれがカンに
さわったようで保田が声を荒げた。
「は? そんなこと言ってないし、やってない。吉澤あんた、いっつもそうやって人のせいにし
て ――」
「ウソです、保田さん言いましたぁ。ね? 梨華ちゃん。「きゃ〜、いや〜」って言ったよね?」
急に話の先をふられて、おろおろと視線を左右させている石川。そこへさらに保田から「言って
ないよな? 石川」。そしてふたたび吉澤から「ぜ〜ったい言ったよね?」。
その応酬がしばらく続いてついに、泣き出しそうな顔をした石川がぼそりと、
「……言った、かも」
それを聞くや否や、
「ほら! ほらね。言ったんですよ保田さん。「きゃ〜、いや〜、こわいわん」って。うふふ、梨華
ちゃんみたいに」
そう言った吉澤の勝ち誇ったような表情だ。保田がいまいましそうに石川をにらみつけていた。
上機嫌の吉澤は何を思ったのか、
「あっ、じゃあ保田さんでいいです。行きましょう? 今なんにもしてないんですよね? ごっ
ちん探すの手伝ってください」
隣りから「わたしも」と言いかけた石川を制して、「梨華ちゃんはそれ、タンポポの新曲のやつで
しょ? 練習してるんだからいいよ。保田さん、行きますよっ」
と有無を言わさぬ口調。そしてこちらを見てニコリと笑った。
保田がたじろぐ。
先ほどああ言った手前、「NO」と言ってしまえば完全に吉澤に負けてしまうことになる。となれば
保田の性格からして、
「わかったわよ。行けばいいんでしょ、行けば」
もちろん、そうこたえるだろう。
- 66 名前: 投稿日:2001年06月10日(日)00時21分57秒
- 「あ、そうだ保田さん。ここの窓、なんで板が張ってあるか知ってます?」
広間を出て厨房への道すがら、といってもほとんど距離はないのだが、吉澤が思い出したように
そうきいた。
保田も疑問に思っていたのか、あるいは恐怖を紛らわせるためか、
「わかんない。吉澤あんた知ってるの?」
とその話しにのった。
立ち止まって振り返る。そこでまた吉澤が、「ふふふ」と優越感にひたった笑顔をしており、
「あんたもう、知ってるならはやく言いなさいよっ」
とせっついた。
「保田さん、しょうがないなぁ」
ニヤリと笑い。「あのですねぇ。なんか、ああしてないと暖房が点いてても凍えちゃうらしいん
ですよ。スタッフの人に聞いたんですけど。ここってもともと夏にしか使ってなかったみたいで、
防寒対策? があんまりできてないらしいんです」
言ったことの重みがわかっているのかいないのか、吉澤は「行きましょう」と続けて保田のわきを
すりぬけて行く。
ワンテンポ遅れて保田が振り返り、
「ちょ、ちょっと待ってよ。それじゃあなに? あれがはがれちゃったら、あたしたち ――」
「だぁいじょうぶですよ。取れなきゃ安全だし、スタッフの人もそれぐらいちゃんと考えてくれて
ますって」
厨房のドアノブを握って横目に吉澤が言う。保田がまだ何か言いた気にしていたのだが、
「ごっちん、いる〜?」
それを無視して、吉澤はかまわずドアを開いた。
薄暗い廊下に光線の作リ出す多角形が広がる。吉澤の影が目の前を通り過ぎて、厨房の中へと消
えた。保田もあわててあとを追う。
「後藤、いた?」
ドアに隠れるようにして中を覗き込んだのだが、部屋の中央で吉澤が「いません」と大袈裟にジェ
スチャーをして見せただけだった。
- 67 名前: 投稿日:2001年06月10日(日)00時22分44秒
- 厨房は広間やメンバー各人の部屋、ましてや廊下などに比べてはるかに明るく。天井には数本の
蛍光灯が取り付けられていた。
換気扇の回る壁際に携帯用の電気コンロが3つ並んで、その隣りが流しになっている。凍結を防
ぐためなのか蛇口はわずかに開けられたままで、そこから落ちる水滴の音と大型の冷蔵庫の低い
うなり声だけが響いていた。
テーブルの上には食器とまな板、それに調理器具の一式が置かれている。
厨房というわりには食器棚たぐいが一切なく、みょうにがらんとした印象だった。
「どうしよう……。じゃあ、他の部屋もまわってみる?」
「あ、はい。そうですね」
冷蔵庫を開いてのん気に食料をあさっていた吉澤が顔を上げる。保田はため息まじりに手まねき
をして、かたわらのドアを開いた。
吉澤を先に部屋から出して、もういち度厨房を見わたす。あいかわらず水滴が落ちる音以外、何
も聞こえてこない。
ここには後藤はいなかった。
厨房を出て、浴室、書庫とまわったが、後藤の姿はそのどこにもなかった。二人はUターンをす
るかたちで、また広間のドアの前まで戻ってきていた。
しかしまた吉澤が薄笑いを浮かべている。保田がそれをジロリとにらみつけていた。
途中、厨房以外の部屋には照明が点いておらず、ドアを開いてスイッチを入れようとした保田の
うしろから、ことあるごとに吉澤が「ワッ」と声をかけていたのだ。
そのたびに保田はまた、不覚にも「キャッ」と悲鳴を上げてしまっていた。
- 68 名前: 投稿日:2001年06月10日(日)00時23分21秒
- 「吉澤ぁ、あんたねえ……」
今度は先に開けさせたドアを吉澤が閉じるのを待って、保田がその背中にいら立ちを投げつけた。
「ハテナ?」と振り返った吉澤は依然上機嫌のままで、
「ごっちんいませんねぇ」
とのん気なものだ。その態度についに堪忍袋の緒が切れた。
「吉澤あんたなんか仕組んでるんじゃない? 後藤と二人でさ、あたしを驚かそうって。後藤、
どっかに隠れてるんじゃないの? どこよ!」
保田が叫ぶようにそう言って、廊下の果てから果てまで見わたす。点々と点いた電球の下、ちょ
うど真上から明かりを受けて、「やだなぁ」と笑う吉澤。
保田はいよいよひと呼吸ゆっくりとためてから、「あんたねえ!」と吉澤につかみかかった。いや、
つかみかかるつもりだったのだろう。その手が襟元までのびた、そのときだ。
吉澤の正面。保田からすれば背後のドアが突然開いた。
保田の短い悲鳴。
「あれ? 何してるんですか? 保田さん。……と、よすぃー」
そして広間のドアノブを握った石川が見たものは、吉澤に抱きついている保田の姿だった。
- 69 名前:おみや 投稿日:2001年06月10日(日)00時24分59秒
- 更新です。次回はちょっと未定。
>>62
がんがる。
- 70 名前:パク@紹介人 投稿日:2001年06月11日(月)02時10分48秒
- スレ汚し申し訳ない。
こちらの小説を↓の「小説紹介スレ@紫板」にて紹介しました。
http://www.ah.wakwak.com/cgi/hilight.cgi?dir=purple&thp=992180667&ls=25
- 71 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月27日(水)01時59分27秒
- 後藤はいづこ?
ガンバレ作者殿
- 72 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月29日(金)00時18分37秒
- 吉澤と保田のやり取りが面白い。
作者さん更新がんばって!
- 73 名前:10 投稿日:2001年07月16日(月)00時02分55秒
- 「わっ、わっ、うわぁ」
保田が突き飛ばすように吉澤から離れる。
それを横目に、吉澤は何事もなかったように寝癖のあたりをかくと、広間のドアに隠れて動けな
いでいる石川に声をかけた。
「梨華ちゃん、どうかしたの? 急に出てきてさ」
とぼけたようなその調子に、なぜか石川の方が場を取りつくろうように、
「え? あ、あの。わたし歌のほうひと休みしてたら、えと、保田さんの声が聞こえて。それで、
なんか心配だったから、出てきたんだけど……」
吉澤はニヤリと含み笑いをする。
「梨華ちゃんも聞こえたでしょ? 保田さんまたさぁ、「きゃ〜」って、ふふ、すっごい怖がりなん
だよ」
と自慢気に言って保田の方へと向き直った。
「ね、保田さん」
「よっすぃー、あの、違う。わたしが聞いたのは、「吉澤ぁ、あんたねぇ」って。怒ってるふうで」
石川の必死のフォローに、吉澤は、なぁんだ、とつまらなさそうに言って首をすくめると、保田
の前まで歩く。
「どうします? 二階、探しに行きましょうか?」
保田は上目使いに吉澤をにらむと、
「もういいっ、あたしは裕ちゃんのところに行くから。吉澤あんた一人で行きな」
そう言い捨てると二人の視線を無視して玄関へ、なかば走るようにして向かった。
- 74 名前: 投稿日:2001年07月16日(月)00時03分35秒
- 建物の背骨である廊下を入り口方向へかけ上る。保田が正面玄関につづくその扉にたどり着いた
ころ、ようやくうしろの二人も追いついてきた。
そこで保田が振り返る。
「ついてこないでよ、あんたたち。とくに吉澤! あんた絶対あたしのうしろに来ないでよ!」
正面に見据えた吉澤はまだ薄笑いを浮かべていた。保田はそれを無視して、後ろ手にドアノブを
握る。
扉は「ギリッ」といち度こすり合わせるような音を立てたあと、意外なほどスムーズにスライドし
て開いた。その隙間に体をすべり込ませると、保田は顔だけを廊下に残して、
「絶っ対についてこないでよ! あと吉澤ぁ、あんたおぼえてなさいよ!」
捨てぜりふを吐いて、力任せに扉を閉じる。吹き抜けになっているエントランスにその音は反響
して、二階の廊下の果てへと吸い込まれていった。
ドアノブが手元で回転する。
保田が「フン」と荒い鼻息を吐いたとき、もう今日何度目になるのか、突然の背後からの声だ。
「圭坊、あんたなにしてるん?」
結局保田はまた、「キャッ」とやけに女の子らしい悲鳴を上げることとなった。
- 75 名前: 投稿日:2001年07月16日(月)00時04分06秒
- やはりその玄関 ―― エントランスホールすべての窓には板が張られており、天井から吊り下げ
られたシャンデリアだけが弱く輝いていた。
厨房とはうって変わって、調度品、家具のたぐいもきっちりとそろえられている。経過した時間
をたっぷりと塗りたくられたそれらは、鈍く光沢を放っていた。
建物入り口を入って両翼の壁際には二階へとつながる階段がある。それは壁に沿って半階上がり、
直角に折れてさらに半階分上がる。それがシンメトリーに設計されていて、ちょうど保田のいま
立っている位置の頭上で二つの階段が出会う。そしてそこはちょっとした踊り場になっていた。
「もう、裕ちゃんおどかさないでよぉ」
声の主、玄関ドアの前あたりに立っている中澤の姿を確認すると、保田は緊張をほどいてゆっく
りと歩きはじめた。
しかしその途中で、
「あれ、どうかしたの?」
数歩こちらに寄った中澤の表情が、シャンデリアの照射具合で確認できた。それがわずかに暗い。
- 76 名前: 投稿日:2001年07月16日(月)00時04分39秒
- 「うん……、なんか」そこでいち度うつむいて、「やっぱり来られへんみたいやねん。あっちも天気、
そうとう悪いみたいでな。あたしも見てみたんやけど、ちょっと無理っぽいし」
歯切れ悪く言う中澤の隣りまで来て、その服がわずかに濡れていることに気がつく。
「やっぱりまだ振ってるの? 雪」
首を縦にふる中澤をそのまますれ違うと、保田は玄関のドアの前に立った。先ほどの物よりひと
回りほど大きいノブを引いて扉を開く。
わずかに隙間が広がったその瞬間、細長くのびた白い光景は一気にその面積を広げ、視界を支配
した。目前を飛び交う粒子。雪の結晶がツブテのように保田を直撃する。
「ちょっ、ちょっと。わっわっわっ!」
いそいで体をぶつけ、扉を閉じた。
最後にいち度、細かな雪をはらんだ風がひゅっと入り込んでくる。扉を背にして中澤を見る保田
の目前で、それはふっと溶けてなくなった。
- 77 名前: 投稿日:2001年07月16日(月)00時05分36秒
- 苦い顔をしている中澤に、ほぅと、ようやくひと息ついて保田が言う。
「さすがにこれじゃ、スタッフの人来れそうにもないね」
「うん。雪が落ち着くまではどうしようもないやろ。撮影もそれまで延ばすんやて。いちおう連絡
は定期的に入れる、いうことで。現状待機やね」
中澤がチラと視線を走らせた。その先には、アンティークのチェストの上に鎮座する、不恰好な
衛星携帯電話だ。
「まあ、連絡は確実に取れるわけやし、食べもんも1週間分かそれぐらいはあるやろ? なんとか
なるとは思うんやけど……」
どうかしたの、ときいた保田に、
「辻と加護。それに吉澤と、あと後藤もかな。この建物、この環境にそう長いこといさせとくわけ
にもいかへんやろ」
立てた人差し指をくるりと回して天井を見上げた。保田もそれにつられる。
「へんな緊張が長いこと続いたら、お子様には衛生上ようない。親ごさんも心配なさる。あたしら
だけでもしものことがあったら、責任はどうするんや、ってね」
「裕ちゃんそれ、スタッフに言ったんでしょ?」
視線を下ろしてそう言った保田に、そ、と中澤がこたえた。さらに、
「ま、あたしが恐いだけっていうのもあるんやけど」
とつけ加えて笑った。
- 78 名前: 投稿日:2001年07月16日(月)00時07分31秒
- そのとき中澤の背後、保田が入ってきた廊下へ続くドアがゆっくりと開いた。ぴょこんとふたつ、
覗いた顔がこちらへ向けられている。
「保田さぁん、もういいですかぁ?」
吉澤と石川だ。
石川の肩にあごをのせた吉澤は、
「あ、中澤さん。おはようございまーす」
と、後ろを振り返った中澤に器用に頭を下げる。石川もそれに続けて、おはようございます、と
挨拶をした。
おう、と片手を上げて中澤はそれにこたえ、そのまま保田へ向きなおった。
「こっちの話しは終わったし、もうええけど。圭坊、なんか待ち合わせでもしてたん?」
首を横に振ろうとした保田よりもはやく、吉澤がそれにこたえる。
「あ、はい! そうです、ごっちんを探そうって約束で。そういうことになってたんです。ね?
梨華ちゃん」
え、と思わず絶句していた石川だったが、「あ、うん、そう。わたしも一緒に行くっていう約束
で……」
とぼそぼそとそれに同意した。
中澤は少し驚いた、という表情でこちらを見ると、
「あれ、後藤がなに、行方不明なん?」
「あ、うん。そんな大袈裟なことじゃないと思うけど。吉澤が騒いでるだけだし」
しぶしぶといった調子で保田はそう言ってから、殺人的な視線を吉澤ら二人へ飛ばした。
- 79 名前: 投稿日:2001年07月16日(月)00時08分31秒
- 中澤はそんな三人の様子を気にするでもなく、ひたいに指先をあて何か考えごとをしている仕草。
しばらくそうしてから、そやね、とひとりごちる。
「どうせみんなには話しとかなあかんし、一回全員集めよか。うん、後藤、探しに行こ」
撮影遅延の報告をするのだろう。ぐぬぬと言いよどんでいた保田だったが結局、しょうがない、
と肩をすくめた。
階段の段差にぴったりと張りついた赤絨毯。半階上がった階段は直角に折れて、さらに半階分上
がる。歩を進めるたびにキリキリと床が鳴るのだが、それも四人ともなれば何の趣もない、ただ
うるさいだけだ。
先頭に立つ、というより吉澤に背中を押されて強引に立たされた保田。そこから順に石川、中澤
と続く。
階段を上りきり踊り場に着くと、保田はいち度吹き抜けへと目をやった。
手すりの向こう側、円形に落ちたシャンデリアの明かりが、くすんだ絨毯をぼうっとうかび上が
らせていた。思いのほか高さがある。
それに見入っていたのか、いきますよ、と後ろから声をかけられ我に帰った。急いで保田は三人
のあとを追った。
- 80 名前:おみや 投稿日:2001年07月16日(月)00時10分09秒
- すげぇ、ひと月以上更新してなかった。
とりあえず一番新しいの↓
http://bad.adam.ne.jp/bbs/mibbs.cgi?mode=point&fol=bad&tn=0019
>>70
紹介ありがとさんです。ただ「最新レス25件」表示ちうのは、話しの性質上ちょっとつらいかな。
>>71-72
がんがる。
- 81 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月16日(月)07時05分15秒
- やっぱええなぁ、この雰囲気。
ずっと待っとるでー。
がんがってなー、おみやはん。
- 82 名前:おみや 投稿日:2001年07月23日(月)02時44分04秒
- ペケペケを更新したよ。
あそこは短いのをちょこちょこ書いてくつもり。
>>81
がんばる。
- 83 名前:パク@紹介人 投稿日:2001年07月24日(火)13時11分31秒
- >>80
遅レス御免。最新レス25件がつらいとのこと、配慮が足りなくて申し訳ないです。
次回紹介するとしたら、どのような形がベストですか?
- 84 名前:おみや 投稿日:2001年08月13日(月)12時17分51秒
- http://www.geocities.co.jp/Bookend-Shikibu/7945/file/img_01.gif
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Shikibu/7945/file/img_02.gif
- 85 名前:おみや 投稿日:2001年08月13日(月)12時20分12秒
- 更新中断、512文字って・・・。
- 86 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月15日(水)01時10分12秒
- 更新中断かぁ…。
おみやさんの小説は雰囲気が好きだから、
別スレとかで続けて欲しいんだが。
ペケペケ読んでマターリと待つとしよう。
個人的には、某スレに書いてた話しも
気になってるんだが。
スレ違いだね。スマソ。
- 87 名前:11 投稿日:2001年08月16日(木)03時56分44秒
- 左側にはメンバーが泊まる部屋が連なる。そのいち番手前が後藤と加護に割りあてられた部屋だ。
吉澤が何度かドアをノックし、ノブをガチャガチャと回していたがいっこうに開く気配はない。
ね、とこちらを見た吉澤に、三人肩をすくめるしかなかった。
「加護もいーひんみたいやね」
吉澤をわきにどけると、中澤自身ノブを2、3度回して開かないことを確認する。そして、ふむ、
とうなずき、
「次の部屋は……、石川と吉澤か。いちおう確認してみるから、カギ、かして」
そう言って差し出した中澤の手のひらに、石川がカギを落とした。
- 88 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)03時57分17秒
- カギは各部屋にふたつづつ、宿泊しているメンバーにそれぞれ渡されている。ただマスターキー
のような親カギはなく、そのふたつでしか部屋は開けることは出来ない。
後藤の部屋の扉を開けるためには、本人もしくは加護の持っているであろうカギが必要になると
いうわけだ。
カギそれ自体は、施錠の必要性もあまりなかったためか、改装前の以前から使われていたものを
そのまま流用していた。
カギは、その先の片面だけに凹凸のついたレバータンブラー錠で、それほど強固なものとも思え
ない。最悪、彼女たちでも数人の力を持ってすれば、それほど苦もなく突破できるはずだ。
そしてさらに、2階の部屋は特殊な構造をしている。
廊下にずらりと左右対称に並んだ扉。そのメンバーの部屋とは反対側の並びには、すべてに封印
が施されていた。それはスタッフの手によるもので、単純に改装の手が追いつかなかったため、
今回使用を見合わせていたのだが。
特殊というのはその封印、施錠に用いられているカギその物のことだった。
- 89 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)03時57分52秒
- 本来この山荘2階のカギは、ひと部屋にひとつだけしかなかったという。
しかしカギは各人、ひと部屋にふたつづつ渡されている。もちろんスタッフがカギを複製したと
いうわけではない。そうする必要もなかった。
それぞれ廊下をはさんで対になった部屋同士、同じものが使われていたからだ。
どういう意図があってそういう設計がなされたかは定かではない。
ただ、その奇妙な事実は、かえせば自室のカギをもってすれば、自らの部屋と対応した反対側の
部屋を開くこともできる、ということになるのだが。
- 90 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)03時58分26秒
- 「いませんね」
ドアを開いた中澤の肩越しに石川が言う。保田もそれに続いて部屋の中を覗き込んだ。
きっちりと整頓が行き届いているのは吉澤のおかげだろう、それぞれの荷物が的確に居場所を得
ていた。
ドアを閉じるとまたカギをかけ、中澤が石川にそれを投げ返した。
「次はえっと、カオリと辻か。カギは……、誰も持ってへんよね?」
全員が首を縦に振る。
いち度にそろってうなずいたせいか、中澤はクスリと笑い、行こか、とつぶやいて歩き出した。
吉澤と石川、それから保田がそのあとに続く。
- 91 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)03時59分14秒
- 「あれ? 中澤さんに、よっすぃーに、梨華ちゃんに。あ、保田さんも」
ドアを開いたのは辻だった。大勢の来客に驚いているという様子で、そう言ってからすぐに後ろ、
部屋の中を振り返った。
ベッドに寝転がっていた飯田が、こちらが見える位置まで身を乗り出すと、よー、と手を上げる。
その直後、ドア枠の陰から加護がぴょこんと顔を出した。どうやらこの部屋にいたらしい。
「おはよーございまーす」
と挨拶をユニゾンさせる辻と加護。部屋に顔をのぞかせて、4人口々にそれにこたえた。
ドアのわきに立ったまま、中澤が後藤の所在をたずねる。飯田、辻とも肩をすくめ、加護に視線
をおくった。しかしその加護も、
「後藤さん、ですか? えっと、起きたときは一緒にいたんですけどぉ。そのあとは……、ずっと
ののといたから……」
「わからへん、と?」
はい、とそれにすまなさそうにこたえた。
- 92 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)03時59分48秒
- ことの次第をかいつまんで3人に説明し、中澤は石川のときと同じように手のひらを差し出した。
「加護、カギ持ってるやろ? 部屋の」
「あ、はい」
加護がかたわらに置いたバッグをゴソゴソといじり、輪にした赤い紐が結ばれたカギを取り出し
た。
辻と加護のカギは、無くさないようにと紐を通して首かけにしていて、見ると辻も首からカギの
ついた青い紐をぶら下げている。
そして加護は立ち上がると、それを首から下げ、
「じゃあ、行きましょうっ」
笑って中澤の手を握りしめた。
- 93 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時00分24秒
- 「正確には、ですね。えと、朝ごはん食べて、一回このカバン、部屋に取りに行ったとき見たのが
最後です」
「朝ご飯、っていうと9時過ぎぐらいか」
依然加護と手をつないだまま、中澤はてくてくと歩いている。来た道を引き返すかたちで、後藤
の部屋を目指していた。
「後藤さん、そのときまだ寝てたから。今もたぶん寝てると思いますよ?」
加護が中澤を見上げて言う。
「ああそっか、後藤と吉澤、あとなっちも朝ご飯のときいーひんかったなぁ。そういえば……」
思い出しているのか、中澤は余った手でこめかみのあたりをなでている。それでもはっきりとは
覚えていないようで、いち度後ろを振り返ると、
「なあ、カオリ」
飯田がうなずくのを確認してから、そやったそやった、とようやく納得した様子だった。
- 94 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時00分55秒
- 部屋の前まで来て加護が手を離す。胸元のカギをつまみ上げると紐を首から外した。
「寝てるだけと思うんだけどなぁ……」
ぶつぶつ言いながらカギを開けた。カチャリと細かな音を立てて、加護の持った柄の部分が回転
する。
「―― あれ?」
ドアを目一杯に開いた加護。その瞳が部屋の中を一周して、隣りの中澤の顔にとまる。そのタイ
ミングがちょうど中澤のそれと一致し、二人は不思議な顔をしたまま見つめ合っていた。
「……誰もおらへんやん」
加護が、寝ているはずだと言っていたベッドはおろか、ひと目見てこの部屋に後藤の姿がないと
わかった。もともと隠れる場所などないのだから。
- 95 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時01分29秒
- 石川の部屋とまではいわないが、荷物もきっちりとまとめられ、なによりベッドの上、かけ布団
と毛布にはおよそ後藤が寝ていたという形跡はない。なにしろいち番上にしかれたシーツまでシ
ワなくのばされていたのだ。
「なんかおかしいトコでもあるんか?」
しきりに首をかしげている加護に中澤が声をかける。しかし加護はうまく言葉にできないのか、
不安そうな目で中澤を見上げているだけだった。
後藤はこの部屋にもいなかった。
- 96 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時01分59秒
- 「矢口の部屋にもいないってーっ!」
廊下の端から飯田の声がきこえる。中澤が飯田と辻に言って、矢口と安倍の部屋を調べに行かせ
たのだが、そこにも後藤はいないという。
中澤はため息まじりに、
「ホンマにどこ行ったんやろ、あの子……」
開いたままにした後藤の部屋のドアにもたれかかり、ドアの枠にそって天井を見上げた。
「まさかこっち側の部屋ってことはないよね?」
帰ってきた飯田が、立てた親指でもう一方の、例の封印された方のドアを指した。
閉ざされたドア。その表面の板張りはメンバーの泊まる部屋となんらかわりがない。整然と並ぶ
それは、廊下の果てが闇に包まれているせいもあってか、どこまでも続いているような印象があ
った。
- 97 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時02分30秒
- 中澤は、よっ、と勢いをつけて身を起こすと、後藤の部屋の真向かいのドアの前に立った。手招
きをして加護を呼ぶ。
「いちおう見てみよか? 開けるな、とは言われてるけど、まあしゃあないよね」
お願い、と加護に開錠を頼むと、そのまま横に身をずらした。
加護がまたカギを差込み回転させる。カチャリ、と鳴った。
「あ……、冷たい」
ドアノブに手をのばした加護。その指先が触れるか触れないかのところで、ビクッと反応する。
「あ〜、そういえばそうやね、こっちの部屋には暖房入ってへんから。たぶんめっちゃさぶいと
思うわ。電気も通ってるかな……」
中澤の言葉に加護が、え〜、と嫌な顔をする。しかし中澤は有無を言わさず、ドアを開けるよう
加護をたきつけた。
- 98 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時03分03秒
- ドアノブが回転し、ギッと音を立てて部屋の中に消えていく。
案の定、室内は完全に暗闇で、廊下の弱い照明ではほとんど何も見えなかった。スイッチを探そ
うと一歩踏み込んだ中澤の、その表情が一変した。
「なに……、この匂い……」
つぶやくように言って、手の甲で鼻のあたりを押さえつける。片手で壁面を探りながら、もう一
方の手で加護を制した。
「どうしたの? 裕ちゃ ――」
保田がそう言うのとほぼ同時に、部屋の照明がついた。電気は通っていたわけだ。
- 99 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時04分04秒
- くすんだ光に照らし出された室内は、メンバーが泊まるそれとは全く違っていた。
広間や廊下と同様のグリーンの壁紙と赤い絨毯。調度品などなにもない、ガランとした空間に、
それはあった。
赤黒く変色した絨毯の中央で、後藤真希がその身体を横たえていた。
寝具用なのか、Tシャツとジャージ姿のままだ。いや、もはやTシャツともいえぬ。うつぶせ寝
のそのシャツの背中は大きく縦に裂け、ほとんど布地は残ってはいなかった。そこに紛れもない
赤、血の色を見た。
- 100 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時06分47秒
- 中澤はドアをつかむと、加護がいることもかまわず強引に半ばまでそれを閉じた。呆然としてい
た加護はそのまま尻もちをつき、助け起こした飯田がムッとする。
「裕ちゃん、なにすんのさ!」
中澤の肩に手をかけようとした。飯田の位置からでは室内が見えていなかったのだ。
細かく震えながら、両肩をゆっくりと上下させてから、中澤が振り返る。ドアの隙間から覗かせ
たその顔は表情が失われ、生気が抜けたように青白かった。
「カオリ、辻と加護つれて下、行っといて。お願い。圭坊は、一緒に来てくれるか? あと吉澤
と石川は ――」
そこまで言って、ウッ、と口元を手でおおい、身体をくの字に曲げる。
「裕ちゃん!」
手をかそうとした保田を制して、だいじょうぶや、とつぶやき身を起こした。異常事態だ。そこ
にいた6人の表情が一変する。
- 101 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時07分38秒
- 「お願いカオリ、二人をつれてって。事情はあとでちゃんと話すから。それと吉澤と石川、あんた
らも下に ――」
「あたしも! あたしも、一緒に行きます。一緒に、……行かせてください」
吉澤が一歩前に踏み出した。中澤はゆっくりと振り向き、その視線が合うと、見たんか、と口元
だけで語りかける。
「……はい」
大きな瞳がじっと中澤を見つめていた。
- 102 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時08分18秒
- 根負けしたのか、中澤があきらめたように目を伏せた。そのとき、
「よっすぃーやめとこう? 下で待ってればいいんだから。中澤さんと保田さんに任せて、ね?」
石川がギュッと吉澤の袖口をつかむ。そしてすがるような目で、自分より少し背の高い吉澤を見
上げた。
「梨華ちゃんは下で待ってればいいよ。あたしは行かなきゃ、行かなきゃダメなんだ。ごっちん、
のこと、あたしの目で確かめなきゃ、ダメだから。ごめん」
そっと石川の手を払うと、行きましょう、と中澤をうながして部屋のドアを開けた。
- 103 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時08分54秒
- 事態を察したのか、飯田も加護と辻の手を取ると、行くよ、と二人の顔を覗き込む。そして石川
にも、
「石川、あんたも下の、広間に行くんでしょ? はやく」
「わたしは……」
石川はまた、吉澤をすがるように見つめて、「わたしは、ここでよっすぃーを待ってます。待って
ますから……」
ふうん、と鼻を鳴らして飯田はあっさりと、踊り場から階段を下りていった。心配そうにいち度
振り返った辻に手を振って、石川は、
「じゃあよっすぃー、気をつけてね」
視線を合わさずに言ってから、後藤の部屋のドアにもたれかかる。吉澤の姿が部屋に消えたとき
何か言いたそうに顔を上げたが、口をつぐんだまま結局言葉を発することはなかった。
- 104 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時09分29秒
- ホコリのべったりとついた照明が黄色い光を放っていた。
内装は広間そのもので、何分の一かに縮小したといってもいい。ただ、家具や調度品のたぐいが
いっさい置かれていないため、本来のサイズ以上にガランとした印象だった。
部屋に入った三人、それぞれ服の袖口で口元を押さえ後藤を包囲するようにして近づいていく。
天井からの光がどこかスポットライトのように、後藤の骸を照らしていた。
誰が決めたわけでもない、その奇妙な停止位置。血溜まりを踏む直前で三人の足が止まる。
- 105 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時10分00秒
- しばらくの間、誰も動けないでいた。
後藤は部屋の中央、血で変色した絨毯の上にうつぶせで横たわっていた。
左肩の肩甲骨よりやや内側から、右腰の骨盤のあたりにかけて大きな裂傷がある。切り裂かれた
シャツを含め、その背中いち面にはもうすでに血液が凝固しており、その表面の凹凸でしか判断
できなかったが、おそらくそれは3本、並行に走っていた。
死に際に必死にもがいたのか、両腕のいたるところに擦過傷が見てとれた。
中澤は二人に目をやってから、いっそう濃い赤に染まった絨毯に足を踏み入れた。
かたわらにしゃがみこみ、首の後ろ側から後藤のノド元に手を差し込む。無意味とわかっていて
も脈をとっているのだろう。
しかし、指先が皮膚に触れた瞬間、冷た、と思わず中澤はつぶやいていた。
- 106 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時10分34秒
- 「あかん、もう冷たなってる……」
誰に言うでもなく、自分にいいきかせるようにそう言って、中澤は手を引き抜いた。べっとりと
その手に血液が付着する。
「裕ちゃん……」
「あ? ああ、大丈夫や。大丈夫……」
そしていち度大きくため息をついた。空中に白い煙が残る。当然のこと、この部屋には空調設備
は取り付けられてはいない。
「これぐらいは、ええやろ……」
千切れたTシャツを集めて背中を隠し、その上から中澤自身が着ていたカーディガンをそっとか
けた。
- 107 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時11分08秒
- 中澤が立ち上がる。それを待っていたように吉澤が一歩踏み出した。二人は言葉もなくすれ違い、
今度は吉澤が、後藤の肩に手を置いた。
そこからわき腹、腰、太もも、足首までゆっくりと手をはわせ、また首筋のあたりで止める。
くっと嗚咽にも似た呼吸が、たったいち度だけ吐き出された。
そして中澤と同様、なにごともなかったかのように立ち上がり、うつむいたまま後藤の血溜まり
から出る。
そのすべてがどこか感情のこもらない、機械的なもののように見えた。
- 108 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時11分42秒
- ただそんな中、保田だけが違っていた。先の二人をじっと見つめていたのだが突然、必死で押さ
えつけていたのだろう、感情を爆発させる。
「なんで! なんで二人ともそんなに簡単に、冷静に見れるの? 後藤が……、後藤が死んだん
だよ? なんでそんなに、なんで……」
涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。しかし保田はそれをぬぐうでもなく、ただ叫ぶようにして言葉を
続ける。
「こんなの、異常だよ。後藤が、仲間がこんな目にあってるのに、二人とも異常だよ! 後藤が
こんなになってるのに……。なんにも思わないの? なんにも感じないの? ねえ!」
自分の言葉で勢いがついたのか、保田が吉澤の胸ぐらをつかみ上げた。しかし少しもしないうち
にうつむき、両手の中に顔をうずめる。
「……おかしいよ。こんなの絶対におかしいよ」
- 109 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時12分14秒
- 「―― あたしは、泣くために来たんじゃないですから。泣くんなら、たぶん、下に行ってました」
押し殺したような吉澤の声が、沈黙をやぶった。ハッとして保田が顔を上げる。
「吉澤あんた……」
「部屋の中、見た瞬間になんとなくわかったんです。ごっちんもうダメかなって。血がこんなに
いっぱい出ちゃってたし……。でも、あたし、今じゃないとダメだったから。あとになって色々
考えちゃうとたぶん、ちゃんとごっちんの最後、見てあげられないから……」
唇が震えていた。
「だから……、何も考えられない今の内じゃないと……、ダメだったから」
保田の手を振り払うと吉澤は、泣いてきます、とだけ言って部屋を出ていった。しばらく呆然と
していた保田だったが、
「……あたしも、……後藤に」
ゆっくりと遺体に向かって歩きだす。たどり着くまでに何度も目元をこすり、息をつまらせた。
- 110 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時12分48秒
- 後藤のほほにかかった髪を後ろへなでつけてやる。長い髪のおかげだろうか、その横顔はほとん
ど血で汚れていなかった。
うっすら開いたまぶたと唇。それをそっと指先で閉じると、またほほの上に手のひらを置いた。
「……冷たい」
つぶやくように言う。
「なんでこんなことになるんだよ……、後藤がなにしたっていうんだよ……」
ぐっと涙をこらえて保田がようやく立ち上がった。そのとき、うつむいたままの視界に、それは
入ってきた。
「裕ちゃん、これ」
拾い上げて中澤に見せたそれは、見覚えのある古いカギだった。
- 111 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時13分27秒
- ■ 市井紗耶香 その3 (2001/1/9)
ゆっくりと目を開ける。いつもと違う天井にほんの一瞬戸惑ったが、なんのことはない、そこは
市井の泊まるホテルの部屋だった。
かけ布団の中でグッと手足をのばし、腰をひねるついでに隣りのベッドを見た。
平家とのツインルームのはずなのだがそこに彼女の姿はなく、きっちりのばされたシーツの上に
バッグが置かれているだけだった。
あれ、とつぶやいてサイドテーブルの上、デジタル時計を見ると、1月9日、11時37分。寝すぎ
だっての、といそいで布団をはねのけた。
- 112 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時14分05秒
- ノド元までとめたジャージのジッパーを下ろしながら、暗い部屋を見わたす。閉じたカーテンの
下の隙間から日光が入り込んできていたが、それは極端に弱く、その向こう側に曇り空を思わせ
た。
昨日さんざん散らかしたビールやそのツマミもすっかり片付けられていて、平家の意外な几帳面
さを発見することができた。
顔を洗おうと洗面所に向かう。無意識にカーテンに手をのばしていた。それはいつもする朝の慣
習のようなもので、とくに天候を気にしていたというわけではない。
けれど、そこに広がったのは予想外の光景。白い闇。
窓の外の景色は、市井自身まったく馴染みのない、風雪で閉ざされた世界だった。
「なに、これ……」
昨夜見えたスキー場やそこに立った照明、それらは雪のうねりに飲み込まれて姿を消していた。
- 113 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時14分35秒
- 反射的にテレビをつけた。しかしそう都合よく気象状況が放送されるわけもなく、しばらく少な
いチャンネルを替えて待ってはみたが、結局詳しいことはわからなかった。
それに見切りをつけると、市井はいそがしく支度をすませ、部屋のキーを拾い上げた。どうやら
平家が置いていってくれたらしい。
自分がいないときに平家が戻ってきたらどうしよう、とかすかに危惧の念が浮かんだが、ともか
く今は部屋から飛び出したかった。
嫌な予感がしていた。
たとえば台風の日に、狂ったようにさざめく木々や、雷で紫色に輝く夜空を見たときのような。
自分が極めて小さな存在だと認めざるをえない瞬間。自然に対する漠然とした不安感があった。
- 114 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時15分05秒
- 廊下に出てエレベータの前まで走りついたころ、行く先にあてがないことに気がついた。あたり
を見回したのだが、知った顔もない。思わず、なにやってんだよ、とため息が出た。
ちょうど、降りてきたエレベータが開く。
入れ違いで子供づれの観光客とすれ違ったが、この雪のせいだろう、どこか不機嫌そうな顔をし
ていた。
下がっていくデジタルの数字をぼんやりとながめながら、市井は昨日の電話のことを考える。
後藤が最後に言った、
「ねぇ、市井ちゃん」
その言葉が頭から離れなかったからだ。あのあと後藤はなにを言うつもりだったのだろう。後藤
ならどんなことを言っただろう。なぜかそれが気にかかった。
電話を切るのをせかしてしまったことを、少し後悔していた。
- 115 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)04時15分52秒
- 今回、市井が撮影に同行するきっかけとなったのも、後藤からの電話だった。
どこか旅行にでも行かない、というその内容に、てっきり年始にオフが入ったものとばかり思っ
ていた。ふたつ返事で、
「行く」
とこたえた翌日の午後、スタッフだと名乗る人、話してみるとこの人はディレクターだったが、
から電話があった。そしてこれがテレビの撮影であり、市井の同行は後藤からのたっての申し出
だということをきかされた。
後藤がそうするにはそうするだけの理由があるはずだ。不安や細かな葛藤もあったが市井はそれ
に了承し、撮影に同行することを決めた。そう、後藤のためにだ。
思いをめぐらせているうちにエレベータは1階に到着した。さしあたっての目的はなかったが、
いったんラウンジへ行き、平家かスタッフを探すつもりだった。
そしてゆっくりとドアは開いた。
- 116 名前:おみや 投稿日:2001年08月16日(木)04時19分32秒
- 細切れ感あふれる更新です。
「更新中断」でなくて「一時中断」、切るのにちょっと手間取ってました。
>>86
消したの。
- 117 名前:86 投稿日:2001年08月17日(金)01時51分09秒
- おお!更新されてる。
512文字制限にめげずに、がんがれ!!
- 118 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月30日(木)13時44分50秒
- ごま・・・・
- 119 名前:12 投稿日:2001年09月07日(金)09時45分23秒
- ■ #03 辻希美
―― 12:47 2001/01/09
1階広間、テーブルの上には石川が読んでいた楽譜が、まだ開いたままで置かれていた。
窓際にふたつある空調が低いうなりをあげ、石川がホラー映画のようだと言った雰囲気もいまだ
にただよっている。
辻は、入り口に突っ立ったまま広間を見回している飯田の手を離すと、その向こうにいる加護の
顔を心配そうに覗き込んだ。
黒目の大きな瞳は半ば閉じられ、肌に血の気がない。中澤の位置から見えたのだ、加護も当然の
こと、後藤の死体を見たのだろう。
「亜依ちゃん、だいじょぶ?」
思わずつぶやいたが、加護からの反応は返ってこなかった。
辻は加護の肩に手をのせると、なんとか椅子に座らせようとする。飯田から離れ、二、三度足を
もつれさせながらもその作戦は成功した。加護がゆっくりと椅子に腰を下ろした。
辻も隣りの椅子をガタガタ鳴らしながら引っぱってきて腰掛ける。
- 120 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時45分53秒
- 加護は太ももの上に置いた手を、うつむきじっと見めたまま動かない。辻はテーブルの上で寝そ
べるようにしてその顔を覗き込み、声をかけていた。
ふいにガチャリと辻の正面で鳴った。反射的に顔を上げる。見るとドアノブを握った飯田がもう
すでに半身外に出していて、
「辻、あたしちょっと行ってくる。矢口とかも呼んでこなきゃいけないし」
と辻の制止も聞かずに、ドアを勢いよく閉め出ていってしまった。
「……あ、……飯田、……さん」
閉じたドアを見つめていた辻はきゅっと唇をとがらせるとまた、寝そべって加護に目をやった。
しかし先ほどまでは蒼白だったそのひたいに、今度はうってかわって玉のような汗がにじみ出し
ている。
「あ、あ、あ……」
辻はいそいで下げていたバッグをひっくり返してタオルを取り出すと、四角く折りたたんで加護
のこめかみのあたりに押しあてた。なるべく加護を動かさないように、立ち上がってその周囲を
ぐるぐる回り汗を拭う。
- 121 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時46分24秒
- 「……亜依ちゃん、……亜依ちゃん」
何度も加護を呼ぶ辻の声に、しだいに涙が混じりはじめる。それでも手は休めずに、ひたいに、
首すじにと、必死にタオルをあてる。
そのタオルの端がまつ毛をかすめたとき、加護がいち度強くまばたきをした。辻は思わずビクッ
と手を引っ込める。
加護はきょとんした瞳でこちらを見ていた。そしてすぐに、ふふふ、と口元だけで笑顔を作り、
笑いはじめる。
「亜依ちゃ ――」
加護に向けてのばした辻の手。震えるその指先がほほに触れた瞬間、彼女は表情をかえぬまま、
その目から大粒の涙をこぼした。
- 122 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時46分59秒
- とめどなく流れ落ちる涙。辻の指をぬらしてしばらく、それはとまらなかった。
「ごめんなさい……」
そしてようやく焦点の合いはじめた瞳で加護がつぶやく。何度もセキ込みながら、ごめんなさい、
ごめんなさい、と繰り返す。
「亜依ちゃん、なんで謝るんだよ、なんにも悪いことしてないのに。なんで……、なんで……」
辻のはいていたスカートの太ももにも、自身の涙がぽたぽた落ちた。十三歳の少女にはこれ以上
どうすることもできなかった。
「なんで……、嫌だよこんなの。嫌だよぅ……」
辻が加護の肩を抱きしめた。強く、その存在を確かめるように。
ごめんなさい、と言った加護の口がそこでふっと止まった。そしてようやく、加護が声を上げて
泣き出した。
辻のそれとも重なって、子供のような泣き声がしばらく広間に響いていた。
- 123 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時47分33秒
- 「ちょっ、どうしたの! 加護!」
入ってくるなり矢口が声を上げた。玄関ホールよりの入り口からは、もっとも離れた位置に座っ
ていた二人だったが、遠目にも異常が確認できたらしい。矢口、安倍、飯田と、入って来た者か
ら駆け寄ってくる。
「……飯田さぁん」
涙でぐじゅぐじゅになりながら、辻は飯田を見てはじめて安堵の表情を浮かべた。加護も、人が
増えたせいだろうか、辻に肩をあずけてずい分と落ち着いた様子だ。
矢口と安倍が二人を囲むようにして椅子に座り、飯田はそのまま辻の隣りのテーブルに腰掛けた。
「加護、だいじょぶ?」
安倍が顔を覗き込むようにして言う。加護はまだうつむいたまま、それにゆっくりとうなずいた。
- 124 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時48分08秒
- 「で、なんで泣いてるわけ? 辻が泣くんならわかるけどさ、加護がこんなに泣くのってめずらし
くない? ねぇ?」
まだ飯田から何もきかされていないのか、矢口が率直な質問を口にする。
決定的な場面を見ていない飯田だったが、中澤や吉澤、それにこのふたりを見てなんとなく感づ
いていたのだろう。
「たぶん、たぶんだけど。後藤になんかあったんだよ。矢口の部屋にも行ったけどさ、あたしたち
後藤、探してたんだ」
飯田は辻の肩に手を置き、視線が合うのを待って、ね、と微笑みかける。
「あ〜、それは聞いた。部屋に来たときでしょ?」
「そう、でね、後藤の部屋の前の……。ほら、使ってない方の部屋、あるじゃん? あすこのカギ
開けたんだよ。そしたら、最初に中に入った裕ちゃんが、入ってくるな、って言って……」
矢口が、それで、と飯田を見上げた。
「え? それだけだよ。あたしも直接なかを見たわけじゃないしさ。でもなんか、みんなすっごい
顔してて。だから、辻と加護、つれて下りてきたんだけど……」
「じゃあなに? その部屋の中で、後藤、ごっつぁんがどうにかなってたってこと?」
- 125 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時48分54秒
- 「……たぶん、たぶんだよ」
そのあいまいなこたえ方に矢口は煮え切らない表情で、そうなの、と辻に加護にと次々に視線を
めぐらせた。
それがイライラしているように見えたのだろう、安倍がたしなめるように、
「矢口、ちょっと落ち着きなよ。裕ちゃんが来るまで待ってればいいじゃん。もうすぐ来るんだ
よね? カオ」
飯田が二、三度まばたきをしてそれにこたえる。矢口はまだ事態を軽く見ているのだろう、ふん、
と短くため息をつくと、背もたれに身体をあずけた。
飯田が辻に、安倍が加護に、それぞれ分担して言葉をかけていた。二人ともずい分と落ち着いた
ようだったが、加護の方はいまだにどこか不安定で、突然安倍からふっと視線を外したかと思う
と、きゅうに涙ぐむ。
困り果てた、という顔はするものの、安倍はそれを根気よくなだめていた。
- 126 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時49分25秒
- 最初はそんな4人をぼんやりとながめていた矢口だったが、ふいになにか決意でもしたのか椅子
から立ち上がった。そして自分に視線が集まるのを待ってから、
「あたしちょっと行ってくるわ」
そう言うとパタパタとスカートをはらう。「なんか、やっぱり自分で見ないとさ、ふに落ちない
っていうの? 信じられないよ、ごっつぁんに何かあったなんて」
「ちょっと矢口 ――」
飯田の制止をきく様子もなく、矢口はスタスタともとの入ってきたドアへと歩く。後ろから何を
言われても、大丈夫だって、と口の中で言うだけで振り返りもしない。
ドアノブに手がかかり、いきおいよく矢口がそれを回転させた。そのとき、
「―― 待って!」
今までにない、叫ぶような飯田の声だった。ようやく振り返った矢口に飯田は続ける。
「矢口が行くんなら、あたしも行く。あたしだって見てない。何が起こったのかわかってない。
ちゃんと知りたい、何が起こったのか。だから、矢口だけ行くなんて絶対ずるいよ」
飯田はテーブルから腰をうかせると、トンと跳ねるようにして絨毯の上に下り立った。
- 127 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時50分05秒
- 「ずるい、ってカオリそういうことじゃ……」
持ったままのドアノブをイライラと回転させている矢口。自分自身もワガママからの行動だった
のだろう、うまく反論ができずにいた。
飯田がそれを見て、フフンと鼻を鳴らす。OKサインが出たものと、さっそくドアへ向けて身体
を反転させ、足を踏み出した。
しかしそれが途中で止まる。
「……飯田さん」
辻が袖口をぎゅっとつかんでいた。今にも泣き出しそうなその目と目が合うと、行かないで、と
うつむきつぶやく。
「そそ、カオリは辻の相手してあげなきゃダメだよ。なっつぁんひとりじゃその二人の面倒見切れ
ないって」
と耳ざとい矢口だったが、
「―― でも、飯田さんが行くなら辻も行きます。もう、置いてかないで、ひとりにしないでくだ
さい……」
続く辻の言葉に絶句した。
- 128 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時50分37秒
- しばらく辻をじっと見つめていた飯田だったが、これで矢口を黙らせられると踏んだのだろう、
辻の手を取った。
そして顔をしかめている矢口のもとへたどり着くまでの間に、
「辻はついてくるだけだからね、部屋に入っちゃダメだよ」
「絶対に泣かないこと。また泣いたら口きいたげないんだから」
「みんなには迷惑かけないんだよ? カオリが謝らなきゃいけないんだから」
と念を押す。
辻もそれに真面目な顔をして、はい、はい、といちいちこたえていた。
- 129 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時51分47秒
- 玄関ホールに近い側のドアから廊下に出ると、左手にはすぐにホールへつづくドアがある。廊下
から見た場合、L字に折れた先にある勝手口を除くすべてのドアは押し戸になっており、せまい
幅ながらそれぞれがぶつかり合うということはない。
矢口は二人が広間を出るのを待ってホールへのドアを開いた。
飯田の手をしっかりと握った辻は引かれるままに、シャンデリアの下、2階への階段へと歩く。
二人の前に立って先頭を歩いていた矢口だったが、ふいに後ろを振り返った。ちょうど階段が90
度に折れたあたりだ。
「ねえカオリ」
もくもくと歩いていた飯田が顔を上げる。矢口はすでに階下を眺めていた。
「なんか……、へんじゃなかった? いや、何がって言われるとわかんないんだけどさ。なんか
へんな感じ、しなかった?」
辻も飯田と同じようにしてホールを見た。
- 130 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時52分25秒
- シャンデリアの明かりでぼんやりと浮かび上がったホールはどこか異世界のようでもあり、少し
前に流行したスプラッタ系のTVゲームのようにも見えた。
「どっか、へんかな?」
飯田が不思議そうに手すりに両手をつき、燕脂色の絨毯を覗き込む。
矢口は何か言いたそうに言葉を探していたが、結局、やっぱなんでもない、とだけ言うとまた階
段を上りはじめた。
辻と飯田は見つめ合って肩をすくめると、そのあとを追った。
踊り場を曲がってすぐに後藤の部屋がある。しかしそれよりも先に、ドアの前でしゃがんでいる
石川と吉澤が目に入った。
向こうも矢口に気がついたのか、
「あ、矢口さん」
と石川がいつもよりはるかに暗いトーンで言って、顔を上げた。
- 131 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時53分04秒
- 「下りたんじゃなかったんですか?」
先ほど矢口を呼びに出た飯田たちとすでにいち度会っていたのだろう、いったんは1階に下りた
はずの面々を不思議そうな目で見ている。
そしてゆっくりと腰を上げた石川だったが、一方の吉澤は両ヒザを抱えたきり動こうとしない。
「ちょっ、よっすぃー大丈夫? どうかしたの?」
矢口が思わずといった感じで声をかけた。
「あ、あの ――」と吉澤にかわって切り出した石川だったが少し戸惑ってから、「矢口さんたちが
下りていって、すぐによっすぃー出てきたんですよ。でも、なんかやっぱり中でたいへんだった
みたいで……。ずっとこのままで……」
吉澤を振り返った石川が、悲しそうな視線をこちらへともどした。
- 132 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時53分35秒
- 飯田と矢口が顔を見合わせ、そのパンドラの箱を見る。勢い込んできた二人だったが吉澤のこの
様子を見ると、それは簡単に覗き見ていいような物でないことはあきらかだった。
「中は、裕ちゃんと圭ちゃん。あとごっつぁんだけなんだよね?」
うつむいたままの吉澤の前まで行って、矢口がその顔を覗き込むようにして言う。吉澤の頭が縦
に上下した。
それにすかさず石川がフォローを入れる。
「そうだと思います。わたし、ずっとここにいましたから。よっすぃーと中澤さんと保田さんが
中に入って、飯田さんが加護ちゃんと辻ちゃんを連れて行ったんですよね。そのあと飯田さんが
またもどってきて、矢口さんと安倍さんを連れて下りて、そのあとに、よっすぃーが出てきたん
です。だから……」
なるほどね、と矢口はうなずいてドアを振り返った。
- 133 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時54分19秒
- 「どうする矢口? 入ってみる?」
飯田が隣りに来て矢口の肩のあたりをヒジで押す。
「あ、うん……、どうしよ。今入ったら、やっぱり裕ちゃん怒るかな? 怒るよね?」
そう同意をもとめた矢口は見た目にもそれとわかるほど意気消沈しており、飯田を見上げた顔も
不安で満ちていた。
「怒る、かな……。裕ちゃんなら怒りはしないと思うけど、たぶん迷惑かけることになるかも」
自分の言葉に反応して、飯田が辻に視線をおくる。そしてそれがぶつかると、迷惑かけちゃいけ
ない、か、とため息混じりにつぶやいた。
- 134 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時55分04秒
- 結局二人がドアを開くことはなく、そこにいた5人全員、石川たちが最初にそうしていたように
壁にもたれて座っていた。踊り場から、飯田、辻、矢口、そして石川吉澤の順だ。
ただ、吉澤はあいかわらず顔を上げることはなく、石川からかけられた言葉にも首を少し振るだ
けだった。
中澤と保田が部屋から出てきたのは、それからさらにしばらく経ってからのことだ。
何の前ぶれもなくドアノブが回転し、吉澤以外の誰もがぎょっとして正面にあるドアにその視線
を集中させた。
ドアを開いたのは保田で、半ばまで開いて矢口と目が合うと、あれ、と少し驚いたような顔をし
た。しかしそれもつかの間で、いったんドアを全開させて中澤を廊下にうながした。
- 135 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時55分48秒
- 「ああ、矢口。来てたんか……」
誰もが思わず立ち上がった。中澤の声にではない。座っていた状態で目前にさらされた中澤の手。
そこに付着した赤に、血の赤に背中を押されたのだ。
「……裕ちゃん、その手。……ケガ?」
「え? ああ、大丈夫。大丈夫や、あたしは」
中澤が両手をいち度裏表に返してみせた。しかしすぐに辻の存在に気がついたのか、それを体の
後ろにかくした。
「なんや、辻までいるんか……。下、行っときって言うたやん」
力ない中澤の口調は、どこか優しくきこえた。
- 136 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時56分22秒
- 中澤の壮絶な姿に気圧されるようにして、飯田たちは廊下の端によって道をつくる。
「ほら、いくで」
「は? 裕ちゃん、ごっつぁんは? だってまだ中にいるんでしょ? その手の血だって……」
矢口がくってかかった。しかし途中で気がついたのか、「……それ、それって、ごっつぁんの血?
ごっつぁんの血なの?」
半ばすがるような口調だったが、中澤は振り返らぬままうなづいた。
閉じていくドアを飯田が首を曲げてじっと見つめていた。
後藤を置いてきた。凍えるような部屋に、後藤をひとり取り残してきた。ごめんね、飯田の唇が
そう動く。
しかしそれはドアの閉じる音と、保田がカギをかけた金属音ですぐにかき消されてしまった。
- 137 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時57分03秒
- ふらふらとした足どりの中澤を保田が肩をかして支えていたのだが、階段にさしかかったあたり
で転びそうになり、あわてて飯田が反対側から手をさしのべた。
吉澤も同様で、矢口が小さい体ながら、石川に手をかして階段を下りる。
最後尾で辻がそんな6人を心配そうに見つめていた。
「……ちょっとごめん」
階段を下りきったところで中澤が両脇の二人に声をかけた。
「なに? 裕ちゃん。もっとゆっくり歩こうか?」
中澤は、違う違う、と血の渇いた手をひらひらさせると、玄関ホールの扉を指差した。
「電話、スタッフに連絡せなあかんやろ? 後藤のこと」
ああ、と保田と飯田が顔を見合わせた。確かに、現状を一刻もはやくふもとのスタッフに知らせ
る必要がある。
唯一の通信手段、例の衛星携帯電話だ。
矢口もそれを後ろできいていたのか、お願い、と吉澤を石川に任せると、中澤たちの前に飛び出
して、扉のわきにあるチェストへ駆け出した。
- 138 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時57分33秒
- 「―― あ」
薄暗い壁際に近づいたところで、矢口の歩調が極端に落ちた。そしてその矢口の胸のあたりまで
高さのあるアンティークチェストを目の前にして、その動きが完全に止まってしまった。
「……ない、……やっぱり、ない」
くるりと振り返る矢口。口元の筋肉がふるえ、今にも叫びだしそうな顔をしていた。
「矢口、ないって何が?」
中澤を保田に任せて飯田が数歩前に出た。そして飯田もまた、あ、と口を開いたまま立ち止まる。
背の低い矢口の向こうに見えたのだろう。
いや、正確には“見えなかった”というべきか。
そう、そのチェストの上には何もなかった。そこにあったはずの不恰好なあの衛星携帯電話は、
あとかたもなく消えていたのだ。
- 139 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時58分11秒
- 「さっき、へんな感じがしたんだよ」
矢口が電話機があったであろう、ホコリが四角くなくなっている部分を指先でこすりながら言う。
「へんな感じが……」
その矢口を中心にして、中澤、保田、飯田、そして辻の4人は、ゆっくりとしたその動きを目で
追っていた。
吉澤につきそった石川はすでに広間に入っており、そのドアが閉じてから少し時間が経っていた。
その間にもホールに残った者でひと通りあたりを探してはみたのだが、衛星携帯電話が見つかる
ことはなかった。
- 140 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時58分48秒
- 「あそこから見下ろしたとき、……違う、この前を通ったときか。すごく普通だったんだ。うん、
そう、普通だった。それまではさ、あの電話だけすごく場違いな感じだったでしょ? だから、
通るたびに、あ、電話があるって思ってたんだ。でもさっきはなんか素通りって感じで、たぶん
電話がなくなってたからそう思ったんだと思う」
「だから、やっぱりって言ったの?」
保田の問いに、うん、とうなずいて、矢口はそのままチェストにもたれかかった。
「どうしよう……」天井を仰いでから矢口は視線を落として、「どうする? 裕ちゃん、やっぱり
はやく山、下りた方がいいよね?」
中澤と保田が顔を見合わせた。何かを言いかけた保田を制して、
「矢口、あとカオリもようきいてや。見てみればわかると思うけど、外、めちゃめちゃ雪降って
てな。素人のあたしらだけやったら、たぶん下りることもできひんと思う。今、あたしらはこの
建物からは出られへん」
それはある種の宣言、あるいはこれから起こる事態を示唆した宣告であるかのように、ホールに
響いた。
- 141 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時59分21秒
- 「それって閉じ込められたってこと?」
「そう」
「電話もなくなって、連絡もとれない?」
「ああ、そうやね」
矢口はハッと息を吐き出してからまた、天を仰ぐ仕草をした。それは、怒りと不安をうまく言葉
にする方法を探しているようにも思えた。
サイアク、と口の中で噛みしめてから、「それで、裕ちゃんはどうするつもりなの?」
壇上を中澤にゆずるように、矢口がチェストの正面から身体をずらした。
しばらくその場を動かず何か考えている様子の中澤だったが、数歩前に出て4人の中心に立った。
- 142 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)09時59分54秒
- 「まずは ――」
視線が中澤に集まる。しかし中澤はすっとそれを外して廊下へとつづくドアを見ると、
「まずは、広間にもどろ。ちゃんと話すにしても全員がそろってからや。それにここ、ちょっと
さぶいしな……」
カーディガンを脱いだ薄着の肩をすくめる。いこか、と周囲の返事を待たずに歩き出し、中澤は
おぼつかない足どりのまま保田の隣りをぬけていった。
思い出したように保田がそのあとを追い、飯田もそれにつづいた。
ただ矢口はしばらくその後ろ姿を見つめてから、
「全員、ね」
と皮肉るように言う。そこで辻の視線に気がついたのか、フンと鼻を鳴らすと行ってしまった。
- 143 名前: 投稿日:2001年09月07日(金)10時00分50秒
- ホールにひとり残された辻だったが、矢口を見送ってもまだ動こうとはしなかった。
心配したのか飯田がいち度ドアから顔を覗かせて、おいでおいでと手招きをしたが、それにも、
ちょっと待ってください、と首を横に振った。
飯田がドアを閉じるのを待って辻は身体を反転させると、山荘の玄関ドアの前まで走った。
ドアノブを目の前にして、しっかりとそれを握りしめる。
ガチャリ、と鳴った金属音が、次の瞬間にはもうすでにかき消されていた。わずかに開いたすき
間から入った雪のツブテが、ドアを支えている辻の腕のあたりをまたたく間に白くかえていく。
「あ……、あ……」
いそいでパタパタとそれをはらうと、辻はさっさとドアを閉じ施錠をする。そして来たときより
ずっとはやいスピードで廊下へと向かった。
道すがら、息を弾ませながらつぶやく。
「……カギ、……カギ、あいてた」
- 144 名前:おみや 投稿日:2001年09月07日(金)10時01分23秒
- 更新です。なんか色々かわってるし。
>>117
がんがる。
- 145 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月18日(木)02時45分33秒
- そろそろ更新して欲しいゾっと♪
- 146 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月20日(土)13時58分14秒
- 楽しみに待ってます。
- 147 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月04日(日)00時50分03秒
- おーい、おみやさーん!!
そろそろどうだい?
- 148 名前:おみや 投稿日:2001年11月07日(水)21時19分03秒
- 案内板見たんだけどさ。なんていうか、正直、見てらんない。
ここに来はじめたころってさ、まだ板もひとつしかなくて、スレがひとつ増えるとひとつdat(?)
に逝く、って状況だった。
だからスレ立てるのにも、なんていうか、責任みたいなものがともなってて、書きはじめた以上
は面白いんだろうな、みたいな目で見られてるって思ってた。
狛犬さんとか血のあじさんとかが書いてて、更新が楽しみで、言い過ぎかもしれないけど、漫画
の「トキワ荘」みたいになるんじゃないかな、とか勝手に期待してた。
だから最初はそこにわって入ることができなくて、モー板で書き始めたんだけどね。そういえば
あれがモー板で最初に立てたスレだったな・・・。
まあそれはいいや。
- 149 名前:おみや 投稿日:2001年11月07日(水)21時19分46秒
- それから赤と青ができて、そっちに移して書きはじめた。
スレがまるまるひとつ自分の文章でうまるっていうのは快感で。もともと文章が上手く書けるわ
けじゃなかったから、エンターテイメント性の強い話しだったんだけど、書き上げたときは強烈
にうれしかった。
いま書いてる人たちはそういうのが無いのかなぁ、とどうしても思ってしまう。なんていうか、
書くことそれ自体がメインじゃなくて、読んでる人とのコミュニケーションがメインになってる
っていうか。
まあ、最近はほとんど読んでないから、たまたま見たのがそうだったのかもしれないし、スレの
中身がどうなってるのかはわからないけども。
- 150 名前:おみや 投稿日:2001年11月07日(水)21時20分21秒
- それでパクリ・盗作に関してなんだけど。どうなんだろ?
推理小説とかでそれをやられちゃうと、無い頭をしぼってやってるこっちとしては勝ち目がない
わけで。
ただそれをそうするにはきっと理由があるはずだから、鬼の首とったみたいに「パクリパクリ」
ってお祭り騒ぎするのもどうかと思うし。ヘンな規約とか規制をつけるのも、同じぐらい子供っ
ぽいことだと思う。
「書く」ってことに縛りをつけるのが、あんまり好きじゃないんだよね。
なによりも楽しいことは、「モーニング娘。」っていうキャラクターを使って物語を作れるって
ことなんじゃないのかなぁ、と思うわけです。
- 151 名前:おみや 投稿日:2001年11月07日(水)21時21分00秒
- あと、この「キャスト」は、削りたい部分と書き足したい部分ができたので、今ちょっと書き直
してます。
読んでくださっている方には大変申し訳ないんですが、一時的に更新は休止ということでひとつ
ご理解のほどよろしくお願いします。
このスレも、邪魔になるようでしたら倉庫に送っていただいて結構です。
>>145-147
ごめんなさい。落ち着いて更新ができるようになったら、BAD板の方でお知らせします。
- 152 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月10日(月)22時36分59秒
- 是非おちつきましたらがんばってください。
楽しみにしてます。
Converted by dat2html.pl 1.0