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小説『ヴィヴァ・ラ・プッチ・ムシカ』
- 1 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年03月31日(土)04時03分11秒
- 学園モノです。
主な登場キャラが新旧プッチの4人なのでここで始めさせてもらいます。
行間あけないのは癖なので、読みにくいかもしれませんが御容赦下さい。
- 2 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年03月31日(土)04時03分41秒
- 4月下旬、都立朝宮高校では放課後4日に渡り恒例の課外活動説明会が行われている。
今日は4日目の公演系文化部の説明会である。
「何があんのー」
1年D組11番、後藤真希はけだるそうに言った。
「えーとまず特別課外の放送部でしょ。あと部活動が演劇、吹奏楽、コーラス、ビッグバンド、軽音楽の5つ。で同好会が落語とかウクレレとかいろいろあるけど。」
隣に座っているC組44番吉澤ひとみがプリントを見て答える。
「明日香が言ってたのって演劇部でしょ。」
ひとみは更に隣のA組37番福田明日香に話をふる。
「うーん、でも帰宅部かもしれない。文芸部はマン研とおなじだったし。
二人は帰宅部?」
「どうしようかなあ。運動部イマイチでさあ。」
ひとみと真希は1・2日目、明日香は3日目にも、この課外活動説明会に来ているが、三人とも気に入った部は見つかってないようだ。
「軽音部とかならまだいい男いるんじゃないの?」
明日香はため息まじりにやれやれといった感じでひとみの持っていたパンフを指差す。
まるでひと昔まえの少女マンガのような、、、明日香流の冗談だった。
「・・・どうだろうねえ」
真希はあまりヤル気がないといった感じで返事をした。
- 3 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年03月31日(土)04時04分22秒
- ステージでは演劇部員がコメディータッチの寸劇をみせている。
「アハハ。面白いじゃん。」
「いいんじゃないの。明日香」
「うん、結構面白そう。」
15分の持ち時間をフルに利用した演劇部のアピールが終わり、合唱部になったあたりで真希の意識は薄れていった。
・・・・・・・・・・・
「ピィィィーーーーーーーーギュ」
聞き覚えのある耳障りな高音に真希は目をさます。
不快感をあらわにした表情で隣を見ると、ひとみも同じ表情をしている。
「次3つめの吹奏楽部」
明日香にそう言われて理解した。さっきの高音はサックスの倍音だったのだ。
ステージには10人以上の人が楽器を持って立っている。
マイクを握った気弱そうな少女が部の概要を説明している。
「あれ、ごっちんのやってた楽器でしょ。」
ひとみがステージをさして言う。
「ああ、そう。あの長いのね。」
真希も中学校では吹奏楽部でトロンボーンを吹いていた。
しかし中学で既に幽霊部員となっており、高校でも特に楽器を吹く気はなかった。
真希は深く座り直し、再び眠りにつく。
- 4 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年03月31日(土)04時04分49秒
・・・・・・・・・・・
「どうもみなさん。こんにちは〜。」
突然聞こえた明るい女性の声で目を醒ます。
ステージを見るとやはり楽器を持った男女4人が立っているが、どうやら先程の吹奏楽部ではないようだ。
「い、今やってんの何?」
「今4つめのビックバンド部がはじまったとこ。」
慌てて明日香にたずね、間にいたひとみを起こしてしまう。
ステージをよく見ると4人のうちマイクを持ってしゃべっているのは女性2人だけで、他の2人は壇上であるにも関わらず世間話をしているようにも見えた。
「ビックバンド部部長、3年の保田です。」
「同じくビックバンド部2年の市井で〜す。
よろしくお願いします。」
市井と名乗った右側の女生徒は呼びかけるようにしゃべっている。
どうやら先程真希を起こした声の持ち主は彼女のようだった。
- 5 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年03月31日(土)04時06分45秒
- まず向かって左側のサックスを持った女生徒が口を開く。
「ビッグバンド部では管楽器を中心にしたジャズの一種を演奏しています。楽器はここにいるサックス、トランペット、ウッドベース、ドラムスの他にトロンボーン、ラテンパーカッション、ピアノ、ギターなどがあります。ではまあとりあえず演奏をお聞き下さい。それじゃサヤカ、曲紹介よろしく。」
(へぇー、あの人、サヤカさんって名前なんだ)
真希は右手の紗耶香に目を移す。
「はいはーい、ケイちゃん。
それではここでジャズの定番曲を聞いていただきましょう。
デュークエリントン楽団のスタンダード、ストレイホーン作曲のこの曲」
紗耶香はトランペットを構え、ストラップにサックスをかけた圭と口をあわせて言う。
『Take the "A" train』
- 6 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年03月31日(土)04時07分16秒
- ドラムスの4カウントから入るスウィングのリズム。
4人しかいないはずなのに複雑に美しく奏でられる旋律。
つい先程までなら深い眠りについていそうな心地よい音色。
しかし真希はステージの4人に釘付けになっていた。
サビからの表情豊かなサックスソロ。
メンバーと顔を見合わせ、いきなり立ち上がりおどけてクラッシュを叩くドラムス。
ソロでもないのに器用にも演奏しながらアタッチメントごと前にでてくるベース。
そしてとても張りがあるのに繊細なトランペット。
「かっこいい....」
ひとみも目を見開き、思ったことをそのまま口に出す。
5分少々の演奏はあっという間だった。
曲が終わったあともドラムスとベースは演奏を続け、2人が再びマイクを握る。
「B・ストレイホーン作曲『A列車で行こう』でした。」
「この曲はとても落ち着いた風格のある曲ですけど、もっと明るい曲や美しい曲などいろいろな曲をやります。」
「こう見えてもサヤカはもっと激しいトランペッターなんです。」
「激しいってそれ、誉めてるの?」
圭は肩をすくめてリズム隊に合わせて楽器を吹きはじめる。
「まあ圭ちゃんがおとなしいのは楽器を持っている時だけなんですけどね。」
してやったり、という表情の紗耶香に、圭は目で抗議した。
実際に口に出したわけではないが、真希には圭の声が聞こえた気がした。
圭は器用に倍音を使ってスローテンポから激しい旋律を奏ではじめる。
同じ倍音でもさっきの吹奏楽部のとは全く違う心地よい響き。
そのまま紗耶香一人がステージの中央にでてくる。
中央に出てきた紗耶香が1年生に呼びかける。
「練習はいつもこんな感じですすんでいます。
少しで興味を持ってくれた人は部室まで遊びにきてください。
楽器の経験も問いません。
ヤル気がある人、お待ちしてます。」
紗耶香が後ろを振り向くとドラムスは徐々にテンポをおとし、ベースはフレットを下に滑らせ、サックスは倍音を響かせる。
合図があったのだろうか、紗耶香のロングトーンとともに4人一斉に演奏を終わらせる。
真希は無意識のうちに拍手していた。
- 7 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月01日(日)00時03分51秒
- 大期待です。頑張って!
- 8 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月01日(日)03時27分48秒
- 翌日、真希はひとみを連れて部室に来ていた。
北棟2階、資料室や準備室が並ぶ校舎のはじにビッグバンド部室はあった。
「ここ...だよねえ、、、」
周りに他の部室はない。
「、、、、のはずだけど・・・」
ドアにはABCと彫られたサーフショップにあるようなプレートがかかっているだけ。
「一年生だよね。見学かな?」
いきなり声をかけられて2人は驚いて振り向く。
と、そこにいたのは昨日ステージに立っていた紗耶香だった。
「はっはい。そうです。」
真希は背筋をピンと延ばして答える。
「そんなに緊張しなくていいよ。とりあえず入ってよ。」
そう言って紗耶香は部室のドアを開けた。
- 9 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月01日(日)03時28分15秒
- 中にはすでに数人の部員の姿があった。
紗耶香が挨拶したのに続き、2人も頭を下げた。
「えーと、名前聞いておこうかな。」
「吉澤ひとみです。」
「あっハイ。1年D組11番後藤真希です。」
「やったことある楽器とかやってみたい楽器とかある?」
「中学の頃トロンボーンを吹いてました。」
「ボーンかあ。いいねえ。
・・・・えっと、吉澤さんは?」
「あっ私は付き添いなんで。」
ひとみは慌てて手をふる。
「そんなこと言わないでやってみよーよ。」
「そう、、ですかあ。
えーと、でも私ピアノ弾けないし、リコーダーも下手だし、、、」
「いーよいーよ。大丈夫。
そうだ和田さん。」
紗耶香の呼び声に奥で雑誌を読んでいた男性が反応する。
「姫様、お呼びかな?」
そう言って男は口元をゆがめるだけで笑顔を作り、真希達に会釈する。
「3年でパーカッションの和田さん。」
「よろしくおねがいします。」
「いらっしゃい。
パーカッションってのは早い話がたいこなんだけど・・・
まあ今日一日遊んでみてよ。」
話を聞いていたらしく、和田は気さくな笑顔でひとみに語りかける。
「はい、じゃあ。」
ひとみは和田にうながされてついていく。
- 10 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月01日(日)03時28分44秒
- 「トロンボーンの人、もう少ししたら来ると思うから、ちょっと待ってね。」
あらためて部室を見回してみると思ったより狭いことに気付く。
真希の部屋が8畳であることを考えても、その倍程度しかないだろう。
「狭いでしょう、この部屋。」
考えていたことを見事にあてられ、真希は紗耶香を見やる。
「この部屋ねえ、一年前まで社会科の資料倉庫だったの。
まあ、それで他と離れたところに1個だけ部室があるんだけどね。」
「倉庫って、、どうしてそれが部室になったんですか?」
真希が問うて紗耶香に見向くと、紗耶香はドアのほうを目を向けて。
「あっ、都築さん。」
真希も紗耶香の視線の先を追う。
「都築さん、こちら入部希望者の後藤さん。」
「あっはい。」
都築と呼ばれた厚めの眼鏡をかけた男はあらためて真希に会釈する。
「どうも。トロンボーン3年の都築浩です。」
「あっはじめまして。後藤真希です。」
「彼女ボーン希望なんですけど。」
「よろしくお願いします。」
「あ、そう。
んと、、、楽器の経験はある?」
「はい。あまりうまくないですけど。」
「じゃあ早速吹いてもらおうか。
マウスピース持ってる?」
「はい、持ってきました。」
真紀はカバンから革のマウスピースケースを取り出す。
「じゃあ都築さん、よろしくお願いしますね。」
「OK、姫。」
都築は腰掛けていたパイプ椅子から立ち上がり、真希についてくるようにうながす。
(とは言っても狭い部室なのだが)
「後藤さん、部室の話はまた今度ね。」
「あっはい。
あの、、、真希、でいいです。」
立ち上がった真希はうつむいてつぶやく。
それを見た紗耶香は一瞬の間をおいて、微笑ましげにこう答えた。
「よろしくね、真希ちゃん。」
- 11 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月01日(日)03時29分18秒
- しばらく都築の楽器を吹いていると紗耶香が一人の女性を連れてきた。
「へ〜、音量は素晴らしいわね。
都築君よりスゴイんじゃない?」
スライドから女性に視線を向けると、そこに立っていたのは昨日紗耶香とステージでトークをしていた圭だった。
「真希ちゃん、この人、うちの部長の保田圭さん。」
紗耶香に紹介されて真希が会釈すると圭も(いらっしゃい)とこちらに微笑む。
「どうだろね。
でもこれで吹くのが久しぶりっていうんだから恐れ入るね。」
先輩同士の会話は聞いている後輩からするとなかなか緊張する。
皆気さくに会話しているのだが、この部長は存在するだけで威圧感を与える。
「後藤、自分の楽器持ってる?」
その圭にいきなり話しかけられた。
「えと、持ってないんですけど。」
「都築君、うちのボーンは?」
「僕のMy楽器。あと花瓶にもならないのが1個。」
「そか、、、買ったほうがいい?」
圭が都築と紗耶香に向かって笑みを浮かべる。
「え、買えるの?」
「部に昇格して、けっこう部費がでるようになったんだよね。」
「スゴーイ」
紗耶香は本当に嬉しそうだ。
それを見て自然と真希の口許も緩む。
特に笑顔で細まった紗耶香の目はこの上なくチャーミングだ。
幼いわけではないが、純真なかわいらしさ。
それでいて同性から見ても全く嫌みのない。
彼女の微笑みはまさに天使だ。
とっさに下手なキャッチコピーを考えてしまう真希だった。
「・・・・・後藤、どっちがいい?」
「えっ?」
紗耶香のほうを向いてにやついていて、話を聞いていなかった。
「ちゃんと先輩の話は聞くこと」
そう言って圭は真希の額をツンと弾く。
「もう一度言うよ。
全額支給で備品として買うのと、一部自己負担で自分の楽器買うのと、どっちがいい?」
「えーと」
真希が少し頭をひねると、紗耶香も口をすぼめてこちらを見ていた。
「ほらほら、紗耶香と見つめあったって答えはでないよ。」
そう言って圭は少しおどけた笑顔を見せた。
- 12 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月01日(日)03時29分51秒
- 「・・・じゃあ二人とも入部ってことでいいわね。」
「はい」
ひとみはよほどパーカッションが気に入ったらしく、(私も入る)と真希に楽しげに言った。
「それじゃ明日顔合わせやるんで放課後来てね。
部活日程はそこで言うから。」
「はい」
「分かりました。」
「うむ、返事がよろしい。」
「顔合わせってなにやるんですか?」
「ん、別になんにも。自己紹介くらいかな。
まあとりあえず入部期間終わるから部員もほぼ出そろうだろうし。」
朝宮高校では4月の第4週が入部期間となっていて、月曜日から4日間に渡って入部説明会がある。
もちろんいつでも入転部は可能だが、多くの生徒はこの土曜日までに希望の部に入る。
「はい、それじゃまた明日ね。さよなら」
「お先に失礼します。」
二人は圭に会釈して部室を出る。
- 13 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月01日(日)03時30分25秒
- 「そんなにパーカッションが気に入ったの?」
「うん、楽しいよ。叩いてるとなんかスゴイ愉快。
それにウインドチャイムとかとってもキレイだし。」
本当に楽しげなひとみを見て真希も(ふふっ)っと笑う。
「どうしたの?」
「なんかね、よかったなって」
「なにが?」
学生鞄を両手で持って真希がひとみの一歩前に出る。
「ん、ヨッスィーが一緒に入ってくれて。」
すると背後からひとみがつぶやく。
「・・・・オレのコンガさばきに惚れるなよ。」
真希が立ち止まり、そして振り向く。
「・・トロンボーンのスライドでKNOCK OUTしてやるよ、ベイベー」
二人は視線をあわせ、同時に吹き出した。
- 14 名前:作者 投稿日:2001年04月01日(日)03時32分27秒
- そこそこ書き進んでいるのですが、更新は今後の筆の進み具合を見て、ということで。
>>7さん
ありがとうございます。
御期待にそれるように頑張ります。
- 15 名前:読む人 投稿日:2001年04月01日(日)15時03分46秒
- 面白いです!今度からは小説板だけでなくここも見に来なきゃいけませんね。
期待しております!
- 16 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月02日(月)00時33分33秒
- 翌日、顔合わせということで狭い部室には20人弱の生徒が集まっていた。
「3年生の最後はバスクラのはたけ君です。」
「御紹介に預かりましたはたけです。」
圭に呼ばれ、長髪の男が壇上に上がる。
「一応、バンドマスターやってます。
楽器はバリトンサックスがうちの部にはないので持ち替えのバスクラリネットを吹いています。
あとギターも弾きます。
・・こんなんでいい?・・・あっはい。」
男は眠たげな目で圭に確認をとり、木箱を倒した即席の壇を後にする。
「以上が3年生の部員で全員で6人、ですね。
よろしくおねがいします。」
「えーと、続いては2年生の部員です。
2年生部員は4人いますが、この学年紅一点の紗耶香からいきましょう。」
今度は紗耶香がでてくる。
「2年トランペットの市井紗耶香です。よろしく!
なんか3年は会計だの楽譜の管理だの印刷物だので忙しいらしくて、一応副部長をやることになりました。
頑張って部長の圭ちゃんの補佐に努めたいと重います。」
圭は紗耶香のほうを向いて笑った。
ああ、この空気だ。
真希はそう思った。
この雰囲気に引き寄せられてここに来たんだ、と。
- 17 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月02日(月)00時34分32秒
- 部員全員の自己紹介が終わったところで圭が部室を見回すような仕種をとる。
「・・以上が今年度の部活動をいっしょにやっていく部員です。
えーと、それではここでうちの顧問の先生を御紹介します。
去年産休あけて1児の母になったばかりの山田先生です。」
圭に呼ばれて部室の端から一人の女性が立ち上がる。
一人制服ではないのだから気付きそうなものだが、真希はその存在に全く気付いていなかった。
決して地味なわけではない。それ程この部室の雰囲気に溶け込んでいたということだろうか。
「この4月から正式に顧問をやらせてもらうことになりました山田彩です。
3年生のみんなは旧姓の石黒だった時に受け持ったのですが、他の人たちははじめましてですね。
担当教科は家庭科なのであまり音楽はくわしくないのですが、、、
学生時代に少しバンドをやっていた位です。
それでは今後ともよろしくお願いします。」
彩は終始物腰の柔らかな口調で壇上を降りた。
- 18 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月02日(月)00時36分33秒
- 圭が再び壇上にあがる。
「全員の紹介が終わったところで本年度の部活動について御説明いたします。」
一つせき払いをしてはじめた堅苦しいセリフに、なぜか3年生から笑いがこぼれる。
「今年度、演奏機会は2回を予定しています。
まずひとつは6月上旬の公演発表会です。
毎年演劇部・吹奏楽部・合唱部がやっているあれに今年から参加させてもらうことになりました。」
おお、と上級生からどよめきの声があがる。
真希がそちらを見ると、紗耶香と目があった。
「で、夏休みを挟んでもうひとつが11月の文化祭です。
2年連続アンケートで公演催し物1位を狙うので、みなさん頑張りましょう。」
「はいっ!」
紗耶香が勢いよく返事をして、真希に微笑みかける。
意識せず、真希も紗耶香に微笑み返した。
「それと活動日ですが、全体練習は水曜日と土曜日を予定してます。
本番前は増えると思いますが。
で、えーと、公演発表会まではギターを除くリズム隊の1年は全体に出なくて結構です。
1年でホーンセクションの4人は絶対に参加すること。
あっもちろん2・3年は全員出席しなさいよ。」
「え〜」
狭い部室の後ろのほうから和田の声が響く。
ひとみと真希はその声にドッと笑ってしまう。
「公演発表会以降は全部員水・土曜日は来ること。
それ以外の日は個人練習日ってことにするので自由に練習しに来てください。
それでは今日は以上です。
今年1年間どうぞよろしく。」
- 19 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月02日(月)00時41分49秒
- その日の帰り道、真希とひとみが並んで歩いている。
「なんかクラブみたいじゃなかった?」
「うん、そんな感じ。
狭くてあれだけ人がいてさ。
初対面でも微笑みかけてくれるし、でもみんな全然気抜いてないし。」
ちなみに二人とも中2のうちにクラブに出入りするのはやめている。
オールナイトでいると真希の睡眠量が絶対的に足りなくなるからだ。
「...でも水・土はヨッスィーは来ないんだよね。」
「すぐに参加するよ。他の日だって行くしね。」
「うん・・・・」
真希はそう答えると足取りをおそめる。
そんな真希に気付いてひとみも歩きを止める。
「・・私が行かないと、寂しい?」
「・・・・・うん。さびしいな。」
てっきり笑って返されるかと思ったら、真希はストレートに返してきた。
下を向いたまま、こちらに目を向けるでもなく。
「・・・」
ひとみの手が自然に真希の髪にのびる。
あと数センチで髪に届くというところで、真希が再び歩き出す。
「いこっ」
驚いて真希の顔を見ると、真希はニヤケ顔でこう続けてきた。
「ヨッスィーのたらし。
すぐに手が出るんだから。」
ひとみはなんだか不意打ちをくらった気分だった。
「コノヤロー」
ひとみも負けじとヘッドロックをくらわせる。
二人して笑いながら帰り道をすすむ。
「部活、頑張ろうね。」
「・・・うん、がんばろ。」
ひとみはもうすっかり暗くなった空を見上げて答えた。
- 20 名前:作者 投稿日:2001年04月02日(月)00時45分32秒
- >>読む人さん
ありがとうございます。
あえて名作集以外ではじめたものなので、プッチならではの感想・指摘・リクエストをいただけると幸いです。
ここまで私としては結構早いスピードで来たのですが、ここらでスピードを少し落とします。
まあしばらくは日ごとの更新を目指しますが、物語もそれ程急展開ではないので、小出しにしつつ。
アイディア重視ではじめたので、描写が単調だという印象をもたれるかもしれませんが、表現で何か悪い癖でも見つけたら御指摘くださいませ。
とくに語尾は気をつけてはいるつもりなのですが・・・
- 21 名前:ティモ 投稿日:2001年04月03日(火)21時24分27秒
- 展開の速さとかすごくいい感じですよ。期待してます。
よしごまっぽい雰囲気に萌え〜
- 22 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月04日(水)22時44分15秒
- 5月上旬のある日、真希とひとみは紗耶香につれられて体育館に向かっていた。
今日は来月の公演発表会のステージチェックの日で、部長の圭に代わって副部長の紗耶香が確認に行くのだった。
「ステージチェックって何やるんですか?」
「舞台の大きさとか確認するんだけど・・・
主に機材の搬入の事を相談するんだよ。
まあ演劇部とか中心だからうちはあんまり関係ないけど。」
「なんで私達呼んでくれたんですか?」
意識したわけではないが、真希のセリフにはどこか嬉しさがこもっていた。s
「ん〜、別に人手がいるわけじゃないんだけどね。
私も去年1年生の時に連れられてきたからさ。」
「去年って、今年が初参加なんじゃないんですか?」
ひとみが口を突き出したお得意の表情で尋ねる。
「えーと、それはねえ・・・・・」
紗耶香が急に話を止めたので二人も紗耶香の視線を追う。
そこには大きな箱を重そうに持ったセミロングの女生徒が立っていた。
一見華奢そうな体にその箱は明らかに不釣り合いだった。
「さ、紗耶香、ちゃん。」
「り、、、石川さん。」
二人は遭遇したことにえらく驚いた様子で互いの名を呟いた。
石川と呼ばれたその女生徒は弾みでか持っていた箱を床に降ろす。
「後藤、吉澤、こちら、吹奏楽部2年の石川梨華さん。」
「どうも」
「はじめまして、石川梨華です。」
「石川さん、こっちはうちの後輩。」
「そう、、、、」
二人を紹介されて梨華は何か感慨をもって呟く。
(吹奏楽部・・・・・・!?)
吹奏楽部と言われてひとみは彼女のことを思い出した。
「たしか説明会で司会をされてた方ですよねえ。」
「あっ、はい。そうなんです。」
「そうですか。道理で見覚えが・・・」
「今日は舞台確認?」
ひとみの言葉を遮るように紗耶香は梨華にたずねる。
「う、うん。
それでその後リハがあるんだって。」
「リハ?
本番までまだ1ヶ月あるのに?」
「うん。ゲネプロとは別に通しで流れを確認するって。」
「そう、なんだ。」
梨華の言葉に紗耶香は少し考える仕種をする。
「じゃあ、みんな居るんだ。」
「、、、うん。」
「、、そう。」
- 23 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月04日(水)22時45分23秒
- 「・・・なんでよりにもよってバリサクやってるの?」
湿っぽい空気の中、紗耶香の声が無機質に響く。
「・・バスクラの人、いなくなっちゃたから。」
その問いに梨華がキッとした目つきで返答する。
「・・そのバリサクがうちはのどから手は出る程欲しいんだけどね。」
紗耶香も負けじと睨み返す。
一瞬、時間が止まったかのようだった。
「えと、、あの、、」
気まずい雰囲気に真希は紗耶香を見つめる。
それにうながされたかのように紗耶香が時間を再び動かしはじめる。
「吉澤、運んでさしあげて。」
「はい」
言われてすぐにひとみが梨華の降ろした箱を持つ。
「え、と、あのお。」
梨華がとまどってひとみをみつめると、ひとみは(お持ちします)と微笑んだ。
「私達は用があるから」
紗耶香がひとみ達に先に行くようにうながす。
「みんなによろしくね。」
行こうとする梨華に紗耶香が声をかける。
「・・・・うん」
梨華はそれだけ答えると既に背を向けて歩き出していたひとみを追いかけた。
- 24 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月04日(水)22時45分50秒
- 「あの…」
「何?」
真希が声をかけると紗耶香は少し苛立たしげに返答した。
振り向いたその表情に真希はすこし驚く。
「あっ、ゴメン。」
「えっ、いえ。あの、用ってなんですか?」
「えっ、、、ああ、用ね、、、
うん、やっぱりいいや。行こっ☆」
「あ・・はいっ。」
紗耶香の笑顔につられて思わず真希も笑顔になる。
つかつかとしばらく歩き、屋外に出る。
真希は少しためらった後、紗耶香に尋ねた。
「・・・・さっきの人、、」
「、、、後で、吉澤もいるところで話そう。」
そう言って紗耶香は体育館のドアに手をかけた。
- 25 名前:作者 投稿日:2001年04月04日(水)22時47分18秒
- 毎日更新するとか言っておきながらいきなり破ってしまいました。
>> ティモさん
はい、これからも頑張りますので御期待下さい。
よしごまですか。
基本的に4人でのカップリングを考えているので、よしごまも入れれたらいいなと思います。
- 26 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月05日(木)01時54分09秒
- ドアをあけると体育館の一角に楽器を持った生徒達が陣取っていた。
その中にひとみと梨華の姿を確認する。
周りと二言三言会話し、ひとみがこちらに向かって歩いてくる。
「御苦労さん」
「いえ。
それよりあちらの方からの伝言です。」
そう言ってひとみは目で一陣の中の男子生徒のひとりを指し示す。
「『紗耶香、お前のロッカーはもう無いぞ』だそうです。」
「・・そう。」
紗耶香はそちらを見るわけでもなく、タメ息と共に体育館の天井を見上げる。
「これじゃあ今日の交渉も難しいかな。」
- 27 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月05日(木)01時54分39秒
- 紗耶香について二人は2階の応援席にあがる。
紗耶香が席につくのにしたがって二人とも腰をおろす。
三人とも無言だ。
別に気まずい雰囲気ではないが、だれも会話をしようとはしない。
自然と視線は下にいる吹奏楽部の一陣に向けられることになる。
「あの・・・・・」
沈黙が耐えられないかのように真希が口火をきる。
「・・うん。今から話す。」
真希の言わんとしていることを察して紗耶香が答える。
紗耶香はまた天井を仰ぎ、語りはじめた。
「まあ他の1年にもそのうち話すつもりだったけど、丁度いい。
二人には特別に話そう。」
そう言って紗耶香は視線を下の一陣に戻した。
「うちの部と吹奏楽部のこと、ね。」
- 28 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月06日(金)01時16分28秒
- 朝宮高校吹奏楽部は地区大会で銀賞クラスをとる、ほどほどに優秀なレベルの吹奏楽部だ。
優秀な所は当然練習が厳しい。
部員の志気を保つことができなければ当然のように落伍者が出る。
更に言えば朝宮では退部するものが異様に多い。
それでも一定レベルを保つのは指導者の能力の高さ故なのだろうか。
そんな中、一部の退部者の受け皿になっていたのが朝宮高校ジャズ研究会だった。
「で、このジャズ研が一応うちの部の母体組織。」
「でも、ジャズ研っていまもありますよね。」
「うん、だからはうちはジャズ研の枝別れ団体なの。
とは言ってもジャズ研からこっちに来てるのは村田さん、橋本君、高畑さんの3人だけだったりするし。
あっちは同好会でこっちは部活動だしね。
まあ、そのことはいいや。話を続けよう。」
そのような状況下で昨年6月、2年生を中心に総勢4名の部員が同時に退部した。
彼等は退部と同時に一部のジャズ研や軽音楽部のメンバーなどともに計9名で新規同好会を結成した。
顧問と活動内容はジャズ研と同じくし、その名を朝宮ビッグバンドクラブと言った。
その朝宮ビッグバンドクラブが発足時に掲げた目標は
『1年以内に部に昇格すること』だった。
「その時に吹奏楽部から来た唯一の1年生が私だったんだけどね。」
真希は紗耶香が何故周りの人から(姫)と呼ばれているか分かった気がした。
「入部して2ヶ月、ちょうど吹奏楽部の顧問に嫌気がさしてた所を圭ちゃん達に誘われてね。
あの時圭ちゃん達が声をかけた1年生は二人。
一人は私でもう一人はさっきの梨華ちゃんなんだ。
結局彼女は吹奏楽部に残ったんだけど。」
どうやら紗耶香は(石川さん)ではなく(梨華ちゃん)と無意識で言っていることに気付いていないようだ。
「朝宮ビッグバンドクラブ、か。
……それで部室のドアに[ABC]ってプレートがかかってるんですね。」
「うん。あれさ、同好会を作った時に圭ちゃんと私で作ったんだよね。
圭ちゃんが絵を描こうって言ったんだけどさ、圭ちゃんが描いた絵がそれまた下手でね。」
紗耶香の苦笑いの中にはあからさまな懐古が含まれていた。
- 29 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月06日(金)01時17分08秒
- ビッグバンドクラブが同好会から正式な部活動になるのに必要な条件がが4つあった。
一つ目は部室。
発足当時はジャズ研と同じで固定された部室を持たずに社会科教室等で練習をしていた。
どんなに狭くともいい。自分達だけの部室が校内に必要だった。
文化部部室が立ち並ぶ一角が校内にはあるのだが、当時より空きはなく、他に探さなければいけないという大変厳しい状況だった。
二つ目は実績。
学生の部活動にふさわしい文化的な活動であるとみとめられること。
平たく言えば大会・コンクール・コンテスト・文化祭のアンケートでどこまでいくか、である。
三つ目は部員。
部活動としての発足時には兼部ではない部員が最低10人必要なのだ。
発足当時9人。ひとり足りない。
四つ目は顧問。
同好会は一人の教師がいくつでも受け持てるが、部活動は違う。
ジャズ研の顧問である瀬戸は軟式テニス部の顧問なので兼任はできない。
常勤の教師で他の部の顧問になっていない、この限られた中から一人見つけなければならないのだ。
4つの条件のどれもが足りない。
この条件を全てクリアした上で、職員会議で認められなければ部になることはできない。
- 30 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月06日(金)01時19分01秒
- 発足後、部員達が最初に取り組んだのは社会科倉庫の整理だった。
どんな場所であろうとも、どれほどの広さであろうとも、校内にあれば部室として認められる。
瀬戸の尽力もあり、半ば封印されていた社会科倉庫が提供されることとなった。
最初はどこか迷惑がっていた他の社会科教諭達も、資料室の奥で眠っていた新聞などの発見から、面白がって好意的に見てくれるようになった。
「部員みんなで中のゴミともつかない物を運び出してね。
部室の壁はみんなでペンキで塗り直したんだよ。」
そんな自分達がいない時の話をされても、と真希は思った。
ひとみは紗耶香の話を純粋に面白そうに聞いている。
真希はひとみのその弛んだ頬が、ちょっとだけ、ムカついた。
- 31 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月07日(土)01時29分25秒
- なにはともあれ一つ目の条件をクリアしたビッグバンドクラブは、ジャズ研とは別に独自で文化祭に参加することになった。
高校生の参加するようなビッグバンドのコンクールなどそうない。
となれば二つ目の条件である実績を作るためには文化祭でのアンケート上位しか方法はなかった。
公演部門のアンケートは毎年吹奏楽部コンサートと素人歌合戦が人気を2分していた。
軽音楽部やアコースティック・ポップスなどの同好会の演目は有名タイトルばかりが並ぶためか採点が厳しいし、合唱部や演劇部は例年アンケートには不利な午前中の時間になるからである。
そんななかで初参加であるビッグバンドクラブが部門賞を取るのは困難を極めた。
「あっちは体育館でやるから目立つでしょ。
こっちはジャズ研と同じように教室でやるからさ、なにかと不利でさ。
目立たないなら目立て、って言うんでみんなで楽器持って外に出て、ちんどんやとか言って宣伝もしたな。
その甲斐もあってか、お客さんが教室から溢れて列作る程に盛況だったんだよ。」
「そういえば」
「うん。
私達去年の文化祭に見学がてら遊びに来たけど、教室の中ですごい並んでて通れないところがあったね。」
「まあ教室いっぱいって言っても立ち見あわても50人も入れないんだけどね。
それでも列ができると一目をひくでしょ。
それですごくお客さん来てくれてね。」
「今年も教室でやるんですか?」
「今度はジャズ研とジョイントにするって言ってたからまた教室だと思うよ。」
「楽しみだね、ごっちん」
「う、うん。
でも私はせっかくだから去年のステージが見たかったなあ。」
「そう言ってくれて嬉しいよ。」
そう言うと紗耶香は真希の頭をクシャっと掻き揚げた。
真希の先程までのムカツキはどこかへ飛んでいってしまっていた。
- 32 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月07日(土)01時30分35秒
- 健闘の結果、ビッグバンドライブは公演部門1位、アンケート全体でも4位に入る健闘を見せた。
これで二つ目の条件はほぼ間違い無くクリアしたと言える。
ちなみに吹奏楽コンサートはビッグバンドと時間が2日目が重なったせいもあってか公演部門4位という(彼等としては)散々な結果におわった。
「それでさ、そのアンケートの結果がでた後、和田さんが吹奏楽部を顧問権限で強制退部になったんだ。」
「和田さんって、うちの和田さん?」
思わぬ名前にひとみが驚きの声をあげる。
「そう。あの気さくだけど何考えてるかわからない狸親父。
あの人は籍は吹奏楽部に残して両方に参加してたんだけど、2日目はこっちのほうに参加したんだよね。
それにしても強制退部なんて権限、よっぽどのことが無いと使わないのにね。
よっぽどアイツもキレてたんだな。」
「アイツって?」
「吹奏楽部の顧問。音楽科のヤマザキってやつ。
今年うちの学年持ってるんだけどさ、ホント、うちらイビられまくり。
ほら、あそこで偉そうにしてるやつ。」
紗耶香の視線の先を追ったところに中年とも初老ともつかない男がひとりパイプ椅子に座ってふんぞりかえっていた。
「職員会議でほとんどの教師に反対されて任意の忠告になったんだけどさ、イジメられるよりは幾分マシってことで事実上の退部勧告だよね。
とは言ってもあの和田さんがイジメなんかに負けるとも思えないけど。
まあ当然和田さんは文化祭2日目にこっちに出た時点で決心してたんだろうね。
結局文化祭の次の週には彼は吹奏楽部を辞めたんだ。
とそういうわけで和田さんは正式にうちのメンバーになったんだけどね。」
- 33 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月07日(土)01時31分07秒
- ビッグバンド部周辺に少なからず衝撃が走った和田の強制退部。
しかし結果として部になるための三つ目の条件をクリアすることとなった。
「それで産休に入ってた石黒、じゃなくて山田先生の所に圭ちゃんと私と和田さんで会いにいったの。
新学期から顧問になってくれって頼みにね。
その時に私が和田さんにたてついたら、先生がえらく私のこと気に入ってくれてね。
それでOKもらったんだよね。」
「じゃあそれで」
「うん、条件全部揃ったんだよね。
発足から半年しかたってなかったけど、部になるって決まった時は本当に夢のようだったな。
まあヤマザキは最後まで職員会議で反対してたらしいけどね。」
紗耶香は下階で生徒で怒声をあびせているヤマザキをみて、ザマミロと小さな声で呟いた。
- 34 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月08日(日)18時03分34秒
- 「よっ」
真希が電源の位置を確認していると、急に誰かに背中を叩かれた。
振り向くと、そこにたっていたのは明日香だった。
「明日香、なんで・・・
あそっか、演劇部だもんね。」
「うんそう。二人ともビッグバンドなんだよね。」
「あー、明日香じゃん。」
ひとみも気付いて顔をあげる。
「うん。舞台確認についていたんだよ。」
「そーかそーか、偉いねえ。」
明日香が真希の頭を撫でる。
明日香はいつも真希を子供あつかいするが、不思議と腹はたたない。
「明日香は今度のに出るの?」
「うん一応。でもセリフとかない役なんだけどね。
だからほとんど照明の手伝いなんだ。」
「へー……」
『じゃあいい。もう頼まない。
交渉決裂ねっ!』
その時、辺りに紗耶香のよく通る声が響いた。
けっして大きな声ではない。しかし大変冷ややかな声だった。
真希達がそちらをふりむくと、紗耶香は数人の生徒と話していた。
紗耶香がこちらに振り返り、真希とひとみを見る。
「電源の位置確認終了!
引き上げるよ。」
その声に温度はない。
「・・・はい」
真希はチラッ紗耶香と会話していた生徒のほうを見て、一言答えた。
「それじゃ、明日香。ガンバッテね。」
「・・うん。そっちもね。」
ひとみが制服を引っ張って強張っている真希をうながす。
紗耶香はすでに歩きはじめていた。
- 35 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月08日(日)18時04分03秒
- 「どうしたんですか?」
体育館を後にし、ひとみが紗耶香に尋ねる。
その声にとまどいはない。
「ちょっとね、古巣の連中とケンカ」
「古巣って、、吹奏楽部の人ですか?」
「そう。アンプやドラムを共用しようって持ちかけたんだけどね、あっさり断られた。」
あっさり、なんて言う程すっきりしたものではなかった。
「共用できないと困るんですか?」
「いや、全然そんなことないんだ。
ただ、、、、」
「ただ?」
紗耶香はいったん口をつぐんだ後、言葉を選ぶようにしてポツポツとしゃべりだす。
「たださ、そのなんだ、、、、
こっちからの、、生徒同士の交友関係ってのかな。
そんなのが欲しくてさ、、
でも、ダメだった。」
紗耶香は口許はそのままにうつむく。
「やっぱり気にしているのはヤマザキだけじゃない。
・・・・・・・当たり前か。」
最後の一言は聞き取れないほど小さな声でボソッと呟いた。
真希は何も言えずにひとみのほうに目をむける。
するとひとみは紗耶香の横に並んだ。
紗耶香はそれに気付き、ひとみのほうを向いて見つめ、そしてついぶやいた。
「やっぱり、無神経だったのかな・・・私の言ったこと」
- 36 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月08日(日)18時04分35秒
- その日の帰り道、真希とひとみは言葉少なにトボトボと歩いていた。
「ねえ」
真希はひとみをみつめて口を開く。
「市井先輩、あの時どんな顔してた?」
ひとみは少し目を細める。
「あの時・・・・・・・
涙はなかった。」
「・・そう」
「ねえ」
今度は前を向いたまま真希が口を開いた。
「市井先輩さ、どうしちゃったんだろう。」
「やっぱ、寂しかったんじゃないのかな。
同じ学年で自分だけ部を飛び出したんだから。」
「そうか..ん.でも...そうじゃなくって..
あの時はどう・・」
「同じだよ。
モラトリアム、じゃないけどさ。
すごい、せつなそうな目だったもん。」
「・・そう、なんだ、、、」
「ねえ」
今度はひとみが口を開いた。
「もっとさ、楽しい話、しようよ。」
「・・ヨッスィーは市井先輩の話が嫌なの?」
真希が怪訝そうな目でひとみを見る。
「そうじゃなくって、、」
やや苛立った声でひとみが否定する。
「そうじゃないよ。
でも私達まで沈んでたってしょうがないじゃん。」
「冷たいよ。」
真希がひとみのほうから目をそむけて呟く。
その瞳は濡れた子犬のようで、正面を睨み付けている。
ひとみが慌てて真希のほうに体をむける。
「これは市井先輩達の問題だよ。
私達はあの人達と面識すらないんだし。」
「ヨッスィーは市井先輩のこと、心配してないじゃん。」
「それは、、、」
そう言われてひとみは一瞬口をつぐむ。
「市井先輩のことも心配してる。
でもさ、それでゴッチンまでブルーになっちゃたら、、、
私はそっちのほうが心配だから・・・」
「ねえ」
再び真希のほうから口を開く。
「ゴメンネ。アリガト。」
- 37 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月09日(月)18時22分45秒
- ごっちんの心配をするよっすぃー最高!!
- 38 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月10日(火)02時13分25秒
- 土曜日の部活前、いつもならひとみがいないので他の1年生や紗耶香、都築とでも会話をしているのだが、今日の真希はパーカッションが陣取っている一角に行く。
行く、とは言っても猫の額ほどの部室を移動するだけなのだが。
「ヨッスィー、調子はどうだい?」
「う〜、じぇんじぇんダメ〜」
公演発表会でラテンの曲をやるとかでひとみも1曲演奏に参加することになり、土曜日のみ全体練習に参加することになったのだ。
「で、どうしたの?」
「別に〜
ヨッスィーがサボってないか監視に来たの。」
「ゴッチンじゃないんだから。ワシはマジメじゃよ。」
「私だってそぉとぉマジメにやってんだからね。」
「後藤、そういうなら楽器あたためてな。」
背後から女性の声がしたので振り向くと、そこには紗耶香が女生徒を連れてたっていた。
「市井先輩、そちらは?」
「ああ、今日からうちの部に入ったフルートの柴田さん。」
「ジャズ研2年、柴田あゆみです。よろしくね。」
「こっちがボーンの後藤とパーカスの吉澤で二人とも1年。」
「よろしく」
「柴田さん、ジャズ研ってことは村田さんなんかと、、」
「ううん、私去年の12月まで吹奏楽部にいたの。
だから私が入った時にはビッグバンドクラブができてたから……」
吹奏楽部と聞いて真希もひとみも反射的に顔が強張る。
「それじゃ石川さんって方御存じですか?」
ひとみの出した梨華の名に一瞬紗耶香も眉をしかめる。
「御存じも何も親友よ。
・・・今も彼女がそう思ってくれてるかはわからないけど。」
「そう、ですか。すいません。」
「いいのよ。私も分かってここに来たんだから。」
ひとみとあゆみの会話を遠くで聞くようにして、真希は紗耶香をみつめる。
紗耶香も穏やかな瞳で真希を見つめ返した。
- 39 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月10日(火)02時14分17秒
- 「ねえ、紗耶香ちゃん。
後輩に“市井先輩”って呼ばせてるの?」
しばしの静寂を破るようにしてあゆみが紗耶香に尋ねる。
「呼ばせてる訳じゃないけど・・・・」
「なんか柄じゃないなって。」
「そう・・なのかな?」
「そんなことないと思いますけど。」
「ほら、後藤もこう言ってくれてるし。」
「でも、紗耶香ちゃんはビッグバンドのアイドルだって聞いてたから。」
「アイドルねえ」
紗耶香は肩をすくめて息をつく。
「じゃあさ、とりあえず先輩ってつけないでいいよ。」
紗耶香は真希とひとみのほうをむいてそう指示する。」
「はい」
「うんわかった、市井ちゃん。」
「市井、ちゃん?」
真希の脳天気な声で変な呼び方をされ、紗耶香は戸惑いの声をあげる。
「ははは」
同学年のあゆみに笑われて紗耶香は少し苦い顔をする。
「いいでしょ、市井ちゃんって呼んでも。」
「・・・全く、後藤にはかなわないな。」
市井のはにかみ笑いは明日香のそれに少し似ている。
ひとみはそう思うが、微笑ましげにその光景を見ている訳にはいかない。
「じゃあ私は紗耶香さんって呼びます。」
「吉澤まで〜
後輩にファーストネームで呼ばれるだなんて。」
紗耶香の情けない声に他の3人は笑い声をあげる。
あゆみの笑い方は梨華のそれに近い気がする。
もっともひとみは梨華の笑みを見てはいないのだが。
「それじゃ全体練習はじめます。」
「は〜い」
圭の声でおしゃべりの時間は終わりになる。
「それじゃゴッチン、また後でね。」
「うん、一緒に帰ろうね。」
真希は笑顔のままそう答えてくれた。
真希の笑みはこの世に唯一の物だと思う。
ひとみはその笑みに魅了されてここにいるのだから。
- 40 名前:作者 投稿日:2001年04月10日(火)02時15分27秒
- >>37
よしごまは需要が多そうなのでこれからも組み込むようにしたいです。
次あたりから圭ちゃんも徐々に出番を増やすつもりです。
最初は大筋をいちごまにしようと思ってたんだけど、さてどうしよう・・う〜ん・・・
しばらくはあまり組み合わせを絞らないで行くと思います。
- 41 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年04月11日(水)14時39分42秒
- 面白いですね。とても上手に物語が書かれてると感じます。
できれば、いちよしもいれてくれるとうれしいです。
これからもがんばってください。
- 42 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年04月12日(木)03時25分00秒
- 続き、楽しみにしてます〜。
個人的にはよしごま・いちやすが良かったりします。
- 43 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月12日(木)04時30分26秒
- 今日は真希にしては大変めずらしく早起きををして学校に来ていた。
教室に鞄を置きさえせず、まっすぐに部室に向かう。
「おっはようございまーす。」
勢い良く部室のドアを開くとそこには圭と紗耶香の二人がいた。
「お、後藤じゃん」
「約束通り来たよ、市井ちゃん。」
そうなのだ。
紗耶香がほぼ毎日朝練にでていることを聞き、真希は母親に頼んでまでめずらしく早起きをしたのだった。
「おはよう、後藤。
なんだ、紗耶香に会いに来たの?」
圭はネイルにパールを塗っている所のようだった。
「おはようございます、部長。
ネイリングですか?」
「うん、そう。」
「全く圭ちゃん、そういうことすると教師に目つけられちゃうじゃん。
仮にも部長なんだからさあ。」
紗耶香がパイプ椅子から上半身を反らせて圭に文句を言う。
「仮にもってなによ。
別にラメ入れたりシール貼ったりしてるわけじゃなし、いいじゃない。」
「それがかえって悪目立ちするんだって。」
「いいのいいの。
大体うちの部は顧問からして鼻ピアスなんだから。」
「でも山田先生はふだんは鼻ピなんてしてないよ。」
前に聞いたことはあったが、真希は実際に彩が鼻にピアスをしている所を見たことがない。
「紗耶香さん、年上の私に向かってなんていう口のききぶりなの」
「年上ってだけで服従させるのが嫌いなくせに。」
圭の冗談めかしたお叱りを、紗耶香はあっさりとはね返す。
二人の関係は年齢なんかを超越して対等なものだった。
- 44 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月12日(木)04時31分01秒
- 「部長と市井ちゃんって学年違うのに仲いいんですね。」
「まあ付き合い長いからね。」
どうやら全て塗り終えたらしい圭が目尻を真希のほうに向けて答える。
「‥‥二人とも‥‥吹奏楽部だったんですよね。」
「ん、まあね。」
少し戸惑いがちな真希のセリフだが、流石に圭は嫌なムード一つ作らせない。
「紗耶香が入ってきて2ヶ月位で辞めちゃったんだけどね。」
圭がマニキュアのキャップをしめながら笑い声をあげる。
「………市井ちゃんはなんで部長達についていったの?」
「えっ!?」
思わず紗耶香が声をあげる。
「だって出会って2ヶ月しか経ってなかったんでしょ。」
「えーとねえ、、、、」
紗耶香は返答につまってしまった。
何故吹奏楽部を辞めたかなら答えられる。
しかし何故ビッグバンドに入ったかというと・・・・
「私達はすごく人数が少なかったから、無理矢理紗耶香を引き込んだのよ。」
紗耶香が黙っていると、圭が代わりに真希の質問に答える。
「ふ〜ん」
真希はいまいち納得がいかない様子だ。
一瞬梨華の名前を出そうかと思ったが、いくらなんでもそこまで真希は無神経ではなかった。
「それにね、紗耶香も何か探している感じだったから。」
『えっ』
真希と紗耶香の声がぴったりと重なった。
「・・・単にヤマザキに不満気だったってことよ。」
圭は癖なのであろうか、目尻だけ二人のほうにむけて笑った。
- 45 名前:作者 投稿日:2001年04月12日(木)04時44分08秒
- >>41
場面ごとに書いているので全体的な構成は稚拙そのものなのですが、そう言っていただけて嬉しい限りです。
いちよしはそれほど難無く織り込めると思います。
>>42
はい、更新しました。
よしごまといちやすですか・・・
よしごまは自然なながれとして、圭ちゃんをどこまで描ききれるかが課題ですね。
最近「名作集・感想など」でも色々と言われているようですが、レスの際に↑の人たちのようにリクエストやご指摘を書き添えてもらえると助かります。
まあこのスレ数でわざわざsageてもらう必要もありませんが(藁
- 46 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月13日(金)02時25分08秒
- 全体練習のない日の部活動は一応5時頃に終わることになっている。
一応というのは、それがまちまちだからなのだが、遅くとも5時半を過ぎれば皆部室を後にする。
逆に4時を過ぎると早退する部員もおおい。
そんな訳でそろそろ皆が帰りはじめる週中の4時過ぎのことだった。
「圭ちゃん、今日カラオケいかない?」
紗耶香がMDを聞いていた圭の両方に手をのせ、そのまま圭に体重を預ける。
「いいね。久しぶりにいこうか」
圭は振り返り答えると笑顔を一つ、MDを片付けはじめる。
「吉澤、後藤、お先ねっ」
コンガをカウンター代わりにしておしゃべりをしていた二人に紗耶香が声をかける。
「紗耶香さん、部長まで、
早退ですか?めずらしいですね。」
「うん、これから圭ちゃんとカラオケ行くんだ。」
「カラオケかー、最近行ってないね。」
「先月末行ったきりかな。」
真希はひとみと目を合わせた後、紗耶香のほうに向き直る。
「私達も一緒に行っていいですか?」
「え、、、と、、」
真希には紗耶香が少し戸惑っているように見えた。
- 47 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月13日(金)02時25分38秒
- 「あ、ダメだったらいいんです。
また今度ってことで、、、」
「全然大丈夫だよ。一緒行こ」
圭が紗耶香にかわって真希に答える。
「え・・いいんですか?
誰か他の人が来るとか・・・」
「ううん、全然そんなんじゃないって。
私ら二人だけより盛り上がるし。」
「本当?」
「但し、うちらはおごらないからね。」
「えー、そんなこと言わないで下さいよ。」
「コラコラ」
紗耶香も普通に笑っている。
さっきのは何か勘違いだったのだろう。
「それじゃ、行こっか。」
「はーい」
圭の声とともに4人は部室を後にした。
- 48 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月14日(土)02時11分17秒
- 「地下鉄でどっか出る?」
「んー、駅の向こうでいいんじゃない。」
「はーい」
圭と紗耶香が行き先を決めている。
「カラオケ、よく行くんですか?」
「最近は落ち着いたけど、昔は週3回ペースで行ってたよね。」
「その分、店にいる時間が延びたけどね。」
少し意外だった。
流行等に無頓着なわけではないが、圭も紗耶香もちょっと堅い人間だという印象があった。
まあカラオケ位は誰でもいくだろうが、少なくともこの二人が(繰り出す)というイメージは全くなかった。
「ぶちょー、何歌うんっすか?」
「Misiaとか安室奈美恵とか広瀬香美とか・・・・」
「ディーバってやつかなあ」
「まあ、、そうかな。」
圭は真希の言った(ディーバ)という言葉に苦笑している。
「後藤は?」
「私は・・・私も安室ちゃんなんかはよく歌う、かな。」
「後藤は声質が色っぽいだろうしね。」
「せいしつ・・・・?」
「声の質って書くの。歌ってる時の声、でいいのかな。後藤の声質はすごいセクシー」
「セクシーですか‥‥照れるなあ‥‥」
リラックスしているためだろうか。
圭は普段感じさせている威圧感のようなものを全く感じさせずにいた。
- 49 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月14日(土)02時11分40秒
- 「吉澤はどれ位まで大丈夫?」
「へ?何がですか?」
「時間。晩御飯までとか、門限7時とか、そういうの。」
「晩は連絡入れれば大丈夫ですけど、門限とかは・・・どうだろ」
「私と圭ちゃんさ、けっこう遅くまでいると思うけど、無理して付き合わなくてもいいから。」
「あー、はい。それじゃ適当なところで。」
真希が圭と話しているので必然的にひとみは紗耶香と並んで話すことになる。
紗耶香は後輩に優しいタイプなのだろう。
師匠である和田や他の先輩達も優しいのだが、どこか屈折したところがある。
紗耶香からはストレートに“優しさ”が伝わってくる。
そういう意味ではビッグバンドは偏屈な集団であり、その中で素直な紗耶香は可愛がられていたのだろう。
そんなことを思って紗耶香を見つめると、不意に近い距離で目があった。
「・・・・なに?」
「いえ、紗耶香さんって優しいなって。」
ひとみもストレートに言ってみる。
「もっ、もう。変なこと言わないでよっ」
紗耶香は顔を真っ赤にしてしまった。
- 50 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月15日(日)19時26分48秒
- 「次ぃー、『セロリ』って誰〜?」
「あー、私〜」
歌い終わったひとみは真希にマイクを渡す。
「LUNA SEAなんてオリジナルキーでよく歌えるね。」
ドリンクに口をつけると、紗耶香が感心した様子で言う。
「私、声域低いんで。」
「ふーん。そう言えばしゃべり声も低いしね。」
「紗耶香が声域狭すぎなだけよ」
向かいの席から圭も口を挟んでくる。
「高いほうも低いほうも私よりでないじゃん。」
そう言いながら圭はリモコンでラルクの曲を登録する。
「でも私もルナシーはちょっと低過ぎかな。」
圭はリモコンは紗耶香とひとみの前に置く。
紗耶香がひとみのほうを見ると、ひとみは真希が歌っているのを見ている。
男性の曲も真希が歌うととても“らしく”なっているような気がする。
キーはもちろんあげているが、自分がこのキーでやってもしっくりこないだろう。
・
自分が歌える男性ボーカルの曲を探してページをめくる紗耶香だった。
- 51 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月15日(日)19時27分19秒
- 盛り上がってきて、部屋の中が少し暑くなった感じだ。
圭は制服のネクタイをゆるめ、真希の頬は紅潮してきた。
マイクを回しながらメドレーをみんなで歌う。
相川七瀬や椎名林檎などが画面上にならび、1曲歌うごとに皆ハイテンションになる。
別に異質な感覚ではない。
クラブやジャズ喫茶など、閉鎖的な空間特有の雰囲気だ。
そんなことを重いめぐらせていて、ひとみはふと真希のほうを見る。
思った通り、真希は寝息をたてている。
こういう雰囲気にいると、真希はすぐに眠くなるらしい。
顔を先程から紅潮させているとは思っていたのだが、、、、
「あれ?後藤は寝ちゃったの?」
「そうみたい、です」
ソファに横になっている真希の髪は本当にキレイだ。
ブリーチが似合っている。中学の時は色を入れてたけど、今はそんなことしていない。
彼女の弟に会った時、とても似ていた覚えがある鼻のライン。
そしてリップだけでたまらなくぷっくりした唇。
………………吸い込まれていきそうだ…………………
- 52 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月16日(月)01時12分50秒
- ・・・ん・・・・・
ふと目を開けると至近距離に真希の唇があり、慌てて目を見開く。
ぷっくりとした唇からもれる真希の寝息を聴いていると、ひとみは少しずつ現実に引き戻されていった。
そうだ、カラオケに来ているんだった。
ようやく音がクリアーになり、真希の寝息以外が聞こえるようになる。
どうやら紗耶香が『Eyes on me』を歌っているようだ。
(今、何時‥‥‥‥‥どれくらい寝てたんだろ)
そんなことを考えながらひとみは黒いソファに横たわったままでいる。
冷静に考えてみると、真希が寝ているのは向かいのソファなのだから、至近距離という程でもない。
寝息が歌声より聞こえてくるはずもない。
(どこまで・・・夢、だったんだろ)
このまま横になっていてもしょうがないので、ひとみはとりあえず起き上がることにした。
「・・・・・・」
いざ起き上がってみるとまだ多少寝ぼけているようで、すぐに言葉がでない。
今歌っているのは紗耶香で、リモコンを右手に持った圭がこちらに気付いたようだ。
「おはよ、吉澤」
「今、何時っすか?」
圭は無言で携帯のデジタル時計を見せる。
「9時30分・・・」
読み上げることはできても、しばらく反すうしないと脳まで理解が行き届かない。
「家には連絡入れといたから。」
「はあ・・・・」
再び今の圭が言ったことを理解しようと頭の中で反すうする。
「連絡って、、、」
思わず自分の携帯を探してしまう。
べつに見られて困る友人などいないが、個人情報にはやはり敏感になってしまう。
「これ」
ひとみの様子に気付いたのか、圭は1枚の紙を見せる。
「・・ビッグバンド部電話連絡網・・・」
「そゆこと。別に携帯探ったりはしてないから安心して。」
特別嫌なニュアンスを込めるわけでもなく、圭はさらっとひとみの心中を察してみせた。
思わず圭のほうをみつめてしまう。
するとは圭は、お得意の目尻だけをひとみのほうに向けて全く嫌みのない笑顔を浮かべた。
- 53 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月16日(月)01時13分21秒
- 「あれ、圭ちゃん曲入れてないの?」
歌い終わった紗耶香が圭にマイクを渡す。
「吉澤も起きたし今日はここらへんでお開きにしよ。」
「えー、早くない?」
「今日は後輩もいることだし。
公演発表会の打ち上げの時にでもじっくりつきあってあげるから。」
「むむ、、そうだね。」
それにしても彼女達は2人でいったい何曲歌ったのだろう。
部室を出たのが4時過ぎだったから、5時間もここにいたことになる。
「おーい、後藤。起きな。」
「うー、、、うみゃ、ん、、、っつ、、」
寝息とも寝言ともつかない声を真希が発する。
「ゴッチン、もう帰るってさ。」
「ふあ〜い」
眠気まなこをこすりこすり、真希が体をおこす。
「じゃあ私は先に行って払っとくから、後藤連れてきてね。」
「わかった。」
そう言うと紗耶香は財布を取り出して中から千円札を1枚取り出し、圭に渡す。
ひとみも財布を出そうとすると、圭が無言で制止した。
「二人ともすぐに寝ちゃったし、今日はオゴってあげる。」
「あ、、、そう、ですか。」
「ただし今日だけね。」
「はい、、、、ありがとうございます。」
まだ少し眠気が冷めてないのだろうか。
日本語がうまくしゃべれない。
「後藤、ほら、しゃきっと立って。」
「んん、、分かりました。。。。
しゃきっとね、、、しゃきっと、、、」
どうやら真希も同じのようだ。
- 54 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月16日(月)01時13分53秒
- 「私が寝ている間、ずっと3人で歌ってたんですか?」
「ううん。吉澤もすぐに横になっちゃったから結局私と圭ちゃんだけで3時間くらい」
「へー」
真希が店のドアを開けると夜の風が吹き付けられてくる。
紗耶香も真希に続いて店の外にでる。
「いつもこれくらいまでやってるんですか?」
「そう、夜暗くなるまでね」
「歌、好きなんですね」
「うん」
「手軽に音楽できますもんね」
「・・・・」
紗耶香の返事がないので真希は隣をむく。
すると紗耶香はうつむいて目を少し細め、しばし間をおいてから返事する。
「歌ってのはさ、手軽なだけの音楽じゃないよ。」
紗耶香が顔をあげると、風が吹き付けてきて前髪がかかってくる。
「楽器とはまた別の奥の深さがある。」
「まあそうかもしれませんけど、、、、誰でもできちゃうことですよ。歌うって行動は。」
「だからこそ・・・・深いんだよ。」
紗耶香は実感をこめてそう呟いた。
「歌、好きなんですね」
「うん、歌が好き。声が好き。音が好き。旋律が好き。それから‥‥‥」
「仲間とのセッションが好き。」
会計をすませ、店から出てきた圭が紗耶香に続ける。
「人とあわせるから音楽は面白いんだよ。
もちろん独奏だっていいけど、それだって演奏者と観客がいるから楽しいの」
「ひとりでカラオケ来ても、面白くないですもんね。」
ひとみも会話に加わる。
「たしかにね。
ひとりぼっちでオケと合わせて、観客も誰もいない。そんなの音楽じゃない。」
紗耶香はいつになく強い口調で否定する。
「どんなに自己満足のものだとしても、演奏する楽しさは不変だと思う。」
圭はそう言うと、右手をあげてこう声にだす。
「ヴィヴァ・ムシカ!」
(音楽万歳)の声とともに少女達のせせら笑いが辺りに響いた。
- 55 名前:作者 投稿日:2001年04月16日(月)01時16分32秒
- ちょっとカップリングを意識し過ぎて、54の最後あたりは何がなんだかわからなくなってますね
以降はストーリーを意識してやります。
それとここからは毎日更新が難しくなってきました・・・
- 56 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年04月16日(月)19時50分04秒
- 無理せずがんばってください。
- 57 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月19日(木)18時31分39秒
- テンポ良いです。おかわり〜
- 58 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月19日(木)22時28分38秒
- 『A列車で行こう』か・・・
昔A.saxで吹いてた。もう終わったけど。
- 59 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月20日(金)03時49分08秒
- 週明けの月曜日、真希が朝部室に行くとそこには圭・紗耶香・和田がいた。
「おっ、そのケースは・・・
じゃああれ買ったんだ。」
和田が最初に真希の持っていたケースに気づく。
「おはようございます。
都築さんもこれならまあいいかって。」
「あー後藤、おはよう。
・・・ってことは、買ったんだ、自分の楽器。」
「そうなんっすよっっっ!」
妙に興奮気味に真希は紗耶香に答える。
それもそのはず真希が持っているケースの中身は生まれて初めての(自分の楽器)だったのだ。
中学の頃は部の楽器を使っていたし、高校でもしばらくは都築が「花瓶にもならない」と言っていた古い楽器を使っていた。
「いや、よかった。
俺も苦労して探した甲斐があったものだ。」
「ありがとーございますぅ」
ネットでその楽器を探してきた和田の顔もほころぶ。
和田は楽器屋情報で2つ、ネットで1つ楽器をみつけてきて、どれも試し吹きした都築に買うに値しないと言われていた。それほど選ぶのにじっくりと時間をかけて選んだ楽器だ。
「それで、いくらだったの?」
書類の整理をしていた圭が真希の楽器を見て尋ねる。
「定価十数万を中古で四万円です。」
「そんなに安いので大丈夫?」
「都築さんがOKだって」
「そう、それじゃ会計の村田に領収書渡してね。
半額支給するから。」
「はい」
部に昇格したばかりで部費の使い方がわからないと言って、圭は楽器代を半分出すよう約束してくれた。
「自分の楽器持ってやっと半人前ってとこかな。」
「厳しいすぎだよー」
圭と紗耶香の言葉に、自分の楽器を持てた嬉しさがこみあげてくる。
吹いてみようと思いケースから取り出すと、それがとても神聖なものに思えた。
真希は中古と言ってもピカピカの自分の楽器を強く握りしめた。
- 60 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月20日(金)03時49分43秒
- 「そういえば、私が今まで使ってた楽器、あれって誰のなんですか?」
「誰のなんだろう。都築さんの・・・じゃないよね・・」
「どうなんだろ。」
真希と紗耶香は都築が使っている楽器のケースの隣に置いてある、ブラウンのトロンボーンケースをみる。
「あれはね、一応うちの部の備品よ。」
「え、、備品の楽器なんてあったの?」
紗耶香は驚いた様子で圭に見向く。
「吹奏楽部で使っている楽器って結構音楽科名義になっているものが多いの。
予算の関係上音楽科の備品ってことになってた楽器をいくらか流してもらったうちの一つがそれ。」
「音楽科って・・ヤマザキがよくうちらに渡してくれたね。」
「寺田先生に頼んだの。」
寺田とは朝宮高校の音楽科教諭で合唱部の顧問をしている人気教師である。
胡散臭さの固まりのような人間なのだが、人柄に愛嬌があるところがヤマザキとは対照的と言えるだろう。
「彼のおかげでボロボロのやつだけど一応うちにもいくつか楽器が備品登録されたの。」
「でもどうやって?」
真希にはよくわからないが、紗耶香は事務的なことを尋ねているらしい。
「それはね、いろいろとイリーガルに名義の書き換えなどを・・・」
人差し指を自分の口元に持っていき、圭は紗耶香にウインクした。
「うっ・・・」
後ろで和田が低く呻き、圭の鋭い目に睨まれていた。
- 61 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月20日(金)23時33分47秒
- をっと!面白いです!発見!
ジャズなのがカッケーです
作者さん、ガンバッテ
- 62 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月25日(水)22時21分37秒
- その日の放課後、真希は3年会計・村田めぐみの所に向かった。
「村田さーん、これ領収書です。」
「あっはい。楽器代ね。」
めぐみは笑顔で応対してくれた。
すると圭がこちらに向かってくる。
「村田、部員の個人出費の補助制度まとめたから領収書の件に使って。」
「サンキュー」
そう言葉をかわしてめぐみは圭の差し出した書類を受け取り、早速目を通しはじめる。
圭は用件だけ伝えてさっさと行ってしまった。
めぐみと圭の関係はイマイチ真希には理解しきれないところがある。
前に和田から聞いた話によると、二人は中学の時からのつきあいらしい。
中学時代同じ吹奏楽部に在籍していた二人は、高校でもともに吹奏楽部に入部。
しかしめぐみはすぐに部を辞めてジャズ研に入ったらしい。
その後二人は部の中と外でそれぞれ仲間を集め、ビッグバンド部を設立・・・・
仲が良くないわけがない。
しかし彼女達は互いに名字で呼び合うし、二人が一緒に楽しんでいる所など、真希は見たことがない。
しいて言うならばセッションしている時がそうなのだろうが、思い付く限りその程度だ。
もっとも二人ともベタベタするようなタイプではないのだが。
この話を聞いた時も不思議に思い、和田に尋ねた記憶がある。
「部長は市井ちゃんのことは“紗耶香”って呼ぶのに、なんで村田さんのことは名字で呼ぶのかなあ」
その時和田は言葉を探すようにしながらこう答えた。
「保田にとってさ、紗耶香姫は親友、村田は盟友、なんだよ。」
- 63 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月25日(水)22時22分08秒
- 盟友などという言葉など知らない。
説明してもらい理解した範囲によると、圭にとってめぐみは“仲間”であるらしい。
「それじゃあ市井ちゃんは仲間じゃないんですか?」
「う〜ん」
常になんでも言ってのける和田が言葉に詰まるのは、珍しいことだった。
「そこまで不自然なわけではないですけど、やっぱりあの二人の間の空気は独特だと思う。
あの二人に以外でも、部長は3年の先輩に対しては市井ちゃんの時と違う感じ。
ってあれー、市井ちゃんの時が特別なのかなあ」」
「えっと、それはねえ」
真希のフィーリングによる的確な発言の中に、和田は何か理解したようだ。
「保田と村田の間には相互的な信頼関係がある。
保田が紗耶香ちゃんに抱いているのは、、、慈愛、なんだよね。」
「慈愛?」
結局その時は和田の言わんとしていることがよくわからなかった。
真希にとっては紗耶香も圭もめぐみもあゆみも同じ先輩。
みんなカッコよくて、憧れている存在だ。
しかし、その先輩同士ではまた違う関係がある。
羨望の対象である先輩の過去は知りたい気もするが、知りたくないという気持ちもどこかにあるのだった。
- 64 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月25日(水)22時22分35秒
- 「村田さん、部長の一番の親友って誰ですかねえ?」
一応ストレートはさけて尋ねてみる。
「学校の外のことはよくは知らないけど、学校だったら、、んー誰だろう。」
めぐみはしばらく頬に手をあてて考える。
「親友、っていうとちょっと違うけど、一番仲いいのはさやちゃんじゃないかな。」
やはり紗耶香の名前がでてくる。
「あの二人は仲いいよ。
二人とも歌手志望だしね。」
「えっ、そうなんですか?」
「うん、どこまで本気か分からないけど、冗談であそこまでやらないって感じだしね。」
「へー」
初耳だった。
そう言われれば二人ともカラオケでは難しい曲ばかり歌っていた気がする。
「でも親友ってのとはちょっと違うんだよね」
「そうですか?」
「・・・まあいろいろとね、あるわけよ。
二人は聞かれたくないことを聞いたりしないから仲いいの。
そのかわり話を聞いて欲しい時は聞いてあげる。
なんでも気兼ねなく話せる親友とは違うけど、お互いを察してあげられる関係なのよ。」
めぐみのキチンとした話しを聞いて、真希は少し理解したような気がした。
気がしただけかもしれないが。
- 65 名前:作者 投稿日:2001年04月25日(水)23時49分51秒
- >>56
無理せずいきます。
更新ペースは一定になるように心掛けているため、しばらくアップはスローペースになってしまうかも。
>>57
ストーリーはこのままテンポよくいきたいと思います。
ただラスト前の山場くらいはじっくりと描写するかもしれませんが。
>>58
私は『A列車で行こう』はウッドベースを弾いた記憶があります。
しかし本当にこの曲を管楽器二つで演奏できるのでしょうか。
>>61
ジャズ、かっこいいですよね。
ただビッグバンドって本当にジャズなのでしょうか?
よく知らずに書いているもので、この件に関しては誤りも多いと思います。
実際に柴田を登場させたのはビッグバンドにフルートがいるって知らなかったからだったりします。
吹奏楽の銀賞ってのがどれくらいスゴイのかもよく知りません。
トロンボーンの値段も(こんなに安くないだろ)と思いつつ書いてました。
まあそういうわけで楽器や演奏に関するシーンで誤りがあったら指摘してください。
一応“演奏”でオリジナリティを出そうと思っているので。
- 66 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月26日(木)07時06分12秒
- わー、更新してる!
作者さん無理せず頑張ってくださーい!
- 67 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月28日(土)21時20分12秒
- 6月上旬の金曜日、普段なら雑然とした雰囲気で各自勝手に楽器に所だが、その日は1年生を含む全ての部員が集められていた。
顧問の彩もシールドを持って部室の隅に立っている。
「いよいよ明日は本番です。
うちの部は今年初参加ですので、より一層手際良く進行しましょう。
特にステージに立たない1年生は手順をよく聞くように。」
そう言って圭は明日の予定を話しはじめる。
明日はいよいよ公演発表会。
真希達にとって初のステージなのだ。
「今から緊張してきたよ〜」
「でも楽しみだよね。祭りの前夜って感じ。」
真希がひとみの背中に頬をすりよせると、ひとみは真希のほうを向かずにそう答えた。
「祭りの始まる前が一番楽しいってやつかな」
「それは違うね。」
声がしたほうを向くと紗耶香が立っていた。
真希は思わずひとみから離れる。
「祭りの最中が一番面白いんだよ。」
「祭りの最中って、明日ってことですか?」
「明日、それも本番中が一番楽しいはずだよ。」
「私は演奏するのに精一杯だろうなあ。」
「・・・まあ本番になったら練習とは違うドライブ感があるもんだよ。」
そう言うと紗耶香はひとみの鼻をつんと指で突く。
今日の紗耶香は普段以上に“お姉さん”の雰囲気をただよわせている。
「そこっ、ちゃんと話し聞いてる?」
「はーい」
「すいません」
圭から注意が飛び、紗耶香がしゅんとなる。
真希たちと一緒になって怒られている紗耶香を見ると、さっき感じた雰囲気はどこかへいってしまった。
- 68 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月28日(土)21時20分48秒
- 「それじゃリズム隊はドラムなりアンプなりの運搬はじめてください。
パートリーダーはパート紹介の確認するからこの後集まって。
それと紗耶香が買い出しに行くから誰かついてって。
残りのホーンセクションは都築君の指示に従ってパンフを準備してね。」
圭の指示に従って部員が各々動いていく。
「ヨッスィーいくの?」
「うん、コンガ運ばないと。」
そう言うとひとみはコンガスタンドごとコンガを持ち上げる。
「私はどうすればいいですか?」
やることのない真希はとりあえず紗耶香に指示を求める。
「あっじゃあ後藤は私についてきて」
「はーい」
「買い出し行くから、まずリクエストとってからね。」
そう言うと紗耶香は部員達のほうに向きなおる。
「買い出し行くけど、飲み物と打ち上げの時のスナック類でリクエストある?」
紗耶香の出した大声に部員達が振り向く。
「飲茶楼の500ml買ってきて」
「お茶系ならなんでもいいから500と1.5それぞれ適当に」
「チップスはわさびのやつ以外でね」
それぞれ勝手なことを言っているが、いちいちメモをとることもせずに紗耶香はうなずいている。
「はい、それじゃ買い出し部隊行って参ります。」
「「いってらっしゃーい」」
真希は紗耶香に続いて部室を出た。
- 69 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月28日(土)21時21分16秒
- 「にしてもやたら500ミリのペットボトルが多いなあ。
なんで大きいの買わないんだろ」
「あーだからそれは本番用だって。」
「本番用って?」
「本番にステージの上でのんでいいんだよ。」
「はへ?」
最初真希は紗耶香の言っていることがよくわからず、何度も説明してもらってやっと理解した。
吹奏楽の演奏会では考えられないが、本番中にメンバーが水分を補給してもよいらしい。
どうやら真希のイメージしていた吹奏楽的な演奏形態とは大分違うようだ。
「コンサートじゃなくてライブだしね」
紗耶香はそう付け加える。
「そういう意味で堅苦しくないって言うか、くだけてるって言うか」
「すごーい、大人っぽーい」
真希が感心したように紗耶香をみつめる。
そんな真希の顔を見て紗耶香は口ごもる。
「どうしたんですか?」
「いや・・すごくピュアって言うか・・・かわいいなって」
紗耶香の言葉には真希を子供扱いするニュアンスが少し含まれていたようだった。
しかしそのことを差し引いても真希には(かわいい)と言われたことが純粋に嬉しかった。
- 70 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年04月28日(土)21時21分58秒
- 「…………でね、その時ヨッスィーと話してたんだけど、市井ちゃんそういうの好きだろうなあって。」
「‥‥」
「もしかしてあんま好きじゃない?」
「えっ、、ううん、そんなことないよ。
たださ・・・もうちょっと言葉遣いを..」
「言葉遣い?」
「うん、、、、なんて言うかなあ、、、」
紗耶香は言葉を探すように思案する。
「一応私は後藤の先輩なんだからさ」
「でも市井ちゃんがこう呼んでいいって」
「呼び名はさ、いいけど、、、タメ語ってのは・・」
紗耶香は言葉をつまらせ、しばし沈黙する。
「・・私だってさ、先輩面したいじゃん」
自分で呟いた言葉に、紗耶香は顔を真っ赤にする。
もちろん真希のほうなど見ずに、無意味にレシートをみつめている。
「ダーメ」
「ええっ」
紗耶香はまるでおもちゃを取り上げられた子供のような声をあげる。
「市井ちゃんはうちの部のアイドルなんだから先輩面なんかしちゃダメ」
「アイドルって・・・・・まったくねえ・・」
「私は市井ちゃんに敬語なんて使いたくないもん。」
「そんな・・・」
紗耶香は本当に困った表情でレシートを見ているが、焦点はあっていない。
「‥‥‥分かったよ。
でもタメ語で話していいのは真希だけだかんね。」
真希“だけ”というセリフになんとなく真希の頬が緩む。
「他の1年にまねされたくないから、普段は敬語使ってよ。」
「何それー、全然ダメじゃん。」
「そのかわり二人っきりの時はタメでいいから。」
二人っきり、という言葉で思わず真希が赤くなる。
それを見た紗耶香も自分の言ったセリフを反すうし、顔を赤くする。
「分かった。それじゃ今は普通にしゃべっていいんだよね」
「うん」
真希と紗耶香は並んで学校へと戻って行った。
- 71 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年04月29日(日)09時49分16秒
- イチイチャムカワイイ
- 72 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月01日(火)00時55分21秒
- 吹奏楽部がアンコールで『ラデッキー行進曲』を演奏している。
CFでおなじみの旋律を聞きながら、真希は気持ちをひきしめる。
いよいよ次は真希にとって初めてのステージ、
今日の公演発表会のトリを飾るビッグバンド部のライブの幕開けとなる。
さっきからずっと心臓がドキドキいっている。
ひとみも他の部員も緊張した面持ちで楽器を握りしめている。
吹奏楽部の全プログラムが終了し、拍手がおこる。
つれない感じの拍手に客席を見ると、先程明日香の演劇部がやっていた時に比べて客席の空きが多くなっている。
「やっぱみんな帰ってるねえ」
「そうだね」
公演発表会は自由に観覧することができる。
言い方を変えれば客は自由に会場に来て、自由に帰ることができるのだ。
すると結果的に後にステージにたつ部には多少不利な客数となる。
まあ初参加のビッグバンド部にとっては致し方ないタイムテーブルなのだではあるが。
これ以上今いる客を帰らせないために真希達早くステージの準備をしたい。
次の公演までの時間が長ければ、客も帰ってしまうからだ。
しかし、、、、
「やっぱり」
「予想通りね」
圭達が言っていた通り、3番手の吹奏楽部はゆっくりと撤収していく。
牛歩戦術のつもりなのだろうか。
ティンパニなどとりあえず舞台袖に置いておけばいいようなものをまっ先に運び出す。
待つ他ない。
これ以上歯がゆいことはない。
しかし圭も紗耶香も別段焦っている様子はない。
イライラをつのらせた視線でひとみが吹奏楽部員を睨ねつけると、梨華と目があってしまった。
互いに思わず視線をそらす。
するとあゆみが小声で梨華に声をかける。
今は敵対とも言えるライバル関係に身を置くかつての親友ふたり。
どちらの部員も粛々と作業しているようだが、皆その局面に注目している。
声をかけられた梨華は目をそちらに向けることなく、しかし怯えたような表情で譜面台を持って走り出す。
あゆみも紗耶香も苦い表情をしていた。
- 73 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月01日(火)00時55分56秒
- やっと椅子を片付け終え、橋本や和田が急いでピアノを動かす。
トップバッター合唱部で使ったピアノを、演劇部公演の間舞台袖に置いておく。
双方の部に幾度も交渉してなし得た手順だ。
続いてドラムスやアンプを電源に近い位置に運ぶ間に、早速橋本はピアノを弾きはじめる。
残っている客をつなぎ止めるためだろうか。
そう思って客席を見ると、意外にも客数はそれ程減っていなかった。
むしろ少し増えたのでは、そう思って客席にちゃんと目をむけると、体育館のドアが開き、何人かの運動部員らしき生徒達が入ってくる。
彼等は談笑しながらパイプ椅子に着席する。
どうやら冷やかしで来たのではないようだ。
「ほら、何やってる?」
ステージの上であるのにも関わらず、後ろから圭にペットボトルで頭を叩かれた。
「チューニング、大丈夫?」
周りはみんなバラバラに音を出していた。
ベースのしゅう(みんなこう呼んでいるので、真希は彼の本名を知らない)はアタッチメントとアンプのボリュームをいじっている。
ピアノの橋本はさっきからずっと聞き覚えのある曲のジャズアレンジを弾いている。
パーカッションの和田はウインドチャイムとボンゴの位置を調整している。
ドラムのまことも今頃になってゆっくりとチューニングしている。
ちょうど真希が譜面台をセットした頃、圭と紗耶香がマイクを握る。
二人のMCを聞いていたら途端に緊張からかのどが乾き、真希は生茶を口に含むようにしてのむ。
ふと舞台袖を見るとひとみや演奏しない他の1年生数人がこちらを見ている。
客席に目を向けても全ての視線が自分に向いているような気がしてきた。
中学の頃はこんなにまでは緊張しなかった。
「まあさ、客はみんなカボチャだと思え、だよ」
都築は真希の表情を察して声をかける。
「なんかお客さん増えてるような気がする」
真希は苦笑いといった感じで笑みを作る。
「みんな、うちらの演奏聞きに来てくれたんだ。
頑張ろ」
都築がそう言うと、真希が返答する間もなく、紗耶香が1曲目の紹介をした。
朝宮高校ビッグバンド部1年トロンボーンパート・後藤真希のデビューステージが幕を開けた。
- 74 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月01日(火)12時44分56秒
- く〜、、純文学っぽくて良いっす。もっと〜
- 75 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月04日(金)16時11分44秒
- 演奏が始まるともう夢中だった。
他人のソロのところでもリズムにあわせて体を揺らす。
客の視線は気にならないどころか、快感になっていた。
高音のカッティングのところで無意味にベルをあげる。
演奏上は無意味な行動のはずなのに、示し合わせたように都築も同じことをしていた。
二人で顔を見合わせて吹き出す。
1曲目はあっという間に終わった感じだった。
心地よい汗に自然とペットボトルを口に運ぶ。
一口、二口のんだところで圭がマイクのスイッチを入れた。
「ソリストを紹介します。
トランペットソロ村田めぐみ、フルートソロ柴田あゆみでした。」
曲が終わった後もドラムが叩き続ける中、次はパートを紹介していく。
「はい、それではパート紹介です。
まずはリズム隊から
ON DRUMS まこっちゃん」
ドラムスのまことから順に紹介され、ソロプレイをキメていく。
ギター、ウッドベース、ラテンパーカッション、ピアノ
リズム隊が紹介されていく中で真希は次の楽譜を用意する。
たとえ注目されているのが自分でなくとも、ステージの上に立っているのは快感だ。
ステージの上であるにも関わらず管の水を抜き、隣の紗耶香と小声で談笑する。
この雰囲気、この空間がたまらなく楽しい。
「やっぱ本番中って最高!」
「でしょ」
紗耶香は口許をゆるめて誇らしげな笑みを浮かべた。
「それでは続いての曲に参ります‥‥‥」
圭のMCを聞いて真希と紗耶香は慌てて楽器を構えた。
- 76 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月04日(金)22時17分14秒
- バンドマスターのはたけが手を降ろしたのと同時に一斉に吹きやめる。
3曲目が終わり、しばらく拍手が続く。
アンコールに移行するまでの間というのは特殊な時間だ。
くることは分かっているがどこか心配で、そして恥ずかしい時間だった。
中学の時はどうしたらいいかわからず、オドオドしていたような気がする。
しかし今は自然と誇らしげに客席を見据えて待つことができる。
みんな額に汗を滴らせながら、笑顔や真顔で胸をはっている。
そのうち拍手があわさっていき、圭の合図とともに真希も楽譜を用意する。
舞台袖からひとみも出てきてコンガの所にスタンバイする。
拍手の中で隣の紗耶香が何か呟いたような気がして、振り向く。
紗耶香もこちらに気付いたらしく、真希のほうを見るとこう言った。
「さ、後1曲、、ガンバッテこ」
和田とひとみが目で合図しあい、スナップのカウントから曲がはじまる。
ボンゴとコンガの創り出すラテンのリズムが体育館に響きだす。
凝った照明などではないのに、オレンジ色のライトが魅惑的にはたらく。
左手をもたつかせるようにグリッサンドをくり返すベースのボディが照らされる。
ハーマンミュートのトランペットがたまらなく妖艶な香りを漂わす。
圭が持ち替えたソプラノサックスのリードが喘ぐように響く。
バカみたいに明るいわけではなく、あくまでそれらは大人しげに演奏される。
かといって全体のダイナミクスは決して色褪せることがない。
練習の時以上にビッグバンドの渋さに感嘆してしまう。
ステージ上の自分に陶酔している時間もこの曲で最後だと思うと、真希も無意識のうちに挑戦的な目つきでスライドを動かしていた。
- 77 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年05月08日(火)00時36分53秒
- 音が聞こえてきそうだ。格好いい。
- 78 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年05月08日(火)06時15分58秒
- テンポがよくって、わくわくします。続きが楽しみ。
マイペースで頑張ってください。
- 79 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月10日(木)05時00分16秒
- 「それでは、公演発表会参加ミニライブ成功を祝して」
「「「カンパーイ」」」
彩の音頭にあわせ、部員達の声が重なる。
紙コップなのでグラスの音こそしないが、部員達はお互いにドリンクのつがれたコップを上げる。
達成感からか皆嬉しそうな顔をしている。
「おつかれー」
真希とひとみが部室の隅で談笑していると、ピアノのたいせーが声をかけてきた。
ちなみに2年生にはもうひとり橋本というピアノがいて、今回は2曲ずつ演奏していた。
「大成功ですよね。
お客さんもたくさん入ってたし。」
「あれ、吹奏楽部の時よりも増えてましたよね。」
「私、吹奏楽部がノロノロしてて予定時刻オーバーしてたからすごい不安だったんですけど。」
ふたりとも興奮していてまくしたてるようにしゃべりだす。
「まあ多少遅れてたほうがかえってよかったのかもしれないけどな」
たいせーの意外な言葉に真希とひとみは顔を見合わせる。
「えっ、どういうことですか?」
「あいつら、それまで部活やってたやつらが定時通りに来るとも思えなかったし。」
「じゃあ後から来たお客さんはみんなサクラだったんですか?」
真希の言葉にたいせーは苦笑して答える。
「別にサクラじゃないよ。
1年生は最初からいて徐々に帰ってくけど、上級生になると最初からいるやつのほうが稀になってくるんや」
なるほど、それで吹奏楽部が終わった後にあんなにも客入ったのか。
今にして思えば観客は上級生が多かったような気がする。
「でもわざわざうちの部のためだけにあんなに大勢来てくれたんですね。」
「まあこれでも朝宮祭公演部門アンケート1位だかんね。」
ひとみの感嘆にたいせーはホクホクの笑顔で答える。
「それにしても自分の演奏をあんなに多くの人が聞きに来てくれたなんて、信じらんない。」
終わってから1時間以上経過しているのに、今頃になって真希の胸が高まってきた。
「でも楽しかったろ」
「はい」
「それでいいんやって。
音楽は演奏するほうがまずは楽しまんと」
たいせーは高身長に不釣り合いな小さな瞳を細めて笑った。
- 80 名前:作者 投稿日:2001年05月10日(木)05時00分52秒
- 実は風邪をひいてしまいまして。
久々の更新になってしまいました。
しかも短い・・・(^^;
>>66
無理せずかっているためなかなか更新できません。
まあ中断することはないので、暖かく見守って下さい。
>>71
いちごまはやっぱ後藤に振り回される市井ちゃんでしょう。
>>74
純文学、ですか。描写とかがそういう印象なのかなあ。
そういうのをちゃんと読まない人間なのですが、お誉めの言葉ありがとうございます。
>>77
演奏シーンの描写は一応気をつかってるので、そう言ってもらえると嬉しいっす。
>>78
79なんかは結構ダラダラになっちゃいましたが、次回以降はまたテンポよくいきたいです。
- 81 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月14日(月)18時38分07秒
- 公演発表会も終わりそろそろ期末試験も視野に入ってきた6月後半、真希は部室へと向かっていた。
とりあえず秋の文化祭まではさしあたっての演奏機会がないためか、土曜日以外の部活にはあまり人が集まらないでいた。
その日はあいにくの雨で学校全体にどこか暗鬱な空気が満ちていた。
こんな天気の日、部室には2・3人程しかいないと真希は思っていたのだが・・・
部室の前まで来た時、中から数人の話声が聞こえた。
ビッグバンド部室のある北棟2階は周りが資料室や準備室ばかりなので生徒の声が騒がしい校舎の中でも静寂なエリアだった。
そのため放課後部員が楽器を吹いていると廊下を曲がった辺りからもうその音が聞こえてくる。
しかし今日はその音が聞こえてこなかったため、誰もいないのかと思っていた。
あれ、と中からの声に不思議に思い、真希がドアノブに手をかけたその時だった。
「なんでみんなしてそんなこと言うの!!」
紗耶香の驚く程大きな声に真希の手が止まる。
思わず息を飲んでしまう瞬間だった。
「紗耶香落ち着きなさい」
「そうだよ、まあ座れよ」
圭や数人の先輩がなだめる声がする。
真希はノブに手をかけたまま思わず聞き入ってしまう。
「別にアンタを苛めようと思ってこんなこと言ってるんじゃないの。
ただ紗耶香が言ってることはリアリティに欠けてる。」
「夢ってのはそういうものでしょ!」
「そうだってアンタ、もうちょっと現実を見なさいよ。」
「そうだよ。保田だって現実的なチョイスを提示しただけだろ。」
耳をそばだてて聞いていると、圭の他にも少なくとも3人程の先輩がいることがわかった。
つまり、この口論は1対多数の構図なのだ。
真希はこれまで先輩同士の口論に直面したことはなかった。
しいて言うならば紗耶香と梨華の二人の会話が最も緊迫したものだったろうか。
そう思うと、聞いていたいようでどこか聞くのをためらってしまうのだった。
- 82 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月14日(月)18時38分31秒
- 「私は水着が着たいんじゃないの!」
「おいおい、ちょっと安直すぎるぞ」
「そうよ、さやちゃん。もっと柔軟に、ね。」
「別に水着だなんて言ってないだろ。」
「結局は子供のわがままね」
聞いている真希にはさっぱり話がわからないが、とにかく目のはなせない状況だった。
特に最後の圭のセリフにはまったく温度がなく、それは酷く寂しいものに思えた。
「圭ちゃんが、そんなこと、、そんなこと言うの、、、」
紗耶香はもう泣き声である。
「夢は現実を見てからみるものよ。
現実を見て夢を捨てるのも苦いけれど、現実を見ずに夢を語るなんて子供のすることよ。
今の紗耶香はケーキ屋さんになりたがってる女の子と一緒だわ」
圭の声が冷たく部室に響く。
もうだれも周りの部員は口を出さない。
部室の外で盗み聞いている真希にさえその様相がうかがえてくる。
そう、現状はあまりにも無情に1対多数なのだ。
「・・・・・・たクセに・・・」
紗耶香が何か呟いたようだ。
「何?聞こえないよ」
圭が苛立たしげに言葉を放つ。
それから紗耶香が次に口を開くまでの間は、まるで紗耶香の感情がドアごしに真希に伝わってくるような錯覚に陥るようだった。
聞いているこちらまでオーバーラップしているような心拍数の高まり。
そしてそのヒートアップを止めたのは紗耶香の叫びだった。
「圭ちゃんが‥‥‥‥‥
私を抱いたクセにっ!!」
- 83 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年05月14日(月)21時40分02秒
- 何だ何だ、どうなってんだ!?
- 84 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月15日(火)00時59分31秒
- 『パシッ』
乾いた音が辺りに響いた。
平手打ちの音であると分かるのに真希は数瞬の時間を要した。
誰かが席を立つ音がして、ヤバイと判断するのが遅れた。
そう思った時には圭は既に部室のドアを開けていた。
「あっ」
真希より先に圭のほうが息をもらした。
圭は真希に何か言おうとし、すぐに表情を戻してすれ違っていった。
カバンをもってそのまま帰路につく圭を見送り、振り向くとそこには赤くなった左頬を押さえた紗耶香と7・8人近くの先輩部員達がいた。
中にいた都築や和田がすぐに気付き、立ち上がり何事もなかったような口調で話しかけてくる。
「よう後藤」
「悪いね、今日の部活はおひらきになったから。」
すると中にいた他の部員達も続々と席を立っていく。
和田が真希を方をふわっと押さえて外にでるようにうながす。
少ししか紗耶香のほうを見ることはできなかったが、紗耶香は真希と決して目をあわそうとはしなかった。
- 85 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月16日(水)01時56分22秒
- そのままぞろぞろと部室を後にし、最終的に紗耶香を除く全てのメンバーが出てきたようだ。
皆なにか話すわけでもなく、窓の外の雨模様を見ている。
廊下をしばらく行ったところではたけが話しかけてきた。
「どこから聞いてた?」
それほど大きな声ではなかったが、無言の集団の中では空虚によく響いた。
「その、、市井ちゃんが怒鳴ったへんから」
全員から睨まれているような気がして、真希はおずおずと答える。
「そか」
はたけもそれだけ言ってそれ以上は何も言わない。
再び10人弱の集団に静寂が訪れる。
「なあ後藤」
再び静寂を破ったのは和田だった。
「どっかよらないか?」
その言葉の指し示す所を皆はじきだす。
つまりそれは先程の会話の・・・・・
「ちょっと和田君、さやちゃんにもプライバシーってものがあるでしょ」
真希の隣を歩いていた村田が和田を軽く抑える。
「これだけの人数が聞いてた話です、構わないでしょ。」
「村田さん、わかってますよ。
でもあの姫君にはこれくらいしてやんないと。」
紗耶香と同じ2年生の橋本やしゅうが反論する。
「それに後藤だって知りたいだろ?」
和田にそう言われ、真希は反射的に口を開いたまま言葉が出なくなってしまった。
知ってしまっていいのだろうか。
もし知ってしまったら自分と紗耶香の関係が崩壊するのではないか。
そんな危険意識にとらわれながらも真希は否定を口にすることができない。
視線を村田に向けると、村田もこれ以上止める気はないことがわかる。
真希はそれを見て眉間に力を入れ、和田に振り向き、そしてうなずいた。
「んじゃ行くか」
和田は口許だけでニヤっと笑って先頭を歩き出した。
- 86 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年05月17日(木)23時34分27秒
- 緊迫・・・ですな・・・
- 87 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月18日(金)01時16分19秒
- 結局駅前のファーストキッチンまでついて来たのは真希の他に橋本・はたけ・村田だけだった。
各々ドリンクをもって2階に上がり、窓側の一帯を占拠する。
「まず今日のことの発端だけどな」
最初に和田が話し始める。
「紗耶香が歌手志望ってのは知ってるか?」
真希は神妙な顔で黙ってうなずく。
「そんで今日、保田がアイドル系のオーディションをアイツに勧めたんだよ。」
「それで?」
真希が焦るように話の続きを聞くと、皆顔を見合わして黙り込む。
「それでどうしたんですか?」
「それだけなのよ。」
「へ?」
村田の返答に真希は神妙な表情を崩してしまう。
「それだけって言うと間違いかもしれない。
その話題で私達もさやちゃんに結構厳しいこと言っちゃったし。
でも本当にその話題だけなのよ。」
「厳しいこと・・・・って?」
「アイツの実力なんかの話だよ。」
今度は橋本が口を挟む。
「紗耶香の歌唱力・声質・センスその他年齢やビジュアルまで考慮してそれが一番現実的だって言ってやったんだ。」
橋本は苛立たしげに言葉を放ち、そのまま店の外を眺めだす。
傘をさし歩く人々を見る橋本の目つきは鋭く、真希は少し畏縮してしまった。
「まあ早い話彼女の実力だとボーカルだけで職業歌手を目指すのは難しいってこと。」
はたけが言った内容で真希におようやく話が見えてきた。
つまりあそこにいた部員みんなで紗耶香の将来をリアルに語らっていたのだろう。
「そうしたら逆ギレされちゃってね。
なんでもアイドルは本当の歌手ではないんだそうだ。」
はたけはヤレヤレといった感じで息をつく。
真希に見えてきたのはあまりにも子供っぽい話。
本当に紗耶香がそんな安っぽい心情変化であんなにも激情していたとはとても思えない。
いや...本当の紗耶香は真希が思う以上にプライドばかり高い人間なのだろうか。
頭の中が混乱してきた。
本当の紗耶香が、真希には、、、見えない。
- 88 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月18日(金)01時17分00秒
- 真希はもう一つ気にかかっていたことを思い出し、問うてみることにした。
「あの、紗耶香の言ってた“私を抱いた”ってのは‥‥‥‥」
自分で言い出して、口にしていることに気恥ずかしくなってしまった。
「それは・・・・」
和田や村田も押し黙ってしまう。
「橋本、お前が話してやれよ。」
はたけにうながされ、橋本は視線を店外から真希に戻す。
「そのまんまの意味だよ。
あの二人には昔肉体関係があった。」
橋本の口からはなんともストレートな言葉が発せられた。
彼が言っていることは分かるのだが、いまいち真希にはイメージがわかない。
女同士の肉体関係なんてとんと想像のつかない世界だ。
「でも今はもうそういう関係じゃないみたいだな。
ただ俺が紗耶香にせまった時、男に対する嫌悪をまくしたてられた。
アイツの方はまだ部長に特別な思いがありそうだけど」
自嘲気味な口調の橋本に、はたけは一言「アリガト」と呟いた。
「紗耶香が俺達について吹奏楽部を辞めたのはそのことも大きかったんだけどな。」
はたけもあっさりと言うことからも、このことはビッグバンド部内でも公然の事実であったらしい。
「辞める前から関係があったかは知らないけど、去年の夏頃は本当にベタベタしてた。」
女子校のノリ、というやつだろうか。
しかし圭の鋭角の目に睨まれた時のことを思い出すと、とてもそうは思えない。
「抱いたことを理由に何かをせまる。
女としては最低の行為よね。」
村田が吐き捨てるように呟く。
今まで紗耶香に対して多少擁護の意見を見せていた村田のセリフに真希も身を強張らせる。
同性であることを差し引いても、真希の体験したことのない世界の恋愛だとわかる。
「まあ保田も同じ歌手志望ってことでふたりは仲良いんだし、
信頼している相手からの言葉に紗耶香も自己を失っちゃっただけだろうな。」
和田がいきなり紗耶香に理解のあるような口ぶりになったのに多少真希は怒りをおぼえた。
確かに和田の受け止め方が最も適切であろうことも真希には分かっている。
それでも圭と紗耶香の関係をそんな風に割り切られたくない。
そう思ってすぐ、真希はとてつもない疎外感を感じさせられた。
(部長と市井ちゃんのことなんて、私には関係ないじゃん)
- 89 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月18日(金)10時23分39秒
- きゅ、急展開。どきどき。
- 90 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月19日(土)03時21分26秒
- うーん めちゃおもしろいッス
ちょこっと疑問
二人の肉体関係をみんなが知っているのは二人の内どちらかが公言したのかな?
あんまりこういう事は他の人には分からないことだと思ったんで・・・
>>去年の夏頃は本当にベタベタしてた
という所から並ならぬ関係というのは他の人にも分かっていたようだけど。
続き期待しております。
- 91 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月19日(土)19時10分33秒
- 和田たちと別れた後、真希はどこか納得できずに悶々としながら帰宅していた。
『アイツの方はまだ部長に特別な思いがありそうだけど』
数刻前の橋本の言葉が頭のなかでよみがえる。
真希にしてみれば同性への恋愛感情というものにリアリティがない。
だから紗耶香の心情がハッキリと理解できるわけではないが、少なくとも和田の言う程単純に見て取れる話ではないと思う。
和田の言った“信頼”という言葉は二人の関係を総じているようには思えない。
そんなことが頭の中をずっと回っているが、全然出口が見えない。
ふと前を見ると、自分の家の前に人が立っているのがわかる。
傘もささずにその人はうちの表札を見つめたまま、チャイムをおす気配もない。
真希にはすぐにそれが誰であるか分かった。
「市井ちゃん!!」
呼ばれた彼女はうつろな目をして真希のほうに振り向いた。
何か鼻歌を歌っているようだが、雨の音でかき消されてよく聞こえない。
「どうしたの!?
いち……」
真希の問いかけに微笑み、走ってきた真希の頬に手を延ばした。
制服のまま雨にうたれた紗耶香のスレンダーなボディはどこか艶やかで、真希は一瞬言動が止まってしまう。
すぐに真希はハッと我を取り戻す。
「こんなところにいたら風邪ひいちゃうよ。
とりあえずうちに入ってよ。」
紗耶香は微笑んだまま動こうとしない。
焦る真希が紗耶香の肩を掴むと、彼女の体が本当に脆いことに気付く。
“まるで人形のように”
- 92 名前:作者 投稿日:2001年05月19日(土)22時07分34秒
- >>83
今回のいちーちゃんは不安定です。
>>86
次回更新分のシーンがまさに緊迫です。
最近は位相などあまり気にしてなかったのですが、次はいっきにアップするつもりです。
>>89
急展開でもなるべく筆足らずにならないようにしてます。
>>90
本当は橋本が紗耶香にせまるシーンを考えてたんです。
ただここでけいさやを書いてしまうと今後がテンポよくいかなくなるとの懸念からカットしました。
3年生の圭・和田達と比べて、2年生の紗耶香や橋本の青さを強調してしまうのもどうかと思いましたし。
そういうわけでここの流れが不自然になってしまいましたが、まあ3年生が耳年増だとでも思って下さい。
- 93 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年05月20日(日)22時00分12秒
- 次はヽ^∀^ノ( ´ Д `)に何かあるのか?
不安定な市井を支えてやれ後藤。
- 94 名前:禁断症状 投稿日:2001年05月21日(月)15時59分52秒
- は、早く。つ、続き。
- 95 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月21日(月)18時51分39秒
- シャワーを浴びるよううながすと、紗耶香は真希の言うことに素直に従った。
紗耶香の着ていた制服はビチャビチャに濡れていたので、真希は自分のパジャマと下着を用意する。
紗耶香がシャワーを浴びている間、真希は自分の部屋で紗耶香の気を落ち着かせるように心掛ける。
とりあえず紗耶香に借りているCDをかけてみる。
ビッグバンド部に入るまでインストゥルメンタルの曲など聞いたことがなかった真希だが、声のない音楽は感情をプレーンにすることに最近気付いた。
決して無機質ではなく、人間的な平静、感動、高揚、、、、
CDケースを置き、真希はベットの上に座る。
ああ、今日の紗耶香はどこか変だ。
どこか狂的な雰囲気をかもし出している。
あの視線に捕まったら最後、自分は・・・・
その瞬間、ドアがノックされる。
ドアを開けて入ってきた紗耶香は下着を身につけ、バスタオルを羽織ったまま、真希のパジャマを手にもっていた。
「どうしたの?」
紗耶香は微笑んだまま答えようとしない。
「・・・・そっか、市井ちゃんならTシャツにジーンズとかのほうがいいかな。」
そう言ってベッドを立ってクローゼットの引き出しを開けようとした真希を紗耶香は制止する。
「?」
真希が紗耶香のほうを向くと、紗耶香は普段とは違う目つきで真希をみつめていた。
風呂上がりで赤くなった肌のせいなどではなく、明らかに目つきからして恍惚としている。
焦点があっていたろうか?目は充血していたろうか?両目とも開いていたろうか?
そんなことすら気にかける余裕すら真希にはなかった。
口許が強張りつつもなんとか言葉を発しようとする。
「どうかし………!」
突然のことに真希の体が硬直する。
たっぷり3秒程の時間があったろうか、憂いの中に女性的な何かを秘めた紗耶香の顔が、そして魅惑的な紗耶香の唇が近づいてくるまで。
まるで高熱の時のように視界が回り出す感覚を味わう。
陶酔の波にのみこまれながら、CDの音楽が耳には届かなくなる中、真希の視界は自然と閉じていく。
まぶたが完全に閉じた次の瞬間、真希は唇に紗耶香の熱を感じた。
- 96 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月21日(月)18時52分02秒
- 動揺の渦中にいる真希がバランスを崩すと、押し倒すようにそのまま二人はベットに重なる。
紗耶香のもっていたパジャマが床に落ちていく。
その光景がスロービデオのように真希には見えた。
同時に先程かけた音楽が再び頭の中を流れていく。
真希は自分の顔にかかったバスタオルをはらう。
自分の上にいる紗耶香の顔を見ると、妖しく笑みを浮かべている。
先程とかわらずクレイジーなその瞳。
そんなことを思っていると、紗耶香と目があう。
彼女は動じるはずもなく、ゆっくりと口を開く。
「ねえ」
そう言いながら左手で髪をかきわける。
すると彼女の髪から滴り落ちた雫が真希の首筋に落ち、つたっていく。
今気付いたが、彼女はそうしている間右手だけで自分の上半身を支えているようだ。
「・・・」
何か言おうと思って口を開いたのだが、なにも言葉が出てこない。
真希は息だけついてまた口を閉じる。
「もう一度、キスしていい?」
そう言うと紗耶香は左手を先程より外側におろし、顔を真希に近付ける。
そうしたことによってサイズのあわないブラがどこかエロティックに見えた。
(私のだから市井ちゃんにあうはずもないか)
真希は紗耶香から視線をはずし、そう考えた。
真希が視線をはずしたことを紗耶香は承諾ととり、唇を重ねる。
舌を滑らせてくるわけでもないのに、紗耶香の息遣いは荒い。
真希の体に息を吹き込んでくるようだ。
(私は楽器じゃないのに)
紗耶香が体を重ね、真希に徐々に紗耶香の体重がかかってくる。
(市井ちゃんてこんない軽かったんだ)
(市井ちゃんの腕ってこんなに細かったんだ)
(市井ちゃんの声って・・・・・・・
- 97 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月21日(月)18時52分26秒
- 目を閉じて聴覚を集中していると流れていた音楽が急に止み、驚いて目をあける。
見ると紗耶香が自分に体重をあずけ、CDプレイヤーに手をやっていた。
紗耶香はプレイヤーからこちらに視線を向け、静かに微笑む。
・・・・・・・・・・・ッ・・・
真希は紗耶香を払い除け、再びCDプレイヤーの再生ボタンをおす。
不思議そうに自分を見つめる紗耶香のその視線が、疎ましかった。
自分の隣に寝そべるような体勢になった紗耶香のその細い腕が、憎らしかった。
小さく熱い息を吐く紗耶香のその唇が、認められなかった。
真希はステレオから流れるウッドベースの音に集中しながら、紗耶香の頭を左手で押さえ込む。
噛みちぎるような勢いでのキス。
濃厚と言うより、狂的な、それでも深い、深いキス。
一瞬でも涙腺を意識すれば涙に濡れそうで、それでもお互い泣くことは無い、悲しいキス。
紗耶香の右手が自分の体に絡まるのをはっきり感じた。
もがくようにそれをはらう。懸命に。
そこまでせずとも行き場を失った紗耶香の腕は真希の左側の壁に当たる。
ズリズリと、音が聞こえるかのようにその右手は壁を滑る。
徐々に滑りを早くしていく右手と比例するように、紗耶香の感情が高まる。
もちろんそれはほんの1秒程のことではあるが。
しかし、それでも右手の親指が自分の腰に触れる頃には、彼女は理解してしまった。
真希に拒絶されたことを
- 98 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月21日(月)18時53分07秒
- 真希が左手の力を抜き、唇を離す。
紗耶香は即座に上半身を起こし、ベッドから立ち上がる。
真希の部屋に吊るされていた自分の制服を引きちぎらんばかりの勢いでハンガーから外す。
まだ濡れていた制服を急いで着る。
そして最後に真希に一瞥くれてやる。
「アリガト」
鼻声で小さくそれだけ呟いたが、真希には聞こえていたはずだ。
その瞬間になってはじめて自分が泣いていることに気付いた。
一度鼻をすすり、すぐに真希の部屋を出ていく。
ドアは力強くバタンと閉められた。
紗耶香が部屋を出ていくまでの間、真希はベットの上でふせっていた。
自分の耳はベースラインに集中していたはずなのに、紗耶香が立ち上がる音、ハンガーが揺れる音、紗耶香の呟き、そしてドアのしまる音の全てが脳の奥まで響き渡った。
そして最後の音が聞こえてきて、はじめて紗耶香が自分の部屋を去ったことを認識した。
涙が真希の頬をつたった。
- 99 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年05月22日(火)03時15分35秒
- いちごまに幸あれ。
- 100 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年05月22日(火)19時39分39秒
- チャム・・・拒絶されちゃったですか・・・
- 101 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月23日(水)13時08分24秒
- なんて繊細な小説だ!まるで女流作家が書いているよだ!
続き〜
- 102 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月24日(木)01時23分01秒
- しばらくはベッドから一歩も起き上がれないでいた。
まだ紗耶香の負荷がかかっているようで、体が重い。
CDがピアノトリオの演奏に移り、ようやく1時間が経過しようとしていることを知る。
それでも、紗耶香を払い除けた時のようには、上半身は動いてくれなかった。
キス以上に何をしたわけでもないのだが、真希は紗耶香の中の女に恐怖してしまった。
あんな紗耶香、真希は紗耶香として認められなかった。
でも紗耶香は全く悪くない。悪いのは全て自分だ。
紗耶香は自分に拒絶されるとは思っていなかったろう。
彼女にそう思わせておいて、傷つけてしまった自分が悪いのだ。
母親の声が聞こえる。
どうやら晩御飯のようだ。
ちょうどCDの最後の曲が流れ終わる。
今度は簡単に体が起き上がった。
CDをケースに収め、乱れた衣服を整える。
再び聞こえた母親の声に、今行くと答える。
その声は自分で思ってとよりも大きく、ただかすれていた。
最後に鏡を覗き込み、笑顔をつくる。
そして真希は先程紗耶香の出ていったドアを開けて出ていった。
自分の中で結着がつけば、案外簡単に次にすすめる。
もちろん心の中で完全に晴れたわけではないが、必然の前に足が進まない程ではない。
そう、空腹という必然の前には。
- 103 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月24日(木)01時23分52秒
- 「あれ?お友達は?」
食卓についた時の母親の一言。
「帰っちゃった」
礼儀正しい紗耶香にしてはめずらしく、母親に挨拶しなかったのだな、などと考えてみる。
「そう」
その声のトーンに違和感を覚えて思わず母親の顔を見る。
彼女は真希の顔色を見て、ただ一言と微笑を向けていた。
真希はこの母親が好きだった。
相手の顔を見て心情を察することのできる人だ。
場合によってはちゃんと話を聞いてくれ、場合によっては何があったか深く追求しない。
今の真希にはそれがありがたかった。
紗耶香のことを考えるのが多少苦痛になっていたから。
トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・
夕食を一通り終えた頃、電話がなりだした。
電話をとった年子の弟が真希のほうを見る。
「真希ちゃん。電話。
朝宮高校ビッグバンド部の部長さんだって。」
圭が携帯にではなく、家電にかけてくるなどめずらしい。
連絡網か何かかと思いつつ、弟から受話器をふんだくる。
「はい、電話替わりました後藤真希です。」
『あっ、後藤。
夜分遅く悪かったね。』
今は7時過ぎ、まだ夜分遅い時間ではない。
口調からも、どうやら圭は慌てているらしいことが感じ取れる。
「どうしたんですか?」
『あのさ、紗耶香がそっちに行ってない?』
紗耶香と聞いて真希も受話器を強く握りしめる。
ついでに隣に立っていた可愛くない弟にケリをいれ、左手で追い払う。
「市井ちゃんがどうかしたんですか?」
さっきまでうちにいましたとは何となく言いにくく、とりあえず状況を聞いてみる。
圭は少し呼吸を落ち着かせてから口を開いたのがわかる。
『紗耶香がまだ家に帰ってなくて、連絡もつかないんだって。』
- 104 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月26日(土)12時45分20秒
- 「連絡って・・・携帯は?」
『携帯はもちろん、家に電話もいれてないらしいの。
あの娘らしくもない。』
圭は苦々しく息をつく。
『後藤の所になら居るかもしれないと思ったんでだけど、ゴメンネ』
「いえ・・・」
別に意図して言わなかった訳ではないが、先程まで自分の部屋にいたことを言い出せなくなっていた。
圭のタメ息が受話器越しに聞こえ、思わず真希は口を開く。
「あの、、、なんでですか?」
急だったので変な言葉になってしまった。
『.....何が?』
不信感をあらわにして圭が尋ね返す。
「あっその、なんで私のところにいると思ったのかなって...」
なぜそんなことを尋ねたのかは分からない。
ただ思わず口をついて出たのがその言葉だった。
しばし間をおいて、圭はゆっくりと口を開く。
『それは、、、なんでだろ、、、、
ただ紗耶香が行きそうな所で、最初に思い浮かんだのが後藤の家だったから。』
- 105 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月26日(土)12時45分51秒
- 『あんまりこういうこと聞きたくないんだけど、
あの後最後はどうなったの?』
「えっ?」
しばしの沈黙の後、圭の疑問符に意識が戻される。
その前の圭の台詞に頭が少し飛んでいて、思わず聞き返すような返答になってしまった。
『だからさ、、今日の放課後・・』
圭も少しずつ言葉を紡ぐ。
皆まで言わせるわけにもいくまいと、真希も慌てて返す。
「あっ、あの後すぐに部室にいた人全員で帰ったんですよ。
市井ちゃんを除いて‥‥」
『そう・・・』
また会話が途切れる。
真希の頭の中ではまだ先程の圭の台詞が回っている。
『紗耶香がそんな状態なら、一層後藤のトコ以外に思い浮かばないわ。』
またひとつ圭のセリフが真希の頭の中を回り出す。
(さすがに部長は状況を聞いただけで市井ちゃんの心情を察することができるんだ)
どう“さすが”なのかは・・・・
余計なことまで頭に浮かび、真希はそれを振り払うように何かしゃべろうと口を開く。
しかし急なことで、えらくぶっきらぼうな口調になってしまった。
ついでに言うならば、口調だけでなく内容も…………
そう気付いたのはもう口に出した後。
言葉を飲み込むこともできない、サラっとした一言となってしまっていた。
「なんで、私の所なんですか?」
- 106 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月26日(土)18時09分09秒
- >>93
一応 >>95-98 がヽ^∀^ノ( ´ Д `)の山場のつもりだったのですが・・
今後の次第によってはフォローするかも....う〜む
>>94
なんか更新も不定期ですいません。
おおよそ週2・3回を目安にやってるのですが、遅いほうでしょうか。
案内板でも更新は早ければ早いほうが、っていう声もあったし・・・
>>99
いちごまは幸薄そう・・・
頑張ってなんとかします。
>>100
問題ないと思ってけっこう手痛くやっちゃいました。
このままじゃ後藤が悪者に見えちゃうのかなあ‥‥‥
>>101
すいません、書いてるのは野郎です。
描写のタッチは書いた日の気分で変わるので、時に繊細、時に雑把です。
この作品始めたころはいちごまを望む声がほとんどなかったので、いちごまは荒々しく使っちゃおうと思ってたのですが・・・
最近になっていちごまを期待してくれる人が多くなって、、、どうしよう。
今後の展開を思案しつつ、物語は終盤です。
- 107 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年05月27日(日)03時08分06秒
- もう終盤ですか。寂しいです。小説板の方にあまり無いような(演奏の場面とか)
雰囲気が好きです。これが終わっても出来ればまた何か書いて下さい。
更新早いですし、量も多くて読みごたえがあっていいですよ。
いちごまは自分はあんまり好きではない(と言うかちょっとお腹一杯)ですけど、
作者さんの書きやすい方向で頑張ってください。
- 108 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年05月27日(日)04時27分08秒
- うん、特にいちごまにこだわることは無いと思いますよ。
読者のニーズを把握するのも大事ですけど、
基本は作者さんの好きなようにやったら良いのでは?
実は小説板も含めても今一番更新が待ち遠しいのがこれなんですよ。
ラストまで頑張ってくださいね。
- 109 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年05月27日(日)12時23分54秒
- てっきり基本はいちごまの話だと思ってしまってたYO!
最初からいちごまをもっと希望しとけばよかった。
無理ならいいですけど、できればいちごまをお願いしたいです。
- 110 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年05月27日(日)16時29分45秒
- いちやす希望!なんて思ってても言えない人間だっているんだYO!
- 111 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年05月27日(日)23時46分46秒
- 俺は作者さんにはあんま雑音に惑わされないで突き進んで欲しいのですが・・・
てか、この作品、カップリング云々抜きに面白いって思うよ、ホント。
- 112 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年05月27日(日)23時48分07秒
- ごまやす!とか、よしやす!っていうのも言えないんだよなぁ。
ほんとどの組み合わせとかあんまりこだわんなくても良いと思うよ。
だって今のままでもすっごく雰囲気が良いから。
- 113 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月29日(火)02時19分50秒
- 『なんでって、あなた・・・・』
圭の女性的な声が空虚に受話器から聴こえる。
戸惑っているような圭の呟き。
しかしすぐはっきりとした口調に戻る。
『紗耶香は後藤のことを信頼していたから。』
「なんでそんなこと分かるんですか?」
真希は高圧的な口調で言い返してしまう。
何に対してなのか、ただただイライラがつのる。
圭が口をつぐんでいるので、何かこちらが声を発しなければいけないような気になる。
「信頼って・・・・当人達の問題じゃないんですか!」
ああ、また変なことを口走ってしまった。
「信頼なんて言葉、軽々しく使わないで!」
自分の声なんてもう聴きたくないのに
焦燥感が自らの位置を自滅に運んでいく。
ああ、そんなつもりじゃなかったのに。
そんなことを思うのは、叫んでいる自分とは違う冷静な自分がいるからだろうか。
助けを求めている真希と、子供であることを蔑視する真希と、、、、
自分の怒声が・・・頭の奥に・・響きながら、壊しながら、駈けていく・・・
- 114 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月29日(火)02時20分14秒
- 真希の感情の鉾先は自然な流れで圭に向かう。
なんで圭は自分のところに電話などかけてきたのだろう。
自分の感情の全てを何故察してくれないのだろう。
先輩だって後輩の胸中に土足で入る行為は許されるはずがない。
そうだ、この人は後輩をいじめて楽しんでるのだ。
そうに違いない。
彼女は全て知っている上で自分に電話をかけてきたのだ。
頭の中に思い浮かべたあの大きな瞳を、
ビューラーいらずのあの睫毛を、
自分を卑下しているあの視線を、真希は睨み返す。
『後藤』
「私と市井ちゃんのことはほっといて!」
『落ち着きなさい、ちょっと』
「市井ちゃんのことでこれ以上私を責めないでっ!」
自分の涙に気付き、そして自分の怒鳴り声に気付く。
ビックリしている弟と心配そうにこちらを見ている母親に気付く。
真希は嗚咽をもらし始める。
感情が崩落している自分を恥ずかしいと思うこともできずに。
- 115 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年05月29日(火)02時20分35秒
- 『後藤、今どこにいる?』
「・・・・・」
真希は答えない。
それでも圭は更に問うこと無しに真希の返答を待つ。
「・・・・・・・・家です。自分の家。」
『自分の家のどこにいるの?』
「・・・リビング・・じゃなくてダイニング・・」
嗚咽混じりに真希が少しずつ呟く。
自分のテンポで。一言一言単語を探しながら紡いでいく。
圭も焦らせることはない。
『それじゃあ一旦電話を切るから、自分の部屋から私の携帯にかけてきて。
いい?涙が止まったらあなたから後藤の方からかけてくること。』
「・・・」
『返事は?』
「はい、部長」
真希は電話だとわかっていても頭を下げる。
『それじゃいったん切るよ』
圭がそう言ってすぐ、受話器を置く音が聴こえてくる前に、真希は耳から受話器を離した。
「デザート、どうする?」
背後からの母親の声に振り向く。
「今いいや、とっておいて」
涙が頬をつたいながらも、無理して笑顔を見せる。
一瞬心配そうな仕種を見せた母親も、すぐに微笑み返す。
「真希ちゃん・・・」
何か声をかけようとする弟に、真希はすれ違いざまローキックを浴びせる。
「・・なっ何すんだよっ」
「自分の女以外の女の涙は無視するもんよ」
弟の頭を軽く鷲掴みにして首をかしげさせる。
そのまますれ違って階段を上りだすと、弟はそれ以上口を開くことはなかった。
母と弟に背を向け、真希は大きく一度洟をすすった。
- 116 名前:は・や・く〜 投稿日:2001年06月01日(金)12時55分52秒
- むむむ、どうなるんあだ!
- 117 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月01日(金)16時51分57秒
- 部屋に入ると真希は照明のスイッチをいれる。
どこか明るすぎる気がして、豆電球までおとす。
(とりあえず音を流そう)
そう思ってオーディオに手を延ばす。
圭を待たせている訳だが、とりあえずは自分を落ち着かせなければ。
まずは何をかけるか決めなくてはならない。
鞄の中にあるMDウォークマンを取り出す気にはなれない
そういえば先日父親の部屋から取り出してきたレコードプレイヤーを放置していた。
‥‥いや、今は面倒なことはしてられない。
彼女の体温が残るこの部屋で自分が平静を保てるようにするのが先決なのだから。
そうだ、まず手軽にCDをかけよう。
先程収めたCDケースが視界に入る。
大丈夫、別に投げ飛ばしたい衝動になどかられない。
ゆっくりと手にとり、もとあったラックに戻す。
とりあえず分類などせずに平積みにしてあるCDの山の中から一枚を引っ張り出す。
下のほうから少し強引に取り出すと、その山が少し傾いだ。
その山から出てきたのは去年買ったアイドルの曲。
馬鹿みたいに明るいだけのダンスミュージックだけど、今はこういうのでいい。
だいいち今は管楽器の音色を聴くことなどできる心境にない。
このCDはシングルだから長さもちょうど手頃だ。
真希の部屋にあるオーディオは古いタイプのステレオである。
ドライブのパワーを入れると青白い光がともる。
CDプレイヤーの電源を入れ、さっき取り出したCDをのっける。
そのまま再生ボタンを押すと、CDはプレイヤーの中に吸い込まれていった。
CDひとつかけるだけで、だいぶ疲れてしまった。
わずかな声とともに真希はベッドに腰掛ける。
圭には悪いがもうすこし待っていてもらおう。
部屋には音楽が軽快に流れ出していた。
- 118 名前:も・っ・と〜 投稿日:2001年06月04日(月)17時54分41秒
- どうまとめるのか楽しみです。
まとまらない時は、連載のばしちゃえ〜
- 119 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月05日(火)02時04分54秒
- 1曲終わって天井を見ていると、だいぶ落ち着きを取り戻せた気がする。
涙にぬれていた目尻もだいぶ乾いてきた。
CDのカップリングが流れだし、真希は携帯を手に取る。
きっちり2コールしたあと、圭は電話にでた。
「もしもし
遅くなってすいません」
『いいって。
それよりもう大丈夫?』
「はい、大丈夫です」
はっきりとした口調で真希は返答する。
『そうみたいね』
圭もいつもの調子で鼻でわらった。
息をつくように笑顔をつくるのは、圭の癖のようだ。
とってもスマートな印象を与える。
「(ホント………女のやらしさが無いんだよなあ)」
- 120 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月06日(水)20時57分35秒
- 人の外見と中身は“えてして”相反するものだと思う。
この“えてして”は真希が見る所30%位の割合だろうか。
圭はその30%のうちの一人だと思う。
大きな瞳で上目遣いに見つめられるとあんなにも艶かしく感じられるのに、圭の性格や仕種はとてもさっぱりしている。
人によっては取っ付きにくい印象を受けるかもしれないが、真希には心地よい人肌だ。
それとは逆に紗耶香は・・・・・・・・
先程から圭と話していると紗耶香とのことが意識されてならない。
その度に彼女の妖しい表情が頭に浮かんでくる。
紗耶香が30%のうちに入るかどうかは真希にはわからない。
普段の紗耶香とイメージされる紗耶香、どちらが本当の紗耶香なのだろうか。
‥‥その答えが「どちらも」であることは真希にも容易に想像がつきはするのだが……
ラビリンスを彷徨うのはごめんだとばかりに真希は自らの中で閑話休題、頭を切り替える。
最初は圭の性癖は無関心故かと思っていたが、最近そうではないことに気付いた。
彼女は相手の心情を察した上で、必要な時だけ接触をとるのである。
それは真希の母親にちかいフィーリングだった。
そんなさっぱりとして、それでも人の温もりを感じられる声で圭が声掛けた。
『ねえ、後藤』
その言葉の響きから彼女言葉を発するまで、ほんの少しの沈黙があったことに気付く。
別段気まずい雰囲気でもなかったが、なんともなしに会話が途切れていた。
電話で会話が途切れても、気にならないほど安心できる相手。
沈黙の数秒間に真希の意識はめぐり、自然と圭のセリフに頭が傾く。
『紗耶香のことね‥‥』
- 121 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月06日(水)20時58分01秒
- 『紗耶香と何があったか知らないけど、ちゃんと向き合ってあげてもらいたいんだ。』
「えっ・・・」
圭の口から思いもよらない頼みごとがでてきた。
『紗耶香ね、あんた達後輩には弱い所見せないようにって頑張ってて。
あの娘、本当はとっても弱いのに。』
圭は途切れがちに言葉を並べる。
「向き合うって.....」
真希は戸惑いながら、圭の慈愛に満ちた表情を頭に思い浮かべる。
『私はもう突き放しちゃったし・・・・
紗耶香はあなたのところに助けを求めに行くはずだから‥‥』
- 122 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月06日(水)20時58分22秒
- 助けを、求めに、、、
唐突に、本当に思いもよらず、その感情は真希を支配した。
枯渇とでも言うのだろうか、喉の奥から込み上げてくるような感情。
前に酒の飲み過ぎで黄緑の痰がでたことがあるが、その時に近い感覚。
その時は鏡に写った自分の顔がひどく狂おしく見えた。
渇望、切望、しかし絶望。
掴もうとして掴めない林檎。
なぜならすでに一度摘むことを拒否しているから。
しかしすぐに光りも差し込みはじめる。
引き返そう。
まだ間に合う。
例えその木が以前よりはるかに高く延びていても、私は林檎の実を手に入れる。
喉を潤す林檎を求めて険しい山道を再度登りはじめる。
いったい私は今どのような顔をしているのだろうか。
- 123 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月06日(水)20時58分44秒
- 『私のカンは当たるのよ。
ま、あの娘のことはなんとなしに分かっちゃうしね。』
圭のタメ息に窒息感はない。
『それじゃ紗耶香の居場所が分かったら……』
「部長」
『ん?』
先程から表情が変えられないまま、真希は訴える。
「私、じっとしてられないんですけど‥‥」
『……そう……』
圭は一言そう言って、真希の心の内を察した。
『それじゃ後藤は1年生中心に紗耶香のこと調べてよ。
私は今日の面子中心に探してみるから。』
「‥‥っはい!」
『あっ、ただしくれぐれもおおごとにしないようにね。
家に帰ってないなんて言わないで、それとなく探ってよ。』
「はい!」
『よろしい』
真希の様子からか圭は少しは安心した口ぶりで息をつく。
「それじゃ、私早速みんなにメール打つので」
元気よく、再び真希のほうから電話をきる。
焦燥感にかきたてられている真希の態度に、受話器の向こうで圭は微笑んだ。
- 124 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月06日(水)20時59分06秒
- 終盤と書いたことですぐに終わりそうな印象をもたれたようなので訂正を。
この作品が終わるまでまだ数週を要します。
お話の全体の流れが終盤にさしかかった、ということですので。あしからず。
>>107 さん
演奏シーンというか、音が流れるシーンは気合い入れて書いてます。
次回作と言われましても‥‥‥
1ヶ月以上更新停滞してる小説とか、参加してるリレー小説とかもあるので、まあこれが終わってもまたどこかでお目にかかることが出来ましたら幸いです。
>>108 さん >>111 さん
実はこの小説は読者に媚びることを頑張ってきたんです。
私はそういうの苦手なのですが、やっぱ書くからには読んで楽しんでもらいたいと。
はっきり言って、私自身はどういうカップリングにしたいとか無いんですよ。
ですからカップリングを含めプロットは毎回のレスを見てから考えてます。
>>109 さん
終盤ですし、いちごまは自然な流れで書いていきます。
現時点で結末は私にもわからないので、まあなるがままということで御勘弁を。
>>110 さん >>112 さん
設定の上で全員が無理なくからめるようにはしたのですが、
そうなると逆にやっすーをからませるのが不自然になってしまって・・・
ただ容貌の描写はやっすーに一番力入れてます。
>>116 さん
ここの所ちょっと更新ペースが落ちてましたね。
前にも某リレー小説が盛り上がった時とか、某コンテストに参加した時など筆がおくれたことはありましたが、パソコンに向かってなかなか筆が進まなかったのはこの作品では初めてのことでしょうか。
やすごまの会話がなかなかうまくいかなくて。
何度となく書いては消してました。
>>118 さん
連載は・・時間的にはもう少々延びるかもしれません。
ただシーンは4分の3過ぎたあたりですね。
まあねちっこく書けばいくらでも延ばせは出来るのですが・・・
今後の展開は・・・ほんとどうしましょう。
一応数パターン考えてますけど、どれもそれほど強引にはならずにすむかな。
リアクション見て、後はいかに筆がすすむかですね。
- 125 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年06月06日(水)22時54分06秒
- がんばれ〜、後藤。いちーちゃんを手に入れるんだ〜
- 126 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年06月07日(木)21時00分34秒
- >>124
なるほどな、そういう事か。
んじゃ遠慮なく言うと、
石川と市井、それに保田の過去のカラミを凄く知りたい(笑
- 127 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年06月08日(金)19時37分03秒
- >>124
禿しく同意。ヤッスーネタきぼーん!(藁
- 128 名前:127 投稿日:2001年06月08日(金)19時38分00秒
- >>126の間違い。鬱だ・・・。
- 129 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月09日(土)00時24分05秒
- 電話のほうが早いかと思いつつ、それは不自然だと思い直す。
しかしいくらなんでも街で紗耶香に会う確率などゼロに等しいだろうと思うが、何かせずにはいられない。
焦ってメールを打つ親指が滑る。
それにしても悔やまれる1時間前。
何故自分は拒絶してしまったのだろう。
思い返すわけではないが、漠然とイライラをつのらせている。
“今日、市井先輩に会ってない?”
メールを打ち終わり、送信しようと思って送り先をアドレス帳から選ぶ。
‥‥‥誰におくるべきか。
ひとみをはじめ何人かの1年生の名前が連なっている。
しかしこんなメールを流すのも変だろうかという思いが一瞬頭をよぎる。
・・・・・・・・!
ほんの一瞬であろうと弱腰になっていた自分に苛立ち、再び携帯の画面を凝視する。
ふと、それでも文面が不自然な気がして苛立ちつつも親指を動かす。
今日のこと位で紗耶香があんなにも取り乱すとは思えない。
そう思いたく無い。
きっと最近気持ちが不安定だったのだろう。
それならば誰か紗耶香の様子に気付いていたかもしれない。
結局少し付け足した。
“今日、市井先輩に会ってない?最近少し様子変じゃなかったかな?”
すぐに送り先に同学年の部員を指定して送信する。
携帯を荒々しくベッドの上に放り、顔を枕にうずめる。
頭痛がする。
頭が痒い。
体が思い。
無性にイライラして真希は枕に噛み付いた。
枕は真希の吐息がかかる前から既に少し湿ってた。
そうか・・・・・・・・・・・・
彼女の髪から滴り落ちた雫・・・
- 130 名前:作者 投稿日:2001年06月09日(土)00時24分51秒
- >>125
とりあえずこのままではいかんだろと思い、後藤を動かしてみました。
はたして後藤は市井を手に入れることができるのか!?(無責任)
>>126 <<127
保田市井石川のエピソードも一応設定はあるんですけどね。
どっちかって言うと最初はそっちがメインのストーリーだった位なもんです。
(初期段階ではビッグバンド部と吹奏楽部の抗争話でメンバーを2分するつもりだった)
とりあえず今回の話に挿入するには長過ぎるエピソードなので、まあもし続編か外伝を書く機会があれば、ということで。
実を言うと私、7月の頭には日本を離れることになってまして。
そういうわけで6月中に一旦の終止符を打たねばと焦っているところなんです。
連載を引き延ばすことはできませんが、今後の展開への期待・希望や厳しい御指摘等をお待ちしております。
- 131 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月12日(火)00時49分30秒
- 彼女の居場所がわかればすぐにでも飛んでいくのに。
ふと小学校時代の同級生を思いだす。
言ってしまえばトロい女の子で、あまり仲の良い娘ではなかった。
ただ彼女の細い指がソプラノリコーダーを支える姿は、今でも印象に残っている。
真希が人とつきあう基準はただ一つ、インスピレーションだけだ。
ソプラノリコーダーを持っていない彼女の印象は、真希を引き付けたりはしなかった。
音楽の時間、緊張気味に開かれるあの指を一方的にみつめるのが彼女との関係だった。
夕食のカルボナーラの胡椒が今頃になって口の中で割れ、スパイシーに広がる。
普段なら自分を動かしてくれそうなこの感覚も、今はストレスの蓄積にしかならない。
ああ、グシャグシャになった枕に味などあるはずないのに。
今度はベースのしゅうのことを思い出した。
彼はアルコに黒い毛をはっている。
黒い毛は硬く、初心者であるらしい彼には弾きにくいものだと言った。
ヴィジュアル重視だとしゅうは笑い、その場にいた都築までもが同意していた。
あれだけ音にこだわる都築が外見で楽器を選んだことを聞き、真希はその時は驚いた。
今ならわかる、視覚による印象は真希の言うインスピレーションに直結する。
私がみていた彼女は幻覚だったのだろうか。
本当の彼女は唯一無二のものではないかもしれない。
全ての行動の後付けをインスピレーションに求めてしまう。
翼を失ったイカロスは父親の忠告に背いた自分を呪ったろうか。
姫君に気を許して迷宮の秘密を漏らした父親を呪ったのではないか。
海面にせまるその瞬間まで、悔いる余裕などなかったのではあるまいか。
翼を失って、それでも私の心は彼女の元へ飛び立とうとしている・・・
- 132 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月12日(火)00時49分57秒
- ピピッ!
携帯の音に、真希は目をさます。
枕元の蛍光アナログ時計をみやると短針も長針も7と8の間で重なっていた。
なんだ、20分も眠って無い。
ボーっとしてとりあえず上体を起こすと視界に携帯が入り、
ようやくメールのことを思い出して、慌てて携帯を掴み上げる。
3件の新着メールが入っていた。
この10数分に3通だから、おそらくどれも部員からのレスポンスであろう。
まずは真希を起こした一番最近のメール。
From 木村あさみ
“さやかなら学校には来てたよ。
様子は特に変じゃなかったけど、なんかあったの?”
あさみはジャズ研所属の2年生でクラリネットを吹いている先輩である。
母体組織と言うだけあってジャズ研メンバーはしょっちゅう部室に顔を出すので知り合った。
どうやら彼女も元吹奏楽部員らしく、同学年の紗耶香ともそこそこに仲が良い。
そういうわけで彼女にも送ったのだが、思った通り今日も学校で会っていたようだ。
彼女がどこまで見てるかわからないが、とりあえず紗耶香に別段変わった様子は見られなかったらしい。
続いてその8分程前に届いているメール。
From 吉澤ひとみ
“雨でほんとビショ濡れになっちゃってて”
文面はこれだけ。
とりあえず窓の外を見ると、先程帰宅してきた時よりも激しく雨が降り注いでいた。
意識してみると雨音がうるさい程の豪雨と言えるかもしれない。
そして更にその1分程前、まっ先に届いたメール。
From 吉澤ひとみ
“さやかさんならうちに来てるよ”
- 133 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年06月12日(火)23時33分29秒
- 市井は吉澤の家に行ったのか、一安心。
後藤がんばれよ〜!!
- 134 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月13日(水)19時52分24秒
- 全身から血の気が退いていく。
紗耶香の数刻前の唇と、ひとみのあの頃のまなざしがフィードバックする。
それは中学時代、真希達がクラブやライブハウス、数々のイベントに入り浸っていた頃。
数分前ひとみが指差していた彼女は、いつもいつの間にか真希達の仲間になっていた。
仲間となった彼女とは、大抵真希とも波長が合う。
おそらく似たタイプなのだろう。
キャラクターは多種多様だったが、皆夢見がちで、しかし快活な少女達だった。
ひとみはそういう娘をみつけると、真希の肩を叩き、指差すのだった。
イイ男をみつけた時とはまた違う笑みを浮かべるのだ。
そして初めて会ってから数日後、フロアーを見渡すと彼女とひとみの姿がなくなっている。
翌日彼女に会うと、決まって彼女はひとみに妖しい視線を送るようになっていて……
表面上の付き合いはあくまで遊び仲間であるのに。
数刻前、恍惚として熱を帯びていた紗耶香の頬。
そしてあの頃、中学時代の友人達の表情が重なる。
紗耶香がひとみにあの表情を見せたのだろうか。
ひとみはあの視線を紗耶香におくったのだろうか。
高校に入ってから久しく忘れていた。
吉澤ひとみがバイセクシャルであるということを。
- 135 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年06月13日(水)21時30分01秒
- げっ、市井が吉澤に… 後藤,急げ!!
- 136 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月15日(金)18時51分58秒
- 喪失感にうちのめされる、とはこのことだ。
急いでひとみにかけようと携帯を握る手に力をこめたのだが、親指が動かない。
ダメだ。
ひとみの声を聞くことすらできない。
もし‥‥‥だったら、、、、
ボタン一つ押すことのできない無力な親指が、憎々しくてたまらない。
怖くて、ただ怖くて、先程まであれほど想っていた感情が消えてしまった。
結局震える手で携帯を握りしめ、丁寧に充電器にセットする。
クローゼットの引き出しを開けてTシャツと下着を取り出し、キチンと引き出しを閉める。
部屋のドアを開け、ドアを閉める。
足下がふらついて階段の前で一度止まり、ゆっくりと一段ずつ降りていく。
リビングにいた母親に声をかけられ、生返事を返す。
風呂の引き戸を開け、浴槽が視界に入り、服を着たまま入浴できないことに気付く。
手桶で浴槽の湯をかぶってすぐ、真希はバスタブに足を入れる。
湯温はおそらく39度程。
かまわず真希は湯につかる。
考え事をする時、浴槽の中で体育座りをするのが真希の癖だ。
体を丸めると、自分がひどく弱い存在に思えてくる。
その思いが消えるまで、真希は1時間でも2時間でも丸まっている。
手櫛で前髪をかき分けると、あまり湿っていない髪がゴワゴワしている。
鏡に写ったその仕種を見て、紗耶香の雨に濡れた髪を思い出す。
まるでシャワーのように浴室に雨音が響く。
5時間あたりからずっと降り続いている。
しばし全てをかき消してくれないものかと雨音に耳を傾ける。
しかし、紗耶香は頭の中から消えてはくれない。
- 137 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月15日(金)18時52分21秒
- この雨の中、紗耶香がひとみの所に行った理由は真希にも分かる。
だからこそ、居場所が分かったからと言って駆けつけるわけにはいかない。
ひとみが一言後押ししてくれれば揺らぎそうな決意だが、そこまで都合良く物事は進まない。
ひとみが雨露に濡れた紗耶香の髪を拭いている光景が頭に浮かぶ。
必死に取り払おうと真希は叫ぶが、声がでない。
ロングトーンの終わりの苦しみとは違う、窒息感。
ただ空気が吸えないだけではない、もがくような苦しみ。
今までの人生、モラトリアムはいつでもあった。
ただここまで過去に戻りたいと思ったことはなかった。
目がかゆくて、何度も目を擦る。
もう何も考えたくなくて、濡れた手をただひたすら動かす。
それでもバスタブの中で溺れるように、苦しみは取り払われない。
考えがいきつくのは、今日一日の自分の行動。
それでも、目が痛くなることには、後悔の念なんていだかなくなっていた。
自嘲なんて余裕がなくてもできる。
こんなにもギリギリの自分が自虐的な思考に酔っているのだから。
自分は何を過信していたのだろう。
- 138 名前:作者 投稿日:2001年06月15日(金)18時52分48秒
- 長い一日が終わりました。
じっくりいちごまを痛めつけようとおもってたてたプロットでしたが、全くテンポ良くいかず、ずいぶんと延びてしまいました。
気付けば実際に劇中と同じく梅雨に入ってしまいました程です。
えーとカップリングの話をするのは最後にしたいのですが、一応各キャラに対するいいわけを。
私、いちごまはハッピーエンドじゃいけないのかと思ってました。
どうやらそうでもないようなので考え直して次のプロットはたてましたが。
でも翌日につなげることを考えて、後半を延ばしてしつこい程にフォローを入れたんですね。
そのため、ずっとバランスよく書いてきたつもりだったのを、この1日でだいぶいちごまに片寄らせちゃったかな、と。
ただ後半のいちごま(と言っても後藤の一方的なシーンでしたが)は >>125 >>133 >>135 さんのレスに合うように書いたのですが、これがなかなか楽しかったです。
ヨッスィーは最初はもうちょっと軟弱者に描く予定でした。
ただ軟弱なのはあまり好かれないようなので、男気溢れるヨッスィーに挑戦してみました。
圭ちゃんは後藤吉澤とからめるには不自然な設定になってしまいましたね。
もともとの話ではビッグバンド部の部長として主役クラスの大活躍だったのですが。
そのなごりで圭ちゃんには細かい設定が山程あります。
設定が細かいと言えば、 >>132 にでてきた木村あさみ嬢もそうとう細かく設定がなされてます。
まず市井・石川・柴田と同学年で同じ部・・・
(ちなみに市井・柴田・木村の順番で吹奏楽部を退部してます。)
他にも未登場の吹奏楽部副部長ってのがいて、彼女と同じクラリネットパートとしての確執が...
更には3つ年上の英語堪能な姉がいます(w
- 139 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年06月15日(金)21時40分01秒
- いちごまはハッピーエンドに限る!!(w
市井と吉澤はどうしたんだろうか…
くよくよするな、後藤。明日があるさ。
- 140 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年06月16日(土)00時05分14秒
- >>138
> 更には3つ年上の英語堪能な姉がいます(w
そこまで設定してあるのれすか!
突撃な登場はあるのだろうか・・・?(ワラ
- 141 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月16日(土)00時07分43秒
- >>124
読者に媚びたいならいちごまで突き進め。それが確実な手だ。
ただ、このコメントで自分はこの小説に対する興味が失せた。
このスレのいちごま信者ウザすぎ。
- 142 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月16日(土)02時38分09秒
- 「真希ちゃん・・・」
翌朝制服に着替えた真希がダイニングテーブルにつくと、ベーコンエッグを食べていた弟が驚嘆の声をあげた。
「あら、真希が余裕もって起きてくるなんて珍しいわね。」
そう言って振り向いた母親も真希の顔を見て驚いた表情になる。
「そんなにおどろかなくたっていいでしょー」
真希がそう言うと、母親はすぐに笑顔をつくる。
「顔、洗ってらっしゃい。
今、真希のぶんも用意するから。」
母はそう言って再び台所に立つが、弟はまだ怪訝な顔をしている。
弟の座っている椅子を1発蹴り、真希は洗面所に向かった。
鏡にうつった自分はひどく泣き腫らした目をしていた。
真希はやっと二人の不自然な対応に納得がいった。
まあ考えてみれば昨夜も二人の前で取り乱した行動をとったのだから、自分を心配してくれての事であろうが。
普段は眠気まなこで無意識にしている朝の歯磨きを、今日はしっかりとやってみる。
しかし今日の自分は本当にひどい顔をしている。
ビューラーを使ったら余計ひどくなるだろうか。
真希は塗りたくるのが嫌いだから、目もとも厚くはしたくない。
結局母のシャドウから明るい色を選び、下まぶたにうすくひいた。
真希はネクタイをしめながら、いつもの笑顔をつくる。
横に広げられた唇が、窓から差し込む雨上がりの陽光を反射してキラキラと光っていた。
- 143 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月16日(土)02時38分32秒
- 悠長にも昨夜のグレープフルーツを食べていたのがいけなかったのか。
それとも朝練に行く弟と同じ時間に起きたのがそもそもの間違いだったのか。
どちらにしろその時間に家を出たことを、真希は後悔した。
「ゴッチン!」
ひとみが満面の笑みで、声をかけてくる。
「‥‥‥おはよ‥‥」
隣を歩いていた紗耶香が戸惑いがちに挨拶する。
「おはよう、ございます、、、」
真希もひかえめに返す。
まさか二人の同伴登校に出くわすなんて。
- 144 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月16日(土)02時38分59秒
- 「珍しいね、ゴッチンがこんなに早く登校してくるなんて」
修羅場とも言えるシチュエーションにあわない脳天気な声でひとみが話しかけてくる。
真希と紗耶香に挟まれて嬉しそうにしているひとみが、真希は理解できない。
「どうしたの?
ゴッチン、元気ないんじゃない?」
ひとみの無神経な声に泣き出したくなる。
真希はどうにか感情をセーブしようと目をつむる。
「どうでもいいでしょ」
ついつっけんどんな返答をしてしまった、とひとみを見る。
するとやはり彼女はとても悲しそうな表情をしていた。
その顔を紗耶香が心配そうに覗きこんでいる。
なんだかとても悪いことをしたような気分になってしまった。
ストレートに浮き上がる感情に押され、真希は言葉を探す。
だがなかなかフォローの言葉が見つからない。
三人の間に気まずい雰囲気が流れ、周りの生徒達の快活なおしゃべりが真希には嘲笑のように聴こえてきた。
- 145 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月16日(土)02時39分22秒
- ・・・・・・・クシュン・・・
沈黙を破ったのは紗耶香のクシャミだった。
「大丈夫ですか?」
「ん、大丈夫だよ。
ありがと、吉澤」
紗耶香は背の高いひとみを見上げ、それはつまりひとみに向かって笑顔をつくる。
しかし明らかに顔色は悪く、どう見ても無理をしている。
「昨日あれだけビショ濡れになったんですから、やっぱ休んでたほうが良かったんじゃないですか?」
「ううん、本当に大丈夫だから。
心配いらないよ、吉澤。」
ひとみに向かって優しいセリフを吐き出す紗耶香の唇。
目が細められ、うっとりとした表情になっている。
あの表情が自分に向けられていたのが、真希には遠い昔のように感じられた。
「昨日の夜もあんなに咳がひどかったじゃないですか。」
(昨日の夜・・・)
「私よりずっと熱もありましたし。」
(私より、ねえ)
「ねえ、吉澤、、その、、、」
(ねえって市井ちゃん後輩に‥‥)
「なんですか?」
(なんですかって、なんでみつめあってんだよ!)
「えーっと、、、後藤が、、、、」
(!)
驚いて紗耶香を見つめると、紗耶香もこちらを向いて気まずそうにしている。
(ああそうか、私と話したいわけじゃないんだ。)
(ただ私の前でヨッスィーとイチャつきたくないんだ)
(じゃあ勝手にすればっバカップル!)
心の中で自分勝手に罵詈雑言を吐き倒し、真希は早足で歩き始める。
「ちょっとどうしたの?
ゴッチン?ゴッチンってば!!」
後方からひとみの声が聞こえるが、真希は無視して止まることなく進んでいく。
数グループの生徒を追いこす頃には、もうひとみもそれ以上真希の名を呼ぶことなかった。
- 146 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)12時18分48秒
- 作者さんの好きなように書きなさい。それが最良の道。
読者の書き込みには耳は貸しても魂は売ってはイケナイヨ。
結果的にいちごまでも問題なし!
- 147 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)00時45分30秒
- ひとみが昇降口で紗耶香と別れて1年の教室に向かうと、C組前の廊下で真希と明日香がおしゃべりをしていた。
どうやら向こうも気付いたらしく、明日香は顎をしゃくり上げるようにしてひとみのほうに顔を向けた。
真希は、、、横顔で作り物っぽいアンニュイさを漂わせている。
「おはよ、二人とも」
先程のことは無かったようにして、ひとみは改めて二人に挨拶する。
「おはよう」
明日香はすぐに微笑んで返す。
「・・・・・・・・」
真希がすぐには何も言わないので明日香も真希のほうを見る。
「・・・・私のクラス、1時限目から移動だから」
下を向いたままぶっきらぼうに言葉を放った真希に、明日香は咎めるわけでもなく目だけで返答する。
それを確認すると真希は自分の教室の方へ歩いていった。
ひとみに視線をむけることすらなく。
- 148 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)00時45分53秒
- 「・・・・・私が聞いてあげたほうがいいような話かしら?」
真希が教室に入るのをふたりで見ていると、ふいに明日香がそう言った。
ひとみは思わず彼女のほうを向く。
彼女はD組の入り口から視線を外していなかった。
「深入りしてほしくない?」
ひとみのほうを向くわけでもない明日香のセリフに、ひとみは少なからず戸惑っていた。
「いやその、何て言うか・・・」
ひとみが少し下を向きながらしゃべりはじめると、明日香はひとみの顔を下から覗き込むようにみつめてきた。
そうか、自分からしゃべり出すのを待っていたのか。
「経緯とか長くなるしさ、それに、、、ってかそんなに深刻じゃない、、わけでもないけど、、」
明日香は導くようなあいづちを打つわけでもなく、じっとひとみを観察している。
演劇部に入ってから彼女は人の様子を見て物事を理解しようという癖がついたようだ。
「なんてか、私の不注意だったかなって、、、あれ、そうだったのかな?、、」
「私は知らないわ。」
素っ気無く明日香は言い切るが、唇と顎の筋肉以外は微動だにしない。
「でも要因の80パーセントはむこうにあるんだ。
でもね、、、、、あー、えーと、、」
ひとみは必死で言葉を探そうとする。
「別に無理に私に伝えようとしなくていいよ。
自分のなかで整理がついたんでしょ?」
「えっ、うん」
「だったら私が聞いてあげる必要はないよね」
「‥‥アリガト、明日香」
「‥‥ひとみのほうが真希より心情を察し易くていいな」
ひとみが明日香を見ると、彼女はまたしてもこちらに視線を向けることなく言っている。
「じゃあ私行くね」
「あれっ、明日香のところも1時限目から移動教室なの?」
それを聞いて明日香はふふっと鼻で笑ってから答えた。
「別に。普通に教室。
ただ今日は先々週から予告してあった古典の単語テストの日だよ。」
ひとみの口が歪むのを見届けつつ、明日香はA組の教室に入っていった。
- 149 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)00時46分25秒
- 紗耶香はひとみにほれていると思う。
昨日の彼女の自暴自棄な行動の一つであることを差し引いても、ひとみにすがったのは自然なことだ。
そのことに気付き始めたのは、公演発表会のステージチェックの時。
紗耶香は私を見てくれることなく、ひとみのほうを向いて弱音を吐いたのだった。
走っていて、何かが集束していくようなフィーリングに捕われてしまった時、弱い人は自虐的な行為にでる。
紗耶香は逃げている。
ただ、私もおなじように逃げている。
逃げている時、逃げ切っている時は追い掛けてくる人間が愚かに見える。
でも追いつかれそうになると、ただただ恐怖するだけなのだろう。
教室で目を閉じている自分。
自分より悩みがあるようにはとても見えない、級友達の喧噪。
連絡をする担任教師瀬戸の事務的な声。
本日の放課後に職員会議が行われます。
全ての生徒は5時前に学校を出るように。
そのため全ての課外活動は中止となります。
紗耶香と顔を合わせずにすむと分かり、真希は安堵のため息をもらした。
- 150 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年06月19日(火)02時23分12秒
- 逃げるな後藤!
- 151 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時44分00秒
- 面白く読ませてもらってますが、
モラトリアムの意味勘違いしてませんか。
すいません、気になったもので。
- 152 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月20日(水)02時00分58秒
- 昼休みも部室に行く気にはなれず、真希はゆっくりと昼食をとっていた。
それでも周りの友人達の会話も聞いてるだけで口を出さないため、まっ先に弁当箱が空になる。
「・・・・ねえ、真希はどう?」
「えっ!?」
急に会話が自分にふられ、慌てて真希は聞き返す。
「聞いてなかったの?」
「だから“理想の足”の話」
真希の友人達は理想で一晩でも話し続けられる程、この手の話に飽きなかった。
「“理想の足”かあ・・・・・そうだな・・
ソックスよりストッキング、ペテキュアはエナメル、足首には金のアンクレット、、、」
真希は何も意識しないで、うつろな目で答える。
すると友人達は何故か押し黙りはじめた。
「・・・・・何?どうしたの?」
不思議に思った真希は、それでもけだるい感じで尋ねた。
「えっ・・・いやその・・」
「‥‥なんてか、今、真希がすごいキレイだった」
「そうそう、すごい女のフェロモン出してた。」
彼女達はただ感嘆しているようだが、それは真希を愉快にさせるものではなかった。
「それってヤラシイって言ってるように聞こえる」
真希がなおも口調を変えずにそう言うので、友人達は慌て出した。
普段は全くの対等な関係なのに、今日の真希は場を動かすオーラを発しているかのようだ。
「でも真希ってさ、ゴールドが似合う感じだよね。」
「ペテキュアは深紅って感じだけどね。」
友人達が本人を前にして勝手に[後藤真希論]を語り出したので、真希は再び会話から外れる。
ふと前を見ると、D組に明日香が入ってくるのに気付いた。
A組の彼女が生徒会でもないのに他の組に入ってくるのは珍しいことだ。
遠めに明日香の行動を観察していると、彼女はいつものマイペースで、声をかけられた人全てに一文以上の挨拶をしている。
明日香を観察しているうちに、真希はあることに気付いた。
明日香はまっすぐに自分のほうに向かっていた。
- 153 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月20日(水)02時01分18秒
- まだ多少ボンヤリした頭で、真希は明日香を凝視する。
「どうしたの?」
「ひとみから伝言」
ボンヤリとした頭は、すぐに何かしらの結論を出すことを拒んだ。
そのことを眉間にしわをよせて顔に出すと、明日香は笑顔をつくる。
「そんな顔しなさんなって」
明日香は真希の額を指で触れる。
弾くわけでもなく、ただしっとりとした指の感触を感じる。
「それで、伝言って?」
「『放課後部室に来て』だって」
部室・・・・そうか、今日は部活はないんだった。
そうするとひとみと1対1で対峙することになるのか。
真希は大きくひとつタメ息をついた。
この時点で彼女に拒否するつもりは全くない。
「なんだか果たし合いみたいだよね」
「そんな感じだよ」
「私も見届けたいって申し出たんだけど、断られちゃった」
「えっ」
意外だった。
明日香がそんなにも首をつっこんでくれようとするのが。
彼女は普段は事なかれ主義を装っている上、事実物事に責任感を求める。
「嘘だけどね」
「・・・ふ〜ん」
全く、訳がわからない。
明日香の視線がいつもと微妙に違うような気がするが、それは私の意識もはっきりしないからだろう。
「ねえ」
「何?」
今度は真希から声をかけてみる。
「明日香の“理想の足”ってどんなの?」
「足?」
明日香は一瞬スカートに視線をうつし、意外とすぐに答えた。
「とりあえず、真希の足かな」
「………なんで?」
「今日の真希、すごく魅力的だよ。」
明日香は目を細めて笑う。
それは圭や紗耶香がよくする笑い方だった。
- 154 名前:作者 投稿日:2001年06月21日(木)22時57分45秒
- 明日香はむずかしい・・・・・
後藤がモノローグで言ってることは意味不明だし‥‥(泣
>>139 >>150
いちごまの主流はハッピーエンドではなく厭世主義ですからねえ。
まあ過程でどっちかが逃げてるのはいちごまの宿命でしょう。
>>140
木村姉「や〜す〜だ〜さ〜〜ん!」
保田「また電話切りやがったよ・・・」
>>141
読者さんのレス等を見る限り、それほどいちごま好きは多くなさそうですが・・・
今回は「読者のための作品」ではなく「読者に媚びる練習をするための作品」となっているので、読者さんの興味が失せてしまうことは多分にあると思います。すいません。
私はストーリーを組み立てるのが苦手なので、まあそう思われてしまうのも致し方ないかな、と。
>>151
軽く読み返した所、 >>137 の“今までの人生、モラトリアムはいつでもあった。”という箇所が思い当たったのですが、ここのことですか?
これは(モラトリアム)=(自らが今モラトリアムにいることに浸っていたこと)
=(自分のアイデンティティが確立していないことを憂うこと)というつもりでした。
やはり説明不足ですかねえ。以後気をつけます。
- 155 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月21日(木)22時58分24秒
- 真希達の教室がある南棟から部室のある北棟に移動する時、普通は中棟と呼ばれる校舎を通る。
中棟には英語科や国語科などの実技や理系以外の教科の資料室が並んでいる。
通常それらに用のない生徒達にとっては、中棟は渡り廊下も同然になっている。
まあ教職員の駐車場になっている中校庭を通ることもできるのだが、昇降口を回らなければならずかえって遠回りになるため、真希はもっぱらこの中棟を使っている。
そんなわけで今日も意識した訳でもなく中棟に向かっていた。
月一定例の職員会議が行われる日は部活も同好会も居残り補習もないため、多くの生徒は足早に帰宅する。
そのため今日の中棟はひっそりとしていた。
(これはマズったな・・・)
気付けば20m先にはひとみが歩いていた。
もちろん向かう先は北棟2階のビッグバンド部室だろう。
普段なら見つけた途端に声をかけ、一緒に部室に向かうのだろうが、今日はそういう訳にはいかない。
(私に気付いてるかな・・)
ひとみの背中を凝視するのだが、彼女は全く後ろを気にする素振りも見せずに歩いている。
(気付いてない・・かな・・)
なんて思った矢先、真希はあることに気付いた。
足音、である。
静かな中・北棟に響いている足音は2つ。
言うまでもなくひとみと真希のものだ。
空虚に響くその音に、ひとみに気付かないはずがない。
(私に気付いてるのにあの歩きか・・)
たった数十メートルの中棟を通る間、真希はそんなこと考えながらひとみの背中をゆっくりと追っていた。
- 156 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月22日(金)00時14分48秒
- >>36もですが……。
⇒ モラトリアム【moratorium】
(1)非常時に,法令により金銭債務の支払いを一定期間猶予すること。支払猶予。
(2)知的・肉体的には大人でも,社会人としての義務と責任の遂行を猶予されている期間。
または,そういう心理状態にとどまっている期間。
(3)実行・実施の猶予または停止。
もちろん(2)なわけですが、この言葉は期間の名称であって憂いの感情ではありません。
あえて言えばむしろ無責任、気楽さに近いと思います。
そして、対象は新社会人もしくは大学生くらいつまり成人しているが大人とはいえない人々で、
知的、精神的に高校一年は含まれにくいです。(肉体的には一概に言えませんが)
そして、子供→モラトリアム→大人と推移するので、
途切れ途切れにあるものでもありません。
ちょっとしつこいかも知れませんね、すいません。
- 157 名前:作者 投稿日:2001年06月22日(金)20時28分31秒
- >>146
ええまあ好きに書いてると言えばそうなのですが・・・
別に“リクエスト答えます”なんていう小説とは違いますし。
>>156
問題の >>137 のこの部分、不粋ですが一応意図を説明させていただくと
・「今までの人生」「モラトリアム」と高1に似つかわしくない単語を2つ並べることで、後藤の幼さからの脱却欲求と、自分の生き方に価値を持たせようとする心情を強調している。
(“自分の生き方の価値”ってのは仰々しいものではなく、行動や判断に対する自信のこと)
・続く一文「〜と思ったことはなかった。」で、「〜はいつでもあった。」という不自然な文章の糸口を示し、あくまで後藤の自己認識におけるモラトリアムが度々訪れていることを示唆している。
(“自己認識におけるモラトリアム”というのは、もう大人だという心情を覆された事柄を指し、期間ではない)
(→そのようなことに憂いでいる後藤のなんたる幼いことか!)
・「自嘲なんて余裕がなくてもできる。」などもそうだが、日本語として不自然な文をちりばめることにより、モノローグの主である後藤の狂的様相を印象づけている。
(ちゃんとした“モノローグ”ではないですが、この部分は後藤の一方的な視点による物語なので)
・・・なんてことを2行に封じ込めたつもりだったのですが、流石に2行では短すぎでしたね。
まあ要は全ていちごまの美化のために後藤に意味不明な感情を起こさせていたんです。
>>37 も同様で、すぐに打ち消してこそいますが、吉澤の市井に対する気遣いに欠けた発言です。
>>156 さん、わざわざ辞書までひかせてしまい、申し訳ありませんでした。
- 158 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月22日(金)20時28分56秒
- ひとみが部室に入って十秒程経って後、真希はドアノブに手をかけた。
部室に入るとひとみは立ったまま腕を組み、こちらを見据えていた。
「何か用?」
真希の方から切り出す。
「どうしたの?ゴッチン
私を睨んだりして」
そう言うひとみは余裕の笑みと共にふんぞり返っている。
・・・くそ忌々しい・・
「特に用事があったわけじゃないけどさ。
今日の真希、様子がおかしいと思って。」
「それならわざわざ呼び出さなくても、一緒に返ればいいじゃん」
「朝から私を避けてるでしょ」
しばしの沈黙に真希は舌打ちする。
「・・それもそうだね」
今度は真希も口許に笑みを浮かべて言い返す。
「だからこうして呼び出したの
まあこっちにも心当たりがあったしね」
ひとみは高身長で真希を見下ろすように一層背筋を延ばす。
二人とも歯を食いしばるようにして笑顔を保っているが、ともにいつ緊張の意図が途切れてもおかしくない状況にあった。
- 159 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月22日(金)20時29分24秒
- 「だからさぁ、そんな睨まないでよ」
ひとみは顎を下げ、目もやわらげる。
「別にケンカしようって呼び出した訳じゃないしさ」
馴れ馴れしい自然な口調も今の真希には火に油である。
「んじゃまあ本題入るね」
ひとみは一つ息をついて話しはじめる。
「分かってると思うけど、昨日のこと」
真希にとって今さらの話、ひとみを睨つける他ない。
「紗耶香さんと何かあったんでしょ」
ひとみは先程に比べ自然な仕種で微笑みかける。
「紗耶香さんも真希のこと何にも答えなかったし」
遠くで聞こえる彼女の声も、真希の傷に塩を塗り込むに同然の所業だった。
「何か答えてよ」
急にひとみが心配そうな声をあげ、表情も崩れていく。
「ゴッチン、今朝からずっとおかしいよ」
その言葉で真希はいっそう眉をしかめる。
「私、ゴッチンのこと心配だよ」
ついにひとみの目は潤み出した。
「ねえ、答えてよ。ねえったら!」
聞き慣れないひとみのすれた声に、真希は体を強張らせる。
「紗耶香さんととのこと、話してみてよ」
最後には懇願といった感じでひとみは真希に泣きつく。
「私だって紗耶香さんとゴッチンのこと、聞く権利があるもん!」
ひとみのこんな幼い口調は、真希も聞いたことがなかった。
「だって、私....
ゴッチンのこと、好きなんだからっ!!」
- 160 名前:名無し時代123! 投稿日:2001年06月22日(金)23時24分53秒
- いちごまの主流はハッピーエンドだと思うけど…
それはさておき、よしごまっすか。後藤も大変だ(w
- 161 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月24日(日)09時50分31秒
- ひとみの思いもしない言葉に、真希の顔は引きつる。
いや、ずっと前から予期していたことなのかもしれない。
彼女の視線を感じずとも、中学からずっと一緒にいたのだから。
「いくら好きでいてくれても、友達には話せなかいことってあるじゃん」
告白がひとみの本心であることを確信しつつも、真希ははぐらかそうとする。
それが無意味なことだと分かっているはずなのに。
「友達とかじゃないよ。
私、それ以上の気持ちでゴッチンを愛してる」
ひとみの目はパッチリと開かれ、真希を凝視している。
対照的に真希はまぶしがるように目をしかめる。
「そ、そんなこと言ったてさ、私、女の子だよ」
“女の子”なんて言葉が中身のないハリボテであることに気付く。
でもこの口上と引きつった笑みを一秒でも長く続けなければいけない。
「同性愛だって宗教さえなければ皆自然にやってることだよ
それに・・・体が繋がらなくたっていい」
「そんな、そんな事言わないで。
だってそんな・・・・穢らわしい」
「処女みたいなこと、言わないでよ!」
必死になって振り上げていた真希の両手首は、ひとみの両手に押さえ込まれた。
そのまま真希の体は後退し、壁に背が当たる。
それと同時にひとみは顔を真希に近付けてくる。
「私、知ってるんだよ
ゴッチンは紗耶香さんが好きだってこと」
- 162 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月24日(日)09時51分25秒
- この状況下、絶対的なイニシアチブはひとみにある。
真希の背が壁についているからではない。
真希の両腕が押さえ込まれているからでもない。
それは全てこの場にいない彼女に因るもの。
ひとみが目を細める時、彼女は男性的な微笑みを浮かべている。
いつもならヤラシイとおちょくるのだが、今の彼女も本当に卑猥な顔つきをしている。
妖艶なんてもんじゃない。釣り上がった口許がそれを象徴している。
その表情を見て、疲労困憊していた真希の脳はすぐさま体を動かした。
苛立たしさからのストレートな衝動。
手首を掴んでいたひとみの両手を強引に降りほどき、諸手で彼女の体を突く。
ひとみは驚きつつも目で威圧感を漂わす。
それでも真希は壁から背を離し、ひとみのもとに歩み寄る。
・・・・・・・バシッ・・・・
人のいない部室に乾いた音が響き渡る。
それは昨日の放課後と全く同じ、右頬への一撃。
はたかれたひとみは一瞬目をつぶるも、すぐに真希を悲しげに見つめ返している。
手を振り上げたままの真希は、涙をまぶたに浮かべている。
「じゃあ私の好きな人を奪いたくて、市井ちゃんを抱いたんだ」
真希は淡々と言葉を投げる。
「えっ」
ひとみが驚いたように、戸惑うように、不思議がるように声をもらす。
「抱いたって・・・」
ひとみの口をついてでるのはハングオーバーしたコンピューターのようなエラーメッセージ。
認識可能な範疇を飛び出た、とでも言ったところか。
いずれにしろ真希の目には白々しい演技としてしか映らない。
「私が、紗耶香さんを・・・・・?
私、、、紗耶香さんを抱いてなんか、、、いないよ、、」
- 163 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月24日(日)09時51分49秒
- こんどは拳で殴り倒そうかと思った。
彼女の表情に一瞬躊躇して、それは思いとどまるものの、真希の激情ははけ口を求めている。
「うそ」思いきって言った言葉は、怯えているように部室に響いた。
「本当だよ、真希」呼びかけの言葉に、不安以外の心情は読み取れない。
「うそ」紗耶香のあの目つきが思い出され、真希は口調を強める。
「ホント」言い返すように、ひとみも声を強める。
「うそだ、うそだ!」ひとみの口調が強制する真実を避けようと、真希は声をふりしぼる。
「ホント、うそなんかじゃない」それでも気を落ち着かせようと、ひとみは飲み込むように述べる。
「うそ」事実を認識する段階で、真希の脳はそれを拒否している。
「ホント」退いた相手を追うように、ひとみの目は再度細められる。
「う……」真希が口を開こうとしたその時、ひとみの唇がそれを阻んだ。
- 164 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月24日(日)09時52分11秒
- 「ん・・・・・・ゴッ・・真希・・・」
ひとみが舌をからめてくる。
真希が頭をずらそうとすると、ひとみに押さえ込まれてしまった。
ひとみは目を閉じているが、真希は虚ろな視線を宙に浮かせている。
再び抱きすくめられ、真希はようやく考える余裕を手にした。
不思議なことに、声をしぼりだそうとしても繋がらない思考が、行動が停止してから後にようやく動き出すことはままある。
おそらくそれは真実なのだろう。
ひとみの様子を見ればそれは分かる。
まあそんなことが言える程真希も冷静なわけがないのだが、これはもう直感的なものなのでそうとしか言い様がない。
つまり昨夜ひとみは紗耶香の中の女を現出させなかったのだ。
彼女がバイセクシャルであるから、というのは安直な考えだったか。
しかし、真希をみつめたあの目つきが、ひとみにも向けられたのは考えるに難くないことだ。
ならば結論は一つ、ひとみは紗耶香を遮ったのであろう。
とろけそうな口付けの間、真希は頭の中を整理することができた。
先程とは対照的に、今度はゆっくりひとみと顔を離す。
唾液が糸こそ作らなかったものの、見つめ合いつつ互いの腕の力を抜く。
一呼吸おいて、真希はゆっくりはっきりと口を開いた。
「だとしたら、私も市井ちゃんが好き」
- 165 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月24日(日)15時44分18秒
- わくわくする展開です。
いちごまとか、よしごまとか抜きにしても、
十分面白いです。
- 166 名前:127 投稿日:2001年06月24日(日)17時52分03秒
- ヤッスーはどうなるんだろう?ちょっち心配だ。
- 167 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月25日(月)01時34分12秒
- ああ、目の前の小悪魔は何をのたまっているのか
自分とのキスの間、他人への想いを頭に浮かべていたとは
私は彼女の舌の味に一切の思考が停止していたというのに
ひとみの思いを他所に真希はなおも続ける。
「もう一度会って話したい」
「誰と?」
「市井ちゃんと!」
よくもまあ自分を前にこんなことが言えるもんだ。
ひとみはあきれつつも、口の中で舌を転がして舌舐めずりする。
「いいんじゃないの。
今すぐにでも紗耶香さんの家に行けば」
ひとみは冷たく言い放ち、彼女にしては珍しく女性的に目を細める。
しかし、彼女の目はすぐに大きく開かれることになる。
うつむいていた真希が洟をすすりはじめたのだった。
とっさに肩をつかむと、はね除けられた。
真希の目には涙が浮かんでいた。
「だって、だって、、、
私が行ったって、、市井ちゃん、会ってくれないもん、、」
- 168 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月25日(月)01時34分41秒
- 「じゃっ、じゃあどうすればいいのよっ」
ひとみも慌てて声を荒げる。
「だって・・・私も一緒に行くわけにはいかないでしょ。」
「そんなヨッスィー・・・・」
彼女の甘美な声に、ひとみは目眩を感じてしまう。
そんな声で私を呼んだりしないで
お願いだから、私をただ苦しめるようなことはしないで
「それなら市井ちゃんに会ってくれるように言ってよ、ねえ!」
真希の声も高まり、ひとみも我にかえる。
「そんな、、、
セッティングしろなんて、なんで私に言うの?」
よりにもよって、この私に・・・
「お願いだよ、ヨッスィー」
そう言って真希は先程はね除けたひとみの腕をそっと掴む。
目もとは涙に濡れ、口許は青く、指先は震えている。
・・・・ダメだ。
もうこれ以上彼女をふりほどくことなどできない。
目を閉じたひとみはそう確信した。
私の天使。
純白の衣服などではなく、すすけた衣を身にまとうおてんばの天使。
衣服が黒かろうが口許が誘っていようがその瞳は絶対にくもらない。
天使であるのに小悪魔のつのを頭に生やした私の天使。
ああ、また涙が出てきそうだ・・・
ひとみが目を開き、真希を見据える。
口を開きかけたその時だった。
‥‥バンッ‥‥‥
ひとみが背をむけていたドアが突然乱暴な音と共に開かれた。
ドアの方を向いていた真希が、目を丸くする。
ひとみも慌てて後ろを振り向くと、そこに立っていた彼女は少し困ったような微少を浮かべていた。
- 169 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月26日(火)20時27分41秒
- 「・・部長・・・・」
真希が息をもらす。
「今日は職員会議だから部活はないよ」
圭は横目でひとみを見て、そう言った。
唖然としている二人を尻目に、圭は積み上がられているダンボールの山のほうを向く。
そしてなおも二人を驚かせるようなことを言った。
「高畑くん、いるんでしょ
出てらっしゃい」
圭に呼び出されるようにして、彼、ビッグバンド部3年テナーサックスの高畑が顔を出した。
どうやら彼は、二人からはアンプによって見えない位置にある、部室奥の机で作業をしていたようだ。
「いきなりメールで“助けて!部室に来てくれ!”ですもんね」
「悪い悪い。
でもおれホント戸惑っちゃって・・」
「まったく、ダンボールの下敷きにでもなったのかと思っちゃた
・・・こういうことだったのね」
「ああ」
圭と高畑はそう言って真希とひとみを見つめる。
「・・あの・・・・ずっと聞いてらしたんですか?」
おずおずとひとみが尋ねる。
「ああ、まあ、、」
高畑もひきつった口許で困ったような笑顔をつくって見せる。
「部長は・・・」
今度は真希が圭に尋ねる。
「‥‥『処女みたいな……』って吉澤が叫んだ辺りから」
「そう、ですか」
ひとみは顔を真っ赤にしてうつむいた。
- 170 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月26日(火)20時28分05秒
- 「あっじゃあ俺もう帰るわ」
「そう、おつかれ」
「楽譜の番号付けなんだけど、あと2曲分くらい残ってるんだけど」
ちなみに高畑は楽譜管理の係りをやっていて、番号付けとは部で保管する楽譜の整理番号をつける作業のことを指している。
「じゃ私がやっとく」
圭は軽く答えるが、本来の部長の仕事ではない。
「‥‥そ、そうか。それじゃあよろしく。」
そう言うと高畑はそそくさと帰り支度を始めた。
「じゃあさ、後藤は番号付けするの手伝ってよ。」
「は、はい」
圭にいわれて真希はぼんやりと答える。
「私も手伝います」
ひとみも慌てて申し出る。
「吉澤はいいや。二人いれば十分だからさ。
吉澤は高畑君に送ってもらいなよ。」
「はあ・・・」
圭にそう言われてしまえば、そうせざるをえない。
「じゃあ吉澤、帰るか」
「あっはい」
高畑にうながされてひとみも自分の鞄を取る。
ドアに手をかけようとした瞬間に一度振り返って真希のほうを見たが、さよならも言わずにそのまま高畑についていった。
「また明日、ね」
ドアが完全に閉められて後、真希はひとみに聞こえるはずがない小さな声でそう呟いた。
- 171 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月29日(金)01時09分40秒
- わざわざ自分だけを残したのだから、すぐに何やらはじまると思っていたのだが、意外にも圭は何も話しかけてこない。
ただ二人で新品の楽譜に赤ペンを使ってパートを表すアルファベットと数字を書き込んでいるだけだ。
「・・・分かった?
じゃあ[サム・スカンク・ファンク]のほうに番号つけてって」
ぼうっとしていた頭の中に、急に圭の声が響いたので、慌てて真希は楽譜を見る。
事務的な作業で考える時間が与えられたと思ったが、全然そんなことはない。
新品の真っ白な楽譜に赤ペンで字を書き込むというのは、適度な緊張を要するものだった。
Dr-1,Dr-2,Eg-1,Eg-2,Eg-3,Db-1,Db-2,Db-3,Pf...
「...部長、ちょっと聞いていいですか?」
「……何?」
「Pianoってfが入ってないのになんでPfってするんですか?」
「ええっと・・・
ピアノは正式にはピアノフォルテって言うのよ」
圭は少し手を休めて天井をみつめてから、真希の質問に答えた。
「フォルテって・・・あの音量を大きくするフォルテですか?」
「ん、まあね。
言っとくけどね、後藤、フォルテは強弱記号で大小記号じゃないのよ」
「は?」
わけがわからないといった感じで真希が顔をしかめる。
「まあそれは別にいいや。
強弱と大小の違いはおいといて、ピアノは音の強弱をつけれるからピアノフォルテって楽器名になったの」
「じゃあ昔は音量が変えられなかったんですか?」
「ピアノが発明される前にはチェンバロって楽器があってね、それは変化がつけれなかったんだって」
「そうなんですか・・・・」
真希は圭を尊敬のまなざしでみつめる。
「ほらほら、口だけでなくちゃんと手も動かしなさい」
そう言って圭は真希の頭に手をのせ、真希の髪を手ぐしでうっすらと梳いた。
- 172 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月29日(金)01時10分03秒
- 圭の横顔を見て、ふいに昨日の紗耶香のセリフを思い出した。
『圭ちゃんが私を抱いたクセにっ!!』
今考えてみると、あれはなんだったのだろう。
あの後の和田達の話を考えるに、そのことは事実だったのだろう。
しかし今こうして圭を目の前にして、その昔話が真実だとは、にわかに信じ難いのである。
確かに紗耶香の視線はホモセクシャリスト独特のものにも思える。
しかし圭は紗耶香のような虚ろな視線も、ひとみのような妖艶な視線も送ろうとはしない。
もちろん普段からフェロモンを放出しているわけないのだが、何気ない仕種の中にそれらはよく垣間見れるものなのだ。
ひとみは男性を自分とは同じ土俵におかない主義の人間だし、紗耶香は演技地味た何かがないと男生徒とは会話すらできない人間である。
普段友人として接している時でも、その気がある人間はどこかに匂いを残す。
しかし圭にはホモセクシャルやバイセクシャルの人たちとは雰囲気の作り方がどこか違う。
・・・なんて思ってみる真希だが、はっきりとしたことはわからない。
ただなんとなく、そう思うだけなのだ。
それでもただ一つわかることは、圭はこの手のことに理解のある信頼できる人間であろうことだ。
そんなことを考えつつ圭のことを見ていると、圭がこちらを向いて顎をひいた。
〈ぼーっとしてないで番号付けやりなさい〉
表情とちょっとした仕種だけで圭は真希にそう告げる。
慌てて楽譜を見る真希だが、どこまで付けたかわからなくなってしまった。
やっぱり、番号付けの時に考え事は禁物なのだ。
- 173 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月29日(金)01時10分25秒
- 「ねえ」
残っていた2曲の番号付けを終え、真希がペンを片付け終えたその時、圭が口を開いた。
「ちょっとは落ち着いたよね」
真希のほうを向くわけでもなく、圭は楽譜を部室内唯一の机の上に重ねる。
「本当は立ち入りたくないんだけどさ、私もちょっと迷惑かけちゃったし」
「え?」
「まあそれはいいや
それよりさ、さっきのこと。」
「あっ、、、はい、、」
振り向いた圭のシャープの目に真希の動きが止まる。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥あの‥‥」
圭がそれ以上言葉をつながないので、思わず真希が声をもらす。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
それでも圭は何も言わず、手を組んでいる。
どうやら真希のほうから口を開くよう求めているらしい。
またも昨日の紗耶香の圭に対するあの言葉がよみがえる。
『圭ちゃんが私を抱いたクセにっ!!』
その言葉の意味合いは真希には響いてこない。
ただあるのは圭に対する信頼からくる安心感。
彼女に対してなら警戒することなく思いを吐露できるのではないか。
そう考えたこの自己中心的な少女は足を一歩踏み出す。
そしてそのだらしない口を緩めるのだった。
- 174 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月29日(金)01時10分47秒
- 「私、おかしいですよね
ヨッスィーに女の子同志は変って言ったのに、市井ちゃんが好きだなんて。」
圭は目をほぼ閉じたように細め、組んだ腕は微動だにしない。
「ヨッスィーが私に、そういう感情、みたいなものを抱いていたのは何となく・・・・
でもね、なんだろう。彼女のそのことは表面に出さなかったし・・・
それにヨッスィーと男の話もしょっちゅうしてたから、ほとんど意識することはなくて」
圭は完全に目を閉じ、黙って真希の話しを聞いている。
「市井ちゃんに対しても、昨日の夜までそういう意識はしなかったんですよ。
でも今は・・・・
でもなんでそう思うようになったかは、正直わからないんですけど。」
はにかむようにして真希が圭に微笑みかけると、圭は目を見開いて睨むようにして真希を見つめた。
「もういいかしら」
圭の一言そう言い放ち、自分の鞄を手にとる。
鞄をつかんだ右手を肩にかけ、圭は正面から真希を見据えて吐き捨てるように言った。
「これ以上後藤の話を聞いてたら気が狂いそうだわ」
- 175 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年06月29日(金)01時11分09秒
- 「えっ・・・」
最初、圭の言わんとしていることがよくわからなかった。
だから、ただそれだけの感情で部室の照明を消そうそした圭を制止した。
真希のほうを向いた圭はただ睨み付けてくるだけで、真希は何も読み取れない。
「どういうこと、ですか?」
「……」
「すいません。教えて下さい。
本当に私、わからないんです。」
この人なら答えを教えてくれる。
そんな直勘で真希は圭にすがる。
「自分しか見えてないようじゃ、答えを教えてあげても意味ないし
・・・・そうね・・
ヒントだけでも、教えてあげないことはないわ」
見たこともないような圭のその笑みに、牧はつばを飲み込む。
「自分一人で恋愛はできないの。
恋に恋するんじゃない、相手に恋をしてはじめて恋愛は成立する。
だからひとりよがりの感情はどんなに昂ろうと疑似恋愛でしかないのよ。」
圭はそれだけ言って、電気を消すことなく部室を出ていった。
- 176 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月01日(日)20時19分39秒
- 空板が出来てたから見てみたけど、今ココにある文を一読してノックアウト。
これから全部読みます。
- 177 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月02日(月)04時12分48秒
- そう吐き捨て、圭は苦々しく後ろ手にドアを閉めた。
捨てゼリフというヤツだ。
もう少し私の人間ができていれば、圭はそんなことを思って一幕の終止を反省した。
しかし圭の思惑とは裏腹に、その場面はまだ幕を閉じていなかったのだ。
だから部室を出た廊下で真希に手を掴まれた時、圭は普段は決して見せることのない怯えたような表情をつくってしまった。
つまりは気を抜いていたのだが、状況はそう単純でもない。
瞬時に表情を引き締め、訝しむように真希を睨つける。
真希の様子も平常のものではなかったため、とりあえずは圭は心の中で自分を許すことにした。
この許す許さないの考え方自体、圭はあまり好きではないのだが、部長なぞやっていると、このような方法で自分を保つことは性癖となってしまうのだろう。
と、ここまで考えが発展したのは、急いで部室を出てきた真希が、腕を掴んですぐには言葉を発しなかったためであり、ということはここで思考が停止したのは、真希が、決してゆっくりとではなく、しかし自信なさげに、口を開いたからに、他、ならない、、、、
- 178 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年07月02日(月)04時13分43秒
- ・‥…‥・‥…‥・‥…‥・‥…‥・‥…‥・
「……おっと……」
「大丈夫ですか?」
・‥…‥・‥…‥・‥…‥・‥…‥・‥…‥・
自分はそうとう神経を使って真希と接しているらしい。
腕を掴まれて怯え、言葉によって足もふらついてしまった。
部長職についているためか人一倍に先輩としてのプライドが高い圭としては、顔をしかめたくなる状況だ。
いやしかし、だからこそ自分は人生の先輩面して彼女に返答せねばならないのだし……
そうそう、先程の真希の発した言葉はこうだった。
「ヒントなんてもらったて、バカな私は分からないんです
恋愛する資格なんてないのは分かってます
でも、、だから具体的に、、、、」
なんて、ここまで言って、言葉に詰まるなんて反則だろう。
“女はズルイ”
魅せようとしていない男がしょっちゅう言っている言葉だが、そのニュアンスをこれ程までに感じ取ったのは圭もはじめてのことだった。
ズルイ女はしょっちゅう見るが、女が同性のズルイ側面をここまで見せつけられるのはそうないことだ。
そういうわけで、圭の足がふらついたのも致し方なかったということだろうか。
- 179 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年07月03日(火)16時30分30秒
- 頭を下げて懇願する真希を見て、圭はため息をひとつ。
そのきれいにネイリングされた指が制服のポケットに入ったことに真希は気付いた。
彼女はロゴストラップのついた携帯を取り出す。
真希は驚いて顔をあげる。
しかし圭を見上げた時には、彼女は既にコールをはじめていた。
「部長‥‥」
「私の携帯からならちゃんとでるでしょ」
その言葉で確信する。
彼女がどこにかけたのか。
彼女がどうしたいのか。
理解して、真希は足がすくんだ。
敵前逃亡は敵に勝てないことがわかってするものじゃない。
敵が、いや敵に顔をあわすのが恐くてするものなのだ。
目の前の圭は黙って真希に自分の携帯を突き出す。
受け取るように目で指示されても、そんな・・・・
怖じ気付く真希を見て、圭は携帯の液晶を真希のほうに向ける。
“ 通話中 通話時間:00.03 ”
真希は一つ喉を鳴らし、軽く頷いて手を延ばした。
延ばした手が震えているのに、圭も気付いたことだろう。
手だけでなく、全身を震えさせながらも真希は受け取った携帯を耳もとにあてる。
聴こえてきたのは求めていたあの声。
いつだったか彼女の歌っていた『Eyes on me』がよみがえる。
この歌を聞いて思い出されるのは、気持ち悪い笑みを浮かべたあのポリゴンの少女ではない。
彼女の声を聞こうとして、彼女の心情が聴こえてしまった。
そう、あの時の彼女。
その声を耳で味わうこともできず、ただ彼女の声を理解しようと頭をはたらかせる。
『・・圭ちゃん?
おーい、どうしたの?圭ちゃん・・・』
- 180 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)19時44分58秒
- 『市井‥‥ちゃん‥‥?』
受話器から聴こえたそのおぼろげな一言で、私は相手が圭ちゃんでないことに気付いた。
私をそう呼ぶのは後藤真希ただひとりであるからだ。
いや、呼び名で気付いたというのは正しくない。
声を聞いただけで圭ちゃんからのtelであるなどということは、私の頭の中からは抜け落ちていたのだ。
聴覚と言うより、耳で感じる触覚と言ったほうが近いかも知れない。
ただその一言で私の耳の冷覚と痛覚は叫ぶように脳にシグナルを送ってきた。
「後藤」
はっ、と真希が息を吸ったのが分かった。
「何か用?」
わざと不機嫌そうに紗耶香は唱える。
用意された台詞のように薄っぺらい冷たさだった。
『昨日のこと・・・』
昨日と言われてもすぐには反応できなかった。
そうか、あれが昨日の出来事っだなんて・・・
『私、、、なんて言うか、、、』
おそらく圭に発破をかけられて携帯にでたのだろう。
真希の不用意な口ぶりに、紗耶香は冷静な観察眼を向ける。
冷静になっていたのだ。紗耶香は。
なったつもり、などではなく。
適正な判断が、後悔はあっても取り消しは決してしない状態になったのだ。
取り消しが効かない状況において、もう絶対的な流れの支配権は紗耶香に移行したのだ。
ただ明確になっただけではない。
もとは真希が誘導していた関係が、今きっぱりとシフトした。
昨夜紗耶香が圭に泣き叫んだように
昨夜紗耶香が真希に唇を押し付けたように
昨夜紗耶香がひとみに泣き顔で視線をぶつけたように
『市井ちゃん・・・・
私、好きだよ。市井ちゃんのこと。
先輩とか友達とかじゃなくて・・・・』
- 181 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)19時45分57秒
- 子供のような真希の言葉。
ひとつひとつにありきたりな印象を受ける。
それが冷静な紗耶香の目が写し出した真希の声。
五感を総括するのは脳ではなく触覚のような気がした。
それほど自分が狂的な振動に溺れていることに紗耶香は気付いたのだ。
「後藤」
はっ、と再び真希が身構えるように息をのむ。
「用件は何?」
そう放った紗耶香の口は艶やかに笑みを浮かべていた。
『用件って・・・・
だから私は』
「簡潔に言って」
そう言って紗耶香は口許の笑みを失う。
今の一言が圭から受けたものだと気付いたからだ。
今真希のすぐそばには圭がいることだろう。
そうか・・・いや、そんなことはもういい。
「私が好きだからどうしたの?」
そう言った自分の声は幼げに震えていた。
「昨日のことは私が謝るよ」
ああ、小学生が妹をいじめるような、自己防衛だけの甘ったるい抑えつけ方。
私を振り切った時の圭ちゃんも同じ気分だったのだろうか。
でも彼女は私や真希とも絶対に違う。
なのに同じ道を、デジャブの渦にのまれるなんて。
「後藤、あんたが何考えてるかは分かるよ。
でもそれは軟弱な甘えでしかない
・・・・もういい?切るよ
それじゃ圭ちゃんにヨロシク」
- 182 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)19時46分58秒
- 最後に圭ちゃんの名前を出したのは、わざとでもなんでもない。
でも携帯をこっちから切った後でその効果に気付いた。
変な話だが、悪いことをしたような気にもなった。
ちょうど意図せずに落ちゲーで連鎖を出してしまったような気分。
でもこれがなかったら、今頃紗耶香の胸中は胸くそ悪さでいっぱいだったろう。
先のことが見えないのはみんな同じだ。
いくら支配権を持っていたって、泥沼なのはこっちも同じ。
でも、展開したことはまず良かった。
あとで圭ちゃんにそう言っておこう。
・・・・でもそこでつかまるとやっかいだな・・・
紗耶香は数時間後に出すと決めたメールを打つため、はやくも親指を動かしはじめた。
- 183 名前:作者 投稿日:2001年07月04日(水)19時47分56秒
- 遂に7月に入ってしまいました。
まあ日本を発つのが今月末に延びたのでゆっくりしてるわけですが。
それにしてもプロットが終盤に入って久しいのにストーリーは全く進みません。
こういう傾向はあまり思わしくないというか、何と言うか・・・
>>160 さん
いちごまの甘い痛いに関しては至る所で雑談がくり返されているようですが、どうでしょう。
草創期は痛め、2chからこちらに落ちてからこれまではロマンチックないちごまの息が長かったようですが、最近になって痛いいちごまがまた増えたようですね。
>>165 さん
そうですか、展開を誉めてもらえると嬉しいです。
描写よりも展開が不得意なものですから・・・
>>166 さん
やっすーが手を抜きません。抜けません。
例えば >>171 なんて、なんも脈絡もないエピソードだけど、ヤッスー祭りです。
>>176 さん
一貫性が全くないので、全体を通して楽しんでいただけるかは・・・
まあいろいろ試してるので、どこか気に入っていただけると幸いです。
- 184 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年07月06日(金)02時01分55秒
- 「どうでした?」
お得意の笑みで圭が尋ねる。
真希の今にも泣きだしそうな表情にを見ればわざわざ聞く必要もないだろうに、意地悪く真希の口を開かせる。
「市井ちゃんの言ってること、よくわからなかった。」
「そう」
軽くうなづいて圭は真希の肩に手をやった。
「私が市井ちゃんのこと、好きなの、、、
軟弱なんだって・・・・」
「軟弱ねえ」
圭は笑いをこらえるような仕種をして、顔をあげた後藤と目をあわせる。
「紗耶香の言いたいこと、訳してあげようか」
また猫の目つきで圭はそう言った。
その言葉が物体のように空気を伝わって真希のもとに届く。
「‥‥お願いします」
「そうふてくされないで」
真希が素直に言葉に出したのに、圭はなおも真希をいたぶる。
「部長、顔がニヤついてますよ」
真希は頭痛でこめかみを抑えながらも、そう言いかえす。
「後藤の顔はひきつってるよ」
「‥‥‥‥‥」
「後藤、あんたは自分勝手だよ」
それは一瞬のスキをつかれての一言だった。
真希がわずかに視線を外したのを狙ったかのように圭は言葉を突き刺してきた。
そして、その次のセリフも絶妙のタイミング。
それはビクついた真希が圭のほうに視線を動かした時。
手首をつかむように圭は真希の視線をつかまえた。
そして、こう言ったのだ
「紗耶香はあんたのことが好きだった。
それは後藤が紗耶香を想う気持ちよりずっと強く、ね」
- 185 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年07月06日(金)02時02分25秒
- 「ますます分からない」
視線を完全に圭から外して真希は呟く。
自分のからだが総毛立ってきているのがわかる。
このままでは感情にセーブがきかなくなりそうだ。
視線をむりやりつかまえられ、そんなことを言われたら……
「何がわからないの?」
圭は、そうまるで煙草をふかしているかのように顎を出し、目を細めた状態で真希を見下している。
「私が好きなんでしょ!だったら……」
・・パシッ・・・・
頭痛が物理的な鈍痛に変わったのかと思った。
それほど鈍い打撃だったのだ。
これほど鋭さにかけた平手打ちなど、はじめてのことだ。
そんな風に思って圭を見据える。
「それが自分勝手って言ってるの」
真正面から真希を見定めている圭の瞳に、真希は感情の一端すら見て取ることが出来ない。
「違うっ!それは矛盾してるっ」
さそわれるように真希は声を荒げる。
「そんなの………」
言葉が途切れた瞬間、真希は目を見開き、喉をひとつならせていた。
見開いた目はそのまま背後の壁に近づき、首は大きく反った状態で体に続く。
上半身がまず先行し、下半身の関節が反射神経だけでダメージをやわらげようとする。
目が壁ではなくはめ込みの洗面台を映し出した時には、真希は状況を把握しはじめていた。
自分の体勢が崩れて後退していることを。
後頭部が洗面台にぶつかり、洗面台の上で仰向けの体勢になる。
しっかりひとつ瞬きをした後、真希はようやく理解した。
左頬で圭の右ストレートをくらっていたのだ。
- 186 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年07月06日(金)02時03分01秒
- 後はもう恐怖としか言い様がない情況だった。
洗面台に倒れこんだ真希の上に、圭が体を重ねる。
やんわりと上に乗られただけなのに、体が動かない。
何より恐いのは、圭が何一つ表情をかえていないというだ。
どうやら唇の端が切れたらしく、血が口のなかに流れてくる。
苦い味。
まるでパイナップルを食べた後にアイスティーを流し込んだような。
そんな食感の悪い苦さがした。
それが血の味なのかはわからない。
圭がなおも1発ビンタをはる。
今度も左頬への一撃で、真希は必要以上のリアクションで首をそらす。
「軟弱者」
一瞬、圭ではなく別の人がしゃべっているのかと思った。
真希の視界は完全にぐらつき、圭の唇が動いたかどうかなど視認できる状況にはなかった。
「自分のことしか考えられないやつが、そんな口きくのか?」
高圧的という表現はあてはまらないかもしれない。
それほど圭の声のトーンは一定で、それは余計に真希を怖がらせるものだった。
真希にできるのは幼児のようにおびえることだけ。
口をきこうとしても、わなわなと震えて言葉にはならない。
言葉でなくていいから声を発しようとしているのに、それすらままならない。
「どうしたの?
今度は口きくこともできないの?」
圭が顔を近付けてくる。
腕で引き離そうとしても、濡れた洗面台の上の制服は思うように動かない。
「ねえ、キスしてあげようか」
そう言った圭の表情は、紗耶香のそれと全く同じ香りを漂わせていた。
- 187 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年07月06日(金)02時03分34秒
- その香りは自分を写す鏡。
だってそれは全ての大人の女が持つ動物的な臭い。
欲情とか、気分とか、そういうのとは関係ない。
圭は意図してわざと紗耶香と同じ空気を作ったのだろう。
真希に、自身の姿を見せつけるために。
「けっこうです」
こどもが大嫌いなピーマンに顔をしかめるように、真希は丁寧に圭の申し出を断る。
感情を無理矢理怒りに持っていこうとしていた真希だったが、遂に涙を流しはじめる。
しょぼくれた表情でそう返答した真希の髪を、圭は十数分前と同じく手櫛で梳いた。
「そんなメソメソ泣かないで」
途端に圭は体を浮かせ、優しい口調でそう言う。
真希は状態を起こし、洗面台に腰掛けるようにして圭のほうを見る。
彼女は優しい笑顔で真希を見つめていた。
ここで圭に泣きつくことは、真希のなけなしのプライドが許さない。
学芸会でするようにピンと背筋を延ばし、圭に向き合う。
「私の言いたいことは分かった?」
「はい」
簡潔に会話は進む。
ただ会話を言葉のキャッチボールと定義するのなら、それは適当でない。
真希は圭が枕元に置いた薬を順々に飲み干していっているだけなのだから。
「それじゃあ‥‥‥‥」
「‥‥でも、市井ちゃんの言ってることは、まだ分かりません。」
真希のその言葉を聞いて圭は微笑む。
ようやく、まともな球を投げ返してくれた。
- 188 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年07月06日(金)02時04分28秒
- 「自分の愚かさに気付いたようだね」
圭は口をすぼめて生えてもいない口ひげを撫でるようにして、そう言った。
「そういう言い方って、ないんじゃないですか?」
「少なくとも私よりは愚かよ」
「当たり前です」
「後藤にはもっとかっこいい後輩でいて欲しかったなあ‥‥‥」
圭がわざとらしく天井を見上げるので、真希は唖然としてしまう。
「‥‥なんですか、それ」
「そのまんま
後藤は私よりかっこいいプレイヤーでいて欲しかった」
圭は首だけ真希のほうに向けて、遠くから真希にフォーカスする。
「ステージの上だったら、部長よりもかっこよくやってますよ」
「ふてぶてしい娘ねえ」
さっき梳いていた髪を今度はクシャクシャにする。
「・・・・・・・」
「・・・・・・はあ・・」
二人の会話が一度途切れる。
圭は小さく鼻で笑った後、真顔を作って改めて真希に見向いた。
「落ち着いた所で後藤君、君が次にすべきことは何かね?」
真顔だが瞳の奥には笑みをたたえたままで圭は尋ねる。
まるで道を聞くかのような口ぶりで、難問を出してくる。
「何・・でしょう・・・・」
真希は再度顔をひきつらせて、答えあぐねる。
「分からないの?」
「分からないんです」
圭はため息をついて、真希に聞かせるようにこう呟いた。
「百合の花は、後藤には過ぎた戯れね」
真希も意味が分からなくもないが、黙って聞いていた。
すると圭の両手が真希の両頬をペチッと叩く。
圭の手は少し、冷たかった。
その心地よさを目をとじかけると、圭の声が真希を呼び起こした。
「吉澤はどうするの?」
- 189 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年07月08日(日)01時01分16秒
- 思わず顔が笑ってしまった。
とっさに顔を引き締めたつもりだったが、口許がニヤけてしまったのだ。
それを見た圭はこちらを睨むでもなく、呆れた様子でタメ息をついた。
彼女が部室を出てからのこの数十分間、真希の意識からひとみの存在は完全に外されていた。
消された、という言い方は正しくない。
それよりも大きなファクターによって主なる範疇から弾き飛ばされた形だった。
平たく言えば真希はひとみのことを忘れていたのだ。
くどいようだが忘れたといっても忘却ではなく失念という言葉が近い。
まあそんな細かいことはいいとして、ひとみのことを“思い出した”真希は、鼻で笑うように顎をゆがめてしまった。
親友との間にあんなことが会った直後であったのに、真希はただ隣にいた圭を気にしていたのだ。
この場合紗耶香のことは別にしても、圭に軽々しく魅せられていたことが、真希は面白く感じられた。
「私を小馬鹿にしたようなその顔つき、随分じゃない」
そういう圭の顔は先程からかわっていない。
真希は表情をあらためることなく、圭を眺める。
「で、どうなの?」
真希が姿勢を低くしているので、圭に見下されるような形のまま尋ねられた。
「何がですかー?」
まるでアルコールが入った時のような口調になってしまったが、まあいいや。
「吉澤のことよ」
圭が苛立ったそぶりを見せないことに安心した上で、真希はひとみのことに頭を働かせようとする。
「えーとヨッスィーはですねえ、お友達です」
そうか、そのことを結着させるために、圭は話題にしたのか、と思ってみる。
「不誠実じゃない」
「え?」
「プライドが高いから義理堅いタイプかと思ったのに」
「私のことですよねえ」
「そう」
「大丈夫ですよ。
嫌な時に何も強いないのが私達の友情ですから。」
「そのことと後藤が今笑ってるのは同じ論理?」
「そうです」
「今誰のこと考えてるの?」
「‥‥‥‥…」
- 190 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年07月08日(日)01時01分46秒
- また自分勝手って怒られるのかな
そうだろうな
それでもいいな
この人の前だと私は市井ちゃんを好きでいられる
あれ?
なんで不機嫌な顔をしないの?
また殴り飛ばされるのかな?
それは嫌だ
何も言わないよ
殴ろうともしない
今度殴ろうとしたら完璧に防御してやろうと思ったのに
もしかして、このまま私を置いていく気かな
ああっ、すごい心配になってきた
置いてかないで
私を放っておかないで
あなたの前だと私は市井ちゃんを好きでいられるのに
「今誰のこと考えてるの?」
「あなたのこと」
口に出して、反すうして、2度反すうして、真希の頭に今の返答が流れ込んでくる。
目を見開いて、それでもすぐには顔をあげられなくて。
恐る恐る部長を見たら、彼女はやっぱり同じ表情だった。
そして、口がゆっくりと開いた。
「後藤が今考えてるのは、自分自身のこと、でしょ」
- 191 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年07月08日(日)01時02分46秒
- 本能的に襲撃を察知して、真希は手で顔を隠す。
それでも圭が殴ってくることはなかった。
防御してやる、なんて思っていたのに、全く無意味なリアクションをとっている自分を、真希は意識して嘲る。
「今頭の中にあること、何か言ってみな」
「殴られるって思った」
「それで?」
「そうしたら殴ってこなかった」
「どう思ったの?」
「‥‥‥なんでなぐらなかったんだろう」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「なんで殴らなかったんですか?」
「私に手を出してもらいたかったの?」
「そう」
- 192 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年07月08日(日)01時04分08秒
- 無言で圭が一歩踏み出したので、まっすぐに拳がくると思って真希は手を掲げた。
力なら自信があった。
でも見えていた圭の拳が届く前に、真希の視界は揺らいだ。
右足に衝撃が入り、続いて同じ足のふくらはぎにも痛みがはしった。
まっすぐ顔に近づいてくると思っていた圭の右手は真希の左肩を突いた。
もう一度先程の洗面台に背中をつける。
そのまま体の力をぬこうとした。
顔が緩む。
ところが今度は背中を掴まれて引っ張られた。
結果、あっという間に真希は顔から床に叩き付けられた。
思わず目をつむる。
ここらで首か腕を掴まれて、引っ張りあげられるのではないか。
次の予想はすぐにたつ。
でも、予想通りにはいかなかった。
腹部に蹴りが入った。
どうやら左足で蹴っているらしい。
圭は先程外掛けをした時以外は足を大きくあげることなどなく、ただ床に近いところで真希を蹴っているだけだった。
左のこめかみが床に接して気持ち良い。
なんで靴の裏で踏み付けないかと尋ねてみようか。
そう思ったがすぐにやめた。
そのうち、真希は腹立たしくなってきた。
圭の与える痛みは真希の思っていたものとは違っていた。
面白くない。
圭の顔をみてやろうと思い、天井を向こうとすると、今度は顔に蹴りが入った。
ちょうどさっきの左こめかみにヒットし、真希の頭が10センチほど動く。
ぼやけた頭で再度圭の顔を確認しようとする。
さすがに表情はかわっていて、圭はまっすぐに真希の顔を見つめていた。
- 193 名前:ちょこっと名無しさん 投稿日:2001年07月08日(日)01時04分45秒
- 床にたおれたまま無抵抗の真希を存分に蹴り倒し、圭は荒い息を整えつつ自分の鞄を持ち替える。
左手に握られていた圭の鞄は、弧をかくようにして右手に渡った。
等間隔で呼吸をしている真希は、目を閉じることなく、しかし圭のほうを向いているわけでもない。
そんな真希を一瞥して、圭は一言だけ告げる。
「職員会議、あと20分程で終わるから
それまでには帰んなよ」
真希は母音だけだが「はい」と返答する。
20分あれば十分だ。
どうせ浸ろうとしてもあと数分で飽きてしまうのだから。
もう5分もすれば起き上がって制服をはたいて鞄を手に取るのだろう。
どうしようもなく、自分を見る。
目を閉じる。
ただ舌だけを動かす。
唾液を転がすようにして味わう。
不思議に思って真希は必死に口の中を探しまわる。
それでも血の味はみつからない。
舌というより顎を動かすのに疲れ、真希は動きを休める。
顎を戻す過程で口を開き、息をつく。
何故だかはすぐにわかった。
楽器を吹かせるために、口だけは蹴ろうとしなかったのだろう。
すでに圭が去って2分は経過したろうに、真希は圭の足音を探す。
足音どころか、自らの心臓の鼓動以外は何も聞こえなかった。
- 194 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月08日(日)03時05分27秒
- 保田と後藤のやりとり、緊張感あっていいっすね。
なんか雰囲気も独特で凄い好きです。
続き期待してます。
- 195 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月09日(月)20時58分56秒
- 帰ってきた真希の顔を見て、母親は驚いた表情を見せた。
「どうしたの?」
「ちょっと・・・・・」
それだけ言って自分の部屋に入る。
「お風呂入ってね
晩御飯まであと30分くらいあるから」
30分で風呂からあがらなければならないことを煩わしく感じながらも、真希は素直に下着やGパンを用意する。
今日はなんとなくパジャマが嫌で、一度手にとったもののクローゼットの奥になげつけてしまった。
昨日と同じようにバスタブの中でうずくまるようにして考えようとしたのだが、思うようにはいかなかった。
まず体のあちこちが湯にあてられて悲鳴をあげた。
顔をしかめつつも真希はいきなり湯につかった。
それでも体が痛むものだからイライラするだけで頭はまったく回らなかった。
ふくれっつらで食卓に座ると、隣の席の弟がすでにトンカツにくらいついていた。
衝動に駆られるままに後頭部にチョップをかましてやると、弟はしかめっ面で真希のほうを見向き、ほんの数cmだけだが真希と椅子を離した。
それがなんだか寂しくて、更にそのことが気に障った。
「真希」
気付くと母が既に向かいの椅子に座っていた。
「それ、女の人にやられたんでしょ」
母は真希の頬を指し示してそう言う。
「なんで分かったの?」
「だって男の子の殴りかたじゃないもの」
殴られた痕だけでそう分かるのだから、やはりこの母親はただものじゃないと思う。
「食事できる?」
「うん、口は切れてないから」
「そうかな」
「え?」
母は真希の唇の端を指す。
それにつられて真希が指で触れると、小さい切り口に血が固まっていた。
そういえば、圭の右ストレートで血が口内にまで流れてきたのだった。
「でもしゃべり方がいつも通りだから大丈夫かな」
「あっ、うん」
真希は右手で箸をつかみ、左手は自分の茶わんを持ち上げる。
その日の夕飯は、何故だか味がよくわからなかった。
- 196 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月09日(月)20時59分36秒
- 圭が“すべき事”とまで言い切った理由は、真希にもわからなくもない。
ただそれは感触だけを理解した気になっているだけかもしれない。
それでも、圭のアプローチをとりはらったとしても、ひとみの事が頭の中に広がっていく。
今なら。すぐに考えないと、ではない。
ようやく。やはり圭のおかげだろうか。
時計を見ると8時53分を示していた。
さっき9時になったら携帯を握ると自分の中で決めた。
そうやって自己暗示をかける。
たった1日前、紗耶香を求めて枯渇の極地にいた自分が信じられない。
こんなにも長針が12に重なることに怯えている自分がいるんなんて。
遊びたいという欲求を超えてここまで来たと思っていた。
それよりも崇高なゲームの中にいると。
それ自体は間違ってはいないかもしれないが、私達はどちらにしろ社会の中で弱いコマでしかなかったのだ。
まだ9時3分前だが、真希は携帯を握る。
ためらうことなくひとみの番号を表示させ、そのまま発信する。
コールが聞こえる。
1回。2回。3回。4回。。。。。。
『‥‥‥‥ゴッチン?』
相手はためらいがちに私を確認する。
「そうだよ、ヨッスィー」
- 197 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月11日(水)00時38分55秒
- 「−」
『うん』
「−−−−−−−−−」
『うん』
「−
−−−−−−」
『うん』
いくら真希が薄っぺらい言葉をつないでも、ひとみはしっとりと返答する。
それがいやでいやで、でもしょうがなくて。
「・・・ごめんね、ほんと」
『うん』
「でも、、、だからそんな声ださないで」
『・・・・・・』
ひとみからの返答はない。
小さい携帯から流れるか細いひとみの声。
低く、いつもなら落ち着いた印象を与えるその声も、今は沈んだ声にしか聞こえない。
こんなにも安定した印象を与えているのに、か細く感じるのはなぜだろう。
歌うような質感で断片を何度も繰り替えしているような、真希にはただ刺すように響いてくる。
電話する前に「ゴメン」と言わないように決めたのに、それでもつい言ってしまった。
くぐもった彼女の声が、数秒間途絶える。
真希も目をつむって、彼女の声を待つ。
『・・・・・・・ねえ』
「うん」
寒い訳でもないのに、歯がガタガタ震えるようにして、真希はあいづちを声にだす。
『私さ、、、、
ゴッチンのこと、好きでいて、、、いいよね?』
最後は洟をすするようにして、ひとみの力強い懇願が静寂を背に通っていく。
真希は何も言えなくて、そのことを口に出して伝える。
この日だけは、冗談を言っちゃいけない。
自分のためだけに場を明るくするなんてのは、馬鹿な男のやることだ。
シャンパンでうやむやにするのは間違ったやりかた。
お互いのために、今までとの線引きは自分の中で結着をつける。
それが真希達の言う“嫌な時に何も強いない”関係なのだから。
- 198 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月11日(水)00時39分55秒
- 二人の中で何かがかわった夜だった。
でもそれも必然だったように思える。
今ある形を維持することに執着することは誰でも同じだ。
それは変わることを恐れる故であることも、しかり。
しかし関係は変わらずしてして成り立たない。
何十年連れ添った夫婦でも、十数年来の幼なじみでも、入学以来の同級生でも、、、
ずっと先人が言い続けたことを、それでも今の若者が考えてしまうのは何故だろう。
それは関係の変化を数多くは見ていないため。
関係の終末は崩壊により、崩壊は終末を呼ぶ。
そんな倫理に矛盾を感じつつも、壁にならなければ向き合う機会など与えられない。
それが中学の頃の自分達だった。
増える携帯番号。
消えていく知人。
やがて自らも活動エリアを変えていく。
つながりが消える人たちもいれば、ともに連れ立つ人もいて。
再会。事件。知人の知人。
時には追っ払うこともあった。
それらほとんどを一緒に流れてきた友。
いつかは向き合うと思っていたが、それでも背を向けていた、ある意味一番遠い存在。
私も辛くなかった。
でも辛くなってしまった。
彼女も私も、ゲームボードの上では一方的には運ばない。
イベント無しのチェイスは逆転のファクターを他に探さなければならない。
可能性ではなく、その要素がどこかにある。
二人の中の何が変わろうと、彼女を失う気はさらさらない。
おそらく、、、、絶対に彼女も同じ想いのはず。
だから明日から、出会っても逃げたりはしない。彼女も、私も。
ふたりそれぞれの変化による、ふたりの関係の変化。
常に必然としてめぐっていることを、今さら振り切ろうものではない。
- 199 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月11日(水)00時40分25秒
- 「夏草が〜
流れてく〜」
ひとみはカジュアルパンツを通した足をベッドの上に放り出し、よじれた黒のタンクトップの右肩を直す。
「戻れない
場所が
在るから〜」
静寂の中で呟くようにそこまで歌う。
抑揚をそれほど意識せずに歌うと、自然にトーンも一定になる。
ひとみが自分の低い声を好きになるのは、こういう時だ。
「戻れない
場所が
在るから〜AhAhAhAh〜」
もう一度、ここから歌いなおす。
ここの歌詞が好きだ。
ひとみは回帰を確信しない。信じ込まないよう心掛けている。
だからこそ戻れない場所にすがるような紗耶香の行動は目についてしまう。
醜いとまでは言わないが、ただ彼女のそういった面をみつけてしまうと(あ、ヤダな)と思うのだ。
もちろん、今の真希との関係を絶対に戻れる場所だとは思っていない。
関係の変化は必然。
もう凝り固まってもよさそうなことなのに、それでも自分の中で信じきれない時がある。
何かに流され、それが逆に夏草が流れているように見えるのだ。
自分にだってそんな瞬間があるから、泣き崩れた紗耶香にも冷たくはできなかった。
この曲ではひとみが好きな歌詞はこの部分だけだ。
だからここだけをリフレインしていても、そう飽きるもんでもない。
「戻れない
場所を
思ってる〜」
自分の部屋に響くのはたった一つ自分の声だけ。
それもまた流れなのだろう。
- 200 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)15時52分19秒
- 「あ〜なんで合わないかな
もうイッカイ!」
苛立たしくはたけが怒鳴り、荒々しくスティックを振るう。
圭は目を閉じたままマウスピースを口にくわえる。
1年生の中からはタメ息も聞こえる。
紗耶香も真希も何も言わずにマウスピースに唇をあてる。
皆、集中力の切れたような顔をなんとか引き締め、はたけの持つスティックの音に身構える。
4カウントからホーンセクション全員で息を音にする。
先程から繰り返し練習しているイントロのユニゾン。
部室に響くのはただ一つの旋律とはたけの叩くスティックの音だけ。
もちろんひとみ達リズム隊も演奏していないからといってのんびりやっているわけにはいかない。
疲労感ただよいながらも皆緊張した面持ちで、等間隔のスティック音と唯一の旋律に集中するのだ。
しかし4小節もしないうちにはたけがスティックを打鳴らし、演奏を止める。
「和音のとこはなんとか合ったけど、次のハモるとこがバラバラだよ
それじゃもう1回・・・」
「おおい、ちょっとここらで休憩いれろよ」
続けてはたけがスティックを振ろうとしたのを、今まで黙って様子を見ていた和田が止める。
「じゃ10分休憩ねー」
なし崩し的に練習が止まる前に、圭は狭い部室をそう言って回る。
練習を取り仕切ってバンドマスターのはたけを、空気を読むのが上手い和田が止める。
たまに調子がいいと和田も止めることなく、圭が休憩時間をとるまでぶっ通すこともある。
ただどちらにしろ休憩時間に入ると6人の3年生全員が集まって顔をつきあわすのだった。
高畑は話を聞いているだけで、自分の楽器のリガチャーをいじっている。
村田や都築だってそう何か言うわけでもなく、それでも楽譜やら会計報告やらを取り囲むようにして皆で話し合っている。
おそらくこうやって吹奏楽部の退部も、ビッグバンド部の設立も、課外活動説明会や公演発表会の選曲もおこなったのだろう。
そんな彼等同期の関係に、真希は憧憬に近い好感を持っていた。
- 201 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)15時53分18秒
- 「おつかれ、ゴッチン」
「もーほんと、ヤバ難しい」
いつもの通り、二人はコンガに肘をつく。
一見すると昨日の事などなかったかのように見えるかもしれない。
それほどに二人は関係を崩すことはなかった。
それは真希がひとみを信頼しているからであり、またひとみが真希に変化を押し付けることを嫌ったためであった。
「ねえさ、これ」
「何?」
真希は和田の楽譜の右端に書いてある、整理番号をさして言う。
「私が書いたんだよ、あの後」
真希の言う“あの後”が何を指すのかはひとみにも分かる。
だから少し驚いてしまった。
でもすぐに真希の表情を見て思う。
彼女は心の安定が欲しくて、自分を近くに置こうとしているのだろう。
と言っても他人の代わりを求められているわけではない。
ただ私はこうやって彼女と一緒に他愛もない話をしていればいい。
そのこと自体は中学の頃から変わってないが、二人の関係は変化し続ける。
昨日あれ程考えていたことが、彼女とせせら笑うことで実感に変わる。
「あっ、そろそろみたいだね」
本当に10分も経ったのだろうか、圭が練習の再会を告げる。
「さー、頑張りますか」
真希は半そでのワイシャツなのに腕まくりの仕種をとって、ひとみにいたずらな視線を向ける。
「ま、私はずっと休憩だけどね」
「ズルーイ」
いつも通り、そんな会話で真希は自分の楽器のところに戻っていく。
ひとみは満面の笑みでそれを見送った。
- 202 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月17日(火)22時04分47秒
- 「じゃあ今度は3小節目のハモのところを重点的に
和音のところはさっきと同じく自信を持ってやること」
さっきよりは落ち着いた感じのはたけがホーンセクション10名に指示を与える。
吹奏楽部顧問であるヤマザキに反感を持って退部したという今の3年生。
はたけも声を荒げても決して自分の考えを押し通そうとはしない。
バンドリーダーとしての責任と権限を彼は十分に理解している。
「それじゃ4拍で」
はたけが再びスティックを振るう。
真希はスライドを最初の音に合わせ、5拍目を待つ。
先程から幾度となく繰り返しているフレーズ。
トランペットやサックスに比べ速い旋律が苦手なトロンボーンではあるが、それでも手慣れた手つきで演奏する。
まず問題の和音部分、神経を研ぎすませて、それでも臆病にならずに音を出す。
完璧なタイミングで音が出そろった。
そこで気を抜いたのが良く無かった。
和音の後、数拍の休符を挟んで次なるフレーズ。
真希は下の旋律をハモるほうだが、完全に出遅れてしまったのだ。
慌てて合わせようとするが、周りの音を意識し過ぎて完全に混乱してしまう。
わずか何分の1秒のズレ。
それでもプレーヤーを迷子にさせる恐ろしいアクシデント。
更に自分につられてなのか、同じ旋律の音が揺れてるのがわかる。
目を見張って周りを見回すと、はたけがこちらを凝視したままスティックを叩き止めていた。
たった2拍の間のドラマ。
それなのに、真希は大変なミスをしたような思いで、呼吸が安定しない。
目を閉じて、一つ息を吸い込む。
そして歯を食いしばるようにして、真希はゆっくりと顔をあげる。
- 203 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月17日(火)22時05分42秒
- 「トランペット、誰が2ndやってる?」
「あっはい、私です」
はたけに問われて、紗耶香が一人挙手する。
「他は?」
「他二人とも1stです」
はたけが何やら楽譜に書き込む。
「次、ボーンは?」
「あっと・・・」
「俺1st、彼女2nd」
尋ねられて答えられない真希を都築が助ける。
「そう」
はたけはそれだけ言ってまた楽譜に書き込む。
「アルト」
「2ndは私だけど、分かれてるのは和音のところだけだよ」
「その後の旋律は?」
「1stと同じこと吹いてる」
圭とはたけの会話を部員は静かに聞いている。
「テナーもそこユニゾンになってる」
高畑も圭と同じように答える。
「そっか・・・・」
はたけはしばし思案気に楽譜を睨み、そして数秒後、楽譜をペンで叩いて顔をあげた。
「市井と後藤、外でて二人で練習してきて」
「えっ」
そう声を発したのは紗耶香だったが、真希も一瞬おくれて息を飲み込んだ。
「3小節目途中からのセカンドメロディ、そこやってんの二人だけだから」
「はあ」
そう言われれば、真希はうなずくことしかできない。
「あっ、でもどこでやれば‥‥」
紗耶香がそう言うと、今度は圭が真希に向かって何か投げた。
突然の事に驚きつつも真希がキャッチすると、それはなにかの鍵だった。
「屋上とってあるから」
圭に言われて鍵についているタグを確かめると、そこには屋上ドアと書かれてあった。
「20分くらい、二人で練習してきな」
真希も紗耶香もただただビックリしたような間の抜けた表情で、返答すらできない。
「じゃあリズム隊の人、お待たせしました
ちょっと飛ばしてBとところから入ります」
はたけがそう言って全体に声をかける。
二人以外は皆楽器の用意をしだす。
「いこ、後藤」
振り向くと、紗耶香は楽譜と楽器をわきに挟み、部室のドアを開いている。
他の部員は早くも次の部分の練習をはじめてしまっている。
「・・・・・・・」
真希は自分の楽器と楽譜を掴み、後を追うように部室を出た。
- 204 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月21日(土)04時03分02秒
- 北棟屋上にはビッグバンド部室を出てすぐの階段から向かえる。
紗耶香は少し早足で階段を登っていく。
真希が2・3段あがった頃には、既に紗耶香は踊り場を折り返していた。
真希には紗耶香が随分と急いているように感じられた。
真希が下を見ながら階段を登ると、ドアの前で紗耶香が立っていた。
背中を壁につけるでもなく、少々身体を強張らせているようだ。
真希がスカートのポケットから先程預かった鍵を取り出す。
「風、」
「え?」
「風、ありますかねえ」
「どうだろ」
紗耶香は一瞬顔をあげるも、すぐにうつむいてしまう。
真希はタメ息をつくのを我慢して、一呼吸してから鍵を錠に挿しこむ。
少しの力で鍵は簡単に反転し、真希はそのままドアを開く。
鉄のトビラは錠同様に簡単に回転し、70°程開いたところでプロックにあたった。
「・・」
ドアを開いて「どうぞ」の一言でも出そうと思ったが、なんとなく言葉を飲み込む。
そんな所作をしている自分に萎えてしまったから。
「それほどでもないね」
「はい?」
「風」
言われて日なたに歩いてみるが、確かに風はそよいでいる程度だ。
背後で軽かったドアが重苦しい音とともに閉る。
その音に一度振り返り、もう一度前を見直すと、紗耶香はフェンスに手をついて校外の住宅地を眺めていた。
楽器と楽譜は日陰になっている床の上に置いてある。
真希が何か言おうとしたら、紗耶香は振り向いて先に声をかけてきた。
「後藤もさ、楽器置きなよ
そこらへんにさ」
- 205 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月21日(土)04時04分19秒
- 真希は下を向いてザラついたコンクリを見る。
紗耶香は楽譜を下敷きにして楽器を置いているが、真希のトロンボーンは楽譜を広げたくらいじゃはみだしてしまう。
結局楽器を持ったまま、紗耶香のほうに近づく。
それを見た紗耶香は、露骨なまでのしかめっ面で真希の顔を見てくる、
ように思われたのだが、真希の予測に反して紗耶香は寂しそうな表情のままだった。
ままだったというのは先程ドアの待っていた時の顔を同じだったからだが、何故か真希には昨日の圭の表情が重なってきていた。
煙草を吸うような。
こんな表現をするのは、おそらく煙草を吸う女性の不機嫌を顔が体現しているからだろうか。
ともかく紗耶香は特別不機嫌なわけではないらしい。
「昨日はゴメン」
紗耶香はそれだけ言うといったん真希から視線を外す。
昨日の夢のような紗耶香との電話を思い出す。
あれは圭が見せてくれた幻かと思っていた。
「折角電話してくれたのに、あんな切りかたしちゃって」
そう言ってから視線を戻してくる。
「電話をかけたのは、部長だから・・・」
真希はそう言って一度上唇を噛む。
「‥‥‥そっか‥‥
そうだよね、圭ちゃんの携帯だもんね」
ははは、と笑う紗耶香。
「でもさ」
すこしおいて、紗耶香が再び言葉を紡ぎ出す。
「誰が通話ボタンを押したかに関係なくさ、
昨日の電話してくれたことは、私は嬉しかった」
- 206 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月21日(土)04時04分49秒
- 「嬉しい?」
「すごい子供じみた嬉しさだけどね。
後藤をふってやった時、ザマアミロって思った」
そう言うと紗耶香は屈託なく笑った。
どうやら自分の言葉に笑っているようだ。
「冷静になってたつもりだった。
後藤のこと下げつらって、
憎めないことがわかってたから、せめて・・・・」
そこまで言って、紗耶香は言葉を詰まらせる。
声のトーンが急落したのに、真希はすぐには気づけなかった。
紗耶香は顔を手で抑え、目尻のあたりを強く押し付ける。
「いち‥‥」
「来ないで!」
真希が手を差し伸べようとすると、紗耶香に叫ばれてしまった。
もう何もできない。してあげられない。彼女のために。
2日前ならできただろうに。
1日前ならできただろうか。
でも今はもう絶対にできない。
「ごめんね
こんなこと、もう一度するつもりなんかなかったのに・・・・」
- 207 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月21日(土)04時05分26秒
- 「吹っ切れたつもりだったんだけどなあ」
紗耶香がそう言うので、真希も言葉を接ごうとする。
でも紗耶香は次の言葉を用意していた。
「後藤にまだ想いがあるわけじゃないんだ
たださ、その感情のコントロールっていうか………」
紗耶香の瞳が涙に濡れてなどいないことに気付く。
「私は……」
「もうやめにしよ」
真希の言葉を遮り、紗耶香がフェンスから手を離す。
「後藤が私を好きだって言ったのは、本心からじゃない。
そういう気分になってたから」
「違う!」
否定することが先行して、次の言葉が追いつかない。
「どう違うの?」
紗耶香も息をきらせながら、精一杯の声で問う。
何も答えられない。
彼女を求めていたはずの自分が、日本語を全く組み立てない。
言えるのはただ否定するだけの言葉のみ。
「そんなのを恋愛感情だなんて、私は認めない」
- 208 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月22日(日)15時32分57秒
- この作品すごい好きです。
でも、chemistryの歌ちょい違ってる…。
- 209 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月23日(月)21時11分44秒
- うわっぺらな否定を口にしても、紗耶香の言った「気分」という言葉を否定することができなかった。
彼女を求めていたのは事実なのに、それでもだ。
彼女が自分の部屋から出ていった後、圭との会話で見たのは幻想だったのか。
紗耶香のより強い口調が頭の中に鈍く残っている。
想いは弱く、揺れる。そして崩される。
「少女期の同性への恋愛感情は、疑似恋愛とも言える感情に過ぎない」
後ろで紗耶香が呟き、真希は声を発することまできずに振り向く。
紗耶香は悲し気な目に、口許だけで笑みをつくっていた。
「前に言われた言葉。
男ってそう言って女を組みしこうとするんだよね」
紗耶香はゆっくりと息を吸い込み、口許の笑みもただす。
真剣な表情。自嘲の様相は全く見ることができない。
一昨日の夜は虚ろだった瞳の奥にも、はっきりとした光りが見て取れる。
やがて、紗耶香は真希をとらえていた目を和らげ、顔を緩めながらこう言った。
「後藤、あんたはやっぱオトコに恋したほうがいい」
- 210 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月23日(月)21時12分35秒
- 否定したかった。
自身のことを言及されるのは嫌いだし、何より間違っていると思った。
紗耶香が女だから恋したわけじゃない。
紗耶香が女だから壁を見たわけじゃない。
性別に恋したわけでも、恋に恋したわけでもない。
真希が想っていたのは“市井ちゃん”というひとつの個体。
どうしてそんな言葉で私を離そうとするのか。
男だから、女だから、間違ってないか、そんなバカな、
「私は、、、私は淫乱でも処女でもないっ!」
紗耶香の言葉を否定しようとして出た言葉がそれだった。
内容に構わず、真希は歯を食いしばって紗耶香を見つめる。
紗耶香は一度口を開こうとして、それを躊躇する。
悲し気な視線を真希に浴びせ、顎に皺をよせて沈黙をつくりだす。
そして選び抜かれた言葉で再び空気を動かしはじめる。
「後藤、私は女だから・・・」
「市井ちゃんが女でもいいじゃん!」
すぐさま真希が場を固めてしまう。
紗耶香は悲し気な瞳のまま、唇を震わせながら、もう一度言葉を探す。
今度こそ、紗耶香のほうもそういった思いがあったのか。
この粘着質な空気を取り払いたい、と。
細かい息とともに真希をみつめ、ゆっくりと自分の声を聞かせる。
「私が、じゃない
後藤が女なんだよ」
- 211 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月25日(水)02時12分59秒
- 紗耶香がゆっくりと言った“女”という言葉。
それまでの会話での使用とは、はっきりとしたニュアンスの違いが感じられた。
ただ性別としての女ではない。
その言葉が指すのは男の対義としての“女”なのだ。
だから紗耶香の女の部分を拒絶し、幻想のように征服欲をうごめかせた。
気分屋のヘテロセクシャル。
紗耶香の言葉から、昨日の友人達のセリフを思い出す。
『すごい、女のフェロモン出してた。』
『今日の真希、すごく魅力的だよ。』
快く思わなかった言葉も、少しだけ誇らしく思った言葉も、真希の頭の中で渦巻いていく。
紗耶香の言葉を考える。
『後藤、あんたはやっぱオトコに恋したほうがいい』
『後藤が女なんだよ』
刹那さを超えた表情で発せられた言葉。
断定としうより、押し付けてくるような。
目をつむったまま、腕で押し退けてくるような。
宣告された内容より、紗耶香にそんな表情をさせてしまったことが、真希の心に響く。
私は彼女を受け止めることができない。
彼女に包まれることもできない。
傷をなめ合うことすらままならない。
紗耶香の言ったことは正しい。
少なくとも今はそう思うし、そう思っているのが正しい選択なのだと思う。
判断に絶対など定めたくないけど、それでもそう信じ込まなければ諦められない恋。
そうしなければ、目の前の彼女を尚も苦しめることになる。
私が“女”であるばかりに、だなんて
そんな自意識に溺れて、自分を騙したりはしたくない。
真希は自覚している。
自分が恋にやぶれたことを。
- 212 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月25日(水)02時13分29秒
- 目を開くと、世界は震えていた。
拭っても拭っても、拭いきれない悲しみと涙。
呼吸は乱れ、胸は押しつぶされるような錯覚を覚える。
私の女々しい涙は、彼女を苦しめるだけだ。
そう分かっていても、強い自分になりきれない。
目を擦ると痛みさえ伴う。
その時そっと細い指が、楽器を持っている右腕に触れた。
充血しているであろう目を見開くと、彼女は唇を突き出して私のまぶたに息を吹きかけた。
その涼しさを心地よく感じながら、私はなおも涙腺を制御できずにいる。
「私、男の子ダメなんだ」
ゆっくりと紗耶香の顔を見ると、彼女も本当に情けない顔をしていた。
「思い込んでるのか、そうじゃないかはわからない。
でも、実際に男を直視できないんだよね」
とつとつと紗耶香は言葉を並べ、真希は洟をすすりながら声にならない相づちをうつ。
「そのかわり、私は女の子を愛することができる」
その言葉に、文字どおり胸が締め付けられる想いで、真希は思わず顔をしかめる。
「私達、恋に落ちたのにね」
そう言った紗耶香の赤いネクタイが、うるんだ瞳の中で揺れる。
一昨晩以来の至近距離に、紗耶香の唇がある。
でも、真希はそのせつなげな瞳にうちのめされることしかできない。
「私は女の子を愛することができないから」
- 213 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月25日(水)02時13分59秒
- 真希のその言葉を聞いて、紗耶香は息をつき、目尻を下げる。
そしてそのまま口を開く。
「結ばれない恋なんて、ロミオとジュリエットみたい」
茶目っ気たっぷりのその言葉に、思わず真希も微笑み、息を漏らす。
「ああ、ロミオ」
真希がそう言うと、紗耶香は少し不思議そうな顔をして、尋ねた。
「私がジュリエットじゃないの?」
本当に愛らしい目つきで、そんなことを言う紗耶香。
可笑しくて可笑しくて、真希は思わず吹き出してしまう。
紗耶香もしばらくはふて腐れた様子をみせていたが、すぐに一緒に笑い出す。
屋上に響く、二人の少女の笑い声。
吹き抜けていった風が乾いてきたまぶたに触れ、すがすがしさに満たされる。
そんなことを思って空を向いて目を細めていると、紗耶香が日陰の方に歩いていった。
どうしたのかと思い視線を向けると、彼女は自分の楽器を取り上げていた。
「圭ちゃんに怒られちゃうから、一度だけ合わせてみようよ」
紗耶香はそう言って、自然な仕種で楽器を構える。
真希も数歩歩いて日陰に入り、紗耶香のほうを向く。
「後藤はいつでもOKだよ、市井ちゃん」
- 214 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月25日(水)02時14分34秒
- 本当に一度だけでやろうよ
真希はそう言って自分の楽譜を確認する。
ふふっ、と紗耶香の微笑が聞こえる。
今日の放課後、さんざ吹いてきたメロディライン。
跳ねるようにスリムな旋律で、それ故ユニゾンであわせるのが大変難しい。
ただでさえ、高音や音程変化が金管楽器には難しすぎる内容だというのに。
真希は息を整え、スライドを握る。
上を見上げて一呼吸ついた後、唇をマウスピースにあてる。
紗耶香と目を合わせ、互いに一度頷く。
一瞬の沈黙の後、紗耶香がタップで4拍を打つ。
本当に小さい音であるはずなのに、そのリズムが真希の頭の中には容易に入ってきた。
ピストンのトランペットならともかく、スライドを用いるトロンボーンは荒々しくならざるをえない動きの速いライン。
それでも躍動感溢れる音色がピッタリと合わさる。
ビッグバンド全体でやると鋭くも重厚に響く和音が、二人でやると金管楽器とは思えない程にただただ鋭角な響き方をする。
そして数拍の休符。
紗耶香も足を止めていて、二人は視線だけで拍をあわせる。
息を吸い込み、呼吸を合わせる。
無音の空間を引き裂くような二つの音が、全く同時に屋上を駈けていく。
そして旋律としてはダーティーなセカンドのメロディが、限り無く妖艶にピッタリとはりつく。
たった7秒間のプレイタイム
たった4小節のイントロセクション
たった2人だけのユニゾンセッション
- 215 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月25日(水)02時15分32秒
- イントロ終わりのロングトーンまできっちりと合わせ、真希はマウスピースから唇を離す。
そして無言で視線を交わす二人。
狂おしい瞳、上気した頬、雨に濡れた髪、熟れた唇、皺寄せられた顎、
そして悲痛な叫び、、、
すべて過ぎていった。2日間の過去。
二人同時に自然な笑みを浮かべる。
過ぎてゆく風に髪が揺れる。
その風を感じながら、紗耶香はシャワーを浴びているかのように目を閉じる。
先程までの管楽器の音が、まだ屋上に余韻を残している。
「さて」
紗耶香は数度のまばたきを伴って目を開き、楽器を持っていた腕を降ろす。
真希も同様に楽器を縦になるように持ち、楽譜を拾い上げる。
「戻ろっか」
紗耶香は優しいアルトでそう言い、風に髪を浮かせ、ドアのほうに向く。
真希は目を閉じ、耳を澄ます。
階下の部室から楽器の音色が聴こえた気がした。
風がまぶたを撫で、頬に沿って流れ、そのかすかな音色と調和する。
真希はをゆっくりとまぶたを上げ、既に数歩歩き出していた紗耶香の背を追って歩きだした。
fin.
- 216 名前:作者 投稿日:2001年07月25日(水)02時48分15秒
- 以上で完結とさせていただきます。
最後までお読みになって下さった皆さんに心よりお礼申し上げます。
一応終了したのでカップリングの話を少しだけ。
結局最後はいちごまにしました。
まあ色々ありましたが、それは人気の反映に他ならないだろうという判断からです。
今回後藤のモノローグを主に据えて進めてきたため、どうしても後藤のからまないカップリングは描写が少なくなってしまいました。
特にやすよしは全く描けなかったのですが、それはまたの機会にどこかで挑戦できれば、と思っています。
>>194
終盤のやすごまは細かいプロット無しに書き進めたため、少々間延びしてしまいました。
ワンクッション置いて2回やったのはさすがにしつこかったでしょうか?
>>208
ケミの歌は書いた後に歌詞を確認した上でアップしました。
ですから間違いは私の記憶違いではあるのですが、一応意図したものです。
今回は自分の苦手な「媚びる」ことに挑戦してみました。
試行錯誤の過程で色々な描写を試しているので、どのシーンが印象に残ったかお教えいただければ幸いです。
もちろん、よろしければストーリーの感想もお聞かせ下さい。
それではコテハン無しの私ですが、またどこかで御会いできますよう。
なお、この作品の続編や番外編などをやるかどうかは、現段階では未定です。
最後にもう一度、ここまでおつき合い頂き、本当にありがとうございました。
- 217 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月25日(水)03時18分48秒
- ハッピーエンドを期待してたので残念。
でも、痛い話を好きな人の方が多数だからこれでいいのかな。
- 218 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月25日(水)19時42分03秒
- お疲れ様でした。
7月が終わりに近づくにつれ、この小説も終わってしまうんだと寂しく思ってました。
でも無事完結できて良かったですね。他の作者さん達とは一味違う表現力を見せて
もらった気がします。またどこかで。
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