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オムニバス短編集
- 1 名前:支配人 投稿日:2001年05月12日(土)14時44分21秒
- ここは登録制の短編集スレッドです。
ここに参加したい作者さんはまず参加方法をご覧になってからどうぞ。
参加方法は以下の通り >>2
ここを見ない方は投稿を禁じます。
感想レス、その他、作品以外の書き込みは禁止します。
なお、感想レスはこちらへ
http://www.ah.wakwak.com/cgi/hilight.cgi?dir=imp&thp=989645892
- 2 名前:支配人 投稿日:2001年05月12日(土)15時21分02秒
- (参加方法)
登録するとき
・作者さんは、自分の作品が100%の状態(始まりから終わりまでの状態)で
『オムニバス形式の短編集スレの参加者募集!』(以下、登録スレ)にて、登録を行う。
※その時の書き込み例は下記の通り。
『★〜番目で、「○○○○(タイトル名)」を書きます。』
(書き始め宣言は『☆』登録宣言は『★』を付ける)
これから参加しようと思う作者さんは、同様に『☆』をつけて意思表示をして下さい。
・「〜番目」は順番に沿って間違いのないように書き込む。
もし、タイムラグでほかの作者さんと(登録のタイミングが)被ってしまい
同じ番号が2つ(複数)出来てしまった場合には、若いレス番号の方を優先してその番号を取得し、
被ってしまったほかの作者さんは、再度登録をしなおす(書き込み例は上記と同様)。
ただ、再度登録しなおし、というのが誰から見ても分かるような但し書きをすること。
投稿するとき
1.書き込む直前に、必ず登録スレに
『これから「○○○○(タイトル名)」を書きます』
と書き込む。
2.番号取得後、1時間以内にここに投稿する。
「名前欄」には「タイトル名」、「メール欄」には「登録番号」を必ず記載する。
「10レス以内」で文章をまとめたものを一気に投稿する。
※次に書き込む作者さんに迷惑がかからないようにするため。
なお、あとがきは10レス含みませんが、1レス以内に抑えて下さい。
もし、書き込み(登録スレ)から24時間以内に更新されなかった場合、
その作者さんの登録番号は登録キャンセル/中断と見なします。
そのときは次の登録番号の作者さんが投稿して下さい。
無効になった作者さんは再度登録し直す必要があります。
登録番号が無効になった場合、登録スレに
『〜番が無効になりましたので、次の「○○○○(タイトル名)」をこれから書きます。』
のように書き込み、その書き込みから1時間以内に投稿を行って下さい。
※ただし、番号が無効になってから、更に1時間以内に、次の作者さんの
書き込みがない場合には、その作者さんの番号も無効になります。
>>3 につづく
- 3 名前:支配人 投稿日:2001年05月12日(土)15時21分38秒
- 3.作品の最後には終了を示す語句を必ず入れる。
書き込まれている小説が完結した時点で、次の順番の人が書く権利を得ます。
なお、あとがきも含め、全てが終了した場合には、登録スレに
『投稿終わりました。次の方どうぞ』
と、こんな感じで一言書き込むようにして下さい。
4.やむをえない事情(PCの故障など)で中断した場合、続きを書く前に
「>>33-35」
と前の部分にあたるリンクを続きの一番最初の部分に必ず入れようにして下さい。
※開始宣言があったら、紫板のそのスレで邪魔をしない。
これはマナーです。他の作者さんに迷惑をかけないように注意して下さい。
それでは、みなさんの投稿お待ちしております。
登録スレッドはこちら
http://www.ah.wakwak.com/cgi/hilight.cgi?dir=imp&thp=988205402
- 4 名前:fregrance 投稿日:2001年05月12日(土)15時59分39秒
- MDから流れてくる、市井ちゃんの声。
まだ、私がモーニング娘。に入る前――福田さんもいた頃に録音されたラジオだ。
(もうすぐ、このころの市井ちゃんと同い年になるんだなあ)
(市井ちゃんと一緒にいた時間よりも、別々にいた時間の方が長くなっちゃったよ)
収録中に、市井ちゃんが圭ちゃんとふざけてキスする場面があって、私は少しムッとした。
やぐっちゃんが「私の前でやめろよー」とか云ってた。
隣りの鏡を見る。
黒い髪の後藤、がいる。
この顔の横には、いつも市井ちゃんがいたんだよね。
- 5 名前:fregrance 投稿日:2001年05月12日(土)16時01分22秒
- ◇◇◇
- 6 名前:fregrance 投稿日:2001年05月12日(土)16時04分17秒
- ちょこっとLOVEの頃のビデオ、久しぶりに見る機会があったんだ。すっごく、
驚いたよ。
私、あんな顔で笑ってたんだ、って。
あんなに幸せそうに笑ってたんだよね。
全然、知らなかったよ。
私は、いたたまれなくなって、その足で美容院に行った。
そして、髪を黒く染めたんだ。
真っ黒になった髪の私を見て――私は泣きそうになった。
ねえ、市井ちゃん。
あの時の後藤は、ここにいるよ。
ここにいるよ!
でも、いくら笑おうと思っても、あの時みたいには笑えなくなってた。
上手に可愛いらしくは笑えるんだけど、
あの時の笑顔は、もう出来ないんだ。
- 7 名前:fregrance 投稿日:2001年05月12日(土)16時05分31秒
- 「おう、ごっちん、こんなトコでなにしてんねん」
あごをテーブルのふちに乗せてぶーたれてると、中澤さんが汗を拭きながら、楽屋に戻ってきた。
私は、慌てて、MDのスイッチを切った。
今になって、市井ちゃんのことを想い出してる、とか思われるのが恥ずかしかったんだ。
「なんや? あたふたして怪しいなあ」
ニヤニヤと笑いながら云う。
- 8 名前:fregrance 投稿日:2001年05月12日(土)16時06分54秒
- 「裕ちゃんさあ、市井ちゃんのファーストキスの相手なんだよね?」
さっきのラジオの中で、裕ちゃんがそんなことを云ってた。
「あ……うん。そうやで。キスしよ! って云ったら、紗耶香、本気にしてせえへん
かってん。で、んー、って目つむって口出してきたから、ホンマにキスしたったら、
泣き出してなあ、ウチもビックリや」
(この唇が、市井ちゃんの初めてを……)
じっ、と複雑な気持ちで、裕ちゃんの口元を見つめていた。
すると、
「なんや、ごっちんもウチとキスしたいんか?」
ふざけながら、私に抱きついてきた。
裕ちゃんの香水の匂いに、私は軽いデジャヴを感じた。
裕ちゃんとは――むしろ、モーニング娘。を裕ちゃんが卒業してからの方が仲良くなった。
立場とか、ややこしいしがらみとかが無くなって、初めて、正面から向き合えるように
なったのかな、なんて思う。
裕ちゃんが、んーっ、って唇を近づけて来ても、私は、ぼけっ、としていた。
(市井ちゃんと間接キスかあ……)
なんてことを考えていた。
- 9 名前:fregrance 投稿日:2001年05月12日(土)16時08分03秒
- 裕ちゃんたらさあ、ウルトラマリンの香水、つけてたんだ。
反則だよね。
唇をふさがれた時、私は自然に目を閉じていた。
さっきまであんなラジオを聴いていたせいなのか、
それとも、香水の匂いに酔っていたのか、
(市井ちゃんの匂いだ……)
すぐに、離れていこうとした唇を、頭の後ろに腕を回して、強く引きつけた。
(ちょい、ちょい待ち)と、くぐもった声で、裕ちゃんが抗議の声をあげた。
ああ、そうだ。市井ちゃんじゃなかったんだ……
私は、腕の力を緩めた。
息荒く、裕ちゃんは、がばっ、と私から離れた。
はうん、って声が出てしまった。
ずっと、市井ちゃんのフリをしててくれたら良かったのに。
ニセモノでもいいから、市井ちゃんに出来なかったこと、イッパイしたかったのに。
- 10 名前:fregrance 投稿日:2001年05月12日(土)16時09分08秒
- 「ご、ごっちん、なに雰囲気だしてんねん! う、うわあ、泣くなあ!」
鼻の奥が、ツンとした。
私は、両手で、目をこすった。
「ああーっ、中澤さんが後藤さんを泣かしてます!」
加護が、楽屋に飛び込んできて、裕ちゃんを指さした。
裕ちゃんは、中腰で、両手をセーフ、みたいな形にしたまま、あたふたしていた。
どう見ても、仕事のことで叱っていたようには見えなかった。
「ちゃう、ちゃうねん。ごっちんにキスしたら、ごっちんから腕回して来て、そしたら
泣くっちゅーねん!」
- 11 名前:fregrance 投稿日:2001年05月12日(土)16時10分05秒
- 裕ちゃんが慌てているのは、後ろにやぐっちゃんが立っていたからだろう。
私が勝手に泣いてるだけなんだけど、市井ちゃんの匂いで私をダマした?罰だ。
少し、困らせてやる。
「もう、お嫁に行けないよー」
顔を両手でおおって、うわーん、と泣くフリをした。
「こらあ、裕子っ。そんな激しいのしたのかぁ!」
うつむいて、クスクス笑ってることに、加護が気づいた。
私はこっそり目配せして、二人でふふふっ、て笑った。
他愛のないことで、笑ったり怒ったりケンカしたり。
市井ちゃんと、そんな時間を積み重ねていたかったよ。
今、市井ちゃんは何をしているのかな?
私以外の誰かと、こんな時間を過ごしているのかな?
- 12 名前:fregrance 投稿日:2001年05月12日(土)16時10分50秒
- 「ごめん、ごめんて矢口」
「全然懲りてないじゃんかあ」
ケンカしてる二人が、とても幸せそうに見える。
いつか、裕ちゃんもやぐっちゃんも、今日のことを思いだして、泣いたりするんだろう。
「ほらほら、ごっちんがこっちみて笑ってるやんか! ウソ泣きやねんて、マジでマジで!」
「あ、ホントだ、ごっちん、オイラをダマしたのか!」
私は、加護と目を合わせて、大笑いした。
笑いすぎて、また涙が出た。
- 13 名前:fregrance 投稿日:2001年05月12日(土)16時12分36秒
おわり
- 14 名前:「古巣」 投稿日:2001年05月12日(土)19時47分40秒
- コンサート終了後、私は彼女達の楽屋に赴いた。
招待をうけた以上行かなければ彼女にも失礼だろうと思って。
スタッフの腕章をつけて中に通される。
内部に入ってすぐにトイレに入り、化粧直しをする。
大丈夫、先程の涙の跡は残っていない。
控え室までの廊下にはひさしぶりに見る顔に混じって初見の顔もあった。
ふとテレビカメラを発見して立ち止まる。
別に映ったところでカットしてくれるだろうが、反射的に避けてしまう。
「和田さん」
「うっす」
よかった。知り合いと呼べる人をみつけほっとする。
「順調?」
「んーと、難しいかな」
観察眼に長けている彼との会話は簡潔にすすむ。
「おっそうそう、コイツラ紹介しとくわ」
そう言って彼は近くにいた女の子を手招きする。
「はじめまして。EE JUMPのソニンです。」
彼女のそのセリフに一瞬思考が停止した。
そうか。私は彼女にブラウン管ごしに会っていても、一応初体面だった。
「はじめまして、福田明日香です。」
(元モーニング娘。)などと名乗ったことは一度たりともない。
「あれ、ユウキは?」
「どっかいっちゃいました。」
和田さんがたずねるが、私は紹介されなくとも彼のことも知っている。
かの有名な彼の姉にも数える程しか対面したことはないというのに。
そう、でも、、
数回は会っているのだから、やはり私は特殊なのかもしれない。
- 15 名前:「古巣」 投稿日:2001年05月12日(土)19時49分15秒
- 和田さんとしばし頼子の話をする。
「頼子の芸名って“。”がつくんですね。」
「あくまで暫定的なもんだけどな。」
私はそれを否定するような立場にない。
それどころか意見することすら私のプライドは許さない。
「「ザワッ」」
どうやらメンバー達が帰ってきたようで、少々控えが騒がしくなった。
私は和田さんと別れて、騒がしくなってきた一団から少し離れるようにする。
先程から顔なじみの来客を探しているだが、意外なことに一番出会う可能性が高いと思っていた、私と同じ立場の旧友はその場にはいなかった。
(私より浸っていると思ってたのに)
一瞬頭の中にそんな思いが浮かび、私は自己の中で物凄い羞恥心を味わった。
自分を恥じること程嫌な舌触りの事柄はない。
私はさっきからこの舌触りに鼻の奥から吐き気がこみあがってきていた。
かつての盟友達が、そして私の後釜達がすぐそこまで来ていることを考え、私は気を引き締める。
嫌な思いをしにここに来たのではない。
そう、彼女達にあってしまえば私は心から彼女達に慈愛のまなざしを向けられる。
本当に、こころから。
- 16 名前:「古巣」 投稿日:2001年05月12日(土)19時49分45秒
- 「色々大変なんだってね〜」
「まあそっち程じゃないけどね。」
普通に会話できるじゃないか。
もともとそれができないなんて気負いはなかった。
「娘。にいた時よりはのんびりにやってるよ」
「でもでもナッチも最近になってのんびりできるようになってきたさ」
「そんなことでいいの〜?」
かつてのライバルとこんな事を話しているのにも違和感はない。
「明日香!!」
自分を呼ぶ声に振り返ると、たくさんの花束を抱えた本日の主役がマスカラを流しながら私に飛びついてきた。
「裕ちゃん、卒業おめでとう」
「ありがとうな、明日香。
OGとしてもよろしゅう、ね、」
長らく話していたいが主役は忙しいらしく、慌ただしく駆けていった。
ナッチにも[またメールするね]と言って別れる。
ふと視線を泳がせると石川と目があってしまった。
彼女は一瞬おどついた後、すぐに微笑んで頭をさげる。
いつもなら相手より早く挨拶ができるのに、何故か私はぎこちない態度になってしまった。
やはり紗耶香がいないとどこか疎外感を感じてしまう。
「明日香」
その直後、ボソッと呟いたように背後から声をかけられ、私は驚いて振り向く。
「‥‥圭ちゃん」
壁によりかかってこちらを見ている。
いかにも観察していた、という感じだった。
いつから私をみていたのだろう。
「久し振……」
「ちょっといいかな」
挨拶し終える前にシャットダウンされた。
彼女の大きな瞳に、私はどこか威圧されてしまった。
- 17 名前:「古巣」 投稿日:2001年05月12日(土)19時50分27秒
- 面貸せ、なんて言っても体育館裏に行くわけでなし、廊下の隅に移動する。
中年男性ならさしずめタバコを吸い出すような状景だが、圭ちゃんは虚ろな目のまま黙っている。
こちらから口を開くのを待っている、私にはそう思えてならなかった。
「ガッコ、辞めたんだってね」
圭ちゃんのほうから口火をきったことにまず驚き、続いてその内容にも驚いた。
脱退メンバーのその後には互いに口を出さないことになっていた。
なっていた、と言うのは暗黙の了解と言うやつで、こちらを気遣ってのことらしかった。
私にはかえってそのことが煩わしくもあった。
とは言っても矢口なんかは臆面なく話してきていたのだが・・・
「本格的に勉強する気になったってことかな」
そう言った圭ちゃんは微笑むでもなく目を細めたままでいる。
彼女には追加メンバー(第1次と言うべきなのだろうか)の中で最年長という気負いもあり、一方の私はメンバー最年少という立場では見られていなかった。
そんなこともあって圭ちゃんとは娘。在籍中から真剣な話以外はほとんどしなかった。
真剣な話と言っても〈娘。の今後〉とか〈マジなコイバナ〉なんかじゃない。
ただただ与えれた楽曲をよりよく消化するために、音楽的な話(知識的には子供の戯れ言程度だったが)を繰り広げていた。
仕事仲間とでも言うべきなのだろうか。
決して冷酷ではないが、クールな関係だった。
そこは私を《可愛がって》くれた彩っぺとは違った。
その彼女が、今の私を改まって話題に持っていくとは・・・
真剣に私の将来を語らおうとでも言うのだろうか
“らしくない”
- 18 名前:「古巣」 投稿日:2001年05月12日(土)19時51分03秒
- 「はやくも受験生モードですよ」
「じゃ予備校とか行ってんの?」
「ボチボチ」
「ウソ」
彼女の言葉に驚いて食い入るよう見向く。
彼女のその言葉が私の発言を否定したと理解するまで、私の瞳は数度まばたきをした。
その間、圭ちゃんはずっと私のほうを向いて微笑んでいる。
私のほうを向いて入るのだが、私を見ているといった感じではない。
「ホントだよ。
こないだまで講習うけてたし。」
嘘などではない。
この春休みは数学の講習をとっていた。
「そんなん嘘ついてもしょうがないじゃん」
「‥‥‥そう‥‥」
どう対応したらいいかわからず戸惑いつつも返答すると、彼女はあっさり口を閉じた。
・・・・・・・・・・・
二人の間に沈黙が訪れる。
重苦しい空気ではあるが圭ちゃんは別段気にする風もなく普通にしている。
しかし会話が終了したわけではない。
私はまだここから去るわけにはいかない。
かつては彼女との沈黙にくつろぎを覚えていたはずなのに・・・
私はついに耐えられなくなって自分から口を開く。
「あ、あのさ…
- 19 名前:「古巣」 投稿日:2001年05月12日(土)19時51分34秒
- 「矢口もさ、それこそまんま子守りって感じだけど、
圭ちゃんもバカにされたりして大変そうだよね。」
そう言った後、私はどうしようもない後悔にさらわれた。
脱退した人間が自ら新メンバーを話題にするのも“暗黙の了解”で禁止されていた。
そもそも今の娘。の仕事に口を挟むことすらなかったのだ。
それは決まりなどではなく、私のプライドがそれを許さなかった。
圭ちゃんが今の発言を流してくれるよう切に願った。
しかし私の気持ちに反して圭ちゃんは私の表情からいぶかしむ。
「どういうこと?」
‥‥‥言ってしまったからには退くわけにはいかない。
「プッチモニ大変そうだなって。」
「最年長だからね。」
「あれだけやってリーダーとかじゃないんでしょ。」
「・・・・」
圭ちゃんの言葉が続かない。
私が彼女に見向くと、彼女は細めていた目を見開き、私を真っ向から見据えていた。
一体何を考えているのだろう。
「娘。の番組とかチェックしてんの?」
「別にチェックしてるわけじゃないけど・・・
チャンネル回して出てたら見るなり聞くなり・・」
「そんなんでいいのっ!?」
すごい剣幕、といった感じで私は怒鳴られていた。
彼女とのサシの会話にいい加減疲れていた私も怒鳴り返す。
「じゃあなに
私はモーニング娘。のファンであっちゃいけないの?」
「当たり前でしょ。」
圭ちゃんの言葉に私はそれ以上このことを追求する気にもなれなかった。
ただ喪失感に自分が飲み込まれようとしていた。
- 20 名前:「古巣」 投稿日:2001年05月12日(土)19時52分15秒
- すると周りの人が私達の口論に気付いたようで、少しザワついている。
私は気を取り直して声をひそめて言う。
「じゃあ私はトーキョーFM聞くことすら許されないの?」
圭ちゃんは私を見据えたまま答えない。
「あなたの番組が始まったらラジオを消さないといけないの?」
無反応の圭ちゃんにしびれをきらし、私は彼女が反応するであろう話題を持ち出す。
「私は紗耶香ほど後ろ髪を引かれてなんかいない」
次の瞬間、圭ちゃんはものすごい形相で私を睨みつけてきた。
私の卑屈な発言を指摘するつもりだろうか。
私は完全に冷静さを欠き、口許をゆがめた。
「普段紗耶香と会ってるの?」
「別に・・・」
「じゃあなんで紗耶香と自分を比較するの?」
やっぱり揚げ足をとるように反応してきた。
しかし、圭ちゃんは私が反論する前に更なる言葉を投げかけてきた。
「なんで紗耶香が娘。に気持ちを残してるって分かるの?」
「それは・・・」
思わず言葉に詰まってしまう。
「明日香、あなたファンサイトに書き込んだりしてるんだってね。」
キッと睨み返すが圭ちゃんは蔑むような目のまま続ける。
「『モーニング娘。に置き忘れたものはありません。』じゃなかったの?」
昔の自分を引き合いに出され、私の怒りのボルテージはどんどん上昇していく。
「もう充分時間はたったの」
今さらながら冷静さを装って返答する。
私がアゴを下げてそう言ったため、圭ちゃんに見下されるような体勢になった。
そして圭ちゃんはゆっくりと口を開いた。
「じゃあその指輪はなんなの?」
- 21 名前:「古巣」 投稿日:2001年05月12日(土)19時52分52秒
- それは昔ナッチとお揃いとして買った指輪。
それをつけてアサヤンに立った時に岡村さんから指摘されたこともあった。
あの頃、もっとも脱退を悩んでいた頃の指輪。
この指輪と“正直者にだけ色が見えるサングラス”は私の持ち物の中で娘。時代の象徴となっていた。
別につけていてやましいものではない。
そう言おうとしても口が開かない。
「無意識で、それをつけてきたの?」
私の驚愕といった感じの反応を見て、圭ちゃんは優しく尋ねる。
「大切に持っているのはいいことだし、普段つけてるのも問題ない。」
圭ちゃんの優しくなった声が耳に突き刺さるようだ。
「でも、ここにくる時は、、、ね、、、」
皆まで言わせるな、といった感じで圭ちゃんの言葉は途切れる。
何故これほどまでに私は熱くなってしまったのだろう。
何故これほどまでに私はむきになっているのだろう。
何故これほどまでに私は子供なのだろう。
自分自身に対しての怒りが込み上げてくる。
しかし、先程の終幕の時のようには涙が流れない。
私は自分がむかついてしょうがなかった。
大人になりきれない自分がどうしようもなくむかつく。
私はあの頃と何一つ変わっていなかったのだ。
- 22 名前:「古巣」 投稿日:2001年05月12日(土)19時53分38秒
- 「紗耶香も、モーニングの呪縛から解かれていない。」
再び見上げた圭ちゃんの顔は再び目が細められていた。
「でも紗耶香はモラトリアムに浸っている時間が少しばかり長いだけ。
明日香のようにモーニングを単なる過去だとは思っていない。」
まばたきも出来ずに圭ちゃんをみつめていると、彼女は振り向いた。
「明日香は戻れない過去を卑下して自分自身を保ってる。
それが明日香の取り戻した“本当の自分”なの?」
振り向いた圭ちゃんの目はたしかに怒りの炎に包まれていた。
侮蔑でも、慈愛でもなく、怒りが
“本当の自分”
その答えは、言うまでもなくNOだ。
昔の私は既存のプロトタイプであることをひどく嫌っていた。
私は子供地味た行動を嫌うあまり、本質的なところで考えを誤っていたのかもしれない。
そんな私に対して、圭ちゃんは怒ってくれたのだ。
「別に明日香のためじゃないのよ。」
私の心情を察してか、圭ちゃんはポツリポツリを言葉を紡ぐ。
「あなたがそんな風だと、あなたの古巣を守ってる私達の立つ瀬がないじゃない。」
「わたしの、、、、古巣、、、」
「たしかにもう戻って来れないかも知れない。
今後共にオリコン1位や紅白やレコ大やそういうのを目指すことはないかもしれない。
でも、モーニング娘。に福田明日香というメンバーは確かにいて、彼女は現在も何かの1位を目指している。」
「そう思ってて、いいの?」
「もちろん。
だから明日香はモーニングのファンであっちゃいけないの。
あなたがモーニングの一員であることに、変わりはないんだから。」
- 23 名前:とおいところへいっちゃったきみへ。 投稿日:2001年05月12日(土)19時54分01秒
- モーニング娘。解散から三年後・・・
真っ赤な空の日の散歩コース。夕暮れの空のにおいがしました。
わたしはあなたからのメールを読み返しています。
最近は・・・・わたしのまわりもやけに慌ただしくなってきました。
そんなとき・・・あなたからのメールをみるとなぜか涙もろくなってしまいます。
『梨華ちゃん!元気?
わたしはまあぼちぼちやってます。
会いたいんだけど・・・今はまだ我慢します。
またメールおくってね。
ps
悲しいことがあると挫けてしまうとこはなおりましたか?(笑)』
ついさっき届いたメール。
消してしまうと・・・あなたもいなくなってしまいそうで怖かったから。
消せません。
目の前の信号が赤に変わるとわたしはそっとたちどまり、ボタンをおしました。
そして、信号が青に変わると押し流されるように進むことしかわたしにはできませんでした。
- 24 名前:「古巣」 投稿日:2001年05月12日(土)19時54分09秒
- 「圭ちゃん、私もう行くね」
「うん」
「、、圭ちゃんにこういうこと言うの初めてだけどさ、、」
「ん?」
「大好きだよ」
圭ちゃんは顔を真っ赤にして、それでもお姉さんぶって微笑んだ。
「今でもみんなが恋人だからさ。」
「男の子はけっこう自分だけの恋人でいて欲しがるもんよ」
「‥‥‥‥うん」
そう、これが私と圭ちゃんの会話だった。
曲のこと以外では互いに深く干渉してはいけない。
それなのに、圭ちゃんは道を踏み外そうとしていた自分を正してくれた。
私は廊下を歩き始める。
数歩歩いたところで振り向き、壁に寄り掛かっていた圭ちゃんにこう言った。
「ありがとう、バイバイ
それからまたね」
圭ちゃんも笑って答える。
「夏のツアーにはまたおいで
紗耶香も夏には来るって言ってた。」
再び踵を返し、圭ちゃんの視線を背に受けながら私は思った。
数カ月後には夏が来る。
それまで私は元モーニング娘。のフリーターとして勉強することになるだろう。
そうだ、フリーターの先輩として圭ちゃんにメールしよう。
それまで直接会って話すことはないだろうから。
私が巣立ってからかれこれ2年が経過した。
今でも古巣は変容を続けながら存在している。
いつか古巣がなくなる日が来ようとも、メンバーが二人集まればモーニング娘。はあり続ける。
だからこそ古巣に甘えて生きていく訳にはいかない。
それはモーニング娘。から4人目が巣立った日に、私の中で初めて芽生えた意識だった。
〜FIN〜
- 25 名前:とおいところへいっちゃったきみへ。 投稿日:2001年05月12日(土)20時10分23秒
- 忘れもしません。
三年前の冬、あなたとこの散歩コースを歩いたことを。
「ねえねえ、せっかくだから散歩でも行こーよ!ちょっときいてる?」
「はいはい、きいてますよ。でもさむいじゃん。」
「今日はあったかいの!いこうよ!」
「ちぇ、わがままなお姫様。」
「あ、ひっどーい!」
「ほんとのことでしょ?」
「ぶー・・・・。」
それから・・・まちはずれの小さな公園にいきました。
「あー・・・あったかいねー。」
「なによ、さっきまで寒いっていってたくせに。」
「なんのことかしら?」
「・・・もーいいです。」
そして・・・三分もたたないうちにあなたは眠りについて。
その寝顔を見ていると・・・なんだかとてもほのぼのとしました。
あなたが私に抱きついてきたから。
わたしもあなたに腕をからませて一緒にねました。
冬だというのに寒さはまったく感じず。
むしろあなたの温もりだけを感じていました。
いつまでたっても忘れません。
- 26 名前:とおいところへいっちゃったきみへ。 投稿日:2001年05月12日(土)20時19分50秒
- 今日もそのときと同じような天気です。
まちはずれの公園の前で、とおざかる風に思いを託しました。
どうか、あの人まで運んで下さい。
・・・なんていったりして。
少し冷たい風がふきはじめたのでわたしはもときた道を戻ります。
よっすぃー。
わたしは手探りだけど前に・・・進んでるよ。
よっすぃーも・・・進んでる?
わたしは携帯をそっとジャケットのポケットにしまいこみました。
あえなくなってもう、三回目の冬がきて。
あえなくなってからはなんだかやる気が出なくて。
だけど・・・あなたがこうしてポケットのなかにいてくれるから。
なんとかこうしてやっていけています。
いつでもあえる。
けど・・・とおいところへいっちゃったきみへ。
- 27 名前:とおいところへいっちゃったきみへ。 投稿日:2001年05月12日(土)20時33分22秒
- なんだかすごくやるせなくなって、あしもとの石ころを蹴飛ばしてみても。
あなたがここにいないという事実はかわりませんでした。
冬の風は冷たく、足をすくっていきます。
ぬけるような空を見上げて。
鮮やかに染まる夕日のオレンジを見ました。
わたしたちなんてちっぽけな存在かもしれないけれど。
答えなんてないから。
わたしは進みます。あなたも。
少ししてからわたしは家に帰りつきました。
まっさきに部屋に向かいベットに寝転がりました。
そして・・・・メールをうちました。
『よっすぃー!わたしも元気だよ!
すごくさびしいけど・・・がんばっています。
よっすぃーもがんばってね。
愛しの梨華より。』
わたしは送信ボタンをおしました。
でも・・・繋がるはずがありません。
とっくに彼女はこの世にいないんだから。
わたしに残っているのは・・・。
彼女の温もりと、三年前のメールだけです。
でも・・・もうすぐわたしもいきます。
よっすぃーに会いに。
次の日・・・・。
『元モーニング娘。石川梨華、吉澤ひとみの白骨死体とともに自殺!!」
よっすぃー・・・。ひさしぶり。
- 28 名前:とおいところへいっちゃったきみへ。 投稿日:2001年05月12日(土)20時38分00秒
- おわりです。次の方頑張って下さい。
- 29 名前:繋がれている愛 投稿日:2001年05月12日(土)21時20分46秒
ねぇ、紗耶香。
どうしてそんなきれいな眼をしてるの?
「なんだ?そんな市井のこと見て。はずかしいじゃん。ははっ。」
どうしてそんな無邪気なの?
そして……
- 30 名前:繋がれている愛 投稿日:2001年05月12日(土)21時22分15秒
「やっ…やぐっちゃん!どうした!?」
どうしてそんなに優しいの?
「泣いてたってわからないよ!どうしたの!?」
- 31 名前:繋がれている愛 投稿日:2001年05月12日(土)21時24分06秒
そんな悲しい顔されると……
顔、見れないじゃん。
「………やぐっちゃん……」
あったかい。
抱きしめられて、紗耶香のぬくもりが体全体にいきわたる。
- 32 名前:繋がれている愛 投稿日:2001年05月12日(土)21時24分39秒
「……おちついた?」
紗耶香の優しさは、矢口を元気にしてくれる。
「…うん、ありがとう。」
ありがとう。
- 33 名前:繋がれている愛 投稿日:2001年05月12日(土)21時25分09秒
「やぐっちゃんに涙は似合わないよ。」
矢口をよくわかってくれて……
「じゃ、いこっか。」
矢口を導いてくれる。
- 34 名前:繋がれている愛 投稿日:2001年05月12日(土)21時25分41秒
「そういえば……なんでさっき泣いてたの?」
それはね……
紗耶香がいとおしいからだよ。
でも……
- 35 名前:繋がれている愛 投稿日:2001年05月12日(土)21時26分11秒
「紗耶香にはひみつー。」
そんなこと、恥ずかしくて言えるわけないじゃん。
「なんだとー?市井にはひみつってどういうことだよー。」
「ごめんねー。」
- 36 名前:繋がれている愛 投稿日:2001年05月12日(土)21時26分43秒
「ちぇっ、やぐっちゃんのケチー。」
だから矢口は……
「ほら、拗ねてないで行くよ。」
代わりに手を差し出すんだ。
- 37 名前:繋がれている愛 投稿日:2001年05月12日(土)21時27分25秒
「うん♪」
それが…
矢口なりの……精一杯の愛情表現だから。
それに……
こうしているだけでも
紗耶香の愛が感じられるから。
- 38 名前:繋がれている愛 投稿日:2001年05月12日(土)21時28分07秒
ぎゅっと繋いでいる手に……
力をこめた
〜FIN〜
- 39 名前:口紅 投稿日:2001年05月13日(日)03時43分58秒
-
(まただ…)
私は目の前で化粧を直している彼女を横目で見ながら、小さく溜息を吐いた。
それもそのはず、彼女は私とのキスの後必ず口紅を塗り直すのだ。
今日は埃っぽい衣装部屋で、昨日は誰もいない楽屋で、一昨日はトイレ。
これまで数え切れないほど唇を重ねてきた。
でも記憶にある限り、彼女は毎回塗り直している。
部分的に色が薄くなってしまった唇に、上から被せるように。
斑な唇のまま人前に出られないのはわかるけど、唇が触れ合った直後に
そうされるとさすがに複雑な気分になるのも否めない。
- 40 名前:口紅 投稿日:2001年05月13日(日)03時45分17秒
- (そういえば、直さなかった時なんてセックスの前戯くらいしか…あ!)
何故今まで気付かなかったのだろう。
彼女はセックスの最中に直すことはしないが、終わるとすぐに直し始める。
あんまりではないか? 潔癖症?
いや、これはもうパラノイアと言うべきだ。
私は言いようのない苛立ちに身を任せて、塗り終えたばかりの唇に噛み付いた。
わざと激しく舐めまわして忌々しい紅を消す。
嫌がらせ以外の何物でもない。
「んっ!? や…ふぁ」
口紅特有の香料臭さが私達の口の中を満たしていく。
徐々にへたり込んでしまった彼女を抱きかかえ、さらに唇を擦り付ける。
「や…だって…ぅん」
口内から聞こえるくぐもった悲鳴をすべて無視して一心不乱に舌を絡めた。
唇、舌、歯、歯茎、そこら中舌で突つき回し、やがて落ち着いてきた私は、
そっと唇を離した。
同時に舌をつたう滴が乾いたビニールの床に弾けた。
- 41 名前:口紅 投稿日:2001年05月13日(日)03時45分52秒
- 「…せっかく直したのに」
彼女は頬を膨らませて恨めし気に睨んだ。
目があまり嫌そうじゃないからまったく迫力が無い。
それどころか濡れた瞳と彼女本来の色が所々覗く唇が、妙に劣情をそそる。
「いいじゃん。また直せば」
「もー、そういう問題じゃないよぉ」
ああほら、やっぱりまたすぐに口紅を直した。
仕方ないと言えば仕方ないけど、もう少し余韻というものを考えて欲しい。
「梨華ちゃん、私…」
「ん? あ…ごめんよっすぃ〜、口紅うつっちゃったね」
「え?」
「どうしよ、私の色濃いからなぁ…」
不安そうに私の唇に手をのばし、自分の口紅の付いている辺りを指先で軽く拭う。
とても自然な所作。
- 42 名前:口紅 投稿日:2001年05月13日(日)03時46分28秒
- ふと彼女が不思議そうな表情で小首を傾げた。
私が無意識のうちに彼女の手首を掴んでいたからだ。
「よっすぃ…?」
「あ、いや…いいよ。上からまた塗れば目立たないし」
「そう? 拭いてから塗った方がキレイに仕上がるんじゃない?」
「そんなことないよ。あっ撮影始まっちゃう、はやく行こ」
「え…うん…」
私は訝しげな彼女の背を押して、こっそり胸の内で呟いた。
”一秒でも長くあなたの感触を感じていたいんだ。
限りなくリアルに”
もしかしたら彼女も、こんな気持ちで口紅を上から塗り直し
続けていたのかもしれない。
タイミングや空気を読むのが苦手だから、
急いで直す様子に私は不満を覚えてしまったけれど。
- 43 名前:口紅 投稿日:2001年05月13日(日)03時47分02秒
-
――彼女は口紅を塗る。
私の痕跡を消すかのように、
もしくは私のぬくもりをその場に留めるかのように、
その行為がいったいどちらのものなのか、私には知る術が無い。
でも私は、後者だと信じたい。
私がそう思っているように、彼女も私との繋がりを消したくないのだと…
そう信じていたい。
- 44 名前:口紅 投稿日:2001年05月13日(日)03時47分42秒
-
私はもう一度呟く。
”この色が永遠に私の唇に留まりますように。”
そして――
彼女が永遠に私のものでありますように。
END
- 45 名前:Y氏の告白 投稿日:2001年05月13日(日)04時19分58秒
- 私が、芸能プロダクショングループの会長であるY氏に
人気女性アイドルグループ「M」について取材を申し入れたのはつい先日のことだ。
「M」はいまや国民的アイドルグループと言ってよく、
Y氏の系列企業の中では一番の稼ぎ手であることは間違いない。
私は某雑誌の編集長から、「今までにない『M』の取材記事を作ってほしい」と頼まれた。
今までにない記事ということなら、
「M」の「影の仕掛け人」の異名を持つY氏を取材する事で、
「M」の新たな一面に迫ろうと私は思っていた。
Y氏に取材の旨を申し入れてみると、「ぜひ協力させてほしい」と大喜びで、
「今度の金曜日の晩に自宅で取材を受け付ける」という返事をもらった。
こちらの申し込みを快諾してくれたのには助かった。
今回の取材は「事務所側の本音」を聞き出そうと言う部分があるので、
正直言って、厳しいものがあるだろうと予想していただけに私は安堵の息を漏らした。
そして、私は金曜日の晩、
Y氏の指定した時間に彼の自宅マンション前で、Y氏を待った。
- 46 名前:Y氏の告白 投稿日:2001年05月13日(日)04時21分28秒
- Y氏が現れたのは、私が到着してから五分も経たないうちだった。
タクシーから降りてきたほっそりとした、猫背の中年の男性がY氏だった。
私の姿を確認したY氏は嬉しそうに私のもとに駆け寄ると、
「よろしくお願いいたします」と深々と頭を下げ、私に名刺を差し出してきた。
一介のフリーライターに名刺を差し出してきたのにはさすがに驚いた。
私も慌てて頭を下げ、Y氏に名刺を手渡す。
Y氏はまた深々と頭を下げ、「おそれいります」と言うと、
自分の財布に大切そうに私の名刺をしまいこむ。
たかが雑誌の取材記者に名刺をもらっただけで・・・・・・変わった人だなと思った。
「こんな所じゃなんですから」と、満面の笑顔のY氏に導かれるまま、
我々は彼の部屋に向かった。
Y氏の部屋につき、私は奥のソファのある部屋に通された。
台所に向かっていたY氏は二人分のコーヒーを持ってくると、私と自分の前に置き、
目を輝かせながら、私の顔を見つめる。
さっきからずっとこの調子だ。嬉しそうに、子供のようにはしゃぎ、
「Mはお好きですか?」「私の事を何で知ったんですか?」
などなど私にたびたび声を掛けてくる。
適当にあしらっていたが、いい加減うんざりしている。
彼のはしゃぎぶりは、今日始まったわけではないのだから。
Y氏は取材を申し入れたその日から、
毎日一回は私の携帯に電話をかけてきて、取材の日時を確認しては嬉しそうに
「取材が楽しみです、実に楽しみですよ、いろいろお話させていただきます」
と同じ台詞を繰り返していた。私からの取材申し込みがよっぽど嬉しかった様だ。
ここまで喜ばれるとは・・・・・・呆れる思いで無邪気な笑顔を私は見つめた。
- 47 名前:Y氏の告白 投稿日:2001年05月13日(日)04時23分11秒
- 「ちょっと待っててください」
Y氏はそう言って立ち上がると、奥の書棚から、いくつかのビデオテープを持ってきた。
「これからはじめましょう」
彼はビデオを再生した。
最初に再生されたビデオは全国公開された、M主演の映画だった。
私はこの映画をY氏といっしょに最後まで見せられた。
駅伝部を舞台にしたストーリーで、良くも悪くも「アイドル映画」だった。
ファンには楽しいものなのだろうが、そうでなかったら・・・・・・
ようやく「感動的な」本編が終わり、エンドタイトルが流れる。
私は何気なく隣のY氏を見て言葉を失った。
ハンカチで目頭を拭っている。泣いているのだ。
「いい映画でしょう?私がストーリーを考えたんです」
どう返していいかわからなかった。私は愛想笑いを浮かべて、適当にあしらう。
そんな私を見て、彼は得意げに言った。
「これで終わりじゃないんですよ」
え?私が画面を見つめると、エンドタイトルがいつのまにか終わってて、
Mのメンバー数人が映っている。「新メンバー」だ。
彼女たちはなれない台詞を一生懸命しゃべっていた。
私はMのファンではないが、
ストーリーから完全に浮いているこのシーンで、
たどたどしい台詞をしゃべる彼女たちに大きな同情を禁じえなかった。
恥ずかしいなんてモノではあるまい。
この映画で一番感動したといっていいかもしれない。
「どうです、ビックリでしょ?
まさかこんなところで彼女たちが出るなんて誰が思いますか?」
これも私のアイデアなんです、そう言うと彼は胸を張った。
私は愛想笑いを浮かべる事しか出来ない。
そんな私にかまわず、彼は、別のビデオを再生した。
- 48 名前:Y氏の告白 投稿日:2001年05月13日(日)04時24分34秒
- 続いて再生されたビデオはMのバラエティー番組だった。
なんだか彼女たちが「対決」をしているのだが、これもファン以外には・・・・・・・
私がなんて言おうかと思っていると、Y氏の甲高い笑い声が聞こえてきた。
番組を見て、無邪気に笑っているのだ。
「どうです?面白いでしょう、これも私が企画してるんです、ほらここ!」
番組のエンドタイトルが流れてきているが、
彼は「一時停止」して、画面を指さした。そこにはY氏の名前が。
子供のような無邪気な笑顔を浮かべるY氏。
私は一体何をしてるのやら・・・・・・
「私はね、このようにして、彼女たちのためにいつも頑張っているんです」
Y氏は誇らしげに言った。
「映画、番組の制作だけじゃないだけじゃないですよ。
彼女たちの音楽についても、私が企画しているんです」
そう言うと、Y氏はCDプレイヤーで、Mのシングルを流した。
お祭り騒ぎのような曲が流れてくる。
確かこの曲はMが初めてミリオンヒットを飛ばした歌だ。
「乗りのいい楽しい曲でしょう?この曲が売れた時はやったと思いました」
ガッツポーズを作ったY氏は楽しそうにリズムを取っている。
私は頭を抱える。何もY氏の自慢話を聞きにきたのではないのだ。
Y氏はそんな私の様子に気づいたのか、私の顔を覗き込むとこう言った。
「私がいかに彼女たちのために頑張っているか、お話しましょう」
また自慢話か?次は何だ?写真集か何かか?愛想笑いを浮かべつつも、
Y氏が一体次は何を差し出してくるのか・・・・・・私は小さくため息をついた。
- 49 名前:Y氏の告白 投稿日:2001年05月13日(日)04時25分50秒
- Y氏は胸を張っていきなり切り出した。
「Mは私が作ったんですよ」
待ってたぞ、ようやく本題にたどりつけたか、そう思い、
私は慌ててテープに録音を開始し、メモをとった。
そんな私にお構いなしに、嬉しそうにY氏は続ける。
「最初にオーディションして、“いいな”と思った子はみな落選させたんです。
そして、落選した女の子たちには“デビュー”の再チャンスを与えるという名目で、
インディーズから頑張らせて、いろいろ“試練”を与えながら
それを彼女らには乗り越えさせる・・・・・・」
「つまりサクセスストーリーを演出したと?」
用意を整えた私がY氏に代わって言うと、Y氏は満足そうに頷いた。
「私のアイデアですよ」
「M」は確かに彼の言うように、「落ちこぼれ」の集まりだ。
彼女たちはインディーズからCDを手売りしたりして、下っ端から頑張った。
テレビでもその模様は流され、次第に注目を集めていって、人気も高まっていき、
今のような人気アイドルになった経緯がある。
表向きは「落ちこぼれたちのサクセスストーリー」だったが、
一部では、「演出」ではないか?と言う噂もあった。
それを今、あっさりとY氏は「演出」を認めたのである。それも自分の手柄だと言う。
私の心は震えた。いきなり大スクープを手に入れたのだから・・・・・・
しかしY氏はこの後もどんどん信じられないような事を告白していくのである。
彼にすれば今までと同じ「自慢話」なのであろうが、
今までのものとは明らかに内容が違う。
「あの盗聴事件はね、彼女の人気を高めるために、やむをえない事でした。
あの子には黙っていたからかなりショックだったみたいですが、
だけどね、それは彼女のためですから」
「ええ、あの子の脱退はね、“こちらから、辞めてもらった”んですよ。
あの子だけ特別扱いできませんから、はい。
まあ、“夢に生きる”と言う事でね。余計なごたごたは最小限で防げたんですよ」
それらは全て、大変ショッキングな内容だったが、一番驚いたのは次の話だ。
- 50 名前:Y氏の告白 投稿日:2001年05月13日(日)04時27分16秒
- 「Gを加入させたのはね、私なんですよ、はい。
Sさんに頼んでね、オーディションと言う形をとって加入させたんです」
Mで一、二を争う人気のGを彼は自分が加入させたと言う。
Gの加入についてはいろいろと噂があるが・・・・・・
しかし話の全体が見えてこない。Y氏はにたりと笑う。
「あの子はよその養成所にいたんです、ええ。
うちに来てもらいたいけど、
私の言う事など、向こうの人間は聞かないわけですよ。はい。
それで、Sさんの力をお借りしたわけでしてね、
あの人に逆らう人なんていないですから、へへへへへ・・・・・・」
とんでもない名前が出てきた。
S氏、業界の「フィクサー」といわれる人間である。
「M」とS氏のつながりはこれも噂としてはあったが、
まさか本当とは・・・・・・驚きを隠せない。
「まあ、あの人が味方してくれたおかげでね、
Gは『M』のメンバーになったわけですよ。
それからもSさんはいろいろと、
こちらのために何かと面倒を見てくださっていますよ。
あの人との協力あってこそ、今の人気はあるわけです。
苦労したんですよ、Sさんの協力を取り付けるまで」
無邪気に声をあげて笑うY氏を前に私は言葉を失った。
今、彼が明かした話というのは全てとんでもないスキャンダルだ。
業界でも「トップシークレット」の話題なのではないか?
これは、彼が「企画」したと自慢する映画やテレビ番組など、比にならない話である。
私は身体が震えた。
当事者から、ここまで深い話が聞き出せるとは思わなかったからである。
- 51 名前:Y氏の告白 投稿日:2001年05月13日(日)04時28分19秒
- Y氏は声をあげて笑っていたが、急にうつむいた。様子がおかしい。
「だからねえ、Tなんて飾り物なんですよ、私に言わせれば・・・・・・」
いまいましそうに吐き捨てた。
Tは「M」のプロデューサーである。世間では彼がMを育て上げたものと信じられている。
実際、彼女たちが歌っている歌はその大半がTが作り上げたものだ。
「黙って曲を作ってればいいのに・・・・・・
あのね、あいつはただ音楽作ってるだけですよ!
私が曲のアイデア出してるんだから!!
ところがあいつ、最近なんていってると思います?
Yさんの言うとおりやってたら、限界が来る、もう少し考えて・・・・・・
こうですよ!誰がここまで育ててやったと思ってるんだ!!!!」
Y氏は立ち上がり、甲高い声を張り上げた。私は慌てて興奮する彼をなだめる。
勝手に一人で突っ走られても私が困るのだ。どうもTとは対立があるらしい。
すいません、落ち着きを取り戻した彼は小さくつぶやくと、
「とにかくね、あいつは私の事を馬鹿にしている。
それだけじゃない!彼女たちのことを一番心配しているフリなんかして・・・・・・
とんでもないですよ、今もお話したようにねえ、
彼女たちのことを思って一番動いているのはこの私ですよ!」
彼は胸を大きく張った。
「このことは是非に書いておいてもらいたいです」
この瞬間、私はY氏の異様なはしゃぎぶりの謎が分かった。
彼は「自分が一番Mのために貢献している事」を
アピールできることが嬉しくてしょうがなかったのだ。
彼の「自慢話」全てに共通しているのは
「M」のために自分は動いている、と言う事である。
どうみても彼の才能の乏しさしか見えてこない「映画」や、「テレビ番組」も
とんでもない「スキャンダル」にしても・・・・・・だ。
特に「スキャンダル」の中にはどこがMのためだ、と首を傾げたくなるものもある。
盗聴や解雇など、その最たるものといっていい。
しかし、彼に言わせれば、全ては「M」のためになるのだと言う。
業界の大物と手を結んだ事で、「M」に大きな力を与え、
「盗聴」によって、知名度を上げ、
「解雇」によって、「M」の安定を図ったと言うのである。
彼にすれば自分が一番の「M」に貢献した人間なのだ。
- 52 名前:Y氏の告白 投稿日:2001年05月13日(日)04時29分07秒
- 私は「M」のファンではないが、
彼の話を聞いているうちに、
この話を公にしたらファンはどう感じるか、と思った。
たまらないだろう。
しかし、目の前のY氏は
自分が一番「M」のためにはたらいていると信じて疑わないようである。
その誇り高く胸を張る姿が全てをあらわしていると言っていい。
そして、そのことを証明するかのように、急に肩を落とすと彼はこう言ったのだ。
「なぜ、自分はファンから嫌われるのでしょう?」
ファンの間ではY氏の評判はすこぶる悪い。
いろいろなところに氾濫するガセネタから、実際の「M」の仕事のようすなど、
それらの総合判断の結果、彼は嫌われ者になっている。
「M」を物のように扱う「独裁者」と。
今日の取材が公になったら、彼のこの評判は決定的なものになるであろう。
しかし、彼はそうとは思っていないらしい。
今日の取材を通じ、「自分の事が理解されるもの」と信じているようだ。
私に期待を寄せる、子供のような瞳の輝きが彼の気持ちを代弁している。
なんだか彼が哀れだった。まるで裸の王様だ。
その後も延々と彼の「自慢話」は続いた。
- 53 名前:Y氏の告白 投稿日:2001年05月13日(日)04時30分13秒
- 「え、なんだって、コイツこんな事を・・・・・・」
私の目の前で初老の男性が苦笑している。
ちなみに彼はY氏ではない。
Y氏の取材の中で名前が出てきた「フィクサー」と呼ばれるS氏である。
今回のY氏の言葉の裏を取るため、
私はダメもとでS氏に取材を申し入れてみた。
極端な取材嫌いなS氏であったが、Y氏から取材を終えた旨を伝えると、
なぜだか興味を示し、今日、ここ都内の蕎麦屋の奥の部屋で彼とアポをとる事が出来たのだ。
私の顔を見るなり、S氏は
Y氏のもとでとった「取材メモ」と「録音テープ」を見せてくれと言い、
私は彼の要望にこたえた。
そして今、彼はそれを聞いて読んで、苦笑しているのだった。
『私はね、将来うちの事務所をJ事務所のようにしたいと、はい。
そのために、“M”に頑張ってもらわないといけないんですね、ええ。
“M”の価値を維持しながら、メンバーをどんどん入れ替えてですね、
将来はJを超えると、そういうことです。
その日まで私は“M”と一緒に頑張るつもりです!』
無邪気に将来の夢を語るY氏の声がテープレコーダーから聞こえてきた。
「そんな事できるんなら、俺がとっくにやってるよ!」
これはS氏のツボにはまったらしく、涙を流して爆笑していた。
彼から見たら、Y氏の夢は実にバカバカしいものだったのだろう。
私は目を輝かせて熱く自分の夢を語っていたY氏が気の毒に思えた。
ようやく全てを聞き終わると、笑いすぎてこぼれた涙を拭いながらS氏が口を開いた。
「政治的な才能はな、あるとおもうんだよ、Yさんには。
ただ芸術的な才能、いや、エンターテインメント的な才能はないね。
結局音楽にしてもTがいるからなんとかなってるんでな・・・・・・
まあ、しかし面白い物聞かせてもらったよ」
そう言うとS氏は立ち上がった。
「これ、貸してくれる?家でもう一回聞きたいんだ」
S氏は取材メモと録音テープを背広の内ポケットにしまいながら言った。
彼の言わんとしている事は分かった。公にするな、と言っているのだ。
内容が内容だけにある程度の覚悟をしていた私はやむなく頷いた。
「まあ、しかし、よくもこれだけベラベラしゃべれたな、ホントあいつは・・・・・・」
半ば呆れた様子でS氏はつぶやくと、部屋を去った。
- 54 名前:Y氏の告白 投稿日:2001年05月13日(日)04時30分50秒
- 私はちなみに、S氏だけでなく、
「M」プロデューサーのT、その他関係者にも今回の取材の裏を取るべく話を聞いた。
もちろん「M」のメンバーにもだ。
彼らから話を聞く限り、Y氏の話は本当らしい。
ただそれが「M」のために尽力した結果だというのは意外だったようだ。
彼の真意を理解している人間などどこにもいなかった。
そんな、Y氏の印象について聞くと、決まってこういう返事が返ってきた。
「バカな人」
結局この言葉が一番Y氏には当てはまるのかもしれない。
この返事を聞くたびに、
あの無邪気な笑顔がまぶたに浮かび
私はいつも笑ってしまった。
FIN
- 55 名前:Y氏の告白 投稿日:2001年05月13日(日)04時32分48秒
- ちょっと特殊な短編かと思います。また、長くなってしまいました。
あくまでフィクションですが、御不快な気持ちになられた方すいません。
ただ私はどうしてもY氏にはこういう印象しか抱けなかったのです。
- 56 名前:インフィニティ 投稿日:2001年05月13日(日)12時03分11秒
- 「よっすぃー、ねえ、起きてよぉ。もうっ、保田さん呼んでるよ」
その声。梨華ちゃんの声で、顔をなんとか上げた。
テーブルの上につっぷしたまま、どうやら眠ってしまっていたらしい。
重いこめかみのあたりを、手のひらで押さえた。
「起きた?」
隣りにあるのは梨華ちゃんの顔。
間近にあるそれに向かって、なんとか笑顔を作った。
たぶん、眉毛がつり上がったぐらいにしか見えてないだろう。
「ありがと、起こしてくれて。うっ、う〜」
お礼も中途半端にノビをした。
そのついでに楽屋を見わたす。
いつもどおりの楽屋だ。それぞれが別々のことをしているようで、
それでいて、辻と加護にかき回されているようでもある。
いないのは、ごっちんと保田さん。
「保田さんがあたし、呼んでるの?」
梨華ちゃんは、「やだなぁ〜」と私の肩をプニっと押すと、
「よっすぃーこれからラジオ、収録だって言ってたじゃない」
「えーっと、そうだっけ」
首の後ろをかこうとして手を持ち上げたときだった。
「あれ? これ……」
「どうかした?」
「え? ああ、アレ。なんていったっけかな」
―― デジャ・ヴ。
「そう、デジャ・ヴだ。この楽屋、前に一回見たことある気がする」
そう言ってまた、どこかで見たその景色を確認する。
みんなが座っている位置とか、次に誰が何をしゃべり出すとか。
「あ〜、あるよね。そういうの」
ほのぼのと楽屋を見ているふたり。と、突然。
「よぉしざわぁーっ!」
ドアがバタンと勢いよく開いて、保田さん。
梨華ちゃんは関係ないはずなのに、なぜか一緒になって肩をすくめた。
「ほら、行くよ。ラジオ、また収録遅れるでしょ!」
保田さんに腕を引かれながら、ズルズルと梨華ちゃんに手を振る。
「いってらっしゃ〜い」と、楽屋を出たあと遠くで聞こえた。
「吉澤ぁ、寝るんだったら車ん中で寝ればいいじゃん。後藤もそうしてるし」
「あ、そっか。そうですね」
表に出て移動の車に乗り込んだ。さっそく寝ているごっちん。
私もなんだか眠くなってきた。
まぶたが重い。意識がしだいに遠のいていく。
- 57 名前:インフィニティ 投稿日:2001年05月13日(日)12時04分01秒
- 「よっすぃー、ねえ、起きてよぉ。もうっ、保田さん呼んでるよ」
その声。梨華ちゃんの声で、顔をなんとか上げた。
テーブルの上につっぷしたまま、どうやら眠ってしまっていたらしい。
重いこめかみのあたりを、手のひらで押さえた。
「起きた?」
隣りにあるのは梨華ちゃんの顔。
―― あれ。
まだ少しかすんでいる目で、その顔を確認する。
梨華ちゃんだ。間違いない。
「あれ、梨華ちゃん? 保田さんは?」
両手をテーブルの上でぐっとのばして、体を起こす。
「だから、呼んでるよ。ラジオの収録だって」
梨華ちゃんは、「もう、やだなぁ〜」と私の肩をプニっと押した。
「なんか……、へんだ」
首の後ろをかこうと、手を持ち上げたときだ。
「あれ……、なんか、これ」
「どうかした?」
「これ……、デジャ・ヴだ。一回見たことある、この楽屋」
それはついさっきまで、私がいた楽屋だった。保田さんに手を引かれて出ていった。
みんなの座る位置、次にほら、辻が言う言葉。
全部同じ。
「あ〜、あるよね。そういうの」
梨華ちゃんの声に、驚いて振り向いた。
きょとんとした目で私を見ている。
「あの梨華ち ――」
私の声をかき消すように、ドアが音を立てて開く。
「よぉしざわぁーっ!」
勢いよく入ってくる保田さん。まったく同じタイミング。
呆然としている私の腕を取って、保田さんは私を引きずっていく。
楽屋を出てしばらくして、「いってらっしゃ〜い」という梨華ちゃんの声が聞こえた。
「保田さん、あの ――」
「吉澤ぁ、寝るんだったら車ん中で寝ればいいじゃん。後藤もそうしてるし」
保田さんに押し込まれるように、車に乗る。
隣りで寝ているごっちん。
保田さんを振り返ったとき、めまいにも似た急激な眠気があった。
まぶたが重い。
意識が遠のいていく。
- 58 名前:インフィニティ 投稿日:2001年05月13日(日)12時04分50秒
- 「よっすぃー、ねえ、起きてよぉ。もうっ、保田さん呼んでるよ」
梨華ちゃんの声に、ガバッと一気に体を起こした。
目を見開いて、その顔を見つめたままの私に、梨華ちゃんは優しく、
「起きた?」
と少し小首をかしげて言う。
しばらく私は呆然としていたが、気がついて楽屋をいそいで見わたす。
―― 同じだ。
完全に同じだ。
みんなの位置も、誰が何を言うのかその順番も、何もかもが。
思わず椅子から立ち上がっていた。
「やだなぁ〜、どうしたの? よっすぃー」
横からの梨華ちゃんの声。そして、肩が押される感触。
とっさに押された部分を手で隠すようにおおった。
「みんな同じだ……。なんで……。」
梨華ちゃんは、きょとんとした瞳を私に向け、
「あ、それ、デジャ・ヴっていうんでしょ? わたしもよくあるんだぁ」
と、笑顔で言う。
手の中がじっとりと汗ばんでいた。
―― これ、どういうこと?
まったく同じ。この場面。
「梨華ち ――」
「よぉしざわぁーっ!」
保田さんが楽屋に入ってくる。これも同じだ。
―― どういうことなの?
グッと腕をつかまれた。
すがるように保田さんの顔を見た。
しかし、「遊んでんじゃないの」と言い放つと、その手に力を込める。
「いってらっしゃ〜い」梨華ちゃんの声。
「吉澤ぁ、寝るんだったら車ん中で寝ればいいじゃん。後藤もそうしてるし」
保田さんの言葉。
隣りで眠っているごっちん。
何もかもが、まるで同じに動いている。
そして、私を襲う睡魔。まぶたを開けていられない。
遠のく意識。
―― いったい……、なにが……。
- 59 名前:インフィニティ 投稿日:2001年05月13日(日)12時05分40秒
- 「よっすぃー、ねえ、起きてよぉ。もうっ、保田さん呼んでるよ」
私が絶望的な気分で、ゆっくりと体を起こした。
こめかみのあたりがズキンと、にぶい痛みを発していた。
反射的にそれを手で押さえる。
「起きた?」
間近にある梨華ちゃんの顔。
私は手をのばし、そのほほをつまんだ。触感はある。
不思議そうにこちらを見ている梨華ちゃん。
手を放した。
無言のまま私は立ち上がると、チラと楽屋を確認する。
同じだ。
そういう目で見ると、ここにいる全員が機械的に行動しているようにも思えた。
「やだなぁ〜、どうしたの? よっすぃー」
プニ。
私はそれを無視して、矢口さんの隣りに立った。
辻と加護にイライラきて、このあと矢口さんらしくない、手をあげるのだ。
「矢口さ ――」
チッというこすれる音と、のばした手の甲に鋭い痛みが走った。
「イッタ……」
赤い線が右手の甲についていた。
矢口さんの上げた手。その爪が私の手を傷つけたのだ。
しかし矢口さんは私を気にするでもなく、そのままパシンと加護のお尻をはたく。
「よぉしざわぁーっ!」
保田さんの声も耳には入ってこなかった。
手の甲と、矢口さん。視線はそのふたつを往復するばかり。
ぐっと腕をつかまれる。「行くよ」という声。
私はそれを払いのけた。
目を丸くしている保田さん。しかし。
誰もが私たちがまるでいないかのように、会話をし、笑い、行動している。
梨華ちゃんも、ずっと笑ったまま。
私は駆け出し、梨華ちゃんの前まで行くと、その両肩をつかんだ。
「梨華ちゃん! しっかりしてよ!」
力まかせにゆする。
けれど梨華ちゃんは、きょとんとしてこちらを見ているばかりだ。
どれだけ強くゆすっても、「やめてよ、よっすぃー」とふざけたように言う。
叫びだしたくなった。
事態がまったく飲み込めない。
どうして同じなの? どうして私は同じ場所にいるの?
どうしてみんなは、そして私は、同じ事を繰り返しているの?
―― わからない。
どれぐらいそうしていただろう。
突然ガクンとヒザの力が抜け、体が言うことをきかなくなった。
ズルズルとその場に倒れこむ。
―― この感じは……。
強烈な眠気。意思とは無関係に落ちるまぶた。
意識が遠のいていく。
- 60 名前:インフィニティ 投稿日:2001年05月13日(日)12時06分19秒
- 「よっすぃー、ねえ、起きてよぉ。もうっ、保田さん呼んでるよ」
私は顔をうつむき隠したまま、梨華ちゃんの言葉を聞き流した。
間近にせまった梨華ちゃんの吐息がわかる。
1、2、3、4、5……。
左手につけた時計の秒針を見ていた。
聞こえるメンバーの声も同じ、今までとかわらない。
「ねぇ、よっすぃー。保田さんが呼んでるよぉ」
甘えるような梨華ちゃんの声。
64、65、66、67、68……。
「もう〜、起きてよぉ〜」
肩を押された。
しばらくおいて、パシンという矢口さんが加護を叩く渇いた音。
133、134、135、136、137……。
「よぉしざわぁーっ!」
保田さんの声と、ドアの開く音が聞こえた。
そしてぐっと腕をつかまれる。
私はようやく顔を上げると、保田さんのその手首のあたりを力任せに殴りつけた。
うずくまる保田さん。
200、201、202、203、204……。
椅子に座りなおし、足を組んだ。
左手を持ち上げ、すべてを無視して秒針に集中する。
280、281、282、283、284……。
―― きた。
その眠りに落ちる直前まで、私が確認できた最後の数字は300。
そう、私はこの5分間を繰り返しているのだ。
いや、あるいは、ずっと繰り返していたのだ。
- 61 名前:インフィニティ 投稿日:2001年05月13日(日)12時06分49秒
- 「よっすぃー、ねえ、起きてよぉ。もうっ、保田さん呼んでるよ」
梨華ちゃんのひと言からはじまる5分間。
正直私はもう私自身を放棄してしまったのかもしれない。
間近にせまった梨華ちゃんの顔。やさしく微笑みかける。
私はその唇に自らの唇を重ねた。
繰り返すのなら、こんな一回があってもいいはずだ。
柔らかい唇を舌で押し開き、ぽかんと開いたままの歯の間に滑り込ませた。
舌をからめ。その感触を楽しむ。
いや、
―― 楽しいはずなんてない。
行為を終えた梨華ちゃんの瞳は、今までとかわらない。
かわらない表情で、「よっすぃー、やだぁ〜」と肩をプニっと押してくる。
私は梨華ちゃんのもとを離れると、今度は矢口さんの唇を奪った。
次々に、安倍さん、飯田さん。
辻と加護にしたときは、本気で「なにやってるんだ」と自分を疑いたくなった。
バタンとドアが開く。
「よぉしざわぁーっ!」
―― さすがに無理だよ、それは……。
保田さんに腕をつかまれる。
その顔を眺めながら、中澤さんの気持ちがわかったような気がして、思わず笑えた。
―― はいはい、行きますよ。ご一緒します。
引っぱられながら、不思議なことに気がついた。
私の腕を引く保田さんの手。それが今までとは逆だったのだ。
「ちょっと、何するんだよ、吉澤。っイテテ」
保田さんのその手を強引につかむと、目の前まで持ち上げた。
手首のあたり、ちょうど前回私が殴ったあたりがアザになりはれている。
反射的に、私は右手の甲へ目をやった。
そこには赤い線。
矢口さんに傷つけられた痕が、はっきりと残っていた。
―― どういうこと?
―― どういうことなんだよ!
―― どうい
- 62 名前:インフィニティ 投稿日:2001年05月13日(日)12時07分20秒
- モーニング娘。様と、書かれた紙の張られた楽屋。
7人がいつもどおり和気藹々と、本番後しばらくできた時間をすごしている。
開いた雑誌と、隣りに置いたお菓子に夢中な安倍なつみ。
連載しているコラムを、ひとりもくもくと書いている飯田圭織。
キャアキャアと声をあげて、遊んでいる辻希美、加護亜依。
そのふたりが奇声をあげるたびに、ため息混じりに注意する矢口真里。
MDウォークマンでも聞いているのか、瞳をとじたままの石川梨華。
そして、テーブルにつっぷしたようにして眠っている吉澤ひとみ。
すると思い出したように石川が目を開くと、「あちゃ〜」と肩をすくめる。
いそいで吉澤の隣りまで行くと、声をかけ起こしにかかった。
吉澤は顔を上げると、石川とひと言ふた言かわし、ぐっとのびをした。
その肩を石川が指先で押す。
どこか照れたように吉澤は首筋をかき、かわらない楽屋を見わたした。
石川もそれにならい、ふたり無言のまま視線をめぐらせていた。
突然、音を立て開くドア。
保田が怒声混じりに吉澤の手を引くと、ズルズルと引きずり出していく。
石川に手を振る吉澤。
石川も「いってらっしゃ〜い」と新妻よろしく声をかけた。
- 63 名前:インフィニティ 投稿日:2001年05月13日(日)12時07分59秒
- 「な? おかしいやろ?」
加護はそう言って顔を上げ、隣りの辻に同意を求めた。
「え……、なんかへんなの?」
「へんってあんな。ここは普通やったら、この……、ここに書いてあるやん」
そう言ってコピー用紙を見せ、「このイベントが起きるはずやねん」と指先でトントンとさす。
そこには、
“偶発イベント:吉澤、中澤への道”と書かれており、その横に細かな発生条件も記載されていた。
「なにが足りひんねやろ?」
辻が「わかんない」と肩をすめ、コピー用紙を手に取った。
「はっせいじょ〜けん。仕事の移動前5分間に、メンバー全員を同室にする。してるよね?」
うんうんと加護がうなずく。
「石川が寝ている吉澤を起こすイベント発生」
さらに加護がうなずく。
「それを何度も繰り返すと、吉澤の「ジゴロ値」が増え、一定値をこえると、低い確率でおきる。だって」
「6回ぐらい繰り返してるんやけど……、足りひんのかなぁ……?」
「あ〜、も一回、やってみよ!」
パチンとその の電源を入れなおすと、直前にしたセーブファイルを開く。
そして、吉澤の午後の予定を一週間分、すべて「ラジオ収録」に設定する。
画面が切り替わり、楽屋風景。
コメント部分に表示される、
“石川:「よっすぃー、ねえ、起きてよぉ。もうっ、保田さん呼んでるよ」”という文字。
真剣な加護の横顔を見て辻が思わず、
「ムズカシイよね。このゲーム」
と言い、ゲームのパッケージを手に取った。
“インフィニティ 〜リアル「モーニング娘。」シュミレーター〜”
それは、発売後またたくまにヒット商品となった携帯ゲーム機用のソフトだ。
モーニング娘。のメンバーのひとりとなり、その生活をシュミレートするという。
プレイバリエーションは、ほぼ無限大。
ただ、辻や加護の年齢には、まだ少しはやいのかもしれない。
「あかん、なんでやろ? もう一回っ」
―― パチンッ。
―― END
- 64 名前:『想いは電波をこえて…』 投稿日:2001年05月13日(日)17時47分40秒
- 人を愛することは素晴らしいことなの。
難しく考えることはないんだよ。
すごく簡単なことなんだよね。
だけど、その想いを相手に伝えることっていうのは、難しいことなんだよね。
あたしの想いは届かない。
超センチメンタルな気持ちだよ。
だけどいいんだ…
飯田でいいんだー!!
なんちゃって…
?!…
まぁ、それは置いといて…
(おかしいな超自信あったんだけど…ねぇ、今のかなりおもしろくな〜い?)
え〜っと、どこまで話したっけ…
そうそう、想いを伝えられなくても、今はいいやって思ったんだよね。
だっていつも側にいられるんだから。
ちょっと考えてみて?
地球上にはいっぱい人間がいるじゃん。
いろんな出会いがあるけどさ…
本当に『自分にはこの人だけだ!!』っていう相手とは、なかなか出会えないんだよね。
たぶんすごい確率だよね。
でも、あたしには見つかったんだよ。
それだけでも超ラッキーじゃん。
しかもいつも側にいられるの…
実の家族よりも長い時間を、一緒に過ごせるんだ。
だから今はいいよ。
十分幸せなんだから、あせることないじゃん。
その内なんとかなるよ。
ポジチブ!ポジチブ!
- 65 名前:『想いは電波をこえて…』 投稿日:2001年05月13日(日)17時49分24秒
- バカだね…
嘘だ…
なんとかなんてなりっこないよ。
そんなのポジチブでもなんでもない…
ただの現実逃避なんだよ。
あたしの想いは、届かせちゃいけないんだ。
だって…
あたしが『自分にはこの人だけだ!!』って思った相手は女の子なんだから…
人を愛することは、素晴らしいことだ。
あたしは、あの娘のおかげでいい意味ですごく自分を変えることが出来た。
みんなが、あたしは大人になったって言ってくれた。
あたしは、あの娘の前ではすごく頑張れるの…
あの娘のことを守るためなら、なんだって出来る!!
それって奇跡のエネルギーだよね。
でもあたしのは、間違ったエネルギーなんだ。
どこかで断ち切らなきゃいけない…
でもさ、毎日側にいてニコニコ笑いかけてくれるんだよ。
辛いこと、不安なことがあるとあたしに甘えてくるんだよ。
愛おしくて、愛おしくて仕方がないんだよ。
そんなこと出来っこない!
出来っこないよ!!
どんどん好きになっていくのに…
人を愛することって…
…難しい…
そんな悶々とした想いを抱えながら、あの娘と出会ってもうすぐ一年が経とうとしていた。
あたしとあの娘を取り巻く状況の変化が…あたしの気持ちに微妙な変化を与えた。
あの娘と会えない日が続いた…
あの娘は、別ユニットの応援で、レギュラー番組の収録に参加しないことが多くなった。
- 66 名前:『想いは電波をこえて…』 投稿日:2001年05月13日(日)17時50分26秒
- あるラジオ番組の収録中…
今日もあの娘は参加していない。
「梨華ちゃんと、矢口さんがいないと〜ちょっとさびしい…」
あたしが所属しているユニット『タンポポ』の最年少メンバー加護亜依が、
その黒目がちな瞳を伏せながら、収録中にそうポツリとつぶやいた。
いつも人の言うことを聞かなくて騒々しい加護のこの台詞は、
今のあたしの気持ちをへこませる。
あの娘があたしと同じ『タンポポ』に加入が決まった時、
あたしは飛び上がりたくなる程うれしかった。
うれしさで舞い上がって、テレビやラジオで思わず問題発言しちゃう程だった。
これで一緒にいられる時間が増える。
そう思ってたのに…
「うん…ちょっと寂しいね。
でもダメだよ加護記者、今日は二人で頑張らないといけないんだから!!」
この言葉は加護を励ますためではなく、
自分に言い聞かせるために言った言葉かもしれない…
不安そうな最年少の加護を励ますことより、
自分が平静を保とうとすることの方が、今のあたしには大事だった。
心に余裕がなくなっていた。
大袈裟かもしれないけれど、人間としてダメになっているような気がした。
心の大きな人間になりたい。
どんな小さなことでも感動出来るような、ホットな人間でいたい。
常々、あたしはそう思っている。
周りがどう思うかは分からないが、今までそう心掛けてきたつもりだ。
それなのに…
たった少しの間、あの娘に会えないだけなのに…
もう一つ、あたし達の周りで大事件が起こった。
- 67 名前:『想いは電波をこえて…』 投稿日:2001年05月13日(日)17時51分47秒
- 『モーニング娘。』リーダー中澤裕子卒業…
この人との出会いも、あたしの生き方に影響を強く与えた。
最初は怖かったんだけど、
他人以上に自分に厳しい裕ちゃんのカッコイイ生き方は、あたしの憧れになった。
ず〜っとあたし達のことを、側で見守っていてくれると思っていたのに…
裕ちゃんだけじゃない。
明日香、彩っぺ、紗耶香…
いつまでも一緒にいられると思っていたメンバー達…
そう、いつまでも一緒になんていられないんだ…
あたしも、辞めなくちゃならない時が来るかもしれない。
うぅん…ひょっとしたら、あの娘が辞める方が先かもしれない。
『モーニング娘。』解散だってあるだろうし、
どちらかが不慮の事故で、突然死んじゃうことだってあるかもしれない。
想いを伝えるとか伝えない以前に、
メンバーとして、あの娘と一緒にいることさえ出来なくなるんだ…
ははっ…笑っちゃうね。
いつもあの娘にネガチブになるなって言ってるくせに…
もう嫌だ!!こんなの…
こんなのあたしじゃないよ!!
なんとかしなくちゃ!!
なんとか…
でも…どうしたらいいの…
まだメンバーの集まっていない控え室。
テーブルに突っ伏して嗚咽を上げた。
『やっちゃえ!まず、やっちゃえ!』
突然の聞き覚えのある声に、思わず顔を上げた。
付けたままになっていたテレビ…
『モーニング娘。』のプロデューサー、つんくさんが出演している車のCMだった。
「なんだテレビか…そんな簡単に出来たら苦労しないよ…」
そうつぶやき、涙を拭いながらテレビを消した。
はぁ〜あ…
テーブルの上に頬杖をつくと、思わず口からため息がこぼれた…
- 68 名前:『想いは電波をこえて…』 投稿日:2001年05月13日(日)17時53分02秒
- 何をため息ついとんのや!!
えっ…!?
何か悩み事があるんか?
裕ちゃんに言うてみぃ。
え…でも…こんなこと裕ちゃんに相談出来ないよ…
何や!そんな相談しにくいことか?
えぇから言うてみぃ。
悩んどるんやろ!!
うん…実はさ…う〜ん、やっぱり言えないよ…
焦れったいっちゅうねん!!早よ言い!!
う…うん、実はさカオリ、石川のことが好きなんだよね…
石川ぁ〜?!ショッキーやな、もぉ〜
なんや…
それはその…
やっぱり友情とか、スキンシップを超えたレベルの好きってことか?
う…うん…
石川のこと愛してるっていうか…石川が欲しいんだよね…
やっぱり…変かな?
言い渋ってた割には、大胆発言やな…
う〜ん…まぁ正直、変やな。
一応、聞くんやけど…それでカオリはどうしたいんや?
諦めなきゃいけないと思ってたんだよ…
モラルとかっていうのもあるじゃん、一応。
だから、せめてずっと見守っていようって思ってたんだけど…
石川が側にいないと、全然いつものカオリでいられないの…
頭の中が石川のことで一杯で、他のことが目に入らなくなっちゃうんだよ。
すごく視野がせまくなってるんだ。
自分が自分じゃないみたいでさ…
石川が側にいなくなったらどうなっちゃうんだろ?
でも、告白なんてする訳にはいかないし…
石川のこと傷つけるだけだもんね…
ほ〜っ、御立派な考えやな…
モラル…?
石川を傷つけるから…?
女の子に告白するなんてリスキーやからなぁ。
本当は、自分が傷つくのが怖くて告白出来ないんやもんな…そうやろカオリ?
でも、このままウジウジしとってもしょうがないやろ!!
そうやでカオリ!!
まだ、行けるって思った奴だけが先へ行ける!!
やっちゃえ!まず、やっちゃえ!
思い切って告白したらえぇがな!!
そうだよ…そうだよね…
裕ちゃん、つんくさんありがとう!!
分かったよ…カオリ思い切って石川に告白してみる!!
- 69 名前:『想いは電波をこえて…』 投稿日:2001年05月13日(日)17時54分59秒
- その日の仕事が終わった後、
あたしは石川を『相談したいことがある』という名目で自宅へと誘った。
誘いに応じてくれるかどうか心配だったが、
石川も別ユニットの事で相談があるということで、素直に応じてくれた。
普段、外食やコンビニ弁当が多いという石川を気遣い手料理でもてなした。
とは言っても時間もなかったし、パスタなんだけどさ…
「飯田さん、これイケてますっ!」
チャーミーキャラで指をビッと突き出し、笑っている石川。
よかった…喜んでくれて…
普段なら、そんな石川とのやりとりだけで舞い上がっちゃうんだけど…
しかし、今日は一世一代の大イベントが控えている。
緊張感で食事もうまく喉を通らなかった。
食事の後片付けを終えた後、あたし達はベッドの上に腰かけて話をした。
石川の相談事は、テレビの歌番組の収録についてだった。
「飯田さん、貴さん怖くないですかねぇ?
りんねさんとあさみちゃんは初出演だから、
石川が頑張って喋らないといけないと思うんですけど…」
いろんな意味で石川らしいなと思った。
石川は、ちょっとばかし男の人を怖がる傾向がある。
得に、貴さんみたいにガーッとくるタイプは苦手中の苦手だろう。
まぁ、残念ながら男の人が怖いからといって、そっちのケがある訳でもないんだけど…
あたしが、吉澤とふざけてキスする真似をするだけでも、強烈な拒否反応を示すからね。
「大丈夫だよ石川…あぁ見えて貴さん優しいからさ。
それに、あんたはあくまで助っ人なんだから、あんまりでしゃばり過ぎないようにね」
当たり前のことしか言えなかったけど、石川はあたしの話を真剣に聞いてくれた。
そして…
「ところで、飯田さんの相談事って何ですかぁ?」
とうとうこの時が来てしまった。
- 70 名前:『想いは電波をこえて…』 投稿日:2001年05月13日(日)17時56分12秒
- いざこの時が来るとなかなか本題に入れず、
とりあえず新リーダーとしての悩み事を聞いてもらったんだけど…
「ダメじゃないですかぁ!飯田さんポジティブですよ!」
そうだよね石川…やっと決心がついたよ…
「あのさ石川…石川、ウサギ好きだよね?」
「えっ!?突然どうしたんですか?ウサちゃんは好きですけど…」
「そっか、じゃあ石川がウサギさんだとするじゃん…
そうしたらカオリはさ、飢えたオオカミさんなんだよね…分かる?」
「えっ!?全然意味が分かりません。どうしたんですか飯田さん?」
石川はあたしの言葉に困惑しているようだった。
さほど大きくない目をパチクリさせてあたしを見つめてる。
コリャだめだ…
「ちょっと待って石川…カオリ考えるから…」
どうしよう全然伝わらないよ。
石川ってにぶいのかな…?
どうしたらいい…裕ちゃん?
アホー!!もっとストレートに行かんかい!!
ハートでぶつからんと伝わるものも伝わらへんで!!
いきなり押し倒すぐらいの気迫で行かんかい!!
でも、そんなことしたら石川壊れちゃいそうだよ…
えぇがな!!えぇがな!!
やっちゃえ!まず、やっちゃえ!
そっか…そうだよね…
裕ちゃん、つんくさんありがとう!!
分かったよ…カオリ思い切って石川を押し倒してみる!!
「石川ーーーーっ!!」
「いやぁぁ〜〜〜〜っ!?飯田さんっ!!どうしたんですか?やめてくださぁ〜い!!」
石川をベッドに押し倒すと、石川は甲高い声で悲鳴を上げ抵抗の意を示した。
でもここで引き下がる訳にはいかない。
なんとかあたしの告白を聞いてもらわないと…
- 71 名前:『想いは電波をこえて…』 投稿日:2001年05月13日(日)17時57分14秒
- 「石川お願い!!ちょっとだけおとなしくカオリの話を聞いて!!」
石川はさらに抵抗を続けたが、非力な石川はあたしを振りほどくことが出来ず、
半ば諦めるような形でおとなしくなった。
そして怯えた顔で…
「何なんですかぁ飯田さん…?本当にもう離してください…」
「ゴメンね石川…でもちょっとだけカオリの話を聞いてよ。
カオリ石川のことがずっと前から好きだったの…
石川にカオリの彼女になって欲しい。
お願い石川!!カオリの一生のお願い!!」
「え〜〜〜っ!?何言ってんですか飯田さぁん。じょ…冗談ですよね?」
「カオリ本気だよ!!大丈夫だよ石川…
後はカオリに任せて、石川はおとなしくしてていいよ…」
「えっ!?いったい石川に何するつもりなんですか?
お願いですからやめてください!!
保田さんに言い付けますよぉ!!」
ん!?…そう言えばまだ圭ちゃんに確認とってなかった。
圭ちゃんは石川の教育係だったし、一応あいさつしといた方がいいよね。
圭ちゃん!!石川をカオリにくださいっ!!
カオリはまぁ背も高い方だし、優しいし、趣味は詩を書くことで…
とにかく石川のことを幸せにするんで…
お願い圭ちゃん!!カオリの一生のお願い!!
ん〜まぁいいんじゃない。
カオリがそこまで言うなら石川のことはカオリにまかせるよ。
幸せにしてあげてよ。
ありがとう圭ちゃん。
つんくさんもいいですよね?
えぇがな!!えぇがな!!
とにかくやっちゃえ!まず、やっちゃえ!
「石川…大丈夫だよ。圭ちゃんもつんくさんもいいってさ…」
「え〜〜〜っ!?何言ってんですか!!
おかしいですよ!!
ちょっと飯田さぁん戻ってきてくださ〜い!!
いやぁぁ〜っ!?」
ゴメンね石川…いっただっきまーーーーーす♪
- 72 名前:『想いは電波をこえて…』 投稿日:2001年05月13日(日)17時59分13秒
- ガチャッ
ノブを回して控え室のドアを開けた。
「おはようございまぁ〜す」
元気よくあいさつをしながら控え室の中へ…
その瞬間、部屋の中で大爆笑が起こった。
「どうしたんですかぁ?」
状況が飲み込めず、とりあえず一番爆笑している矢口さんに問いかけた。
「きゃははははっ…
あっ梨華ちゃん、おはよー
カオリの寝言がさーおもしろくってさー
何かさー梨華ちゃんに一生のお願いがあるらしいよー」
テーブルを見ると、飯田さんが突っ伏して曝睡していた。
いつもシャキッと構えている飯田さんにしては珍しい。
飯田さん…新リーダーになっていろいろ大変なんですね。
あたしは、いつも飯田さんに相談に乗ってもらうばっかりで…
でも、いつか飯田さんのことを支えてあげられるようになりたいです。
ふと、テレビに目を移すと、つんくさんが出演している車のCMが目に入った。
『まだ、行けるって思った奴だけが先へ行ける
やっちゃえ!まず、やっちゃえ!』
そんな勇気があたしにあったらなぁ…
「石川〜っ!!あと10回だからね〜っ!!」
突然の飯田さんの寝言。
控え室はまた大爆笑に包まれた。
『想いは電波をこえて…』 完
- 73 名前:ぬくもり 投稿日:2001年05月14日(月)03時27分00秒
4月の下旬。
ミュージカルへ向けて、毎日のようにリハが繰り返されていた。
「休憩でーす!」
スタッフの声がスタジオ内に間延びする。
「なっち。」
呼ばれた安倍は振り返る。黒いジャージ姿の飯田が立っていた。
「なに?」
「ちょっと、出ない?」
- 74 名前:ぬくもり 投稿日:2001年05月14日(月)03時27分41秒
リハスタジオを抜け出して、適当な場所を探し出す。
草むらに目をつけ、迷い込む。
安倍と飯田は背中合わせに草むらに座り、空を仰ぐ。
飯田は、意味もなく草をむしり、吹き飛ばした。
「なっち…」
「ん〜?」
「なんでもない…」
「んなわけないじゃん……、なにもないなら黙ってたでしょ。」
飯田は返事しなかった。
ずんと、安倍の背中に衝撃が走る。飯田の背だ。すぐに体温が伝わる。
「こんなにあったかかったんだ…」
ふと、安倍が呟く。
飯田には聞こえなかった。
安倍は、飯田と、互いに大人になりきれず仲違いばかりしていた頃を思い出して、つい涙ぐんでしまう。
そのまま、急に昔の事が頭を占有して、胸を締め付ける。
そして、つい最近の、中澤の脱退の事を思い出す。
- 75 名前:ぬくもり 投稿日:2001年05月14日(月)03時28分14秒
中澤とは、リハスタジオに戻れば、すぐに会える。
バカ騒ぎできる。
笑いあえる。
が、安倍の中では、「違う」のである。
中澤であって、中澤ではない。
そう思えば思うほど、言いようのない孤独感が募っていく
- 76 名前:ぬくもり 投稿日:2001年05月14日(月)03時29分19秒
孤独?
安倍は思い直す。
今、自分が背に感じているぬくもり。
これを否定はできない。できるわけがない。
飯田は、いつだってそばにいた。
近すぎて、大切さを忘れてた。ありきたりの誤りに安倍は恥ずかしくなる。
そう思った途端、じわりと、胸があつくなり、安倍を心から笑わせた。
久しぶりの、笑い。
- 77 名前:ぬくもり 投稿日:2001年05月14日(月)03時30分23秒
- 「……どしたの?」
安倍の笑い声に、飯田は驚いてしまう。目元を引きつらせ聞き返す。
安倍は飯田の顔を見つめ、さらに目元を細ませ、ひひひと笑う。
飯田は、呆れながら立ち上がった。
「もー、なんか話す気なくなっちゃったよ。」
飯田は綺麗な茶髪を掻きながら、安倍に背を向けて歩き出す。
昼の太陽が、茶髪を更に輝かせる。
安倍はぼーっと眺める。
「なっち、置いてくよ。」
「はーい。」
安倍は草むらを蹴って、駆け出した。
-完-
- 78 名前:〜いしよしボカンシリーズ〜いしよしマン 投稿日:2001年05月14日(月)20時47分18秒
- 〜いしよしボカンシリーズ〜いしよしマン
=
【主題歌:いしよしマンボ】
♪キミのハートを いしよし〜
♪いつかすっかり いしよし〜
♪毎日会いたい つき合いたい
♪山のてっぺん いしよし〜
♪なーんでもかーんでも いしよし いしよし いしよし
♪いしよしマンボで ウッ!
( `.∀´)<「あげないわよ!」
=
ここは、ニッセイ劇場前の広場である。
ミュージカルを見に来たモーヲタたちが、アンオフィシャルの生写真や下敷きを買い
あさっている。
その中でも、ひときわ、人だかりの出来ている場所があった。
「さあさあ、こんな品、どこにもあらへんで! 娘。たちが昨日入ったばかりのお風呂
の残り湯を詰めたペットボトルや!」
ずらり、と並んだペットボトルには『なっち』とか『ごっちん』とかマジックで書かれ
てある。少し濁った水が、中に入っている。
そして、手書きの段ボールの値札には『一本五万円』とある。
あからさまに怪しい。
「これ、本物かよ? 証拠はあるのか?」
客の一人がひやかしなのか、声をかけた。
「本物や、っちゅーねん。ほら」
威勢のいい売り子のねーちゃんは、サングラスをぐい、とずらした。
人だかりがざわめいた。
下から現れたのは、中澤裕子本人だったのだ!
- 79 名前:〜いしよしボカンシリーズ〜いしよしマン 投稿日:2001年05月14日(月)20時49分21秒
- 「昨日な、メンバーに風呂出たあと、お湯流さんように、言うといたんや。ウチが言う
からには、間違いないで。ほら、今日限定、千本限りの品や。すぐに売り切れるで!」
「うりきれるのれす」
小さな売り子の女の子も、口調をあわせる。
本当に、本人たちのエキスが溶け込んでいるのであれば、モーヲタたちにとって、五万円
は格安といえた。
「よし、加護の残り湯買った!」
「はい、五万円です!」
「保田の湯をくれ」
「あんた、マニアックやな」
一人が手をつけると、あとは、一気にわっ、と客たちが群がった。
「ありがとやんした、ありがとやんした」
そんな、万札とペットボトルが飛び交う狂乱の場を、こっそりとのぞき見する2人の姿が
あった。
吉澤と石川である。
「昨日の中澤さんの言葉、ヘンだと思ったのよ」
「五万円で、千本売るってことは、総売り上げ二億四千万円?」
(※解説しよう。五千万円である)
「ミニモニにも売り子させてるよ」
加護、辻、矢口にミカまでもが、不似合いなサングラスで変装し、売り子をやらされて
いるようだ。瞬く間に、商品は売れていった。
「ちょっと、あれ見て」
石川が、吉澤に注意を促す。
中澤が、携帯でなにか話をしていた。矢口に耳打ちし、その場から二人、こそこそと
離れていった。
「怪しいな」
吉澤がつぶやく。
「もしかして!」
「もしかすると!」
「もしかするわ!」
中澤と矢口を追い、こちらの二人も劇場の裏口へ入っていく。
- 80 名前:〜いしよしボカンシリーズ〜いしよしマン 投稿日:2001年05月14日(月)20時51分28秒
- 『今日の指令だべさ〜』
「ははーっ」
使われていない楽屋の一つに、中澤と矢口がいた。
テレビモニタには、金太郎のような髪型のシルエットの何者かが映っていた。
『永遠の若さを保つ、奇跡の水の情報が入ったべさ』
平伏していた中澤が、顔をあげる。うっとりとした表情で、
「永遠の若さ……なんて素晴らしいんや……」
「でもさあ、ナチロベエさまの情報って、いつも間違いばっかじゃんか」
『なんだべさ! なっちがウソついてるって云うだべか?』
シルエットが、がたん、と立ち上がって、画面に詰め寄る。
「こら、矢口! ナチロベエさまに向かって、なんてこと云うねん!」
中澤が、矢口を叱る。
(※解説しよう。ナチロベエとは、やぐちゅー団の大親分で、その正体は誰も知らないのだ)
『……まあいいべさ。奇跡の水は、2000年の5月21日に、発生した、と、古の書物に
あったべさ』
「え……その日、ってもしかして……」
矢口が、顔をあげる。
『そうだべさ。武道館の、市井紗耶香の涙。それこそが、永遠の若さを保つ、奇跡の水の
正体だったんだべさ。お前たちは、その時代に戻って、奇跡の水を回収してくるべさ』
「聞いた? よっすい」
「うん。聞いた。あいつらに、奇跡の水は渡さない」
廊下で立ち聞きしていた吉澤と石川は、中にいる二人に気付かれないよう、その場から
離れた。そして、エレベーターに向かった。ニッセイ劇場の地下には、秘密基地があるのだ!
- 81 名前:〜いしよしボカンシリーズ〜いしよしマン 投稿日:2001年05月14日(月)20時53分27秒
- 「ヤッスーキング、出動よ!」
赤い仮面に、専用のコスチュームに着替えた吉澤と石川は、真夏の光線の頃の保田を
モチーフにしたスフィンクス型の巨大保田ロボの両側に取りついた。
「時間は2000年の5月21日。場所は、日本武道館」
『分かったわ! 行くわよ!』
ヤッスーキングが叫ぶと、前方に時間の割れ目が生まれた。
(※解説しよう。そういう設定なのだ)
『♪ヤッスー、紗耶香、ヤッスー、紗耶香、ヤッスー紗耶香ヤッスー紗耶香ヤッスー
紗耶香ヤッスー紗耶香、わお〜わお〜』
ヤッスーキングの歌に乗せて、ロボと二人は、時間の割れ目へと飛び込んでいった。
◆◆◆
「ヲタから金を絞り取って作ったメカがこれよ!」
矢口が高らかに声を張りあげる。巨大なスフィンクス型のロボに、照明が当たる。
『あ、あの、先輩がたは、みんな優しくしてくれます……』(←泣きそう)
おどおどとした、気の弱そうな少女の巨大ロボである。
「ヤッスーキングの弱点を調べ上げて作った、零式紗耶香よ! 今度こそ、あの憎たらしい
いしよしマンたちをやっつけるんだから!」
『全然自信ないです』(←はにかむように)
(※解説せねばなるまい。正義の味方いしよしマンは、やぐちゅー団の悪行をことごとく
ジャマする、正体不明の宿敵なのだ!)
「よし、紗耶香、出動やで。今、あんた、笑ってたやろ?」
『あ……ごめんなさい……』(←泣きそう)
- 82 名前:〜いしよしボカンシリーズ〜いしよしマン 投稿日:2001年05月14日(月)20時57分24秒
- そして、舞台は、あの日の武道館である。
舞台には、ピンクの衣装にウサギ耳をつけた四人組が『♪だよ〜』とか歌っている。
「紗耶香は、今は楽屋やな。よし、今のウチに会いに行くで」
セクシーレオタード+マントの覆面中澤と、ヘソだし緑の作業着の仮面矢口は、勝手
知ったる武道館の通路を歩いていた。怪しすぎるいでたちだが、二人をとがめたりす
るスタッフはいなかった。ただ、
(中澤さんと矢口さん、あんなコスチュームで出るってリハでは云ってなかったよな……)
などと、いぶかしげに噂されていただけだ。
「紗耶香あ」
楽屋に一人でいた市井に、覆面をしたままの矢口が飛びついた。
「わあ、本物の紗耶香だよ。ねえ、やめないで、モーニング娘。をやめないでよ。私と
仲良くなった途端に、みんな、みんないなくなっちゃうんだから。私、ホントに淋しか
ったんだよお」
矢口は、ひさびさの再会で、わんわん泣き出した。
「ち、ちょっとやぐっちゃん、どうしたのよいきなり。その衣装はなに?」
「え……? オイラ、矢口じゃないよ。やぐちゅー団の者だよ」
ああ、はいはい、そうなんだ、と市井は矢口の頭を撫でた。
気持ちよさそうに、矢口は目を細めた。ごめんねー、もうすぐ、出番だからさ、と市井は
てきぱきとメイクや着替えを終え、楽屋を出ていった。
ぽつん、と、中澤と矢口は、二人、とり残された。
「なにしてるんや、矢口。今日、ここに来た目的忘れたんか?」
「じゅあ、なんて裕ちゃんも泣いてるのさ」
中澤も、頬を流れては落ちる涙を止められないでいた。
- 83 名前:〜いしよしボカンシリーズ〜いしよしマン 投稿日:2001年05月14日(月)20時59分38秒
- 「今日で、私は、モーニング娘。を脱退しますがあ」
舞台では、花束を両手一杯に抱えた市井が、最後の言葉を贈っていた。
他のメンバーたちは、舞台から降り、市井1人、ステージに立っていた。
武道館のあちこちから『紗耶香ぁ』という叫び声や、嗚咽の声が聞こえてくる。
「絶対、帰ってくるから、みんな待っててね!」
うわああああ、と、観客たちの叫び声は、武道館を揺るがした。
ぐすっ、と、市井は、鼻をすすった。
「今や! 紗耶香の涙いただきっ」
だだっ、と舞台にあがる、謎の覆面女二人。
観客たちは、まだこれから寸劇でも始まるのか? と、舞台に注目した。
「待てえーっ」
ひゅん、と。
どこからともなく、赤いけん玉の玉が飛び、覆面中澤の足下でだんっ、と跳ねた。
糸の切れた玉は、コロコロと転がった。
「こ、こら、危ないやんか! こんなん当たったら死ぬで!」
「いしよしマンがいる限り」
「この世に悪は栄えない!」
「あんたら、ウチの話聞いてないやろ?」
「いしよしマン一号、よっすぃだYO!」
「ちゃおー! いしよしマン二号、チャーミー石川です」
(※解説しよう。あくまで、やぐちゅー団の2人は、いしよしマンたちの正体には
気づいていないのである)
よっすぃは、直立不動でIを表現し、チャーミーは、両手を広げYの字を作る。
「I(いし)Y(よし)!」
「2人合わせて」
ここで、2人は両手をつなぎ、ぴた、とお互いの頬をくっつけた。
「ザ・主婦の味!」
ぱぱらっぱぱらっぱー、と効果音が流れる。
- 84 名前:〜いしよしボカンシリーズ〜いしよしマン 投稿日:2001年05月14日(月)21時02分46秒
- まだいしよしを知らない当時の観客たちは、しかし、なにかムズムズと胸騒ぎする甘酸っぱい
光景に、歓声をあげた。
(う、ウケてる……。でも、負けないぞ)
矢口が声を張り上げる。
「天が呼んだか、地が招いたか、悪のかたまり、やぐちゅー団!」
矢口も、両手を広げYを作る。中澤は、がば、と矢口に抱きつく。
(ちょ、ちょっと何するのよ裕ちゃん)
(やぐちゅー団の、ちゅーの方や。あいつらよりウケよう思たら、もうこれしかあらへん)
中澤は、ぐぐっ、と矢口にキスを迫る。
(やだ、やだよ。なんでこんな武道館で、キスを大公開しないといけないのよ。DVDに
なるのよこれ!)
2人は、もつれて、がたん、とコケた。2人そろって頭を打って、あたたた、とその場に
うずくまった。
「まあ、あの2人、なにしてるんでょう」
アニメ声で、うふふ、と笑ういしよしマン二号。
「う、うっさいチャーミー。こうなったら、メカ戦や!」
『初めまして。零式紗耶香といいます』(←おどおどと)
武道館の床が割れて、下から、巨大な四つん這いの市井ロボが現れた。
「けげっ、やめてよお。なんなのこの演出?」
すっかり主役の座を奪われた市井は、舞台の隅で照れて頭を抱えていた。
『さ、紗耶香じゃないの? どうして?』
続いて登場したヤッスーキングは、明らかに動揺していた。
零式紗耶香が、ゆっくりとヤッスーキングに近づく。
『ね。昔さ、まだモーニング娘。に馴染めなかった頃、2人で一緒のベッドで寝たよね?
裕ちゃんにキスされちゃった夜、1人で泣いてたら、圭ちゃんが(私が綺麗にしてあげる)
って、シャワー室に2人で……』(←オンナの顔で)
『そそそそそそんなことあったっけ?』
不思議なフェロモン攻撃に、ヤッスーキングはオーバーヒート寸前になった。
武道館も、前屈み系の興奮のるつぼと化した。
- 85 名前:〜いしよしボカンシリーズ〜いしよしマン 投稿日:2001年05月14日(月)21時09分23秒
- 「保田さん、正気に戻って!」
チャーミーが、電撃ムチを振るう。ビリビリと、ヤッスーキングはシビレながら
「効いた〜〜〜」と叫んだ。続いてよっすぃが投げつけたベーグル型メカの元に、
ヤッスーキングは器用にぱくり、と食らいついた。
『今日のハイライト!』
ヤッスーキングの口ががこん、と開き、中から、小型の夏まゆみロボが突き出された。
『こらぁっ、市井! お前は、向こうで見てろッ!』
迫力満点に怒鳴られ、零式紗耶香は震え上がった。
覆面中澤が、必死でフォローに入る。零式紗耶香をぱんぱん、と叩き、
「絶対出来るから。絶対出来るから」
しかし、一度テンションの落ちた零式紗耶香は、しょぼん、と俯き、泣き出す寸前に
なった。
「こうなったらしゃーない。紗耶香をさらって逃げるで」
『あ、はい』
零式紗耶香は、鼻をすすりながら、巨大な手で市井をつかみあげた。
市井は、突然、囚われの身となり、きゃあっ、と悲鳴をあげた。
『保田、お前さあ、ちゃんと練習してきたのか?』
ヤッスーキングは、夏まゆみロボに叱られていて、身動きがとれない。
「よし、今がチャンスや。撤収!」
動き出そうとした零式紗耶香の前を、立ちふさがるように少女が飛び出した。
「こらあ、危ないやんか。轢くで! 轢くって漢字は、くるまヘンに楽しいって
書くねんで!」
「市井ちゃんを連れていかないで!」
その少女は、先ほど、舞台で号泣する姿をさらした、後藤真希だった。
- 86 名前:〜いしよしボカンシリーズ〜いしよしマン 投稿日:2001年05月14日(月)21時11分25秒
- 「市井ちゃん、どこにも行かないで! 一緒にいられないなんてヤだよう」
恐怖心を押し殺しているのだろう、足をガタガタと震わせながら、それでも気丈に
後藤は叫んだ。
「うっ……」
中澤と矢口は、一瞬、気がそがれた。
零式紗耶香は、ごめん、ごめんね後藤。でも、私、やりたいことがあるんだ。きっと、
迎えに来るからね、とつぶやき、胸のボタンを押した。
「なんやなんや?」
ゴゴゴコ、と、なにかが起動し始めた。
「緊急脱出装置みたい。紗耶香、あなた、それでいいの?」
零式紗耶香の表情は、晴れ晴れとしていた。矢口に向かい、ニッコリと微笑んだ。
「ちゃう、ちゃうやんか。本物とロボとごっちゃになってる、っちゅーねん!」
市井を、巨大な手の戒めから解放する。
零式紗耶香は、ジェット噴射で飛び上がり、武道館の天井を突き破って空へと消えて
いった。
「やーなかんじぃぃ……(フェードアウト☆)」
市井と後藤は、舞台の上で、抱き合っていた。
観客席からは、暖かい拍手が惜しみなく2人に注がれていた。
いしよしマンの2人も、夏まゆみロボに怒られていて、動けないでいた。
◆◆◆
零式紗耶香が燃料切れで墜落したのは、千葉の山奥だった。
なんとか元の時間にだけは戻れたものの、早くニッセイ劇場に戻らないと、ミュージカルの
公演に間に合わない。
顔は煤だらけ、髪は爆発状態の中澤と矢口の2人は、必死で2人乗り自転車をこいでいた。
と、自転車のモニターに、シルエットが映った。
『また失敗したべ?』
矢口がひょい、と顔を出して、文句を云う。
「どう考えても、紗耶香の涙が奇跡の水な訳ないと思うんですけど」
- 87 名前:〜いしよしボカンシリーズ〜いしよしマン 投稿日:2001年05月14日(月)21時13分40秒
- 『まあ、確かにあの情報は間違いだったべさ。でも、それとこれとは別。おしおきだべ〜』
びかっ、とフラッシュが光る。
中澤と矢口の焼けこげてボロボロの服が、その光ですべてはがれ落ち、一瞬の間に、
水着姿になってしまった。
「な、なによこれ? ハズカシー!」
「なんでウチがこの歳になってビキニやねん!」
『その格好で、東京まで走って帰ってくるべさ。ヲタに写真でも撮られたら、いい恥さらし
だべさ』
「ナチロベエさまのいけず〜」
◆◆◆
「ねえ、よっすぃ。今日は、夏先生にこってり叱られちゃったね」
「うん。でも、市井さんの涙を守ることが出来て良かったよ」
2人で楽屋で話をしていると、憮然とした表情の中澤と矢口が戻ってきた。なぜか、
ドリフの爆発コントの後のような顔と髪だった。バスタオルをはおっていた。下は、
水着姿のようだ。
「どうしてそんな格好してるんですか? 今日のリハーサル、2人いなくて、とても
大変だったんですよ」
「うっさい、そんなん知らんわチャーミー」
中澤にギロリ、と睨まれて、石川はさっ、と目をそらした。
あれ? と一瞬、中澤は自分の台詞にデジャヴを覚えたが、気のせいか、と深く考えるの
をやめた。
「ほらほら、舞台が始まるで!」
中澤のかけ声で、メンバーたちは一斉に立ち上がった。
娘。たちの長い夜が、今日もまた、始まろうとしていた。
【ナレーション】
あの人はもう想い出だけど、
キミを遠くで見つめている。(byゴダイゴ)
今日も明日も明後日も、
清く正しく美しく、
頑張れ、いしよし、いしよしマン!
- 88 名前:〜いしよしボカンシリーズ〜いしよしマン 投稿日:2001年05月14日(月)21時14分43秒
- おわり
- 89 名前:Happy Night 投稿日:2001年05月15日(火)00時44分32秒
- あ、あの娘だ。
久しぶりだなぁ。
- 90 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月15日(火)00時45分03秒
- いつからだろう。
あの娘の姿を見るようになったのは。
スラっとしてて背が高くて、黒い髪が素敵で…
いつしか、あの娘の姿を見ると僕の心はドキドキというようになった。
- 91 名前:Happy Night 投稿日:2001年05月15日(火)00時45分46秒
- あの娘は仕事が忙しいみたいで、しばらく帰ってこなかったり、夜遅い時間に
帰ってきたりと、女の子なのに大変だなぁって思ってた。
- 92 名前:Happy 投稿日:2001年05月15日(火)00時46分18秒
- でも、あの娘は出かける時は必ず僕の前を通って行く。
そんな時、僕は心の中で、いってらっしゃいと言う。
- 93 名前:Happy Night 投稿日:2001年05月15日(火)00時47分03秒
- 僕がここへ来てから何度目かのお正月を迎えたとき。
彼女が髪を染めた。
しなやかな黒髪から、明るい茶色になった。
僕は最初誰だかわからなかった。
黒い髪のあの娘が大好きだったから少し残念だったけど、茶色い髪も
似合ってた。
ますます僕はあの娘のことが好きになっていた。
- 94 名前:Happy Night 投稿日:2001年05月15日(火)00時47分38秒
- こうして何年かが過ぎ、あの娘がとうとう結婚することになった。
結婚したらこの街からいなくなってしまう。
その事がいつまでもぐるぐると頭を巡っていた。
- 95 名前:Happy Night 投稿日:2001年05月15日(火)00時48分09秒
- あの娘が嫁ぐ日の朝、彼女が僕の所へやってきた。
そして微笑んで言った。
「いってきます」
- 96 名前:Happy Night 投稿日:2001年05月15日(火)00時49分17秒
- いってらっしゃい。
心からの祝福を送った。
僕はずっと、いつまでもここにいる。
- 97 名前:Happy Night 投稿日:2001年05月15日(火)00時49分52秒
- 〜おわり〜
- 98 名前:ヒラメもスルメも挑戦します 投稿日:2001年05月15日(火)21時48分08秒
- いつものように仕事を終えて、家に帰る。
疲れた体をひきずってシャワーを浴び、そのまま爆睡。
そして…
朝、違和感を感じて目覚めると、辺り一面が水だった。
(おおぅ!!みみみみず!!)
死ぬという恐怖感が急に現実になった気がしてパニックに陥った。
でも、どれくらいたっても息が苦しくない。
なんで?
- 99 名前:ヒラメもスルメも挑戦します 投稿日:2001年05月15日(火)21時50分23秒
- ??
あそこにいるのは…
ごなつよ!?
しばらくして、どうやらアタシは魚になってしまったらしいということを
確認した。
でもさぁ…なんでヒラメかなぁ??
- 100 名前:ヒラメもスルメも挑戦します 投稿日:2001年05月15日(火)21時51分29秒
- もうモーニング娘。には戻れないのかと思うと急に悲しくなった。
水の中だけどオイオイ泣いた。
そしたら、岩場の向こうから
「うっさいわ!!」
って怒鳴り声が聞こえた。
…気がする。
- 101 名前:ヒラメもスルメも挑戦します 投稿日:2001年05月15日(火)21時52分24秒
- 岩の影から滑るように中ぐらいのイカが現れた。
アタシに近付いて来ると、
「さっきからピーピーうっさいんじゃこのボケ!」
と怒鳴られた。
その怒り方が妙にあの人に似てたんで、思わず聞いていた。
「裕ちゃん?」
イカは驚いたようだった。
- 102 名前:ヒラメもスルメも挑戦します 投稿日:2001年05月15日(火)21時54分53秒
- 「アタシの名前を知ってるんか!?誰や!」
「後藤だよー」
「おお!ごっちんか、ここで会うたが百年目…ちゃうわ、地獄に仏や。
さびしかったでぇ……んで、ごっちんはどうしたんや?」
「どうしたって、アタシが聞きたいよぉ」
- 103 名前:ヒラメもスルメも挑戦します 投稿日:2001年05月15日(火)21時55分54秒
- 色々話をすると、裕ちゃんもやっぱり朝起きたらイカになっていたそうだ。
となれば、よっすぃーと辻ちゃんもいるかなと思ったけど、やっぱりいなかった。
でも、裕ちゃんがいてくれただけで、心強いよ。
その後の何ヶ月か、イカの裕ちゃんやごなつよ達と一緒に水槽で暮らした。
慣れれば、なかなか快適な暮らしだった。
特にのんびりしたアタシの性に合ってたみたいだ。
お客さんに見られる事にはかわりないし。
裕ちゃんは嫌がってたけど。
- 104 名前:ヒラメもスルメも挑戦します 投稿日:2001年05月15日(火)21時57分10秒
- ある日、モーたいの収録で再びよっすぃーと辻ちゃんがこの水族館にやってきた。
前の晩、スタッフの人が綺麗に掃除して収録に備えていた。
そのスタッフの人たちが帰ったとき、イカ裕ちゃんが水槽を飛び出した。
そして、壁の至るところに
なかざわ&ごとー
とスミを吹いて書きまくってた。
アタシも手伝いたかったけれど、ヒラメじゃなにもできないので、寝てた。
- 105 名前:ヒラメもスルメも挑戦します 投稿日:2001年05月15日(火)21時58分01秒
- 翌朝、スタッフが裕ちゃんからのメッセージを見つけて早々に消してしまったのには
がっかりしたけど、よっすぃーと辻の姿が見えてからは、裕ちゃんが2人の前でスミを
吹きまくったり、アタシもヒラメの体で恋レボの振りをしたりとがんばった(本当に)。
必死の行動のかいあって、よっすぃーにはわかってもらえて(よっすぃーえらい!)、
一緒に東京へ帰ることになったんだけど。
- 106 名前:ヒラメもスルメも挑戦します 投稿日:2001年05月15日(火)21時58分35秒
- さすがにイカとヒラメじゃどうしようもなくて、モーニング娘。は失踪ということに
して脱退扱いになった。
裕ちゃんはもう娘。じゃなかったけれど、まぁ同じことだった。
「ほんなら行ってくるわ」
「いってらっしゃーい」
「頑張って働いてくるんやでー」
今は、なぜかみっちゃんの家で2人(?)ともゆらゆらしてる。
こんな生活も、悪くないよね。
- 107 名前:ヒラメもスルメも挑戦します 投稿日:2001年05月15日(火)21時59分06秒
おわり
- 108 名前:絆 投稿日:2001年05月16日(水)02時24分19秒
- ある時、紗耶香はこう言った。
「圭ちゃん。私、心がなくなってしまえばいいと思って」
その言葉が、私の心を締め付けた。
紗耶香の心中をはかることができず、なにが紗耶香にそう思わせる
のかもわからなかった。
誰にも頼らず、ひたすら何かを求め続けている紗耶香を見ると、ど
うしようもなく自分がふがいなくて、なさけなくて、ひとりになっ
て髪を掻きむしった。
私ではダメなのだ。
私は何もしてやれないのだ。
そう思うと、心は乱れ、苦しくてならなかった。
- 109 名前:絆 投稿日:2001年05月16日(水)02時26分10秒
- 今思えば、脱退を決める前の紗耶香は、少し態度がおかしかった。
ひどく気分が高揚した様子で、はしゃいだかと思えば、今度はひ
どく沈んでいたりしていた。
紗耶香の中で何かが壊れたり、再生されたりしているようだった。
私はそんな紗耶香の態度に振り回されて困りながらも、肝心なこ
とには全く気がつかずに、ただ紗耶香と一緒にいられることが嬉
しかった。
紗耶香に娘。をやめると言われたとき、私は悲しみよりも、自己嫌悪
に陥っていた。
思えば、今の自分というものは、紗耶香という存在の上で形成された
ものだったといっても過言ではない。
紗耶香がいなければ、今の自分というものはできあがらなかったのだ。
紗耶香のために大人びた顔をつくり、紗耶香のために性格も変えた。
すべて紗耶香のためだったが、紗耶香が求めていたものは私ではなか
った。
自分のしてきたことは、いったいなんだったのだろうと思う。
- 110 名前:絆 投稿日:2001年05月16日(水)02時27分28秒
- 紗耶香の顔を見ると、無性にイライラして、自分の気持ちを吐き出し
てしまいたくなった。
それを押さえ、私は紗耶香から逃げていた。
紗耶香にどう接していいかわからなくなり、無視したりもした。
そんな自分がひどく小さな人間のように思え、たまらなく自分が嫌に
なった。
私の気持ちも知らず、紗耶香は笑った。
本当によく笑うようになった。
以前は決して見せなかった顔を、おしみなくその細い面に表すように
なった。
ずっと紗耶香を苦しめていたなにかが、脱退を決意したことによって
取り除かれたことは明らかだった。
それは喜ぶべき事だったのだろうか。
私は、ただ一人気持ちを乱して、元の紗耶香に戻って欲しいと思って
いた。
- 111 名前:絆 投稿日:2001年05月16日(水)02時28分57秒
- そんなある日、私の後ろから紗耶香が駆けてきて、私の腕を取った。
何も言わず、私の顔をのぞき込んで、ニコリと笑った。
私が彼女を避けているのを知って、そして、私の気持ちが整理されるの
を待っていたらしかった。
ニコリ、と笑うその顔で、
まだ?
と私に尋ねていた。
この胸の痛みを紗耶香は知らない。
いっそ、ぶつけてしまおうかとも思ったが、できなかった。
私はその時、どんな顔をしていただろう。
それから、じっと私の目を見据えてきた。
その目は私に何かを訴えていた。
私は、なんとか笑みを返そうとしていた。
うまくゆかず、妙な顔つきになっていることが自分でもわかった。
紗耶香はじっと私の顔を見つめていた。
彼女は、もうひとりになっても、自分の力で踏みとどまることができるの
だろう。
紗耶香の瞳から、そう思わせるなにかが私に伝わってきた。
もう私の役目は終わったのだな、と思った。
圭ちゃん、と紗耶香が私の名を呼んだ。
そして、
ありがとう―と。
- 112 名前:絆 投稿日:2001年05月16日(水)02時30分49秒
- まっすぐに私を見、確かに気持ちの通じる声で、そう告げた。
紗耶香はもう一度微笑んで、取った腕をはなし、駆け去って行った。
その後ろ姿に、娘。に入ったばかりの頃の紗耶香の姿が重なった。
行ってしまうのだ、紗耶香は。
「知っていたよ、紗耶香…」
はかなげで、今にも消え入ってしまいそうな紗耶香はもういない。
悲しみがわいたが、それが別のものに変わっていくのを感じた。
紗耶香が走っている。
ここにはもういない。
自分の足でここからぬけだして、行きたいところへ行こうとしている。
不思議と気持ちが静かだった。
紗耶香の肩を、ポンと叩き、行ってもいいのだ、と告げたくなった。
そして、私もいつまでも悲しんでいる必要はないのだと感じた。
その日、仕事の帰りに、紗耶香を食事に誘った。
それからしばらくして私は気づくのだ。
紗耶香と私の絆というものは、別々の道を歩いたからといって壊れてし
まうようなものではないということを。
これから私達がどこへ行こうとも。
END
- 113 名前:ザリザリする壁の前で 投稿日:2001年05月16日(水)21時39分39秒
- 固体のような空気が肺の奥の奥からせせり出る。ゴツゴツとした空気のカドが、咽喉をしこたまに痛めつけやがる。空調機の放出する熱風が容赦なく頬に吹きつけ、汗がサランラップのように身体を包み込んだ。脳が蒸発しちまいそうに熱い。
襟口を捕まれると鼻頭に三発食らって、俺の身体はザリザリとする壁の表面を滑り落ちた。シャツがめくれあがって、背中が擦り傷でじゃりじゃりになる。天も地も渾沌と入り混じってなにがなんだか分からぬ間に、アスファルトの地面にしたたかに身体を殴り飛ばされる。思わず咳き込むと肋骨のあたりに鋭い痛みを感じた。ハハッ、折れてら。手のひらを見ると血の入り混じった痰が、小汚くへばりついていた。
拭い去ろうと地面にこすりつけた手を、フレームサイズ430のタイヤが轢いた。ダウンヒル用のゴツゴツとした硬いリムに、俺の華奢な指は乾いた音をたててポキリと折れた。最悪だ。
「ごめん、大丈夫?」
27段シフトの素敵なバイクは、素晴らしくよく効くディスクブレーキの冴えを見せびらかすように鮮やかに後輪を滑らせて止まった。俺はみじめったらしく地面に這いつくばったまま、恨みがましく自転車を見る。
「お前の目は節穴か」
「よく見えなくて。鳥目なんだ」
言い訳するように彼女(中学生か高校生ぐらいだ)はライトを俺のほうに向けた。無神経な白い光は、俺の視界を容易く奪う。自転車用の細い電灯だ。発電式の不恰好なやつとは光源の強さが段違いだ。視神経がチカチカして涙が出た。視界に黒い影が残る。
- 114 名前:ザリザリする壁の前で 投稿日:2001年05月16日(水)21時40分29秒
- 血塗れの俺の姿を見て、少女は怯んだように後じさった。仕立ては悪いが朝にはまっさらでパリッと糊が効いていた白いシャツは、埃と汗と血で汚れ、ところどころ破れている。いや、俺の顔のど真ん中で潰れてる鼻のほうがインパクトあるかもしれない。さっきから血が咽喉に逆流してきて、まともに息もできやしない。
「どうしたのさ、その格好」
少女の言葉に、俺は肩を竦めてみせた。
「ちょっといま、自転車に跳ねられただけさ」
なんてハードボイルドを気取ってる場合じゃなかった。このくそショボいスポットライトは、街燈の壊れたこの路地では目立つことこの上なかった。背後の闇のなかに複数の気配を感じて、俺はすばやく彼女の自転車のハンドルを奪った。俺とハンドルに挟まれた格好になった少女は戸惑ったように俺を見た。
「足を邪魔にならないところに置いて、座れ」
「え、なんで?」
「漕ぐのは俺がやるから、お前はしっかり前を見てろ! 俺と同じご面相になりたくないんだったら命掛けで見えるものを言えよ!」
「言ってること、意味わかんないんだけ、ど!」
無理矢理ペダルを踏み込んだ。彼女の身体をサドルで受けとめる。グッと背後に強い負荷を感じたが、構うもんか。俺はむちゃくちゃな勢いで文字通りめくら滅法に自転車を走らせた。何かをひきずっているような感じがあったが左右に大きくケツを振らせると軽くなった。
「うっ、うわあああ、右、右に壁が! ああああ、左、左に溝!」
要領を得ない指示が、悲鳴のように続いた。
俺? もちろん指示には素直に従ったさ。なにしろ殆ど目が見えなかったからね。
- 115 名前:ザリザリする壁の前で 投稿日:2001年05月16日(水)21時41分06秒
- 「そこ右ね。右にまがって。道狭いから気をつけて」
しばらく走らせると、二人羽織的な自転車操縦にも慣れてくるのか、彼女は大胆にも目的地に向かって自転車を走らせるように指示を出した。その頃には俺の視力もほぼ完全に回復していた。彼女はMBSの裏手で自転車を降りた。
「ここ。ここでいいや。降ろしてよ」
「へいへい。これ、どこ置いとく? 自転車」
「元ンとこ返しといて」
「あ?」
「中津の駅前んとこ。パチンコ屋の前。ミネフジコのハタの下んとこでいいから」
ようやく俺は理解した。なんてこった! 彼女は自転車泥棒だったのだ。
「アホか! 自分で返しに行け! 今すぐ!!」
「だぁっもお、そんなんやってる時間ないから借りたんだっつーの!」
「無断でな」
「仕方ないじゃない。断ってるヒマなかったんだしさ。緊急避難ってやつよ。超法規的措置」
「緊急う? おめーみてーなガキが何が緊急だよ。つーか緊急避難って意味わかって使ってんのかよ、中坊」
「中坊じゃないって。見たことないアタシ?」
少女は胸をそらすようにして俺を見た。
「こんな深夜まで遊び歩く中学生に知り合いはないな」
「アタシだって深夜にボコられてるオッサンに知り合いはいないわよ。そうじゃなくって、知り合いとかそんなんじゃなくて、もっとこう、華やかなとこに記憶されてないかなあ、この顔」
- 116 名前:ザリザリする壁の前で 投稿日:2001年05月16日(水)21時41分53秒
- 俺はしばらく彼女の顔を眺めた。遮光器土偶をタテに伸ばしたような体型をしている。ありていに言うと下半身デブだ。胴が長く足が短い。体型は惨憺たる有様だが、顔のほうは整っていると言っても差し支えはないだろう。しかし急激に太ったのか、頬が少しダブつきはじめている。俺はようやくここがMBSだってことを思い出した。TV局だ。
「芸能人?」
「うん、そう」
彼女はニッコリと微笑んだ。一般人に芸能人と判ぜられて嬉しいってことは、余程売れてないんだろう。同情して俺は話を合わせた。
「ああ、すごいね。TVで見たことあるよ」
「でしょ? でしょ?」
「歌とか?」
「最近よくかかってるからね。昨日もニュース番組で使われていて」
「3人ぐらいのグループで歌ってる?」
「そうそうそう。普段はもっと多いときもあるんだけど、3人のときも多いかな」
「ええと、、、後ろ髪ひかれ隊?」
「違います」
がっかりしたように彼女は肩を落とした。それから腕時計に目を落として伸びかけたショートカットの髪をかきまわした。
「ああもう、ホント時間ない・・・」
呟いて走り出した彼女の背後に、大声で叫んだ。
「自転車さあ、あそこ、あのザリザリする壁の前に置いておくから。元の場所にはお前返しておけよ!」
振り返った彼女は、大きく舌を突き出して応えた。そして二度と振りかえらなかった。
- 117 名前:ザリザリする壁の前で 投稿日:2001年05月16日(水)21時42分31秒
- 自転車を走らせる。サスペンションがよく効いていて乗り心地がすこぶる良い。手放すのが惜しく、未練がましく梅田の街をぐるぐると走らせていた俺の前に、巨大な看板が洗われた。レザーっぽい茶系の服を着こなした7人の女性のなかに彼女がいた。
ああホントに芸能人だったんだなと思った。
幾日か過ぎて、その看板と同じパッケージのCDを買った。グループの名前がモーニング娘。ということを今更のように知った。彼女はプッチモニというグループに所属している。いや、していた。
それからすぐに、彼女は脱退を宣言した。まるで消しゴムで綺麗サッパリ消して最初から書き直したかのように彼女がいた痕跡は綺麗サッパリ消えてしまった。始めから彼女など、どこにも存在しなかったかのように。
ザリザリする壁の前に彼女が来た形跡はない。
[EOF]
- 118 名前:15番 投稿日:2001年05月17日(木)20時50分59秒
- 矢口が気になる。どうしようもなく。何なんやろう?この気持ちは?
自分の気持ちに従って、私は今日、矢口を・・・・・・
- 119 名前:LoveLove大作戦! 投稿日:2001年05月17日(木)20時51分51秒
- 私の名前は平家みちよ。誰もが認めるスーパーセクシーナイスバディーシンガー。
・・・・すいません、嘘つきました。見栄張りすぎました。
私はある楽屋の前に立っている。『モーニング娘。様』と書かれた紙が貼ってある。
この中には可愛い系からダンディー系、はたまたロリロリ系まで、ありとあらゆるジャンルの子が揃っている。
しかし私はその中のひとりにしか興味がない。今日はそいつと二人っきりになる事が目標。
が、気をつけなければならない人物が居る。
その名も
『中澤裕子』
私の天敵。私の心を読み、それをぶち壊す事が趣味という何ともひどい女だ。
しかぁし!奴の目をかいくぐり私は今日矢口を・・・ふ、ふふふふふふ・・・
「何ぶつぶつ言ってんねん?ドアの前で。変態か、あんた?」
「うぉあ!な、ななな、何やねん!急にでてくんなや!」
「何やその言い方は、コラァ!入るんやったらさっさと中入りや!」
「へいへい、わかりましたよぉ〜だ。」
ふふふ、今のところは従っておいてやるか。
べ、別に怖いわけやないで。あんなん、いつでもどーでもできんねんから。このみっちゃんにかかれば。
と、ゆー事にしといてくれ・・・
- 120 名前:LoveLove大作戦! 投稿日:2001年05月17日(木)20時52分30秒
- うむ、やはりモーニング娘。は可愛いなぁ。
よだれがでるわい、ジュルル・・
「ちょっとみっちゃん、よだれでてるけど・・・」
「うぉう!みっちゃんとした事が、失敬失敬。」
どうやら興奮しすぎたようやな。まあ弘法も筆におぼれるっちゅーヤツやな。
ん?何か違う気がするけど、まぁえっか。
「何か今日のみっちゃんおかしいね・・?」
「うん、なんだか獣(じゅう)って感じ?」
おいおい矢口に後藤、聞こえとるわ!再度、ターゲット確認。キラーン。
「い、今目が光ったよ・・・ね?」
む、よくみたらごっちんも可愛い。ピカーン。
「おいおいまた光ったよ。」
- 121 名前:LoveLove大作戦! 投稿日:2001年05月17日(木)20時53分18秒
- 「平家さん、お願いしま〜す。」
ちっ!何だよてめぇ、今からって時に邪魔すんじゃねえよ!ボケ!
「は〜い、よろしくお願いしま〜す!」
心の中で毒舌を吐き、実際の口からは可愛い声を出す。ふ、プロの技やな。
・・・・・こんな技なんかいるかい。一人ツッコミをして、私は収録に臨んだ。
- 122 名前:LoveLove大作戦! 投稿日:2001年05月17日(木)20時53分53秒
- 収録も終わった。これからは狩りの時間だ。入りの時同様、楽屋のドアの前でニヤつく。
「矢口とLoveLove大作戦!」の順序はこうだ。
1、楽屋に入り、矢口と雑談トーク。(この時に、矢口を誘い出す口実をみつける)
2、矢口に一緒に帰ろうと誘う。(あくまでも自然に)
3、二人っきりで食事。(矢口の相談に乗る→信頼度アップ!)
4、間違ったフリをして、酒を飲ませる。(デロンデロンにならないように、かつほろ酔いにさせるように)
5、我が家にテイクアウト!
6、ウフフフフフフフフフ
どうや!完璧な作戦やろ?我ながら感心するわ、我がプランに。ワハハハハハ・・・
- 123 名前:LoveLove大作戦! 投稿日:2001年05月17日(木)20時55分08秒
- 「何笑ってんねん?こんなとこで。やっぱ、変態・・・・?」
「誰がや!」
「あんた。」
「いや、そんな冷静に言われても・・・」
「どーせ『フフフ、どいつから襲おっかな?』とか思っとたんやろ?」
「ん、んな事あらへんよ、ウェへへへへへ・・・」
「不気味な笑いの上に顔がひきつってんで?」
「き、気のせいや!」
「まあ、ええけどな。ただしや、矢口に手ぇ出したら・・・・うち、ヤバイで。何するかわからへんで?」
・・・・・・・目がマジや。何でや?まさか、こいつも矢口を狙ってる?ちっ!ライバルか?手強いな・・・
「脂汗流れてんで?」
「た、唯の汗や?」
「何で疑問系やねん?」
「知るか!」
「見れば見るほど、聞けば聞くほど怪しいな。」
「き、気のせいやって。はよ入ろ!」
「あんたがおったから入られへんかったんや・・・」
ここまできたら後にはひけへん!姐さんには負けへん!矢口をゲットするんや!
- 124 名前:LoveLove大作戦! 投稿日:2001年05月17日(木)20時55分52秒
- 目標発見。突撃・・・・・しようと思った瞬間。
「やぐちぃ〜〜!」
「ゆうこぉ〜〜!」
ブチュ。って、おいコラ。
「おっさ〜ん!何してんねん、コラァ!」
「ん?キスや。」
「だぁかぁらぁ、そんなん見たらわかるわ!」
「あれれ?知らなかったの?みっちゃん。」
え・・・・?な、何をでしょうか、飯田さん。
「矢口と裕ちゃんってLoveLoveなんだよ?」
ん・・・?LoveLove?ラブラブ?って事は・・・どゆ事だ?
つまり矢口は姐さんとデキてるわけで、私の苦労は・・・・無駄?
もしかしてあの姐さんのイヤラシイ目は私の気持ちわかってた?
おいおい、相当な野郎やな・・・・どこまでいじめっ子やねん・・・
- 125 名前:LoveLove大作戦! 投稿日:2001年05月17日(木)20時56分51秒
- 「そ、そんな・・・・そんな・・・う、嘘やぁぁぁ〜!」
私は逃げ出した。
「あれって・・・もしかしてみっちゃん、裕ちゃんの事好きだったんじゃ・・・?」
私は飛び込んだ。
「んなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁ!」
再び私は逃げ出した。
走りながら私は、どこまでも虚しい私の涙を全て集めてビンに詰め、中澤裕子宛てに送ろうと思った。
おしまい
- 126 名前:梨華ちゃんとよっすぃー 投稿日:2001年05月17日(木)21時26分53秒
- この話はある日の2人の少女の物語である
- 127 名前:梨華ちゃんとよっすぃー 投稿日:2001年05月17日(木)21時27分25秒
- う〜ん、眩しいってば、止めてよ、あいぼ〜ん。
なんであたしにそんなにイジワルするの〜? 確かに最近あたしの人気上がってるかましれないけど、
それだからって、あたしのカワイさを妬まないで〜。
えっ? ・・・さすがにちょっとそれはあたしのキャラじゃないって・・・、
えっ、イヤァァ〜〜〜〜〜!
- 128 名前:梨華ちゃんとよっすぃー 投稿日:2001年05月17日(木)21時27分55秒
- 太陽の光線があたしのまぶたをこじ開ける。
真っ先に視界に飛び込んできたのは、真っ青な青空と、その中心で眩いばかりの光を降り注ぐ太陽。
そして、心地よい春の風があたしの中をすり抜けてく。
いつもと変わらない春の午後、ただ1つだけ違うのは・・・、
軽く握られたあたしの右手、その先を追っていくと微かに寝息をたてる優しい寝顔。
最近いれたメッシュの髪が風におよいでいる。
・・・よっすぃーといることぐらいかな。
ミュージカルのリハーサルのお昼休みを利用して、スタジオの近くの公園に来たあたしとよっすぃー。
最初は日陰になってたベンチに2人で座ってお喋りしてたんだけど、
春の陽気があまりにも気持ちいいから、お昼寝しようってことになった。
ホントはもっとお喋りしたいんだけど、ココは我慢我慢。
よっすぃーといるだけで、よっすぃーの体温を感じれるだけであたしは幸せなんだから。
光を全反射するかのような真っ白い肌と整った横顔。
相変わらずカワイイなぁ・・・。
初めて会った時と結構印象は変わったけど、その想いだけは変わらないんだよね。
- 129 名前:梨華ちゃんとよっすぃー 投稿日:2001年05月17日(木)21時28分40秒
- 2000年の始め、モーニング娘。第3次追加オーディションの第2次審査で初めて会ったんだっけ。
初めてよっすぃーを見たときの印象は、
(うわー、大人っぽい、ていうかカッコイイ〜)
その時のよっすぃーの服装は、なんかモデルが着てるような服ですっごいカッコよくてそれでいてカワイかった。
始めはよっすぃーのそういうところに憧れてたの、あたし。
だって、一方のあたしは全身ピンク・・・。
今でもピンクは好きだけど、今思えばあれはないよね・・・。
あの時よっすぃーがまだ14だって聞いて、自分が恥ずかしくなったもん。
・・・あの時からもう1年以上経ってるんだよね。
すっごい早かったな、モーニング娘。に入って・・・、
よっすぃーに会って・・・。
モーニング娘。入ることになって、必然とよっすぃーと話すことも多くなった。
よっすぃーは楽しくて優しくて、
最初に胸に抱いてた憧れの想いは、だんだんよっすぃーを好きな気持ちに変わっていったの。
- 130 名前:梨華ちゃんとよっすぃー 投稿日:2001年05月17日(木)21時29分17秒
- 「ひとみちゃんのことが好きなの。ホントにホントに大好きなの。もう抑えられないの」
この気持ちを抑えられなくなったあたしは、よっすぃーがあたしの家に泊まりに来た時、想いの全てをぶつけた。
すごい散らかったあたしの部屋で・・・、今思うとムードもなにもなかったね、もうちょっと片付けとくんだったな。
あの頃はまだ「ひとみちゃん」って呼んでたっけ。
始めは驚いた顔をしてたよっすぃー、あたしはその顔を見て、返事を聞くのが恐くなって下を向いてしまった。
そのまま2人の間には少しの時間が流れた。
息の詰まる様な長い時間にも、一瞬に凝縮された短い時間にも感じた。
(・・・断られるんだ)
頭の中にはそんなことしか浮かんでこなくて、あたしの今にも泣きそうになってた。
断られても絶対に泣かないって決めてたはずなのにね。
その時、あたしは暖かい感触に包まれた。
よっすぃーの腕の中で、耐え切れなくなったあたしの瞳からは涙が溢れてきて、
あたしを優しく抱きしめるよっすぃーは
「あたしも梨華ちゃんのことずっと好きだった。ハンパじゃなく嬉しい。今ね、心臓がすごくドキドキしてる」
その言葉を聞いたら涙がもっと流れてきて、よっすぃーの胸で大泣きしちゃったね。
その時、初めてキスをしたの。今でも覚えてるあの唇の感触。一生の宝物だよ。
よっすぃーの暖かさに包まれて、あたしは少し昔を思い出してた。
- 131 名前:梨華ちゃんとよっすぃー 投稿日:2001年05月17日(木)21時30分00秒
- あ、そうだ。このままじゃ日焼けしちゃうよね。少し日陰に移動しなきゃ。
そうそう、よっすぃーも起こさなくちゃ。
・・・でも普通に起こしちゃつまんないから、すこしイジワルしちゃおーかな。
一緒に持ってきた。小さなバッグから折りたたみ式の鏡を取り出す。
太陽の光をうまく反射させて、その光をよっすぃーのまぶたに移動させる。
題して、『チャーミービーム』くらえ!よっすぃー!
「う・・・う〜ん」
光が当たってそこだけ眩しく光っているよっすぃーの瞳が開いてく。
愛くるしい人の眼。キラキラ光ってお姫様みたい。
「う〜ん、梨華ちゃん、眩しいよ」
その瞳に見とれててよっすぃーの迷惑も考えてなかった。いくらなんでも眩しいよね。
「ゴメン、よっすぃー、あまりにもキレイなよっすぃーの円らな瞳に見とれてて・・・」
「な・・・何言ってんのよ・・・」
見る見るうちに赤く染まっていくよっすぃーのほっぺた、見た目は大人でも中身はまだ初々しい16歳だもんね。
「カワイイー! よっすぃー大好き!」
「わっ、ちょっ! 梨華ちゃん」
あたしの腕の中でしどろもどろになってるよっすぃー、何でそんなにカワイイの?
- 132 名前:梨華ちゃんとよっすぃー 投稿日:2001年05月17日(木)21時30分53秒
- 「ねぇ、チューしようか?」
「えっ?」
「だから・・・チューしたいな〜って、よっすぃー嫌?」
上目使いで訴える。こうするとよっすぃーは断れないんだよねぇ・・・。
「・・・じゃあ目つぶってよ。梨華ちゃん」
「うん!」
ゆっくり瞳を閉じて、よっすぃーの唇を待つ。
目を閉じてても少しずつよっすぃーが近づいてくるのが手に取るようにわかる。
20センチ、15センチ、10センチ、5センチ、4、3、2・・・
ピピピピピピピピピ・・・
へっ?
けたたましいアラーム音があたしのポケットから鳴り響いた。
あぁ、そういえば、寝過ごしちゃ悪いから携帯のアラーム、セットしてたんだっけ。
「あっ! もう昼休み終わっちゃうよ。早く戻ろうよ」
救われたとばかりに話を変えてスタジオに戻ろうとするよっすぃー。そんなにあたしとのキスが嫌なの?
「よっすぃー・・・・・・」
「へ?・・・・・・」
今のあたしができる1番色っぽい表情、こういうのって、ゆ・・・誘惑っていうのかな。
と、とにかく、今、あたしの目はキラキラ光っているはず・・・。
- 133 名前:梨華ちゃんとよっすぃー 投稿日:2001年05月17日(木)21時32分01秒
- 「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
2人の間に沈黙が流れる。
・・・あの、この表情、結構疲れるんですけど・・・。
「・・・・・・は、早く戻ろ」
そう言って、あたしの手を掴んで歩き出すよっすぃー。
あー、迷ったあげく、結局そっちを取るワケなの、アンタって人はー。
あたしはその手を振りほどき、よっすぃーを追い抜いて先を歩く。
その瞬間、両肩にほんの少しの重さを感じたあと、世界が180度回転して、視界いっぱいにあの優しい顔が広がって
唇がゆっくりと縁どられた。
- 134 名前:梨華ちゃんとよっすぃー 投稿日:2001年05月17日(木)21時33分16秒
- !?
「いただきー」
固まってるあたしをよそに、よっすぃーはスタジオに向かって走り出した。
もう、よっすぃーったら・・・、
・・・でも、優しいキスだったから許してあげる。
「よっすぃー、待ってよー」
あたしはよっすぃーのそばに走っていて、その大きくて暖かい手を握る。
あたしの全ては今、よっすぃーの優しさに包まれてて、どんな言葉でも表現できない幸せが心の中に広がってく。
あー、このまま2人でどっかに飛んで行けたらいいのにね。
「ねぇ、よっすぃー」
「ん、何? 梨華ちゃん」
「このままどっかに行っちゃおうか?」
きっと他の人が聞いたらおかしく聞こえてしまうかもしれない。でもあなたはきっとこう答えてくれるはず。
「・・・・・・そうしよっか」
・・・やっぱりね
「じゃあどこに行こうか」
「んーとね、ベーグル食べたいなぁ」
「えー、最近・・・、ていうかずっとそればっかだよ」
「梨華ちゃんはベーグルの良さをイマイチ分かってないんだよね。
いい? ベーグルは添加物ゼロで健康にもよく、それでいて――――」
- 135 名前:梨華ちゃんとよっすぃー 投稿日:2001年05月17日(木)21時34分32秒
- 春のある日の昼下がり、2人は午後の街に消えていった。
-おわり-
・・・・・・でも、2人の物語はまだまだ続く。
- 136 名前:それじゃあ、バイバイ。 投稿日:2001年05月18日(金)13時01分19秒
- 星の降る夜。
人影疎らな二月。
凍った空と、黄色い月。
キミの言葉を待つあたし。
あたしの心音を感じ取ったキミ。
突然の真剣な顔。
驚くあたし。
初めてくれた、最後のキス。
さよならのキス・・・
秋の気配が一面を支配して、足下には歩道の並木の紅く染まった落ち葉が敷き詰められている。
すっかり寒くなったその日、キミはあたしを呼び出した。
「急用だから・・・」
その一言を聞くと、あたしはすぐに家を飛び出す。
(急用だって・・・なんだろ)
逸る足と、戸惑う気持ち。
大好きなキミの言葉が、その時のあたしをずっと支配している。
キミと逢う時って、いつも急な気がするよ。
思えば三ヶ月前、ふたりの出逢いも急だった。
突然過ぎる出来事は、ふたりを急速に発展させる。
いつの間にか好きになっていたあたし。
それを知っているのかいないのか、キミはあたしに優しくしてくれる。
益々好きになっていくあたしと、いつもと変わらない優しいキミ。
(伝えてもいいのかな、この気持ち・・・)
戸惑うのも無理はない。
だって相手は女の子なんだ。
嫌われたくないし、でもそばにいたい。
(う〜ん・・・)
じれったい気持ちでいっぱいになっている、十一月だった。
- 137 名前:それじゃあ、バイバイ。 投稿日:2001年05月18日(金)13時02分54秒
- 駅へと向かう人達とは反対方向へ、あたしの足を急がせる。
キミはもう、きっと待ってる頃だよね。
人の波があたしの足を緩ませるから、少しイライラしてしまう。
もう少し、もう少しで着くのに・・・
「あぁん、もう!」
帰省時の夕方。
あたしと反対に進む人の数は、増える一方だ。
少しでも早く進む為に、あたしはガードレールを跨いで車道の横を歩いた。
始めからこうすれば良かったよ。
さっきと比べてグングン進めることが嬉しかった。
もうすぐキミに逢える。
その思いだけが、今のあたしを支えていた。
(見えた!)
キミが待つ喫茶店。
数メートルの距離を、あたしは我を忘れて走った。
窓越しにキミの笑顔が見えて、嬉しい反面少し恥ずかしくなった。
一段上がったドアを開けて、キミの待つ席に真っすぐ歩み寄る。
「ゴメ〜ン、待った?」
「うぅん、さっき来たばっかりだよ、梨華ちゃん」
「よかったぁ、ひとみちゃんも来たばっかりだったんだ」
もちろんそれがキミの優しさなのはわかっているよ。
気付かないフリをするのが、あたしの精一杯の返事なんだ。
「何か飲む?」
キミの心遣い。
「うん。ミルクティーがいいなー」
あたしの返事。
「すいませ〜ん・・・ミルクティーふたつ」
キミはお店の人にオーダーをして、メニューを元の位置に戻した。
- 138 名前:それじゃあ、バイバイ。 投稿日:2001年05月18日(金)13時03分34秒
- 「ところで、急用って何?」
「あぁ・・・うん・・・」
なんだか言葉を飲み込んでるように見えるキミ。
(どうしたの?いつものひとみちゃんじゃないみたいだよ)
「どうしたの?言いづらいこと?」
「う〜ん、そうでもないんだけど・・・」
ジーンズに暖かそうなトレーナーを着たキミは、静かに視線を落す。
あたしに何か後ろめたいことでもあるの?
そう言いたくなるような仕草に、あたしは空気を飲み込んだ。
「ねぇ梨華ちゃん・・・」
「なぁに?」
あたしはやっと言い出したひとみちゃんの次の言葉を待った。
「梨華ちゃんは・・・あたしのことどう思う?」
「ど、どうって・・・?」
「ほら、バカっぽいとかちょっと抜けてるとか、なんでもいいんだよ」
「う〜ん、あたしはちょっと男の子っぽいかなーって思うよ」
「お、男の子かぁ・・・そっかー・・・そうなのかもしれない」
あ、ひとみちゃん落ち込んじゃった。
褒めたつもりが、逆効果になっちゃったみたいだ。
一言「カッコイイよ」って付け足したかったけど、まだふたりは友達だった。
その上ひとみちゃんのことを意識してしまってるあたしには、すごく照れ臭い言葉だった。
- 139 名前:それじゃあ、バイバイ。 投稿日:2001年05月18日(金)13時04分10秒
- 「あたしね・・・」
外を通る帰省する人の波が少なくなってきている。
「あたし、東京に行こうと思うんだ」
「え?」
一瞬ひとみちゃんが何を言っているのか、把握出来なかった。
「東京に行って、女優になる勉強をしようかなーって・・・」
「ふ、ふぅ〜ん・・・いつ?」
動揺しているのを悟られないように平生を取り繕って、必死の思いで聞き返した。
「中学卒業したらすぐに・・・」
「・・・えー!?それってもうすぐじゃ・・・」
「うん、来年の三月かな。専門学校か劇団に入って、それからオーディション受けてみようと思うんだ」
ひとみちゃんの瞳は真っすぐ澄んでいて、とてもキレイだった。
その大きな瞳、キレイな瞳に、あたしは恋をしたんだ。
「梨華ちゃんにはどうしても一番始めに言っておきたかったんだ」
「そ、そう・・・がんばってね」
「うん、ありがとう」
素直に喜ぶひとみちゃんの顔を見て、あたしの上辺だけで言った「がんばれ」の言葉が恥ずかしくなった。
「急用ってそれだけ?」
「うん・・・それと、梨華ちゃんにも逢いたかったし」
ひとみちゃんはいつもそうやって、あたしの気持ちをつつくんだ。
「ゴメン、あたしもう行かなきゃ・・・」
急にひとみちゃんのそばにいることに、恐怖を感じた。
「あ、ゴメンね急に呼びだしちゃって」
「うぅん、いいの。それじゃ、またね」
「うん、バイバイ」
このままひとみちゃんのそばにいたら、あたしは泣きだしてしまいそうだった。
気持ちの整理には、もう少しだけ時間が必要なのかもしれない。
それさえ出来れば、素直に「がんばれ」って言える気がする。
それまではひとみちゃんと逢わないようにしようと、あたしは心の奥底で決心した。
- 140 名前:それじゃあ、バイバイ。 投稿日:2001年05月18日(金)13時04分43秒
- 太陽がその強さを隠す十二月。
あたしはまだ、気持ちの整理がつかないままだ。
そのためひとみちゃんには逢えない日々が続いていた。
ひとみちゃんからのお誘いの電話も入るけど、用事を取り繕って断ってきた。
逢えなくなるのがイヤだから、あたしはひとみちゃんを避けてしまっている。
すごく冷える一月。
「ひとみちゃん、怒ってるのかなぁ・・・」
断り続けたお誘いも、最近は少なくなってしまった。
(このままじゃいけない・・・)
焦るけど、やっぱり整理のつかない気持ちを持ってはいけないと思う。
早く・・・早く整理しなきゃ。
ひとみちゃんのこと、ちゃんと応援してあげなきゃ。
わかっているけど、やっぱり逢えないことを考えると、素直に背中を押してあげられない。
中途半端な気持ちでは、あたしもひとみちゃんのことも傷つけてしまいそう。
「ひとみちゃん・・・逢いたいよ・・・」
この年初めて雪が降った日だった。
空が白い二月。
ひとみちゃんからのお誘いは、もう一回もなかった。
このままだと何も言えないままお別れしてしまいそう。
(そんなのイヤ!絶対にイヤ!)
整理なんかつかなくてもいい、傷ついても構わない!
もう逢えなくなるよりは、よっぽどマシだよ!
あたしは携帯のディスプレイにひとみちゃんの名前を表示させると、通話ボタンを押した。
「・・・・・あ、もしもしひとみちゃん?」
「梨華ちゃん?どうしたの?」
「逢いたいの!今すぐ逢ってお話ししたいの!」
「梨華ちゃん・・・わかったよ、どこで待ってればいい?」
「え・・・っと、じゃあガールズカフェに5時に・・・」
「うん、わかった。じゃ、また後でね」
「うん・・・」
今の時間は4時42分。
後先の考えもなしでかけてしまった電話を、あたしは後悔していた。
- 141 名前:それじゃあ、バイバイ。 投稿日:2001年05月18日(金)13時05分18秒
- 逢えるのは嬉しい・・・でも、何を話していいのかわからない。
ひとみちゃんはきっと、あたしが何かを話したがってると思ってるよ。
お別れの挨拶にもまだ早いし、言いたくないし・・・
あたしから誘ったはずなのに、喫茶店に着くのが恐かった。
こんな日に限って道は空いている。
「はぁ・・・」
思わず出たため息が、灰色の空に昇っていった。
窓ガラス越し、ひとみちゃんの姿。
向こうからは見えないように、少し遠くから確認する。
(ひとみちゃんは今日もカッコイイなー・・・なんでだろ・・・)
久しぶりに見たひとみちゃんは、前にも増してカッコ好く見える。
「・・・行かなきゃ」
覚悟を決めて、窓ガラスの前を通り過ぎる。
ひとみちゃんの笑顔が横目に映ると、さっきまで考えていた言うはずの言葉も消し飛んだ。
(ど、どうしよう・・・)
「ゴメン、待った?」
「うぅん、さっき来たとこ」
腕時計は約束の5時を2分だけ過ぎたところだった。
「・・・・・」
「・・・・・・・」
あたしが席に座った後、しばらくは何も話せずにいた。
誘いを断り続けた後ろめたさと、もうすぐあたしの前から居なくなってしまう淋しさ。
「ねぇひとみちゃん・・・」
「梨華ちゃんあのね・・・」
ふたり同時に切りだしたのがおかしくて、思わず吹き出してしまう。
「うふふ・・・」
「あは・・・ははは!」
ひとみちゃんにもおかしく思えたようで、ふたりで顔を見合わせて笑った。
「ゴメンねひとみちゃん、せっかく誘ってくれたのに断ってばっかりで・・・」
「うぅん、あたしの方こそ。梨華ちゃんの気持ちも考えないで、無神経だったかなーって」
もやもやした気持ちが吹き飛んで、ふたりの間の蟠りが取れた気がした。
- 142 名前:それじゃあ、バイバイ。 投稿日:2001年05月18日(金)13時06分06秒
- あたしの本当の気持ちを、きっとひとみちゃんは知らない。
友達として想ってるあたししか、ひとみちゃんの中には存在しない。
「ひとみちゃん・・・出よっか」
「え?なんで?」
「・・・誰もいない、ふたりっきりのところでお話ししたいの」
「・・・うん、いいよ」
何も頼まないまま、あたしとひとみちゃんは喫茶店を後にした。
覚悟を決めた。
あたしはこの気持ちを伝えよう。
その結果がもしダメでも、万が一受け入れてくれたとしても、ひとみちゃんはきっと旅立つ。
それなら、あたしの気持ちを知っておいて欲しいから・・・
ふたりで歩くのも、随分久しぶりな気がする。
すっかり暗くなってしまった歩道を、月明かりを頼りにふたり並んで歩く。
尋常じゃないあたしの行動に、ひとみちゃんは戸惑ってしまっているようだった。
無言のまま、人気のない場所を探して歩いた。
偶に足に掛かる溶けかけた雪の軋む音が、むなしく響き渡る。
「あそこ・・・いい?」
指さした先には、公園がある。
「うん、いいよ」
何の迷いもなくあたしに着いて来てくれるひとみちゃん。
ふたり同時にベンチへと腰掛けた。
(どこから話せばいいの・・・どこから話せば、ちゃんと伝えられるんだろ・・・)
「話しって・・・何?」
「う、うん・・・あのね・・・」
ひとみちゃんに急かされて、あたしは見切り発車のまま言葉を吐き出すことになった。
「あのねひとみちゃん・・・ふたりが初めて逢った時のこと、覚えてる?」
「え?うん、覚えてるよ。梨華ちゃんが友達とあたしを間違えて電話してきたんだよね」
「うん・・・あの時すっごく恥ずかしかったんだけど、ひとみちゃんが優しいコでよかった」
「うぅん、そんなことないよ・・・」
- 143 名前:それじゃあ、バイバイ。 投稿日:2001年05月18日(金)13時06分38秒
- 「それからひとみちゃんが誘ってくれるようになって、よく遊ぶようになったでしょ?」
「うん、そうだね・・・」
冷たい月灯の下、ふたつの影。
「いつからかなー・・・」
言葉を出す度に、口元から白い息が立ち上る。
「始めはそんなことなかったんだけどね、いつからかはちょっと忘れちゃったんだけど、あたしね・・・」
(ダメ・・・)
「あたし・・・ひとみちゃんのこと、好きになっちゃってたの」
思わず流れ出る涙。
どうしようもないくらい痛む胸。
「梨華ちゃん・・・」
ひとみちゃんは驚きを隠せない声だったけど、それでも優しく感じる。
「おかしいよね・・・こんなの、変だよね・・・女の子同士なのにね・・・」
(泣きやまなきゃ・・・ひとみちゃん、困っちゃうよ・・・)
そう思えば思うほど、涙は止まらなくなってきてしまう。
「キライにならないでね・・・あたしのこと、キライにならないで・・・お願い・・・」
何よりも嫌われるのが恐かった。
ひとみちゃんと全くお話し出来なくなってしまうことが、恐かったんだ。
「・・・・・」
「!?」
何も言わずに、ひとみちゃんはあたしを抱きしめてくれた。
そして優しく頭を撫でて・・・また優しく抱きしめてくれた。
「えぇ〜ん、ひとみちゃ〜ん・・・」
優しくされて、涙はもうあたしの意志とは無関係に流れ続ける。
「梨華ちゃん・・・あたしは梨華ちゃんのこと、キライになんかなったりしないよ」
「ひとみちゃん・・・ありがとう・・・ふぇ〜ん・・・」
優しく頭を撫で続けてくれるひとみちゃんの暖かさは、あたしを安心させた。
- 144 名前:それじゃあ、バイバイ。 投稿日:2001年05月18日(金)13時07分10秒
- 「・・・ありがとう、もう大丈夫だから」
「うん・・・」
ひとみちゃんの胸からスッと頭を離して、ひとみちゃんの顔を見上げる。
「・・・・・」
何も言ってくれないけど、ひとみちゃんは優しい笑顔だった。
言葉よりももっと嬉しい笑顔をくれたんだ。
あたしももうこれ以上、言いたいことはなかった。
ただ、時間だけが静かに過ぎていく。
「・・・・・」
「・・・・・」
ふたりは少し幼すぎたのかもしれない。
あたしは好きになる時期を、少し間違えただけなのかもしれない。
幼すぎたあたしの恋は、実らないまま、花を咲かせないまま終わる運命だったんだ。
だったら、想いを告げられただけでも幸せなのかもしれない。
別れと言う言葉にあたし自身が追い込まれて、出せた結果だった。
「・・・・・」
「・・・・・」
何も言わないまま、あたしはひとみちゃんを見つめた。
この大好きなひとみちゃんが、もうすぐあたしの前から居なくなっちゃうんだ・・・
また涙が出てきそうになるのをグッと堪えて、真っすぐひとみちゃんを見つめた。
「・・・・・」
あたしの視線に気がついたのか、ひとみちゃんもあたしを見つめる。
(・・・!?)
治まっていたドキドキが急に激しく、胸を打つ。
ひとみちゃんは真剣な顔で、あたしを見つめていてくれた。
そして、突然ひとみちゃんの顔があたしに近づいてくる。
(え?え?)
あたしには何をしようとしているのか、わからないままだった。
- 145 名前:それじゃあ、バイバイ。 投稿日:2001年05月18日(金)13時09分27秒
- ちゅっ・・・
「あ・・・」
優しくて暖かい感触が、あたしの唇に触れる。
数秒間のそのキスが、永遠の暖かさをくれた。
その後そっと唇を離して、ひとみちゃんは優しい口調で切りだした。
「ゴメンね・・・今のあたしにはこんなことくらいしか出来ない・・・あたし、やっぱり東京行くよ・・・」
「うん・・・わかってた・・・」
あたしにはひとみちゃんを止めることは出来ない。
ただ想いを告げたかっただけなんだ。
「あたし・・・きっと夢叶えて帰ってくるよ・・・」
「うん!待ってる!」
告げたことは全然後悔していない。
清々しい気持ちで、あたしはひとみちゃんを送りだせる気がした。
「また・・・電話してもいい?」
「うん、梨華ちゃんからの電話だったら、忙しくても出るようにするよ!」
「うふふ
- 146 名前:それじゃあ、バイバイ。 投稿日:2001年05月18日(金)13時11分00秒
- ちゅっ・・・
「あ・・・」
優しくて暖かい感触が、あたしの唇に触れる。
数秒間のそのキスが、永遠の暖かさをくれた。
その後そっと唇を離して、ひとみちゃんは優しい口調で切りだした。
「ゴメンね・・・今のあたしにはこんなことくらいしか出来ない・・・あたし、やっぱり東京行くよ・・・」
「うん・・・わかってた・・・」
あたしにはひとみちゃんを止めることは出来ない。
ただ想いを告げたかっただけなんだ。
「あたし・・・きっと夢叶えて帰ってくるよ・・・」
「うん!待ってる!」
告げたことは全然後悔していない。
清々しい気持ちで、あたしはひとみちゃんを送りだせる気がした。
「また・・・電話してもいい?」
「うん、梨華ちゃんからの電話だったら、忙しくても出るようにするよ!」
「うふふ、ありがとう」
「あっ、あたしも・・・あたしからも電話するよ」
「うん・・・」
中々切り出せない別れの言葉。
あたしはこの瞬間が永遠に続けばいいな〜って思った。
でも、ここはあたしから切り出さなきゃいけないんだ。
また逢うためにも、あたしから言わなきゃ・・・
「ひとみちゃん・・・また逢えるよね」
「うん、きっと逢えるよ」
(言わなきゃ・・・)
「急に呼び出しちゃってゴメンね・・・」
「うぅん、大丈夫だよ」
「それじゃ・・・ひとみちゃん、またね」
「うん、また・・・」
きっとまた逢える。
そう信じて、あたしは今日の別れを受け入れた。
いつか・・・いつかまた逢える、その日まで・・・
「バイバイ!」
その日までに、あたしは強くなろうと心に決めたんだ。
-end-
- 147 名前:イチゴ記念日 投稿日:2001年05月21日(月)12時55分30秒
- 西暦2000年5月21日 月曜日――
「今日で一年……か…。なんか早いね、うん。そーいや、あの手紙……」
あたしはハンドバックの中から、一通の手紙を取り出す。
差出人は後藤真希――そう、あたしの妹。
いや、正確には妹みたいなコ。
そんな後藤から、一週間前と三日前に二通の変な手紙が届いた。
− − − − − − −
市井ちゃんへ
もうすぐ一年だネ。市井ちゃんは元気にやってる?
後藤もあれからずいぶんと大人になったと思う。
そうそう、後藤、高校生になったんだよ。えっへん!
毎日、制服着て高校に行ってるんだ。
これでちょっとは、大人として見てもらえるかな?
いつまでも、後藤は子供じゃないんだからネ!
はあ〜、、、 一年間、長かったよ。。。 さみしーよ。。。
今、舞台がたいへんだけど、市井ちゃんに会うためだったら、後藤は負けません! だから、絶対絶対会おうネ!!!!
P.S. 市井ちゃんって、格闘技好きだったっけ? 今度教えてネ。
市井ちゃんのカワイイ妹 後藤真希より
− − − − − − −
一通は普通の手紙。
おっ、少しは字が上手くなったようじゃん(笑)
あれから練習でもしたのかな? ま、いいか…。
でも、『会うためだったら』って、どーゆー意味だ?
- 148 名前:イチゴ記念日 投稿日:2001年05月21日(月)12時56分24秒
- さらに、訳のわからない手紙がもう一つ。
− − − − − − −
市井ちゃんへ
5月21日に待ってます。
後藤真希
− − − − − − −
「はい!? これだけ?」
封筒の中身を確認したけど、結局この薄っぺらな紙切れが一枚。
「他にないのかよ! …ったく、普通、場所くらい書くだろ!!」
あたしは、この訳のわからない手紙について、頭をフル回転させて考えてみたけど、
結局、他にわからなかった。
だから、思い当たる所をこうやって歩き回っている。
一応、ケータイに掛けてみたんだけど、聞こえてきたのはコレ――
『お客様がお掛けになられた電話番号は、現在、使われておりません』
もう、マジかよ!? って感じでしょ?
後藤の自宅の電話番号なんて知らないから、もうどうしようもないわけなんだ。
圭ちゃんに聞くのもアリなんだけど、なんか怪しまれそうじゃん。
だから聞けなかった……。
今思うと、聞いときゃよかったよ、マジで。
「おぅし! とにかく手当たり次第当たるしかないか」
あたしは頬を軽くパンパンと叩いて歩き出した。
- 149 名前:イチゴ記念日 投稿日:2001年05月21日(月)12時57分34秒
あれからどんだけ時間が経って、どんだけ歩いたんだろう…。
未だに手がかりすらつかめない。
「ったく、場所くらい書いとけっての!」
あたしは肩で息をしながら、もう一度手紙を取り出した。
『市井ちゃんって、格闘技好きだったっけ?』
「格闘技……格闘技……なんか引っかかるんだよな〜…」
うんうん唸りながら、頭を縦に振ったり横に振ったりしてみる。
「K1……? あっ、そうか……」
そうだよ、そうだ。
あたしは確信すると、そこへ向かうことにした――
って、あれ? ここ…。
顔を上げて歩き出そうとしたとき、あたしの目に映ったのは、あたしが今から
向かおうとした所。
「よし……行くぞ…」
あたしは入口の扉の前で、胸に手を当て、ふうと一息入れて一歩前に踏み出す。
ここ?
ここは、あたしがモーニング娘。としての最後のステージだった所――
そ、日本武道館。
実に一年ぶりの今日、あたしはここに足を踏み入れた。
あのときの興奮は、今はもう感じられない。
でも、あのときみんながいてくれたこと、そしてアイツがいてくれたこと…。
そんな思い出があたしの頭の中を駆け巡る。
- 150 名前:イチゴ記念日 投稿日:2001年05月21日(月)12時58分13秒
- 大きくて重い扉を開く――
『コングラチュレーション!』
扉を開けた瞬間に聞こえてきたのは『ハッピーサマーウェディング』だった。
あたしは突然流れてきた音楽に驚き、思わず周りを見回す。
しかし、何も見当たらない。
見当たらないどころか、館内は真っ暗だ。
「遅かったネ、市井ちゃん」
――!?
あたしは目を大きく見開き辺りを見回した。
懐かしい声が聞こえると、照明が付き、中央にスポットライトが集まる。
そこにいたのは、今回の手紙の主――後藤だった。
「後藤……なんでこんな所に?」
「だって、今日は市井ちゃんの記念日だよ」
後藤は平然とした顔で答えた。
正確には、ライトのせいで顔はよく見えてないんだけど、声の感じでそう思った。
「今日は、市井ちゃんにとっての記念日…。市井ちゃんが夢に向かって、
一歩前進した日だよね」
淡々とした声があたしの頭の中に響く。
遠くにいるはずなのに、すごく近くに感じた存在が、今あたしの目の前にいる。
でも、なんでだろ?
今日に限って、なんか後藤が遠く感じる。
いつもの笑顔じゃない、悲しそうな笑顔があたしにそう思わせているのか…。
あたしの知らない顔をした後藤が、あたしを見つめている。
- 151 名前:イチゴ記念日 投稿日:2001年05月21日(月)12時58分56秒
- 「ご、後藤……?」
あたしは後藤に声をかけてみた――けど、後藤は何も反応を示さない。
なんとなく、後藤が感情の凍りついてしまった人形みたいに感じた。
あたしは後藤に近づいた。
遠く離れたところで立ち尽くす後藤の元へ、一歩ずつ確実に近づいていく。
何も言わず、ただじっとその場に立ち尽くす後藤。
「会いたかったよ……」
感情が凍ってしまったかのように見えた後藤が、ポツンと口を開いた。
「ずっと、ずっと待ってたんだよ…」
あたしが近づくごとに、後藤の凍りついた感情が少しずつ溶けていく。
そのたびに後藤の口がゆっくり開く。
「長かった……。たった一年なのに、百年以上待ち続けたようだよ…」
「後藤…」
あたしは後藤の目の前で立ち止まる。
ライトのせいでよく見えないけど、後藤の目には確かに涙が見えた。
「でも、ずっと声を掛けられなくて……淋しかったよ、市井ちゃん…」
後藤が涙をボロボロ流しながら、あたしに抱きついてくる。
あたしはしっかりと後藤を抱き締め、後藤の背中をそっと撫でた。
「待たせてゴメン…。市井も、後藤に会いたかった……。ずっと、ずっと
会いたかった…」
あたしは後藤に頬を寄せる。
鼻をかすめる甘い香りがひどく懐かしく感じた。
あの頃と変わらない、あたしの大好きな香水の香り…。
あたしは後藤が泣き止むまでの間、ギュっと後藤を抱き締めていた。
- 152 名前:イチゴ記念日 投稿日:2001年05月21日(月)12時59分32秒
- 「なんか、遠い昔のことのようだね…。ここでライブをやったのが一年前だなんて。
嘘みたいだよ……」
「うん…」
「でも」
「でも?」
後藤があたしの顔を覗き込む。
「…いや、なんでもない。それより、これからどっか行こっか?」
あたしは後藤の顔を見て、一瞬考えた後で言った。
「うん♪」
満面の笑みで後藤があたしに飛びつく。
さっきまで泣いていたのが嘘みたい。
でも、これだから後藤なんだよね。
あたしの知っている、甘えんぼうな後藤。
まるで子供みたいにあたしに甘えてくる後藤。
きっと、他のメンバー……おっと、もうメンバーじゃないかな…?
ま、いっか………きっと、あたし以外の人は知らないんじゃないかな?
「どこがいい? 今日は、お姉ちゃんがどこにでも連れてってやるよ」
あたしはちょっとだけ大人ぶって後藤の鼻をつつく。
「じゃあ、高級イタリア料理のお店♪」
両手を組んで目を輝かせて後藤があたしを見ている。
「こ、高級って……。ちょっ、ちょっと待ってね」
あたしは左手で後藤を押さえながら、財布の中身を確認する。
ダメだ……。ど〜考えても、これじゃ足んない…。
「あ゛〜、他のとこじゃダメかな……?」
あたしは苦笑いを浮かべながら後藤の顔色を見る。
「な〜んてね♪ 言ってみただけ。ホントはさ、決めてんだよね」
後藤がベロを出しながらニコっと笑った。
「決めてるって? どこ?」
「場所じゃなくて、やりたいことなんだけど…」
そう言うと、後藤は後ろを向いて何かを手にした。
- 153 名前:イチゴ記念日 投稿日:2001年05月21日(月)13時00分59秒
- 「じゃ〜〜ん!」
後藤は手に大き目の箱を持って振り返った。
「何? その箱」
あたしは箱を指差しながら後藤に聞く。
「気になるぅ〜?」
後藤がいじらしく言う。
「そりゃ気になるよ。そんな言い方されちゃ」
「やっぱり……ふう〜…」
後藤が苦笑いを浮かべながらアヒルの口をする。
「開けていいよ」
あたしは慎重に箱に手を添えて、ゆっくりと箱を開けてみる。
「あ……」
そこには大きなイチゴのショートケーキが…。
「どう? ちゃんとできてるでしょ?」
あたしは何も言えず、笑顔を作って、ただ頷いた。
だって、涙のせいで声になりそうになかったんだもん…。
ケーキの上に乗っかってる二体の人形とチョコに書かれたメッセージを見たら、
つい……。
「あ゛あ……すっ…、とても…うまくできてるよ…」
あたしは涙を指でなぞりながら言った。
「へへっ…。久しぶりだからさあ、頑張っちゃった。ははっ…」
後藤が頭を掻きながら照れ笑いを浮かべた。
「だ・か・ら、今日は『記念日』って言ったでしょ?」
「そうだね…。アリガト、後藤」
あたしの涙が頬を伝って零れ落ちる。
零れ落ちた涙は音もなく、静かに後藤の手に触れた。
後藤は涙の跡をなぞるようにして、あたしの頬に撫でる。
「だから……もう泣くなよ…。市井ちゃんは泣き顔よりも、笑っている方が
カワイイんだからさ…」
いつもの甘えた声じゃなくて、すごく落ち着きのある包み込んでくれるような声で
後藤が言った。
とてもじゃないけど、いつもの後藤からは想像もつかないような言い方だった。
- 154 名前:イチゴ記念日 投稿日:2001年05月21日(月)13時01分59秒
- 「プっ! フフフ……ハハハハ…。ご、後藤、どこでそんなセリフ覚えたんだ?」
あたしは、そんな後藤がおかしくて思わず吹き出してしまった。
「えっ? あ゛〜っ! そんなに笑わなくてもいいじゃん!!」
後藤がおろおろしながら聞き返した後で、急に怒りだした。
「アハハ……。ゴメンゴメン…。まさか後藤からそんなセリフが出てくるなんて
思いもしかなかったからさ。おまけに妙に大人ぶってたから、つい…」
あたしはおなかを押さえながら、さっきのセリフを思い出す。
「ど〜せ、後藤はまだまだお子様ですよ〜っだ!」
あたしの一言が気に入らなかったのか、後藤は頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
「まあまあ、そんな顔するなよ。カワイイ顔が台無しだぞ! それより、どこに行く?」
「じゃあ、近くのファミレスにでも連れてってもらおうかな?」
後藤はそっぽを向いていたかと思うと、急に向き直った。
「へ? ファミレスでいいの?」
あたしは『ファミレス』という後藤の言葉に聞き返した。
「だって、市井ちゃんお金ないんでしょ?」
「いや、まあ…そりゃそうなんだけどさあ……」
あたしは痛いところを突かれた。
「だったら、それで決まり! ね? で、そこでお祝いをしようよ。せっかくの
記念日なんだしさ」
「まあ、それもそうだね。後藤が祝ってくれる、って言ってんだし」
あたしは納得すると笑顔で後藤を見た。
「じゃあ、早く行こ! 市井ちゃん♪」
後藤があたしの腕を引っ張る。
「はいはい。そんなに焦らなくても、ファミレスは逃げないって」
あたしは嬉しそうに歩き出す後藤に引っ張られながら外に出た。
- 155 名前:イチゴ記念日 投稿日:2001年05月21日(月)13時02分44秒
- 「それにしても、わざわざ記念日にしなくてもいいんじゃない?」
「え〜!? だって、記念日じゃん」
後藤が振り向きながら言った。
「いや、よくわかんないから、それ…。けどさあ、さすがに記念日の名前、
長すぎない?」
「そうかなぁ〜? いいじゃん、『シンガーソングライター市井ちゃん誕生日』
後藤はいいと思うけど」
「そ、そう……」
あたしはノーテンキな後藤にちょっと頭を抱えた。
「じゃあさ、こんなのはどう? 『イチゴ記念日』♪」
あたしの一言で、うんうん唸っていたと思うと、突然後藤が口を開いた。
「イチゴ記念日?」
あたしは後藤と顔を見合わせる。
「そ。イチゴ記念日♪」
満面の笑みを浮かべて後藤が言った。
…っておいおい。
コイツは『イチゴ』が何を指すか知ってて言ってんのか?
「なんでイチゴなんだい?」
さすがに知らないだろうとは思いつつも、あたしは聞いてみた。
「ん〜………なんとなく…」
首をかしげた後に、後藤がベロを出して笑った。
「それだったら、別に今日じゃなくてもいいじゃん」
あたしは呆れ気味に言って、後藤と腕を組み直す。
- 156 名前:イチゴ記念日 投稿日:2001年05月21日(月)13時03分29秒
- 『イチゴ』――同人の世界では、あたしと後藤のことを、こう呼ぶらしい。。。
といっても、一般的には『いちごま』の方が有名なんだって。
まあ、最近ネットで知ったんだけどさ。
そうじゃなくても、ちゃんとした記念日なんだよね。
だって、あたしと後藤が出会った日から、すっと記念日は続いてるんだ。
あたしが後藤と一緒にいる日は、毎日が記念日。
だから、『イチゴ記念日』は現在進行形なんだよ。
まあ、さっきの様子だと、後藤はこのことを知ってるとは思えないけどね。
「じゃあさ、毎日が記念日だね♪」
後藤が声を弾ませて言った。
どうやら、これからしばらく、また楽しい日々が送れそうだね。
あのとき以上にね。
なんでって?
だって、『イチゴ記念日』だからさ♪
- 157 名前:荒野の3人 投稿日:2001年05月21日(月)20時40分27秒
- ここは、とある路地裏…
所々にひびが入り、崩れ落ちたレンガの壁や、焼け落ちた材木やらが転がっている。
そこに2人の少女がいた。
一人は謎の仕事人、ブラッキー・ナカザーこと中澤裕子。
全身を真っ黒な服でまとったその姿が彼女の特徴だ。
この街での彼女の名声は高いが、その正体は誰も知るところではない。
そんな彼女の噂に引かれて、また今日も一人の少女がナカザーの前に現れた。
「いたいた、ちゃんと約束どおり来てくれたのれすね」
「…………」
その現れた少女は大変小柄だったが、ノースリーブのシャツに
黒い皮のベストを羽織った、”肉体派仕事人”風。
どうやら彼女は、ナカザーの相棒になりたくて全国を旅していたらしく、
ついにこの街でナカザーを見つけ、会う約束をとりつけたのだ。
近いうちに”仕事”があるという話も聞きつけていた彼女。
念願のナカザーの”相棒”に立候補したわけだが……
「私はいい相棒になるのれす!
仲間にしてほしいのれす!腕がなりまくってるのれすっ!!」
「…………」
意気揚揚と自分のことを一生懸命アピールしている彼女を
じっと見つめながら、ナカザーは黙り込んでいた。
すると彼女はナカザーにすっと近寄り、ちょっと背伸びをして
周りを気にしながら耳元に小声で話し掛けた。
「…で、今回の仕事っていうのはかなりやばいのれすか……?」
好奇心旺盛な彼女は、少しどきどきしながら、でもその大きな瞳を
輝かせながらナカザーに聞いてみた。
「……楽な仕事とはいいがたいんやけど、私の指図通りにやれば
そう難しいことはないな。それより…」
「それより……?」
「アンタがどれくらいの腕をもってんのか…、それが問題や」
その言葉を投げかけられた彼女は、”ニヤッ”として
自慢げに話し出した。
「ふふん、私の名はバイオレンス・ノノって言うのれす。
だてについた名じゃないれすよ。
特にナイフをいじるのが大好きなのれす」
そういうと、利き腕の右手を懐に入れ1本のナイフを取り出し、
数メートルは離れた材木にびゅっと投げつけた。
――カツッ!
そのナイフはまるで生きているかのように
見事に材木に刺さったが、それを見ていたナカザ―はあまり興味を示さなかった。
- 158 名前:荒野の3人 投稿日:2001年05月21日(月)20時43分54秒
- 「ナイフにしろ、ガンにしろ武器はつかわへん。
そこへ入るんは、”まるごし”で行くんや」
「……むむっ!」
自分の特技をさらっと流されたノノは、少し意地になり
目の前にあったコンクリートのブロックに、思い切り手刀を振り上げた。
「まるごしれすか…それじゃぁこんなことも……」
――バコッ!
振り下ろされた手刀で、そのブロックは古びたセルロイドのごとく
粉々になり……
あろうことか、今度は向かい側、ナカザ―の背にしているレンガの壁に
頭から飛び込んだ。
――グワシャッ!!
「こんなことも一応できますけろ、何かの役に立ちそうれすか?」
ノノの頭はレンガの壁をも、あっさりと砕き散らせた。
その光景を見せつけられたナカザ―は、ややあきれた目でノノを見て、
仕方がないという口調で言葉を吐いた、……吐かされた。
「…ま、まぁおおむねええやろ。問題は度胸だけやし、な」
「度胸ならまかせてくらさい!度胸一発ノノ一発れすっ!」
「……よし、よぉわからんけどアンタの意気込みは十分わかった。
今回の仕事はアンタと一緒にやろか……」
なかば押し切られたところはあったが、ナカザ―はノノの相棒嘆願を受け入れた。
その言葉を聞いたノノは、胸の前で両手を力強く組み、らんらんと目を輝かせた。
「ほんとれすか!?やったのれす。ナカザ―さんだいすきれすっ!」
「あぁ〜、わかった、わかったからくっつくなっちゅうねん!」
あまりの喜びに思わずナカザ―に飛びついたノノを自分の体から離すと
くるりとノノに背を向けて歩き出した。
「こんな所で立ち話も何やし、詳しい話は飲みながらはなそか」
「へいっ!」
- 159 名前:荒野の3人 投稿日:2001年05月21日(月)20時47分17秒
- と、場面は変わってここは「BAR わるあがき」。
ナカザ―の行きつけのこの店に2人は来ていた。
マスターはマスター・ミッチーこと、平家みちよ。
マスターも昔は名の立つ仕事人だったが、諸所の事情があり……いや、
彼女の場合、話が長くなるので省略しよう。
「なんでやねん!差別しんといてくれるか!?」
「何ゆってんねんマスター、大丈夫か?最近おかしいで。あっ前からか」
「うっさいわ、ほっといてんか。どうせアンタになんかあたしの気持ちなんて
わからんわ……って誰や、そのちっこいの。見かけん顔やけど……」
旧友のナカザ―とあってもなくてもいい問答をすると
見かけない顔の「ノノ」にふっと目をとめた。
「あぁ、今度いっしょに仕事することになった…えーっと……」
「バイオレンス・ノノれす。宜しくなのれす」
「バイオレン……って、まぁええわ。こちらこそ宜しく」
マスターに向かい合うようにカウンターに座った2人は
本題に入ろうかと目を合わせた。
「とろこでアンタ、えらい若く見えるけど…サケは何でも飲めるんか?」
「あたりまえなのれす。このお話の中では自称酒豪キャラのノノれすから。
ビールだろうが、日本酒だろうが、焼酎だろうがなんでもござれなのれす!」
「……そっか。じゃあ、テキーラは?」
「てきーら……?なんれすかそりは?」
「……まぁええわ」
やや疑うような目でノノを横目で見たナカザ―は、カウンターに出された
スナックに手をのばし、それをひとつ口へ運んだ。
「今度の仕事はメキシコのエルサルバドルや。
長い間内戦のあったところや……」
「……めきしこ……えるさらば……まあいいのれす。
その国がどこにあるのかは知らないれすが、ナカザ―さんとの仕事なら
どこでも行くのれす」
「メキシコといえば、テキーラと相場はきまってるんやけど……なんせ今回は裏の仕事や」
「人生裏街道まっしぐらぁ!良いではないれすか」
「……何言っとんねん、この娘(コ)は……」
と、マスターがボソッとノノの言葉に反応した。
「そこでや、いかがわしい店にも立ちよらなあかん。
しかもそこでどんなサケが出てくるかはわからへん……」
色々と言葉を並べ、なかなか本題に入ろうとしないナカザ―に
気の短いノノは、少しいらいらしてきた。
- 160 名前:荒野の3人 投稿日:2001年05月21日(月)20時49分52秒
- 「なんれすか?さっきからごたくならべて……
何が言いたいんれすか?」
「つまりや、どんなサケが出てきても、アンタがすました顔で飲めるかっちゅうことや。
そこで、それを試そうと思うんやけど……ええか?」
「何度も同じことを言わせないでくらさい。この自称酒豪キャラのノノに
飲めないサケはないのれす!」
そう言うと自信満々に胸をはり、得意げな笑顔をナカザ―に向かって見せた。
「よし、わかった……」
「マスター!ノノはすんごくのどが渇いているのれす。
何でもいいからサケを出すのれす!」
ノノはやや強がりとも見えるしぐさで、マスターに詰め寄った。
その脇、ナカザ―が少しニヤリとしながらマスターに注文した。
「マスター、インフェルノ・ペッパー・ウォッカをストレートダブルで。
同じものをこの娘にも」
「インフェルノ・ペッパーって……」
「ええから、とにかくそれをだしてぇや」
「……わかった、ちょい待っとって」
- 161 名前:荒野の3人 投稿日:2001年05月21日(月)20時50分48秒
- ☆インフェルノ・ペッパー・ウォッカ☆
カナダのオンタリオ州にあるキットリング・リッジ社が1997年から作っている
唐辛子入りのウォッカ。
唐辛子を入れてから熟成したあるので、香りも味も強烈な”キック”をもっている。
その辛さを売り物に同社のホームページでは、「インフェルノ」の名をつけた
様々なカクテルを紹介して宣伝している。
- 162 名前:荒野の3人 投稿日:2001年05月21日(月)20時52分42秒
- しばらくすると、2つのインフェルノ〜がカウンターに並べられた。
ノノは不思議そうにそれを見つめていると、ナカザ―はいち早くグラスをつかみ
ぐっと一気に飲み干した。
すると、空になったグラスを逆さにひっくり返し、ノノの前に見せつけるように突きつけた。
「おぉ…いいのみっぷりれすね。ノノもいくのれす」
そう言うと、ノノもナカザ―同様一気に飲み干そうと、
口につけたグラスを思い切り傾けた。
「ン……!!!?」
ノノはのどを詰まらせたように、空いていた片手をのどにやると
グラスを放り投げ、席を立った。
急に立ち上がった勢いで、座っていたいすがひっくり返ったが
そんなことはお構いましにノノは店内を走り回った。
「ひぃ〜ひぃ〜からいからいからい!!からいのれすっ!
みず、水、ミズ、水をくらさい〜っ!!!」
思い切り叫びながら走り回るノノに、マスターから水が受け渡されると
それをノノは一気に飲み干した。
それを見たナカザ―は、やっぱりや、という顔をして
カウンターに頬杖をついて、はぁっとため息をついた。
「…はあ…だめやこりゃ……」
「からすぎるのれす、こんなの……!!
はぁはぁ、から…から…からいのれす〜」
すっかりへろへろになってしまったノノを見てあきれ果てたナカザ―は
席を立ち上がり、ノノに指をさして一喝した。
「メキシコ行くんに、そんなもんひとつ飲めずに仕事がつとまるん思うとるんか!!」
「……らって、辛いのは昔から苦手なんれす……」
そう言われたノノは、さっきまで強気だったのが、すっかり弱気な少女へと変貌してしまっていた。
- 163 名前:荒野の3人 投稿日:2001年05月21日(月)20時54分34秒
- 「バイオレンス・ノノ、ゆうたかな…アンタにこの仕事は無理なようやな。
インフェルノ・ペッパー・ウォッカは私のおごりや。黙って帰ってくれるか…」
「……ナカザ―さん」
もう、ナカザ―はノノに目を合わせようとはしなかった。
しかし、念願のナカザ―の相棒になれると思った矢先、こんな仕打ちを受けたノノは
諦めることは出来なかった。
「ナカザ―さん……それはないのれす……
たかだか辛いサケが飲めないくらいでおことわりってのはあんまりじゃないれすか……」
「…………」
「せやで…そんな簡単に突きかえさんでもええんちゃうん?」
出番のないマスターが、また口を挟む。
「……しゃあないな、…じゃあもう一杯違うサケ出したるわ」
「ほんとれすか?」
「それを黙って飲めたら、アンタと一緒に仕事したってもええわ。
そのかわり、それが飲めなかった時は今回の話は無しや、ええか?」
「……そのサケは辛くないんれすね?」
「全く辛ないで」
その言葉に、ずっと不安気味だったノノの顔が、またあの自信満々な表情へと戻った。
「辛くなければこっちのものなのれす。出してくらさい!」
気持ちを高ぶらせるノノの前に、マスターからひとつのグラスが差し出された。
- 164 名前:荒野の3人 投稿日:2001年05月21日(月)20時55分40秒
- ☆スコルピオ☆
ベルギーのロドリゴ・ロドリゲス社が作っている、世界最初のさそり入りウォッカ。
高品質のグレーン100%を原料とした三連続蒸留のプレミアム・ウォッカで、
中に本物のさそりが1匹、完全な形で入っている。
加熱されて入っているので、足を取り除いてから、そのまま食べてもよく
あるいは、フライパンでかりっと煎って食べるのもオツらしい。
ウォッカ自体の味もすっきりと甘く、美味である。
- 165 名前:荒野の3人 投稿日:2001年05月21日(月)20時57分42秒
- 「これれすか……」
目の前に差し出されたグラスを恐々と見つめ、ゆっくりと手に持った。
そして恐る恐る口へ運ぶと、神妙な顔をしてそれを飲みこんだ。
ノノの口の中に、甘い、そしてすっきりとした風味、味が広がった。
「……ん?なんらぁ〜、おいしいじゃないれすか〜
ボトルごといただくのれす!全部飲み干すのれす!」
「マスター、ボトルやて。出したってや」
「ほぉい」
上機嫌に空になったグラスを放り投げて遊んでいるノノを尻目に
マスターはカウンターの下から「スコルピオ」のボトルを取り出した。
目の前に置かれたボトルに目をやり、なにやらビンの底にあることに気がついたノノは
じっと目を近づけてボトルを凝視した。
「んん?なにか入ってますね…なんれすか?」
ボトルの深緑と、店内の照明で反射して見ずらかったその何かだったが
それを手にとり、じっと見つめた瞬間それが何であるか認識された。
「……わぁ!さ、サソリじゃないれすか!!」
突如自分の目に飛び込んできた”それ”に驚いたノノは
思わずそのボトルを放り出した。
そして、ナカザ―はそれをキャッチすると、その中からサソリを取り出し
手につかんだ状態でノノへと近づけた。
「このサソリをつまみにして、このウォッカは飲むんや」
「わ、わぁ…!やめてくらさい、やめてくらさいっ!」
「なにゆうてんねん!サソリが怖くてメキシコで仕事できるかいっ!」
その言葉にノノは目を丸くした。
- 166 名前:荒野の3人 投稿日:2001年05月21日(月)21時00分13秒
- 「…ふぇ?メキシコってサソリがいるんれすか?」
「……いるで、当たり前やんか」
やや腰が抜けた感じで床に倒れこんでいたノノは
突然に立ち上がるとナカザ―に向かって叫びつけた。
「こ、こ、この話は無しなのれす!ノノのほうからお断りなのれすっ!」
「なんや……根性無しやな。まぁええわ。頭で石でも割って遊んでたらええねん」
「う、う、うるさいのれすっ!おととい来いなのれすっ!」
そう言うと、ノノは勢いよく店から出て行った。
「マスターごめんな、へんなの連れてきちゃって……」
「ええよええよ、いつもの事やし結構楽しかったしな」
「はははは、そっか。いつもわるいなぁ…」
「でもあれやね、口ばっかりの娘やったね、人は見かけによらないって言うか…」
さっきまでの騒ぎがすっかり消えた店内に、どこか気持ちの良い静けさが流れていた。
ナカザ―も、飲みなおすかのようにマスターからグラスを受けとり、
たっぷりと注がれたウォッカを一口飲んだ。
「ところで今度のメキシコの仕事ってやばいことするんやないやろうね」
「んにゃ、全くのバカンスやねん」
「へ?」
「30年代のテキーラが手に入ったから飲みにこないかって旧友に誘われただけやねん。
それがあのノノって娘が何を勘違いしたんか、仲間に入れろ連れて行けとか
しつこくつきまとってきたんや」
ナカザ―がそう言うと、マスターの顔が一変した。
「な、なんやて!?30年代のテキーラて…あたしのことぜひ連れてってんか?
かばん持ちでもなんでもするし……!!」
「ちょ、ちょっとマスターまで何ゆうてんねん…
ああぁ……もう勘弁してぇよ……」
そんなこんなで今日もBAR わるあがきの明かりは消えた……
今度はどんな人がここにくるんでしょうか……
そのときまで…ごきげんよう。
〜おわり。
- 167 名前:シャボン玉 投稿日:2001年05月21日(月)22時47分13秒
- あの日、世界は壊れてしまったんだと思います。
みんな泣いてました。わたしも泣いてました。ごうごうと音がしました。だれか
がなにかを言ってました。まざりあって茅ヶ崎の波の音のようでした。わたしは毎
年、家族といっしょにそこで潮干狩りをします。波の音はいくら聞いても聞き飽き
ることがありません。心臓の音のように途切れることなく繰り返されるリズム。
でも、いまわたしたちを取り囲んでいるこの音はどこか不快で不安でした。わた
しはこの音が何かを知っていました。みんなも知っていました。これは世界が終わ
る音でした。
市井ちゃんのいるモーニング娘。が死んでいく音でした。
わたしたちは、いつも世界の果てにいました。先はいつも真っ暗でした。だけ
ど、先はいつだって確かにあって、わたしではないだれかにはとてもはっきり見
えているようでした。わたしたちはいつもだれかの指し示す方向に向かって、そ
の先が闇だろうと海だろうと舞台だろうと駅伝だろうと、とにかく何も考えずに
その場所にたどりつこう必死でした。いつもあんまり必死だったので、わたしは
考えることを忘れてしまいました。わたしのなかが空っぽになっていくのに、で
もわたしの外側だけはいつも必死で、なかみなんてお構いなしで、獲物を追う猟
犬のようにどこまでもどこまでもただひたすら走っていました。市井ちゃんはい
つだって、わたしの一番近いところにいました。
- 168 名前:シャボン玉 投稿日:2001年05月21日(月)22時48分46秒
- いつのまにか、わたしは一人っきりで、振りかえると市井ちゃんが遠くのほうで
ひらひらと手を振っていました。そしてぜんぜん見当違いの方向へと走り出して、
もう殆ど見えるか見えないかぐらいの小さい影がチラチラと、そういつまでもチラ
チラとしていました。
ほんとうは、最初からそのぐらい遠くにいた人でした。外がわの殻は近くにいた
のですが、中身はもうとっくに、ここにはいない人でした。どこにもいない人でし
た。
だからシャボン玉を作りました。ストローに慎重に息を吹き込みます。虹色にゆ
らめく大きな大きなシャボン玉。やわらかいその檻に市井ちゃんの殻を閉じ込めま
した。からっぽのシャボン玉にからっぽの市井ちゃんを閉じ込めました。からっぽ
なシャボン玉にからっぽな市井ちゃんはふわふわと浮き上がりました。
ふわふわするシャボン玉を弾ませるようにして、わたしは市井ちゃんのなかみを
探しに行きました。シャボン玉はぽよんぽよんと楽しげに弾みました。シャボン玉
のなかで市井ちゃんも楽しげにゆらめきました。ゆらゆら。ゆらゆら。
市井ちゃんの中身はどこにいるんだろう?
- 169 名前:シャボン玉 投稿日:2001年05月21日(月)22時49分39秒
- シャボン玉を連れたわたしは、見晴らしがよいところに行きました。狭い空を切
り裂くようにして建っている東京タワーに行きました。エレベーターで昇りました。
有料でした。二人ぶんの料金を係の人に払いました。係の人は不思議そうな顔をし
ました。なんだか面倒くさくなって、階段で昇ることに決めました。
ふわっと風が流れました。シャボン玉が風にさらわれました。手を伸ばしても届
きませんでした。シャボン玉はぐんぐん小さくなっていきます。
どこからか市井ちゃんの歌声がしました。アカペラで、高い声を無理矢理低く下
げたような狭い音域の声でした。
- 170 名前:シャボン玉 投稿日:2001年05月21日(月)22時50分44秒
- しゃぼん玉とんだ
屋根までとんだ
屋根までとんで
- 171 名前:シャボン玉 投稿日:2001年05月21日(月)22時51分17秒
- 消えた。
- 172 名前:支配人 投稿日:2001年05月25日(金)13時17分21秒
- 1st stage終了です。
現在上記の作品の人気(?)投票を行っておりますので、是非参加してください。
くわしくはこちらまで
http://www.ah.wakwak.com/cgi/hilight.cgi?dir=imp&thp=990637157
それでは、2nd stage開催のときにまたお会いしましょう。
- 173 名前:目次 投稿日:2001年05月31日(木)23時09分46秒
- 4 - 13 : fregrance
14 - 24 : 「古巣」
23 - 28 : とおいところへいっちゃったきみへ。
29 - 38 : 繋がれている愛
39 - 44 : 口紅
45 - 55 : Y氏の告白
56 - 63 : インフィニティ
64 - 72 : 『想いは電波をこえて…』
73 - 77 : ぬくもり
78 - 88 : 〜いしよしボカンシリーズ〜いしよしマン
89 - 97 : Happy Night
98 - 107 : ヒラメもスルメも挑戦します
108 - 112 : 絆
113 - 117 : ザリザリする壁の前で
119 - 125 : LoveLove大作戦!
126 - 135 : 梨華ちゃんとよっすぃー
136 - 146 : それじゃあ、バイバイ。
147 - 156 : イチゴ記念日
157 - 166 : 荒野の3人
167 - 171 : シャボン玉
- 174 名前:パク@紹介人 投稿日:2001年06月11日(月)23時18分44秒
- こちらのスレを「小説紹介スレ@紫板」にて、紹介します。
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