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CUBE(改)

1 名前: 投稿日:2001年05月25日(金)23時57分59秒

 プロローグ

 ゆっくりと、ネジのように、扉に取り付けられた鉄の棒を巻く。
 右に、2回。
 カチリと音が鳴る。
 そのままゆっくりと正方形の扉を引いた。6回目の作業だ。
 ギィ・・・と響く、重い音。
 そして、そのまま扉を下にずらす。
 その向こうに見えるのは、今いる部屋と同じ立方体の部屋。
 シンとしたその部屋を覗き込んでから、その扉を閉めた。
 たった一人、閉じこめられた窓も何もない、立方体の部屋。
 正確には閉じこめられてはいないのかもしれない。
 立方体の部屋の6面すべてに、鍵の取り付けられていない正方形の扉がある。
 けれど、そのすべての扉の向こうにあるのは、ここと同じ、立方体の部屋。
 耳を澄ませても、自分の呼吸以外は、なんの音もしない。
 叫んでみても、声は木霊して消えていくだけだった。
 小さく溜息をついて、右の扉を再び開けにかかる。
 ここにいても、仕方がないのだ。
 もしかしたら、あの部屋の向こうに出口があるのかもしれない。
 扉を開け、穴の向こうの部屋をそっと覗き込む。
 1mほどの穴を抜け、隣の部屋に飛び降りた。
 シンと静まりかえった、同じ部屋。
 様子を伺いながら、部屋の中央へ歩いていく。
 なにかに触れた気がした。
 なにもないはずの空間で、体中に風が吹き抜けたような気がした。
 痛みを感じる前に、体は小さな立方体に崩れ落ちる。

 ── そうして、終わる。

 静寂の中で、細い鉄パイプが揺れた。
 その鉄パイプに取り付けられたのは、網目状の合金線。
 1人の体を通り抜け、その罠は、元の場所に納められた。
2 名前: 投稿日:2001年05月25日(金)23時59分47秒

遠い昔に書いていた「CUBE」です。
完結……させたい…な(w
3 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月26日(土)00時04分35秒
覚えてないわけないがなー(W
4 名前: 投稿日:2001年05月26日(土)00時32分26秒

 どうしてここにいるのか、まったくわからなかった。
 いつものように、自分の部屋のベットで眠りについた。そして、目覚めたら、ここにいた。
 着慣れた赤いチェックのパジャマで眠っていたはずなのに、冷たい床の上に寝転がり、自分が着ていたのは、淡いクリーム色をした綿の上下。
 その綿シャツの胸ポケットには「M.Yaguchi」と、黒の刺繍が入っていた。

 1辺が5mほどの立方体の部屋。 
 部屋の中にあるのは、1面に1つ、真ん中に正方形の扉と、その扉の横に取り付けられた梯子。
 ── そして、自分。
 それだけだった。

 矢口は小さく溜息をついた。
 シンとした部屋の中で、足下の扉に取り付けられた鉄の棒に手を伸ばす。
 扉は他にも5つ。けれど、その扉を開ける為には、壁に取り付けられた梯子を登らなくてはいけない。腕を伸ばすだけで開けられるのは、床についてある扉だけだ。
 鉄の棒を両手で握って、回してみる。たいした力はいらなかった。片手でも簡単に回せそうだ。
 ギ、ギ、と鈍い音を立てながら、その鉄の棒は回った。
 2回回したところで、カチリという音と一緒に、何かが外れるような感触に当たる。
「・・・・・」
息を潜めて、その扉をゆっくりと持ち上げる。
 扉はギギィ・・と擦れる音とともに、持ち上がった。
 持ち上げきったところで、左にずらしてみる。けれど扉は動こうとしなかった。今度は右。結果は同じだった。
「あれ?」
少し考えてから、一歩下がって手前に引いてみる。
「お」
扉は難無く、ずれた。その扉を床におろして、開いた穴を覗き込む。
 そこは今いる部屋と同じ立方体の部屋だった。
「・・・あっ」
けれど、ひとつだけ違うことがあった。
 その部屋には、ひとり、壁にもたれて座っている人間がいた。
「おーい!」
声を張り上げる。
「・・・・・」
返事はなかった。
 床は遠く見えた。
 飛び降りられるかどうか、かなり不安になった。
 どうしようと考え込んだとき、不意に、頭の上で、ギギィという音がした。
 驚いて、天井を見上げる。
 天井にある扉がゆっくりと開かれて、そこからひとりの女性が顔を出した。
「・・・誰か、おるんか?」
少し不安げな、関西なまりの口調だった。
5 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月26日(土)01時00分44秒
まじっすか!? 再開!?
めっちゃうれしいっすーーー!!
6 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月26日(土)02時04分08秒
おぉ!!再開してる!!!
7 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月26日(土)04時42分37秒
おおっ、まさか再開するとは!!
きっちり完結させてね。おねがい。
8 名前: 投稿日:2001年05月27日(日)12時47分13秒
「いる。・・・いるよ!」
矢口は必要以上に大きな声で返事をした。
 上の部屋にいる彼女が、小さく微笑んだのがわかった。
 彼女は、一度顔をひっこめると、扉の縁に捕まって、ゆっくりと足から降りてきた。体が半分出たところで、今度は片手を伸ばして、天井に捕まるところを探す。
「・・・右! 右に梯子、ある!」
扉の横に天井と水平に張り付けられた梯子がある。矢口が叫ぶと彼女の手は右に移動し、手探りで梯子を見つけた。
 梯子をしっかりと握り、彼女はゆっくりと降りてくる。そして、天井に両手でぶら下がって、うんていの要領で壁際に移動した。
 彼女の左足が壁の梯子に着いたとき、矢口は思わずほっとして息をついた。
「よっ・・・」
上の部屋から降りてきた彼女は、パンパンと軽く手を叩くと、矢口の方を見て、小さく微笑んだ。
「・・・ありがと。助かったわ」
矢口は同じように微笑んで、首を振った。
「下に、誰かいるん?」
すっと下を指さして、彼女がそう問いかけた。
「みたいだけど・・・」
矢口の言葉に小さく頷きながら、彼女は、開かれた扉を覗き込む。
 彼女も、矢口と同じ服を着ていた。上着の胸ポケットには、「Y.Nakazawa」の文字。
 じっと何かを考えるように、彼女は下を見ていた。
「・・・ってことは、平気なんやな。・・・行くか」
そう独り言のように呟いて、彼女は縁に腰掛けた。何をしようとしているのか、矢口が察する前に、彼女はさっきと同じように降りだした。
 ── 置いていかれる。
 ちょっとした焦りと恐怖が、矢口の心をかすめた。
「あのっ・・・」
矢口があわてて声をかけると、彼女は下の部屋に続く穴の中で背中と足を突っ張って止まり、まっすぐに視線を矢口の方へ向けた。
「・・・一緒に、来るか?」
その真剣な表情の呟きに、矢口はゆっくりと頷いた。
9 名前: 投稿日:2001年05月27日(日)12時53分46秒
>>3さん
速攻でスレ入れていただけて、マジで嬉しかったです!
最初、知り合いの誰かかと思っちゃいました(ニガワラ。

>>5さん
>>6さん
>>7さん
2チャンのスレが消えてから、もう随分たっているので、まさか覚えていてくださった人がいるとは思っていませんした。
ありがとうございます、嬉しいです!
頑張って、今度こそ、完結させようと思っているので、よろしくお願いします!
10 名前: 投稿日:2001年05月29日(火)08時58分11秒

 彼女は、疲れ切ったように足を投げ出して座っていた。
 生きているのか、死んでいるのか、それすら判断出来ない。
 中澤はゆっくり彼女に近づいた。足音は部屋中に響いていたけれど、彼女はなんの反応も示さなかった。すっと手を伸ばして、彼女の首に手を当てる。そして、逆の手で、彼女の胸ポケットを引っ張った。
「・・・『K.Yasuda』・・・」
しばらくじっとしていたかと思うと、中澤はパチパチと彼女の頬を軽く叩いた。
「保田。保田!」
中澤の呼びかけに、ようやく、彼女は目を開けた。
 ── 猫のような目。
 けれど、どこかその目は、ぼんやりと曇っていた。
「怪我は?」
「・・・別に」
彼女のそっけない答えに、中澤は小さく息をついた。
「自分、ずっとココにおったん?」
彼女は中澤を見上げて、しばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「そか・・・」
ふうと溜息をついて、前髪をかき上げると、中澤は部屋を見渡した。
 矢口もそれにつられるように部屋を見渡す。
 けれど、やはり、さっきまでいた部屋となにも変わったところはない。
 まだ開いたままの天井の扉の奥に見える、もうひとつの扉はいつのまにか閉まっていた。
 中澤は、壁にもたれて、またひとつ溜息をついた。
 
 シンとした沈黙が部屋に訪れた。
 知らないとはいえ、他の誰かに会えたことで一度は落ち着いた胸に、また不安がこみ上げてくる。
 矢口は壁にもたれて座り込むと、中澤と保田の顔を交互に見て、膝を抱えた。
 ココはドコなんだろう。
 どうしてココにいるんだろう。
 ── どうすれば、いい?
 答えは出ない。
 疑問だけが、頭の中を回り続ける。
 沈黙を破ったのは、ギィ・・・という、扉が開けられる音だった。
「!」
動き出した扉に中澤が気付いて、壁を離れる。
 中澤の少し後ろで、矢口も、扉が開くのをじっと見つめていた。
 ゆっくりと、扉が下へ降りていく。
 そこに出来た空間から見えたのは、また、ここと同じ作りであるだろうと思われる部屋だった。
「・・・・・」
少し警戒しながら、中澤は目を凝らして扉に近づいた。
 向こうの部屋から、こちらを伺うように顔を出したのは、2人の少女だった。
11 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月30日(水)03時58分07秒
この作品を読んでから本編観たら、無茶苦茶面白かった記憶があります。
ヒソ〜リと応援しています。頑張ってください。
12 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月31日(木)18時09分43秒
おぉう!再開うれCY!
13 名前: 投稿日:2001年05月31日(木)22時33分43秒
「後藤。大丈夫みたいだよ」
「うん」
後藤と呼ばれた彼女は、こくりと頷くと、部屋と部屋を繋ぐ穴によじ登ってきた。そして、こちらの部屋にやって来る。
 扉から飛び降りて、まだ向こうの部屋にいる彼女の方を向いた。
「大丈夫?」
「平気」
頷きながらされた返事は小さくて、こちらの部屋にまで声は届かなかったが、唇の動きで、そう答えていたのがわかった。
 彼女は、扉のそばの梯子を使って、ゆっくりと降りてきた。右足を庇った、ゆっくりとした動き。
 彼女の右足には布が巻き付けられいて、その布は膝から下のズボンと一緒に、鈍い赤に染められていた。
 たぶん、上着を破って巻いたんだろうと、容易に想像がつく。腰に巻き付けられた彼女の上着は、やけに短かかった。
 彼女が床に片足を付いたとき、ずっと心配そうな目で見ていた後藤が手を伸ばす。
「平気だって」
彼女は小さく苦笑した。
 顔を見合わせていた2人が、ゆっくりと中澤と矢口の方を向いた。そして、後藤が部屋を見回して、床に座っていた保田に気付く。
「・・・いったい、何人いるんや・・・」
中澤が眉を潜めて、そう独り言のように呟いた。
14 名前: 投稿日:2001年05月31日(木)22時38分53秒
  >>11さん
そうなんですか! 某所ともども、よろしくお願いします!
そのうち、こっちの方が、ストーリー、先に進むと思いますんで。

  >>13さん
すんまそ〜ん!(藁
元ネタより、かなり頭悪いですが(苦笑)、こんどこそ、終わらせますんで、よろしくお願いします!
15 名前: 投稿日:2001年05月31日(木)22時39分31秒
「・・・みんな、最初から、この部屋にいたの?」
足に怪我をしたほうの彼女が、ぽつりとそう言った。なんとなく、中澤と矢口が互いの様子を伺うように、顔を見合わせる。
 ちょっとした沈黙の後、最初に答えたのは、矢口だった。
「矢口は・・・この上の部屋にいた」
そう言って、天井を指さす。まるでそのタイミングを見計らったように、開いていた天井の扉は軋むような音を立てて、閉まった。
 矢口の答えに、彼女は小さく頷くと、今度は中澤を見た。中澤は軽く首を傾げて、左足にかけていた体重を右足に移動し、口を開いた。
「部屋を4つほど移動した。あんた・・・」
「市井、だよ」
中澤の言葉を遮って、市井は胸ポケットの刺繍を見せた。中澤は「わかった」とでも言うかのように、小さく頷いたが、たいした興味はなさそうだった。
「市井らは、最初から2人、同じ部屋におったん?」
その質問には後藤が頷くことで答える。
「移動したのは、7つくらいかな」
市井がそう言ってから、保田の方を向いた。それに倣うように、中澤と矢口も保田の方を向いた。
 けれど、保田は何も答えなかった。
「・・・アンタは?」
中澤が少し苛立ったように答えを求める。
「・・・ずっと、ココ」
微かに苦笑し、保田はかすれた声で呟いた。
16 名前:no name 投稿日:2001年06月01日(金)03時15分00秒
某所よりこっちが先に行く予定とは…
覚えておこう…   (..)φ
17 名前: 投稿日:2001年06月11日(月)00時31分02秒
「なんで・・・ここにいるの・・・?」
矢口がポツリと呟いた。
 ── どうして、ここに?
 ここに連れてこられたことに、意味があるんだろうか。
「自分は?」
「え?」
「自分は、なんでここにいるんや?」
逆に聞き返されて、矢口は俯く。
「・・・わかんない・・・。いつもと同じようにベットで寝てたのに・・・。気が付いたら、ここに」
「あんたらは?」
「私達も似たようなもんだよ。部活の合宿中だったんだ。2人がたまたま更衣室で一緒になって・・・。私も後藤も記憶があるのはそこまで」
「あんたは?」
視線を向けられた保田は、苦笑して肩を軽くあげた。
「参考にはならないと思うけど? 私もいつもと同じように寝て、目が覚めたらもうここにいた。そういうあなたは?」
「アタシのも参考にはならんよ。仕事が休みやったから、目覚ましかけんと寝たんや。で、目が覚めたら、ここやった」

 なんとなく、そこにいた全員が黙りこんだ。
 意識的に黙り込んだというより、言葉がみつからない ── そんな感じだった。
18 名前: 投稿日:2001年06月11日(月)00時32分32秒
 どうして、ここにいるのか。
 ここはいったいどこなのか。
 ・・・これから、どうすればいいのか。

 考えても、答えは見つからない。

 重い空気を振り払おうとするかのように、矢口が努めて明るい声を出す。
「・・・とにかく。ココに入ってきたってことは、出入口があるってことだよね?」
簡単な話だ。入ってきたということは、入口がある。出たいのなら出口を探せばいい。
「理屈的にはな」
中澤は溜息混じりに呟く。
「どうかな。出入口が残ってるとは限らないよ」
中澤のすぐ後に、はっきりと否定の言葉を口にしたのは、市井だった。
「私達を入れた後で、入口が塞がれてる可能性だってある。考えられないことじゃないでしょ?」
強い口調でそう言った市井に、中澤は僅かに口元に微笑みを浮かべた。
「・・・ホンマに、そう思ってるん?」
市井はきゅっと唇を噛んで、眼を逸らした。
「・・・中澤さん」
不安気に近づいてきた矢口の肩に、中澤は軽く手を置いた。そして矢口の耳元で、ポツリと呟く。
「ホンマにそう思っとるヤツが、7部屋も移動するわけないやろ?」
不安になりかけとるだけや、と、続けて、中澤は微かに微笑んだ。
19 名前: 投稿日:2001年06月16日(土)12時31分05秒
 ギィ・・・、と、小さく音が響いた。
 その部屋にいた5人全員が、音のした扉の方へ視線を向ける。
「・・・どーやら、5人だけじゃなかったみたいだね」
市井がそう言い終わる前に、扉は降りた。
 そして、向こうの部屋からゆっくり、誰かがこっちへ向かってきた。
 小柄な少女だった。
 5人を警戒した目で見つめていた。
 身体を強ばらせたまま、壁を背にしているその姿は、まるで追いつめられた小動物のようだ。
 中澤が様子を伺うように一歩近づくと、彼女はあからさまにビクッと肩をすくませた。
「なんもせんよ。そんな警戒されても困るわ」
困ったように溜息をついて、ゆっくりと中澤は両手をあげる。
「アンタ、名前は?」
「・・・安倍・・・」
掠れた声で、そう彼女は呟いた。
「安倍? 安倍、やな。アタシは中澤。アンタは、ずっと隣の部屋にいたんか?」
安倍は首を振った。
「・・・・・」
続きの言葉を待ったが、安倍はそれ以上、何も言わなかった。
20 名前: 投稿日:2001年06月16日(土)12時33分00秒
「もしかして、他にもいるのかな・・・」
矢口がポツリと呟く。
「そうかもしれんな」
「・・・・・」
少し考えてから、矢口が壁の梯子を昇り始めた。
 そんな矢口に、中澤がきょとんとした目を向ける。
「なにするんや?」
「もしかしたら、隣の部屋にも誰かいたりするのかなと思って」
よいしょ、と、矢口は扉を開けた。そしてその中を覗き込む。
 扉の向こうは、やっぱり同じ立方体の部屋があって、誰か人がいる気配は無かった。
「・・・誰もいないのかなぁ」
ここからは死角になっているトコにいるかもしれないと思い、矢口は向こうの部屋へ進もうとした。
 その時だった。
「アホっ・・・!!」
ぐいっと腰を掴まれて引き戻される。何が起こったのか理解する前に、背中から床に落ちた。
「・・・いったー・・・!」
「死にたいんか!?」
いきなり怒鳴りつける中澤を、矢口は呆然として見上げた。
21 名前: 投稿日:2001年06月16日(土)12時36分33秒
「え・・・?」
「トラップが仕掛けられてる部屋かてあるんや!!」
いきなりの痛みと噛みつくような叫びに半分パニック状態に陥りながらも、矢口はなんとか中澤の言葉を聞き止める。
「・・・トラップって・・・」
中澤が答える前に、市井が呟いた。
「まだ、知らなかったんだ」
市井が後藤に肩を借りて、靴を脱いだ。そして紐を解いて、靴の一番上の穴にくくりつける。
「・・・何するの?」
中澤と後藤は市井がしようとしていることを、もう予測出来ているようで、何も言わなかった。 
 市井は梯子を昇り、矢口が入ろうとしていた部屋に靴を投げ込んだ。
 その瞬間、ボッと赤い炎が部屋を埋め尽くす。
 紐の先に、靴はなかった。
22 名前: 投稿日:2001年06月16日(土)12時37分07秒
 「命拾いしたね」
ブスブスとまだくすぶっている紐を、市井が床の上に落とすと、後藤が踏みつけて火を消した。
 静けさが訪れた隣の部屋を覗き込むと、部屋の真ん中に、黒い物体が転がっているのが見えた。
 もし、引き戻されるのが遅かったら、あそこで転がっているのは、自分の身体だったかもしれない。
 そう思うと、ゾッとした。
 微かに、矢口の手が震えだす。
「その足の怪我、トラップで、か?」
中澤の言葉に、市井は小さく頷いた。
「怪我だけですんだんだから、ラッキーだよ」
「・・・せやな」
2人の会話を遠くに聞きながら、矢口の心臓はバクバク音を立てた。
 ようやく、自分が置かれている状況を、本当に把握した気がする。
「・・・平気や」
震えている矢口の手を、中澤が掴んだ。
「・・・中澤さん?」
「ちゃんと、出られる」
目をそらせたまま呟かれたその言葉は、まるで中澤が自分自身に言い聞かせているようだった。
23 名前: 投稿日:2001年06月16日(土)12時40分39秒
 「選択肢は2つや」
中澤がすっとみんなを見回して、そう言った。
「出口を探すか、このままココでじっとしているか」
中澤が提示したふたつの単純な選択肢に、みんなは考え込むように眉を潜める。
 そんななか、保田がふっと苦笑した。中澤の目が保田に向く。
「じっとしていたら、誰かが助けてくれるとでも言うの?」
呆れたような口調の保田に、中澤は目をそらして溜息をついた。
「知らんよ、そんなん。だた、じっとしてるっていう選択肢もあるってだけや」
「で、3日後には仲良くあの世行きってわけだ」
「助けが来るかもしれないじゃん!」
2人の間を割って、矢口が叫んだ。
「“誰か”が“私達”をここに連れてきたんだよ? 何の為になのかは思いもつかないけど。どう考えたって普通じゃない。・・・多分、私達、監視されてるよ」
保田の言葉に、矢口は何も言えなかった。
 誰も何も言わなかった。
 小さな溜息をついて、ぽん、と、中澤が軽く矢口の肩を叩いた。
24 名前: 投稿日:2001年06月16日(土)12時41分44秒
 ── わかっている。
 助けは来ない。理屈なんてことではなくて、ただ、本能的に感じている。

 助ケハ、来ナイ。

 だからこそ、罠があると知っていても、出口が無い可能性を考えつつも、こうしてこの迷路を進んできたのだ。
「挙げ句、ここには食べ物どころか、水もない。3日も、もたないかもね。歩き回れば、なおさら。空腹、脱水症状、幻覚。・・・どこまでもつかな」
「・・・やめてや。そんなん考えてもしゃーないやろ?」
「でも事実」
「事実かもしれんけど、今は考えるべきことちゃうやろ」
吐き捨てるように中澤は言った。その言葉に保田は肩を揺らして苦笑する。
「お気楽になれって?」
「違う。目の前のことだけ考えろ、て、言うてるんや!」
不意に、ガシャンという音が部屋に響く。壁際に立っていた安倍が、壁に背中をぶつけた音だった。
 そんなに大きな音ではなかったが、中澤と保田を黙らせるには充分だった。
「・・・もうやだよ・・・。夢なら・・・、夢なら覚めて・・・」
そう呟きながら、安倍はズルズルと崩れるように座り込んだ。
25 名前: 投稿日:2001年06月16日(土)12時43分49秒
「・・・もうやだ」
ぎゅっと握り締められた拳が、小刻みに震えていた。
「もうやだ! もうやだよ!」
何かが切れたように、安倍が叫び出す。
「もうやだ! こんなの、もう死んだほうがマシだよ!!」
「じゃあ、死ねばええやろ!!」
中澤が吐き捨てるようにそう叫んで、安倍を睨み付ける。そして、ツカツカと安倍の方へ歩いていくと、乱暴に襟元を掴んだ。
「痛っ・・・」
無理矢理、安倍を部屋の中央まで引きずって行ったかと思うと、中澤は床の扉を開けた。
 中澤の行動についていけずに、ただ呆然と2人を見つめる4人の真ん中で、中澤はぽっかりと開いた空間を、顎でしゃくって示した。
「飛び降りたらええやん。簡単やろ?」
その言葉に、誰より早く反応したのは矢口だった。
「中澤さん!」
中澤のそばへ駆け寄って、矢口が中澤の腕を掴む。けれど、中澤は矢口の方を見ようともせず、ただ冷たい視線を安倍に向けていた。
26 名前: 投稿日:2001年06月16日(土)12時44分31秒
 「トラップがあるかどーか、まだわからん。飛び降りてみて、生きてたら運があったと思って、先に進めばええ。トラップのある部屋やったら、それで、終わりや」
息を飲み込んで、安倍がおそるおそる覗き込む。足下の部屋は、静かに、安倍を飲み込むことを待っているようにも思えた。
「そんなことしたらっ・・・」
「死んだほうがマシや言うたんは、コイツやで?」
「・・・でもっ・・・」
止めようとする矢口を片手で押さえて、中澤が安倍の背中を押した。
「・・・ひっ!」
「中澤さん!!」
反射的に、安倍は、左腕を突っぱね、何かにしがみつこうとするように右手を伸ばした。けれど、その右手は宙を掴む。
 落ちる、と、思ったそのとき、安倍の肩をしっかり抱え込んでいたのは、中澤の両腕だった。
「・・・な・・中澤さん・・・」
はー・・・、と、長い安堵の溜息をついて、矢口がそこに座り込む。そんな矢口と、半ば呆然と中澤を見上げる安倍に、中澤は、苦笑して小さく溜息をついた。
「・・・身体は、死にたくないって、言ってるやろ?」
「・・・・・」
安倍の目にうっすらと涙が滲みだす。
「・・・こ、怖かっ・・・、怖かったよぉっ・・・!!」
ぎゅっと中澤の身体にしがみついて、安倍は、大声を上げて泣いた。
27 名前: 投稿日:2001年06月16日(土)12時47分07秒
 いつもと同じように眠りについて、次に目を開けたときには、何もない真四角の部屋の中にいた。
 起きあがると背中が痛んだ。
 怪我をしているとか、そういう痛みではなく、ベットではなく、ずっとこの堅い床の上に長い間寝ていたような痛みだった。
 実際、長い間、ここに寝ていたのかもしれない。
 それでも、手をついた床は、ひやりと冷たかった。

 最初は、夢かと思った。
 けれど、夢にしては、やけに現実味を帯びている。
 ガシャンと妙な機械音に顔を上げる。跳ね返って木霊する、その欠片がここまで届いた、そんな感じの音だった。
28 名前: 投稿日:2001年06月16日(土)12時47分41秒
 金属質をバックに、見慣れた石黒の姿が見えた。1辺が1mほどの正方形の扉を、ゆっくりと下へずらしていた。そしてそこに、空洞が出来る。
「・・・彩っぺ」
無意識に、名を呼ぶ。石黒はその声に気付くと、安倍の方を向いた。
「大丈夫?」
安倍はこくりと頷いた。
 なにが大丈夫なんだか、よくわからなかったけれど、とりあえず、自分の身体に異常はない。
「・・・ここは?」
安倍のもっともな疑問に、石黒は肩をすくめる。
「わけわかんないよ。ドア、開けてみても、あるのはココと似たような部屋だしさ」
茶色い髪を少しいじって、小さく溜息をつく。
「もしかして、ずっとこういう部屋が続いてるのかもね」
「・・・そんな・・・」
得体の知れない恐怖が、ザワザワと嫌な感覚で背中を伝い始める。安倍はぎゅっと自分の身体を抱きしめた。
「なっちも来る?」
なんでもないことのようにそう言って、返事も待たずに、石黒は、ひょいと、壁の穴へと体を滑り込ませた。
「彩っぺ?」
「ココにこのままいても、しかたないじゃん」
「・・・それはそうだけど」
次の部屋に進もうとする石黒の後ろに、おそるおそる安倍は近付いた。
「・・・平気?」
「平気っしょ。・・・ん?」
穴の真ん中あたりまで進んだ石黒が、何かに気付いたように、動きを止めた。そして、目を凝らせて、膝をついた床を見る。
「なに?」
「んー・・・。なんか、書いてある」
「え?」
「ほら」
身を乗り出して、覗き込んで来た安倍に、石黒は、身体をずらせて、穴のつなぎ目を指さした。
 そこには、小さな銀色のプレートが埋め込まれていた。そして、プレートに掘られていたのは、3つの数字。
「・・・えっと・・・“32・14・、・・・42”?」
「あ、こっちにもある。“54・46・8”・・・か。なんだろね、コレ」
「もしかして全部の部屋にあるのかな」
当然の疑問を口にした安倍に、
「調べてみよっか」
と、石黒が促す。
 顔を見合わせて、安倍は頷いた。
29 名前: 投稿日:2001年06月16日(土)12時51分49秒
 思った通り、6辺すべてのつなぎ目に、プレートは埋め込まれていた。
 そして、”61・27・32”の数字が、この部屋のプレートに刻まれていた。
「そっちはなんだった?」
「05・23・18」
「んー・・・」
石黒が、ポケットに入っていたというソーイングセットの中からまち針をとりだして、床に数字を並べて書いた。
 カリカリと、普段ならあまり聞きたくない音が響いた。

  61・27・32
  32・14・42
  54・46・08
  05・23・18
  12・28・42
  10・06・08
  32・28・02

これといった共通性は、思いつかない。
「・・・なんだろ・・・」
「んー・・・」
二人揃って頭をぽりぽりと掻いた。
「・・・”61・27・32”ってのが、この部屋番号だと思って間違いないよね、多分」
石黒の言葉に、安倍が頷く。
「全部の部屋に番号がついていて・・・」
けれど、その先に考えが及ばない。
 不意に、ガタンと遠くで音が響いた。 
 どこから聞こえたのか、想像も付かなかったけれど、なんとなく顔を上げた。
「・・・なんだろうね、今の音」
「さぁ。空気清浄機でも作動してるのかな?」
7行の数字を見ながら、コツコツと爪で叩く。
「・・・とりあえず、進んでみよっか」
30 名前: 投稿日:2001年06月16日(土)12時52分38秒
 なんの気なしに、“05・23・18”の部屋を選んだ。
 扉をあけて、通路をくぐる。
 彩が、様子を伺いながら、向こうの部屋に降りようとした瞬間、部屋が大きく揺れた。
「!」
地震が起こったのかと思った。
 けれど、違った。部屋が動いているのだ。
 バランスを失って、彩が向こうの部屋へ落ちる。
「彩っぺ・・・!!」
「なっちっ・・・!」
手を伸ばそうとしたとき、彩のいる部屋は落ちていった。
 そして同時に、大きな悲鳴も聞こえた。
「・・・!?」
聞いたことのない、背筋が凍るような悲鳴だった。
 安倍は、目の前を金属の壁が落ちていくのをただ見ていることしか出来なかった。
ガシャンと大きな音をたてて、揺れは収まった。
「・・・あ・・・、彩っぺ・・・?」
おそるおそる通路に入り、隣の部屋をのぞき見る。その向こうに、彩の姿はなかった。
 そっと指でプレートをなぞる。
 数字は、“42・27・32。
「・・・・・」
この部屋のプレートのそばに、濡れた感触を覚えた。
 薄暗くてよくわからなかった。
 なんだろう、と思って、安倍はその辺りを手のひらでさすった。
 こつんと何かピーナッツほどの大きさのものが小指に当たった。
「ひっ・・・!」
それを拾い上げて、思わず安倍は引きつったように叫んだ。
 それを払うように手離して、元の部屋に駆け戻る。
 吐き気がした。
 手の平の感触が、気持ち悪い。
 深呼吸を繰り返し、なんとか吐き気をやり過ごす。
 一旦着いた手をあげると、赤く手の跡が付いていて、また吐き気がした。

 部屋は、彩を閉じこめたまま、どこかへ行ってしまった。
 彩の、── 指先だけを残して。
31 名前: 投稿日:2001年06月16日(土)12時53分40秒
・・・あ。
表記、「彩」じゃなくて、「石黒」ですね。すみません。
32 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月16日(土)13時06分19秒
本格的始動ですね。
たのしみ。
33 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月16日(土)19時45分08秒
ここから先を待ってました☆☆ 期待期待
34 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月22日(金)00時41分24秒

彩っぺ……(涙)
35 名前: 投稿日:2001年07月03日(火)20時06分53秒

 「私は行くよ」
市井が、そう呟いた。
 靴を脱いで裸足になると、市井は、さっきと同じように、靴の紐を解き始めた。
「じっとしてても、しょうがないし」
そう続けて、市井は後藤を見た。
 どうする? と、問いかける瞳に、後藤は市井のそばへと歩いていった。
「・・・アタシも行く」
掠れた声だった。
 矢口が、中澤のほうをちらりと向くと、中澤はただ眉を潜めて、2人を見つめていた。
「・・・待って」
ようやく泣きやんだ安倍が、立ち上がった。
「闇雲に進んだってしかたないよ」
市井を押しのけるように、隣の部屋の扉を開け、通路をのぞき込む。
「ここ、トラップの部屋だと思う」
「え・・・?」
怪訝そうに市井が顔をしかめた。
「なんで・・・」
「・・・気付いてない? この部屋、ひとつひとつに、部屋番号がついていること」
「部屋番号・・・?」
コン、と、安倍が通路を拳で叩く。その叩かれた場所を、市井は少し不機嫌そうな表情を見せながらも、安倍を模倣するように、のぞき込んだ。
36 名前: 投稿日:2001年07月03日(火)20時09分51秒

「・・・43・21・34・・・?」
市井が読み上げ終わる前に、安倍が呟いた。
「その3つの番号に素数が含まれていたら、トラップが仕掛けられてるんだよ」
「・・・素数?」
「『たぶん』だけど」
「それがわかってるんだったら・・・!」
「・・・394」
「え?」
「・・・私が、部屋を移動した数」
すっと部屋の温度が下がった気がした。
37 名前:CUBE好き♪ 投稿日:2001年07月05日(木)21時00分19秒
数学少女が安倍さんか〜。たぶん全然違う展開になるんだろうけど楽しみッス。
38 名前: 投稿日:2001年08月05日(日)08時24分32秒
「394・・・?」
中澤が眉間に皺を寄せて、まるで、その数を自分に覚え込ませようとしているように、繰り返す。
「・・・見る?」
自虐的に、口元だけで微笑んで、安倍は上着を脱いだ。
「・・・?」
市井が険しい顔で、安倍のTシャツに目を凝らす。白いTシャツの腹部に、油性マジックで書かれたと思われる、小さな文字で書き殴った6桁の数字がびっしりと並んでいた。
「今まで、移動した部屋の数字。目印になるかと思って書いてたけど・・・」
安倍の言葉が終わる前に、市井は苛立ちを素直に顔に出して、目を背けた。
 中澤は、溜息をついて座り込んだ。
39 名前: 投稿日:2001年08月05日(日)08時32分31秒
矢口が、ゆっくりと中澤の隣に腰掛けた。膝を抱えて、中澤の方を見る。
中澤は、矢口に気付いていないのか、俯いたままじっとしていたが、しばらくして、ゆっくりと顔をあげた。
「・・・・・」
うまく、言葉が出てこない。
 けれど、それは矢口や中澤だけではなかった。部屋の中で、声を発するものはいなかった。
 喉はカラカラに乾いていた。
 中澤が、また小さく溜息をついて、俯いた。丸まった背中が、矢口にはやけに小さく見えた。
40 名前: 投稿日:2001年08月05日(日)08時40分41秒
 ここで、死ぬんだろうか。
 ・・・いっそのこと、トラップの部屋に飛び込んだほうが、楽なんだろうか。
 そんなことを矢口が考えていると、不意に、中澤が顔を上げた。
「・・・泣かんとき。疲れるで」
そう言いながら、中澤が矢口の目元に服の袖を押し当てた。
 それは、思いがけない言葉だった。
 押し当てられた服にじわりとした湿りを感じて、自分が泣いていることに気付いた。
 一度自覚をすると、涙は自己主張するように、あふれ出した。
「・・・っ・・」
こぼれていく涙が、中澤の袖を濡らしていく。
「・・・ココ出たら、ナンボでも泣いてええから」
「・・・う、ん・・・」
一生懸命息を整えてから、唇をきゅっと結んだ。

 ・・・矢口、こんなに、弱かったっけ。
 こんなに、泣き虫だったっけ。

 もっと、自分は、強いと思っていた。

 ・・・ココをでたら。

 気休めでもよかった。
 嘘でもよかった。
 それでも、その言葉を信じようと思った。

 涙はなかなか止まらなかったし、絶望にも似た、胸の不安は消えなかったけれど。
41 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月14日(火)02時54分51秒
更新、待ってます・・・
42 名前:名無し読者は待ってます 投稿日:2001年08月14日(火)04時05分38秒
おもしろそう。

なっちの最初にいた部屋 61・27・32の 61って素数じゃないのかな…
(なっち自身がトラップとか)
43 名前: 投稿日:2001年08月16日(木)21時49分13秒
>なっちの最初にいた部屋 61・27・32の 61って素数じゃないのかな…

・・・あ(汗)。
しまった・・・。ちょっと辻妻あうように頑張ります。頭弱い作者ですみません。

44 名前:名無し読者の三枚開き 投稿日:2001年08月18日(土)02時23分07秒
彩っぺがひっかかってしまった(涙)、05・23・18は二つ素数があるから…
1つだと50%、2つは75%、3つは100%の確率で発動するとか。

でも他の二つの数字は他の意味がありそう。
っていうか、二つ目の数字が素数だったらトラップ…にしたらいいのかも。
45 名前:読んでる人 投稿日:2001年08月26日(日)09時38分36秒
そろそろ続きをお願いします。
46 名前: 投稿日:2001年08月28日(火)22時33分51秒
「ちょっと待ってよ」
しばらく腕を組んで黙り込んでいた市井が、安倍の方へにじり寄った。
 そして、びっしりと文字の書かれたTシャツを半ば強引に引っ張る。
「・・・61って、素数じゃないの?」
その一言に、全員が市井と安倍を見る。
 周りの視線を意識しながら、安倍はゆっくりと口を開いた。
「・・・そうだけれど。61は最初にいた部屋なんだもの。・・・例外とでも思わないと・・・」
「例外なんかあったら、お手上げじゃんか」
眉を潜めて、市井は乱暴にTシャツから手を離した。
47 名前: 投稿日:2001年08月28日(火)22時43分35秒
「・・・61?」
部屋に、低く、確認するように、声が響いた。
 保田だった。
「今、61って言ったよね?」
「言った・・・けど?」
「ホントに? 間違いないの?」
今までの無気力な声ではなかった。そこには、はっきりとした強さがあった。
「・・・なんや、いったい」
いきなりどうしたんや、と、中澤が言い終わる前に、保田は怒っているのかとも思えるようなはっきりとした口調で言い切った。
「あるはずないんだよ、そんな部屋」
48 名前: 投稿日:2001年08月28日(火)22時47分35秒
レス、ありがとうございます。書き続けていく励みになります。
相変わらず遅くてすみません。
49 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月31日(金)22時14分58秒
応援してます。ドキドキしますね〜。
50 名前:読んでる人 投稿日:2001年09月09日(日)10時36分22秒
続きまだてすか?
51 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月28日(金)01時46分28秒
期待sage
52 名前:読んでる人 投稿日:2001年09月30日(日)11時48分52秒
今月は更新なしですか・・・
53 名前: 投稿日:2001年10月05日(金)19時36分37秒
「・・・どぉいうことや?」
「部屋は60までしかないはずだって言ってるんだよ」
「なんでそんなことが言い切れるんや」
「・・・私も関わってたんだもの。この建物の設計に」
その言葉にカッとしたように、市井が保田に詰め寄った。
「なっ・・・! なんなんだよ、それっ!!」
ぐいっと胸ぐらを捕まれて、保田の身体が揺れた。
「じゃあなに!? アンタは、ここの構造知ってて、何も言わなかったってわけ!?」
「・・・っ」
ドンと壁に背中がぶつかり、保田は顔をしかめた。そして、市井を噛みつくような視線で睨みつける。
「・・・構造までわかってりゃ、苦労しないわよ!!」
54 名前: 投稿日:2001年10月05日(金)19時43分10秒
ちょこっとだけ、更新です。今月は、進めたいなぁと思ってます。
55 名前:読んでる人 投稿日:2001年10月31日(水)21時04分58秒
今月ももう終わりですね・・・
56 名前: 投稿日:2001年11月12日(月)00時16分17秒
市井はその視線に戸惑うように、腕を振るわせる。保田はパシッと胸ぐらを掴む手を振り払い、苛立ちをあらわに目を逸らした。そして、大きく息を吐く。
「・・・どーいうことなんか、説明してもらおか?」
ゆっくりと、どこか威圧めいた声で、中澤が呟く。
「何を、知ってるんや?」
「私が知ってるのは、この建物が216000の部屋から成る立方体ってことだけ。他にはなにも知らない。まさか、人間をいれるモノだなんて思ってもみなかったけどね。・・・ましてや、自分が入るハメに陥るなんてね」
自嘲気味に、保田は笑った。
57 名前: 投稿日:2001年11月12日(月)00時50分58秒
 >55 名前 : 読んでる人さん
>今月ももう終わりですね・・・
今月(11月)も早くってこわいです・・・(滝汗)。
58 名前: 投稿日:2001年11月12日(月)01時02分18秒
このスレは、1998年に公開された「キューブ(Cube)」というカナダ映画サスペンス映画の世界を元に書いてます
(が、映画は、もっとしっかりした謎解きとか、人間心理が描かれているので、
「映画(元)はこうだったのに」とか言われても困るんですけど(ニガワラ。
そのうち、カップリングもでてくる予定ですし)。

案内板の名作集で起こった問題を議論するスレで議論されていましたが、
この板もそれにあてはまるんじゃないかとも思いつつ、
(2chで始めた時には書いてたんですが、こっちの板で再開したときには書かなかったし、
「CUBE」は知る人ぞ知る名作で、有名みたいなんで、まぁ書かなくてもわかるかな、と思ってました。)
完結させたいし(更新が放置気味に遅いですが)、自分では、パクリではなくパロディの域として書いている(つもり)ので、(とりあえずsageで)続けることにします。
59 名前: 投稿日:2001年11月12日(月)01時03分43秒
「・・・一辺の部屋数が60ってことか。60×60×60・・・せやな。216000や。どこのアホや、そんなん作ったヤツは・・・」
中澤は、溜息をついて軽く目を伏せる。それから、ゆっくりと目を開き、ぼんやりと視線を泳がせた。
「・・・あるはずのない61番目の部屋か・・・」

 ──「あるはずのない、部屋」。

 矢口は心の中で繰り返した。
「・・・『あるはずのない部屋』・・・」
ぽつりとそう呟く。
「どうしたんや?」
きょとんとして顔をのぞき込んできた中澤に、矢口は小さな声で、ふいに思いついた言葉を口にしてみた。
「・・・もしかして、その部屋が出口だとか・・・?」
「え?」
怪訝そうな表情を浮かべた中澤に、慌てて矢口が手を振った。
「ちょ、ちょっと思っただけっ。部屋番号が60までしかないなら、61は箱の外にあるんじゃないかって・・・」
「・・・それは・・・」
「やめてよ!!」
中澤の声をかき消すように叫んだのは、安倍だった。
60 名前: 投稿日:2001年11月12日(月)01時05分47秒
「動かなきゃ良かったってこと? そのままあの部屋にいたら、助かったってこと!?」
ヒステリーに近い声でわめく安倍が矢口ににじり寄った。
「いいかげんなこと言わないで!」
「・・・ちょっ・・・」
中澤が慌てて安倍と矢口の間に入った。それでも安倍は中澤の姿なんか見えていないかのように、矢口に言葉を投げつける。
「いいかげんなこと言わないで! 私達がいた部屋はっ・・・」
「少しは冷静になれや! あんたは、今までに移動した部屋の番号、控えてるんやろ? なら、その逆に進んでったら、戻れるはずやんか」
後藤がぽつりと呟いた。
「たぶん、それ無理」
61 名前: 投稿日:2001年11月12日(月)01時06分24秒
市井が後藤の方を見る。市井だけではなく、その場にいた全員が後藤を見たが、質問を口にしたのは、市井だけだった。
「・・・後藤。なんでそう思った?」
つまらなさそうに後藤は前髪を掻き上げる。
「番号のついた部屋はバラバラに並んでる。外にあるはずの部屋は外に繋がってない。じゃあ、部屋が移動してるってことじゃん」
一旦言葉を区切り、後藤は安倍の方を向いた。
「・・・でしょ? 61の部屋、外につながってなんかなかったでしょ?」
「・・・つながってたら、こんなとこにはいないよ・・・」
安倍の言葉に、後藤は小さく何度か頷いた。
62 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月12日(月)02時35分41秒
55さんではないけど、WWWCに入れてずっとチェックしてまっせ〜。
今月中にもう一回くら更新はあるんかな。まあマイペースで。
続き期待してます。
63 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月18日(日)15時22分56秒
そうだな、月1ぐらいはして欲しいかな。
かんがれ
64 名前: 投稿日:2001年11月20日(火)00時49分51秒
 様子を伺うように、矢口がきゅっと腕を掴んで、後ろから中澤をのぞき込むように見上げた。
「・・・じゃあ、このままじっとしてたら、いつかは外に出られるってこと・・・?」
中澤は勘弁してや、と溜息混じりに呟く。
「216000部屋やで? どのくらいのスピードで移動してんのか知らんけど、何日かかると思うねん」
「・・・そっか・・・。そうだよね」
「でも、うまくいったら、60部屋程度の移動で済むかもしれんってことやな」
「え?」
「現在位置がわからん以上、出口が1つとして・・・、一定方向に進んでいけば、4分の1の確率で出口がある壁にブチ当たるわけや」
「地下は論外として、5分の1じゃない?」
2人の話を聞いていた保田が、そう言って上を指さした。
「・・・あ、でも。上も違うんじゃないかな」
同じように、矢口も上を指さす。
「だって部屋番号が初めにあった場所を示すんだとしたら、61・27・32は、座標じゃない? 横61、奥行27、高さ32、って」
「・・・そうか。そうか!」
ぱっと中澤の顔が明るくなった。
「行こう! 出られる。絶対、出られる!」
初めて聞く、明るい声だった。
65 名前: 投稿日:2001年11月20日(火)00時53分10秒
 >62さん、63さん
ありがとうございます。せめて、月1では更新していこうと思います。
66 名前: 投稿日:2001年11月20日(火)00時53分41秒
 通路をくぐり抜け、市井は次の部屋に足をついた。後藤がその後に続く。
「・・・珍しく、よく喋ったじゃん、後藤」
「んー?」
曲がった襟を気にしながら、後藤は第一ボタンをいじっていた。
「だってさ、なんか市井ちゃんも動こうとしないしさ。じっとしてるの、めんどくさくなった。お腹もすいたし」
「あっそ」
あは、と、後藤は笑った。
「出たら、お腹いっぱいご飯食べたいなぁ」
「・・・出れたらね」
市井は苦笑いして、後藤の頭をそっと撫でた。
67 名前: 投稿日:2001年11月20日(火)00時54分15秒
 市井、後藤、安倍の3人が向こうの部屋に移動したあと、
「・・・あの推理、合ってるといーね」
ポツリと保田はそう呟いて、通路に続く梯子に足をかけた。
 保田が通路に潜り込んだのを見送ってから、今度は矢口が梯子を上り始める。2段ほど上ったところで、矢口は足を止めた。
「・・・どぉしたんや?」
きょとんとした中澤に、矢口は身体を反転させた。頭ひとつ分の身長差が、梯子の高さで逆転する。
 矢口は一段落りて、中澤と視線を合わせた。
「お礼。まだ、言ってなかったと思って」
「お礼?」
「助けてくれて、ありがとう」
「・・・まだ助かったわけやないで?」
「トラップのある部屋に入りかけたとき、止めてくれたでしょう?」
「・・・ああ・・・、あれか」
かめへんよ、と言って、中澤は笑った。
「アタシも、突き飛ばしたようなもんやし。・・・ごめんな」
矢口はぶんぶんと首を振った。その小犬みたいな様子に、また中澤が笑う。
68 名前: 投稿日:2001年11月20日(火)00時55分12秒
「・・・そぉいや、あんた、アタシの名前知ってたな?」
「え?」
「『中澤さん』て、呼ばんかった?」
「あ。胸の刺繍・・・。それ、見て」
「・・・ああ、そっか」
自分の胸の刺繍を指でなぞった。
 このゲームに巻き込まれた、証だ。
「裕子や、アタシ。中澤裕子」
「・・・裕子・・・さん?」
「ドコにでもありそーな名前やろ?」
そう言って苦笑いした中澤に、矢口もつられるように笑った。
「矢口もそーだよ。・・・真里って言うの」
「真里、か」
「うん。でも友達には矢口って呼ばれてる」
「わかった。矢口、やな」
「うん」
「アタシは、裕ちゃんって呼ばれてるよ」
「・・・裕ちゃんって、呼んでいいの?」
「えーよ」
「・・・うん。ありがと」
すっと中澤の手が差し出された。その手に、矢口は自分の手を重ねて、きゅっと握りしめる。
 矢口と同じくらい、小さな手だった。
69 名前:読んでる人 投稿日:2001年12月03日(月)10時07分00秒
あ、更新されてる♪
読む度に続きを早く読みたいと思うんだけど・・・
まあ、マターリと待ってます。
70 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月31日(月)13時48分48秒
影びさんのファンなんで、じわっとROMりながら楽しみにしています。
彩っぺはどこに消えたのかかなり気になってますが、まだまだ先なんだろうなぁ。
71 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月11日(金)22時04分49秒
更新まだかなぁ?
待ち続けますが。
72 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月21日(月)14時15分23秒
これだけ間隔開くとちょっと心配(w
73 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月30日(水)01時40分20秒
ま、いつも通りお待ちしておきましょ。
今回は終らせたいという言葉を信じて。
74 名前:名無しちゃむ 投稿日:2002年03月11日(月)03時44分31秒
マツテイマス
75 名前: 投稿日:2002年03月11日(月)14時34分51秒
幾つの部屋を移動したのか、もうとっくに分からなくなっていた。
「……06.12.51。……51って、素数?」
市井の問いに、中澤は小さく首を振る。
「3で割れる」
頷いて、その部屋に移動する。
 最初は、おそるおそる移動し、罠がないことに、その都度ホッとしていた。けれど、もう、その感覚さえも麻痺している。
 市井が横の扉を開けたとき、不意に、風が飛び込んできた。
「……あ」
その冷たい風は、全員の神経に触れた。
 扉の向こうに、部屋はなかった。
「……外?」
そこにあったのは、薄暗い空洞だった。
「……違う、みたい」
市井が身を乗り出して、部屋の外の様子を伺う。
 覗き込んでみても、見上げてみても、目に映るものは外壁。
「……降りれる?」
一番後ろにいた安倍がそう言った。
「……無理だろうね。降りれたとしても……」
あの壁を、登ることは出来ない。
 部屋から3メートルほど離れたすぐ目の前には、同じような壁がそびえ立っていた。部屋から漏れる光を反射して、金属質の壁が僅かに、冷たく光る。
 誰ともなしに、溜息をついた。
 そしてその場に座り込む。
 開けられたままの小さな扉の向こうの闇から、風は吹き込み続けていた。
76 名前: 投稿日:2002年03月11日(月)14時36分17秒
 喉が痛かった。
 小さく、細く息を吐く。
「水……飲みたい」
「……せやね……」
「水があったら、もう少し……」
「……そうかな」
「え?」
扉を閉めながら、安倍は言葉を続けた。
「水があったら、もっと早く死んでるかもしれないよ」
「え……」
どういうこと? と、矢口は小さく呟いたけれど、安倍はそれ以上何も言わなかった。
 ちゃんと聞こえていたはずの中澤も何も言わなかった。ただ、おもしろくなさそうな顔で、天井を見つめていた。
「……今の、いったいどういう……」
「……『カルネアデスの板』やろ?」
「え?」
77 名前: 投稿日:2002年03月11日(月)14時39分59秒
 ──『カルネアデスの板』。

 その話は知っていた。
 船が沈没したときに、1人だけを浮かばせることの出来る板を奪い合って、他の1人を突き落としても、それは、法律的には罪にならない。
 けれど、中澤がその話を口にした意味が、矢口はすぐに察知することが出来なかった。困惑した表情の矢口に、中澤が言葉を続ける。
「幸い、アタシらに、板は1枚も与えられてんってコトや」
眉を潜めて、中澤は目を閉じた。

 もし、水があったら、その水の奪い合いが始まる。── それこそ、命懸けの。

「……中澤さんは、もしそうなったら、矢口を殺す?」
「……そーなってみんと、わからんなぁ」
その言葉に、ぽつりと保田が呟く。
「──こーいうときは、さっさと死んだほうが楽じゃない?」
「……」
中澤も答えなかった。代わりに、少し皮肉めいた口元だけの笑みを見せた。
 そして、溜息をつくと、足を投げ出し、壁にもたれ込んだ。
「……少し、眠りたいわ」
独り言のようにそう呟いて、中澤は目を閉じた。
78 名前: 投稿日:2002年03月11日(月)14時43分45秒
 長い時間がたったようにも感じたし、あっという間だったような気もした。
 ギィ……という、重い音が耳に届いて、自分が眠っていたことに気付いた。
 はっとして、隣を見上げる。
 すぐそこに、目を閉じている中澤の姿を見つけて、ほっとした。ピクリとも動かない中澤に、今度は不安になって、じっと見つめる。僅かとはいえ、胸が規則的に上下していることに、もう一度ほっとした。
 何時なんだろうと思ったけれど、時間を知る術はなかった。

 目を覚ますきっかけになった音が、ようやく扉の開く音だと思い当たって、周りを見渡す。
 殆どの者が眠りについている中で、市井だけが、扉を開け、部屋の外の暗闇を見つめていた。
「……市井、さん?」
何の気なしに、背中に呼びかける。
 市井は、ゆっくりと振り返った。
79 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月13日(水)07時01分48秒
更新ダヨー ・゚・(ノД`)・゚・。ウワァァァァァァァァン!!!!
80 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月13日(水)21時59分33秒
ウワァァイ!!待っててヨカタヨ!!
81 名前: 投稿日:2002年03月16日(土)19時43分05秒
 振り返ったその表情に、なにか違和感を感じて、背筋が少し冷たくなった。
「……どうしたの?」
おそるおそるそう呟いて、ゆっくりと近づく。
 市井は、口の端を小さく上げ、曖昧な笑みを見せた。
「……と思って」
「え?」
聞き取れない、掠れた声。
「なに?」
もっと近づいて、聞き返す。
「ここ、降りれないかと思って」
「え?」
その言葉に、矢口は素直に驚きの表情を見せる。
「……無理だよ。けっこう高いし、とっかかりもないし」
苦笑いしてそう言葉を続けたが、市井は、冗談だよ、と笑う事も、そうだよね、と同意する事もなかった。
「暗いだけで、実はそんなに高くないかもしれない」
どこかぼんやりとした瞳が、矢口に恐怖を感じさせた。
82 名前: 投稿日:2002年03月16日(土)19時45分39秒
「でも。……でも、降りれても、あの壁は登れないって、市井さんも言って……」
「壁の周りに出口があるかもしれない」
「……そんなの……」
言葉の続きが、上手く出なかった。

 「かもしれない」。

 可能性は、ゼロだとは言い切れない。けれど、限りなくゼロに近い。
 けれど、このままこうしていても、助かる可能性は、限りなくゼロに近いのだ。
 その感覚が、矢口の言葉を途切れさせ、その向こうに感じられる恐怖が、矢口の身体を強ばらせた。

 ……もしかしたら。
 もしかしたら、抜け出せるかもしれない。
 外へ飛び出せば、この迷路から──。
83 名前: 投稿日:2002年03月16日(土)19時47分35秒
 ふっと、市井が視線を後藤に向けた。
「後藤」
膝を抱えて、頭を埋めている後藤は、何の反応も示さなかった。
「後藤ってば」
一歩後藤の方に近づき、手を伸ばして、市井は後藤の肩を揺らした。
「……ん」
「ごとー」
「ん、ん……?」
顔を上げて、猫のように目を擦る。
 まだ目が覚めていない後藤に、市井は明るい声で言った。
「私、行くから」
「……どこ?」
「大丈夫だったら、呼ぶよ」
「え?」
状況の把握しきれていない後藤に、市井は笑うと、扉の横の梯子に足をかけた。
 その瞬間、後藤は市井の行動を察知したのか、がばっと立ち上がった。
「市井ちゃん!」
「大丈夫」
後藤の腕をすり抜けて、市井は出窓のような通路を抜ける。
 市井の足が、部屋の外へ飛び出そうとしたとき、矢口は正気を取り戻した。
「……市井さんっ!」
84 名前: 投稿日:2002年03月16日(土)19時58分43秒
駆け寄って、腕を精一杯伸ばす。
「……っ!」
がくんと強い衝撃を全身で受けた。
 なんとか市井の右腕を掴んだ右手に力を込めて、左手も伸ばす。腕は引きちぎれそうに痛かった。
「市井ちゃん!!」
後藤も身を乗り出し、市井の腕を掴もうとする。
「市井ちゃん! 手、手伸ばして!」
けれど、市井は手を伸ばすことはしなかった。
「何やってんの!」
後ろで、保田の声が聞こえた。後藤の声で起きたのだろう。
 けれど、矢口にも後藤にも、返事をする余裕はなかった。
「……くっ」
手が震える。手の平に汗が滲んでいくのがわかった。
 じりじりとゆっくりと、けれど確実に腕が滑り落ちていく。
 ずっと、下を向いていた市井が、ゆっくりと顔を上げた。
「市井ちゃん!」
ぎりぎりまで身体を乗り出し、後藤は宙に浮いた市井の左手を求めて、精一杯手を伸ばす。
 けれど、市井は手を伸ばすことはしなかった。
「……大丈夫だよ」
小さくそう呟いて、小さく微笑んだだけだった。
「市井ちゃん!」
後藤が必死で手を伸ばして、矢口の掴む市井の左腕を同じように掴もうとする。
 けれど、その手が触れる前に、市井は矢口の腕を振り払った。
85 名前: 投稿日:2002年03月16日(土)20時00分17秒
「……い、市井ちゃんっ! 市井ちゃんっ!!」
後藤の身体を保田が後ろから抱え込んで、部屋の中に引き戻した。
「早く! 早く、閉めて!」
保田の叫び声に、矢口が扉を慌てて閉めた。
「市井ちゃん!!」
腕を振り払い、再び扉に駆け寄った後藤を追いかけて、扉から無理矢理引きはがす。安倍が後藤と扉の間に立った。
「離して! どいて! 市井ちゃんがっ……! 市井ちゃんがっ……!!」
後藤は半ばパニック状態に陥っていた。
 安倍が後藤の目の前に立ち、手を振り上げた。
 パンッと鮮やかなまでの音が響く。
「……あなたまで死ぬ気?」
「……っ」
ぼろぼろと後藤の目から、涙が溢れ出す。
「……っぅく、ひっ……、……ぅぁっ……」
引きつった嗚咽。
 身体から力が抜けて、崩れ落ちるように、後藤はそこに座り込む。その動きに逆らわず、保田はゆっくりと手を離した。
86 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月17日(日)04時41分34秒
更新、お疲れさまです。
何か、ずっと待ってたんで感激もひとしおです。
応援してるんで、がんばって下さい。
87 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月25日(月)00時36分47秒
まだ先は長そうですがじっくり待ってます。
88 名前:読んでる人 投稿日:2002年04月01日(月)14時13分14秒
わ〜い、更新されてる〜。
続きは、どーなるんでしょうね〜
次の更新はいつになるんでしょうね〜(w
マターリと気長に待ってます。
89 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月14日(火)15時29分57秒
まだ進みますよね?
90 名前: 投稿日:2002年05月18日(土)12時49分12秒
 後藤の泣き声が響く中、中澤はゆっくりと溜息をつく。
「……いったい、何が起こったんや」
矢口は、自分の手を見つめた。
 まだ手は、痙攣するかのように、僅かに震えていた。
「……」
市井の身体が、闇の奥へと小さくなっていく映像が、残像のように残っていた。
 時間を置いて、ドサッという、鈍い音がした気がした。
 呼ぶ声は聞こえなかった。
「何やってんの!」という保田の声が耳に届くまで、隣で叫んでいたはずの後藤の声すら聞こえていなかった。
「……矢口」
ポンと、中澤の手が、矢口の手の上に重ねられた。
「……」
ぼんやりとした頭のまま、中澤を見上げる。
 そこに立っていたものが、中澤だと意識することにすら、時間を要した。
「……中澤さん……?」
矢口がやっと呟いた一言に、中澤は小さく何度か頷いた。
「……中澤さん……」
目頭が熱くなる。
 すべてが現実では無くなりそうで、自分だけがどこかに落ちてしまいそうで、ぎゅっと手を握りしめた。
91 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月19日(日)14時03分41秒
進んだ〜
92 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月21日(火)23時20分53秒
>89=91だろうけど。

あげるなばかもの。
93 名前: 投稿日:2002年06月23日(日)20時24分22秒
 重ねた手を痛いほど握りしめ、もう一方の手で中澤の服を掴む。
「……中……、ゆ、裕ちゃぁん……っ」
抱きつくように中澤の肩に顔を埋め、名を呼んだ。ぼろぼろと涙が溢れ出す。
「……ゆ、裕ちゃんっ……、裕ちゃん……っ……」


 ── どうして。

 どうしてもっと止めなかったんだろう。
 どうして、一瞬でも、飛び降りれば助かるかもしれない、なんて思ったんだろう。
 そんなはずないのに。

 たしかに、あの部屋から外へ飛び出せば、迷路からは抜け出せる。
 実際に、彼女はもうこの迷路の中に戻ることはない。
 この迷路から抜けだしたのだ。
 ── 自分の命と引換に。

「……裕ちゃんっ……」
矢口が泣いていることに気付いていないはずのない中澤も、もう、泣くなとは言わなかった。ただ、ふわりと肩に腕を廻し、まるで小さい子にするように、矢口の背中を何度も撫でた。
94 名前: 投稿日:2002年06月23日(日)22時40分58秒
 不意に、ゴゥン、と、遠くで地鳴りのような音が響いた。
「……?」
眉を潜めて、保田が天井を仰ぐ。泣きじゃくっていた後藤も不思議そうな表情で同じように天井を仰いだ。 中澤も矢口を抱きしめたまま、つられるように天井を見る。そんな中で、安倍だけが、ハッとした表情を見せて、叫んだ。
「なにかに捕まって!」
「え?」
特に変わった様子はない。ただ、ゴゥン、ゴゥンという音が響いているだけだ。
「……捕まれって……」
怪訝そうな顔を見せながらも、中澤と保田は部屋の壁の梯子に捕まった。
「……でも、なんか、近づいてきてるみたいな気ぃするな……」
部屋の中に緊張した空気が漂い出す。ようやく、矢口が顔をあげたそのとき、ガコンッという大きな音と共に、地震が起こった。
「……うわっ!」
正確には地震の感覚ではなかった。ガコン、ガコンと一定のリズムで箱に振動が加えられている感じだ。
 うまく立っていられなかった。膝に力をいれてなんとかバランスを保ちながら、時間が過ぎるのを待つ。
 しばらくして、それも収まり、静寂が訪れた。
95 名前: 投稿日:2002年06月23日(日)22時44分37秒
 まだ緊張の解けない身体で、部屋を見回し様子を伺う。部屋自体にはなんの変化もない。
 そっと捕まっていた梯子から手を離し、保田が扉を開けた。
 真っ暗な空洞に面していたはずのその扉の向こうには、見慣れた立方体の部屋が出現していた。
「……部屋が移動したんか?」
保田は小さく頷くと、通路に肘をつき、部屋番号を覗き見る。
「……42、27、32……」
「素数はないな」
ひょい、と通路に足をかけ、隣の部屋に移動する。その後を安倍が追った。
96 名前: 投稿日:2002年06月23日(日)22時45分19秒
 まっすぐに歩いて行き、正面の扉を開ける。そこにも同じような部屋が存在していた。さっきと同じように、通路に身を乗り出し、部屋番号を見る。
「んっと……」
ガシャンと大きな音が響いた。その後、ウィィン、と小さな機械音がした。
「……罠?」
またガシャンと音が響く。隣の部屋が、6方からの無数の針で埋められていた。しばらくの沈黙の後、ウィィンとその針が壁の中へと収まっていく。
 安倍が少し考えてから、パン、と手を叩いた。
 その音に被さるようにガシャンとまた音が響く。保田が振り返ると、さっきと同じように無数の針が部屋を埋め尽くしていた。
「……音に反応するみたいだね」
安倍と保田はそれ以上口を開くことなく、3人のいる部屋に戻ってきた。
97 名前: 投稿日:2002年06月23日(日)22時46分47秒
「罠の部屋やったんやな」
中澤の言葉に、こくりと安倍が頷く。
「ここからの音には反応しないみたいだね」
「大きさによるんだと思うけど」
安倍が身を乗り出して、「あーっ」と発声練習でもするみたいに大声で叫ぶと、反応よく、ガシャンという音がした。
 安倍と保田は納得したように、顔を見合わせて頷いた。
「あの部屋の番号は?」
Tシャツにその数字を書こうと、マジックを手にする。安倍が書く用意が出来たところで、保田が3つの数字を口にした。
「57、6、15」
「……え?」
安倍と中澤が怪訝そうに眉を潜める。
「……何?」
保田にはまだ、安倍と中澤が眉を潜めた意味が分かっていないようだった。
「57、6、15……?」
矢口が確認するように繰り返す。
「……うん」
頷いたあと、保田も気が付いたようにハッと表情を変えた。
「……素数……なんか、入ってへんやんか……」
98 名前:読んでる人 投稿日:2002年07月01日(月)08時33分43秒
う〜ん、まだまだ脱出出来る気配すら無いですね。
次回の更新も楽しみに待ってます。
99 名前: 投稿日:2002年07月18日(木)20時43分57秒
「ホントにその数字で合ってる? ろ、6じゃなくて5だった、……とか……」
保田も混乱した表情を見せて、かぶりを振る。
「……私、57が素数かと思って」
「じゃあ罠の起こる条件が違ったってことだ……」
手持ちぶさたそうに、後藤が自分の髪をいじりながら呟く。
 どこかぼんやりした声とは裏腹に、緊迫した空気が、部屋を包んだ。
「……でも、アタシらは『素数』を避けてどんだけ移動した? 偶然だけで、トラップを避けられるような数ちゃうで」
その答えを口に出来る者はいなかった。
 遠くで、ゴゥン、と部屋の移動する音が聞こえた。
100 名前: 投稿日:2002年07月18日(木)21時03分32秒
 落ち着いて。……落ち着いて。
 戦うのは、たったひとつだけでいい。

 ── それは、自分の中から沸き上がる不安。

 小さく息を吐く。カラカラに乾いた喉が痛む。
 部屋の前にそっと立ち、中澤はまた、小さく息を吐いた。
「……一種の賭けやな」
誰に向かって言うともなしに、ぽつりとそう呟く。
 そしてひょい、と通路に上がると、中澤は向こうの部屋の部屋番号をのぞき込んだ。
「42.13.24……」
そこに含まれている、ひとつの素数。
 頭の中で、ちょっとした暗算をし、中澤は小さく頷いた。
 そして、通路の中で身をかがめたまま、4人の方を振り返る。
 4人分の不安を帯びた怪訝そうな瞳が、中澤の目に映った。
「……アタシ、行くわ」
口元に、自然に小さな笑みが浮かんだ。
101 名前: 投稿日:2002年07月18日(木)21時27分23秒
「……なっ……!」
今にも泣き出しそうな声で、矢口が駆け寄った。
「裕ちゃん!!」
「……な、なんや」
手を伸ばして、中澤の腕を掴もうとしたが、矢口の身長には通路は高すぎて、何度か小さな手の平は空を掴んだ。
 梯子に手をかけ、飛び上がり、ようやく掴んだ中澤の手首に力一杯しがみつく。
「……ダメっ……!」
「ちょ……、矢口……」
「ダメだよ! だって、罠だったら……っ……!」
「あほ、怪我するで」
「怪我ですむわけないじゃんっ……!!」
「……アタシやくて、矢口が、や」
苦笑いして、中澤は矢口の腕にそっと手を添える。そして、ゆっくりと矢口の手を解いた。
 涙目でまっすぐに中澤を見つめる矢口に、中澤は微笑んで見せた。
「……罠やったら、これで終わり。罠やなかったら……、アタシは出られるって信じる」
今までで一番優しい微笑みだった。
102 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月20日(土)18時38分06秒
オイラも引き止めたいぞ!裕ちゃ〜ん!
103 名前: 投稿日:2002年07月21日(日)22時18分07秒
 身体が麻痺したように動けなくなった。

 頭の奥で、何もない箱の外の光景がフラッシュバックする。
 深い闇の中へ、消えていった彼女。
 あのとき、もっと早く止めていれば。
 あのとき、一瞬でも迷わなければ、彼女は死なずに済んだ?

「……や……」
どこからともなく吹き上がってくる冷たい風。
 生物を拒絶するような暗い空間。
 振り払われて、消えた、人肌。
 痺れたあの腕の感覚が蘇る。
「……やだっ……!」
その感覚を振り切るようにぶんぶんと首を振って、矢口は梯子を必死に昇った。そして、また裕子の方へ手を伸ばす。
「やだ! 行かないでよ、置いて行かないで!!」
104 名前: 投稿日:2002年07月21日(日)22時35分24秒
 引き留めたかった。
 それか「一緒に来るか?」と、言って欲しかった。
 ── 最初に出逢った、あの時みたいに。

 ずっと、側にいて欲しかった。

 まだ出逢ったばかりで。
 まだ全然なにも、互いのことを知らないのに。


 たとえ中澤が、もうこの迷路を終わりにしたいと思っていても、そんな願いは叶えてあげたくない。
 子供でもいい。

 いつのまにか、もう、こんなに頼り切っている自分がいる。



「……矢口」
ふわりと、中澤の手が矢口の頭に触れた。
「よぅ、聞いて?」
「……」
「アタシは、罠の起こる条件は、素因数分解したときに出来る数の合計と違うかと思うんや」
「……え?」
「その条件やと、この部屋は罠やないハズなんや」
くしゃくしゃと少し乱暴に髪を撫でたあと、中澤は目を細めて笑ってみせた。
「アタシは、あきらめたくない」
髪から中澤の手の感触が消えた。
105 名前: 投稿日:2002年07月21日(日)22時57分13秒
「裕ちゃん……っ!」
身体を乗り出して、通路に上がる。
 そこから見た隣の部屋に、しゃがみ込んでいる中澤の背中が見えた。
 部屋はシンとしたままだった。
「……裕ちゃん?」
ゆっくりと中澤が立ち上がり、振り向いた。
「……裕ちゃんっ……」
パッと明るくなった矢口の笑顔に、中澤ははにかむように笑う。

「……一緒に、行くか?」

答えなんて、決まっている。
106 名前: 投稿日:2002年07月21日(日)23時20分17秒
 ふいにガタンと大きな音が響いた。
「!」
部屋が動きだした、瞬間的にそう感じた。身構える前に、衝撃がやってきた。
「うわっ!」
「矢口!」
中澤は通路に駆け寄った。中澤の方へ近づこうとした矢口に中澤は首を振る。
「あかん、下がれ!!」
「裕ちゃ……」
金属の擦れるような音を間近に聞いて、視界が遮られた。
「危ない!」
ぐいっと部屋に引き戻される。
 梯子に足をかけたまま、矢口の肩を掴んだ後藤にもたれるような不安定な格好で、矢口は呆然と通路の向こうを見つめていた。
 開かれたままの扉の中で、鈍い光を放つ黒い金属が通過していく。
 上がっているのか、下がっているのかはわからなかった。
 しばらくして、振動も音も収まった。
 またシンとした静寂が部屋を包む。ふぅという後藤の溜息がその中で響いた。
「……裕……ちゃん……?」
矢口は梯子を掴み、体勢を立て直すと、向こうの部屋を覗き込んだ。
 そこに、中澤の姿があるはずはなかった。
107 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月22日(月)20時21分17秒
え〜裕ちゃん!!矢口を1人にしちゃだめだ!!
108 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月26日(金)00時56分51秒
数学嫌いな漏れには辛い内容だ。
109 名前: 投稿日:2002年07月29日(月)09時29分39秒
 背中の奥が痺れたような、変な感覚だった。
 目の前に見える背景は同じなのに、そこから中澤だけが消えていた。
「ねぇ」
保田にポンと肩を叩かれて、矢口の肩が反射的に大きく跳ね上がった。
「……あ……?」
呆然とした保田を、同じように呆然とした目で、矢口が見上げる。
「……ご……、ごめんなさい。ちょっと、びっくり、して」
かろうじてそれだけ口にした矢口に、保田は小さく溜息をついた。
「……あの人は、なんて言ってたの?」
「え?」

 ── なんて、言ってた?

「……『なんて』……って……」
とくんとくんと心臓の音が速まっていく。
 最後に聞いた声は。
「……『あかん、下がれ!』……って……」
中澤が、自分の出来る限りの声を振り絞って叫んだ警告の言葉。
「もっと、前」
「……『もっと、前』」
保田の言葉を自分の中に押し込めるように小さく繰り返す。

 はにかんだような笑顔。
「……『一緒に』……」

 『一緒に、行くか?』

間違いなく、中澤はそう言ったのだ。
 そして、矢口が答えを口にする前に、迷路に連れ去られていった。
110 名前: 投稿日:2002年07月29日(月)09時44分07秒
 まだ、答えを言えていない。
 『一緒に行く』って。
 ……まだ、伝えていないのに。

 あのとき、引き留めていなければ、置いて行かれずにすんだ?
 小さな後悔の渦が、心の中に生まれる。
「……矢口は……」
もう、支えてくれる、あの手はないんだ。

 きゅっと口を噤んで、矢口はまっすぐに保田を見つめた。
「……矢口も行かなきゃ」
「……え?」
「一緒に行くって、決めたんだ」
矢口の目元に、僅かに微笑みが浮かんだ。

「……どこに行ったのかもわからないのに?」
保田の言葉に苦笑して、矢口は「そうだね」と小さく呟く。
 出口もわからない動く迷路の中で、探すのは大変なのかもしれない。
「移動はすぐに終わったから、そんなに遠くには行ってないだろうし」
きっと、今ならまだ間に合う。
 もしかしたら、あの人も矢口を探してくれているかもしれない。
 ここで待っていたら、またあの手を差し伸べてくれる瞬間に出逢えるかもしれない。
 ……でも。
 自分の迷いに、もう、後悔はしたくない。

「絶対、見つけだすよ」

力強い、口調だった。
111 名前: 投稿日:2002年07月29日(月)10時01分02秒
 足下から響いてくる騒音に、身体を縮めて時間の過ぎるのをただじっと待つ。
 激しい揺れに、梯子をぎゅっと握りしめた。1度目の振動で扉が閉まっていた。自分のいるこの部屋が動いているのか、それとも周りが動いているのか、判断が付かなかった。
 しばらくして、振動は収まった。
 身体を緊張させたまま、しんとした部屋を見回す。
 部屋は、さっきまで揺れていたことなど微塵も感じさせないように、妙な圧迫感をもって中澤を包んていだ。
「……」
ふぅ、と溜息をついて、壁にもたれ、ずるずると座り込む。
 扉を開けるまでもなかった。
 移動していたのが、この部屋だったとしても、向こうの部屋だったとしても、── または双方の部屋だったとしても── この隣の部屋に、もう矢口はいないことだけは明らかだった。
112 名前: 投稿日:2002年07月29日(月)10時20分19秒
 軽く天井を仰ぎ見てから、自分の両膝に顔を埋めるように俯く。
 自分の靴の間に、鈍い銀の床が見えた。
 先に進もうというさっきまでの気持ちが、いつのまにか消えていた。
 まるで、さっきまでいた部屋に、置いてきてしまったかのように。

「……やぐ……」

 ── 『矢口』。

その名を口にしてみたけれど、うまく声にはならなかった。喉の奥に、痛みとして残る。

 小さな身体で、まだ幼いどこか怯えた瞳をしていた彼女。
 あの子を守ってあげたいと思った。
 ぼろぼろとすぐに泣く、あの子の支えになってあげたい、と。

 ホンマに支えられてたんは、アタシの方やったんか……?

 ぽた、と、靴の間の小さな床に、水滴が落ちる。
「……っく、……」
まるで雨のように、ぽたぽたとその小さな跡が重なっていく。

 『……泣かんとき。疲れるで』

そんな言葉を言ったような気がする。
 自分が泣いてりゃ世話ないわ、そう心の中で呟いて、苦笑した。
113 名前: 投稿日:2002年07月29日(月)10時23分52秒
 「裕ちゃんは、罠の起こる条件が、素因数分解したときに出来る数の合計じゃないか、って言ったんだ」
「合計?」
きょとんとした保田に、矢口は頷く。
「うん。裕ちゃんが降りた部屋は、42.13.24。42が3、13が1、24が4。合計で8。素数は入ってるけど、罠じゃなかった。矢口も、その仮説に賭けてみる」
梯子を昇り、通路に身を乗り出す。部屋番号を確認し、通路に腰掛ける形で、3人の方に身体を向けた。
「運が良ければ、きっとまた逢えるよ。……出来たら、外の世界で、ね」
ニッと悪戯っ子のような笑顔を見せると、矢口は身体を反転させ、向こうの部屋に飛び降りた。
114 名前:読んでる人 投稿日:2002年08月01日(木)18時01分10秒
矢口と裕ちゃんは再び出会えるのか?
つーか、出会ってくれ〜!!
115 名前: 投稿日:2002年08月13日(火)20時09分41秒
 保田は小さく溜息をつくと、ゆっくりと通路に昇り、矢口のいる部屋へ降りた。
 それに気付いて、きょとんとする矢口に、保田は苦笑いして、両肩をひょいと竦めてみせる。
「私にはアテがあるわけじゃないし」
床の扉を開けている矢口の隣で、保田は下の部屋を覗き込む。
「私、暗号とか、数学とか、謎解きとか、大の苦手なんだよね」
保田は無表情でそう呟いてから、ぽりぽりと頭を掻いた。
「罠の部屋?」
「違うと思う」
「横も見てみる?」
「うん」
ポンポンと膝を払い、立ち上がる。

「なんか、矢口、バカみたいじゃない? あんなカッコつけてサヨナラ言ったのにさ」
「まぁ、いいじゃん」
2人、顔を見合わせて、苦笑した。
116 名前: 投稿日:2002年08月13日(火)20時11分34秒
隣の部屋に移動した保田と矢口を遠目に、安倍がぶつぶつと呟き出す。
「……3……、5……。素因数分解したときの数……」
そうか、と独り言のように呟いて、安倍が顔を明るくした。
「57.06.15は、57が2つ、6が2つ、15が2つ。合計で6つ。中澤さんの降りた42.13.24の部屋は、42が3、13が1、24が4。合計で8」
「……?」
「……そうだよ、多分、……ううん、きっと合ってる」
納得したように安倍は頷いたが、後藤はいまいちついて行けずに、きょとんとしていた。
117 名前: 投稿日:2002年08月13日(火)20時12分05秒
「3つの数字を、それぞれ素因数分解したときに、幾つの数が出来るか。それが6つ以下だったら、トラップが作動する」
「……ああ」
安倍の説明に、ようやく納得して、後藤が頷く。
「42が2×3×7で3つ、13が素数で1、24が2×2×2×3で4つ。たしかにその条件だと罠にはならないね」
「うん」
嬉しそうな笑顔で、安倍は大きく頷いた。
「……後藤も行くよ」
「え?」
後藤の不意の言葉に、安倍はきょとんとした。それを見て、後藤はまるで子供のように無邪気に笑ってみせる。
「どうせどっちに行けばいいのかもよくわかんないんだしね。後藤もあの人達と一緒に行くよ」
「……そうだね」
安倍はつられるように笑って、こくりと頷く。
 まるで何かの合図のように、ポンと軽く手を叩き合って、2人は矢口と保田達のいる部屋の方へ向かった。
118 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月14日(水)12時06分19秒
今度こそ数字とトラップの関係を解明できたのかな?
続き期待して待ってます。
119 名前: 投稿日:2002年08月15日(木)12時17分20秒
うん、ほんと面白い。
更新楽しみ。
120 名前: 投稿日:2002年08月18日(日)23時41分09秒
「……っと」
梯子を昇ろうとしたとき、後藤が自分の靴紐を踏んだ。
 身を屈めて、一旦靴紐を緩める。
「大丈夫?」
「うん、靴紐踏んだだけだし」
すとんと腰を下ろし、後藤は靴を脱いだ。
 脱いだ靴を手にして、コンコンと踵部分を叩く。
 後藤が靴を履き、丁寧に靴紐を結んでいく様を、安倍は隣に立ったまま、ぼんやりと眺めていた。
「出来た?」
ぽつりと呟かれた言葉に、後藤が顔をあげる。
「もうちょっと。先、行ってていいよ」
安倍が、軽く目を伏せて、首を横に振った。
「……ううん。待ってる」
そう呟いて、安倍は身を屈める。
 そんな安倍に、後藤は少しきょとんとしたが、すぐに笑ってみせた。
121 名前: 投稿日:2002年08月18日(日)23時42分38秒
「すぐ終わるから」
きゅっと靴紐を結び終えて、「よし」と独り言のように呟く。そして、後藤はふっと安倍の顔を覗き込んだ。
「? なに?」
「……あのさ」
「ん?」
「『私達』って言ってたね」
「え?」
今度は安倍がきょとんとした顔を見せた。後藤がどこか照れくさそうな苦笑を見せる。
「あなたが最初にいた部屋が、出口かもしれない、って言ったとき、『私達』って言ってたでしょう?」
「……あ……」
「最初から一人なわけじゃなかった、そういうことでしょ?」
安倍はきゅっと唇を噛んで目を逸らせた。
122 名前: 投稿日:2002年08月18日(日)23時43分36秒
 ── そうだ。

 最初、この迷路の中に入れられたときには、一人じゃなかった。
 生きているのか、それとももう死んでいるのかはわからないけれど、まだ、彼女は、この迷路のどこかにいるのだろう。

 ぱんぱんと膝を払い、後藤が立ち上がる。
「……後藤と、同じだね」
ハッとして安倍が顔を上げる。
「……なんでかな。他のみんなは、一人だったのに。なんで、私達だけ、2人だったのかな」
空を見つめて、聞き取れないほど小さな声で呟かれた後藤の言葉は、どこか冷たい空気に飲み込まれていった。
 小さく息をついて、後藤が視線を落とした。まっすぐに安倍を見つめた後藤と安倍の視線が重なる。
「今、安倍さんが言う『私達』の『達』に含まれる人に、私は、いる?」
123 名前: 投稿日:2002年08月18日(日)23時44分16秒
静かな、噛みしめるようにゆっくりと綴られた言葉に、安倍はゆっくりと、しかし力強く頷いた。
「……うん、いるよ」
後藤は満足そうに目を細めて笑った。
「……行こ」
すっと手を伸ばす。
「絶対出よ? 生きて、ここから」
重なった手をぎゅっと握りしめる。

 ……失ったこと、出逢ったことに、意味があるのなら。
 その意味を、全身で感じてみたい。


「あんたたちも来たの?」
そう言いながらも、保田の顔は笑っていた。

 生きて、出られるんじゃないだろうか?

 そんな、僅かな望みとも思える思いが、3人の心の中に生まれていた。
124 名前: 投稿日:2002年08月18日(日)23時54分12秒
メール欄で、こそこそとコメント返しさせていただいてたのですが、
たまにはちゃんと(苦笑)。

>98 読んでる人さん
>う〜ん、まだまだ脱出出来る気配すら無いですね。

コメントをいただいてから一ヶ月以上……(苦笑)。
そろそろ脱出出来る……かも?


>102さん
>オイラも引き止めたいぞ!裕ちゃ〜ん!
>107さん
>え〜裕ちゃん!!矢口を1人にしちゃだめだ!!

裕ちゃんと矢口を引き離すのが、自分でも辛かったです。
あああああ〜、みたいなかんじで(苦笑)。
裕ちゃんの行方に関しては、以下次号!(……ですか?)

>108さん
>数学嫌いな漏れには辛い内容だ。
私も数学嫌いなので、謎解きだけに重点をおいて書いているわけではないですし
(謎ときは映画「CUBE」をパクってもっと簡単に下だけですし)、
人間関係を追っていただけると嬉しいです。
125 名前: 投稿日:2002年08月18日(日)23時57分49秒
118 読んでる人@ヤグヲタさん
>今度こそ数字とトラップの関係を解明できたのかな?

ですね。はい、ようやく終わりました。
なんだか、ボロがありそうですが……まぁ、そのへんは見逃してください(苦笑)。

119 。さん
>うん、ほんと面白い。

やっぱり、そういっていただけると嬉しいですね。ありがとうございます。


ほとんどレスを付けないのに、コメントを書いてくださる方々、いつもありがとうございます。
続きをかく励みになります。
こうして、トロい更新なのに、このスレッドが倉庫に行かずにすんでいるのも、みなさまのおかげです。
随分長い間、書き続けてきましたが、そろそろ終わりが見えてきました。
もうしばらくお付き合いいただけると嬉しいです。
126 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月19日(月)01時58分26秒
おおう!ついにとラップの謎がッ!
と言う事は…そろそろクライマックスですか?
嬉しいような悲しいような…
続きマターリとまっときますです!
127 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月19日(月)20時39分01秒
そろそろ終わりですか・・・。
でもまだまだイベントはありそうですね(やぐちゅーの再開とか)。
続き楽しみに待ってます。
128 名前: 投稿日:2002年08月20日(火)00時58分34秒
最後まで応援します!頑張れ〜!
129 名前: 投稿日:2002年08月21日(水)22時01分31秒
 ひとつ。ふたつ。
 部屋番号を確認し、丁寧に部屋を移動していく。少しでも油断すると素因数分解の数字を読み違えそうだった。

 目に映るすべての扉を開けた。罠であろう部屋も、ぎりぎりまで覗き込んだ。
 けれど、中澤の姿はどこにもなかった。
 精一杯の声で中澤の名前を呼んでも、返事はない。
「……っ」
喉の乾きが、声を出さずとも、息をするだけでひりひりと痛んだ。
 心が焦る。
 部屋をひとつ移動するたび、離れていっているのではないかと不安にかられた。
「……裕ちゃん……」
掠れた声は、届かない。

 どこにいるんだろう?
 どこに行ってしまったんだろう?

 不安に押しつぶされそうになる心を落ち着かせるために、矢口はゆっくりと空気を吸い込んだ。
130 名前: 投稿日:2002年08月21日(水)22時05分55秒
 ── 矢口。

 不意に、遠くで声が聞こえた気がした。
「……裕ちゃん?」
 顔をあげて、耳を澄ませてみたが、もうその声は消えていた。
 どこから聞こえたのか分からなくて、辺りを見回す。けれど、やっぱりそこにある風景は、変わることのない壁だった。
「裕ちゃん……?」
矢口の2度の呟きに、保田が顔をしかめた。
「……今、裕ちゃんの声が……」
矢口の真剣な表情に、他の3人も耳を澄ます。
 けれど聞こえるのは、ヴゥー……という、通気口のような、僅かな機械音。
「……聞こえないよ?」
安倍の言葉に、後藤も頷く。
「空耳だったんじゃないの?」
「違う!」
矢口が噛みつくように叫んだ。
「聞こえたの! 確かに裕ちゃんの声だった!」
扉を開け、声を大きくする。
「裕ちゃん! 裕ちゃん!!」
扉の向こうに向かって中澤の名前を呼び続ける矢口の方を保田が掴む。
「裕ちゃん!!」
それでも、矢口は叫ぶのをやめなかった。
131 名前: 投稿日:2002年08月21日(水)22時06分45秒
「聞こえなかったよ、声なんて!」
力任せに肩を引っ張って、保田が矢口をこちらに向かせる。矢口の小さな身体は、半ば振り回されるように、保田の方を向いた。
 キッと矢口が保田を睨み付ける。
「聞こえたよ!」
「聞こえない!」
「聞こえたんだよ! 絶対、裕ちゃん、この近くにいるんだ!」
矢口が浮かべた今にも泣き出しそうな顔に、保田は顔をしかめた。
「……なんで」
胸が痛い。
「……なんで、そんな風に言い切れるのよ……」
本当は、そんなことを口にするつもりはなかった。
 「もうあの人を探すのなんて辞めよう」、そう喉まででかかった言葉を飲み込んだ代わりだ。

 出口だけを探していればいいじゃない、そう何度も言いかけた。
 あの人を探すことが、嫌なわけではない。
 どうせ、出口がどこにあるのか、見当がついているわけじゃない。

 ただ、怖くなるのだ。
 必死であの人を捜す、── 小さなこの子が。
 この子が正常を保っていられるうちに、私達はあの人を見つけることが出来るのか。
 もし、見つけることが出来なかったら……?
132 名前: 投稿日:2002年08月21日(水)22時12分17秒
「……」
きゅっと唇を噛んで、矢口は一旦顔を逸らせた。
 そして、ゆっくりと長い息を吐いてから顔をあげ、保田の顔をまっすぐに見つめる。
「……聞こえたんだよ、ホントに」
取り乱していた矢口は、もうそこにはいなかった。けれど、その落ち着いた瞳が、保田を怯えさせる。
「……待って」
ぽつりと呟いたのは、後藤だった。
「……今、なんか……」
「……え?」
「今、声が聞こえた気がした……」
「え?」
「ホントだ! 聞こえたよ、今!!」
ぱっと安倍の顔が明るくなる。
 どこかくぐもって聞こえる、木霊のような声。
 それは確かに、「矢口」、と聞き取ることが出来た。
「裕ちゃん!!」
確かに中澤の声だった。
133 名前: 投稿日:2002年08月21日(水)22時48分33秒
 間違いない、近くにいる。
 ドアを開けるのもどかしく、扉を開ける金属の棒が矢口の手の中で何度か空回りした。
「……っ」
ようやく、カキンと扉の取っ手が止まる。精一杯の速さで矢口は扉を引いた。鈍い音を立てて、ゆっくりと扉が開く。
「……矢口!」
突然、声がクリアに響く。
 その瞬間、シャキンという音が響き、視界が無数の針で遮られた。
「……」
一瞬声を失う。
 ゆっくりと元の位置に戻っていった針の向こうに見えたのは、探し求めていた、彼女の姿。
 声を失っていたのは、相手も同じだった。
134 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月22日(木)09時05分51秒
更新ペースが早くなって嬉しいです(w

しかし、矢口と裕ちゃんがせっかく再開できたのに、トラップが・・・
135 名前: 投稿日:2002年08月22日(木)23時53分42秒
「……裕ちゃん」
小さなその声にさえ、また部屋は針に埋め尽くされる。
 姿が、見えるのに。
 ── こんなに、そばにいるのに?

 どくん、どくん、と、心臓が高鳴りだす。
「……裕ちゃん」
シャキンとまた音が響き、矢口の声をかき消す。
 その針が戻る前に、矢口は叫んだ。
「行くから! そっちに、行くから!」
矢口の言葉の意味を咄嗟に理解出来ずに、3人は呆然と立ちすくんだ。中澤だけがひとつ部屋をはさんだ向こうで激しく首を横に振った。
「あかん! 来たらあかん!!」
「……」
すっと人差し指を立てて、矢口が自分の口に当てる。
 そして、中澤にふっと微笑んで見せた。

 “── すぐ、行くから”

 唇が、音を立てずに、そう動いた。
136 名前: 投稿日:2002年08月22日(木)23時54分25秒
 くるりと後ろを振り向いて、矢口は3人を見る。
 誰も、何も言わなかった。
 「さよなら」の言葉は、もう済ませていた。

 『運が良ければ、きっとまた逢えるよ。……出来たら、外の世界で、ね』

 小さく、保田が頷いた。後藤の方を向くと、同じように頷いてみせた。
 安倍の唇が、音を立てずに小さく動く。

 “元気で”

 滑稽にも思える言葉だったけれど、矢口は嬉しそうに頷いた。
 音を立てないように、梯子を昇り、通路に身体を潜り込ませる。
 通路の途中で、矢口は振り返り、もう一度笑ってみせた。

 “ありがと”

 そう、音のない声を残して。
137 名前: 投稿日:2002年08月22日(木)23時57分30秒
 罠が潜む部屋に矢口がそっと足を踏み入れる。

 ── 矢口。

もう、止めようとしても、声を出すことは出来ない。
 声を出した瞬間、矢口の身体は無数の針に貫かれ、部屋の中に肉片としてばらまかれる。

 ゆっくりと一歩一歩、真っ直ぐに近づいてくる矢口を、中澤はただ見つめることしか出来なかった。
 今すぐにでも、駆け寄りたい。
 矢口の名前を呼びたい。
 その感情を必死で押さえ込む。
 ドクンドクンという心臓の音が、針を作動させそうで怖かった。
 部屋が動いたら、その音でも作動するかもしれない。いつ訪れるかわからないその瞬間が、見えない時限装置のように中澤の心を追いつめていった。

 もう少し。
 ── あと少し。

 もどかしい思いで、音を立てないように注意して、通路に上がる。
 まだ届かないことがわかっていても、手を伸ばす。矢口の表情が、僅かにほころんだのがわかった。
 矢口が、同じように手を伸ばす。
 
 それは、2人の指先が触れようとした瞬間だった。

「……っ!」

 辺り一面に響いたのは、何度か耳にした部屋の移動する音だった。
138 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月23日(金)00時11分44秒
え・・・・・・こんなとこで切る?
切っちゃう?!
な〜んて、すげ〜やきもきしてるんですが。
うわ〜〜、姐さん、矢口を守れ、絶対に守れ〜〜っっ!!!
139 名前:つなぎ服 投稿日:2002年08月23日(金)16時19分53秒
気になる所で切れてますね。
姐さん!矢口さんと再会して下さい!
140 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月23日(金)22時51分01秒
ああ〜・・・強烈に先が気になる・・・。
今、トラップが発動とたら矢口は・・・ああ〜!!
141 名前: 投稿日:2002年08月25日(日)01時29分40秒
 移動の衝撃で、ガコンと扉が閉まる。
 部屋が動きを止めるまで、3人は一言も発しなかった。ただ、足を取られないように力を込め、時間が過ぎるのを待った。
 しばらくして、部屋が止まる。まるで最初からここにいたかのように、静かに。
 息を飲んで、後藤がそっと扉に近づいた。
 扉に取り付けられた金属の棒を両手で掴み、ゆっくり音を立てないように回していく。
 カチン、という小さな音が響いて、後藤が思わず身体を強ばらせて、動きを止める。しばらくじっと様子を伺っていたが、扉の向こうからは、なんの音もしなかった。
 そのことが、2つの事項を予想させる。
 1つは、罠は、扉の音では作動しないこと。
 そしてもう1つは、この扉の向こうにはもう、あの部屋がないこと。
142 名前: 投稿日:2002年08月25日(日)01時30分36秒
 後藤は、自分を落ち着けるように、ゆっくりと息を吐いて、そっと扉を引いた。
 キキキィと僅かな音を立てながら、扉が開いていく。
 開ききるまで待てずに覗き込んだ向こうに、矢口の姿はなかった。
「……」
通路に上がり、覗きこんでみるが、やはりそこには誰の姿もない。
「……あー……」
マイクテストのように抑揚のない声を後藤が出す。
 部屋は、しんとしたままだった。
 あの部屋とは、離れてしまったのだ。
 あの閉じられた扉の向こうから、悲鳴は聞こえなかった。けれど、無事な姿を確認することも出来なかった。
 誰も何も言わなかった。
 ただ、小さく溜息をついただけだった。
143 名前: 投稿日:2002年08月25日(日)01時40分18秒
   138 名無し読者さん
>な〜んて、すげ〜やきもきしてるんですが。
やきもきしててくださるなんて、うれしいです!
がんばって更新しますっ。

>うわ〜〜、姐さん、矢口を守れ、絶対に守れ〜〜っっ!!!
……うちの裕ちゃんに矢口を守れるだけ力があるかどうか謎なんですが(苦笑)。

   139 つなぎ服さん
某所では、いつもお世話に……(笑)。
もー夜はこわいんで、朝とか昼間にバイト先で拝見してます(苦笑)。

   140 読んでる人@ヤグヲタさん
>ああ〜・・・強烈に先が気になる・・・。
>今、トラップが発動とたら矢口は・・・ああ〜!!
そんなの嫌やぁっっ!! ……って、書いてるの私やん……みたいな(苦笑)。

メール欄で「今夜はここまで」とかミスしてかいちゃいましたが、
もーちょっと更新します。えーと、あと30分後くらいに。
144 名前: 投稿日:2002年08月25日(日)02時07分19秒
 耳に届いた音に、一瞬で血の気が引いた。体中の血が逆流するような恐怖を覚える。
「……」
けれど、罠は作動しなかった。
 今の音は錯覚だったのか?
 咄嗟に振り返ると、3人がいた部屋は消えていた。
 ぎゅっと手を捕まれて、ようやく我に返る。
 隣の部屋が移動し、いつこの部屋が移動するかも分からないのだ。
 矢口は中澤の腕に引かれ、梯子を上がる。両手を使って上がったほうが早いのは分かっていたが、手を離したくなかった。
 耳鳴りのように部屋の移動する音が響いている。
 罠は、部屋の移動の音では作動しないように作られていたらしい。
 梯子をあがり、飛び込むように、矢口は隣の部屋に移動した。
「……矢口!」
中澤の腕の中で聞いたのは、掠れた自分を呼ぶ声と、後ろで響いた罠の発動した音だった。
145 名前: 投稿日:2002年08月25日(日)02時08分27秒
「……矢口……」
矢口は大きく息をついて、中澤の胸にもたれた。
 ピリピリと痺れるような緊張が、ゆっくりと肩から溶けていくのがわかる。
「……裕ちゃん……」
もっとその存在を確かめたくて、背中に手を回す。あたたかい背中に力が抜けていく。
「……わっ……!」
不意に地面が揺れ、箱は移動を始めた。
 油断していたせいで、そのまま倒れるように尻餅をついた。
「ったー……」
「ゆ、裕ちゃん大丈夫!?」
「なんとか」
苦笑して、中澤は矢口を抱き寄せた。つられるように矢口も笑い、そのまま中澤の腕の中に収まった。
 揺れに逆らわず、腰を下ろした状態で、収まるのをじっと待つ。
「……今度は、間に合ったね……」
うん、と、小さく中澤が頷く。
「……もぉ、置いていかんといて」
「こっちの台詞だよ、バカ」
そう言ってから、矢口は、ぎゅっと中澤にしがみついた。
146 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月25日(日)14時43分57秒
いや〜、無事に再会出来てホント良かったです。
あとは出口を探すだけ?
147 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月25日(日)14時59分00秒
(・e・)ノ<ここまで読んだ…ラブラブ
148 名前:つなぎ服 投稿日:2002年08月26日(月)02時12分25秒
再会できましたねぇ。
某所でお世話になっているのはこちらです(苦笑)
これからも頑張って下さい。
149 名前: 投稿日:2002年08月28日(水)19時36分48秒
 ふう、と、もう一度溜息をついて、前髪を掻き上げる。
 そして、目を細めて、部屋番号を読んだ。
「うし」
素因数分解した時の数字が6を越えることを確認して、後藤は隣の部屋に足を踏み入れた。
 予想通り、部屋に異変は訪れない。後藤の後に、安倍と保田も続いた。
「……あれ?」
向かいの扉を開いていた後藤が、不思議そうな声を出して、扉の向こうに腕を伸ばした。
 手の平に触れたのは、冷たい感触。
 軽く叩いてみると、ぺちぺちと固い音がした。
「……壁……?」
150 名前: 投稿日:2002年08月28日(水)19時39分14秒
 後藤の呟きを確認するように、安倍が繰り返す。
「……壁?」
「壁がある。ほら」
そう言って、安倍にも見えるように、身体をずらし、扉の向こうを指した。
「……」

── 壁?

 空洞ではなく、コンクリートのような灰色の壁。

 くくっ、と、保田が自嘲気味に笑った。
「……出口は、なかったってこと?」
ドン、と、壁に背を付け、そのままずるずると座り込む。
「……まだ、わかんないよ」
そう言った安倍の目の奥にも、疲れに似た諦めの色は映し出されていた。
151 名前: 投稿日:2002年08月28日(水)19時40分09秒
 後藤が隣の扉を開ける。
 そして、次はその扉の向かいにある扉。
 その2つの扉の向こうにあるものは、空洞だった。
 びゅうと強い風が、扉の向こうに吹き上げ、部屋の中にも入ってきた。
 扉を閉め、床の扉へと取りかかる。
「……ぅわっ」
扉をずらせた瞬間、風が吹き込み、後藤は慌てて扉を閉めた。
 残る1つの扉を開ける為に、梯子に手をかける。
「……あ、危ないよっ」
「平気」
それでも、一旦動きを止め、後藤は靴を脱ぎ捨てた。
 準備体操をするように、軽く手を握ったり開いたりした後、梯子を昇りだした。
152 名前: 投稿日:2002年08月28日(水)19時41分02秒
 天井まで昇ってしまうと、後藤は天井につけられた梯子を何度か握り、壁を蹴った。梯子を伝って真ん中まで進み、扉の棒に手をかける。
「……ん」
片手で扉を開けるのも、片手で自分を支えるのも、かなりの重労働だった。後藤の腕が、小刻みに震える。
 カチン、と棒が回りきった音に、僅か後藤の表情が緩んだ。
「……もう少しっ」
かけ声をつけて、扉を押し出す。それと同時に、後藤の手が梯子から離れた。
「危ない!」
安倍が咄嗟に叫んだが、当の後藤は予定通りだったかのように、軽く着地した。
「……無茶しないでよ」
「平気って言ったでしょ? 昔から雲底は得意だったんだ」
それより、と続けて、後藤は天井を指さす。
 小さな扉の向こうに見えたのは、ここと同じ造りの部屋だった。
「……あそこに、行くの?」
こくりと後藤が頷く。
「……多分、あそこが出口だよ」
153 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年08月29日(木)10時21分38秒
お、いよいよ脱出!?
ドキドキ・・・。
154 名前:名無しさん 投稿日:2002年09月14日(土)19時24分58秒
あぁ〜・・・我慢できずに書き込み(w
ウソ、まったりと待っています。
155 名前: 投稿日:2002年09月28日(土)19時26分12秒
「……っ……」
言うべき言葉をまとめられずに、口を何度かぱくぱくさせた安倍に、後藤はにっと笑ってみせた。
「言いきるほど、自信があるわけじゃないんだけどね」
軽く天井を見上げてから、安倍のほうに向き直る。
「おかしいと思わない?」
「……なに?」
「部屋の動く速度。前に比べて、明らかに部屋の移動の間隔が早まってる」
「……うん。……それは、そうだね」
「それって、出口が近いってことじゃないかと思ったんだ」
「……」
「部屋数が60×60。それに加えて61番の部屋があるってことは、外に押し出される部屋が2つ以上ないと、部屋は移動出来ない」
「……この部屋と、上の部屋がそうだってこと?」
「憶測に過ぎないけど。あの部屋が出口に繋がってる可能性は高いよ、きっと」
そこまで口にして、後藤は目を細めて笑った。
156 名前: 投稿日:2002年09月28日(土)19時26分46秒
「早く行こう。またいつ部屋が移動するか、わかんないよ」
「……うん」

 ── どうしてだろう?

 どうして、彼女はこんなにまっすぐな目で、言い切ってしまえるんだろう。
 ……そして。
 どうして私は、その目を、こんなに簡単に信じてしまえるんだろう。

「……行こう」

たぶんそれは、彼女があまりに自然だからだ。
 自分に言い聞かせるためじゃなく、思い込ませようとしているわけではなく、あまりに自然に、冷静に言葉を口にしているからだ。
 その冷静さが、少し、悔しかったけれど。
157 名前: 投稿日:2002年09月28日(土)19時27分33秒
 身体が痺れていくのがわかる。
 もっと、こう、弱まっていくような感覚だと思っていたけれど、そこにあったのは、紛れもない痛みだった。
 喉や胃が乾きを訴える手段として、痛みを作り出しているような気がする。

 ……身体の方が、諦め、悪いんだなぁ……。

 頭の中でぼんやりとそう呟く。
 そのくせもう、指一本すら動かせる気はしない。
 なんだか、自分の身体じゃないみたいだ。

 遠くで2人の話し声が聞こえる。

 ── 『出口』?

 ……見つけたの?

 身体が揺さぶられている感じがする。
 また、部屋が移動してるのかな?

 目を閉じたつもりはないのに、視界が霞んで、何も見えない。
158 名前: 投稿日:2002年09月28日(土)19時28分13秒
「行こう! 一緒にここから出ようよ!」

つんざくような衝撃を受けた気がして、パッと視界が開けた。
「……!?」
見えたのは、安倍の顔。
「……行きなよ」
もう、立ち上がる力も、きっとない。
 笑ってみせたつもりだったけれど、うまく表情が変えられなかった。

 自分が指先からこぼれ落ちていって、身体と繋がっていないような錯覚に陥る。

 ……本当に、そうなのかも。

 そう思った時に、さっきまで感じていた痛みを殆ど感じていないことに気付く。
 死ぬのかな。
 ……うん。たぶん、そうなんだ。

 はぐれた2人は、ちゃんと会えたんだろうか。

 ……こんな死ぬ間際に、ここで会ったばかりの4人のことを思い出してるなんて……。

 そんな自分に笑いたくなった。
 今まで、なにして生きていたっていうんだろう。

「……いきなよ、あんた達は……」
空気に溶けるように、意識が遠ざかっていった。
159 名前: 投稿日:2002年09月28日(土)19時32分05秒
「保田さん! ……保田さん!!」
身体を揺さぶっても、もう保田は目を開けなかった。
 細く長い溜息をついて、安倍は保田の肩から手を離す。
「……たね」
きゅっと唇を結び、そして、もう一度ゆっくりと息を吐き、自嘲気味に笑った。
「え?」
「……名前も、聞かなかったね」
胸のポケットに縫いつけられた刺繍は、『K.Yasuda』。
「……うん」
頷いて、後藤は指でそっとその刺繍をなぞった。小さな凹凸が、ノイズのように指先に微かに残る。
「……なんていう名前だったのかな」
「K……。なんだろ。……そのままケイ、だったりして」
小さな小さな2人の掠れた笑い声が、短く重なった。
 涙は出なかった。
 ただ胸が締め付けられるように痛かった。
「……行こうか」
ただ、自分を立たせるために、そう呟いた。
160 名前: 投稿日:2002年09月28日(土)19時41分25秒
 ゆっくり梯子をつたっていく。
「もっと右だよ」
後ろから後藤の声があがる。
 後藤の指示通りに、腕を伸ばして、移動していく。
「……くっ」
「もうちょっと!」
扉の入口に手をかけて、最後の力を振り絞って、身体を持ち上げた。
「……っ、は……」
移動した部屋の床にもたれるようにお腹をつけて、一旦安堵の溜息をつく。もう一度肩に力を入れ直して、ずるずるとはいずるように、通路を抜けた。
161 名前: 投稿日:2002年09月28日(土)19時42分23秒
 その部屋は、他の部屋を変わった様子もなかった。
 ゆっくりと立ち上がり、横の扉へと向かった。下の部屋の、壁際の扉を開けることが少し怖くて、斜め隣の扉を開けた。
 扉を開けた瞬間、風が吹き込んでくる。真正面に受けた風が少し痛くて、安倍は反射的に目を閉じた。
 心臓の音が高鳴る。それは、恐怖の為ではなく、本当に出られるかもしれないという、期待感だ。
 はやる心を押さえて、逆方向の扉へと足を進める。
 その扉を開けると、そこには、また同じ部屋が続いていた。
 安倍は2段ほど梯子を上がり、通路を覗き込んだ。つい部屋番号を見てしまう自分に気付いて、苦笑してしまう。
「61……」
ドクンと、心臓が波うった。
「……27、……32……?」
ふっと、めまいがした。
162 名前: 投稿日:2002年09月28日(土)19時44分48秒
>153 読んでる人@ヤグヲタさん
>お、いよいよ脱出!?
思った以上に長かったです(汗)。まだ読んでいてくださるんでしょうか? ドキドキ。

>154 名無しさん
ありがとうございます。嬉しいです。がんばります。
163 名前: 投稿日:2002年09月28日(土)22時27分08秒
 移動の終わった部屋で、中澤は矢口を抱きしめていた腕を緩めた。
「……腕」
「え?」
手首を掴んで、そっと矢口の腕を持ち上げる。
 手首と肘の真ん中あたりに、赤い線がくっきりと矢口の腕を横切っていた。
はぐれる前、中澤を止めようとして通路の角に食い込んだ跡だ。
「痛くない?」
まるで自分の方が痛そうな表情をみせた中澤に、矢口は苦笑して首を振った。
「……大丈夫」
真正面に顔を見据えて、中澤は小さく首を振って溜息をついた。
「……なんで」
「ん?」
「なんで、来たん……?」
「なんでって……、『一緒にくるか?』って言ったでしょ?」
「言ったけど……」
はー……と、中澤が、大きく溜息をついた。
「……今ので、出口から離れたかもしれへんで……?」
「あー、そうかもね」
中澤の瞳の中に滲んだ涙に気付かない振りをして、矢口は明るく大きな声で返す。
「あのまま、あの3人といたら、出られたかもしれへんで?」
「2人でだって、きっと出られるよ」
「でも」
ぱちんと両手で中澤の頬を挟み込む。
「もー、ごちゃごちゃ言わないでよ。来ちゃいけなかったのかって思うじゃん!」
まっすぐに見た中澤の瞳が、不安気に揺れていた。
164 名前: 投稿日:2002年09月28日(土)22時27分52秒
 ……裕ちゃんって、こんな感じだったっけ?

 矢口の中で、違和感のような疑問が浮かび上がる。

 もっと、強い目、してなかった?
 もっと、冷たいくらい、強い目してた気がする。

「……ねぇ、ダメだった? 矢口、ここに来て欲しくなかった?」
ゆっくり、問いつめる。
 中澤はきゅっと唇を噛み、目を伏せて、小さく首を振った。
「……ごめん」
「なんで謝るのさ?」
「……ホンマは……」
頬を包み込んだ指先に、滴が落ちる。
「……すごい、不安で、怖くて、……寂しくて」

 そうか、と、思った。
 ……そうなんだ。そうだよね。
 この迷路の中で、怖かったのも不安だったのも、同じ。
 なにもわからないこの場所で、ずっと強くいられる人間なんていない。
165 名前: 投稿日:2002年09月28日(土)22時54分48秒
 両手を伸ばして、裕ちゃんの頭を抱え込むように抱きしめる。
「……矢口……」
背中に回った腕に力が込められて、ぎゅっと握りしめる。
「……ありがと、矢口……」
その腕の力は、前よりもずっと弱々しく感じられたけれど、前よりももっと嬉しかった。
「……裕ちゃん……」
口から漏れた矢口の声は、泣き声になっていた。矢口の耳に、くす、と、小さな笑い声が届く。
「……泣くなよぉ、矢口……」
「人のこと、言えないじゃんか」
へへっと笑い返す。
「さっき、……えーと、なんだったかな。『カルネデ……」
「……『カルネアデスの板』?」
「うんそう。その話したでしょ?」
矢口の腕の中で、中澤が頷く。矢口は満足そうに微笑んだ。
166 名前: 投稿日:2002年09月28日(土)22時55分36秒
「……殺さないでね」
「ん?」
「水があっても、矢口のこと殺さないでね」
「……矢口?」
中澤が顔を上げて、不安そうな表情で矢口を見た。柔らかい笑顔で、矢口はぽんぽんと中澤の髪を撫でた。
「全部、裕ちゃんにあげる」
「……なにを?」
「み、ず」
そう言って悪戯っぽく笑った矢口につられるように中澤も笑う。
「……あかんよ。そーいうのは、半分こ、やろ?」
「いい、いらない。裕ちゃんに全部あげる。それでも喉が乾いたら、矢口、泣くから、矢口の涙、飲んで? ……あ、でも、涙ってしょっぱいから、よけい喉、乾いちゃうかな」
まだ涙の残る矢口の目元に、そっと中澤の唇が触れた。
「……そんな心配せんでええよ」

 ── 中澤が、矢口の、出口だった。
167 名前: 投稿日:2002年09月28日(土)22時58分52秒
ああああーー。自分であげてしまいました。
やっちゃった……(汗)。
168 名前: 投稿日:2002年09月28日(土)22時59分48秒
あげちゃったので、更新の内容、隠しときます。
169 名前: 投稿日:2002年09月28日(土)23時01分27秒
あと、2〜3回くらいの更新で、完結出来そうです。
気長に待っていてくださったみなさん、ありがとうございます。
170 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年09月29日(日)11時07分21秒
早く結末が読みたいけど、
あと2.3回で終わりって聞くと、なんか寂しいものがありますね・・・。
1年以上読み続けてきた作品だし・・・。
171 名前: 投稿日:2002年10月01日(火)22時51分17秒
 頭を振って、意識を取り戻そうとする。
 それでもぼんやりとしたまま、安倍は引き寄せられるように、61・27・32の部屋に移動した。
 ゆっくりと中心まで歩き、部屋を見渡す。
 床に針で刻まれた7組の数字が、微かに光って見えた。
 その近くに、小さな影を見つける。
 ぽつんと、まるで安倍を待っていたかのように転がっていたのは、石黒の指先だった。安倍はその黒ずんだ塊を、そっと拾い上げ、手の平に乗せた。
「……彩っぺ」
自然に声は漏れた。

 紛れもなく、ここは最初に自分がいた部屋。

 ここは、本当に部屋ひとつ挟んで、出口に通じていた部屋だった。
 あのままこの部屋で待っていれば、出口に繋がる時間が訪れていたのだ。

 けれど、もう、今となってはどうでもいいことに思えた。

「おーい?」
後ろから呼ぶ声がして振り返る。向こうの部屋に、後藤の姿が見えた。

 ── いきなよ、あんた達は。

 頭の中で、保田の声が聞こえた気がした。

 小さな石黒の指を胸ポケットに入れて、安倍は一歩前に踏み出した。
172 名前: 投稿日:2002年10月01日(火)22時58分28秒
 隣の部屋にいる安倍の姿に気付いて、後藤は安倍のほうへ駆け寄ってきた。
「どうかした?」
安倍はなにも言わず、首を振る。
「……なんでもない」
「そう?」
「……ありがと」
「え?」
後藤はきょとんとしたが、安倍の微笑みにつられるように笑った。
「よくわかんないよ」
「いいよ、わかんなくて」

もしかしたら、後藤はもっと早く気付いていたのかもしれない、と思った。
 あの部屋が、出口に通じていること。
 そして、みんな、あの部屋を、通過していたかもしれないこと。

「おいでよ、はやく」
後藤の声に導かれるように梯子を昇り始める。部屋がガクンと動いたのは、その瞬間だった。
173 名前: 投稿日:2002年10月01日(火)22時59分13秒
「おいでよ、はやく」
後藤の声に導かれるように梯子を昇り始める。部屋がガクンと動いたのは、その瞬間だった。
「……!」
間に合わない、反射的にそう思った。
「ごとっ……」
そう思ったのは、安倍だけでなく、後藤も同じだった。振動の中で、後藤は通路ぎりぎりまで近づいて叫んでいた。
「絶対探しに来ないで!」
「え!?」
「後藤も探さない! 絶対、後藤、外に出るから! 絶対、出てっ……」

騒音と距離にかき消されながら、なんとか耳に届いた、最後の言葉。

 ── 「会いに、いくから」。

次の静寂を迎えたとき、部屋はまるで最初からそうであったっかのように、扉を閉め、そこにそびえていた。
 そんなに移動はしていない気がした。
 安倍は、深呼吸すると、真正面の扉へ向かった。
174 名前: 投稿日:2002年10月01日(火)23時04分33秒
 ゆっくりと棒を回す。いったい何度この行動を繰り返したのだろう。カチリという音が鳴るタイミングを、もう身体が覚えている。
 扉をずらせたその隙間からあふれ出したのは、一筋の白い光。
 ゆっくりと扉を開けていくと、その光は確実に広がっていった。
 あまりの眩しさに、顔を背け、目を細める。

 ── ここが、出口。

 この先に待っているものは、本当に、私の還りたかった世界なんだろうか?
 自分に問いかけてみても、答えは出ない。

 それでも、彼女は言ったのだ。
 必ず、外の世界に出て、会いに行くから、と。

 ── 彼女とした、約束の場所。
 それだけで、いい。
 きゅっと手を握りしめて、小さく微笑む。

 安倍はゆっくりと光の中へ、足を踏み入れた。
175 名前: 投稿日:2002年10月01日(火)23時08分19秒
 >170 読んでる人@ヤグヲタさん
長い間、ありがとうございます。
2chから考えると、もう2年越し、ってとこですね。……長い(苦笑)。
176 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年10月03日(木)16時56分16秒
なちごま組は後は2人揃って脱出するだけ、と思ったら・・・
終盤に来てもドキドキさせる展開ですね。
177 名前: 投稿日:2002年10月03日(木)20時29分09秒
 光の中で、意識が遠くなっていった。
 そして、目が覚めたら、自分の部屋のベットの上にいた。

 長い夢を見ていたようだった。
 身体は疲れ切っていて、起きあがるのは億劫だったが、そのまま眠る気には到なれずに、身体を起こした。
 節々がきしきしと痛む。
 喉に乾きを覚えて、台所に向かう。

 夢だったのか?
 けれど、あの出来事が夢とは思えなかった。

 そして、次の日、あれは夢じゃなかったと知る。

 ── 彩っぺは、行方不明になっていた。

 前と、同じ日常。
 けれど、その世界は、どこか自分によそよそしく感じられた。
 どこかで拒否しているのは、世界なのか、── 自分なのか。

 眠れない夜は続いた。

 「……行ってきまーす」
玄関を開け、ぼんやりとした頭を抱えたまま、大学へ向かう。
178 名前: 投稿日:2002年10月03日(木)20時31分30秒
 ぼんやりと霞む人並みの中。
 満員電車に揺られて、ふと思う。
 この大勢の人の中で、私だけが、あの迷路を辿った。
 それとも、あの迷路を抜けた人が、ここにも紛れているのか。
 ── もしかしたら、明日目覚めたら、迷路の中に閉じこめられる人がいるのかもしれない。

 じわりとした孤独感が、身体の芯から滲んでいく。

 その感覚は、友達と一緒にいても消えることはなく、むしろ、私の中で広がっていった。 
「じゃあまたね、なつみ」
友達の笑顔に、手を振って、微笑んで、頷く。

 私は、ちゃんとここに立っているんだろうか?

 空虚感の中で、私は、彼女を見つけた。
179 名前: 投稿日:2002年10月03日(木)20時32分30秒
 私が彼女に気がついたことに、彼女も気がつく。
 霞んだ世界の焦点が、なにかの拍子でふっと合わさったような錯覚を覚えた。

 私は彼女を知っている。

「……後藤……、さん……」
「あはっ。やっぱ、覚えてくれてたんだ」
「……」
校門の前のガードレールに座っていた彼女が、腰を上げる。
「よかった、夢じゃなかった」
少し眩しそうに目を細め、彼女は髪を掻き上げた。その手には、白い包帯が巻かれていた。
「なつみっていうんだねぇ」
「え?」
「ほら、さっきの人、なつみって呼んでたでしょ? 『安倍なつみ』っていうんだ」
「……うん」
ほんの少し、あの迷路の中よりも柔らかい印象を受けた。
 すぐに、あたりまえだ、と思いなおす。あのときの緊張を、この世界で持っているわけがない。
 そう思ってから、すぅっと身体中の力が抜けていった。

 私は、あの死に囲まれた世界から、元の世界に戻ってきたんだ。
180 名前: 投稿日:2002年10月03日(木)20時49分02秒
「怪我、大丈夫?」
「ん? ああ、うん。平気」
そう言って、彼女は、また笑った。
 そっと手を取って、包帯の上から軽くさすった。
 彼女はきょとんとしたけれど、すぐに、少し照れくさそうに笑った。
「もう痛くないよ。まだちょっと、包帯は取れないみたいだけど」
「よかった。早く取れるといいね」
「そうだね」
その同意は、まるで他人事のような口調だった。
「……もしかして、跡、残るの?」
私の言葉に、彼女は苦笑して、首を振った。
「残るとしても、よーく見なきゃわかんないようなくらいだって」
包帯の上から撫でていた手を、右手で捕まれる。
「……こんなの、全然たいした怪我じゃないよ」
きゅっと握りしめた手が温かくて、少し泣きそうになった。
181 名前: 投稿日:2002年10月03日(木)20時49分47秒
 カフェオレをテイクアウトして、2人で大学構内に入った。
「大学の中、入るのなんか初めて」と、まだ高校生だという後藤は嬉しそうに言った。
「学祭とかおいでよ」
「うん、呼んでね」
小さく溜息をついて、ゆっくりとした瞬きをして、まるで独り言みたいに、後藤が呟く。
「市井ちゃんねぇ、……行方不明だってさ」
「……そっか」
彩っぺもだよ、と呟いた私の声は、聞こえたかどうか、わからなかった。

 もうあの2人は、二度と戻ってこないだろうとということを、私達は知っている。

 誰が、どんな目的で私達をあの迷路に入れたのか。
 ……それは今でもわからない。

 後藤が、背伸びするみたいに、空を見上げて、「来年、後藤もココ、受けようかな」と口にした。
 眩しそうに見上げる後藤の目に何が映っているのか、知りたくなって同じように空を見上げる。

 雲と紛れてしまいそうなほど薄い水色の空は、秋の訪れを感じさせながら、どこまでも広がっていた。


 =END=
182 名前: 投稿日:2002年10月03日(木)20時52分10秒
 ようやく、ENDまで辿り着きました。
 やぐちゅーに始まり、ごまなちで終わったのか……な?(苦笑)

 こんな遅い更新に、付き合ってくださったみなさま、本当にありがとうございました。
183 名前: 投稿日:2002年10月03日(木)20時56分24秒
 >176 読んでる人@ヤグヲタさん
>なちごま組は後は2人揃って脱出するだけ、と思ったら・・・

脱出のあのシーンとやぐちゅーの迷路の中の再開後のシーンは、なぜか、最初から頭の中にあったので、
迷いはしたんですが、ああいう形にしました。
早いレス、いつもありがとうございます。すごく励みになりました。
184 名前: 投稿日:2002年10月03日(木)20時59分21秒
ここで終了しようかとも思ったんですが、やっぱり、どうしても書きたい話があるので、ひとつ番外編を書きます。
今週中には更新できるかと……。

最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
185 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年10月04日(金)13時43分41秒
脱稿お疲れ様でした。
話の展開にドキドキしたのはもちろんですが、
「もしかしてこのまま放棄?」とドキドキしたりなんかもしました(w
面白い作品を読ませてくれて、どうもありがとうございました。
番外編も楽しみにしてます。
186 名前: 投稿日:2002年10月05日(土)22時03分19秒
 あの日から、ぼんやりと手を見る癖がついた。

「……うーん……」
自分の手をひっくり返し、平と甲を交互に見る。

 出口だと思った光の部屋の中からの記憶はない。
 気を失っていたんじゃないかと思う。そして、全部、夢じゃなかったのかとも、思う。
 夢にしてはリアルだった。けれど、現実にしては、あまりにシュールだ。
 そして、現実だと証明できることは、なにひとつない。

「……繋いでたと、思うんやけどな」
自分で小さいと思っていた自分の手と同じくらい小さな手を、ずっと握りしめていた気がする。
「……やぐ……」
言葉は、溜息に変わる。

 ── 矢口。

 彼女は、この世界に、存在していないんだろうか。
 もう一度逢えたら、すぐにわかる。見間違えるわけない。それほど記憶は確かだった。
 いっそのこと、もう一度あの迷路に入れられたら、また逢えるんじゃないだろうか。
 そう思ってしまう自分が少し怖かった。


 駅のホームで、電車を待つ。
 あれからもう、1年が過ぎた。

 ……東京の暮らしにも、もう慣れた。
187 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年10月06日(日)14時00分29秒
番外編はやぐちゅーですか?
激しく期待してます!
188 名前:名無し読者 投稿日:2002年10月07日(月)13時49分24秒
作者さんはやっぱりそうじゃなくっちゃ(w
番外編リスペクト!!
189 名前:名無し 投稿日:2002年10月07日(月)19時37分23秒
一気に読ませてもらいました。最高です!
もっと早く気付いていれば…。
数学嫌いだけど、かまわず読みましたよ(w
番外編、楽しみにしてます!
190 名前:ユンカース 投稿日:2002年10月15日(火)22時16分21秒
分厚い雲に さえぎられた太陽
錆付いたドア 打ち鳴らしてる誰か
おびえた目をした 子供を映すニュース
密室みたいに 世界は息苦しい

部屋にあるのは 砕けた胸の破片
欲しいのはただ どこかにいる君だけ

壊れた空に 叫ぶ
Listen to me, listen to me, listen to me.
So, are you there?

届くはずない 声で
Come back to me, come back to me, come back to me.
So, are you there?

Uhooooo, I'm in the cube …

I don't care what's going on out of my empty cube.
I don't care what's going on out of my tiny and empty cube …


>影さんへ
ふっと迷い込んだ場所で、いいもの読ませていただきました。
タイトルに惹かれて読んだんですが、正解でした。

この物語を読み終えた時、思い浮かんできた音楽は、
上に書いた歌詞の曲「CUBE」でした。
この曲もまた、この物語と同じ映画と元ネタの作品です。

元ネタが一緒のせいかもしれませんが、空気が妙にあっています。
191 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)18時55分01秒
 またぼんやりと自分の手を見ていた。
 同僚からは、「ネイルアート?」と、よく聞かれた。爪を気にしてるんだと、思われたみたいだ。
 確かに前のアタシなら「そうやよ」って素直に答えていたと思う。けれど、今は苦笑いで返すだけ。
 自分の手を見て思い出すのは、短いままの爪で手を握りしめた、……あの小さな手だけ。

 ひとつづつ、彼女のことを思い出そうとする。

 矢口。
 矢口真里。

 小さな手。小さな身体。
 高めの声。

 目にいっぱいの涙を浮かべて微笑んだ、あの笑顔を思い出したところで、いつも自分の溜息によって意識が外を向く。

 ここをでられたら、一緒にご飯を食べようって約束した。
 一緒に買い物に行って、一緒に海を見に行こう、とも言った。
192 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)18時55分51秒
「……なんでやろなぁ……」
誰にも聞こえないくらい小さな独り言を呟く。
 住んでるところも、電話番号も、年齢も、学校名も、なにも聞かなかった。
 聞いておけば、すぐにでも探しにいったのに。
「……ホンマにアタシ、アホやんなぁ……」
俯いて、そっと目を閉じて、溜息をつく。
 住んでるところも、電話番号も、年齢も、勤め先も、なにも教えなかった。
 ……教えておけば、探してくれたかもしれないのに。

 地下鉄のホームに、アナウンスが響く。顔を上げて、立ち上がる。一歩、二歩、前に進む。
 また小さく溜息をついて、髪を掻き上げたとき、向かいのホームに、一瞬、彼女の姿が見えた気がした。
 ドクン、と心臓が鳴った。反射的に身体が前に傾く。
「……やぐっ……」
その時、前髪が風になびいた。
「……!」
目の前の視界が、ホームに入ってきた電車に遮られる。
 心臓の音が高鳴っていく。
 ぎゅっと体中の血管が縮小するような、緊張感。
193 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)19時04分38秒
 この感覚は、知っている。

 そうだ。あの迷路の中で感じた、日常を送っていると忘れそうになる感覚。
 そして、身体の奥底では、忘れられるハズのない感覚。

 あの薄暗い迷路の中で、壁に遮られた、矢口の手。
「……矢口」
アタシを見つけだしてくれた、あの手。
「……矢口……」
もう、離したくない。離れたくない。

 どん、と、肩を押されて、電車の扉が開いていたことに気付く。自分の横をすり抜けて、人並みが、小さな箱の中に収まっていく。
 その中に、アタシは入れなかった。
194 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)19時09分55秒
 扉が閉まる。
 窓ガラスの向こうは見えなかった。
 電車が通り過ぎていく。
 ホームの向こうの小さな人影が、アタシの中に飛び込んできた。
「……矢口」
それは、確かに矢口だった。
 矢口は、アタシと同じように、呆然としたような表情で、アタシを真っ直ぐに見ていた。

 矢口、だ。

 心の中で確信する。
 目頭が熱くなって、泣き出しそうになるのを堪えるように、小さく首を振る。

 ……矢口……。

 声にならない声が、喉元で焼け付き、唇だけが彼女の名前を呟く。
 アナウンスが響き、向こうのホームに電車が滑り込む。
 電車で視界が遮られる前に、矢口が、アタシの名を呼んだ気がした。
 人を飲みこんだ電車がゆっくり通り過ぎる。

 そこにいるはずの矢口の姿は、消えていた。
195 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)21時00分27秒
最後の更新です。今まで、本当にありがとうございました。

>読んでる人@ヤグヲタさん
>「もしかしてこのまま放棄?」とドキドキしたりなんかもしました(w

私はよく、「あああ、久しぶりの更新だけど、倉庫にいっちゃってないかなぁ」ってドキドキしてました。
……よかった。ホント、よかったです。
最後までお付き合い頂きありがとうございます。

>188 名無し読者さん
やっぱり、やぐちゅーには力はいっちゃいますね(苦笑)。
短いですけど、少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。


>189 名無しさん
ありがとうございます!
とぎれとぎれに書いていると、「辻妻あってるかなぁ?」とか心配になるんで、一気に読んでいただけた方にそう言っていただけるとほっとできますね。

>190 ユンカースさん
この歌は、私は初めてですね。今度CD、借りてきてみます。
読んでくださって、ありがとうございました。
196 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)21時01分24秒
「……ぐち?」
見間違えだったのか?
 そんなハズはない。たしかに、目があった。驚いた顔をした。
 ……間違いなんかじゃない。

「……もぉ、アタシには、会いたくないって、ことか……?」

自分で出した答えに崩れそうになる。
「……矢口ぃ……」
手の震えが止まらなかった。
 この世界で、喉が乾くことがなくてもお腹がすくこともなくても、アタシはこんなに矢口の手を求めて、こんなにも飢えている。

「……裕ちゃん!」
耳に飛び込んできた声に、反射的に振り返った。
 連絡通路の階段に、矢口がいた。
197 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)21時02分53秒
「……矢口?」
手すりにもたれ、はぁはぁと肩で息をして。そして、ひとつ大きく息を吐くと、とびきりの笑顔を見せた。
 パタパタと駆け寄ってきたかと思うと、アタシの目の前に立って、両手で腕を掴む。
 アタシの顔を見上げると、矢口はニッと笑った。
「よかったぁ。さっき、電車に乗ってちゃうかと思ったよ」
「……こっちの台詞やろ、それ」
「久しぶりに真剣に走っちゃったよ」
「……矢口」
そっと、肩に手を添えて抱き寄せる。
「……矢口ぃ……」
腕の中に収まる小さな身体が、アタシの胸をきゅっと締め付ける。
「こんなとこで泣くなよぉ、裕ちゃん」
耳元で聞こえた照れくさそうな声が、アタシのすべてを満たしてくれた。
198 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)21時04分13秒
「ずるくない?」
駅前のコーヒーショップで買ったウィンナコーヒーに口を付けながら、矢口が頬を膨らましてみせる。
「なにが?」
「大阪弁だから大阪かと思ったら、東京に住んでるんだもんなぁ」
「生まれは京都。大学も就職も大阪。東京に来たんは、転勤」
「転勤かぁ」
納得したように頷いたその唇についたクリームに気付いて、自分の唇を指さす。
「唇にクリームついてんで」
「え、どこどこ?」
「ココ」
指先でクリームを拭うと、矢口は少しくすぐったそうに笑った。
「自分、ドコなん?」
「神奈川」
「横浜? 中華街とか近いん?」
「あー、電車で20分くらい」
「けっこうあるやん」
「うん。でもよくガッコ休みの日とか、遊びに行ってる」
「中坊のおこずかいってたかがしれてへん?」
「矢口、もう大学生だよぉ」
「えっ? ホンマに!? 大学!?」
「なんだと思ってたんだよぅ」
「ごめん、ごめん」
他愛のない会話が、まるで何年も一緒にいた昔の友達に会ったときのように、何故か懐かしい。
199 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)21時05分42秒
「あーあ。逢えたら、思う存分泣いてやろうと思ってたんだけどな」
「え?」
「だって裕ちゃん言ったじゃん。迷路の中で、『ココ出たら、ナンボでも泣いてええから』って」
その言葉に、思わず笑ってしまった。
「迷路の中でも泣いてたけどな」
「そーだねぇ」
まるでアタシにつられるように、矢口も笑った。
 もう、泣いてないよと強がる必要はなかった。それは、たぶん、矢口も感じていたんだと思った。
 ふと、矢口が空を見上げる。
「あのねぇ、実はね、矢口、電話かけまくったんだよ」
「電話?」
「電話帳で、大阪の中澤さんに電話かけまくった」
「ええ!?」
「裕子さんって1人いたんだけど、68歳って言うしさ、一人暮らしとかしてて、電話帳に名前載せてないのかなぁ、って思ったりして」
小さな手の中で紙コップから白い湯気が、のぼっては消えていく。
「実は、夢だったのかなぁ、って、思ったりもしたんだ。矢口、受験生だったから、親の監視もあったしさ。なんか変なことすると、受験ノイローゼじゃないの?って。そう言われると、そうなのかな、って気にもなったりして」
あはは、と2人揃って笑った。
200 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)21時08分50秒
「でも、きっとまた逢えるって、思ってた」
ね? と、矢口は明るい笑顔を見せた。
「だって、あの迷路の中でも、逢えたんだもん」
「……せやな」
よしっ、と、勢いづけて、矢口が立ち上がる。
「ねぇ、遊びにいこ? まずはご飯食べてさー」
「ええよ」
「あっ! ねぇねぇ、遊園地行こう、遊園地!」
「アタシ、ジェットコースターとかあかんで」
「えええええ! なにそれっ」
「高所恐怖症やもん」
「なんだよ、それぇ」
「海、見に行くんちゃうん?」
「海はやっぱり、夏でしょ!」
「……え。アタシ、泳げへんよ」
「いーよ、花火やろ、花火!」
「夜の海なんか、海見えんやんか」
どちらからともなく、肩を寄せて、手を繋いだ。
 きゅっと握りしめられた手は、少し痛いくらいだったけれど、その手を解く気にはなれなかった。
 歩き出して、不意に手の力が緩んだ瞬間、反射的に握り返したアタシがいた。
201 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)21時09分32秒
「……」
矢口がそれに気付いて、アタシをきょとんとした目で見る。そして、照れくさそうに目を細めて笑った。
「……ね、裕ちゃん」
「ん?」
ぐい、と腕を引いて、矢口がアタシの耳元で囁く。

「ずっと、一緒にいてね」

あの迷路の中で、アタシは矢口と出会い、矢口はアタシを見つけてくれた。
 この広い、世界という迷路の中でも、アタシ達は、きっと何度でも巡り会える。

 きっと、何度でも。

 =END=
202 名前: 投稿日:2002年10月25日(金)21時12分00秒
以上で「CUBE」は終了です。
今まで、本当にありがとうございました。

懲りずに、ちょっとやってみたい話があるので、またスレッド立てさせていただくと思います。
またお目にかかれると嬉しいです。
203 名前:つなぎ服 投稿日:2002年10月26日(土)00時00分54秒
お疲れ様でした。

かなり心に染みるお話でした…。
なんかこぉ…最後の方なんて泣きそうに…泣きかけてます。

『あの迷路の中で、アタシは矢口と出会い、矢口はアタシを見つけてくれた。
 この広い、世界という迷路の中でも、アタシ達は、きっと何度でも巡り会える。

 きっと、何度でも。』

うん。感動しました。
次回作のほうも期待してますんで
これからも末永く頑張ってください。
204 名前:読んでる人@ヤグヲタ 投稿日:2002年10月26日(土)16時18分32秒
これで本当にCUBEは終ってしまったんですね。
お疲れ様でした。

自分も>>203のつなぎ服さんと同じで、
最後の文章ですごく感動しました。
では、次回作も激しく楽しみに待ってます。
205 名前: 投稿日:2002年10月27日(日)11時18分20秒
>203 名前 : つなぎ服さん

>かなり心に染みるお話でした…。
>なんかこぉ…最後の方なんて泣きそうに…泣きかけてます。

ハッピーエンドの話(……ハッピーエンド……の話ですよね、これ(汗))でそう言っていただけるのってそうないと思うんで、光栄です。
これからもよろしくお願いします。

>204 名前 : 読んでる人@ヤグヲタさん

話を考えながら、詰まったときに、すごくレスが支えになりました。
最後まで、本当にありがとうございます。


次回作、スレッド立てました。そのまま白板です。また読んでいただけると嬉しいです。

Converted by dat2html.pl 1.0