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【導かれし娘。】
- 1 名前:A24 投稿日:2001年05月29日(火)23時47分39秒
- 2000年のメンバーをイメージして、
メンバー総出演のパラレル小説を書きます。
かなりの長編になりそうなので、終了は
いつになるのか見当もつきません。
- 2 名前:第一部 投稿日:2001年05月29日(火)23時50分35秒
- Chapter−1<出会い>
ハッとして、目が覚めた。
高鳴る鼓動。そして、額に浮かぶじっとりとした汗。
吉澤ひとみは、真っ暗な自分の部屋を見渡した。
――いつもとかわりのない部屋。
自分の部屋だと認識すると、ホッと胸を撫で下ろした。
(夢……、だよね……)
そのあまりにもリアルな光景に、ひとみは思わず
身震いした。
夢の中――。ひとみは、5歳だった。
子供たちの遊び場である公園で、1人で砂遊びを
しているはずだった。
「吉ちゃん」
不意に誰かに呼ばれた。隣を見るといつの間にか、
幼なじみの後藤真希が座って一緒に砂の城を作っ
ている。
栗色の長い髪を風になびかせて、ほんのちょっと
した笑みを浮かべて熱心に砂の城を作っている。
ひとみは、幼い真希のその姿をぼんやりと見つめて
いた。
もうすでに、意識の片隅でこの光景が夢である事も
なんとなくわかっていた。そして、この後に起こる
事も――。
- 3 名前:第一部 投稿日:2001年05月29日(火)23時53分40秒
完成間近の砂の城に投げ込まれる、水の入った風船。
風船が弾けるのと同時に、その衝撃からなのか水の
力によるものなのかわからないが、砂の城は一瞬に
してもろくも崩れ落ちる。
「……壊れちゃった」
真希が、泣きべそを浮かべてポツリと呟く。
「いいよ。また作ろう」
ひとみは、真希の服についた砂を払いながら言った。
そこへ聞こえてくる、少年の声。
「クソ真希」
ひとみは、顔を上げる。近所でも評判の悪ガキ、健
太とその仲間が手にした水風船を弄びながら、連れ
立ってこちらに向かって歩いてきている。
健太はなぜか、真希を目の敵にしている。幼稚園でも
そうだった。
上靴を隠したり、道具箱に昆虫を入れたりして、真希を
苛めていた。
きっと、好意の裏返しなのだろうが5歳の幼い少女、
そして同じ年だった健太自身にもそれは分からない。
5歳の少女にしては比較的体格のよかったひとみは、
真希を後ろに隠した。
幼稚園でも自分がいるときは、いつもそうして健太
から真希を守ってやっていた。
「向こう行ってよ」
ひとみは、真希の前に立ち両手を広げながら言った。
健太はその時になって初めてひとみの存在に気づいた
のか、ほんの少しの一瞬だけ怪訝な表情を浮かべた。
が、すぐにいつもの調子で憎まれ口を叩く。
「うるせえ。凶暴女」
健太の言葉に反応して、仲間が凶暴女と笑いながら
囃したてる。
- 4 名前:第一部 投稿日:2001年05月29日(火)23時56分22秒
そのあだ名にムカッときたひとみは、おもわず健太に
にじり寄った。また、ほんの一瞬、健太はひとみの迫
力に圧倒されてひるんだ。
これまでにも数度、健太の悪戯にキレたひとみは
健太と取っ組み合いのケンカをしたことがある。
この年頃の子供に男も女も力の差はないのは当然の
事であり、ましてや気も強く体格もよかったひとみは
評判の悪ガキともいい勝負だった。
それ故に、女なのに立ち向かってき、なおかつケンカ
の強いひとみを健太は少々恐れていたのだ。
――ひとみは、ズンズンと健太に向かって歩いて行っ
た。
「凶暴女が来たぞ。攻撃開始」
健太の号令と共に、仲間達がひとみに向かって一斉
に水風船を投げつけてくる。
そのほとんどはひとみの身体を逸れたが、健太の放った
1つの大きな水風船がモロに顔面に直撃して弾けた。
「ひとみちゃん!」
真希が大声をあげた。
ひとみは、その場に立ちすくんでいる。
健太たちも、「しまった」というような表情を浮か
べている。まさか、顔に当るとは思っていなかった
のだろう。
ひとみはただ黙って顔を押さえて、たたずんでいる。
痛みがあって泣きたくもなった。が、ひとみは涙を
堪えた。
健太の前で涙を見せるのは嫌だったし、なによりも
真希の前で泣くのが嫌だった。
- 5 名前:第一部 投稿日:2001年05月29日(火)23時58分23秒
(でも……ものすごく痛い)
(泣きたくない)
(うー、涙が出そう)
涙腺が緩みかけたその瞬間、
「ワァーッ!!!!!」
と静まり返った公園内に健太たちの絶叫がこだました。
ひとみが驚いて顔を上げると、健太たちが頭を抱えて
地面をのた打ち回っている。
のた打ち回る……。それよりも、ほぼ痙攣に近い状態
だった。
本能的に危機を察知したひとみは、真希の身を心配して
振りかえる。
そこでひとみが見た光景。その光景が10年たった
今でも忘れられずに、こうして夢にまで現われたの
だろう。
真希の栗色の髪の毛が、まるで空に吸い込まれるように
わらわらと逆立っている。
そして、眼だ。何も見ていないようで、それでいて強
烈な意思のある眼。
殺意という言葉を知らなかったひとみも、真希が健太
たちを殺そうとしているのが容易に判断できた。
のた打ち回る健太たち。
様相が一変した真希。
もうすでに、その時のひとみは現在のひとみに戻って
いたのかもしれない。
そして、真希が発しているものが殺意だとハッキリと
認識して、ムリヤリに夢の中から覚醒させたのかもし
れない。
現実の過去とリンクしているのなら、その光景を見る
のには耐えられなかったのだろう。
ハッと目を覚ましたとき、ここが現実なのか夢なのか
それとも10年前なのか判断できないほど動揺していた。
- 6 名前:第一部 投稿日:2001年05月30日(水)00時02分04秒
「おはよう」の挨拶もなく、ひとみはダイニングへと
入った。
もうすでに父親は朝食をとっていた。
弟2人は、まだ起きてきていないらしいが、ひとみに
とってはどうでもいいことだったので気にする事も
なかった。
テーブルにつくとすぐに、シリアルとゆで卵付きの
サラダが出された。
母親は何も言わずに、弟たちの朝食の準備に戻った。
(ロボットみたい……)
ひとみは、母親の背中を見つめて心の中で毒づいて
みた。きっと、昨日の夜も夫婦の間で何かがあった
のだろう。
ひとみが朝食を食べている間、両親が口を開く事も
目を合わす事もなかった。
ひとみは朝食を終えると、いつものようにシャワーを
浴びに浴室に向かった。
朝は余裕を持って行動したいタイプのひとみは、どん
なに寝不足でも通学の2時間前には目を覚ますように
している。
熱いシャワーを浴びながら、ひとみは昨夜見た夢の
事を思い出した。
が、冷静に考えるとただの夢であり、確信のない過
去の出来事なので、あれほど動揺すべきではなかっ
たとなぜか自分にムッとした。
人は過去の出来事を、歪曲して記憶してしまう事がある
という。
ひとみは、ほんの数年前にそんな事を話しているTVを
見たことがある。
きっと、その類なのだろう、
(あんな事、あるわけないじゃん)
と一笑にふして、ひとみは浴室を後にした。
肝心の”あんな事”については、考えなかった。
- 7 名前:第一部 投稿日:2001年05月30日(水)00時04分18秒
電車の発車ベルと共に、また退屈な日常が始まりを
告げる。
通勤・通学でごった返す息苦しい電車内。
どれだけの人が、日常を楽しんでいるのか。
皆、ただただ疲れた顔をしてぼんやりと自分の世界に
ひたっている。
そんな光景を見ると、ひとみは吐き気を覚えるほど
憂鬱な気分になる。
目の前でぼんやりと車内広告を見上げている中年の
サラリーマン。
(あんな人とは、結婚したくない……)
(あんな風になるような人と、出会いたくもない)
(お母さんのように、平凡な主婦になんかなりたく
ない)
(高校卒業したら、東京に出よう)
(それで、もうそれを最後にしてこんな電車に乗る
生活とはおさらばしよう)
(退屈な毎日なんて、嫌いだ……)
ひとみは、スッと視線を落としてもう何も考えない
ように携帯のメールを打つことにした。
- 8 名前:第一部 投稿日:2001年05月30日(水)00時06分53秒
数十分後、ひとみは駅のホームに降り立った。
市の中心街だけあり、利用者は多い。
皆、急かされるようにそれぞれの目的地へと向かう。
ひとみも、その中の1人だった。
メールを打ちながらのんびりと歩いている、どこに
でもいる女子中学生に見えるかもしれないが、足は
自ずと改札口へと向かっている。
(送信完了……っと)
携帯を通学カバンにしまい、かわりに定期を取り
だす。あと数メートルも歩けば、駅の改札口である。
ひとみは、定期券を手にして改札口に向かって歩く。
(……ん?)
駅の改札を抜けたひとみは、1人の少女を見つけた。
一方向に向かっていく人の流れの中、黒髪を頭の
上で2つに結んだ少女がこちらを見ている。
人々の後頭部しか見えない光景の中では、すこし
浮いた存在の少女だ。
(誰か、待ってんのかな)
ひとみは後ろを振りかえったが、少女の待ち人ら
しきような人はいない。
もう1度前を向くと、今度ははっきりと少女と目が
合った。
目が合った少女は、一瞬ハッとした表情を浮かべたが
すぐに素知らぬ振りをして空中に視線を漂わせる。
- 9 名前:第一部 投稿日:2001年05月30日(水)00時09分25秒
(なんだ……? 変な子)
あからさまにコメディタッチな振るまいが、ひとみの
興味を釘づけにした。
が、今は朝のラッシュである。構う時間などないし、
ましてや声をかけるつもりも毛頭ない。
その少女の傍らを通り過ぎる時、小さな呟きが聞こ
えた気がした。
(ののれす……?)
(ののれすってなんだ?)
と、気になって振りかえると、また少女と目があった。
(私?)
(え? なんで?)
(後輩?)(え? でも、制服着てないし)
(小学生?)(学校は?)
(誰?)(知らない)(思い出せ)
様々な言葉が去来し、ひとみは必死でその少女の事を
思い出そうとしたが、けっきょく見ず知らずの少女で
あることを認識した。
(もう、いいや)
どうでもいい人物と位置付け、ひとみはホームの階段
へと向かった。
――あいかわらず、その少女はひとみを見つめ続けて
いた。天使のような笑顔を浮かべて。
- 10 名前:第一部 投稿日:2001年05月30日(水)00時13分02秒
少女の存在も忘れ、階段を上がるひとみ。
不意に前を歩く人物の身体が「きゃっ」というアニメの
ヒロインのような声と共に沈み、そして視界から消えた。
ひとみは、とっさに身をひるがえした。
ボーっと歩いていたら、階段で転んだその女性につまずき、
自分も転んでしまうところだった。
(危なかったぁ〜)
転んだ女性は、女性と呼ぶのにはまだ早すぎるあどけな
さの残る少女だった。
転んだ時に打ちつけたのか、右足をさすっている。
(痛そう……。あーあ、バッグの中身まで出てるよ)
(助けようか)
(どうしよう)
ひとみは、何気に辺りに視線を向けた。誰もが少女の
存在に気づきながらも、足を止めて助け起こそうとする
人物もいなければ、ひとみのように立ち止まって対処に
戸惑っている人物もいなかった。
(みんな、冷たいなぁ)
少女は「すみません」と小声で謝りながら、バッグから
とびちった物を拾い集めた。
それを見て、ひとみの身体は自然と動いた。
- 11 名前:第一部 投稿日:2001年05月30日(水)00時16分16秒
「あ、すみません」
ひとみに向かって投げかけられた言葉。
ひとみは、階段下まで転がった物を拾い集めていたため
反応が少し遅れた。
ひとみは、少女と目が合った。
(かわいい)
(声と合ってる)
(同い年かな)
階段の上で四つん這いになった少女は、ひとみに向かっ
て頭を下げた。
(かわいい)
(プッ、あの格好)
(周りに人いるのに)
ひとみは、バッグの中身を拾いながらも横目でチラチラと
少女を見ていた。
すると、少女は急に立ち上がり顔を真っ赤にして、今度は
しゃがんでバッグの中身を拾い集めた。
(プッ、やっと気づいた)
(おっちょこちょいだ)
退屈な朝の日常に訪れたちょっとした変化を、ひとみは
楽しんでいた。
――柱の影から、2人を見ているもう1人の少女。
そう。ひとみが階段で転んだ少女より前に出会った、
あの小柄な少女。
やはり、クスクスと笑っていた。
- 12 名前:更新終了。 投稿日:2001年05月30日(水)00時17分31秒
- 本日の更新は以上です。
- 13 名前:バービー 投稿日:2001年05月30日(水)16時38分16秒
- めっちゃおもしろいです!!
微妙によしごま・・?
期待してます!
- 14 名前:第一部 投稿日:2001年05月31日(木)00時13分08秒
- Chapter−2 <告白>
(おっちょこちょいは、私だよ)
休み時間の教室で、ひとみはピンク色のパス
ケースを手にし「はぁ〜」とため息をついた。
朝のちょっとした混乱時に、ひとみは少女のものであろうピン
ク色のパスケースを間違って自分のカバンの中に放り込んでし
まっていた。
それに気づいたのは、登校して数時間が経過してからだった。
(まだ買ったばかりだ)
(返すって言ってもなぁ……)
(名前も知らないし)
(明日もあの時間の電車に乗るのかなぁ……)
「……とみ。ねぇ、ひとみってばっ!」
友人の木村麻美の呼びかけで、ひとみは我にかえった。
「へ?」
「へ、じゃないよ。さっきから、呼んでんのに」
「あ、ごめん。ちょっと考え事」
「お昼、どうする? ここで食べる? それともホール?」
「うーん。じゃあ、ホールに行こうか」
ひとみは、麻美と連れ立って2階にある共同ホールに向かっ
た。
ひとみの通う中学(朝比奈学園)は私立の、いわゆるお嬢
様学校というやつだ。
小・中・高と一貫教育で、校舎も同じ建物を共有している。
むろん、それぞれのエリアは分かれているが、共同ホール
だけはその名前からしてわかるように小・中・高のどの生
徒も自由に使えるようになっている。
だが、あまり利用者はない。
違う学年の生徒と顔を合わしたくないのか、誰もが自由に
使える点がその不人気の理由のようである。
いつも昼休みに、5〜6人の生徒が散り散りの場所で昼食
をとっているだけだった。
わずらわしいのが嫌いなひとみにとって、その場所はちょ
っとしたオアシス的な場所であった。
ひとみと麻美は他愛もない話をしながら昼食をとっていた。
アイドルの話なんかをしていた麻美が急に声を潜める。
- 15 名前:第一部 投稿日:2001年05月31日(木)00時17分39秒
- 「ねぇ、あれ」
「?」
麻美が、目で合図を送る。ひとみは、その視線の先を追う。
高等部の矢口真里が、ホールの入り口辺りでキョロキョロ
と中を見まわしていた。
手には、くまのプーさんの弁当箱を持っている。
「もうそろそろ来るよ」
麻美が、ニヤッと笑ってしばらくすると高等部の教員であ
る中澤裕子がやって来た。
手にはコンビニの袋をぶら下げている。
どちらも、この学園には似つかわしくない金髪だが、不思
議と嫌悪感を与えるような金髪ではない。まるで、それが
当たり前の髪の色であるような自然な印象を周りに与えて
いる。
2人は何か二言三言ことばを交わすと、生徒達とは少し離
れたテーブルについた。
「ねぇ、やっぱさ、あの2人って怪しいよね」
麻美が声を低くして、小さく呟いた。
「レズの噂?」
「ちょっと、声が大きい」
「あ、こっち見てる」
「ちょっと、ジッと見ちゃダメだよ」
いつまでも、振りかえって中澤と矢口を見ているひとみを
麻美は強引に前を向かせた。
- 16 名前:第一部 投稿日:2001年05月31日(木)00時19分45秒
ニヤニヤしながら、ひとみは言った。
「女子校だからって、そんなのあるわけないよ」
「でもさ、あの2人っていっつも一緒にいるよ」
「ウチらだって、いつも一緒にいるけど?」
「ア、アタシたちは、友達でしょ」
声を荒げたので、周りの生徒たちの視線が一斉に2人に
集まった。
麻美はその視線を感じ、顔を赤らめながらうつむいた。
「そんなもんだよ。それに、別にいいんじゃない? レ
ズだろうがなんだろうが。私には関係ないし」
ひとみは、その手の話には本当に興味がなかった。
同性をかわいいと思う事はある。
現に今朝ホームの階段で転んだ少女に対しても、そのよ
うな感情を抱いた。し、目の前にいる麻美に対しても
「かわいい」と思うことがある。
だがそれは、ぬいぐるみや子犬を見て「かわいい」と思
う程度であり、そこから恋愛感情に発展する事など想像
すらしていない。
中澤と矢口の件に関しても、特に他の生徒達のように深
く勘ぐるような事はしなかった。
(あ、そうだ。思い出した)
「ね、麻美。今日さ、掃除当番変わってくんない?」
突然の言葉に、うつむき加減で牛乳を飲んでいた麻美は
びっくりして牛乳を吹きだした。
- 17 名前:第一部 投稿日:2001年05月31日(木)00時21分22秒
自分は冷めた人間であり、孤独を愛する人間だと自分自
身で分析しているひとみだが、実はそうではなく困って
いる人を見ると放っておけないおせっかいな人物の部類
に入るのもちゃんと認識していた。
(ほらね……)
放課後の掃除当番を麻美に代わってもらって、ひとみは
駅のホームの階段でピンク色のパスケースの持ち主を待っ
ている。
名前も知らず、何時の電車に乗るのかも知らない。
ひょっとしたら、もうすでに帰っているかもしれない。
それでも、ひとみは待つ事にした。
数万・数十万・数百万の偶然から出会った少女に、もう
1度出会える保証はどこにもない。
それは、ひとみにも十分わかっていたが、定期を無くし
てオロオロしているあの少女の姿を想像すると、どうし
ても待たずにはいられなかった。
- 18 名前:第一部 投稿日:2001年05月31日(木)00時22分56秒
不意に、「後藤真希」という単語が脳裏をかすめた。
(そう言えば、真希ちゃんに似てるかも)
そこで思考は一旦停止した。
ひとみは真希の事を思い出そうとしている思考に、わざ
とストップをかけたのだ。必死で、別の事を思い浮かべる。
(!もういい)
(!似てない)(!似てない)
(!誰?)
(!ゴトウマキなんて知らない)
(!ナニモシラナイ)
(!定期券)(!困ってる)
(!定期券)(!カワイイ声)
(!おっちょこちょい)
(定期券)(定期券)(渡さなきゃ)
(きっと困ってる)(定期券)
その時、階段から駆け下りてくる少女に気づいた。
(あっ! 朝の)
少女は、息を切らせてひとみの前に立った。
(以外と小さい)
(それに、細い……)
「あ、あの」
その少女は、荒い息を整えながらなんとか声を出した。
(やっぱり、かわいい声)
少女が困ったような表情を浮かべて、ひとみを見上げて
いる。
- 19 名前:第一部 投稿日:2001年05月31日(木)00時25分52秒
「あ、あの……」
ひとみは、ハッと我にかえった。
「あ、はい」
「定期。拾ってくれたんですよね?」
「え? あ、はい」
ひとみは、カバンの中からピンク色のパスケースを取り
だす。
「これ……、ですよね?」
「あー、そうです。それです。良かったぁ」
きしゃな指を胸元で組み、満面の笑みを浮かべる少女。
ひとみは、少女の胸元についているネームプレートに
気づく。
(石川……、梨華……さん)
(エプロン姿)
(近くで、働いてるのかなぁ?)
「あのう……」
「あ、はい」
梨華はひとみの手元を見ている。ひとみは、何が言い
たいのか敏感に感じとった。
「あ、ごめんなさい。どうぞ」
そう。ひとみは、梨華の姿に見とれて肝心のパスケー
スを渡すのを忘れていたのであった。
(やっぱり、おっちょこちょいは私だ……)
急に顔が赤くなるひとみであった。
「あの失礼ですけど、お名前は……?」
「へ?」
(やっぱ、かわいい声だなぁ)
(エプロンも似合ってるし)
(あ、そうだ……)
(吉澤ひとみ)
と、言いかけた時、それを遮るように梨華が口を開いた。
- 20 名前:第一部 投稿日:2001年05月31日(木)00時28分44秒
「あ、私、石川梨華って言います。あ、名前、ここに」
と、胸元のネームプレートを指さす。
「駅前の『アップフロント』っていうお花屋さんで働い
てるんです。今、ちょうど休憩時間で、それで駅に落し
物がなかったか訊ねに来て、それでちょうどあなたが
見えたから、朝の顔覚えてて。ひょっとしたらって、そ
れで」
梨華は、なぜか緊張しながら一気にまくし立てるように
説明した。
頭の中に浮かんだ言葉を整理するのを忘れたのか、その
言葉はただの単語の羅列に近かった。
「あ、もうこんな時間。急がないと」
「え?」
「10分しか休みないから」
そう言った時には、きょとんとしているひとみを尻目に、
梨華はもうすでに階段を上っていた。
(私……、まだ自己紹介してないんだけど……)
(花屋さんか……)
(プッ。お花屋さんだって)
(カワイイ)
(なんか、似合ってる)
笑みが自然にこぼれそうになり、ひとみはあわてて口元
をぎゅっと引きしめた。
朝のラッシュほどではないにしろ、周りには人がいる。
普通の顔をして、階段を下りようとした。
「あの」
と、呼びとめる声。もちろん、ひとみにはその
声が誰で誰を呼びとめているのかすぐに分かった。
振りかえり階段を見上げると、梨華が夕日の光をバック
にして立っていた。
「ありがとう。今度、お店に来て。好きなお花、プレゼ
ントするから。約束だよ」
と、言い残すと手を大きく2、3度振って、走り去った。
またしても、ひとみが何か言葉を発する前に梨華は去った。
残されたひとみは、行き交う人々の冷たい視線を浴びて
赤面した。
- 21 名前:第一部 投稿日:2001年05月31日(木)00時32分47秒
夕暮れの教室。
麻美はやっと、掃除を終えた。「ふぅ」とため息を吐き、
さっき整頓しおわったばかりの机に腰かける。
いつの間にか、校庭でのグラブ活動の掛け声も消えている。
静寂が校舎を――麻美のいる教室を包み込んでいた。
その静寂を寂しいと感じるのか、怖いと感じるのか、切な
いと感じるのかは人それぞれである。
麻美は、不意に切ない恋心が沸きあがってきた。
昼間、何気に同性との恋の話をした。
それはけっして、中澤と矢口の関係を非難したり軽蔑した
りしたかったのではない、何気にひとみの考えている同性
同士の恋愛感について探りをいれてみたのだ。
その結果、ひとみにはまったくその気がないのを知ってし
まった。
同時に、麻美のはかなくせつない恋も終わりを告げた。
「告白しないでよかった……。気まずくなるのは、嫌だも
んね」
誰もいない教室、ひとみの机の前でつぶやく。
あれはいつの頃だったのだろう。
ある1つの事件がきっかけで、ひとみとの距離が急激に近
づき、それまで友人として抱いていた尊敬にも似た憧れが、
恋に変わったきっかけともなった事件。
- 22 名前:第一部 投稿日:2001年05月31日(木)00時36分52秒
その頃、ひとみも麻美もまだバレー部に所属していた。
ひとみは選手。麻美は身体的・技能的能力に限界を感じて
選手からマネージャーに転向したばかりなので、去年の7
月頃だろうか。
いつものように、放課後の部活動に励んでいた。
当時の3年生最後の試合が近かったので、部員たちは熱心
に練習していた。
いくら、お嬢様学校の弱小チームとはいえ、3年生最後の
試合ぐらいは勝利でその花道を飾りたいと部員達は考えて
いた。
マネージャーの麻美も、練習に付き合っていた。
コートの外からトスを上げて、片方のコートにいる人物が
アタックをし、もう片方のコートにいる人物がアタックを
受ける――。ただそれだけの単調な作業。
背の低い麻美は必然的にコートの外からトスを上げる誰に
でもできる役を任された。
それでも、直接的に選手たちと関われるので嬉しく思って
いた。
練習は順調に進んでいた。
が、隣のコートで練習をしているひとみに見惚れていた麻
美は、トスの上げる方向を少し間違えた。
「あっ!」と気づいた時には遅く、3年生でありチームの
キャプテンであった戸田鈴音はその失敗したトスを打ち損ね、
手首の靭帯を痛めてしまった。
練習が終わり、麻美は部室でひとみを除いた数人の同学年の
生徒に責められた。
「どうすんのよ! あんたのせいで、戸田キャプテン試合に
出れなくなったじゃない」
「……」
麻美は、嗚咽を上げることしかできなかった。
それもそうである。
自分が放ったトスのせいで、ひとみに見惚れて集中しなかっ
たせいで、キャプテンである戸田が大事な最後の試合に出
られなくなったのだ。
詫びる言葉よりも、涙しか出てこない。
- 23 名前:第一部 投稿日:2001年05月31日(木)00時39分59秒
どれぐらいの間、責められ続けていたのだろうか。
「いい加減にしなよ」
低い声と共に、部室のドアが開かれた。
部員たちは、一斉にドアを見つめた。
1人での居残り練習を終えたひとみが、額にうっすらと汗を
滲ませながら入ってきた。
場に何となく緊張が走り、皆だまって吉澤の姿を目で追って
いた。
誰に言うでもなく、自分のロッカーの前でひとみは額の汗を
拭いながら呟いた。
「木村さんを責めて、戸田先輩のケガが治るわけじゃない」
反発の声はすぐに上がった。
「ひとみ! アンタだって知ってるでしょ! キャプテンや
他の先輩達がどんなに次の試合に賭けてたか」
「知ってるよ」
「だったら、なんでそんな何でもない風に言えるの」
「だって、言っても仕方ないじゃない」
ひとみは、ロッカーを閉めると部員たちに向き直った。
部員たちは、ひとみのその冷たい言葉に絶句した。
「ホラ、木村さんもいつまでも泣かない」
ひとみは、麻美の頭を軽く撫でながら言った。
見上げる麻美の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「じゃあ、どうすればいいのよ!」
沈黙に耐えかねた1人の女子生徒が声を荒げた。
「――勝てばいいんでしょ? キャプテンの代わりに、
アタシが出る」
いともあっさりと言いのけるひとみに、他の部員たちは
ざわめいた。
「ハイ。もうこれでこの話はお終い。木村さん、行こう」
ひとみは麻美の手を引いて部室を後にした。
- 24 名前:第一部 投稿日:2001年05月31日(木)00時44分21秒
数週間後。ひとみは宣言通り試合に勝ち進み、3年生の
最後の試合に「大会優勝」という最高の思い出をプレゼ
ントした。
戸田も試合には出れなかったが、涙を流して喜んでいた。
むろん、他の3年生も――。
だが、2年の部員たちは吉澤に敵意を剥き出しにした。
敵意の内訳としては、嫉妬がその大半を占めていた。
その後、部内での幼稚で陰湿ないじめ行為に飽き飽き
した吉澤は、黙って部を去った。
その後を追うように、麻美も部活を辞めた。
吉澤を追い出す原因を作った張本人として、なにより
自分をかばってくれた親友を見捨ててまでバレー部に
所属し続ける意味は何も見出せなかった。
そして、2人の関係は現在に至っている。
夕暮れの教室。ひとみの机の前で、麻美はほんの
1年前を思い出して、申し訳ない気持ちで胸が
一杯になった。
「ごめんね、ひとみちゃん。アタシのせいで、好きな
バレー続けられなくなったんだよね……」
麻美は、静かに涙を流した。
それを忘れて、ひとみに恋愛感情を抱いて浮ついていた
自分がとてつもなく罪深い人間に思えてきて、しようが
なかった。
「アタシなんて、死んだほうがマシだよね。ごめんね。」
静かに流れていた涙は、やがて堰を切ったように流れ始めた。
「ひとみちゃん、アタシをかばってくれたのに! アタシ、
毎日ひとみちゃんに抱かれるところ想像してたのごめんね!
ごめんね! ひとみちゃん! あたしのせいで! ごめんね!」
――午後6時12分。
ひとみの携帯に、麻美からのメールが届いた。
【ありがとう
ひとみちゃん
ずっと忘れないでね】
- 25 名前:更新終了。 投稿日:2001年05月31日(木)00時51分12秒
- 本日の更新は、以上です。
>13 バービーさん。
今回は、微妙に”よしあさ”です。
ごまは今のところ、ストックの中にも出てきていません(笑
- 26 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月31日(木)21時03分22秒
- 何かいや〜な胸騒ぎがするんですけど…
- 27 名前:第一部 投稿日:2001年06月01日(金)00時00分55秒
- Chapter−3 <事件>
突然の麻美の死から、はや1週間が経過した。
死亡解剖を終えた麻美の遺体は荼毘にふされ、そして火葬場で
灰となって小さな遺骨箱に収められた。
ひとみは、その一連の流れの間、涙を流す事はなかった。
悲しみの涙を素直に流すことができなかった。
泣くことで、すべてが癒されるわけではない。
その思いが、悲しみの涙を堰き止めているのかもしれない。
なによりも、麻美の死を完全に受け入れる事ができないのが、
その最大の理由だった。
真新しい墓に遺骨が収められ、参列者達が帰った後も、ひとみ
はしばらくその場にたたずんでいた。
麻美の死に、警察も当初は事件に巻き込まれた可能性もあると
視野に入れて動いていた。
なぜなら、麻美が死亡した当日を境に、教員の中澤裕子と高等
部2年の矢口真里がそろって失踪したからである。
生徒の死と教師と生徒の失踪。このようなミステリアスな事件
をマスコミが放っておくわけはない。
今も学園の周りや木村家の周辺をワイドショーや週刊誌などが
面白おかしく書き上げるためにネタを探して嗅ぎまわっている。
結局、二人の失踪の理由は分からないが、麻美が飛び降りるの
を目撃した用務員の証言や、ひとみの元に届いた遺書めいたメー
ルが麻美の死を自殺とする決め手となった。
- 28 名前:第一部 投稿日:2001年06月01日(金)00時03分05秒
だが、自殺と断定はされたものの、その動機は依然として謎の
ままであった。
家族にも分からなかった。
いつもと変わりがなく、もちろん多少の悩みもあっただろうが
それは生きて生活している人間にとっては極々当たり前のもの
で、死ぬほど辛い何かがあったとは考えられないと両親たちは
警察に証言していた。
もちろん、ひとみにも思い当たるふしはなかった。
この1週間、何度も何度も麻美と過ごした日々を思い出したが、
どんなに記憶の糸を手繰りよせとも、自殺の原因に結びつくよ
うなものは何一つとして見つからなかった。
では、いったいなぜ麻美は死んでしまったのか?
結局、いつもこの結論にたどりつく。
この悪循環を断ち切るものはただ1つ。考えるより、行動する
事しかない。ひとみは麻美の墓の前で決心した。
何があっても、友の死の真実を解明すると――。
(先生と矢口先輩が、きっと何かを知っているはず)
警察は失踪した2人と麻美の死、その関与を完全に否定したが、
ひとみはそれ払拭する事ができなかった。
――まず、そこから動きだす事にした。
- 29 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月01日(金)00時07分04秒
職員室でひとみがどんなに訊ねても、緘口令でも敷かれている
のか、教員達は誰も中澤と矢口の失踪に関して口を開こうとし
なかった。
ひとみは何度訪れても、けんもほろろに職員室を追い出される。
ならば、矢口の同級生にでもと高等部の校舎に向かった。
しかし、やはりここでも同じような状況。誰も矢口の失踪に関
して口を割らなかった。
生徒たちに、ここまで見事な緘口令が行き届いていると言う事
は、進路問題を盾に教師たちに言い含められているのかもしれ
ない。
自分の保身のために、1人の人間の死の深層が闇に葬られそう
になっている――。
ひとみは、唇を噛みしめた。
それでも、ひとみはあきらめる事ができず、自分で高等部の生
徒名簿を入手し、矢口の住所を割りだした。
「ここか……」
放課後、ひとみは生徒名簿に書かれている住所をたよりに、まっ
たく見ず知らずの土地にやって来ていた。
途中、何度か人に道を尋ね、「矢口」家に到着したのはもうか
なり日も暮れかけた頃である。
一見すると、なんでもない普通の住宅である。
お嬢様学校に通うにしては少し小さいように思えたが、それは
家庭の事情であり今のひとみにはまったく関係のないことだった。
- 30 名前:第一部 投稿日:2001年06月01日(金)00時09分58秒
インターフォンを押すと、中から年老いた女性が出てきた。
「あの、こんばんは」
年老いた女性は、そのにごった目をひとみに向けると何やら口
をもごもごと動かした。
(なに……?)
(矢口先輩のお婆ちゃん?)
(お母さん……じゃないよね)
老婆は相変わらず、口をもごもごと動かし何かを喋っている。
門扉越しに立っているひとみには、よく聞きとれない。
「あの、矢口真里さんの事でちょっとお話が」
ひとみは、苛立ちながら大きな声で喋った。
老婆の耳にもそれが届いたらしく、無表情だったその顔にあき
らかな動揺が浮かんだ。
(おかしい)
ひとみは直感的に、そう思った。
まるで逃げるかのように、家の中へと戻っていく老婆を、ひと
みはあわてて追った。
(ぜったい、何か知ってる)
門扉を空けるのに少し戸惑いモタモタしている内に、老婆は玄
関のドアを閉めて家の中に入ってしまった。
それでもひとみは、ドアを激しくノックする。
「あの、ほんの少しでいいんです。矢口先輩の事、ほんの少し
でいいから教えて下さい。お願いします。友達が、友達が死ん
だんです。本当の事、知りたいんです。お願いします」
ひとみは、近所の目を気にする事なく叫んでいた。
だが、ドアは開けられる事がなかった。
- 31 名前:第一部 投稿日:2001年06月01日(金)00時13分22秒
(なんで……?)
(なんで、みんな隠そうとすんの?)
(おかしいよ)
ひとみは、答えの見つからない疑問をいつまでも繰り返しなが
ら駅の階段を下りていた。
友達の死に対して何もできずにいる自分のふがいなさが、たま
らなく腹立たしかった。
もう数段で階段を下りきるとき、後ろから声をかけられた。
あの再会以来、1度も顔を合わす事はなかったが、その声が誰
のものなのかは容易に判断できた。
独特のアニメのヒロインのような声――。
(石川さん……。だったかな……)
そんな事をぼんやりと考えながら、ひとみはゆっくりと振りか
えった。
まるで1週間前のように、梨華が階段を駆け下りてきている。
(危ないなぁ……)
(転ばないように、気をつけてよ)
「久しぶりだね」
梨華はそういって、少しだけ笑顔を見せた。
ひとみは軽く会釈をすることで、返事を返した。
正直なところ、何も話す言葉が思い浮かばなかった。
石川もそれ以上は何も言葉を発さなかった。
2人は無言で、改札までの短い道を歩いた。
別路線のため、ここで別れなければならない。
しかし、ひとみはなんとなく後ろ髪をひかれる想いだった。
- 32 名前:第一部 投稿日:2001年06月01日(金)00時17分06秒
まだ3回しか会ったことがないし、会話らしい会話もした事の
ない梨華だったが、できることならもう少し側にいてほしかった。
(でも、迷惑だよね……)
なんとなく別れを惜しんでいるひとみに、
「……あんまり自分を追い詰めちゃダメだよ」
と、梨華が焦点の定まらないひとみの目を見つめながら言った。
その言葉に反応して、瞳のピントが合ってくる。
心配そうに自分の顔をのぞき込んでいる梨華の顔が、ハッキリと
ひとみの目にうつった。
(なんで、こんなに心配してくれるんだろう……?)
(なんで、そんなに悲しい顔してくれるんだろう……?)
(たった3回しか会っていないのに、懐かしい気がするのはなん
でなんだろう……?)
ひとみの頭に、さまざまな思いがゆっくりと浮かんでは消えていっ
た。
梨華は、それ以上は何も言わずに下りのホームへと流れる人の群
れの中に消えていった――。
- 33 名前:第一部 投稿日:2001年06月01日(金)00時18分07秒
麻美の死と教師と生徒の失踪を、面白おかしく関連付けて騒ぎ立
てていたマスコミ各社が、ある日一斉に姿を消した。
新たなる話題性が見つかり、そちらに流れていった事も考えられ
るが、それにしても各社一斉に口裏を合わしてたかのように姿を
消すのはなんとも異様な事態のように思えた。
登校するひとみは、せいせいするのと同時に事件の風化を予感さ
せどこか不安でもあった。
あいかわらず学園では、麻美の自殺の話題はタブーとなっている。
きっと、どこかで密かには話題にはしているのだろうが、人目に
つく場所で話題にするものは1人もいなかった。
麻美と最後に食事した共同ホール。
ひとみは、あの事件からずっと昼食をこの場所でとるようにしていた。
なんとなく、麻美がここにいるような気がしていたからだ。
でも、実際にその場所に麻美がいる事はない。
もうすでに、この世にはいないのだ。
そんなこと、ひとみも十分わかってはいたが、自然と足が向かって
しまう。
静かなホールで一人で食事をしていると、ひとみはあらためて麻美
の存在の大きさに気づかされる。
親友というカテゴリーを持っていなかったひとみは、どこか冷めた
態度で麻美と接していたことをひどく後悔した。
麻美とは2度と会えないと思うと、ほんの一瞬考えただけで胸が張
り裂けそうだった。
(ごめんね、麻美。アタシ、なんにもわかってなかったのかもしれ
ない。何も気づいてあげられなくて、本当にごめん……)
こんな時、涙が流れれば少しは楽になれるのかもしれないが、ひと
みはその術をもう忘れてしまっているようだった。
ひとみはそんな自分が、たまらなく嫌な人間のように感じた。
- 34 名前:第一部 投稿日:2001年06月01日(金)00時20分34秒
ひとみがふらりと店を訪れた時、まるで梨華は待ち合わせでもして
いたかのように、「いらっしゃい」と微笑んで迎え入れてくれた。
「ひとみちゃんが来てくれて、お花も喜んでるよ」
(また……、お花って言った)
「お花はね、良い人と悪い人を見分けられるんだよ」
(家でお花なんて言ったら、絶対に頭が変になったと思われるよ)
「ひとみちゃんは、どんなお花が好きなの? 誕生日は?」
梨華はしゃがんで花の整理はじめた。それでもひとみと話そうとして
いるので、自然とひとみを見上げる格好になっている。
「4月……」
「4月かぁ……、じゃあ誕生花は――」
と、梨華はしゃがんだその姿勢のままで、ぴょこんぴょこんと横に移
動した。
「あ、あの、石川さん」
「ん? なあに?」
(年齢なんて聞いて、変に思われないかな)
(でも、変じゃないよね)
(年、聞くだけだもんね)
ひとみは、自問自答をせつなの間に繰り返した。
思いきって口を開けようとした瞬間、梨華が急に立ち上がったので何
となくそのタイミングを失ってしまった。
- 35 名前:第一部 投稿日:2001年06月01日(金)00時22分55秒
シドロモドロになっているひとみを緊張していると思ったのか、梨華
が優しく声をかけてきた。
「ねぇ、ひとみちゃんって朝比奈学園の生徒さん?」
「え? あ、はい」
(何でわかったんだろう)
「その制服、私もちょっと憧れてたんだぁ」
(あ、そうか。制服か……)
「ワッペンがちょっと違うから、中等部かな?」
「はい。3年です。あ、あの、失礼ですけど石川さんは何歳ですか?」
(わぁ。これじゃ、お見合いだよ)
(なんで、もっと普通に聞けないんだよ。バカ)
梨華は少しだけ微笑むと、「15才だけど、ちょっと事情があって高
校には通ってないの」と言った。
マズイ事を聞いてしまったなと一瞬思ったが、それよりも自分と同じ
年ということに驚いてしまった。
「ひとみちゃんが4月生まれっていう事は、学年が違うだけで年は同
じだね。私、1月の早生まれだから」
と、梨華はまた微笑んだ。
パスケースを拾ってくれたお礼という事で、ひとみは誕生花である
”カスミソウ”を数十本もらった。
ひとみにこの花を手渡す時、梨華は「ありがとう」の後にまだ何か伝
えたかったみたいだが、ちょうど客が来てしまったためにその対応を
しに店先に移動してしまった。
これまでひとみは自分の誕生花を知らなかった。
知らなかったが、この花の名前は知っていた。
麻美が好きな花だった。
『カスミソウの花言葉はね、『清心』。清い心』
『カスミソウ。大好き』
と、微笑んでいた麻美の顔を思いだした。
(……今から、麻美のお墓に行こうかな)
ひとみがぼんやりと考えている間、客の対応をしていた梨華が店先で
クスッと笑った。
- 36 名前:第一部 投稿日:2001年06月01日(金)00時24分01秒
ひとみと梨華は、同じバスに乗っていた。
早番で就業時刻が早く終わるが、家に帰っても何もする事がないので、
ひとみにつき合わせてほしいと梨華からお願いしてきたのである。
バスに乗っている間、ひとみは何度も行き先を変えようかと考えた。
いくら親しみを抱いている人とはいえ、まだ名前と年齢ぐらいしか知
らない人物である。
その人物に、友人の墓参りにつき合わせるのはいくらなんでもどうか
と考えていた。
が、梨華は麻美の事を知っていた。直接は知らないが、地元の新聞で
事件のあらましを知ったらしくて、自分と同年代の少女が自ら死を選
んでしまった事にひどく心を痛めているような事を言った。
そして、こう付け加えた。
「もしも、ひとみちゃんがその子と友人なら、ぜひ1度お墓参りをさ
せてほしい」と。
そこまで言われてしまったら、もう行き先を変える必要はなかった。
ひとみは麻美の遺骨が納められている霊園前の、停留所のブザーを押
した。
平日のしかも夕方近くと言うこともあり、霊園はひっそりと静まり返っ
ていた。
ひとみは霊園管理事務所で線香を買い、梨華と連れ立って麻美の墓へと
向かった。
その間、ひとみは麻美の事をポツリポツリと梨華に話した。梨華は何も
言わずに、ただただうなずくばかりだった。
- 37 名前:第一部 投稿日:2001年06月01日(金)00時25分30秒
麻美の墓に、麻美の好きだった”カスミソウ”を添える。
管理事務所で買った線香と、ついでに購入した100円ライターで線香
に火をつけた。
そして、手を合わせて黙祷した。
(麻美の好きな花、私の誕生花だったんだよ)
(ごめんね、私そういうのに疎くて)
(これから毎年、誕生日にはこの花を買うよ)
(そして、麻美の事を思い出すんだろうね)
(麻美の事は忘れない)
(この花が、地球上にある限り……)
(ううん。アタシが生きている限り)
(絶対に忘れない……)
長い黙祷が終わり目を開けたとき、ひとみは隣を見て驚いた。
まだ黙祷を続けている梨華が、涙を流していたからだ。
「石川さん……」
梨華は、ゆっくりと目を開けた。
そして、麻美の墓を見つめながら「もっと早くに知り会えてたら……」と
呟いた。
その言葉の意味を、ひとみは理解できなかった。
(ひょっとしたら、石川さん……)
(本当は麻美のこと……)
(いや、でもそんなこと今まで1度も)
(もっと早くって、1度会った事があるの?)
(でも、バスの中では新聞で知ったって言った)
(ひょっとして、自殺の原因……)
(知るはずがない)
(……でも、もしかしたら)
- 38 名前:第一部 投稿日:2001年06月01日(金)00時27分10秒
「石川さん」
と、ひとみが声をかけるのと同時に、梨華はハッと立ち上がり
辺りを見まわした。
「……石川さん?」
「ひとみちゃん、すぐに帰ろう」
「え?」
「いいから」
今まで1度も見た事がない梨華の険しい表情。
ひとみは思わず、「う、うん……」と返事をしてしまった。
ひとみが帰り支度を素早くしている間、梨華は怯えた草食動物の
ように辺りをキョロキョロと見回していた。
(いったい、どうしちゃったんだろう……?)
梨華の様子を横目でチラチラ見ていたひとみの耳に、「もうダメ」
という梨華のか細い落胆の声が聞こえた。
「あの、朝比奈学園の生徒さんですか?」
他人の墓の間を縫うようにして、1人の女性が近づいてきた。
「わたし、週間明朝のライターをしている石黒と言います」
石黒と名乗った女性は、ひとみの前にまるで立ちはだかるように
佇んだ。
- 39 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月01日(金)00時36分27秒
- 本日の更新は、以上です。
>>26 名無しさん。
いや〜な予感は、こちらもしています。ストックが第二部に
なっても、誰も出てきません(苦笑。
- 40 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月01日(金)06時51分43秒
- あさみが死んじゃったのね。。涙
- 41 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月01日(金)21時29分33秒
- なんだかすごく謎が多そうなお話ですね。
この先どうなって行くのか楽しみです。がんばってください。
- 42 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)00時00分23秒
- Chapter−4<コンタクト>
「ひょっとして、吉澤ひとみさん?」
石黒は、ひとみの顔をマジマジと見つめながら言った。
「そうですけど……」
ひとみは横目で梨華の様子をうかがった。
梨華は、ひとみから少し離れた場所で小さく震えているようだった。
「友達、大丈夫?」
「え?」
「なんか、様子が変みたいだけど」
「……石川さん?」
梨華は身を固くして、ムリヤリに笑顔を浮かべて言った。
「うん。大丈夫」
ひとみは心配になった。その様子はどう見ても大丈夫ではない。
――スッと梨華の側による。
「大丈夫?」と、梨華の肩に手をかけようとした瞬間、
「触らないで」
と、梨華は怯えながら身をかわした。
(ウソ……)
(友達になれたと思ってたのに……)
(アタシ、嫌われてる……)
(そんな……)
(ウソ……)
(嫌われてる……)
「違うの! ひとみちゃん、嫌ってなんかない」
そう言って梨華はまた、ハッとした。自分の発した言葉に、自分自
身で驚いたようである。
その時、不意にひとみの脳裏にある疑問がよぎった。
- 43 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)00時02分24秒
(……嫌ってない?)
(嫌ってないって……、どういう事?)
(確かにショックだったけど、顔には出してない)
(アタシは、感情を表に出すの苦手)
(だから、出る筈がない)
(それなのになんで……?)
(ナンデ……?)
梨華は、うつむいて震えていた。
その様子をハタから見ていた石黒の目にも、ハッキリとわかるほどの
震えだった。
(え……?)
(なんで、ひとみちゃんって呼ばれてんだろう)
(そう言えば、アタシ名前言ったっけ?)
(言った?) (言ってない?)
(言ってない?) (言った?)
「ゴメン、私もうそろそろ帰らなきゃ」
梨華はそう言うと、くるりと背を向けてヨロヨロと駆けだした。
その後ろ姿を見て、ひとみは確信した。
(言ってない!)
(アタシ、石川さんに名前教えてない!)
「待って! 石川さん!」
ひとみは、石黒の存在などすっかり忘れて梨華の後を追った。
「なんだ?」
片方の眉を吊り上げた石黒は、夕暮れの霊園にぽつんと放置されて
しまった。
- 44 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)00時03分56秒
夕暮れのバス停で、やっと梨華を捕まえる事ができた。
捕まえると言っても身体に振れたわけではない。
言葉を発したわけでもない。
ただ、心の中でこう願っただけだ。
(触らないから、立ち止まって。お願い)
梨華はまるで観念したように、その場にゆっくりと立ち止まった。
ひとみは、息をきらせて梨華の前に立つ。
「石川さん……」
荒い息を吐きながら、ひとみは梨華の名前を口にした。
梨華は、その場にしゃがみ込んで息を整えていた。
「あのね、石川さ」
「それ以上、言わないで」
梨華は、うつむいたまま弱々しい声でつぶやいた。
(石川さん、心が読めるのね)
そう心の中で問いかけた。
梨華は、無言でゆっくりとうなずいた。
(真希ちゃんと一緒だ……)
「え?」
と、梨華は顔を上げた。
「あ、ううん。なんでもない……」
今度はひとみが慌てる番がきた。しかし、ひとみは常日頃から真希の
事を考えないようにしているので、簡単に心にシャッターを下ろすこ
とができた。
- 45 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)00時07分09秒
それには、梨華も驚いたようである。
「ひとみちゃん……、コントロールできるの?」
「え?」
「その……」
梨華は、言い難そうにうつむいてしまった。
(急にこの声が聞こえなくなった?)
梨華は、ハッと顔を上げた。
「アタシね……、昔……」
(超能力……、見たの……、たぶん……)
ひとみは、そうしてまた心のシャッターを閉じた。
「そう」
と、ひとこと言ったきり、梨華は口をつぐんだ。
「だから、小さい頃、その手の話の本って、いっぱい読んだ。石川さん
のは」
(精神感応”テレパシー”って言うんだよね)
梨華が、かすかにうなずく。
それきり、会話はパッタリと止まってしまった。
しばらく無言のまま、二人はバスを待っていた。
無言……。傍目には無言であるが、ひとみの頭の中では色んな思いが
交錯していた。きっと、この心の声は梨華には丸聞こえなのだろうが、
さすがに真希以外の事で心のシャッターを降ろす術は心得ていない。
(しょうがないや……)
と、諦めにも似た気持ちで、自分の心の中の疑問や戸惑いを梨華に
吐露した。
それが結果的に梨華がひとみに心を許すきっかけになった事を、この時
のひとみは考えもしなかった。ひとみがそれを知るのはもっとずっと先の
事である――。
- 46 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)00時09分57秒
霊園に行った翌日、学園の共同ホールで、ひとみはいつものように1人で
昼食をとっていた。
退屈な日常にウンザリとしていたひとみだが、ここ何日の間にその退屈だっ
た頃の日常がとてつもなく懐かしい思いがしていた。
朝、起きて。家庭の空気に悪態をつき、電車の中で現在を悲観する。
そして、学園で麻美とのとりとめのない会話で心を癒す。
そんな日常が、とてつもなく懐かしかった。
(そう……)
(麻美は、アタシに色んなものをくれていた)
(なのに私は……)
(何もできなかった……)
(今も、何もできない……)
結局のところ、麻美の死の真相は何もわからないままだった。
その片鱗でも掴みたかったが、それすらも人々が口をつぐんでいるせいで
できない。
八方塞であった。
そこへ、一筋の光明がふりそそぐ。
共同ホール。この場にふさわしくない意外な人物が現われた。
- 47 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)00時11分33秒
学園の公舎内にある共同ホールに現われたのは、霊園で会った週刊誌の
女性記者”石黒 彩”だった。
「おっ、いたいた。こんちは」
と、さも当たり前のように、ひとみの横に腰かける。
ひとみは、きょとんとしている。
「私のこと、覚えてる? ま、覚えてるよね。昨日、会ったばかりだもんね」
「え……、ええ」
「でさ、昨日聞きそびれたんだけど」
「あの、ここ学校ですよ」
「ん? そうだけど」
「そうだけどじゃないですよ。何で勝手に入ってきてるんですか!?」
「何でって、開いてたから」
ひとみは、絶句した。
(この人、常識ないの!?)
周りにいる数人の生徒たちも、この奇妙な侵入者に注目している。
その視線に気づいた石黒は、ひとみにニコッと微笑みかけると、周りにいる
生徒たちに聞こえるように、わざと大きな声を出した。
「ひとみ。お姉ちゃんの言うことは、ちゃんと聞きなさいよ」
ひとみは、軽い目眩を覚えた。
(なんなの、この人……)
石黒は、そんなひとみの心境を知ってか知らずか園内の自動販売機で購
入したイチゴブリックをおいしそうに飲んだ。
- 48 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)00時13分19秒
「でさ、この学園で起きた2つの事件の事について聞きたいんだけど」
石黒とひとみは、場所を近くの喫茶店に移していた。
もちろん、ひとみの提案である。
普通の――、事件直後にひとみが見た人の心情もかえりみずマイクを無
造作につきつけてくるジャーナリストたちの類なら、間違いなくひとみは追
い返していただろう。
しかし、ひとみは石黒を追い返さなかった。
お世辞にも礼儀作法を知っている人間とは思わないが、それを補う天性の
人を惹きつける何かがあった。
そしてなにより、石黒と話しがしたいと思った最大の理由は”何も情報を
持たない自分より何かを知っているはず”だと睨んだからである。
「ねぇ、聞いてる?」
「あ、はい」
「2つの事件なんだけど」
「あの。」
ひとみは、強い口調で言った。
「さっきから、事件事件っていってますけど。麻美はその……自殺で、
先生と矢口先輩とは関係ないって警察も言ってましたけど」
ひとみは、かまをかけてみた。
すると、石黒は低い声でこう言った。
「警察の発表がすべて正しいなんて、何で言える?」
- 49 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)00時15分14秒
しばらく、無言の間があった。店内に流れるクラッシック音楽が、やたらと
耳障りに感じられるほどに。
――先に口を開いたのは、ひとみだった。
「やっぱり、自殺じゃないんですか?」
「……やっぱりって事は、吉澤さんも信じてなかったのね」
(しまった)
ひとみは、瞬時に判断した。かまをかけたつもりが、反対にかけられてい
たのである。
石黒は小さく微笑んだ。
「……信じられるわけないじゃないですか。麻美は自殺なんてする子じゃ……」
と、言いかけてひとみは口をつぐんだ。
(そう言いきれるほど、アタシは麻美の事わかってたんだろうか)
(本当は、何か理由が……)
そう考えると、ひとみははっきりと”ない”とは言いきれなかった。
「麻美ちゃんは、自殺なんかじゃない」
石黒は、戸惑うひとみの目を見てはっきりと言った。
「え……?」
「結果的には自殺かもしれない。用務員のおじさんが見たように、最後は
自分で学園の屋上から飛び降りた」
「じゃあ……やっぱり」
石黒は、戸惑うひとみをあやすようにゆっくりと首を左右に振った。
- 50 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)00時16分45秒
「あなたの携帯にメールが届いたのが、午後6時12分よね」
ひとみは、なぜそこまで知っているのか驚いた。
警察しか知らない情報である。
(この人、ホントはすごい……?)
「でもね、そのわずか5分前に、廊下を通りかかった友達と喋ってるのよ」
「……でも、それが何で自殺じゃないって」
「その時、”ビデオの録画予約してないから、早く帰らなきゃ”って言ってた
らしいの」
「……」
「普通、自殺する人がテレビ番組なんて気にする?」
石黒は、バッグの中から手帳を取り出した。
「おかしいのがここよ。それからたった5分後にあなたにメールを送って
いる。たった5分の間に、死にたくなるかしら?」
石黒は続けて言った。
「5分。しかも、正確には5分じゃないわよ。友達と喋っている時間を引い
てないから」
石黒は、手帳のページをめくった。
「その女子生徒は、廊下越しで木村さんが掃除をしていたから邪魔しちゃ
悪いと思って、2分ぐらいで帰ったと言ってる」
- 51 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)00時18分17秒
「じゃあ、3分……」
「ううん。それも違う。警察の現場検証によると教室の机は綺麗に並べ終
わっていた。女子生徒がお喋りを終えて、帰り際に見たとき、木村さんは
窓際の一列を並べ始めたところだったって」
「……」
「それを1分としましょう」
「2分……」
「そう。あなたに遺書のメールを送るまでたった2分。たった2分で自殺す
る事にした。メールを打つ時間を計算するともっと短いかも」
「……」
「そんなことって、ありえるのかしら?」
「……」
「今まで自殺に関する色々な取材をしたけれど、親しい人はそれなりに
SOSは感じてるみたいだったけどなぁ。今回みたいに、取材した人が
全員知らないって言うのは初めて」
2人とも、なんとなくそこで会話を終えた。
石黒も、仕入れた情報から真相を見出せないでいるようだ。
そして、ひとみもまたさらに謎だけが増え真相から遠のいてしまった。
「中澤裕子と矢口真里……。私は、この二人が何かを握っていると思
うの……」
石黒が、窓外の景色を見つめながらポツリと呟いた。
中澤裕子――。
矢口真里――。
二人の名前が、ひとみの頭の中でこだました。
- 52 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月02日(土)00時27分02秒
- 第4章の途中ですが、長いのでここで終わります。
>>40 名無しさん
あさみは、”うたばん”以来ちっょと気になる存在。
>>41 名無しさん
この先は、長いです(苦笑。
- 53 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月02日(土)00時38分41秒
- 予想外の展開にどんどん、引き込まれていく…
楽しみに次を待ちます。
- 54 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月02日(土)04時39分01秒
- おお〜面白そうな展開ですね!
期待してます。
- 55 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月02日(土)13時04分09秒
- 名作の予感。
- 56 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)23時26分32秒
駅の改札口の前で、梨華が待っていた。
ひとみの心の中の声を感じ取っていたのか、ひとみが梨華に気づいた
時、梨華はもう既に随分前から気づいている様子だった。
「……わからなくなったんだね」
梨華は、うつむき加減にそう呟いた。
(そうか……)
(こうなるのがわかってたから、石黒さんと)
(そうか……)
梨華は、こっくりとうなずいた。
(……石川さんの力)
(なら、何かわかるかも)
(でも……)
(でも……)
「石川さん……。あのね」
ひとみは思いきって、梨華に訊ねる事にした。
が、すべてを話す前に梨華がニッコリと微笑んだ
「うん。わかってる」
「……そうだよね」
と、ひとみも微笑んだ。
「私の力、使ってもいいよ」
「ありがとう、石川さん」
「石川さんって呼ばれるの、なんか照れる。年は同じなのに」
と、梨華は恥ずかしそうに笑った。
「だって、学年は1つ上だから」
「梨華でいいよ」
「……じゃあ、梨華ちゃんって呼ぶ事にする」
「うん。行こう、ひとみちゃん」
そう言って、駅の階段へと向かう梨華の後ろ姿を見つめていると、
ひとみはなぜか赤面してしまった。
(誰かの事を、ちゃん付けで呼ぶのっていつ以来だろう……)
(そう……)
(きっと、あれ以来だ……)
ひとみは、それ以上は何も考えずに梨華の後を追って歩きだした。
- 57 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)23時28分42秒
ひとみは、3日ぶりに矢口家を訪れた。
夜だというのに、どの部屋にも灯りはついていない。
「誰もいないのかな? 寝るにしては早いし」
ひとみは小さな声で呟き、隣にいる梨華を見つめた。
梨華は、黙ったまま家の中を見つめている。
感応能力で、家の中に誰かの意識がないか探っているようだ。
ひとみは、それを敏感に感じとり、梨華の中に余計な意識が入
らないよう何も考えないように努力した。
しばらくして、梨華がそっっと口を開いた。
「家の中には、誰もいないみたい……」
「お婆ちゃんが、いるはずなんだけど」
「うん。でも、探したけどそれらしい意識は感じなかった」
「……」
(3日前まではいたのに……)
(出かけた?)
(夜に外出するように見えなかった……)
と、ひとみが考えていると梨華が横から口を挟んだ。
「旅行かな?」
真剣な表情で、もっともな意見を言ったと思い込んでいる梨華。
ひとみは、思わず笑ってしまった。
「あのねぇ、梨華ちゃん」
梨華は、きょとんとしている。
(孫が行方不明になってるんだよ)
(それなのに、家を空けて旅行行く)
と、心の中で念じてあげた。
それを読みとった梨華は、思わず顔を赤らめた。
「そっか。そうだよね……」
と、恥ずかしそうに苦笑した。
- 58 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)23時32分12秒
ひとみは辺りを見まわし、誰もいないのを確認すると素早く門
扉を開けて、中へと入った。
「ちょっと、ひとみちゃん」
と、慌てる梨華。
「大丈夫。見つかったら、謝ればいいよ」
目的のためなら大胆な開き直りは必要、と、勝手な理論を石
黒から学んだひとみであった。
梨華は1人にされても心細いので、ひとみの後を追って中へと
入った。
ひとみは、庭のほうに周り部屋の中の様子をうかがった。
そこは、どうやらリビングのようであった。人の気配はまったく
ない。
感応能力を持った梨華が、家の者はいないと言っていたのは
確かなようだった。
ひょっとしたらと思って手をかけてみたリビングの窓は、呆気な
いほど簡単にスッと開いた。
鍵はかかっていなかった。
ひとみは、庭の隅でオドオドしている梨華を呼び寄せた。
(大丈夫。来て)
梨華は辺りをキョロキョロしながら、ひとみの元へとやってくる。
「大丈夫だって。梨華ちゃん、誰もいないって言ったじゃん」
「う、うん。そうだけど」
「怖いの?」
「……」
梨華は、目を伏せコクンと小さくうなずいた。
ひとみは、フッと微笑んで土足のままリビングへと入った。
「ひとみちゃん」
「?」と、振りかえるひとみ。
「靴は脱がなきゃ」
「あ――、そうだ」
以外なところで冷静な梨華に、ひとみは笑わずにはいられなかった。
- 59 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)23時37分24秒
(そうだ)
(え? でも、なんで)
ひとみは、その部屋にある押入れを開けてみた。2段に別れた
押入れ。下段には、綺麗に整理されたダンボールが積まれて
いる。上段には、衣類の入った古い小さなタンスのような物が
置かれている。
「きゃあ」
と、梨華が小さな悲鳴を上げてひとみの後ろに隠れた。
ひとみもその声に驚いた。
「なに、梨華ちゃん。ビックリさせないでよ」
「そ、そこ……」
梨華は目を閉じたまま、押入れの上段のタンスの上を指さした。
ひとみは、ゆっくりとその指の先を目で追う。
「わぁ!」
青白い顔をした老父と幼女が、2人を見下ろしていた。
ひとみは思わず、その場にへたり込んでしまった。
「ひ、ひとみちゃん、写真だよ」
「へ?」
ひとみは、目を凝らしてもう1度その場所を見つめた。確かに、
写真であった。
白黒の――、老父と幼女の遺影だった。
- 60 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)23時39分44秒
「なんだ……、もうっ」
と、ひとみはなぜか腹が立った。
梨華はクスクスと笑っていたが、ひとみのいらだちを感じとっ
たのか、すぐにうつむいてしまった。
「あ、ちがう。その、びっくりして腰抜かした自分に腹がたって」
笑ったのを反省しているのかと思ったひとみだったが、よく見
ると梨華はうつむいて小さく笑っていた。
「もうっ」
と、ひとことだけ呟いて、ひとみは遺影をマジマジと眺めた。
以外にも、老父の方の遺影が真新しく、幼女の遺影の方が
古い。
(……誰だろう?)
ひとみは勇気を振り絞って、その幼女の遺影を手にとった。
「ちょっと……、ひとみちゃん」
ひとみは梨華の忠告を無視して、遺影を見つめた。それは、
かなり古い遺影だった
フッと遺影を裏返すと、そこには毛筆で書かれた走り書きが
あった。
【娘
矢口真里 享年8才】
ひとみの思考が、混乱したのは間違いなかった。
- 61 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)23時42分13秒
(きょうねん……)
(死んだ?)
(誰?)
(矢口真里、7才)
(矢口先輩)
(7才)
(高校2年生)
(30年前)
(共同ロビー)
(死んでる?)
(失踪)
(生きてる)
「ひとみちゃん、ねぇ、ひとみちゃん」
ひとみがハッとして、後を振りかえると梨華が頭を抱えて
ふさぎ込んでいた。
「梨華ちゃん!」
「ゴメン……、もう大丈夫だから」
「どうしたの、急に」
「う、うん……。ちょっと、敏感に感じ取れるようにしてたか
ら……」
(ひょっとして、さっきのアタシの意識が……)
(知らなかった)
(こんなになるなんて……)
梨華は、笑みを浮かべると首を振った。
「ごめん……、梨華ちゃん」
「ううん。もう、大丈夫。ちょっと、ほら、勝手に家の中に入っ
てるじゃない。だから、誰かが私たちに気づいたら、すぐに
逃げれるように意識の”網”を広げすぎてて、こっちに集中し
てなくて」
と、梨華はいつかのように早口になった。
「……ごめんね」
「大丈夫だよ」
と、梨華は笑って言った。
「それより……」
梨華は、ひとみの手もとの遺影を見つめた。
- 62 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)23時44分17秒
2階の部屋は、もう何年も使っていないのか、ほこりが充満
しており、両手で口と鼻を覆わなければならないほどだった。
とりあえず、ひとみは梨華を部屋の前に残し、1人で入って
いった。
その部屋は、雨戸も閉められていて真っ暗だった。
雨戸が閉まっているので明かりをつけても外には漏れない。
ひとみは手探りで電気のスイッチを探した。
数度の瞬きの後、きれかけの蛍光灯がうすぼんやりと申し
訳ない程度に点いた。
(ちょうどいい。これなら、外にも漏れない)
ひとみは、あらためて辺りを見まわした。
どうやら、ここは子供部屋のようだった。
まるで時を止められているかのような、古いタイプのインテ
リア。
ひとみは、学習机の棚に並べられている教科書を手にとっ
て、その裏を見た。
たしかに、”矢口真里”と幼い字で名前が書かれている。
(じゃあ……)
(あの、矢口さんは……)
ひとみは、教科書を棚に戻した。そして、ほこりが薄く積もっ
ている机の上を、そっと指でなぞった。
(きっと、あのお婆さんは、娘のことを思い出すのが嫌でこ
の部屋には来なかったんだろうな……)
事実を知ることは果たして、良いことなのか悪いことなのか、
ひとみは分からなくなってきた。
- 63 名前:第一部 投稿日:2001年06月02日(土)23時46分20秒
そんなひとみの動揺を梨華は感じとっているのだろう。矢口
家の門扉を出るまで、何も話しかけてこなかった。
その梨華が、突然ガタガタと震え出したのは、ひとみがちょ
うど門扉を閉めおわった時である。
「梨華ちゃん……!」
梨華は震えながらも、辺りを見まわしている。恐怖の元凶を
探しているようであった。
「に、逃げよう」
梨華は、ヨロヨロと駆けだした。
ひとみは、同じような光景を思い出した。
霊園で――。石黒が近づいてくるのを、察知した時――。
しかし、あの時とは様子が違うことをひとみは分かっていた。
この恐れは、どうみても尋常ではない。
梨華にとって、自分にとって、命に関わる何かとてつもなく
恐ろしい存在が近くにいるのであろう。
(大丈夫)
(絶対、私が守る)
(触るよ)
(いいね?)
梨華は、震えながらも確かにうなずいた。
(大丈夫。絶対、守るから)
と、強く念じてひとみは梨華の手を握って、夜の住宅街を
走った。
- 64 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月02日(土)23時51分32秒
- 今回の更新は、これで終わりです。
- 65 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月03日(日)00時04分18秒
- >>53
>>54
第一部の結末までは……、もうちょっとですね(^^;
>>55
(^^;
- 66 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月03日(日)01時54分48秒
- まったくもって先が見えてこない…
続きが気になって眠れないじゃないですか(w
- 67 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月03日(日)13時41分52秒
- なんだか謎が多いですね。すごく気になる。。。
- 68 名前:第一部 投稿日:2001年06月03日(日)23時12分33秒
- Chapter−5<コンタクトU>
朝。
ひとみはいつもの時間に、自然と目を覚ました。
いつものように大きな伸びをして、サッとベッドから下りた。
――の、はずだった。が、そこにベッドの段差はなく、フローリングの床
だったために、いきおい体育座りをするような格好になってしまった。
(へ?)
(なんで?)
(そうだ!)
ひとみは、ハッとして自分のベッドを見た。
梨華が、眠っている。
(そうだ。あの後、梨華ちゃんバスの中で気ィ失って)
(家が分からないから、おぶって帰って)
(腕と首が痛い)
(寝顔)
(かわいい)
(……)
(気づかなかったけど……)
(梨華ちゃんって……)
(結構……)
ひとみは、それ以上は考えまいと頭をブルブルと振った。
梨華は力を使って疲れているのか、いつまでも起きる気配はなかった。
ひとみは、静かに部屋を出た。
- 69 名前:第一部 投稿日:2001年06月03日(日)23時14分32秒
そこはまた、いつもの光景だった。
父親が新聞を読みながら食事をし、母親がもくもくと弟たちの食事の準
備をしている――見なれた光景。
つい最近まではそれがとても嫌だったが、なぜか今朝はその光景を見て
ホッとした。
ひとみは、気分が良くなりつい「おはよう」と呟いた。
一瞬、新聞からチラリと顔を上げた父親と目が合ったが、父親はすぐに
新聞に視線を戻した。
どうやら、料理をしている母親には聞こえなかったらしい。振りかえり
もしなかった。
しばらくボーっとテーブルについていると、母親が料理を運んでくる気
配がした。
ひとみは、視界に入ってくるであろういつもの朝食を、いつものように
待っていた。
すると、視界に入ってきたのはスクランブルエッグにトーストとサラダ
とオレンジジュースという、喫茶店のモーニングセットのような料理2
人分だった。
(あ、そうだ)
(昨日の夜、梨華ちゃん泊めるって言ったんだ)
ひとみは、昨夜のことを思い出した。
友達を泊めると言った時、母親がほんの一瞬、嬉しそうな顔をしたのが
ひとみは印象的だった。
「部屋に持って行っていいから、食べなさい」
と、だけ言い残すと、母親はまたキッチンに戻っていった。これから、
弟たちの食事の準備をするのだろう。
(ウチの家族って恥ずかしがり屋かも)
ひとみは、苦笑しながら二人分の食事がのったトレイを持ってダイニン
グを後にした。
- 70 名前:第一部 投稿日:2001年06月03日(日)23時17分23秒
梨華はまだ眠っていた。
朝食をテーブルの上に置いた後、ひとみは梨華を起こそうかどうか迷っ
ていた。
疲れているのならこのまま眠らせておきたい、しかし、同じ年齢とはい
え梨華はもう社会人である、仕事だってある。
(やっぱ、起こさないとマズイよね)
「よし」と小さく気合いを入れて、ひとみはベッドの脇に移動した。
――梨華は、スヤスヤと気持ちよく眠っている。
(あ〜、よく寝てる)
(どうしよう)
(……長いまつげ)
(かわいいなぁ……)
(お姫様みたい)
(キスで起きるのかな?)
等と考えていると、梨華が急にパッと目を覚ました。
いきなりだったので、ひとみは体勢を立て直すことができず、ベッドの
縁に頬杖をついて眺めている格好のまま梨華と目が合ってしまった。
お互い、顔を真っ赤にしてそのままうつむいてしまった。
「あ、あの……、梨華ちゃん」
「……ん?」
「あ……、おはよう……」
「おはよう……」
「あ、あのね……、さっきのキスっていうのは……、そのアタシじゃなく
て、王子様がしたらって事だよ」
「……うん」
「あ、アタシが……ってのは、考えてなかったでしょ」
「……うん」
「眠り姫から連想しただけで……」
「……」
数分間。2人はベッドの上と縁で、うつむいていた。
ドレッシングのかかったサラダは、そろそろしなびれようとしていた。
- 71 名前:第一部 投稿日:2001年06月03日(日)23時19分27秒
朝食を終え、先に梨華にシャワーを浴びさせた。
ひとみがシャワーを浴びている間、梨華は部屋で髪を乾かしながら、T
Vのニュース番組を見ていた。
ニュースの終わりにやる「占い」を見るのが、梨華にとっての日課だっ
た。いくら能力を持っていたとしても、その辺はやはり普通の15才の
少女だった。
しばらくして、シャワーを終えたひとみが戻ってきた。
髪の毛はバスルームで乾かしてきたのか、もう既に渇きかけている。
「私も、髪切ろうかな」
「ん?」
「ブローに時間かかって」
「もったいないよ。梨華ちゃんは、その髪型が似合ってる」
「そうかなぁ……?」
(お姫様みたい)
と、ひとみが考えるのと同時に、梨華が不自然な動作でTVに視線を変
えた。
(まただ……)
ひとみは、軽いため息を吐きつつ、もう何も考えないようにして、登校
の準備をはじめた。
ニュース番組が、1つの事件を告げた。
『昨夜未明、××町の路上で近くに住む矢口真澄さん64才が、走って
きたライトバンに轢かれ即死しました』
ひとみと梨華の目が合った――。
ニュースは続く。
『目撃者の証言によると、矢口さんが路上に飛び込み自殺を図った模様
ですが、自宅には何者かが侵入した形跡があり事件・事故の両方の可能
性があると見て捜査を進める方針です――。以上、朝のヘッドラインニュー
スでした』
ひとみは、もう平和な日常が戻らない予感がしていた。
- 72 名前:第一部 投稿日:2001年06月03日(日)23時22分40秒
「今までに感じたことのない恐怖だった。――何て言えばいいんだろう。
心のない殺人者。――人の命をもてあそび楽しんでる」
「じゃあ、矢口さんの……お母さんはそいつに?」
梨華は、恐怖を必死に堪えようとしたままうなずいた。
「あのとき、私は家の周り300メートルぐらいに、意識の網を広げて
た。色んな声が聞こえてきた。でも、どれも私達には関係のないことば
かりだから聞き流してた」
「……」
「でも、そこへいきなり”真里の元へいけて、良かったね”って聞こえ
て来たの」
梨華は、敷地の外へ目を向けた。ここは、ひとみの家に近い場所にある
ショッピングモールの敷地内である。朝の時間帯のため、人はいない。
学校へ行くと家を出たのはいいが、とてもそんな気にはなれずに、なん
となく人のいない場所に来てしまったのである。
「意識の網を広げて、その方向にさらに意識を向けないと、あの人の考
えている事はハッキリと感じとれない」
と、梨華は一方向を指さした。
300メートルほど向こうに、歩道を歩いている中年の男性がいた。
「でもあの時聞こえた声は、意識の網の1番外なのに、まるで隣にいる
かのように聞こえてきた」
梨華はまた小さく震えだした。
「梨華ちゃん……」
ひとみは、そっと梨華を抱きよせた。
(大丈夫だよ……)
「あんな人がいるなんて、怖い……。本当に怖い」
「大丈夫。私が守ってあげる」
ひとみは梨華の頭を、優しくなでた。
「麻美ちゃんを殺したのは、きっとその人よ」
梨華の言葉に、ひとみの動きが止まった。
- 73 名前:第一部 投稿日:2001年06月03日(日)23時24分53秒
「まさか……」
「……」
「え? だって、そいつは、矢口さんの知り合いなんじゃ……。麻美は
そんな、人に恨みを買われるような子じゃない」
梨華は、ひとみの手を離れスッと立ち上がった。
「――恨みをもつなら、まだ人間らしい」
と、梨華は遠い目をしていった。
(……どういう事?)
「その声の持ち主は、思い出してた。”朝比奈学園の生徒は、罪悪感
で……死に追いやった””それに比べて、さっきのは幸せものだ”って」
「……朝比奈学園の生徒」
「両方とも、自殺している。そう見せかけられてる」
梨華が振りかえって、そう言った。さっきまでの怯えた表情は消えてい
た。
そして、言い放った。
「相手は、力を持ってる」
(……力)
(超能力……)
(後藤真希……)
(そうに違いない)
(後藤真希が帰ってきた)
(!怖い) 水風船が割れる。
(!怖い) 西瓜が割れる。
(!怖い) ダイナマイトでの爆発現場。
(!真希ちゃんが)
ひとみは子供のように身をかがめて、ブルブルと震えだした。
梨華の頭の中に、ひとみの強烈な恐怖が飛び込んできた。
早く、早く、ガードしなきゃ。
梨華は、意識を傍受している脳の一部の器官に、ひとみの意識がそれ
以上流れ込まないよう、ガードの網を張り巡らせた。
しかし、ひとみの恐怖はその網を引き裂いた。
梨華は、ひとまずその場所を急いで離れる事にした。
- 74 名前:第一部 投稿日:2001年06月03日(日)23時28分13秒
やっとのことでひとみの意識をガードすることができた。
振りかえると、100メートルほど離れた場所にいるひとみの姿が確認
できる。
ひとみはまだその場所で震えていた。
「ひとみちゃんが抱えているものっていったい……」
梨華は、自分もダメージを受けていたが、それよりもひとみの恐怖のも
とである「ゴトウマキ」の存在を知りたかった。
しかし、ひとみ自身が「ゴトウマキ」に関するあらゆる情報を封印して
いるので、力を使って探ることはできない。
――もとより、勝手に流れ出てくる意識を傍受してしまうのは仕方がな
いとして、”能力”を使ってひとみの心の中を探るような事をするつもりは
ない。
それが、他の人とは違った能力を持って生まれた者のマナーなのだと
梨華は心得ていた。
(めん……、華ちゃん……)
消え入りそうなひとみの心の声が、ガードをしている梨華の頭の中に響
いてきた。
梨華は素早くガードを解き、ひとみのいる方向を振りかえった。
すぐ側まで、ひとみはやって来ていた。
ガードをしていたため、ひとみの意識に気が付かなかった。
「ごめんね、梨華ちゃん……」
ひとみの少年のような顔が、本当に申し訳なさそうにくもっていた。
(また、梨華ちゃんを傷つけた……)
梨華の心に、ひとみの寂しげな声が響いた。
- 75 名前:第一部 投稿日:2001年06月03日(日)23時30分45秒
けっきょく、2人はどこに行くでもなく、そのままショッピングモール
で時間をつぶした。
ひとみとしては、もう1度”矢口家”に向かいたいのだが、梨華にまた
精神的なダメージを与えるといけないので、今度一人で向かう事に
した。
それに、さっき自分が与えてしまったダメージもあるので、梨華を付き
あわせることはしたくなかった。
((……に……て))
((……えて……ら、……に……て))
梨華が、ショップの前でフッと足を止めた。
「? 梨華ちゃん?」
ひとみも、立ち止まる。梨華は目を閉じて、まるで耳を澄ませるように
している。
(聞こえてるんだ……)
近くにひとみと梨華に関係する、何者かがいる。
ただ、それは身の危険を感じさせる人物ではないと言うことを、ひとみ
はこれまでの梨華の様子を見て学習していた。
(震えてない……)
(大丈夫)
(でも、油断できない……)
ひとみは、ギュッとこぶしを握り自然な動作で辺りを見まわした。
(主婦)(買い物)
(店員)(接客)
(子供)(走りってる)
(男)(は……)(女)(とカップル)
(主婦)(子供)(親子連れ)
辺りを見まわしたが、それらしい人物は見つからなかった。
目を閉じていた梨華が、一呼吸して口を開いた。
「誰かが、呼んでる」
ひとみはなおも、辺りを警戒した。
「ううん。近くじゃない」
「どこ……?」
梨華はゆっくりと振りかえって、駐車場のある方向を指さした。
「あっち……」
(呼んでるって事は、向こうは私たちを知ってる)
(しかも、梨華ちゃんがテレパシーを使えるって)
(それって……)
梨華は、ゆっくりとうなずいた。
- 76 名前:第一部 投稿日:2001年06月03日(日)23時34分18秒
ショッピングモールの駐車場に2人は、やって来ていた。
しかし、あれ以来、なんのテレパシーも送ってこないので、梨華にも
送り主の存在がわからないでいる。
2人はもう数分も、駐車場内をウロウロとしていた。
大型ショッピングモールと言うこともあり、駐車場の広さはかなりの
ものであり、ひっきりなしに人や車が入れかわっている。
相手がなんの連絡もしてこない以上、探すのはもはやお手上げの
状態だった。
「ひとみちゃん……」
梨華が前を歩くひとみの袖をつまんだ。
「ん?」
ひとみは、辺りを見まわすのに夢中で振りかえらない。
「ひょっとしたら、イタズラかも」
「――へ?」
ひとみは、振りかえった。
「あのね、たまにあるの。特に人の多いところ」
「あるって何が?」
「電車の中とか教室とか、退屈な時とかに前を向いている人に
向かって”振り向け””振り向け”って思った事ない?」
「ないよ、そんなの」
「ひとみちゃんはそうかもしれないけど、そう意味もなく念じてる人が
いるの。ひょっとしたら、それをキャッチしたのかもしれない」
「なんだ〜……、だれだよ、もう……、人騒がせな」
ひとみは緊張が解けて、その場に座り込んだ。
「ごめんね、余計な事して」
梨華もその場にしゃがみ、うつむいているひとみの顔をのぞき込んだ。
((何やってんの? 目の前の車、見てみ))
梨華は、ハッとして立ちあがった。今度はハッキリと聞こえた。
急に立ちあがった梨華に驚いて、ひとみは顔を上げた。
梨華は、一点を見つめている。
「梨華ちゃん……?」
「いたよ」
「え?」
梨華の視線の先に、エンジンをかけたまま停車している青いスポーツ
カーがあった。
- 77 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月03日(日)23時40分36秒
- 今回はここで、終了します。
※>>75
(子供)(走りってる)
……”走ってる”と書きたかったらしい(^^;
- 78 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月03日(日)23時50分56秒
- >>66
あと、2〜3日で終わります。でも、たぶんスッキリはしません(^^;
- 79 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月03日(日)23時54分44秒
- >>67
一応、これはキッカケで……。その後が、本編のようなものです。
長くなりすぎました(鬱。
- 80 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月03日(日)23時57分23秒
- 1レスに投稿する小説の量が多いので……。
ちょっとだけ、消しておきます。
- 81 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月04日(月)00時00分58秒
- ではこれで、更新を終了します。
- 82 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月04日(月)21時30分37秒
- だれなんだ…
序編が終わっても、謎が深まる予感がする…
次が楽しみ。
- 83 名前:第一部 投稿日:2001年06月04日(月)23時20分09秒
- >>76
ひとみは、警戒しながらその青いスポーツカーに近づいた。梨華だけは
すぐに逃げさせられるよう、ひとみは梨華を自分の真後ろにつけさせて
いる。
真正面から近づき、中の人物を確かめようかと思ったが、いきなり急発
進されても困るので少し周って運転席側のドアに近づく。
運転席のウィンドウには、濃いフィルムが張られているため中の人物は
特定できない。
そのウィンドウが、ゆっくりと下がった。
「……あっ!」
ひとみは青いスポーツカーの人物を見て、思わず声を上げた。
運転席に座っていたのは、ひとみが捜し求めていた人物――、失踪した
朝比奈学園の教員、中澤裕子だった。
「ヤッホ〜!」
助手席から運転席の方に身を乗りだし、お茶目に顔を覗かせているのは
――そう。同じく失踪した高等部2年の矢口真里であった。
「こら、危ないやろ」
「いいじゃん、ちょっとぐらい」
「邪魔や。引っ込んどき」
「なんだよ。チェッ」
と、矢口は助手席のシートへと戻った。
「ねぇ、ひとみちゃん……」
梨華が恐る恐る、ひとみの袖を引っぱる。
(中澤先生と、矢口先輩……)
梨華は、ハッとして2人の顔をひとみの右肩越しに見た。
ひとみは、二人を見たまま微動だにしなかった。
(なんで、今頃……)
(なんで、アタシたちに……)
(なんで、梨華ちゃんの力を……)
(なんで……)
(なんで、麻美は……)
ひとみの疑問は、留まる事を知らなかった。
それを敏感に感じとった梨華は、今度は素早くガードの網を張った。
- 84 名前:第一部 投稿日:2001年06月04日(月)23時22分05秒
――ひとみと梨華は、走る青いスポーツカーの後部座席に乗っていた。
駐車場で中澤から乗車を勧められたとき、ひとみはハッキリ言って乗る
つもりはなかった。
いくら顔をしっているとはいえ、ただそれだけで2ドアの車に乗り込む
勇気はなかった。し、そんなことに、梨華を付きあわせる気もなかった。
ひとみが断ろうとした時、梨華が耳打ちした。
「断るんなら、帰るって言ってる……」
ひとみは、しぶしぶ乗車することにした。
梨華を帰らせるつもりだったが、梨華は大きく首を振るとひとみより先
に後部座席へと乗り込んだ。
――中澤が、バックミラーを覗きながら二人の様子をうかがう。
「自分ら、メッチャ静かやなぁ。酔うたんか?」
「何言ってんだよ、裕ちゃん。緊張してんだよ。ね?」
と、矢口が助手席から顔を覗かせる。
(なんだ、この二人……?)
ニコニコしている小柄な矢口は、幼い頃に見たアニメの”ミニモくん”
を連想させた。
となりの梨華が、プッと笑った。
「? 何、梨華ちゃん? どうしたの?」
矢口が、きょとんとした顔で訊ねてきた。
「あ、いえ。何でもありません……」
笑いを堪えながら、答える梨華。
(”はーい、ぼくミニモくん。良い子のみんな、げんきかな〜ぁ?”)
ひとみは、心の中で”ミニモくん”の物真似をした。
うつむいて笑いながら、梨華は肘でひとみをつついた。
- 85 名前:第一部 投稿日:2001年06月04日(月)23時23分40秒
「あ〜、ひょっとしてオイラの事、バカにしてんだろう」
と、矢口は怒ったような口調で言ったが、目は笑っていた。
梨華は、「いえ、違います」と慌てて言い訳をしたが、笑いが
漏れているのでなんの説得力も持たない。
その光景を不思議そうに見ているひとみ。
「ねぇ、梨華ちゃん」
「ん?」
ひとみは、声に出さないで念じる事もできたが、あえて前の二人に
聞こえるように声を出した。
「なんで、矢口さんは梨華ちゃんのこと知ってるの?」
「――その……」
「いいよ、梨華ちゃん。自分で説明するから」
「ヤめとき。人に知られたら、それだけ危険度が増すんやで」
中澤が運転しながら言った。
「大丈夫。よっすぃ〜は、信用できるから」
(は? よっすぃ〜?)
(アタシのこと?)
(なんだよ、よっすぃ〜って……)
ひとみは、梨華を見た。
梨華は、笑顔を浮かべてうなずいた。
「あ、また。2人の世界に浸ってる」
と、矢口が口を尖らせた。
「あの……、矢口さんも心が読めるんですか?」
ひとみは、訊ねた。心が読めるのなら、いちいち会話に入ってきて
ほしくなかったからだ。
- 86 名前:第一部 投稿日:2001年06月04日(月)23時25分39秒
「ん? 違うよ」
と、矢口は答えた。
「……じゃあ、何で梨華ちゃんの名前や私の事」
「へへ。矢口ね、ほんのちょっと未来を見たり、過去を見たりする事が
できるんだ」
ひとみは知っていた。その能力が何と呼ばれるかを、そして密かに麻美
の事件の真相を知りたく、自分にその能力が欲しいと思っていた。
「サイコメトリー……」
「そう。よく知ってんね」
「……えぇ、まぁ」
と、ひとみはそれ以上考えないように、窓外の流れる景色を眺めた。
((怒った?))
((矢口、なんか悪いこと言ったかな……))
「あ、違います。ひとみちゃんは、その」
と、ほんの一瞬の静寂が車内に漂った後、梨華がおもむろに口を開いた。
「矢口、気ィつけや。心読まれたで」
中澤のその言葉を聞いて、梨華はハッとし、そして「すみません……」
と消え入るような声を出してうつむいた。
「ちょっと裕ちゃん。そんな言い方しないでよ。矢口は別になんとも思っ
てないんだから」
「余計なトラブルの元や」
ひとみは、その言葉にムカッとした。
「なんですか、そのトラブルの元って」
「言葉の通りやけど」
中澤は運転しながら、余裕の態度で答える。
「アタシたちだって、好きでここにいるんじゃありません。先生たちが
呼び寄せたんじゃないですか」
「呼び寄せた?」
「そうですよ」
「う〜ん、それはちょっと違うなぁ」
と、中澤はニヤニヤと笑った。
その態度が余計に、ひとみの神経を逆撫でした。
「違わないじゃないですかッ」
- 87 名前:第一部 投稿日:2001年06月04日(月)23時27分30秒
「ちょ、ちょっと、裕ちゃん。いい加減にしなよ」
「落ちついて、ひとみちゃん」
梨華と矢口は、それぞれのパートナーをなだめた。
正確に書くと”矢口は、中澤を叱った”である。
ひとみは、気付かないほど興奮していたのか、額の汗に気づいて自
分でも驚いた。
梨華が、バッグからハンカチを取りだして、そっとその汗を拭う。
「あのね、よっすぃ。これは、その、なんていうか、呼び寄せたとかじゃ
なくて……」
矢口は、どう説明していいのか困っているようだった。
「あらかじめ、そうなるようになってたんや」
そんな様子を敏感に感じとった中澤が、口を開いた。
「……。どういうことですか?」
「簡単に説明するとやな、矢口は未来を見る能力があるけど、ただホン
マに"見るだけ"なんや」
「未来がわかったら、変える事ができるじゃないですか」
「まぁな。そう思うんが普通やな」
「このやりとりもね、矢口は1回見てるの」
(なんか……、難しい話になってきそう)
(梨華ちゃん、わかる?)
梨華は、しばらく考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「つまり、確定した未来は確定した現在から続いてるって事ですよね」
(……もっと簡単に説明してよ)
ひとみは、泣きそうになった。数学的・科学的な話は、まったくの苦手
なのであった。
高校に入れば、物理も苦手教科に加わるだろう。
- 88 名前:第一部 投稿日:2001年06月04日(月)23時29分46秒
「考えてもしょうがない。そんなんできるんなら、とっくの昔にやってるわ」
「それじゃ、説明になんないよ」
「ウチラかてホンマのところはわかってないんや。全然わからん吉澤は
ただ混乱するだけやろ」
「だけどさ」
(……アタシって、すごいバカかも)
(梨華ちゃんは、わかってるのに)
(あ〜ぁ……もう……)
(ちょっと、勉強しよう……)
ひとみは、「はぁ〜……」とため息をついてうなだれた。
車内には何となく、気まずい雰囲気が流れた。
(どうせ、これも決まってるんでしょ)
(変えられないんなら、どうでもいいや)
(……ね、梨華ちゃん)
「そんなことないよ。また、今度ゆっくり教えるから。ね」
と、中澤と矢口に聞こえないように小さく呟いた。
ひとみがすっかりいじけていると、車は急にハンドルを切り、建物の敷
地へと入っていった。
よく見ると、そこは朝比奈学園であった。
青いスポーツカーは、教員専用の駐車場で乱暴に止まった。
車内には、さっきとはまた別の重苦しい緊張した空気が流れた。急に
車内の温度が、上昇したようであった。
梨華が、ひとみの袖口をギュッとつまんだ。
「麻美ちゃんの自殺の真相……わかるよ」
ひとみは、この車内の重苦しい緊張の意味が分かったような気がした。
ただ、自殺の真相がわかるだけでは、車内の人物にこれだけの緊張
感が走る事はない。
(きっと……、麻美を自殺に追い込んだヤツが来るんだ……)
ひとみの額に、またうっすらと汗が滲み始めた。
- 89 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月04日(月)23時35分18秒
- 今回の更新は、ここで終わります。
- 90 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月04日(月)23時43分16秒
- >>82
でした。現実は違えど、まだまだ板の中では不滅です。
- 91 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月04日(月)23時45分55秒
- >>84
に、登場する”ミニモくん”は、あの「ミニモくん」とは
関係ありません。
- 92 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月04日(月)23時50分17秒
- 次回が、第一部最後の章です。
- 93 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月04日(月)23時51分32秒
- では、今回はこの辺で。
- 94 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月05日(火)00時01分51秒
- ガンガン進みますね。(うれしいけど)
第一部。どこまで進むんでしょう…
- 95 名前:第一部 投稿日:2001年06月05日(火)23時22分08秒
- last chapter−6<対峙>
謎の失踪をした二人が、堂々と学園内を歩いてるのを眺めていたら、さっき
車内で話していた「未来は変わらない」という理論も何となく理解できるひと
みであった。
(この2人は、絶対に誰とも出会わない事を知ってるんだ……)
(先生や生徒たちに会わない未来を、矢口さんは見たんだ……)
ひとみは自分の考えが正しいのかどうか、確認をとるように梨華を見た。
梨華は、「うん」と小さくうなずいた。
(ねぇ、梨華ちゃん)
(麻美を自殺に追い込んだヤツとは、いつ会える?)
(どこかで待ってるの?)
梨華は、「わからない」とだけ答えた。
梨華にもわからない事が、自分にわかるわけがないと、ひとみはもうそれ
以上深くは考えずに、なるようになればいいやと、なかば諦めにも似た気
持ちで、二人の後をついて歩いた。
2人が足を止めたのは、共同ホールの前だった。
中澤と矢口が、振りかえる。
「おーい、早くこっちだよ」
と、矢口が手招きをする。
中澤は、なんとなく辺りをキョロキョロと見まわしていた。
放課後の静かなホール。
どこかから、生徒たちの談笑が小さく聞こえていた――。
- 96 名前:第一部 投稿日:2001年06月05日(火)23時24分51秒
「あの家の矢口さんには、本当に悪い事をしたと思ってる。ただ、同性同
名っていうだけで、利用させてもらってただけなのに……」
「ここに入学する時にな、ウチがちょっと書類をいじらせてもらったんや」
「じゃあ、やっぱり矢口さんはあの家とは関係ないんですね」
「うん。1度も行った事ない。あ、今日が初めて。よっすぃたちに会う2時
間ぐらい前かな」
「行ったんですか?」
「中には入らなかったよ。警察もいたし。ただ、昨日の夜、よっすぃたちが
そこで何をしていたのかは見ちゃったけど……」
「あんたらも、大胆な事するなぁ。不法侵入やで。見つかったら、捕まんで」
中澤は、タバコを吸いながら呟いた。
その向かいに座っている梨華は、タバコの煙の匂いに顔をしかめて何気に
アピールしていたが、中澤は気づくことなく2本目を吸った。
梨華の隣にひとみが座り、その正面に矢口が座っている。
さきほどから、何をするでもなく話をしている。
まるで、その時が来るのを待っているかのように時間を無駄に過ごしていた。
「ただ、やっぱりさ、面識がないとは言え矢口のせいで巻き込まれたのは
事実だから……、せめて家の外からでも手ぐらいは合わせたくて……」
「そしたら、こうなってもうたわけや」
「……巻き込まれたって、どういうことですか?」
「焦らんでも、もうすぐわかる」
- 97 名前:第一部 投稿日:2001年06月05日(火)23時27分08秒
「矢口さ、さっき車の中で未来が見えるって言ったじゃん。でも、あれって
ちょっと違うの」
「違う?」
「うん。ちょっとした限界があってね、未来はせいぜい2〜3時間ぐらい
先しか見えないの。過去は、そうだなぁ〜試したことないけど、たぶん
どこまででも見えると思う」
「ずいぶんと、差があるんですね」
「しかも、未来は自分の未来に関わる事しか見れないの。過去は違う
けどね」
(また……、難しい話かな……)
ひとみは、ちょっとゾッとした。
となりの梨華が、クスッと笑う。
(あ、ひどい)
無言の会話を悟られると、また梨華が責められそうな気がしたので、
ひとみはなんでもなかったかのように質問を返した。
はす向かいの中澤は、二人の無言の会話に気づいているようだったが、
何も突っ込んでは来なかった。
「アタシと梨華ちゃんの未来は、見えないんですか?」
「今は見えるよ。だって、矢口も一緒にいるから」
「……あ、なるほど」
「だからさ、あたしの能力なんて、ホントたかが知れてんの」
と、矢口は笑った。
中澤が2本目のタバコを、空き缶の中にポトリと落とした。
ジュッという煙草の火が消える短い音が合図だったかのように、中澤と
それまで笑っていた矢口が急に真剣な表情をしてゆっくりと腰をあげた。
「さて、そろそろ行こか」
梨華が、身を固くして立ちあがった。逃げられない運命をいちはやく理
解した彼女ならではの行動だった。
ひとみも梨華を見習い、すべてを受け止める事にした。
- 98 名前:第一部 投稿日:2001年06月05日(火)23時29分20秒
まだ外はかなり明るかったが、中等部の校舎には、もう生徒の姿は
ないように感じられた。
部活動が休みのせいか、生徒たちは早々と放課後を満喫しに下校
したのかもしれない。
4人は廊下から誰もいないがらんとした、ひとみの教室を眺めていた。
ひょっとしたら、麻美の事件がきっかけで生徒たちは居残らなくなっ
たのかもしれない。
ひとみは、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「矢口……」
「……うん」
2人とも、今までに見せたことのない神妙な表情を浮かべた。
「はじまるよ……」
梨華が、ひとみに向かってソッと呟いた。
「矢口さんは、ある人物との関係を確かめるために、今から過去を
覗く。ひとみちゃんには辛いだろうけど、それには麻美ちゃんの事
も関係してるから……」
これから受けるであろうひとみの傷を心配した梨華は、今にも泣き
そうな表情になっている。
「大丈夫。準備はできてるから……。でも、気をつけてて……」
梨華は、黙ってうなずいた。
逃げれるものならとっくに逃げていた。もう、真相はどうでもよかっ
た。ただ、この大きな流れの外に出たかった。退屈でもいいから、
以前のような平凡な毎日に戻りたかった。
でも、もう後戻りできないことをひとみは理解していた。
矢口が目を閉じ、大きく深呼吸をし、そして、ゆっくりと両手を教
室にかざした。
しばらくして、矢口の身体がビクンと大きく振動した。
すばやく、さも当たり前のように、中澤が小さな矢口の体を支える。
閉じられた瞳だが、まぶたの向こうでそれが動いている。
ひとみも梨華も、固唾を飲んで見守った。
矢口は今、あの日の出来事を見ている――。
- 99 名前:第一部 投稿日:2001年06月05日(火)23時32分23秒
どれくらいの時間がたっただろうか、不意に矢口の身体がガクンと
力をなくした。
中澤がいなければ、そのまま廊下に倒れこんでいただろう。
矢口は中澤の腕の中で、目に涙をためていた。
そして、ゆっくりとひとみに視線を向けた。
「ごめんね、よっすぃ……。ウチラのせいで、麻美ちゃん……」
矢口は、また中澤に視線を戻した。
「アイツ、やっぱりここに来た。でね、ウチラが逃げたのをわかっ
たら、腹いせにここに残ってた麻美ちゃんを……。なんの関係も
ない麻美ちゃん……よっすいの友達……矢口のせいで、関係
ない人が2人も死んじゃったよ」
矢口は両手で顔を覆って、泣いた。
中澤は、何も言わずにソッと矢口を抱きしめた。
(やっぱり)
(やっぱり……)
(やっぱり、麻美は自殺じゃなかった)
ひとみは、そう確信すると今まで堪えていた悲しみが堰をきっ
たように溢れた。
それでもひとみは、涙を流すことができなかった。
麻美の死をやっと受け入れることができた。
自殺ではなく、他殺であった事もハッキリした。
もうこれで、ひとみが涙を堪える理由はなくなったはずであった。
でも、流れなかった。
(麻美……)
(こんなアタシを呪っていいよ)
(だって、友達のために涙も流せないんだもん)
(最低だよ……)
(ホント、ごめん……)
(麻美……)
(ごめんね……)
「ひとみちゃん……」
ひとみは、泣き顔の梨華に優しく微笑みかけた。
「麻美ちゃん、そんな風に思ってないよ」
「もう、いいんだ……。アタシは、こんなヤツだから」
「何がイイのよ」
「……」
「ひとみちゃんの悲しみ、私にちゃんと流れてきてる。防いでても、
ちゃんと届いてる。――世の中にはね、悲しくもないのに涙を流
せる人が大勢いるのッ。楽しくもないのに、笑ってる人が大勢い
るのッ。好きでもないのに、愛してるって口にする人がいるのッ。
そんな人たちに比べたら、ひとみちゃんの心はすっごくすっごく
綺麗んだからッ。麻美ちゃんだって、それがわかってたから友達
だったんじゃない。そんな自分を、そんな友達がいた事をもっと
誇りに思って! もう、いいなんてそんな悲しいこと言わないでよ……」
梨華はその場にしゃがみ込んで、声を上げて泣いた。
- 100 名前:第一部 投稿日:2001年06月05日(火)23時34分44秒
「石川の言う通りやで……」
呆然と立ちすくんでいるひとみの肩に、中澤が優しく手をかけた。
「ほら、涙拭いたげ」
と、中澤は自分のハンカチをひとみに渡した。
ひとみは何も言わずに中澤に軽く頭を下げ、梨華の元へと歩み寄った。
(ごめん……)
(泣かないで……)
(もう、いいなんて言わないから)
(ね、だから)
心の中で語りかけながら、ひとみは梨華の涙を優しくぬぐった。
中澤が、矢口を支えながら教室のドアを開けた。
ひとみはそれを横目で見ながらも、涙を止めようと必死になっている
梨華の側を離れなかった。
「ひとみちゃん、向こう行ってて」
「え?」
「私、戦わなきゃ……」
「え……?」
梨華は教室の中にいる矢口を見た。矢口が、ゆっくりとうなずく。
「戦うってどういうこと?」
「わからない。でも、そうなるの」
「意味がわかんないよ。ねぇ。なんで梨華ちゃんが」
「いいから」
梨華の視線がひとみの後方に向けられる。
振りかえるひとみ。
教室の入り口で、中澤が待っている。
「ねぇ、ちゃんと説明してよ。ねぇ、梨華ちゃん」
梨華は何もいわずに、ふさぎこんだ姿勢のまま顔を上げなかった。
「ねぇ。ねぇ」
と、ひとみがその華奢な肩に手をかけ揺らす。
「いい加減にしとき。さっきも言ったやろ。これは決まってる事や」
見かねた中澤が、ひとみを連れに来た。
「……だったら、私がここから動かないのも決まって」
ひとみの腹に、鈍い衝撃が走る。
「梨……華……ちゃ……」
ひとみは中澤の腕の中で、気を失った。
「すまんな。これも決まってたんや」
中澤は気を失ったひとみを半ば引きずるようにして、教室の中へと入っ
ていった。
それを見届けた梨華が、ゆっくりと立ちあがる。
数メートル先の階段を上がってくる足音が聞こえてきた。
少しの間を空けて、梨華はその方向に向き直って言った。
「私――、あなたのこと許せない」
足音がピタリと止まった。
「出てきたら。福田……明日香さん」
壁の向こうで、クスッという笑い声が漏れてきた――。
- 101 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月05日(火)23時36分18秒
- 今回の更新は、ここで終わります。
- 102 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月05日(火)23時41分22秒
- >>94
たぶん、明日で終了です。
第2部は……どうしましょう(^^;
- 103 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月05日(火)23時43分20秒
- 新しくスレを立てるか……。
- 104 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月05日(火)23時44分24秒
- それとも、これで続けるか……。
- 105 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月05日(火)23時46分07秒
- とりあえず、明日考えます。
- 106 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月05日(火)23時48分26秒
- では、この辺で。
- 107 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月05日(火)23時56分31秒
- 次が待ち遠しい…
- 108 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月06日(水)01時51分42秒
- ここで明日香?どうなるか、さっぱり解らん…
- 109 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月06日(水)02時34分40秒
- 解りやすいし、まだ100ちょいしか使ってないからこのまま
ここで続行のほうが……。
- 110 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月06日(水)08時43分21秒
- >>109
同意。
コッチのがいろいろ考慮しても良いと思われ…。
- 111 名前:第一部 投稿日:2001年06月06日(水)23時09分31秒
- >>100
「なんだ、バレてたの」
セミショートの少女が廊下に姿をあらわした。
明日香の流れてくる思考を感じとった梨華は、それだけで気を失い
そうになった。
その愛くるしい姿からは想像もできないくらいに淀んでいる邪悪な精神。
梨華が初めて出会った良心のない悪魔だった。
明日香は、そのアーモンドのような瞳で梨華を捕らえた。
その瞬間、梨華の思考の中をヌメヌメとした触手のようなものが入り込
んでくる。
梨華はそれを必死でガードした。
矢口が共同ホールで何気に会話している最中に送ってくれたテレパス。
あらかじめ明日香の能力を教えてくれていなかったら、呆気なくその能力
に敗れていただろう。
「ふーん。入り込めないってことは、同じタイプか」
小さく笑いながら呟く明日香に、梨華は心底から嫌悪を感じた。
「あなたと一緒にしないで」
明日香はもう興味がないといった素振りで、梨華から視線をそらし教室
の中に視線をうつした。
「あ、いた」
ニッコリと笑ったその笑顔は、教室の中の矢口を震えあがらせた。
「あ、どもっ」
と、明日香はおどけた挨拶を中澤に向けた。中澤は明日香を見ていなかっ
た。目を閉じて、すでに”無”の境地にいた。
明日香は『ふぅ』とため息を吐いて、また梨華に向き直った。
「これだから、未来の見えるヤツは厄介なのよね」
「厄介なのはあなたよ」
「へぇ、かわいい顔してオモシロイこと言うね」
「人の命をなんだと思ってるのッ」
「別に」
「罪の意識がないの」
「だって、人を殺したことなんかないもの」
「……! よく、そんな事が言えるわね」
- 112 名前:第一部 投稿日:2001年06月06日(水)23時11分01秒
「ちょっと待ってよ」
と、明日香は笑いながら続ける。
「私はただ、ほんのちょっと下の方に隠してある意識を上げてるだけ」
「……それがどんなに危険な事か、わかるはずでしょ」
「さぁ。この前のお婆さんは、嬉しそうにしてたけど。娘との楽しかった
思い出が上がってたもの。私としては、懺悔しながら死んでいくのを
見るのが面白いんだけどね」
「……最低!」
梨華は、明日香に意識の触手を伸ばした。入り込める隙間がないか、弱
点がないか梨華自身がこれまでに出した事のないスピードで、明日香の
意識を探った。
「無駄なのに」
「……」
明日香の皮肉めいた笑いが聞こえないほど、梨華は集中している。
「さてと、なんにもできないみたいだから、また置き土産でもして帰ろかな」
と、明日香が欠伸をしながら言った。
その瞬間、意識を探っていた梨華は、明日香の触手がひとみに向かって
伸びたのを知った。
(あっ!)
梨華が、触手を引っ込めた時にはもう明日香の触手はひとみの意識を
捉えていた。
気を失い倒れていたひとみが、目をパチリと開ける。
((梨華ちゃん、助けて!))
矢口の声をキャッチしたが、梨華はそれに答える余裕はなかった。
完全にパニックになっていた。
「ハハ。この子は、罪の意識があがったみたい」
と、明日香はさも楽しげに笑った。
(麻美を殺したのはアタシ)(自分がいいカッコしたかった)(あの日、
麻美を帰してれば)(死なずにすんだ)(自分が死ねた)(楽しくない)
(みんな、汚い)(もう夢はない)(逃げたい)(死にたい)(何もない)
(麻美)(麻美)(友達)(もういない)(意味がない)(生きてる意味ない)
ひとみが意識下の奥底に秘めていた麻美への感情を、一気に爆発
させた。
アタックに夢中でガードをし忘れた梨華の意識に、ひとみのマイナスの
感情が放流したダムのように押しかけてきた。
「ひ、ひとみちゃん……」
- 113 名前:第一部 投稿日:2001年06月06日(水)23時12分09秒
教室の中のひとみが、フラフラと立ちあがる。その目には何も映って
おらず、ただぼんやりと空中を漂っている。
(バレー)(好きだった)(麻美)(かばった)(後悔)(後悔)(後悔)
(もう何もない)(バレー選手)(死んだ方がマシ)(退屈)(天国)
(麻美)(楽しい世界)(いっそ)
「もう、止めてーッ!」
梨華は耳をふさいで叫んだ。
明日香は、ニヤニヤと笑いながら教室のひとみを見つめている。
ひとみはまるであの日の麻美のように、突然教室を飛びだした。
梨華の頭の中に、矢口の声が響いた。
((教室を離れたら、未来が見えなくなる))
しかし、今はもうそんなことはどうでもよかった。梨華はただ、本
能の赴くままひとみの後を追った。
二人の背中を見送った明日香は、教室の中の矢口をチラリと一瞥
すると、二人が消えていった方向に向かってゆっくりと歩いて行った。
バレー部で鍛えていたひとみの足は予想以上に早く、すぐに後を
追ったにもかかわらず梨華とはもう校舎2階分の差がついていた。
梨華は最悪の結末を想像して、身震いした。
『助かる』
共同ホールで、テレパスを送って来た矢口の言葉を思い出したが、
今はその矢口も近くにはいない。矢口の見ている未来の外へとやっ
てきてしまったのだ。
梨華は足をもつれさせながらも、必死で階段を登った。
屋上の踊り場についた時、梨華はホッと胸を撫で下ろした。
事故の再発を懸念したであろう学園側が、屋上への出入りを簡単に
できないよう、念入りにバリードのようなもの組んでいた。
それでもひとみは、そのバリケードを崩そうとしている。
きっともうあと数分もすれば、そのバリケードは意味をなさないだ
ろう。
- 114 名前:第一部 投稿日:2001年06月06日(水)23時14分55秒
「ひとみちゃん! やめて!」
梨華はひとみを後ろから、羽交い締めにした。しかし、ひとみは
その動きを止めようとはしない。”死”をプログラムされたロボッ
トのような動きで、ひとみは淡々と素早くバリケードを解いていた。
梨華は、今までよほどの身の危険を感じない限り他人の意識下
に潜り込みコントロールしたことはない。
幼少の頃、変質者に襲われそうになった時が初めてだった。
それも結局のところ、うまくはできずに相手の精神を破壊して
しまった。そのことにより、梨華自身も深い傷を負った。自分の
力に対して恐怖を覚えたのだ。それから、しばらくの間、意識の
触手を伸ばすことはなかった。
2度目は、ほんのちょっとした好奇心だった。中学3年の時、
同級生の男の子に告白された。悪い気はしなかった。むしろ、
嬉しかった。しかし、それと同時に相手の本心を知りたいという、
我慢できない衝動が沸きあがり、授業中にその男の子の意識
下に潜り込んだ。
陵辱される自分の姿がそこにあった。
それ以来、梨華は男が苦手になった。
そして、3度目がついさっきである。悪意の中に触手を伸ばした。
が、そこに隙はなくただ探索していただけに過ぎない。
もし潜り込めたとしても、上手くコントロールできたかどうかの
自信はなかった。
そして、今からが4度目である。梨華は、ひとみに向かって触
手を伸ばした。梨華の触手が、ひとみの意識の表面で止まる。
涌き出てくるマイナスの感情により先に進めないのと、梨華自
身の躊躇のせいもあり先に進めない。
梨華は恐れていた。もしも、失敗してひとみの精神を破壊して
しまったら……。そう考えていた。
その時だった。
(麻美)(飛び降りた)(殺した)(あとを)(天国)(一緒に)
(辛い)(苦しい)(生きてるの)(辛い)(変わりに)(死ねば)
(戻れない)(麻美)(早く)(死)(死)(死)(死)(死)(死)
(死)(死)(死)(死)(死)(死)(死)(死)(死)(死)(死)
(死)(死)(死)(死)(死)(死)(”助けて”)(死)(死)(死)
(死)(死)(死)(”梨華ちゃん、助けて”)(死)(死)(死)
(死)(死)(死)(死)(死)(死)(死)(死)(死)(死)(死)
(死)(死)(死)(死)(死)(死)(死)(死)(死)(死)(死)
- 115 名前:第一部 投稿日:2001年06月06日(水)23時16分24秒
死を誘うマイナスの感情の中から、ひとみの叫びが聞こえて
きたのは。触手を潜り込ませていなかったら、感じ取れなかっ
たであろう弱いその叫び――。
「ひとみちゃん!」
梨華はもう迷わなかった。涌き出てくるマイナスの感情に
押し流されながらも、力の限りひとみの意識の奥へ奥へと
触手を伸ばした。
流れ出てくる意識の源。
そこに梨華の触手は到着した。触手を伝って、梨華は自分の
意識を流す。
いくつもの階層に別れた意識下。今、ひとみが流しているマ
イナスの感情はかなり下の方から沸きあがっている。
梨華は、ひとみの姿を探した。マイナスの感情を湧き出させ
ているひとみ自身が、どこかにいるはずだった。
梨華は階層の縁に、佇んでいるひとみを見つけた。
(ひとみちゃん!)
梨華の呼びかけに、ひとみがハッと振りかえる。
(梨華ちゃん……)
(帰ろう。一緒に帰ろう)
その声に、ひとみはゆっくりと首をふり梨華に背を向けた。
(なんで?)
(麻美は身代わりで死んだ。私のせい……)
(違う。そうじゃないよ)
(あの日、アタシが掃除当番変わってなんて言わなかったら、
麻美は死ななかった)
(パスケースを私に届けたこと、後悔してるの)
(……わからない)
(私は、ひとみちゃんに出会えたことすごい嬉しい)
(……)
(ひとみちゃんの考えなら、悪いのは全部私よ。あの日、
階段で転ばなかったらひとみちゃんはこんなに苦しまな
くてよかった)
(違う、梨華ちゃんは悪くない)
(だってそうじゃない。あの日、私が転んだから)
(違う)
ひとみは梨華の元へと駆けよった。
- 116 名前:第一部 投稿日:2001年06月06日(水)23時18分17秒
(梨華ちゃんは悪くない)
(じゃあ、誰が悪いの)
(悪いのは……)
(パスケースを落とした私? それとも拾ったひとみちゃん?
それとも教室に残っていた麻美ちゃん?)
(ううん……。誰も悪くない)
弱々しかったひとみの目に、生気が戻る。ひとみの目は、梨
華の後方にそそがれる。
(許さない……)
怒気を含んだひとみの声は、梨華の後方にいる明日香に向
けられていた。
梨華は明日香の存在に気づいて、振りかえった。
(へー、あなたって結構ふくざつな人生送ってきてんのね)
と、明日香は階層を見渡しながら言った。
(なんで、ここに……)
梨華は驚愕の表情を浮かべる。
(とどめをさそうと思ったのに、あなたすごいね。元に戻しちゃ
うんだもん)
ひとみは、梨華を自分の後ろに隠す。
(ここは、アタシの意識の中。もう、操る事なんてできない)
明日香が、フッと笑う。
(何でそんなのがわかるの? あの辺のを上にあげるだけで、
つぶす事だってできるじゃない)
と、階層の下を指さす。
(ムリよ。ひとみちゃんの意識は、ここにあるんだから。あなた
だってわかってるでしょ。できるんなら、わざわざ姿を見せなく
てもいいのに)
今まで余裕を浮かべていた明日香の表情が、見る見るうちに
雲ってゆく。
(失敗したの、初めて。すごい、ムカツク)
(何がムカツクよ! 麻美を返して!)
明日香は、叫ぶひとみを無視して梨華を睨んでいる。
(でも、失敗に終わらせない)
梨華は、身震いした。
(先に、あんたから消してやる)
そう言い残すと、明日香の姿はひとみの意識下から消えた。
(梨華ちゃん、戻って!)
ひとみが叫ぶのと同時に、梨華の姿も消えた。
- 117 名前:第一部 投稿日:2001年06月06日(水)23時20分02秒
屋上のバリケードを解いていたひとみの動きが止まる。
ハッとして振りかえると、後ろで梨華と明日香が対峙していた。
お互い何も言葉を発しないまま、意識の攻防を繰り返している。
ひとみが明日香につかみかかろうとした時、ひとみの動きは
明日香の触手により運動機能を停止させられた。
額に汗が浮かび、苦悶の表情を浮かべる梨華。
余裕の笑みを取り戻す明日香。
このままでは勝敗が目に見えているが、動けないひとみには
どうする事もできなかった。
(後藤真希のような力があったら……)
ひとみがそう思った瞬間、明日香が梨華から目をそらし、ひと
みを見た。その表情からは、先ほどの笑みは消えていた。
「なんで、真希のこと……」
と、声に出すと「ウッ!」と頭を押さえてその場にふさぎこんだ。
同時にひとみの動きも自由になる。
「梨華ちゃん」
梨華は呼吸を乱しながらも、ひとみの声に反応してうなずいた。
ひとみは梨華が明日香の意識に入り込んだのを確信した。
その時、学園のチャイムが鳴り響き、マイクを通した声が学園
中に響き渡った。
『お客様のお呼出を申し上げます。東京都江戸川区から
お越しの』
『コラッ。イタズラしないの』
『へへ〜』
ひとみと梨華は、目を見合わせた。
- 118 名前:第一部 投稿日:2001年06月06日(水)23時21分16秒
『福田さ〜ん、聞こえますかー? あんなぁ』
「やばいよ、梨華ちゃん。仲間がいる」
勝利を確信したひとみだったがあっという間に、立場が逆転して
恐怖を感じた。アナウンス室には、二人いる。しかも、明日香が
「クソッ」と小さく呟いたのを聞いてしまったからには、同等もしく
はそれ以上の力を持った人物がアナウンス室にいる事は間違
いないと悟るひとみであった。
『すたんどぷれぇは、ダメらしいですよ〜』
『明日香。すぐに撤収よ。これは命令だから。いいわね』
『3階私服売り場で。あっ……』
『何よ、私服売り場って』
『へへ、間違えましたぁ』
ぷつんと、マイクの切れる音と共に学園に静寂が戻る。
同時に、梨華の身体がよろめいた。ひとみは、慌ててその体を
支える。
「梨華ちゃん!」
梨華は、ひとみの腕の中で気を失っていた。能力を使いすぎた
せいで、少し地黒だった顔面は蒼白となっている。
額を押さえて、ヨロヨロと立ちあがる明日香。
明日香の能力の前ではなんの意味も持たない事であるのは
わかっていたが、ひとみは目を閉じてとっさに梨華に覆い被さっ
た。
しかし、明日香は何も言葉を発せず何も力を使わず、ヨロヨロと
階段を下りていった。
どのくらいそうしてたのだろうか。ひとみが目を開けたときには、
明日香の姿は完全に消えていた。
後を追う気にはならなかった。それよりも、自分の腕の中で気を
失っている梨華のことが心配でならなかった。
しばらくすると、中澤と矢口が階段を駆け上がってきた。
「梨華ちゃん!」
矢口が慌てて梨華のもとへ駆け寄る。
「矢口さん、これも見えてたんですか?」
ひとみが冷たい口調で、問いかける。
「……」
「このあと、アタシたちはどうなるんですか?」
「……」
矢口は何も答えられなかった。
代わりに答えたのは、中澤だった。
「アタシらは、もうここを去らなあかん。たぶん、もうすぐ人が
来るんやろう。矢口があんたらと一緒にいる未来を見たのは、
ここまでや。その先は……別行動らしい。まぁ、3時間以上
未来はわからんけどな」
ひとみは、矢口に視線を移した。矢口は申し訳なさせそうに、
梨華の額の汗をぬぐっている。
- 119 名前:第一部 投稿日:2001年06月06日(水)23時23分24秒
「矢口は、助けに行こうとしてたんやで。けど、ウチが止めた
んや。ウチラが行っても、石川の意識が散乱して足手まとい
になるだけやからな」
「……ごめんね。狙われてるのは矢口なのに、よっすいたち
を巻き込んじゃったりして」
「……」
「アイツらは、企業に雇われたスカウトマンみたいなもんや。
能力を持った人間を集めて、何やらしようと企んでんねん」
「梨華ちゃんを殺さなかったのは……、梨華ちゃんもアイツらの
リストに入ったのかもしれない」
矢口は、梨華の頬をなでながら悲しそうに呟いた。
「こんな力は多かれ少なかれ、力を持ってない人間との間に
溝を作る。せやから、ホンマはそういう能力を持った人間ばか
りが集まってるところにおるのがいいんかもしれん。バレんよ
うにしようとか、傷つけたりせんようにって、恐れたりする事が
ないからな」
「……」
「けど、アイツ等に矢口は渡せん。能力があろうとなかろうと、
命は命や。それをいとも簡単に……」
「裕ちゃん、もうそろそろ」
矢口が梨華のもとから、そっと離れた。
「ごめんね、よっすぃ。もう時間だから……」
ひとみは、静かにうなずいた。ここからは、自分達の未来が
流れるのだ。
「梨華ちゃんが起きたら、矢口が謝ってたって伝えて。それと……」
ひとみは矢口の言葉を遮るように、名前を呼んだ。
「矢口さん」
「ん?」
「また――、会えますよね」
「うん」
「じゃあ、さよならは言いません。中澤先生も」
中澤は、微笑を浮かべてうなずいた。
ひとみが梨華の頭を優しく撫でている間に、2人は静かに踊り場を
後にした。
数分後に見回りに来た用務員は、階段の踊り場で倒れている2人
の少女を見て、慌てて救急車を呼びに走った。
いつの間にか、ひとみは梨華を抱きしめたまま眠っていた。よほど、
疲れてしまったのであろう――。
ひとみは、久しぶりに心地よい夢を見ていた。
梨華と麻美と3人で、お気に入りのショップで買い物をしている――。
正確には、2人の買い物に付き合わされて少々疲れるが、それで
いてとても心地よい――。
そんな夢を見ていた。
- 120 名前:第一部 投稿日:2001年06月06日(水)23時26分46秒
〜エピローグ〜
数日後の午後。
ひとみは、麻美の眠る霊園に1人で来ていた。
墓前に麻美の好きな”カスミソウ”を添え、もう何時間もその前に
すわっている。
ただ、麻美の色んな表情を思い出しながら何時間も過ごしていた。
気づいたら、ひとみの頬に涙が流れていた。
懺悔や後悔からではなく、ただただ単純に麻美の笑顔がもう2度と
見られないのだと思ったら、いつの間にか自然と涙は流れていた。
――ひとみが墓の前から去った後、カスミソウが風に揺れた。
まるで、ひとみのもう1つの誕生花”わすれな草”、その花言葉の
ように。
まるで、生きていた頃の麻美が、”バイバイ”と手を振るように。
花はひとみが見えなくなるまでいつまでも揺れ続けていた。
〜第一部・終了〜
- 121 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月06日(水)23時27分52秒
- これで、第一部の更新を終了いたします。
- 122 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月06日(水)23時30分32秒
- >>107
とりあえず、ここで終了しました。
- 123 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月06日(水)23時33分58秒
- >>108
やっと次のメンバーが出てきたと思ったら、脱退した明日香でした(^^;
- 124 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月06日(水)23時36分30秒
- >>109
>>110
では、そのようにします。二部も一部に関係しているので、
ここで続行します。ご意見、ありがとうございました。
- 125 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月06日(水)23時41分02秒
- では、また来週から第2部を再開します。
- 126 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月06日(水)23時42分30秒
- それでは、この辺で。
- 127 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月07日(木)12時52分02秒
- 「○イトヘッド」みたいなところあるな。
力を持つ故の苦悩や、力を悪意で使っている人と対峙するところなど・・・
それにしても、このクオリティですごいペースで更新されてて驚き。
第2部も楽しみにしています。
- 128 名前:第二部 投稿日:2001年06月11日(月)00時04分29秒
- 〜プロローグ〜
朝比奈町から、東に40キロ離れた場所に位置するサキヤマ海岸。
老父、村山富市はいつものようにその沿岸の小道を犬のペスを連れて
散歩していた。
沿岸部という事もあり、その近辺の朝はたいてい薄い霧が漂っている。
その日の朝もそうであった。
村山は足もとに注意しながら、ペスの散歩をさせていた。村山の歩調に
合わせてほんの少し先を歩いていたペスが、脇の茂みに向かって威嚇の
ポーズをとった。
どうせ、猫でもいるんじゃろう――村山は、ペスの名前を呼び手綱を少し
強めに引いた。
いつもなら、この合図でペスはなんでもなかったかのように散歩に戻る。
しかし、この日は違った。どんなに名前を呼ぼうとも、どんなに強く手綱を
引こうとも、牙を剥き出しにしてその場を動こうとしなかった。
はて?
何がいるのだろうと、村山が茂みの中に顔を伸ばした瞬間、ブンッという
鈍い音ともに何かが茂みを突き破り、そして村山の首を跳ねた。
ペスはずっと茂みに向かって牙を剥き出しにしつづけた――。
- 129 名前:第二部 投稿日:2001年06月11日(月)00時05分55秒
- Chapter−1<サキヤマ町>
(ぜんぜん、わかんない……)
(ルート2って、2だったっけ……?)
(ぜんぜん、わかんない……)
(ヤバイ)(ヤバイ)(平方根……)
ひとみは今、数学の問題を必死に解いていた。テスト開始からすでに
20分が経過しているが、ほとんど白紙の状態であった。
あの事件以来、特にこれといった非日常的な事件は起こらなかった。
だからといって、テスト勉強をするというような事もなく、暇にかまけて
ダラダラした生活を過ごしていた。
ダラダラと過ごしていたが、以前のようにその退屈な日常に不満を抱
く事はなかった。矢口の残した「梨華ちゃんもリストに入った」という言
葉がずっと残っていたからである。
いずれ、明日香または別の人物が自分達の前に立ちはだかるのを、
ひとみは覚悟していた。それはいつになるのか、なんの能力も持たな
いひとみにはわからない。
ただ、何があっても梨華を守ろうという強い覚悟だけはあった。
今ダラダラしているのは、次の戦いに備えての束の間の休息なのだと、
ひとみは自分自身にもっともな理由をつけて、毎日を過ごしていた。
もちろん、中間テストの事などすっかり忘れていた。
その結果が、全30問中回答記入率わずか7問という数学のテストになっ
て現われた。
- 130 名前:第二部 投稿日:2001年06月11日(月)00時07分04秒
ひとみは、がっくりと肩を落として午後の町をぶらつく。
行き先は決まっていた。駅前にある梨華の勤めるフラワーショップ。
ほぼ毎日のように、顔を出していた。
だが、今日はその足取りも重い。
テストの出来のダメージはかなり大きい。いくら数学が苦手で、テスト勉
強を忘れていたとはいえ、7問しか答えられなかったのはショックだった。
しかも、それが正解しているのかも分からない。
(本当のバカだって、梨華ちゃんに分かっちゃうよ……)
(はぁ……)
できることなら、適当な理由をつけてさっさと家に帰ろうと思ったが、相手
の心を読める梨華の前では無駄な行為だった。
ひとみはできるだけ、テストのことは考えないようにしてフラワーショップ
「アップフロント」のドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
と、声をかけてきた梨華は、ちょうど接客中だった。
何かを話しかけようとした梨華だったが、
(いいよ。仕事してて)
と、ひとみが心の中で言葉を発したので、梨華はそのまま接客を続けた。
ひとみは、梨華の邪魔をしないように客を装って花を眺めた。
ここに通いだして、ひとみは今まで知らなかった花の事をたくさん覚えた。
正直、はじめの頃はあまり興味がなかったが、一生懸命花の良さをアピー
ルする梨華の熱弁に説き伏せられ、最近ではほんの少しガーデニングに
も興味を持ち始めてきた。
- 131 名前:第二部 投稿日:2001年06月11日(月)00時08分14秒
観葉植物を眺めている最中、ひとみの携帯電話が鳴った。
友人の少ないひとみにとって、携帯電話はただの緊急用の連絡道具で
あり、普段その着信音が鳴ることは滅多にない。
ひとみは、カバンから取りだしディスプレイを見た。
どうせ、家からだろうと思っていたひとみだったが、メモリダイヤルに登録
されていない、謎の電話番号がディスプレイに浮かんでいた。
(は? 誰?)
と、思いつつも電話にでる。
「もしもし」
聞こえてきたのは、ひとみも忘れかけていたあの人物からだった。
『あ、もしもし。ひとみちゃん? 私、石黒』
以前、麻美の事件の時に知り合った女性週刊誌のライターである。
「え? 石黒さん?」
『やだな、もう忘れたの? ちょっと、ショック』
「あ、いえ。覚えてますよ。でもなんで、電話番号」
『ハハぁ。企業秘密』
「……そうですか」
『あ、ウソ。家に電話したらね、弟くんが教えてくれて』
「……あの、バカ」
ひとみは、小さな声で呟いた。
『あのさ、急で悪いんだけど、今日空いてるかな?』
「え? 今日――、ですか?」
ひとみは、ちらりと店の奥の梨華を見た。ちょうど花を買った客につり銭を
渡しているところだった。
呼びかけようかと思ったが、忙しそうなのでやめる事にした。
『ねぇ、ひとみちゃん?』
「あ……、はい……。いいですよ」
『じゃあ、6時にこの前の喫茶店で。じゃあ』
「あ、ちょっと」
と、ひとみの返事も聞かずに電話はきられた。
「戻るの、メンドーなのに」
と、ブツブツ言いながら、ひとみは携帯をカバンの中にしまった。
「誰かと待ち合わせ?」
急に後ろから声がした。振りかえると、梨華がひとみの顔を覗きこむよう
にして立っていた。
いつの間にか客の姿もなく、店の中はひとみと梨華の2人っきりの空間
となっていた。
- 132 名前:第二部 投稿日:2001年06月11日(月)00時09分55秒
「あ、うん。ほら、前に麻美のお墓で会った」
「石黒……さん?」
「うん。なんか空いてるかって」
「ふーん」
梨華はそう言って、花の世話をはじめた。
(?)
(あれ?)
(梨華ちゃん)
ひとみは心の中で呼びかけた。
梨華は観葉植物の葉を丁寧にタオルで拭きながら、振りかえらずに
「なに」と答えた。
(怒った?)
梨華が振り向く。
「なんで?」
「え……、だって、なんか」
「別に、怒ってないよ。ただ……」
「ただ?」
「……」
梨華はうつむいたと思ったら、急にひとみに背を向け、また葉を拭きは
じめた。
「黙ってたら、わかんないよ……」
「ただ……、今日ね」
「うん」
「お給料の日だから、その……、一緒にご飯でもどうかなぁって」
梨華はそう言うと、振りかえってニッコリと笑った。
「でも、しょうがない。言ってなかったもんね」
「あ、じゃあ今から断る」
「あ、いい。そんな。石黒さん、大事な話があるかもしれないじゃない」
「ないよ、そんなの」
と、ひとみはバッグの中の携帯電話を探す。
「また今度でいいから。そうだ。明日、行こう。明日、私休みだから、学
校まで迎えにいく。ね、そうしよう」
「……うん。……わかった。そうする」
ひとみは、バッグの中からゆっくりと手をだした。
「明日もテストだよね? 何時頃、行ったらいいかな」
梨華が何気に口に出した”テスト”というフレーズが、ひとみの忘れてい
た記憶を呼び戻した。
(あ!)
と、思ってももう遅かった。数学のテストの点数が頭の中をグルグル回り、
それを梨華に読み取られてしまった。
ひとみは、がっくりと肩を落として赤面した。
- 133 名前:第二部 投稿日:2001年06月11日(月)00時11分18秒
ひとみはかなり、苛立っていた。
梨華との食事がつぶされただけでなく、呼び出した本人が待ち合わせ
時刻を20分過ぎても現われなかったからだ。
電話しようかとも思ったが、もう少しもう少しと先延ばしにしている間に、
さらに20分が経過した。
「もう、いいや」
と、ひとみは電話する気も失せ、そのまま黙って帰る事にした。
立ちあがって何気なく窓の外を見たとき、店のあるビルへと駆け込んで
くる石黒の姿が見えた。
「はぁ……」
ひとみは、軽いため息を吐くとまた椅子に腰を落とした。
「ごめん。待った?」
しばらくすると石黒の声が聞こえた。が、ひとみはチラリと目で挨拶した
だけで何も答えなかった。
「あ……、ごめん。ちょっと、急な取材が入って……」
「話ってなんですか?」
「うわ……、すごい怒ってる」
「怒ってませんよ」
ひとみは、窓の外へと視線を向けた。
「事件の続報、聞きたくない?」
「別に聞きたくないです」
「ホントに?」
「……話って、それですか?」
「最近、事件のこと調べてないそうね。諦めた?」
「もう済んだ事ですから」
「済んだ? 済んだってどう言うこと? まだ謎は解けてないわよ」
- 134 名前:第二部 投稿日:2001年06月11日(月)00時12分20秒
(まただ……)
ひとみはまた石黒の誘導尋問にひっかかったのを知った。
(なんなの、この人は)
石黒は、バッグの中から手帳を取りしテーブルから身を乗りだしてきた。
「ね、何が済んだか聞かせて」
「あの、もうちょっと下がってください。顔が前へ……」
「あ、ごめん。つい興奮して」
「済んだって言ったのは、私の中で納得したって事です」
「何を?」
「何を……って、麻美の事ですよ」
「どんな風に?」
「そんなこと調べてどうするんですか? そっとしといてくださいよ。もう、
いいじゃないですか」
ひとみは、強い口調で言った。
石黒は手帳に視線を落としたまま、ひとみに喋らせようと黙っている。
その様子を敏感に感じとったひとみは、もう何も言うまいと心に誓った。
「――人口1200人のサキヤマ町で、同じような事件が先週3件起こっ
た。――動機なき自殺よ」
石黒は手帳から顔を上げずに、ひとみにそう言った。
「……」
ひとみの背筋に、冷たいものが走る。
「それだけじゃないの。凶器を特定できない殺人事件が8件。もちろん、
犯人は不明」
「……だから」
ひとみは、ごくりと冷たくなったレモネードを飲んだ。
「今月上旬、中澤裕子と矢口真里に会ってたでしょう」
石黒は、まるで”言い訳できないわよ”とでも言いたげな視線を向けた。
「……」
「理由は聞かない。でも、その後に2人がどこに行ったか気にならない?」
「……」
しばらくひとみの目を見つめていた石黒は、おもむろにバッグの中から
地図を取りだした。
製本をコピーしたものでいつも持ち歩いているのだろう、かなりボロボロ
になっていた。
「この印を見て」
地図にはいくつかの、赤い丸がついていた。
「朝比奈町から、東へ伸びてますね」
「この赤いマル、なんだと思う?」
「……さぁ」
「動機なき自殺が起きた場所。たぶん、中澤裕子と矢口真里の逃走経路」
「……!」
石黒は、ひとみの動揺を見逃さなかった。
- 135 名前:第二部 投稿日:2001年06月11日(月)00時13分46秒
翌日の午後、ひとみと梨華は学園前で待ち合わせをしてそのままバスに
乗って市の外れにある博物館に向かった。
夕食までに少し時間があったので、それまで何をして時間をつぶそうかと
ひとみが考えるていると、梨華が突然博物館に行きたいと言ったのだ。
高山植物の写真展が開かれているらしく、今日がその最終日らしい。
ちょうど植物にも興味をもち始めてきたし、何より梨華がとても行きたがっ
ている様子なので、ひとみは快く「いいよ」と答えた。
館内はとても静かだった。
”高山植物の写真”というマニアックなジャンルのためなのか、それとも平
日の昼間なのかわからなかったが、ひとみが数えたところ館内には3人し
かいなかった。ひとみ、梨華、そして受付の女性。
つまり、客は2人しかいなかったのである。
「ねぇ、梨華ちゃん」
写真を見つめていた梨華が、「ん?」と振りかえる。
「あんまり静か過ぎるっていうのも、ちょっと緊張しない?」
梨華は、少し困ったような笑みを浮かべてまた写真に視線を戻した。
(そうだ……)
(梨華ちゃんには、この声も聞こえてるんだった……)
(たぶん)
(あの人の声も、聞こえてるんだろうな……)
ひとみは、退屈そうに机の下でマネキュアを塗っている受け付け嬢を見
つめた。
ひとみは、梨華の鑑賞の邪魔をしないように何も考えないようにした。
読まれてはいけない、昨日の石黒の件は意識の下の方に押し込んでいる
ので、さすがの梨華も触手を伸ばさなければ探ることはできない。
梨華は、聞こえてくる受付嬢の卑猥な妄想を無視して、高山植物の世界
に見入っていた。
- 136 名前:第二部 投稿日:2001年06月11日(月)00時15分11秒
高山植物の写真を気に入った梨華は、館内に備え付けてあった無料パン
フレットを何枚か持ちかえった。
ファミリーレストランで食事をしている最中も、いつもの梨華らしくない少し
興奮気味の口調で高山植物を実際に見てみたいと語った。
ひとみはその様子を見ながら、ずっとニヤけていた。
(梨華ちゃんって、花の事になるとすごいよく喋る)
(あ、でも)
(最初の頃は、すごい早口だった)
(アタシの話、全然聞いてなかったもんな)
ひとみは、駅の階段でパスケースを渡した頃を思い出し、思わずプッと声
を上げて笑ってしまった。
「だって、しょうがないじゃない」
と、梨華はしょぼんとした表情でひとみを見つめた。
「あの頃は、知られるのが嫌だったから」
「すごい早口だったよ、あの時の梨華ちゃん」
「だって、そうしないとひとみちゃん色んな事考えるでしょ?」
「どういうこと?」
「その……、いろいろ……」
「いろいろって?」
なぜか赤面している梨華を、ひとみはきょとんとした顔で覗きこんだ。
「その……、かわいいとか……、なんとか、考えてたし……」
梨華のその言葉に、今度はひとみの顔が赤くなった。
「ち、違うよ、あれはただホントにかわいいって思っただけで、べつにそん
なイヤらしい意味じゃないよ」
「そんなの、出会ったばかりなのにわからなかったから」
「そ、そうだけどさ。普通、そんな女の子どうしなのに考えないでしょ」
「たまにいるから、そんな風に考えてる人……。だから、ひとみちゃんも、
そうなのかなって……、ちょっと怖かったの」
「ち、違うってば」
ひとみは、わけもなくテーブルの上に置いてあった写真展のパンフレット
を手にとった。
「わかってる。すぐに違うと思ったから、あの後お店に招待したでしょ」
と、梨華は笑って答えた。――が、すぐにその笑顔は消えた。
パンフレットの裏面に目を通したひとみの心の声が、聞こえてきたからだっ
た。
(カメラマン)(和田薫)(サキヤマ町出身)
(サキヤマ)
(石黒さん)
(二人のいる場所)
(動機なき自殺)
(……!)
顔をあげたひとみが見たものは、何かを訊ねたそうにしている梨華だった。
「ね、ひとみちゃん。サキヤマ町って……?」
- 137 名前:第二部 投稿日:2001年06月11日(月)00時17分06秒
”サキヤマ町”という単語だけなら、何とか誤魔化すことができたのかも知
れない。
蝶の一種とでも、ひょっとしたら誤魔化せたかもしれない。
だが、ひとみは”サキヤマ町”と同時に、”石黒”、”動機なき自殺”という言
い逃れのできないものを、梨華のもとへと流してしまった。
「ね、ひとみちゃん」
訊ねる梨華の口調にも、真剣さが混ざる。
ひとみは、観念して重い口を開いた。昨夜の石黒との会話を、すべて梨華
に話して聞かせた。
「じゃあ、石黒さんは1人で行っちゃったの?」
「中澤先生と矢口先輩が犯人だと思ってるからね。スクープの立証をとるっ
て」
「危ない。何で止めなかったの」
「だって、相手は超能力者ですなんて言える? 信じてもらえる?」
「それは……」
「否定すれば今度はこっちが怪しまれる。そうすれば、あの人のことだから、
アタシの周りを嗅ぎまわって――、アタシの事はいいけど梨華ちゃんのこと
がバレるといけないと思ったから、止めることなんてできなかった」
ひとみは、テーブルに肘をつき頭を抱えた。
「ひとみちゃん……」
「だから、関わるの嫌だったんだ。なんか、嫌な予感がしてた」
「……」
「もうこの話は、やめよう」
「……うん。料理、冷めちゃうね」
その後、2人は重苦しい雰囲気の中、もくもくと食事をした。
駅までの道を歩きながらも、2人の会話はあまり弾まなかった。
それぞれが、石黒のことを考えていた。もっとも、ひとみの考えなど梨華に
は筒抜けなので、別々とは言いきれないが――。
人ごみを避けて歩いていた公園の真ん中で、梨華が急に立ち止まった。
ひとみも、ニ、三歩して立ち止まる。
遠くの喧騒を聞きながら、ひとみは何となく梨華が何を口にするのかわかっ
ていた。
「やっぱり、見捨てることできない」
ひとみの思った通りだった。
「言うと思った」
「……これ以上、犠牲者を……、悲しむ人を増やしたくない」
梨華の強い決意に、ひとみは反対する事ができなかった。
――ひとみの休息は、終わりを告げようとしていた。
- 138 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月11日(月)00時19分03秒
- 今回の更新は、これで終わりです。
- 139 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月11日(月)00時25分08秒
- >>127
○イト・ヘッドですか。深夜放送で見たような……(?)
- 140 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月11日(月)00時29分30秒
- きっかけは、もっと単純なものです。
- 141 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月11日(月)00時31分40秒
- ただ単に、”いしよし”ものを書きたかった。
でも、なんかちょっと違ったものを書きたかっただけです。
- 142 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月11日(月)00時32分58秒
- 違いすぎて、完全に浮いてますが……(^^;
- 143 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月11日(月)00時36分24秒
- それでも良いという人だけ、お読み下さい(^^;
- 144 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月11日(月)00時38分05秒
- それでは、今回はこの辺で。
- 145 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月11日(月)00時49分24秒
- >違いすぎて、完全に浮いてますが……
そんなことないですよ。
じつは、結構いろんなタイプが紛れ込んでたりして、
それを探すのも楽しいし引きつけられる作品も多いですよ。
- 146 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月11日(月)09時05分16秒
- 「あの、もうちょっと下がってください。顔が前へ……」
ここワラテシマタヨーーー!
違うから良いのだと我思う。
- 147 名前:第二部 投稿日:2001年06月11日(月)23時55分30秒
- Chapter−2<未知との遭遇>
ブロロロロロロロ〜・・・・・・・・・、ブスン・・・・・・・。
そんな情けない音を最後に、石黒彩の運転する車は山の中腹で止まっ
てしまった。
「ちょっと、やめてよ、こんなとこで」
必死に何度もセルを回すが、2度とエンジンがかかる事はなかった。
「最悪……」
石黒は運転席の中から辺りを見まわしたが、広がるのは闇ばかりで、
人工の明かりはどこにもない。
仕方なく石黒は電話で誰かを呼ぼうとしたが、電波が届かないため
使い物にならなかった。
「ちょっと、もう最悪」
石黒はふて腐れて、シートを倒した。
外に出て、エンジンルームを覗いてみようかとも思ったが、車のエンジ
ン構造などわかりっこないのですぐに却下した。
携帯電話も使えない。民家もここに来る数十分前に見た限り。車も通
りそうにない。
「寝よう」
考えついた結果がこれであった。石黒は高部座席に脱ぎ捨ててあった
薄手のジャケットをかけて眠った。
人を恐怖へと誘う闇。恐怖の感情をかきたてる闇。
しかし、彼女にとって闇はなんらその意味を持たなかった。闇に意識が
あれば拍子抜けした事だろう……。
ほんの数分歩けば、そこに建物がある。だが石黒がそれを知るのは、
翌日になってからのことである――。
闇はそちらで活躍しているようだった。
- 148 名前:第二部 投稿日:2001年06月11日(月)23時56分55秒
石黒の車が停止したその数キロ先に、森林組合の事務所があった。
事務所と言っても普段そこに人の姿はない。
伐採のある数日間の間に、麓に戻るのが億劫な作業員だけが泊まった
りする臨時宿泊施設のようなものである。
普段使われることのないその建物に、2日前からある少女が住みつい
ていた。
住みついていた――と、言うよりも山を越える途中にちょっとした崖から
転落し、足をくじいてしまい仕方なくそこに留まってるのである。
少女としては、一刻も早く山を降りたいのだが、足が痛くて動くことがで
きない。
幸いその建物の中には、救急箱もあり、寝具はもちろん、ちょっとした保
存食もあったので悪いとは思いつつもそこをしばらく寝床にし、足の回復
を待っているのだ。
少女は、辺りに神経を尖らせながら足のシップを取りかえていた。
木の葉が風でこすれる度に、少女はビクンと身体を奮わせた。
今日もまた、彼女はゆっくりと眠ることはできない。
自分自身でも、そう思っていた――。
- 149 名前:第二部 投稿日:2001年06月11日(月)23時58分57秒
「学校やご両親には、何て言ってきたの?」
車窓の流れる景色眺めているひとみに、むかいに座っている梨華が声
をかけた。
「ん?」
ひとみの目には、あきらかに梨華が遠足気分で、はしゃいでいるように
うつった。
「私ね、旅行に行くのなんて小学校の修学旅行以来なの。中学の時は、
風邪こじらせちゃって行けなかったの。だからね、なんかすっごいワクワ
クして。昨日なんて、ほとんど眠れなかった。あ、見てすごい」
外に広がる広大な田園風景。
(梨華ちゃんって、大物かも……)
(アタシ)
(胃が痛い……)
これからのことを考えると、胃がキリキリと痛むひとみであった。
「ひとみちゃん……」
ひとみが顔を向けると、梨華はうつむいていた。
嫌な予感がしたひとみは、静かに辺りを見まわした。田舎の単線電車。
車内にはあまり人はない。何が彼女を黙らせたのか、その原因は分か
らないが、何者かがいるのはあきらかだった。
「隣の車両の人……」
きっと通路側の梨華からは見えているのだろう。梨華はその人物に悟
られないよう、窓外を見ながら喋った。
- 150 名前:第二部 投稿日:2001年06月11日(月)23時59分51秒
ひとみは何気に梨華と場所をかわり、自然な動作で隣の車両を見た。
男がいた。
髪を短く刈り上げ、少しえらの張った線の細いスーツ姿の若い男がこ
ちらを凝視していた。
ひとみは男と目が合い慌ててそらしたが、男はずっと凝視し続けた。
「ケダモノ……」
梨華は、顔をしかめて呟いた。
「え?」
「何人もの女性に……、乱暴してる……」
「乱暴って……、レイ……」
ひとみはわざと語尾を消した。梨華がそれにうなずく。
「今も、頭の中で……、私たちの……」
ひとみは身震いして、男の視界に入らない場所に移動した。
「なんなの……、キモイ」
「サキヤマ町。そこで3日前にも」
「最悪。同じ場所じゃん。キモイ。キモイ」
「警察に訴えられそうだから、相手の女性を脅しに」
「……最低」
「――私たちのことも、狙ってる……」
梨華が、広げていた意識の網をといたようだった。
と、同時に連結部のドアがプシューッという音と共に開いた。
先ほどの男が、何気なくひとみたちの通路を挟んだとなりの席に座っ
た。
- 151 名前:第二部 投稿日:2001年06月12日(火)00時00分52秒
駅に降りたった2人は、その足ですぐに駅前で客待ちをしていたタクシー
に乗り込んだ。
そのまま歩いて移動していると、男に尾行されると危惧した梨華の提
案だった。
梨華の提案は功をそうし、男の尾行を振り切ることができた。
梨華は、男がタクシーを使わないことを読み取っていたのかもしれない。
タクシーの車内から、遠く小さくなる男の姿を見たときひとみはホッと胸
を撫でおろした。
「なんか、もう疲れたね」
ひとみの正直な気持ちだった。梨華は、「うん」とだけ小さく答えると、流
れゆく窓外の景色に目を移した。
海に面した人口12000人ほどの小さな漁師町サキヤマ町。
目立ったビルもなく、古い軒並みと山と海に囲まれた小さな町だった。
都会の風景を見なれたひとみと梨華にとっては、新鮮な感じがした。
それから10分後、宿泊の予約をしていた海沿いの民宿に2人はいた。
このすぐ近くで、3日前に老人の謎の他殺体が発見されたらしい。
つまり、この近くに中澤と矢口、そして石黒、そして”動機なき自殺”を
引き起こした福田明日香と、”凶器不明の殺人”を引き起こした仲間が
潜伏している可能性が最も高かった。
- 152 名前:第二部 投稿日:2001年06月12日(火)00時01分50秒
「さてと、まずどうしよっか」
ひとみはボストンバッグを部屋に置くと、畳の上にあぐらをかいて座っ
た。
梨華は、窓辺に立ち海を見つめながら中澤たちの意識を探っていた。
ひとみは黙って、その様子を眺めていた。
「この近くにはいないみたい」
「そう……。じゃあ、ちょっとその辺歩いてみる?」
「うん」
――2人は近くの港へと足を向けた。
梨華は意識の網を広げながら歩いたが、それらしい意識をキャッチす
ることはできないでいた。
梨華の中に、嫌な疑問が浮かんできた。
「ね、ひとみちゃん」
「ん? わっ、ちょっと梨華ちゃん見てあれ」
ひとみの指さす方向に、港前のすし屋があった。店先に客寄せのため
の大きな水槽が設置されており、その中に巨大な”クロアナゴ”がその
巨体をゆっくりと動かしながら泳いでいた。
「うわぁ……、何あれ」
と、梨華は顔をしかめながらひとみの後ろに隠れた。
「かっけー」
ひとみは目をランランに輝かせ、水槽に向かってかけていった。
「ちょっと、ひとみちゃん」
梨華は、嫌な疑問を言いそびれてしまった。
「わぁ、かっけー」
ひとみは、しばらく水槽の前から離れなかった。
- 153 名前:第二部 投稿日:2001年06月12日(火)00時03分15秒
石黒が目を覚ましたのは、もう昼もいい加減に過ぎた頃だった。
日々の睡眠不足は十分に補うことができたが、相変わらず車は壊れた
ままだった。
「ちっ、しょーがねぇな」
と、取材に必要な物を車のトランクから引っ張りだすと、ひっそりとした山
道を登っていった。
木漏れ日の下をのんびり歩いていると、山道のわきに突如として開けた
敷地が現われ、その向こうに立派とは言えないがそれなりに近代的なコ
ンクリートの建物が目に入った。
田舎の公民館を思わせるようなつくりである――。
「ラッキー。以外と早く見つかった」
石黒は、カメラバッグを抱えなおすと意気揚々と建物へと向かって歩いた。
建物の正面玄関は、どんなにノックしても開く事はなかった。
しかし、石黒は無人であるとは思っていない。なぜなら、玄関に到着する
までに、2階の窓に少女の後ろ姿を目撃したからである。
「あの〜、すみません。――あの〜」
開いていた横の通用口から、ひっそりと薄暗い建物の中に向かって声を
かけた。――が、やはり返事はない。
「あの〜、入りますよ。ちょっと、電話借りますね」
返事がないのだから仕方がないと、石黒は中へとは言っていった。
そこが森林組合の事務所だと知ったのは、事務所のドアを開けて壁にか
かったボードを見てから知った石黒だった。
「なんだ、誰もいないのか……」
けっきょく、さっき見た少女は見間違いだったとして、石黒は事務所にある
古い黒電話に手をかけた。
ジーコジーコとダイヤルが戻る音が、どこか哀愁を漂わせる。
あと、少しで目的の場所にダイヤルできるところで、突然2階からガタンと
いう何かを倒す音が聞こえた。
- 154 名前:第二部 投稿日:2001年06月12日(火)00時05分45秒
「え!? なに!?」
さすがの石黒もこの音には驚いて、思わず電話をきってしまった。
2階を見上げたが、それきりなんの音もしない。
(やっぱり2階に誰かいる)
そう確信した石黒は、ジャーナリスト魂とでもいうのだろうか、謎を謎のま
まにはできないらしく、気がつけば2階への階段を登っていた。
「あの〜、すみません。誰かいるんなら、出てきてもらえませんか?」
相手に出る気がないのは、これまでの対応で十分理解している石黒では
あったが、いちおう声をかけてみた。
が、やはりなんの返事もない。
石黒は、”仮眠室”とかかれたドアをゆっくりと開けた。音の発生源は構造
上、事務所の真上にあるこの部屋としか考えられない。
それと石黒が外から少女の後ろ姿を見たのも、この部屋である。
がらんとした部屋に、無造作に毛布と保存食の袋が散らばっている。
部屋の中には誰もいないが、確かにさっきまで誰かがいた雰囲気がする。
石黒は、部屋に備えられている押入れに視線を向けた。
さすがに、恐怖感が芽生えてきた。
不法な侵入者であるには違いないが、なんども声はかけた。が、相手は
なんの返事もしない。考えられるのは、相手もここの関係者ではないから
返事が出来ないという事である。
"オカルト"の類は根本から否定しているので、そこから芽生える恐怖は一
切なかった。
「あのね、開けるよ? いい?」
きっと、外から目撃した人物が男性ならば、石黒はもうその場を逃げ出し
ていただろう。いや、2階にも上らなかったはずだ。
だが、石黒は少女を目撃した。それも、小柄な少女。
そんな少女がどうしてこんな場所にいるのかが、彼女の魂に火を点けた
のかもしれない。
「開けるからね。せーの」
と、石黒は思いきってドアを開けた。――しかし、中には布団が詰まって
いるだけで少女の姿は見当たらない。
「?」
石黒は、きょとんとした顔でしばらく押入れの前で立っていた。確かに、
音はこの部屋からした。少女の姿を目撃したのもこの部屋。しかし、誰も
いない――。
――数秒後、石黒は目ざとく見つけた。押入れの天井の羽目板が、僅
かながらにずれていることを……。
- 155 名前:第二部 投稿日:2001年06月12日(火)00時07分01秒
「その話、もうちょっと詳しく教えてくれない?」
石黒は、手帳を取りだして目の前の少女に向かっていった。
「金髪の女性2人って言ったわよね」
少女は、周りに目を配らせながらうなずいた。
押入れの天井裏に潜んでいた少女は、発見された直後はひどく興奮状
態だったが、見つけられた相手が女性でしかもサキヤマとは関係ない人
物だと知って、今ではその興奮も少しではあるが落ちつきを取り戻してい
た。
「あなた、名前は?」
少女は、石黒をチラリと一瞥しそれからまたその子猫のような瞳を外へと
向けた。
「あ、私、石黒彩。東京でライターをやってんの。ついこの前までは、雑誌
社の専属だったんだけど、命令無視でクビになっちゃった。ま、早い話が
今はプータローってとこかな」
と、石黒は笑った。
その笑いに、少女の緊張はさらに解けたのか、
「安倍……、安倍なつみ」
と、自分の名前を口にした。
「安倍さん――。安倍なつみさんね」
石黒は、なつみに見つからないよう素早く手帳に名前を書き込んだ。
「で、さっきの金髪女性のことなんだけど。知り合い?」
「――知り合いじゃないべさ。だって、なっちはその日来たばかりなんだよ」
と、声を荒げていった。
「あ、ごめん。わかったから落ちついて」
「……」
なつみは、また窓の外へと視線を戻した。
「なつみちゃ――なっちは北海道出身?」
なつみは返事をする変わりに、こくりとうなずいた。
「ウソ。私も」
「え?」
と、なつみは石黒の方を振りかえった。
「私、札幌だけど。なっちは?」
「なっちは、室蘭の方」
「あ、行ったことあるよ。すごい、偶然だね。こんなところで道民同士会える
なんて、思ってもなかったべさ」
と、石黒はおどけて言ってみせた。
「うん」
なつみは、目をキラキラと輝かせて石黒を見上げている。よほど嬉しかった
のだろう。さっきまでの緊張感は、もうなくなっていた。
- 156 名前:第二部 投稿日:2001年06月12日(火)00時08分08秒
「北海道から親戚の叔母さんに会いに来たんだ。腰を悪くして入院して
てね、なっちにとってはお母さん変わりのような人だから、心配でお見舞
いに来たの」
「うん」
「でね、着いて駅からタクシーに乗ろうとしたら、金髪の女の人2人に声か
けられて、なっちてっきりお金でも取られるんじゃないかと思って震えてた
の」
「1人は小柄。1人は関西弁じゃなかった?」
「なんで、知ってるべさ」
「あ、うん。ちょっとね。――で?」
「でね、その関西弁の人が”朝比奈町に住む吉澤ひとみって子と石川梨華っ
ていう子を呼んできて”ってなっちに言ったんだ」
メモを取っていた、石黒の手が止まった。
(ひとみちゃん……?)
「そんなのいきなり言われてもね、なっちには全然関係ないっしょ? でも、
小柄な人が”会おうと思わなくても、絶対に会えるから”って。もう意味がわ
かんなくて、なっち怖くなって逃げたんだ」
(会おうと思わなくても会える……)
「でね、それからどれぐらいだろう……。病院から出てきたら」
(やっぱり、ひとみちゃん何か知ってる……)
「病院の前で、また2人が立っててね。もう、ホントなっちスゴイ怖くなって、
ダーって走ったの。したら、今度は別の女の子が現われてさ。”迎えに来た
よ”なんて言うの。ぜんぜん、知らないなっちより年下の子だよ」
(迎えに来た……?)
「したら、突然、金髪の小っちゃいのがね。”逃げろー!”って叫んだの。
したら、なっちの横を風みたいなのがビュンッて飛んで行ってね。その2人
の横の木を切り倒したの」
(この子……、狂ってる……?)
「なんかもう、なっちパニックになって思いっきり走って、気が付いたら、山の
中に逃げ込んでて――」
また、興奮してきたのかなつみは石黒が冷蔵庫から勝手に持ち出してきた
ウーロン茶をがぶ飲みした。
石黒は、いつの間にかメモをとるのを忘れてなつみの話に聞き入っていた。
朝比奈町から続く謎の事件。
その真相は、石黒の常識の範囲を大きく超えていた。もっとも、石黒がそれ
に気づくのはもっとずっと先のことである――。
- 157 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月12日(火)00時09分12秒
- 今回の更新は、これで終了です。
- 158 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月12日(火)00時11分11秒
- >>145
そう言っていただけると、気が楽になります。
メール欄でまたすぐ、元に戻りましたが(笑。
- 159 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月12日(火)00時12分15秒
- 石黒彩をちょっとしたキーパーソン的に出している時点で、
現在の主流とは大きくかけ離れてる(^^;
- 160 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月12日(火)00時14分26秒
- 知らない人も、いるんだろうなぁ。
- 161 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月12日(火)00時17分00秒
- >>146
知ってる人、いました(笑。
そんな感じで、わかる人だけにわかるメンバーの
セリフ等をちょこちょこ入れてます。
- 162 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月12日(火)00時18分17秒
- 気づいたら、ニヤリとして下さい(^^;
- 163 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月12日(火)00時19分55秒
- それでは、今回はこの辺で。
- 164 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月12日(火)01時27分16秒
- どきどきする展開ですね。
毎日楽しみにしてます。
- 165 名前:第二部 投稿日:2001年06月12日(火)23時49分47秒
- Chapter3−<再会>
2人がどのような理由でこの小さな町にやって来たのかは分からない。
だが男にとってそんな事は、どうでもよかった。
駅前のロータリーでタクシーに乗り込む二人を見たとき、一瞬逃げられ
たと思ったが、小さな田舎町で泊まるところなどはしれているまた後で
旅館を探し出せばいいやと考えなおした。2人が手にしていたカバンは、
旅行カバン以外の何物でもなかったからである――。
男はその足で、すぐ側にある飲み屋街の裏路地へと入っていった。
この先にあるスナックの2階で、男は3日前に1人の若い女性をレイプ
した。
営業先の地で、女をレイプするのが男のもう1つの仕事であった。もち
ろん、報酬は女の身体である。本職の教材販売の営業が上手くいか
なかった時ほど、副業の方を確実にこなすことにしていた。
その日もそうであった。教材の方はちっとも売れずに、ムシャクシャし
たまま、たまたま通りかかった女の後を尾行して、そしてレイプした。
素性などはまったくもってどうでもよく、ただ好みの顔が歪み、陵辱さ
れる姿を男は楽しむだけだった。
たいていの女は、行為の後ぐったりとしているかその後に続く恐怖を
想像して震えているだけだった。
- 166 名前:第二部 投稿日:2001年06月12日(火)23時51分48秒
だが、スナックの女は、スボンのチャックを上げ玄関を出ていこうとし
た男の背に向かってこう言い放った。
「訴えてやる!」
男は、お笑いタレントのフレーズを思いだし笑いそうになったが、その
まま特に振りかえりもせず部屋を後にした。
それから数日間、男は元の町で静かに暮らしていた。だが、急にあ
の女の職業を思いだし不安になった。
そして、自分に向かって言い放ったあの怒気を帯びた声を思い出し
て、怒りが込み上げてきた。
男は有給をとり、もう1度女の元へと向かった。その途中の電車で
出会った少女2人。男にとっての思わぬところから転がり込んできた
大きな商談だった。
けっきょく、スナックの女はもう1度男が訪れたことに恐怖し、泣きな
がら「訴えたりしませんから、殺さないで」と哀願した。
男は、ニヤリと笑って女をもう1度レイプした。自分に不安材料を与え
た相手に対し、男は容赦なく責めつづけた。
女はもうきっと子供を生めない身体になったであろうが、男にとっては
どうでもいいことであった。
男はまた3日前のように玄関を出ると、日も暮れかけた夕暮れの空を
見上げ、少女二人が宿泊している旅館を探すことにした。
- 167 名前:第二部 投稿日:2001年06月12日(火)23時54分20秒
『お客様のおかけになった電話番号は、現在電源を――』
ひとみは、携帯の向こうから聞こえてくるアナウンスをもう何度も聞いて
いた。
昨夜から石黒の携帯にかけているが、ずっと繋がらない。ひとみの不安
は増すばかりであった。
――梨華は夕食を終えて、内風呂に入っている。
ひとみは携帯を枕もとに置くと、布団の上に大の字になって寝転がった。
(石黒さん……、大丈夫かな……)
(先生、矢口さん)
(もうすでに……)
ひとみは、慌てて何も考えないようにした。そこへ、風呂上りの梨華がタ
オルで髪を拭きながらやって来た。
「お風呂、空いたよ」
「あ、うん」
と、ひとみは身体を起こした。バッグの中から下着を取りだす。
「ホントに、ここにいるのかなぁ」
梨華の呟きが聞こえてきた。
「――なんで?」
「誰の意識も、感じないの」
「だってまだ、来たばかりだよ。小さいって言っても、一応は町なんだから。
そんなすぐ見つかるわけないよ」
「そうだけど……」
と、言った梨華の表情がハッとなった。
「梨華ちゃん?」
梨華は目を閉じ、力に集中している。ひとみは、とっさに身構えた。
近くに武器になるものがないか探したが、残念ながら何もそれらしい物は
見つからなかった。
「ね、梨華ちゃん、どうしたの?」
「来たの……」
梨華は目を閉じたまま、ひとみの声に答える。
「来たって誰が?」
「昼間の男の人」
「……アイツが?」
ひとみは昼間電車内で出会った薄気味の悪いレイプ犯の目を思いだし、
軽い吐き気を覚えた。
- 168 名前:第二部 投稿日:2001年06月12日(火)23時55分29秒
「うっ」
梨華は、先ほど食べた夕食を吐き出しそうになった。
「梨華ちゃん!」
慌てて駆けより、背中をさするひとみ。
梨華の目には涙が滲んでいた。
「何であんなひどいことができるの……」
梨華は泣きそうになりながら、ひとみに訴えかけた。
「人間じゃないよ……」
「何があったの!」
梨華はひとみに、男の心の中のことをすべて話した。電車内ではひと
みの受けるショックを考慮して黙っていたが、そこで男は何を考え、そ
して今何をしてき、これから何をするつもりなのかを洗いざらい喋った。
ひとみに恐怖の感情は消えた。
ただひたすら、卑劣で異常な男にたいする嫌悪感と殺意だけが芽生
えてきた。
「ね、ひとみちゃん、逃げよう。今まだロビーだから間に合う。ね、逃げ
よう」
「ダメ。逃げても追ってくる。それに」
(そんなの野放しにしてたら、ダメだ)
(戦って、梨華ちゃん)
ひとみは、福田明日香と対決した梨華を思い出していた。
梨華は、戸惑った表情を浮かべた。
(そんなヤツ、このままにしてたら)
「でも、相手は普通の人だよ。そんな事したら、あの人と同じになる」
梨華が泣きそうになって叫ぶ。
――ひとみは、自分の愚かさを呪った。
- 169 名前:第二部 投稿日:2001年06月12日(火)23時56分22秒
(そうだ……)
(梨華ちゃんは……)
(普通の人に、そんなこと……)
(何でアタシ……)
脳に集中していた血流が、スッと覚めていくのをひとみは感じていた。
「ひとみちゃん、逃げよう。ね。お願いだから、私、怖い」
「――うん」
ひとみは、素早く荷物をバッグに詰めはじめた。梨華も浴衣姿のまま、
逃げる準備をはじめている。
「ダメ。すぐそこまで来てる」
「いいから、早く荷物まとめて!」
ひとみは、その足で窓の外を見下ろした。いくら2階とはいえ、地面ま
では3メートルほどの高さがある。
地面にクッションになるようなものは何もない。靴は1階のロビーの靴
箱にあるので、素足で剥き出しのコンクリートに着地しなければならな
い。その衝撃は、いくら数学の苦手なひとみにも経験で計算できた。
(どうしよう!)
(どうしよう!)
(どうしよう!)
ひとみは身を翻すと、すばやく隣の部屋から布団を抱えてきた。
そしてそれを、窓の外に落とした。
「梨華ちゃん、先に私が下りる」
そう言うと、ひとみは窓からぶら下がった。ぶら下がった自分の身長の
分だけ、地面までの距離を縮め衝撃を少なくしようとした。
本能的に割り出した計算。それが功をそうし、ひとみはなんの怪我も
なく、地面に降り立つことができた。
「さ、梨華ちゃん」
ひとみは小さな声で、窓際の梨華を見上げる。
「できない〜……」
梨華は口をへの字にして、今にも泣きそうになっている。
「大丈夫。さぁ」
大きく両手を広げるひとみ。
- 170 名前:第二部 投稿日:2001年06月12日(火)23時57分48秒
コンコン。部屋の入り口の引き戸をノックする音が聞こえた。
男の意識が、梨華の頭に響く。
(出る)
(殴る)(2人)
(2人とも)
(布団)(窒息)
(まず、笑顔)(安心させ)
男の計画が、梨華の背筋を凍らせた。
「梨華ちゃん、早く!」
梨華はひとみを信じて、目をつぶって飛び降りた。
ひとみの胸に飛び込んだ衝撃。ひとみは梨華を抱えたまま、後ろの
布団に倒れ込んだ。
しばらく、ひとみは痛みで起きあがれなかった。
「ひとみちゃん、大丈夫!」
あいかわらず、泣きそうな顔で梨華が覗きこむ。
「……ハハ。まさか、飛び込んでくるとは思わなかった」
「え?」
「いや、同じようにしてそんで下で受け止めようとしてたから」
梨華は、ハッとした。
「ごめん……。私……」
「いいって。梨華ちゃん軽いから。それより、怪我は?」
梨華は、泣いてひとみの胸に飛び込んだ。なぜそうしたのか自分で
も分からない。ただ、ひとみの胸に飛び込みたかった。
「ちょ、ちょっと梨華ちゃん」
戸惑うひとみだったが、泣き続ける梨華を抱えおこす。
「泣くのはあとでいいから、早く逃げよう」
ぐずる梨華の手をとって、ひとみは夜の海岸線沿いを走った。
2人とも裸足だったが、コンクリートの地面は心地よくさえあった。
男が引き戸の鍵を壊して中に入ってみると、そこはもぬけの殻だった。
男は開け放たれたままの窓を見つめた。
ねっとりとした海からの風が、部屋の中に充満していた。
窓際に立ち、遠く走り去って行く二つの影を見て男はにやりと笑った。
- 171 名前:第二部 投稿日:2001年06月12日(火)23時58分35秒
翌朝。ひとみは、いつもと同じ時間に目が覚めた。
旅館から逃げ出したあと、2人は人目につかない場所にある神社の
お堂の中で一晩を明かした。
怖いと言っていた梨華も、まだひとみに寄り添うようにして眠っている。
ひとみは、顔だけを梨華に向けた。
夢でも見ているのだろうか、まぶたの動きに連動して長いまつげがピ
クピクと動いている。
それを見て、ひとみはクスッと笑った。一瞬、梨華の身体がビクンとなっ
たが、規則的な呼吸は続いていた。
ひとみは、天井に視線を向けた。そして、昨夜自分が言った言葉を思い
出していた。
《戦って、梨華ちゃん》
(当たり前に思ってた。力があれば、それを使う。相手は異常な変質者。
でも梨華ちゃんは、あの福田明日香にも勝ったんだから、余裕で勝てる
と思ってた)
(でも、そうじゃなかったんだよね……。梨華ちゃんは、本当は力なん
て使いたくないんだ。あの時は、アイツも同じ力をもってたから……。
同じ力を持ってて、それを使ったらどういうことになるのかわかってる
のに、それで人の命を奪うアイツが許せなかったんだ。)
(力なんて、本当は使いたくないんだよね……)
ひとみは視線を戻し、梨華の寝顔を見つめた。
- 172 名前:第二部 投稿日:2001年06月12日(火)23時59分43秒
(みんなの色んな嫌なところ見てるはずなのに……)
(なんで、こんなに優しいんだろう……)
(私に力があったら……)
(もっと楽に、梨華ちゃんを守ってあげられるのに)
ひとみは、優しく梨華の頬を撫でた。
(ごめんね、いろいろ迷惑かけて)
ひとみが心の中でそう呟いたあと、梨華の目がゆっくりと開いた。
「あ、ごめん……、起こしちゃった?」
「……ううん」
「……聞こえた?」
梨華は、目を伏せて返事をした。
「そっか」
「私、迷惑なんて1度も思ったことないよ」
ひとみの手を握り、微笑みかける梨華。
「逆に私のほうが、いっつも迷惑かけてる」
「そんなことないよ。いっつも助けてもらってるのはアタシだし」
ひとみは、慌てて上半身を起こす。
きょとんと見上げる梨華。そして、クスッと笑う。
「昨日の、ひとみちゃんカッコよかったよ。王子様みたいだった」
と、梨華は昨日のひとみを真似て、両手を大きく広げる。
「どうせ、男みたいですっ」
と、ひとみは顔を赤くしながら反論した。
「じゃあ、お姫様。どうか、ボクのところへ」
梨華がふざけてひとみをその細い腕に包み込んだ。
「ちょっと、やめてよ」
2人の笑い声は、しばらくお堂の中に響いていた――。
- 173 名前:第二部 投稿日:2001年06月13日(水)00時01分02秒
未来の見える矢口真里。その能力は、微々たるものである。
自分の能力なら、一瞬で操ることができる――と、福田明日香には絶
対の自信があった。
しかし、厄介なのはいつもその矢口真里に付き添っている中澤裕子の
存在だった。
どういうわけか、中澤が瞑想を始めると側にいる矢口真里の意識下に
潜りこむことができないでいた。
(あいつさえ、いなければ……)
これまでの数度の遭遇で、明日香は2人に何も手が出せないでいた。
それが彼女にとって、屈辱以外のなにものでもない。
つい1年ほど前まで、自分はこの世の中で絶対的な存在だと明日香は
信じ込んでいた。
しかし、その自信は様々な能力者に出会うことで脆くも崩れそうになっ
ていた。
明日香が所属している企業のスカウトマンは、全員が何かしらの能力を
持っている。個人個人の力は絶対的なものではないが、スカウトマン達
は互いにない能力を補うパートナーと行動する事で”絶対的”に近い存在
になっている。
そんな事を知らない明日香は、1年前にスカウトマンに声をかけられた時、
無謀にも戦いをしかけそして無残に負けた。
- 174 名前:第二部 投稿日:2001年06月13日(水)00時02分34秒
その後、自分もスカウトマンとなったが、パートナーを持たずに一人で行
動をした。様々な障壁に立ち向かい、自分の能力を極めるためである。
そして、いつか企業を社会を崩壊させようと目論んでいた――。
だが、それにも限界を感じはじめていた。
そのきっかけを与えたのが、”矢口真里と中澤裕子”である。
知ってか知らずか、この2人も互いにない能力を補っている。
未来の見える矢口がいることにより、あらかじめ予防線を張れる中澤裕子。
2人は共にいることで、危険のない確定された未来を進んでいる。
そんな2人の前では、明日香がいくら戦いを挑んでもまったく相手になら
ない。
(仕方ない……)
どうせ、崩れかけたプライドだと、明日香は企業にパートナーを紹介してく
れるように申し込んだ。
ただし、もうパートナーを組んでいる相手からのレンタルはいらないと付け
加えた。新人で、自分の支配下における人物が欲しかった。
「で、今までどこ行ってたわけ?」
明日香は隣で、アイスクリームを食べているパートナーに訊ねた。
企業が派遣した明日香のパートナー、松浦亜弥はニコッと笑って「ちょっ
とお買い物です」と答えた。
明日香の苛立ちは、道路の反対側を歩く主婦に向けられた。
主婦は突然身を固くしたかと思うと、通りすぎる若い女性を殴りつけた。
主婦の意識下にあった”若さへの嫉妬”を明日香は、意識の上にあげた
のである――。
- 175 名前:第二部 投稿日:2001年06月13日(水)00時03分47秒
3回目のリダイヤル後、やっと石黒への電話が繋がった。
ひとみは思わず梨華に、「繋がった!」と声をかけた。
しばらくして、石黒本人の声が聞こえてひとみはホッと安心した。
「あ、もしもし、石黒さ――」
『ひとみちゃん!?』
石黒の声が、驚きを表している。
「はい、そうですけど……」
(何で、こんなにびっくりするの?)
となりで梨華が心配そうにしている。
『今、どこ!!』
「え? どこって……」
『朝比奈? それともサキヤマ?』
「……サキヤマです」
『よかった……。サキヤマだって』
石黒は、側にいる誰かに話しかけているようだった。
「あの、それより石黒さん」
『近くにある目印教えて』
「は?」
『すぐに迎えに行くから、早く!』
(迎えに来るって……。どうする梨華ちゃん?)
梨華は、少し困ったような表情をすると一方向を指さした。
その先には、”海響館”というこの町には似つかわしくない大きな近代的
な水族館があった。
- 176 名前:第二部 投稿日:2001年06月13日(水)00時05分41秒
時間は少し遡る――。
ひとみからの電話がかかってくる約20分前、石黒となつみはサキヤマ
町へと向けて車を走らせていた。
なつみと初めて出会った日、山を挟んだ隣町の修理業者に電話をして
修理のために車を預けた。その車が、帰ってきたのが約1時間前。
車に乗り、40分かけてサキヤマ町までやって来ていた。
なつみが矢口と中澤に初めて出会った駅前を車で軽く流してみたが、
それらしい人物はどこにもいなかった。
次に、なつみの叔母が入院しているという病院に向かった。
たしかに、なつみの証言通り、木が1本だけ不自然な形で切断されて
いた。
石黒となつみは、車を下りてその木のもとへと向かった。
「なんだべ? これ」
なつみは木の切り口を見て、声を上げた。
石黒もその不自然な切り口に気づいた。
チェーンソウや斧で切った木は、その切り口の端に多少なりともギザギ
ザな痕を残す。
だが、その木の切り口にはそのような後もなく、まるで大理石のように
ツルツルとしていた。
- 177 名前:第二部 投稿日:2001年06月13日(水)00時06分50秒
「……」
石黒は、謎の殺人事件を思い出した。遺体はすべて鋭利な刃物のよう
なもので切断されていると警察はメディアに対して発表していたが、石
黒が裏から仕入れた情報では遺体の切断に用いた凶器は薄さ0.3ミ
リで長さは2メートル程度となっていた。
(0.3ミリで2メートル……)
(刀?)
(そんな刀なんて、あんの……?)
(もし仮にあったとしても……、この木をきれるほどの強度はありえない)
石黒の頭の中に、”オカルト現象”というフレーズがよぎった。
だが石黒は、それを必死で否定した。
「仮にもマスメディアに関わってるの。そんな物で簡単に片付けるわけ
にはいかない」
と、小さく呟いた。
「ん? なんか、言った?」
「ううん。行こう」
彩となつみは、車に戻ろうとした。
声が聞こえたのは、その時だった。
「もう、待ちましたよ」
なつみは、その声に聞き覚えがあった。
- 178 名前:第二部 投稿日:2001年06月13日(水)00時08分06秒
町の活性振興を祈って建設された”海響館”――。
だが、その願いも虚しく水族館一つにわざわざ旅行者が訪れるわけも
なく、中は閑散としたものだった。
しかし、ひとみと梨華には好都合だった。静かで、何よりも梨華に余計
な意識が流れないのをひとみは喜んでいた。
2人は石黒たちが到着する間、ひっそりと静まり返った青の空間を満
喫することにした。
「あ、見て見て。ひとみちゃんの好きな、ヘビみたいなのいるよ」
梨華が子供のようにはしゃぎ声を上げる。
「別に、好きってほどの――。うわ、でっけー!!」
「ね、あっち行こう。あっち」
2人は自然と腕を組みながら、広い館内をあちこち見て回った。
どのくらいそうしてたのだろう。梨華は、油断していた。
すぐ近くに来ている石黒と誰かもう1人の意識を感じた時、そのすぐ後
ろからやってくるあの強烈な意識を読みとり、自分達のいる町と目的が
なんであったのかを思い出した。
「梨華ちゃん、あれ見て」
ひとみが指さす方向に、きらびやかな熱帯魚が群れをなして泳いでいた。
しかし、梨華の目には何も写っていなかった。
数分後に訪れるであろう、戦いに備えて身を固くする梨華であった――。
- 179 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月13日(水)00時09分24秒
- 今回の更新は、これで終了です。
- 180 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月13日(水)00時11分04秒
- >>164
ストックがあるので定期的な更新は、もう少し
できそうです。
- 181 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月13日(水)00時12分25秒
- でも、それももうヤバイです(苦笑。
- 182 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月13日(水)00時13分56秒
- なるべく、最後まで定期的にUPできる
ように努力します。
- 183 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月13日(水)00時14分58秒
- ◆
あらためて、この自作無駄打ちレスの説明をします。
1レスの投稿量が多く、他の作品にご迷惑がかかるので
こうして更新終了と共に自分でレスして更新分を消して
います。
- 184 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月13日(水)00時16分11秒
- ◆
このスレだけを読み込んでいる方には、鬱陶しい限り
でしょうが何卒ご了承下さい。
次回からは、無駄話はしないようにします。
- 185 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月13日(水)00時17分10秒
- それでは、今回はこの辺で。
- 186 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月13日(水)00時55分54秒
- まいった、面白いです。
- 187 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月13日(水)05時18分43秒
- 危険にオプションがついてる〜
- 188 名前:第二部 投稿日:2001年06月13日(水)23時46分26秒
- Chapter−4<覚醒>
ひとみが駆け込んでくる石黒と1人の少女に気づいたのは、梨華の異変
に気づいた数分後のことだった。
梨華を隠すように水族館の奥へと導いていると、不意に横の通路から石
黒となつみがヨロヨロと駆け込んできた。
「ひとみちゃん……!」
石黒の身体は、赤い鮮血で彩られていた。
「どうしたんですか!」
ひとみは、梨華をつれて石黒に駆けよった。
石黒を支えている少女も、同じように全身キズだらけだった。
ひとみはすばやく状況を把握した。
身を固くしている梨華。キズだらけの石黒と少女。これで何も起こらないと
思うほど、ひとみは単純ではなかった。
「なっち……、この2人があなたが会うべき人」
ひとみと梨華は顔を見合わせる。
(知ってる?)
ひとみの心の問いかけに、梨華は小さく首を振った。
「吉澤ひとみちゃんと……、石川梨華さん……だよね? 前に霊園で」
梨華はもう石黒を見ることはなかったが、「ハイ」と一言だけ返事をした。
「この子は、安倍なつみちゃん……。中澤と矢口が、あなたたちに会うっ
て予言……。うっ……」
石黒は、その場に崩れ落ちた。
- 189 名前:第二部 投稿日:2001年06月13日(水)23時48分20秒
「石黒さん!」
「彩っぺ!」
石黒は、気を失った。腹部からの出血がひどく、ここまで気力で持ちこ
たえていたらしい。このままでは、命に関わる危険性すらあった。
「ひとみちゃん、石黒さんを連れてそっちの通路から逃げて!」
梨華が、一方向を凝視しながら、別方向を指さす。
「でも、梨華ちゃん」
「大丈夫だから、早く!」
「わかった。すぐ戻ってくるから」
ひとみは石黒を抱え起こすと、梨華が指した通路をすすんだ。
「安倍さんも、早く行ってください」
「な、なんで、梨華ちゃんは逃げないのさ。一緒に」
「早く! もうそこまで来てる!」
「アイツ等は、普通の人間じゃないんだよ。逃げよう」
梨華が落胆の表情を浮かべると、丸くカーブを描いた水槽の
向こうに2つの影が現われた。
「やっぱり、そうだった」
「福田さん、知ってるんですか?」
「ちょっとね」
2人の声が聞こえ、そしてゆっくりとその声の正体が姿を現した。
- 190 名前:第二部 投稿日:2001年06月13日(水)23時49分11秒
「久しぶり。石川さん」
明日香は、ニコッと微笑んだ。
隣にいる亜弥は、不思議そうな顔をしてぺこっと頭を下げた。
「やっぱり、アナタだったのね」
「何が?」
「とぼけないで、この町で起きてる事件よ」
明日香はフッと笑っただけで、何も答えなかった。
それはそのまま肯定を意味する表現のようでもあった。
なつみは、梨華の後ろに隠れてオロオロとしている。
なつみの恐怖が伝染し、梨華の意識が散漫になる。
「安倍さん……。失礼ですけど、触れないでもらえますか?」
「え?」
「すみません。お願いします」
なつみは、梨華からほんの少し離れた。が、体は相変わらず、梨華を盾
にしたままだった。
「安倍さん、いい加減にして下さいよ。でないと、ホントに怒りますよ」
亜弥は、腕を組んでプッと頬を膨らませた。
「な、なして!? なっちは、なんも関係ないっしょ」
亜弥にジロッと睨まれたなつみは、短い悲鳴を上げて梨華の後ろに隠
れた。
「安倍さんを、どうする気!」
梨華は、明日香に向かって言った。
「私は、別に興味ない。この子に聞いて」
- 191 名前:第二部 投稿日:2001年06月13日(水)23時50分10秒
梨華は、亜弥に触手を伸ばした。しかし、亜弥の意識は明日香の触手
によりガードされている。
明日香は笑った。
「そんな、簡単なミスするわけない。ちゃんと言葉で言ったら?」
「……安倍さんをどうする気」
亜弥は答えていいかどうかの、指示を仰いでいる様子だった。
明日香が、「いいよ」と梨華の目を見据えたまま言う。
「簡単に説明すると、連れて返っちゃうってことです」
なつみが、その言葉を聞いてガタガタと震えた。
「なんで、なっちが狙われなきゃなんないの。なんも悪いこと、してないっ
しょ……。もう、やだぁ」
「私の仕事は、矢口のスカウトだから」
明日香は、梨華から瞳をそらすと水槽へと歩みよった。
「その矢口さんに、何度も逃げられてますけどね」
亜弥は、イタズラっ子のように笑った。
「……早く終わらせて、次の仕事に向かうわよ」
「は〜い」
「り、梨華ちゃん……」
助けを求められた梨華だが、正直勝てる見込みはなかった。意識の下に
入り込めない以上、どうすることもできない。
- 192 名前:第二部 投稿日:2001年06月13日(水)23時52分03秒
「に、逃げてください」
そう、口にした瞬間、梨華の頬にうっすらと一筋の傷が走った。
「……!」
ハッとして亜弥を見ると、亜弥は口元を押さえて笑っていた。
「亜弥っ」
「ごめんなさい。だって、逃げようとしたから」
「……石川さんも、傷つきたくないなら大人しくその人を渡して」
「アナタたち、いったいなんなの!? なんで、こんな事ばかりしてるのよ!!
こんな事していったいなんの得があるの!!」
梨華の声が、静かな館内に響きわたる。その瞬間、また左腕に激痛が
走る。
「いいから早く渡して下さい。こっちだって忙しいんです」
苛立ちを隠せない亜弥が、そう言い放つ。
「わかったよっ。わかったからもう、誰も傷つけないで。そっちに行くから」
「ダメですよ、安倍さん」
「だって、こんなことしてたら梨華ちゃんが」
「私は大丈夫ですから、早く逃げてください」
「大丈夫じゃないよ。血が出てるじゃない」
なつみは目に涙を浮かべて、持っていたハンカチで梨華の左腕の傷口
を縛ろうとした。
梨華は自分の腕を縛るなつみを、ジッと見つめていた。
あの2人はいったいなぜ、なつみを連れ去ろうとしているのかを必死に
考えた。ひょっとしたら、なつみ自信も能力者なのかもしれないと、意識
の触手を伸ばしてみたがなつみはそれらしい事を考えている様子はな
かった。
(じゃあ、なんで……)
- 193 名前:第二部 投稿日:2001年06月13日(水)23時52分57秒
気を失った石黒を”海響館”の外に連れ出したひとみは、近くにいた人に
救急車の手配を頼むとその足でまた館内へ戻ろうとした。
出てくる時には気づかなかったが、”従業員専用口”と書かれたドアの目
線の高さに、1枚の張り紙がしてあった。
【よっすい〜〜〜〜〜へ。
何も考えずに、向かいの道路まで来て】
と、その張り紙には書かれていた。
(よっすぃ〜って……)
ひとみはそこで、張り紙に書かれているように思考を停止した。
正確には停止ではない、他のどうでもいいことを考えたのである。
ひとみは、ドアノブをはなすと”海響館”の正面へと駆け出した。
”海響館”から数百メートル離れた所に、見覚えのある青いスポーツカー
がエンジンをかけたまま止まっていた。
ひとみが駆け寄ると、助手席のドアが開いて矢口が飛び出してきた。
「よっすぃ〜〜〜、久しぶり〜〜〜」
矢口はその小さな体を精一杯伸ばして、ひとみの肩に抱きついてきた。
「な!? ちょ、矢口さん、やめて下さい!!」
「会いたかったよ〜〜」
と、ピョンピョン跳ねながらキスをしようとした。
「ちょ、ちょっと!!」
必死で顔をそらして抵抗するひとみ。
「もう〜、矢口。そんなんしてる時間ないで」
と、運転席から中澤が下りてくる。
「だって、チューしたいんだもん」
「そんなん、あとで裕ちゃんがなんぼでもしたる」
「いらないよ、そんなん」
(なんなんだ、この2人……)
(こんなときに……)
「何か知ってるんだったら、早く教えて下さい! 梨華ちゃんが、梨華ちゃ
んが危ないんです」
ひとみは、矢口を引き離しながらそう言ってのけた。
- 194 名前:第二部 投稿日:2001年06月13日(水)23時58分11秒
「チェっ。冷たいなぁ。でもま、そこがいいんだよね」
「久しぶりやな、元気か?」
「挨拶なんていいですから、早く。何か知ってるんでしょ。教えて下さい」
「そんなに焦らんでもエエやないの」
「焦りたくもなりますよ!! あの中に福田明日香ともう1人いるんですよ」
「わかってるって。アンタこそ、この前のこと忘れたんか?」
「未来は変わらないんでしょ」
「そや。これもその1つや」
「……でも」
「いいか、よっさん」
「よっさんなんて呼ばないで下さい。オッサンみたいじゃないですか!」
キャハハハハと、矢口が笑った。
「アンタはもう1回、あの中に戻ることになる」
「じゃあ、早く行きましょうよ」
「ウチラは行かへん」
「何でですか。矢口さんがいない場所じゃないと、未来は見えないんで
しょう」
それを聞いた矢口が、胸を張るようにして言った。
「3時間後から3日ぐらい先まで見えるようになったんだ。スゴイでしょ」
ひとみには何がスゴイのかよくわからない、それよりも早く知りたかった。
「難しい話はいいですから、助かる方法を教えて下さい!!」
無視された矢口は、チェっと呟くとすねた子供のように地面を蹴った。
「命に関わるかも知れんけど、それでもいいか?」
中澤は真剣な目をして、ひとみに問いかけた。
「あのね……。5日先まで見えるようになったんだけど、その替わり見え
ない部分が多くなっちゃって……。この後の事がよく見えないの」
と、矢口が顔を伏せて言った。
遠くから、救急車のサイレンが聞こえてきた。
さえぎるものが何もない田舎の道路では、救急車のサイレンの音は騒
音にも近いほどだった。
ひとみがうなずくと、中澤はひとみに耳打ちをした。
――そして、ひとみは”海響館”へと向かって走りだした。
- 195 名前:第二部 投稿日:2001年06月14日(木)00時00分19秒
梨華の触手は、なつみの意識下にもぐりこんだ。
明日香が目の前にいるのに、それはひどく危険な行為だったが、それで
も梨華はこの危機的状況を回避しようと潜りこんだ。
最下層近くに下りても、それらしい兆候は何もない。
だが、なつみには何かしらの能力があるはずだと睨んだ梨華は、なつみ
の精神を破壊する恐れもあったが思いきって、なつみの意識の最下層へ
と触手を伸ばした。
(なに、これ……)
最下層の梨華が見たもの、それは大きな心臓の塊のようなものであった。
ドクン、ドクン、と不気味な低い音をたてて動いていた。
(何でこんなのがあるの……)
それは梨華の始めて見る光景だった。意識の最下層は、これまで数回し
か見た事はない。だが、その数回に共通して見た映像はどれも大抵、暗
黒の闇のような似通った映像であった。
(まるで、心臓……)
梨華は恐ろしくなり、触手を引っこめた。その心臓が何を意味するものなの
かは分からない。だが、意味の分からないものを無理に引き上げるのは危
険だった。
間違えると、なつみの精神を破壊してしまう恐れがあったからだ。
「どう? 何か見つかった?」
梨華が触手を戻しハッと我に帰ったとき、明日香が笑いながら訊ねてきた。
やはり梨華の意識がそれたのを、読み取っていたらしい。
梨華は何も答えなかった。
左腕をハンカチで縛り終えたなつみは、梨華に向かってニッコリと微笑みか
けた。
「痛い思いさせて、ごめんね」
「安倍さん……」
「彩っぺにも、謝っといて……。じゃあ」
と、安倍は小さく手を振ると、2人のもとへと歩きだした。
- 196 名前:第二部 投稿日:2001年06月14日(木)00時01分15秒
梨華は、思わず泣きそうになった。何もできない無力な自分がとてもくやし
かった。
「ちょっと、待って!!」
声が、静寂の館内に響く。
その場にいる全員が、声の主に注目した。
肩で息をしているひとみが、少し離れた場所に立っている。
「安倍さん、戻って……」
なつみは、ひとみと明日香らの間で「でも……」と戸惑った。
「大丈夫です」
「そこから、一歩でも動いたら首を跳ねますよ」
亜弥が強い口調で、なつみに言った。
「ひとみちゃん、危ないから逃げて!」
涙を流しながら、梨華が叫ぶ。
ひとみは、梨華のキズの心配をしたが、視線を亜弥に向けるとズンズンと
そちらに向かって歩き始めた。
不安を覚えた明日香はすばやくひとみに意識の触手を伸ばしたが、梨華
の触手にガードされた。
「そんな簡単なミス、しないわ」
梨華の声に、明日香は苦々しい表情を浮かべた。
「目的はなんなのか分からないけど、安倍さんの首を跳ねたら、あなたも
生きてられないよ。松浦亜弥ちゃん」
ひとみの言葉に、亜弥はハッとして明日香を振りかえった。
「スカウトする相手を、許可なく殺害してはならない。マニュアル読まなかっ
たの?」
ひとみは、亜弥の怯えた目を見ながら距離を縮めていく。
その自身たっぷりなひとみの表情を見て、明日香は確信した。
自分の広げている意識の網の外で、ひとみが矢口らと会っていたことを――。
- 197 名前:第二部 投稿日:2001年06月14日(木)00時05分41秒
「福田さん、この人、なんなんですか?」
明日香はそれには答えず、近付いてくるひとみに向かって言った。
「あなた、矢口に会ったのね」
「さぁ? 読みとればいいじゃないですか」
クッ……と明日香は、奥歯を噛み締める。
ひとみは、まず梨華の手をとった。
「ひとみちゃん!!」
梨華の声を無視して、ひとみはなつみのもとへと歩く。
「マニュアルを破ったら、あなたの上にいる人が世界中どこに逃げても必
ず追ってくるわよ。攻撃タイプは、危険を察知できないから寝クビをとられ
ることが多いんだってね。あなたにピッタリじゃない」
ひとみは、笑いながら言いのけた。
「ふ、福田さん……」
明日香は、意識の網をひろげ矢口たちの意識を捉えようと必
死だった。1キロ先に、矢口の意識を捉えたが車で移動しているのだろう、
すぐにレーダーの範囲からは外れてしまった。
「な、なんとか、言ってくださいよ、福田さん」
「うるさい」
「私、まだ入ったばかりなんですよ。そんなの知りませんよ」
ひとみは、なつみの手をとると梨華といっしょに、自分の後ろへと追いやっ
た。
(ここまでの作戦成功……)
ひとみの心の声を聞いた梨華は、思わず「え?」と顔を上げた。
梨華の声は聞こえたはずだが、ひとみは後ろを振り向くことなく、明日香ら
と対峙していた。
(梨華ちゃん、死んじゃったらごめんね……)
「死ぬって、どういこと!?」
「だってさ、この後、なんにも考えてないんだもん」
(矢口さんの見た未来は、アタシが意識不明になったニュースなんだって)
- 198 名前:第二部 投稿日:2001年06月14日(木)00時07分12秒
「安倍さんも、早く逃げて。そうしないと、せっかく石黒さんが引き合わせて
くれたのに、ムダになっちゃう」
「ひ、1人で逃げられるわけないべさっ。死ぬなんて、そんな悲しいこといっ
ちゃダメ」
「そうよ! そんなの嫌! ここは私が何とかするから、2人だけで逃げて」
梨華が泣き叫びながら、ひとみの前へ出ようとする。
ひとみはそれを、強引に後ろへと追いやった。
「ひとみちゃんこそ、早く梨華ちゃんを連れて逃げな。アイツ等、なっちが目
的なんだから」
明日香らのもとへと向かおうとするなつみを、ひとみは制すると、また後ろ
へと強引に追いやった。
ビュンという音ともに、ひとみの右腕が切れた。
「安倍さんだけ連れて帰れば問題ないんでしょう? だったら、アナタたちは
殺してあげる」
亜弥の目には、怒りが満ちていた。
「た・だ・し、すぐには殺さない。ムカツクから切り刻んじゃう」
ビュンという音が、いくつも飛んでき、その度にひとみの体の一部が裂傷する。
「後ろにいる……、梨華ちゃんも……、リストに入ってんだから、気をつけな
よ……」
ひとみは、痛みを必死に堪えながら亜弥に向かって言った。
「もう、止めて!!」
梨華は、触手に持てる力をすべて注ぎ込み、明日香と亜弥の意識下にアタッ
クをかけた。
その力は、明日香の想像を超えるものだった。2人分のガードを張るだけで
精一杯となる。
- 199 名前:第二部 投稿日:2001年06月14日(木)00時09分36秒
しかし、それも長くは続かないだろう。ガードが崩れ落ちる音が、明日香の
頭に響いていた。
「亜弥、引き上げるわよ」
「嫌です。逃げるんなら、福田さんだけ逃げてください」
怒りの感情で暴走を始めた亜弥の力が、四方に飛び散る。
真新しい水槽があちこちで、亀裂を走らせる。
ひとみの身体にも、さらに無数の裂傷が走る。ひとみもさすがに堪えきれず
に、意識が遠のきはじめた。
「「ひとみちゃん!!」」
梨華となつみが、同時に声を出した。ひとみはゆっくりと、2人の腕の中へと
倒れ込む。
「早く……、早く、逃げて……。あんなヤツラの、仲間になんかなっちゃ
ダメ……。早く……」
ひとみはそう言い残すと、2人の腕の中で気を失った。
「ひとみちゃん!! しっかりして、ひとみちゃん!!」
梨華は狂ったように泣き叫んだ。
気を失ったひとみの身体には、尚も容赦なく亜弥の力が向かっている。
「もう、止めて!! ひとみちゃんが死んじゃう!!」
梨華の叫びなどまるで興味がないかのように、亜弥は笑いながら力を放ち
続けた。その横で、明日香が膝をついている。
ガードで相当の能力を使ってしまったらしい。
「いい加減にしなさいよ」
低い声が、梨華のすぐ向かいで聞こえてきた。
膝をついていた明日香が、苦悶の表情のまま顔を上げる。
尚も力を放ち続けている亜弥の目の前で、ボッという音と共に小さな炎が浮
かんだ。
- 200 名前:第二部 投稿日:2001年06月14日(木)00時13分40秒
「な、なに、これ!?」
炎の赤い光が、亜弥の驚愕の表情を照らす。
亜弥と明日香を取り囲むように、次々と小さな炎が浮かぶ。
「ふ、福田さん!! な、何なんですか、これ!! こんなの亜弥、聞いて
ません!!」
「だから、言ったじゃない……。早く終わらせろって。アンタは、遊び
すぎたのよ!」
明日香が企業から手渡された資料には、こう書かれてあった。
‖
‖安倍なつみ 1981年8月10日生
‖
‖・・・・・室蘭市・・・・・・・・25−9・・・・・・・
‖・
‖・・・・・”TYPE−PK”・・・・・・パイロキネシス・・・・・
‖・・・・・・・35人死亡。・
‖・・・・・・・・・・・・・15年前、・・・・・氏により封印。
‖・
‖その能力は、・・・・・・・危険・・・・・当社でも
‖制御不可能。自我により制御できるまで、当
‖社は関与しないものとする。
‖・
‖・・・・・・・・・・
‖・
‖・氏の予言した
‖満15年経過後、回収を命ず。
‖尚、回収の際はESP保持者を同行し、その
‖・
‖・
‖・
‖・
‖・・・・・・・・・・・・・
‖・
‖ ・・・・・ Zetima.co
‖_
万が一、覚醒した場合に備えて、明日香にこの任務を平行させたのであろ
うが、覚醒したなつみの意識下は梨華の触手のガードにより、明日香には
コントロールすることができなかった。
水槽の中の水が、沸騰をはじめる。
数十に膨れ上がった炎の間を縫うようにして、明日香は呆然としている亜
弥の手を引いて逃走した――。
- 201 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月14日(木)00時15分07秒
- 今回の更新は、これで終了です。
- 202 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月14日(木)00時15分54秒
- >>186
即レス、ありがとです。(^^)
- 203 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月14日(木)00時20分28秒
- >>187
オプションを充実させていきます(^^;
- 204 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月14日(木)00時22分10秒
- >>200
文章が繋がってませんが、意図的ですのでご安心を。
- 205 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月14日(木)00時23分47秒
- >>194
これは、本当の間違い(^^;
195のメール欄に訂正しています。
- 206 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月14日(木)00時26分48秒
- 。
- 207 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月14日(木)00時27分54秒
- それでは、今回はこの辺で。
- 208 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月14日(木)00時30分39秒
- うおーーーー!
なっちかっこいいべさーーー!
- 209 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月14日(木)22時30分20秒
- 暴走能力の定番がでましたね。
「ファイヤースターター」より「エスパイ」の由美かおるを頭に浮かべる俺って…
- 210 名前:第二部 投稿日:2001年06月14日(木)23時32分01秒
- Chapter−5<懺悔>
カスミソウが一面に咲き乱れる平野の中で、麻美が犬と戯れていた。
ひとみは、その光景を離れた場所からぼんやりと眺めている。
(そういえば麻美、ドッグトレーナーになりたいっていってたなぁ……)
(あれが、そうなのかな……?)
(でも、よかったよ)
(夢がかなって)
とてもはつらつとした笑顔の麻美を見ているうちに、ひとみもいつの
間にか笑みを浮かべている。
ディスクを投げた麻美が、ひとみに気づいた様子である。ディスクを
追いかける犬に指示を与えるのも忘れ、ひとみを見つめている。
ひとみは、大きく手を振った。一瞬の間の後、麻美も大きく手を振り
返す。言葉は何もなかった。あったとしても、遠く離れているため聞
こえるはずもない――。
ひとみは、大きく足を一歩踏みだした。
ブニュッとした嫌な感触が、ひとみの足を伝わる。
(なんだろう?)
と、足元を見たひとみは絶句した。
小さな子供の遺体が三体、ひとみの足もとにあった。
(お前なんか、苛めるんじゃなかった)
眼球の飛び出した少年が、ひとみを見上げながら言った。
(凶暴女)(凶暴女)(凶暴女)(凶暴女)(凶暴女)(凶暴女)(凶暴女)
(凶暴女)(凶暴女)(凶暴女)(凶暴女)(凶暴女)(凶暴女)(凶暴女)
三体の少年の遺体は、何度も何度もそう叫ぶ。
ひとみは、口元を押さえたきり視線を外すことができなかった。
ただただその声を受け止め、打ち震えている。
前頭部の吹き飛んだ少年が、ひとみの腕をつかむ。
ひとみの右腕に鋭い痛みが走るのと同時に、ひとみの右腕は血だら
けになった。
吐しゃ物を吐きつづける少年がひとみの足を撫でると、ひとみの下半
身は肉が裂け、筋肉繊維が剥き出しになった。
三体の遺体は突然弾け飛び、細切れとなった肉片がひとみの全身に
飛び散った。
悲鳴を上げて、ひとみは狂ったように頭を振りつづけた。
- 211 名前:第二部 投稿日:2001年06月14日(木)23時33分08秒
ひとみの悲鳴は、総合病院の中を駆けめぐった。
ナースが当直の医師を連れてひとみの病室を訪れた時、病室の前に
はすでに人だかりができていた。
その時の様子を医師は、翌日病院に訪れた梨華となつみに証言した。
「あのまま放置していたら、きっと発狂していたでしょうね。よほど、水
族館での事故が恐ろしかったのでしょう……。容体がもう少し回復した
ら、平行してカウンセリングを行いましょう」
そう言い残すと医師は、診察のためにロビーを去っていった。
残った梨華となつみは、しばらくの間、無言だった。
あの日の事件は、”事故”として片付けられた。水槽として使われてい
るガラスが水圧に耐えきれず破壊し、その飛び散った破片により女性
客2人が裂傷してしまった。これが、警察が現場検証で出した答えで
ある。
実際は大きく違うのだが、梨華となつみは何も言えなかった。むしろ、
そのように皆の常識の範囲内で収められホッとしている部分もあった。
「ひとみちゃんの両親、もうすぐかな?」
なつみが訊ねても、梨華は何も答えなかった。
ひとみが病院に運ばれてから、梨華はほとんど何も口にしていない。
眠ることもせず、ただただひたすらひとみの身を案じていた。
「そんな、梨華ちゃんが落ち込むことないよ。悪いのは、なっちなんだ
から。なっちがもっと早く、自分の力に気づいてたらああはならなかっ
た。悪いのはなっち。そうっしょ?」
梨華は何も答えずに、小さく頭を振るとゆっくりと席を立った。
フラフラと廊下を歩く梨華の後ろ姿を見送っていると、先ほど立ち去っ
た医師がまた戻ってきた。
「そうだ。あのね、あの場所にもう1人お友達がいたのかな?」
その声が聞こえた梨華は、数メートル先で背を向けたまま立ち止まっ
た。
「昨日、”真希ちゃん”って何度も名前を呼んでいたんだけど……」
なつみにその名前は聞き覚えなかった。
だが、2人に背を向けていた梨華の表情は曇った――。
- 212 名前:第二部 投稿日:2001年06月14日(木)23時34分39秒
鎮静剤により眠ったままのひとみを、梨華はずっと見つめ続けた。
頬に大きなガーゼがあてがわれているのは、梨華と同じだったが
ひとみの傷は予想以上に深く跡が残ることになった。
右腕の裂傷は24針縫った。傷は神経にまで達していたため完治
しても障害が残るであろうと医師に宣告されていた。
全身の傷はすべてで57箇所。そのほとんどが、何らかの後遺症
を残すものであった。
しばらくすると、ひとみの両親が駆けつけてきた。
母親が全身をほとんど包帯で覆われた娘の姿を見て、声を荒げて
泣き崩れた。
居たたまれなくなった梨華は、逃げるようにして病室を後にした。
「梨華ちゃん」
いったいどのくらい屋上に佇んでいたのか、梨華が我に帰ると辺り
はもう日も暮れかけていた。
声の主は、なつみだった。
「ひとみちゃんの意識、戻ったよ」
「……」
「行ってあげな」
梨華は黙って、首を振った。
「もしも、梨華ちゃんが同じ立場だったら、ひとみちゃんのそんな顔
見て嬉しいかい?」
「……」
梨華は、ゆっくりと振りかえった。
「せっかく守ったのに、そんな顔されてたら辛いっしょ?」
「安倍さん……」
「お父さんとお母さん、身の回りのもの買い揃えに行ったから。帰っ
てくるまで側にいてあげな」
梨華は、ゆっくりとうなずくと安倍を残して屋上を去っていった。
- 213 名前:第二部 投稿日:2001年06月14日(木)23時35分28秒
その頃、石黒は病室で考え事をしていた。
出血の割にはその傷のほとんどは浅く、大事には至らなかったが、
それでも数カ所は深い傷もあり抜糸までの数週間の入院が必要と
診断された。
ベッドの上で手帳を開いてからもう何分も経過していたが、ペンを
持つ手は一向に動かなかった。
オカルト否定派の石黒だったが、もはや信じる信じないの範囲では
物事を考えられなくなっていた。
それは在る――。答えはもうすでに出ている石黒だったが、この事
件をどう説明しどう人々を納得されるのか考えぬいていた。
だが、それを証明するには梨華やなつみの事を書かなければなら
ない。自身もかつてはマスメディアの中心にいた身である。
発表した後、マスコミがどのように彼女達を扱うのかも目に見えて
いる。
データをまとめ、記事を書き上げ、それを発表すれば石黒はまた
マスメディアの中心に返り咲くことができるだろう。
しかし、そのためには梨華となつみを犠牲にせねばならない。
石黒の葛藤は続いていた――。
頭を冷やそうとフッと窓の外に目をやった時、敷地内を歩いてくる
男の姿が目に入った。
短く刈り上げた髪、少しえらの張った顔、キチッとしたスーツ姿。
見舞いに来たサラリーマンだろう程度にしか思わなかった石黒は、
また手帳に視線を戻してどうしようかと考え事をしていた。
- 214 名前:第二部 投稿日:2001年06月14日(木)23時36分29秒
ひとみの病室に向かう梨華は、男の意識をキャッチした。
(病院)(怪しまれない)
(見舞い)(逃がした)(今度は)
(意識不明)(もう1人)
(病室で犯す)
「なんで、こんなところまで……」
独特の歪んだ意識は、梨華にとっても忘れられない意識だった。
ひっそりと静まり返った夕暮れの病院内に、男の意識は進入して
きている。
ひとみの危機を知った梨華は、迷惑なども考えず廊下を走った。
エレベーターのドアが開いた時、男は目を疑った。
探し求めていた獲物が、息をきらせて立っていたからである。
梨華は、荒い息を吐きながらも男から目をそらさなかった。
エレベーターのドアが開いたとき、男は一瞬驚いた意識を発した
が、すぐに平静になり見舞い客を装うとしていた。
(ロビーで)(しばらくして)
(戻ったところを)
(処女?)(違う?)
(どっちでもいい)
(泣き叫ぶ)(うるさい)(口を押さえ)
(怪我人の方も)
男は梨華と目を合わさないようにしてエレベーターから出ると、談
話室でもあるロビーの方向へと足を向けた。
- 215 名前:第二部 投稿日:2001年06月14日(木)23時37分39秒
「待って」
梨華の声に反応して、男は立ち止まった。自分が呼ばれたのか、
確認している意識を梨華は読み取った。
「そう。あなたです」
(誘った)(俺を誘った)
(逆ナン?)(俺はカッコイイ)
男は、さわやかな笑顔を浮かべて振りかえった。
「呼んだ?」
(できる)(おもしろくない)
(騙して)(恐怖を)
(歪む顔)(声)(悲鳴を聞きたい)
「なんで、ここを知ってるんですか」
男の目を見据えながら、冷静に言葉を発する梨華。
「え? どういう意味かな?」
男の笑顔。目が笑わなくなっている。
(ニュースで知った)
(病院を確かめた)
(それよりなんで、俺のこと……)
(電車のときから、俺のこと見てた?)
「あなたの事なんて、見たくもない!」
梨華は、キッパリと言い放った。
男から、笑顔が消えた。
(ナンダ、コイツ……)
(生意気)(かわいい顔して)
(ソレヨリ)
(ドウシテ)
(オレの考えが……)
「あなたの考えている事は、全部わかります」
- 216 名前:第二部 投稿日:2001年06月14日(木)23時38分24秒
(オカシイ)
「おかしい」
(ナンダ、コイツ)
「なんだ、こいつ」
(心を読んだ……)
「そう――。だから、さっき言いました」
男の思考がパニックを起こしたのを知った梨華は、それ以上
男の思考が入らないよう自分にガードの網を張った。
青ざめる男の顔を無視して、梨華は言葉を続けた。
「今すぐ、ここから去って下さい。でないと、私、何をするか分
かりません」
「な、何言ってるんだよ。お、おれは」
梨華は、男の意識下に触手を伸ばした。
その感触を感じ、男は腰を抜かした。梨華はすぐに触手を引っ
込めた。それ以上、男の意識に触れるのが嫌だったし、何か
のきっかけで精神を破壊してしまう恐れがあったからだ。
さすがの梨華も、それだけは避けたかった。
「帰ってください」
男は悲鳴を上げながら、廊下を這うようにして逃げていった。
梨華はうつむいたまま、その声を聞いていた。
こんな力の使い方はしたくなかったが、ひとみを守るために
仕方なく使った。しかし、自己嫌悪に陥ったのも確かだった。
――梨華はけっきょく、ひとみの病室を訪れる事はなかった。
- 217 名前:第二部 投稿日:2001年06月14日(木)23時39分27秒
ホテルの一室で、明日香は企業からのFAXを待っていた。
亜弥は2日前のあの事件以来、ずっと眠ったままである。睡眠欲の
せいではなく、明日香の力によって眠らされている。
恐怖で一時は大人しかった亜弥だが、次第に怒りが込み上げてき
同時に亜弥自身にもコントロールできないほどの大きな力がこみ上
げてきた。その力に危険を感じた明日香が、亜弥の力が放たれる
よりも一瞬早く触手を伸ばして眠らせたのである。
「ったく……」
亜弥の寝顔を見つめながら、明日香はそこに自分の姿を重ね、ほん
の少しだけ笑った。
一瞬、2つ年の離れたやんちゃな妹を持った姉のような気分になったっ
が、すぐにその考えを否定した。
「1人のほうが気楽でいい」
明日香はそう呟くと、近くのソファに身を沈めた。
実際、明日香には1人の妹がいた。だが、両親は物心ついた時に
はもうすでにいなかった。この世でたった2人きりの姉妹だったが、
ある冬の晩、風邪をこじらせて呆気なく死んでしまった。
明日香が8歳のときだった――。能力はすでに覚醒しており、その
ことがきっかけで、すべてに対して心を閉ざした。
プルルルルル〜、プルルルルル〜と部屋の電話が、静かな部屋
に鳴り響く。
すぐにベルは消え、FAXを受信している音が聞こえてきた。
明日香はゆっくりとソファから離れると、受信口から出てくるFAX
用紙に目を通した。
一見するとただの商談のように思える文章で、その最後の一文が
”契約不成立により受注キャンセル、リストからの削除”とある。
なんら、不信感を抱くことのない内容。
だが、明日香にはちゃんとそこに何が書いてあるのかわかってい
た。”リストからの削除”つまりは企業がなつみをスカウトできない
と判断し、脅威となる可能性のあるなつみを抹殺する事にしたので
ある。
「さてと」
明日香はつぶやくと、触手を伸ばして亜弥を長い眠りから目覚め
させた。
- 218 名前:第二部 投稿日:2001年06月14日(木)23時40分44秒
翌日の午後、ひとみの両親は朝比奈町にある大学病院へ、ひと
みを転院させることにした。
なつみと石黒は、病院の裏口でひとみの乗った救急車を見送った。
だが、そこに梨華の姿はなかった。
「……梨華ちゃん、どこ行ったんだろう」
なつみが走り去る救急車を見送りながら、独り言のように呟いた。
入院途中でずっと病室に閉じこもっていた石黒には、知る由もなかった。
「その内……、戻ってくるよ」
「彩っぺは、この後どうするんだべさ?」
「へ? アタシ?」
「なっちは、この腕の傷が治ったら北海道に戻ろうと思う」
「そっか……、寂しくなるね」
「彩っぺは、東京?」
「……」
石黒はここ何日かの入院中に、マスコミの世界から身を引くことを決心
していた。だが、東京を離れ地元に戻るつもりもなかった。東京には、
彼氏もいる。プロポーズもされた。だが今までは仕事があったので返
事を延ばしてきた。
しかし、ここ何日かの入院で何かが吹っ切れた。
「結婚でもしようかな」
「えー!? 彩っぺ、彼氏いたの?」
「一応ね」
「そうなんだ。へー」
「なっちは?」
「いない、いない。北海道にいい男はいないべさ」
「はは。そんな事ないっしょ」
「だべなぁー」
2人は顔を見合わせて笑った。ほんの数日間しか、共に過ごす事は
なかったが、互いの心は姉妹感のようなもので繋がっていた。
それは、ひとみや梨華に対しても同じだった――。
- 219 名前:第二部 投稿日:2001年06月14日(木)23時42分02秒
一方、梨華はひとみが移送されている救急車を、病院の屋上から
眺めていた。
またあの男が戻ってくるかもしれないと、用心して意識の網を広げ、
なおかつ何かあればすぐ行動できる範囲の病院内に梨華は身を
潜めていたのである。
昨日から、自分のことを探し求めるひとみの意識を梨華は感じてい
たが、ひとみの病室に向かうことはなかった。自分のせいで、自分
のふがいない能力のせいで、一生消えることのない傷を負ったひと
みの前にどんな顔をして現われたらいいのかわからなかった。
なつみにも顔を合わせづらかった。誰が何の目的でその力を封じ込
めていたのか知らないが、2人を危険な目に合わせたばかりにその
能力を覚醒してしまった。きっともう、なつみは普通の生活を取り戻
せない――そう思うと、顔を合わす勇気がない。
石黒に対してもそうだった。ひとみと会うあの日、自分もいっしょに同
行していたら、何かが変わっていたのかもしれない。そう思うと、誰の
前にも姿を現すことができずに、病院内にひっそりと身を潜ませていた。
梨華は、見えなくなった救急車の方向をいつまでも眺めていた。
帰り際にひとみが残した心の声――。
(梨華ちゃん、会いたい!!)
その声ももう感じ取れないほど、2人の距離は離れてしまっていた。
「ひとみちゃん。ひとみちゃん」
梨華は何度もひとみの名前を呼びながら、その場に膝をついて涙を
流した。
だが、その涙も数秒後に感じとる2つの意識により、止めざるを得な
かった。
- 220 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月14日(木)23時43分01秒
- 今回の更新は、以上です。
- 221 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月14日(木)23時45分06秒
- >>208
今後も温かく見守って下さい(^^;
- 222 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月14日(木)23時46分56秒
- >>209
”炎”はどうしても、××に必要だったんで……(^^;
- 223 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月14日(木)23時48分45秒
- 第二部は、次で完結です。
- 224 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月14日(木)23時51分26秒
- 第三部も、このスレでやらせてもらいます。
- 225 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月14日(木)23時55分22秒
- 以上です。
- 226 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月14日(木)23時56分21秒
- それでは、この辺で。
- 227 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月15日(金)00時40分45秒
- ずいぶんダメージがでかかったですな、
第二部最後、どうなるんでしょう。
- 228 名前:第二部 投稿日:2001年06月15日(金)23時32分59秒
なつみが、気づいた時すでに亜弥はこちらに向かって力を放っていた。
隣にいた石黒を突き飛ばすと、石黒の延長線上にあった自動販売機が
真ん中からずり落ちた。
「彩っぺ、逃げて!」
突然つき飛ばされ、何が起こったのか分からないほどパニックになった
石黒だったがその後に何度も聞こえてくる空気を裂く鈍い音につい数日
前の記憶が甦り、何が起こっているのかを理解した。
石黒は気丈にもなつみを先に逃がそうと、振りかえった。
だが、そこにいたのは数日前に、石黒に手を引かれながら逃げていた少
女とは思えないほど精悍な顔つきをしたなつみがいた。
亜弥の放つ力を防いでいるのは、なつみから放出されている炎の玉だっ
た。石黒がなつみの力を見たのは、これが初めてだった。
「なっち……」
「彩っぺ、早く」
なつみは亜弥と対峙したまま、そう言いのけた。
「う、うん……」
我にかえった石黒は、すばやく脇にある階段を駆け上がった。もうなつみ
を逃がす事はできない、自分は足手まといになるだけだと思うと、ほんの
少し寂しいようなそれでいて嬉しいような不思議な感情が沸き上がってき
た。
「なっち!! 負けるなよ!!」
石黒は思わずそう叫んでいた。
「わかってるべさー!!」
と、下の方からいつもの明るいなつみの声が聞こえて来た時、石黒は思
わず笑みをこぼした。
- 229 名前:第二部 投稿日:2001年06月15日(金)23時34分17秒
「あんたたちね! ここは病院だよ! もうちょっとTPOを考えるべさ!!」
なつみは、一気に炎を放出させた。
病院の裏口から、巨大な炎が吹き出してきた。
明日香と亜弥は、その炎をはさむようにして左右に飛び散る。
「さすが、削除されるだけありますね〜。でももったいない、あれだけの
力があるんならすぐ上のレベルに行けたのに」
亜弥が、つまらなそうに口を開いた。
明日香の視線は、屋上にいる梨華に向けられている。
ここに矢口はいない。矢口と接触した形跡もない。今度こそ、勝てる。
明日香はそう確信していた。
2人の意識下では、無言のバトルが繰り広げられていた。
「亜弥、屋上を狙って!!」
「え? 屋上?」
「早く!!」
「わかりましたよ」と、亜弥は屋上にいる梨華に向かって力を放出した。
亜弥の顔が上を向いたとき、梨華はとっさにフェンスから大きく退いた。
明日香にガードされている亜弥の意識を読みとる事はできなかったが、
梨華の本能がそうさせていた。
それは、正解だった。梨華がフェンスから離れた瞬間、音もなくフェン
スが切断された。
だが、呑気に構えているわけにもいかなかった。見えなくなった梨華を
仕留めようと、いくつもの見えない刃が飛んできていたからだ。
梨華はすばやく、屋上を後にした。刃の威力は数日前の比ではない。
あきらかに、殺意が込められている。梨華は身震いしながらも、なつみ
のもとへ向かって一気に階段を駆けおりた。
むろん、その間も明日香の触手とバトルを繰り返していた。
- 230 名前:第二部 投稿日:2001年06月15日(金)23時35分15秒
なつみは、その場を動けないでいた。
一歩でも動くと、どこから刃が飛んでくるかわからない。自分の周りに
炎の壁を出現させ防戦する一方だった。
周りの壁が炎によって燃えださないのが、なつみにとって唯一の救い
であった。そして、脳の中にある独特の違和感も近くにいる梨華の存
在を感じとれて心強かった。
だが、現状は一向に改善されない。それどころか、怒りに任せて炎を
放出させたため、2人の姿を見失ってしまった。
「なっちは、まだまだだべ……」
いきなり横からものすごい力が、ぶつかってきた。亜弥が外から力を
放出したのだろう、コンクリート片が炎の壁に衝撃を与えた。
一瞬、炎の壁が揺らいだがその高い温度により、コンクリート片は跡
形もなく消え失せた。
「安倍さん!」
そこへ、息をきらせた梨華がやってきた。
「おぉ、梨華ちゃん!」
なつみは思わず涙が出そうになった。自分と同じ異能の力を持ち、し
かもそれは自分にはない能力を補う力である。これほど心強い相手は
いなかった
なつみは梨華が通れるだけの隙間を作り、炎の中に迎え入れた。
「今までどこにいたんだべ! みんな、心配してたんだよ!」
「すみません。あの、後で話しますから、今は」
「あ、そうだった」
「とりあえず、ここから出ましょう。このまんまじゃ、病院が持ちません」
「わかったよ」
「右側にいますから、そちらの火を強くしててください」
「ガスコンロじゃないんだから」
と、笑いながらもなつみは右側の炎を強くした。
- 231 名前:第二部 投稿日:2001年06月15日(金)23時36分00秒
通用口を出ると、2人はそのまま裏手にある駐車場に移動した。
何人かいた通行人は移動する炎の壁を見ると、悲鳴を上げて逃げた。
「笑っちゃうよ。こんなの」
「来ますよ」
「どっち」
「後ろ」
数台の車が炎の壁に激突した。だが、やはり車は一瞬で炭化した。
「勝てるんですか、私たち」
亜弥が、不安そうな表情をして明日香に訊ねた。
「あの壁がある限り、こっちに勝ち目はない」
「じゃあ、どうすれば」
明日香は辺りを見まわすと、近くにある幼稚園に目をつけた。
「あそこにある、銀杏の木を切り倒して」
「はぁ?」
「いいから、早く」
「は、はい」
ズドーンという音と共に、銀杏の木が倒れた。園児の悲鳴が上がる。
「あ、アイツら、なんてこと!」
「まさか」
梨華は触手を伸ばし、明日香の意識を探った。まるで待っていたか
のように、明日香のガードのすぐ下にある意識の表面に届いた。
(いらっしゃい)
(何てことするの! 狙ってるのは私たちでしょ!)
(10秒以内にその壁を取払ってくれないと、どうなるか……、わかるよね?)
(卑怯よ……!)
(10)
(何で、こんな事ばかりしてるの!)
(9)
(理由を聞かせてよ!)
(8)
(……もうッ)
- 232 名前:第二部 投稿日:2001年06月15日(金)23時37分11秒
梨華は、触手を引っ込めて安倍に向かって言った。
「安倍さん、すぐにこの壁をどけてください!」
「そんな事したら、死んじゃうべさ!」
「幼稚園の子供を狙ってるんです!」
「え!?」
「早く!」
一瞬迷ったが、なつみはニヤニヤと笑っている明日香を見て仕方なく
炎を消した。
「すごい福田さん。何やったんですか?」
「ちょっとした、脅迫よ」
亜弥は、はは〜んと視線を幼稚園へ向けた。怯えた園児や保育士た
ちが教室の中で見を奮わせている。もうすでに、こちらの異変に気づ
いている様子だった。
「バカじゃないですか。ねぇ」
と、亜弥は口元を押さえてプププと笑った。
「なっちたち、殺されるんだべか?」
なつみが小さな声でつぶやいた。
「……だと思います」
「なんか、梨華ちゃん余裕だね。怖くないの?」
「安倍さんこそ」
「なっちは、いつもこんなだ。広い、大地の子だから」
「安倍さんって、面白い」
なんとなく、二人はクスクスと笑った。
ボンッとなつみの炎が、亜弥の刃を相殺した。笑いながらも、梨華とな
つみの意識は2人からは逸らされていなかった。
「まだ、力使ってるじゃないですか」
「……安倍さん、もう使わないでもらえますか?」
明日香の問いかけに、対峙しているなつみが答える。
「んなこと言ったって、出るもんは仕方ないよ」
- 233 名前:第二部 投稿日:2001年06月15日(金)23時38分31秒
「あんな事、言ってますよ」
「最後にもう1度聞きます。安倍さん、私たちの仲間になりませんか?」
「ダメですよ。リスト削除されてるんですよ。そんな事したら、私たちが」
明日香の心にはもう、単純な思いしかなかった。強力ななつみの力、
それが欲しい。ただ、それだけだった。
明日香の”精神感応”となつみの”念動発火”があれば、絶対的な者
に近づけるはずである。
――明日香はただ、力が欲しかった。
妹を見捨てたこの社会を滅ぼす、強い強い力が欲しかった。
妹のことが頭をよぎった時、明日香のガードに隙ができた。
一瞬の隙をついて、梨華の触手は明日香の意識下に入り込むことに
成功した。ガードの触手を振り払い、梨華の触手は猛スピードで最下
層へと突き進んだ。
――あるはずかないと思った”良心”がそこにあった。
梨華は自分の意識を触手を使って流し込んだ。
(なんでこんなところに……)
明日香の良心は、泉を表していた。陽光の降りそそぐ、穏やかな風が
舞う泉こそが、明日香の”良心”であった。
梨華は目を凝らして辺りを見まわした。泉の縁で、幼い少女が1人座っ
ていた。しかし、それは意識の付属の一部のようなものであり、それそ
のものが明日香自身ではなかった。
((妹よ。6才で死んだわ))
梨華の意識に、明日香の声が響いてきた。意識下ではどういうわけだ
か、本人の意識が現われた時点で進入した者は操作できないようになっ
ている。明日香も梨華も、ひとみの意識下に潜り込んだ時にそれを知っ
た。
- 234 名前:第二部 投稿日:2001年06月15日(金)23時39分57秒
梨華はもう戦うつもりはなかった。戦えないというセオリーもあったが、
それ以前に明日香の中にも良心があるのを知ったからである。
(話あえば、きっとわかりあえる)
梨華は、明日香の意識に語りかけた。どこにいるのかは、わからない。
最下層という事もあり、本人もまったく訪れたくない場所なのであろう。
近くの層にいる事はわかっていたが、梨華は探すつもりはなかった。
((わかりあって、どうするのか私は知らない))
(そんな事ない。だって、こんなに綺麗な心があるのに)
((私には見えない))
(見ようとしないからよ)
((……妹が死んだとき、私にはもう力があった))
(私も、幼い頃から力を持ってた)
((施設の職員たちは、私たちのような親のいない子供達を見て哀れ
んだ。可哀相。可哀相))
(悪いことじゃない……)
((いつも私たちは下に見られていた。でも、妹と一緒にいれるのなら
それでも良かった))
(……)
梨華は、明日香の泉が小さく振動し始めたのを知った。
((引き離されるのが嫌で、バレるのを恐れた。))
(……)
((黙っている事にした。そうすると、余計なことを口にしなくて良かっ
たから))
(そうね……。私も昔は、どっちがどっちの声なのか分からなくて、よ
く変な目で見られた)
((喋らなくなった私を心配した園長が、私にいろいろと話しかけてき
た。声も心の声も、本当に私を心配していた))
(……うん)
((ある冬の日に、妹が高熱を出して倒れた。私はすぐに、宿直だった
職員に知らせに行った))
- 235 名前:第二部 投稿日:2001年06月15日(金)23時41分28秒
暗い廊下を走る幼い明日香の映像が、すぐ上の層に浮かんだ。
くすんで色の落ちたアニメがプリントされたトレーナーの上下だけでは、
よほど寒いのであろう、幼い明日香の口元からは白い息が出ていた。
だがその映像も、意識下の明日香が喋るのと同時に消えた。
((職員はビールを飲んでた。でも私が必死に叫ぶと、嫌々ながら部
屋にやってきた。妹の額に手を当てると、大丈夫だって一言だけいっ
て、宿直室に戻っていった。熱を測ることもなく、たった1度額に手を
当てただけで、すぐに戻っていった。その時、男が何を考えてたかわ
かる?))
(……)
((明日も早いから、さっさと”ヌいて”寝ようだって))
明日香は、そこで自虐的に笑った。
男たちの様々な欲望の映像が、浮かんでは消えた。
梨華は、目を背けた。
((あなただって、こんなのいっぱい見てきたでしょう。笑っちゃうよね。
――けっきょく、その高熱が原因で妹は意識不明になって、2日後の
夜に死んだわ))
(……)
((憎んだ。心の底から憎んだ。でも、今のような事はしなかった。憎
かったけど、それよりも妹の側を離れたくなかった。私は死んで冷た
くなった妹に、妹が習い始めたばかりの漢字をずっと教えていた))
(もう、やめて……)
梨華の目には涙が浮かんでいた。もう、これ以上は耐えられなかった。
((話し合えばわかるんでしょう? 聞いてよ。下にいる私は、ほんの少
しだけお喋りなんだから))
明日香の、静かな笑い声が響いた。
(……)
((自分の手を冷たくなった妹の手に添えてね、妹の名前を何個も何個
もメモ用紙に書いた。生きていた頃はそうするとね、妹の喜んでいる声
が私の中に流れ込んできて、とても幸せな気持ちになれた。大人たちの
汚い欲望が流れ込んできても、妹の声を聞けばすべてが綺麗になった。
でも、冷たくなった妹からは何の声も流れてこない。私の心がどんどん
冷たくなるのが、自分でもわかった))
- 236 名前:第二部 投稿日:2001年06月15日(金)23時42分45秒
梨華は、涙を止めることができなかった。淡々と話すその明日香の声が、
よけいに悲しかった。
((妹の遺体は、そのままお寺の小さな納骨堂に収められた。墓なんて
買ってもらえなかったからね。――で、どのくらいだろう、妹のいない生
活に慣れない私を心配して、また園長が声をかけてくれた。その心は、
前みたいに私のことを本当に心配してくれてた。でね、私は妹が熱を出
した夜の事を話したの))
梨華にはもう、すべてが分かっていた。15才の少女が知るはずもない
ほど、様々な人間の感情を力のせいで見てきたのである。境遇こそ違
えど、明日香の受けたものは痛いぐらいにわかっていた。
((そしたら、園長の中の声は一変したわ))
明日香は、笑いながら話しを続けた。
((職員の管理ミスがばれて、建設計画のあった2つ目の施設の計画が
中止になることを恐れた。とにかく、このことが外部に漏れないように必
死で思いを巡らせてた。フフ。でもね、私は”あぁ、やっぱりこの人もそう
なんだ”ってぐらいにしか思わなかった。ま、信じてた分だけ裏切られた
ショックは大きかったけどね。でも……、そんなの妹が死んだのに比べ
ると))
明日香はそこまで言い終ると、どこかで小さく深呼吸をしているようだっ
た。
梨華は、この後のことを考えた。明日香の意識下から戻っても、そこで
はほんの数秒間ほどの時間しか流れていないだろう。そして、ここであっ
たことを説明している時間も、あの亜弥がいる限りないのもわかっていた。
((許せなくなった一言、私のすべてを閉ざさせた言葉が、園長の中か
ら流れてきた))
- 237 名前:第二部 投稿日:2001年06月15日(金)23時43分50秒
【どうせ、親のない子。誰もこの子の言う事なんて、信用しない。死んで
よかった。中途半端に生きられてたら、大変なことだった】
よほど憎かったのだろう、よほど辛かったのだろう、よほど悲しかったの
だろう、明日香の意識下の中全体に園長のその心の声が響いた。
梨華は思わず触手を、明日香の意識下から引いた。
現実の世界に戻ってきた梨華の目には、数メートル先で対峙している
明日香と亜弥の姿があった。
「梨華ちゃん、どしたの? 汗、びっしょりじゃない」
なつみが梨華に目をやった瞬間、亜弥の刃が放たれた。
「っ!」
と、なつみが驚き様に放った炎は、その威力が弱かったせいか、亜弥
の刃を完全に相殺することができずに、なつみの肩の肉を割いた。
苦痛の表情を浮かべて、なつみの膝が崩れる。
「安倍さん!」
支える梨華に向かって、なつみは「大丈夫」と痛々しい笑顔を浮かべた。
梨華の見た明日香は、これまでに何度も見た明日香と同じだった。
けっきょく、この関係は平行線をたどるしかないのかとあきらめかけた時、
変化が訪れた。
「わー、女ライダーだ。女ライダーだ」
と、数人の園児が対峙する4人の間に割って入ってきた。
園児たちは、4人のことを特撮ヒーローと勘違いしていた。
そして、もっと近くで見ようと保育士の静止も振りきり、こちらに駆け出し
てきたのだった。
- 238 名前:第二部 投稿日:2001年06月15日(金)23時45分05秒
「あ、危ない!! 早く、向こうに!!」
「逃げて、早く!!」
と、叫ぶ梨華となつみを見た園児は、彼女たちを正義の味方とでも判断
したのか、なお一層喜んで駆けてきた。
「福田さん、私いいこと思いつきました。まずは、あっちの石川を殺りましょ
う。私があっちを倒すから、福田さんはすぐに安倍さんをコントロールして下
さい。そうすればいいんですよ。ね。私って、頭いいでしょ」
「そんなのが簡単にできたら、ここまで苦労してないでしょう」
と、明日香は冷たく言い放った。
明日香にとって、最大の失敗がここにあった。
今までパートナーを組まなかった明日香は、パートナーの思考をガードし
てやるだけで、なおかつそれを読みながらパートナーが的確に動けるよ
うに指示すると言う事に慣れていない。
慣れていないというよりも、考えつきもしていなかった。
その戦い方を知っていれば、事前に亜弥の行動を制御することができた
であろう。しかし、明日香が気づいたときにはすでに遅かった。
亜弥の意識を感じたその一瞬が、明日香を本能的に行動させた。
その行動は、明日香と亜弥の死を意味していた。
まるで、すべてがスローモーションのようであった。園児などお構いなく、
無数の刃を放つ亜弥。
最大限の炎を、園児越しに放つなつみ。
炎に包まれるそのほんの一瞬前に、亜弥が明日香を驚愕の表情で見つ
めた。何か言いたそうではあったが、次の瞬間、亜弥は短い叫び声と共
に一瞬の間で炭化した。
- 239 名前:第二部 投稿日:2001年06月15日(金)23時46分00秒
少し離れていた明日香は、炎の直撃を免れ一瞬で炭化する事はなかっ
たが、その身体は炎に包まれている。
我にかえったなつみはすぐに炎を消したが、焼けただれた明日香はそ
の場にゆっくりと倒れ込んだ。
梨華となつみは、はしゃぐ園児を尻目に明日香のもとへと駆けた。
だが、明日香のその姿を見たとき、その命がもう長くないのを知り、呆
然とした。
焼けて皮膚の溶けた明日香が、2人を見て微笑んだ。――かのように
見えた。実際には、明日香の顔の筋肉繊維はほとんど炭化している。
目もとの筋肉も口元の筋肉も、その機能を果たす事はない。
(あんたのせいで、柄でもない事しちゃった……)
明日香の声が、梨華に届いた。
「何があったの!! ねぇ、教えてよ!!」
梨華は、叫んだ。ほんの数十秒前に、分かり合えるかもしれないと思
えた相手が、このような姿になり冷静になる事などできなかった。
(亜弥が子供たちを殺して、あんたたちの動揺を誘おうとした。その
隙をついてあんたたちを狙うことにしたんだ……。いい作戦よ)
「何が作戦よ!! なんで、戦わなくちゃいけないのよ!!」
(でも、もっと早くに教えてくれなきゃ……。急だったから、止めちゃっ
た……。私ね、自慢じゃないけど、子供に手を出したことはないわ。
アレだって、ただの脅しのつもりだったのに、ホント亜弥はバカよ)
「ねぇ!! しっかりして!!」
(はぁ……。子供はいいよ。善と悪があっても、なんかハッキリしてる
し。流れてきても、微笑ましいっていうかねぇ)
- 240 名前:第二部 投稿日:2001年06月15日(金)23時48分20秒
「しっかりして!!」
(はぁあ……。妹の敵とったときに、やめとけばよかった。フフ。あな
たにも見せてあげたかった。みんながどんな死に方したか。フフ。気
分爽快だったよ)
「憎かったんでしょ!! 私にも分かるよ!! だから、目を開けて!! 友達
になろう!! ねぇ、福田さん!!」
(ハハ。何かもう疲れた。亜弥に謝りにいくよ)
「福田さん!! 目を開けて!!」
(ねぇ……、1つ聞いていい?)
「何!! なによ!!」
(私でも、天国に行けるかな?)
「……何、バカなこと言ってるのよ!!」
(天国には、妹が待ってるの……)
「……」
(また、漢字教えてあげたいんだ……)
「行けるよ……。最後に1つ良い事したんだもん。神様は、許して
くれるよ」
(そっか……。じゃあ、不安だから最後にもう1つ……。すぐにここ
を……逃げて。もうすぐしたら、ここに会社のヤツラが……来る。そ
いつらには、絶対敵わない……。あの2人は厄介なんだよ。フフ……。
だから……、早く逃げて)
「嫌よ!!」
(2つ良い事させてよ……。妹に会いたいんだ)
梨華は泣きながら立ちあがった。確かに、何か得体の知れない
力をもった1人の意識が確実にこちらに近づいてきている。
意識そのものは普通の意識だったが、その波動は桁違いであっ
た。――自分の身の安全のためには逃げたほうが得策だった。
だが、それよりも明日香のためにこの場所を離れたかった。最後
の最後で友達になれた福田明日香。その友人の願いを、梨華は
どうしても叶えてやりたかった。
梨華は、呆然と立ち尽くしたままのなつみの手をとり、後ろを振り
かえることなく、その場を走り去った。
悲しすぎる最後の声を聞きたくなかった梨華は、意識にガードの
網を張りつづけていた――。
涙で滲む梨華の目にサキヤマ町の風景は見えていない。ただ、
サキヤマ町に漂う潮の香りがとてもしょっぱかった――。
〜第二部・終了〜
- 241 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月15日(金)23時49分37秒
- 第二部は、これで終了です。
- 242 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月15日(金)23時52分51秒
- >>227
こうなりました……。
- 243 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月15日(金)23時54分08秒
- 第三部は……、ストックの方が時間的な余裕がなく
あまり進んでいません。
- 244 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月15日(金)23時55分16秒
- 週末を利用して少しストックに余裕ができたら、
第三部を来週UPします。
- 245 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月15日(金)23時56分14秒
- 進まなかったら、再来週ぐらいにでも。
- 246 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月15日(金)23時57分21秒
- 長期放置・放棄はしないつもりです。
- 247 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月15日(金)23時59分08秒
- 単行本ぐらいのボリュームにはならないように、
新メンが加入する前に、終わらせたいです(^^;
――それでは、今回はこの辺で。
- 248 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月16日(土)01時29分38秒
- 明日香に感情移入したとたん…
きっつ〜
次回を楽しみに待ってます。
- 249 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月16日(土)10時42分39秒
- もうね、とにかく「面白い」の一言です。
- 250 名前:第三部 投稿日:2001年06月18日(月)23時58分23秒
- Chapter−1<ゴトウマキ>
ひとみが朝比奈町に戻って、1ヵ月が経過した。
傷のほとんどは完治しつい数日前に退院もできたが、リハビリのため
の通院は必要だった。
今日もひとみは学校の授業を終え、朝比奈町にある大学病院で歩行
訓練のリハビリを受けていた。
頬に残った大きな傷も、右腕と左足の自由が効かないのも、ひとみに
とってそれほど苦にはならなかった。
ただ、梨華がいないことが悲しかった。
あの日”海響館”以来、ひとみは梨華の姿を見ていない。
サキヤマ町の病院で、ひとみが意識を失っている間、梨華は側に付き
添ってくれていたとは両親から聞いて知っていたが、意識が目覚めて
から梨華の姿を見ることは1度もなかった。
梨華の心情を、ひとみは容易に察することができた。
きっと、自分のこの傷のせいで顔を合わせづらい事はわかっていた。
だからこそ、ひとみはリハビリに励んでいる。
「あ、ここにいたんだ」
声に気づいて振りかえると、長い栗色だった髪をばっさりと切った石
黒彩が、リハビリ室で休憩しているひとみへと歩いてきていた。
ひとみは、軽く笑顔を浮かべて会釈した。
「家に電話したら、病院だって聞いたから」
と、石黒はひとみの横に座った。
「飲む?」
石黒の手には、彼女の好きなイチゴブリックがあった。
ひとみは、それをやんわりと断ると聞きたいことを訊ねた。
「梨華ちゃんと安倍さん……、見つかりましたか?」
そう。梨華が現われなくなったのと同時に、なつみの姿も見えなくなっ
ていた。
しかし、なつみはもともと北海道からサキヤマ町に叔母の見舞いに
来ただけである。ひとみはてっきり、北海道に帰ったものだと思っ
ていた。だが、石黒の話によると北海道には戻っていないらしい。
「探してはいるんだけどね」
と、石黒は残念そうにつぶやいた。石黒はもうマスコミ業界から身を
引き、今は花嫁修業も兼ねて都内の料理教室に通っているらしい。
だが、やはりなつみのことが気になり、彼女の行方を必死に探してたり
もしている。週に1度、ひとみの見舞いも兼ね、失踪した二人の情報を
交換しに、こうして朝比奈町にやって来ている。
「……そうですか」
ひとみは、落胆の色を隠しきれなかった。もしかしたらという、恐ろしい
不安が頭をよぎったが、ひとみはそれを必死で否定した。
- 251 名前:第三部 投稿日:2001年06月18日(月)23時59分19秒
リハビリが必要なほどの怪我を負ったひとみが、梨華を探せる範囲とい
うのもたかが知れていた。
今のところ、梨華の勤めていた花屋「アップフロント」と、その女主人に教
えてもらったアパートの住所だっけだった。
朝比奈町から少し離れた場所に、梨華が1人暮しをしているアパートが
ある。実家の住所は、花屋の主人にも分からないらしい。
ひとみは、あまり期待せずにその場所へと向かった。
どこにでもあるモルタル造りのアパート。その2階に、梨華の部屋はあっ
た。そこに梨華はいない事はわかっていた。わかってはいたが、やはり
確かめずにはいられなかった。
松葉杖を使いながら重い足を持ち上げ、階段を上ることは困難だった
が、それでもひょっとしたらという淡い期待を抱き数十分かけて、15段の
階段を上った。
ひとみの予想通り、そこに梨華の姿はなかった。
何度呼び鈴を押しても、中に誰かがいる気配はない。
(梨華ちゃん!)
(梨華ちゃん、どこ!)
(いるんなら、返事して!)
ひとみは心の中で、叫んだ。――だが、梨華からの返事はない。
もしも、以前のように身体の自由が効くのならば、ひとみは迷わずベラン
ダからでも梨華の部屋に侵入しただろう。
そして、失踪の手がかりになるようなものを探しただろう。それでもしも、
ただ単に何かの都合で帰ってくるのが遅くなった梨華に見つかり、変な
目で見られても、それはそれでよかった。
無事に帰ってきてくれさえすれば、ひとみはどう見られても構わなかった。
――だが、身体は以前のような軽やかさを失ってしまっていた。
ひとみは、ただひたすら待ちつづける日々を送るしかなかった。
- 252 名前:第三部 投稿日:2001年06月19日(火)00時00分24秒
夜。
朝比奈町から遠く離れた他県の町。その安ホテルの一室に、梨華はな
つみといた。
梨華が買ってきたコンビニの弁当を、なつみは狂ったように貪っていた。
(安倍さん……)
梨華は、悲しそうに目を伏せる。
あの日、なつみは子供たちを守るために、すべての力を炎に変えて、子
供たちを狙う2人の少女に放った。
それまで、限りない攻防を繰り広げただ時間を消費してたに過ぎなかっ
た戦いも、なつみのその攻撃により呆気なく勝負がついた。
だが、人を殺した罪の重さにより、なつみの精神は壊れた。
梨華がどんなに言葉をかけても、どんなに現実を見させようとしても、な
つみは何も受け入れなかった。
深い心の傷を負ったなつみを見捨てることもできず、かといって異能の
力を持った集団に命を狙われている自分達が助けを求められるような
場所はどこにもない。
レーダーの網をひろげほんの少しでも危険な思考をもっている人物に、
ビクビクと怯える生活を続けていた。
救いが1つあるとすれば、この町のこの安ホテルに身を潜めてから、ま
だ1度も能力者の意識を捉えずにいることだけであった。
(でも……)
梨華は、明日香の最後の言葉が気になっていた。
【ここに会社のヤツラが来る。そいつらには、
絶対に敵わない。あの2人が厄介なんだよ。】
そう。確かに明日香は【2人】そう言った。
だが、梨華が感じたのは【1人の意識】だけだった。
(2人……)
(あの強い意識で気付かなかっただけなのかな……)
梨華は、本能的に感じる不安を除くことができなかった。
「梨華ちゃん」
なつみが、優しく語りかけてくる。
「は、はい!?」
なつみは、ニコニコと微笑みながら梨華が手を付けずにいるコンビニ弁
当を見ていた。
梨華に心が読める能力がなかったとしても、もう何週間も同じようなこ
とが繰り返されているので、なつみの欲する物は何も聞かないでもわ
かっていた。
「あ、どうぞ」
梨華は自分の弁当を、なつみにそっと手渡した。ここ数週間で、ふっく
らとして愛くるしかったなつみにも、そろそろ太り過ぎのシグナルが点
滅していた。
心配ではあったが、梨華にはどうすることもできなかった。
- 253 名前:第三部 投稿日:2001年06月19日(火)00時01分02秒
「梨華ちゃん……」
電気を消して真っ暗になったホテルの部屋。他に寝るスペースもない
ので、梨華となつみはシングルベッドを2人で使っていた。
そして、あの日以来、なつみは毎晩眠る頃になると、まるで子供のよ
うに梨華に甘えてきた。
なつみはソッと梨華に抱きついてきた。
そこから流れ込んでくるなつみの意識。
なつみは、母のぬくもりを一心に受けようとする子供そのものだった。
はじめは驚いた梨華ではあったが、自分がそうすることでなつみの心
がほんの少しでも癒されるのであればと、毎晩黙ってなつみの身体を
優しく抱きしめていた。
安心したなつみの意識が流れ込み、やがて眠りにつく頃まで、梨華は
なつみを抱きしめる。
(……このままじゃ、いけない)
(でも、どうすればいいの……?)
(ひとみちゃん……)
(会いたいよ、ひとみちゃん)
(ひとみちゃん……)
なつみを抱きながらも、梨華は毎晩のようにひとみのことを考えては、
心細くなって泣いた。
- 254 名前:第三部 投稿日:2001年06月19日(火)00時03分12秒
もう生活資金も残り少なくなっている。
これまではなんとか、梨華の貯金を切り崩しながら生活してきたが、
もうそれも底をつきはじめた今、新たな仕事先を見つけなければ、ホ
テルを追い出されてしまう。
梨華は、力を使ってなつみを眠らせ、見ず知らずの町を歩き回った。
【アルバイト募集】と書かれたチラシが店先に貼ってあると、アポもと
らずに駆けこみで申し込んでみた。だが、未成年で住所もない梨華を
雇ってくれるような場所はどこにもなかった。
途方にくれていると、梨華の意識に誰かの意識が流れ込んできた。
(あーあ、誰かアルバイト入ってくれんかなぁ)
意識は、かなり切実なものであった。
だがその切実な願いは、梨華にとっては好都合なものである。
梨華は咄嗟に、辺りを見まわした。
いくら意識を感じても、それがどこの誰から流れ込んでいるのかは
わからない。
梨華は運が良かったのかもしれない。人通りの多い道は、様々な
意識が流れ込んでくるため極力、そのような道を避けて歩いた。
そして今、午後の人通りの途絶えた飲食店街を歩いていたのである。
梨華の目的の人物は、数メートル先の十字路を横切っていた。
淡いブラウンの髪をした、すらっとした若い女性。
その女性は相変わらず愚痴のような意識を流し続けていた。
「あ! あの!」
梨華は思わず、数メートル離れた場所から声をかけた。
はじめ女性は自分が声をかけられたとは思わなかったので、そ
のまま梨華の声を無視して歩き続けた。
だが、もう1度梨華の声を聴くと周りに自分しかいないのを認識
し、ゆっくりと声のした方向を見た。
- 255 名前:第三部 投稿日:2001年06月19日(火)00時04分05秒
「あ、あの……」
思わず駆けよった梨華だったが、その後は何を話していいかわ
からなかった。まさか、心を読みましたとは言えない。
女性は丸いサングラスを少しずらして、梨華をマジマジと眺めて
いる。
(なんや、この子……?)
(ちょっと、頭おかしいんか?)
(うわ、やばいでぇ)
怪しまれ始めたのを感じとった梨華は、もう何がなんだかわから
なくなって、「私を雇って下さいッ」といきなり頭を下げた。
「は?」
(やっぱ、おかしい)
(雇って?)
(……店のチラシでも見たんか?)
梨華はその意識をすばやく読みとり、女性にそれ以上考える時
間を与えないように口を開いた。
「あの、お店のチラシ見て」
「あ、そう」
(なんや、やっぱりそうか……)
(けど……)
(見た目は合格やけど……若すぎるんちゃうか)
「あの、石川梨華15才。神奈川県生まれ」
梨華は思わず、自己紹介をしてしまった。
女性は、「はぁ?」と口を開けっ放しにした。
梨華の表情に、またやってしまったという色が浮かんだ。
- 256 名前:第三部 投稿日:2001年06月19日(火)00時05分04秒
雇ってもらえないだろうと1度は落胆した梨華だったが、女性が
とても彼女のことを気に入ったらしく、詳しく話を聞きたいとの事で、
女性の店である居酒屋へと連れていかれた。
「そうかぁ。まぁ、詳しい事はもうええわ。そのかわり、ここで居る
間、自分、18才で通しや。バレたら、ややこしいからな。それで
ええか?」
「はい、頑張ります」
梨華は、「ありがとうございます」と深々と頭をさげた。
能力で心を読み、相手の納得する答えを出す。それは梨華が、誰
に教わるでもなく覚えた、能力を隠すための処世術であった。
それが功をそうし、完全には納得していないものの梨華は女性の
店で働けることになった。
問題は、なつみと住居のことであったが、それも同時に解決するこ
とができた。
女性の納得する答えを導き出した結果――、なつみは梨華の姉
で、2人は親の借金で住む家がなくなったという悲劇の姉妹になっ
た。トラブルが起きてからでは遅いので、梨華は正直になつみが
精神的に不安定になっていることも忘れずに付け加えた。
女性は、「アンタも、大変やなぁ……」と少し涙ぐみながら、梨華の
ためにジュースを取りにいった。
そして、しばらく世間話をして正式に採用となったのである。
(ごめんなさい、平家さん……)
梨華は、これから雇い主になる若い女店主――平家みちよに対し
て本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
- 257 名前:第三部 投稿日:2001年06月19日(火)00時06分27秒
――石黒のもとには、梨華とひとみについてのいくつかの情報が
転がり込んできていた。
数人の知り合いに頼んでいたものが、次々と集まってきたのであ
る。
石黒はその資料を読み、2人の居場所のおおよその見当はつけ
ていた。
しかし、彼女はこれをひとみに知らせるべきかどうか迷っていた。
ひとみに知らせれば、すぐに喜んで駆けつけるだろう。石黒も、2
人には会いたい。
(でも……)
正直なところ、もうあまりかかわりたくないという気持ちもある。
”オカルト”を否定していたのに、ほんの1日でその考えをまったく
逆にしてしまうような事件に遭遇してしまったのだ。
ケガもした。幸いにも石黒は軽傷で済んだが、ひとみは命に関わ
るほどの怪我をし後遺症まで残ってしまった。
石黒は、もうこれ以上ひとみを不幸な目に合わせたくなかった。
そして何よりも不気味なのが、梨華やなつみを執拗以上に付け
狙った相手の存在である。
その正体はまったくの謎であった。
あれだけの目撃者もあり、なおかつ破壊された建物などの物的
証拠も残っている。しかし、警察もマスコミも動かなかった。
ひとみたちと知り合うきっかけともなった、朝比奈学園の事件も
そうだった。
取材の途中で、突然ストップがかかった。それに納得できなかっ
た彼女は、出版社をクビになった――。
どれもこれも、直接の目撃者以外、世間の多くの人は何も知ら
ない。情報を操作できるほどの大きな力の存在は、石黒のジャー
ナリストとしての魂を震え上げさせた。
「これ以上、関わるのは危険……」
石黒は、調査報告資料の束をまとめるとそれをクローゼットにし
まった。そして、服を着替えて料理教室に行く準備をする。
そうするのが正しいのかどうかわからなかったが、今はもう今日
習う料理のことだけを考えたかった――。
- 258 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月19日(火)00時07分31秒
- 今回の更新は、これで終了です。
- 259 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月19日(火)00時10分18秒
- >>248
思ったより早く、次回が始まりました。
- 260 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月19日(火)00時12分25秒
- >>249
もうね、とにかくありがとです。
- 261 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月19日(火)00時13分08秒
- やっと、他のメンバーが……。
- 262 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月19日(火)00時14分08秒
- 名前だけ(^^;
- 263 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月19日(火)00時14分40秒
- ちょっと長いので、章を区切ってみました。
- 264 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月19日(火)00時17分07秒
- たぶん、次回に出てきます。
――では、今回はこの辺で。
- 265 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)01時19分05秒
- お早い復帰ありがとうございます。
なっちが〜〜(涙
- 266 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)23時46分54秒
- いよいよ真打登場?<ゴトウマキ
みっちゃんはたぶんいい人のまま終わりそう、かな(w
次回の更新を楽しみに待ってます
- 267 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)00時12分36秒
- >>258
酔った客たちの意識をガードしつつ、働くという事はかなりハードなこと
だった。これまでのように、”花”をキーワードに流れてくる”祝い”や”プ
レゼント”や”美”などいう比較的プラスの穏やかな思考を流していた客
たちを相手にしているようにはいかなかった。
そこには様々な感情があった。
比較的”悪意”が流れ込んでくる事はなかったが、”愚痴”や”酔っ払い”
の思考がガードの向こう側でざわめいているのは、あまり気分のいいも
のではなかった。
しかし、梨華は常に笑顔を絶やさないように一生懸命働いていた。
そうしなければ、もうどこにも行くところはなかったし、常連客たちと注文
をとっている間に交わす短い会話は楽しかった。
働きはじめてから10日、梨華は早くもこの店の看板娘になっていた。
平家はその姿をカウンターの中から、温かい眼で見守っていた。
午前1時。平家は、表の暖簾を外す。
「はぁ〜、今日も終わったなぁ」
と、誰に言うでもなく、客足も途絶えた繁華街の片隅にある店先でそうつ
ぶやいた。
「あの、平家さん」
「ん?」
「ビールの在庫が少ないですけど、どうしましょうか?」
と、梨華が業者への注文表を片手に訊ねてきた。
正直、梨華の現状に同情して住み込みのアルバイトとして雇ったものの、
やって行けるのかどうか心配だった。
世間のことを何も知らないお嬢様のような風貌と、そのアニメのような声
がより一層そのような心配をかきたてた。
だが今は、雇って正解だったと確信している。いや、雇うことができてあり
がたいとさえ思っていた。
その仕事ぶりは優秀そのものだった。こちらが考えていることをすべて、
こなしてくれる。今も、これからビールの発注をどうしようかと何気に考え
ていたところである。
(ホンマ、ええ子やわ)
平家は、ビールの発注をFAXしに店の中へ戻る梨華の後ろ姿を見つめな
がら、しみじみと考えたりしていた。
――その平家の意識は、梨華に伝わっていた。
(ごめんなさい。全部、わかってるんです)
と、心の中で謝りながら、FAXの送信ボタンを押した。
- 268 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)00時15分05秒
数日後の夜の事である――。
ひとみの住むマンションの一角には、小さな公園があった。
小さな遊具が備え付けられており、小さな噴水もあった。
噴水の水面に映っていた月が、風もないのにゆらゆらと揺れた。
「うわぁ、懐かしい」
1人の少女が、その長い栗色の髪の毛を躍らせながら遊具へと
駆けていく。
もう1人のベリーショートヘアーの少女は、遊具で遊ぶ少女をベン
チに腰掛けて眺めていた。
その5分後。
ひとみの家に1本の電話が入った。母親は風呂に入っており、弟
2人はゲームに夢中になっているのか、電話のベルが鳴っていて
も部屋から出てこようとしなかった。
父親はまだ仕事から戻ってきていない。
「もうッ、ケガしてるの忘れてんのか」
と、ひとみは聞こえないのはわかっていたがブツブツと弟たちに向かっ
て文句を言いながら、リビングにある電話をとった。
「はい、もしもし。吉澤です」
ひとみの苛立ちは、声になっても現われた。
『あ、もしもし、よっすぃ〜。アタシだけどさ』
”よっすぃ〜”その呼び名からして、矢口からの電話かとも思ったが、
矢口より若干声が低かった。
だが、一応は矢口からの電話かもと疑ってみた。
「矢口さん……ですか?」
『ハハ、矢口さんですかって。やっぱ知ってるよ』
と、電話の向こうにいる相手は別の相手に話しかけているようだった。
「誰か、わかんないんですけど」
その失礼な態度に、ひとみの苛立ちはまた少しUPしたようだ。
だが、相手が名乗った瞬間、その苛立ちは跡形もなく消え失せ、恐
怖だけが甦った。
『真希だよ。後藤真希』
(……)
(……)
(……)
――ひとみの手から、受話器が滑り落ちた。
(なんで……)
(なんで……)
(なんで……)
『おーい、よっすぃ〜、聞こえてる〜』
ぶら下がった受話器から、真希の声が漏れていた――。
- 269 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)00時16分14秒
夜の公園。
「後藤」
と、真希を呼ぶ声が響く。
すべり台に座ってボーっとしていた真希が、「ん?」という感じで顔を
向けた。
「なに? いちーちゃん」
市井紗耶香は座っていたベンチから、ゆっくりと立ちあがった。
真希は、市井の視線を追った。
公園の出入り口に、影が佇んでいる――。
「ハハ。遅かったね」
目を細めていた真希は、その影が誰であるのかを確認した。
その影は、一向に出入り口から動こうとしなかった。正確には、動き
たくても動けなかったのである。
ひとみには、ほんの少しの思いあがりがあった。福田明日香や松浦
亜弥にも、逃げないで立ち向かった。
だからこうして、以前だったらその名前を聞いただけで気を失いそうに
なった”後藤真希”に、会いに来たのである。
なにより、誘いを無視して公園に向かわなかったら家族に何をされる
かわからないという危惧感も、ひとみをこうして公園に向かわせた理
由の1つでもあった。
だが……、真希を目の前にすると足がすくんでしまい一歩も動かなかっ
た。
ひとみにはまだ、真希の姿ははっきりとは見えていない。だが、真希で
あろう人物から発せられる異様な雰囲気だけで、足がすくんでしまった
のだ。松葉杖を支える手も、すでに力を失いかけていた。
「ったく、何やってんのさ。せっかく、会いに来てあげたのに」
と、真希がゆっくりとひとみに向かって歩いてくる。
「でもこの公園も変わってないねぇ。あの時と同じだーね」
真希は、腕を後ろに回して呑気に辺りを眺めながら歩いてくる。
ひとみは見た。
公園脇の街灯に照らされた真希の姿を――。
成長を遂げた後藤真希の姿を――。そこから発せられる雰囲気とは裏
腹に、なぜだか少し懐かしい感じがしていた。
(砂遊びをしてた、真希ちゃんだ……)
ひとみは、そんな風に思った。
数メートル先で、真希が立ち止まった。
向こうからも、ひとみの姿が見えているらしい。
それまで何か公園の様子について喋っていた真希だったが、ひとみの
姿を一瞥するとその余裕の表情が少し切なげな表情に変わった。
(ほら、やっぱりあの頃と同じだ……)
ひとみの目には、10年前の真希の姿が写っていた。
市井沙耶香は、公園の出入り口で佇んでいる二人の姿を、ただ黙って
見つめていた。
- 270 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)00時17分30秒
梨華はすべての仕事が終わると、エプロンを外しながら2階にある部屋
へと戻った。
ゆっくりとドアを開けると、なつみがス〜ス〜と寝息をたてて眠っていた。
梨華はなつみを起こさないように、こっそりと平家が用意してくれたパジャ
マに着替えた。
(はぁ……、シャワー浴びたいな)
この部屋はもともと、ちょっとした休憩をとるような場所を目的に作られて
おり、トイレもなければ風呂も台所もなかった。
住み込みとして雇用してもらったが、もともと住み込みできる造りで建て
られていないので仕方がないと言えば仕方がないが、焼き鳥の煙や脂
やタバコや酒の匂いが染付いたまま眠るのは、15才の少女にすると辛
いものがあった。
(寝れるところがあるだけ、いいよね……)
(ご飯も食べれるし……)
梨華は、自分を納得させている間に、いつの間にかぐっすりと眠っていた。
肉体的なこともそうなのだが、精神的にも疲れはもはやピークに達しよう
としていた。
梨華が深い眠りに入ってしばらくした頃、なつみの目が突然ぱちりと開いた。
暗闇の中でそのつぶらな瞳をキョロキョロと動かし、物音を立てずに部屋の
ドアを開けて階下へとおりていった。
なつみは真っ暗な店の中でも、電気をつける事はなかった。
ほんの少し、力を使って小さな炎を浮かびあがらせると、その明かりを便
りに店の業務用冷蔵庫を開けた。
そこには店で使う冷凍用の食材が、いくつかしまわれている。
なつみはそれをおもむろに取りだすと、強めの炎を浮かびあがらせ食材を
解凍すると手当たり次第に貪った。
暗闇の中に浮かぶいくつかの小さな炎、その薄暗闇の中で一心不乱に
食料を貪るなつみの姿は、どこの誰が見ても異様な光景だった。
- 271 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)00時18分24秒
――翌日の昼過ぎ、梨華はまだ眠っているなつみに声をかけた。
「安倍さん、起きて下さい。もう、お昼ですよ」
「う〜ん、もうちょっと」
と、なつみは寝返りをうった。
このままで良いはずはないのだが、これ以上しつこく起こそうとすると
なつみは炎を浮かびあがらせて梨華に抵抗してくる。
抵抗と言っても、そこに攻撃をくわえるつもりはない。
ただ、驚かせてその様子を盗み見て笑うだけであった。
「もう、いい加減にして下さい。怒りますよ」
なつみはしぶしぶといった感じで、目を閉じたまま大きく伸びをする。
「う〜ん、抱っこ……」
と、なつみは両手を大きく広げる。
梨華は小さなため息を吐くと、なつみの要求に答え布団から立たせた。
腕力のない梨華にとって、体重のあるなつみを起こさせるのは容易な
ことではなかった。
なつみの幼児退行現象は、ここに来て急激に進んだ。
梨華と2人でいる時間は、梨華にベッタリと引っ付いて離れないので
ある。
それはきっと、1人になることの不安によるものなのかも知れない。
近くにある銭湯で風呂に入っている間も、食材の買出しに行っている
間も、料理の仕込みをしている間も、ずっと側にいて離れようとはしない。
店の中だけなら、まだよかった。
平家には最初に事情を説明してある。平家が2人を微笑ましく見てい
る意識を感じて、梨華はホッと安心していた。だが、他の場所では色々
な関係を想像されて、恥ずかしくて顔を上げることさえできなかった。
なつみを抱え起こした梨華が次にすることは、なつみのパジャマを脱
がせて着替えさせることであった。
なつみは、自分でボタンをかけることもできなくなっていた。
梨華が黙々とその作業を進めていると、部屋のドアが静かにノックさ
れた。
訪問者は、2階に訪れることは滅多にない店主の平家であった。
- 272 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)00時19分50秒
開店前のひっそりとした店内。なつみは、カウンター席で平家が用意
した料理を食べていた。昼夜逆転した生活では、それは朝食にあたる。
梨華と平家は、テーブルに向かい合って座っていた。
しばらく無言の時が流れている。
「どんな事情があったか、聞いたりせえへん。」
ヒールをコップに注ぎながら、平家がおもむろに話しを切りだした。
梨華には平家の考えている事は、すべてわかっていた。だが、それを
口に出すこともできない。黙って、うつむいたまま平家の話を聞いていた。
「けどな、このままやったらアカンと思うねん……」
と、なつみの背中を見つめた。
「梨華ちゃんたちが2階に越してきてから、気付いてはおったんや。なん
ぼ、冷蔵庫のもん勝手に使ってもエエって言うても、減り方がまともやな
かったから……」
梨華は、なつみの行動にまったく気づいていなかった。疲れていたとは
言え、不覚だったと後悔した。
平家の意識を読みとると、平家は昨日の夜、店の外からなつみの姿を
目撃したらしい。ただし、炎は”ろうそくの炎”と勘違いしているようであっ
た。どちらにせよ、深夜のなつみの行動は奇異な行動ではある――。
「それでな……」
「……」
「その……な、知り合いにな、病院の先生してる人がいるんやけどな」
「……はい」
「いや別に、どうこうやないんやで。ただな、どっちも心配なんや。このま
まやったら、アカンような気がしてな」
平家の心配をよそに、なつみは用意されていた梨華の分の食事に手を
つけ始めた。それを見た平家は、悲しそうな表情を浮かべて2人に同情した。
梨華は、ここにいられる時間が長くないのを感じていた。
- 273 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)00時20分58秒
平家が心配してくれるのはとてもありがたかったが、命を狙われている
なつみを1人病院に残す事は到底考えられなかった。
「あの……」
梨華は、重い口を開こうとした時だった。
「失礼します」
「失礼しまーす」
と、2人の声が聞こえてきた。梨華は、その声にどことなく聞き覚えが
あった。
「あ、ごめんなぁ。営業時間まだやねん」
と、平家が顔を上げる。梨華は、声の記憶の糸をたどっていた。と、同
時に疑問も浮かんできた。
(なんで、入ってくるの気づかなかったんだろう……)
(疲れてるのかな)
(平家さん? どうしたんですか、ボーっとして)
梨華は、平家の視線を追って後ろを振りかえった。そして、時間が止ま
るような錯覚に陥った。
「あ、やっぱりこれ効き目あるみたいですね」
ヘッドギアをつけた小柄な少女が、隣にいる女性に向かって言った。
「安倍なつみさんと、石川梨華さんですね」
なつみが、食事を隠すようにして2人に背を向けた。
「保田さん、あの人やっぱり変。なんであんなんに、やられたんやろ」
「加護」
保田と呼ばれた女性が制すると、加護亜依はシュンとおとなしくなった。
梨華の脳裏に、朝比奈学園で聞いたアナウンスの声が甦った。
と、同時に新たなる刺客が目の前に現れたことを悟った。
「梨華ちゃん、知り合いか?」
平家の声がとても遠くに聞こえる、梨華であった――。
- 274 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)00時22分34秒
「会社としてはもう1度、2人の処遇について検討してみました」
近くの公園に、4人は来ていた。平家の店に迷惑がかかるのを恐れた
梨華は、平家に心配させないように保田と加護は失踪した父の知りあ
いだという事にして、この場所にやって来た。
「その結果――」
保田が、手にしていたアタッシュケースから書類を取りだした。
「安倍なつみさんには、あるセクションの中枢部に所属してもらうことに
なり、石川梨華さんは、われわれと同じセクションに所属してもらうことが
決定しました。これがその正式採用通知です」
と、保田が梨華に書類を渡した。
「……正式採用って、どういうこと」
梨華の不安はかなりのものであった。これまで、自分の能力を疎ましく
思っていたが、いざ実際に心を読み取れない二人を目の前にすると不安
で不安で仕方がなかった。
ましてや、相手は自分達の命を狙っていた者の仲間である。
「ホンマは、こんなチャンスないんやでー」
と、加護がおどけたように言った。
「――安倍さんの能力は、わが社にとってやはり有益だと判断しました。
そして、石川さんの能力は、私たちの所属するセクションに一人欠員が
出まして」
「欠員って……」
「明日香……。福田明日香です」
”福田明日香”という名前を聞いて、なつみの顔色が変わった。
「安倍さんの力って、すごいんですよねぇ。まだ見たことないけど」
と、加護がなつみに笑いかけた。
なつみは、咄嗟に梨華の後ろに身を隠して震えた。
「……ただ、これでは戦力になりませんので、しばらく我が社の所有する
病院で治療に専念してもらいます」
「治療……」
「ええ。このようになってしまうケースは、稀にありますから。専門の病院
を設けているんです」
- 275 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)00時23分38秒
「保田さん、もう帰りましょう。こんなん着けてるん、恥ずかしい」
「……まぁね。じゃあ、安倍さん石川さん、行きましょうか」
と、2人は並んで公園の外へと向かって歩きはじめた。
梨華は、逃げられない事がわかっていた。いくら特殊なヘッドギアで梨華
の能力が使い物にならなくなっていても、2人のその自信は態度となって
現れていた。
「あ、そうだ」
と、しばらく歩いたところで保田が振りかえった。
「わかっているとは思いますが、あなたたちに断る権利はありませんよ。
吉澤ひとみさんをご存知ですよね」
その名前を聞いて、梨華の胸は不安に引き裂かれそうになった。
「ひとみちゃん……、ひとみちゃんに何かしたんですか!」
「別に何もしてません。ただ――、石川さんもあの現場で感じたと思うけど」
梨華は忘れてはいなかった。あの強い意識の波動――。
「吉澤さんは、あの2人の監視下に置かれているから」
梨華はほんの少しだけ、ホッとすることができた。監視下に置かれている
と言う事はまだ何もされてはいないはずで、自分となつみの行動のいかん
によれば、何事もなく解放されるはずであった。
「1つだけ、条件が……」
「無事に帰してやれって言いたいんでしょ」
やはり、すべてはお見通しだったようである。
「あなたの返事次第だけど、まぁ断る事はしないから、無事でしょうね」
「保田さーん、早く帰りましょー」
と、遠く離れた加護が呼ぶ。
保田は、「はぁ」と軽くため息を吐くと、そちらに向かって歩いて行った。
残された梨華は、なつみを振りかえった。
なつみはただ、怯えた子供のような目で梨華を見上げているだけだった。
「……行きましょうか」
梨華がなつみに手を差しだすと、一瞬だけ躊躇したがすぐに笑顔を向けて
握り返してきた。
不本意で不安でもあったが、どこか肩の荷が下りた感じがした梨華であった。
わずか2週間ばかりの『居酒屋 平家』の看板娘は、この町から姿を消した。
- 276 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月20日(水)00時26分03秒
- >>267-275
が、今回の更新分です。
- 277 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月20日(水)00時27分44秒
- >>265
こちらこそ、即レスありがとです。
- 278 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月20日(水)00時31分25秒
- >>266
いよいよ、主要メンバーが揃いつつあります(^^;
- 279 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月20日(水)00時32分30秒
- 突然ですが、今までのを整理してみました。
- 280 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月20日(水)00時33分14秒
- 第一部
>>2-11
Chapter−@ <出会い>
>>14-24
Chapter−A <告白>
>>27-38
Chapter−B <事件>
>>42-51
>>56-63
Chapter−C <コンタクト>
>>68-76
>>83-88
Chapter−D <コンタクトU>
>>95-100
>>111-120
last−cahpter <対峙>
- 281 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月20日(水)00時35分21秒
- 第二部
>>128-137
Chapter−@ <サキヤマ町>
>>147-156
Chapter−A <未知との遭遇>
>>165-178
Chapter−B <再会>
>>188-200
Chapter−C <覚醒>
>>210-219
>>228-240
last−chapter <懺悔>
- 282 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月20日(水)00時37分06秒
- これで少しは、読みやすくなったでしょうか?
――とりあえず、今回はこの辺で。
- 283 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月20日(水)01時58分56秒
- なるほど、真打ち登場ですね。
いよいよ目が離せない〜〜
- 284 名前:ビッグ・ザ・葡萄 投稿日:2001年06月20日(水)11時52分10秒
- 今日、初めて読みやした。
面白い。面白いけど市井“沙”耶香ではなく
市井“紗”耶香です。市井ファンなんで…
- 285 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)23時22分24秒
- Chapter−2<サヨナラ>
「これから、どこに向かうんですか……」
梨華は後部座席から、弱々しい声を発した。
運転している保田は、バックミラーで梨華の顔を一瞬だけ覗くとすぐに
前方へと視線を戻した。
「梨華ちゃん……」
不安からなのだろう、なつみは車に乗り込んでからずっと梨華にしがみ
ついたままだった。
「大丈夫ですよ」
なつみの髪の毛を優しく撫でながら、梨華自身も平静を取り戻そうとし
ていた。だが、車内には重苦しい雰囲気が漂ったまま、どこかへ向かっ
てもう2時間以上も走っている。
車窓の向こうの景色は、夕暮れに染まっていた。
それからさらに、1時間以上が経過した頃、車はとある敷地内へと入っ
ていった。地理に――、東京に疎い梨華だったが、その場所は何度も
TVで見たことがある。
――車が入ったその場所は、国会議事堂だった。
車は議事堂裏へと周り、地下へのスロープを下りていった。どのくらい
走ったのだろうか、地上の喧騒はまったく聞こえない地下駐車場で保
田の運転する車は止まった。
- 286 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)23時24分01秒
「さ、降りて」
保田が運転席に座ったまま、梨華たちをうながす。
「加護! アンタ、いつまで寝てんの! ついたわよ」
と、助手席に座るやいなやここまでずっと眠りっぱなしだった加護を揺り
起こす。
梨華は怯えるなつみの手をとると、保田と加護を残して車の外へと降り
立った。地下――。らしくない、地下であった。まるで快晴の空の下に
いるような、上を見ることもできないくらいの明るさである。
そして、広すぎる空間に違和感を感じる梨華であった。
(……こんな、地下ってあるの?)
車が列をなして数十台停車している。駐車場出入り口からは、数百メー
トル離れた位置である。
そして、車のその向こうにはさらに、数百メートル何もない空間が続いて
いる。
広大な敷地の割に、停車している数が少ない――。
なんの目的で建てられているのか分からないが、駐車場がムダに広い
地下であった。
「お待たせ。さ、行くわよ」
後ろからやってきた保田は、まだ眠そうに目をこすっている加護の手を
引きながら、目の前の建物へと入っていった。
- 287 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)23時25分08秒
いくつ廊下の角を曲がっただろうか、いくつの扉を開いただろうか、何回
エレベーターの昇降を繰り返しただろうか、保田と加護が立ち止まった
その部屋の前で梨華はもうすでに方向も位置もわからなくなっていた。
ひとみを監視下に置かれている以上、下手な動きをするつもりはまったく
なかったが、それでも出入り口からの位置関係ぐらいは認識しておきたかっ
た。隣にいるなつみは、ここに来るまでに相当の体力を使っているようだった。
――その扉は何か特別な細工を施しているのだろう、保田が扉を開けた
瞬間に、以前感じたことのある強烈な意識の波動がドッと押し寄せてきた。
梨華は思わず短い叫び声を上げると、反射的に身をちぢめた。だが、その
後に届いた懐かしい意識の流れ――。
梨華は、すぐに分かった。その意識の流れを感じると、先ほどまで畏怖で
あった波動はそれほど苦にもならなかった。
梨華は、思わず部屋の中へと足を踏み入れた。だが、急にその懐かしい
意識の流れはピタリと止まった。
部屋の中は、がらんとしたものだった。凝った装飾品も何もない。ただ単に、
応接セットのようなものが部屋の中央に置かれていただけだった。
そのソファに、2人の少女が向かい合って座っている。
何か小声で話しているようだったが、少し離れているため梨華には聞き取
れない。
- 288 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)23時26分42秒
どちらかが、強烈な意識の波動を発している。きっと、攻撃的な能力を持っ
たタイプの人間なのだろうが、2人の少女を見ている分には、梨華にはど
ちらがそうなのかわからなかった。
「あ、圭ちゃん、加護、お帰り」
栗色の長い髪をたなびかせ、1人の少女が振りかえった。
「おッス」
保田は、特に意識することなくヘッドギアを外した。
「メッチャ、恥ずかしかったぁ」
と、加護が甘えたように笑い、ごく自然にヘッドギアを取り外す。
2人はヘッドギアを外した。しかし、梨華には何も感じとれない。触手を伸ば
すことすらできなくなっていた。まるで、力がなくなったような錯覚に陥った。
「この部屋にはさ、力を押さえる効果があんの」
と、後藤の向かいに腰かけているベリーショートヘアーの少女が、梨華の
目を捉えながら言った。
「ま、後藤みたいなバカ力は押さえきれないけどね」
後藤と呼ばれた少女は、「ひどいな、いちーちゃん」と楽しそうに笑った。
(後藤……)
(あぁ……)
(ひとみちゃんの”ゴトウマキ”は、この人なんだ……)
この部屋に入った瞬間、能力を封じられた梨華ではあったが、その桁違い
の波動を持つ少女が、ひとみの中に封じられていた”ゴトウマキ”であるの
は間違いないと感じていた。
- 289 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)23時27分48秒
「そんなところじゃなんだからさ、2人ともこっち来たら」
保田が、部屋の入り口で佇んでいる梨華となつみに声をかけた。
なつみはすでに怯えきっていて、動こうとしない。
「安倍さん、大丈夫ですから」
「梨華ちゃん、あの子、怖い……」
と、泣きそうになりながら、恐るおそる真希を指さした。
「後藤さん、怖〜い」
加護がおどけるように言った。
「そっかな? そう?」
ぼんやりとした口調で、後藤はなつみを見つめていた。その目には、生気
のようなものは感じられない。なつみを見る目は、まるでそこにある”物”を
見るような目であった。
その目で見られたなつみは、震えながら梨華の後ろに身を隠した。
もしも、ひとみを人質にとられていなかったら、梨華はこの場を逃げていた
かもしれない。真希の発する雰囲気は、得体の知れない恐怖であった。
「ん? 誰ですか? この人」
市井と後藤のもとに向かった加護が、ソファを見下ろしている。
梨華の位置からは、高い背もたれが邪魔をしてそこに誰がいるのか見え
ない。
「スゴイ、傷ですねー……」
と、加護が顔をしかめながら言った。
「石川さん……だっけ?」
市井が、梨華を見つめながら口を開く。
「はい……」
「誤解してるかもしれないけど、ウチらは別に殺人集団じゃない」
「……」
「だから、こういうことは極力避けたい。――こっち来て」
市井が梨華に、こちらに来るようにと目配せをする。
- 290 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)23時28分58秒
梨華は、なつみの手をとり恐るおそるそちらへと近づいた。
「……!!」
後藤の横で眠っている少女を見たとき、梨華は声を上げることができな
かった。
そこにいたのは、まだ完全には傷の癒えていないひとみだった。
「ただ、そこはやっぱり他の人達とは違う力を持ってるからね。目的のた
めにその力を使っても仕方ない。その辺は、個人個人の判断に任してあ
んの」
「亜弥ちゃんも、教育係が悪かったせいで死んでもうたんや」
「加護、アンタは黙ってなさい」
「けど」
保田がギロッとひと睨みすると、加護はつまらなそうにその場を離れていっ
た。
「もう、いいでしょう……。私、逃げたりしませんから、ひとみちゃんを帰し
てください」
梨華は、ひとみから顔を背けながら呟いた。
「そう言うわけにもいかないの。あなたの初仕事が残ってるんだから」
市井は、ソファに背を預けながら冷たく言い放った。
「どういう……、こと……、ですか?」
「この子の記憶を、すべて無くして。それが、石川の初仕事」
「……!」
ひとみの記憶を抹消する――。それは確かに、意識を操ることができる
梨華にしかできないことであった。
「いちーちゃん……、別にそこまでしなくても」
後藤が市井の顔色をうかがうようにして、話しかけた。
しかし、市井は梨華から目をそらすことなく言葉を続けた。
「記憶を消せば、もうこんなケガをする必要もないんだ……。普通に生き
ることができる」
市井のその言葉に、梨華の心は衝撃にも似た感じを受けた。
- 291 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)23時30分18秒
”普通に生きられる者”と”そうでない者”、梨華とひとみの間にはその
一線があったことを、梨華は今さらのように思いだした。
はじめて出会ったあの日、梨華はその一線を覚えていた。これまでに
何度も信じられることができそうな人と出会う事はできた。だが、その
いずれも梨華に何か得体の知れない力を感じ、恐れ忌み嫌い離れて
いった。
そのたびに梨華は深く傷つき、もう誰も信じないようにしようと誰にも
必要とされないように静かに目立たないように生きようと決意したの
である。
だが、その孤独感は絶えられるものではなかった。
あの日、出会ったことは運命だったのかもしれない。梨華はいつも、
そう考えていた。梨華の力に対してひとみは、恐れたり忌み嫌ったり
する事はしなかった。これまで梨華が出会ってきた人たちのように、
心を読まれるのを恐れて離れて行ったりしなかった。
むしろ、梨華の力に対して理解しようと歩み寄ってきていた。そして、
無粋な態度で接してしまった時には、何度詫びてくれた事だろう。
梨華にとっても、それは初めての事だった。1人で静かに暮らす事さ
えできればそれでいい――。一生、1人なんだ――と、孤独の悲し
みに涙をする日もあった。
そんな孤独を忘れさせてくれたのは、ひとみと出会う事によって共に
過ごす時間があったからなのかもしれない。
共有した時間は、梨華にとって宝物だった。たとえ、そこに悲しみや
恐怖が存在していても、ひとみと過ごした時間は宝物だった。
しかし、市井の言葉を聞いた今、それは自分よがりな勝手な妄想
なのかもしれないと思いはじめた梨華であった。
- 292 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)23時31分35秒
「後藤。それで、いいね?」
と、市井が後藤に声をかけた。
向かいに座っている後藤は、何も答えずにぼんやりとひとみを見つ
めた。その目には、多少の侘しさのようなものが浮かんでいる。
「後藤」
「……いいよ。もとはと言えば、後藤が吉ちゃ……よっすぃの前で
あんな事しなきゃよかったんだもん」
「石川も、この子が本当に大切だったら、そうしてやりな」
「……でも、記憶を消す事なんてやったことが」
できるのかもしれない。何となくではあるが、理論的な事はわかっ
ている。だが、そのような事を1度もしていないので、梨華は成功
するかどうか不安だった。
「アタシが教えるよ。その前に、この子の傷……、治してあげなきゃ
ね」
市井は、ゆっくりと立ち上がるとひとみのもとへと歩いた。
梨華には市井が何をするのかわからず、息を飲みながらその行
方を見つめていた。力は使えない。だがもしも、ひとみに危険を
及ぼすような行動に出れば、身をていして庇うつもりだった。
「……」
市井の行動を見た梨華は、息をするのも忘れてしまった。
つい先ほどまで、ひとみの頬に残っていた大きなムカデのような
裂傷痕が、市井が軽く撫でただけでスッと消えた。
まるで、そんな傷など最初からなかったかのように――。
「ヒーリング。紗耶香の力は、どんな傷もああやって治してしまう」
保田が、梨華の横で市井の姿を見つめながら呟いた。
梨華の目に映る市井の姿は、どこか神々しい印象すら与えた。
「神」と「悪魔」がもしもこの世に存在するならば、その2つの能
力に大差は無い。あるのは、価値観の違いだけ――。
だとすると、この集団、そして市井はどちらの部類に入るのか、
市井の力を目の当たりにして、ただぼんやりとそんな事を考え
る梨華であった――。
「いちーちゃんの方が、バカ力じゃん」
と、笑う真希の声が、その思いをより一層引き立てた。
- 293 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)23時32分54秒
ひとみの記憶は、リセットされた。
正確には、ひとみの中にある異能の力を持った人間と関わりあっ
た記憶を”リセット”+”書き換え”たのである。
梨華がひとみの意識の最下層に潜り込んだ時、ひとみが隠しつづ
けたものを初めて垣間見た。
そこには、恐怖が渦巻いていた。
それをトラウマと呼ぶ学者もいるが、きっとひとみのそれは学者に
治療することはできなかったであろう。
弾け飛ぶ少年の眼球。その眼液が、5歳のひとみの口元に飛び
散り、その味が”塩辛く微かに血の味がする”とまで記憶していた。
もう1人の少年は、全身が弾け飛んだ。肉片が飛び散り、ひとみの
身体にボトボトと降り注いだ。呆然と口を開けてその光景を見てい
た5歳のひとみの口に、その肉片が鼻の脇を伝って滑り込んだ。
最後の少年は、圧死した。何か目に見えない重いものが落ち、
その小さな身体は奇妙な鈍い音を立てながら潰れた。
逃げようとしたひとみは、その少年からこぼれ出た血に足を取られ
て、血の海の中に倒れ込んだ。
パニックになってもがいたところ、少し離れた砂場の中で5歳の真
希が冷たい微笑を浮かべているのが見えた。
隣に転がった眼球の無い少年の遺体が、鈍い音と共にひとみの
横で弾け飛んだ。ひとみの記憶は、そこで終わっていた。
――梨華は、ひとみが記憶していた10年前の出来事を、時には
ひとみの目を通して、時には俯瞰で、その出来事を共有した。
ひとみの記憶。
それがわかっていなかったら、梨華の精神は崩壊していたかも知
れない。それほど、リアルな記憶だった。
そんな少女が受けた異様な体験にもとずく恐怖を、先例がなけれ
ば何もできない学者たちに、何をすることができるだろうか――。
梨華はその恐怖に耐え忍んできたひとみの10年間を思うと、最
後にほんの少しだけひとみの役に立てるような気がした。
――市井に教えられたとおり、梨華はその記憶をリセットした。
そして、ひとみの意識の層を上昇しながら、今回の一連の事件に
関連する記憶をすべてリセットし矛盾が出ないように書き換えた。
触手を戻し、現実の世界に戻ってきた梨華は、その場にいる全員
の視線から逃れるように背を向けて声を上げて涙した。
吉澤ひとみ――。彼女の中から、石川梨華という存在は消えた。
自分の中にだけ残っているひとみとの思い出が、ただただ切なく
苦しかった。
- 294 名前:第三部 投稿日:2001年06月20日(水)23時33分58秒
梨華は、異能の力を持った集団が所属する”ゼティマ・コーポ
レーション”の正式なスタッフとして登録されたが――。
それからの数日間は、梨華は何も覚えていない。
ただ淡々と、与えられた仕事をこなしていた。
ひとみの両親や、学校関係者や、石黒彩らから、事件の記憶を
リセットした。
梨華の教育係に任命された保田は、その仕事ぶりを見て「優秀」
だと言っていたが、梨華には何も聞こえていなかった。
単純に、機械のように作業を進めていただけである。
何日目かの午後、なつみは施設に収容された。抵抗はしたもの
の、炎を使うことは無かった。泣いて暴れて梨華の名前を叫んだが、
梨華にはどうする事もできなかった。
なつみのことを考えると、このまま放置しておくわけにもいかず、そ
の記憶をリセットすることは会社側が許さなかった。
「きっと、良くなって帰ってくるよ」
不安そうに見送る梨華の肩に、保田がソッと手をかけた。
不意に保田の意識が、梨華に流れ込んでいた。
(後藤と共に)
(要)
(理想)(近い)
(必要)
打算的な意識だった。
だが、梨華はその意識に嫌悪を抱くことはなかった。前もって、後
藤から聞いていたからかもしれない。
「いちーちゃんはね、ウチらのユートピアを作ろうとしてんだよ」
そのユートピアで何をするのか、梨華にはわからなかった。
ただ、市井や真希や保田や加護らが所属するチームは、明日香と
いう不協和音がいなくなったせいで着実にそして確実に自分たちの
”理想郷”づくりに近づいて行っている感じはしていた。
しかし、そこがどんな”ユートピア”であれ、その場所にひとみはいな
い――。
市井を中心にして作り上げようとしているユートピアにとって、なつみ
の力は必要だろうが梨華にはひとみが必要だった。ひとみさえいて
くれれば、そこがどんな場所であろうともユートピアのように思える
梨華であった――。
だが、そのひとみの記憶の中に梨華の記憶はない。
そう考えると、また少し泣きそうになった――。
- 295 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月20日(水)23時36分34秒
- 今回の更新は、以上です。
>>285-294が今回の更新分です。
- 296 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月20日(水)23時38分19秒
- >>283
最強コンビ(色んな意味で)の登場で、石川&吉澤は……。
- 297 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月20日(水)23時41分25秒
- >>284
変換ミス……。なんで、2回もフルネーム表記したんだろう……。
- 298 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月20日(水)23時41分49秒
い〜し〜か〜わぁ〜(涙)
なんでこんな薄幸な役が似合ってしまうんだ(w
- 299 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月20日(水)23時43分18秒
- ■ショートカットをご用意しています。
○第一部をご覧になりたい方はこちら→>>280
○第二部をご覧になりたい方はこちら→>>281
○この自作無駄打ちレスの説明はこちら→>>183-184
- 300 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月20日(水)23時46分07秒
- >>298
超即レス!
- 301 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月20日(水)23時48分00秒
- それでは、今回はこの辺で。
>>285-294が今回の更新分です。
- 302 名前:266 投稿日:2001年06月21日(木)00時10分11秒
- >石川=火田七瀬
すいません。私の早とちりですね。
筒井康隆の「家族八景」て小説に火田七瀬(ヒダナナセ)ていう
テレパスでマインドコントロールもできる主人公がいたから
それにインスパイアされたのかなって思ったんですよ。
駄レス非常に申し訳ありませんでした・・・(反省)
- 303 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月21日(木)00時29分13秒
- 流れがまた変わりましたね。
目が離せない〜
- 304 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月21日(木)01時21分07秒
- やはり名作の予感。
- 305 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月21日(木)01時25分52秒
- え〜んえ〜ん、面白いよー(:w;)。
- 306 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月21日(木)01時41分56秒
- だいぶ全体像が見えてきたね。
保田と加護の能力は何なんだろう?
次回更新も楽しみ。
- 307 名前:第三部 投稿日:2001年06月21日(木)23時22分56秒
- Chapter−3 <あれから……>
青いスポーツカーが、赤信号で停止した。
黒いフィルムで中は見えないが、乗り込んでいるのは中澤と矢口
である。
街の景色が懐かしくなり、嫌がる中澤にムリヤリ頼み込んで朝比
奈町に帰ってきていたのだ。
街の景色というよりも、矢口はひとみと梨華に会いたがっていた。
あの”海響館”で別れてからというものの、1度もその2人と関わる
未来を見ていなかったからである。
関わる事がないに越した事はない。関わる事=ひとみたちに命の
危険性があること。――を、矢口は十分理解していた。
”海響館”でひとみと別れた後、逃亡先のホテルでひとみが意識
不明の重体に陥った事をニュースを見て知った。
だが、それは1度見ていたニュースである。
”海響館”のあの事件の数時間前、矢口はうすくてぼんやりとでは
あるが、そのニュース画面を未来視していた。
もちろん、その前にひとみと接触しているのも見ていた。
確定した未来の前にどうすることもできないのに、責任を感じる必
要はないと、中澤に何度も言われた矢口ではあったが、やはりそ
の罪悪感はぬぐえない。
「よっすぃ、大丈夫かな……」
矢口は信号で停車していた車内で、窓外を見ながらぼんやりとひ
とみのことを考えていた。
「大丈夫やろ。以外と、ピンピンしてるかも知れんで」
ハンドルを握っている中澤も久しぶりに訪れて少し興奮しているの
か、カーステレオから流れる音楽に合わせ指で小さくリズムを取っ
ていた。
車内に一瞬の沈黙が流れ、「ん?」と矢口の顔を覗きこんだ中澤。
――すぐに、何が起こったのかを悟った。
矢口の目はもう窓の外を見ていない。閉じられたまぶたの向こうで、
普通の人々には見えることのない”確定された未来”を見ていたの
であった――。
- 308 名前:第三部 投稿日:2001年06月21日(木)23時24分08秒
「ちゃんと、取りやー」
矢口がその声に気づき振りかえった時には、すでに中澤は缶ジュー
スを投げる用意をしていた。
「ちょ、ちょっと」
かろうじて受け取ることができた矢口だったが、その様子を見て笑っ
ている中澤に対してムカついた。
「何するのさー。危ないだろー」
「ええやないの。取れたんやから」
と、笑いながらベンチに腰かけた。
「ちょっと、開けて」
どうやら、手にしていた缶コーヒーが長い爪のせいで開けられないら
しい。
「自分で開けろよ」
矢口は、口を尖らせて中澤から顔を背けた。さっきのは、いくらなんで
も危ない。ちょっとぐらい謝って欲しかった矢口だったが、その様子を
見てニヤリと笑った中澤に、「もう、矢口カワイイ〜」と抱きつかれて
ウヤムヤに終わってしまった。
どのくらい、じゃれられて(?)いたであろうか、中澤からのセクハラ親
父まがいのキスを何度も頬に受けた後、ようやく話は本題へと向かった。
「もうすぐしたら、ここによっすぃが通るから。信じらんないんなら、裕ちゃ
ん声かけてみなよ」
と、矢口は息も絶えだえに公園の入り口を指さしながら言った。
「ええよ。そうなってるんやろ」
まるでどうでもいいような感じで、それよりも矢口との楽しい時間に満
足したような表情を浮かべて、けっきょく矢口に開けてもらった缶コー
ヒーを飲んだ。
――数分後。
学校帰りのひとみが、前を通りかかった。
そのまま通りすぎるような雰囲気だったので、中澤は声をかけようと立
ちあがった。
しかし、それより一瞬早く、ひとみが足を止めて公園内を見つめ続けた。
「なぁ、何であんなに見てんの。矢口の見た未来の吉澤って、記憶ない
んやろ」
中澤が、ひとみを見ながら矢口に話かけた。
「アタシたちのはある。けど、学校で何度か見かけた人たち程度にしか
思ってない……」
「なんや、ようわからんわ」
「あ、裕ちゃん。よっすぃ、行っちゃうよ」
「わかってる。見てるんやから」
- 309 名前:第三部 投稿日:2001年06月21日(木)23時25分51秒
「吉澤、ちょっと」
と、中澤はベンチから立ちあがりながら声をかけた。
ひとみが戸惑っているのは、中澤にも容易に見てわかった。
その遠くにある立ち姿――。つい数ヶ月前を思い出した。
朝比奈学園でも学年こそ違えど、ひとみの存在はひときわ目立っていた。
スラッとした長身でどことなく少年っぽさのある彼女は、ひとみ自身は気づ
いていないのかもしれないが、学年を問わず恋愛の対象として見られてい
る節があった。
その人気の秘密は容姿だけではなく、彼女の発するアウトロー的な雰囲
気もまた魅力だったのだろう。
学園の共同ロビーで、矢口がひとみの姿を見かけるたびに「カッコイイ」と
言っていたのを中澤は思い出していた。
(けど、よっさんはホンマ男前やで)
中澤は、歩きながら自然と笑みがこぼれた。梨華と行動を共にしていたひ
とみは、まるでそうするために生まれてきたかのように、梨華の前に立って
果敢に異能の力を持った相手から梨華を守ろうとしていた。
何が彼女をそうさせるのか中澤にはわからなかったが、きっと自分と同じよ
うな単純な動機なのだろうと考えたら、中澤は自然と笑みがこぼれてきた。
「おっす、よっさん。元気かぁ?」
中澤は、ひとみの前に来ると親しみを込めて挨拶をした。だが、さきほどまで
浮かべていた自然な笑みは、不自然な笑みへとかえざるを得なかった。
「あ、ごめん。この呼び方、嫌やったな。ごめんごめん」
かろうじて、そうは言ったものの次に何を話していいか言葉に詰まってしまっ
た。あまりにも、中澤の中にあった以前のひとみの姿と、今、目の前にいる
ひとみの姿が変わっていたからである。
――いや、姿形は変わっていなかった。発せられる雰囲気が、その表情が、
まるで生きる屍のようだったのである。
ひとみのきょとんとした表情を見て、中澤は矢口の言っていたことを
理解した。
(記憶喪失って……、ホンマやったんやなぁ。けど、なんで……)
まだ過去を見ていない矢口からは、その原因を聞いていない。
――さて、この後の気まずい空気をどうしようかと考える中澤であった。
その頃、矢口はこの場所で起きた過去を見ていた。
数日前から数ヶ月前、数年前、10年前と、ひとみが現れる公園の風
景を、まるでコマ落としのフィルムを見るように過去へと遡った。
- 310 名前:第三部 投稿日:2001年06月21日(木)23時27分06秒
「ゆ、裕ちゃん!!」
矢口の悲鳴にも似た叫び声を聞き、中澤は慌てて振りかえった。
ベンチに座っていたはずの矢口が、その下でガタガタと身体を震わせ
ている。
「矢口!!」
中澤は考えるまもなく、矢口の元へと走った。近くに敵がいたのかも
しれない。中澤は矢口を抱えながら、辺りを見渡した。
ひとみ以外の姿はどこにもなかったが、目に見える範囲にいるとは限
らない。中澤は、すばやく”無”の能力を発動した。
「ち、違う……」
矢口の声が微かに聞こえ、中澤は”無”から”有”に戻った。
「違うって、何があったん」
今だに震えが収まらない矢口が、ひとみを見つめる。
「よっさんか!? よっさんが関係してんのか!?」
公園の出入り口にいるひとみは、ただ呆然として2人を眺めている。
「よっすぃ……。記憶喪失じゃない」
「――は?」
「アイツラに、たぶん、アイツラに記憶を消された」
「……アイツラって、福田か」
「違う。違うけど、2人組が……」
「2人組って、誰やねんな」
「わかんない。わかんないけど、そこから帰ってきたよっすぃは、もう前の
よっすぃじゃない。前のよっすぃなら、ここに立ってることもできない」
「どういうことや」
矢口は、とつとつとではあるが見たままのことを話した。この公園で過去
にどんな惨劇があり、それ以来、ひとみがこの公園の前を通る時どんな
様子だったのか、そして連れ去られて以降この公園の前を通りすぎる時
いかに以前と変わったかを、すべて見たままを中澤に聞かせた。
「記憶を消すって……」
「福田明日香じゃできない」
「そやな……、明日香のはただ破壊あるのみや」
「変なんだよ、裕ちゃん……」
「は?」
「たまに、梨華ちゃんがそこを通るんだ……」
矢口が、震える手で公園に面した通りを指さす。
「寂しそうに1人でそこを通るんだ……。なんでかわかんないけど、帰る
時には泣いてた……。時々、この公園を見てたりもした」
「……2人、一緒の所は?」
「1度だけ。でもそれは前のよっすぃと一緒だった頃。1人のは、つい最
近だよ」
中澤の頭に、嫌な考えがよぎった。矢口は過去の惨劇がよほど恐ろし
かったのか、しばらく中澤の腕の中で震えていた。
気がつくと、公園の出入り口にひとみの姿はなかった。
- 311 名前:第三部 投稿日:2001年06月21日(木)23時28分05秒
梨華が<Zetima>にスカウトされたことは、ほぼ間違いないだろうと
いう結論に中澤と矢口は至った。
中澤と矢口は、梨華については何も知らない。ひとみと一緒にいた。
ただ、それだけの情報しかなかった。
だが、結論に至ることができた。
矢口が、梨華と出会う未来を見たのである。しかし、そこには他の人
物もいた。詳しいことは何も分からなかったが、何か書類のようなもの
を持っており、梨華の差しだすそれを渋々受けとる中澤の姿が見えた
のである。
――そして今、その矢口が見た未来に2人は立っていた。
梨華の手がかりを求めてやってきた朝比奈駅の前に、ピンク色のワン
ピースを着た梨華ともう1人の小柄な少女がまるで待っていたかのよ
うに2人を出迎えた。
「梨華ちゃん……」
矢口は思わず、口を開いた。目の前に立っている梨華の表情が、つい
2ヶ月ほど前に見た梨華とはあまりにも違っていたからである。
それは、中澤も同じように感じていた。
きっと、2人の戸惑いは梨華には読み取られていただろう。しかし、梨
華はそれに答えることなく、ただ目の下の隈を隠すようにうつむいた。
「梨華ちゃん、どうしたん?」
やわらかい関西弁で梨華の顔を覗きこむ少女が誰なのか、2人には
分からなかったが放つ雰囲気が他の人とは違っていたので、すぐに
能力者である事がわかった。
「ううん……。なんでもないよ、あいぼん」
と、梨華は消え入りそうな声で呟いた。
「ふーん」
加護は少々つまらなそうに返事をした。
「梨華ちゃん……、よっすぃの記憶……」
心の中で矢口は、問いかけてみた。
(ひょっとして……、よっすぃの……、ひとみちゃんの記憶消した?)
しばらくして、目の前の梨華がうつむいたまま首を縦に振った。
その様子を見ていた中澤が、通りすぎる人々の視線もかえりみずに
大きな声を出した。
「なんで、そんな事するんや」
ボーっと違うところを見ていた加護が、その声に驚いて中澤を見つめ
た。懐かしい関西弁に、ほんの少しワクワクしている。
「自分、それがどんな事なんか分かってんのか。記憶消すって……。
殺したのも同じ事なんやで……」
中澤の言葉に、梨華が顔を上げる。しばらく、中澤の顔をじっと見据え
たまま視線をそらそうとしなかった。
- 312 名前:第三部 投稿日:2001年06月21日(木)23時29分21秒
「なぁ、石川……」
梨華の目に、うっすらと涙が滲んだ。
「それで、いいんです。何もかも忘れて生きるのが、ひとみちゃんのた
めなんです」
「ホンマに、言うてんのか?」
「……」
「なぁ」
「中澤さんは見てないから、そんな事言えるんですよ。死にそうになっ
たひとみちゃんの姿見たことないからっ」
中澤が梨華の頬を打つ音が、駅前の雑踏の中に消えた。
周りにいる通行人が、興味がないような顔をして4人を横目で見なが
ら通りすぎていく。
「梨華ちゃんに、何すんねん!」
加護が、梨華を庇うようにして中澤との間に入った。
「いいの、あいぼん」
「ええことない。梨華ちゃん、泣いてんやんか」
中澤を見上げる加護の目に、異様な力が入った。
「やめて!!」
「けど」
「いいから、向こう行ってて」
それでも、加護は梨華の前を動こうとしなかった。いつでも力を放て
る状態にしている。
「ホンマに納得したんやったら、なんで泣く必要があんねんな」
中澤は見上げる加護を無視して、梨華の目を見据えていた。ただ、
その口調には先ほどのような荒々しさはなく、どこか侘しさを帯びて
いた。
「なぁ、石川」
「……」
「1つだけ言っとくな……。ウチの記憶消すんやったら、殺して」
石川は、その声を聞いてハッと顔を上げた。
そう言い放った中澤は、微笑みながら涙を流していた。
加護がその様子を、怪訝そうに見上げている。
- 313 名前:第三部 投稿日:2001年06月21日(木)23時30分37秒
「吉澤の抜け殻みたいになった目、見たか?」
「……」
「矢口は、あんなになったウチを見たいか?」
と、後ろにたたずむ矢口を、振りかえった。矢口は、暗い表情で首
を振る。
「そやろ……。一緒に戦ってきたんやもんなぁ」
「……」
「怖い思いはいっぱいしたけど、楽しい思いもいっぱいしてきた。矢
口の泣いた顔や、怒った顔や、笑った顔は、大切な思い出や」
梨華の頭の中に、ひとみとの思い出が走馬灯のように駆け巡った。
「そんなん忘れて生きるぐらいなら、殺してくれていいよ」
「梨華ちゃんかて、好きでやったんとちゃうわ」
加護はこぶしをぎゅっと握り締めて、中澤へと歩み寄った。
「あいぼん、やめて」
石川の制止も聞かず、加護は中澤の目の前に立つ。その目には、
うっすらと涙のようなものも滲んでいるようだった。
「……そやな。好きでやったんと違う……。わかってる。わかってる
けどな、石川の顔見てたら切なすぎんねん」
中澤は人目を気にすることなく、顔をクシャクシャにして泣いた。
「裕ちゃん……」
後ろから駆け寄ってきた矢口が、その肩を優しく包みこむ。
加護が振り上げたこぶしをどうしていいか迷っているような複雑な
顔をして、梨華を振りかえる。
「矢口さん……。私たちと一緒に来てもらえませんか?」
梨華は涙をぬぐうと、その涙を振り払うように本題を切りだした。
「梨華ちゃん……」
「未来を見える力が、必要なんです」
「……梨華ちゃんは、もう戻れないの?」
「……」
「よっすぃのために、戻らないの?」
また梨華はまた涙をこみ上げそうになったが、必死になって堪えた。
そして、小さく「はい」と呟いた。
それを見た中澤と矢口は、長い逃亡生活にピリオドを打つ事にした。
確定された未来――。だが、こうならずにもっと楽にピリオドを打ちた
かったと思う矢口であった。誰も傷つかない、そんな未来を迎えたかっ
た――。
- 314 名前:第三部 投稿日:2001年06月21日(木)23時32分42秒
市井の前に、とても懐かしい顔が現われた。もう、5年近く会っていない
だろうか、写真で見るよりも実際の彼女は5年前より明らかにその肌の
張りを失っていた。市井は、思わず笑ってしまった。
「どしたの?」
隣にいる後藤が、不思議そうに市井の顔を覗きこむ。
梨華と一緒に入ってきたその女性は、憮然とした表情で立っている。隣に
いる小さな金髪の少女は、怯えているのかそれとも好奇心からなのか、
入ってきてずっと市井の個人オフィスをキョロキョロと見まわしていた。
「久しぶりだね、裕ちゃん」
市井のその言葉に、その場にいる全員が中澤に注目した。
誰の頭の上に、疑問符が浮かんでいるような状態だった。
「久しぶりって……、どういうこと裕ちゃんっ」
まさかという思いが、矢口の脳裏をかすめた。一緒にいた中澤が、まさか
自分たちを追っていたやつらの仲間であるという事は考えたこともなかっ
たので、その動揺はかなり大きなものだった。
「え……、矢口を裏切ってたの……?」
その問いかけに、中澤は背を向けたまま答えた。
「矢口には……、そう見えたか?」
「見えないよ。だから教えてよ。ちゃんと教えて。ねぇ、裕ちゃん」
矢口は中澤の身体を強引に自分に向きなおさせた。
「いちーちゃん、どういことなのさ」
後藤にも訳がわからなかった。市井は、2人の様子をただぼんやりと眺め
ていた。
「仲間ってこと?」
梨華にも、市井と中澤の関係がわからなかった。混乱している矢口と後
藤の意識だけが、流れてきている。この部屋には、能力を押さえるような
装置は何もないので、触手を伸ばそうと思えば伸ばせる。
しかし、触手を伸ばしても意味のない事は分かっていた。後藤の口から聞
いた市井の能力は、ヒーリングの他に能力を無効化する”能力”がある。
これまでにも、試みたことがあるが触手は市井の意識下に届くことなく、市
井に届く前に消滅しているようだった。
不思議なことに、そのような感じを以前にも抱いたことがあった。
ひとみと一緒に中澤らと行動した時、矢口の意識は流れてきたが、中澤の
意識はまったく流れてこなかった。そのことを、梨華はぼんやりと思い出し
ていた。
- 315 名前:第三部 投稿日:2001年06月21日(木)23時34分58秒
「ゼティマの前身は、ただの保護施設のようなものだった」
混乱する矢口に向かって、市井が口を開いた。矢口だけではなく、中澤以
外の者たちに向かって喋っているようでもあった。
中澤は、うつむいたまま応接セットのソファに腰を埋めた。
「自分の力を知らずに事件を起こした者。その力を恐れられ迫害を受けてい
る者。または第3者に利用されている者。――社会では誰も救ってくれない。
このままでは、能力者の人格が歪み、力のない者との間に亀裂ができるこ
とを危惧した1人の能力者がいた。森光子――。後藤もゼティマの社員なら
聞いたことあるでしょ?」
「あ、うん……。”絶対的なる者”って、呼ばれてた人だよね」
「そう。ありとあらゆる力を持っていた」
「でも、死んじゃったんでしょ?」
「いくら絶対的な力を持ってても、年には勝てないよ」
と、市井はその場の雰囲気を和ませるかのように、苦笑を浮かべた。
「その森のおばあちゃんが、長野の山奥にこのゼティマの前身を作った。
それが、今から20年前。裕ちゃんは、創立と共にその施設に入所した。
そうだよね?」
市井が問いかけると、中澤はタバコの煙を吐きながら「ああ」とうなずいた。
「アタシは、10年前――。楽しかったね、あの頃は。みんなが、笑って
たよ。のびのびしてて、時間はゆっくり流れてて本当に楽しかった。力が
あることなんか、まったく気にする必要がなかった。後藤なんか、絶対気
に入ってたはずだよ」
「もう……、ないんでしょ? そんな場所」
「おばあちゃんが、その力で押さえててくれたからね」
「じゃあ、ダメじゃん」
梨華は以前に、不意に流れてきた意識を読みとり、後藤がその力を自分
自身で恐れている事をしった。
それは、梨華にとって意外な事だった。しかし、その意識を読み取ったこと
で、ほんの少しだけこの場所に居心地の良さを感じることも出来た。
- 316 名前:第三部 投稿日:2001年06月21日(木)23時36分18秒
「森のおばあちゃんが死んで、その施設はほんのちょっとした混乱が
起きた。社会に対する恐れもあったし、互いの力に対する恐れもあった。
子供が多かったからね、意識しようとしまいと感情の起伏と共に出ちゃう」
市井の言葉に、後藤の表情がくもった。
「その混乱を収めたのが、今のゼティマの会長”つんく”さんよ」
「アンタ、まだあんな男の言葉信じてんのか?」
「社会を恐れることのない、力を持った者たちだけのユートピアを作ろうっ
て」
「紗耶香、いい加減に目ぇ覚まし……。森のおばあちゃんが望んでたん
は、こんなん違うかったやろ」
「目的のためなら、多少の犠牲も仕方ないんじゃない」
「なんで、そんなに変わってもうたんや……。圭坊ッ、おるんやろっ。出て
き」
中澤が奥の部屋へと通じるドアへ視線をやった。しばらくするとドアが開き、
保田がうつむき加減で入ってきた。
また、その部屋に重苦しい雰囲気が漂った。
「アンタ、紗耶香がこんなになるまでなんで黙ってたんや。年上のアンタが、
しっかりせなあかんやろ」
「逃げ出した裕ちゃんには言われたくないよ。そうだよね、圭ちゃん」
2人の間にはさまれるようになった保田は、何も答えることが出来ずにただ
うつむいていた。
「森のおばあちゃんは、何人救えた? 本当に理想の場所を作るためら、
つんくさんの言ったように組織化するのが一番なんだよ」
ドンッという音に、皆が一斉に中澤に注目した。
「けっきょく……、平行線なんか……」
テーブルに両手を叩きつけたままの格好、誰の目も見ず悔しそうに呟いた。
- 317 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月21日(木)23時38分36秒
- 今回の更新分は、>>307-316です。
- 318 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月21日(木)23時39分41秒
- >>302
ありがちなので、なんにでも当てはまります(^^;
気になさらずに。
- 319 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月21日(木)23時40分53秒
- >>303
これから、どんどん変わっていきます。(たぶん)
- 320 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月21日(木)23時42分35秒
- >>304
ただ長いだけです……(苦笑。
- 321 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月21日(木)23時43分23秒
「家族八景」もその続編も読んだ事あるけど、
この話からはまったく連想しなかった。
中澤と市井の対決……ワクワク
- 322 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月21日(木)23時44分08秒
- >>305
泣くな石川、泣くな名無しさん。
- 323 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月21日(木)23時46分00秒
- >>306
ド派手なものはありません(^^;
差はあれど、種類は少ないです。
- 324 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月21日(木)23時48分13秒
- >>321
今日も超即レス。
- 325 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月21日(木)23時50分23秒
- では、この辺で。
>>307-316が今回の更新分です。
- 326 名前:第三部 投稿日:2001年06月22日(金)23時28分35秒
Chapter−C<これから>
国会議事堂の地下にあるその建物に、高級車がぞくぞくと集い始めた。
――駐車場に降り立つその顔ぶれは、日本の政界に君臨する各省庁
のトップたちである。
会議室のモニターに映し出される映像を見て、防衛庁の大臣は顔色を
無くした。
「こんなことが、本当に行われるのかね」
防衛庁の大臣が語りかけた人物は、モニター画面の脇に座っていた。
ちょうど影になっているその場所が、会議が行われる際の男の定位置
だった。
「研究は、すでに最終段階に入ってるみたいですね」
関西弁のイントネーションで喋るモニター脇の男は、資料をパラパラと
めくって、スタッフに指示を出した。
モニター画面に映し出されるアメリカの研究所。
数人の医師による、開頭手術。
少年の頭部に刺された電極。
手をかざす少年の前で破壊される日本製の高級車。
少女の前で止まる銃弾。
隠し撮りのような写真が、次々とモニターに映し出される。
「AMUSA。まぁ、早い話が人工的に、超能力者を作り上げる計画です」
各省庁のトップは、スタッフたちに配られた資料に真剣に目を通してい
た。
「似たような研究が各国で行われているのは、その資料に書いてある
通りです。欧米、フランス、とりわけロシアと中国が、力を入れてます。
核やミサイルといった人類そのものを破滅させる兵器の時代は、終わっ
たと言う事ですね」
男は資料をテーブルの上に置くと、大臣たちを右から左にへと眺めて
いった。
政権交代でその顔ぶれは大きく変わったが、<Zetima>の会長つん
くには関係のないことだった。
「日本はまだ研究段階に入ったばかりじゃ……」
文部大臣が、資料に目を通しながら呟いた。
「非人道的。つまらんモラルで、森のばあさんが抑えてましたからね。
しょうがないです」
「日本も、このまま手をこまねいているわけにもいきませんぞ」
「ええ」「そうですね」と、官僚たちが口々に賛同する姿を見て、つんくは
ほくそ笑んだ。
(ブタどもの脳みそは、単純やで……)
思わず笑いがこみ上げ、両手で口を抑えて誤魔化した。
- 327 名前:第三部 投稿日:2001年06月22日(金)23時32分28秒
中澤は1人で<Zetima>の廊下を歩いていた。今のところ、中澤の立
場は微妙であった。かつては、<Zetima>に籍を置いていた身ではあっ
たが、”矢口真里”をスカウトしに行ったままその姿をくらませた身でもある。
企業――つんくとしては、あまりオモシロイはずも無い。
処遇が決定しないまま、もうすでに1週間も施設内に幽閉されていた。
(矢口……、どこ行ったんやろな……)
廊下を歩きながら、中澤はぼんやりと考えていた。殺されるようなことも無
ければ、その能力からして危険な現場に向かわされるようなこともないので、
心配はしていなかったが今までは常に行動を共にしていたので半身がとても
寂しく感じられた。
市井の個人オフィスのドアを開けると、市井と後藤が腕相撲をしていた。
「お、裕ちゃん。ちょっと待ってて」
(なんやねん、何してんねんええ年して……)
「かぁー。やっぱ、後藤強すぎ」
勝負は呆気なくついた。
「へへ」
と、後藤は照れたように笑うだけであった。
その様子を眺めていて、中澤は無性に矢口に会いたくなった。
(くそー。矢口にチューしたい)
「裕ちゃん、相変わらずだね」
市井が、中澤のその叫び(?)を聞いて笑った。
- 328 名前:第三部 投稿日:2001年06月22日(金)23時33分38秒
中澤は油断していた。中澤の能力は、発揮することで相手の能力を
”無効化”できることである。”常に”無効化できる市井とは、雲泥の
差がある。
そして、市井には”絶対的な者”に近い能力がもう1つ備わっていた。
それは、梨華と同じ”精神感応”であった。ただし、レベルは若干落ち
るようであった。
「そういや、紗耶香のファーストキスは、ウチがもらったんやったな」
中澤は一瞬動揺はしたが、すぐにそう切り替えした。
「ムリヤリね」
と、市井は余裕の表情を浮かべて笑っていたが、その横にいる後藤
はあからさまに嫌な顔をしてみせた。
「なんや、ごっちんは紗耶香のこと好きなんか?」
後藤が、ハぁとした表情で振りかえる。
「裕ちゃん、からかうの止めなよ。後藤がキレたら、厄介なんだよ。
後藤も止めな。どうせ、裕ちゃんには通じないんだから」
「いちーちゃんは、すぐそーやって裕ちゃんのこと庇うんだね」
後藤は、すねて2人に背を向けた。
中澤と市井は、その行動を見て顔を見合わせ小さく笑った。
方向は違えど、かつては共に長い時間を過ごした2人である。わだか
まりは、いつの間にか溶けていた。ただ、やはりどちらも方向について
は歩み寄る事はできなかった。
- 329 名前:第三部 投稿日:2001年06月22日(金)23時34分30秒
午後も遅く、市井は会長室に呼び出された。
「中澤の処分については、そこに書いてある通りや」
デスクの前に佇む市井に、つんくは1枚の用紙を差しだした。市井は
それを手にとると、最後の一文に目を通す。
【契約不成立により、処分とする】
「……」
市井は、用紙から視線を上げることができずにつんくの話を聞いた。
「おれもな、会議で反対したんやけどな、もうあの頃みたいな小さい
施設やないねん。上に立つもんだけの意見なんて、まかり通らんのや」
「もう一回、もう一回だけ会議開いてもらえませんか」
「査問会議は、2度までや。知らんわけやないやろ」
「……」
「おれかて辛い。元メンバーとはいえ中澤は創立時からおったし、おれ
らからしたら旧知の仲や……。けどな、今のアイツの考えは危険なん
や。せっかく皆の意見が一つにまとまろうとしている時に。このまんま
やと、森さんが死んだ後のような混乱が起きる。お前もそれは感じてる
やろ?」
「……ええ」
つんくは、会長らしい重厚な椅子に背を預ける。
「――政府からの補助金が年間1500億出されることになった」
「……じゃあ、いよいよ」
「ああ。お前らが頑張ってくれたお陰で、政府も容認してくれたわ。
何人かの犠牲者が出てしもうたことは……、ホンマに残念なことや
けどな」
「……みんな、この日のために頑張ったんです」
市井の目は冷めていたが、その手は興奮して少し震えていた。
「これで、森さんの――、いや、ここにおるみんなの夢が叶うんや。
能力なんか関係あらへん。みんなが笑って暮らせる場所ができるん
や。あと一歩の所で……俺の辛さも分かってくれ……」
市井の”精神感応”が使用されていれば、この後の未来は少し違って
いたものになっていただろう――。しかし、ここは能力をなにも持たない
つんくが、その心を読まれたり、暗殺されたりを恐れて作った、能力者
の力を抑える装置が何十にも張り巡らされた部屋である。
”精神感応”の能力が弱い市井にとって、それは不可能なことだった。
もっと単純に、会長室から去る際にドアへと向かうその最中に後ろを振り
向いていただけでも違っていたかもしれない。
市井の背を見送りながら、目を細めて笑うつんくを見れたことだろう――。
- 330 名前:第三部 投稿日:2001年06月22日(金)23時36分51秒
ステレオのスピーカーから流れ出る、癒し系のBGM。
そのBGMが、矢口の精神力を散漫にする。簡単にいうと、音楽が
邪魔で精神を集中することができないのである。
「あのさ、梨華ちゃん」
部屋の隅でぼんやりと雑誌に目を通している梨華に、矢口は声に
出した後、心の中で念じた。
(悪いけど、その音、消してくんない?)
決して、怒っていたわけではない。普通に、そう頼んだだけであっ
たが、梨華は慌てて立ちあがるとすぐにステレオの電源を消しに
いった。
そして、ポツリと「すみません……」と言った。
「はぁ……。別に怒ったわけじゃないんだけど」
「すみません……」
「いや、だから……」
「あ、あの、私、食事の用意してきます」
と、言い残すと、梨華はそそくさと部屋を後にした。
- 331 名前:第三部 投稿日:2001年06月22日(金)23時37分40秒
この施設に連れて来られてからずっと、矢口は施設内にある部屋
に軟禁されていた。
見える未来から、企業に関係のありそうなものを報告するためである。
だが企業側も、これまで逃亡を繰り返していた矢口を信用していない
らしく、情報の隠蔽が無いように”精神感応”の力を持った梨華を監視
役として常駐させているのである。
「梨華ちゃんって、いい子なんだけど……。ちょっと、暗いんだよね」
と、矢口は小さく笑いながら呟いた。
本当は、側にいてくれるのが中澤であったらよかったのだが、そうそう
不満ばかりも言っていられなかった。
期日までにある程度の未来を報告しなければ、矢口の待遇はさらに
悪くなるようなことを、スタッフの意識を感じとった梨華が教えてくれて
いた。
だが、矢口の”能力”は”矢口の目を通した未来”しか見えないので
ある。ここ数日は、梨華とこの部屋にいる未来しか見えていない。
「こんなんで、何を報告すればいいんだよ〜……」
矢口が、ぐったりとふて腐れて机に突っ伏した時、不意にある映像が
浮かびあがってきた。ただし、それはひどく不鮮明なものであった。
――駆けつける自分。粉々に破壊された……瓦礫。粉塵。そこにい
る人物。背を向けている。男……? 両手を広げている。
(誰かわかんない……)
と、矢口が目を細めて確認しようとした時、不鮮明な未来視はまるで
電源の切られたテレビのようにパッと消えた。
「矢口さん、変ですっ」
後ろに聞こえた梨華の声に、矢口は「そうなんだよ〜」と言いつつ振り
かえった。
しかし、どうやら矢口の心を読みとって「変」と言った訳ではないらしかった。
「ごっちんが……。中澤さんを狙ってる」
梨華は手に何ものっていないトレイを持ったまま、開け放たれたドアか
ら廊下に顔を出していた。
- 332 名前:第三部 投稿日:2001年06月22日(金)23時38分28秒
外の空気は、中澤にとっては久しぶりの空気だった。
なんとなく廃棄ガスくさいものではあったが、久しぶりの地上の空気とい
うだけで、意味もなく何度も深呼吸してみたりした。
夜空にはスモッグや街灯の乱反射で星こそ見えなかったが、昼夜の区
別が時計でだけしか感じられないよりは随分とマシだった。
「長野の星は、綺麗やったよなぁ」
中澤は、夜空を見上げながら後ろに佇んでいる市井に声をかけた。
市井は何も答えずに、ただ佇んでいる。
中澤も返事を求めていなかったので、そのまま話を続けた。
「ウチと紗耶香は、持ってる力も境遇も同じやったから、妹のように思って
たわ。空を見上げながらな、流れ星に何回もお願いしたんやで。紗耶香が
幸せになれますようにって――」
「もうすぐ、幸せになれるよ……」
その言葉とは裏腹に、悲しい表情を浮かべる市井。
「……そうか」
「……」
2人はしばらく、ただ黙って夜空を見上げていた。2人の胸の中に、長野で
過ごした日々が甦ってきていた。
「できることなら、あの頃に戻りたいなぁ……」
振りかえった中澤はまるですべてを悟っているかのように、悲しい表情を浮
かべている市井に話しかけた。
「裕ちゃん……」
「わかってる。ウチの処分が決定したんやろ」
「……一緒にやりなおそう」
中澤は、ゆっくりと首を振った。
「なんで。同じことじゃん。森のおばあちゃんとつんくさんの考えは同じなん
だよ。アタシと裕ちゃんの考えだって」
「違う。ぜんぜん、違うわ」
木陰の闇から、後藤がゆっくりと姿を現した。冷たい何も見ていない目で、中
澤へと距離を近づけていく。
- 333 名前:第三部 投稿日:2001年06月22日(金)23時39分13秒
「ウチの知ってる紗耶香は、泣き虫紗耶香や。今のような、そんな冷たい目
なんかしてない」
「裕ちゃんは知らないから、そんなこと言えるんだよ」
「一緒に逃げようって言うたやんか。圭坊と一緒に、あの頃のみんなと暮ら
そうって」
「他の子たちを置いて、できるわけないじゃん」
市井は、険しい表情で中澤を見据えた。
「……そやな。そういうところは、ウチよりしっかりしてたもんな」
と、姉のような優しい微笑を浮かべた。
「もう、あの頃には戻れない」
市井と中澤の前に、後藤がやってきた。
「もう1度聞くよ。一緒に、これからを生きよう」
中澤は、ゆっくりと首を横に振った。
「そう……。頑固なところは、昔と変わらないね」
市井ははじめて、微笑を浮かべた。
――国会議事堂脇の敷地に、大きな地鳴りのようなものが鳴り響いた。
木々で休んでいた鳥たちが、一斉に夜空へと舞った。
市井と中澤がいた場所に、大きな砂埃が舞っている。
今までどこに潜んでいたのか、黒い服を着た数人の男女が市井らの元
へと集まってきていた。
砂埃はしばらくたち込めたまま、一向に晴れようとしなかった。
梨華と矢口が、その場に駆けつける頃になってようやく砂埃が消え、中に
佇んでいる市井と後藤の姿が見えた。
「そんな……」
矢口は、えぐりとられた地面の周りに集まる市井らの背を見つめていた。
その周りには、矢口の見た瓦礫のようなものもある。確信はできなかったが、
矢口の未来視に出てきた映像に似ていた。
「中澤さん……」
梨華の言葉に、矢口の足は止まった。そして、何もかもすべてが終わったよ
うな虚ろな表情で、あの部屋にいる自分の姿を未来視した。
- 334 名前:第三部 投稿日:2001年06月22日(金)23時40分02秒
数日後の夜――。
市井と後藤は、つんくの所有するホテルにやって来ていた。
どういう用件かは分からなかったが、通された部屋はあいかわらずあの
能力を無効化する特殊構造の部屋だった。
市井は、あまりこのような部屋に通されるのは好きではなかった。能力
を持たないつんくが恐れているのは分かるが、こちらはなにも危害を加え
るつもりはない。まるで、信用されていないように思えて仕方がなかった。
1度、そのような旨の話をつんくに直接したことがあった。しかし、つんくは
”自分らに対してとちゃうで、他の国の要人に付き添ってくるSPに対して
やで。最近、ESPを連れてくんのが多いからなぁ。しゃあないわ”と説明し
た。
国家の特別重要防衛機関を担当しているので、それは仕方のないことで
あったが、やはりこの部屋の構造が好きになれない市井であった。
しかも、ここはその中でも特別らしく、3メートルの厚みのある分厚いジュ
ラルミン製の扉に、侵入者がすぐに行動を起こしても対応できるように、
入り口からつんくのデスクまではゆうに100メートルほどはあった。
(加護でも、この距離は短すぎる……。後藤にはせめて10キロはない
とね……)
そんな事をぼんやりと考えていると、スタッフが数人がかりで分厚い扉を
開け、つんくが手に書類の束を抱えたまま軽い挨拶をしながら入ってきた。
「悪いなぁ、遅れて」
と、自分のデスクへと向かい書類の束に目を通し始めた。
「ね、いちーちゃん」
と、後藤が小さな声で話かける。
「ん?」
「なんの話かな? ボーナスでもくれるのかな?」
「……んなこと、あるわけないだろ」
「もらったらさ。今度の休み、一緒に買い物行こう。後藤さ、新しいサンダ
ルほしいんだ」
「やだよ。めんどくさい」
「えー、いいじゃん」
と、2人がブツブツと話していると、つんくが顔を上げてニヤリと笑った。
「なんや、後藤。デートの相談か?」
「違いますよ。ただ、買い物の約束してるだけですよ」
「そーいうのを、デート言うんやないか」
と、笑っておどけてみせた。
「あの、つんくさん」
市井が、話しを切りだした。
「ん?」
「あの……、お話って……」
「ん……、まぁ、ちょっと待ってくれ。これ片付けるわ」
つんくは、申し訳なさそうな表情を浮かべて書類の束を整理しだした。
- 335 名前:第三部 投稿日:2001年06月22日(金)23時41分07秒
数分後、つんくは市井らとテーブルを挟んだ向かいのソファに座った。
やっと、今回の用件が聞けると思い、市井はホッと軽いため息をついた。
この部屋に通されてから、もうすでに1時間以上が経過していた。
「単刀直入に言うけどな、悪いけど後藤」
どうせ自分には関係のない話しだろうと気を抜いていた後藤は、名前を
呼ばれて焦った。
「は? アタシ」
「そうや。悪いけどな、来週から北海道の稚内に行ってくれんか?」
「はー? なんでですかー。北海道って、寒いじゃないですかー」
と、驚いてはいるもののその驚きは、市井の驚きとは別物のようだった。
「いや、まぁ寒いけどな」
つんくもそれに気づいて苦笑する。
「で、稚内ってどこです? 聞いたことないんですけど」
「宗谷岬の……っても、知らんわな。まぁ、北海道の上の方や」
「あの、なんで急に」
あまりの驚きに、今まで言葉を失っていた市井がようやく口を開いた。
「ロシアの不審船が急に増えてきてな。ちょっと、緊迫した状態やねん。
外務省も自衛隊も外交上の問題もあって、なかなか手が出せれんでな」
「ヤですよー、そんなの。それに、後藤1人だけですか? だったら、もっ
とヤですよ」
「市井は、北朝鮮経由でロシアに向かってもらう。ちょっと、北朝鮮でも
不穏な動きがあるみたいやからな、それを探ってきてくれ」
「ちょっと待ってくださいよ。そんなの、いちーちゃん1人じゃ危ないじゃな
いですか。後藤も一緒に行きます」
と、後藤が市井を庇うようにして、つんくに言い放った。
「後藤は保田と一緒に。市井には、加護と石川をつける。」
「加護と代えてください」
「計画も最終段階に入ったんや。今までみたいに、のんびりできん」
そう面倒くさそうに呟くと、つんくは自分のデスクへと向かった。デスクの
引き出しに、葉巻を取りに行ったようである――。
「いちーちゃん」
不安そうな表情で、市井の袖を引っ張る後藤。
市井の悪い予感が当っているのであれば、断わればこのまま無事に帰
れる保証はなかった。かといって、つんくの陰謀にわざわざ引っかかり他
の仲間たちを危険な目に合わせるのも嫌だった。
重苦しい沈黙を破るように、デスクの電話が鳴った――。
- 336 名前:第三部 投稿日:2001年06月22日(金)23時42分13秒
つんくがデスクの電話をきってから数分後に、保田、加護、梨華が
その部屋へとやってきた。
保田と梨華は、先客の市井と後藤の姿を見て驚いていた。どうやら、
知らされていなかったらしい。加護はというと、その部屋の空気などを
かえりみずに「ごとーさ〜ん」と無邪気に教育係の元へと駆け寄って
いった。
つんくからの任務を聞いた保田らは、一様に戸惑いの表情を浮かべた。
確かに、これまでも様々な任務はこなしてきていたが、外国を相手にし
た任務は初めてであった。
国家間の争そいに首を突っ込むという事が、どんなに危険な任務なのか、
おこなったことがなくてもなんとなく理解できた。
「これは……」
市井が呟くと、デスクで葉巻をくゆらせ返事を待っていたつんくが顔を向
けた。
「これは、普通の会社で言うところの”左遷”ですか?」
市井の言葉に、つんくが意味ありげに笑ってみせた。
加護が、隣の保田に小さく”左遷”の意味を訊ねる。
「用がなくなって、捨てられるってこと」
保田がつんくに聞こえるように言った。
つんくは声を上げて笑った。
「自分ら、ホンマおもろいこと言うな」
「ふざけないで下さいッ」
保田の激昂に、後藤と加護が準備をした。
「ここでは、力は使えんでぇ」
と、デスクの引き出しから、リボルバー式の拳銃を取りだした。「お前らの
力より、こっちの方が威力はあるんや」と、ニヤニヤ笑いながら肘をついた
まま銃口を向けた。
「裏切ったのねッ」
保田が、声を荒げる。
「裏切った……? 裏切ったんは、どっちやッ!! 市井、オレは確かに中澤
の処分を頼んだな。それが、どういうことやねん、これは」
つんくが、リモコンのスイッチを入れると本棚であったはずの場所が横に
開き、隣の部屋が現われた。そして、そこには猿ぐつわをされた血だらけ
の中澤が転がっていた。
- 337 名前:第三部 投稿日:2001年06月22日(金)23時44分32秒
「お前は力で周りにおる見張りの意識を探ったつもりやけどな、お前のテレ
パシーは微々たるもんや。その範囲の外にも、何人か張らせとったんや。
煙でまくって……、そのまんまやの」
と、小さく笑った。
「……」
市井は、苦々しい表情を浮かべた。
保田らが駆け寄ろうとすると、隣の部屋から数人の男女が立ちはだかる
ように現われた。
セクションこそ違えど、皆、能力者であり<Zetima>のスタッフで
あった。
あらかじめ計画されていたのであろう。その手には、銃器が握られている。
「お前らもな、オレからすると十分危険思想の持ち主やったわけや。あの
森のばあさんみたいにな」
睨む市井の視線を無視して、つんくは葉巻をくゆらせた。
「最初から……、こうするつもりだったんですね」
「そうや。政府からの巨額の補助金は、会社のために使わせてもらう。けど、
そのためには政府に気に入られるアクションを見せんとな。お前らの力を見
せて、諸外国にはもっと強いヤツラがおるって煽るんや。時間かかったけど、
お前らの力はええ宣伝になったで」
「みんな……、みんな、夢のために戦って命を落としたんですよ!」
「知らんわ、そんなん」
ニヤけながら、つんくは吐き捨てるように言った。
- 338 名前:第三部 投稿日:2001年06月22日(金)23時45分37秒
「けどな、おれも鬼やないで。せやから、お前らにチャンスをやる。ここで犬
死するか、最後に一仕事するか。答えは2つに1つや」
力の使えない加護は、悔し涙を流していた。さっきから何度も何度も、力を
放っていたのだが、木の葉を落とす力すらも放出されなかった。
保田も同じだった。自分の”クレアヴォヤンス(透視)”が使えていたならば、
つんくの引き出しに隠されていた銃も発見できただろう、隠し部屋に潜ん
でいる武器を持った者たちの存在にいち早く気づき、この部屋から非難さ
せる事だってできたであろう――後悔していた。
だが、梨華だけは信じていた。数時間前の<Zetima>施設内で、それ
までここ数日生気のなかった矢口が突然目を輝かせて梨華に言った言
葉を――。
『大丈夫。この前見たのは、これだったんだ』
『どういことですか?』
『いい? 絶対に助かるから。誰かは分からないけど、突破口を開いてく
れるから。すぐにみんなと一緒に逃げて。そうすれば助かるから』
梨華には、突破口を開いてくれる人物に心当たりはなかったが、その時
がくれば、すぐに中澤を連れて逃げれるようにイメージしていた。
「まぁ、犬死するよりは、お国のためにってのがエエと思うんやけどなぁ」
と、つんくが笑った。
真希の限界もここまでだった。その目に、異常な力がこもった。力を出し
きることはできないかもしれないが、数人を道連れすることはできる。
そこまで真希の力は、強大だった。
「ごっちん、ダメ!」
梨華の言葉も、真希には遠い場所のように聞こえていた。
「市井さんが!」
さっきまで遠くに聞こえていた声だったが、”市井”という言葉を聞いて
後藤はハッと我にかえった。
見ると、つんくらの銃口が一斉に市井へと向けられている。
「お前の弱点は、これや」
つんくは、黄色いサングラスの向こうの冷めた目で後藤を見据えた。
- 339 名前:第三部 投稿日:2001年06月22日(金)23時46分31秒
後藤は何か言い返そうと思ったが、何も言い返せなかった。銃口を向け
られている当の市井本人は、いたって凛とした表情を浮かべている。
こんな時ではあるが、後藤はその市井の整った横顔に見惚れていた。
そして、市井の顔を見つめ続けたまま死ぬのも悪くはないと思っていた。
「どうせ裕ちゃんも、殺すつもりなんでしょ……」
市井の低い声が、束の間の沈黙を破いた。つんくはそれに対して何も、
答えなかった。もしも、この時、心が読めていたならばつんくの動揺を
捕らえていたことであろう――。
「だったら、最後はウチらの側にいさせてよ。もう、それ以上は何も望ま
ないから」
「……そうか。答えは、NOか……」
動揺を悟られないように、つんくは勤めて平静を装って声を出した。
そして、スタッフらに目配せをした。
ぐったりとした中澤を抱えながらも、銃口を向けたままのスタッフ2人が、
中澤の両脇を抱えて部屋の中へと入ってきた。
ドサリ、とまるでゴミを置くように中澤をその場に置くと、また隣の部屋
へと戻っていった。いくら、能力を抑えている部屋だとしても、ヤケになっ
た真希が何をするのか分からないといった畏怖があった。
真希の力は、たとえ別セクションであろうとも知らないものはいない。
ただ、もう真希は力を放つつもりはなかった。どうせ死ぬのなら、このま
ま市井の横で静かに眠りたかっただけである。
「さてと……。じゃあな、今までようやってくれた」
と、つんくが撃鉄を起こした瞬間、ホテルの一室が衝撃音と共に揺れた。
「な、なんや……」
つんくは、真希の力を疑ったが、当の真希自身も驚いている様子だった。
続け様に2回目の衝撃が、部屋を揺らした。スタッフの1人が外に確認に
行こうと、あわてて駆けだした。
「アホっ!! ドア開けたら、終わりやぞっ」
つんくのその言葉を聞き、男はハッと我にかえり思わず身震いした。
不用意にドアを開ければ、この部屋の効力は失われてしまう。それは、
この場にいる全員の死を意味している。
- 340 名前:第三部 投稿日:2001年06月22日(金)23時47分14秒
(矢口さんの言ってた、突破口って……。これのこと? きゃっ)
梨華の真上から、壁の一部が落ちてきた。
3回目の衝撃と共に、ドアが吹き飛んだ。
(これだ!)
梨華は砂煙が舞う中を、中澤の元へと走った。
「みんな、すぐに逃げてください!」
梨華の声がまるで合図だったかのように、後藤が力を放った。
力を受けた数人のスタッフの頭が、一瞬にして弾け飛んだ。
「後藤、行くよ!」
「うん!」
市井と後藤は、手を取りあって砂煙の舞う部屋を突っ走った。
その後藤の顔のすぐ側で、弾丸が数発弾けとんだ。
後藤は一瞬、もう自分は死んでしまったと思ったが、砂煙の向こうで聞こ
えてきた声に安心してそのまま走った。
「後藤さん、気ぃつけてなー」
教育係、ほんの少しは役にたっていたようである。
「ごっちんッ! 前方左45度!」
保田の声がどこかから、後藤の耳に届いた。何かが見えているらしい。
その何かは確実に敵だ。後藤は迷うことなく、保田の指示する方向に力
を放った。
厚さ3メートルのジュラルミン製の壁が、爆音と共に遥か遠くに吹き飛んだ。
そこにいたのが誰で何人だったのか、もう分からない。ただ、25階の窓
から吹きすさぶ風が砂埃を狂ったように立ち上げるだけだった。
梨華は、その意識を感じて思わず立ち止まってしまった。これほど緊迫し
た状況のはずなのに、足がまったくといっていいほど動かない。
砂埃の向こうに見える影――。
その人物がここにいるはずはなかった――。
その人物の意識を感じる事は2度とないはずであった――。
梨華の顔が途端に、子供のような泣き顔に変わる。
「迎えに来たよ。お姫様」
懐かしい声――。
梨華がもっとも近くで聞きたかった声――。
でも、なんで――。
砂埃がはれた向こうに、笑みを浮かべた吉澤ひとみが両手を広げて待っ
ていた。
- 341 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月22日(金)23時48分40秒
- 本日の更新は、以上です。>>326-340(今回、更新分)
- 342 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月22日(金)23時50分21秒
- これで、第三部は一応終了です。
- 343 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月22日(金)23時51分17秒
- は? なんで、よっさんが?
- 344 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月22日(金)23時52分32秒
- と、なるでしょうがもう少しお付き合い下さい。
- 345 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月22日(金)23時55分13秒
- とりあえず、ショートカットのお知らせ。
- 346 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月22日(金)23時55分15秒
- しびれるぜ!!!!よっさん!
- 347 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月22日(金)23時56分24秒
- ○第一部をご覧になりたい方はこちら→>>280
○第二部をご覧になりたい方はこちら→>>281
○この自作無駄打ちレスの説明はこちら→>>183-184
- 348 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月22日(金)23時59分34秒
- >>346
読むの、早っ(笑。
――では、今回はこの辺で。>>326-340(今回、更新分)
- 349 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月23日(土)00時19分50秒
- 吉澤、相変わらず男前やね(w
- 350 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月23日(土)00時25分47秒
よっ!待ってました!!
- 351 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月23日(土)03時10分57秒
- やってくれるぜ、吉澤。最高です。
こんな名作を毎日読めてかなり幸せ。
- 352 名前:ななしさん 投稿日:2001年06月23日(土)03時23分29秒
- うわ、まじでカッケーです。
- 353 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時12分32秒
- Another Chapter−@
「おはよう」の挨拶もなく、ひとみはダイニングへと入った。
もうすでに父親は朝食をとっていた。
弟2人は、まだ起きてきていないらしいが、ひとみにとっては
どうでもいいことだったので気にする事もなかった。
テーブルにつくとすぐに、シリアルとゆで卵付きのサラダが出
された。
母親は何も言わずに、弟たちの朝食の準備に戻った。
(ロボットみたい……)
ひとみは、母親の背中を見つめて心の中で毒づいてみた。きっ
と、昨日の夜も夫婦の間で何かがあったのだろう。
ひとみが朝食を食べている間、両親が口を開く事も目を合わす
事もなかった。
ひとみは朝食を終えると、いつものようにシャワーを浴びに浴
室に向かった。
ムシャクシャとした意味の分からない苛立ちを振り払うかのよ
うに、ひとみは全身に熱いシャワーを浴びた。
電車の発車ベルと共に、また退屈な日常が始まりを告げる。
通勤・通学でごった返す息苦しい電車内。
どれだけの人が、日常を楽しんでいるのか。
皆、ただただ疲れた顔をしてぼんやりと自分の世界にひたって
いる。
そんな光景を見ると、ひとみは吐き気を覚えるほど憂鬱な気分
になる。目の前でぼんやりと車内広告を見上げている中年のサ
ラリーマン。
(あんな人とは、結婚したくない……)
(あんな風になるような人と、出会いたくもない)
(お母さんのように、平凡な主婦になんかなりたくない)
(高校卒業したら、東京に出よう)
(それで、もうそれを最後にしてこんな電車に乗る生活とはお
さらばしよう)
(退屈な毎日なんて、嫌いだ……)
ひとみは、スッと視線を落としてもう何も考えないように携帯
のメールを打つことにした。
――が、その手がフッと止まった。
(そうだ……)
(麻美は……)
(もう、いないんだ)
登校途中から麻美へのメールは、ひとみの中で日課になっていたの
で、つい無意識的に動いていしまったのだった。
ひとみは携帯電話をしまうと、もう何も考えないようにしてうつむいて
時を過ごした。
- 354 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時13分43秒
学園でもそのほとんどの時間を、ひとみは1人で過ごしている。
もともと、社交的な性格ではない。そのルーツはぽっかりと穴が空い
てしまっているが、そのような性格なのだから仕方がないと、無理に
とけ込んで行こうとはしなかった。
それに、麻美のような一緒にいて心が落ちつく相手ももう現われない
ような気もしていた。
退屈な日常。
ひとみの心は、荒む一方だった。
放課後、街をブラブラと歩いていた。受験生でそんな時間がないよう
に思えるが、ひとみの学園はエスカレート式なのでよほどの事がな
い限り高校へ進学する事ができる。
風邪をこじらせて長期入院する前に受けた中間テストの数学が点数
18点で戻ってきていても、勉強しようなどという気はさらさらなかった。
ブラブラ歩いていると、不意に花の香りがひとみの鼻腔を刺激した。
数メートル先に、「アップフロント」という花屋があった。
(へー、こんなところに花屋なんてあったんだ)
(カスミソウ、置いてるかな)
(……カスミソウ?)
(どんなだったっけ?)
(あ? なんだ? カスミソウって)
と、ぼんやりと頭の中で考えている間に、ひとみは花屋の前を通りす
ぎた。通りすぎるとき、女店主がなにか言っていたようだが、ひとみは
面識がないので立ち止まるような事はなかった。
女店主は、不思議に思っていた。
(変ねぇ……)
(大ケガしてた子じゃないかしら……?)
店先に出向いて確かめようとも思ったが、あの大怪我がこんな短期間
で治るはずがなくきっと人違いなのだろうと納得する事にした。
- 355 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時14分20秒
夕方近くになりこのまま街をぶらぶらし、鬱陶しいナンパ男たちに声を
かけられるのも嫌だったので、ひとみは家に帰ることにした。
マンション近くの公園を通りすぎるとき、何かが引っかかって思わず足
を止めた。
何かがおかしいのだが、それが何かひとみにはわからない――。
(でも、変……)
ひとみは、誰もいない公園を見つめつづけた。
子供の頃、ここで遊んだ記憶はあった。だが、それがいつどこで誰と――、
それが思い出せない。しかし、人の記憶の中にはそのようなことは多々
ある。その点に関しては、ひとみはあまり深く考えなかった。
それよりもっと別の、違和感が”その公園”にはある。
風が舞い、公園の木々が葉を揺らす。
誰もいない、ひっそりとした児童公園。
(児童公園……)
(子供……)
(公園……)
(夕方……)
ひとみの違和感は、不意に解けた。その公園には、いつも利用者が
いなかった。
(なんで、誰も遊んでないの?)
(まだ、明るいのに……)
ひとみはその道を、通学・下校で毎日のように通っていた記憶がある。
その記憶の中の自分は、その道を見ないように顔を伏せながら早足
で通りすぎていた。
どうして、そのような行為に及んでいたかはわからない。
(は?)
(なんで?)
ひとみの記憶は、すっぽりと抜け落ちていた。だが、あまり深くは考え
なかった。人がいようがいまいが、自分には特に関係がない。ただ、
やっぱり――児童公園に子供たちの姿がないのは、奇妙な光景だった。
- 356 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時15分14秒
部屋の片隅に転がったままになっている、黄色いリストバンド。
もうかなり前からそのままになっているので、ほこりでその黄色い色は
かすんでしまっている。
いつも、片付けなければいけないと思うひとみではあったが、もうそれ
を2度と使うこともないので”いいや”ともう1年ほど放置してあるので
あった。
捨てることも考えてはみたが、なぜかそれだけはしたくなかった。
かといって、大事にしまうようなものでもない――。
ひとみは、そのリストバンドをたまに目にすると、とてもブルーな気持ち
になる。忘れかけていた夢が甦り、かといって捨てきれない夢を見てい
るようでやり切れなくなるのであった。
「青春時代か……」
ひとみ自身、決して今の状況に満足しているわけではなかった。ただ、
たった1人では何かをやろうという気持ちも起きず、そしてその打ち込
める何かを見つける事もできず、焦りと苛立ちの中で悶々とした生活を
しているのだった。
その日の夜も、ベッドに寝転びもう10分近くも自分の存在価値を見出
せるような何かを探していた。
ただ、それに集中する事はできなかった。隣から聞こえてくる弟たちの
声が、ひとみの苛立ちに火をつける。
「うるさいんだよ!」
ひとみは、隣の部屋との間にある壁を蹴った。しばらく、おとなしかった
がまた、同じような騒ぎ声が聞こえてきた。
ひとみの気分は最悪だった。
夜風を浴び、頭を冷やそうとベランダに出てみた。
まだ時間も早いので、耳を澄ませば遠くの喧騒が届いてくる。
(バレー辞めた麻美は、すぐドッグトレーナーの夢見つけた)
(いつか、北海道のような場所で暮らしてみたいって……)
(麻美、動物と自然が好きだった……)
(バレーより、そっちの方が似合ってるよ)
(でも、アタシは……)
ひとみは、そこまで考えるとまたネガティブ思考へと陥り、結局、また
自分の置かれている状況に焦りを感じて自分を卑下してしまうのだっ
た。――悪循環。ひとみ自身もそれに気づいていたが、どうすることも
できなかった。暗い表情のまま、ひとみは部屋へと戻っていった。
ひとみは気づかなかったが、階下の少し離れた場所から上を見上げて
いる少女がいた。
その少女もまた、ひとみが部屋に入ったのを見届けると、同じような暗
い表情を浮かべて夜道を歩いて行った。
- 357 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時17分05秒
Another Chapter−A
翌日の午後、ひとみは児童公園の前で足を止めた。
いつものように通りすぎようとした時、中に誰かがいるのが視界の
隅に入った。
珍しい光景だったので思わず足を止めて目を凝らしてみると、そこに
いたのは数ヶ月前に同じ日に学園を去った中澤と矢口だった。
(なんで、こんなとこいんだろ?)
ひとみには、2人が去った詳しい理由は分からない。ただ、不意に麻
美が事故死する当日に言った言葉を思いだした。
『ねぇ、やっぱさ、あの2人って怪しいよね』
(たしか、麻美がそんなこと言ってた……)
(興味ないって言ったけど)
(なんで、学校辞めてんのに2人でいんの?)
(怪しい……)
(麻美の言ってた通りだ……)
ひとみは、そこまで考えるとさっきから自分のことをずっと見て
いる中澤にほんの少し恐怖した。
(やばい、アタシ狙われてんじゃん)
気味が悪くなったひとみは、素早くその場を去ろうとした。
だが、もうすでに時遅く、向こうは名前など知らないだろうとたかをくくっ
ていたが、名前つきで呼び止められてしまった。
立ち止まらざるをえなかった。なんの用があるのかは分からないが、
ゆっくりと振りかえったひとみの目に写る、笑顔を浮かべてくる中澤の
姿は”不気味”なお姐さんだった。
- 358 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時17分56秒
「おっす、よっさん。元気かぁ?」
(は? よっさん?)
「あ、ごめん。この呼び方、嫌やったな。ごめんごめん」
笑っている中澤を、ひとみはきょとんとした表情で見つめていた。
(何? 話すの初めてなのに……。こんなに馴れ馴れしかったっけ)
中澤の表情がほんの少し困惑したようになったが、ひとみはそれ
よりもさらに困惑していた。
ただ、それが顔に出る前に、矢口の悲鳴に驚いたのであった。
「ゆ、裕ちゃん!!」
矢口の悲鳴にも似た叫び声を聞き、中澤は慌てて振りかえった。
ひとみはつい数秒前に困惑した中澤の肩越しに、ベンチに座って
いる矢口の異変に気づいていた。
目を閉じて何かを夢想するような、ほんの少し危ない姿にひとみは
薄気味の悪さのようなものを感じていたのであった。
それが突然、気を失うようにしてゆっくりと地面に転げ落ちた。何が
起こったのか、ひとみにはまったくわからなかった。
矢口の元へと駆けつけた中澤が、まるで何かから矢口を守るように
してその腕の中へと引き寄せる。
その姿を見たひとみは、ほんの少しだけ胸が高鳴った。随分、小さ
い頃に見た映画のワンシーンのようだったからである。
ひとみは、その様子をただ呆然と公園の出入り口で眺めていた。
2人がひとみを見ながら何かを喋っていたが、すぐに互いに見つめ
合うようにして喋る姿を見ると、ひとみはやっぱり薄気味の悪いも
のを感じ、逃げるようにしてその場を去った。
- 359 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時18分40秒
それから数日の間、ひとみは不思議な錯覚にとらわれていた。
脳の中に何かが入り込んできているような、そんな感じがする時
が多々あったのだ――。
それは、日時や場所を選ばなかった。
ある日は、深夜の自分の部屋で。
ある日は、学園で授業中。
ある日は、電車の中で――。
その不思議な感覚は、まるでひとみの中の何かを探っているよう
だった。
数日前に、中澤と矢口にあってからその現象は起こり始めた。
(やっぱ、あの2人、変だよ……)
街をぶらつきながらそんな事を考えている今も、その奇妙な感覚
は脳の中にある。
ひとみは思わず、ここが大勢の人が行き交う交差点の真ん中であ
るのも忘れて頭を大きく振ってみた。
(アタシの頭……)
(オカシクなったのかな……)
ひとみの不安は、いよいよピークに達しようとしていた。
『もうすでに、おかしくなってんだよ』
通りすぎる人々の中から、その声ははっきりとひとみの耳に入った。
ハッとして振りかえったが、どこの誰が発したのか見当もつかない。
ただ、ひとみに分かっていたのはその声を発したのが、自分と同じ
くらいの少女の声だったという事だけであった――。
ひとみはしばらくその場に佇んでいた。
不思議とその少女の声を聞いたのと同時に、ひとみの頭の中に蠢
いていた奇妙な違和感はかき消されていた。
(……この感触)
(前にもどこかで……)
(……どこだったんだろう)
(……)
ひとみは記憶の糸を手繰り寄せてみたが、それを思い出す事はまっ
たくできなかった。つい1ヵ月前の記憶が、つい昨日までそれを覚え
ていた記憶が少女の声により消え失せたような感じだった。
(1ヵ月前って……、何してたんだっけ……)
- 360 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時19分38秒
脳の中に違和感を感じると、ひとみの中にある記憶が1つずつ消え
ていっていることに、ようやくひとみ自身が気づいたのはそれからさ
らに数日が経過してからである。
ひとみは、わけのわからない恐怖に怯えていた。
(なんで……)
(なんで、なんにもわかんないんだよ……)
(1ヵ月……)
(2ヶ月前もわかんない……)
(なんで……)
その恐怖を打ち消すように、最近は普段まったく話しをしなくなった
両親や弟たちに自分の身に起こった事を訊ねてみた。
両親や弟たちはそんなひとみの姿に驚いたが、自分たちの知り得
る限りでのここ数ヶ月間のひとみの様子を話た。
「違う!! そんなんじゃない!! アタシ、そんなの知らない!!」
両親や弟たちの話すひとみの様子は、ひとみ自身にはまったく身に
覚えがなく誰かもう1人の別人の話をされているようで、ひとみの恐
怖はさらに強まった。
パニックになったひとみは、部屋を飛びだした。両親の戸惑う目、弟
たちの怯えた目からも逃げだしたく、家から飛びだしていった。
(違う!!)
(麻美は、交通事故なんかじゃない!!)
(アタシは、風邪なんかひいて入院してない!!)
(違う!!)
どのくらい走ったのだろうか、気がつくと閉店したショッピングモール
の前まで来ていた。
通りすぎようとした時、おぼろげではあるがそこに誰かといた自分を
思い出した。
しかし、それが誰かは分からない。だが、ひとみは”誰かといた”事
だけはハッキリとわかっている。
(誰と……)
(麻美……?)
(違う……)
(他の誰か……)
”誰かといた”記憶のあるベンチへと向かうひとみ。閉店してしばらく
時間も経っているので誰もいないと思っていたが、そのベンチに誰か
が座っている。
一瞬、身の危険も感じたが、白いワンピースにスニーカーといういで
だちの少女だったので、そのままベンチへと向かって歩いた。
(何、やってんだろ? こんな時間に……)
ひとみは、散歩をしている人物を装ってベンチの前を通りすぎようとし
た。いくらなんでも、こんな時間にわざわざその少女の隣に座るのは
不自然だったからである。
通りすぎ様にチラリと見たその少女は、ただ一点を、表の通りを見つ
めていた――。
少女の前を通りすぎたひとみの背から、少女の声が聞こえてきた。
「失った記憶を、取り戻させてあげようか?」
- 361 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時20分37秒
ひとみは思わず足を止めて、少女に振りかえった。
少女はまだ、表の通りを見つめ続けている。
(記憶……)
(なんのこと……)
(アタシに言ったの……?)
「そう。あなたに言ったの。吉澤ひとみさん」
少女はそう言うと、表の通りを見つめたままニヤリと笑った。
(なんで……!)
(なんで、返事を)
(なんで、あたしの名前知ってんの)
ひとみは本能的に後ず去った。わからないが、ひとみの中にある何か
の記憶が、自分をその少女から遠ざけようとしている。しかし、ひとみ
自身にはその行動の意味が分からない。ただ、身体が勝手に緊張し
そしてゆっくりと後退しているのだった。
「ただの記憶喪失なら、病院でも治せるけどね」
「ど……、どういうこと……」
怯えるひとみを尻目に、少女はクスッと笑いゆっくりと立ちあがった。
ひとみは、その少女の横顔から目をそらす事ができなかった。
ヘビに睨まれ”ていないのに”カエルのような状態だった。
「色々と調べさせてもらった。けど、まだ完璧じゃない」
「な、何言ってんの? わけわかんないんだけど」
「すぐに、分かるようになるよ」
「はぁ? ……!!」
次の瞬間、ひとみの脳の中にあの奇妙な感触が蠢いた。どのくら
いの時間が経ったのか、ほんの一瞬のようでもあり、数分間のよ
うでもあり、数時間のような――ひとみは、意識を取り戻してもし
ばらく虚ろな表情をして、その場に立ち尽くしていた。
「どうですか、ご気分は」
ハッと我にかえったひとみの耳に、おどけた少女の声が聞こえた。
ベンチの前にいた少女を――、ひとみは思い出した。
福田明日香――、親友の麻美を気まぐれで殺した相手。
だが――、その姿はもう、ベンチの前にはなかった。
(違う……。福田明日香じゃない……)
そう。明日香がそこにいるはずはなかった。ひとみは、石黒から
明日香がなつみの炎により焼死したと聞かされていたのも、思い
出していた。
(じゃあ……、今のは……)
辺りを懸命に見渡してみたが、少女の姿はもうどこにもない。
ただ、少女の立っていたところに、数枚の用紙がポツンと置かれ
ていた。
- 362 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時21分28秒
- Another Chapter B
ひとみは、国会議事堂の前に立っていた。
委員会が開かれているらしく、中に入ることができずに柵越しに
中を覗っていた。
昨夜、ショッピングモールに残されていた用紙にあった一文、
『国会議事堂の地下に、<Zetima>がある』
ひとみは少女の残したメッセージを信じて、翌日、学校に行くフリを
してその足で東京へと向かったのであった。
そこに、梨華がいる事は確実だった。なぜなら、少女の残した用紙
は能力を持った者を強引にスカウトしようとしていた<Zetima>に
関する資料であり、なおかつそこに書かれているのはまるでひとみ
のために用意されていたかのように梨華の詳細が書かれてあった
のである。
梨華がひとみの記憶を消したこと――。
その後、関係人物にも同じ処置を加えたこと――。
矢口と中澤の捕獲に成功したこと――。
ありとあらゆることが、詳細な日記のように書き込まれていた。
少女がどんな意図があってこのようなものを残したのか、そして、な
ぜ自分の作られた記憶を修正したのか、ひとみにはその真意はわ
からなかったが、どうしても梨華の口からすべてが聞きたくてこの場
所に立っていた。
「なんで、こんな日に限って入れないんだよ〜」
ひとみは、肩を落としてその場を立ち去ろうとした。
(……は? 待てよ)
ひとみは足を止めて、もう1度中の様子を覗った。
(……見つからなきゃ、いいんだよね)
「よし」
と、辺りに誰もいないのを確認すると、鉄柵の縁に片足をかけた。
だが、さすがにそんなに簡単には進入できない。遠くで警笛が
聞こえ、あわててその場を逃げだした。
「ハァ……、くそ……、石黒さんみたいに、広い情報網があれば
な……。石黒さん……?」
(そういや、石黒さんから連絡ない)
(そうだ)
ひとみは逃げ隠れた路地裏の隅から、石黒の携帯へと電話をする
事にした。
しかし、何度かけても留守番電話センターに転送されるだけだった。
- 363 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時25分03秒
頭の中で蠢く奇妙な感覚……。
石黒は、それにもう何日も悩まされていた。それと同時に、自分の
記憶があやふやになっている事に戸惑いも覚えていた。
数日前にクローゼットの中から、2人の少女の名前が書いてある数
枚の用紙を見つけた。その時は、昔の取材記録だろうと思ってあま
り気にも止めなかったが、頭の中の奇妙な感覚が始まった翌日辺り
から、それが気になって仕方がなくなった。
「石川梨華……。安倍なつみ……」
2人の少女の名前、石黒にまったく記憶は無かったが、なぜか心の
どこかでその2人に対して、いやもう1人の少女、その少女に対して
の罪悪感がある。
だが、その罪悪感に結びつく記憶が石黒には無かった。
「これを……、誰かに……、渡さずに隠した……。誰に……?」
石黒は、もう何分もクローゼットから取り出した用紙を見つめ続けて
いた。
「彩ちゃ……。彩ちゃん」
不意に誰かの声が耳に入り、彩はハッと我にかえった。顔を上げる
と、目の前にアンパンマンのような婚約者――山田真矢の顔があっ
た。
「どしたの、さっきから呼んでんのに」
「あ、うん。ちょっと、考え事」
「お腹の子のこと? だったら、心配いらないよ。何があっても、俺、
2人の事ちゃんと大事にするから。浮気もしないし、子育てもするし、
家の事だって」
「ハハ。専業主夫にでもなつるつもり?」
「……彩ちゃんさえよかったら、それでもいいよ」
「え?」
「彩ちゃん、ホントは仕事に戻りたいんだろ? 何があって急に辞め
たのかわからないけど、最近またなんか戻りたそうにしてるからさ」
- 364 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時25分42秒
梨華の手によってかき消された記憶――。
それにより、石黒が仕事を辞めた本当の理由もなくなっていた。
そこには上司とのトラブルにより、退職したという”作られた記憶”が
あった。
少女は、石黒の意識下に伸ばしていた触手を戻した。
――ひとみのように、すぐにその場で記憶を取り戻させる事はしなかっ
た。ただ、ほんの少し手を加えた。空白のままにしておき、自分自身
で記憶を取り戻せるようにしたのである。
少女自身にも、石黒が記憶を取り戻すかどうかは分からない。ただ、
そのまま平凡な生き方を望めば、そう送れるようにだけしておいた。
物心もつかない幼い姉妹を捨てて、自分の夢を追いかけた”母”。
母になる石黒に、少女は見た事もない母親の姿を照らし合わせて、
ほんの少し悪意が芽生えた。
石黒が自分自身で運命を選べるように――、少女は石黒の意識を
操作して、その場を静かに立ち去った。
白いワンピースの少女がアパートの前から立ち去って数分後、石黒
の携帯が鳴った。
しかし、誹謗・中傷・脅迫まがいの電話が多かったジャーナリスト時
代の習性で、身に覚えのない人物から電話をとることはなかった。
――ひとみのメモリは、もう随分前に消されていた。
- 365 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時26分36秒
ひとみは、石黒への連絡をあきらめた。いくら石黒とはいえ、国家に
通じているとは思えなかったし、少女の残した資料によると石黒も
またその記憶を作りかえられて平穏な日々を送っているらしい。
だとすると、もう危険な目にあわせたくない。
ひとみは、寂しさにも似たような気持ちで連絡をあきらめた――。
日が暮れて、もう1度議事堂の前を歩いてみたが、先ほどの進入未
遂により警戒が一段と厳しくなっていた。
(すぐ側に、梨華ちゃんがいるのに……)
(梨華ちゃん……)
(……梨華ちゃん)
(梨華ちゃん!!)
心の中で何度も梨華の名を呼んだが、いつまで待っても梨華が現わ
れるようなことはなかった。
仕方なく、ひとみは国会議事堂前を後にした――。
「ヨシザワ ヒトミ サン デスカ?」
自分の名前を呼ばれて車道を見ると、ジープに乗った黒人がガムを
噛みながらニヤニヤと笑っていた。
(なんだ、この外人……)
(なんで、アタシの名前知ってんだよ)
ひとみは、梨華に会えないもどかしさで内心イライラしていた。まった
くの無視を決め込んで、そのまま歩いてやろうとした時、黒人の口か
ら意外な名前が飛び出してきた。
「アル ジンブツ カラ ニモツ ヲ アズカッテマス。イシカワ サン ニ
カンケイ スル コト デス」
(梨華ちゃん……)
ひとみが足を止めると、そのジープも停車した。路上駐車スペースも
ない道路、たちまち後ろに渋滞の列ができた。
鳴り響くクラクションの中、黒人は後ろの車に向かって中指を立てる
と、ひとみには笑顔を向けてこう言った。
「オノリ クダサイ レンシュウ アルノミデス」
「は?」
意味が分からずきょとんとしていたひとみだが、クラクションの嵐の中、
ずっと立っているわけにもいかず、ほぼ反射的に車に乗り込んだ。
大渋滞を引き起こしたジープは、そんな事とはまるで関係のないよう
に悠然としたスピードで走り出していった――。
それからわずか13分後、市井と後藤を乗せた車が国会議事堂の門
から出て行った。その車は渋滞にもあわず、スムーズに川崎方面へと
車を走らせることができた。
- 366 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時27分36秒
夜の港には、まだ人の姿がチラホラと見えた。公園もあり、夜景も見
える。そこは、申し分のないデートコースだった。
だが、ジープはそのデートコースには向かわず、貨物船すらも停泊し
ていない港の外れへと向かって行った。
「ココカラ スコシ アルキマス」
ジープを下りた黒人が助手席のドアを開けようとしたが、ひとみはドア
ロックをした。帆のないジープにそれはまったくの無駄な行為であった
が、とっさにそうしてしまったのである。
「へ、変なことしたら、し、舌噛み切って死ぬからね!」
ひとみは今さらになって、1人で来たことを後悔した。こんな人気のない
ところで、屈強な黒人男性に襲われればひとたまりもない。
「シタ?」
「そうよ! 噛みきって死ぬからね」
「――Oh〜……、No〜……」
と、黒人は自分の股間を押さえてドアから後ずさりした。
「ち、違うよ!! 舌。ベロを噛むって言ったの!!」
ひとみは、顔を赤くしながら自分の舌を指さした。
自分の勘違いに気付いた黒人は、オーバーなアクションで声を上げて
しばらく笑っていた。
それを見て、ひとみの不審も少しは和らいだ。黒人もまた、ひとみに何
か――いや、依頼した人物に何か恐れのようなものを抱いていると確
信したからである。自分の身に何かあれば、黒人の命も危険にさらさ
れるのであろう――。それでも、警戒心だけは解かないようにしていた。
依頼者の真意は、今だに謎なのである。
しばらく、無言のまま2人は港の奥へと向かって細い道を歩いた。
小さいものから大きいものまで漁船のようなものがいくつか停泊してい
たが、そのほとんどはもう何年も使われていないらしく朽ち果てかけて
いた。
- 367 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時29分08秒
黒人はその中の1艘に、軽く飛び乗って甲板の羽目板をはずした。
そこはもともと、漁で獲った魚を入れておく場所である。そこから、大き
な袋を取りだして、ひとみに来るように手招きをした。
ひとみは、おっかなびっくり甲板へと飛び移った。
「コレヲ アナタニ ワタスヨウニ タノマレマシタ」
黒人が袋から取りだしたもの、それはロケットのようなものだったが、
ひとみにはよくわからなかった。
「何? これ……」
「ロケットランチャー デス」
「は? ロケット?」
「イマカラ ツカイカタ ヲ セツメイ シマス」
「ちょ、ちょっと待ってよ、なんで、アタシが使い方覚えなきゃなんない
の」
「――エーット デスネ リカ ヲ タスケタイナラ オボエロ」
「梨華ちゃん……?」
「ト イッテマシタ」
ひょっとしたら、未来視のできる矢口が頼んだのかもしれない――。
そう考えると、すべてが納得できるような気がした。梨華の危険を未
来視して、何らかの事情で自分はその場に向かえないが、その場に
駆けつけることのできるひとみに救出を託す――。
あの”海響館”での出来事のように――。
(でもさ……)
少女の残した資料によると、矢口は施設内に軟禁状態になっており、
監視員がいない限り外も自由に歩けないはずであった。
梨華の危機に駆けつけられないのはわかるが、黒人に依頼する時
間があれば、直接梨華に危険を教えた方がいいのではないか。
ひとみは、そんな事をぼんやりと考えていた。
- 368 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時30分10秒
Another Chapter C
矢口は、その広い部屋の中にぽつんとまるで人形のように座っていた。
昨日もそうしていたし、その前の日もそうしていた。きっと、その前の日
もそうしていただろう。
だが、もう今は違っていた。わけの分からない興奮が全身を駆けめぐり、
こうしておとなしくその時が来るのを待っていないと、はしゃいで暴れま
くり疲れてしまっては何もならないと考えたからであった。
数日前に見た未来視。後藤の殺意。市井らと出て行った中澤。未来
視とよく似た状況。消えた中澤。これらが重なり矢口自身が出した答え
は、最悪の結末であった。
ここ数日、矢口は自身が作った暗黒の世界へと身を委ねていた。
だが、――梨華にも伝えたが、それはついさっき見た続きの未来視に
より、矢口は暗い孤独の世界から帰ってくることができたのである。
ホテルから脱出する自分。その横には、中澤もいた。
× × ×
<Zetima>施設内の一台の監視カメラに映っている映像は、異様な
光景だった。
長い廊下に、スタッフが数人倒れ込み頭を抑えて悶え苦しんでいる。
警備員は、そのモニター画面を見て緊急警報のシグナルを発令した。
能力者たちが、その緊急シグナルを聞きつけて廊下に終結した。
居並ぶメンバー数人の顔を見て、侵入者である白いワンピースの少
女は口元を歪めた。
「な、なんで、お前が……。ぐっ」
声を出した男が、頭を抑えてその場に倒れた。
側にいた数人のPKが能力を発動しようとしたが、皆、少女の触手に
より、その能力を封じ込まれている。
ESP部隊のガードも少女の力には遠く及ばず、ことごとく触手の進
入を許して破れた。
少女は悠然と、その長い廊下を歩いて行った――。
- 369 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時30分58秒
梨華はもうホテルについたのか、それともまだホテルへ向かう途中な
のか、もうすぐすれば自分もどんな形かは分からないがそこに合流で
きる。そう考えていると、矢口の顔は自然とほころんでいた。
そんな時に突然、ベルのようなものが廊下に鳴り響き、矢口の心臓は
止まりそうになった。
すぐ前の廊下で、何人かの男女の悲鳴が聞こえた。
「な、なに〜……。なんなの〜……」
矢口はドアを開けて廊下を見ようと駆け寄ったが、外側から鍵がかけ
られていて開かない。
「ちょっと〜……」
しばらく、ドアノブを回していると不意にドアが開き、顔面蒼白となった
男が倒れ込んできた。
――矢口の悲鳴が、辺りにこだました。
そんな矢口の前を、耳を指で押さえた少女が通りすぎた。顔はその腕
でよく見えなかったが、その少女はかすかに笑っているようだった。
我にかえった矢口が、廊下に出てみると至る所で<Zetima>のスタッ
フが倒れていた。
とっさに、矢口はあの少女が歩いて行った方向を振りかえる。
白いワンピースにスニーカーを履いた少女は、ちょうど廊下を曲がると
ころだった。
「うそ……」
矢口は、その少女の横顔を見て鳥肌が立った。脱出のチャンスなのだ
ろうが、一瞬、それはチャンスではないような悪い気もしていた。
- 370 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時32分29秒
夜の海に向けて放ったロケットは、ひとみの想像していたような音とは
違うもっと乾いた音を出して飛んで行き、10メートルほど離れた無人の
船を木っ端微塵に破壊した。
黒人は、親指を立てて笑いころげた。3回の練習で、ひとみはもうすっか
り使い方を覚えてしまった。
そして、また黒人の運転するジープに乗って、来た道を戻っていった。
ジープの停まった場所は、ある高級ホテルの前だった。ひとみには、そ
こがどこなのかまったく見当もつかない。
「ここ、どこ……?」
運転席の黒人は、ひとみの質問には答えずガムを噛みながら、ホテル
を見上げていた。
「あの……」
「25カイ アノ フロア デス」
と、ホテルの上の方を指さした。
「は?」
ひとみも見上げたが、黒人がロケットランチャーの入った袋をおもむろ
に渡してきたので数える暇がなかった。
「え? ちょっと」
ひとみは、黒人に抱きかかえられるようにして車を下ろされた。
運転席に戻った黒人は、車道の脇できょとんとしているひとみに親指
を立て、「シゴト ココマデ Good Lack!」と言うとジー
プを走らせた。
「ちょ、ちょっと……、え〜!?」
ひとみは、大きな袋を抱えたまま呆然とその場に立ち尽くした。
振りかえると、巨大なホテルが見える。その25階に何が行われてい
るのか分からないが、梨華の身に何か危険が及んでいる。
まだハッキリと信じられたわけではないが、とりあえずひとみはホテル
へと向かって重い大きなロケットランチャー入りの袋を抱えて走った。
- 371 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時34分12秒
<Zetima>の能力者が潜んでいるのを警戒して、ひとみは別の事を
考えながらフロントの前を通りすぎようとした。
「あの、失礼ですがお客様」
と、ホテルマンらしき人物が声をかけてきた。
(やっぱり……。どう見ても怪しいよ)
ひとみは、顔を伏せたままどう言い訳しようかと考えていた。咄嗟に出
てきたのが、その昔、家族でキャンプに行った思い出だった。ロケット
ランチャーの入った袋を見たとき、一瞬、テントでも入っているのかとひ
とみは港で思ったのである――。
「あの、お父さんに頼まれまして」
もうどうにでもなれといった感じで、ひとみはとりあえずその言い訳で
この場を切りぬけようとした。
「あの、うちのお父さん高山植物のカメラマンをしてまして。それで、普
段は山でテントなんか張って暮らしてるんです。でも、そのテントが古く
なって、それでその替わりを届けに来たんです」
自分でも何を言っているのか、わからなかった。テントとホテルがどう
関係あるのか、もっと別の言い訳を考えれば良かったと後悔するひと
みであった。
――だが、ホテルマンは不審な顔をする事なく、笑顔を浮かべた。
「ひょっとして、和田薫さんのお嬢様ですか」
「は……?」
(和田薫……)
(なんか、聞いた事ある……)
「高山植物の写真家の、違いますか?」
(そうだ! 梨華ちゃんと行った写真展の!)
「はいっ、そうです。薫の娘のひとみです」
咄嗟に出した言い訳、咄嗟に出した”高山植物カメラマン”、ひとみの
記憶が戻っていなければ、ひとみはここを通過できる事はなかっただ
ろう。――もっとも、記憶がなければここを訪れる事もなかった。
- 372 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時35分54秒
ホテルの客室は、23階までであった。エレベーターは、そこまでしか
進まない。どこか他に、25階にまで直通するエレベーターを探したが、
どこにも見当たらなかった。
それらしい柱はあったが、ドアもなく、上に通じる階段すらなかった。
「今度は……、もうッ」
ひとみは、この場でロケットを撃ちたい衝動に駆られた。梨華の身に
何かが起こっているのだとしたら、一刻も早く25階に到着したいが、
足止めを食わされてかなり苛ついていた。
柱に耳を当てると、そこはやっぱり中にエレベーターが通っているら
しく、エレベーターが上昇していった振動をかすかに聞く事ができた。
ひとみは小さく舌打ちをして、もう1度、1階に戻って直通のエレベー
ターを探す事にした。
エレベーターが1階につき、ドアが開くとそこに見覚えのある顔があっ
た。
「よっすぃ……」
息を切らせている矢口が、驚いた顔をしてひとみを見ていた。が、きょ
とんとしたひとみの顔を見ると戸惑いのような表情を浮かべた。
「そっか……、覚えてないんだよね」
と、小さく呟くと、ひとみの脇をすりぬけてエレベーターへとのり込ん
できた。
「矢口さん……、なんでここにいるんですか?」
「あ……、そっか、名前と顔は知ってるんだった」
「え?」
「あ、ううん。ちょっとね」
「1人で出歩けるんなら、なんで梨華ちゃんに教えてあげなかったん
ですかっ」
「……?」
今度は、矢口がきょとんとした顔でひとみを見上げた。
「へ? よっすぃ〜、今、梨華ちゃんって言った」
「言いましたよ。梨華ちゃんが危ないんでしょ」
「梨華ちゃんって――、言った」
「ちょ、ちょっと」
「梨華ちゃんって言った。よっすぃだ。よっすぃ〜だ」
「あ、矢口さん、やめてください。危ないんですって」
矢口は泣きながらそして笑顔で、ひとみに抱きついて離れようとしな
かった。
- 373 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時38分27秒
興奮する矢口をロビーの隅へと連れだして、ひとみは手短にこれま
での事を説明した。矢口の顔が一瞬、小さく「やっぱり……」と呟い
たが、聞き流した。それよりも早く梨華を救出したかったのである。
「早くしないと、梨華ちゃんが危ないんです」
ひとみはそう言っている時間ももどかしいといった感じで、辺りを落ち
つきなく見渡す。
(どこ……)
(どこだよ……、エレベーター)
「よっすぃは、肝心な事忘れてるね」
「なんですか?」
と、語尾を荒げて、辺りを見まわすひとみ。
「前にも言ったでしょ。未来は変わらないって」
落ちつきなく辺りを見まわしていたひとみの頭が、フッと止まった。
「矢口は見てる。みんなが無事に逃げれるところ」
「……ホントですか?」
「よっすぃ、よ〜く思い出して。エレベーターの柱は、フロアのどの辺
にあった?」
「どの辺って……」
ひとみは、柱のあった位置を1階で探した。ゆっくりと目で追ったその
先は、フロントの奥の方であった。
「あんなとこ……、どうやって通れって言うんですか」
ひとみは泣きそうな顔で、矢口に詰め寄った。
「強行突破、やるべしだよ」
と、ガッツポーズをして見せた。
「やるべしって、そんな、捕まったらだいなしじゃないですか」
「だって、捕まらないもん」
「あ……、でも、強行突破してない未来かも」
「じゃあ、よっすぃは何かいい方法でもあんの?」
矢口が腕を組み口を尖らせて、ひとみを見上げる。
(やっぱり、”ミニモくん”に似てる……)
(違う。今は、そんな場合じゃない)
顔を背けたひとみの目に飛び込んできたのが、”水槽”だった。
(水槽……)
(そう言えば、あの時……)
「行きましょう! 矢口さん!」
ひとみは、矢口の手をとるとそのままロビーを駆けて外へと出て行った。
- 374 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時39分49秒
”従業員専用通用口”と書かれたドアを開けて、ひとみは割合、堂々と
中へと入っていった。
なぜならば、就業時間中はスタッフは所定の位置に出向いているため、
遭遇する確率が少ないのを以前の”海響館”で知っていたからである。
あの日も、結局、行きも帰りも従業員と出会う事はなかったので、今回
も大丈夫だろうと考えた。
ひとみの予想通り、廊下はひっそりと静まり返っていて、あの25階に
直通するエレベーターに乗り込むまで、誰一人として出会わなかった。
上昇するエレベーターの中で、矢口がひとみが持っている大きな袋に
気づいた。
「ねぇ、よっすぃ。さっきから気になってたんだけどさ、それ、なに?」
「あ、そうだ。これ、どこで使えばいいですか?」
「……どこって?」
「……え? 矢口さんが頼んだんじゃないんですか?」
お互い、顔を見合わせてしばらく無言の時を過ごした。
「ちょっと、待って下さいよ……。梨華ちゃんが危ないんですよね」
「たぶん」
「たぶんってなんですか〜……。誰もいなかったら、どうするんです。こん
なの持ってたら、捕まっちゃいますよ」
「中で何が起こってるのか、矢口は見てない。でも、そこから逃げ出した
裕ちゃんから事情を聞いて知ってるんだ」
「……市井って言う人と後藤真希が、逃がしたんじゃないんですか?」
ひとみが読んだ資料によると、そうなっていた。
「2人が?」
「ええ。後藤真希の力を使って、監視人たちの目をくらました……って」
「そう……。じゃあ、逃げたところで捕まっちゃったんだ……」
「だったら、やっぱり危ないじゃないですか。会長を裏切ったことが、バレ
てるってことですよ」
「だから、言ってんじゃん」
「もうっ」
ひとみは、エレベーターの表示パネルをまだかまだかと見上げた。
- 375 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時40分43秒
エレベーターのドアが開くと、いきなり数人の男が待ち構えていた。
面食らったひとみと矢口は、思考も停止してしまうほど驚いた。
ひとみの作戦が成功したのではなく、彼らは侵入者がここまで来るのを
待っていたのである。
「矢口さん……」
「ヤバイよね……」
1人の男が、ひとみらの元へと歩み寄ってきた。
「こんなところに、なんの用だ」
どうやら矢口の事は知っているらしく、ひとみの方を警戒しているらしい。
ことさら、ひとみが抱える大きな袋に注意を払っているようだった。
「つんくさんに……、呼ばれて……」
矢口は、小さな声で呟くように言った。
「――ちょっと、待ってろ」
と、男が去っていくのを見ると、矢口は確信した。
「よっすぃ……、コイツら、力持ってない」
「え……?」
「わざわざ聞きに行かなくても、意識読み取ればいいじゃん。しないって
事は――」
矢口はそう言い残すと、エレベーターを出ていった。どうやら、男たちの注
意を自分に引きつけようとしているらしい。
ひとみは、袋のチャックを開けながら矢口や男らとは反対方向に何気なく
歩いて行った。チラリと横目で矢口を覗うと、矢口は何やら男たちと話し合っ
ていた。”<Zetima>の未来”云々と言う話がひとみの耳に届いてき
たが、それは矢口が場を繋ぐための適当な言い訳だという事はわかっていた。
男たちから見えないように素早く背中を向け、ひとみはロケットの装填をした。
(……いいのかな)
ひとみの中に罪悪感が芽生えたが、このフロアのどこかにいる梨華や中澤
のことを考えると、そう奇麗事ばかりは言っていられないという結論に落ちつ
いた。
「おい、そこ。何してるんだ」
背後から男の声が聞こえ、ひとみはランチャーを構えたまま振りかえった。
こちらに向かってきていた男が、呆然として立ち止まった。
その向こうに控えている男たちも呆気にとられている。
「矢口さん」
ひとみは、男たちと同じように呆気にとられている矢口に声をかけた。
「あ……、ハハ、よっすぃ」
我にかえった矢口は、笑みを浮かべるとひとみへと向かって駆け出して
きた。
男たちをけん制しながら、ひとみは矢口を自分の元へと引きよせた。
「そのまま、下がっててください」
「よっすぃ、カッチョイイ」
「危ないから、早く」
「あ、はい」
と、矢口はひとみから少し離れた柱の影に身をかくした。
- 376 名前:第三部AC 投稿日:2001年06月24日(日)00時44分54秒
男たちの後ろ数メートルほどに頑丈な扉があるのを、ひとみは目ざとく見
つけていた。そして、その向こうに梨華たちが捕らえられているのだろう
と推測した。
「危ないから、どいてよ! 知らないよ、当っても!」
ひとみはそのまま腰を落として、ロケットを放った。ヒューンという乾いた音
を立て、10メートル程の廊下を一直線に飛んでいった。
爆発の衝撃で、扉の近くにいた男たちが吹き飛んだ。
「よっすぃ!!」
興奮した矢口の声が後ろから聞こえてきたが、ひとみはもう次のロケットを
冷静にかつ素早く装填していた。
2発目は扉から大きく逸れて、右横の壁を直撃した。壁の一部が崩れ落ち、
辺りには砂煙が舞った。
ひとみは素早く装填を終えると、続けざまに3発目を放った。
1発目の衝撃により、崩れかけていた扉が吹き飛んだ。
「矢口さん!! そこで待っててください!!」
ひとみはロケットを投げ捨てると、そう叫びながら扉へと向かって走っていっ
た。ほとんど何も考えていなかった。ただ、その向こうに梨華がいると思うと、
身体は勝手に砂煙の舞う扉へと駆けて行っていた。
ひとみが走った数秒後、いきなり扉から数メートル離れた壁が吹き飛んだ。
一瞬、矢口がロケットを放ったのかと思ったが、壁は内部から吹き飛びそ
のまま廊下向こうの外壁すらも吹き飛ばしフロアに風穴を開けた。
ロケットの威力など比ではない。
それでも、ひとみは足を止めなかった。ただひたすら走り、砂煙をかき分け
て扉へと向かった。
こちらへと向かって駆けてくる複数の足音が聞こえた――。
そして、砂煙の向こうにひとみが待ち望んだシルエットが映えた。
(良かった、梨華ちゃん……)
(生きてた)
(梨華ちゃん!)
砂煙の向こうのシルエットも、ひとみに気づいたらしく足を止めた。
ひとみの顔に、自然と笑みが浮かんだ。
「迎えにきたよ、お姫様」
咄嗟に出た言葉。ひとみは意識していなかった。ただ、いつかの夜を思い
出していた。
砂埃がはれた向こうに、顔をクシャクシャにして泣いている石川梨華が立
ちつくしていた――。
- 377 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月24日(日)00時46分40秒
- 今回の更新分は、>>353-376です。
- 378 名前:名無し 投稿日:2001年06月24日(日)00時49分03秒
- なんと言う更新量。じっくり読ませていたただきます。いつも楽しみにしてます。
頑張ってください。
- 379 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月24日(日)00時49分12秒
- >>349
ね(笑。
- 380 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月24日(日)00時50分32秒
- >>350
だんだんと、出番はなくなります(笑。
- 381 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月24日(日)00時51分29秒
- >>351
いつ終わるんでしょうかね(^^;
- 382 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月24日(日)00時53分20秒
- >>352
もとが、カッケーので(笑。
- 383 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月24日(日)00時55分25秒
- >>378
2日に別ける予定だったんですが、事情があって一気上げ(^^;
- 384 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月24日(日)00時58分15秒
- とりあえず、次回から第四部に突入します。
新スレ建てた方がいいですか? 容量的にどうなんでしょう。
詳しい方がいれば、教えて下さい。
――それでは、今回はこの辺で。>>353-376(更新分です)
- 385 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月24日(日)01時49分08秒
- 現在404kとりあえず、600kまでは前例はあります。
全体でどれくらいの容量になるのかわかりませんので、
作者さんの判断にお任せします。
いつも楽しみにしています。
- 386 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月24日(日)15時40分45秒
- おもろい。
- 387 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月25日(月)22時27分35秒
- 面白いぞ。
実写化して欲しいぞ。
ぜひ、映画にして。
- 388 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)00時19分58秒
- Chapter−@ <漂流>
一台のワゴン車が、定員ギリギリの8人の娘たちを乗せてあてもなく
深夜の高速道路を北へと向けて走っていた。
「それにしても、逃亡者はなんで北に向かうんやろなぁ」
ワゴン車を運転している中澤が、ルームミラーを覗きこみながら言った。
「ちょっと、裕ちゃん。ちゃんと前見て運転してよ。危ないじゃん」
助手席の矢口が、ハラハラして声をかける。
「ええって。事故っても、紗耶香がおるもん。なー」
先ほどから上機嫌の中澤とは裏腹に、ジッと冷めた目で外を見つづける
市井が後部座席にいる。ホテルから逃亡後、中澤の傷を治してからほと
んど言葉を発していない。
一応、話は聞いているみたいだったが何を考えているのかは、その場に
いる全員が誰一人としてわからなかった。
保田も後藤も、何かを訊ねたそうにしているが、タイミングを掴めない
でいるらしい。
一方、ワゴン車の最後部座席の3人。加護は、力を使って疲れているのか、
もう30分ほど前に眠ってしまっている。
ひとみと梨華は眠っている加護を間に、やはり気まずそうな雰囲気を発し
ていた。
「り、梨華ちゃん……」
どうせ、考えていることはすべて梨華に筒抜けになっているはず。ひとみ
は思いきって声をかけてみた。
先ほどからずっとうつむき加減だった梨華が、ビクンと身体を小さく振る
わせた。
「別に……、怒ってないから……」
「……」
「アタシのためを思って、そうしてくれたのはわかってるし……」
「……グスッ」
ひとみは、あわてて梨華の方を見た。梨華が、うつむいて泣いている。
「り、梨華ちゃん」
ひとみはその姿を見て、狼狽した。前の席の保田が、なんとなく後ろに
注意を向けているのがわかりさらに狼狽した。
「なんやー、よっさん。泣かしてんのかー?」
運転席の中澤が、さも楽しげに声をかけてきた。それにより、他のメンバー
がひとみたちに注目した。
「ち、違いますよ」
ひとみが呟くようにそう言うと、後藤が身を乗りだすようにして梨華の顔を
覗きこむ。ひとみは、反射的に身をひいた。それを見た後藤は、一瞬、寂
しげな表情を浮かべたが、またいつものように何を考えているのかわから
ないような顔をして前へと向き直ってしまった。
車内に重苦しく流れる空気を一掃しようと考えたのか、中澤がカーラジオ
をつけた。
- 389 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)00時20分39秒
――ひとみらがホテルを脱出した数分後、つんくはデスクの下にある隠
し部屋から出てきた。その額には大粒の汗が浮かび、心なしか顔色も
悪くなっているようである。
だが、すぐにデスクの上にある受話器を手にとり、24階にあるスタッフルー
ムへと電話をした。
「――ああ、オレや。どやった? ――そうか、ああ、わかった」
受話器を戻すと、つんくは隣の部屋に転がっている屍に目をやった。
ほぼ原形をとどめていないそれらの肉片は後藤が――。
四肢がすべて吹き飛び壊れたマネキン人形のような屍体は加護が――。
程度こそ違えどその場にいたのは、すべて能力者たちである。しかし、
後藤たちに何の傷を与えることもできずに、一瞬にしてこのような無残な
姿と変わり果てた。
「あいつら、ホンマに化け物やで……」
つんくは、それらの屍体から目を背けて扉のあった方向へと歩き始めた。
そして、そこにあるはずべきの壁がなくなり、自分と同じ目線の高さに夜
の闇が広がっていることに、背筋がゾッと冷たくなった。
「後藤か……」
吹きすさぶ風に目を細めながら、つんくはエレベーターへと向かって歩い
て行った。
- 390 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)00時21分43秒
山の麓にあるドライブインに、ワゴン車は止まっていた。
もうすでに3時間以上も続けて運転していた中澤が、腰が痛いとの事で
休憩を申し出たのである。
眠っている加護を残して、全員は車の外へと降り立った。
山の麓のせいか夜風は思った以上に冷たく、中澤はしきりに両腕をさすっ
ていた。
「メッチャ、寒いわ。どないなってんこれ。――矢口ィ、あっためて」
と、隣を歩いていた矢口に抱きついた。
「やめろよ、アホ〜」
「ええやないの」
「ちょっと、よっすぃ助けて」
助けを求められたひとみは、軽く笑顔を向けるとそのまま梨華と一緒に
歩いて行った。
ひとみは、ほんの少し先を歩く梨華を見つめていた。何度も心の中で呼
びかけてはいるが、一向に振り向く気配はなかった。
一方、市井・後藤・保田らは車内の重苦しい雰囲気を引きずったまま、
車の側に佇んでいた。
「つんくを生かしておいたのは、まずかったね」
保田が誰にいうでもなく、ボソッとつぶやいた。
「ウチラのこと、消しに来るかな?」
後藤が夜空を見上げながら、どうでもいいような風につぶやいた。
「もともと、そのつもりだったからね」
「ふーん。でもいいや。来たら、アタシが相手するよ」
「ご……」
真希は、もう興味が無くなったと言わんばかりに、軽い足取りで近く
にある自動販売機へと駆けていった。
保田は軽いため息を吐いた。後藤の自信が何よりも頼もしかったが、
その自信がいつか”隙”にならないかと心配もしていた。
- 391 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)00時22分38秒
中澤・市井らと少し離れた道路側の生垣近くまで来て、梨華はようや
く足を止めた。
おのずと、後をついて歩いていたひとみの足も止まる。しかし、互いに
話す言葉が見つからないらしく、しばらく無言の間が流れた。
「あのさ、梨華ちゃん」
ひとみは、もじもじとした少年のように頭を掻きながら佇んでいる。
「……」
その声に反応して、梨華が伏せていた顔をほんの少し上げた。
上目づかいの梨華は、同性のひとみすらもドキッとさせるほどキュー
トだった。
(かわいい……)
その考えが梨華に届いたのか、梨華はハッとすると慌てて背中を向
けた。
「いいよ、そのままで」
(振り向かなくていいから、そのまま聞いてくれる?)
ひとみの心の問いかけに、背中を向けた梨華がこくりとうなずいた。
「梨華ちゃんに出逢うまでのアタシってさ、自分でも嫌になるぐらい
冷めた性格だったんだ。ホントは、みんなと仲良くしたかった。でも、
なんかそのやり方がわかんないって言うか……。見た目もほら、こ
んなじゃん。だから、誰も気軽に声なんかかけてきてくれないし……」
「……?」
梨華が、振り向く。
「自分でもわけわかんないんだけど……。梨華ちゃんの持ってるそ
の能力って、アタシの考えてる事って言葉にしなくてもわかる訳じゃ
ん。だから、見た目とか態度とかで強がってても、ぜんぜんムダで。
――あー……、アタシ、何言ってんだろ」
と、ひとみはボリボリと頭をかきむしった。
それを見た梨華が、クスッと笑った。
- 392 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)00時23分59秒
「笑った」
「……?」
「だって、久しぶりに会ったんだよ。笑顔で飛び込んできてくれると
思うじゃん。それなのに、梨華ちゃんさ。ずっと泣いたまま、動こう
としないんだもん。なんか、こっちが恥ずかしくなったよ。あんな、
ヤバイ場所でこーやって手なんか広げて」
梨華はホテルでの出来事を思い出して、またクスッと笑った。
「――たぶん、いつも心のどこかで本当の吉澤ひとみを出したいっ
て、願ってたのかもしれない。でも、その方法を知らなくて、いつも
他人が自分をわかってくれないって僻んでたり、自分が輪の中に
入れないのを妬んだりしてた」
寂しそうな笑顔を浮かべて喋るひとみに、梨華はマンションの前
で感じ取たひとみの孤独感を思い出していた。
「きっと、梨華ちゃんから近寄って来てくれなかったら……っていう
か、梨華ちゃんはアタシが友達を亡くして寂しそうにしてたの分かっ
て、同情してくれたんだよね」
「違う。同情じゃない。私も一緒だったから、寂しかったから……」
「そっか……」
梨華が、目を伏せたままうなずいた。
「――じゃあ、マジで気にしないでよ」
「……?」
「あんな自分には、戻りたくないんだ。ずっと、吉澤ひとみのままで
いさせてよ」
「……」
「でさ、梨華ちゃんも。石川梨華でいて。わがままでいいから、梨
華ちゃんが望む限りこれから先何があっても、吉澤ひとみは梨華
ちゃんと一緒にいる。吉澤ひとみは、これからもずっと石川梨華と
一緒にいたいって望んでるから」
「ひとみちゃん……」
梨華の目に涙が浮かび始めたのを見ると、ひとみはクスッと笑っ
て梨華へと歩みよった。
「また、友達でいてね」
ひとみは梨華の身体をそっと抱き寄せると、その腕の中で優しく
包み込んだ。ひとみの腕に抱かれた梨華は、ひとみの胸に顔を
埋めて子供のように泣きじゃくった。
張り詰めていた何かが、フッと切れたような感じだった――。
- 393 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)00時25分10秒
「イェ〜イ!! ポッポー〜!!」
前日にしっかりと十分に睡眠をとった加護は、大はしゃぎで窓外
を流れる景色に向かって叫んでいた。
ドライブインでほんの1時間ほど休憩をとっただけで昨日からずっ
と、車を運転している中澤は加護のその異様なテンションに怒り
も忘れてただただ疲れ果てるだけだった。
「もぅ、加護、うるさい」
助手席で眠っていた矢口が、眠そうに片目を開けて後ろの席を
覗いた。
加護本人は窓を開けて顔を出しているので、聞こえていないらし
い。しきりに、「スゴイ」「わぁ〜」と意味なき奇声を発しつづけてい
た。わざわざ大声を出して怒鳴るほどの気力もなかったので、矢
口はそのまま耳をふさいで眠る事にした。
(矢口さんはいいよ……)
(アタシなんて、すぐ真横……)
ひとみも、仮眠をとっている最中だった。しかし、加護に揺り起こさ
れて、ムリヤリ席を替わらされた挙句に、さきほどからの奇声を真
横で聞いているので眠る事もできずに悶々としていた。
それでも、昨日会ったばかりなので注意する事もできず、目を閉じ
て我慢をしていた。
「あいぼん、もういいでしょ。寒いから、窓閉めて」
ひとみは目を閉じたまま、梨華の声を聞いていた。ひょっとしたら、
加護を迷惑に思っている自分の意識を読みとって注意しているの
かもしれないとひとみは考えたが、車内には中澤が<Zetima>
の追跡を警戒して能力を無効にする小さな結界のようなものを張
り巡らせているのを思い出した。
「なぁ、梨華ちゃんも叫んでみぃ。メッチャ、おもろいで」
「ねぇ、もういいから閉めて」
(あ……、あれは梨華ちゃんが怒ってる時の声だ)
ひとみは、心の中で苦笑した。加護に見つからぬよう、寝返りをう
つフリをしてチラリと梨華の様子をうかがった。梨華は目を閉じたま
ま、加護に注意をしていた。
「梨華ちゃん、ナゾナゾしよう」
「もう、いいから」
梨華がひとみのほうに、寝返りをうってきた。2人の顔は、互いの
息遣いが感じられるほど接近した。
(ちょっと……、梨華ちゃん近すぎ)
ひとみは、もう1度寝返りをうとうとしたがそう何度も寝返りをして
いると加護に怪しまれて、眠る時間もなくなると思い、そのままの
距離で耐える事にした。
- 394 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)00時27分04秒
――いつの間にか、ひとみはぐっすりと眠っていたらしい。気がつくと、
車内には眠っている中澤と2人っきりになっていた。
(あれ……?)
ひとみは、眠気まなこをこすりながら辺りを見まわした。車は、湖畔の
近くに停車していて、もうすでに夕方になっており、水面にはその夕日
がまぶしいほどに反射している。
ひとみは眠っている中澤を起こさないよう、静かに車を下りた。
辺りを見渡してみたが、梨華たちの姿はどこにもなかった。
(まさか、また梨華ちゃん……)
(ううん。ずっと側にいるって言った)
(戻るはずがない)
(でも……)
不安にかられたひとみは、なおも辺りを見渡した。数メートル先に、閉
鎖されているのだろう。朽ち果てたコテージ風の建物があった。
その中に自分の方を指さしている加護の姿を見つけることができ、ひ
とみはホッと胸を撫で下ろした。
「よっすぃ、こっちやでー」
窓を開けた加護が、大声でひとみを呼び寄せる。
(よっすぃって……)
(まぁ、いいけど……)
ひとみは、コテージらしき建物へと向かって歩き始めた。
そこはやはり、コテージだった。コテージの中はその朽ち果てた外観
とは違い、わりと綺麗な状態のまま保存されていた。
どのような経緯で閉鎖され放置されているのかわからないが、ほとん
ど明日からでも営業再開できるような雰囲気であった。
ひとみが、吹き抜けのロビーを見上げていると2階から矢口が顔を覗か
せた。
「お、よっすぃ〜。よく眠れた?」
「あ、はい」
「裕ちゃんは?」
「あ、まだ寝てました……。あの」
「ん?」
「梨華ちゃんは……」
ひとみが訊ねると、矢口は意味ありげにクスクスと笑った。
「よっすぃは、ホント梨華ちゃんっ子だね」
ひとみは、「矢口さんだって」という言葉を飲み込みこんだ。
「梨華ちゃ〜ん。ダ〜リンが呼んでるよ」
矢口が、2階の奥へと向かって梨華を呼んだ。
「ちょっと、矢口さん」
慌てるひとみの顔は、ほんの少し赤くなっていた。しばらくして、奥から
白いシーツを抱えた梨華が廊下にやってきた。
吹き抜けのロビーの上と下で、矢口のからかいに顔を真っ赤にしてうつ
むく二人であった――。
- 395 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)00時28分57秒
夕食はここに来る途中で買い揃えた、コンビニの弁当だった。
まる1日、食事らしい食事もしていなかったので、その量は女性8人にし
ても多すぎるほどの量である。
もっともその大半を食べたのは、若い加護であり後藤であり吉澤だった。
梨華はもともと食が細いので、普通の1食分程度の量で食事を終えた。
市井は、ほとんど食事には手をつけなかった。
食事も終わり何もすることがなくなった8人は、それぞれの場所でまどろ
んでいた。誰も口にはしなかったが、ここがしばらく生活の場になる事は
理解していた。
窓際で月を照らす湖面を見つめていたひとみは、これからの生活の事を
ぼんやりと考えていた。家族のことが心配ではあったが、連絡をすれば
よけいに双方に危険度が増す。それだけは、どうしても避けたかった。
そんな事をぼんやりと考えているひとみの耳に、中澤の声が届いた。
「明日香が!」
「ちょ、裕ちゃん」
中澤の声に、全員が注目した。
市井と後藤は、出入り口近くのテーブルから。保田は読んでいる雑誌か
ら顔を上げた。ロビー中央の階段に座っていた梨華と加護も――中澤と
矢口のいる中央テーブルに注目した。
「明日香がゼティマにおったって、どういうことやねん」
ビールの酔いも程よく回っているはずだったが、中澤の口調はハッキリと
している。
「違うよ。らしい人を見たって言ったんだよ」
「当たり前や。明日香は、死んでんねんで。そうやろ、石川」
- 396 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)00時30分52秒
梨華は大きくうなずこうとしたが、ハッとして市井へと視線を向けた。
「まさか……、市井さん……」
”あの現場”に市井と後藤が、向かってきていたのを思い出した。
「なんや、紗耶……」
中澤も言葉をなくした。中澤は梨華から事情を聞いていた。しかし、去る
間際に”死に逝く明日香の意識を感じ取りたくないのでガードを張ってそ
の場を立ち去った”とも聞いていた。
いくら紗耶香の力でも”死んだ者”は生き返らせない。しかし、瀕死の状
態ならば、”死”のほんの1秒前ならば――。
「紗耶香……、アンタ、まさか……」
市井は何も答えずに、窓外へと視線を向けた。かわりに口を開いたのは、
後藤だった。
「いちーちゃんは、あんな福ちゃんでも……、仲間を死なせたくなかったん
だよ」
「じゃあ、吉澤の記憶を取りもどさせたんも……」
ひとみの脳裏に、ぼやけていたショッピングモールでの少女の横顔が鮮
明になった。
(やっぱり……、そうだったんだ……)
「今のゼティマには、石川以外、意識下に深く入り込める人間はいない。
ましてや消した記憶を戻す人間なんて。いるとすれば、明日香だけ」
市井の言葉に、全員の背筋に冷たいものが走った。
「何のために……。明日香はよっさんの記憶取り戻させたんや……。何
のために、ウチラのこと助けるように仕向けたんや……」
- 397 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)00時32分49秒
明日香の真意は、誰にもわからなかった。ただ、ずっと黙ってうつむいて
いた梨華だけには、なぜか不思議と以前のような恐怖感はなかった。
意識の最下層にあるものを知り、そして最後の言葉を聞いた梨華には、
明日香が以前のような邪悪な存在とは思えなかった。
だが、あれから数ヶ月間、そして今も息をひそめるようにして誰にもその
存在を知らしめることなく、ひそかに動いている事だけは不気味ではあっ
た。
「ねぇ、梨華ちゃん……」
隣のベッドに寝ているひとみが、小さな声で梨華に話かけた。8人はそれ
ぞれ2人1組で個室を与えられているので、そこまで小さな声で話をする
必要はなかったが、それでもひとみはなぜか小声を発しつづけた。
「アタシさ、前ほど真希ちゃん……、ごっちんのことが怖くなくなった」
梨華は、ひとみの方に身体を向けた。
「ごっちんが、公園で力を使ったのは覚えてる。そこで、子供たちが死ん
じゃったのも覚えてる。でも、ハッキリとはわからない」
「……」
ひとみの意識の最下層に封印していた光景は、凄まじい惨劇だったのを
梨華は覚えている。そして、それを1度リセットしたのも自分である。それ
を直したというのであれば、あの惨劇はひとみの中に完全に甦るはずで
あった。
- 398 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)00時33分37秒
それが中途半端に戻っていると言う事は、明日香があらためてひとみの
記憶に手を加えたはずである。梨華は、確信した。明日香が、以前とは
違っている事を――。
「やっぱり……、感謝しなきゃいけないのかな、アイツに……」
友達の麻美を気まぐれで殺されたひとみは、複雑な心境であった。
「でもさ……、アイツが生きてるんなら、安倍さんも罪の意識を感じる事な
いんじゃないかな……」
ひとみが何気なく口にした言葉を聞いて、梨華はハッとした。
「安倍さん……。安倍さんまだ捕まったまんまだよ」
「ゼティマとか言う建物の中?」
「違う。なんか、病院みたいなところだって」
「病院? あぁ――なんか、アイツが残していった紙に書いてあった」
「中澤さんに相談してくる」
と、言い残すと梨華はあわてて部屋を出ていった。
「ちょ、ちょっと……」
残されたひとみは、急に不安になった。梨華となつみ、2人がしばらく一
緒に暮らしていた事も明日香の残した資料に書かれてあったが、その
当時のことは明日香にも分からないのであろう。あまり詳しいことは書
かれていなかった。
もしも、そこにひとみが思っている以上になつみと梨華に強い絆があった
としたならば――、ひとみの胸に意味の分からない不安が渦巻いた。
――数分後。中澤の召集が、深夜の湖畔に響きわたった。
- 399 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月26日(火)00時34分49秒
- 本日の更新分は、>>388-398です。
- 400 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月26日(火)00時36分26秒
- >>385
600kまで前例があるとのことなので、第四部までこのスレを
使うことにしました。
容量まで調べてもらい、お手数をおかけしました。
- 401 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月26日(火)00時37分27秒
なるほど、そういや明日香のシーンは詳しい描写なかったね。
- 402 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月26日(火)00時38分03秒
- >>386
4文字で返します。「ありがと。」
- 403 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月26日(火)00時39分18秒
- >>387
地味な映画になると思いますよ。
- 404 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月26日(火)00時40分47秒
- >>401
ええ、まぁ、そういうことだったんです(^^;
- 405 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月26日(火)00時42分42秒
- それでは、今回はこの辺で。>>388-398(今回の更新分)
- 406 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月26日(火)12時58分30秒
- ちゃむと明日香・・・腹にイチモツですな・・・
- 407 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月26日(火)20時37分13秒
- ハカイダー、イクサー2を好きな私はここの明日香がとても好き。
- 408 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)23時29分56秒
- Chapter−A <塀の中>
うっそうと生い茂った木々の中に、その要塞はあった。
要塞――、<Zetima>の所有する能力者専門の精神医療施設は、
高い外壁に覆われて外からは一見するとその建物がなんなのかが
わからないようになっていた。
広大な敷地内の中央に位置する中央病棟。その脇に位置するのが、
まるで塔のように上に細長く伸びた特別病棟。
どの病棟にも、窓らしい窓はなかった。
中央病棟のロビーに、1人の少女がいた。かわいい熊がプリントされ
たパジャマを着て、ソファに座って食い入るようにテレビを見ていた。
ブラウン管の中には少女と同じぐらいの年齢だろうか、アイドルグルー
プがクイズに挑戦していた。
「辻希美、自由時間は終わりだ」
ロビーの向こうからヘッドギアをつけた監視員が声をかけると、希美
は逆らう様子も見せずにすぐにテレビの電源を消した。
10センチ四方の小さな窓1つしかない部屋に戻った希美は、監視
カメラの真下にちょこんと座り込み、消灯時間が来るのを待っていた。
が、突然何かを思い出したかのように、希美は急に立ちあがると机
からアルミ製の筆箱をとり、素早くまた監視カメラの下へと座った。
そして、筆箱を握りしめると隣の部屋とを隔てている分厚い特別製
のコンクリート壁を3度リズムよく叩いた。
しばらくすると、隣の部屋からも同じように壁を3度叩く音が微か
ではあるが聞こえてきた。
希美は、心の中でつぶやくと天使のような微笑を浮かべた。
- 409 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)23時31分48秒
翌日。たった10分しかない午前の自由時間を何をして過ごそうか
と考えていた希美は、久しぶりに中庭に出ることに決めた。
普段は、そのような場所に1人で出るのはあまり好きではなかった
が、久しぶりに太陽の光を浴びてみたいというささやかな衝動にか
られて、監視員にその旨を伝えた。
中庭に出る際には装着を義務付けられているベッドギアを受け取
ると、希美はスキップしそうな勢いで廊下を走った。
もうここに1年も入院している希美は、これまで騒ぎを起こした事が
ないので医療スタッフや監視員たちもそれほど警戒はしていない。
その証拠に、他の者が中庭への外出を申し出ると、監視員たちが
数人その人物に付き添うが希美には誰もついていない。
(太陽だぁー。気持ちいい)
希美は降りそそぐ太陽を全身に浴びるように、両手を広げて辺りを
駆けめぐった。
周りには何人かの患者と監視員がいたが、模範患者である希美の
行動を咎める監視員はいなかった。
気がつくと、希美は他の人たちと少し離れた場所にまで来ていた。
特別病棟が見える場所――。希美が近づきたくない場所に、知らず
知らずの内に来てしまっていた。
(怖い……。帰ろう……)
希美は特別そこで何か怖い目にあった事はない。ただ、そこから発
せられる雰囲気が好きではなかった。
特別病棟に大きな窓はないが、それぞれの部屋に申し訳ない程度
の小窓が備え付けられていた。
そして、ときおりそこから誰かが下を覗いている事がある。虚無感の
漂う目。憎悪の目。退廃の目。悲哀の目。そんな目で見られるのが、
希美はあまり好きではなかった。
特別病棟を振り仰がないように、希美はうつむき加減でその場を立
ち去ろうとした。
「辻 希美さん」
不意に誰かに呼びとめられて、希美は立ち止まった。うつむいた視
線に、後ろから伸びてくる影が映りこむ。希美は、身を強張らせた。
- 410 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)23時33分06秒
近づいてくる足音が、希美のすぐ後ろで止まった。
「辻 希美さん、でしょ?」
希美は、うつむいたまま「はい」とだけ答えた。
「今日からあなたの担当になった、柴田あゆみです。よろしくね」
影がお辞儀をしたのを見て、希美はゆっくりと後ろを振りかえった。
声のトーンからして大人の女性を想像していた希美だったが、以外に
も自分とあまり歳が変わらないような人物が立っていたので驚いた。
「辻さんは、何年生? 4年生ぐらいかな?」
柴田が手にしていた希美のプロフィール用紙をめくりながら訊ねた。
「13才……です」
希美は初対面の相手からは大抵、歳相応には見られなかったが、
小学4年生に見られた事はなかったのでちょっとムッとしていた。
「え? あ、ホントだ。1987年、13才」
柴田がプロフィール用紙と、目の前にいる希美を見比べて笑った。
希美は、柴田のことを失礼な人物だと思っていたが1日の大半を
一緒に過ごす内にその印象は綺麗さっぱりなくなっていた。
監視する側とされる側なので、必要以上に親しくなる事はなかったが、
それでもこれまでの監視員たちからは想像もできないほど自然に接
することができた。
ときおり、意味もなく中庭へと連れ出されたりしたが、希美は特に気
にしていなかった。それよりも、むしろ喜んでいた。こっそりと柴田の
目を盗んで、希美の姉変わりの人物がいる場所へ行け、窓越しでは
あるが、ほんの少し話す時間ができたからである。
- 411 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)23時33分58秒
【午後8時49分】
この日も、希美はロビーでテレビを食い入るように見つめていた。さき
ほどまで、ロビーの外にいたはずの柴田の姿がなくなっていることに
気づいたが、希美の場合は四六時中監視員が付き添っていることも
なかったので余り気にもとめていなかった。
しばらくすると、数年ぶりに建物の中に警報ベルが鳴り響いた。
マニュアル通り、建物の中のすべての電気が消され、あちこちでシャ
ッターの下りる音が聞こえてきた。
希美は何が起こったのか分からずに、耳をふさいでその場に塞ぎ込
んで震えていた。
その間にも、警報ベルは狂ったように鳴り響いている。ガラス張りの
ロビーの向こう側を監視員たちが、特別病棟のある方向へ走り去っ
ていく。
何かトラブルが起きたのは、希美にもわかった。だが、そこで何が起
こっているのかは知る由もなく、ただただ怯えて震え続けていた。
1人怯える希美がいるロビーに、長身の女性が駆け込んできた。
希美にはそのシルエットだけで、誰であるかがすぐに分かった。
「飯田さん!」
希美は先ほどまでの震えも忘れて、飯田圭織の元へと走った。
飯田の胸に飛び込んだ希美が顔を上げる。
「逃げるんれすか?」
飯田は、力強くうなずくと希美の手を引いて廊下へと飛びだした。
- 412 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)23時35分18秒
時間は遡り――、病院内に警報ベルが鳴り響く30分前。
【午後8時19分】
中澤・加護・ひとみ・梨華が、市井に教えられた<Zetima>の所有す
る病院の近くに辿りついたのはもうすでに午後8時を過ぎていた。
明日香の狙いが、安部なつみにあると分かってすぐにコテージを出発
したのだが、病院からは遠く離れていてしまったために予想以上に時
間がかかってしまった。
おまけに侵入者を拒むかのように入り組んだ山道が、ロスタイムに大
きく関係していた。
「ホテルのあれからまる2日や。ひょっとしたら、もう手遅れかも知れ
んな」
中澤がハンドルを握りながら、ポツリとつぶやいた。
「病院内には、能力を押さえる装置があるって市井さんが言ってまし
たから。さすがに、手は出せないでいると思います」
梨華が助手席で、地図から顔を上げて力強く呟いた。
「誰かさんみたいに、外からド派手なコトするかも知れんで。なぁ」
と、ルームミラー越しにひとみを見る。
「もう、やめてくださいよ」
「けど、もしも明日香がまだ到着してなかったら、よっさんの真似させ
てもらうで。――加護、そん時は頼むな」
「うっし」
と、加護は力強くガッツポーズをしてみせた。
- 413 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)23時37分37秒
【午後8時38分】
暗い塔の中は、延々と螺旋階段が続いていた。侵入者を防ぐ用途で
もあり、脱走者を防ぐ用途でもある。
その各ポイントに、通行者をチェックするためにヘッドギアをつけた監
視員がいる。たとえ職員であろうとも、通行の際には念入りなチェック
を義務付けられていた。
医薬品の入った大きなダンボールを抱えながら、柴田はその螺旋階
段を上がった。5回目のチェックが終わり、ようやく入院患者らのいる
フロアに辿り着いた頃には額といわず背中にも大量の汗をかいていた。
フロアはひっそりと静まり返っていた。
ここにいる数人の患者たちは皆、何らかの心の傷を負い自我をコント
ロールできなくなった者たちが収容されている。
そのほとんどは、”洗脳”という処置で強制的に<Zetima>へと送り
返される。
安倍なつみ――。彼女もまた、ここに収容されていた。だが、彼女の
精神は完全には崩壊されていないらしく、あまたのESP能力者たち
が彼女の意識をのっとろうと試みたがすべて失敗に終わった。
自我がある限り、力の弱いESP能力者が能力者をコントロールするの
は難しい。ましてや安倍のような強い力を持った能力者に対しては、ほ
ぼ不可能であった。
”洗脳”ができない能力者は、いずれそこで完全に発狂をするのを待つ
か、それともいずれ自我を完全に取り戻し<Zetima>の脅威になり得
るものであると判断されれば――消されてしまう。
柴田は乱れた呼吸を治すと、ゆっくりと目的の病室へと歩いて行った。
- 414 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)23時38分52秒
【午後8時40分】
中澤の運転するワゴン車は、やっと目的地に到着した。正規の地図
には掲載されておらず、市井が思い出しながら書いた手書きの地図
だけが頼りだったが、なんとか無事に辿り着くことができた。
「薄気味悪い場所やな……」
車から下りた中澤が、辺りを見渡す。
梨華は意識の触手を伸ばして、明日香の意識がないかを探った。し
かし、病院内にはそれらしい意識はなかった。もっとも、病院内のそ
のほとんどが例の装置のある部屋なので、完全に明日香の意識が
ないとは言いきれなかった。
「安倍さんのいる場所も、わかりません……」
梨華の声が、少し曇っていた。
「大丈夫。絶対、見つかるって」
ネガティブ思考に陥りがちな梨華を元気づけようと、ひとみはその肩
を軽くポンと叩いた。
すると、それに驚いた梨華が小さな悲鳴を上げた。さらにそれに驚い
た加護が大きな悲鳴をあげ、さらにそれに驚いた森に住む鳥たちが
狂ったように鳴いた。
その場は、ちょっとしたパニック状態になった。
- 415 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)23時39分47秒
【午後8時41分】
なつみは夢の中にいた。
そこは現実にあるようなコンクリートで囲まれた殺風景な部屋では
なく、北海道の自分の部屋の中だった。
何をしていたわけでもない。ただ、その部屋の中でぼんやりと座って
いた。なつみの視線の先には、焼きただれた焼死体が転がっている。
なつみはそれに怯えることもなく、焦点の定まらない眼で焼死体を眺
めていた。
しばらくすると、誰かが部屋をノックした。
「誰……? ママ?」
なつみは、視線をかえずに抑揚のない声をだした。
「梨華ちゃんかい?」
なつみはようやく、視線をドアへと向けた。だが、ドアは一向に開こう
としないし、ドアの向こうにいるはずの人物も入ってこようとはしなかっ
た。
「ママは、なんでなっちのこと見捨てたの?」
『見捨ててないわよ』
「サキヤマの叔母さんに預けたべさ。なっち、ずっとママのこと待って
たのに」
『なつみが、いけないのよ』
「なして」
『だってあなた、幼稚園を丸焼きにしたんですもの』
「……そんなことしない」
『それに、ママは悪くないわ。森さんが、連れてったのよ』
「迎えに来てくれたら、よっかったべ!!」
『やめて!! ごめんなさい、なつみ。ママが悪かったわ!! だから、怒ら
ないで』
「……ママは、いっつも謝ってたね。家族みんな、なっちのこと腫れ物
を触るみたいに……。ホントはずっと、サキヤマの叔母さんの所で暮ら
してたかったよ」
なつみは、視線を焼死体に戻した。
「梨華ちゃんも、なっちを捨てた」
『そんなことしてませんよ』
「ずっと一緒にいてくれるって言ったのに」
『一緒にいますよ』
「もう、なっちは騙されない」
『悲しいなぁ、そんなこと言われると』
「……梨華ちゃんは、いっつもウソばっか。ホントは、なっちといて疲
れてたんでしょ」
『フフ。ばれました? だって、安倍さん人殺しじゃないですか』
「!!」
目の前に転がっている焼けただれた焼死体が、むっくりと起き上がっ
た。驚愕したなつみは、そのまま後ずさりする。
焼死体は、なつみを指さして笑った。
『熱い』『熱い』『熱い』『熱い』『熱い』『熱い』『熱い』『熱い』『熱い』
- 416 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)23時41分27秒
【午後8時44分】
扉と塀の向こう側に何があるのか、外側にいるひとみたちにはまっ
たくわからなかった。市井の書いた地図には、建物の見取り図は
書かれていない。
「とりあえず、中に入ってみますか?」
ひとみは、隣にいる中澤に向かって話しかけた。
「カメラがあるなぁ。あそことあそこに」
「――この壁はいくらなんでも、乗り越えられませんね……」
「一気に突破するか……」
中澤が、チラリと横にいる加護に視線を向けた。加護は、小さな
声で「うっし」と、ガッツポーズをした。
それを制したのは、先ほどから目を閉じて意識を集中させていた
梨華である。
「待って下さい」
「なんや、石川。他にエエ方法でも浮かんだんか?」
「向こう……。あの建物から、ほんの少し流れてきます」
「安倍のか?」
梨華は、小さくうなずいた。
中澤が、軽く舌打ちをして特別病棟のある方向を見上げた。
「よし。もうこうなったら、強行突破や。加護、ここにでっかい穴頼
むで。一気に突っ走って救出や」
「うっし」
「よっさんは、危ないからここで待っとり」
「なんでですかっ。アタシも行きます」
「どんなんが中に潜んでんのか、わからんのやで。危ないから、
ここで待っとりって」
「嫌です。行きます」
「……わかった。しゃーないわ。ほな、よっさんは石川のボディ
ガードや」
「はいっ」
と、ひとみは笑顔で返事をした。
- 417 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)23時43分03秒
【午後8時46分】
なつみの焦点が、ぼんやりと部屋の天井に戻った。
「夢……」
しばらくそうして天井を見つめていると、ドアの方に人の気配が
していることに気がついた。なつみの身体は拘束着によって動
かない。なので、すばやく視線だけをドアへと向けた。
「誰だべ……」
誰かが、ドアの前に立っていた。しかし、薄暗く闇夜に慣れてい
ない、なつみの目にはただの影でしかなかった。
「あなたを助けにきました」
シルエットは低い小さな声で、つぶやくように言った。
「助ける……?」
「そうです」
「ここから、助けてくれるの?」
「もう何も悩む必要は、ありません」
「……」
「もうすぐ、自由になれます」
「……誰だべ」
遠くで爆発音のようなものが聞こえたが、なつみはそのシルエッ
トから目を離さなかった。
- 418 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)23時44分29秒
【午後8時47分】
加護は病院の中庭を走りぬけながらも、ほんの少しショックを受けて
いた。
自分の予想ではもう少し大きな穴を塀にあけるつもりだったのだが、
人が1人やっと通りぬけるぐらいの小さな穴しか空けることができな
かったのだ。
(後藤さんやったら、もっと大きい穴開けれたのになぁ……)
「そんなことないよ、あいぼん」
梨華が後ろを振りかえって、ニッコリと微笑みかけた。
「加護! 来たで!」
加護が中澤の声に気づきそちらに視線を向けると、中央病棟から屈
強な男たちが手に銃器のようなものを構えて飛び出してきていた。
「殺したらアカンで」
「加護、地面を狙って」
加護はひとみの指示通り、駆けてくる男たちの手前数メートルの地
面を吹き飛ばす。爆風により、男たちの体が宙に舞った。
「スゴイ、あいぼん。ぴったりじゃない」
梨華の励ましは、それまで落ち込んでいた加護を元気づけた。
「コントロールは誰にも負けへんねん」
梨華は、加護が何を言われれば喜ぶのかを熟知していた。人が飛ば
される様を見て決して楽しいわけではなかったが、このような状況な
のだから仕方がないと沸きあがる罪悪感を押さえていた。
「加護、次はあの建物や。でっかいの、頼むで」
「アイアイサー」
調子を取りもどした加護が、特別病棟に向けて力を放つ。――が、
壁はビクともせず、その外側の壁を削ったぐらいにしかならなかった。
「あいぼん、そのまま」
梨華の言葉は聞こえていたが、加護は返事をすることなく力を放ち
続けた。
- 419 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)23時45分37秒
【午後8時48分】
なつみの拘束着が、シルエットの手によって脱がされた。なつみは
身体の自由が戻るとすぐさま壁際へと逃げ、近くにあったベッドシー
ツを頭から被って震えた。
「な、なんでここにいるべ……」
シルエットは、立ち尽くしていた。小さな窓からさし込む月明かりが、シ
ルエットの口元を照らす。
数度の衝撃音の後、能力を制御する装置が機能しなくなったのを、シル
エットは敏感に感じとった。
月明かりに照らされたその口元が、ゆっくりと歪む――。
- 420 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)23時46分31秒
【午後8時50分】
飯田と希美のほかにも、何人かの脱走者が中庭を駆けぬけて行った。
遅れてはいけないと焦った希美だが、普段走りなれてないせいもあり気
持ちだけが先行し、足の方が追いつかない。
――飯田に引きずられるようにして、その場に転んだ。
飯田がハッとして振りかえる。転んだ希美も心配だったが、中央病棟か
ら次々と出てくる監視員が銃器を構えて発砲しようとしている。
「飯田さん、にげてください」
飯田は大きく頭をふると、転んで泣きそうになっている希美を抱え上げた。
それほど自分に腕力があるとは思っていなかった飯田だが、いざとなると
希美を抱えあげることができるのだと知って自分自身で驚いていた。
だが、さすがに希美を抱えたまま走るのは無理らしく、その場に呆然と立
ち尽くしてしまった。
飯田の目には、銃口から立ちあがった煙が見えていた。
だが、いくら待っても弾が自分を貫かない。
――風。
希美は、自分の後ろに風のようなものが舞っている感じがした。飯田に担
がれたまま、ゆっくりと後ろを振りかえった。
”風”のようなものに捕らえられた数発の弾丸が、その中でピタリと止まっ
ている。
飯田も希美も、その光景に状況も忘れて見入っていた。
「ぐっどたいみんぐ」
少女の間延びした楽しげな声が聞こえたのと同時に、弾は粉々に弾け飛
び、監視員たちも地面ごと吹き飛ばされた。
- 421 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)23時47分20秒
【午後8時50分】
加護は、数メートル先にいる長身の女性と担がれている少女が何となく
気になって足を止めた。フッと長身の女性の視線を追うと、その先で銃を
構えた男たちが発砲したのを知った。
咄嗟に力を放った。
弾は粉々になり、男たちは吹き飛んだ。
タイミング、コントロール、威力ともども素晴らしい仕上がりだったので、誰
かに誉めてもらおうと辺りを見まわしたが、もうすでに中澤やひとみや梨華
は破壊された特別病棟の方に向かって走っていた。
「なんや……。タイミング悪いなぁ」
と、つまらなさそうに呟いた。
何が起こったのかわからないといった感じで、長身の女性と少女が加護
に注目していたが特に何も期待していなかった。
その向こうにある感情は、すべて未知なる力への恐怖だけであるのは、
幼いながらも加護は熟知している。
フッと目を伏せて走り出そうとした加護の背に、舌足らずな少女の声が届
いた。
「助けてくれて、ありがとー」
加護が「え?」という感じで振りかえるのとほぼ同時に、特別病棟の最上
階が炎を巻き上げながら吹き飛んだ。
その炎はまるで、天に向かって上昇する龍のようである――。
- 422 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)23時48分56秒
【午後8時51分】
降り注ぐ瓦礫から逃げるようにして、中澤らはまた中庭へと戻った。
「なんやねん! なんで、火、吹くねんな!」
「中澤さん、危ないからもうちょっと下がって下さい!」
興奮して特別病棟を見上げる中澤を、ひとみはムリヤリ中庭の端へと引
きずった。
「梨華ちゃん、どうなってんの!?」
ひとみが振りかえると、梨華はもうすでに意識の網を広げているようだっ
た。そこへ、今までどこに行っていたのか――加護が駆け寄ってきた。
「加護、今までどこ行ってたの」
「ハァハァ、あのな」
「なに?」
加護が、数メートル離れた先を指さす。その先に2人の――飯田と希美が、
こちらを覗うようにして立っていた。
「逃げたほうがエエって」
「は? だって、安倍さんはすぐそこにいんだよ」
意識の網を広げていた梨華が、閉じていた目を急に開いて言った。
「違う。安倍さんじゃない!!」
その場にいる全員が、梨華に注目した。梨華は震える指で唇を押さえる。
「石川、どういうことや」
「別人になりすましてた……。別人になりすまして、私たちが来るのを待っ
てた……」
「明日香か……?」
梨華は、ずっと先の特別病棟を凝視していた。炎の明かりが、着実に下へ
と下りてきている。
「加護、逃げたほうがエエってどういうことや」
「あの人たちが……」
中澤は、飯田と希美に気づいた。2人は身を寄せ合うようにして、特別病棟
の炎に怯えていた。
「安倍さん……。安倍さんはもう意識を操られてます」
梨華のその言葉に、中澤は早急に決断をせがまれた。パニックになって思
考も正常ではなかったが、本能が逃げるように訴えている。
――逃げる。その行為が自分にはいつまで付きまとうのか、フッとそんな皮
肉が脳裏をかすめて中澤は微苦笑してしまった。
- 423 名前:第四部 投稿日:2001年06月26日(火)23時51分59秒
【午後8時53分】
福田明日香は、胸元にある”柴田”と書かれたピンバッヂを引き千切った。
数分前まで捉えていた梨華の意識は、突然そのレーダーの範囲から消えた。
範囲外に出たのではなく、きっと中澤の能力で自分の能力が無効化された
のだろうと――明日香は考えていた。
轟々と燃え盛る炎の輪の中から、明日香は先ほど引き千切ったピンバッヂを
投げ捨てた。何の音もなく、ピンバッヂは消滅した。
その様子を見た明日香は、炎の中で微笑を浮かべた。
- 424 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月26日(火)23時53分26秒
- 今回の更新分は、>>408-423です。
- 425 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月26日(火)23時54分19秒
- >>406
いろいろ、ありそうです。
- 426 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月26日(火)23時55分40秒
- >>407
明日香、何がしたいのかさっぱりわからんです(^^;
- 427 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月26日(火)23時56分47秒
- ■第3部のショートカットです。
>>250-257
>>267-275
Chapter-@ <ゴトウマキ>
>>285-294
Chapter-A <サヨナラ>
>>307-316
Chapter-B <あれから……>
>>326-340
Chapter-C <これから>
>>353-376
Another Chapter
- 428 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月26日(火)23時57分48秒
- ■ショートカットをご用意しています。
○第一部をご覧になりたい方はこちら→>>280
○第二部をご覧になりたい方はこちら→>>281
○この自作無駄打ちレスの説明はこちら→>>183-184
- 429 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月26日(火)23時59分59秒
今回の更新分は、>>408-423です。
- 430 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月27日(水)00時00分36秒
- それでは、今回はこの辺で。
- 431 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月27日(水)00時05分24秒
- カオスこそ長編の醍醐味。
明日香 is 救世主(w
- 432 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月27日(水)18時35分55秒
- 最強のツートップ誕生。
- 433 名前:第四部 投稿日:2001年06月27日(水)23時55分30秒
- Chapter−3<待つ人々>
窓の外に目を向けると、湖のほとりにいる後藤と保田が戯れていた。
姉妹――のような2人が戯れている。その光景も、街では至極当然の光
景であるが、このような閉ざされた場所でしか戯れることのできない自
分たちのような能力者が市井にはとても辛く感じた。
『人の手に溢れるほどの、多くのものを望んじゃいけないよ』
光子が言ったいつかの言葉が、市井の耳にリフレインした。
『人には限界というものがある。だけど人はその限界を超えるほど、欲
望も持ち合わせている。欲望は悪い事じゃない。でもね、自分の手から
溢れるほどの欲望は、あまり褒め称えられるものじゃないよ』
その時話を聞いていた市井は、正直なところ光子の言葉の意味を理解
できていなかった。
その時隣にいた中澤は、きっと理解できていたのだろう。だからこそ、
つんくが全権を握った<Zetima>から離れていった――。そして、
その言葉の意味を理解できなかった自分は取り返しのつかない計画に荷
担してしまったことを悔いた。
「アタシは……、ただ……、あの頃のように暮らしたかっただけ……」
市井は自分の両手を見つめた。
- 434 名前:第四部 投稿日:2001年06月27日(水)23時59分56秒
「ねぇ、圭ちゃん」
「ん?」
「いちーちゃん……、どうしちゃったのかな……」
先ほどまで湖畔の桟橋に繋がれていたボートに飛び乗りはしゃいでいた
後藤が急にしんみりとした口調になったので、保田はそれまで浮かべて
いた笑顔を消さぜるを得なかった。
「なんか、ずっと1人で悩んでる……」
保田は後藤と同じように、コテージへと視線を向けた。2階の自分たちの
部屋の窓辺で、市井は先ほどからずっと佇んでいる。
「昔は、あんな風じゃなかった……」
保田が湖畔へと視線を向けながら、寂しそうに呟いた。
「あんな風って? いちーちゃんの昔のこと、教えて。圭ちゃん、知ってる
んでしょ。ねぇ、教えてよ。なんでもいいから、いちーちゃんのこと教えて」
後藤が興奮して立ちあがると、船が大きく揺らいだ。
「こら、暴れるんじゃないよ。沈んじゃうだろ」
と、保田は微苦笑を浮かべながら後藤をなだめた。
「紗耶香と初めて出会ったのは、今からもう10年ぐらい前かな。ちょうど、
同じ頃に施設に入所して」
保田は湖畔を見つめ、辺りが静寂になったのを感じると口を開いた。
あまり騒いだ状態で話す話でもなかったからである。
- 435 名前:第四部 投稿日:2001年06月28日(木)00時00分27秒
「森さんの作った、ゼティマだよね」
後藤にもその真意が伝わっているらしく、おとなしくコテージ見つめたま
ま静かなトーンで語り返してきた。
「長野のすっごい山の奥にあって、つれていかれた時すっごい怖かった
のを覚えてる」
後藤は、黙って話を聞いている。
「みんな力を持ってた。そして、やっぱりみんな同じように心に傷を負っ
ていた。私はこの透視のお陰でマスコミにいい様におもちゃにされて、
ひどい人間不信になってたし」
「いちーちゃんは?」
「紗耶香はその力のせいで、新興宗教に拉致されて利用されていたら
しい。でも、詳しい事は聞かなかった。みんな、誰もが同じように傷つい
てたからね。それまで何があったのか聞かないのが、そこでの唯一の
暗黙のルール」
「……そっか」
「たぶん、よほど怖い目に遭ったんだろうね。夜になると、毎晩のように
泣き叫んでた」
「……」
「同室だった私は、何をどうしていいのかわからずにただオロオロしてた
だけだったなぁ。紗耶香の夜泣きを沈めるのが、当時みんなのお姉さん
がわりだった裕ちゃん」
と、保田は微苦笑を浮かべながら、遠くを見つめている。
「10年前ってことは……。今のいちーちゃんと同い年か」
視線の先から市井は姿を消したが、後藤はいつまでもコテージを見つめ
続けた。
- 436 名前:第四部 投稿日:2001年06月28日(木)00時01分59秒
「森のおばあちゃんの力で、その場所一帯は能力が一切使えない場所
でね。最初は脅えてた私もだんだんと慣れてきて、他の子たちとも遊べ
るようになった。ほら、自分が力を持ってるって事も忘れちゃうし、今
まで同年代の子たちと遊ぶこともなかったし、自分も普通の人間だって
思えるようになったの。たぶん、みんなそうだったんじゃないかな」
「……」
「でも、紗耶香だけは違ってた。もともと、力が強かったからね。森のお
ばあちゃんの力で押さえられてても、ほんの少し使えてたのかも。だから、
また自分だけがここから連れ去られるんじゃないかって、いつもビクビク
してていつもすぐに泣いてた」
「……」
「そしたら、裕ちゃんがすぐに飛んできてね。誰が紗耶香のこと泣かした
んやーって」
保田が昔を懐かしみ、笑った。
「おせっかいそうだもんね、裕ちゃんって」
後藤は、すねたように視線をコテージから背けた。
その様子を肌で感じた保田は、やはり湖畔を見つめ続けたまま苦笑を
浮かべた。
「紗耶香はホント、裕ちゃんにベッタリだったよ。裕ちゃんもそんな紗耶
香を心配して、積極的に紗耶香をみんなの輪の中にいれようとした。まぁ、
ちょっと強引だったけどね」
と、保田は笑った。
「そのお陰で、紗耶香もじょじょにみんなと打ち解けれるようになって。
紗耶香の笑顔も、多くなった。もっとも、泣き虫だったのは元もとの性格
もあったみたい。男の子にからかわれると、すぐに泣いてたから。でも、
前のようにビクビクするような事はなかった」
「ふーん……」
「ふーんって何よ。後藤が聞きたいっていったんでしょ?」
保田には後藤がすねる原因はわかっていた。昔話の中に出てくる中澤
と市井の関係が、気になって仕方がないのである。
後藤は、紗耶香にパートナー以上の関係を抱いている。それが恋なのか
憧れなのか、それとも他の何かなのかはわからないが、昔話に出てくる
2人の関係に嫉妬して、そして現在の2人の関係に不安を抱いているの
である。それぐらいは、”精神感応”の能力のない保田にも十分過ぎるぐ
らい伝わってきていた。
それがわかっているからこそ、目の前にいる後藤がかわいくて仕方が
なかった。思い悩む後輩をあたたかく見守る保田は、笑みが自然とこぼ
れていた。
- 437 名前:第四部 投稿日:2001年06月28日(木)00時03分22秒
――夕食の時間を過ぎても、中澤からの連絡がなかった。
(裕ちゃん、大丈夫かな……)
今のところ、中澤と一緒にいる自分という未来は見えていない矢口は、
不安でたまらなかった。もちろん、同行しているひとみ・梨華・加護の心
配も忘れていない。
最近、矢口は自分の能力が衰えてきているのを実感していた。未来を
見える力は以前よりUPしているのだろうが、そのかわりに見える映像
がひどく不鮮明になっている。
そして、何よりも矢口が不安に思えるのは、その”頻度”である。
以前ならば、自分たちの未来に身の危険が差しかかろうとしていたら、
それをあらかじめ察知して未来を見えることができた。
確定した未来には何ら影響力は与えないのだが、それでもそうすること
によってあらかじめ予防を張れる事はできたのである。
それが不鮮明な映像やその頻度が落ちたりで、できなくなってきていた。
(未来が見えなくなるって……)
自分の目を通した未来しか見えない矢口が、未来を見ることができなく
なるのは――恐ろしいことではあるが、矢口はこの能力を身につけた
頃にもうすでにその覚悟はしていた。
だが中澤や他のメンバーと知り合えた今、できることなら”老衰死”とい
う自然死ができるほどまで未来を見続けていたかった。
「やぐっつぁんてさ」
ぼんやりとソファで考え事をしていた矢口は、クッションを胸に抱えたま
ま声のしたほうに顔を向ける。
後藤が窓の外を見ながら、ブラブラとこちらに歩いてきていた。
「やぐっつぁんてさ」
矢口のはす向かいのテーブルに腰かけた後藤は、相変わらず窓の外
を見たままもう1度声をかけてきた。
「ん?」
矢口は、市井・保田・後藤が苦手であった。<Zetima>という企業で
梨華のようにある程度の時間を共にすることもなかったし、中澤のよう
に過去に知りあいだったわけでもなく、ほとんど彼女たちの素性という
ものを知らない。
発せられる雰囲気も、修羅場を潜り抜けてきた者特有のオーラを放っ
ている。加護のような、無邪気さはない。それが、矢口が苦手とする
点でもあった。
- 438 名前:第四部 投稿日:2001年06月28日(木)00時04分09秒
「裕ちゃんと、どういう関係?」
「は……?」
矢口には後藤の質問の意図がまったくわからなかった。これまで、会
話らしい会話はあまりした事がない。それがいきなり、中澤との関係を
切り出してきたのである。矢口は少し面食らった――。
「その……、友達とか、恋人とか」
「恋人!?」
矢口の声が裏返った。
「恋人なの?」
それまで外を見ていた後藤が、急に矢口を振りかえった。
「ち、違うよ。なんで、矢口と裕ちゃんが。女同士だよ」
「そっ……」
「なんだろう? 裕ちゃんとは、その……」
矢口はあらためて自分と中澤との関係を、考えてみた。色々な言葉が
浮かんだが、どれも当てはまりそうにない。
「友達でもあるし……、姉妹みたいでもあるし……、仲間でもあるし」
「で、けっきょく何?」
「何って言われても、そんなのいきなり答えられないよ。じゃあ聞くけど
さ、ごっつぁんと紗耶香との関係はどーなのさ」
「アタシといちーちゃん?」
「なんか、いっつも一緒にいるじゃん」
「アタシといちーちゃんは……」
今度は、後藤が考える番がきた。後藤もまた、それまであまり深く考え
たことはない。ただ、いつも側にいたい相手ではあったが、その敬称を
見つける事はできなかった。
「ほら。ごっつぁんも一緒じゃん」
「……」
「大切な人であるのは間違いないけど、どんな関係って聞かれるとすぐ
には答えられないよ」
「大切な人?」
「そう。矢口にとっては、とても大切な人」
「ふーん」
「ふーんって、意味がわかんないよ。けっきょく、何が言いたいのさ。あ、
ちょっと待ってよ。ちょっと」
後藤は矢口の質問にはまったく答えずに、フラフラといつものようにぼん
やりと歩いて行ってしまった。
「なんなんだよ、もう」
クッションを抱えたまま矢口は、頬を膨らませた――。
- 439 名前:第四部 投稿日:2001年06月28日(木)00時06分09秒
市井がホテルを脱出してからずっと考えていたこと、それは”復讐”であっ
た。光子やそれらの意見に賛同していた者を裏切ったつんくへの復讐、
それ以外になかった。
だが、昼間に光子の言葉を思い出したことにより、何かが変わろうとして
いる――。でも、死んで行った仲間のことを考えると、やはりつんくへの
復讐を考えてしまうのだった。
どれだけ多くのものが傷つき、そして死んでいったか――。
市井のセクションからも、数人の死亡者が出た。
他のセクションに移った前<Zetima>からの古参メンバーも、そのほと
んどが”ユートピア”のために命をなくした。
その者たちのことを考えると、このまま自分だけが生き残り、そして自分
たちを利用したつんくが生き続ける事はどうしても許しがたい行為だった。
失った命が戻らないことは、市井にもわかっている。
だが、沸きあがってくる”復讐”という名の欲望を押さえきれずにいた。
――ドアをノックして、後藤が入ってくる。
市井は、窓に映る後藤を見つめているだけで振りかえろうとはしなかった。
後藤は手にしていたコンビニの弁当を、テーブルの上に置いた。
「食べないと、身体、こわすよ……」
「ありがと」
「ねぇ、いちーちゃん」
「ん?」
窓ガラスを通じて、市井と後藤の目が合う。
- 440 名前:第四部 投稿日:2001年06月28日(木)00時07分26秒
「いちーちゃんは、後藤の大切な人だから」
と、後藤はうつむき加減でポツリとつぶやいた
「……?」
「だから、そのー、後藤を置いてかないでね。後藤は、いつも……」
後藤の声の調子が変わったので、市井は振りかえった。
後藤は泣いていた。声を上げることもなく、市井の姿を見つめてポロポロ
と涙だけをこぼしていた。
市井にとっても、あまり感情を表に出さない後藤のそんな姿を見るのは
初めてだった。
「後藤……」
「ハハ。あ、なんだ? なんで、泣いてんだろー」
「……」
「いちーちゃんのせいだからね」
と、後藤が鼻をすすりながら、イーッという顔をして見せた。
「なんで、アタシのせいなんだよ」
市井は笑顔でそれに応えると、後藤を気遣い背を向けてベッドへと腰か
けた。
「だって、いちーちゃん、最近変じゃん」
「色々と考えたい事だってあるよ」
「なに考えてんの?」
「いろいろだよ」
市井はフッと笑って、ベッドの上に寝転んだ。
「後藤には言えないこと?」
寝転んでいる市井は、視線だけを「ん?」という感じで後藤に向けてみた。
後藤は、涙をぬぐっていた。
- 441 名前:第四部 投稿日:2001年06月28日(木)00時08分20秒
「裕ちゃんになら、言えるんだ……」
「ハハ。なんだよ、それ」
「だって、いちーちゃんは、裕ちゃんが好きなんでしょ」
「は? 後藤、何言ってんの?」
「……裕ちゃんを助けなかったら、ウチらあのまま残れてたんだよ」
「……」
「ずっと一緒だったのに……。裕ちゃんなんか」
「後藤。もう、止めな――」
市井は、ゆっくりと上半身を起こした。
「だってさ、裕ちゃんが来てから」
「後藤」
市井の小さいが強い口調に、後藤の止まっていた涙がまた溢れそうに
なってきた。
「何があったのか知らないけど、裕ちゃんの悪口に付き合う気分じゃな
いんだ」
「……すぐ、そうやって庇う」
「裕ちゃんがいてもいなくても、つんくはウチらが邪魔だったの。話、ちゃ
んと聞いてた?」
「もう、いいよっ。バカッ」
後藤の感情の起伏により、力が無意識に放たれた。壁にかけかけてあ
る絵が弾け飛び、壁に小さな穴をあけた。
「ちょっと、後藤っ」
市井の制止も聞かずに、後藤はそのまま部屋を走り去っていった。
「なんだよ、ったく……」
軽いため息を吐きながら、吹き飛んだ絵画を拾いに行く。だが、やはり
というか絵画は額縁ごと粉々になっていた。
壁にも小さな穴が空き、隣のひとみらの部屋が見えるようになってしまっ
た。
「あの、バカ……」
そう呟いた市井だが、顔は微かに笑っていた。感情の起伏により、無
意識に放たれる自分の力を恐れていつも感情を押さえていた後藤が、
理由は何であれ久しぶりに怒ったのが市井にはなぜか嬉しかった。
だが、次の瞬間にはやはり後藤の住む世界はここではないのを知り、
複雑な気分にもなった。
『自分を恐れない場所こそが、真の楽園だよ』
市井の耳に、また光子の言葉がリフレインした――。
- 442 名前:第四部 投稿日:2001年06月28日(木)00時09分23秒
コテージを飛び出した後藤だったが、どこにも行くあてがなかった。
周りには民家どころか街灯もなく、ただ月や星の明かりだけが広がる夜
の世界である。
「つまんないよ、こんなの」
後藤は昼間の桟橋に腰かけて、湖面に浮かぶ月を眺めていた。
魚でも跳ねたのであろう小さな水飛沫が跳ねあがり、月が揺らめいた。
わけもなく叫ぶような感じで、後藤は湖面に力を放つ。
竜巻のような水飛沫が巻きあがり、月はその姿を消した。
巻きあがった水飛沫は、数十秒かけて湖へと豪雨のように降り注ぐ。
その声はもう随分前から名前を呼んでいたのだろうが、水面に叩きつけ
られる水音があまりにも大きかったため、それが静まるまで後藤は気づ
かなかった。
振りかえると、そこに矢口が立っていた。
「……なに? なんか、用?」
と、後藤の声は冷たい。
「別に、用ってほどじゃないんだけど。涙流しながら、目の前走って行か
れたら、気になるじゃん?」
1階のロビーに矢口がソファに座っていたのを、後藤は思い出した。
「……あぁ、まだいたんだ」
「いたよ。だって、みんなのこと心配だもん」
矢口は後藤から少し離れた場所に、しゃがみ込んだ。
「用がないんなら、向こう行って。なんか、今、ムカついてっから。ムカつ
いてたら、勝手に力が出るから向こう行ってて」
「こっわ〜」
と、矢口は湖面を見ながらニコニコと笑った。
「? 意味がわかんないの?」
「わかるよ」
「だったら――」
「南の島なんかいいね」
矢口の唐突な言葉に、後藤は呆気にとられた。
「小さな無人島みたいなとこにさ、みんなで一緒に家を建てて、みん
なで一緒に笑って暮らせればいいね」
「――別に、南の島じゃなくてもいいじゃん」
「楽園といえば、南の島っぽくない」
「楽園……」
後藤はその言葉を聞くと、目を伏せるようにして矢口から視線をそら
した。
- 443 名前:第四部 投稿日:2001年06月28日(木)00時10分21秒
「やっぐっつぁんなら、どこででも暮らせるじゃん」
「……ん?」
「やぐっつぁんや、他のみんなは、狙われることさえなかったら、どこに
だって住むことができる。でも、アタシは違うよ……」
「……」
「自分では抑えきれない」
「うん……。知ってるよ。矢口も、見たから。公園の」
「アタシの力は、壊すことにしか使えない。今までもずっと。んでもって……、
これからも」
矢口は、梨華の言葉を思い出した。まだ<Zetima>内の一室に軟禁
状態だった頃、矢口は正直に後藤が苦手であることを梨華に告げた。
自分と同じように追跡者だった後藤たちを梨華も好ましく思っていない
だろうと考えていたが、梨華は矢口の気持ちを聞かされると目を伏せて、
まるで庇うようにこう言った。
『ごっちんも、自分の力が怖いんです……』
その時はただ、梨華に裏切られたような気がして否定したような覚え
のある矢口だが、こうして実際に後藤の声を聞くと梨華の言っている
ことが正しいことだと思えた。
「ねぇ、ごっつぁんはさ」
矢口の問いかけに、後藤がやっと振り向いた。
「ごっつぁんの力ってさ、壊すためにあるんじゃないと思うよ」
「壊すためだよ」
「違うよ。守るためだよ」
「まもる……ため?」
「そ。大切な人を守るためにあるんだよ。矢口のなんかさ、ほんと笑っちゃ
うぐらい役に立たないんだから」
と、矢口はキャハハと笑ってみせた。
- 444 名前:第四部 投稿日:2001年06月28日(木)00時11分39秒
「大切な人を……、守るため……」
後藤は矢口の言葉を、何度も復唱した。復唱するたびに市井の顔が浮か
び、そして自然とさっきまでのイライラした気持ちが薄れていった。
後藤にとって、市井はとても大切な人であるのは間違いない。
その能力の前では、後藤はただの少女でいられる。
それが、後藤には何よりも嬉しかった。
「後藤の大切な人は、いちーちゃん」
後藤の声に、矢口は顔を向けた。ふにゃあ〜とした笑顔で、桟橋から垂れ
た足をバタバタさせて水面を揺らしている。
それを見た矢口は、ほんの少し引いた。だが、すぐに微笑が浮かんできた。
なぜだかはわからないが、加護よりも無邪気な少女のように思えて仕方が
なかった。
――不意に矢口の脳裏に未来の映像が映し出された。
その未来が何を意味していたのか、映像が不鮮明で断続的だったのでわ
からない。ただ、中澤の運転する車内にいた人物は、皆、笑顔を浮かべて
いた。
自分の見た未来、自分の存在する未来に、見知らぬ2人もいたが矢口は
あまり気にならなかった。ただそこに全員がいて、皆が笑顔であるという
事実さえわかればホッと胸を撫で下ろす事ができた。
- 445 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月28日(木)00時12分51秒
- 今回の更新分は、>>433-444です。
- 446 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月28日(木)00時14分32秒
- >>431
カオスも、そろそろ終わりを告げます。……たぶん(^^;
- 447 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月28日(木)00時16分24秒
- >>432
この響き、懐かしい感じがするのはなぜでしょう。
- 448 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月28日(木)00時18分44秒
- ■ショートカットをご用意しています。
○第一部をご覧になりたい方はこちら→>>280
○第二部をご覧になりたい方はこちら→>>281
○第三部をご覧になりたい方はこちら→>>427
○この自作無駄打ちレスの説明はこちら→>>183-184
- 449 名前:名無しさん。 投稿日:2001年06月28日(木)00時19分12秒
矢口の見た未来視がハッピーエンドへと
つながりますように……南無南無……。
- 450 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月28日(木)00時20分00秒
- 書く事がない……(^^;
- 451 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月28日(木)00時22分35秒
- >>449
助かりました(笑。
こちらも、合掌しておきます。
- 452 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月28日(木)00時24分06秒
- それでは、今回はこの辺で。>>433-444(今回の更新分)
- 453 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月28日(木)19時17分24秒
- それぞれの関係はまだ進行形なんですね。
毎日たのしみ。
- 454 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月28日(木)21時48分10秒
- 毎回サクサク大量更新、さいこー。
- 455 名前:第四部 投稿日:2001年06月29日(金)00時01分41秒
- Chapter−4 <逃亡者>
中澤たちが戻ってきたのは、コテージを出発してまる1日ほどしてから
だった。
車のエンジンの音を聞きつけ出迎えたメンバーは、皆、ワゴンから降り
てきた見知らぬ2人の少女にどう接していいのかこまねいていた。
そしてまた、コテージに残っていたメンバーと初体面をした2人も緊張
して戸惑っていた。
その様子を敏感に感じとった中澤が口を開こうとしたとき、希美と手を
繋いで、まるで自分も初対面のようにメンバーと向かい合っていた加護
が声を出した。
「辻希美ちゃん、ウチと同じ12才です」
それを聞いた希美が、困ったように顔を上げた。そして、小さな声で加
護の耳元で何かを囁いた。
「あ、13才になったそうです。で、辻希美さんの隣にいるのが、飯田
圭織さんです。18才です」
それを聞いた希美がまた困ったように顔を上げ、また小さな声で呟いた。
「あ、もうすぐ19才になるそうです。自己紹介は、以上です」
希美と飯田が、戸惑ったまま軽く頭を下げて挨拶をした。
きょとんとしていた市井・後藤・保田・矢口も、つられて頭を下げた。
「ほな、ののちゃん、遊びに行こう。あんなぁ、あっちにボートあんね
ん」
と、加護は希美の手を引いて、湖畔のボート乗り場へと向かって駆け出
していった。
- 456 名前:第四部 投稿日:2001年06月29日(金)00時02分43秒
「こら、加護」
中澤の制止も聞かずに、加護はイタズラっ子のような笑顔を浮かべて走
り去ってしまった。
「ほんま、帰ったら勉強せぇって言うてあったのに」
「ねぇ、裕ちゃん」
「おー、矢口ぃ。会いたかったよー」
と、スイッチの入った中澤は、皆の前であるのをまったく気にする事な
く矢口に抱きついた。
「ちょっと、なんでよー」
市井は軽くため息を吐くと、苦笑を浮かべているひとみと梨華に向かっ
て言った。
「で、安倍さんは?」
「あ、はい。あの……」
梨華が困ったようにひとみを見上げると、ひとみが梨華に代わって昨夜
の病院での出来事を話した。
ひとみの話を聞き終えた市井と保田が、真剣な表情で顔を見合わせた。
そして、小さな声で何かを囁きあっている。
2人は小さな声で今後の対策を練っているようだった。一方、2人の側
にいた後藤は、福田の事などはまるで考えていなかった。
ただ、目の前でじゃれあっている中澤と矢口を見つめていた。
「ねぇ、梨華ちゃん……」
「ん?」
「なんか、緊張感なくなったね」
と、ひとみが中澤と矢口らを見ながら微苦笑を浮かべた。
飯田はその大きな目を見開いて、中澤の矢口に対する熱烈な抱擁を見つ
めていた――。
- 457 名前:第四部 投稿日:2001年06月29日(金)00時03分45秒
「え? なに、これ?」
自分たちの部屋の異変に気づいたのは、ひとみだった。
帰りに買った日用品の入ったコンビニの袋を置いて、窓を開けようと歩
いた時にフッと自分と同じ目線の高さの壁に穴が空いていることに気が
ついたのである。
飯田に部屋を案内して戻ってきた梨華が、ひとみの後ろに立って少し背
伸びをしてその穴を覗き込んだ。
「すごいね。何があったんだろ」
と、だけ言い残してすぐに荷物を置きにいった。
「市井さんでも、完全には封じられないんだ……」
「なんか、どんどん力が強くなってるんだって」
「そっか……」
ひとみは、とりあえず横にあった絵画のレプリカでその穴を塞いだ。
別に見られて困るような事は何もなかったが、やはりその穴から後藤の
顔が見えるのはあまりいい気分ではなかった。
「ごっちんは……」
ひとみはその声を聞き、額縁の位置を直しながら振りむいた。化粧品な
どの日常品をコンビニの袋から出している梨華は、何かを言いたそうで
あった。
「ごっちんが、なに?」
「ううん。いい」
「――あ、さっきの」
「……うん」
「――梨華ちゃんの言いたい事わかる。でも、もうちょっと時間がほし
いんだ。完全に恐怖心がなくなったってわけじゃないから」
「うん。そうだね――。ごめんね、私の方こそ」
- 458 名前:第四部 投稿日:2001年06月29日(金)00時04分35秒
しばらく、無言の間が流れた。
額縁をかけ直したひとみは、「よし」とつぶやくとおもむろにベッドの
上へとうつぶせに倒れ込んだ。
「ふぅー。なんか、やっと落ちついたって感じ」
「ずっと、移動ばっかりだったからね」
「ねぇ、アタシたちさ、これからどうなるんだろう?」
ひとみの不意の問いかけに、梨華は返事に困った。
「それは……」
「だってさ、ゼティマってところも直接は手を出してこれないでしょ?」
「なんで?」
「だって、ゼティマってとこの最強メンバーが揃ってんだし。福田明日
香は、もともとゼティマに協力的じゃなかったみたいだし」
「あ……、うん」
「だったら、このまま何にもなく暮らす事ってできないかな」
「……そうなるといいね」
と、梨華は笑みを浮かべた。
「なれるよ。きっと」
ひとみはうつむいたまま手を伸ばし、梨華の手を握った。
(なろうね。絶対)
ひとみの手から流れ込む優しい意識に、梨華は心が温かくなった。
- 459 名前:第四部 投稿日:2001年06月29日(金)00時05分45秒
水辺に浮かんだボートの上に、加護と希美がいる。
2人はしゃいで、ボートを漕いでいた。片方のオールを加護が、もう片方
のオールを辻が――。そうして慣れていない2人が漕いでいるものだから、
舟は一向に進むことなく同じところをグルグル回っていた。
だが、2人にとってはそれが楽しくて仕方なく、さっきから声を上げて笑っ
ていた。
「ハハぁ。疲れたなー?」
「疲れたぁ」
「ウチな、ボート漕ぐの初めてやねん」
「辻も、はじめて」
「楽しいなぁ」
「うん」
「またやろか」
「やろー」
――2人は、また同じ行為に没頭して、やはり同じように声を上げて笑っ
た。ボートは延々、同じところをぐるぐる回っていた。
- 460 名前:第四部 投稿日:2001年06月29日(金)00時06分58秒
保田はその様子をロビーの窓から眺めて、苦笑していた。
「加護とピッタリの子で、良かったじゃない」
保田のすぐ後ろで、中澤がラジオにコンビニで買ってきた電池を入れて
いた。
「ええことあるかいな。ホンマ、うるさいのが一人増えたって感じや」
と、言った中澤だが、とてもうれしそうな表情を浮かべている。
「あの子にも力があるんだよね?」
中澤の横に座っていた矢口の言葉に、先ほどからまた黙り込んでいた
市井がピクリと反応した。
「たぶんな」
「たぶん?」
「あの病院におったんやからな、何の力も持ってないって事はないわ」
「……梨華ちゃんに、調べてもらわなかったの?」
「それどころやなかったんや」
と、中澤は帰って来る車内での出来事を思い出して笑った。
コテージに戻ってくるまでの8時間近く、梨華はずっと安倍を助けられ
なかった事、福田の意識を感じ取れなかった事で暗く沈み込んでいたら
しい。その一部始終を、中澤は矢口らに聞かした。
「あの子らしいよ」
と、保田は窓の外を見ながら苦笑した。
「梨華ちゃんって、ほんとネガティブだよね」
矢口も、苦笑した。
「後ろで加護と辻は騒いでるし、その後ろはメソメソした石川にオロオ
ロしてる吉澤やろ。なんか、もうメチャクチャやったで」
「じゃあ、あの飯田さんの力もわかんないんだ」
「圭織か? 圭織はアレや。紗耶香も圭坊も知ってるやろ」
「え?」
と、いう感じで市井と保田が中澤に注目した。
- 461 名前:第四部 投稿日:2001年06月29日(金)00時09分39秒
「森のばあちゃんが、普通に暮らせるってゼティマに連れてくるのを
見送ったヤツや」
市井と保田は、互いに分からないといった表情で顔を見合わせた。
「宇宙と交信できるヤツや」
中澤のその言葉に、「あー」と保田が声を上げた。
「知ってる。あの子だよ、紗耶香」
「――あぁ、チャネリングの」
「そうや。ウチも帰る途中で思い出したんや」
「ちゃねりんぐ?」
矢口の言葉と同じような疑問符を浮かべている人物が、もう1人いる。
それは、階段に座ってボーっとしていた後藤である。中澤が、市井に
問いかけた時、ハッと我に帰って話を聞いていた。
「まぁ、宇宙意思とかなんとか、そういう目に見えん大きいもんと交
信できる力やねん。圭織のは、その中でもちょっと特殊でな」
「特殊って?」
「あれ、なんていうんやったっけ?」
と、中澤が市井に訊ねた。
「――アカシックレコードだったかな」
「そう。それ。そのアカシックレコードっていう……。ん?」
市井は少し苦笑すると、身を乗り出して話を聞いている矢口に向かっ
て話しだした。
「宇宙のどこかには過去も現在も未来も関係なく、すべての出来事が
記録されている場所があるらしい。それをアカシックレコードってい
うの」
「???」
「圭織は、そのアカシックレコードを読みとることができる」
「それ、読みとるとどうなんの?」
「ありとあらゆるものの過去・現在・未来のすべてがわかる」
「すごいじゃん、矢口のよりすごいよ」
興奮する矢口をよそに、市井はニヒルな苦笑を浮かべて首を振った。
- 462 名前:第四部 投稿日:2001年06月29日(金)00時10分43秒
「実用性は、0に等しい」
「なんで? なんでも見れるんでしょ?」
「アカシックレコードには、宇宙すべての出来事が記録されてる。その
中で、自分に関係したものを見つけるのは不可能だって」
「……宇宙、すべて?」
「うん――。まぁ、仮に地球上の自分に関係するものを見つけられても、
さらにそこから今いる自分に関係するものを見つけるのも難しい」
「???」
「パラレルワールド。確定した未来の話の時に、教えたやろ」
混乱する矢口に助け舟を出すかのように、中澤が口を開いた。
「あ、うん。この世界は1つじゃなくて、平行して色んな世界があるっ
て……。でもそれって、理論上でしかないんじゃ」
「理論を実現できんのが、科学の弱点やって教えたやろ」
「あ、そうだったね先生」
「よしっ。居残り授業しよ。マンツーマンでみっちり教えてあげる」
「もう、いいよ。セクハラで訴えるよ」
「その無数にあるパラレルワールド。そこから今の自分の世界を見つ
けるのは、あの森のおばあちゃんでも無理だった」
「”絶対的な力”を持ってた人でも? ちょっと、いい加減にしてよ」
と、抱きついてくる中澤を、矢口は必死で引き離そうとしている。
「ちょっと裕ちゃん、いい加減にしたら? いちーちゃんが話してる途
中じゃん」
と、後藤が立ちあがった。
「あーあ、怒られた。矢口のせいやで」
「なんでよ」
「かわいいから」
その場にいた中澤以外の全員が、軽いため息を吐いた。
ただ、保田の姿がいつの間にか消えていた――。しかし、誰も彼女がい
なくなった事に気づいてはいなかった。
- 463 名前:第四部 投稿日:2001年06月29日(金)00時11分46秒
ひとみは加護と辻に夕食の手伝いをしてもらおうと、2階の端にある非常
口から外へと下りたった。
ロビーから外へ抜けてもよかったのだが、部屋からは非常口の方が近く、
そしてなにやらロビーでは難しい話をしていたようなので非常口を使う事
にしたのである。
非常口を下りると物置のような場所があり、その向こうは白い柵で覆われ
ている。そして、その向こうは昼までも薄暗い竹林があった。
白い柵の向こう側と、こちら側――。ほんの少しの距離で、これだけも雰
囲気が違う――。
ひとみは、自分たちは今どちら側にいるのだろうかと考えてしまった。
不安はあったが寂しくはなかった。自分の存在価値も見つける事ができず、
誰とも分かり合えない人生を送るよりも、ずっと充実していたからである。
だが、やはり不安もあった。それは、能力を持っていない自分だけがいつ
か取り残されていくのではないかという不安だった。
今も決して、梨華以外の人物に溶けこんでいるとは言いがたい。それは、
自分でもわかっている。彼女たちの目指すユートピアに、自分の居場所は
あるのだろうかと不安で仕方がなかった。
(はぁ〜、いいや。難しいのは、また後にしよ)
ひとみは不安を打ち消すように、コテージの表へと周り込もうとした。そ
の視界の隅に、竹林へと入っていく保田の姿を捉えて足を止めた。
(保田さん……、何やってんだろこんなとこで)
保田は後ろを振り向くことなく、どんどんと竹林の奥へと入って行ってし
まった。なんとなく、その様子が気になったひとみは、しばらく時間をお
いて保田の去っていった方向へと足を進めた。
- 464 名前:第四部 投稿日:2001年06月29日(金)00時13分24秒
――竹林の奥は、手入れもされていないので竹が伸び放題になっている。
群生過密の竹が陽光を遮り、昼間だというのにかなり暗かった。
(こんなところで、ゼティマのヤツラに襲われたらどうしよう)
(やだなぁ……)
(保田さん、どこ行ったんだろ)
竹林に生えた雑草を振り払いながら歩いていくと、小さな声が聞こえてきた。
やっと保田を見つける事ができ、危険なので帰ろうと誘うつもりだったが、
保田のその声を聞いた時、ひとみは咄嗟に近くにあった岩陰に身を隠した。
『ええ。今もコテージにいます。記念病院の件も――、はい。中澤・加護・
石川の3人です』
話のトーンからして、家族や友人と話をしている風には思えなかった。電話。
しかも、相手は<Zetima>の関係者だろうとひとみは推測した。
『飯田佳織、辻希美の両名は、こちらにいます。――ええ。――わかりまし
た。随時報告しま――。あ、いえ、なんでもありません。――はい』
ひとみは保田の会話が途中で途切れた時、一瞬、自分が隠れているのがバレ
たかと思った。だが、そうでもなかったらしい。保田は、電話をきったよう
である。
(報告って……)
(保田さんが……)
ひとみは、保田が裏切っている事にショックを受けた。直接話したことはな
いが、梨華からいろいろと話は聞いている。市井の右腕であり、優秀な能力
者であり、目標のために誰よりも影で努力している事も――。
そんな保田が、裏切っていたとは――。自分のショックというよりも、梨華
が受けるであろうショックのことを考えると胸が痛んだ。
(……!)
ひとみは、不意に思い出した。保田の”優秀な能力”が、”透視”だったこ
とを――。
岩場の影はなんの意味もないことを悟った時、ひとみの後頭部に鋭い痛みが
走った。気を失う間際、ひとみは遥か遠くに少女の姿を見たような気がした
が、すぐに意識が遠のきその場に倒れ込んだ――。
- 465 名前:第四部 投稿日:2001年06月29日(金)00時14分50秒
「あいちゃん」
「んー?」
希美の呼びかけに、桟橋に船をロープでくくりつけていた加護が振りか
える。
「梨華ちゃん」
と、希美が指さす方向に加護は顔を向けた。
こちらへやってくる梨華が見えた。だが、少し様子がおかしい。不安な表情
を浮かべて辺りを見まわしている。
正直なところ、加護はあまり気にしていない。不安そうな表情を浮かべてい
るのはいつもの事であり、それがそのまま大事に結びついているとは限らな
い事を知っていたからである。
「なんか、あったのかなぁ?」
「梨華ちゃんは、いっつもああやねん」
「なんか、言ってるよ」
気にはしなかったものの、加護はロープを結びながら届いてくる梨華の声を
聞いていた。
「あいぼん、ののちゃん、ひとみちゃん見なかった?」
加護は、「知らーん。見てへーん」と作業しながら答えた。
「梨華ちゃん、泣きそうな顔してる」
「え?」
「ほら」
見ると、梨華は泣きそうな顔をしてオロオロと辺りを見まわしていた。さす
がに、加護も何かあったのだろうと推測せざるを得なかった。
――加護と希美が駆けつけた時、梨華の目にはもう涙が潤んでいた。
「どうしたん、梨華ちゃん」
「ねぇ、ホントに見なかった?」
「見てないよ。なー?」
希美が、こくりとうなずいた。
「何があったん?」
「ひとみちゃんの意識を、まったく感じないの」
「……買い物でも行ったんと違う?」
「あいぼんとののを呼びに――それに、こんな時に1人でどっか行ったりし
ないよ」
と、梨華は辺りを見まわしている。
「こっちの方には、来てへん」
「じゃあ、どこ行ったのよ〜……」
「敵かなぁ」
加護の言葉に、希美がビクッとして辺りを見まわした。加護もいつでも力を
放てられるように身構えた。
「あいぼん、市井さんたちを呼んできて。私、もうちょっとこの辺を探して
みるから」
「わかった」
と、加護と希美は、コテージへと向けて駆けていった。
- 466 名前:第四部 投稿日:2001年06月29日(金)00時15分31秒
コテージから、矢口の姿が消えていた。中澤がトイレに行ってロビーに戻っ
てくるとそこには市井と後藤の姿しかなく、矢口は部屋に戻った後であった。
中澤も自分たちの部屋に戻った。ロビーに残って市井と話をしている後藤か
ら、2人の時間を邪魔してほしくないという雰囲気が発せられていたからだ。
「後藤も、あからさまやなぁ」
と、中澤は苦笑しつつ部屋のドアを開けたが、そこにも矢口の姿はなかった。
特に気にすることもない。四六時中顔を合わせてはいるが、いつも側にいる
わけではない。どこかの空き部屋で、もしくはひとみと梨華の部屋で過ごし
ているのだろうと考えていた。
10分が過ぎ、30分が過ぎ――1人で退屈だった中澤は、もう1度ロビー
に戻る事にした。夕飯の時間も近くなったので、皆が顔をそろえている頃だ
ろう、そしてそこに矢口もいるのだろうと考えていた。
だが、そこにいたのは息をきらせた加護と希美。そして、神妙な表情をした
市井と、窓辺に立って外の様子をうかがっている後藤と、ロビーの隅で中澤
に気づいて階段の方を見ている保田の姿だけであった。
「裕ちゃん、吉澤見なかった?」
中澤に気づいた市井は、階段を振りかえった。全員の視線が、中澤に寄せら
れる。
「よっさん? 見てないけど。それより、矢口知らん?」
加護と希美が、目を見合わせた。
「なんか、あったんか?」
と、中澤が問いかけた時に、ロビーのドアが開いて梨華が駆け込んできた。
「やっぱり、どこにもいません」
――その後、梨華から事情を聞いた中澤は、とっさに矢口の身を心配した。
「矢口も、おらんようになった」
その言葉に、全員に緊張感が走った。
「ぜてぃまから、敵がきたんかなぁ?」
「なんで、よっさんと矢口を。よっさんなんか、関係ないやんか」
「人質かも」
市井は、自分たちの行為を思い出した。
- 467 名前:第四部 投稿日:2001年06月29日(金)00時16分48秒
「……よし、手分けして探そう。紗耶香と石川は、意識の網を限界まで広げ
てちょっとでも変な意識が流れてきたらすぐに報告。加護は石川と、後藤は
紗耶香と一緒や」
「アタシは……?」
保田が、椅子から立ちあがって呟いた。
「圭坊は、ウチと一緒や。ここから、圭坊の見える範囲内すべて透視して調
べてもらう」
「探しに行かないの?」
と、後藤が声をかける。
「辻と圭織2人っきりにしてたら、危ないやろ」
「そっか」
「よし、じゃあ頼むで」
梨華たちがロビーを出ようとした時、希美が口を開いた。
「あ、あのっ」
「なんや」
「ちょっと待っててもらえますかぁ?」
その舌足らずな口調は、この緊迫した空気には不釣合いであった。自然と、
中澤の声も荒くなる。
「なんやねん、忙しいねん」
「ちょっとだけ、待っててください」
と、希美は全員をロビーに残して中央にある階段を駆け上がっていった。
「なんやねん……、あの子は」
一瞬、呆然と見送った中澤だが、すぐに梨華たちに指示を出そうともう1
度ロビーへと向き直った。
「わぁ!!」
中澤は思わず、悲鳴を上げて腰を抜かしそうになった。全員の視線が、悲
鳴を上げた中澤に注がれている。
「う、うしろ……」
中澤が、ロビーにいるメンバーの後ろを指さした。全員が、「?」と後を
振りかえる。
梨華の甲高い悲鳴が聞こえ、加護が腰を抜かし、後藤と市井の口が開き、
保田の目が見開いた――。
ついさっき、2階に駆けあがった希美がドロドロの格好をしてロビーに立っ
ていたのである。
- 468 名前:第四部 投稿日:2001年06月29日(金)00時18分14秒
「のの……」
加護は、腰を抜かしながらもなんとか誰よりも早く口を開く事ができた。
他の者たちは、まだ混乱している様子である。
「転んじゃったぁ」
と、希美はテヘテヘと笑い、白い八重歯を覗かせた。
「あんた……、いつの間に……」
中澤が震える声で、ロビーにいる希美と階段を交互に見つめた。誰もが階
段を駆けあがっていった希美の後ろ姿を確認している。
しかし、誰も階段を下りてきた希美の姿は見ていない。それは不可能な事
だった。見送り、そして中澤がロビーに視線を戻したほんの2秒ほどの間
に、希美はもうすでにその場所にいたのである。
希美は中澤の声が聞こえなかったのかそれには答えることなくもロビーの
隅にいる保田の方を向いた。
混乱していた保田だが、その何もかもを見透かしているような希美の視線
を受け止める事ができずに目をそらした。
「保田さん……、しょうじきにぜんぶはなしてください」
全員、希美の言葉の意味が分からずにただ呆然と2人を見ていた。
「辻は、ぜんぶ見たんです。――ん?」
と、首をかしげたのと同時に、市井と梨華の表情がハッとなった。
「辻……、あんたの力って……」
「時間移動……」
市井と梨華の言葉に、他の3人が驚いた。
「なんか、頭の中がうごいてる」
保田は軽いため息を吐くと、テーブルの椅子に座り込んだ。
保田の脳の中にも、触手が伸びているのを感じ取っていたからである。
その感触が市井のものであり、もうすべてを読まれている事を悟った。
「圭ちゃん……」
市井の寂しげな口調に、保田は軽く微笑を浮かべた。
「吉澤と矢口は、無事よ。ちゃんと安全な場所に閉じ込めてるから。ま、
吉澤にはちょっと痛い目にあってもらったけど。紗耶香、後で頼むね」
「なんで……」
中澤も後藤も加護も、何を言っているのか詳しい事はわからなかったが、
あえて口を挟むことはしなかった。その2人の空気から、おおよその見当
がついていたのである。
梨華は、ひとみたちを救出しにロビーを飛び出していった。
- 469 名前:第四部 投稿日:2001年06月29日(金)00時19分43秒
「だって、紗耶香、このまま逃げきれると思う? いつか、みんな殺され
ちゃうよ。つんくが黙ってこのままにしておくわけないじゃない。だったら、
もう1度ゼティマに戻れるように頼んでみたの。ゼティマにとっても、ウチ
らの力は絶対に必要なはずなんだよ」
「また利用されろって言うの!」
「違う」
「圭ちゃんは、今も利用されてるんだよ! なんで、それに気づかないの!」
「わかってるよ! けど、アタシはみんなを救いたい! このまま、こんな
ところで黙って殺されるのなんか絶対に嫌! 利用されててもいいから、み
んなと一緒に居たいんだよ」
保田の目に、大粒の涙がうかんだ。しかし、保田はそれをこぼさぬように、
ジッと耐えている様子だった。
「もう、ええやないか紗耶香」
と、中澤がやって来て2人の間に立った。
「どうすんのよ! アタシたちの動き、向こうにバレてんだよ」
「圭坊も、悪気があってしたんと違う。なぁ、圭坊」
中澤のその声を聞いたとたん、保田が唇を震わせて目を伏せる。
「圭坊、ごめんな。ウチがおらんかった時、あんた全部1人でしょい込むクセ
ついてもうたんやな。ウチがもっとしっかりしてたら、こんな事にはならへん
かったのに。ごめんな」
優しい微笑を浮かべた中澤。保田はもう涙を堪える事ができなかった。テーブ
ルに顔を突っ伏すと声を上げて泣いた。
「圭ちゃん、大丈夫だよ。もう心配しなくていい。後藤がアイツら潰してやる
から」
後藤の目にも、うっすらと涙が滲んでいた。今まで涙など見せた事のない保田
であり、いつも大きな態度で自分と接してくれていた、そんな保田が背負い込
んでいたものに気づかなかった自分にも腹が立ったし、このような行動をさせ
た<Zetima>には強い殺意を抱いた。
「ごとーさん行くんやったら、ウチも連れてってなー」
と、加護が後藤の腕を引っぱった。無邪気な笑顔を浮かべていたが、加護にも
保田の涙はショックだった。
- 470 名前:第四部 投稿日:2001年06月29日(金)00時20分57秒
「アンタら、アホかッ!」
中澤の怒声が、ロビーに響き渡った。佇んでいた希美は、その声だけでもう泣
きそうになっている。
「なんでよっ! アイツらさえいなかったら、みんなこんな思いしなくてもい
いじゃん!」
「アンタらがそんなんやから、圭坊はこんなに悩んでんねん。それが、わから
んのか!」
「……」
「ごっちんの力が強いのは、わかる。けどな、ごっちんも人間や。死なんなん
て保証どこにもない。加護も、あんたまだ12才やそんな若こうして、なんで
戦ったりせなあかんねん。そんなんで、死んで誰が喜ぶ? そんなんが嫌やか
ら、圭坊はあの会社に利用されててもええからみんなと一緒にいたいって思う
ててんで」
「どっちにしても、戦わなあかんやんか」
加護が、泣きながら声を震わせた。希美がそっと駆けより、戸惑いながらその
手を握った。
「能力者にやったら、あんたらは負けへん。こっちの手の平が見えてるゼティ
マに立ち向かっていくよりマシや。圭坊は、そう思ったんやろ?」
訊ねられた保田は何も答えなかったが、伏せていた頭を小さく縦に動かした。
「紗耶香もそんなところあるからな、どうせ同じような事考えてたんやろ?
やめとき。そんなんせんでもええやないの。誰にも見つからん静かな場所で
暮らそう」
中澤は微苦笑のようなものを浮かべて、市井に視線を向けた。
市井は何も答えずに、視線を窓の外に向けた。
表のデッキを歩いてくる、ひとみたちの姿が見えた。
- 471 名前:第四部 投稿日:2001年06月29日(金)00時22分06秒
「お、矢口ら帰って来たみたいやな」
ロビーのドアが開いて、ひとみ・梨華・矢口が入ってきた。だがもうすでに、
状況を知っているのか、何かを話すでもなくしんみりとした表情を浮かべて
ドア口に佇んでいる。
市井は前髪をかきあげながら、ひとみへと歩いた。
梨華が小さく「お願いします」と呟くと、後頭部を押さえたひとみも市井に
頭を下げた。市井は、軽い微笑を浮かべてひとみの後頭部を軽くなでる。
「よっさん、大丈夫か?」
「あ、はい」
と、ひとみは笑顔を向けた。
「吉澤、ごめんね」
と、テーブルに突っ伏した保田が呟いた。
「あ、もういいんです。保田さん、あそこでも謝ってくれたじゃないですか」
「どこに、おったの?」
「ここから五百メートルほど離れた、小屋みたいな所です」
梨華が窓外を指差したが、外はもう暗くなっていてなにも見えなかった。
「あの、アタシ、ホントに大丈夫ですから。保田さん、パニックになってた
みたいで、後で事情聞いて、その、矢口さんのことはアタシが原因なんです。
意識を隠しても、アタシを探しに矢口さんが過去を見るって言っちゃったか
ら」
「あ、でも、矢口はちゃんと圭ちゃんから事情聞いて納得して自分で向かっ
たんだよ。だから、圭ちゃんもよっすぃも関係ない。矢口は、自分で行った
の」
それを聞いた中澤は、「あんたら……」と笑うとすぐに顔を伏せて肩を震わ
せた。
「泣くなよー、裕子、泣くなー」
と、矢口はいつものように明るく笑った。
希美は、気配に気づいて顔を上げた。吹き抜けのロビーの2階廊下に、飯田
が微笑を浮かべて立っていた。飯田の唇が小さく動き、希美が白い八重歯を
のぞかせて大きくうなずく。
それぞれの思いは複雑だったが、根底にあるものは1つだけである。
それは、その場にいる全員が理解していた。
ほんの数日しか生活しなかったこのコテージ。もうすぐにでも立ち去らなけ
ればならない――。涙を見られたくない中澤が号令を出すと、他の者たちは
自分の荷物をまとめにそれぞれの部屋へと戻っていった。
もう誰にも重いものを背負わせたくない――。
中澤がリーダーとなるのを決めたのは、この時が初めてだった。
そして、誰もが中澤をリーダーだと認めたのもこの時からであった。
- 472 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月29日(金)00時23分15秒
- 今回の更新分は、>>455-471です。
- 473 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月29日(金)00時26分08秒
- >>453
ある程度の距離を置きながら、進んでますね。
- 474 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月29日(金)00時27分33秒
- >>454
そうしないと、いつまで経っても終わらないんで(^^;
- 475 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月29日(金)00時29分34秒
- さてと……。何を書こう……。
- 476 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月29日(金)00時30分30秒
- とりあえず、ショートカットのコピペでも。
- 477 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月29日(金)00時30分37秒
- 連載開始から一ヶ月、おめでとうございます。
- 478 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月29日(金)00時31分00秒
■ショートカットをご用意しています。
○第一部をご覧になりたい方はこちら→>>280
○第二部をご覧になりたい方はこちら→>>281
○第三部をご覧になりたい方はこちら→>>427
○この自作無駄打ちレスの説明はこちら→>>183-184
- 479 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月29日(金)00時32分12秒
- >>477
あ、全然気づいてませんでした(^^;
どうも、ありがとです。
- 480 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月29日(金)00時33分18秒
- では、今回はこの辺で。>>455-471(今回更新分)
- 481 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月29日(金)00時41分06秒
- もう一ヶ月かーー。
内容ももちろんすごく面白いけど、その更新の速度にはいつも感服します。
これからもがんばってください。
- 482 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月29日(金)00時52分13秒
- さて、独自の道?を歩いてる二人を含めて、どこに向かっていくのだろう…
- 483 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月29日(金)01時48分55秒
- 戦略的には、市井と辻を本隊から分断させることだな。
その二人さえいなきゃいくら後藤の能力があっても物量作戦でいけば怖くない。
問題は飯田の能力。これは予測がつかないだけにちと厄介だ。
などと、<Zetima>側から考えてみたりする・・・
- 484 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月29日(金)02時22分04秒
- >>483
いや、それでも明日香を味方につけさえすれば娘。サイドは問題無い。
石川と福田が自分の能力をフルに使いつつ、安倍と後藤をコントロール
すれば、この4人だけでほぼ無敵。
作者さん、すいません。余計な口挟んで。
- 485 名前:第四部 投稿日:2001年06月30日(土)00時12分09秒
- Chapter−5 <ユートピア>
『番組の途中ですが、臨時ニュースを申し上げます』
走るワゴン車の車内。FMラジオから流れていた歌が途切れ、ニュース
速報が車内に流れた。
それぞれの時間を過ごしていたメンバーたちも、なんとなく臨時ニュー
スに耳を傾けた。
『先ほど午前10時過ぎ、Y県××町にある高鳥原子力発電所で爆発事
故が発生した模様です。詳しい状況はまだなにもわかっておりません。
繰り返します――』
「Y県って、あのコテージのすぐ近くじゃん。ヤバかったよね」
と、助手席の矢口が、カーラジオのボリュームを上げる。
「放射能漏れとか、あんのかな」
「どうやろ。爆発事故って言うてたからな」
車内にまた、音楽が流れ始めた。
加護と希美はまるでそれが合図だったかのように、また一番後ろで騒ぎ
始めた。
運転席と助手席の後の席に、市井・飯田・保田、その後ろの席にひとみ・
梨華・後藤――そして、さらに後ろのわずかなスペースに加護と希美が
いた。
10人は、進路を南へと向けた。特にこれといった目的の場所はない。
ただ、このまま北へ北へと逃亡を繰り返していたら、やがていつか<Ze
tima>の追跡の範囲を狭めてしまう危険性があったからであった。
もうすでにあのコテージを出発してから、5日ほどが経過していた。
- 486 名前:第四部 投稿日:2001年06月30日(土)00時13分01秒
国際空港に、一機のチャーター機が着陸した。
何人かの空港関係者が、チャーター機を格納庫に素早く移動させている。
格納庫の中で、つんくは待っていた。待ちわびたおもちゃが届くのを楽し
みにしている子供のような表情を浮かべて、チャーター機から運び出され
る長さ数メートルのBOXを見ていた。
今すぐにでもその中身を見てみたかったが、どうやらそういうわけにもいか
ないらしく、つんくは渋々そのBOXの所有者であるドイツ人男性の元へと
歩いて行った。
「はじめまして。遠いところ、わざわざお越しいただき感謝しております」
と、つんくは通訳の人物を通して青白い顔をしたドイツ人男性に挨拶をした。
二言三言、社交辞令の挨拶を交わし、つんくたちは外に待たせてあった黒
色のリムジンに乗り込んだ。
つんくの待ち望んでいたBOXは、厳重な警戒態勢のもと大型トレーラー
にて目的の場所に運ばれる。
- 487 名前:第四部 投稿日:2001年06月30日(土)00時14分02秒
――ひとみの祖父母が、存命中に日本旅館を営んでいた。
山の奥深い場所にあり、避暑地として静養地として”通”の旅行客たちに
利用されていたらしい。
ひとみはまったく知らなかったが、明日香によって再生された記憶に不備
な点がないかをひとみの依頼により探っていた梨華が、偶然に最下層近く
でその事実を発見した。
梨華がその事を告げると、皆の気分は浮きたちだった。偶然にも、その日
本旅館のある県は、ワゴン車を走らせている県の隣接している県であった
ので中澤は進路をひとみの祖父母の営んでいた日本旅館に向ける事にし
た。
「のの、温泉一緒に入ろうなー」
「うん」
「なー」
「なー」
コテージを出発してからの7日あまりの流浪生活にやっとピリオドが打て
ると思えば、自然と皆の気分も晴れ晴れとしたものに代わっていった。
とりわけ、座席もないトランクスペースに追いやられていた加護と希美は、
かなり嬉しそうにはしゃいでいた。
それから約6時間後、日もすっかり暮れた頃に、目的の日本旅館に到着し
た。10年前に祖父母が相次いで他界してから、旅館を閉鎖しているものの
壊すことなくそのままにしていると――ひとみは、記憶していた。きっと、両
親から幼い頃に聞かされていたのだろう。
そして、その記憶に想像をプラスさせて素晴らしいたたずまいの日本旅館を
記憶の奥底にしまっていた。それを梨華は読み取り、その美しいたたずまい
の日本旅館を皆に伝えた。皆も、梨華の言った美しい日本旅館をイメージし
て、旅の疲れを癒そうと晴々とした気分で目的地に到着した。
だが、車のヘッドライトに照らされたその建物は、長年雨風にさらされて庭の
雑草も生え放題となっている幽霊屋敷そのものだった。
ひとみと梨華は、皆の失望した視線を浴びて苦笑いを浮かべるしかなかった。
- 488 名前:第四部 投稿日:2001年06月30日(土)00時15分06秒
翌日、メンバーたちはその幽霊屋敷へと足を踏み入れた。玄関を開けると、
そこはもうすぐに土間になっており、八畳敷きの部屋の中央に囲炉裏がある。
土間の右側を周り込むようにして廊下が続き、その奥にいくつかの客室らし
き部屋がある。
皆の想像をはるかに超えた、小さな小さな”日本旅館”であった。おまけに、
部屋の至るところに風で飛ばされてきたのであろう、様々な雑草類が群生し
ていた。
「旅館って言うよりも、日本昔話みたいな感じやなぁ」
と、中澤が土間の出入り口付近でポツリと呟いた。
「よっすぃ、温泉は?」
加護が、楽しみにしているものは見渡す限りありそうもなかった。
「あ……、どうだろう……」
ひとみが返事に困っていると、外から希美の声が聞こえてきた。
『あいぼーん、温泉あったー』
「やったー」
と、加護は飛びあがると、すぐに土間を飛び出していった。
残されたひとみ・梨華・中澤も、信じられないといった感じですぐ後を追った。
母屋とは別に、湯屋が庭の隅にあった。
湯屋の中はさらに荒れ果てたものとなっていたが、確かにそこには温泉が
湧きあがっている。加護と希美が、大騒ぎしていた。
飯田はその浴場の外にある露天風呂の脇に佇んでいた。珍しく、その目
は露天風呂に焦点が合わされている。
- 489 名前:第四部 投稿日:2001年06月30日(土)00時15分48秒
その光景を見た中澤は、思わずため息を漏らした。
「なんや、結構スゴイやないの……」
ひとみと梨華は、やっとホッとできたような感じで2人で顔を見合わせた。
『ちょっと、裕ちゃん。こっち来てみなよー』
湯屋とは反対側の母屋の裏手から、矢口の歓喜の声が聞こえてきた。
「次は、なんやねんな」
と、中澤が嬉しそうにはしゃいで駆けていった。
ひとみらが駆けつけた時、もうすでに矢口は厚底のスニーカーとルーズソッ
クスを脱ぎ捨ててその渓流で戯れていた。
透き通るような渓流が、広い庭園を横切っていた。
「よっさん……、これある意味あんたの想像超えてんで」
と、中澤がその素晴らしい中庭の光景に驚いていた。たしかに、雑草は伸
び放題となっているが、庭園の出来としてはちょっとした観光名所よりも素
晴らしい光景であった。
緑と庭石と渓流、その見事なバランスは芸術そのものであった。
「矢口ぃ」
中澤は、渓流で戯れる矢口の元へと嬉しそうに走っていった。
「ひとみちゃんちって、すごいね……」
その光景に見惚れていた梨華。
「来た事ないから、知らなかった……。ホント、すごい」
と、ひとみはまるで人事のようにつぶやいて、その光景に見惚れていた。
- 490 名前:第四部 投稿日:2001年06月30日(土)00時16分58秒
上流の方から、市井・後藤・保田が歩いてきた。
「ここを残しておきたい気持ちもわかったよ。すごいわ、ここ」
保田が、ニヤニヤしながらひとみに向かって言った。
「あ、はい……」
さきほどまで風景に見惚れていたひとみだったが、戻ってくる後藤を見かけ
ると急に現実に戻らされたような気分になった。咄嗟に目をそらしてしまい、
後藤もそれに気づいたようであった。
「上の方見てきな。綺麗な滝があるから」
梨華が、「わぁ、凄い」と指を組んで微笑んだ。
「なんかわかんないけど、山菜みたいなのもいっぱいあった」
「ひとみちゃん、行ってみよ」
「え? あ、うん」
と、ひとみは後藤の視線を気にしつつ、梨華に手を引かれて上流へと去っ
て行ってしまった。
後藤は少し寂しげに、その背中を見送った。市井は、後藤の心の声を読み
取っていたが、あえて何も知らない振りをした。そして、そのまま渓流で矢
口と一緒に戯れている中澤に声をかけた。
「あのさ、裕ちゃん」
声に気づいて、中澤が振りかえる。
「なんやー?」
「しばらく、ここで暮らす事にしない?」
「はー? 暮らすって、中はあんなんやでー。そらちょっと、無理やろー」
「ウチらで住めるようにすんだよ」
「――ハハ。そうやなー。そら、ええわー。ちょ、矢口ぃ冷たいなぁ」
と、中澤と矢口がまた水の掛けあいを開始した。
市井は微苦笑を浮かべると、後藤と保田に向きなおった。
「じゃあ、とりあえず必要な道具買い揃えようか? 悪いんだけど、圭ちゃ
ん。ちょっと買い出し頼めるかな」
「うん、いいよ」
「後藤、あんたも一緒に」
「いちーちゃんは?」
「あたしは残って、部屋の掃除してる」
「えー、一緒に行こうよ」
「吉澤と石川も、一緒に行ってもらう」
「……よっすぃ」
「じゃあ、圭ちゃん頼むね」
と、市井はひとみと梨華を呼びに、上流へと歩いていった。
「ちょっと、いちーちゃん……」
市井は振りかえることなく、庭石の向こうへと歩いて見えなくなった。
「ごっちんも吉澤も、これがいい機会だと思うよ」
と、保田はポンッと後藤の肩を叩くと旅館の表へと歩いて行った。
残された後藤は、ただうつむき加減で唇を尖らせ佇んでいた。
- 491 名前:第四部 投稿日:2001年06月30日(土)00時17分43秒
山奥の旅館から、麓の一番大きな町まで車で約2時間ほどかけて
移動した。
その車中でも、ホームセンターで旅館の修繕に必要な物を買い揃え
ている間も、ひとみと後藤の間には特に会話らしい会話はなかった。
「石川、ちょっと」
保田は、ひとみと一緒に日用雑貨を眺めている梨華を呼びよせた。
「なんですか?」
「あのさ、後藤と吉澤を2人っきりにしたいんだけど、何かいい方法な
いかな?」
「ごっちんと?」
「声が大きい。気づかれたらどうすんの」
と、保田は少し離れた場所にいるひとみを見やった。
「すみません……」
「――吉澤がこのまま帰るんなら、ごっちんとの関係もこのままでい
いと思う。もう2度と会うことはないと思うから」
「……」
「でも、吉澤は石川が残る限り、石川の側を離れないと思うの」
「私も……、離れたくありません……」
「うん。だからさ、やっぱりこれからのことを考えると」
「……でも、ひとみちゃんは」
「お互い、憎しみ合ってんじゃない。ただ、どう接していいかわかんな
いだけ。ここはさ、ちょっと強制的にでも話し合いとかした方がいいと
思うんだ」
「……」
梨華の中にもずっと、その問題は気がかりだった。幼い頃の後藤は、
決して力を使いたくて使ったわけではない――、そして、今も自分の
力をどこか恐れている部分がある。
ひとみも梨華の話や、記憶の書き換えにより、以前ほどの恐怖は持
ち合わせていない。
だが、2人の間には”怖い目に遭わせた”者と”怖い目に遭った”者
の複雑な心理があるため、一向にその距離は縮まる事がない。
やはり保田の言う通りに、これからのことを考えるとこのままではい
けないような気がした梨華であった。
- 492 名前:第四部 投稿日:2001年06月30日(土)00時18分28秒
――ひとみは梨華に言われた通り、隣にあるスーパーマーケットの
前で待っていた。
(遅いなぁ、何やってんだろ)
と、辺りを見まわした時、少し離れた場所でやはり同じように辺りを
見まわしている真希がいた。
”ヤバイ”と思ったときには既に遅く、2人の視線は互いの存在を捉
えていた。
――そのまま、長い時間が経過した。
先に口を開いたのは、ひとみだった。
「あ……、保田さん?」
真希は少しうつむき加減で、「あ……、うん」と答える。
それで会話は終了したかのように思えたが、以外にも真希が続けて
言葉を発した。
「吉ちゃ――、よっすぃは?」
「ん……?」
「梨華ちゃん、待ってんの?」
「あ、うん。なんか、先に行って待っててくれって」
「ハハ。一緒だ」
笑っているのだが、その笑いは会話の間のようなもので特に何かが
楽しいわけではない。――ひとみは、これまで共に行動しながら、真
希のクセを見抜いていた。
真希が本当の笑顔を見せるのは、市井といる時だけであるのも知っ
ていた。
- 493 名前:第四部 投稿日:2001年06月30日(土)00時19分27秒
(市井さんといる時は、”真希ちゃん”だ……)
(10年前と同じ……)
(真希ちゃん……)
(真希ちゃん……)
ひとみは、後藤をジッと見つめたまま10年前の姿と重ねていた。
さっきまで何も見ていなかったような真希だったが、ついにその視線
に耐えきれなくなったのか少し顔を赤くして顔を背けた。
「後藤の顔に……、なんかついてんの……?」
後藤の言葉に、ひとみはハッとわれに戻った。
「あ、ううん。別に。それより、2人とも遅い。何やってんだろうね」
ひとみは苦笑すると、辺りを大袈裟なほど見渡した。
その姿を横目でチラリと見た真希が、クスッと笑う。
「真希ちゃん――」
ひとみはその笑顔を見て、思わずそう口走ってしまった。さっきの笑
顔は、10年前に自分に向けられていたものだったからである。
後藤が驚いたような表情で、ひとみの方を向いた。後藤にとっては、
とても懐かしい呼ばれ方だった。
「そう呼んでるの……、吉ちゃんだけだよ」
「真希ちゃんも、ずっと覚えてたんだね。その呼び方」
2人は互いに見つめあい、そして静かに笑った。
「先……、買い物してようか?」
「……だね」
と、ひとみと真希は、互いにどこかぎこちなさを残しながらも微かな
照れ笑いのようなものを浮かべてスーパーマーケットへと入っていっ
た。
- 494 名前:第四部 投稿日:2001年06月30日(土)00時20分49秒
飯田の能力がなんであるのか、そして希美との関係を誰も詳しくは
知らなかった――。
市井と梨華には、相手の考えていることを読みとる”精神感応”の能
力があり詳しく探ろうと思えばできない事はない。
だが、市井も梨華もあまりそういう事はしたくはなかった。人には誰し
も触れられたくない部分があり、ましてや共に暮らす仲間としてはそ
のようなものを知らないでいる方が潤滑な人間関係を営む事ができ
る。
もしも、自分で話したくなった場合は、そのような力を使わずとも普通
に聞くこともできるので、極力、緊急な時以外は仲間うちでは意識下
を読むような事はしないようにしていた。
しかし……。
市井は気になっていた。希美の能力は、”時間移動”であるということ
は、7日ほど前にわかった。
だが、それ以来、特に何も能力は使っていない。
市井はコテージで自らの口で、今自分たちがおかれている状況を飯
田と希美に説明した。さらにはその前に、中澤の口からも説明されて
いるはずである。
- 495 名前:第四部 投稿日:2001年06月30日(土)00時21分42秒
普通、そのような状況に置かれている場合、矢口のように未来を事
前に知っておきたいという不安に駆られたりはしないのだろうか――、
と、市井は思うのだが、今、目の前で加護と戯れながら旅館の掃除を
している希美はそんな事はまるで考えていない様子である。
「市井さん、どうしたんですか?」
加護の問いかけに、市井はフッとわれにかえった。考え事をしている
間、ずっと2人の方に視線を向けていたらしい。
加護と希美が、きょとんとした顔をしている。
「いや、別に。それより、ここ頼むね。隣の部屋掃除してっから」
――と、市井は加護と希美を残して廊下へと出ていった。
市井が廊下に出ると、土間に飯田がいた。たしか、土間に群生して
いる雑草の掃除を頼んであったのだが、上がりかまちに座り込んで
宙をぼんやりと見つめている。
そのような状態の飯田は、”交信中”らしい。チャネラーとしてはもっ
ともな状態なのだが、希美にいわせるとそれは特に関係ないらしく、
癖のようなものだと市井は教えられていた。
「圭織。――圭織」
と、何度も名前を読んでみたが、飯田の意識はもう遠い彼方に行っ
ているらしく、戻ってくる事はなかった。
市井は軽いため息を吐いて、廊下を奥へと歩いて行った。
旅館の掃除は、いつまでたっても終わりそうな気配はなかった――。
- 496 名前:第四部 投稿日:2001年06月30日(土)00時22分31秒
中澤と矢口は、遠巻きに2人の様子を眺めていた。
ひとみと後藤が、まるで昔からの親友のように談笑しながら露天風呂
の掃除をしている。
麓の町に行く前までは、いつもの様子と変わりがなかった。
それが帰ってきた途端に――。
「何があったんやろ……」
「わかんない」
中澤と矢口も、2人の関係を知っている。決して修繕されるようなもの
ではないだろうと、中澤も矢口も思っていた。
万が一、互いが歩み寄るような事があってもそこにはほどほどの距離
があり、今こうして目の前の2人のようにはならないだろうと思っていた。
「あ、中澤さん、矢口さん」
2人に気づいたひとみが、笑顔で手を振った。
思わず笑顔で手を振り返した2人ではあったが、かなり引きつった笑み
を浮かべていた。
「もうすぐしたら、ここ使えるようになるからねー」
後藤がいつになく、はしゃいでいる。
「夕飯までには終わらせますから」
「ちょっと、よっすぃ。泡ついてるよ」
「え? あ、ホントだ」
他愛もないことで笑う2人を眺めながら、中澤と矢口は2人を呼びに来た
目的も忘れて母屋へと引き返した。
「まぁ、もともと知り合いだったし、同い年だからね」
と、台所で料理の下ごしらえをしている保田は、驚いて訊ねる中澤とは
正反対に、さもなんでもないように言った。
「今まで一緒にいて、吉澤にも後藤の気持ちわかってたみたいだし」
土間の囲炉裏で火を起こしている市井。
その横に、もう数時間前から同じ格好で宙を見つめている飯田がいる。
「まぁ、仲良うなったんならそれでええけど。それより、みんなは?」
中澤は辺りを見回したが、どこにも他のメンバーの姿はなかった。
「加護と辻は、遊び疲れて寝てる」
保田が苦笑して、廊下の奥の方を顎で示した。
「梨華ちゃんは?」
「川に米研ぎに行くって」
「ネガティブになってんじゃないのー?」
矢口の予想は、それなりに当っているらしく保田が困ったように小さく苦
笑した。
- 497 名前:第四部 投稿日:2001年06月30日(土)00時24分19秒
夕暮れ――。山の奥深い場所なので、空は夕暮れの色を醸し出して
いるが地上の方は早くも夜の色を濃くしている。
梨華は、米粒を”釜”からこぼさないように注意して米を研いでいた。
注意していたつもりだったが、研ぎ汁を川に流す時、手の隙間から大
量の米が漏れてしまった。
「……やっちゃった」
梨華は軽いため息を吐くと、米を研ぐ手を止めた。
注意力が散漫になっているのは、自分でもわかっていた。そして、その
原因が何かもわかっている。
「別にいいじゃない……。ひとみちゃんとごっちんが仲良くしてても」
梨華は小さな小さな声を出して、そうすることによって自分自身を納得さ
せようとした。
ひとみたちに知らせておいた待ち合わせ時間よりわざと数十分遅れて、
保田と梨華がスーパーマーケットに到着した時、もう既に2人は仲良く
並んで一緒に買い物をしていた。
その様子を見て保田はホッとしていたようだったが、梨華は嬉しいと思う
反面どこか寂しさのようなものを感じた。
帰りの車中では、2人はあまり喋ることはなかったが、来る途中の車内
の空気に比べればまるで別物であった。
流れ込んでくるひとみや後藤の意識が、戸惑いからハッキリと喜びに変
わっていたのである。
「……」
もしも、このままさらにひとみと後藤が深い関係になるようなことがあれ
ば、自分はいったいどのようにすればいいのか梨華には分からなかった。
今までのように、いつも側にいることもできなければいつも側にいてもら
うこともできない。
いつかのように、またひとみの中で自分ことが消えてしまうのではない
か、消えないまでもその占める割合のようなものが少なくなると考えた
ら、無性に泣きたくなってしまった。
わけのわからないモヤモヤとした気持ちを振り払うかのように、梨華は
米を研ぐ作業に没頭した。
「梨華ちゃーん」
もう日は暮れかけていて、辺りには青白い闇が広がろうとしている。
梨華がその声に気づいたとき、咄嗟に自分が長い間この場所で考え
事をしていたのにも気づいた。
- 498 名前:第四部 投稿日:2001年06月30日(土)00時25分21秒
梨華はその声に気づいていたが、なかなか振りかえることができなかっ
た。いつもの声で呼ばれてはいたが、どこか切なかった。振りかえって、
もしも冷たい態度などをとってしまったら――そう考えると、怖くて振りか
えることができない。
「梨華ちゃん」
足音が、梨華のすぐ後ろで止まった。
それでも、梨華は気づかない振りをして米を研ぐ作業をしている。もう少
し、もう少しだけ心を落ちつかせる時間がほしかった。
「なんだ。まだやってたの」
と、笑うひとみの声と一緒に、ひとみの心の中の声も梨華には届いた。
(心配した……)
(なかなか帰ってこないから)
(良かった……)
「ごめん、お米いっぱいこぼしちゃって……」
梨華はやっとの事で、いつもの声を出すことができた。でもやはり、そ
のトーンの違いをひとみは敏感に聞き分けたようで、すぐに心の中で
呼びかけた。
(なんか、あったの?)
「別に、なにもないよ」
と、梨華はひとみに背を向けたまま笑みをこぼした。
「でも……」
「もうすぐ戻るから、ひとみちゃん先に戻ってて」
「一緒に帰ろうよ。もう暗いしさ」
「大丈夫よ。すぐそこだもん」
「――梨華ちゃん、ホントどうしたの? 何か、変だよ。こっち向いてよ」
「……ごっちんが待ってる。ご飯もお風呂も一緒に約束してるんでしょ。
早く戻った方がいいよ」
「梨華ちゃん……」
ひとみの小さな呟きが聞こえた梨華は、きっともうひとみは呆れて帰っ
ていくものだと思っていた。ひとみの心の声はもう聞こえないようにし
ていたので、しばらくの間、ひとみが何を考えていたのかは分からない。
ひとみが隣にやって来た時、正直なところ梨華はホッと胸を撫で下ろし
た。なぜならば、ひとみが笑顔を浮かべていたからだった。
- 499 名前:第四部 投稿日:2001年06月30日(土)00時26分16秒
「梨華ちゃん、ひっとして妬きもちやいてんの?」
「な、なんでよ」
「なんか、今の言い方そんな感じだった」
「ち、違います。なんで、妬きもちなんか」
「なんだ――、違うのか」
「……?」
つまらなそうな顔をして夜空を見上げるひとみの顔を、梨華は見つめた。
「梨華ちゃんがもしも、ごっちんと仲良くするなって言ったら、アタシそうす
るよ」
「へ?」
「だって、梨華ちゃんに嫌われたくないもん」
「……」
「まぁ、梨華ちゃんもごっちんのこと好きだから、そんなこと言わないだろ
うけど」
「う、うん……」
「ごっちんも、きっと市井さんがそう言えばそうすると思う」
「……かな」
「なんかさ、違うんだ。アタシの中で梨華ちゃんの存在って」
「?」
「――特別なんだ」
梨華はその言葉を聞いて、顔を赤くした。なぜか分からないが、ひとみ
のそう言った横顔を見つめていたら、急に心臓の鼓動が高鳴った。
梨華はその状態に戸惑いを覚えた。自分の意識の最下層を自分自身
で見ることができたならば、きっとその感情はもう随分前からあったのだ
ろう。
だが、気づかない振りをしてずっと心の奥底にしまっていた。それが、
不意に今のひとみの言葉で上昇してきた。
それを、”恋愛感情”と呼ぶ事は、梨華にもわかっていた。そして、今ま
で悩んでいたものが”嫉妬”からくる”不安”なのだと言う事に気づいた。
「梨華ちゃん、どしたの?」
と、ひとみが顔を上気させてぼんやりとしている梨華の顔を覗き込んだ。
”楽園”ここが市井らの目指すユートピアなのかどうかは分からない。
きっと、違うものなのだろう。しかし、もうそんな事はどうでもよく。梨華に
とっては、ひとみのいるこの瞬間こそが”楽園”のように思えていた。
このまま時間が止まればいい――。
ひとみの顔を見つめたまま――。
梨華のささやかな願いは、中澤の怒声で打ち消された。
『石川、あんた何してんねん。カレーやで、ご飯がないってどういうこ
とやー』
- 500 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月30日(土)00時28分03秒
- 今回の更新分は、>>485-499です。
- 501 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月30日(土)00時29分14秒
- >>481
早いもので、1ヵ月。ほぼ毎日更新で、やっと
折り返し……(^^;
- 502 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月30日(土)00時30分27秒
- >>482
地味なロードムービーになりつつある今日この頃(^^;
- 503 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月30日(土)00時32分45秒
- >>483
辻の能力は……、現時点ではあくまでも、読み取った
2人の見解ということで。
- 504 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月30日(土)00時35分39秒
- >>484
現<Zetima>なら、福田+安倍で十分と思われ。
- 505 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月30日(土)00時36分38秒
- 第5部と最終部は、新スレに投稿します。
ここ(白板)で新しいのを立てていいんでしょうか……?
容量的には、同じぐらい使います(^^;
とりあえず、このスレッドへの投稿はこれで終了です。
- 506 名前:更新終了。 投稿日:2001年06月30日(土)00時39分20秒
- それでは、この辺で――。>>485-499(今回更新分)
- 507 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月30日(土)05時05分44秒
- これだけの文章量でまだ折り返しだなんて!
スゲエ・・・
- 508 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月30日(土)07時52分36秒
- ああっ…イイ雰囲気なのにお約束通り中澤がーーーーッ!!!!(ナキワラ
- 509 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月30日(土)14時22分38秒
- スレ移転ですか。それにしてもここってレス少ない。
でもそれがまたいいねんけどね。(読みやすくて)
「我が闘争」「シアター」と並ぶ超大作の予感…
- 510 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月30日(土)14時39分12秒
- >>505 白板に立てた方がいいと思います。(リンク切れる可能性も否定できないため)
>>509 2chのようにうざい保全をしなくていい&皆気を遣ってんのよ(w
いい作品は終わったあとにドバッと感想つくから。(ほかの作品見ればわかるけどね。)続き楽しみにしてます。
- 511 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月02日(月)09時04分39秒
- さいこう
- 512 名前:RES 投稿日:2001年07月03日(火)00時16分50秒
- >>507
限度というもんを知らないようです(笑。
ちなみに、新スレは第五部と最終部(+α予定)。
>>508
カレーにご飯なかったら、そりゃ怒る(笑。
- 513 名前:RES 投稿日:2001年07月03日(火)00時17分59秒
- >>509
予言。……予感で終わります(^^;
>>510
新スレ本編終了後は、感想というよりも……。
雑談みたいに、使ってもらえたらなぁと考えたりします。
>>511
”ハート”っぽくない内容ですけど(^^;
- 514 名前:RES 投稿日:2001年07月03日(火)00時20分15秒
- ■ショートカットをご用意しています。
○第一部をご覧になりたい方はこちら→>>280
○第二部をご覧になりたい方はこちら→>>281
○第三部をご覧になりたい方はこちら→>>427
○この自作無駄打ちレスの説明はこちら→>>183-184
- 515 名前:RES 投稿日:2001年07月03日(火)00時21分33秒
- ■第四部のショートカットです。
>>388-398
Chapter−@ <漂流>
>>408-423
Chapter−A <塀の中>
>>433-444
Chapter−B <待つ人々>
>>455-471
Chapter−C <逃亡者>
>>485-499
Chapter−D <ユートピア>
- 516 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月03日(火)01時10分06秒
- 新スレへのリンクは貼らないのでしょうか・・・?
つってもすぐわかるか(w
- 517 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月03日(火)21時29分29秒
- 一応張っとくか。
【導かれし娘。】第五部〜
http://www.ah.wakwak.com/cgi/hilight.cgi?dir=white&thp=994087807
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