インデックス / 過去ログ倉庫 / 掲示板
ハウンドブラッド
- 1 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月09日(土)17時06分32秒
- 連作短編少年漫画風の話を書きます。
主役では、吉澤・石川コンビ。
ハンターものアクションコメディの予定です。
- 2 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月09日(土)17時09分33秒
- ACT 1 黄昏どきの帰巣本能
あらゆる風景がオレンジ色に焼きついた真夏の夕暮れ。
べたつく空気にうんざりしている吉澤は前方に伸びた長い影に手を引かれるようにフラフラと歩いていた。
背中には小ぶりな白のバックパック。
右手にコンビニ袋をブラ下げて錆の浮いた鉄板の階段をカンカン音を立てて上がると六畳一間にユニットバス、簡易台所付きの格安アパートの我が家に着く。
薄っぺらなベニヤの扉を、コメディ映画のスパイように仰々しい動作でそぉっと開いた。
中は真っ暗。
吉澤の耳は小さな寝息を捕らえていたが、先刻承知。彼女が日のある時間に起きている筈がない。
足音を立てないように暗闇の中に体を滑り込ませて荷物を適当なところに置くと、汗で体に張り付いた黒のTシャツを頭から引き抜いて洗濯機に突っ込んだ。
そうして玄関先の狭い台所で全裸になってから、ユニットバスの明かりをつけて移動する。
- 3 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月09日(土)17時10分16秒
- 浴槽にうずくまり、夏の気温で温まった水を頭から浴びて、吉澤は子犬のようにぶるぶるっと体を振るわせた。
「かぁ……キクぅ……」
思わず年よりくさい声をもらす。
今日は獲物を追って朝から半日走りっぱなしだった。常人離れした体力を持ってても限界はある。
(500のペットボトル走りながら十二本飲んだぞ……。もうあたしはヒトじゃないね。スポンジ、スポンジ)
その努力は報われた。へとへとに疲れ果てた獲物を袋小路に追い詰め、狩人の矢口が超遠距離からライフルで一撃。
明日になれば、猟犬の吉澤にも相応の報酬が手渡される手筈になっている。
(何に使おっかな〜)
そんなありふれた懐勘定も、年頃の少女らしい欲求より先に現実が要求する引き算が行われるのだ。
家賃・食費・光熱費。二人暮しを続けるならば、もう少し広いな部屋に引越ししたい。
仕事の度に汗や埃やなにやらでボロボロに痛む服は買いだめておく必要がある。
先の見えない生活だから、ある程度は手元に残しておいた方がいいだろう。
そして何より忌々しいのが、あのバカ高い『登録料』。
- 4 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月09日(土)17時10分43秒
- (……可愛い服でも買ってあげようかな)
最近の強い日差しにやられて体調を崩しがちの同居人へプレゼントをするのと、次回の収入余剰と合わせてテレビを買うのとではどちらが幸せになれるのだろう。
そんなことを考えながら吉澤はひざを抱えてニマニマ笑い、薄明るい浴室の照明を見上げてくつろぎきっていると、
「ひとみ……ちゃん?」
がらっとユニットバスの扉を開けられて仰天した吉澤は後方にひっくり返った。
- 5 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月09日(土)17時12分21秒
- 浴槽が陰になり、裸を見られることはなかったのだが、吉澤はそこまで頭が回るタチではない。
後頭部とユニットバスの薄壁の派手な激突音に隣人(吉澤見立て:二十代のフリーターのねーちゃん)は即座に対応してきた。
”うるせぇクソガキっ!”とばかりに六畳間の壁あたりを蹴り返すような振動に、浴室の侵入者は眉根を寄せた。
「お隣さん、怖いね」
「ここここ……」
怖いのはアンタだよ、人が入ってる風呂のドアをいきなり開けるか?!
喉に出かけた言葉を吉澤はぐっとこらえる。
ピントのズレている言動をちょこっと揶揄しただけで、壊れたレコードのように謝罪の言葉を繰り返して部屋の隅に引きこもり、膝を抱えてスキャットを歌うような相手なのだ。
彼女との付き合いは放置と諦観が基本。一ヶ月にも満たない同居生活で吉澤は身に染みて理解させられていた。
- 6 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月09日(土)17時13分03秒
- 吉澤が浴槽の淵に身を寄せて体を隠し、頭をさすっていると
「おかえりなさい。おつかれさまでした」
彼女は両手を前でそろえて深々と頭を下げて、隠れん坊遊びをする子供を見守る母のような温もりに満ちた眼差しで吉澤に微笑んだ。
じっと見つられると、わけもなく胸騒ぎを起させる。
そんな類の陰性の魅力を持っている少女だ。
それが寝起きのとろんと膜がかった表情と相成って、どうしようもなく吉澤の頬を紅潮させる。
- 7 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月09日(土)17時14分25秒
- 「いや、それよか何よ?」
照れ隠しに強めに言う。
「うん。私も寝汗かいちゃったから、いっしょにお風呂入ろうかなって思ったの」
「ばっ……こんな狭いのに入れるわけないでしょ」
「でも二人が体育座りすれば、一緒に湯船に漬かれるんじゃない?」
小首をかしげる少女の台詞に、吉澤の思考が一瞬弾けた。
体育座りで二人並んで浴槽に入ってどーするんだよ、この女は何を言い出すんだ。いや、それ以前にアレだよアレ。
女の子二人がいちゃいちゃ身を寄せ合って風呂に入るのはどう考えても不健全だろ。
「……ゆっくり汗流したいからさ、一人で入らせてくんない?すぐに出るからさ」
「ゆっくりなのに、すぐ出るの?」
「あー!もういいいからさぁ!頼むから一人で入らせてよ!」
吉澤の悲鳴に”まだこりねぇのかクソガキ”と隣人の追撃が速攻で応える。
六畳間の壁が壊れたらあたしが弁償させられるんじゃねーのかと不安を感じ、吉澤は片手で目を覆った。
なんでこんな女にハマっちゃったのかなぁ。
- 8 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月09日(土)17時15分05秒
ハマる、といっても色恋や博打の”ハマる”とは色合いが違っている。
言うなれば、吉澤は偶然と自らの人となりが引き起こした状況にハマっていた。
幾多の不運の積み重なりがあったとはいえ、石川の差し出した手を握ったのは吉澤自身だった。
天命と意思によって決まる今ここにある現在状況。
それを一般に、運命の導きと呼ぶ。
- 9 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月09日(土)17時16分34秒
- 〜 ACT 1 黄昏どきの帰巣本能 <了>
- 10 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月09日(土)22時50分08秒
- めちゃめちゃおもろい・・・。
つづきめっちゃ期待!!!
- 11 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月10日(日)01時06分18秒
- 同じく、おもしろ〜い!!
設定、文章はシリアスなのに内容はユーモアたっぷり。
続きが楽しみ。!!!
- 12 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月10日(日)02時55分59秒
- ACT 2 宵に目覚める狩猟本能「今日は梨華ちゃんも食べないとダメだよ。パン粥でいいね?」
吉澤はスパゲッティを手で半分に折り、湯を沸かしたフライパンの中に入れた。
茹で上がったら、箸で麺を抑えて湯を捨てる。
フライパンにトマトジュースと天かすを加え、適当にあるだけの調味料を振り入れる。
これで『肉無しミートソーススパゲティ』の完成である。
「私はいらないよ。食べたくないの」
石川はちゃぶ台の上でぶきっちょにぺディナイフを操り、キャベツを刻んでいた。
千切りには程遠く、せいぜい百切りぐらいのキャベツの切れ端を皿の上によそる。
「ダメだよ。いいかげんなんか食べなきゃ」
元々食が細く、わずかな流動食を口にするだけの石川だったが、
ここ数日続いている猛暑からの食欲不振ぶりは凄まじく、味の薄い飲み物以外を口にしていない。
- 13 名前:業務連絡 投稿日:2001年06月10日(日)02時57分53秒
- 上記発言にミスがあったため訂正します。
大変、失礼致しました。
- 14 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月10日(日)02時59分16秒
- ACT 2 宵に目覚める狩猟本能
「今日は梨華ちゃんも食べないとダメだよ。パン粥でいいね?」
吉澤はスパゲッティを手で半分に折り、湯を沸かしたフライパンの中に入れた。
茹で上がったら、箸で麺を抑えて湯を捨てる。
フライパンにトマトジュースと天かすを加え、適当にあるだけの調味料を振り入れる。
これで『肉無しミートソーススパゲティ』の完成である。
「私はいらないよ。食べたくないの」
石川はちゃぶ台の上でぶきっちょにぺディナイフを操り、キャベツを刻んでいた。
千切りには程遠く、せいぜい百切りぐらいのキャベツの切れ端を皿の上によそる。
「ダメだよ。いいかげんなんか食べなきゃ」
元々食が細く、わずかな流動食を口にするだけの石川だったが、
ここ数日続いている猛暑からの食欲不振ぶりは凄まじく、味の薄い飲み物以外を口にしていない。
- 15 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月10日(日)03時00分31秒
- パンの耳を牛乳で煮た物を砂利を飲み込まむように目を白黒させながら、
ようやく小鉢半分ほどを処理した。
「ひとみちゃんゴメン。もうダメ。口の中がミルク味でいっぱい」
「まったくもー。じゃ、こっち食べてみ?」
箸でつまんだ一本のスパゲッティを目の前に差し出される。
石川は弱り目をしながらも箸先に唇を寄せた。
ゆで汁が少なかったためにベタついている麺は、小学校の給食を石川に思い出させた。
洗練さに欠ける単純な味だが、不味くはない。
「うん。美味しいよ。でも、もう食べられない」
「アレ?あたしの作ったモンが食えないってーの?」
穏やかな目の表面にいたずらっぽい光を浮かべた吉澤が、再び麺を一本つまみあげて石川の口元に突き出した。
「ひとみちゃんのイジワル。いいよ、明日からご飯は私が作りますから」
「いや、それはカンベン」
と、吉澤は光の速さで箸を引っ込めて目を伏せる。
「……なんか、いまの納得いかない」
「気のせい、気のせい」
吉澤はぞぞぞーっと、惚れ惚れするような潔い食べっぷりでスパゲッティをすすった。
- 16 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月10日(日)03時02分34秒
- 家での吉澤は我が儘でトボけた面をさらけ出す時もあったが、
石川の目に映るのはいつでも『大事なひとみちゃん』の姿だった。
”本業”に向かおうと玄関に立つときにぐっと右拳を握りしめる癖。
帰宅時には、酔っ払いの中年みたいにずるずる足音を引きずっている。
ラジオから流れるお気に入りの曲に、ちゃぶ台に足を乗っけてはしゃぐ。
ノリノリになっているのに隣宅を気にした小声で即興LIVEを演じるのだ。
梨華ちゃんに付き合ってたら夜更かししすぎててバイトに遅刻するじゃない、
と、本気で怒りながら家を飛び出す子供のような態度。
「ひとみちゃんってヘンな子だよね」
蕎麦食いの江戸っ子のようにスパゲッティを口に運んでいた吉澤が
ごふっと奇妙な音を立て、下を向いて動きを止めた。
「……ひとみちゃん?」
「アンタが言うんかぁ……アンタが……」
吉澤の恨みがましい声色に気づかないのか、石川は嬉々として続ける。
「私しか言えないよ。だって私みたいなのと一緒にいるなんて絶対ヘンだよ」
「はいはい、あたしはどうせヘンな奴ですからねぇ」
空になった皿を持って台所に消える吉澤の背中に、石川は出会った頃の吉澤の背中を重ねた。
- 17 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月10日(日)03時06分05秒
- すんなり伸びた手足と大人びた瞳を持っていながら、オバケが怖いとぐしゃぐしゃに泣きじゃくる中学生。
呪いと狂気の産物を前に、手の甲で流血を拭いながら出会って間もない他人を背にかばって仁王立ちする少女。
それが同一人物であったことに、石川は人間の不可思議さを知る。
落ち着きの悪い困惑の中には明らかな畏怖の兆しを含んでいて、
やがて石川はそれに魅了されていた。
この背中を見つづけられるのなら、それまでの暗沌とした十五年間を背負いつづけるのも悪くない。
うん、絶対悪くない。
身を潜める物陰を探しながら闇に紛れてひっそりと生きて来た石川に、小さくガッツポーズを取らせるぐらいに。
間違えなく、石川は幸福だった。
- 18 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月10日(日)03時07分41秒
- 石川は肩が剥き出しにされた薄手の白いワンピースを着て、窓枠に腰かけて夜風に体をさらしている。
吉澤はバーゲンで纏め買いした黒のTシャツと、パジャマ兼部屋着の白い短パンジャージ姿。
部屋の中央に置かれたラジオの近くで、膝を立てて座っていた。
時折ちらちらと石川の方を見てくる吉澤に、石川は曖昧に笑いかけているのだが、
吉澤は整った顔立ちが強調される頑なな表情で石川を凝視しては目を伏せる。
そんな行動を短めのラジオ番組一つ分まるまる繰り返した後、
ラジオを見つめたままで吉澤が言い出した。
「梨華ちゃん。辛いんなら飲んでもいいよ」
- 19 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月10日(日)03時08分50秒
- 石川は何も答えない。
動揺のあまりに息を詰めているほどなのだが、この話題に口を入れる資格がないと思ったからだ。
「なんか最近……っても一ヶ月そこいらの付き合いだけど、でもゼンゼン元気ないしさ。
あたしにはわかんないけど、ガマンって、そぉとぉ辛いんでしょう?」
「大丈夫だよ。ゼンゼン辛くなんかないよ」
「ウソツキ」
目を合わせもいないのに、すぐ見抜かれる。
「梨華ちゃんはムリなことすると、声が浮くからわかんだよね。
ココんんとこナニ聞いても声浮きっぱなしだしさぁ」
吉澤は能天気な癖に、ココという場所では恐ろしいほど勘がいい。
- 20 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月10日(日)03時11分18秒
- 「てかさ、こういうコトはハッキリしておいた方がいいでしょ?
あたしがいいってんだから、梨華ちゃんさえよければいいんだって」
石川の喉がからからになってきた。
良くない傾向だ。
分かっているのに石川の心臓は勝手にペースを速めてぎりぎりと頭に血の気を押し上げる。
「……いいの?」
いいわけない。
大事な人を傷つけていいわけがない。
ひとみちゃんお願い否定して。
だが吉澤は例によって、単純な善意だけで突き動かされる子供のようなお気軽さで言うのだ。
「ん?だからいいって」
吉澤はまだ知らない。
「ダメ。私の目を見て命令して。許可して」
一回目の行為は、ただの契約だった。
石川と吉澤は、その行為が持つイメージとはまったく逆の関係を結んでいた。
映画や小説でお馴染みの関係を吉澤に強制する事も可能だった。
だけど吉澤の暖かい手に自分の冷たい手を重ねた時。
――私はこの手に引かれていたいんだ。
なんてことを、石川は思ってしまったのだ。
- 21 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月10日(日)03時12分42秒
- 吉澤が体の向きを変え、座ったままの姿勢でずりずりと石川に近寄ってくる。
ぽりぽり首筋を引っかく仕草は、真面目な話に立ち会っている自分に照れているようだった。
黒のTシャツから剥き出しにされている吉澤の白い肌を見つけ、こくっと石川の喉が鳴った。
吉澤はまだ知らない。
本当の捕食行為がどういうものか。
石川もまだ知らない。
貪欲な狩猟者を前にした獲物が、どのように怯えて逃げまとうものなのか。
だが今怯えきっているのは石川で、それをなだめるように両肩に手を置くのは吉澤で。
「えーとぉ、許可します」
吉澤が笑い目になって、もごもごと活舌悪く宣言した。
「梨華ちゃんは、あたしの血を飲んでもいいです」
本能のタガが外された瞬間、石川は吉澤を突き倒して吉澤のTシャツを引き裂いていた。
- 22 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月10日(日)03時18分17秒
- 〜ACT 2 宵に目覚める狩猟本能〜 <了>
>>感想を頂いた方
ありがとうございます。
この一話分の概要は考え付いているので、遠くない内にUPできると思います。
今しばらく愚文にお付き合いいただければ幸いです。
- 23 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月10日(日)09時41分53秒
- おお〜そっちにいくんだ。
生活感&リアリティがあっていい感じ。。。
- 24 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)00時22分39秒
- ACT 3 夜更けに高まる生存本能
石川自身が『マジックワード』と呼ぶ仕組みがある。
その仕組みは単純だ。
鏡の前で
「私はできるやればできる子プラス思考ポジティブシンキング」
と、ブツブツ独り言を繰り返す事と根本的には変わりない。
言葉を媒介にし、理性の深い所を刺激して感情を制御する。
だが、『マジックワード』と自己暗示には決定的に違う点がある。
『マジックワード』には他者からの作用が必要だ。
石川の心は、吉澤の目と言葉に強く反応するように組み立てられていた。
- 25 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)00時23分37秒
- 吉澤は、ぼぅっと天井の吊傘照明を見上げていた。
はぁ、はぁ、はぁ。
背中を丸めて、荒い息に胸を波打たせて。
吉澤の鎖骨に指を絡ませ、馬乗りになっている石川。
半開きの目を潤ませて、薄い唇が裂けそうなほど横に引く。
白い歯の綺麗な並びが、口の隙間からのぞいた。
(なんだ、けっこうフツーじゃん。)
一ヶ月の間に二回の狩り。襲われたのも数えれば三回。
それだけの遭遇を経験した吉澤は思う。
石川の変貌の仕方は綺麗なモンだと。
(でもなんかこれ、恥ずかしいな……)
石川が息苦しそうに身をよじって悶える姿に色気を感じ、そんな自分を嫌悪する。
それぐらいにまで余裕があった。
(出かけ用じゃない安モンの方でよかったなぁ。)
破かれたTシャツの方にまでも気が回り始めた時、
ぱくりと。
石川の口が縦に開いた。
- 26 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)00時24分40秒
- 口ではない。
定石通りに尖って伸びていた犬歯のためでは断じてない。
目だった。
黒い瞳が抜け落ちて真っ赤な空洞と化した石川のそこに吉澤は。
石川が属する世界の、無限の広がりと永劫の停止を見た。
空っぽよりも、もっとずっとなにもない世界。
捕食者に囚われて
首筋に牙を立てられて
凍えた穴に引きずり込まれる獲物の末路が意識に叩き込まれる。
- 27 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)00時26分09秒
- 「うわあああぁぁぁ!!」
たった一ヶ月間でいっぱしの猟犬に育った。吉澤の生存本能は極めて感度良好だ。
危機感知回路に砂嵐の割り込みノイズがかかり、その上を明確なコマンドが飛んでいく。
”メイデー・メイデー。このバケモンのか細い体を真上に蹴り上げて、窓から飛び降りダッシュで逃げろ”
「いやっ!逃げないで!」
吉澤の脚力で天井に叩き付けられた石川はくるっと宙で反転すると、窓枠に半身乗り出していた吉澤の腰に飛び乗った。
二人の体が絡まりあい、ごろごろ転がりながらちゃぶ台を巻き添えにして部屋の真ん中に戻っていく。
「うわっうわっうわぁぁーー!!」
「大丈夫私初めてだけど乱暴しないから気持ちよくしてあげるから!」
「うわっうわわっ、ひやぁああああ!!」
「暴れると痛くなるからヘンなとこ噛んじゃうから!ねっ、ねっ!おとなしくして!」
もはや二人だけの、何かが違う世界であった。
”どがががががが”と、十六ビートで壁に蹴りこまれていた隣人のメッセージも、
吉澤の夜を切り裂く絶叫と石川の甘ったるい懇願が辺りに響きだしてからは途絶えている。
にゃあ。と、どこかで猫が鳴いていた。
- 28 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)00時27分01秒
- 「いやっはっはっつぁはぁ!」
上半身に一枚着たきりだったTシャツを剥がれた。
膝まで下がった短パンを上げる気は回らない。
部屋の隅に追い詰められ、吉澤は正気を欠いた笑い声を上げていた。
ガチンコの力勝負だったら、どう転がっていたかは分からない。
だが、これはハナっから勝負などではなかった。
お腹をペコペコに空かせた可哀想な豹と、誰かに自らの肉を与えるために焼身自殺も厭わない特攻兎。
この二種類の動物を一つの部屋に入れておくと、どうなるでしょうか?
――常に一定の結果が返されるだけである。
- 29 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)00時27分57秒
- 照明を受けて畳に作られた影法師。
それが命を得て立ち上がったような、ユラリとした動作で石川が迫る。
目には虚無。口には嫣然とした笑み。
完全に別人格に切り替わった石川は、血に飢えた獣を通り過ぎ、
来るべき享楽の予感に打ち震えている、真紅の瞳の貴族になっていた。
「大丈夫。私わかるの。どうすればいいか、みんなわかるの」
半狂乱の吉澤にはさっぱりわからない。
うえっへっへと薄笑いを浮かべて壁に背中を押し付けて、なお後ずさり続ける。
猟犬としての吉澤は”規約に反した異質因子保持者”を追っていた。
言い換えると、追っかければ逃げるレベルの奴を相手にしていただけ。
捕らえられて抵抗をするのではなく、真っ向から吉澤を襲ってきた”異質因子発現者”は、これで二人目。
ちなみに前回のファーストコンタクト記録。
意識のシャットダウンまで二秒半。
付け加えれば、捕食対象として狙われたのは今回が初めてだった。
「ふぁぁはははははははぁ」
ただ呆けて笑うだけの吉澤に、ささやかな成長を認めてあげても良いかもしれない。
- 30 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)00時29分07秒
- 石川は吉澤の視界に合わせてしゃがみこみ、そっと首筋に細い指を沿わせて動脈の位置を探っている。
もう片方の手は耳、首、肩、胸、腹。
手に吸い付くような滑らかな肌触りから極上の獲物の甘美さを悟り、石川は恍惚となる。
ああ、やっとこの人を私に取り入れることができるんだ。
私は――私達は一人ではなくなる。
それにしてもどうしてこんなにまでノドガカワクノダロウ。
がたがた震えている吉澤の肩に満足げな笑みを浮かべて顔を埋めていた石川の目が再び獣の目に戻り、
無造作に口を開いてそこに牙を埋めようとした時。
携帯からとびきり和やかで明朗な曲が鳴った。
それは吉澤にとっての『マジックワード』だった。
- 31 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)00時29分52秒
- 無意識に半身をずらした吉澤の動作で、目標を見失った石川は額から壁に激突する。
吉澤は耳をそばだてて、無残に荒れはてた部屋の中から携帯の音源を探り当てた。
移動しようとする吉澤に、石川は背中からしがみ付いた。
「ケイタイなってるから……」
未だ空ろのまま、吉澤が呟く。
「そんなの、どうだって――」
「この曲、仕事のだよ。出なきゃ……」
「カワイイ曲……」
小学生が音楽の時間に合唱しそうな曲だった。
それを仕事用に設定している事にたまらない愛らしさを覚えた石川は、ぎゅっと吉澤を抱きしめた。
ぬいぐるみを抱える幸せそうな少女の顔で、吉澤のアバラと背骨をへし折らんばかりのベアハッグ。
だが吉澤は、モノともせずに石川の体を引きずりながら携帯を掴む。
誰からなのかと表示窓の確認などはしないで、会話ボタンを押した。
「はい。吉澤です。なにかありましたか矢口さん?」
- 32 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)00時32分18秒
- 「なにかどころじゃないんだよぉー!モー、タイヘンなんだよ吉澤!」
内輪だけに通じるとっておきのトクダネを掴んだ女の子を思わせるハイテンション。
猟犬吉澤の飼い主で、ハンター資格を持つ矢口真里だ。
「あ、ちょっと止めてよ、仕事だから」
「は?」
「いえ、なんでもないです。で、ナニがタイヘンなんですか」
「今日の仕事の事だけど、さっき、なっちから連絡があってね」
「っ!んなトコ引っかくなっ!だから仕事だって言ってるだろ!」
「……吉澤。ナニしてんの?」
急速冷凍された矢口の態度に慌てた吉澤は、
「いえそのー、あのーですね。そのー、ねねね、猫です猫。ちょっとまってください」
と、言い添えて電話を保留にした。
もはや頭は冷め切っていた。
吉澤の腹に爪を立て、高慢と情欲を浮かべている石川の目を睨みつけて怒鳴りつける。
「仕事の邪魔すんな!」
とたん、石川の目から妖しい光が消え、すぅっと魂が抜け落ちたように脱力する。
「……あ」
きょとんと口元に手を当てて瞬きを繰り返す石川から目線を切って、携帯を耳に当てた。
「はい、すみません。お待たせしました。続けちゃってください」
「……かぁ。ムカツクーぅ。聞けよ、人が真剣な話してんのにさぁ。
じゃ、戻すよ。さっき、なっちから連絡があったのね」
押さえ気味に語られる声色から矢口の緊張が伝わってくる。
「今日のアイツの気配を、吉澤ん家の近所で感じたって」
吉澤は、矢口の緊張の意味が理解できなかった。
「はぁ?今日のアレ?。矢口さんが、バーン、ってやっちゃったじゃないですか。
ちゃんと目の前で見ましたよ。死体も保健所に運ばれてたし」
「それがさ、分裂してた可能性があるんだって。
二匹目がまだうろついてるかも知れないんだよ」
- 33 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)00時36分54秒
- 「分裂って……ナンすか、それ!初耳ですよ?」
「保健所の死体検査でさ、そういうタイプらしいんだ。んで、あの『なっち』がそれを感じたってコトはだよ」
広範囲をカバーする感知能力。
決して根を上げない粘り腰の追跡技能。
粉骨肉砕、近距離攻撃。
三拍子そろった万能ハンター、安倍なつみがワザワザ他のハンターに送った警告はだ。
「……ぜってー確実じゃないっすかぁ!タイヘンじゃないですかぁ!」
「だからタイヘンなんだよぉ!これじゃ報酬もらえねーよぉ!締め切り今日中なんだって!」
「矢口さんはナンも感じなかったんすか?!
『矢口のサーチは業界一』っていつも言ってんじゃないっすか!」
「あの現場近くには、ゼッタイにいなかったよ!
吉澤に追われる前か、途中で分裂してたんだよ!」
「そんなタイヘンなことイマサラ言われてもっ!」
「本当にタイヘンなんだよ!保健所の奴らが言ったんだけど、
生まれたての二体目はハラペコのバカだから、今夜か明日には暴れだすってよ!」
「マジっすかぁ?!一体目よりタイヘンじゃないっすか!」
- 34 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)00時37分47秒
- タイヘンタイヘンと繰り返すだけで一向に進展のない会話を繰り返してから、ようやく吉澤が提案する。
「誰かがヤられる前に追いましょうよ!それで矢口さんはどこにいるんですか!」
「それがさぁ……」
と、矢口は言葉を濁らせた。
「いまさぁ、新潟に向かってる途中の電車の中なんだよね、あはは」
「ニイガタぁ!なんで!」
「ほら、矢口はスナイパーだからさ。ずっと外の暑いトコで待機してたじゃない。
汗ガンガンガンガンかいてたから『ちっくしょー、終わったら北に行って温泉でも入ってやるー』って、
思ってたんだよ」
「走りっぱのあたしの方が汗ダクですよ!」
「あ、ごめーん。今度は一緒に行こーね、連れてってあげるから。……ってな話じゃないだろっ!」
自分で言いだして、自分でキレて、自分で話を締める矢口。
- 35 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)00時38分53秒
- 「駅着いたらソッコー帰るつもりけど、多分それじゃ間に合わない」
「じゃ、なんとか安倍さんにツナギを――」
「なっちは仕事で大阪に向かっちゃったよ。だいたい、あの高給取りにどうやってお礼するのさ」
「じゃ、他の誰か――」
「てかさ、吉澤はすんげー使い魔もってんじゃーん」
もちろん石川のことに他ならない。
「未熟っても、あの因子タイプでしょ?感知とか対消ぐらい何とかなるんじゃない?」
「何とかなりませんよぉ!彼女、めっちゃ危ないっすヤバイっすムリっす!あんなの外出しちゃダメっす!」
「吉澤がご主人様なのに、ひでーこと言うなぁ……。
でも、何とかならなくても何とかしないと困るの!
ヘタすると今月の登録料が払えなくなっちゃうんだよぉー」
- 36 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)00時41分46秒
- ここで因子保持者の特別義務を上げてみる。
高税金。職業選択の不自由。因子種別分けされて規定される強制労働時間。
ペットと化け物お断りの張り紙。
義務を果さない反社会的なモノの周囲には黒服サングラス達がうろつき始め、失点一で即レッドカード。
ハンターの登場である。
因子保持者の特別権利も上げてみよう。
満員電車で自己紹介をすると座れるかもしれない。
矢口の名前は因子保持者リストの上の方に青丸つきで記載されていた。
矢口が住宅街のマンションに家族と一緒に住めるのも、パスポートを使って海外旅行ができるのも、
近所の医者に風邪薬を貰いにいけ、受付のおばちゃんに気に入られてお茶が飲めるのも。
『登録料』を支払って身分証明書類から因子キャリアの項を消しているからである。
因子持ちの分際で『登録料』を支払えないような甲斐性なしにはハンター資格なんか与えられない。
- 37 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)00時42分57秒
- 「ヤバいでしょ?矢口がハンター資格なくなったら吉澤も野良犬だよ?」
「だからって!あたしは武器も貰ってないし奴らの臭いもわかんないし」
「吉澤?最初に教えたよね。猟犬のお仕事はナニ?」
「……走る事です」
答えにこもった吉澤に矢口が吠えた。
「だったら矢口の言うとおりに走れっ!いいかぁ?ケイタイで指示を出すから……」
立て板に水でまくしたて、吉澤に有無を言わせぬ声の弾幕を張ってい矢口が、
ほわ?
と、ガスの抜けた声を漏らした。
じじっ、と携帯の音が霞む。
「うそぉ電池切――」
その間抜けな台詞は、真っ白になった吉澤の頭の中でいつまでも反響していた。
- 38 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)00時49分25秒
- 〜ACT 3 夜更けに高まる生存本能〜 <了>
>>ご覧になって頂いている方々
一章、二章に誤字がたくさんありました。
申し訳ありません。
ケアレスミスの多い粗忽者ですが、以後は減らすように心がけます。
- 39 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月11日(月)00時57分28秒
- ギャグとシリアスのバランスが好きです。
情報の提示の仕方もストレスないし…グ〜
- 40 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)21時11分19秒
- ACT 4 夜中に働く追跡本能
三分間で吉澤は再起動に成功した。
ズタズタになった服を脱ぐ。
契約時に矢口からプレゼントされた仕事服に袖を通すのは初めてだった。
防刃繊維を縫いこんだ厚手のウールシャツ。
ジャケット、パンツ、その他は通気性良く加工された皮製品。
目立たず動きやすく、のセオリーを外した白ずくめで重めの格好は、
ただの追跡――トレースではなく、
追撃殲滅――サーチ&デストロイを意味しているという。
「猟犬は走るのがお仕事」
勇気の呪文を唱えて右拳を固く握りしめた。
この瞬間から吉澤は変わる。
お日さまの下で大手を振って歩くために、お天道様に背をむけるという矛盾。
へにゃりと口を曲げる愛嬌者の笑い方を消す。
だらだら篭った声の話し振りが失せる。
腹の底から唸り声を上げて、常に何かを威嚇する。
- 41 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)21時12分02秒
- 冷静に考えた。
無いものだらけの吉澤は、彼女に頼るしかない。
「梨華ちゃん、話が――」
振り返ると石川の姿はそこになかった。
「ううう……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……もうイヤこんな私イヤなのにどうして……」
部屋の隅にちゃぶ台を立てかけて、狭い空間が作られている。
ちゃぶ台をどかすと、石川が繭のようにうずくまっていた。
虫かアンタは!
ああもうこの際、虫でもなんでもいい!
石川の顎を強引につかみ、涙がぼろぼろこぼれ続ける目を乱暴にのぞき込んだ。
強い声で命令をぶつけようとして、
――身を包み込んだレザーの隙間に夜風が吹いた。
吉澤は鋭く歪んだ目を閉じて、ため息をついた。
「梨華ちゃん。体調悪いときに、悪いんだけどさ。仕事手伝って欲しいんだけど」
「ふぇえ……」
息を飲み込み、恐る恐る吉澤を見上げる石川。
「怒ってないの?私のこと嫌ってないの?」
「別に。嫌う理由ないじゃん」
その落ち込み癖は頭にキてるけどね。でも今回の件はあたしがかなり悪かった。
猟犬モードの吉澤は余計な言葉を一切省いた。
吉澤の超然とした態度に石川は納得がいかないようだった。
初めて会った時から今日この日まで語られつづけてきた石川の
『ひとみちゃんはヘンだよ』だ。
「だって私イヤがってるひとみちゃんにあんな事しちゃったのに」
「もう梨華ちゃんのめちゃくちゃには慣れちゃったよ。だからさ。それよか――」
と、石川の手首を掴んで引っ張った。
「この手、貸して」
- 42 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)21時12分50秒
- 即席緊急特捜部隊は迅速に行動を開始した。
アパートを中心とした時計回り螺旋状に巡回。
町域二つカバーするほどの半径に達したら、逆周りでアパートに向かい収束。
石川が異形の存在を感知するまで、これを繰り返す。
発案者は石川だった。
「この近所にいるって事を信じるしかないんだから、とにかくやってみよう?」
どのくらいの距離で目標を感知できるのかは『わからない』。
だけど接近したら絶対に『察知してみせる』。
理屈の通らない事を頑として主張した石川は、
昼寝夜明かしの世間知らずのダメ女でも引きこもり虫でもなかった。
石川はサイズの合わない吉澤のGパンを、裾を折り返し、腰をベルトで締め付けてダブっと履いている。
黒のTシャツを細い体にざっくり被せて、大リーグチームの野球帽を前後ろ逆さにして深く被っていた。
このままコンビニに飛び込んで、バタフライナイフを振り回しても違和感がない。
一見地味に見える服を着込んで特徴を消そうとし、却って不審さが目立ってしまっている犯罪者のようだ。
顔に不似合いな黒いバッドキッドと、装いが俗世離れした白いレザースーツ。
その二人が肩を並べ、深夜の閑静な住宅街をで猛スピードで駆け回る。
相次ぐ化け物事件で夜も眠れず、神経のピリついていた警官が見ていたら
『逮捕だ!逮捕だ!』と、足をバタつかせて即発砲モノである。
- 43 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)21時14分09秒
- 「ねぇ、もし一番外側まで走ってさ、またアパートに戻る時に――」
一般人が全力を出しても届かない速さ。
それを軽く流して走りながら、吉澤は問う。
「そのもう一回り外側に目標がいたんだとしたら、どうするの?」
「次の周回か、次の次の周回か。そのうちに捕まえるよ」
「でも、もしゼンゼン違うところに移動しちゃってたらさ」
「近所にいるって話を信じるしかないよ。予測立てたらキリがなくなっちゃうから」
――狩りはね、あせったら負けなんだよ吉澤。
石川の言動の端々は、矢口の授業内容と重なっている。
でも、トロトロしている間に奴は。
木造建築の壁をよじ登り曇りガラスを叩き破って
すやすや寝ている子供の布団に頭を突っ込んでいるかもしれない。
- 44 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)21時14分43秒
- ふぅぅ。
重く溜まった熱を細く吐いて、吉澤は歯を食いしばった。
「スピード、上げるよ」
短時間で回った方が、目標の取りこぼしが少なくなるはずだ。
道路と背中が平行線になるように姿勢を変えて、重心を沈めた。
四足の獣に近い走りを、強靭な二つ足だけで模倣する。
同時に視野の意識配分も切り替える。
細く狭く。
アクシデントを皮一枚で回避できるように、体の周囲にだけ神経を張り巡らせた。
石川はスキップを踏みながら吉澤に併走する。
体重を感じさせない熟練のダンサーのように、わずかな動きで遠くに長く飛ぶ。
街灯の元で青ざめた夜道の中で、石川は生き生きと輝いていた。
「外は気持ちいいなぁー。このまま、一緒にどこか遠くに飛んで行きたい気分」
まったく、ナニのん気なこと言ってんだか。
覚えた苛立ちを苦笑に変換して平静を保った吉澤だが、
そういえば。
と、ある事に思い当たる。
二人並んで外を出歩くのは初めてだ。
連鎖的にもう一つの事に気づかされて、ガクゼンとする。
吉澤の知る限り、石川は一ヶ月間一歩も外に出ていない。
- 45 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)21時15分22秒
- 「報酬が手に入ったら、どこか遊びに行こっか?」
このまま速度を保って走り続けなければならない。
息を一口分も無駄にしたくないのに、吉澤の方から話し掛けていた。
「ホント?!」
予想より半オクターブは高い声が返ってくる。
「日が落ちてから出かけれるところでしょ。そんなにお金のかかんないトコね」
ショッピングや夜割引の遊園地、映画館辺りを想像していたのだが、
「じゃ、銭湯に行きたいな。一緒にお風呂入ろうよ」
(……なんでこの女は風呂にコダワるんだよ?)
吉澤の沈黙の意味を、石川なりに感づいたらしい。
「や、やだ、別にヘンな意味じゃないよ!だって、お風呂の時だけは私一人になっちゃうから」
「あたしがバイト出てる昼間だって、ずーっと一人でしょ」
「だって寝てるもの。夢の中でいろんな人に会ってるよ」
石川のメルヘン発言の奥にうすら寒さを見取った吉澤は
一ヶ月間の共同生活をざっと振り返って一つの仮説を組み立てた。
「ひょっとして梨華ちゃんって、一人がカナリ苦手な人?
甘えたさんとかじゃなくて、マジでダメな人?」
正解。
やっとわかってくれたの?と、吉澤の前を飛んで振り返った石川の目が優しくなる。
「一人でいるぐらいなら、起きてる意味ないじゃない」
石川は月に向かって告白した。
そうすれば願いがどこかに届けられると思っているのだろうか。
「ずっと夢見て眠っていられるなら、そうしたかったんだけど仕方ないよね」
吉澤は答えなかった。
- 46 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月11日(月)21時17分58秒
- 石川がやんわりと足を止めた。
吉澤はブーツの底を削らせて後ろ向きに飛ぶ。そうして勢いを相殺させて急停止する。
「やっぱり、この町にいた」
石川は数十メートル先の電信柱を見つていた。
「――やっぱり?」
「私は目標のことゼンゼン知らないから、単純に考えてたの。
近所にいるのが偶然じゃないんだったら」
電信柱から、隣接したブロック壁。
ブロック壁の内側から枝を伸ばした木。
そして道路挟んで向こうの電信柱。
石川の視線が周囲を縦横に走査する。
「ひとみちゃんに仕返しにきたんじゃないかなって。
私だったら絶対そうしてるから」
と、正面を見据える石川に吉澤は凍えた。
だから、ワンテンポだけ反応が遅れてしまったのだ。
空から降ってきたモノになぎ倒されて、吉澤の体が右に弾かれた。
宙に浮かされながらノーリアクションで放った左キックのつま先に、硬いものが引っ掛かった。
ラウンド1。吉澤の後手から戦闘は開始した。
- 47 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る 投稿日:2001年06月11日(月)21時25分30秒
- 〜ACT 4 夜中に働く追跡本能〜 <了>
>>ご覧になって頂いている方々
思ったより長くなってますが、ようやく山場に入れました。
>>39
ありがとうございます。
説明ラッシュの箇所を読みきり漫画風と言い訳して書いたので、
”ストレスがない”と言って頂けると救われます。
- 48 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月11日(月)21時37分27秒
- いよいよアクションシーンですね。(ワクワク
- 49 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月12日(火)04時36分26秒
- ACT 5 深夜にぶつかる闘争本能
それには怒りの記憶しか残されていない。
一番頭にキタコト。
人間ヅラしたガキオンナに追っかけ回されて、クソ暑い中を走りまわされたコト。
もう一つの自分を殺されたコト。
この体が生まれた後で、殺された場所に行って見た。
アスファルトに鼻っ面を擦り付けてやった時に残った、赤い跡を舌でこすりとってみた。
ウマかった。
だから、キタ。
- 50 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月12日(火)04時37分17秒
- 宙を転がる吉澤の視界は、ぐるんぐるんと色づいた糸を引きながら回る。
強烈にスピンをかけたバレーボールは、こんな風に世界が見えてるんだろーか。
丸く畳まれた吉澤の体は、バレーボール選手の強固な三枚ブロックではなく
本物のブロック壁を貫通してアパートの一室に転がり込んだ。
壁が割れた。
部屋に爆弾でも投げ込まれたのかと思って、短いパンチパーマにメガネの男は箸を止める。
鼻先を飛んでいった白い影は、部屋を通り抜けて玄関の扉と重い衝突音を立てた。
「あっちゃっちゃっちゃー!」
白い少女が頭に中華ドンブリを被りながら、四つんばいで壁穴から出て行った。
男は左手から食べかけのラーメンが失われていることに気が付く。
- 51 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月12日(火)04時38分15秒
- 石川は電信柱を駆け上がり、星空を背にして頂点に立つ。
元々はどんな姿だったのか知らない。
ヒトだったのかもしれないし、それ以外だったのかもしれないし、やっぱりこの姿だったのかもしれない。
だが今、視認している目標の姿は、
夜の灯りを浴びて鈍色にぬめる二メートル大のトカゲだった。
地に這いつくばった巨体に、この高さは攻めきれないだろう。
経験不足の勘不足だった。
トカゲは、いとも容易くジャンプする。
- 52 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月12日(火)04時39分10秒
- 吉澤がフリスビーのように投げたドンブリが空飛ぶトカゲの頭を直撃し、トカゲは無様に落下した。
その隙に石川は重力に身を委ねた。
ダブタブのTシャツを蝶の羽のようにたなびかせ、トン、と電信柱の腹を蹴って吉澤の脇に舞い降りる。
「どっか人気のないトコは?」
「――橋、かな?」
吉澤は右手首を手前に振ってトカゲを挑発した。
通じたようだ。ギザギザの歯を剥き出しにして奇声を上げる。
(フツーじゃん)
それは石川に感じた恐怖の微塵も持っていない。狩猟者ではない。ただのドーブツだ。
思い切って、背を向けた。
着いてくる足音で間合いを測って速度を調整しながら、吉澤は走った。
- 53 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月12日(火)04時40分40秒
- 深夜三時。
町境になった川をまたぐ大橋の上を、時折ヘッドライトが通り抜ける。
石川を先に走らせて、安全を確保させてから吉澤は川原に飛び降りた。
吉澤は少ない戦闘経験から学び取っていた。
ぴょんぴょんそこいらを飛び回るのはヤバイ。
案の定、不自由な空中でトカゲが襲い掛かってきた。
半回転ひねり。それでかわせるハズだっだ。
そのまま胴体にしがみ付いて動きを抑え、どんなやり方か知らないけど梨華ちゃんにとどめを刺してもらう。
吉澤のもくろみは、トカゲの太い尻尾の存在に粉砕される。
- 54 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月12日(火)04時41分39秒
- ――そこから先の出来事を石川は正確に覚えていなかった。
吉澤の首に巻きついた尻尾が、吉澤の頭をありえない方向に捻じ曲げていたようだった。
湿った草地にどさりと鈍い音を立てて着地した二つの体を、石川は見ていたはずだった。
草陰からバリバリくちゃくちゃと咀嚼する音がしてたと思う。
確かなことは。
生い茂った草の葉の隙間から、半ば閉じかかった瞳を見つけていた。
その口が弱弱しく開け閉めされるたびに唇の端から鮮血が流れた。
『コイツヲコロシテ』
石川は命令を受け取っていた。
「離れてよ」
歩みよる。
「それは私のだよ。まだ一回も貰ってないのに」
細い足で蹴飛ばした。固い表皮に阻まれた重い体はビクともしない。
「離れてよっ!」
もう一度蹴飛ばした。
周囲に広がる甘い血臭に、石川の反応が緩やかに始まった。
- 55 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る 投稿日:2001年06月12日(火)04時51分24秒
- 〜ACT 5 深夜にぶつかる闘争本能〜 <了>
>>ご覧になって頂いている方々
今日、明日中にはこの話は終わらせられそうです。
- 56 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2001年06月12日(火)22時35分06秒
- まさに驚嘆の一言です!!
最初から読んでいましたが、人物背景、緻密な描写、精巧な文体、読みやすい内容・・・
私の読んできた小説のなかでも指折りの完成度だと思います。是非、長編にしてほしいです。
- 57 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月13日(水)00時22分06秒
- むー、すげー面白い。
続きが楽しみ、って何話くらい続ける予定なのかな?
1クールとして12話くらい?
- 58 名前:レイコ 投稿日:2001年06月13日(水)01時13分55秒
- すごいっ!面白い!!
今までにないタイプのもので、楽しませてもらってます。
血を吸うシーンは「羊のうた」(ソニーマガジン)思い出しちゃいましたが(笑)
今日明日には完結ですか?次のも期待してます(←早いって)
- 59 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月13日(水)03時11分54秒
- ACT 6 夜明けに見つかる共生本能
もし、死なないとしたらだ。
ナイフで刺されても、刃の方が折れる。
あるいは刺さったナイフを引き抜く速度で傷口がふさがってしまう。
めり込んだ無数の銃弾を、ポップコーンみたいに体外に弾かせることができる。
燃えない。溶けない。何をされても痛くない。
そんな体を持っていたら、まずやってみたいと思う事はなんだろうか。
犯罪に身を染めた異質因子保持者の60%がそんな能力を持っていた。
かくして化け物を倒すための『魔法の武器』達が開発され、
資格ある勇者たちにだけ限定配布される。
それとは別に、化け物達も弱肉強食の掟に順じた力を持っていた。
――自らの存在を他者の存在に重ねて打ち消す能力。
意味不明の説明しかできない、解析しがたい力。
対消滅能力。
死よりも厳格な無への誘い。
- 60 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月13日(水)03時13分08秒
- ひっそり目蓋を下ろした吉澤の胸は、短い周期で上下していた。
牙を生やした石川に、トカゲが顔を上げてクワッと強く鳴く。
その口に腕を突っ込んで、顎に挟まれる前に引き抜いた。
舌をちぎった。
腕の軌跡に緑色の体液が降り、辺りの草は土気色に変わってしぼむ。
トカゲはのろのろとした動作で吉澤から降りて、畏れ従うようにしずしず控えめに後退した。
黒い舌の塊に、ちょこっと牙を刺して『無』を込めてみる。
刺した場所から灰になった。
確認すると、舌を川原に放り捨てた。
血だまりに膝まずいて野球帽を脱ぐと、吉澤の腹の大穴を隠すように置いた。
「大丈夫。私消せるよ、ひとみちゃん。安心した?」
吉澤は血を吐いた。
「私一人で出来るよ。上手くやるから。今だけは一人でもだいじょうぶだから。でもほんとはひとりはいやだよ」
吉澤は大量に血を吐いた。
「ずっとそばにいたいけど、いかなきゃだめだよね。うまくやるからみててね、ぜったいぜったいみててね」
吉澤は血を吐かなかった。
代わりにため息に似た深いものを一つ吐くと、静かに息を止めた。
- 61 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月13日(水)03時14分12秒
- そばに寄るとトカゲは再び口を開いて威嚇する。
口の奥には再生した舌がちろちろ蠢いていた。
キィキィうるさい程にわめきたてながら、決して襲い掛かってこようとはしない。
当たり前だ。
どこの国でも最高レベルに指定された因子の覚醒者だ。
全世界の管理者であろうとする人間様の、最強最悪の敵の座を指定されたバンパイア様だ。
「きなよ。私も食べなよ。なんでこっちにこないの?どうして逃げるの?」
竜の出来そこないなんぞが寄り付けるワケがない。
一方的な狩りが始まった。
暴れまわるトカゲの背にまたがって、背中になんども牙を叩き付けたが、
獲物の噛み方を知らない顎は、トカゲの分厚い皮を食い破る事が出来ない。
爪で皮を引き裂こうにも、握力が足りずにザリザリと表面を引っかくだけだ。
それではがれるようなヤワな爪ではないが、役に立たないことこの上ない。
ライオンの子供が初めての獲物に戸惑いながら前足で転がすように、
無我夢中で幼い仕事を続ける。
たとえ遥か格下の因子持ちであっても、トカゲは大人だった。
にょろにょろ左右に身をのたうたせながら、川岸に近寄る。
吸血鬼は流れる水を渡れないという伝承が因子にも含まれているのか、
ただ単に個人の資質と訓練不足のためか、
ともかく石川は泳げなかった。
ざぶんと川に飛び込んだトカゲは、マグロに似た泳法で水の中を斬り進んだ。
強烈な水圧を加えられて、あっという間に石川はトカゲの背から引きはがされる。
トカゲが後ろ足で引き起こした渦の中で、ごぼりと胸の空気を全部吐き出した。
――上手くやらなきゃ、やらなきゃ。上手くやらなきゃ見ててもらえない。
- 62 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月13日(水)03時16分05秒
- 初めて泳いだ。
手足をじたばたさせてトカゲに追いつこうと無駄な努力を試みるが、
どっちが前だか後ろだか。上下すらもわからずに、川底が近づいたり離れたり。
近づいたり離れたりするたびに、大事なものも近づいたり離れたりしているような
不安にさらわれて水中で悲鳴を上げた。
初めて祈った。
瞬時、何に祈ればいいのか戸惑った。神に?悪魔に?
どちらも自分には相応しくない気がしたけど、なんでもよかったから、とにかく何かに懸命に祈った。
ただ、誰かに思いを果たして欲しかった。願いをかなえて欲しかった。
他ならぬ彼女から託された願いなのだから、かなわなければ嘘だった。
水の外に放り出された。
ぐいっと、何かに力強く腕を引かれた後、乱暴に腹を突き上げられて背中から川原に転がった。
肺一杯に詰まった水を苦もなく吐き出して川に目をやった。
何やら水面が騒がしく動いている。
突然、川岸で二メートルほどの高さの水柱が上がった。
滝に似た音を立て、柱の天辺から水が砕ける。
まず現れたのは野球帽。
白服の腹を赤く染めあげ、凄惨を突き抜けてめでたい国旗のイメージ領域に突入した紅白模様の服。
暴れる大トカゲを左肩に担いで登場した少女は、げほげほと安ジュース色をしたピンクの水を吹き出した。
いかがわしさに溢れた光景に、石川は唖然と口元に手を当てる。
――いっつも私のことをズレてるとかめちゃくちゃとかヒドイこと言うくせに。
石川は今にも泣きだしそうだった。
――自分の方がまるでデタラメじゃない。
- 63 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月13日(水)03時18分49秒
- 石川の初めての祈りは初めてかなった。脅威の100%返却率だ。
「のヤロぉぉぉ!」
非常識の塊は大トカゲの頭を両手でつかみ、ぶんまわして幾度も地面に叩きつけた挙句、
土手に目掛けてハンマー投げのスタイルで投げつける。
トカゲの体は土手の坂でバウンドし、立ち直るとしっぽをふりふり逃げ出そうとする。
その背中に白い影が敏捷に飛びかかり、前足をつかんで後ろに持ち上げた。
「梨華ちゃん、ここ!」
無理やりバンザイさせられたトカゲの蛇腹。
石川は疾駆する。
吉澤の左を駆け抜けるように身を滑らせて顔を傾げ、
トカゲの腹に穴を穿った。
――終了。
「見てたよー」
牙を押さえてぼんやりしている石川の前に立った少女は、
びしょ濡れの野球帽を脱ぐと手首のスナップを利かせて軽く振り、
水を切ってから石川の頭に乗せた。
「んだよ、一人じゃできねーじゃんか、ウソーツキ。あたたたた」
少女は口の悪い文句をいいながら、塞がり途中の傷の上に手を当てた。
手にべっとりついた自分の血を見て、目をまんまるにして驚く。
「うわ……。あたしも丈夫だぁ……」
「……ひとみちゃん」
「ナニ、その顔。ひょっとして、死んだとか思った?ぶぁーか。こんなんじゃ死なねぇーよぉ」
吉澤は空手家の構えのようなガッツポーズをとって、へにゃっと笑った。
限界だった。
石川は草地にへたり込んでわんわん泣き崩れた。
- 64 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月13日(水)03時20分44秒
- ENDING 少女は朝日に走る。
脇腹の周りにべたついてる分は綺麗な色に見えた。
指で血をすくって、トカゲの口直しに飲む?と聞いたら、眉根をひそめられた。
ひどーい!トカゲの残りものなんかいらないよ!と、石川がぷんすか怒る。
吉澤には理解できないが、そういう感覚を持っているらしい。
残りもの扱いされた吉澤が、じゃあ、傷が治ったら出来たて新品の飲ませてあげるよと言ったら、
絶対だよ絶対だからねと、ぶんぶん手を振りまわして指きりをさせられた。
喉元すぎれば熱さを忘れる。
吉澤はお気楽に約束する。
保健所の車がきて、トカゲの灰になった部分と残った部分を回収していった。
矢口がようやく姿を見せた。
よくやったよくやったほんとーによくやった。
びしょぬれで血まみれの体に躊躇なく抱きついてきて、
本物の犬にするみたいに頭をわしわし撫でられた。
石川に気が付いた矢口は、どもどもども、と笑顔で手を差し出した。
石川が繋ぐ手の数が一つ増える。
石川が辛そうに白みがかった空を見上げた。
吉澤も同じ空をぼんやり見て思う。
バイトに行く支度をしないといけない。
まかないが食べたいんです。絶対食べたいんです。食べないと死んじゃいます。
大マジメに言い張る吉澤に、押し止める矢口がしつけ方を間違えたペットを見るような情けない顔をした。
- 65 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月13日(水)03時21分46秒
- 保健所で血を洗って、清潔な事務服に着がえる。
矢口が手回ししてくれたのか、お役所にしてはご丁寧なことにワゴンでアパートまで送り届けてくれた。
部屋に入るなり石川は、朝帰りしちゃったぁと冗談っぽく笑いながら畳に転がり、数秒後に寝息を立て始めた。
タオルケットをかけてやり、吉澤は外出用の身支度を始めた。
家を出るときに持ち出した水色のキャミソールにジーンズ地のスカート。
色つきリップとファンデーションで薄化粧。
洗面所の鏡の前で、吉澤は年相応の女の子になっていた。
外に出ると、ジャージ姿でコンビニ袋を下げた隣人(石川予想:地方から上京してきたけど職探しに連敗中で仕方なく夜のお仕事をしているお姉さん)と出くわした。
何かしらの挨拶を交わさないといけないタイミングだった。
いやー、あのー、いつもうるさくしてスミマセン。
頭をヘコっと下げた吉澤の血色の悪い肌色を見て、隣人はニヤりとした。
なぜか、ヤな予感がした。
昨夜はお楽しみだったようでゴチソーさんでした。
それだけ残して、ばたん、と隣室の扉が閉まった。
思い当たるのに十五秒かかった。
立ち尽くす吉澤の全身がみるみる紅潮する。
ざっけんなぁババァ!
可愛らしい格好もだいなしの乱暴な捨て台詞を吐いて、吉澤はアパート二階の柵を勢いよく飛び超えて朝の町を駆け出した。
- 66 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。 投稿日:2001年06月13日(水)03時22分46秒
- 1999年。
魔王のかわりに、地球に何かが降臨していた。
古典伝承を想起させる生き物たちに姿形を変えるモノが街中に溢れ
それまでのケースにない事件が多数勃発していながらも
多くの人々は変わらない生活を続けていた。
吉澤はそっち側の生活を覚えている。
いつかは彼女の手を引いて、戻れる日が来ると信じている。
そうしたらハンター仲間も家族も一緒になって
みんなで笑いあって暮らすのだ。
その日が来るまで猟犬は走りつづける。
――こうして猟犬と吸血鬼の同居生活は悲喜こもごもと続けられていく。
- 67 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る。(終) 投稿日:2001年06月13日(水)03時29分32秒
- 第一話 区切りという事で長めのコメント。
>>今後。
これをアップした瞬間から当分の間、そぉとぉ忙しくなる予定なので、
二話まではかなり間が空くんじゃないかと思います。
冒頭で宣言した「連作短編の少年漫画風の話」とは、
「時間が空いても、どこで終わっても、それなりの区切りがつく形」
という意味合いでもありました。
ですから第一話も、設定上の謎は残していても
物語としては完結させようとの心積もりで書きました。
>>サルの反省。
(上記を引き続いて)
ただし、ここで終わると娘。と大分かけ離れた話のままなんですが。
これじゃ困るなぁ。<自分
今回の話ではなんと
名前を出しておきながら『爬虫類より出番のないメンバー』
がいます。
こう表現すると、どんな娘話だよと自分で呆れてしまいますが、
今後の複線ということでお茶を濁させていただきます。
中身や章タイトルについても、アレかなぁと色々思う節がありますが、
自分が書いていて楽しめるやり方で突き抜けさせていただきました。
>>レス感謝。
小説板は一人延々壁打ち状態なんで、声をもらえると素直に嬉しいです。
そのくせ感謝を伝えられるような気の利いた返事ができず、すみません。
せめて質問やネタがわかるものはコメントを返そうと思っています。
さっそく実行。
>>57
脳内妄想に任せた警官ネタ(四章参照)も通じましたか。恐縮です。
話の回数は考えていませんが、第一目標は全メンバーが出揃うまで。
その後、ネタ切れ息切れする前に結末らしき話をつけられたらと狙ってます。
少年漫画らしく<第一部 完>とか残して唐突に終わるかも。
>>58
レイコさん
この話で「羊のうた」を連想されるとは意外でした。
向こうはシリアスで耽美なのに、こっちは(中略)ですから。
>>ご覧頂いた皆様へ。
一緒に遊んでいただいてありがとうございました。
よろしかったら、次の機会にまた遊んでください。
- 68 名前:第一話 猟犬は朝焼けに走る(追記) 投稿日:2001年06月13日(水)03時49分13秒
- 最終チェックしたらコメント返していない質問がありまして。
>>56
ラヴ梨〜さん
上のレスで大体語っちゃいましたが、短編連作なんで、
短編をたらたら連ねていく形になります。
ですが、今回のも中篇ぐらいにはなってしまったような気がします。
も一つついでに
>>>57
> 脳内妄想に任せた警官ネタ(四章参照)も通じましたか。恐縮です。
の、参照箇所リンクを。
>>42
こういうネタ話を傍から見ていると気になるタチなので
大きなお世話を付け加えました。
では、本当の最後です。
- 69 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月13日(水)05時33分20秒
- 第二話も楽しみにしています!!
- 70 名前:69 投稿日:2001年06月13日(水)20時54分55秒
- しまった。感想書くの忘れてた…
すんげ〜おもしろかったです!
これ原作に誰か漫画書いてくれないかな〜と思うくらい。
- 71 名前:■次回予告 投稿日:2001年06月15日(金)01時46分49秒
- 「や、やっぱりちょっと待って心の準備がぁ!あっははははぁ」
「ずるいよ!約束したじゃない!私、私もうガマンできないっ!」
――吸血姫のだらしないマスター
「もぉ、かわいいー。ホントたまんねー。私の犬は名犬だー」
「あーぁ、髪ぐしゃぐしゃにしないでくださいよぉー」
――従順な猟犬になる前の彼女は
「ばけモンなんか好きな人いるわけないよね?」
「――あ?」
「ヤだっ。死にたくない。なんで、なんでぇぇ!」
――悪夢に追われて泣き吠える子犬だった。
「ちっちゃいからってバカにしとるとイタイ目みますよぉ?」
「イタイ目みるんだかんね」
「あーあ。もっと強くなんなきゃハンターにゃなれねーぞぉ?」
「アンタ、そんなんでこれからあの子のマスターやってく気?」
(お前ら勝手なことばっか言ってんじゃねーよぉ!)
「私、あなたの命だけは助けてあげられるよ」
でもその代わりに――
ハウンドブラッド 第二話
「子犬と子供と狩人の夜」
- 72 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月15日(金)01時49分28秒
- 今日は思ったより忙しくなかったので、ネタを溜めてみました。
言語不一致ごめんです。
- 73 名前:レイコ 投稿日:2001年06月15日(金)02時11分26秒
- 予告編なんて、なんかうれしいですね!
ということは、そろそろ第二話がはじまるということで・・・
超超超超楽しみでっす!!
- 74 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月15日(金)12時38分51秒
- >>73 レイコさん
すみません、まだネタ溜め段階で開始の目処は立ってません・・・・・・
こう書いてしまえば後には引けないぞ、と自分に釘さしつつ
トコトン漫画(TVアニメ?)ノリで行こうと思ってUPした予告です。
- 75 名前:第二話 子犬と子供と狩人の日 投稿日:2001年06月17日(日)19時51分26秒
- 初めにことわっておくが、過去の事だ。
梅雨には早い、春の終わりのある日の宵の口。
天から叩き付ける雨で、空間に薄幕を貼り付けたように見える街角をスケッチしよう。
荒々しい暴風雨に身を投じて、勇敢に帰宅路につく人々がいた。
じめついた街角に身を潜めて、懸命に時を待つ人々がいた。
びしょびしょになって破れかけた紙袋と幼い男児を抱え、
わーとかひぃーとか叫びながら地下街への階段を下る少女がいた。
すし詰め満員状態のコーヒーショップの屋根の下に立ちながら
その様子を目の端で捕らえ、習うように同じ階段へと消えた少女がいた。
――彼女らが、その階段を上がる事は二度となかった。
- 76 名前:第二話 ACT1 狙撃手の提案 投稿日:2001年06月17日(日)19時52分23秒
- 世の中に失敗のない人生というものは絶対にありえないわけで。
失敗その一。事件解決手続きを完全に終える前に、ぶらりと旅立った。
失敗そのニ。道中で携帯の電池切れ発生。
失敗その三。その携帯メモリー以外に、仕事関係者の連絡先が記載されたものを持ち合わせていなかった。
緊急事件の初動を大きく遅らせる致命ミスを三つもやらかしながら
新米後輩とその従僕だけを向かわせて、一挙円満解決させてしまった、
ある意味合いでは天才的な名ハンター。
矢口は、元気をたっぷり詰めこんだ笑顔に
新潟とんぼ返り旅の手土産付きで、件の後輩のバイト先を訪れた。
- 77 名前:第二話 ACT1 狙撃手の提案 投稿日:2001年06月17日(日)19時53分27秒
- その喫茶店は終日営業のファーストフードスタイルでありながら
本格欧英風のサンドウィッチを出すことで人気が高い。
昼時で混み合った店内をすいすい歩き、レジカウンターの横に回り込む。
青いストライプの店長帽子を被った女がノートに書き物をしている。
「吉澤一つ。持ち帰りで」
新潟行き車内で購入した柿の種セットの包みをスイっと女の前に滑らすと、
女はホクホクの悪代官といった風情でイヒっと人相の悪い笑顔を浮かべ、ビシッと親指を立てた。
「はい、ありがとうございます。バックオーダー入ります。テイク、吉澤、ワン」
「保田さーん!こんクソ忙しいのにザケたオーダー通さないでください!」
おいおい、接客業の食べ物屋でなんちゅー話し方してんだ。そんなだからバックにしか回されないんだよ?
キッチン区画からひょっこり顔を出したのは、涼しげな目鼻立ちの美少女だ。
矢口に気がついて、目をくりっと剥いておどけてみせる愛嬌もある。
カウンターに入れば売上増の看板娘は確実なのに、もったいない限りである。
- 78 名前:第二話 ACT1 狙撃手の提案 投稿日:2001年06月17日(日)19時54分22秒
- 「吉澤、ブレッドとプロシュートのカットはすんだ?バターは混ぜた?作業は何が残ってる?」
保田がテキパキした口調で吉澤に問う。
「はい。オールおっけーです。えーと、あとは……野菜箱下ろしと、えっと、サラダの袋――」
目を泳がせて考える吉澤を最後まで待たず、
「じゃ、上がっていいわよ。後りの時給分はお客さまからお支払いいただけるそうだから」
「んなこたぁ言ってない!土産の柿ピーで十分だろぉ、圭ちゃーん」
「吉澤。あんたの価値は柿の種一箱分らしいわよ。猟犬としてどうなのよ、そういう狩人は?」
「は?お話がお見えになんないんすけど?」
吉澤は澄んだ視線を保田と矢口の間できょときょと往復させる。
矢口お気に入りの円らな瞳を、悪代官の戯言などで濁らされてはたまらない。
「わーった、払うよ、このドケチンボウ圭坊」
「はーい、お待たせいたしました。吉澤お持ち帰り六時間で四千八百円になります」
キラめく0円スマイルを浮かべた保田に、矢口はしぶしぶ財布を開いた。
「お持ち帰り六時間ねぇ。なんか圭ちゃんの言い方エロくない?ふははははは!」
爆笑する矢口。
保田は接客業の鑑とばかりに綺麗に微笑んだ。
「このオヤジ娘のお客さま。お騒ぎにならないでとっととお品をもってお帰りくださりやがれませませー」
- 79 名前:第二話 ACT1 狙撃手の提案 投稿日:2001年06月17日(日)19時56分00秒
- ちっちゃい体を半端じゃないアツゾコでごまかしたセクシーギャルファッションの矢口の左に、
やや背高でカジュアルスタイルの吉澤が並ぶ。
ぺたくたと隔てなく話し合っていれば、それはそれでしっくりした関係に見えるのだから不思議なものだ。
「昨日っていうか、今朝の怪我の具合はどう?」
「あとはちょっち寝ればゼンカイすよぉ」
へらへらと吉澤が言う通り、今日の明け方よりも顔色が良い。
「朝のまかない食べたら元気になりました。だから言ったじゃないっすかぁ。
やっぱヒトの基本は美味しいご飯なわけなんですねぇー。特に朝ゴハンは無敵のモトです」
腕組みをしてうんうんとうなずく吉澤。
ソレは違うだろと思う矢口。
- 80 名前:第二話 ACT1 狙撃手の提案 投稿日:2001年06月17日(日)19時58分20秒
- 朝のサンドイッチ数切れで腹部の大穴とか出血多量とかが治る奴なんか、もうヒトじゃない。
アメコミ・ポパイ野郎だ。
だとしても、吉澤のつやつや肌とぴかぴか瞳は気力面の充実ぶりをありありと証明している。
抗生物質が手に入りにくい地域の住民が、軽い風邪薬で万病から立ち直るのと同じかもしれない。
どうやらこの子、日頃ろくなもんを食べてない。
「じゃー、美味しいお昼もごちそうしてやっちゃおっかなぁー」
吉澤が、うは、と鳴いて手を叩いた。
「話があるんだ。どこかで食べながら話そ。リッチなご主人様が何でもおごっちゃうぞー」
と、座布団の埃を払うように吉澤の背中をパシパシ軽く叩く。
「焼肉?お寿司?イタメシ?中華?」
「えーと、じゃ、デパ地下のベーグルサンドがお腹一杯食べたいです」
だから話を読めって、フツーは腰を落ち着けられるトコ選ぶだろぉ?
抗議を込めて、背中への一発を力いっぱいパシンと打った。
- 81 名前:第二話 ACT1 狙撃手の提案 投稿日:2001年06月17日(日)19時59分32秒
- ――あ、いるな。
屋上のベンチに座り、乾いて白っぽい青空を仰いでいた矢口が立ち上がる。
吉澤が三種類目のシュリンプベーグルサンドにかぶりついている横で、金網向こうに広がるごちゃついた街に目をやる。
矢口の黒目が黄色に変わり、瞳の虹彩が針の穴のように狭まった。
「バケモンが近くにいるよ」
それだけ告げると、携帯を使う。
「もしもし、明日香?今さ、三丁目近くうろついてるんだけど、手数足りてる?――んなでっかいもん持ちあるいてるわけないじゃん」
と、向き直って吉澤に半身になった。
この様子をぼんやり見過ごすような間抜けだったら、評価を考え直す必要がある。
吉澤はベーグルを咥えたひょうきんな顔つきのまま、ぼんやり矢口を見ていた。
ぎりぎりでの及第点。
- 82 名前:第二話 ACT1 狙撃手の提案 投稿日:2001年06月17日(日)20時00分56秒
- 「――でも吉澤と一緒。――うん、その吉澤。――ちょっとまって」
携帯を耳と口元にあてがったまま、
「吉澤クン、ボランティアする気ある?」
「どんなコトですか?」
「カンタンカンタン。そっから飛び降りて、あそこの銀行まで走ってって、
包丁と金槌とバット二本持ったバケモノ相手にして、なっちの盾になるだけ」
「ヤですよ!安倍さんに盾なんて必要ないじゃないですか!」
選択権が矢口にあってもそう答えただろう。
「あははは、ごめーん、明日香。うちの子そこまでバカお人よしじゃないです。――あぁ。それにもういいよ」
国内トップクラスハンター、安倍なつみ。
その手際の早さに矢口は一人微笑む。
「もう終わっちゃったみたい」
- 83 名前:第二話 ACT1 狙撃手の提案 投稿日:2001年06月17日(日)20時02分45秒
- 「――すごいですね」
吉澤はベーグルの包み紙を几帳面に畳んでいた。
「ん、なっちの仕事はさすがだね。まぁ、相手もたいした事無かったみたいだけど」
「ちがいますよ、あたしがすごいって言うのは矢口さん」
「――おいら?セクシーダイナマイツに世界照準のでっかいハンター矢口さん?」
軽口に、吉澤はツッコミもいれず大真面目にうなずく。
「こんなトコからバケモンとか安部さんとか察知できるなんて。あたしなんかゼンゼンわかんないっすよ」
「そればっかりは因子モンだからね……そういえば、吉澤の因子の方は?」
「んにゃ。ゼンゼン見つかんないです」
百メートルを五秒で走り乗用車を片手で引きずるこの少女は、
現状の検査では『異質因子キャリア』と認証されていない。
表向きの書類上の吉澤は、クリーンな日本国民だった。
- 84 名前:第二話 ACT1 狙撃手の提案 投稿日:2001年06月17日(日)20時04分06秒
- 「登録料が梨華ちゃんの分だけでいいから、このままワカンないままだと楽ですけどねー」
「甘いなぁ……」
芝居がかったため息をついて注目を引いて、
「人間なのにソンナなら、普通のよりトクベツでしょ?
梨華ちゃんとコミで研究したいモン、ナンバー1じゃないの?」
「そーなんですか?そのわりには、ほったらかしにされてますね」
「定期検診受けてるでしょ。あれは素材提供だよ。
その上仕事して、お金も納めて。きちんと生きてるじゃない。
SMじゃないんだから、理由もなしに女の子を檻に閉じ込めて鎖で縛らないって」
何気なく過激な表現をした矢口に、吉澤は顔を固める。
矢口はそれを伺いながらも自然体でつづける。
「けど、何かの拍子でどーいう扱いされるのかは、わっかんないわけだ」
吉澤の顔色がさらに曇った。
「――どんな拍子ですか?」
「たとえば……中国で小麦が不作とか、ロシアで大寒波とか、ドルが急上昇とか」
吉澤はぽかんとして、気の抜けた相槌を打ちながら
「ははぁ……でも、なんでそれが関係するんですか?」
「世の中ってのはそーいうもんらしいのさ」
- 85 名前:第二話 ACT1 狙撃手の提案 投稿日:2001年06月17日(日)20時07分04秒
- きゃはは、と矢口は空に笑い、
「ま、先がわかんないのはわたしも一緒だね。しょせん因子もちなんてヒトデナシだし」
「すみません」
とつぜん頭を下げられ、矢口は戸惑った。
「なに?なんで?」
「因子持ってないから。あたしも因子持ってればよかったですね」
前言撤回して、話の流れを唐突にぶっちぎる吉澤トーク。
「ナニ?ナニよそれ?キャハハハハハー!吉澤、気持ちはわかるけど言ってる事ワカンナイ」
「え?だって、そうだったら矢口さんとモット深いところで分かり合えるじゃないですか」
「もぉ、かわいいー。ホントたまんねー。私の犬は名犬だー」
「あーぁ、髪ぐしゃぐしゃにしないでくださいよぉー」
吉澤はまんざらでもなさそうな顔で矢口に頭を抱え込まれている。
見た目がいい。鼻が利く。丈夫で俊敏。そして従順。
たしかにこの子は名犬だ。
できるコトならばずっと組んでやっていきたいと思う。
(けど、何かの拍子でどーいう扱いされるのかは、わっかんないわけだ教えてやるべきだとも)
だから、どんな境遇でも一人で生き延びていける力を思う。
「そんな名犬に矢口から一つの提案です」
吉澤の額をぴしっと指で弾いた。
「そろそろ、本気でハンター資格を狙ってみないかい?」
- 86 名前:第二話 ACT1 狙撃手の提案 投稿日:2001年06月17日(日)20時09分52秒
- >>85 上記 下から四行目の訂正:
× だから、どんな境遇でも一人で生き延びていける力を思う。
→ だから、どんな境遇でも一人で生き延びていける力を教えてやるべきだとも思う。
- 87 名前:第二話 ACT1 狙撃手の提案 投稿日:2001年06月17日(日)20時13分37秒
- <次章 ”猟犬の訓練” に続く>
前回よりも更新はスローペースになると思います。
一章書き終えたごとにUPします。
- 88 名前:第二話 ACT1 狙撃手の提案 投稿日:2001年06月17日(日)20時16分29秒
- >>85 他にミス発見。UPしなおしします。申し訳ありません。
- 89 名前:第二話 ACT1 狙撃手の提案 投稿日:2001年06月17日(日)20時17分29秒
- きゃはは、と矢口は空に笑い、
「ま、先がわかんないのはわたしも一緒だね。しょせん因子もちなんてヒトデナシだし」
「すみません」
とつぜん頭を下げられ、矢口は戸惑った。
「なに?なんで?」
「因子持ってないから。あたしも因子持ってればよかったですね」
前言撤回して、話の流れを唐突にぶっちぎる吉澤トーク。
「ナニ?ナニよそれ?キャハハハハハー!吉澤、気持ちはわかるけど言ってる事ワカンナイ」
「え?だって、そうだったら矢口さんとモット深いところで分かり合えるじゃないですか」
「もぉ、かわいいー。ホントたまんねー。私の犬は名犬だー」
「あーぁ、髪ぐしゃぐしゃにしないでくださいよぉー」
吉澤はまんざらでもなさそうな顔で矢口に頭を抱え込まれている。
見た目がいい。鼻が利く。丈夫で俊敏。そして従順。
たしかにこの子は名犬だ。
できるコトならばずっと組んでやっていきたいと思う。
(けど、何かの拍子でどーいう扱いされるのかは、わっかんないわけだ)
だから、どんな境遇でも一人で生き延びていける力を教えてやるべきだとも思う。
「そんな名犬に矢口から一つの提案です」
吉澤の額をぴしっと指で弾いた。
「そろそろ、本気でハンター資格を狙ってみないかい?」
- 90 名前:第二話 ACT1 狙撃手の提案 投稿日:2001年06月17日(日)20時21分28秒
- <本当に了>
……カッコわるぅ。
読みにくくして、すみません。
- 91 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月17日(日)21時41分05秒
- いや〜人間味あふれる更新。作者さんは因子もちじゃないようで(w
お早い復帰感謝々々
矢口さんと吉澤くんの関係がなかなか微笑ましいですね。
楽しみに更新待ってます。
- 92 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月19日(火)22時41分44秒
- >>91
予定が先延ばしになったので、もうしばらくの間は時々更新できそうです。
>>76
↑でこんな事を書いた矢先の大失敗……
- 93 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月19日(火)23時39分21秒
- >>92
失敗云々は気にしないでいいと思うよ。脳内変換でなんとでもなるし。
第2話に入ってさらに面白さが増してきたね。
しかし、吉澤もハンター試験受けるのか・・・
「寿司を作れ」てな試験問題とか出るのかな?(w
辻加護との絡みも興味津々だし、私も更新楽しみにしてます。
がんばってねー
- 94 名前:: 第二話 ACT2 猟犬の訓練 投稿日:2001年06月20日(水)23時56分21秒
- 心臓に胸を強打されて喉が詰まった。
吉澤は布団から勢いよく半身を起こし――勢いよく石川と激突した。
「たっ!」「あっ!」
仰向けに布団に倒れこみ、見上げる天井に石川のトホホ顔が重なる。
「ち、ちがうよ……寝顔見てたんじゃないよ?
ひとみちゃん嫌がるから、あまり見ないようにしてるよ?
でも苦しそうだったからちょっとだけならいいかなって久しぶりだったし――」
「て、か、さぁ……」
吉澤は息を整えつつ、覆い被さる石川の肩をやんわり押して身を起こし、布団の上であぐらをかく。
「なんであたしら一緒の布団に寝てるわけ?」
「だって、私が起きてみたらひとみちゃんが眠ってたから」
Q.E.D.
石川は証明終わりといった風にキッパリ言った。
「だってって……なんだよ……まぁ……」
もごもごと言いよどんで止める吉澤。
吉澤と同じシャンプーの香りとひんやりした素肌の感触が身に残っていて、どうにも照れくさい。
なんとなくTシャツから剥き出しになった腕をさすってると、石川が吉澤の頬に手を当てて
「泣くほど痛かったの?」
「へ?」
石川の手の上から自分の顔を触ると、湿っていた。
(なんで?)
意識が夢に引きずりこまれる。
- 95 名前:第二話 ACT1 狙撃手の提案 投稿日:2001年06月20日(水)23時57分19秒
岩を投げ捨て砂利をかき分けて叫んだ。
手についた血を壁に擦り付けて泣いた。
飛んできた首が肩にぶつかり足を止めた。
濁って重く滞る大気に包まれて息が――
全てが公園で遊んだ鉄棒の味に消える
- 96 名前:第二話 ACT2 猟犬の訓練 投稿日:2001年06月20日(水)23時59分27秒
- 「ひとみちゃん、痛いよ……?」
「……え?」
頬に当てられた石川の手の上に爪をたてていた事に気が付き、慌てて手を離した。
「あたた、ごめん。痛かったね」
うっすら爪あとの付いた石川の手の甲を見て、あわてて両手で掴んで揉みほぐす。
石川は吉澤のそんな様子をはかなげな笑顔で見守っていた。
「昨日の今日だもの。怖い夢見てうなされてもしょうがないよ」
(――は?昨日っていつ?いや、昨日は昨日で――だから、いつ?)
石川が何を言ってるのか、吉澤は本気で思い当たらなかった。
「私も怖かったよ……ひとみちゃんに笑われたけど、ホントに死んじゃうかって思ったんだから」
「あ、あーあ、昨日のことね。あー、はいはい、りょーかい」
軽く流す吉澤に石川が止まる。
ちょこっと気まずい沈黙の間。
その後、石川はゆっくり小首をかしげた。
「違う……の?じゃ、なんでうなされてたの?」
吉澤の鼓動は平時のペースに戻って刻んでいる。
呼吸も穏やか健康そのもの。
心臓の暴挙は遠い過去になっていた。
「さぁ……なんでだろ……」
と、今日の朝食を思い出そうとするようにムーっと寄り目で首をひねる。
窓向こうに薄暗がりを見て、別の思考が割り込んできた。
壁の時計を見る。
六時間睡眠を取り、午後八時ちょっと前。
- 97 名前:第二話 ACT2 猟犬の訓練 投稿日:2001年06月21日(木)00時00分33秒
- 「やば!寝すぎたかなー」
座ったままぐるりと石川に背を向けて、服を脱いだ。
定番部屋着の黒Tシャツ短パンから、定番外出着の黒TシャツとGパンに。
オバQのファッションショーに一本毛が生えた程度の着替えを済まし、
脱いだモノは再び着るために枕元に畳む。
「――今夜も出かけるの?体は大丈夫なの?」
「へーきへーき。もう、バリバリ全快」
「帰って来るの、遅い?」
「そんなに遅くないかな。早く済めば今日中に帰ってくるかも」
「ご飯、作っておこうか?」
ささやなか日常会話の中にすら、生命の危機は混ぜこめられている。
「いや、外で食べるからいらないよ」
何気ない素振りで、それでいて猶予を与えずスマートに回避。
「そうなんだ。なら、お風呂沸かしておくね」
問題なし。
そう見なして素のままで応答した。
「んー、それも外で入ってくるかも」
地雷を踏んだ。
背中に突き刺すような殺気を感じた猟犬吉澤が、びくんと振り返る。
六畳間に戦場が見えた。
- 98 名前:第二話 ACT2 猟犬の訓練 投稿日:2001年06月21日(木)00時02分19秒
- 「ダレとドコにイクのっ!?」
か細い腕に両肩をつかまれて、一呼吸もなく壁際に押し込まれた。
腰に乗られ、額が触れ合い、互いの目に目が映りこむぐらいに詰め寄られる。
水面から顔を出して息継ぎをするように、アップアップで上を向く吉澤。
実際、石川のデカい胸とアパートの薄壁に挟みこまれて、まともに呼吸が出来ない状態。
「ちょ、くく苦しいから……」
「矢口さん?私と一緒にお風呂に入らないのに矢口さんとは入るの?そんなのずるいよっ!」
あれ、そーいう問題だったっけか?
吉澤の冷静な部分が疑問を呈するが
「ひどいよっ、元気になったら一杯くれるって言ったじゃない!」
がっくんがっくん吉澤の肩を前後にゆさぶる石川を前に、まともな思考は泡となって消える。
「ね、元気なんでしょう?だったら少しだけでイイから――今、ちょうだい?」
のけぞった吉澤の顎のすぐ下。
首筋から耳にふきこまれる艶事じみた言葉。
真っ赤になって湯気を出してる吉澤は、壁にがこがこ頭突きをする。
「や、やっぱりちょっと待って心の準備がぁあははははぁ」
「ずるい、ずるいよ!約束したじゃない!私、私もうガマンできないっ!」
「こえこえこえ!梨華ちゃん、声がでかいって!」
自ら大声を張り上げる吉澤の背に、三・三・七拍子のお祭りノックが壁越しに響く。
野次馬から他人勝手な煽りを加えられ、吉澤の制御がフッ飛んだ。
まったく見当違いの悲鳴を石川に浴びせる。
「こんな部屋ぜってぇ引っ越してやるー!」
――ともあれ、昨晩よりはいくぶん平和な光景のハズではあった。
- 99 名前:第二話 ACT2 猟犬の訓練 投稿日:2001年06月21日(木)00時03分46秒
- 矢口から言い渡された事をちょっと堅苦しく表現すれば、こういうことだ。
『本日午後八時。”封鎖D地区地下街入り口A6”に集合。ハンター資格取得に向けて訓練を行う』
窪んだアスファルトの路面。地下から生えた鉄骨。
くの字、への字、Sの字に捻じ曲がったパイプが視界にゴロゴロしている。
マンガでしかみた事のない、現代文明の廃墟。
それは必ずしもフィクションではなく、
極めて低い可能性ではあるが、
部活帰りの半額バーガーや、お釣が報酬の買い物部隊の世界と連続することもある。
そう吉澤が知ったのが、一ヶ月前。
- 100 名前:第二話 ACT2 猟犬の訓練 投稿日:2001年06月21日(木)00時05分16秒
- 約束の時間、約束の場所には、矢口と見知らぬ少女二人が立っていた。
「ありゃりゃ、仲良くペアルックぅ?」
矢口が吉澤たちを指差してからかった。
昨夜と同様、持っている服は運動に不向きな『避暑地のお嬢さん』服ばかりの石川は、
サイズ違いの吉澤の服を折ったり縛ったりして身に付けていた。
「梨華ちゃんも来たいって言うから連れてきたんですけど、いいですか?」
今夜の犬も食わない夫婦喧嘩は、その様な形で終結したのだった。
「別にかまわないよ。こっちも勝手に連れてきたのがいるし」
と、矢口が脇に控えた二人組の少女を見やる。
- 101 名前:第二話 ACT2 猟犬の訓練 投稿日:2001年06月21日(木)00時06分00秒
- 厚底靴を脱いだ矢口と同じぐらいに――つまり小学生ぐらいの背の高さ。
その身長から察するよりは、いくぶん年上かもしれないが、まだまだ幼さを残した顔。
二人仲良さげに手を繋ぎ、顔を寄せ合ってクスクス。あちらこちらを見てニマニマ。
矢口の横で、動物のマスコットキャラのような動きを続けている。
「この子達は……なんなんですか?」
場違いな二人組のことを尋ねると、
矢口のすぐ右に立つ子が一歩前に出て、大人ぶった子供の表情を見せた。
「あのぉ、人の名前を聞くときはぁ、自分から名乗らないといけないんですよぉ?」
チビッコから妙なイントネーションの説教を受け、ぽけっと面食らう吉澤。
「加護です。いぇい!」
その子はグっと胸を張ってピースサインを突き出した。
「辻です。いぇいえい!」
続いて左側の子がぴょこんと跳ねてピース。無邪気に開けた大口から八重歯がのぞく。
- 102 名前:第二話 ACT2 猟犬の訓練 投稿日:2001年06月21日(木)00時07分02秒
- 「この二人は、矢口がお世話になってる人の使いっぱね。お互い仲良くするよーに」
と、いうことはだ。
この子供達は吉澤たちの同業者。
しかも立場は吉澤と同じ――吉澤がぺーぺーの新米という事を考えれば、それ以上。先輩格の可能性も高い。
(マジっすか?)
信じがたいものを見る目つきの吉澤に、加護と辻は腕を組んで線対称のポーズを取り、ニヤっと笑った。
「で、加護辻には話したよね。細くて女の子っぽい方が例の梨華ちゃん、こっちが矢口の名犬よっすぃー」
「よっすぃぃ?」
聞いたことのないキテレツな呼び方に、吉澤はすっとんきょうな声を出した。
「名犬ったら、やっぱよっすぃ〜でしょ、名犬ヨッスィー。それとも、忠犬ヨシ公ぉー、とかの方がいい?」
「いやまだヨシコゥの方が……」
思考停止の状態で口走りかけ、
「じゃない!」
- 103 名前:第二話 ACT2 猟犬の訓練 投稿日:2001年06月21日(木)00時08分02秒
- ――夢にも見られないような、大騒動になった。
脳神経がブっちぎれたのかと思うぐらいの勢いで大はしゃぎする辻が
「じゃないじゃないじゃない!」と矢口の周りをぴょんぴょんぴょーんと飛び回り、
その後ろを加護が「よっすよっすよっすぃー」と低いヘン声で不協和音輪唱しながらノシノシ歩く。
石川は「よっすぃ……やだ、かわいい」と、吉澤の肩にしなだれかかって、なんでか頬を染めている。
矢口はもちろん、きゃはははは。
アポなしドッキリカーニバルに巻き込まれて呆然としていた吉澤が、我に返って一人泣く。
「矢口さん!お願いだから戻ってきてくださいよぉ!」
吉澤の知っている矢口は、悪ふざけ好きでも抜け目ない仕切り屋。
カワイくてカッコいい、セクシーなオトナ。尊敬するハンターだ。
だけど子供二人に囲まれてバカ笑いしている矢口の姿は、まるっきりガキ大将のジャイアンなわけで。
「あーははははは、ごめんごめん。どーもコイツラといるとしまりがなくなってさぁ」
セクシー・ジャイアンはコラっとあまり怖くない風に子供達を睨み、
「はいはいはーい、それじゃみなさん、ハンター訓練行きますよぉ!」
矢口が手を叩くと、子供達は「いえーい!」と元気いっぱいに両手を上げた。
「ハンターってこういうノリなんだ……。た、楽しいね!?」
無理に盛り上がろうとする石川の問いかけに、吉澤は固い顔でブンブン横に首を振る。
「ぜってー違う」
- 104 名前:第二話 ACT2 猟犬の訓練 投稿日:2001年06月21日(木)00時10分47秒
- 吉澤と石川。それに大人しくなった子供二人も矢口の前説に耳を傾けた。
「はい、みなさんも良くご存知の通り、この地下街は一般封鎖されているワケなんですがぁ――」
TV司会者のように身振りを加え、明るくハキハキと語る矢口。
「うちらはココを使ってもいいと許可を貰ってるんですよ。
まだまだ未熟な諸君らには、この場で実戦に近い訓練をして立派に育って欲しいというワケなんですね」
「いうワケなんですかぁー」
調子良い加護の相槌を受けて、矢口の口調が軽くなる。
「ソーなんですよ加護クン。では、辻加護と吉澤クンには、さっそく降りて戦ってもらいまショーォ!?」
「戦いましょー!」と加護。
「ましょー!」と辻。
「ましょぉ?って、やりあうんですか?こいつらと?あたしが?」
吉澤は頭一つ高さの違う二人を見下ろした。
「こいつらなんて言わないでくださぁい、よっすぃー。ちゃんと加護さんって呼んでくださぁい」
加護がいたずらっぽくふんぞり返れば、
「辻も、ちゃんと辻って呼んで欲しいー」
辻はてへてへ恥ずかしそうに笑う。
- 105 名前:第二話 ACT2 猟犬の訓練 投稿日:2001年06月21日(木)00時11分55秒
- 「まぁ、辻加護は二人で一人みたいなものだから――」
「ちっちゃいからってバカにしとるとイタイ目みますよぉ?」
「イタイ目みんだかんね」
矢口加護辻。
三連鎖する会話リズムに目を回す吉澤と、完全に取り残される石川。
「今日は初日だし、訓練は軽く『辻加護ルール』で行きましょか?」
「矢口さん。もうあたしには訳のわかんないことばっかなんですけど……」
「あはは、泣かない、泣かない。
要するに、泣いた方が負けってルールだから。
鼻血程度ならいいけど、あんまり派手な出血沙汰にならないように。
初参加のよっすぃーはその辺を踏まえて上手にやってね」
吉澤はなんとか理解した。
つまりガキんちょ相手にガキの喧嘩をするわけだ。
- 106 名前:第二話 ACT2 猟犬の訓練 投稿日:2001年06月21日(木)00時15分11秒
- 青白い月夜の下で、屈伸をしたり、背伸びをしたり。
じゃんけんビンタ合戦をしたり、ボンバボンと歌ったり、フルでヒゲダンスを踊りきったり。
各人なりのウォーミングアップをしている中で、石川が矢口に声をかけた。
「あの、私も参加していいですか?」
「あれ、梨華ちゃんもハンターやる気あるの?」
「はいっ!」
石川は拳を振り上げて瞳を輝かせる。
「昨日ので、ひとみちゃんに甘えてばっかりじゃダメだって思ったんです。
私も、お金を稼ぎたいんです!」
腰に手を当てて背中を後ろに反らしていた吉澤が、首だけ回して石川を見た。
梨華ちゃんがハンター?
華奢な手足で軽やかに夜を舞い、赤い瞳で獲物を追いたてる吸血姫。
カッケーじゃん、イイじゃん、向いてるよ。
そう感じる反面で全く逆の感じもした。
(梨華ちゃんはハンターに向いてない。)
でも何が向いてないのかな。
吉澤は柔軟を続けながら頭の隅っこで考えつづけている。
「じゃ、先にやってみようか。加護辻と、梨華ちゃん――石川で」
- 107 名前:第二話 ACT2 猟犬の訓練 投稿日:2001年06月21日(木)00時18分42秒
- 解答はすぐにやって来た。
「やぐつぃさぁーん!」
「やぐちさーんー」
アスファルトに開いた大穴に三人が飛び込んで三分。
お子様二人組が違う穴から地上に出てくると、てけてけてー、と走りよって矢口に抱きついた。
「あのオンナ、なんとかしてやってくだぁさい!」
加護が両手をぶんぶん振り回す。
「ののちゃんが噛み殺される、思いましたぁ!」
「いたいよ、いたいよー」
泣きべそをかいている辻のTシャツの肩口に、血のにじんだ二つの穴がくっきり開いていた。
「やったぁ!矢口さん、私、勝ちましたよ!」
嬉しそうな姿を見せる石川に、場の雰囲気が一気に冷え込んだ。
「梨華ちゃ……石川。これは殺し合いじゃなくて、一応訓練だからさ。ね?」
「あ、はい。わかってますよ」
明らかに困っている矢口に対し、石川は自信満々の明るい笑顔で応える。
「ウソや!梨華ちゃんわかってへん!目、ギラギラやった!」
おそらく素のしゃべりが関西弁なんだろう。
加護が石川にまくしたてた。
「そんな事ないよ!ちゃんとずっと冷静だったよ!」
ムキになって反論する石川の腕を、吉澤がそっと引っ張った。
「……梨華ちゃん。牙がものすっげー出てる」
「え?ウソっ」
- 108 名前:第二話 ACT2 猟犬の訓練 投稿日:2001年06月21日(木)00時21分12秒
- 「こっち向いて」
吉澤は石川の目を覗き込み、吸血鬼の主人として命令――暗示をかけてやる。
「血を飲まなくても、人を牙でかんじゃダメです。牙しまっちゃっおうねー」
矢口は少し離れた位置で、二人のやり取りを眺めている。
「――イチイチこういうやり取りしないと、コントロール出来ないわけ?」
自分がコントロールできない奴にハンターなんかできやしない。
むしろハンターに狩られる側だ。
矢口の苦笑いは雄弁に語っていた。
「……こりゃ石川はダメかもなぁ」
「えぇー?矢口さん、そんな事言わないでください……」
『戻った』石川が女の子っぽくイヤイヤするが、
矢口はまともに取り合わず、石川の肩をかるーく抱いた。
「はいはい、とりあえず梨華ちゃんは置いといて。
辻の手当て終わったら、よっすぃ〜と加護辻ね」
- 109 名前:第二話 ACT2 猟犬の訓練 投稿日:2001年06月21日(木)00時23分08秒
- ちびっ子でも、使いっぱと呼ばれていても。
辻も確かにハンター関係者だった。
傷はもう治りかけ。たいした痕は残ってない。
吉澤は矢口の持ってきた家庭用救急箱を開ける。
辻のTシャツを首の方からめくって肩を出すと、消毒薬をスプレーしてバンソウコウをぺったん。
おまじない程度の手当ては三十秒で終了した。
「よっすぃ〜は……噛みつかない?」
上目使いで、もじもじ言う辻。
「つかないよ」
辻の頭を軽く撫でると、辻は照れ照れになって笑いながら加護の背中に隠れた。
その加護から、じっと見つめていたのに気が付く。
目が合った瞬間に、氷解した加護の顔。
――たった今さっきまでは、親の敵を睨むような険しい顔。
- 110 名前:第二話 ACT2 猟犬の訓練 投稿日:2001年06月21日(木)00時24分53秒
- 梨華ちゃんので警戒されちゃったのかな、と簡単に考えてると
「よっすぃー?」
ニコニコの懐っこい姿に変化した加護が寄ってきた。
「よっすぃーに、フォーユゥ?」
ぴしっと指先を向けられる。
「プレゼント上げますから、ちょっとだけ、頭下げてみてくだぁさぁい」
「ん?」
素直にかがみこんでみると、ダイビングヘッドがこめかみに入った。
キッツイのをがっつんと喰らい、目からは星や火花やひよこやらの大フィーバ。
「えへへへー!やりぃ、いえいいえい」
なぜこうなるのかわからない。
どう反応したらいいのかわからない。
一体コイツはナニモノだ。
あたしはドコにいるんだろ。
未到の世界構造を前にして立ち尽くす異邦人、吉澤。
その肩を矢口が、ぽんと叩いた。
「あきらめて、慣れちゃえ。きゃははははー!」
吉澤はやけっぱちな薄ら笑いを口に乗せ、固ゆで卵的に醒めた目で星を見上げた。
- 111 名前:第二話 ACT2 猟犬の訓練 投稿日:2001年06月21日(木)00時28分27秒
- <次章 ”吸血姫の回想” に続く>
- 112 名前:ななしさん 投稿日:2001年06月21日(木)00時35分56秒
- >>93
なんでも屋の方のハンターじゃないから、「寿司」はないかと思われます。
そっちの方の大冒険モノも読んではみたいです。
その場合は吉澤石川より、辻加護主役の方が似合いそうですね。
- 113 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月21日(木)01時05分09秒
- キャラがいきいきしていて、目の前で動き回ってる。
まさに、活字で読む漫画だな〜
- 114 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月21日(木)01時30分14秒
- 吸血「鬼」じゃなくて「姫」か!
イイね!
- 115 名前:第二話 ACT3 吸血姫の回想 投稿日:2001年06月22日(金)17時05分49秒
- 初めにことわっておくが、過去の事だ。
そこにはまだ猟犬もなく、吸血鬼もない。
哀れな被害者と呪われた放浪者が先の見えぬ暗闇を逃走する。
熟練の狩人と忠実な子供たちが見知らぬ誰かのために傷を負う。
覚醒した怪物と狂気の虜囚が獲物を求めて彷徨する。
たちの悪い天啓に追い惑わされて集った閉鎖空間。
過去の出来事。夜の出来事だ。
- 116 名前:第二話 ACT3 吸血姫の回想 投稿日:2001年06月22日(金)17時07分13秒
- 白く冷たい輝きを降らすだけの軽薄な人工光。
それすら、彼女の身には辛いものになっていた。
ただ密やかに暦を数えてきただけなのに、彼女の変化は――
いや、劣化、というべきだろう。
材料を加えず既存の肉体だけを食い潰し、再構築をかけているのだ。
彼女の体はボロボロだった。
絹糸のようにさらさらと時を経て、彼女の劣化は一つの臨界点に達しつつあった。
体には雨水を吸った薄手の綿地が張り付いている。
白い布は彼女の曲線のみならず、浅黒い肌までを透かしていた。
暴風雨の夜の地下街。
周囲は似たり寄ったりの避難民だらけ。
その中でも、彼女は人目を引きすぎていた。
彼女は人目が苦手だった。
中でも男の粘ついた色目が一番苦手だった。
彼女は思う。洋服を手に入れなければ。
- 117 名前:第二話 ACT3 吸血姫の回想 投稿日:2001年06月22日(金)17時07分51秒
- 洋服を手に入れた。
手近な店の手近な包みを引っつかんで来た。
トイレの個室で封を切るまでは、サイズもデザインもわからなかった。
幸い、まあまあ当たりの方だった。
薄緑色のレースで飾られた、爽やかな色合いのワンピース。
初夏到来の時期に少女が放つ明るさを強調するものだ。
それだけに、彼女の気だるげな艶と似つかわしくはない。
脱いだ服を絞って、タオルの代わりにして体と髪を拭く。
その服はくしゃくしゃに丸めて持った。
個室から出たところで、少女とすれ違う。
その少女も違わず全身びしょ濡れ。セミロングの髪はぺったりしていた。
黄色のTシャツもインディゴブルーのミニスカートも斑に変色している。
かなり情けない格好であることに気がついているのだろう。
鏡に向かう少女は極めて不愉快そうだった。
にもかかわらず、少女の目には紛れもない快活さがあった。
彼女は漠然と理解する。
自分の着ているワンピースは、このような子の為に作られたのだろう。
きっと、自分とこの子の違いは陽光を受けた時間の違いなのだ。
足早に立ち去ろうとして差し掛かった、トイレの出入り口近く。
乳幼児用ベットに上半身裸の幼児がいた。
この男の子が先ほどの少女の連れであろうことは、たやすく予想できた。
洗面所で幼児の服を雑巾のように絞っている少女に、幼稚な憎まれ口をたたく男の子。
その前を通り抜け、ごみ箱に濡れた服を捨てる。
- 118 名前:第二話 ACT3 吸血姫の回想 投稿日:2001年06月22日(金)17時09分52秒
- 雨は止みそうになく、他に行くあてはなかった。
帰る家はない。なくなった。
家を失うのは珍しくはなかったが、行く先を失うことはまれだった。
そして、家族を全て失ったのは初めてだ。
人気の空隙を探し、一人身を潜めるようになってから数週間がすぎた。
彼女は疲弊していた。
露で光るタイルを見下ろしながら歩く。
やはり自分がいけなかったのだろうか。
歩きながら考えた。
言われるままに従い、姫君のように生臭いことから離されていたのがいけなかったのだろうか。
半壊した家屋。誰もいない部屋。
――そこには夏の花火と、秋の焚き火の残り香。
足を止めた。鼻からの呼吸を止めて、唾を飲む。
匂いは消えたが、思い出は止まらなかった。
- 119 名前:第二話 ACT3 吸血姫の回想 投稿日:2001年06月22日(金)17時10分38秒
- 夜の散歩から帰ったときには、苗字も国籍もバラバラな家族の姿はなかった。
――本当は散歩になんか行きたくなかったのだ。
意地悪な姉が普段よりも乱暴に彼女を苛めたから。
さんざん平手で打たれて、帰ってきたらかみ殺すと凄まれて――
擬似自然光のライトで肌を焼かれて追いまわされたから。
何もわからなくなって怯えて泣きじゃくって、家の外に逃げただけなのだ。
もし自分がお姫様なんかじゃなくて狩猟者だったら。
どうしようもないぐらいに血の臭いが染み付いていたら。
姉はあの日に限った無茶苦茶をしなかったかもしれない。
置いていかれずにすんだのかも知れない。
ともかく、今は思い出ではなく先を考えるべきだった。
これからを、どう過ごしていくのか。
あるいは、どう消えていくのかを。
- 120 名前:第二話 ACT3 吸血姫の回想 投稿日:2001年06月22日(金)17時11分31秒
- ある程度の規模を持つ地下街は、非常時の緊急シェルター機能を想定して建設されるという。
エンドレスで流れ続ける避難放送の一節で初めて知った。
どうやら地上では、因子覚醒者グループによる暴動が発生したらしい。
「みなさん、ご安心ください」
平坦な声で連発している出来の悪いアナウンサーが、
革命。
と、一度だけ口走った事を彼女は覚えていた。
出入り口全てにシャッターが下ろされる。
外の安全が確認されるまでは地下街内で待機すること。
そのような旨が放送で伝えられる。
職員用の大部屋のほか、幾つかの飲食店が避難所に指定された。
人々は先導員の指示に沿って流れていく。
- 121 名前:第二話 ACT3 吸血姫の回想 投稿日:2001年06月22日(金)17時12分31秒
- 彼女は無邪気に喜んでいた。微笑みすら浮かべていた。
正々堂々、コーヒーショップの片隅に居座る事ができるのだ。
雨宿りの時間分は留まる事が出来るだろう。
その店には適当に空席があった。
テーブル席について壁にもたれていると、
「あ、もったいないオバケだ」
見覚えのある幼児が彼女を指差していた。
「ねーちゃん、この人だよ。べんじょに服捨ててたの」
「ば、バカっ!」
走り寄った少女が幼児を小脇に抱き上げた。
「ねーちゃんが言ったんじゃんかぁよぉ、もったいないオバケが出るって」
空中で足をばたつかせる幼児を少女が両腕で押さえつける。
「弟がすみません」
「うわ、このねーちゃんおっぱいでけー」
上から彼女の服の隙間を覗き込んだ幼児が歓声を上げた。
「ひゃっ!」
あわてて自分を抱きしめるように胸元を隠す。
男の子というものは、この年頃から男の子なのだ。
湧き上がった複雑な感情に、そう理屈をつけてまとめて納得させる。
「こ……の、オオバカ!あっちでケーキでも食ってろ!」
避難所扱いされた飲食店では、各種メニューが無料で振舞われていた。
カウンターに幼児を追いやった少女は、所在なさげにその場に残っていた。
彼女と年齢はそう変わらない。
弟を威勢良く叱りつけた時とは異なる、頼りない困惑が顔に乗っていた。
これが少女の本質なのだろうと彼女は評価した。
口を開きかけた少女を見て、彼女はさしさわりの無い謝罪の言葉を想像する。
だが少女は。
「えーと……その、なにか食べます?もらってきますけど?」
初めてのデートの誘いのように、おどおど言ったのだった。
- 122 名前:第二話 ACT3 吸血姫の回想 投稿日:2001年06月22日(金)17時13分34秒
- 不安を抱えた者同士だったからだろう。
初対面の気まずさも、平時のそれより幾らかましなものだった。
同じテーブルについて暖かいものを口にする。
「怖いよね――」
「怖いね……」
もちろん彼女の不安と少女の不安は、全く別の物だったのだが。
「オバケって苦手なんだよ。早く終わってくれないかな――」
「オバケと因子覚醒者は違うと思うけど」
「とにかく訳のわかんなくて不気味なものは、だめ。降参」
少女が肩を下げて、情けなくため息をつく。
「突然キレてさ、バケモノに変身するんでしょ?マジで怖いよ」
それが一般人の見解だった。
「そういう可能性のある人はさ、わかりやすいバッチでもつけてくれればいいのになぁ」
「……ホンキで言ってるの?」
「わかりやすくっていいじゃん。シルバーシートみたいにさ優先席とかつくって」
「それ、ゼンゼン違うよ――」
「そっか」
少女は笑う。
「ばけモンなんか好きな人いるわけないよね?」
「そうだよね」
彼女はうっすら笑う。
身の危機を呼びかねない余計な一言。
止められないぐらいに疲れていた。
「私、わかりやすいバッチ買ってくるね」
目を丸くする少女を置いて、店から出た。
――他にも休憩場所はある。
- 123 名前:第二話 ACT3 吸血姫の回想 投稿日:2001年06月22日(金)17時14分34秒
- 唐突に明かりが消えた。
悲鳴が起きた。
甘味屋に、人々の胃を痛める類の鋭角な緊迫が立ち込める。
静かな闇が続くうちに、波音じみたざわめきだけになった。
彼女だけが安らかな暗がりに落ち着きを感じていた。
死の冷たさも生の重みも、まだ隠されたままの地区の中。
目覚めた者が動き出した。
- 124 名前:第二話 ACT3 吸血姫の回想 投稿日:2001年06月22日(金)17時15分44秒
- <次章 ”小悪魔の悪夢” に続く>
- 125 名前:ななしさん 投稿日:2001年06月22日(金)17時21分44秒
- いきなり雰囲気が変わりましたが。
>>113
誉めていただいた矢先の路線転換ですみません。
>>114
- 126 名前:ななしさん 投稿日:2001年06月22日(金)17時30分10秒
- 新しいミニキーボードに慣れないので先日よりミス連発しています。
毎回これでは謝罪に説得力がありませんが……ごめんなさい。
>>113 続き
ごちゃ混ぜ雰囲気の話が大好きなのです。
その上根がいい加減なんで、この話の雰囲気もコロコロ変わると思います。
>>114
吸血”姫”はどこかで目にしたものでして、使ってみました。
他にも「吸血”貴”族」ともあったような。
- 127 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月23日(土)01時06分45秒
- >>126
「吸血姫 美夕」というマンガがありましたけど。
それとは別かな?
何はともあれ、続きに期待。
- 128 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月24日(日)02時17分45秒
- 一粒で○度おいしい。(w
楽しみにしてます。
- 129 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)00時19分52秒
- ぴょん。ひゅー、すとん。ちゃ。
辻と加護の軽やかな降下を表すと、こんな感じだ。
遅れて穴に飛び込んできた吉澤。
「よっと――」
柵に片手を乗せて飛び越える、ヤンチャでワイルドなスター。
そんな風にカッコよく飛び込みを決めたのも束の間。
予想外の高さに泡食った吉澤は空中で犬掻きを始めた。
大きく崩れた体勢からバタバタあがいて、なんとか一回転。
そのまま猫のように手足を使って着地するのかと思えば、
回りすぎて背中からバタンと落ちた。
面白すぎて、声も出せない加護と辻。
「ってぇ……高っけーんだよ!」
穴の底で大の字になったまま、吉澤は天井相手にツッコミをいれた。
――天然や。
――天然だよ。
苦々しい素振りで立ち上がる吉澤に、辻加護は、ほぅ、と感嘆の息をつく。
- 130 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)00時20分56秒
- 二組は十メートルほど離れて向かい合っていた。
吉澤は渋い顔つきのまま、ぐるりと穴の世界を見回している。
この場所で起きた出来事を思い出しているのだろうか。
自分たちのことはまるっきり覚えていないくせに。
ナニを思い出しているというのか。
修学旅行で戦地観光に来たような醒めた目をしている吉澤が勘に触った。
胸のうちで罵倒する。
(コイツ、ドコまで勝手なドタマしとんねん)
メラメラ燃える加護とは対照的に、冷たく目を細めている吉澤の感情は読めない。
片足に重心を乗せた崩れた立ち方。静かで凛とした気を漂わせている。
(なんや、こうしてると美人さんなんや――)
加護の記憶の吉澤は、ぐちゃぐちゃでめちゃめちゃだった。
思い出しただけでムカっ腹がたった。
あの時の痛い思いは、キッチリ利息つけて倍返ししてやるつもりだった。
- 131 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)00時21分47秒
- 「ののちゃん。けっちょんけっちょんにしてやろーね」
加護がコソコソと辻に耳打ちする。
「んー。でも、あんまりひどいの、やめよーよ」
治りかけの傷がカユいのか、辻は肩をぽりぽり掻いた。
Tシャツの中で剥がれてしまったアンパンマンのバンソウコをじーっと見て。
「よっすぃー面白いし、やさしいよ」
バンソウコを丸めてポケットにしまった。
「ダメやぁ。ホンキで行かなぁー」
加護の言葉に頻繁に混ざる関西弁。
『命令系統に乱れが出る。乱れは士気の低下に繋がる』
上にうるさいオジサンがいるので、標準語に直されている最中だった。
そんな加護が使う標準語は、イントネーションが著しくおかしい。
結局何をどのようにしゃべっても、標準語には程遠いモノになっている。
「うちとののは、よっすぃの先輩やん?せやからぁ、勝たなあかん」
加護は『ふざけたマジ顔』を作る。
「だからぁ、今回だけはぁ、ゼンカイバリバリのぉ、けちょんけちょんにしよ?」
むーむーと辻はうなっていたが
「――うん。今回だけは、けちょんでいいよ」
「あのぉ。――そろそろいいですかね?」
吉澤の低くてよく通る声が二人の密談を終わらせた。
- 132 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)00時23分30秒
- 天然で美人さんで凛としてぐちゃめちゃのけちょん。
ナニがナンデモ絶対に泣かせてやるんや、と加護は関西弁で強く思った。
「そうですねぇ。……でも、よっすぃー。ほら、上ぇ?」
加護が天井の大穴を指差せば
「あーん?」
怪訝そうに上を向く吉澤。
絶対、あっち向いてホイが弱いに違いない。
(うわぁ、よっすぃー。素敵やぁ)
吉澤の黒目が完全にてっぺんに寄ったのを見計らって。
加護は辻の手を握り、すぃと吉澤の背中側へと空間を渡った。
- 133 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)00時24分31秒
- ――過去。
加護は辻の手を握り、ズザザーっと地下街の奥深くを目指して空間を渡った。
かくん。
膝が折れた加護を、あわてて辻が抱きとめる。
「あいぼん?」「んー、大丈夫ー」
本当は、めっちゃ疲れた。距離が深いちゅーねん。ギリギリや。
軽く目頭を押さえて、指示された壁を探った。
「のの、この辺」「へいっ」
辻が壁を拳で叩き割って、穴を開ける。
壁の中を走っている金属パイプに、通信機から引き出したコードを貼り付けた。
加護が、かける。辻はピタっと引っ付いて一緒にマイク部分を共有する。
地上司令部テントへのホットラインが繋がった。
「なかざぁーさん?加護でぇす?」「辻でぇす」
- 134 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)00時25分49秒
- 【チビっこ、着いたん?】
【な――。おい、ほんとに消えたぞ。ちち、地下にいるのか?】
(うるさいの、いおるで)(やだなぁ、まだいるよー)
加護と辻が表情で話し合う。
うるさいオジサン。厚生省のお役人様。
ヤマザキのだみ声が勝手に流れてくる。
【なんだ、これならあの子供を使ってバンバン技術者を地下街に運ばせればすむことじゃないのか?】
【和田さんの資料読んでへんのですか?加護は生きてるモン運べません】
【しかしもう一人の子供が――】
【辻は特別です。資料読んどってください。おい、加護辻、あたりはどんな感じ?】
「加護です。暗いです。映画館みたいです」
「辻です。じめじめしてます。なめくじみたいです」
【アホ。そーいうことやないやろ】
中澤の苦笑。
【まぁええわ。加護辻が無事に元気そうなん、わかればええし】
「あのぉ、辻です。飯田さんはー、無事に元気ですか?」
【はいはい。キミの大好きな飯田さんはこっちでバケモン相手に頑張ってますよ】
えへへへー、と傍から見ているだけで幸せが伝染りそうな笑顔をする辻。
【キミも負けんとキバって――キバるほどのモンでもないやな。
はよ言われた事ちゃっちゃかやって、戻ってき?】
「あの、なかざぁーさん?加護も聞きたい事ありまぁす」
【なんや?キミでも先生の戦いっぷりが気になるんか?】
「加護の師匠はぁ、寝てても死にませぇんから平気でぇす」
【なんや訳わからんなぁー。で、ナニ聞きたいん?】
「ここの電気が切れちゃって、連絡取れなくなってからぁ一時間ぐらい経ってるんですよねぇ?」
- 135 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)00時27分59秒
- 『ダーウィン革命21世紀救世軍』と名乗る因子覚醒者六名による暴動から二時間。
あーあ。イライラしている時に何かがキちゃったんだな。春だから。
そんな状況背景が伺えるようなネーミングの集団だったが、
『やっちゃった』じゃすまない被害を出し続けていた。
象みたいなネズミとか、肉食っぽい馬とか、
グネグネした透明な電信柱とか、巨大化したり霧散したりする極楽鳥とか。
そういうモノがビルに突っ込んで、ピザの斜塔みたいに傾がせてみたり、
駐車場の車をもしゃもしゃ食べたりしている情景を考えると
この惨状が想像できるかもしれない。
夜のビジネス街であること。
暴風雨で外に出歩く人がいなかったこと。
奇跡的な条件が重なり、幸い被害者は出ていない。
だが、各種設備がめちゃくちゃに破壊されていた。
その影響の一つが、この地区の地下に広がる地下街との断絶だった。
暴動のために出入り口に下ろされたシャッターが開かない。電話が通じない。
地下街が隔離されてから、おおよそ一時間が経過していた。
- 136 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)00時28分42秒
- 辻と加護の仕事。
加護の力で閉ざされた地下空間に飛ぶ。辻がサポート、怪力を生かした力仕事。
そして、
『大丈夫ですかー?こっちは大丈夫ですよー。通信機もってきましたー。
もうちょっとだけ、頑張るのだぴょーん』
当人達は、この台詞で職員にファーストコンタククトを取ろうと打ち合わせ済みである。
辻加護の二人は、はた迷惑でお気楽極楽な伝令役だった。
- 137 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)00時30分05秒
- 【地下街と音信不通になって、一時間十二分たってるね。それがどないしたん?】
「加護はぁ、こんな静かで真っ暗なトコに一時間もいたらスッゴク怖いですぅ」
加護は思いついたことを口にしただけである。
だが、中澤は重く黙りこくった。
その分、バックのだみ声がうるさく響く。
――なにをバカ言ってるんだ!俺がお前位のときはなぁ、墓場で一人一晩――
【加護。その場所はそんなに避難場から離れてないはずなんやけど、誰かの人気は感じる?】
「加護には、そー言うのわかりませぇん。でも、静かすぎて怖いですぅ」
――怖い怖いとなんだ、大体バケモンの分際で怖いもへったくれも――
【ヤマザキさん。辻加護戻していいですか?】
地上にいる中澤の、真剣すぎるコワい顔が見えるようだった。
加護と辻は顔を見合わせる。
どういうこと?
【ナニいっとるんだよキミは】
【路に穴開けたらええやないですか。浅い所ガツンと開けましょ。シャッター壊しましょ。
こういうコトは先手とっといて損ないです】
一気にまくし立てる中澤から、得体の知れない怖さを感じた。
同様に感じているのか、辻から手を強く握られる。
- 138 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)00時33分54秒
- 【バカなこというな。ただの伝言ごときで公道に穴なんか開けられんよ。
シャッターの方はとっくの昔に技術者がむかっとる】
【技術者なんかカッタルイこと言わんと、ランチャーかなんかでふっ飛ばしたらええやないですか】
【街中でランチャーの使用許可なんて下りるか。だからお前等がいるんだろう?】
ロクな支援環境も与えないでもバケモノと渡り合わせる。不都合が起きたら契約を切るだけ。
幾人ものハンターを統括している中澤は、厚生省のやり口を誰よりもよくわかっている。
だからこそ。
中澤が留め役をしてハンター達を守らなければならなかった。
【――矢口ともう一人。ウチの知り合い呼びますよ。それは認めたってください】
【勝手にしろ。人が増えても、出る金は増えんぞ】
【勝手にさせてもらいますわ――。辻加護。聞いとる?】
「――はぃぃ……」「――なに……」
【今のはみーんなウチの勘や。なんの根拠もあらへん。
――だから、あんたらは仕事を続けなアカン。……わかる?】
辻も加護もわかっているし、知っている。
中澤の勘は良くあたるのだ。
「はい……」「わかります……」
【でもええか。怖いもん見たら、すぐ逃げるんや。絶対やで】
加護は中澤以外の何かにむかってツッコンだ。
怖いもんって、なんやねん。
- 139 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)00時40分19秒
- 加護が教育係から学んだ(唯一にして)最大のことは、平常心だった。
(感情を殺すんじゃなくってぇ……余計な気を抜く?って感じかなぁ。
人間、気持ちは大事だから、気持ちを殺すのはよくないと思うよ。うん)
必要な気まで抜ききった観のある教育係は、言葉足らずに教えてくれた。
加護はその真意を探って、あちこちの先輩に聞きまくった。
・世界を俯瞰する自分。
・感情の核になる自分。
→同時に起動させてメッセージを送り合う。
・その交流密度を調節する。
=全体的な自分のバランスを確保する。
ややこしい説明をする明日香さんに、ひっしと喰らいついてわからせてもらった。
これを加護流に語れば一言。
――なんや、一人漫才やん。
と、いうことになる。
- 140 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)00時42分27秒
- 所々で非常灯がボンヤリ光るだけの地下街。
光量不足なその場所も、辻加護の目を通せばクッキリした情景を確認することができる。
数分も移動するうちに辺りは怖いものだらけになっていた。
人のなれの果てとか人の部品とか人の材料とか、もしかして人?とか。
加護は怯えている自分のすぐ脇に、リアリストのツッコミ役を配置して理性を調節した。
そしてその加護の手を握っている辻。
辻は簡単にパニクった。
辻が走った。
手を引かれて加護は、旗のようにパタパタ宙に浮いた。
何かにつまづいた。
数メートル飛ぶ辻。
辻の腕の長さ分。遠心力で更に数メートル先に飛ばされた加護。
「なんやこらぁ!」
加護が振り返ると、黄色のTシャツの少女が道端に倒れこんでいた。
生存者?
その少女はぐたりと起き上がると、壁際に寄ってしゃがみこんだ。
その壁の割れ目からは、水がぴゅーっと弧を描いて吹き出ている。
黄色のTシャツの少女は空ろな目をしていた
喉からひょろひょろひょろと音を漏らしていた。
そうして集めて山積みにしたらしい、子供の首を一つ一つ掴んで、水で洗っては眺めていた。
「ひ、やぁぁぁ……」
辻が加護の襟を引っつかんで駆ける。
- 141 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)00時43分57秒
- 止まれとまれのの止まってお願いやからとまれっちゅーねんしばくぞこらぁ!
いやいあやああいいらさんやーやーあいぼんあいあいあいあー
体力に溢れる辻。
シングルCD一曲分の時間をノンストップで駆け回る。
- 142 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)00時47分13秒
- 辻がけつまづいた。
辻が飛ぶ。加護も飛ぶ。世界はびゅんびゅん飛びまくる。
こんどはなんやねん。
加護が頭を押さえて道程を振り返れば、またもや黄色のTシャツが転がっている。
どうも同じようなところをぐるりと回っていたらしい。
和食店の前だった。
その店の制服らしい、浅黄の浴衣を着たスキンヘッドの中年が入り口の戸に寄りかかって座っていた。
竹箒を後生大事に抱えている枯れた中年に、黄色Tシャツは機械的に話しかけている。
弟を探してるんです。お嬢さんお出かけですか。
弟はどこで手に入りますか。いい天気ですね。
弟は必要ですか。傘はいらないでしょうね。
弟はいくらですか。へへへれれれへれれ。
辻は目に一杯涙を溜めて、首をふるふる横に振っていた。
加護も頭を振る。
なんで一時間でここまで街と人が壊れるんや。
「ふぁあああああ!」
突然、人ではない声で黄色のTシャツが吠えた。
辻が壊れた。
加護は再び風に流される旗になる。
- 143 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)00時52分51秒
- そして、つまづく辻。
まったくぅ、ののちゃんはおっちょこちょいさんやからぁー。
と、心でボケが出る加護。
そして後ろにはやっぱり黄色のTシャツが寝そべっている。
背中には竹箒が斜めに結ばれていた。
(また黄Tかい!アンタは吉本新喜劇かっ、ネタがベタベタやん!
その竹箒はなんやねん!ちゃんばら好きのアホな小学生かっ!)
ツッコミ所はまだまだあったが、不審映像を捕らえて加護の思考は止められる。
黄Tは、背を丸めてかがみこみ、何かをもしゃもしゃ口にしていた。
――とてつもなく、嫌な雰囲気が漂っていた。
それはアカン。人としてアカン。頼むからソレだけは堪忍――
見てはいけないと思いつつも、黄色Tシャツの手に握られた黒っぽくべたついた塊の正体を
確認せずにはいられなかった。
加護は――
「チョコパンかい!」
ジャンプして黄Tの後頭部を足蹴にした。
(どうせ反応せえへんやろ。むなしいわ……)
加護がため息をつくと、
「――弟を、みませんでしたか?青いシャツの小さな男の子です」
加護の方を見た目の焦点は相変わらず空ろだったが、言葉は明瞭だった。
- 144 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)00時54分34秒
- 「いったいぃ、ナニがぁ、あったんですかぁ?」
「よくわかりません。電気が消えて……気がついたら、人がいっぱい――」
そこで、ぐびっとのどを鳴らして、黄Tは口に栓をするように手にした残りのパンを押し込んだ。
むぐむぐと苦しそうに嚥下して、
「弟を探さないといけないんです。弟を見ませんで」
「だからぁ、見てませんってぇ」
「ワンとなきます。しかも三回」
「わからんちゅーねん」
「弟が……ぁぁあ」
チョコと赤黒い粘液で汚れた手で髪を掻き毟って
「ああああああ――!」
獣のように咆哮する黄T。
「ふわぁぁぁぁー!」
両手をパタパタ羽ばたかせる辻。
「もう、ののまでパニクんなやぁ……」
やっとのことで暴走特急から下車できた加護は、落ち着いて一考する。
存分に怖いものは堪能した。
中澤が言っていたとおり、すぐに飛んで帰るのがいいのだろう。
――でも、この姉ちゃんはどないしたらええんやろうか。
加護はごくまれな例外――因子や遺伝子の相性の問題らしい。
それを除いて、命を運んで『飛べ』ない。
黄Tを連れて飛ぶのは、死体袋を持っていくようなものだった。
- 145 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)01時00分20秒
- 無駄と思いつつ、話し掛けた。
「あのぉ、弟さん、探してもぉムダ……今は無理だと思うんですよぉ。
しばらくの間ぁ、どこかに……コソっとですねぇ、
隠れていてくれませんかぁ?」
「弟は無駄なんです。弟を見ませんでしたか」
ダメや。
気色わるい無表情の黄Tをみてため息をつく。
顔に撒かれた粘液の上に、様々なゴミがくっついている。
入念にペインティングされた原住民のようだった。
辻がその顔をこわごわ眺め、
「あいぼーん」
「なん?」
「この人の、これー」
黄Tの全身を指差す。肩から下。引っ掛けられたような赤黒い粘液。
これだけ動けていることから察するに、当人のモノではないだろう。
「血だよねぇー?」
「そりゃ、そうやろうねぇ」
これがケチャップだったら黄Tをツッコミ殺す。
「ヘンだよ?」
辻が口をむーと結んで、首をひねった。
「この人もこの辺も血だらけなのに、ヘンな匂いがしないよ?」
- 146 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)01時02分00秒
- ぱくん、とピコピコハンマーで頭を叩かれた気分だった。
ロボットみたいに几帳面なバカっ面をさらしている黄T。
その首根っこに手を回して頭を下げさせた。
両耳を掴んで顔を引き寄せたら、いきなりガバっと力強く抱きしめられる。
「ぬにゅ、にゅー!ぼげぇー!」
両手を突っ張って伸ばして、それでも力足りず。
腹に数発。軽い膝蹴りを入れてグッタリした黄Tを引っぺがす。
床に引っくり返った黄Tは、ひどく悲しそうにへの字口のハの字眉に顔をゆがめた。
喉からひょろひょろ変な音を出す。
胸がちくちくした加護は、黄色Tシャツ血まみれのお姉ちゃんから目をそらした。
「なんも、匂わないねぇ」
床にぼそりと呟く。
黄Tの暖かい体も、自分の体にベットリつけられた粘着液も。
血もパンもチョコも、匂いがしない。
辻は床に出来ていた人の泥溜まりに恐々近づいた。
頭を下げて鼻を突き出し、匂いを嗅ぎ取ろうとした。
「匂わない――よ?」
何か理由があるはずだ。
とはいえ、辻加護にとっては『だからどうした』というレベルからは、なかなか進まない。
- 147 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)01時04分45秒
- 「あいぼん、これって――ユメなの?」
「そんなん――」
否定しかけて、戸惑う。
このヘンな感じはなんなのだろう。
匂いがしない。唾の沸く感じがしない。全身がふわふわして、手先の感覚がなくなっていた。
あわててほっぺをつねる。痛くない。
辻のほっぺもつねってみる。
「いひゃくない」
辻。
更に動揺して指を強く噛む。血が出る。痛みも味も匂いも――
「……おかしいなぁ」「おかしいよぉ……」
そう不安がっても、何がおかしいのかまではたどり着けなかった。
加護は後悔する。もっと勉強しとくんやった。
こんなとき師匠やったら――
意識修正。
明日香さんや矢口さんあたりやったら、いろんなこと思いついてるやないやろか。
- 148 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)01時06分44秒
- 加護が黄Tシャツ取り扱い問題をカンペキにうっちゃって
感覚異常の原因を叩きだそうと頭を悩ませている時。
加護と辻の悪夢が始まる。
手を繋いだ辻と加護の間を重い塊が猛スピードで突き抜けた。
遅れて、轟、と強風が捲く。
辻と加護の並びの内側。
つま先と手が仲良く一つずつ失われていた。
いつでも一対で行動してきた二人が左右にゆっくり割れて、ぺたんと尻もちをつく。
自分と辻との判別がつかない絶叫。
- 149 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)01時07分55秒
- 手首のホースから勢い良く吹き出す鮮血。
生々しいビジョンが、否応ない死の力を語りきっていた。
目前で流れる命を留めることしか頭に浮かばない。
残った手を傷にあてがい、祈るように握りこむ。
足の方を押さえるには『手が足りない』。
大型バイクサイズのだんご虫型蒸気機関車は、辻加護の壁をぶち抜いて
数十メートル過ぎた辺りで減速した。
ブレーキは間に合わない。突き当たりの店舗に突っ込んで停止する。
かしゃかしゃかしゃと多足を器用に扱って、節々を曲げて180度の方向転換。
泣き叫ぶ子供と狂人の群れに向けて、銀色の三つ目をテラテラ光らせた。
プシューと黄色い煙を節々の隙間から吐く。
- 150 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)01時10分24秒
- 無事な方の足首をつかまれて、ぶうんと放りだされた。
大またを開いたカッコわるい姿。
足を扇風機の羽みたいに回して横転して壁にぶつかる。
「ふわぁつ!」
隣りに辻。同じ形で同じ様に転がされ、同じタイミングで衝突音を立てる。
「なん――」
竹箒の柄を肩から覗かせた彼女が、虫に完全に背に向けて辻と加護だけを見ていた。
二人を見ながら、嬉しそうに笑った。
斜め横から突進してきた虫に引っかけられた黄色Tシャツは
紙人形のように吹っ飛んで、下り階段の奥へ消えた。
- 151 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)01時11分33秒
- 動き出した辻の肩を、加護が押さえて引いた。
振り返る辻。
疑問符と小さな否定の目。
加護はその上にもっと大きな否定を叩きつけて、辻の意思をねじ伏せた。
辻の目がイヤがっている。
確実に。
十三年間の人生で、一番賢くて冷静で最低最悪の選択だった。
全てが憎らしかった。
諸悪の根源の虫のバケモノも、勝手に動く黄色Tシャツも、率直な目で批判する辻も、
――人を見捨てる道を選べる自分が。
加護は辻の腕を捕まえて、空気を砕くように泣き叫んだ。
「飛ぶよぉ!」
- 152 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)01時13分30秒
- ――そして現在。
加護と辻は天井を見上げている吉澤の背中、斜め上のポジションに現れた。
(とりあえず、ののの噛まれた右肩かなぁ)
そこをチラっと見て、ぽん、と気軽に手を置く。
「――っ?」
吉澤がぎくっと震えた。
よっぽど意外だったのか、首だけでしか振り返りきれない。
「はい、飛びますっ飛びまぁす!」
吉澤の肩の肉をごっそり掴んで、辻と加護は空間を飛んだ。
- 153 名前:第二話 ACT4 小悪魔の悪夢 投稿日:2001年06月25日(月)01時16分30秒
- <次章 ”小鬼の戦記” に続く>
- 154 名前:ななしさん 投稿日:2001年06月25日(月)01時26分07秒
- >>127
「吸血姫 美夕」は”姫”だったのですね。
指摘されるまで忘れてましたが、確かに知っています。
それとは別に、少年・青年マンガか小説辺りで見かけた気もするんですよ。
>>128
「何かヘンなもの入れたでしょ」
などとならないと良いのですが。
気をつけながら好き放題にやらせていただきます。
- 155 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月25日(月)22時00分51秒
- 読むマンガっすね
おもろいよ!
- 156 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月26日(火)21時07分42秒
- ぐっちゃぐっちゃのもつ鍋状態が好きです。
時間軸の移動ってすっごく刺激的なんで楽しく読んでます。
- 157 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月28日(木)01時41分50秒
- こういうリズム感のある文章好きです。
最初は急に話が飛ぶからちょっと読みにくいな、なんて思ってたけど
今はもうハマりまくり。更新すげー楽しみにしてます。
- 158 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月29日(金)01時52分00秒
- 待ちきれないっす・・・
辻のパニくり振りがかわいいな。
- 159 名前:ななしさん報告 投稿日:2001年06月29日(金)07時24分47秒
- 次回アップ予定分の下書き(勢いダケの覚え書き)は終わったのですが、
それを上手く纏められなくて、てこずってます。
今晩〜明日の朝辺りにはアップできるようにしたいと思います。
- 160 名前:名無しさん。 投稿日:2001年06月30日(土)01時07分20秒
お待ちしております。
- 161 名前:: 第二話 ACT5 小鬼の戦記 投稿日:2001年06月30日(土)01時36分32秒
- 吉澤と加護辻たちが
昨今なにかと問題になっている、ブチキレ少年レベルの
血飛び肉も飛ぶアブナイケンカをしている穴の底。
そこは、一ヶ月前にバケモノが駆け回った地下街がそのままにされていた。
天井も通路側もオープンカフェになってしまった薬局がある。
かと思えば、掃除をすれば明日からも店が開けそうな洋品店もある。
限られた空間を効率よく利用できるように
店舗が配置された地下街。
ゆったり動けるスペースは、通路部にちょこっと考慮されてるだけ。
闇討ち、滅多斬りするならばともかくも、
正々堂々としたケンカをするのには、やや手狭な場所のように見える。
だが、ハンター達は二次元の動きに囚われない。
辻と加護は、吉澤の上方の通風孔に身を潜んでいた。
チューブに潜って遊ぶハムスターのように、みっちり身を寄せ合っている。
- 162 名前:第二話 ACT5 小鬼の戦記 投稿日:2001年06月30日(土)01時37分47秒
- 「……あいぼーん」
辻はとっても不本意だった。
吉澤の右肩肉をむしりとった加護を、恨みがましく感じていた。
いっぱい血が出たのを見て。
よっすぃーがすっごい声で叫んでたのを聞いて。
昼寝中のネコのおなかをむにっと踏んじゃったような。
そんなヤな気分になっていた。
あんなのやりすぎだよぉー。
と、加護に訴えようとしたのだが
「ふあぁー。つかみすぎたぁ……」
加護は黒いTシャツの切れ端と肉片を大慌てで投げ捨てた。
「……ちょっとずつ、ケガさせるつもりだったんにぃー。
……うわぁー、どないしょぅー、ののー」
怖気づいたふうに辻を見て、
後悔いっぱいの目で血に濡れた右手を見て、
おろおろしながら吉澤の様子を見ようと、通風孔からひょこっと顔を出す。
そんな加護に安堵して、辻の文句は引っ込んでしまった。
ノリがよくてしっかりモノの年下の『あいぼー』のコトが
――本当に時々なのだけど。
とてもコワく見えるときがあるのだ。
そんなコワいところもひっくるめて、『あいぼー』だけど、
でもやっぱり、あいぼんはやさしい方がずっといい。
辻は加護にくっついて、四角い通風孔から一緒に吉澤を見下ろした。
- 163 名前:第二話 ACT5 小鬼の戦記 投稿日:2001年06月30日(土)01時40分36秒
- 一ヶ月前に辻加護が出会った狂人が上げた獣の咆哮。
それとまったく同じ音色で吉澤は一声長く吠えた。
右肩を押さえて、ひざまずいて。
やられっぱなしの獲物では終わらない。
そんな因縁のコモった低音で、物騒な風に唸りつづける。
「ちっくしょぉ、やぐっさんが訓練だっつってんだろぉ!チビぃ!出てこいよぉ!」
吉澤のずっしり響く怒声が湿っぽい空気を震わせた。
共振するように、辻もぷるっと身を震わせる。
梨華ちゃんがキバを出したときもコワかったけど、
唸ってるよっすぃーも同じぐらいコワい。
チビぃ!ってやっぱり辻もだよねそうだよね。
あいぼんのリードにノッてるんだからしょうがないよね。
――でも、さいしょにやめよって言ったのにぃ。
辻はしぶしぶ自分を納得させた。
それでも恨めしそうな目になってしまい、加護を見ると
「なんで泣かんでキレるんですかぁ……」
加護は頭を抱えていた。
「よっすいーって、なんか、あいぼんに似てるところあるし……」
「にてへんって。あんなんとドコがにとんねんー」
キレるとコワい優しい相棒は、真顔でツーンと否定する。
「こーなったら意地や。よっすぃーをゼッタイぃ、泣かすかんねぇ」
気を取り直したようにエセ標準語で宣言すると、
ねっ!と勢い込んで辻の肯定を待つ加護。
どりゃー!どっすーん!であー!
と、よくわからない雄たけびを上げて、
膝を高く上げる不良キックで、その辺の物を蹴散らしている吉澤。
辻一人だけ、気分がヘタっていた。
(早くかえって夕ご飯食べたいなぁ。)
心で泣く泣く加護に同意しながら、頭はほかほかご飯のコトで一杯だった。
- 164 名前:第二話 ACT5 小鬼の戦記 投稿日:2001年06月30日(土)01時43分18秒
- 双方に武器類の持ち合わせはないわけで。
基本的に体と体で語り合うしかないわけで。
吉澤の真上に飛んだ辻加護は、四つの足で吉澤の頭を力いっぱい踏みつけた。
カエルのようにぺしゃんと潰れた吉澤。
カエルのように両手両足を使ってぴょこんと真上に跳ね上がる。
キリリとした立ち姿をして、辻加護を睨みつける。
かっこ悪いカエルから魔法のように一瞬で、ビシっと決まったヒーローに変身する。
コミックムービーのようにハネ回る吉澤の動きで、
辻はスカッと罪悪感を忘れてしまった。
目を見開いて吉澤を上から下までじっくり観察して、ほへーと感心する。
「やっぱりよっすぃー、面白いねぇ」
「……面白いけどぉ――」
加護が、はぁぁー、とワザとらしい呆れ顔でため息を吐いて、横に首を振る。
アメリカンに肩をすくめて、ハハーンとか言って。
こめかみを指先でトントン叩くポーズまでしてみせた。
「ちょっと、ヨワすぎかもぉー……」
そんな二人の暴言を耳にしている吉澤さん。
カッとキレかけたりマァマァと押さえたりコノ野郎と激昂したりイヤまてまてと思い直したり。
様々な感情の渦に奔流されて、表情がちっとも一定しない。
顔中のアチコチをピクピク痙攣させている。
「――おまえらなぁ」
あどけない子供らの姿を目前にして、理性が勝利を治めたらしい。
一見クールな眉と目元と口元。
でも目のど真ん中には消しきれないマジな炎がメラメラ。
熱寒の温度差で無意識に周囲を恫喝する。
「やっていいことと悪いことってモンがあんでしょ?
『コレ』は訓練としてはやりすぎだっつーんだよ!」
ライオンに噛みつかれたようになった、ワイルドな右肩を指し示す。
右腕は、だらんと垂れ下げているだけ。
肩周りの肉をアレだけ取られては、
回復するまで腕は使い物にならないだろう。
辻はギザギザ毛羽立って痛そうな傷口から目をそらし、鼻歌を歌ってごまかした。
そして加護。
「はぁ?なぁにいってるんですかぁ?
よっすぃーはバケモンが手加減してくれるってぇ、思ってるんですかぁ?」
徹底抗戦の覚悟を決めた加護は『チャンスやん』とほくそ笑むぐらいの
勢いで開き直っている。
- 165 名前:第二話 ACT5 小鬼の戦記 投稿日:2001年06月30日(土)01時45分06秒
- 「あーあーあぁ!そうですかっ!」
吉澤の顔が真っ赤になった。
「あたしは、あんたたちをバケモン扱いしていいワケだ!」
「やれるもんならぁ、やってみぃーやぁ」
へへヘーンとパーカッション付きで挑発する加護。
その加護から、ぽんと右に押し出された。
それだけで、辻は加護のやりたいコトを理解する。
「ほぉら、わぁーぷしちゃうよぉ?」
左手を高々と上げて宣言する加護が消える前から、辻は右に走りだしていた。
吉澤の目が右に左に揺れ動く。
吉澤は左からの加護のスライディングで転びかけ、
右の辻から両手を組んだフルスイングを腹にもらってぶっ飛んだ。
- 166 名前:第二話 ACT5 小鬼の戦記 投稿日:2001年06月30日(土)01時49分11秒
- ――さて、ココでお話はがらりと変わるのだが。
『ウィザードリィ』というコンピューターゲームをご存知だろうか?
ぶっちゃけていえば、戦士が迷宮に潜ってバケモノをぶった切るゲームだ。
その迷宮は深く複雑なモノなので、移動するのが大変だ。
そこで、ゲームの中には便利な魔法が用意されている。
迷宮内の座標を指定して、ワープすることが出来るのだ。
これを上手に使えば、どこでも一瞬でたどり着くことが出来る。
便利だ。
だが、いい加減な気持ちで乱用するとトンデモないことになる。
たとえば迷宮の遥か彼方の雲の上に飛んでみる。
遠いお空に行ってしまえば、あとは重力に導かれて墜落死。
たとえば迷宮の分厚い壁の中心に飛んでみる。
壁にムリヤリ身を挟んでしまえば、この世に二度と戻ってこれない完全消滅。
地下街迷宮を探索していた辻と加護。
虫のバケモノに襲われて、わやくちゃの頭でワープした加護は『壁の中にいる』。
ほんの僅かな位置関係の差で助かった辻は、壁の前でしゃくりあげていた。
- 167 名前:第二話 ACT5 小鬼の戦記 投稿日:2001年06月30日(土)01時52分36秒
- それでも加護は生きていた。
右肩から上。顔半分。
斜めに切り取ったように壁の外に出している。
そこから飛ぶコトはおろか、満足に呼吸も出来ないらしい。
苦痛に満ちた表情で、静かに肌を紫に変えてゆく。
「あいちゃーん、あいちゃーん」
辻は大きなカブを抜くように、壁から出ている腕をめいっぱい引っ張ってみた。
加護の眉間に幾重ものシワが寄り、腕がスッポ抜けそうな手ごたえを感じて中止。
「いま、カベこわすかんね」
無傷の左拳で壁を砕こうと試みる。
あいかわらず手の感覚がなかったので、
シュッシュと宙に向けてジャブを繰り出してみる。
それで、いくらか力加減がつかめた。
加護の顔から拳二個分ほど離れた場所に狙いをつけて打つ。
速くて軽い辻のジャブは、加護の頬をスパーンとひっぱたいた。
ぐりんと白目をむいた加護。
その頬の肌がツーっと裂けて血が滲む。
「ぅ……しっぱい。ごめん。もいっかい」
加護はムラサキ顔を器用に青ざめさせた。
手をわたわた振って、辻の仕事を止めさせる。
「――あいぼーん」
涙でべちょべちょの辻の頭を、加護の右手がぺしっとハタいた。
加護は必死になって手を動かす。
親指を立てた拳を、上に突き上げる仕草。
人差し指と中指二本を揃えて立て、横に斬る仕草。
ぐじゅぐじゅと鼻をすすっていた辻だが、
加護に力強く腕を引っ張られてうなずいた。
辻は地上を目指して走り出す。
- 168 名前:第二話 ACT5 小鬼の戦記 投稿日:2001年06月30日(土)01時57分20秒
- ハンターレベルで評価すれば、辻は特別に敏捷ではない。
単純な直線運動にだけめっぽう強い、小回りの利かないロケットだ。
「とぁああああああー!」
つま先をめいっぱい使って、地面を掴んだ。
つま先をなくした方の足は、カカトを地面に引っ掛けて後ろにけっ飛ばす。
曲がり角に差し掛かるとぐぐっと体を斜めに傾ける。
倒れそうになる前に向かいの壁を蹴る。
壁の上に放物線を描きながら、三蹴り分走った。
三十メートルほど壁走りをして床に着地。
即座に蹴る。
泣きながら蹴る。
紫色の加護とコワい虫を思い出さないように、
腕をバタバタ振って大声でわめきながら突き進む。
ドコベン、と蹴った壁が変な音を立てた。
それで足を止めて振り返る。
壁ではないモノを蹴ったのだ。
それは出入り口を封鎖するシャッターだった。
この向こうに中澤さんや飯田さんたちがいて、
きっとあいぼんを助けてくれる。
そう思って辻はシャッターの前に立つ。
ここを壊せばみんなに会える。
だけれども、大暴れするバケモノのための防壁である。
いくら鬼のような怪力を出す因子持ちでも、
ちっちゃい子供のやらかい手なんかに破られてしまっては
イミがないのだ。
渾身の一撃は、辻の指の骨を砕いた。
- 169 名前:第二話 ACT5 小鬼の戦記 投稿日:2001年06月30日(土)01時59分18秒
- 加護がフ抜けた教育係から学んだことが『平常心』ならば、
辻が視野狭窄ギミの教育係から学んだことは『ド根性』だった。
辻はシャッターを叩き続けた。
無事だったハズの左拳も完全にひしゃげた。
短い方の腕は、もっと短くなった。
原因不明の感覚麻痺に陥っているため、痛みはない。
そのことが自傷行為に拍車をかける。
両手でシャッターを叩き壊している。
と、いうより、
両手をシャッターで叩いてミンチにしている。
と、表現した方がふさわしかった。
(でも、少しづつヘコんできている気がする。)
そう信じて、シャッターの上に血脂のペイントを重ねつづける。
幾百回は突き出して、先がペッタンコになった両腕をだらりと脇に下ろした。
荒い息を整えながら、おでこをシャッターに引っ付けて汗をなすりつける。
下を向いたそのままの姿勢で、数歩後退。
頭からシャッターに突進した。
衝撃で腰砕けになりかけたが、膝をグッっと踏ん張って留めて
「あとひゃっかーい!」
訓練中に教育係から飛ばされたゲキを叫んで勢いづけた。
百回終わったらもちろん
『まだまだ、あとひゃっかーい!』だ。
この時の辻は、感覚異常に加えて不安と出血で
おかしくなっていたのかもしれない。
幾度も頭突きを繰り返すうちに、目の前ぐらぐら揺れてきて
今が何回目なのかわからなくなってきた。
――そんなんしたら、ばかになるでー。なるでー。なるでー。
関西弁の幻聴。
加護か中澤か。どっちもいいそうなセリフだ。
(あいぼん、なかざわさん、辻はだいじょうぶですよー)
ほへーと夢見る目は、宙の中に大好きな人たちを見ていた。
辻はてへてへ笑って、
(がんばりまーっす!)
ごっちんと力いっぱいシャッターに額を打ち付けた。
それで、ようやく気を失った。
ずるずるシャッターに顔を擦り付けて、辻は床に崩れ落ちる。
優しいみんなを思いながら、ちょっとだけ眠る。
- 170 名前:第二話 ACT5 小鬼の戦記 投稿日:2001年06月30日(土)02時04分07秒
- <次章 ”子供達の戦傷” に続く>
- 171 名前:ななしさん 投稿日:2001年06月30日(土)03時04分59秒
- レスをつけて頂いた方、ありがとうございます。
土日があるので、次回更新は早いと思われます。
>>155
軽快なマンガのようなノリを出せるようにやろうと思ってます。
>>156
黄色Tシャツには、深い意味はありません(汗
>>157
自分自身、章立て構成の不都合さに四苦八苦してます。
せめて章の中で書いた文章は読みやすくなるように気を使ってみます。
>>158
せっかくのレレレが不器用でスミマセン。
>>160
お待たせいたしました(_)
- 172 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月01日(日)00時00分39秒
- 余裕たっぷりの現在の二人と、パニクっている過去の二人、
一粒で二度おいしい!!
- 173 名前:第二話 ACT5 子供達の戦傷 投稿日:2001年07月01日(日)17時29分10秒
- 気合の入った声が、辻の耳に飛び込んできた。
「起きなさいっ!辻さん?起きなさいってっ!」
ムチムチひんやりしたモノにほっぺたをナデくり回されて、口を開けた。
「むー、ゼリー?もういい――ねむい……」
「ほらっ、食い気あるぐらいピチピチ生きてるなら起きなさいよっ!」
まぶたをひんめくられた。
飛び込んできたのは、目のグリグリした猫の顔。
手足がぶっとくて、中型犬ぐらいのサイズの寅猫だった。
どうみたって、フツーの猫じゃない。
(んーと、こういうドーブツ、テレビで沖縄のことやってたときに見たような……)
猫は肉球で辻の両方のほっぺをグニグニこねて、イヒっと笑った。
「矢口、この子ちゃんと生きてるわよ」
「あたりまえじゃん。矢口だって死体のサーチなんてできないっつーの」
「ほら、早く救急箱とアタシの装備よこしてよ」
「わーってるってば。とっとこ持ってけぇ」
ネコが笑った。
ネコがしゃべった。
ネコが矢口さんの名前を言った。
辻は目をパチパチさせて上半身を起こした。
- 174 名前:第二話 ACT6 子供達の戦傷 投稿日:2001年07月01日(日)17時30分25秒
- シャッターの下を潜るように、小さな穴が開けられていた。
猫はその穴にぐいっと頭を突っ込んで、ゴソゴソ動いていた。
(そうだ、床をコワしたほうがよかったのかも。)
辻はカンタンな解決策を見せ付けられて、ボーゼンとする。
猫は白い布を咥え、引きずってきた。
布の山にもぐりこむと、
にょこっ、と手品のように布が膨張した。
シーツをかぶってオバケごっこ。
そんなシルエットが立ち上がる。
「――ほひー!」
辻は目を真ん丸くして、ぱかーんと口を開けっぱにする。
ネコが消えた。
代わりに肩に白上衣を引っ掛けただけの女性が現れた。
「こら、そこぉ。バケモン見たみたいにオドロくんじゃなーい」
女は襟元を合わせながら屈みこんで、
ぺたんと座っている辻のアゴを指で弾きあげた。
- 175 名前:第二話 ACT6 子供達の戦傷 投稿日:2001年07月01日(日)17時31分40秒
- 白袴をはき、和装を整えた女は、
「はい、手出して口あけてチクッとするわよ」
「うむむむむんぐーたっ!」
辻の両手を包帯でグルグル巻きにして、口の中に色々な錠剤を押し込んで
肩に細い注射を二本うつ。
手際よく処置を終えた女、はシャッターの方に戻ると
頭を下げて、穴の向こうに話し掛けた。
「矢口。ここ、ヘンなガス溜まってるわよ。ちょっと神経系っぽいカンジ?
明日香と彩に言って分析回して。至急、ガスマスクもおねがい。
で、アタシの武器はまだなの?早くしてよね。
……にしてもさぁ、ちょっとナニよこの服は?
死に装束じゃないんだから、もっとマシなのないわけ?」
「うっさいなー。オバさんちっくにモンクばっか言うなよー」
ホンキでウザがってそうな矢口の声。
それがクルっと180度テンションを変えて、
「圭ちゃんなら似合ってるって。その姿にその上ガスマスクぅ?
ド田舎のボーソー族みたいでかっちょいー!」
「ムっ……ムーカーツークーっ!」
和服の女はガバっと地に伏せて四つん這いになった。
ちっちゃい穴にゴリリと頭を突っ込んで、
「ヒトのこと田舎モンってバカにすんじゃないわよ!」
矢口はケタタマしい笑い声を交えて、
「違うって、田舎モンだから似合うんじゃなくてぇ、
圭ちゃんだからコソ、似合うんだってばー」
装備品到着を待つロスタイム。
非常事態と全く関係ない話で盛り上がる矢口と女。
- 176 名前:第二話 ACT6 子供達の戦傷 投稿日:2001年07月01日(日)17時33分04秒
- 二人のマンザイをぽーっと見ていた辻が、
イマがそれどころではないコトを思い出した。
「あ、あのぉー!」
袴の裾を引っ張――ろうとして、手がないコトに気がつく。
ちょっと考えて。
おっきく口をあけて、女の尻にかぷっと噛み付いた。
「きゃぁ!」
慌てて頭を引っこ抜こうとする女。
後頭部を穴の壁にごいーんとぶつけて、穴の中で突っ伏した。
ぶつけた箇所の壁がボコリと砕け落ちる。
真っ赤な血でだくだくに染まっている女の後頭部。
(――つじのせいじゃないですよぉ。)
顔面硬直する辻に、
「……辻さんね?辻さんなのねっ!」
床に長い爪を突き刺してガタガタ震える女。
ハンパじゃなくコワい。
なんで今日はコワいものばっかなんだろう。
それでも辻は、オケラになりかけの勇気を叩き売ってオネガイした。
「ダレだか知らないけどっ、あいぼんを助けてくださいっ!」
- 177 名前:第二話 ACT6 子供達の戦傷 投稿日:2001年07月01日(日)17時37分27秒
- ガスマスクは小ぶりでスマートなデザインだった。
辻はもちろん、寅猫女が装備してもさほど怪しげなモノではなかった。
六角鉄棒を担いだ寅猫女、保田。
索敵機能付き狙撃兵、矢口。
使いっぱ辻から見た本職のハンター達は、ナニからナニまでスゴかった。
「ヤッスぅー。加護はその角右曲がって突き当たり。ああ、途中に虫一匹いるから」
「マカセてよ」
保田と辻は無線アンテナをばら撒きながら走り、通信機で矢口とやり取りをする。
「はいはい、虫さん近いですよー」
矢口の進言とチャカチャカした足音から虫との間合いを計算する。
角で待ち伏せ。
出会い頭に虫の横腹を鉄棒で突き潰す。
あっけなく加護の元に到着。
鉄棒の連撃で壁をくりぬいて、ぐったりした加護を引きずり出す。
加護は、前傾姿勢になった辻の両肩の上に乗せられた。
撤退。
片道わずか二分の救出劇だった。
「……すごーい」
「いい?レスキューは時間との戦いなのよっ!」
「んなカッチョいいこといって、ちょっちタイム落ちてないかいサンドイッチ屋ぁ」
「悪かったわねー」
「ゆれるぅー。ゆれると胃にくんねんー」
がやがやと騒ぎながら一行はシャッターを挟んで内と外とで集結する。
- 178 名前:第二話 ACT6 子供達の戦傷 投稿日:2001年07月01日(日)17時39分36秒
- 一通りの現状報告が終了した。
厚生省から『待て』を喰らった一同は、
ハンター総括者の中澤経由で一早く情報を手に入れていた。
そして、どーしようもない虚脱感に襲われていた。
「大山鳴動して虫けらいっぱい、か――」
「それってなんですか?」
保田のボヤきに反応する辻。
「なんでもないわよ。ただ言ってみたかっただけ」
壁際で体育座りをしている保田は、辻の頭をぽんぽん叩くと
自分の膝の上に突っ伏した。
地下街を一時間でスプラッタ世界にした虫たちよりも
地上で暴れる革命バカ達の方が、よっぽど危険なバケモノだったという話だった。
何かのきっかけ――
『暗闇』がトリガーになった可能性が高い。
それで潜在因子が覚醒して、虫がバケモノ虫になった。
虫の呼吸孔から排出されるガスには幻覚作用があり、
正気を失った人々が、ただ突っ走っているだけの虫にジャカスカ轢かれていった。
- 179 名前:第二話 ACT6 子供達の戦傷 投稿日:2001年07月01日(日)17時41分22秒
- 地下街惨劇のあらすじを聞いて、一番ショックを受けていたのは加護だった。
「――そんなんマヌケなハナシ……ありなんですかぁ」
壁に圧砕されて内臓を痛めていた加護も、
壁に寄りかかって座れるまで回復していた。
ガスマスクを外してコンコンせき込んだ。唇の端に血が少しつく。
「そんなんで……」
淡々と繰り返される加護の呟きを、保田が加護の唇にガーゼを当ててさえぎる。
血と唾液を拭ってやり、ガスマスクを装着させなおす。
「確かに、虫自体はたいした動きじゃなかったわね。
速いことは速いけど、音を立ててくるし、真っ直ぐしか動かないし」
「じゃあさ、みんながパニくってなかったら――
でも、パニクらせたのも虫の毒ガスだから、どーしようも無いのか」
あーあ、と投げやりに言う矢口。
どーしようもないコトには慣れている。
プロの掃除屋は、ただお掃除をするだけだ。
誰がどうやって部屋を汚したかなんて、気にしてたらやってられない。
加護はくしゃくしゃの顔を俯かせてボロボロ泣いた。
どーしようもないコトが、どーしようもなくクヤシイのだ。
両腕を包帯でぐるぐる巻きにされた辻は、加護の手を握れなかった。
だから、加護に頭を寄せて一緒にべしょべしょ泣いた。
- 180 名前:第二話 ACT6 子供達の戦傷 投稿日:2001年07月01日(日)17時42分42秒
- 誰しもが黙りこくっている。
重苦しい雰囲気の中で待ちぼうけを食らっていた前線部に、
ようやく厚生省からお達しが届けられる。
一報に最初に触れた矢口は、ひゃっほーと叫んだ。
「……やってくれるじゃーん、さっすが厚生省ぅ!」
皮肉百パーセントの快哉に、ガツンとシャッターをけっ飛ばす音が重なる。
上からの指令を要約すると、
『設備を壊さないように』『勝手』に『何とかしてくれ』である。
何かとアウトロー扱いのハンターに与えられがちな、ホンネ炸裂の指令だ。
ウチラよりってだけじゃなくて市民様よりも設備が大事そうな言い回しが
今回のポイントね。
はい試験に出るよー。よーちぇけらっ!
ヘンな役柄が乗り移ったようなテンションの矢口。
コトバの最後には、いつものキャハハ笑いはなく
――はぁ。
と、落胆の色濃いため息が長く伸びた。
- 181 名前:第二話 ACT6 子供達の戦傷 投稿日:2001年07月01日(日)17時44分49秒
- 「ゼータク言っても人手も時間もわかないって。あたしだけで掃除してくるわよ」
鉄棒を持って立ち上がる保田。
家庭や周囲に恵まれて、因子もちと疎まれる事もなく育った。
因子覚醒者の義務としてハンター業に就いたが、
成人して家業の飲食店を継いでからは準引退状態である。
保田の冷静さと真面目さは、地に足のついた社会人の持つモノだ。
「んで、ゼンゼン関係ないけど、これ辻にだってさ」
白木の木鞘と木柄が一体化したデザインの日本刀が穴からにょっきり通された。
「カオリからお見舞いだって。ワケわかんねーけど、よかったねー辻ちゃん」
保田がぎょっとしてそれを凝視する。
「……今、圭織はどうやって戦ってるのよ?」
「さぁ?素手とか素足とかビームとかやってんじゃないのぉ?」
突き放すように言う矢口。
上のことはどうでもいいのだ。
どう間違っても負けやしないメンツが揃ってるのだから。
こっちは負け戦の後始末だっつーの。
矢口はどんより黒い夜の空を見上げる。
雨はザンザカ。風がごうごう。地面の下には死体が沢山。
矢口の迷彩柄のタンクトップとカーキ色のダブダブパンツ、
それにモスグリーンのキャップを加えてそろえたアーミーファッションは
ビショヌレで、ホンモノの戦場帰りの傭兵みたいになっている。
ちっちゃい傭兵はシャッターに寄りかかり、
暗雲を睨みあげる金色の目を豪雨で洗いながら、
サバイバルブーツの踵でアスファルトを削りつづける。
狭くてグネグネの迷宮が舞台ではライフルマンの出番はない。
狙撃兵なんてホントつまらない。いつだって遠くで待つだけだ。
- 182 名前:第二話 ACT6 子供達の戦傷 投稿日:2001年07月01日(日)17時46分05秒
- 教育係からのお見舞い品の日本刀が目の前に置かれている。
辻はそれをジーっと見て、考える。
今日はコワいことでいっぱいだった。
血もいっぱい出したし、元気は空っぽ。
そばにあるのは、頼もしいセンパイと生きてるあいぼんと飯田さんの刀だけ。
でも、辻ロケットの燃料はそれで十分。
「やすださん」
ちぎれた右腕を持ち上げる。
「いいださんの刀、ここにきっつくしばってください」
「ちょっと――」
「辻もいきますっ! 辻はヒトデがわきますっ!」
「ヒトデがわくってあんた、ケガもあれだけどもアタマもちょっと……」
ナニゲにヒドイ反応をする保田。
肩に担いだ鉄棒を下ろして床に立て、
シャッター向こうの同期の桜に問いかける。
「ヤグチぃ?この子は使えるわけ?」
「んなコト、本人に聞いてみればぁー」
辻は、唇を突き出して口をきぃーっと結んだ真剣な顔で、
むむむーと保田を見上げた。
お子様に凄まれた保田は困ったようにアゴをこする。
- 183 名前:第二話 ACT6 子供達の戦傷 投稿日:2001年07月01日(日)17時48分11秒
- 「イマなら、ののには加護がセットでツイてきますよぉ」
横から加護がぼそり。
「アンタたち――」
「おきゃくさぁん。辻と加護はぁ別売りしてましぇーん」
加護はニィーっと、愛想いっぱい百万ドルスマイルを保田に売りつけた。
精一杯のカラ元気。
ののが行くんなら、うちも行かんと。
ケガや病気なんかのヘボい理由でアイカタ一人を舞台に立たせるなんて、
落ち着かないやんか。
それに。
加護は服の肩を引っ張って、汚れの目立つ布を見つめた。
辻に殴られてついた自分の血と、
アホに付けられた血とチョコが赤黒くついている。
階段に転げ落ちた黄色いTシャツを見つけるまで、
きっと、加護のカラ元気はずっとカラ付きのままだ。
保田は鉄棒を担ぎなおし、シャッターに背を向けた。
「アンタたちは被害者の救出中心で。矢口が細かい命令してやって。
アタシは先に行ってるよ」
- 184 名前:第二話 ACT6 子供達の戦傷 投稿日:2001年07月01日(日)17時51分39秒
- 辻と加護は走りつづけた。
三人目。
辻が和服姿のスキンヘッド中年をかついで走り、矢口の元に戻った。
シャッターの下の穴は大きく広げられていて、そこから被害者が外に運び出す。
外には救急車と担架が用意されていて、
へれへれ笑う中年男は救急隊員に連れ去られてゆく。
それでも、中に入ってくる者はいない。
加護が辻の背中に乗って、先ほどの探索地点に飛んで戻る。
七人目。
両足がへし折れたちっちゃな男の子だった。
送り届けたとき、矢口から毒ガスの中和剤を渡された。
冷たい汗を全身にかいている加護を背負って、辻は走って探索地点に戻る。
プルトップを空けた缶をそこいらにポンポン投げ捨てながら走る。
ぐちゃぐちゃに砕かれた虫の死体の周りには、
三つぐらい投げるように言われていた。
十人目。
保田だった。
虫の群れにぶち当たった保田は、
通路のド真ん中で弁慶のように仁王立ちして、鉄棒をブンブン振り回していた。
保田バリアの隙間から出てきた大ぶりな一匹が、辻と加護の方に突っ込んでくる。
加護は虫の真上に辻の体を飛ばし、自分は道端に倒れて伏せた。
突如、視界が開けた辻は状況を理解する。
天井を見るように背中の方へ向けて倒れこんだ。
背面飛びの形に弓なりに背を反らせて、
日本刀をくくりつけた右腕を下に突き出す。
特殊鋼を研いで作られた薄い刃がスコっと虫の頭に入った。
そのまま走りつづけた虫は、頭先だけをバンパーのように残して真っ二つ。
辻はオマケにバク宙を付けて着地する。
加護に向けて冷たい顔でガッツポーズの辻。
壁際で冷静にピースサインの加護。
自分の仕事をキチっとこなすイイ女、保田は拍手でチビッコスター達を称える。
加護はバックパックに入ってた中和剤十五個を全部ぶちまけた。
- 185 名前:第二話 ACT6 子供達の戦傷 投稿日:2001年07月01日(日)17時53分28秒
- 今回のダイブでは、人が見当たらない。
めずらしく辻が主導権を握った。
イヤな汗でびっしょりの加護に、ワープ帰還禁止のドクターストップをかける。
「飛べない加護はタダのチビやんか!」
「るっさいっ!」
疲労で血走った目をしている辻に日本刀を向けられて、加護は黙った。
一回戻って、二十四時間戦うための甘苦いドリンクを飲まされた二人は
再び地下に潜る。
飛べないタダのチビと化した加護が同行するのは、
いちいち野暮ったい理屈をつければ緊急退避に備えて。
心も体も限界寸前の一蓮托生コンビは、
ヒトとしてギリギリの精神状態に達していた。
地下一階部分までの探索で、生存者が十三名というのは、
ぶちまけられた血の量と比べてみれば決して多い数ではない。
解毒剤を投入されて五感が戻ってくれば、
辻と加護にもマトモな思考が戻ってくる。
クリアな惨劇映像。フレッシュな血臭。リアルな痛覚。
それらにイチイチ反応を返す余力も無くなり、
能面のような表情で闇に包まれた地下をうろつく子供達。
空調が止まって、蒸し暑い空気のこもった地下街の労働環境は最悪だ。
辻と加護の状態も最悪だ。
ナニかを一つでも緩めたら、そのままゼンブが崩れてしまいそう。
そんな緊迫を少しずつ和らげて平常に近づこうと
加護が細く息を吐きながら見上げた天井が。
どかんと崩れた。
- 186 名前:第二話 ACT6 子供達の戦傷 投稿日:2001年07月01日(日)17時56分22秒
- 「ありゃりゃりゃぁー」
可愛らしい顔をした娘が大穴の淵に立っている。
子牛の胴体ほどある頭のついたドデカいハンマーを肩にしょっていた。
「バケモン退治の勢いあまって、だーいじな道路に穴あけちゃったよぉ?
どーするべ?リーダー?」
「どーするべ?とりあえず、もいっちょぐらい空けとくべさ」
長身長髪の女がイタズラっぽく人差し指を立てると、
穴の淵を乱暴に蹴り崩した。
女の言葉に従って姿を消す娘。
どかん。どかん。どかん。どかん。どかん。どかん。どかん。
『もいっちょ』どころではない数の穴が開けられてる模様。
「あはぁ、お役人さまにはナイショだねぇー」
茶髪の少女が真っ先に飛び降りてきた。
銀色のサーベルを、いい加減な手つきでガツガツ床に突き刺す。
「おーい、そっちいっくぞぉー!どーいてぇー!」
大金槌娘が飛び込みざまにハンマーを床にたたき付け、
下の階に続く大穴を開ける。
そのまま落ちていく娘の後を、ひょいっと追う茶髪サーベル。
そして残った長身の女は、
背中に生えた鷲の翼をばさっと広げて穴に飛び降りると
切れ長で大きな目を和らげて手を差し出した。
「辻、おいで」
- 187 名前:第二話 ACT6 子供達の戦傷 投稿日:2001年07月01日(日)18時01分27秒
- 「いいださーん!」
辻は両腕をぐるんぐるん回して駆けつけた。
女は腕に縛り付けた刃物を振り回して突撃する辻を躊躇なく抱きとめ、
辻の脇に手を差し入れて『高い高い』するように持ち上げて、
「あれ?つじっ!あんた大ケガしてるよぉ!腕、腕はドシタノさ?!」
イマサラ過ぎる言葉にも辻は嬉しそうな顔で応じる。
「こんなんだと思わなかった。こんなんだったらもっと早く来たのに……。
ゴメン、辻。カオリ師匠失格だ。凄いショック」
「辻はゼンゼンへいきですよー。辻は強いんですよー。へっちゃらです」
(この大ウソツキぃ)
やり取りを聞いていた加護は苦笑して、穴を通して空を見上げた。
真っ黒な雲から白い糸を引いてふる雨は、
加護の体を穿つようにぶつかってくる。
加護は雨の挑戦を全身で受け止めて、気を入れなおした。
わかっっとるって。まだ、あのお姉ちゃん見つけてへん。
「なぁ、の……」
言いかけて、ニコニコ幸せ家族空間を発生させている
辻と飯田の姿が目に入ったので、
気を利かせて割り込みタイミングを見計らう。
「大丈夫?すぐ治療しないとダメだべー?」
「ちりょうはおわりました。辻はもう大丈夫ですよー」
「そうかぁー?終わってないっしょ?
ちゃんとした治療しないと手がなくなっちゃうべさ。
ホント大丈夫なの?」
「辻はだいじょうぶですー。辻は強いんですー」
実の無い会話をメビウスの輪のように終わりなく連ね、
てへてへ笑ってる辻を延々と見つづけて、
(――かなわんなぁ)
加護は羨望の目と口端を上げただけの笑みを浮かべると、
先行した先輩を追って一人で穴に飛び込んだ。
- 188 名前:第二話 ACT6 子供達の戦傷 投稿日:2001年07月01日(日)18時04分44秒
- <次章 ”吸血姫の回想、再び” に続く>
- 189 名前:ななしさん 投稿日:2001年07月01日(日)18時10分04秒
- >>172
気がつけば、まるっきり辻加護主役話ですね。
おかしいなぁ……。
ドコにいったんだろう、主人公の特に石(後略
- 190 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月01日(日)18時16分58秒
- 次回タイトルを見ると大丈夫みたいですね。(w
今日のハロモニを見て辻のマジ泣き&かおののを見て「萌え〜」なんて思っていた身には、
とってもタイムリーな話でした。
- 191 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月01日(日)23時35分37秒
- ( `.∀´)の猫娘に激しくワラタヨ。
あの二人はそういう攻撃するんだな。
破壊力凄そうね。
- 192 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)15時49分21秒
- 吉澤と辻加護が穴に潜ってから十数分が過ぎた。
素直な猟犬吉澤の主人、矢口。
やんちゃな吉澤の従者、石川。
吉澤を挟んで対称の位置に立つ二人は
綺麗な夏の月を見ながらぎこちない雰囲気を満喫していた。
――そんなもの誰だって満喫したくない。
矢口は打開策(※注 ダカイサクと読む)を試みた。
「梨華ちゃん、はい」
矢口が持参したアイスボックスから缶コーヒーを取り出して石川に差し出した。
「あ、ありがとうございます」
石川は缶コーヒーを受け取ったものの、それを両手で包んで持て余す。
大体において、味の濃い飲み物は苦手なのだ。
コーヒーなら、うすーい色水のようなモノしか飲めない。
普通はそんなモノをコーヒーと言う名前で出される事はないので、
石川は業界標準上のコーヒー飲料を『飲めない』と断言してよい。
「ん?矢口のカフェオレの方がいいかい?」
そんな事は露知らず。
矢口は『メタ甘濃縮ミルコー』と古臭い活字体で商品名の入った
紙パックを掲げて見せた。
矢口は大事な吉澤の上司。そんな要素が石川にムリをさせた。
「い、いいえ、これを頂きます」
プルトップを開けて、鼻の息を止めてぐっと一気に飲む。
痺れるような苦味とベタつく甘味がじくじくと舌を焼いた。
戸籍も身上も纏めて十数年間、自らを偽って暮らしてきた。
本音を伝えるのがヘタになった代わりに、自分を痛めるウソは
それなりに上手になった。
にっこり微笑んで、
「ちょうど、のど乾いてたんですよ」
「そーなんだ。あ、もう一本あるよ。どーぞ」
「……ありがとうございます」
まったくをもって、クチは災いの元であり。
ストレスで胃に穴が空きそうな世渡り不器用な吸血鬼は
今宵こそは甘露な主人の血液で舌を潤わさせてもらおうと決意していた。
- 193 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)15時50分14秒
- 「ところで、梨華ちゃんはさ」
会話を切り出したのは、社交的な矢口の方だ。
「なんで吉澤の事、マスターにしちゃったわけ?」
「え……。どうしてですか?」
「いや、だってさぁ――経緯は知ってんだよ。矢口。
力いっぱいカンケイシャだし」
長い話を予測して、矢口がアイスボックスの上に腰を下ろす。
石川も廃墟の石材にもたれかかった。
「でも吉澤って主人っていうよりは……若オクサマ?若ダンナ?
んー、そんなカンジ。
よーするにさ、上にするには頼りないんだよね。
私だったらゼッテー、吉澤は下に敷くね。
こう、ぐわって押し倒して」
くはぁと、可愛い外見に不似合いなはしゃぎ方をして
「かっこいいし、カワイイしさぁ。
あいつが矢口の言うことナンデモ聞いてくれるんだったら――
よく考えたらイマと変わんないか。あははははは」
そんな態度の矢口には、正直あんまり良い感情が沸かなかったのだが、
「そうですね」
と、言葉では同意する。
「でも結局、全部が私のワガママで始まっちゃったことだから……。
私を全部あげるコトでお詫びができるんなら、それはそれでいいのかなって」
「あげるって……。ダイタン発言だけどさ、
今の梨華ちゃんの状況って、タダのイソウローじゃん?」
「……ホントにそうですよね。ですよね。ですよね……」
暗い声の石川を見て、ギクりとする矢口。
地の底まで落ちていきそうな真っ黒な重力場を発生させてうな垂れている。
- 194 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)15時51分08秒
- ――この子に言い過ぎちゃダメみたい。
日頃から毒舌トークをぶちまけている矢口は
仕事交渉時でもかかないようなヒヤ汗をかきながら
はははは、とちっとも楽しくなさそうな笑い声を上げて
「で、でもさ、下はどうしてなってるかねぇ?」
一気に話題を捻じ曲げた。
「……そうですねぇ」
「まぁ、辻加護の方が一方的に暴れてるみたいだけど」
「そうですか?」
「この距離ならソレぐらいはね。気を抜いてても感じられるから。
大体ウチのよっすぃーは子供をボコボコ殴れるような奴じゃないし」
「――そうですよね」
『ウチのよっすぃー』のクダリで、又もや気分を害したが、
矢口の発言内容には、全く同意だった。
「でも、泣いた方負けの辻加護ルールだからさ、
ゲンコツ一発で引っくり返るからね。
どっちが勝つかまではわかんないなぁ」
「そうなんですか」
「梨華ちゃんさ、さっきから『そーですね、そーですか』しか言ってないけど。
矢口の話、ちゃんと聞いてるのかよぉ?」
「え、そうですか?……あ?」
石川は口元にパーに開いた手を当てて、
「ゴメンなさい……」
再び、真っ黒。
- 195 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)15時52分55秒
- ――ちょっとカラカうのもダメなんですか?
矢口は軽い頭痛を覚えた。
コイツをシツケてるなんて、ウチの吉澤はそーとー肝が据わった奴だ。
えらいぞ吉澤、すげーぞ吉澤、オイラの吉澤かっけーぞ。
根が短気な矢口は、早々に石川を放棄して吉澤賛歌に意識を切り替えた。
紙パック入りのミルクコーヒーをちゅーと吸って夜空を見上げて。
綺麗な夏の月を見ながらぎこちない雰囲気を満喫していた。
「あの――」
沈黙に石川の方が耐えかねて、口を開く。
「ん?ナンだい?」
「昨日、ひとみちゃんが怪我した時……。
地下街のときと重なっちゃって凄く怖かったんです。
あの時も、それで、ひとみちゃんを――」
- 196 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)15時54分34秒
- 育った環境が環境だ。
破壊に対するココロの耐性は強い方だと思う。
だから、アクシデントとの遭遇に錯乱したわけではなかったけれども。
パン屋が粉をこねるように手際よく虫に轢かれてゆく人々を見ても、
誰かを助けようなんて、まったく思わなかった。
――なぜ、ヒトではない自分がヒトに何かをしてやらねばならないのか。
そんな冷酷な思いも無かったと言わないが。
そもそもドコからドコまでが『誰』なのかという判別がつかなかった。
キリがない、どころか、初めもない。
重苦しい大気のような濃密な狂気を形成している人々は
一つ、一人、と分けて見ることが出来ない群体だった。
雑多にぶつかる音と臭は、利きすぎる感覚には重いもので、
人の街の形が崩れていく様は、疲れた心にヒビを入れるもので。
静寂の予感がする方向を目指して、怪虫と死体と狂人の街を通り抜けた。
- 197 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)15時55分13秒
- 階段を二つ下りると、冷えた空気にぶつかった。
空調が効いている。
遠くの一角で、照明の光が、ぼう、と伺えた。
この区画の電流は、飛び飛びながら生きているようだ。
上の階に漂っていた虫の異臭も薄く、人気も喧騒もない。
目の前に広いスーパーマーケットが広がっている。
この区域は避難場ではなかったのだろうか。
そのマーケットから声が響いた。
「ヤだっ!死にたくないっ!なんで、なんであたしがぁ!」
静寂に包まれたフロアの中。
たった一つの存在宣言。
灯に寄る夏の虫のように、絶叫の音源に足を進めた。
ほどなく、音源らしき少女を見つける。
喉をせめぐような叫びから、近寄りがたいモノを感じていた。
いくぶん離れた物陰から、少女をの様子を見守った。
- 198 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)15時56分12秒
- マーケットの中で竜巻が発生したようだった。
棚がバタバタ崩れていて、中身が床にぶちまけられている。
その荒れ具合のイチバン激しい場所で。
「ゼッタイ、帰るんだっ!」
見覚えのある黄色いTシャツを着た少女が
ドミノ倒しになった棚たちを
端っこから順々に移動させようと四苦八苦していた。
一分に二棚。
ペースを保って片付けていく少女が、
「――あ」
少女が持ち上げた棚の下から現れた、
青黒い制服と赤い色と白くひしゃげた流動物の正体は、
彼女の遠目からもはっきり確認できた。
少女の動きが停止した。
手が離れ棚が落下し、制服は無残にも再び棚の下敷きになる。
少女はぺたん、とその場で座り込み、
「んだよぉ……コレぐらいで死ぬなよバカぁ……コワいだろぉ」
呟く。
少女がへたり込んだ床に、赤い雫がポタリポタリと床に垂れて広がる。
わき腹、腰、下半身。
少女が泣きじゃくりながら手を当てて押さえ込んでいる箇所。
そこから滴る赤い液体の彩の鮮やかさは
離れて立つ彼女の思考へと尖ったメッセージを
- 199 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)15時56分44秒
- 200 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)15時57分16秒
- 気がついたときには、ふてくされた顔の少女が目の前にいた。
「……え」
コーヒーショップで出会い別れた、不躾な少女をまじまじと見つめる。
意識が飛んだ?
疲労でとうとうおかしくなったのか、
階上で嗅いだ異臭のせいか、
それとも赤が――
手を握られた。
少女はさっと彼女に背を向けて歩き出す。
- 201 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)15時58分23秒
- 「ちょ、ちょっと?」
少女はスタスタ歩く。
軽い力で手を引かれ、仕方なくついていく。
マーケットの中を抜け、テナントが立ち並ぶ商店街の通りへと歩かされる。
「……あなたバケモノ嫌いじゃなかったの?私バケモノだよ?因子あるよ?」
「そんなんどーでもいいでしょ」
「どーでもって――」
それで、すっごく傷ついたのに。
彼女はちょっとムカついた。
「怪我してるんだから、どこかで休んでた方がいいよ?
その怪我どうしたの?」
「それどころじゃないでしょ」
「それどころって――」
せっかく心配してるのに。
取り付くシマもない少女に、彼女はかなりムッとした。
少女の薄汚れた後ろ姿を睨みつけ、
その格好の中で、一番馬鹿げた場所を突っついてやる。
「ねぇ、その背中に背負ってるヘンなホウキはなんなの?」
「気がついたら、ついてたの。あたしにもよくわかんない」
少女は本当にどうでも良かった質問だけに返事をした。
「ねぇ、あなた……いったい何がしたいの?」
イキナリ少女が立ち止まり、彼女は少女の肩に鼻をぶつけた。
少女の見ている方向を、つられて彼女も見る。
「――ちょっと寄ってくよ」
チェーン店薬局の中に連れて行かれる。
- 202 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)15時59分04秒
- 少女はウーロン茶のペットボトルを高く持ち上げて、
顔から中身をぶっかけて、お茶を浴びた。
ブルブルと頭を振って、顔に滴る水気をはじき、
「あ、これも上からかけてくれると助かるんだけど」
彼女に別のペットボトルを渡すと、
少女は前かがみになってシャワーを待つ。
ぺッドボトルの横腹には、こう書かれていた。
『百八種類の薬草を配合しました』
いくらなんでも混ぜすぎじゃない?とあきれながら、
「なんで水のペットボトルじゃなくて、お茶をかぶるの?」
「なんか傷に効きそうじゃない?」
どうしてこの子は、どうでも良い事しか返事をしてくれないのだろうか。
治療に関する新説をぶちまけた少女に従い、
頭の後ろからお茶をかけてやると
少女はわしゃわしゃと両手で髪を洗った。
風呂上りに、ダイエット食品や栄養補助食品の封を
勝手に開けてボリボリ食べて、
栄養ドリンクを立て続けに三本。
- 203 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時00分10秒
- 「コレでよしっ」
少女はパンっと頬を叩いて
「死なないぞぉ、ぜったい死なないぞぉ」
濡れた髪を両手で後ろにかきあげながら、
自分に言い聞かせているようだった。
場の流れから、黙って立ち去るわけにもいかず。
少女をただ眺めていた彼女は言葉を添える。
「せっかく薬局に来たんだから、
薬や包帯も、傷に使った方がいいんじゃない?」
コーヒーショップで別れてから、初めてまともに目が合った。
オバケへの恐怖を半泣き顔で吐露していた少女とは別人のように、
頼りなさも困惑も無い。
真っ直ぐな目が、ちょっと上に流れた。
「……そうだよねぇ。それもそーだよねぇ」
石膏像を思わせる端正な顔の造型。
その上にプラスティックを被せたような無機質な表情。
なのに、トボケた言い草。
この子って一体――
「……っ。あなた、どっかおっかしぃよ?」
彼女は家族を失って以来の笑い声をもらした。
- 204 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時00分45秒
- 傷の手当てを終えた少女は、ごく自然に彼女の手を取った。
彼女は一歩下がって、ごく自然に手を引かれて歩いた。
暖かくて柔らかい手は、家族の誰の手とも違う感触だった。
少女が後ろを振り向く事は無い。
なのに、二人の歩調はしっかり合っている。
わずかにぎこちなさの見える少女の足運び。
それで、少女本来の歩き方では無いことに気がついた。
物を言わずに大人びたリードを取って、
身も蓋もなくストレートに感情を表にだして、
理解できない行動をする少女。
前を歩むスっと伸びた背中の素性を問いただす言葉を思いついては、
幾度となくヒトに拒絶された過去が脳裏によぎり、、
口を閉ざす彼女。
彼女がちょっと力を込めて手を握ってみると、
少女は、なに? と尋ねるようにやんわりと握りかえしてくる。
今はそれで十分のような気がした。
二人は無言のまま歩きつづける。
- 205 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時02分52秒
- 少女が彼女を連れてきた先は、有名丼料理チェーン店の裏口だった。
少女の底の知れない思考回路に戸惑っていた彼女は、
能天気にも、ここでお食事会でも始める気なのだろうかと危ぶんだが、
「ここのお店は店舗に金かけてるから、
ぴっちり閉まる良いシャッターなんだって」
厨房の勝手口から進入し、壁に取り付けられた四角いボタンを指差す。
「これ押して、シャッターの上げ下げ。上げないでね、荒らされるから」
「詳しいんだ」
「警備員の人が教えてくれたんだけどさ」
単独行動をとっている少女を見れば、
その警備員の行方は訊くまでもなく予想がついた。
「ここでジっとしてれば、ゼッタイ助けが来るからさ。
安心して昼寝でもしてればいいってさ」
その警備員は、似たような言葉を言ったのだろう。
真面目で任務に忠実で、それでいて他人への気遣いを忘れない。
そんな人物に違いない。
こんな非常事態でも責務を果そうと見回りに向かい、
戻ってこない警備員。
異変を察知した少女が外に出て――
「あたし、弟を探してるんだ」
少女の宣言が、彼女の想像を断ち切る。
「覚えてる?あのバカガキなんだけど……」
見なかった?、と尋ねられて、見なかった、と答えると、
少女はちょっと眉を下げた。
- 206 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時03分26秒
- 「じゃ、あたしは弟探しに行くから。
厨房の方の扉から出るから、鍵は開けといて」
「え?――危ないよ?」
腰を上げかけた彼女を、少女は平手を立てたSTOPのポーズで押し留めた。
「うん。危ないからアナタはココにいた方がいいよ」
「私は丈夫が売りの因子もちのバケモノなんだから、
ベツに心配してもらわなくても……」
「あ……そうだったっけ?」
「――って、さっきから何回も言ってるじゃない……」
今の自分は情けない顔をしているに違いない。
彼女の話を聞いていないのか、忘れているのか、
それとも落ち着いた顔に反して、
奇抜な言動どおりに実際は錯乱しているのか。
- 207 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時04分20秒
- つかみ所の無い海棲軟体生物のような少女に、
ついつい余計な声をかけたくなってしまう。
「わかりにくいから、バッチつけて欲しいんだよね?」
どういう訳なのか、これは覚えていたらしい。
唇の片方の端っこを捻じ上げただけの、冗談じみた苦笑いを浮かべて
「昔の事をけっこう根に持つね」
「ついさっきのコトじゃない」
仲の良い友達同士のように、悪い笑い方を交換し合った。
彼女は立ち上がって、しわの寄ったスカートを静やかに正した。
「ねぇ、あなたについてっていいかな?」
「――なんで?」
「だって、別にやること無いし」
こんなところで『やることが無い』などふざけた話だが、
この場所には少女と彼女以外、何も無い。
彼女が唯一判別できた『誰か』なのだ。
静かなのは、良い。
でも、ここにあるモノが片っ端から消えて行くのはもう沢山。
「……ヘンなの」
両手で掴んだ竹箒を頭上に掲げて、
右に左に体を動かしてストレッチをしていた少女は、
何を考えているのか読み取れないあの能面顔で彼女の手を取った。
- 208 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時06分26秒
- かしゃかしゃかしゃかしゃ――
彼女が『察知』するより早く静寂を渡る稼動音。
絶え間なく回る歯車に似た鳴動は、まっすぐ続く道の彼方から。
「――アイツだ」
握り合う手が離れた。
ひょう、と少女から漂う殺気に反応し、
「なにを――」
訊ねかけた彼女に、少女は左手を踏み切りの遮断機にして彼女を背に留める。
「警察官だって警備員さんだって
死に物狂いで気でバケモン退治をやってんだから、
同じ人間のあたしができないコトじゃない」
それは、竹やりで戦闘機を叩き落そうと考えるヒトと同類の気合だった。
ムダに熱い。熱すぎる。
燃える少女は背中の竹箒を紐解くと正眼に構えた。
「これ以上ニンゲンサマを舐めるんじゃないよ」
据えた目つきになった少女の憤りは、
傍に立つだけで肌がチリチリあわ立つほどに良くわかった。
だからといって、あまりに無謀だ。
賛同できるわけが無い。
「ダメだよ?ね、ヘンな事考えないで逃げよ?
大体ソレ、ホウキだよ?ね、わかってる?
セイソウドウグなんだよ?」
優しく腕をとってゆする。肩をぽんぽんと叩く。
武者の目をした少女は動かない。
本日一番、飛び切りたちの悪いジョークだ。
彼女の全身から、ぞっと血の気が引いてゆく。
- 209 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時07分12秒
- 通路先に作られているイベント広間の中央。
七色に発光する噴水オブジェが八方に砕けた。
破片を割って、黒い塊が煙るように現れる。
一体一体をようやく識別出来るか否か。
その程度の中遠距離にいる虫たち――
数秒でゼロ距離に到達するであろう、爆走する虫たち
――に向かって、少女が一歩前に踏み出した。
「ダメダメダメー!」
甲高い声で叫んで、
「何してるのよ!無茶だよ!」
少女の腰を片手で抱いて虫の前を一気に駆け抜け、向かいの壁に押しつける。
「じゃまっ!アブナイっ!」
今度は彼女が抱かれる番だ。
ヒトの女の子にしては力強く敏捷な動き。
少女は彼女を抱きしめながら床に飛び込んだ。
二匹目の虫の触覚の下を潜って回避する。
立ち直りも早い。
彼女を遠くに突き飛ばした少女は、
そのままの勢いでごろごろ床を五回転。
後続の虫の進行方向、側面に回りこむと膝立ちの体制になり、
「やろぉ!ぶった斬る!」
サムライ・ムービーのように横一文字に竹箒を構えた。
思った。呆れた。目を疑った。
斬れるわけないでしょ。
だが少女の体を投げ出すような電光石火の一撃は、
虫の横腹の節間に突き刺さる。
甲殻の隙間から黄色いガスと体液を吹きだして、
虫は一瞬動きを止めた。
毒々しい体液の直撃を受けて膝から崩れかける少女。
虫に突き刺さった竹箒ごと引っこ抜き、
がばっと小脇に抱えると、
脚に全力を振り分けて逃亡する。
- 210 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時08分00秒
- 竹箒を握り締めたまま意識を失っている少女を薬局の床に転がすと、
ぺッドボトルのお茶をジャブジャブとかけてやった。
七本目で蘇生した。
鼻や口にお茶が入ったらしく、少女は派手にむせて横に寝返りを打つ。
お茶には傷を治す力があるみたい。
そんな言葉も、信じてみたくなってくる。
――感化されてる?
彼女はチラリと病原菌を見下ろした。
「だぁ……あたまぁ、すげぇクラクラすんだけどぉ」
起き上がって鼻をすすり、頭痛を追い出すかのように側頭部を小突いている。
「自業自得だよ……」
あんなにドキドキしたのも必死になったのも久しぶりだった。
額に、胸元に汗が浮き出ている。
彼女に習ってお茶で手と顔を洗い、近くの棚からガーゼを奪って水気を取った。
「もぉ、信じられないヒト……」
ずつうやく、ずつうやく、とボヤキながら
勝手に棚から薬を取って飲んでいる少女の背中を見て、ため息をつく。
- 211 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時09分05秒
- まるっきり突然唐突だらけの少女は、やはり何の前触れもなく倒れた。
「あれ?」
まず薬局のレジカウンターにごつりと頭をぶつけ、
足を滑らせてショーケースに添うようにして斜めに倒れる。
「……何してるの?」
「いや、何してるってわけじゃなんいけど、なんとなくこうなった、ってか」
あまりに明るくハッキリ言うので、悪ふざけかと思って顔をしかめたぐらいだった。
「踏んじゃうよ?」
「イヤン、やめてぇー」
ケタケタ笑う少女の顔が、ふっと陰り、
「……ごめん、やばいかも」
それでも少女は笑っていた。
目に力の無い、イヤな笑い方だった。
虫の体液と血が混ざって、どす黒い緑色に染まった太ももの包帯が目に止まる。
服を引き裂いて包帯を剥ぎ取って、傷口をお茶で洗った。
お茶は万能薬、とか。
それはタシかドコかで聞いたことがあるけれど、
市販の薬なんか使ったコトないから、
何をどう使えばいいのかわかんない。
少女が先ほど手にしていた品柄を思い出そうとした。
思い当たった液体や軟膏を全部ぶちまけて、
ガーゼを山のように押し当てて、
新しい包帯で傷口をぎゅうぎゅうに縛り上げる。
「へたっぴぃ」
少女が笑った。
彼女は怒りながら泣いていた。
「ちょっと、弟さん探してんでしょ!早く治ってよ!」
「むちゃ言わないでよ」
「無茶はあなたでしょ!もういい加減にしてよ!」
彼女がヒステリックに叫ぶと、少女は申し訳なさそうに、
「……あのね、実はさ、あたし持ってたんだ。あたし」
ふへぇと笑う。
「たぶん、弟のゆび。ポッケに入ってる。全部探したかったんだけどさ」
「そんなこと、笑って言わないでよ!」
- 212 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時10分07秒
- 床に寝そべった少女に膝枕をしてやった。
少女の手を握って、彼女は時を待った。
「死なないって言ってるうちは死なないぞぉって言ってるうちはシナナイゾォって――」
「……ごめんね、鈍くて」
「一人だったら、もっとじたばたしてた、って思うから」
「コワいな……コワくないか。……アツくない?でも、手、冷たいから気持ちイイや……」
「弟が……」
彼女が残した様々なうわごとが、いつまでも耳に反芻した。
「……このあとアナタは、どうするの?」
- 213 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時12分10秒
- 言葉を止めてぐったりした少女の髪を撫で続ける。
耳たぶを引っ張ったり、頬に指を刺したり。
悪戯をしながら語りかけた。
「名前、聞けなかったね」
何度も聞こうと思ったんだけどね。
話の流れやタイミングを測りすぎて、結局聞けなかった。
聞きたい事はなにも聞けなかったし、
答えて欲しい事はなにも言ってくれなかった。
そんな自分が情けないし、横暴な少女に腹も立つ。
だから、このまま眠らせたりなんかさせてやらない。
そんな自分勝手な理屈が、しごく当然のものように錯覚できた。
「私、あなたの命を助けてあげられるよ」
でもその代わりに――
あなたはこれまでの全てを失うことになる。
私と、一緒だ。
吸血鬼は、この綺麗な人形が全部欲しかった。
でも彼女は、竹箒を振り回すおかしなニンゲンサマがもう一度見たかった。
自然の摂理の元に生まれた少女を、時の果てに流してしまうという選択肢は、
この時には少しも思い浮かばなかった。
- 214 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時13分09秒
- 逡巡の後、彼女。が結論を下した。
思い切って舌を噛み切る。
口に溢れる血液を飲み下さないように気をつけながら、
少女の頭を胸に抱き上げた。
右手の小指の先を使って少女の唇を押し下げて、
薬指を咥えさせて上顎を押し上げる。
顔を寄せて、目を開けたまま口づけた。
少女の口の中に血を流し込むと、少女の口内に舌を差し入れる。
不器用なキスの最中に互いの歯と歯が噛みあって、
カチカチと心地よい音を立てた。
苦労しながら少女の舌を口の中に吸い出して、少女の舌先を噛み切った。
二種類の血を口の中で混ぜると、少女に飲ませてから自分も飲み下す。
――眩暈がした。
- 215 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時14分18秒
- 血の味は、家族の匂いがした。
経歴を詐称して姉と通った小学校への道は、朝日が強く差し込んだ。
肩を抱かれ、姉の作った日陰に入らされて歩む通学路。
三台の車を都合つけて行った夏旅行。
あの時が一番家族が多いときだった。
家族は増えたり消えたりしながらだんだんと減ってゆき、
今では誰もいない。
ある種の宗教世界の中で、吸血鬼の命は高く売られている。
孤高の狩猟者であるはずの吸血鬼も、
バウンティハンター世界に首を晒されたら
惨めな獲物に甘んじるよりない。
失われた家族は、まだ血の味を知らなかった純潔の彼女に
吸血行為を禁じていた。
吸血姫は、初めての味と禁忌を踏みにじる行為に酔いしれた。
甘く切ない衝動に駆られて、
少女の髪をムチャクチャにかき回しながら舌を乱暴に吸い上げる。
――全てが公園で遊んだ鉄棒の味に消える。
- 216 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時16分21秒
- はぁ、と切なげな吐息を漏らして唇を離した。
赤い糸を引く唾液を、もう一度少女と唇を重ねて切ると、
吸血鬼は嫣然とした目を闇に止めて、
少女の頭をきつく胸の中に抱きしめた。
時の流れがどろりと凝結していくのを感じた。
このままずっと埋もれてしまってもよかった。
だが更に数時間を要して救出された二人は、
厚生省の施設に送り届けられる事になる。
様々な検査、審査を経て数日後。
拘束服を着せられ、くつわを噛まされたた吸血従者は、
白い患者着を纏っていたヒトの主人とガラス窓越しに再会する。
主人は、やっぱり何を考えているのかわからない顔で笑っていた。
- 217 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時18分07秒
- 石川は親指で唇を撫でていた。
思い出に感情が高ぶり、目を閉じて指先を浅くくわえ込む。
「――巻き込んじゃいました。
暖かかったものが冷たくなってくのは、当たり前のことなんですよね……。
でも、そうなって行くひとみちゃんが、怖かったんです。
我慢できなかった私のせいなんです」
「……聞いてりゃさ、んだよソレは――」
高い声を無理に低く潰した唸り。
目を開くと、矢口の細く絞られた目に射抜かれた。
「吉澤が死んでた方がマシだったってことかよ?」
矢口は明らかに怒っていて、その粗暴な声は石川の心を凍らせた。
「そんな、そういうワケじゃ――」
「そういうことじゃん。冷たくなるのが当たり前って、なんだよ。
仕事場にいないヤツには、わっかんないだろうけどさ」
最強の殺し文句で石川の首根っこを押さえつけた矢口は
「吉澤はね、この一ヶ月の間、限界以上の事をやってるんだよ?
その場その場を一生懸命にさ、生きよう生きようってしてんだよ?」
マジになって説教を始めた。
「なのに、そんな事いっちゃ立場ないだろ。
一緒に住んでる、イチバン傍にいるヤツがいっちゃ可哀想だろ。
あいつあんなに、あーんなに可愛くて健気なのにさ」
説教は私情にシフトして、やがて
「そんなヒデー奴が矢口の飼い犬の重荷になってるってのはなんなんだよ。
てか、離れろ。マジで」
最後に、猟犬の主人は猟犬の従僕にキツイ調子で命令を下した。
視界がぼやけた。
「でも、そばにいたいんです。いて欲しいんです」
身と心と魂を全て振り絞るような、
「だから、私もハンターになりたいんです!」
必死の思いの告白。
矢口の薄笑いが冷たく突き放す。
- 218 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時19分41秒
- 「梨華ちゃん、目が赤いよ。牙は出てないけどバンバイア化してる。
ふーん。矢口を襲う気なんだ?」
「え……違います!す、すみません
……すみません、すみません、すみません、すみません」
壊れたように頭を上げ下げしつづける石川を、矢口は鼻で笑いとばした。
アイスボックスから腰を離してゆっくりと。
立ち上がった矢口は悪魔のように大きく見えた。
「言わなかった……ね。
自分をコントロールできないんじゃハンターなんて、絶対、ムリ」
石川の全てを蹂躙し尽くそうとする矢口の暴力的な視線。
でも、目を逸らしちゃいけない。放しちゃいけない。
そんな強迫観念にかられて、石川は必死に矢口を見つめつづけた。
――幾刻が過ぎたのか。
そして視線の濃度を変えぬままに、矢口が口を開いた。
「矢口のハンター仲間にさ、妙にコントロールが上手いヤツがいるんだよね。
そいつも変身するヤツなんだけどさ。
そっちは全身変身して――化け猫だよ化け猫。フザケた奴だけどさぁ」
ポケットから財布を取り出した矢口は、
マジシャンがトランプを飛ばすような手つきで、
石川の額に名刺を鋭く投げつけた。
「ソコで、リセイってモンを勉強してきた方がいいね。石川は」
決して優しくはない顔で、言う。
- 219 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時20分30秒
- 「ありがとうございます……」
そこから言葉が続かない。
石川は両手で顔を覆った。
「泣くなよぉ。おまえ、マジウザイってば……。
そだ、乾杯しよ?
辛気臭いよ、このフンイキ――。
コーヒーでいいじゃない?
パーってやろうぜえいえいいえい!」
矢口はパカパカと石川の腹をドラム打ちで叩いて、
最後は足、腰、肩と流れるような螺旋の力が入った本気の一発。
もらってクの字になった石川の頭を、容赦なくパシンとグーで叩き下ろし、
「はいはい、新しい缶あけてさ。ほら、笑えってバカ!
いくよ?カンパーイ」
石川は涙をこらえて懸命に笑い、
缶と紙パックをぶつけ合うと苦い液体を喉に流し込んだ。
二本目の缶コーヒーは、それほど不味くなかった。
- 220 名前:第二話 ACT7 吸血姫の回想、再び 投稿日:2001年07月04日(水)16時25分12秒
- <次章 ”猟犬の訓練、居残り特訓” に続く>
- 221 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)16時27分55秒
- チョ〜ラッキー
リアルタイムで読んじゃった(w
作者さん頑張ってください!
- 222 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)16時28分02秒
- 業務連絡です。
次の更新は、最速でも今週の土曜の夜〜日曜になります。
- 223 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)16時37分16秒
- >>190
ののかおはいいですね。
それ以外の点でも最近、飯田さんがそうとう素敵に見えます。
ヤッスーも良い感じです。ひどい扱いでしたが。
>>191
辻加護コンビはハンターデビュー二戦目あたりからメイン扱いされて
最前線に送られるのでしょう。
その頃の吉澤・石川は後ろの方でコソコソとフォローを……。
最終兵器飯田。
萌えたので、勝手ながらイメージ採用させていただけますか?(_)
- 224 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)16時40分43秒
- >>221
一レスごとに内容を再確認しながら上げているので、
一章分のUP速度が遅いのですが、
お付き合いいただきまして、ありがとうございます。
- 225 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)16時44分06秒
- なお、今回更新分は
>>192-220
なので、上リンクか、最新レス100でなければ読めません(汗
悪文冗長にて陳謝。
- 226 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月08日(日)00時37分16秒
- 翼を広げて舞い降りるカヲリンハァハァ
日本刀(御神刀?)使い、つーことは巫女姿なのかー!
とうぜん黒髪なんだよな。な、そーだと言ってくれぇー!!(魂の叫び)
- 227 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月08日(日)02時57分06秒
- >>226
その画しか思い浮かばない…同志が少なくとも
ここに一人はいますよ。
- 228 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月08日(日)03時08分31秒
- >>226
自分は勝手に黒のこんばっとすーつ姿を想像してたナー。
リーダーって呼ばれてるし茶髪なのかー、とか。
和服姿は( `.∀´)がいるし。でも巫女姿も悪くないなハァハァ(w
- 229 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月08日(日)09時41分17秒
- >>228
黒のコンバットスーツだと、なんか変なブレイクダンス踊りだしそうだ(w
スレ汚しスマソ。
- 230 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月09日(月)20時03分00秒
- >「これ押して、シャッターの上げ下げ。上げないでね、荒らされるから」 ワラタ・・・
- 231 名前: 第二話 ACT8 猟犬の訓練、居残り特訓 投稿日:2001年07月10日(火)00時27分07秒
- 百五十センチにも達していない子供二人の時間差攻撃を受けて、
吉澤の意識も体も遠いお空へとブンブン飛んでいった。
――目が醒める。
目前に床、足は天井に向いている。
ビックリして、床に両手をバンっと叩――
怪我した右手が動かない!
左掌だけを叩きつけて、よじれながら無理な体勢で
側転着地して
「わわわわわーっとぉ!」
バックステップでよろめきながら、壁に背をつけて止まった。
胸に手を当てて大きく深呼吸。
汗を拭って前方確認。
事故の後に落ち着いて状況を見極めると
「よっすぃぃーぃい?」
前方で加護と辻が手を握りあって、Mの字のシルエットを作っている。
「そこにいるとぉ、攻撃しにくいんですけどぉ?」
「せなか取れないよぉ。かべから離れて?」
「離れるかっ!」
吉澤は、いい事聞いたとばかりに
ペタっと忍者のように壁に背を引っ付ける。
- 232 名前:第二話 ACT8 猟犬の訓練、居残り特訓 投稿日:2001年07月10日(火)00時29分29秒
- 加護が『たはぁー』ワザとらしいため息を一つつけば、
辻も合わせて『ふはぁー』と『息の合った』コンビネーション。
「よっすぃー。やる気ないんですかぁ?降参します?」
「――やる気はあるよ。降参も、しない」
「だったら、もっと頑張りましょうよぉ?
壁によっかかってヘタレてる場合じゃないですよぉ?」
「そうだよ。よっすぃーには、あいぼんと辻の次ぐらいに
強くなって欲しいしぃ……」
「うん、そのくらいがちょうどお似合いだよねぇ?」
「でしょでしょ?」
こしょこしょ笑いあう二人に、
額に左手の甲を当てる吉澤。
肉の抉れた右肩は、治ろう治ろうとする意思の熱を放ってじくじく痛んでいる。
急激にフリ回された脳みそは、震えてグラグラ嫌がっている。
――保田が評するに、吉澤は『銅製フライパン』気質らしい。
(普段はヒンヤリしてて、火に当てればアッという間に熱が回る。
かといって、フライパンが熱でドロドロに溶けることはまず無いし、
冷水をかければスグ熱が冷める。)
「卵を焼くには、これが一番っと。使い勝手がいいのよね」
吉澤のバイト先の厨房で、巨大オムレツをひっくり返しながら語る保田に
「えーと。それは――あたしは誉められてるんでしょうか?」
聞けば、保田はキツ目の顔立ちに人の悪い表情のまま
「極悪人とは言わないけれど、たぶん利口じゃないわね」
と言った。
そんなこんな評価がまかり通ってしまう、
ま、いい風に言えばほのぼの系、の吉澤。
ボカーンと宙に殴り飛ばされたショックで怒りを見失い、
我に返ってみれば子供達にバカにされっぱの、
泣くに泣けない中途半端なヘコみ顔。
(お前ら勝手なことばっか言ってんじゃねーよぉ!)
- 233 名前:第二話 ACT8 猟犬の訓練、居残り特訓 投稿日:2001年07月10日(火)00時31分37秒
- 「ところで戦闘実技が非常に危ないよっすぃーなわけですがぁ」
加護の決め付けに逆らう気も起こらず、
ヘイヘイヘイと聞き流すが、
「ベンキョウの方はデキるんですか?」
これは聞き流せないセリフだった。
「はぁ?ベンキョウって何かカンケイあんの?」
「ハンター試験のテストべんきょうだよ」
辻が教えてくれる。
ペーパーテストがあるなんて、マッタク聞いてなかった吉澤は、
頭の中は、なんだそりゃなんだそりゃ状態。
「因子覚醒者と因子保持者と因子内包者のチガイが
きちんと説明できなかったりはぁ……まさか、シマセンかぁ?」
どう聞いたって、カラカイ口調の加護の問いかけに、
ハテナマークを五つほど頭の上で回している吉澤。
加護と辻は、ほぇ?っと顔を見合わせた。
「……登録料の書類とかにも、書いてありますよ?
ソレで、お国に納めるお値段も、違いますよ?」
「いや、そのー……矢口さんに任せっぱだから……実はゼンゼン」
吉澤。宿題を忘れた子供。
辻はそれをハラハラ見守るお母さんの目で、
加護は出来の悪い子供を見るセンセイで。
「よっすぃーは中途サイヨウぉなんだかぁら、
他の人よりつぁーんとベンキョウしないとぉ」
と、エラソウな身振りをしながらも、
日本語発音がめちゃめちゃの童顔、加護。
「べんきょうしたほうがいいよ?つじ、おしえたげよーか?」
と、頼りない笑いを浮かべて、
全部ひらがなで喋っていそう、幼げな辻。
――に、叱られているガタイだけは立派に育った
吉澤の心の内は如何に、と見せれば。
いっそ腹を切らせろ介錯いらねーっす。
- 234 名前:第二話 ACT8 猟犬の訓練、居残り特訓 投稿日:2001年07月10日(火)00時34分20秒
- 頭を垂れてネガティブ暗雲発生器と化した吉澤に、
「だ、大丈夫、まだ間に合う!」
「因子家系なら、ちっちゃい頃から教えられることだから、ムヅカシくないから」
辻と加護があわあわ両手を振って『戻ってこーい』と足踏みをする。
「……インシカケイ?って何?」
どんより目線を上げて訊ねると、
「家族みんなが、昔から因子もちのトコのおうちです」
ちょっとだけ安心したように、加護先生が柔らかにしっかりと説明する。
「因子とかなんとかって……最近でてきたモンじゃないの?」
「最近、数がすっごく増えただけだよ。んー、ちがったかな」
辻が加護を見る。
「元々持っている人が覚醒しやすくなって、
表ざたにしないといけなくなったーってぇ、お話しみたいですねぇ」
加護が吉澤を見る。
既に復活していた根が軽い吉澤は、目をパチクリさせて二人を見る。
「コウセイショウのお陰で、加護たちは住みやすくもなったし、
住みにくくもなったんですよぉ」
「そーだよねぇ」
二人はまた顔を合わせて、ふぁー、と一緒に息をついた。
一般市民出身の吉澤は、悩める因子家系者二人をただ見つめて思案顔。
「ところでぇ、ケガ、治りました?腕は、動きます?」
吉澤は思案顔まま、もごもご答えた。
「いや、まだだね……もちょっとかかりそう」
「じゃ、も少しお話してましょーか?」
「……ナに、企んでるんですかね?」
「あー、ひどい。加護もヤリスギって反省してるんですよぉ」
加護が、くくく、とスズメのようにちっちゃい声で笑った。
――信用できるかよ。
そんな気持ちがそのまま外に出ていたのだろう。
辻が、
「ホントだよ。あいぼんは反省してるよ?」
まったく他人事のようなフォローを懸命にする。
加護はどっちでも良さそうな笑い方をして、辻の肩に手を乗せた。
「じゃ、始めますよ?」
- 235 名前:第二話 ACT8 猟犬の訓練、居残り特訓 投稿日:2001年07月10日(火)00時36分32秒
- 予想通りに、辻の姿だけが闇に沈んだ。
とっさに迎撃準備にかかる。
視界を左右に広げて、視界外の上下領域には耳を澄ませて。
どっからでもこい。
と、意識を守備範囲いっぱいに巻き散らす。
「のの、壁破っちゃえっ!」
――はい?
ドコン、と背中から響く破壊衝撃。
完全守備範囲外だ。
ビクリと反射的に体が弾ける。
顔を腕で庇った飛び込みスタイルで前に飛び出す。
「へいっ!背ぇーとった!」
横から駆け込んできた辻が、吉澤の平らになった腰で馬とびをした。
「げごっ」
びったーん!
平たい面が打ち付けあう重い音を立てて、
吉澤の体は上から下に床に叩きつけられる。
(横ぉ?後ろじゃなくて?)
首をぐぅっと伸ばして後ろの壁を見ると、全くの無傷。
「ののが横の壁、けっ飛ばしただけだですよぉ」
「へーい!音とショックのみらこーまじっく!」
みらこー、みらこー、合唱しあった二人が
「ばーか!」「ばーか!」
辻がぴょん加護の左腕に抱きつくと、
加護は空いた右手で横に寝かせた指鉄砲を作って、
寝そべった吉澤の額に照準を当てて。
快心の弾丸。
ばーんと笑って。
――そのまま消えた。
「んあああああ!」
取り残された吉澤は、デパートで欲しい物をねだる子供のように、
床の上でじたばた泳いでいたが、
「また騙された……」
ばた、と力尽きて討ち死にした。
ただヒタスラに苦悩を重ねて、口元をムグムグ、マナジリをぎしぎし。
(ひょっとして、あたしはおきらく世間知らずの大バカなのだろうか……)
- 236 名前:第二話 ACT8 猟犬の訓練、居残り特訓 投稿日:2001年07月10日(火)00時39分06秒
- ごろり、と仰向けになる。
両手を組んで頭の下に敷く、もしくは畳んだ座布団を頭に敷くのが
正式な作法なのだが、
右手は負傷中、もちろん座布団などは無いため
左掌の上に直に頭を置く。
片膝を立て、もう一方の足のくるぶし辺り立てた膝の上に載せる。
古来由緒ある昼寝スタイルになって、ぼーっと気を緩めた。
森閑として埃一つ揺るがない地底の底の底に横たわり
ゆらゆらと目を光させている深海魚。
その場に凶悪小鮫の二匹は寄ってこない。
いや、この深海域に肉食の鮫なんていないと気がついたからこそ
堂々と寝ころがっているのだ。
底から見上げれば、穴を通して夜空の海。
半目で見据えながら、思う。
確かに、辻と加護は反省しているんだな。
そして手加減を加えた結果、
自分はねこじゃらしのようにもて遊ばれてる。
こちらが戦意を見せなければ、突っかかってくることもない。
今ごろきっと、どこか遠目で戸惑いながらこちらを眺めてるのだろう。
――背ぇとった、か。
辻のはしゃいだ言葉を空っぽの頭の中に響かせてみた。
晴天に吹く乾風に似た、嬉々とした稚気が全身に広がっていく。
かぁーっと子猫のように小さな口を開けて悪態を付く加護と
切ない目でふくれっつらをしている辻の顔つきが簡単に想像できて、
吉澤はニヤけた。
さっき会ったばっかってのに、まったく――
「なーに、ニヤニヤわらっとんねん!きしょいっ!」
「よっすぃー、つまんなーい!」
まさしくイラついた声が遠くから届いた。
「ごめんごめん」
一回、自分の未熟を認めてしまえば、
初対面の子供にここまであしらわれるのは、
かえって気持ちいいぐらいだ。
右肩に神経を通した。
痙攣するようにだが、とりあえず動く。
ゆっくり右拳を握り、緩め、また握りこむ。
ポンプを押すように、気合を入れてゆき、
それで膨らむ風船人形のように、ゆっくり上半身を起こすと
「おーまたせしましたぁ」
わずかな動作でもまだ痛む右腕を、
胸ヒレのように前腕だけを上げて、
ピラピラどこかに向けて振って見せた。
「ようやく落ち着いたよ。では、始めましょーうか、センパイ?」
小さい影が、笑ったような気がした。
- 237 名前:第二話 ACT8 猟犬の訓練、居残り特訓 投稿日:2001年07月10日(火)00時41分33秒
- 接戦。
飛んできた辻に上半身だけの筋肉を使った軽いアッパー掌底でアゴを突き上げられた吉澤は後ろ向きのモーメントを利用してオーバーヘッドのニーキックで辻を迎撃しようとしたところ加護に軸足をすくわれて橋げたを崩された橋のように崩れかけるも両手バンザイで腕を背面に突き立ててブリッジの姿勢から後方宙返りを放ち宙に滞在したままの辻を腹と胸と太ももで包み込み抱きかかえると
一目散に逃げた。
そして確信する。反応スピードと耐久力は負けていない。
辻の首を腕で締めて、ずり落ちないように抱きなおして駆ける。
「むーむーむー!」
抱かれてじたばたする辻。
背後の吉澤に踵でキックキックキック。
足先だけのバタ足蹴りを太ももを締めて受けて、
短距離ワープしてくる加護をかいくぐりながら、左右上下、
壁、床、柱に足をつけて縦横無尽に駆け回る。
ほかほかあったかい子供を両腕でギリギリと抱きしめて、走りながら考える。
(さてさてと――あたしはこの子を殴るんですか?)
「むむむむむーめぇーめぇーこここっ」
じたばたじたばた。
吉澤の腕に爪を立てて愛らしい声で泣く子供を
ギチっと抱えこんで走りながら、途方に暮れた。
(冷静に、ちびっこが泣くまでぶん殴れっていうんですか?矢口さん……)
ぱた、と辻の体が重くなった気がした。
「あ――あああ?!」
足が止まる。
頚動脈を決められていた辻は、オチていた。
- 238 名前:第二話 ACT8 猟犬の訓練、居残り特訓 投稿日:2001年07月10日(火)00時43分32秒
- そして大地に立った加護は憤怒の形相で、
「――なにすんねん!ののになにすんねん!ヒトゴロシっ!」
「いや、殺してない殺してないっつーに!
ホラホラ、ののちゃん元気でちゅよー」
だらりとした辻の体を背中から抱きかかえて、
不自然な高い声をつくって、手を降らせる。
「あいぼーん、アーイ。ののちゃん、どぇーす。
ばぶー、ちゃーん。
……ほら起きてよ、オネガイだからさ、辻ちゃんー」
ゆさゆさゆさ。ばしばしばし。
セリフの合間に揺さぶりかけ、
背中を叩いて蘇生を試みる。
必死こいてる吉澤。
辻はくふぅ、と息を吐き出したものの
前のめりになったまま。
手足頭をグッタリ垂らしている。
その光景はさながら無様な人形繰りに
もて遊ばれているイタイケな少女人形。
アイカタの哀れな姿に、加護は烈火のごとく、
「なめんなぁっ!」
わずかな間合いをワープで詰めると、
踵を回して吉澤の鼻をネジ潰すような蹴り一発。
のけぞりスローモーションで倒れる吉澤から、
加護は辻を奪い取ってワープで消える。
- 239 名前:第二話 ACT8 猟犬の訓練、居残り特訓 投稿日:2001年07月10日(火)00時45分53秒
- ぽかん、と床にあぐらをかいて
汗まみれになって顔に張り付いた髪を正した。
これじゃラチがあかないっす。
こっちはソウソウ泣き出すタチじゃないし、向こうだって強情だし。
「加護ちゃーん。話あんだけど」
虚空に呼びかければ、フッと空間を割って来る加護。
まずは一声確認を。
「あー、辻ちゃんは……だいじょーぶだった?」
「……生きてます。特製ヒミツキチで寝かせてます」
ぷぅ、と頬を膨らませて
「せやから、よっすぃ?もう安心して負けちゃってくださぁい」
「なにがどう『せやから』なんだか……」
呆れ顔の吉澤に、
「よっすぃーを倒すまでは、加護はアンミンできないんですぅ」
拗ねた顔で言う。
吉澤は先々から溜まりに溜まっていた疑問を訊ねてみた。
「お前さ、あたしにナンカ怨みでもあんの?」
「……んー。タクサーンありますねぇ?」
しばしの沈黙後。低いオジサン声を作って冗談っぽく加護が言う。
「なんでやねん、今日初対面やろっ」
これまた冗談っぽく突っ込み返した吉澤に、
加護の目が急激に温度を下げた。
うにゅっと口をひん曲げて吉澤を見下す。
「……なんでやねんの発音、めっちゃ悪いわ。怨みポイント+五千点や」
それはどのくらいの怨み度なのか、イマイチわからない。
吉澤がきょとんとしていると、
加護はニマっと元気なおちょくり顔に戻る。
「えっと、千点で罰ゲームやから」
「って、一発で超えてるだろ!」
「ハイ、超えてますねぇー。CMの後をお楽しみにぃ」
ぱしぱしぱしぱし手を叩いてはしゃぐ加護を左手で制して
――ちっとも話が始まらないだろ――吉澤は提案をする。
「あんさ、ルールちょっと変えない?」
- 240 名前:第二話 ACT8 猟犬の訓練、居残り特訓 投稿日:2001年07月10日(火)00時48分06秒
- 静かに話し合いが行われ、条約は締結した。
「加護と辻、一ヶ月前にここでレスキューしてたんですよ」
あとは腹を隠しきる術も理由も持たない同士の、
こども政府外交官の和やかな雑談。
「じゃ、あたしの命の恩人かもしんないんだ。あたし、ここの生存者だから」
「……違いますよ。よっすぃーとかを助けたのは、安部さんと保田さんです」
加護は両手を後ろで組んで、ぶらぶら歩く。
「んで、ゴトーさん……うちの師匠は虫退治してました」
「じゃ、加護ちゃんはそれを手伝ってたんだ?」
吉澤はあぐらをかいたまま。
弟しかいなかったせいか、
この年下の女の子の素振り、話し振りを見ていると、
ちょっぴり優しく甘ったるいお菓子の気分。
だらっと肩を下げて気楽に聞いていたら、
「加護は、なーんもしてませんよ」
明るい口調の裏に、長い影が引いているのを感じて、
おや?と眉をひそめた。
「途中で倒れちゃいました。ちょっとムリしちゃって心臓痛めちゃったんです。
まだちょっとしか生きてないのに、死んじゃうかって思ったぁ」
「……ちょっとって、そんな」
イイや。もうこんなこと止め止め。かえってお布団で寝よう。
早急に決断を下して腰を上げかけた吉澤の膝の上に、
ぴょんっと加護がワープしてきた。
コアラがユーカリに抱きつくように
吉澤の腰に足を回して、肩を押し留め、額をごっつんとぶつける。
「ったわ」
ばくん。心臓が一回。リズムを無視した。
小さく身じろぎする吉澤に、
加護はおでこを引っ付けたまま吉澤の目を覗き込む。
加護の目は決して幼くはないが、大人びてもない。
ひどく近しい者を見つめる柔らかい色をしていた。
- 241 名前:第二話 ACT8 猟犬の訓練、居残り特訓 投稿日:2001年07月10日(火)00時53分49秒
- 「アワてないでくださぁい。今はもう大丈夫ですよぉ」
加護は再びワープして数メートル先に立ち、スマした顔で続ける。
「よっすぃーは、『うわっ自分、情けなっ』てぇ感じちゃったとき、
わーって走り回りたくならへん?」
「――まぁね。あるよね」
同意すると、加護はきゅっと両拳を握って
「だからぁ、ウチは、一ヶ月わーって走り回ってぇ、
めっちゃ丈夫になったし、すばしっこくなったん」
怒りそうな泣きそうな、そんなヘンな力のこもった目で、言った。
「よっすいには見せて上げられなかったけどぉ。
ホンマの加護は、めっちゃくっちゃ強いんです!」
その加護の口ぶりは、辻が飯田に大して強がる様とよく似たもので。
もちろん、そんなことを吉澤は知らなくて。
「……よっしゃぁ、いっちょどーんと見せてみぃー!」
ただ鷹揚に受けて立ち上がる吉澤に、加護は満足そうに笑う。
「……じゃぁ行きますよ。上でぇーす」
加護は通路に立つ巨大な柱に左手を当てて、右手を吉澤の頭上を指して
「どぉーん!」
太目の声で叫んだ。
真上にソリッドな存在感を覚え、見上げると降臨する巨大な石柱の塊。
円柱が円形に切り抜かれた物体が、重力に引かれて落ちてくる。
「だぁっ!」
飛びすさって逃げ出す前に、どかんと墜落する小隕石。
砕かれた破片と埃で煙幕がもうもうと立ち込める。
「どやっ!」
煙が収まる向こうには、加護がぎっと歯を向き目をきらきら輝かせていた。
その姿を見た吉澤は、最後の壁
――見た目の幼さから受ける印象までをぶっ壊してまで、
全面的に加護を認めた。
このセンパイは、強い。カッコいい。
どっか醒めてる。
気合の足りない、ほのぼよよーん野郎。
人からは色々と言われているが、
実は勝ち負けが明文化された単純な勝負にはケッコウな負けず嫌い。
そんな吉澤の体育系気質が燃え上がる。
今こそ燃えずにいつ燃える。
砂煙の奥に向けて、選手宣誓。
我々はスポーツマンシップにのっとり――略。
ただ声にしたのは
「よっしゃぁ!今度はこっちがいくぞぉ!」
ザラガラと足元の悪い煙幕の中を、まっすぐに突き抜ける。
- 242 名前:第二話 ACT8 猟犬の訓練、居残り特訓 投稿日:2001年07月10日(火)00時55分40秒
- 加護は吉澤を十分に引きつけておいてから、ふっと消えた。
吉澤は回る。
踵とつま先。
互い違いの足の端っこでしっかり床を踏みつけて急ブレーキ急回転。
振り向いた先を手探りで腕を伸ばすと
「ひゅっ?!」
息を呑む感触がしてスカされる。
ならば、もう一回転。
回れば今度は目が合った。
消える、現れる、また消える。
ぐんぐん回りながら距離を詰め、虫を払うように腕をぶん回す。
激しく暴れる吉澤の肩から飛び散った血を顔に受けて、
加護がすっと気配を消した。
小刻みにステップを続けながら
「おーい、加護ちゃん。逃げるのか?」
「逃げへん!絶対逃げへんわっ!」
ふぃっと数メートル先に、指の背中で目をゴシゴシこすっている加護が現れる。
――卑怯かな。
飛んで逃げるというのは、加護の持ち味を存分に生かした戦法なのだから、
それを煽るのはキレイな行為とはいえないと思った。
だが、これも追加ルールだ。
互いに目の届く範囲で動くこと。
先に床に倒れたほうの負け。
加護が目をこすり終えて前を見たのを確認してから。
「よーい、ドン!」
声をかけて、息を止めて追う。
- 243 名前:第二話 ACT8 猟犬の訓練、居残り特訓 投稿日:2001年07月10日(火)00時57分28秒
- こっちの勝機は、純粋に肺活量の問題になる。
「くはぁ」
息をつく加護の前に、時を与えずに飛び込む。
自分が息をつく暇は全くない。
その時間差、時間差を細かく積み重ねて、
相手の体力を削ってゆく。
自分で自分の肉をズタズタ切りさきながら、相手の肉をじわじわ削る。
全身に過負荷を与えつづける戦法を取れば、
ほどなく眉間にツーンと熱が溜まってくるし、
首の後ろから体が真っ赤に燃えて溶けていくカンジがする。
酸素不足で筋肉が悲鳴を上げだし、
加護が息継ぎのたびに取る間合いがどんどん遠くなっていくのを見て、
勝負をかけた。
加護と自分を結ぶ、最短距離を突き抜ける。
加護の残像を突き抜け、さらに前へ。
左斜め前方視界を掠めた影に
サイドステップで全身を投げ出して体をひねった。
尋常でない加速がついていた。
加減なんてできなかった。
怯えきった目を目前にして、
とっさにあちこちの骨を突っ返え棒にさせてモーションを変えた。
鎌のようなフックを袈裟懸けに叩き下ろすのではなく、
腰を留めて胸を逸らせて槍のように突き出した。
固めた拳がバクダンのようにぶつかってドゴンと重い音たてた。
- 244 名前:第二話 ACT8 猟犬の訓練、居残り特訓 投稿日:2001年07月10日(火)01時02分14秒
- 吉澤の拳は壁に肘まで突き刺さった。
耳のすぐ横に腕を通された加護は、
貼り付けにされたようにぺたっと四肢を壁につけて放心していた。
吉澤は、ふはぁ、と何かから開放されたように深呼吸し、
加護の頭のてっぺんにコンと額を乗せた。
「……ワザと外したなぁ」
「――ワザと外したよ」
目を細めて落ち着いた声をだす。
けっきょく、どう頑張っても
この器用なセンパイを捕まえて床にひっくり返す事も出来ないし、
相手の体が床にめり込む勢いで殴りつけることも出来ない。
これが自分なりの全力だ。
だから、もうどーでもいい。
だがその、人を見下した風に取られてもしょうがない態度が、
加護の負けん気を煽ってしまったようで。
びったんとちっちゃい平手を叩きつけられ、
薄い爪で頬をサクサク引っかれる。
「コケにすんなぁ!勝手なコトすんなぁ!あかんたれぇ!」
反撃はしなかった。
よっこいしょと壁から腕を引き抜くと、
一緒に壁の破片がぼろぼろと付いてきた。
それを払って、床に仰向けになり目を閉じて深く長く呼吸を整える。
加護は横たわる吉澤の横に座って、斜め半分身を乗せて、
吉澤の腹と胸をぽこぽこぽこぽこといつまでも叩く。
ぽてぽてぽて。
ちっちゃい足音が近寄ってきた。
「あれ……負けちゃったんだ」
辻は不思議そうに言うが、不服そうな様子ではなかった。
吉澤が平手打ちされたときから、加護は大粒の涙をこぼしていた。
- 245 名前:第二話 ACT8 猟犬の訓練、居残り特訓 投稿日:2001年07月10日(火)01時03分47秒
- <次回 SPACT
猟犬の訓練、放課後 に 吸血姫の現在(with 子供達。と狩人。)>
- 246 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月10日(火)01時11分01秒
- 寝ようと思っていたら更新が始まってしまいました。(w
ん〜、いい夢が見られそう。
- 247 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月10日(火)01時17分01秒
- >>226-229
リーダーの飯田さんの外見ですか。
この話を終えたときにでも、色々と言葉足らずの部分を蛇足させていただきます。
しかしながら、翼付きでの和装は構造上難しいと思います。
髪は茶色のイメージですが、『伸ばして生やせば』どうにでもなるでしょう。
これだけは明言させていただきますが。
この中での石川は黒髪で、吉澤の髪も焦げ茶色までです(苦笑
- 248 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月10日(火)01時19分47秒
- >>230
仕掛けておきながら、
正直そこにツッコミを入れてくれる方がいるとは思っていませんでした。
脱帽です。感無量です。
- 249 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月10日(火)01時22分36秒
- >>246
すみません。
美少女教育見ながら再確認&UPしてました(w
このまましばらく作業を続けて、
深夜か朝か夜にUPして、この話を終了させる予定です。
- 250 名前:第二話 SPACT 猟犬の訓練、放課後 に 吸血姫の現在(with 子供達。と狩人。) 投稿日:2001年07月11日(水)00時51分17秒
- 見られたら怒られるかな。
怒られるというより泣かれるかな。
泣かれるならまだしも、目を真っ赤にさせて襲い掛かられたらどうしよう。
ケンカが終わってしまったって、肩口が破けた血染めのTシャツは残るわけで。
これが質量保存の法則?ちがうか。
「飛びすぎて、ちょう、疲れたんで運んでくださぁい」
「つかれてないけど、辻もはこんでください」
関西弁とてへてへを両手に抱えて壁を蹴り上り、飛び出た吉澤は、
その場所が矢口や石川の待つ場所からいくぶん離れているコトを知る。
そして、移動の前に自分の状態に思い当たり、ボロTシャツ姿を
泣き虫の同居人の目からなんとかカモフラージュできないかと悩んでいた。
肩だけが目立たないようにあちこちを破る。――なおさら言い訳に困る。
辻加護の服とチェンジ。――着れるかな。ってか、お前一目で見破られるだろ。
脱ぐ。――その先どうするあたし。
「いったん家に帰って、着替えてから現れるというのはどーでしょう?
――いやいや、ソレが石川さんがおうちの鍵を持ってたりするんですけどねぇ」
語りかけている相手は、
指で地面にコミカルな赤ん坊のイラストをかいて、吉澤を待つ加護でもなく、
その横で、イらないヒゲや花丸を付け加えて加護にドツカれている辻でもない。
話し相手は、吉澤の中に潜んだ別人格かもしれないし、
宇宙に住むハッピーな交信相手かもしれない。
なんにしてもハタから見れば不気味なコト
この上ない独り言に夢中になっていると
「また、一人でヘンなことしてる」
かなり穏やかな表現で吉澤を批判した声は、
聞き間違えようなく耳に馴染んだモノで。
おずおずと振り返れば、
綺麗な顔をしたチープなヒップホップファッションの吸血鬼。
- 251 名前:第二話 猟犬の訓練、放課後 に 吸血姫の現在(with 投稿日:2001年07月11日(水)00時52分16秒
- 「な……なんでここがわかったの?」
「ひとみちゃんの血の匂いがしたから」
猟犬の称号を譲ってあげたいぐらいに敏感である。
逃げ腰になる吉澤の腕をはっしと掴んで、右肩の血の跡をじっと見て
「……傷は治ってるけど、缶コーヒーで洗った方がいいのかな?」
とんでもないことを言う。
「なんでそんなコト思いつくの?」
「――きっと、なんとなく、だよ」
掴んだ右腕を石川の口元まで持ち上げられると、
かぷ。
と、二の腕の辺りを軽く前歯で咥えられた。
上手な反応が返せない。
されるがままの吉澤に、石川は口を離して
「今晩、もらうからね」
ちょっとふくれて拗ねた目をする。
同じ顔でも、辻加護がするのモノとは朝と夜ほどに違っている。
夜の顔に睨まれて、吉澤はそっぽを向いてつま先でとんとん地面を叩いた。
赤らんだ頬を指で突っつかれて、さらに顔を背ける。
「おーい、イシカぁー、よっすぃー」
と矢口の声がして、石川の攻撃がやんだ。
顔を戻しかけたとき、ヒンヤリと柔らかい感触が頬に押し付けられた。
「あまりムチャしないで」
夜風のように囁かれる。
コーヒーの香りのする吐息と、猛スピードで背中を向ける石川の気配を感じ、
確認するように右頬に手を当てる。
「どーしたの、ムヅカシイ顔してさ」
矢口から声をかけられるまで、そんな顔をしていたのだろう。
「な、なんでもないです」
石川に背を向けて、背中合わせに立つ。
- 252 名前:第二話 猟犬の訓練、放課後 に 吸血姫の現在(with 子供達。と狩人。) 投稿日:2001年07月11日(水)00時53分37秒
- 「まぁ、なんだかんだ言ってもコイツラ出来るし」
「ですね。試合に勝って勝負に負けたっつーか」
「ほんま?ほんまによっすぃーそう思ったん?」
「……」
「梨華ちゃん、なんか顔がこわいよ……」
雑談を交えた反省会の最中に、バサバサと大きな羽ばたきの音がした。
「あー!いいださんの音だ!」
会合をうっちゃって、辻がてけてけ駆けていく方向に、
大きな翼を持ったヒトが飛んできた。
その翼人は滑空しながら辻を拾うと、みんなの方に突っ込んできて
――みんなのカタマリを体当たりと風圧でぐちゃぐちゃに破壊して通り抜けた。
「おい!なに考えてんだよぉ!」
矢口が彼方に叫ぶ。
イチバン遠くに飛ばされた矢口は、
吉澤にスライディングキャッチされて胸の中。
反対側に跳ね飛ばされた石川は、その場で縮こまっている。
ワープで直撃を避けた加護が、
石川の背中を強引に押して皆の元に連れて行った。
「ゴメーン、ぼーっとしてたよ。もう一回そっち行くから」
響きの良い綺麗な声に、
「来るなぁ!そこで降りて歩いて来ーい!」
矢口が追走声を出す。
辻の手を引いて歩み寄ってきた背高長髪で美人の翼人が、
辻の師匠の飯田だった。
- 253 名前:第二話 猟犬の訓練、放課後 に 吸血姫の現在(with 投稿日:2001年07月11日(水)00時54分53秒
- 飯田の人柄は、その差し入れ内容一覧を見ればわかってもらえるかもしれない。
保田のサンドイッチショップから購入したディナーボックス、三人前。
飯田が作った夕食(和風オムレツ、豚の生姜焼きなど)が詰められた弁当箱、二つ。
辻の好物。お手製ねじりあげパン、十五個。
辻の好物。フルーツキャンディーの袋、三つ。
炭酸健康飲料風味の液体が詰められた2リットル魔法瓶。
自作、刺繍入りタオル 三本。
自作 刺繍入りハンカチ 四枚。
自作、あみぐるみの熊(ピンク)一体。
自作、あみぐるみの猫(黄色) 二体。
ポケットラジオ 二台。うち一台は受信不良。
――パッキングの最中、飯田に何か発生したのだろうか。
吉澤の背中に冷や汗が流れたのだが、
矢口も辻も加護も、なんの疑問も訴えずに差し入れを広げていたので
深く考えない事にした。
郷に入っては郷に従えってヤツだ。
あみぐるみの熊をもらって喜ぶ石川を横目に、
吉澤は薬くさい炭酸健康飲料風味の液体をごくごく飲んだ。
飯田と矢口が辻の成長やら訓練やらの話を終えると、
「じゃ、矢口らは話があるんで空路で帰るから。
残りの差し入れは三人で分けて」
飯田の胸に辻、背中側の腰に矢口がつかまった。
飯田はその上、両腕に矢口の持ち込んだ装備品を下げている。
スレンダーな体型はすっかり隠れ、
重装甲機のようにゴテゴテしていた。
「大丈夫ですか?」
聞く吉澤に、
「こんくらい、余裕っしょ」
どこかの方言で飯田。
ちょっと男っぽくキバった顔を作って見せると、
翼をバサリとはためかせ、暴風を起こして飛んでいった。
風に巻き込まれた石川が甲高い悲鳴を上げて、吉澤にひっしと抱きつく。
「ドシタの?」
「ダメ……ああいうのダメなの。鳥とかってダメ」
「鳥って……失礼じゃん。ヒトだよ?」
「でもダメなものはダメなの!ハネとか翼とかハネとかハネとか!」
興奮気味の石川の背中を撫でてやっていると
「……のの、ええなぁ」
加護がボソッと呟いた。
- 254 名前:第二話 猟犬の訓練、放課後 に 吸血姫の現在(with 投稿日:2001年07月11日(水)00時56分08秒
- それで吉澤石川の注目を浴びてしまったのに気がつくと、
「ちゃうねん。ええと、ほらぁ空飛ぶの気持ちいいだろぉーなぁってぇ」
妙にムキになって言う。
石川も、吉澤と同じ事を感じたらしい。
「加護ちゃんはお迎え来るの?」
石川が聞くと、
「ウチなんか、一人で飛べば帰れるじゃないですかぁ」
「でも、飯田さんと矢口さんは、訓練結果みたいな事を話してあってたじゃない?」
「ウチの師匠は、どーもそういうコト眠たいって思うようなお人やから……」
口篭もる。
ちょっと困っている目で吉澤を見て、すぐ目を逸らす。
なおも問いただそうとする石川の肩にそっと手を乗せて、吉澤が口を挟んだ。
「眠たいってさぁ。加護ちゃんのセンセイはネボスケなんだ」
『眠たい』は関西弁で『つまんない』という意味で。
「いや、うん。そーですねぇ。師匠は眠たがりさんですねぇ、いろんな意味で」
でも、加護はボヤかした回答をして、へらへら笑った。
「でも、凄い人ですよぉ。ソンケーしてます」
「加護センパイのセンセイだからなぁ。スゴそうだよなぁ」
それこそ、いろんな意味で凄そうだ。
会ってみたいな、と、いろんな意味で思ったり思わなかったり。
「じゃぁ、加護も帰ります」
その前に、と吉澤の前に『気を付け!』をして
「よっすぃー。さっきはゴメンなさいでした。やりすぎでした」
四十五度に頭を下げた。
「お詫びにプレゼントしたいものがぁ、あります」
いかにも怪しい。
「頭突きはいらないからね」
「おや、よっすぃー。昔の事を意外に根に持ちますねぇ?」
「いや、三時間も経ってないから」
どこかで見たことのあるやり取りを吉澤と加護が行う。
「はーい。はーい。頭下げて目をつぶってくだーさい」
そこで言われた通りにしてしまうところが、
吉澤というヒトである。
- 255 名前:第二話 猟犬の訓練、放課後 に 吸血姫の現在(with 投稿日:2001年07月11日(水)00時57分02秒
- くいっと両方の耳たぶを優しく引っ張られると、
口の上に口をむぎゅと押し付けらた。
「むがぁ!」
吉澤が振り払う前に、ぱっとワープで逃げる加護。
「へへへーん、げっちゅぅー?」
数十メートル先でタコ口にした唇に人差し指と中指を当て、
ちゅ、
と投げキッスをする。
「何するんだよ、このガキ!」
「いまどき娘わ、口先だけじゃぁ愛が伝わりませーン。
加護の愛をプレゼント、フォーヨッスィー?」
「バカっ!こんなのいるかっ!」
瓦礫を拾ってオーバースロー。
剛速球が吉澤の手から離れるずっと前に
「はい、サヨナラサヨナラサヨナラっ!」
加護は猫みたいなニヤニヤ笑いを残して飛んで逃げた。
瓦礫はどこかの壁にぶつかって砕けたようだった。
遅れて、がらがらっと固形物体が砕け落ちる音がした。
- 256 名前:第二話 猟犬の訓練、放課後 に 吸血姫の現在(with 投稿日:2001年07月11日(水)00時58分04秒
- はぁはぁと肩で息をして、それを納めて腕を組む。
――振り返りたくないなぁ。
背中に刺さる気配が怖かった。
「怒ってないよね。どう考えてもあたし被害者だし」
振り向く前に、釘をさしておこうとしてみたが、
「……私が怒る理由なんてないじゃない。
加護センパイは先輩だし可愛いしまだ子供だし」
釘を打つスペースなんかゼンゼン残ってないぐらいに、
やっぱすげー怒ってた。
吉澤が針のムシロで簀巻きにされた心持ちで
ピリピリキリキリしていると、
差し入れが置いてある平たい石の上に
近づく影が目に入った。
「えへへ、飯田さんの差し入れもらってくの、忘れてましたぁ」
辻のようにてへてへ笑う加護の頭に、
吉澤と石川のダブル拳が、ごっちんと落とされた。
- 257 名前:第二話 猟犬の訓練、放課後 に 吸血姫の現在(with 投稿日:2001年07月11日(水)00時59分59秒
- 帰宅してシャワーを浴びて差し入れをつまんでいても、
なんとなく居心地悪い雰囲気が六畳間にみっちり立ち込めている。
孤独な吸血鬼が自分に執着する理由はわかっている、つもりだった。
自分なりにではあるが。
世間慣れしていない彼女に頼られるのは、イヤではなかった。
自分なりの常識範囲内であれば。
ところがこの一ヶ月間は、日々常識が更新されて行く暮らしぶり。
だから石川を初めとする、ハンター世界との交流の仕方に戸惑うばかり。
似たような困惑は、きっと石川も抱えているのだろう。
どこまでをどうやって提案して譲歩して認知すべきなのか。
吉澤と石川の関係はトライアンドエラーの真っ盛りだった。
――戦況はやや、石川押しである。
「あたしの方が泣きたいよ。いちおーファーストキスみたいなもんだぞぉ」
こんなせまっくるしい部屋、蒸し暑い夜。
無言よりもケンカの方がまだマシだろう。
そんな思いで、吉澤から始めた。
「違うもん。ひとみちゃんはキス初めてなんかじゃないもん……」
石川の断定に、数秒の沈黙。
とりあえず、思い当たる節はない。
だが、別の方向で思い当たる節が浮かんで
「……ひょっとしてマサカ。り、梨華っち、あああたしの寝てる間とかに」
キレられた。
「ヒドイよ!私の事なんだと思ってるの!『よっすぃー』なんてもうしらない!」
ティッシュ箱やらラジオやらがポンポン飛んでくる。
貧乏部屋の小型家具はあっという間に尽きてしまい、
挙句の果てには洋服の入ったカラーボックスとちゃぶ台が同時に飛んできて、
慌てて片手ずつでキャッチする。
上目遣いで睨まれて、吉澤は持った家具ごとホールドアップ。
「ごごごゴメンなさい」
「わかってくれれば……」
座る。斜めの女すわりに、膝立てた体育すわり。
荒れた部屋の中、先ほどよりも重い沈黙に包まれて、
「あー。血、飲んでもいいよ」
吉澤がジョーカーを出した。
- 258 名前:第二話 猟犬の訓練、放課後 に 吸血姫の現在(with 投稿日:2001年07月11日(水)01時02分15秒
- 今日の石川は落ち着いていて、飢えている、という風ではない。
吉澤はおどおどと『制約』を解いてやったあとも、
瞳が薄紅色に変わったぐらいだ。
石川の胸に背中を預けるような格好になった。
首筋を撫でられて、動脈の位置と深さを探り当てている。
「ココ……かな」
頭を押さえられて首を横に傾かされた。
耳から下にかかる髪もかきあげられる。
肩にアゴを乗せられ、ひんやりした吐息が首筋にかかる。
唇が首筋を掠れるたびに、足の指に力がこもった。
それも束の間、やがて。
「ん……」
「ねぇ……舐めてない?舐めてるでしょ?ナンデ舐めてるの?」
「んん?噛み付く前のぉ……消毒」
「あたし体育の時間にさ、傷を舐めると口ン中のバイキンが
傷に入ってよくないって習ったんだけどっんあ!」
首筋を強く吸われて、吉澤は座ったまま十センチは飛び上がった。
「ばかっ!なんで吸うんだよ!」
「牙を……入れるところのマーキング。念のため……。歯型も」
「つけんな!首にキスマークなんかつけたらゴカイされんでしょ!
適当に刺して適当に吸えって!」
「噛みつき方に失敗してズレると……ひとみちゃん……灰になっちゃうかも」
「濃い目にガッチリつけてやってくださいオネガイしますマジで。
てか絶対失敗しないでね」
「んん……だーじょーぶぅ。気持ちよくさせてあげるから……ね」
妖しい色気たっぷりの誘い声に、
心臓を太い杭で突き刺されような疼きが走った。
吉澤は目を潤ませ、心をぐらぐらさせて、体をカタカタ震わせて唇をかんだ。
神様何でもいいから早く終わらせてください。
- 259 名前:第二話 寅猫のためいき。 投稿日:2001年07月11日(水)01時05分25秒
- しばらく経った違う場所。
- 260 名前:第二話 寅猫のためいき。 投稿日:2001年07月11日(水)01時07分06秒
- 凛々しいハンター総括はプライベート・ナイトには別人になる。
「ウチの可愛い矢口は、チビッコ連れてどっかのバカ犬の散歩してるし」
四杯目がすっと消えた。
「みっちゃんは夜の楽しみが増えたとか匂わせぶりなコトいって
安アパートから出てきいひんし」
五杯目。一口味わった後は一瞬で吸い込まれる。
「今夜のウチは、酒と圭ちゃんだけが友達なんや。
圭ちゃん。そのぐりぐり目と優しい声でウチを酔わせたってやぁ? おかわり」
「当店ではお客様がお上がりになられる
アルコール飲料は五杯までと決められております」
「いけずやなぁ。圭坊〜。ウチ寂しいんねんでぇ?
激務に耐えた夜ぐらい、矢口の顔見て酒飲みたいっちゅーに、あのバカ犬がぁ」
二十四時間営業のサンドイッチ・カフェ。
アルコール飲料も取り扱っているが、高価なカクテル類ばかりなので
困ったお客様はさほど現れない。
現れるのは、マイ生樽とやらを勝手に店に持ち込んで
生ビールをかっ食らう保田の上司だけだ。
「裕ちゃん、矢口の吉澤の可愛がり方ね、
裕ちゃんが現役時代に矢口にやってたこととそっくりそのマンマなんだけど。
コレって身から出た錆って言わない?」
「言わへん。バカ犬と矢口はゼンゼン違うやんか」
「吉澤とちゃんと会ったこと無いんでしょ。
バカ――とか、そのヘンはまぁ置いといて。結構いいヤツだよ、アイツ」
「圭ちゃんもバカ犬の味方かい。ウチの友達は酒だけや。
うい、はよおかわり注ぎや」
「ですから当店ではアルコール飲料は五杯までと――」
携帯音。
酔っ払いを端目で確認しながら相手を確認。
――吉澤?
だが、受話器から出たのは吉澤ではない、女の泣き声だった。
- 261 名前:第二話 寅猫のためいき。 投稿日:2001年07月11日(水)01時08分51秒
- 窓から勝手に現場に入り、立ちあがって早々、保田は頭を抱えた。
「聞くまでもないわよね」
青ざめてぐたっと畳に横なってる吉澤。
部屋の隅っこで携帯を握ってシクシク泣いている女
――この子が吉澤と暮らしている石川って吸血鬼なんだろう。
「吸いすぎね?」
石川がコクコクとうなずく。
「あのね、吸血鬼が人殺したらハンターに狩られるからね。言っておくけど」
石川がブンブン首を横に振る。
「そのためにアンタがいるんでしょ、吉澤」
保田が吉澤の腹を蹴って転がす。
仰向けになった吉澤は、まぶしそうに額に手を掲げた。
「アンタ、そんなんでこれからあの子のマスターやってく気?」
しくしく泣く石川を指す。
後輩は、頼りない声で呟いた。
「どーなんでしょ」
それはこっちが聞きたいわよ。
保田はデキソコナイの後輩を細い目で見つめた。
- 262 名前:第二話 子犬と子供と狩人の日 投稿日:2001年07月11日(水)01時09分36秒
- <第二話 子犬と子供と狩人の日> 終
- 263 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月11日(水)01時15分31秒
- とても萌え萌えな吸血シーンでした(w
ゴチになりました。
- 264 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月11日(水)01時26分01秒
- やはし、みっちゃんでしたか。
- 265 名前:第二話 子犬と子供と狩人の日(終) 投稿日:2001年07月11日(水)01時30分21秒
- >>AI(アフター言い訳)
最初に章題名と章の主人公を決めてから書きました。
そうしたら、章ごとに中身と量がバラついてしまいました。
ご指摘を受けた、時間軸が千切れている文章は、
構成力不足の無茶が祟ったせいです。
(ちなみに、章は「似た者挟み撃ち」にして遊んでみました。)
長編を安定した文章で続けている方のすごさがしみじみわかりました。
リスペクト。
>>外見
マンガノリ、ですから、もっと描写した方が良かったのでしょうね。
メンバーは二千年後半〜二千一年前半辺りの外見です。
吉澤は焦げ茶髪の短髪、石川は黒髪、飯田は茶髪もあり黒髪もあり、
という事でお願いします。
後は特筆しないでも、大体メンバーのイメージ通りかと。
何かご意見があれば、文中で徐々に描写していこうと思います。
……巫女とか。
>>突っ込み
参考にさせてもらってます。
おかげさまでニンゲン吉澤のアクションシーンが一つ増えました。
>>今後
ネタはあるのですが、本当に更新が遅れます。
土日に出来るかどうか。
しばらく軽い話を書いてから、ラストに持っていこうと思います。
今回も、凝りもしないで次回予告をさせていただきます。
- 266 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月11日(水)01時33分34秒
- >>263
まぁ、ここではコレぐらいで……
>>264
関西組はみんなヘンな扱いですね。
活躍の少ない面々は、今後出していきたいと思います。
- 267 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月11日(水)01時47分14秒
- では、お付き合いいただいて
ありがとうございました。
- 268 名前:>>266 石黒は? 投稿日:2001年07月12日(木)02時19分25秒
- 第2話、読破させていただきました。
辻と飯田の関係がなんかほのぼのしていいですね。
すごく読み応えがありました。ほんとに漫画化してほしいっす。
あと結局吉澤の弟は死んだんですか?
- 269 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月12日(木)07時38分35秒
- >辻のようにてへてへ笑う加護の頭に、
>吉澤と石川のダブル拳が、ごっちんと落とされた。
うまいっ!ワラタ!
>>268
作者じゃないけど…
石黒・福田は名前だけ既に登場済み。
あと弟は指だけなんだからそれはつまり…多分…恐らく…
- 270 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月12日(木)08時24分42秒
- (o^〜^)( ^▽^)<スレ流し
- 271 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月12日(木)08時25分15秒
- (o^〜^)( ^▽^)<スレ流し
- 272 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月12日(木)08時25分55秒
- (o^〜^)( ^▽^)<スレ流し
- 273 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月12日(木)08時26分32秒
- (o^〜^)( ^▽^)<スレ流し
- 274 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月12日(木)08時27分23秒
- (o^〜^)( ^▽^)<スレ流し
- 275 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月12日(木)08時28分02秒
- (o^〜^)( ^▽^)<スレ流し
- 276 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月12日(木)08時34分02秒
- えー、一応、新規一見様ご来客を願っている物ですので、
勝手ながらネタばれ感想&質問をスレ流しさせて頂きました。
すみません。
ネタばれ質問&感想を禁止するわけではありませんので、
これからもお気軽にご利用ください。
ですが、ちょっと伏線を先に言われちゃったな、と思ったとき、
勝手ながら今回みたいに流してしまうかもしれません。
まことにすみませんが、ご留意ください。
短めの質問だったら、メール欄で行ってくれるとちょっと嬉しいです。
- 277 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月12日(木)08時41分35秒
- ということで、いらないプレッシャーをかけてすみませんでした。
>>268
石黒については269さんが答えていただいた通りでして、
ちょこっとだけですが。
>>269
今後の話で回答があるということで。
メール欄への回答はメール欄で行いました(w
- 278 名前:268 投稿日:2001年07月12日(木)11時17分32秒
- ご迷惑おかけしました。
次回更新楽しみに待ってます。
- 279 名前:269 投稿日:2001年07月13日(金)07時52分14秒
- OH!MY!
同じく作者さんごめんなさい!
- 280 名前::■次回予告 投稿日:2001年07月13日(金)19時15分28秒
「そぉーだねぇ。メスの血の匂いがするんだよね〜」
「――あなた正気なのっ?!」
――往来で平気に鞘走らせる金色の狼
「ふふん、なーかなかいい足だ。だぁーがしかし、駄菓子菓子、ハンターの中じゃあニ番、いやさ、三番目だな」
「……んだよ、あのバカ?」
――陽光を背にしてベンチに立つ銀色の狼
「やあ、みなの衆、お久しぶり!」
「そこに気持ちはあるのかな?」
「力が欲しいんだったら、がんばってがんばって、神様から奪い取る」
「あは、よっすぃーはサイコーだよ」
「も〜、めんどくさいっすね〜」
「いちーちゃん?いちーちゃんはねぇ――サイテー」
「今度は風船割り鬼ごっこゲームですか?」
「本業がなんなのか、わからなくならない?」
ハウンドブラッド
第三話
「狼なんて……?」
「やっぱラヴだろ?ラヴ」
「きゅーん」
- 281 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月13日(金)19時18分51秒
- 三話が早いか遅いかも不明ですが、次回予告だけをupします。
- 282 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月13日(金)23時09分37秒
- よ!
待ってましたッ!(笑)
- 283 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月14日(土)03時13分29秒
- あんちゃんかよ(w
- 284 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月14日(土)06時30分35秒
- 次回予告上手いなあ。すげー期待感が高まるよ。
- 285 名前:第三話 狼なんて…… 投稿日:2001年07月15日(日)03時46分24秒
- 孤独は一人ぼっちの夜の専売特許なんかじゃない。
仔細かまわず、ふと何かに心奪われたヒトの胸の隙間に忍んで来るモノだ。
- 286 名前:第三話 さよなら夏休み 投稿日:2001年07月15日(日)03時50分03秒
- 都内某所の河川敷。
二台の自転車が走っている。
一台は真っ赤なスポーツタイプ。
車輪一つ下がって併走する一台は、チャイルドサイズの白いママチャリ。
薄く白雲のかかる青空に、生い茂る緑草に、きらきらの川面。
ぬるまった夏気をまっすぐ突き抜けるまっしろい舗装路は、
地の果てを越えて空のむこうまで続いていそうで。
四つ切のスイカ、冷えたラムネ、べたつく汗。ホースで水浴び。
笑う、怒る、殴る、泣く、また笑う。
あの人と作った、あの顔、あの手、あの背中の時間。
夏休みの景色の向こうに感傷を見ているバイシクルドライバーは
爬虫類を思わせる焦点の無い目でのんびり自転車をこいでいた。
「ごとーさん。ちょぉ急ぎましょぉ?」
チャイルドドライバーが先導車に声をかける。
「はぁ。あっついからさぁ、力いれたくないんだよね。いいじゃん、このペースで」
じゃんけんぽんの負け組師弟コンビだった。
コウセイショウが用意したハンターの宿舎その他設備は、
街から離れた場所にある。
隔離された正義のバケモノ達の希望と期待を一身に背負って、
二人に与えられた重要な日課。
雑誌とお菓子の特盛り補給だ。
疾きこと風のごとく、のハンター達である。
自転車なんか使わないで走った方がよっぽど早い。
だけれども、プライベートタイムに街中で
びゅんびゅん風を撒いて駆けまわるわけにもいかない。
それがニンゲン社会への正しい適応というものである。
イミない勝負はスキじゃない。
だから向かい風がぐぐっと吹けば足こぎをゆるめる。
自転車と気候と気を合わせる。
そうやってペダルの足応えを楽しみながら言う。
「自転車とヒトにはね、さいてきかいてんすうってのがあるんだよ」
「はぁ。なんだかよーわかんない」
「えーと、足をてきとーに上下させて、
それで気持ちよく進むぐらいのてきとーなテンポ」
教えてくれたヒトがいた。
テンポを無視すると、自転車がキイキイ文句を言い出すんだ。
そこから、どうガツンと命じてやって自在に操ってやるか。
それが自転車とヒトの勝負。
ロマンチストのオコトバですねぇ、なんて笑い飛ばす事は今はもうできない。
- 287 名前:第三話 さよなら夏休み 投稿日:2001年07月15日(日)03時53分32秒
- 「でも、アイス溶けちゃう。チョコもべとべとになりますよぉ」
ママチャリの荷台に山積みにされたコンビニ袋。
スポーツタイプの両ハンドルに引っ掛けられたコンビニ袋。
ハンドルからコンビニ袋を取ると、
自転車を走らせたままママチャリの荷台に詰め込んで
「加護、今あたりにヒトいないしさ」
ママチャリから顔を離して、前方のでっかい空を見ながら語りかける。
他意はない。
声が届けば会話は成り立つ。走っていれば声は後ろに流れる。
それだけ。
「それもって先に飛んできな。あたしは、さいてきかいてんすうで行くから」
「それは、そうした方がいいってコトですか?」
肯定すると、口をむぎゅっと曲げ生真面目な顔を作りちゃきっと敬礼して
ママチャリは丸ごとワープした。
一人になったので、心置きなくあの夏休みの日々に帰った。
一人ぼっちはキライじゃない。
一人ぼっちの時じゃないと、
あの人を見るコトは許されないような気になるから。
でも、だけれでも、なんでだろう。
最近は一人で思ってるだけだって、叱られているような罪悪感に囚われる。
それぐらい、残してくれたっていいじゃないっすか。
反抗するようにくん、と鼻を鳴らしたら
湿気交じりの甘い草いきれが頭ん中イッパイに入ってきた。
自然に唇に浮かんできた昔の歌を、昔のようにいい加減に歌いながら進んだ。
気持ちよくなってきて、口をいっぱい開けて笑ってた。
しゃこしゃこしゃこ――
そう遠くない後方から、張り切って自転車をこぐ音。
「アイス、冷蔵庫に入れてきまっしたぁ」
そして、また車輪一つ下がった低位置につくママチャリ。
なになんで戻ってきたの?と聞けば、へへへと屈託の無い顔で笑うだけ。
並んで、てきとーな速度で自転車をこぐ二人。
入道雲の下。夏真っ盛り。
- 288 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)03時54分39秒
- <次章に続く>
- 289 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)04時02分41秒
- 一回分の更新量が少なめになるかと思います。
章の途中に区切った場合は、
*
こんな感じで区切り線のコメントをUPします。
>>282
人気コンビですから、楽しく書かせていただこうかと。
>>283
言われてみれば、自分の中ではあんちゃんのイメージがあるようです。
>>284
保田精神で、掴んだら離さないような予告を目指したいと思います。
- 290 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)04時12分56秒
- ミス発見(汗
このような改定はかえってしない方が良いのかもしれませんが、
ちょっと自分的にどうしても気になる箇所があったため、
UPさせていただきます。
>>287
×肯定すると、口をむぎゅっと曲げ生真面目な顔を作りちゃきっと敬礼して
ママチャリは丸ごとワープした。
○肯定すると、ママチャリは前に出てきた。
口をむぎゅっと曲げ生真面目な顔を作りちゃきっと敬礼して
ママチャリは丸ごとワープした。
×そして、また車輪一つ下がった低位置につくママチャリ。
○そして、また車輪一つ下がった定位置につくママチャリ。
- 291 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)04時27分49秒
- また見つけた(汗 鬱陶しくてすみません。
以後、文脈ミス以外(誤用・誤字)は訂正しない方向にします。
本当はミス0が理想なのでしょうが……。
自転車乗りは
×ドライバー
○ライダー
×でも、だけれでも、なんでだろう
○でも、だけれども、なんでだろう
- 292 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月15日(日)04時35分58秒
- おっ、第三話が始まってますね〜。
今回はなんかのんびりしたオープニングですね。
少しずつでいいんで着実に更新よろしく。
- 293 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月17日(火)15時28分59秒
- 面白いです。
- 294 名前:第三話 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月18日(水)19時13分05秒
- 第三話 一章 こんにちわテレビジョン
- 295 名前:第三話 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月18日(水)19時13分48秒
- 市場価格一万飛んで五千円のテレビデオから
街頭での刃傷沙汰に繋がったわけだから
やっぱり吉澤の住む世界はどうかしている。
- 296 名前:第三話 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月18日(水)19時15分43秒
- 二十二時の約束よりも一時間も早く街角に着いてしまった。
吉澤は銀行の壁にもたれて、ムダに時間を潰した。
行き交う人々の流れを感情のない平坦な目で眺めていると
「よっしざわ!」
背後からぽんと肩を叩かれ、目に光が戻る。
見れば清楚な白いワンピース。
ちっちゃいというより小柄な体型。
まんまるお月さまのような笑顔にはあどけない可憐さと無邪気さ。
「あ、どうも、わざわざ……」
吉澤のキンチョウ顔を見て、
童顔の娘は「やっだぁ」と顔をほころばして肩にしがみ付いた。
「なぁーにかしこまってんのさぁ、スマイルスマイル」
どうにか引きつった笑顔を浮かべると「カワイイー」なんて言いつつ
自分の方がよっぽどカワイク笑う娘。
安倍なつみ。
石川の女っぽさとは違ってツッコミできない正統派の魅力だけに、
マイペースを好む吉澤は安倍にちょっとした苦手意識がある。
(だいたい、カワイイだけの女のヒトじゃないしなぁ)
こう見えて、中澤一門のハンター連合一番のたくましい稼ぎ頭で
地下街の事件から吉澤を救った命の恩人だった。
- 297 名前:第三話 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月18日(水)19時19分22秒
- 事件後、間もない時期。
安倍が厚生省の病院施設に見舞いにきてくれたことがあった。
事件の話のほか、自己紹介を兼ねたコマゴマした雑談を交わしているうちに
吉澤の気がゆるんで、
「バケモノになった自覚が沸かないんですよね。なんかキモくて」
と、胸のうちを素直すぎるほど白状した失礼天然発言を飛ばしたら、
「なに言ってんだべ!」
安倍は隠し芸のように鮮やかにベットシーツを引き抜いて
パジャマの吉澤を転がり落とした。
呆然と尻もちをついている吉澤を、よいしょと頭の上に持ち上げて
ぽいっ。
それはもう、紙くずをゴミ箱に捨てるようなお気軽さで窓から放り出した。
一瞬、見知らぬババアが爽やかに微笑みながら手招きしている絵を青空に見た。
目を見開いたままアスファルトに大文字焼きを作った吉澤に、
「バーカ。甘ったれるんじゃないべさぁ。
丈夫な体になったって感謝しなきゃぁ」
安倍は二階の窓に肘を突いて笑っていた。
高所から吉澤を見下ろして笑う安倍は、
死神の鎌とキューピットの弓を両方背にした天使のようだった。
――いいヒトなんだけど、カワイイんだけど。
最後に『だけど』で言葉に詰るようなセンパイ。
あらゆる点で、自然に吉澤の頭が下がって数歩退いてしまうような相手だ。
- 298 名前:第三話 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月18日(水)19時20分23秒
- *
- 299 名前:名無し 投稿日:2001年07月19日(木)00時26分49秒
- なっちブラボー(w
- 300 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月19日(木)00時37分24秒
なっちは天使( ● ´ ー ` ● )
お約束ということで・・・
- 301 名前:第三話 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月19日(木)00時57分58秒
- 二人は保田のサンドイッチカフェに向かい、窓際の席をぶん取った。
深夜照明はやや光量の少ないオレンジ。
客入りは四、五割ほどで、ちょうど居心地いいカンジ。
「ごめんね、もう少ししたら後輩が持ってくるからさ。おそいなー」
安倍はしきりに腕時計を見ている。
「でもホントにちっちゃい安モンだよー?」
「いぃーえぇ、ウチにはテレビないからモラえるなら何でも嬉しいです」
「今度わたしの部屋に置くのはね、横幅広くてBSで液晶のヤツなの。
いいよねーBS」
寝室に置く新型テレビの話を嬉々として語りだす安倍に、
ちょっと懐かしいようなクラスメイトとのダベリの色を感じた。
テーブルを挟んでまったりとしたムードが流れているその中点に
「5番テーブルのお客様お待たせいたしました。
サーモンベーグルサンドにメキシカンラップロールです」
トレイが割り込んで、とん、と音を立てて置かれる。
「それと、これおまけ。ゆで卵」
黄色いエプロンのポケットから
ひょこっと卵が頭を出して、吉澤の皿に置かれた。
ウエイトレスは口元で人差し指を一本立てて吉澤に微笑んだ。
「ないしょ」
ははは、と吉澤が乾いた笑いをこぼす。
「あーいいなぁ、なっちもおまけほしーよー!」
――二人組に割り込んで、ないしょもナニもあったもんじゃない。
安倍が爪先でトンツクトンツク。
太鼓のリズムでテーブルを叩くと
オバカなウェイトレスはピクっと背を伸ばして回れ右。
「あ、はい、持ってきますね」
「なっちはゆで卵よりローストビーフがいいなぁ」
悪気ないフリでしっかりタカる。
「わ、わかりました」
「ちょっと、勝手にやっちゃってだーいじょうぶかぁ?」
「うん、私はまかない要らないから、その分で」
いそいそと小走りでカウンターに向かう背中を見て安倍が言った。
「石川、明るくなったね」
「そーっすね」
- 302 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月19日(木)00時59分31秒
- 石川がサンドイッチカフェで深夜バイトを始めてから二週間経っていた。
最初の一週間は保田いわく『ヘドモドすみませんマシーン』だったらしい。
朝に吉澤が目覚めると、部屋の隅に巣を作って泣きながら眠っている
石川を良く見たものだった。
(保田さん自身は優しいけど、言葉と顔がコワイからなぁ)
と、これまた失礼天然思考で石川を案じていた。
だけど最近は接客業も板についたようだ。
客にナンパされても、
あわあわしながらでもキッパリ断れるようになったらしいし、
たちの悪い客にナンクセ付けられても、
ヘコむことなく最低限のマニュアル対応はこなせるようになったと聞く。
バイトでのゼロ円スマイル訓練が影響したのか、
日常でも穏やかな笑顔を多く見せるようになった。
石川のアップダウン激しい気性に振り回されてきた身にとって、
喜ばしい限りである。
- 303 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月19日(木)01時07分23秒
- 石川は山盛りのローストビーフを皿に乗っけてこようとしたところを
シッカリと保田に見つかっていた。
驚いた石川はぴょこんと飛び上がって皿を落としてがらがらがっしゃん。
「……これ、半分上げます」
ため息をついて、ゆで卵をナイフで切って安倍に差し出す。
「あはは、ありがとー」
安倍は保田に首根っこを掴まれて
厨房に引きずり込まれてゆく石川を面白そうに見ながら
「このままが続くといいねぇ。
『いい吸血鬼は死んだ吸血鬼だけ』っていうけどさぁ」
「はい?」
「なっちね、このコトバは『吸血鬼にはワルモンしかいない』
って意味だってずーーーーーーっと思ってたの。
でもさぁ、イロイロ仕事して気づいたんだけど……実は違ったんだよね」
「――違うって?」
「ヒトのいい吸血鬼はね、真っ先にニンゲンに殺されるって意味だったのさぁ」
- 304 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月19日(木)01時08分16秒
- 硬い沈黙。
一息で飲み込んで吉澤が問う。
――なぜ吸血鬼ばかりが嫌われるのかと。
肩をすくめて安倍が答える。
――生まれながらの支配者だから。
ヒトの領分を侵さずには入られないモノ達だからと。
それは違う。心が否定をしたがった。
証拠を求めるようにレジカウンターに押し込まれた石川を見た。
叱られて目を潤ませながらも、
綺麗な顔を強引に歪ませてカタチどったブザマな笑顔を作っている。
くすりと鼻で笑って目のはしっこを細めた。
その吉澤の視線を安倍が追いかけて、やはりアハハと笑う。
「石川は変わってるよぉ。
なっちも優しい吸血鬼を知ってるけどソレとも違うしねぇ」
「……梨華っちは不器用なんです」
「そりゃアンタもだべさぁ。
ヒガイシャなんだから逃げちゃっても良かったのにさぁ」
「まぁ、ソレはなんとなくっつーか勢いとか行きがかり上でしてぇ……」
自分でも不透明な部分を指摘されて、にょごにょごと答える。
「――バっカだねぇアンタ。勢いで死んだりしたらバカだよぉ」
安倍はあったかい顔をした。
「ヒガイシャだからって遠慮してくれない奴らがいるんだからね。
気をつけなぁ」
よくわかんない話をした。
「奴らって誰ですか?」
即座に答えが返る。
「吸血鬼ハンター」
安倍は軽く言って、さっと胸の前で十字を切った。
「感染者はミナゴロシ。
吸血鬼に襲われた村一つを丸ごと焼き潰すような奴らだよぉ。
そういうコワイ奴らがさ、石川に赤丸チェック入れてさ、
賞金首になるのをワクワク待ってるんだべさ」
もう一度石川を見た。
真剣な様子でつり銭を懸命に数えていた。
- 305 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月19日(木)01時09分27秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
- 306 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月20日(金)02時50分10秒
- > 部屋の隅に巣を作って泣きながら眠っている石川
激ワラタ 情景が目に浮かんできたよ。
今後の展開が楽しみ!
- 307 名前:名無しです。 投稿日:2001年07月23日(月)03時11分22秒
- 市場価格一万飛んで五千円……て、飛んでねえジャン!!
- 308 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月23日(月)16時59分56秒
- 第二章まだかな〜。
- 309 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月23日(月)17時11分13秒
- 市場価格1万5千円なのが1万円無くなって5千円って事だよ!
安く売ってくれてんだよ、なっちが!
- 310 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月23日(月)17時27分41秒
- つまり蚊をつぶすような感覚なんだろか。
などと考えつつ…
きっとおそらく夏のせい。
- 311 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月23日(月)18時40分20秒
- 更新遅れ気味のものに対して、レスを頂きありがたく思います。
>>299-300
なっちはもちろん天使です。ただし羽の色は不明です。
>>308
すみません。もう少しで一部を更新します。
お楽しみいただけたら幸いです。
>>307
>>309
全面的にこちらの間違えです。ご指摘ありがとうございます。
自分事ながら笑ってしまいました。
「1万飛んで5百円」です。もちろん税込みです。
なっちは天使なのでタダで譲ってくれます。
>>310
吸血鬼ハンターが吸血鬼に持つ感覚、という事でしょうか?
- 312 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月23日(月)20時16分07秒
- 連絡によると、テレビの搬送役は事前の仕事が押しているらしい。
待ちつづけている間にとうとう日付が変わってしまった。
「ごめん、これから仕事なんだ。圭ちゃんと後輩にはキッチリ言っておくから」
安倍は伝票を掴むと、
サッと席を立って肩越しにひまわりみたいに笑って「バイバイ」。
あっけないほど何も残さない。
綺麗な女の去り際だった。
吉澤は空っぽの対面を見て実家を思い出した。
この数ヶ月。
席の向こう、あるいは隣には必ず石川や矢口や加護の姿。
こうして空の席に一人座るのは、むしろ実家暮らしの時の方が多かったのだ。
夜のカフェの窓ガラスには光が無く青白い自分の顔が映っていた。
暗がりの景色から、かつての日常と弟の姿を連想する。
ともに地下街の闇の中に見失ったものだった。
- 313 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月23日(月)20時24分18秒
- 吉澤は事実上のバケモノでありながら
政府ご認定のバケモノ証明書を持っていない。
右も左も目印が無いボーダーレスの荒野にポンと立たされた。
バケモノの素質が前に前にと気持ちを追い立てる。
ニンゲンの心が過去にすがる。
全てを失ったわけじゃない。
これも新しい自分のポジションがつかめるまでだ。
混沌とした自分の存在で大切な世界を傷つけることがないように、
そっと離れているだけ。
何も悩むことない。
目の前のことだけやればいい。
の、ハズなのに。
なんだよこの落ち着かなさは。
首を左右に振って肩を回してリラックス。
口をくにゅっと曲げて顔の体操。気分転換。
ファイト一発ガッツポーズでOK牧場。
空に向けて拳を突き上げエイエイオー。
――そしてやっぱり頬杖ついて、テーブルに向けて細いため息。
最近、ホントにどうかしてる。
「よっすぃ?」
エプロンを外した石川が、百面相をする吉澤の傍らに寄ってきた。
石川も心得たもので、突発的な吉澤の奇行にツッコミ一つもいれようとしない。
吉澤は、ぽぉっと石川を見上げる。
- 314 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月23日(月)20時25分57秒
- なんで梨華ちゃんがいるんだろ。
そうだ、バイトだたっけ。
深夜の二十四時には店員が休憩時間に入るんだ。
今は二人しかいないから、保田さんは休みが無いんだろう。
梨華ちゃん一人にお店を任せるなんてコワくてたまらない。
こちらを見ているようで見ていない吉澤に、石川はただ小首を傾げて不安げに、
「このところ、ぼーっとしてる事が多くない?」
「……そぉ?。このところ梨華ちゃんが家にいないからかもね」
一人でいると、自分のことばかり考え出してしまうからだろう。
そんな自分勝手な思いなのに石川はナニをどう勘違いしたのか。
えーっと甘い声甘い顔で照れくさそうに手を前で組む。
薄がりの照明に溶けている淑やかな目の中央。
ほんわり真綿にくるまれて幽かな信頼と喜びが灯る。
吉澤にはくすぐったさが湧き上がった。
無防備に甘えらてこられる絆への誇りと気恥ずかしいさ。
だけど、この桜色の心地よさはお互いにとってフェアじゃない。
「梨華っちがいないとさ。家が静かだからボーってできてグッスリ眠れるよ」
吉澤の中の安全機構が働いた。
わざと憎まれ口を叩かせて石川のゴキゲンをぺしゃんとヘコまさせる。
だが石川も昔の石川のままではない。
寝起き、バイト前、帰宅時、寝るとき。
一日に何度も
「私と一緒にいていいの?」
と怯えながら確認を取る孤児ではない。
自らの職分に覚悟を決めた血の従者は
滑稽な明るさをふり絞って力強く反抗する。
「もー。たしかに私、一晩中しゃべっちゃうけど。
でもよっすぃーはいっつも話の途中で寝ちゃうじゃない」
- 315 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月23日(月)20時29分12秒
- バイトに慣れ始めてからの石川はビックリするほど饒舌になった。
看守じみた保護者ヌキで外界に出て自由にふるまうのは、
日光耐性がまだ強かった小学一、二年生の通学時以来だという。
二人きりになれば興奮気味にまくしたてる。
あれを見た、こう思った、どう思う?
まるっきりナゼナニ小僧だ。
吉澤が昼バイトから帰ってきて、
入れ替わりに石川が夜バイトに出かけるまでの宵の口。
吉澤の常識をグラグラさせて頭痛を引き起こすような
トンデモ発言を飛ばしまくる。
「なんでお買い物ってするのかなぁ?欲しいモノを取ってきた方が早くない?」
「あんねぇ、早いとか遅いとかじゃなくってさぁ……」
口下手。思考のスロースターター。知識不足。
困ってモゴモゴ言いよどむ。
「……とにかく、それはドロボウだからダメなの」
「えー、なんで、どーして?取られた人は他のトコから取ってくれば順番に……」
「ダメなもんはダメなの!それがニンゲンの法律で義理人情で約束なの!」
「でも私、ニンゲンじゃないよ?それでもダメなの?」
「こういうことはニンゲンもバケモノも関係ないの!みんなで幸せになるの!」
たいがいは論理的な説明ではなく、吉澤の倫理感の継承で終わる。
「……でも、ニンゲンはみんなそう思ってるのかな」
――聞かないフリをすることもあった。
「で、私がヒトを殺しちゃダメなのはなんとなく気分的にわかるんだけど、
なのになんでニンゲンにヒトゴロシなんているの?
カフェで新聞読んだらヒトゴロシの事件がいっぱい――」
「知らないよそんなコト!」
――キレることもあった。
あまり優秀な教師ではないモノの、石川の情操教育には効果十分だった。
――物知らずの反面教師だったのかもしれない。
とにかく今の石川はハッキリと、見知らぬ外の世界に目を向け始めている。
- 316 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月23日(月)20時30分22秒
- 「それより、ねぇ?」
先ほどの安倍への失敗で懲りたのか。
さっと辺りを見回して、しっかり人気を確認してから耳元に囁くナイショ話。
「おなか、すいちゃった」
袖を引いて床に誘う女のようなオネダリの顔。
そんなのちっとも効かないぞ。
見栄を張るために渋い顔を作る。
声が上ずったりなんかしてカッコ悪い思いをしないように
ノンビリ構えて、
「……夜食の時間ですかぁ」
すっかり人気の減った店内。
カウンターを守る保田に会釈で合図して、二人は店員休憩室に入った。
- 317 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月23日(月)20時34分13秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
- 318 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月23日(月)22時37分43秒
- 毎日の行為でなんとなく察していた。
吸血鬼――少なくともこの同居人には、食欲と性欲の区別がないんじゃないの?
ただタレ流されるだけの『冷たい血』ではなく、
気の高ぶりが宿った『熱い血』でなければ
本当に満足はできないと綺麗な吸血鬼はぶーたれるのだ。
初めて牙を挿された後、石川は元気になった。
だが吉澤の方はその過激な感覚をどーしても受け入れかねた。
今後の行為を断固拒否をし、手首を切ってコップに注いだ血を飲ませていたら、
石川は日に日にシオシオと弱っていき夏バテ状態に戻っていった。
だからホントに渋々と仕方なく、なのだ。
- 319 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月23日(月)22時42分58秒
- 肉を食いちぎって溢れる血をじゅるじゅる啜るような吸血鬼もいるという。
比べれば石川のやり方はスマートだ。
数センチだけ尖らせた牙を首筋のポイントに的確に埋め込めば、
同時に捕食者と獲物の感情がリンクされる。
カッと細かい稲妻が幾つも駆けぬけて総毛立つ。
背中、わき腹をぞぞっと抜けて皮膚を震えさせた。
目の前の相手にしがみ付きたくなるような衝動。
吉澤は座席の端っこを握り締めてぐっと堪えるが、
石川は激情に逆らおうなんてハナから考えてもいないだろう。
吉澤の腕と背中にギリギリと爪が立てられる。
挿した牙を伝って、重力に逆らって上向きに血が流れてゆく。
流れた血は石川の口内に吸い込まれる。
「……痛い?」
「……別に」
会話の途中に、こくっと小さく喉が鳴る。
女の子同士で出しあうような声ではないと判断して、
吉澤は意地になって喉の奥で音をネジ潰す。
興にノリ切った石川は遠慮ナシにくぐもった声を漏らして
顔や体をこすりつけて甘えてくる。
「ねぇ……痛くない?……へいきぃ?きもちいい?」
「うっさい聞くなっ……」
そぉとぉにエロい。
- 320 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月23日(月)22時43分54秒
- だけれども、ウマく出来たもの。
ある程度まで吸血が進むと、
すっと全身から熱が引いて視界がうっすら暗くなってくる。
ココがちょうど失血の臨界点。
「ほら、ブレイク、ブレイク」
石川の背中をポンポン叩く。
石川も吉澤の冷えた感覚を受け、気分が下火がかっている。
素直に牙を抜いた。
が、今度は首筋に唇をピッタリ押し当てて肌の上を這わせだした。
血に濡れた赤い舌で傷口から滲み出す血をぺちゃぺちゃと舐める。
「止め止め止めぇーっ」
色づいた石川の頬を平手で挟んでぐいぐい押しのける。
それでも引っ付いてきた。
吉澤は踵を使って器用に靴を脱ぎ、
足底を平らにして石川の腹をぺたんと柔らかく蹴り飛ばした。
「んんっう……」
床に転がされて子猫のように鳴く石川。
吉澤は全力全開ブッちぎって気だるい意識を振りきった。
ぴしゃぴしゃ左拳で頬を打ちながら
備え付けのウェットティッシュで傷口周りを拭う。
「オキャクさん。とりあえず、ゴマンゾクですかぁ?」
石川は呆けた顔を幸福そうにさせてグッタリうなずいた。
目がトロリとしている。
顔には汗で乱れ髪が張り付いている。
その視覚だけで再びノボせた。
- 321 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月23日(月)22時45分50秒
- 目頭を押さえてふーっと鼻から息を抜く。
――どうしてコレはドコからドコまで……
吉澤の中ではすっかり
吸血鬼イコール、エロという算式が出来上がっていた。
「……ゴマンゾクさまで、ソリャ良かったね」
ウェットティッシュを重ねて額に乗せ、熱を冷ました。
血が減っていなければ鼻血でも出しかねてない。
自分が男じゃなくって良かったな、など思った。
もし男だったら、
どうしようもなくカッコ悪いコトになっていそうな気がする。
ウエットティッシュの箱を石川にも放ってやった。
石川は徐々に正気を取り戻し、恥ずかしそうにうつむいて口を拭う。
その様子を目の端っこでチラチラみながら
吉澤は財布の中身を計算していた。
(つかれた……冷たいモンが飲みたいな)
- 322 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月23日(月)22時47分15秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
- 323 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月24日(火)02時22分20秒
- なんか、ものすごくエロいな。
- 324 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月24日(火)02時26分00秒
- 辻加護コンビには見せられないくらいエロエロに感じます(w
- 325 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月27日(金)15時17分22秒
- う〜、更新待ち遠しいーーーー!!
- 326 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月28日(土)12時25分02秒
- 土・日には更新あるかな・・・
安倍の後輩って誰だろ?
- 327 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月29日(日)16時33分22秒
- ん〜とってもいい感じ。
- 328 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月30日(月)19時29分52秒
- 「んあ」
おっきいアクビ。
ホールケーキから一切れ抜いたようなパックン顔。
遅れて手で口元を隠す。
中央にかすれたプリントがある古びた赤いトレーナー。
テラテラ黒のパンツ。
斜めに下げた灰色のボディバックは胴体を半分隠している。
長めの茶髪をさらっとなびかせた鋭角な顔つきの美少女だ。
夜の盛り場をズンドコ一人で歩いていてもチットモ浮かないどころか
影でオラオラとヤクザを締めてたりしそうな風格を備えているのだが、
「んむ」
二回目のアクビをかみ殺すその姿はなんとも眠たげ。
朝から厚生省に出向し、新素材の耐久テストに明け暮れて
日付越えをしてしまったのだから無理もない。
――とも、言えなかったりもする。実は。
ハンターの体力はそんなにヤワじゃない。
睡眠と食事と休息をこよなく愛する彼女だからこそ
「んむむ」
閉じかかった半目でアクビをカミカミしてるのだ。
この眠たい瞳のお嬢さん。
実は、安倍なつみと双璧をなす業界屈指の実力派ハンターとして高名な
後藤真希だったりする。
- 329 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月30日(月)19時32分20秒
- ベビーカーサイズの荷車にダンボールを乗っけて
カラコロ片手で押してゆく。
センパイであり同僚でもあるびみょーな上下関係の
安倍から頼まれた運搬作業。
(ニモツ運びは加護の仕事だと思うんだけどなぁ)
確かに、童話に出てくるチェシャ猫みたいに空間を渡る力を持つ
『どこでも加護』ならワープ一発の仕事だった。
――その頃、後藤の弟子の加護は。
「……ださん、動きがカクカク……うわぁ、えぐぅ……」
「……ぴざ」
「っさいなぁ、カッテにアタマに……んな」
辻とともに飯田にしごかれた後、宿舎の飯田の部屋にお泊り中。
三人川の字になって夏用の薄布団にもぐって泥のように眠っていた。
まだまだお子様風味丸出しの加護を電話で叩き起こして
使いっぱさせるホド、後藤は鬼ではない。
安倍が自分を指名した理由もなんとなくわかっていた。
きっと、またまた誰かを紹介する気なのだ。
- 330 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月30日(月)19時35分09秒
- 昨年の夏の終り。
後藤は公私にわたる大事なパートナーを失った。
それで後藤からぽかーんと大事な何かが抜けてしまったようだ。
暇つぶしは寝ることになった。
あんまし怒らなくなった。
あんまし笑わなくなった。
常時節電設定、スリープ状態となってしまった後藤に対して
センパイ方は手を変え品を変え、
新たな人脈を持たせて気分を変えさせてくれようとしていた。
「ゴトーさん、今後、末ながぁく、よろしくお願いしまぁす」
例えば加護の教育係を任された。
加護は熟練ハンター達の間をあっちこっち動き回って、
スキルを肌で吸収していくタイプの天才肌のオコサマ。
自分が教えたことなんか、ハンター宿舎の規則と
東京での電車の乗り方ぐらいだったと思っている。
「ゴトー、アンタ最近高給取りやけどなぁ……
金の使い方、よぉわかっとらんやろ?
うまか棒のダンボール買いなんかせえへんと、
もっと有効な使い道あるやろ?」
上司の中澤など、証券会社の人間を紹介してきた。
どれもこれも、面倒だった。
センパイ方の画策にはイマイチ乗り気ではない後藤ではあったが、
かといって、センパイ方の厚意自体はありがたく。
ウザイと断ることが出来ない義理堅さをもっているわけで。
深夜、一人っきり、眠たい目をして。
後藤は安倍のいい付けに従ってカラコロ荷車を引いていく。
- 331 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月30日(月)19時36分15秒
- 「ん?」
ぷるっと身震い。
体が反応した違和感。
後藤は矢口とは違った形で索敵器官が発達している。
自分から意識を外に向けて敵をサーチする『手動的』な矢口。
一方、後藤はヤバイ気配、イヤな雰囲気を体が勝手に受けとめる。
矢口のように敵の位置を突き止められるものではなく、
警報装置がウンウンと鳴るだけ。
だから、それだけでは実用には事足らない。
くん。
五感の中では触覚の次に頼りにしている
感覚器官をうごめかせた。
くん、くん、くん。
半目になって小鼻をピクピクふくらませる。
遮蔽物を迂回して流れる大気の含有物から
辺りの様子をうかがう。
街のうわっつらの匂いが頭を抜け、
胸に広がって心を染める。
酒、揚げ物、干物、ニンニク、あ、ゲロしてる。
胸の内が呆れまじりの平和な色に変わる中、
心臓を針先でなぞるように刺激する匂いを見つけた。
昂ぶった女の血。扇情的な汗。
「うっわぁ」
胸がドキドキして頭がクラクラする。
後藤は両手で胸を押さえた。
天を仰いで夜空の黒で目を洗い流す。
甘ったるい色は後藤の逆鱗にヒットして
じわじわと激しい怒りを伴った嫌悪感に変化する。
狩猟者の食事の残滓。
この匂いはヘドがでるほど嫌いだった。
- 332 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月30日(月)19時37分01秒
- きょうび、街の吸血鬼は生き血を飲まない。
正々堂々とした吸血行為は、
相思相愛の酔狂なパートナーに恵まれたごく少数の幸せモノしか
できないんだから仕方ない。
日本国籍を持つ吸血鬼のほとんどは
一人身の切なさで涙をちょちょぎらせて、
厚生省から配布された輸血パックをちゅーちゅーやるだけだ。
ということは。
雑多な盛り場でエロい血の匂いを振りまいている吸血鬼は
ニンゲンを襲う狩猟者である可能性が高い。
匂いを追ってゆったりと後藤は歩く。
敵を探して後藤の目は細く絞られる。
そうして後藤はコンビニに引き寄せられていた。
- 333 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月30日(月)19時37分51秒
- 道路向こうのコンビニの元。
夜を焼く照明の檻に守られて佇む二人の少女を見つける。
匂いの元から判断する。
華奢で女っぽい方が吸血鬼。
スポーツをやっていそうなショートヘアが食料。
従者ではないだろう。
吸われた血の匂いに吸血鬼の混じりッ気がない。
綺麗に澄んだ、健康なニンゲンの匂い。
この時点で、後藤はこの吸血鬼をニンゲンを狩るバケモノと認定した。
食料は操られてるのか。
それとも騙されていて、気づかれないところでコッソリ血を吸われているのか。
道路の向こうから二人の様子を観察する。
吸血鬼は麦茶のペットボトルを両手で抱えて
チビチビと飲んでいる。
食料はその脇。
体を斜めに向けて吸血鬼を見つめている。
何もかオールOKというような穏やかで投げやりなユルい顔。
- 334 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月30日(月)19時39分01秒
- 吸血鬼が隣からの視線に気づく。
隣の腕をつかんで引っぱって、
相手がビックリするほどに顔を寄せて嬉しそうに笑う。
ちょっとのけぞった少女は怖気ついたように顔をゆがめる。
のけぞった勢いを使って、
ごつん。
額をぶつけて迫り来る吸血鬼を退けた。
目をぱちくりさせた吸血鬼からペットボトルをひったくって、ぐびり。
ふくれっつらの吸血鬼に背を向けて、わざとらしく無視。
吸血鬼が前に回り込めば、少女はあさっての方を向く。
それを繰り返す。
少女の袖を引き裾をつかみ、
ねえねえ、ねえ?ねえってば?
少女の周りを子犬のようにはしゃいでクルクル回る。
ケモノの耳としっぽをぴょこんと出しかねないイキオイだ。
「んぁ?」
後藤は悩んだ。
チミタチいったいどんな関係ですか?
食料と狩猟者があんな風にじゃれあえるモンなんだろうか。
「う〜ん」
ていうかぁ。あのはしゃぎっぷり。本当に吸血鬼?
ゴトーの知ってる吸血鬼は、なんか、もっとこう――
あごに手を当てて考えていたので
注意力が散漫だったのだろう。
ふっと、吸血鬼と目が合ってしまった。
その瞳がみるみる真紅に変わっていく。
気づかれた。
どうする。やるかやめるか。どうしたら。
――いちーちゃん。
頭に浮かんだその名前は、振り返ることを許さない突撃のおまじない。
荷車から手を離す。前を見る。敵を見る。
目をしっかり開いた。
- 335 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月30日(月)19時40分27秒
- 道路の川をイナズマのように飛び渡ってくる影。
襲撃者はたやすく石川を壁に釘付けにした。
「くぁっ」
左手を喉輪にされて吊り上げられ、
コンビニの赤レンガ風の壁に押し付けられている。
伸ばした爪で襲撃者の腕を刺して斬るが、びくともしない。
キリキリと締まる手。
喉をちぎられそうになり、腕が垂れて、意識がかすれて――ひとみちゃん。
「りかっ」
解放された。
地面に落ちてケホケホせきこむ。
顔を上げると、吉澤と襲撃者の少女が立ち組み合っている。
吉澤の体が横に回される。
手足が伸びきった人形みたいに横転。
ぺたと寝かしつけるように投げ落とされた。
「あれ?あんた、ニンゲンじゃないの?」
吉澤は顔を真っ赤にさせて
「あたしはニンゲンだよ!なんだよ!アンタは何したいんだよ!」
「そぉーだねぇ。メスの血の匂いがするんだよね〜」
のほほんと言われて。
再び持ち上げられて。
「ホンのちょこっとだけ、どいてて」
襲撃者の頭上に高く持ち上げられると、
紙飛行機のように頭から投げられる。
吉澤はダンボールの山にどさっと突っ込んだ。
- 336 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月30日(月)19時41分55秒
- 「さて」
長距離を滑る、ワンステップの踏み込み。
踏み込んだ方と反対側の足が唸る。
尻餅をついていた石川は腕だけを使って後ろに飛んだ。
高速度のローキック。
固くなった靴先が鼻先を掠めて鮮血が飛ぶ。
途端、襲撃者の動きが止まった。
片手で顔を覆い、背中を丸めて足を広げて
バケモノのように咆えた。
叩き下ろされた拳で、アスファルトがすり鉢上にえぐれた。
石川は中腰で退きつづける。
背中にコンビニの窓が当たった。
石川の顔が引きつる。
襲撃者がボディいバックの後ろに手を差し入れたのを見た。
動作の全部を見届けず、横に転がる。
一閃。
爆風を受けたように、窓ガラスが破裂した。
- 337 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月30日(月)19時42分52秒
- 人気のないコンビニから店員だけが逃げ出した。
衝撃波で吹っ飛んだ石川は横たわったまま襲撃者を見上げ、
「――あなた正気なのっ?!」
襲撃者は右手はだらりと剣を下げ、左手は仮面のように顔を覆う。
隙間から覗いた独眼からはレーザーポインタのような
強烈な金色の光が輝いて石川の真紅の瞳を貫いた。
「正気じゃないかもね――」
剣を振って、石川を指した。
「吸血鬼の血。嗅ぐとキレるんだ」
剣を振り上げる。
逃げられない。逃げてもムダだ。
今からどこに転がっても、剣の間合いからは逃れられない。
石川の戦闘本能は最後の一矢を報いようと長く牙と爪を伸ばし――
「しんで」
襲撃者は踏み込む。石川も飛びだす。
剣は下に。石川は前に。
そしてその間に吉澤。
剣は吉澤の鼻先で止まった。
石川は吉澤の背中にぶつかった。
- 338 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月30日(月)19時47分12秒
- 無理な体勢で剣を押さえた襲撃者は、
腕をクロスさせて剣を止めようとした壁と見つめあった。
馬鹿にした風に壁を見る。
(――斬れるよ、そんな腕?)
馬鹿にされた風に見られて憤る。
(ったって、トッサだったんだよっ!)
相手が剣を止めた。
それだけで、吉澤の構えを解く理由に足りた。
「りかっ!止めっ!」
なおも襲い掛かろうとする吸血鬼を、壁が両腕に抱きかかえて止めた。
それは襲撃者の剣先を地に向ける理由になった。
言葉を消して語り合う。
(……なんか違うの?)
(――たぶん違うよ?)
二の句もなく、ただ目と目を繋ぐ。
やがて、
「あは」
襲撃者が吉澤の腕の中を見て笑った。
見ると、石川が切なげな目で吉澤を見上げていた。
「な、なに?」
石川を離す。
「――今の顔、ちょっとカッコよかった」
と、なぜか不機嫌そうに言った後、石川は襲撃者を睨む。
「あなた、一体――」
「アンタ達!ナニやってるのよ!」
場の緊迫を砕く怒声に、三人の目が一ヶ所に集まって
「保田さん?」
「保田さん!」
「圭ちゃん?」
バラバラの不協和音。
これで安物テレビの短い旅行記は一応の結末をみる。
- 339 名前:第三話 第一章 こんにちわテレビジョン 投稿日:2001年07月30日(月)19時49分12秒
- >>328-338
<次章に続く>
- 340 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月30日(月)19時52分13秒
- >>323-324
吸血鬼と石川はどこかしらエロいという個人的な思い入れがあります。
更新遅れ気味です。週一はできるようには善処したいと思います。
- 341 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月31日(火)05時47分33秒
- 更新待ってたよ。今回もサイコーだ。
>>331で一点だけ。
後藤=オート vs 矢口=マニュアル
というニュアンスで『手動的』としたと思うんだけど、
センサーのタイプを表す技術用語としては、
後藤=パッシブ(Passive)=「受動的」
矢口=アクティブ=「自働的」or「能動的」
の方が正確だと思う。
ただ、このまま使うと表現が硬くなる気がするし、
「自働」と「自動」がごっちゃになる虞もあるので、
元の表現を活かしつつ、ひと手間かかるという意味を込めるなら、
「『手動』な矢口」
の方がベターかも。あ、省けば簡単なのか。(^^;
細かくてスマン。ま、期待の表れということで。
- 342 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月31日(火)07時30分49秒
- >>341
そういえば、パッシブセンサーというものがありましたね。
書いているときに気がついていれば「受動的」という表現は使っていたと思います。
アクティブセンサー(自働・能動)の方は、
全くおっしゃる通りでして、思いついていても使用は控えたと思います。
ご指摘を受けた「手動」表現の辺りでは違和感を覚えていたのですが
上手い言い回しが見つけられなかったので、GO!してしまいました。
今、手直しをするならば「意識的に行っている」という
意味合いが出るように新たな短文を作って、書き直すでしょう。
さらさらと文が思いつく方ではなく、悪戦苦闘しながら言葉を搾り出しているので
全体的にぎこちなさや描写不足な部分が出ていると思いますが
ザクザクと豪快に読み進めるような物語になるよう目指して書きつづけます。
ご笑覧&ご意見、どーもです。
- 343 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月10日(金)04時47分01秒
- <お知らせ>
スレの容量一杯のため、話の途中で申し訳ありませんが
次から新スレに移行したいと思います。
ですがここ緑版では現在スレが立てられません。
できるだけ他版にスレを移動させたくないので、
しばらく緑版の復旧の様子を伺いたいと思います。
復旧の目処がなかなか立たないようでしたら、
考えている他の方法を実行します。
- 344 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月11日(土)08時33分03秒
- 了解、お待ちしてます〜
- 345 名前:Index 投稿日:2001年08月16日(木)08時01分41秒
- 第一話 猟犬は朝焼けに走る (六章+終章+次回予告)
>>1-74
第二話 子犬と子供と狩人の夜 (序章+九章+終章+次回予告)
>>75-284
第三話 狼なんて……? (序章+一章 以降は新スレッドにて展開)
>>285-342
- 346 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)08時10分23秒
- 新スレを立てました。
「ハウンドブラッド SecondEdition」
【新スレ、最新レス25へのリンク】
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=green&thp=997916641&ls=25
Converted by dat2html.pl 1.0