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恋愛小説。

1 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月17日(日)07時39分44秒
小説書きます!
いちごまでしかも市井脱退ものという今更感ありすぎるものなので
sage進行のほうがいいかなーとも思ってます。検討中。
ではスタート。
2 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月17日(日)07時40分59秒

恋のお葬式、と後藤はいった。
正確には、「あたしの恋のおそーしき、だよ。市井ちゃん」と笑って、いった。
五月二十一日。
夜。
都内のホテルで。

「ん――。……後藤……?」
長い長いくちづけのあと、市井はゆっくりと顔を離す。
薄い涙の膜が、後藤の愛敬のある目を潤ませていた。
後藤は、すでに何度も達しているせいで、汗ばんだ額に前髪を張りつけていた。
市井は、それを指で払ってやる。
二人、生まれたままの姿で、ベッドにいる。
向かい合って、横たわって、吐息と肌を触れ合わせている。

「市井ちゃん……」
後藤は、まだ軽く息を弾ませたまま、顔を隠すように市井の胸にうずめた。
市井は体から力を抜いて、頭を枕にのせる。上等の、ふかふかな枕。
やわらかく包まれて。
3 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月17日(日)07時42分17秒
「ん? どーした?」
すべらかな後藤の肩を、市井はやさしく撫でる。
「……すっごく、気持ちよかったよ」
顔を上げることなく、後藤はつぶやく。市井の胸のなか。
その唇の小さな動きに、市井はかすかなくすぐったさを覚えた。
肩から背中へと手をまわす。
すこしだけ力をこめて抱きよせる。すぐに、後藤からすりよってくる。
(子犬みたいなんだから……)

「んっ」と後藤も、市井の枕に頭をのせる。間近で目と目が合う。
「まー、ほら、最後だし」
あえて軽い口調の市井。言葉を続けて、
「がんばってみました、ってところかな?」
「……うん。そーだね」
重々しく、うなづく後藤。
市井はベッドの端に、蹴り除けられているシーツを引き上げて、二人の体にかけた。
部屋にはBGMもなにも流れていない。
静かだった。
4 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月17日(日)07時43分31秒
いつからこんな関係になったのか、二人とももう覚えていない。
「女の子」とSEXするなんてこと、それまで考えたこともなかった。
どちらから誘ったことなのか、それも定かではない。確か、いつかのライヴのあとに、
一つ部屋でふざけ半分に未成年飲酒をたしなみ、その末のことだったはずだ。

――うー、後藤、あんたって歳の割にムネおっきーよね。
――市井ちゃんが小さいだけだよぉ。
――失礼なっ、人並みはあるってーの。
――あはははははは。
――笑うとこじゃないよ。
――あー、ごめんごめん。市井ちゃん、怒んないでー。
――ま、まあ、いーけど。それよりさ、ちょっと……、触ってみてもいい?
――えーーーっ?
――ばか、そんなんじゃないってば。大きさをね、ちょっと。
――んー。別に、いいよ?
――そう? それじゃ……。
――…………、あ、市井ちゃん。ちょっと……。
――なに?
――触り方がえっちっぽいっ……。
――そ、そんなことないよ。
――……あっ、やだ、…………んっ。
――……………………。
――いちー、ちゃん……?
――後藤……。
――……うん。キスして。
5 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月17日(日)07時45分15秒
(出会ってからずっと後藤は娘。の新人で後輩でわたしの妹みたいな存在で、
わたしは後藤の教育係で先輩でお姉さんみたいな存在で――――――)

その一線をこえてしまって。
なのに、不思議なことに二人の関係は、それまでとまるで変わりがなかった。
舞台に上がって、芝居を演じるように。期待の新人と、その教育係という役柄を。

密やかくりかえされる甘い行為のなかで、そしてそれ以外でも、好きだとか愛し
てるだとかの言葉が二人の間に存在したことは、一度もない。
……一度も?
「市井ちゃん」
後藤の声に、どこか遠くへ行っていた意識が呼び戻された。

天井の照明は消してある。ベッドサイドのライトだけが落ち着いた明かりを二人
に投げかけている。後藤がライトの角度をむりやり変えて、壁に向け、間接照明
にしていた。
世界のなかに、たった二人きりでいるみたいだった。
6 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月17日(日)07時48分21秒
「あー、ごめん」
「ひどい。ぼーっとしてた」
「違う違う」
「じゃあ、なにさー」
「今まで、後藤と何回くらいえっちしたんだろって、思い出してたんだ」
「やだ、市井ちゃん、もーっ」

恥ずかしがっているように、怒っているように、後藤は頬をふくらませて市井に
顔を近づける。額と額が、こつんと触れた。
そのままそっと軽く、ついばむようなくちづけ。
(恋、って……)
二人の関係が終わりになるこの夜に、はじめて後藤は口にしたのだ。
恋愛感情を。

つい数時間前に、モーニング娘。として最後の武道館ライヴを了えたところだった。
涙で顔をぐしゃぐしゃにした後藤を、楽屋に戻ってからも何度抱擁しただろう。
ようやく落ち着いた後藤。申し訳ないと、ちらっと思いながら打ち上げを断って、
そのまま二人でタクシーを拾って、予約していたホテルに向かった。
スイートルーム。後藤に押し倒されるように、二人でキングサイズのベッドに転が
りこんだ。いつものようにくちびるを重ねる、その直前に、悪戯っぽい笑顔で後藤
はいったのだ。これからあたしの恋のおそーしきだよ、市井ちゃん。ちゃんとくよ
うしてあげてね。
7 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月17日(日)07時49分38秒
葬式。供養。――後藤の恋の。
わたしの。
とはいえ、やることはかわらなかったのだけれど。
いつもより激しかったとはいえ。
小さく苦笑。市井はすっと手を上げて、後藤の薄く色を抜いた髪に差し入れる。
後藤は、くすぐったそうに目を閉じた。
(かわいいなぁ、お前)
掛け値なしにそう思う。
いつか絶対帰ってくると、その気持ちに嘘はない。けど。

それでも、復帰がどれほどたいへんなことなのか、多少なりとも芸能界のややこし
い仕組みを知っていれば、容易に想像はつく。何年かかるかわからない。
必ず復帰できるという確証があるわけでもない。
そして、市井も後藤も変わっていく。
8 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月17日(日)07時50分35秒
――いい? 後藤、五月二十一日が過ぎたら、わたしたちはもう会わない。電話も
しない。今度、またいつかステージで会うときまで、さよならだよ。テレビとかで、
いつまでも「いちーちゃん」とかいってたら、かあさん怒るからね?

またいつか同じステージで歌える日はきっとくると信じている。
それでも、そこにいるのは、今ここにいる市井紗耶香ではなく、今ここにいる後藤
真希ではないだろう。
だから、さよなら。
バイバイをいおうね。これまでのわたしたちに。
二人で恋のお葬式。
どうか、この想いが、天国に召されますように……。
9 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月17日(日)07時51分43秒
「いちーちゃん」
「なに?」
「最後にいっぱい気持ちいいことしてくれて、ありがとーね」
「なーにいってんの」
「えへへー」
「ふふっ」
「――あーのーねーっ?」
「なんだよ、いきなり」
「あたしのカラダ、気持ちよかった?」
「うん」
「ほんと?」
「最高だったよ。……体だけじゃなくて」

たとえば、わたしに向けてくる眼差しとか、わたしを呼ぶ声とか、わたしを想って
くれる気持ちとか、後藤のなにからなにまで全部、全部、全部!!

とは、いわないけど。てれくさくて。

「体だけじゃなくて?」
「いろいろひっくるめて。すっごーくよかった」
「なによー、いろいろってー」
「いろいろはいろいろだって」
「わかんないよ、それじゃ」
「じゃー、わかんないままでいーよ」
「えーっ? やだやだやだーっ」
「はっはっはー」
「それずるいよぉ、市井ちゃん!」
「はっはっはー」
「もーーっ」

いつまでも、
この時が続くと思っているかのように、戯れあいながら、
二人は、最後の夜を越えた――。
10 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月17日(日)07時56分23秒
 ***





             『 さいはての恋人 』





 ***
11 名前:作者 投稿日:2001年06月17日(日)07時59分55秒
ひとまずタイトルまで
ってセンタリング失敗した……。
ショック。
12 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月17日(日)12時42分38秒
いちごま好きなんで楽しみにしています。
最初にこのシーンからとは、切ない話になりそうな…
13 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月17日(日)13時05分18秒
うおぉ…。これはかなーりツボなかんじ…。
14 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月17日(日)13時19分19秒
脱退物とはいっても、新鮮でいいと思います
15 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)01時29分16秒
***
16 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)01時30分28秒
From:makigotou@docomo.ne.jp
To:sayakaichii@docomo.ne.jp
題名:おっはー♪
本文:いちーちゃん、おっはー
!! びっくりしたー?
どーも、後藤デス。。。
あのさー、いちーちゃん、もう
会うのも電話もダメって言って
たじゃン? でもメールもダメ
っていわなかったよねー?
だから、さっそく送ってみまし
たよン
きのうはいろいろアリガトウ。
。。でいーのかどーか後藤バカ
だからわかんないケド。。。
とにかくそーゆーことで!!
   ごとー
17 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)01時32分44秒
From:sayakaichii@docomo.ne.jp
To:makigotou@docomo.ne.jp
題名:コラーーッ!
本文:メールもダメに決まってる
でしょう!?
それくらいわかんなさい。いわな
くたって。
この、バカ後藤!

元気でやりなよ
 サヤカ
18 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)01時33分26秒
From:makigotou@docomo.ne.jp
To:sayakaichii@docomo.ne.jp
題名:No title
本文:ゴメンネ。。。
もうしません
いちーちゃんも元気でネ☆
   ごとう
19 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)01時34分16秒



TVにモーニング娘。が映っている。
五月二十八日。ハローモーニング。
史上最年少司会者、というふざけたテロップを前に、後藤が笑顔でブラウン管
に向けてあいさつをしていた。前に一度、市井は保田の部屋に遊びにいったと
き、録画したその番組を見たことがあった。自分たちの出てる番組をこまめに
チェックしているなんて、彼女らしいと思ったものだ。

そのとき、そして先週の放送まで、後藤のお世話役としてとなりにいた市井の
姿はない。寝癖でぼさぼさの頭のまま、市井はベッドの上で胡坐をかいている。
ぼんやりと、画面に視線を向けている。
毛布を体に巻きつけて、ポスターの張ってある壁にもたれていた。
日曜の朝。
閉めきったカーテンの隙間から、陽光が差しこんでいる。すこし、ウザい。

画面のなかでは、市井の不在をネタに娘。たちの会話が盛り上がっていた。
この先の展開も、市井にはわかっている。
ゲストを招いてのトークコーナーで、脱退したばかりの市井自身が登場するのだ。
伝説のアイドルとして。
(笑っちゃうね)
収録自体は、当然、市井の脱退前に行なわれていた。
20 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)01時35分06秒
心のつぶやきとは、まったく正反対の醒めた表情が市井の顔には浮かんでいる。
放りだしていたリモコンに手をのばす。ON/OFFボタンを押して、画面を消す。
もともと見るつもりなどなかった。昨夜、同局の洋画ロードショウを見て、チャ
ンネルをそのままにしていた。それで、朝起きて、なんとなくTVをつけたら。
不意打ちで。

「……起きよ」
ぼーっとひとりごちて、市井は体から毛布をはぎとった。動きが重い。
脱退してからの日々は、決して余裕のあるものではなかった。
考えなくてはいけないことは山のようにあった。済ませなくてはならない手続
きも、津波のように待ち受けていた。留学のことも頭にはあったが、当面、学
校に通わないわけにもいかない。
本格的な英会話や英語の勉強もしたかった。

娘。で活動していた頃とは違う、妙な疲れのたまる忙しさ。
新しい世界への、期待ももちろんたくさんあるけれど。
――いちーさん。
後藤の声がよみがえる。市井の耳の奥に。
後藤が新しく入ってきて、一月か二月したころのことだ。保田や安倍のことはもう
「圭ちゃん」「なっち」と呼べていたくせに。それどころか中澤のことさえ「裕ちゃ
ん」とよべていたくせに、市井だけいつまでもさんづけだった。
――いちーさん、後藤、うまく踊れないとこあるんですけどぉ。見てもらえますか?
――んー、いいよ。
自分もずいぶんと、立派な先輩ぶっていたなと思う。
なにをそんなに気を張っていたのだろう。今となっては、笑える思い出だ。
21 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)01時36分32秒
市井は寝間着を脱いで、長袖Tシャツとジャージの下という格好に着替えた。
けだるげに髪をかきむしって、思い出したように窓辺へ向かう。ふんっ、とわざとら
しく息を吐いて、勢いよくカーテンを開ける。
五月の――、春の終わりの日差し。
思っていたよりも眩しくて、市井は目を細めた。くらりと軽いめまいを感じる。
かすむ視界。
窓から見える住宅街の風景が、白く色をなくしていき、陽炎のようにぼやけて――。
幻を見そうに。

(だいじょうぶ)
市井は、ぎゅっと目をつむる。陽光が目にしみて、じわっと涙がにじんだ。
大丈夫。
(ちゃんと「思い出」って思えてる)
自分のなかで整理はついている。
だから、なにも問題はない。だから、あとは思い出が市井の胸のうちで、風にさらさ
れて化石みたいになるのを待つだけ。風化するのを。
葬儀はとっくにすんでいるのだから。
22 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)01時37分14秒
いつまでも、引きずっていたら、そんなのはまるでゾンビだ。
恋が――、命がなくなったことに気づかないでのろのろと動き回る、ただのゾンビ。
それじゃいけない。
「よし、とりあえずご飯食べよっと」
気持ちを切り替えて、市井は窓辺から身をひるがえした。
ドアに向かう。廊下へと出る。
小気味よい足音をたてて、階段を下りて一階へ。一日がはじまる。
ちゃんと生まれ変わらなくちゃいけない。
新しい自分に。

大丈夫。わたしは生まれ変われる。

恋のお葬式をしてくれた、後藤のおかげで。
23 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)01時38分07秒
***
24 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)01時38分46秒

From:makigotou@docomo.ne.jp
To:sayakaichii@docomo.ne.jp
題名:会いたいよ
本文:いちーちゃんに会いたい
よーーーっ!!! なんでもう
会うのも電話もメールもだめな
んていったのさー? いーじゃ
ん、べつに。。。
いちーちゃんにキスしてほしい
よ。いちーちゃんに、ぎゅーっ
てしてほしい。えっちなことし
てほしい。声をきくだけでもイ
イ。好きっていってくんなくて
イイ。ううん、いってほしい。
モーヤダ。やっぱそばにいてく
んなきゃヤダよ。。。
   ごとう
25 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)01時39分52秒



勢いにまかせてメールを打ちこみ、後藤は送信ボタンを押す。
ケータイの小さな画面に、送信中の表示があらわれる。速攻でOFFボタンを押して、
送信を中断させる。これで、メールは届かない。
「……はーーっ」
芝居がかったため息をついて、後藤は手のなかのケータイをソファーに投げだす。

今は、六月の下旬。梅雨のまっただ中。
ここは都内のスタジオ。モーニング娘。としての活動、夏のハロプロの稽古の合間
をぬって、新生プッチモニの新曲歌入れが行なわれていた。
毎日が大型台風のような速さで、めまぐるしく進んでいく。変わっていく。
それなのに。自分は、まだ全然。

「つれーなー……」
後藤自身も、ソファーにすっぽりおさまりながら、憂欝そうにぼやく。だらしなく
のばした足をゆらゆらとゆらす。
んーーっ、と両手を突きだす。すぐに、くたっと落ちる。
「おやつ、食べよ」
ぼんやりとそう呟いて、よいしょっ、と上半身を起こす。ソファーの下に置いて
あるヒスグラの鞄から、醤油煎餅の大入り袋をがさがさと取りだした。
大判の一枚を指でつまみ、ぱきんと割って、食べやすい大きさにする。
そのかけらを口にくわえる。片手をのばして、ケータイをつかんだ。
顔の前にもってくる。メールボタンを押す。小さな画面が点灯し、メニューが表示
された。送信メール一覧にカーソルを合わせ、開く。
26 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)01時41分07秒
ずらりと並ぶメールの題名。最新順に。
『会いたいよ』
『なんなのさー!』
『いちーちゃんとデートしたい』
『これってヨウキュウ不満?』
『もーーーーっっっ』
『No title』
『今日はね。。。』
『ゆーうつダヨ』
『やっぱサミシイ〜!』
『市井ちゃんへ』
…………。
本当に市井のもとに送信されたものは、一通もない。それらは、突然の発作を抑え
るために飲みこんだ、その場しのぎの薬物の残骸みたいなものだ。
まったくの無表情で、後藤はその恥ずかしい題名一覧をながめている。

(うじ子だねー、後藤さん)
そんな自分がいるなんてことすら知らなかった。
なにか一つのことに、ここまで執着してしまうなんて。それも、もう決定的にダメ
だしを食らってしまったことに。
27 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)01時42分28秒
夢を追いかけたりすることにはもちろん必死になる。でも、たとえば、これで最後
と決めたあのオーディションに落ちていたら、それはそれできっぱり夢をあきらめ
ていたはずだ。負けず嫌いなところはあるけれど、負けたからといっていつまでも
落ちこんだりはしない。物事を深く考えるのは苦手だ。なのに。
(なんでだろーなー)

変なの。あたしらしくない。
もう終わっているのに。全部、終わっちゃってるのに。
なくなっているのに。
お葬式もすんでいるのに、これじゃまるで。
「ゾンビだ……」
煎餅を飲みこみ、ぼそっと、趣味がよいとはいえない言葉を口にする。

妙な考えを振りきるように、実際に頭を振って後藤は顔を上げた。
防音ガラス越しに、録音ブースのなかの吉澤の姿が見える。苦戦しているようだ。
あたしもはじめの頃は大変だったなー、となつかしい記憶がよみがえる。
後藤は、視線を横に動かす。
後藤たちのいる控え室兼コンソールルームの隅で、保田が立ったままMDウォーク
マンを聴いていた。プッチモニの新曲。メロディーを体に覚えこませるように、全
身でリズムをとっている。
28 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)01時43分24秒
(後藤だけ、がんばってない)
市井がいなくなってから、TVに映ってるときでもぼーっとした表情が増えた。素
顔禁止、とマネージャーにいわれた。上手い言い方をする。
たしかに、それは素の後藤だった。考えてはいけないとわかっていても、つい市井
のことを思いだしてしまっている。その素顔。
考えちゃいけない。思いだしちゃいけない。
みんなに迷惑をかけちゃいけない。がんばる、なんて苦手だけど、がんばらなくちゃ
いけない。一人でも。自分らしく。自分なりに。

ブースのドアが開いて、吉澤が出てきた。おつかれ、と保田が声をかけて入れ替わ
りに、入っていく。吉澤も、小さく頭を下げて「疲れましたよー」と返した。
後藤は、吉澤が気づくようにひらひらと手を振った。
「おつかれー」
「やー、もう、大変だったよー」
ぱたぱたと吉澤が歩みよってくる。後藤は、手のなかのケータイを鞄に放りこんだ。
吉澤もソファーに腰を下ろす。後藤のとなり。

「よっすぃー、まだ二回目だもんね」
「そうそう。全然うまく歌えなくってさー」
「だいじょぶだって。よっすぃー、イイ声してるからさ」
「そーかなー」
そう、ちゃんと新しい友達もできてる。そして、目指すは連続初登場第一位。連続
ミリオンセラー。みんなが期待している。応援してくれている。
自分一人だなんてことはないのに。
29 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)01時44分06秒
――知ってる? 後藤。
市井の声がよみがえる。後藤の耳の奥に。
見た目の男前さを裏切るような、可憐な、女の子らしい声。
なのに、口調だけ妙に大人びてて。
――本で読んだ言葉なんだけどね。才能がある、ってさ、なにか特別なものを持っ
てることじゃなくて、逆に誰でも持ってるなにかが欠けてるってことなんだって。
へー、だよね。後藤、どう思う?
いわれたときは、難しくてなんのことやらわからなかったけれど。
今ならよくわかる。自分は、ゾンビのようだから。
命がないのに生きてる今なら、なんだってできる。そういうこと。
違うかもしれないけど、そういうことでいい。
もう、そういうことで。

「どーしたんだい?」
「……よっすぃー。ううん、なんでもないよ」
また意識がどこかへ行っていた。吉澤が首をかしげて、覗きこんできている。
後藤は明るく首を振る。勢いをつけてソファーから立ち上がった。デニムのロング
スカートを、ぱんぱんと払って顔を上げる。ガラス越しにブースのなかの保田が見
えた。
いつものように堂々とした歌いっぷりを見せている。流石だ。

後藤は、きょとんとした顔の吉澤を見下ろし、
「後藤もさ、ちょーっとがんばってみるよ」
「……え? ちょっと……? なに?」
「そ。ちょっとだけね」
笑顔。

30 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)01時45分05秒
保田のパートはほとんど一発でOKが出たようだった。ヘッドフォンを外して、
保田がブースから出てくる。次は後藤の番。
「圭ちゃん、おつかれ」
「しっかりね、後藤」
保田と短く声をかわしてブースに入る。
完璧な防音が施されている無音の空間。うながされるままにヘッドフォンをかけ、
マイクの前に立つ。譜面を広げる。もう逃げ場はない。
後藤の内にも、外にも。
この世のどこにも――。
31 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月18日(月)01時47分51秒
なのに不思議と恐さも不安もない。やはりこれが、今の自分の才能なのだろう。
(いちーちゃん)
祈るように、後藤は思う。

――ちょっとだけ、喉も体もぼろぼろになるくらいに、がんばってみるよ。

そう、だからさ。
がんばって、がんばって。
あたしなんか、ぼろぼろのぼろぼろになって。
砂みたいになって。
風に吹かれて。
雲に混ざったりして。
そしてね。
いつか。
静かに市井ちゃんの肩を濡らす――、





雨になれたらいいのに。
32 名前:作者 投稿日:2001年06月18日(月)01時53分17秒
とりあえずここまでです。
レスくれた方、ほんとありがとうございます。
まだ迷ってるんですが、ひとまずageで更新しました。
これからも様子を見つつやってこうと思います。

(メールのとこやはりキレイにでなかった……。ちょい悔しい)
33 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月18日(月)03時09分39秒
何やらせつなげないちごまが始まってますな〜・・・
今となっては脱退ものが逆に新鮮に感じます。
期待していますんで頑張って下さい。
34 名前:かんかん 投稿日:2001年06月18日(月)12時51分27秒
切ないな〜・・・・・
35 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月18日(月)18時01分30秒
悲しいし。泣きたくなるし。胸が苦しくなるし。
1年前にトリップしてしまいます。
36 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時26分04秒
***
37 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時28分28秒
銀色夏生詩集より〜

   「白い花束」

ふちにポピーの咲いている小道を
どんどん駈けていった
あなたのあとに生まれたなな色の風が
わたしのとこにも吹いてきて
もちろん恋に落ちました。
それは、ただ一度の恋でした。

ただ一度の恋でなければ
わたしは、恋は、嫌いでした。
あなたは罪な一瞥を、
どこかうしろへ投げたので
いっそう思いはつのります。

その目は たいそう悲しく強かったので
あれからあなたに花束を
   78コも作りました。
79コめを、今、作る途中です。
これは白い花束。

ため息で金のリボン

ひとりよがりで美しい 黄昏の道を歩くわたしの身にも、なってください。
38 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時29分29秒



七月の夕空を、低く曇天が覆っていた。
気象庁の梅雨明け宣言を裏切って、本格的な夏がはじまろうというこの時期になっても、
天気はあいかわらず崩れがちだった。降るかな、と市井は書架に本を戻しながら、窓の
方を見やる。平日、閉館間際の図書館に人気は少ない。

「傘、持ってきてないんだけど……」
誰にいうともなく呟いて、今から急いで帰ったほうがいいか、もうすこし様子を見たほ
うがいいか悩む。
まだ、今日借りる本を決めていなかった。
市井は視線をずらりと並ぶ書架へと戻した。立っているのは、国文学の棚の前。
私服姿。膝下丈の紺のカプリパンツにエスニック柄の麻地シャツ。
39 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時30分38秒
色々考えて、高校へ通うのはやめていた。音楽の修練、留学の準備、そのための英会話
の勉強。それだけで充分に忙しい日々だ。親には反対されたが、いざとなれば大検でも
とればいい。
時間に空きができる度、図書館に通うようになった。
モーニング娘。でいた頃から痛切に感じていたことだった。内面の蓄積が足りない。
人生経験、と言換えてもいいが十代半ばで深みのある人生経験などあるわけもないのだ
から、自然と書物を読むことに意識が向いた。

再び棚へと手をのばして、市井は適当に一冊抜き出す。ぱらぱらと頁をめくる。
掌編小説と散文詩が半々くらいの割合でおさめられていた。裏返すようにして表紙を見
る。作者の名前は市井も知っていた。たしか、安倍なつみが好きだといって文庫本で集
めていたはずだ。でもこの作品は初めて見る。
題名は――「無辺世界」。
(むへん? どーゆー意味だろ)
40 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時31分34秒
市井のボキャブラリーにはない言葉。
なぜか胸に引っかかる単語だ。果てのないイメージだけが湧いた。
首を傾げつつ、市井はまた本文の頁を気のない様子でめくっていく。
ある詩のところで、指がとまる。
理由はわからない。
無意識に、詩の一行を声にしてなぞっていた。ささやくように。
「……ただ、いちどの恋で、なければ」

どうしてかはわからない。
「わたしは、恋は、キライでした……、かぁ」
その一文に、なんでこんなに心が揺れるのか。わからない。
館内放送用のスピーカーから、「蛍の光」がオルゴールのメロディで流れだした。
図書館閉館を報せる曲だ。
わずかに逡巡して、市井はその本を小脇に挟むと受け付けへ向かった。ちらりと窓の外を
見たが、まだ降ってきてはいないようだ。しかし、空の曇りぐあいを考えると、あぶない
ところだ。急いで帰ったほうがいい。
受け付けのカウンターに本をすべらせる。財布から図書カードを抜いて、その上に置いた。
通っているせいで顔馴染みになった書司の女性が、にこやかに話しかけてくる。
41 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時32分48秒
「いつも熱心ね。あら、今日はこれ一冊?」
「ははっ、しかも薄いってゆう。たまには楽に読めるのもいーかなーって」
「そうね。読みたいものを読むのが一番よ」
「うん。ですよね」
天気のことを考えてか、女性は短めに雑談を切り上げてテキパキと手続きを進めた。
裏表紙のバーコードを読取り、端末のキーボードに指を走らせる。そのよどみない手つき
を、市井はいつものようにぼんやりと眺めていた。
「はい、どうぞ」
「あ、ども」
手渡された本を胸に抱いて、市井はちょこんと頭をさげる。

「返却は一週間後です、……って知ってるわよね」
「はい。それじゃ」
「一応ね、貸出し用の傘があるんだけど、よかったら」
「いや、平気っす。自転車飛ばしたらすぐだし」
「そう? でも気をつけてね」
「はーい」
もう一度会釈して、市井は出口へ。
外に出ると、蒸し暑い微風にのって、遠雷の音が低く聞こえてきた。
42 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時34分02秒




いわゆるママチャリ、を勢いよく市井は走らせている。
楡の木の並ぶ沿道。図書館を出て、住宅街方面へまっすぐの路。
肌をなでる風が、湿気を含んで重くべとつき不快だった。がたがたと揺れるカゴのなかで
本が跳ねている。ぎいぎいと錆付いたペダルの音。慣れていても耳障りだ。

やがて前方に家並みが見えてくる。その手前、車の往来もはげしい大通りを横切る交差点
で、赤信号につかまった。市井はブレーキを引いた。
アスファルトの地面に足をつく。
上着の襟元をぱたぱたと動かして、蒸れた空気を逃がそうとする。
43 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時34分58秒
くい、とかたちのよいあごを持ち上げて、空を仰ぎ見た。
のっぺりとどこまでも拡がっている、欝々とした灰色の空。
(――「今にも泣きだしそうな」って、うまいこといったよね)
小説などにでてくる常套句を思いだして、市井はため息をひとつ。こんな天気では気分も
晴れない。胸のなかにも曇りが生まれる。市井、ダウナー・モード?
「…………」

ふいに、誰かの横顔が脳裡に浮かんだ。
ひとりで泣いたりしてないかな、と市井は小さく小さく呟いた。
44 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時35分46秒
信号が青にかわった。
市井は、力強くペダルを踏んで、自転車を漕ぎだす。
体にまとわりつく生温い風を置き去るように、速度を上げていく。ちくちくと針でつつか
れるような、胸の痛みも、置いていけたらいいのにと考える。
住宅街の景色が視界を流れていく。市井は速度をゆるめない。
(ねえ、――夏が来るよ)
あつい季節が。
45 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時36分30秒
覚えてる?
わたしたちは、夏の終わりに出会って、春の終わりに別れて。
結局、夏だけ、一緒に過ごせなかったね。好きな季節だっていってたのに。
なんだかね。
ふたりで水着を買いに行く約束、守れなくてゴメン。
ふたりで海に行く約束、守れなくてゴメン。
ふたりで花火をする約束、守れなくてゴメン。
一緒にずっとがんばっていこうっていう約束、守れなくてゴメン。
まったく。わたしは、ダメな教育係だよ。
自分勝手な、ヒドい女だよ。悪女っていうの? そんなかんじで。

キライになっていいからね?

だから、あなたもがんばって。わたしもがんばるからさ。
わたしのことで泣いたりなんかしなくていい。
いつもいつも笑っていてよ。
わたしがあなたに望むのはそれだけなんです。
ただ、それだけなんだよ……。





思索のはてに市井は「ハッ」と苦笑い。
「どこまでも自己中だなー、わたし。…………ヤな奴」

遠雷のうなりが、近づいてきていた。

46 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時37分29秒
***
47 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時38分12秒
(ごっつぁん、かわったよね)
(うん。そんな、いきなりやるきまんまんってわけじゃないけどさ)
(てれびみてるひととかだと、まだわかんないだろうけど)
(でもでも、かわったよー。ぜったい)
(ね。なんかまえむきっていうか)
(さやかのことやっとふっきれたのかなあ)
(うーん、どうかなー。もともとやめてすぐ「いちーちゃん」ていわなくなってたし)
(まー、でもいいことだよね。がんばってるってことは)
(うん……)
(どした? なんかしんぱいごと?)
(んーん。そういうわけじゃないんだけどさぁ)
(じゃあ、なに)
(んー。ごっつぁんみてると、なんかあやういかんじがするっていうか…………)
48 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時39分06秒



鼓動の高鳴が、なかなか止まない。
日本各地をめぐるハロプロのツアーも、佳境を迎えていた。八月の中旬。
あつい、季節。
野外ステージ裏の楽屋に戻って、後藤はタオルで額の汗をぬぐっている。

(後半、あんまり声が出なかったなー。唄いだし外したとこもあったし……)
体の芯に熱が残っているのがわかる。
コンサートの余韻だ。後藤は鏡の前からはなれて、楽屋の隅の小型冷蔵庫に向かった。
しゃがみこんでドアを開ける。ひやりとした冷気が頬をなでる。手をのばして、飲み
さしの緑茶の500mlペットボトルを取りだした。もちろん、自分のものだ。
手近なパイプイスに腰掛けて、ペットボトルを額にあてる。
49 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時39分43秒
「あーー……」
しまりのない声がついもれてしまう。
アンコールの衣裳はコンサート本編と違って簡素なものだから、そのままでいても着
心地の悪さは感じない。へそが(いやもっと上のほうまで!)見えてしまう短い丈の
Tシャツ。私生活では逆立ちしても着ることはないものだが、そういうのにも慣れた。
ステージ衣裳は戦闘服、といっていたのは中澤だっただろうか。

がちゃりと楽屋のドアが開いて、吉澤が入ってきた。
「なぁに、おばさんみたいな声だしてんのー? 廊下まで聞こえてたよ」
「あたしゃ、おばさんでいいよー」
あいさつ代わりにひらひらと手を振って、後藤は吉澤に言葉を返す。
吉澤は首からかけているタオルの端を両手でつかんで顔に押しあて、ぷはーっと息を
吐いた。娘。として先輩の後藤に比べ、初のハロプロツアーである吉澤は覚えなくて
はいけないことも多く、そのプレッシャーは決して軽くない。
50 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時40分29秒
「ほんと、おつかれ。よっすぃー」
「うん。ごっちんもね」
「いやー、よっすぃーに比べたら、あたしなんか全然だよ」
「そんなことないって。ごっちんもがんばってるよ」
「だぁめだよー。全然足りてないザマス。まだまだ」
「えー? 大丈夫だよ」
「いやいや、そんな」
「いやいや、まじで」
「いやいやいや、いーやー」
「まじでまじで、まーじーでー」
不毛な掛け合い。
――に、ケリをつけるように後藤と吉澤は目を見合わせ、同時に「ぷっ」と吹きだした。

そこへ、ばーん、と派手な音。二人は驚いて楽屋の入り口にふりかえる。
加護と辻がドアを蹴破るような勢いで楽屋に入ってきた。けたたましい笑い声。なにか
おかしくてたまらないといった様子だ。楽屋の中央で向かい合い両手をつないで、ぴょ
んぴょんと飛び跳ねている。どうせどこかでまたイタズラでもしてきたのだろう。
と、半泣きの表情で、石川が楽屋に駆け込んでくる。
51 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時41分06秒
(被害者は梨華ちゃんかぁ。だったらしょーがないね)
あっさりと後藤は納得する。なにがしょうがないのか、とにかく「梨華ちゃんだから
なにをされてもしょーがない」というのがいつのまにか娘。内での常識になっていた。
三人の言い合いを聞くに、どうやら石川が公衆の面前でセクハラをされたらしい。
舌ったらずな辻と、標準語に関西弁の混じる加護と、アニメ声優のような声の石川が
ぎゃーぎゃー騒いでいると、それは本当に公害級の騒がしさだ。

後藤は隣部屋の旧メン組をうらやましく思ってから、間をおいて「――あ、ダメじゃ
ん」と呟いた。この騒ぎで中澤に説教されるのは当人たちだけでなく、ここの五人の
なかで最も先輩である後藤も含まれるのだ。
あーもー、と後藤は胸のうちで力なくグチる。
52 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時41分47秒
後藤に気をつかってか、「ったく」と吉澤が腰に手をあてて三人に近づいていった。
「こらぁーっ、静かにしろっての!」
…………。
だが。
仲裁に入った吉澤は、年上である石川に抱きつくようにすがりつかれ、それを真似し
て加護と辻にもぎゅーっと抱きつかれている。
「よっすぃー、大好きー!」と辻。
「わたしもめっちゃ好きやでーっ」と加護。
「ちょっとやめてよぉ、二人ともーっ!」と石川。
「わあ、は、離れろってば!」と吉澤。
騒ぎは拡大する一方だ。
後藤も、もはやどうでもよくなって「あははははは」と呑気に笑っている。
53 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時42分37秒
「こら、中澤さんに怒られるよ!」「えーっ、やだーやだーやだー」「だったら離れ
ろよ、辻ー!」「大丈夫、怒られるのは梨華ちゃんだけだもーん」「なにいってるの
よー! やめてよね、あいぼん!」「あああ、そこ、ごっちんも笑ってないでさー!」
「いやあ、よっすぃーモテモテだねぇ」「そういうことじゃなくてっ」「ののもあい
ぼんもよっすぃーから離れなさいっ」「やだーやだー、きゃはははは」「じゃー、梨
華ちゃんが離れればー?」「いやっ!」「あはっ、ふははははっ」「ちょっ、だから、
ごっちん!」「もぅ、二人とも離れてー!」「やーだよーっ」「いややっちゅーねー
ん!」「もーーっ!」「お前ら、いい加減にしないと……、コラくすぐるなー!」
「あははははははは」『――嘘つき』
54 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時44分11秒
ハッ、と後藤は息を呑んだ。笑みが凍る。
誰かの声。でも、誰でもない声が、聞こえた。確かに。どこからか。
――それは後藤自身の声。ウソツキ。
(やめて)
サミシイヨ。
(やめてよ)
無意識の底でささやき続けられている言葉、を。
もう、ずっと無視していたのに。
誰といても埋まらない、傷を、見ないようにして、裂目を必死でふさいで。
平気なフリをしていて。一人でも。
大丈夫と。

デモネ、サミシイ。サミシイ――――。

瞬間。かっ、と頭に血がのぼった。
「もー、うるさいよぉっ!!」
勢いよく顔をうつぶせる。髪がはねて、乱れ、後藤の表情を隠した。手からこぼれた
ペットボトルが床に転がり、フタがはずれ、緑茶がごぽごぽと音をたてて流れだして
いく。
しん、と楽屋が静まり返った。
55 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時44分55秒
吉澤、石川、加護、辻が呆気にとられて押し黙っている。顔を上げなくても探るよう
な視線を向けられているのがわかる。身内以外の人前で声を荒げるなど、普段の後藤
であれば考えられないことだ。
ぎこちない静寂が、楽屋を占めている。

後藤は、ゆっくりと床に手をのばし、ペットボトルを拾った。
髪で表情を隠したまま、一瞬だけ、ぎゅっと眉を寄せる。
ひとつ息を吸って、ぴょこんと顔を跳ね上げた。あはっ、と羞かしげな笑み。
「なぁんてねーーっ」
「ごっちん……?」
吉澤がいぶかしむように、後藤を呼ぶ。
56 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時45分32秒
「ははは。裕ちゃんみたいにー、迫力あったかな?」
いつもとかわらない口調で、後藤は冗談めかしていう。
えーっ? と石川が困ったような声を上げた。固まっていた加護と辻が、ほうと息を
ついた。楽屋の張りつめた空気が、ゆっくりとほどけていく。
「あ、ありすぎだよー! ごっちんっ」
吉澤の言葉に、後藤は「あはははは」と無邪気に笑う。

気を取り直した石川が、加護と辻に、早く着替えなさいと指示をした。不平をこぼし
ながらも、二人は吉澤から離れる。石川も自分の荷物へと向かう。
いつもとかわらないステージ後の楽屋風景が戻ってくる。
今日はもう使わないからと吉澤が渡してくれたタオルで、後藤は床に拡がった緑茶を
拭いた。ずきずきと胸が痛い。全然うまく笑えてないことは自分が一番よくわかって
いた。ホテルに戻って、早くひとりになりたかった。
57 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時46分28秒



こんこんとドアが、ノックされた。
ホテルの自室に戻った後藤は、私物のつまったバッグをソファに放りだして、ベッド
にうつぶせに倒れこんでいた。死んだように動かないで、どれくらい時間が経ってい
るのかわからない。
ノックの音も、どこか遠い場所のもののように聞こえていた。

もう一度、こんこん。
やっとそれが自分の部屋を訪れた誰かのものだと認識して、後藤はのろのろと身を起
こす。汗ばんだ肌にTシャツが張りついて気持ち悪い。喉の渇きに、いまさら気づく。
後藤は、カーペットの床に足をおろし、素足でドアへと向かった。
自動で掛かっていた鍵を開け、ドアを押し開く。
58 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時47分16秒
「おう。ごっちん」
「……裕ちゃん」
「おっす」
片手を上げて、指先で軽くあいさつしてくる。廊下で待っていたのは中澤だった。
細身のジーパンにタンクトップというラフな格好だ。紫色の地にシンボリックなデザ
インの龍がプリントされたそのタンクトップは、中澤のお気にいりのもの。ステージ
用の濃い化粧も落として、普段のナチュラルメイクに戻っている。それでも充分、彼
女はキレイだった。しかし今、中澤の表情は明るいものではない。

「ちょっと、えーかな? なんかやってた?」
「ううん。部屋に戻ってずっとぼっーとしてただけだし」
「そっか。入ってもええ?」
「……うん。どぉぞ」
「ほな、おじゃましますー」
芝居がかった関西弁で断りを入れ、中澤が踏みこんできた。
脇によけた後藤のそばを通り過ぎ、リビング兼寝室になっている奥の部屋へと向かう。
後藤もその後に続く。中澤は「うわ」と小さく声をもらした。
「なんや、あっついなー。エアコンも入れてへんの?」
「――あたし、けっこう熱いのとか平気だからさ」
「せめて、窓あけよーやぁ」
59 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時48分07秒
 窓辺へと歩いていく中澤を後藤は呼び止めた。
「いーよ。エアコン、つける。ほら、今日は熱帯夜だって圭ちゃんいってたじゃん」
「うん。頼むわ」
わずかに申し訳なさそうな顔をして、中澤がいう。
後藤はベッドサイドのスイッチに手をのばして、エアコンをONにした。ほどなくして、
天井の空調口から冷風が流れだしてくる。静かな部屋のなか、ほんのかすかな、ごぉ
ーーっという音だけが耳につく。中澤は、黙ってベッドの端に腰をおろした。

(裕ちゃん、……なんだろ?)
「ここ、座り」
やさしい声で、中澤がうながした。自分の隣をぽんぽんと叩く。
うん、とうなづいて後藤も中澤と並んで腰掛ける。豪華に彩られている中澤の爪に目
がいく。後藤は爪はのばさない主義だし、マニキュアを塗るときも薄い色だけ。
爪にこだわる中澤の心理は、わかるようなわからないようなといったところだ。
「ごっちんなあ」
「――え?」
「最近、疲れてる?」
虚をつかれて、後藤は一瞬返事に困った。
60 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時49分10秒
疲れてるか? と聞かれれば、それはもちろんだ。いってしまえば、今のモーニング娘。
に疲れていない者などいない。
「そりゃあ……。でも、そんなの裕ちゃんも一緒じゃん。それに、他のメンバーだって」
「あー、いや、そうやなくて」
「? どーゆうこと?」
「んーと、な……」
表情にわずかな迷いをよぎらせてから、中澤は後藤の方に体を向けた。ブルーのカラー
コンタクトが入った両目で後藤を見る。指先で後藤の胸をつついた。
こっちが、と中澤は言葉をつけ足す。

後藤が、なんと答えればいいかわからないでいると、中澤は話を続けた。
「わたしも、ちょっと前から気になっててんけどな。今日、さっきよっすぃーにゆわれ
てん。ごっちんがしんどそうやって。だからな……」
「大丈夫だよ」
ほとんど反射的にそう返していた。まっすぐに言い切った。
なのに、中澤は「ん〜〜〜」と困ったような顔をする。慎重に言葉を選ぶ間があってか
ら、中澤は口を開いた。
61 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時49分54秒
「なんか、無理してへんか。ごっちん」
「えーっ、してないよぉ。後藤、そうゆうキャラじゃないって」
「そやから心配やねん」
 落ちついた口調で中澤は喋る。
「リハの時からそうやったよ。なんかな、なんでも一人でがんばらなあかんって思って
るみたいで。それとも一人がええの? ほっといてくれーってかんじ?」
その声はどこまでも優しい。なにをいわれているかは嫌というほどわかった。
後藤はもじもじと足を動かす。
「そんなことないよ」
そうとしかいえない。
自分のことを自分でも、もてあましていた。上手に説明なんてできない。

「…………、後藤、なぁ。あんまり、この話はしたないねんけど」
唐突に、そんなふうに中澤が前置きするから、後藤はそれがなんの話かわかってしまっ
た。どくん、と心臓が跳ねた。
「ごめん、裕ちゃん。その話はしないで」
「……そっか」
後藤の固い声音に中澤は黙った。後藤も唇をつぐむ。
62 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時50分39秒
ふと気がつくと、後藤は膝の上でぎゅっと拳をにぎっていた。
あわてて、その手をほどく。姿勢をただすように、もぞもぞと腰を動かす。後藤の尻の
下で、シーツに皺がよった。
ひとつ息をついて中澤は後藤を見た。穏やかで、しかし強い眼差し。
その視線を真正面から受けとめられたのは奇跡に近い。意地だけだった。
「なあ、これだけは忘れんといてや。うちらみんな――、仲間や」

胸に突きささった。言葉も出ない。
中澤は、後藤の肩をぽんぽんと叩いて、ベッドから立ち上がった。後藤はその後ろ姿を
ただ目で追う。ほな邪魔したね、といい置いて中澤はドアへ向かった。
後藤は首を横に振ってから、遅れて「ううん」といい添える。
ドアの前で中澤はふりかえり、
「ちゃんと着替えて、はよ寝ーや。のどにも気つけてな」
「……うん。だいじょぶだよ」
なんとか明るい口調で答えた後藤に、うなづきを返して中澤はドアを押し開いた。
廊下へと出ていく。
63 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時51分25秒
背中ごしに、ぽつりと呟きが聞こえた。
「――――がんこもん」
そして、ぱたんとドアが閉まる。
見送って、後藤は、座ったまま背中からベッドに倒れこんだ。スプリングが軋む。
目線の先で、コンサート会場から部屋に戻ってきて付けっぱなしの照明が、ぼんやりと
灯っている。汗を吸ったTシャツがエアコンのせいで冷えていた。着替えなきゃ、とひ
とりごちる。自己管理も大事な仕事のひとつ。きちんとしないといけない。

天井に向けて、後藤は腕をのばす。
手のひらを照明にかざした。
後藤の顔に影が落ちる。その小さな影に隠れるようにして後藤はくしゃっと顔をゆがめ
た。次の瞬間には泣きだしてしまいそうな、ぎりぎりの表情。
「……ダメじゃん、後藤」
だが、もれた言葉は、意外なほど冷静なものだった。平坦な、無感情な、声。
64 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)04時52分19秒
ふいに、蛍光灯の接触が悪いのか、照明がぱぱぱっと瞬いた。
切れかけてるのかな、とちらりと考えてから、まるで今の自分のようだと後藤は思う。
だって、
穴が空いてるみたいに、心臓が痛い。から。
生きてるのが不思議。でも、生きていて。
(心のバランスがどっか行っちゃってる)





「たすけてよ、市井ちゃん」





はっきりと呟いてから、
こんな自分死んでしまえと思った。
65 名前:作者 投稿日:2001年06月19日(火)05時12分03秒
今日はここまでです。
レスくれた皆さん、ありがとうございます。
まじで励みになってます。
個別に返事をする余裕がなくて申し訳ないっす。
ただ、逆に新鮮というのは意外でした。ありがたいですー。

66 名前:作者(続き) 投稿日:2001年06月19日(火)05時26分08秒
ストックプラス休日を使っての一気書き分が尽きたので、
ここからはゆっくり更新になるかと思われ……。
せつない話を書こうと思っていたので、そういってもらえるのは嬉しいですよん。
ではまた。

(初投稿で不慣れな自分にイライラする〜〜。経験、経験)
67 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月19日(火)11時21分32秒
連日更新お疲れ様でした。
これからは、ゆっくりですか。ゆっくりでいいです。がんばって下さい。
話の流れてきに、やっぱりつらいのかなぁ(自分が)と不安なのですが、
まだ先はわからないですね・・・
作者さんの丁寧な書き方も雰囲気も好きです。次回を楽しみにしてます。
68 名前:パク@紹介人 投稿日:2001年06月19日(火)21時46分52秒
こちらの小説を「小説紹介スレ@銀板」に紹介します。
http://www.ah.wakwak.com/cgi/hilight.cgi?dir=silver&thp=992877438&ls=25
69 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月20日(水)03時39分41秒
やっぱりせつないですね〜
無理してる後藤が痛々しいです。

自分も、作者さんの書く文章の雰囲気がとてもいい感じで気に入ってます。
この先もマターリ頑張って下さい。
70 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月22日(金)21時42分07秒
***
71 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月22日(金)21時43分51秒
(ゆめがたり)



王子様は深い深い森のなかを歩いていました。
一人きりで、あてもなくさまよっています。迷子なのでしょうか。
ざわざわ、ざわざわ。
もうずっと森のざわめきだけが王子様の耳に届いていました。ほかには鳥の鳴声ひとつ、
虫のさえずりひとつ聞こえません。

しっとりと湿り気を含んだ空気が、森の匂いを濃くしているように感じられます。
陽はまだ空にあるようでしたが、生い茂る緑葉にさえぎられて辺りは薄闇に包まれてい
ました。隙間からこぼれてくる木漏れ日が、下草にまだら模様を描いています。
ざわざわ、ざわざわ。
なにもいません。誰もいません。
72 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月22日(金)21時45分23秒
王子様はふと足を止めました。考え込むように首をかしげます。
(わたし、どこに向かってんだっけ……?)
そう、王子様はただむやみに歩き回っているわけではありませんでした。
どこかを目指して足を進めていました。
……なのに、奇妙なことに「どこか」がどこなのか、今の王子様は思い出せません。
たしかに覚えている、忘れるはずはないのに頭のなかに霧がかかっているみたいでした。

王子様は、訝しげに自分が着ている衣裳に目を落とします。
いかにも王子様然とした豪華な衣裳です。極上のシルクの生地。肩の辺りが丸くふくら
んでいます。金糸銀糸が惜し気もなく使われた刺繍。大げさすぎるほど立派な勲章が胸
を飾っていました。背中には真っ赤なマント。
73 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月22日(金)21時45分53秒
「……なんなの? この格好……」
王子様はさらに視線を下げていきます。赤と黄の縦縞のかぼちゃパンツからにょっきり
と白タイツに包まれた二本の足がのびて、地面に立っています。ええ、もちろん王子様
の足です。しかし、王子様はそれを見て、うげーーっ! と品のない声を上げまし
た。王子様の格好をしていることが納得できないのでしょうか。「わけわかりません」
という表情をしています。

王子様が品のない声を上げたときに、頭からなにかがころんと地面に落ちました。
王冠です。
まばゆいばかりの総純金製。大粒の宝石がぜいたくに幾つもはめられています。王子様
の定番トレードマークです。王子様はかがんで王冠を手にとりました。しげしげとそれ
を眺めます。やがて、感嘆のためいきをひとつこぼして、
「んー、すごい高そう……」

74 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月22日(金)21時46分40秒
王子様は王冠についた土や草を払って、おそるおそる自分の頭にのせてみました。当然
のようにしっくりなじみます。ジャストフィットです。
徐々に、王子様の顔にフッフッフとにやけた笑みがうかんできました。『そう、わたし
は王子なんだ』とその気になってきているようです。頼もしく見えてきます。
ざわざわ、ざわざわ。ざわざわ、ざわざわ。ざわざわ、ざわざわ。
薄気味わるい森の囁きも、もう恐くありまません。
「よし」

なにがよしなのかさっぱりわからないけれど、とにかく、よし! と気合いを入れて王
子様は再び歩きだしました。力強い足どりです。
(進まなきゃ)
王子様に立ち止まることは許されないのです。
とにかくそれだけは、それだけは、はっきりとしていました。
75 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月22日(金)21時47分20秒
前進するにつれて、木漏れ日が増えていきます。夜から昼へと移ろうように、辺りが少
しずつ明るくなってきます。
調子が出てきた王子様は、鼻歌なんか唄いはじめていました。
「ほんのちょこぉと、なんだけどぉ。王子様なんだぁぞ〜〜」
替え歌です。調子がはずれ気味です。しかも、よく考えてみると意味がわかりません。
それでも王子様は朗々と唄い続け、そのうち身ぶり手ぶりまでつけはじめました。

ついには、まるまるまるっ、フゥー! とラストフレーズまで唄いきり、歩きながら最
後のポーズまで決めてしまいました。
「――あっ」
唄いながらずいぶんと進んでいたようです。
76 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月22日(金)21時47分55秒
ふいに、王子様の視界がひらけました。広場に出たようです。広々とした空間でした。
そこだけ森が円形に切り取られたように、きれいに芝生がひろがっています。
急な景色の変化のせいでしょうか。王子様はまぶしそうに目を細めました。
その狭まった視界のなかに、小さな人影が映ります。
フリルで飾られた純白のワンピースを着て、広場の中央で、こちらに背中を向けてしゃ
がみこんでいます。
幼い、金髪の少女の、ようでした。
77 名前:さくしゃ。 投稿日:2001年06月22日(金)21時54分11秒
ちょこっとだけどこうしん・・・。
ではまた。
78 名前:さくしゃ(かきわすれ)。 投稿日:2001年06月22日(金)22時07分06秒
いっこレスもらうたびにかんどうしてますー。
みなさん、マジかんしゃ。
79 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月23日(土)02時00分38秒
そんなん、レスくらい何回でもさせてもらいますよ!!
ただ、ボキャブラリーが少ないのでたいした事は・・

さくしゃさんの書き方のはしはしに悲しさが感じられるんです。
そこに惹かれてるのは確かなのですが。
この先どうなるのかやっぱり心配・・・
80 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月23日(土)03時07分55秒
脱退ものか〜・・・
かなりせつないですが、いちごま好きとしては避けては通れません。(w
最後はやっぱり泣いてしまうのかな〜・・・
それでも楽しみにしてますので頑張ってください!!
81 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月25日(月)23時54分14秒
王子様はゆっくりと広場に足を踏み入れます。
少女にこちらを振り向く様子はありません。背中を向けてしゃがみこんだまま、
なにかの作業に没頭しているようです。
おだやかな風が少女の金髪をゆらしているのが見てとれます。
王子様は、集中している少女の邪魔をしないように、そっと歩を進めます。

樹々のざわめきだけが、さざ波のように聞こえていました。
抜き足差し足の王子様。さく、さく、と芝生がかすかな音をたてます。
少女に気づく様子はありません。
(なんか、驚かそうとしてるみたいだな〜……)
と、王子様はぼんやり考えます。
82 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月25日(月)23時55分49秒
そうこうするうちに、少女の真後ろまでやってきました。少女の髪の生え際が見えます。
黒色です。どうやら少女は、生意気にも髪を金色に染めていやがるようでした。
あれ? と王子様は、それをかつてどこかで見たような気がします。デジャ・ヴュってやつです。
けれど、記憶をさぐっても思い出せません。すべては霧の向こう側でした。
王子様が真後ろに立っているので、小さな背中には影が差しています。

それでも、少女に振り向く様子はありません。
そこには侵しがたい空気が漂っています。
ちょっとだけためらってから、王子様は思い切って声をかけることにしました。
「あ、あのっ、さぁ」
噛み噛みです。それはさておき。
83 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月25日(月)23時56分27秒
声をかけられて、少女はやっと王子様の姿を見返りました。ただし、ちらっとです。
「ダサいよ、それ」
「なっ!」
十歳にも満たないと見える少女は、マセた口調で言い放つとすぐ視線を前に戻しました。
王子様はブチ切れそうになります。当然でしょう。超自慢の、立派な、イケてる王子様
ファッションをバカにされたのですから!
「あんたねえっ。自分でわかってること、一々他人に言われたくないよ!!」
……違っていたようです。
恥ずかしさに頬を赤らめて、王子様は少女の前に回り込みます。
ふんむッと鼻息も荒く、仁王立ちです。が、
84 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月25日(月)23時57分03秒
(う〜〜……ッ)
ちょこん、と。王子様は偉そうに見下ろすのが性に合わなくて、少女と同じにしゃがみました。
やはり、人と話すときは目線の高さを合わせるのが礼儀です。そういうところはきちっとして
いる王子様でした。

花。

しゃがんだ少女と王子様の間に、芝生から一輪の花が咲いています。
まだ咲ききってはいません。つぼみの先端で、きれいな桃色の花弁が半分ほど開きかけていました。
少女は、さっきからずっと、その花を見つめ続けているのでした。悪い虫から守るように、
しおれてしまうのを防ごうとしているかのように。
85 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月25日(月)23時57分35秒
花から少女の顔へと、王子様は視線を動かします。
不思議な可愛らしさをもつ少女でした。歳相応の、いくぶんぷっくりした頬。若干はなれ気味の
目元がいかにも幼げです。なのに、ふと、ゆるやかな風に髪がなびいて、それを指で梳いて耳に
かける仕種など、艶っぽささえ感じさせてくれます。
同性の、しかも子供相手に、ドキドキしてしまう王子様。
その微妙に熱をおびた視線に、少女がいぶかしげに顔を上げます。
「……なに?」

「あ、えと。えーっと」
とたんに焦りだす王子様です。
「えっとね、君さ。名前、なんて言うの?」
場をとりつくろうに、王子様は質問します。
少女は、まっすぐに王子様の目を見て、しばらく口を開きません。
やがて、なんとも切なげなため息をひとつこぼし(それさえもちょっと色っぽかったです)、
「――――だよ」
86 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月25日(月)23時59分04秒
「えっ?」
名前の部分だけ、うまく聞き取れませんでした。なぜかはわかりません。
まるで――。
聞きたくないみたい、に?
「……あ、ごめん。もう一回」
「ううん」
「でも」
「いーよ。別に、名前なんか」
「そんなことないでしょ」
「もう、いいってば」
少女は固い口調で、そういいます。

しかたなく、王子様はそれ以上たずねるのは諦めました。質問を変えます。
「さっきから、ずっとなにしてるの?」
「見てわかんないの? 鈍いね。花を見てるんだよ」
いやにつっかかる物言いです。思わず怒気をあらわにしそうになって、王子様は(相手は子供、子供)と
なんとか自分を落ち着かせました。
「カワイイ花だよね。これ、なんて花?」
「名前なんかないよ」
「……あ、そう……」
「ねえ、しってる?」
今度は逆に、少女が訊いてきます。
87 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月26日(火)00時00分11秒
「この花は、なんで咲くかしってる?」
「……なんで、って花は咲くもんでしょうが。理由なんて別に」
「そうじゃなくて」
「へ?」
「この花が咲くのにいるモノがなにか、しってる? ってきいてるの」
「そんなの。植物なんだから、水でしょ、日光でしょ、それから養分のある土……」
「ぶーっ。ぜんぶハズれ」
「えー? なんだよそれ」

わけわからん、といった表情の王子様に、少女は「えっへん」と偉ぶった態度で答えを告げます。だけど、
その眼差しは静かで、憂いにも似た色をたたえていました。
真摯な声で、それはね、と――
「うしなわれた、恋」
王子様は、息を呑みました。
少女は淡々と、言葉を続けます。
「この花はね、なくなっちゃった恋をエイヨウにして咲くの。あたしと、あのひとの、おわっちゃった恋
をきゅうしゅうしてね。だから、だからせめてすっごくキレイに咲いてほしいなって、思うのよ…………」
声が、頭のなかに滑り込んできます。
88 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月26日(火)00時01分15秒
なにかのまじないにかかったように、王子様は体を動かせません。指一本さえ、自由になりません。
呼吸するのも苦しいくらいです。
鈍く、頭痛までしてきました。
ジリリリリリリリリ。頭のなかでベルの音。
もう終わりです。朝がやってきます。
少女は、王子様を見つめ、はにかむような表情を浮かべていました。
愛らしい目尻には、透明な涙の粒が浮かんでいます。すこしうわずった声で、
「そのかっこ、ほんと似合ってないよ」
泣き笑い。
「いちーちゃんは、あたしの王子様なんかじゃなかったもん」
89 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月26日(火)00時03分02秒




朝が来る。
ジリリリリリリリリ。
ジリリリリリリリリ。
ジリリリリリリリリ。
ジリリリリリリリリ。
ジリリリ、
ガチャ。
目覚まし時計を止めて、布団のなかで体をもぞもぞと動かし、市井は、

「…………うーー、何なんだろ。変な夢、見てた気がする…………」

よくは思い出せないけれど。
しめつけられる、悲しさが胸に。
90 名前:さくしゃ。 投稿日:2001年06月26日(火)00時18分47秒
更新でっす。
皆さんの厚意に甘えるカタチでageでやらせてもらってるんですが、
どんどんレスのつけにくい話になってきています…。
ROMってくれてる方(いると信じて!)ありがとうございます〜〜。
もちろんレスもうれしいです。いずれ個別にお返事させてもらいます。
ああ…、早く完結させたい…。
ではまた。
91 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月26日(火)01時04分55秒
む、胸がいたい・・
92 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月26日(火)03時10分15秒
後藤にとっての王子様はいちーちゃんです!!(断言)(w
93 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月28日(木)23時09分26秒
作者さん、早く終わらせたいなんて思わないで下さい・・・
ちゃんと読んでますよ。
94 名前:さくしゃ。 投稿日:2001年06月29日(金)02時13分32秒
あっ。
93さん、どーせ読んでる人すくないから早く終らせたいや、
ということではないですよー。誤解させちゃってスミマセン…。

とにかく読んでくれてる人、しつこいよーですが皆さんにカンシャです。
これからも手抜き一切なしで書いていきます!

(でもきょうはこうしんなし…。ぎゃーーー!!)
95 名前:Hruso 投稿日:2001年07月03日(火)03時31分20秒
こんなところにいちごま発見。
脱退ものは久しぶりなので期待しています〜。
96 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)15時43分56秒
***
97 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)15時44分30秒
九月――。

ゆらめく水面が後藤の顔を映している。
笑ってるみたいに、泣いてるみたいに、くずれた表情にかえて。
後藤は湯船から、顔と片腕だけを出していた。浴槽の縁に腕をかけ、
そこに首をかしげるような格好で頭を乗せている。ぼんやりとした
視線の先には、半開きの浴室の窓。夜空に浮かぶ弓張り月が見える。

「……月がキレイだぁーね」
やる気のないモノマネ口調でそう漏らす。
傾いている頭の上で、折り畳んで乗せたタオルがずり落ちそうになっ
ていた。ちゃぽん、と湯船からもう片方の腕を持ち上げて、タオル
の位置をかえて安定させた。
汗の玉が、肌の上をすべる。
阿呆面、といわれてもおかしくない気の抜けた表情のまま。後藤は。
98 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)15時45分11秒
声には出さず、唇だけをかすかに動かして、
(♪忘れられないのお〜。あーの人が好きよ〜)
胸のうちで、あるナツメロ歌謡をくりかえし口ずさんでいた。
母親が経営する小料理屋でかかっているのを先週たまたま聴いたのだ。
なんてウタ? と訊ねたところ、「恋の季節」という答えがかえってきた。
(あーおいシャツ着てさ〜、うーみを見てたわ〜)
60年代後半に流行った歌で、「ピンキーとキラーズ」というグループ
のものだという。 いかにもナツメロな感じの曲調も耳に残ったが、そ
れより歌詞が脳裡に張りついた。
(わーたしは裸足で〜、小さな貝の船〜。浮かべて泣いたのお〜。わーけもないーのに〜)
ひそやかに浮かぶあざやかなイメージ――。

そして後藤は、サビをすっ飛ばして一番のラストフレーズを、小さく声にする。
甘い痛みが胸にひろがる。
「死ぬまでわたしを〜、ひとりにしないとお〜、あーの人がいったあ〜」
一拍、間を置いて。
「恋のきせーつよおおおお」
そして、ふうともはあともつかない吐息をこぼす。
せつねぇなあ、と投げやりに後藤は呟く。
窓から、九月半ばの残暑の夜風が吹き込んでくる。
まだまだ蒸し暑いものだが、お湯との温度差もあって晒している顔と腕に涼しく
感じられる。後藤はくすぐったそうに目を細めた。
99 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)15時46分02秒
と、後藤の耳に、ガラガラと脱衣場の引き戸の開く音が聞こえた。
『真希に電話だよー。あとでかけ直してもらう?』
姉の声。
「誰ー?」
『石川さん』
「梨華ちゃん?」
意外な名前だった。

石川と仲が悪いわけでは決してなかったが、それでもこれまで電話がかかって
きたのは数えるほどしかない。しかも、そのどれもが事務的な内容だったはずだ。
後藤は腕から顔を上げて、浴室のドア越しに声を投げかける。
「いーよ。あたし、出る」
『子機に受けといたからココ置いとくよ』
「わかった」
シンプルな会話だけで、姉は脱衣場から出ていく。引き戸の閉まる音。
100 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)15時46分35秒
後藤は湯船のなかで立ち上がる。タオルを壁の把手にかけ、浴室から出た。
脱衣場の棚から洗いたてのバスタオルを抜いて、手早く体に巻きつける。ずいぶん
と湯に浸かっていたので、体は充分に温まっている。健康的な肌から、ほのかに立
ち上る湯気。
脇のところでタオルの端を折り込んで、止める。胸が少々きゅうくつだったので、
すこしだけ前をゆるめた。
脱衣場の角の大型洗濯機の上に転がっている子機の受話器をつかむ。
点滅しているボタンを押して、保留モードを解いた。

うん、と小さく咳払いして、受話器を耳に押し当てた。送話口に、
「――誰だッ?」
低くつくった声音で、鋭く相手を問い質す。刑事口調? で。
『えっ? ……あ、えっと、あの、そっその』
とたん、あたふたと慌てふためいた石川の声が返ってくる。
『すっ、すいません! まちがえました!』
混乱した台詞とともに、石川は通話を切ろうとする。待って待って、と後藤は素早く
ふだんの声でいった。沈黙する石川。怒っている、というよりも単純にリアクション
ができないのだろう。あいもかわらずアドリブに弱い。
101 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)15時47分42秒
「ごめんごめん。もしもし? 後藤ですけどー」
『ご、後藤さ〜んっ、やめてくださいよぉ!』
名前のさんづけに、敬語。石川は後藤のひとつ年上で、これまで幾度となく、もっと
くだけていいといってきたのだが、なかなか代えられないようだった。
「ははは、ごめんってば。で、なに?」
『あ、えーと』
「あー、もしかしてデートのお誘いとかぁ?」
もちろん冗談で後藤はいう。だが、石川の返事は意外にも、
『……かもしれないです』
「はぁっ?」
『あっ、えと、その、なんていうか、そうゆうデートっていうデートじゃなくて――、
なんていうんだろ、あの』
「ちょっと、梨華ちゃん。落ち着いてよー」
『はい。えーっとですね』
石川はいったん言葉を切る。後藤はとりあえず続きを待つ。

『来週、久しぶりにオフがあるじゃないですか』
「ああ、シドニー行く前でしょ?」
『そうです』
「で?」
『そのとき、よかったら、家に遊びに来ませんか……?』
今度こそ、後藤は言葉をなくして黙る。
確かに来週のオフはまだなんの予定も入れてない。にしても。
うーん、と後藤はうなる。
102 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)15時48分17秒
『あの、もしかしてもう予定とか入ってます……?』
「ん〜、そうじゃないけどね」
『だったら……!』
妙に押しの強い――不自然な強さだが――石川に、後藤はおかしいなと思いながらも
(ま、いーか)と結論を出す。なにか相談事かもしれない。

「いいよ」
『ほんとですか』
「うん」
『えと、じゃあ三時。お昼の三時にあたしの家に来てもらえますか? あの、絶対
三時ちょうどに。それより早くは来ないでください』
「わかった。でもさ」
『はい?』
「あたし、梨華ちゃんちの住所とかしらないんだけど」
『じゃあ、今から教えますっ』
「うん、あ、ちょっと待って」
103 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)15時48分55秒
後藤は、きょろきょろと周囲を見回すが、脱衣場にメモやペンの類はない。さっさと
あきらめて、覚えればいいかと割り切った。
「どーぞ」
『えーっとですね……』
一言ずつ区切って丁寧に住所を教えてくれる石川の声を聞きながら、後藤はどこか心に
引っかかっている言葉を思い返していた。
(三時ちょーど。それより早くは来ちゃダメって)
なにか企んでいるといっているようなものだ。
『……です。メモれました?』
「あー、うん」
『なんか、心配だなぁ……』
「なぁに、いってんの失礼だねー。だいじょぶよぉ」
『……すいません』
「それよりさ、梨華ちゃん」
『はい』
「あのさ。部屋、きれーにしといてね」
自分のことは棚に上げて、後藤はそういった。
104 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)15時50分05秒



(神様は最悪にイヂワル)


それは先月の終わりの話。
――やっぱり、市井の復帰って無理なんですかねー?
――そりゃあ、まず無理だろう。芸能界ってそんなに甘いところじゃないよ。
ちょっとした用事で事務所に寄った後藤が、偶然立ち聞きしてしまった会話だ。
チーフマネージャーと、UFA社長の。
会話はそれだけではなかったようにも思うが、他の部分は、一切記憶に残っていない。
落雷に撃たれたように、その場に立ち尽くした。
頭のてっぺんから足のつま先までを貫く、ぞっとする悪寒……! それだけが、あまりに
リアルに刻み込まれた。体の奥の深いところに。
たぶん、一生忘れられない。

その交わされた会話が、もっと、関係のない部外者によるものだったなら。根拠のない
噂話のひとつとして片づけられたのなら。
だが、彼らふたりという組み合わせは、あまりに説得力がありすぎた。
(だったら……)
導きだされる答えはひとつだった。
もう、二度と会えない。
(ほんとうの、ほんとうに?)
本当の本当に。
嫌だ! という思いさえ湧かなかった。
ただ、悲しくて。事務所の床に幼子のようにしゃがみこんで。
それからバカみたいに声を上げて――、
もう、とっくの昔に、流し尽くした気になっていた惨めな涙を、
後藤は人目もはばからずに流した。
身のうちの海が枯れてしまうほど。


(あたしのなかに残ってる涙がぜんぶ流れたらもう泣かなくて済むのかな?)
105 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)15時50分52秒



石川の電話から数日後――。
後藤は都内のある駅に降り立った。
人目を忍ぶように帽子の裾を引き下げる。ふだんの外出であれば、別段顔を隠したりは
しないのだが、これから向かうのは石川の一人暮しのマンションだ。
興味本位で誰かにあとを尾行られたりしては困る。
時刻は午後三時十分前。
道に迷ったりしなければ、頃合の時間につけるだろう。

平日昼間ということもあって、行き交う人々は特に後藤に注意を向けたりしない。
後藤は歩きだす。九月下旬の午後の日差しが降っていた。真夏のものとは違って、幾分
柔らかな温かさに感じられる。秋が近づいているのだろう。
駅前の街道は、行き交う車の排気ガスで埃っぽかった。
後藤は歩道橋に足を向ける。人気のない汚れた階段をのぼった。上着のシャツ越しに、
へその辺りでケータイが揺れているのがわかる。首からさげた長いストラップの先の
それをつかんで、後藤は受信メールを呼び出す。
106 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)15時51分26秒
今朝着いた、石川からのメール。
『念のために住所と家までの道順をメールしておきます。…………』
こういう余計なことをしがちなのが石川だ。だが、彼女が電話でいった内容をよく覚え
ていない後藤には、ありがたかった。メールを全文表示のままにして、歩道橋を渡る。
橋の中ほどで足をとめた。足下を大型トラックが何台も連なって通過していく。けたた
ましい騒音。膝まで伝わってくる振動。上向きの熱風が、後藤の衣服をあおる。
スカートを片手で押さえた。うひゃーっ、と小さく呻く。

過ぎるのを待って、頬にかかった髪を払うように、頭を振った。
数回、はっきりと瞬きをする。
ふと眼差しが固定された。視界に、遠くまでを見晴かすように、ありふれた都市景が映る。
歩道橋の上から展望台のように街を眺めるなど、そうはないことだ。
だが、とくに感銘も受けた様子もなく、後藤はつまらなそうに一瞥しただけで再び歩みは
じめた。帽子に手を伸ばし、かぶり具合を調整し直す。
107 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)15時51分58秒
橋を渡りきった。下りの階段を、リズムをとるようにしておりていく。
「んわっすれられないぬお〜〜〜っ。……なんてね」
ナツメロというよりは、演歌ちっくにコブシをきかせて口ずさむ。
女の情念を、込めて。そんな自分に、笑ってしまいそうになりながら。
忘れられないの。
(あの人が好きよ)
とん、と両足で、後藤はアスファルトの歩道に着地。

駅前の向かい側には、中小企業のテナントが入った雑居ビルが立ち並んでいる。雑然とした
景観だ。街道に面してコンビニの店舗も見えた。自炊はしないといっていた石川がよく利用
している店だろう。
後藤はケータイの小さな画面を再び見る。
歩道橋を渡ってオフィス街に入るよう書いてある。
それに従って、雑居ビルの間の路地へと歩む。
日陰が差す。
なのに、風がないせいか体感温度は上がったようにも思える。熱気、湿気。うつむき加減の視
界に入るコーヒーの空缶や、投げ捨てられた煙草の吸殻。電柱の根元でひっそりと咲く、名も
知らない小さな花。誰にも気にとめてもらえないような、忘れられたモノ。
ふいに、――自分に似ている、と思ったのはなんでだろう?
108 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)15時52分33秒
ケータイが鳴った。
名前が通知されている。石川からだ。むーっ? と唇を突きだして、後藤はケータイをつかみ、
通話ボタンを押す。
「はいはい。こちら、ごとー」
『あ、もしもし、石川ですけど』
「うん、なにー?」
『どうですか? 道、わかります?』
「あー、おっけーおっけー。ばっちりよん」
『そうですかぁ、よかった。あの、じゃあ、お待ちしてますね』
どこまでも天然なお嬢様言葉がくすぐったい。

ん? と後藤はなにかに気づいた。耳をすます。会話している石川の背後に、数人の気配。
ひそめられた笑い声。それをたしなめる叱咤のささやき。
すべて、よく知った声。
幾分、焦った声で石川が、
『――あっ、それじゃ、気をつけて来てくださいね』
早口になっていうと、一方的に通話を切った。
プーッ、プーッ、と鳴るケータイに目を落として、後藤もボタンを押して通話状態を解く。
その顔に、ふへへへ、とだらしない笑みが浮かぶ。
(なぁるほどねー)
はっきり、読めた。皆の企みが。
行けば、子供じみたドッキリ計画が待っているのだろう、と。
だったら。
着いたときには真剣に驚いてあげないとねー、と後藤は考える。
「……あはっ」
だから、その分、ここで笑っていこうかと思った。
メンバーの心づかいをムダにしないためにも。
109 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)15時53分13秒



後藤の日記より〜

1999.8.XX
やったねー!
オーディション、最終予選まで残った!!!
う〜ん、アタシ、プロになれるのかな〜〜〜〜?
なれそうだよね? いや、どうだろ〜〜〜っ??
なりたい! いやもー、ゼッタイなるってばよ!
最後のウタ審査、がんばろ。
でも、そのまえに寺合宿があるんだって。
つーか、ナニ? 寺、合宿、ってさあ。
わけわかんないよ。。。。
まー、いーか。
アタシなりにおもいっきりやるだけダ!!
110 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)15時53分48秒
1999.8.XX
ちょーウレシイ。
オーディション、受かっちゃったよ。
まだ、ちょっと信じらんない。
みんなよろこんでくれた。
んー、でも、プレッシャーあるなあ。受かったのアタシひとりだったし。
でも、やらなきゃネ!
いきなりテープとか歌詞とかいっぱいわたされた。
はー、これからタイヘンそう。
フフフ。なにはともあれウレシー!!
早くメンバーの人と仲よくなれたらイイナ。。。。
111 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)15時55分05秒
2000.9.XX
うわー、びっくり。
もう一年いじょう日記書いてなかったんだ。
うーーん。ずーっと、いそがしかったからねえ。。。
今日は、ひさしぶりのオフで、
アタシのバースデーパーティーをみんながやってくれた。
23日は仕事だから。その前にって。
ないしょでアタシを呼びだして、ビックリさせようと思ってたみたいだけど、
バレバレだっての。
いちおー、おどろいてあげたし、ホントにうれしかったけどねー。
なんか、ずっと心配かけてたみたい。はげまされちゃったヨ。辻カゴにまで。
まーねー。しょうがないかってカンジですわ。
イロイロあってだいぶふっきれてきてるとは思うんだけどさ〜。。。。
ウン。いちーちゃんのことはスキだよ。今でもダイスキ。
二度と会えないっていわれて(ないけど。。。)、よけいハッキリしちゃった。
これからだって、ずっとダイスキのままでしょう。
でも、もうウジウジはしてんのはヤメた。
いつまでもダメ子やってたら、いちーちゃんに笑われちゃうもんね。
これいじょうメンバーにも心配かけたくないし。
ちゃんとしなきゃ。
アタシ、がんばるからさ。


あーーー。でも、もう一度だけでいーから、会いたいなー。
なんてね。。。。

112 名前:作者 投稿日:2001年07月04日(水)15時56分40秒
更新……です。
ぎゃーっ、とろい!
しかも、わけわかんねー!!(内容が)
ま、まあ、いいや。なんなんでしょうこれは。
がんばれ、俺。もうちょっとで、クライマックス。
なんかもうずーっと、離れ離れの後藤と市井にシンクロして、
書くのも「つれー、つれー」ってカンジなのですが。
大丈夫、最後はハッピーエンドだ。たぶん(笑)。

それでは、読んでくださってる方に感謝を込めて、今回はこのへんで。
マジ、読者さんができること自体が「ないかもなー」と思ってたので。
ちょー感謝!


(ののかおでNightHeadやるのも面白そう、と思った)
(例のハロモニ・笑)
113 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月05日(木)16時54分54秒

今日初めて読んだんだけどせつねーっす。
114 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月05日(木)20時54分13秒
最後はハッピーエンド・・・
信じていいのだろうか?(笑)

とにかく雰囲気が好き。がんばって下さい。
115 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月06日(金)03時03分44秒
最後はハッピーエンドなんですか?
最後までせつないままなのかな〜って思ってたんで、本当ならうれしっす!!
頑張れ作者さん!!
116 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月09日(月)01時38分37秒
泣きました。とくに、歌う後藤と、王子様の夢のラスト。

次作も期待してます(まだ終わってないって・・・
117 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月19日(木)21時26分39秒
もう一度だけとはいわず・・何回でも合わせてやって下さい・・。
ところで、出だしから題名までの流れが映画的で好きです。
118 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月21日(土)07時15分07秒
ピンキーとキラーズ、恋の季節…
気になったんでMXで漁ったり歌詞(『モーニングコーヒー」のようなフレーズ発見)を
調べたりしてしまいました。
テーマにぴったりというか。
作者さん、目のつけどころいいっすね!
119 名前:読者さまへ 投稿日:2001年07月22日(日)02時00分33秒
なかなか更新できなくてスミマセン〜!
本業、修羅場が続いてまして…………。
でも、いい加減なものも書きたくないんです。ごめんなさい。
お茶濁しというわけではないんですが、個別レスなどを(笑)。

113さん
甘いとか、痛いではなく、まさに切ない感じを目指して書いてるので、
そう言ってもらえるのは、ひじょーに嬉しいです。ありがとうございます。

114さん
信じてもらっていいと思います。
ハッピーエンドにも色々なかたちがあるとは思いますが。
……って別に破滅的幸福みたいなのはしませんので(笑)。

115さん
頑張りますー。応援ありがとうゴザイマス。
やっぱり、最後は幸せになってほしいなあと僕も思うので、
たぶん、大丈夫です。あ、いや、たぶんじゃなくて。

120 名前:つづき 投稿日:2001年07月22日(日)02時07分43秒
116さん
あ、作者的にも気に入ってるところです。そこ(笑)。
次作、ネタはあるんですが、まずこれを書き上げないと、です。
あー、仕事なんかしないで娘。小説だけ書いていたい〜。

117さん
タイトルまでの冒頭はかなり気合い入れました(笑)。
ほんとはタイトルをセンターに置きたかったので、それだけ心残りですね。
この二人には、たくさん会ってほしいです。作者も。

118さん
そーなんですよね。「夜明けのコーヒー〜」のくだりは、
文中にネタとして入れようかと思ったりもしたんですが。
風呂場で市井のことを想いながら鼻歌を唄う後藤、
というのが浮かんでから探した曲なんですけど、
「わっすれられないの〜」というフレーズだけが手がかりで、
全歌詞を見つけたときは、ちょっと運命感じました(大げさ)。

……、えー、定期的な更新ができずほんと申し訳ないです。
八月に入らないと、気合い入れて書く時間が取れなそうなんですよね……。
でも、一人でも待ってくださる方がいれば絶対書き上げますので、
よかったら待っててくださるとうれしいです。
では。

作者 拝
121 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月23日(月)01時20分05秒
マターリ待ってます。
がんがれ!
122 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月15日(水)06時21分28秒
こんなのあったのか!!
今日発見しました。
ずーっと待ってます。
続き、期待してます!!
頑張って下さい。
123 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月21日(火)22時22分03秒
ま っ て る わ
124 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)04時40分23秒
***
125 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)04時41分02秒
夕焼けを見てる。
(キレイだね)
ベッドのうえで壁にもたれて、わたしは安物のエレキギターを抱えて、弦を気ままに弾いていた。
ギターもわたしも、夕日に染め上げられて、真っ赤だ。

メロディーになりきれない音の連なりが、音量を落としたアンプから流れてて。
それにムリヤリでたらめな英語の歌詞をのせて、口ずさんでた。てきとうソング、ば〜い市井
(わたし)ってかんじで。何曲も、何曲も。
もう何時間もこうしている。ずっと。
126 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)04時41分35秒
指の皮が固くなるまでとにかく弾きまくること、という教本通りに、わたしは時間さえあれば
ギターを手にしていた。真面目なのだ。けっこうね。
もちろん音に合わせて歌うことで、発声練習も兼ねている。
でも。ずーっと同じ姿勢でいるので、そろそろ腰が痛いぞっ。

「ちょっと、きゅうけーい」
声に出して、そう決めた。
肩にかけたストラップを抜いて、ギターを体の脇に寝かせた。ピックも、その上に投げた。
カツンて軽い音。

127 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)04時42分27秒
よっ、と勢いをつけて、わたしはカーペットの床に足を下ろした。
まっすぐ立って、背伸びをする。
ぽきぽきと体のあちこちで関節が鳴る。んー、気持ちよいッス♪
ふいーっと肩を落とし、それから、小学校からずっと使ってる学習机に手を伸ばして、
200mlパックのミルクコーヒーを取った。

ストローをくわえて、飲む。
すっかりヌルくなってて、甘さ倍増に感じた。ちょっとだけ、「うえ」となった。
小さいのでいいから部屋にも冷蔵庫が欲しいよ……。ま、贅沢か。
わたしは、ストローをくわえたまま顔を上げる。
パックからストローが抜けて、先っぽがぴこぴこゆれた。なんか、間抜けだ。
128 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)04時43分20秒
わたしは空になったパックをごみ箱に捨てる。
それから窓のほうを見て、沈む夕日を眺める。
モーニングやってた頃は、こうやって自分ちの部屋から夕焼けを見るなんて、
めったに(ホントにめったに!)なかったことでさ。

ストローもごみ箱に投げて、軽く咳払い。
「ゆーうーひーがーきーれーいー」
小学一年生の国語の教科書を読むみたいに、わたしは声を出した。
なんと素朴なフレーズ。でも、すごく、すごく、大切なことだった。
胸を打つ。
129 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)04時44分16秒
頭のなかをぐるぐると言葉が回る。
(ゆうやけ。ひぐれ。まちなみ。ちへいせん。そのムコウ)
…………なにかをつかみかけてる気が、した。
わたしは学習机のイスの背もたれに片手をついた。机上には一冊の大学ノートが広げて置いてあり、
そのうえにシャーペンと消しゴムが転がってる。
じゃじゃん。これこそが市井作詞セット一式ですっ。

って、偉そうにいうほどのもんじゃ全然ないけどね。
いちお、ノートには、すでにいくつか歌詞の断片が書きこんである。だけど、まだ余白のほうが
圧倒的に多かった。作詞って、ほんとムズカシイよ。
わたしはシャーペンに指を伸ばす。軽くつかんで、紙面に黒芯を走らせた。

130 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)04時45分55秒
今、心に浮かんでくるメッセージ。
そっと掬い上げるように。

『 夕日落ちてく 世界の終わる その場所で待ってて  
  この空をこえて 星の果て あなたに会いに行くよ  
  そこでふたりは 』

二人は。
(――どうなるんだろう?)
ぴたりと止まったシャーペンの先を、わたしはそれ以上動かせない。

131 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)04時46分53秒
一点に留まったまま、力の入った先っぽで黒芯が「ポキッ」と折れた。
「んん〜〜〜〜〜っ」
わたしは、放り出すようにしてシャーペンを卓上に転がす。
頭に両手をやり、髪の毛をわしゃわしゃとかき回した。いや、別にベートーベンとかのマネ
してるわけじゃないけどね。なんとなく。

(あっ)
そういや。……髪、そろそろ切ろっかな?
五月に脱退してから、まだ一度も短くしてなかった。一回だけ、美容室で毛先を整えてもら
ったくらいだ。わたしは髪が伸びるのが早いみたいで、もう昔、モーニングに入った頃の長
さになってた。外出のときは、後ろで一つにしばることも多い。

132 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)04時47分32秒
ぴんっ。と、前髪をつまんで引っぱって、上目づかいに眺める。
恋ダンのときのオールバックぽい髪型に戻してみよっかな〜。
あれってメンバーからのウケもすげーよかったんだよね……。マジでさ。
特によろこんでたのがー、
(おっと、ヤメヤメ)

あやうく後ろ向きな思い出にひたりそうになったから、わたしは自分の胸のうちにストップ
をかけた。ふぅ。コラ、しっかりしろ市井紗耶香。
ちゃんと前を見なきゃ。

133 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)04時48分20秒
ひとつ深呼吸して、わたしはストレッチ体操の屈伸をはじめる。膝を曲げ、伸ばし、体ぜんぶ
に気合いを入れ直した。――よし。
「さやーっ?」
絶妙のタイミングで、下の階から母さん(わたしじゃないよ、念のため。わたしのは平仮名で
「かあさん」だから。間違えないよーに)の声がした。わたしは勢いをそがれて、がくっと肩
を落とした。気をとりなおして、
「なんだよーーっ!?」
と、どなり返す。

「ちょっと、下りてらっしゃい!」
「えぇーーっ?」
なんだろ。
首をかしげてみたものの、無視するわけにもいかなかった。どうせ下りていくまで、呼び続け
られるのだ。気合いを入れてギターを握ろうとしたトコだったけど、わたしはドアに向かう。
仕方ないなー。ちぇ。
134 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)04時48分57秒
短い廊下を過ぎて、狭い階段を下りていく。
一階に下りて、すぐ右手にリビングのドアがある。
わたしは、それをちょっと乱暴に押し開いた。
ずかずかとリビングに入っていく。暑がりの母さんはエアコンを強めに入れていたみたいで、
汗ばんだ肌には寒いくらいだ。

「おお、紗耶香。久しぶりだな」
いきなり投げかけられる男の人の渋い声。男?
聞き覚え、ある、気がする。……って、
「あれー? モチヅキさんじゃん」
ガラス製のダイニングテーブルを挟んでソファに座って、母さんと向かい合っている、のが。
母さんの兄にあたる、持月の叔父さんだった。なにげに年齢不詳。若くはないはずだけど、
いつも子供みたいな目をしてる。そして、髭もじゃの顔。

135 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)04時49分37秒
何年ぶりになるんだろう? 前に会ったのって、小学校のときだった気がする。うちに色々あった
ときだっけ。そのときのことはよく覚えてないけど、叔父さんの髭もじゃの顔だけはしっかり覚え
てた。全っ然かわってないのが、おかしいよ。
「どしたのさ。ずっと海外にいってるって聞いてたけど?」
「たまには戻ってくる。日本でこなさなきゃいけない仕事もあるからな」
叔父さんはソファからごついカメラを取り上げて、わたしに見せた。

そう、叔父さんはフリーのカメラマンだ。いつも世界中を飛び回ってる。そんなに有名ではないん
だけど玄人受けがいいんだって、いつだったか母さんがいってたっけ。
うちになんの用だろう?
「さやのことを話したらね、ちょっと相談があるっていうのよ」
「へ、わたしに?」
母さんがなにを話したのかも気になったけど(どうせモーニングに入ったこととか、辞めたこと
とかだろうな)、相談っていうのにわたしはただ首をかしげた。
叔父さんが、髭で覆われた口元を動かして、いった。
「ああ、そうだ。紗耶香、今は学校に行ってないんだろう?」
「そう、だけど」
そんなことまで聞いてたのか。ヤだな。説教とかならお断りだよ。

136 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)04時50分21秒

「なら、海を見に行かないか」


……え?
(う、み?)
一瞬、耳を疑った。なにそれ? あ、いや、海くらい知ってる、けど。
んーー?
そんなわたしに構わず、叔父さんは言葉を続けて、
「明日からまた仕事で日本を発つんだが」
「はあ」
「時間があるなら、紗耶香も連れていこうかと思ってな」
……海に? わたしを? なんで? 日本じゃないの? 明日って?
わたしは頭にクエスチョンマークをいくつも飛ばしながら、叔父さんに聞き返す。

「ええっと。叔父さん、こんどは海を撮るの? 仕事で?」
「そうだ」
「…………、わたしなんか連れてっても、手伝えないけど」
叔父さんは、豪快に笑った。
「それは期待してない。おれは一人でやるのがポリシーだからな」
「でででも、じゃあ」
137 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)04時52分19秒
思わずどもるわたしに、母さんが横から口を挟んだ。
「行ってきなさい。それもいい経験になるわ。お兄さんが一緒なら、わたしも安心だしね」
「フ、どうだ?」
母さんの言葉尻にかぶせるようにして、叔父さんがまた訊いてきた。
あまりの急な話に、わたしは戸惑うばかりだ。でも、心はすこしずつザワザワしはじめていた。
なんだろ。期待とか、不安とか、そういうのが混ざりあって……。

(ん?)
わたしは、はたと気づく。
「あ、でも日本じゃないんだよね? やっぱハワイとか?」
わたしの台詞に、叔父さんは人差指を立てて横に振った。ちっちっちっ、とキザっぽく。
に、似合わない……。いわないけどね。
焦らすように叔父さんは間を置く。
そして、ネイティブな巻き舌で、その名をわたしに告げた。カッコつけて、厳かに。


「――Hamilton Islsnd」


138 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)04時52分53秒
初めて聞く地名だった。
叔父さんが、「行くか?」とわたしの目を見て、いう。
(行くか、って)

どうしようと考える間もなかった。
わたしは、甘いお菓子につられる子供みたいに、無意識にこくんとうなずいていた。
そこで自分がどんなものを見るのかも想像すらできないまま。
そこでどんな運命が待っているのかも、まるで知らないまま。
ただ――。
この胸に響く、まだ聴いたことのないさざ波に誘われるように、わたしは「行く」と
きっぱり答えてた。遠い、遠い、世界の果てに吸い込まれていくような、予感があった。

139 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)04時53分30秒
(この空をこえて)
わたしは、行くんだね。
「よぉし。なら、すぐ準備をはじめろ。明日迎えにくる」
どうやら叔父さんがうちに寄った理由はそれだけだったみたいで、カメラを手にさっさ
と立ち上がった。大股で歩きだす。リビングに入ってすぐのところで、まだ、ほけーっ
と突っ立ってるわたしの頭をぽんとたたいた。(あっ)と、わたしはなにか(お礼とか?)
いおうと、背の高い叔父さんの顔を見上げる。でも、叔父さんはわたしの言葉を待たずに、
脇を通り過ぎてリビングを出ていった。背中で、ばたんとドアが閉まった。

わたしは視線を泳がせる。にこにこ笑ってる母さんと、目が合った。
「良い景色が見れるといいわね」
「うん」
それだけしかいえない。ほんと、子供になったみたいだ。
(ああ、支度しなきゃ)
前、モーニングで写真集を撮るときに使ったきりの旅行用トランク、どこにしまったっけな、
とわたしは記憶を探ってる。

140 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)04時54分08秒
水着、持っていこうかな。ダイエットしとけばよかったな。
美味しいもの食べれるのかな。お土産、どんなのが売ってるんだろう。
てゆうか、ハミルトンってどこだ?
徐々に、胸が騒いでくる。

まだ知らないメロディが、歌が、わたしを誘う。遠く、遠くへ――。





夕日落ちてく
世界の終わる
その場所で待ってて
この空をこえて
星の果て
あなたに会いに行くよ

(そこでふたりは)

141 名前:作者 投稿日:2001年08月25日(土)05時00分25秒
おひさしぶりの更新です。
なんとか八月中には間に合いましたが、
あれです。
へたに間をあけると全部書きなおしたい欲求にかられます(笑)。
色々迷ったんですが、ここで放置してしまうと、
もう書けなくなるような気がして無理やり書きました(大げさ)。
きちんと更新続けてる人はほんと偉いですねー。すごいと思います。
142 名前:続き 投稿日:2001年08月25日(土)05時12分21秒
突然、一人称になったのは、ふだん書かないものなので修行も兼ねてと、
もちろんちゃんとした狙いもあるのですが。……固いですねー。未熟だ。
いきなりオリジナルキャラなんかも出ちゃったりしてますが、
すべては市井を日本から連れ出すためだけであり、本来娘。小説に、
オリジナルキャラを出すのは嫌いです(笑)。出番も極力少なくしたい……。

あー。
こんな拙い小説を待っていてくださる方には感謝の言葉もないです。
これからも順調な更新は難しいですが、気長に待っていてください…。

(舞台も変わってここからは甘甘ですー)
143 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月25日(土)13時54分12秒
作者さ〜ん。お待ちしておりましたよ〜。お帰りなさい。(違うか?)

市井ちゃんは、海に行くのですね〜。海見て何かを得るのかな?
これからは甘甘・・・ドキドキしながら続きを待ちます。
144 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月25日(土)16時26分34秒
待ってました。更新うれしいっす。続き楽しみにしてます。
145 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月27日(月)03時19分55秒
待ってました〜
146 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月31日(金)16時24分44秒
今日、一気に読んだんですが、
何か、惹き込まれる感じがします。
続きが気になる・・・。
147 名前:116 投稿日:2001年09月01日(土)05時16分07秒
待ってましたよ〜!あの島でラブラブに??
ラクロスのユニフォームっぽい写真が好きです(笑

「ギターもわたしも」を読んで、この先ずっと作者さんの書くものを
追いかけるぞ〜と心に誓いました(^^)風景の描写、イイ!です〜♪
148 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月21日(金)03時57分27秒
甘甘……この一言だけでいつまでも待ち続けることが出来ます(w
149 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月16日(火)22時34分06秒
今日改めて読み返しました。
続きが楽しみです。待ってますよ!
150 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月04日(日)12時23分20秒
作者さん、もうここ見てないのかな。。
151 名前:作者 投稿日:2001年11月09日(金)02時47分55秒
そ、そういうわけではないのですが……。
すいません。当分、書ける余裕がないのです。
……もうしわけなさすぎ。
ゴメンナサイ。
152 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月10日(土)02時49分01秒
余裕のある時でいいですよ。
マターリ待ってます。
153 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月18日(日)02時26分52秒
おなじく、のんびり待ってます。
154 名前:153 投稿日:2001年11月18日(日)02時28分10秒
すみません…ageてしまいました。
作者さんの文章、大好きなので、いつまでも待ってます。
155 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月22日(土)19時48分44秒
期待sage
156 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月01日(火)09時10分43秒
年変わっても待ってます
157 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月14日(木)21時06分54秒
名作集も復活したから、ここも復活!
って訳にはいかないかなぁ(w
158 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月21日(木)22時37分15秒
待ってていいのかな…。

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