君の住む街へ

1 名前:たう 投稿日:2001年06月24日(日)11時33分16秒
思いつくままに書いてみました。「ま、いい風に言えばほのぼの系〜♪」を目指しています。ぼちぼち書いていきますんでよろしく。
2 名前:雪の街 投稿日:2001年06月24日(日)11時38分45秒
終業式は一昨日終わりました。昨日から冬休みに突入です。わが女子テニス部は自主トレ期間なので,結構有意義な休日を過ごせています。

そして,今日はクリスマスイブ。朝から雪が降っています。正午を過ぎた今も,勢いを弱める様子もなく降り続いています。

何年か振りのホワイトクリスマスかぁ。いい雰囲気だよね。

で,今,私は家族で祝うパーティーのために,お気に入りの店にクッキーを買いにきています。

家族で祝うクリスマスも悪くないんだけど…ちょっと寂しいかな。

だって,親友の真希ちゃんは市井先輩と一緒だし,後輩の加護ちゃんは辻ちゃんやほかのお友達とみんなで騒ぐって言ってたし,保田先生は飯田先輩とお食事に行くらしいし…。

いいもん。私だって,楽しいクリスマスにするんだもん。


さて,家に帰ろうとしていたら,あれ?何だろう。歩道の端に箱のようなものがあるのを見つけました。近づいてよく見ると…リボン?がかかっています。解けかけてるけど…。

え?これってクリスマスプレゼント…よね?
もしかして…捨てられたのかな…?

…ちょっと失礼して中を見せてもらっちゃいましょう。

うわぁ…。これ,手作りですよ?木彫りのテディ・ベア…。
あ!これ,もしかして,プーさん?そうだ,プーさんです。
手のひらにすっぽり入っちゃうくらいの大きさだけど,なんだか一生懸命作ってるのがすごくよくわかります。

これ,絶対捨てられたものじゃないです!落し物!!
きっと持ち主はすごく困ってるはずです。

交番に届けても…ダメでしょうね,お金じゃないし。どうしよう…?
3 名前:雪の街−2 投稿日:2001年06月24日(日)11時40分55秒
持ち主が探しに来るまで待ってみます。きっと通った道を辿って探しに来てくれると思うんです。

「開けてしまってゴメンね。でもね,きっと持ち主さんが探しにきてくれるから,一緒に待ってようね」

私は箱の中のプーさんに話し掛けると,リボンをしっかり結びなおし土を払いました。


とは決心したものの…,雪の中を1時間もじっと立っていると…うーん。
手先,足先が麻痺して,体の芯から冷え切ってきました。決心が鈍ってきちゃった…。

ホントに来るのかな。もう忘れちゃったのかな。プーさん…見捨てられちゃったのかな。
ううん,そんなことない。きっと戻ってきてくれるよ。

あと30分待ってみます。うん,そうしよう。

そのときです。
駅のほうから地面をきょろきょろ見回しながら歩いてくる人を見つけました。高い背をかがめて,必死に何かを探しているように見えます。

あの人,もしかして?
4 名前:雪の街−3 投稿日:2001年06月24日(日)11時44分06秒
よし。
…声をかけてみます。

「あの…,もし違ったらごめんなさい。これ…?」

私の差し出した小箱を見ると,その人が本当に驚いたように声をあげました。

「あーっ!あったぁ。よかったぁ」

ショートカットの髪が雪で少しぬれています。
落とし主は,私より背の高い,優しい顔立ちの女の人だったようです。…私と同じくらいの年かな?私の顔を見ると,その人は心底安心したように話し始めました。

「ありがとう。本当にありがとう。…よかった。もう駄目だって諦めかけてたんです」

本当に待っててよかったです。こんなに丁寧に物を作れる人が,簡単に探すのを諦める筈ないですよね。

なんだか,この人…クールそうに見えるけど…違うみたいです。
私は手にしていた小箱を覗いてしまったことを思い出しました。いまさらだけど,ちょっと謝りたいと思いました。

「ごめんなさい。その…私,ちょっと中を見てしまったんです。『プーさん』ですよね,それ。すごくていねいに作ってあるのが見えちゃって,きっと探してるんじゃないかなって…」

これ,と小箱をその人に渡すと,私はタイミングよくくしゃみをしてしまいました。
あちゃぁ…。すごいタイミング。この人びっくりしてます。そりゃそうですよね。

(笑われるかな…。)

「…ずっとここで待っててくれたんですか?」

背の高い少女は私の帽子に降り積もった雪を見て,
「ちょっと失礼…」
と優しく払ってくれました。

木彫りのプーさんから感じた優しさと,この人のしぐさが私が考えてたイメージとそのままだったから,私はすごく嬉しくなりました。
背の高いその人は,はにかむように笑いながら,冷えますね,と話し始めました。
5 名前:雪の街−4 投稿日:2001年06月24日(日)11時46分08秒
「これが『プーさん』だって分かってもらえて光栄だなぁ。本当は拾ってくれたお礼にホットチョコレートでもご馳走したいところなんですが…,実はあたし,知り合いのところに行く途中だったんです」
「それって…その方へのプレゼントだったんですか?」
「はい。だからすごく助かったんですよ。それで,ですね…」
「…?」
「お礼代わりとはいえないかもしれないんだけど,もしこれから予定がないなら,その人の家へ一緒に行きませんか?」
「え?」
「…もし迷惑じゃなければ,ですが…?」
「…行ってもいいんですか?」
「もちろん!大歓迎ですよ!」

いつもは引っ込み思案の私ですが,今日は何か違うみたいです。今年最後の大冒険って感じがして,ちょっとドキドキ。私は携帯から家に連絡をすると,彼女の後をついて電車に乗りました。
6 名前:たう 投稿日:2001年06月24日(日)11時50分59秒
今日はここまで。週に1回くらいは更新したいな。
新人ですんでどうぞ宜しく。
7 名前:たう 投稿日:2001年06月24日(日)11時53分26秒
あ、そうだ。これの元ネタ知ってる人は、ちょっとイメージ違っちゃうかもしれません。すみません。
8 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月25日(月)01時10分19秒
ほのぼのいい感じですね。
9 名前:雪の街−5 投稿日:2001年06月25日(月)22時57分00秒
向かい合った席に座って,私たちはお互いの自己紹介をしました。
彼女の名は吉澤さん。私より一つ年下の,北高校の1年生でした。
「私は西高2年の石川梨華です」
って言ったら,
「西高ならもしかしたら,これまでにも駅ですれ違ったりしてたかもしれませんね」
だって。

ってことは,これからもさっきの駅で会えるのかな?なんだか嬉しい。
あ,吉澤さんもなんだか嬉しそう,なんて思ったらちょっと失礼かしら。

しばらく話していると,冷えきった身体が電車内の暖房で少しずつ温まってきました。
でも手はまだ冷たいです。まだかじかんでるし…。

「どのくらい待ってたんですか?」

吉澤さんは私のことを見つめると,ちょっと心配そうな表情で尋ねてきました。
寒そうに見えたのかもしれません。
もう少ししたら十分温まるから心配なんかしなくていいのに。

それに,待ってたのは私の意志だったんですから。
…ちょっと最後のほうは辛かったですけど。
でも,待ってて本当によかったって思ってるんです。

「どんな人が来るのかなって,ワクワクしながら待ってたから,あっという間でした」
「…こんなに冷えてても,ですか…?」

吉澤さんは私の手に,少しだけそっと触れました。
暖かい手でした。歩いて探して,手を握り締めて動き回っていた証拠です。

本当の事言ったら,恐縮しちゃうと思います。
ちょっと誤魔化したくらいが吉澤さんにはちょうどいいかな。
なーんて,ちょっと年上ぶってみたりしてね。

「それは吉澤さんも同じでしょ?」

私はほら,と吉澤さんの手をとり,彼女自身の頬に当てました。
すると,吉澤さんは「ホントだ」と笑いました。

誰かを思いやって,こんな暖かい気持ちで話せたのって…久しぶりだな。

吉澤さんは曇った窓ガラスを指で何度か擦り外の風景を眺めると,もうじき着きますと教えてくれました。
10 名前:雪の街−6 投稿日:2001年06月25日(月)22時58分18秒
目的の駅で私たちは電車を降りました。
雪の降る道を歩きながら,吉澤さんは少しずつ話してくれました。

「突然『一緒に来ませんか』なんて言われてびっくりしたでしょう?」
「え?…うん,ちょっと,ね」

吉澤さんは「『ちょっと』?」と笑って話を続けました。

「この『プーさん』を贈る人は,あたしの姉の…すごく大切な友達で,本当なら今ごろは家族同然に一緒に暮らしてるはずだった人なんです。
あたしの姉は山岳カメラマンでした。山がすごく好きで,ことに雪に染まった冬山が好きで…そんな姉が2年前,その人に最初で最後のクリスマスプレゼントをしたんです」

よほど楽しいことを思い出しているみたいに,吉澤さんは笑顔で雪空を見上げています。

「不器用なくせに,何日も徹夜して手作りなんかして。妹の私が言うのもなんですが,その雰囲気がすごくよくできてて。…その人もすごく喜んでくれてたんですよ」

吉澤さんは,誰かに向かって話し掛けているみたいに見えました。
笑顔なんだけど…何故か少し寂しそう。
だから,私,黙って頷くだけじゃダメな気がしました。

「吉澤さんの木彫りのプーさんもすごくあったかくて,私,好きです」
「えへへ。ありがとうございます」

吉澤さんは私のほうを向くと,優しく微笑んでくれました。でも,それっきり吉澤さんは黙ってしまいました。
11 名前:たう 投稿日:2001年06月25日(月)23時18分02秒
やっと登場人物の名前が出てきました。主人公は一応石川です。

どうも私が書く二人(いしよし)はかなりな臆病です。
しばらくはお互いを名字で呼び合いますので、違和感のある方は心の準備を…。

>>8 「いい風に言えば」ですが。ありがとうございます。
12 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月26日(火)01時28分36秒

雰囲気好きかも。
更新楽しみにしています。
13 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月26日(火)05時49分19秒
いいですよ〜。私はここの雰囲気好きです。続き期待してます。
ガンバです。
14 名前:雪の街−7 投稿日:2001年06月26日(火)18時56分05秒
吉澤さんのお姉さんって,吉澤さんに似てるのかなぁ。
背が…高いのかな?で,優しい目をしていて…うん,これは絶対似てると思うな。
そして,きっと同じような暖かい雰囲気を持った人で…,なんてね。
早く会ってみたいかも…。

静かに歩いていると,私たちの視線の先に家が見えてきました。近づくにつれ,その家の玄関前に誰かが立っているのが見えました。

「あ…,安倍さん。ご無沙汰してます。こんばんは!」
「あ,よっすぃー…。こんばんは。久しぶりだね」
「入らないんですか?きっと矢口さんも待ってますよ」
「…うん」

安倍さんという方と吉澤さんはどうやら以前からのお知り合いのようです。

「あ,紹介します,安倍さん。こちら石川梨華さんです。ちょっと強引にあたしが連れてきちゃったんだけど,構わないですよね」

突然私の話題になったからびっくりしてしまいました。
急だったので,上手にあいさつの言葉も出てこなくって,私は顔ばかり赤くなっています。

「矢口は賑やかなのが好きだからね,人数は多いほうが喜ぶよ。よろしくね,石川さん」
「で,石川さん,こちらは死んだ姉が山に登ってたときの仲間の,安倍なつみさんです」
「あ,どうも。石川です…」


私は自分の耳を疑いました。


「死んだ姉」…確かに吉澤さんはそう言いました。

亡くなってたんだ…。
15 名前:雪の街−8 投稿日:2001年06月26日(火)18時59分10秒
不意に玄関の戸が開くと,中から背の低い金髪の女性が出てこられました。

「表で話し声が聞こえると思ったら,やっぱりよっすぃーだ!」
「あ,矢口さん。こんばんは」
「よしよし,今年もよく来たねぇ」

矢口さんはすごくやさしい顔で,屈んだ吉澤さんの頭をなでていました。
口調や外見ではそう見えないけど,ちょっとしたしぐさに何気ない優しさというか,気配りを感じます。吉澤さんとはまた違った柔らかさ…。

この矢口さんが,吉澤さんのお姉さんの大事な人だったんだ…。

なんとなくですが吉澤さんのお姉さんのがどんな人だったのか,少し分かった気がしました。私は吉澤さんの後ろから,矢口さんを見つめてそんな事を考えていました。
16 名前:雪の街−9 投稿日:2001年06月26日(火)19時01分21秒
矢口さんはボーっとしていた私を見つけると,吉澤さんに向かってニヤッと笑いかけました。

「お?!よっすぃー,今年はかわいい友達連れて来てるじゃ〜ん?」
「へ?あ,いや,石川さんは,その…ここに来る途中にですね…」
「そっか,石川さんっていうんだ。よっすぃーの友達なら大歓迎だよ。いらっしゃい」
「…ありがとうございます,矢口さん」

矢口さんは私の名を聞き,「『梨華ちゃん』って呼んでいい?」と言ってくれました。
押しかけたのは私の方なのに,こんなふうに受け入れてもらえるなんて…。
矢口さんって,なんだかすごく大人だなぁ。

一方,矢口さんが私とこんな話をしている間,子どもっぽい表情で待っていた吉澤さん。

こんな表情もするんだ…。ふふっ。

飼い主に『待て』を言われて,じっと待っている子犬のよう…なんてね。
結構私,失礼なことを考えてますね。
ゴメンね,吉澤さん。だって本当にかわいいんだもん。
17 名前:たう 投稿日:2001年06月26日(火)19時14分40秒
>>12
>>13 そう言っていただけると嬉しいッス。頑張るッス。

あんなにでかい子犬がいるか?と自分につっこむ今日この頃…。
でも、本当に飼い主と忠犬って感じがする。(←矢口&吉澤)
18 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月27日(水)17時59分21秒
よっすぃーのお姉さんはなっちという自信があったのに。
はずれたか。でもかなりいい感じですね。期待してます。
19 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月27日(水)18時15分33秒
ageは確かしちゃだめだって。
20 名前:雪の街−10 投稿日:2001年06月27日(水)20時57分13秒

会話の途切れた間を見つけると,吉澤さんは勢いよく矢口さんに話し始めました。

「それだけじゃないんですよ。矢口さん!」
「え?」

吉澤さんは,ちょっと離れたところにいた安倍さんを玄関のそばまで引っ張って連れてきました。

「…こんばんは…」
「…なっち?」

矢口さんは安倍さんをじっと見つめているのに対して,安倍さんのほうは地面から視線をあげようとしません。

「…うわぁ,すっごい久しぶり。元気だった?」
「うん。矢口も元気そうだね…」
「ほら,矢口さんからも安倍さんに中に入るように言ってやってよ」

安倍さんの背中を後ろから軽く押しやりながら,吉澤さんは矢口さんに微笑みかけました。
…さっきまでの子犬みたいな表情じゃなくて,お姉さんの話をしていたときの,あの少しだけ寂しそうな笑顔で。

「…矢口さんだって,押し花や絵はがきのお礼が言いたいでしょう?」
「あれ…,やっぱりなっちだったの…」

押し花?お礼?
何のことだか分からないけど,一瞬安倍さんの表情がハッとしたのは,二人のこの態度の違いに何か関係があるからなんでしょうか。


雪はまだ静かに降っていました。
21 名前:雪の街−11 投稿日:2001年06月27日(水)21時04分10秒
まず声を出したのは吉澤さんでした。

「…さ、さあ,行こうよ。安倍さん!ね、いいでしょ,矢口さん」
「もちろん!矢口のケーキは大人数で食べると美味しさアップなんだ!」

まだ俯いたままの安倍さんの手と,私の手を取ると,吉澤さんは私たちの手をひいて,矢口さんの家の中に招き入れてくれました。



通された部屋の壁には,たくさんの雪山の写真や絵はがきが飾ってありました。
そしてテーブルの上には矢口さんのお手製だそうです,ケーキがのせてありました。
チョコレートケーキです。うわぁ,美味しそう。

吉澤さんが紅茶を飲む時に舌を火傷をして大騒ぎしたり,矢口さんのいたずらで,切り分けられた私の分のケーキの中に煮干(一匹だけだったけど)が入っていたり。
矢口さんも吉澤さんは,どちらが私たち二人をより笑わせることができるかと,次々におもしろい話をしてくれました。

真剣な表情で大ボケなことを話しては,私たちを笑わせている吉澤さん。
それを突っ込んでまた笑いを盛り上げる矢口さん。

二人のペースに巻き込まれて,私たちも知らず知らずのうちに声をあげて笑っていました。涙を流しながら笑っている安倍さん。…よかった。
もちろん私だってお腹や頬が痛くなるくらい笑いました。

家族以外の人たちとこんなふうに笑いながらケーキを食べたのって,小学校のとき以来かな…。

笑い疲れて痛くなった頬を手で擦っていると,吉澤さんが私のほうを見てニコニコと微笑んでいました。
優しそうな目元をさらに細めると,彼女は私に「楽しい?」と囁きました。
私は素直に頷くと,吉澤さんの耳元にそっと返事をしました。

「連れてきてくれてありがとう」

吉澤さんはそれを聞いて,頭をかきながら一言「よかった」とだけ言いました。

あ,吉澤さん照れてます。

楽しいに決まってます。
だって,吉澤さんがそばにいるだけで,こんなに暖かい気持ちにしてくれるんです。
22 名前:たう 投稿日:2001年06月27日(水)21時33分35秒
>>18 「ねえさん」といえば。はい、あの人です。
    …生きとった頃の話も書きたいなぁ。(←いつのことやら)

>>19 お心遣いありがとうございます。
   基本的にはsageで書いていくつもりです。ヨロシク。

…ボケは吉澤、ツッコミが矢口。いいコンビだ。
梨華ちゃんの、吉澤に対しての「年上の余裕」はいつまで続くんでしょ?
23 名前:たう 投稿日:2001年06月27日(水)21時44分26秒
矢口さんも吉澤さんは,どちらが私たち二人をより笑わせることができるか…
    ↓
矢口さんと吉澤さんは,どちらが私たち二人をより笑わせることができるか…

しもた、入力ミス…。すみません。
24 名前:パク@紹介人 投稿日:2001年06月29日(金)20時53分34秒
こちらの小説を「小説紹介スレ@紫板」↓に紹介します。
http://www.ah.wakwak.com/cgi/hilight.cgi?dir=purple&thp=992180667&ls=25

25 名前:雪の街−12 投稿日:2001年06月29日(金)20時58分38秒

そんな時,矢口さんがふっと表情を落ち着けて,本棚の上の写真立てを見つめました。
あれ?ほかの写真はきれいなフレームに入っているのに,あの写真立てだけはなんだかゴツゴツしています。

まるで,手作りみたい。

でも,その色とデザインが優しい雰囲気を醸し出しています。
矢口さんは「あ,ごめんね」となんでもない風を装ってたけど,安倍さんはそんな矢口さんに向けてポツリと言いました。

「もう2年…だね」

安倍さんの声には,悲しさや寂しさやいろんな感情が詰まっている気がしました。吉澤さんの表情も心なしか寂しそうです。

26 名前:雪の街−13 投稿日:2001年06月29日(金)21時00分46秒

しばらくの静寂の後,矢口さんが最初に口を開きました。

「…裕ちゃんの訃報を聞いたとき,あたし,山に嫉妬した。…山の話を聞くのも,山を見るのももうゴメンだって思った。山が裕ちゃんにしたことが…許せなかった」

裕ちゃん?って,もしかして,吉澤さんのお姉さんのこと?
私の視線に気づいた吉澤さんは,疑問に答えるように小さく頷きました。
27 名前:雪の街−14 投稿日:2001年06月29日(金)21時03分46秒

矢口さんは言葉とは裏腹に,写真立てを明るい顔で見つめながら,でもね,と続けました。

「でもね,そんなあたしのところに,季節ごとに絵はがきやおし花の封書が届いてたんだ。差出人は書いてないし,文面もすごく短いの。ただ,どれも『山を嫌いにならないでください』みたいな事が書いてあったんだ」

安倍さんはうな垂れたまま矢口さんの言葉を聞いていました。
きっと,それを安倍さんが送っていたんですね…。

矢口さんは安倍さんのほうを向くと,潤んだ瞳で最後に一言こう付け加えました。

「なんだか裕ちゃんに言われてるような気がしてさ,あたし,山のこと,憎みきれなくなっちゃった…」

がらじゃないね,と矢口さんは目元を何度かこすりました。

28 名前:たう 投稿日:2001年06月29日(金)21時26分01秒
>>24 ご紹介ありがとうございます。
   しかし、干支で一回りも違うこの姉妹…。
   吉澤はさぞ可愛がられていただろうと予想されます。

がんばれなっち。
過去は引きずるモノじゃなくて、全てを受け入れ、背負って歩いていくモノだ。
29 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月30日(土)13時32分07秒
なっちに感動。矢口のせりふひとつひとつ涙が出そうになる。
30 名前:雪の街−15 投稿日:2001年06月30日(土)19時55分06秒

しばらくして,安倍さんはうな垂れたままでしたが,少しずつ矢口さんに話を始めました。

「あたし,裕ちゃんのこと尊敬してた。
矢口,知ってた?あたしね,裕ちゃんの後をずっと付いていきたくって山岳カメラマンになったようなものなんだよ」

矢口さんは安倍さんの背中を優しい目で見つめていました。
ふと横を見ると,吉澤さんが両手をぐっと握り締め,写真立てを眺めていました。

「…でも,裕ちゃんが,山で命を落としたと聞いたとき,
何故あのときの取材に限って自分がそのとき一緒にいなかったのか,悔しかった。
もしかしたら助けられたのかもしれないのに…」
31 名前:雪の街−16 投稿日:2001年06月30日(土)19時59分26秒

安倍さんは顔を上げ,続けました。

「でも,辛いのはあたしだけじゃないって,気づいたの。
裕ちゃんはいつも山と同じくらい矢口のことを大好きだって話してた。
それを思い出したら,矢口が山を嫌いになっちゃイヤだなって,心底思ったんだ。だって,裕ちゃんは山をこよなく愛してた。きっと矢口にも山を好きになって欲しいと思ってたはずだって」
「…なっち…」
「今でも思うよ,ここに座ってるのが裕ちゃんだったら,って」
「…裕ちゃんのことを,こんなに優しい気持ちで思い出せるようになったのはなっちのおかげだよ。すごく心配かけちゃったけど,もう大丈夫だから。それに,誰かとこんな風に裕ちゃんのことを話せることが嬉しいんだ…。本当にありがとう」

二人とも,涙ぐんでいたけど,なにか吹っ切れたような表情でした。
吉澤さんも写真立てを見つめたまま,目を細めていました。

静かなイブでした。
窓の外を見ると,あんなにたくさん降っていた雪が,いつのまにか止んでいました。

32 名前:雪の街−17 投稿日:2001年06月30日(土)20時01分05秒

「うわぁ,もうこんな時間だ!」

吉澤さんは腕時計を見て驚いて声をあげました。

「矢口さん,あたし,石川さんをちょっと強引に連れて着ちゃったから,もう帰りますね」
「ちょっと,よっすぃー?まさか,ナンパして連れてきたの?」
「だーかーらー,違うんですって」
「梨華ちゃん,矢口には本当のことを言ってごらん」
「なっちも梨華ちゃんの味方だぞ」
「石川さーん,説明してやってよぉ」

ふふふ。
吉澤さんって,この二人からはからかわれっぱなしです。
きっと,『裕ちゃん』さんも一緒になってからかってたんでしょうね。

33 名前:雪の街−18 投稿日:2001年06月30日(土)20時02分45秒
矢口さんと安倍さんは,名残を惜しむように玄関まで私たちを送ってくれました。

「じゃ,矢口さん。また来ますね」
「うん,二人ともまた遊びにおいでね」
「「はい」」

吉澤さんは矢口さんへのあいさつを終えると,安倍さんと握手をしていました。
それをボーっと眺めていると,矢口さんが私に話し掛けてきました。

「梨華ちゃん,またおいでよ。今度はケーキの作り方を教えてあげるからさ」
「本当ですか?はい,また来ます」

さらに矢口さんは,小声で
「よっすぃーを誘い出す口実にしていいから」
と付け加えて笑いました。

え?矢口さん?それって…?

34 名前:雪の街−19 投稿日:2001年06月30日(土)20時16分23秒


私の考えを遮るように,吉澤さんが玄関の戸を開ける音がしました。

「じゃぁ,これで」
「あ,よっすぃー…」
「…矢口さん?」
「…さんきゅ,ね」

矢口さんはそれだけ言うと,吉澤さんに向かって手を振りました。
安倍さんも矢口さんに寄り添うように立って手を振っています。
私たちは歩きながら,角を曲がって二人が見えなくなるまで手を振りつづけました。

角を曲がる瞬間,
「応援してるよ,梨華ちゃん」
矢口さんの口がそう動いたような気がしました。
35 名前:たう 投稿日:2001年06月30日(土)20時39分28秒
>>29 なっち。健気な人です。
   たくさん泣いて、たくさん悔やんで。でも前向きで。
   幸せになってほしい。

「なっち」は「なっち」。「裕ちゃん」にはなれない。
ただ、昨日よりも、あの日よりも優しく強い「なっち」なればいい。
36 名前:たう 投稿日:2001年06月30日(土)20時51分17秒
「なっち」は「なっち」。「裕ちゃん」にはなれない。
ただ、昨日よりも、あの日よりも優しく強い「なっち」になればいい。

「ほかの誰かになる必要なんてない」
私はそう思う。
37 名前:雪の街−20 投稿日:2001年07月02日(月)21時15分49秒

雪雲は通り過ぎたらしく,空は満天の星空でした。空が澄み渡っていて,とても星がきれいです。

「…二人とも,分かり合えて本当によかった」

吉澤さんはポケットに手を入れると,星空を見上げながらそう呟きました。
彼女の言葉が小さな雲を作って,夜空に溶けていくのを見ながら,私はふと思い出しました。

「あ,吉澤さん,あの『プーさん』は…?」

私に合わせて歩いていたよりもさらに歩調を緩めると,吉澤さんはポケットからあの小箱を取り出しました。

「へへ…,渡しそびれちゃいましたね」
38 名前:雪の街−21 投稿日:2001年07月02日(月)21時17分43秒

「…よかったんですか?一生懸命作った物だったんでしょ?」
「はい…。でも,もういいんです」

「え?」

「これからは矢口さんの心の中の止まった時計を動かすのは,『裕ちゃんの妹』じゃなく,安倍さんだと思うんです」
「…吉澤さん…」
「あたしではいつまでたっても『裕ちゃん』の傷をなぐさめることしかできないけど,きっとあの二人ならどんな辛い心の傷も乗り越えていけると思うんです」
「…うん」

お姉さんはきっと吉澤さんを,前向きに生きていきなさいって,育ててたんだろうなって思いました。年齢よりも少しだけ吉澤さんが大人びて見えます。

「そうだよね,お姉ちゃん」

吉澤さんはまた空を見上げていいました。

39 名前:雪の街−22 投稿日:2001年07月02日(月)21時20分24秒

「あ,でも,すみません。せっかく拾ってくれた石川さんには申し訳なかったなぁ…」
「え?ううん,そんな…気にしないでください」

私がそう言うと,吉澤さんは申し訳なさそうに微笑みました。そして,小箱にかかっていたリボンをほどくと箱の中を覗き込みました。

「それと,行き場を無くしたこの子にも…ちょっと気の毒かな」

今,ほんの少しだけでいいから勇気が欲しいと思いました。
喉元まで出かかっている言葉を声にして,この人に届けるだけの勇気が。


…矢口さん,「応援してるよ」って,このことだったんですか?

40 名前:雪の街−23 投稿日:2001年07月02日(月)21時21分54秒
そのときでした。
何気なく空を見上げた私たちは,偶然に,本当に偶然に流れ星を見ました。

「石川さん,今の,見ました…?。うわぁ,なんか感動…」

私はとっさに言葉が出ずに,吉澤さんの言葉に何度も頷くだけでした。

もしかして,今の流れ星って『裕ちゃん』さんのメッセージだったりして…?
私に頑張れって言ってるのかな?…うん,きっとそうだよ。
今,勇気を出さなきゃ,絶対後悔するもん。

今日の私は普段の10倍くらいポジティブです。
41 名前:雪の街−24 投稿日:2001年07月02日(月)21時23分58秒

「あ,あのね,吉澤さん…?」
「はい?」
「そのプーさん,…私が貰っちゃダメですか?」
「え?」
「えっと,その…もちろん,貰ってばかりじゃ悪いから,私も今夜何かプレゼントをつくってくるから…」
「本当に?」
「うん,頑張ってつくってきます!」
「あはは,そうじゃなくて。…本当に貰ってくれるんですか?」
「…もし,私なんかが貰っても迷惑じゃなかったら…」
「迷惑なわけありませんよ!大歓迎です」

じゃぁ,と吉澤さんは私のほうへ向き直ると,小箱を差し出しました。

「メリークリスマス,石川さん。今日は本当にありがとう」
「…絶対大事にするね」

私は貰った小箱をぎゅぅっと抱きしめました。
何故だかわからないけど,愛しくってたまりません。

「明日も私,あの通りで待ってますね」
「だったら,今度は石川さんが凍えてしまう前に行かなくっちゃ!」

吉澤さんは手袋をした手で頭をかくと,
「えへへ,ちょっと照れますね」
と耳まで真っ赤にして私より数歩先を歩き始めました。

42 名前:雪の街−25 投稿日:2001年07月02日(月)21時25分36秒

吉澤さん,まだ頭をかいてます。
見てる私もなんだか恥ずかしくなっちゃいました。

さっきまで大人びたこと言ってたくせに…。ふふふ。

なんだか今夜は心がホカホカと暖かいです。
みんなの優しさが今日という日を暖かく包み込んでるんだと思います。

あの流れ星は,きっと『裕ちゃん』さんから,私だけじゃなく,私たち二人へのクリスマスプレゼントだったんじゃないでしょうか。


…『裕ちゃん』さん。
吉澤さんも矢口さんも安倍さんも,今日という日を,そしてあなたに逢えた幸せを絶対に忘れないと思います。

もちろん私も忘れません。あの流れ星は『裕ちゃん』さんだって,私,信じてます。

私を吉澤さん,いえ,ひとみちゃんに逢わせてくれてありがとう。

43 名前:雪の街−26 投稿日:2001年07月02日(月)21時27分11秒

その晩,私はいつもよりていねいにアップルパイを焼きました。
でも,誰かのために頑張ってる自分がなんだか照れくさくって…。
作りながら一人で顔を赤くしてたことは,あの人には内緒ですよ。



 〜 雪の街 〜   おわり

44 名前:たう 投稿日:2001年07月02日(月)21時37分47秒
1話終了する毎にageていきます。
話の切れ目で読んでもらってもちょっとどうかと思うんで…。

第2話は視点が吉澤に変わります。(只今構想中)
少しずつ他のメンバーも絡んでくるとおもいます。

7月末までは、ちょっと更新が難しい気がします。
期待せずに気長に待ってて下さい。

では。たうでした。
45 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月03日(火)18時00分57秒
1話終了おつかれさまでした。
ほのぼのして、なんだか心が温かくなりました。
第2話以降も期待しております。
46 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)03時12分57秒

あ、第一話が終了してたんだすね。
気付かなかった(汗
スタートを切ったその後の二人、ぜひ読ませてくださいね。
47 名前:たう 投稿日:2001年07月28日(土)20時33分21秒
ぼちぼち行きます。
第1話ほどのペースでは更新できないかもしれません。
…ま、のんびり行きますんで。

では第2話です。
48 名前:風の坂道−1 投稿日:2001年07月28日(土)20時42分02秒
午前2時。
スリープモードでつけていたラジオの音が途切れた。
何度目の寝返りだろう。

どーして眠れないんだぁっっ!
イカン…。興奮したらかえって目が冴えてしまう。

しかし…、いつもは布団に入ると「3・2・1・グゥ…」で眠れてしまうあたしが、今日に限ってどうしたことなんだろう?
うーん。わからん。

ア.「実は何か悩みがある」
ほら、気になって仕方なくて眠れなくなっちゃうくらいの悩みがあったりしてさ。
…ない。却下。


イ.「実は病気」
今日いきなり不眠症にかかったなら考えられるかも?
よくあることじゃない?ほら、睡眠薬なんてよくドラマでもでてくるしさ。
ん?…あれって急性だっけ?…却下。


昨日は平気だったんだよ、うん。昨日と今日の違いってなんだ?
寝る時間…いっしょ。枕も…いっしょ。パジャマも、お風呂上りに量った体重も昨日といっしょだし…。

昨日と違ったことねぇ…?

あ。今日は母さんに裕ちゃんのことを話したぞ。
いつもは話題にしないのに、今日の矢口さんたちのことを報告したついでに、ね。

…それくらいなんだけどなぁ?
49 名前:風の坂道−2 投稿日:2001年07月28日(土)20時44分57秒

あ。もうひとつあった。…石川さん、だ。

確かに石川さんとは別れ際に明日の約束をした。まさか、それが原因でこんなに眠れないのかぁ?


ウ.「実は石川さんに催眠術をかけられた」
…ふと、彼女が五円玉に糸を付けて振り子のように揺らして「あなたは今晩眠れな〜い」なんて言ってる姿が思い浮かんだけど。
あほらし。…そんなわけないし。却下。


エ.「実は明日の約束のことで興奮している」
ほら、小学校のときなんか、遠足の前の晩、なかなか眠れなかったりしたじゃん?
あれなのかな?

…楽しみなのは間違いないけど、そこまで興奮するか、フツー?
それとも…緊張してたりして…?


まぁ、今のところ、正解は…『エ』が一番可能性が高いわけだけどさ…?

もしそれが本当なら、女の子との約束ひとつでどうして眠れなくなっちゃうんだよ?
彼氏との約束とかじゃないんだから、別に気にすることない…って思うんだけど。

そんなに気になってるのかな。石川さんのこと…。

うーん。あたし、どうしちゃったんだろう。

50 名前:たう 投稿日:2001年07月28日(土)20時55分21秒
>>48 >>49 をぱっと読んだだけの方は、
吉澤のモノローグだとは分かりにくいですね。

うーん。精進せねば…。
51 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月28日(土)21時18分37秒
第2話どんな展開になるのか楽しみにしてます。
がんばって下さい。
52 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月01日(水)09時43分47秒
おお〜!!そろそろ更新している頃だと思って見に来たら
本当に更新されてて感激っす!
ずっと楽しみに待っておりましたよ〜。

応援しているのでこれからも頑張ってください!
53 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月01日(水)09時47分42秒
うわ!!なぜかスレが立ってしまった(汗)
作者さん及び住民の方すいませんっ!!(泣)
案内板で消してもらえるのかなぁ・・・
54 名前:官房長官 投稿日:2001年08月01日(水)13時14分27秒
いいじゃないですか
いいように利用すれば
新人さんの小説書く練習とかするすれにすればぁ。
55 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月01日(水)18時09分17秒
ん〜ウブなよっすぃ〜萌え!(w
56 名前:サザエオールスターズ 投稿日:2001年08月01日(水)18時25分26秒
修正しといた。
>>53
以後気をつけて。
重いときは焦らずに時期を待って。

>>54
これ以上書き込まれるとこの板全体が吹っ飛ぶ恐れがありました
軽率に判断しないように
57 名前:52-53 投稿日:2001年08月02日(木)09時40分22秒
>>56
本当にありがとうございました!
以後気を付けさしていただきます。

作者さん及びこの作品を楽しみにしている方々
この場をお借りしてお詫び申し上げます。
本当にすいませんでした。

暫く感想等を書き込むことを控えさせていただきますが、
影ながらもずっとこの作品を応援していきます。
これからも頑張ってください!


58 名前:たう 投稿日:2001年08月02日(木)21時45分06秒
板が吹っ飛ぶ恐れ?何が起こったんでしょ…?ま、いっか。
(…よく事情がつかめないんで、案内板見てこよう)

お願いして立てさせていただいたスレ。
絶対に大事に使わせていただきます。
管理人さん( >>56 )にはいつも感謝の心で。ハイ。

さて、滞っている更新ですが、
ようやく第2話のラストが見えてきました。(←下書き)
大筋が整い次第トントンと更新できると思います。

>>51 さん
>>52-53 さん
>>54 さん
>>55 さん
 温かいレスをありがとうございます。
 読んでくれる方がいると思うと俄然やる気になるッス!
59 名前:風の坂道−3 投稿日:2001年08月07日(火)20時07分18秒

「…で?待ち合わせに遅れてしまって、立場がなかった、と」
「はぃ…」

そうなんだよね。

あの約束の日、結局寝坊して待ち合わせに遅刻しちゃったんだ。
謝るあたしを石川さんは
「いろんなこと考えてたらあっという間でしたよ」
という一言で許してくれた。

でも、でもでもっ!
あぁ、『遅刻魔』のイメージがぁぁ…。

違うんですよぉって言い訳したかった。
…次を見ててくださいって言いたかった。

結局、その日そんな事はあたしからは言い出せなかったんだ。


60 名前:風の坂道−4 投稿日:2001年08月07日(火)20時09分38秒

「もしかして、吉澤…。眠れなかった理由って、イブの晩に飲み慣れない紅茶を何杯も飲んだからなんじゃないの?」
「お恥ずかしながら…その通りです」

あたしがそう答えると、福田先輩は「情けない」と苦笑した。

「…同感です」

どうやらあたしはカフェインによる興奮と、石川さんとの約束を控えての緊張を取り違えてしまったらしいんだよね…。
いや、実際、緊張はしてたんだけど、眠れないほどではなかったんだ。
でも、それに一発で気が付くあたりが福田先輩のすごさだ。

あたし自身でさえ気付いたのは3日後くらいだったもん。
っていうか、忘れてただけ?かもしれないんだけど。

「北高女子バレー部全員の体調は常に把握してる」と豪語するだけのことはある。
北高女子バレー部2年、敏腕マネージャー、福田明日香先輩。
たった一つしか学年は上じゃないのに、どうしてこうも違うんだろうか。



「でも楽しかったんでしょ?」
「え?あ、それはもちろん」
「石川さんのほうはどんなふうだったの?」
「『今日は楽しかったね。またどこかに一緒に行こうね』って別れ際言ってくれました」
「なら、いーじゃん。…それで?何が気にかかってるの?」

61 名前:風の坂道−5 投稿日:2001年08月07日(火)20時13分06秒

冬休み中だけど、正月4日から女子バレー部は練習が始まる。
で、今日がその初日だったんだ。
久しぶりの練習の後、この福田先輩に
「吉坊…?あんたが練習中にボーっとするなんて…オフの間に何かあったの?」
って尋ねられたんだ。

う、鋭い…。やはりこの人の目は誤魔化せない。
あたしは思い切って福田先輩に事の始終を話し、相談にのってもらうことにしたんだ。

62 名前:風の坂道−6 投稿日:2001年08月07日(火)20時14分41秒

「…もっと石川さんと仲良くなりたいっていうか、もっとたくさん会っていろんなことを話したいんです」

福田先輩はあたしから視線をそらすと、コーヒーに口をつけた。
あれ?先輩、もしかして今、ちょっと怒ってる?

この人、ポーカーフェイスってよく言われてるけどさ、実はちょっと違うんだよね。
表情の変化がすごく小さいだけなんだ。
ほら、今は口元が少し不機嫌っぽい。
さっきまではわずかに目元が優しかったんだけど…。
…そんな気がするんですが…違いますか?福田センパイ?


「…ふーん。それで?」
「でも、どうやったら会えるのか、連絡が取れるのか見当がつかないんです」

あたしは一番相談したかったことをやっと口に出せた。

「携帯とか聞いてないの?」
「聞けませんよ。会って間もない人に」
「ほら、理由なんてこじつけてでも…」
「あたしはできませんでした」
「…はいはい。じゃ、こっちからは連絡できないじゃん」
「だけど会いたいんです。だから、何かいいアイディアないですか?」
「…向こうからの連絡待ちってのは?」
「お互いに連絡先って教えあわないままだったんで…」
「…絶望的ね」
「そんな事言わないでくださいよぉ」

63 名前:風の坂道−7 投稿日:2001年08月07日(火)22時58分19秒

あたしの情けない声にため息をつくと、福田先輩はバッグの中から手帳を取り出した。

「今度の10日、うちの部、西高に練習試合に行く予定だから…」
「え?ホントですか」

会えるかもしれない!詳しく話を聞く前からあたしは舞い上がってしまった。
そんなあたしを見て、先輩はまた苦笑した。


「で、私も西高に友達いるから、それとなく話してみる」
「うわぁ、ありがとうございます」
「…って、あんまり多くを期待されても困るんだけど」
「だって嬉しいんですよ」


福田先輩に相談してみて、本当によかったなぁ。
会えるって保証はないけど、会える可能性はぐっと高くなった!
ここまでは福田先輩に助けてもらえたけど、後はあたし次第って事かな。
…うん。がんばろう。一人で悩んでても何の前進もない!
あたしは思わず両手をグーにしてガッツポーズをとってた。

先輩はやっぱり静かにコーヒーを飲んでいた。
ちょっと不機嫌そうなのはまだ戻ってないんだけど。

…どうしたんだろ?
いつもの先輩ならそぅとぅ無理なお願いをしても、こんな顔しないのに…。


うーん、わからん。
ま、いっか。

64 名前:たう 投稿日:2001年08月07日(火)23時26分01秒
また適度に沈ませていただきました。
水面下で少しずつ更新をしていきます、ハイ。

吉坊は福ちゃん先輩には頭が上がりません。
福ちゃんは今後の吉坊の行動を左右するキーとなる…のか。
ならないのか。

さて。続きは次回の講釈で。
65 名前:たう 投稿日:2001年08月08日(水)18時54分55秒
へんだな。
昨晩、更新終了のコメントまで入れたつもりだったのに?

まさか、どこか違うスレッドに「間違いレス」してるってか?
…探してきます。(←自爆)

吉坊は福ちゃんには頭が上がりません。
今後の吉坊の背中を押してくれるのは、
福ちゃん…かもしれません。
66 名前:風の坂道−8 投稿日:2001年08月08日(水)19時03分54秒

1月9日。始業式。

天気はみぞれまじりの雨。
午前中は校長の長い話と大掃除。もちろん午後からは部活動。

11月あたりからちょっと肘が痛いけど、明日石川さんに会えると思ったら何でもない。
テーピングで固定しちゃえば痛みも半分ですむし。平気だよーん。

と思ってたんだけど、練習の後半はさすがにちょっと辛かった。
スパイクを打つたびに肘の関節が外れそうに痛い…。
でもね、あたし、やせ我慢って結構得意なんだ。威張れたもんじゃないんだけど。
だから全部バッチリ決めてやった。どうだ!

体力がなくなったら気力で勝負!
石黒先生の口癖だ。
あたし、この言葉大スキなんだ。


気合い十分で練習を終えた後、あたしはその石黒先生から呼び出しをうけた。

「あ、吉澤?片付けが終わったら話があるから教官室に来て」


…うわ、あたし、また何かやらかした?

67 名前:風の坂道−9 投稿日:2001年08月08日(水)19時05分51秒

「明日の練習試合のことなんじゃないの?」

うろたえるあたしに、当たり前でしょ?と言った表情で福田先輩が教えてくれた。
そして、先輩は小声でこう付け加えた。

「あ、それでこないだの話。友達が石川さんを体育館に連れてきてくれるって」
「ま、まじッスか?!」
「後は吉坊次第ってこと、か。…じゃ、しっかり肘をアイシングしなさいよ」

福田先輩はそれだけ言うと更衣室を出て行った。
あぁ、明日香さま!
今、先輩の全身から光が差しているようにみえます!夢じゃないんですよね。


…うーん、でも…話がうま過ぎませんか?
なんだかいやーな予感もするんですけど…?


68 名前:風の坂道−10 投稿日:2001年08月08日(水)19時07分38秒

練習着からジャージに着替えると、体育館の教官室へと急いだ。
ドアの前に立ってひとつ深呼吸。

コンコン

「女子バレー部の吉澤です。石黒先生に用があって来ました」
「お?ようやく来たね。はい、どうぞ」
「失礼します」

入学当初は教官室の出入りだけでビビリまくってたけど、1年の冬ともなると慣れてくるもんだ。
部屋に入ると石黒先生がひとりで机に向かっていた。
くるりとあたしのほうに向き直ると、先生はすぐ横の椅子をあたしに勧めた。


「ま、座りな」
「はい、失礼します」


…何言われるんだろ?練習試合…の作戦かな?
あたしのそんな考えを断ち切るように、先生はいつもの切れ味鋭い口調で話し始めた。


69 名前:風の坂道−11 投稿日:2001年08月08日(水)19時09分11秒

「いきなり本題に入るけど、あんた、肘を怪我してるでしょ」
「へ?あ、はい。まぁ…ちょっと」
「明日の練習試合ではあんた使わないから」
「え?待ってください!じゃぁ誰がレフトを?あたしっ、スタメン落ちですか」
「スタメンだけじゃないわ。試合では控えの1年を入れて回す。吉澤は一切使わない」

…そりゃないッスよ。
あたし、エースじゃなかったんですか?
エースがベンチにいたら、攻撃力は半減じゃないですか。

「怪我してる人間にうちのエースは任せられないわ」
「でもっ…」
「練習試合に怪我を押して出て、半分の力しか出さないなんて馬鹿げてる。
それよりも私は、あんたの怪我が完治した後、春の大会での全力が欲しいの。
あんたの身体をこんなところで潰したくないのよ」
「…先生」


70 名前:たう 投稿日:2001年08月08日(水)19時25分23秒
今日の更新終了です。


人生万事塞翁が馬。

少し距離を置いて冷静に試合を見ると、
熱くなって見えてなかったモノが見えてくる。

畑山も、中田久美もそうだった。

嘆くには若すぎる。前を見ろ。
71 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月14日(火)22時06分06秒
おお、懐の深い言葉だ。

折角イイトコ見せるチャンスやのに
吉澤の怪我はそんな悪いのか・・・<中田久美
72 名前:風の坂道−12 投稿日:2001年08月21日(火)20時56分43秒

「それと…今の吉澤はエース失格」

その一言のあまりの鋭さに、あたしは息もできなかった。
あたしはただ呆然と、石黒監督の次の言葉を待っていた。

「今の吉澤の表情は『自分が頑張らなきゃ、自分がやらなきゃ』って、
まるで他の誰にもボールに触らせたくないみたいに見える。
…正月明けくらいからかな?」

違うと言い切れないのが悔しかった。

あたしの心がようやく痛みを感じてきた。
少しづつ先生の言った言葉の意味が飲み込めてきたんだろう。
確かにこの数日間、いつも以上に真剣に練習に取り組んだ。
でも、それは『試合に勝つため』ではなく『自分を良く見せるため』だった。


「そんなに仲間が信じられない?」


そうじゃないんです、違うんです、あたしがバカだったんです、と言葉にも出せず
あたしは床を見つめたまま、自分の情けなさに腹を立ててた。
悔し涙が溢れてきて、石黒先生がにじんで見えた。

73 名前:風の坂道−13 投稿日:2001年08月21日(火)20時58分31秒

「…って顔じゃないわね。あぁ、吉坊、泣くなよー」

目の前が暗くなったと思ったら、あたしは立ち上がった先生に抱き寄せられた。

あったかい。
…石黒先生って、『裕ちゃん』と雰囲気が似てるんだよね。
幼いあたしをなだめていた昔の『裕ちゃん』のように、先生は何も聞かずにただあたしを包み込んでいてくれた。

「…先生?」
「ん?」
「…また話に来ていいですか?」

待ってるよ、と小さく頷くと先生はあたしの頭をぐりぐりと撫でた。
先生は優しく笑うと、「しばらくのあんたの練習は心身の回復と基礎トレだからね」と締めくくった。

「オッケー?北高のエースさん?」
「はい」

そうさ,エースはこんなんじゃダメなんだ。
分かってたはずなのになぁ。はは。

石黒先生…ありがと。
あたし、嫌な人間になるところだった。


明日…こんなあたしを見ても石川さんは笑ってくれるかな…。



体育館から出て空を仰ぐと、夕方の光が厚い雲のすき間から差し込んでた。


74 名前:風の坂道−14 投稿日:2001年08月21日(火)21時02分06秒

1月10日、日曜日。

練習試合当日。
今日も冷たい雨が降ってる。

あたし達女子バレー部は西高の体育館に来ていた。
重い腕でアップだけを済ませると、あたしは今日の定位置、ベンチへ向かった。

寒くて湿気のある日ってのはどうして怪我が痛むんだ?
石黒先生はあたしの腕がこうなることを見越してたんかな。

「出たい?」

隣に座ったあたしに、福田先輩が声をかけてきた。
先輩には朝一番に昨日の教官室での話をしたから、この質問はちょっと意地悪だ。

「…複雑です」
「ふふふ。たまには外から見るのも勉強になる」

元気出しな、と先輩はあたしの頭を優しくなでた。
そんな優しい表情から厳しい表情にモードを切り替えると、先輩は相手チームを観察し始めた。マネージャーモードだ。
こうなっちゃうと、ちょっと話しかけづらい。

その隣であたしは何気なく体育館の中を見回した。
結構2Fギャラリーに西高生が集まってきてる。
じゅう、にじゅう…おぉ、30人以上は観客がいるぞ。
へぇ、結構あたし達って注目されてるんだ。

そのとき。
ふとあたしの目に留まった、ギャラリーを並んで歩いてくる制服の女子生徒、二人。

片方は引き締まった面立ちの女子生徒。
髪を短く切りそろえていて、なんだか意志が強そうな印象の人だ。


もう片方は…石川さんだった。


75 名前:風の坂道−15 投稿日:2001年08月21日(火)21時03分49秒

西高の制服着てるのを見るのは初めてだけど、間違いなく石川さんだ。
うわぁ、試合に出るとき以上に緊張してるよー。
手のひらにたくさん汗が出てきた。

ということは、あのショートカットの人が福田先輩の友達さん、なのかな。
あたしはタオルを握り締め、福田先輩に声をかけた。

「先輩、あの方が…ですか?」
「あ?」

マネージャーモードから先輩モードへと表情が切り替わる。
ノーマルモードとあわせて『トリニティモード』なんて、福田先輩はできないよねぇ。
あ、いや、それ以前に先輩は仮○ライダーなんて知らないか…。

先輩はあたしの視線の先を見て頷くと、あたしのほうに向き直った。

「うん、そう。市井紗耶香っていうんだ。あたしより1つ年上」
「はぁ、市井さん、ですか」
「で?その紗耶香が連れてきたのが『石川さん』なんだ?」
「はい。まぁ」
「…かわいい子ね」

その通り。
でも外見だけじゃないですよ、と福田先輩に言おうとして、あたしは気付いた。
あたし、まだ石川さんのことそんなにたくさん知ってるわけじゃない。
それどころかほとんど知らないんだ。

そう、彼女の連絡先でさえ。

76 名前:風の坂道−16 投稿日:2001年08月21日(火)21時05分44秒

ギャラリーを見上げると、二人とも楽しそうに笑いあってふざけてた。
市井さんが石川さんの前髪をあげて、額を全開にしてからかって遊んでるみたい。
あはは、石川さん、ほっぺた膨らませてそっぽ向いちゃったよ…。
その頬を横から人差し指で突っついてる市井さん。
もう、なんて言いながら市井さんの腕を叩く石川さん。


あたし、あんな表情…見たことない。

…へぇ。
石川さんって、あの市井さんって人と仲いいんだ。


そっか、そっか。
そうだよね、友達があたしだけなわけがないんだ。
…あはは。

ホント、あたしは石川さんのことを何も知らなかったんだ。


そうだよ、あんなに優しい石川さんなんだ。

あの『プーさん』を拾って、ずっと待ってたなんてさ。
お人好しだよなぁって。最初はそれだけだったけど。

たった二度、会って話をしただけでもこんなに惹かれるんだから…。
西高の中でも彼女のことを慕ってる人はたくさんいるだろうし、きっと友達も多いと思う。

もちろん先輩や後輩からも慕われて…。

77 名前:風の坂道−17 投稿日:2001年08月21日(火)21時07分12秒

「…ざわ?ちょっと、吉澤?!よーしーぼー!おーい」
「あ、はい?どうしました?福田先輩」

よほど落ち込んだ表情でいたらしい。
ため息をつきながら福田先輩はあたしの頭をなでた。

「会って話をするんでしょ?」
「…でも、せっかく仲のいい先輩といるのを邪魔したら迷惑じゃ…?」
「だーいじょうぶだって。元気出しなさいよ」
「…はぁ」
「ほら、試合が終わった後時間あるから、そのときにちょっと話してみよ?」
「はい…」

福田先輩はギャラリーを見上げ、市井さんに向かって小さく手を振った。
市井さんも福田先輩に気付いたらしく、視線を合わせるとニカッと笑った。
…市井さんって、ちょっとかっこいいかもしれない。
雰囲気が福田先輩と少し似てる気がする。

きっと、あたし、あの市井さんにも敵わないんだろうな。
身長で10cm以上違う福田先輩に敵わないのと同じように。

78 名前:たう 投稿日:2001年08月21日(火)21時22分41秒
>>71 肘の靱帯を少し伸ばしてるかもしれませんね。(←てきとー)
   「3週間程度のDr.ストップ」のつもりで書いてます。

吉澤の独り言が続く今回の更新。
ラストでようやく石川さんが登場です。

自己嫌悪のときって、どんなことも巧くいかない気がする。
でもそんなときって、いろんなしがらみを取り払った、素の自分で
勝負できる数少ない機会だとも思える。
79 名前:風の坂道−18 投稿日:2001年08月27日(月)22時56分28秒

練習試合は辛くも北高の勝利で終わった。
福田先輩の言うとおり、コートの外から見る試合から学ぶものは大きかった。
観客としてじゃなく、リザーブとして試合を見る経験は貴重だ。

前向きに。今できることを精一杯やるだけ。

怪我を治すこと。
そして今回の経験を試合で活かせるよう記録に残すこと。
よし、帰ったらノートに記録しておこう。

と、必死にあたしはバレーのことばかりを考えるようにしてたけど…。
やっぱり2Fの観客席が気になってた。
石川さんと市井さんは最後まで観戦をしてたんだ。

石川さんは手を叩きながら、同級生なのかな、西高の選手に声援を送ってた。
市井さんもニコニコしながらコートに向けてガッツポーズしてた。

二人とも手すりに両腕を乗せ、肩を寄せて、何かを話しながら楽しそうにフロアを見てた。
どうしても寄り添っているようにしか見えなかった。

2Fの二人のことが気になる度に、試合に集中しようとあたしは自分で頬を叩いてた。

いかんいかん。
あー、どうしてこう後ろ向きに考えちゃうのかな。


…いいじゃないか、石川さんが誰と仲がよかろうと。

80 名前:風の坂道−19 投稿日:2001年08月27日(月)22時58分47秒

体育館を後にしたあたし達は、帰りのバスを待つために正門に集合した。

…あたしは情けないことに、石川さんの所にまだ行けずにいた。
それどころか、そんな約束があったことを忘れようと、ほかのことを考えてさえいた。


あー、雪止んだんだ。でもやっぱ外は寒いなあ。
石黒先生、バスはまだですかぁ?
あぁ、西高って体育館がいくつもあるんだね。
すごいねー。大きいねー。





「意気地無し」





怒気を含んだその声に振り返ると、ノーマルモードの福田先輩が立っていた。

81 名前:風の坂道−20 投稿日:2001年08月27日(月)23時01分23秒

先輩は石黒先生に
「すみません、ちょっと友達と話してきていいですか」
と断ると、返事を聞く前にあたしの手を強くひいて体育館に向かって歩き出した。
後ろを見ると石黒先生が、頑張れよー、とのん気に手を振っていた。

先生ってのん気そうに見えるけど、実は結構鋭いんだよね。
前後の状況を見て、あたしの悩みの見当をつけたな?あの人は…。
こりゃ、明日にでも事情を聞かれそうだ。


無言の圧力を放つ福田先輩にされるがままに、あたしはさっきの体育館の2Fギャラリーに連れられていった。


「私にできるのはここまで」
「…先輩?」
「結果は明日聞く」

あなたも報告を要求するんですね…、先輩。
でも、既にあたしは石川さんに対面する前からKO寸前なんですけど?

先輩はあたしからわずかに視線を外すと、あたしの背後に向かって声をかけた。

「行こう。紗耶香」
「おう」

え?市井さん?…後ろに立ってた?



…じゃ、じゃぁ…石川さんは…?


82 名前:風の坂道−21 投稿日:2001年08月27日(月)23時03分26秒

あたしはとっさに後ろを振り向けずにつっ立っていた。



市井さんがあたしの横を通り過ぎ、先輩たちは二人で話しながら階段を降りて行った。

そのとき、
「あれ?吉澤さん…?」
後ろから細い声が聞こえた。



やっぱり…。



あぁ、この声。
ずっと聞きたかった。

市井さんのさらに後ろにいたんだろう。
少しづつ足音が近づいてくる。

覚悟を決めよう。
市井さんには敵わないかもしれないけど、あたしはもっと石川さんと話がしたいんだ。

83 名前:風の坂道−22 投稿日:2001年08月27日(月)23時06分35秒

また手のひらに汗をかいてきた。
ぐっとタオルを握り締めると、あたしは石川さんのほうに向き直った。

「…こ、こんにちは。石川さん」
「わぁ、本当に吉澤さんだ。ね、ね、どうしてここにいるの?」

あ、石川さん、笑ってる。
…あたし、今どんな顔してるんだろう。
嬉しいのと、自分が情けないのと…市井さんへの…嫉妬と。
なんだか顔を合わせにくくて、あたしは微妙に視線をそらしたまま話しつづけた。

「はい、バレー部の練習試合で」
「え〜?吉澤さんって北高のバレー部だったの?ねぇ、今の試合出てたの?
知ってたら私、北高を応援したのに…」

どうしたんだろ。
石川さん…やけにご機嫌じゃない?
彼女の溢れんばかりの笑顔を前にして、あたしはというと一つも言葉が出てこなかった。
話したいことはたくさんあったはずなのに、緊張と嬉しさで、用意してた台詞なんて吹き飛んでしまったんだ。
視線を泳がせ「えっと…」とか「はぁ…」と相槌をうつあたしを見て、石川さんは不思議そうに首をかしげた。

84 名前:風の坂道−23 投稿日:2001年08月27日(月)23時09分44秒

「どうしたの?」
「いや…その…」
「あ、ご、ごめんなさい。私ばかり話しちゃって…」
「違うんです。…なんだか、その…あたしが…うまく話せなくて」
「じゃぁ、どうしてそんなに冴えない顔してるの?」
「え?それは、えっと…」

『市井さんとはどういったお知り合いなんですか』なんて、聞けるはずもない。
飲み込んだ言葉で、自分の心が締め付けられていくのを感じた。

石川さんの視線は首をかしげたまま、あたしの答を待っていた。
だからあたしはとっさに嘘をついた。
いや、正確に言うと嘘じゃない。
複数ある理由のうちの小さいものを述べただけ。

「その…あたし、練習試合に来たのに試合に出てないんで…、ベンチだったから…」
「何言ってるのよ。私なんて試合に出る回数のほうが少ないんだからね」

贅沢だぞ、と笑うと石川さんはあたしの額をつついた。

あれ…?
石川さん、こんなに何気なくあたしに触れてくれる。

いやいや、期待しすぎちゃいけない。
思い上がるなよ、吉澤ひとみ。
自分は石川さんにとって『友達のうちの一人』にしか過ぎない。
少なくとも市井さんみたいに親しくはできないんだ。


85 名前:風の坂道−24 投稿日:2001年08月27日(月)23時13分41秒

のぼせ上がりそうになる気持ちを必死に押さえ込み、あたしは石川さんに話し掛けた。
さすがに黙ったままでは間が持たない。

「…石川さんは何か部活動をしてるんですか?」
「うん。テニス部だよ」
「へえ…」
「でね?でね?今日雨みたいな雪だったでしょ?だから部活がミーティングで終わったの」
「はぁ…」
「市井先輩にこうして体育館に連れて来られなかったら、私、吉澤さんに会えなかったね」

またこの笑顔。
その笑顔を見ると、あたしの中でいろんな感情が暴れだす。

「すっごい偶然!だよね」
「うん…」

素直にはしゃいでる。そんな感じ。
クリスマスの日、待ち合わせに遅れたあたしを出迎えたときもこんな表情だったっけ。
市井さんの前でだったらどんな顔で笑うんだろ…。

そんな時、不意に階下からあたしを呼ぶ声が聞こえた。

86 名前:風の坂道−25 投稿日:2001年08月27日(月)23時15分14秒

「おーい、吉澤さーん」

少しづつ声が近づいてくるんだけど…。この声って、誰?
あたしが階段のほうを向いて考えていると、市井さんが「よぉっ」と顔を出した。
突然のことに石川さんは驚いたようで、「はいっ?」と姿勢を正すと、慌てて市井さんに向き直った。

えっと?呼ばれたのはあたしなんですけど…?

「い、市井先輩…かかか帰ったんじゃなかったんですか?」
「ああ、すぐ帰るよ。って、何あせってんだ、石川?
あ〜?もしかして、お邪魔だった〜?」
「ななななにを言い出すんですかっ」

市井さんと石川さん…やっぱり仲が良いなぁ。
そうか、石川さんは福田先輩と同じ2年生だから、市井さんは先輩になるんだ。
二人のやり取りをボーっと見てると、市井さんがあらためてあたしに話し掛けてきた。

「あー、吉澤さん?」
「はい」
「明日香達、もう北高に帰ったから」
「…へ?」
「だから君の荷物、預かった」

ほら、とあたしにスポーツバックを手渡す市井さん。

「え?ど、どうなってんですか?」
「明日香が監督に『吉澤は家まで走って帰らせます』って言って、バスを出させたんだ」
「えー?マジっすかぁ!」
「市井、嘘つかなーい」

87 名前:風の坂道−26 投稿日:2001年08月27日(月)23時17分31秒

うわ…福田先輩、大胆…。
石黒先生も容赦ないなぁ。あの表情だと…確信犯だよな。
ふと『報告義務』という言葉が頭をよぎる。
…あの二人なら「レポートに書いてこい」なんて言いかねない。

ところで…?あたし、ほんとにここから走って帰るんですか?
うへぇ。家まで軽く6kmはあるよ…。

途方に暮れるあたしを現実に引き戻したのは、市井さんの声だった。


「あー、それと吉澤さんに伝言があったんだ」
「福田先輩からですか?」
「そ。『意気地無しはエースの資格なし。当たって砕けろ』だってよ」



あ…。

まいったなぁ。
ますます先輩に頭が上がんなくなっちゃった。

ははは。
ありがとうございます。

88 名前:風の坂道−27 投稿日:2001年08月27日(月)23時19分57秒

あたしは心の中で福田先輩に、そして言葉に出して市井さんにお礼を言った。

「…わかりました。ありがとうございました」
「いえいえ。じゃ、邪魔者市井はこれで失礼しますよっと…」

市井さんはそれだけ言うと、また階段を降りていった。
と思ったら、首から上だけを壁の向こうから出して、石川さんに話し掛けた。

「あ、忘れてた。石川?」
「は、はい?」
「吉澤を桜ヶ丘駅まで送ってやること」
「え?」
「これは先輩命令。いいね」
「…はい」


それじゃ、と爽やかな笑みを残し、市井さんは今度こそ帰っていった。


89 名前:風の坂道−28 投稿日:2001年08月27日(月)23時21分47秒

悔しいけど…やっぱ、かっけーなぁ。
あたしはやっぱり市井さんには敵わない気がした。

すごく親しそうだったな…。
…石川さんは市井さんとは…知り合ってからもう長いのかな?


石川さんが今どんな表情をしてるのかが気になって、横目で彼女をうかがってみた。



…あ、あれ?ど、どうしてあたしの方を見て微笑んでるんですか?
慌てて視線をそらしたけど、突然だったから自分の顔が…どんどん赤くなっていくのが分かる。


心の中であたふたするあたし。
とっさに口元を手で隠したから、多分表情は石川さんには見えてないと思うんだけど…。
嫌な気分にさせちゃったかな…?視線をそらすなんて…。

でも、石川さんはそんなそぶりひとつ見せず「体育館施錠されちゃうから帰ろ?」と笑ってあたしのジャージの袖をひいた。


90 名前:たう 投稿日:2001年08月27日(月)23時30分21秒
うちの吉澤は、まるっきりワカゾーですね。青い。
怪我のことや試合に使ってもらえなかったこと、もう忘れてるし。
ってまぁ、私の文才だとこんな吉坊しか書けません。すんまそん。

さて、第1話からみると、かなりのたうち回っている第2話。
明日にはラストまで更新でき…るんじゃないかな。
微妙ですが、がんばるっす。
91 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月28日(火)00時09分29秒
がんばれワカゾー!!っすね。
なんか、よっすぃの青さがかわいくて仕方ない。
期待してるんで、がんばってください。
92 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月28日(火)03時04分45秒
ヒサブリに来てみてみたらいっぱい更新されてて幸せ……。
なんだかいい雰囲気な二人になってますね。
次の更新、楽しみにしてます。
93 名前:風の坂道−29 投稿日:2001年08月28日(火)17時04分40秒

正門から駅までは長い下り坂だ。
西高は高台にある学校だから、この坂道からの眺めもかなりいい。
海のほうから吹いてくる横風が強いのがちょっと難点だけど、ここから見下ろす町並みはそんな難点さえ風景を彩るひとつだとさえ思わせる。

そんな坂道をあたしは石川さんの歩幅にあわせて少しゆっくり歩いていた。
「…いい眺めですね」って簡単な一言さえ出せないまま。

94 名前:風の坂道−30 投稿日:2001年08月28日(火)17時06分01秒

あー緊張する。
イブの晩や、こないだはもっと自然に話せたのに、
もっと、こう、なんていうのかな、り、リラックスしないと。

何から話せばいいのかな。
いきなり困らせるようなことは言いたくないし…。

そ、そうだ。
『今度、一緒に矢口さん宅に遊びに行きましょう』
これだ。

た、ただ一緒に行こうって誘うだけなんだから。
何気なく、どうですか?って、それだけでいいんだから。

言うぞ。
言うぞー。
言うんだー。

…くぅ。

喉の奥が締まって言葉が出てきやしない。
だー。どうして、イブのときみたいにさらっと誘えないんだー!?

95 名前:風の坂道−31 投稿日:2001年08月28日(火)17時07分12秒

あたし、かなり気にしてる。市井さんのこと。

まさか、石川さん…来週、市井さんと約束があったりして…?
いや、聞いてみないとわかんないじゃないか。
もし都合が悪けりゃあたしが引き下がればそれで済むことだ。


よ、よし。
黙っていても道は開けない。
とにかく、石川さんと話をすることに全力を傾けるんだ。

今度こそっ。
い、言うぞ…。


「い、石川さん。…あ、あれ?」


意を決して声をかけたのに、さっきまで横を歩いてた石川さんがいない。
振り返ってみると、坂の途中から石川さんがあたしを見つめてた。

96 名前:風の坂道−32 投稿日:2001年08月28日(火)17時09分15秒

思いつめたような表情。
石川さんはあたしにこう言った。

「…迷惑ですか?」
「え?」

視線をそらすことができなかった。
そんな、あたし…、石川さんを困らせてる?

「…私がそばにいたら、迷惑ですか?」


迷惑だなんて、そんなわけないじゃないですか。
そんな顔やめてくださいよ…。


「め、迷惑だなんて…どうしたんですか、突然?」
「だって、吉澤さん、私と話しててもなんだか別の事を考えてるみたいで…。
それにさっきからずっと黙ったままだし…」
「そ、それは…」


ずっと会いたかった人にやっと会えて。
その嬉しさでこんなにドキドキしてて。
誘いたいのに緊張で声が出なくて。

かえってあたしのほうが石川さんにとって迷惑なんじゃないかと思うくらいなのに。
自然とあたしは自分のちょっと汚れたスニーカーを見つめていた。


「…どうして吉澤さん、私のほうを見て話してくれないんですか?」

97 名前:風の坂道−33 投稿日:2001年08月28日(火)17時10分57秒

あたしは気持ちを整頓するのに必死だった。


…あのクリスマスの日から石川さんのことをずっと考えてた。
石川さんといるとすごく素直になれる気がした。
一緒に歩いた町並みが、なぜだか優しく見えた。
いつもその笑顔の傍にいたいと思った。
ずっと一緒に歩きたいと思った。

でも今日、石川さんの傍には市井さんがいた。

市井さんと話している石川さんを見てると、無性に寂しくなった。
あたしの知らない石川さんを、きっと市井さんはたくさん知ってる。

そんな石川さんと市井さんの関係に、…あたしは嫉妬したんです。


何故?
そう、それはあたしが自分のことしか考えてなかったガキだから。


でも、…悔しいけど、それでもあなたのことをもっとよく知りたい。
市井さんには敵わないまでも、今よりも近くにいたい。

98 名前:風の坂道−34 投稿日:2001年08月28日(火)17時11分57秒

坂を見上げると、石川さんが口を強く結んであたしの言葉を待っていた。
誤解してほしくない。
その気持ちだけで、あたしは切れ切れのままの言葉を文章にもせぬまま話し始めた。


「そ、それは、その…笑った顔が…市井さんが…石川さんの…そばにいて…だから…」
「え?」
「…い、市井さんのそばにいて…そのときの石川さん…笑ってて…」
「…どういう…意味ですか?」


石川さんはきょとんとしてあたしの言葉を聞いていた。
そりゃそうだ。
いきなり変な日本語聞かされちゃ、目が点になるのも当然だ。


「…市井さんのそばにいたとき…の石川さんの笑った表情が…すごく可愛くて…。
あたし、石川さんのあんな表情を見たこと…なかったから、ちょっと悔しくて…」
「え?でも、それは…」

あなたはいつだって一人じゃない。
あなたにはあなたの住んでる場所がある。
たくさんの友達と、あなたを慕っている先輩・後輩。
市井さんみたいに特に親しい人だっている。
石川さんが今まで積み重ねた思い出や、今過ごしている日常には…あたしは入りこめない。

話しているうちに少しずつ自分の気持ちがはっきりとしてきた気がする。
…言ってて辛いけど。ははは。
石川さんの言葉を遮って、あたしは続けた。

「…市井さんみたいな人がいつも傍にいるなら…あまり『遊びに行こう』なんて誘えないなって。そんな事考えちゃって。
はは、それだけです。気にしないでください」

99 名前:風の坂道−35 投稿日:2001年08月28日(火)17時14分13秒

バカだ…。
ほんの数分前に言いかけたことを自分で言えなくしちゃうなんて…。
それに、『気にしないでくれ』なんて、『気にしてくれ』って言ってるのと変わらないじゃないか。


潮風が頬を刺す。
袈裟懸けにしたスポーツバックの肩紐が食い込んで、左肩が少し痛んだ。
痛いのは左肩だけではなかった。
あたしは自分の言葉に自己嫌悪に陥っていた。
何も言えずに、下を向き、歯を食いしばったあたしを笑うように、風が足元で巻く。

不意にため息が聞こえた。
気付くとあたしの視界に茶色のローファーが見えた。

顔を上げると、拗ねたような笑みを浮かべた石川さんがいた。
頬を軽く膨らませ、彼女はいたずらっぽく呟いた。

「―――ばか」
「ば、ばか…?」

「…吉澤さんは特別だったのになぁ。わかってもらえてなかったんだ…」

「え…?」


今、石川さん、なんて言った?

特別…?

100 名前:風の坂道−36 投稿日:2001年08月28日(火)17時16分57秒

戸惑うあたしの顔を上目遣いで覗き込み、石川さんは続けた。

「私は……もっと…会いたいよ」

ぽつりと言うと、石川さんはあたしのジャージの袖を握り締めてうつむいた。
うつむいた石川さんの耳は夕焼けに照らされてだろうか、真っ赤だった。


…あたしの迷い。
福田先輩や石黒先生まで巻き込んで、散々まわりにも迷惑をかけた。

が、しかし。
石川さんのたった一言で、吹き飛んじゃう程度のものだったということが判明。

やっぱりあたしガキだった。
石川さんの気持ち、考えてなかった。
自分のことしか考えてなかった。


ねえ、裕ちゃん…。見て笑ってるんでしょ?
あたし、この人に…わがまま言っていいのかな。
石川さんの時間を取り上げてもいいのかな。

ほんの少し…自惚れても…いいのかな。



「い、石川さん?」

101 名前:風の坂道−37 投稿日:2001年08月28日(火)17時18分13秒

ちょっと声が裏返っちゃったから、何度か大きく深呼吸をした。
石川さんはまだ俯いていた。
あたしは流れていく空をぐっと見上げると、話し始めた。


「会いたいのは…あたしだっていっしょです」


喉の奥が痛い。
こわばるあごを引いて、あたしは石川さんのほうに視線を向けた。
そして、さっき言おうとしてた言葉をやっとの思いでしぼり出した。


「…その…来週…、矢口さんのところに遊びに行こうかなって思ってんですけど…」


石川さんはあたしの言葉に顔を上げた。
至近距離で目が合う。

石川さんの瞳があたしの次の一言を待っていた。


「もし、もしよければ…えっと、一緒に…って誘ってもいいですか」


102 名前:風の坂道−38 投稿日:2001年08月28日(火)17時20分01秒

…言えた。
喉が渇いて、声がかすれていた。

石川さんの表情が明るく変わっていく。


突風で彼女の返事はかき消されてしまって聞こえなかった。
でも頷いてくれたときの表情と唇の動き。


火照る頬を冷たい風がさましていく。


あたしが言えたのは

「…ありがとう」

それだけ。


そんな自分がもどかしかった。
石川さんは優しく微笑むと、黙ったままのあたしの手を取り、下り坂をゆっくり歩き始めた。


つないだ手から、言葉にできなかったこの想いが伝わってくれれば。
あたしは並んで歩く右手に、ほんの少しだけ力を込めた。


 〜 風の坂道 〜  おわり
103 名前:たう 投稿日:2001年08月28日(火)18時12分15秒
ダラダラと長い第2話、やっと終了です。恒例によりageます。

さて、実は元ネタがあったのは第1話だけでして、
第2話は手探り状態で書きました。
しまりのない文章だ。とほほ。
で、いつの間にか100レスgetで自分でびびりました。

>>91
>がんばれワカゾー!!っすね。

大当たりです。
2話の元々のアイデアは「あのCM」(笑)です。
私の中での2話のキーワードはまさに『がんばれワカゾー』でした。

>>92
>なんだかいい雰囲気な二人になってますね。

そう言っていただけると「あぁ書いててよかった」と思います。
ありがとうございます。

臆病な吉坊と、「待ち」の石川だけだと、百年たっても
話が出来ませんので、福ちゃんと市井ちゃん(密かに彩っぺ)に
手伝ってもらいました。二人…いや三人のおかげです。

実はちょっとだけ隠れキャラがいます。
それは練習試合で西高の選手でコートに入ってた人。
まぁ、そのうちにばれますので。へへ。

さて、新メンバー4人が入ってきましたので、
彼女らも作品の中に登場させ…る予定です。予定。
第3話は…9月中旬には始められるかなぁ。ちょっと微妙です。
「待ちましょう」という方は、当てにせずどうぞ気長に。
次は矢口視点でしょう。新曲にちなんで電話ネタで。(←検討中)

最後に、スレッドを提供してくださってる管理人さんと
読んで下さった皆さんに感謝して。

では。
104 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月29日(水)13時55分03秒
すごいもどかしい二人でしたが、最後にうまくいって良かった。
次の矢口編は、やぐなちと過去のやぐちゅーになるんでしょうか。
すごく楽しみにしてますので待ちますよ。
あと西高の選手ってあの七人祭?
105 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月29日(水)15時00分04秒
お疲れ様でした〜。
視点がよっすぃ〜に変わってもやっぱりほのぼので
とってもよかったです。
矢口編もきたいしてまーす(^o^)
106 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月13日(木)15時20分59秒
ん〜なかなかよろしかったよ。
かなりほのぼのしたいしよしがとってもにんまりできた。
次回作、期待してます。
107 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月16日(日)10時22分14秒
たうさんはじめまして、一気に全部読ませていただきました。
ほのぼのした雰囲気いいですね〜、俺の中でナンバーワン癒し系小説です。
第3話も期待しています、頑張って下さい。
108 名前:緑の日々 1 投稿日:2001年09月23日(日)16時17分22秒

確かに 今 振り返れば 数え切れない哀しい日々。

…でも。

109 名前:緑の日々 2 投稿日:2001年09月23日(日)16時19分02秒

「2件 です」

ピー

『裕ちゃんでーす。
なんや、矢口、おらんのか…。
やっぱこんなとき携帯ないと、連絡とれへんなぁ?
よーし、矢口が学校卒業したら、裕ちゃんが速攻で買うたるさかいな。
来年の3月を楽しみに待っとき。
学生のうちは自分用の電話持っとるだけで十分や。
あー、今日電話したんは…その、来週の木曜、矢口誕生日やろ?
それで、何日か遅れるんやけど、その後の日曜…22日に、
ご飯でも一緒に食べに行かん?
都合を聞かせてください。そんじゃ』

「1月 10日 午後 6時 2分」

110 名前:緑の日々 3 投稿日:2001年09月23日(日)16時21分10秒

ピー

『あんた、さっき電話くれたのになんでおらんの?
風呂?ま,ええわ。
またまた裕ちゃんでーす。
OK、OK。原稿料が思っとったより入ったからな、どーんと来いって。
さて、明日から山に入るわ。
天気もいいし、1週間かからんくらいで帰れるやろ。
その間にどこに行きたいか決めときや。
そんじゃ…あ、そうやった。
ひとみもなんかプレゼントするって言うてたで。
あたしが言付かるようになっとるから、それも楽しみに待っとき。
そんじゃ,ね』

「1月 10日 午後 8時 21分」

「用件は以上 です」

111 名前:緑の日々 4 投稿日:2001年09月23日(日)16時22分26秒

消せない留守電。
あたしが高2のときの。

そう。あの冬の留守電。

そしてまた今年もあたし、矢口真里の誕生日がやってくる。

112 名前:緑の日々 5 投稿日:2001年09月23日(日)16時24分01秒

あたしは電話の横の写真立てを手にとった。


「2年…ね」


電話の横に立つたびに、目に留まる風景写真。幾度となく蘇る記憶。


雪原の向こう側、切り立った雪山の朝の風景。
上空を飾る薄いオレンジ色の細い雲。
群青色の空に消え残る星々。

そんな写真が収められてるフレームはゴツゴツしてるし、スタンドはちょっと斜めだし。
静かにテーブルに立てても微妙にゆらゆらしてるのよね。
でもね、ううん。だからこそ、あたしの宝物。

…裕ちゃんが初めてこれを見せてくれたとき。

ふふふ。
目の下にはクマなんか作ってたくせに誇らしげでさぁ…。

113 名前:緑の日々 6 投稿日:2001年09月23日(日)16時27分27秒

だって「プレゼントだよ」ってくれたのに、裕ちゃんったら、いつまでたっても手放そうとしないんだもん。
あれはちょっと笑えたなぁ。

『この写真撮るのにひと月かかったんよ。今までの作品の中で、これが一番の自信作や』
『え〜?雪山なんていつ撮ったって同じじゃん?』
『違うんやなぁ、それが』

ちっちっち、と人差し指を左右に振って。
分かっとらんなと言いたげな目で、うっとりと話すんだもん。

『この山が一番綺麗なんは、あたしの見る限り、この一瞬やった』
『一瞬…?』
『そ。自分の欲しいイメージに重なる一瞬が来ることを信じて、待ち、機会を捕らえ、切り取る。あたしらの仕事はそういう根気と運とタイミングが勝負なんや』

ま、運がないときはどれだけ待ってもアカンけどな、と裕ちゃんは照れたように笑ってた。
裕ちゃんの口から仕事の話を聞くのは初めてじゃなかったんだけど、あんなに嬉しそうな表情で話すなんて…。
今考えると、よほど満足のいく一枚だった証拠。
そんな一枚を、裕ちゃんはあたし一人のために特製フレームに入れて持ってきたんだ。
114 名前:緑の日々 7 投稿日:2001年09月23日(日)16時28分51秒

名残惜しそうにあたしに手渡すと、裕ちゃんはあたしの顔をじーっと見つめて

『…今度、一緒に行ってみるか?』

と切り出してきた。

『雪山に?』
『冗談言うな!夏や、夏!雪山なんてとんでもない。素人が太刀打ちできるもんやない』
『裕ちゃんは雪山にだって登ってるじゃん?慣れたら平気なの?』
『あたしら山の人間でも油断したらわからんよ。だからな、夏に行こうや』

…油断したら?
バカだなぁ、裕ちゃん。
一度でも油断したら、二度目は無いって分かんなかったの?

『綺麗な写真、撮れる?』
『夏の早朝の空色は格別や。期待してはずれはないな』
『だったら行く。来年の夏ね。絶対一緒に行くからね』

のん気に考えてたよね…。

『あぁ、約束や』

あたしも。裕ちゃんも。…そしてこの話を知ってた、なっちも。
115 名前:緑の日々 8 投稿日:2001年09月23日(日)16時29分51秒

ったく。

約束を守らない上に、人の気も知らないで究極の遠距離恋愛させるなんて、あいつは乙女心が分かってないっ。
年の話したら怒るくせに、自分が乙女だった頃の気持ちなんてとうの昔に忘れちゃってんだ、裕ちゃんは。

あーぁ。
どうしてそんな奴を好きになったんだろう。

…そしてそんな奴を今でも好きでいるんだろう。


山への憎悪なんて既にない。
裕ちゃんがこの世の何処にもいない事も分かってる。
納得もしてる。
でも、心の穴は2年たった今も埋められていない。
あの頃の矢口真里の笑顔にはまだ戻れていない。


あたしは裕ちゃんに届くはずのないため息をついた。
今夜もまた、眠れない自分を誤魔化しながら、あたしは眠りにつく。

…寂しいよ。裕ちゃん…。

116 名前:たう 投稿日:2001年09月23日(日)16時57分28秒
どうも。ご無沙汰でした。たうです。
鯖に負担がかかるそうですので、>>によるリンクを(僅かながらですが)
>にさせていただきます。

>104
>西高の選手ってあの七人祭?
さて?矢口以外に6人いますから…。
4話以降をお待ち下さい。

>105
>106
>107
ワカゾー吉澤に感情移入してくださった方が一人でもいらっしゃれば、恩の字です。ありがとうございます。

さて、矢口編、始めました。
ぼちぼちと更新していきますので、どうぞ宜しく。
117 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月25日(火)10時21分34秒
再会待ってました。
究極の遠距離恋愛、何て切ない響き…。
期待しています。
118 名前:たう 投稿日:2001年10月06日(土)20時39分05秒
前略 たうです。ご無沙汰してます。ハイ。
 昨日まで仕事が泣きそうなくらい忙しかったため
更新どころかパソコンの前に座ることすらできずにいました。
が、この週末でちょこっとは進められると思います。←微妙な表現。
以上 簡単ではありますが、根気よく待ってくださる(>117さん
をはじめとする)皆さんへの言い訳&取り急ぎのご連絡とさせて
いただきます。   草々

追伸 誤字訂正(恩の字→御の字)
119 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月28日(日)13時00分26秒
更新待ってますので。
120 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月28日(日)23時26分11秒
私も待ってますので(vv。
お仕事頑張ってください。
121 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月28日(日)23時28分03秒
すいません、あげちゃいました・・・。
122 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月29日(月)00時36分49秒
    |;....:ノ............../;........:/ __ V ,,lヽ|i:|,i;....i
    |;....|............../;....:/:/-=~_ ~`  ~,-,-、|;....:|.
    i;..:i............:/;......// -< ,) >   `-'  .|;......|
    |;..|;......:/;/;....:/;:i            .i;:|;..;i_ _/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    .i;..:|;....i;..|;......|;:i:|        >   ./;:i..|:|ゝ| お願い!もっと激しいのがいいのなら! ここよ♪
     ヽ;;i....:|;..|;....:i..:|       _,,,ノ ./;..|..i..| i
123 名前:緑の日々 9 投稿日:2001年11月11日(日)22時39分29秒

1月も半ば。大学の冬休みもぼちぼち終わり。
冬休みボケとここ数日の寝不足とで、あたしは少しだけ疲れていた。
でもそんな事言っても、バイトはちゃんとやらなきゃいけないわけで。ハイ。
というわけで、今日はバイトの塾の先生やってます。
うちの塾は少人数制個別指導(…長いネーミング)でやってて、あたしの担当の生徒は2人。これがまた結構手のかかる2人なのよ。でもね…

「矢口さーん。できましたぁ。まるつけしてくださーい」
「あぁ、ずるーい、うちのが先や。ほら矢口さん、見てください」
「うんうん。…すごーい。二人とも100点だよ?やったね!よくできました」

よしよしと頭を撫でてやると、2人とも大喜びだ。…本当にこの子ら、中2?と思いたくもなるけど。ま、手をかけた分だけ成長が待ち遠しくってねぇ。
この子達の笑顔のために頑張ってるって感じでさ。あたし、週3回のこのバイトが最近すごく楽しみなんだ。
124 名前:緑の日々 10 投稿日:2001年11月11日(日)22時42分22秒
ゃぁ、今日はここまで。次は日曜だね」
「「(せーの)しゅーりょー」」

2人は声を合わせてハイタッチなんぞを決めた。
って、あたしとたいして身長が変わんないから、ロータッチって感じなんだけど。あはは。こいつらに接してると、落ち込んでた気分が少し軽くなるのは、きっと気のせいじゃないんだよね。
自然と浮かんだあたしの笑顔を見て、チビたちも今日一番の笑顔で帰り支度をはじめた。

「さよーならです。矢口さん」
「矢口さーん、バイバーイ!また来週ぅー」
「はい、バイバイ。辻も加護ももうすぐ中3なんだから、ちゃんと宿題してこいよ?」
「「はーい」」

あたしの教え子、中2の辻と加護はじゃれあいながら、何度かこっちを振り返っては手を振って、大通りへと消えて行った。
あんた達がいるから、この仕事が大好きなんだよ?なんて思いながら塾の玄関先で手を振り返してやるあたし。
…いいねぇ。明日を疑わず、夢を真っ直ぐ見据えて歩いててさ。

背丈こそ違うけど、写真を手に話してくれた日の裕ちゃんの笑顔にそっくりだ。そして、今も夢を追うなっちにも…。
目標のために頑張ってる人を応援するのって、こっちも元気を貰えるから素敵だね。
125 名前:緑の日々 11 投稿日:2001年11月11日(日)22時43分46秒
いつしか日も暮れ、空には冬の星座が瞬いていた。
オリオン座の三ツ星を見上げながら、あたしはなっちのことを想った。
先週からなっちは山に登って冬の動物達を撮影してるんだ。

ふと思った。
…この星空…なっちのいるところでも見えてるのかな。

ここ数日の寝不足の原因は、2つ。
1つは、寂しさ。
裕ちゃんにはもちろん会えないけど、なっちにも最近会えない日が続いてるから。
そして、2つめは。

…不安。
126 名前:緑の日々 12 投稿日:2001年11月11日(日)22時45分05秒

「あ?矢口も今、終わった?」

聞き覚えのある声に振り返ると、バイト仲間の飯田圭織が彼女の生徒達と一緒に立っていた。

「うん。圭織も見送り?」

そだよ、と頷くと圭織は星空を見上げて、「明日もいい天気みたいだね」と微笑んだ。
彼女もあたしと同じ中2の生徒を2人担当してる。この2人も結構おもしろい子達で。

「じゃあね、紺野、小川。学校の宿題も忘れんじゃないよ?」
「任せてください、飯田先生!あたし、もう終わらせてきました」

この、一見しっかり者のように見える愛嬌娘、小川と。

「…え?何か宿題あった?」

こちら、のんびりマイペースだけど本当のしっかり者、紺野。

「ちょっと、紺ちゃーん?数学の課題があったよ?ほら…」
「…あぁ、図形の練習問題のプリント?どうしよう…私、まだやってないよ」
「紺ちゃんなら30分くらいでできるよ、大丈夫」
「本当?でも2枚あったから、もっと時間かかるよぉ。…ぁ、急がなきゃ。さようなら飯田先生」
「ちょ、ちょっと待ってよ、2枚?あたし1枚しかもらってないよ?ねぇ、紺ちゃん。そ、それじゃ。さよならぁ」
「ははは。ほんとに大丈夫かぁ?明日も頑張れよぉ」

127 名前:緑の日々 13 投稿日:2001年11月11日(日)22時46分54秒

ん?待てよ?
確か、辻・加護・紺野・小川の4人って、城西中の同じクラス…。
…ってことは、辻と加護にも宿題が出てるってこと?
まずい!
とっさにあたしは紺野と小川に向かって叫んでた。

「頼むから辻と加護の面倒も見といてねぇ」

分かったと手を振って返事する小川と、会釈しながら急ぎ足で歩いていく紺野。
玄関に並んで笑顔で見送るあたし達。
あの4人を見てると、中学生って本当に活き活きしてるよなぁって思う。

あぁ。空が澄んでる。星がたくさん見える。
まるで輝きだしたばかりのあの子達みたいだ。

紺野たちが角を曲がったころ、圭織が真顔になってあたしに向き直った。

「…矢口?」
「ん?」
「なんだかさ…疲れてない?」
「いやぁわかっちゃう?ほんと、あの辻・加護のお守は疲れて…」
「そんなんじゃなくて」
「え?」
「ダンプカーだってタイヤは4つあるんだよ?」
「…へ?」
「コタツにだってサーモスタットがあるんだよ?」
「…は,はぁ」
「ま、そういうわけで。ちょっとは頼ってほしいわけよ」
「…うー、ん?」
「OK?」
「あ…ありがと。圭織」
「今からでも相談に乗るけど?」

128 名前:緑の日々 14 投稿日:2001年11月11日(日)22時47分56秒
この『飯田圭織』はあたしより一つ年上の大学2年生。
こないだ成人式を済ませたばかりの新成人だ。
「恩師に頼まれちゃぁ断れないよ」と彼女の母校、西高の女子テニス部にコーチとして週に何回か指導に行ったりするくらい面倒見がよい人。
情が厚くて、涙もろくて、それでいて凛とした毅然さも持ってて。
人の悩み事や相談ごとを聞いたら一生懸命相談にのってくれて、親身になって色々話してくれるんだけど…何故か彼女の言葉は、周囲には意味不明であることが多い。

突飛な例えに気をとられて、聞く者がその意味の深さに追いつかないから。
それでも、半年以上同じ職場でバイトしてると、彼女の言いたいことはなんとなくだけど分かるようになった。圭織が言いたかったことは、きっとこう。

―不安や心配を抱えてるんなら、そばにいる人に一緒に抱えてもらえばいいの。
―時々は休憩しなきゃ持たないよ?

「あのね…圭織?」
「ん?」

あたしはこの胸の不安を、ほんの少しだけ話してみようと言う気になっていた。
少しくらいなら甘えてもいいでしょ、圭織?
言葉を促すように、圭織は黙って星空を見上げている。

「…あたし…」

129 名前:緑の日々 15 投稿日:2001年11月11日(日)22時49分29秒

『ブーッ…ブーッ…ブーッ…』

言葉を遮ったのは、あたしの携帯電話の振動だった。

「あ、ゴメン。ちょっと待ってて」

その場から数歩歩いて電話に出てみると、あら珍しい。よっすぃーだった。

「もしもし、よっすぃー?どしたの?」
『あぁ、よかった。一度で繋がった。矢口さん。大変ですよ』
「…なによ?いきなり」
『安倍さんがあたしん家に来るなり、玄関で倒れたんです』
「えぇっ?嘘ぉ?」
『本当なんです。意識も無くて、すごい熱で。それに、足の様子が変なんです』

あたしは思わず声を荒げた。
でも、そこから先、胸がドキドキして、頭が真っ白になって…。

「なっち…」
『矢口さん!矢口さん!しっかりしてくださいよ!』

130 名前:緑の日々 16 投稿日:2001年11月11日(日)22時51分03秒

…嘘だ。
急に膝から力が抜けた。
あたしは冷えたアスファルトに座り込んでしまった。

あたしが眠れなかった2つめの理由。
…それは、なっちが山へ登るたびに感じる不安。まして…裕ちゃんと同じ山に登ったら。

周囲の光景を一瞬だけ切り取る職業だから、その一瞬以外の『自分が生きている時間』への執着が弱いんじゃないかと思ってしまう。いつか自分の夢を追ったまま、それこそ一瞬の油断で命の火を絶やしてしまうんじゃないかとさえ考えてしまう。
だって、裕ちゃんがそうだったから。

山への憎悪なんて、もう無い。でも、山を愛するなっちが、裕ちゃんと同じ轍を踏むのだけは勘弁してほしい。

嫌だ、いなくなっちゃ嫌だよ。なっち。そんなの絶対にいや。
ギュウっと握り締めたこぶしに涙が落ちた。

お願いです、神様。
なっちを連れていかないでください。

久しぶりに流した涙は、2年前と同じように熱かった。

131 名前:緑の日々 17 投稿日:2001年11月11日(日)22時52分47秒

何滴目かの涙があたしの手に落ちたとき、圭織が何かを叫びながらあたしのほうへ走って来た。

「圭織…なっちが…なっちが…」
「っ!しっかりしなさい」

パン!
あたしの頬で何かが弾けた。
痛みとともに意識が少しずつ現実に戻ってくる。
あ…、圭織から頬を張られたのか。
まだぼんやりしてるあたしの手から携帯を取り上げると、圭織はあたしを見つめながら話し始めた。

132 名前:緑の日々 18 投稿日:2001年11月11日(日)22時53分22秒

「もしもし?いま矢口使い物にならないから、圭織が代理で話を聞くわ。バイトの同僚の飯田圭織といいます」
『あ、よ、吉澤といいます。えっと、どこから話せばいいですか?』
「『なっち』だっけ?『なっち』って人がどうかしたんでしょ?そこからでいいわ」
『ハイ。怪我をしてる上に熱があって、意識も無くて…』
「『なっち』さんが緊急事態って訳ね。それで?今、どこにいるの?」
『今、父の車で近所の桜ヶ丘中央病院に着きました。できれば、早くこちらへ来てもらえませんか?実は…その、安倍さん、なっちがうわ言で矢口さんの名を何度も呼んでるんです』
「分かった。駅北の桜ヶ丘中央病院ね?」
『そうです。あ、今、治療室に入ったみたいです。あたしもこれから病院の中に入りますから携帯の電源を切りますけど、いいですか?』
「OK。任せなさい。そうね、20分以内にバッチリ送り届けてあげるから待ってなさい」
『分かりました。矢口さんのこと、よろしくお願いします』

ピッ。

133 名前:緑の日々 19 投稿日:2001年11月11日(日)22時56分08秒

圭織は通話を終えて座り込むと、ふと表情を柔らげた。

「さっきは痛かった?矢口」

ゴメンね、と微笑むと、圭織はハンカチであたしの頬と手を拭ってくれた。

「なっちさん、今、矢口のことを呼んでるんだって」
「え?」
「行ってあげなくていいの?」
「…ほ、本当に?呼んでるの?」
「嘘ついてどうすんのよ。吉澤クン?吉澤さんかしら?がそう言ってたんだから」
「行く。今すぐ行く」

冬の夜の冷たい風と、突然の知らせであたしの心と身体は凍りつく寸前だったけど、圭織の言葉で少しずつ生気が戻ってくる。

「今から圭ちゃんに車で来てもらうから、矢口は控え室から荷物を取って来て」
「うん。わかった」

134 名前:緑の日々 20 投稿日:2001年11月11日(日)22時57分36秒

緊急事態にしっかり対処できる圭織って、すごい。年は一つしか違わないけど、さすが大人の女性。あたしは大急ぎで自分と圭織の荷物を取って、塾長にしどろもどろで事情を述べると、圭織の待つ玄関に走って行った。
すると、ちょうど塾の前に一台のローバーミニが停車するところだった。
圭織は運転手と目配せを交わすと、後ろのドアを開けてあたしを呼んだ。

「矢口っ!早く乗って」
「え?もう?こ、この車なの?」
「そうよ。荷物なんて後ろに押し込んでいいから」

後部座席にあたしと圭織が乗り込んでドアを閉めると同時に、ローバーは勢いよく走り出した。

135 名前:たう 投稿日:2001年11月11日(日)23時11分13秒
ふいぃ。ようやく更新です。

>119 時間は余る物ではなく作る物だと言われました。
>120 ageてもいいですが、更新前は皆さんに気の毒で。
>121 待ってて下さるなら一度や二度の失敗、一向に構いません。
>122 こういうのは別のとこでやってもらえませんか?

お待ちいただいた皆さん、小説投票をいただいた皆さん、本当にありがとうございました。
また週末あたりに更新できると思います。ポッキーでもかじりながらお待ち下さい。
136 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月13日(火)01時23分48秒
待っていました〜〜
再開嬉しいです。頑張ってくださいね〜。
137 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月18日(日)17時45分01秒
頑張ってください。やぐなち大好きっす。
138 名前:緑の日々 21 投稿日:2001年12月01日(土)21時27分27秒

直線道路に並ぶ黄色の点滅信号。
眠ったように静まり返る街並み。
歩く人のいない歩道を照らす街灯。

あたしは話をする気力も残っていなかった。
時折フラッシュバックする記憶を必死に押さえながら、努めて何も考えないように風景を眺めていた。

運転手の圭ちゃんっていうのは圭織の友だちらしい。
いつも圭織の話に登場するからその名に馴染みはある。けど、実際にお会いするのは…って、運転してる背中しか見えてないけどね…今日が初めてだ。

…それにしても、圭ちゃん…呼ばれてからここに来るの、はや過ぎない?5分かかった?混乱の中、そんな疑問が頭をよぎったけど、どうでもよかった。

ただはやくなっちの顔を見たかった。

ローバーが病院のゲートを通過すると、完全に停止するのも待ちきれず、あたし達はドアを開けて駆け出した。

今のあたしには自動ドアが開くのを待つ時間すら惜しかった。

139 名前:緑の日々 22 投稿日:2001年12月01日(土)21時31分53秒

圭織と2人で建物の中に飛び込むと、照明を弱めた待合ロビーにあたし達の足音が響き
渡った。

響いた音の大きさに驚いて、ここの静かさを思い知らされる。少し…怖い。

足音が建物全体に響き渡って、病院中を震わせているんじゃないか。
そんな錯覚を起こしたあたしは慌てて足を止めた。
どうやら圭織も同じ気持ちだったらしい。
なんとなく足音を立てることが躊躇われて、あたし達はその場で立ちすくんだ。

あたし達の姿を見て、飛び上がるように立ち上がったのは…顔面蒼白のよっすぃーだった。

「矢口さん…よかった。来てくれた…」
140 名前:緑の日々 23 投稿日:2001年12月01日(土)21時40分30秒

「…よっすぃー、遅くなってゴメンね。…電話、ありがと…」

よっすぃーはほんの少しだけ、ほっとしたような表情を見せた。
でもあたしもよっすぃーも、お互いにその次の言葉が出てこなかった。

随分と黙って立ってたけど、圭織の
「ね?吉澤クン、それってカメラだよね?」
という一言で、あたしたちの会話の歯車は少しずつ動き始めた。

「あ、あの…安倍さん、うちにこれを届けに来たんです」
「え?これ…ずいぶん汚れてる…ね?古いしレンズも割れてるのに?」
「はい。『裕ちゃんに見せてあげて』って。これを…あたしに手渡した途端に安倍さん、倒れちゃって…」

あたしと圭織はよっすぃーの傍に歩み寄り、待合ロビーの椅子に一緒に腰掛けることにした。そこにはよっすぃーのお父さんと知らないおじさんが向かい合って座ってた。
不意に向かい側の椅子に腰掛けたおじさんと視線が合った。誰?と思ったけど、とりあえずあたし達は座ったままで会釈をした。
差し出された名刺とよっすぃーのお父さんの話によると、今回の撮影でなっちがお世話になった出版社の人なんだって。

141 名前:緑の日々 24 投稿日:2001年12月01日(土)21時42分06秒
よっすぃーのお父さんにも、出版社のおじさんの表情にも疲労が見て取れた。
簡単な自己紹介の後、眉根を寄せたよっすぃーのお父さんが状況を教えてくれた。

「安倍さん…ついさっき処置を終えたらしい。今は集中治療室で容態が落ち着くのを待ってる。…今夜が峠、と先生が言ってたよ…」

おじさんの表情は…なっちの容態が思わしくない事を雄弁に物語っていた。
よっすぃーはなっちから預かったカメラを抱きかかえたまま、顔を上げようとしない。

気を抜けば崩れ落ちそうだった。波のように退いては襲う眩暈を必死にこらえる。
そんなあたしの両肩にそっと手が添えられた。
右肩は隣に座った圭織が。
左肩はいつの間にかあたし達の後ろに立っていた圭ちゃんが。
優しく支えてくれる二人の手のひらから、ぬくもりと一緒に勇気を貰ってる気がした。

そうだよ、あたしがしっかりしなきゃ。

平気です、と頷くとよっすぃーのお父さんに続きを話してもらった。
142 名前:緑の日々 25 投稿日:2001年12月01日(土)21時44分37秒

「家に来たとき、安倍さんには既にすねに深い刺し傷があったんだ。先生の話によると、その傷が骨まで達していて…体内に雑菌が入っていたそうだよ。そんな怪我した足を引きずりながら深雪の中を長時間歩くはめになったんだと思う。体力も弱っていて、肺炎も引き起こしてるって…」

よっすぃーのお父さんは一息にそこまで話すと、静かに俯いた。

視線の先の壁時計は深夜0時になろうとしていた。
秒針の動く音がやけに大きく聞こえる。

緊迫した沈黙が今のあたし達には苦痛だった。
まるでその沈黙を埋めるかのように、出版社のおじさんが話を引き継いでくれた。

「安倍さんは怪我をして体力も落ちていた。にもかかわらず、同じように大腿に怪我をしたパートナーを背負って、自力で下山したそうです。その後、パートナーを登山口の管理事務所に預け、自分は応急処置を受けただけで『大急ぎで届けなきゃいけないものがあるから、病院へはその後で行く』と言い残して出て行ったらしくて…」

143 名前:緑の日々 26 投稿日:2001年12月01日(土)21時46分20秒

自分の命をなんだと思ってるの?
どうしてそこで怪我の治療より届け物を優先させるのよ?
帰りを待ってる人がいるから、なんて考えないの?

あたしにとってなっちはすごくすごく大切な人なのに。
裕ちゃんに負けないくらい、なっちの事大切に想ってるのに。
なっちにとっての…あたしは何なの?


胸の奥から突き上げる、嫌な圧迫感。

息が吐き出せない。
苦しい。
一瞬目の前が真っ暗になって、ぐらりと傾いだ。
144 名前:緑の日々 27 投稿日:2001年12月01日(土)21時48分19秒

あ、倒れる。

そう思った瞬間、背後から両腕をガシッとつかまれた。
真っ暗な世界から、徐々に視界に光と色が戻ってくる。

「今は気持ちだけでも…なっちさんの近くにいてあげなきゃ…ね。
だから、さ。矢口さん、まだ倒れたりしちゃ駄目だよ」

圭ちゃんの途切れ途切れの言葉が心に響く。
暗闇からあたしを引き戻してくれたのはこの圭ちゃんの両手だった。

気づくと圭織があたしを見つめていた。
よっすぃーも吉澤のおじさんも出版社の方も、心配そうな表情であたしを見てた。

「ったく。しっかりしなさいよ、矢口」
「圭織…?」
「あんたが信じてあげないで誰がなっちの味方になれるっていうの?」
「味…方?」
「そうよ。信じて応援してあげなさいよ。なっちは今必死で一人で戦ってんでしょ!」
「…あぁ、そうだよね。…うん」

…そうなんだけど。
わかってるんだけど。
どうしてあたしってこんなにちっぽけなの?
想いだけでは、無力なの…?

あぁ…ダメ。もう、泣きそう。


なっち、お願いだから。


生きて。
145 名前:緑の日々 28 投稿日:2001年12月01日(土)21時49分33秒
見上げた蛍光灯が冷たい光を落とす。

2年前の記憶が蘇る。
なっちと裕ちゃんの姿がダブる。


…明日…、あぁ、もう日付が変わったから、今日…だ。
今日は…裕ちゃんの命日。


そんな時期に、なっちは撮影に行った。

よりによって裕ちゃんが最後に登った山に。

そう、あたしの不安の元凶はここだった。


込み上げる涙がこぼれないように、あたしはそっと目を閉じた。

146 名前:緑の日々 29 投稿日:2001年12月01日(土)21時50分42秒
…神様。
あたしのわがままを聞いてください。

あたしから裕ちゃんだけじゃなく、なっちまでも奪わないでください。
あたし、今でも裕ちゃんが好きです。そして、なっちが好きです。
二人ともすっごく大切な人なんです。
裕ちゃんとの想い出はあたしの心の中で絶対に消えないけど、なっちとの想い出はこれからなんです。

まだ何も始まってないんです。
まだ…あたし、なっちに何も言ってないんです。
話したいことがたくさんあるんです。

どうぞお願いです。
あたしとなっちに時間をください。

一緒にいさせてください。



…裕ちゃん。なっちを助けてあげて。

147 名前:たう 投稿日:2001年12月01日(土)22時08分48秒
たうです。
ヒサブリに来たら、紫板、スレが少なくなってました。
…ちょっと寂しいッスね。でも頑張るぞっと。

>136 待っててくださってありがとうございます。
>137 なっちがピンチですんで、まだそんな雰囲気には。

年末までにあと2〜3回更新できたらいいなと思ってます。
気長にお待ち下さい。では。
148 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月04日(火)13時23分42秒
なっち頑張れ!!
二人が幸せになればいいなーと思いつつ
更新待ってます!!
作者さん頑張ってください!!
149 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月17日(月)18時07分53秒
作者さんがんばってください。更新待ってますので。
150 名前:緑の日々 30 投稿日:2001年12月24日(月)23時39分32秒

夜が明けた。

明けない夜は無い。
どんなに辛くても必ず朝は来る。

まだ窓の外は暗く、車の音もしない。

よっすぃーはしっかりあのカメラを抱きしめたまま、背を壁に凭れて目を閉じている。
おじさんもその横で腕を組んだ姿勢でじっと目を瞑っている。
出版社の人は落ち着かない様子で、病院の公衆電話で30分おきにどこかに電話をしている。

圭織と圭ちゃんはというと…。
「もう帰ってもいいから」っていうあたしの言葉をあっさり無視して、今もあたしの両脇に陣取っている。

『圭織達がいたからってどうにかなるモンじゃないってのは分かってるんだけどね…』
『あたし的にはこのまま帰っても心配で眠れないからさ、矢口さんと一緒になっちさんを応援してたいんだ。身勝手で邪魔な応援団だろうけど、もうしばらく我慢してね』

本当はすごく心強いんだ。…ありがとね。
そしてあたしはずっと時計の秒針の動きと自分の心音と比べながら、眩暈の波から意識を繋いでいた。

誰も眠れた様子ではない。

不意に廊下に響く足音。
反応して立ち上がったあたし達に、走ってきた看護婦さんが声をかけてくれた。

151 名前:緑の日々 31 投稿日:2001年12月24日(月)23時40分48秒

通された病室にはたくさんの機械があった。

ベッドに横たわるなっち。
怪我をした右足には大きなギブス。
痛々しいたくさんのチューブ。

酸素マスクを外されながら、彼女は静かな寝息で眠っていた。
峠は越した、と先生が言ってくれたとき、堪えていた涙が溢れてきて仕方無かった。

泣きじゃくるあたしを抱きしめながら圭織も泣いてた。
よっすぃーも声を殺して泣いているのを、お父さんが頭を撫でてやっていた。
圭ちゃんも出版社の人も安心したように涙ぐんでいた。


窓から差し込む朝日が眩しくて、目に染みて何度も涙が出た。


152 名前:緑の日々 32 投稿日:2001年12月24日(月)23時42分17秒

お昼の3時すぎ、なっちが目を覚ました。

吉澤家の2人と出版社の人は疲れているはずなのに、晴れ晴れとした顔で日常に戻っていったし、圭織と圭ちゃんも「また夕方になったらお見舞い持って来るね」と言ってひとまず帰った。だから今なっちの傍にはあたしだけ。

しばらくボーっと天井を見つめていたなっち。
まだ意識がはっきりしないんだ…。

「おはよう」

あたしの声にゆっくりと顔を向けると、なっちは体を起こそうとした。

「ちょっと、ダメじゃない。まだ寝てなきゃ。…ここは病院よ。桜ヶ丘のね」

あたしは無理やり押さえつけてベッドに戻した。
なっちは少し不服そうな顔をしてたけど、あたしの顔を見て大人しくまた横になった。

あたし、今すごく泣きそうな顔してたと思う。こんな顔、見せたくなかったのに。
153 名前:緑の日々 33 投稿日:2001年12月24日(月)23時48分57秒
てたら涙がこぼれそうだったから、昨夜からのことを片っ端からなっちに話して聞かせた。

昨夜よっすぃーから連絡をもらったこと。
圭織と圭ちゃんがあたしを病院に連れてきてくれたこと。
吉澤のおじさんと出版社の方も心配して朝まで病院にいてくれたこと。
皆、なっちの無事を確認して安心すると、今日の仕事や学校に向かったこと。
そして、古びたカメラをよっすぃーから預かったこと。

「そっか…。ごめん」

掠れた声で話すなっち。申し訳なさそうに笑ってるけど、どことなくその表情は清々しい。
最初のうちは受け答えもぼんやりしてて顔色も冴えなかったけど、少しずつ言葉を交わすうちに、徐々になっちの普段の頬の色を取り戻してきた。

「心配した?」
「当たり前でしょ!?」
「えへへ、そっか。心配してくれたんだ…嬉しいなぁ」

154 名前:緑の日々 34 投稿日:2001年12月24日(月)23時49分43秒
「…そ、それだけ冗談言えるならもう大丈夫ね。あーぁ、心配して損した」

あたしって、素直じゃないな。
こんな時まで強がらなくていいのにって、自分でも思う。

「冗談じゃないって。本当に嬉しかったんだってば」

いつものようにニコッと笑い、んーっ、と背伸びをしたなっちは、その右足の違和感に初めて気づいたらしく、ちょっとショックを受けてた。自分の右足を見つめ、まるで遠い昔のことを思い出すようになっちは話し始めた。

「…雪の中を下山してた途中、裕ちゃんが好きそうなアングルを見つけたんだ。あぁ、裕ちゃんならこんな感じで撮るよなって、その風景をちらちら眺めながら歩いてた」

なっちは小さくため息をつくと、ゆっくりした口調で続けた。

「そのとき左からきた風にまともに吹き飛ばされたんだ」
155 名前:緑の日々 35 投稿日:2001年12月24日(月)23時51分18秒

「で、パートナーと2人して新雪の斜面を見事に滑っちゃった。ラッキーなことに崖下の沢までは行かずに済んだけど、カラマツの樹林帯辺りまで結構派手に転がり落ちたんだ。それでこの通り…」

顔をしかめたあたしに、心配しないで、となっちは静かに笑った。

「あたしを刺した木の根は、あたしを受け止めた勢いで雪も土もガバッと掘れちゃったんだ。あたしが根っこごとそのカラマツを倒しちゃったわけね。すると、掘り返された土の中になにか光るものが見えたんだ」

あたしはふと思い当たって、棚の上に置いてたカメラを手に取った。
今朝になってようやくよっすぃーが手渡してくれたカメラ。
…よほどなっちのことが心配だったんだろうね、大切そうに抱きしめていたもの。

「それが…もしかして、これ?」
「うん。出てきたのはそのカメラだったんだ」

こびりついた泥があちこちに見える。
レンズなんか割れてるし、シャッターは開きっぱなし。
こんな壊れたカメラを何故大急ぎで届ける必要があったの?

156 名前:緑の日々 36 投稿日:2001年12月24日(月)23時52分40秒
まったく、自分の身体を大事にしない人の考えはよくわからない。
そんなあたしの考えに気づいたのか、なっちはニヤリと笑って話し出した。

「うん。それ。ねぇ…よく見てごらんよ」
「え…?よく見ろって…言われても」
「ストラップの裏とか」
「…ストラップ?」

言われたようにストラップを見ると、何か文字が書いてあるのが見えた。

「よく考えるとあたしが落ちた場所ってね、裕ちゃんが事故った沢のすぐ上だったんだ」
「へぇ…」
「あのとき、きっと裕ちゃんが助けてくれたんだ。カラマツがあたし達のこと引っ掛けてくれなかったら、断崖を沢までまっ逆さまだったんだよ」
「ふーん…」

どうしてそんなに恐ろしいことをさらっと言うの?この人は。
裕ちゃんの事故が起こった山を、今度はなっちが登る。
それだけであたしは怖くて怖くてたまらなかったっていうのに。

まともに話を聞くのが怖くて、あたしは生返事を返しながらストラップの文字…アルファベットみたい…を見ていた。かろうじて残っているのは…Y?とN?…かな。後は小文字のaらしきものが4つ。



まさか?
157 名前:緑の日々 37 投稿日:2001年12月24日(月)23時53分48秒

いや、掠れているところもあるけど、間違いない。

ストラップに見てとれた文字は

『Y.Nakazawa』

お母さんと吉澤さんの再婚後も、中澤の姓を名乗りつづけたカメラマン、『中澤』裕子。

あたしは息を飲んだ。
158 名前:緑の日々 38 投稿日:2001年12月24日(月)23時55分18秒

…まさか。だって…2年前、遺品だよ、って…?
あの中にちゃんと商売道具のカメラもあったじゃない。
小型のスナップ用のカメラと、それよりもかなり大きい一眼レフって奴。
このカメラより小さいのと大きいのがあったのを覚えてる。

でも…、もし、あのとき裕ちゃんが3つ目のカメラを持っていたとしたら。
堪えきれずにあたしはなっちに詰め寄った。

「こ、これ…裕ちゃんの?」
「御名答」
「まさか…」
「あたしだって驚いたよ。でもね、あたしもそのカメラ、見覚えがあるんだよね」

時を経てあたし達の目の前にあらわれた、裕ちゃんのカメラ。
触れている手のひらからひんやりと温度が伝わってくる。
そっと目を閉じれば、このカメラを持って笑う裕ちゃんの姿が思い浮かぶ。
あの人の瞳が、唇が、吐息が、鼓動が、なにもかもが記憶の中に甦る。

でも、2年前の記憶は、ほんの少しだけ…遠かった。

159 名前:緑の日々 39 投稿日:2001年12月24日(月)23時56分36秒

「きっと、裕ちゃんが事故った時、そのカメラだけが今回のあたしみたいに木に引っ掛って助かったんだ。2年前の事故のときは雪と一緒に土砂もかなり崩れたから、それで泥に埋もれちゃって、発見されてなかったんだろうね」

そうか、よっすぃーには解ってたんだ。これが裕ちゃんのカメラだって。
だからあの子はあんなに…。

言葉が出ないあたしの表情を伺うように、なっちは尋ねてもいないのに言葉を継いだ。

「真っ先に裕ちゃんの遺影に見せたくってさ、勢いでよっすぃーの家まで行ったのはいいんだけど、そこで力尽きちゃったんだ。ははは。後は矢口が知ってる通りだよ。いやぁ、お恥ずかしい限りだね」

なっちは頭を掻きながら、ニコニコと話してくれた。

160 名前:緑の日々 40 投稿日:2001年12月24日(月)23時59分09秒
裕ちゃんの思い出と、なっちの命。あたしにとってはどちらも大事なの。

なのにどうしてそんなふうに笑えるのよ。
自分のことなんてどうなってもいい、とでも思ってたの?
あたしのこの気持ちは無意味なの?

なっちの笑顔を見てると、何故だか胸がいっぱいになって、視界が涙で滲んできた。
とうに涙も涸れたと思ってたのに、まだ涙が頬を濡らして落ちる。
俯いたあたしの瞼や頬を優しくなぞったのは、なっちの指先だった。
その手のひらの温かさが、あたしのせつなさを和らげてくれる。

…あたし、いつもなっちのこの優しさに甘えてる気がする。
もっと、あたしが強くならなくっちゃ、なっちが苦しむのに。

必死に涙をこらえようと、固く口を結ぶ。
そんなあたしの顔を見てなっちはまた穏やかに笑った。

「…ねぇ矢口、あたしのジャケット取って?」

161 名前:たう 投稿日:2001年12月25日(火)00時10分04秒
『じゅーさんにんがーかりの くーりすまーすー♪』

紺野、いい味出してたッスね。じゃれ合う石吉もよかったし。

さて、第3話もぼちぼちラストです。(←やっと)
下書きは完成。後はちょこっと手直しをするだけです。

変だな…。石川と吉澤が主人公のはずが…。まぁ、いいか。
162 名前:夜叉 投稿日:2001年12月25日(火)15時19分28秒
裕子姐のカメラとは…。この三人、切なすぎます。
なっちはどこへ行こうとしてるのか…。
続きが気になります。

作者様に言われて、自分も気が付きました(w。
第4話くらいにでも(略。w
楽しみにしてますね。
163 名前:緑の日々 41 投稿日:2001年12月25日(火)23時35分33秒

なっちの言葉に、涙が止まる。…ジャケット?

「…え?ちょ、ちょっと、まだ出歩いちゃダメだよ」
「違うって。ポケットに用事があるの」

ポケット?

外に出る気配のないことを確認したあたしは、なっちに言われるままに分厚いジャケットを手渡した。するとなっちはそのポケットから小さな群青色のケースを大切そうに取り出し、ほらね、と見せてくれた。

「…あたしね、昨日、裕ちゃんのそのカメラを見つけたとき、裕ちゃんが背中を押してくれた気がしたんだ」

そう言って少しだけ身体を横に起こしたなっちは、あたしと真っ直ぐ視線を合わせ、いつになく真剣な表情になった。

「あたし…なんていうか、その…矢口が傍にいてくれるおかげで、すごく頑張れるんだ。矢口が応援してくれるから、あたしは今ここにこうしていられるんだと思う。昨日だってそう。目が覚めたら、きっと矢口が傍にいてくれるって信じてた」
164 名前:緑の日々 42 投稿日:2001年12月25日(火)23時36分37秒

一瞬だけ途切れたなっちの言葉。
少しだけ開けた窓から、わずかに吹いてくる風がカーテンを揺らす。

「だからね、えっと…いつもありがとう。それから、心配かけてゴメン」
「謝るくらいなら、どうして昨日下山したときすぐに病院に…」
「…昨日のうちに渡したかったんだ、これ。…誕生日おめでとう、って」

そして言葉とともにそっと差し出されたケース。

165 名前:緑の日々 43 投稿日:2001年12月25日(火)23時38分12秒

…え?あ、そうか。昨日はあたしの誕生日だったんだ。
あたしは目を見開いてなっちの顔を見つめ返した。
覚えててくれたんだ…。

あ、もしかして昨日の『急いで届けなきゃいけない物』って、よっすぃーへのカメラと…これのことだったの?

「開けてみてよ」

なっちの言葉に頷くと、あたしはケースを開けた。
シンプルなシルバーの指輪だった。

「これを…あたしに?」
「うん」
「ありがとう。すっごく嬉しいよ…でも…」
166 名前:緑の日々 44 投稿日:2001年12月25日(火)23時38分54秒

19才の誕生日にシルバーリング。

それは『あなたとの将来を誓います』の意味。そう言ってたのは裕ちゃんだった。
世間一般ではどうだか知らないけど、少なくとも裕ちゃんとあたしの間ではそれが真実だった。

「…あたしにとって、この指輪は…」
「知ってるよ」

あたしも裕ちゃんに聞いたから、となっちは小さく頷くと、ベットの上に体を起こした。

「もし、指輪を返すのなら、あたしの話を聞いた後にしてほしい」
「…なっち?」


なっちは静かに目を閉じ、深く息を吸うとゆっくりと話し始めた。

「あのね、矢口さ。裕ちゃんに出会って、裕ちゃんのことを好きになって初めて、矢口は自分自身のことを好きになれたって、ずっと前、話してくれたことあったよね」
「…うん」
「あたしもそうなんだ。裕ちゃんの傍で笑ってる矢口を…ただ見てるだけで幸せだった。そんな些細なことで幸せを感じる自分が好きだった」
167 名前:緑の日々 45 投稿日:2001年12月25日(火)23時40分46秒

「でも、裕ちゃんの事故後、矢口の笑顔は見られなくなった。…だから手紙や絵葉書を出すようにしたんだ。少しでも矢口の凍りついた心を溶かしてあげたかった」
「なっち…」
「そして、こないだのイブ、矢口が『裕ちゃんのことを話せるのが嬉しい』って笑ったとき、あたし、矢口の笑顔をずっとずっと守っていきたいって思ったんだ。だから…」

なっちはゆっくり瞳をあたしに向けた。

「…だから?」
「…だから、この指輪をあげた」

裕ちゃん。どうしよう。

「迷惑なら返してくれても構わないから」
「あのね、なっち。あたしね…」

…迷惑じゃないの。本当にすごく嬉しいの。
でも、それでいいの?

だって、あたしまだ…裕ちゃんのことが…。
168 名前:緑の日々 46 投稿日:2001年12月25日(火)23時41分24秒

言葉を飲み込んだあたし。
声に出せなかったあたしの想いを読んだかのように、なっちはふんわりとあたしの身体を抱きよせた。間近で見つめるなっちの瞳がとても優しくて、おさまりかけていた涙がまた溢れてくる。

あたしの表情を覗き込みながら

「あたし…裕ちゃんにはなれないし、これからもきっとたくさん心配かけると思うけど…」

そう呟くと、なっちはあたしのまぶたに温かいキスをくれた。


「…もしよければ、ずっと矢口の傍にいさせてくれないかな」


裕ちゃん。あたしの心の中に住む、大好きだった人。

今までいろんなわがまま言ってごめんなさい。
でも、これで最後にします。

…なっちのことを、好きになってもいいですか。



「…今のあたしで…いいの?」

169 名前:緑の日々 47 投稿日:2001年12月25日(火)23時42分13秒

なっちは言葉には出さず、柔らかい微笑みで答えてくれた。
頬を撫でる手のひらからなっちの優しさが伝わってくる。


「好きだった人を忘れるような人じゃないから、あたしは矢口を好きになったんだと思う」
「…なっち…」
「2年前の今日、こうして抱きしめてあげたかった…」


静かに涙が零れ落ちる。
身体のどこにこれだけの涙が残ってたんだろう。
こんなに熱い涙が。



なっちはそっと唇をあたしの唇に重ねた。



裕ちゃん。
もし、あたし達があなたのことを忘れたら、頭ひっぱたいていいから。
だから、あたし達のこと、ずっと見守っててください。



ねぇ、なっち。
いつかさ、一緒に山に登っていいかな。
裕ちゃんやなっちと同じ風景…見てみたいんだ。


  < 緑の日々 終 >

170 名前:たう 投稿日:2001年12月25日(火)23時55分39秒
第3話終了です。
終わらないんじゃないかと自分自身不安でしたが(笑)。

>148 無事なっち復活です。(←右足以外)
>149 ちょっとこの2日で頑張りました。
>夜叉さま とりあえず3.5話でご勘弁を。

それでは年末特別企画、矢口視点の3.5話。
勢いだけで更新します。(←ストックとっておけばいいのに、自分…)
171 名前:っと近くに - as close as possible - 1 投稿日:2001年12月25日(火)23時56分37秒
あたしと裕ちゃんが出会ったのは、3年前。高1の終わり。
あれはまだ風の冷たい、春の日だったなぁ。
172 名前:もっと近くに - as close as possible - 2 投稿日:2001年12月25日(火)23時57分56秒
2月くらいから「春休みになったら映画に行こうね」って友達と約束してた。
すごく見たかった映画があったから、本当に楽しみだったんだ。
だからその日はお気に入りの春物のコートを羽織って、いつもより早めに家を出た。
それで当たり前のことだけど、かなり早く待ち合わせ場所に着いちゃって。ま、たまにはいいかって、待ち合わせの時間までデパートの書店フロアで暇をつぶすことにした。

そこで目に入ったのは『芸術の秋 写真集はいかがですか』のポスターと平積みにされた写真集の山。
ふーんって感じでテーブルに積まれた本を簡単に眺めて、通り過ぎる。
…はずだったのに。

一冊の小さな写真集の表紙があたしの足を止めさせた。

月明かりで蒼く光る雪山。
青と黒と白だけを使った水彩画のような、蒼く優しい風景。

あたしは吸い寄せられるようにその冊子を手にとって、ページをめくってた。
その本は、山と、月と、緑と、そして動物たちが主役だった。
予想以上にすごくキレイで。
173 名前:もっと近くに- as close as possible - 3 投稿日:2001年12月25日(火)23時59分17秒

…本に一目惚れして衝動買いしたのはあのときが生まれて初めてだった。

「その本…」

自分でも自分の行動に驚いて、レジでその本を袋に入れてもらってからもしばらくポーっとしてたから、声をかけられているのに全然気がつかなかったんだけど。

「…買うてくれて、ありがと」

だから、その人がレジの傍で穏やかに微笑んでたのにも気がつかなかった。


「え?…あ、あたしのこと?ですか?」
「うん。その写真、あたしが撮ったんや」


髪を明るい茶髪にした、20代の女性だった。
ちょっと低めでハスキーな声。

ぼんやりしてたのを見られて恥ずかしかったけど、それ以上にかなり戸惑った。
だって見ず知らずの女性から親しげに声をかけられたんだよ?

『知らない人についてっちゃダメよ』という小さい頃の言い付けを思い出して、ちょっと身構えてたかもしれない。今となっては笑い話なんだけど。
174 名前:もっと近くに- as close as possible -4 投稿日:2001年12月26日(水)00時00分11秒

「…ぁあ、えっと。その…」
「あぁ、ゴメンなぁ、驚かしてしもて。一言礼が言いたかっただけなんや」

嬉しそうに笑ったその人の目元。
この人が悪い人じゃないことくらいは分かってた。
その女性は細身の小学生くらいの男の子…女の子にも見えるかな…をつれてた。
…親子じゃないよね、なんて、今振り返るとかなり失礼なことを考えてたんだけど。

「それじゃ」

女性は最後にそれだけ言うと、お供の小学生と一緒にエレベーターの方へ歩いていった。
何だったんだろう、とその後姿を見つめていると、突然、彼女の姿が目の前から消えた。

彼女が崩れ落ちるように倒れたんだ。
見ていた人から悲鳴が上がった。

あたしも一瞬息を飲んだ。

でも、たった一人、お供の小学生だけは驚きもせず、フロアの端のベンチまでズリズリと彼女を運ぼうとしてた。

その子があたしの方を見て、礼儀正しく
「すみませんが、ちょっと手伝ってもらえませんか」
と頭を下げたもんだから断れなくて。
175 名前:もっと近くに- as close as possible -5 投稿日:2001年12月26日(水)00時01分15秒

でも、必死に女性を二人で運んでるときに聞こえた言葉が
「腹減ったぁ」
だもんね。「また…」と微笑む坊やも可愛かったけど、あたしはこの女性に対して興味が湧いてしまった。

この小学生は、実は『坊や』じゃなくて小柄な中学生の女の子で、茶髪の女性はその姉だった。あたしは成り行き上、このあと、この姉妹に食事をご馳走になってしまって。

176 名前:もっと近くに- as close as possible - 6 投稿日:2001年12月26日(水)00時02分20秒

…とまぁ、これがあたしと裕ちゃん・よっすぃー姉妹の出会いだよ。


さて、と。そろそろよっすぃーとなっちが戻ってくるころかな。
さ、お茶を準備しよ?棚からカップを出して。


ん?大丈夫だよ。なっちが傍で支えてくれるからね。


…ね、それよりさ、梨華ちゃん?
さっきのチーズケーキ。よっすぃーに喜んでもらえるといいね。



 〜 もっと近くに - as close as possible - 終 〜
177 名前:たう 投稿日:2001年12月26日(水)00時05分10秒
恒例ageです。
第4話は年明けですね。

今度はちゃんと主人公を登場させましょう。はい。

それでは読んで下さった皆さん。ありがとうございました。
178 名前:M.ANZAI 投稿日:2001年12月26日(水)05時47分14秒
第3章まで読ませていただきました。
更新ご苦労様です。

爽やかな学園ものになのかと思えば、シリアスな展開にドキドキしてましたが、
なっちが無事で何よりでした。
矢口とも心通わす事が出来たようですし。
また矢口を支える二人の存在にも心強いものがありました。
今度はまた違った形で矢口たちの為に活躍してくれるといいです。

吉澤と石川の方は先輩や先生を巻き込みながら
まだまだこれからのようですので、この先の進展を楽しみにしております。
それとまだ登場してこないもう1人が・・・
と言いつつ、伏線らしきものがあったのでこちらもどんな形で二人に関わってくるのか
楽しみです。
では、第4章を期待してお待ちしております。
よいお年を♪
179 名前:夜叉 投稿日:2001年12月26日(水)17時50分48秒
作者様、ありがとうございます(感涙。
なっちの気持ち、矢口に届いて良かった。
それと、矢口とゆうよし姉妹との出会い(番外編?)。
姐さん倒れたとき、どきっとしましたが、ほのぼのしてて、こちらもまた。

第4章は主人公復活ですね(w。
期待してますんで、頑張ってくださいね。
作者様にとって良い年になりますように。
180 名前:たう 投稿日:2002年01月05日(土)13時59分40秒
読み返してみたらポカ発見。3.5話は春の事を矢口が回想してるのに「芸術の秋」。…鬱だ。「春の息吹を感じませんか」に脳内変換して読んで下さい。タイトルとか本文最初の何文字かが途切れてるのも適当に解釈して下さい。突っ込まれないでよかった。
181 名前:Yes-No 投稿日:2002年01月05日(土)20時23分34秒

知っていた。
好きなひとがいるって気付いてた。
それが、自分じゃないことも分かってた。

でも、それでもいいと思っていた。

182 名前:Yes-No 投稿日:2002年01月05日(土)20時25分21秒

「ねぇ、そう思わない?」
「え?…ぁ、ごめん、ボーっとしてた」
「もう、ちゃんと聞いてよ。最近梨華ちゃんの様子がちょっと変だと思わない?って聞いたの」

『梨華ちゃん』
石川のことをそう呼んでいるこいつは、西高1年、後藤真希。石川の幼馴染。

「そうかな?あたしはこれといって変な様子は見ないけど」
「だってね、梨華ちゃん、最近空ばかり見てるよ?」
「空?そらって、あれ?」

あたしは喫茶店の窓から雲ひとつない晴天を指差した。
そら…って、他に何かありますか?

「うん。あの『空』。sky」
「…目が疲れているとか、人生に疲れているとか石川にも色々あるんだよ、きっと」

『僕にはわかる』とコメディードラマの真似をして言ってみる。
普段なら後藤も一緒になって笑うんだけど、今日はちょっと違った。

「ちょっと、真剣に聞いてよぉ、市井ちゃん」
「分かったよ。まじめに聞くからそんな顔は止せって」
183 名前:Yes-No 投稿日:2002年01月05日(土)20時27分27秒

後藤は石川の話になると、どうも冗談が通じないようで。
話の続きを聞こうとしたとき、ウェイトレスがケーキセットとホットサンドを持ってきた。
後藤はコーヒーを一口飲むと「にが…」と笑って砂糖瓶に手を伸ばした。

市井のネタは苦みばしったコーヒー1杯に劣るのかい、えぇ?と突っ込みたい気持ちは胸の奥にしまって、腹の中で一から十までゆっくり数えながら深呼吸。

「で?何が変だって?」
「毎日毎日空を見上げては、微笑みながらため息をつくの」
「…怪しい。マジ、それは怪しい」
「でっしょ?」
「何か悩んでるんじゃないの?」
「…ニヤケながら?」
「悩んでるんじゃなければ…。そうだな。石川さ、後藤に『ギャグが寒い』って言われ続けてるの気にしてたろ?で、空を眺めながら必死におもしろいの考えて『これはいける』ってのを思いついたときのニヤリ、とか」
「苦しい。…40点」

おい、…いつの間に点数制になった?
あたしだって頑張ってに考えてるんだぞ?もうちょっと、せめて60点くらいはくれよ。

「うーん。…じゃぁ、ズバリ、楽しいことを思い出して、『思い出し笑い』とか」

184 名前:Yes-No 投稿日:2002年01月05日(土)20時28分51秒

「…75点。やっぱその線かな」

よし。市井的には合格ライン。って、そんなんじゃないって。

あー、後藤、うな垂れちゃった。
後藤はあたしに表情を見せないまま、コーヒーカップを両手で包み込み、軽く揺すった。

「思い出し笑いとかだったら心配要らないじゃん。ネガティブ入っちゃって言葉のかけようがない時の石川よりいいじゃんか」
「…あたしとのことじゃなくて、別のこと思い出して笑ってるんだよ」
「それって、本人に確かめたわけじゃないんだろ?」
「きっとそうだもん。そんな気がするんだもん」

ありゃ…。
後藤、ちょっとネガティブモード。

石川と後藤の間には、友達よりも姉妹に近い絆っていうか、そんな繋がりがある。
後藤は一つ年上の幼馴染のお姉ちゃん、石川梨華を本当の姉のように慕ってる。
もちろん石川も後藤を大事な妹のように見てるけど、お互いへの依存度っていうの?は後藤のほうが断然強い。

つまり、後藤の想いは姉として慕うというよりも…。

恋に近い。


「梨華ちゃん…好きな人でもできたのかな」

後藤は琥珀色のさざなみを見つめながら、ポツリと呟いた。
185 名前:たう 投稿日:2002年01月05日(土)20時47分04秒
市井ちゃん視点の第4話、スタートです。

それより、3.5話のポカ…情けない。
突っ込まれるほど読者さんがいなくてよかった。
っていうか、あまりに大っぴらで突っ込みようがなかっただけかも。
以後気をつけるです。ハイ。

>178 M.ANZAI 様 その彼女が登場です。
>179 夜叉 様 主人公コンビの登場は今しばらく。

次回更新は再来週を目標に。では。
186 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月05日(土)21時59分56秒
ちょっと醒めてて悪戯者っぽい…、ちゃむの視点いいですね。
続きが楽しみです
187 名前:夜叉 投稿日:2002年01月06日(日)20時05分52秒
文章の方は気づかなかったんですが、タイトルは(略。
突っ込むと、なんか作品を汚してしまいそうだったんで、あえてしませんでした。
気を悪くしたらごめんなさい。
次回交信、楽しみにしてます。
188 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月17日(木)04時23分34秒
待ってるよ
189 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年01月18日(金)02時43分59秒
なるほど、もう1人の登場人物が姿を現わした訳ですね。
そして3人の微妙な関係が展開されていく予感が。
しかもそのいずれもの関係に市井先輩が絡んでいる。
はたして市井先輩は良き相談相手なのか、傍観者なのか、あるいは・・・
しばらくはこの3人(市井先輩もいれて4人)の間柄がどのようになるのか、
目が離せない展開で、楽しみです。
190 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月19日(土)19時59分08秒
チャム・・・どうなるんだ?
191 名前:value 投稿日:2002年01月25日(金)07時31分56秒
はじめまして。ここまで一気に読ませてもらいました。某所でお勧めされてた通り、素敵な雰囲気ですね。
次の更新を楽しみにしてます。
あ、プレッシャーかけてるわけではないです。作品同様、マターリ待ってます(マター
192 名前:Yes-No 投稿日:2002年01月26日(土)17時03分44秒

後藤のため息はコーヒーに静かに溶けていった。

知っていることを隠さずに伝えるべきだ、とは思う。
きっとその方が後藤をこれ以上悩まさずに済むから。


−−−石川は多分、恋をしているよ。
見るからに不器用そうな奴、吉澤にね。


だけど。

言えない。



「そ、そんなの、あたしに聞かれても分かんないよ」
「そう…だよね」



傷つけたくない。でも、伝えなきゃ意味がない。

今度はあたしが黙ってしまう番。
こないだ明日香が吉澤に言った言葉が頭の中でリフレインする。

『意気地無しはエースの資格なし』



窓の外のすごくいい天気が少しだけ恨めしかった。

193 名前:Yes-No 投稿日:2002年01月26日(土)17時04分33秒

気付くのが遅かったんだ。

…意気地無しで結構。臆病と笑われても構わない。
後藤が幸せになるのなら、あたしが卒業して遠くに離れることで、全てが上手く流れるんなら…。

でも、どうやら考えてたのと話が少し違ってきてるみたいで。


あ、いかん。あたしまで暗くなってどうする。
小さく頭を振ると、深入りしそうになる考えを押しのける。


「あーほら、後藤。コーヒー冷めちゃうぞ」
「…うん」


あたしの言葉にも後藤はまだカップから視線をあげない。


「食べないならそのケーキ、相談料としてあたしがもらっていい?」
「…やーだ。あげないよ」


ははは。こいつめ、やっと笑った。
こんなやり取りでしか後藤を笑わせられないのはちょっと辛い。
でも、ま、これが今のあたしの精一杯の感情表現ってとこだ。

「今度、梨華ちゃんにそれとなく聞いてみる」とささやかな決意表明をした後藤は「応援してね、市井ちゃん」と微笑んだ。


テーブルの下に隠した握りこぶしだけが正直だった。

194 名前:Yes-No 投稿日:2002年01月26日(土)17時05分15秒

ごめん、後藤。

あたし応援できそうにない。

だって結果知ってるし。
いずれ後藤は傷つくわけだし。
知っててわざと石川に尋ねさせてしまうわけだし。


195 名前:Yes-No 投稿日:2002年01月26日(土)17時06分02秒

後藤と別れ家に帰ると、あたしは町の剣道道場に稽古に出た。

道場には俗な感情がない。
ここにあるのは『強くなりたい』という純粋な願いだったり、『剣の道を通して自分を鍛え上げる』という自律の心だったりする。

「お願いします」

道着・袴を着ると、普段のおちゃらけたあたしは何処かへ消える。
背筋が伸びて、自然と表情も目つきも鋭くなる。
ユニフォーム効果って奴だろう。
裸足でいても不思議と寒さは感じない。

「ッテェーァ、メーン」

弾かれても返されても、真っ直ぐに打ちかかる。
真っ向から気合と技とスピードでぶつかる。
体中があざだらけになろうが知ったこっちゃない。

196 名前:Yes-No 投稿日:2002年01月26日(土)17時06分43秒

受験生だから勉強しないとって思わない訳じゃないけど、
人間、体力が有り余ってると、ろくなことは考えない。
だからあたしは毎日倒れる寸前まで、この道場で自分を苛める。

大丈夫。これで今日も後藤のことは考える余力はない。
忘れたつもりでいられる。


甘い感情は自分を弱くする。今のあたしには要らない感情だ。

強くならなきゃ。もっと。一人で生きていけるくらい。
後藤がいなくても笑えるくらいに。


そして今日も、自分が受験生ということをすっかり忘れ、ヨレヨレになるまで稽古をして、心地よい疲れに身を浸した。
197 名前:Yes-No 投稿日:2002年01月26日(土)17時07分25秒

…あたしは後藤のことが好きだ。
でもそれは誰にも内緒。


後藤の気持ちがあたしに向くことはない。
それでも後藤の幸せを祈っていたい。


だから、諦めようと決めてるのも、…もちろん内緒。

198 名前:たう 投稿日:2002年01月26日(土)17時40分30秒
予定より一週間遅れで更新です。どうやら遅筆は持病みたいです。

>186 いたずらっ子が武道をしてるとこんな感じかな
   というイメージで書いてます。

>187 夜叉 様 いえいえ、ご配慮に感謝。です。
   いつもレスをありがとうございます。嬉しいッス。

>188 待たせるだけの内容になってるか、
   かなり疑問ですが今後とも宜しくお願いします。

>189 M.ANZAI 様 いつもレスをありがとうございます。
   このとおり市井は悩んでます。はい。

>190 どうなるんでしょう。まだ内緒です。
   次回更新では西高3人組に少し動きがありそうですが。

>191 value 様 こちらこそはじめまして。
  …紹介?されてるんですか。まじで?シラナカタアルヨ
  またかなり待たせます。長い目で見守ってください。

次回更新はまた再来週を目標に。
199 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年01月27日(日)14時18分22秒
別れよう、諦めようとする気持ちは、実は心の奥底と裏腹な感情、
たとえ一時押え込んだとしても、その押え込む力の分、大きく吹き出してしまう・・・。

西高の3人がどうなるのか、今後に期待です。
200 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月28日(月)05時26分57秒
ちゃむは無理に大人になろうとしてるのね…
201 名前:夜叉 投稿日:2002年01月29日(火)17時44分22秒
何かに没頭していないと余計考えてしまう、人間って弱い者です。
そこを乗り越えた人がまた一つ成長するんでしょうね。
いちーちゃんもそれを乗り越えて欲しいものです。
まったり更新お待ちしてます。
202 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月22日(金)02時18分42秒
続きキボンです
203 名前:Yes-No 投稿日:2002年02月24日(日)16時37分52秒
月も代わって2月。桜ヶ丘駅前郵便局。

3年生は2月は学校が休みだ。
だから平日のこんなまっ昼間に願書を送りに来ることができる。
そういえば郵便局にこんな時間に来たのって初めてかもしれない。
『書留速達』を送るのも初めてだし。

どーかどーか合格しますよーに。
あたしは郵便局の玄関の自動ドアを振り返り、力いっぱい手を合わせた。
ちょうどそのとき。
聞き覚えのある声『その1』と『その2』があたしの背後から聞こえてきた。


「もう、急に降ってくるなんて反則だぁーっ」
「ホント。さっきまでお天気良かったのにね」
「ねぇ、梨華ちゃん?雨が止むまで雨宿りがてらマックでも行かない?」
「…真希ちゃん、春の大会近いんでしょ。今太るとやばいんじゃない?」
「部活が休みになるのはもう今日くらいだよ。ちょっとくらい、ね?いいでしょ?」


…本当だ。いつの間にか外は雨降りになっていた。
念のために傘を持って出てきて正解だった。
204 名前:Yes-No 投稿日:2002年02月24日(日)16時38分44秒
と,手をあわせた姿勢のまましばらく考える。

あの相談から2週間、か。
声だけを聞くと2人とも元気そうだし。
これなら後藤に今までどおりに接しても平気…かな。
っていうか、あたし自身が普段通り話せるのか、そっちのが不安だけど。

腹の中で三つ数えて大きく深呼吸。

振り返ってみると予想通り、制服コート姿の石川と後藤が、身体を濡らした雨の雫をタオルで拭っていた。
ぎこちなくならないように、何も知らないフリをして言葉をかける。

「お?おー、後藤と石川じゃん?偶然だなぁ」
「ほぇ?市井ちゃん?」
「あ、市井先輩!お久しぶりです」

我ながら白々しい。
やだなぁ、こーゆーの。なんだか嘘ついてるみたい。
…あー、いかんいかん。
せっかく会えたんだ。気にせず話そう。うん。

あたしは2人の笑顔に安心しながら言葉をつないだ。

205 名前:Yes-No 投稿日:2002年02月24日(日)16時39分36秒

「2人ともこんな早い時間に下校?どしたの?」
「インフルエンザで欠席が多いから、学校が午前中で終わりになったんだ。へへっ、らぁっきー」
「ふふふ、それでですね、部活も全面中止になったので早々に帰ってたんです」
「へぇ、そうだったんだ。で、2人とも傘は?」

とあたしは自分の傘を見せてみる。
話によっちゃこれを貸してやってもいいんだけど。

「あたし持ってないけど、梨華ちゃんが持ってるって」
「折りたたみですけどね」
「そっか、近所だから2人一緒に帰れば大丈夫だな」

ちょっと安心。
石川はピンクの折りたたみ傘を取り出すと「じゃーん。おニューですよ」と笑った。

「…またピンクか?」
「いい色じゃないですか。大好きなんですよ、ピンクとか桃色」
「ピンクも桃色も一緒だろ?それになぁ、たまには違う色考えても罰は当たらんと思うぞ。市井的には」
「同感。あたし的にもそう思う。ワンパターンだよね」
「うっ…そ、そうかなぁ」
206 名前:Yes-No 投稿日:2002年02月24日(日)16時40分22秒

石川の八の字眉をからかって3人で笑い合ってるうちにどうやら本降りになってきた。

あるとは言っても、こんなに小さい折りたたみ傘では濡れるのは確実。
あたし達は雨脚が弱まるまで、もうしばらくここで雨宿りすることにした。


他愛もない話の途中、ふと石川が通りを挟んだ向かい側を見つめ、小さく呟いた。


「あ、吉澤さん」


「…吉澤?」
「よしざわ?」


石川の視線の先では、吉澤があたし達と同じように車道を挟んだ反対側、駅の軒下で雨宿りをしていた。
おいおい、よりによって北高も午後休校かい?

無意識に後藤の表情を見てしまうあたし。
何がなんだか話がわかりませんが、と言う表情をたたえたまま、石川と通りの向こうを交互に見ている後藤。

この様子じゃ、あの後石川に聞けた風じゃない。
今日、言わなきゃいけないんだろうな。

…知ってて黙ってたことも…謝らなきゃ。
207 名前:Yes-No 投稿日:2002年02月24日(日)16時41分02秒

石川は不意に表情を緩め、ポケットから携帯を取り出すとメールを打ち出した。
楽しげな石川とは対照的に、不安げな後藤。

「ねー、梨華ちゃん、どしたの?急に」
「ん?ちょっとね。…送信、っと」

石川のメールの送信先は予想通り吉澤だった。
道の向こうで懐から携帯を取り出しメールをチェックする吉澤。
手元から顔を上げ、驚いたように左右を見渡し始める。

「ごめんね、真希ちゃん。先に帰ってて」
「え?梨華ちゃん?」
「すみません、市井先輩。真希ちゃんをお願いします」
「は?お、おい、石川」

『お願いします』って、あたしは後藤とはまるっきり違う方向だろーが。
反論する隙を与えず、石川は自分の傘をさして車道に飛び出した。
鳴り響くいくつものクラクション。
停めてしまった車に何度も頭を下げながら、車通りの多い駅前4車線を強引に横切っていく。

あたしと後藤は普段は絶対に見ることのできない、石川の無鉄砲に驚いていた。

208 名前:Yes-No 投稿日:2002年02月24日(日)16時43分36秒

雨音とクラクションが寝不足の頭に響く。

中央の植え込みまで渡った時、石川は駅に向けて大きく傘を振った。
どうやら吉澤を大声で呼んだらしい。
吉澤もそれに気付いて手を振り返すと、どしゃ降りの中、軒下を飛び出してきた。
石川が車道の残り半分を渡るのを、吉澤はびしょ濡れのままで落ちつかなげに見つめていた。
209 名前:Yes-No 投稿日:2002年02月24日(日)16時44分28秒

信号が赤になったタイミングを見計らってようやく道を渡りきり、石川は吉澤をその傘の中に入れた。
危ないじゃないですか,とでも言われてるんだろう。
石川はちょっと肩をすくめ、吉澤のことを上目遣いで見つめている。

ごめん、と謝るように頭を下げた石川はその傘を吉澤に預け、鞄から何か取り出すのか下を向いた。
傘を受け取りはしたが、石川を濡らさないように自分とは反対側に傘を傾けた吉澤は、飽きもせずにまた雨に身体を濡らしている。
お互い少し離れているからそうなるんだ。
もうちょっと近寄ればいいのに、バカだなぁ。

鞄からタオルを取り出し、顔を上げた石川は吉澤の濡れそぼった姿を見て苦笑を浮かべた。
一歩近寄り、互いの距離を詰めると、吉澤の手をそっと押して傾いていた傘を真っ直ぐにさせた。
吉澤は顔を真っ赤にして石川のしぐさを見つめている。
石川はそんな吉澤ににこりと微笑むと、優しく吉澤の髪を拭う。

どしゃ降りの中、2人の傘の下だけが空気が止まっているようだった。
210 名前:Yes-No 投稿日:2002年02月24日(日)16時45分21秒

そしてそれを呆然と見つめている、道のこちら側の後藤。

敏感な後藤のことだ。これで気付いただろう。
もう話してもいい頃だろうか。


一層強くなった雨脚が、今は沈黙を埋める心地よい雑音となって聞こえてくる。


「後藤?」

返事は無い。

「あの後、石川に聞いてみた?」

…無反応。頷きもしないし、首を振ることもしない。
後藤は駅のほうに歩くピンクの雨傘を見つめたまま、口をへの字にきつく結んでいる。
答えたくないなら、このまま聞こえない振りをすればいい。

でも、しっかり聞いて。
はっきり一度だけ言うから。


「あれが石川の好きな人だよ」

211 名前:たう 投稿日:2002年02月24日(日)17時39分54秒
…ネット上で迷子になってました。
帰巣本能フルに使ってここにたどり着いたとき、マジで感動しました。

えーん、怖かったよー。無くなったかと思ったよー。
管理人さん、大変だったんですね。
「ご苦労様」と「ありがとう」と「これからも宜しく」です。

>M.ANZAI さま
 市井は熱いヤツです。想いの丈の分悩むんでしょうね。

>200 さま
 意識はしてないでしょう。後藤を想う一心です。

>夜叉 さま
 決心が揺らいでいるのかもしれません。まだ市井は最善の道を探してますから。

>202 さま おまちどおさまでした。 やっと200突破です。

次回更新は3月に入ってからです。
例の如く気長にお待ちを。では。
212 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年02月24日(日)20時55分18秒
更新、お疲れ様です。

あ〜あ、ごっちんは言葉でよりも先に見せ付けられてしまったのですね、現実を。
そんなごっちんを市井ちゃんはどのように支えてくれるのでしょうか?
市井ちゃんの行動が気がかりです。

では、“3月号”を楽しみにしてお待ちしてます〜♪
213 名前:夜叉 投稿日:2002年02月25日(月)15時02分20秒
お帰りなさい、作者様。
自分もびっくりしたんですよ、見れない!!!(泣)、って(笑)。

いちーちゃんの再出発を願っております。楽しみにしてます。
214 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月09日(土)06時32分55秒
気長に待ってます
215 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月27日(水)08時40分45秒
まだかな…
216 名前:たう 投稿日:2002年04月01日(月)21時26分00秒
前略
更新できないまま3月が終わっちまいました。
一ヶ月ほどお待ちの方々。
すみません。更に一ヶ月ほど待たせます。
GWまで更新は難しそうです。

でも放棄はしないッス。
これはスレを立てたときの約束。

管理人さんには申し訳ありませんが、
今しばらく充電期間をいただいて
初夏の頃に戻ってきたいと思ってます。
それでは。たうでした。    早々
217 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月02日(火)10時21分43秒
がんがれ。待ってるから
218 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月18日(木)22時56分53秒
マータリ待ってますよ
219 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月27日(土)18時56分39秒
もうすぐ復活かな?
期待♪
220 名前:Yes-No 投稿日:2002年04月29日(月)19時05分45秒

聞こえたのだろう。
後藤の肩が小さく震えるのが見えた。

どんな嫌な役回りだって引き受ける覚悟はある。
でも、『憎まれ役』と『嘘つき』は本質的には別モノなわけで。

「ごめん、後藤。あたし、こないだ相談を受けたとき…知ってたんだ」


言い訳だらけのあたしの心を射抜くように、後藤は静かに振り返った。
そして口を結んだまま、キッとあたしの顔を睨む。
でも、睨んだままの瞳が、堪えきれないように潤んでいく。


「市井ちゃんの…意地悪」


そう言ったかと思うと、後藤は身体が濡れるのも構わず歩道に飛び出そうとする。

「お、おい、どこに行く気だよ、後藤っ」

とっさに腕を掴んだけど乱暴に振りほどかれる。
後藤の涙は、とっくにその頬にこぼれていた。

221 名前:Yes-No 投稿日:2002年04月29日(月)19時06分38秒

「おいっ、待てってば」
「離して」
「バカ、傘も持たないで…」
「離してよっ。もう、梨華ちゃんも市井ちゃんも嫌い」

水溜りを撥ね上げ、傘の人並みをかき分けて走って行く背中。

細く降りそそぐ春の雨。
歩道にできた幾つもの水溜り。
冬の終わりを喜んでいるかのような街路樹。


そうですか、嫌いですか。

…こたえるなぁ。


郵便局の軒下、後藤の走り去る姿を見ながら、あたしは一歩も動けずにいた。


後藤を結果的に傷つけたあたしに、今の彼女を追う資格がある?
中途半端な時間しか残されていないあたしが、今の後藤になにかしてやれる?

後藤のために…何ができる?


臆病者のあたしは、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

222 名前:Yes-No 投稿日:2002年04月29日(月)19時07分32秒

…5分、いや、10分くらいか。
ぼんやりと後藤の走り去った方を見たまま、あたしはまだつっ立ってた。

気がつくとまだ雨は降っていたけど、雲間に日がさし始めていた。
屋根から規則正しく落ちてくる水滴も、心なしかゆっくりになった気がする。


なんと言って元気づければいいかなんてわかんない。
でも、このまま後藤を放っておくことはあたしにはできない。
とにかく、今は後藤の傍にいてやりたい。
もう後藤を泣かせちゃいけないんだ。

あぁ、そうだ。後藤に元気をあげよう。
今まで後藤から貰ったたくさんの元気。
その何分の一かしか恩返しできないかもしれないけど。
あたしにできるのは、きっとそんな小さなこと。


それでもいいじゃないか。
『嫌い』発言もありがたく頂戴したんだ。もう怖いものは無い。


明るくなった空を見上げ「よしっ」と気合を入れると、あたしは弾みをつけて走り出した。

223 名前:Yes-No 投稿日:2002年04月29日(月)19時08分14秒
―高総体の県予選、団体の部、大将戦。
あと一勝で勝負が決まるというとき、相手の隙を見出せず焦ったあたしは、ろくに攻めもせず不用意に打って出た。
それを見逃す相手ではなかった。
見事、コテを押さえられ、敗退。
チームの負けが決まり、あたし達は3年間の部活動を終えた。

自分の未熟さに嫌気が差し、その後の半月ほど沈み込んで過ごしていたあたしを
「もうあれで市井ちゃんの剣道は終わりなの?」
と笑った後藤。

「違うんでしょ?」

部活に向かう途中の後藤とたまたま顔を合わせただけだった。
何の前フリもない、唐突な言葉。
あたしの目を見つめ、穏やかに返事を待つ笑顔。
それがあたしに元気をくれた。次の目標まで見えてきた。

「あったりまえよ。大学でも続けるし、いつの日か全日本選手権だって出てやるさ」

たのもしーい、と笑って後藤はバレーの練習に走って行った。
背中を見送るあたしを体育館の入り口から振り返って、後藤は大きく手を振った。

「元気出してねー!いちいちゃーん」

元気付けてくれたんだ、と分かった時は遅かった。
―あの笑顔にあたしの心は射ぬかれていた。

224 名前:Yes-No 投稿日:2002年04月29日(月)19時09分07秒

あの日、後藤の笑顔を守るためならあたしの全力を尽くすと誓ったんだ。
絶対、ぜーったい笑わせてやる。

とは言っても…。

「ったく。ゼェゼェ、何処にいるってんだー!ごとー!!」

心当たりの店や公園、学校や病院。
あたしは傘をさすのも忘れて片っ端から駆けずり回った。
日頃剣道で鍛えてるつもりでも、さすがに40分以上走り続けるとバテてくる。
その場の思いつきと勘に頼って無計画に走り回るあたしの目の前に、川が見えた。


『二級河川 桜川』


その名の通り、桜の季節になれば川の流れに花びらが浮かぶ川だ。
対岸に渡ろうと橋を探したとき、その橋の手すりにもたれて川を見つめる女の子を見つけた。


後藤だった。


雨はもうすっかり上がっていた。

225 名前:たう 投稿日:2002年04月29日(月)20時09分26秒
あぁ、久しぶりだ。ここにくると落ち着きます。

>M.ANZAI様 >夜叉様
…既に市井は作者の思惑を離れ、一人歩きしてます。
最終的にこやつは自分の気持ちをどうするつもりなのか。
私にも分かりません(笑)が温かく見守ってやってください。

>214様 >215様 >217様 >218様 >219様
…あぁ、待っててくれる人がいるって幸せですね。
温かいお言葉、有り難うございます。がんばるッス。

次回更新で4話は終了です。あと2話で完結の予定です。
はやいとこ主役コンビを出してあげたいんですが、
脇役が自己主張を始めまして…作者としては嬉しい悲鳴です。

それでは、次回更新は…5月上旬を目標に。
あまり期待せずに待っていただけるとありがたいです。ハイ。
226 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年04月30日(火)01時59分06秒
走り出した市井ちゃんの追いつこうとしているのは
雨に濡れたごっちんの後姿だけではなく
もっとその先までだったりするのかも。

“5月号”心待ちにしておりますね♪
227 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月30日(火)22時07分05秒
待ってましたよ〜。
作者さんのペースで頑張って下さい。
マターリお待ちしてます。
228 名前:夜叉 投稿日:2002年05月01日(水)00時02分33秒
いちーちゃんも無事スタート地点にたどり着いたんですね。
ごとーさんに笑顔が咲くように祈ってます。
229 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年05月29日(水)00時32分39秒
初レスです。
最初から読んでますが、ここのちゃむはかなり好きです。
どうかごとーに思いが届きますように。
いつまでも待ちます。。。
230 名前:Yes-No 投稿日:2002年06月08日(土)17時28分01秒

いつもより少し小さく見える背中。濡れた頬。
びっしょり濡れた髪、雨に濡れてすっかり色の変わったコート。

「…後藤?」


別人?…まさか。
ちょっと不安になりながらも横顔に声をかけてみる。
後藤は川面を眺め、今もまだ泣きじゃくっていた。

車も人もめったに通らない小さな橋。
静かな中、後藤がしゃっくりで喉を鳴らす音だけが聞こえる。

「だー、もう泣くなっ、後藤」
「泣いてないもん。ひっく…これ、雨だもん」
「ばか。ならどうしてそんな声なんだよ?」

…返事なし。
あー、もう。どうすりゃいいんだよ。
こんなときに慰めの言葉のひとつも言えやしない。

「ほら、もう泣くなって」
「…てくれないの?」
「へ?」
「んぐ…どうして泣かせて、くれないの?」

後藤は川面を見つめたまま、切れ切れに言葉をしぼり出した。
231 名前:Yes-No 投稿日:2002年06月08日(土)17時28分52秒

突然の問いかけは、きっと彼女の必死の訴え。


「ど、どうしてって…」


でも気の利いた返事なんて、あたしみたいな不器用人間に思いつくはずもない。

「だって、泣いても何も変わらないじゃないか」

…淡白すぎて、我ながら呆れる。


でも、あたしの返事を聞いた後藤は、ようやく顔を上げた。
泣き顔のまま笑いを堪えた、そんな表情で。

「ひっく…やっぱり市井、ちゃんは意地悪、だね」
「そんなつもりは…」
「んくっ…ふ、普通、可愛い女の子が、泣いてるのを見たら、『気の済むまで泣きなよ』って抱きしめるもの、なんだよ」
「…は?何処に可愛い女の子がいるって?」
「ここ」


「ばーか」


呆れた顔を装いながら、内心いつもの後藤節に安心する。
相変わらずその目は涙で濡れていたけど、頬には笑顔が覗いていた。

そんな後藤がすごく可愛くて。
細い肩がどうしようもなく頼りなく見えて。

「後藤…お前、少女マンガの見過ぎ」

あたしはたまらなくなって後藤の身体を抱き寄せた。
232 名前:Yes-No 投稿日:2002年06月08日(土)17時29分59秒

「いっ、市井ちゃん?」

驚いた様子で身を硬くする後藤。
数秒たって恥ずかしくなったのか、後藤はあたしから身体を離そうと肩を押してきた。
でも構わずあたしは話し掛けた。

「あの石川が選んだんだ。いい奴に決まってる。後藤も分かってるんだろ?」

腕の中の後藤の動きが止まった。

おさまっていたはずの嗚咽が静かに伝わってくる。
あたしの右肩を温かい雫が濡らす。

「…でも、もしその吉澤が石川のコト泣かせるようなことがあったら、速攻で行ってひっぱたいてやれ。な?」
「ぐすっ……ん」
「今だけ許す。存分に泣いたら…石川の幸せを祈ってやれ」

後藤は堰を切ったように声をあげて泣き出した。
その手であたしのシャツの背中をしっかり握り締め、その声と涙に感情を全て込めて吐き出してしまうように。

233 名前:Yes-No 投稿日:2002年06月08日(土)17時30分48秒

かなり時間が経って後藤は落ち着いた。

あたしたちは夕日を背にして歩いていた。
何も話さずに。
何故か手を繋いで。

手から伝わるぬくもりが心地よかった。


後藤の家に無事送り届けた別れ際、何時間かぶりに後藤の微笑みを見た。

「じゃ…」
「うん」
「ありがと。市井ちゃん」
「たいしたことしてないって」

その笑顔はふんわりと心に染み入る気がした。
今の心の温度を忘れずにいれば、一人でも強くいられる気がした。

だから、やっと言えた。


「…後藤が笑ってないと、『先輩』としては安心して卒業できないから、ね」

234 名前:Yes-No 投稿日:2002年06月08日(土)17時31分39秒

きょとんとした後藤と目が合って…辛くなって走って逃げた。
これ以上後藤の目を見たら、声を聞いたら決心が鈍ってしまう。
そう思ったあたしは息もつかずに曲がり角まで一気に走った。
後を振り返ると、後藤が玄関先でまだこっちを見てたから、ちぎれるくらいの勢いで手を振って、でっかい声で叫んでやった。

「後藤ぉー、元気出せよー!じゃーなーっ」

それだけ言った後、何かを振り切るように走って帰った。


これで最後。もう、会わない。
『いい先輩』のまま、あたしは高校からも、後藤からも卒業する。

そして後藤も今の自分を卒業して、新しい自分に出会うんだ。

―2月の雨は、冬の終わりと新しい春の訪れを教えてくれる。
草木にも。
きっと後藤にも。

235 名前:Yes-No 投稿日:2002年06月08日(土)17時32分21秒


そして3月。


過去は多分『固体』。
一度通り過ぎてしまった時間は、固まった物質のようだ。
事実は事実として変えることはできない。

現在はきっと『液体』。
まさに「行く川の流れは絶えずして…」って奴。
今も流れるこの時間をせき止めることはできない。

そして、未来はおそらく『気体』。
これからやって来る時間は流れる空気のようにどう変化するか分からない。
見えない、掴めない。
予想もできない。

だから、卒業式の朝、こうして机の上に後藤からの手紙が載ってるなんて、ぜーんぜん予想もしてなかった。

236 名前:Yes-No 投稿日:2002年06月08日(土)17時32分59秒

『前略 市井先輩 卒業おめでとう (^^)v

 あの後、梨華ちゃんに吉澤さんを紹介されました。
 近くで見て思ったんだけど、吉澤さんって北高のバレー部の《吉澤ひとみ》だったんだね?市井先輩もこないだの練習試合応援に来てたから、そのとき見たんでしょ、あいつのこと?試合には出てこなかったけどさ。
 話してみると結構いいヤツでした。ま、あいつなら梨華ちゃんの友達にしてやっても大丈夫かな。悔しいけどあの2人、なんか似合ってんだもん。紹介しながら梨華ちゃんたら幸せそうに笑うんだよねぇ。あーもう、よそでやってってカンジでした。

 心配いらないよ。あたし、梨華ちゃんと吉澤さんと3人で仲良くやっていける。絶対。吉澤さんとは春の大会でまた会おうねって約束したし。だから安心して卒業していいよ。後のことは後藤に任せなさい。って何を任せるんだー(笑)

それだけ伝えたかったの。
では。先輩の今後のご健康とご活躍を祈って。

  1年5組 後藤真希でした。   』

237 名前:Yes-No 投稿日:2002年06月08日(土)17時33分39秒

教室の窓からぼんやりと外を眺める。
桜の並木の坂を登校してくる西高生たち。
桜のピンクと空のスカイブルーが春の風景を色づけている。

なんだかなぁ。
『市井ちゃん』から『市井先輩』に降格…じゃない、昇格してるし。
自分からそうなるように進めてたくせに、いざあっさりそう言われるとかなり寂しかったりしてる自分がちょっとイヤ。

…まだまだ弱いな。市井。
あたしも後藤から早く卒業しなきゃ。
この制服とも今日でお別れなんだから。


不意に携帯を入れておいたポケットがゆれた。
メールだ。

差出人は…『後藤』。

238 名前:Yes-No 投稿日:2002年06月08日(土)17時34分25秒

『 今度2人で映画を見に行こうよ。
  それと、水族館と遊園地とお花見
  にも。もっともっとたくさんいろ
  んなとこに一緒に行こう。「先輩」
  は卒業しても、「市井ちゃん」に
  はずっとずっと一緒にいてほしい
  んだ。これからは後輩としてじゃ
  なく、一人の女の子としてあたし
  を見てもらえませんか?
  好きです。市井ちゃんと離れたく
  ありません。市井ちゃんは後藤の
  こと、どう思ってますか?     』


「手紙は『市井先輩』へ、メールは『市井ちゃん』へ…か。お前といると自分が馬鹿みたいに思えてくるよ…」


人を好きになると、自分の心でさえコントロールが難しくなる。
好きになった相手を思いやるより、自分の好きだという気持ちを優先させてしまったりもする。傷つけたくないし、自分も嫌われたくない。

だからあたしは臆病になった。
でも、こんなにストレートに感情をぶつけて来られたら、やっぱりあたしは後藤に元気や勇気をもらってたんだな、と実感するわけで。

返事を打ちながら、思わず笑みがこぼれる。

239 名前:Yes-No 投稿日:2002年06月08日(土)17時35分04秒

『 明日朝9時、桜ヶ丘駅前の喫茶店
  に集合。あたしもずっと後藤のこ
  とが好きだったんだけどなぁ。
  知らなかった?          』

最初から素直にこうすればよかったのかな。
…なんて今さら考えてみたり。

時は音をたてずに、あたし達を包んで流れて行く。
明日のことなんて何もわからないけど、ただ流されるじゃなく、自分で道を切り拓いて行けばいいんだ、なんてほんのちょっと哲学してみる。

窓の外には澄み切った青空。
チャイムの音と柔らかな風があたしのメールを運んでいった。


Yes-No 終わり


240 名前:たう 投稿日:2002年06月08日(土)17時57分30秒
4話終了ッス。恒例age。ですが不完全燃焼気味。
4話の市井は3話の矢口より動いてくれたんですが、最後の方は私の文才を無視して好き勝手に行動してくれましたので、ちょっと私の中では消化不良気味です。

…ま、いっか。

>M.ANZAI様
ようやく後藤の心にも追いついたようです。よかったよかった。

>227様
待ってました、と言って下さる方が…。感涙。精進します。

>夜叉様
後藤の笑顔のもとはこれから市井になっていくんでしょう。

>ごまべーぐる様
圏外じゃなければ…いやいや。大丈夫です。
次の日には花見に行ってるはずです。

第5話は、ラジオネタでいきます。視点は…さて?
6月中に更新が出来れば…毎度の如く、気長ーに待っていただけると幸いです。
それでは。たうでした。
241 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年06月08日(土)21時29分44秒
ども、ついに追いつきましたね。

次の話も気長にお待ち申しておりますので。
242 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月08日(土)21時57分39秒
市井ちゃん、カッコいいなぁ。
待ってて良かったです。ありがとう。
第5話、ゆっくりお待ちしてます。
243 名前:ごまべーぐる 投稿日:2002年06月10日(月)19時27分19秒
いちーちゃん、惚れ直しました。
(いしよし好きなのにここの市井はめちゃツボです)
マターリ、お待ちしてます。
244 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月08日(月)01時41分42秒
待ってます
245 名前:たう 投稿日:2002年07月21日(日)21時20分01秒
ようやく仕事が一段落したと思って久し振りにパソ君を開いたら…ディスプレイのコードが切れてました。修理に出しますんで今しばらくおまち下さい。以上、携帯からお知らせでした。
246 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月29日(月)23時42分08秒
あらら、大変ですね。
マターリお待ちしてますんで。
仕事も頑張って下さいね。
247 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月26日(月)03時07分56秒
保全しておきます
248 名前:言葉にできない 1 投稿日:2002年09月01日(日)13時06分50秒

ここ数日の雨でずいぶん暖かくなった。
2月ももうじき終わる。来週にはなっちも退院だし。
あー、なんだか、長い冬が終わっていく感じ。うん。

外に干したブラウスの袖がパタパタと踊ってる。
突き抜ける青い空と暖かい日差しが心地いい。
空の青さを眺め縁側に寝そべっていると、よっすぃー達の元気な声が聞こえた。

「こんにちはぁ、矢口さーん」
「こんにちはー」

急ぎ足で出迎えた戸の向こうには、よっすぃーと梨華ちゃんが仲良く立っていた。

「2人ともいらっしゃい。遅かったね?」
「すみません、あのっ…」
「ね、矢口さん?ケーキの材料ってこんなもんで足りますか?」
「へ?」

249 名前:言葉にできない 2 投稿日:2002年09月01日(日)13時09分45秒

近所のスーパーの袋を下げてると思ったら、そうか、よっすぃーめ、ケーキが目当てか。
いいよぉ。2人のためならあたしゃ張り切って作っちゃうよ。
どれどれ、と袋の中を覗き込んでみると、卵と無塩バターと牛乳と…あれ?

「肝心の粉がないよ?」

…おいおい、薄力粉が無いとケーキは焼けないだろ?
よっすぃーに粉の必要性について語ろうと口を開きかけたとき、梨華ちゃんが上ずった声で話し始めた。

「あ、あのですねっ、私が『矢口さんにケーキの作り方を教わりたい』って言ったら、吉澤さんが突然でしたけど…これ、もって来てくれたんですけど…いいですか?」
「なるほどね。そういうことなら構わないよ」
「本当ですか?よかったぁ」

梨華ちゃんはほっとしたように、「ありがとうございます」と微笑んだ。
250 名前:言葉にできない 3 投稿日:2002年09月01日(日)13時11分04秒

「でも、粉がないとケーキは焼けないのよね…。よっすぃー、今から速攻で薄力粉を買ってきてよ。あ、それとココアも切れてるからついでに」
「薄力粉とココアですね。はいっ、全速力で行ってきます!」
「吉澤さん、一人で大丈夫?」
「任せてくださいよ。それより、美味しいのを頼みますね」
「うん、わかった。期待してて」

…前よりも仲良くなれたのかな、この2人。
微笑ましいねぇ、うんうん。

251 名前:言葉にできない 4 投稿日:2002年09月01日(日)13時12分05秒

梨華ちゃんはちょっと緊張気味ながらも、あたしの貸したエプロンのひもをきゅっと結んでスタンバイOK。
お菓子作りは梨華ちゃんも好きみたいで、簡単なアップルパイやクッキーなんかをよく作るって言ってたけど、こうして本格的にスポンジケーキから焼くのは初めてなんだそうだ。
でも、こないだ作った『矢口流お手軽チーズケーキ』も上手だったし、ま、大ポカでもしない限り初めてでも大丈夫だと思うけどね。

「でも、上手くいくかなぁ、ドキドキします」
「大丈夫だよぉ。料理とかお菓子づくりは根気と気合いと…」
「根気と気合いと…?」
「…愛情だから」

タイミング良く「ただいまー」とよっすぃーが玄関を開ける音が聞こえた。
梨華ちゃんの顔が一気に真っ赤になる。あはは、かぁいーねー。

「バレンタインデーは過ぎちゃったけど、チョコレートケーキにしよっか?」

俯いたまま梨華ちゃんは小さく頷いた。

252 名前:言葉にできない 5 投稿日:2002年09月01日(日)13時13分25秒

ケーキは焼くまでに結構手間がかかる。
材料を泡立てたり混ぜ合わせたりしながら、あたしと梨華ちゃんはいろんな話をした。学校のことや将来の夢のこと、よっすぃーの中学生の時のこと、なっちが怪我をして入院したこと、圭織と圭ちゃんのこと…。
そこで分かったんだけど、どうやら圭ちゃんは梨華ちゃんの家庭教師をしてるらしく、圭織は梨華ちゃん達、西高女子テニス部のコーチに来てるOG。ついでに梨華ちゃんちは、あたしのバイト先の塾の近所だって。

はぁ〜、桜ヶ丘町は狭いやねぇ。

そうこうしながら、あたし達は順調にチョコスポンジを焼き上げた。
梨華ちゃんは初めて焼いたそのスポンジケーキが予想以上の出来だったらしくて、すごく喜んでた。
で、それを彼女は隣の部屋のよっすぃーの所に持っていったんだ。
「ねぇ、吉澤さん、見て見て」って、ね。

で、よっすぃーはというと、かまぼこ板をナイフで削って何か作ってる最中だったんだけど。
話し掛けてきた梨華ちゃんを見ると、手を止めてすごく優しい目になってさぁ。
微笑ましいねぇ。うんうん。
253 名前:言葉にできない 6 投稿日:2002年09月01日(日)13時15分07秒

…しかし。
普通さぁ、笑顔で「こんなに上手くできたよ」なんて言われたらよ?
「本当だ」とか「美味しそー」とか言うと思うじゃない?
違ったのよ、よっすぃーは。

「キレイでもったいなくって食べられないなぁ」って言ったのよ、あやつ。

食べられないだぁ?!
あたしゃマジで怒ったね。
何でこんな変なとこが似てるんだよ、この姉妹は。
ま、以前裕ちゃんがあたしに同じ事を言ったとき、裕ちゃんがどんな仕打ちを受けたかよっすぃーは知るはずもないけど。

それはともかく。

あたしはキッチンから真っ直ぐ居間のテーブルまで歩み寄ると、よっすぃーの頭を思いっきりグーで殴った。
粉が奴の髪の毛に付こうが知ったこっちゃないやい。
254 名前:言葉にできない 7 投稿日:2002年09月01日(日)13時16分02秒

げしっ。

「あんたバカぁ?」
「ってー!いきなり何なんですか!矢口さん」

かってぃーん。
殴られた時点でわかれよ、このお馬鹿っ。

「梨華ちゃんが美味しそうなスポンジを、一生懸命がんばって焼き上げたって言うのに!あんたの第一声はそれ?あーもー、最っ低ー。もうよっすぃーにはぜーったい食べさせてやらない。ねー、梨華ちゃん?」

あたしは一気に言い放った。
んもう、梨華ちゃんも何か言ってやればいいのに。

「ちょ、ちょっと、何怒ってんですか?あたし、何か変なこと言いました?」
「あーんーたーねー!!こっちは食べてほしくて頑張ってんのに『食べられない』って言われる方の身にもなってみなさいっての。この…っ」

鈍感!

言いかけたあたしを、梨華ちゃんの言葉が遮った。


「じゃぁ、私が食べさせたげるね」
「「へ?」」

255 名前:言葉にできない 8 投稿日:2002年09月01日(日)13時16分52秒

梨華ちゃん?今…何と?
あたしとよっすぃーは驚いて梨華ちゃんの顔を見つめた。

「吉澤さんが自分で食べられないなら、私が『あーんして』って食べさせてあげるね?」

…梨華ちゃんはそれだけ言うと、スポンジをキッチンへと持って戻った。
ケーキ作りのために一つに結んでた髪から、真っ赤になった耳や頬が覗いてる。
照れてる…のかな?
恥ずかしがるくらいなら言わなきゃいいのに、とも思うけど。
どうしてもこの鈍感よっすぃーに食べてほしかったんだね、梨華ちゃん。
微笑ましいねぇ。うんうん。

目の前のこの鈍感野郎…もトマトみたいに真っ赤になってた。
はっと気づいたようによっすぃーはブンブンと首を横に振ると、梨華ちゃんに聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で

「じ、自分で食べる」

とだけ答えた。

あんたねぇ、そんなことより謝んなさいよ。もう、鈍感!鈍感!!
ってまぁ、いいか。
まだ頬を染めたままで梨華ちゃんの後姿を見つめるよっすぃー。
あたしは梨華ちゃんの顔に免じて、こいつの無礼を許してやることにした。

ゲンコツもう一発だけで。
げしっ。

「ってぇー」

256 名前:言葉にできない 9 投稿日:2002年09月01日(日)13時18分17秒

チョコホイップをはさんで層になったケーキは、さらにココアパウダーできれいにデコレーションされ、見事な出来栄えとなった。

おぉ、梨華ちゃん。初めてでこれだけできたら、矢口の立場が無いよ。
本当に上手く仕上がってるねぇ…。

あとは、…味だ。

梨華ちゃんがケーキに慎重に包丁を入れる。
それをあたし達はテーブルに着席したまま、真剣に見つめる。
よっすぃーは『切っちゃうの?切っちゃうの?』といった表情ではあったけど、さすがにもう口に出すことはしなかった。学習したね、よっすぃー。
257 名前:言葉にできない 10 投稿日:2002年09月01日(日)13時19分05秒

さて。
小皿に切り分けられたケーキ。

最初に口に入れたのは、よっすぃー。
入れたんじゃなくて、入れられたんだけどね。
隣の席の梨華ちゃんに。

「さっき『自分で食べる』って…」
「…何も聞こえなかったもん」

間違いなく聞こえなかったフリ。これは梨華ちゃん流の仕返しだね。
へへへ。やるね、梨華ちゃん。

ま、抗うじゃなく素直に口を開けてたから、あいつも嬉しかったんだろ。
顔を真っ赤にしてモグモグしながら、自分のまっさらなフォークと、手をつけてない小皿を握り締めてた。
258 名前:言葉にできない 11 投稿日:2002年09月01日(日)13時20分08秒

有言実行の梨華ちゃんは、自分の行動に自分で照れながらも、しっかりとそんなよっすぃーを見つめてた。

「どう?吉澤さん…」

さて、よっすぃーの反応は…?
下手なこと言ったら、あたしの鉄拳(今日3発目)が飛ぶよ?わかってるね。

「…チョコの味がします」
「当たり前だ(怒)」
「よかったぁ(喜)」

トンチンカンなよっすぃー、怒るあたし、そして何故か喜ぶ梨華ちゃん。
三人の台詞が奏でる見事な不協和音。

なんとなく顔を見詰め合って、あたし達は頬が痛くなるまで笑った。


人と人の出会いは不思議な化学反応みたいだね。
何がって言われたら言葉にするのは難しいけどさ。

だって一人でいてもこんなに幸せな気分にはなれないでしょ?
259 名前:言葉にできない 12 投稿日:2002年09月01日(日)13時22分06秒
夕方、なっちの所に圭織と圭ちゃんと3人でお見舞いに行った。

「…で、これがそのお裾分け」
「うわぁ。美味しそうだぁ。梨華ちゃんってお菓子づくりうまいんだね」
「教えた人が上手いのよーん」
「ねぇ、圭織達も貰っていいの?」
「そのつもりで持ってきたんだ、是非食べてよ。ほら、圭ちゃんも」
「ありがと。へぇ、あの石川が作ったのかぁ」

ケーキを口に運び、美味しいね、と4人で笑いあう。

「それと、これはよっすぃーからなっちへ」
「むぐ…あたしに?」
「うん。退院記念には早いけどって」

よっすぃーから預かった紙袋に入っていたのは、かまぼこ板で作られたドアプレートだった。ていねいに小さいチェーンとフックまでついている。
”I'm not alone”の文字と、かわいいカエルのキャラクターの浮き彫り。

手の上で柔らかくなでながら、なっちは「…生意気な」って微笑んだ。
260 名前:言葉にできない 13 投稿日:2002年09月01日(日)13時22分53秒


そのココロは『一人じゃないから帰る』。



「なっち?美味しいよ?食べないんなら圭織が貰っていい?」
「だ、だめだよぉ。大事に食べてるんだから」


みんなに会えて本当によかった。
あなたに会えて。

梨華ちゃんが焼いたケーキは、本当に甘くて、とても美味しかった。


 < 言葉にならない 終わり >

261 名前:たう 投稿日:2002年09月01日(日)13時40分35秒
五話に行き詰まってサイドストーリーを書いてみましたが…こっちが本編のような気がします。レスのお礼はまた次回に。
262 名前:オガマー 投稿日:2002年09月02日(月)00時44分02秒
初レスさせていただきます。
ずっと読んでましたが、やっぱりいいですねw
なんかあったかい気持ちになれて
そしていしよしの甘甘なやりとりが(w
続きもまたーり待ってますw
263 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年09月03日(火)16時00分21秒

お久しぶりです。
「4.5話」を読ませていただきました。
そこに込められた想いが相手にも伝わって、
そこからさらに温かい気持ちが他の人にも広がっていて
読んでいるこちらにも届いてきたようです。
また次回もゆっくりとお待ちしております。
264 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月29日(日)22時11分03秒
本編はそろそろかな?
お待ちしてます。
265 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年10月10日(木)10時33分47秒
初レスです、よろしこ♪

「よしりか」甘々、幸せで〜す。 私的に理想形で〜す。
亀レスですが、雨の中の二人、目に浮かぶようです。

でも、切ないごっちんに泣いてしまいますた。

マタ〜リ、お待ちします。

266 名前:名無し読者 投稿日:2002年11月10日(日)02時17分04秒
保全っす
267 名前:たう 投稿日:2002年11月29日(金)21時16分07秒
二ヵ月半?御無沙汰してしまいました。とほほ。毎度のこととはいえ、管理人さんのご厚情に甘えてばかりで…。スミマセン。
今週末に五話の一幕くらいは更新できると思います。お時間のある方は来週にでもちらっと覗いてみてください。
それでは、たうでした。
268 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月01日(日)19時33分14秒
いぇーーーっす!夜更かし諸君、こんばんはー!

あなたと私の心の距離は スープの冷めない距離がいい。
『平家みちよのHotSoupStation』進行役の平家みちよです。
今夜も聞いてくれてありがとうっ。

あたしですね、こないだケーキを食べました。
いや、本当に久しぶりで「前食べたのっていつだっけ?」ってマジで思い出せないくらい。
美味しかったんですよ、これが。
季節のイチゴを使っててね、もう甘酸っぱいのなんのって。もう。

…あ、思い出しただけでよだれが。
たははっ。みんなも春の美味しいもの食べてますか?
もしよかったら最近食べた美味しかったもの・おすすめのものをメールかFAXで送ってくださいね。
待ってまーす。

さーて、それでは。
リスナーのみんなからのあっつーいメッセージと新旧洋邦問わぬリクエストでお届けする、エンタテイメント系リクエストプログラム『平家みちよのHotSoupStation』。
今夜も生放送で2時間ガッツンガッツン行きまっしょい。最後までよろしくぅ!

269 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月01日(日)19時35分14秒

それでは今日のオープニング曲、いってみましょう。

今週末、この『HotSoupStation』の公開収録でスタジオに来てくれる事が決定している『キラキラ』です。

ちょっとプロフィールを紹介しますね。
『キラキラ』は4月20日にCDデビューする、高橋愛ちゃんと新垣理沙ちゃんの元気な女の子2人組みのユニットです。
愛ちゃんは高校1年生、理沙ちゃんはまだ中学2年生なんですが、歌唱力ももちろん、2人の歌う詩の世界がですね、なにげにいいんですよ。
なんて言うんですか、2人の声の質にとてもよくマッチしててね、元気な中にもノスタルジックな感じを醸し出してるんですよね。いや、ほんと、平家みちよ赤丸チェックのガールズユニットです。
同年代の男の子からだけじゃなく、ちょっと年上の女性からの支持もかなり期待できるんじゃないかな。

270 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月01日(日)19時36分27秒
ここ1週間ほどですね、私、みんなにこの曲を早く聞かせたくってたまりませんでした。
実は今日がこのデビューシングルの待ちに待ったオンエア解禁日なんです。
日付もついさっき変わったし晴れてオンエア解禁だ。どこよりも早くかけちゃうぞ。

では。平家の一押し!今日の一曲目。
『キラキラ』のデビューシングル「オレンジの夕日」です。どうぞ。
271 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月01日(日)19時37分24秒
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

いつものようにあたしはベッドに寝そべって、スリープモードにしたラジオを聴いてた。

ラジオからは深夜だというのにDJの明るい声。
ボリュームを絞っているから思うほど耳障りではないけど。

DJの「赤丸チェック」らしい、1曲目は――。
なんだか懐かしいような、切ないような…ほろ苦い歌詞だった。
涙をこらえたとき鼻の奥がつんとなる、あの感じに似てる。

曲を聞いてて歌詞に感情移入するようになったのって、いつ頃からだろう?
以前はどんな曲を聞いても言葉の一つひとつなんてたいして意識しなかったのに。

272 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月01日(日)19時38分41秒
『アルバムふっと開いては 素敵な笑顔が私を見てる いつも思う 戻れるならば ♪』


…いつか石川さんとの出会いも、遠い思い出に変わる。
今日のこの苦しいほどの切ない想いも…間違いなく過去に変わる。
裕ちゃんとの別れと同じように。

そうやっていつかあたしが今を懐かしむ時、石川さんはあたしのそばでまだ笑っていてくれるんだろうか?
いや、石川さんは石川さんの生活を生きているはず。
あたしの傍には石川さんはいないかもしれない。
っていうか、あたしが石川さんの傍にいられないかもしれない。

急に胸が締め付けられた気がして、あたしは頭を振った。
いやだ、そんなのいやだ。
今のこの想いを思い出にはしたくない。
273 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月01日(日)19時39分34秒
でも…あたしはまだ石川さんに内緒にしてることがある。

ラジオに背を向けて寝返りをすると、壁のカレンダーの写真があたしを見つめていた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
274 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月01日(日)19時40分25秒
――平家みちよのっ!HotSoupStation〜♪
275 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月01日(日)19時41分53秒
どうも、改めましてこんばんは。へーけのみっちゃんこと平家みちよです。

いやぁ、4月になってずいぶんと暖かくなってまいりました。
こないだ…まとまった雨が降り続いた今週あたまくらいだったかな?
1Fのですね、ガラス張りになってて外から見える122スタジオってとこがあるんですけど。
そこでお昼の番組を生で喋ってたら、なーんか窓ガラスが曇ってたんですね。
外のお客さんの顔が見えないなーって思ってこっちからガラスを擦ったら、なぜか曇りがとれなくって。
何で?って不思議に思ってたら、お客さんが外から擦ってくれてようやく見えるようになりました。
ガラスの外側が曇ってたんですよ、もう。びっくりしました。

室内より外の方が温かいなんて、反則よね?って春だから当たり前なのかな。
皆さんのところではどうですか?良かったらメールやおはがきで教えてくださいね。
276 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月01日(日)19時43分14秒
っと、そんなことは置いといて。
では今日もみんなのお便りを紹介していきますね。

トップバッターは…メールでいただきました。
ラジオネーム『ジャパネット博多』さんです。どうもありがとう。

『こんばんは、平家さん。私は今すごく切ない恋をしています』といただきました。

切ない恋か…。
これだけしか書いてないから、どんな切ない恋なのかはよく分からないけど、『ジャパネット博多』さん?リクエストかけるから、元気に前向きに恋してくださいね。

恋は障害が多いほど、切ないほど燃え上がるもの!なんてね。みっちゃん、応援してるでぇ。

それでは『ジャパネット博多』さんからのリクエスト、久保田利伸さんで『missing』です。
どうぞ。
277 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月01日(日)19時44分53秒
久保田利伸さん『missing』に続いてお届けしたのは、ラジオネーム「ちょこらぶ」さんからのリクエスト、布袋寅泰さんの『DESTINY ROSE』でした。

いいっすね、ロックは。やっぱロックな生き方、私は好きです。はい。
浪花節な生き方とか、演歌な生き方とかも嫌いじゃないけど、私はロック魂で生きていきたいですね。
っていうか、どんな曲を歌ってても心のどこかにロックの気持ちを忘れたくないな。
278 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月01日(日)19時45分50秒
ハイ、それじゃぁ、続けてお便りを紹介しまっしょう。

『平家ねーさん、やばいッス』
というお便りをくれたのは、匿住所の…ラジオネーム『はりけんじゃー』さんです。

『コンバンワ!平家ねーさん、毎晩楽しみに聞かせてもらってます』
いやーありがとうね。

『突然ですが相談があります』
はいはい?

『自分には今、仲良くしてる先輩がいます。
その先輩と一緒にいるとすごく楽しくて、時間があっという間に過ぎてしまいます』
あら、ええこっちゃないの?後輩に慕われる先輩…くーっ!青春やねぇ。

『…自分はこんなに誰かのことが気になるのは初めてです。
話をすればするほど先輩のことが好きになって…先輩としてじゃなく、女の子として好きになっていくのが自分でも分かるんです』
あぁ、恋煩いやね。甘酸っぱい恋の香りがするねぇ。…で?

『平家ねーさん、やばいッス。自分はこれ以上好きになったら先輩から離れられなくなってしまう』
え?あかんの?って、離れなきゃいいんじゃん?告っちゃえよ。
279 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月01日(日)19時46分44秒
『自分は5月に転校するんですが――』
ありゃぁ。転校かいな!?

『――これ以上好きになったらきっと別れがつらいです。
なのに先輩の姿を見るたびに気持ちが傾くんです。苦しいんです。
黙っているのがつらいんです。平家ねーさん、自分はどうしたらいいでしょうか?
もう先輩に会わないほうがいいんでしょうか?』

というお便りです。

280 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月01日(日)19時47分39秒
うわー、答えにくいなぁ。

えーとね、『はりけんじゃー』さん?
君さ、私からもう会わないほうがいい、って言われたいの?とは多分違うよね?
って、会うなって言われたいわけじゃないんだって私は思うんだけど、どうかな。

いや、「明日から会わない」って決めて会わずに済むんなら、恋もちょっとは楽なんやけどね…。
あー、あー、それはともかく。

分かってると思うんだよね、このまま先輩と離れても自分が後悔するだけだって。
そこを敢えて『はりけんじゃー』さんはその後悔を自分だけで背負い込もうとしてるよね。なぜかなぁ?
それって、もしかしてただ単に自分が傷つきたくないだけなんじゃん?
先輩の気持ちとか全く全然これっぽっちーも考えてないでしょ?
後悔を自分から背負い込むことで、自分の臆病さを美化しようとしてる気がするんですが。
281 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月01日(日)19時49分32秒
厳しいことも言ったけどさ、私が『はりけんじゃー』さんの立場なら、私も「好き」って言わないまま転校しちゃうほうかもしれません。ほら、私も臆病だからさぁ。
そしてきっと後悔するんだ。
あの時あぁ言えばよかったな、とか。
あの頃に戻りたい、とか。

他のリスナーのなかにもいるんじゃないかな。
今私が言ったみたいなことが口癖で、昔の恋を理由にしたまま今の恋に踏み切れない人。
ダメですよ?思い出には美化効果がありますから。
単純比較すると思い出に勝てる現実なんてほんのヒトカケラ。

どうまとめたらいいのか分かんなくなってきたけど、ほらよくいうじゃないですか。
『過去に囚われる者は未来を失う』って。あれ?違ったっけ?ま、とにかくそんな感じの言葉。
大切なのは思い出じゃなくて、「今」と「これから」だよね。
282 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月01日(日)19時50分26秒
だから『はりけんじゃー』さんも前向きに先輩にも接していってほしいな。気持ちを逸らさないで。
時間はまだまだ残ってるじゃん?その時間をいかに大切に過ごすかを考えてみてよ、2人でね。
あたしがその先輩だったら、どんな状況でも後輩からそんなふうに想われてるの知ったら嬉しいけどなぁ。
ぶっちゃけちゃえば道は拓ける!と思うよ。

ま、ご参考までに。『はりけんじゃー』さん、元気だしてよね。

いいねぇ、若者は。
私も恋をしなきゃいけないねぇ。なんてね。

283 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月01日(日)19時51分29秒
それではリクエストにお応えしましょう。

ラジオネーム「ミンティア」さんからのリクエストです。
『以前HSSで耳にしてからこの曲が大好きになりました』ということですが…そうなんですよ。
この曲、別の人からのリクエストでかけたことがあるんですね。

あのときの恋の相談をしてくれた男の子、どうなったかな?
よければその後の経過を教えてくださいね。

ではお届けしましょう。
松たか子さんで『コイシイヒト』。

284 名前:ひとみんこ 投稿日:2002年12月01日(日)20時43分06秒
実は、結構、ミチャーン好きなんですよ。
色んな意味でね。

はりけんじゃーは、あの人かな?
285 名前:たう 投稿日:2002年12月01日(日)21時03分41秒
お待たせしました。5話、ようやくスタートです。
今のところ、吉坊の聞いてるラジオ(平家ねーさん、ちょっと標準語で登場してもらってます)がメインですね。5話は6話の前編みたいになるかもしれません。ハイ。

それと、ご無沙汰していた間、レスを下さった皆様。
皆様の一言一言がたうの活力源になっているのは間違いありません。
ほんとうにありがとうございます。マジで救われてます。
それではレスのお礼を。

>241 M.ANZAI様
お待たせしてばかりですみません。
温かさが伝わるような文を、と思って書いていますが…まだまだ壁は高いです。
語り口の違いも書き切れてませんし。まだまだ修行中の身です。
またご感想をお聞かせいただけると嬉しいッス。

>242 名無し読者様
素直じゃない真っ直ぐなヤツを書きたかったので、市井を「カッコいい」と言っていただけると作者冥利に尽きます。またお待たせしますが、よければ5話もおつきあい下さい。

>243 ごまべーぐる様
うちの市井に惚れていただけるなんて。…恐縮です。
屋根の下シリーズのヤッスーには敵いませんが、この後、吉坊も頑張りますのでまた見守ってやってください。

286 名前:たう 投稿日:2002年12月01日(日)21時05分50秒
>244 名無し読者様
>246 名無し読者様
>247 名無し読者様
ご心配をおかけします。今も年末で仕事が山場です。
あ、パソ君は完全復活です。チマチマ書きためてからまた更新したいと思います。

>262 オガマー様
これまた恐縮です。こちらこそオガマー様の描かれる甘甘なシーンに身悶えするばかりです。(w

>264 名無し読者様
>266 名無し読者様
来ました、本編です。亀のような歩みですが、5話を更新しました。
待たせた挙げ句がこれかい、と呆れられないように精進します。
…いや、既に呆れられてるかもしれませんが。それはそれ。てへへ。

>265 ひとみんこ様
雨のシーンは思いつきでした。気に入っていただけて光栄です。
5話はネガティブ吉坊(の予定)ですので、「よしりか」は期待薄…かも。
また気長ーにお待ち下さい。

次の更新はきっと年末です。
何かのついでにまたお立ち寄りいただけると幸いです。

287 名前:たう 投稿日:2002年12月01日(日)21時12分13秒
うわ、もうレスついてるし!マジびびりました。早々と有り難うございます。

>284 ひとみんこ様
へーけさん、イイ姉御ッス。
あんま知らないんッスけど、あの「人の良さ」が表現できれば、と思ってます。
288 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年12月02日(月)11時24分30秒
第5話スタート、ありがとうございます。待っていた甲斐がありました。
ラジオの向こうから流れる音楽や語り掛けてくる言葉に、時には喜び、
時には頷き、時には涙したあの頃を思い出したりもしました。
(電波の都合でベットではなく、西側の窓際でしたが・・・)
ここの吉澤さんがどんな風に動くか楽しみに次回をお待ちしております。
289 名前:Far East Cafe 投稿日:2002年12月07日(土)21時41分08秒
はじめてここに来ました。
作品そのものもなかなかいい感じですが、各話のタイトルに ( ̄ー ̄)です。
次の更新も気長に楽しみにしてます。
290 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月31日(火)09時29分12秒
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

あたしだったらどうするだろ?
やっぱり何も言えないままで転校しちゃうかもしれない。

自分の立場によく似た話を聞いて、あたしはちょっと気が重くなった。
ふと枕もとの目覚し時計を手にとって見る。

「0:30か…」

まだ石川さんは起きてるだろうか?
ラジオから流れる曲を聴きながら、なんとなくカレンダーに呟いてみる。


「…メール打ってみよっかな」


緑の平原にたたずむ残雪まぶしい山。
3・4月のページの写真は春の息吹を感じさせる風景写真だ。
裕ちゃんの好きそうな山だ、とこの写真を見るたびに思う。

なんとなく裕ちゃんに『しっかりしろよ』って言われた気がして…あたしは携帯を手に天井を向いた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
291 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月31日(火)09時30分22秒

――平家みちよのっ!HotSoupStation〜♪
292 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月31日(火)09時31分39秒
さて、続いてはこのコーナー。『メモリーズ オブ ユー』
○○市にお住まいの『給料明細』さんからのお便りです。

『先日、地下鉄に乗ろうとホームで待っていたときのことです。
ある女性が2人の子どもを連れて立っていました。
片手に眠った子供を抱いて、もう片方の手には4歳くらいの男の子の手を握って。

しばらくして、反対側のホームに電車が到着しました。
そこで降りてきたお客さんの膝に触れたのか、男の子の抱えていたぬいぐるみがコロンとベンチの下に転がり込んでしまいました。
その子は小さい体を伸ばして取ろうとしますが届きません。
母親も眠った子を抱えて、思うように手を伸ばせないで困っていました。
293 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月31日(火)09時33分41秒
そのとき、ちょうど階段から降りてきたらしい中学生らしい制服姿の女の子が4人近寄ってきました。

「あれ?ぬいぐるみ落としちゃったの?」と髪をおだんご頭にした女の子が話し掛けると、涙ぐんでいた男の子は小さく頷きました。
すると威勢のいい子が「よーっし、任せてよ」と制服が汚れるのも気にせずベンチの下にもぐりこみ、見事にぬいぐるみを取り出しました。
ぬいぐるみを受け取ったおさげの子は、ぬいぐるみについたほこりと威勢のいい子の制服を払い「あなたもぬいぐるみさんも泣かずにガマンして偉かったですね」と男の子の頭を撫でました。
「泣かないで偉かったからごほーびれす」と八重歯の子が男の子に飴玉をあげると、4人は頭を下げる母親に、笑顔で会釈をして颯爽と立ち去っていきました。

よく「最近の若いモンは…」なんていいますが、中高生もまだまだ捨てたモンじゃありません。
平家さん、僕ら大人にはこんな若者たちを真っ直ぐに育てて行く責任がありますね。
日本の未来は住む者一人ひとりの気持ち次第だな、と思った出来事でした』
294 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月31日(火)09時35分23秒
…私、このコーナーが終わるといつも優しい気持ちになれるなぁ。

本当にそう。『給料明細』さんのいうとおりだと思います。
社会が政治で救えないなら、愛しかないでしょ、ね。

せめて自分の目の届く範囲のことならば、そっと手を差し伸べて。
それだけで、きっとあなたも誰かを温めることができるんじゃないかな。

それでは一曲お届けしましょう。
ラジオネーム『お酒人のん兵衛』さんからのリクエスト、BillyJoelで『素顔のままで』。
295 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月31日(火)09時36分27秒
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

数曲続けて洋楽が紹介されるだろう。
この時間帯は洋楽タイムだ。

正直英語はよく分からない。
洋楽を聞くときはメロディーと歌ってる人の声しか聞いていない。
それでもやっぱりいい曲はイイ。

メロディーラインだけを追いながら、あたしはメールを打っては消し、打っては消し。
文面を決めきれずにずっと悩んでいた。

あたし…何を伝えたいんだろう。

『1学期が終わったら北海道に転校します』
『だからもっと会いたいです』
『石川さんもそう思ってくれますか』

…メールでこういうの伝えるのってちょっと卑怯だと思う。
面と向かって表情や声やしぐさや、直接会って話をしないと本当の気持ちは伝わらない、と思う。

ラジオからおちゃらけたコーナーが聞こえてくる頃、あたしはようやく短いメールを打ち終えた。


『今度の土曜、あいてますか?』

296 名前:眠れぬ夜 投稿日:2002年12月31日(火)09時38分44秒

散々迷った挙げ句、たったこれだけになった文面。
送信ボタンを押したとき、ラジオでDJがちょうど声をあげて笑ってた。
たった十数文字打つのに30分以上かけるなんて、ほんと、あたしも自分で笑っちゃうよ。
でも、そのくらい石川さんとの時間を大切にしたいって思ってるのは事実であって…。

――あっはははは、相変わらずお前はヘタレやなぁ。

カレンダーを見て思い出した裕ちゃんの台詞に「ヘタレでも頑張ってんだぞ」と呟いてみる。

あぁ、石川さんからの返事はきっと明朝だ。今夜はこのまま眠ってしまおう。
切なさで胸が詰まってしまって、あたしは枕に顔を埋めた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
297 名前:たう 投稿日:2002年12月31日(火)10時16分25秒
うひゃぁ。びびりました。
…ついでだから自分でもageちゃえ。えいっ。(←自爆行為)

さて第5話。ようやく半分を超しました。
今回、あの中3の4人組も特別出演してます。

ヘタレ吉坊、必死です。石川さんは次回更新で登場の予定ですが…。
この2人、いまだに苗字で呼び合ってンだなぁ。

亀の歩みの駄文に懲りずにおつきあいいただき、有り難うございます。
>288 M.ANZAI 様
私はFMで(番組名忘れた…)聞いてました。
歌とトークのギャップがたまらない御方ですね。祝!紅白出場!!

>289 Far East Cafe 様
そのHNで私もニヤリ。とっくに皆さんも気づいてると思われます。
ちょっと曲の内容とずれてることが多いんですが、まぁ、そこは目を瞑っていただけると幸いです。

次回更新は年明け、1月…下旬くらいを目標に。はい。

旧年中は読者の皆様の温かい励まし、ありがとうございました。
来年も懲りずに読んでやっていただけると励みになります。
では、皆様、来年も宜しくお願いします。
よいお年をお迎え下さい。たうでした。
298 名前:FarEastCafe 投稿日:2002年12月31日(火)12時41分49秒
>たう様
更新お疲れさまです。
ラジオ聴きながら逡巡する吉坊の心理描写や、さりげなく出てきた辻加護がいい感じ。

曲と物語のズレ、得てして起きることなので、あまり感じません。
タイトル曲達が持つ世界を、上手く斟酌していると思いますよ。
この作品では特に「緑の日々」が好きですね。

ちなみに「緑の街」や「風の街」で、リアル系なちふく書こうとしたことがあります。
見事に挫折しました。

では、次の更新を気長にお待ちしております。
299 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月29日(水)23時35分49秒
300 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年02月09日(日)21時55分10秒
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

ちょうど寝ようと電気を消したときでした。

〜♪

枕元に置いた携帯が短く鳴りました。
真っ暗な中でお布団に入ったまま、携帯を開くと…あ。吉澤さんからのメールです。


『今度の土曜、あいてますか?』


え?これって…何かのお誘い、ですよね。やったぁ。また吉澤さんに会えるんだ。
吉澤さんのことなら何よりも優先です。意地でもあけます、なんてね。
やーん、思わず携帯をぎゅって抱きしめてしまいますー。
吉澤さんと一緒なら、それだけで1日がスペシャルデーに変身です。あー、週末が待ちきれません。
眠るつもりで電気も消したのに、目を閉じてもドキドキでそれどころではなくなってしまいました。
301 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年02月09日(日)21時55分59秒

本当は毎週でも、いえ、毎日だって会いたいんです。
だけど、吉澤さんだって忙しいだろうし。ワガママって思われたくないし。
はぁ。もっとお話…たくさんしたいなぁ。
あ、いけない。お返事しなくっちゃ。うーんと、えーっと。

『あいてます。今度はどこに行くんですか?私、お弁当持ってってもいいですか?』

…うーん。ちょっと押し付けっぽいかな?でもね、吉澤さんにはたくさん優しい気持ちを貰ってるんです。
私のできるお返しってこれくらいだもの。

「迷惑じゃない…よね、吉澤さん?」

ぴ。

送信ボタンを押すと、また頬がゆるんできました。触れると頬が熱くなっています。
きっと今鏡を見たら真っ赤な顔になってるんだろうなぁ。
302 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年02月09日(日)21時56分53秒

〜♪

あ、お返事はやーい。真っ暗な部屋の中、着信を知らせるランプがまぶしく感じます。ドキドキしながらメールを開きました。

『よかった。どこ行くかまだ決めてません。石川さんはどこがいいですか?明日メールください。
お弁当は大歓迎です!嬉しいなぁ。それじゃ、おやすみなさい』

「…おやすみ。ひとみちゃん」

普段は呼べない名前を携帯に呟くと、途端に恥ずかしくなってしまいました。
一人で照れてニヤケが止まらなくって。私、重傷ですね。うふふ。
そう呼べたら今よりも近づけるのかな、なんて思いながら枕をそっと抱きしめました。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
303 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年02月09日(日)21時57分43秒

――平家みちよのっ!HotSoupStation〜♪
304 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年02月09日(日)22時00分47秒
はい、それでは、続いてはこのコーナー。
「んー頑張れコーーーール!ドドン♪」

押忍!「ドドン♪」
この和太鼓の音…いつ聞いてもしびれるわ(笑)。

まずはラジオネーム『わにーず』さん。
「今春、大学に合格しました。親元を離れ一人暮らしを始めます。
慣れ親しんだ友達や地元と離れるのは辛いけど、また新しい自分を見つけたいと思います。
みっちゃん、頑張れコールお願いします」

よっしゃ。『わにーず』さん、新生活っ、それと自分探しの勉強、がんっばれ!「ドドン♪」
それとですね、時期的に新生活をスタートされる方からたくさんいただえてました。
同じように新生活の『にしてつ』さん、『みゆき』さん、『匿名希望』さん、『長崎の赤い稲妻』さん、『やっちゃん』さんにもっ、新生活がんばれーーーーっ。「ドドン♪」朝ご飯しっかり食べるのよぉ。
305 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年02月09日(日)22時02分03秒
はい、続いて、ラジオネーム『フクちゃん』さん。
「進級を機に、気になってる人に告白してみようと思います。フラれるのは分かってるけど、鈍感なヤツだからこんなふうに思ってる人はあんたの回りにたくさんいるのって教えてやるの。でもね、ホンネ、ちょっと辛いんだ。ちゃんと告白できるように頑張れコールお願いします」

そっかー。『フクちゃん』さん。決心したのね。うん。そんなあなたに好かれた奴は幸せだ。
んでは、『フクちゃん』さん、がんばれーーーっ。幸せはきっとあなたの元にも舞い込んでくるよーー。「ドドン♪」

次はラジオネーム『テストがナンボのもんじゃー』さん。
「月末に実力テストがあります。いよいよ僕も受験生。勉強は嫌いだけど夢をかなえたい。勉強の集中力が続くように頑張れコールをお願いします。」

うっし!!その意気やよし!
『テストがナンボのもんじゃー』さん、夢を夢のままで終わらせずに頑張れよー、少年!「ドドン♪」
306 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年02月09日(日)22時02分48秒
「団長!お時間です!ドドン♪」

お,もう時間か。んでは、今日はココまで。
みんな、明るい未来に向かって、今日も一本締めいくよっ。せーのっ、「ドドン♪」
ありがとーございましたー。

では曲をお送りします。『竹内まりや』さんで「駅」。
307 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年02月09日(日)22時03分42秒
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

枕に突っ伏したまま、DJにあわせて「せーのっ☆」と拍手を打つ。
と同時に携帯が鳴り出した。短い着メロ…メールだ!
身を起こし大急ぎで確認する。差出はやっぱり石川さんだった。

『あいてます。今度はどこに行くんですか?私、お弁当持ってってもいいですか?』

感動のあまり思わず「いいです!大歓迎です!」って声に出してしまった。
ちょい、と壁のカレンダーを指で揺らしてみる。
ゆっくりと揺れる風景写真は,よかったなって笑ってる裕ちゃんみたいで。
石川さんからのメールをカレンダーの写真にも見せてあげた。へへへ。
308 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年02月09日(日)22時04分23秒
ん?今返事が返ってきたってことは,まだ石川さん起きてるんだよね。
明日学校なのに、あまり夜更かしさせるのもまずいぞ。もしかして返事を待って起きてたらいけない。
さっきとは打って変わって、大急ぎで返事を打った。

『よかった。どこ行くかまだ決めてません。石川さんはどこがいいですか?明日メールください。
お弁当は大歓迎です!嬉しいなぁ。それじゃ、おやすみなさい』

文章は…うん。これでいいだろ。
送信ボタンを押しながら、聞こえないって分かってても「おやすみ」を言ってみる。
あたしの想いもメールと一緒に届けてほしくって、送信後もしばらく携帯を握り締めてた。

石川さん…いい夢を見てくださいね。
きっとあたしは今夜もあなたの夢を見ますから。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
309 名前:たう 投稿日:2003年02月09日(日)22時10分37秒
遅ればせながら更新しました。ちょっと石川さん登場。

>298 FarEastCafe様
 そう言っていただけると嬉しいです。今後も宜しくお願いします。

>299 様
 おかげさまで300を自分でゲットできました。保全有り難うございました。

次の更新は…2月末かな?ずれ込まないように善処します。とほほ。
310 名前:名無し七氏 投稿日:2003年02月09日(日)23時31分32秒
更新待ってましたぁ〜
石川さん可愛いですねぇ〜当然ですが吉澤さんも。

なんか正に青春って感じで遠い昔を見てる自分が…
ってこんな思いしたこと無いんですけどね^^;

次の更新、楽しみにしております。
頑張ってください。
311 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月11日(火)01時10分35秒
 いい話ですねー。こういう吉澤さん&石川さん、好きです。
 更新気長に待ってます
312 名前:SN 投稿日:2003年03月01日(土)11時41分48秒
おお名作発見!
一気に読ませて頂きました
甘く切ないメロディーが聴こえてくるような作品ですね
続きが楽しみ
313 名前:FarEastCafe 投稿日:2003年03月01日(土)23時35分07秒
みっちゃんに「woh woh」をリクエストしたい気分

季節は「春風に乱れて」だけど、この曲だとちょっと吉坊には酷だと思う
314 名前: 投稿日:2003年04月01日(火)04時32分51秒
hozen
315 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月04日(金)17時28分42秒
待ってますー。(;;)
316 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月25日(金)22時20分19秒
保全
317 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月30日(水)20時27分10秒
僕はここで待っているから いつまでも待っているから〜♪
318 名前:たう 投稿日:2003年05月03日(土)18時45分57秒
ご無沙汰しています。たうです。
次回更新は5月5日です。
ようやくおぼろげーに5話の終わりが見えてきました。(←何年越し?)
できれば5月中に終わらせたいなぁ。(←まったくあてになりません)
以上、GWも休日出勤、日焼けで真っ黒のたうでした。
皆さま、良い連休を。
319 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年05月05日(月)20時22分08秒
次の日。夕方、あたしはいつものように福田先輩と一緒に下校していた。
  
  先輩の家はあたしの家と同じ方向にある。
  今日みたいに一緒に帰る時は、あたしは自転車を押して話しながらゆっくり歩く。
  まだ日は高く、夕焼けが見えるまでにはずいぶん余裕がある時間。
  こんなにのんびり歩いても普段より1時間以上早く家に帰り着けそうだ。
  
  というのも…テスト前でいつもより3時間近く早い時間に帰ってるから。
  
  「先輩、テスト勉強してます?」
  「当然でしょ。そのために1週間部活停止なんだから」
  「…部活があった方が集中力出るんです、あたし」
  「吉坊、勉強してない言い訳にはならないと思うわ、それ」
  
  なんて会話をしながら先輩と肩を並べて歩く。
  ふと道端の桜に目をやると、花と主役を交代した若葉が枝いっぱいに芽吹いていた。
320 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年05月05日(月)20時23分48秒
「テストが終わったら次は総体だね」
「そうですね」
「今度は打倒西高!なんでしょ?吉坊」
「えぇ、次はそう簡単には負けませんよ。あたしもフルで出ますから」

2月の県大会。
西高に負けて3回戦どまりだった我ら北高バレー部。
あたしは怪我を完治させるのに時間がかかりすぎ、どの試合もスタメンを外された。
でも、フルセットに縺れ込んだ西高戦、石黒先生は最終セットにあたしを起用した。

「ろくに動けないのは知ってたよ。でも使いたかった」と後日笑って話してくれた石黒先生。

嬉しかった半面、自分が情けなかった。
当たり前のプレーができないもどかしさ。
自己管理の甘さへの嫌気。
石黒先生に、そして先輩たちにあたしの全力を見せたいとそのとき決心したんだ。
きっとそれが北高での、あたしのバレーの集大成だから。

「怪我の具合は?」
「順調ですよ。筋トレも右腕入れてやれてます」
「そっか。安心したよ」

福田先輩は小さく微笑むとまた前を向いて表情を引き締めた。
321 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年05月05日(月)20時24分56秒
ちょうどそのとき、ポケットの携帯が小さく音を立てた。
ハンドルを片手で支え、もう一方の手で開いて見ると、待ちに待った石川さんからのメールだった。
横を歩く先輩の手前、ガッツポーズなどできないから心の中で小さく万歳を三唱。
一つ深呼吸をして気持ちを落ち着けてから…よし。内容を確認っと。

『こんにちは、吉澤さん。昨日のお返事です。
本当に私が決めちゃっていいの?
週末、森林公園で「花と緑のフェスタ」があるんだって。私はココに一票です。
吉澤さんの行きたい所も教えてください。じゃぁ、今夜またメールするね』

えへへ。今夜また…ね、か。
くはーーーーー。まいったな、まいったな。めちゃくちゃ嬉しい。

森林公園、花と緑のフェスタ…か。植木市みたいなものかなぁ?
今週末、天気も良さそうだし。
よし、石川さんのリクエスト、採用!っていうか、あたしも行ってみたいし。


「気持ちわるーい」
「へ?」
「にやけて口元がだらしなくなってる」

気がつくと、福田先輩は意地悪そうに笑っていた。
322 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年05月05日(月)20時26分00秒
「幸せでとろけそうな顔しちゃってさ」
「そ、そんなことありませんって」
「ふーん。じゃ、なおさら気持ちわるーい」
「き、気持ちわる…すみません。メールが嬉しかったんで、つい」

このまま気持ち悪がられたままも嫌だし、ということで素直に認めるあたし。
風になびいた髪を耳にかけながら、先輩は「最初っからわかってたよ」と目を細めて笑った。

「石川さんからでしょ?」
「え?あ、はい」

…なぜかバレバレだし。
敏腕マネージャーは、あたしの思考傾向まで調査分析済み!?
っていうか、あたしが分かりやす過ぎるのか。

あたしの顔と握りっぱなしの携帯を見て、さらに意地悪そうにニヤニヤと笑う先輩。

「そういえば、いつぞやの結果報告。聞いてなかったね、吉坊?」
「うへっ?」

ほんの少しだけ意地悪顔を緩めながら、先輩は道端の小さな公園を指差した。
323 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年05月05日(月)20時27分55秒
近くの自販機でコーヒーとオレンジジュースを買って、ベンチで待ってる先輩の所に急ぐ。
さっきより少し冷たくなった風に目を上げると、まだ残っていた桜が花びらを散らせていた。

「桜ヶ丘の桜はこれが最後かな」

感傷に足が止まる。

ふう。いけないなぁ。
…まだ石黒先生以外には誰にも話してないんだ。いつも通りにしてないと。
それにまだ3ヶ月以上先のことだ。

小さく頭を振り、ネガティブを払い飛ばす。
意識して笑顔を作ると、あたしはまたベンチへとはや足で向かった。
福田先輩はベンチに陣取って、遠くの緑を眺めてた。

「緑は目に良いっていうでしょ?」
「はぁ、言いますね」

でも、その表情が心なしか寂しそうに見えてしまったから、あたしは無理やり明るく話し出した。

体育館でのこと。バスがいなくて駅まで一緒に歩いたこと。その後自宅まで1時間かけて歩いたこと。
その翌週、知り合いの人(矢口さん)の家に遊びに行ってケーキをご馳走になったこと。
携帯番号とアドレスを交換できたこと。雨の日に駅前で偶然会ったこと。
県予選前のオフの日にいっしょに出かけて、甘いチョコレートケーキを作ってもらったこと。
そして昨日のメールのこと。
324 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年05月05日(月)20時28分59秒
ひととおり聞き終えた福田先輩は、座ったまま手足をグーッと伸ばして
「ご馳走様。ちょっと不愉快だわ」とのたまった。
本気ではないだろうけど、まるっきり冗談でもないみたいな口調。
さっきから先輩は何かちょっとだけ変だ。

「えー?報告しろって言ったのは先輩ですよ?」
「冗談よ。上手くいってるみたいじゃない」
「まぁ。今の所は、ですけどね」
「誰のお陰かしら」
「先輩っ、ぁありがとうございますーーっ。その節は大変ご迷惑をーーーっ」
「どんな御礼をしてくれるのかしら」
「いつもの喫茶店で…」
「まーさーか食べ物限定ではないわよね。なんだかすごく幸せそうだし、期待してていいのかしら?」
「…な、何か先輩の言うことを一つきく、というのはいかがでしょ?」
「フフッ。約束よ」

小学生の頃以来の指切りをさせられた時、あたしは福田マジックに乗せられたことに気付いた。

「そうね、何にしようかな。今すぐは思いつかないから後で言うわね」

恐るべし、福田明日香。…それはそれとして。
325 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年05月05日(月)20時32分51秒
普段ゆっくり話せない分、報告以外にもいろんな話に花が咲いた。
時計を見るのも忘れて話をするうち、太陽はずいぶん西に傾いていた。

「それで土曜はどこに行くの?さっきの石川さんのメールってそれでしょ?」
「はい、森林公園に行こうと思ってます。週末の予報、晴れだし」
「今週末…花と緑のフェスタね。へぇ、吉坊、なかなかセンスいいじゃない」
「あ、それって有名なんですか?」

福田先輩の動きが止まった。
たっぷり5秒、あたしの顔を見つめ、ため息を一つ。

「前言訂正。石川さんってなかなかいいセンスしてるわね」
326 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年05月05日(月)20時34分58秒
石川さんを誉められて嬉しいやら、自分を小馬鹿にされたようで悔しいやら。
あたしは苦笑いで先輩の笑顔を受け流す。そこに先輩の追い討ちがやって来た。

「思ったんだけど、さっき話してた『お弁当』って石川さん自身の分ってことないよね?」
「へ?」
「誰も吉坊の分まで作ってくるって言ってないんでしょ?ぬか喜びしない方がいいんじゃない?」
「そ、そうですかね…」
「嬉しがってると逆に『あんたの分も作ってこなきゃいけないの?』なんて、思わせちゃったりして」

てっきりあたしの分も作ってくれるものとばかり思い込んでた。
じゃぁ『大歓迎』なんて返事したのって…。
327 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年05月05日(月)20時36分42秒
「なーんちゃって」


先輩はあたしの右肩にもたれかかってきた。

え?なんちゃって…?

「冗談よ」
「はい?何がですか?」
「…素直なのは長所だけど、過ぎるのは欠点ね」
「?よ、よく分かりませんが」

先輩の表情をうかがうと、上目遣いの視線にじっと見つめられていた。

「石川さんなら間違いなく吉坊の分も作ってくるよ」
「え、だって今…」
「だから冗談だって」
「あぁこのことが。はぁーー、よかったぁ」
「…単純。鈍感」
「はぁ、よく言われます」

からかわれたんだね、あたし。いやぁ、まいったまいった。
でも、石川さん…本当に気を悪くしてないかな?
念のためにベーグルの2個くらい持っていくべきかな?

「また石川さんのこと考えてる」
「ひゃぃ?」

ま、また読まれた。
あたしの頭の中ってそんなに分かりやすいの?

「安心しなさい。私が保証するから」
「え?何をですか」
「…石川さん、吉坊のことが好きだよ、きっと」
328 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年05月05日(月)20時41分13秒
唐突に何を言い出すんだろう、この人は。
憶測でモノを言っちゃいけないっていつも先輩自身が言ってるのに。
そりゃ、嫌われていないとは思いますけど…。

他愛もない一言のはずなのに、顔に熱が集まるのを感じてさらに恥ずかしくなった。
先輩から視線を外し、残ってたオレンジジュースを飲み干すと、ほんの少しだけ熱が冷めた気がした。

「もう、やだなぁ。からかうのもほどほどにしてくださいよ」

空き缶を握りなおし、立ち上がろうとしたとき、右腕に温かい重みがかかった。


「先輩?」
「…でも、…のは私の方が先」


先輩があたしの右腕に抱きついた格好で俯いていた。
小さく呟かれた言葉はよく聞こえなかったけど、このまま中腰でいるのも中途半端な気がして、再び腰をおろした。

329 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年05月05日(月)20時42分46秒

「どうしたんですか、先輩?気分でも悪いんですか?」
「ちょっと胸が苦しい、かな。じきに治るから、しばらくこのままでいさせて」


夕方の涼しい風が身体を冷やす一方、右腕と頬だけは熱を帯びたまま。
温かくて柔らかくて…先輩っていい香りがするなぁ。
石川さんもこんな感じなのかな。
…って不謹慎な。いかん、いかん。
「収まりましたか」と言いかけたとき、先輩の方が一瞬はやく口を開いた。



「北海道になんか行かないでよ」
330 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年05月05日(月)20時44分36秒
自分の身体がびくっと震えたのが分かった。
きっとそれを感じ取って先輩は顔を上げたのだろうと思う。

「どうしてそれを?」
「石黒先生が『マネージャーだけは知っておきなさい』って教えてくれた」

潤んだ目で見つめられて、あたしは瞬き一つできずにいた。
至近距離での訴えに、何と答えてよいのか分からず
「ごめんなさい」
とだけようやく声に出した。

そこから先、会話をどうつなげばいいのか分からず、また黙り込んでしまう自分。
先輩の肩越し、桜の木の向こうにはきれいな夕焼けが見えていた。

「好き」と不意に先輩が呟いた。

「え?」
「私、吉坊のことが好き」
「えぇ、あの、えーと。あ、ありがとうございます」
「吉坊は?私のこと…どう思ってる?」

絡み合う視線。
いくら鈍感なあたしでも分かる。
この告白は真剣だ。

「先輩のことは大好きです。でも…あたしの『特別な人』は石川さん以外にいません。ごめんなさい」

言い切った。
331 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003年05月05日(月)20時46分36秒
ひときわ強く風が吹いた。
ゆっくりと右腕の温もりが離れ、先輩は一度俯くと笑顔で顔を上げた。


「2番目でいいって思ってたのに欲張ったのが敗因ね」
「え?」
「石川さんには敵わないってわかってたのに」

夕焼けの中、すっくと立ち上がると先輩は勢いよく話し始めた。
夕日を背にして先輩の表情はよく分からなかったけど。


「だからさ、吉坊のこと好きな子って結構多いのよ」
「石川さんもきっとその一人だと思うのよね」
「私が石川さんなら気合の入ったお弁当を持ってくるな」
「土曜に思い切って告ってみなさいよ、勇気出してさ」
「今日は意地悪ばっかり言ってごめんね」
「あぁ、あの約束。まだ有効よね。明日にでも考えてくるから」
「じゃーね。また学校で。あ、テスト勉強しっかりね」

言うだけ言って、先輩は走って去っていった。
よくわかんないけど、ここは追いかけないほうがいいんだろう。

東の空にはもう星がいくつか見える。

…先輩、今まで辛かったのかな。
夕暮れの風の中、あたしは先輩からもらった勇気を噛みしめていた。

あたしも頑張んなきゃいけないなぁ。
332 名前:たう 投稿日:2003年05月05日(月)21時19分15秒
5話です。忘れた頃の更新です。毎度すみません。

えー、フクちゃんですね。
たうが娘。に注目し始めたのってフクちゃんの脱退がきっかけだったりします。
ええ。I'm Never Forget You.です。大好きでした。

>名無し七氏様
かわいいですか?えへへ。嬉しいなぁ←お前じゃない。

>311様
こういうまだるっこしい吉澤さん&石川さんしか書けないんです。
気長に見守ってやってください。

>SN様
迷作でございます。どうぞ今後も気長ーにおつきあいください。

>FarEastCafe様
たびたび有り難うございます。曲調同様、爽やかに在りたいのですが…。
あぁ、文章力って大事。

>314様 315様 316様 317様
保全有り難うございます。待たせてばっかりですみません。

さーて次回の更新は…わかんないです。
5月末日のつもりで頑張ります。…頑張る予定です。

では。また忘れた頃に。たうでした。
333 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月06日(火)23時05分30秒
はじめて読ませていただきましたが、すごくイイです!
更新待ってマース
334 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月07日(水)16時28分09秒
フクちゃんめちゃくちゃえーオンナやぁ。
自分だったら福ちゃんにクラッと来てしまうかもしれない…
335 名前:FarEastCafe 投稿日:2003年05月10日(土)21時01分28秒
福田+吉澤という組み合わせが新鮮
ふくちゃんかっこいい!
336 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月10日(土)23時04分45秒
明日香好きの私は感情移入しちゃって自分もフラれた気分(w
明日香は吉澤に何をお願いするのか・・・
期待してますのでがんばってください。
337 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月04日(水)12時25分50秒
がんがれ
338 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月29日(日)22時01分42秒
まってます〜
339 名前:たう 投稿日:2003年07月06日(日)21時23分13秒
うぅっ。六月が終わっちまったッス。七月も更新が難しそうなので次回は八月になります。すみません。なにとぞご容赦のほど。たうは細々と執筆いたしております。ほんとに気長ーにお待ちを。では皆様よい七夕をお迎えください。
340 名前:名無し 投稿日:2003年07月07日(月)12時18分35秒
ほぜむ
341 名前:FarEastCafe 投稿日:2003年07月09日(水)23時16分42秒
time can wait
342 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月07日(木)18時37分51秒
ほぜん
343 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月04日(木)21時40分38秒
9月になれば・・・
344 名前:報知かぃ〜? 投稿日:2003/09/09(火) 04:25
マットルよ〜ん
345 名前:川o・-・) 投稿日:川o・-・)
川o・-・)
346 名前:名無読者 投稿日:2003/09/22(月) 11:37

作者さん、いつまでも待ってますよ〜。
347 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2003/10/18(土) 22:09
まだまだまっとりまっせー
348 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/06(木) 23:17
保全
349 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/03(水) 23:08
きっと君は来ない〜♪
350 名前:たう 投稿日:2003/12/04(木) 23:17
長々とお待たせしています。すみません。
えー、日曜の晩にお暇な方はまたいらしてみてください。できてるとこまで更新しますので。はい。
…これ以上待たせたら管理人様と数少ない読者の皆様に申し訳がたちませんので。
ということで。ではまた七日に。
以上、たうでした。
351 名前:名無しだお 投稿日:2003/12/06(土) 10:20
おお、作者さんだぁ
是非寄らせて頂きます
352 名前:FarEastCafe 投稿日:2003/12/06(土) 20:24
保全した甲斐あり。おかえり。
353 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003/12/07(日) 23:35
先輩と一緒に下校する帰り道で、よく分からないお願いをされた。

歩きながら、晴れ渡った青空を見上げてポツリと。

「吉坊。あの歌、封印して?」
「はぃ?」
「春の大会の反省会…の2次会のカラオケで吉坊が歌ったやつ」
「それをフーイン?ですか」

えーっと、何か歌ったっけ?
そういえばあの日、自分では入れてない曲を歌ったんだよね。

福田先輩の顔を見ながら記憶を辿ったけど、唸っても思い出せなかった。
歩くスピードを落として悩んでいると、先輩はにこやかな顔であたしの前に立ちはだかった。

「スピッツ。『チェリー』」
「あー、あー。」

ポンと手を打って「君を忘れない…」と口ずさむと、正面に立った先輩がクルリと背を向けて話しだした。

「それさぁ…私以外の人には聞かせないでくれないかな」
「え?なぜですか?」
「そんな下手っぴぃな歌は私専用で十分だから」
「ナンデスト?!し、失敬な(笑)」
「嘘よ。たまにはこんな貰いものもいいかなって思って」

後ろ手に持った鞄をきゅっと握り締め、「それが私のお願い」と背中が笑った。
その小さな背中を優しく吹いた春風が押した気がした。
354 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003/12/07(日) 23:36

その数日後。

土曜日は朝から雨だった。
朝の8時半だというのに窓の外は薄暗くて寒くて、うーん。
何というか、絶好の…インドア日和。

355 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003/12/07(日) 23:37

せっかく石川さんとあえる日なのに、雨。
…日頃の行いが悪いのかな?

水筒をバックの中に押し込んで外に飛び出すと、思ったよりも風が強かった。
雨風が若葉を伸ばし始めた木々を容赦なく揺らしている。
今両手で持っている傘も、気を緩めればどこかに飛ばされてしまいそうな勢いだ。

こりゃ自転車は使えない。
あたしは傘に身を隠しながら駆け足でバス停に向かった。
スニーカーが濡れるのも構わず走っていると、袈裟懸けにしたバックの中で「チャプンチャプン」と水筒が鳴っていた。

あたしが部活のときに持っていく麦茶を、律儀な母さんは今日も準備しちゃったんだ。
今日は部活はオフで、公園に遊びに行くって言ってたのにさ。

母さんと裕ちゃんの共通点、ちょっとオッチョコチョイなところを再確認して、思わず口元が緩んでしまった。
2人のそんなとこ、大好きだなぁ。

タバコ屋の角を曲がると、にやけた顔に冷たい風がモロに吹いてきた。
桜ヶ丘駅行きのバスがちょうど着いたところだった。
356 名前:眠れぬ夜 投稿日:2003/12/07(日) 23:38

駅前の時計が、雨に濡れながら9時55分をさしている。
この時計、からくり時計なんだけど、実は何分か進んでるんだよね。
わざと数分急がせて列車に乗り遅れないようにしてあるんだそうだ。
ということで、10時に待ち合わせしてたから…あと5分とちょっとある。
ふぅ、どうやら遅刻はせずに済んだみたいだ。

雨風はさっきと変わらぬ勢いでバスの窓ガラスを叩いている。
これじゃ傘をさしてもどうせ濡れるなぁ。
意を決してバスから降りると、傘を開かずに乗り場のスロープを一気につっ切って走る。

思ったよりも雨は冷たくなく、春っぽい温かさを含んでる気がした。

そういえば、石川さんと初めて出会ったのもこの駅だった。
翌日のクリスマスの日も待ち合わせはこの駅。
あのときは真冬で、すごい雪で…。
2日とも石川さんを寒空の中で待ちぼうけさせてしまって。
この借りはいつか絶対に返す。と思い続けて早4ヶ月。
その返済は1割もできちゃいない。

うーーーん。

何をすればお返しできるんだろう。

濡れた肩をタオルで拭きながら、からくり時計を見上げたとき、ちょうど10時の音楽が鳴った。
357 名前:たう 投稿日:2003/12/07(日) 23:47
どうにかこうにか大急ぎで出しました。
はぁ。こがんペースじゃ年内に5話が終わらんばい。
きばらなぁねぇ、自分。

保全してくださった皆様、ありがとうございます。
まだまだ未熟者ゆえ、アホな点がたくさんございます。
もし見えても、温かーく見えぬ振りをしていただけると幸いです。

次の更新は公園でのお話、です。
レス・保全のお礼はまた後日ゆるりと。
358 名前:FarEastCafe 投稿日:2003/12/08(月) 23:27
更新お疲れさま

354からBGMに「はじまりはいつも雨」を
356には「忘れてた思い出のように」を流したい感じ

あと「チェリー」はちょっと偶然の出来すぎ
何が偶然かは25日深夜に判るはず
359 名前:CheepStar 投稿日:2004/01/24(土) 21:28
続き大変気になっております!!
マターリ更新待ち…。
こちらの雰囲気だ大好きです…。
吉澤さん視点の描写にグッと来てしまい思わず涙…。
頑張ってください。
360 名前:名無し 投稿日:2004/04/08(木) 00:58
保全age
361 名前:名無しさん 投稿日:2004/04/14(水) 02:54
待ち
362 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/10(木) 22:03
待つわ
363 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/16(月) 19:31
保全

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