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花束〜ブーケ〜
- 1 名前:プレリュード 投稿日:2001年06月24日(日)13時31分00秒
- 『もう一生、誰のことも好きになったりしない』
「市井ちゃんの所為でだよ」
あの日、別れを告げた私に追い縋り、泣き崩れ震える彼女の小さな肩を私はただ黙って見下ろした。
「幸せになったりしない。そうして独りぼっちで不幸な私を見せつけて」
(……後藤)
―――――ずっと、苦しめつづけてやるんだから――――――
- 2 名前:プレリュード 投稿日:2001年06月24日(日)13時32分21秒
- チャペルの音が鳴り響く。
幾重にも重なる拍手と祝福の声に迎えられ、ゆっくりと歩く。
その度に純白のベールが揺れる。
皆一様に、口にするのは同じ言葉。
けれど、その一つ一つに完璧なまでの微笑を伴って彼女は応える。
そして私もまた繰り返すのだ。
「おめでとう……後藤」
階段を一段一段寄り添った二つのシルエットが降りてくる。
白い手袋の腕が絡まる燕尾服をぼんやりと眺める。
立ち止まり顔を見合わせ微笑みあう二人。
「あっ、紗耶香そろそろ来るよ!!」
ピンク色の可愛らしい衣装に身を包んだ矢口が隣で身構える。
なんのことかわからずに私が問い返すと、信じられないといった表情で矢口は言った。
「ブーケだよ、ブーケ。花嫁さんが投げるの」
後藤の手に握られた、レースで縁取られた花束。
スッとその腕があげられる。
「それをね手に入れた人は」
全ての観衆の眼が惹きつけられる。
淡い、幸福への憧れ。
「次に幸せになれるんだって……あ……!!」
- 3 名前:プレリュード 投稿日:2001年06月24日(日)13時33分18秒
- 宙に舞う
花束
ひらひら
ひらひら
弧を描く
……―――
舞う、花びら
「あ〜〜〜〜!!ずるいよっ、紗耶香!!」
受けとめられた衝撃で数枚の花びらが散る。
その花びらの向こうで、後藤はしっかりとこちらを見据えていた。
唇の端がツイと上がる。
ただそれだけの単純な笑み。
- 4 名前:プレリュード 投稿日:2001年06月24日(日)13時34分23秒
- これはきっと、
彼女からの宣戦布告。
今度は
私が追いかける番。
―――――
- 5 名前:あるみかん 投稿日:2001年06月24日(日)13時38分13秒
- 舌の根も乾かぬうちに(死語)新しいのをはじめてしまいました。
赤板のスレの続きにとも思ったのですが雰囲気が違うので新スレをたてさせていただ
いて申し訳ないです。
お付き合いいただければ幸いです。
- 6 名前:SHURA 投稿日:2001年06月24日(日)14時05分33秒
- 何気なく覗いて、痛そうだなぁ・・・って思ってたら、あるみかん氏だったとは・・・。
パラレル? かな、最後まで付き合わせていただきます。
- 7 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月25日(月)03時00分28秒
- あるみかんさんの新作がもう読めるとは・・・うれしいです。
今回の話もかなり面白そうなんで期待しています。
- 8 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月26日(火)16時03分22秒
- 単純に、あるみかんさんの作品が読めるだけで喜ばしいことです!!
今度のは、いちごまをベースにした話みたいですね。
期待していますんで頑張って下さい。
- 9 名前:七星 宙城 投稿日:2001年06月26日(火)17時32分08秒
- あるみかんさんのいちごま作品が…
期待してもいーんですね(w
- 10 名前:あるみかん 投稿日:2001年06月27日(水)23時13分46秒
- 絶対下げでってワケじゃないんですが(下げの場合はスレッドの1とかに書くのが
ルールでしょうし)好みがかなりわかれそうな内容なので一応、って感じで。
>SHURAさん 前作に飽き足らずまたしても暗めの(というか暗い)話ですみません。
パラレルではないです。今回分で時世はわかると思います。
>7さん ありがとうございます。恐らく更新おそめだと思いますが、気長にお待ち
頂ければと思います。
>8さん メインでいちごまを書くのってはじめてかもしれないです。イメージを壊さ
ないよう四苦八苦してます。
>七星 宙城さん ある意味「王道」な組合せですが今までと一風変わったものに出来れば
よいのですが。
- 11 名前:1-1 投稿日:2001年06月27日(水)23時19分18秒
- 「久しぶり」
「おひさ、市井ちゃん」
挨拶もそこそこに真新しい新築のマンションに足を踏み入れる。
都心から少し離れたそこは決して便がいいとはいいがたかったが、それでも美しく
区画された街並みと広々とした空間はある種の人間には変えがたい魅力なのだろう
と思われた。
もっとも、目立ちたがりやで根っからの都会っ子の後藤がそうであるかというと疑
問ではあったけれども。
「アタシはね、もっと東京寄りの方がよかったんだけどさあ」
ブランドのロゴがプリントされたTシャツから伸びた手が缶ジュースを投げてよこ
す。
「旦那がね、ここがいいっていうから」
プシュっとタブを引いた瞬間少し中の炭酸が毀れる。慌ててコクリと口をつける。
乾ききった喉にピリリとした刺激が伝わった。
- 12 名前:1-1 投稿日:2001年06月27日(水)23時20分17秒
- モーニング娘を私が脱退してからちょうど5年が過ぎようとしたある日、それまで
プッツリと連絡の途絶えていた後藤からふいに1通のハガキが届いた。その装丁か
らして内容は容易に想像できたのだけれど中身を見てやはり驚いた。6月の半ばの日
程が刻まれたその書面、ジューンブライドなんて後藤も案外女の子らしいところも
あるんだなと思いながらも、どこか一枚布を通したような曖昧な感情が渦巻いた。
―――悩んだすえに、私は出席に丸を付け投函した。
……再会なんて、こんなものかもしれない。
- 13 名前:1-1 投稿日:2001年06月27日(水)23時21分27秒
- 「嬉しいなあ来てくれて。主婦って退屈でさあ」
アイドル歌手にドラマの共演者、番組プロデューサーとの不倫と噂の絶えなかった
後藤の結婚相手は女にだらしないと評判のフォトグラファーだった。
かつては一世を風靡したものの盛りも過ぎ一回りも年上の男との結婚に周囲は面白
おかしく書きたてた。しかし当の本人はそんな周囲の良からぬ噂などどこ吹く風と
あっさりと芸能界を引退した。
幸か不幸か、ゴシップ続きでやや彼女に対する報道もマンネリ化し、アイドル歌手
というには年齢もキャリアも重ねた彼女のニュースはいくらかも断たぬ内に世間の
話題に上ることも無くなっていた。突然の引退についてとかその辺の事務所がらみ
のいざこざの詳細はわからない。そもそもモーニング娘自体当時の私が知るメンバ
ーは半分ほどに過ぎず、残っているのは後藤より後から加入したものだけだったの
だからマスメディアを通じて以外に私が彼女達のことを知る由など無いのだが。
- 14 名前:1-1 投稿日:2001年06月27日(水)23時22分45秒
- 「なーにが主婦だよ。このぐうたらエセ主婦」
仮にも客人に対してお茶の一つを入れるでも無しで缶ジュースを投げてよこしたその
爪はおよそ家事とは無縁なほど美しく彩られており、かつてのように透けるような金
に染められた髪は世に言う「ヤンママ」そのものだった。
「だってさあ旦那が何もしなくっていいって言うんだもん」
「ふーん」
さも関心なさげに私は答えた。
放任主義、とでもいうのか、
ほとんど仕事や付き合いで家に帰ることがないという後藤の主人はなんにつけても煩く
言うことはないという。かわりに後藤にも何も言わない。
飄々として捉えどころの無い彼女とそのへんが合致する所だったのかもしれない。
矢口ならさしずめ「そこに愛はあるのかい」なんていいそうだけれどね。
「けどそうなるとマジ暇なんだよね。市井ちゃんが来てくれてよかった!」
結婚式からしばらくしてかかってきた後藤からの電話。
瞬間、忘れかけていた記憶がフラッシュバックした。
- 15 名前:1-1 投稿日:2001年06月27日(水)23時23分45秒
- 『後藤真希』
私はかつてこの文字をどんな思いで見つめていたのだろう。
「どしたの?市井ちゃん、ぼんやりしちゃってさあ…ねえ?」
そう、私は彼女を実の姉妹のように愛しみ、
そして彼女を恐れ、
◇
逃げ出したんだ。
- 16 名前:あるみかん 投稿日:2001年06月27日(水)23時24分48秒
- 全然進んでないですが今回はここまでです。
- 17 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月28日(木)04時45分49秒
- エセ主婦後藤の姿が目に浮かびまする(w
この先どうなっていくのか楽しみにしています。
- 18 名前:うでたまご 投稿日:2001年06月29日(金)00時04分51秒
- ややっ。もう新作始まってたんですね。
ふう。気が付いて良かった〜(笑)
大人な後藤と市井。
どんな話になるのか先が見えなくてドキドキします。
続き楽しみにしています。
- 19 名前:パク@紹介人 投稿日:2001年06月29日(金)21時15分33秒
- こちらの小説を「小説紹介スレ@紫板」↓に紹介します。
http://www.ah.wakwak.com/cgi/hilight.cgi?dir=purple&thp=992180667&ls=25
- 20 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月07日(土)20時53分49秒
- うぅ・・・・
こんな所にあるみかんさんの新作があったとわ・・・
続きたのしみっす!!!
- 21 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月14日(土)06時37分05秒
- HPのほうも更新されてないし、
忙しいんでしょうか?
まあまたーり待ちますかね。
- 22 名前:あるみかん 投稿日:2001年07月29日(日)22時55分22秒
- 長らく更新が滞って読んで頂いてた方々申し訳ありません。
>17さん 中篇、リングと同じぐらいの長さの予定です。後藤をメインで書くのは初めてなので
どうなることやら。
>うでたまごさん またしてもくら〜いお話ですが、お付き合いくだされば幸いです。
「いちごま」テイストをそこねないよう、かつマンネリ化しないようできれば良いのですが
>20さん ありがとうございます。コンスタントに更新できるようがんばります。
>21さん 本当にお待たせしました。。。1ヶ月以上あいてるし。。。
またーりまって頂いてもうしわけないです。
- 23 名前:1-2 投稿日:2001年07月29日(日)22時59分16秒
- いつ頃からだったろう?それに気付いたのは。
誰とて一人では生きていけない。
友人がいて、
家族がいて、
恋人がいて、
いろんな人にいろんな感情を分かち合うからこそ生きていける。
私市井紗耶香の前に現れた「後藤真希」という人格もまた私に出会った頃の絶対的な
カリスマ性への羨望、理解しあった後に生まれた信頼、友情を与えてくれた。
私達は共に笑い、ときには泣いたりで忙しなくあの日々を送っていた。
だけれど、後藤は
いつからかその全てを私に求めていた。
そう、友情も、愛情も、信頼も、親友も、恋人も、家族も、そして己さえも。
私さえいればなにもいらない、真顔で言った彼女を私は恐れた。
――――市井ちゃんっ、どうして?なんで黙って……
- 24 名前:1-2 投稿日:2001年07月29日(日)23時00分34秒
- 「シンガーソングライターを目指したい」という気持ちに嘘偽りは無かった。
ただ、周りからしてみても早すぎると言われる決断を私にさせたのは
――――ずっと、一緒だと思ってたのに
あの目、後藤の目
私を見るあの目
お願いだから、
私を解放して。
一方的に絶縁を叩きつけるような形でわかれた私と後藤の関係。
何年もの間、平行線で交わることの無かった私達が、今また何ゆえここにいるのか。
避ける事は出来た筈なのになぜ私はココに来たのか。
「最近はどうなの?市井ちゃん」
あの頃と変わらない無邪気な笑顔で尋ねる後藤。
「どうって……」
一瞬私は言いよどむ。
どう、って。
恐れていた、単純な質問。
- 25 名前:1-2 投稿日:2001年07月29日(日)23時01分41秒
- そう、私は……。
確固とした目的が不明確なまま後ろ向きに走り出した私は二十歳を越えた今でもゆらゆら
とたゆたうだけ。
1分を60回繰り返し1時間を24回繰り返し、1日を7回繰り返し、1週間を4回繰り返す。
そうして1月を12回、それを何度か巡る、――それだけ。
あの頃と、何も変わりはしない。
「免許でもとろうかな、って思ってる」
後藤の聞いていることはこういうことではない。
わかっていたけれど私ははぐらかすようにわざとそう答えた。
ふうん、と答える後藤の次の言葉を待たずに私は続ける。
「この際だから国際免許とかもとりたいな、なんて。でも学生さんたちが夏休みに入っち
ゃうから教習所混んじゃうんだよねえ。それに空き時間とか待ち時間行ったり来たりも面
倒だし」
「ねえ、お腹すかない?」
「え?」
よっ、と声をあげて立ち上がると後藤は冷蔵庫をガサゴソと探りはじめた。
「あー、なんもないよ。買い物いかなきゃだねぇ」
私の話など少しも興味無さげに後藤はそう言った。聞いていたのかどうかさえ疑わしくなってくる。しかし、私にとってそれは腹だたしいよりもむしろほっとした。
- 26 名前:1-2 投稿日:2001年07月29日(日)23時03分10秒
- 「買ってこようか何か……」
「やだよ、暑いもん。足が無いから歩きでいくしかないし」
諦めて後藤はごろりとだらしなく寝転がる。
私と、
後藤。
二人だけの空間。
重く圧迫したあの息苦しさを知っているのに、なぜまた私はここにいるのだろう?
再びその疑問が頭をもたげる。
「そっちは?」
「うん?」
「そっちは……どうなんだよ、最近」
後藤は、寝転がったまま顔だけをこちらに向ける。
「やだなぁ市井ちゃん」
また、だ。
あの挙式のときにみせた完璧な微笑み。
- 27 名前:1-2 投稿日:2001年07月29日(日)23時05分20秒
- 「仮にも新婚なんだから野暮なこと聞かないでよぉ」
喜びと気恥ずかしさの入り混じった表情の後藤を目の当たりにして私はやっと疑問の答え
がわかった。
何ゆえ私はここに来たのか。
好奇心?気まぐれ?成り行き?
いや、違う。
私は、確かめたかったんだ。
後藤がどんな暮らしをしているのかを。
彼女が生きる糧をみつけちゃんと歩き出しているのかを。
彼女が幸せでいるのかどうかを。
けれどその感情は彼女を思ってのことではなく、
『もう一生、誰のことも好きになったりしない』
『幸せになったりしない。そうして独りぼっちで不幸な私を見せつけて』
『ずっと、苦しめつづけてやるんだから』
ただ
私自身が安心したい、その責から解放されたい、それだけの為にやってきたんだ。
醜悪なエゴイスト。
- 28 名前:1-2 投稿日:2001年07月29日(日)23時11分42秒
- その後なにを話したかよく覚えていない。
「それより、さっきの話だけどさ、このすぐ近くにあるよ」
「は?」
帰り際、後藤がこう言ったとき私はなんのことだかわからなかった。
「どうせ、アタシずっと家にいるし、なんなら喫茶店代わりにここ使えば?」
半分スニーカーに突っ込んだ足を止めて後藤を振り返る。
こともなげに後藤は言う。
「免許」
ああ、そんな話もしたっけ。
苦し紛れに言葉を繋いだ内容を、後藤が覚えていたことに若干の驚きが含まれる。
開かれた入り口のドアから外の多分に湿気をふくんだ暑苦しい空気が流れ込んでくる。
「取るんでしょ?免許」
「考えとくよ、後藤」
その肌にまとわりつく外気の不快さに顔をしかめながら私は答えた。
「違うよ」
背中越しで見えない筈なのに、確かに後藤が笑ったのを感じた。
「後藤じゃないんだよ、もう」
それまで私は彼女の名を一度も呼んでいなかったことにはじめて気がついた。
「もう後藤じゃないんだよ」
刺す様に激しい、陽射し。
「ね、市井ちゃん」
夏はまだ、はじまったばかり。
- 29 名前:あるみかん 投稿日:2001年07月29日(日)23時12分29秒
- まったりと更新。
話もまったりって感じですねえ。
- 30 名前:LVR 投稿日:2001年07月30日(月)00時50分29秒
- なんか雰囲気が違いますね。
チャイルドプラネットとも3とも違った後藤が素敵です。
でも……ちょっと怖いかも(w
- 31 名前:あるみかん 投稿日:2001年07月30日(月)21時43分17秒
- >LVRさん 久しぶりに文章を書くということを楽しんでます。最初にも少し書いたんですが
好みの別れそうな内容なので、ご容赦頂ければと思います。
- 32 名前:2-1 投稿日:2001年07月30日(月)21時44分04秒
- 体全体を包む気だるさ。
指一本動かすことももどかしい。
……いちゃん…
じっとりと汗ばんだ額にひんやりとした感覚がおりる。
市井ちゃん……大丈夫?
そっか……アタシ熱があるんだっけ。
新曲の練習でヒートアップしすぎちゃって。
どうりで熱いわけだ。
ひんやりとした冷たい手。
これ、誰の手だったろう?
……気持ちいい。
- 33 名前:2-1 投稿日:2001年07月30日(月)21時45分54秒
- 「市井ちゃん」
開けた視界に見知った顔がうつった。
その後ろにクリーム色の天井。
張りついた前髪を掻き揚げようと額に手を当てるとコロンと何かが転がった。
細い指先がそれを拾い上げる。
「市井ちゃんも食べる?アイス」
まだ覚めやらぬ、ぼんやりとした感覚を振り払うように私は左右に首を振った。
「キョーシュー、そろそろ時間じゃないの?」
時計は二時を少し回った辺りを指していた。
ずいぶん、昔の夢を見た。
ごしごしと目を擦る私の様子をアイスを片手に見る後藤。
「ああ、行かなきゃね」
ほんの少しと思い横になったソファで、どうやらそのまま眠っていたらしい。
大体、朝一の教習を受けて次が5時間空きの予定をくむなんてどうかしてる。
地方でこれじゃ、一体都心じゃどんなに混んでるんだろうか。
うんざりしながら体を起こす。
- 34 名前:2-1 投稿日:2001年07月30日(月)21時50分39秒
- ここのところ、このパターンの繰り返し。だらしない生活。
いつもいつも家でゴロゴロしている後藤をこれじゃ何も言えないなと思ってしまう。
「ごと……」
言いかけて私は口をつぐむ。
「アンタもたまにはどこか出かけたら?」
新しい苗字で呼ぶことにはどうにも抵抗があり、私は固有名詞を避けてそう呼ぶ。
「やだよ、暑いもん」
即答した後藤はその言葉とは裏腹に見た目にも暑苦しげな長袖のTシャツを着ていた。
「そんなカッコしてるからだよ。こういうの着ればいいじゃん」
自分の着ているキャミソールをさす。
「着れないよう、腕太くなっちゃってさあ」
くすくすと笑う、後藤。
けれど、むしろその腕は私と一緒にいた頃よりも一回り細くなっているような気さえする。
後藤のそれと自分のそれを見比べる。
……ちょっと痩せなきゃなあ。
「んじゃね、頑張って市井ちゃん。さあって洗濯でもするかなあ、たまには」
玄関先で見送る後藤に軽く手を振る。
私が去った後この部屋で、一人後藤は何を思い、何を考えているのだろうか。
少し翳り気味の地表と空を見上げる。
一雨、来そうだ。
後藤に洗濯はやめといたほうがいいとでも教えてやるか、などと一瞬考えた自分が馬鹿らしいと思い、道を急いだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 35 名前:2-2 投稿日:2001年07月30日(月)21時52分48秒
- ついてない。
むしゃくしゃした気分を抱えたまま、私は手馴れた仕草で後藤家の呼び鈴を押した。
「は〜い」と間の抜けた声と共にひょっこりと顔を出す。
「っと、うわ〜市井ちゃん汗でびしょびしょじゃんか」
ああ、と溜息とも返事ともつかない声を出して私は答える。
「今日は次、何時からなの?」
後藤にしては珍しく気を使ったのか、コップに氷をたっぷりと入れたアイスティーを差し
出す。
「今日はもういかない」
本当ならば午前中の実技と午後の学科を終えれば明日には仮免にのぞめたというのに、
ふいに出くわした救急車に道を譲ることが出来ず、まんまと再講習を告げられてしまった。その上アノ教官の態度。そんなにあんたは偉いのか。くどくどと鬱憤晴らしとでもいわん
ばかりに愚痴をたれて。
- 36 名前:2-2 投稿日:2001年07月30日(月)21時57分36秒
- 「ふーん」
ちゅるちゅると音を立てて、ストローを茶色い液体が伝い、後藤の口にすいこまれていく。
私も同様にそうすると体の冷えと共に幾分気持ちも落ち着いてくる。
「アンタ、ヒマ?」
こんなときにすることといったら、買い物かカラオケと相場は決まっている。
憂さ晴らしって奴だ。
このとき、恐らくは後藤と再会してはじめて私は誘いらしい誘いをした。
「ダメ、忙しい」
「はあ?」
ずずーっと大きな音を立ててアイスティーを飲み干す後藤を凝視する。
「こう見えても仕事してるんだから、主婦業」
「ゴロゴロしてばっかりじゃんか」
「だからね、それが仕事。アタシがこうやって楽してのんびりしてることが旦那さんの幸
せなんだから」
なかば呆れつつもそういうもんかね、と心の中で呟く。
「……クーラー効き過ぎじゃない?」
「そお?別に」
この間と同じ長袖のTシャツが目に入る。
「だから、そんなの着てるからだってば、せめて半袖とかさ」
- 37 名前:2-2 投稿日:2001年07月30日(月)22時04分04秒
- ついてない。
むしゃくしゃした気分を抱えたまま、私は手馴れた仕草で後藤家の呼び鈴を押した。
「は〜い」と間の抜けた声と共にひょっこりと顔を出す。
「っと、うわ〜市井ちゃん汗でびしょびしょじゃんか」
ああ、と溜息とも返事ともつかない声を出して私は答える。
「今日は次、何時からなの?」
後藤にしては珍しく気を使ったのか、コップに氷をたっぷりと入れたアイスティーを差し
出す。
「今日はもういかない」
本当ならば午前中の実技と午後の学科を終えれば明日には仮免にのぞめたというのに、
ふいに出くわした救急車に道を譲ることが出来ず、まんまと再講習を告げられてしまった。その上アノ教官の態度。そんなにあんたは偉いのか。くどくどと鬱憤晴らしとでもいわん
ばかりに愚痴をたれて。
- 38 名前:あるみかん 投稿日:2001年07月30日(月)22時08分08秒
- あ、すみません。なんか順番が変。
37は無しってことにしてください。
- 39 名前:2-2 投稿日:2001年07月30日(月)22時09分04秒
- 「う〜ん……」
なんの気なしに言った私の言葉になぜか後藤は考え込む。
言いようの無い沈黙がしばらく流れたあと
「ま、いっか。市井ちゃんだし」
ゆっくりとTシャツを脱ぐ。
後藤らしいストライプのキャミソールから伸びた細い腕。
けれど、それよりも「それ」は私の目を引いた。
「んもう、恥ずかしくってさあ」
ばつが悪そうに笑う後藤。
あちこちに散らばる無数の小さな赤い痕。
「つけないでっていってるのに、こんななんだもん。いくら新婚でも、ねえ?」
私はカーッと顔中に熱が帯びるのを感じた。
「これじゃどこにもいけないよう。プールとか行きたいのになあ」
目を反らそうとする私をからかう様に、後藤は私の顔を覗きこんだ。
「幸せそうで結構なことで」
赤くなっていることを悟られたくなくて精一杯私は強がってそう言った。
「まあね、でもここんとこ忙しいらしくてさ、あんまりなんだよねえ」
「へえ」
- 40 名前:2-2 投稿日:2001年07月30日(月)22時09分48秒
- なんだってこんな人ののろけ話なんか聞いちゃってるんだろう私。
視界に入る鎖骨辺りのキスマークとちらりと覗く後藤の紅い舌。
「あーあ、でも退屈」
「後……藤?」
「幸せってきっと退屈なものなのかもしれないねえ市井ちゃん」
少しずつ近づいて来る赤い色。
「それともただアタシがやらしいだけなのかな?ねえ……」
その色に囚われ私はただうわごとのように呟いた。
「後藤……」
「後藤じゃないよ」
冷えた筈の体がさっきまでの外にいたときのように熱に浮かされ頭がぼんやりとする。
「マキだよ、マキ。ただの真希」
後藤は後藤であって後藤でない。
でも目の前にいるのは後藤で……
よく、わからない。
クスクスという笑い声と近づく唇。
その日はこの夏一番の猛暑だった。
- 41 名前:2-3 投稿日:2001年07月30日(月)22時16分23秒
- ――――――――――
正確に言えば、というより間違い無く、あの頃私と後藤の間に肉体を伴った関係は無か
った。
抱き合ったり共に眠ったり互いのぬくもりに心地良さを見出すことはあっても、あくま
でもそれは親友の域を越えたものでは無かった。
けれど、後藤がそれ以上のものを求めていると知ったとき、
私を好きだといった後藤。
あの燃えるような瞳。
もしも受け入れたならば坂道を転がり落ちるように私に埋没する彼女の姿が見えた。
言い訳がましいかもしれないが、自分一人すら支えることが覚束なかったあの頃の私に
到底後藤を受け入れられることができようか。女同士の関係への嫌悪よりもむしろその
自己保身が先立ち、私は逃げた。
けれど、今、私以外に支えを見つけ、歩いている後藤。
責務から解放されたような安心感が私を包んでいた。
何より怖いのは、出口の無い、息することもままならないあの密閉した空間。
だから、
余裕すら伺える彼女に、私の中に軽い、そして恐らくは彼女の中にも軽い、……こういうのをなんというのだろうか。……そうこれはちょっとした遊び心なんだ。
- 42 名前:2-3 投稿日:2001年07月30日(月)22時17分35秒
- 「ん……」
仰け反った後藤の口元から紅い舌がチラリと覗く。
先ほど脱ぎ捨てられたTシャツの上にキャミソールを投げ捨てる。
勢いに任せて下着に手を掛けた私の頭上からクスリという笑い声が聞こえる。
「案外、慣れてないんだ市井ちゃん」
「……何が言いたいんだよ」
むっとして見上げた私の髪を後藤の指が掻き分ける。
「女泣かせって感じなのにねえ」
真昼間の明々とした光の元だというのに照れる様子もなく笑う余裕ぶった様に腹が立って
両手を押さえつけて馬乗りになる。少々力を込めすぎたのか「痛っ」と顔をしかめる。
「普通、無いだろ同姓との経験なんて」
付き合ったことはおろか寝たことも無い。
もっとも異性とも数えるほどしか経験の無かった私の台詞が陳腐に映ったような気がして、
わざと平気そうに自分の衣服を取り去った。
「……かーわいい、市井ちゃん」
するりと廻った後藤の腕に引かれそのまま倒れこむ。
- 43 名前:2-3 投稿日:2001年07月30日(月)22時20分22秒
- 「ねえ、知ってる?」
「何が」
この動揺を悟られはしまいか、そればかりが脳をぐるぐると渦巻き、私は答える。
「主婦の浮気相手ってさあ、最近同性が多いんだって」
「……アンタ喋り過ぎだよ」
鼻先をくすぐる髪の毛ごしに見える他人の家の景色を眺める。
「家に連れ込んでも怪しまれないし、後腐れ無いし、避妊の必要も無いし」
私の咎めなど聞きもせずに流暢に口を動かし、指先を動かし始めた後藤に聞こえないよう
に小さく息を漏らす。
「絶好のアイジンなんだってさ」
「喋りすぎ」
半ば開かれた唇を塞ぎ舌をねじりこませる。ようやく観念したように体を私に預ける。
アイジン、愛人だってさ。
アハハ、と私は心の中で笑った。
- 44 名前:あるみかん 投稿日:2001年07月30日(月)22時22分04秒
- とりあえずここまで。
珍しくコンスタントに更新(笑)
- 45 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月31日(火)00時11分22秒
- おぉ。。凄いものを発見した。。
- 46 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月31日(火)02時13分53秒
- 今までにない大人な感じというかオシャレな感じの物語りのように感じました。
しかし後藤の腕の痕は本当に幸せのしるしなのでしょうか・・・すごく気になります。
あるみかんさんの文章は本当にその世界に引き込まれます。つづきが楽しみです。
- 47 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月31日(火)04時03分59秒
- 何ともいえない雰囲気を醸し出してる小説ですね。
特に真希の何考えてるんだか解らないところが怖すぎです。
- 48 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月31日(火)09時28分27秒
- いい意味でお昼1時から見たいカンジです。流石。
- 49 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月31日(火)20時04分03秒
- >>48
ワラタ
けど、確かに同意。
- 50 名前:あるみかん 投稿日:2001年08月02日(木)00時58分14秒
- >45さん ひっそりひっそりやってます(ワラ 新スレたてるかどうか悩んだんですが
流石に赤のlittle bitのスレではできませんでした。毛色が違いすぎて。
>46さん リングのときよりもホラー色ではなくてなんていうか一人称の強みを生かして
心理面を書いて行きたいと思ってます。にしても、鋭い。
>47さん 今後テンションというか雰囲気を壊すことがないよう書いて行きたいと思います。
大筋に囚われすぎて雑にならないよう気をつけます。
48さん 上手いこといいますね(笑)threeはちなみに8時台のどらまだったからなあ・・・
49さん あはは、喜んでいいのやらどうなのやら。でもがんばりますね。
- 51 名前:3-1 投稿日:2001年08月05日(日)20時44分55秒
- 例の再講習の所為で予定通りに教習が進まなかった私が、次に後藤家を訪れたのはそれか
らきっちり1週間経ってからのことだった。無事に取り終えた仮免許を見せると、後藤は
すごーい、と大げさに驚いた。
「じゃあ今日はこれで終わりなんだ」
後藤の問いかけにコクリと頷く。
ほんの少し後藤の態度が変化するんじゃないかという杞憂はとり越し苦労に終わり、何ら
変わること無い彼女の素振りにほっとする。
「脱げば?」
またしても暑苦しい長袖に目線をやる。
「イヤン、エッチ」
「馬鹿」
もう今更隠すことも無いでしょというと、それもそうだね、といいつつもどこか躊躇いな
がら脱ぎ捨てる。
「なんだ」
予想とは違い、先週見た紅い痕はよく目を凝らさなければわからないほどにうっすらと茶
色く残るだけだった。
強いて言うなら、1ヶ所だけ少し濃い目の痕があるくらいで。
- 52 名前:3-1 投稿日:2001年08月05日(日)20時46分07秒
- 「あー、暑かった!」
後藤の声と共に窓からふわっと風がまいこんでくる。
そういえば、あまり気にならなかったけど、珍しく窓を開け放ち、外光をふんだんに取り
入れた部屋はいつになく明るい。
クーラーではなく扇風機の送ってくる風も心地良い。
「痩せた?後藤」
表れた腕が心持また細くなっているような気がして尋ねてみる。
「夏だからねえ」
パタパタと手で風を起こしながら答える。
クーラーっ子の後藤に換気なんて考えがあるとも思えないんだけど・
それに、きつい華の香り。
その疑問はテーブルに置かれた煙草ケースを見て納得する。
「最近吸い始めたんだよ。旦那には内緒で」
ストレスでもたまっているのかと尋ねようとした矢先に後藤が口を開く。
「だってね、月九のドラマで吸ってんのがカッコヨクってさあ」
今若い女性の憧れの的となっている女優の名を挙げる。
そういえば、彼女の役柄も歳若い妻だったっけな。
- 53 名前:3-1 投稿日:2001年08月05日(日)20時46分58秒
- 「コレも脱いじゃおうかなあ……」
「勝手に…」
半ばで後藤の唇に私の言葉が遮られる。
強引に引き離そうとすると、すっと身を引かれ肩透かしになる。
「アンタね……」
「シよ、市井ちゃん」
ピザでもとろうよというようにサラリと言う口調。
「何言って……」
「だってシにきたんでしょ?早くしないと旦那帰ってくるかもしんないし」
慣れた手つきで私のシャツに手を掛ける。
「ちょ……」
「コレ」
トントンと目を引いた紅い痕を指差す。
「ちなみにコレは市井ちゃんのだよ。今日は付けないでね?」
それが嘘だと半分はわかっていたけれど、あからさまに否定できず、結局私は後藤の意の
ままになる。
「カーテン……」
いくらなんでも、これじゃあんまりだ。
- 54 名前:3-1 投稿日:2001年08月05日(日)20時48分43秒
- しめるように促すと後藤は駄目と即答する。
「こんな昼間からしめきってちゃ、いかにも浮気してますって言わんばかりでしょお?」
だってそうじゃん。
そう思ったけれど、反論するのも無意味で。
代わりに後藤の体を抱きしめた。
――――――――
「……ベトベトだよ」
聞こえないように呟いたつもりの小声を聞きつけたのか後藤がキャミに腕を通しながら振
り返る。
「シャワー浴びたい?でも……」
「いいよ」
主人の留守に上がりこんで風呂まで入っていくずうずうしい愛人なんてね。と内心自嘲気
味に笑う。
- 55 名前:3-1 投稿日:2001年08月05日(日)20時49分57秒
- 後藤もなぜだかほっとした表情を浮かべる。
「そか。よかった、汚いんだよねえ。掃除しようしようとは思うんだけど」
必要最低限しか片付けないところは主婦になっても治るもんじゃないのかと思う。
それにしても、
「やっぱさ、この香りキツ過ぎだよ。もうちょっと……」
「えっ、臭いかなっ?」
「くさかないけどさ」
なんだかイヤミったらしい。
「んー、失敗かなあ」
首をひねりながらテレビの上に置かれた小さなポットを手に取る。
「何、それ」
「アロマテラピーってやつ」
どうりで、いくつかの香りが混じった気がしたのはこの所為か。
- 56 名前:3-1 投稿日:2001年08月05日(日)20時50分48秒
- 「効果は?」
差し出されたそれを受け取り、軽く匂いをかいで見る。
まあ……なんというかいい香り、と素直には言い難いんですけど。
「性欲増進」
「な……!!」
「効果テキメンだねえ」
鼻先に近づけていたポットを反射的に遠ざける。
が、にやにやと笑う後藤を見た瞬間嵌められた、と気付いた。
「……のやろっ!!」
拳をグーにして振り上げる私。
「キャー、おこんないでよう、ジョークジョーク」
降参降参と頭を抱えて逃げる後藤。
まるでただ無邪気にじゃれあった頃のように。
- 57 名前:あるみかん 投稿日:2001年08月05日(日)20時53分10秒
- 更新です。
ほんと暗いなあ、これ。。
- 58 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月05日(日)22時14分15秒
- シーンは省略されているのに・・・ えろい・・・
- 59 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月06日(月)01時35分56秒
- 暗いっていうか複線が多くてドギマギする
- 60 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月07日(火)01時00分42秒
- 陰影礼賛なのだ。
- 61 名前:うでたまご 投稿日:2001年08月11日(土)07時10分51秒
- この世界観嫌いじゃないです。
真希の糸にからまりつつある市井ちゃん。
私もどうなることやらドキドキしてます。
- 62 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月25日(土)21時51分23秒
- 2週間・・・
- 63 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月31日(金)01時28分13秒
- 静かに、でもしつこく(w
更新待ち。
- 64 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月02日(日)23時13分53秒
- プレッシャー!?
いやいや、ただ単に待ってるという事を・・・
時間はたっぷりあるし・・・
- 65 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月03日(月)07時57分34秒
- ここの作者氏は前からマターリ更新系だから静観しようぜ。
- 66 名前:4-1 投稿日:2001年09月08日(土)12時37分39秒
- 年々日本人は季節感を失っていくというけれど、盆を迎えても
相変わらず何も変化の無い自分を見ると確かにそれを実感する。
尤も、もしかしたら私に限ったことなのかもしれないけれど。
グラスを弄ぶと氷がぶつかり合い乾いた音を立てた。
同時に窓際に吊るしたキャラクターの風鈴も涼しげな音を奏でる。
といっても、涼しいのは音だけで。
「あっついよう……」
だらしなく口をあけて転がる後藤を軽く蹴る。
今度は快眠効果があるとか言うアロマを焚いた部屋の匂いにもも
ういいかげん慣れたけれど、そんなものは万年眠りの神様とお友
達の後藤には必要無いだろうと突っ込みたくなる。
後藤から体を離し、時間を見ようと携帯を手に取ると、タイミング
良く着信音がなった。
「うん?」
眠たげにこちらを見る後藤を尻目に画面を見つめる。
- 67 名前:4-1 投稿日:2001年09月08日(土)12時38分51秒
- ―――
……圭ちゃん。
何故だかそう声に出すのが躊躇われて私は無言で通話ボタンを押
した。
「紗耶香?」
落ち着いてて、張りがあって……厳しいけれど優しい、懐かしい声。
「どうも」
何がどうも、なのか。
ちぐはぐな私の答えをどう思ったのか圭ちゃんもども、と短く返す。
「今、話せる?」
「ああ…うん」
相変わらずごろごろと寝転がる後藤をチラリと見て答える。
「誰かいるの?」
「えっ、あ、いや…平気だよ」
圭ちゃんはこんなとき妙に鋭い。
私は咄嗟につく必要の無さそうな嘘をついてしまった。
けれどそのときはそう答えたほうがよいような気がした。
- 68 名前:4-1 投稿日:2001年09月08日(土)12時39分57秒
- 幾ばくかの沈黙の後、圭ちゃんが口を開く。
「そのさあ…紗耶香、最近後藤と会ってる?」
「え?」
予想していたどの問いとも違う圭ちゃんの言葉と後藤という響きに反
応する。
「あ、どうして?」
質問を質問で返した私のちゃちな誤魔化しを彼女はどう受けとめた
だろうか。
「あー、なんかこういうのあんま本意じゃないんだけどさあ」
相変わらず歯切れの悪い口調で彼女は続ける。
「その、仕事柄どうしてもそういう話が入ってきちゃって」
圭ちゃんはあれから何年かして娘を卒業した後、もソロ活動を続けて
いて去年からは夜の報道番組のコメンテーターとしても幅を広げてい
るようだった。
「なに、そういう話って」
「……まあ前々から評判は良くなかったんだけどね、ここんとこひど
いらしくて」
- 69 名前:4-1 投稿日:2001年09月08日(土)12時40分35秒
- 暗にそれが後藤の結婚相手のことをさしているのだと私は理解した。
「あちこち飲み歩いて、お店の女の子に手出したりってのは有名なんだ
けどね、それでもやることやってればいいんだろうけど、最近じゃ締め
切りもろくに守らないでふらついてるらしいのよ。」
「……」
ワイドショーを通じて報道される好奇心のみに綴られたものとは違い、
圭ちゃんの声は食らい影を落としていた。
「この間、久々に依頼したらしいんだけどね、前払いで払ったのにその
お金持ったまま消えちゃって、もう出入り禁止だなんていわれてるんだよ」
「……」
気持ち悪い。
言いようのない不快感がこみあげてくる。
「紗耶香?」
これは、なんだろう?この感情。
- 70 名前:4-1 投稿日:2001年09月08日(土)12時41分32秒
- 「ねー、市井ちゃん、誰からー?」
あっけらかんとした声が響く。
「えっ?何、後藤いるの?そこに。紗耶香?」
戸惑う圭ちゃんの声。
「……」
「紗耶香っ、紗耶香ってば…返事し」
電話を持った手をだらりと下げ、プツリと回線を切断する。
「誰から?」
どこから引っ張り出してきたのか、車の雑誌をパラパラとめくり
ながら後藤が尋ねる。
「あんたの知らない人」
- 71 名前:4-1 投稿日:2001年09月08日(土)12時42分16秒
- 「ふうん……」
圭ちゃんはただ純粋に後藤のことが心配でそのことを伝えてきた。
では、私は?
「ねーねー、あとちょっとで免許取れるんでしょ?車買いなよ」
もうすぐ、ここにくる理由もなくなる。
「やっぱ大きい車がいいよね。キャンプとかも行けちゃうような、
いっそ娘同窓会なんてどう?……あ」
乱暴に後藤の手から雑誌を取り上げてなかば強引にその体を抱き
寄せた。
「……買えるわけないでしょうが、そんな高いの」
「市井ちゃん?」
顔を見られないように後藤の肩に頭をもたげる。
「今、幸せ?」
触れた部分から伝わる後藤の体温を感じながら私は呟いた。
ゆっくりと、私の背をはう後藤の指先。
「うん」
私は?私はどうなんだろう。
- 72 名前:4-1 投稿日:2001年09月08日(土)12時43分00秒
- 「幸せだよ。アイドルやって、恋愛して、結婚して、あとは子供か
な?へへ……」
恐らくは幸せそうな笑みを浮かべているであろう彼女を想像する。
また、だ。
この感情。
「……旦那さんのこと好きなんだ」
知りたくない、気付きたくなかった自分の気持ち。
「うん」
あんな男の事を後藤は愛している。
「最近仕事で忙しいらしくて寂しいんだけどね」
愛人、浮気、…後藤は最初からちゃんとそう言っていたんだ。
相手が一体なにをしているのか知りもせず彼女は彼を待ちつづけている。
それが、なぜこんなにも私を動揺させるのか。
- 73 名前:4-1 投稿日:2001年09月08日(土)12時43分45秒
……
間違いなくこれは、嫉妬だ。
どす黒く身勝手で汚らしい一方的な感情。
――――一生誰のことも好きになったりしない―――――
あの日そう言った後藤。私を好きだといった後藤。
変わらなかったのは彼女ではなく私。
ほかでもなく、この私。
そして、私がずっと逃げていたのは彼女からではなく
私が変わってしまうこと
自分自身の汚らしさに気付くこと。
- 74 名前:4-1 投稿日:2001年09月08日(土)12時44分23秒
- 「い……ちいちゃ…」
「……だよ」
「もうちょっと……ゆっく…り…」
「好きだよ、後藤」
――――――
――
- 75 名前:あるみかん 投稿日:2001年09月08日(土)12時52分37秒
- >58さん 直接的な表現は苦手なので、というか書く技量がないもので。読者さんの
想像にゆだねるということで。。
>59さん 期待を裏切らないようにがんばりますね。
>60さん ここんとこほんと暗いのばっか思いつくんですよ。次回作も多分・・・
>うでたまごさん めっちゃレス遅くてすみません。リクにも答えてないし、、でも
必ず書きますので。
>62さん お待たせして申し訳ないです。次こそは・・・!
>63さん たびたびお待たせしてすいません。&お待ち頂いてありがとうございます
>64さん 書きたいんですがなかなか時間がないので、申し訳ないです。
>65さん ほんとにマターリですね。これほんとは1ヶ月くらいでおわらすはずだったんですよ。
- 76 名前:あるみかん 投稿日:2001年09月08日(土)13時01分05秒
- なかなか思い通りに筆(?)が進まず申し訳ないです。
新メン4人が入ったせいかここのところ妙に昔が懐かしくなります。
(とかいいつつしばらくしたら新メンものかいてそうですが)
一応ブーケは次回で最終回です。
次はどうしようかなあと考え中です。
あまりスレだてするのもなんなのでここにそのまま書こうかなと。
となるとやっぱ暗めになってしまう。
- 77 名前:LVR 投稿日:2001年09月09日(日)00時59分50秒
- 久々に読めて嬉しいです。
次回で最後ですか。
あるみかんさんが暗い話って言ってるから、読むのが怖い……(w
- 78 名前:うでたまご 投稿日:2001年09月09日(日)01時58分41秒
- 後藤の気持ちはどこにあるんだろう…。
市井ちゃんはこれからどうしたいんだろう…。
次回で最終回ですか。
読むのが怖いような、でも早く知りたいような複雑な気持ちです(苦笑
リクはあるみかんさんの筆(?)が進みそうなときで全然大丈夫です。
最後に駄々こねちゃったんで大人しく待っております(笑)
- 79 名前:あるみかん 投稿日:2001年09月09日(日)23時39分50秒
- >LVRさん レスありがとうございます。一応伏線らしきものははってあるんですが
あんまり生かしきれてないかも。。。
>うでたまごさん 相変わらずいいとこにお目をつけますね〜。
後藤の気持ちって言うのはポイントですね、うん。
来週にはあげるぞ!!ラスト(宣言)
- 80 名前:読んでる。 投稿日:2001年09月13日(木)04時31分11秒
- かなり
はいっちゃう。
どー転んでもいい。
- 81 名前:LVR 投稿日:2001年09月13日(木)13時19分36秒
- >>80 さん
とりあえず、sageとこうよ。
- 82 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月13日(木)15時18分21秒
- 次回で最終回か、ちょい残念だね。
まあでも楽しみに待ってよう。
- 83 名前:あるみかん 投稿日:2001年09月15日(土)17時33分33秒
- >80さん 本当に転んじゃってるかも。。。んー
>LVRさん 毎回読んでくれてありがとうございます。
>82さん ここのとこ製作意欲がまた湧いてきたんで次回作もがんばります。
- 84 名前:4-2 投稿日:2001年09月15日(土)17時35分17秒
- 散々悩んだ挙句、白い車体からビリリと初心者マークを引き剥がす。
なんだか似合わない。
かっちりとシートベルトを締めてキーを廻す。
ブルンという音を伴ってシートからエンジンの振動が伝わってくる。
大丈夫。
うっすらと暗くなりかけた道を走り出す。
海へいこう、後藤。
そこからきっとなにかが始められそうな予感がするんだ。
愛した人間の裏切りを知ったときに、
また苦しんでしまったときに
壊れてしまわないように。
- 85 名前:4-2 投稿日:2001年09月15日(土)17時35分54秒
- 後藤のマンション前の駐車場は決して一台辺りのスペースが広いとはいえず
やむなく私は頭から突っ込んだ格好で停車した。
カッコ悪いことにそれでもやや斜めに向いている上に車輪も曲がったまんまで
一体後でなんて茶化されるかと思うと気が重い。
別に約束しているわけでもないので急ぐ必要はないのだけれど、私は急いだ。
驚くだろうな、まさかほんとに買ったなんて思っていないだろうし。
車のことなどまるで詳しくない私がふらりと立ち寄った専門店の店頭にあった
白いRVカー。後藤が乗りたいといった車に似てるな、とぼんやりと思った。
……どのみち買うつもりではあったし。などと思うのはやはり言い訳で。
衝動買いと呼ぶにはあまりにも大きな買い物をした原因は彼女にほかならないのだ。
何を今更格好をつけているのか、自分の言動があまりにも滑稽だった。
何度か呼び鈴を鳴らした後しばらく待ってみる。
また寝てるんだろうか。まったく後藤ときたら。
呆れながらもう一度押してみるが反応がない。
- 86 名前:4-2 投稿日:2001年09月15日(土)17時36分41秒
- 「留守なのかなあ……」
驚かせようと思い連絡をいれずに来たものの、不在の可能性とてあるわけでなん
だか自分一人で舞いあがっていたような気がした。
ふいにドアに手をかけると思いのほかに音も立てずに開いた。
中からは明々と電光灯の光が漏れてくる。
なんだ…いるんじゃん。
どうせソファーでお菓子食べながら寝ているのだろう。
それにしても鍵くらい閉めておかないと不用心だろうに。
誰も居ない他人の家に入るのは若干気が引けたけれど玄関に突っ立っているのも嫌
だったので中にあがっていく。
シンと静まり返った室内。
開けはなれた窓から吹き込んでくる風にカーテンが舞う。
漂うのは相変わらずの強い香りとこの独特の空気。
いつもなら後藤が居ることで感じられなかったものが私の中に流れ込んでくる。
- 87 名前:4-2 投稿日:2001年09月15日(土)17時37分15秒
- なんだろう、これ。
じっとりとした汗が滲んでくる。
誰に居ない筈なのにどこからか感じるこの感覚。
本能的な私の勘がそうさせているのだろうか。
この香り。むせかえるような香り。
後藤との性交を思い出させる一方で背徳的なことをしている罪悪感がつのる。
やはり、後藤が帰ってくるまで待っているべきだった。
ふらふらと立ちあがる。
とりあえず顔だけでも洗って頭をすっきりさせたい。
脱衣場を抜け浴場を右手に洗面台に立つ。
シャーと流れる水にともなって乾いた洗面台が濡れていく。
なんだか随分と埃っぽい。
そういえば、何度も後藤の家には来たけれどこちらにくるのは始めてであることに気付く。
『汚いんだよね……掃除しようとは思うんだけど』
それに、さっきよりも強いこの匂い。
知っているけれど、知らないこの匂い。
夢遊病者のように私はそこに近づいていた。
- 88 名前:4-2 投稿日:2001年09月15日(土)17時38分19秒
- 駄目だ。
頭では本能的な激しい警告のサインが出ているのに。
キィ、
駄目だ。
ここに入っちゃ……
力を入れるまでもなく自然に扉は奥に開いていく。
「……なに、これ」
本来水が入るはずの浴槽に無造作に重ねられた黒々としたゴミ袋。
後藤ときたら不精者にも程がある。
早起きできなくて捨て損ねたゴミをこんなとこに押し込んで。
- 89 名前:4-2 投稿日:2001年09月15日(土)17時38分55秒
- ただ、それだけのことじゃないか。
なのに私の足はそこから動かなかった。
なにをしようとしてるんだ。ただ去ればいい。
後藤を待っていつものように
あの気だるい時間を共有する。
あの暑苦しくてむせかえるような香りのあの空間で…
ビリリ、と
袋を破いた。
――
―
- 90 名前:4-2 投稿日:2001年09月15日(土)17時39分28秒
- 「う…ぁ…」
喉から掠れた声が漏れた。
声にならない叫びを上げたまま私は口元を押さえて転がるように浴室を出た。
黒い袋から覗いた枝分かれした変色した物体。
指、人間の手。
「ぅ……くっ」
吐いた。
ろくに物を食べていないのに吐いた。
次から次へとこみ上げる嘔吐感を押さえきれず、私は吐いた。
胃液の味が口中に広がり頭を鈍痛が襲う。
それでもまだ私は洗面所に突っ伏して吐きつづけていた。
吐くものもなくなって見上げた私の視界に
「あーあ、ばれちゃったか」
彼女は、まるで悪戯が見つかった子供のような無邪気笑顔を浮かべていた。
- 91 名前:4-2 投稿日:2001年09月15日(土)17時40分15秒
- 「大丈夫?市井ちゃん」
「さわんないで!!」
肩に掛けられた手を私は反射的に払いのけた。
「ひどいなあ、市井ちゃん」
一向にひるむことなく後藤は私の頬に指を当てて自分のほうに向かせる。
「さわ……るな……」
カタカタと小刻みに体が震えるのがわかった。
「なにを怯えてるの市井ちゃん。アタシが市井ちゃんに何かすると思ってるの?」
冷たい唇が私の瞼に降りる。
「どういうこ……とだよ」
「何が?ああ」
さもおかしそうに笑うと後藤はこともなくこういった。
「市井ちゃんははじめまして、なのかな?あれ私の旦那さんです」
変色した指。
何個も積み重ねられた袋。
- 92 名前:4-2 投稿日:2001年09月15日(土)17時41分05秒
- 「大変だったんだよー。細いっていってもやっぱ男だし重いし、あんなの入るおっ
きい袋なんかないし、一個一個ばらばらにすんのほんと久々に働いたって感じ」
既に私は床に崩れ落ちていて跨るように後藤は乗っかり近付いてきた。
「それに匂い!臭いったらありゃしない。ごまかすの大変だったよ」
開け放たれたままの窓。
煙草。
入らないでといった浴室。
むせかえるような強い香り。
全ての符号が一致していく。
「なんで……?」
「なんで?」
鼻歌すら聞こえてきそうなほどに後藤は唄うように言った。
「だって、私のこと抱こうとしたんだもの、あの日、市井ちゃんとはじめて寝た日に」
――――絶好の愛人なんだよ
――――主婦の浮気相手としては
後藤の手が私の腕を取って自分の体にすべらせる。
「アタシの体、唇」
上から下へと私の指が後藤をなぞる。
「首筋、胸……全部、全部」
「市井ちゃんのものなのに」
- 93 名前:4-2 投稿日:2001年09月15日(土)17時42分25秒
- 「なんで……?」
言葉を知らぬ異国人のように私は繰り返す。
私の目に見えた彼女は私のことなどとうに忘れ、新しい恋と生活に埋没していた
はずなのに。ねえ?幸せだと君は言ったのに。
「だってそうしなきゃ、市井ちゃん」
それまで、
私はどうして気付かなかったんだろう。
「私のそばから逃げちゃったでしょう?」
後藤も、そして私も
「でも、もう平気。だって市井ちゃん私のことすきだって言ってれたんだもん。も
う絶対離れたりしないからね」
―――ひとりぼっちで不幸な私を見せつけて―――
―――ずっと苦しめつづけてやるんだから―――
あの頃とすこしも変わってなどいなかったのに。
- 94 名前:間奏 投稿日:2001年09月15日(土)17時48分06秒
−−−−−−−
- 95 名前:フィナーレ 投稿日:2001年09月15日(土)17時48分48秒
- 「海に行こう、市井ちゃん」
放心した私の耳元で彼女は囁く。
「こないだ調べたんだ。絶対に浮かんでこない自殺スポット……下の斜めにとめ
てた車、市井ちゃんのでしょ?アタシが乗りたいって言ったやつ!」
「なに、言ってんだよ……警察に行こう」
「はあっ?ケーサツ」
けらけらと乾いた笑い声が響く。
「なにいってんの、市井ちゃん。もう事件は終わってるの。浮気亭主の失踪事件。
ハイ!解決!!」
「ふざけ……」
「てないよ」
ぴしゃりと言いきると静かに口を開いた。
「もう終わってるって言ってるじゃない。それに、今更犯罪者を一人増やした所で
どうなるわけでもないでしょう?ね……?市井ちゃん」
「やめ……」
強く吸われる唇。
「私を犯罪者なんかにしたくないでしょ……」
ああ、また……
- 96 名前:フィナーレ 投稿日:2001年09月15日(土)17時49分30秒
- 私の脳はすでに考える事を止めていて、ただ言われるが侭に従う。
「お……っもいなあ。これ多分胴体だ。でも私のほうが力持ちだしね。あ、市井ち
ゃんそっちは多分頭だから軽いよ。ほら」
両手に袋を担いで後藤は笑う。
すっかり日が落ちた闇の中に車を走らせる。
高速に乗るためには駅前の道路を通過しなきゃ行けない。
夜とは言っても夏の夜の8時ごろはまだ人通りも多く、今になってという感じだが
死体を積んだまま繁華街を通るのは気が引けた。
さっさと通りぬけてしまおう。
「あ、待って!市井ちゃん。そこで止めて」
有無を言わさない後藤の口調に仕方なく車を止める。
「ちょっと買いたいものがあるんだ。いこ」
「……」
- 97 名前:フィナーレ 投稿日:2001年09月15日(土)17時50分06秒
- とうの昔に反論する気力など失った私はその後に続いた。
行き先でようやく私は後藤の意図を理解する。
「んー、どれにしよう」
「ご用途は?」
吟味する後藤に店員が話しかけている。
「そうだね……そう、亡くなった人に捧げたいの」
「ああ、それでしたら……」
あれこれと説明する店員にただにんまりと微笑んで後藤はあちこちの花を手にと
って見る。
「ああ、あれください」
パッと顔を輝かせショーウインドウに飾られたそれを指差した。
「え?あれ、ですか?でも……」
戸惑う店員をよそに後藤はさっさと財布を取り出す。
私は、顔を背け車へと向かった。
- 98 名前:フィナーレ 投稿日:2001年09月15日(土)17時50分54秒
- 一体、何時間車を走らせたのか。
ぽつんと残された白い車からはなれ、私達は立っていた。
「悪い人じゃなかったのよ」
岬にたって後藤は海を眺める。
その手に握られた小さな花束。
レースで縁取られた、花束。
それは花屋のディスプレイで一際美しく飾られていた。
「あたしのこと好きにさせてくれたし、似たもの同士って感じで。包丁で思いき
り刺しちゃったけど、やっぱいたかったよね…」
そう言った後藤の目にはうっすら涙さえ浮かんでいた。
「それにおかげで市井ちゃんがまた私の傍に戻ってきてくれたのに」
「後藤……」
もう後藤はわたしが彼女の事を後藤とよぶことになんの反論も示さなかった。
「せめて、花くらいそなえてあげないとね……」
波の中に消えていった、後藤の夫……だったもののあたりを見つめる
- 99 名前:フィナーレ 投稿日:2001年09月15日(土)17時51分45秒
- ふと、思い立ったように後藤はふりかえった。
「ねえ、市井ちゃん。ブーケの意味って知ってる?」
「……」
「手にした人は幸せになれるのよ。私はすごく幸せだよ。ねえ、市井ちゃんは?」
私の手に舞い降りてきた花束。
「これからも、ずっと一緒に居ようね市井ちゃん。ねえ、幸せでしょう?」
「後藤」
サラサラと流れるような後藤の髪が頬に触れる。
そっと彼女を抱きしめる。
そう……
そうだね、後藤。
「市井ちゃん」
差し出された花束を受け取って私は海へと投げた。
- 100 名前:フィナーレ 投稿日:2001年09月15日(土)17時59分25秒
- 舞う、花びら
ひらひら
ひらひら
弧を描く。
ブーケの意味はね、受け取った人が次に幸せになれるんだって。
だから
どうか今度はあなたが―――
――――幸せになれますように。
Fin.
- 101 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月15日(土)18時14分02秒
- え〜と、感想書いても良いのかな?
脱稿おめでとうございます。
今回の話は難しかったです。ハイ(w
次回作も楽しみにしてますね。
- 102 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月15日(土)18時31分53秒
- かなり面白かった、です。
ハマリました。
- 103 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月16日(日)00時16分31秒
- 完結おめでとうございます。
おしいのは最後先が見えてしまった事ですね。
次も楽しみに気長に待っていますので、よろしくお願いします。
- 104 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月16日(日)02時16分15秒
- 面白かったです。
全部全部・・・・・市井ちゃんのものなのに・・・・・
この部分がめちゃくちゃ好きだなぁ。
読み終わって、再度最初から読み返してしまいました。
後藤の気持ちを考えると泣けるっすね。
- 105 名前:うでたまご 投稿日:2001年09月18日(火)18時00分20秒
- 遅ればせながら読みました。
私は全然最後までわからなかったので、そうだったのか…と
いろんな伏線に後から納得いたしました。
ホントに良かったです。
次回作も楽しみにしています。
- 106 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月19日(水)14時26分14秒
- 読み終わりました。良かったです。
市井、後藤二人のそれぞれの気持ちが切なかったです。
次回作待ってます!
- 107 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月22日(土)11時33分15秒
- 破滅的ないちごま!
遅ればせながら初めて拝見しました。
具体的な「何か」を書かなくても
脳裏に臭いとか、叙情的なイメージが広がってくる感じはさすが。
あるみかんさんならではっすね。
次回作も期待します。
- 108 名前:あるみかん 投稿日:2001年09月23日(日)21時21分30秒
- >101さん 自分でも難しかったというかこんなはずじゃなかったのになあという
感が強いですね。次回作ガンバリマス。
>102さん ありがとうございます。前半部分は自分でも結構気に入ってます。
後半にくる要素をもうちょい残しとけば良かったかなと。
>103さん 確かに・・・その分もうすこし心理描写にボリュームを持たせて視点を
ばらせばよかったかも。なっていっても今更ですが。
>104さん リングとは毛色の違った感じのエンディングを目指しました。後藤
と市井のキャラ認識がこれでよいのか未だに迷う。
- 109 名前:あるみかん 投稿日:2001年09月23日(日)21時29分33秒
- >うでたまごさん 初の本格的(?)いちごま実験的作品といううたい文句のもと
書いてみましたが、予想以上に苦戦しました。花板でいしよし(?)はじめたので
よかったらのぞいてください。
>106さん 気分新たに(ほんとにあらたに)新作始めました。久々の明るいやつ
なのでお気軽に読んでいただけるのではと思います。
>107さん 他のかたのシリアスモノを読んでやっぱりそうはいっても書きこみが
足りないなと思います。叙情的なイメージもよりクリアに伝わるように精進します。
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