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【導かれし娘。】第五部〜
- 1 名前:A24 投稿日:2001年07月03日(火)00時30分07秒
- 第五部からのスタートです。
それ以前のは、同名タイトルで同板にあると思います。
(なくなっていた場合、どこかにUPしておきますので同スレ内で
リンクを探してください)
2000年のメンバーを想定したパラレルものです。
- 2 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)00時31分35秒
- Chapter−@ <破滅のシグナル>
大滝の残したリストには、総勢1580人の能力者の名前があった。
いずれ、この者たち全員を長野にある<Zetima>で暮らせるようにした
かったようだが、残念ながらいくら”絶対的な者”と呼ばれるほどの能力
者でも寿命には打ち勝つ事はできなかった。
「ばあさんが死んで、もう5年か……」
つんくは、<Zetima>本社にある会長室で重厚な椅子に身を任せて、
近くて遠い時間に思いを馳せていた。
10年前は、つんくもただの青年であった。大学を卒業し、一流企業と
呼ばれる会社に就職したが、そりが合うことができずにわずか1年たら
ずで退職した。
虚無感が漂う生活を送る中、フと目にした”自己開発セミナー”のチラシ。
つんくは直感的に、”これだ”と思った。社会全体に巣くう虚無感に、自
分が巻きこまれないようにするためには自己を見つめなおし精進する事
が何よりも必要な事のように思えた。
このままでは、自分が腐ってしまうような危機感にとらわれていた。
そして、数万円を払ってセミナーを受けたが、”超能力”というものを用い
て自己の能力を上げるという何ら科学的・心理学的に確証のないエセセ
ミナーに失望した。
そのセミナーは、どこかの新興宗教が信者獲得のため名前を伏せて開
いているセミナーで、自分が騙されたと気づくまでにそう時間はかからな
かった。
幼い頃から、”超能力”という非科学的なものにはあまり興味はなかっ
た。幼少の頃に、自分と同年代の少年たちがスプーンを曲げたりして
いるのをテレビで見て憧れたりもしたが、それは幼少の頃であって、いい
年齢になってからは、そんな事にはまったく興味を示さなくなっていた。
「しょーもな」
と、小さく毒づき、そのセミナー会場から出ていこうとした時、ステージに
1人の少女が立たされた。
講師であり、新興宗教の教祖である”グル”と呼ばれていた男は、自分
の超能力でこの少女の中にある潜在能力を引き出す事に成功したといっ
た。その特殊能力は、”どんな傷をも治すヒーリング能力”だとグルは熱く
語った。
- 3 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)00時32分38秒
つんくは、ドアの前からその様子を眺めていた。どうせ、このまま残って
いてもくだらないショーを見せられるだけだと頭では分かっていたが、そ
の少女が発する独特の雰囲気が、もしかしたらという期待をつんくに与
えて、外へと向かう足を止めさせている。
「信じられぬものはその目で見るがよい。疑うものはその力を感じるが
よい。――そこの君、こちらへ」
講壇から指名されたつんくは、断る間もなく信者らしき若い男2人に両
脇を抱えられて連行された。
そして、理由もなく突然、腹部をナイフで一突きされた。一瞬、会場内が
静まり返った。つんく自身にも何が起こったのかわからなかった。腹部に
何か熱い物が突き刺さった感触がある。
そこに触れた手を目線まで持ち上げると、その両手は鮮血で染まってい
た。それだけでもう気を失いそうになってしまった。
かざす両手の向こうにいる少女が、泣き叫んでいる。
もしかしたら、という淡い期待はその少女の泣き叫ぶ様を見て絶望へと
変わった。わけのわからないカルト宗教のセミナーに参加したせいで、こ
んな無残な最期を向かえるのかと思うと情けなくて涙が滲んだ。
「さぁ、サーヤ。お前の持つその力で、この傷つく者を救いなさい。さもな
ければ、この青年はこのままここで息絶えるだろう」
グルの声を聞きながら、つんくは涙を流しながら少女を見上げた。腹部か
らの出血により、もう立つことさえできなくなっている。
少女は泣きじゃくりながら、首を横に振っていた。
「さぁ、今こそお前の力を出すのだ。さもなければ、この青年は死んでし
まうぞ」
少女は泣きながらも、首を横に振りながらも、つんくの元へと歩み寄っ
てきた。腹部の痛みも相当の物ではあったが、こうして最期の光景が
少女の泣く姿というのもどこか心苦しくもあった。もうすぐ、自分は死ぬ
のだろうと目を閉じた時、心地よい感覚が全身を覆った――。
ゆっくりと目を開けると、そこから吹き出していた血液がピタリと止まっ
ていた。そしてなによりも、鈍痛が嘘のように消えている。
少女は嗚咽を漏らしながら、横たわるつんくの側にしゃがんでいた。
「な……、なんや、いったい……」
つんくの小さな呟きを聞いたグルは、ニヤリと笑うと会場へと視線を向
けた。
- 4 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)00時33分58秒
「まだ信じられぬ愚かな者たちよ。その怠慢を思い知るがよい。私は、
神である。神を信じぬものはその力に触れよ」
グルが目配せをすると、会場の隅にいた数人の信者が包丁を握って、
会場にいた受講者たちを次々と刺していった。
悲鳴が響きわたり、悶絶するその光景はまさに地獄そのものであった。
「さぁ、サーヤ。この者たちを救うのです」
少女は泣きながら、講壇を飛び降りて会場で横たわる者たちへと駆け
ていった。
そして、つんくは見た。少女が手をかざすと傷は跡形もなく消え失せ、
人々の顔に生気が戻っていく様を――。
つんくの胸の内に突如として、”神を守る使徒”のような使命感が芽生
えた。少女がすべての傷ついたものたちを癒したのを見届けると、すぐ
さま講壇を飛び降りて少女の元へと向かった。
返り血を浴びて泣き叫ぶ少女を抱え上げると、制止を呼びかけるグル
の叫びも無視して会場のドアへと向かって走った。
背中に先ほど感じた熱い痛みが走ったが、それでも止まらずに走った。
自分でもよく分からなかったが、脳が走るように命令していた。
ビルの表の通りに走り出ると、そこに老婦人がいた。
そして、穏やかな笑顔を浮かべながら少女を抱えたまま傷だらけになっ
ているつんくに話かけてきた。
「ご苦労様でした。ここからは、私がお連れしますので」
「な、なんやねん……、急に……。お、お前も、アイツラの仲間か!」
「先に傷の方を治しましょう」
老婦人は、つんくに手をかざした。少女のように直接傷に触れたわけ
ではない。少し離れた場所から手をかざしただけで、つんくの背中に
あった刺し傷がなくなった。
「あ、あなたも……、あなたも超能力者なんですか!」
つんくの問いかけに、老婦人はなにも答えずに穏やかな笑みを浮かべた。
「け、けど、この子は渡しません。ど、どこに連れていくつもりか知りませ
んけど、渡すことはできません」
「では、あなたも一緒についてきますか? もう歳なので、1人では辛く
てね。裕子とあなたにこれから働いてもらいますか」
老婦人が穏やかな声が聞こえなくなった途端、辺りの風景が一変した。
先ほどまでの町の光景がなくなり、つんくの視界には緑の木々が広がっ
ていた。
思考能力がストップして呆然と立ち尽くすつんくの手から、気を失ってい
る少女を抱きかかえると老婦人は木々の向こうにある小学校のような木
造の建物へと歩いていった。
- 5 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)00時35分32秒
――つんくは、黄色いサングラスを通してその光景を思い出していた。
デスクで鳴った電話が、つんくを過去の思い出から現実へと引き返した。
「――ああ、わかったすぐ行く。――おう」
つんくは電話をきると、デスクの上の書類を整理しだした。
「まさか、こんなビジネスになるとはな。あのばあさんも、そこまでは見え
てなかったようやの」
と、小さく笑った。”金”と”権力”という欲望にとりつかれたつんくには、
過去の思い出などそれほど重要なものではなかった。
5年前に、それまで抱いていた”神を守る使徒”のような使命感がウソの
ように消えた。そして、自分が光子に操られて利用されていたことを知り、
憤怒した。意識の最下層にあった”権力”という名の欲望が、ふつふつと
こみ上げてきたのもこの頃からであった。
社会からドロップアウトした時その歪んだ欲望を正当化して、自分の意
識の最下層にしまっていたのが自分にとっての最大の幸運だとつんくは
思っている。
”精神感応者”は、人格を壊すつもりがなければ意識の最下層まで触手
を伸ばす事はないと市井から聞いていた。そして、それはそのまま光子
の教えでもある。つまらないモラルで、光子は最大の失敗を犯したとつん
くはほくそえんでいた。
市井らの抜けた今、能力者を集める作業は難航していたが、その問題も
もはや解決されようとしている。
市井らのようなズバ抜けた能力者は、もうほとんどリストには残っていな
い。だが、リストの使い道は他にあった。そして、それは市井らの能力に
も匹敵するほどの変化を遂げるのである。
「祭りや……。もうすぐ、祭りやで」
つんくは、デスクの書類をカバンに放り込むと武者震いをしながらドアへ
と歩いて行った。
- 6 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)00時36分21秒
「エアコンがないってのは、ちょっと辛いよね……」
ひとみは、白い息を吐きながら土間の囲炉裏に当っていた。
日本旅館を住居がわりにして、もうすでに数ヶ月が経過している。
2000年の終わりは、もうすぐそこまできていた。
「でもさ、温泉があるからまだマシじゃん。ね、いちーちゃん」
マフラーに”どてら”姿の後藤が、隣でやはり同じように囲炉裏に手を当
てている市井に訊ねた。
「せめて、石油ストーブでもほしい。っていうか、電気がほしいよな」
「そうですね……」
なんとなく、しんみりとした雰囲気で3人は囲炉裏に当っていた。
「ちょっと、もー最悪」
と、矢口が声を荒げながら土間へと入ってきた。玄関を開けたとたんに、
外の冷たい風が吹きすさび、3人は身体を震わせた。
ひとみは瞬間的に、”雪女”の話を思い出した。
「矢口、寒いからさっさと閉めて」
「あ、ごめんごめん。ちょっとそれよりさ、よっすぃ着替えとってきてくれ
ない?」
その声に、ようやくその場にいた3人が土間の矢口を見た。
矢口は全身雪だらけとなっており、ちょっとした雪だるまのようだった。
「なんですか、それ」
と、ひとみは笑いながら立ちあがった。
「あ、それ、後藤のマフラーじゃん。探してたのに」
「ごめんってば。ね、それよりよっすぃ早くして〜〜」
と、ガタガタと震える矢口の身体を心配して、ひとみは廊下を走っていっ
た。
「屋根の雪かきしてて、落ちたの?」
市井は、もう特に興味がないといった様子でまた囲炉裏の方に向き直っ
た。
「辻と加護が、落とし穴作ってたんだよ」
泣きそうな矢口とは対照的に、後藤はクスクスと笑っていた。
- 7 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)00時37分16秒
小型の防水テレビを買ってきたのはいいが、電波がまったく届かない
ため、もっぱら付属機能のAMラジオのみが使われていた。
中澤と保田は日がな一日中ラジオを聞きながら、温泉に浸っている。
「なぁ、圭坊」
湯船の縁に頭を乗せている中澤が、やはり少し離れた場所で同じように
している保田に声をかけた。
「この何ヵ月かで、発電所が4箇所も爆破されてんのっておかしいないか?」
「そうかな。安全確認を怠ったせいじゃないの?」
2人は目を閉じたまま、会話を繰りかえす。
「発電所だけやないで、アメリカ軍の基地も何箇所か襲撃されてるみたい
やし」
「襲撃って……。ただの火災事故でしょ。ラジオでも言ってたじゃん、ジェッ
トエンジンの燃料が漏れて格納庫に引火したって」
「まぁ、ほんまにそれやったらええんやけどなぁ」
保田が、額にかけていたタオルをはずして中澤を見る。
「他に何か原因があるの?」
「いや、別に。ただ、どこも”火”が関係してるからな」
保田はハッとして、上半身を起こした。
「まさか、明日香が」
「にしては、行動の意図がようわからんねん」
「うん……」
「ゼティマもあれ以来、まったくの音沙汰なし」
「……1人来たけどね」
「あれは、ゼティマとは関係あらへんやないの」
「……ウチラのこと、もう諦めてんのかな」
「それやったら、ええんやけどな。なんか、不気味やわ」
「……」
保田は、あまり深く考えないようにしてまた湯船へと身体を浸からせた。
「ちょっと、裕ちゃん辻と加護どうにかしてよ〜!」
と、身体にバスタオルを巻いた矢口が、怒りをあらわにして入ってきた。
大人の空間は、矢口の来訪により終わりを告げる。
- 8 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)00時38分22秒
「宇宙が、人格化しているという事ですか?」
梨華は、飯田の部屋で会話をしていた。
後天性の言語障害という事で、飯田が喋れないのはもう随分と昔に
希美から聞かされていた。
しかし、梨華の能力である”精神感応”で飯田の心の声を聞くことがで
きる。”会話”ではあるが、第三者から見れば梨華は一方的に話してい
るだけである――。
もともと、あまり人と関わるのが好きではないのか飯田は1日のほとん
どを部屋で1人で過ごしていた。
だがここ数日は、梨華がこのように部屋を訪れるようになっている。
きっかけは、ほんの些細なことであった。
ある日、中庭で植物の手入れをしていた梨華に、飯田から”声”をかけ
てきたのである。
(あなた、花が好き?)
初めて聞く”声”に驚き、梨華は振りかえった。するとそこに、珍しく微笑
んでいる飯田が立っていたのである。
(圭織も好き。圭織というよりも、どっちかっていうと地球が好きかも)
飯田の話を理解するのには、梨華も少々時間がかかった。ありとあらゆ
るものを同時に見て感じることのできるチャネリングを行なっているせい
なのか、もともとそういう思考なのかは分からないが、その話には一貫
性が感じられないことが多々ある。
- 9 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)00時39分38秒
今、話している宇宙の意思についてもそうであった。市井から聞かされ
た”宇宙意思”というものがどんなものなのか、それを感じとれる飯田に
直接訊ねにきたのだがさっぱり要領を得ない。
(人格化というよりも、水辺にかかる虹の橋のようなもの)
梨華の頭は、混乱する。
そこへ、雪でビショビショに濡れた加護と希美が入ってきた。
「ちょっと、どうしたの風邪ひくよ」
正直、梨華はホッとした。先ほどから質問ばかりしては、新たなる疑問
ばかりを答えとしてもらい、一向に理解できなかったのである。
「今から、温泉入りにいくねん」
と、加護は部屋にもともと備え付けられていた和ダンスへと向かった。
「飯田さんも、いっしょにいきましょー。いきましょ。いきましょ。いき
ましょ」
と、希美は飯田の手を引っぱる。飯田は空いていた手で、素早くメモ用
紙に何かを書いた。
それを受け取った希美は、「宇宙のじんかくか? 梨華ちゃんに?」と、
飯田に訊ねた。飯田がコクンとうなずくと、加護と希美の着替えを出し
ている梨華に向かって喋りだす。
「宇宙は、星と星を繋いでいる橋のようなものれす。その橋にはいろい
ろな星の意識が流れてきます。そして大きな意識となり、この宇宙全
体に広がるのれす。宇宙意思は、星の意識の複合であり人格化した
宇宙の意思ではないのれす。宇宙意思はすべての星の意識であり、
すなわち宇宙全体の意思なのれす――って、飯田さんは言いたいの
れす」
加護と梨華が、きょとんとした顔で希美を見つめている。
- 10 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)00時41分04秒
「意味がぜんぜんわかんない」
と、ひとみは梨華と2人っきりの温泉浴場でつぶやいた。
クスクスと笑う梨華が、「実は、私も」とつぶやく。
「宇宙なんて、スケールが大きすぎるよ。森さんっていう人が、ゼティマ
に連れてこなかったのもわかる気がする。だって、アタシたちには何の
関係もないもん。目に見えるものじゃないからね。そんな話聞かされて
も、あーそうですかって感じ」
「そんな言い方、よくないよ」
「だってさ」
(――――――)
「よくはわからないけど、飯田さんの力とののの力って2人で一つって言
うような感じがする」
「……?」
「たぶん……、だけど……」
白い湯気が濃すぎたせいで、ほんの1メートルほどの向こうにいる梨華の
表情がひとみの位置からはよく見えなかった。
声がどうして暗く沈んでいるのか、ひとみにはよくわからなかったが、さっ
き自分が心の中で思ったことに何の反応を示さないでいるところを見ると、
意識のガードで届かなかったことを知った。
特にこれと言って、重要なことを考えたわけではない。ほんのちょっとから
かうような感じで、”梨華ちゃん、最近、飯田さんの話ばっかりじゃん”と心
の中で呟いただけである。
深い意味はなく、ただ梨華がどういう反応をするか見てみたかっただけで
ある。
- 11 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)00時41分50秒
しかし、梨華はその声が聞こえていない。
ひとみは、その事が少し気になっていた。お互いいつも声を出して会話す
るようにしているので、梨華が心の声に反応しないのも分かる。
だが、今のはあきらかに心の声で語りかけた。もしも、気を使って会話中
に意識をガードしているのであれば、この半年間<Zetima>の影がしな
いからといって、少し無防備すぎるのではないかと考えていた。
そのことを梨華に伝えようとした時、浴場の引き戸がいきなり開け放たれ
た。湯気がさらに一層濃くなり、1メートル先の梨華はまるで見えなくなっ
た。一瞬、”敵”かと思ったが梨華がなにも反応をしないので、そうではな
いのだろう。いくらなんでも、身の危険を感じればガードを緩めて相手の
意識を読みとり容易に敵かどうかを判断するはずである。
『うわぁ、すごい煙。よっすぃ、梨華ちゃん、いる?』
声の主は矢口であった。
「あ、はい。いますよ」
と、ひとみは濃い湯気を振り払いながら声をだした。
『あのさ、裕ちゃんがちょっと話あるからすぐに集まってって』
「あ、はい。わかりました。すぐ出ます」
『よっすぃ、背中流そうかー?』
「え?」
『アハハ。冗談。待ってるからすぐ来てね。じゃーねー』
と、矢口は去ったようである。
湯気が晴れた後、ひとみの目にはつんと横を向いて拗ねている梨華の
顔が映った。
(なんで、そんな顔してんの〜……)
「先、行ってるから」
と、梨華はさっさとバスタオルを巻いて脱衣場へと向かった。
「……」
矢口が背中を流そうかと言ったとき、ほんの一瞬ではあるが”一緒に
背中を洗いあっている”姿を想像してしまった。どうやら、それを読まれ
ていたらしい。
「ちょっと待ってよ、梨華ちゃん。誤解だって」
ひとみは、あわてて脱衣場へと向かった――。
- 12 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月03日(火)00時42分55秒
- 本日の更新は、これで終了です。
- 13 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月03日(火)00時43分51秒
- >>2-11
今回の更新分です。
- 14 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月03日(火)00時44分40秒
- いつものように、更新分を消します(^^;
- 15 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月03日(火)00時45分53秒
- スクロールするの、大変です。邪魔です(^^;
- 16 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月03日(火)00時46分32秒
- 消しておきます。
- 17 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月03日(火)00時48分15秒
- このレスが邪魔な人は、こちらで>>2-11
- 18 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月03日(火)00時48分58秒
- それでは、今回はこの辺で。
- 19 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月03日(火)18時24分17秒
- 独立愚連隊(紅蓮の炎)が気になるな……
それにしても、たった二日更新されてないだけで待ち遠しかった、
かなり依存症が進んでるみたい(w
- 20 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)23時45分59秒
- Chapter−A<新たなる敵>
囲炉裏の炭はもうあらかた小さくなっているので、メンバーは各自自分
の防寒着を羽織ってその周りで暖をとっていた。
もうすでに眠っている加護と希美と、あいかわらず部屋で1人でいる飯
田を除くメンバーがそこに顔を揃えていた。
ひとみと梨華も、温泉の熱はもうすっかり冷めていた。
「中澤さん、話ってなんですか?」
先ほどから熱燗を煽るばかりで一向に話をしようとしない中澤に、ひと
みは業を煮やして訊ねてみた。
「あ、まぁ、もうちょっと待って」
と、中澤はさらに黙って熱燗を手酌で飲んでいる。
数分が経過した――。
中澤の傍らにあるAMラジオが21時の時報を告げて、ニュース番組
がはじまる。
中澤は、ボリュームを上げた。
『では、最初のニュースです。今日午前11時、S県とN県を結ぶ中日
高速道路で熊に似た謎の生物が出現し、下り線を利用していた53名
が襲撃を受け死亡。58名の重軽傷者を出しました。尚、この未確認生
物は依然逃走を繰り返しております。周辺住民の皆様は、夜間の外出
を控えるなどして警戒に当って下さい。この未確認生物は、まだ捕獲さ
れておりません』
中澤がボリュームを下げた。
「なんか、最近、変な事件ばかり増えてると思わん?」
メンバーは皆、青ざめた顔を浮かべていた。
中澤はそれらの顔を一瞥すると、また熱燗を飲み始めた。
「――ここ何ヶ月か、変な事件が多いねん」
「未確認生物って……?」
「わからんから、未確認生物なんやけどな」
と、矢口の問いに中澤が笑って答える。
「ふざけないでよ……、ねぇ、ひょっとしてこれってさ」
「わからん。ゼティマの仕業かも知れん。――けど、未確認生物って言
うのが気になるなぁ。目撃者もおんねんから、襲ったのが人間やったら
人間って証言するやろうし……」
中澤が下唇を触りながら、何か考え事をしている。
皆、その様子をジッと黙って見つめていた。ただ、市井だけがやはり同
じように何か考え事をしている。
- 21 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)23時48分26秒
「もしも、ゼティマならどうする?」
と、市井が眉間に皺をよせて呟いた。
「……ウチらには直接関係ないことやから、このまんまでもエエかと思う
たんやけどな。これ以上、犠牲者が増えるんもあれやし」
「で、裕ちゃんはどうしたいのさ」
矢口の問いかけに、中澤が軽くうなずいた。
「ちょっと、山を下りてみようかなって」
「裕ちゃん1人で?」
「ちょっと見てくるだけ」
「やめなよ。危ないよ。行くんなら、矢口も一緒に行く」
「相手がどんなヤツかわからんのやで、矢口は残っとり。1人のほうが
動きやすいしな」
「ヤダよ。そんなの別にいいじゃん。ここで、みんなと一緒にいようよ」
矢口は目にうっすらと涙を浮かべ、中澤の腕を掴んで離そうとしない。
中澤は、憂いのある微笑を浮かべて矢口を見つめていた。
「後藤が行ってこよーか?」
後藤が、囲炉裏に手を当てながらさもなんでもないように言ってのけた。
「ゼティマが関係してるんなら、ついでに潰してきてあげるよ」
「ごっちん、あんたまだそんなこと言うてんのか」
「……」
後藤は囲炉裏で赤く燃えつづける炭を、黙って見つめていた。市井と梨
華に、後藤の心の声が響く。市井と目があった梨華は、市井の意識を
読みとる事はできなかったが、言いたい事はわかった。
「あの……、ごっちんは、そういうつもりじゃないんです」
市井と後藤を除く全員が、うつむいて喋る梨華に視線を向けた。
「ごっちんは、その、ここの暮らしをどうしても守りたいから……。前みた
いに、ただ復讐のためってことじゃありません。ここでみんな平和に暮ら
したいから――。そうだよね、ごっちん」
後藤は黙って、炭を見つめ続けた。
「そうか……。ごめんな、ごっちん。けど、無駄な戦いはせんでええ。ゼ
ティマももうウチラのことは諦めてるつもりやからな。もうあれから、半年
近いねん。なんもしてこんとこみたら、たぶんそうやねんで」
「けど」
「けど――?」
「……」
後藤は、囲炉裏に視線を向けたまま口篭もった。
「ウチラで偵察に行ってくるよ」
後藤を見かねたかのように、市井が口を開いた。
「久しぶりに、3人で行ってみよっか」
と、保田が笑顔を向ける。
「大丈夫だって裕ちゃん。アタシがちゃんと、みんなの保護者になるから」
心配そうな表情を浮かべる中澤に、保田が胸を張りながら言った。
- 22 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)23時49分04秒
翌日、保田は中澤から車の鍵を受けとると、市井と後藤を乗せて山を
下りていった。
見送る者たちにも、それほどの不安はなかった。ゼティマでも最強のト
リオである。ここに、加護が加わればさらにグループとして完全な強さ
と成り得るのだが、一緒に行きたがっていた加護を中澤がムリヤリに
留まらせた。
以前ならば、留める者の手を振りきってでも加護は市井らについていっ
たであろう。幼い頃からその力を疎んじられ、憩いの場を市井らの場所
にしか見出せなかったのである。
だが、今は同年代の友達が近くにいることで納得はしなかったが、中澤
の言う通りにここに留まることにした。
加護は、市井らの乗るワゴン車を見送る間、ほんの少し寂しくて泣きそ
うになったが、となりにいた希美がずっと手を握っていてくれたおかげで、
なんとか涙を堪えて笑顔で手を振ることができた。
「のの、ありがとう」
車が見えなくなってみんなが敷地の中へとひき返すと、加護は小さくそ
う呟いた。
「ん?」
希美が、きょとんと加護を見つめる。
「のの、大好きやでー」
と、加護はその頭をつかむとブチューっと希美の唇にキスをした。
一瞬驚いた希美だったが、キスの洗礼はこれまで幾度となく中澤に受け
ていたので慣れっこになっていた。
「あいぼん、大好きやでー」
と、希美も負けじと加護にキスを返した。そして2人は、笑いながらまた
手を繋いで遊びに出かけた。
その様子を、旅館の庭から眺めていた他のメンバーは苦笑した。
「裕ちゃんの、悪いクセが移ったんだよ」
「ほんまやなぁ」
「そーいえば、中澤さんって保田さんにはあーいうことしませんよね。何
でですか?」
ひとみの素朴な疑問に中澤が答える。
「圭坊大人やし、恥ずかしいやんか」
と、頬に両手を当てて身を捩じらせながら「寒っ」と母屋へと駆け出した。
「あ、待ってよ」
矢口も、その後を追った。
残されたひとみ・梨華・飯田は、顔を見合わせてまた苦笑した。
- 23 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)23時50分36秒
もうすぐ臨月を迎える石黒は、その大きな腹を持ち上げるようにして愛用
車に乗り込んだ。
アパートの駐車場まで見送りに来た石黒の旦那である真矢は、階段を下
りるだけでハラハラしていたのに、これから車で遠出をする妻のことが心
配でならなかった。
「彩、やっぱりこういうのは止めとこうよ。取材なら、出産が終わってからで
いいじゃないか」
運転席の窓越しに、真矢は語りかける。
「事件は待ってくれないの」
「何のための、産休なんだよ〜……」
「心配しないで。ちょっとインタビューとってくるだけだから。明日にはちゃん
と戻ってくるから」
「やっぱり、俺も行くよ。心配だよ」
「ダメ。真ちゃんは今日大事な会議でしょう」
「そんなことより、こっちの方が心配だよ」
「はい、危ないからどいて」
と、石黒はキーを回してエンジンを始動させた。閉めた窓の向こうで、真矢
がまだ何か言いたそうな顔をしていたが、気づかないフリをして車を走らせ
た。
石黒彩――、彼女は半年近く前に、その手腕をかわれて大手新聞社に取
材記者として再就職することができた。だが、もう既にその頃は妊娠数ヶ月
だったこともあり、編集長としては出産後に就職してもいいという条件を出し
ていたのだが、石黒はそれを断って面接日のその翌日から出勤して取材活
動をはじめた。
政治団体の献金不正流用、検察官の少女買春、等のスクープを短い期間
で取り上げてきた。
そして今、N県の高速道路で起きた謎の事件を追っていた。
その現場で目撃された未確認生物を、伝説のモンスターや宇宙からの侵
略者だと煽りたてる一部のマスコミもあったが、石黒は一笑にふしていた。
そのような”オカルト”がマスコミに横行すること自体、バカバカしいと思う石
黒であった――。
- 24 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)23時52分20秒
久しぶりに見る街の夜景は、違和感を感じるほど光々としていた。
東京の夜景などはもうしばらく見ていないので、もっと違和感を感じるかも
しれない――と、市井はコンビニの前に停車しているワゴンの中で考えて
いた。
片田舎のコンビニにも、虚無感に包まれた若者たちがいる。店の前で座り
込み、他愛もない話をして時間を潰す若者。動物園の無気力な動物のよう
に、店の中で雑誌を立ち読みしている者。
退廃的な閉塞感は、もはや日本中に蔓延しているらしい――。
市井は、いつかの光子の言葉をおもいだした。
『決して自分の尺度で物事を考えてはいけないよ。人には人それぞれの
悩みがあり成長の速度も違うのだから。人が成すべく事は奢り高ぶり自
分の価値観を押しつけるのではなく、そっと見守り導いてやることだよ』
市井はその言葉をずっと覚えていた。そして、つんくが全権を握った〈Zeti
ma〉のもとで自分たちの仲間を導いているつもりだった。
しかし、それはひょっとしたら自分の怠慢であり自分の手ではすくえきれな
い欲望だったのかもしれない。
あの長野の山奥で暮らしていた頃、そして今、山奥で暮らしていることを
考えると、自然と”復讐”などという事はどうでもいい行為へと変化していっ
た。目の前にいる無気力な若者たちも、やがていつか自分たちの居場所
を見つけられるだろう。
だが、それは自分には関係のないことだと市井は考えている。大勢の能
力者を”ユートピア”に導くことももう自分の使命ではないと考えている。
ただもっと単純に、自分の愛すべき仲間だけを仲間と共に”ユートピア”へ
と導きたいだけである――。
「いちーちゃーん、アイス買ってきたよー」
と、両手にアイスを持ってはしゃぐ後藤。
「遅くなってごめん。新聞売りきれててさ。店のをコピーさせてもらってた」
コピー用紙と日本地図を持って、運転席に乗り込む保田。
自分たちを見て微笑んでいる市井を、後藤はアイスを持ったままきょとん
と見つめていた。
(――自分の大切な人達だけを守りたい。
おばあちゃん、それは両手からこぼれるほどの欲望ですか……)
- 25 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)23時53分27秒
「ちょっと、アンタら、ええ加減にしなさいよ」
湯船の中澤が、顔面にバシャバシャとお湯を浴びながら叫んだ。
お湯を浴びせさせているのは、湯船の中でバタ足をしながら移動している
加護と希美である。
「ホンマ、もう、ちょっと……」
中澤の声はまるで聞こえていない様子で、2人は笑いながらずっとバタ足
移動を繰り返している。
矢口は頭を洗いながら、頭を洗い終わったら隣の露天風呂でゆっくりしよう
と考えていた。
数分後――。
矢口がのんびりと露天風呂に浸かっていると、となりから大声で叫ぶような
歌声が3人分聞こえてきた。
「裕ちゃん……。一緒になって何やってんだよ……。ったく……」
矢口は、タオルを頭に乗せると軽いため息を吐いて湯船の中へと頭を沈め
た。
しかし、それからまた数分後。
母屋の方には、しっかりと4人分の歌声と騒ぎ声が聞こえていた。
- 26 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)23時54分35秒
「もうね、ホント、加護と辻とお風呂に入るとあーなるから疲れるよ」
と、ひとみが食器を洗いながら苦笑した。
人気のまったくない冬の夜、空気も乾いているためいつもよりも湯屋からの
声は大きく聞こえていた。
となりで食器を拭いている梨華も、微苦笑を返した。
(圭織はね、いつかその大きな流れと一つになるの)
突然、飯田の声が聞こえてきて、梨華は振りかえった。
土間の八畳敷きで飯田が視線を空中に漂わせたまま、佇んでいる。
「へ?」
梨華は思わずそう呟いた。その声を聞いて、となりで食器を洗っているひと
みが振りかえる。
「飯田さん……」
(星の意識は人の意識でもあるから、もう既に一つになってるかもしれない
けどね。それでもいいの。圭織は2つにはなったりしないから)
「あ、はい……」
と、梨華は目を伏せて申し訳なさそうに返事をした。
(どうしたの? 梨華ちゃん?)
心の声は聞こえているはずだが、梨華はチラリと横目でひとみを見たきり
何も話そうとはしなかった。
(辻にも話さなければいけない。でも、全部話してはいけないの。なぜな
ら、圭織は1つになれないし、辻も1つになれないから)
「あ……。ののなら、あいぼんと一緒にお風呂ですけど……」
(圭織のかわいい妹。とてもとても大事な妹。でもね、本当は圭織は何も
知らない)
「どういう……、ことですか?」
梨華の問いかけをとなりで聞きながら、ひとみはまた食器洗いに戻ろうと
した。だが、梨華の次の言葉を聞いて、フッと食器を持つ手を止めた。
「のののこと、何も知らないって……。3年間、病院で一緒だったんじゃ……」
(一緒だったけど、そうじゃないような気もする。ううん。やっぱり一緒だっ
た)
「……」
梨華の頭はまたも、混乱し始めていた。言っていることがまったく要領を
得ない。このままではまた、いつものようになってしまうと考えていた。
(1度も時間移動はさせてない。コテージは小さいから許した)
「させて……ない?」
- 27 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)23時55分42秒
(でも、圭織と出会う前は知らない。圭織と出会う前、辻は辻であって、
本当の辻はどこかにいるかも)
「あの……。それってどういうことですか」
(どこからきた辻なのか、圭織知らないもの)
「……! それって、ののがこの世界の人間じゃないって事ですか!?」
梨華の言葉を聞いて、ひとみは驚いた。
「梨華ちゃん、今なんて言ったの」
「あの、それってパラレルワールドっていうのに関係してるんですか?」
――ひとみは、”マズイ”と思った。この手の話は、難しくて苦手なので
ある。
しかし、今、湯屋から聞こえてきている希美がこの世界の住人ではない
というのは信じられないので、黙ってもう少し聞いてみようと思った。
(宇宙には時間はあってないようなもの。そこを移動する辻は、着地点を
知らない。でも、圭織はだいたいわかってる)
「あ、あの……、もう少しわかりやすくお願いします」
(宇宙ができた時から、分岐した枝はさらに分岐してそれぞれの世界を
継続してて、この地球も1分1秒ごとにそれぞれの生物・植物からそれ
ぞれの場所から枝が広がり続けている)
「……」
(遠く離れた世界は大きく違っていて、近くにある世界はそこそこよく似
てる。辻は、着地点を間違えた)
「つまり、ののは時間移動の能力を使っている間に、こっちの世界に来
ちゃったってことですよね」
(ま、ホントは漂ってたのを圭織が呼んだんだけどね。ま、それでもいい。
圭織、疲れたからもう寝る。辻には後で話す。じゃあね)
と、圭織はフラフラと漂うように、廊下を歩いて行った。
「梨華ちゃん……」
ひとみと梨華に理解できたのは、希美がこの世界の住人ではないとい
うことだけであった。
ひとみの動揺を感じ、梨華はソッとつぶやいた。
「うん……。でも、私たちの知っているののは、ここにいるののだから」
「……そうだよね。あんまり、関係ないよね」
「……うん」
うなずいた梨華ではあったが、やはり自分も動揺していた。
加護と希美が作った歌なのだろう、中澤を揶揄している無邪気な歌声
が湯屋の方から聞こえてきていた――。
「「♪とぅえんぃとぅえんてぃとぅえんてぃせぶーん」」
- 28 名前:第五部 投稿日:2001年07月03日(火)23時57分00秒
――翌日。
謎の生物が逃走したという方向に向かって、ワゴン車は走っていた。
市井が意識を捕らえるレーダーの範囲を広げ、保田は運転しながらも
透視能力で辺りの様子をうかがっていた。
後藤はまだ眠り足りないのか、助手席で眠っていた。
「圭ちゃん、車……、止めてもらえる?」
「あ、うん」
2人は停車したワゴン車から、ゆっくりと下りた。何の変哲もない、高速
道路から10キロほど離れた場所にある新興住宅地だった。
市井は、そこで目を閉じて意識を集中していた。
保田も透視能力を使って辺りを念入りに探してみたが、どこにもそれらし
い生物の影はなかった。
「残留思念か……」
目を開いた市井が、残念そうに呟いた。
「じゃあ、ここを通っていったのね」
「うん。間違いない。あっちの方向」
- 29 名前:第五部 投稿日:2001年07月04日(水)00時00分29秒
市井と保田が再び車に乗り込み、その場を去ってから数分後――。
石黒彩の運転する車が、通りかかった。
石黒は車を道路脇に停車させると、助手席に放り投げていた周辺地図
を取りだした。
「この地域では――、見た限りなんにも起こってない――、と、いうことは
もっと東に移動したって事かな」
石黒は念のため車を下りて、近くを歩いていた通行人に声をかけた。
「あの、すみません」
少女は、足を止めた。
石黒はその時になって初めて、少女の顔を見た。セミロングの少し丸み
を帯びた顔の少女である。
「……?」
(あれ……。この子……。なんか、見たことある……)
石黒は記憶の糸を手繰りよせたが、どうしても思い出すことができなかっ
た。きっと、見間違いだろうと石黒は少女に未確認生物の目撃情報を知
らないかと訊ねた。
少女は、首を横に振るだけで何も答えない。そればかりか、先ほどから
口元の端を微かにゆがめて、石黒の大きくなった腹を見つめている。
(何……、この子……)
石黒は、不気味な悪寒を感じた。軽い礼だけを言うと、すぐに車へと戻っ
た。去り際にルームミラーで後ろを確認すると、少女がこちらを見て笑っ
ている姿が見え、石黒はゾッとしてアクセルを強く踏み込んだ。
- 30 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月04日(水)00時07分28秒
- 本日の更新は、以上です。>>20-29(今回更新分)
- 31 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月04日(水)00時09分10秒
- >>19
土・日の休日は、ちょっと出かけてまして(^^;
- 32 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月04日(水)00時11分15秒
- 突然ですが、HP準備完了。
- 33 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月04日(水)00時12分44秒
- まだUPしてません。
- 34 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月04日(水)00時13分45秒
- 30分ぐらいで作った地味なページ。
- 35 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月04日(水)00時15分05秒
- 前スレが消えた場合は、そちらにリンクを貼ります。
- 36 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月04日(水)00時16分45秒
- それでは、今回はこの辺で。>>20-29(今回更新分)
プチ連載終了。
- 37 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)18時48分21秒
- しかし、こんなわけのわからない能力を持った飯田、辻を見つけてくるなんて、
ゼティマって、すごい(w
- 38 名前:第五部 投稿日:2001年07月04日(水)23時26分43秒
- Chapter−B <冬の訪問者>
市井たちから何の連絡もないまま、もうすでに2日が経過していた。
もっとも、ひとみたちが滞在している日本旅館には電話もひかれていな
いので、連絡をとろうにもとりようがない。
心配ではあったが、待つより他はなかった。
ひとみは、母屋の屋根に降り積もった雪をかきおろしていた。
自分たちもやりたいと下から加護と希美が騒いでいたが、2人にやら
すと遊んでばかりで一向にはかどらないので無視を決め込んでいる。
しばらくして、下から丸めた雪がひとみのいる場所へと飛び込んでき
た。
「わっ」
と、ひとみが驚いてよろめくと、下からクスクスと笑い声が聞こえてき
た。庇の下で隠れながら、雪を放り投げているのだろう。
「もー、おまえら、何やってんだよー」
と、ひとみも負けじとスコップですくいとった雪を、屋根を伝って庇の
下に落とした。
「わー、あいちゃん、助けてー」
どうやら、希美に命中したらしい。笑い声を上げながら、希美が加
護に助けを求めている。
ひとみはその声を聞いて、不意に一昨日の夜のことを思い出した。
詳しい事は分からないが、希美はどうやらこの世界の住人ではないら
しい。だが、どこの世界からやってきたにしろひとみの知っている”辻
希美”は、今、このすぐ下で笑いながら助けを求めている希美であり、
加護といつもイタズラばかりをしている希美である。
ひとみにとっての、”辻 希美”はそれ以外の何者でもない。
うるさくて少々、ウンザリとする時もあるがひとみにとってはとても大
事な歳下の仲間であった。
――そんな事を考えていると、顔面に雪が続けざまに命中した。
「このバカコンビ……」
ひとみは、下で大笑いしている2人に向かって雪を投げつけた。
いつしか3人は上と下とで、雪合戦をすることとなる。
訪問者は、その様子を旅館の外から見ていた――。
「ひとみっ!!」
その声に、ひとみの動きが止まった。
(――お母さん……)
- 39 名前:第五部 投稿日:2001年07月04日(水)23時27分18秒
街の一角に、突如として姿をあらわせた異様な生物に、人々は恐怖の
雄たけびを上げた――。
保田はビルの壁を通して、市井は意識の網で、その生物の姿を捕らえ
た。旅館を出発して、2日目の事である。
「何……、あれ……」
その姿を目視する事のできた保田は、ハンドルを握ったまま青ざめた
表情を浮かべた。
幼い頃にテレビで見た、アメリカ映画のモンスターを想像させた。
ただし、どの古い映画に出てくるモンスターよりも素早くそして効率的
に雑踏の中を血の海とかえている。
「圭ちゃん、何が見えてんの?」
と、後藤がその場の空気もかえりみず、のんびりとした口調で訊ねた。
「圭ちゃん、何やってんの急いで」
市井の声に、保田はハッとわれに戻る。
「急いでって、どこに急ぐのよ」
「決まってるじゃない、アレがいるところよ」
「何言ってんの紗耶香、あんな場所で力なんか使ってみなよ。モロバレ
じゃない」
「大勢、人が死んでんの! そんなこと言ってる場合じゃないよ!」
国道はその場所からあわてて逃げ出した車により、大渋滞となっている。
逆送する車。フロントガラスに鮮血を滴らせながら走る車。歩道を走りぬ
け、人を跳ねのけてでも逃げようとする車。
街は一瞬にして、パニックとなった。
「後藤! 行くよ!」
市井は後藤を引き連れて、車を飛び出していった。
「ちょっと、紗耶香っ。後藤っ」
保田の制止は虚しく、車のクラクション群にかき消された。
- 40 名前:第五部 投稿日:2001年07月04日(水)23時27分59秒
「大変、ご迷惑をおかけいたしました。申し訳ございません」
と、中澤はひとみの両親に深々と頭を下げた。
「中澤さん、止めて下さい」
ひとみは、中澤の頭を上げさせようとしたが、中澤によってその手を払い
のけられた。
「申し訳ございません……」
「あなたはいったい何の目的があって、このような事をしてるんですか?
うちのひとみもそうですが、あそこにいる2人も見たところまだ義務教育も
終わっていないように見受けられますが」
廊下の柱の影から、そっと土間の方を覗いていた加護と希美があわてて
顔を引っ込めた。
「申し訳ございません……」
「もう、お母さん、いいって言ってじゃん。ここには、自分で来たんだよ。中
澤さんはなんにも悪くない」
「だから、その理由を聞かせなさいって言ってるのよっ。自分で来たから、
はいそうですかって納得できると思うのっ。何の連絡もよこさずに、半年
も……お母さんどんなに心配したか……」
ひとみの母親は、涙で声を詰まらせ持っていたバッグからハンカチを取り
だすと涙をぬぐった。
「お前、知らないだろうけどな……、お母さん、一度心労で倒れて入院し
てたんだ……」
と、父親が目を伏せがちにして言った。
「大事な娘さんを無理に付き合わせていた事は、深くお詫びします」
「中澤さん、アタシ無理に付き合ってなんかいませんッ。全部、自分で決
めた事です」
「ええから……。本当に申し訳ありません」
- 41 名前:第五部 投稿日:2001年07月04日(水)23時28分33秒
「警察に捜索願いを出しても、家出と扱われナシのつぶてでしてね……。
方々を自分たちの足で探しまわって、最後にまさかとは思ってここに来
たんです……。もし、ここでもひとみを見つけられなかったら……」
父親の声に、微かな震えのようなものが混じっている。
「よっさん、荷物まとめてき」
と、中澤が小さな声でひとみに囁いた。
「嫌ですッ。アタシ、帰りません」
「ありがとうな、今まで」
「中澤さんッ」
「よっさんは、ウチらとは違う。ううん。一緒やな。うん。一緒や。大事な仲
間や。せやから、お父さんとお母さんの元に返してあげたいねん」
「やめてください……、そんなこと言わないで下さいよ」
ひとみの目に、涙が溢れ出していた。今までのみんなといた思い出が、
走馬灯のように駆けめぐった。
「石川も一緒に連れて帰ってほしいんやけどな、それはでけへんねん。ご
めんな」
「アタシにも、じゃあ、アタシにも力を下さいッ! 梨華ちゃんやみんなを守
れる力をください!」
ひとみは泣き叫んだ。
「ほんま……、よっさんはエエ子やなぁ」
と、泣いてすがりつくひとみの頭を微笑を浮かべて優しくなでた。
柱の影で佇んでいた梨華と矢口も、そして加護と希美も、その様子を感じ
て涙を流していた。
”力を持つ者”と”持たない者”、その2つの違いがこんなにも大きくそして
重いものだとは、ここ数ヶ月ひとみという存在のおかげで忘れていたような
気がした全員であった――。
- 42 名前:第五部 投稿日:2001年07月04日(水)23時29分10秒
「いちーちゃん! あいつ、何なのさ!」
その生物と遭遇した後藤は、口を大きく開けて素っ頓狂な声をだした。
市井もその意識の存在は知っていたが、姿を見るのは初めてである。
逃げ惑う通行人を、なぎ倒すその生物は巨大なゾンビのようであった。
身の丈は2メートルを裕に越し、ボロボロになった布をまとい、その全身
は長い毛に覆われてはいるもののその体毛は薄く、皮膚が透けて見え
ている。その透けた皮膚もところどころ剥げ落ちて、中のどす黒く腐食し
た皮下組織を露呈していた。
そしてその両腕は、まるでそこだけを付け替えたように鋭い爪を持った
熊のような腕をしている。
その両腕を振り回し、次々と人々をなぎ倒していった。ある者は直撃を
受けて顔面が骨ごと砕け、運良くその爪がかすった程度の者も長さ数
十センチにかけて肉を抉られた。
逃げ惑う人々をまるで楽しむかのように、右へ左へと追いやり、一まと
めになったところでその両腕を思う存分に振るう。
スピード・破壊力・残虐性、そのすべてにおいて生物は人間の、地球上
の生物の能力を遥かに逸脱していた。
市井は迷った。
相手が能力者であるのならば、後藤と自分の力を使えばほぼ間違いな
く勝てるはずであった。能力を無効化するのである、ESPに意識を操ら
れる事もなく防戦をする必要もない。後藤の意識を守りつつ、後藤が力
を放つだけで良かったのだ。今まであくたの能力者とそうして対峙し、
何人もの能力者のスカウトに成功している。
しかし……、相手の生物は市井の能力は何の意味も持ちそうになかっ
た。そればかりか、ここで後藤の力を放てば生物の被害よりもさらに被
害を拡大しかねない人口密集の街中である。
市井は退却を命じようとしたが、それより一瞬早く後藤がその生物に向
かって力を放った。
後藤の力は、逸れることなく拡大することなく後藤のイメージした通りの
大きさと威力でその生物に直撃した。
その生物のいた場所に瓦礫の粉塵が舞う。
姿に少々驚きはしたものの、その一発ですべてが終わると後藤が考え
ていると――瓦礫の粉塵の中からその生物がものすごいスピートでこち
らに向かって突進してきた。
後藤は呆気にとられたように呆然と佇んでいた――。
- 43 名前:第五部 投稿日:2001年07月04日(水)23時29分51秒
ひとみは、部屋で荷物の整理をしていた。
心配そうに見守る矢口・加護・希美の視線を背中に感じてはいたが、ま
た泣いてしまいそうになるのであえて振り向く事はせず黙々とカバンに、
自分の荷物を詰めはじめた。
梨華の姿は、そこにはなかった。
涙を吹きながら廊下ですれ違ったが、特に何も声をかけあう事はなかっ
た。もちろん、心の中で語りかける事もなかった。
「よっすぃ、ホンマに帰んの?」
加護の声に、ひとみの荷物をまとめる手がほんの一瞬止まった。
「なぁ……」
「帰るよ……。帰るけど、また戻ってくる」
「ホンマ?」
「ほんま」
加護と希美は、「やったー」と小さく手を取りあって喜んだ。
「よっすぃ……。無理しないでいいんだよ」
矢口の小さなつぶやきに、ひとみは笑顔で立ちあがった。
「いつか雛鳥は巣立つんです。ウチの場合は、それがほんの少し早い
だけですから」
矢口は、微笑みながら首を振った。
「矢口さんまで……」
「みんなよっすぃのこと好きだよ。好きだからこそ、ここにいちゃいけない
の。よっすぃには、よっすぃの人生がある。けど、自分1人だけの人生じゃ
ない。そこには、ここまで育ててくれたお父さんやお母さんの願いも含ま
れてんだよ。矢口はそう思うから、よっすぃにはもうここには戻ってきてほ
しくない……」
「矢口さぁん」
と、加護が目に涙を溜めてまるでお願い事をするかのように、矢口の腕
を引っ張った。
「加護も辻も寂しいかもしれないけど、よっすぃのためなんだよ。わかって
あげな」
「そんなん、嫌やー。絶対、嫌やー」
加護が泣きながら、部屋を飛びだした。「あいちゃん」と、あわててその
後を希美が追いかける。
ひとみは、また泣いた。15年間で泣いた事はほとんどない。しかし、そ
の付けが今回ってきているように、また涙を流した。
自分が恐れていたのは、こんな別れ方だった。いつかくるとは思ってい
たが、まさかこんなにも早いとは思いもしていなかった。
- 44 名前:第五部 投稿日:2001年07月04日(水)23時30分45秒
その爪が届くか届かないかの、ほんの少しの差で市井の触手は生物
の意識下に入り込み運動機能を停止させることに成功した。
「後藤、逃げるよ!」
市井は後藤に声をかけると、早く来いと言わんばかりに駆けだして行っ
た。
呆然としていた後藤だったが、ハッと我にかえって素早く市井の後を
追った。市井はまだ運動中枢を停止させているのだろう、生物はピタ
リと止まったままである。
市井は走りながら、触手で生物の意識下を探ったがそこには人間の
ような”意識の層”はなく、ただ動物に近い本能だけがあった。
初めて垣間見る意識下なので、何をどう操作していいのか分からない。
入り込んだ瞬間は、探る余裕もなく手当たり次第に触手を広げて、その
生物の運動神経を停止させた。そして、その判断が奇跡的に功を奏した。
もし、そのまま生物の動きを止める事ができなかったら、間違いなく後
藤の頭はあの鋭い爪で吹き飛ばされていた事だろう。
市井はそう考えると、ゾッと身震いした。絶命されてしまえば、市井に
はどうすることもできないのである。
建物の影に回りこむと、市井は触手の手を引いた。市井の触手では、せ
いぜい100メートル以内でしかその触手を伸ばす事はできない。
ふたたび、雑踏から悲鳴が聞こえてきたが、市井にも後藤にもどうする
事もできなかった。
そこへ、保田の運転するワゴン車がやってきた――。
- 45 名前:第五部 投稿日:2001年07月04日(水)23時31分28秒
静かな日本旅館に悲鳴が響き渡ったのは、中澤がひとみの両親にお
茶を出している時だった。
「な、なんですかっ!? 今のは」
ひとみの母親が驚いて腰をあげた時、中澤はもう土間を飛び出してい
た。
悲鳴の聞こえた庭園に向かって一気に走った。
庭園で、1人花を摘んでいた梨華。帰ってしまうひとみのために、何か
思い出になるようなものでも手渡そうと、庭園に割く山茶花をとりにやっ
て来ていた。
ひとみの考えている事はわかっていた。そして、矢口の事も――。
梨華は、すべてをひとみに委ねようと思った。もし、本当に帰ってきたの
ならばその時は誰よりも温かく迎え、もし帰ってこないのであれば他の
誰よりも強くひとみのことを覚えている事に決めた。
その”影”に気づいた時、その生物はもう梨華の真後ろにいた。
意識のガードをしていたわけではない。現に、部屋にいるひとみの意
識や矢口の意識、こちらに向かってかけてくる加護や希美の意識は
感じていた。いったい、誰なんだろうと思って振りかえった瞬間――、
梨華は悲鳴を上げた。
その生物の全身は、まるで漆黒の闇のような黒さだった。両目と肉の
裂けたような唇にある黄色い歯だけが、異様にギラギラと光を放って
いた。
その生物の姿に呆気にとられ、足が棒のようになってしまった梨華の
耳に、ドスッドスッドスッと何度か鈍い音が響いた。
「あ……、あいぼん……」
影の向こう側に、加護の姿があった。そう、加護が”闇の生物”に向かっ
て力を放っているのだった。
その生物は、梨華の目の前でニヤ〜と笑うと、ゆっくりと後ろを振りか
えった。背中は、直径10センチほど肉が抉りとられている。
しかし、その生物は痛がる様子など微塵も見せずに、ゆっくりと加護た
ちのいる方向へと歩いて行った。
- 46 名前:第五部 投稿日:2001年07月04日(水)23時32分40秒
「のの、はよ逃げ」
加護は、近づいてくる生物から目をそらさずに後ろにいる希美に言った。
希美の足はガタガタと震えて、動きそうにない。
「くっ。のの、動いたらあかんよ。ジッとしててな」
加護は、生物の注意をひきつけながらゆっくりと移動した。移動しなが
らも、連続的に力を放つ事を忘れていなかった。ドスッドスッと鈍い音を
何発もたてて、生物の身体に力は当っている。
しかし、何か黒い肉片のようなものを撒き散らすだけで、その身体にダ
メージを与える事はできないでいる。
梨華も触手を伸ばして、生物の意識下を探っていた。
しかし、その生物には何の意識もなかった。ただ、”監視”・”追跡”と
いう2つの本能に近い意識だけが渦巻いていた。
「なんなの……、いったい……」
動きを停止させる神経も、どこにあるのか分からない。梨華は市井の
ように触手を張り巡らせる事を経験的に学んでいなかった。
中澤が庭に到着した時、生物は加護のすぐ側まで接近していた。
「加護ッ! 逃げ!」
叫びながら、中澤は知った。加護のすぐ側には、震えて顔面が蒼白と
なった希美がいる。下手に素早く動くと、残された希美に危害が加わ
る。加護は逃げるに逃げれないでいるのだ。
「加護っ、目だよ! 目を狙え!」
母屋の裏手から、飛び出してきたひとみは思わずそう叫んだ。確証は
なかったが、咄嗟にそう叫んでいた。
- 47 名前:第五部 投稿日:2001年07月04日(水)23時33分35秒
加護の力は的確に、その異様にギラギラとした両目を一瞬で潰した。
視力を失った生物は、加護めがけて一気に突進してきた。
すでに加護たちに向かって駆け出していたひとみは、立ちすくむ加護
にタックルをして生物の進路から加護を救いだした。
視力を失った生物だったが、目標を見失ったと知るとすぐに身を翻して
倒れ込んでいるひとみと加護へと突進してきた。
ひとみは、精一杯の力で加護を突き飛ばした。なんとか、加護だけで
もという思いから、咄嗟にそのような行動に出たのであった。
きっとあの太い腕につかまれて、首でもへし折られるのだろうと、目を
閉じて覚悟を決めていたひとみだったが、一向にその気配はなかった。
恐る恐る目を開けると、こちらへ向かって駆け出してくる格好のまま、
生物の動きが止まっていた。
ひとみは瞬時に判断して、後ろを振りかえった。
額に汗を浮かべた梨華が、ひとみの視線に気づくと小さな微笑を浮か
べた。
「間に合った……」
それは、梨華の本心なのだろう。思わずそう口にしてしまった梨華が
なぜかおかしくて、ひとみはクスリと笑った。
- 48 名前:第五部 投稿日:2001年07月04日(水)23時34分50秒
駅前の雑踏――、雑踏であるべきはずの場所は閑散としていた。
乱暴な男の子が、イタズラで人形の四肢を引き千切ったかのような
死体がゴロゴロと辺りに転がっていた。
石黒がその現場に到着した時、すでに警察や消防隊そして機動隊が
到着した後であった。
なので、幸いにもそこにある数々の無残な死体を目にする事はなかっ
た。いくら、ジャーナリズム溢れる人物とは言え、現状はあまりにも
凄まじい光景すぎる。現にその現場関係者のほとんどが、卒倒して
救急車で運ばれていた。
身ごもの石黒には、耐え切れるものではなかった。
現場もそうであるが、街全体がパニックになっている。わずか数日の
間に、連続して白昼堂々と惨劇が繰り広げられているのだ。
何かひどく嫌な予感がする石黒であった――。
- 49 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月04日(水)23時36分24秒
- 本日の更新は、以上です。>>38-48(今回更新分)
- 50 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月04日(水)23時38分23秒
- わ〜い!
リアルタイムだ(w
よっすぃ〜はどうするんだろう?
これからの展開にますます目が離せないな!
- 51 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月04日(水)23時38分40秒
- >>37
ゼティマじゃなく……。
辻と飯田の出会いは、本編終了後にあったりなかったり(?)
- 52 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月04日(水)23時40分50秒
- 旧スレ>>516-517
お手数をおかけしました。忘れてました(^^;
- 53 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月04日(水)23時42分40秒
- >>50
記憶喪失にするわけにもいかず、離れるわけにもいかず
とりあえず、明日です。
- 54 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月04日(水)23時46分21秒
- 書くことがないので、第五部のショートカットを。
第五部
Chapter−@ >>2-11
- 55 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月04日(水)23時47分16秒
第五部
Chapter−A >>20-29
第五部
Chapter−B >>38-48(今回更新分)
それでは、この辺で。
- 56 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月05日(木)02時25分42秒
- 寝ぼけまなこで読んでたら、目が覚めちゃいました。(w
次が待ち遠しい。
- 57 名前:第五部 投稿日:2001年07月05日(木)23時39分57秒
- Chapter−C <デモンストレーション>
敗北感漂う市井たちが日本旅館に戻ってきたのは、謎の生物に遭遇し
た翌日の朝だった。
だが、誰の出迎えもなく辺りはしんと静まり返っている。
「石川……、いないのかな?」
いつもなら買い出しに行って帰ってくるまで、心配して意識の網を広げ
つづけているはずの梨華が、なにも感じていないというのはどういうこと
なのだろうかと、保田は首をかしげた。
「みんな――、奥の部屋にいるみたいだけど……」
と、意識の網を広げた市井が、他のメンバーの意識を捕らえたようであ
る。
「今度は絶対に油断しない。街だろーが、どこだろーが、思いっきり力
使ってやんだから」
と、よほど逃げ出したのが悔しかったのだろう。後藤は帰りの車中、ずっ
と同じような言葉を繰り返していた。
玄関を開けたがやはりそこに人の姿はなく、奥の部屋に意識があった。
市井たちは、ギシギシと廊下を軋ませながら奥の部屋へと向かった。
念のため、後藤にはいつでも力を放てることができるように告げていた。
障子を開けると、残されたメンバーのほとんどが部屋の中央に車座に
なって座っていた。続きとなっている隣の部屋を見ると、市井たちの知
らない中年の男女が布団に寝かされていた。
- 58 名前:第五部 投稿日:2001年07月05日(木)23時41分49秒
「何やってんの……、こんなところで……」
保田の視線の先には、目を閉じてジッと精神を集中させている梨華が
いた。市井の目には、おびえてガタガタと震えている希美と顔を青ざめ
てうつむいている加護の姿が映った。
後藤の目には、黙ってこちらを見ている矢口と庭が見渡せる窓辺に立っ
ている中澤の姿が――。
「お帰りなさい……」
と、ひとみが呟いた。その両手の甲にはいくつかの擦り傷があった。
矢口とひとみ以外は、やっと市井たちに気づいたらしい。
皆の視線が、障子の前で立っている3人に集中した。
「後藤さ〜〜ん」
と、加護が泣いて駆けよってきた。
「な、どうしたんだよ、加護ちん」
後藤は戸惑いながらも、加護を抱きとめた。しかし、加護は言葉を発す
ることなく泣き続けた。
「ここも、バレたかもしれん……」
中澤が窓の外に視線を向けたまま、ポツリと呟いた。
「まさか……」
中澤の心の声を感じた市井は、窓へと駆け寄った。窓の外には庭が広
がり、母屋に近いその場所にまるで彫刻のように動かない”生物”がいた。
- 59 名前:第五部 投稿日:2001年07月05日(木)23時43分26秒
中澤と市井は、それぞれの場所で起こった出来事を報告しあった。
そして、梨華が”闇の生物”の意識を探って知った”監視”と”追跡”の2つ
の意識は<Zetima>がこの生物を使ってひとみと接触する可能性のある
両親を”監視”し接触の際には”追跡”させているのだろうと結論づけた。
互いの話を聞いたメンバーたちは皆、さきほどよりも暗く沈んだ表情で黙り
こくるしかなかった。
ただ1つ救いがあるとすれば、”闇の生物”の意識を探った梨華の言葉
だけだった。
「でも、あの生き物がここにいる限り、ゼティマにこの場所を知られる事
はありません」
情報を伝達する言葉は、その生物は持ち合わせていない。だとすると、
その生物がたどった”道の記憶”あるいは”場所の記憶”を誰かが読み
とらなければならないはずであった。
「ごっちんの力でも、どうにもならんのやったら、アレ……どないせぇっ
ちゅうねん。なー?」
と、中澤は市井らが無事に帰ってきてホッとしたのか、元気を取り戻し
つつあった。
「ね、梨華ちゃん。ちょっと来て」
と、後藤が梨華の手をひいて、廊下へと出ていった。
その様子を見ていた市井も微苦笑を浮かべて、「アイツも、負けず嫌い
だからなー」と呟きながら出ていった。
わけのわからないひとみたちは、しばらくして顔を見合わせるととりあ
えずと言った感じで、表へと出ていく事にした。
- 60 名前:第五部 投稿日:2001年07月05日(木)23時44分19秒
梨華が止めていたはずの”闇の生物”は、ゆっくりとではあるが移動し
ていた。玄関の引き戸を開けたひとみたちは、目の前をゆっくりと移動
する生物を見て言葉をなくした。
”生物”ではなく、その生物を声を出しながら表に誘導している後藤に
言葉をなくしたが正解かもしれない。
後藤は、生物を表に連れ出すとゆっくりと辺りを見まわした。
力を押さえなければならないようなものは何もない。
そう判断すると、門扉から顔を覗かせているひとみたちに向かって大き
な声で叫んだ。
「危ないから、来ないでよ。それと、見たくない人は見ちゃダメだから」
ひとみの傍らにいる梨華が、ひとみの腕をぎゅっとつかんだ。
「ごっちん、自分の威力が通じるか試そうとしてる……。ひとみちゃん、
見ない方がいいよ……」
と、自分もうつむいて目を閉じた。
しかし、ひとみは目を閉じるつもりはなかった。後藤の力をあらためて
見ておく必要があった。それが、潜在的にまだ自分の中にある後藤へ
の恐怖心との決別だと考えていた。
- 61 名前:第五部 投稿日:2001年07月05日(木)23時45分44秒
――何も後藤に、変化はなかった。生物が敵である後藤の位置を確
かめ、突進した次の瞬間にその生物の下半身が吹き飛んだ。
斜め下に向かって力を放ったのだろう、生物の下半身を吹き飛ばした
力は衰えることなく地面をえぐった。振動は、ちょっとした地震のようで
あった。
その爆風により、舞い上がった生物の上半身めがけて、後藤は自分
が出せる最大の力を放った。
空に破壊されて困るようなものは何もないからである――。
生物の上半身は、塵となって辺りに舞った。
梨華も矢口も見ないつもりだったが、1回目の振動で思わず目をあけ
てしまい空中で弾け飛ぶ様を見てしまった。しかし、あまりにもその威
力がすごかったためか、グロテスクな光景を垣間見ることなく生物は
”塵”となってしまった。
「やっぱ、後藤さんはすごいなぁ……」
加護が、ポツリと呟いた。梨華が励まそうとしたその時よりも早く、傍ら
にいた希美が声をかけた。
「あいちゃんも、15才になったらできるようになるよ」
「なるかなぁ……?」
「なるよ。だってあいちゃん、まだ12才だもん」
「関係あんのかなぁ」
「日々、特訓なのれす」
と、希美はおどけてガッツポーズを作った。
「――よーし。ほな、特訓行こかー」
「おー」
と、2人は手を取りあって駆けていった。
- 62 名前:第五部 投稿日:2001年07月05日(木)23時46分16秒
「なんじゃ、ありゃ……」
保田が苦笑を浮かべて、走り去る二人を見送っている。
他の中澤や矢口、ひとみや梨華もそうであった。
「あんなん見たら、うるさいのもしゃーないかって思うてしまうんよな」
「矢口も」
「ほんま、得な2人やで。――さて、ゼティマの怪物の方も終わった
事やし、そろそろよっさんのご両親にも起きてもらおうか」
ひとみの両親は睡眠欲のせいで眠っているのではなかった、生物の
姿を見てパニックを起こしたために梨華の能力で強制的に眠らされて
いたのである。
何となく肩を落とし気味に、旅館へと戻りかける一行。
襲撃の騒動により、ひとみの問題はひとまず棚上げとなっていた。口
には出さないでいたが、皆の胸の内にはずっとそのままにしておきた
いという思いが間違いなくあった。
しかし、そういうわけにもいかない――。それも、皆の中には間違い
なく存在していた。
ひとみは梨華を呼びとめた。
立ち止まる梨華。
メンバーも、振りかえる。
ひとみは清々しい表情で、皆の顔を一瞥した。
- 63 名前:第五部 投稿日:2001年07月05日(木)23時47分06秒
「アタシ、みんなとここに残ります」
「――よっさん、そういうわけに」
と、口を開いた中澤の言葉を、ひとみは遮るように梨華に話しかけた。
「梨華ちゃん、ウチの親からアタシの記憶を消して」
「え?」
梨華だけでなく、皆がひとみの言葉に驚いた。
「うーん、考えたんだけどさ、家にはまだ弟たちもいるから完全に消す
ことは無理だとしてもさ、なんか適当な理由で家には戻れない事にし
といてよ」
「ちょっと待ち。よっさん、自分、何言うてんのかわかってんの?」
「ここでの生活が落ちついたら、必ず家には戻ります。今、帰るんじゃ
なくて先送りするだけです。今、帰っても明日には絶対ここに帰ってき
ますよ」
「な……」
中澤は口篭もり、どうしようかと思案を練っているようである。
「アタシには、みんなのような力はないけど、気持ちはみんなと同じ
です。やっつける事はできないかもしれないけど、みんなを逃がす
盾ぐらいにはなれます」
「ひとみちゃん……」
梨華の頭に、”海響館”での出来事がフラッシュバックした。
真希の頭に、10年前の思い出が甦った。
中澤や矢口の脳裏にも、加護を助けるひとみの姿が映し出された。
市井や保田の脳裏にも、ホテルでの出来事が思い出された。
そして、皆の頭の中に”もしも、自分が力を持っていなかったら”と
いう疑問が芽生えた――。
- 64 名前:第五部 投稿日:2001年07月05日(木)23時48分12秒
「あかん……。あかんで……」
と、中澤が両手で口もとを押さえながら天を仰いだ。
「なんだよ、裕ちゃん。また、泣いてんの?」
隣の矢口が、キャハハと笑っている。
「違うわ。天気ええから、お日様見てるだけや」
「もう、歳だからね。涙もろくなってんだよ」
市井はニヒルな笑みを浮かべそう言い残すと、母屋へと戻っていった。
「歳いうな」
保田と後藤が、小さく笑いながら市井に続いて母屋へと戻っていく。
「盾になんかなる必要ないで、みんなのことは姐さんが守ったる。みん
な、めっちゃ好きや。なー、矢口ィ」
と、まるで涙を隠すように、いつものように矢口に抱きついた。
「ハハ。もう、やめろよー」
矢口もそれがわかっているのだろう、いつものように笑いながら抵抗し
た。
ひとみはそれを見ながら、微笑んでいた。
そして、その横顔をジッと見つめていた梨華は、ソッとひとみの手を握っ
た。ひとみの温かい感情が、梨華の胸に流れ込んでくる。自然と、梨
華にも笑顔が浮かんだ。
互いに微笑みあうと、2人は母屋へと歩いて行った。
娘。吉澤ひとみは、海外に留学中という事になった――。
- 65 名前:第五部 投稿日:2001年07月05日(木)23時48分57秒
あの駅前の惨劇から、1週間が経過した。
一旦東京に戻った石黒は、編集長に取材のための長期出張を申し出た。
身ごもの石黒を心配してなかなか首を縦に振らなかった編集長ではあっ
たが、石黒は出産までにはまだ2ヶ月あるからといって引き下がらなかった。
編集長は渋々ではあるが関東地方限定という事で、長期出張の許可を与
えた。
当然の事だが、夫である山田真矢は猛反対した。
「彩ちゃん、いい加減にしろよ」
アパートの一室で、もうこれ以上話し合っても平行線をたどるだけだと判断
した石黒は、ボストンバックに荷物を詰め始めていた。
「彩ちゃん一人の身体じゃないんだぞ。そのお腹の中にはな、2人の子供
がいるんだ。もしも何かあったら、どうするんだよ」
「――けっきょく、真ちゃんは赤ちゃんさえ無事に生まれればいいって思っ
てんの?」
「もういい加減にしろよ。さっきから言ってるだろ」
「私はこの仕事に命をかけてる。真実を伝えることが、私の存在価値なの。
前にライタークビになったとき、このまま家庭に入るのも悪くないって思った。
でも、やっぱり違うのよ……。真ちゃんも、それに気づいてくれたでしょ。そ
れに気づいてくれたから、仕事続けてもいいって」
「ああ。仕事はどんどん続けてくれても構わない。でも、それは無事に赤ちゃ
んを生んでからも遅くないじゃないか」
「……」
石黒は、静かにそして小さく笑った。
「毎日、電話するから」
石黒は、ボストンバッグを持って立ちあがった。真矢は背を向けたまま、
何も言わなかった。ただ、背中の後ろの方で閉じられるドアの音だけを聞
いていた。
- 66 名前:第五部 投稿日:2001年07月05日(木)23時51分31秒
居酒屋『平家』は、今日も賑わっている。
店内のそのほとんどはいわゆる中年の親父たちで埋まっているが、どの
客たちも顔なじみで店はアットホームな雰囲気に包まれている。
平家にとっては、その雰囲気がささやかな幸せだった。
ただ、平家には今も突然失踪した姉妹の事が気になっていた。
2階にあった少ない荷物も、いつ戻ってきてもいい様にそのままにしてあ
るし、街でよく似た少女を見つけると駆け寄っては声をかけていた。
だが、どれもこれも”石川梨華”や”石川なつみ”ではなかった。
決して自分も幸福な人生を送ってきたわけではない。それなりに、不幸の
苦汁を味わったかのように思う。
だからこそ、あの姉妹には特別な感情が平家の中にはあった。わずか10
日ほどしかいなかったので、何をしてやることもできなかったが、いずれは
アパートを世話してやり、望むのであれば小さな店でも持たせてあげたい
と考えていたのである。
「どこ、行ったんやろな……」
焼き鳥の串をひっくり返しながら、平家はポツリと呟いた。その呟きは、テ
レビの音量や客たちの笑い声によって誰にも届く事はなかった。
「みっちゃーん、砂肝3つねー」
と、客の声が聞こえた平家は、すぐに女店主の顔に戻って「あいよー」と答
えた。
店にはその後アルバイトは一人も入らなかった。入ることは入ったのだが、
どれも2日以上は続かずに無断で辞めていった。その度に、平家は石川
梨華のことを思い出していた。
もう2度と会う事はないだろう。
――そんな事は分かっているが、平家はどうしてももう一度会いたかった。
せめて、遠くからでもいいから幸せそうな顔をしている石川梨華の姿を確認
したい。そう願っていた。
客の誰かが適当にかけていた国営放送の”懐メロ”番組が終わり、ニュース
番組がはじまった。
客たちはテレビがついている事さえ忘れているのだろう、誰も見向きもして
いない。
- 67 名前:第五部 投稿日:2001年07月05日(木)23時52分38秒
真新しい”寺田生物工学総合研究所”の前には、大勢の報道陣がつめか
けていた。
臨時ニュースという形で、民放全局の番組はすべて中断されて総合研究
所前からの中継が全国に流れていた。
近づいてくる大型トレーラーのヘッドライト。
研究所前にいた雑誌・新聞関係のカメラマンが、そのトレーラーへと駆け
ていく。
トレーラーはカメラマンたちに阻まれ、思うように進む事ができない。
テレビカメラは、研究所の前からその様子を冷静に全国に流している。
やがて、研究所が用意した警備員たちが進路を作り、トレーラーはゆっく
りと研究所の敷地へと入っていった。
『たった今、未確認生物を乗せたトレーラーが寺田生物工学総合研究所
に運ばれました!』
テレビを見ていたものたちは、カメラの前でそう興奮気味に喋るレポーター
に対して”見れば分かる”と思った事だろう。
つんくも、テレビを見ながら心の中で突っ込んでいた。
寺田生物工学総合研究所の窓のない部屋で、つんくは先ほどからテレ
ビの中継を見ていた。
ドアがノックされて、秘書らしき人物が入ってきた。
警戒心の強いつんくだが、なぜか振りかえる事もなく迎え入れた。
「ミュータントの配置、完了いたしました」
「そうか。ほな、あと10分後に頼む」
「かしこまりました」
秘書の女性は、軽くつんくの背に一礼をすると立ち去っていた。
テレビのブラウン管の横に、小さなモニターがある。
そして、そこには文字が羅列していた。
(シシャ。スウセンニン……。カゾク。ニゲルヨウニイッテオイタ)
つんくはその文字を読むと、小さく苦笑した。
- 68 名前:第五部 投稿日:2001年07月05日(木)23時53分37秒
石黒は、夜の高速道路を走りながらカーラジオでそのニュースを聞いて
いた。
謎の生物を記者会見場でインタビューに答えた防衛庁の大臣が『ミュー
タント』と呼んでいる所が少し気になったが、その謎の生物が捕獲されて
政府が生態を研究すると発表したのは世間ともども石黒もホッとするニュー
スであった。
しかし、そのわずか十数分後には、世間を絶望させるニュースが舞い込
んできた。札幌・東京・名古屋・大阪・福岡・九州・沖縄の主要各都市が、
無数の『ミュータント』により襲撃され、死傷者は推定で13万人を超えた。
「……真ちゃん!」
石黒は、すぐに携帯電話で自宅のアパートに電話をした。数度のコール。
出ない。もしかしたらという絶望的な思いが、石黒の脳裏を駆け巡ったが、
さらに数回目のコールで真矢が電話に出てきた。
「真ちゃん! 大丈夫だった!」
石黒の叫びをよそに、真矢は眠そうな声を出した。
『は?』
「は? ってね、ちょっとテレビつけてみてよ。早く!」
受話器の向こうから、『なんだよ……』と真矢の呟きが聞こえてきた。
石黒は、車の時計を見た。まだ午後9時30分過ぎである。あんな別れ
方をしたのに、こんなに早く眠る事ができる夫の無神経さに少し閉口し
てしまった。が、声の調子からして、どうやらヤケ酒を煽って眠っていた
ようだった。
『なんだこりゃ!』
どうやら、テレビでは凄まじい光景が映し出されているらしい。真矢は、
電話の向こうで吐いているようだった。
東京でも襲撃場所からは、離れていたのだろう。真矢が無事と分かっ
て、石黒はホッと胸を撫で下ろした。
しかし、局地的な恐怖は、全国各地で渦を巻いてしまった。
石黒があの駅前で感じた嫌な予感は、確実に的中しつつあった。
- 69 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月05日(木)23時55分23秒
- 今回の更新は、これで終了です。>>57-68(更新分)
- 70 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月05日(木)23時59分28秒
- >>56
”次回”が今回です(^^;
- 71 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月06日(金)00時01分08秒
- いつものように、更新分は消しておきます。
- 72 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月06日(金)00時02分01秒
- いつものように、更新分は消しておきます。
- 73 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月06日(金)00時04分12秒
- ■第五部のショートカット
Chapter−@ >>2-11
Chapter−A >>20-29
- 74 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月06日(金)00時04分52秒
- Chapter−B >>38-48
Chapter−C >>57-68(今回更新分)
- 75 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月06日(金)00時05分24秒
- それでは、今回はこの辺で。
- 76 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月06日(金)00時22分40秒
- げげっ、すごい展開になってる。
つんくの目的が気になる……
- 77 名前:第五部 投稿日:2001年07月06日(金)23時24分05秒
- Chapter−D <祭りの開始>
中澤は、ラジオの電源を消した。
昨夜は雪かきやら建物の修繕などをして疲れていたため、全員風呂から
上がるとすばやく床に入って眠ってしまっていた。
今朝起きて、朝食を食べながらラジオの電源をつけると、そこからはいつ
もの番組は流れてこず、特別報道番組が流れてきて、昨夜全国各地で
起こった惨劇を知ったのである。
全員、何となく箸を持つ手を止めてしまった。
ただ1人、飯田だけがまるでラジオからのニュースなどは聞こえていなかっ
たかのように平然と黙々と食事をしている。
「……どえらい事になってるで」
中澤は誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。
「何匹おんねんな……」
「ウチラは、正義の味方じゃないよ」
と、市井がなぜか怒ったような口調で、呟いた。
「せやな……。せやけど、このままでエエんかなぁ……」
中澤の疑問に、矢口がこの場の雰囲気を明るくしようと笑いながら喋った。
「ウチラがやらなくてもさ、国がやってくれるよ」
「その国も、ゼティマと繋がってんねんで……」
中澤の言葉に、全員、また静かになってしまった。
「ハハ。そだよね。でもさ……」
矢口は言葉を捜したが、何も言葉は出てこなかった。
このままではいけない事は、全員の胸の中にあった事だろう。しかし、誰も
それを口に出す事はない。なぜならば、もうこれ以上、<Zetima>と関
わりたくなかったからである。
中澤らも、市井らも、その生物のタイプこそ違えど実際に『ミュータント』と呼
ばれる生物に遭遇した。そして、自分たちの能力を持ってしても、手ごわい
相手だと肌で感じた。
それが、何匹ともなると……。
さすがの後藤も、恐怖心というものはなかったができることなら関わりあい
たくはない。
関わりあうことなく、静かにこの場所で暮らしていたい。皆は、そう願ってい
た。その日やるべき事をこなしながら過ごしていく。
この地に移り住んで今までそうして来たように、これまでもそうしていきたかっ
た。
- 78 名前:第五部 投稿日:2001年07月06日(金)23時25分23秒
「また、ここにも来るのかな……」
ひとみは、庭園を歩きながらポツリと呟いた。
日課である生活用水を汲みに、渓流へと向かっている。
隣を歩いている梨華は、先ほどからひとみの中に広がる不安をずっと
感じてはいたが、あえて何も言いださなかった。
ひとみの言葉を聞いて、ようやく口を開いたのである。
「ここには、来ないと思うよ」
「石黒さん……、大丈夫かな……?」
「……あ、東京だもんね」
「もう、赤ちゃんも生まれる頃だし、無事だったらいいんだけど」
「妊娠――、してたの?」
「アタシが退院するちょっと前だったかな、もう2ヶ月目に入ってたんだっ
て」
「そう……」
「無事だったら、いいんだけど……」
「……アタシもね、1人心配な人がいるんだ」
梨華は立ち止まって、ひとみを見上げた。
「?」
「平家さんって言ってね、安倍さんと一緒に暮らしてた頃、お世話になっ
たの。とても良くしてもらったんだけど……、何の挨拶もしないで離れ
たのがずっと気になってて……」
(安倍さん……)
(どこ行ったんだろう……)
(梨華ちゃんと安倍さんって……)
ひとみの意識が、梨華に流れ込んでくる。
「私と安倍さん?」
「へ?」とひとみが、梨華に視線を向けた。
「私と安倍さんが、どうかしたの?」
「あ、ううん。別に……」
と、ひとみはまた歩き始めた。きょとんとした梨華だったが、すぐにひと
みの後を追った。
「そういえばひとみちゃん、あんまり安倍さんのこと聞かないよね」
「別に……、だって、聞いても仕方ないじゃん。どこにいるのか、誰も
知らないんだし……」
「ううん。そうじゃなくて、私と安倍さんがどんな風に生活してたかとか」
「そんなの……、聞いても仕方ないじゃん」
「そんなに、興味ないんだ……。私の事なんて……」
梨華がうつむき始めたのを空気で知ると、ひとみは軽いため息と共に
振りかえった。案の定、梨華は眉尻を下げて、泣きそうな顔をしてうつ
むいていた。
- 79 名前:第五部 投稿日:2001年07月06日(金)23時26分27秒
「そうじゃないってば」
「だって……」
「違うの。違うから、そんな泣きそうな顔しないでよ」
「だって……」
「あー、もう。じゃあ言うよ。聞くの嫌なの。保田さんから、ちょっと聞
いて知ってる。ホテルでその……。抱き合ってたりとか、一緒にイチャ
イチャしてお風呂入ってたとか」
「い、イチャイチャなんかしてないよ」
と、梨華が顔を赤くして反論した。
「だって、保田さん梨華ちゃんに意識読み取られない位置から、ずっ
と監視してたって」
「うそ……」
「ゼティマから連絡があるまで、ずっと張り込んでたんだって」
「……」
梨華は、うつむいた。すべて見られていたかと思うと、恥ずかしくて
顔もあげる事ができない。何もやましいことはなかったが、すべてを
見られていたという事実が恥ずかしかった。
「そんなの……、梨華ちゃんの口から聞きたくないよ」
と、ひとみは少し困ったような表情をしてそっぽを向いた。
――梨華は不意に、何かを思い出したかのように顔を上げた。
このような会話――。
どこかで繰り返したような――。
「ひょっとして……、ひとみちゃん、妬きもち焼いてる?」
そう。梨華は思い出した。数ヶ月前に、今のひとみと同じような態度
を、ひとみに向かって行なった事を――。
そして、それがきっかけで自分自身の気持ちに気づいた事を。
「……なんで、妬きもちなんか」
ひとみは、自分の鼓動が高鳴り、血流が顔に集中していくのを感じ
とっていた。
(何、これ?)(なんで、こんなにドキドキすんの)
(は? なんで?)
(梨華ちゃんが……)(好き……)
(友達として、好き)(違う……?)(わからない)(わからない)
「私、ひとみちゃんのことが好きっ」
ひとみの意識を感じとった梨華は、わけがわからなくなって思わずそ
う叫んでいた。
”好き”という感情を、別のものへと転化させられようとして焦った
のかもしれない。
- 80 名前:第五部 投稿日:2001年07月06日(金)23時27分17秒
このままの関係で良いと、自分自身を納得させてこの数ヶ月間を過ご
してきた。それは、正直な気持ちだった。ひとみの事は”好き”だったが、
その想いを伝えようなどという気はここ数ヶ月まったくなかった。
このままでの関係でも良いと思っていたし、どこか自分は間違っている
のかもとさえ悩んでいた。
しかし、ひとみが両親と帰りそうになった時――。
ほんの少しだけ、後悔していた。後悔したからこそ、戻ってくることが
あればちゃんと想いだけでも告げようと考えていた。
だが、ひとみは結局両親とは帰らなかった。そのせいでいったんは、
沈んでいたひとみへの想いが、急激に上昇してきたのだった。
突然の告白を受けたひとみは、困惑していた。
(は? 今、好きって言った?)
(好き?)(好きって?)
(友達?)(友達としてだよね)
ひとみの困惑した意識、もちろん梨華にも届いている。以前の梨華な
らば、先読みして相手の納得した答えを口にしていた事だろう。しかし、
今日の梨華は違った――。
「友達としてじゃない……と、思う……」
梨華は、うつむき加減で小さな声ではあったがそう口にした。
「梨華ちゃん、アタシ」
「うん。ごめん。困ってるのはわかるけど、私、どうしても伝えたかった
の。ひとみちゃん困らせるのわかってたけど、どうしても……」
「梨華ちゃん……」
ひとみは、ポタポタと雪を溶かす梨華の涙に気づいた。
- 81 名前:第五部 投稿日:2001年07月06日(金)23時28分05秒
「私にもよく分からない。中澤さんの事も好きだし、矢口さんや市井さ
んや保田さん――。みんなの事が好き。でも、ひとみちゃんは違うの」
「……」
「前に、ひとみちゃん、私のこと”特別”って言ってくれたよね。私ね、
その時初めて気づいたの。私も、ひとみちゃんのこと特別なんだって」
「……」
「ひとみちゃんは、どういうつもりで言ってくれたのか分からないけど……。
私は、その時ひとみちゃんのことが誰よりも好きだって事に気づいた……」
「……」
「ごめんね。こんなときに、変なこと言って」
梨華は素早く涙をぬぐうと、ひとみに笑顔を向けた。無理な笑顔では
なく、どこか清々しさのようなものが漂っていた。
「あのね、梨華ちゃん」
「あ、ほら。早くお水汲みに行かなきゃ。また、遅いって怒られちゃう」
と、ひとみに背を向けて歩き始めた。
「待ってよ、梨華ちゃん」
ひとみは、大きな声で呼びとめた。そうしないと、そのままどこかへ消
え行ってしまいそうな、梨華の背はすがすがしい笑顔とは裏腹にとて
もはかなげだった――。
立ち止まった梨華に、ひとみは駆け寄った。そして、梨華を背中から
強く抱きしめる。その存在を確かめるように、強く強く抱きしめた。
「ひとみちゃん……」
「言ったよ。忘れてたけど、うん、特別だって言った」
「ひどい、忘れちゃってたの」
と、梨華はひとみに抱きしめられたまま小さく笑った。
「あ、そう言ったのは、忘れただけ」
「?」
「でも、あたしの心の中にはいつもある。ありすぎて、それが当たり前に
なっちゃってるから」
「……」
「わかんないよ。アタシも梨華ちゃんも、お互いの中にあるのがなんなの
か。でも――」
「特別なんだよね」
と、梨華がひとみに笑顔を向けた。そして、その笑顔に一瞬見惚れてい
たひとみだが、すぐに自分も笑顔で「うん」とうなずいた。
- 82 名前:第五部 投稿日:2001年07月06日(金)23時28分55秒
――数分後。
水を汲み終ったひとみと梨華が玄関を開けると、加護と希美が囲炉裏の
ある部屋で寸劇をしていた。
加護のもとから、離れていく希美。
「待ぁってよ〜ぅ」
両手を胸の前で組み、キラキラした瞳を中空に向けて立ち止まる希美。
走る仕種をした加護が、希美を後ろから抱きしめる。
「特別なんだよー、梨華ちゃーん」
「うれすぃー」
振りかえった希美が加護と、チュっとキスをした。そして何事もなかった
かのように離れると、観客である中澤・矢口・後藤・保田にお辞儀をした。
中澤と矢口と保田は、笑いながら拍手をした。後藤だけが、玄関にいる
ひとみと梨華に気づいたようである。
「梨華ちゃん……。まさか……」
「見られてたの……」
立ち尽くす2人であった。
「おー、お熱いお2人さんやないのー。時間かかってたと思ったら。ほん
ま、最近の子は」
と、中澤がひとみたちに気づき、ニヤニヤと笑った。
「よっすぃ〜、矢口にもして」
と、矢口が笑顔で唇を尖らせる。
保田はフッと笑うと、囲炉裏の上にあるヤカンへと手を伸ばした。
後藤は軽く頬を赤らめると、何も言わずにそそくさと廊下へと消えていった。
「ち、違いますっ! 辻、加護」
ひとみに怒鳴られた加護と希美は、からかうように笑いながら中澤の後
ろへと隠れた。
「とくべつなんだよねー」
「とくべつ好きやねん」
と、2人は顔を寄せ合いまたキスをしようとした。
「キ、キスなんかしません!」
「お前らー、いい加減にしろよー」
と、顔を赤らめながらひとみは加護と希美を追いかけた。
- 83 名前:第五部 投稿日:2001年07月06日(金)23時30分07秒
その頃、市井は部屋にいた。
窓の外に広がる銀世界を眺めていた――。
障子戸が静かに開き、後藤がうつむき加減に入ってくる。
「いちーちゃん……」
市井は振りかえらずに、ずっと窓外を見つめている。声は聞こえていた。
聞こえていたが、今は自分の中にある感情と戦っていたかった。
『ミュータント』と呼ばれる生物。その後ろにいる”つんく”。
中澤のように”自分たちとは関係ない”と割りきる事はできている。関わ
りなくこの場所で静かに暮らしたいという思いもある。しかし、もう一方で
心の片隅で”責任”を感じていた。
つんくの思惑に気づかず、つんくの欲望を満たす事のできる地位まで
上りつめさせたのは、間違いなく自分であった。
市井は、自分の欲望のために盲目的につんくを信じた。その結果、つ
んくは自分がゆるぎない権力を手にいれると、まるで不用品のように
市井たちを捨てた。
どのような手段を使ったのか分からないが、国の防衛を荷うという権力
を行使し多額の補助金を使い『ミュータント』と呼ばれる生物を造りだし、
日本を惨劇の場にかえた。
無視を決め込むには、自分は”つんく”と”Zetima”に関わりすぎて
いる。
このような情勢にしてしまったのは、自分にも責任がある。
市井の心は、揺れていた。
「まただね……」
後藤の小さな声。
市井の耳に届いている。
「この前は、裕ちゃんが止めてくれたけど……。後藤は、いちーちゃんが
そうするって決めたら、どこまでもついて行くよ」
「なんのことだよ」
市井は、窓の外を見て苦笑した。
「ううん、別になんもない。ただ、後藤はそうするから」
「……」
きっと、はかない笑顔を浮かべて立っているに違いない。窓外を見てい
る市井だったったが、頭の中にはそんな後藤の姿が映っていた。
復讐でも、正義のためでもない、自分自身の中にある罪悪感。
後藤を――、他の仲間を巻き込むわけにはいかない。
市井は、その罪悪感をソッと胸の奥底にしまいこんだ。
- 84 名前:第五部 投稿日:2001年07月06日(金)23時32分05秒
ピピッと侵入者を知らせるアラームが鳴り、つんくは書類から顔を上げ、
デスクの上に設置されているモニターを見つめた。
その人物は、ノックと同時に返事もまたずにドアを開けた。
そして、デスクの向こうで座りながら銃を構えているつんくを見て足をす
くめた。
「き、君……。何のマネだね」
「返事があってドアを開ける。大切なマナーですよ」
と、つんくはニヤニヤ笑いながら銃をしまった。
防衛庁の大臣は、額に汗を浮かべながらもつんくの元へと歩いた。
「秘書からも聞いているとは思うが、今日は政府公式会見の日だ。もうあと、
3時間もない。なのに、研究資料が用意されていないとはどういうことだね」
大臣はソファに座ると、その額に浮かんだねっとりとした汗をぬぐった。
「ミュータントの資料なら、さっきFAXで送ったんですけどね。どうやら、
入れ違いみたいでしたね。ご足労おかけして申し訳ありません」
と、つんくは深々と頭を下げた。だがそこに申し訳ないという気持ちはまった
くなかった。すべては計算上の事である。
「あぁ、それならそれでいいんだが……。そのロシアが送り込んできたとい
うミュータントを少し見せてもらえないだろうか?」
- 85 名前:第五部 投稿日:2001年07月06日(金)23時32分46秒
- (子供か、このオッサンは)
つんくは心の中で、苦笑した。国民を何人も殺している怪物を、国の防衛を
任されている最高責任者が、このような発言をするのがつんくには笑えて仕
方がなかった。
「厳重な警備でおいそれとは見せてもらえない事は分かっているが、どの
ような怪物と我々は闘わなければならないのか一度この目で確かめてお
きたくてね」
大臣が、ただたんに好奇心だけからここに来たことはわかっていた。
会見に必要な資料を取りに来たというのが、口実である事も分かっていた。
「見ても面白くないと思いますよ。解剖して全形は留めてませんから。それ
よりも、早く戻って資料に目を通した方が……。残念な事ですが、これは明
かにロシアが送り込んできた生物兵器です。そして、さらに残念な事は、そ
の生物は元・人間です。ドイツから呼び寄せたシュタイナー博士による、理
論は実証されました。公に発表するのは恐ろしい事ですが、このまま黙って
手をこまねいているわけにもいきません。全世界の政府が一丸となって、こ
の自体に取り組まなければ」
それまでうつむき加減にとつとつと喋っていたつんくだったが、そこで会話を
きると、顔を上げて真剣な表情で大臣の目を見据えた。
「世界は、破滅です」
- 86 名前:第五部 投稿日:2001年07月06日(金)23時33分57秒
日本政府が発表した『ミュータント』についての緊急調査報告は、衛星を
通じて全世界に同時に放送された。
「現在日本国内でその特殊能力を保持している者は、男女年齢を問わず
1580名です。潜在的に能力を保持されていると思われる人数は含まれ
ておりません。日本国内に滞在している海外からの旅行者、留学生、就業
者については把握しきれていません。各国との政治的・人道的な点を考慮
して、政府は半強制的にそれらの海外からの入国者に関し国外退去勧告
を発令します」
「――政府は即急に緊急対策本部を設け、『ミュータント』の一斉討伐を
行なうと共に、今後突然変異を起こしうる可能性のある者に限っては、日
本国憲法下の基本的人権を考慮しつつ保護を目的に一時的な拘束もや
むを得ない事とします」
- 87 名前:第五部 投稿日:2001年07月06日(金)23時34分58秒
「ロイター通信によりますと、日本時間深夜0時20分。アメリカ・イギリス・
中国・ヨーロッパでほぼ同時刻に『ミュータント』が出現した模様です」
全世界で、祭りののろしが上がった。
「日本国内はただ今より、『ミュータント』壊滅条例を施行いたします。市民
の皆様は、くれぐれも軽率な行動に出ないように申し上げます。繰り返しま
す。日本国内はただ今より、『ミュータント』壊滅条例――」
人々は狂った。
「アメリカ・ヨーロッパ各政府も同等の公式発表があった模様です。日本
政府は現地に外務省スタッフを送り――」
大国と呼ばれた国は、自国を守ることで精一杯となった。
「緊急対策本部が置かれている国会議事堂が、『ミュータント』の襲撃に
遭い――」
国内の暴動鎮圧により、手薄となっていた議事堂が襲撃された。
「寺田生物工学総合研究所によりますと――」
国民の唯一の救いが、世界的に有名な生物学者・化学者達が集うこ
の研究所だけだった。
「18日未明、ロシアの××基地から数基の核ミサイルがアメリカ本国
に向けて発射されましたが、圏外でのミサイル防衛に成功した模様です。
この自体を受け日本政府では各国との――」
疑惑をかけられた大国は、すでに何者かによりその機能中枢を乗っ取られ
ていた。疑惑の大国から、加害国となったロシアは全世界から集中的な攻
撃を受け、国の機能をほぼ停止させられた。
――毎日。いや、数時間毎に変化する世界情勢を、つんくは爪を噛んで
ニヤニヤと笑いながら見つめていた。
- 88 名前:第五部 投稿日:2001年07月06日(金)23時36分01秒
石黒は某県で、もう10日ほど足止めを食らわされている。主要幹線道
路は、警察隊・自衛隊により封鎖されており、緊急警戒警報の発令に
より外出することさえ困難な状態になっている。
小さなビジネスホテルの一室で、石黒は重い腹を抱えるようにして窓の
外を見つめていた。
主要大都市では、市民が暴徒と化し様々な被害が及んでいるらしい。
石黒の目から見える風景は、人の姿こそないもののどこか平和な光景
である。つい数分前に見たニュース番組――いや、もはやニュース番
組というくくりはなくなっている。24時間、各局は国内・世界の混乱した
情勢を放映し続けているのだ。
テレビで見た東京は、異様な光景であった。幹線道路は機動隊の装
甲車に封鎖され、通りには戦車が行き交う。
銃を持った兵士が街を歩き、あちこちでは暴徒による放火が原因で火災
が起きている。
武器を手にした市民は己の命を守るために徒党を組み、別のグループ
と血なまぐさい争いを行なっている。
街の至るところから銃声が聞こえ、悲鳴が聞こえ――。カメラがその先
に向かうと、生々しい死体が転がっている。
「地獄……」
テレビの向こうは、石黒の目には地獄に映っていた。
夫の山田真矢とは、もう10日前に連絡が途絶えている――。
日本政府が発表した『ミュータント』についての緊急調査報告から、わず
か3週間で世界は破滅へと導かれていた。
- 89 名前:第五部 投稿日:2001年07月06日(金)23時36分38秒
保田・市井・加護の3名は、3週間ぶりに町へと下りてきていた。
世界で起きている事件の事は、ラジオを通して知っている。このような
時勢に、山を下りるのは危険ではないかと中澤の忠告もあったが――、
食料も燃料も底をつき始め、これからもっと厳しくなる冬を乗り越すため
にはどうしても下山は必要だと市井は引き下がらなかった。
市井のパートナーである後藤は、ちょうどひとみらと裏山の奥へと山菜
を採りに行っていたため、市井は加護を連れていく事にした。
「いいか、加護。力は、絶対に使うんじゃないよ」
市井の言葉に、加護は少し緊張しながらうなずいた。
緊急警戒警報発令中ではあったが、片田舎の町にはそれほどの混乱
もなく、いつも通っているショッピングセンターにはいつもと変わらない
利用客たちがいた。
保田も、無意味に辺りをうかがうことは止めた。その行動だけで、怪し
まれる恐れがあったからだ。
「普通にしてればいいんだよ。普通に」
市井は、緊張してしゅんとおとなしくなっている加護の手を握って、自
分の側へと引きよせた。
「圭ちゃんも」
と、市井は片方の手を保田へと差しだした。
「ヤめてよ、カッコ悪い」
保田は微苦笑を浮かべて断ったが、市井の表情は真剣だった。
「アタシの側にいれば、力は使えないんだよ」
「……あ、そっか」
と、保田は照れ笑いを浮かべながら、市井の手を握った。
「こうしてれば、3人姉妹に見えるかな?」
保田の問いに、緊張のほぐれた加護が笑った。
「あんた、一番下なんだから、お姉ちゃんの言う事ちゃんと聞きなさいよ」
「ほえーぃ」
加護のおどけた返事を合図に、3人は手を繋いだままショッピングセン
ターへと入っていった――。
- 90 名前:第五部 投稿日:2001年07月06日(金)23時37分19秒
――ドサッ。
後藤の手から、山菜の乗ったザルが滑り落ちた。
「あー、ごっちん、なにやってんのー」
側で山菜を摘んでいたひとみが、大きな声を上げた。
後藤の落とした山菜は、緩やかな斜面を転がり落ちていった。
ひとみの側にいた梨華が、フッと顔を上げた。
後藤はぼんやりと、宙を見つめていた。梨華はその姿を見て、飯田を思い
出した。
「ちょっと、ごっちん、七草がゆ食べたいんじゃなかったの? どうすんの、
せっかく集めたのに」
と、ひとみが斜面の下の方を覗き込みながら言った。
「アハ、ごめん」
われに帰った後藤だったが、その心の中はなぜか市井のことばかりを考
えている。
後藤の意識を感じた梨華だったが、あえて何も言わずに山菜を採りつづ
けた。どうして市井のことを考えてしまったのか、後藤自身もわかってい
なかったからである――。
- 91 名前:第五部 投稿日:2001年07月06日(金)23時37分52秒
アットホームが売りだった『居酒屋 平家』も、最近ではその騒動のために
暗くなってから外出する人も少なくなり、ほとんど客足は途絶えた状態であ
る。
店を開いても赤字になるのは目に見えているのだが、それでも少ないなが
らも以前のように足を運んでくれるなじみの客のために閉めるわけにはいか
ない。
「はぁ〜……、何でここまで義理立てするんやろ」
平家は開店前の店で、赤文字の多い帳簿をつけていた。
自然と、ため息ばかりが漏れる。
つけっぱなしのテレビは、先ほどから”行方不明異能力保持者”の実名を
取り上げている。帳簿をつけているので見てはいない。自分には関係ない
ので、興味もないのではあるが、薄暗い静かな店内にいると気分も塞ぎが
ちになるので、つけっぱなしにしている。
『尚、未成年者の実名報道には報道倫理に基づき、実名およびその顔写
真の公開を控えておりましたが、政府の基本方針・世論の声等を反映して
Fテレビでは未成年者ではありますが今後のことを考慮し実名報道および、
顔写真の公開へと踏み切らせていただきます』
- 92 名前:第五部 投稿日:2001年07月06日(金)23時38分27秒
『相原みずほさん。大阪府出身。15才。
相原直行さん。広島県出身。17才。
赤沢留美子さん。新潟県出身。18才。
安倍なつみさん。北海道出身。19才。
・
・
・
飯田圭織さん。北海道出身。19才。
・
・
・
石川梨華さん。神奈川県出身。15才
・
・
・』
その名前を聞いたとき、平家はボーっと梨華のことを思い出した。焼き鳥を
焼く時に小指が立っていたこと、店の軒先に巣を作っていたつばめを怖がっ
ていた事、なつみという姉を一生懸命世話していた事。
そして、ハッと気づいた。
(何で、梨華ちゃんの名前があんねん!)
顔を上げた平家は、ブラウン管の中にある梨華の顔写真に目を見張った。
そして、その数段上にある”安倍なつみ”と書かれた顔写真にも目を奪わ
れた。
(な、なんやねん……。梨華ちゃんとなっちゃんが……、ミュータント……)
『尚、このリストに挙がっている安倍なつみさん・飯田圭織さん・石川梨華
さん・市井紗耶香さん・加護亜依さん・後藤真希さん・辻希美さん・福田明
日香さん・矢口真里さんの他、京都府出身の中澤裕子さん・千葉県出身の
保田圭さん以上の11名は、各地で様々な破壊工作を行なっている模様で
大変危険なテロリストグループでもあります。我々Fテレビが独自に入手し
たテープをご覧頂きたいと思います』
テレビのブラウン管には、破壊されたホテルの映像と監視カメラの前を走る
中澤らの姿が映っていた。
- 93 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月06日(金)23時39分48秒
- 今回の更新は、これで終了です。>>77-92(今回更新分)
- 94 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月06日(金)23時41分00秒
- >>76
次回から最終部に突入。やっと、終わります(^^;
- 95 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月06日(金)23時41分54秒
- 第一部〜第四部があぷろだにUPされてます。
どなたかわかりませんが、どうもありがとです。
- 96 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月06日(金)23時42分41秒
- つんくの意図が分からない……
身重の石黒がどう動くのかも気になる……
って、もう最終部なの?もっと読みたい!
- 97 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月06日(金)23時43分11秒
- とりあえず、今回も更新分を消しておきます。
- 98 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月06日(金)23時46分21秒
- >>96
助かりました。
8章あるので2部分ぐらいの……早く次のを掲載したい(^^;
- 99 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月06日(金)23時47分31秒
- ■第五部のショートカット
Chapter−@ >>2-11
Chapter−A >>20-29
Chapter−B >>38-48
Chapter−C >>57-68
Chapter−D >>77-92
- 100 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月07日(土)00時42分25秒
- あー、ついに最終部かー。
毎日の生活の一部になるぐらいすごくファンだからさびしいなー。
できればずっとここで小説を書きつづけて欲しいと思う私はわがままですか?
- 101 名前:七男 投稿日:2001年07月07日(土)21時09分09秒
- あぷろだで見つけました。
ものすごく面白いっす。
毎日見張らせていただきます。
- 102 名前:最終部 投稿日:2001年07月07日(土)23時07分47秒
- Chapter−@ <襲撃>
夜も遅く――。
皆の不安は、極限にまでのぼりつめようとしている。
市井・保田・加護の3人が、町へ買い物に出かけたまま8時間が経過した。
往復4時間の道のりではあるが、もう帰っていてもおかしくない時間である。
とりわけ後藤が、落ちつきをなくしている。
中澤と梨華の2人がかりで、後藤の能力を押さえてはいるが、もうそれも限
界に達しようとしていた。
中澤の”無効化”の能力でさえ、感情と共に放たれる後藤の力は押さえき
れない。不安が彼女を苛立たせる。そして何よりも、たとえその場にいなかっ
たにせよ、市井が自分を側におかなかった事に強いショックを受けていた。
梨華は触手を伸ばして、後藤の力の発動に関係している前頭葉全体を覆う
ように触手の網を広げていたがそれさえも破かれそうになっていた。
後藤の意識はすべて、市井に向けられている。後藤が市井の名を心の中で
叫ぶたびに、梨華の触手の網は破かれる。
これ以上は、もうどうにもならないと中澤と目配せをした時、息を切らせた矢
口が旅館へと続く山道をかけ上がってきた。
「帰ってきたよ!!」
山の中腹ぐらいまで様子を見に行っていた矢口が、大声で叫ぶ。
後藤は、中澤の手を振りほどくと一目散に山を駆け下りていった。
走って息のきれた矢口。
能力を使って、息のきれた中澤と梨華。
3人はしばらくそこを動く事ができなかった。
――山道を上がってくる車のヘッドライトを見たとき、ひとみはホッとした。
何事もなく、無事に帰ってくる事ができたんだと思った。
隣にいた矢口も、そう思ったからこそ喜んで報告に戻ったのだろう。
矢口が走り去って数分後。車のヘッドライトは、喜びのあまり飛び出した
ひとみと希美の前で停止した。
だが、いくら待っても誰も下りてこない。
不審に思ったひとみが、希美をその場から離れさせ、運転席のドアを開けた。
中にいたのは、血まみれになって気を失っている加護だけだった。
「か、加護ッ!!」
ひとみの叫びに驚いた希美が、あわてて駆け出してくる。
希美は、中にいる加護の姿を見て軽い目眩を覚えた。
「つ、辻、しっかりして」
ひとみはフラフラと崩れ落ちる希美を、かろうじて支える事ができた。
- 103 名前:最終部 投稿日:2001年07月07日(土)23時09分11秒
「よ……、吉澤……」
消え入りそうな声が、後ろの席から聞こえてきた。
「はっ、はい!」
ひとみは、希美を抱えたまま後部座席を覗いた。そこには加護よりも、出血
のおびただしい市井が座席の下に倒れ込んでいた。
頭部を何か鈍器のようなもので殴られたのだろう、肉が膨れ上がりそこに
は裂傷痕があった。顔面は乾いて黒ずんだ血で覆われていた。
その形相を見たひとみは、さすがに気を失いそうになった。
しかし、そういうわけにもいかずとりあえず気を失った希美を後部座席に押し
やり、加護を助手席に移動させると、運転席のドアを閉めた。
「ハハ……、吉澤……、やっぱ……判断力あるよ……」
後ろの座席から、か細い声が聞こえる。
「市井さん、喋らないで下さい。は、早く自分の傷治して」
「……そうか、加護が……、ここまで……。先に……、加護を……」
「加護は大丈夫です。気を失ってるだけですから、早く市井さん自分のを」
ひとみがヘッドライトをハイビームに切り替えた瞬間、こちらに向かって駆け
下りてくる後藤の姿が映った。
「ごっちん!! すぐに戻ってくるから、ここで待ってて!!」
と、窓から大声を張り上げると、そのまま止まらずにアクセルを踏みこむ力
を強めた。後藤が何かを叫んでいたようだが、聞く余裕はひとみにはなかっ
た。なぜならば、市井と加護の身体の事を心配したのも確かなのだが、こ
の2人を見たときの後藤の感情の爆発が心配だった。
できるだけ、後藤に考える時間を与える前にその場を離れたかったのであ
る。
「ハハ……、正解だよ……、吉澤……」
耳元近くで聞こえた市井の声に、ひとみは横を向いた。後部座席から身を
乗りだした市井が、加護に能力を使っていた。
加護の打撲による傷は、見る見るうちに消えてなくなった。
市井は自分の傷を治し始めたのと同時に、気を失った。見るとまだ全部の
傷を癒しきっていない。頭部の傷だけは消えていた。
ひとみは残された傷が致命傷にはならないと判断して、そのままスピード
を緩めずに旅館へと車を走らせた。
- 104 名前:最終部 投稿日:2001年07月07日(土)23時10分00秒
旅館に到着した時のひとみは、呆然自失の状態だった。
駆けつけた中澤が、運転席のドアを開けるとひとみは目を見開いたまま、
ガチガチと歯を震わせてハンドルを離そうとしなかった。
「な、なに、何があったん」
中澤もさすがに、その様子からして尋常ではない事が起きたと判断し顔を
青ざめた。
歯をガチガチと震わせながら、ひとみは中澤の方を向く。
中澤の後ろにいる梨華と矢口も、そんなひとみを見るのは初めてだった。
「か、加護がここまで、う、運転してきて、い、市井さんが、し、死にそう
になってて」
中澤は、助手席にいる加護を見た。たしかに、服は汚れているがどこにも
それらしい傷はない。
だが、後部座席にいる血だらけの市井の姿を見たとき思わず短い悲鳴を上
げた。
「い、市井さんが、け、怪我を治して、そ、それで」
中澤は後部座席のドアを開けると、市井を背負って旅館の中へと移動させ
た。矢口と梨華に何やら大声で指示を出していたようだが、ひとみの耳に
は入っていなかった。
――矢口が加護を、梨華が希美を、肩をかして引きずるように旅館へと戻
る姿を見たとき、ひとみはやっとハンドルから手を離す事ができた。
何気にフッとみたルームミラー、ハッチバックのガラスが割られているのに
気が付いた。
「保田さん……。そうだ、保田さんは!」
ひとみは後部座席を確かめた、しかし、どこにも保田の姿はない。天上に
頭をぶつけながらも、ひとみは泳ぐようにさらに後ろの後部座席へと向かっ
た。しかし、そこにも保田の姿はなかった。
「保田さん? 保田さん!」
車内のどこにも保田の姿はなかった。ただ、砕けたガラスと大きな石が辺
りに散乱しているだけであった――。
- 105 名前:最終部 投稿日:2001年07月07日(土)23時10分32秒
先に意識を取り戻したのは、加護であった。
よほど、恐ろしい目にあったのだろう意識を取り戻すと同時に叫び声を上げ
ながら力を放った。
天上が瓦もろとも吹き飛び、屋根の上にあった雪がなだれ込んできた。
パニックになった加護は、さらに力を放とうとしたが一瞬早く梨華が触手を
伸ばしたためにその力は封じられた。
「加護ッ! 大丈夫や! 加護ッ! しっかりして!」
中澤は加護の小さな身体を強く抱きしめ、そう叫んだ。
金切り声を上げながらもがいていた加護だったが、ここが自分たちの場所
だという事を認識すると次第に落ちつきを取り戻していった。
「あいちゃん……」
希美が、目に涙を溜めて加護の名を呼ぶ。
加護はそんな希美をしばらく、見つめていた。そして、やっと本当に帰って
これたのを認識したのだろう。次は声を上げて、泣きじゃくった。
「大丈夫や、大丈夫やで。もう、怖ないからな。大丈夫やで」
中澤は、まるで母親のように加護の頭をなで続けた。
希美は、騒ぎに驚いて部屋を出てきた飯田に駆けよった。
――何かを言いたげに、飯田を見上げる希美。飯田は悲しそうな表情を浮
かべるとゆっくりと首を横に振った。
(大きすぎる。この前のようにはいかない)
梨華のもとに、飯田の心の声が聞こえてきた。飯田の心の声は希美には
聞こえていないのだが、希美は悲しい顔をしたままうつむいた。
――梨華には、その言葉の意味がわからなかった。だが、今はそれよりも
3人の身に何があったのかただそれだけが気になっていた。
「中澤さん! 保田さんがいません!」
ひとみが駆け込んでくると同時に、また屋根の上から雪がパラパラと舞い
落ちてきた。
- 106 名前:最終部 投稿日:2001年07月07日(土)23時11分24秒
「圭坊が……?」
保田の名前を聞いて、加護が身を強張らせた。
「加護……、何があったか、ゆっくりでエエから話してくれる? いい?」
嗚咽しながらも加護は、中澤へと顔を向ける。
「全部やないでエエから、な」
「や、保田さん……」
「うん」
「ウチと市井さん……、車に乗せてくれた……。ケガした」
その場にいた全員が、加護の話に耳を傾けている。
「圭坊が車に乗せてくれたんやなぁ。なんで、ケガしてたん?」
「買い物……。物してたら……、警察……。警察みたいな人が来て」
「警備員さんやな」
「そ……、そしたら……、店の中に、人がいっぱい入ってきて。ウチら、
なんにもしてないのに」
加護はまた声を上げて泣き出した。
(魔女狩り……。中世のヨーロッパ。時空を超えて、その意識が流れ始
めた)
梨華は飯田の心の声を聞いて思わず、声を上げた。
「私たちは、魔女なんかじゃありません!」
皆が、驚いた顔で梨華を見た。
「梨華ちゃん……」
ひとみの声もまるで聞こえていないかのように、梨華は泣きながら飯
田を見据えていた。
「魔女狩りだなんて……。私たちだって、好きでこんな力持ってるんじゃ
ないのに……。なんで……、普通に暮らしたいだけなのに……」
と、梨華はその場に泣き崩れた。ひとみはその肩を抱え起こすと、廊下
へと梨華を連れ出していった。
「裕ちゃん……」
矢口が心配そうに、中澤に顔を向けた。
「悪いけど、紗耶香起こしてくれる? ゆっくりもしてられんようになった
わ……」
「う、うん……」
と、矢口は続きとなっている隣の部屋へと入っていった。
- 107 名前:最終部 投稿日:2001年07月07日(土)23時12分00秒
ひとみは、梨華を囲炉裏のある部屋へと連れ出した。
うつむいたまま肩を震わせている梨華をその場に置くと、ひとみは黙っ
て外へと出て行った。
いつの間にか、雪が舞っている。雪が降り始めたのではなく、粉雪が
風に舞っているようだった。
粉雪の舞うその向こうに、息をきらせた後藤が立っている。
「なんで、なんで、いちーちゃんに会わせてくれないの……」
後藤のすぐ脇にある石門が、まるで紙くずのように砕け落ちた。
ひとみは身じろぎすることなく、後藤と対峙している。
「とにかく、市井さんは大丈夫だから落ちついて」
「だったらなんで、車、あんなになってんの」
表の車に顔を向けた後藤が再びひとみへと向き直った時、後藤の顔は
泣きそうな顔になっていた。
「真希ちゃん、落ちついて。話を聞いて」
ひとみのその真剣な口調に、後藤も自分の心を落ちつかせようと必死だっ
た。”真希ちゃん”そう呼ばれた事で、一瞬、10年前の事を思いだした。
怒りにわれを忘れて、封じていた力が放たれた。そして、そのことが原因
でひとみは10年もの間苦しんでいた――。その事実が脳裏をかすめ、少
しではあるが全身を巡る血流が静まったような気がした。
「いちーちゃんは、ホントに無事なんだね」
「ケガはしてるけど、大した事ない。だから、絶対にパニックにならないで。
辻も飯田さんもいるから」
「わかった……」
後藤の表情が、スッと冷めた表情に変わった。
それを見たひとみは、なんとかこの場の危機を回避することができたと
確信した。
力で封じていては、真希の力を完全に封じる事はできない。ひとみの咄
嗟の判断が、二次被害を未然に防ぐ事ができた。
市井に対する真希の盲目的な感情は、誰にも止める事はできないと、
ひとみはこの数ヶ月で理解していた。
- 108 名前:最終部 投稿日:2001年07月07日(土)23時12分41秒
何度か矢口に頬を軽く叩かれて、市井はやっと意識を取りもどした。
「矢口……」
市井は、辺りを軽く見回して自分の置かれている状況を素早く理解した
ようであった。
「加護も、大丈夫だからね」
「……あ、うん」
置きあがろうとした市井は、身体に走る激痛に顔を歪める。
「ハハ。先に、自分の身体治しなよ」
矢口は精一杯の笑顔を向けた。
市井は、「そうだね」と苦笑を浮かべつつ自分の身体に手を触れた。
「紗耶香……」
声が聞こえて市井が隣の部屋に顔を向ける。そこには、加護を抱いて
こちらを心配そうに見ている中澤がいた。
「ハハ。なんだよ、裕ちゃん。加護の母親みたいだね」
そして、市井は辺りを見まわした。
「圭ちゃんは……?」
矢口が目を伏せたのを見て、市井はハッとして立ちあがった。
「圭ちゃん!」
「紗耶香! 落ちつき!」
中澤の一喝で、市井はソワソワと辺りを見まわす動作を止めた。
「町で何があったんや……。まず、それからや」
後藤の姿が、中澤の後ろに現われた。ちらりと市井を見ると、一瞬、
目に表情が戻ったがまたすぐに虚ろな目を加護に向けた。
「買い物してる途中だった……」
- 109 名前:最終部 投稿日:2001年07月07日(土)23時13分30秒
その視線に気づいたのは、加護が最初だった。
「あの人、何でこっち見てるんですかねぇ?」
市井は商品を手に持ったまま、加護の視線を追った。見ると、通路の
先に3人の警備員がいる。警備員たちは手に紙をもち、何かを確認し
ているようだった。
(間違いないな……)
(まさか、こんなところに……)
(すぐに、知らせなければ……)
市井に3人の意識が流れ込んできた。1人の警備員が走りさり、2人
はそのまま通路の先に残った。
「加護……」
「はい?」
と、きょとんと見上げる加護。市井の額には、うっすらと汗が滲んでい
た。
「圭ちゃん……、どこ行った?」
「保田さんなら、向こうでお米見てくるって」
「そっか、よし、じゃあそっち行こう」
「???」
市井は商品を戻すと、加護の手を引いて警備員のいる方向とは反対
側へと歩いていった。
歩きながらも市井は垂直に交わっている通路を、横目で見つめていた。
自分たちの歩く方向に、警備員たちも反対側の通路ではあるが同じ
方向に進んでいる。
「あ、保田さーん」
と、保田の姿を見つけた加護が、名前を呼んだ。
――迂闊だった。市井は、そう後悔した。
加護が保田の名前を呼んだことで、警備員たちは確信したようだった。
(保田……)
(保田圭……)
(リストにあった)
(ミュータント、間違いない)
加護の声に気づいた保田は、顔を上げた。そして、振りかえる前に
異様な光景を目にした。
商品の陳列した棚を通り越して、ショッピングセンターの出入り口が
見えた。そこには、数十人の手に何か棒きれのようなものを持った
中年男性たちがいた。
市井にも、その男たちの意識は流れ込んできた。
(討伐隊が到着するまで、なんとしてでもわし等が)
(息子を殺された)(鬼だ)
(殺せ)(討伐隊)(まだ、子供じゃないか)
(変化する前に殺してやる)(殺せ)
- 110 名前:最終部 投稿日:2001年07月07日(土)23時14分16秒
「帰るよ」
「あ、うん……」
保田はうつむき加減に、市井へと駆けよった。そして3人は、手を繋いだ
まま何も持たずに店にあるもう一つの出入り口へと向かった。
興奮した群衆の1人が「逃げるぞ!」と叫ぶのと同時に、市井と保田は
きょとんと後ろを振りかえる加護の手を引っ張り駆けだした。
加護は通路を走ってくる異様な形相をした中年男性らに、とっさ的に力を
放とうとした。しかし、その力は市井によって完全に封じられていた。
「市井さん、離してっ」
「ダメだ。いいから、早く走れ」
しかし、店を出たその場所で足を止めざるをえなかった。
出たその場所には、今到着したばかりなのだろう。肩で息をしている男性
数十人が出入り口を取り囲むようにして立っていた。
「テレビで見たぞ。お前ら、ミュータントだな」
「マルヤマ町、役場の者だ。おとなしくするんだぞ」
手に武器を持った男たちの声は震えていた。男たちの恐怖は、市井にも
届いていた。
「やばいよ、紗耶香……」
保田は辺りを見まわした。取り囲む役所関係の人物のほかに、野次馬的
に集まった人々で完全に取り囲まれてしまった。
駐車場までは、まだ200メートルほどあった。
「加護……、あの看板狙えるか?」
市井の視線の先数メートルほどに、テナントの看板があった。ちょうど、包
囲網の途切れた上部に、それは位置していた。
- 111 名前:最終部 投稿日:2001年07月07日(土)23時14分50秒
「はい。大丈夫です」
加護は市井を見上げて、コクンとうなずいた。
「圭ちゃんも……、あの看板が落ちたら、一気に車まで突っ走るよ。いいか、
加護。何があっても、力は使っちゃダメだぞ。ウチらはもう人殺しじゃないん
だからな」
「……はい。わかりました」
「何をゴチャゴチャ、言ってるんだ。この鬼畜め」
誰かの投げた石が、市井の肩に当った。
「市井さんっ」「紗耶香っ」
「大丈夫。行くぞ、加護」
市井が加護の手を離した瞬間、群衆の後ろで看板が爆発音を立てて落下
した。
群集は悲鳴を上げながら、方々へと散った。
その隙間を、市井・保田・加護は走った。走ってくる3人を見て、群衆の輪
は、モーゼによって切り開かれたかのような1本の道を作った。
車まであと数十メートルの所で、加護が突然倒れた。誰かの投げた石が、
顔面に直撃したらしい。
「圭ちゃんはッ、車に戻ってッ!」
市井はそう叫びながら、加護の元へと戻った。抱え起こした加護の顔を見
て、市井は思わず顔をしかめた。見ると、加護の近くに大人のこぶし大ほ
どの石が転がっている。
この石が顔面に直撃したのだ。加護の鼻は完全に折れ、頬骨が陥没して
いた。
- 112 名前:最終部 投稿日:2001年07月07日(土)23時15分33秒
「痛いッ! 痛いよーッ!」
金切り声を上げて泣き叫ぶ加護。市井はすぐさま、自分の能力でその傷を
治した。もう傷はなくなった。痛みもなくなったはずである。しかし、パニック
になった加護は叫び声を止めようとしなかった。
「加護ッ! いつまで泣いてんだ! 行くぞ!」
と、市井が加護の手をとり振りかえった瞬間、市井の額に鍬の先端が当っ
た。鈍い音がして市井は額から血を吹き出し、受身をとることなくその場に
卒倒した。
「市井さんッ! 何すんねん! このアホ!!!!」
鍬を振りかざした老人は、加護の力によって切り刻まれた。
それにより、群集の恐怖は一気に煽られ一斉に投石が始まった。
加護にも何発も命中した。痛みで力のコントロールができず、加護の放つ
力は近くの車をスクラップにしただけだった。
クラクションを鳴らしながら、保田の運転する車が加護らの前で止まる。
「加護、早く乗れ!」
中で保田が叫んでいる。
「市井さんがッ! 市井さんがッ!」
運転席から身を乗りだした保田は、地面に倒れたままピクリとも動かない
市井を見てあわてて車から出てきた。
群集の投げる石が、流星群のように3人に降りかかる。
加護が自分たちの周りに、風の膜のようなものを張りなんとか防戦してい
るが、先にダメージを受けているためすべてを防ぐほどの威力が発揮され
ない。
悔し涙でもう何がなにかわからなくなった加護の身体が、不意にひょいっ
と浮かび、次の瞬間には助手席へと投げ込まれていた。
- 113 名前:最終部 投稿日:2001年07月07日(土)23時16分17秒
「しっかりしろッ、バカ」
と、助手席のドアを閉めながら保田が叫んだ。肩には、顔面を鮮血で彩ら
れた市井を担いでいる。
保田はそのまま後部座席を開けると、市井を座らせる余裕がなくそのまま
ま市井を座席の下に押し込んだ。
「保田さんッ、後ろ!!」
加護の声に、身構えながら振りかえった保田。その肩にゴルフのドライバー
が食い込んだ。
鎖骨のあたりから、奇妙な鈍い音が聞こえた。
「お前らのせいでな、ウチの息子は死んだんだ!」
続けざまに二発目の衝撃が、内臓を直撃した。
意識が遠ざかりながら、保田はゴルフのドライバーを振り下ろしている中
年男性が涙を流しているのを見た。
しかし、同情をしている暇はなかった。保田は残っていた力で、後部座席
のドアを閉めると、大声で怒鳴った。
「加護ッ、戻って後藤を呼んできて!! 助けてくれるの待ってるから!!
早く!!」
加護は、”後藤を呼んできて!!”と叫んだところまでは保田の姿を確認して
いた。しかし、その後の事はよく覚えていない。運転席に座ると、ギアをド
ライブにいれてアクセルを強く踏んだ。
左目が大きく張れて、左の視野がひどく狭かったが加護は必死で車を走
らせた。そして、数時間後――。
- 114 名前:最終部 投稿日:2001年07月07日(土)23時16分56秒
中澤は、畳の床を激しく叩きつけた。
皆の顔は、複雑な表情を浮かべている。怒り、恐怖、失望、憤り――。
「ハハ……、いちーちゃんのミスだよ……」
後藤が力なく笑った。
「加護に全員殺させてたら、圭ちゃん捕まらなくてもよかったのに……」
市井は、後藤の目をジッと見つめている。後藤はフラフラと市井へと歩み
寄った。その場にいる全員に、緊張感が走る。
「なんで、アタシ、その場にいなかったんだろう……。なんで……、連れて
行ってくれなかったの……。どこに行くのも一緒にって言ったじゃん。何で
よ!」
後藤は市井にしがみついて、声を上げて泣いた。
市井はただ黙って、後藤の身体を強く抱きしめた。
強大な力は、身体を密接させていることによってすべて市井に吸収されて
いる。周りの目から見れば、後藤はただ泣きじゃくっている少女に過ぎない。
「裕ちゃんさ……。アタシ、やっぱりここにはいられないよ」
市井は後藤の頭を優しくなでながら、微笑んで中澤に語りかけた。
「つんく……。あいつを倒さなきゃいけない。もとはと言えば、あいつに騙さ
れたアタシがいけないんだ。大きな物を望みすぎた」
「紗耶香。落ちつき」
中澤が立ちあがった。
「本当にみんなの幸せのためなら、ぼくの身体はひゃっぺん焼いても構わ
ない――。あの詩、いいよね」
宙を見つめて、市井は微笑んだ。
「もっと早くに、そうするべきだったんだ。何を迷ってたんだろう。フフ。たぶ
ん、ここにいるみんなに甘えてたんだろうな。失って怖くなって、残った大
事な宝物また失いたくなくて、もっともな理由を考えてここに留まろうとした」
「紗耶香。今はそんなん言ってる場合やないで、みんなで圭坊助けに行
こうやないの」
「みんなはここに残って……。アタシと……。後藤も一緒に来てくれる?」
と、泣きじゃくっている後藤の顔を覗きこんだ。
「へへ。当たり前じゃんかぁ……」
顔を上げた後藤は、涙を流しながらも笑った。
「そっ。ありがとな」
と、クシャクシャと笑顔で後藤の頭をなでた。
(導かれてるのは、2人だけじゃない。ここにいるみんなが導かれてる)
市井の意識に、その声が流れ込んできた瞬間。
ひとみと梨華が、部屋に駆け込んできた。
「すぐに逃げる用意してください!」
「私たちを捕まえに、大勢の人がこっちに向かってます!」
- 115 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月07日(土)23時18分24秒
- 今回の更新は以上です。>>102-114(今回更新分)
- 116 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月07日(土)23時20分13秒
- >>100
こちらも、毎日の生活の一部ですね。それも、もうすぐ
終わりになります。なんか、しみじみします……(笑。
- 117 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月07日(土)23時21分04秒
- >>101
23時〜25時の間に、ほぼ毎日更新してます(^^;
- 118 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月07日(土)23時22分28秒
- とりあえず、今回も更新分を消しておきます。
- 119 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月07日(土)23時23分24秒
- とりあえず、今回も更新分を消しておきます。
- 120 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月07日(土)23時24分00秒
- ■第五部のショートカット
Chapter−@ >>2-11
Chapter−A >>20-29
Chapter−B >>38-48
Chapter−C >>57-68
Chapter−D >>77-92
- 121 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月07日(土)23時24分42秒
- それでは、この辺で。>>102-114(今回更新分)
- 122 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月07日(土)23時52分01秒
- ・・・なんて切ない・・・
- 123 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月08日(日)01時47分45秒
- ……ヤッスー……(涙
- 124 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月08日(日)10時23分52秒
- ヤッスーの運命やいかに?
- 125 名前:最終部 投稿日:2001年07月08日(日)23時15分04秒
- Chapter−A <導かれし娘。>
「こんなの、デタラメよ!」
石黒は、目を通していた新聞を床に叩きつけた。
ビジネスホテルのロビーに集まっていた足止めを余儀なくされて
いる宿泊客たちが、そう叫んだ石黒に注目した。
男性ばかりの好奇な視線。もしも、石黒が独身女性だったならば、
好奇な視線はやがて飢えた狼のような生々しいものに変わってい
た事だろう。
皆、もうこの場所に10日以上も閉じ込められている。
男たちのリビドーは限界にまで達しようとしていた。
しかし、石黒は身篭もであったがために狼たちの餌食にはならず
にすんだ。さすがに男たちも、人間としての理性が残されている。
ただ、都市部ではそのような理性はもはや残されていなかった。
都市部では、ミュータントの襲撃よりもそのような暴徒と化した
人間の方が、数々の犯罪を重ね多数の死傷者を生み出している。
各地で行なわれる”処刑裁判”。それも、その内の1つである。
能力保持者だけではなく、一般の者も少しでも疑わしいものは、
市民の手により捕獲され、正式な裁判手続きをとられることな
く市民の手により処刑されている。
国もそのような非人道的な行動には、何らかの制裁を加える必
要があるのだが、自国・他国の防衛により、各地で行なわれて
いるそのような行為にまで手が届かない。
実質的に、日本は無法地帯となっていた。
――石黒は、新聞をかなぐり捨てるとすぐにその足でロビーの
隅にある公衆電話へと向かった。中継基地が破壊されたのであ
ろう、携帯電話はもはや使い物にならなくなっていた。
数度目のコールで、石黒の勤める新聞社に電話が繋がった。
「今日の一面記事書いた、担当者を出してっ」
石黒は開口一番、そう言い放った。
- 126 名前:最終部 投稿日:2001年07月08日(日)23時15分50秒
「あ、編集長ですか。――あ、はい、無事です。あの、それよ
りもですね、朝刊の一面記事あれなんですか。全部デタラメじゃ
ないですか。――あそこに名前のでてる子を、私、知ってるんで
す。石川梨華って子は、そんなテロ事件なんか引き起こす子じゃ
ありません。中澤裕子も、矢口真里もそうです」
その話をぼんやりと聞いていたサラリーマンが、石黒の投げ捨て
た新聞を拾い上げた。
新聞記事の一面には、『最重要 能力保持者 一連の事件の鍵を
握る少女たち』という見出しがあった。
「彼女たちは、逆に被害者なんです! ――裏づけをとってるん
ですか?――はぁ? 送られてきた資料をそのまま掲載しただけ?
なんですか、それ! 二流の週刊誌じゃないんですよ、こんな時
だからこそちゃんとした事実を――あ、ちょっと、編集長」
石黒は、叩きつけるように受話器を戻した。
――新聞で梨華の顔写真を見た石黒は、どうしてそれまで彼女た
ちのことを思い出さなかったのか不思議に思っていた。
石川梨華・安倍なつみ・中澤裕子・矢口真里・福田明日香・松浦
亜弥、石黒はこれらの自分が関わった能力者のことをすべて忘れ
ていたばかりか、何事もなかったかのように職場復帰しているこ
とに奇妙な違和感を覚えていた。
しかし、戸惑っている時間もない。梨華たちが、このような破滅
的な世界情勢に追いやったとマスコミ全社が取り上げているのだ。
早急に、彼女たちの身の潔白を証明する必要があった。
石黒は、すぐにエレベーターに飛び乗った。
――エレベーターの扉が閉まりランプが上昇するのを確認すると、
さきほど石黒の捨てた新聞を読んでいたサラリーマンが立ちあがっ
て公衆電話へと向かった。
「あのぅ、ここに書いてあることなんですけど、情報提供者には
金一封が出るって本当ですかねぇ? 直接的な情報じゃないんで
すけど――」
- 127 名前:最終部 投稿日:2001年07月08日(日)23時16分27秒
討伐隊の山狩りを逃れたひとみたちは、山の反対側へと下り、隣
県を周って市井らが襲撃されたというショッピングセンターまで
やってきた。
そこに辿り着くまでに、何度か自衛隊の検問・警察の検問を受け
たが、どれも梨華のマインドコントロールにより大きな騒動もな
く無事に通過することができた。
山狩りや検問等で、時間は大きくロスタイムを強いられた。
到着した時、そこにはいつもと変わらないであろう日常の光景が
あった。
まるで昨日の出来事などなかったかのように、”善良な市民”が
そこに集っていた。
「……矢口、頼むで」
ここに来るまでに乗り換えた真新しいワゴン車の運転席から、中
澤は周りを見渡しながら助手席の矢口に口を開いた。
矢口は駐車場に向かって両手をかざすと、目を閉じて”過去視”
を始めた。矢口は自分自身で力の衰えを感じていたので、正直な
ところまともな過去視ができるかの自信はなかった。
それでも、捕らわれた保田を救うため皆の願いを一身に感じなが
ら、過去視を試みた。
フィルムのコマ落としのように時間を遡る。そして、市井と加護
の証言通りの場面でそのフィルムを止めた。
走り去る加護の運転するワゴン車。地面に倒れ込んだ保田に、な
おもゴルフのドライバーを振り下ろす中年男性。しばらくして、
その周りに人だかりができる。取り押さえられる中年男性。人だ
かりの間から見える、血だらけの保田。ぐったりとはしているが、
死んではいない。数人の男たちが抱えて、ライトバンに保田を乗
せる。走り去るライトバン。そのライトバンの脇には、『マルヤ
マ町役場 環境保安部』とネームがあった。
――矢口の話を聞いた皆は、保田が生きている事を知ってほんの
少しではあるが胸を撫で下ろす事ができた。
中澤は素早くハンドルをきると、役場へと向かって車を走らせた。
- 128 名前:最終部 投稿日:2001年07月08日(日)23時17分24秒
もうどのくらい車を走らせたであろうか、主要幹線道路はすべて
封鎖されているため、石黒は地元の人間しか通らないような道を
地図を片手に進路を東京方面へと向けて車を走らせていた。
――死んだはずの福田明日香が、自分の近くにいる。
いや、自分の近くではなく第一現場の付近にいた。
石黒はその事も思い出した。何かが何かが確実に動いている。
それは、梨華たちを中心にして動いているのではなく、もっと別
の人物の手によって動かされている。石黒は、その事を早く編集
長――いや、世間に知らせたかった。
「世界を救えるのは、あの子たちしかいないのよ」
石黒に根拠はない。ただ、梨華たちと触れた自分の心が、直感的
にそう叫んでいるのである。
――石黒の直感は、あながち外れではなかった。
狭い一本道を塞ぐようにして、突然、石黒の車の前に一台のトレー
ラーが止まった。
- 129 名前:最終部 投稿日:2001年07月08日(日)23時18分05秒
マルヤマ町役場の前には、すでに何人かの男たちが並んでいた。
市井・後藤・加護たちは、その男たちと面識があった。
そう。――つんくの所有する<Zetima>のスタッフ。
しかし、その男たちの力は微々たるものである。その男たちがなぜ、
そこにいるのか市井らにはわからなかった。
中澤は、役場から少し離れた場所に車を止めた。
互いにその存在には気づいているはずだったが、男たちは何もしか
けてこない。不気味な静寂。
梨華に届いてくるのは、戦いのゴングを待ちわびている後藤と加護
の興奮した意識。緊張しているひとみと矢口と希美の意識。すでに
無効化の力を発動しているのだろう中澤からは何も届かない。飯田
は――、特に何も考えていないようだった。
聞こえてくるメンバーの心の声。静寂。不気味に佇んでいるだけの
<Zetima>スタッフ。梨華は、ハッとして車内の窓越しに横
の茂みに眼をやった。数体の『ミュータント』が飛び出してきた。
「中澤さん!」
梨華の声と共に、異変に気づいた中澤が車を急発進させた。
『ミュータント』の直撃を避けたものの、『ミュータント』は執拗
に車を追いかけてくる。
運転席のすぐ後ろの市井が、身を乗りだしてサイドブレーキをひい
た。
急停止するワゴン車。
市井と後藤が、ドアを開けて外に飛びだす。送れた加護が、一緒に
座っていた梨華を押しのけて外に出ようとしたが、ひとみがそれを
制した。
「よっすぃ! どいて!」
「加護はウチらと、保田さんを助けに行くんだ」
ひとみは、加護を強い目で見据えた。まるで打ち合わせでもしてた
かのように、その声を合図に中澤は車を走らせる。
役場前にいた男たちが、力を放ってきたがワゴン車には届かない。
いや、届いてはいるのだが中澤の”無効化”により、力がかき消さ
れている。
男たちの顔に、動揺の色が浮かんだ。すかさず梨華が触手を伸ばし
て、素早くその運動機能を停止させた。
車は男たちの脇を通りぬけ、役場の敷地内へと入っていく。
――今度の『ミュータント』は鋭い爪と、鋭い牙を持っていた。
通行人たちは皆、悲鳴を上げて逃げだした。
- 130 名前:最終部 投稿日:2001年07月08日(日)23時19分27秒
「なに、あれ? できそこないの狼男だね」
と、後藤は向かってくる4体の『ミュータント』を見てニヤニヤと
していた。
「油断するなよ」
市井の触手がもしも目に見えるのならば、その触手はメデューサの
頭から伸びる無数のへビのようであろう。市井は自分でもそんな気
がしていた。
能力保持者がもしも政府の発表したように『ミュータント』になる
のならば、自分は間違いなくメデューサのようになるんだろう――
市井は、なぜかそんな気がした。
メデューサに睨まれた一体の『ミュータント』は、その身体がまる
で石になったかのように動きを停止させた。
そこへ、間髪をいれずに後藤が力を放つ。この前のように、街中を
気にして、力の威力を躊躇する事はなかった――。
後藤の力を直撃した『ミュータント』は、どす黒い血を当りに撒き
散らしながら地面の中へと埋まった。
残り三体の『ミュータント』は臆することなく、市井らの元へ飛び
込んでくる。
後藤の放った力は、『ミュータント』に避けられ逸れた力は数百メー
トル離れたビルを破壊した。
「ハハ。よけられた」
ニヤニヤ笑いながら、後藤は『ミュータント』の鋭い爪を直前で交
わした。
「油断すんなって、言ってんだろ」
市井も、後藤のその余裕の態度を見て思わず笑みになった。後藤は、
この状況をあきらかに楽しんでいる。後藤の中にある負の感情であ
る”破壊衝動”が目覚めたのである。
- 131 名前:最終部 投稿日:2001年07月08日(日)23時20分30秒
市井は、後藤に向かう『ミュータント』三体の内、ニ体の動きを封
じた。もう一体は市井の触手の範囲を超えていた。
「後藤、そいつ頼む」
「あいよー」
と、後藤は『ミュータント』と向き合ったまま、じりじりとその距
離を離れ自分の間合いを取ろうとしていた。
『ミュータント』はその口元から、大量の涎をボトボトと地面に滴
らせながら、自分の間合いを確かめているかのようだった。
一瞬早く、『ミュータント』の攻撃が早かった。間合いを取られた
後藤は、腕を引き裂かれた。
「後藤ッ!!」
市井の叫びは、後藤の放った力によってかき消された。巻きあがる
粉塵。後藤の姿が見えない。駆け寄った市井は、その粉塵の中でう
ずくまる後藤を抱え起こした。
「ハハ……。ちょっと、調子にのりすぎた」
と、後藤は市井の腕の中で、間の抜けた笑い声を上げた。
「ホント、ちよっとは痛い目みろ。バカ」
「ハハ……。でも、楽しいねぇ。昔を思い出すねぇ」
市井は優しい笑顔を浮かべながら、後藤の傷をなでた。粉塵の晴れ
た向こう側に、大勢の野次馬の姿が目に入った――。
動かなくなったままの2体の『ミュータント』は、大好物のエサを
前にして”待て”を命令された犬のように、鼻息だけを荒くして大
量の涎を垂れ流しにしていた。
穴の開いた地面の中で、もがき苦しむ『ミュータント』を軽く息の
根を止めると、後藤は野次馬たちの見守る中、ニ体の『ミュータン
ト』に向き直った。
- 132 名前:最終部 投稿日:2001年07月08日(日)23時21分18秒
「ここにはおらんって、どういうことやねん!! オッサン!!」
中澤は、逃げ惑う職員の一人を捕まえてその襟首を締めあげた。
「ほ、本当です。本当に、こ、ここにはいないんですよ」
中澤がチラリと、梨華へと視線を向けた。梨華は、微かにうなず
いた。
「じゃあ、どこへ連れてったんや!!」
「と、東京からミュ、ミュータント討伐隊の、ほ、本部の人が来
て……」
「東京か! 東京に連れてったんやな!!」
「ひぃ。こ、殺さないで下さいッ」
男はいい年をしながらも、その場に失禁した。
中澤は、男を突き放すと後ろに立ち尽くしているひとみたちに向
き直った。
「ゼティマや……。ゼティマが圭坊を……」
中澤の目は、誰も見ていなかった。ただただ怒りに震え、心の中
に絶望的な思いが広がった。
「中澤さん……。東京に戻るんですか?」
ひとみが口を開くと、中澤はハッとわれに帰って、立ち尽くす一
同へと視線を向けた。
「1人で戻るなんて、言わないで下さいよ」
ひとみもやはり怖いのだろう、少し顔が強張っているが必死で笑
顔を浮かべていた。
「よっさん……」
「時間がありません。すぐに行きましょう」
「石川……」
中澤に呼ばれた梨華は、それまで外に向けていた意識をこの場に
戻した。
「は、はい……」
中澤は、優しい微笑を浮かべるとひとみと梨華を抱きよせた。
「あんたらがおって、ホンマに心強かった」
「何、言ってるんですか中澤さん」
ひとみは中澤に抱かれながら、驚いたような声を出す。
「矢口、これからどうする?」
中澤の優しい問いかけに、矢口も微笑を返した。
「5年も一緒だったんだよ。今さら、なに言ってんのさ」
「そうか。ありがとな。――圭織」
中澤に呼ばれた飯田は、「?」と顔を向けた。
「加護と辻の事、頼むな」
「嫌や! ウチも一緒に行く!」
事情を察した加護が、涙の滲む目で中澤を見上げる。
「辻と一緒におるときのアンタは、ホンマにかわいいで。これか
らも、そうしとき」
「そんなん、嫌や」
「加護、わがまま言うんじゃないよ」
矢口が、加護の頭を軽くポンと叩いた。加護は鼻をヒクヒクとさ
せて、必死に涙を堪えている。
- 133 名前:最終部 投稿日:2001年07月08日(日)23時22分03秒
「矢口の見た未来に、みんなはいないんだ」
一同は、黙って矢口を見つめた。
「でもね、その後に続く未来にみんなはいる。そこはね、もう新
しい世界なんだ。だから、大丈夫。ここで別れてもきっと会える
から」
「そやで。確定した未来にウチラはおるんや。これが最後の別れ
やない。きっと、また会える」
ひとみと梨華から離れた中澤は、矢口へと歩みよる。
そして、加護・希美・飯田の3人に微笑みかけた。
「それまでの辛抱や。圭織、あんたホンマ交信ばっかりしてない
で、3人のこと頼んだで」
めずらしく飯田は焦点のあった目で、中澤の瞳を見つめていた。
「辻も、お菓子ばっかり食べんとちゃんと勉強しときや」
希美は涙でキラキラと光った瞳で、中澤を見上げてうなずいた。
「よっしゃ、ほな、みんなとはいったんここでお別れや」
中澤は、最後に全員の顔を見渡した。
「みんなのこと――大好きやで」
駆けよりたい衝動を、みんなじっと堪えていた。中澤の決意が皆
の足を止めていた。
どのくらい涙を流しながら、その場に佇んでいただろうか。遠く
離れていく2人の背中を見送った時、やっと加護と希美は声を上
げて泣くことができた。飯田が二人の肩を、ソッと抱き寄せた。
ひとみも、うつむいたままの梨華の肩を自分へと抱き寄せた。
「もう、市井さんとごっちんもいないんだね」
ひとみの静かな問いかけに、梨華が小さくうなずいた。
梨華は知っている。
矢口が”その後に続く未来”など、見ていないことを。矢口が流
した優しいウソを、梨華は感じとっていた。
ひとみにも、それは薄々とわかっている。きっと、その場にいる
全員がわかっている事だろう。だが、誰も口にはしなかった。
中澤と矢口の決意を、無駄にはしたくなかったからである――。
数分後――。
ひとみは討伐隊が到着する前に、駐車場にあった赤いスポーツカー
にみんなを乗せてその場を立ち去った。
- 134 名前:最終部 投稿日:2001年07月08日(日)23時22分43秒
石黒の前に止まった一台のトレーラー。何度クラクションを鳴ら
しても、一向に動く気配はなかった。
あきらめてバックしようと、ルームミラーで後ろを確認する。
長い一本道が続いているだけで、かなりの距離をバックしなけれ
ば車の方向転回をすることができない。
「ったく、急いでるのに……」
石黒は、苛立ちながらもギアをバックに入れた。
トレーラーの荷台の扉が、モーター音を響かせながらゆっくりと
開いた。中から黒ずくめの男が、3人下りてくる。
バックをしようとしていた石黒だが、何が起こるのか気になりブ
レーキをかけた。
男たちは荷台から、細長い大きなBOXを運び出している。後ろ
の荷台は冷凍庫なのだろう。しきりに、白い冷気が漏れていた。
3人の男たちは、3つのBOXを地面に置くとすぐさまトレーラー
の助手席側へと乗り込んだ。
そして、重低音を響かせて、車幅いっぱいの道をトレーラーは走
り去っていった。
「……」
車内からそのBOXを眺めていた石黒は、不意に嫌な予感がして
きた。
そのBOXの中に何かが眠っており、もうすぐ”それ”が出てき
そうな気がした。
――石黒の予感は当った。
- 135 名前:最終部 投稿日:2001年07月08日(日)23時23分48秒
白い冷気を噴出しながら、BOXの上部がゆっくりと開く。
バックしようと後ろを振りかえった時、後ろには数台の後続車が
詰まっていた。
石黒は、恐怖に脅えてクラクションを鳴らし続けた。だが、後続
車からは前のBOXが見えないのだろう。反対に石黒は、後続車
からのクラクションを浴びた。
前を向き直った時、石黒はそこで始めて生の『ミュータント』を
見た。
冬眠から覚めた熊のような、『ミュータント』。
高速道路・駅前の惨劇を取材した時に重傷者から得た目撃情報と、
今、石黒の前にいる『ミュータント』はとても酷似していた。
”死”、これまでにも何度か危険な目にはあってきた。だが、今
ほど確実に自分の”死”を実感したことはない。
石黒は、どうして自分はこの場にいるのだろうと考えた。
結婚して普通に専業主婦をやるつもりではなかったのか、ささや
かだが楽しい毎日を送ろうと努力する事ではなかったのか、真実
を伝えられないマスコミに失望したのではなかったのだろうか――。
夫のことが頭をよぎった。
わがままにつき合わせて、何度も困らせた――。
だが、誰よりも自分のことを理解してくれていた――。
良き夫であり、良き父親になってくれる。自分はいつも心のどこ
かで、巡り会えたことに感謝していたのではないだろうか。
”後悔”
お腹にいる子供を、夫に見せる事ができない。
危険な目にあっているはずの、梨華やなつみを救う事ができない。
ただ、それだけが『ミュータント』を前にあきらめかけた”生”
への執着を貪欲に駆きたた。
- 136 名前:最終部 投稿日:2001年07月08日(日)23時24分43秒
(生きる)
(私には、まだやり残したことがある)
(母になること)(妻になること)
(そして、友人を助けること)
石黒の目に力が戻ったその時、後部座席で「クスッ」という笑
い声が聞こえてきた。
石黒は、ハッとして後ろを振りかえった。しかし、そこには誰
もいない。
突然、大音響が響いた。石黒は声を出して、また前へと向き直っ
た。
完全に目覚めた『ミュータント』三体が、BOXを壊している。
安眠を妨げられたことに対してなのか、それともそのBOXに
よって強制的に眠らされたことに苛立っているのか、シルバー
のBOXは粉々に破壊されている。
ようやく事態に気づいた後続車がパニックになって、車をバッ
クさせている。
石黒の頭は、”逃げる”ように命令していた。しかし、『ミュー
タント』の鋭い目に見据えられている身体が思うように反応し
ない。
目の前にいる獲物に気づいた『ミュータント』は、まるでわざ
とそうしているかのようにゆっくりと石黒の車へとにじり寄っ
てきている。
――火柱は、『ミュータント』三体の真下から突然吹きあがった。
真紅の炎に包まれた『ミュータント』は、一瞬にして炭化した。
「????」
今、さっきまで目の前にいた三体の『ミュータント』は消えた。
石黒の頭の中は、混乱した。何が起こったのか、まったくわか
らない。
天然ガスに何かが引火したのか――。
そうも考えはしたが、地面は田舎の道とはいえアスファルトを
敷いてある。仮に吹き出していたとしても、あの強靭な『ミュー
タント』を一瞬にして炭化させるほどのガスが噴出していると
は思えない。
不発弾の爆発。
有り得るはずがないと、石黒はすぐに否定した。爆発ならば、
『ミュータント』とわずか数メートルしか離れていなかった石
黒も無事には済んでいないだろうし、何よりも衝撃も爆発音も
なかった。
ただ、ゴォォォォという炎の音は一瞬聞こえはしたが――。
炎……。
石黒の脳裏に、サキヤマ町の病院でのなつみの姿が描かれた。
「なっち……。なっちなの!」
石黒は、思わず車から飛びだした。
必死に辺りを見まわしたが、辺りには田園風景しか広がってい
ない。
遥か後方でパニックになって逃げ出した車が、事故を起こして
黒煙を巻き上げているだけであった。
「なっち! なっち!! いるんなら、出てきてよ!! なっち!!」
石黒の声は、虚しく田園に広がるだけであった。
- 137 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月08日(日)23時26分07秒
- 本日の更新は、以上です。>>125-136(今回更新分)
- 138 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月08日(日)23時28分00秒
- >>122
普通に暮らしたいだけなのにね……
- 139 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月08日(日)23時30分08秒
- >>123
保田もそう。
- 140 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月08日(日)23時32分18秒
- >>124
運命。変えられると思っても、歴史の先から見れば、それもまた決定付け
られているものであり――その辺は、追々判明していくと思います。
- 141 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月08日(日)23時33分48秒
■第五部のショートカット
Chapter−@ >>2-11
Chapter−A >>20-29
Chapter−B >>38-48
Chapter−C >>57-68
Chapter−D >>77-92
- 142 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月08日(日)23時36分41秒
- ■最終部のショートカット
Chapter−@ >>102-114
Chapter−A >>125-136(今回更新分)
- 143 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月08日(日)23時37分17秒
- それでは、この辺で。
- 144 名前:名無しモニ。 投稿日:2001年07月09日(月)00時05分35秒
- 超能力者の苦悩……。すげえ泣かせる……(;w;)え〜んえ〜ん
- 145 名前:最終部 投稿日:2001年07月09日(月)23時03分17秒
- Chapter−B <ぬくもり>
中澤と矢口が、国会議事堂近くに到着した時、辺りはもう夕闇に
包まれていた。
かつての大都市は今はもう見る影もない、巨大ゴーストタウンと
成り果てている。
幹線道路にはいくつかの検問所があったが、『ミュータント』の
襲撃なのかそれとも暴徒と化した市民による襲撃なのか分からな
いが、そのほとんどは機能しておらず、簡単に突破する事ができた。
「議事堂も、今はただの瓦礫の山だね……」
車内の助手席で、矢口がそうポツリとつぶやいた。
「警備も手薄や……。ひょっとしたら、もうここには誰もおらへ
んのかもしれんな」
「行くの、止める?」
「いや。圭坊が待ってるかも知れんからな」
だが、中澤にはその突破方法が思いつかない。いくら手薄な警備
体制とはいえ、国会議事堂前は装甲車によって封鎖されている。
数人ではあるが銃を持った兵士も警備をしている。
相手が能力者であるのなら簡単に突破できるが、そうでない者と
向かい合う時、中澤と矢口には戦う武器がない。
どちらも、PKタイプではなかった。し、市井や梨華のように人
を操る力もなかった。
だからといって、こうしてただ指をくわえて待っているわけにも
いかない。捕らわれた保田を、一刻も早く救助しなければならな
いのである。
「クソ……」
中澤は、ハンドルを握ったまま小さく舌打ちをした。
「どないしたらエエねん……」
矢口は、何も声をかける事ができない。今までにも何度となく、
危険な目にはあってきた。だが、事前に”確定された未来”を見
ることができた。
”確定された未来は、変える事ができない”。だが、事前に知る
事によって対応を練る事ができた。
- 146 名前:最終部 投稿日:2001年07月09日(月)23時03分52秒
福田明日香が学校にまでやってきた時、遭遇する未来・逃げる未
来を事前に見ることで、パニックにならずに冷静に逃げることが
できた。
ひとみがホテルから中澤らを救出した時も、事前にその現場を見
ていたために、半信半疑だったひとみを連れて無事に中澤らを救
出することができた。
これまでにも何度も、そのような事は経験している。
だが――、ここ最近は”未来”を見る能力はめっきり少なくなっ
ている。
しかし、それはひょっとしたらこれから先は”無事な未来”や
”明るい未来”がない証拠なのかもしれないと矢口は思っている。
自分の力はただ未来を見るだけでなく、自分にとって都合の良い
未来だけを見る力だったのかもしれない――。
それがなくなったと言う事は――。矢口は、中澤の隣でただ黙っ
て座っている事しかできなかった。
「そや!」
突然の中澤の声に、矢口はその小さな肩をビクンと震わせた。
「な、なんだよ〜、急に」
「つんくはな、アイツ、力持ってないねん。せやから、もし何か
あった時すぐに逃げられるように非難用の脱出口作ってたわ。そ
やったそやった」
「? でも、そんなのどこにあるかわかんないじゃん。みんなが
知ってたら、意味ない事でしょ?」
首をかしげて、中澤を見上げる矢口。
「この周りに出口がないか、探ってみてくれる?」
「?」
「つんくがどっか、変なところから出入りしてないか。矢口が見
るんやないのー」
と、中澤が抱きついてきた。
- 147 名前:最終部 投稿日:2001年07月09日(月)23時04分28秒
「ちょ、ちょっと裕ちゃん。こんな時に、何やってんだよ〜」
抱きつかれ、そしてキスの嵐を受けると思ってそう叫んだ矢口だっ
たが、中澤は矢口の身体を抱きしめたままだった。
「裕ちゃん……」
矢口の肩に乗せられている、中澤の顔。どのような表情をしてい
るのか、矢口には見えない。だが、中澤が泣いていることだけは
わかった。
「5年間、楽しかった……」
「ハハ。何言ってんだよ、これからもずっと一緒だろ」
「矢口はあの頃から、なんも変わってない」
「メッチャ、変わってるじゃん。髪の色なんかさ、金だよ。金」
「ハハ。そんなん言ってんのとちゃうわ。アホやなぁ」
「アホっていうなよ」
矢口は、中澤に抱きしめられたままキャハハと笑った。
クスッと笑った中澤は、矢口の髪を優しく撫でた。
「アタシもさ、裕ちゃんと過ごした毎日は宝物だよ」
「ありがとう……」
「……裕ちゃんは、ホント涙もろいね」
「歳のせいや」
矢口は笑顔を浮かべたまま、目を閉じた。そして、”過去視”の能
力を発動させた。もう未来を見る事はできないかもしれない。
しかし、過去を見る能力だけでも残っていることが嬉しかった。
この2つの能力で、中澤と出会うことができた。もしも、自分に
能力がなければ出会う事はなかっただろう。
もしもの世界、どこかに出会う事のない2人が存在するはずである。
能力のおかげで、普通の平凡な人生を送る事はできなかった。
しかし、決して不幸ではなかった。むしろ、幸福すぎるほどの時
間を共有した。
出会うまでは疎ましく思っていた能力、未来を見える力はなくなっ
てしまったが、今は”過去視”だけでも残っているのが嬉しかった。
残っている力でもう少し時間が共有できるのが、矢口にはとても幸
福であった。
- 148 名前:最終部 投稿日:2001年07月09日(月)23時05分01秒
ひとみは車を走らせていた。
――どこへ?
――向かう場所は東京に決まっていた。
飯田の心の声は、梨華が代弁した。
「この大きな流れを止めるのには――、力が必要……。私たちは
宇宙の意思によって導かれている――。混沌と――、無限に広が
り続けた世界。終息の流れは世界を連鎖し、やがて宇宙全体を覆
い尽くす――」
運転席のひとみは、何も言わずに黙ってハンドルを握り続けてい
た。意味はわかるようなわからないような感じではあったが、ど
ちらにせよ、”全員の力”が必要なのである。それだけがわかる
と、ひとみには後のことはどうでもいいことであった。
飯田の代弁を終えた梨華が、助手席から後部座席の飯田に話かけ
る。
「ののの力で、この流れを変える事ってできませんか……? 例
えば、5年前に戻って中澤さんや市井さんに未来の出来事を伝え
るとかして」
(可能だけど、この世界には影響がない)
「……可能でも、影響がないってどういうことですか?」
(そこから、分岐するだけ)
「分岐……。新しい平行世界が生まれるってことですか?」
飯田は、大きくてクリクリとした目を見開いてこっくりとうなず
いた。
ひとみはその話を運転しながら聞いていた。
”平行世界”と”確定された未来”、この2つのキーワードは密
接に関係している事を、以前、中澤に教えてもらった事がある。
- 149 名前:最終部 投稿日:2001年07月09日(月)23時07分03秒
自分のいる世界をAとして、1本の線に例えられた。
矢口はこのAの線の先(未来)や後ろ(過去)が見えるらしい。
Aの世界を変えようと思うならば、過去に戻りBの世界を作らな
ければならない。それはただ”見る”だけの矢口にはできない。
希美の持つ”時間移動”だけが、可能らしい。
過去に戻り、大きな分岐点を作る。だが、Aという世界は消滅し
ない。
Bという平行世界を作るが、もともとの線であるAは続いている。
もちろん、Aから分岐したBの世界も新たにCという世界を作っ
てもBは続いていくのである。そして、そこから分岐する無数の
世界も――。
もちろん、A自体もどこかからか分岐した線なのである。
分岐しても、自分のいる未来は変わらない。
分岐はするがそれは自分の世界とは関係なく、自分たちのいる”確
定された未来”は変わらないという事であった。
そこには、飯田の言う”宇宙意思”が大きく関係しているような
のだが、それは中澤にもわからなかった。
”確定された未来”を変更できるのは、別世界に移動できる希美
だけである。希美の能力は”時間移動”ではなく、”平行世界移動”
であった。彼女だけが別の世界で過ごす事ができるのである。
「じゃあ、せめてののだけでも……」
梨華がひとみの意識を読み取ったのであろう、今度はひとみに向
かって話かけてきた。
「……?」
「ののだけ、この世界から」
「――それは、辻が決める事だと思うよ。そうでしょう? 飯田
さん」
ひとみはバックミラー越しに、後部座席の飯田に語りかけた。
飯田は、静かにうなずいた。互いの肩にもたれかかるようにして
眠っている加護と希美。
この先、どんな未来が待ちうけているのかは分からない。ただ、
ひとみは皆と明るい未来に進む事だけを願っていた。
- 150 名前:最終部 投稿日:2001年07月09日(月)23時07分44秒
東京に戻る途中に通過する町。
その1つに、朝比奈町がある。ひとみは朝比奈町に入ったのは、
道路標識や周りの風景でわかっていた。
しかし、何も言わずに通りすぎようとした。もちろん、何も考え
ないようにしてである。
一刻を争う時に、個人的な理由だけで到着を遅らせてはいけない
と考えていた。
「ひとみちゃん」
「――ん?」
「家族に会わなくてもいいの?」
ほんの一瞬、家族の顔が頭をよぎったのであろう。真横にいる梨
華は、それを敏感に感じ取っていたようである。
「また会えるからいいよ。どうせ、心配してないだろうし」
と、ひとみは前を向いたまま苦笑した。
「あの時……、海外に留学って事にしたよね」
「あ、うん」
「留学生ってどの国でも、国外退去になってるよ……」
ひとみは、ハッとした。両親がひとみを迎えにきた時、ひとみは
両親の記憶を書き換えてくれるように梨華に頼んだ。その時、不
在の理由として”海外留学”ということにしたのであった。
しかし、世界の情勢は『ミュータント』の出現により大きく変化
した。
「……」
「家に帰った方が」
「梨華ちゃん」
「うん。わかってる。でも、せめて顔だけでも……」
「……」
「家族がいるのって、ひとみちゃんだけ……。心配してくれる人
を、安心させる義務があると思う」
「……」
ひとみの心は揺れた。意識の下へと追いやっていた家族との思い
出が、溢れ出してくる。七五三・弟の誕生・幼稚園のお遊戯会・
母親との遠足・家族4人でのキャンプ・下の弟の誕生・両親の笑
顔・弟たちの笑顔……。どういうわけか、良い思い出しか溢れて
こない。
「ウチら、待ってるで」
不意に後部座席から声がしてきた。ひとみがルームミラーを覗く
と、いつの間に起きたのだろうか、加護と希美がニコニコと笑っ
ていた。
――ひとみは、目を伏せると小さく「ありがとう」と呟いた。
- 151 名前:最終部 投稿日:2001年07月09日(月)23時08分14秒
朝比奈町の中心部は、ほぼ壊滅状態だった。
通学に利用していた駅ビルは砲弾でも浴びたのだろうか、ところ
どころに大きな風穴を開けていた。
梨華の勤めていた花屋「アップフロント」は、被害こそなかった
もののもう随分と長い間、営業されていないようであった。
2人の思い出の場所がなくなって、ひとみと梨華の気分はなんと
なく落ち込んだ。
ひとみの住む地域は、『ミュータント』の襲撃も暴徒の襲撃もな
く、昔と変わらない光景であった。
ただ、出歩いている人が極端に少なかった。この地域を離れていっ
たのか、それとも家の中で息を殺しながら生活しているのか、ひ
とみにはわからなかったが町並みだけは昔と変わっていないので
ホッとする事ができた。
マンションの前にたどり着いた時、ひとみは最初1人で家族に会
おうとしていた。顔を見せて無事である事だけを報告すると、す
ぐに車に戻って来るつもりでいたのである。
しかし、車を下りてロビーへと駆け込もうとした時、加護に呼び
とめられた。
振りかえると、顔を伏せた梨華がドアの外に立っていた。
加護が後部座席の窓から、顔を覗かせている。
「あんなー。梨華ちゃん、よっすぃと離れるん嫌なんやってー」
と、クスクスと笑った。
「あ、あいぼんっ」
顔を赤くした梨華が、加護へと詰めよった。
ひとみの位置からは、加護の顔とその前に立つ梨華の後ろ姿しか
見えなかった。さっきまで笑っていた加護が、笑顔を消して小さ
な声で梨華に何か二言三言声をかけているようだったが、少し離
れた場所にいるひとみには聞こえなかった。
時間がもったいないと思ったひとみは、その場所から声を出した。
「梨華ちゃん、行こうっ」
振りかえった梨華は、さきほどよりもさらに顔をうつむかせてひ
とみへと駆けてきた。
「?」
涙目で見上げる梨華。めずらしくひとみの手を強く握りしめ、戸
惑うひとみをエレベーターホールへと引っ張っていった。
「り、梨華ちゃん……」
引っ張られながらも後ろを振り返ると、加護と希美が笑顔で手を
振っていた。
- 152 名前:最終部 投稿日:2001年07月09日(月)23時09分10秒
ドアを開けるとそこには憔悴した母親が待っており、その後ろに
は対照的にふっくらとした弟たちが久しぶりに会う姉に少し戸惑っ
ているのか不自然ながらも笑みを浮かべて立っていた。
父親は、ちょうど自治会の会議に参加しているらしく不在だった。
母親からは”今までなんで連絡しなかったのか?”・”今までどうし
て帰ってこなかったのか”などの質問が矢継ぎ早に飛んできたが、
ひとみは適当に”あぁ”や”うん”と返事をして返していた。
家族が無事であることがわかれば、もうあまりこの場にいる必要は
ない。――と、ひとみは自分に言い聞かせていた。
本当は久しぶりに会う両親に強く抱きしめてもらいたかったし、久
しぶりに会う弟たちを強く抱きしめたかった。
しかし、家族よりも大切なものを見つけてしまった今、自分の弱さ
に甘える事はしたくなかった。
「お母さん」
ひとみは、なおも質問してくる母親の言葉を遮る。
「……」
母親の目は、もう何もかもお見通しのような目をしていた。黙って、
娘の目を見据えていた。
「――わがままな娘で、ごめんね……」
ひとみが言えたのは、その言葉だけだった。頭の中ではもっといろ
いろな言葉を考えていた。しかし、けっきょくこれ以外の言葉は出
てこなかった。
母は目を閉じて、娘を抱きよせた。
「……」
ひとみも黙って、母に抱かれた。そのぬくもりは、梨華とはまた違っ
たぬくもりだった。”母親”その偉大な存在が、ひとみをほんのしば
らくの間、もうずっと昔の幼い少女に戻した。
――どのくらい、そうされていたのだろう。母親からスッと身体を
離されたとき、ひとみはまたもとのひとみに戻った。
- 153 名前:最終部 投稿日:2001年07月09日(月)23時09分46秒
「遠くに行くのね……」
母親は、遠い目をして微笑んだ。
「……うん」
「でもね、必ず……帰ってきなさい。ひとみの家は、ここなんだから」
「……うん」
「その時は、ちゃんと連絡するのよ」
「……うん」
ひとみはもう、ちゃんと声を出すことができなくなっていた。視界は
涙で滲んでいる。
「ひとみの好きな料理作って、待ってるからね。じゃあ、行ってらっ
しゃい」
母親は泣き崩れそうなひとみの肩に手をかけると、その身体をくる
りと玄関の方へと向き直らせた。
「お母さんね、とっても心配だけど。とっても嬉しい……」
「……」
「輝いてるひとみの顔見てたら、とてもじゃないけど引き止めること
できない」
「……」
「お父さんには、ちゃんと伝えておく。ひとみは無事だった。そして、
成長してたって。だから……」
母親は嗚咽を必死で堪えているようだった。
「だから、ちゃんと戻ってきてその姿をお父さんに見せるのよ」
ひとみは唇を噛みしめながら、ポタポタと涙を流した。
「さ、行ってらっしゃい」
と、母親がひとみの背中をポンッと押した。
ひとみは振りかえりたい衝動を堪えて、そのまま玄関へと向かった。
今さらではあるが、もっと母親と話しておくんだったと後悔した。
しかし、その後悔はこの大きな流れを止めることができた時に晴ら
そうと、ひとみは自分を奮い立たせて玄関のドアを開けた。
マンションの廊下に出ると、梨華が立っていた。
「ひとみちゃんは……、ここに残って」
ひとみは何も言わずに、つかつかと梨華へと歩み寄った。
そして、梨華の身体を強く乱暴に抱きしめた。
「ひ、ひとみちゃん……」
確かめるようにひとみは梨華の、その髪を、その頬を、その唇を、
その腰を、激しくまさぐった。
「家族より大切なの。梨華ちゃんのことが。何をするにも、梨華ちゃ
んの顔が先に思い浮かぶ」
「わ、私も……、でも」
「もう、終わらせよう。誰のためでもない。私たちのために、こん
な世の中終わらせよう」
梨華の心に、ひとみの心が届く。今までのどの思いよりも熱くそし
て力強い意識――。梨華は自分自身で、決心や身体が溶けていくよ
うな感じがしていた。
- 154 名前:最終部 投稿日:2001年07月09日(月)23時11分08秒
検問所の前に車を止めると、加護は躊躇することなく力を放った。
後藤ほどの威力はないにせよ、道路を封鎖していた数台の装甲車
を瞬時にスクラップにした。
警備にあたっていた警察官や自衛隊員は、異能力者の力を見るの
が初めてだったのか、それともこれまで遭遇してきた異能力者の
力に触れ『ミュータント』ほどの力はないとタカをくくっていた
のか、加護の力を目の当たりにすると悲鳴を上げながら逃げ去っ
ていった。
「ののはこれからどうする?」
加護は軽く手を払いながら、止めてある車の助手席側に回り込ん
だ。
希美が助手席側の窓から、顔をだす。
「ん?」
「ウチなぁ、このまますぐにゼティマに行きたいねん。駅まで送
ることできへんけど、それでもいい?」
「ん?」
「よっすぃも梨華ちゃんもそうやけど、ののも飯田さんももとも
とゼティマには関係あらへんやん」
「関係あるよ」
希美が、あわてて車からおりてきた。
「捕まって、病院に閉じ込められた」
「逃げようと思ったら、ののはすぐ逃げれたやんか」
「……逃げてもどこにも行くとこないもん」
希美が、悲しそうに目を伏せた。
加護は、もう少しで”あっ”と小さな声を出しそうになった。
「飯田さんも、病院に閉じ込められてたよ。辻も飯田さんも、ぜ
てぃまと関係あるよ。あいちゃん、そんなに辻のこと嫌い?」
「き、嫌いやないよ。めっちゃ、好きやで」
「じゃあ、いっしょに行こう」
「うーん」
「ね、行こー。で、終わったらまたいっしょに遊ぼー」
「そやなー。保田さん助けて、はよ帰ろうー」
「おー」
加護と希美は、無邪気に笑ってそれぞれの席へと戻った。
飯田は後部座席でずっと目を閉じながら、アカシックレコードを
眺めていた。
やがて自分は宇宙の意識と1つになる。たとえ、仮に加護とここ
で別れたとしても希美は必ず、自分の制止も聞かずに加護の後を
追うだろう。
そして、自分もまた希美の後を追うのはわかっている。ほんの少
し分岐するが小さな分岐はまたもとの確定された未来に戻る。
そして、自分は宇宙の意識の1つとなる。――飯田は、その時が
来るまでに、希美のために、とある世界を探していた。
- 155 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月09日(月)23時12分47秒
- 本日の更新は、以上です。>>145-154(今回更新分)
- 156 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月09日(月)23時14分03秒
- >>144
彼女たちの苦悩は、報われるのでしょうか?
残り5回です。
- 157 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月09日(月)23時14分55秒
- ■第五部のショートカット
Chapter−@ >>2-11
Chapter−A >>20-29
Chapter−B >>38-48
Chapter−C >>57-68
Chapter−D >>77-92
- 158 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月09日(月)23時16分08秒
- ■最終部のショートカット
Chapter−@ >>102-114
Chapter−A >>125-136
Chapter−B >>145-154(今回更新分)
- 159 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月09日(月)23時17分01秒
- いつものように、更新分を消しておきます。
- 160 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月09日(月)23時17分37秒
- いつものように、更新分を消しておきます。
- 161 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月09日(月)23時18分21秒
- それでは、今回はこの辺で。>>145-154(今回更新分)
- 162 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月09日(月)23時18分53秒
- リアルタイムで読んだので更新分消し
お手伝い
- 163 名前:162 投稿日:2001年07月09日(月)23時19分50秒
- あらま、もう消えてたわ
- 164 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月09日(月)23時57分11秒
- 「アカシックレコード」検索してしまいました。
- 165 名前:最終部 投稿日:2001年07月10日(火)23時06分35秒
- Chapter−C <集結>
各国への諜報活動が行なわれているのは、市井らの証言により中
澤も知っていた。しかし、こうして実際にその関係資料に目を通
して見ると、それは諜報活動というよりもこの日のためにつんく
が用意した世界制服のシナリオの一遍にしかすぎないような気が
していた。
ゼティマの会長室に残っていた資料は、表向きな資料ではないは
ずである。表向きな諜報活動も行なっていたのであろう。そして、
その報告書は、主要機関にちゃんと提出されているのであろう。
しかし、今、中澤が目を通しているのはそれとは違う、つんく自
らが計画して能力者に活動させた報告資料である。
市井が日本国内の能力者のスカウトという任務を任されていたの
も、うなずける話だった。
この資料に書かれているような活動を市井が知っていたとするな
らば、もっと早くにつんくの野望を食いとめたはずである。
その計画は、あきらかに市井らの”ユートピア”計画とは異なって
いた。
「みんな、こんなために死んでいったんちゃうで……」
中澤はやりきれなくなり、資料をデスクの上に置いた。
「……?」
側で辺りを警戒していた矢口が、中澤の小さな声に気づいて振り
かえった。
やりきれない思いでいっぱいな中澤だったが、そうもしていられ
ない。
- 166 名前:最終部 投稿日:2001年07月10日(火)23時07分07秒
雑居ビルの一室から地下通路を通って、国会議事堂の地下にある
<Zetima>にやってきたのだが、機能の中枢をもうすでに
他に移しているらしく、つんくの姿はもうここにはなかった。
中枢を他に移しているという事は、保田もまたここには運ばれて
いないことになる。
しかし、そこがどこなのか中澤は知らない。もう1度、資料に目
を通してみた。頻繁にコンタクトを繰り返している各学会の権威
たち。それらが何を意味しているのか――中澤は必死で考えた。
「それってさ、寺田なんとか研究所ってのに関係あるんじゃない?」
いつの間にか横から資料を覗きこんでいた矢口が、いとも簡単に
答えを導きだした。
「なんか、このシュタイナーとかって名前の人、ラジオで聞いた
ことある。ドイツのスゴイ偉い生物学者でしょ」
「寺田……。そうや、つんくの苗字は寺田やった」
「?」
中澤が矢口の手を引いて、隠し通路へと戻ろうとした瞬間、地下
全体を包み込むような衝撃音が鳴り響いた。
衝撃で一台のモニターのスイッチが入った。モニターには、駐車
場の光景が映っていた。
- 167 名前:最終部 投稿日:2001年07月10日(火)23時07分50秒
無駄に広いと思われていた<Zetima>の駐車場は、後藤の
ために用意されていた。
敵が襲撃してきた時、後藤がその力を存分に使えるように市井が
わざわざ作りなおさせたのである。
まさか、その駐車場を襲撃する立場として利用するなど、その時
の市井は考えもしなかったであろう。
「誰も出てこないね」
後藤が辺りをぼーっと見渡しながら、つまらなさそうに呟いた。
「とりあえず、中に入ってみよう。広すぎて、圭ちゃんの意識届
かない」
と、傍らにいた市井が先に歩きだした。
後藤も、ぼんやりとではあるが辺りを見まわしながら市井の後を
追った。
市井の触手のレーダーの網に、何人かの意識を捕らえることがで
きた。
しかし、その誰もがもうすでに戦意を喪失している。監視モニター
で市井と後藤の姿をとらえたのか、それとも自らの能力で2人の
存在に気づいたのかはわからないが、市井のもとに流れ込んでく
るスタッフの意識は”恐怖”であった。
だが、肝心の保田の意識はどこからも流れてこない。能力を封じ
る特殊装置の施されている部屋に閉じ込められているのだろうか
と、各部屋を1つずつ覗いていったが、そのどれらの部屋にも保
田の姿はなかった。
「あれ? 裕ちゃん、やぐっつぁん。何やってんの、こんなとこ
で」
とある部屋の中を見て周っていた市井は、見張りとして部屋の前
に立たせていた後藤の声を聞いて振りかえった。
ドアの前に、息をきらせた中澤と軽く息をきらせた矢口が立って
いた。
「裕ちゃん……」
「あかん。圭坊、ここにはおらん。他のところや」
「なんで……」
「紗耶香、ここまで車で来たんか?」
「あ、うん」
「よっしゃ、じゃあ、それで移動しよう。――矢口、行くで」
と、ドアの前から走り去ったので、中澤と矢口の姿は見えなくなっ
た。残された後藤は、きょとんとした顔をしていつまでも廊下の
一方向を眺めている。
- 168 名前:最終部 投稿日:2001年07月10日(火)23時08分42秒
市井は、小さく笑った。
「けっきょく、こうなんのか。もう、いいや」
市井の声を聞いて、後藤が振りかえる。
「後藤。ワクワクしてきたね」
久しぶりに見た市井の笑顔。後藤はしばらく見惚れていた。
まだ加護が市井のセクションに加入する前。市井はよくこうして
笑っていたのを、後藤は思いだした。
4年前の初めて出会ったあの日も、市井は笑っていた。力が使え
なくて、わんわんと泣いていた後藤を市井は笑って頭を撫でた。
『もう、自分の力を怖がる必要はないんだぞ』
そう言って、笑っていた。
最初の2年間は、市井は後藤の教育係と称して力の使い方を教え
てくれた。能力についての勉強も、学校で習うような勉強も、後
藤はあまり好きではなかった。しかし、市井の能力を知り、市井
が側にいる限りもう誰にも危害を加える事がないとわかったら、
毎日24時間でも勉強をしていたい気分になった。
やがて一緒にいたいと願う気持ちは、それだけではなくなった。
もう何も教えられるものがないと市井が言った時、このまま離れ
離れになると勘違いした後藤は感情が高ぶってしまい市井の側で
泣いた。
そして、これまで市井の前ではどんなに感情を表に出しても放た
れることのなかった力が、市井の頬を切り裂いた。
『後藤の力、成長してるな。スゴイよ』
市井は、頬の血を拭い楽しそうに笑った。
笑う市井とは正反対に、後藤はもう市井の前で素直に感情を出さ
ないようにした。優しさに甘えていれば、いつかとんでもない取
り返しのつかないことをしてしまう――後藤は自分の力を心の底
から恐れた。
やがて、後藤は新たに加入してきた加護の教育係を任されること
になる。
その頃からだろうか、市井もまたあまり笑顔を見せなくなった。
「後藤。なに、ぼーっとしてんの。行くよ」
市井が目の前を通り過ぎた時、後藤はハッとわれにかえった。
あの頃は大きく見えたその背中。今はもう自分よりも小さい。
しかし、やはり後藤の目から見る市井と存在は大きくて、とても
大切な人だった。
「ちょっと待ってよー、いちーちゃん」
後藤はふにゃあとした笑顔を浮かべると、市井のもとへと駆けて
いった。
後ろからその腰に抱きついた。
「コラ、後藤」
「へへ」
二人のふざけあう声が、誰もいないひっそりとした廊下に響き渡っ
た。
- 169 名前:最終部 投稿日:2001年07月10日(火)23時09分48秒
<Zetima>の地下駐車場に、四人が出てきた。
目の前の光景を見て、市井は口元を歪めた。
「やっぱ、おとなしく帰してもらえないか」
後藤が、スッと市井の前へと歩みでた。
「今度もまた、狼くんかな?」
中澤は、矢口を自分の後ろへと追いやった。
「紗耶香はアタックに専念し。向こうのアタックからはウチが守る」
「だって。じゃあ、後藤、アンタも思いっきりやりな」
「いいよ」
大型トレーラーが地下駐車場の出入り口を塞ぐようにして止まった。
「なんだ……?」
後藤が目を丸くして、その光景に見入った。
「やったじゃん。後藤、アレ待ってたんだろ?」
「そうだけどさー……、ちょっと多すぎ……」
市井と後藤が初めて遭遇したタイプの『ミュータント』が8体、ト
レーラーの後部から出てきた。
「まとめてこっち向かってきてくれると、こっちも動き止めやすい
んだけどなぁ……」
「見てよ。アイツら、バラバラになってこっち来ようとしてる」
「右の4体はなんとか止めれると思う。残り4体、大丈夫?」
「いいよ」
「ごっちん。ウチから、あんまり離れたらあかんで。アイツら、ト
ラックの中からアタックしてるからな」
中澤の視線を追う後藤。
後藤の視線がトレーラーの運転席を捉えたと同時に、運転席は轟音
をあげて大破した。
「ご、ごっちん!!」
矢口が悲鳴にも似た声をあげる。
「やぐっつぁんさ、前に言ったよね。アタシの力は、大切な人を守
るためにあるって」
後藤は矢口に背を向けたまま言った。
「う、うん……」
「それでいいんだ……。正義はいらない」
「ごっちん……」
「行くよ! 後藤!」
市井の声と同時に、2人は左右へと飛び出していった。
右前方から向かってくる4体の『ミュータント』は、市井へと攻撃
目標を定めたようである。
市井は、すばやく触手を伸ばし『ミュータント』の動きを封じた。
- 170 名前:最終部 投稿日:2001年07月10日(火)23時11分36秒
一方、後藤の方は苦戦していた。
後藤の放った力では大したダメージも与えられずにいる、ほんの数
秒そのすばやい動きを止めるだけで、すぐに左右から次々と8本の
鋭い爪をもった腕が襲いかかってくる。
それをよけながら、力を放つだけで精一杯であった。
市井は、その状況を見てさすがに少し危険な感じがしていた。
いくら後藤でも力を放ち続ければ疲れて、その集中力も衰えてしま
う。集中力が衰えるという事は、動体視力も落ちて、いずれあの攻
撃をまともに食らうことになるだろう。
頭部を直撃でもされれば一たまりもない。
市井は、後藤の元へと走った。
後藤との距離はおよそ200メートル。市井が触手を伸ばせる距離
は、およせ100メートルほど。
後藤が相手をしている『ミュータント』の動きを封じると、市井を
攻撃目標としていた『ミュータント』の動きが元に戻る。
市井の力では、8体の動きを同時に止めることはできない。
「後藤! 頼む」
後藤は市井の後ろから、襲いかかろうとしている『ミュータント』
に力を放った。いくぶんか、これまでよりも強い力が放出されたが、
それでもその肉体を吹き飛ばすことはできなかった。
「いちーちゃん!!」
『ミュータント』の攻撃をよけきれなかった市井の背中が、その鋭
い爪により大きく引き裂かれた。
- 171 名前:最終部 投稿日:2001年07月10日(火)23時12分23秒
「「紗耶香ッ!!」」
倒れた市井を見て、駐車場へと駆け出そうとした中澤と矢口。
しかし、そこに駆けつ市井を救出する時間はなかった。
市井の背中を裂いた『ミュータント』が、次の一振りを振り下ろそ
うとしている。
後藤も攻撃を受けた。
苦痛により市井の触手が少し弱まったのだろう、それまで止まって
いた後藤の前にいた『ミュータント』が突然動きだした。
なんとか直撃は免れたものの、とっさに横に飛んでしまったため、
体勢を立て直す時間が必要だった。
それでも後藤は、倒れたまま市井を守るために力を放った。だが、
その力はミュータンとに当ることなくはるか向こうにある駐車場の
壁を破壊しただけにすぎない。
市井に力が当るのを恐れて、大きくそれたのである。
後藤がパニックになりかけたその時、市井の後ろで爪を振り上げて
いる『ミュータント』の両目が弾けた。
後藤に襲いかかろうとしている『ミュータント』の両目も弾けた。
後藤にも、そして痛みで顔を歪めている市井にも何が起こったのか
わからなかった。
ただ、市井はすばやく自分の背の傷を治すと、後藤に襲いかかろう
としている他の三体の動きを封じた。
そして、すばやく自分も後藤の元へと駆けよった。
- 172 名前:最終部 投稿日:2001年07月10日(火)23時13分38秒
後藤は見ていた。
市井を追いかけてくる『ミュータント』の両目が次々と潰されてい
くのを――。そして、聞いた。その声を――。
「後藤さーん。ウチ、コントロールいいでしょー」
いつの間にやってきたのだろうか、加護が赤いスポーツカーの前で
大きく手を振っていた。
「加護……」
後藤は思わず涙が出そうになった。お世辞にも、加護に市井から受
けた教育を施したつもりはない。加護のことよりも、自分が市井と
いる時間を優先させたいがために、それほど真剣にプライベートの
時間を割いて教育をした覚えもなかったし、それほど親しく接した
覚えもない。
それなのに、加護はどこへ行くのにも3人の後を楽しそうについて
まわった。まるで、親とはぐれた子犬のように。
いつしか後藤も自分と同じ力、自分とよく似た境遇の加護のことを
妹のように思えるようにはなったが、それでも自分が受けた優しさ
の半分も与えられなかった。
「後藤さーん」
と、加護がニコニコと笑いながら駆けてきていた。
その姿を見て、後藤は自分にも市井のような気持ちを持つことがで
きているのを感じた。
また1つ、市井に近づけたような気がして嬉しかった。
- 173 名前:最終部 投稿日:2001年07月10日(火)23時14分11秒
「加護ちん、危ないからそこで見てなー」
後藤はのんびりとした声を出すと、ゆっくりと立ちあがった。
両目を潰され、動きをなくした4体の『ミュータント』に力を放つ。
随分と昔に、市井から受けた基本的な力の使い方。自分には合わな
いと、自分の力なら一発で大丈夫だと驕り高ぶり使わなかった方法。
ドーンッドーンッとその連続する衝撃音だけで、見ているメンバー
たちの身体は揺れた。
吹き飛んだ『ミュータント』は、壁に埋まった。しかし、後藤は力
を緩めなかった。後藤が力を放つたびに、壁はまるでスポンジのよ
うに『ミュータント』を吸収していく。
後藤が力を止めた。
メンバーは、その様子を見守った。もしも、穴の開いた壁の中から
『ミュータント』が何事もなかったかのように飛び出して来ようも
のなら、もう自分たちに勝ち目はない。誰もがそう思っていた。
――静寂。
長い間の静寂中、聞こえてくるのは市井の触手によって再び動きを
封じられた4体の荒い鼻息だけであった。
「最初から、そうしろよな」
市井が苦笑しながら、ゆっくりと4体の『ミュータント』から離れ
た。
へへと笑う後藤は、市井が離れるのを見届けるとおもむろに残りの
『ミュータント』に向かって力を放った。
- 174 名前:最終部 投稿日:2001年07月10日(火)23時14分59秒
女が瓦礫の向こうに連れ去られるのを、運転中の石黒は偶然に視界
の隅でとらえた。
東京のアパートも目前だったので、一瞬、気づかなかった事にして
そのまま走りすぎようかと思った。
有事により理性のタガが吹き飛び、これまで抑圧されていた負の欲
望が溢れだす。
無法地帯となった大都市東京では、よくある光景のはずであった。
ここまで移動してくる間に、石黒の感覚もまた麻痺を起こしかけて
いた。無残に転がる無数の死体。生気をなくした人々が、群れをな
してさ迷う姿。強盗・レイプ・殺人・放火、これらのニュースを騒
がしていた事件はもはや、大都市では日常茶飯事となっている。
見知らぬ女性がレイプされることよりも、すぐにアパートに戻って
夫の所在を確認することのほうが先決だと石黒は思ったが――、そ
の足はブレーキを踏んでいた。
後部座席の方から軽いため息のようなものが聞こえたが、石黒はも
う気にすることもなかった。
車を下りると、近くに転がっていた角材を強く握りしめ足音を立て
ないように、女が連れ去られた方向へと歩いて行った。
しばらく歩いた後、後ろで車のドアが閉まる音が聞こえ、石黒は驚
いて振りかえったが、そこには誰もいなかった。
- 175 名前:最終部 投稿日:2001年07月10日(火)23時15分33秒
男は自分自身を世紀末に現われた、大魔王サタンだと思い込んでい
た。ノストラダムスの大予言が外れたのは、大魔王サタンである自
分が新世紀を向かえるためにアンゴルモアの大王を消し去ったのだ
と本気で信じ込んでいた。
ある意味で自分は人類を救った救世主なのだが、やはりサタンであ
るが故に世界を混乱に陥れたことをほんの少し心の片隅で詫びてい
た。
今まで繰り返してきた数々のサイドビジネスが、とある住宅団地の
営業を失敗させてしまったせいで、警察に追われる身となってしまっ
たのである。
こっちだって被害者だ。
男は世間にそう叫びたい気持ちもあった。若妻を殴り、おとなしく
させ、いざ行為に及ぼうとしたら旦那が帰ってきたのである。そし
て、何度も殴られた。顔面は大きく膨れ上がり、前歯の数本も折ら
れた。
かろうじて逃げ出すことには成功したが、翌日から指名手配の身に
なってしまった。
大ケガをさせられたのである。それなのに、警察はなぜ旦那を捕ら
えない。――男は理不尽な思いでいっぱいだった。こんな理不尽な
世界など滅んでしまえばいいと思った翌日、世間は大混乱となった。
日本国内だけでなく、世界中が『ミュータント』と呼ばれる生物の
せいで大混乱に陥った。超能力を持った者が、『ミュータント』に
変化すると政府の発表があったとき、男の脳裏に一瞬サキヤマ町で
出会った少女の顔がよぎったが、すぐにその顔を消し去った。
男は『ミュータント』は自分が召還した地獄の使者であると思い込
んだ。
なぜならば、世界の混乱を願ったのは自分でありそのようになった
のは自分が大魔王サタンであるからだと信じ込んだ。
なので、自分に危機は関係ない。このような混乱を巻き起こしてい
るのは自分自身なのだから、自分の身に危険があるはずもないとい
つものように街を歩く女性を物色していたのである。
しかし、このような時勢に大都市を歩く女性の姿はなく、獲物を求
めて地方へと向かおうと駅に向かった時、偶然にも自分を窮地に追
い込んだ若妻によく似た女性を発見したのであった。
やっぱり、自分は大魔王サタンである。――男は、そう思った。
- 176 名前:最終部 投稿日:2001年07月10日(火)23時16分35秒
石黒が瓦礫の影からそっと顔をのぞかせた。男に組み伏せられて、
その下で暴れている女。誰がどう見ても、恋人同士の同意によるも
のではない。
「ちょっと、何やってんのよ!」
石黒は、瓦礫の影から飛びだした。男は女を組み伏せたまま、顔だ
けを石黒へと向ける。
「……」
石黒は一瞬、その顔どこかで見たことがあると思い、それがどこだっ
たのか必死で記憶の糸をたどったが思い出せることはなかった。
男の視線は石黒の顔から、ゆっくりとその大きくなった腹へと移動
した。
そして、ニヤ〜と歯のない口元を歪ませた。
石黒の背筋に悪寒が走った。
男は組み伏せていた女から身体を離し、ゆっくりと立ちあがった。
「……こ、こないでよ」
石黒は、握り締めた角材を前へとかざしながらも後ずさった。男の
後ろで、女が立ちあがって近くの石をつかんだかと思うと、その石
で男の頭部を殴打した。
男の膝は崩れ落ちたかのように見えたが、すぐに体勢を整えると片
手で後頭部を押さえたまま薄気味の悪い笑顔を浮かべた。
女はもう1度手を振り上げたが、振りかえった男の笑顔を見て体が
凍りついたような錯覚に陥った。
「自分の血が流れないのは、大魔王サタンになった証拠である」
男の意味不明な言葉に、石黒も女も男が狂っている事を理解した。
男は薄気味の悪い笑顔を浮かべながら、石黒の元へと歩み寄ってき
た。
「さぁ、その胎児をよこしなさい。新しい時代の生贄に捧げなさい。
そうすることによって新世紀がはじまるのです。――新……、新世
紀……」
男の動きが止まる。男は一瞬、白目を向いた。そして、頭をかきむ
しり始めた。
「まただ。まただ! 心を読むな! 止めてくれ! 止めて! 止
めてよ! おばさん、止めて! いじめないで! 嫌だ! ぼく、
そんな事するの嫌だ! おばさん、止めて!! 痛いよぅぅぅぅぅぅ
ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
突然、両手を後にして叫びだしたかと思うと、白目をむいて口元か
ら泡を吹きだし卒倒した男。
石黒も女も、ただ呆気にとられて見ている事しかできなかった。
- 177 名前:最終部 投稿日:2001年07月10日(火)23時17分18秒
『やっと、捕まえた。寺田……、研究所……か』
石黒の耳元で、声が聞こえた。ハッとわれに帰った石黒は、辺りを
見渡した。
「だ、誰……」
恐怖に怯えて、辺りを見渡す石黒にその光景を見ていた女が口を開
いた。
「誰って……、すぐそこにおるやん」
女の指さす方向を見る石黒。しかし、石黒の目には何も映らなかっ
た。
「ど、どこ?」
石黒は、怯えながら女の元へと駆け寄った。
「あ、向こう行ってもうた……」
女が視線は瓦礫の向こうにある、通りの方向へと向けられた。
「だ、誰がいたの……?」
「誰って、見えへんかったの?」
「だ、だから、誰よ」
「あんたがここに来た時から、ずっと横におったで。これぐらいの
背した女の子」
女がその背丈を、手で示した。
「……」
石黒に心当たりはなかった。だが、ほんの少しではあるが脳の中が
軽くなったような気がしていた。
「あ、あんなぁ自分。ちょっと、TV局寄ってもらえへんかな?
『ミュータント』対策本部でもええねん」
「……は?」
「ウチの従業員が、石川梨華って子と安倍なつみって子が『ミュー
タント』予備軍と間違えられてんねん。捕まってたら、どえらい事
やねん」
女はさっきまで自分が危険な目にあっていたという事も忘れて、必
死な形相をして石黒へと詰めよった。
2人の名前を聞いた時――、石黒はまた渦中の真ん中に身を投じよ
うとしている事を悟った。
- 178 名前:最終部 投稿日:2001年07月10日(火)23時18分07秒
石黒はまず先に、自宅のアパートへと立ち寄った。まずは、どうし
ても10日前に連絡の途絶えた夫の生死を確かめておきたかった。
アパートはやはりというべきだろう。ほぼ瓦礫の山と化していた。
『ミュータント』による襲撃なのか、暴徒と化した市民によってな
のか、それとも軍隊によってなのかわからないが、炭化した瓦礫が
積まれているだけであった。
「真ちゃん……」
石黒は道路にヘタヘタと座り込んだ。連絡は取れなくなったものの、
必ず生きていると石黒は信じていた。生きて、そして少し怒った顔を
して、そしていつものように笑顔に戻って自分を出迎えてくれるもの
だと信じていた。
しかし、現実を目の前にしてその生存を絶望視した途端、身体から力
が抜けてしまった。
「ちょちょっと、石黒さん」
男から暴行を受けていた女――平家みちよは、突然、腰を抜かした石
黒の姿を見てあわてて車から下りてきた。
「どうしたん、急に……」
石黒は静かに頭を振った。そして、もう何かが吹っ切れたような表情
を浮かべると平家の手を借りてゆっくりと立ちあがった。
「もう、これ以上は後悔したくない……」
「……?」
「早く……、早く助けないと……」
石黒は自分の腹を抱えると、ヨロヨロと車へと駆けていった。
平家はその後ろ姿を見送りながら、やはり自分は間違っていなかった
のだと確信した。店を、町を後にするとき、常連の1人は東京へ向か
うことを反対した。しかし、どうしても梨華をなつみを救いたくて、
その反対を押しきって電車へと飛び乗った。
危険な目にはあったが、こうして自分と同じように命をかけてまで梨
華やなつみを救おうとしている人物と出会えたことで、自分は間違っ
ていない、梨華やなつみはメディアが伝えるような人物ではないとハッ
キリと確信する事ができた。
- 179 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月10日(火)23時19分19秒
- 本日の更新は、以上です。>>165-178(今回更新分)
- 180 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月10日(火)23時21分51秒
- >>162-163
こちらで消しておくので、気になさらずに(^^;
- 181 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月10日(火)23時22分31秒
- >>164
あくまでもここの解釈という事で(^^;
- 182 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月10日(火)23時23分05秒
- ■第五部のショートカット
Chapter−@ >>2-11
Chapter−A >>20-29
Chapter−B >>38-48
Chapter−C >>57-68
Chapter−D >>77-92
- 183 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月10日(火)23時24分14秒
- ■最終部のショートカット
Chapter−@ >>102-114
Chapter−A >>125-136
Chapter−B >>145-154
Chapter−C >>165-178(今回更新分)
- 184 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月10日(火)23時24分46秒
- 更新分を、消しておきます。
- 185 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月10日(火)23時25分27秒
- それでは、今回はこの辺で。>>165-178(今回更新分)
- 186 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月10日(火)23時26分45秒
- 2回目のリアルタイムだ!
sage
- 187 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月10日(火)23時29分40秒
- 3回目のリアルタイム。
もう23時過ぎに読みにくるのが日課になってる。
作者さん、マジおもしろいです!!
- 188 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月11日(水)00時50分49秒
- 私もあぷろだで初めて読みましたが、すごく面白くてワクワクします。
ところで作者さんはHP持ってらっしゃるのですか?
ちらっとこの板に書かれていたので…。
差し支えなければ、ぜひ教えていただきたいのですが…。
- 189 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時02分58秒
- Chapter−D <導かれし先>
特殊バリケードに行く手を阻まれ、”寺田生物工学総合研究所”
はもう目の前だというのに、中澤らはかなりの時間足止めを食ら
わされていた。
”特殊バリケード”その構造がどういう構造なのか、中澤らには
わからなかったが、後藤・加護の放つ力がほとんど無効化されて
いる。
特殊バリケードの向こうには戦車が控えてあり、砲弾による攻撃
は後藤と加護の力で防げるものの、攻撃を返す事ができない。
「なんやねん、これ」
建物の影に身を隠した中澤が、苛立たしそうに吐きすてた。
「まただよ」
通りに出ている後藤が、こちらへと向かってくる砲弾に力を放っ
た。
先ほどから隠れる場所、隠れる場所へと撃ちこまれる砲弾にさす
がの後藤も苛立ちを覚えていた。
「圭ちゃん……」
市井も爪を噛みながら、そわそわと落ちつきをなくしている。
唯一落ちついているのは、さきほどからずっと宙に視線を泳がせ
ている飯田ぐらいのものであった。
希美はその手をぎゅっと強く握り締めて、通りで防戦している加
護を見守っている。
中澤は矢口の肩を抱きしめ、通りで防戦している2人を見守りな
がら作戦を練っていた。
力が使えない以上、自分たちはただの女性の一団でしかない。
それが特殊軍隊とどう戦えばいいのか――。
考えを張り巡らせていると、突然、となりの矢口の身体が大きく
のけぞった。
「矢口ッ!」
中澤の声に、市井・希美も矢口を見る。
矢口の目は、どこも見ていなかった。まるで飯田のように――。
「ど、とないしたんや、矢口ッ! 矢口ッ!」
未来視・過去視をしているとき、たびたびこのようなトランス状
態に陥る事はあったが、それもほんの数秒の出来事である。
- 190 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時03分33秒
しかし、1分経過してもその意識は戻ってこなかった。
「さ、紗耶香」
「うん……」
市井は、触手を伸ばして矢口の意識下に入った。だが、どこにも
自我がない。まるで、その心がどこかに行ってしまったかのよう
だった。
この意識の構成を、市井は知っていた。
市井は素早く触手を戻すと、すぐにその手を矢口の心臓にかざし
た。もう片方の手で、頭を触った。しかし、矢口の意識が戻る事
はなかった。
「な、なに……、紗耶香、矢口に何があったん……」
中澤が震える声を出した。
「森のおばあちゃんも、こうだった……」
「ウソや……。ウソやそんなん……。矢口ぃ、矢口ぃ」
中澤はぐったりとした矢口の身体を、力いっぱい揺さぶった。し
かし、ただその身体が大きく揺られるだけであった。
(戻ってくる。今は、さ迷っているだけ。圭織が導いてあげる)
飯田の心の声が聞こえ、市井はあわてて振りかえった。だが、飯
田はいつものように視線を宙に漂わせている。
市井は以前、飯田と希美の能力を探ろうとして触手を意識下に伸
ばした事がある。そこでわかった事といえば、飯田の意識は混沌
(カオス)そのものであるという事だけであった。
人々の意識は、ある程度の秩序があり構成をされている。
層をなしているのが普通なのではあったが、飯田の場合は市井も
見たことのない構成をされていた。
しかも、飯田の意識は市井の触手さえもその特殊な構成に取り込
もうとした。もう少しで、市井は元に戻れなくなるところであった。
- 191 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時04分43秒
直接、触手を伸ばして知る事が理解するのには一番手っ取り早い
方法なのだが、そのような特殊な意識下のためそうする事は難しい。
「さ迷ってるって……、どこに」
市井は、声に出した。それで梨華と飯田のように会話を試みよう
と思ったのだが、飯田の意識はその場所にはないらしく何も返事
はこなかった。
異変が訪れたのは、すぐその後のことであった。
矢口の身体を抱きしめていた中澤の身体が、「ちょっと痛い〜」
と押し返されたのである。
「や、矢口ぃ〜……、戻ってきたんやな。戻ってきたんやな」
と、中澤はもう1度強く矢口の身体を抱きしめた。
「ちょっと、マジで痛いって。裕ちゃん」
「矢口、あんた……」
市井の言葉に矢口は、ハッと反応した。
「伸ばさないで!」
「は……?」
「矢口の意識、探っちゃだめ。絶対にやめてね」
いつになく、矢口は真剣な顔をしていた。
「別に探らないけど、どこ行ってたの」
矢口は、ニヤニヤと笑った。
「宇宙」
- 192 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時05分22秒
「はぁ? 宇宙ってあの宇宙?」
抱きついていた中澤が、身体を離す。
「そっ。あの宇宙で、圭織と同じもの見てた。あかしなんとかっ
てヤツ」
「アカシックレコード……」
市井は、ポツリと呟いた。
「すごいよ。すっごい興奮した。あのね、アカシックレコードっ
てレコードじゃないんだよ」
「知ってるわ。記憶されてる場所やって教えたやろ」
「ハハ。矢口、レコードみたいなの想像してた。でも、違うんだ。
あのね、電気屋さんにさテレビがバーっと並んでるでしょ、アレ
がね空間全部にあるっていうか、なんていうのかなー。とにかく
さすごい数の映像が見えるんだ」
「なんや、まさかそれ見てて戻って来んかったんか?」
「ハハ。実はさ、そうなんだよねー。全部が全部、そうじゃん。
だから、どっち向いて戻ったらいいのかわかんなくなっちゃって」
「圭織は……、圭織が助けてくれたんでしょ?」
市井の目は真剣だった。もしも、矢口の言っていることが本当だっ
たとすると、5年前の光子は死んでいなかったことになる。
「あ、そうだ。案内してくれてありがとね」
矢口は今だ、視線を宙に漂わせている飯田に向かって片手を挙げた。
「案内……。そうか……」
市井が呟く。
「そうかって、なんやねんな」
「圭織は辻のナビゲーターなんだ」
「は?」
「そうだろ、辻。圭織が、どこに向かってどこに帰ってくるのか
教えてくれるんだろう?」
圭織の側にいた希美が、少し伏し目がちにしてコクリとうなずい
た。
- 193 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時06分00秒
「矢口、あんたマジで危なかったわ。圭織がおらんかったら、戻っ
て来れんところやったで。そのまま死んでしまうところやったん
やで」
と、中澤の目にまた涙が溢れだしてきた。
「年上の裕ちゃんが一番泣き虫でどうすんのさ」
矢口は笑いながら、その涙をぬぐってやった。
「だとすると……。辻、今から過去に戻ってくれない? で、み
んなに伝えて。これから起きる出来事を」
希美が、きょとんと顔を上げた。中澤と矢口も、市井を見る。
「5年前……、森のおはあちゃんは死んでなかった。アカシック
レコードを見ようとして、意識が迷子になっちゃったんだよ」
「まさか……。心臓も脈も停止してたんやで。老衰やったって。
紗耶香もどうする事もできんかったやないか」
「意識だけじゃなく魂ごともっていかれた。さっきの矢口だって、
そうだったでしょ」
「じゃあ、うちら……、戻ってくる可能性のあったばあちゃんの
身体……」
「いや。もう戻ってくる事はない。森のばあちゃんは、”絶対的な
者”って呼ばれてたけど、圭織や辻のような能力はなかった」
「……過去に戻ってどうするつもりなん?」
「――ユートピアを作るんだよ」
後藤にもその声が聞こえた。そして、その隣にいた加護にも。
2人は放たれる砲弾を撃破するために、一瞬でも戦車から目を離す
ことはできなかったが、市井のその声を聞くと市井がどんな表情を
しているのか用意に想像することができた。
- 194 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時06分37秒
「過去に戻っても、この世界は変わらんのやで」
市井は、すがすがしい笑顔を浮かべてうなずいた。
「こっちの世界は、ウチらがウチらの手で作り上げればいい。でも、
もう1つの世界は、森のおばあちゃんが作ってくれるよ。あの頃の
みんなとね」
「……みんなと」
「そう。そして出会う。矢口とも後藤とも加護とも圭織も。石川と
吉澤は、辻がみんなに教えてあげればいい。そうすればきっと、み
んな出会える」
もう1つの世界。そこはどんなに素晴らしい事だろう。誰もの胸に、
温かいものが込み上げてきた。
「辻、圭織のナビで5年前に戻ってくれるね」
市井はしゃがんで、希美と同じ視線になった。
「飯田さんは、身体を持っていく事できないれす……」
「向こうにも、圭織はいるよ。5年前だから、そうだなぁ。まだ、
北海道にいるんじゃないかな。おばあちゃんが知ってるから、連れ
てってもらいな」
「そんなの、辻が知ってる飯田さんじゃないれす。辻が知ってるあ
いぼんやみんなじゃないもん」
「……うん。そうだよな。――でもな、辻はみんなを助けなきゃい
けない。アタシたちだけじゃなくて、この世界のみんなを。辻の力
は、それができる。そういう意味のある力なんだ」
「……」
辻の目に涙が滲んできた。必死に堪えているが、やがては溢れてし
まうだろう。過去に戻ることはできる。しかし、今まではそこに自
分の居場所を見つけることができないので、力を使わずにいた。
しかし、市井の言うようにいつか出会う別世界ならば――。争いの
ない楽園のような場所ならば――。希美の心は揺れた。
- 195 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時07分21秒
「戻ってきたいなら、戻ってきな。ウチらはいつでも待ってる」
市井は微笑みながら、希美の頭を撫でた。ツインテールのその髪
が揺れた。
「帰ってきたら、思いっきりチューしたるからな。頼んだで」
中澤と矢口は、希美に笑顔を向けた。
「……辻は、ぜったいに……戻ってきます」
希美は声をしゃくりあげさせた。
「頼むな」
「はい……」
希美はこくんとうなずくと、通りへと顔を向けた。
「あいちゃーん、ぜったい帰ってくるからねー」
希美の声は通りまで聞こえてきた。
加護は、泣いていた。泣いてすぐに声を出す事はできなかった。
「加護、行っていいよ。アタシがやってるから」
後藤の声に、加護はゆっくりと首を振った。そして、ビルに向かう
砲弾に力を放った。放ちながら、建物の陰にいる希美に大きく手を
振った。顔は見なかった。見ると涙で向かってくる砲弾が見えなく
なるからであった。
辻希美は、過去へと旅立った。
誰もが希美との別れを悟っていた――。なぜならば、飯田がこのよ
うな世界に希美を連れ戻すようなことはしないからである。
自分たちが飯田のような力を持っていたら、きっとそうするだろう
と誰もが思っていた。
- 196 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時08分23秒
希美が過去へと旅立って以降、現状は以前として何も変わらなかっ
た。後藤と加護にも、次第に疲れが見えはじめている。
「このままやったら、マズイで……。1回、撤退するか?」
中澤が建物の影から、研究所を覗く。
「もうまる2日……。圭ちゃんの怪我が心配だよ」
市井の声は、放たれる戦車からの砲弾によって打ち消された。
「いちーちゃん、また向こうからも来たよー」
通りから、後藤が大きな声をあげた。
「けど、なんか変ですー」
続いて加護が、少し声を上ずらせた。
「ちょっと、いちーちゃん、来てよ。スゴイ」
中澤らのもとに、ゴゴゴゴゴ……と地響きが聞こえてきた。3人は
顔を見合わせて、表の通りへと駆けだしていった。もちろん、壁に
持たれて座り込んでいた飯田を無理矢理に起きあがらせてである。
通りへと飛び出した中澤らが見たもの、それは自衛隊の戦車団であっ
た。
通りを埋めつくした数十台の戦車や装甲車が、寺田生物工学総合研
究所へと一斉砲弾をしている。
特殊バリケードは、能力者に対してその効力が発揮されるが、通常
の攻撃の前には何の効力も発揮せず、いとも簡単にその砲弾の前に
敗れさった。その後ろに控えていた戦車も、まさか味方の攻撃を受
けるなどとは思ってもいなかったのだろう。反撃を返す間もなく、
そのほとんどが攻撃を受けて大破した。
「なんや……。つんくの裏工作がバレたんか?」
中澤はとなりにいる矢口に声をかけたつもりだったが、矢口は通り
を呆然と見つめたまま何も答えなかった。
しばらくして――、隣にいた市井が、急に声をあげて笑いだした。
「なに、いきなり」
と、中澤はサッと身を引いた。
「吉澤って、ほんとマジで最高だよ」
と、市井は笑いつづけた。
後藤も加護もわけが分からず、きょとんとした顔をしていた。
- 197 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時09分50秒
「はぁ?」
中澤は目を凝らして、その戦車団を眺めた。先頭に黒塗りの高級
車が、止まっている。戦車団を誘導してきたのは、この車であっ
た。スモークの貼られていない車内は、中澤の位置からでも誰が
乗っているのか確認できた。
政治家なのだろうか、恰幅のいい初老に近い男性が後部座席に座っ
ており、前にはやはり同じく初老の運転手。助手席には、秘書ら
しい少しやせ細った男が座っている。
「よっさんなんか、おれへんやん」
と、振り返ろうとした時、戦車団の後ろから一台のハーレーダビッ
ドソンが颯爽と――ではなく、ヨタヨタと道路へと出てきた。
「わっ、ちょっと梨華ちゃん、揺らさないでよ」
「揺らしてないよー」
ひとみはなんとか両足を踏んばって、持ちこたえた。
「ふぅ」とため息を漏らすと、右手をかざして前方にある研究所
を眺めた。
「ひとみちゃん、あれ」
タンデムシートの梨華が、一方向を指さした。見ると、中央分離
帯の向こう、こちらに向かって駆けてくるメンバーの姿が見えた。
ひとみと梨華は、バイクを降りると皆と一緒に抱き合って再会を
喜んだ。
中澤は涙で顔をグシャグシャにし、市井は苦笑のようなものを浮
かべて、後藤と加護はただひたすらの笑顔で、そして矢口はひと
みに抱きつき、あの飯田も久しぶりに微かな笑顔を浮かべていた。
しばらくして、ひとみと梨華は希美が過去へと戻った事を知った。
そして、飯田が過去へと旅立った希美に戻ってくるポイントを教
えなかった事も飯田の心の声によって全員が知った。
だが、もう誰も涙を流さなかった。たとえ、世界が違っていても、
もう2度と会うことがなくとも、希美が幸せに暮らせるのなら誰
も悲しむことはなかった――。
「あ、そうだ。加護、あんたねぇ……」
ひとみは加護と会うことがあったら一番最初に文句を言おうと決
めていた。マンションでひとみと梨華を置き去りにする計画をた
てたのは、加護であったからである。だが、その文句を引っ込め
ることにした。今はそんな雰囲気ではなかった。
- 198 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時10分26秒
「それよりよっさん、これどうしたん」
中澤が視線を、すぐ側に止まっている戦車団に向けた。
「ゼティマに向かう途中で、梨華ちゃんが防衛庁のエライ人の意
識を捉えたんです。ちょうど、つんくのところへと向かう途中だっ
たらしくて。ね」
と、ひとみは梨華にうなずきかけた。
「拠点をそっちに移したことも、研究所の前に戦車を配置させて
警備してることもわかったから……」
と、梨華は困ったような顔をして、ひとみを見上げた。
「じゃあ、いっそのことその人を操って一気に。あ、梨華ちゃんが
考えたんじゃないんですよ。アタシが無理にお願いして。もうさっ
さとこんなの終わらせたかったから」
「はぁー。よっさん、ほんま男前やわ。すごい。感心した。ウチら、
そんなん全然考えつかんかったわ。なー」
中澤は、市井らに笑いかけた。
「どうせ、あの建物もそんな装置ばっかりやろうな。――よっしゃ、
せっかくやから、これこのまんま使わせてもらおう」
「ダメです」
「?」
「つんくらがいるのは地下の核シェルターみたいなところだから戦
車の攻撃じゃとても……」
ひとみは、とても残念そうにつぶやいた。
「よっすぃ、それは……?」
後藤が、ひとみが肩にかけているバッグを指さした。
「あ、これは、その……」
と、ひとみが口篭もると、市井がたしなめるように口を開いた。
「大丈夫。そんなの使う前に、終わらせてやるから」
「?」
後藤も加護も中澤も矢口も、市井の言っている意味が分からない。
ただ、ひとみと梨華だけがバツの悪そうな顔をして佇んでいた。
- 199 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時11分53秒
日も暮れて、辺りが闇に覆われはじめてきた。
いよいよ、これが最後の戦いになる。皆の胸の中にはそんな思い
が渦巻いていた。
中澤・矢口・市井・後藤・加護・飯田・ひとみ・梨華の8人は、
覚悟を決めて不気味にひっそりと静まり返っている研究所の敷地
内へと入っていった。
遊歩道の両側に、針葉樹の木が立ち並んでいる。クリスマスも近
いこの時期、街の至るところにはイルミネーションで彩られてい
るはずなのだが、20世紀最後のクリスマスは殺伐としていた。
キリストの生誕を祝う余裕など世間にはなかった。
「よっさん、あんたずっとノーヘルできたん?」
歩きながら中澤がひとみの頭を指さした。
「あ、ヘルメット1つしかなかったから」
「よっすぃ、その頭めっちゃカッコイイよ」
矢口が、さも楽しげに笑う。
「?」
「オールバック」
と、中澤が笑うので、ひとみは自分の髪を撫でてみた。
たしかに、風を受けて髪の毛が後ろに流れてはいるが、それほど
オカシイ髪型なのかは手元に鏡がないのでわからなかった。
わからなかったが、梨華が少し顔を赤らめながらぽつりと「かっ
こいいよ」と言ってくれたのでまんざらでもなかった。
頬を赤らめ、うつむき加減に歩いていた梨華が、突然、ハッとし
て顔を上げた。
「保田さん! 保田さんの意識です。保田さん、生きてます。私
たちに気づいてます」
梨華の歓喜にも似た声を聞いて、皆の心は浮き立ちだった。
”精神感応”の能力が弱い市井には、まだ保田の意識は届いてこな
かったが、周囲300メートル以内のどこかにいるのは間違いな
いと市井は辺りを見渡した。
「あの建物――、あそこの3階です。私たちのこと、見てます。
市井さんとごっちんの名前呼んでます」
梨華が研究所の建物を指さして、はしゃいでいた。
「行こう。いちーちゃん」
後藤は市井の手を引いて、建物へと向かって駆け出していった。
他のメンバーも2人の後へと続いた。
- 200 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時12分42秒
メンバーの襲撃を知っているのか、建物の内部には人の気配がな
かった。
逃げ出したのか、もともと配置されていないのかわからなかった
が、余計な力を使わずに済むので、一同はホッとしつつかつ迅速
に保田のいる3階へと向かって駆けていった。
(紗耶香……。来ちゃダメ……)
市井の”精神感応”が、保田の意識を捕らえた。もうすでにその声
を聞いているのだろう、つい先ほどまで笑顔を浮かべていた梨華
の顔は曇っていた。
それでも市井は、階段を駆けあがった。
駆けあがりながらも、辺りに触手のレーダーの網を広げるのは忘
れなかった。
保田は敵の襲来を教えているのかもしれないと、市井は思ってい
たからである。<Zetima>で活動を共にしている頃は、そ
うしてサポートしてくれていた。
(来ないで……、紗耶香……)
しかし、保田の心の声のニュアンスからしてどうやらそうではな
いらしい。
まるで、自分とは会ってほしくない。自分の元へは来てほしくな
い。そんな感じだった――。
市井はフッと足を止めた。
続くメンバーも何事かと、足を止める。
(私はもう、みんなとは一緒に帰れない……)
(来ないで紗耶香。来ないでごっちん)
(私はもう、みんなとは一緒に帰れない……)
保田の心の声に、市井は叫んだ。
「何言ってんの圭ちゃん。一緒に帰るんだよ。帰ってみんなと一
緒に暮らすんだよ」
「紗耶香。なんやの、急に」
「圭ちゃん、一緒に帰れないなんて言うんだよ」
「紗耶香……」
市井の目に涙が滲んでいるのを知り、中澤は言葉を失った。そし
て、遠い記憶に思いを馳せた。”泣き虫、紗耶香”そう呼ばれてい
た頃を、中澤は思い出していた。
- 201 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時13分20秒
「梨華ちゃん……」
ひとみは戸惑いの表情を浮かべていた。市井の涙というのにも戸
惑いを覚えているのだが、何よりもあの冷静な市井を何がそこま
で動揺させているのかがひとみの不安を駆りたてた。
「わからない……。でも、すぐそこにいる……」
ひとみは梨華が向けた視線を追った。
近くにいた後藤や加護や矢口も、同じような表情で梨華の視線を
追う。
広いフロアのはずなのに、ドアはそこしかない。
1枚の何の変哲もない室内ドア。
中澤はゆっくりと、そのドアへと足を進めた。
(開けないで、裕ちゃん……)
「何でだよ! 圭ちゃん! 聞こえてるんなら答えてよ!」
市井の叫ぶ声を聞いて、中澤はドアの前で振りかえっている。
(開けないで、裕ちゃん……)
(来ないで……)
(開けないで、裕ちゃん……)
「開けていいんか……。紗耶香……」
ドアの前で躊躇している中澤に、紗耶香は肩を怒らしながら駆け
よった。
「圭坊は、なんて言うてんねんな」
「知らないよッ。答えてくんないんだから」
紗耶香はツカツカと歩み、おもむろにドアノブに手をかけた。
中澤はドアが開けはなれたため、壁の方へと追いやられる形になっ
た。
中を見て、たたずむ市井。
息を呑んで、見守るメンバー。
壁に追いやられた拍子に、肩を軽く打ちつけたのだろう中澤は肩
をさすっている。
(あーあ……、開けちゃダメって言ったのに……)
市井の身体が、小刻みに震え始める。
「ああ……。ああ……」
まるで呼吸のしかたを忘れてしまったかのように市井は胸を押さ
え、低くかすれた呻き声をあげた。
異変に気づいたメンバーが駆けよる。
そして……、全員が部屋の中を見て呆然とした。
- 202 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時13分51秒
広く白い部屋。
薄く青白い液体の入った円筒が、いくつも並ぶ。
実験で使用したのであろう、何かの組織が漂っている。
部屋の中央にある大きな円筒。
その中に浮かぶ脳と2つの眼球が、ドアの方を向いていた。
(だから、来ないでって言ったのに……)
リモートコントロールされているのか、それとも外で動くものが
あれば反応するようにプログラムされているのか、円筒が鈍いモー
ター音をたてて庭の方向へと動いた。
(こうして、侵入者を知らせてるの……。ううん。知らせるつも
りはないんだけどね、勝手に見たものを流しちゃうの……)
脳から細いコードのようなものが円筒の上部に繋がり、円筒の後
ろから太いいくつものコードが壁の中へと伸びている。
(辻は、もういないんだね……。見てたよ、ここから……)
腰を抜かした加護の動きに反応して、円筒が、2つの眼球がまた
メンバーへと向き直った。
(ハハ。加護、パンツ丸見えだぞ)
「圭坊なんか……」
中澤は、やっと言葉を思い出せた。そして、やっとそれが――。
「圭坊……。圭坊……。あぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
中澤は部屋に飛び込むと、円筒の前で泣き崩れた。
「圭ちゃん……」
後藤の目にも涙が溢れ出してきた。となりの市井が、その身体を
強く抱きしめる。
「いちーちゃん……、圭ちゃんが……、圭ちゃんが……」
市井は何も言わずに、力強く後藤を抱きしめつづけた。涙が溢れ
出してはいたが、そんな姿を保田には見られたくない。後藤の肩
に顔を埋めて、声を押し殺していた。
(みんなの声は、耳がないから聞こえないんだ……。でも、紗耶
香と石川には、アタシの声、聞こえてるんだろ?)
- 203 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時14分37秒
梨華は両手で口を抑えて泣いていたが、力強く何度もうなずいた。
そして、市井は後藤の肩に顔を埋めたまま「あぁ。あぁ」と何度
も声に出してうなずいた。
(だったら、みんなに泣くなって言って……。アタシは泣くこと
もできない。涙はこの中に紛れてしまうからね)
保田の心の声は、苦笑していた。
その苦笑が、市井や梨華には痛々しかった。脳と2つの眼球だけ
となってしまった保田なのに、苦笑している保田の顔が思い浮か
んで仕方がなかった。
「わかったよ……。みんな、圭ちゃんが泣くなって……」
だが、市井のその声はどうしようもないほど震えていた。
後藤はその声を耳元で聞いて、必死で感情を押し殺した。そして、
市井の身体を強く抱きしめかえした。
ひとみは腰を抜かしている加護を抱え起こした。
加護も嗚咽しながら、必死で涙を堪えようとしている。
矢口と飯田は、その目に涙を溜めて目を伏せていた。
(裕ちゃん、1人年上で大変だろうけどみんなのこと頼むね)
「中澤さん」
梨華が泣きながら、中澤に声をかけた。
「中澤さんのこと、話してます」
「なんて? 圭坊なんて言ってんの?」
「みんなのこと、頼むって」
市井が震える声で、叫んだ。
(飲みすぎて、身体壊さないようにね)
「飲みすぎて、身体壊すなって」
中澤は、声にならない声で何度も何度もうなずきかけた。
(ごっちん)
「ごっちん、呼んでる」
梨華の声に、後藤は顔を上げた。
(紗耶香にもごっちんは必要なんだよ。これからもずっと側にい
てあげて)
- 204 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時15分28秒
「市井さんにも、ごっちんが必要。これからも……、これからも
ずっと側にいてあげてって」
後藤は、梨華に向けていた視線を保田へと向けた。
「ありがとう、圭ちゃん……」
(ありがとう……か。ハハ。後藤の口から、そんな言葉が聞ける
なんて。見直したよ)
「ありがとうって、保田さんに伝わったよ。見なおしたって」
梨華の声を聞きながら、後藤はへへェと笑った。
(加護、ちゃんと聞けよ)
「あいぼん」
加護は嗚咽をあげながら、保田へと向き直った。
(加護の力は、本当に頼もしかったよ)
「あいぼんの力、頼りになったって」
加護がまた口をへの字にして、泣きそうになった。だが、彼女は
それを必死に堪えようとしている。
(いっぱい注意もしたけど、加護の無邪気な笑顔本当に好きだっ
たよ)
「あいぼんの笑顔、大好きだったって……。あいぼん、泣いちゃ
ダメ」
そういう梨華も、声を震わしている。
加護は深呼吸をすると、口元を緩ませた。不自然な笑顔ではあっ
たが、それが今の精一杯の笑顔であった。
(矢口はとにかく明るかったね。私にもその明るさをわけてほし
いよ。矢口が側にいた裕ちゃんが羨ましい)
「矢口さんの明るさ、わけてほしいって。矢口さんが側にいた中
澤さんのことが羨ましいって」
矢口はその言葉を聞くと、笑顔を見せた。
(圭織はいっつも交信ばっかだったよね。でもさ、辻や加護に見
せる笑顔は好きだったよ。優しいお姉さんみたいで。――ねぇ、
笑って)
- 205 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時16分04秒
「飯田さんが笑ってるところ、見たいって。ののやあいぼんに見
せる笑顔好きだったって」
飯田は涙をぬぐうと、ぎこちないながらも笑顔を向けた。
(ハハ。怖いなぁ。――吉澤と石川。二人を巻き込んだことは、
本当に悪いと思ってる)
「そんな事ありません」
保田に向かって泣き叫ぶ梨華を見て、ひとみは今自分たちのこと
を言っているんだと理解した。
(ただ、反対に、二人に出会えたことにすごい感謝してる。二人
のほのぼのしてる空気は、確実にアタシたちの何かを変えたよ。
力がないのを気にしてる吉澤に言ってやって。吉澤の力は、温か
い勇気だって。その温かい勇気が私たちを変えたって。力があっ
てもなくても、大切な人を守るアンタのその温かい勇気は誇れる
ものだって)
「はい。――ひとみちゃん」
梨華は涙をぬぐいながら、ひとみに向きなおった。
「ひとみちゃんの力はね、”温かい勇気”だって。大切な人を守る
その勇気は、とても誇れるものだって」
「保田さん……」
自分が気にしていたことを、保田は感じていてくれた。しかし、
今までそんな素振りを見せた事は1度もなかった。きっと、その
ままでいいんだと暗に教えてくれていたのだろう。
ひとみは、深々と頭をさげた。
(紗耶香)
顔を伏せていた市井にも、さっきから保田の声は聞こえていた。
しかし、途中から声も出せないぐらいに泣きじゃくっていたので、
保田の声を皆に聞かせることができなかった。
- 206 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時16分34秒
(やっぱ、性格って直らないもんなんだね。そうやって裕ちゃん
に泣きついてたのが、つい昨日のように感じるよ)
「……」
(自分1人で全部考え込まないでさ、たまにはそうやって他のメ
ンバーを頼りなよ。みんな、紗耶香が心開いてくれるの待ってん
だから)
「もう、やめて圭ちゃん……」
(あぁ、たぶん私も泣いてんだろうなぁ……。なんか、頭の中が
ゴチャゴチャになってきちゃった……)
「圭ちゃん……。圭ちゃん……」
(ねぇ、紗耶香。最後に私のお願い聞いてもらえるかな……)
「……なに?」
(……痛いんだ。頭と目がピリピリして痛いの)
「……」
むき出しになった脳と眼球が、液体の中を漂っている。脳に刺さっ
た電極のようなもの――。
(だから、お願い……。最後に、みんなの顔が見れてよかったよ)
市井には保田が何を言いたいのか、すべてわかっていた。もう10
年以上の付き合いである。家族だった。姉であった。
「市井さん!」
後藤から離れて保田の元へと歩きだした市井の前に、梨華が立ち
ふさがった。
「どけ、石川」
「嫌です。どきません」
「……みんな、すぐにこの部屋から出て」
市井の低い声に、全員が声をなくした。市井のしようとしている
ことが、わかったのである。
- 207 名前:最終部 投稿日:2001年07月11日(水)23時17分10秒
「いちーちゃん」
「市井さん、このまま帰りましょう」
後藤と加護が、必死で市井にすがりつく。
「痛いんだってさ……。アタシにはもう治せないよ。こうするし
か、圭ちゃんの痛み和らげることできない……。早く楽にさせて
あげたいんだ。変われるなら、変わってあげたいよっ」
唇を噛みしめていた中澤が、後藤と加護の肩をガッと掴んでドア
へと歩いていく。後藤も加護も呆然として、抵抗する力をなくし
てしまっていた。
ひとみも、泣きじゃくる梨華を連れて部屋を後にした。
「……」
誰もいなくなった部屋。市井と保田は、向かい合っている。
コポコポと円筒の中に、気泡が昇る音だけが市井の耳に届いてい
た。
「……」
市井の動きに合わせて、円筒がその向きを変える。保田は見てい
るはずである。壁に立てかけてあったモップを拾い上げる市井の
姿を。
しかし、何も心の声は発さなかった。
お互いにもう言葉はなくとも、伝わりあっていた――。
青白い円筒のガラスに、涙を流しながらモップを振り上げる市井
の姿が映った――。
間際に聞いた保田の心の声。
(ありがとう――紗)
- 208 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月11日(水)23時19分04秒
- 今回の更新は以上です。>>185-207(今回更新分)
- 209 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月11日(水)23時20分33秒
- >>186
完結してから読むので、リアルタイムの経験ない……。
- 210 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月11日(水)23時21分34秒
- >>187
土曜日で完全終了(予定)です。そのときは、リアルタイムで
読まない方が……。
- 211 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月11日(水)23時22分24秒
- >>188
用意はしてますが、まだ何もUPしてません。これが完結したら、
UPしておきます。でも、これ以外はありません(^^;
(本編でカットした部分(ほんの少し)を掲載する予定)
- 212 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月11日(水)23時22分54秒
- ■第五部のショートカット
Chapter−@ >>2-11
Chapter−A >>20-29
Chapter−B >>38-48
Chapter−C >>57-68
Chapter−D >>77-92
- 213 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月11日(水)23時23分25秒
- ■最終部のショートカット
Chapter−@ >>102-114
Chapter−A >>125-136
Chapter−B >>145-154
Chapter−C >>165-178
Chapter−D >>185-207(今回更新分)
- 214 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月11日(水)23時23分57秒
- では、今回はこの辺で。
- 215 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月11日(水)23時25分56秒
- 更新分は、>>189-207でした。
- 216 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月11日(水)23時35分39秒
- リアルタイム4回目・・・。
圭ちゃん・・・。マジで泣けました。
最後はみんなが幸せになることを祈っています。
作者さん、素晴らしい作品ですよホント。
- 217 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月11日(水)23時36分21秒
- アカン、泣きそうや…
- 218 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月11日(水)23時43分39秒
- ああ…保田…会社で残業の合間に涙する俺…
- 219 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月11日(水)23時45分59秒
- あぁぁぁ、圭ちゃんが・・・
メチャイタイ・・・
- 220 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月11日(水)23時48分23秒
- 今回が一番読んでてつらかった。
- 221 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月12日(木)00時10分50秒
- 何か気が重ーくなった…
- 222 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月12日(木)02時40分30秒
- 予想を遥かに上回る展開に絶句。
もしかしたら、娘。小説の最高峰になるかも(少なくとも自分の中ではそう)。
何か、偉そうなこと言ってすみません。でも、期待しています。
- 223 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月12日(木)21時50分40秒
- 今回の感想レスは死屍累々ですね。
最後まで気が緩められない展開が続きそう。
- 224 名前:最終部 投稿日:2001年07月12日(木)23時04分13秒
- Chapter−E <導かれし先U>
中澤たちは、完全に後藤と加護の姿を見失った。
あの部屋の外へと連れ出した後、2人は階段を駆け下りていった。
――地下。
きっとそこに向かったはずだろうと、中澤らは市井を残したまま
にして、すぐに後藤と加護の後を追った。
地下への入り口は、エレベーターのほかにスロープ状になった通
路があった。エレベーターの方は主電源が切られているのであろ
う、まったく動く事はなかった。
中澤たちは、すぐさまスロープ状の通路を駆け下りていった。
今まで捕らえていた2人の意識が、スッと梨華のレーダー網から
消えた。それはすなわち、2人が力を制御した部屋に入った事を
意味している。
「やっぱり、地下にもあの装置があります」
梨華は走りながら、中澤に叫んだ。
中澤は小さく舌打ちをしただけで、真っ白な地下を走りつづけた。
入り組んだ通路は、<Zetima>の建物を連想させたが、そ
れよりもさらに、複雑に入りくんだ建築構造をしていた。
地下の安全性によほど自信があるのか警備する者もおらず、辺り
には不気味な静寂が漂っている――。
遠くで爆発音が聞こえた。
一瞬、梨華は後藤の意識を捕えたが距離が離れすぎているのであ
ろう、今度はレーダー網の範囲外に出てしまった。
暴走した後藤の力は、あちこちに破壊の爪あとを残していた。
だが、わざわざそれらに驚く時間はなかった。今はただ、早く後
藤らを見つけて合流しなければならない。何が潜んでいるか分か
らない、伏魔殿なのである。
中澤の進む先に、頑丈な扉があった。行き止まり――そう思って
引き返そうとした時、扉が開き中から血まみれの白衣を着た男た
ちが飛び出してきた。
どうやら日本人ではなさそうだった。口々にアジア系の言葉を悲
鳴にも似た声で発しながら、そこにいた中澤らなど見えないかの
ように廊下を走り去っていった。
- 225 名前:最終部 投稿日:2001年07月12日(木)23時04分45秒
「あいぼんっ、この中にあいぼんがいますっ。あっ、ダメ」
梨華は、加護の意識をとらえた。しかし、すぐに見失ってしまっ
た。
中澤らは、そのフロアへと飛び込んでいった。
そして、またおぞましい光景を目にすることになる。ガラスの通
路の下は、まるで工場のようであった。ベルトコンベアが回り、
その上をクリアケースに収められた人体の一部が規則的に流れて
いる。
人体加工工場――。まさに、そんな感じであった。
だが、もっとひどいのはその至るところが血の海と変わっている
ところである。
壁、機械、そして数メートル上にある廊下のガラスにまで、大量
の血液が飛び散っている。中で何が起こったのかは、容易に想像
できた。
暴走したもう1人の能力者、加護が行なったのであろう。
後藤なら、このフロアすべてを破壊しているはずである。
「や、矢口さんッ」
ひとみの声に、その場にいた全員が振りかえった。気を失いそう
な矢口を、側にいたひとみが倒れる寸前に支えたのである。
「矢口っ」
中澤があわてて駆けてきた。
「大丈夫か。しっかりしぃ。宇宙なんか行ったらアカンで」
「ハハ……。違うよ。ちょっとアレ見て、気分が……」
「そうか……。よし、ほなちょっと休もうか?」
「何、言ってんだよー。ごっつぁんと加護の力、抑えられるの裕
ちゃんだけだろ。矢口、ここで待ってるから早く行って」
「なに言うてんねん、こんなとこに矢口1人おいてけるわけない
やろ」
「もう、いい加減にしてッ」
矢口は、抱きついてこようとした中澤の体を突き放した。
「今は、そんな甘いこと言ってる場合じゃないでしょ! すぐに
助けなきゃ、2人の命が危ないんだよ。ここは大丈夫だから、も
う誰も来ないよこんな場所。だから、ほら早く行って!」
「矢口……」
「もう嫌だ、あんな悲しい思いすんの……」
と、矢口は目を伏せた。
「……よっしゃ、すぐに戻ってくるから。ここで待ってるんやで」
矢口は目を伏せたまま、ニ、三度うなずいた。
それを見届けて、中澤はひとみらを連れて走っていった。
その姿を見送った矢口は、ヘナヘナとその場に座り込んだ。
- 226 名前:最終部 投稿日:2001年07月12日(木)23時05分48秒
科学者だろうか、物理学者なのだろうか、それとも生物学者なの
だろうか――青白い顔に少し黄ばんだ白衣を着た男たち3人は、
その震える手で小さなボードのようなものを自分たちの体の前に
押し出していた。
「こ、このガードの前では、お、お前たちの力なんて、か、関係
ないんだぞ」
白衣を着た一人の青年が、震える声を出しながらそう言った。
だが、3人の男たちの前に冷たい目をして立っている後藤の耳に
は何も入ってこなかった。
「だ、だから、は、はやく、ここから」
言いおわらない内に、男の身長は3センチ程度となった。
贓物や返り血を浴びたほかの2人は、狂ったように泣き叫んだ。
だが、決して差しだしたボードを引っ込めようとはしなかった。
「つんくは、どこにいんの?」
後藤の冷たい声は、男二人の耳には届かなかった。
そしてまた、1人の男が横向きに吹き飛び、壁の中へと埋まって
辺りを血や汚物で汚した。
残された1人は、もう声をあげることもできなくなっている。
「つんくは、どこかって聞いてんの。頭いいクセして、こんな簡
単な質問にも答えらんないの?」
男はボードを投げ捨て、叫んだ。
「き、君たちも人間だろう! な、なんでこんな、ひ、ひどい事
を平気でできるんだ!」
「……どうでもいいや。ねぇ、つんくはどこかって聞いてんの」
「ち、地下3階だ。な、なんで、ボクたちが殺されなきゃいけな
いんだ! ボ、ボクたちはただ雇われてるだけなんだぞ!」
男は突然、返り血の浴びた白衣や服を脱ぎだした。
「ここで働いてる……。それだけで、十分だよ」
後藤は男がスボンを脱ぎ出す前に、力を放った。男の体は、ズボ
ンを脱ごうとした格好のまま残った。頭部はもう跡形もなく、消
えていた。
- 227 名前:最終部 投稿日:2001年07月12日(木)23時06分26秒
「保田さーん、この部屋の中、誰かいます?」
加護はドアの前でニコニコと笑いながら、誰もいない空間に話し
かけていた。
「保田さんと仕事してたら、メッチャ楽ですねー。だって、相手
の動きまるわかりなんやもん。どこに隠れたって、すぐに見つけ
られるし」
空間はただ広がっているだけだった。
――加護の笑顔は消えた。
続く長い廊下。加護はそこに一人ぽつんと立っている。放たれた
力が、分厚い扉を切り刻む。
真っ暗な部屋。
加護は、目を細めた。自動でライトがつく部屋だったのだろう、
パチパチっと数度の瞬きの後、その部屋のライトが点灯した。
2メートル程の高さのあるのクリアカプセルの中に、男女関係な
く数十人の人々が全裸のまま眠らされている
「なに、これ……?」
加護は首をかしげながら、部屋を奥へと進んだ。
通路の両脇に、全部で48個のカプセルが並んでいる。
皆、完全に眠らされているようであった。加護はそのカプセルを
軽く叩いてみた。薄いガラスのように見えたそれは、なかなかの
厚みをもっている――そんな鈍い音が帰ってきた。
加護は辺りを見渡した。
だが、この人々を眠りから覚めさせるような装置はどこにもない。
もし仮にあったとしても、加護には自分が使いこなせるかどうか
分からなかった。一応、<Zetima>で保田からあらゆる機
械に精通するような知識を覚えさせられたが、教育係の後藤と同
じようにあまり真剣に取り組まなかったので今でも覚えている自
信はない。
加護は、カプセルから伸びたコードを追った。コードは隣の部屋
へと伸びているようであった。
加護も先ほどから隣の部屋は気になっていた。黄色と黒で縁どり
された「WARNING」と書かれたドア。
「入って大丈夫ですか? 保田さん」
加護はドアを見つめたまま、ポツリとつぶやいた。
- 228 名前:最終部 投稿日:2001年07月12日(木)23時07分32秒
「くそッ」
中澤は銀色の扉を、力まかせに蹴りあげた。
さっきから何度も暗証番号を押しているのだが、そうそう開くは
ずもない。
「中澤さん、下がっててください」
ひとみは袋から、ショットガンを取りだした。
「よっ、よっさん、あんた、なに持ってんねん」
驚く中澤を尻目に、ひとみは弾を装填する。
「前に――、前に武器を渡してくれた人が、船の中にたくさん隠
してたのを見てて――。ここに来るまでに、寄ってきたんです。
必要だと思ったから。危ないから、離れててください」
ひとみはドアから少し離れると、照準をあわせてトリガーを引い
た。
ドアキーは粉々に砕け、重い扉がゆっくりと開いた。
「行きましょう」
と、ひとみは中澤に声をかけると、梨華の手を引いてどんどんと
先に歩いていった。
「……はぁ。惚れるね」
その言葉に、飯田が軽く苦笑した。
――シグナルが点滅して、中澤たちの行く手に分厚いゲートが現
われた。直感的な危険を感じ、中澤は横にいたひとみの腕を掴ん
で走った。ひとみと手を繋いでいた梨華も、自然と引っぱられる。
「圭織ッ!」
気づいて振りかえった時、通路に取り残された飯田の姿が閉じら
れたゲートにより見えなくなった。
「圭織ッ! 圭織ッ!」
中澤は必死でその分厚いゲートを開けようとしたが、ビクリとも
動かなかった。
ひとみは、持っていたバッグの中をさぐった。
「これ、使えるかな……」
ひとみは手榴弾を手にとった。使い方はわからなかったが、とり
あえず持っていて損はないだろうと数個手当たり次第にバッグの
中につめ込んでいた。
「よっさん、そんなんなんで剥き出しで持ってんねんな」
中澤が眉をしかめながら、ゲートから退いた。
- 229 名前:最終部 投稿日:2001年07月12日(木)23時08分02秒
手榴弾を続けざまに放ったが、その分厚いゲートはびくともしな
かった。こちらからの問いかけに、飯田も何の反応も示さない。
だが、梨華にはこの分厚い扉の向こうから、飯田の声が聞こえて
きている。
(みんなとは、たぶんここでお別れ)
「そんな、何言ってるんですか飯田さん!」
中澤とひとみが、ゲートの前で振りかえった。梨華は、両手に握
りこぶしをつくって届くはずのないゲートの向こうに叫んでいた。
(圭織はもうすぐ宇宙の大きな意識とひとつになる。そして、破
滅の連鎖をストップさせる。圭織はそのために生まれ、そのため
にみんなと出会ったのかもしれない)
「言ってる意味がわからないです。宇宙と1つになるって、破滅
の連鎖ってなんですか! そんなの知りません! みんなで一緒
に帰りましょう! 飯田さん!」
(あぁ、辻……。戻ってこようとしてるんだね……。ちょっと、
大きくなったみたいだね……。辻……。大きな流れと1つになっ
た圭織を許してね。圭織はあなたを助けてあげたいんだよ。許し
てね、辻……)
「飯田さん! 飯田さん!」
梨華はゲートに駆け寄ると、そのか細い腕を何度もゲートに激し
く叩きつけた。
――中澤とひとみは悟った。飯田がこの世界から消えてしまった
事を。
きっとこのゲートの向こうには、飯田はいるのであろう。
しかし、もうそれは飯田ではないはずである。意識――魂の抜け
た、ただの抜け殻にしか過ぎない。
――ひとみは、梨華をゲートから離すとその赤くなった手を頬に
当てた。
「行こう……。もう、止まる事できない」
泣いてまるで子供のように首をふる梨華を見て、ひとみは自分の
無力さを呪った。中澤もまた、出口の見えない闇の未来に2人を
道連れにした事を心の中で詫びた。
- 230 名前:最終部 投稿日:2001年07月12日(木)23時09分19秒
自分の使命とは、いったいなんなんだろう――。
石黒はそんな事を考えながら、新聞社の編集長と向き合っていた。
”能力者=世界を混乱に陥れた”とする証拠は山のように揃って
いる。
ホテルの爆破。自衛隊・アメリカ軍基地の襲撃。原子力発電所の
爆発事故。
そのどれもに、梨華たちや他の能力者たちの姿が映っている。T
Vでも放送された。ただでさえ、”能力者=ミュータント”とい
う図式が世間の人々の間には浸透している。
これらを目の当たりにした世間の人々は、完全に”能力者=悪”
と決めつけていることであろう。
それを覆す証拠を、石黒は何も持っていなかった。ただ、自分の
直感を、梨華となつみを信じるだけである。
それは、石黒の隣にいる平家もそうであった。
「仮に、君たちの知りあいがそうでなくとも、現にこうして他の
異能力保持者は事件を起こしている。新聞社としては、君たちの
知り合いに対して訂正はできる。訂正はできるが、世間がどう受
けとめるか……」
「せやから、この子たちは関係ないって一面に大きくですね」
「異能力保持者には変わりはないよ――」
また、同じ結論に戻ってしまった。
石黒は、軽いため息を吐いた。先ほどから何度も、同じことを繰
り返している。編集長の言うように、もっと確実で影響力のある
証拠を掴まなければ、世間は、いや世界は動かない。
そして、先ほどから石黒の頭の片隅に引っかかっている疑問――。
そもそも、なぜ、ロシアはこのような生物兵器を日本に送り込ん
できたのか――。
なぜ、日本の異能力保持者がテロ活動をしていたのか。
別々に考えていいものなのか、それとも他に何かがあるのか――、
石黒はずっとそのことも考えていた。
- 231 名前:最終部 投稿日:2001年07月12日(木)23時10分39秒
「だいたいね、このなんとか研究所っていうのが怪しいやないで
すか。世界のお偉いさんがいるんかどうか知りませんよ。なんで、
超能力者が変な怪物に変身するんですか。マンガやないんですよ」
「変身って……、君が思い浮かべているようなものじゃない。細
胞的な変異だよ。能力者は我々ヒトゲノムとは違う遺伝子配列を
しているらしい。故に我々にはない力を持っている。それが成長
と共に、身体的な変化を遂げさせるらしいんだ。だから、君たち
の知り合いはまだ人間の体を保っているだけにすぎないかもしれ
ないぞ」
「……」
「妖怪・悪魔・怪物、われわれが空想上の生物だと嘲り笑ってい
た生物たちは、かつて存在していたのかもしれない。その眠れる
遺伝子が世紀末の世に」
「いい加減にして下さい編集長」
石黒は、おもむろに席を立った。
「平家さんの言ってることが正しい。編集長、私たちの仕事は真
実を伝えることです。与えられた情報だけをそのまま信じるわけ
にはいかないんです。自分の足で取材して、少しでも腑に落ちな
いところがあれば徹底的に調べなければなりません。ジャーナリ
ストって、そうじゃありませんか?」
編集長は、バツの悪そうな表情を浮かべて窓の外に目をやった。
- 232 名前:最終部 投稿日:2001年07月12日(木)23時11分24秒
「商業ベースに、そんな余裕はないよ」
「世の中がこれだけ混乱してるのに、商業ベースとか言ってる場
合じゃないでしょう」
「……しかしね」
「原点回帰する時代がきたんです。ペンは剣よりも強し。今が、
その時なんじゃないでしょうか」
「……」
「取材チームを編成して下さい。時間がないんです」
石黒は、その力強い目を決して編集長からそらそうとはしなかっ
た。
――数時間後、各マスコミから取材チームが各地へと飛び出して
いった。石黒や編集長の呼びかけに、多くのマスコミが賛同した。
打算的なマスコミもあることだろうが、今はそれよりも人海戦術
を駆使してできるだけ多くの情報を集めなければならない。
石黒もまた自ら情報収集へと、赴いた。
行き先は――、『ミュータント』の情報発信源である”寺田生物
工学総合研究所”であった。
「梨華ちゃんとなつみちゃん、無事なんやろか」
助手席の平家が、ジッと前を見つめながらつぶやいた。
運転をしている石黒は、あたりまえのようにそこに座っている平
家に苦笑してしまった。
「ん? なに?」
「あ、いや。なんでもない。きっと、2人は無事よ」
ほんの数時間前に知り合ったのに、まるで昔からのパートナーの
ような気がする石黒であった。
- 233 名前:最終部 投稿日:2001年07月12日(木)23時12分58秒
地下3階のフロアに、『ミュータント』数体が姿を現した。
今まで遭遇したどのタイプとも違い、後藤の力でもまったく太刀
打ちできなかった。
「なんだ……、これ……」
後藤は肩で荒い息をしながら、後ずさりをはじめていた。
廊下を歩いてくる『ミュータント』。
その緑色の体は透き通っており、中の臓器が丸見えになっていた。
後藤の放つ力は、その『ミュータント』の身体に攻撃を加えるこ
とはできる。だが、その弾け飛んだ身体はしばらくするとまるで
各肉片が意思を持っているかのように集合し、そしてまた元の姿
へと戻ってしまうのだった。
力を放ちつづけたが、まったくダメージを与えられない。それば
かりか、中央フロアに通じるありとあらゆる廊下から『ミュータ
ント』が集まりはじめている。
出入り口を塞がれた後藤は、自然とフロアの中心に追いやられる。
あと少しで、つんくのいるフロアにたどり着けるのに――。
後藤は、唇を噛みしめた。
再生までの短い時間にフロアを突破するには、疲れている後藤の
足では出来そうにもなかった。
「いちーちゃん……、ごめん……。もう、ダメかもしんない」
後藤が目を閉じて一筋の涙を流した時、フロアに轟音が響き渡っ
た。驚いた後藤が目を開けて見たものは――。
業火により、溶けて蒸発する『ミュータント』の姿だった。
フロアにいた100体近いすべての『ミュータント』が、後藤が
あれほど苦戦した『ミュータント』が、一瞬にして蒸発した。
『後藤。あんたの力は、向こうにバレてんだよ』
後藤はその懐かしい声に驚き、振りかえった。フロアに通じる廊
下の1つに福田明日香が立っていた。
そして、その隣には虚ろな目をした白髪の少女が立っていた。
「ふ、ふくちゃん……」
後藤にとって、福田の存在は恐怖だった。<Zetima>に、
いや、すべての能力者に対し異常な敵対心を持っているのである。
市井がずっと側にいたので、直接的に何かがあったわけではない。
だが、後藤は本能的に知っていた。市井が側にいなければ、明日
香に勝つ事ができないのを。
明日香の触手によって、後藤の力を封じ込めることは無理だろう。
しかし、明日香が恐ろしいのは”封じる”のを目的とせず、”壊
す”ことを目的にその触手を伸ばしてくる事であった。
- 234 名前:最終部 投稿日:2001年07月12日(木)23時13分36秒
「なに、後藤。久しぶりに会ったのに、そんな怖い顔しないでよ」
明日香のその笑顔も、後藤はあまり好きではなかった。
「紹介する。私の新しいパートナー。安倍なつみさん」
後藤はその名前を聞いたとき、思わず梨華の顔を思い浮かべた。
明日香の隣にいる少女が、梨華から聞いていたなつみの印象とは
あまりにも程遠かったからである。
「ここまでの道のりは、ほんと遠かった」
と、明日香は微笑を浮かべた。
「意識を消して逃げられたら、さすがに見つけにくいからね」
「ずっと、ウチらのこと狙ってたの……」
「さぁ」
明日香のその余裕めいた笑いに、後藤は思わず力を放った。
しかし、その力は炎の壁により相殺されてしまった。
「やめときな。勝ち目はないよ」
「勝ち目はなくても、戦わなきゃいけない」
「――紗耶香のためにね」
後藤は連続的に力を放った。炎の壁に大穴を開ける事ができたが、
すぐにその後ろに出現した新たなる壁により後藤の力は相殺され
る。だが、後藤は力を緩めなかった。その衝撃音だけで、フロア
の天上がパラパラと崩れ始める。
炎の帯がフロアの床を後藤めがけて、一直線に突き進んできた。
ハッとした後藤はとっさに、横に飛びのいた。それにより、放つ
力が止まってしまった。
”殺される”そう意識した瞬間、明日香の笑い声が聞こえてきた。
- 235 名前:最終部 投稿日:2001年07月12日(木)23時14分11秒
「殺すつもりなら、もっと簡単に殺してる」
「だったら、さっさと殺しなよ! ふくちゃん、いったい何がや
りたいのさ」
「――いい質問だね」
「ふくちゃんは、いっつもそうだよ。みんなの邪魔ばっかりして、
ふくちゃんが協力してくれてたら、こんな事にならずに済んだの
に、圭ちゃんだって死なずに済んだのに!!!!」
後藤の放つ力を封じるように、炎がフロア全体を覆った。
鈍い音が響き渡り炎のあちこちに穴が開き、そこを貫通した後藤
の力がフロアの壁を抉りとった。
「この建物、崩すつもり?」
と、明日香が苦笑する。
「他のみんなも巻き添えにするなら、してもいいけどね」
その言葉を聞いて、後藤はヘナヘナとその場に座り込んだ。
また、怒りに任せて力を放ってしまった。もしも、明日香がなつ
みの炎でその力を弱めていなかったら――、後藤の戦意は完全に
消失した。
ぼんやりと焦点の合わない目で、後藤は自分の死が来るのをまっ
ていた――。
『アタシのかわいい後藤に、何してくれてんだよ』
ぼんやりと眺めていた後藤の目に、明日香の不適な笑みが映っ
た。怒っているような笑っているようなその声。後藤は、市井の
声が以外と高いことを考えながら、ぼんやりと明日香を眺めてい
た。
- 236 名前:最終部 投稿日:2001年07月12日(木)23時15分02秒
「久しぶり、紗耶香」
後藤は、そう言いながら笑顔を向けた明日香の視線の先を追った。
フロアに通じる別の通路から、市井が出てきた。
「いちーちゃん!」
市井の姿を確認してわれに帰った後藤は、その場に座り込んだま
ま泣きそうな声で叫んだ。
「圭ちゃんの言いつけ守らなかったバツだぞ」
と、市井は笑いながら、後藤の頭を撫でた。
「だって」
「わかったから、もう泣くな」
市井は、胸に顔を埋めた後藤を抱いたまま、明日香へと顔を向け
た。
「戻ってきたのは知ってたよ」
「ほんのちょっと見ない間に、ずいぶん、丸くなったんじゃない?」
「――明日香もね」
「そうかな?」
と、明日香は笑顔を浮かべた。
「戦う気もないのに、後藤のこと苛めるのやめてくんない?」
と、紗耶香が苦笑を浮かべた。
「助けてやったのに、こんなことするから」
「後藤。立てるか?」
後藤はコクンとうなずき、市井に手を引かれて立ちあがった。
明日香が不意に、深いため息をついた。
「ホント、しつこいなぁ」
「なにが?」
市井が、訊ねる。
「吉澤みたいなのがもう1人、あ、2人に増えたんだ。あんなの
が、2人いるんだよ」
「は?」
「こんなところまで来るとは、思わなかったな――」
と、明日香はなつみを引き連れて廊下の奥へと消えて見えなくなっ
た。
『私は別にアンタたちの仲間じゃないから。後藤。次に会ったと
き、あんたの質問に答えてあげるよ』
廊下の向こうから明日香の声が、聞こえてきた――。
- 237 名前:更新終了 投稿日:2001年07月12日(木)23時16分47秒
- 今回の更新は以上です。>>224-236(今回更新分)
- 238 名前:更新終了 投稿日:2001年07月12日(木)23時17分58秒
- >>216-223
たくさんのレス、どうもありがとうございます。
- 239 名前:更新終了 投稿日:2001年07月12日(木)23時18分38秒
- この件に関しては、ギリギリまで迷いました。
救出されるのも有りなのではないかと。
- 240 名前:更新終了 投稿日:2001年07月12日(木)23時19分32秒
- でも、やはり最初の構成通りに展開させました。
ラストへの大きな要因となっているはずなので――。
- 241 名前:更新終了 投稿日:2001年07月12日(木)23時20分18秒
- こっちは、別の意味でブルーです。
誤字・脱字以前の問題……。
- 242 名前:更新終了 投稿日:2001年07月12日(木)23時22分17秒
- それと、訂正です。
”つんく”がいるのは地下4階です。
- 243 名前:更新終了 投稿日:2001年07月12日(木)23時23分15秒
- それでは、この辺で。>>224-236(今回更新分)
- 244 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月13日(金)00時03分37秒
- やっぱり、明日香カッケーな〜
- 245 名前:222 投稿日:2001年07月13日(金)01時54分37秒
- 飯田……
- 246 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月13日(金)08時27分27秒
- ちくしょう…また泣きそうになってしまった…
- 247 名前:最終部 投稿日:2001年07月13日(金)23時02分51秒
- Chapter−F <導かれし先V>
矢口は、自分の使命を果たすために小さな体を振るわせながら、
1人で誰もいない静かな通路を歩いていた。
このまま通路を歩いていけば、やがて飯田が倒れている現場に
たどりつく事を矢口はあらかじめ知っている。
戦車からの砲弾を受けていたあの建物の陰で、矢口は未来視を
試みた。今まで試みて未来が見えることはなかったが、この現
状をなんとか打破したいがために、今までにないほど強く念じ
たのである。
すると、矢口の意識は宇宙へと不意に投げ出されてしまった。
まぶしいトンネルのような場所を抜けると、そこはアカシック
レコードと呼ばれている場所であった。
はじめて見る場所なのでそこがアカシックレコードなのかはわ
からなかったが、ありとあらゆる映像が無秩序かつある一定の
秩序を持って広がっているのでここがそうなんだろうと感じて
いた。
しばらく、そこにある映像を眺めていた。どれも自分たちには
何の関係もなさそうであったが、あらゆる星での出来事が珍し
くて見入っていた。
- 248 名前:最終部 投稿日:2001年07月13日(金)23時03分23秒
- どのくらいそこでそうしていたのだろうか、急に誰かに引き戻
されるような感じがしてまたあのトンネルへと戻った。通過し
ている最中に、不意に矢口の目に自分の未来が飛び込んできた。
それは、自分の”死”までの映像である。
だが、矢口は取り乱す事はなかった。なんとなくではあるが、
自分の能力が――、未来を見る能力が劣った理由を、もうずっ
と前に理解していたからである。
ただ、一人ぼっちで死んでいくのが寂しかった。
できることなら、中澤にそしてメンバー達に看取られながら死
んでいきたかった。
――しかし、今はその考えも少し違っている。
保田の姿を目の当たりにした時、強烈な悲しみで心が裂けそう
になった。あのような思いは、誰にもさせたくはない。矢口は
今、そんな風に思っている。
廊下の角を曲がり、目の前に倒れている飯田を見つけた時、矢
口はやっぱり自分の見た未来は変えられない事を知った。
- 249 名前:最終部 投稿日:2001年07月13日(金)23時04分07秒
中澤は、ひとみと梨華を後ろにして、その切り刻まれた部屋の
中を覗きこんだ。
薄明かりの部屋の中、通路の両側にカプセルのようなものがい
くつも並んでいたが、その中には何も入っていない。
中澤は誰の気配もないのを感じると、少々、拍子抜けした顔を
浮かべて後ろを振りかえった。
ひとみと梨華も、緊張していた。梨華がいくら意識の網を広げ
ていても、『ミュータント』の意識を感じる事はできないので
ある。
廊下の角を曲がるのも、部屋の中を覗くのも非常に緊張する瞬
間であった。
その緊迫した空気の中、部屋の確認をし終わって後ろを振りか
えった中澤が突然、叫び声をあげたものだから、ひとみも梨華
も同じように叫び声をあげてしまった。
叫びながらも、ひとみはとっさに銃を構えて後ろを振りかえっ
た。
そこに『ミュータント』でもいると思ったのである。
しかし、ひとみの見たものは『ミュータント』ではなく、銃に
驚いて腰を抜かした希美の姿だった。
「つ、辻……」
誰もが、言葉を失った。帰ってくるはずのない、希美がそこに
いたのである。
「ただいまれす」
希美は、腰を抜かしながらも白い八重歯をのぞかせた。
- 250 名前:最終部 投稿日:2001年07月13日(金)23時05分50秒
- 「あ、あんた、なんで……」
「飯田さんが、教えてくれました」
「圭織が……」
「はい」
ほんの少しだけ成長した感のある希美だったが、あの舌っ足ら
ずな喋り方だけは何も変わっていなかった。
中澤とひとみと梨華は、黙って顔を見合わせた。宇宙意思の一
部になった飯田がどうして――、そんな疑問から顔を見合わせ
たのである。
「辻は悲しくないれすよ……。いいらさんは、この星を守るっ
て言ってました。らから、悲しくありません……。最後にいっ
ぱい、お話したから」
辻のその愛くるしい目に、涙が滲む。しかし、気丈にもその涙
を堪えている。
「そうやな……。圭織は圭織で戦ってるんやな……。それより、
辻はなんでここに戻ってきたん? あっちの方がよかったやろ
うに」
中澤は、希美を立ち上がらせると、母のような笑みを浮かべて
その臀部の汚れを払った。
「中澤さんも、市井さんも、保田さんも、みんないました。森
おばあちゃんにも辻は優しくしてもらいました」
「そうか……。圭坊もおばあちゃんもおったか……」
「辻は、森のおばあちゃんや中澤さんたちにこれから起きるこ
とを全部話しました。そして、森のおばあちゃんはつんくの意
識下にあるなんか悪い考えを見つけたみたいで、そのすべての
記憶を消したんれす」
- 251 名前:最終部 投稿日:2001年07月13日(金)23時06分58秒
「……意識下にあったんや」
「中澤さんがリーダーになって、これからは力を持った人を集
めるそうれす」
「そうれすって、あんたその先、知らんの?」
「?」と、希美が首をかしげた。
「いや、もしかしたらまた別の未来が始まってるかも知れんや
ないの」
「大丈夫れす。ここに戻ってくる前に、飯田さんがこの世界で
星の”れんさ”が止まるって言ってました」
「あかん……。また、圭織や……。わけわからんねん、あの子
の言ってること」
「辻はわかりますよ」
「は?」
「増えすぎた世界は、端から消えていっているのれす。消えて
いく世界にもいろいろな原因があります。自然淘汰、環境破壊、
戦争。でも、そのほとんどが独裁者による戦争が引きがねれす。
人間の負の感情が、世界に影響を与えて、星そのものの命を削
るのれす。星の命は、花や木や鳥や動物や人間の意識れす。そ
れがなくなったら、星は死にます。星が死ねば、星の意識がエ
ネルギーの宇宙も死んでしまうのれす」
「連鎖って、そう言う意味やったんか。圭織はそれを止めよう
と……。けど、どうやって……」
「独裁者を倒すのれす。独裁者から生まれる意識は、人々に負
の感情を伝染させる。それがそのまま分岐した先の世界にも影
響する。だから、独裁者を倒しなさい――って、飯田さんが言っ
てました」
「独裁者って、つんくのことやな」
「たぶん。――飯田さんは、ただ独裁者と言ってました」
「どっちにしろ……。戦わなあかんのやな」
中澤は微笑を浮かべて希美の頭を撫でると、廊下を歩いて行っ
た。
「行こう、のの。みんなから、離れちゃダメだよ」
と、梨華は軽く希美の頭を撫でると、その小さな手をとり歩こ
うとした。
「あのね、梨華ちゃん」
のぞみが、梨華を見上げながら軽く手まねきした。どうやら、
耳を貸してほしいらしい。梨華は、それを察して膝を曲げて希
美の口元に耳を近づけた。
- 252 名前:最終部 投稿日:2001年07月13日(金)23時07分30秒
後藤と市井は、3階で足止めを余儀なくされていた。
地下4階につんくはいるはずなのだが、そこに通じる道がどこ
にも見つからないのである。
「隠し通路みたいなのがあるのかな?」
後藤が辺りを眺めながら、市井に語りかけた。
他のフロアとは違った構造。きっと市井たちの進入を計算にい
れて、作られているのだろう。
中央のフロアに追い込んで、あの『ミュータント』でまとめて
消し去る予定だったはずである。
――市井には、そう考えられた。
どの通路も奥は行き止まりであり、通路の両脇にはあの『ミュー
タント』を格納していたと思われる殺風景な部屋しかなかった。
だとすると、ここは単に市井たちをおびき出すためだけに作ら
れたフロアであり、地下4階に通じる通路は別に用意されてい
ないのかもしれない。
――市井は後藤を連れて、もう1度地下2階に戻る事にした。
- 253 名前:最終部 投稿日:2001年07月13日(金)23時08分29秒
希美を連れて歩いていた梨華の足が急に止まった。
「梨華ちゃん?」
希美の声に、前を歩く中澤とひとみが振りかえる。
身を強張らせた梨華が目を閉じて、意識を研ぎ澄ます。
ひとみは、そっと辺りを見まわした。しかし、入り組んだ地下の
そのフロアは廊下の角があちらこちらに点在し、もしも敵ならば
どこから現われるのか見当もつかない。
「福田さん……。福田明日香が来てます……」
梨華はポツリとそうつぶやくと、ゆっくりと閉じていた目を開い
た。
「明日香が……。どこや……」
「ここから、300メートルほど……。もう、感じません……」
梨華の指さす方向は、先ほど自分たちが歩いてきた道でもあった。
どうやら、上のフロアに通じる通路へと向かっているらしい。
「なんで、今頃……」
中澤はいつまでも、梨華が指さした方向を見つめている。
その思いは、ひとみも梨華も同じだった。
「安倍さん……。安倍さんも一緒でした……」
「向こうは、こっちに気づいてた?」
ひとみの問いかけに、梨華はゆっくりと首を振った。
「ややこしい事になってきたで……。けど、今は明日香よりつん
くや。早う後藤と加護に合流せな。行くで」
中澤は希美の手を引いて、廊下を突き進んでいった。
- 254 名前:最終部 投稿日:2001年07月13日(金)23時09分07秒
研究所の敷地の中で、石黒と平家は『ミュータント』に取り囲ま
れていた。
「やっぱり、ここ相当怪しいわね……」
石黒はジリジリと後ずさりしながらも、『ミュータント』から目
を離そうとしなかった。
「こんなに集中して出てくるんが、おかしいもんなぁ……」
平家もまた、同じである。
牙を剥き出しにしたその『ミュータント』は、闇夜の向こうから
次々と集まってきていた。
「彩ちゃんは、早よ逃げ。ここはウチが囮になるから」
「なに言ってんの」
「お腹に赤ちゃん、おんねんで。こんなとこで死んだりなんかし
たら、あかん。絶対にアカン」
「……まだ死ぬわけにはいかない。私にはまだやりのこしたこと
あるから」
『――。へー、そんなことのために、わざわざ来たんだ。ご苦労
様です』
石黒らに向かってにじり寄っていた『ミュータント』が、その声
に反応して振りかえった。
闇夜の向こうにボッ、ボッと音を立てて小さな炎の玉が浮かぶ。
揺らめく炎。
照らしだす人物の顔に、石黒も平家も見覚えがあった。
- 255 名前:最終部 投稿日:2001年07月13日(金)23時09分59秒
- 「あ、あなた……」
死んだはずの福田明日香が、そこにいた。石黒の脳裏に、あのサ
キヤマ町での出来事が強烈に思いだされた。
「あの子や、彩ちゃんの側におったん。あの子やで」
と、平家が呆然としている石黒の肩を揺らす。平家が男に教われ
ていた時、その少女はたしかに石黒彩のすぐ側にいた。
しかし、どういうわけか石黒は少女なんかいないと突っぱねるの
である。平家は、襲われたショックで自分の頭がおかしくなって
いたのではと何気に気にしていた。
「死んだはずじゃ……」
石黒のその言葉に、平家は背筋に冷たいものが走った。”幽霊”
それが平家はこの世でなによりも恐ろしかったのである。
「こっちもそのはずだったんだけどね。また、戻ってきちゃいま
した」
と、明日香はおどけて笑った。炎により顔の陰影は濃くなっている。
その笑顔は、不気味な笑顔だった。
「ひょっとして……、ずっと私の側に……」
「あの子たちの意識探している途中に、たまたま見つけてね。いつ
か合流するだろうと思って」
「……」
「見られると面倒だから、私たちのこと認識できないようにしてた
の」
「私たち?」
- 256 名前:最終部 投稿日:2001年07月13日(金)23時12分19秒
- ――ボッとまた炎が上がる。
照らし出される白髪の少女を見て、石黒と平家は思わず叫んでし
まった。
「な、なっち!」
「なつみちゃん」
駆け寄りたい衝動でいっぱいだったが、明日香らの間には多数の
『ミュータント』で埋め尽くされている。
「そう。私たち」
「なっちに何をしたの! なんでそん……な……に……」
石黒と平家の記憶の中にある、あの愛くるしい顔をしていたなつ
みはもうそこにはいなかった。
原因はなんなのか分からない。度重なる疲労によるものなのか、
それとも他の何かなのか、まだ出産予定日にまでは1ヵ月以上
あるはずである。決定的な証拠まで後一歩というところで石黒は
強烈な陣痛に襲われた。
脂汗が浮かび、立っていることもできなくなり、その場に膝をつ
いてしまった。
「あ、彩ちゃん!」
あわてて平家がその身体を支える。見ると、破水したのだろう。
羊水によって地面が濡れていた。
「あぁ、どうしよう。こんなときに」
うろたえる平家は、周りに何もないのを知っていたが思わず辺り
を見渡してしまった。
「車で連れてったら。すぐそこに付属病院があるから」
「なっちを……、返して……」
石黒は痛みでふるえながらも、手を差し伸べた。
明日香はニッコリと微笑むと、こう言った。
「答えは、国会議事堂の地下にある」
突然、吹き上げる炎。その炎に包まれる『ミュータント』の姿を
見ながら、石黒は痛みにより気を失った。
ただ、意識を失う寸前になつみが笑ったかのように見えたが、そ
れは揺らめく炎の陰影による錯覚であったのかもしれない――。
- 257 名前:最終部 投稿日:2001年07月13日(金)23時12分58秒
加護はその『ミュータント』の両目をまず潰した。
そして、視力を失い突進してくる『ミュータント』を冷静に交わ
すと、静かに距離をとって静かに力を放った。
首の薄皮が一枚剥がれただけにしかすぎなかったが、加護は冷静
に同じ威力で同じ場所に力を放った。また、数ミリその首もとを
切り裂いた。
5回……、10回……、20回……、30回……、『ミュータン
ト』の頭部は薄皮一枚で首と繋がっていた。
もうすでに、『ミュータント』は絶命していた。辺りに鮮血を撒
き散し、床に倒れている。しかし、加護は力を緩めなかった。
32回目でその頭部と首が完全に切り離されたのを確認すると、
加護は部屋を出ていこうと振りかえった。
ドアの前に、青ざめた顔をした矢口が立っている。
加護は完全に狂っているのかもしれない……。矢口はそう思って
いた。顔に飛び散った鮮血をぬぐう事もなければ、そこは研究室
なのだろう辺りに散乱した死体に眉1つ動かすことなく、佇んで
いる。たまたまドアの前を通りかかった時、矢口はまた新たなる
敵がそこにいるのだと思った。だが、それは加護であった。
加護は冷たい目でぼんやりと、こちらを見つめている。
あの無邪気な笑顔を浮かべていた加護が……。矢口は思わず、泣
きそうになってしまった。
「あ、矢口さぁん」
対面してもう数10秒が経過した頃、やっと加護が矢口を認識し
た。
それまで浮かべていた冷たい表情から、いつもの愛くるしい笑顔
を浮かべる。
「……あんた、こんなところで何やってんの」
矢口の見た未来に、加護はいなかった。このあと、加護はどこに
行ってしまうのか不安で仕方がなかった。
「矢口さんこそ、どうしたんですかぁ?」
「あたしは……」
「加護はですね、保田さんの身体を探してるんです」
「圭ちゃんの……?」
「はい。そうなんです」
「……加護、圭ちゃんはもう」
加護はまた冷たい表情を浮かべ、矢口から顔を背けた。
死を認識するにはまだ幼い。ましてや、それがあのような別れ方
ならば、なおさらである。加護は狂ったのではなく、認めたくな
いだけなんだと――矢口はそう感じた。
このまま1人にしておくわけには行かないので、矢口は加護の手
を引いて研究室を後にした。
- 258 名前:最終部 投稿日:2001年07月13日(金)23時16分19秒
「ごっちんと市井さん、こっちに向かってきてます」
梨華が急に振りかえって、そう言った。
皆の顔に、安堵の色が浮かんだ。
「紗耶香も一緒か……、良かった」
中澤は、フロアの奥に通じる扉をひとみと一緒に、バールを使っ
てこじ開けていた。
「じゃあ、これごっちんにやってもらおうか?」
「そうですね」
ひとみは、額の汗をぬぐいながら扉から離れた。
「ひとみちゃん」
「ん?」
床に座り込んで一息ついていたひとみに、梨華が話しかけてくる。
「もうすぐ、終わるよ」
「なんで?」
「このむこうから、私たちの意識を探っている人がいるの」
「敵なの?」
ひとみが、パッと立ちあがろうとした。
「違う……。人なんだけど……」
ひとみは梨華のその口調や表情から、この扉の向こうににいるの
は、あの保田の状態のようになった”人物”なんだと理解した。
「教えてくれるの……。この下のフロアにいるって……」
「あいつ、ホント人間じゃないよ……。なんで、こんなこと」
ひとみは、怒りで震えた。
「私たちのような力を持っている人間と接したことによって、未
知なる力に対する恐怖が芽生えたんだと思う。たとえそれを利用
して、自分の欲を満たそうとしてもその恐怖心は消えない」
「……」
「だから必死になって、私たちより強い力を手に入れようとして
るのかも……」
「記憶を消された向こうの世界のつんくは、どうなったんだろう……」
「きっと、普通に暮らしてると思う。力を持った人たちと出会わ
なかったんだから、利用することもないし恐れることもない」
「――梨華ちゃんは、その優しさずっと持っててね」
「?」
きょとんとしている梨華に、ひとみは微笑んだ。無意識なのだろう、
梨華はつんくに慈悲の心を持ち合わせている。いや、結局すべての
人間に対してそうなのだろう。どんなに悪行を行なったものに対し
ても最後はきっと許してしまうのだ。
――ひとみは、そんな梨華が好きだった。
「梨華ちゃん」
「ん?」
ひとみは、その頬に唐突に口づけをした。顔を赤くして、目を丸く
する梨華。ひとみはイタズラっぽく笑いながら、その表情を眺めて
いた。
「もう、ひとみちゃん」
と、梨華がひとみを突き飛ばそうとした時、市井と後藤が駆け込ん
できた。
――最後の戦いは、すぐそこに迫っていた。
- 259 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月13日(金)23時17分41秒
- 今回の更新は以上です。>>247-258(今回更新分)
- 260 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月13日(金)23時18分47秒
- >>244
いつ以来の登場なんだろう……。
- 261 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月13日(金)23時20分01秒
- >>245
作者……
- 262 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月13日(金)23時22分14秒
- >>246
泣いても笑っても、明日でラストですね。
- 263 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月13日(金)23時26分19秒
- ■
明日は、午後23時から更新をはじめます。
ラストのレスが問題なので、速攻で消し作業に入ります。
- 264 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月13日(金)23時27分01秒
- ■第五部のショートカット
Chapter−@ >>2-11
Chapter−A >>20-29
Chapter−B >>38-48
Chapter−C >>57-68
Chapter−D >>77-92
- 265 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月13日(金)23時27分59秒
- ■最終部のショートカット
Chapter−@ >>102-114
Chapter−A >>125-136
Chapter−B >>145-154
Chapter−C >>165-178
Chapter−D >>185-207
Chapter−E >>224-236
Chapter−F >>247-258(今回更新分)
それでは、この辺で。
- 266 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月13日(金)23時31分50秒
- リアルタイムだ。
ハァ〜明日でラストか・・・寂しい。
でも、楽しみにしてます。
- 267 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月13日(金)23時35分57秒
- ああ−、ついに明日最終回か。
この一ヶ月半の毎晩の楽しみが終わってしますのはすごく寂しいけど、
明日がすごく楽しみでもあります。
明日も11時からリアルタイムで見させていただきます。
- 268 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月14日(土)00時40分16秒
- 明日で最終回ですか。
楽しみなようですが、毎日見ていたモノが終わるというのは寂しいような悲しいような。
ハッピーエンドを期待しています。
- 269 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月14日(土)01時31分10秒
- なんか名残惜しいです。
でもホント楽しみにしています。
- 270 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月14日(土)03時27分35秒
- 子供の頃、アニメでたまに前後編がある時
前編を見た後、後編が気になって仕方が無いという経験
誰にでもありますよね?
今、そういう心境です。
期待してますよ、ビシッと締めてください。
- 271 名前:七男 投稿日:2001年07月14日(土)16時59分55秒
- もうラストとは…。
少し淋しいですが,楽しみにしてます。
- 272 名前:最終部 投稿日:2001年07月14日(土)23時01分56秒
- Chapter−G <導かれし先にあるもの>
地下4階に下り立った時、中澤・市井・後藤・ひとみ・梨華・希
美の6人はまるで地上にいるような錯覚に陥った。
広がる緑の森。
どこかから、風のようなものも舞っている。
明るい陽射し――のような光が天から降り注いでいる。
中澤たちにはどことなく長野の<Zetima>を思い出させ、
ひとみたちには日本旅館を連想させた。
その光景に見惚れていた6人だが、不意に聞こえてきたその声に
より現実に戻される。
『つんくタウンへようこそ』
スピーカーでも隠されているのだろう、その声は四方から流れて
きた。
『って、まだなんもできてないんやけどな』
と、その声は笑った。
「アンタがやりたいんは、こんな事やったんか!」
中澤が、叫ぶ。
『まぁ、こんなところで立ち話もあれや。部屋で待ってるわ。誰
もおらへんから、ゆっくり話しようやないか』
声は消えた。
また、その森に静寂が戻った。
「部屋ってどこやねん……」
見渡す限り緑の森である、建物らしきものはどこにも見当たらな
い。
「裕ちゃん、ちょっとどいてなよ。危ないよ」
後藤が、中澤の前へと歩み出てきた。中澤が、後藤から離れた瞬
間、森の木々が吹き飛んだ。
辺りは、ただの平野となった。
そして、数キロ先にまるで箱のような小さな建物が見えた。
「あれだ……」
希美のひとみと組んでいた腕に、ギュッと力が入った。
「辻……」
不安そうな表情でずっと一点を見つめる希美の頭を、ひとみは軽
く撫でた。
「大丈夫。もうすぐ終わるよ」
「あいちゃんと、矢口さん……」
「ああ。早く終わらせて、一緒に帰ろう」
「……うん」
何もない平野は、どこかもの悲しげであった――。
そこを歩いていく6人にも、その思いは去来していた。
- 273 名前:最終部 投稿日:2001年07月14日(土)23時02分41秒
おかしい……。
矢口は電子制御室の前で、加護の手を引いたままぼんやりと佇ん
でいる。
アカシックレコードから戻る途中で見た自分の未来は、ここへは
1人でたどり着くはずだった。
しかし、今はとなりに加護がいる。加護と一緒にいる未来など見
ていない。確定された未来がどうして――。
加護はぼんやりと佇む矢口をよそに、その扉を切り刻んだ。
「矢口さん、開きましたよ」
と、無邪気に微笑んだ。
矢口はただ、ぼんやりとするだけであった。もしも、あの時見た
のが別世界の未来だったとすると……。
ほんの少し離れただけの未来だとすると……。
自分たちの未来は――。
「矢口さん?」
「あ、うん。――行こう……」
薄暗闇の部屋の中を、矢口は加護の手を引いて入っていった。
この先の未来、電子制御装置を近くにあった鉄の棒で破壊する。
そうすることにより、この建物にあるはずの能力を封じ込める装
置が作動しなくなるはずである。
その後、矢口はその部屋に入ってきた発狂した研究員の手によっ
て、撲殺される運命であった。
だが、加護が側にいる現在、本当にそのような運命をたどるの
か――。
そもそも、この部屋に来るまでに加護はいない未来を見ていたの
である。そして、矢口が壊すはずだった電子制御装置を加護が力
を放って呆気なく壊してしまった。
「矢口さぁん、これでいいんですよね」
「あ、うん……」
「じゃあ、もうみんなのところ行きましょう」
と、呆然としている矢口は、加護に手を引かれて電子制御室を後
にした。
- 274 名前:最終部 投稿日:2001年07月14日(土)23時03分16秒
それまで太陽のような光を放ちつづけていた天上のライトが、不
意にブーンという鈍い音を立てて消えた。
一瞬、辺りは暗闇に覆われたもののすぐに予備電源に切り替わっ
たのであろう、すぐにそのフロアに明かりが戻った。
しかし、先ほどよりもあきらかに薄暗い光を放っている。
「なんやねんな……、急に……」
中澤は、天上を見上げながらつぶやいた。
対照的に市井と後藤は、立ち止まることなく建物へと進んでいっ
た。
――数分後。
6人は呆気ないほど、その建物へと足を踏み入れることができた。
そして、呆気ないほどつんくのいる部屋へと足を踏み入れること
ができた。
「誰やねん、電気ストップさせたんは……」
つんくはデスクの鉄製の椅子に座っていた。出入り口には、背を
向けているので、その表情を読みとることはできないが苦笑して
いるようだった。
市井と梨華は、触手をつんくの意識下に伸ばしたが、頭を覆って
いるヘッドギアによってその行く手を阻まれた。
しかし、こうして体面に近い状態の今、特に意識下を探る必要も
なかった。もう、これですべてが終わるのである――。
「けっきょく、このヘッドギアだけか。役に立つのは」
「あんたの与太話はどうでもええねん。あんたは絶対に殺すから
な。圭坊のためにも、圭織のためにも、死んでいったほかの人の
ためにも、アンタだけは絶対に許されへんねん……」
「保田には、悪いことした……。けど、謝れへんで」
「そんなとこで、ブツブツ言わんとこっち向けや!」
「あいかわらず、やなぁ……」
苦笑するつんくの声を聞いたとき、後藤のイラつきはピークに達
し思わず力を放ちそうになった。しかし、寸前で市井によって止
められた。
「いちーちゃん……」
「待って。なんか、変だ……」
「そんなの、関係ないじゃん」
「いいから、待て」
「……」
後藤は、軽くため息を吐くとそっぽを向いた。
「お前らは、俺が世界征服でも目論んでると思うてんねやろ」
「その通りやないか。こうするために、今まで動いてたんやろ。
ちゃんと証拠かて残ってんねん!」
「なんや、バレてんのか」
- 275 名前:最終部 投稿日:2001年07月14日(土)23時03分52秒
部屋のライトが瞬き、また少し暗くなった。
ひとみは、横にいた梨華と希美を自分の側へと引き寄せた。
「けどな、そんな大層なもんちゃうで。俺はただ、この世界をも
う一回作りなおしたかっただけや。――周り、見渡してみ。この
世の中は腐ってるやろ。一部の人間だけが甘い汁ばっかり吸い上
げて、弱い人間はいっつも誰か他人や社会に虐げられて生活する
しかない。お前らかてそうやで。確かに他人にはない力をもっと
る。しかも、強大な力や。けど、そのせいでつまはじきにされて
きたやろ」
中澤らは、ただ黙ってその話を聞いていた。特につんくの話が聞
きたいわけではないが、ここまで来た以上、その真意を知ってお
く必要があると思っていた。
「俺かてそうや。自慢やないけど、頭だけはええ。けどそのお陰
で、嫉妬や妬みぎょうさん受けてな……。この世の中に失望した……。
そんな時に、お前らに出会ったんや。無能どもがのさばるこの世
の中で、なんで優秀な人間が虐げられなあかんのやって……。ば
あさんが死んだとき、俺は誓ったんや。いつか、こいつらと共に
この世の中を叩き潰してやるってな」
「何が共にやねん。結局、アンタは自分のエゴのために、みんな
を利用しただけやろ。何が世の中腐ってるや。腐ってんのはアン
タの方や!」
「考え方の違いや。特にばあさんに育てられたお前ら――。あの
ばあさんの考えは、聞こえはいいけどホンマはちゃうねんで。自
分らだけの理想郷なんか作ったら、他で苦しんでる能力のないヤ
ツらはどうすんねや。自分らさえよかったら、それで満足なんか?」
「ああ。それで満足だよ。この世界を壊す気なんてない。ただ、
誰も自分の持っている力で悲しんだりしない場所がほしかっただ
け。ウチらは――、ただ普通に暮らしたかっただけさ」
市井は、強い目をつんくの背に向けている。
「……せやから、邪魔やったんや」
「けっきょく、あなたは自分が一番優秀な社会を作りたかった」
梨華が、ぽつりとつぶやいた。
「……独裁者はそういうもんやねんな。けどな、教えといたるわ。
独裁者は必ず最期には滅びるねん。けど、俺はそれ知ってたから
な、わざわざ自分が表に出る事はなかった。この日本もホンマは
守るために動いてたんやで。被害国のように見せてたやろ」
「あんたのせいで、何人死んだと思ってんの」
ひとみの叫びに、つんくは微苦笑を返した。
- 276 名前:最終部 投稿日:2001年07月14日(土)23時04分45秒
「もし俺が、張本人やとバレたら日本は全滅やで……。なんぼな
んでも、あんな『ミュータント』使っても世界は相手にできへん
わ。夢のためなら多少の犠牲も止むおえん……」
「そこが、違ったんだ……。もっと早く気づいてたら、こんな事
にはならなかった。圭ちゃんも死なずにすんだ……」
市井はつんくの背に視線を向けたまま、目に涙をためた。
「アイツラは、ホンマに狂ってるわ……。何もかも実験に使われ
た……。俺の計画がメチャクチャや……。もっとも、こんな身体
では計画もクソもないけどな……」
つんくの椅子がゆっくりと動きだした。
回転して中澤らに向き直ったつんくは、老人そのものであった。
老人――と、呼ぶよりも壊死した皮膚に覆われた人物が正しい
のかもしれない。
もはや、人の形をかろうじて留めているだけにすぎなかった。
「アイツラは、俺の資金力を目当てに近づいてきた……。結局、
俺も利用されるだけされたら、この通りや……。細胞分裂を早
める薬打ってさっさと高飛びされてもうたわ……」
「自業……、自得や……」
そう言いながらも、中澤はつんくから顔を背けた。
「ドイツチームはほんまにくわせもんや。まさか、アイツの脳を
保存してたとはな……。1回、この目で見ときたかったわ……。
あのマヌケな独裁者みたいにはならんとこう思うたのに……」
- 277 名前:最終部 投稿日:2001年07月14日(土)23時05分49秒
「独裁者……」
中澤は、その独裁者の顔を思い浮かべてみた。1人、独裁者とし
て思い浮かぶ人物がいたが、もうすでに半世紀前に息絶えている。
「独裁者……。飯田さんの言ってた通りれす……」
希美は、中澤の背に隠れながらつぶやいた。
「誰やねん……、その独裁者って」
「ヒトラー……。アドルフ・ヒトラー。聞いたことあるやろ」
”アドルフ・ヒトラー”歴史上の人物がどうして……。
皆の頭に、同じような疑問が浮かんだ。
「アドルフ・ヒトラー……。あの世界を破滅にまで追いやろうと
した悪魔が世紀末に甦りおった。今度はアイツも、表には出てこ
ん……。陰からゆっくりと世界を征服するつもりやったんや……。
俺と一緒や……。けど、俺と一緒の誤算もしたわ……」
「誤算……?」
「ああ……。お前らの存在や……。いずれ、立ちはだかるのは目
に見えてたからな……、ホンマはもっと早うケリをつけたかった。
けどお前らは……、なかなか姿を現そうとせん……。市井や後藤
は血の気が多いからな、すぐにやってくると思うてた」
「行くつもりだったよ。けど、裕ちゃんに止められたんだ」
後藤がポツリと、別の方向を見ながらつぶやいた。
「その内に……、こっちも色々ゴタゴタしててな……、この研究
所の施設を作ったり……、『ミュータント』の実験もあったりし
てな……。お前らのことを後手に回してたわ……。けど、それも
運命やったんかも知れんな……」
むせび笑いをしたつんくは、その場に大量の血を吐いた。
「……」
希美は、思わず顔を背けた。
「お前らが存在することによって、どうなるのかまったく予測で
きんようになってもうた……。俺の知ってるところ、お前らの力
は最強や……。ただ、国相手にどこまで粘れるかわからん……。
けどな……アイツが世界を手中に収めたら……世界は破滅や。俺
はまだ、ほんの少し人類を愛してた……。血やのうて、その可能
性をな……」
つんくはせき込んだ。顔面の腐敗した肉が、その衝撃で剥がれ落
ち、そして大量の血を吐きつづけ絶命した。
- 278 名前:最終部 投稿日:2001年07月14日(土)23時06分48秒
皆、その場に凍りついたように立ち尽くした。
これですべてが終わるはずだったのに、まるでつんくの今の言葉
はこれからがはじまりのような――そんな最期の言葉だった。
『ウチらは、まだ導かれてる途中なんだ』
その声に、全員が振りかえる。
建物の分厚い扉の前に、矢口と加護が佇んでいた。加護が希美の
姿を見て少し驚いていたようだったが、すぐに2人は互いの存在
を確かめ合うようににっこりと笑顔を交わした。
「破滅の連鎖を止めるため、ウチらは宇宙に導かれてる。ウチら
が休めるのは、本当の平和を手に入れてからだよ」
「その先に……、何があんねん……」
その先に何があるのか、誰にもわからない。
しかし、確定的なのは自分たちが破滅の連鎖を止めることができ
るという事である。
宇宙の大きな意思が、その大きな意思の1つとなった飯田が、きっ
と自分たちにとって、いや全人類にとって良い方向へと導いてく
れるはずである。
「――本当の楽園か……。圭ちゃんや他の子のためにも、私は行
くよ」
市井は微苦笑を浮かべると、きびすを返した。
「あ、ちょっと待ってよ。いちーちゃん」
と、後藤があわててその後を追いかける。
「のの……」
加護が目に涙を溜めて、希美の手を握った。希美はすべて理解し
ているかのような、天使のような笑みを浮かべてその手を握り返
した。
「一人ぼっちで少し 退屈な夜〜」
「?」
「私だけが寂しいの? Ah Uh」
「なに? その歌」
と、おどけて振りつきで歌う希美の姿を見て、加護にもいつもの
笑顔が戻った。
「いっぱい覚えてきたから、練習しよー」
と、希美がテヘテヘ笑いながら加護の手を引いて出ていった。
- 279 名前:最終部 投稿日:2001年07月14日(土)23時07分40秒
「ホンマ、あの子らは……」
「辻も加護も、いい大人になるよ……」
「矢口は、いつまでも小っちゃいまんまでいてや」
「ん?」
「いつまでも、こうやって抱きつくねん。矢口ぃ」
抱擁しようとした中澤の腕はスッと空振りした。
「矢口はもう大人なんだからね、そんなことしませんよーだ」
と、矢口は舌をべーっと出して、キャハハハハと笑いながら去っ
ていった。
「かわいい。矢口ぃ、待ってー」
残されたひとみと梨華は、苦笑を浮かべていた。
「けっきょく、いつもこんなだね」
「ん?」
と、梨華がひとみを見上げる。
(緊張感なくない?)
「あ、うん」
梨華はまた微笑んで、みんなの去った方向に視線を戻した。
「ドイツか……、遠いね……」
「……」
「梨華ちゃん……」
「?」
「その先に何があっても――、ずっと側にいてね」
「――うん。ずっと一緒にいようね」
ひとみは軽く微笑むと、梨華の肩を抱いて歩きだした。届いてく
るひとみの意識――、それは梨華にとって甘い吐息のようなもの
だった。
――明日香は、上のフロアから意識の網を広げていた。
そこへ流れてくる中澤らの意識。
目的を果たすためには、どうやらもう少し彼女たちと行動を共に
しなければならないようだった。
- 280 名前:最終部 投稿日:2001年07月14日(土)23時08分11秒
1週間後――。
各メディアが集めた情報が集約され、全世界に向けて放たれた。
『突然変異体襲撃事件 日本が中心的関与』
石黒は病院のベッドで、自社の新聞を読んでいた。
この記事により、日本の立場は危うくなってしまった。しかし、
この計画の中心的な人物がもうすでに死亡していることや、政
府関係者らからも直接的にこの計画に荷担したものが出なかっ
たため、連合軍から攻撃を受けるようなこともなかった。
日本はすぐさま国際連合軍に、多額の援助金と世界各地に今も
残っている『ミュータント』討伐の兵を出した。
未知なる者に対しての恐怖心も、世間の人々から薄れていった。
異能力者が突然変異を起こしてあの生物に変化するわけではな
いことが、今回の一連の取材により明らかになった。
むしろ、異能力保持者は人体実験に使われた被害者だったこと
が判明した。
平家の呼びかけにより、数日後に異能力者と交流のある人物が
全国から集まりTV出演することが決まっている。それにより、
さらに世間の偏見はなくなるだろう。
もう、異能力者が言われなき迫害を受ける必要もないのである。
「みんな……、どこに行ったんだろう……」
石黒は新聞を閉じると、その瞳を窓の外へと向けた。
スモッグに覆われていた東京の空も、今は綺麗に晴れ渡ってい
る。
東京は、ほぼ壊滅した。皮肉なことに、そうして東京は青い空
を取り戻したのである。
ドアがノックされ、夫の真矢がまだ生まれて1週間しか経って
いない娘の玲夢を抱いてやってきた。
「玲夢ちゃ〜ん、おっぱいの時間だよ〜」
夫の真矢は、生きていた。
勤務中にアパートを何者かに放火され、ずっと会社で寝泊りし
ていたらしい。彩が病院に運び込まれたあの日、新聞社から連
絡を受けすぐにやってきた。
- 281 名前:最終部 投稿日:2001年07月14日(土)23時09分05秒
「おっぱいとか、大きな声で言わないでよ」
「いいじゃん。産婦人科病棟なんだから」
と、真矢は椅子に座って娘をあやし始めた。
――あの日、最重要能力保持者として全国に指名手配された
11人は保田圭と飯田圭織の2名が死体となってあの研究所か
ら発見された。
しかし、残りの9名は依然として行方不明のままである。
そして、吉澤ひとみも同じく行方不明となっていた。
能力保持者と非能力保持者であるこの2人が、まだ一緒に行動
を共にしているとは石黒は考えなかった。
梨華はひとみの前から姿を消した。そして、ひとみもあれほど
の大怪我を負っていたのである。
TV出演を頼もうと久しぶりに、実家へ連絡すると両親から失
踪を告げられた。
まさかと思った石黒だったが、思い返せばやはりどこかあの2
人は永遠に行動を共にするような雰囲気があったのを思いだし、
今はただもう2人が幸せに暮らしているのを祈るしかなかった。
『ドイツで内紛勃発か』
石黒は、新聞すべてに目を通したわけではなかった。新聞の
世界情勢欄に小さく載ったその共同通信発の記事。
石黒はその記事を見落とし、娘の玲夢に母乳を与えていた。
――石黒が、10人の死亡を確認するのはそれから3日後の
事である。
――そして、12人の軌跡を石黒がたどり、彼女たちの生涯
を出版化するのは1年後のことである。
石黒の出版した伝記は世界的なベストセラーとなり、その売
上金はすべて一連の事件で失われた多くの犠牲者のために使
われることになる。
動乱の裏に潜んでいた悪の欲望と、幼い少女たちを含む12
人の孤独な戦いは世界に何かを問いかけた。
日本そして異国の地でその命を散らせた12人の異能力保持
者により、世界は大きく変わる。後に、その12人が戦った
日は、『新世紀革命』として歴史に名を残す――。
- 282 名前:最終部 投稿日:2001年07月14日(土)23時09分49秒
- #
「ねぇ、ひとみちゃん……」
「……ん?」
「ののね、私たちがはじめて出会ったあの駅のホームにいたん
だって……」
「……へぇ」
「ひとみちゃんと、目が合ったって言ってたよ。あ、声もかけ
たって」
「……ハハ。覚えてない……」
「ののは、戻ってくるまでにいっぱい、いろんな世界を見てき
たんだって……。なんかね、私たちってアイドルとしてデビュー
してる世界もあったって……。ほら、あいぼんとののがこっち
に来てからずっと歌ってた……、あれがそうなんだって」
「……へぇ。……ゴフッ」
「大丈夫? ひとみちゃん」
「大丈夫……。アイドルかぁ、なんか想像つかないね……」
「モーニング娘。って言うんだって」
「ハハ……。変な名前……」
「みんないて、とても楽しそうだったって……」
「梨華ちゃん……」
「ん? なに?」
「今度生まれ変わっても、また出会おうね……」
「うん」
「平和になってるかなぁ……」
- 283 名前:最終部 投稿日:2001年07月14日(土)23時10分36秒
「なってるよ……。みんな、頑張ったもん……」
「今度は素直に、愛してるって言えるといいな……」
「愛してるよ、ひとみちゃん……」
(アタシも……)
「眠っちゃだめだよ……。お話しよう。そうだ、もうすぐ私の
誕生日……。16才だ……。ひとみちゃんより、ちょっとだけ
お姉さんになるね……」
「……」
「……ひとみちゃん?」
「……」
「……」
「……」
「ヤダ……。ヤダよぅ……」
「……」
「ひとみちゃん、起きて……」
「……」
「ねぇ……、1人にしないで……」
「……」
「私のワガママ……、聞いてくれるんでしょ……?」
「……」
「眠っちゃダメだってば、ひとみちゃん……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「もう……、疲れたね。おやすみ……。私も、疲れちゃった……」
- 284 名前:最終部 投稿日:2001年07月14日(土)23時11分14秒
梨華は血だらけの身体を引きずりながら、ひとみの持っていたサ
ブマシンガンを手にすると、目の前にあった核発射装置に向かっ
て撃ち放った。粉々になったのを確認すると、梨華はその場にゆっ
くりと倒れた。
視線だけをひとみへと向けた。
壁にもたれるようにして、眠っているひとみ。ひとみの身体を貫
通した無数の弾が、壁に穴を開けている。
梨華は涙をぬぐうと、将校や自分たちの血で濡れたその床を、最
後の力を振り絞ってひとみへと向かって這い進んだ。
(………………)
(…………)
(……)
(…………)
(……)
(……………………)
(……………………)
(…………)
(……)
「なんだ……、みんな……、待っててくれたんですね……」
(…………)
「うん……。わかった……」
ひとみのもとへ戻った梨華は、ひとみの膝の上で眠るようにその
生涯を閉じた。2人のその顔は、とても安らかだったそうである――。
- 285 名前:最終部 投稿日:2001年07月14日(土)23時12分16秒
吉澤ひとみ=ミュンヘルン核ミサイル発射基地内で死亡。
石川梨華=同所で死亡。
中澤裕子=迎賓館内ヒトラー総統室で死亡。
矢口真里=同所で死亡。
市井紗耶香=迎賓館前で焼死。
後藤真希=ハイレブラル空軍基地にて自殺。
加護亜依=シュタイナー記念研究所で死亡。
辻希美=ルート177で死亡。
福田明日香=バルト海沖で水死。
安倍なつみ=同所で水死。
保田圭=寺田生物工学総合研究所で死亡。(日本)
飯田圭織=同所で死亡。
ドイツ軍=壊滅。連合国軍の監視下のもと新国家として再建中。
- 286 名前:最終部 投稿日:2001年07月14日(土)23時13分25秒
-
【導かれし娘。】 終
- 287 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月14日(土)23時14分41秒
- 今回で、更新は終了です。>>272-286
- 288 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月14日(土)23時16分18秒
- >>266-271 そして皆様へ
まずは、本当にお疲れさまでした。
毎回レスを頂きとても励みになりました。
ありがとうございました。
- 289 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月14日(土)23時17分21秒
- 皆様の期待に応えられなかったかもしれません。
あのラストに何を思うかは、読んでくれた方々に委ね
ます。(当然ですが)(^^;
- 290 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月14日(土)23時17分55秒
- 作者が何かを述べるのは、フェアではないのでここか
らは一切口をつぐみます。前スレでもあるように、雑
談のような感じでご自由にお使い下さい。
(その時が来れば口を開きます……)(^^;
- 291 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月14日(土)23時18分28秒
- ■第五部のショートカット
Chapter−@ >>2-11
Chapter−A >>20-29
Chapter−B >>38-48
Chapter−C >>57-68
Chapter−D >>77-92
- 292 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月14日(土)23時19分32秒
- ■最終部のショートカット
Chapter−@ >>102-114
Chapter−A >>125-136
Chapter−B >>145-154
Chapter−C >>165-178
Chapter−D >>189-207
Chapter−E >>224-236
Chapter−F >>247-258
Chapter−G >>272-286
- 293 名前:更新終了。 投稿日:2001年07月14日(土)23時20分49秒
- それでは、本当に毎日ありがとうございました。
では、この辺で――。
- 294 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月14日(土)23時24分42秒
- ひとまず、お疲れ様でした。
いい作品だったと思います。
でも、ここまで辛い思いをしてきたメンバーを
最後の最後は幸せにしてあげてほしかった・・・。
最後だけは、自分は読むのいやでした。
- 295 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月14日(土)23時43分52秒
- 作者さん、毎日の更新本当にお疲れ様でした。
最後でみんなが救われない形で終わったのがすごく悲しく思いました。
保田が死んだときもそうでしたが、その悲しみは感情移入した結果であり、
この小説のすごさを自分の中で証明するものでもありました。
また違う小説で作者さんに会えることを信じています。
ありがとうございました。
- 296 名前:ななしこども 投稿日:2001年07月14日(土)23時48分28秒
- 毎日、楽しみに読んでました。
最後まで戦いつづけた彼女らに涙・・・(泣
石川の最後の言葉・・・とても感動です。
この先、天国で幸せに暮らしてほしいですね。
大感動作をありがとうございました。
- 297 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月14日(土)23時51分40秒
- 今まで大変お疲れ様でした。
最後はハッピーエンドになるのかなと思ってましたが、
違いましたね。
でもこの終わり方にも感動しました。
- 298 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月14日(土)23時52分08秒
- は〜終わっちゃったよ…
- 299 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月14日(土)23時55分49秒
- お疲れさまでした。
連載開始から読んでいた身としては、感無量の想いです。
結末については、、いろんな感想があると思いますが、自分的にはありの方向で(w
娘。たちには、数多くの可能性としての未来がある。
その中の一番辛い物語がこの話であり、ここの娘たちのおかげでその他の未来の娘。は皆幸せに暮らしている。
と、ポジテブに受け止めつつフェードアウト……
PS最初の話からここまで大きな話になるとは思わなかった。
- 300 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月14日(土)23時57分12秒
- 毎日楽しみに読ませて頂きました。
読み終えた後、何だか妙に喪失感が…
皆には生きて幸せになって欲しかった。
執筆、本当にお疲れ様でした。
- 301 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)00時00分10秒
- 作者さんお疲れさまでした。
毎日ほんと楽しく、悲しく、感動しながら
読ませて頂きました。
最後は賛否両論あると思いますが、自分には
本当に最高の小説だったと思います。
有り難うございました。
次回作期待しています。
- 302 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)00時00分56秒
- お疲れ様でした。
これだけの質、そして文章量を毎日定期的に更新していく
筆力には頭が下がる思いです。
そして、楽しく(って言って良いものか?)読ませて頂きまして
ありがとうございました。
- 303 名前:あぷろだに第4部までをあげた者です 投稿日:2001年07月15日(日)00時30分35秒
- 感動をありがとう。
ところで、第5部から最終部までもあげようと思ってたんですが、
HP作られるんでしたらご迷惑ですか?
- 304 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)00時53分18秒
- いままで小説板で印象に残った作品がいくつかあったけど、
その全てを超越した作品でした。
今回の作品が明日の晩から読めないのは残念だけど、
一つの事が終われば必ず次が始まると勝手ながら思っています。
次回作をどの作品の続きよりも期待しています。
- 305 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)00時54分40秒
- お疲れ様でした。
毎日楽しみに読んでいました。最初は単なる学園ものだと思っていました(ゴメンナサイ)。
それがこんなにスケールの大きな物語になるとは。どんどん引き込まれました。
僕の中で最高の小説です。
感動しました。そして、ありがとうございました。
- 306 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)01時06分30秒
- 正直ちょっと尻すぼみな感じ。
それが読了後最初に思ったこと。けどこういう終わり方もいいかな、とも思った。
質・量共に素晴らしく、更新も早くて楽しませてもらいました。今までありがとう。
- 307 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)01時36分22秒
- ヤバイ。娘。小説でここまで泣いたのは初めてだ。
冷静に感想述べる余裕がちょっと無いんですけど、
とにかく一言、最高でした。
- 308 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)02時07分47秒
- まず、お疲れ様です。
毎日非常に楽しみに読んでいました。
最後、なっちと明日香についてもう少し補足が欲しかった感ありですが、
名作集発、久々の名作のひとつじゃないでしょうか。
暗にハッピーエンドに持ち込もうとする作品には抵抗があるので、(い
や、ある意味サウザンアイランドに終着し、そしてそこから始発すると
いうニュアンスはハッピーなのか?)自分的には非常に納得することで
きる作品でした。
こんな偉そうなこと書いていますが、ラスト、むちゃむちゃ泣きました(w
とにかくお疲れ様でした。
そしてありがとう。
- 309 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)02時27分36秒
- 本当にお疲れ様でした。
今までいろいろな娘。小説を読んできましたがこの作品は娘。小説を
代表する作品の一つだと思います。素晴らしい仕事でした。またの御健闘を期待しております。
- 310 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)04時01分01秒
- meicosに【導かれし娘。】のコーナーができてたよ…。
思わず、すげぇ! って叫んじった(w
毎晩楽しみに読ませていただきました。やっぱり終わっちゃうのは寂しいッスね。
ただ、明日香の目的についてなども、『その時』が来るまで分からないんでしょうか?
非常に気になってるんですけど…
- 311 名前:七男 投稿日:2001年07月15日(日)07時12分34秒
- お疲れ様でした。
マジで泣きました。
小説など読んでも、泣く事は一度もなかったんですよ。
meicosの【導かれし娘。】のコーナーも見てきます。
- 312 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)08時31分02秒
- 最後はハッピーエンドになると思っていたので、ショックでした。
娘。小説でこんなに感動したのは初めてです。もうほんと最高でしたよ。
- 313 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)12時15分40秒
- 最後がちょっと意外なカンジ。
もっと最後の戦いを鮮明にかいてほしかった。
なんて、えらそうなこといってすいません。
でも、つぎは番外編なんか読みたいなって思ってます。
次回も期待してますのでがんばって下さい。
- 314 名前:ななしむすめ。(295) 投稿日:2001年07月15日(日)12時51分29秒
- meicosに登録希望したものです。
つい勢いでお願いしてしまったけどHP作るんだったら迷惑だったかな?
作者さん、勝手なことしてすみませんでした。
- 315 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)19時04分26秒
- 素晴らしい作品でした。
それだけに安倍福田の存在が中途半端になってしまったのが残念。
生意気なこと言ってすいませんが、他の部分が良かっただけに逆に
目に付いたものですから。
- 316 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月15日(日)23時26分49秒
- 番外編で「明日香となっちの旅」をお願いします。
- 317 名前:■返信 投稿日:2001年07月15日(日)23時49分49秒
- たくさんのレス、どうもありがとうございます。
最大のポイントは、重々承知しております。これ以上は、言い訳っぽく
なるので「その時」まで(^^;
本当にたくさんのレスをありがとうございました。すべて、読ませてい
ただきました。ただいま、次回作を制作中です。今度のは、このような
ラストは見えていないのでご安心を(^^;
- 318 名前:■HP完成のお知らせ 投稿日:2001年07月15日(日)23時53分06秒
- 完成はしましたが、【導かれし娘。】以外は何もありません。
こちらではカットしたエピソードと、ショートストーリーを
いくつか用意していますが、それ以外は本当に何もありません(^^;
(※余計に……となる恐れ有り)それでもよければ、どうぞ。
http://members.tripod.co.jp/a24_box/index.html
- 319 名前:■撤収 投稿日:2001年07月15日(日)23時56分53秒
- >>303
あぷろだへのUPは、職人さんにお任せします。
前回は、ありがとうございました。
meicosに登録依頼をしてくれたななしむすめさんも、作成してくれた
管理人さんもどうもありがとうございました。
それでは、これにてこのスレから作者は完全撤収いたします。
長い間、本当にお疲れさまでした。そして、本当にありがとうございました。
では、この辺で――。
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