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THE PEACE

1 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月08日(日)23時30分56秒
いきなりこんなタイトルをつかちゃってますが、
パラレルで混乱した時代の話を書いてみます。
とりあえずは、石川を中心に話が進んでいきます。
2 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月08日(日)23時33分50秒
もうここは、彼女の好きな世界ではなかった。
地の匂いのする街。荒れ果てた風景。
人々の笑い声はもうそこにはなく、時折響く悲鳴と銃の音だけが世界を支配していた。

数年前に起こった世界恐慌は、各国の連帯感を完全に麻痺させた。
初めは世界の片隅で起こった小さないざこざだったのだが、瞬く間にそれは広がっていく。
人々がその戦いの愚かさに気付いたときには、すでに手遅れだった。
そもそもの引き金となった恐慌のせいで、各国とも慢性的な食糧不足にさいなまれ、盗みや暴力と言った犯罪が多発。内部から崩壊が進んでいた。

彼女のもとに兵役の命令が来たのは、そんな時代だったのだ。
3 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月08日(日)23時35分40秒
彼女――石川梨華は、その手紙が来たときにも、大きな驚きはなかった。
生まれたのはただ、ああ来たか、という感情だけ。
父親は、とうの昔に招集され、すでに戦死通告が届けられていた。母親も、大規模な避難の最中にはぐれてしまい、行方が知れなくなった。
しかし、これは特別なことではなく、石川の友人の半数以上が、同じような境遇に立たされている。
唯一の心残りと言えば、ともに生き延びてきた姉と妹だが、姉がしっかりしていたので、自分が心配するまでもない。
だから、石川は気乗りこそしなかったが、その召集に応じた。
4 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月08日(日)23時36分20秒
石川が呼ばれた場所は、この街の軍の拠点と呼ぶには、あまりにお粗末なものだった。
この分では、各国ともに兵器を使うだけの財力がなく、専ら原始的な肉弾戦が繰り広げられているという噂も、あながち嘘ではないのかもしれない。

不意に、柱の影に人影が見えた。
それを見た石川は、思わず体を固くさせた。
戦争によってほとんどの男が借り出されたため、最近はめっきり異性を見る機会がなくなっていた。最後に見たのは、そう、避難の最中に隣りの家のおばさんを殺したのを見たときだったか。
そのような体験は、石川の中に潜在的な苦手意識を植え付けた。

石川が動けないでいるうちに、向こうも立ちすくんでいる石川を発見したようだ。
徐々に近づいてくる。
次第に顔がはっきり見えるようになってきた時、石川はあることに気付いた。
短く切りそろえられた髪の毛。凛々しく、それでいて端整な顔立ち。しかし、その人物は――彼女は確かに女性だった。
5 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月08日(日)23時36分52秒
「もしかして、あなたも呼ばれたの?」
彼女は何の臆面もなく、そう口に出した。
もともと人付き合いが苦手な石川は小さな声で、うん、と答えるのがやっとだった。
「へえ、軍の人手不足も相当なもんらしいね」
そう言って、彼女口の端をへの字に曲げる。
人手不足……。
そんなことは、もう前からわかっている。街から男の姿が消えた時から既に。
そう思ったが、石川は口には出さなかった。

「ま、いいわ。私は吉澤ひとみ。これから世話になると思うけど」
片手を差し出し、ニコリと微笑む。
「石川梨華です。その、こちらこそよろしく……」
石川も恐る恐るながら、その手を握った。
二人の手は、まだ互いに、何の汚れもなかった。
6 名前:第1話 適格者 投稿日:2001年07月08日(日)23時38分07秒
二人は、自分たちの生活を語り合いながら、予定の時刻まで時間をつぶしていた。
吉澤はもちろんのことながら、始めは怯えていた石川も、次第に普段の調子で話せるようになってきた。
石川の聞いた話によると、吉澤には弟がいるらしい。そして、父親と母親はどちらも行方不明。
そんな話を淡々と語る吉澤を見て、石川は不思議な安心感を覚えていた。

弱者の連帯感とでも言うのであろうか。
石川は、自分と似た部分を見つけることで、彼女の中に希望を見たのかもしれない。
それは、久し振りに感じる、安らぎの時だった。
7 名前:第1話 適格者 投稿日:2001年07月08日(日)23時39分46秒
「あれ〜、私達の他にもまだいたんですね」
「ほんまやなあ〜。しかも、両方女やで」
遠くから聞こえてきた声に気付き、2人が顔を上げると、そこには十三、四才くらいの女の子二人が立っていた。
「ここ、関係者以外立ち入り禁止なんだけど」
それを見た吉澤が、めんどくさそうな口調で話す。
「うちらは呼ばれとるんや! 自分らこそ、なんでこんなとこにおるん?」
吉澤の言葉に、少女の一人が食って掛かる。
それを聞いた石川たちは、思わず顔を見合わせた。
「……こんな子供も呼ばれるなんて、この国も本格的にやばいらしいね」
溜息交じりにそう言うと、吉澤はドカッと腰をおろした。

もともと、石川も自分が招集されたことに疑問を感じていた。
今まで、女で呼ばれた者を見たことががないというのはもちろんだったが、それ自体はいつか呼ばれる日が来るだろう位の覚悟はしていた。
しかし、何故最初が自分だったのかということはわからなかった。
8 名前:第1話 適格者 投稿日:2001年07月08日(日)23時41分32秒
隣りを見ると、いまだに吉澤が不機嫌そうな顔で目を閉じていた。
彼女が呼ばれたわけは、何となくだがわかる。
強気な性格。スポーツの得意そうな体つき。
女性しかいない中から兵士を選ぶとするのなら、彼女は間違いなく適格者だ。

しかし、自分にはその理由が見つからない。
確かに、体を動かすことは苦手ではない。だが、それはあくまで人並み程度という話だ。
自分より体を動かすのが得意な者は、周りにいくらでもいる。
それでも、彼女は選ばれた。

それは、石川の目の前にいる二人の少女にも当てはまることだ。
普通に考えれば、あそこまで若い――幼いといったほうが適当かもしれない――少女を呼ぶ必要はない。それも、一人ではなく二人。
それでも、彼女達は選ばれた。

そんなことを考えたまま、石川は予定の時刻を迎えた。
9 名前:第1話 適格者 投稿日:2001年07月08日(日)23時42分28秒
「もうみんな集まってるみたいやな。関心関心」
突然、今まで閉じられていた扉が開き、中から金髪の男が出てきた。
四人とも慌てて立ち上がる。
「あの人……」
途端に吉澤の顔色が変わる。先程の関西弁の少女も同様の顔をしていた。
「自己紹介が遅れてもうたな。この地域を管轄している、つんくや。ま、つんくって言うのはコードネームやけどな」
その言葉で、石川も二人の顔色が変わった理由に気付いた。
つんくはこの地域を管轄している、と簡単にそう言ったが、それはつまり、彼がこの国で五本の指に入る人物であることを示していた。
この国は、現在4つの地域に分けられていた。この国を治めているものが当然全ての頂点に君臨しているわけだが、つんくの地位はその次ということになる。
10 名前:第1話 適格者 投稿日:2001年07月08日(日)23時43分15秒
「……知ってます。そんな人が、何でこんな田舎に? 女だけが集められたのと関係があるんですか?」
吉澤は、警戒の色を隠さない。もちろん他の四人も同じなのだが、吉澤のそれはあからさまだった。
「なるほど、おまえが吉澤か。確かに強気やな」
自分の名前が呼ばれたことで、吉澤の体がピクリと反応する。
「何を驚いとるんや?」
つんくは、笑いが止まらないとでも言ったように、くつくつと笑った。
「もちろん他の3人もちゃんと覚えとるで。身長、性格、過去の経歴まで全てな」
辺りを見回す。
みんなそれぞれに、自分の立場を理解しようと必死になっているようだった。
石川は、初めて自分がどんな場所へ来たのかを理解した。
「おまえらが、最後の適格者や」
そして、もう戻れないということも。
11 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月08日(日)23時45分36秒
タイトル書き忘れてました。
今回の更新は、全て第1話です。
12 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月10日(火)00時29分28秒
なんかおもしろそうだ。
13 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月12日(木)00時21分26秒
本当は名前があるんですけど、他の板でも書いているんで、
落ち着くまで名無しで書かせていただきます。

>>12 名無しさん
まだ少ししか書いてないのに感想を下さってありがとうございます。
なるべくまとめてアップしたいので、もう少しお持ちください。
14 名前:第1話 適格者 投稿日:2001年07月23日(月)15時41分23秒
「適格者ってどういうこと……ですか?」
なんとか吉澤が声を絞り出したが、つんくはそれを無視するように自分の話を続けた。
「まず、支給する物がある」
そう言うと、つんくは小さな丸い水晶のような物を取り出し、四人に手渡す。
すると、それぞれによって色、明るさなどは違うが、突然輝きだした。
「何やこれ……」
「……きれ〜」
少女二人が思わず声を漏らす。
「それが適格者という証拠や。俺が触ってもなんもならん」
「こんな物のために私たちは呼ばれたんですか!?」
つんくの言葉を吉澤の声がさえぎる。
それはもっともな意見だ、と石川は思った。
これが光ったから、という理由だけで、自分達が死に最も近い場所へ呼ばれたのだとしたら、それは理不尽なことだと思う。
「そうやなあ……」
ニヤニヤ笑いながら、つんくは地面にしゃがみこんだ。そして、足元にあった石を拾い上げ、吉澤に投げつける。
「きゃっ!」
石川はこれから起こることを想像し、思わず目を覆った。
吉澤の悲鳴だけが耳に響き渡る。
その後、永遠とも思える静寂が辺りを覆った。
15 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月23日(月)15時42分36秒
「へ……?」
最初に石川の耳に入ったのは、そんな吉澤の声だった。
石を当てられたとは思えないような、間抜けな声。
こわごわと顔を覆った指の間から覗くと、吉澤の前に光の壁が出来ていた。
「何……これ」
飛んできた石はというと、ずいぶんと遠くにはじかれている。
「これがおまえらを呼んだ理由や、って言ったら納得してもらえるんかな?」
そう言うと、つんくは辺りをゆっくりと見回す。
「そんじゃ、俺が呼ぶまで待機しといてくれ」
「待って!」
石川は彼に向かって必死に叫ぶ。
しかし、何も答えることなくつんくはその部屋を出た。
ドアの横で、吉澤が呆然と佇んでいる。
16 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月23日(月)15時43分06秒
(さっきの光は何?)
ランプや蛍光灯といった類の光ではなかった。
しかし、はじめてみた光というわけでもない。
そう、ずいぶんと最近……
そこまで考えると、石川はハッとしたように手に持っていた石を見た。
いまだに、淡い光が燈っている。
(似てるんだ……。何処がって言われたらわかんないけど、同じ感じがする)
17 名前:第1話 適格者 投稿日:2001年07月24日(火)12時38分08秒
「お姉さん、可愛い声やなあ」
「え?」
考え込んでいた石川は、人が近づいていることに気付かなかった。
そこには、にこやかな顔をした少女が立っていた。
「あんなあ、うち加護亜依っていうねん。んで、あっちが辻希美」
指差した方向には、さっきまで加護と騒いでいた少女が俯いている。
「あいつ照れ屋やからなあ。あ、お姉さんの名前教えてくれん?」
えへへ、と少しはにかみながらそんなことを聞いてくる少女を、石川は可愛いと思った。
それとともに、初めて会ったときからある表情の硬さがとれていることに気付く。
きっと、これが彼女本来の明るさなんだろう。
いきなり呼び出されて、ピリピリした自分たちに会って、つんくにあのようなことを言われて。そんなときに、今の顔をしろというのは無茶というものだ。
18 名前:第1話 適格者 投稿日:2001年07月24日(火)12時38分38秒
「石川梨華です、二人ともよろしくね。それから、あっちで立っているのが……」
「いらん!」
いきなりの大声に、石川は思わず体をすくめた。
「あんな奴、どうでもいいわ。さっきからこっち睨むし、おかげで梨華ちゃんに話し掛けられへんかった」
そう言うと、吉澤の方をギロリと睨む。
しかし、当の吉澤は俯きながらなにやらブツブツと呟いている。
「あんた、聞いてるんか!」
そんな吉澤の態度に、さらに頭に血が上ったのか、加護は吉澤の方へ近づいていった。
そして、肩に手を掛けた瞬間――その体は宙を舞った。
19 名前:第1話 適格者 投稿日:2001年07月24日(火)12時39分08秒
「なるほどね」
そう言ってニヤリと笑った吉澤の周りには、先程と同じ光の壁が出来ていた。
地面に尻餅をついている加護は、何のことやらわからないといった顔をしている。
「そんな子供でも呼ばれるわけだ」
石川が倒れた加護へ目をやると、加護の体も同じように淡い光が包んでいた。
「でも、力は私の方が上みたいだね。後の二人はどうなのかな?」
吉澤と視線の合った辻は、慌てて逸らす。
しかし、今回のことで、石川にも光の秘密がわかってきた。
この光は、おそらくこの石が関係している。
しかもこの光はただの光ではなくて、具現化された光。
そして……、それこそがつんくが石川達を呼んだ理由。

「吉澤、出番やで」

ドアの横に仕掛けられたスピーカーから、つんくの声が流される。
それを聞いた吉澤は、迷わずドアへ向かった。
「人間兵器か……。上等じゃん」

石川はそう呟く吉澤の肩が、少し震えていたのに気付いた。
20 名前:第1話 適格者 投稿日:2001年07月24日(火)12時41分14秒
「その顔からすると、もうさっきのことは整理がついた見たいやな」
「どうせ、カメラかなんかで監視してるんですよね」
つんくは思わず苦笑した。
確かに、報告書に書いてあった「強気」という言葉は間違っていない。
「ひねくれ者」という言葉も書き足しておこうか。
こういうやつは、戦場では活躍する代わりに、危険因子になりかねない。
「まあ、ええ。そんじゃ、もう予測はついてるみたいやが、仕事の説明をするで」
吉澤の顔が、その一瞬で引き締まる。
「簡単なことや。この紙に書いてある街の反乱軍を制圧してきてくれればええ」
「……人口二千人の一割が反乱軍ですか。あの力があるからって、これを一人でやれと?」
吉澤は憮然とした態度で答える。
「別に、そうは言っとらん。ようは、おまえをリーダーに任命しただけのことや」
「なるほど。それじゃ、失礼します」
(理解が早いのは助かるんやけどな)
つんくは複雑な思いで、部屋を出て行く吉澤を見守っていた。
21 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月27日(金)10時02分05秒
よっすぃ〜カッケー!
22 名前:LVR 投稿日:2001年07月29日(日)15時11分11秒
「吉澤さん、何だった?」
石川は戻ってきた吉澤に問い掛ける。
呼ばれた理由、この石のこと、これからの自分達、聞きたい事はいくらでもある。
そんな石川を見て吉澤は微笑むと、口を開いた。
「これから、C地区に向かうよ。反乱軍の討伐を行う」
さっそく仕事か……。でも、仕方がない。自分達はそのために呼ばれたんだから。
23 名前:第1話 適格者 投稿日:2001年07月29日(日)15時12分57秒
「勝手に行けば」

遠くから高い声が聞こえる。
別にその方向を向かなくても、誰が発した声かはわかった。
それは、吉澤も同じだろう。
「リーダーにでもなったつもり? うちは認めへんで」
一応、後ろを振り向いてみる。
やはり、加護だ。
その横では、辻がおろおろとにらみ合っている二人の顔を交互に見ている。
「一応、つんくさんのご指名だからね。それでも、認めないってんなら別に構わないよ。さ、梨華ちゃん行こう」
「で…でも……」
吉澤に手を引っ張られながら、二人のほうを向く。
今にも掴みかかりそうな勢いの加護と、泣きそうな辻。
「待てや!」
加護がこちらに向かって走り出す。
石川はこれから起こることを想像して、思わず顔をそむけた。
24 名前:第1話 適格者 投稿日:2001年07月29日(日)15時13分52秒
「仕方ないからついてったるわ。梨華ちゃんを守らなあかんねん」
「はあ……?」
思わず間抜けな顔になってしまう。
加護は石川の方を向くと、笑った。
「守ったるからな」
少なくとも年下に言われる台詞ではないと思ったが、下手にこじらせるわけにもいかないので黙っておいた。
慌てて辻もこちらへ向かって走ってくる。
「どうでもいいけどさ、早く行かなきゃ日が暮れちゃうよ。今が何時かは知らないけどね」
吉澤がどうでもよさそうな声で言う。

これから戦わなくちゃいけないのに、不思議と足取りは軽かった。
そして、石川達は久し振りに外の光を見た。
既に、太陽は沈みかけて赤みを帯びている。
それでも、加護と辻ははしゃぎあう。
吉澤もかすかに笑みを浮かべた。
しかし、石川にはこの沈みかけの太陽が自分達を暗示しているように見えて、素直に笑えなかった。
25 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月29日(日)15時17分18秒
今更名無しもどうかと思うんですが、
とりあえず、気付かないかもしれないので(笑
このままいこうと思います。

>>21 名無し読者さん
ありがとうございます!
かっこよくは意識してるんで、嬉しいです。
それにしてもレスって嬉しいですね。
それが批判とかでも、読んでもらえてることはわかりますし。
26 名前:第2話 戦争とは 投稿日:2001年08月04日(土)15時01分52秒
目的地に近づくにつれて増える死体の数。そして、血の臭い。
銃声が聞こえる度四人の間に緊張が走った。

空からは既に太陽も消え、黒いカーテンが全体を覆っている。
漆黒の闇。
この中でたいした装備も無しに戦うのがどれだけ危険なことかは、兵役のない彼女達も充分にわかっていた。
ましてや、住人の一割が敵。
他の住人も協力的とはいいがたいに違いない。

「おい、女」

静寂の中に響き渡る見知らぬ声。
石を持つ加護の手に、力が入ったのがわかった。
加護の力がどれほどのものかは知れないが、つんくが四人に任せた以上、きっとこの男は加護一人で倒せるだろう。
しかし、場所が悪い。
一人の悲鳴を聞けば、当然多くの兵士が集まってくる。
27 名前:第2話 戦争とは 投稿日:2001年08月04日(土)15時02分36秒
「やめな、加護」
吉澤は小声でそう言うと、加護の右手に優しく手を触れた。
そして、クルリと後ろを振り返る。
「はい、あの……なんですか?」
普段の吉澤からは想像もつかない弱々しい表情。
「女がこんな時間に外を出歩くな。いつ軍が攻めてきてもおかしくないんだぞ」
そう言うと、吉澤の頭をぽんぽんと叩いた。
「はい、すみませんでした」
四人は、逃げ出すようにその場から歩き出す。
「あ、ちょっと待て」
男はゴソゴソとポケットを探ると、飴を取り出した。
「これをわけて食べなさい」
「ありがとう!」
辻が真っ先に飛びつく。
加護も恐る恐る近づき、その飴を受け取った。
「うちにはもう、子供がいないんだ。こんなものがあっても、誰も食べる奴はおらん」
石川たちが受け取らないのを、遠慮のせいだと勘違いしたのか、そう付け加える。
「あ…ありがとうございます」
石川も受け取る。
それを見て、吉澤も仕方なさそうに受け取った。
「それじゃ、気をつけて家に帰れよ」
男は少し笑うと、そのまま四人の前を通り過ぎていった。
28 名前:第2話 戦争とは 投稿日:2001年08月04日(土)15時03分10秒
「いいおじちゃんやなあ」
「うん!」
二人は喜んで飴を食べている。
石川も飴に口をつけようとしたとき、吉澤の姿がないのに気付いた。
「吉澤さん……?」
石川が辺りを見回した瞬間、目の前が光に包まれる。

「あ……あ…」
声が上手く出せなかった。
でも、目はその場から離すことが出来ない。
「ちょっと、力入れすぎたかな」
苦笑をしている吉澤の足元に、赤い水溜りが広がっていく。
「でも、これなら四人でもいけるかもね」

その日、久し振りに、人が殺されるのを見た。
29 名前:てうにち新聞新入社員 投稿日:2001年08月04日(土)18時15分03秒
引き込まれてます〜。
怖いな〜
頑張ってください
30 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月06日(月)02時39分55秒
>>29 てうにち新聞新入社員 さん
ありがとうございます。
これからもこんな感じで話が進むと思うんですが、見守っててください。
紫版の方も楽しく見させてもらってますよ。
そろそろ石川が出るようなので、わくわくしています。
31 名前:第2話 戦争とは 投稿日:2001年08月06日(月)02時41分20秒
「あんた、何やっとんねん……」
我に戻った加護が、肩を震わせながら声を出す。
「何って? 見りゃわかると思うけど」
少し馬鹿にしたように笑う。
「そんなこと言ってるんやない! なんでおじさんを殺したんや!」
「やっぱガキだね」
そんな加護の言葉をまったく相手にしない。
それどころか、鋭い目で睨みつけた。
「戦争を何だと思ってるの? 自分が死にたくなきゃ、殺すしかないんだ」
「ふざけんなぁっっ!」
全力で叫ぶと、加護は吉澤に向けて拳を振り上げる。
その手が吉澤に触れようかというとき、吉澤の周りが激しく光った。
その反動で加護は少し後方に吹き飛ばされるが、すぐに体制を取り直す。
「やるじゃん」
吉澤は楽しそうに笑った。
しかし、加護の手は止まらない。
今度は、加護の体を光が包み込む。
吉澤も何とかその攻撃を受け止め、加護との間合いを取った。
「でも、矛先間違ってない? 敵は私じゃないんだけど」
「あんたが……、敵や」
加護の周りの光が輝きを増す。
その目には殺意がこもっている。

加護は、吉澤を殺す気だ。
32 名前:第2話 戦争とは 投稿日:2001年08月06日(月)02時41分59秒
石川は必死に止める方法を考えるが、なかなかよい方法が思いつかない。
もし加護が攻撃をしたら、吉澤はためらいもなく加護を迎え撃つだろう。
あんなにあっさりとおじさんを殺したんだ。
躊躇するわけがない。
だからといって、自分に止められる力があるとは思えない。
それは遠くで泣きそうになりながら眺めている辻も同じはずだ。
実際に力を使ったことがあるのは、あそこで対峙している二人だけなのだから。

しかし、その不安は予想外にもあっさりと解決された。
それ以上の、悪条件を伴って。
33 名前:第2話 戦争とは 投稿日:2001年08月06日(月)02時42分29秒
「加護はそう思ってても、相手はどうかな?」
吉澤はそう言うと、加護から視線を逸らす。
それを合図にするように、暗闇の奥から人影が現れる。
それも、一つや二つではない。
「加護が叫んだりするからだよ」
石川達の足元には、先程死んだ男が横たわっている。
これを見られたら弁解なんて出来ない。
「……吉澤さん」
「梨華ちゃん、覚悟しないと死ぬよ」
弱気になりかけた石川を、吉澤が制す。
34 名前:第2話 戦争とは 投稿日:2001年08月06日(月)02時43分07秒
案の定、一人の兵士が四人を見て戸惑っている。
しかし、死体を見つけると目の色が変わった。
「お前らがやったのか?」
「さあね」
先程とは一転、吉澤は強気に相手を見返す。
きっともう、何を言っても相手は信じてくれないと判断したのだろう。
「キサマラァ!」
男の持っていた銃が発砲される。
その銃口の先は確実に石川を捕らえていた。
35 名前:第2話 戦争とは 投稿日:2001年08月06日(月)02時43分37秒
殺される。
そう思った瞬間だった。
何かに視界がふさがれる。
「つうっっ!」
「亜依ちゃん!?」
男の銃から放たれた弾丸は、石川に覆い被さった加護に命中していた。
その体はあの光に包まれているが、撃たれた所からは血が滲んでいる。
「だ…大丈夫?」
「うちのことはええから、梨華ちゃんも光を早く!」
そう叫ぶと、すぐに立ち上がり石川の背後に回る。
「ののっ、あんたもや!」
そう言われた辻は、ハッとしたように石を持つ手に力を入れる。
36 名前:第2話 戦争とは 投稿日:2001年08月06日(月)02時44分36秒
しかし……何も起こらない。
「亜依ちゃ〜ん」
途端に情けない声を出す。
「ああ、もう! もっと集中せんと」
加護も必死に呼びかけるが、辻の体には何の変化も起こらない。
その間にも、相手は銃で四人を狙ってくる。
「きゃあっっ!!」
一人の男が辻に狙いを定める。
「のの!」
37 名前:第2話 戦争とは 投稿日:2001年08月06日(月)02時45分10秒
しかし、その男は銃を発砲する前に地面に突っ伏した。
「吉澤……さん」
加護は呆然とした様子で、吉澤の方を見る。
光の宿った吉澤に殴られた男は、一撃で絶命していた。
「梨華ちゃんを守れなかったら、ただじゃおかないよ」
「……わかっとるわ」
それを聞いて吉澤は笑う。
「じゃあ、そっちは任せていいね。二手に分かれるよ」
加護が頷くのを確認すると、吉澤は辻の手を引いて目的の場所へ駆け出した。
38 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月06日(月)08時28分31秒
おお!!なんか凄い本格的な内容ですなぁ。
続き期待してます!

つーか作者さんのHNが非常に気になるのですが(w
39 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月07日(火)01時01分29秒
>>38 さん
ありがとうございます。
ハンドルネームですか。
もうばれてると思ったんですが(w
でも、たいした作品かいてないので、HNいってもわからないと思いますよ。
40 名前:第3話 恐怖 投稿日:2001年08月07日(火)01時02分54秒
「あの……、吉澤さ…ん」
「ん?」
追ってくる兵士から逃れるため、二人は走りつづけた。
次第に息も荒くなり、足にも力が入らなくなってくる。
辻は、限界に近いところまで来ていた。
「どこ……まで…走るんで……すか」
考えてみると、辻は目的の場所というのを知らされていなかった。
加護が怒っていて話せない雰囲気だったのもあるし、実際辻本人も彼女のことが怖かった。
「大丈夫、もう着いたよ」
そう言われ、つじは焦点の合っていなかった目を、前方に向ける。

「ここ……ですか?」
「そう」
このご時世にしては珍しい、立派な屋敷。

「……最悪の相手だよ」

そう呟くと、吉澤は頑丈そうに見える門を、一撃で吹き飛ばした。
41 名前:第3話 恐怖 投稿日:2001年08月07日(火)01時03分54秒
「何だ!?」
「まさか、軍か!!」

吉澤は柱の影に隠れ、様子を覗う。

「非常事態発生! 全員持ち場に着け!」
「巡視部隊から連絡! 不審な女四人が逃走中、見つけ次第排除せよ!」

非政府の組織とは思えないような、統制。
そして、大規模な人数。
ざっと見渡した限り、この場所だけで三桁はいる。
つんくから貰った報告書よりも、その人数は増えているようだった。

(時間がたてば、こちらが不利になる)
吉澤は思わず舌を打った。
待っていて駄目となると、こちらから打って出なければいけない。
(やるしか……ないよね)
意を決した吉澤は、敵陣へ飛びこもうとする。
42 名前:第3話 恐怖 投稿日:2001年08月07日(火)01時04分31秒
「あの……吉澤さん」
「え!?」
辻の呼びかけにより、動こうとしていた体をとっさに止める。
(そうだ、この子がいる)
辻の存在が頭の中からほとんど消えていた。
正直、力のつかえない辻は足手まといだ。
彼女を連れて行くくらいなら、吉澤一人の方が戦果を上げられる自信があった。
しかし、このままここにおいていくわけにはいかない。
「……辻、私から離れるんじゃないよ」
その言葉を合図に、吉澤は柱から飛び出した。

「な!?」
目の前にいた男に拳を叩きつける。
「侵入者発け……」
そして、その混乱に乗じて見張りのような男も倒す。
長い距離を歩いてきたにもかかわらず、不思議と体が軽かった。
(これならいける!)
新たな標的を見つけ、吉澤は方向を転換する。
43 名前:第3話 恐怖 投稿日:2001年08月07日(火)01時05分05秒
「吉澤さん!」
少し離れたところから聞こえる声。
吉澤は慌ててその方向を見た。

辻に向かって銃を構える男。
辻本人はというと、怯えのせいからか声を出すのがやっとで、逃げるということにまで頭が回っていない。
「くそっ!」
ターゲットを無視し、必死に辻のもとへ走る。
44 名前:第3話 恐怖 投稿日:2001年08月07日(火)01時05分44秒
間一髪だった。
ほんの一瞬だけ、吉澤が辻に覆い被さる速度が、弾丸の速さを上回っていた。
「くうぅぅっ」
殴られたような痛みが、わき腹を襲う。
確かに辻は守れた。
しかし、たった一発の弾が当たっただけでこの痛み。一瞬目がかすむ。
明らかに、吉澤のダメージは大きかった。
(私には、加護ほどの防御力はない……?)
加護とぶつかり合ったとき、そしてあのおじさんを殺したとき。それだけを見るに、吉澤の方が加護よりも力があると確信していた。
そしてそれが、全てにおいて当てはまるということも。
だが、この痛みからするに、吉澤は相手の攻撃に対する耐久性というものが非常に少ない。
45 名前:第3話 恐怖 投稿日:2001年08月07日(火)01時06分20秒
「ば……化け物め!」
銃を当てても倒れない吉澤の姿を見た兵士は、狂ったように発砲を繰り返す。
「ぐうっ……」
連続で飛んでくる弾丸に、顔を隠すのが精一杯だった。
次第に光も消え始め、弾丸の当たった左腕から血が噴出す。
それでも、吉澤はその場から逃げ出すことが出来なかった。
辻は自分とは違う。
もしここで、辻を相手の前に出すようなことがあれば、たったの一撃で息の根は止められてしまうだろう。
46 名前:第3話 恐怖 投稿日:2001年08月07日(火)01時07分44秒
だが、その踏ん張りも限界に来ていた。
今まで吉澤を守るように輝いていた光が次第に薄くなり、そして消える。
その瞬間を狙ったように、弾が吉澤の足を貫いた。
「あううっ!」
吉澤はどうすることも出来ず、その場に倒れこんだ。
必死にもがきながら、相手の男達を見る。
その目に、吉澤の心臓に向かい銃を構える男の姿が映った。

「うわああああああああ!!」

その時吉澤は、自分の死を確信した。
47 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月12日(日)12時52分41秒
更新待っとりますです。
48 名前:第3話 恐怖 投稿日:2001年08月30日(木)22時26分03秒
(え……)
信じられない光景だった。
自分の身に纏っていた光は消えたはずなのに、目の前にさらに厚い光の壁が出来ている。
どうやら、男が撃った弾はその壁にはじかれたようだ。
「ど…どうして?」
吉澤は思わず呟いた。
その目に、少女の影が映る。
「吉澤さん……大丈夫ですか?」
「辻!?」
その光は、確かに辻から紡ぎ出されていた。
しかし、何処かおかしい。
その違和感の正体は、すぐにわかった。
「あんた…、その光どこから出してるの?」
吉澤と加護の光は、彼女達の体を包むように発生していた。
しかし、この光は違う。
辻の体を離れた所で、盾のような形をして存在していた。
「え……、わかんないですけど、『吉澤さんを守って!』って願ったら、いきなり目の前に……」
まだ、謎は多い。
だが、これで光それぞれに個性があることがはっきりした。
「こんな所でグズグズしてたら、加護にまたなんか言われるな。辻……、準備はいい?」
「へい!」
吉澤は、足を引きずりながらも再び光を纏った。
49 名前:作者 投稿日:2001年08月30日(木)22時28分16秒
これで、第三話終わりです。

>>47 さん
相当滞りました。
申し訳ないです。
50 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月02日(日)21時45分09秒
おお!久々に覗きに来たら更新されてる!
お忙しい中ご苦労様です。

とりあえず辻の力も何となく形を見せてきたし
あとはあのお方だけですね・・(w
51 名前:第4話 石川の憂鬱 投稿日:2001年09月15日(土)02時56分14秒
後ろには追っ手の姿は見えない。
しばらく走った結果、なんとか撒くことが出来たようだ。
「梨華ちゃん、大丈夫?」
「あ……うん、なんとか」
しかし、いつまた見つけられるかはわからない。
石川は、長い間走ったために切れている息を、必死で押しとどめる。
「梨華ちゃん、のの達と合流しよう」
加護の言葉に反対する理由は何もない。
石川は、強く頷いた。

「いたぞ!」
「!!」
二人の表情が強張る。
ついに、見つかった。
「逃げれないで、梨華ちゃん」
「……うん」
その言葉が終わる前に、加護が動いた。
52 名前:第4話 石川の憂鬱 投稿日:2001年09月15日(土)02時56分48秒
「!!」
何も言葉を発することが出来ぬまま、一人が絶命する。
破壊力だけではない。
加護は確かに、守備力、瞬発力の面でも常人をはるかに逸していた。

石川は、ただそれを見守る。
先程、辻は光が出ないと叫んでいた。
しかし、それは彼女とて大差がない。
結局何も出来なかった。そして、今も何も出来ていない。

大勢は、もうほとんど決着していた。
加護を止められるものなどこの中にはいない。
ただ、仲間同士で死に行く順を譲り合う。

屍となった男達は、見苦しかった。
53 名前:第4話 石川の憂鬱 投稿日:2001年09月15日(土)02時58分51秒
「さ、梨華ちゃん、先行こか」
「…………」
「梨華ちゃん?」
「あ、うん!」
不安げな石川の瞳には、妹のような加護が映る。
確かに加護は強い。
しかし、いつ自分のせいで彼女が敵の集中砲火に遭わされるかはわからなかった。
「ねえ、亜依ちゃん」
「ん?」
少し前を歩いている加護を呼び止める。
「こっからは別行動にしない?」

その言葉に加護は唖然とする。
加護には、石川が考えていることが手にとるようにわかった。
僅かな間しか共に行動していないが、彼女の優しい性格からして、加護を危険に
合わないようにと考えているんだろう。
しかし、まったくもって、彼女は自分の気持ちをわかっていない。
54 名前:第4話 石川の憂鬱 投稿日:2001年09月15日(土)03時02分17秒
「うちが好きで守ってるんやから、気にせんでええって」
「でも……」
なお渋る石川の腕を、思い切り自分の方に引き寄せる。
「梨華ちゃんはうちの理想の女の子やねん。好きな子を守るって、なんもおかしい
ことないやろ?」
「う…うん」
その勢いに押され、思わず頷く。
その後、すぐに泣きそうな表情に変わった。

「ごめんね、亜依ちゃん」
「その代わり、ウチのことはあいぼんって呼んでな」
にかっと無邪気な笑みを浮かべる。
暗闇の中、えくぼが可愛いな、などと石川はぼんやり考えていた。
55 名前:遅筆作者 投稿日:2001年09月15日(土)03時06分52秒
早くも第4話終わり。時間的には遅いか。

>>50さん
本当に申し訳ない。
他の板に時間を掛けすぎました。
56 名前:第5話 柔らかな光 投稿日:2001年09月15日(土)15時56分46秒
「梨華ちゃん、きっとあれやで」
加護は、少し先にそびえ立つ屋敷を指差した。そう言えば、確かに慌しく人の
叫び声が聞こえてくる。
石川は不意に、周りの雰囲気がやけに静かなことに気付く。
「うん……。みんな、あの屋敷に向かってる」
さっきから、ひっきりなしに聞こえる銃声。それが、ますます石川を不安にさせる。
「大丈夫やって」
それに気付いた加護は、そっと石川の肩に手を置いた。
肩に広がる暖かい感覚。石川はなんとなく、姉を思い出した。彼女は両親
がいないことを不安がる自分と妹を安心させるため、よく二人の肩を抱いた。

「どうしたん?」
「ううん、何でもない。行こうか」
こんな小さな子に姉を感じるなんて。
石川は、火照る頬を隠すように、足を踏み出す。

目的地の扉は、既に破壊された後だった。
57 名前:第5話 柔らかな光 投稿日:2001年09月15日(土)15時59分58秒
「あいぼん、これ」
「うん」
まるで爆弾が爆発したかのような壊れ方。このような壊し方が出来る人物を、
石川は一人しか知らなかった。
吉澤ひとみ。
彼女ならば、生身のままでもこのような跡を残すことは、十分に可能なはずだ。
しかも、これだけ大げさに破壊されているのに、この辺りに人の気配はしない。
となると、ずいぶんと前に吉澤と辻はこの屋敷に侵入したと考えるのが妥当だろう。
だが、誰もいないと言うのなら好都合だ。
加護に目配せをし、極力音を出さないように進む。
58 名前:第5話 柔らかな光 投稿日:2001年09月15日(土)16時00分32秒
「ひっ!」
息を飲み込むような悲鳴に、石川は振り返る。そこにあったのは、お化けでも
見たかのような表情の加護だった。
「あいぼん、どうし……」
そこまで言って、石川もその原因に気付く。
既に原形を留めていない男達の死体。僅かに飛び出している内臓も、吐き気を
催すいい材料となった。
「うっ……」
必死に目を背け、加護の頭をその胸に抱く。
「あいつ、ずいぶん派手にやりよるなあ」
思った以上に明るい声を出し、石川の腕から抜け出す。
「これくらい、初めからわかってたことや。殺らなきゃ殺られるねん」
もうその小さな目は、足元を見つめてはいなかった。銃声や叫び声が聞こえる方を、
じっと見据える。そして小声で、それが戦争やねん、と呟いた。
59 名前:第5話 柔らかな光 投稿日:2001年09月15日(土)16時01分06秒
「吉澤さん、吉澤さん!」
事態は、予想以上に芳しくなかった。
吉澤は、先程自分を守ったため、満足に歩けないほどの負傷を足に負っている。
それをチャンスと見たか、周りをいっせいに取り囲む兵士達。
そしてこんなピンチにおける頼みの綱は、今日手に入れたばかりで、どこまで
信じていいのかすらわからないこの力。
「辻、落ちつきな。あんたのその光があれば、そう簡単には打ち抜けない」
あくまで凛としたその姿勢。
その姿を怖いと思ったこともあったが、今はそれが頼もしい。自分に、際限の
ない勇気をくれる。
60 名前:第5話 柔らかな光 投稿日:2001年09月15日(土)16時01分49秒
「でも、守ってばかりってのは、あまりよろしくないね」
それは辻も感じていたことだ。
どうやら、この光を維持しつづけるためには、相当な精神力が要るらしい。現に、
辻はもう限界に近いところまで追い詰められていた。まるで風邪のときのように、
頭がズキズキする。
「吉澤さん」
辻は意を決して、吉澤に声をかける。吉澤は、何? と、口の動きだけで言った。
その苦しげな様子で、辻も覚悟を決めた。
「その光、何秒持ちますか?」
話す間にも、周りにいる人間の数を数える。いち、にい、さん……。八人の男が
自分達を囲んでいた。
「三十秒、……いや、一分持たせて見せる」
吉澤にしても、精一杯の強がりだった。それに気付いた辻が、半分泣きそうな
表情で頷く。
「……じゃあ、行きます!」
61 名前:第5話 柔らかな光 投稿日:2001年09月15日(土)16時02分39秒
その言葉を合図に、辻が出していた盾のような光が、人間一人分くらいの大きさ
にまで縮まる。それと同時に、彼女の右手から、剣のような形の光が現れた。
「なっ!?」
突然攻めに転じた辻の動きを判断する前に、一人が切りつけられる。慌てて
撃たれた弾丸はほとんどが見当外れなところへ飛んでいき、僅かに辻の元へ
飛んできた弾も、生き物のように動く盾にあっさりと防がれる。
「クソッ! あっちの女を狙え!」
しかし、その言葉にも惑わされることなく辻は、一人、また一人と死体の数を
増やしていく。吉澤も、襲い掛かる弾丸の痛みに必死で耐えていた。

その戦いが終わったのは、辻が動き出して、僅か三十秒後のことだった。
62 名前:第5話 柔らかな光 投稿日:2001年09月15日(土)16時03分09秒
「すごい……」
「のの、やるなあ」
人の死体を頼りに吉澤達の後を追っていた二人は、壊れた扉の隙間から、偶然
今回の戦いを覗き見ていた。
その感想は、想像以上の一言だった。何より、先程の辻には、言いようのない
凄みを感じた。
そこで、石川は吉澤の怪我に気付く。
「あいぼん、吉澤さんの足……」
見るからに重傷で、あれでは、歩けるのかどうかすら心配になる。
「とりあえず、行かん?」
加護に促され、石川もドアをくぐる。
63 名前:第5話 柔らかな光 投稿日:2001年09月15日(土)16時03分58秒
僅かな音しか聞こえなかったはずだが、それに反応し、辻が瞬時に振り向いた。
「あいぼん!」
今まで緊張に強張っていた顔が、僅かに綻ぶ。しかし、すぐに吉澤の方を見て、
複雑な表情へと変わった。
「希美ちゃん、吉澤さんの怪我はどれくらい?」
「たいしたことないさ」
辻ではなく、吉澤がその問いに答える。詳しいことはわからないが、強がって
いるのは見え見えだった。
チラリと辻の顔を見る。辻は石川の視線に、黙って横に首を振った。
「見せて」
石川が吉澤に近づき、その傷を覗き込む。それは深くえぐられていて、たいした
ことないと平気な顔で言えることが驚きだった。
「さ、行こうか」
「吉澤さん!」
必死に引き止めるが、怪我をしてなお、吉澤の力は石川を逸していた。これで、
光でも纏われた日には、もうどうすることも出来ない。
64 名前:第5話 柔らかな光 投稿日:2001年09月15日(土)16時04分45秒
「無茶すんなや」
ふっと、石川にかかる力がゼロになる。加護がその小さな体に見合わない力で、
吉澤を抑えていた。
「はっきり言うけど、足手まといやねん。うちは別に気にせんけど、この二人
の性格なら、自分を盾にしてでもあんたを守るで?」
吉澤は俯いて唇を噛む。その目が、微かに光って見えた。
無意識に石川は、吉澤を優しく包んでいた。
「梨華……ちゃん?」
驚いて、顔を上げる。そして、顔が想像以上近くにあることに再び驚き、また
俯く。
「…悔しいよね…悔しいよね、自分が足手まといになっちゃうなんて。こんな傷、
すぐに治っちゃえばいいのに」
石川も、泣いていた。それを必死に押し留め、言葉を紡ぐ。「痛いの痛いの、
飛んでいけ」って、幼稚だとは思うけど、何度も何度も繰り返した。
65 名前:第5話 柔らかな光 投稿日:2001年09月15日(土)16時07分42秒
「え……?」
吉澤が、さっき以上に驚いた顔をして、石川の方を見た。少しずつだが、確かに
痛みは和らいでいる。
「綺麗……」
「……ほんまや」
二人の周りを、暖かな、柔らかな光が包み込んでいた。
気が付いた頃には、ほとんど傷は閉じられていた。
そんな光景に見ほれていたから、二人は近くで物音がたったのに気付かなかった。
「辻!」
吉澤が必死で叫ぶ。吉澤の視線の先には、銃を持った男が立っていた。
その言葉にいち早く加護が反応するが、いかんせん距離が長い。
吉澤は必死で石川を突き飛ばした。銃声が聞こえたのは、それとほぼ同時だった。
66 名前:第5話 柔らかな光 投稿日:2001年09月15日(土)16時08分18秒
吉澤は、一瞬自分の能力が上がったのかと錯覚した。目の前まで来た銃弾は、
吉澤の目にはスローモーションに見える。いや、確かに、その速度は急激に
落ちていた。
それを難なく、吉澤は弾き飛ばす。
そのすぐ後、加護の拳が男を捕らえていた。
「すごいやん」
遠くの加護の目からはしっかりと見えていた。銃弾は、二人を取り囲む光の中
に入った途端、その速度を落とした。
「梨華ちゃんこれって……?」
吉澤は、先程まで傷が合ったはずの部分を指差す。石川は、ただ首をかしげて
いた。でも、吉澤には何となくわかった。
それが、石川の能力だと言うことが。
67 名前:第6話 格上 投稿日:2001年09月16日(日)04時42分03秒
そこからは順調だった。
一対多数で、十分優位な戦いを出来ることが確認された辻と加護、傷が癒え、
本来の力を出せるようになった吉澤、そして、守備と言う面においては、絶対
の力を持つ石川。
訓練されているとはいえ、元一般市民の急増兵士が何人集まったところで、
手に負える相手ではなかった。
「このまま、一気に行くよ」
吉澤の声で三人にも気合が入る。このまま、彼女達を止められる者などいない
はずだった。
68 名前:第6話 格上 投稿日:2001年09月16日(日)04時46分01秒
「こっから先は、ちょっと行かせらんないな」
突然行く手を遮る、一人の少女。自分達よりは年上みたいなので、少女と呼んで
いいものなのかはわからなかったが。
「殺すよ?」
吉澤は、何とはなしにそう言い放ったつもりだった。しかし、何故か、語尾が震えた。
「可愛いね。怖いの?」
そして、その少女はそれを目ざとく見つける。
「うるさい……」
自分でも動揺しているのがわかる。こんな漠然とした不安を覚えるのは初めてだった。
69 名前:第5話 柔らかな光 投稿日:2001年09月16日(日)04時46分57秒
「なんかあるで?」
「わかってる」
二人が跳んだ。恐らく、常時出せる力と言うことなら、この二人が双璧だ。石川
と辻に出来ることなどない。
先に加護が少女のもとへたどり着いた。一瞬で首を掴む。
「何を隠してるんや?」
「別に」
ふふん、と鼻で笑う。それを見て、首を掴む手に力を入れる。瞬間、光が二人
を覆った。
「あいぼん!」
遠くにいたはずの加護が、私たちのところまで吹き飛ばされる。
「くっ!」
すぐ後に吉澤が続く。後先考えず、全力で光を放出した。しかし、彼女に至っては、
少女のもとへ辿り着くことすら出来なかった。反対側の壁に叩きつけられる。
それを、石川は呆然とした表情で見つめていた。
触っていないのだ。少女は触っていない。しいて言えば、その腕を振りかざしただけ。
それが……。
70 名前:第6話 柔らかな光 投稿日:2001年09月16日(日)04時48分15秒
加護の方を見る。腹の部分に焼かれたような跡が残っていた。苦しげな表情を
見るに、立ち上がりさえ出来ないだろう。
「希美ちゃん、あの人を引き付けて。その間にこの傷を治してみる」
辻は、黙って頷いた。くれぐれも無茶はしないでね、と付け足す。あの二人を
いともあっさり倒してしまう相手を前に、無茶をしないでは無理と思ったが、
光を纏った加護に、これほどの傷をつける相手では命すら危ないように思えた。
「行きます!」
盾の形の光を紡ぎ、少女に突っ込む。石川も、加護の傷口に手を当てた。
71 名前:第6話 格上 投稿日:2001年09月16日(日)05時31分40秒
「……これで、三人目」
楽しそうに、手を振りかざす。しかし、少女の予想外にも、辻は吹き飛ばなかった。
それどころか、切り付けられ、右腕から血が流れる。
「のの、やるやん!」
先程吹き飛ばしたはずの加護まで、何故か元気な様子でこちらへ向かってくる。
(なるほどね。面白い能力だ)
今まで見たことがない能力達に、少女は興奮していた。まだ相対していない石川
を目で追う。彼女は二番目に吹き飛ばした吉澤のもとへ向かっていた。見たところ、
打たれ弱そうだったので、もう二度と立ち上がることはないと思っていたが、
見る見るうちに傷口がふさがっていく。
(彼女が、あのちっちゃい子も治したのか。それなら)
考えるよりも先に体が動いていた。一直線にあの少女のもとへ向かう。当然その
意図を見抜いている吉澤が石川を庇うように前に出る。
72 名前:パク@紹介人 投稿日:2001年09月17日(月)14時13分31秒
こちらの小説を「小説紹介スレ@赤板」↓に紹介します。
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=red&thp=1000364237&ls=25
73 名前:こいつの作者 投稿日:2001年09月18日(火)01時36分07秒
パソコンが壊れたので、i-modeからです。
少しの間、更新が滞ります。
>> パク@紹介人さん
ありがとうございます。
まだ、第六話続いてます。
74 名前:ななし読者 投稿日:2001年10月05日(金)13時52分33秒
こういう話、大好きなんですよ〜。
すっごい期待してます。
早く、パソが直るといいですねぇー。
75 名前:こいつの作者 投稿日:2001年10月11日(木)17時29分06秒
>>74 すいません、直んないです。ただ、せっかく彼女が復帰みたいなので少し頑張る。
76 名前:第6話 格上 投稿日:2001年10月11日(木)18時33分31秒
「まだ若いよ」
少女はそうつぶやき、吉澤の接近を迎え打つ。腰を深く下ろし、攻撃を繰り出
すタイミングを測る。
そして、吉澤が自分の間合いに入った瞬間、彼女は大きく横に飛んだ。
「早いじゃん」
けど、この程度のスピードなら捉えられる。それだけの実戦
を積んできた自信が、少女にはあった。
しかし、吉澤を目で追いかけた少女の目に、第二の人物が映った。
「加護っ!」
吉澤が必死に叫ぶ。加護は返事をする代わりに、少女に
つっこんだ。
77 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月18日(日)17時23分04秒
続き待ってます
78 名前:第6話 格上 投稿日:2001年11月29日(木)06時09分55秒
 しかし、少女の方が上手だった。寸でのところで加護の突進をかわす。そし
て、その目に石川がとらえられた。
 一瞬のうちに、息も届くほど近くへ潜り込む。
「簡単には……!」
 石川も光を身に包み、後ろへ飛んだ。それを追いかけるように、少女の手が
かざされる。
「へえ〜?」
 少女が感嘆の声を上げる。彼女の放った光は、石川の元まで届くことはなか
った。
(本当に面白い。わくわくするよ)
石川に息をつく暇も与えず、少女が体を密着させる。二人の視線が交錯した。
石川の周りを覆う光が、輝きを増す。

 決着は一瞬だった。

 石川の体がくの字に曲がり、そのまま崩れ落ちる。
「梨華ちゃんっ!」
「面白い能力だけど、ゼロの距離には対応できないみたいだね」
 呟くようにそう言うと、残りの三人に向き直った。回復能力者が消え、残り
三人。少女には難しい仕事ではない。
 少女は、早めに終わらせることに決めた。
79 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月10日(月)16時07分52秒
だぁ…梨華ちゃんが…
3人ピーンチ!!!

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