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金のリンゴ
- 1 名前:はじまり、はじまり。 投稿日:2001年07月24日(火)02時11分36秒
- 青空の下。
緑一色の地平線。点在する広葉樹と、それがつくる影。
それだけしかない広すぎる草原のど真ん中。
- 2 名前:はじまり、はじまり。 投稿日:2001年07月24日(火)02時13分11秒
- やけに小柄な少女が歩いている。
深い緑色のハーフパンツ、同色のベスト、ポケットのたくさんついたリュック。
小さな体に比例した小さな頭に大きなサンバイザーをつけ、その上にやはり大きな
ゴーグルを装着した少女が、地べたに腰を下ろして大声をあげた。
「あー疲れた!ロボ、イシカワ、ここらで休憩にしよう」
それに抑揚のない声がこたえる。
「ヤグチ、もう疲れたの?」
「いや、・・・」
ロボと呼ばれた長身の、赤いワンピースが似合う女性型ロボ(傍目には人間と変わら
ないのだが)は、ヤグチを見下ろすようにして立っていた。彼女の本当の名前は「イ
ーダカオリ」というのだが、ヤグチはいつも彼女のことを「ロボ」と呼ぶ。
- 3 名前:はじまり、はじまり。 投稿日:2001年07月24日(火)02時14分52秒
- さえぎるものがほとんどない草原を一陣の風が吹き抜け、ロボの長い黒髪をなびかせ
た。ヤグチはその綺麗な揺らぎを見上げて、一瞬見とれてしまった。
「・・・疲れたわけじゃないけど。イシカワは?」
「あっち」
ロボが腕をまっすぐ伸ばして指差す方角には、長いスカートをひきずり花柄の日傘を
さした、見るからに「お嬢様」といった感じの少女が腰をかがめていた。
「イシカワー!なにやってんだよ」
イシカワと呼ばれた少女はヤグチに呼ばれたことに気がつき手を振る。と、彼女の手
にはでっかいゲジゲジみたいな巨大な虫がたくさんの足をゾワゾワと動かしていた。
「いい薬虫見つけましたー。これ、冷え性にきくんですー」
笑顔でゲジゲジを振りかざすイシカワを見て、ヤグチは心の底から
「あーーーーーーーアイツ連れてこなけりゃよかったかも」
と思った。
- 4 名前:はじまり、はじまり。 投稿日:2001年07月24日(火)02時16分43秒
- 「あ・・・・」
ロボが呟いた。その目はとても虚ろで、どこを見ているのかも分からない。
「・」
なにか言い出したかと思えば黙り込む。ロボはよくこうする。
「ロボ!また交信かよっ!続き言えよ気になるからっ!」
ヤグチが右の手の甲で突っ込んでみるが反応はない。
- 5 名前:はじまり、はじまり。 投稿日:2001年07月24日(火)02時18分35秒
- 二人と一台は、目的があるんだかないんだか良く分からない旅の途中。
とりあえずはどこかの街に行くために、彼女たちは徒歩で草原を横断あるいは縦断し
ているのだった。
「あー。街はどっちだ」
「カオリね、・・・・・・」
「あらまあなんて素敵な節足動物」
- 6 名前:津軽 投稿日:2001年07月24日(火)02時23分27秒
といったところから、物語ははじまります。
非常にノロい更新になると思いますが、気長におつきあい下さい。
- 7 名前:玲 投稿日:2001年07月24日(火)14時02分48秒
- 3人の会話がかみ合ってなくておもしろい!(w
- 8 名前:玲 投稿日:2001年07月24日(火)14時03分23秒
- すいません!ageちゃいました…
- 9 名前:津軽 投稿日:2001年07月25日(水)16時28分29秒
- >>7
祝・初レス。ありがとうございます。
ゆっくりのんびり、おつきあい下さい。
- 10 名前:津軽 投稿日:2001年07月25日(水)16時29分30秒
第一章「なにが出るかなアンダーグラウンド」
- 11 名前:1・笑うヤグチに泣くイシカワ、あさってを見つめるイーダロボ 投稿日:2001年07月25日(水)16時30分10秒
- ロボの様子がおかしい。
そのことにヤグチが気がついたのは、ロボの顔中の穴という穴すべてから煙がもうも
うと立ち上っているのを見た時だった。
「た、たいへんイシカワ!ロボがへん!」
しかし言ってみて「ロボがへん」というフレーズを過去に何度も口にしていることに
ヤグチは気がついた。
「そうだ、今に始まったことじゃないんだ」
妙なところでヤグチは納得した。
- 12 名前:1・笑うヤグチに(略) 投稿日:2001年07月25日(水)16時31分18秒
- ところが。思ったそばから今度はロボの鼻からオイルが。
「まあ、それもアリかもね」
なにしろ「へん」なロボットなのだ。
さらには今度は口から発光ダイオード。おまけに左右の眉毛がそれぞれ違う方向にぐ
るっと回転して「チーン」と音がしたかと思うと頭のてっぺんから焼き上がったトー
ストが出てきた。2枚。
顔面びっくり箱になったロボを見て、さすがにヤグチは思った。
「シュールだ。いやちがう、これは問題だ」
- 13 名前:1・笑うヤグチに(略) 投稿日:2001年07月25日(水)16時32分16秒
- すこし離れたところで、なにやらスープのようなものを煮込んでいるイシカワ。
石を簡単に組んだだけのかまどにかけられた鍋の中には、黄土色の液体が淀んでいる。
浮かんでいるのはそこらで見つけた薬草、と薬虫。
「きゃあーなんておいしそうー」
巨大なスリコギでかき混ぜているイシカワは心の底からの笑顔だ。
「イシカワー、ちょっと、ロボがぶっ壊れたよー」
ヤグチが呼ぶが、一心不乱なイシカワには聞こえていない。
ふいに「ディアアアアアアア」というノイズがかったロボの絶叫が辺りにこだまして、
空を飛んでいたデンショクコウモリが一羽、泡を吹きながら鍋の中に落ちた。
「いいわ、これも隠し味。きゃあー本格派」
「オレ食ってもマズイだけだぞキキーキー」と最後の言葉を残して、デンモリ(略称)
はすぐにぐったりした。デンモリの脇から生えている青い豆電球が、チカチカとスープ
に彩りを添えた。
- 14 名前:1・笑うヤグチに(略) 投稿日:2001年07月25日(水)16時33分01秒
「イシカワ!ちょっと、さっきから呼んでるでしょ?」
ヤグチに肩を掴まれても、イシカワは鍋から目をそらさない。
「スープづくりはいいから!ロボがぶっ壊れたんだってば!」
まだ鍋をかき混ぜ続けるイシカワ。
ヤグチはイシカワを強引に向きなおらせた。
「なにするのよー、スープがスープガ冷めチャうジャないノよー」
イシカワの目は狂気に満ちている。ヤグチはやれやれと溜め息をつき、小さな体を思
いっきり振りかぶって、いい感じのビンタをイシカワの頬にぶち込んだ。
「きゃあーいたいー!なにするのヤグチさん。くすん」
途端にしおらしくなるイシカワ。ヤグチは尻もちをついた格好のイシカワの足がちゃ
んと「ル」の字に折れているのを見て、彼女が「オンナノコモード」に戻っているこ
とを確認した。
「ごめんイシカワ。ちょっと軽くイッてたみたいだったから、目を覚まさせてあげた
んだ」
「それにしたって叩くことないのに・・・ぐす」
- 15 名前:1・笑うヤグチに(略) 投稿日:2001年07月25日(水)16時33分52秒
- 大きな菩提樹の木陰でロボはまだ煙を出し続けていた。
「イシカワ、これ、どう思う?」
直立したままのロボを、彼女とロボの身長差ではどんな体勢であれそうなのだが、下
から見上げながらヤグチはイシカワに聞く。
「わからないです・・・ぐす」
イシカワの目はまだ赤い。
ただの故障にしては、ちょっと、面白い壊れっぷりだなあ。
そんなことを考えながら、ヤグチは腕を組んでロボを観察した。焼き上がったトース
トがいつのまにか数枚、ロボの傍らに落ちていた。そのトーストを野生のハリギツネ
がかじっていた。
「あっちいけ、しっしっ」
追っ払われたハリギツネは、「きゅっきゅー」と鳴いてどこかへ行った。
- 16 名前:1・笑うヤグチに(略) 投稿日:2001年07月25日(水)16時34分40秒
- ふいに。
「カオリね、とっても調子が、イーダー」と、
こんな状況ではなおさら笑えない駄洒落をロボが言うのと同時に、微妙な位置にある
「交信中」と記された小さなランプが、消えた。ロボは膝から崩れ落ち、あやうくヤ
グチは下敷きにされそうになった。全身機械のロボの重量はかなりのものだ。潰され
たらひとたまりもない。
ズズーーーン
大きな音を立てて、ロボはうつぶせに突っ伏した。
「こりゃあ・・本格的に、壊れちゃった。あはは」
- 17 名前:1・笑うヤグチに(略) 投稿日:2001年07月25日(水)16時35分44秒
- なにより一番問題なのは、ここがだだっ広い草原のど真ん中ということ。人とすれ違
うことすら逆の意味で無理なこの場所で、この壊れたロボをどうしたらいいのか。
「私達だけじゃ、運べないしね・・・。誰かが通りがかってくれるのを待つしか・・」
参ったなあ、と思いつつもヤグチの顔からは笑みがこぼれる。徹底的に明るいのか不
真面目なだけなのか分からないが、彼女は深刻な事態ほどよく笑う。
「ロボさん・・・・死んじゃいやだよう・・・くすんくすん」
笑顔のヤグチとは対照的に、傍らのイシカワは涙を流していた。本来の彼女は、こう
だ。ちょっとしたことで過激にヘコむ。普段のそうしたネガティブな部分がときどき
反動となって形を変えて出てきてしまい、先刻の彼女のように人格を変えてしまうこ
ともあるが。
「イシカワ・・・ロボは、ロボなんだから、死なないから。あははは」
「・・・このままロボさん直らなかったら・・・くすん」
- 18 名前:1・笑うヤグチに(略 投稿日:2001年07月25日(水)16時36分31秒
- ロボはうつぶせに倒れっぱなしだ。
「ヤグチさん、ロボさんを仰向けにしてあげません?」
いつまで経っても誰も通らない。というか、誰も視界に入らない。いい加減ヤグチの
笑顔も引きつり気味になってきた頃、イシカワは泣き腫らした顔で呟いた。
「なんで?」
「いや、その、ロボさんも女の子だし、うつぶせのままだと顔汚れちゃうかな、って」
ヤグチはロボを見やる。ロボのこめかみのあたりに小さな虫が這っているのを見て、
ヤグチは舌を鳴らした。
「まあ、いいけど」
二人はロボの体に手をかけ、いっせーの、で力を込めて裏返した。ロボの顔が押し付
けられていた地面には、唇のあとがくっきり残っていた。
「ふう」
「よかった、ロボさん」
「なにが、いいんだか・・・・」
草原にたたずむ三人。日はまだ高く、天気もいい。
平和な空の下でひなたぼっこをする羽目になった二人と一台は、ただ緑の地平線の彼
方に誰かが表れるのを待つのだった。
あらぬ方向を、ロボの瞳は見つめ続けていた。
「ロボ・・・直ってよ」
- 19 名前:名無し男 投稿日:2001年07月26日(木)12時35分53秒
- デジタル所さん思い出した。
- 20 名前:津軽 投稿日:2001年07月28日(土)06時49分44秒
- >>19
あー。イメージとしては少し近いかもしれませんね。
- 21 名前:2・ウシと少女+1 投稿日:2001年07月28日(土)06時54分54秒
- 「ふあ〜。イイ天気だね。アスカ」
少女は腕時計のような小型ターミナルからつき出た小さなモニタを覗き込む。その画
面ではショートカットで丸顔のアスカという少女が微笑んでいた。
「イイ天気だね。ナッチ」
オウム返しをくらったナッチと呼ばれた少女は、頬を膨らませてモニタの中のアスカ
をにらむ。
「なにさそれ。もっと愛想よくてもいいんでない」
そもそも人工知能のプログラムであるアスカに腹を立てることが間違っているのだが、
彼女はいつだってアスカに人間的な反応を求める。
- 22 名前:2・ウシと少女+1 投稿日:2001年07月28日(土)06時56分42秒
- ナッチは路上生活でその日暮しをする、いわゆるストリート・チルドレンと呼ばれる
子供達のひとりだった。ゴミ集積所や廃材置き場をあさってどうにか使えそうなもの
や修理できそうなものを拾い集め、それを売りさばくことで二足三文の収入を得て、
それで日々を食いつなぐという毎日を送る。
ある日、あまり見たことのない集積回路や人形機械の残骸などがうずたかく積まれた
なかに、小さなリストターミナルを見つけた。面白半分に装着してみると、それはま
だ起動した。マッチ箱ほどの大きさのモニタがシャキッと飛び出して、そこに姿を現
した少女。
「どこの誰だか知らガーないけれど、拾ってくれたガガーようでありがピー」
ノイズを思いきり含んだ声でそう言った少女が、アスカだった。
路上生活を続けるなかで同じような境遇の、口をきく程度の知り合いもいた。しかし
彼らもまたその日一日を生きていくことが精一杯で、必要以上に親密になることはな
い。馴れ合いは彼らには必要ないからだ。
だからアスカは、ナッチのはじめての友達になった。
それが人工のプログラムであっても。
- 23 名前:2・ウシと少女+1 投稿日:2001年07月28日(土)06時58分00秒
- 「アスカ、もう少し気のきいたことを言えるようになろうよ」
「必要があればそうするけどね」
小さなモニタと会話しながらナッチは、一匹の乳牛を連れて草原の真ん中を歩いてい
た。この乳牛もまた、彼女のかけがえのない友達だ。
とある生体実験施設の廃材置き場でみつけた、「乳牛入り」と書かれたマイクロカプ
セル。マイクロカプセル自体はそこの廃材に頻繁に紛れているが、大抵の場合は中身
はカラで、開けてみてもなにもないことがほとんどだ。だから彼女がそのカプセルに
気がついて、さらにそれを開けてみたら本当に乳牛が入っていたのは幸運だったと呼
ぶほかない。外気に触れて普通の大きさに解凍された乳牛を見てナッチは「モーたま
げた」と呟いた。
その乳牛がナッチの転機だった。
その日以来、彼女はアスカと乳牛「チチウシ」を連れて旅をしている。どこかの街に
落ち着いたら、そこで絞り立ての牛乳を実演をまじえて売る。いまどき、本物の乳牛
なんてなかなか拝める代物ではない。本物の牛乳ならなおさらだ。そしていくばくか
の金額がたまったら、またどこかへ旅をする。
- 24 名前:2・ウシと少女+1 投稿日:2001年07月28日(土)06時58分55秒
- 「モォォォォ」
ふいにチチウシが鳴いた。ナッチは足を止める。
「どしたチチウシ?絞るかい?絞るかい?」
乳牛は頻繁に乳を絞ってやらないと体長を悪くする。ナッチは腰をかがめてチチウシ
の乳房の先をやさしく握った。しかしなにも出ない。
「あれ?どした、まだ絞らなくてもいい?」
「ナッチ、そうじゃないみたい」
アスカがモニタの中から呼びかける。
「絞ってほしい鳴き方じゃないよ、今の」
鳴き声の波長とかそこに含まれるなんたら波がどうのとか、とにかくそういった科学
的な分析をしたらしいアスカが言う。
「じゃあ、なんなのさ」
そう言って身を起こしたナッチは、チチウシが遠くの一点を凝視しているのに気付き、
その視線を目で追ってみた。一面の地平線のところどころに影をつくっている木。そ
のうちのひとつの木陰に、わずかにだが、人陰らしきものが見えた。
「人がいる」
「そうみたいだね」
「モォォォォ」
- 25 名前:2・ウシと少女+1 投稿日:2001年07月28日(土)06時59分47秒
- はじめヤグチは、近付いてくる少女らしき人陰の傍らにいる動物がなんなのかわから
なかった。ロボの側に寄り添うようにして寝ているイシカワを揺り起こし、顎でその
方向を示した。するとイシカワは両手をおおげさに胸の前で組んで驚きながら言った。
「あらぁ珍しい。ウシさんです。ウシ。ウシ」
「ウシ?」
ヤグチは首をひねった。
実物を見たことはないが、ウシというのはあんな奇妙な、白と黒のまだらな見た目な
んだろうか。話に聞いたウシというのは、茶色くて、ツノがあって、あんな女の子が
ひとりで連れて歩けるようなおとなしい動物じゃなかったハズだけど。
ヤグチはウシはウシでも違う種類のウシを想像していた。
近付いてくるにつれて、そのウシの奇妙な模様がはっきりと見えてくる。ヤグチはな
ぜだかその模様がすこし気味悪いものに見えた。
「ウシ、ウシ」
なにが嬉しいのかわからないがイシカワはウシばっかり連呼している。ウシを連れた
少女が手をふりながら声をかけてきた。
「なーにしてんだー?」
ひどく間の抜けた、妙なアクセントで。
- 26 名前:2・ウシと少女+1 投稿日:2001年07月28日(土)07時00分39秒
- 「そぉかぁ。大変だなぁ」
ナッチと名乗る少女はチチウシというウシの手綱を木の幹にくくりつけた。ロボの故
障のために困っていることをヤグチが告げると、ナッチは他人事ではないような本当
に心配そうな顔をした。
「私がなんとかできるかも」
ヤグチはその声の出所がわからなくてオロオロとあたりを見回す。ナッチが微笑んで
「ここ、ここ」と言って自分の左手首のあたりを指差すと、そこには小さなモニタの
ようなものが張り出していて、少女が映っていた。
「アスカっていうんだ」
「よろしく」
小さな四角の中で手をかざして挨拶するアスカにどう返事したらいいかわからず、や
っぱりヤグチはオロオロした。
- 27 名前:2・ウシと少女+1 投稿日:2001年07月28日(土)07時01分28秒
- チチウシが倒れているロボの顔を舐めまわしている。イシカワはなんとかやめさせよ
うとしているが、ウシの登場にやたらはしゃいでいたわりには怖いようで、おっかな
びっくり手綱を引っ張ったりしている。
「なんとかできるって?」
ナッチとヤグチは木陰に並んで腰かけ、ふたりでモニタの中のアスカを覗き込む。
「私がそのロボの中に入るよ。中から動かす」
「どういうこと?」
ナッチが間髪入れずに心配そうな調子で質問する。アスカは、まあまあと手で制する
仕草をしてみせた。
- 28 名前:2・ウシと少女+1 投稿日:2001年07月28日(土)07時02分18秒
- 「あのロボ、自己修復やエラーリポートすらできていないところを見ると、どこかの
部品が壊れたとかじゃなくて多分根本的なシステムがダウンしているんだと思う。だ
から私自身がとりあえずはその代わりになるよ。自律プログラムにはこういう使い道
もあるんだっていうことをね、見ててよナッチ」
「よくわからないけど、あとでアスカは出てこれるの?」
ナッチが念を押す。
「大丈夫だから」
変な関係だ。機械と人間なのに、本当の友達みたい。私もロボもそう見えるのかな。
ヤグチは思った。
「それじゃ、アスカ・・さん、頼んでいいのかな」
ヤグチは自分でも人工知能相手に敬称を使うのは変だと思った。
「アスカでいいよ」
でも、変に親しげなのもまた違和感があるとも思った。
- 29 名前:2・ウシと少女+1 投稿日:2001年07月28日(土)07時03分11秒
- 「とりあえずロボを動かしてどこか街まで行こう。そこで修理してもらう見通しがた
ったら、そこで私はまたナッチのターミナルに戻る、と」
とりあえずのところ、ほかに案はない。
ナッチもアスカが戻ってこれると聞いて異存は無さそうだし、これでいくべきだろう。
「ロボの入力端子はうなじのあたりに・・・」
ヤグチはロボに目をやる。ロボの顔はチチウシの唾液でベトベトだった。イシカワ
はもう泣きながら体を張ってチチウシを引き剥がそうとしている。
「ウシさーんやめてぇぇぇぇぇ」
「モォォォォォ」
笑って、いいものかどうか。
ナッチは一瞬迷ったが、ヤグチが声をあげて笑ったのをみて、つられて大笑いした。
「たぶん、あの型なら大丈夫。いけると思う」
アスカは冷静だった。
- 30 名前:2・ウシと少女+1 投稿日:2001年07月28日(土)07時04分06秒
- 「いやぁぁぁぁウシさぁぁぁぁぁぁん」
とりあえずチチウシとロボを放すために、イシカワに手綱を握らせた。案の定今度は
イシカワがチチウシのターゲットだ。
「いいかイシカワ、絶対に放すんじゃないぞ」
とヤグチに言われて預かった以上、なにがなんでも手綱を握る手を緩めるわけにはい
かない。が。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
ウシに弄ばれるイシカワの声がなんだか少し色っぽい。
「さて、と」
ヤグチは腰を下ろし、ロボの顔を横に向けた。長い黒髪をよけると、うなじに小さな
針穴のようなものがいくつか見えた。
「これなんだけど・・・大丈夫?」
「OK」
モニタの中でアスカは親指を立てた。
「んーっと。これだっけか」
ナッチはターミナルのモニタ脇にある小さなボタンを押した。するとモニタがくるっ
と反転し、その一辺に端子らしいものが見えた。
「これを直結するだけ。あとは私がやる」
アスカの声だけがする。ナッチはその端子をロボのうなじにつなげた。
- 31 名前:2・ウシと少女+1 投稿日:2001年07月28日(土)07時05分25秒
無音。
「・・・アスカ?うまくいった?」
ナッチが心配そうに声をかける。ヤグチは黙って見ていた。
しばらくして、ロボの微妙な位置にある「交信中」のランプがついた。
ロボの口が開く。
「完了。成功したよ。カラダがあるっていうのも、なかなか・・・」
- 32 名前:2・ウシと少女+1 投稿日:2001年07月28日(土)07時06分27秒
気がついたら、ロボが消えていた。
ロボが横たわっていた場所にはなにもなく、少々の砂ぼこりが舞っているだけだ。
「・・・・・・・は?」
「・・・・・・・え?」
ナッチとヤグチは目の前で起きたことがまったく分からない。
姿がない。消えてしまったのだ。
- 33 名前:2・ウシと少女+1 投稿日:2001年07月28日(土)07時07分25秒
- 「・・・ちょ、ちょっと、アスカ!?どこ!?どこ行っちゃったの!?」
とりあえずロボがいないという事実のみを理解したナッチが叫んだ。あたりを見回す
が、なにもない。チチウシとイシカワがいるだけだ。
「イシカワ!ロボどうなったか見てなかった!?」
ヤグチが大慌てでイシカワに聞く。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
イシカワはどうやらそれどころではないらしい。
ナッチもヤグチもあたりを見回したが、隠れられそうな場所などない。
360度が地平線のなかで、いきなりロボが消えた。
「アスカー!?どこー!?」
叫ぶナッチは涙で顔がぐしゃぐしゃだった。そのひどい狼狽ぶりにヤグチは驚いた。
もちろん彼女自身もまたロボの行方が気にかかってはいたが。
- 34 名前:2・ウシと少女+1 投稿日:2001年07月28日(土)07時08分39秒
「どいてどいてーーーー!!」
その声は頭上から。
ナッチとヤグチが同時に見上げると、逆光で良くは見えないが何かが彼女達目がけて
落ちてきているようだった。ヤグチは手をかざして目を細めてみた。すると、
それはロボだった。
ロボが彼女達めがけてまっ逆さまに落ちてくる。
「あぶなーーーーーい!!!」
落ちながらロボが叫んでいる。
「え・・・ちょっ・・・きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
絶叫がきれいにステレオで響いて、その絶叫もロボの墜落の爆音によってかき消され
た。
ドォォォォォォォォォン
その衝撃に驚いたたくさんの野鳥たちが、草原に点在する木々からいっせいに飛び立
った。
- 35 名前:3・ロボの謎 投稿日:2001年08月02日(木)23時24分16秒
- 「これは・・・放磁フィールドの展開機か。直せるなこれ」
ナッチはその扁平な機械を廃材の山の中から目ざとくみつけた。今日のところはこれ
がいちばんの収穫になりそうだ。それを抱えて彼女は「住処」に戻る。
アルミ板や太陽電池板を立て掛けただけの、とても家とは呼べない、部屋とも呼べな
いただの狭い空間が、とある路地裏にある。それが彼女の住処。
「アスカ、今日は大物ゲットだよ」
ナッチは垂れかけた毛布をめくって身をかがめて中に入り、やはり拾い物の小さなち
ゃぶ台のうえに置かれたターミナルのモニタに話しかける。
「それが大物って言えるようなものなの?」
アスカの言うことはいつも手厳しい。
「そんなこと言うもんでないよ。これ直して売れたら久しぶりにおいしいものだって
食べれるかもしれないんだから」
モニタのなかのアスカに、ナッチは目を輝かせながら話し掛ける。
これが彼女の日常。これが彼女の生活。
- 36 名前:3・ロボの謎 投稿日:2001年08月03日(金)02時10分57秒
- ナッチはその狭い空間の中で座り込みながら、今日拾ってきた廃材の修理をはじめる。
そんな作業も手慣れたものだ。
「んーと、放磁器と磁極のバランスがいまいちだなこりゃ」
「それじゃダメだよ。磁極を研摩しないと弱いよ」
おまけにアスカが力強いアドバイザーの役目を果たしてくれる。
ナッチが修理にしばらく没頭していると、ふいにアスカが珍しく感傷的な声で呼び掛
けた。
「ナッチ・・・話があるんだ」
むろん、そんな声色などもアスカのプログラムのうちではあるのだが。
「なした?そろそろ電圧落ちてきたかい?」
アスカに背を向けた体勢のままナッチは返事をした。
- 37 名前:3・ロボの謎 投稿日:2001年08月03日(金)02時11分55秒
- 「そうじゃなくて・・・ナッチ、私、お別れしなきゃいけないの」
ナッチは驚いて振り返った。
彼女が見たモニタの中にはアスカの姿はなかった。代わりに髪の長い、アスカより年
上の容姿の少女が映っていた。その少女が、アスカの声のままで告げた。
「私、カラダを手に入れたんだ。もうこんな狭いところから抜けだせる。じゃあね」
アスカの声を持つ少女はそう言って、モニタの中から消えた。ナッチは呆気にとられ
た。
「・・・ウソでしょ?アスカ、冗談言うなんて珍しいじゃない・・・」
モニタには何も映っていない。
「ちょっとアスカ、怒るよ。またフリーズしても直してあげないぞ。出てきてよ」
モニタには何も映らない。
「・・・アスカ!!やだ、どこ行ったの?ねえ、アスカってば!!」
何も映らない。
- 38 名前:3・ロボの謎 投稿日:2001年08月03日(金)02時12分45秒
「アスカー!!いやーーーーっ!!ひとりにしないでーーーーーー!!!!」
- 39 名前:3・ロボの謎 投稿日:2001年08月03日(金)02時13分35秒
- 「・・・ッチ・・・ナッチ・・・ナッチ!!」
そこでナッチは目が覚めた。心配そうに覗き込んでいるヤグチの顔があった。
「よかった。気がついたね。間一髪だったよ、あぶないあぶない」
そう言ってへたりこむヤグチ。
「降ってくるとは思わなかったよ・・・あははは・・」
- 40 名前:3・ロボの謎 投稿日:2001年08月03日(金)02時14分32秒
- 小さなクレーターのすぐ脇に、ヤグチとナッチはいた。すんでのところでヤグチはナ
ッチを抱え上げて横っ跳びに逃げていた。小さな体ではあるが、ヤグチにはいざとい
うときの馬力があったのだ。
まるで小さな活火山の火口のように、ふたりの目の前では土煙が天高く上っていた。
「ヤグチさーーーーん!!!大丈夫ですかーーーー!?」
その土煙の向こうからイシカワの叫び声が聞こえてきた。彼女も無事だとわかり、ヤ
グチはとりあえず安心した。
「こっちは大丈夫ーー!ナッチもーー!!」
- 41 名前:3・ロボの謎 投稿日:2001年08月03日(金)02時15分55秒
- 小さなクレーターのすぐ脇に、ヤグチとナッチはいた。すんでのところでヤグチはナ
ッチを抱え上げて横っ跳びに逃げていた。小さな体ではあるが、ヤグチにはいざとい
うときの馬力があったのだ。
まるで小さな活火山の火口のように、ふたりの目の前では土煙が天高く上っていた。
「ヤグチさーーーーん!!!大丈夫ですかーーーー!?」
その土煙の向こうからイシカワの叫び声が聞こえてきた。彼女も無事だとわかり、ヤ
グチはとりあえず安心した。
「こっちは大丈夫ーー!ナッチもーー!!」
- 42 名前:3・ロボの謎 投稿日:2001年08月03日(金)02時16分39秒
- 「・・・ッチ・・・ナッチ・・・ナッチ!!」
そこでナッチは目が覚めた。心配そうに覗き込んでいるヤグチの顔があった。
「よかった。気がついたね。間一髪だったよ、あぶないあぶない」
そう言ってへたりこむヤグチ。
「降ってくるとは思わなかったよ・・・あははは・・」
- 43 名前:津軽 投稿日:2001年08月03日(金)02時18分32秒
- うわー何が起きたんだ、
>>41
>>42
二重投稿だよ。やっちまった。以下、続き。
- 44 名前:3・ロボの謎 投稿日:2001年08月03日(金)02時19分52秒
- 「なにが起きたのさ・・・・?」
ナッチは地面に手をついて伏した体勢のまま横のヤグチに尋ねた。しかしヤグチにも
何が起こったのかはわからない。
「とりあえず、ロボがちょっとした隕石になって降ってきたってことだね」
おどけて答えながらも、ヤグチはロボ隕石でできた土煙の中をじっと見つめていた。
少しずつ煙が晴れ、反対側にいるイシカワが心配そうにこちらを伺っているのが見え
たころ、「爆心地」に横たわるロボの姿もぼんやりと見えてきた。
「・・・ロボ!!」
「ロボさん!!」
「アスカ!!」
ナッチとヤグチとイシカワがロボのもとに駆け寄る、までもなく、ロボはゆっくり、
本当にゆっくり身を起こして、何ごともなかったかのように
「あ、これくらいなのか」
と呟いた。
「・・・なにが?」
今度は三人の声がきれいに揃った。
- 45 名前:3・ロボの謎 投稿日:2001年08月03日(金)02時20分37秒
- 「運動機能を完全に把握しないうちに起き上がろうとしたのが間違いだったよ」
ロボは淡々と言った。彼女のカラダには傷ひとつない。
さきほどのロボ隕石騒ぎが嘘のように、あたりはまた静かで平和な光景をたたえてい
る。小さなクレーターだけが、その事実があった証拠を残していた。その現場から少
し離れた別の木陰にヤグチ達は座り込んでいる。
「間違いってなに?」
ヤグチの質問がその場の全員の気持ちを代弁した。
「このカラダ、すごい性能なんだ。うっかり全開で起き上がったら、はるか上空まで
跳び上がったんだよ。びっくりした」
今はロボであるところのアスカが、自分の両の手のひらを空にかざしながら説明する。
「すごい性能?ロボが?」
ヤグチは心底意外な表情をした。それはイシカワも同様だ。
「え?知らなかったの?」
今度はアスカが意外な表情をする。ロボの顔で。
「知らないもなにも、私達と旅をしてて、一度もそんなハイテクパワーぶりを見せた
ことなんかなかったよ。ね、イシカワ」
「はい」
一同はいっせいにロボのカラダに注目した。ロボ自身までも。
- 46 名前:3・ロボの謎 投稿日:2001年08月03日(金)02時21分56秒
- 「いいからさ、早く街に行こう。んで、直してもらおうよ」
それまで黙って話を聞いていたナッチがおもむろに口を開いた。
そうだった。とりあえずは本来のロボ「イーダカオリ」に戻さなければならなかった
が、ヤグチはすっかりそんなことは忘れていた。目の前にいるロボが見た目はいつも
のロボと変わりがないので、どこか安心していたふしがあった。
「・・・そうだったね。よし、それじゃ行きますか」
ヤグチ達は腰をあげた。すると唐突に、
「ここから日の沈む方角に半日歩くと小さな街があるよ」
とロボが呟く。一同はきょとんとした。
「なんで知ってるの?」
「ナビシステムまで搭載してるみたい」
「・・・なびしすてむ?」
「案内機能とでも言うべきかな」
「はあ」
ヤグチはただ呆気にとられるばかり。ナッチがうつむいて黙り込んでいるのが気にな
った。
- 47 名前:3・ロボの謎 投稿日:2001年08月03日(金)02時22分29秒
- 「いいからさ、早く街に行こう。んで、直してもらおうよ」
それまで黙って話を聞いていたナッチがおもむろに口を開いた。
そうだった。とりあえずは本来のロボ「イーダカオリ」に戻さなければならなかった
が、ヤグチはすっかりそんなことは忘れていた。目の前にいるロボが見た目はいつも
のロボと変わりがないので、どこか安心していたふしがあった。
「・・・そうだったね。よし、それじゃ行きますか」
ヤグチ達は腰をあげた。すると唐突に、
「ここから日の沈む方角に半日歩くと小さな街があるよ」
とロボが呟く。一同はきょとんとした。
「なんで知ってるの?」
「ナビシステムまで搭載してるみたい」
「・・・なびしすてむ?」
「案内機能とでも言うべきかな」
「はあ」
ヤグチはただ呆気にとられるばかり。ナッチがうつむいて黙り込んでいるのが気にな
った。
- 48 名前:3・ロボの謎 投稿日:2001年08月03日(金)02時23分15秒
- ナッチはさきほど見た夢のようなものの後味の悪さを、まだ引きずっていた。目の前
にいる、ロボの体を得たアスカ。「出てこれる」とは言ったものの、本当にこのまま
でいることはないと断言できるだろうか。いや、このままだっていい。ただ、私をひ
とりにしないでほしい。ナッチは切実だった。
「ところでイシカワ、ウシは?」
ヤグチはふと足をとめてイシカワに尋ねた。
「ああっっっ!!」
イシカワのハイトーンな絶叫に全員が思わず耳を塞いだ。ロボまでも。どうやら異常
な高周波だったらしい。
「ごめんなさいごめんなさい、ロボさんが降ってきたときにびっくりして手綱を・・」
「そこにいるよ」
ナッチはイシカワの背後を指差した。
「モォォォォォォ」
チチウシはそこで草をはんでいた。
- 49 名前:3・ロボの謎 投稿日:2001年08月03日(金)02時27分21秒
- ナッチはさきほど見た夢のようなものの後味の悪さを、まだ引きずっていた。目の前
にいる、ロボの体を得たアスカ。「出てこれる」とは言ったものの、本当にこのまま
でいることはないと断言できるだろうか。いや、このままだっていい。ただ、私をひ
とりにしないでほしい。ナッチは切実だった。
「ところでイシカワ、ウシは?」
ヤグチはふと足をとめてイシカワに尋ねた。
「ああっっっ!!」
イシカワのハイトーンな絶叫に全員が思わず耳を塞いだ。ロボまでも。どうやら異常
な高周波だったらしい。
「ごめんなさいごめんなさい、ロボさんが降ってきたときにびっくりして手綱を・・」
「そこにいるよ」
ナッチはイシカワの背後を指差した。
「モォォォォォォ」
チチウシはそこで草をはんでいた。
- 50 名前:名無し男 投稿日:2001年08月03日(金)13時24分16秒
- どした?2重投稿ばっかだぞ。頑張れよ。
- 51 名前:津軽 投稿日:2001年08月11日(土)16時00分20秒
- >>50
どうもがんばります。
なんで二重になるんでしょ、二回押してるわけじゃないのに。
ブラウザ変えようか。
- 52 名前:鉄の拳を持つ女 投稿日:2001年08月11日(土)16時02分25秒
- 腐りかかった木造の家が軒を連ね、赤茶けた未舗装の道路にはたくさんのガレキが散
らばっている。かつて賑わったという痕跡は確かにあるが、同時に、廃れてから長い
年月が流れたということも簡単に見てわかる。
足下に転がる空き缶をヤグチが蹴飛ばすと、それは乾いた音をたててどこまでも転が
っていった。その音が聞こえなくなると、また耳が痛くなるほどの静寂に包まれる。
- 53 名前:4・鉄の拳を持つ女 投稿日:2001年08月11日(土)16時03分16秒
- 足下に転がる空き缶をヤグチが蹴飛ばすと、それは乾いた音をたててどこまでも転が
っていった。その音が聞こえなくなると、また耳が痛くなるほどの静寂に包まれる。
「ゴーストタウンってヤツ?」
ヤグチがそうつぶやいて少し前に自分達がくぐった木組みのアーチを振り返った。
「おいでませ幕張タウンエリアB」と書かれた看板が虚しくぶら下がっている。
「おいでませ、っつってもねえ」
「これじゃロボさん、直せませんね」
イシカワが泣きそうな顔をしだした。ちなみに彼女が泣きたい理由はもうひとつある。
もう日も沈みかかっているせいであたりも薄暗くなってきている。それはつまり今日
はここで寝床を探すしかないということになるわけで、
「オバケとか出ませんよね・・・」
「怖いこと言うなイシカワ」
「でもそんな雰囲気だよね」
「非科学的だね。でもホコリとかでまた故障しそう」
それは三人と一台にとっても、できれば遠慮したいところであった。ナッチの手にひ
かれたチチウシだけが呑気。日中は気持ちよく肌を吹き付けていた風も、いまはどこ
か冷たく寂しい。
- 54 名前:4・鉄の拳を持つ女 投稿日:2001年08月11日(土)16時04分03秒
- 「ゴメンねナッチ、こんなことに付き合わせちゃって」
アスカがロボの中に入ってからどことなく素っ気ないナッチが気になっていたヤグチ
は、機嫌をうかがうつもりで声をかけた。
「ううん、気にしないで。これでも楽しんでるし」
すぐに笑顔をつくってみせるナッチを見ても、ヤグチはどこか腑に落ちないものがあ
った。
なにかが、ガタンと音をたてた。
「だれっ!?」
ヤグチが素早く音のした方を振り向く。ナッチとイシカワは素早くロボの背後に隠れ
る。音がしたと思われるあたりには、古びた木造の建物があった。
「・・・オバケですよ、オバケ」
イシカワがロボの陰から顔を出してヤグチに言う。
「イシカワ、次言ったら殴るよ」
実はヤグチもかなりの怖がりなのだ。それをごまかすために、彼女は精一杯の虚勢を
はっている。
- 55 名前:4・鉄の拳を持つ女 投稿日:2001年08月11日(土)16時14分07秒
- 「ミヨシ雑貨店」と書かれた古ぼけた看板がややずり落ちながらも、どうにか入り口
の上に留まっているその木造二階建ての建物は、この街の他の建物同様放置されてか
らかなりの年月が経っているようで、あちこちの塗装がはがれ、柱などの腐食もすす
んでいるのが一見してわかった。物音は、その建物のあたりからしたようだ。
「ロボ、誰かがいるかどうかわかるような機能はないわけ?」
真剣な目で建物の入り口奥の暗がりを凝視しながら、ヤグチはからかい半分で聞いて
みた。
「サーモグラフならあるみたいだけど」
「さあもぐらふ?」
ここのところのロボは聞き慣れない言葉をよく口にする。
「体温で感知するんだ。でも壊れてるみたい」
「あそう」
- 56 名前:4・鉄の拳を持つ女 投稿日:2001年08月11日(土)16時15分30秒
- ガタン
今度ははっきりとその音の出所がわかった。建物の側壁、ヤグチ達からは陰になって
いるあたり。強い風が吹いたわけでもなく、耳につく音が2回。
真剣な表情で音がしたあたりを見つめているヤグチの横顔を、ナッチは不思議そうに
見ていた。確かに不自然な物音ではあったが、ヤグチの反応が過敏すぎる。もしかし
たらこの街の住人かもしれないのだから、そんな身構えることもないはずだ。見ると
イシカワも不安そうな顔をしている。
この人たち、なんなの?ナッチは思った。
「ヤグチさん、オバケだったらむしろラッキーかもしれませんね」
「黙ってろイシカワ」
ヤグチとイシカワは同じ場所を見つめながら言葉を交わす。その声色にはどこか切迫
した調子が滲んでいる。ナッチはロボの顔を見たが、ロボもふたりの真剣な様子を不
思議がっているようだった。
- 57 名前:4・鉄の拳を持つ女 投稿日:2001年08月11日(土)16時17分05秒
- 「ばれたか」
その声でその場の全員が数歩後ずさった。黒いフードつきマントにすっぽり全身を覆
い、ゆっくりと物陰から姿を現したその人物。男か女かもわからないそのいでたちに
は、一種恐ろしい雰囲気が漂っている。
「・・・ふん。今度のはなんだか手強そうじゃない。あはは」
ヤグチが余裕なのかどうか分からない笑みを浮かべる。
「・・・・・・・うぅ・・・・・」
イシカワはロボの手を強く握って放さない。もしロボが生身の人間であれば痛くて耐
えられないほどに、力強く握りしめる。
「あのさ、」
ナッチはいったい何が起こっているのか、目の前の謎の人物が誰なのか、まったくわ
からない。そのことについて訪ねようようとした。が、
「ごめん、ちょっとそれどころじゃないかも」
ヤグチに制される。ナッチは小さくふくれた。
「とりあえずあいつがヤグチ達にとっての敵とかそういう、好ましくない相手みたい
だね」
冷静に分析したロボが言う。
「まあ、そんなところだね」
ヤグチは対峙する黒ずくめの人物から目を逸らさずに答える。
- 58 名前:4・鉄の拳を持つ女 投稿日:2001年08月11日(土)16時18分25秒
- 「言うだけ無駄だと思いつつも言う。まあ決まり文句だ」
その黒マントの人物は低い声で呟いた。低い声ではあるが、男性ではないようだった。
「イシカワリカをおとなしく渡すんだ。そうすれば危害は加えない」
「やだね」
女が言い終わらないうちにヤグチは答えた。黒マントは、ふっ、とフードに隠された
下で小さく笑い、
「と、まあ、ここまではお約束だ」
そう言ってその場で小さく伸びをした。準備運動のように。
「力ずくでいくぞ」
「できるもんなら」
ヤグチは身構える。
- 59 名前:4・鉄の拳を持つ女 投稿日:2001年08月11日(土)16時22分44秒
- 「なんなのさー!?」
緊張感を削ぐ絶叫をあげたのはナッチだ。
「何が起きてんの!あんた誰さ!私を置いて勝手にすすめないでよまったくもう」
腰に手を当てて全身で「ご立腹」のポーズをとるナッチ。ヤグチは力が抜けた。
「ケンカなんかするもんでない!仲良く、仲良くやるのがいちばんだ!」
どういうわけかすごい剣幕だ。
「ナッチ・・・あとでちゃんと説明するから」
ヤグチがナッチに気をとられた瞬間。
- 60 名前:4・鉄の拳を持つ女 投稿日:2001年08月11日(土)16時23分32秒
- 「ヤグチさん!!!」
イシカワの叫び声に慌てて注意を黒マントに向けると、ヤグチの眼前に黒マントの拳
があった。
「うああ!」
どうにかギリギリで飛び退いて身をかわす。小柄のヤグチの顔面目がけて打ちおろす
ように放たれた拳は、そのままヤグチが立っていた地面にめり込んだ。飛び退いた勢
いですばやくヤグチは黒マントから距離をとる。
「ヤグチ達の事情は知らないけど、できれば私たちを巻き込まないでほしいね」
文句をたれるロボの声がヤグチの背後からした。ロボもイシカワとナッチを連れて素
早く逃げていたのだ。
このへんは故障前のロボでは考えられない機敏さだ。ヤグチはアスカがロボに入って
以来、はじめて良かったと思った。しかし、そんなことを考えている場合ではなかっ
た。
- 61 名前:4・鉄の拳を持つ女 投稿日:2001年08月11日(土)16時24分18秒
- なによりもヤグチが驚いたのは、一瞬にして距離を詰めて拳を繰り出した黒マントの
素早さではなく、その拳の破壊力だった。乾いた地面ということもあるが、拳が打ち
付けられた地面には亀裂が走っていたのだ。
「・・・・なかなか身軽なようだな」
そう言って黒マントはゆっくりと身を起こした。
ふいに突風が吹いた。その風が黒マントのフードを吹き付け、その下に隠れていた顔
をあらわにさせた。
「・・・男前じゃない」
「・・・すてき」
ヤグチとイシカワがそう漏らしてしまうほどの精悍な顔つき。イシカワなどは自分が狙
われているというのに若干目がきらきらしている。
「これでも女だけど」
しかし黒マントのその言葉でイシカワはがっかりした。
「・・・さらわれてもイイなんて一瞬思ったんだけどなぁ」
「イシカワ、あとでいじめる。ぜったいいじめてやる」
- 62 名前:4・鉄の拳を持つ女 投稿日:2001年08月11日(土)16時26分57秒
- 「マントがあると邪魔臭いな」
男前の女は身を翻すようにして、まとっていたマントを大きく頭上へ投げあげた。
ロボほどの長身の彼女のマントの下には、さして変わらない普通の服を着た体があるだ
けだった。
「あはは、丸腰で捕まえられるとでも思ってるの?」
ヤグチが馬鹿にすると、
「私にはこの鉄拳がある」
そう言って女は拳を握りしめ、ヤグチの方に突き出してみせた。
- 63 名前:4・鉄の拳を持つ女 投稿日:2001年08月11日(土)16時27分52秒
- 女のフードを外した突風を皮切りに、急に風が強さを増した。女が投げあげたマント
は対峙する彼女達の頭上でふらふらと舞っていた。
「その拳だって当たらなければ意味ないよね」
ヤグチが強がってみせる。その背後でロボと手を繋いだイシカワとナッチは固唾を飲
んでいた。ロボは先程ヤグチがかわした一撃からその破壊力を割り出し、
「良く分からないけど気をつけてヤグチ、まともにくらったら骨折どころじゃ済まな
いよ」
と忠告する。
「ありがとロボ」
「ロボ?ふん、機械か。邪魔するならお前だって私の拳でスクラップにしてやる」
あの破壊力ならそれも可能だとロボは分析した。
- 64 名前:4・鉄の拳を持つ女 投稿日:2001年08月11日(土)16時28分46秒
- 「アイアンハンズ」
突如女は謎の言葉を口にした。もちろんヤグチ達にはなんのことやらわからない。
「は?」
よっつの声が重なった。
「アイアンハンズ・ヨッスィ。それが私の通り名だ」
ヨッスィという女は自分の通り名を、かざした握りこぶしを見つめながら恍惚とした
表情で呟いた。
「やばいよ、ナルシスト入ってる」
「鉄みたいな拳だからアイアンハンズ?センスないですね」
「せっかく男前なのにねぇ」
「体育会系は頭が悪いよね」
口々に文句が返ってくる。
「・・・・・・うるさーーーーーーい!!」
それまでの冷静な調子とはうって変わってヨッスィはひどく恥ずかしそうだ。
「アッタマ来た!殴る!殴りまくる!」
照れ隠しのつもりなのか、ヨッスィはかなり大声で叫んだ。
- 65 名前:4・鉄の拳を持つ女 投稿日:2001年08月11日(土)16時31分38秒
- ふいに風がまた弱まった。巻き上げられていた、ヨッスィがまとっていたマントがそ
の浮力を無くした。
「ともかく!私の名前はヨッスィ!またの名をアイアンハンズ!」
それでもマントはまだ名残のように吹くわずかな風にどうにかその身を宙に保とうと
するが、
「賞金稼ぎの通り名っていうのはセンス無いのばっかりだね」
「そうですねヤグチさん」
自分の重さを支えるほどの風はついに吹きやみ、マントはゆっくりと落ちてきて、
「賞金稼ぎ?え?どういうことさ?」
「まさかイシカワ、賞金首だったの?」
そしてマントはついに地面に、落ちた。まるでそれが合図だったかのように、
「いくぞーーーーー!!!!」
「逃げろーーーーー!!!!」
夕闇せまり廃虚立ち並ぶゴーストタウンの真ん中にふたつの声がこだました。
- 66 名前:4・鉄の拳を持つ女 投稿日:2001年08月11日(土)16時32分56秒
「そういや、チチウシはどこいった?」
- 67 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月12日(日)09時39分22秒
- 面白いですね〜
がんばってくらさい
- 68 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月14日(火)22時10分32秒
- うーん、まだ話が見えないですね。
石川と矢口はどういう関係なんだろう??
先が楽しみです。頑張って下さいね。
- 69 名前:津軽 投稿日:2001年08月18日(土)03時43分03秒
- >>67
ありがとうございます。がんばりまふ。
>>68
ふたりの関係は、もう少しあとで明らかになる予定です。
のちに明らかにしなきゃならないことがいろいろあって、
消化するのに四苦八苦です。はぁ。
- 70 名前:5・黄昏の、追走劇/逃走劇 投稿日:2001年08月18日(土)03時44分35秒
- 「そおぉぉぉらっ!」
鉄拳一閃。鼻先でヤグチはそれをかわすが、眉毛のあたりで切りそろえたヤグチの前
髪の数本が切断され、はらはらと舞う。
「なかなか素早いが、それもいつまで・・・って、おい!」
ヨッスィの得意げなセリフなど聞く耳持たず、ヤグチは背を向けて走り出していた。
「まともに相手なんかしてらんないよー」
おちょくるようなセリフを残して、あっという間にヤグチはそのままガレキのちらば
る道を駆けていく。
「ふん、イシカワリカさえ捕まえれば」
しかしイシカワの姿もない。
「さよならアイアンハンズさんー」
その声は、逃げていくヤグチのさらに向こうから。ヤグチにかまっている間に、すで
にロボがナッチとイシカワの手を引いて逃げていたのだ。見る間にイシカワの姿は遠
ざかる。
「くそっ、待て!」
慌ててその後を追うヨッスィ。
- 71 名前:5・黄昏の、追走劇/逃走劇 投稿日:2001年08月18日(土)03時46分37秒
- ヤグチは先を行くロボの背中にかける。
「悪いねロボ!」
「なんで私達まで逃げるわけ?!」
ロボは足をとめず背中を向けたまま返事をした。ナッチとイシカワは手を引くロボの
速さについていくのがやっとようで、ただひたすらに走っている。
「あいつの目当てはイシカワだけど、ロボやナッチが人質にとられるかもしれないで
しょ」
「私なら大丈夫だけど」
ロボは右手に引くナッチをちらりと見る。ナッチはなにがなんだかわからない、とい
った表情をロボに向けた。
「そんな卑怯なことまでするのか」
「するよ」
ヤグチは即答した。
「賞金稼ぎは手段を選ばないからね」
- 72 名前:5・黄昏の、追走劇/逃走劇 投稿日:2001年08月18日(土)03時47分50秒
- ふたりが早口で言葉を交わしているうちに、ヨッスィが迫ってきていた。ヤグチは一
瞬振り返り、その姿を認めてすぐに顔を前に向ける。
「とりあえず、あいつにイシカワを渡さないで」
イシカワはナッチと共にロボに手を引かれている。
「賞金稼ぎに追われている理由、納得できる説明を」
「それはいったん逃げ切ってから」
「まったくもう」
彼女達が走る一本の道から枝分かれするように、すこし細い道が右に折れるかたちで
伸びていた。
「そこで別れよう!私はこっち、ロボ達はあっち!よろしく!」
ロボの返事を待たずにヤグチはその角を曲がる。
「なんだっていうの?」
ロボは訳の分からぬまま走り続ける。二手に別れるかたちになったが、ヨッスィは迷わ
ずロボの後を追った。
「イシカワリカ、捕まえてみせる!」
- 73 名前:5・黄昏の、追走劇/逃走劇 投稿日:2001年08月18日(土)03時49分21秒
- ロボは自分を追ってくるヨッスィの姿を認めるや、すこしスピードをあげた。
「きゃっ」
「いたいっ」
ナッチとイシカワはその速さについていけず、足がもつれてしまう。ふたりはもうロ
ボに引きずられる格好になっていた。ロボはそのふたりのために高度な運動能力を完
全に使うことはできなかったが、それでもかなりの速さではあった。
「怖い怖い!アスカ、怖い!」
「ロボさん、腕、腕もげますー!」
ナッチとイシカワは引きずられながら叫んでいた。さすがに少しとはいえ運動機能を
開放したおかげで、ヨッスィとロボ達の距離は少しずつではあるが開いていく。
「機械のくせになかなか足が速いじゃないか」
しかしヨッスィは余裕の笑みを浮かべてた。
- 74 名前:5・黄昏の、追走劇/逃走劇 投稿日:2001年08月18日(土)03時50分08秒
- 左右に廃屋が立ち並ぶ、寂れた街のなかをロボは疾走する。風が高速で耳の後ろへ流
れ、ひゅうひゅうと音をたてる。引きずられるイシカワとナッチはずっと叫びっぱな
しだ。ちょうどロボの真正面に、沈みかかった夕日があった。その赤い日射しが逃げ
るロボと追うヨッスィの背後に長い長い影をつくる。
「夕日に向かって走れ、なんてね」
アスカはそこでスピードを落とさないまま角を曲がる。遠心力でナッチとイシカワの
体が大きく振られる。
「きゃーーーーーーーーーーー!!」
「きゃーーーーーーーーーーー!!」
ナッチはどこか楽しそうに、イシカワは恐怖のあまりに叫んだ。
- 75 名前:5・黄昏の、追走劇/逃走劇 投稿日:2001年08月18日(土)03時51分11秒
- ロボが走りながら後ろを振り返ると、ヨッスィの姿は消えていた。
「あきらめた・・・・?」
その時、突然ロボの側面にあった木造家屋の壁が吹き飛んだ。ヨッスィが鉄拳で破壊
したのだ。
「うっそ」
壁にあいた大穴から、ヨッスィが猛然と駆け寄ってくる。走るロボが角を曲がったと
見るや、ロボとヨッスィを結ぶ直線を、建物を破壊することで最短距離で追ってきた
のだ。
「来ました来ましたーーーーーーー!!」
イシカワが叫ぶ。
「それそれそれぇ!」
ヨッスィがロボに追いすがる。正確には、ロボの手に引かれたイシカワを追う。
「せいぜい逃げまわれ!ネズミのように!」
追跡者となったヨッスィは無気味に微笑んでいた。
- 76 名前:5・黄昏の、追走劇/逃走劇 投稿日:2001年08月18日(土)03時53分33秒
- ヤグチは連なる廃屋の屋根の上をつたうようにして駆けていた。身軽な彼女ならでは
の動きだ。道を走るのとは違い、これは大幅な近道ができる。ヤグチはヨッスィがロ
ボ達を追いかけだしたのを見て、今度は撹乱のためにヨッスィを追っていた。
「イシカワ・・・・捕まるなよ。頼むぞロボ」
祈るように呟きながら走るヤグチの横顔を、強烈に赤い夕日が照らす。
- 77 名前:5・黄昏の、追走劇/逃走劇 投稿日:2001年08月18日(土)03時54分42秒
- 路地裏を駆け抜け、散らばるガレキを蹴り飛ばし、砂煙をあげ、ロボはナッチとイシ
カワを連れて(引きずって)縦横無尽に廃れた街を逃げ回る。ロボの快足は明らかに
ヨッスィよりも速い。しかしそれは直線においてだ。道に沿って走るとなれば、無限
に伸びる直線の道などはあるはずもなく、必ずどこかで曲り角を折れることになる。
そこをヨッスィは鉄拳による建物破壊で、大回りするロボを直線で結んで追ってくる
のだ。ロボ単身であれば建物に飛び込み、勢いで破壊して無理矢理直線にしてしまう
こともできるのだが、イシカワとナッチをひきずった状態ではそれは危険がありすぎ
た。
「ロボさん!!」
やたら耳につくイシカワの叫びに振り返ると、ヨッスィがすぐ背後にまで迫ってきて
いた。その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「くっ!!」
「きゃああああああああ!!!!」
ヨッスィの手が、イシカワの足を掴みかける。
「ふたりとも強く手、握って!!!!!」
ロボが叫ぶ。
- 78 名前:5・黄昏の、追走劇/逃走劇 投稿日:2001年08月18日(土)03時55分19秒
- 「・・・・なっ!?」
ヨッスィの手がイシカワを捕らえる一瞬前。ロボはふたりの手をしっかりと握ったま
ま、跳躍力を少し開放した。アスカがロボに入った直後の、小隕石騒ぎを起こした足
のバネを少しだけ使ったのだ。三人は周囲に並ぶ建物より上まで跳び上がった。
「すっごぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!!」
「たっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
ナッチとイシカワは呑気な声をあげる。しかしそんな場合ではなかった。
「このまま着地するとふたりとも怪我するよ!ちゃんと私の体に掴まって!!」
空中でロボは叫ぶ。跳びあがった勢いで建物をひとつ飛び越え、反対側に着地する体
勢をとる。イシカワはロボにおんぶされる格好になり、ナッチは「お姫様だっこ」の
要領でロボに抱きつき、
「どっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」
ちょっとした地響きと共に、ふたりを抱えたロボはガニ股で着地した。彼女が着てい
る赤いワンピースの裾が少し裂けた。
- 79 名前:5・黄昏の、追走劇/逃走劇 投稿日:2001年08月18日(土)03時56分12秒
- ヨッスィを建物の向こう側に置きざりにした格好になったが、それは少しの猶予も意
味しない。ロボが背にした、いま飛び越えてきた木造の建物の壁が崩れ落ちた。
「まただよ・・・」
ロボが振り向く。ナッチとイシカワはそれぞれ、飛び越えた時の体勢のまましがみつ
いている。仁王立ちして拳を突き出したヨッスィがいた。
「遮るものは私のこの鉄拳で破壊する」
ヨッスィはその体勢のまま言った。どこかうっとりした表情だ。
「またナル入ってるよ」
「入ってるねぇ」
「入ってますね」
また文句が返ってくる。ヨッスィはまたもや恥ずかしそうに、
「うるさい!」
と叫ぶ。その「うるさい」の「さ」のあたりでロボは駆け出していた。
「人の話はちゃんと聞けーーーーーっ!!!」
慌ててヨッスィもまた走り出す。その顔が少し赤い。
- 80 名前:5・黄昏の、追走劇/逃走劇 投稿日:2001年08月18日(土)03時56分43秒
- ロボはぐんぐんスピードをあげる。先ほどまでとは違い、イシカワもナッチもロボの
体にしっかりとしがみついているので多少スピードを出すことができた。もう人間の
足では追いつける速さではない。
「これなら大丈夫だな。あとはヤグチと合流して・・・・」
そこに油断が生じた。ロボの背中にしがみついていたイシカワが手を滑らせたのだ。
「きゃあっっ!!!!!」
「・・・・・・イシカワっ!!アスカ、イシカワが落ちた!!」
「ええっ!!」
そのことにロボが気付いても、すぐには止まれない。スピードを上げたのが災いした。
体を反転させてしっかり地面を踏みとどめても、ロボの体は惰性でかなりの距離を滑
っていった。
「くそ、止まれ、止まれ!」
ロボの足跡が地面に長く伸びる。前屈みになり片手を地面につき、もう片方の手で胸
元にしがみつくナッチを支えながら、ロボは後ろ向きに滑る格好でイシカワから遠ざ
かってしまうのだ。
- 81 名前:5・黄昏の、追走劇/逃走劇 投稿日:2001年08月18日(土)03時57分25秒
- イシカワは地面に落ちた際に頭でも打ったのか、動かずに体を丸めて道の真ん中にい
た。そしてイシカワの向こうに、ヨッスィがこちらへ走ってきているのが見えた。イ
シカワまでの距離は、ロボよりもヨッスィの方が圧倒的に近い。
「おおっ!イシカワリカ!やった!」
イシカワの姿を見つけたヨッスィは勝利を確信した。
「くそ!!ナッチ、背中にまわれ!!急げ!!!」
ようやく止まったロボが叫ぶ。
「は、はい!!」
ロボの厳しい命令口調にナッチは思わず丁寧語になった。イシカワがしていたように
ロボの背中にしがみつく。ナッチがしっかりと背中に抱き着いたのを感触で確認して、
ロボはイシカワに向かって加速する。
「しっかり掴まっててよ!」
「はい!」
ナッチの体が振り落とされそうになる。ロボの背中に顔をうずめるナッチ。ロボは片
手で、首にまわされたナッチの腕をしっかりと握りながら一気に最高速にまで達する。
- 82 名前:5・黄昏の、追走劇/逃走劇 投稿日:2001年08月18日(土)03時58分15秒
- 「アスカーーーーーーーーーーーッ!!!!」
ナッチは悲鳴をあげた。必死にしがみついた。ロボの高速走行に伴う衝撃波のような
風圧を受け、左右に立ち並ぶボロボロの木造家屋がロボのあとを追うようにして次々
と崩れ落ちた。
「あーっ!!!!」
ナッチはロボの背中に密着しているために風圧を受けることはないが、それでも横に
かかる圧力はすさまじい。ロボが腕をつかんでくれているおかげで、どうにか吹き飛
ばされずにいる。
- 83 名前:5・黄昏の、追走劇/逃走劇 投稿日:2001年08月18日(土)03時58分55秒
- ヨッスィの手が倒れこんだイシカワに届く。
「ギリギリで・・・間に合うか!?」
ロボも走りながら手を伸ばす。
「間に合えぇぇぇぇっっ!!!」
超高速で走りながら、静止しているイシカワを奪うことはかなりの危険を伴う。イシ
カワの体が無事ではすまないかもしれないのだ。そのことはもちろんロボも承知して
いたが、いちどイシカワを奪われてしまえば、ヨッスィには鉄拳がある。奪い返すこ
とは困難だった。
- 84 名前:5・黄昏の、追走劇/逃走劇 投稿日:2001年08月18日(土)03時59分45秒
「ロボッ、まかせろーーーーーーーーーっ!!」
頭上から声がした。
「ヤグチ!!」
「なにぃ!!」
ヤグチは屋根の上をヨッスィと並走するかたちで走ってきていた。そしてギリギリで
ヨッスィを追い越し、ちょうどイシカワの真横で大きく跳躍して道に飛び出す。その
勢いを利用して、
ヨッスィがロボより一瞬早くイシカワの体を掴む、より、さらに一瞬早く、ヤグチが
イシカワをかっさらう。
- 85 名前:5・黄昏の、追走劇/逃走劇 投稿日:2001年08月18日(土)04時00分34秒
- 「あとヨロシク!」
ヤグチはイシカワを肩に担ぐようにしてあっという間にロボとヨッスィの間を走り抜
けた。それを即座に確認してロボは地面を思いきり蹴りつけてジャンプし、ヨッスィ
を飛び越える。
「離脱!!」
直後、ロボの高速ダッシュによる衝撃波がヨッスィを襲う。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
大きく吹き飛ばされるヨッスィ。巻き上げられたガレキと共に地面に叩き付けられ、
砂煙が晴れると、もうあたりには誰もいなかった。完全に見失ったのだ。
「・・・・・・・・くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
ヨッスィは悔しさのあまり叫ぶ。
「こうなったら、いぶり出す!!」
もう陽はほとんど沈み、遠くの地平線がわずかに赤く染まるのみ。
まだヨッスィの追跡は終わらない。
- 86 名前:5・黄昏の、追走劇/逃走劇 投稿日:2001年08月18日(土)04時01分28秒
「だから、チチウシはどこいったんだ?」
- 87 名前:津軽 投稿日:2001年08月18日(土)04時09分39秒
- 修正。
>>71
×ロボの背中にかける→○ロボの背中に声をかける
です。あー。
- 88 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月19日(日)01時41分55秒
- スピード感が(・∀・)イイネ!
情景が浮かんできます 面白いっす
続きも頑張って下さい
- 89 名前:津軽 投稿日:2001年08月26日(日)00時07分51秒
- >>88
ありがとうございます。心から。
がんばりますよ。遅いけど。
- 90 名前:6・月と埃と思い出ばなし 投稿日:2001年08月26日(日)00時09分19秒
- ヤグチ達は廃屋のひとつに身を隠し、息を潜めていた。ロボから転落した際に頭を打
ったイシカワは意識こそあるもののどこか朦朧としているようで、奥の部屋でナッチ
の付き添いのもと横になって安静にしている。
「しつこいね、あいつ」
ヤグチはひび割れたガラス窓から目だけを覗かせながら、外の様子をうかがっていた。
もう陽は完全に沈んでいるためにあたりは完全に暗闇に包まれている。そのためにろ
くに見通しもきかないのだが、ヨッスィが建物を破壊してまわる音は聞こえていた。
その音はヤグチ達がいる廃屋とはすこし離れた建物群の方から聞こえている。
「しばらくここにいても大丈夫みたいだ」
ヤグチは窓辺から離れ、立ったまま何ごとかを考え込んでいるロボの側に座り込んだ。
板張りの床がきしむ。
「座ったら?」
ヤグチが促すが、ロボは首を振る。
「この家、埃がすごい。故障する」
家の至る所で、埃と蜘蛛の巣がごっちゃになって灰色の塊をつくっている。ヤグチは
そんなことはお構い無しに床に腰を下ろしているが、ロボにとってはそれは重大な問
題のようだ。
- 91 名前:6・月と埃と思い出ばなし 投稿日:2001年08月26日(日)00時10分28秒
- 「いっそのこと、このまま逃げ切るっていうのは?」
イシカワに付き添っていたナッチが奥の暗がりから出てくる。
「それはいやだ。このヤグチ、売られたケンカは買う主義だ。逃げっぱなしというの
は腹が立つ」
ぐっ、と腕を折り曲げてみせるヤグチ。力こぶなど出ないのだが。
「イシカワの様子は?」
「眠ったみたい」
ひとつの建物が崩れ落ちる音が聞こえた。その音に、ナッチがはっとして窓の外を見
る。
「今のところは大丈夫。あいつ、この街の建物ぜんぶ壊すつもりだ」
ヨッスィは、さして大きくないこの街のすべての建物を片っ端から鉄拳で破壊してま
わっていた。いささか乱暴ではあるがそれは確実にヤグチ達の逃げ場所を減らし、自
然、いぶり出すかたちになる。
「できれば私はナッチを連れて逃げたいところだけれど」
ロボはヤグチを見下ろしながら言う。
「このカラダは借り物だから、そういうわけにもいかない、か」
諦めたような溜め息混じりのロボの声だった。
「そういうこと。協力たのむよ。あはは」
ヤグチはいつでも陽気なのだった。
- 92 名前:6・月と埃と思い出ばなし 投稿日:2001年08月26日(日)00時11分21秒
- チチウシは逃走劇のどさくさに姿を消していた。そのことをナッチは気にしている。
「チチウシ・・・大丈夫かな・・・・」
ナッチは窓の外を見て呟く。ヨッスィとてウシを手にかけるようなことはしないだろ
うが、まったくの行方知れずになってしまったチチウシの姿もまた、暗闇の中に見つ
けることはできない。
「それじゃ、あいつをどうやっつけるかだけど、」
奥で寝ているイシカワはそのままにしておくことにして、ヤグチは「作戦会議」を切
り出した。ヨッスィにまだ見つかっていない今、それは決めておく必要がある。が。
「その前に」
少し語勢の強いロボの声がヤグチの言葉を遮る。ヤグチは「やっぱりか」というよう
な顔をして肩をすくめた。
「賞金稼ぎに追われている理由、後で説明するって言ったよね」
ヤグチを見下ろすロボの目はどこか冷たい。
「今がその時だと思うんだけど。もしかしたら、私達犯罪者の片棒を担がされてるの
かもしれないからね」
「・・・言ってくれるじゃない」
- 93 名前:6・月と埃と思い出ばなし 投稿日:2001年08月26日(日)00時12分20秒
- 「そらぁーーー!!」
ヨッスィは鉄拳を無数に繰り出し、ただでさえボロボロの家屋の壁に大穴を開けた。
そのまま外周をまわりながら破壊を繰り返す。ヨッスィがひとまわりして、最初の鉄
拳を繰り出したあたりに戻ってくるころにはもう建物はほとんど破壊しつくされ、数
本の柱がその家の屋根であった部分の板を数切れ、申し訳程度に頭に乗せているだけ
になる。
「ふん、ここじゃなかったか」
そう言ってヨッスィは次の破壊のターゲットを探すためにくるりと背を向ける。それ
と同時に残っていた柱も音をたてて倒れ、そこに家が一件あった痕跡は残らないのだ
った。
- 94 名前:6・月と埃と思い出ばなし 投稿日:2001年08月26日(日)00時13分19秒
- また、ひとつの建物が崩れ落ちる音が遠くの方から聞こえてきた。ナッチはその轟音
のたびにいちいち、びくっ、と体を震わせる。
「だいじょぶ、まだここには来ないよ」
ヤグチが安心させようとする。しかし、いま彼女達がいるあたりまでヨッスィが破壊
の手を広げるのも時間の問題だった。
「そう。まだ来ないうちに、説明してよ。手短に」
ロボは賞金稼ぎに追われている理由をしきりに聞きたがる。
「手短に説明できるんなら、とっくにそうしてるよ」
なかなか話をしたがらないヤグチ。少し口を尖らせる。
「べつにいいじゃない。ロボの記憶を探ってみればいいのに」
「プロテクトがかかっててね。本来の操作プログラム以外にはソースすら見せてくれ
ないんだ。よくできてるよこのカラダ。それよりはぐらかさないでちゃんと教えてよ」
ナッチはふたりのやりとりをすこし離れたところで床に腰を下ろして眺めていた。ロ
ボの口を借りて喋るアスカの語調には、ヤグチに対してのわずかな敵意のようのもの
が感じられた。そしてヤグチも、そんなアスカをすこし煩わしく思いはじめている。
両者の仲違いの口論、の一歩手前の会話を、ナッチは複雑な気持ちで聞いていた。
- 95 名前:6・月と埃と思い出ばなし 投稿日:2001年08月26日(日)00時14分55秒
- 「あ・・・・・」
ナッチは窓の外に何気なく目をやり、小さな声をあげた。それにつられてヤグチとロ
ボも窓の向こう、ナッチが見つめている暗闇の向こうを見る。
雲がちぎれたその先に、きれいな満月が昇っていた。
「きれい・・・・」
その満月はヨッスィによって半分ちかく破壊された廃れた街並を白っぽく照らしあげ
ていた。月明かりが窓の格子を通り抜け、ヤグチ達がいる部屋の埃にまみれた床に十
字の影を落とす。
「こんなボロ家で見る月もいいもんだね」
ロボが皮肉っぽい口をきく。
「私のせいだっていいたいわけ?」
ヤグチがついに怒り出す。それでもその顔にやはりどこか笑みが浮かんでいるのは、
彼女なりの怒りの抑えかたなのかもしれなかった。
「そんなことは言ってないよ。ただ、巻き込まれた私達の身にもなってほしいね」
「ロボに入ることを無理に頼んだわけじゃないでしょ?好きで巻き込んだわけじゃな
い」
ナッチはただ黙っている。
- 96 名前:6・月と埃と思い出ばなし 投稿日:2001年08月26日(日)00時15分43秒
- 月明かりが街を照らしているおかげで、より一層、遠くの暗闇が暗く感じられた。ナ
ッチはその暗闇と満月を交互に見る。
明るい満月と、真っ暗やみ。どちらかがどちらかに影響して中和されてもいいのに、
満月は暗闇に溶けることなく強く輝いて、暗闇は月の光を吸い込んでもただひたすら
に真っ暗で、お互いに主張してゆずらない。
ナッチは思った。
仲良く、やろうよ。ずっと。
- 97 名前:6・月と埃と思い出ばなし 投稿日:2001年08月26日(日)00時16分48秒
- 「ああ、こんな満月の夜だったなぁ」
それまでロボと諍いあっていたヤグチの声のトーンがすこし落ちた。なにかを思い出
しながら語るような、ゆっくりとした話し方。
ナッチの気持ちがヤグチに届いたのかもしれない。
ロボは口をつぐむ。ナッチは窓の下に座り込むヤグチを見た。
「聞かせてあげるよ。あのヨッスィとかいうやつはまだここには来ないみたいだから、
ゆっくりじっくり、話してあげる。なぜイシカワが賞金稼ぎに追われているのか、な
ぜ私がその賞金首を連れて旅をしているのか、ついでに私の旅の目的も」
ヤグチは穏やかに話し続ける。ロボはさっきまでとはうって変わって、静かにヤグチ
の話を聞いている。
- 98 名前:6・月と埃と思い出ばなし 投稿日:2001年08月26日(日)00時17分53秒
- 「私はね、ロボを壊したいんだ」
その台詞に、ロボとナッチは顔を見合わせた。
「ちょ、ちょ、ちょっと、」
当然ながらナッチはうろたえた。アスカごとロボを壊されたらたまったものではない。
「あはは、大丈夫。アスカが入っているうちは壊さないよ。というか、その前に壊す
方法がないから、安心して」
ヤグチはいつもの明るい調子に戻る。久しぶりにヤグチは「アスカ」と口にした。そ
してロボに問いかける。
「ロボ、いや、アスカに聞きたいんだけど」
「・・・・なに?」
「あのアイアンハンズの拳で、ロボの体が壊せると思う?」
それがどういう意図の質問なのか分からなかったが、ロボはヨッスィの拳の破壊力を
あらためて計算し、それがとてつもないものであることを確認したうえで答えた。
「壊される。あの拳なら、壊せないものはない」
確かな分析に裏打ちされた答え。しかしヤグチは首を振る。
「ちがうよ。ひとつだけ、壊せないものがある。それはロボのカラダ」
「・・・・コレ?」
ロボは自分の顔を指差した。
- 99 名前:6・月と埃と思い出ばなし 投稿日:2001年08月26日(日)00時20分51秒
- 「知らなかったみたいだね。もともと自分のカラダじゃないから無理ないけど。あは
は」
確かにロボは、いやアスカはロボのカラダの硬度を客観的に知る術を持っていなかっ
た。しかし、それほどにまで硬いものだとは予想していなかった。ヤグチは話を続け
る。
「壊れないんだよ。ノコギリでも爆弾でも、たぶんアイアンハンズの拳でも。私が何
度も試したんだから」
「なんで、そんな・・・?」
今度はナッチが問う。
「それも今から話すよ」
ヤグチは目の前にいる「壊したい」ロボの目を見据えながら、時折心配そうなナッチ
に優しい目を向けながら、訥々と語りはじめた。
- 100 名前:読んでる人 投稿日:2001年08月26日(日)12時38分47秒
- ああ〜すっごく続きが気になるぅ〜!!
- 101 名前:津軽 投稿日:2001年09月02日(日)03時23分54秒
- >>100
ありがとうございます、お待たせしました。続きですよ。
- 102 名前:7・ヤグチのはなし/ロボ命名 投稿日:2001年09月02日(日)03時24分32秒
- 丸太を簡単に組み合わせただけのために隙間風がそこら中から吹き込んでくる、その
雑なログハウス風の建物の一部屋には老若男女、黒・白・黄色、ヤセ眼鏡から百貫ナ
ントヤラまで、実に多種多様な人々がひしめきあっている。
「あー、ちょっと!押さないで!お、さ、な、い、で!」
その人込みの真只中でもみくちゃにされながらのヤグチの叫びも誰の耳にも入らない。
押しては引き、寄せては返す人の波に頭のてっぺんまで埋没してしまっている彼女は
まったく身動きがとれず、軽い酸欠になりかかった。息苦しいことこの上ない。
「うぅ・・死ヌ・・・・」
ヤグチがまさに波に飲まれて溺死しそうなその時に、とつぜん背中を押すようにして
大きな人のうねりが起こった。周囲の人間の肘鉄を顔や頭にもらいながら、ヤグチの
体は運ばれる。もうなにがどうなっているのやら、ただ人の流れに身をまかせる。
すると視界が左右に割れるように大きく開け、背中を押される勢いそのままの彼女の
体はその人の切れ目から前のめりになってはじき出された。
がつん、という音。
「いってーーーーーーーーーー!!!」
そこにあった、ちょうど背丈ほどの木製のカウンターテーブルにしたたか頭を打ち付
けて、ヤグチは大声をあげた。それは酸欠で意識の薄れかかった彼女にはいい気付け
になった。
- 103 名前:7・ヤグチのはなし/ロボ命名 投稿日:2001年09月02日(日)03時25分14秒
- 「おう、ヤグチじゃねえか。大丈夫か」
カウンターの向こうから声をかけたのは、ヒゲ面の、見るからに腕っぷしの強そうな
大男。
「・・・マスター。なんでこんなに人がいるの?なんかあったの?」
痛むおでこをさすりながら、ヤグチはカウンターから目から上だけを覗かせながら親
しげな口調でその男に話しかけた。すぐ背後ではいま抜けてきた人だかりがまた大が
かりな押しくらまんじゅうをしはじめている。それからすこしでも距離を置くために、
ヤグチはカウンターにヤモリのようにぴったり張り付いていた。
「ゼティマがまたリストラしたらしい。それも今までで最大規模の」
「・・・不景気だからねえ」
「どいつもこいつも明日の保証もないヤツらだ。再就職先を探すより先にまず賞金に
くらいつく」
マスターと呼ばれた男は鼻の下にたくわえた立派なヒゲの一端をつまみ、ぴんと引っ
張った。
- 104 名前:7・ヤグチのはなし/ロボ命名 投稿日:2001年09月02日(日)03時25分54秒
- ここは「ギルド」と呼ばれる、賞金稼ぎの、賞金稼ぎによる、賞金稼ぎのための情報
の交換や売買が行われる場所。今ここにたむろしている大勢の人間は、仕事をクビに
なったばかりの「即席賞金稼ぎ」なのだった。
「甘く見てるね、賞金稼ぎを」
荒ぶる人波にまた飲み込まれないようにしっかりとカウンターに食らいつきながら、
ヤグチはその人間達が一斉に向かう先に目をやった。そこにはまた小さなカウンター
があり、その向こうに応対をする若い女性がいる。賞金稼ぎはそこで時には情報を買
い、それを手がかりにして旅に出、そして時には情報を売るか、あるいは賞金がかけ
られた現物そのものを持ち込んで大金を得る。即席賞金稼ぎはおそらくみな一獲千金
を夢見て情報を買いに来たところだろう。これだけの大勢が大挙して押しかけたため、
応対する側もてんてこまい、のはずだ。その様子は人だかりの向こうのために見るこ
とはできないが。
「ところでマスター、なんかない?」
ヤグチは視線を戻し、マスターにねだるような目を向ける。
「あるさ。とっておきのがな」
そう言ってマスターが懐から取り出したのは一枚の古い写真。色褪せたその写真には、
一輪の黄色い野花が映っていた。
- 105 名前:7・ヤグチのはなし/ロボ命名 投稿日:2001年09月02日(日)03時26分45秒
- 「これは?」
その花はヤグチが今まで見たことのないものだった。細長い葉と呼ぶべきものは一点
を中心にして地に這うように数枚が広がり、その中心から茎が垂直に伸びている。そ
の先に小さな小さな黄色い花弁をたくさん持った、やはり小さな花の頭が、ちょこ
んと乗っかっている。
「タンポポだ」
「・・・タンポポ!?」
ヤグチは大声をあげた。すぐ背後に大勢の人間がいることを思い出して慌てて口を手
で覆ったが、言ってしまってからでは意味がない。しかしヤグチの声もがやがやとし
た喧噪の中に吸収されたようで、誰もこちらに注意を向けるものはいなかった。
「そうだ。その写真はもう大昔に絶滅しちまったタンポポの最後の一輪を撮ったもの
らしんだが」
「それじゃ意味ないじゃん」
「なんのためにその写真を見せてやったと思うんだ?それが、どこかの断崖絶壁に咲
いているという情報が入ってきた。現物を持ち帰ってくれば、報酬ははずむぜ」
「・・・ほんとにまだ、あったんだ」
ヤグチは写真のなかのタンポポをまじまじと見た。
- 106 名前:7・ヤグチのはなし/ロボ命名 投稿日:2001年09月02日(日)03時27分29秒
- ヤグチはいつものように情報料をツケにして、ギルドを出た。すぐに探索に必要な荷
物と食料を買い込んでリュックに詰め込み、それを背負ってその日のうちにタンポポ
探しの旅に出る。
手がかりは一枚の写真、そして「どこかの断崖絶壁」という情報。それだけならば見
つけだすのは非常に困難のように思えるが、ヤグチはかつて同じように発見のむずか
しい数々を見つけだしてきた。マスターから情報を横流ししてもらえたのも、それだ
けの手腕を持つ彼女なればこそだ。
「まずは、人があまり足を踏み入れていない山を探すか」
誰に言うともなく呟くヤグチの目には、これからはじまる冒険を楽しみにしている、
子供のようなうきうき感がにじみ出ていた。
- 107 名前:7・ヤグチのはなし/ロボ命名 投稿日:2001年09月02日(日)03時28分19秒
- 「あのさ、話の途中で悪いんだけど」
まさにこれからヤグチの冒険活劇がはじまるという時に、ナッチが口を挟んだ。ヤグ
チはすこしムッとする。
「なに?」
「あの、ヤグチも賞金稼ぎだった、の?」
ロボもうんうんと頷く。同じ疑問を感じていたらしい。
「あれ?言ってなかった?」
ヤグチは素で意外そうな顔をしたが、それ以上に意外な顔をしたのはロボとナッチだ。
「聞いてないよーっ」
ユニゾンの返事。
「あはは、ごめんごめん。私は賞金稼ぎ。でも、あいつとは違うよ」
ヤグチは背にした窓の奥を目で指す。その窓の向こう、満月に照らされたゴーストタ
ウンにまた轟音がひびく。ヨッスィの破壊行為は未だにとどまるところを知らないよ
うだった。
「あいつらがやってるのは、『人さらい』。人間をとっつかまえて、売り渡す悪人だ
よ。私はちがう。私は『冒険家』。なにかを、『伝説の』『幻の』『まだ見ぬ』なに
かを、探すために旅をするんだ。一緒にしないでね」
- 108 名前:7・ヤグチのはなし/ロボ命名 投稿日:2001年09月02日(日)03時29分03秒
- 確かに賞金首とされる人間の多くは、何かしらの悪事をはたらいたために追われる身
となった者たちだ。しかし、中にはわずかな気の迷いから小さな過ちを犯しただけの
者、身に覚えのない罪をきせられているものも少なからずいる。そして賞金首にだっ
て家族や友人など、その人が捕まると悲しむ人々がいるはずだ。賞金首にとってもま
た、愛する人達との別れは辛い。
そんな人達を問答無用で捕まえ、売り渡して牢屋に放り込むことなどしない。
それが賞金稼ぎヤグチのポリシーだった。そんな悪逆非道の行為を金のために平気で
行う連中をヤグチは「人さらい」と呼んで軽蔑し、また、自分のような発見物専門の
賞金稼ぎ稼業を「冒険家」と称して誇りにしている。
「で、どこまで話したっけ?」
「あ、うん。なんだっけ、タンポポの花を探しに出発したあたり」
「おう、ここからこのヤグチの大冒険記が・・・」
「手短にね」
ロボは冷たく言い放つ。ヤグチはまたすこしムッとした。
- 109 名前:7・ヤグチのはなし/ロボ命名 投稿日:2001年09月02日(日)03時29分43秒
- 旅立ってから数日後。地道に足で稼いだ情報探しの結果、ヤグチはあるひとつの高山
に目星をつけた。
「ダンデ山」と呼ばれるその山は、未開の樹海の真ん中に切り立つようにしてそびえ、
山肌はごつごつした岩がむき出しで頂上は雲に隠れるほど高い。
「これは・・・骨が折れそうだ・・・あは」
高台から双眼鏡で観察をしていたヤグチは、ダンデ山の一見して分かる登山の困難さ
にひきつり笑いを浮かべた。
「こりゃ、人手がいるね」
どうやら、今回の登山は山の中腹で何泊かすることになりそうだった。彼女のリュッ
クはそのための簡易テントを入れる余地すら無いほど、冒険に必要な道具がびっしり
詰まっている。近頃ではマイクロカプセルという、なんでも小さくして持ち運ぶこと
ができる便利道具があるがそれはかなり値が張るのでヤグチは持っていない。という
ことで、ヤグチは「荷物持ち」として人手を必要とすることに気がついた。しかしこ
の場合の「人」とは、人間ではないが。
いちばん近い街に立ち寄り、そこで「ロボット貸します」の看板を見つけてそこの門
戸をくぐる。低い天井に油と埃の匂い、全体的に煤けた印象の店内には頭の禿げた老
人がひとり、粗末な椅子に腰かけてテレビを見ながら煙草をくゆらせていた。
「あの、すいません」
「・・おや、いらっしゃい」
老人はヤグチに一瞥をくれて面倒臭そうにそう言い、すぐにまた目線をテレビに戻す。
テレビではプロ・ロボット・レスラーが派手な空中戦を繰り広げていた。
- 110 名前:7・ヤグチのはなし/ロボ命名 投稿日:2001年09月02日(日)03時30分34秒
- 「一台貸してほしいんですけど。知能はいらないから、命令通り動いて力持ちの」
いまヤグチが必要としているのは、完全に「性格」を再現した模倣知能を持つ持つ高
機能なロボットではなく、ただ従順で、そして登山の助けになる馬力のあるものだっ
た。
「なんに使う?」
「え?」
「なんに使うんだ?」
なんでそんなことを聞くんだ、と思いつつもヤグチは答えた。
「ちょっとダンデ山に登ろうと思って」
「ダンデ山!?」
老人は素頓狂な声をあげた。椅子から腰をあげ、小さなヤグチを見下ろすようにして
言う。
「いいかい、お嬢さん。あんたがあの山に行くのは勝手だが、」
老人は店の端を指差した。そこはショーウィンドーになっており、ガラスの向こうに
人間そっくりの精巧なロボットが陳列されている。
「あんな崖だらけの山にウチのロボットを連れていって、転落してぶっ壊れたらたま
らん」
声を荒げる老人の口の端には泡がたまっている。
- 111 名前:7・ヤグチのはなし/ロボ命名 投稿日:2001年09月02日(日)03時31分04秒
- 「ボロボロでもいいですから。お願いします」
ヤグチは食い下がる。ロボットを借りることが出来なければ、ダンデ山を登ることは
かなり困難だった。
「だめだ、他をあたってくれ」
「そんな・・・」
老人が再び椅子に腰を下ろし、ヤグチに背を向ける。「もうお前の話は聞かん」とい
う姿勢だ。ヤグチはしばらくそこで立ったまま何度か「お願いします」と頼んでみた
が、老人は見向きもしない。諦めてヤグチは店を出ようとした、その時。
「待ちなさい」
それまで黙っていた老人が声をかけた。
「一台、処分に困っているのがある。業者から中古で引き取ったんだが、どうにも役に
立たん。それでよければお嬢さんにタダでやろう。返さんでいいぞ」
「本当ですか?」
それが馬力があって無知能かどうかも知らず、無料でもらえると聞いてヤグチは心底喜
んだ。
「おーい、カオリ」
「・・・はーい」
老人に呼ばれて店の奥から出てきたのは、長身、長い黒髪、赤いワンピースを身につけ
た、女性型のロボットだった。ヤグチと目が合うと、そのロボットはにっこりと微笑ん
だ。
- 112 名前:7・ヤグチのはなし/ロボ命名 投稿日:2001年09月02日(日)03時31分55秒
- かくして、ヤグチは思いがけずロボットをタダで手に入れることが出来た。店を出て並
んで歩くヤグチとロボットはかなりの身長差があり、話をする際にはヤグチは見上げ、
ロボットは見下ろすかたちになる。
「よろしく、ヤグチって呼んでいいよ。えーと、カオリだっけ?キミ」
「ちがう。カオリっていうの」
「だから、カオリでしょ?」
「ちがうの。カオリなの」
ヤグチが言う「カオリ」は、ロボットの名前の「カオリ」とは微妙にアクセントが違う
らしかった。しばらく「カオリでしょ」「ちがう。カオリなの」という押し問答が続く。
「だー!じゃあロボでいいよ!キミはロボ!」
ついにヤグチは音をあげ、勝手で安直な命名をした。
「カオリなのに・・」
ロボは、不服そうに呟いた。
- 113 名前:7・ヤグチのはなし/ロボ命名 投稿日:2001年09月02日(日)03時32分48秒
- 「その話、長くなる?」
今度はロボがヤグチの話を遮る。ヤグチは話の腰を折られた。
「なんだよー。これからがヤマなんだから」
「まあまあアスカ、ゆっくり聞こうでないの」
ナッチはいつのまにかヤグチの話に聞き入っていたようだ。埃っぽい床にうつぶせに寝
そべり、両手で頬杖をついて「聞く体勢」になっている。
「お、観客一名。ロボも黙って聞いてなよ」
「はいはい」
窓の外、どこか遠くの方から「どこにいったんだぁぁぁ」と叫ぶヨッスィの声が小さく
聞こえてくる。
「あのバカ、だんだん遠ざかってるよ。あはは」
「それより話の続きをしてよ。タンポポ探しはどうなったの?まだイシカワも出てきて
いないし、アスカを、じゃなかった、ロボを壊したい理由もまだだよね?」
ナッチは足をばたばたさせて、ヤグチを急かす。思いのほか食いつきのいいナッチの様
子にヤグチもすこし調子に乗る。
「はい、それじゃ私がロボと出会ったあとからだね。第二幕、『ヤグチのびっくりタン
ポポ探し珍道中』〜!いえーい」
「なにそれ」
ロボはやっぱり冷静なのだった。ヤグチはすこし考えたあと、仕切り直す。
「じゃあ、『ヤグチのたんけん!はっけん!うきうきどっきり何が出るかな・・』」
「早く話してよ〜〜!」
- 114 名前:津軽 投稿日:2001年09月02日(日)03時34分50秒
- >>113 「その話、長くなる?」
はあ。短くまとめたい。
- 115 名前:読んでる人 投稿日:2001年09月07日(金)23時16分37秒
- 昔話編?おもしろい♪
>>113のナッチのセリフ「早く話してよ〜〜!」
に激しく同意(w
- 116 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月16日(日)23時27分45秒
- 気の利いた感想は書けないけど
やっぱこの小説、好きだわ〜。
作者さん頑張って下さいね。
- 117 名前:津軽 投稿日:2001年09月17日(月)00時50分03秒
- 更新が遅れております。もうしわけない。
>>115 なんとか、今週中には。間が開いたぶん、多めに書く予定ですので。
>>116 ありがとうございます。がんばりますよ。ええ。
- 118 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時42分59秒
- ダンデ山の裾野に広がる樹海にヤグチとロボが足を踏み入れたのは、まだ明るいはず
の昼下がり。
なのに樹海の中は薄暗かった。うっそうと繁る木々の葉が幾重にも重なりあって日の
光を遮り、それは屋根のようになって樹海自体を天然のドームにしていたのだ。
「これじゃ時間の感覚どころか、方角もわかんなくなるかも」
ヤグチは背負ったリュックからちいさなナイフをとりだして、自分の目の高さあたり
の木の幹に傷をつけていく。道に迷わないための目印だ。
「待ってよヤグチ。こわいよ」
折り畳まれた簡易テントを担いでヤグチのあとをついて歩くロボが弱気な声を出す。
彼女は機械の割には馬力がないのか、それだけの荷物で明らかに足取りが重くなっ
ているようで、さらに臆病な性格なのか、暗い樹海に漂う無気味な空気にさらに及
び腰になっている。
- 119 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時43分50秒
- 「ロボ!おいてくよ!」
先を行くヤグチはもたつくロボに声を荒げる。
「いやだよ、待ってよ」
ロボは声色こそ慌ててみせるものの、一向に急ぐ様子を見せない。周囲を取り巻く
木立の奥、茂みの中などにいちいち過剰にびくついて、その足取りはおっかなびっ
くりだ。
「・・・あのじいさんめ」
ヤグチは貸しロボット屋の老店主の言葉を思い出していた。「役に立たん」「処分
に困っている」老人はそう言っていた。それはつまり、こういうことだったのだ。
「はあ、先が思いやられる・・・」
ヤグチは額に手をあてて溜め息をついた。
その時。
- 120 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時44分57秒
- 「うっそーーーーーーーーーー」
ロボの間の抜けた悲鳴がこだました。
ヤグチが顔をあげると、そこには長いツルを触手のようにうごめかせ、毒毒しい色
の花を咲かせた巨大な植物があった。高さはヤグチの身長よりもはるかに高い。
「食人植物・・・こんな大きな!?」
ヤグチが声をあげるとほとんど同時に、その長いツルがヤグチの首のあたりめがけ
てするすると伸びてくる。
「あぶない、ヤグチ!」
「わかってる!」
ヤグチは地面に転がるようにして身をかわす。すぐ背後にロボがぴたりと寄り添っ
てくる。食人植物はまたツルを無気味に揺らしながら、ヤグチを「補食」する機を
伺いだす。
「なるほどね。簡単には通らせてくれない、か」
「どうするのどうするの、ねえヤグチ」
なぜか落ち着いたヤグチの口調とは対照的に、ロボの声は恐怖のあまり震えている。
- 121 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時45分55秒
- 「あのさ、ヤグチ」
こちらは『現在の』ロボの声だ。月明かりが窓から差し込む、廃屋のなか。
「武勇伝を話したい気持ちはわかるけど、もうちょっと短くまとめてよ」
いまロボの中にいるアスカは気が長いほうではないらしい。カラダは同じでも性格は
本来のロボとはずいぶん違う。
「えー聞きたくないの?『ヤグチ対恐怖の巨大食人植物!』」
「聞きたいのはやまやまなんだけどね」
ロボは顎で窓の外を指す。ヤグチが振り向いて外を眺めると、あらかたの建物はなく
なっていた。
「派手にやってるな、ヨッスィ」
ヤグチが素直な感想を漏らすと、ロボが首を振る。
「夕方、このゴーストタウンを走りまわったおかげでだいたいのマップが記憶されて
る。ヨッスィが破壊してまわる音をずっとカウントしていた結果、残っているのは今
私達がいるこの家がある区画を含めても、数えるほどしかない」
事務的な口調で言うロボ。ヤグチとナッチは顔を見合わせた。
「すごいね、ロボ」
「だから、なるべく手短に。何度も言わせないでよ」
「わかったよ」
ヤグチはじっくりと聞かせるつもりだった話を、大幅にはしょることになった。
- 122 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時46分42秒
- 巨大な食人植物はどうにかなった。
「いやー大変だったねロボ」
「もうだめかと思ったよ」
そして地獄の底なし沼、悪夢の吸血コウモリの大群、食べると被害妄想が止まらなく
なる木の実、前に歩いているつもりが気付いたら回れ右をしている不思議な道、どう
見てもどこかの誰かに似てるんだけどそれが誰なのか思い出せない巨木、突くたびに
クチバシのほうが削れていくキツツキ、フンに転がされるフンコロガシ、たくさんの
もののけの類、けらけら笑う発光体、なぜか通りがかった徘徊老人、
とにかくたくさんの謎と困難に出くわしたが、ヤグチとロボは無事に樹海を通り抜け
てダンデ山のふもと、ごつごつした岩肌がそびえるあたりに辿り着いた。しかし。
「ヤ、ヤグチ、あれはなに?」
「・・・な、謎の人面石!」
「ココヲ通リタクバワタシヲ倒シナサーイ」
- 123 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時47分24秒
- 「ねえ、ヤグチ?」
月明かりに照らされてヤグチを見下ろすアスカ入りロボの目はマジだ。
「・・・わかったってば」
- 124 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時47分55秒
- ・・・いろいろあったがヤグチは数日かけてタンポポのもとへついに辿りついた。
もちろんそこに至るまでにはさらにたくさんの困難があったのだが、まあ、とにかく、
着いたのだ。
それは垂直に切り立つ崖の中腹、ちいさな岩棚に一輪だけ咲いていた。
ギルドのマスターからもらった写真のように黄色い花は咲かせていなかったが、しか
しヤグチはそれがタンポポだとすぐにわかった。
タンポポの花はその生涯を終えるとき、黄色い花を白い綿毛に変え、そしてその綿毛
に結ばれた種子は風に乗ってまたどこかへ飛び立つ。
それはヤグチのような「冒険家」の間では半ば伝説となっていた。
その伝説が、白い綿帽子が、風に吹かれて揺れていた。
- 125 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時48分35秒
- ヤグチはその崖の上に立ち、はるか眼下の岩棚にあるタンポポを見下ろす。
「降りて取るしかないか・・・」
「どうやって?」
ロボは地べたに這いつくばって、顔を半分だけ崖から出してタンポポを見ている。
「こういうこともあろうかと」
ヤグチは座りこんで、背負っていたリュックを下ろす。その中を覗きこみ、しばらく
何かをさぐる。
「冒険の必須アイテムと言えば、これ!」
そう言ってヤグチが取り出したのは、荒縄を丁寧に寄り合わせた白いロープだった。
- 126 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時49分17秒
- 「そーっと、そーっとね」
ロープを腰に結び付けたヤグチはそれを命綱にして少しずつ崖を降りていく。その一
端はロボの手に握られている。
「気をつけてよー」
少しずつヤグチの体を、タンポポのある岩棚へと降ろしていく。ロープがぎりぎりと
危険な音をたてる。
断崖絶壁と呼ぶべきその崖の壁面には、ヤグチが降りてみてはじめて気がついたこと
だが、とても強い風が休むことなく吹きつけていた。その風のおかげで宙づりのヤグ
チの体は大きく振られ、バランスを保つことが難しい。
それだけではない。タンポポの綿毛が、その風のせいで散り散りに飛ばされはじめて
いたのだ。
「ウソでしょ、ちょっと」
体勢を整えるだけで四苦八苦しながら、ヤグチはいまだ手の届かないタンポポの少な
くなりつつある綿毛をもどかしく見下ろす。
- 127 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時50分05秒
- ヤグチがどうにかタンポポに手が届きそうな距離にまで達した頃にはもう、綿毛のほ
とんどは飛ばされてしまっていた。すべてが飛ばされてしまったあとの禿げのタンポ
ポでは意味がない。ギルドに持っていったところで報酬など得られないだろう。
「なんとか、綿毛のひとつでも・・」
不安定な体勢のまま手を伸ばす。あとほんの少しのところで、ヤグチの体はまた風に
吹かれてくるくると回ってしまう。
それを何度か繰り返すうちにさらに綿毛の数は減っていく。すぐ目の前で次々と飛ば
されていくそれを見て、ヤグチはかなり焦ってきていた。
「ヤグチ−、腕がしびれてきたよー」
頭上からロボの弱気な声がする。
「アンタ機械でしょ!なに言ってんの!」
- 128 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時50分51秒
- 必死に伸ばしたヤグチの手がまた空をつかみ、そして風に煽られてまたすこし遠ざか
る。
ふいに一段と強い突風が吹いた。
「いたっ」
ヤグチはその風で崖の壁面に叩き付けられて顔をしかめた。そしてすぐにタンポポを
確認すると、もう最後の綿毛も残っていなかった。
「あーーーーーーーーーーーーーー!!」
- 129 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時51分38秒
- 長髪を振り乱しながら、ロボは必死に踏ん張ってヤグチの体を支えるロープを掴んで
いる。
「重いよー・・ん?」
ロボの鼻先をなにかがかすめる。それはタンポポの綿毛だった。崖の下から吹き上げ
る風に巻き上げられて、それはロボのもとへと飛んできたのだった。
その綿毛は頼り無くふらふらとロボの顔の前あたりを行ったり来たりしている。
「きれい・・・」
ロボはそれをそっと、両手で覆うようにしてつかまえる。
「あー!!」
ヤグチの大声が聞こえた。
ロボは命綱を手放していたのだ。
- 130 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時52分19秒
- 「うそ、ヤグチ!」
命綱はするすると地面を滑っていく。ロボは慌てて駆け寄ってその端を掴もうとする
が、崖下に引き込まれる命綱は思いのほか素早く、それを捕らえることができない。
「ロボー!!!」
落ちていくヤグチの絶叫。
ロボが手放した命綱の端は、ついに崖の下へと消えた。
- 131 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時53分09秒
- 「ロボー!!!」
ヤグチは転落しながら叫んでいる。
「ちっくしょーーーーーーーー!!!」
眼下にあったごつごつした地面が、ものすごいスピードで迫ってくる。叩き付けられ
たら死ぬのは間違いない。それも、目も当てられないくらいのひどい死に様になるだ
ろう。
なんてことだ。
ヤグチは覚悟を決める。今までにあった出来事が、走馬灯のように頭の中を巡る。
賞金稼ぎになると決意した幼い日。はじめて報酬をもらえた日。迷宮のような洞窟に
迷い込み、食うや食わずで過ごした時のこと。同業者に手柄を横取りされて涙をのん
だ時のこと。思いがけず巨大な組織が暗躍する事件に首を突っ込み、命からがら逃げ
帰ってきた時のこと・・・・。
「はあ・・・・。いろいろあったなあ・・・・」
ヤグチはけっこうあっさりと諦めた。
- 132 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時53分56秒
- 「ヤグチーーーーーーーー!!」
はるか頭上の崖の上に置いてきたはずのロボの声が、すぐ近くで聞こえる。
「私もヤキがまわったよ・・・。死ぬ間際になんであんなロボの声が・・・」
観念しきったヤグチは、その声に耳も貸さないのだった。
「ヤグチってば、ねえ!」
「最後くらい・・・静かに死にたいもんだね・・・」
「ヤグチってば!!」
「ふ・・オイラは泣いちゃいないのさ・・これは風が目にしみただけさ・・・・」
「おおーい!!!」
- 133 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時54分40秒
- なぜかニヒルになっているヤグチを現実に引き戻したのは、本当にロボだった。
ロボはヤグチのすぐ上にいた。
一緒に転落してきていたのだ。
「ロボ!!あんたなにやってんの!」
「なにって、ヤグチが落ちたから、私も」
「私も、じゃないだろーっ!!」
すごいスピードで落ちながらふたりは言葉を交わす。傍から見ているものがあったな
ら、さぞや不思議な光景であったことだろう。
「私が、ロープを放しちゃったから」
「放したの!ロープを!うわ、ああもう、なんつーか!」
「ごめんなさい」
「ごめんで済むかよぉー!!」
ふたりの体は加速度をつけて落ちていく。「仲良く激突」まで、あと何秒もない。
「あの世でいじめてやるー!」
ヤグチが辞世の文句を叫ぶ。
- 134 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時55分40秒
- なにか、とても暖かいなにかが、ヤグチの体を優しく包んだ。
ほとんど同時に、轟音が轟く。衝撃が体を貫く。
「ぐぅっ!」
ヤグチは自分が苦痛の声を漏らしたことに疑問を感じた。「痛い」などと感じる暇も
なく、自分は死んでいるはずなのに。
ひょっとしたら自分はもう死んでいるのかもしれない、なのに、体の感覚があるのは
どういうことだろう。
恐る恐る、つぶっていた目を開けてみる。
一面の真っ赤。それ以外にはなにもない。
これが天国なのか。それとも地獄。どちらにせよろくな場所ではないように、ヤグチ
には思えた。
- 135 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時56分33秒
- 「ヤグチ、生きてる?」
ロボの顔が、とても近いところから聞こえてくる。
ヤグチは体を軽くよじらせてみようとして、自分が誰かにしっかりと抱きかかえられ
ていることに気がついた。
「・・・ロボ?」
「よかった、生きてた」
ロボだった。
ロボはヤグチを胸に抱きかかえ、その体勢で仰向けに地面に横たわっていた。ヤグチ
が見た一面の真っ赤なものは、ロボが着ている赤いワンピースだった。ロボの胸に密
着しているあまり、それしか目に入らなかったのだ。
「よかったよ。助かったね」
ロボはヤグチを抱いたまま、呑気に呟いた。
- 136 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時57分21秒
- ロボは激突の間際、ヤグチを抱きかかえて背中から地面に衝突したのだった。
「うそ・・・。え、生きてる、の?私」
ヤグチがすぐに信じられないのも無理はない。いくらロボの体によって衝撃が緩和され
たといっても、なにしろはるか上空から転落してきたのだ。ロボもろとも、ふたりの体
はコナゴナになっているはずだった。
「私もびっくりしたよ。こんなにカラダが硬いなんて。なにも考えずにヤグチを抱きし
めたの。そして背中から落ちたの。もうダメだって思った。だけどね、壊れたのは地面
のほうみたい」
ロボはヤグチの体から手を放し、ゆっくりと起き上がる。
ロボが横たわっていた地点を中心として、地面には大きな亀裂が走っていた。
「私が機械でよかったって、はじめて思ったよ。ヤグチも助かったのは、たぶんサスペ
ンションのおかげじゃないかな。カラダの中で、なにかがたくさんひずんで、はずんだ
感じがしたの。それがヤグチの衝撃を和らげたんだと思う」
- 137 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時58分05秒
- サスペンションの、おかげ?
ヤグチは疑問を感じた。本来サスペンションは関節などの駆動部分か、足の裏などの何
かに触れることが多い部分に内蔵されているはずだ。背中から落ちた衝撃を和らげるサ
スペンションなど、こんな事態でもなければ役にたつことはないはずなのに、そんなも
のがあるのだろうか。
それだけではない。
ロボそのものの硬さだ。ロボを観察してみるに、ヒビひとつはいっていない。内側でい
くら衝撃を吸収したとはいえ、なんらかの跡が目につく部分に残ってもいいはずなのに、
ロボにはそれがないのだ。貸しロボット屋の老人が言った「処分に困っている」の本当
の意味が理解できた。こんなに硬いのでは、壊しようがないのだろう。
- 138 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時59分02秒
- ともあれ、助かったのは事実。ヤグチは深く考えるのはやめにした。
「ありがと、って言いたいところだけど」
「怒ってる?」
ロボが不安そうにヤグチを見る。
「当たり前でしょ。命綱を放すんだから。それで『ありがと』は帳消し」
「・・・よかった。プラスマイナスゼロだね」
「そういうこと」
ふたりは笑いあった。
- 139 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)05時59分40秒
- 「あータンポポ手に入れたかったなー」
ヤグチはいま自分達が落ちてきた絶壁を見上げる。
「それなんだけど」
ロボは急にいたずらっぽい顔になって、ヤグチの前に握った手をさしだした。
「これで、ありがと、って言ってくれるかな?」
ロボはそう言って手を開く。そこにはタンポポの綿毛がひとつ、やや潰れてはいたが、
確かにあった。
ヤグチは言葉をなくし、それをそっと手にとってみる。確かにタンポポの綿毛。そう
何度も確認して、やっと喜びの感情がわき上がってくる。
「やったー!すごい、やったー!」
「ありがと、は?」
「ありがと、へへ」
- 140 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)06時00分42秒
- ギルドへ戻る道すがら、ヤグチはあとをついて歩くロボに聞いてみた。
「これからどうするの、ロボ?」
「もうあのお店にもいられないし、ほかに行く場所もないし・・」
「そう・・・」
ヤグチは迷っていた。「ついてくる?」と言うべきかどうか迷っていたのだ。
ヤグチのような賞金稼ぎ稼業は、本来単独行動が望ましい。今回のような人手を必要
とする場合はむしろ稀で、仮に必要となったとしても、感情の無いロボットをその場
限りの「使い捨て」にして済ますのだ。
しかし、うっかりタダで貰ってしまったこのロボは感情がある。所詮機械には違いな
いのだが、どこか人間臭いうえに、助けてもらったことでやや情が移ってもいる。
「これでサヨナラ」とは、言い出せずにいた。
「あのさ、ヤグチ」
「なに?」
「ついていってもいい?」
だからロボの方からそう言ってくれたことが、ヤグチにとっては救いになった。その
一言が、ヤグチの決断を後押ししたのだ。
「もちろんだよ」
- 141 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)06時01分41秒
- タンポポの綿毛は結構な額の報酬と引き換えられた。ヤグチにとっては久しぶりの大
物で、それはとても嬉しかったのだが。
ロボを外で待たせて入ったギルドで、ヤグチは気になるものを見つけた。
『尋ねロボット イーダカオリ』
そう書かれた張り紙だ。そこにはロボの似顔絵もあった。それはやはり、ロボにそっ
くりだった。
ヤグチはさりげなく探りをいれることにした。
「ねえ、マスター。あの張り紙にある『イーダカオリ』ってなに?なんかやったの?」
「ああ、なんだか知らねえが、スゲエ代物を内蔵してるって話だ」
「・・・なんなの、それ」
「詳しいことは分からねえ。究極の破壊兵器だとか、革新的な技術を記した学術書だと
か、宝の地図だとか、なんでも出てくる四次元ポケットだとか、噂だけはよく聞くが、
どれもマユツバだ」
「・・・そう」
それはヤグチの賞金稼ぎ魂を揺さぶる話だった。
- 142 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)06時02分27秒
- 「なんでそんなロボットがひとりでうろついているのかもわからねえが、ひとつだけ
確かな情報がある」
「なに?」
「そのロボット、えらく硬いらしい。どうしたって壊せないって話だ。だからそのお
宝を取り出すことができないんだそうだ」
「なんでまた」
「さあな。恐らくそれをつくった誰かが、盗まれないようにそうしたんだろ。それよ
り、なんでそんなことを聞くんだ?ヤグチは発見物専門だろ?」
「まあ、そうだけどね。ちょっとね」
「でもまあ、相手はロボットだ。人間じゃないから、お前も抵抗なく出来るんじゃな
いか?引き受けるんなら、もう少し詳しい情報を教えてもいいが」
「いや、いいよ。もう知ってるから」
「なに?」
「いや、なんでもない。またね」
- 143 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)06時03分11秒
- ヤグチは逃げるようにしてギルドを出た。そこで待っていたロボとぶつかる。
「おかえりヤグチ。どうしたの、なんだか慌ててるみたい」
「いいから、こっちきて。早く!」
ヤグチはロボの手を引いて急いでその場を離れる。ギルドに出入りする賞金稼ぎたち
に目をつけられないうちに、人目のつかない場所へ逃げる必要があった。
しかし賞金がかけられているロボットがギルドのすぐ側にいるのは意外と盲点だった
ようで、誰もロボに気がついたものはいないようだった。
ヤグチとロボは物陰に素早く隠れていた。
「あのね、ロボ。ロボの名前、カオリだったよね」
「違うの。カオリなの」
「それはいいから。苗字っていうの?上の名前は?」
「イーダ。イーダカオリ」
ヤグチは軽く目眩がした。
- 144 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)06時03分53秒
- いくら感情があるとはいえ、所詮は機械だ。壊せるかどうか、試してみよう。
いやいや、そんなことはできない。
いやいやいや、「イーダカオリ」の性格を司るプログラムを抜き出して、他のカラダ
に移しかえればいいじゃないか。
あ、それ、ちょっといいかも。
それよりなにより、「壊せない」という話じゃないか。
やってみなけりゃわからないじゃないか。
一瞬のうちにヤグチはここまで考えた。
ロボを冒険のパートナーにしようという考えはどこへやら、命を救ってもらったこと
も忘れ、そのへんは結構ドライな考え方をするヤグチなのだった。
あくまでも、「イーダカオリ」の感情は残してカラダだけを破壊するというのなら、
ヤグチにも、多少の抵抗はあるができそうな気がした。
- 145 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)06時04分55秒
- 「それで、壊すっていうの?ひどーい」
ナッチが頬を膨らませた。ヤグチが慌てて手で制する仕草をする。
「待ってよ、それで本当に壊してたら、いまここにロボはいないはずじゃない」
ヤグチは傍らに立つロボを指す。
「確かにそうだけどさ」
ナッチはそれでもまだ怒っているようだ。
「それで?どうしたの?」
ロボがつっけんどんに言う。回想のなかに出てくるロボと現在のロボは、姿は同じで
も中身が違うので、ヤグチはやや混乱しそうになった。
「えーっと、それでね、ロボの隙を見ていろいろ試したんだけど、ダメだった。まず
模倣性格プログラムを抜き出す方法が見つからなかったし、それにナイフとかでも傷
ひとつつかないし、ヤケになって高価な小型爆弾をぶつけてみたりもしたんだけど、」
「ひどーい」
「だから、いや、ごめん。悪かった。それでも、壊れなかった。でね、やってるうち
に、なんだか馬鹿らしくなっちゃって。命の恩人になんてことをしてるんだって気も
してきたし。でもやっぱり諦めきれないこともあって、どうにか壊せる方法も探して
みようって思ったんだ」
- 146 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)06時05分32秒
- 「やっぱりまだ壊す気なんだ。アスカ、気をつけなよ」
「ちょっとヤグチとの接し方、考えなきゃね」
ヤグチが説明すればするほど泥沼だった。
「あーもう、だから違うんだって。正直、いまの私にはロボは壊せないと思うよ、壊す
方法があったとしても。ただね、もし壊す方方があるのなら、どんな衝撃にも壊れない
ものを壊す何かがあるのなら、それを見つけてみたいな、と思って。夢を追う賞金稼ぎ
としては、そういうものにも興味があるからさ」
「言い訳だよねー」
「だよねー」
ナッチとロボには、とりつくしまもない。
「あー、もー」
- 147 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)06時06分11秒
- ヤグチの説明は、確かに苦しい言い訳のように聞こえた。
正直なところ、ヤグチ自身にもロボを本当に壊したいのかどうかわからないのだった。
ロボのなかに、なにかとてつもないものがあるらしい。それをヤグチは手に入れたい。
というか、賞金稼ぎとして、見てみたい。そして、そのための壊す手段があるのなら、
それもまた興味がある。なにしろ壊れないものを壊すものなのだ。
しかし、もしその手段を得たとして、果たしてロボを壊すことができるのか。
それはまた、別問題。
少なくともヤグチは、そうして自分を納得させていた。
- 148 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)06時06分57秒
- 「大丈夫ですよ、ヤグチさんはいい人です。ロボさんを壊したりしませんよ」
「イシカワ」
イシカワが、奥の暗がりからゆっくりと歩いてきた。
「もう大丈夫なの?」
ナッチが心配そうに声をかける。イシカワは打った頭を抑えて少し顔をしかめていた
が、すぐに元気な声を出した。
「大丈夫です。それよりヤグチさん、昔の話をしてたんですね」
「ああ、うん。聞こえてた?」
「はい」
- 149 名前:8・ヤグチのはなし2/孤高のタンポポ 投稿日:2001年09月22日(土)06時07分33秒
- 「そういや、まだイシカワが話に出てこないよね」
急かすナッチに、ヤグチは少し辟易した表情を浮かべた。正直、すこし話しつかれた
のだ。
「ロボ、ヨッスィの様子は?残っている建物は?」
「まだ大丈夫みたい。もうすこし話を聞けるだけの時間はあるよ」
ロボまでもが話を聞きたがっているようで、それはすこし意外だった。
「よかったら、あとは私が話しましょうか?」
ヤグチが再び話を始めようと口を開きかけると、イシカワがそう言う。
「お、じゃあよろしく。バトンタッチ」
ヤグチはそう言って体勢を崩す。長話を延々と聞かせているあいだ、ずっと同じ体勢
でいたので板張りの床におろした腰がやや痛くなっていたのだ。
「はい、それじゃ。私が話しますね」
ヤグチから話し手を受け継いだイシカワは、ヤグチがそうしていたように、床に目線
を落としながら語り始めた。
- 150 名前:津軽 投稿日:2001年09月22日(土)06時14分38秒
- 長い。
このペースだと、一章だけでも1つのスレッドじゃ足りないかも。
うああ。短くまとめたい。ほんとに。
- 151 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月22日(土)12時11分18秒
- sageで更新されているけど毎回読ませてもらってます。
長いのおおいに結構なんで頑張ってください。
- 152 名前:読んでる人 投稿日:2001年09月24日(月)20時22分43秒
- おもしろいので長くなってくれた方が嬉しい!!
- 153 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月03日(水)15時22分31秒
- 更新まだかなぁ〜〜〜…
期待待機
- 154 名前:津軽 投稿日:2001年10月08日(月)03時46分48秒
- >>151 >>152
ありがとうございます。もう割り切って、とことん長くいこうと思います。
長篇板だし。
>>153
お待たせしてすいませんです。
これからは更新が遅いぶん、一回を長めにしようかと。
- 155 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)03時48分46秒
- 天井まで届く高い窓にかけられたレースのカーテンを開くと、平和な景色が広がって
いた。
やわらかな日射しに照らされて影をつくる木立、その枝のひとつにとまっているつが
いの野鳥、木々の葉がいっせいに揺れることでわかる、目で感じる優しい風。
だけどそれは見慣れた景色なのだ。いつでもカーテンをめくってみると、そこにある
景色。今日まで何度も見てきた、そして明日からもさらに何度も見ていくことになる
だろう景色。
- 156 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)03時49分35秒
- 大理石の柱に東洋的な陶磁器、極彩色のカーペットに古風な桐のタンス。巨大なヘラ
ジカの頭部の剥製があるかと思えば、季節はずれの七段のひな壇には豪華な装束をま
とった人形がびっしり。「高価」という一点以外にはまったく統一感のないさまざま
なものが、それだけで家が一件建てられそうなくらい広い部屋のあちこちに飾られて
いる。
そんな成金ならではの悪趣味な部屋でイシカワはひとり、窓の外をなんとなく眺めて
いた。
「つまんない」
ぽつりと漏らす。それは彼女の口癖だった。
「つまんないよう」
呟いてみてどうなるものでもないのだが、イシカワは言わずにはいられない。窓の脇
にまとめられたカーテンの束をぎゅっと掴み、さらにもう一度。
「つまんないよーっ」
- 157 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)03時50分24秒
- イシカワは深窓の令嬢。
絵に描いたような箱入り娘で、「変な虫がつくと困る」という父親の方針から、外出
もままならない。外出が許可されるのは、貿易商の親の仕事の関係で付き合わされる
退屈なパーティーの時か、月に一度の「自由日」の時だけ。しかしその自由日でも、
常にお目付役の者が帯同する。彼女が羽目をはずさないように監視するのだ。
イシカワはそんな毎日に辟易していた。もちろんそれは最近になってからのことでは
ない。物心がついた時から、彼女はずっと辟易しっぱなしなのだ。
毎日毎日、「つまんない」「つまんない」と呟き続けて、今日に至っている。
- 158 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)03時51分15秒
- そしてその日も、いつもどおり「つまんない」一日だった。
イシカワはカーテンを閉めて、天蓋のついたふかふかのベッドに倒れ込む。枕に顔を
押し付けて、なにをするでもなく、その体勢のまま動かずにいた。
なにも期待しない。
それは彼女が退屈な毎日を過ごしていくうちに見つけた、心の平静を保つ唯一の方法
だった。期待してもなにも叶わず、結局はがっかりするのなら、はじめからなにも望
まないほうがいいのだ。しかし。
「でも、つまんないんだってばー」
そこまで割り切ることは、やっぱり難しいのだった。
- 159 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)03時52分22秒
- ふいにノックの音がした。
「入って」
イシカワの返事からややあって、重々しい部屋の扉がゆっくりと開く。扉の影から顔
を出したのは、タキシードを上品に着こなした、白髪の男性。
「リカお嬢様」
「じい」
「例のものを、買ってまいりました」
「じい」と呼ばれた召し使いの老人が、ちいさな紙袋を取り出してみせる。それを見
たイシカワの表情が、ぱっと明るくなった。
「いつもありがとう、じい」
「いえいえ。お嬢様の頼みとあらば。では、私はこれで」
老人はそう言って紙袋を傍らの棚のうえに置き、またゆっくりと扉を閉めて出ていっ
た。
- 160 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)03時53分19秒
- イシカワはベッドから飛び起き、その紙袋を掴むとロッキングチェアに腰をおろす。
紙袋の口を開くのももどかしく半ば破くようにして取り出した中身は、一冊の雑誌だ
った。
「今月号は、どんなかしら」
『月刊 賞金生活』と題されたその雑誌をパラパラとめくる。
全編カラーページのその雑誌は、賞金稼ぎ御用達のサブカル誌だ。最新の賞金首情報
や、高額報奨金ランキング、名うての賞金稼ぎのインタビューを交えた特集や、未発
見物があるとされる地域の詳細マップなどが掲載されている。
広告ページには「獰猛な賞金首もこれでイチコロ」という大袈裟なうたい文句の新型
催涙爆弾、「闇夜の探索にはコレ」超高感度赤外探知スコープ、「腹がへっては探索
できぬ」各種栄養素バランス配合のエネルギーブロックなどなど。
- 161 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)03時54分00秒
- イシカワがはじめてそれを目にしたのは、とある自由日のことだった。
お目付役の目を盗みこっそりと入った本屋で、入り口からすぐの場所に平積みされて
いたその雑誌の派手な表紙がまず目についた。なんとなく手に取り、その中身に目を
通す。そこには彼女が生きている世界とは正反対の世界が広がっていた。
まだ見ぬなにかを見るために命を危険にさらす者の勇敢さ。
時には卑怯な手段をもって賞金首を捕らえる者の残酷さ。
数々の手柄をあげてもなお新たな神秘を求める者の好奇心。
金のために冷徹になり悪行と紙一重の手段で名を挙げる者の野心。
なによりも、なににも縛られない彼らの自由な生き方。
そのすべてがイシカワの心をぐっと掴んで放さず、かといって、買って持ち帰ると間
違い無くお目付役に没収される。そうして彼女が思いついたのは、彼女のよき理解者
である「じい」にそれを買ってきてもらい、自分の部屋に直接こっそりと持ってきて
もらうことだった。
- 162 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)03時55分10秒
- そしてそれ以来、この「秘め事」は月に一度のお楽しみとなっていた。
「ふーん・・・『伝説のタンポポの綿毛、ついに見つかる』かぁ」
イシカワが目をとめたのは、『今月の発見物』のページ。その中でもその記事はとり
わけ大きな扱いだった。
「絶滅したと思われていたタンポポの綿毛が、前人未到の高山『ダンデ山』の絶壁よ
り採取された。功労者は『セクシーラビット』ヤグチ。過去にも幾度か大物を発見し
た実績を持つ彼女について、本誌は近々特集を組む予定。乞う御期待・・・」
音読するイシカワ。呼んでいるうちにわくわくしてきて、自然と声が大きくなる。
「セクシーラビット、ヤグチ・・。どんな人なんだろ。やっぱりセクシーっていうく
らいだから・・・いやあー」
思いつく限りのセクシーな格好をした女性の姿を想像して、ひとりでイシカワは赤面
した。
- 163 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)03時57分31秒
- その日の深夜。
イシカワはなぜか寝つけずにいた。シルクのシーツのうえで何度も寝返りをうってい
るうちにさらに目が冴えてきて、
「もう一回読んじゃおうか」
そう呟いて昼間に読んだ『月刊 賞金生活』を再び手にとる。その瞬間。
「お嬢様!!」
部屋に飛び込んできたのは、イシカワ家の邸宅を見回る衛兵のひとり。ナイトウェア
のイシカワは、慌てて掛け布団で体をかくした。
「ノックしてよー!」
「す、すいません!・・・えーと、異常ありませんか?」
「なにもないけど。どうしたの?なにかあったの?」
- 164 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)03時58分39秒
- 「は。どうやら賊が忍び込んだようです」
「賊って?」
「旦那様の宝物庫から、『金のリンゴ』が盗まれた模様です」
「うそ!あれはいちばん厳重に警備してたじゃない!」
「は。それが、何者かによって衛兵が眠らされ、さらに警備システムもどういうわけ
か機能せず・・・」
「お父様は?」
「御無事ですが、ひどく興奮されているようでして」
「でしょうね」
「旦那様より、お嬢様は部屋から出るなと言付かってまいりました。もし万が一身の
危険を感じたら、ベッドの脇にあるサイドテーブルの天板の裏を見よ、とのことです」
「どういうこと?」
「私にはわかりません。言付けは以上です。念のために私がこの部屋の警備をしまし
ょうか?」
「結構よ」
「は。それでは失礼します」
- 165 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)03時59分51秒
- 衛兵は乱暴に扉を閉めて出ていった。
バタンという大きな音がすこしの余韻を残したあと、とたんに静けさが引き立つ。
「金のリンゴが盗まれた・・?なんであんなものを」
独り言を呟くイシカワ。
しかしその独り言に返事をする者がいた。
「あんなもの、とは随分な言い方じゃない」
「誰っ!?」
イシカワは後ずさった。
- 166 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)04時00分54秒
- 「怪しいものじゃないよ」
声の主はいつのまにかイシカワの部屋の隅、大きな戸棚の影に潜んでいたようだ。声
だけが聞こえ、姿は未だ見せない。
「・・・・誰なの」
ひょっとしたら、忍び込んだという賊だろうか?
イシカワはひどく動転した。壁に背中を張り付けて警戒しながら、なにか武器になる
ようなものはないかと手を伸ばす。指の先に触れるものがあり、手に取ってみるとそ
れは大きな花瓶だった。
- 167 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)04時01分36秒
- 「ちょっと、何する気?」
謎の声の主が、物陰から姿を現した。ちいさな少女。賊にしてはあまりに迫力のない
その容姿にイシカワは一瞬きょとんとしたが、彼女が近付いてくる素振りを見るや、
軽いパニックに陥った。
「きぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
持っていた花瓶をぶん投げる。それは少女の顔の横あたりを抜けていった。
「ちょっと、あぶな・・・」
「やめて!コナイデ!なんなの!ナによ!ごめンなサイ!イやァぁァァ!」
絶叫しながら、身近にあるものを手当りしだいに投げ付けるイシカワ。
テーブルランプ、五月人形、熱帯魚の水槽、百科事典、ゴキブリホイホイ、姿見、招
き猫、柱時計、ティーバッグ、抱き枕、虎の皮の敷物、名匠作の壷、ヘアピン、掛け
軸、青竹踏み、通販で買ったボディブレード、「賞金生活」付録のトレーディングカ
ード、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ・・・・。
「もうティッシュしかないわあー!いやーーーーーー!!!!」
泣き叫びながらティッシュの箱から一枚ずつシュッシュッと抜き取りそれを投げ付け
るイシカワの姿はかなりシュールだ。
- 168 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)04時02分33秒
- 投げつけられたものをことごとくかわした少女は素早く間合いを詰めて、イシカワの
手首を掴む。
「ひぃぃぃぃぃっ!!」
イシカワは危うく失神しかかる。
「大丈夫だってば、もう。お願いだから騒がないでよ」
唇に人さし指をあてる少女。危害を加えるつもりはないらしいことはその仕草や雰囲
気でわかったが、彼女は謎の侵入者、素性がわからない以上安心するのはまだ早かっ
た。イシカワが落ち着いたのを見て、少女は小声で呟いた。
「ちょっとワケありで。あは」
- 169 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)04時03分38秒
- 「ど、ど、どちら様でしょうか?」
「さっきの衛兵が言ってたでしょ。『賊』ってことになるのかな」
「そそそそそれで、わわ私になにか御用?」
「いや、キミに用っていうか、この部屋に用があって」
少女は部屋の中を見回して、ベッドの脇にあるサイドテーブルを見つけるとそこに歩
み寄る。
「あ、あの、人、呼びますよ・・?」
「あー、そんなことしたら軽く気を失ってもらうことになるなー」
「呼びません」
少女はサイドテーブルを下から覗き込み、そこに何かをみつけたようで手を伸ばす。
「何を・・するつもりですか?」
「詮索するコは嫌いだなー」
「なんでもしてください。ええ」
- 170 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)04時04分19秒
- 「これを押すのかな」
少女が呟くと同時に、カチッという音がした。
イシカワははじめ地震が起きたのかと思った。部屋が小さく揺れ出したのだ。しかし
その揺れは地震にしてはあまりにも局所的、つまりよく見ると揺れているのはベッド
だけなのだった。
「なに・・なに?」
小刻みに揺れるベッド。そしてそれは少しずつ横滑りにずれていくようだった。ゆっ
くりとベッドは動き、もとあった場所からちょうどベッドの幅半分ほどずれたところ
でそれは止まった。動いたベッドの下から姿を現したのは、人ひとりが入れるほどの
縦穴。
「脱出口?こんなものがあったなんて」
「あは、知らなかったんだ」
少女はそこでイシカワの方へ向き直り、笑顔をつくった。
- 171 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)04時05分16秒
- 「さて、金のリンゴを盗んだのは私だけど、悪く思わないでね。ほんとは盗みは好き
じゃないんだけど、キミの父親いろいろ悪いことをして稼いだ金もたんまりあるよう
だから。義賊ってわけじゃないけど。ごめんね、ショックだった?」
「・・・・」
イシカワはなにも言えずにいた。父親の悪い噂は過去に何度も耳にしていたし、正直
彼女もまたそんな父親を好いてはいない。彼女が口をつぐんでいたのはまったく別の
理由から、なのだが。
「それじゃ、私はもう行くけど」
「・・・・あの」
「私の名前はヤグチ。賞金稼ぎ。またね」
「あの!」
- 172 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)04時06分30秒
- イシカワの呼び掛けには見向きもせずに、ヤグチと名乗った少女はその縦穴に飛び込
んだ。
「うっひゃぁぁぁぁぁ・・・」
ヤグチの楽しそうな叫び声が遠ざかって聞こえなくなる。
「ヤグチ・・・・」
イシカワは「ヤグチ」という名を口の中で反芻した。
「賞金生活」に載っていた、あのヤグチだろうか?「セクシーラビット」という通り
名からは想像もつかないいでたちであったが、確かに彼女は「ヤグチ」と名乗った。
これはチャンスだ。イシカワは思った。退屈でいっぱいのこの部屋に突如出現した、
大冒険への入り口だ。そしてよりにもよって、雑誌で見たばかりの名うての賞金稼ぎ
が、今はまだ追い掛けることのできる場所にいる。
そしてなにより、イシカワはヤグチに伝えなければならないことがひとつ、ある。
- 173 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)04時07分23秒
- 「お父様、ごめんなさーーーーーい!!」
考えるのももどかしく、イシカワは縦穴に飛び込んだ。
その穴はトンネル式の滑り台のようにねじれるように曲がっており、ジェットコース
ターさながらのスリル。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
イシカワは恐怖からとも喜びからともつかない絶叫をあげて滑り落ちていく。
- 174 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)04時08分09秒
- そのトンネルコースターはイシカワ邸の裏庭に通じていた。巧妙にカモフラージュさ
れた石塀の隙間からイシカワの体は投げ出され、彼女はお尻をしこたま地面に打ち付
けた。
「いったーーーい!」
お尻をさすりながらイシカワは起き上がり、あたりを見回す。
綺麗な満月がのぼっていた。
「キミ、どうしたの?」
ヤグチの声が頭上から。
- 175 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)04時09分31秒
- イシカワ邸を取り囲む塀の上。
そこに、満月を背にして浮かび上がる、やけに身長差のあるふたつのシルエット。
ひとつはヤグチ。もうひとつは、髪の長い、背の高い綺麗な女性。
「ヤグチさん!」
イシカワは叫んだ。
「私も連れていってください!」
- 176 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)04時10分46秒
- 「は?本気なの?」
ヤグチは塀の上からイシカワを見下ろし、困ったような笑顔をつくっている。
「本気です!私、この家で寝起きするだけの毎日にうんざりしてるんです!お願いし
ます!連れていってください!」
イシカワの声は深夜の静けさに吸い込まれた。ヤグチは何も答えない。どこからかフ
クロウの鳴く声がする。
「連れていってあげようよ」
ヤグチの傍らにいた女性が口を開いた。彼女はヤグチの返事を待たずに身をかがめ、
手にしていたロープをおろす。
「ちょっと、ロボ」
「いいじゃない。きっと楽しいよ。それにあの子、真剣なんだもん。カオリにはわか
るの」
「ありがとうございます!」
イシカワはおろされたロープをしっかりと握りしめた。
- 177 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)04時11分42秒
- イシカワはヤグチ、ロボと共に深夜の街を駆け抜ける。人気の無い寂れた路地裏でヤ
グチが足をとめた。
「もう一度聞くけど、本気なの?」
「はい」
力強く頷くイシカワの目はきらきらと輝いていた。その目を見てヤグチは観念したよ
うで、それ以上なにも言わずに笑顔になった。
「わかったよ。あー、ただでさえロボがいるのに・・」
文句を垂れていても、ヤグチはどこか楽しそうなのだった。
- 178 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)04時12分44秒
- 「ところで、ヤグチさん」
イシカワはヤグチに伝えたかったことを告げる。
「なに?」
「金のリンゴ、盗んだんですよね?」
「そうだけど。悪いけどこれは返さないよ」
「それ、レプリカですよ」
「ええっ!」
ヤグチは大声をあげた。一方でロボはぼんやりと満月を見上げている。
「レプリカ?うそ!え、うそでしょ!」
「本当ですよ。お父様の悪趣味のひとつで、手に入らないものはレプリカを作ってそ
れを本物のように飾っておくんです」
「なんだよーーーーーーー」
額に手を当ててしゃがみ込むヤグチ。
- 179 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)04時13分28秒
- ヤグチは背にしていたリュックをおろし、そこから輝くリンゴを取り出す。
それは月光を反射して七色に輝いていた。
「こんなによく出来てるのに、レプリカだなんて・・・」
「ごめんなさい」
イシカワはなぜか謝った。
「ちっくしょーーーーーーーー!!!」
ヤグチは悔しさいっぱいの叫びと共に、レプリカを力の限り投げあげた。
青白く光る満月に吸い込まれるように、それはどこまでも昇っていく。
「月のウサギが、リンゴを食べちゃう・・」
月を見上げていたロボは、ぼんやりと呟いた。
- 180 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)04時14分28秒
- 同じく満月が覗く廃屋の部屋、イシカワはそこで話を止めた。
「とまあそんなわけで、私はこうしているわけです」
「いやー面白かったよー」
ナッチは今度はいつのまにか正座していた。
「ところでさ、金のリンゴって本当はなんなの?」
「それはね」
ヤグチが言う。
「さっき私が言った、『壊せないものを壊せるもの』。これも伝説みたいなものなん
だけど、ひとつの鉱石が金色に輝くリンゴのかたちをしているらしいんだ。それを刃
にした斧やナイフは、どんなものでも壊してしまうんだって」
「ふーん」
- 181 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)04時15分31秒
- 「じゃあ、ヤグチ、イシカワ、そしてこのカラダの持ち主『イーダカオリ』は、金の
リンゴを探す旅の途中ってわけか」
ロボが話を乱暴にまとめる。本当はもっといろいろあるのだが。
「簡単に言えばそういうことだね。それじゃ、納得してもらったところで」
ヤグチは立ち上がった。
「そろそろアイアンハンズ攻略、行ってもいいかな?」
「いいともー」
なぜかテンションが上がっているナッチ。
「行きましょう」
握りこぶしをつくって立ち上がるイシカワ。
「作戦もないくせに」
あくまで冷静なロボ。
窓の外に広がるゴーストタウンには、もうほとんど更地と言ってもいい状態だった。
- 182 名前:9・イシカワのはなし/夢見る暴走乙女 投稿日:2001年10月08日(月)08時47分57秒
- 「そうだ。イシカワがあいつに追われている理由って、もしかして」
ナッチは外にいるヨッスィの気配を伺いながらヤグチに問いかける。
「そういうこと。イシカワの親父さんが、家出した娘を賞金首にして奪い返そうとし
てるらしいんだ」
「ひどい父親だ」
「そうですね」
イシカワは苦笑した。
ロボはいま彼女達がいる廃屋のなかを、なぜかしきりに見回していた。それにヤグチ
が気付く。
「ロボ、どうしたの?」
「ヤグチ、『冒険の必須アイテム』持ってるよね?」
ロボが不敵な笑顔をみせる。なにか秘策があるようだった。
- 183 名前:読んでる人 投稿日:2001年10月09日(火)08時37分24秒
- ヤター!!大量更新されてるー!!
今回もおもしろい!!
そして次回も激しく期待しつつマータリと待ってます。
- 184 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月19日(金)00時05分35秒
- ココノイシカワ トテモ イイカンジダヨ
タノシイヨ マッテルヨ
- 185 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2001年11月05日(月)11時05分59秒
- 続き、まだでちゅか?
- 186 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月11日(日)01時39分33秒
- もしかしてもう放置ですか?
- 187 名前:名無し男 投稿日:2001年11月11日(日)17時18分40秒
- ドスタンダ?サクシャ?
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