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神々の印
- 1 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月28日(土)22時15分24秒
- 三大王道に挑戦してみようかと。
緑に書いてたやつなみに長くなりそうな予感がします。
- 2 名前:神々の印〜プロローグ〜 投稿日:2001年07月28日(土)22時17分04秒
――― ―――
みんな嫌いだ。大嫌いだ。
あたしも嫌いだ。大嫌いだ。
心の中で呪詛を呟く。
真希は土砂降りの雨の中、息を切らし、懸命に走っていた。
部屋を飛び出してからずっと走り続けたせいで、すっかり息があがってしまった。
真希は仕方なく、走るのを止めると、道端に座りこんだ。
大きな瞳から流れる涙は、空から落ちてくる雨粒と混じり、頬をとめどなく濡らしていた。
セミロングの 髪の毛はべったりと頭皮に張り付き、衣服も濡れそぼり、下着が透けて見える。
涙でにじんだ視界で、辺りを見渡した。
目の前に広がるのは、川と土手。
見覚えのない所だ。
ここは、どこなのだろうか?
ぼんやりと立ちつくした真希の耳に、ギターの音色が聞えてきた。
音に吸い寄せられるように、フラフラと真希は歩き出した。
ギターの音色は土手のすぐ下から聞えてくる。
服が汚れるのもかまわず、土手を滑り降りると、トンネルの出来そこないのようなものが見えた。
おそらくは、水路を作ろうとして、途中で放置されたものだろう。
ギターの音色はその中から聞えてくる。
- 3 名前:神々の印〜プロローグ〜 投稿日:2001年07月28日(土)22時17分37秒
真希は迷うことなく、そのトンネルの中に入った。
聞えてくる音色があまりにも優しかったから。
もっと近くで聞きたかったから。
どんな人が弾いているのか知りたかったから。
少女は真希の姿を見ると、びっくりしたようにギターを引く手を止めた。
年の頃合は17〜8といったところだろうか。
ショートカット、意思の強そうな瞳が輝いている。
二人はしばらく無言で見詰め合った。
「‥‥弾いてよ」
「え?」
「もっと、弾いてよ」
真希は少女のすぐ隣に座りこんだ。
「‥‥うん」
少女は頷くと、再びギターを爪弾き始めた。
- 4 名前:神々の印〜プロローグ〜 投稿日:2001年07月28日(土)22時18分18秒
‥‥この人は何の民なんだろう?
心地よい音色を聞きながら、真希は俯いて自分の左手を見た。
真希の左の手のひらには青い石が輝いている。
真希は顔を上げチラッと隣の少女を見た。
少女の左手はギターに隠れて見ることができない。
あたしと同じ『水の民』ならいいのにな‥‥。
この人の生み出す音を聞いていると、安心する。
さっきまであたしの心に刺さっていたトゲも、消えてしまったような気がする。
真希はトロトロと優しい睡魔に襲われ、夢の中にいざなわれた。
それが―――二人の出会いだった。
- 5 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月28日(土)22時20分44秒
- 今日はココまで。
- 6 名前:紫音 投稿日:2001年07月29日(日)00時12分30秒
- やったあっちゃん太郎さんの新作&初レス!(w
また奥が深い作品期待してます。
レスのときはsageたほうがいいですか?
- 7 名前:読者の名無し。 投稿日:2001年07月29日(日)01時24分35秒
- やったー新作!
またあっちゃん太郎さんの世界に浸らせていただきます!
- 8 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月29日(日)07時39分59秒
- 三大王道って、いちごま、やぐちゅう、いしよし、でしょうか?
あっちゃん太郎さんの新作、うれしいよ〜。
- 9 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月29日(日)11時38分08秒
- おお、新作はじまってる!
楽しみがひとつ増えましたよ。
- 10 名前:神々の印 投稿日:2001年07月29日(日)19時05分16秒
――― ―――
雨音は一層激しさを増してきた。
少女はギターを爪弾く指を止めると、ため息をついた。
カサをさしても、この雨じゃ意味がない。
自分が濡れるだけじゃまだしも、ギターまで濡れてしまう。
雨が止むまでは帰れないな。
少女は抱えていたギターを壁に立てかけると、自分のすぐ隣で眠りこけている真希に目をやった。
真希の左の手のひらには青い石が輝いている。
『水の民』か‥‥。
『水の民』がずぶ濡れねぇ‥‥。
何かあったのかな?
いきなりずぶ濡れで現れた時はびっくりしたけど‥‥。
この子がひどく泣きそうな顔をしていたし。
いや、実際、泣いていたかもしれない。
少女は真希の顔を覗きこんだ。
「‥‥幸せそうな顔しちゃって‥」
少女は左手を伸ばすと、真希の髪の毛をそっと梳いてやった。
少女の左の手のひらには赤い石が輝いていた。
- 11 名前:神々の印 投稿日:2001年07月29日(日)19時05分52秒
「‥‥とう‥‥ご‥‥後藤‥‥後藤‥」
雨音に混じって、人を呼ぶ声が聞えた。
後藤って、もしかして、この子のことか?
少女が立ちあがろうとしたその時、トンネルの入り口に人が現れた。
トンネル内の少女の位置からは、ちょうど逆光になっていて、シルエットから女性と判別できるものの、顔を見ることは出来なかった。
「‥紗耶香!?」
女性はズンズンとトンネル内に入ってきた。
「圭ちゃん」
「‥あんた‥どうしてここに?‥って‥後藤!」
圭は紗耶香の隣で眠りこけている真希を見て驚きの声をあげた。
- 12 名前:神々の印 投稿日:2001年07月29日(日)19時06分25秒
「‥まったく、コイツは散々心配かけさせて‥‥」
「圭ちゃんの知り合い?」
「教え子よ。‥‥説教の途中で飛び出していったから、気が気じゃなかったわよ」
圭は真希の傍らにかがみこんだ。
「‥ふーん」
「何よ」
「真面目に先生してるんだなぁと思って」
圭は紗耶香の言葉に苦笑しながら、両手を真希の濡れた服にかざした。
圭が触れるそばから、シュッと小さな音と共に、衣服が乾いていく。
「相変わらず便利だね」
紗耶香は感心したように言った。
「‥‥このくらいはね‥‥」
圭は小さく呟いた。
「さてと‥‥どうしてあんたが後藤と一緒にいるか聞きたいわね」
「‥‥どうしてって‥‥ギター弾いてたら、いきなりこの子が現れたんだよ。‥‥『水の民』なのにずぶ濡れだし‥‥一瞬、幽霊かと思ったよ。‥‥そんで、『もっと、弾いて』って言ったと思ったら、眠っちゃうし‥‥」
紗耶香は焦ったように言った。
「‥‥そう」
圭は小さく頷いて何か考えている風だったが、やがて傍らで眠っている真希を揺り起こした。
- 13 名前:神々の印 投稿日:2001年07月29日(日)19時07分00秒
「‥ん‥‥‥」
真希は上半身を起こしたまま、ボーっとしている。
「後藤」
圭は後藤の肩を軽く揺さぶった。
「‥‥先生?」
真希が寝ぼけたような声を出した。
「‥あんまり心配かけさせんなよ」
圭は立ちあがると、ぶっきらぼうに言った。
「‥ごめんなさい」
真希がしゅんとしたように肩をすくめた。
圭は髪をかきあげ、ため息をつくと、目線を真希に合わせた。
「一緒に、校長に、謝ってやるから、学校に戻ろう?」
圭の瞳は優しく輝いている。
「うん」
真希は笑って頷くと、立ちあがった。
- 14 名前:神々の印 投稿日:2001年07月29日(日)19時07分43秒
「紗耶香、色々ありがとね。‥‥ほら、後藤もちゃんとお礼を言って」
圭の言葉に、真希は焦ったようにペコッと頭を下げた。
「別に、あたしも楽しかったし。‥‥圭ちゃん、『PEACE』にも顔出しなよ?‥みんな逢いたがってるよ」
紗耶香は真希の慌てたような仕草がおかしくて、クスクス笑いながら言った。
「‥‥うん、わかった」
圭は一瞬躊躇したが、静かに頷いた。
「じゃ、明日ね」
「へ?」
「みんなに伝えとく」
「‥‥‥」
圭はしばらくじっと紗耶香の顔を見つめていたが、やがて真希を促すと、トンネルを出て、土砂降りの雨の中を歩き出した。
圭と真希は土砂降りの雨の中、カサもささずに歩いているにも関わらず、少しも濡れていない。
雨は二人を避けるように降っている。
紗耶香は二人が去っていく姿を、トンネルの壁にもたれながら見つめていた。
- 15 名前:神々の印 投稿日:2001年07月29日(日)19時08分13秒
「ギターステキでした〜」
いきなり振り向くと、真希は大きな声で言った。
後藤うるさい、という圭の叱る声が聞こえてくる。
紗耶香は思わず吹き出してしまった。
雨降りなんか嫌いだと思っていたけど、こんな出会いも悪くない。
ステキな雨宿りだった。
後藤‥だっけ。
また、会えるといいな。
紗耶香はギターを手に取ると、お気に入りのメロディを口ずさんだ。
- 16 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月29日(日)19時12分33秒
- 更新しました。
レスのage、sageについてのこだわりはありません。レスはもらえるだけで励みになりますから。
いしよしは書いた事がないので、正直不安です。どうなることやら。
- 17 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月30日(月)01時12分26秒
- そんないしよしに激しく期待してます(w
- 18 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月30日(月)04時27分30秒
- あっちゃん太郎さんの新作に遭遇(w
うれしいっす!!
三大王道に挑戦ですか……とはいってもそのうち2つはもう経験ずみだし楽勝っすよね!!
今回も作者さんの奥の深い話を堪能させていただきます。
- 19 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月30日(月)11時20分22秒
- 後藤と市井は水と火なのか・・・痛くならなければいいがなぁ
- 20 名前:神々の印 投稿日:2001年07月30日(月)17時49分30秒
昔、神と人間が共に暮らしていた頃のお話。
三人の神々が『火の民』、『風の民』、『水の民』を治めていた。
『火の民』は『火の神エウマイオス』、『風の民』は『風の神メントル』、『水の民』は『水の神メネラオス』の恩恵を受けていた。
神々は互いの民を区別するために、人間に『神々の印』をつけた。
それにより、『火の民』は赤い石、『風の民』は緑の石、『水の民』は青い石をそれぞれ左の手のひらに戴くことになった。
やがて、神々が人間界を去り天上界に戻る時、神々は互いの民同士の争いを避けるために、一つの掟を定めた。
『互いの民は交わり干渉し合ってはならない』
この掟を破ったものは、『神々の印』を失い、同時に神々の恩恵を失うこととなる。
これにより、『火の民』、『風の民』、『水の民』は同じ大地に生活を共にしながら、お互いに干渉し合わない生活を送ることとなる。
- 21 名前:神々の印 投稿日:2001年07月30日(月)17時50分09秒
――― ―――
「‥‥というわけ‥‥わかった?」
圭は黒板に向かって説明していた手を止めると、教壇の上から教室を見渡した。
「後藤、ボーっとしないの。‥ちゃんと聞いてた?」
圭の言葉に真希はコクコクと頷いた。
「‥よし」
圭はにこっと笑うと、授業を進めた。
真希は圭の書いた黒板の文字をノートに写しながら、昨日の出来事を思い起こしていた。
帰り際に見た、あの人の左手には赤い石が輝いていた。
『火の民』だ。
もう一度会いたいな。
‥‥先生、あの人と会う約束してたよな。
自分は『互いの民は交わり干渉し合ってはならない』とか言って、神々の歴史の授業をしているくせに、先生はあの人とやけに親しそうだった。
真希は圭の顔をじっと見つめた。
ぶっきらぼうな言葉使いとキツイつり目のせいで、この人はだいぶ損をしていると思う。
本当は優しい人なのにな。
昨日、教室を飛び出したあたしを探してくれた。
雨で濡れた服を乾かしてくれた。
一緒に校長先生に謝ってくれた。
「‥‥後藤、あたしの顔に何か付いてる?」
あまりにも凝視しすぎたせいだろう、圭は授業を中断して、怪訝そうに真希を見つめた。
「な、何でもないです」
真希はしどろもどろに答えた。
- 22 名前:神々の印 投稿日:2001年07月30日(月)17時50分40秒
―――
「‥‥ごっちん、何してんの?」
「どわっ!」
いきなり話しかけられた真希は、仰け反ってしまった。
「びっくりするじゃんかっ」
真希はひとみにくってかかる。
「ごめん、ごめん。‥‥って、何で、先生の後つけてんの?」
たいして悪いとも思っていないような顔で、ひとみが謝った。
「うー‥‥それは‥‥」
真希は言いよどんだ。
真希は学校が終わると、一人、こっそり圭の後をつけていた。
もしかしたら、昨日のあの人にもう一度会えるかもしれない、そう思ったからだ。
「ごっちん、よっすい〜、見失っちゃうよ」
梨華が慌てたように言った。
圭は川沿いの道を真っ直ぐに歩いている。
真希、ひとみ、梨華は圭から50メートル程後ろをつけている。
やがて圭は一軒の古い建物の前に立つと、一つ大きな深呼吸をした。
ペンキのはげかけた取っ手に手をかけると、ゆっくりと回してドアを開けた。
圭の目の前に、懐かしい景色が飛び込んできた。
ああ、ここは少しも変わっていない。
圭は唾をゴクッ飲みこむと、足を一歩踏み出した。
- 23 名前:神々の印 投稿日:2001年07月30日(月)17時51分11秒
圭が建物の中に入ったのを確認すると、真希、ひとみ、梨華の三人は急いで圭の消えたドアに駆け寄った。
「‥‥PEACE?」
古臭い看板には手書きのような『PEACE』という文字がかろうじて読み取れる。
「‥‥何か、うんくさい店だよね‥‥」
梨華がひとみの耳元で囁いた。
「‥ぼったくりバーだったりして‥‥」
ひとみが呟いた。
「‥しかもマークがついてないよ」
「これじゃ、何の民が経営してるかわからないな。‥先生もよくこんな店に入るよな」
ひとみはため息をついた。
真希は二人の会話が耳に入っていないのか、じっと古ぼけたドアを見つめている。
「何や、可愛いお客さんやな」
突然、三人の背後からニュッと黒手袋の手が伸びてきたかと思うと、ガシッと首をホールドして、そのまま、古ぼけたドアを蹴った。
蹴り上げられたドアは、今にも壊れそうな音を出して軋んだ。
「ゆーちゃん、何度も言うけど、ドアが壊れたら弁償してもらうからねっ。‥‥何、それ‥」
ドアを開けた人物は、興味深そうに首をしっかりと固定された三人を見つめた。
「‥客や、客」
裕子は首をホールドしていた腕を外すと、真希、ひとみ、梨華の三人をドアの内側に押しやった。
- 24 名前:神々の印 投稿日:2001年07月30日(月)17時52分01秒
「‥っ‥あんた達っ」
カウンターに座ってビールを飲んでいた圭が慌てて立ちあがった。
「何や、圭坊の知り合いかい」
裕子は唖然とする圭とオドオドと小さくなっている三人を、ニヤニヤ笑いながら見つめた。
「まあまあ、座りーや」
裕子はビールひとつ、とカウンターに向かって怒鳴った後、何事もなかったかのように圭の隣に座り、三人に席を勧めた。
三人は裕子の黒ずくめの衣服、黒のサングラス、黒い手袋という格好に戸惑ったように目配せしあっている。
「‥ゆーちゃん‥せめてサングラスは取ったら?‥‥三人とも怖がってるじゃん」
先程ドアを開けてくれた女性が、カウンターの中からジョッキにビールを注ぎながら言った。
「圭織、うっさいわ」
裕子はけだるそうに脱色した髪をかきあげると、小さく笑ってサングラスを外した。
- 25 名前:神々の印 投稿日:2001年07月30日(月)17時52分33秒
意外なほど優しげな瞳が現れた。
「‥意外と‥美人なんですね」
ひとみが驚いたように言った。
梨華はすかさずひとみを睨むと、ぎゅうっと腕をつねった。
痛いよ梨華ちゃん、ひとみの情けない声が狭い店内に響き渡った。
「うっさい。‥‥意外とは余計や。‥‥あんたら三人も悪くないでぇ。‥んー‥どうや、今度一緒に姐さんと遊ぼうか‥色々教えたるで?」
ひとみと梨華のやり取りを気にする様子もなく、裕子はニヤニヤと笑った。
「‥‥ゆーちゃん」
圭の低い声が響いた。
「何や?」
「あたしの教え子に、妙な事吹きこまないでくれる?」
圭は目の前に置いてあるビールのジョッキから、視線を外すことなく言った。
裕子が横目で圭をチラッと見た。
店内に緊張感が走る。
- 26 名前:神々の印 投稿日:2001年07月30日(月)17時53分06秒
緊張した空気を破るように、圭織が裕子のビールジョッキをカウンターに置いた。
圭織の左の手のひらには赤い石が輝いている。
裕子は圭織に軽く頷くと、一気にジョッキの半分ほどのビールを飲み干した。
真希、ひとみ、梨華は圭の目を気にするように、コソコソと裕子の左隣に座った。裕子を挟んで圭が座っている。
「‥‥ウチは中澤裕子いうねん。‥‥あんたらの先生とは古い知り合いでな」
裕子は軽く首を曲げて会釈した。
「あっ‥‥後藤真希です」
「吉澤ひとみ」
「石川梨華です」
三人ともペコッと頭を下げた。
「よっしゃ、会った記念に姐さんがおごったる。‥‥圭織、オレンジジュース三つな」
三人の自己紹介を聞いた後、裕子は相好をくずした。
- 27 名前:神々の印 投稿日:2001年07月30日(月)17時53分37秒
「‥‥後藤‥ね‥‥紗耶香が話してた子やな‥‥」
オレンジジュースを飲んだ後、店の隅に置いてあるピンボールで遊び始めた三人を眺めながら、裕子が呟いた。
「‥‥紗耶香‥後藤のこと話してたんだ」
「楽しかったぁ言うてたで」
裕子はズボンのポケットからタバコを取り出し、カウンターの圭織に合図を送った。
圭織が頷くと、ポッという音と共に、裕子の目の前に小さな炎が姿を現わした。
裕子はタバコを炎に近づけて、ゆっくりと息を吸いこんだ。
「‥‥だから嫌だったのよっ」
圭は苛立ったように立ちあがった。
「‥‥圭坊」
「後藤っ帰るよ」
圭はズンズンとピンボールを楽しんでいる真希の方へ歩いていくと、強引に腕を掴んだ。
「な‥‥嫌っ」
真希は必死で圭の手を振りほどこうとした。
ひとみと梨華は二人のやり取りを唖然と見つめている。
- 28 名前:神々の印 投稿日:2001年07月30日(月)17時54分14秒
『ギギギィィー』
軋んだ音をたててドアが開き、ギターケースを担いだ紗耶香が入ってきた。
店中の視線が圭と真希から、紗耶香へと移った。
「ただいま〜‥って‥圭ちゃん!やっぱり来てくれたんだ」
紗耶香は驚いて固まっている圭にニコニコと笑いかけた。
「う、うん」
圭はとっさに自分の後ろに真希を隠そうとした。
「‥あっ‥昨日の‥」
紗耶香はあっさりと真希を見つけると、にこやかに話しかけた。
「‥昨日はありがとうございました。‥‥あたし後藤真希です」
圭の手を振り払うと、真希は紗耶香の傍に駆け寄った。
「あたしは市井紗耶香。‥‥よろしくね、後藤」
「‥‥‥」
真希は黙ったまま考えこんでしまった。
「後藤?」
紗耶香が不思議そうに真希の顔を覗きこんだ。
「うん、市井ちゃんに決めた」
「は?」
「呼び方。‥‥市井ちゃんでいいでしょ?」
「‥うん」
紗耶香は照れたように頭をかくと、頷いた。
「市井ちゃん!」
真希が嬉しそうに名前を呼んだ。
「‥何だよ」
「ギター弾いてよ!!」
真希は紗耶香の手を強引に掴むと、テーブル席へ連れて行き、弾いて弾いてとねだっている。
紗耶香は苦笑しながらもギターを弾き始めた。
- 29 名前:神々の印 投稿日:2001年07月30日(月)17時54分51秒
「‥‥いい雰囲気やな」
裕子は紗耶香と真希をチラッと見た。
いつのまにか、ひとみと梨華もテーブル席に移動して、紗耶香のギターを聞いている。
「‥‥‥」
圭はカウンター席に戻ると、俯いたまま、ピクリとも動かない。
「圭坊‥考えすぎると‥しわが増えるで?」
裕子はビールを一口飲むと、おどけたように言った。
「ゆーちゃんじゃあるまいし」
圭がようやく顔を上げた。顔は青ざめている。
「そらそうやなーって、オイ」
「‥‥‥」
圭は無言で首を横に振った。
「‥世の中、なるようにしかならんのや。‥‥そうやろ?」
「‥‥後藤はあたしの教え子よ。‥‥不幸になるってわかってて放っておくわけにはいかない」
圭はカウンターの上に投げ出している手を、ぎゅうと握り締めた。
「‥‥不幸ね。‥‥圭坊‥ウチは不幸に見えるか?」
裕子が静かな声で囁くように言った。
「‥‥ごめん‥」
圭は震える声で謝ると、俯いてしまった。
- 30 名前:神々の印 投稿日:2001年07月30日(月)17時56分31秒
「‥この暮らしも慣れるといいもんやで‥‥」
「‥‥‥」
圭は無言で立ちあがると、かばんを持った。
「帰るんか?」
「‥うん」
「もうすぐ矢口が来るで?」
「今度にしとく」
「そうか」
裕子はジョッキを見つめたまま頷いた。
「後藤、吉澤、石川、帰るよ」
圭がテーブル席に座っている三人に声をかけると、口を揃えて、えーという不満の声をあげた。
「暗くなったら危ないでしょうが!」
圭が怒鳴った。
- 31 名前:神々の印 投稿日:2001年07月30日(月)17時57分02秒
ひとみは立ちあがると、梨華の手を取って、立たせてやった。
真希は渋々という感じで、椅子から立ちあがる。
紗耶香が、またね後藤、と言って、真希の髪を撫でてやると、パッと顔を輝かせた。
真希の様子を見て、圭が顔を曇らせた。
ほら、とっとと歩く、と言って、圭は強引に三人の首をホールドして、店を出ていった。
店内には、また来るよ市井ちゃん、という真希の声が響き渡った。
紗耶香はおかしそうにクスクス笑っている。
「ホンマ‥‥可愛いな‥青春やな‥」
裕子はタバコの煙をはきだしながらボソッと言った。
- 32 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年07月30日(月)18時02分28秒
- 書き溜めていたストックを使い果たしました。
なので、これからは週に1〜2回のペースで更新できればいいな、と思っています。
- 33 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月30日(月)22時16分53秒
- 独特な世界に引き込まれましたー。
前の作品もすごい好きだったんですが、
今回もすごく期待してますね。
- 34 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月31日(火)00時02分08秒
- 新作発見!!
すっごい、いい感じです。
なんか、切なくなりそうな感じですが、
楽しみにしています。
頑張ってください!
- 35 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月31日(火)04時14分55秒
- 禁断な恋的感じがいいっすね!!
- 36 名前:神々の印 投稿日:2001年08月01日(水)11時02分29秒
「‥‥圭ちゃん、変じゃなかった?」
「‥‥そうやな」
「どうしたんだろう」
紗耶香は裕子の隣――圭が座っていた席に座った。
あんたのせいや。
裕子は横目で紗耶香をそっと見た。
キリッとしまった顔立ち、常に前を見つめているような瞳。
あんたは、自分が思うように世の中動いてくれんちゅーことを考えもしないんやろな。
幸せで、バカな子や。
- 37 名前:神々の印 投稿日:2001年08月01日(水)11時03分04秒
「圭織、火」
裕子がカウンターに向かってタバコを突き出した。
裕子の黒い皮手袋の指に挟まれたタバコは、いっそう細く、白く見えた。
先程と同じように小さな炎が現れた。
裕子は目を細めて、しばらく炎を凝視した後、タバコに火をつけた。
「‥‥あんたもケッタイな子やなー。‥‥恵まれた容姿とこんな可愛らしい特技があるんや。違うとこいたら、引っ張りだこやで」
裕子はジロジロと圭織を見つめた。
二十歳の娘、スラリとした長身、碧の黒髪、憂いの秘めた瞳が輝いている。申し分のない美人だ。
「‥‥別に、好きでやってるし‥‥食べるのに困らない程度には、儲かってるから」
「‥‥‥」
裕子は無言で小さく笑うと、タバコの煙を吐き出しながら頷いた。
- 38 名前:神々の印 投稿日:2001年08月01日(水)11時03分35秒
軋んだ音を響かせてドアが開き、二人の小柄な少女が『PEACE』に入ってきた。
二人とも、背丈は同じぐらい。しかし、身に纏っている雰囲気がまったく違っていた。
一人は13〜4歳位、髪を二つ分けにして結んでいる。可愛らしい顔をしているものの、表情は暗く、それが彼女の魅力を損なっていた。
左の手のひらには赤い石が輝いている。
もう一人は真黒なマントですっぽりと体を包んでいる。年の頃は17〜8歳位。
金髪に脱色した髪に、クリクリとした瞳が印象的だ。
「おなかすいた〜」
高い声で叫ぶと、バタバタと走って、裕子の隣の席に座った。
「矢口、ののと一緒やったんか」
裕子は顔を傾け、目を細めると、真里に話しかけた。
「うん、そこで会ったんだよ」
真里は裕子に向かってニッコリ笑うと、マントを脱いだ。
Tシャツとハーフパンツが姿を現わした。そのシンプルな格好と不揃いな印象を与える、黒い手袋をしている。
- 39 名前:神々の印 投稿日:2001年08月01日(水)11時04分12秒
「おかえり、希美」
カウンターの中から、圭織が首を出して、笑いかけた。
希美は入ってきてからずっとオドオドと落ち着きなく店内を見渡していたが、圭織に向かって小さく頷くと、二階に続く階段を駆け登った。
「‥‥ののは相変わらずやな‥」
裕子がガリガリと頭をかきながら言った。
「‥でも、最近、やっと笑顔を見せるようになったよ」
圭織は希美が駆け上った階段をじっと見つめた。
「あれから三年か‥‥いくつになったんや?」
「十四」
圭織が呟くように言った。
「矢口の義妹も同じぐらいだよね」
紗耶香はそう言うと、圭のジョッキに残ったビールを飲もうとした。
すかさず、裕子が紗耶香の頭を叩いた。
圭織がサッとジョッキを片付ける。
- 40 名前:神々の印 投稿日:2001年08月01日(水)11時04分51秒
「十三だよ」
真里は紗耶香を見てため息をつくと、呆れたように言った。
「ココにつれてきたらいいのに。‥のののいい友達になるじゃん」
紗耶香は叩かれた頭をさすりながら、涙目で言った。
「‥‥無理だよ。‥‥ゆーちゃんのこと嫌ってるもん」
「何やウチのせいかい」
ごっつ傷つくわ〜、そう言うと、裕子は真里に抱きついた。
「やめろよ〜。それより、ご飯」
真里は裕子の抱擁をあっさり抜け出し、紗耶香に向かって言った。
「はいよ。チャーハンでいい?」
「うん」
紗耶香は立ちあがると、口笛を吹きながらカウンター奥の厨房へ入った。
「ゆーちゃんは、食べたの?」
「‥‥ウチはいい」
裕子は圭織が出したつまみのナッツをつまんで、手でいじっている。
「駄目だよ。ちゃんと食べてよ。ゆーちゃん最近また痩せたじゃん」
真里が口を尖らせた。
「それはやな‥‥矢口が夜、寝させてくれんからやろ」
「な、何言ってんだよ。変なこと言うなよ。誤解されるじゃんか!」
真里は顔を赤くすると、バシバシと裕子の背中を叩いた。
「痛い‥痛いって‥」
裕子が大袈裟な悲鳴をあげた。
真里は真っ赤になりながら、嘘だからね、と圭織に必死に言っている。
裕子は真里が慌てるのを見て、ニヤニヤと笑った。
- 41 名前:神々の印 投稿日:2001年08月01日(水)11時05分24秒
―――
厨房の後片付けが終わった紗耶香は、カウンター席に座ってギターを爪弾いていた。
紗耶香のギター生演奏は『PEACE』のウリの一つになっている。
店の中はすでに2〜3人の客が入ってきて、ギターを聞きながら、テーブル席で飲んでいた。
「紗耶香、一曲頼むわ」
裕子は立ちあがると、食事がすんで、お茶を飲んでいる真里の手に自分の手を重ねた。
「何?」
「踊ろうか」
「は?」
「踊ろういうてんねん」
「‥‥‥」
真里は照れたようにモジモジと体を動かし、なかなか椅子から降りようとしない。
裕子は焦れたように頭をかくと、強引に真里の手を取り、椅子から引きずり降ろした。
- 42 名前:神々の印 投稿日:2001年08月01日(水)11時06分36秒
『PEACE』の店内は入り口から正面に六人掛けのカウンター、右の壁際に4人掛けのテーブル席が二つ並んでおり、左の壁際にはピンボールのゲーム機が置いてある。
カウンター席の後ろのスペースは、狭いがちょっとした空きスペースになっていた。
裕子はそこに真里と手をつないで立った。
真里は顔を真っ赤にして俯いている。
裕子はカウンターの紗耶香にウインクした。紗耶香がギターを片手に軽く頷いた。
紗耶香がギターを弾き始めると、裕子は真里の腰に左手を添え、右手を真里の左手と絡めて、真里をリードしながらステップを踏んだ。
紗耶香の奏でる激しい音楽に合わせて踊る。
初めは照れて、抵抗していた真里も、次第にリズムにのってきた。
黒ずくめの裕子とTシャツにハーフパンツという真里のダンスは、端から見ると少しばかりこっけいに映ったが、二人とも気にしなかった。
視線を絡ませ合い、互いの想いを踊りに託した。
テーブル席の客からも歓声があがる。
- 43 名前:神々の印 投稿日:2001年08月01日(水)11時07分17秒
ギターが激しいリズムから、静かな曲調に移行すると、裕子は静かに真里を抱き寄せ、チークを踊り始めた。
「‥‥矢口‥」
裕子が真里の耳元で囁いた。
「何?」
真里はほんの少し裕子から上体を離すと、裕子を見つめた。
激しい踊りの余韻を残して、二人の頬は上気している。
ウチはめっちゃ幸せやで。
矢口は今、幸せか?
そう聞こうとして、裕子は言葉に詰まった。
真里に向かってあいまいに笑いかける。
「変なゆーちゃん」
真里はやわらかく笑うと、裕子の胸に顔を埋め、背中に回した腕に力を込めた。
圭織はカウンターごしに二人のダンスを見つめていた。
ゆーちゃん、圭ちゃんの言ったこと気にしてるんだね。
そんなの、矢口の顔見てればわかるじゃん。
矢口は、ゆーちゃんの傍にいる時、一番いい顔しているよ。
目ざといくせに、自分の事になると鈍感だね。
圭織は小さく笑うと、蛇口をひねって グラスに水道水をなみなみ注ぎ、一気に飲み干した。
- 44 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年08月01日(水)11時15分47秒
- 主要メンバーが出そろいました。これで物語が動き始めるでしょう。
- 45 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月02日(木)03時34分17秒
- どうゆう物語になっていくのか非常に楽しみです。
- 46 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月02日(木)08時36分41秒
- おお!あっちゃん太郎さんの新作ですね!!
今日初めて発見しました!!
愉しみがひとつ増えた感じ。(w
これからに期待しております。
- 47 名前:神々の印 投稿日:2001年08月02日(木)14時32分11秒
――― ―――
圭は自宅に帰ると、荒々しく上着を脱ぎ捨てた。
ひどくムシャクシャする。
『PEACE』なんかに行ったからだ。
こんな気分は――矢口と最後に会った夜以来だ。
あたしは――泣いて止めたのに。
圭は洗面所の蛇口をひねると、そのまま頭を突っ込む。冷たい水道水が、煮詰まった頭を冷ましてくれるようだった。
蛇口をひねり水を止めると、圭は濡れた髪のまま、リビングに移動した。
はぁと深いため息をついて、ソファーに腰を降ろし、水が滴っている濡れた黒髪を、面倒くさそうにかきあげた。
『シュッ』という軽い音と共に、髪の毛の水分が飛んでいく。
『火の民』、『風の民』、『水の民』はそれぞれ『神々の恩恵』と呼ばれる、民の名前にちなんだ特殊能力を持っている。
圭もその他大勢の『水の民』と同じく、水に関する特殊能力を持っていた。
- 48 名前:神々の印 投稿日:2001年08月02日(木)14時32分58秒
圭は自分の左の手のひらで輝く青い石を見つめた。
神々の恩恵か‥‥。
圭は口を歪めると、左手でテーブルに打ちつけた。
『バン』という無機質な音が、部屋の中に充満していくような錯覚にとらわれ、圭は胸苦しさを覚えた。
あたしには――『神々の印』、『神々の恩恵』を失った人間の気持ちなんてわからないわよ。
――矢口真里
圭はもう一年以上も会っていない、親友の事を考えた。
明るい笑い声、共に語り合った将来の夢。
『何の民』かなんて、関係ないと信じていた。
あの時、あたし達には明るく輝く希望しか見えなかった。
――結局、あたしも、真里も、紗耶香も子供だったということだ。
自分にとって都合のいい未来を夢見ていたにすぎない。
- 49 名前:神々の印 投稿日:2001年08月02日(木)14時33分46秒
圭は自嘲気味に笑うと、体をずらして、ソファーに横になった。
両手を額の上でクロスさせ、ため息をひとつもらした。
自分の全てをかたむけて、人を愛したことはない。
全てを捨ててでも、手に入れたい人なんて――もしも、そんな運命的な人がいるとしても、あたしは会いたくない。
きっと、壊れてしまうから。
――中澤裕子
彼女の事は決して嫌いではない。
どちらかというと好ましい人物に思える。――彼女が真里の想い人でさえなければ。
彼女が真里の未来をつぶした。そして、真里も彼女の未来をつぶしたのだ。
出会うことさえなければ、今でも、二人の人生は輝けるものであったはずだ。
恋の成就の代償が大きすぎた。
彼女達は『神々の印』、『神々の恩恵』を失った。
これは即ち、社会における信頼を失った事に他ならない。
事実上――彼女達は社会的に抹殺された存在だった。
裕子は弁護士を辞め、今は、借金の取り立てから夜逃げの手助けまで、幅広く、闇の何でも屋をしている。
真里は薄暗い路地に小さな机を置いて、あやしげな『占い』を生業にしている。
- 50 名前:神々の印 投稿日:2001年08月02日(木)14時34分22秒
圭はぎゅうと目を閉じた。
自分の愚かさかげんに腹が立つ。
迂闊すぎた――まさか後藤が、あたしの後をつけて『PEACE』に来るなんて。
昨日の後藤の様子を考えれば、もっと用心すべきだったのに。
昨日感じた嫌な予感は本物だった。
昨日――トンネルで雨宿りしている後藤と紗耶香を見た時――ギターを爪弾く紗耶香の傍らで幸せそうに眠る後藤を見た時。
あたしは――昔『PEACE』で矢口とゆーちゃんが初めて会った時――感じたのと同じ、嫌な胸騒ぎを覚えた。
あの運命の日も、土砂降りの雨が降っていた。
- 51 名前:神々の印 投稿日:2001年08月02日(木)14時35分02秒
圭はガリガリと頭をかきむしった。
紗耶香の腕にしがみついて、ギターを弾いてとねだる後藤。
それに苦笑しながらも、優しく頷く紗耶香。
まだ自覚はないものの、『PEACE』での二人の様子を見るかぎり、互いに惹かれ合ってい
るのは明白だった。
後藤と紗耶香に矢口と同じ道を歩ませるわけにはいかない。
これ以上、あの二人を近づけてはならない。
圭は唇を噛み締めると、子犬のような無邪気な瞳をした教え子を思い浮かべた。
後藤は、まだまだ十六歳の子供だ。
自分が起こす行動が、将来、どんな風に自分に関わってくるか、まったく理解していない。
自分の本能の命ずるままに、危険なものに首を突っ込みたがる。
バカな子供だ。
- 52 名前:神々の印 投稿日:2001年08月02日(木)14時35分36秒
圭はソファーから起きあがると、隣の書斎に行き、本棚の奥にしまっておいた貰い物のウイスキーのボトルの封をきり、そのままラッパ飲みした。
熱い液体が喉を刺激する。
慣れない刺激に、圭は激しくむせた。
「‥‥バカだ」
後藤はバカだ。
あたしもバカだ。
矢口も、紗耶香も、ゆーちゃんも‥‥。
みんな‥‥どうしてこんなに愚かなんだろう。
書斎の床に、崩れ落ちるように膝をつくと、圭は嗚咽を漏らした。
- 53 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年08月02日(木)14時42分12秒
- 『恋のゴールキーパー圭』の決意表明でした。
- 54 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月02日(木)23時47分24秒
- け、圭ちゃーーーーーーーんっ!!
- 55 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月03日(金)00時51分47秒
- >>53 ハンブル希望(w
- 56 名前:名無し読者@やぐちゅー最高!! 投稿日:2001年08月03日(金)01時01分14秒
- あっちゃん太郎さんの新作ですか。
めちゃくちゃ楽しみです。
ダークなやぐちゅーになりそうですね(w
切ない感じの姐さん好きです。
いちごまも・・・かなり楽しみです。
圭ちゃんの絡みも・・・楽しみ。
- 57 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月03日(金)01時54分08秒
- 圭ちゃん…
こう云う問題って難しいですよね
本人達が良くても、まわり(特に家族)が色々ありますからね
この話の重さ程ではないのですが、国際結婚をした知人がいるので
何となく、矢口と裕ちゃんの状況が浮かびます
知人も両親(特に父親)から「そんな、結婚認めん!孫が出来ても関係ない」
と、かなり大変だったみたいです
- 58 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月03日(金)05時18分09秒
- >>57
確かにうちの親も国際結婚で、周りから激しく反対されたみたい(w
そのせいで結果的に離婚だし…
子供は子供で、学校行ったら「外人だっ!」ってバカにされるしね…
だから、ゆうちゃんと矢口には幸せになってほしい!いちごまもね!
- 59 名前:名 投稿日:2001年08月07日(火)23時44分12秒
- まだかな?まだかな?(w
- 60 名前:mo-na 投稿日:2001年08月09日(木)23時42分35秒
- あっちゃん太郎さんの新作みっ〜け!
ラッキーな人○番目!!(笑)
さて、今後に期待。
- 61 名前:神々の印 投稿日:2001年08月10日(金)00時16分20秒
- ――― ―――
朝から雨がシトシトと降り、木々や路面を濡らしていた。
梨華とひとみはいつものように仲良く並んで、学校までの道のりを歩いていた。
雨は二人を避けるように降っている。『水の民』のもつ特殊能力の『力』だ。
ふと梨華が前方に目をやると、赤いカサが目に入ってきた。
この道は梨華とひとみの通う学校への近道のため、この時間に通るのは、ほとんどが学校関係者だ。
『水の民』の学校関係者で、雨の日にカサをさす人物は、一人しかいない。
- 62 名前:神々の印 投稿日:2001年08月10日(金)00時17分14秒
- 「ごっちん、おはよう」
梨華は真希に駆け寄ると、にこやかに挨拶をした。
「おはよう」
遅れて追いついてきたひとみも声をかける。
「‥‥おはよう」
真希は梨華とひとみをチラッと見た。
梨華とひとみは、そのまま真希と並んで歩き始めた。
並んで歩く三人を、生徒達が急ぎ足でジロジロ見ながら追い抜いていく。
「‥‥よっすぃ〜‥梨華ちゃん‥先に行っていいよ。‥‥あたしと一緒にいると、よっすぃ〜達まで変に思われるよ」
真希が俯きながら、呟くように言った。
「な、何でそんなこと言うのさ」
ひとみは慌てたように言った。
「‥‥‥」
梨華は黙って真希を見つめた。
- 63 名前:神々の印 投稿日:2001年08月10日(金)00時18分19秒
- 「‥‥雨降りなんて‥嫌いだ」
あたしが普通じゃないってことを思い知らされるから。
梨華ちゃんやよっすぃ〜、その他大勢の『水の民』とは違うから。
あたしには『力』がないから。
「ごっちん‥‥カサさしてるごっちんて、可愛いと思う」
何を言おうかと悩んでいたひとみが、おもむろに口をひらいた。
「‥‥よっすぃ〜優しいね。‥‥梨華ちゃんが怒ってる〜」
真希は、恐い恐い、と言いながら小走りに走り出した。
「な‥‥そんなことないもん」
梨華とひとみも慌てて、真希を追いかける。
「‥‥ありがとう」
真希はそう言うと立ち止まり、クルッと後ろを振り向くと、赤いカサをクルクル回しながら相好をくずした。
- 64 名前:神々の印 投稿日:2001年08月10日(金)00時19分00秒
- ―――
お昼休みに梨華が渡り廊下を歩いていると、社会科教室から激しい言い争いの声が聞えてきた。
思わず立ち止まって、耳をすましてしまう。
口論はいっそうヒートアップしているようだ。
「――あんたって子は、どうして人の言うコトを聞かないの!?」
「先生には関係ない」
扉がガラッと開いて、一人の少女が飛び出してきた。
扉に耳をあてて立ち聞きしていた梨華とぶつかりそうになる。
「ごっちん!?」
真希は梨華をチラッと見ると、顔を歪め、何も言わずに走り去っていった。
梨華が社会科教室を覗いてみると、肩を落とした圭が佇んでいた。
- 65 名前:神々の印 投稿日:2001年08月10日(金)00時19分45秒
- 「‥‥先生」
梨華がおずおずと話しかけた。
「‥石川」
ノロノロと頭を上げると、圭は自嘲気味に笑った。
「どうかしたんですか?」
「どうもこうも‥‥どこから‥聞いていた?」
「PEACEがどうのこうの‥‥からです」
梨華の答えに、圭は行儀悪くフンと鼻をならすと、靴底でカツカツと床を踏み鳴らして、考えこんでいた。
- 66 名前:神々の印 投稿日:2001年08月10日(金)00時20分16秒
- 「あんた達はうまくいってるの?‥‥ってそんな心配する必要ないか‥‥」
圭はおもむろにニヤリと笑うと、梨華の頭を軽く小突いた。
「何のことですか?」
「吉澤のことよ」
「‥‥‥」
梨華の顔が赤くなった。
「‥‥本当‥‥あんた達見ていると安心するわ」
圭は小さく笑うと、本当にあのバカは心配ばかりかけて、と呟いた。
- 67 名前:神々の印 投稿日:2001年08月10日(金)00時21分03秒
- ―――
「‥‥ごっちん帰ってこなかったね」
ひとみはクッキーを台所から持ってくると、ソファーに腰掛けている梨華の隣に座った。
「‥‥‥」
梨華は無言で、ひとみが入れてくれた紅茶のカップにハーブの葉を浮かべ、『力』を使ってゆっくりとクルクル回しながら考えこんでいた。
「‥‥いいよね、梨華ちゃんは。‥そんな風に遊べてさ。あたしなんかパワーだけでコントロールできないもん」
ひとみは梨華の紅茶カップの中で、回り続けるハーブの葉をじっと見つめた。
- 68 名前:神々の印 投稿日:2001年08月10日(金)00時21分40秒
- 「‥‥ごっちん多分PEACEに行ったと思う」
ずっと考えこんでいた梨華が口をひらいた。
「な、何で」
「先生にPEACEに行っちゃいけないって言われてたから」
「えっと‥‥」
話が見えないひとみは困ったようにポリポリと頬をかいた。
「駄目って言われたら、余計やりたくなるよね?」
梨華は紅茶カップから顔を上げると、ひとみを見つめた。
「そ、そうかな」
「そうよ」
梨華がいたずらっぽく笑った。
- 69 名前:神々の印 投稿日:2001年08月10日(金)00時22分39秒
- 「よっすぃ〜の髪いい匂い」
梨華はひとみにもたれると、鼻をひとみの髪に押し当てた。
「‥‥梨華ちゃん?」
「‥よっすぃ〜‥」
梨華の手がひとみの首にまわされる。
「‥‥駄目だよ‥梨華ちゃん‥もうすぐお母さん帰ってくる‥‥」
ひとみは慌てたように、梨華の体を自分から引き離そうとした。
「‥だから‥駄目って言われたら‥‥やりたくなるって‥‥」
梨華は強引にひとみをソファーに押し倒した。
「本当に駄目だって‥‥あたし‥コントロールできなくなるよ」
「いいよ」
「‥梨華ちゃ‥‥」
梨華の唇がひとみのそれに重なった。
ゆっくりとひとみの唇の柔らかさを味わう。
- 70 名前:神々の印 投稿日:2001年08月10日(金)00時23分14秒
- 『ピシッ』
すぐ近くでモノが割れるような音が聞えてきたが、梨華は無視することにした。
これから先が大事なのだ。
梨華は覚悟を決めると、ひとみの口内に侵入した。
温かく柔らかい舌に触れたと思ったとたん――
『バリーン』
『ボォン』
『パリーン』
という、すさまじい大音響が次々と聞えてきた。
- 71 名前:神々の印 投稿日:2001年08月10日(金)00時23分48秒
- 「‥‥ごめん‥梨華ちゃん」
ひとみが申し訳なさそうにソファーから上体を起こした。
「‥‥‥」
梨華は頬を膨らませた。
ふと、テーブルを見ると、ティーポットに見事なヒビ入っていて、そこからチョロチョロと紅茶がこぼれていた。
梨華はさっきのモノが割れるような音はこれだったのかと、ぼんやり考えていた。
「‥‥梨華ちゃんはここにいてよ。‥‥あたし片付けてくる」
ひとみは立ちあがると、梨華の顔を見ないで言った。
「‥‥‥あたしも手伝う。半分はあたしのせいだもん」
梨華は制止するひとみを押しやると、ソファーから立ちあがった。
- 72 名前:神々の印 投稿日:2001年08月10日(金)00時24分31秒
- 家中の水分を含んでいるもの全てが爆発していた。
特に台所が一番ひどかった。
台所に一歩足を踏み入れると、ひとみと梨華は言葉を失った。
ある程度は予想していたものの、ひどすぎる。
ひとみの『力』は、日々パワーアップしているのかもしれない。
醤油、酒、みりん等の調味料のビン、果ては水気を含むインスタント食品、缶詰にいたるまでが、床、壁、天井に飛び散っていた。
「梨華ちゃん、ごめん。あたし‥‥進歩がないね」
雑巾で天井にこびりついた汚れを拭きながら、ひとみが弱々しく呟いた。
「よっすぃ〜」
「本当‥情けないよ‥」
ひとみが大きなため息をついた。
- 73 名前:神々の印 投稿日:2001年08月10日(金)00時25分04秒
- 「あたし‥‥好きだよ」
床を拭いていた手を休めると、梨華はひとみを見つめた。
「‥‥梨華ちゃん」
「よっすぃ〜が好きだよ。‥‥だから‥‥こうなるってわかっててもキスしたくなるもん」
「‥梨華ちゃん」
「でも‥‥早く『力』コントロールできるようになってね」
梨華はとびっきりの笑顔でひとみに言った。
「‥‥うん」
ひとみは自信なさげに頷いた。
- 74 名前:神々の印 投稿日:2001年08月10日(金)00時25分35秒
- 本当にキスするだけで‥‥オオゴトなのだ。
初めてキスした時は、水道管が破裂して、家中水浸しになったのだから。
それに比べたら進歩していると言えなくもない。
いつになったら――思う存分キスできるようになるのだろう。
梨華は台所の壁を拭きながら、ひとみに気づかれないようにこっそりと、小さなため息をついた。
- 75 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年08月10日(金)00時35分08秒
- 福岡に全国高等学校総合文化祭に行ってきました。といっても、後輩の応援になんですが。
ラーメンがうまかったです。
博多弁も可愛くて、ラーメン屋のおねえさんに『持ってきてよかと?』って聞かれた時は、胸がきゅんとしました。
えっと、初めてのいしよしです。
多少の事は、大目にみてください。
- 76 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月10日(金)01時44分44秒
- 高文祭か、北海道は良かった。
いしよしいいですよ。
- 77 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月10日(金)02時19分34秒
- 初いしよしだ!!
- 78 名前:読んでる人 投稿日:2001年08月10日(金)16時24分57秒
- あっちゃん太郎さんの新作発見!!
相変わらず、おもしろい!!
- 79 名前:神々の印 投稿日:2001年08月13日(月)13時43分50秒
- ――― ―――
‥雨音は好きだ。
紗耶香はカウンターに座り、ぼんやりと雨音を聞いていた。
雨音に混じって、ドアが軋んだ音をたてて開き、ずぶ濡れの真希が姿を現わした。
「‥‥後藤?」
紗耶香は立ちあがると、真希に駆け寄った。
「‥‥‥」
真希は俯いたまま、身動き一つしない。
体からは雨水が滴り落ちている。
「風邪ひいちゃうよ」
紗耶香は真希を店内に引き入れると、ドアを閉めた。
「‥‥‥」
真希はされるがままになっている。
- 80 名前:神々の印 投稿日:2001年08月13日(月)13時44分32秒
- 「圭織に頼んで、シャワー貸してもらうから‥‥」
紗耶香は階段に向かって圭織の名前を呼んだ。
二階から圭織と希美が降りてきた。
紗耶香は圭織にシャワーを貸してくれ、と頼んだ。
希美は圭織の背中に隠れながら、それでも真希の事は気になるらしく、チロチロと盗み見ている。
「圭織の妹の希美だよ。みんな、ののって呼んでいる」
希美の様子に気づいた圭織が真希に紹介した。
希美が圭織の背中から、顔をほんの少し覗かせて真希を見た。
圭織が希美に真希のことを紹介しているのを聞くと、真希は微かに頭をあげ、希美を見た。
- 81 名前:神々の印 投稿日:2001年08月13日(月)13時45分11秒
- 「‥‥駄目って言われた」
シャワー室の手前で真希がポツリと呟いた。
「ん?」
タオルを棚から取り出そうと手を伸ばした状態で、紗耶香の動きが止まった。
「‥‥会っちゃ駄目って言われた」
「誰に?」
「‥市井ちゃん」
「‥‥‥圭ちゃんから?」
「‥うん」
「後藤は‥どうしたいの?」
小さくため息をついて、タオルを取ると、紗耶香は真希を見た。
「‥あたしは‥市井ちゃんの事もっと知りたい」
真希は紗耶香を真っ直ぐに見つめると、きっぱりと言った。
「とりあえず‥‥熱いシャワー浴びなよ」
紗耶香はニコッと笑うと、真希にタオルを手渡した。
- 82 名前:神々の印 投稿日:2001年08月13日(月)13時46分05秒
- ―――
真希はシャワーから出ると、圭織のTシャツと半パンを貸してもらった。
制服はすっかり濡れてしまったので、軽く絞って、水気を取ると、たたんでビニール袋に入れた。
真希はカウンターでグラスを布巾でみがいている圭織に、ありがとうございます、と声をかけた。
圭織が笑って軽く会釈を返した。
希美はもう二階に上がってしまったのだろう、姿は見えなかった。
真希はテーブル席に座ると、いまだ滴のしたたる髪をタオルでガジガシと乱暴に拭いた。
「ほら、飲みなよ」
紗耶香がオレンジジュースを持ってきて、真希の手前に置いた。
「市井ちゃん‥今日は早いんだね」
真希は無造作に頭にタオルをかぶったまま、そっけなく呟いた。シャワーを浴びたにしては、生気のない顔をしている。
「うん‥いつもはバイトの時間まで‥ほら、一昨日会ったトンネルの近くの公園で、ギター弾いてるんだけどさ。今日は朝から雨降ってたじゃん?‥だから、することなくってさ。早めに来たんだ。‥‥後藤こそ、どうした?」
紗耶香は真希とテーブルを挟んで向かい側の席に座った。
「‥‥‥」
真希は俯いて唇をかんだ。頭にかぶっているタオルが影になって、表情を見る事はできない。
- 83 名前:神々の印 投稿日:2001年08月13日(月)13時46分57秒
- 「‥‥あたし‥鬼子なんだ」
しばしの沈黙の後、俯いたままの真希がポツリと呟いた。
「‥‥‥」
紗耶香は真希の言葉に眉をひそめた。
「‥市井ちゃんも‥あたしの事、変だと思ったでしょう?‥‥雨に濡れる『水の民』なんて聞いた事ないよね‥‥」
真希はグラスを手に取ると、オレンジジュースを一気に飲み干した。
「‥‥後藤」
紗耶香はぎゅうと両こぶしを握り締めた。
体が小刻みに震え出す。
真希の言葉に紗耶香は動揺を隠しきれなかった。
こんなことって‥あるのだろうか?
- 84 名前:神々の印 投稿日:2001年08月13日(月)13時47分48秒
- 「‥‥あたし‥‥みんなが普通にできる事ができないの。落ちこぼれなんだ。‥‥一昨日だって‥校長先生に‥もっとしっかりしろって言われて‥‥お説教の途中で飛び出してきたの。‥‥アハッ‥‥情けないよね」
真希は唇を歪め、左手の青い石を見つめて自嘲気味に笑った。
「‥‥後藤‥‥もういいよ。‥わかるよ。‥‥わかったから‥」
紗耶香は手を伸ばして、タオルからはみ出ている真希の濡れて光る髪にそっと触れ、囁くように言った。紗耶香の動きに真希の体がビクッと反応した。
ごめん、と紗耶香が呟いた。
真希が首を横に振る。
「あたしが片身離さず持っているもの、見せてあげようか?」
紗耶香はジーンズの後ろポケットに左手を突っ込み何かを握り締め、真希の目の前で左手のこぶしを開いた。
「ライター?」
真希の目の前に、古ぼけたライターが姿を現わした。ところどころ金メッキがはげている。
金メッキの鈍い光が、紗耶香の左手の赤い石に反射して、キラキラと輝いた。
- 85 名前:神々の印 投稿日:2001年08月13日(月)13時48分23秒
- 「これ‥‥お守りだよ。肌身離さず持っている。あたしも‥一緒だよ。『火の民』なのに『力』がないんだ。‥‥だから‥‥ライターを持ち歩いている。後藤は‥初めての仲間だよ」
紗耶香の声は少し震えていた。
「‥市井ちゃんも?」
紗耶香の言葉に真希は驚いたように目を見開いた。
「‥‥学校では落ちこぼれだったよ。‥‥でも、音楽が好きだったから‥‥今は『PEACE』でバイトして‥‥ギターを弾いているんだ。‥‥いつか『何の民』か関係なく、大衆の面前でギターを弾きたいなぁ‥って思っているけど」
紗耶香は照れたようにはにかむと、ライターを大事そうにジーパンの後ろポケットに仕舞った。
「市井ちゃんは‥‥好きな事見つけたんだね」
「後藤にも、見つかるよ」
「そうかな?」
「そうさ」
紗耶香が頷くと、真希は嬉しそうに笑った。
「ほら、ちゃんと髪の毛拭きなよ」
紗耶香は腰を浮かせると、真希がかぶっているタオルに手を伸ばして、髪をふいてやった。
真希はくすぐったそうに肩をすくめた。
- 86 名前:神々の印 投稿日:2001年08月13日(月)13時49分09秒
- 軋んだ音と共に『PEACE』のドアが開き、怒りのオーラを身に纏った圭が入ってきた。
肩には自分と真希のぶんの二つのかばんをかけ、右手に真希の赤いカサを持っている。
真希と紗耶香ははじかれたように立ちあがった。
「圭ちゃん」
「‥先生」
「‥‥後藤」
圭は紗耶香を無視すると、真希の腕を掴んだ。
「な‥痛いよ、先生」
真希が抵抗して、腕をふりほどこうとした。
「‥‥あんたって子は‥」
圭が苛立ったような声をあげる。
「‥圭ちゃん」
紗耶香が二人の間に割って入り、圭と真希を引き離した。
真希が慌てて、紗耶香の背中に隠れた。
圭がギッと紗耶香を睨んだ。紗耶香は目をそらさずに圭の視線を受けて立った。
- 87 名前:神々の印 投稿日:2001年08月13日(月)13時49分55秒
- 「後藤‥‥圭織‥席外してくれる?」
圭がふいっと紗耶香から真希に視線を移した。
真希は顔を傾けて紗耶香をうかがった。紗耶香が頷くと、渋々という感じで圭織と共にカウンター裏の厨房に入っていった。
「紗耶香‥‥あんたどういうつもり?」
圭は紗耶香に険しい目を向けた。
「何が?」
「とぼけないで‥‥後藤はあんたに興味を持っている。‥‥とても‥危険よ」
そして、あんたも後藤に興味を持っている。
とても、危険な興味を。
そうでしょ?紗耶香。
- 88 名前:神々の印 投稿日:2001年08月13日(月)13時50分41秒
- 「‥あたしは‥別に‥」
「とにかく、後藤に近づかないで」
圭が吐き捨てるように言った。
「‥そんなの‥‥」
「矢口の二の舞になりたいの?」
これは切り札。
自由なあなたを縛る言葉。
「‥‥‥」
紗耶香は唇を噛むと、圭を睨みつけた。
「後藤はあたしが連れて帰るわ。‥‥文句ないわね」
「‥‥‥」
紗耶香はうめき声をもらしながら、それでも圭に反論できなかった。
- 89 名前:神々の印 投稿日:2001年08月13日(月)13時51分12秒
- 「‥圭織‥邪魔したわね」
圭は厨房に入ると、真希の腕を強引に掴むと、引きずるように店から連れ出した。
圭織が慌てたように、真希の濡れた制服の入ったビニール袋を持って追いかける。
「‥市井ちゃん‥‥市井ちゃん‥」
真希の半泣きの声が辺りの道に響き渡っていた。
紗耶香は真希が泣いて自分を呼ぶ声を聞きながら、薄暗い店内で、一人、立ち尽くした。
- 90 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年08月13日(月)13時55分44秒
- 更新しました。
姐さんのドラマって自分の住んでる所じゃやってないんだよなぁ。どんな感じなんだろう。
- 91 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月14日(火)02時03分25秒
- 7人のエステシャンの話でその一人のはずなんだけど、なぜか姐さんだけいないシーンが多い。
役としては情に厚くて(そんな風には見えないけど)ちょっと切れやすい感じです。
- 92 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月14日(火)04時24分56秒
- 切ないね…。
市井ちゃんの夢、かなうといいな。
- 93 名前:神々の印 投稿日:2001年08月19日(日)00時16分07秒
- ――― ―――
「市井ちゃんは?」
「‥‥今日はまだ帰って来てないよ」
圭織がカウンターの中から答えた。
「そうなんだ」
真希はがっくりと肩を落とした。
「‥紗耶香にしちゃ、珍しいな」
裕子はビールが半分ほど入ったジョッキの水滴を、黒い手袋で拭いながら言った。
「ゆーちゃん」
真希はカウンター席に座っている裕子の隣に腰掛けた。
「ん?」
裕子は優しい眼差しを真希に向けた。
- 94 名前:神々の印 投稿日:2001年08月19日(日)00時16分54秒
- 「先生とは古い知り合いなんですよね?」
「そうや」
「矢口‥って人知ってますか?」
「‥‥何でそんなこと聞くんや?」
ふいっと視線を真希から外すと、裕子はタバコを取り出した。
「昨日‥先生が‥‥」
「圭坊が?」
「市井ちゃんに‥‥」
「紗耶香に?」
「『矢口の二の舞いになりたいの?』って」
「‥‥‥」
裕子は圭織に合図を送った。目の前に小さな炎があらわれると、裕子は息を吸いこみ、タバコに火をつけた。
「‥‥矢口なら、もうすぐ来るはずや」
ゆっくりとタバコの煙を吐き出しながら、裕子は呟くように言った。
「そうですか」
真希はテーブルの上に投げ出した両手を、ぎゅうと握り締めた。
「何か食べるか?」
裕子の質問に首を横に振ったとたん、グゥーと真希のお腹がなった。
- 95 名前:神々の印 投稿日:2001年08月19日(日)00時20分32秒
- 「‥遠慮せんと‥食べえ。ゆーちゃんのおごりや」
真希は圭織が出したハンバーグをものすごい勢いで食べている。
「‥‥ホンマよう食べるな」
裕子は感心したように言った。
「ゆーちゃん、おいしいよ」
真希は食べるのを一旦止めると、裕子の顔を見た。
そうか、そうか、と裕子は目を細めた。
「「こんにちは〜」」
「梨華ちゃん、よっすぃ〜」
真希は裕子の隣で食後のオレンジジュースを飲んでいた。
「‥‥圭織、オレンジジュース二つな」
裕子がカウンターに向かって言った。
「ありがとうございます」
「ごちそうになります」
梨華とひとみはぺこっと頭を下げた。
- 96 名前:神々の印 投稿日:2001年08月19日(日)00時21分54秒
- ジュースを飲んだ真希とひとみは、さっそくピンボールを始めた。
裕子と梨華はカウンター席に座って、その様子をぼんやりと眺めていた。
「‥‥あんたら‥圭坊に頼まれたんやろ?」
裕子は梨華の顔を一瞥した。
「っ‥確かに頼まれましたけど。‥‥でも‥本当にごっちんのことが心配なんです」
梨華は顔を歪めると、呟くように言った。
「‥‥‥」
裕子は梨華の言葉に、無言のままかすかに頷いた。
「‥‥先生だって‥本当にごっちんの事を心配していると思うんです」
梨華は裕子の方へ体を乗り出し、必死になって言い募る。
「あんたは‥いい子やな」
裕子が小さく笑った。
「‥‥‥」
思ってもなかったことを言われて、梨華は顔を赤くした。
「‥圭坊もつらいわな」
裕子はからになったジョッキを見つめながら、ボソッと呟いた。
- 97 名前:神々の印 投稿日:2001年08月19日(日)00時22分50秒
- 「おっす」
真里が軋んだ扉の音と共に『PEACE』の店内に入ってきた。
「矢口」
裕子は笑顔で真里を迎える。
真里はジロジロと裕子の隣に腰掛けている梨華を見つめた。
「圭坊の教え子や」
裕子はピンボールで夢中になって遊んでいる真希とひとみを指差した。
「‥‥『水の民』カップルに、紗耶香のお気に入りか‥‥」
真里は裕子の隣の席に座った。
裕子を挟んで梨華が座っている。
「ご名答」
裕子はニヤニヤ笑いながら頷いた。
- 98 名前:神々の印 投稿日:2001年08月19日(日)00時24分02秒
- 「ゆーちゃんの言ってた通り、美形だね」
「せやろ」
「紗耶香も‥面食いだったわけだ」
真里が妙に感心したように言った。
「‥人の事言えるんか?」
裕子がからかうように、真里の額を軽く小突いた。
「自分で言っちゃしょうがないよね」
真里はニヤリと笑うと、勝ち誇ったように言った。
「なんやて」
裕子は真里の体を引き寄せると、強引に抱きついた。
何だよ、離せよ、という真里の高い声が店内に響き渡った。
- 99 名前:神々の印 投稿日:2001年08月19日(日)00時24分52秒
- ピンボールに夢中になっていた真希とひとみが、何事かと顔を上げた。
裕子が集合、と号令をかけると、真希、ひとみ、はピンボールを止め、カウンター席にやって来ると、梨華の傍に立ったまま、真里に向かって訝しげな視線を向けた。
黒ずくめの裕子と黒いマントをすっぽりかぶった真里。
二人ともおそろいの黒い皮手袋をはめている。
裕子は『水の民』三人に、自己紹介をさせた。
真里はニコニコ笑いながら三人の自己紹介を聞いた後、矢口真里だよ、よろしくね、と言った。
「‥‥矢口さん?」
真希が低い声で呟いた。
「圭ちゃんは元気?」
真里はニコニコ笑いながら訊ねた。
「はい」
梨華が答えた。
ひとみはぼーっと真里の顔を見つめている。
- 100 名前:神々の印 投稿日:2001年08月19日(日)00時25分43秒
- 「そうか〜。もう一年近く会ってないよ。会いたいな」
「矢口さんも先生の知り合いなんですか?」
「うん。そうだよ」
真希は圭の名前を聞くと、顔を曇らせ、ふいっとテーブル席へ行ってしまった。
「ごっちんっ」
梨華が慌てて席を立つと、真希の後を追いかける。
真里は戸惑ったように真希と梨華を見つめた。
裕子はその様子を見て、ため息をついた。
「どうしたの?」
真里の顔をじっと見つめるひとみの視線に気づいて、真里は首を傾げた。
「‥‥キスマーク」
ひとみは顔を赤くして言った。
ひとみの言葉に、真里は慌ててかばんから手鏡を取り出すと、自分の顔を写した。
左の頬にべったりと口紅がついている。
先ほど裕子に抱きつかれた時、ドサクサにまぎれて裕子が付けたのだろう。
「裕子のバカっ」
真里は赤くなった顔で叫ぶと、席を立って、真希と梨華のいるテーブル席に行ってしまった。
- 101 名前:神々の印 投稿日:2001年08月19日(日)00時26分44秒
- 「‥‥何なんや」
裕子がぼやいた。
真里は真希、梨華と楽しそうに何やら話している。
「中澤さんは‥いくつ‥なんですか?‥」
ひとみは梨華が座っていた席に腰掛けると、おずおずと聞いた。
「‥‥二十八や」
「矢口さんは?」
「‥‥十八」
「十も違うんですか!?」
「そんなに違わないやろ?」
「‥‥そう‥かなぁ‥‥」
ひとみはもじもじと体を動かした。
「吉澤‥‥あんた、尻に敷かれとるやろ?」
「な、何で‥‥」
「そんな感じやもん。なぁ?」
裕子はカウンターの中の圭織に同意を求めた。
圭織が軽く頷いた。
「‥‥‥」
ひとみはしょぼんという感じで肩を落とした。
- 102 名前:神々の印 投稿日:2001年08月19日(日)00時27分34秒
- 「‥‥どうしていいのか、わかんないんですよ。あたし失敗ばっかりだし。梨華ちゃんに迷惑ばっかりかけてるし」
「‥‥例えば?」
「‥‥あたし‥感情が高まると力が暴走するんです。‥‥昨日も家中のビンとか缶詰とか破裂させちゃったし‥‥」
「‥チューするたびに、暴走するんかいな?」
「‥‥‥」
ひとみは顔を赤くして、俯いてしまった。
「吉澤は‥『水の民』やったな‥」
裕子はひとみの左手で輝く青い石を見ながら呟くと、圭織に水が入ったグラスとカラのグラスを準備してもらった。
「ええか?‥こっちのコップに入っている水をこのコップに移すんや。やってみ」
裕子がカラのグラスと水の入ったグラスを、ひとみの目の前に置いた。
ひとみが意識を目の前の水に集中させたとたん、ガラスのコップは派手な音と共に砕け、水は一瞬にして蒸発した。
テーブル席の真希、梨華、真里が何事かと顔をカウンター席に向けた。
裕子は顔色一つ変えずに、圭織に新しいグラスを出すように頼んでいる。
- 103 名前:神々の印 投稿日:2001年08月19日(日)00時28分20秒
- 「吉澤‥‥あんた裁縫は得意か?‥‥いや別に、不得意でもいいんやけどな。‥‥縫い針わかるやろ?‥縫い針をイメージするんや。‥‥イメージできたか?‥‥そしたらな、今度はあんたの『力』を細い糸にするんや」
「細い糸?」
「『力』を細い糸のイメージに変えるんや」
「‥‥‥」
ひとみは目を閉じて、一生懸命イメージを膨らませた。
「そしたらな、針の穴にその糸を通すんや。‥‥通ったか?」
裕子の言葉にひとみが頷いた。
「『力』はまだ細いままやろ?‥‥その細い糸の『力』を使って、この水を移してみい」
いつのまにか、真希、真里、梨華もテーブル席から移動して、ひとみの事を固唾を飲んで見つめている。
- 104 名前:神々の印 投稿日:2001年08月19日(日)00時29分08秒
- グラスの水はゆっくりと確実に、隣のグラスの中に移されていった。
「やった‥‥」
真里が呟いた。
ひとみがふっと肩の力を抜いた。
「よっすぃ〜」
梨華は思わずひとみに抱きついた。
とたんに、水の入ったグラスにビシッとひびが走り、そこから水が漏れ始めた。
「‥‥まぁ、気長に訓練することやな」
裕子は苦笑いをしながら言った。
真希は嬉しそうな梨華とひとみを、何とも複雑そうな顔で見つめている。
「ごっちん‥‥」
「ゆーちゃん」
「‥‥紗耶香な‥‥多分‥公園にいると思うで。‥‥今日は遅いから、明日行ってみ?」
「うん。ありがとう、ゆーちゃん」
真希はパッと顔を輝かせると、嬉しそうに笑った。
- 105 名前:神々の印 投稿日:2001年08月19日(日)00時30分13秒
- 「‥‥随分、気にかけているんだね」
三人が帰った後、裕子とカウンター席に並んで座った真里はポツリと呟いた。
「何や、矢口、妬いてるんか?」
「違うよ。‥‥ただ、ゆーちゃん‥‥人と関わりもつの避けてたじゃん?」
「あの三人な‥‥なんとなく似てるんや。‥‥初めて出会った時の‥あんたら三人と」
希望に溢れていた、あんたら三人組に。
だから‥‥かまいたくなるんや。
裕子はジョッキに入ったビールを一気に飲み干した。
- 106 名前:神々の印 投稿日:2001年08月19日(日)00時31分11秒
- 「‥‥‥」
真里は黙ってオレンジジュースを一口飲んだ。
「矢口‥好きやで」
裕子は隣に腰掛けている真里の耳に甘く囁いた。
真里はくすぐったそうに肩をすくめた。
コホン、と圭織が咳払いをした。
真里が慌てたように裕子から身を離す。
「‥圭織、邪魔せんといてや」
裕子が軽く圭織を睨んだ。
「邪魔って‥‥営業妨害なんですけど」
「他に客なんかいないやろ?」
「目の前でいちゃつくなっての!」
「ケチやな」
裕子は鼻先で軽く笑い、隣で赤くなっている真里の肩を引き寄せ、強引に唇を重ねた。
- 107 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年08月19日(日)00時34分21秒
- 更新しました。
姐さんのドラマの情報ありがとうございました。
- 108 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月20日(月)03時31分32秒
- 後藤ガムバッテ!!
- 109 名前:読んでる人 投稿日:2001年08月20日(月)11時10分27秒
- 矢口と中澤の馴れ初めが知りたい。
- 110 名前:神々の印 投稿日:2001年08月21日(火)07時37分27秒
- ――― ―――
紗耶香はいつものように、鳩以外、誰もいない公園のベンチに足を組んで腰掛け、ギターを爪弾いていた。
しかし、同じフレーズの所で何度も引っかかり、うまく弾くことができない。
紗耶香はいまいましそうに舌打ちすると、ギターをわきに置いてため息をついた。
集中できない原因はわかってるんだ。
あいつと‥‥圭ちゃんのせいだ。
『矢口の二の舞いになりたいの?』
『PEACE』で圭に言われた言葉が、ずっと頭の中を回っている。
二の舞いになんか‥‥なりたくないよ。
矢口が不幸だとは思わないけど、あたしには夢があるんだ。
諦めるわけにはいかない。
後藤‥‥。
感情は後藤に会いたいと悲鳴をあげるけれど、理性はそれを危険だと警告する。
確かに危険だ。
破滅へ向かう感情を抱くなんて、どうにかしている。
- 111 名前:神々の印 投稿日:2001年08月21日(火)07時38分02秒
- 「市井ちゃん」
俯いて足元の石ころを蹴飛ばし始めた紗耶香の耳に、甘く癖のある高い声が入ってきた。
今、一番聞きたくなかった声だ。
「‥‥後藤」
紗耶香はノロノロと顔を上げて、声の主を見つめた。
「‥どうしてここに?」
「市井ちゃん言ってたじゃん。『PEACE』のバイトの時間までトンネルの近くの公園でギター弾いてるって」
真希は紗耶香の隣に腰掛け、ブラブラと両足を揺らした。
真希の言葉に、紗耶香があからさまにしまったという顔をする。
- 112 名前:神々の印 投稿日:2001年08月21日(火)07時38分46秒
- 「‥‥市井ちゃん、何故、あたしを避けるの?」
顔を紗耶香の方に傾け、真希は静かな口調で聞いた。
「‥別に‥‥」
紗耶香はモジモジと居心地悪そうに身体を動かすと、真希から視線を逸らした。
「‥‥『PEACE』で矢口さん‥に会ったよ」
真希は軽いため息をつくと、ためらいがちに言った。
「そう」
紗耶香が軽く頷いた。
「『矢口の二の舞い』ってどういう意味?」
「‥聞いてたの?」
「聞えたんだよ」
「‥‥‥」
紗耶香は無言で、目の前で、えさを求めて歩きまわっている鳩を目で追いかけた。
- 113 名前:神々の印 投稿日:2001年08月21日(火)07時39分34秒
- 「あたしを避けるのと関係あることでしょ?」
「‥‥‥」
紗耶香は意外に感じた。
ぼんやりとして、抜けている子かと思っていたら、意外に頭が切れるらしい。
紗耶香が視線を鳩から真希に移すと、真希はじっと紗耶香を見つめていた。
「‥‥圭ちゃんと矢口、それに、あたしは親友だった」
紗耶香は大きくため息をつくと、静かに話し始めた。
「いや、過去形にするのは間違ってるね。‥‥親友だよ」
苦々しい口調のまま、言葉を紡ぐ。
- 114 名前:神々の印 投稿日:2001年08月21日(火)07時40分40秒
- 「矢口がゆーちゃんと、ああいう関係になるまでは‥‥飽きもせず、毎日のように『PEACE』に集まっては‥三人で、色々なことを語り合ってた」
「ああいう関係?」
「‥‥恋人同士ってこと」
紗耶香の言葉に真希は顔を赤くした。
「あたしは『火の民』で赤い石、圭ちゃんは『水の民』で青い石、矢口は『風の民』で緑の石を持っててさ。‥‥あたしは初めて『火の民』以外の友達ができて、本当に嬉しかったなぁ」
紗耶香は一旦言葉を区切ると、昔を思い出すかのように視線を空に向けた。
空は雄大でどこまでも青く、紗耶香は一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなった。
焦ったように視線を隣に移すと、真希が静かな表情で紗耶香を見つめていたので、安心したようにほっと胸をなでおろした。
- 115 名前:神々の印 投稿日:2001年08月21日(火)07時41分15秒
- 「‥‥ゆーちゃんは、あたしと同じ『火の民』で‥‥矢口は『風の民』。違う『民』同士が恋に落ちたらどうなるか。‥矢口とゆーちゃんの二人の恋の結果がどんな結末を迎えるかなんて‥‥みんな知ってたよ。‥‥いや違うな。知ってるつもりで、本当は何も知らなかったのかもしれない。‥あたしは‥矢口が幸せそうだったから、反対しなかった。‥圭ちゃんは、それが許せないんだと思う」
紗耶香はとつとつと話し始めた。
「‥‥結末って‥」
「‥‥『神々の印』と‥『神々の恩恵』つまり『力』を失うんだ」
「‥‥‥」
真希は紗耶香の言った言葉の意味を反芻した。
『神々の印』‥‥
真希はまじまじと自分の左手に輝く青い石を凝視した。
『水の民』であることを証明する石。
これは身分証明書のようなものだ。生まれた時から自分の左の手のひらに輝く石。
これを失った?
ゆーちゃんと矢口さんが?
だから‥‥ずっと黒い手袋をはめているの?
- 116 名前:神々の印 投稿日:2001年08月21日(火)07時41分45秒
- 「圭ちゃんは‥それから『PEACE』に顔を出さなかった。‥ひょっとしたら二度と来るつもりはなかったのかもしれない。圭ちゃんは、矢口ともう一年近く会ってないはずだよ。あたしは‥時々公園にギターを聞きに来てくれてたんで、何回か会ってたけど‥‥」
紗耶香は足を組みなおすと、小さく笑って、髪をかきあげた。
「‥‥‥」
真希は黙って紗耶香を見つめている。
「『神々の恩恵』‥‥『力』に関しては、あたしは生まれつき持ってないから、ゆーちゃんと矢口の気持ちも少しはわかるような気がするけど。‥‥矢口もゆーちゃんも‥色々大切なものを無くしたよ。仕事も‥夢も‥家族も‥‥」
紗耶香の言葉は途中から力を失い、尻すぼみになって消えた。
「「‥‥‥」」
紗耶香も真希も言葉を無くし、重たい沈黙が二人を支配した。
- 117 名前:神々の印 投稿日:2001年08月21日(火)07時42分18秒
- 「後藤は兄弟いる?」
紗耶香は嫌な空気を払うように、明るい口調で聞いた。
「うん。‥お姉ちゃんと弟‥」
「いいなぁ。あたしは一人っ子で‥‥お母さんと二人暮しだからさ、羨ましいよ」
「‥‥‥」
心底うらやましそうな紗耶香の口調が真希には意外だった。
ずっと一人っ子が羨ましいと思っていた。
しかし、一人っ子の紗耶香は自分と逆の事を考えている。
「大事にしなよ」
紗耶香の言葉に真希は無言で頷いた。
小言ばかり言う姉や、顔を合わせればケンカばっかりしている弟の顔が浮かんで、何故か無性に泣きたくなった。
- 118 名前:神々の印 投稿日:2001年08月21日(火)07時42分50秒
- 「圭ちゃんは‥後藤が可愛いんだよ。だから‥心配してるんだ。‥あたしと仲良くしても、何もいい事なんかないよ。吉澤や石川と遊んでりゃいいじゃんか」
紗耶香は心持ち俯きかげんで、真希を見ずに言った。
「ヤダ!ヤダもん!!」
真希は激しく首を振った。
「‥‥後藤」
「市井ちゃんがいいもん!」
「‥‥‥」
「市井ちゃんじゃなきゃダメだもん!」
「‥後藤」
「あたしはずっと市井ちゃんに会いたくて、会いたくて‥‥仕方なかったよ。市井ちゃんはそうじゃないの?」
真希の瞳にはうっすらと涙がにじんでいる。
「‥あたしは‥」
紗耶香はためらうように視線を泳がせた。
- 119 名前:神々の印 投稿日:2001年08月21日(火)07時43分26秒
- 「あたしは‥会いたくなかった。‥‥会いたいけど、会いたくなかった」
紗耶香は必死で言葉を絞り出した。
喉の奥がゴロゴロ言っている。
「‥‥意味わかんない」
真希は涙声で応戦する。
「あたしだってわかんないよっ。‥でも、会いたいけど、会いたくなかったんだ」
「市井ちゃんっ」
真希は紗耶香の腕を掴むと、強引に自分の側に引き寄せ、肩にしがみついた。
「‥‥どうしろっていうんだよ」
紗耶香は途方にくれたように呟いた。
「わかんない。‥わかんないけど‥‥あたし‥市井ちゃんの傍にいたいよ」
真希がしがみついた腕に、さらに力を込めた。
「‥後藤」
紗耶香は真希の手を掴んだ。
感情は後藤を抱きしめたいと悲鳴をあげるけれど、理性が危険だと警告する。
- 120 名前:神々の印 投稿日:2001年08月21日(火)07時44分01秒
- どうした?
何をためらう?
こんなに細い、女の子の手だ。
迷惑だって言って、この手を引き剥がせばいい。
簡単なことだろう?
紗耶香は迷惑だ、という言葉を、何度も心の中で練習した。
しかし、その言葉は、いざとなると、喉に引っかかって出てこなかった。
紗耶香は金魚のように口をパクパクと動かした。
真希がその様子を見て、吹き出した。
紗耶香も真希につられたように笑顔になる。
矢口もこんな気持ちを経験したのかな?
感情と理性がぶつかって、砕けてしまう。
残ったのは後藤の笑顔だけだ。
気がつくと、いつのまにか紗耶香は真希を抱きしめ返していた。
――あたしは、いつか、この手を取ったことを後悔する時が来るかもしれない。
――後藤は、いつか、あたしに手を差し伸べたことを後悔するかもしれない。
それでも――
- 121 名前:神々の印 投稿日:2001年08月21日(火)07時44分36秒
- 「‥‥さてと‥そろそろ行こうか」
紗耶香は抱擁を解くと、微笑みながら真希の髪を撫でた。
「‥どこに?」
真希がかすれた声で聞いた。
「『PEACE』に決まってるだろ」
紗耶香は照れたように視線を真希からそらすと、ぶっきらぼうに言った。
「市井ちゃんっ」
真希が嬉しそうに笑った。
「‥‥言っとくけど、おごってやんないからな」
「いいもん。ゆーちゃんにごちそうになるから」
立ちあがった紗耶香に真希は腕を絡ませた。
「ちゃっかりしてるなぁ」
紗耶香はあきれたように、それでもどこか愛しそうに目を細め、真希を見つめた。
- 122 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年08月21日(火)07時48分04秒
- 朝帰り更新です。
酒が入ると筆も進むなぁ。
- 123 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月22日(水)04時00分37秒
- 二人に深い絆があれば何だって乗り越えられるさ!!
- 124 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月23日(木)02時00分29秒
- あっちゃん太郎さんに酒をつぎたい・・・そして・・・もっと・・
というのは冗談ですが(笑)
後藤の健気さが逆に痛いなぁ。つらい。。
- 125 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時41分51秒
ねえ、笑って?
ありのままの、あなたでいて。
何も話さなくてもいいから。
ゆっくり、時間をかけて失ったものを取り戻していこう?
今日は隔週に一回の『PEACE』の定休日。
定休日には希美と出かける事に決めている。
三年前からの――あたしと希美の暗黙の了解。
- 126 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時42分43秒
- 圭織は公園のベンチに座り、無表情に花を摘んでいる妹――希美を見つめた。
紗耶香は圭織とは反対側に位置するベンチに座って、ギターを弾いている。
真希、ひとみ、梨華はベンチ前の芝生に座って、紗耶香の奏でるメロディに耳を傾けていた。
希美と一緒になって花を摘んでいた真里は立ちあがると、自分の摘んだ花を希美に手渡した。
希美は顔をわずかにほころばせると、真里から花を受け取り、自分の摘んだ分と合わせた。
「のの‥元気そうだね」
真里は圭織の隣に座り、左手をズボンのポケットにつっこんで、右手のみを使って器用に花かんむりを作り始めた希美を見た。
「‥矢口のおかげだよ」
圭織はふっと笑うと、真里を伺うように見た。
「違うよ。‥のの自身の力だよ。こういうことは周りが動いて解決する問題じゃないもん。厳しい言い方だけど、最後は自分で解決するしかないんだから」
真里は静かに首を振り、圭織を見つめた。
「‥‥‥」
真里の言葉に、圭織は悲しそうに目を伏せた。
- 127 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時43分14秒
- 「‥‥三年か」
圭織は足元の石ころを軽く蹴ると、小さな声で呟いた。
「もう三年って感じ?それとも、やっと三年って感じ?」
「‥‥‥」
圭織はあいまいに笑って、首を横に振った。
希美が喋らなくなって三年。
自ら『力』を封印してから三年。
以前は凍りついてた表情も、幾分和らぎ、最近はわずかに笑顔らしい表情も見せるようになっていた。
「‥‥この一年、圭織には世話になりっぱなしだね。‥‥あたしもゆーちゃんも本当に感謝してるんだ。『PEACE』がなかったらどうなってたか‥‥」
真里は身を屈め、ベンチ下にわずかに生えた雑草を引き抜くと、そのまま無造作に投げ捨てた。
- 128 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時44分13秒
- そんなことはない。
裕子にも真里にも、考えられないほどの温情をもらっている。
圭織は真里の顔をじっと見つめ、首を横に振った。
父の代から裕子には考えられないほどお世話になっている。
結果的に、父が死ぬ原因を作ってしまった裁判の弁護を引き受けてくれたのも、父が死んだショックから、『力』を暴走させた希美を止めたのも、その後希美が矯正施設に送りこまれそうになったのを阻止してくれたのも、当時、バリバリの腕利き弁護士だった裕子だ。
一方、圭織以外、他人に心を閉ざした希美が、最初に心を開いたのは真里だった。
真里は、口を利かなくなって、学校にも行かなくなった希美の面倒を何かと見てくれる。
希美も喜んで、真里が占いをしている路地に遊びに行っているようだ。
真里の傍にいる希美は心なしか、柔らかい表情をしていると感じる。
「ほら、あたし達‥普通の店に入れないから」
真里はベンチの上で、モジモジと体を揺らしながら、両手を膝の上で組んだ。
真里の黒い皮の手袋が擦れ合ってキュッと音をたてる。
- 129 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時44分46秒
- 『火の民』、『水の民』、『風の民』は同じ土地に生活しながら交わってはならないとされる以上、『火の民』が経営する店には『火の民』が。『水の民』が経営する店には『水の民』が。『風の民』が経営する店には『風の民』が、それぞれ利用することになる。
そのため、それぞれの店には『民』のマークを看板に掲げる事が慣例となっており、店を利用する際には、左手に輝く石を見せるのが通例となっていた。
真里と裕子はそうすることができない。
左手を覆う皮の手袋を、外すことはできない。
社会のシステム自体が『神々の印』を失った者を排除する方向に動いている。
買い物一つ、満足にできないのだから。
「本当だよ。‥‥本当に感謝してるんだ」
真里は遠い目ではるか前方を見つめていたかと思うと、ふっと真顔になった。
「‥‥矢口」
圭織は困ったように眉をひそめた。
- 130 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時45分25秒
- 裕子と真里は互いに恋に落ち、その結果『神々の印』を失った。
『神々の印』を失った者の石は、元々の色と輝きを失い、黒々とした暗黒の色に変化して、とても荘厳な輝きをはなっているという。
そのため、悪趣味な金持ち達がこぞって欲しがり、その黒い石を戴く左手首は、ホルマリン漬けのビンに詰められ、闇の世界において高値で売り買いされていると聞く。
そのため、『神々の印』を失った者たちは、密猟者と呼ばれる闇の殺人者達に狙われ、密猟者達に見つかった、『神々の印』を失ったもの達は、左手を切断された無残な死体で発見されることとなる。
警察自体、密猟者を取り締まる気は毛頭ないらしく(そりゃそうだろう。密猟者は国を裏で動かしている金持ち連中の依頼で動いているんだから)、ほとんど野放し状態というのが現実だった。
「‥‥あたしも、ゆーちゃんも‥この手袋が命綱だよ‥‥」
真里は両手を覆う黒い皮手袋を見つめた。
人前でこの手袋をとるわけにはいかない。
密猟者に見つかるわけにはいかない。
真里の目がそう言っていた。
- 131 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時46分11秒
- 「何深刻そうな話してるのさ」
ギターを片手に持った紗耶香が、能天気そうな顔で笑いかけた。
「内緒」
「秘密」
「チェッ」
圭織と真里の言葉に紗耶香は舌打ちすると、圭織の隣に座った。
圭織は真里、紗耶香に挟まれて座る格好になる。
先ほどまで紗耶香のギターを聞いていた、真希、ひとみ、梨華の三人は芝生から移動して、希美が器用に片手で花かんむりを作る様を、興味深そうに見ている。
「‥‥‥‥」
希美は完成した二つの花かんむりを持って立ちあがると、無言で圭織と真里に差し出した。
圭織と真里は笑いながら、ありがとう、と言った。
同じベンチに座っていながら、ただ一人、何ももらえなかった紗耶香は苦笑いを浮かべた。
- 132 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時46分47秒
- 希美は自分と同じ『火の民』が苦手だった。
『火の民』の左手に輝く赤い石が恐怖の対象だった。
自分の左手に輝く石にさえ恐怖の反応を示した。そのため、希美はいつもポケットに左手を入れている。
現在『神の印』を失っている裕子も、希美と出会った時は左手に赤い石を戴いていた。
『火の民』であるという理由により、紗耶香、裕子は苦手な人ということになる。
『火の民』の中で、姉に当たる圭織だけが例外的に、親愛の対象だった。
- 133 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時47分19秒
- 「市井ちゃん‥‥後藤が作ってあげるよ」
真希はそう言うと、座りこんで、早速花を摘み始めた。
「あっ、あたしも作る」
「あたしも」
ひとみと梨華が真希の後に続いた。
希美はじっとその様子を見ていたが、何を思ったのか、再び花を摘み始めた。
「‥‥今度の定休日に、義妹連れてこようかな」
真里は希美からもらった花かんむりをいじりながら呟いた。
「うん。それがいいと思うよ」
紗耶香は、ぼーっと空を見上げながら言った。
「‥‥‥」
圭織は何も言わず、紗耶香と真里の会話を聞いていた。
- 134 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時48分04秒
- 「‥‥‥‥」
黙々と花かんむりを作っていた希美は、立ちあがると、完成した花かんむりを紗耶香に差し出した。
「‥‥あたしに?」
紗耶香は目を見開き、信じられないというような声をあげた。
紗耶香の首に花かんむりをかけた希美は、圭織を見つめて、わずかに微笑んだ。
真希は紗耶香から離れた所で、自分の作りかけの花かんむりを見つめて、苦笑いをしている。
希美が紗耶香に花かんむりを作ってあげた。
自ら、紗耶香に近づいた。
『火の民』を恐れて、嫌悪していたのに。
自分の左手に輝く赤い石さえ、あんなに恐がっていたのに。
圭織は自分の見た光景が信じられなかった。
「‥だから言ったじゃん。子供の生命力を信じなさいってね」
横を見ると、真里が笑っている。
- 135 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時48分35秒
- 紗耶香は希美の頭を軽く撫で、ありがとう、と笑いかけた。
希美は紗耶香に対して、わずかに首をすくめてみせた。
紗耶香はふっと視線を真希に向けた。それから、ため息をついて立ちあがると、真希の傍に行き、不器用に歪んだ真希の花かんむりを作る手伝いを始めた。
ひとみは梨華に、梨華はひとみに、それぞれお互いが作った花かんむりを渡している。
希美はそのまま紗耶香が座っていた所に、チョコンと腰をおろした。
希美は確かに成長している。
少しずつとはいえ、笑顔を取り戻し始めた。
圭織は隣に座る希美を優しい眼差を向けた。
希美は俯いて、足をぶらぶらと交互に揺らしている。
- 136 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時49分07秒
- 「あたしの花かんむりが一番きれい」と梨華が言った。
「そんなことないもん」と真希。
紗耶香とひとみは、真希と梨華に囲まれてオロオロしている。
圭織は視線を、前方で騒いでいる『水の民』三人組に向けた。
真希、ひとみ、梨華の三人は、希美とは会ってまだ間もない。
でも、いずれは、心を開き、『民』を越えた、いい友人同士になれるかもしれない。
会ったことのない真里の義妹だって、希美のいい仲間になれるかもしれない。
――可能性は無限に広がっているのだから。
今日の事は、多分、一生忘れない。
圭織は隣に座った希美を引き寄せると、力いっぱい抱きしめた。
- 137 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年08月24日(金)12時51分35秒
- 次は、のの編。
短いので、一緒にアップします。
- 138 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時52分35秒
もえるのです。
すべてがもえるのです。
もやすのです。
すべてをもやすのです。
こわいのです。
すべてがこわいのです。
- 139 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時53分05秒
- 「希美っ」
圭織は部屋の明かりをつけ、隣で眠る希美を揺り動かした。
希美は大量の汗をかき、涙を流して震えている。
また悪夢を見てるんだ。
「‥‥‥‥」
揺り起こされた希美は、目を開き、圭織の顔を見ると、安堵のため息を漏らした。
「希美大丈夫?」
圭織は希美の額の汗を、タオルで拭ってやりながら囁いた。
- 140 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時54分08秒
- くらやみの中、お姉ちゃんが、しんぱいそうな顔をして、ののを見つめています。
ののはお姉ちゃんに、しんぱいなんかかけたくないのです。
でも、夢を見ると、こわくて体がふるえます。
お父さんが燃やされたのです。
たくさんの人たちにもやされたのです。
目のまえでもやされたのです。
だから、ののはその人たちをもやしたのです。
その人たちは黒いカタマリになったのです。
もう、ののたちをいじめることはできないのです。
- 141 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時55分27秒
- そのかわり夢を見るのです。
もやしたひとたちの夢を見るのです。
こわい目で、ののをにらんでいます。
ののはしゃべれないのです。
口がうごかないのです。
何も言えないのです。
助けてといえないのです。
お姉ちゃんは、夢から、ののを助けてくれます。
大好きなお姉ちゃん。
ののはお姉ちゃんに、しんぱいをかけたくないのです。
- 142 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時56分01秒
- 「‥‥‥」
希美は圭織にしがみつくと、声を殺して泣き出した。
「希美、大丈夫。‥‥お姉ちゃんが傍にいるでしょう?」
圭織は希美の背中を優しく撫でた。
「‥‥‥‥」
希美は優しい言葉をかけられると、さらに強く、圭織にしがみついた。
圭織は希美の耳元で、大丈夫という言葉を繰り返した。
やがて、希美が落ち着いてくると、汗で湿ったパジャマを、新しいパジャマに着替えさせた。
「‥‥お姉ちゃんは‥希美が大好きだから、何も心配しなくてもいいんだよ」
圭織は希美に寄り添うと、希美の手を自らの手で包んだ。
- 143 名前:神々の印 投稿日:2001年08月24日(金)12時56分39秒
- お姉ちゃんのことばは、まるで、子守り歌みたいです。
お姉ちゃんの手はとてもあたたかいです。
ののは、とてもあんしんします。
ののはお姉ちゃんが大好きなのです。
ののはお姉ちゃんみたいになり‥たい‥ので‥す。
ののは‥おねえちゃ‥‥。
「希美‥‥眠ったの?」
圭織は明かりを消すと、眠りについた希美の頬にキスをした。
- 144 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年08月24日(金)12時59分34秒
- 更新しました。
過去編は後でまとめて書こうと思っています。
その時に中澤と矢口の出会いが書ければいいなぁと。
- 145 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月24日(金)20時14分18秒
- 『印』の重みが今回で凄くわかった・・・。
簡単じゃなさすぎで驚きです。テーマが重いな・・・。がんばって下さい。
- 146 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月24日(金)21時38分30秒
- のの編で、またぐっと感動しました!!
過去編やこの後の展開も楽しみにしています。
頑張ってください!!
- 147 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月29日(水)12時48分23秒
- シリアスですね〜。
頑張ってください!
- 148 名前:神々の印 投稿日:2001年08月29日(水)13時18分17秒
忘れたんじゃないよ。
捨てたんじゃないよ。
置いてきたんじゃないよ。
あの人が欲しかっただけ。
ただ、それだけなんだ。
- 149 名前:神々の印 投稿日:2001年08月29日(水)13時19分14秒
- ――― ―――
日曜日、真里はアパートのドアを、激しく叩く音に起こされた。
目を擦りながら隣を見ると、裕子はまだ夢の中にいるらしい。シーツに包まって丸くなっている。
真里は目を開け、枕元の時計を見た。午前11時34分。体を起こし、ベットの下に散らばっている服を手早く身に着け、枕元に置いてある手袋をはめた。
「何や、ねーちゃん、相変わらず辛気臭い顔して、ちゃんと食べてるか」
真里がドアを開けると、亜衣はニヤリと笑って、手をヒラヒラと振った。
亜衣は髪を二つ分けに結んで、オレンジ色のワンピースを着ていた。亜衣の左手には緑の石が輝いている。
「‥‥亜衣‥‥朝から元気だね」
真里はあくびをかみ殺しながら、呟いた。
亜衣は真里の義妹に当たる十三歳の女の子だ。
三年前、真里の父と亜衣の母が再婚し、それから、真里はこの五歳違いの妹をとても可愛がっていた。
一年前、真里が裕子と同棲するようになってからは、父親と母親には会っていない。家族の中で唯一、この義妹の亜衣だけが、以前と変わらぬ態度で真里に接してくれていた。
- 150 名前:神々の印 投稿日:2001年08月29日(水)13時19分45秒
- 「当たり前やんか」
亜衣は真里の批判がましい視線を気にする様子もなく、ずかずかと部屋の中に入り、真っ黒なソファーに腰を降ろした。
裕子と真里のアパートは、築三十年、二間、流し、バス・トイレ付きだ。
ニ間のうち、一つは寝室に、もう一つは居間に使っている。
「‥‥オレンジジュースでも飲む?」
真里は冷蔵庫を開けると、亜衣に訊ねた。
「うん」
亜衣が頷くと、真里は自分の分と亜衣の分の二つのグラスになみなみとオレンジジュースを注いだ。
モノトーンで統一された部屋の中で、亜衣のワンピースのオレンジとグラスのオレンジジュースの色彩がよりいっそう映えた。
亜衣は真里から渡されたオレンジ色のグラスを、じっと見つめた。
- 151 名前:神々の印 投稿日:2001年08月29日(水)13時20分28秒
- 「おはよーさん」
眠そうな声と共に、寝室から裕子が姿を現わした。
裕子は亜衣と向かい合うように、反対側にある一人掛けのソファーに座った。
「おはよう、ゆーちゃん」
真里は裕子の姿を見ると、コーヒーカップにインスタントの粉を入れ、魔法瓶からお湯を注いだ。
「‥‥‥」
亜衣は裕子を無視すると、黙って窓の外を眺めながら、オレンジジュースを飲んだ。
裕子は亜衣を見て、苦笑している。
ったく。
この子はいつもそうだよ。
ゆーちゃんに対する態度がなってないっつーの。
「亜衣。挨拶は?」
真里はコーヒーカップを裕子の前に置くと、亜衣を軽く睨んだ。
「‥‥‥‥おはようございます」
口をへの字に曲げていた亜衣が、渋々という感じで口をひらいた。
「おはよう」
気にする様子もなく、裕子はニコニコと亜衣に笑いかけた。
亜衣は気まずそうに裕子から視線を外した。
真里はため息をつくと、亜衣の隣に座った。
裕子は真里の入れたコーヒーを飲みながら、雑誌を読みはじめた。亜衣は裕子が気になるらしく、時折チロチロと裕子を見ている。
奇妙な空気が部屋を支配していた。
- 152 名前:神々の印 投稿日:2001年08月29日(水)13時21分04秒
- 「‥‥どこか出かけようか?」
「ねーちゃんホンマ?」
亜衣が弾んだ声を出す。
「うん」
真里は亜衣に微笑んだ。
「ゆーちゃんも行くよね?」
「ウチはいい」
裕子は雑誌から目を離さずに言った。
「ゆーちゃん?」
真里は裕子に訝しげな視線を向けた。
「‥‥‥仕事があるからな。‥二人で楽しんできたらええ」
真里の視線に気づいた裕子は、雑誌から顔を上げると、真里に微笑みかけた。
「‥‥‥」
真里がどこか傷ついたような瞳を裕子に向けると、裕子は気まずそうに視線をそらした。
- 153 名前:神々の印 投稿日:2001年08月29日(水)13時21分42秒
- ―――
「ねーちゃん。ウチがチケット買ってくるわ」
亜衣は真里の財布を取ると、真里が言い出す前に、チケット売り場に駆け出していった。
『火の民』、『水の民』、『風の民』は同じ土地に生活しながら交わってはならないとされる以上、『火の民』が経営する店には『火の民』が。『水の民』が経営する店には『水の民』が。『風の民』が経営する店には『風の民』が、それぞれ利用することになる。
そのため、それぞれの店には『民』のマークを看板に掲げる事が慣例となっており、店を利用する際には、左手に輝く石を見せるのが通例となっていた。
真里はそうすることができない。
『神々の印』を失ったいま、左手を覆う皮の手袋を外すことはできない。
‥‥‥亜衣は、亜衣なりにあたしに気を使っているんだろう。
あたしはチケットを買うことができないから。
かつては、あたしの左手にも、亜衣と同じく緑の石が輝いていた。
それも、遠い昔のような気がする。
亜衣が二人分のチケットを握り締め、嬉しそうに真里に駆け寄った。
行こうか、と言うと、真里は亜衣の手を握り、遊園地のゲートをくぐった。
- 154 名前:神々の印 投稿日:2001年08月29日(水)13時22分23秒
- 真里も亜衣も、弾けたようにはしゃぎまわった。
乗り物に乗りまくり、遊園地のマスコット達とじゃれ合った。
ここにいる間は、嫌な事は全て忘れられる。
ここは夢の国だから。
やがて、少々疲れた二人は休憩しようと、噴水脇のベンチに腰を降ろした。
「‥‥ねーちゃん、疲れたか?」
亜衣が心配そうな声を出した。
真里は亜衣の質問に首を横に振った。
「‥お父さんとお母さんは元気?」
「‥‥うん」
亜衣は真里から目をそらし、軽く頷いた。
「‥そう。‥よかった」
真里はどこか悲しげな表情で、亜衣を見つめた。
- 155 名前:神々の印 投稿日:2001年08月29日(水)13時22分56秒
- 「学校はどう?」
「‥‥楽しいで」
亜衣は俯くと、足元の石ころを蹴り始めた。
「‥‥友達は‥‥」
「ねーちゃん。バニラでええ?ウチが買ってくるわ」
亜衣は真里の言葉を遮るように立ちあがった。
真里は驚いたような顔で、亜衣を見つめた。
「‥‥今日は楽しい日やねんで。辛気臭い話はなしや」
亜衣は気まずそうにそう言うと、アイスクリームの屋台に向かって走って行った。
- 156 名前:神々の印 投稿日:2001年08月29日(水)13時29分09秒
- ―――
「ただいま」
「‥‥おかえり」
途中まで亜衣を送って、真里がアパートに帰ると、裕子はソファーに寝そべって、雑誌を読んでいた。
「ゆーちゃん‥‥仕事は?」
真里は流しに立ち、蛇口をひねってグラスに水を入れ、そのまま飲んだ。
「早めに終わったんや」
裕子はソファーから身を起こし、座りなおした。
「嘘ばっか」
「‥‥何が?」
「本当は仕事なんて嘘なんでしょ?」
「‥‥‥」
裕子は口をへの字に曲げた。
真里は裕子の隣に腰を降ろし、裕子をじっと見つめた。
- 157 名前:神々の印 投稿日:2001年08月29日(水)13時29分59秒
- 「‥‥あの子は矢口の事が好きなんや」
裕子は真里の視線に耐えきれなくなったのか、重たい口をひらいた。
「‥‥うん」
「‥そやからな‥‥」
「‥‥うん」
裕子は真里の胸に頬を埋めた。
真里は裕子の頭を優しく抱き寄せた。
ゆーちゃんは亜衣が来た後は、決まって甘えん坊になる。
きっと、実家のお母さんや妹の事を思い出しているんだろう。
- 158 名前:神々の印 投稿日:2001年08月29日(水)13時31分01秒
- 「ゆーちゃん、お母さんに会いたい?」
「‥‥何や、急に」
真里の胸に顔を埋めているせいで、くぐもった裕子の声が、心地よく真里の耳に響いた。
「‥‥何となく」
「‥‥‥会わない方が、お互いのためにいいんや」
「‥ゆーちゃん‥」
「ウチは‥死んだことになってるからな‥」
「‥‥それって‥‥」
真里の声はかすれて、震えていた。
裕子はほんの少し顔を上げ、真里の顔を見た。
「妹の縁談がまとまりそうなんや。‥‥ウチがしゃりしゃり出て、ぶち壊すことはできん」
「‥‥‥」
真里は今にも泣きそうな顔で、裕子を見つめた。
「‥‥そんな顔せんといてや」
裕子は真里に向かって軽く笑うと、再び真里の胸に顔を埋めた。
- 159 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年08月29日(水)13時32分41秒
- 次は亜衣編。
短いし、関連しているので一緒にアップします。
- 160 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年08月29日(水)13時33分19秒
わからん。
わからんねん。
ウチには何度考えてもわからんねん。
ねーちゃん。
何でウチらを捨てたん?
- 161 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年08月29日(水)13時33分54秒
- ――― ―――
学校帰り、亜衣は箱に入れられた、茶色い子犬を見つけた。
見たところ、雑種のようだ。
箱には『だれかもらってください』という紙が張られている。
「‥‥お前も捨てられたんか?」
亜衣は子犬に話しかけると、そっと撫でた。
子犬は悲しげな瞳で亜衣を見つめている。
ねーちゃん。
ウチな、学校でいじめられてるねん。
お前のねーちゃん裏切りモノっていじめられてるねん。
ウチは悔しくって、そんなことないわーって叫んで、そいつらに飛びかかっていくんや。
「‥‥‥」
亜衣は黙って、子犬を撫で続けた。
子犬はちぎれんばかりに尻尾を振っている。
- 162 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年08月29日(水)13時34分25秒
- ねーちゃん。
近所の人達が色々ねーちゃんの事、ウワサしてるねんで。
あることないこと、おもしろおかしく話してるねんで。
この前、聞いてもーた。
腹立ったから、このクソババアって怒鳴ってやったんや。
「‥‥お前も寂しいんやな」
亜衣は子犬を抱き上げると、頬ずりした。
子犬は嬉しそうに亜衣の頬をペロペロと舐めた。
ねーちゃん。
お父さん、左遷されそうやっちゅー話やで。
お父さんはこの事とねーちゃんとは関係ないって言って、ウチにはちゃんと詳しい事説明してくれないんや。
お父さんとおかん、二人で何や相談してた。
「‥‥ウチも寂しいわ」
亜衣の頬に涙が一筋流れた。
子犬は、その涙を拭うように、亜衣の頬を舐め続けた。
「‥くすぐったいわ」
亜衣は目を細め、少し笑った。
- 163 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年08月29日(水)13時35分01秒
- ねーちゃん。
ねーちゃんは知らんやろーけど、お父さん泣いてるねんで。
ウチとおかんに隠れて泣いてるねんで。
この前、見てもーたんや。
夜中に便所に起きた時。
お父さん、居間のソファーに座って泣いてた。
ねーちゃんの写真見て、肩震わせて、泣いてた。
けど、そんなこと、ねーちゃんに言えるわけないやん?
ねーちゃん、困らせるだけってわかってるのに言えるわけないやん?
なぁ、ねーちゃん。
そんなに、あの人の事好きなんか?
- 164 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年08月29日(水)13時35分33秒
- 「ウチの子になるか?」
亜衣は子犬に向かって、聞いた。
子犬は嬉しそうに尻尾を振っている。
「お父さんに、ウチの子にして下さいって頼まんといかんなぁ」
亜衣は子犬をしっかりと抱くと、家に向かって走り出した。
ウチの新しい相棒や。
名前は何にしようかな。
なぁ、ねーちゃん。
ウチ、ホンマは寂しいねんで。
- 165 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年08月29日(水)13時41分44秒
- 亜衣編が『あっちゃん太郎』になってます。正しくは『神々の印』が正しいです。
2chでイロイロな事があったみたいですね。
ここもどう変わっていくのかな。と思ってみたり。
- 166 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月29日(水)18時55分55秒
- 重い話ですねー。頑張ってください!続きが気になる…。
あ、それと、「亜衣」ではなく「亜依」ですよ〜。
- 167 名前:名無し読者@やぐちゅー最高!! 投稿日:2001年08月29日(水)19時22分05秒
- 姐さん痛いよ〜!
でも、甘えん坊姐さんに、オネエサン矢口。
いつもと逆でかなり新鮮(w
- 168 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月01日(土)19時49分29秒
- ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
なるようになるでしょう‥なるようにしかならぬのです。
- 169 名前:神々の印 投稿日:2001年09月03日(月)02時12分07秒
- ――― ―――
いつもと変わらない日常。
吉澤家の朝は家族全員で食卓を囲むことから始まる。
テーブルには焼き魚、納豆、味噌汁が並んでいた。
ひとみの隣に座っている弟達は、競い合うように朝ご飯をかきこんでいる。
ひとみは焼き魚に醤油をかけようと、醤油さしに手を伸ばした。
「‥‥最近火事が多いよな」
ひとみの目の前で新聞を広げて読んでいた父親は、新聞を無造作にたたんでテーブルの上に置くと、ブラックのコーヒーを一口飲んだ。
ひとみの手が醤油さしを掴んだまま、その動きを止めた。ひとみの顔は真っ直ぐに父親の顔を凝視している。
「ウワサでは『火の民』が絡んでいるそうですよ」
ひとみの母親がご飯をよそいながら、父親に同調する。
「‥‥‥」
ひとみは両親の会話を聞くと、不愉快そうに眉をひそめた。
「まるで無法地帯だな‥‥恐ろしい世の中だ」
母親の同意に気をよくしたのか、父親は娘の批判がましい視線に気づくことなく、さらに言った。
「まったくです」
母親はよそったご飯を父親の前に置き、自分の椅子に腰を降ろした。
- 170 名前:神々の印 投稿日:2001年09月03日(月)02時12分39秒
- 「‥っ‥お父さんもお母さんもいいかげんにしてよ。証拠もないのにそんな事言うのはっ」
ひとみは荒々しくテーブルを叩いて、立ちあがった。
弟達は訳もわからず、怯えたような顔でひとみを見つめていた。
「‥ひとみ?」
「どうしたの?」
父親と母親の戸惑ったような顔と声。
普段、温和なひとみが声を荒げているのに対して、慌てている様子が手に取るようにわかる。
ひとみは瞬時に、自分の取った行動を後悔した。
わかっている。
この人達に他意のないことは。
別に『火の民』を憎んでいるわけでもないんだろう。
多分‥‥これが一般的な『水の民』の反応なんだ。
きっと、あたしだって、市井さんや飯田さん、ののに会ってなかったら、きっと一緒になって、『火の民を』糾弾していたに違いないのだから。
「‥‥何でもない」
ひとみは言葉を濁すと、ウロウロ視線をさまよわせた末に、再び自分の椅子に腰を降ろした。
握り締めたままの醤油さしを持ち上げて、自分の焼き魚の上に醤油をかけた。
それから後は、食事の味はほとんどわからなかった。
両親も弟達も、黙り込んで、気まずそうに食事をしている。
ひとみは機械的に、自分の前に並べられた食事を口の中に運んだ。
- 171 名前:神々の印 投稿日:2001年09月03日(月)02時13分16秒
- 「よっすぃ〜‥おはよう」
登校時、ひとみを見かけた梨華は、遠慮がちに声をかけた。ひとみの背中からは不機嫌そうなオーラが漂っている。
「‥‥おはよ」
ひとみは振りかえるとチラッと梨華を見たものの、すぐに目をそらした。
「ずいぶんご機嫌斜めだね」
そう言うと、梨華は首をくりっと曲げてひとみの顔を覗きこんだ。
「まあね」
ひとみは苦笑すると、梨華を見て、小さく笑った。
「どうしたの?」
梨華は不思議そうに聞いた。
「‥‥自分の親の限界を感じたとこ」
「はぁ?」
「‥‥梨華ちゃんはない?自分の親に幻滅した事」
「‥‥ないと思うけど」
梨華は視線を上に向け、少し考えた後、静かに言った。
「‥そう」
ひとみは軽く頷いた。心なしか、口調には失望した響きが含まれていた。
梨華ちゃんは、一人っ子で。
箱入り娘で。
世間知らずで。
あたしの気持ちは理解できないかもしれない。
このどうしようもない、やるせない気持ちは。
‥‥困ったな。
誰に相談したらいいんだろう?
- 172 名前:神々の印 投稿日:2001年09月03日(月)02時13分50秒
- ―――
「吉澤‥どうかしたの?」
朝のホームルーム終了後、暗い表情で机につっぷしてしまったひとみを見て、圭が梨華に近寄って、コソコソ耳打ちして聞いた。
「‥‥自分の親に幻滅したって言ってましたけど」
梨華は困ったような顔で圭を見た。
「そういう時期よね」
圭はなるほどね、とでもいうように大きく頷いた。
「そうなんですか?」
「‥‥あたしはそうだったけど」
「ふぅん」
梨華はあいまいに頷いた。
圭の視界の隅に、コソコソと教室から出て行こうとする真希の姿が写った。
「‥‥あっ後藤っ‥待ちなさいっ。どこ行くの!」
圭は目が合ったとたん逃げ出した真希を追って、教室を出て行った。
- 173 名前:神々の印 投稿日:2001年09月03日(月)02時14分25秒
- ―――
学校帰り、ひとみは気持ちの整理をしたくて、『PEACE』のドアを開いた。
裕子と真里が珍しくカウンター席ではなく、テーブル席で隣り合って座っている。
裕子はまだ比較的早い時間帯にも関わらず、顔が赤くなっており、すでに出来あがっているコトが見て取れた。テーブルの上にはカラのジョッキが並んでいる。
ひとみと梨華はカウンターの中の圭織に軽く会釈すると、テーブル席の裕子と真里の向かいに座った。
「あんたら相変わらず仲ええな〜」
裕子ははしゃいだ声をあげると、酔っ払い特有のトロンとした目で、ひとみと梨華を見つめた。
「‥‥中澤さん達ほどじゃないですよ」
梨華は裕子のテンションの高さに戸惑ったように言った。
「いや〜照れるやんかっ。なぁ〜、や〜ぐ〜ちぃ〜」
裕子は隣に座っている真里に抱きついた。
真里は苦笑しながらも、裕子のされるがままになっている。
この人に相談して大丈夫なんだろうか?
ひとみは裕子を見て、ため息をついた。
- 174 名前:神々の印 投稿日:2001年09月03日(月)02時15分01秒
- ―――
ひとしきり裕子が真里とじゃれあった後、ひとみは裕子に今朝の食卓での一連の出来事を話した。
真里と梨華はオレンジジュースを飲みながら、黙ってひとみの話に耳を傾けてくれた。
「そら、そーやがな」
ひとみの話をじっと黙って聞いていた裕子はそう言うと、ビールをぐびっと一口飲んだ。
「そうですか?」
「共通の敵を想定しとくとな、グループのまとまりがよくなるんや。イデオロギーの違いも敵の前では関係なくなるからな」
イデオロギー?
敵?
中澤さんの言ってる意味が‥‥。
「‥‥よくわかんないです」
裕子の言葉にひとみは首をひねった。
- 175 名前:神々の印 投稿日:2001年09月03日(月)02時15分45秒
- 「敵の敵は味方って言うやろ?‥‥あれと同じや。いっちょ、『水の民』共通の敵を作って、『水の民』同士、団結を高めて不況を乗り切ろうっちゅーわけやな」
そう言うと、裕子は鼻先でふっと笑った。
「そんなっ」
ひとみは思わず立ちあがった。その勢いで、テーブルの上のグラスがカタカタ揺れた。
「ぶっちゃけた話、敵は『火の民』やなくて『風の民』でもよかったー思うで?」
何が可笑しいのか、裕子はひとみを見ると、クスクス笑い始めた。
「‥‥何が可笑しいんですか」
怒りのこもったひとみの声に、真里と梨華はオロオロと裕子とひとみを見た。
「‥‥そんな気にする事ないと思うで。‥これ読んでみ」
裕子はひとみの怒りを気にする様子もなく、テーブルの隅に無造作に置かれた新聞の束をひとみに差し出した。
それは『火の民』と『風の民』がそれぞれ発行している新聞だった。
もちろん、『水の民』であるひとみと梨華は初めて目にするものだった。
『火の民』の新聞によると、最近雨による水害が拡大しているのは、『水の民』による愉快犯の可能性が高い。などと書かれていた。
一方、『風の民』の新聞にも似たような誹謗中傷が書かれている。
「何ですかっ。これは‥‥」
「‥‥これがジャーナリズムっていわれてるもんや。実際、政府の機関紙やな。‥‥政府が率先して差別化に動いてるからな‥‥どうにもならんよ」
裕子はひとみが握り締めている新聞紙を指ではじいた。
パンという小気味良い音が響いた。
- 176 名前:神々の印 投稿日:2001年09月03日(月)02時16分25秒
- 「人生を豊かにするために宗教は生まれたと思うんやけどな。‥‥正直な話、宗教も地に落ちたもんや。‥‥神を敬う精神はとっくの昔に死んでいるのに。形骸化された制度だけが生き残っている。‥‥今どき、信仰心を抱いているやつなんているんやろか」
裕子はそう言うと、一気にグラスのビールを飲み干した。
圭織おかわり、と叫ぶと、力が抜けたのか、テーブルに顔を伏せた。
「ゆーちゃん、飲みすぎじゃない?」
真里がやんわりとクギをさした。
裕子は真里の頭を軽くポンポンと叩くと、大丈夫やて、と笑いかけた。
「厳密には、こうやってウチらが仲良くしゃべってるのも、イケナイコトなんやで」
「ええっ。そうなんですか?」
梨華は驚いたように目を見張った。
- 177 名前:神々の印 投稿日:2001年09月03日(月)02時16分59秒
- 「‥‥三年前、最高裁判決で『金銭を媒介とした付き合いはこれを違反としない』っていう判例が出たんや。そんでな、看板に『民』のマークも付けんとアカンっちゅー法律も、入店の際、左手の『印』を確認するっちゅー法律も無効にになったわけや。‥‥考えてみぃ‥‥こんだけ経済が発達したら、異なる『民』同士、交わるのを禁ずるっていう戒律を守るなんて土台無理な話やろ?」
「だって‥‥今だって、店に入る時は、看板の『民』のマークを確認するのが通例だし。入る時に左手の『印』も見せるじゃないですか」
「‥‥ホンマはそんな事せんでえーねん」
ほとんどの店が未だにそうしてるけどな、そう言うと裕子は寂しそうに笑った。
「例えば‥‥流通業者なんて、『民』を選ばず、ビジネスライクなお付き合いをモットーにしてる会社なんて腐るほどあるで?‥‥ただし同じ『民』の手前、そんな事してませんって顔してるけどな」
なるほど、裏では仲良く。
表向きは冷たくというわけか。
金は天下の回りものってわけね。
ひとみはふんと鼻をならした。
「ここ『PEACE』は看板に『民』のマークも付けとらんし、左手の『印』も確認しない稀有な店っちゅーわけや。そんでもって‥あんたは『水の民』やろ。『火の民』である圭織の客になることは可能なわけや。‥‥しかしやな、ウチとあんたは金を介した付き合いやないやろ?だから、仲良くしたらアカンっちゅーわけ」
裕子は頬杖をついて、目を閉じた。
- 178 名前:神々の印 投稿日:2001年09月03日(月)02時17分48秒
- 「‥‥ということは、中澤さんは『水の民』ではないんですね」
ひとみの言葉に裕子は、のろのろと眠そうな目を向けた。
「いや、中澤さんも矢口さんも、いつも手袋してるじゃないですか。だから、『何の民』なのかなぁと思って」
「‥‥『何の民』やったかなぁ。‥‥もう忘れてしまったわ‥‥」
そう言うと、裕子はゆっくりと隣の真里に頭を預けた。
真里はそのまま裕子の頭を抱えると、自分の膝に導いた。
しばらくすると、裕子の気持ちよさそうな寝息が聞えてきた。
- 179 名前:神々の印 投稿日:2001年09月03日(月)02時18分29秒
- 「「ただいま〜」」
紗耶香と真希が一緒に『PEACE』に入ってきた。
真希は圭織に、おなかすいた〜、と叫んでいる。
「‥‥中澤さん‥どうしたんですか?‥今日‥飲むペース早すぎますよね」
ひとみはおずおずと真里に尋ねた。
「‥‥ゆーちゃんは寂しいんだ。‥‥今日はゆーちゃんの妹の結婚式だからね」
真里は膝の上の、裕子の脱色した髪を愛しそうに撫でた。
「えっ、じゃ、こんなとこ居ちゃダメじゃないですか。早く式場に行かないと」
梨華が慌てたように言った。
「‥そういうわけでもないんだな」
真里の言葉にひとみと梨華は顔を見合わせた。
そういうわけでもない‥って?
実の妹の結婚式でしょう?
わかんねーな。
ひとみは首をひねった。
- 180 名前:神々の印 投稿日:2001年09月03日(月)02時19分02秒
- 「‥‥招待されてないからね」
真里は眠ってしまった裕子の顔を見つめながら、静かに言った。
「そんなぁ」
梨華が泣きそうな声を出した。
「‥‥だから、ゆーちゃんなりにココでお祝いしているつもりだと思うよ」
真里はゆっくり顔を上げると、ひとみと梨華に向かって微笑みかけた。
「‥‥矢口さん達は結婚しないんですか?」
暗い雰囲気を一掃したくて、ひとみは話題をそらした。
しかし、逆効果だったようだ。
梨華は相変わらず涙ぐんでいるし、真里は黙り込んでしまった。
隣のテーブル席に座った紗耶香と真希も、困ったように顔を見合わせている。
「‥‥‥どうして?」
しばしの沈黙の後、真里がポツリと呟いた。
「どうしてって‥‥ほら‥‥つい先日、同性同士の結婚も認められたことだし‥‥」
ひとみは困ったように眉間にしわをよせた。
「‥‥できないよ」
真里は力なく呟いた。
「え‥‥」
「よっすぃ〜‥‥」
「いいよ。ごっちん」
真里は口を挟もうとした真希を制した。
- 181 名前:神々の印 投稿日:2001年09月03日(月)02時19分43秒
- 「‥‥あたしとゆーちゃんは『民』が違う恋人同士なの。だから結婚できない。以上、まる」
真里はひとみを見つめると、さばさばしたような口調で言った。
「「‥‥‥」」
ひとみは真里の言葉にあんぐりと口を開け、梨華は目を見開いた。
「‥‥困っちゃうよね。‥‥あたしは‥ただ‥ゆーちゃんと一緒に居たかっただけなのに」
「‥‥何か、考えちゃうんだよね。あたしと一緒にいなかったら、ゆーちゃん仕事辞めずにすんだのかなーとか。‥妹の結婚式に出れたのかなーとか」
真里はそう言うと、バカみたい。キャハハと笑った。
「そうかもしれないね」
紗耶香は隣のテーブル席から身を乗り出すと、真里の言葉に頷いた。
「そんなことないもんっ‥‥やぐっちゃんと一緒じゃなきゃ、ゆーちゃんはすごく不幸な人生を送る事になったよっ」
真希は紗耶香を睨むと、紗耶香の体を押しのけて真里の前に身を乗り出した。
「‥‥矢口‥ゆーちゃんの顔見てみなよ。飲み潰れて、矢口に膝枕してもらっているゆーちゃんは、すごくいい顔してるよ」
真希に押しのけられた紗耶香は苦笑すると、真里の膝の上の裕子を指した。
裕子はしどけなく体を伸ばし、安心しきったように眠り込んでいる。
「だから‥‥だからさ‥そんな悲しい事、言わないでよ」
紗耶香は真里の肩に手を置いた。
「‥‥うん」
真里は小さく笑って、頷いた。
それを見て、市井ちゃんカッコイイ、と真希は目を潤ませながら呟いた。
- 182 名前:神々の印 投稿日:2001年09月03日(月)02時20分16秒
- 「ごっちん、圭ちゃんは相変わらずうるさい?」
真里は視線を真希に移した。
「‥うん」
「そう」
真里はしばし考えるように俯いていたが、やがておもむろに顔を上げた。
「今度の定休日、あたしも裕子も仕事休みだからさ、ここでパーティしようよ」
いいでしょ?と圭織を見た。
圭織が笑って頷いた。
「その時、圭ちゃんもココに連れてきてよ。あたしが会いたがってるって」
真里がニコニコ笑いながら言った。
「‥‥‥」
真希は苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、やがて渋々という感じで頷いた。
真里は裕子の額にかかった髪をそっとかきあげ、ゆっくりと唇を落とした。
‥‥この時の矢口さんと中澤さんのキスシーンは、多分一生忘れないと思う。
映画のワンシーンのように美しかった。
薄暗い店内で、そこだけ別世界のように、時間が止まったかのような錯覚を覚えた。
- 183 名前:神々の印 投稿日:2001年09月03日(月)02時20分50秒
- ―――
『PEACE』からの帰り道、途中までは真希や紗耶香と一緒だったが、今はひとみと梨華、二人っきりで夜道を歩いている。
矢口さんは強い。
中澤さんも、市井さんも、ごっちんだって‥‥強い。
あたしは――
「梨華ちゃん」
ひとみは立ち止まると、すぐ隣を歩いている梨華を呼びとめた。
「どうしたの?」
梨華が訝しげな視線を向けた。
「‥‥何でもない」
そう言うと、ひとみは梨華の手を取ると、そのまま引き寄せて、抱きしめた。
- 184 名前:神々の印 投稿日:2001年09月03日(月)02時21分22秒
- ただ、抱きしめたくなったんだよ。
梨華ちゃんの事。
本当に大切だって気づいたんだよ。
梨華ちゃんの事。
‥‥中澤さんと矢口さんの事を聞いて、気づくなんて。
何か、間が抜けているような気がするけど。
でも、いいんだ。
そんな気がする。
‥‥何となく。
「よっすぃ〜‥‥好き」
ひとみの耳にくぐもった梨華の声が聞えた。
うん、知ってる。
ずっと前から知ってるよ。
だから、もうしばらく、このままでいよう。
ひとみは力いっぱい梨華を抱きしめた。
- 185 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年09月03日(月)02時23分26秒
- 我ながら、暗い話だ。
- 186 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月03日(月)03時09分23秒
- 切ないやぐちゅーたまんねー!
でもこういうの好きです。
前の作品のスレにもかいたけど
姐さんを看病or介抱する矢口をほんのちょこっとでいいので、
あっちゃん太郎さんの作品に入れてください。
- 187 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月03日(月)04時07分56秒
- 切ないけど心に響く話ですな〜……。
いしよし、やぐちゅー、そしていちごま……三組とも幸せになって欲しい。
- 188 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月03日(月)21時38分53秒
- 矢口が、寝ている裕ちゃんにキスするシーンが、
もの凄く感動しました。
みんな、幸せになれると良いな・・・。
- 189 名前:神々の印 投稿日:2001年09月04日(火)01時35分26秒
- ――― ―――
裕子が『PEACE』で酔いつぶれた翌日。
「‥‥ん‥‥気持ち‥‥悪‥」
裕子は寝返りを打つと、気だるそうに髪をかきあげた。
「‥ゆーちゃん」
すでに起きていた真里が裕子の声に反応して、寝室に入ってきた。
「‥‥ん‥‥」
裕子はまぶしそうに目を細めた。
- 190 名前:神々の印 投稿日:2001年09月04日(火)01時35分52秒
- 「‥‥飲んで」
真里は持っていた湯のみを裕子に差し出した。
「‥何や?」
裕子は上体を起こして、真里から受け取った湯のみを覗きこんだ。
湯のみの中には、黄色い液体が入っている。
癖のある匂いが鼻につく。
「薬草茶。昨夜、圭織からもらったの。二日酔いに利くんだって」
真里の瞳がいたずらっぽく輝いている。
裕子は飲むのを一瞬躊躇したものの、一気に喉に流し込んだ。
「‥‥‥」
裕子の顔が歪んだ。
「どう?」
真里は目をキラキラさせて、興味深々という感じで聞いた。
「‥‥ムカツク味やな」
真里は裕子の言葉に目を丸くすると、笑い出した。
裕子も自然と笑顔になる。
- 191 名前:神々の印 投稿日:2001年09月04日(火)01時36分23秒
- 「何か‥食べられそう?」
真里は裕子の頬を撫でた。
真里のひんやりとした手が気持ちよくて、裕子は目を閉じた。
「ん」
裕子は軽く頷いた。
「じゃ、作るね」
そう言うと、真里は寝室を出て行った。
真里は流しの前に立つと、棚をあさりはじめた。
買い物もままならないため、アパートには生鮮食品は置いてない。
基本的にあるものといえば、缶詰、レトルト食品が主だった。
それでも、数分後には、レトルトのおかゆパックと豆の缶詰を発見することができた。
真里は鼻歌を歌いながら、コンロになべを置き、火をつけた。
- 192 名前:神々の印 投稿日:2001年09月04日(火)01時37分00秒
- 真里は即席で作った豆おじやが入った二人分のお茶碗を、お盆に載せて寝室に入った。
美味しそうな匂いが寝室に広がった。
裕子は布団に包まったまま、美味しそうな匂いやな、と目を細めた。
「いただきまーす」
ベットに座った裕子の傍に、おじやの入ったお茶碗を載せたお盆を置き、真里はベット脇の椅子に座り、自分の分のお茶碗を持って、一口おじやを食べた。
裕子はお盆を膝の上に置いたものの食べようとせず、じっとおじやを食べる真里を見つめた。
「‥‥どうしたの?」
真里は一旦食べるのを止めると、裕子に訝しげな視線を向けた。
「一緒に食べようや」
裕子はニッ笑った。
「‥食べてるじゃん」
「‥‥そうやなくて‥‥一つのスプーンで一緒に食べよう言うてんねん」
「‥‥は?」
「矢口のが食べたい」
「‥‥同じだよ?」
真里は首を傾げた。
- 193 名前:神々の印 投稿日:2001年09月04日(火)01時37分35秒
- 裕子の隣に移動した真里は、自分のお茶碗のおじやをスプーンですくうと、裕子の口元に運んだ。
裕子は照れたように目を伏せ、おずおずと口を開けた。
「おいしい?」
真里が笑いながら聞くと、裕子は嬉しそうに頷いた。
真里が再びスプーンを裕子の口元に運ぼうとすると、裕子がそれを制した。
「‥‥今度は矢口の番や」
裕子の瞳が笑っている。
‥‥そういうことか。
真里は子供っぽい裕子の提案に苦笑しながら、スプーンを自分の口に運んだ。
- 194 名前:神々の印 投稿日:2001年09月04日(火)01時38分05秒
- 「おいしいやろ?」
裕子は満面の笑みを浮かべた。
「‥‥うん」
真里は笑いながら頷くと、再びおじやをすくって、裕子に食べさせた。
そうして、裕子と真里は、交互に同じスプーン、同じお茶碗で、同じおじやを食べた。
ゆーちゃん。
こういうのを幸せっていうんだろうね。
こんな風に微笑み合って。
こんな風に分け合って。
「何やの。ニヤニヤ笑って」
裕子が真里の額を軽く小突いた。
「何でもない」
真里は舌を出して、エヘヘと笑った。
- 195 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年09月04日(火)01時41分47秒
- というわけで、世話焼き矢口でした。
リクに答えているかな?これが精一杯です。
- 196 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月04日(火)02時37分11秒
- 面白い〜。このキャストが娘じゃなくてもたぶん面白い。
お願いだから、ここのやぐちゅーに悲しい結末だけは用意しないでくれぇ。
もう密猟者とか怖い伏線はりまくりすぎ。
- 197 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月04日(火)03時23分02秒
- 作者さまありがとうス!!
昨日勝手なお願いしたにもかかわらず、
もう今日そのシーンを入れてくれるとは!!
本当に感謝感激です。
最後に本当にありがとうです。
- 198 名前:まちゃ。 投稿日:2001年09月04日(火)21時39分04秒
- >>168
は本文に入ってるの?
- 199 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年09月05日(水)00時16分12秒
- >>168は読者の方が書いてくれたものです。
なので、本文ではありません。
- 200 名前:神々の印 投稿日:2001年09月05日(水)00時17分07秒
まただ‥‥。
ヒソヒソと立ち話。
こっちをチラチラ見ている。
そんなに、目立ってる?
あたし達って。
- 201 名前:神々の印 投稿日:2001年09月05日(水)00時17分40秒
- ――― ―――
午後の昼下がり。
いつものごとく、紗耶香は公園のベンチに座って、ギターを弾いていた。
紗耶香の隣には真希が足をぶらぶらさせながら、リズムを取っている。
すぐ前のベンチに座っていた四十代の女性は、当初、紗耶香と真希が仲むつまじくしているのをにこやかに眺めていたが、二人の左手に輝く石の色がそれぞれ違う事に気づくと、顔を青ざめさせ、足早に立ち去った。
紗耶香の視界の隅に、数人の女性が自分と真希を指差して、ヒソヒソと噂話をしている姿が写った。
「‥‥行こう。後藤」
紗耶香は立ちあがると、強引に真希の手を取って、歩き出した。
「‥‥‥」
真希は戸惑ったような顔をしながらも、黙って紗耶香についてきた。
- 202 名前:神々の印 投稿日:2001年09月05日(水)00時18分22秒
- 公園をしばらく歩いて、人の姿が見えなくなった所で、紗耶香はずっと握っていた真希の手を離し、木の影に座りこんだ。
「‥‥あたし見られるの嫌いじゃないよ」
真希は紗耶香の隣に座ってボソッと言った。
「ん?」
「だって、市井ちゃんカッコイイもん。‥‥多分、あたしだってジロジロ見ちゃうよ」
そう言うと、真希は足元の雑草を蹴った。
「後藤は‥楽天的だよな。‥‥あたしは嫌だよ。ジロジロと好奇の目で見られるのは」
紗耶香の顔は、ほんの少し強張っている。
「‥市井ちゃん」
真希は困ったように、目を伏せた。
- 203 名前:神々の印 投稿日:2001年09月05日(水)00時18分52秒
- 「‥‥今日は趣向を変えようか。‥‥後藤歌ってみてよ」
「え!?」
真希は驚いたように顔を上げた。
「どした?‥‥歌うの嫌い?」
「ううん。好きだけど」
「だけど、何?」
「あんまり、うまくないよ」
「上手いか下手かなんて関係ないよ」
紗耶香はギターを弾き始めると、目で真希に合図を送った。
紗耶香が弾いている曲は、よく耳にするポピュラーソングだった。
歌詞は知っている。
真希はゴクッ唾を飲みこむと、歌い始めた。
- 204 名前:神々の印 投稿日:2001年09月05日(水)00時19分25秒
- 「‥‥後藤‥‥変わった声してるね」
紗耶香はギターを脇に置くと、感慨深げに言った。
「は?」
「いや」
紗耶香は何でもないというように首を振った。
「‥後藤の声‥ダメ?」
真希は不安そうな瞳で、紗耶香を見つめた。
「いや‥‥すごくいい」
紗耶香は手を伸ばして、隣に座っている真希の髪をかきあげ、ニコッと笑った。
白い歯がこぼれる。
「ホント?」
「ホントにホント」
「あたしがギター弾くからさ、それに合わせてハミングしてみてよ」
紗耶香が強くギターを奏でると、それに合わせて真希も声をはりあげる。
ギターがスローになると、真希の声も切なく響いた。
「‥‥いいじゃん」
紗耶香が満足げに笑った。
「‥気持ち良かった。‥‥市井ちゃんとひとつになったみたいな気がした」
真希は頬を上気させ、はしゃいだ声をあげた。
- 205 名前:神々の印 投稿日:2001年09月05日(水)00時20分43秒
- 「後藤の声は‥‥甘くって‥‥どこか‥エッチだよね」
「市井ちゃん、ひどいっ」
真希は頬をぷーっと膨らませた。
「誉めてるんだよっ。後藤の声は忘れられない声だよ。耳に残るっていうかさ‥‥」
紗耶香が慌てたように言った。
真希は頬を膨らませ、横を向いてしまった。
「そんなに膨れるなよ。‥‥可愛い顔が台無しだぞ」
紗耶香の言葉にも、真希は横を向いたままだ。
「‥‥チェッ‥‥せっかく相棒にしてやろうと思ったのにな」
紗耶香はため息をつくと、ボソッと呟いた。
「‥‥‥」
真希はキッと顔を前に向けると、紗耶香の腕を掴んだ。
- 206 名前:神々の印 投稿日:2001年09月05日(水)00時21分15秒
- 「な、何?」
紗耶香が驚いたように、目を見張った。
「もう一回言って」
「‥‥可愛い顔‥」
「その後!」
真希は食い入るように紗耶香を見つめている。
「その後って‥‥」
紗耶香が言いよどんだ。
「相棒にしてくれるんだよね!」
真希は我慢できずに、弾んだ声をあげた。
市井ちゃんっ。
あたし本当に嬉しいんだ。
市井ちゃんが相棒って言ってくれて。
ねぇ、市井ちゃん。
あたしも、市井ちゃんと同じ夢追いかけてもいいのかな。
市井ちゃんと一緒に、同じ夢追いかけてもいいよね?
後藤はきっと頼りになるよ?
- 207 名前:神々の印 投稿日:2001年09月05日(水)00時21分52秒
- 紗耶香は真希の言葉に、驚いたように目を丸くした。
一回瞬きして、紗耶香は、当ったり前だろ、と言った。
真希は嬉しくなって、思わず紗耶香に抱きついた。
「や、止めろよ。後藤。誰かが見てるかもしれないだろっ」
紗耶香は顔を真っ赤にして言った。
「だって嬉しいんだもん」
「‥‥そんなに嬉しい?」
「うん」
真希はニコニコと笑った。
「‥‥後藤にはかなわないな」
紗耶香が苦笑すると、真希の額を小突いた。
「何が?」
「‥‥‥」
「ねぇ、何が?」
「‥教えてあげない。たまには自分で考えなさい」
「市井ちゃんのケチ」
真希は拗ねたように唇を尖らせた。
紗耶香は立ちあがり、ギターをケースに仕舞った。
- 208 名前:神々の印 投稿日:2001年09月05日(水)00時22分30秒
- 「‥‥ほら、帰るぞ」
そう言うと、真希に手を差し伸べ、立たせた。
真希の服についた草を払ってやる。
真希は何か言いたげに口を開きかけたが、そのまま何も言わず、紗耶香の手を取った。
ねぇ、市井ちゃん。
言葉にしなくても、後藤の気持ちは伝わってるよね?
あたしは、今は、ただの小娘だけどさ。
十年後を楽しみにしててよ。
きっと、道ゆく人の誰もが振り返る、イイ女になってるからさ。
だから、市井ちゃん。
今がチャンスだよ?
だからさ。
だから‥‥明日も、今日みたいに、いい日だといいな。
- 209 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年09月05日(水)00時25分41秒
- 調子にのって、連日更新。
- 210 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月05日(水)00時53分11秒
- 修羅の道を選ぼうとするいちごまが切ない…
選んだやぐちゅーもまた然り…
- 211 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月05日(水)01時52分06秒
- 現実でもこの二人でユニット組んで欲しいよな…
- 212 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月05日(水)03時53分57秒
- 幸せな二人……でも、こんな一時が逆に不安を掻き立てる。
- 213 名前:名無しッス 投稿日:2001年09月05日(水)08時48分39秒
- 幸せの一時・・・
- 214 名前:まちゃ。 投稿日:2001年09月07日(金)04時43分20秒
- 緑に書いてたやつってなに?
- 215 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月07日(金)07時55分19秒
- 緑板の『月の美しや』
- 216 名前:神々の印 投稿日:2001年09月08日(土)23時50分59秒
ずっと、こんな日が続けばいいね。
――誰もが、そう思った夜――
- 217 名前:神々の印 投稿日:2001年09月08日(土)23時56分30秒
ずっと、こんな日が続けばいいね。
――誰もが、そう思った夜――
- 218 名前:神々の印 投稿日:2001年09月08日(土)23時57分35秒
- ――― ―――
『PEACE』のドアが軋んだ音をたてて開いた。
厨房のテーブルを使ってスポンジ作りに熱中していた真希が、ビクッと体を震わせて反応した。
真希の傍で、生クリームをこねていた紗耶香が苦笑いを浮かべる。
ひとみと梨華は厨房の流しに並んで立って、レタスを洗ったり、たまねぎを剥いたりと、サラダを作るのに必要な材料を揃えていた。
真里がドアから顔を覗かせ、亜依を連れてきたよ、と言った。
真里の後ろから、亜依が慌しくバタバタと『PEACE』の店内に入ってきた。
真希は亜依の姿を見ると、安堵のため息をついた。
「‥‥後藤、そんなに緊張すんなよ。大丈夫、圭ちゃんが来たら、ちゃんとフォローするからさ」
紗耶香は真希の緊張を解きほぐすかのように笑いかけた。
真希は幾分顔を強張らせながら、うん、と言った。
- 219 名前:神々の印 投稿日:2001年09月08日(土)23時59分23秒
- テーブル席で、圭織と飾りの花を作っていた希美は、亜依の姿を見て、嬉しそうに笑った。
「のの〜。約束通り、連れてきたで」
亜依は大きめのゲージを持っていた。
希美は左手をオーバーオールのポケットに入れたまま、右手で亜依の持っているゲージを指差した。
「そうや」
亜依は自慢げに頷き、ゲージを開いた。
ゲージの中から、茶色い子犬が顔を覗かせた。
ちぎれんばかりに尻尾を振っている。
「可愛いやろ?」
亜依の言葉に、希美は笑って頷いた。
「名前、何ていうの?」
圭織が訊ねた。
「マリーゆうねん」
- 220 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)00時01分13秒
- カウンター席に座って、一人ビールを飲んでいた裕子がピクリと体を震わせ、テーブル席を一瞥した。
「ゆーちゃん」
真里は裕子に近寄ると、テーブルの上に投げ出された裕子の手袋に包まれた手に、自分の、同じく手袋に包まれた手を重ねた。
「‥‥何や?」
「‥‥‥いや‥‥何となく‥‥」
真里は言葉を濁した。
「‥‥ありがとな」
そう呟くと、裕子はジョッキを持って、ビールを飲んだ。
「いい名前だね」
「お父さんがつけたんや」
「お父さんゴッツ可愛がってるねんで。マリー、マリーって。散歩もお父さんが連れていくんや」
希美の右手が、恐る恐る、子犬のマリーに触れた。
マリーは嬉しそうに尻尾を振って、身を屈めている希美の顔を舐めた。
希美はくすぐったそうに肩をすくめた。
「ののが好きなんやて」
亜依が嬉しそうに笑った。
- 221 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月09日(日)00時02分31秒
- 『PEACE』のドアが重たい音をたてて開き、圭が無言で入ってきた。
「‥‥圭ちゃん」
カウンター席に座っていた真里は立ちあがると、圭に駆け寄り、そのまま勢い良く抱きついた。
「‥矢口」
「会いたかった。会いたかったよ、圭ちゃん」
真里の声は少し震えていた。
「‥‥‥」
圭は無言のまま、真里の背中に腕をまわして、抱きしめた。
「‥何や。妬けるな」
裕子は真里と圭の抱擁を見て、ボソッと呟いた。
- 222 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)00時03分28秒
- 真里は圭をカウンター席に導いた。
カウンター席からは、厨房の様子が一目で見て取れる。
圭は厨房でケーキを作る真希と紗耶香の姿を見て、顔を曇らせた。
真希と紗耶香は圭が来たことに気づいているが、恐くて顔が上げられないとでもいうように、わき目もふらず、ケーキ作りに熱中していた。
「‥‥矢口がゆーちゃんに会ったのも十六だったよ」
真里は圭の視線に気づくと、おもむろに言った。
「‥矢口‥‥」
圭は言葉に詰まった。
「ゆーちゃん、ちょっと席外してくれる?」
真里は頭をくりっと傾げて、裕子の顔を覗きこんだ。
裕子は真里の言葉に無言で頷いて立ちあがり、サラダ作りを終え、テーブル席でマリーと遊んでいる、ひとみと梨華の方へ歩き出した。
- 223 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)00時04分07秒
- 「‥‥最初は‥ゆーちゃんに子供扱いされて‥すごくむかついた。あたし、ゆーちゃんの第一印象は最悪だったよ」
真里は小さく笑って、圭の顔を見つめた。
「‥矢口」
圭はつらそうに顔を歪めると、目を伏せた。
「でも、どうしようもないんだ。ゆーちゃんじゃなきゃ駄目なの。」
真里は静かな口調で言った。
「‥‥あ‥たしは‥何もできないの?」
俯いたまま、こぶしを握り締めて、圭は絞り出すような声を出した。
「圭ちゃんは‥すごく大事な人だよ。‥ゆーちゃんと同棲するって言った時、圭ちゃん泣いてくれたでしょう?‥‥すごく嬉しかったよ。‥‥あたしのために泣いてくれる人がいるってだけで、救われたような気がして」
「‥‥矢口」
圭は顔をあげて、真里を見た。
真里は圭に微笑みかけた。
- 224 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)00時04分44秒
- 「紗耶香もごっちんも‥‥多分、色々、それなりに考えていると思うんだよね。‥‥これから、つらい事いっぱいあると思うから。‥‥だからさ‥‥二人のこと、認めろとは言わないよ。でも、二人の相談相手になって欲しい‥‥なんて‥‥思っちゃったりするわけ。」
「‥‥‥」
「本当は、あたしとゆーちゃんがするべきなんだろうけど‥‥あたし達、自分の事で精一杯なんだ。‥‥色々と‥恐いおじさん達に狙われてるからさ」
真里はテーブル席の裕子をチラッと見た。
真里の言葉に、圭は大きくため息をついた。
「‥‥そんな生活してても、自分の選択に後悔してないって言える?」
圭はキッと真里の顔を見つめた。
「うん。‥‥あたし‥‥どうしても、ゆーちゃんが欲しかったの」
真里も真剣な眼差しで、圭の顔を見つめ返した。
「‥‥わかった」
圭は静かに言った。
「圭ちゃん」
「矢口の気持ちはわかったから」
そう言うと、圭はどこか悲しげに真里に微笑みかけた。
- 225 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)00時05分17秒
- 『PEACE』の壁は、圭織と希美が色紙で作った飾りが飾られ、いつもとは違った雰囲気をかもし出していた。
いつもは壁際のテーブルを店の真ん中に二つ並べ、その上には、圭織が作ったオードブルと、ひとみと梨華が作ったサラダ、真希と紗耶香が作ったケーキが並んでいる。
「矢口、言い出しっぺの挨拶」
圭織が強引に真里を前に押し出した。
「‥‥えっと‥‥。今日は楽しく過ごしましょう。以上」
真里はみんなの視線を一身に受けて、少し緊張気味に言った。
「何や、それだけかい」
裕子が真里に笑いかけた。
「締めの挨拶はゆーちゃんにしてもらうから。ちゃんと考えておいてよ」
圭織がすかさず裕子に言った。
「何でウチが」
「最年長でしょ?」
「‥‥‥」
黙り込んだ裕子の耳元で、真里が、頑張って、ゆーちゃん、と囁いた。
とたんに、裕子は顔をほころばせて、まかしとき、と言った。
- 226 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)00時08分08秒
- 「紗耶香、後藤」
オードブルのからあげを食べている紗耶香と真希に、圭が話しかけた。
「圭ちゃん」
「‥先生」
紗耶香は少し緊張気味に、真希はオドオドと、圭を見つめた。
「‥‥あたし‥本当は、今でも反対よ。でも、二人とも、あたしにとって、とても大事な人だから。‥‥しばらく見守っていてあげる」
圭は二人をしばらく見つめた後、静かな口調で言った。
「‥圭ちゃん。ありがとう」
紗耶香はホッとしたように言った。
真希は何を言われたのか、いまいちわかってないような顔で、ぼーっと圭を見つめている。
「後藤、何かあったら、すぐ相談してよ?」
圭は苦笑すると、真希の髪をクシャっと撫でた。
- 227 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)00時09分57秒
- 「紗耶香、後藤」
オードブルのからあげを食べている紗耶香と真希に、圭が話しかけた。
「圭ちゃん」
「‥先生」
紗耶香は少し緊張気味に、真希はオドオドと、圭を見つめた。
「‥‥あたし‥本当は、今でも反対よ。でも、二人とも、あたしにとって、とても大事な人だから。‥‥しばらく見守っていてあげる」
圭は二人をしばらく見つめた後、静かな口調で言った。
「‥圭ちゃん。ありがとう」
紗耶香はホッとしたように言った。
真希は何を言われたのか、いまいちわかってないような顔で、ぼーっと圭を見つめている。
「後藤、何かあったら、すぐ相談してよ?」
圭は苦笑すると、真希の髪をクシャっと撫でた。
- 228 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)00時11分09秒
- 「よっすぃ〜」
梨華は自分が作ったサラダをフォークに突き刺すと、ひとみの口元に運んだ。
梨華の目はキラキラと輝いている。
「‥梨華ちゃん」
ひとみは困ったような顔で、ウロウロと視線をさまよわせ、誰も見てないのを確認すると、口を開けた。
梨華はひとみにサラダを食べさせると、おいしい?と聞いた。
ひとみは顔を真っ赤にして頷いた。
「のの、これ、うまいで」
亜依は希美の取り皿に、次々と料理を取ってやる。
ふたりの取り皿には、食べきれないほどの料理がのっていた。
希美は嬉しそうにニコニコと笑った。
こんなに楽しそうな希美を見るのは、何年ぶりだろう。
本当に、いい友達ができて良かった。
圭織は希美と亜依の姿を見て、嬉しそうに微笑んだ。
- 229 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)00時12分36秒
- 真里はマリーを抱いて、カウンター席に座っていた。
「‥‥矢口」
裕子がビールジョッキを片手に、真里の隣に座った。
「‥‥ゆーちゃん‥‥この子犬の名前、マリーだって。‥‥お父さんがつけたって。‥‥オスだからマリーは変だっていう、みんなの反対を押し切って、マリーってつけたって」
真里は愛しげに、マリーの頭を撫でた。
「そうか」
裕子は静かに頷いた。
「‥‥すごく可愛がってるって。‥夜も一緒に寝てるって」
真里はマリーをぎゅうと胸に抱きしめた。
「そうか」
「‥‥あたし‥‥お父さん‥‥あたしが家出た時、勘当だって言ってた。もう二度と家の敷居は跨がせないって。‥‥あたし‥‥何か‥‥嬉しいんだ。お父さんが、マリーってつけてくれて‥‥」
真里の目には、いつのまにか、涙がにじんでいた。
「‥そうか」
裕子は頷くと、マリーごと真里を抱きしめた。
- 230 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)00時13分53秒
- 食事がすんだ後は、紗耶香と真希の歌とギター、亜依と希美のジェスチャーゲーム、ひとみと梨華の手品などが披露され、大いに盛り上がった。
宴が終わりにさしかかると、裕子は静かに立ちあがった。
「‥‥今日は奇跡のような夜や。‥‥『火の民』のウチ、圭織、紗耶香、のの。『水の民』のごっちん、圭坊、吉澤、石川。『風の民』の矢口、亜依。‥‥本来、交わる事を禁じられてるモン同士が仲良う遊んどる。‥‥ホンマ思うねん。ウチらの違いって何やろ?同じように笑って、泣いて、怒って、泣いて。‥‥どこが違うんやろ?ってな」
そう言うと、裕子はジョッキに残っているビールを一口飲んだ。
「‥‥亜依‥ゴメンな。ウチが大好きなねーちゃん取ってもうて。ウチを憎んどるやろ?」
裕子は視線を亜依に向けると、優しく微笑んだ。
「ゆーちゃん」
真里は心配そうに、裕子と亜依を交互に見つめた。
- 231 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月09日(日)00時29分07秒
- う〜ん!リアルタイムリーディング!!
ゆうちゃんの台詞が毎回胸に刺さる…
不幸な中の方が幸福は見つけやすいのかもね…
- 232 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)00時32分34秒
- 「‥中澤さんのこと、嫌いやないで。ねーちゃんが、中澤さんのこと、大事にしてるのわかるから。‥‥ただ‥ウチは‥‥ねーちゃんが‥‥」
亜依が言葉を詰まらせた。
「‥‥亜依」
真里はほっとしたように、亜依の頭を撫でた。
「そうか‥よかった。てっきり嫌われてるて思ってたからな。ほな、仲直りしよ」
裕子は頷くと、おもむろに左手の手袋を取った。
「ゆーちゃん!?」
真里が悲鳴のような声をあげる。
裕子の行動に誰もが言葉を失った。
裕子の左の手のひらには、黒々とした石が輝いていた。
その輝きは妖しいほど美しかった。
唖然とするみんなの視線を気にする様子もなく、裕子はテーブルの上に自らの左手を置いた。
「ほら、亜依、上に手を重ねてや。友情の証や」
そう言うと、裕子は亜依の緑に輝く石を戴いた左手を取って、自分の左手の上に重ねた。
亜依はびっくりしたように目を丸くした。
- 233 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)00時33分15秒
- ‥‥そういうことか。
真里は左手の手袋に手をかけた。
「矢口っ」
圭が慌てたような声を出した。
「みんなを信用しているからね。‥‥それに、こんな奇跡の夜だよ?‥‥何か冒険しなきゃ」
真里はいたずらっぽく笑って、手袋を取った。
手袋の下から、裕子と同じように、黒々と輝く石が姿を現わした。
そのまま、真里は亜依の左手の上に、自分の左手を重ねた。
紗耶香は真希に合図をすると、真里の左手の上に、赤く輝く石を戴いた左手を重ねた。
真希もそれにならって、紗耶香の左手の上に、青く輝く石を戴いた左手を重ねた。
ひとみと梨華は顔を見合わせて頷くと、ひとみが、真希の左手の上に、青く輝く石を戴いた左手を重ねた。
梨華も同じく、ひとみの左手の上に、青く輝く石を戴いた左手を重ねた。
- 234 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)00時33分53秒
- 圭は眉間にしわを寄せて、考えこんでいたが、やがて小さなため息をつくと、梨華の左手の上に、青く輝く石を戴いた左手を重ねた。
希美は左手をオーバーオールのポケットに入れたまま、その様子をじっと見ていた。
「希美、お姉ちゃんが希美の代わりにやろうか?」
圭織は希美の頭を撫でながら聞いた。
希美はフルフルと首を横に振った。
そして、口をキュッと結んで、前をキッと見つめると、静かにオーバーオールのポケットから左手を出して、圭の左手の上に、赤く輝く石を戴いた左手を重ねた。
圭織は希美の様子をポカーンと口を開けて見つめていたが、やがて、驚きと嬉しさのあまり、目から涙が溢れて、ヒックヒックと嗚咽が漏れはじめた。
圭織は泣き顔のまま、希美の左手の上に、赤く輝く石を戴いた左手を重ねた。
「今夜は奇跡のような夜や。‥‥また、こんな風にみんなで遊ぼうな。‥‥できたらもっと人数が増えてたらええな。可愛い子やったらさらにええな。‥‥忘れんでや。ウチはみんなのことが大好きやで」
そう言うと、裕子はニッコリと笑った。
- 235 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)00時34分30秒
- 片付けも終わって、みんなが帰り支度をする頃、一足先に外に出ていた真希と紗耶香は、満天の星空を眺めていた。
「‥あっ‥流れ星」
真希が星空を指差して叫んだ。
「願い事した?」
「‥‥間に合わなかった」
真希はしょぼんと肩を落とした。
紗耶香は苦笑すると、真希の肩を抱き寄せた。
とたんに、真希の顔は笑顔に変わった。
「ねぇ、市井ちゃん」
「ん?」
「もしも‥‥もしも、一つだけ願い事がかなうとしたら何をお願いする?」
真希がぎゅうと紗耶香の上着のすそを握り締めた。
「そうだなぁ。‥‥ずっと‥‥」
紗耶香は満天の星空を見渡した。
「ずっと?」
真希はじっと紗耶香の顔を見つめた。
紗耶香は星空から真希の顔に視線を戻した。
紗耶香の顔は、恐いくらい真剣だった。
「‥‥ずっと、みんなと‥‥こうやって‥‥いれたらいいな」
そう言うと、紗耶香は柔らかく笑った。
- 236 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年09月09日(日)00時39分47秒
- 更新しました。
カッコ悪ィーなぁ。二重投稿。
おまけに、だいぶ前なんですが、亜依ちゃんの漢字間違ってました。すいません。
- 237 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月09日(日)01時10分34秒
- なんか切ないっすねぇ。
面白いけど、これからを考えると無性に胸が痛みます。
ホント、このまま幸せだったらいいのです・・・。
- 238 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)11時52分54秒
――― ―――
「‥‥中澤さん。‥中澤さんでしょ?」
人ごみに紛れるように足早に歩く裕子は、突然、背後から呼びとめられた。
振り返ると、二十代前半と思われる若い男性が、裕子を見つめて立っていた。
紺のスーツをビシッと着こなし、短髪の髪はムースをつけ、立たせている。
「やっぱり、中澤さんだ。僕ですよ。ほら‥同じ法律事務所だった。」
そう言うと、青年は白い歯を見せて笑った。
同じ事務所?
‥‥そういわれると、こんな奴がいたような気がする。
たしか、研修生やった。
裕子は軽く頷くと、サングラスをはずし、上着の胸ポケットにしまった。
- 239 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)11時53分38秒
「どうです、久しぶりですし、軽くお茶でも飲みませんか?」
「‥‥‥」
裕子は迷った。
今の自分は、積極的に他人と関わるべきではない。
しかし、懐かしい事務所の後輩から、色々聞き出すのも、それはそれで楽しめるかもしれない。
裕子が頷くと、青年は、僕の行き付けのカフェに行きましょう、と歩き出した。
カフェに着くと、青年は左手の赤い石を店のマスター見せ、二人ね、と言った。
やる気のカケラも見られないウエイトレスが、裕子と青年をテラスの席に案内した。
アメリカンを二つ注文した後、青年はオズオズと裕子に話しかけた。
「中澤さん、変わった格好してますよね」
裕子の黒ずくめの服、サングラス、皮の手袋について言っているのだろう。
「まあな」
裕子はふっと笑うと、タバコを取り出し、吸っていいか?と聞いた。
- 240 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)11時54分08秒
青年が頷くと、裕子はタバコを口にくわえた。
バチッと火花が散るような音と共に、タバコに火がついた。
ありがとさん、そう言って、裕子は青年に気だるい視線を送った。
「‥‥今、何の仕事をしてるんですか?」
「‥‥あんたはどうなんや?」
裕子はゆっくりとタバコの煙を吐き出した。
「僕は、民事裁判の弁護が主です」
「ふーん」
裕子がつまらなそうに頷いた。
- 241 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)11時54分42秒
「中澤さん‥‥どうして突然、事務所を辞めちゃったんですか?‥‥弁護士も辞めちゃったみたいだし。‥‥どうして?」
「‥気まぐれや‥‥」
「‥僕‥中澤さんに憧れていたんですよ。‥あんな弁護士になりたいって」
青年は真っ直ぐ裕子を見つめている。
「‥‥色々あってな‥」
裕子はそう言うと、青年の視線を避けるように、目をそらした。
ウチは、何をやってるんやろ?
何が知りたかった?
たった一年で、こんなにも違ってしまっている。
ウチらが同じ土俵で話し合うことは、多分、不可能や。
- 242 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)11時55分14秒
そこに、ウエイトレスがコーヒーを運んできた。
ガチャガチャ音をたてて、コーヒーカップをテーブルに並べるウエイトレスを見ていると、裕子は突然泣きたくなった。
それから会話が弾むことはなく、終始無言のまま、裕子と青年は薄いコーヒーを飲んだ。
「また、会いましょう、中澤さん」
別れ際、青年はそう言って、さわやかに笑った。
「‥‥そうやな」
裕子は笑顔を作ると、青年に手を振った。
- 243 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)11時55分49秒
人通りの多い交差点で、裕子と青年は右と左に別れて、反対方向へ歩き出した。
二十メートル程歩いたところで、裕子は後ろを振り返った。
人ごみの中、青年は真っ直ぐ前を見て、颯爽と歩いている。
裕子の事を振り返ろうともしない。
‥‥もう、会わない方がいいんや。
お互いのためにもな。
バイバイ、世間知らずのおぼっちゃん。
社会の矛盾にも、気がつかないフリをして。
目の前の差別にも、目をつぶって。
自分の正義を貫くがいい。
裕子は悪寒に襲われたように、ブルッと体を震わせた。
- 244 名前:神々の印 投稿日:2001年09月09日(日)11時56分28秒
‥‥矢口。
可愛い矢口。
優しい矢口。
泣き虫矢口。
今日はどんな顔を見せてくれるんやろ?
矢口の所へ帰ろう。
きっと優しく抱きしめてくれるから。
あの、温かい胸に帰ろう。
裕子はキュッと唇を噛み締めると、サングラスをかけ、ゆっくりと歩き出した。
- 245 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月09日(日)12時04分17秒
- 姐さんせつねーと思ったが・・・やっぱカッコイイのね。
- 246 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年09月09日(日)12時07分39秒
- 更新しました。
これで、一応、第一部終了です。人物紹介で終わってしまったような気がしますが。
第二部は、過去編です。
実は、明日から約一ヶ月の、バックパック旅行に出かける予定です。
第二部開始は、帰国してからということになります。
無事帰国できるようにという願いを込めて、第二部のスレッドを立てて行きます。
という訳で、過去編のリクエストを受けつけます。
読んでみたいと思うエピソードなどを書きこんで下さい。
作者としては、できるだけ努力してリクに答えていきたいと思っています。
リクはこのスレッドに書きこんでくれると、わかりやすいかな。
それでは、行ってきます。
あっちゃん太郎
- 247 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月09日(日)13時29分32秒
- できればいしよしがいいんですけど…。
力が上手くコントロールできずに今以上に悩んでいる吉澤とか。
旅行、楽しんできて下さい。
- 248 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月09日(日)14時21分07秒
- ずっとROMってましたが、リクOKということなので。
市井、矢口、圭ちゃんが知り合った時の話しキボーン。
作者さん、行ってらっしゃい。
- 249 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月09日(日)15時37分47秒
- >>223でせっかく矢口が第一印象とか言ってるんで、
やぐちゅーの出会った頃希望です。
旅行楽しんできてくださいね。
- 250 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月09日(日)22時05分23秒
- >>26と>>94で中澤が保田とは古い知り合いだって言ってたな。
>>50でのかんじでもあらかじめ2人だけは知り合いだったみたいだし…。
保田が矢口と中澤を出会わしたのかな?だからつらい立場なのかも…。
あと飯田の過去も結構なぞだよね。かなり特殊な店を経営するわけは何なんだろ?
- 251 名前:読んでる人 投稿日:2001年09月10日(月)18時07分52秒
- やぐちゅうの過去きぼん♪
なぜ掟を破ってまで二人は結ばれたのか
なぜ二人はそこまで惹かれ合ったのか知りたいです。
旅行、楽しんできてきて下さい。
- 252 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月11日(火)18時57分07秒
- 保田は何か恋愛で嫌な経験をしたような印象をうけたんだけど
その辺もし複線を張っていたのであればお願いしたい。
旅行は―すでに行ってるが―気をつけて、楽しんできてください。
- 253 名前:NO! 投稿日:2001年09月18日(火)20時28分37秒
- あっちゃん太郎さんの旅行の行き先、アメリカだったりして・・・。
- 254 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月21日(金)11時06分32秒
- >>253
ンなこたぁない!
俺は信じたい。
- 255 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月22日(土)06時02分26秒
- ナニをしたら黒い石になるのか、そこんとこ詳細に描写希望(w
アメリカが旅行先なら早めに切り上げてってことになるのかなあ…
それならそれでうれしいかもって不謹慎ですか。
- 256 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月25日(火)00時33分59秒
- なっちは?福田さんも希望
- 257 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月25日(火)17時00分40秒
- 中澤達の過去希望!!かなり気になる!!
旅行大丈夫ですかね?
- 258 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月26日(水)01時01分51秒
- >253
同じ事を今 ニガワラ
気がついてこのスレ見にきた次第
まあ一ヶ月経ってないしアメリカでも国内線乗らない
だろうし、なんて自分に言い聞かせてみる
- 259 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年09月29日(土)21時01分44秒
色々心配かけてるみたいですね。
旅行に出かけてから世界中で、色々なことが勃発していますが、俺の居るところは今のところ平和です。
一応、探したら、日本語でネットもできるし。
旅行先をイスラム教圏にしなくて、本当によかった。
ここはヒンズー教圏だから。日本とは違った価値観が垣間見れて、すごく自分が変わったような気がします。
予定通り、あとニ週間ほどで帰国する予定です。
第二部の構成は‥‥少し考えてます。
なっちや明日香の登場は、多分、第三部からになると思います。
- 260 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月29日(土)22時02分27秒
- 心配したよ。無事でなにより。
- 261 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月03日(水)20時10分14秒
やぐちゅー希望!
もうすぐお帰りですね。
あぁ、早く読みたい!!
飯田と中澤の出会いとかも知りたい。
- 262 名前:神々の印 投稿日:2001年10月16日(火)19時54分21秒
――― ―――
‥‥何で‥‥こんな状況になったんだっけ?
紗耶香は口内にたまった唾をごくりと飲み込んだ。
紗耶香の目の前では、真希が目を閉じて紗耶香を待っている。
緊張しているのか真希のまぶたは、時折ピクピクと動いていた。
ぷっくりとした唇は、つやつやと光って、紗耶香を誘っている。
‥‥困ったな‥‥。
‥どうすりゃいいんだろう?
手のひらをじっとりと汗ばませながら、紗耶香はうろうろと視線をさまよわせた。
日頃から人通りの少ない路地に面している『PEACE』のドアの前。
夕日があたりいちめんを真っ赤に染めていた。
- 263 名前:神々の印 投稿日:2001年10月16日(火)19時55分39秒
何もしてこない紗耶香に焦れた真希は、そっと薄目を開けた。
「‥‥いくじなし」
赤くなったままウロウロと視線が定まらない紗耶香を見て、真希は小さく呟くと、頬を膨らませて俯いた。
「‥‥そんなこと言ったってさ。‥‥ほら、心の準備ってもんが‥‥」
紗耶香はうろたえたように言った。
「‥‥ふーん‥‥心の準備ねぇ‥‥」
「‥‥‥」
真希の刺を含んだ言葉に、紗耶香は何も言えず、黙り込んだ。
「‥‥市井ちゃんがその気なら、あたしにも考えがあるんだからね」
「何だよ。考えって‥‥」
紗耶香の言葉は、真希の唇によって遮られた。
それは一瞬唇が触れ合うだけのキスだったが、紗耶香は真希の柔らかい唇の感触と、甘い匂いに、体中の力が抜け、立っていられなくなり、ズルズルとその場に崩れ落ちた。
「‥‥市井ちゃん?」
真希は足元に崩れ落ちてしまった紗耶香を、心配そうに見つめている。
紗耶香は必死で顔を上げると、きっと真希を睨みつけた。
真希は紗耶香から視線をそらした。
「市井ちゃんが悪いんだからね」
真希は拗ねたようにそう言うと、真希はきびすを返して立ち去ってしまった。
- 264 名前:神々の印 投稿日:2001年10月16日(火)19時56分10秒
‥‥やられた。
やられちまった。
何で、あいつはこんなにも人の心を掻き乱すんだ?
さっきの状況だって、後藤がつくりだしたようなものじゃないか。
――― ―――
ことの始まりは、いつものように放課後『PEACE』に寄り、ひとしきり今日の出来事を紗耶香にしゃべり倒した真希を、もう遅いから暗くなる前に帰れと、無理やり店の外に連れ出した時だった。
突然、真希が、市井ちゃんキスしようか、と言ったのだ。
真希は顔をこころもち紗耶香に突き出すようにして、目を閉じて、紗耶香の口づけを待っていた――
- 265 名前:神々の印 投稿日:2001年10月16日(火)19時56分44秒
――― ―――
「‥やか‥‥紗耶香‥‥紗耶香」
名前を呼ぶ声にはっとして振り返ると、『PEACE』のドアノブに手をかけた圭織が、あきれたように紗耶香を見つめていた。
「‥どうしたの?‥ぼーっとして」
「‥‥圭織にそんなこと言われるなんて‥‥複雑‥だな」
紗耶香は口元を歪め、うそぶいた。
腰が抜けたように座り込んでいたため、説得力はないに等しかったのだが。
「失礼ね」
時々ぼーっと自分だけの世界に入り込んでしまうことがある圭織は、笑って紗耶香の言葉を軽く受け流し、ドアを閉め、紗耶香の隣に腰をおろした。
「‥‥後藤‥でしょ」
圭織は紗耶香の顔を覗き込むようにして尋ねた。
「‥何で‥‥そう思うの?」
紗耶香は表情を見られないように顔をそむけてながら、無愛想に言った。
「‥‥んー‥‥勘かな」
「‥‥‥」
紗耶香は圭織の言葉に、大げさにため息をついて、天を見上げた。
- 266 名前:神々の印 投稿日:2001年10月16日(火)19時57分20秒
「‥それで‥‥紗耶香はどうしたいの?」
「‥‥そんなの、わかんないよ」
紗耶香は拗ねたようにそう言うと、ズボンの後ろポケットに手をやり、古ぼけた金メッキのライターをいじり始めた。
昔、圭織の父親で、先代の『PEACE』のマスターにもらったものだ。
こうしていると、何となく安心して、いい考えも浮かんでくるような気がする。
『‥‥紗耶ちゃんがうらやましいよ。『力』を持っているということは、民に縛られているということなんだよ。‥‥『力』を持っていないということは、自由であるということに繋がるんだよ‥‥』
『‥‥紗耶ちゃんはいつか、自分の進むべき道をみつけて‥‥きっと自分のことが好きになるよ。‥‥そして‥‥愛する人と巡りあうよ』
紗耶香の脳裏に、昔、圭織の父親であり、先代の『PEACE』のマスターから言われた言葉が蘇ってきた。
「‥‥昔、おじさんに言われたことがあるよ。‥‥あたしは自由なんだって。うらやましいよって‥‥」
紗耶香は唇をかみ締めると、手をぎゅうっと握り締めた。
「‥‥‥」
圭織は黙って、紗耶香の顔を見つめた。
- 267 名前:神々の印 投稿日:2001年10月16日(火)19時59分03秒
‥‥あたしは、自由、なんかじゃない。
自由なのは、あいつだ。
あいつは、あんなにも素直に、自分の感情を表現できる。
あたしは、そんなあいつが――愛しくて――同時に怖い。
何、なのかな?
自分が壊れそうな感覚。
あいつのことを考えると、不安で、不安で、たまらなくなる。
「‥‥そんなこと、ない、のにね」
紗耶香は言葉を搾り出すように言った。
目を閉じ、眉間には苦しそうなしわがよっている。
「‥紗耶香」
圭織はかすかに眉をひそめた。
「あたしは自由なんかじゃない。色々なものに、縛られてるよ。後藤にはえらそうに、『力』がないことなんか、気にしてないみたいに言ったけど。‥‥本当は不安で‥‥コンプレックスの塊なんだ。‥‥このままで‥いいのか‥‥とか。色々考えちゃうんだよ」
紗耶香はそう言うと、ガリガリと髪の毛をかきむしった。
「‥‥だから‥‥紗耶香のギターは‥‥あんなに切なく聞こえるんだろうね」
「‥‥え?」
「きっと、紗耶香の感情が溢れ出しているんだろうね」
圭織はにっこりと紗耶香に笑いかけた。
「‥‥‥」
紗耶香は何も言えず、黙り込んだ。
- 268 名前:神々の印 投稿日:2001年10月16日(火)20時00分30秒
「圭織、考えたんだけど‥‥『PEACE』はね、『灯台』なの。‥‥みんな、夜の暗い海の上で、『灯台』の光を見つけて、安心するの。‥‥圭織は‥『灯台』の番人なの。‥‥『灯台』の明かりを消さないように、一生懸命守るのが、圭織の仕事」
圭織は言葉を選ぶようにゆっくりと言った。
「‥‥圭織」
「‥‥『灯台』の番人は‥‥一人で十分。‥‥だから、紗耶香の船には、自分の進みたい方向へ進んで欲しい」
「‥‥‥」
圭織の言葉に、紗耶香は黙って俯いた。
しばしの沈黙の後、紗耶香は思いつめたように言った。
「‥あたし‥‥怖いんだ」
「初めてのモノは、みんな怖いよ」
「‥‥‥」
圭織の言葉に、紗耶香は首を横に振った。
- 269 名前:神々の印 投稿日:2001年10月16日(火)20時01分07秒
「‥‥圭織はね。初めて人を鋤きになった時、嬉しくて、悲しかったの」
圭織は何かを思い出すかのように、目を閉じて話し始めた。
「‥‥悲しい?」
「そう、自分が変わっていくのが悲しかった」
「‥‥‥」
「‥‥でもね‥‥変われるってすごく大事。だって、そうでなきゃ、前に進めないから。‥‥でも無理して進むことはないの。時々は休むことも大事。‥‥希美はね、今、『灯台』の明かりの下で休んで、ボロボロになった帆をつくろっている小船なの。ゆーちゃんと矢口も、きっと、そう」
圭織はそう言うと、隣に座っている紗耶香の頭を軽くポンポンと叩いた。
「紗耶香も後藤も‥‥いつかは出航するんだから。‥‥今は、旅立つ力をためている途中でしょう?‥‥なら‥‥未熟なのは当たり前じゃない?」
顔を覗き込む圭織に、紗耶香はしぶしぶという感じで頷いた。
「よろしい。‥‥じゃぁ‥‥お姉さんからの忠告。‥‥欲しいものは、欲しいって言わなくちゃ」
圭織は紗耶香にウインクすると、ニヤリ笑った。
- 270 名前:神々の印 投稿日:2001年10月16日(火)20時02分18秒
‥あたしが‥‥欲しいのは‥‥
欲しくて、欲しくてたまらないのは‥‥
「どうするの?」
「‥‥行ってくる」
紗耶香は勢いよく立ち上がった。
あいつのことだ、きっと、途中の公園で、さっきのことを拗ねているに違いない。
見つけてやる。
紗耶香は圭織にサンキュウと言い残すと、真希の家に向かって走り出した。
夜の闇が近づいてくるなか、15分ほど走り続けただろうか。
やっとの思いで公園に到着して、肩で息をしている紗耶香の目に、俯いてブランコを漕いでいる、見覚えのある後姿が入ってきた。
「‥後藤っ」
紗耶香は息も絶え絶えに叫んだ。
紗耶香の声に、ブランコを漕いでいた少女は体をビクッと震わせて反応し、ゆっくり顔を上げた。
「‥‥いち‥いちゃん」
紗耶香と真希の視線が絡み合った。
真希が緊張して顔を強張らせたのが、薄暗がりの中でも、紗耶香には、はっきり見て取れた。
紗耶香が真希に笑いかけると、真希もホッとしたように笑った。
紗耶香は真希の笑顔を確認してから、ゆっくりと真希に向かって、一歩、踏み出した。
後藤に言わなきゃいけないことがある。
後藤‥‥あたしは‥‥
- 271 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年10月16日(火)20時07分50秒
- 過去編の方は、まったく話に進展がありませんが‥‥。
市井ちゃんの復活も、大決定したことだし‥‥ということで、『市井記念』として、書いてみました。
急いで書いたせいで、早速、誤字発見。
>>269
圭織初めて人を鋤きになった時⇒圭織初めて鋤きになった時 です。
失礼しました。
- 272 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月16日(火)21時12分40秒
- 市井記念、大歓迎!
>>271
慌ててますね(w
- 273 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月16日(火)22時20分49秒
- 市井記念、もっと見たいですねー。
いちごま最高!!
んで、鋤きになった時⇒好きになった時、ですよね?(笑)
続きも楽しみにまってまーす。
- 274 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月17日(水)03時33分14秒
- 市井記念めっちゃよかったです!!
圭織と圭織パパの言葉にグッと来るものがありました。
市井と後藤には無事に出航して欲しいな〜!!
- 275 名前:あっちゃん太郎 投稿日:2001年10月17日(水)16時18分57秒
- >>271
馬鹿丸出しやのう。
>>272
慌てました。
>>273
その通り。俺に代わって訂正してくれてありがとうございました。
>>274
‥‥第三部をお待ちください。
何ヶ月かぶりにレスを返してみました。
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