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愛しすぎた女
- 1 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月31日(火)18時46分32秒
- 第1話 愛しすぎた女
- 2 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月31日(火)18時48分18秒
- 「圭ちゃん、ごはんですよー。今日は最高の出来なんだから。」
テーブルの上には彩りも鮮やかな豪華な食事。
見た目からしてすごく美味しそう。
だけど彼女のお気には召さなかったようで。
ガッシャーーン
思いっきりテーブルをひっくり返した。
「ひどい…、何が気に入らないの…?」
折角の料理を台無しにされた女はうっすらと瞳を潤ませる。
涙で滲んだその視線の先にいたのは、
大きな瞳をした ------------- 猫。
- 3 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月31日(火)18時50分36秒
- 「エビフライなんてコレステロールが高い物食べさせようなんて。
あんた、アタシ殺す気ぃ?」」
「ご、誤解ですぅー。」
「ったく。なめたことしてんじゃないわよ。」
圭ちゃんは昔、人間に捨てられた過去がありなかなか心を開いてくれない。
----でも私は
そんな彼女を愛してしまった。
(圭ちゃん、私の気持ちわかって…)
----種族を越えた愛
- 4 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月31日(火)18時53分27秒
- 「梨華ちゃん、2時から会議入ってるから。お茶5人分よろしく。」
「あ、はいっ!」
どこにでもあるような会社で交わされる、どこにでもあるような会話。
石川梨華はそんな会社に勤めるごく普通のOLとして変わり映えのしない毎日を過ごしている。
----給湯室
「石川〜〜〜〜?」
お茶を入れている石川の背後から何やらいやらしげな声が。
「恋人でも出来た?」
「!!」
あまりに鋭すぎるその言葉にお茶を入れる手が一瞬止まる。
「会社の男連中が噂してたぞー。最近石川がキレイになったって。」
「市井さん、オヤジ入ってますよ。」
あら、オヤジとは失礼ね。笑いながら市井はタバコに火をつける。
「でもねー、正直ホッとしてるんだ。
1年前石川の猫が死んだとき、あんた食事もろくにとらないし。」
目を細めて口に含んだ煙をフゥッと吐き出す。
白い煙は空気に舞ってすぐに消えた。
「見てるこっちがつらかったよ…」
「………」
----そう…
あの時7年間いっしょに暮らしていたメス猫あすかと死に別れ、
私は毎日生きているのか死んでいるのか
自分でもわからないような生活を送っていた。
あとでお医者さんに聞くところによると
「ペットロス症候群」というやつに陥っていたそうだ。
そんな時…降りしきる雨の中、私は彼女と出会った……
- 5 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月31日(火)18時56分22秒
- あの出会いのおかげでどれだけ救われたんだろう。
星空の下の帰り道、あの日のことを思い出す。
交差点を右に曲がると部屋の窓からこぼれる明かりが目に入った。
「明かりのついてる部屋かぁ。」
自分の帰りを待っていてくれる存在がいるという幸せを
石川は噛みしめるように味わった。
- 6 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月31日(火)18時58分56秒
- 「ただいまー。」
ガチャリと玄関のドアを開ける。
暖かい空気が石川の帰りを出迎えてくれた。
おかえりは言ってくれないんだ。
黙ってソファに座ったままビールを飲んでいる圭。
「ごめんねー。残業で遅くなっちゃった。待ったでしょ?」
「なんで私があんたなんか待たなくちゃいけないのよ?」
圭は振り向きもせずビールの缶を傾けていた。
「……すぐ夕食にするからね。」
たとえ愛されてなくても…、圭ちゃんがいてくれるだけで
私は確かに救われている…。
でもたまに感じる不安…
圭ちゃんは私なんかといて幸せなのかな?
- 7 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月31日(火)19時00分42秒
- 「はいお茶。」
ぬる目にいれたから猫舌の圭ちゃんでも大丈夫だよ。
「美味しかった?」
圭ちゃんは何も言わずにお茶を飲んでいた。
うん、何も言ってくれなくてもいいよ。
それでも私は幸せだから。
- 8 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月31日(火)19時02分30秒
- 「あ〜いいお湯だった。」
バスタオルを頭にかぶせたままバスルームから石川が出てきた。
まだ体からはほんのり湯気が立ち上っている。
圭はもう瞼を閉じて眠っていた。
石川が圭の横に体を倒す。
このにおい、落ち着くなぁ……
圭に体を寄り添わせながら石川はまたあの日の事を思い出していた。
泥だらけの体を雨で濡らしながら、必死にポリバケツをひっくり返してたね。
あの時、生きることに真剣だった圭ちゃんを見て
自分がおなかすいてることにやっと気がついた。
(うちでごはん食べない?)
気づいた時には傘を差しだして、声をかけてた。
----圭ちゃん…
- 9 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月31日(火)19時04分11秒
- 「…んんっ」
大きな瞳を一、二度まばたき。不意に圭が目を覚ました。
小さな体をムクリと起こす。
ふと横を見るといつの間にか石川が眠っていた。
「寝相のわるいやつ…」
少しだけ愁いを含ませた大きな瞳で石川を見下ろす。
所詮人間なんてアタシたち猫を物あつかいしてるだけよ…
きっと、こいつだって…
「圭ちゃん大好き…」
「!」
……… なんだ、寝言か。
幸せそうな寝顔を浮かべて静かに寝息を立てる石川。
ったく。どんな夢見てんのよ。
「………」
しばらく圭は石川の寝顔を見つめていた。
風邪引いちゃうわよ。しょうがないわね。
圭は石川を起こさないように毛布をかけると自分の体もその中へ滑り込ませた。
まだわずかに濡れている洗い髪からシャンプーの匂いがした。
へんな子ね……
- 10 名前:名無しさん 投稿日:2001年07月31日(火)19時06分31秒
- こんな感じでやっていきたいと思います。
元ネタあり(というかパクリ)なので更新そのものは早くしていくつもりです。
- 11 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月31日(火)20時09分02秒
(パクリ品?)初めて読みました。
面白いです!…出来れば、よっすぃ〜も
出してほしいなぁ…。
更新待ってます!頑張って下さい!
- 12 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月31日(火)21時12分20秒
- パクリ?全然OK、もとネタわかんないし。
おもしろいっす。
- 13 名前:名無し読者 投稿日:2001年07月31日(火)21時31分35秒
- 確かに面白いっす。先も気になるし。
気になると言えば、元ネタが何かっていうのもそうだし、第1話ってとこもそう(短編?)
だし、題名も何か先を案じさせるようで気になるなぁ…。
- 14 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月01日(水)02時20分50秒
- >ALL
ありがとうございます。
頑張って書きますので良かったら読んでやって下さい。
>>11
ナイスタイミング!次レスで吉澤出ます。
>>13
そんなに意味のある題名でもないかと…
(タイトルからしてパクリですから。)
軽い気持ちでご覧になってくれれば幸いです。
- 15 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月01日(水)02時22分42秒
- あ〜あ、なんか面白いことないかな〜。
おっとあそこにいるのは石川と……吉澤?
なんか少し様子が変ねぇ?
よーし、ちょっと盗み聞きしちゃえー。
「ねぇ、フラれついでに聞いてもいい?
梨華ちゃんの好きな人って……?」
何?石川の恋人?市井も知りたいぞ〜♪
近くの自販機の陰で耳を立てる市井。ちょっと趣味悪いぞ…。
「猫なの。もうすべてがかっこ良くって……」
「はァ?」
キャっと頬を赤らめてうつむく石川。
猫かよ!とどこかの三流芸人のような突っ込みを心の中で決める市井。
猫に負けた…?頭の中で除夜の鐘を鳴り響かせる吉澤。
「あっ、もう仕事に戻らなきゃ。ゴメンね、よっすぃー。」
「…あ?う、うん。」
トテテテテと走り去る石川。
その後ろ姿を見送る吉澤。ようやく108つ目の鐘が鳴り終えた。
しかし梨華ちゃん、なぜに猫?
- 16 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月01日(水)02時23分56秒
- 「くひひひひ。吉澤クン、見事にフラれちゃいましたな〜♪」
「い、市井サンっ?まさか…聞いてたんですか?」
まあね。市井は優しく微笑むと吉澤の頭をクシャっと乱暴に撫でた。
ま、しょうがないよ。石川最近すごく幸せそうだもん。
きっとその猫のおかげなんだよ。
「…でも好きな人(?)が猫だなんて…私には理解できませーーーーん!!」
「キミに理解できなくても、石川はそうなんだよ。」
優しい笑顔をしているくせに、何気にきっついお言葉。
市井さん、慰めてくれてたんじゃなかったんですか?
一方市井はというと、吉澤の事なんかもうすっかり忘れていて
(奴はムツゴロウを越えた! すごいぞ石川!)
何故かガッツポーズを決めていた。
- 17 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月01日(水)02時25分25秒
- あ〜ん、残業ですっかり遅くなっちゃった。
急いで夕食作んなきゃ〜〜〜。
ただいまー。
あれ?なんだか美味しそうな匂い?
「遅い。」
リビングのテーブルにお皿が2つ。
「このカレー、圭ちゃんが作ったの?」
「なによ、アタシが料理しちゃいけないの?」
「ううん。なんかすっごく嬉しくって…」
「………さっさと食べなさいっ!」
猫が好きだなんて、
まだ世間ではきっと理解してもらえないけど、
でもね、
こんな愛のかたちがあってもいいよね?
「圭ちゃん、おかわり〜」
「あんた太るわよ。」
- 18 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月01日(水)02時26分21秒
- ゴホゴホッ
のどが痛い…風邪でもひいたのかしら?
お風呂、入んないほうがよかったかな?
- 19 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月01日(水)02時27分34秒
- あすか…辛すぎて今までずっと奥にしまってたけど、
圭ちゃんのおかげでやっとあなたとの写真、見られるようになったよ…。
「石川、あんたも早くお風呂入りなさいよ。」
風呂から上がってきた圭が石川に声をかける。
ちょっとあんた聞いてんの?
圭はカツカツと石川に歩み寄る。
2,3歩歩いたところで石川の手にある一枚の写真に気付いた。
幸せそうな石川と……知らない猫の写真 ---------
- 20 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月01日(水)02時28分43秒
- ああ…なんだ…
「圭ちゃん?」
アタシはそいつの代わりだったのね…
「……… あんたなんて大嫌い。」
やっぱり期待なんて…するもんじゃないな……
突然視界がグニュウとゆがむ。頭に尖った痛みが走る。
あれ?どうしたんだアタシ?
バタ…
「圭ちゃん!?」
弱々しい音を立て、圭はくずれるように倒れた。
- 21 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月01日(水)20時51分34秒
- 圭ちゃん!どうなるんですか〜
なんだか変わった内容ですけど、面白いです。
がんばって下さい。
- 22 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月02日(木)01時58分23秒
- ----どうして?
…さっきまでなんともなかったのに?
倒れた圭を抱えたまま、かかりつけの動物病院に駆け込んだ。
非常灯の灯りだけがぼんやりと光るロビー。
診察用のベッドの上の横たわる圭。
その大きな瞳も今はまだ閉ざされたまま。
あすかの時もそうだった…
圭ちゃんと同じ様に突然倒れ、そのまま二度と目を開くことのなかったあすか。
もう自分の大事な猫(ヒト)が死ぬところなんて……見たくない………
「圭ちゃん…
私のことキライでもいいから……生きて…!」
- 23 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月02日(木)02時00分33秒
- ………ん?ココはドコ?
「圭ちゃん…」
この声は…石川?
…ああ、そうか。
確かお風呂から上がって……倒れちゃったんだっけ………
「私のことキライでもいいから……生きて…!」
……何言ってんのよ。アタシが死ぬわけないでしょ……。
あー、でもまだちょっと頭痛いわ。
なんだかボーっとするし………。
- 24 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月02日(木)02時03分13秒
- 「熱が高いのが少し気になったんやけど…、
まあ単なる風邪やね。とりあえず注射しといたから。」
診療を終えた若い女医が石川に説明する。
「早く連れてきてくれてよかったで。もう大丈夫や。心配せんでえーよ。」
「本当に?」
緊張が解ける。涙があふれる。
助かったんだ。でもまだ不安は消えなくて。
「本当に?本当に?本当に大丈夫なんですか!?」
「大丈夫やゆうとるやろ。
なんや、そんなにこの平家先生のゆーことが信用できへんか?」
まだはっきりしない意識の下、圭はそんな二人のやりとりをボーっと見ていた。
石川…お医者さんが困ってるでしょ……信用してやんなさいよ。
「よかった………」
ようやく圭の無事を納得したのか、石川の表情が緩む。
笑顔の中で瞳がうっすらと煌めいた。
- 25 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月02日(木)02時05分34秒
- そんな涙見せるのって反則じゃない?
ゴロンと寝返りを打って石川に背を向ける。
…ふんっ、しょうがないわねぇ。
もう前の子のかわりでもいいわ
アタシをこんなに必要としてくれる ------ 人間…
初めてだから…
- 26 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月02日(木)02時08分48秒
- 「ちょっと圭ちゃん、まだ気にしてるの?」
「…アタシの自慢の毛並みが………」
圭ちゃんはあれから姿見の前で体をひねってはため息をついている。
高熱の後遺症なのか、圭ちゃんの右肩には10円玉大のハゲが出来てしまっていたのだ。
「これじゃあモテないわねぇ……」
「10円ハゲもチャーミングでかっこいいよ。」
石川さ〜ん?それってフォローしてるつもりかしら?
…ふふ、ありがとね。
「…そうね、アタシには石川がいるし…まァいいか。」
…我ながらクッサイ台詞吐いちゃったわね。
って、石川なに顔赤くしてんのよ!
そこまで嬉しそうな顔しなくてもいいでしょ…
「圭ちゃん!」
石川は圭を思いっきり抱きしめた。
圭ちゃん…大好き!
石川…暑いったら……
- 27 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月02日(木)02時11分00秒
- 「あ、そうだ。誤解のないように言っときますけど」
また勘違いされちゃうと困るもんね。
「あすかと圭ちゃんは全然似てないよ。」
かわりだなんてとんでもない。
「えっ、そうなの?」
「うん。あすかはやさしいコだったなぁ。」
「………」
ちょっとアンタそれどーいう意味ぃ?
どーせアタシはやさしくないわよ!
でもなんか…む〜か〜つ〜く〜!
ボカッ
「いったーいっ!」
相変わらずの二人(?)ですが、
ま、とりあえずは めでたしめでたし
- 28 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月02日(木)02時12分51秒
- ---- 第1話「愛しすぎた女」おわり
- 29 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月02日(木)02時14分44秒
- ( `.∀´)<なんとか第1話無事終了ね。
( ^▽^)<保田さん、ハゲできちゃいましたね。
( `.∀´)<うっさいわね。それにしても顔文字使うと落ち着くわね!
( ^▽^)<普段の作者はネタレスばっかりですからね〜
( `.∀´)<第2話もキリキリ逝くわよっ!
( ^▽^)<拙い文章ですがよろしくお願いしま〜す。
- 30 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月02日(木)05時00分25秒
う〜ん♪面白いっす。続き待ってます!
- 31 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月02日(木)14時39分56秒
- こんな素晴らしいお話があったとは!!
かなり面白いし、ほのぼのしててかなり良い感じです。
第2話も楽しみにさせて頂きます!!頑張って下さい
- 32 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月03日(金)03時20分11秒
- ( `.∀´)<>>30さん >>31さん 応援ありがとねっ!
( ^▽^)<引き続き第2話もお楽しみくださ〜い。
- 33 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月03日(金)03時21分18秒
- 第2話 愛されている女
- 34 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月03日(金)03時22分40秒
- 「きゃあっ!寝坊しちゃったァ〜〜〜。」
爽やかな朝の住宅街にカン高い声が響き渡る。
彼女の名前は石川梨華。
ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通に育ってきた。
「圭ちゃん、行ってくるね〜。」
ただ一つだけごく普通と違っていたのは…
「ちょっとストップ!」
「あ、そっか。」
急ぐ石川を制止する声。
新聞を読みふけるその顔にはちょっと吊り上がった大きな目。
そう、彼女の恋人は猫だったのです。
- 35 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月03日(金)03時23分39秒
- 行ってらっしゃい。
行ってきます。
軽く優しく唇を合わせる。おでかけ前のキス。
「ほら早く行きなさいよ。遅刻するわよ。」
「きゃあ〜遅刻だァ〜〜〜〜」
- 36 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月03日(金)03時24分30秒
- 発車のベルと同時に駆け込んだいつもより2本遅い電車。
肩で息をしながら閉まったドアに寄りかかる。
窓の外を流れるように過ぎる、今日もいつもと変わらない街。
たしかに猫に恋するなんて、周りから見たら変かもしれない。
----でも、出会った瞬間から…
私は…圭ちゃんに恋をしていた……
- 37 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月03日(金)03時25分47秒
- 「課長、お茶どうぞ。」
「ありがとう石川クン。
あ、ついでにこれコピー頼めるかな?」
「はいっ。」
今日も元気に仕事をこなす。ラララ鼻歌交じりで気分も上々。
そんな石川の横顔に見とれている人がここに一人。
梨華ちゃん……
「よっしざわク〜ン?」
「い、市井サン?」
吉澤の背後から何やらいやらしげな声が
またこの人かよ。しかしどうしていっつも後ろから出てくるんだ?
「石川の恋人、見たくな〜い?」
「見たくありません。それじゃ。」
吉澤は軽く拒否。この人と関わるとロクなことになりゃしない。
そっぽを向いた吉澤を見て市井はニタリと唇の端を上げる。
ふふん、吉澤クン素直じゃないなァ。
「石川ぁ〜、今日吉澤とアンタの家に行ってもいい?」
「市井さん、人の話聞いてます? やだって言ってるじゃないですか!」
もう〜、どうしてこの人こうなんだよ?
「いいですよ。」
向日葵が咲き誇ったようにニコリと石川が笑う。
その笑顔の前に吉澤は言葉を失った。
- 38 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月03日(金)03時26分47秒
- 石川の家にいくの久しぶりだね。
市井さん、前はよくきてくれてましたもんね。
(…梨華ちゃん、やっぱりかわいいなァ。)
会社で私と圭ちゃんの関係を知ってるのはこのふたりだけ。
「梨華ちゃん、その…突然家に行ったりして迷惑じゃないの?」
「ううん全然。気にしないで。」
- 39 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月03日(金)03時28分05秒
- 「ただいまー。」
「遅い!」
いつもの憎まれ口で出迎える圭。
「会社の友達連れてきたよー。」
「よっ、圭ちゃん久しぶりだね。」
「なんだ、紗耶香か。」
「なんだとはなによー。」
「つーかあんた何しに来たのよ。」
……本当にしゃべってる。
話には聞いていたとはいえ猫が人間語を理解して、話しているという現実に
常識人・吉澤は戸惑っていた。
- 40 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月03日(金)03時30分34秒
- 「お帰り石川。留守中に邪魔しとるで。」
そう言って台所から出てきたのは金髪の女性と一匹のシャム猫。
「あ、中澤さん。」
中澤さんはシャム猫のマリちゃんの飼い主でこのアパートの大家さん。
「裕ちゃんにシチューの作り方教えてもらってたんだよ。」
圭ちゃんは私の知らない内に中澤さんとすっかり仲良しになっていて。
「ねっ」
「圭坊、好っきやで〜〜〜」
圭の体を抱き寄せて、狭い額に熱いベーゼ。
「こまるよ裕ちゃん……」
ほら石川がちょっと怒ってるじゃない……
- 41 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月03日(金)03時31分28秒
- 「あの…」
意を決したように吉澤が口を開いた。
「猫がしゃべるのって変に思わないんですか?」
吉澤、確かにキミの言ってることは正論だ。
だけど正論がいつの世も常に正しいわけじゃない。
「なんや圭坊、この子感じ悪いなー。」
「裕ちゃん、世間なんてみんなこんなもんよ。」
圭はおどけた感じで肩をすくめる。
----猫にバカにされた………
ガーン。吉澤の頭に再び鐘の音が響いた。
- 42 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月03日(金)03時32分39秒
- 「吉澤やったっけ?アンタ動物飼ったことないやろ?」
中澤が急に口調を改める。
「確かに動物がしゃべるなんておかしいかもしれん。
けどな、動物飼っとるやつはそれでもみんな思うんや。
もしウチのコがしゃべることができたら、ってな。」
「ウチだってこのコがしゃべってくれたらどんなに嬉しいか。
精一杯愛情をそそいどるつもりでも
それがこのコにとっての幸せなんか?
本当にこれでええんか?
もしかして…何か不満があるんやないかって
マリの顔を見るたびにな…つい考えてしまうんや。」
「そんなことないよ。マリはすごく幸せだって
いつもアタシに言ってるよ。」
裕ちゃん考えすぎだよ。
あんなに愛されてるんだもん。幸せじゃないわけないじゃない。
「そうか…。その言葉が聞けて……安心したわ。」
中澤がマリの頭をぎゅっと抱き寄せる。
「これも圭坊のおかげや。ありがとな。感謝しとるで。」
「…よしてよ、裕ちゃん……」
圭はビールの缶を口に押しあて、一気にグッと飲み干した。
- 43 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月03日(金)03時33分27秒
- 「圭ちゃん、てれるなよ。」
「うっさいわね、クソ紗耶香。」
なんだとー。
なによ。
もう〜、ふたりともやめてくださぁ〜い。
相変わらず仲ええなぁ、あんたら。
そんなやりとりを外からポツンと見ていた吉澤。
…あれ?私だけカヤの外………?
- 44 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月03日(金)03時34分12秒
- ふん!猫なんて飼ったことないからそんな気持ちわかんないもん!
缶ビールのタブをブシッと開ける。
……私だって、子供のころは猫がほしかった…けど
でも家族みんなに反対されて……。団地だったし。
ちきしょー、今夜は飲んでやる〜〜〜!
- 45 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月03日(金)18時46分53秒
- 圭ちゃんみたいな猫なら欲しいです。(w
- 46 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月03日(金)21時47分07秒
- 圭ちゃんが猫って、かなり似合いますね〜。
先が楽しみです。がんばって下さい。
- 47 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月04日(土)03時35分48秒
- >>45
( `.∀´)<あら、私を囲うのは意外と高くつくわよ?
( ^▽^)<石川も保田さん飼ってみたいです〜。
>>46
( `.∀´)<そうでしょ。私も似合うと思うわ。
( ^▽^)<おかげで少し元ネタとずれちゃいました。
- 48 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月04日(土)03時37分46秒
- 「いやー、昨日は楽しかったねー。圭ちゃんによろしくね。」
「また遊びに来てくださいね。」
翌朝。会社の更衣室で雑談しながら制服に袖を通す。
「あっそうだ。これ約束してたヤツ。私の古着なんだけどいいかな?」
「あ、ありがとうございまーす。」
市井から渡された紙袋には色とりどりの服がぎっしり。
「今月ピンチで服どころじゃなかったんですよー。
でも会社は毎日のことだし。そろそろ着る服が無くなっちゃって。」
「そりゃそうだろうねぇ。圭ちゃんがあんだけ食ってりゃ。」
ドキ。痛いところつかれちゃった。
そう、圭ちゃんって意外に食べるんです。
しかも好物がウニ…
ちょっと石川のお財布には厳しいんです……。
「でもさァ石川…
OLの給料なんてたかがしれてるんだからちゃんと言った方がいいよ。」
「そうなんですけど…あの幸せそうな顔見ちゃうとぉ〜〜〜」
それにですねぇ。石川が顔を赤らめる。
「圭ちゃんの食べてる姿って、すっごくセクシーなんです〜〜!」
「ごめん石川。その気持ち全然わかんない。」
- 49 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月04日(土)03時39分24秒
- 石川。少しは冷静になんな。市井の忠告が身にしみる。
実際今月はかなり火の車だし、圭ちゃんにもガマンしてもらわないと…
でも、ちょっと言いにくいなァ。
- 50 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月04日(土)03時41分01秒
- よし、言うぞ。心の中で誓うように呟く石川。
小さく一つ深呼吸してリビングのドアを開けた。
「ただいまー。」
「あ、おかえり石川。」
夕食の前に軽く一杯やっていたのか上機嫌で出迎える圭。
ふと石川が圭の前にあるテーブルを見ると、
そこにはビールと…またしてもウニ?
----圭ちゃん…
うちにはもうそんな余裕は…ないんです………
石川は軽い目眩を感じながらその場に座り込んだ。
「石川?」
- 51 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月04日(土)03時42分56秒
- 「…………」
圭の手に一冊の預金通帳。
石川に渡されたそれを見て圭は言葉を失った。
「…なんで言ってくれなかったの?」
ようやく声を絞り出す。
石川は何も言わずただ正座したままだ。
まさかこんなにせっぱつまってたなんて………
静寂。
じっと座ったままのふたり。
圭が決意した。
「石川、アタシも働くわ!」
瞬間、石川の表情が強張る。
「だ、だめ!絶対にだめ!!」
力強い拒否。その瞳は石川の強い意志を感じさせた。
だけどその瞳は少し赤く、そして濡れていた。
石川…?
「圭ちゃん…またあんな目に会いたいの?」
- 52 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月05日(日)02時22分09秒
- 「…で、あんな目って?」
タバコの煙をふかしながら市井が聞く。
会社の給湯室。石川は市井に昨夜のことを話していた。
「圭ちゃん、前にも一度働こうとして
ペットフード会社の面接を受けたことがあったの…」
- 53 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月05日(日)02時23分40秒
- 「たしかに今回募集したし、うちはペット関係の仕事をしてるけど…」
眼鏡をかけた男が値踏みするような目で圭をながめる。
「まさか本当のペットがくるとはねぇ〜」
嘲笑を含んだゲスな口調。
なによコイツ、アタシに喧嘩売ってんの?
- 54 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月05日(日)02時24分50秒
- どこにでもいるんだ、そういうヤツって。
市井は遠くを見るような目をしながら軽く煙を吐いた。
私もセクハラまがいの面接受けたことあるよ。
もちろんぶんなぐってやったけどね。
「ずっとガマンしてたらしいんですけど……」
石川は続けた。
- 55 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月05日(日)02時26分24秒
- 「ところでさァキミって予防注射ちゃんと受けてる?
もしも採用して何かあったら僕の責任問題になるしね〜」
はいキレた。もうダメ、ガマンの限界。
「ま、『もしも』だけどさァ?アヒャヒャヒャ…ってあれ?」
面接室に悲鳴がこだまする。
ったくナメんじゃないわよ!
- 56 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月05日(日)02時27分26秒
- 圭ちゃん…面接官の人に思いっきり噛みついちゃって。
「予防注射は受けてるから大丈夫って言って帰ってきちゃったんです。」
もちろん加減はしたらしいんだけど。
ははは。ざまーみろ。
「やるじゃん圭ちゃん。」
あー面白すぎて涙止まんない〜って、あれ…石川?
どうしたの?
- 57 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月05日(日)02時28分56秒
- 石川の目に切なさがこみ上げてくる。
あれ?どうして私が泣いてるの?
ホントに辛いのは圭ちゃんなのに。
でも…
大好きな圭ちゃんが
私と同じ人間につらい思いをさせられるなんて
----そんなの…
ぜったいにたえられない
大粒の涙が一滴、こぼれ落ちて、床で跳ねた。
- 58 名前:no name 投稿日:2001年08月05日(日)22時22分37秒
- ネタ系の作者さんとは……うーん、ナットク。
作者さん&保田ネコ マンセー!!
- 59 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月06日(月)00時34分23秒
- 圭ちゃんにぞっこんな石川っちカナーリ萌え!ラブラブな2人が可愛いですね♪
- 60 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月06日(月)02時13分37秒
- >>58
( `.∀´)<応援ありがとね。ちなみに作者は実況にもよく参加してるようね。
( ^▽^)<でも今は諸事情により長時間ネットに繋げないんですよね〜。
( T.∀T)<ハヤクジッキョウシタイ……
>>59
( ^▽^)<私萌えなんですか〜。ありがとうございま〜す。
( `.∀´)<てゆーかあんた、レスくれたことにまずお礼言いなさいよ!
- 61 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月06日(月)02時14分43秒
- 「少しは落ち着いた?」
「はい。」
石川は目のまわりの赤みをごまかすために
ファンデを厚く塗り直していた。
「あれ?ふたりともまだお昼に行ってなかったんですか?」
給湯室の前を通りかかった吉澤が二人に声をかける。
げ?ほとんど仕事してないのにもうお昼っすか?
- 62 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月06日(月)02時15分57秒
- にぎやかなお昼の社員食堂。
私はさっき市井さんに話したことをそのままよっすぃーにも話した。
「へー、あのヒトもいろいろ大変なんだね。」
「うん…でも大丈夫。圭ちゃんは私がずっと守っていくから。」
もう絶対に苦労なんてさせない。
「梨華ちゃん…それはちょっと違うと思うよ。」
「え?」
「だってそうじゃない?好きなヒトに守られたいなんて
私は思わないな。どうせなら守る方になりたいし。
あのヒトもそうなんじゃない?プライド高そうだったし。」
吉澤、ずいぶんカッコいい事言うようになったねぇ〜
からかわないで下さいよ市井さん。
ま、要するに。吉澤がお茶を飲んで一息つく。
「梨華ちゃんは味方になってあげればいいんだよ。」
ごちそうさまでした。吉澤が手を合わせる。
味方…か………
- 63 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月06日(月)02時18分50秒
- 「ごちそうさま……」
寂しい夕食を終え、私は一人分の食器を片づけた。
…あれから圭ちゃんはキャットフードしか食べなくなった。
味方になってあげればいいんだよ。
お風呂に入りながら石川は昼間の吉澤の言葉を思い出していた。
薄白い湯気の向こうの天井をぼんやりと眺める。
「そうだよね。圭ちゃんの味方になってあげられるのは私だけなんだから。」
浴槽のお湯を手ですくって思い切り顔に撫でつけた。
- 64 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月06日(月)02時20分18秒
- タオルで丁寧に体を拭い、パジャマに着替えてからバスルームから出る。
圭は石川に背を向けるような感じで床に敷いたクッションに座っていた。
「…石川」
弱々しい圭の声。その背中がいつもよりも小さく見える。
「アタシは一生あんたのお荷物でしか…ないの?」
ううん、そんなことない。
石川は首を横に振る。
ただあなたがそばにいてくれるだけで
私は…すごく幸せになれる……
何も言わず、後ろから優しく圭を抱きしめた。
- 65 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月06日(月)02時22分46秒
- ---- でも、それだけじゃだめなんだよね。
「圭ちゃん、一緒に仕事探そう?」
あせらずゆっくりとね…
「…でも石川はアタシが仕事するの嫌じゃないの?」
「そりゃ…また圭ちゃんが誰かにキズつけられないか
ホントはすごく不安だけど……」
でも、これだけは覚えてて。
「何があっても私は圭ちゃんの味方だから」
世の中にたった1人でも
無条件に味方になってくれるヒトがいれば
こわいものなんてなくなる
「ねっ?」
「…石川ぁ〜〜〜」
圭はぴょんと跳びはねて石川の胸に飛び込んだ。
いつもクールで素っ気ない彼女がたまに見せる素直で可愛い一面。
あ〜あ、きっと味方どころか
圭ちゃんのためなら犯罪でもなんでもやっちゃうんだろうなァ…
----だって困っちゃうくらい圭ちゃんを愛しているから。
- 66 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月06日(月)02時23分56秒
- めずらしく甘いムードに浸っていたふたりだが、
そんな至福の一時も突然の来訪者によってかき消された。
「圭坊、おるか〜!?」
「中澤さん?」
中澤が愛猫マリを抱きかかえて石川の部屋に飛び込んできた。
なんだかすごく慌てた様子だ。
「マリが…全然ごはん食べてくれへんねん……
医者は病気やないって言うとんのやけど……
お願いや。圭坊からマリにどこが痛いんか聞いてくれんか?」
なんだ、そんな事か。お安い御用よ。
- 67 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月06日(月)02時25分40秒
- 「裕ちゃん、やっぱりマリの奴病気じゃないよ。」
「へ?じゃあ何でなんや?」
中澤がマリの顔をそっとうかがう。が、マリはプイとそっぽを向いてしまった。
「裕ちゃん、安倍さんの所のナッチにベタベタしたでしょう?」
「あっ」
そうやった。あんまりナッチが可愛いもんやから、ついチューしてもうたんやった。
「それがショックですねてるだけだよ。」
「そうなんか?マリ。」
ごめんなぁ。裕ちゃんはあんた一筋なんやでぇ〜〜。
中澤がギュッとマリを抱きしめる。
「マリもあんまり裕ちゃんに心配かけないでよ。」
まったくヒトさわがせなんだから。
ま、でもとりあえず仲直りできたみたいね。
石川はそんな様子を見ながら何やら考え事をしていた。
「どうしたの石川?」
圭の言葉に突然満面の笑み。
「圭ちゃん、これ!」
「えっ?何?」
- 68 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月07日(火)01時52分38秒
- 「梨華ちゃんに圭ちゃん、久しぶりやなー。
で、今日はどないしたん?」
ねぇアタシの掛かり付けの病院なんて来てどーすんのよ?
言っとくけどもう注射はヤダからね。
いいから、いいから。
石川がポケットから一枚の紙切れを取り出した。
「アルバイト募集のチラシを見たんですけど。」
「えっ?梨華ちゃん会社辞めたん?」
「いえ。バイトするのは圭ちゃんです!」
んっ、アタシ?
- 69 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月07日(火)01時54分10秒
- 「へー、動物のための『心療内科』ねぇ…
動物たちの心の内を聞いてくれるなんてウチとしても願ったり叶ったりや。
まさに動物と人間の言葉を理解する圭ちゃんならではやね。」
なるほど。石川が考えたにしてはなかなかのアイデアね。
この仕事は確かにアタシにしか出来ないわ。
どや?改めて平家が切り出す。
「圭ちゃんさえ良かったらうちで少し働いてみーへんか?」
そりゃ働きたいのはヤマヤマだけど。圭はチラリと石川の顔をうかがう。
石川は穏やかな表情を浮かべ、圭に微笑んだ。
大丈夫。いつでも私は圭ちゃんの味方だよ。
石川…ありがとね……
圭は小さくうなずくと平家に向かって頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いします。」
- 70 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月07日(火)01時56分42秒
- こうして圭ちゃんは動物心療カウンセラーとして
平家動物病院で働くことになりました。
「圭ちゃん、ちょっと頼むわ。」
「は〜い。」
動物と会話できるということと歯に衣着せぬ的確なアドバイスが評判で、
はやくも何人(匹?)か常連さんが出来たみたいです。
「で、今日はどうしたの?」
働いている圭ちゃんはイキイキしててとってもカッコよくて。
ますます好きになっちゃいそうです。
- 71 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月07日(火)01時57分57秒
- そして一ヶ月後。圭ちゃんの初めてのお給料で
私たちは初めて北海道へ行き、おなかいっぱいウニを食べました。
「最高だね。」
もしかして、こういうの、ささいな幸せですか?
帰ってきて、市井さんにおみやげの熊の木彫りを渡したら
「アンタたち、『貯金』って言葉知ってる?」
だって。ま、今回は特別ってことで。ねっ、圭ちゃん。
- 72 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月07日(火)02時00分05秒
- ---- 「愛されている女」おわり
- 73 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月07日(火)02時01分30秒
- ( `.∀´)<やっと第2話も終わったわね。
( ^▽^)<意外とペース上がりませんでしたね。
( `.∀´)<そうね。第3話こそはキリキリ逝くわよっ!
( ^▽^)<よかったら2行目からも読んでやってくださ〜い。
- 74 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月07日(火)02時37分20秒
- 中澤マリの話も読んでみたいかも…
獣医だと、名前こうなるんですよね(笑
って事は、圭ちゃんは、石川圭!
- 75 名前:名無しです。 投稿日:2001年08月07日(火)04時21分19秒
- やっばり平家さんはアザラシを買ってるのかな?(・x・)
- 76 名前:失礼 投稿日:2001年08月07日(火)04時23分25秒
- 飼って、でした(恥)
- 77 名前:no name 投稿日:2001年08月07日(火)19時35分51秒
- >>73
2行目からもって……(爆
2行目から熟読しました、1行目は読んでないけど。(自爆
[ ゜皿 ゜]<タノシソウダネ、カオリモイレテ?
( `.∀´)<ここは私と石川の愛の巣よっ!スレ違いね。
[ ゜皿 ゜]<……
か、かおりん マンセーッ!?(誤爆
- 78 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月08日(水)01時40分46秒
- >>74
( `.∀´)<『石川圭』…。改めて見るとしっくりこないわね。
( ^▽^)<私が保田さんと結婚したら『保田梨華』ですね。キャー。
( `.∀´)<なんかどっかの国みたいな名前ね。イケてないわ。
( T▽T)<ヒドイ………
>>75
( ` ◇´)<動物の相手は仕事だけで十分やねぇ……
( ^▽^)<石川は保田さん買いたいです〜。
( `.∀´)<だから私は高いわよ…ってアンタ何言わせてんのよ!
( ` ◇´)<アンタら、そのネタはマズイやろ……
>>77
( ^▽^)<そうですよ。ここは保田さんと私の愛の巣なんですから〜。
( `.∀´)<さっバカは放置しといて、さっさと第3話始めるわよ!
( T▽T)<ヒドイ………
- 79 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月08日(水)01時42分36秒
- この物語は
「石川〜、朝ご飯まだァ〜〜?」
圭 ネコ科メス4歳
「は〜い、ちょっと待っててねぇ。」
石川梨華 ヒト科メス20歳
----による…
世にも不思議なカップルの愛の物語です。
「おまたせ、圭ちゃん。」
- 80 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月08日(水)01時43分23秒
- 第3話 世界中が愛してる
- 81 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月08日(水)01時44分25秒
- 「やっぱりふたりだと買い物も楽でいいね。」
「だからってアンタちょっと買いすぎじゃない?」
とある平和な日曜日。ふたりは買い物の帰り道。
荷物持ちに駆り出された圭は大きな紙袋を抱えていた。
ちょっと石川、少しは手伝ってよ!…って、あれ?
隣にいたはずの石川はいつの間にか数メートル後ろで立ち止まっていた。
どうしたの石川?
「あれって…」
石川の視線の先にはベンチの片隅にぽつんと置かれている段ボール箱。
中にはまだ生まれて間もない子犬が一匹。
捨て犬ね…。圭の心の奥底が何かに乱されて波打った。
浮かんでくるのは、むかし人間に捨てられたあの苦い記憶。
もう思い出すことなんてないと思ってたのに……
石川が子犬を抱き上げる。
「このコ、うちで飼お?」
圭がそれを反対するはずもなかった。
- 82 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月08日(水)01時45分35秒
- 「今日からここがあなたのお家だよ。」
石川はさっきから子犬に付きっきりだ。
「はーい、パパにもごあいさつして。」
パパ?あっアタシが?
てゆーかアタシ一応メスなのよ?パパは失礼でしょ!
何勝手に「幸せな夫婦と子供」の設定作ってんのよ!
猛抗議する圭をよそに、子犬は無邪気に体をすり寄せてくる。
その大きな瞳でじゃれついてくる子犬を見つめる。
ま、パパは置いておくとして…
こーゆうのも悪くはないわね……
- 83 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月08日(水)01時50分20秒
- 子犬はひょこひょこと部屋の中を歩き回っては
んーんー、としきりにか細いうなり声をあげている。
「圭ちゃん、このコなんて言ってるの?」
「えーっと……」
たしかにアタシは猫言語はもちろん犬や人間の言葉も理解するバイリンガル。
…だけどこのコのはまだ言葉じゃないから……
「ん〜、わかんない。」
きょとん。石川が目を丸くする。
「そっかァ。」
一呼吸置いて返事した。
ちょっと何よ、今の間は?まさかアタシにがっかりしたの?
まだこのコ赤ちゃんだもんね。しゃべるわけないか。
当の石川はそんなコト全然思ってなかった。
- 84 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月08日(水)01時51分57秒
- 「市井さん見て下さ〜い。写真出来たんです。」
石川が子犬の写真をカバンから取り出す。
「へー可愛いじゃん。名前はもう付けたの?」
「亜依って付けました。女の子なんですよー。」
しかも亜依は可愛いだけじゃないんですよー。
なんとおしっこしたくなると自分で玄関に行くお利口さんなんです。
エヘンと腰に手をあてて胸を張る石川。
「もしかしてうちのコ天才?さすが私と圭ちゃんの子供!」
ったく親バカも程々にしなよ。
大体アンタと圭ちゃん、一応女同士でしょーが。
なんで子供出来てんのよ。しかも犬じゃん。
突っ込みどころがありすぎて逆に突っ込めやしないよ。
「石川…吉澤が泣くからそのくらいにしといてやりな。」
隣でずっと固まっている吉澤を気遣ってそう言うのがやっとだった。
そりゃ好きな人ののろけ話聞かされちゃたまんないよなぁ…
「いいんです。梨華ちゃんが幸せなら私はそれで…」
吉澤…不憫なやつ……
「それはそーと、亜依は今どーしてんの?流石にまだ留守番はできないでしょ?」
「あ、それは大丈夫ですよ!」
- 85 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月09日(木)02時13分55秒
- 「え?犬に洋服を着せるのは人間のエゴじゃないかって?」
昼間は圭ちゃんが仕事場で預かってくれてるんですよ〜。
ふ〜ん、圭ちゃんも大変だね。
「カオリの彼がね、ノノがかわいそうだから脱がせろって怒るの。」
アタシの仕事は動物たちの心の声を聞くこと。
「もともと毛が生えてるから犬にとっては迷惑なだけだって。
そう言われちゃうとそんな気してきちゃうんだよね。」
なるほどね。で、ノノちゃんだっけ?実際の所はどーなのよ?
小さなチワワ犬が身体を震わせながら言った。
……さむいのれす。
- 86 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月09日(木)02時14分55秒
- 「…というわけです。さっさと着せてやってください。」
「よかった。やっぱりノノが嫌がることしたくないし。」
ちょっと待っててね。すぐに服着せてあげるから。
長い髪をした女はそう言うとカバンの中から何やら取りだした。
なんだ、結構いい飼い主さんね。よかったわねノノちゃん…
「……って、ちょっと待ってお客さん。」
「え?」
え?じゃないわよ。何よ、そのフリル付きの毛皮の服は?
犬に毛皮って…。それじゃ彼氏じゃなくても怒るわよ。
- 87 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月09日(木)02時17分25秒
- いやー、さっきのお客さんすごかったなぁ〜。
午前の診療が終わってちょっと昼休み。
圭と平家はお茶をしながら患者さん談義に花を咲かせていた。
「でもホンマに寒がりなコっておるからなぁ。
犬と生活してない人から見ると変な話やけど。」
「もちろんファッションだけのコも多いけどね。」
ま、どちらにしろ微妙な問題よね。
「でも言葉のわかる圭ちゃんがおるからホンマに助かるわ。」
平家はお茶を飲み干すとしみじみとそう言った。
……なんだか照れちゃうわね。
アタシは仕事に誇りを持っていた。
- 88 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月09日(木)02時18分59秒
- 「夕食もう少しだから待っててね。」
トントンという包丁の音と一緒に台所から聞こえてくる石川の声。
それじゃアタシはこのチビの相手でもしてましょうかね。
圭が亜依を抱き上げる。ほら高い高ーい。
「アタシって実は結構立派なお仕事してるのよ。
ぜひ尊敬しなさい!」
って言ってもまだこのコにはわかんないか。
圭が下ろしてやると亜依はひょこひょこ歩き回り出した。
さてと、そろそろ食事の準備しなくちゃね。
- 89 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月09日(木)02時20分53秒
- テーブルの上に美味しそうな料理。
すっかり食事の準備も整った。
「圭ちゃん、亜依呼んできてくれる?」
はーい。
「おーい、ご飯だぞー。」
まったくあのコどこ行ったのよ。
体がちっちゃいから見つけにくいったらありゃしない。
ぶつぶつ文句を言いながら圭が部屋中を探し回る。
おっ、居た居た…って………
次の瞬間、圭は頭から血がサーッと引いていくのを感じた。
あ〜〜っ!ちょっとアンタ何かじってんのよ!!
亜依のそばに転がっていたのは……ボロボロに噛まれた、靴だった。
- 90 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月09日(木)02時22分35秒
- ----いつしか
天才のハズだった亜依は
とんでもない破壊大王になっていた……
雑誌やスリッパ。植木鉢にゴミ箱。
石川のお気に入りのクッション。
果ては部屋の柱まで。
もう亜依がかじってない物はないんじゃないか?
一週間もしない内に亜依はありとあらゆるものをかじり倒してしまっていた。
「一体何が不満なのよ?」
これ以上かじられたら部屋が壊れちゃう。
堪えかねたように圭がたずねる。
でも亜依はウーウーと唸るばかり。
さっぱりわかんないわ……
- 91 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月09日(木)14時20分41秒
- いいらさんトコのののちゃん、羊(にわとり)かとおもたよ。
それにしても面白い。
- 92 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月10日(金)03時32分22秒
- >>91
Σ( `.∀´)<そう言えば辻にはすでに動物の持ちネタがあったわね!
( ● ´ ー ` ● )<なっちも一つくらい動物の持ちネタ欲しいべ。
( ^▽^)<何言ってるんですか〜。安倍さんはすでに(略
- 93 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月10日(金)03時35分12秒
- 「あー、それはやねー。」
結局自分ひとりでは解決できないと考えた圭は
平家に相談を持ちかけていた。
「歯が生えかわる時期はどうしてもムズムズしてどこでもかじるから
犬用ガムや亜依専用のおもちゃをあげるとええで。」
実に簡潔明瞭で的確な平家の回答。
なんだそうだったの。圭が感心したように声を上げる。
やっぱり餅は餅屋ね。
「ところで梨華ちゃん元気か?」
「石川?んー、どうかしら?」
最近石川のクマが酷い。
その原因となっているのが亜依の夜泣きだ。
亜依が夜泣きする度に石川が起きてあやしている。
ひどい時など一晩中起き続けていたこともあった。
見かねた圭が代わりを申し出ているのだが
石川のその変に生真面目な性格のせいか
大丈夫、と一人で問題を抱え込んでしまっていた。
何が大丈夫、よ。やっぱり無理にでも代わってあげなくちゃ。
「かなりボロボロかもね。」
自嘲気味につぶやく圭の言葉に平家は苦笑した。
「……赤ちゃんは人間も犬も大変やからな。」
もしかしてアタシって役立たず?
…せめてあのコが何言ってるのかわかればなぁ。
- 94 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月10日(金)03時37分10秒
- 「何言ってんねん、圭坊。
そんなん赤ちゃんなんやから当たり前やんか。」
醤油を借りにきたら逆に圭から相談を持ちかけられた中澤は
圭の悩みをあっさりと一刀両断に斬り捨てた。
そんなのわかってるよぉ。だけどさぁ…
「てゆーかなぁ……」
中澤が続ける。
『あのぉトイレに行きたいので連れていって頂けないでしょうか?』
なんて流暢にしゃべる赤ちゃんの方が嫌やない?
たしかに…。
圭は亜依が流暢にしゃべっている姿を想像して眉をひそめた。
あのコにそんな喋り方されてもそれはそれでイヤかも。
「せやけど、言ってることなんてそのうちすぐわかるようになるで。
なんとなくな。」
そう石川にも言っといてや。ほな、醤油借りてくで。
え…?それってどういう意味?
圭が問いただそうとしたときにはすでに中澤は帰ってしまっていた。
そんなんじゃわかんないよ裕ちゃん。
そう言えば。圭は改めて考え直した。
アタシは人間の言葉もわかるから考えもしなかったけど
言葉を話すことのない裕ちゃんとマリは
どうしてあんなにわかり合えてるんだろう…?
- 95 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月10日(金)03時39分12秒
- 一方その頃石川は子犬の育児書を穴が開くほど読み込んでいた。
石川さん、かなり本気入ってます。
「えっと、噛む癖を直すには…両手で口を上下から抑え込み、
『ダメ!』とグッとにらむ…かぁ。なるほど〜。」
石川が早速亜依に手を伸ばすと…
カプッ
「いった〜〜〜〜い!!」
案の定手を噛まれた。
ったく何やってんのよ。…救急箱どこだったかしら?
「…なんで本の通りにいかないの?うちのコだけよそのコたちと違うの?」
噛まれた手を圭に手当てしてもらいながら、半ベソ状態で愚痴る石川。
…相当疲れてるわね。
ネガティブ思考一直線の石川に多少呆れ気味の圭。
- 96 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月10日(金)03時41分00秒
- 「あのねぇ石川…?全部が本の通りだったら気持ち悪いよ。
犬にもそれぞれ個性があるんだから。」
人間だって、猫だって、そうでしょ?
やれやれと、諭すような圭の口調。
石川は真面目だからしょうがないか。
特に最近は疲れてるし。
「今日はアンタゆっくり寝なさい。亜依はアタシが見るから。」
さっ行くわよ亜依。
圭が亜依を抱き上げる。
…圭ちゃんってなんて頼りになるんだろう。
さっきまでのネガティブはどこへやら。すっかりリスペクトモード全開の石川。
そうよね、亜依が噛むのも個性よね!
石川さん、それは間違ってますよ。
- 97 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月10日(金)03時42分38秒
- それじゃ、お言葉に甘えて…。
石川が寝室のドアを開けかけたそのとき。
んーんーんーんー。
またも亜依が唸りはじめた。
「…アンタ、喧嘩売ってんの?」
このコ…昼間はおとなしくしてるクセに
夜は石川がついてないとなんで暴れ出しちゃうのよ?
ちょっといい加減にしなさいよ?
圭が睨みを利かせるも、亜依には全然効き目無し。
亜依はぴょーんと圭の手から飛び降りると、
ひょこひょこ石川の足元まで歩いていって体をすり寄せた。
「あらあら、私じゃないとイヤなの?」
石川が抱き上げると亜依の唸り声はぴったり止んだ。
「ごめんね圭ちゃん。」
石川はすまなさそうにそう言うと亜依を抱いたまま寝室に入っていった。
ひとりリビングに取り残される圭。
…ちょっとアタシの立場はどーなるのよ?
- 98 名前:ラークマイルドソフト 投稿日:2001年08月10日(金)03時51分35秒
- ( `.∀´)これが放置ってやつ?い、痛くも痒くもないわよ!
…ってことでリアルタイムでした!
ガムバッテくらはい!
- 99 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月11日(土)03時23分49秒
- >>98
( ^▽^)<保田さんもやっと放置される快感に目覚めましたね〜。
( `.∀´)<ちょっと!アタシはそんな趣味無いわよ!
- 100 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月11日(土)03時25分11秒
- さみしい………
育児が大変なのか、最近石川は全然アタシにかまってくれなくなった。
……ふんっ、どーせアタシは孤独な一匹猫よ!
精一杯強がってみる圭だったが寂しさは誤魔化せない。
すっかりふてくされた圭は手元にあったリモコンのボタンを無造作に押した。
テレビから女性の落ち着いたナレーションが流れてくる。
『さて今日の特集は…「家庭に居場所を失う父たち」です。』
「…!!」
『家に帰りたく…ないんです。
妻は息子に夢中で、私は家に居場所がなく一人寂しくすごしています……。』
ブラウン管の中のSさん(会社員・40才)がその胸の内を淡々と告白する。
わかるっ!わかるわよっ、その気持ち!!
いつの間にか圭はテレビにかじりついていた。
『もっと奥様に積極的にアピールしてみてはいかがでしょうか?』
当たり障りのない女性コメンテーターのアドバイス。
なるほど。なぜか圭が納得していた。
- 101 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月11日(土)03時26分23秒
- よし、積極的、積極的ね。
石川ぁ〜〜
石川の胸に飛び込んで頬をすり寄せる。
「どうしたの圭ちゃん?なんか赤ちゃん返りしてない?」
圭が久方ぶりの石川の温もりを堪能していたら…
カプッ
「イッタ〜〜〜〜〜イ!」
シッ、シッポがぁぁ……
あまりの痛さに床をのたうち回る圭。
「亜依、圭ちゃんのシッポ噛んじゃダメでしょ!」
石川に叱られて亜依は『ごめんなさい』の表情。
だけどその次の瞬間、亜依は圭に向かってニヤリ。
コ、コイツ…今の絶対わざとだわ…!
キーーッ!む〜か〜つ〜く〜!!
- 102 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月11日(土)03時27分57秒
- どうにかして石川の気をひかないと。
でもどうすれば……
「亜依もだいぶ重くなったねぇ。ちょっと座ろうね。
どっこいしょっと。」
ん!これだ!
「石川…『どっこいしょ』なんて、ババ臭いわよ。」
よし、これで『圭ちゃん、ひど〜い』なんて返してくるはず。
さあ来なさい石川!
ドキドキと期待しながら石川の言葉を待つ圭。
しかし石川の次の言葉は圭の期待を大きく裏切った。
「…好きなヒトの心ない一言で、女は本当にフケちゃうんだよ………」
----え?
「圭ちゃんのバカ!」
- 103 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月11日(土)03時29分24秒
- きらびやかに光るネオン。帰路を急ぐ人の波。
途切れること無く流れていく車のテールランプ。
----本気で石川を怒らせちゃった……
石川の部屋を逃げるように飛び出した圭は夜の街を当てもなく彷徨っていた。
軽い冗談のつもりだった。
ただ石川に振り向いてほしかっただけだった。
でもそれは単なるエゴだった。
そしてそのエゴが石川を傷つけた。
情けなさが心に沁みる。
アタシはバカだ…
「あれ?」
人の波に逆らうように歩く圭に気付いた人物がいた。
吉澤だった。
- 104 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月11日(土)03時30分06秒
- 「圭ちゃんのバカ……」
冗談でも許さないんだから。
頬をふくらませ、口を尖らせる石川。
ふと鏡に映る自分を見た。
目の下にはクマ。肌はボロボロ。
育児疲れがモロに顔に出ている。
「枯れきってる……」
……これじゃ言われてもしょうがないか。
お化粧しなくちゃ。
数十分後。
そこにいたのは瑞々しいくらいに魅力の増した『女・石川梨華』だった。
「ふふ。水揚げしたお花の気分ね。
さあ圭ちゃん、どこからでもいらっしゃい。」
- 105 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月11日(土)03時31分20秒
- コチコチコチ……
時計の短針が12を指した。
「圭ちゃん遅いね。」
亜依を抱いたまま、圭の帰りをじっと待つ石川。
一人で夢を見るにはこの部屋はあまりにも広すぎる。
圭ちゃん…どこにいるの……?
そのころ圭は…
「吉澤ぁ、もっとお酒持ってきなさいよ〜!」
まだ飲むの?くそー、声なんてかけるんじゃなかった……
吉澤の家に転がり込んでいた………
- 106 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月11日(土)03時32分17秒
- トゥルルルル……
「はいもしもし……あっよっすぃー?
えっ、圭ちゃん、よっすぃーの家におじゃましてるの?
…うん、ごめんね。迷惑かけて。
あっ、あの……」
「梨華ちゃん、話がしたいってさ。」
吉澤が受話器を放り投げる。
話したくない。
圭が受話器を投げ返す。
ちょっと、いいの?
アンタには関係ないわ……
無言でにらみ合うふたり。
吉澤が折れた。
「そう……、うんわかった。じゃあねよっすぃー。
おやすみ………」
カチャ…。受話器を下ろす音が切なく響く。
「ねえ、いいの?」
吉澤のその言葉には少しだけ、怒気が含まれていた。
「……いいのよ。」
圭は寂しげにそう言うと、酒を口に含んだ。
どうせ家に帰ったって
もうアタシの居場所なんて
----どこにも ないのよ………
- 107 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月11日(土)04時02分13秒
- 圭ちゃん石川に惚れ込んでしまいましたね。
- 108 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月11日(土)04時15分36秒
- それにしても末恐ろしい子供だ…(w
- 109 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月12日(日)02時58分26秒
- >>107
( ^▽^)<石川の魅力に保田さんもうメロメロですね〜。
( `.∀´)<そうなの。だからカヲリの所には行けないわ。ごめんね。
>>108
@ @
( ‘д‘)<台詞無い分、動きで勝負せなアカンからな。
( `.∀´)<アンタは別に勝負しなくてもいーのよ!
- 110 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月12日(日)03時00分55秒
- チチチチチ………
どこからか爽やかな鳥のさえずりが聞こえてくる。
カーテンの隙間から差し込む優しい日差しに圭は不意に目を覚ました。
目をこすりながら部屋を見回す。人のいる気配は無い。
時計はもう10時を回っていた。
「吉澤は会社か。アタシは今日は丁度休みだけど。」
少し頭が痛い。ちょっと飲み過ぎたかしら。
圭は台所に行き、グラスに水を注ぐと、一気にそれを飲み干した。
「あいつ結局何も聞かなかったわね。」
聞かないでくれて……正直感謝してるけど。
ソファにもたれ掛かって一息つく。
「ん?吉澤が会社ということは
石川も今は家にいないってことね。」
とりあえず一回家に帰ろうかしら。
- 111 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月12日(日)03時04分32秒
- 亜依はちゃんとご飯食べたかしら?
多分ケージに入れられてるだろうからちょっと遊ばせてやらなきゃ。
ガチャリ。
圭がドアを開ける。
……!?
思わず圭の足が止まった。
誰もいないはずの部屋、そこにいたのは。
----石川?
無言のまま、ふたりの視線だけが交差する。
辺りの空気がじっとりと、重い。
……なんか気まずいわね。
「アンタ、会社じゃないの?」
重苦しい空気を拭い去るように圭は口を開いた。
「……お休みもらった。」
「あのねェ、亜依が可愛いのはわかるけど
そこまでしなくてもいいじゃない……」
違うの。
消え入るようなか細い声。
「動けないの…」
- 112 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月12日(日)03時06分35秒
- その顔に、表情は無い。
ただ、その虚ろな瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
「圭ちゃんがいなくって、
帰って来るってわかってても…」
石川の頬を、涙が一筋流れ落ちた。
「圭ちゃんの声が…聞こえてこないだけで
不安の方がどんどん大きくなって………」
そこで石川の言葉は途切れた。
感情が止めどなく溢れ出す。
石川が泣いた。
まるで母親に置いていかれた子供のように。
声を上げて。
涙をこぼして。
「よく分からないけど…
とにかく寂しかったのぉ〜〜〜〜」
石川が圭の胸に飛び込んで来た。
圭はそれをただ優しく受け止めた。
- 113 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月12日(日)03時07分19秒
- ……なによ。
もしかしてアタシってかなり…
愛されている?
ちょっとした誤解とすれ違いが解けて
ようやくふたり元の鞘におさまったかと思ったら…
カプッ
「イッタ〜〜〜〜〜イ!」
再び亜依の噛みつき攻撃。
こ、今度は腕がぁぁ…
…ってアンタいい加減にしなさいよ。
腕をさすりながら亜依の方を振り返ると。
んーんーんー。
亜依がいつもの様に唸っていた。
…よく見ると、ちょっと怒ってる?
もしかしてこのコが攻撃してくるのは…
アタシがこのコに嫉妬したのとおんなじで、
このコもアタシに嫉妬してたのかしら……
- 114 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月12日(日)03時08分40秒
- 「…てゆーか、腕に何か刺さってる!」
圭が腕に刺さっていた白い物体を引き抜いた。
石川が圭の手のひらをのぞき込む。
「圭ちゃん、これってもしかして!」
圭の手にあったのは、犬の抜けた歯。
「石川!」
「今日は亜依の歯抜け記念日ね!」
アンタもこれでもう大人ね。
圭は亜依を抱き上げた。
- 115 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月12日(日)03時10分10秒
- 「あっそうだ。今回はよっすぃーに迷惑かけちゃったから。」
何かお礼しなくちゃね。
石川がそう言うと、圭の目がキラリと光った。
「大丈夫。礼ならアタシがきっちりしてきたから。」
「……なに?この料理は?」
帰宅した吉澤を迎えたのは、見るからに美味しそうな夕食。
そして、その料理の横には一枚のメモ。
『味噌汁は温めてから飲みなさい。 圭』
- 116 名前:ラークマイルドソフト 投稿日:2001年08月12日(日)03時53分03秒
- ( `.∀´)<味噌汁を御飯にかけんじゃないわよ!ネコマンマだからよ!
…ってことで酔っぱらってきました!
- 117 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月13日(月)03時11分32秒
- >>116
( ^▽^)<そうですね!味噌汁の中に御飯を入れてください!
( ● ´ ー ` ● )<胃の中に入れば、どっちも変わんないっしょ。
( T.∀T)<この二人にはもう付き合いきれないわ……
- 118 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月13日(月)03時12分45秒
- 「ん?どうしたの?」
さっきからじぃ〜っと見つめる亜依の視線に気付いた圭。
相変わらず亜依はんーんーんーと唸るばかり。
「あーはいはい、おしっこね。」
亜依を抱えてトテトテと犬用トイレに連れていく。
「もう言葉覚えたの?」
石川が目を輝かす。
「ううん。まだしゃべんないわよ。」
「えっ?」
「ただ何となくそう言ってるかなって…」
そう思っちゃったんだよね。ほんとに、なんとなく。
- 119 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月13日(月)03時14分25秒
- 「あーっ、それなら私にもわかるよー。
このコって目で何か言ってくるの。」
嬉しそうに口を動かす石川。
そっか。石川にも、わかるんだ。
『すぐにわかるようになるで。なんとなくな。』
最近になって……
裕ちゃんの言っていた言葉の意味が
少しだけわかったような気がするわ………
「でもね圭ちゃん!」
いきなり石川が真剣な口調。
「わかってても、きちんと言葉に出してほしい、
そんな言葉だってあるんだから。」
少し吊り上がった眉。真っ直ぐな瞳。
これほど真剣な顔をした石川を見たのは初めてかもしれない。
「圭ちゃんはきちんと言ってくれなきゃ嫌だからね!」
「何をよ?」
ちょっと石川怖いわよ…
圭が思わず一歩退く。
石川が圭の耳元に顔を近づけて、そしてそっと囁いた。
愛してるって……
- 120 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月13日(月)03時16分17秒
- 柔らかな笑顔で圭の顔をのぞき込む石川。
「……たっ、たまになら、言ってあげても…いいわよ。」
圭は頬を赤らめながら、石川から目をそらした。
石川は石川で、圭の言葉がよほど嬉しかったのか
真っ赤な顔をして口元をほころばせている。
…ったくコイツはどうして
こんなにも純粋で、たち悪く
----無邪気でいられるんだろう………
でも、
そんな石川がアタシは
可愛くてしょうがない………
「亜依、圭ちゃんがね、私たちのこと愛してるだって。」
ちょっと、まだそんなこと言ってないでしょ!
ったく。
石川を見てると
----まるで
愛し合うことが当たり前で
世の中すべてのヒトたちが
みんなで愛し合っているような、
そんな気持ちになってしまう。
そう…きっと世界中が愛しあってるんだ……ってね。
- 121 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月13日(月)03時18分44秒
- ---- 「世界中が愛してる」おわり
- 122 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月13日(月)03時20分43秒
- ( `.∀´)<ついに第3話も終わったようね。
( ^▽^)<これで一応シリーズ完結ですね。
( `.∀´)<意外とレスも頂けたようで何よりだわ。
( ^▽^)<お付き合い有り難うございました〜。
- 123 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月13日(月)03時21分48秒
- というわけで「愛しすぎた女」全3作完結です。
近日中に次回作にとりかかるつもりですので、
そちらの方もよろしければ読んでやってください。
拙文でしたが、ご愛読ありがとうございました。
- 124 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月13日(月)04時00分00秒
- なんか幸せな気分になれました。アリガトー
次回作も期待大
- 125 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月13日(月)21時46分38秒
- めちゃくちゃ面白かったっす。
亜依がしゃべりだしたらどうなるんだろう・・・
次回作も楽しみにしてるっす。
- 126 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月14日(火)01時49分12秒
- この二人といても亜依は
関西弁を喋りだすのかな…
たいへん楽しませて貰いました、ひとまず御疲れ様でした。
- 127 名前:ラークマイルドソフト 投稿日:2001年08月15日(水)01時28分59秒
- お疲れ様でした!
微笑ましいラストシーンでしたね!
物語全体に溢れる「優しい感じ」が良かったです。
次回作も期待して待ってマス
- 128 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月15日(水)02時13分43秒
- 『 葉月の風 』
- 129 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月15日(水)02時15分41秒
- 一年半前、研ぎ澄ました刃のように凛とした風を頬に受けた。髪が乱れ、耳がちぎれた。
入学しようと考えていた高校を下見に行く途中でぶつかった十二月の風に、
市井はその凍えた体の中に緊張感に似たものが張りつめるのを感じた。
両手をポケットから抜き出し背筋を伸ばす。吹きすさぶ風が頬を切る。
背中を丸めると体がゆるんでいくように思えた。
その風を切り裂くようにして歩いた。そして針を飲むような思いで息を吸った。
三月の風も思いの外冷たかった。入試に向かう市井の正面からその透明の塊は体当たりしてきた。
まるで壁のようなその風を、押し戻すようにして歩き続けた。
力を入れて地面を踏みしめると、強い躍動感を感じた。
胸を張り、顔をあげた。歩いている自分がいた。
- 130 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月15日(水)02時17分49秒
- それから二度目の五月。風は丸みを帯び、やさしい匂いがした。
夏の近づきを感じさせるその暖かい風は市井の体をそのふやけた舌先で舐めていく。
肌を撫でつけるようなその風に、思わずいい気持ちだと呟く自分に市井は気付いた。
なんだよ、まるで引退後の余生を楽しむ年寄りみたいだ。
早朝で静まり返った道を歩くほどに怒りと恥ずかしさがこみ上げる。
夢のような甘さの中に浸っていると、そのまま自分がなくなっていくような不安に襲われる。
大きく二度頭を振り、徐々に強くなり始めた朝の日差しを正面に受けながら、市井は高校へ向かう。
朝稽古が待っている。
市井が高校に通いだして一年と一月が過ぎた。
未だに廊下がうぐいす張りの古めかしい校舎にもすっかり馴染んだ。
その校舎の裏にある武道場の床を踏みしめる度に、
眠っていた神経が目を覚ましていくのを市井は感じていた。
踏み込む足に伝わる床の冷たさが心地よい。
武道場の窓からは朝の陽の光が斜めに射し込んでいた。
- 131 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月15日(水)02時20分49秒
- 新学期が始まる前の春休みに市井の所属する剣道部は合宿を行った。
六時に起きて、7,8キロほど走り、戻ってきて水を飲む。
その一口でしなびた体が息を吹き返す。
すぐに五百本の素振りと30分の掛り稽古。
朝食を見るだけで吐き気がした。しかし食べなければ体は持たない。
白い飯を味噌汁で胃に流し込んだ。
食休みをかねた一時間近い柔軟体操の後、午前の稽古が始まる。
休みなく繰り返される百本切り返しと打ち込み稽古。
竹刀の乾いた音が武道場に響き渡る。
気が遠くに飛んでいくのを知りながら、
それでも市井はただ声を張り上げ、足を踏み込み、竹刀を振るい続ける。
昼食後、二時間の休憩がある。
市井は畳の上で死んだように眠りにつく。
午後は掛り稽古と地稽古を中心の練習を三時間行う。
地稽古とはボクシングでいうとスパーリングにあたる実戦的な稽古である。
市井はこの地稽古が一番好きだった。
夕食後にまた五百本の素振りをしてミーティングを行う。
夜は柔道場にせんべいのような布団を敷いて眠った。
- 132 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月15日(水)02時23分37秒
- 春の合宿は二週間続いた。
疲れ切った躯を横に倒しながら毎晩、市井は思う。
もう辞めてやる。
だが実際に竹刀を捨てる気は無い。
剣道から逃げても、他に行くあてが無いというのがその理由の一つではあった。
だがそれ以上に剣道が市井の心をとらえて離さない理由があった。
竹刀を構えると、ふと自分の精神が身体から飛び出して
抜け殻になった自分の身体を眺めているような錯覚に覚えることがある。
全てを忘れる白い世界。それを味わう一瞬に市井は心底惹かれていた。
- 133 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月15日(水)02時26分59秒
- 今回もまた少し毛色の違う感じになりそうです。
よろしくお願いします。
- 134 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月15日(水)03時36分46秒
- 早速新作っすね!!
まだ始まったばかりですけど本当に前作とはまったく違った感じですね。
今回のも楽しみに読まさせていただきます。
- 135 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)02時38分10秒
- 合宿が終わると同時に新学期となり、その日から朝稽古も始められた。
四月の中葉になると新入生が入部してきて、稽古は賑わいを増した。
三年生になった主将の飯田はその賑わいに満足しているようだったが、
そのために練習量の減ってしまった市井は少し失望した。
初めて竹刀を握る者も多い新入生相手の稽古に
市井は物足りなさを感じ、そのまま埋もれていくような気分になった。
二十人近くいた新入部員も五月になるころには半分近くにまで減っていた。
部員が減るごとに、市井の練習量は増していった。
- 136 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)02時39分26秒
- まだ朝靄の晴れきらない空は清流の水のように澄み渡っている。
道に沿って並んでいる木々の枝からは鳥のさえずりが聞こえる。
メンを打つときの踏み込みが甘い。市井はそんなことを考えながら歩いていた。
メンに飛び込む瞬間、相手の出ゴテへのためらいが胸をよぎり、足にからみつく。
それが相手のメンをとらえる前にかわされたり、相打ちにされたりする結果を生む。
それでも市井は中学時代ほとんどメン一本で通してきた。
コテやドウも繰り出しはするが、それはメン打ちへの布石に過ぎないと市井は思っている。
自分の技に幅がないことを市井は承知していた。
いつの間にか赤煉瓦で出来た校門に着いていた。
- 137 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)02時40分37秒
- 武道場に足を踏み入れる。
ギシッと古びた床が音を鳴らす。
玄関を上がってすぐ正面にある部室のドアを開けると、柴田が丁度袴の紐を締めていた。
市井を振り返って頬をゆるめ、柔らかい顔で笑った。
「腕も足も、もうコチコチ。」
「はは、あたしもだよ。」
市井は干してあった自分の剣道着を手にとった。
柴田は中学時代から腕を鳴らしていた剣士で、二年生の中では市井の唯一のライバルだった。
彼女は強いし、これからもっとその腕を上げるだろうと市井は思う。
新入生が何人辞めようと気にならないが、もし柴田がそうなれば市井は大きな張り合いをなくす。
柴田は剣道にかぶれているところがあって、市井はそういう柴田が好きだった。
- 138 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)02時41分41秒
- そう言えば今日は早いじゃない。思い出したように柴田は言った。
「まあね。」
苦笑いしながら市井が頷く。いつも市井は毎朝ぎりぎりの時間に部室に駆け込んできていた。
「流石にもうあんな目にはあいたくないよ。」
「あれは凄かったもんね。」
先週の朝稽古を市井は三日続けて遅刻した。
特に三日目は稽古が終わりかけたときに武道場に顔を出した。
すぐに飯田の怒声がとんできた。
市井はそのまま道場の中央に突き出され、制服のまま掛り稽古をやらされた。
防具をつけていないので流石に打ち返されることはなかったが、
体当たりの度に床に叩きつけられ転がされた。
やっと解放されたと思った時には目の前を無数の光が漂っており、
腿の筋肉は外れそうなほど震えていた。
- 139 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)02時43分29秒
- 「紗耶香、一本やりましょ。」
市井が道場の隅で面紐を結んでいると不意に前から声がした。
見上げると三年生の安倍がすでに面をつけて立っていた。
「いいですよ。」
パンッと面紐を打って締めると小手をつけて立ち上がった。
安倍は主将の飯田と並ぶ剣道部の実力者だった。
市井が見る限りでは安倍と飯田では安倍の方がわずかに力が上だった。
実際、この二人が試合をやれば三回に一回飯田が勝てるかどうかという所だった。
だがそれは二人が直接試合をするときだけに限った話だった。
安倍は得意とするタイプと苦手とするタイプがはっきりと分かれており、
第三者との試合になれば飯田の方が勝率も良く、安定した実力を持っていた。
そういう理由もあってか、飯田が主将、安倍が副主将に落ち着いていた。
- 140 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)02時45分02秒
- 竹刀の先を合わせながら、お互いに右に回る。
二人の位置が完全に入れ替わった。
安倍の右足がさらに一歩右に滑ろうとする。
その刹那、間髪を入れずに市井は踏み込んでいた。
市井の伸び上がるようなメン。竹刀での受けは間に合わない。
安倍が顔を反らしてすんでの所で切先をかわした。
ちっ。タイミングは完璧だったのに。まだ踏み込みが甘いか。
市井はそのまま安倍に体当たりをし、その反動で引き胴を打った。
安倍はそれを軽く柄で押さえた。
再び間合いが離れようとするところ。安倍がすかさず詰めた。
市井が居ついたところに安倍の突きが攻めたてる。
体をひねってかわそうとしたが、完全にはかわしきれず、
竹刀の先が市井の喉の付け根を直にとらえた。
一瞬呼吸が詰まり、体が宙に泳ぐ。
次の瞬間、脳天をしたたかに打ち据えられた。
- 141 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)02時46分52秒
- 勢いよく水を吐き出す蛇口の下に頭を持っていき、水をかぶった。
体からほとばしる熱と、肌に張り付いた汗が吸い込まれるように引いていく。
濡れた髪を掻き上げながら部室に戻る途中、
新緑の香りを含んだ風が市井の体をくぐり抜けて、去っていった。
あれが真剣の刀だったら、喉を貫かれて殺られてた。
安倍との稽古を思い出しながら、部室に戻った。
ユーカリの梢に白露の玉が光る。
季節は春から夏へと移ろいゆこうとするところだった。
- 142 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月16日(木)03時30分04秒
- 柴田!?ま、まさか彼女はサイボーグ?(爆)
今回の話、まだまったく先が読めないのでどうなっていくのか楽しみです。
- 143 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)22時57分11秒
- 六月の最初の日曜日、市井たちの学校の体育館で対抗試合があった。
近隣の高校七校が集まって、年に二回試合を行っている。
互いの腕を競うためと、試合慣れするするための場として、
七校全てがその価値を認めていた。
単なる練習試合でなく、まるで公式戦のように
各校が勝利を第一義とするところもその試合の価値を高めていた。
各校それぞれAB二つのチーム、計14チームでトーナメント戦を行う。
Aチームは各校のレギュラーで、Bチームは二軍にあたる。
市井はこのBチームの選手として試合に出場することになった。
二年生では他に柴田が指名された。
先鋒・次鋒・中堅・副将・大将の五名で構成される団体戦。
市井はBチームで先鋒を任された。
どのチームも先鋒にはかなりの実力者をもってくる。
まともに組んでは勝ち目は薄いと判断した三年生のBチームの主将は、
捨て駒として市井を先鋒に置いたのだ。
柴田は気の毒なことに副将を言い渡されていた。
抜群に腕の立つ柴田とはいえ、副将の荷は重すぎる。
残った三年生三人で三勝を稼いで勝つというのがBチームの作戦だった。
市井は興奮していた。
胃の中が熱く渦を巻き、躯は燃え上がるような熱を帯びていた。
- 144 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)22時58分39秒
- 第一試合が始まった。市井は面紐を一度後ろで揃えると、
竹刀を左手に持って立ち上がった。
頑張れという部員たちの声援を背中に受けて市井は試合場に進み出た。
「はじめ!」
審判の合図が響く。
迷うな。速攻だ。
市井は立ち上がるなり間合いを詰めると、コテメン、メンと
息もつかせない連続技を多段に浴びせた。
一般的に先鋒を務める選手というのはスピードが豊かで器用な剣士が多い。
相手の先を取って技を仕掛けて自分のペースを作っていく。
市井の相手も例に漏れずそのタイプだった。
自らのお株を奪われるような速攻を受けてたまらず下がり間合いを切る。
こっちも打ち返さなくちゃ、とか思ってるんだろ?
市井には相手の心の中が透かして見るようにわかった。
相手の身体が伸び上がった。
パァンッ。乾いた音が響きわたる。
焦って不用意に出した相手のメンを逆に市井の出ゴテが押さえた。
赤旗三本。市井が一本目を先取した。
はは、取れちゃったよ。
開始線に戻りながら市井は今の感触を思い出していた。
二本目。調子を良くした市井がまたもいきなり飛び出した。
竹刀が相手の面をとらえるより早く、市井の右小手に鈍痛が走った。
なにやってんのよ。柴田が呆れたように呟く。
一本目と同じような形で市井は出ゴテを返されてしまった。
その後、両者とも決め手を欠いたまま
時間切れを知らせる笛がなり、結局市井は引き分けに終わった。
- 145 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)22時59分48秒
- 一回戦は相手もBチームだったせいか、三年生の一人が負けただけで
柴田を含む三人が勝ち、三勝一敗一分けで二回戦に進むことになった。
試合後、とっくに引いているはずの汗を未練がましく拭っている市井の所へ
柴田がやって来て、ばっかじゃないの、と呆れ顔で言った。
「ちょっとメンが不用意過ぎじゃないの?あれじゃ中学生でも返せるわよ。」
市井は額の汗を拭った。乾いていた。胸の鼓動はまだいつもより早い。
「練習のときみたいに、間合いを計って攻めきってから飛び込めば
あんな相手秒殺だったのに。」
「ちょっと調子乗りすぎたね。」
「そうよ。何のために毎日何時間も練習してんのよ。
あんたのあのメンは飯田さんや安倍さんだって簡単には返せないんだから。」
市井は黙って頷くと竹刀を手繰り寄せた。
正面から堂々とやればいい。
市井は自分の心に言い聞かせていた。
- 146 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)23時01分27秒
- 通常の稽古でも、春の合宿でも、市井はその稽古のほとんどをメンに費やしてきた。
そのうち奇妙な感覚を感じるようになった。
相手と対峙していると、ふと相手の呼吸が見える瞬間があるのだ。
神経を身体の外にまで張り詰めていると、
充実した、しかし穏やかな気合いが広がり始める。
面の奥に黒く光る相手の瞳の中に自分の姿を見つけ出すとき、
突然相手の吐く息をつかまえることがある。
その息が、わずかに吐き出された刹那をとらえて、市井の足は前に跳んでいる。
今だ、打て。
自分の声ではない。
背中、いやその内側から聞こえてくる声。
誰だおまえ?
市井が声の主を探ろうとする時には、相手の面を竹刀が叩きつけている。
三尺八分の竹刀がまるで自分の腕のように感じられるのもその時だ。
単なるまぐれだ。
初めの内はそう思っていた。
しかしその無心のメンを何度か経験するうちに、これは上達の兆しなのだと気付いた。
主将の飯田は、市井が時折見せる鋭いメンに思わず言った。
まるで、稲妻だ。
- 147 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)23時02分35秒
- 二回戦が始まるまで、市井は素振りを繰り返していた。
相手は隣の市にある商業高校のAチームだった。
その先鋒戦。市井は立て続けに二本のメンを奪った。
勝ち名乗りを受け竹刀を収めるとき、剣道をやっていてよかった、と市井は思った。
その試合も僅差ながら、市井のいるBチームが勝った。
- 148 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)23時03分50秒
- 手拭いを頭にかぶったまま市井は飯田たちAチームの試合を見ていた。
相手は県下では強豪で有名な付属高校のAチームで、
この七校対抗戦ではいつも優勝しているところだった。
その試合の勝者と、市井たちのチームが次の準決勝戦を戦うことになっていた。
9割方、負けだな。
市井がそう思って見ていたところ、案の定負けた。
しかも0−5の惨敗。
大将の飯田と副将の安倍はそれぞれ一本ずつ奪う善戦を見せたが、
それでも結局二人とも1対2で敗れた。
柴田やBチームの大将ではとてもじゃないが太刀打ちできないだろう。
次の試合が最後か。市井は思った。
それでもいい。あいつとやれれば十分だ。
市井は頭の手拭いを取りながら、先ほどの試合で鮮やかな技を放った少女を目の端で追った。
- 149 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月17日(金)11時04分22秒
- メインキャストが市井と柴田でしかも剣道の話とは、かなり渋いですね(w
でも、何か不思議な感じがしてとても面白いと思いました。
この先も期待してます。
- 150 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月18日(土)02時45分48秒
- >>149
娘。でスポーツ物だと野球やサッカーといった団体競技がやはり華。
それを今更僕が書いても「?」と思ったので。それで剣道。
卒業メンを主役級に使うのは個人的には避けたかったんだけど、
剣道を題材にする以上、市井を使わざるを得ない。それで主役市井。
柴田は実は端役です。柴田ヲタのみんなゴメン。
他の娘。は中盤以降一気に出ます。序盤が長過ぎか……
- 151 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月18日(土)02時51分31秒
- その試合の先鋒戦。
こちらのAチームの先鋒は飯田安倍に次ぐ、部内でも三番目の実力者だった。
相手の先鋒は女子には珍しい紺の胴衣袴。真紅の胴が鮮やかに映える。
垂に付けてある名札には「松浦」とあった。
一本目。松浦はメンを打つ寸前に変化してコテ。
メンを受けようと上がった相手の手元を思い切り斬り捨てた。
速い。電光石火の技を目の前に市井は唸る。
二本目。相手が一本取り返そうと攻めたコテメンに対し松浦はコテに応じた。
両者コテの相打ち。
松浦が居着いたところを二段目のメンが襲った。
決まった。市井はそう思った。
しかし次の瞬間、松浦の体は風のように右に揺らめき、
スパァァンと割れるような音が遅れて響いた。
胴あり!審判の白旗が高々と上げられた。
市井は眼を剥いた。
あのコテメンは決まるはずだ。少なくとも市井にはそう見えた。
しかし松浦は完全に上に乗られた状態から抜き胴を放ってみせた。
あの間合い、タイミングから胴を抜けるやつは見たことがない。
面をはずした松浦を見ると、くりくりとした眼をした幼さの残る顔をしていた。
市井は次の試合で、彼女と剣を交える。
気持ちが張り詰めたまま高ぶるのが自分でもわかった。
興奮と恐怖が市井の胸で溶けて交じり合っていった。
- 152 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月18日(土)02時53分51秒
- 試合後、飯田たちはうなだれて市井たちのところに戻ってきた。
「あいつは強いよ。まだ一年生だけどね。」
飯田は市井の耳元で、普通の声の調子で言った。
「一年?」
「ああ、大物だよ。」
ふん、上等じゃない。
市井は手拭いをかぶり、面をつけた。
松浦はすでに面をつけて対面に正座していた。
蹲踞の姿勢から立ち上がると松浦は大きく気合いを発した。
それきり声は出さなくなった。
彼女は静かに息を吐くと、市井の周りに円を描きだした。
市井が前に詰めると、すっと引く。そしてまた円を描く。
面金(めんがね)越しに見える相手の瞳が黒い輝きを増し始めてきた。
微かに松浦の竹刀の切っ先が下がる。彼女が息を吐いて、止めた。
市井はすでに踏み込んでいた。
その瞬間、松浦の体が勢い良くせり出してきた。
取った。
相手の面をとらえた手応えを市井が感じた瞬間、
市井の右小手に重い響きが突き刺さった。
後ろからどよめきが起こった。
審判の旗は赤、白、赤。
市井がメンで一本先取した。
- 153 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月18日(土)02時55分11秒
- 右手がまだ痺れている。
市井は今の一瞬がまだ信じられずにいた。
確かに審判の判定は、市井だった。
だが実際に竹刀を交える市井の判定は、逆。
松浦のコテの方が、確かに半瞬、速かった。
会心だと思ったメンを返された。
冷たい汗が市井の額を舐める。
開始線に戻り、正眼に構え直して相手の眼を見据える。
面の中に潜むその双眸には自信が満ちあふれていた。
- 154 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月18日(土)02時56分10秒
- 二本目。市井はじっくりと間合いを計り、なかなか技を出さない。
いや、出せないと言う方が正しかった。
市井の脳裏には松浦のコテが鮮やかすぎるほどに焼き付いていた。
なんだよあのコテ。冗談じゃねえ。
今度打たれたら確実に取られる。
----メンに跳べない。
市井は、懼れ(おそれ)をその心に宿してしまっていた。
- 155 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月18日(土)02時57分57秒
- ----四戒
驚き、懼れ、疑い、惑いの四つをいい、
剣道で、最もなってはならない心の状態の事を指す。
心で勝って、初めて剣で勝つのが剣の道。
四戒の一つに囚われた市井の心。
おのずと市井の剣から冴えは消え失せた。
一方、松浦はそんな市井の心の変化を敏感に感じ取っていた。
しかし直ぐにはその牙を剥くことはしない。
相手が懼れを抱いているからこそ、
静かに詰めより、心を殺す。
剣で殺すのは、その後だ。
- 156 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月18日(土)03時00分38秒
- じりじりと気の充実した剣先で威圧する松浦。
その冷たさに耐えきれない。
----ダメだっ。
市井の心が死んだ。
苦し紛れにコテを狙う。
これなら出ゴテに応じられても相打ちだ----
消極的な、弱い心。
そんな市井の心を嘲笑うかのように松浦の竹刀が揺らめいた。
松浦の右小手に飛ぶ市井の竹刀。
半円を描いた松浦の竹刀がその右腹で市井の竹刀を摺り上げる。
市井の体が竹刀ごと左に流され、直後、脳天に振動が走った。
白い旗が三本上げられた。
市井にもう攻め気は残っていなかった。
亀のように防御を固め、ただ受けることだけに集中した。
流石の松浦も市井のなりふり構わない守りを崩せず、
結局両者引き分けに終わった。
- 157 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月18日(土)03時01分41秒
- 試合は結局後ろの4人が討ち死にし、0−4で敗れた。
ホントなら0−5だな、と試合が終わったあとで市井は苦笑いした。
部室の窓をガラリと開け放し、松浦との試合を思い出す。
メンを見せ技にコテやドウで攻める、応じる。
変幻自在の松浦の動きに鳥肌が立った。
メン主体の自分の剣風とは全く違うその剣道に、市井は何かを見たように思えた。
稽古しかないな。ずっしりと汗を含んだ胴衣を脱ぎながら市井はそう呟く。
窓から流れてくる夕暮れの風はアスファルトの焼けた匂いがした。
- 158 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月18日(土)03時02分58秒
- #######
ところで剣道の経験が無い人にとってこの話はどんな風に見えてるんだろう?
疑問に思う部分やその他の意見などあれば言って下さい。
- 159 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月18日(土)03時13分58秒
- 松浦が市井ちゃんより強いなんて想像もできん(w
自分は剣道経験者なので、試合の描写が上手いな〜…と感心して読んでおります。
- 160 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月18日(土)20時16分59秒
- 自分は体育の授業でしかやったことないけど
おれは鉄兵とか六三四の剣読んでたので絵が浮かんできましたよ。
小説だと九月の空かな。時代小説も好きだし楽しみにしてますね。
- 161 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月19日(日)22時00分46秒
- >>159
「市井=強い」が娘。小説の一つの常識となっている中、
あえて「普通な市井」を描いてみたかった。
市井の成長はこの小説のテーマの一つです。
これから狂い咲きしていく市井を見てやってください。
>>160
実は元ネタなんです。>九月の空
「九月の空」は大好きな小説の一つです。
今回剣道を題材にした小説を書くにあたり、敬意を表して
序盤と結末はこの小説をモチーフにしています。
- 162 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月19日(日)22時02分03秒
- そう言えば羊の発掘スレに「愛しすぎた女」が紹介されてた。
なんかとてもウレシカタヨ。ありがとう。
- 163 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月19日(日)22時03分04秒
- ----紫紺の大旗、玉竜旗。
毎年七月の末に福岡で行われる玉竜旗高校剣道大会には
全国各地から男女延べ800校近くが参加し、その力と技をぶつけ合う。
既にインターハイ県予選準々決勝で松浦を擁する東開大浦安の前に敗退した
飯田・安倍ら三年生にとってはこの玉竜旗が最後の大会ということになる。
- 164 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月19日(日)22時06分18秒
- その玉竜旗の選手はこれまでと同様に三年生から選ばれるものだと市井は思っていた。
それが明日の日曜日に行われる部内戦の成績如何によっては、
一、二年生にもチャンスがあると知らされた。
普通に考えればこの時期にレギュラーが変わるなんてことはあり得ない。
ましてや三年生で占められている中に下級生が食い込むことなど言わずもがなだ。
だが、市井はその言葉を単純に信じた。
その部内戦、市井は飯田と安倍に敗れはしたが、他の部員は全て下し三位に残った。
特にレギュラー格の三年生三人を全て二本勝ちで退けたときなどは、
飯田が飛んできて、紗耶香見違えたわよ、と呆れたように笑った。
- 165 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月19日(日)22時08分02秒
- 先日松浦と剣を交えて以来、市井は「出ばな」を意識するようにしていた。
「出ばな」とは剣道における打突の好機の一つである。
相手が打とうと思ったときに、守りに隙が生まれる瞬間のことを指す。
この隙を狙う技を総称して「出ばな技」と呼ぶ。
代表的な技として、相手がメンに打とうとして手元が浮いたところを押さえる「出ゴテ」と、
体を捌きながら相手とすれ違うようにして右胴を払う「抜き胴」の二つがある。
この「出ばな技」はその決定率の高さもさることながら、相手に与える心理的なダメージも大きい。
たとえ一本にならなくても、出ゴテ・抜き胴を見せるだけで
相手は思い切った技を出しづらくなる。次は返されるかもしれないという懼れが心に宿るからだ。
相手の攻めが鈍れば、自分のメンがより活きる。
市井はそう考えた。
- 166 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月19日(日)22時09分23秒
- 市井は柴田を相手に何度となく、面に対する出ゴテ、抜き胴を練習した。
安倍を相手に、市井はそれを試した。
安倍の体が微かに沈んだ次の瞬間、市井は体を右に捌きながら胴を払った。
面を狙った安倍の竹刀は虚空を打ち、胴打ちの小気味良い音が道場に響いた。
やった。
市井は審判を務めていた飯田の旗を見た。
上がっていなかった。
まさか。市井がそう思ったときには安倍のメンが市井をとらえていた。
二本目。安倍はなかなか攻めてこない。
さっきの抜き胴は安倍に重圧を与えるには十分な冴えだった。
意志の感じられない安倍の剣先が僅かに中心から外れた。
獲物を狙う鷹のように、市井が飛び込む。
市井は唐竹を真っ二つに割るような爽快感を抱きながら、安倍の傍をすり抜けた。
いいメンだわ。白い旗を上げながら飯田は呟いた。
三本目は安倍得意の突きメンを決められた。
それでも市井は心の中で、安倍さんに勝った、と思っていた。
それを裏付けるように、試合場の横で面を外していると
柴田がやってきて、あんたの勝ちよ、と言った。
安倍はそのまま飯田を破り、部内戦全勝を飾った。
- 167 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月20日(月)02時15分15秒
- 部内戦が終わり、整列して着座した部員を前に飯田が玉竜旗の選手を発表した。
選手に選ばれたのは、今までと同じ三年生五名だった。
稽古後の礼が終わった後も、市井は正座のまま立ち上がらなかった。
武道場の窓枠の向こうに見える、赤く滲んだ空をぼんやりと眺めていた。
しばらくすると忘れかけていた熱が再び躯の中を駆け上がってきた。
そんな馬鹿な。
心の中で吐き捨てるように叫ぶ。
市井は、何かに急いでいる、急がされている自分を感じていた。
だが、それを止めようとは思わなかった。
- 168 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月20日(月)02時16分16秒
- 部室に戻り、既に制服に着替え終わって帰ろうとしていた三年生の一人に声をかけた。
彼女は市井を認めると、さっきは負けたわ、というような眼をした。
市井はその眼差しに構わず言った。
「玉竜旗は辞退してもらえませんか?」
「辞退?なんで?」
「私が代わりに出たいんです。」
彼女の目に険悪な色が漂う。
「どういうつもり?」
「私は試合に出たいんです。」
「誰だってそうでしょ。アタシもよ。そのために毎日稽古してるんでしょ。」
「でも、今日の試合、勝ったのは私です。」
彼女の気配に怒気がこもるのを感じた。
殴られるかも、と市井は思った。でも殴られても試合に出られるのならそれでも良かった。
自分がまだ未熟なのはわかっている。
今日の試合でも結果としては飯田と安倍に負けている。
松浦という一年生にも内容では完敗だった。
だが、彼女と竹刀を交えたあの時、市井は身を引き裂かれるような興奮を感じていた。
まだ見ぬ全国の強豪が集まる玉竜旗なら、より広くより熱い
焼け爛れるような興奮の中に身を投じられるのではないか、と思った。
そうしなくてはいけない、とまたあの声が市井に囁いていた。
- 169 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月20日(月)02時17分39秒
- 「これは圭織が決めたことよ。主将に文句を言うのはまだ紗耶香には早すぎるわ。」
「そうかもしれません。でも、そうしてほしいんです。」
「確かにあなたは強くなったわ。でも玉竜旗は私にとって最後の試合なの。
わかるでしょ?私だってあなた以上に出たいのよ。」
彼女はそう言い残すと部室を出ていった。
市井は閉められた扉を苦々しく見つめていた。
最後の試合に出たい。そう言った彼女の気持ちはわかる。
自分が彼女の立場なら同じ事を考え、言っただろう。
だが、頭をかすめたその思いも、すぐに溶けて消えた。
あの氷のような張り詰めた空気の中に佇んでいたい。
試合に出たいという一途な思いだけを抱えた市井がそこにいた。
- 170 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月20日(月)02時19分10秒
- 飯田は武道場で一人、防具の手入れをしていた。
市井は少しきつい眼をして飯田の名を呼んだ。
少しむきになっているかもしれない。
市井は少しだけそのように考えたが、
飯田の前に立つと、そんな事などすぐに忘れた。
「飯田さん、玉竜旗に私を出して下さい。」
市井の神妙な口調に飯田の表情が曇る。
「私は今日の試合で三位になりました。
今日の試合は玉竜旗の選手を決める試合じゃなかったんですか?」
「そうよ。」
「それならなんで私は選手に選ばれなかったんですか?」
飯田は手入れの終わった胴垂れを横に置いて立ち上がった。
「あれはあくまでも練習試合よ。絶対じゃないわ。
悪いけど紗耶香、あなたは最初から選考の対象外よ。」
「私が二年生だからですか?」
「そうよ。」
「納得いきません。実力じゃ先輩方に負けてないはずです。」
「あなたが出た方が勝てると言いたいの?」
「そう受け取ってもらっても結構です。」
生意気なことを言ったと思った。
だけど、それは確かに自分の本心だと市井は
だからためらいなどなかった。
飯田が一つため息をつく。
「三年生にとっては最後の試合なの。弱いかもしれないけど
これまでの練習の成果を全て出し切るつもりでやると思うわ。」
「私もやります。」
「あなたには、まだ先があるわ。」
「だから、今度も出たいんです。」
飯田は何も言わず市井を見下ろしていた。
今の自分ならこの人の胴を抜くのは、多分難しくない。
市井の眼の光がその狂気を増していった。
- 171 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月20日(月)02時20分04秒
- 「あなたの気持ちはわかったわ。でも今度の玉竜旗は私たちで頑張る。
あなたは精一杯応援してちょうだい。」
飯田はそう言うと防具を抱え、部室に向かった。
武道場に取り残された市井は、くやしさでいっぱいになった。
徐々に小さくなっていく飯田の後ろ姿が涙でぼやけてきた。
シンとした静寂に包まれた武道場に梅雨明けの乾いた風が一陣舞う。
四角にふちどられた試合場に、刃のような冷たい空気は、もう感じられなかった。
- 172 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月20日(月)02時45分58秒
- 何をそんなに焦ってるんだ市井ちゃん??
- 173 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月20日(月)21時49分05秒
- 市井殿は武人なのでござる。
- 174 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月21日(火)02時10分05秒
- ちゃむはちゃむらいだからね
- 175 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月22日(水)05時16分17秒
- か、可愛い…(w<ちゃむらい
作者殿、更新楽しみに待ってるでござる
- 176 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月22日(水)05時37分39秒
- >>172-174
市井は松浦との一戦以来、渇いているようですね。
練習では感じられない何かに魅せられてしまったのかも。
>>175
へい。楽しんでもらえるよう頑張ります。
- 177 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月22日(水)05時38分14秒
- 手拭いをしっかりと頭に巻き付け、汗の匂いが染みついた面を被る。
面紐を後ろ手で器用に結んで二度打ち締めると、自ずと気合いが入る。
額にはもう汗が滲んできた。
突き刺すような暑い日射しの中、蝉の鳴き声が遠くから聞こえてくる。
七月の終わり。子供たちの嬌声が辺り一面に響き渡る夏休み。
その初日。
市井は松浦のいる東開大附属浦安高校の剣道場にいた。
負けっぱなしのまんま、試合になんか出られない。
市井の心は青い空の中で焼けるように輝く太陽のように燃えていた。
今度は絶対に、勝つ。
- 178 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月22日(水)05時39分10秒
- 「玉竜旗には、中堅で出てもらうわ。」
主将の飯田にそう言われたのは終業式の後の稽古後のことだった。
その言葉の意味を理解するまで、一瞬間が空いた。
一つ二つ息を吐いて、ようやくわかった。
「はい!任せて下さいっ!」
口から思わず出たのは自分でもびっくりするくらい快活な返事だった。
飯田が目を細めて、少し苦笑する。
「……期待してるわ。だけど一度でも負けたら交替だからね。」
「わかりましたっ!」
再び快活な返事。
試合が、出来る。
その事実に市井の心は躍った。
「それじゃ。そういうことだから。」
飯田はそう言うと踵を返し、その場を立ち去った。
遠くに消えていくその背中に市井は大きく一礼した。
コツコツと足音が廊下に響く。
なっち、これで良いんだよね………?
飯田はこの前の安倍との会話を思い出していた。
- 179 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月22日(水)05時40分26秒
- 「最近の紗耶香…、なんだか似てるような気がするんだ……」
赤く沈んでいく太陽の光を背中に浴びる帰り道。
安倍は自転車を押しながら、呟いた。
「なっちもそう思ってたんだ……」
隣を歩いていた飯田が目を合わさずに答える。
「うん…、今日の部内戦だって、鬼気迫るって言うか………
なんだか怖くて…、似てた………」
コツンと安倍が石ころを蹴る。
コロコロと転がった石ころは隣を流れる川にチャポンと落ちた。
確かに今の紗耶香の雰囲気はあの時のあの人に怖いくらい似ている…
飯田は今日の市井との試合を思い出していた。
狂おしく燃える気に包まれた市井の姿が、だぶって見える。
「ほんとに紗耶香、試合に出さなくていいの?
もし……」
そこで安倍の言葉は途切れた。
二人はそれ以上言葉を交わさなかった。
それでも、安倍が何を言いたいのか、飯田にはわかっていた。
横から流れる風が長い黒髪を梳かす。
足下の影が黒く長く伸びていた。
- 180 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月22日(水)05時41分47秒
- 今日から一ヶ月海外に逝かねばならないため、休筆いたします。
中途半端な所で切れて申し訳ない。再開は9月下旬になる予定です。
帰ってきたら娘。増えてるんだね。ちょっと鬱だな。
まあ増えるのはまだいいけど、減るのは勘弁してほしい。
保田まだ辞めるのは早いぞ……
てゆーか飛行機飛べんのかよ?>台風11号
というわけで、逝ってまいります。
- 181 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月28日(火)18時29分12秒
- 行ってらっしゃい。再開されるのを待ってます。
- 182 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月03日(月)02時24分53秒
- いってらっしゃい!
帰国後の再開、楽しみにしてます。
- 183 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月21日(金)01時48分29秒
- 桜萌ゆる四月。春とは言え、北海道の風はまだ少し冷たい。
初めて袖を通したセーラー服に心躍らせながら二人の少女は中学校の門をくぐった。
一人はスラッとした長身に腰まで届く黒い髪。飯田圭織十二歳。
もう一人は人形のように愛らしい笑顔を浮かべている。安倍なつみ、同じく十二歳。
「見てカオリ。なっち達、おんなじクラスだべ。」
「ほんとウチらって腐れ縁だよね。」
父親が同じ会社に勤め、同じ社宅住まいということもあり、二人は物心ついた時からいつも一緒に遊んでいた。
剣道を始めたのも、もちろん一緒だった。
学生時代に剣道をやっていた飯田の父の勧めで飯田が道場に通うことになり、当然のように安倍もそれについていった。
剣道は、楽しかった。
毎日防具袋を担いだ肩を並べて道場に通った。
天賦の才か、はたまた努力の賜物か。
竹刀を振るうたびに、二人はその剣の腕を上げていった。
小6の夏に出場した全国大会では同門の男子を差し置いて飯田と安倍が大将と副将を務め、ベスト4入りした。
チームは準決勝で敗退はしたが、個人の内容としては共に三戦全勝だった飯田と安倍の実力は高く評価された。
---北海道の天才少女剣士。
周囲から押し寄せる賞賛の波はまだ子供だった二人に根拠の無い自信を覚えさせるには十分だった。
「中学の剣道ってどんな感じだろね?」
「まあアタシたちなら大丈夫っしょ。」
自信と期待で胸を膨らませた二人は入学式のその日に、剣道部の門を叩いた。
その奥に鬼が棲んでいることも知らずに。
- 184 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月21日(金)01時51分52秒
- その月の終わり。新入生歓迎会を兼ねた部内試合が行われた。
飯田と安倍は経験者ということで他の何人かの一年生と共にその試合に参加することになった。
「どう、調子は?」
「う〜ん、まあまあだべ?」
飯田の問いに一応曖昧な返事を返す安倍。
しかし本心はその言葉とは裏腹。
勿論、優勝狙いだべ。
自信はあった。最大の山は二回戦で当たる飯田。
カオリにさえ勝てば。
その数十分後、安倍は思い知ることになる。
自分が今までいた世界が狭い井戸の中だったことを。
そして大海は見果てぬ程に広いということを。
- 185 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月21日(金)01時53分46秒
- 思い出すだけで鳥肌が立つ。
だけど、とてもじゃないけど忘れられない。
目の前で行われている試合をぼんやりと眺めながら、安倍はさっきの試合を頭の中で繰り返していた。
怖かった? ……うん、多分。
今まで剣道をやってきて「怖い」だなんて、初めて感じた……
剣先からほとばしる強烈な殺気。
地獄の業火に焼かれたように手足が熱く痺れた。
面金の奥に見える一片のピアスが鈍く光った。
その次の瞬間。見えない炎が揺らめく。
安倍の躰に一閃が走り、そして抜けていった。
何も出来なかった……
額に浮かぶ冷たい汗を拭って、試合場に意識を戻す。
炎の気を纏った彼女は、飯田をあっさりと仕留めていた。
- 186 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月21日(金)01時58分48秒
- 再開しました。
この一ヶ月の間に娘。もモ板も大分変わっちゃったみたいですね。
隔世の感を禁じ得ません。
- 187 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月21日(金)03時41分34秒
- 再開お待ちしておりました!!
これでやっと楽しみの一つが戻ってきたってカンジです。
- 188 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月21日(金)04時50分30秒
- また、この熱い話が読めて幸せです。
- 189 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月22日(土)05時27分39秒
- 石黒彩。
それが安倍と飯田に炎の洗礼を浴びせた彼女の名前だった。
飯田のように体格に恵まれているわけでもなく、
安倍のように多彩な技や豊かなスピードがあるわけでもない。
普段の石黒の実力は平均より1,2段上という程度で、ずば抜けた強さを誇っているというわけではなかった。。
一ヶ月が過ぎ、飯田と安倍が中学剣道に慣れてくると石黒とも互角に渡り合えた。
だが、気まぐれに彼女はその身を炎に包む。その時、彼女は鬼になる。
猛々しく燃える気が剣を伝い、相手の躰と心を焼きつくす。
鬼となった彼女に太刀打ちできる者は、少なくとも部内には、誰もいなかった。
飯田も安倍も、その例外ではなかった。
- 190 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月22日(土)05時29分53秒
- 六月。もうすぐ北の大地にも短い夏が訪れる。
中学最後の試合を目前にして、石黒の気は自然と赤黒く燃え盛った。
「最近の彩さん、いつにも増して凄くない?」
今日も石黒の前に手も足も出なかった飯田が同意を求める。
「うん、なんか鬼気迫るって感じだべ。」
安倍も飯田と同様、石黒に軽くあしらわれていた。
「最後の試合、いい所までいけそうだね。」
「全国だって夢じゃないべ。」
飯田も安倍も石黒の活躍を確信していた。
だがその狂気の炎は、一瞬にして消えることになる。
「石黒は…、事故で怪我をしたため、暫く入院することになった。」
七月の初旬。稽古前に顧問から告げられた言葉に、微かに肌を湿らせていた汗もひいた。
左手首単純骨折。
その炎を燻らせたまま、鬼の夏は儚く溶けて消えた。
- 191 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月22日(土)05時32分43秒
- 「なっちに圭織、来てくれたんだ。」
白い病室のベッドの上で明るく笑う彼女がいた。あの禍々しいまでの炎は何処にも感じられなかった。
左手首を覆うギブスが、ただ痛々しかった。
「試合、どーだった?」
「あと一つ勝てば県大会だったんですけど…、負けちゃいました。」
「そっか。」
二人が拍子抜けするくらい、彼女は明るかった。
--- 悔しくないんですか。
安倍は幾度と無く喉まで出かかったその言葉をその度に飲み込んだ。
石黒の右目に淡く光るものが見えたから。
「鬼の目にも涙、か……」
病院からの帰り道、安倍は誰に言うでもなく呟いた。
飯田はただ黙って安倍の隣を歩いていた。
そして夏が終わり、秋が過ぎ、厳しい冬も去りゆこうとする三月。
あの夏の日に消えた炎を再びたぎらせることもなく、石黒は卒業していった。
- 192 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月22日(土)05時35分24秒
- それから二年。
飯田と安倍の中学卒業に前後して、二人の父親が勤める札幌支社が閉鎖することになり、東京本社への転勤が決まった。
家族は千葉にある社宅へ引っ越し、二人はその近くにある高校へ通うことになった。
高校入学直後、二人の元に中学の剣道部の同級生からの手紙が届いた。
他愛もない近況を知らせる文面の中に石黒の名前が混じっていた。
その同級生は石黒と同じ高校に進学し、二年振りに偶然再会したそうだ。
石黒はバンド活動に熱中しており、剣道は続けていないということだった。
彩さんらしいな、と二人は思った。
たった一年ほどの付き合いだったが、自分の情熱の向くままにやっていく石黒の性格はわかっていた。
悪く言えば気まぐれでムラがある。一度ハマると誰にも止められない。
しかし、その情熱が冷めてしまえば、もう二度とその世界には戻ってこない。
もしあの時怪我さえしなければ、彼女は剣道を続けていただろうか。
その仮定が何の意味も持たないということくらいわかっている。
が、それでも考えずにはいられない。
それほど、炎の気に身を包んだ彼女が振るう剣閃は、強く、そして美しかった。
出来れば、ずっと永遠に、彼女が舞うその姿を見続けていたかった。
- 193 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月22日(土)05時37分20秒
- だから安倍は恐れていた。
今の市井はあのときの石黒と同じ炎の気をその身に宿している。
狂おしいほどに燃え上がる紅い炎。だけどその陰に儚さが潜むのが見える。
今、その炎を燻らせてしまっては、市井も石黒と同じようにあっさりと剣道を止めてしまうのではないか……
紗耶香はもっともっと強くなる。竹刀を置くのは、まだ早すぎる。
一人の剣士として、彼女ともっと剣を交えていたい。
紗耶香に剣道を止めて欲しくない……
空を赤く染めていた陽もいつの間にか沈み、闇が影と溶け合って辺りを黒に染め上げていた。
カラカラと安倍の押す自転車の音が静かに響く。
夜風が一瞬強く吹き抜けて、すぐにまた微かな風に落ち着いた。
飯田は川向こうに輝く街の灯を何も言わずにただ見つめていた。
未だ迷いの見える飯田の背中を押すように、安倍が再び口を開いた。
「……紗耶香を、出してあげて。」
- 194 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月24日(月)04時57分44秒
- 「玉竜旗には、中堅で出てもらうわ。」
……なっち、結局最後はなっちの言う通りにしちゃったよ。
なっちがなんであの時あんな事を言ったのか、私にはわかってた。
だって私も同じことを、彩さんのことを、思い出してたから。
そしてきっとなっちと同じ事を考えてた。
でも……、私は主将だから………。
---主将として一度決めたことを、後から簡単に変えてしまっていいのか。
飯田の心は揺れに揺れた。
しかしやはり、自分の気持ちに嘘をつくことはできなかった。
市井を、玉竜旗に出すことに決めた。
そして飯田はレギュラーの一人に市井と代わってくれるように頼んだ。
あの時は本当に辛かったなぁ。私、人に嫌われるのキライだから………
しかし彼女は、主将の圭織がそう決めたのなら、と文句一つ言わず飯田の願いを聞き入れてくれた。
涙が出るほど嬉しかった。自分をそこまで信頼してくれていたなんて。
ずっと出来の悪い主将だとばかり思っていたから。
そう思うと、何かが胸にこみ上げてきた。目の奥に熱いものが溜まる。
「…それじゃ。そういうことだから。」
それだけ言い残して、すぐにその場を立ち去った。
流石に涙を見せたくはなかった。
- 195 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月24日(月)04時59分09秒
- 市井は正眼に構えて、ふぅっと息を殺しながら吐いた。
間合いを計り、一寸ばかり前に寄った。
松浦は左足を僅かに爪先立たせ、一本の氷柱のように静かに佇んでいる。
市井の動きを冷たくとらえる双眸が、面の内に黒く光っている。
遠くで鳴いていた蝉の声はいつの間にか聞こえなくなっていた。
壁際に下がって練習試合を見守っている部員たちの眼は、松浦と市井の上に注がれたきり動かなかった。
昨日の終業式の後、試合に出られることを飯田から告げられた。
その瞬間、東開大浦安の稽古に参加することを決めた。
理由は勿論ただ一つ。受けた借りは必ず返す。
市井は一つ気合いを発すると、竹刀の先を合わせたまま右へ右へと回った。
松浦は尚も静かに市井に相対している。市井がまた一寸前へ詰めた。
その瞬間。
松浦の影が市井の視界一杯に広がった。
貫くような鋭い差しメン。首をひねってかろうじてかわした。
このッ!
すぐに反撃に転じる市井。
体当たりしてきた松浦を逆に弾くと、すかさずコテメンを打ち込んだ。
松浦が二本とも竹刀で受ける。
息を切らさずさらに体を当てて引きメン。これも上手く捌かれた。
残ったのはどちらにも中途半端な間合い。
市井の心に波が立った。松浦の気が放ったほんのわずかな違和感。
来るッ…!
背中の内から声が聞こえた。
- 196 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月24日(月)05時01分40秒
- パアァァァンッ!!
空気を裂くような乾いた音が道場に響き渡る。
刺すような松浦のメンに、市井はほとんど無意識に出ゴテに応じていた。
市井の頭に痺れが走った。
やられたか?
だが自分の手の内にもこれ以上ない手応えが残っている。
どっちだ?
振り向きざま、眼の端で審判の旗を追う。
紅白の旗は、共に上がらず。
---相打ちか………
十分過ぎるほどに広がった間合いに、市井はやっと一息ついた。
そして再び正眼に構え、今の一連の攻防を頭に描き直した。
---最初のメンを、かわせた……?
一歩、また一歩。間合いがジリジリと小刻みに詰まる。
松浦はその冷たい眼差しをじっと市井に向けている。
互いの剣先が重なり合った。市井は息を殺して、さらに一歩詰めた。
一瞬松浦の瞳が、トンと下に落ちた。
---小手ッ!!
あの声と市井の声が心の中で混じり合った。
何だよ、今度は気が合ったな。
思い切り腕を振り上げた。
松浦の竹刀が虚空を斬り、残った上体が力無く泳いでいた。
あとはただ振り下ろすだけ。
市井の竹刀が松浦の面を捉える。清々しい痺れが市井の腕を駆け抜けた。
「メンあり!」
完璧な小手抜きメン。
審判をしていた東開大浦安の主将が右手をあげた。市井はふぅっと一つ息を吐いた。
- 197 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月24日(月)05時02分41秒
- 「まいりました。」
試合を終えて壁際に下がった市井の所に松浦がやってきた。
「とりあえず、借りは返したよ。今回は一本勝負だったけど。」
「借りもなにも、この前は引き分けだったじゃないですか。」
「何言ってんの、ホントは二本勝ちしたって思ってるんでしょ?」
面の中の松浦は笑っていた。あどけない笑顔だった。市井もつられて笑った。
- 198 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月24日(月)05時03分56秒
- 「あの最初のメンをかわせたのか……。」
東開大浦安での稽古を終えた市井は防具袋を抱えて帰りの電車に揺られていた。
吊り革に手をかけて、松浦との試合をもう一度頭の中で繰り返す。
一本目のメンはかろうじてだが、かわせた。
二本目のメンには、相打ちだったとはいえ、出ゴテを決めた。
それが最後の小手抜きメンにつながった。
あの松浦のスピードと冴えにも対応できた。自分は間違いなく強くなっている。
自分の成長に確かな手応えを感じながら、市井は窓の外に目を向けた。
流れていく景色の遙か向こう、透き通るような青い空が広がっている。
夏の午後、眩しいくらいに輝く太陽はまだ高い。
あの空の下、福岡には、松浦との試合以上に熱く焼け爛れるような興奮が待っている。
そう考えると躰の中で何かが音を立てて燃え上がってきた。
僅かに開いた窓から吹き込む風が襟首を巻いて流れていった。
市井は、無意識に拳を握っていた。
- 199 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月24日(月)05時06分09秒
- やっと序盤終了。次回より中盤に突入です。
- 200 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月24日(月)06時03分26秒
- ここまでで、序盤ですか。
この先の展開が楽しみです。
- 201 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月24日(月)07時30分28秒
- 緊張感があっていいなあ
六三四の剣読みたくなったよ
- 202 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月26日(水)02時44分21秒
- >>191 は県大会じゃなくて北海道大会ですね。痛恨のミス……
- 203 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月26日(水)03時01分10秒
- >>200 >>201
レスありがと。六三四の剣懐かしい……
- 204 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月26日(水)03時03分13秒
- 七月下旬。灼熱の太陽が街を焦がす。
今年も博多が熱く燃え上がる季節がやってきた。
---金鷲旗・玉竜旗高校柔剣道大会
全国から集結した高校生が勝ち抜き戦で日本一の座を争うこの大会は、
柔道女子、柔道男子、剣道女子、剣道男子の順に十日間の日程で行われる。
大会4日目。昨年と同じ国士舘×世田谷学園という東京勢同士の激突となった金鷲旗男子決勝戦。
因縁の対決は大将戦の末、世田谷学園が昨年の屈辱を晴らし見事大旗をその手にした。
そして同日午後5時半。金鷲旗の興奮と熱気がわずかに残る福岡国際センターで玉竜旗女子の開会が宣言された。
明日からの二日間、少女たちの熱戦がこの舞台の上で繰り広げられることになる。
戦いの時を明日に控え、市井は自分の体に武者震いが走るのを感じていた。
- 205 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月26日(水)03時04分12秒
- 「ひゃあ、でっかいべさぁ。」
開会式の後。会場の壁一面を覆う巨大なトーナメントボードを前に、安倍が嬌声を上げた。
ほんと、大きい……。
目の前にそびえる黒線の矢倉に市井も思わず息をのんだ。
今大会、女子の参加校は300を越えた。
これらを8つのパートにわけ、それぞれのパートの勝者が決勝トーナメントにコマを進める。
市井たちは第1パートに入っていた。
パートが分かれているとはいえ、それは単なる大会進行の都合上のもので、基本は一つのトーナメント戦。
一つ負ければ、そこで終わりだ。
市井は目を細めて矢倉の頂を見上げた。
一体どれだけの壁を越えればあの高みに登ることができるのだろう。
「久しぶりだね、紗耶香。」
背後から不意に声をかけられた。慌てて振り返る市井。
そこにいたのは、頬をプクっとさせた小柄な少女。
懐かしい顔だった。
- 206 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月26日(水)14時57分03秒
- 誰だ!?続きがきになる
- 207 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月26日(水)22時41分40秒
- 「明日香…!」
「髪切ったんだね。最初、紗耶香だってわからなかったよ。」
あの頃と変わらない、穏やかな、だけど凛とした声。
明日香と呼ばれた少女は少しだけ愁いを帯びた笑顔を浮かべ、市井の元に歩み寄ってきた。
「それにしても、まさかこんなことになるなんてね。」
「えっ?」
いきなりの彼女の言葉に市井は目を丸くした。
「なに?組み合わせ見てないの?」
彼女は呆れたようにそう言うと、市井の背後にあるトーナメント表の一角を指差した。
そこには市井たちの高校の名前が。そしてその一つ隣には戸川という文字があった。
「戸川って…、まさか?」
「そう、都立戸川高校。私の学校。」
唖然とする市井に、彼女はさらっと言葉をかける。
「福岡まで来て、緒戦の相手が紗耶香のいる高校だったなんてね。」
彼女が寂しそうに笑った。
「じゃまた明日ね。楽しみにしてるわ。」
そう言い残して彼女はその場を後にした。
「誰?あの子、知り合い?」
人混みに消えていく彼女の背中を見ながら飯田が尋ねた。
「ええ…、福田明日香。中学の同級生で同じ剣道部でした。」
……そして、憧れだった。
- 208 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月28日(金)02時43分56秒
- 明日香登場ですね。強そうだな〜
- 209 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月28日(金)04時24分29秒
- ちぎれ雲の隙間から月の光が射し漏れてくる。
夜が深くなってもなかなか寝付けなかった市井は宿の中庭で一人、素振りを繰り返していた。
淡々と竹刀を振りながら、無意識に自分の握りを確認する。
竹刀は小指・薬指・中指で握り、右手は小鳥を握るような感じで………
それは一番初めに福田が市井に教えてくれたことだった。
素振りを止めて縁側に座り、額に浮かんだ汗を拭った。
ぼんやりと光る月を眺めながら、初めて福田と出会ったときの事を思い出していた。
それは6年前の春、二人が小学5年生になった時のことだった。
- 210 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月28日(金)04時27分29秒
- 「やーい、泣き虫サヤカ、泣き虫サヤカぁ」
男子たちのはやし立てる声が小さな背中に浴びせられる。
当時の市井はどこか暗く、オドオドといつも自信無さげにしていたため、いじめの格好の標的となっていた。
他のクラスメートも自分がいじめの対象になるのを恐れ、市井に関わらないようにしていた。
市井はいつも一人ぼっちだった。
そんな市井に唯一声をかけてくれたのが福田だった。
二人が親友となるのに時間はかからなかった。
そんなある日、市井は尋ねた。どうして自分なんかと友達になってくれたのかと。
「あたしも昔イジメられてたからね。」
信じられなかった。自信に満ちあふれ、いつもしっかりしている彼女がいじめられていたなんて。
「みんなとはあまりなじめなかったし、集団で何かいってこられたりすると弱かったし。
なんかジメーッとした印象だったみたい。典型的なイジメられっ子体質。」
彼女が語った過去の彼女は、その力強い口調からはとても想像できないものだった。
しかし、もし彼女が本当にイジメられっ子だったとしたら、
なぜ今こんなにも格好良く、堂々としていられるのだろうか。
その答えは、次の言葉にあった。
「でもね、あることがきっかけでちょっとだけ自分に自信がついたんだ。」
「あること?」
不思議そうな顔を福田に向ける市井。
福田はニッと頬をゆるめて言った。
「剣道だよ。」
- 211 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月29日(土)04時11分59秒
- その数日後、市井は福田に連れられて小さな町道場を訪れ、福田たちの稽古を見学していた。
打ち鳴らされる竹刀の乾いた音。次々と繰り出される力強い技。
初めて見る剣道に市井はすっかり心を奪われた。
そして自分より大きな相手にも果敢に打ち込んでいく福田の姿に胸が震えた。
市井の心に何かが芽生えようとしていた。
- 212 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月29日(土)04時12分58秒
- 稽古が終わる頃にはもうすっかり日も暮れていた。暗くなった空に点々と星が瞬いている。
街灯に照らされた小道を歩きながら、市井は自分の気持ちを確かめるように声にした。
「私も明日香みたいに強く…なれるかな?」
「なれるよ。紗耶香ならあたしなんかよりも、もっと強く。」
福田のその言葉に、市井の心は固まった。
私、強くなるよ。
あたしも負けないよ。
夜空に浮かぶ星だけが、二人の誓いを見守っていた。
- 213 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月29日(土)04時14分03秒
- 「あれから六年か……。」
一つ息をついて見上げた空には、あの日と同じように星が煌めいていた。
市井は再び立ち上がり、竹刀を思い切り虚空に叩きつけた。
空気を裂く音が静まり返った夜の街に吸い込まれるように消えていった。
- 214 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月30日(日)01時23分28秒
- 月が沈み、星が消え、街に朝が訪れる。
短く深い眠りから覚めた市井は黙々と一人、冷気に包まれた街を疾走していた。
すっかり日課となった朝のランニング。
弱さを、迷いを、全てを置き去りにするように、地面を蹴り体を運ぶ。
ビルの谷間から朝日が顔を出す。
長く熱い一日が静かにその時を刻みはじめた。
- 215 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月30日(日)01時26分28秒
- 午前九時。
会場となる福岡国際センターに到着したころには既に一回戦が始まっていた。
八つある試合場の上では早速熱戦が繰り広げられている。
都立戸川との試合は、共に緒戦ながら、トーナメント上では二回戦ということになっていた。
会場の隅で胴垂れを着けながら、今や遅しとその時を待つ。
最後に胴紐を腰の後ろでキュッと結んだ。
「勝負あり!」
一つ前の試合の終わりを告げる審判の声が第一試合場に響き渡った。
やれやれ、待ちくたびれたよ。床に置いてあった面と小手を脇に抱える。
さあ行こう、冷たく熱い勝負の舞台へ。
- 216 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月30日(日)16時44分03秒
- 試合前の整列。福田は左から二番目、副将の位置に並んでいた。
市井は中堅。試合の展開次第では当たる可能性は十分にある。
玉竜旗の試合は五人制の勝ち抜き戦で行われる。
勝った者が残って、負けるか引き分けるまで、次々に相手側の選手と戦い続ける形式で、
最終的に相手の大将に勝つ、若しくは大将以外の選手が相手の大将と引き分ければ勝ちとなる。
先鋒次鋒の先輩には悪いけど、明日香の前までには私に回してほしいな……
市井はそう思いながら、既に始まっている先鋒戦をじっと見ていた。
- 217 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月30日(日)16時45分53秒
- 願いが届いたのか、先鋒次鋒と続けて引き分けた。試合は中堅同士の戦いへ。
一人抜けば、明日香とやれる。
試合場の脇に控える福田を一度見据え、市井は中央に歩み出た。
「始めっ!」
審判の合図で立ち上がり、すかさず一足一刀の間合いに詰める。
息を殺し、じっと相手の眼を見据える。
相手からは、松浦のような冷たさも安倍のような鋭さも感じられない。
市井は剣先で中心を取り、一気にメンに飛び込んだ。
ガチッ。鈍い音がした。
あともう一寸というところで相手の頭上に掲げられた左拳に遮られた。
その後も市井が突っ掛けるが、その度に相手は左拳を頭上にかざし、面を左拳と柄で、小手と右胴を竹刀の刃部で守る。
この構えをとられると、技の出しようがない。
くそっ、変な守り方すんなよ。
市井はじれていた。
- 218 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月30日(日)17時53分25秒
- 市井はこの左拳を頭上にかざす構えが好きではなかった。
この守り方が武道の精神に反するなどと言うつもりはさらさら無い。
むしろ競技技術としての観点から見た場合、防御技術としては非常に合理的だとさえ思っている。
だがこの体勢から攻撃に転じることは難しい。完全に専守防衛の構えなのだ。
相手の技の起こり端は重要な打突の機会であるはずなのに、それを完全に放棄している。
相手の出端技を懼れることなく自由に技を打てる今の状況に、
市井は試合中にも関わらず退屈なものを感じてしまっていた。
反撃の意思すら見せない相手との試合ほどつまらないものは無い。
斬るか斬られるか。
刹那の中に身を引き裂くような興奮を求める市井にとって、そんな退屈は本意ではなかった。
- 219 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月30日(日)17時54分04秒
- そっちがその気ならこっちにだって考えがあるさ。
市井が小手を狙う。またも守りに構える相手。
が、小手はフェイント。市井の竹刀が半円を描き、逆側に流れる。
確かにその構えは堅いよ。だけど弱点が無いわけじゃない。
ズパアァァァンッ!!
逆胴一閃。耳を劈くような音が場内の空気をびりびりと震わせた。
- 220 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月30日(日)17時54分51秒
- 面・小手・胴とほぼ全ての打突部位を守る構えだが、
竹刀を完全に右半身に預けてしまうため逆胴(左胴)だけはポッカリと空いてしまう。
市井はそのほとんど唯一の弱点を斜め下にばっさりと斬り捨てた。
真剣を用いた剣術から生まれたためか、剣道には、左胴部は鞘が提げられているので斬りにくいという概念がある。
そのため逆胴を打っても通常はなかなか一本と認められない。
しかしあそこまで逆胴がガラ空きになっていれば話は別だ。
赤旗三本。
市井がまずは一本先取した。
- 221 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月01日(月)03時41分48秒
- 二本目。
一本取られてようやく目を覚ましたのか、相手にも攻め気が出てきた。
ったく、最初からやる気出してよ。
心の中で苦々しく思う。
カチカチと竹刀を二度擦り合わせ、相手が飛び込んできた。
遅いよ。
相手よりも早く市井の竹刀が標的を捉える。完全に出端(でばな)を取った。
堂々の二本勝ち。
福田が席から立ち上がるのが見えた。
さあ準備運動はもう終わり。明日香、勝負だよ。
- 222 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月01日(月)03時43分36秒
- 「あの赤の中堅、いいメンやったな。」
観客席の最前列で感嘆の息を漏らしたのは奈良の強豪・知弁学園の剣道部顧問、中澤裕子だった。
「あんたもはよ、あんなメン打てるようになりや。」
さっきから横でずっとお菓子を食べている少女、加護亜依に発破をかける。
知弁学園中等部三年で剣道部のエース。一週間後に控えた県大会個人戦にもコマを進めている。
高等部顧問の中澤にとっては来年期待の新人ということになる。
折角自腹を切って福岡まで連れてきたのだ。少しでも多くのモノを吸収していって欲しい。
しかし当の本人はと言うと、
「あの逆胴凄かったですよねー。」
全く話が噛み合わない。コイツはホント人の話聞かへんな。
「言っとくけどな、あんたが逆胴打つのは百年早いで。」
後ろから手刀を一発、お見舞いした。
- 223 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月01日(月)03時44分54秒
- 「せやけど、やっと試合が動いたな。さて戸川の副将は……福田!?」
試合場に現れた白の副将。その垂れに福田と書いてあるのを見て中澤は声を上げた。
「福田って…まさか!」
急いで参加選手の名簿が記載されている大会パンフレットのページをめくる。
「戸川、戸川……あった。」
そこにあったのは副将・福田明日香の文字。
中澤は一瞬、息を呑んだ。
「先生、あの人知っとるんですか?」
こづかれた頭をさすりながら加護がパンフレットを覗き込む。
「中学の時に全国でベスト16まで行った子や。とにかく綺麗な剣道でな。
ウチんとこ来て欲しい思うてわざわざ東京までスカウト行ったけど振られてもうた。」
「先生、振られてばっかりやんか。」
「うっさいな!」
もう一度手刀を振り下ろす。頭を抱えてうずくまる加護。
しかし戸川なんて都立高に行っとったとはね……
中澤はパンフレットを閉じて試合場に視線を戻した。
こりゃ面白くなってきたで。
- 224 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月01日(月)04時00分37秒
- 運命の対決!!
ドキドキです(w
- 225 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月02日(火)05時23分57秒
- 試合場の両端で対峙する二人。
昔と変わらない福田の立ち振る舞いに市井は懐かしさを感じていた。
最後に明日香とやったのはいつだっけ……
ああ、そうだ。中学の卒業式の後の送別稽古だった…
結局最後まで明日香には勝てなかったな……
一礼をして三歩前へ。竹刀を抜き、蹲踞の構え。
あれから一年半が経っていた。
幾つも手のマメをつぶし、毎日血反吐を吐く思いで稽古を積んだ。
今日こそ、明日香を超えてみせる。
大きく一つ深呼吸。
吸い込んだ酸素が体の中で一気に燃え上がった。
試合が、始まった。
- 226 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月02日(火)05時24分37秒
- 先に沈黙を破ったのは福田。
少し遠目の間合いから一気にコテメンの二段打ち。
市井、上手く体を左に捌いて福田をいなし、すかさずメンに飛ぶ。
福田がメンを前で受けて、そのまま竹刀を返し胴を払う。
が、竹刀を抜ききれない。市井の踏み込みが予想以上に早く、そして深かった。
零になる間合い。鍔迫り合い。
福田の喉がゴクリと鳴った。
市井の瞳のその奥に、轟々と燃える火が見えた。
- 227 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月02日(火)05時25分38秒
- 鎬を削る攻防に、中澤はただ見入っていた。
福田があっさりと勝つと思っていた試合。
だが予想以上に相手の動きは冴え、技は切れていた。
市井か…聞いたこと無い名前やな……
中澤は福田と互角に渡り合う赤の中堅の名前を確かめるように呟いた。
試合時間は既に三分を経過していた。
「引き分けですかね〜?」
お菓子を食べる手も止まっていた加護がようやく口を開いた。
残り時間は一分も無い。
いや、決まるで。中澤は確信していた。
この試合、このまま終わるわけがない。
- 228 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月02日(火)05時26分29秒
- 眉間を冷たい汗が舐める。息は殺しようもない程荒い。
じめっとした疲労が重苦しく体にへばりつく。
市井は大きく間合いを切って、一息ついた。
再び竹刀を構え直し、福田の眼をじっと見据える。
その瞳の黒に吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えた。
気が付くと闇の中、紅い炎に包まれた自分がいた。
黒い霞の向こう側で、福田の気が煌めくのが見えた。
市井はその一筋の光を割るように竹刀を振り下ろした。
二人がすれ違った瞬間、光が弾け、そして散った。
「……!」
中澤は思わず腰を浮かせた。
三本の旗が一斉に上げられた。
- 229 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月03日(水)03時04分25秒
- 嗚呼、どっちなんだ!!
- 230 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月06日(土)04時35分31秒
- 「えっ?」
秋風が折角集めた枯れ葉を散らした。
十一月の放課後。
校庭の掃除をしていた市井は福田の言葉に自分の耳を疑った。
なんて言ったの?もう一度言ってよ。
「だから、戸川高校を受けるって言ったの。」
- 231 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月06日(土)04時36分56秒
- 東京都立戸川高等学校。
毎年東大に数名の卒業生を送り出す都内でも有数の進学校である。
だが公立、しかも進学校の宿命か、運動部の実績は目立つ所の無い平凡なものだった。
もちろん剣道部もその例外ではない。
福田には狭すぎる世界だと市井には思えた。
「なんで戸川なの?もっといい所からスカウトが来てるじゃない。」
納得いかなかった。
- 232 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月06日(土)04時37分58秒
- 最後の夏の大会で全国ベスト16まで勝ち上がった福田の元には、
東京聖徳や修督、欧美林といった地元東京の名門はもちろんの事、
奈良の知弁学園や大阪のGM学園など関西の高校からもスカウトが来ていた。
いずれも全国区の強豪である。
その内のどこかに福田は進学するだろう。
そしてインターハイや玉竜旗といった全国の舞台で、一段と洗練された剣さばきをきっと見せてくれるはずだ。
勝手に、そう、信じていた。
なのに、なんで?
- 233 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月06日(土)04時38分56秒
- 「私、夢があるんだ。」
夢?
「医者にね、なりたいの。」
そう言って振り向いた福田の眼は、いつも面越しに見ていたそれだった。
……もう決めちゃったんだね。
その眼を見て、市井はもう何も言わないことにした。
福田の一度決めたことは決して曲げない性格なんて、嫌と言うほどわかってた。
福田が自分で決めたのなら、親友として応援するべきだとも思った。
それでも寂しさは心に残る。
市井の胸を通り抜けていく風に、落ち葉がカサカサと音を立てていた。
- 234 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月06日(土)04時40分14秒
- 手応えが腕に残っている。
開始線に戻る途中、市井は審判の旗を横目で確認すると、息をふぅっと吐き出した。
上がった旗は、赤三つ。
二人の渾身の合い面。
仕掛けはわずかに福田の方が速かった。しかし中心を割ったのは市井。
中心を外された福田の竹刀は市井の左肩を叩いていた。
面を捉えたのは市井の竹刀だった。
二本目の開始と同時に福田が飛び出した。
市井が冷静に福田のメンを竹刀で受ける。
その瞬間、試合の終わりを告げるブザーが鳴った。
- 235 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月06日(土)05時48分13秒
- か、勝てたのか…
- 236 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月07日(日)01時46分27秒
- >>235
今、半分終わった位のところ。覚悟しといてね
- 237 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月07日(日)01時47分34秒
- 「お互いに、礼ッ!」
乱れた息も整わぬまま、面を被った頭を下げる。
結局市井はそのまま相手大将も下し、三人抜きを達成。
後ろに控える安倍と飯田に舞台を譲ることなく、見事緒戦を突破した。
- 238 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月07日(日)01時49分32秒
- 試合場から下がり、会場の隅で面紐をほどいていた市井。
その市井の前に一人の少女がやって来た。福田だった。
「強くなったね、紗耶香。」
あの頃と変わらない、少しだけ愁いを落とした笑顔。
「ううん、まぐれだよ。今度やったら負けちゃうよ。」
市井は笑いながらそう答えた。
何でも分かり合える親友だからこそ言える他愛のない冗談のつもりだった。
しかしその言葉に、福田の顔から笑みが消えた。
残ったのは陰を帯びた辛く寂しい表情。ただ瞳だけが凛と輝いていた。
市井の心を得体の知れない不安が覆った。
「……また試合、出来るよね?」
その不安を振り払うように尋ねた市井の問いに、福田は首を横に振った。
「ごめん紗耶香。……私、今日で剣道やめるの。」
二人を包む空気が、一瞬凍ったように思えた。
- 239 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月07日(日)01時51分39秒
- 「前から決めてたんだ。剣道は二年の夏でやめようって。
医学部入るにはこれから死ぬ気で勉強しないといけないから。」
福田の言葉が胸の中で空しく木霊する。
カサカサと乾いた葉の音が遠くでしたような気がした。
ずるいよ……
やっと明日香に追いつけたと思ったのに。
私、まだ、一度しか勝ってないんだよ?
それなのに……
言葉にならない想いを、心の中でただ叫ぶ。
あの夜の星空、枯れ葉の積もった校庭、最後の送別試合……
不意にこみ上げてきた想い出に、瞳の奥が熱くなった。
「……頑張ってね。明日香ならきっといいお医者さんになれるよ。」
やめないで、なんて言えなかった。
- 240 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月07日(日)01時52分19秒
- 「ありがとう。バイバイ。」
飾り気の無い最後の言葉。彼女らしい言葉だった。
あの日からずっと憧れの眼差しで見続けてきた、最後の、福田の袴姿。
涙でにじんで、見えなかった。
- 241 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月07日(日)01時54分09秒
- 「お疲れさん。」
控室へと戻る福田を笑顔で迎える一人の男がいた。
寺田光男。福田、そして市井の中学時代の恩師である。
「市井のやつ、強うなったな……。」
「ええ。」
最後の合い面を思い出す。
市井の背中にゆらゆらと揺れる陽炎が見えた。
それに引き込まれるように、面を打った、いや打たされた。
怪しく誘う灼熱の気に飲み込まれた時に、もう勝負はついていた。
だけど、いつの間にあんな気を纏うようになったんだろう。
まるで…
「炎、やな。」
福田の心を見透かしたような、寺田の声。
「水のように冷静なお前の心も、最後の最後で、市井の炎に渇き乱されたっちゅうことや。」
福田は何も言わず寺田の言葉を静かに聞いていた。
- 242 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月07日(日)01時55分55秒
- 「ホンマにやめるんか?」
「ええ、もうずっと前から決めていたことですから。」
もう剣道に未練はない。未来だけを強く信じたその顔は、ただただ美しいばかりだった。
「夢をつかむ為に何かをすてたわ……か。」
眩く光る会場の照明を見上げながら、寺田は小さく口ずさんだ。
福田はその歌に聞き覚えはなかった。けれど何故か、とても懐かしく感じた。
失礼します、と後ろを向いた福田の背中に寺田が声をかけた。
「福田、剣道はおもろかったか?」
「……剣道は、青春でした。」
16歳の少女に似つかわしくない言葉を残し、福田は控室へと消えていった。
忘れへんで、お前の事。
会場の歓声にかき消された寺田の言葉は、彼女への最高の餞だった。
- 243 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月08日(月)19時08分46秒
- 青い空、白い雲。強い陽射しが目に沁みる。
福田を見送った寺田は会場の外にある広場のベンチに腰を下ろしていた。
ポケットから取り出した煙草をくわえ、安物のライターで火を点ける。
目を細めて息を吸い、そして吐いた。
ブルーのキャンバスに舞った煙は、すぐに風に流され、散った。
寺田はそれを何度か繰り返すと煙草を足元に落とし、革靴の底で踏み潰した。
「どんな火も、いつか必ず消えるんやで……市井。」
異形の炎をその身に宿したかつての教え子。見違えるほど、強くなった。
だがその火で全て焼き消せる程、剣の道は短くない。いつか、必ず、燃え尽きる。
それでええ。お前はまだ「あがり」やない。
踏み潰されては、立ち上がれ。その度にお前の光は強くなる。
「おっと、そろそろ三回戦やな。」
左手の時計をちらりと見ると、寺田は再び会場へ戻っていった。
空の一番高い所では、相変わらず太陽がギラギラと輝いていた。
- 244 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月08日(月)19時13分47秒
- 試合場では白熱した戦いが途切れることなく続いていた。
紅白の旗が上がる度に、歓声が起こり拍手が鳴る。
「福田って人、負けちゃいましたね。」
すっかりお菓子を食べ終えて、ちょっと口寂しげな加護。
「……ん?…ああ、そやな。」
ため息交じりに中澤は答えた。
久々に見た福田の試合。技の冴えは見事なものだった。
二年前、全国ベスト16まで勝ち上がったあの時の冴えそのままだった。
だが、良い意味でも悪い意味でも、彼女は変わっていなかった。
おそらく高校では十分な稽古が出来ていないのだろう。
都立進学校という環境を考えれば、仕方のないことかも知れない。
けれどそれだけに、惜しいと思う気持ちが強まる。
----もしウチの高校で育てることが出来たなら………
空しい想像が胸の奥に浮かぶ。
多くの剣士が羨む才能を持ちながら、自ら違う道を歩むことを決めた福田。
中澤もまた、彼女が放つ一瞬の煌めきに魅せられた一人だった。
- 245 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月08日(月)20時44分54秒
- 突然場内から一斉に大きな拍手と歓声が巻き起こった。
びっくりした加護がきょろきょろと観客席を見回している。
「せ、先生、これ一体何ですの?」
「どうやらお出ましのようやな。」
中澤は足を組み直し、バッグからビデオカメラを取り出した。
- 246 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月09日(火)03時19分11秒
- 誰だ??
この作品すごくイイっすね!!
まさかこんなに感動させられるとは思わんかった(まだ途中だけど)
- 247 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月10日(水)00時55分57秒
- >>246
ども。そう言ってもらえると嬉しいし、筆も進みます。
- 248 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月10日(水)00時58分30秒
- 「な、何これ?」
突然の大歓声と拍手に市井は狼狽した。
「試合場見てみなさい。」
飯田の声に従って試合場に視線を移す。
ちょうど試合前の整列をしている所だ。
その上座側。赤いたすきをつけたチーム。
純白の胴衣袴に鮮やかな山吹色の胴。胴衣の左袖には修悠館と薄いグレーの刺繍が施されている。
「福岡の修悠館(しゅうゆうかん)高校。去年一昨年と二年連続で優勝してるわ。
言ってみれば地元の英雄ってところ。人気があるのも当然ってわけ。」
飯田が続ける。
「ま、実際人気があるのは修悠館自体じゃなくて、アイツなんだけどね。」
そう言って飯田は一番向こうに並んでいる少女を指差した。
オリエンタルな顔立ちにくっきりとした瞳。肩よりもちょっと短い栗色の髪を後ろで一つに束ねている。
「保田圭。一年から修悠館の大将で、高校での公式戦は未だ無敗。
そのあまりの強さに、付いた渾名が博多の……」
「博多の、何ですか?」
「………忘れちゃった。」
- 249 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月10日(水)01時00分06秒
- 「博多のジャンヌダルク?」
なんですかそれ、と言いたげな表情を浮かべる加護。
「ジャンヌダルクちゅーのはな、まあ簡単に言うと
百年戦争ちゅうイギリスとの戦争でフランスを救った女の人の名前や。
二年前、修悠館を一人で優勝に導いてから、自然とそんな渾名がついたみたいやな。」
「よーするに、あの人は天才ってことですね。」
微妙にピントのずれた解釈をする加護に中澤は苦笑した。
----天才。
あのコの事をよう知らん連中はあのコの強さをすぐにその一言で片づけようとする。
けど、才能だけで勝ち続けられるほど剣道は甘いもんやない。
あのコの強さの根っこはそんな所には無いはずや。
天賦の才でも努力の結晶でもない、それ以外の何かがあのコを支えとる。
ウチにはわからん何か、がな……
- 250 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月10日(水)04時16分18秒
- 「つまり保田って人のワンマンチームってわけですか。」
なるほど、と腕を組みながら市井は飯田に聞いた。
「そう。だから先鋒同士、次鋒同士でやる普通の対勝負だとそんなに強くないの。
いくら一人が強くても、他が負けたら負けだからね。
実際、去年も一昨年も修悠館はインターハイには出場できなかったわ。」
そこに安倍が付け加える。
「でもそれは去年までの話。今年はインターハイにも出るべ。」
活きのいい新人が入ったみたい、と安倍が試合場の上に視線を走らせる。
市井もその視線を追った。
その先にいたのは面の後ろから金色の髪を垂らした先鋒と長身の次鋒。
----後藤と吉澤、か。
垂れに書かれたその名前を市井は心の中で呟いた。
- 251 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月10日(水)17時35分01秒
- 「さっきはあの金髪が五人抜きしたらしいで。」
中澤がカメラを三脚に構える。
前年度優勝の修悠館は第1シード。市井たちと同じく二回戦からの登場だった。
その緒戦。先鋒の後藤は十本の技を立て続けに決めた。
要した時間は五試合でわずか十分。一試合あたり二分弱。
圧倒的。それ以外にこの試合を形容する言葉は見つからなかった。
「その試合見たかったわぁ。」
拗ねた口調の加護に、
「あんたが寝坊するからやろっ!」
本日三度目の手刀が落ちた。
- 252 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月10日(水)17時36分13秒
- 互いに礼をして両校の選手がそれぞれの陣に下がる。
先鋒が中央に歩み出てきた。
「いくら東開大浦安でも修悠館相手じゃ厳しいね。」
「松浦が三人くらい抜ければわかんないっしょ。とにかく先鋒戦が山場だべ。」
試合の行方を予想する飯田と安倍。
----松浦?
その名前に反応した市井、白の先鋒を見て目を剥いた。
後藤と相対していたのは真っ赤に燃える真紅の胴。あの松浦だった。
「東開大浦安が相手だったんですか?」
「紗耶香、自分とこのパートの組み合わせくらい確認しとくべさ。」
安倍がカラカラと笑う。
市井は腕を組み直し、じっと試合場を見つめていた。
二人が竹刀を抜き合わせる。
「始めッ!」
会場が拍手に包まれる中、先鋒戦の火蓋が切られた。
- 253 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月12日(金)03時33分23秒
- ………ケモノか?アイツは。
目の前で繰り広げられた惨殺劇に市井は背筋を凍らせた。
白装束の金狼は瞬く間に五人の相手を噛み斬っていた。
あの松浦も後藤の前では脆弱な羊のように見えた。
強い。疑いようもなく。
通常よりも近い間合いから多彩な技を浴びせかける。安倍に似た剣風だ。
しかし、その根本はまるで違う。
安倍は切れのある鋭い技を詰め将棋のように理詰めで組み立てて一本を奪い取るタイプ。
それに対し後藤はその時々に思いついた技を嵐のように吹きつける。その剣は猛々しく、そしてしなやか。
まるで本能だけで動く獣の牙のようだった。
- 254 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月12日(金)03時34分04秒
- 試合を終えた修悠館の選手が試合場から引き上げてきた。
一人汗をかいている後藤に吉澤が話しかけている。
「相手強かったね。そうとう疲れたんじゃない?」
「んー、でもまだなんか足んない。」
あれだけの血を吸っても飽き足りないというのか。
微かに聞こえたその無表情な声はコンクリートのように冷たかった。
- 255 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月12日(金)03時35分27秒
- 「さっ、次は私たちの番よ。行きましょ。」
飯田が他の選手に指示を出す。市井も面小手と竹刀袋を両手に抱え上げた。
ん?ちょっと待てよ。修悠館の試合の次が私たちの試合ってことは……
「そ、この試合に勝てば次の四回戦は修悠館とだべ。」
市井の心の声を聞いたかのように安倍が答えた。
驚いて隣を振り向く市井。安倍は虫も殺さないような笑顔を浮かべていた。
……なんで安倍さん、私の考えてたことわかったんだろ?そんなに顔に出てたかな?
安倍が笑顔のまま続ける。
「もしかして次の相手も知らないんでないの?」
……図星だ。この人、普段はぽーっとしてるくせになんでこんなに鋭いんだ?
市井は肩をすくめ苦笑いするしかなかった。
「三回戦の相手は神奈川の桃蔭学園。対戦相手くらいちゃんと調べとくっしょ。」
流石に安倍も呆れたようだった。
- 256 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月13日(土)22時26分23秒
- 「あちょー!」
奇声と共に相手の先鋒が舞う。体は小柄だが見事なメンだ。
市井が急いで面紐を打ち締める。
先鋒が抜かれ、次鋒も一本先取された。どうやら出番はすぐに回ってきそうだった。
最後に右手に小手をはめて、竹刀を掴んで立ち上がった。
「紗耶香、大丈夫なの?」
待機場所に向かう市井に飯田が声をかける。
二回戦の後、福田と話をしていた市井が目に涙をためていたのが気になっていた。
大丈夫です。市井は小さく頷いた。
竹刀を構え佇む時だけは、悲しさも寂しさも全て忘れる事が出来る。
「胴ありッ!」
二度目の赤旗が上がり勝負がついた。
- 257 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月13日(土)22時27分59秒
- 「あの子、えらい小っちゃいなぁ。」
中澤はパンフレットをめくり桃蔭学園の先鋒の身長を確認した。
「矢口真里、145センチか。加護、あんたもこんなもんやろ?」
「もうちょっと高いですよー。」
口を尖らせて抗議をする加護。
「大して変わらへんがな。よう見ときや。小さいもん同士、参考になる所もあるやろ。」
加護にはそう言ったが中澤の興味はその相手、市井紗耶香にあった。
- 258 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月13日(土)22時29分14秒
- 「うわ、小っちゃ。」
試合場の上で145センチと相対した市井。予想以上の小ささに思わず声を漏らした。
幾度となく竹刀を交えた福田もかなり小柄だったが、矢口はそれよりも更に小さい。
ちょっとやりにくいかも。
予想外の身長差に市井は少なからず戸惑いを覚えた。
- 259 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月13日(土)22時30分42秒
- 中央で竹刀を抜き合わせる。
すでに二試合をこなしているにも関わらず、矢口は開始と同時に突っ掛けてきた。
低い所から角度のついた連続突きが市井を襲う。
体を反らしなんとか避けようとしたが、予想以上に速かった。
胸当てに二発、最後の三本目が市井の右首筋をかすめた。もう少しで喉元を捉えられるところだった。
こいつが持ってるの、槍なんじゃない?
そんな錯覚を覚えるほど矢口の突きは伸びがある。まるで光線のようだ。
- 260 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月13日(土)22時34分45秒
- 一旦飛び退いて間合いを切った。
リーチは私の方が長い。なるべく遠間を保って攻めよう。
息を小さく整えた。背中に無数の針が刺したような緊張が市井を襲ってきた。
再び構え合う両者。
身長差のせいか、市井には矢口の面がよく見えた。竹刀を少し伸ばせば届きそうに思えた。
メンだ。メンで決める。
市井は息を殺して好機を窺う。あの声はまだ聞こえない。
- 261 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月13日(土)22時36分01秒
- 細かく前後に動きながら間合いを少しずつずらしていく。
リーチに差がある以上、自分は打てるが矢口には打てない、そんな間合いが必ずある。
二人を分かつ空間の中にポツンと浮かび上がるエアポケット。
矢口がその見えない穴に落ちるのを市井は虎視眈々と狙っていた。
肩を軽くして、手首を柔らげ、じっと矢口の瞳を見据える。
矢口がじりじりと前に出てきた。竹刀の先が三寸ほど交わる。
さらに一寸、矢口が詰めた。
市井は躰を沈めるようにして前に足をせり出し、一気にメンに飛び込んだ。
- 262 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月13日(土)22時37分42秒
- カッ……
竹刀が打ち合わされる音が、一瞬の静寂の中、市井の脳裏に響いた。
次の瞬間、矢口の姿が市井の視界から消え、不意に黒い影が浮かび上がったと思うと、市井の胃に重い衝撃が走った。
市井のメンを受けた矢口の竹刀はそのまま美しい孤を描いて市井の胴を巻き斬った。
矢口は市井の傍を風のようにすり抜けていた。
審判が赤旗を上げた。
やられた……。
右脇腹の痺れが薄れかけたところでようやく市井は気付いた。
自分が完璧だと思って出した技が、実は矢口に誘い出されていたということに。
開始線に悠然と引き返す矢口の背中を市井は苦々しく見つめた。
- 263 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月14日(日)01時18分17秒
- あっ、まだこの人がいたんだった…忘れてた。
- 264 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月14日(日)16時10分45秒
- 忘れんなよ(w
『アチョー』に笑った。
- 265 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月14日(日)16時19分12秒
- しまった!入れ忘れ。
上の一行は>263へ、ね。
- 266 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月16日(火)01時54分24秒
- >>263
(〜^◇^)ノ<忘れてたのかよっ!
>>264
@ノハ@
( ‘д‘)<小ネタは出来るだけ入れていくで〜。
>>265
( ^▽^)<ドンマイ。むしろ汚して、みたいな。
( `.∀´)<アンタ危なすぎよ、その発言。
- 267 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月16日(火)01時55分47秒
- ばーか。面狙ってんのバレバレなんだよ。小悪魔が愉悦に満ちた笑いを浮かべる。
相手の会心のメンを捌いて胴を払う一瞬。耳にいつまでも残る板を割ったような乾いた響き。
その響きを味わう度に矢口は一人ほくそ笑む。
昔の自分の姿が記憶の底に霞んでいくような気がするからだ。
あの頃の自分は好きではない。
頼みもしないのに父親が撮ってくれた中学時代の試合のビデオはすっかり埃を被っている。
多分今見たらあまりのイケてなさに卒倒してしまうだろう。
- 268 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月16日(火)01時56分40秒
- 145センチ。中学に入ったときには既に身長は止まっていた。小学生の妹にもそろそろ抜かれそうだ。
試合をやる度に面を打たれた。どんなにあがいても簡単に上から竹刀を乗せられてしまう。
絶対的に身長が足りない。
顧問からは牛乳を飲むように何度も言われた。
冗談じゃない。あんなモノ飲むくらいなら剣道やめたほうがマシだ。
柔よく剛を制す。柔道の神髄を表した言葉だ。
小柄な少女が体の大きなライバルに次々と背負い投げを決めるマンガを矢口は愛読していた。
剣道だって似たようなもんだろ。
私が証明してやるよ。
剣道に身長なんか関係ないってことを。チビでも強くなれるってことを。
- 269 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月16日(火)01時57分23秒
- 面返し胴。
相手のメンを竹刀の左腹で受け、そのまま返す刀で左半円を描き、右胴を払う。
それまで仕掛け技一辺倒だった矢口が必殺技に選んだのは意外にも返し技だった。
しかし面返し胴は常にメンを打たれる危険を伴う、諸刃の剣。
返し技は素人同然の矢口がこの技に執着することを顧問は薦めなかった。
だが、身長という弱点を武器に変えるにはこの技しかない。
メンを打たれやすいのなら、それを逆手に取ってやる。
- 270 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月16日(火)01時58分08秒
- 胴素振り、受け返し、体捌き。毎日の稽古の後、一人黙々と練習を重ねた。
地稽古でも常に返し胴だけを狙い続けた。
初めは十本のメンの内、一つしか返せなかった。
だが何十、何百とメンを受け続ける中で徐々にコツを掴んできた。
二本から三本、そして四本と返せる数も多くなっていた。
そしてついに手に入れた。艶やかに光る伝家の宝刀を。
そのしなるような返し胴はまるで毒を持ったアクマのシッポ。
キュートな笑顔の白い天使はいつしか黒い小悪魔へとその身を映し変えていた。
- 271 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月16日(火)03時15分16秒
- 市井、ここで負けるようじゃ、猛獣後藤にはとても勝てんぞ!!
- 272 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月16日(火)04時26分19秒
- ワクワク、ドキドキ。
- 273 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月17日(水)21時38分45秒
- 「マズくない?」
突然情けない声を漏らしたのは飯田だった。
このままだと市井も抜かれる。
五人を自分と安倍の二人で抜き返すのは流石に厳しいかもしれない。
主将を任され精神的にも一回り成長した飯田だが、たまに弱気の虫をのぞかせる所は相変わらずだった。
「大丈夫だよ、カオリ。」
そんな時、いつも飯田の不安を吹き飛ばしてくれるのは、長年連れ添ってきたかけがえの無い相棒。
普段は何も考えていない安倍だが、時折人が変わったように真剣な表情をする。
自信をたたえた眼差しはジッと試合場に注がれている。
その瞳を見る度に、いつも飯田は勇気づけられた。
「紗耶香なら、大丈夫。」
もう一度、確かめるように、安倍は声を出した。
安倍には見えていた。市井の奥底にたぎる火が徐々に大きくなっていくのが。
- 274 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月17日(水)21時39分32秒
- 二本目も矢口が一本取った勢いそのままに突っ掛けた。
市井の竹刀を抑えて、払って。完全に間合いを詰めた。この距離なら小回りの利く矢口が有利。
雨あられのように次々を技を浴びせていく。
矢口の攻撃の前に防戦一方に追い込まれているにも関わらず、市井は何故か不思議な虚脱感に覆われていた。
神経は6針のように研ぎ澄まされているのに、矢口の仕掛け技に心が揺れ動かない。
それは矢口の攻めが単に市井の隙を誘う動作に過ぎないと、無意識のうちに読みとっていたせいかもしれない。
白く滲んだ静寂の中、市井はただ自分の背中がだんだんと熱くなっていることだけを感じていた。
矢口がコテを狙う。それに応じるように市井もコテに転じた。
その一瞬、市井の背後から紅い閃光が弾けるように舞い上がった。
「決まるべ。」
安倍の声が小さく響いた。
- 275 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月17日(水)21時40分27秒
- 相ゴテ?いや、コテメン?
互いの竹刀が相手の右小手に食い込む瞬間、矢口は次の手を素早く探る。
上手くコテを潰された。体勢は自分の方が幾らか不利だ。
----メンを打たれる…
返す?いや、この間合いじゃ流石に胴は抜ききれない。
仕方ない。ここは素直に受けた後、すぐに引きゴテ打ってやる。
一手先の絵は見えた。後は筆を走らすだけ。
次に来るはずの市井のメンを受けようと矢口が手元を上げる。
だが次の瞬間、竹刀で受けるはずの衝撃は、何故か胴に重く響いた。
- 276 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月17日(水)21時42分05秒
- チビだから胴は打たれないなんて思うなよ。
仕留めた獲物を目の端に止めながら中央に戻る市井。
一方、矢口は信じられないといった表情を面の奥に浮かべていた。
無理もない。矢口の読みでは市井はメンを打ってくるはずだったのだから。
しかし正確に言うと、矢口のそれは読みではない。
躰に浸み込んだ過去の記憶がほんの一瞬、未来をイメージさせただけに過ぎない。
嫌というほど上からメンを乗せられた苦い記憶。
その記憶が矢口の脳裏に幻影を走らせた。市井がメンを打ってくるという幻影を。
- 277 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月20日(土)01時10分03秒
- もし矢口が市井に全神経を集中させていれば、おそらくは防げたドウだった。
だがその時矢口が対峙していたのは市井ではなく自分の影。面を叩かれ続けた過去の自分。
メンを打たれたくない、昔の自分に戻りたくない。過去との決別を誓った矢口。
だが、勝負どころのただ一瞬。
強すぎるその思いが、矢口の意識をメンだけに集中させた。
凍らせていたはずの過去の記憶が、矢口の意識から市井を消し去っていた。
- 278 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月20日(土)01時11分31秒
- 共に一本取り合って迎えた勝負の三本目。その試合を見守る誰もが一、二本目に勝るとも劣らない白熱した展開を期待していたことだろう。
だが勝負の幕というものは時として残酷なくらいあっさりと下りてくる。そう、演者が取り残されるくらい、突然に。
開始と同時に矢口の間合いの外から市井が一気に飛び込んだ。
先程のドウを引きずってしまっていた矢口。返し胴を狙ったが、一瞬反応が遅れた。
見開いた矢口の瞳に赤い炎が一筋走り、そして消える。
次の刹那、矢口の面から音が弾け、紅い風が矢口の脇を駆け抜けていった。
一歩も動けなかった。呆然とする矢口。首をひねって後ろを見た。
市井の竹刀の切っ先に、殺気の残り火が見えたような気がした。
- 279 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月20日(土)01時12分53秒
- 勝ち名乗りを受ける市井の背後から拍手が聞こえてくる。
飯田や安倍の声も小さく聞こえたが、市井の意識の深くまでは届かなかった。
額に浮かんだ汗が目に染みる。息もかなり上がっている。
面を外して汗を拭き、新鮮な空気を目いっぱい吸いたいと思った。
けれどそんな考えも次の相手が試合場の向こうに出てきたら、忘れた。
あと四人……
相手の陣に視線を一瞬走らせると、市井は軽く息をついて再び中央へ歩み出た。
- 280 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月20日(土)02時49分30秒
- ちゃむカッケー!!
でも、いつまで燃えつづける事が出来るか不安でもあります。
- 281 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月20日(土)03時10分30秒
- 自分には見えます!なにか憑いてます。
- 282 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月21日(日)01時27分34秒
- ビーーーッ……
試合終了のブザーが空しく響き渡る。
市井は肩で息をしながら開始線に戻った。主審の旗が頭上で交差する。引き分け。
対次鋒戦。実力はさほどでもなかったが粘り強い剣道をする相手だった。
試合は圧倒的に市井が押していたが、どうしても一本が取れない。相手の守りが堅い。
二分を過ぎたあたりでようやく相手が引き分け狙いだということに気が付いた。
そこからは更に攻めを激しくしたが、結局最後まで相手を崩すことは出来なかった。
なんでもっと早く気付かなかったんだろ。
心の中で舌打ちをしつつ、市井は竹刀を納めた。
- 283 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月21日(日)01時30分04秒
- 「ん〜、あんだけ守られたらしゃあないわな。」
渋い顔をしながら中澤は愛用のスコアブックに引き分けを示す×印を書き込んだ。
「なんで桃蔭の次鋒はあんなに守ってばっかりやったん?」
腑に落ちないといった感じの加護。中澤はパタンとスコアブックを閉じて言った。
「ええか?桃蔭は典型的な先行逃げ切り型のオーダーや。
先鋒の矢口が奪ったリードをそのまま保って勝つっちゅうのが必勝パターンなわけやな。
当然、矢口がエースでポイントゲッター。ここまではわかるな?」
「へい。」
- 284 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月21日(日)01時31分19秒
- 「よろしい。ほな次。先鋒の矢口は二人抜いて三番手の市井に負けた。ここがポイントや。
自分ところのエースが負けた相手にあの次鋒が勝てると思うか?」
「思わないです。」
「せやな。普通に勝負したらまず勝てへん。でも負けたら試合は振り出し。折角のリードも全部パアや。
さらに最悪なんは次の中堅も抜かれて逆転されること。もしかしたら大将まで一気にいかれてまうかもしれへん。
せやからどうしても相手には早めに試合場から下りてもらわなあかんのや。」
「そっか。引き分けたら相手もそこで終わりやん。」
- 285 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月21日(日)01時32分24秒
- 「あんたも賢くなったやないの。
剣道ちゅうのは余程の実力差が無い限り一本とるのはホンマ難しい。
逆に言うとある程度の実力差があっても引き分けは狙えるんや。」
「引き分けでいいから無茶な攻めはせんかったんですね。」
「まあそういう事やな。自分より強い相手と刺し違えるんやからチームとしては御の字ちゅうことや。
なんにせよ市井を下ろしてリードも保った。桃蔭の次鋒は自分の仕事は果たしたわけや。
これで次は赤の中堅対白の副将。今度は白の副将が仕事せなアカンとこやで。」
中澤は持っていたペンを慣れた手つきでくるりと回すと再び試合場に視線を落とした。
- 286 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月21日(日)01時33分45秒
- 「…すみません。」
試合場の脇ですれ違った安倍に市井は軽く頭を下げた。
負けたわけではなかったが、自分の所でせめてイーブンには戻しておきたかった。
それを果たせなかった悔しさが言葉となって口から漏れた。
「よくやったべ。紗耶香。」
労をねぎらう安倍。
その言葉に俯いた顔を上げた市井。新雪のように煌めく安倍の瞳に何故かほっとした。
「後は任せるべさ。」
そう言い残し、安倍は戦いの舞台へ向かう。何人とも寄せ付けない清らかさを漂わせる安倍の後ろ姿。
その背中に市井は自分には無い、安倍だけが持つ強さを感じていた。
- 287 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月21日(日)02時07分55秒
- …よかったべ、出番がなくなるとこだったべさ(汗
- 288 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月21日(日)18時11分16秒
- そうだよなあ、市井が全部勝ったら二人の出番無くなるしな
- 289 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月23日(火)04時01分21秒
- 場内に唸るようなどよめきが起こる。
座って面を外していた市井は沸き立つ空気の中に一人取り残される格好となった。
何事か、と顔を上げる。はためく白旗が視界に飛び込んできた。
開始直後、安倍は一歩詰めて左肩に竹刀をかつぐ。
虚を突かれた相手はその振りの鋭さに思わず手元を上げて面を堅めた。
その浮いた手元に小手一閃。安倍の得意技の一つ、かつぎ小手がばっくり入った。
わずか二秒。まさに電光石火の速攻だった。
もう取ったの?
先程の試合、四分フルに使いながら一本も取れなかった市井は安倍の決定力の高さにため息をつく。
そしてそれと同時に安倍の勝利を確信した。
安倍がその真の強さを発揮するのは一本先取した後の二本目であるからだ。
- 290 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月23日(火)04時02分41秒
- 剣道は三本勝負。二本先取した方が勝ちである。
また、一方が一本を取り、そのまま試合時間が終了したときはその者が勝者となる。
よって言うまでもなく、一本取られた方は二本目は何としても取り返さなければならない。
必然的に手数が多くならざるを得ない。
だが一本を渇望する過度の思いは相手の動きに対する神経を鈍らせ、心に死角を作る。
その死角に安倍は静かに罠を張る。
- 291 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月23日(火)04時03分57秒
- 案の定相手は積極的に攻めてきた。
コテメンを余裕で捌き、逆にメン。これは受けられた。
相手はそのまま竹刀を巻くようにコテを狙う。安倍はそれをすり上げてメン。
当たった。が、竹刀の根元。一本にはならない。
相手は柄で安倍を押しながら自分も飛び退いた。再び間合いが離れる。
そろそろだべ。
心の中で舌なめずりをする安倍。もう餌は十分に蒔いた。あとは網は張って誘い出すだけだ。
相手の体を中心に置いて、右へ右へと回る。
丁度位置が入れ替わった所で、竹刀を抑えながら一気に詰めてメンに跳んだ。
またも上手く受けられたが構わず体を当ててその反動ですぐさま引きメン。
これも相手の竹刀に防がれた。だがここまでは全て計算通り。
次の瞬間、相手の両肩がググッと迫り上がってくるのが見えた。
そうだべ。ここで打ってこなきゃ。
面の奥で安倍の口元が少し上がった。
- 292 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月23日(火)04時05分53秒
- 相手の竹刀が虚空に流れる。
安倍は泳ぐ相手の躰を風のようにすり抜けてメンを奪っていた。
一瞬の出端メン。柔らかさの中に強さがあった。
一般的に、相手が技を打ち終わって居着いた所というのは打突の好機とされている。特に相手が引いた体勢ならば尚更だ。
よって相手が引き技を打った直後を攻めるということは剣道における定石の一つになっている。
そこで安倍はその定石を逆手にとり、わざと引き技を打って相手を誘いだしたのだ。
勿論居着くことなく直ぐに技を出せるように体勢を保ったままで。
相手が技を出すタイミングがわかれば出端を取ることなど造作もない。
こうして安倍の描いた方程式は一分の狂いもなく最後の答えを導き出した。
試合時間五十七秒。鮮やか過ぎる秒殺劇だった。
- 293 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月24日(水)00時27分10秒
- 安倍は頭脳派か…好対照だなや。
- 294 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月25日(木)01時43分16秒
- 試合はいよいよ終盤、副将同士の一戦へ。
見事な二本勝ちで相手中堅を沈めた安倍だったが、今度は一転して苦しい試合を強いられている。
相手の副将はクレバーで安倍の誘いになかなか乗ってこない。
間の取り方も絶妙。打つと見せては退き、留まると見せては攻める。柳のように掴みどころが無い。
時折見せる応じ技も鋭く切れがある。
だが安倍もひるむことなく積極的な攻めを見せている。
ここまでの流れは五分。試合の主導権は依然たゆたったままだった。
試合を見守る市井の心中は穏やかでない。相手副将は明らかに安倍が苦手とするタイプだ。
しかしその相手ともここまで互角。間違いなく今日の安倍は冴えている。
だが結果はどうなるか……
汗に濡れた髪を掻き上げる。今はただ安倍を信じるしかない。
唇を噛み、市井は安倍に祈るような瞳を向けた。
- 295 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月25日(木)01時44分57秒
- 乾いた音が二つ。安倍のメンに対して相手はコテ。赤旗が二本上がった。
安倍が首をかしげながら中央に戻っていく。納得行かないのだろう。
市井の目にも微妙な判定に思えた。現に三人いる審判の内、一人は判定を棄権している。
だが試合を裁くことが出来るのは審判だけで、その旗が二つ上がれば一本だ。そして一度下った判定が覆ることは決して無い。
試合の鍵を握る副将戦、まず桃蔭が先手を取った。
- 296 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月25日(木)01時47分42秒
- 「さあ、これで白は苦しくなったで。」
中澤がスコアブックにペンを走らせる。
「さっき、多少の実力差があっても引き分けなら狙えるって言うたよな?」
こくりと頷く加護。
「これが一番効いてくるんが相手大将戦なんや。
なんせ相手大将と引き分ければそれでチームは勝ちなんやからな。」
大将以外の選手が相手の大将と引き分ければ勝ち。ここに勝ち抜き戦の妙がある。
引き分けでも勝ちという条件は想像以上に大きい。最初から一本先取しているようなものだ。
逆に、先に引きずり出された大将は苦戦を強いられる。
引き分けを狙って守りを堅める相手。引き分けでも負けというプレッシャー。
幾重もの重苦しい鎖に縛られながら戦い、そして勝たなければならない。
これを嫌って、普段は大将を務めている選手を玉竜旗に限っては前の方に置くチームも多い。
エースには余計な重圧の無い状況でその力を発揮して欲しいという思いがあるからだ。
「せやから、絶対先に相手の大将を引きずり出さなあかん。それが副将の仕事や。」
勿論そんなことは安倍も十分承知している。
最低でも一本取って引き分け。とにかくこの副将だけは自分が潰しておかないと。
- 297 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月27日(土)04時07分08秒
- だが、一本が遠い。
相手も必死だ。
中段に構える安倍の技の起こり端、浮こうとする安倍の竹刀を抑えて絡めるように左に払いのけてくる。
技の起こりを潰される安倍。竹刀が邪魔だ。
いたずらに時が過ぎてゆく。恐らく残りは一分も無い。
額からこぼれた汗が目に沁みた。
焦るな。相手が崩れる一瞬は、必ずやって来る。一瞬あれば、取り返せる。
じれる心を抑えつけながら、安倍は相手の瞳をじっと見据えた。
その瞳に映る火が見える。儚い光を放つせんこう花火のような火が。
- 298 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月27日(土)04時08分46秒
- 花火が消えて落ちるのが見えた。
思い切り一歩、踏み込む。またも相手は竹刀を左に払ってきた。
だが安倍は打ちには行ってない。踏み込んだだけ。剣先は相手の膝元を狙うように低く抑えられていた。
目標を捉えきれなかった相手の竹刀が虚空を泳いで大きく流れる。
門がついに、開いた。
吸い込まれるように前に飛び込み、竹刀を喉に突き立てる。
相手の躯がグラリと揺れた。
その崩れたところ、ヒュンと風を斬る二の太刀を相手の面に叩きつけた。
安倍渾身の突きメン。エースが見せた意地だった。
- 299 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月27日(土)14時39分49秒
- 人間辛抱だ。
- 300 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月29日(月)01時21分53秒
- 三本目、開始と同時にブザーが鳴る。竹刀を振る時間すら残されていなかった。
はぁ………
安堵と悔しさが溶け合った息が思わず漏れた。
ホントは大将まで行くつもりだったのになぁ……
礼を終えて後ろ足で下がりながら、ふと天井を見上げた。
さっきまで自分を照らしていたカクテルライト。その眩しさに目を細めた。
端まで下がり終えて振り返る。見慣れた姿がそこにあった。
いつもそこにいてくれるんだね。
頭一つ分高い彼女の顔を見上げながら安倍は口元を緩ませた。
あなたが後ろにいてくれたから、私はいつも頑張れた。
----あとは任せたよ、カオリ。
すれ違う前に、いつもの儀式。
互いの右拳を軽くぶつけ合った。
- 301 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月29日(月)01時23分45秒
- ありがとうなっち。
心の中でそう呟くと、飯田は右手を胸にあて大きく一つ息を吐いた。
もう十年以上になる腐れ縁。本当の姉妹以上に姉妹のようだといつも言われた。
だが二人を分かつ時はいずれ必ずやって来る。
一学期終わりの進路調査。飯田は美大、安倍は看護医療の大学を希望した。
二人並んで歩いたきた道、気が付けば別れ道がすぐ向こうに見えていた。
高校最後の試合。
これが終われば、もう安倍と共に竹刀を握ることはないだろう。
だから、勝ちたい。
少しでも長く、一緒に戦っていたい。
- 302 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月29日(月)02時09分57秒
- ,一-、
/ ̄ l | / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
■■-っ <ここ!これ!う〜〜う〜〜
´∀`/ \__________
__/|Y/\.
Ё|__ | / |
| У.. |
http://cgi.cx/rurubu/
- 303 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月30日(火)23時23分07秒
- 掛け値なしの大将戦。チームがつないだ思いは今、飯田の双肩に託された。
ここまで来たら勝ち負けやない。中澤は言う。
「こいつで負けたんならしゃあない。
そんな風にチーム全員が納得できるような剣道が出来るかどうか。
そういう剣道をするのが、いや、せなあかんのが大将ちゅうもんなんや。」
自身もかつては大将として数々の修羅場をくぐり抜けてきた。
勝ちもしたし、負けもした。結果はどうあれ、いつも胸を張って仲間の元へ帰れるような剣道をしていたつもりだった。
だがたった一度だけ、自分の不甲斐なさに悔し涙をこぼしたことがあった。
やはり自分は大将の器やなかった。他にもっといい子がおったはずや。
必要以上に自分を責めた。そんな事ないよという仲間の慰めも辛く感じた。
あの試合の事は忘れようと、髪を切ってみたり、似合いもしないくせに肌を焼いてみたりした。
だけど夏になると思い出してしまう。あの日の福岡も今日みたいに暑かった。
負けたってええ。最後の大舞台、悔いの残らんようにな。
そうすれば、たとえ負けたとしても、全ていつか納得出来る。
目を細め、決戦へと向かう二人の少女に優しい眼差しを向ける。
出来るなら、あの日の自分にも言ってあげたかった。
- 304 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月30日(火)23時25分16秒
- 中澤のその思いは少なくとも間違ってはいない。
だがそれは彼女のように幾つもの山を越えた後、自らが歩んだ道程を振り返った時に初めて分かるものなのだろう。
だから、今まさに剣を振らんとしている飯田にはそんな理屈は綺麗事にしか聞こえない。
ここで勝たないでいつ勝つのよ。
飯田の視線が一点に落ち着く。
主将としての最後の仕事。それは勝つことに他ならない。
神経は剣の切先にまで達し、充実した気が四角い戦場に膨れ上がる。
張りつめた空気の中、飯田の意識は無限に広がる暗闇の彼方に及んでいた。
----何かを感じた。
イチニのサン!
どちらが先というわけでもなく、まるで引き寄せ合うかのように二人は同時に前へ跳んだ。
定規で線を引くように飯田の剣閃が真っ直ぐ走った。
白い旗が上がる。この試合初めてリードを奪った。
- 305 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月30日(火)23時27分14秒
- 「飯田さん、ほんと相メン強いですよね。」
「カオリのメンはリズムが独特だからね。」
珍しく無邪気に興奮する市井に安倍は苦笑いを浮かべる。
「初見の相手じゃあのメンは防げないっしょ。」
かく言う安倍も慣れるまでは面白いように飯田のメンを受け続けてきた。
166センチの長身から異様のリズムで打ち下ろされるメン。
乗ったつもりが、いつの間にか乗せられている。
どうして打たれるのかわからない。まるで蜃気楼に飲み込まれたような感じがした。
- 306 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月30日(火)23時30分10秒
- 何故そんなメンが打てるのか。かつて飯田に尋ねたことがあった。
「なんかね、声が聞こえるんだって。」
おっかしいよねー。安倍が笑う。
だが安倍の笑顔とは対照的に市井の顔は強ばっていた。
それに気付かないのか、安倍はそのまま続ける。
「今だ、メンを打てっていう声が聞こえてきてね、
それが聞こえた時にメンを打つとなんでか分かんないけど当たっちゃうんだって。」
----私と同じだ………
試合中、不意に聞こえてくる声。あの声は一体何なんだろう?
飯田さんに聞けばもしかしたら分かるかもしれない。
「だからなっち聞いたんだよ。その声って何処から聞こえるのって。」
「なんて言ってました!?」
身を乗り出すようにして安倍に迫る市井。
その様子に安倍は一瞬目を丸くすると、すぐにいつもの笑顔を浮かべて答えた。
「宇宙から、だって。」
----やっぱ飯田さんに聞くのやめよっかな………
- 307 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月31日(水)20時11分43秒
- やった。リード&リーダ&イーダ!
- 308 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月02日(金)03時28分51秒
- まるでリプレイを見ているかのようだった。
二本目、またも相メン。長い黒髪が宙になびく。
交わった瞬間、負けを確信したのか、相手は大きく天を仰ぎ見た。
思わず立ち上がる市井。笑顔で手を叩く安倍。
試合の終幕を告げる純白の旗が高々と舞った。
- 309 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月02日(金)03時30分31秒
- 勝利に沸き揚々と引き上げる市井たち。
その市井らに遠くから刺すような視線を投げつける二つの影。
「四回戦の相手決まったね。どう?面白そうな相手いた?」
涼しげな顔つきで次の相手を見送る長身の騎士。
「んあ?そ〜だね〜。やっぱ後ろの三人、……特に中堅かな?市井ちゃんだっけ?モロ後藤の好みだね。」
不敵な笑みを浮かべ舌なめずりする金色の狼。
「市井ちゃんって…。あの人二年生だからウチらの一コ上だよ。なのに、ちゃん付けは無いんじゃない?」
「んなこと言ったら、圭ちゃんなんか三年生じゃん。」
いや、だからさぁ、保田さんを圭ちゃんって呼ぶっていう事がまずあり得ないよ……
- 310 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月02日(金)03時31分35秒
- ----あ、もうこんな時間だ。
「ごっちん、そろそろ行かないと。」
試合前のウォームアップ。これを怠るわけにはいかない。
二ヶ月前、高校に入学して最初の試合。
ついお喋りに花を咲かせてしまった吉澤と後藤。ろくに準備もしないまま面をつけて試合に臨んだ。
結果、力を出し切れず、惨敗。
後で保田にこってりと絞られた。
保田が怒ったのは、結果でも内容でもなく、試合に対する心構えの甘さ。
自分の未熟さと甘さを痛感した。もうあんな情けない気持ちを味わうのだけはゴメンだ。
「ん、そだね。」
んん〜と伸びをしながら大きなあくびをする後藤。
ごっちん、面をつけてる時とつけてない時のギャップあり過ぎだよ。吉澤は苦笑する。
ほら、急がなきゃ間に合わないよ。
後藤の手を引いて会場の外に続く通路へと駆け出す。
開け放たれた扉からは西に沈む太陽の赤い光が射し込んでいた。
- 311 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月02日(金)21時58分06秒
- 後藤はやっぱり市井ちゃんって呼ぶんですね(笑)
続き楽しみにしてます!
- 312 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月04日(日)04時30分57秒
- 「市井さん!」
試合後、ロビーでドリンクを飲んでいた市井に声をかけたのは松浦だった。
「次、修悠館とですよね。」
「うん。見てたよ、さっきの試合。後藤って言ったっけ?………強かったね。」
「はい。でも後藤さんだけじゃないですよ。その次の吉澤さん、彼女も同じくらい強いです。」
昨年の夏。松浦は全国大会の個人戦で後藤、団体戦で吉澤とそれぞれ剣を交えている。
その時後藤とは延長の末一本負け、吉澤とは1−1で引き分けた。
雪辱を期して臨んだ今日の試合。去年よりもさらにその牙に磨きをかけた狼に見事返り討ちにされた。
「………正直あそこまで強くなってるとは思いませんでしたよ。」
市井は何も言わずカップに口をつけた。カラリと氷の音がした。
----見ただけでもわかる。彼女は強い。
勝てるだろうか?一瞬そんな思いが浮かんできたが、それはすぐに消えた。
「ま、相手が誰かなんて関係ないよ。」
一度竹刀を抜いたなら、目の前の敵を倒すだけだ。
ベンチから立ち上がり試合場に戻ろうとすると後ろから松浦の声が聞こえた。
「頑張ってくださいね!」
背中を向けたまま右手を軽く上げて応えた。
- 313 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月04日(日)04時32分04秒
- 「わっ!」
通路の角を曲がった瞬間、目の前に突然白い影が現れた。
その影を避けきれずに正面からぶつかった市井は持っていた紙コップを思わず手から離してしまった。
放り投げられた紙コップから放たれたキラキラと輝く透明な液体は空中に美しい孤を描くと、
……見事市井の頭上に降り注いだ。
----まいったね、こりゃ。
べとべとに濡れた髪を右手で掻き上げる。
「大丈夫ですか?」
今ぶつかった白い影が不意に声をかけてきた。
小麦色の肌を白いセーラー服に包んだ少女がそこにいた。
- 314 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月04日(日)04時33分28秒
- 「あ、……う、うん。」
何故か言葉に詰まった。
----ほんとですか?
どことなく不自然な市井の態度に少女は眉をひそめながら濡れた市井の顔を見つめる。
その透き通るような瞳に心まで貫かれたような気持ちがした。
「そうだ。」
突然少女は赤いスカーフを襟から解くと、半ば強引にそれを市井の手にねじ込んだ。
「よかったらそれどうぞ。それじゃわたし急いでるんで。」
それだけ言うと少女はパタパタと足音を立てて会場の外の方へと向かっていった。
細い肩の上で艶のある黒髪が踊っている。
市井は西日の中に消えていく彼女の背中をただ見送ることしか出来なかった。
胸の中を新緑の爽やかな風が通り過ぎていく。
少しだけ、レモンのような香りがした。
- 315 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月04日(日)16時17分57秒
- >レモンのような香り
さっそく使ってますね(w
- 316 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月07日(水)04時30分47秒
- 「どうしたの、その頭?」
びしょびしょに頭を濡らして戻ってきた市井に目を丸くする飯田。
いやぁちょっと…。曖昧な笑顔で応えながら予備の手拭いをバッグから取り出して頭を拭いた。
----流石にこれを使うわけにはいかないよね。
左手にある赤いスカーフに目を落とす。
……これどうしよう?くそ、名前くらい聞いとくんだった。
湿った手拭いを首にかけ両手でひらりとスカーフを広げてみた。隅に小さくイニシャルの刺繍が施されている。
「R.I……」
エンジの糸で書かれたアルファベットを口にしながら市井は先程の少女の顔を思い出していた。
切れ長の瞳に艶やかな口唇。何故か胸がカッと熱くなった。
----なんかさっきからおかしいな?
胸につかえたものをかき消すように頭を二度振り、スカーフを丁寧に四つに折ってバッグに入れた。
- 317 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月07日(水)04時32分08秒
- 円陣を組む市井たち。飯田が他の選手に活を入れる。
「いよいよ四回戦、今日最後の試合よ。気合い入れていくわよ。」
「これに勝てば最終日だべ。」
二日に渡る玉竜旗女子の試合。五回戦以降は明日行われることになっている。
「修悠館が相手だからって飲まれちゃダメ。自分の剣道をするのよ。そして………」
----また始まったよ。苦虫を噛みつぶしたような顔をする市井。
飯田の試合前の話は説教臭い上にいつも長い。
飯田さんいい人なんだけど、この癖は何とかしてくれないかなあ。
- 318 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月07日(水)04時32分38秒
- 薄紅色の陽の光に照らされる福岡国際センター。昼間の暑さも徐々に薄らいできていた。
だが場内の空気は冷めるどころかますます熱を帯びてゆく。
三回戦最後の試合も終わり、舞台は四回戦に移ろうとするところだった。
「カオリ、前の試合終わったみたいだべ。」
「ん、わかった。それじゃ皆行くよ!頑張っていきまっ……」
「しょいっ!!!!」
- 319 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月07日(水)04時33分28秒
- 試合前の整列。
会場はまたも拍手と歓声の渦に包まれた。
だがそれらは全て保田率いる地元福岡の修悠館へ向けられたもの。
ははは、まるで悪役だね。
会場の熱気の中、氷のような床の上で市井はにやりと笑った。
- 320 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月07日(水)04時34分40秒
- 市井たちの向かい、上座側に山吹色の胴が並ぶ。赤、修悠館高校。
その一番左端、既に面をつけ戦闘準備万端の先鋒と目が合った。面金の向こうには挑発的な笑みを浮かべている。
何よ?私とやろうっての?面白いじゃない。
「あの子、紗耶香の方ずっと見てるよ。」
右隣の安倍が小さな声で囁いてきた。
「わかってますよ。」
視線を相手に向けたまま市井も小声で返した。
首洗って待ってなさい。私があんたを狩ってやるよ。
- 321 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月07日(水)04時38分12秒
- >>315
新曲聞いたときからこれは使おうと考えてました。
- 322 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月12日(月)03時17分35秒
- 「さてと、じゃあ行きますか。」
礼の後、一人試合場に残った後藤は軽く二度飛び跳ねて前に進み出た。
ちらりと視線を横に走らせる。
正座をして面をつけている市井の姿が目に入った。
市井ちゃん、早くしないとすぐに出番が来ちゃうよ?
竹刀を抜きながらペロリと舌で唇の端を湿らせた。
会場中の注目を一人占めする中で始められた試合は開始直後にいきなり動いた。
リズムを刻むように小さく前後へ足を動かす後藤。
その黒い光をたたえた瞳からは毛も逆立つような殺気が漏れている。
相手の竹刀がその刺々しい気をかき分けるように伸びようとしたその時。
後藤は手首を柔らかくしならせ、竹刀を絡めるように時計回りに回し、相手の竹刀を巻き落とした。
身を守る術を一瞬にして失った相手。その顔に焦りの色が滲む。
それじゃ、いただきます。
ケモノは悪魔の笑みを浮かべ、そのままザクリと相手の脳天に牙を突き立てた。
- 323 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月12日(月)03時18分35秒
- 「かわいくない奴だね。」
面をつけ終えた市井は立ち上がって腰の垂れを整えた。
視線の先には二度目の勝ち名乗りを受けている後藤。
火の出るような怒濤の攻めで先鋒をなぎ倒したかと思えば、
次鋒は軽く出ゴテ二本で仕留めて体力を温存するというしたたかな一面も見せている。
----ホント食えない奴。
左手に竹刀を携えて試合場の端へと歩いていく。市井は心が焼き爛る程の興奮を密かに感じていた。
中央に出ていくとき、研ぎ澄まされた氷の刃の上を歩いているようだと市井は思った。
シンと張りつめた白い空気が静かに市井を迎え入れる。
そして、何も聞こえなくなった。
何処からか冷たく射抜くような視線を感じた。
だがそれも、竹刀を構えたら忘れた。
今はただ、目の前で唸る狼に集中するだけ。
彼女を倒せと誰かが囁く。
紅蓮の炎が市井の体を飲み込むように燃え上がり始めた。
- 324 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月12日(月)07時40分28秒
- 好勝負を期待!!
- 325 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月14日(水)03時22分58秒
- 後藤の打突は速く、そして重い。受けた竹刀が弾き飛ばされそうだ。
次々と襲い来る牙の間を縫って市井も攻め返すが後藤は抜群の体捌きでそれを軽々と交わしていく。
----なんつー反応だよ。
このまま近間で打ち合うのは不利だ。なんとなく、そう思った。
小手を潰し合った後の鍔迫り合い。後藤を思いきりはね飛ばし、そして自らも大きく退いた。
二人の間にぽっかりと大きな空間が生まれる。
市井は肩の力をスッと抜き、目の前に広がる白い海に意識を投げ出した。
その海の奥底に禍々しい気を漂わせる狼がいた。
彼女の息に大きな乱れは見えない。二試合連続の五人抜きは伊達じゃない。
市井は大きく息を吸い込むと、さらに深く深く潜っていった。
- 326 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月14日(水)03時24分03秒
- 「!!」
貫くように放った得意のメン。だがそこにいたはずの後藤の姿は陽炎のように揺れて消えた。
----抜き胴ッ…!
脳裏にその声が響くのと同時に両手を真下に引き落とす。
鈍い音。胴打ちを受けた右肘に電流のような痺れが走った。
苦痛に顔をしかめる市井。ほんの一瞬、隙が生まれた。
再び鍔迫りになる瞬間、後藤が柄頭を市井の小手に思い切り叩きつける。
予想外の衝撃に握力が緩み竹刀が手の内からすり抜けた。
やばい。市井がそう思ったときには既に後藤の引きメンが振り下ろされていた。
間一髪首をひねってよけた。飢えた牙が肩に食い込む。鎖骨が砕けたかと思った。
糸を引くように再び二人が離れる。
そのたった何秒か。市井は純白に光る世界の中で自分の体がスローに包まれたように感じた。
カラカラと、落とした竹刀の転がる音だけが聞こえた。
「止め!」
試合を止める審判の声を聞いて、市井はぷはっと息を吐いた。歓声が再び鼓膜を震わせた。
- 327 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月14日(水)03時25分08秒
- ったく、あのバカ力め。
試合場の端にまで転がっていった愛刀を拾い上げる。
そして開始線に戻る途中、ふと視線を感じて振り向いた。
市井を真っ直ぐに見つめる猫のような大きな瞳。栗色の髪の少女がそこにいた。
……なんなの?
問いかけるような視線を返す。だが彼女の瞳はその問いに答えようとはしない。
感情の滴を一粒もこぼさない瞳。
ただ凛とした強さをその双眸の奥にたたえている。
市井は彼女の瞳にえもいえぬ懐かしさを感じていた。
前にもどこかでこんな瞳に向き合ってたような気がする……
- 328 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月14日(水)03時25分55秒
- 「反則一回!」
白旗を斜め下に傾けた主審が市井に竹刀落としの反則を宣告した。
反則を二回犯すと相手に一本が与えられる。後藤相手にその失点は致命的だ。
剣道の主な反則は竹刀落としと場外の二つ。
竹刀落としはともかく場外だけは気を付けないとね。
市井は素早く視線を左右に投げて試合場の広さをもう一度確認した。
「始めっ!」
再び時計の針が動き出す。残り一分半。さあ勝負だ。
- 329 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月16日(金)20時32分19秒
- つえー後藤。
- 330 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月18日(日)01時23分01秒
- 今度は市井が先に攻めた。後藤が受ける。交わる竹刀に火花が散った。
コテメンの終わり際、鍔迫り合いに持ち込もうとした市井。だがその腕に手応えがない。
次の瞬間、輝く影が霞んで消えるように下に動いた。
----コテだッ
再び響くあの声。だがそれよりも早く、既に市井の体は動いていた。
後藤の引きコテを竹刀の右腹で打ち落とす。体が左に流れる後藤。
市井の刺しメン。竹刀じゃ受けらんない。上半身を目一杯後ろに反らした。
ガチッという金属音。切先が捉えたのは惜しくも面金だった。
よろけるようにして後藤が後ろに飛び退く。金色の髪が宙に乱れた。
間合いが切れ、束の間の静寂と緊張が試合場を支配する。
市井が仕留め損ねた狼はまるで効いてないと言わんばかりに首を左右に二度振った。
やれやれ、もっと刺激の強いのがお望みなの?
面金を打った手応えを打ち捨てるように竹刀を振って構え直す。
そいつは困ったね。市井は口元を微かに緩め、乾いた唇を軽く舐めた。
- 331 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月18日(日)01時24分05秒
- 「ようあの引きゴテ返したわ。」
中澤が呆れたように唸る。メンの打ち終わりを狙った後藤の引きゴテ、タイミングとしては完璧だった。
だが市井はそれを更に完璧なタイミングで落としてメン。
ケモノのような身体能力を誇る後藤でなければ間違いなく一本だっただろう。
それにしても市井があの引きゴテを読み切って打ったとは考えがたい。
----あの一瞬の中で反応したっちゅうんか?
「あの子、ウチが思うとるよりもずっと恐ろしい子かもしれんな。」
白い胴着を紅の気に包む少女に目を細めた。
そして中澤と思いを同じくする者がもう一人。
「結構怖いかもしんない…」
その火の少女に相対する金狼、後藤真希。
無意識に首を振ったのは実は余裕の無さの表れ。
本能が叫んでいる。油断すればやられると。
握りを確かめるように小さく拳を握り直した。眉間を一筋の汗が流れていく。
目の前で煌々と燃える炎になぜか鳥肌が立った。
- 332 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月18日(日)02時55分14秒
- 緊迫した試合展開……
こっちにまで緊張感が伝わってきます。
- 333 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月18日(日)10時58分25秒
- >そいつは困ったね。
ですね。ですね。ですね。ですね。ですね〜(w
- 334 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月21日(水)04時42分41秒
- 灼熱の気が波のように寄せては返す。
その波の中にひっそりと佇む市井。ゆらゆらと揺れる剣先の向こうに牙を剥く狼がいる。
その金色の毛が逆立つのが見えた刹那、息を止めた。
コテを打て……。低い声が三たび、市井の意識を駆け抜ける。
もう遅いよ。市井の体は既に前方に投げられていた。空気を裂くように鋭く、前へ。
金狼の眉間に思い切り竹刀を叩きつけた。
燃えさかる木が弾けるような透き通った音が響く。
いっせいに白い旗があげられた。
完璧な手応えを胸に抱き、やった、と市井は呟いた。
- 335 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月21日(水)04時43分17秒
- そして試合の終わりを告げるブザーが鳴った。
二本目、手負いのケモノの攻撃は熾烈をさらに極めたが何とか防ぎきった。
「勝負あり!」
勝ち名乗りを受けながら竹刀を収める市井。
天を見上げ息をついたとき、胸が激しく高鳴っていることにようやく気付いた。
- 336 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月21日(水)04時44分26秒
- 「ごっちん。」
試合場の端で出迎えてくれた吉澤の声に後藤はハッと我に返った。
「どうしたの?あんなに綺麗にメンをもらうなんて。らしくないね。」
メン?ああ、メンを取られたんだっけ………
虚ろな思考の中、探るように記憶を辿る。
----あの時、焦げつくような殺気が小手に飛んでくるのを感じた。
----コテが来る。そう、だからそれを返そうと手首を回したんだ……
----だけど、その瞬間、来たのは……メンだった。
でもなんでメン?あの時感じた殺気は確かにコテを狙ってたのに。
単なるフェイントなら、あんな殺気なんて感じない。
市井ちゃんはコテを打つ気だったはず。なのにあそこでメンなんて……打てるはずない。
「どうして……?」
後藤は掠れるような声で呟いた。背中を伝う汗に身が震えた。
「よっすぃ、頑張ってね…」
中央へ歩み出らんとする吉澤に励ましの言葉をかけた。
だが後藤は自分のその言葉に空々しいものを感じずにはいられなかった。
- 337 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月25日(日)02時39分32秒
- 続く対次鋒戦。市井の前で剣を抜いたのは短髪長躯の白い騎士。
大きいな。飯田さんより少し低いくらいか。市井は視線を少し上に傾ける。
吉澤か…。
試合前に聞いた松浦の話だと彼女もかなりの実力者。なるほど確かにね。構えを見ただけでわかった。
悠々と真っ直ぐに構える吉澤。その姿はまるで山の如し。
隙の無い良い構えだ。これを崩すのはちょっと骨だね。
吉澤に桃蔭の次鋒戦の時のように引き分けを狙われたらそれこそ四分なんてあっという間だ。
早目に仕掛けないと。剣先争いもそこそこに市井が間合いにスッと入る。
その瞬間、射抜くような殺気を感じた。咄嗟に首ををひねる市井。
「ぬぉっ?」
右の耳に空気をつんざく音が轟いた。上から竹刀が唸るように落ちてきていた。
つむじ風のように市井の脇をすり抜けていった吉澤が振り返る。その頬が少しだけ緩んでいるように見えた。
何だよ、引き分け狙いじゃないの?
再び剣先を摺り合わせながら市井が口元を上げる。
やだなぁ、引き分けなんて狙うわけないじゃないですか。
目を細め微笑みを浮かべる吉澤。だがその瞳の奥に勝利への飽くなき執着が渦巻いているのが見えた。
- 338 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月25日(日)02時40分27秒
- この人に勝てば……。吉澤の胸に一つの想いが去来する。
後藤と吉澤。同じ学年のせいか並べて語られることの多い二人。だが吉澤の名が呼ばれるのはいつも後だ。
後藤とは中学時代に何度も対戦した。戦績は五分五分。実力的には負けてないはずだと思う。
しかしここぞという大一番で何故か勝てない。昨年の夏、全国へのキップを賭けた県大会個人戦決勝でも負けた。
後藤、吉澤という図式がいつの間にか出来上がってしまっていた。
その後藤に勝った市井。この人に勝てば、アタシの評価はきっと上がるはず。
功を焦ったか、攻め切る前に吉澤が飛び込んだ。
その竹刀が市井の面を捉える直前、白い影が下に潜り込む。
平らな板を割ったような音が小手から鳴った。
あれ?なんなの?その一瞬を吉澤は理解できずにいた。
高々と掲げられた三本の白旗を見て、ようやく右手に走る痺れに気が付いた。
「ったく、あのバカ……」
腕を組んだまま呆れたようにため息をついたのは、修悠館の大将・保田圭。
静かに光をたたえた瞳をうなだれる吉澤に向ける。
落ち着け吉澤。アンタが今戦ってる相手は後藤じゃない。
- 339 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月25日(日)02時41分10秒
- だが保田の思いは吉澤には届かない。
無理もない。二、三回戦を後藤の十人抜きで勝ち上がってきた修悠館。吉澤にとってはこれが今日の初試合だ。
しかも舞台は初の玉竜旗。無意識の内に緊張していた。
そしてその緊張の上に功名心が重なり、更に先行された焦りと悔いが飾られた。
いつもだったらもっと強いんだろうけどね。市井も吉澤の異変に気付いている。
技の力、冴え、スピード。どれを取っても申し分ない。
それに加えて恵まれた躯に綺麗な構え。じっと待たれるだけで相手にとってはプレッシャーになるはずだ。
だが剣道は心技体。どんなに技や体に秀でようと心が弱ければ勝つことは出来ない。
----心に急かされてるよ。
気を練れないまま技を繰り出す吉澤。その技の冴えは鈍く、ひどく単純に見えた。
闘牛みたく無闇に走るやつを転がすのなんか簡単だ。
吉澤の上体が迫り上がる。だから早いって。一呼吸置いて市井がコテ打ちに出た。
手の内に走る確かな手応え。
吉澤の腕は上がりきる前に止まり、その傍を市井はすり抜けていった。
- 340 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月26日(月)08時24分53秒
- なるほど、心技体か・・・
- 341 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月28日(水)14時55分26秒
- 剣道かじった事あるんで…。
なんか、すんげー懐かしい感じがするっす!
この話の中の登場人物みたいな人達に…5年前に逢いたかったな…。
とか、思ってしまった。(苦笑)
なんか、この話の中の雰囲気に飲まれていくな…。
続きに期待しつつ…フェードアウト(違)。
- 342 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月01日(土)05時09分46秒
- 白い闇の向こうに光が見える。
赤い風が躯を突き抜け、その光に向かって吹きつける。
その風に、翼を広げて飛んでいく。
乾いた音。手に残る痺れ。
時間が止まり、その一瞬が切り取られ、そして再び動き出す。
- 343 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月01日(土)05時10分27秒
- こりゃ止められへんで……
後藤吉澤に続く中堅をあっさりと退けた市井を見ながら喉を鳴らす中澤。
流れは完全に市井だ。
ほんの小さなきっかけで勝負の風向きが変わる勝ち抜き戦。
それまで抜きまくっていた先鋒が抜かれた途端、後ろが将棋倒しのように崩れていくのは珍しくない。
十二人抜きの後藤が抜かれた修悠館、まさにこのパターンにはまっていた。
----もしかしたら最後まで行くかもしれんな。
スコアブックに記されている市井の名前から四本目の線を延ばした。
- 344 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月01日(土)05時11分12秒
- 「あのぅ、先生?」
ん、なんや?横からの加護の声に中澤はぴくりと眉を持ち上げた。
「さっきから市井さんが一本取る度に拍手が大きくなっとるような気がするんやけど……」
ここの人って修悠館を応援しとるんやなかったんですか?
腑に落ちないといったような顔をしている加護。
「そんなん、圭坊が見たいからに決まっとるやんか。」
----後藤のおかげで今日は出番無しと皆思っとったからな。あのコに圭坊を引っぱり出して欲しいんやろ。
「なんか、ひどいですね。」
「観客なんてそんなもんや。」
そういうウチもな。心の中で苦笑いを浮かべる中澤。
だって見てみたいやんか。あのコと圭坊が試合すんの。
場内が沸き返る。白い旗が翼のようにはためいていた。
市井、ついに四人抜き。
- 345 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月01日(土)05時12分06秒
- 大地を揺るがすような歓声と拍手。
だが彼女はまるで何も聞こえていないかのように静かに花道を歩いている。
びっしょりと面の裏を濡らした市井は乱れた息を整えながらじっと彼女を見つめていた。
試合場の向こう正面に相対した彼女と目が合った。穏やかだが強い光を帯びた大きな瞳だ。
全てを見透かすような透明な視線に心が凍っていくように思えた。
英雄か、それとも魔女か。
最後の玉竜旗、三度奇跡を起こすべく、博多のジャンヌダルクは静かに戦場に舞い降りた。
- 346 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月01日(土)07時46分13秒
- マジ楽しみだよ!!
- 347 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月05日(水)04時05分47秒
- 床の上を滑る冷気が素足にからみつく。耳には微かに呼吸の音だけが響いている。
市井は剣先を小さく揺らしながら保田を中心に円を描くように動いていた。
一方の保田は微動だにせず、ただ静かに市井の動きを見つめている。
試合開始から三十秒が過ぎた。市井にはそれが五分にも十分にも感じられた。
手が出せない。まるで見えない壁が保田を包んでいるように思えた。
攻めてこないの?引き分けでもそっちの負けなんだよ?
誘うように竹刀を中心から一寸外した。だが保田は正眼に構え六尺向こうに佇んだままだ。
市井は覚えられないように小さく空気を吸い込んだ。
- 348 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月05日(水)04時07分20秒
- それは突然の出来事だった。
市井が足を右に送った瞬間、白い影が視界一杯に膨れ上がってきた。
かまいたちのようなメン。寸前、竹刀でなんとか受けた。
保田がメンの勢いを借りて体を当てる。思わず後ろにはじき飛ばされる市井。微妙な間合いが残った。
間髪入れず保田がコテメンを飛ばしてくる。コテは竹刀で返したがメンは無理だ。
右半身に体を傾けて沈むように避ける。覆い被さってくる保田の胴を竹刀の柄で押しのけた。
今度は逆に市井がメンに飛んだが保田に竹刀を絡められた。
よし、鍔迫り合い…。市井がそう思った刹那、
パシィィンッ!
枯木が火に弾けるような音と同時に焦げつくような熱が右小手に走った。
やられた…?一瞬そう思ったが保田は残心をとらず間合いを消して鍔を合わせてきた。
旗は上がらない。
危かった……。市井は集中を切らさぬようにしながらも安堵の息をついた。
単なる威嚇のコテだったのか。それとも残心を決める程の余裕は無かったのか。
いずれにしろ綺麗に一本もらったのは事実だ。零距離からのコテ。完全に意識の外からの攻撃だった。
もしあのコテの後、残心を決めることが出来たとしたら?
----次は確実にやられる。
市井の額に冷たい汗が浮かんだ。
- 349 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月05日(水)04時08分11秒
- 鍔迫り合い。保田は息を殺しながら市井の動きを冷静な眼差しで捉えている。
面金の奥に潜むその二つの瞳に、透き通った湖のような静けさが眠っているのを市井は感じていた。
まるで水鏡だ、と市井は思った。
保田がグイと手元を押してきた。鍔迫り合いを嫌っているようだ。
それは市井にとっても望む所だった。元々引き技は得意ではないし、何よりさっきの零距離からの技が怖い。
お互いの竹刀で相手の左小手を抑えながら徐々に間合いを切った。
- 350 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月05日(水)04時09分15秒
- 再び市井は右足を右前方に擦り出し、円を描くように動き始めた。
保田もまた先程と同じように剣先をピタっと止めて正眼に構えている。
静かに佇む彼女の周りで薄青い気が揺らめくのが見えた。
----水だ。
市井の前にそびえ立っていたのは、何人たりとも寄せ付けない、冷たく清らかな水の壁だった。
あの壁を突き崩さない限り勝てない。市井は無意識に左拳を強く握った。カッと躯が熱く燃え上がるのを感じた。
下付けをしながら攻める。それを嫌ったか、保田の手元が僅かに落ちた。
市井は背筋を伸ばすと同時に竹刀を振り下ろした。
相手の動きの先を取る、市井の最も得意とするメンだった。
紅蓮の炎がほとばしる。
----取った。
そう思った刹那、市井の体が流れるように捻れ、視界から保田の姿が消えていた。
次の瞬間、市井の脳天を弾けるような電流が駆け抜けた。
炎の刃はいつの間にか燃え落ちていた。
- 351 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月15日(土)10時12分36秒
- 最近になってこの話に気がつきました。
めずらしいジャンルの話ですけど、緊張感があって面白いです。
続きに期待してます。
- 352 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月16日(日)18時08分25秒
- >>351
ありがとうございます。話のほうはいよいよ大詰めに入ってきました。
楽しんでいただけるよう頑張りますので是非読んでやってください。
とは言うものの最近は年末の忙しさに追われ、なかなか更新できずにいました。
それでも大分落ち着きましたので来週中にはなんらかの更新をしたいと考えています。
- 353 名前:お詫び 投稿日:2001年12月28日(金)04時17分22秒
- 今週中に更新すると言っておきながら結局出来ずに申し訳。
私用で一週間ほど家を開けてしまっていたので、と言い訳。
そのお詫びという訳ではありませんが今回の短編集にこっそり参加しましたのでそちらも読んで頂けると幸いです。
タイトルは「We wish」。矢口保田市井の少しコミカルで少しハートフル(?)なお話です。
感想批評等ありましたらこのスレに書いて頂けるとこれまた幸いです。
年内になんとか一度更新したいとは思ってますがどうなることやら。
とりあえず皆さん、よいお年を。
- 354 名前:名無し娘。 投稿日:2001年12月28日(金)19時26分45秒
- 短編集の方で知りました。
「We wish」は凄く好きだったので、楽しみにして来たらやっぱりおもしろかった。
あちらとは毛色の違うお話ですが、すごい臨場感を感じます。
これからも楽しみにしてますんで頑張ってください。
- 355 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月31日(月)00時38分38秒
- 「切落し……」
中澤の手からペンがこぼれ落ちる。カツンと床に弾けた音は観客の歓声にかき消された。
----圭坊、アンタいつの間にそんな技覚えたんや?
静かに開始線に戻っていく白衣の魔女。その背中を物憂げな灰色の瞳がじっと見つめていた。
「先生、きりおとしって何ですか?」
横から投げられた加護の言葉に中澤はハッとした。
----アカン、思わず見とれてもうたわ。
床に転がったペンを拾い上げるとペットボトルの水を口に含んだ。
「切落しっちゅうのは相手のメンを竹刀の左鎬ですり落としつつそのまま相手の面を打つ技や。
一刀流の極意、初手にして必勝の太刀とまで言われとる。
まあ今の竹刀剣道では面すり上げ面と混同されがちやけどな。」
「メンをすり落とすって……、そんなん出来るんですか?」
「……まず無理や。」
打突の際に竹刀の振り幅が狭い現代剣道において相手の竹刀をすり落とすという事は厳密に言うと不可能に近い。
事実、先程の保田の技もすり落としというよりはすり上げ面に近かった。
しかしタダのすり上げ面ではない。絶妙の間と太刀筋の冴え。そこには確かに「極意」の片鱗が見えた。
だから中澤はあえて切落しと呼んだのだろう。
----まさに必殺やな。
ひりつくように喉が乾く。中澤はもう一度ペットボトルを手に取った。
- 356 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月31日(月)00時40分02秒
- どよめきのうねりの中、二本目が始まる。
一本目と同様に静かに剣先を市井に向ける保田。その身を包む水の衣は相変わらず凛として穏やかだ。
市井はいつもより二寸程遠くに間合いを取った。剣先を小さく揺らしながら保田の面の奥に視線を飛ばす。
その大きな瞳は一体何を見つめているのか。保田の心の動きを市井は捉えることが出来ない。
それでも攻めるしかない。火が水に勝つには、その身を焼き尽くすほどに燃え上がるしかないのだ。
紅光一閃。遠間から一気にコテに飛び込んだ。手応えは、竹刀の味。
間髪入れず振り下ろされた保田のメンを肩で受ける。そのまま体を捌いて引きメン。空を切った。
保田が間合いを詰めてくる。竹刀を振り上げた体勢から打ち下ろしのコテメンを放つ。
鈍い音が二つ。綺麗に竹刀で捌かれた。
----隙が無いね。
市井が呆れるほどに保田の守りは堅い。
なにせ構えが全く崩れない。構えが崩れないから受けにも余裕がある。
ったく、どうすりゃいいんだよ。市井は下唇を小さく噛んだ。
- 357 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月31日(月)00時42分32秒
- 「どうしよう、なっち。紗耶香、さっきからコテばっかりだよ。」
既に面を着け終えた飯田が弱々しい声を出す。
保田の切落しを恐れてメンが打てないのではないか。
だが安倍は冷静に飯田の不安を否定した。
「大丈夫だよ、紗耶香のコテはちゃんと攻めになってる。逃げてないべ。」
市井の剣はかつてない程に冴えている。気も試合場の外にいる自分が火傷しそうなほど熱く充実している。
「でも……」
安倍は思わず口からこぼれそうになった言葉を飲み込むと、もう一人の少女に視線を移した。
静かに剣を構えるその少女の周りには青い気の膜がうっすらと見えるだけ。
----なんで殺気が感じられないの?
普通、剣を構え相対すれば相手に対する闘争心や殺気が生じるはずだ。
そして剣先から伝わってくるそのような感情や殺気によって相手の心の動きを探る。
しかし保田はそれを一滴たりとも自分の内からこぼそうとしない。
----あなたは一体誰と戦っているの?
全てを内に秘め剣を振るう少女を前に安倍はその身を震わせた。
- 358 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月31日(月)00時44分02秒
- 一足一刀の間合いで対峙する二人。一歩踏み込めば斬れる間だ。
張り裂けそうな緊張の中、刻々と時間が過ぎていく。
市井は悟られぬように小さく喉を鳴らした。
もう気を読むのなんてやめた。そんなの私のガラじゃない。
息を吐き、神経を研ぎ澄ます。煌々とたぎる陽炎が市井の内から膨れ上がった。
----ままよッ!
意を決し、保田のコテに火の刃を飛ばす市井。
炎の筋が水の衣にその熱い牙を突き立てる。その瞬間、蒼い気が保田の手元でグニャリと歪んだ。
「ダメっ……!」
掠れるような安倍の声。その声とほぼ同時に保田も竹刀をしならせた。
市井の右小手に鈍い衝撃が走る。だが手の内にも手応えが残った。
両者相討ち。しかし上に乗ったのは保田。
やばッ……
市井の心が水に溺れる。次の瞬間、市井の視界一杯に青く濃い霧が広がった。
その霧の向こうで保田が微かに唇の端を上げるのが見えた。口元の黒い点が妙に妖艶に思えた。
- 359 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月31日(月)00時46分19秒
- 波が引くように霧が晴れる。そして二人を包んだのは、どこまでも白い闇の世界。
コンマ零何秒かの静寂。
市井の眼前には、剣をその手に携えた、戦いの女神がいた。
安倍の叫びも、飯田の祈りも、市井に届くには時間が足りない。
無慈悲にも、女神の剣は振り下ろされた。
それはまるで、天から射す紺碧の光のようだった。
- 360 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月31日(月)00時47分19秒
- >>354
どうも。こんな話書いてると「We wish」みたいなの書きたくなるんスよ。
>>短編集感想用スレの286
普通気付かんでしょ。俺も短編集参加してる人の作品幾つか読んでるけど全然わかんないもん。皆わかるのかなぁ?
それにしても題名知られてなかったか……最初のレスにぽつんと書いただけだったしな……w
ま、あんまり気に入ってないタイトルだからいっか。
なんとか更新できた。年内はこれで打ち止め。それじゃよいお年を。
- 361 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月09日(水)04時34分43秒
- ----あの時のことは何も覚えてません。
後にある雑誌記者からその瞬間の事を尋ねられた市井はただ一言、そう答えた。
その時、目の前の全てがスローに溶けて滲んでいた。
市井の瞳に走る一筋の蒼い光。保田の竹刀が空から降り注いでくる。まるで全てを飲み込む滝のように。
「紗耶香っ!」
悲痛な声で安倍が叫ぶ。しかし市井の耳に届いたのは安倍の声ではなかった。
聞こえたのは、赤い闇の奥底から響く、あの声。
----抜けるッ…
抜けるもんか……。薄れた意識の中で市井はそう呟いた。
だがその刹那、市井の右足は大きく右に踏み出していた。柳の枝のように影が揺らめく。
全てが白く霞むような瞬間の中で、山吹色の胴だけが眩しく見えた。
右拳に力が入り、風のように躯がねじれ、その胴を熱い刃が斬りつける。
そして横に走る紅い稲妻。
花火が割れたかのような重い音が耳に響き、痺れるような手応えが手の内に残った。
一瞬の光の中をすり抜けた市井は振り返りざま、すぐに審判を仰ぎ見た。
カクテルライトの輝きの下、三枚の白旗が一斉に舞い上がる。
試合場の端、胴を抜ききった市井の剣先が高々と天を指した。
そして静寂の舞台は、驚喜と歓声に包まれた。
- 362 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月09日(水)04時36分08秒
- 悲鳴と歓声と怒号が場内にこだまする。
「やった、やったよなっち!これで勝てるよ!」
「カオリ、ちょっと落ち着くべ。まだ勝負は決まってないっしょ。」
興奮して腕にしがみついてくる飯田を安倍がなんとか落ち着かせようとする。
しかしその安倍ですら実は胸の内の興奮を抑えきれないでいた。
修悠館に勝てる……?
既に試合開始からかなりの時間が経過している。残りはもう三十秒もないはずだ。
「……このまま決まるんか?」
中澤は左手の時計に思わず視線を落とした。
共に一本ずつ取り合っての同点。このまま時間切れなら勿論引き分け。
その瞬間、修悠館の負けが決まる。
----巨星墜つ…
会場の観客の誰もがそんな結末を胸に描いていた。……ただ一人を除いて。
- 363 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月09日(水)04時37分25秒
- 開始線で保田は剣先を下ろしたまま静かに虚空を見上げていた。
その遠く一点を見つめる瞳は穏やかで優しい光を帯びている。
----何を見てるの?
不思議に思った市井がその視線の先を追おうとした時、保田は竹刀を構え、市井に正対した。
市井は視線を追うのを止め、それに合わせるかのように中段に構えた。
息は荒れ、胸は焦げたように熱い。疲労はピークの極限に達し、鎖のように手足に絡みついてくる。
にも関わらず市井の心は悦びに震えていた。保田との試合は今まで味わったことのない緊張と興奮で彩られていたからだ。
だがそれも、あと少しで終わりの時を迎えるだろう。
だから今は、もう少しだけ、この気持ちを感じていたい。
「勝負ッ!」
審判の声を合図に時計の針が動き出す。残り十数秒、運命の三本目。
市井が最後の炎を身に灯そうとしたその瞬間、保田は正眼に構えた竹刀をスッと頭上に持ち上げた。
----上段!?
保田が初めて見せる左上段の構え。
市井が、安倍が、飯田が、中澤が、そしてその場にいた全員が、保田の突然の構えに心を凍らせた。
- 364 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月09日(水)07時10分14秒
- 新年初更新おめ!!
それにしても作者さん話切るのうますぎ(w
- 365 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月10日(木)04時12分33秒
- 先日のBSの番組で市井ちゃん剣道の話をしたらしいですね。
- 366 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月11日(金)04時30分05秒
- 外に出ると街はもう夕暮れ時の愁いに包まれていた。
薄墨を流したような空には蒼い月がおぼろげに浮かんでいる。
昼間の溶けるような暑さはいつの間にか姿を消してしまったようだ。
潮の香りを含んだそよ風がまだ少し湿り気の残る髪を梳いていく。
市井は一人、会場の外にある広場のベンチに腰を下ろした。
海を紅く染めながら沈んでいく太陽が妙に眩しく目に映った。
----あの瞬間…
まだ少し赤みが残る右腕をさすりながら保田との試合を胸に描き直す。
三本目の開始直後、上段の構え。確かに予想外の事だった。それでも、油断はしてなかった、はずだ。
……だけど、動けなかった。
凍り付いた空気の中で保田の竹刀が鞭のようにしなって見えたことだけが微かに記憶の淵に残っている。
次に意識がはっきりと動いたのは、右小手に焼け付くような痺れが走った後だった。
赤い旗が上がるのを見て、負けたんだ、と理解した。
- 367 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月11日(金)04時32分08秒
- 「こんな所に居たんだ。」
不意に投げられた背後からの声に市井はドキリとした。
西日を背にしていたせいか、声の主の顔は影になっていてよく見えない。
だけど、それが誰なのか、市井にはすぐにわかった。
穏やかに自分を見据えるその瞳が、さっきまで面金越しに向き合っていたそれと同じだったから。
「隣、座っていい?」
彼女は静かな声でそう言うと、市井の答えを聞く前にベンチにさっさと腰掛けていた。
結構探したんだよと苦笑いするその横顔を何故か市井は昔から知っているような気がした。
「ね、名前聞いてもいいかな?」
「市井、市井紗耶香……です。」
「紗耶香か、いい名前だね。私は保田圭。圭でいいよ。」
知ってます、と市井は答えようとしたが、やめた。
それを口にすることがあまり意味を持たないように思えたからだ。
二人はそれきり言葉を交わさなかった。
保田はキラキラと瞬く海面を先程と変わらぬ眼差しで見つめていた。
ぬるい風が首筋を舐める。
何となく気持ちが落ち着かない。市井は所在無さげな視線を地面に落とした。
二つの影が長く静かに伸びていた。
- 368 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月11日(金)04時33分13秒
- >>364
ホントはもう少し早く更新したかったんだけど。とりあえず今年もよろしく。
>>365
そんな事言ってたんだ。そいつはノーチェックだったよ。
しかし、こんな話書いておきながら言うのもおかしいが、あの零式市井が剣道やってる姿は非常に想像し難いw
- 369 名前:365 投稿日:2002年01月13日(日)04時10分28秒
- >零式市井が剣道やってる姿は非常に想像し難いw
そういえばそうですよね。
今の市井からなら想像できるが、零式ちゃむからじゃあ想像できないですね。
- 370 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月13日(日)04時37分01秒
- 「さっきはゴメンね。」
沈黙を破ったのは謝罪の言葉だった。
「え?」
「ほら、最後の三本目、上段に構えちゃって……。」
保田は前を向いたまま、照れ隠しなのだろうか、ぽりぽりと顎を指で掻いていた。
----急に何を言い出すんだ、この人は?
市井には保田の言っていることが理解できない。
無理もない。上段に構えることは卑怯な事でも何でもない。保田が謝る必要など何処にもないはずだ。
しかし、訝しがる市井をよそに、保田は続ける。
「ホントは勝ち負けなんか抜きにして、紗耶香とやりたかった。」
----紗耶香も、そうだったんでしょ?
何気なく振り向いた保田の瞳に市井はドキリとした。
鏡のようなその瞳に、全て見透かされているような気がしたからだ。
- 371 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月13日(日)04時38分38秒
- 「でも私は、負けるわけにはいかないから……。」
そう言って保田はベンチから立ち上がると、足元の小石を拾い、えいと海に向かって投げつけた。
あまり遠くない所から、ちゃぽんと水の跳ねる音が小さく聞こえた。
「…そうですよね。三連覇がかかってますからね。」
結局保田は市井安倍飯田の三人を破り、修悠館が四回戦を突破した。
公式戦無敗、玉竜旗三連覇。
その記録を夢見る周囲の期待に応えるために、彼女は負けられないのだろう。市井はそう思った。
「……それは、単なる結果に過ぎないわ。」
虚しげに呟きながら、保田はもう一つ小石を放る。
ひゅるりと放物線を描いたそれは先程よりも少し手前で海に落ちた。
保田はそれを見てまた苦笑いした。
- 372 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月13日(日)04時40分19秒
- 「保田さーん。」
唐突に響く、夏の宵には少し不似合いな高い声。
その声に振り返った市井は思わず息を呑んだ。
切れ長の瞳に艶やかな口唇。綺麗に整いながらも少しだけ翳りを帯びた顔立ち。
市井はその顔に見覚えがあった。
「こんな所にいたんですか。みんな帰り支度出来てますよ。早く来て下さい。」
「ん、わかった。」
少女を片手で制し、保田は市井に歩み寄る。
「あなたとやれてよかったわ。」
「…うん、私も。」
市井のその答えに保田はニコリと微笑んだ。
「じゃあね、紗耶香。」
別れの言葉を残すと、保田は踵を返してその場を後にした。
「行くよ、石川。」
「あ、はい!」
石川と呼ばれた少女は市井にペコリと一礼して保田の後を追いかけた。
スカーフの無いセーラー服に包まれた背中がゆっくりと遠ざかる。
何か言わなきゃ。
その時はまだ幼かったはずのその気持ちに、多分市井は気付いていた。
だけど言葉が出なかった。
潮の匂いがツンと鼻の奥に沁みて、なぜか胸を締めつけた。
- 373 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月13日(日)04時43分06秒
- 二人が会場の中に消えるまでその姿を見送ると市井は再びベンチに腰を下ろした。
目の前に広がる群青の海の上では小さな波がゆらゆらと揺れている。
私も石を投げてみようかな。
ふとそう思った市井は適当な小石を探そうと、ベンチのそばでしゃがみ込んだ。
その時、ある物が市井の目に留まった。
ペシャンコに踏み潰された白い筒状の物体。
煙草の吸い殻だった。
市井は何気なくそれを指先でつまみ上げた。
中途半端な長さで燃え尽きていたその吸い殻が何故か心に強く響いた。
市井はそれを海に向かって思い切り放り投げた。
力無く海面に落ちた吸い殻は、波に飲み込まれて消えていった。
- 374 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月13日(日)08時06分58秒
- これは伏(略なのか・・・
- 375 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月13日(日)14時44分40秒
- 話しがそれるかもしれんが、保田と安倍・飯田の試合を見たかった・・・
- 376 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月14日(月)15時47分18秒
- おれもみたかったけど、主人公は市井だからね。
圭ちゃんの外伝きぼん(w
- 377 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月15日(火)04時25分49秒
- 八月の空はクレパスで塗りつぶしたように退屈に澄みきっていた。
ギラギラと輝く太陽に照らされて地面に濃い影を落とすユーカリの樹。
静かに風が流れる中、蝉の鳴く声だけがけたたましく響いていた。
「ちょっと、今なんて言ったの?」
柴田は箸を動かしていた手を止めて市井を睨んだ。
「……だから福岡に行くって言ってるの。」
「いつ?」
「…明日。」
卵焼きを口に押し込んで市井は柴田の恨めしげな視線から目をそらした。
不服そうな柴田は唇をとがらせて言葉を続ける。
「明後日から合宿が始まるのよ? どうするつもりなの?」
「ゴメン。悪いけど合宿には出られない。」
「自分が何言ってるのかわかってるの?
あんたキャプテンなのよ? キャプテンが合宿出なくてどうするのよ?」
飯田たち三年生は既に引退し、市井は飯田直々の指名により新主将を務めることになった。
キャプテンなら柴田の方が向いているのではないか。
そう思った市井は飯田に抗議したが、主将はちょっと頼りないくらいが丁度いいのよ、という答えに返す言葉を失った。
素晴らしすぎる前例が目の前にあったからだ。
「…ゴメン。」
俯いて弁当箱を見つめたまま、市井はもう一度許しを乞うた。
柴田もこれ以上何を言っても状況は変わらないと判断したのか、はぁ、と一つため息をついて一気に麦茶を飲み干した。
- 378 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月15日(火)04時27分32秒
- 「でも、なんで福岡に行くの?」
「なんでって……」
----なんでだっけ…?
改めて柴田に理由を問われ、市井は言葉に詰まった。
濃いめに味付けされた肉のかけらを口に運びながら視線を外に泳がせる。
開け放たれた武道場の扉の外にはバットの金属音が響くグラウンドが広がっている。
太陽に焦がされた地面から陽炎が透き通った炎のようにゆらゆらと立ち上っていた。
その向こう、輝く空に目を細め、彼女の顔を心に描く。
----そう、もう一度だけ、あの人とやりたいんだよ。
蒼い気を身に纏った静かなる水の魔女、保田圭。
博多のジャンヌダルクと呼ばれた彼女は、修悠館に玉竜旗三連覇という栄冠をもたらし、英雄となった。
- 379 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月15日(火)04時28分36秒
- 市井はたった一度だけ、彼女と剣を交えている。
心まで凍て付くような緊張、身が焼け爛れるような興奮。
刹那の煌めきに全てを忘れ、裸になった意識で白い海に飛び込む快感。
彼女との試合はこの世のものとは思えない悦びに満ちあふれていた。
だがそれは、食べてはいけない禁断の果実だったのかもしれない。
あの日以来、柴田や松浦といった実力者を相手にしても市井はどこか満ち足りないものを感じていた。
どんなに剣に没頭しても、胸の奥で何かがずっと燻り続けているのだ。
----このままじゃダメだ。
市井は心底渇いていた。
この胸の渇きを癒すには、もう一度彼女と剣を交えるしかない。
だから、福岡に行くんだ。
燃え上がる太陽を見つめ、市井は静かに呟いた。心がスッと軽くなったような気がした。
しかしその一方で、市井はうっすらと気付いていた。
胸の内で燻り続けているのは、剣の渇望だけじゃない。
多分、それは今まで味わったことのない感情だ。
市井は自分のその予想が間違っていないことを知っていた。
だけど、それを認めたくはなかった。
- 380 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月15日(火)04時30分25秒
- >>374
どれを言ってるのかわかんないけど、そんな大層なものは無いです。
本筋書くのでいっぱいいっぱいだからw
>>375
これ以上剣道シーン書けねーw
>>376
( `.∀´)< >>236
- 381 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月15日(火)05時07分26秒
- やっぱそうこなくちゃな
- 382 名前:375です。 投稿日:2002年01月15日(火)20時18分16秒
- すいません。ついつい・・・
一読者の戯言と思ってください。
- 383 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月17日(木)03時12分14秒
- キャプテンは柴田に納得(w
- 384 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時53分10秒
- 「カッコ良くない?」
「だっさ…。」
休み時間、教室でひそやかに交わされるクラスメートたちの声。
サッカー部がいいとか、野球部もいいとか、やっぱ男はブランドだとか。
ほんとよく飽きないよね。
毎日繰り返される会話を耳にしては、市井はそう思った。
まるでドラマの中の会話みたい。
市井の中では、彼女たちの話などその程度のリアリティしか持ち得なかったのだ。
十六歳の市井にとっては、剣を構え佇んでいるときに感じる透明な孤立感だけがこの世で信頼できる唯一のものに思えた。
もちろん、剣道が人生の全てではないことくらいわかっている。
しかし、だから今だけは、全てを忘れることの出来るあの白く冷たい世界に浸っていたいのだ。
恋愛なんて遠い未来の話に過ぎない。ずっとそう思ってた。
- 385 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時55分42秒
- 夜明け前、午前五時。街も人も、みんな寝てる。
ほのかに月が残る白んだ空の下、誰もいない道を市井は防具袋を担いで歩いていた。
風に吹かれた街路樹の葉がさわさわと音を立てる。
夏とはいえ眠りから覚めたばかりの風はほんのちょこっと肌寒い。
市井は左手にはめた時計を見ると少しだけ足を速めた。すぐに躯は熱を帯びた。
駅前の広場に向かう角をすり抜けるように曲がった市井を射すような光が襲う。
薄紅に染まった雲の間に、朝日が顔を出していた。
- 386 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時56分16秒
- 水を打ったような静けさに包まれたホームの先端で、市井は遠くを仰ぎ見た。
古ぼけたレールがずっと向こうまで伸びていき、そして彼方で消えていた。
これから福岡に行くんだ。
そう思うと、なぜか自然に体が震えた。
これは武者震いか、それともなにか別のものか。
徐々に早く響く鼓動を胸に抱き、始発列車に飛び乗った。
- 387 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月20日(日)04時01分00秒
- 博多駅には次の日の朝八時過ぎに着いた。
鈍行と深夜バスを乗り継いでの長旅ですっかり固くなった躯をほぐすように、市井は大きく伸びをした。
バスから降りて乗客たちは寝ぼけた目をこすりながらそれぞれの目的地に散っていく。
砂糖菓子のような白雲をぼんやりと見つめていた市井も防具袋を肩に担ぐと朝の光に照らされた道を歩き出した。
とりあえず目的地の場所を確認しないといけない。
市井は駅前にあった交番を訪ねた。
眼鏡をかけた温厚そうな青年警官が奥からやたら元気に出てきた。
暇を持て余していたのか、それとも職務を忠実に全うしようとしたのか。
とにかくその青年警官は親切にも地図まで書いてその場所を説明してくれた。
目指す場所は駅からバスで三十分、八つ目のバス停を降りればすぐ目の前にあるようだ。
市井がお礼を言って立ち去ろうとすると、「剣道やってるの?」と警官が声をかけてきた。
防具袋を担いでいたからわかったのだろうか。はい、と頷くと、警官は懐かしそうな目をして笑った。
- 388 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月20日(日)04時01分53秒
- バス停は既に人で賑わっていた。
ブレザーの制服を着た女子高生や腰の曲がったおばあさんと一緒に市井はバスを待った。
道路に沿うように並んでいる木々の小枝が時折吹きつける風に揺れ、
その度に舗装された道路の上では無数の小さな光の粒子が不規則に動いていた。
五分ほどでバスはやってきた。
幸いそんなに車内は混んでいない。市井は後ろから二つ目の座席に腰を下ろした。
バスはビルの谷間を縫うように走り、慌ただしい朝の景色が窓の外を流れていく。
しばらくすると視界から無機質なビルの姿は消え、閑静な住宅街の風景が広がった。
一つ、また一つ、バスが停留所に止まる度に数人の客が降りていき、入れ替わるように数人の客が乗り込んでくる。
そしてテープに吹き込まれた女性のアナウンスが次の目的地を無愛想に告げた。
「次は修悠館高校前、修悠館高校前。」
やっと着いたか。
市井は今にも駆け出しそうな心を抑え、ゆっくりと降車ボタンを押した。
緑に映えた小高い丘にそびえる赤レンガ造りの重厚な建物。
輝く緑と落ち着きのある赤が空の青と雲の白に溶けて鮮やかなコントラストを映し出している。
いい所だね。
バスから降りた市井は右手を目の上にかざして眩しそうに丘を見上げた。
- 389 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月20日(日)04時02分45秒
- 「あづぃ……。」
ぐったりとした声を吐きながら正門へと続く坂道を上る市井。
太陽はいつの間にか空の高い所で輝き、その光に照らされた地面はフライパンのように熱い。
坂の角度は緩やかだったが重い防具を担いでいては流石にきついものがある。
背中はもうすっかり汗で濡れていた。
「着いたぁ〜。」
やっとの思いで丘の上までたどり着いた市井は息をつきながら目の前の門を見上げた。
校舎と同じ赤レンガで作られた正門は市井の背丈の三倍はあるだろうか。
瀟洒な感じを漂わせるその門は何も言わず静かに市井を迎えてくれた。
さてと、剣道部はどこかな?
市井は門の陰に荷物と防具を下ろすと辺りをきょろきょろと見回した。
夏休みのせいか、校内は妙にシンとしている。
時が止まったかのように静まり返った中庭に蝉の声だけが虚しくこだまする。
あれ?誰もいない?
市井の額に先程とは違った汗が浮かびかけたその時、チリリンと、渇いたベルの音が静寂に響いた。
「もしかして剣道部に何か御用ですかぁ〜?」
背後からの少し眠たげに間延びした声に振り向く市井。
そこには竹刀袋を肩に担いだまま自転車にまたがった少女がいた。
夏の陽射しを受けた彼女の髪は透き通るような金色に輝いていた。
- 390 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月20日(日)09時03分54秒
- 市井ちゃんなんかバガボンドの武蔵みたいだ(w
- 391 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月23日(水)16時43分06秒
- 「んぁ?市井ちゃん?」
金髪の少女が目を丸くする。
市井はその少女の顔に見覚えがあった。
忘れるわけがない。野生の牙を剥きだしにして、しなやかに舞う金色の狼。
「ひ、久しぶりだね…。後藤さん、だっけ?」
自然と言葉がうわずった。
「後藤でいいよ〜。一応年下なんだし」
屈託の無い笑顔を浮かべる後藤。
一応ね…。市井も笑顔を返そうとしたが、何故か上手く笑えなかった。
「ごっちん、おはよう」
後藤を呼ぶ低い声に二人は同時に横を向く。
短髪の少女が少し目尻の下がったその瞳でこちらをまっすぐに見つめていた。
「おはよ、よっすぃ」
「珍しいね、ごっちんがこんな早くに来てるなんて」
へへへ、と笑う後藤に笑顔を返しながら二人の方へ歩み寄ってくる。
三尺ほどの距離まで近づいたところで彼女は初めて市井に目を向けた。
白い肌に墨を落としたような黒い瞳は、彼方まで続くかのような奥行きを感じさせる。
冷え冷えと輝くその瞳に直視された市井は軽く頭を下げた。
彼女は先程の後藤のように目を丸くするといきなり素っ頓狂な声を上げた。
「あれ? もしかして市井さんっスか?」
「う、うん、そうだけど…」
またも声がうわずる。
「この前はお世話になりました。吉澤ひとみです。覚えてますか?」
「も、もちろん」
忘れたわけではなかったが先に名前を言われなければ多分思い出せなかっただろう。
市井は自分から名乗ってくれた吉澤に感謝しつつ、胸をなで下ろした。
- 392 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月23日(水)16時43分47秒
- 「ねーねー、そう言えばさー、市井ちゃんなんでこんな所にいんの?」
「ごっちん、市井さんは一応先輩なんだからタメ口は失礼だよ」
まるで十年来の友人に接するように話しかけてくる後藤を隣りにいた吉澤が肘でつつく。
----また一応って…。アンタも十分失礼だよ。
「あ、わかった! 圭ちゃんにリベンジしに来たんでしょ?」
「え? マジっスか? なんかカッケー!」
市井を置き去りにして勝手に話を展開させていく二人。
ダメだ、こいつら相手にしてると何か調子が狂う……
「…まあそんなところだね」
なんとか気を取り直して作り笑いを浮かべながら答えると、市井は置いてあった防具袋を肩に担いだ。
市井の中では、もうすっかり二人に剣道場まで案内してもらうつもりでいたのだ。
「でも保田さん、いませんよ」
「へ?」
思わず落とした防具袋がドサッと重い音を立てた。
- 393 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月23日(水)16時44分18秒
- 「ちょっ…、いないってどういうこと?」
「いや、あの…だって保田さん、三年生だし……」
いきなり詰め寄られて後ずさりする吉澤の言葉に市井はハッとした。
……そうだった。
よく考えれば飯田さんや安倍さんだって引退してるじゃん。
てことは、同じ三年生の保田さんも引退してるわけで……
つまりココに来ても保田さんとはやれないわけで……
……アタシってもしかしてバカ?
「な〜に〜? 市井ちゃん、圭ちゃんがいないと不満なわけ?」
あからさまにがっくりと肩を落とす市井に後藤が口を尖らせる。
「え? だって……」
市井が顔を上げて答えようとすると、いきなり後藤に右腕を取られた。
「圭ちゃんはともかく、アタシは市井ちゃんに用があるんだよね」
腕を組んだままニヒヒと後藤がいやらしく笑う。
「そうですよ。この前の借りはきっちりと返させてもらいますよ〜」
いつの間にか左腕は吉澤に組まれていた。
「さ、武道場はあっちだよ」
二人に引きずられるようにして武道場へ連れていかれる市井。
……よーし、こうなったらやってやろうじゃない。
半ばヤケ気味に意を決した市井は赤レンガの校舎に切り取られた空を見上げた。
海の色を映したような空に爛々と輝く福岡の太陽はあの日よりも少し眩しい感じがした。
- 394 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月25日(金)01時21分19秒
- なんだか、急にコメディ調になってきたね。よいよい(w
- 395 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月25日(金)03時25分32秒
- 「ぷはぁっ…」
武道場は稽古後のむせかえるような熱気で一杯だった。
市井は面を脱ぐと、水面から顔を出した時のように、大きく息をついた。
清新な空気が濡れた顔を撫でるように包む。生き返った思いがした。
ぱたぱたと胴着の胸元を扇ぐように揺らすと、涼しげな風が躯をなめていく。
「疲れたぁ」
胴と垂れを外し、壁に寄りかかって足を投げ出すようにして座る。
向かいにある開け放した窓から白い雲が見えた。
肌に浮かぶ玉のような汗を手ぬぐいで拭いていると、スッと目の前に影が差した。
「へへ〜、市井ちゃんお疲れ」
「市井さん、お疲れ様っス」
お疲れ、と市井は目線だけ動かして答えた。
今日の稽古のほとんどをこの二人との相稽古に費やした。
一応、玉竜旗では勝っている相手だ。互角以上には渡り合えるはず。
稽古を始める前、市井はなんとなくそう思っていた。
五本に二本しか取れなかった。
- 396 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月25日(金)03時26分26秒
- 「市井ちゃん、どうしたの? なんかあんまり元気なかったね」
「そうですよ。玉竜旗の時は怖いくらいの気を感じたのに。
ま、借りは一応返せたからウチらとしてはいいんですけどね」
市井相手に良い内容の稽古が出来たせいか、二人の口調は軽やかだ。
----痛いとこ突かれたね…
市井は心の中でうめいた。
自分でもわかっている。剣道だけに集中できない今の自分のみじめな姿を。
剣への純粋な渇望が、それとはまた別の気持ちに乱される。
日に日に大きくなるその想いが、胸の奥底に突き刺さる。
後藤や吉澤と剣を交えている時でさえ、そのトゲはずっと燻っていた。
ダメだな、アタシ…
自分の弱さが不意に心に浮かび上がる。
それを吐き捨てるように市井は頭を振って手拭いをかぶった。
汗はもうすっかりひいていた。
- 397 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月25日(金)03時27分38秒
- 一陣の風が床の上を流れるように滑る。
ひまわりのような高い声がその風に乗って落ちてきた。
「はい、ごっちん、よっすぃ、お疲れさま」
「あ、梨華ちゃんありがとー」
「ありがとうございます」
その声は……?
市井は手拭いを頭にかぶったまま、声がした方向を振り向いた。
後藤と吉澤に麦茶の入ったコップを渡している少女がいた。
少女は市井の視線に気付くと、口元を上げて柔らかに微笑んだ。
うっすらと憂いの色を漂わせたその笑顔が、胸の燻りに火をつけた。
- 398 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月25日(金)03時28分18秒
- 「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう……」
市井はお礼を言いながら少女が差し出した麦茶を受け取った。
指先に心地よい冷たさが伝わってくる。
「あの、どこかでお会いしませんでしたか?」
少女はそう問いながら、市井の隣に座り込んだ。
黒髪からふわっと漂ってきたシャンプーの香りに、市井の鼓動は高鳴った。
「…あ、…玉竜旗のときに、会場の外の広場で」
それだけ言うのがやっとだった。
「ああ、あの時の。思い出しました。市井紗耶香さんですよね?」
「なんで私の名前を?」
「保田さんがよくあなたの事を話してるんです」
少女はそう言うと、くすぐったそうな笑みを浮かべた。
その顔から先程までの翳りはなぜか消えていた。
花のような笑顔だ、と市井は目をそらしながら思った。
「あ、自己紹介がまだでしたね。
私は石川梨華、修悠館高校の二年生で、剣道部のマネージャーをやってます」
二年生…、同い年か。マネージャーなんだ……
うずく胸を抑えるように、麦茶を喉に流し込む。
キンとした冷たさが喉の奥で弾け飛んだ。
- 399 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月25日(金)03時29分05秒
- 「梨華ちゃん、市井ちゃんは圭ちゃんと稽古しに来たんだって」
後藤はいつの間にか石川の向こうに座っていた。その向こうには吉澤もいる。
「そうなんですか?」
くるりと首を回して石川が市井の方を振り向く。
その少し眉尻を下げた陰のある表情に市井の躯がドキリと鳴いた。
「だから圭ちゃんの家に連れてってあげてよ」
「あ、それいいね。ごっちん、頭いい〜」
「それはいいけど…、私これから部活があるよ?」
「ウチらも午後練あるから丁度いいよ」
----何の話をしてるんだ?
話の見えない市井をよそに三人は何やら話し込み始めていた。
一人蚊帳の外に置かれた市井は肩をすくめて壁に頭をもたれかけた。
首筋をふやけた風が舐めつけていく。
市井は右手に持っていたコップに再び口をつけた。
少しぬるくなっていた。
- 400 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月25日(金)03時29分45秒
- やがて、話がまとまったのか、石川がスカートの裾を抑えながら立ち上がった。
「それじゃ市井さん、また後で」
石川はニコリと笑って市井たちに背中を向けた。
白いセーラー服の襟の後ろに赤いスカーフがちらりと見えた。
あぁ、新しいの買ったんだ、と徐々に小さくなるその姿を見ながら市井は小さく呟いた。
「石川さんって、他にも部活してるの?」
石川を見送った後、市井は吉澤に何気なく聞いてみた。
「なぎなたです。」
「なぎなた?」
「あー見えても、梨華ちゃん、全国大会に出るくらい強いんだよ」
後藤の言葉に市井は意外な気持ちを抱いた。
石川がそれほどまでに武道に心を入れるような人間には見えなかったからだ。
地面の焼けた匂いが鼻につく。
すでに見えなくなった石川の影を追うように、市井は遠く向こうに目を向けていた。
- 401 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月25日(金)03時31分27秒
- >>394
ま、エピローグなんでね。ちょこっとだけ軽めに。
- 402 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月30日(水)03時47分59秒
- 午後の稽古は昼食と一時間の休憩を挟んだ後に始められた。
活気のある掛け声が声が四方の壁にぶつかっては、ぱらぱらと床に落ちていく。
市井は後藤や吉澤以外の部員たちとも積極的に竹刀を合わせていた。
剣道にも地域色というものがあるのだろうか。
修悠館の部員の剣道は市井や市井の周りの連中のそれとは一味違うスタイルだ。
その剣風に市井はえもしれない新鮮さを感じていた。
保田と手合わせをすることは叶わなかったが、それでも福岡に来て良かった。
稽古終わりの礼を終えた後、市井は素直にそう思った。
- 403 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月30日(水)03時49分27秒
- 「あれ? まだ着替えてなかったの?」
更衣室の扉を開けたのは既に制服に着替え終えていた後藤だった。
「ああ、ごめんごめん。すぐに着替えるよ」
市井は袴の帯に指をかけて、しゅるりと結び目をほどいた。
いそいそと袴を脱ぐ市井を、はやく行こうよ、と後藤がせかす。
「行くって…どこへ?」
「梨華ちゃんのところだよ」
圭ちゃんの家に連れていってもらうんでしょ?
そう言って後藤は、あは、と笑った。
ああ、そう言えばそんなこと言ってたっけ……
でもなんで私が保田さんの家に行くことになるんだ?
----なんか納得いかないけど、とりあえず着替えるか。
市井は汗に濡れた胴着を脱ぐと、ジーンズをはいて水色のシャツを羽織った。
「よし、じゃあ行こっか」
やっと準備が出来た市井の言葉に後藤は満足そうに頷いた。
武道場を出ると木陰で吉澤も待っていた。
後藤に手を引かれるようにして体育館へ向かう。
「なぎなたをしてる時の梨華さんってそぉとうカッケーっすよ。」
横を歩いている吉澤はなぜか一人で勝手に興奮気味だ。
----なぎなた、ねぇ…
石川の顔を思い浮かべて市井は息をついた。
儚げな陰を帯びた彼女が武道に熱を入れている姿がどうしても想像できなかったのだ。
- 404 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月30日(水)03時50分37秒
- 校舎の裏、木漏れ日に包まれた図書館の横に古めかしい体育館があった。
時折その薄い壁を突き抜くようにして掛け声が漏れてくる。
扉を開けると一番初めに石川の姿が目に入った。
白い胴着に濃紺の袴姿でなぎなたを振り下ろす姿は十数人の部員の中で一際目立っていた。
はじめの内は体育館の入口に立って見ていたが、後藤に中に入るように促されると、靴を脱いで体育館の隅に座り込んだ。
稽古を見て、石川の腕は全国レベル、といった後藤の言葉が本当であったことを市井は理解した。
脛への切り込みの速さと、その滑らかな太刀捌きは、明らかに他の部員のそれとは違う。
それは一陣の風を思わせた。
七尺のなぎなたを優雅に振るう石川を見つめながら、市井は竹刀を持った自分を彼女の前に置いてみた。
間合いをどうやって詰めるか、脛打ちはどうやって防ぐか。
市井はしきりに石川に対する防ぎ手を考えた。
しばらくして稽古が終わったのか、部員たちは隅に下がって面をはずし、手拭いで汗を拭いている。
その時、石川が市井に向けて、軽く会釈をした。
市井はそれに少し慌てて、ぺこりと頭を下げた。
- 405 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月30日(水)03時51分46秒
- 再び外に出た時にはもう陽も大分傾いていた。
黄色い空には紅色の鰯雲がふんわりと浮かんでいる。
地面の上には影が四つ、這うようにして動いていた。
「じゃあ梨華ちゃん、あとよろしくねー」
「市井さん、梨華さん、失礼します」
校門を出たところで後藤が押していた自転車にまたがった。
二人分のカバンを持った吉澤がその後ろに飛び乗る。
「バイバーイ」
後藤が片手を振りながらペダルをこぎはじめた。
二人を乗せた自転車はなだらかな坂を滑るように下りていき、あっという間に消えていった。
「あいつらは一緒に帰らないの?」
「あの二人は反対方向だから」
……ってコトは二人っきり?
予想外の状況に市井の耳がカッと熱くなる。
「それじゃ私達も行きましょ」
そう言って石川は夕焼けの光に包まれた坂道を歩き始めた。
市井は防具袋を肩にかついで石川のあとを追った。
- 406 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月30日(水)03時53分37秒
- 昼の蒸し暑さが残るアスファルトの上を二人は肩を並べて歩いていた。
校門を出てから二人の間に言葉は交わされていない。
時折横を通り過ぎる車の音が張りつめた空気を緩ませてくれたが、それもすぐにまた静寂が訪れた。
その微妙な居心地の悪さに市井はたまらず口を開いた。
「なぎなたやってるなんてすごいね」
「別にすごいことじゃないですよ」
石川の答えは意外に素っ気ないものだったが、市井は気持ちを沈ませることなく言葉を続けた。
「でも全国大会にも出るって聞いたよ。それって相当強いってことでしょ?」
それから市井は、あの脛打ちはどう防げばいいのかわからない、といったような話をした。
石川の反応は冷ややかだった。
再び辺りを沈黙が包んだ。
横断歩道の信号が赤になる。
二人はほぼ同時に足を止めた。
「私は…、そんなに強くないよ……」
石川はそういってから市井を見返し、唇を横に薄く引いて笑った。
西日が石川の瞳に跳ね返り、透き通るような氷をその奥に映し出す。
それほどに冷たい目を見たのは初めてだと市井は思った。
石川の躯から漏れてくる愁いの蔭が、夏だというのに、市井の背中に鳥肌を立てた。
- 407 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月25日(月)21時37分33秒
- 続きお待ちしてます。
- 408 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月25日(月)21時53分51秒
- お、おもしろいっす(w
続き待っております
- 409 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月26日(火)03時55分34秒
- こんばんわ。
seekダウン直後に海外に逝き、先週帰ってきてそのまま忙しさにかまけてすっかり放置してました……
正直年度末のせいで異様に忙しいのですがそろそろ更新したいとは思ってるわけで。
( ´D`)<てなわけでもうすこしまっててくらさい
( `.∀´)y-~~<まあアタシの写真集でハァハァ言ってなさいってこと
- 410 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月02日(土)18時44分19秒
- まっちょるまっちょる
- 411 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月07日(木)00時53分02秒
- 「ここが保田さんのお家です」
石川が指差したその家は古い住宅街の中にあった。
瓦を乗せた長塀で敷地を囲んだ古風な家が通りの両脇に建ち並び、庭からは松の木が道に突き出すように伸びている。
古ぼけた木の格子戸の上に松を這わせた門構えは見るからに良家といった雰囲気だ。
のっぺりとした新興住宅地で生まれ育った市井はなんだか違う時代に迷い込んでしまったような錯覚に陥った。
石川が玄関の呼び鈴を押す。
ピンポーン、と無機質な電子音。
少しするとインターフォンから声が漏れてきた。
門から少し離れた所に立っていた市井にはその声は聞き取れなかった。
石川はインターフォンに顔と近づけると、
「保田さんですか? 石川です」
と、慣れたふうに名乗った。
- 412 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月07日(木)00時54分36秒
- パっと玄関に灯りがともり、奥の硝子戸が開かれた。
一人の女性がコツコツと足音を立てながら門の方に近づいてくる。
辺りが暗かったせいか、顔はよく見えなかった。
「どうしたの石川?」
格子戸を引きながら彼女は穏やかな声でそう言った。
「お客さんをお連れしました」
石川が市井の方を振り返る。
それにつられて顔を上げる保田。瞬間、すぐにその大きな瞳は驚きの色を帯びた。
「紗耶香?」
「こ、こんちは……」
ぎこちない笑みを浮かべながら市井はペコリを頭を下げた。
- 413 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月07日(木)00時56分36秒
- 「ふ〜ん、そりゃ大変だったね」
テーブルの向かいに座った保田が嬉しそうにニコリと笑う。
市井は出されたジュースを飲みながらコクリと首を縦に振った。
保田ともう一度試合をするために福岡に来たこと。
学校を訪ねたが保田はいなかったこと。
後藤と吉澤に捕まって稽古の相手をさせられたこと。
思いの外長かった一日を一から順に話したら喉がカラカラに渇いてた。
市井は煽るように一気にグラスを傾けた。
甘くて冷たい液体が疲れた身体にしみわたる。
あっという間に空になったグラスをテーブルに置いてプハァと一息ついた。
「で、なんでか知らないけど石川さんにここまで連れてこられたんですよ」
と、話の最後を締めた市井の言葉に保田は不可解だと言わんばかりの表情を浮かべた。
「なんでって…、アンタ、私と試合しに来たんでしょ?」
「いや、それはそうですけど……。
それと私がこうして保田さんの家にお邪魔してることって別じゃないですか?」
「……アンタ、石川からなんにも聞いてないの?」
そう言いながら保田は市井の後ろを指差した。
- 414 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月07日(木)00時58分54秒
- 「へ?」
保田が何の事を言っているのかわからなかったが、市井はとりあえず体をずらして保田が指差した方向を振り向いた。
縁側のガラス戸の外には丁寧に手入れされた和風の中庭が広がっている。
その向こうにやけに古めかしい平屋造りの建物が見えた。
「あの建物、なんですか?」
「道場よ」
「道場?」
予想外の答えに市井は目を丸くした。
もう一度後ろを振り返りその建物を眺めてみる。なるほど、よく見ると確かに作りはそれっぽい。
母親が剣道の先生でね、と後ろで保田が笑う。
「近くの小中学生相手の町道場をやってるの。で、私も今はウチで稽古してるってわけ。
今日はもう道場閉めちゃってるから稽古できないけどね」
そこまで言うと保田は市井の顔をじっと見つめて不敵な笑みを浮かべた。
「明日の朝、一緒に稽古する?」
勿論、と市井は頷いた。
そして同時になるほど、と心の中で呟いた。
石川たちは保田の家に剣道場があることを知っていたのだ。
だから自分をここに案内することにしたのだろう。
でもそれならそうともっと早く教えてくれてもいいのに、と市井は石川を少し恨めしく思った。
- 415 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月07日(木)01時01分24秒
- 「ところで今日はどこに泊まるの?」
空になったグラスを片づけながら保田は軽い口調でそう言った。
本人にしてみれば単なる世間話のつもりだったのだろう。
だがその質問に市井は答えることが出来なかった。
「まさか決めてないわけ?」
今思い出したといったような顔をする市井を保田が問い詰める。
「……すっかり宿のこと忘れてました」
頭を掻きながら照れくさそうに笑う市井を見て、保田は呆れたようにため息を一つつくと
「それならウチに泊まっていきなさいよ」
と、微笑んだ。
「いいんですか?」
一応遠慮するようなそぶりを見せたが、保田の言葉はありがたかった。
わずかな貯蓄を切り崩して捻出した旅費は潤沢というわけではなかったからだ。
「もちろん。どーせ明日早いんだしね」
そう言って保田はすっかり氷の溶けたグラスを持って台所に消えた。
残された市井は立ち上がって縁側のガラス戸を引いた。
カラカラと敷居を滑る乾いた音が薄闇に吸い込まれていく。
空には星が一つ二つ。
その下では古びた剣道場が明日を待ちながらただ静かに眠っていた。
- 416 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月07日(木)01時07分27秒
- 夜もだいぶ更けた。
街もすっかり眠ってしまったのか、辺りはシンと静まりかえっている。
網戸から漏れてくる風が頬を撫でる。
暗く沈んだ夜の帳の向こうではカエルの声が響いていた。
市井は客間に用意された布団の上に寝ころんでいた。
窓の外には黒い空の上にぽっかりと浮かぶ黄色い月。
頭の後ろで腕を組んでおぼろげに光る月を見上げていると、うっすらと石川の顔がにじんで見えた。
石川が保田の家から帰る間際、ふと漏らした言葉が耳の奥でよみがえる。
- 417 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月07日(木)01時10分11秒
- 「保田さん……」
市井を保田に引き渡し、別れ際、石川が切なげに振り返る。
蛍の光のように儚い声。
その顔の愁いが一段と色濃く見えた。
家の前の狭い路地を一台のバイクが古ぼけたエンジン音を響かせながら通り過ぎていく。
ヘッドライトがほんの一瞬、石川の顔をオレンジ色に染めた。
「大丈夫よ」
再び辺りが薄暗い静寂に戻ると保田は優しい口調で石川に答えた。
━━大丈夫? なにが?
保田の言葉に市井は少しだけ眉をひそめた。
そんな市井をよそに保田は石川に近づくと、指先で石川の髪を掻き上げ、頬をそっと撫でた。
白い雪が溶けるかのように石川の表情が温かく緩んでいった。
二人を包む穏やかな風が市井の心に絡みつく。
不意に胸がキュっと締まった。
- 418 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月07日(木)01時11分09秒
- あの短いやり取りの間にどんな意味が込められていたのだろうか?
おそらくそれは、他の誰でもない、あの二人にしかわからない想い。
きっと二人の間に降り積もった時間だけがその欠けた言葉を埋めてくれるのだろう。
だから、自分にわかるはずないことくらい、わかってる。
だけど、どうしようもなく胸が疼く。
━━ああっ、もう……!
声にならない叫びを枯らし、市井は枕に顔をうずめた。
枕に染み込んだ蚊取り線香のほのかな匂いが鼻の奥をツンとくすぐる。
「……とにかく明日だね」
やっと保田と剣を合わせられる。
激しくきしむ胸を抑えつけるように呟くと、大きく息を吸って目を閉じた。
空の月には雲が一筋、流れるように影を引いていた。
- 419 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月24日(日)13時49分12秒
- ドキドキ…
- 420 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月05日(金)22時39分01秒
- 朝靄をすり抜けるように陽の光が射している。
踏みしめる度にキュっと鳴く床はまだ冷たい。
白い胴着に紺袴。
右手に面小手、左手に竹刀を抱え、市井は離れの道場へと続く廊下を歩いていた。
古びた道場は未だ眠っているかのように静かだ。
道場の前まで来ると、市井は大きく息をついて扉を引いた。
がたがたと音を立てて開いた扉の隙間から黄色い光が勢いよく流れ出てくる。
あまりの眩しさに市井は思わず目を細めた。
その狭く薄れた視界の中で市井は一つの影を見た。
その影は市井の方を振り向くと
「おはよう」
と、静かに言った。
- 421 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月05日(金)22時40分26秒
- 「起きてこれないと思ってたんだけどね」
薄く汗を額に滲ませながら保田は笑った。
栗色の髪は後ろで素っ気なく一つに束ねてある。
生成りの胴着に包んだその身体からは既に白い湯気が立ち上っていた。
保田の準備は既に万端と見た市井は面小手と竹刀を床に置くと、
「さ、早くやりましょうよ」
と、肩を回しながら言った。
「それはいいけどさ、アンタは準備出来てるの?」
「さっき外をランニングしてきたから大丈夫ですよ」
一応心配して尋ねた保田に市井は自信たっぷりに答えた。
正座して面を着ける市井を見て、なるほどね、と保田は小さく頷いた。
短めの髪は少し湿っていて、首筋には小さな汗の玉が浮かんでいる。
呼吸も僅かではあるが乱れが見える。
かなり念入りに身体を温めてきたようだ。
こりゃ相当気合い入ってるね、と保田は苦笑交じりに微笑むと、市井の斜め向かいに座って手拭いを頭に巻き付けた。
- 422 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月05日(金)22時41分43秒
- 面紐を打ち締めて立ち上がる。
拳を一、二度小さく握り直して、竹刀を大きく縦に振った。
ひゅんと空を斬る音が耳の奥に残る。
「お待たせ」
少し遅れて保田が面を着け終えた。
保田は結んだ面紐を丁寧に揃えて後ろに垂らしながら
「じゃあ、やろうか?」
と、市井に告げた。
その言葉に市井は黙ったまま首を縦に振った。
だがその前に。
市井には、やっておかなければならない事があった。
それをはっきりさせないまま、剣に心を入れることなど、おそらくは出来ない。
意を決するように、竹刀を携えた左拳をグッと握った。
「一つ、聞いてもいいですか?」
市井の言葉に保田はゆっくりと振り向いた。
風が止んだ。
静寂が二人を包む。
保田はフッと微笑んで口元を少し上げた。
「……石川のこと?」
市井の眉間に、汗が流れた。
- 423 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月05日(金)22時42分42秒
- 「……なんでわかったんですか?」
言葉の端に動揺が滲む。
目よ、と右拳で面金をコツンと叩きながら保田は答えた。
「アンタが石川を見る目が、ね」
そこで保田は言葉を切った。
----昔、あのコが私に向けてた目とおんなじだったから。
あの時はなかなか気付かなかったけれど。
吸い込まれるようなあの瞳が、胸の奥から浮かび上がる。
一人懐かし気な目をして笑う保田に市井がかみつく。
「私の目? どういう事です?」
再び市井に視線を戻す保田。
「焦らないで。ちゃんと教えてあげるから」
その表情はいつものように穏やかなものだった。
保田は左手に提げた竹刀を抜くようにして右手に持ち替えた。
くるりと手首を回す。
剣先が虚空に美しい孤を描く。
そしてその大きな瞳が面の奥で不敵に笑った。
「アンタが勝ったらね」
- 424 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月05日(金)22時44分19秒
- 保田がゆっくりと中央の開始線に歩み寄っていく。
市井もそれに続くと、もう一方の開始線で立ち止まった。
凍った空気が肩の上で音を立てた。
対峙する二人。
風に揺られた木々の葉がかさかさと音を立てている。
保田は再び竹刀を抜くと、静かに正眼に構えた。
冷たい視線が市井を射抜く。
水のように透き通った瞳。
薄いブルーの向こう側で黒い光が輝きを増した。
市井は思わず息を呑んだ。
保田の瞳に、なぜか懐かしい顔が重なったのだ。
少しだけ膨らんだ頬、愁いを帯びた穏やかな笑顔。
ずっと追い続けていた、憧れだった彼女の顔。
決して似ている訳ではない。
だけど、その眼差しから感じるものは、紛れもなく彼女と同じものだった。
再び保田の双眸に煌めきが瞬く。
見覚えのある光。だがそれは今まで見たこと無いくらい、凛とした力強い光だった。
なんだ……、と市井の心が呟いた。
- 425 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月05日(金)22時45分58秒
- ああ、まだこの人には勝てないんだ。
なぜだかわからない。けれど、そう思った。
視線を落とし、肩の力を抜き、息を吐く。
バネが弾けるような脈動が躯を駆け抜けた。
紅蓮の炎が唸りを上げて燃えたぎる。
----いつ以来だろう。こんなに胸が高鳴るのは。
心が赤い海に溶けていくのが、なんだかやけに心地良かった。
口を横に結び、静かに顔を上げた。
あの日と同じように、保田はじっと穏やかに佇んでいた。
氷のように張りつめた空気の中を葉月の風が流れていく。
窓から射す光が瞳の奥で弾けた。
まわりの景色が淡くぼやけ、そして全てが白に消えた。
自分と彼女だけがそこに居た。
竹刀を中段に構える。
胸の燻りはいつの間にか消えていた。
今はただ、彼女との試合を楽しもう。
市井は素直にそう思った。
右足をスッと前に出す。
保田の剣先がほんの少しだけ揺れた。
- 426 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月05日(金)22時47分21秒
- ---- 「葉月の風」 終
- 427 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月05日(金)22時50分38秒
- というわけで「葉月の風」完結いたしました。
後半、更新間隔が長くなってしまいましたが、なんとか終了できて内心ホッとしております。
拙文ながらご愛読いただき、誠にありがとうございました。
- 428 名前:名無し 投稿日:2002年04月22日(月)00時36分13秒
- いい終わり方なんですが・・・。
ちょっと中途半端な気も・・・。
失礼なこと言ってすいません。
- 429 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月30日(火)03時18分55秒
- 完結おめでとうございます。
つぎは圭ちゃん主役の外伝ですね〜。まってますよ。
- 430 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月13日(月)23時36分31秒
- >>429
どうも有り難うございます。
ホントはこのまま外伝書くのやめようかと思ってたんですが、性懲りもなく書くことにしました。
かなりスローペースになると思いますが、気長に待ってやってください。
もしアップすることになれば僭越ながら新スレを立てさせていただく予定です。
>>428
まぁ中途半端といえば中途半端ですね。
ただこのラストは最初から fix されていたので勘弁してください。
実はこの話は三部作の予定でして。次の外伝が第二部にあたります。
今それを書いている最中なので、よろしければそちらもご覧下さい。
そういえばこの前の短編集に参加しました。タイトル「アム アイ ア ライア?」です。
気が向かれた方はそちらの方も読んでいただければ幸いです。
- 431 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月14日(火)06時16分16秒
- >>430
何板だけかでも教えていただけませんか?
「名無しさん」じゃ探しようがありません…
- 432 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月17日(金)00時23分15秒
- >>431
全くもっておっしゃる通りなんですが。
実のところ、板は決めてないです。スレの少ない板に立てるというルールもありますし。
立てたらこのスレでもご案内いたしますので。
倉庫に逝く前に始めなきゃいけませんね。
- 433 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月24日(金)23時26分58秒
- お疲れさまでした。
外伝、楽しみにしてます。
マターリ頑張って下さいね。
- 434 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月25日(土)00時59分42秒
- 外伝始めました。青が空いていたみたいで丁度良かった。
今回はジャンヌダルクと呼ばれるようになる前の保田と石川のお話。
保田が中3(石川が中2)という前代未聞の設定になっております(w
剣と長刀
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=blue&thp=1022254657&ls=25
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