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永遠に
- 1 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月05日(日)10時25分37秒
- 「御三家」の最近のを書いてるものです。
「御三家」も継続中ですが、時事ネタで書きたかったのがあったので、こちらで書かせていただきます。
基本的に後藤視点ですが、時々別視点になります。混乱させないよう注意するつもりですが、読み難い場合はご了承ください。
題名は、「永遠に」です。
- 2 名前:プロローグ 投稿日:2001年08月05日(日)10時27分31秒
- −プロローグ−
2001年8月X日
吉澤「いやぁ、ドキドキですよぉ。」
加護「優しい人がいいです。いっぱい怒られると思うから。」
辻 「緊張してます。こんな私で先輩になるなんて。」
石川「私ももっと成長しないといけないなぁって。頑張ります。」
後藤「私は二回目なんで、ちょっと楽ですね。多分、本人の緊張の方が大きいと思います
し。」
矢口「何でもきなさい。この矢口が全部受け止めてあげるから。」
飯田「多分、私が一番緊張してるんじゃないですか?追加メンバーは3回目だけど、カオ
リがリーダーとして新メンバーを迎えるのは初めてじゃないですか。プレッシャー
ですよ。」
保田「今回の教育係は石川達になると思うんですが、今度は私や矢口がその教育係の面倒
を見ないといけないと思ってます。覚悟しとけよぉ!」
安倍「モーニングは、どんなに形を変えようとも、モーニングはモーニング。走り続けま
すよぉ。それが裕ちゃんとの約束でもあるし。」
そう、今日が第4回追加メンバーとの初顔合わせの日なんです。
- 3 名前:プロローグ 投稿日:2001年08月05日(日)10時31分00秒
- 「おーっす!あんたら、大丈夫か?」
「あっ、裕ちゃん!」
「なんだべ、どした?」
「いやぁ、ちょっとこっちの方で用事があったので、顔出しとうこかなって。」
「そんなこといって、新メンの顔見ときたいんでしょ。」
「矢口ぃ、そんなんちゃうで。ほんまやでぇ。ま、ちょっと気になるけどな。」
「それが、本音のくせに。」
「なんや、カオリ。余裕やないか。」
「うん、裕ちゃんの顔を見たら安心したよ。ありがとう。」
たしかに、さっきまでカオリは顔色悪かったんだ。いつもの交信もしてなかったし。裕ち
ゃんは、新メンだけじゃなくて、私たちのことも心配して来てくれたんだ。ありがとう。
「では、皆さん、こちらにお願いします。」スタッフが呼びに来た。
「ハーイ。裕ちゃんはどうする?」
「うん、うちはスタッフみたいな顔して横の方から、見させてもらうわ。」
- 4 名前:プロローグ 投稿日:2001年08月05日(日)10時32分52秒
- 私たちはゾロゾロと楽屋を出て、スタジオに向かった。衣装は楽屋入りのまま。私やよっ
しー達の時と同じ雰囲気だ。あぁ、私の時は私だけ先に衣装着てて、何だか恥ずかしかっ
たけど。今日はどうなんだろう。そういえば、まだ人数を聞かされていないけど、どうも
一人だけらしい。
よっしー達4人はやっぱり緊張している。加護辻でさえ、今日は静かだ。圭ちゃんとやぐ
っちゃんは自分達の時のことを話してるみたい。いちーちゃんの話題も出てる。かおりは
裕ちゃんのおかげで緊張がほぐれたみたい。あっ、なっちがすごい気合が入っているって
顔。ライブ以外では見た事ないなぁ。そういう私は結構冷静みたいね。
さぁ、スタジオに入って、あの壁の向こうに新メンがいるんだ。ちょっとドキドキしてき
た。よっしーなんか下むいてる。こういう時は梨香ちゃんの方が強いのよね。しっかり前
を見てる。あっ、スタッフの人が出てきた。そして、その後ろにいるのは。んん?
なっちの声が響く。
「あれぇ!なにやってんのぉ。」
- 5 名前:プロローグ 投稿日:2001年08月05日(日)10時33分58秒
- 無視してスタッフが新メンバーを紹介する。
「新メンバーです。では、自己紹介を。」
「今回、新メンバーになりました 福田明日香です。」
「「「「「「「ええっっ!!!!!」」」」」」」
「これから、一緒に活動させていただきますが、よろしくお願いします。」
ぴょこんと頭を下げた。
しばらく、唖然としていたが、
「帰ってきちゃった。」
この一言で、なっちとカオリが泣きながら明日香に駆け寄った。やぐっちゃんも涙ぐんで
た。しばらく、なっちとカオリの肩を抱いていた明日香は、まだ呆然としていた(いつも
ボーっとしてるけど)私に向かってにこやかに言った。
「後藤さん、これからよろしくね。」
- 6 名前:プロローグ 投稿日:2001年08月05日(日)10時36分58秒
- 「裕ちゃんもよろしくね。」
「なんや、気付いとったんかいな。」
そんな派手な頭のスタッフはいないよ。
「では、これから打合せがありますので、楽屋に戻ってください。あっ、その前に保田さ
んと、後藤さんと、福田さんはこちらにお願いします。」
私たちは別室に呼ばれた。ついでに裕ちゃんも呼ばれた(本当に来たのはたまたまだった
らしいが、過去のいきさつもあるので入ってもらった)。そこで私たちは、今回のオーデ
ィションに関するいきさつを聞かされた。
要点は次の通り。
・明日香は本人の意思ではなく、お願いして参加してもらった。
・復帰は期限付きだが、本人が望めば継続できる。
・世間の手前、オーデションという形をとらせてもらったが、実力が落ちていないのを確
認する目的もあり、それに充分応えるものであった。
・その他のオーデション参加者の中で5人選出されていて、補欠扱いである。
・補欠の5人は強化スケジュールを経験してもらい、その中から年明けか4月をメドに新
メンバーを選出する。
- 7 名前:プロローグ 投稿日:2001年08月05日(日)10時38分26秒
- 説明がすべて終わった後、明日香は私に握手を求めてきた。
「後藤さん、あらためて。よろしく。」
私は握手に応えた。
「よろしくお願いします。ご迷惑だったかもしれませんが。」
「ううん、いいのよ。やっぱり、私もモーニングを愛していたってことだもの。」
そう、すべては私のためだった。
- 8 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月05日(日)10時47分01秒
- 作者です。
プロローグ終了です。
とりあえず、今回の話はこれを書きたくて、そこから話を作っていってます。ですので、オーディション参加者の全貌が
明かになる前に上げておきたかったので、ちょっと大急ぎであげました。
前説の部分とラストは大筋決まっていて、中身の展開をこれから練ります。第2章くらいまでは今週中に上げます。その
後、展開を練るのに1〜2週間かけたいので、更新が遅れます。
(山に入るので、通信手段が無くなるってのが原因ですが)
ごっちんメインなので、マイペースな展開になると思いますが、お付き合いいただけるとありがたいです。
- 9 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月05日(日)18時20分03秒
- 作者です。
第一章 更新です。ここは市井視点になります。
時間は、後藤が加入した頃にもどります。
- 10 名前:第一章 投稿日:2001年08月05日(日)18時21分55秒
- −市井視点−
1999年9月某日
「この忙しい時のせっかくの空きだったのにぃ。なんで事務所なんかに呼ばれなきゃなら
ないのぉ!」
アタシは不満顔満々で階段を登っていった。
ドアの前で一つ深呼吸して、
「市井です。失礼します。」
中に入ると、メンツを見回した。和田さんと、つんくさん、後藤に裕ちゃんがいた。
このメンバーで、うな垂れてる後藤を見て、
「あちゃー、後藤あんた、また何かやらかしたのぉ!」
つんくさんが場を制してくれた。
「まぁまぁ、オレも和田さんから呼び出されて、詳しいことは知らへんね。ちゃんと説明
を聞こうやないか。」
「そやで、サヤカ。あんまり何でも決め付けたら、アカン。」
結果的に、アタシの予想は当たらずとも遠からずであったのだった。
「ゴメン」と言って、アタシは裕ちゃんの隣に腰掛けた。横目で後藤を見たが、顔を上げ
ない。が、泣いてる様子ではない。思い詰めたような目だ。
(後藤!あんたまさか!)
- 11 名前:第一章 投稿日:2001年08月05日(日)18時23分12秒
- 「全員揃ったから、始めようかぁ。」
和田さんが口を開いた。
「中澤ぁ、おまえメンバーとして、後藤のことをどう思う?」
「後藤‥‥ですか。」
「本人の前じゃぁ言い難いかもしれないが、正直に言ってくれ。」
「ハイ。正直頑張ってると思います。まだ入って一ヶ月くらいですが、娘。の中でも存在
感出してますし、レッスンもサボらんと一生懸命やってるし。頑張ってる姿を見てるんで、
みんなメンバーとして認めてます。」
「そうか。市井は?」
「はい。あたしはいつも叱る役なんで、何って言ったらいいか判りませんが、頑張ってる
と思います。今は娘。にとっても欠かせない存在です。」
言い終わって、もう一度後藤を見た。やはり、目を合わせない。
「つんくは?」
「元々後藤はオレが選んだんやし、人気も出て来とる。今後の展開も後藤中心というわけ
ではないが、計算の中には入っとる。外すことはできん。」
「そういうことだ。良かったなぁ、後藤。」
後藤が小さく頷くのをアタシは見逃さなかった。
- 12 名前:第一章 投稿日:2001年08月05日(日)18時25分21秒
- 「Loveマシーンが売れたのも、何も後藤一人の成果じゃない。メンバーの一人一人が
頑張ってきた結果だし、今までの活動の結果でもある。しかし、世間では後藤の加入と同
時にこのヒットだからなぁ。後藤のおかげ、という風潮が見られるのも仕方ない。それで
も、お前らは後藤をメンバーとして認めてくれるか?」
「和田さん、当たり前やないですか。世間の噂なんてどうでもええです。応援してくれる
人達は判ってくれてます。そりゃぁ、反感を持つファンも出てくるかもしれません。でも
それは人気もんの宿命です。そういうのからも守ってやるのが、うちらメンバーやって思
ってますから。なぁ、さやか。」
「はい。あたしも後藤と娘。を続けたいです。教育係としても未だやり残した事がいっぱ
いあります。やらせてください。」
- 13 名前:第一章 投稿日:2001年08月05日(日)18時26分11秒
- 「中澤さん、市井さん、ありがとう。」
初めて、後藤が口を開いた。ちょっと涙声だった。
「そうか、そうか。安心したよ。お前らの気持ちはよく解った。でもなぁ、この後藤が困
ったことになってなぁ。」
全員の中に緊張が走った。
「中澤、市井、そして、つんく。これから言うことは他に漏らすんじゃないぞ。これは本
人と社長しか知らないことだ。約束してくれるか?」
「「「はい!」」」
「あぁ、心配するな。人を殺したとかそんな警察関係じゃないから。今のところはぁ。」
「「「はぁ」」」
- 14 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月05日(日)18時29分14秒
- 今日の更新はここまで。
あかん、関西弁が長くなってるんで、他のセリフも関西弁になりそうや。
- 15 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月06日(月)03時35分52秒
- 新御三家の作者さん、こっちで新しいの始めたんですね。
ここまで読んだかんじ非常に面白そうなんで、御三家ともども頑張って下さい!!
- 16 名前:第一章 投稿日:2001年08月06日(月)20時09分43秒
「「「へぇ!!!」」」
「あかんて、和田さん、こんな状況でそんな冗談きついわ。」
「ほんまやで、それ趣味疑われますでぇ。」
「いや、本当なんだ。なぁ、後藤」
「はい。」
「「「‥‥‥‥」」」(しばし沈黙)
「まぁ、いきなり信用しろってのも無理だろうな。」
「そりゃそうですよ。いきなり言われてもねぇ。証拠見せぇとも言えへんし。」
裕ちゃんとアタシは顔を見合わせた。
「まっ、これが証拠とも言えるかな。」
和田さんが契約書と書かれた書類をアタシ達の前に出した。
「これが、後藤が娘。を続ける上で昨日社長と約束した内容だ。」
つんくさん、裕ちゃんの順番でそれを見た。
「ここまでやるとは、どうやらほんまみたいやな。」とつんくさん。
「なんで、今まで気がつかんかったやろう。」と裕ちゃん。
最後にアタシがそれを見たが、目になんか入っていない。驚きのあまり、声も出せない。
(だって、一緒の部屋に寝泊りしたよ。やばいじゃん。)
- 17 名前:第一章 投稿日:2001年08月06日(月)20時11分48秒
- 「この契約書は、後藤がそれでも娘。を続けたいという意思表示でもある。今度はお前ら
がそれを受け入れられるかどうか。もう一度聞きたい。」
まずは中澤が応える。
「後藤をメンバーとして認めたい気持ちは変わりません。でも、今度はメンバーを守るこ
とも考えなぁあきません。それを思うと即答ようしません。」
「あたしは、‥‥」
アタシが応えようとした時、初めて後藤が顔を上げ、アタシを見つめてきた。
「あたしは、後藤をメンバーとして認める。だって、一ヶ月とはいえ、一緒に行動を共に
してきたんだ。それも寝食を共にするような生活をね。少なくともこの一ヶ月間は、後藤
にそんな気持ちは感じなかった。そりゃ、後藤も若いんだし、変な気持ちになるのは仕方
ないと思うよ。でも、それ以上に娘。のメンバーとして頑張ろうっていう気持ちの方が強
かったんだと思う。まぁ、多分一番接していた時間の長いあたしが言ってるんだから、そ
んなに間違ってないと思うよ。ねぇ、後藤」
- 18 名前:第一章 投稿日:2001年08月06日(月)20時12分27秒
- 「市井さん(泣)」
「さやかがそこまで言うんなら、間違いないやろう。解りました。娘。のことはうちが責
任持って守ります。ですから、後藤をこれからもメンバーで続けさせてあげてください。
お願いします。」
「中澤さん(泣泣)」
「おうおう、後藤もそんなに泣くなや。解ったでぇ。これからは、後藤が変な気ぃ起こす
暇与えんように、どんどん仕事作ったるからなぁ、覚悟しときやぁ。」
「つんくさん、皆さん、ありがとうございます。」
- 19 名前:第一章 投稿日:2001年08月06日(月)20時13分20秒
「でも、一つ聞きたいことがあるんですけど。」
「なんだ、中澤?」
「この契約書の二番って、後藤から他のメンバーに手を出したら、って意味でしょう。一
緒に活動するうちに、メンバーの方から後藤に手を出すのも出てくると思うんですよ。」
「そりゃそうかもな。」
「うちもそこまでは目ぇ届きません。後藤はこれがあるから無茶せんと思いますが、他の
メンバーまでは‥‥。」
それはそうだ。アタシは考えていた事を提案してみた。
「だったら、基本的に後藤はあたしとしか活動しないっていうのはどうですか?」
- 20 名前:第一章 投稿日:2001年08月06日(月)20時14分09秒
- 「それは、ちょっと難しいんやないか。やっぱり娘。としてはグループの活動がやからな
ぁ。市井としかっていうわけにはいかんやろ。」
「だったら、あたしは教育係だから、ずっとあたしにベッタリさせても問題ないでしょ。
なんだったら、ラブラブモードになっちゃって、他のメンバーを入り込ませないってやっ
てもいいですよ。」
「いやいや、そこまでせんでもええわ。けど、さやかが色んな意味で壁になってくれれば、
うちも安心や。」
「おいおい、でもお前らが仲良くなって、変な関係にっていうのは無しだぞ。」
「大丈夫。あたしも夢をあきらめたくはないですから。」
その後、トークの時にボロが出ないように、あまりしゃべらない、やる気のないキャラで
行く事にした。また、楽屋では寝てることが多い方が都合がよいという事で決まった。
「だけど、他のメンバーの手前、中澤も市井も後藤に注意はするように。頼むぞ。」
ということで、後藤が娘。のメンバーとして続けられることが決まったのだった。
しかし、後藤が本当は『男』だったとは。
(どうりで、バカ力なはずだぜ!)
- 21 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月06日(月)20時16分46秒
- 作者です。
第一章終了です。
現在、第二章執筆中ですが、なかなか納得のいくのが書けないので、ジレンマ。
今週中更新をメドにはしてますので、よろしくお願いします。
- 22 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月06日(月)21時57分24秒
- なんかこう、気になるポイントがいっぱいあるなぁ。
ヘタに感想、ていうか質問入れると邪魔になっちゃいそうだし。
- 23 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月07日(火)11時29分14秒
- 作者です。
>>22
レスありがとうございます。
苦しみながら上げてまして,無理な所もいっぱいあると思います。今後の展開でフォロー
できればなってのが正直な所です。最初に書いたのから、順番変えたりもしてるので、無
理に無理が重なって、それが悩みのタネだったりもしてます。
一応、今考えてるのは、
・後藤の入団と続けたいと思うまで。
→第二章で書く予定。
・契約書の内容
→一部、キーポイントにしたい部分があるんで、徐々に明かにしたいなぁ。
・他メンバーとのからみ
→全員出る予定ですが、公平に扱うだけの自信はありませんので、場合によっては、反感
かうのは覚悟しています。
ラストだけ決まっていますので、そこにどう展開を持っていくかって所ですが、未だ試行錯
誤中です。できれば、納得できないまま上げたりしたくないので、時間がかかるかもしれま
せん。ある程度進み出せば、展開しやすくなるとは思ってるんですが、その分最初が肝心な
ので、ちょっと慎重に。広い心で見てやってください。
「御三家」も平行して書きます。多分、一つに集中するより、2〜3同時に進める方が発想
が広がって面白くなるんじゃないかなって。
- 24 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月10日(金)00時07分31秒
- 作者です。
第二章UPします。後藤真希の独白から始まります。
- 25 名前:第二章 投稿日:2001年08月10日(金)00時08分10秒
- −後藤の告白−
私、後藤真希。国民的人気グループの「モーニング娘。」のメンバーです。
一応、アイドルってことで、それなりに人気もあるんですが、私にはもう一つの顔がある
んです。と言うより、そっちが本当の顔なんです。
名前:ゴトウ マサキ
性別:男性
そう、私、後藤真希は本当は男なのです。
- 26 名前:第二章 投稿日:2001年08月10日(金)00時08分59秒
- 別に、オカマとかニューハーフではないです。れっきとした身も心も男。女の子のことも
好きになれるし。
ユウキは本当に弟です。一人二役なんかじゃないですよ。ユウキとは当然男どうしなんで、
派手なケンカだって何回もやりました。
元々見た目が女の子っぽかったのと、お姉ちゃんがいたせいで、冗談で女の子の格好させ
られて、写真なんか写したりしてました。服もお姉ちゃんの借りてましたし。
多分、女性ホルモンも多いのでしょう、身体のラインもちょっと女の子っぽかったりして
ましたから、学校行くようになってからも、時々冗談でやってました。面白がって、ガン
黒で写真撮ったりもやりましたよ。でも、それを知っているのは家族くらいです。
- 27 名前:第二章 投稿日:2001年08月10日(金)00時09分31秒
- 女の子で人前に出るようになったのは、10歳くらいからでしょうか。
女の子の格好してたら、絶対にバレない自信がありましたから、いろいろイタズラしまし
たね。ジャニーズの追っ掛けもその一つでした。別にジャニーズが好きだったわけじゃな
いですが、女の子のフリして近づいても気がつかないし、一緒に写真なんか撮ったりして
ね。面白がって、ちょっとふざけてみたって感じですか。
でも一番のイタズラはオーディションに参加したことです。そう、「モーニング娘。第2
回追加オーディション」に参加したこと。
- 28 名前:第二章 投稿日:2001年08月10日(金)00時11分56秒
- 歌手になることへの憧れはありました。でも「モーニング娘。」っていうグループはそん
なに知りませんでした。ネーミングからして大したグループじゃないだろうって、正直そ
の頃は思ってました。だから、後になって応募総数一万一千通とか聞いても全然実感がな
かったんです。
書類選考ではバレない自信はありました。けど、歌に関しては正直自信なかったです。女
性ホルモンのおかげか、キーも男としては高い方だったのですが、女性アイドルの歌って
歌ったことなかったので、人前で歌える曲がなかったんです。歌そのものに関しては、本
当に(男として)習いにも行ってましたので、結構自信はあったんですけど。
だから、課題曲で「Be Together」をもらったのは、ラッキーだったんでしょうね。この
曲って鈴木あみさんの曲だけど、前にTMネットワークっていう小室さんのいた男性ユニッ
トの曲じゃないですか、洋楽好きのお姉ちゃんもよく聞いてたので、その影響でカラオケ
とかでも歌ったりもしてましたから。
- 29 名前:第二章 投稿日:2001年08月10日(金)00時13分34秒
- 本当は寺合宿の時点で、辞退ってのも考えたんですが、ひょっとしたらってのもあって、
このまま行っちゃえって思ってたら、どういうわけか合格しちゃいまして。しかも後藤が
一人だけ。
あせりましたよぉ。そん時は。でも、ずぅーっとカメラが入っていて、テレビで放送され
てるじゃないですか、今さら「違うんです」とかも言えなくて。パニクったのと憧れの歌
手になれた感激もあって、泣いちゃったりもしましたし。元々自分は涙もろいんですよ。
他の人達は険悪な雰囲気でヤバヤバ状態でしたし。
- 30 名前:第二章 投稿日:2001年08月10日(金)00時14分05秒
- ええい、どうせ「モーニング娘。」なんて、時々しかテレビにも出ないだろうし、きっと
一年もすれば消えていくだろうし(みたいな事を当時は言われてましたから)、後々にな
って笑い話の一つになって、自分もそれで話題の人になるってのも面白いかなぁって。
そんな感じで「モーニング娘。後藤真希」はスタートしたのでした。
- 31 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月10日(金)00時20分15秒
- 更新終了です。
次くらいから、この話の空気みたいなのが決まってくると思います。
実は後藤を「男」にする設定に後悔してます。後藤の雰囲気を潰さず、男っぽい言葉回しに
するのが、かなり大変です。
とはいえ、50%くらいは構想ができてきたので、なんとか最後まで頑張りたいと思います。
- 32 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月10日(金)03時18分31秒
- >実は後藤を「男」にする設定に後悔してます
これってこの話の設定の根本じゃないんですか?(w
- 33 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月13日(月)01時24分13秒
- このままの設定でいいと思う人です。
というかこのまま続きが読みたいと素直に思いました。
更新楽しみにしてます。
- 34 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月13日(月)14時24分44秒
- >>32,33
レス感謝です。
無理や強引も無視して、とりあえず書き進めます。最終的に落ち着ければ。
- 35 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時25分33秒
- 「新メンバーになりましたゴトウマキです。13歳です。」
「「「ええーっ!13歳?」」」「13歳って?」
「中ニです。」
「「「中二ーーーーっ!!」」」
「これから一緒に活動させていただきます。よろしくお願いします。」
「はい、よろしくお願いしまーす。」
ふーっ!何とか初対面は終わった。緊張のあまり、自分はこの後、不覚にもヘナヘナしゃ
がみ込んでしまった。情けねぇー。しかし、大変なのはそこからだった。
「よーし、じゃあ頑張っていこうかぁー。」
着替えた娘。さん達が出てきた。すっごいキラびやかな衣装で、ん?自分もか。
でも、やっぱり表情が全然違う。これがプロって顔なんだろう。しばし見とれてしまった。
- 36 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時26分18秒
- 「ハイ!次は全員のジャケいきまーす。」
スタッフが呼んでる。自分もトコトコと近づいていった。
「後藤さんはここね。はいっ、まっすぐ立って!」
なにこれ、前列中央。ほとんどセンターじゃないか。
戸惑う後藤を見かねたのか、安倍さんがにっこりと声をかけてくれた。
「心配しなくていいよぉ。ちょっと緊張してるくらいの方がいい写真撮れるからさぁ。無
理にリラックスしようなんて、考えなくていいよ。」
安倍さんの笑顔を見て(ドキドキしたけど)、ちょっと安心できたような気がする。
ジャケ写も無事終わり、初めての一日は何とか終わりそうだ。と思っていた。
「後藤、ちょっとこっちへ。」
出口近くから、リーダーの人が呼んでる。えーと、名前は中澤さんだったな。後藤なんか
が(ジャケで)あんな場所に立ったので怒られるのかなぁ。やっぱりこの世界って、イジ
メがあったりするのかなぁ。
- 37 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時27分04秒
- 「なに、ビビってるねぇ。怖がらんでええから、はよしぃ。」
「はい」
トコトコと近づいた(ヒールって歩き難い)。
「うちがリーダーやらしてもらってる中澤裕子や。裕ちゃんでええわ。覚えといてぇ。」
「はい」
「それから、後藤にはこれから娘。のことや、芸能界のことを色々と知ってもらわんとあ
かん。大変やと思う。それで、教育係をつけたいと思う。さやかぁ、出てきぃ。」
中澤さんの後ろから、ボーイッシュな少女が出てきた(可愛いじゃん)。
「私、市井沙耶香。よろしく。」
(ってことは、この可愛い子が自分のそばでお世話してくれるって、)
ニヤけそうな顔を隠そうと黙って頷く後藤に、
「こら、相手が挨拶してるんだ。ちゃんと返事しなさいよ!」
「あっ、すいません。よろしくお願いします。」
慌てて頭を下げた。
(結構、怖いかも。)
その後、別室で市井さんの話は2時間続いた。
(やっぱり、イジメだ!)
- 38 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時27分50秒
- 今日は午前中が9月に出る娘。の新曲のレッスンだ。午後にはレコーディングに入る。
レッスン場に向かう自分は、駅からの途中で道に迷って、10分遅刻してしまった。
「おはよーございます。」
ゆっくりドアを開けて入ると、いきなり市井さんが跳んできた。
「後藤、あんた何時だと思ってるの!」
「あっ、すいません。途中で道に迷っちゃって‥‥。」
「言い訳しない。それに、遅れたら、まずみんなに謝る。」
「はい。どーも遅れてすいませんでした。」
- 39 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時28分59秒
- 「おーい、さやかぁ、あんまり新人イジメするんじゃないよ。」
えーと、今の人は石黒さんだなっと。
「そうだよ。今日は大変なんだからぁ。」
ええっと、今のがカオリだから、飯田さんか。
昨日もらった本で娘。のことを調べてきたけど、まず、顔と名前を一致させなきゃな。こ
っちの小さいのが、えーっと。あっ、名前忘れた。安倍さんは‥‥いないなぁ。
「後藤は来たねぇ。なっちは‥‥まだかぁ?」
入ってきたのは中澤さんだ。
ってことは、あっちの静かな人が保田さんだ。
- 40 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時29分40秒
- それから、20分後に安部さん到着。
「遅れた?ごめんね。」
「なっち、後藤もおるんやし、気ぃつけーやぁ。」
「ごめん、ごめん。解ってるって。ねっ、後藤さん。」
安部さんに見られて、ドキドキ。やべー、顔が熱いよ。
「後藤って、見かけによらず案外ウブなんだねぇ。」
「真里っぺ、からかっちゃぁ可愛そうだよ。」
真里?真里?っと、あっ、思い出した。矢口さんだ。
「ほいじゃぁ、いきまっしょかぁ。」
- 41 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時30分27秒
午後。レコーディングスタジオである。
新曲のレコーディングのため、つんくさんを横に娘。さん達が順番にブースに入っていく。
先輩の様子を見ていた自分の所に市井さんが来て、横に座った。
「どう、後藤、緊張してる?」
「そりゃ、緊張しますよ。午前も失敗ばっかりだったし。」
安倍さんや保田さんに何回も注意されたのだった。
「大丈夫だよ。後藤。アタシが初めての時と比べたら、上出来だよ。それに後藤はしっか
りお腹から声が出てて、ハリがあるし、艶もある。自信もちなよぉ。」
「うーん、でもぉ‥‥。」
ちょっとうな垂れたしまった後藤の頭を市井さんは胸に抱いてくれた。
(えっ、なに?胸が当たってるよぉ。)
「大丈夫だよ。後藤は選ばれた人間なんだ。自信を持ちな。」
頭はドキドキして興奮する一方、気持ちの中で何だか落ち着けたような気がした。
「ありがとうございます。市井さんて、お母さんみたいですね。」
「えっ、そう。よく言われるんだぁ。」
二人して笑い合った。
- 42 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時31分57秒
- レコーディングは終わった。市井さんのおかげで最初の緊張はほぐれたが、今度は別の緊
張が高まった。
「私がソロパート!」
「後藤、良かったじゃん。うらやましいね。このこの。」
市井さんが肘て突いてくる。
「本当だよ。よく頑張ったもんねぇ。」
安部さんも喜んでくれてる。
「後藤、頑張ろうね。」
石黒さんとは、ハモリが多い。すごく助けられる。
「いいなぁ、カオリも『そんなに〜』って、あそこ歌いたかったなぁ。」
『ディアー』はあなたにしか歌えませんよ。
「まっ、これが後藤のデビュー曲なわけやし、ええ雰囲気やん。がんばろうでぇ。」
「うん、矢口も結構気に入ってるかも。ラストもらえたしぃ。」
「いいよねぇ、なっちもこういうの好きだべ。」
「圭坊もソロパート、けっこうあったよなぁ。」
「うん、頑張るよ。だけど、彩っぺの『あかるぅいっ』ってカッコいいよねぇ。」
「裕ちゃんの『み・だ・らぁっ』もはまり過ぎだよ。」
「いやぁ、カオリのには負けるでぇ。」
「なになに、カオリがどうしたって?」
「あんた、また聞いてなかったんかいなぁ。」
「ん、どうした?後藤」
- 43 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時32分41秒
- みんなの話を聞いてたつもりだったが、気がついたら後藤だけみんなから遅れて歩いてい
たのに市井さんが気付いてくれた。
「私がこんなに目立っていいのかなぁって、ちょっと心配で‥‥。」
「何贅沢言ってんのぉ。みんな自分が目立つために頑張ってんだよ。あんたも認められた
んだから、いいかげん自信持ちなさいよ。」
「ほんと。後藤って見た目が派手だから、そんなの平気かって思ってたら、案外気にする
んだね。意外だよ。」
「彩っぺとは違うよ。」
レコーディングが調子よく終わったせいか、メンバーの会話は明るい。自分も合わせて笑
ってみたが、自分的には複雑で心から笑えない。たしかに目立てるのはうれしい。間違い
なくうれしい。でも自分が目立つと、目立ち過ぎると‥‥。
(まぁ、テレビにそんなに出なければ大丈夫か)
- 44 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時34分10秒
- 自分は自宅に戻ってベットに入り、今日を振返ってみた。
午前に歌のレッスンがあり、午後にレコーディング。初めての芸能活動だ。
朝、遅れて市井さんに怒られて、レッスンで保田さん達にも怒られて。怒られっぱなしだ
った。歌謡教室でも怒られてた頃があったけど、今はそんなことはない。誉められる方が
圧倒的に多い。やはり、これがプロの世界なんだ。
- 45 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時34分45秒
- 完全に自分はペシャンコにされていた。普段はマイペースな自分にもかかわらず、レコー
ディング前は、正直落ち込んでた。でも市井さんが励ましてくれて、頭を抱きしめてくれ
て、とても落ち着けた。つんくさんもうまく引き出してくれたんだと思うけど、レコーデ
ィングも思った以上だった。ソロパートもおいしい所を三つももらえた。メンバーの人達
はみんな自分のことのように喜んでくれた。確かに自分達の曲がいいできなのは嬉しいは
ずだ。でもみんな自分が目立てるように頑張っているはずなのに。私がソロパートで無け
れば、ひょっとしたら先輩の中の誰かが嬉しい思いをしたかもしれないのに。みんな、こ
んな自分のために喜んでくれた。
この曲「LOVEマシーン」。先輩達のためにも頑張ってみよう。そう心に誓った。
- 46 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時35分30秒
- 今日はダンスレッスンだ。夕方にはテレビの収録があるので、あんまり時間がない。
昨日、あれだけ歌い込んだのだから、リズムが身体に染み込んでるし、ビートを刻むのは
問題ない。これなら、ダンスだって大丈夫だ。
家を出る前に、鏡の前でスパッスパッと自分なりの振りをやってみた。
「曲の雰囲気だと、こんな感じかな?」
ブリブリダンスでなければなんとかなるっしょ。
今日は遅れることなく到着。安部さんも(珍しく)時間通り。
噂によると、先生が怖いかららしい。
「よろしくお願いしまーす。」
レッスン室に入ると、先生らしき女性が数人のダンサーの動きを確認していた。
「あの女性が夏先生。」市井さんが教えてくれた。
「さぁ、挨拶に行くよ。ついておいで。」
- 47 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時36分03秒
- 簡単に挨拶をすまして、メンバーの所へ戻った。新人としては、後ろに行った方がいいん
だろうな。と後ろへ回ろうとすると、誰かが腕を掴んだ。衝撃で頭がガクンとする。
「あんた、どこへ行くの!一番しっかり見ないといけないのに、そんな後ろに行ってどう
するの。」
市井さんが自分を引きずるように、一番前に連れてきて座らせた。
「しっかり、見せてもらうんだよ。」
- 48 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時36分34秒
- 「これを私達が‥‥。」
正直唖然とした。すごいダンスが細かいし、移動が多い。カッコいいけど、かなり忙しい。
しかも、本番は歌いながら踊るんだよなぁ。
不安な自分の表情を読み取ってくれたのか、市井さんが頭を撫でてくれた。
「後藤、大丈夫だよ。がんばろう。」
- 49 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時38分04秒
- ―――――――――
「ラブマッシーン」
今日何回目かの通しが終わった。その中に自分はいない。
あまりに覚えが悪い自分が入っても他のメンバーの邪魔になるだけだった。先輩達も自分
のダンスで精一杯で、私をフォローできる余裕なんてない。
「他の人のダンスを見るのも勉強になるよ。」市井さんと夏先生に言われて、自分はフロ
アに座り込んだ。
情けない。昨日、あんなに頑張ろうって心に誓ったのに。娘。の曲を良い物にするために
頑張ろうって誓ったのに。
くやしくて、くやしくて、くやしくて、くやしくて、くやしくて、くやしくて、
情けなくて、情けなくて、情けなくて、情けなくて、情けなくて、情けなくて。
涙が止まらなかった。涙でボンヤリしていたけど、絶対に下を向かなかった。目を閉じな
かった。みんなのダンスを目に焼き付けるために。
- 50 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時39分04秒
- 「そろそろ時間ですので」マネージャーさんが呼びにきた。
「では、今日はここまで。このビデオを見て、明後日までに覚えてきてください。」
みんなビデオを取って、着替えに部屋を出ていった。
「後藤」
うなだれた自分のそばに市井さんが来てくれた。言葉を捜しているようだったので、
「大丈夫です。明後日までに必ず覚えてきます。」無理して自分から応えた。
「そうか。うん、安心したよ。」市井さんはニッコリ笑ってくれた。
「みんなから外れちゃったけど、後藤の気持ちはすごい伝わったよ。アタシも頑張らない
とね。じゃぁ、シャワー浴びに行こうか?」
市井さんが手を差し出してくれた。
- 51 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時39分42秒
- 「はいっ」と言って手を伸ばしかけた時、
(シャワー!ダメ!嬉しい?でもダメ!)
「あぁ、私は結局踊ってないんで、汗もかいていないし、このまま行きます。」
「そんな無理しなくていいよぉ。ここ熱いし、汗もかいたろ。」
「いえ、シャワー浴びると、今の熱い気持ちが冷めそうで嫌なので。」
「そうかぁ、じゃあアタシはシャワー浴びて来るんで、先に車に行っときな。」
市井さんは走って出ていった。
(クソ〜ッ)
でもダメだ。やっぱり、メンバーをそんな目で見たらダメだ。自分はこの「LOVEマシー
ン」に賭けるんだ。それまでは、本当に女の気持ちでいよう。
この時、本当にメンバーとしての自覚が生まれたのかもしれない。
なるべく‥‥(オイオイ)。
- 52 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時40分19秒
二日後、
自分は本当に練習した。昨日は学校があったから、昼間は無理だったけど、夕方帰ってか
ら深夜の2時過ぎまで。ずーっとビデオで練習した。ご飯食べるのも忘てて、母さんに心
配されたくらいだ(うちはお店をやってるので、家族で揃っての食事じゃなくて、自分で
お店に食べに行かなければならないのだった)。
「市井さん、おはようございます。」
「おっす。おはよう。どうだぁ、後藤。」
「はい。通しではオッケーなんですが。見てもらえますか?」
「うん、じゃあやってみて。」
「はいっ」
- 53 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時41分23秒
「うん、よく覚えたね。でもちょっと乱暴かな?」
「そうですかぁ。」
「うん、男っぽいっていうのかなぁ。後藤の場合、骨格がガッシリしてるから、全部振り
がブンブンって感じになってるんだよ。しっかり、止めるところは止める。そういうのが
大事だよ。いい、見てて。」
市井さんが踊ってみせてくれた。
「ほら、こういう所。いい。こう。ね。ほら、やってみて。」
「こうですか?」
「うん、なかなかいいよ。よく頑張ったね。」
頭を撫でてくれた。妙に気持ちがよくて、うれしい。顔がニヤけてしまう。
「可愛いなぁ。こいつぅ。」
そんなこと言われたら、ドキドキするじゃないですか。
「おぅ、サヤカ。新人たらしてんのぉ。」
石黒さんに冷やかされる。
「そうだよ。可愛いいこいつはアタシのもんだからねぇ。」
市井さんやめてくれ、抱きつくのは。
「おい、後藤が恥ずかしがっとうやないか。ええかげんにしといたりぃやぁ。」
「いいのぉ。アタシはこいつの教育係なんだから。」
すっげー幸せな状況なのに、何もできない自分はある意味すっげー不幸。
- 54 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時42分35秒
ダメだーっ。やっぱ、ダメだーっ。
昨日、あんなに練習したのに。
確かに、ダンスに手直しが入ったりしたのもあるけど、ほとんど練習を止めたのは自分だ
った。
「後藤、タイミングがズレてるよ。」
「そっちじゃない。こっち。」
「ほら、そんな顔するんじゃない。笑顔!」
「フリが硬い。もっとしなやかに。」
レッスンの途中でもひっきりなしに声が飛ぶ。
「はーい、10分休憩!」
自分はヘタヘタと座り込んでしまった。
(やっぱ、ダンスの才能ねえのかなぁ。)
市井さんが清涼飲料水を持ってきてくれたのにも気付かなかった。
「ほい。後藤」
「ありがとうございますぅ。」思いっきり、飲み込んだ。頭からぶっかけたい気分だ。
「朝言ったこと忘れてるよ。」
「へぇ?」
「ほら」と軽く踊ってみせてくれた。
「思い出した?男っぽいてやつ。」
「あぁ、すいません。余裕なくて。」
「うん、この間に落ち着いてね。」頭を撫でてくれた。
- 55 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時44分07秒
- 「おーい、後藤」
マネージャーさんと中澤さんと夏先生が話し合っていた。
自分は急いで立ち上がり、走っていった。
「後藤、お前の顔見世が決まった。明日の横浜アリーナだ。そこで1曲だけ入ってもらう
から、いいな。」
「はい、ありがとうございます。」
「それで明日はリハもあるから、時間がないんで、この後レッスンしておきたいんだが、
大丈夫か?」
「はい、あぁ、でも、あんまり踊りは‥‥できないし。」
「それは、大丈夫だ。『サマナイ』1曲だけだし、簡単に覚えてもらう。夏先生にお願い
するし、おい、市井っ。市井と一緒に踊ってもらうので、最悪市井のフリに合わせてもら
えば、何とかなるだろう。」
「はいっ、頑張ります。」
市井さんも来てくれた。
「後藤、いよいよだねぇ。頑張ろうね。」
「はい!」とガッツポーズをして見せた。
「じゃあ、練習はじめようかぁ。」
- 56 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時44分47秒
横浜アリーナのコンサートが始まった。
「スマイル、スマイル、スマイル、スマイル、♪‥‥」
さぁ、いよいよ『サマナイ』だ。
「みんなーっ、いっくぞぉー」
『うぉーっ』
「後藤真希もいっくぞぉー」
『うぉーっ」
安倍さんのコールを受けて、マイクを持ったまま両手を振りながら飛び出す。
何とか踊り終えた。上手くはいかなかったけど、拙くもない。可もなし不可もなしってと
ころだが、市井さんと安倍さんが誉めてくれた。市井さんはステージ上でもずーっと自分
の近くで踊ってくれたし、何度も顔を見て笑ってくれたので、安心できた。
- 57 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時45分47秒
- 「どうやった?」中澤さんもきてくれた。
「はい、気持ち良かったです。」
「そっか。こりゃ大物やなぁ。」
「でも、なんかふにゃふにゃした踊りで、カッコ悪かったです。」
でも、それは昨日の夏先生の指導でもあった。動きが固い方が見苦しいので、それなら思
いっきり柔らかく動きなさい。という指示に従った結果がアレだ。
「そうかぁ。いつものより良かったんじゃない。」
「市井さん、そりゃひどいですよ。」
ステージの前後でも、自分一人でのインタヴューもあったりで、かなり緊張のはずだった
けど、ステージを経験した興奮の方が大きかったのであった。
- 58 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時49分07秒
- *****
ついに来た。「LOVEマシーン」の初披露だ。
身体がガタガタ震える。横浜アリーナではそんなことなかったのに。
ノドもカラカラなのに、何か飲むと吐きそうになるので、我慢していた。
「なあ、後藤。」
中澤さんが来てくれた。
- 59 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時51分10秒
- 「ハハイイ?」
「後藤は、友達からいつも何て呼ばれてんの?」
「はあ、(マー君が多いけどそれは言えないから)まきちゃんとか、ごとーちゃんとか。」
「うーん、何かおもろぉないなぁ。」
人の名前でおもろぉないなんて。
「そやなぁ、ごっつぁんがええで。なぁ、他のみんなはどや。」
「ごっつぁんか。なんだかお相撲さんみたいだね。」
「じゃあ、もうちょっと短こうして、ごっつん?、ごっちんってのはどや。」
「あぁ、それ可愛いんじゃない。」
「ほな、ごっちんで決まり。ごっちんもな、うちらのメンバーやし。やっぱ愛称で呼びた
いもんなぁ。おい、どないしたねぇ。」
「すいません。いつも失敗ばかりしてる私をメンバーって言ってもらったのが嬉しく
て。」こんなことでも泣いてしまう自分が情けない。
「ほら、手ぇ貸し。あったかいやろぉ。心が通じ合ってる証拠や。こうやって、心通わせ
て今までモーニング娘。やってきたし、これからもそうや。ごっちんもちゃんとうちらと
通じあっ取る。立派なメンバーや。」
- 60 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時51分56秒
- 「はい。ありがとうございます。」
「後藤?」
「はい。市井さん。」
「アタシにも手を握らせて。ほら、やっぱり暖かいよ。」
「はい」
「アタシも」「私も」「オイラも」「カオリも」‥‥。
そしてみんなの手が一つに固まった。
「みんなの心が通じあっとる。それじゃぁ、行くよ。がんばっていきまっ」
「「「「ショイ!」」」」
気がつくと、身体の震えは止まっていた。
- 61 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時53分05秒
- *****
踊れた。歌えた。観客もいっぱいいたのは解った。でも、見ていたのは、メンバーの7人
の姿だった。自分以外の7人の姿、動き、表情に心を合わせる。はたして、それはできた
だろうか?とにかく、「LOVEマシーン」の初披露は終わった。
「はい、お疲れさまー。」
メンバー達は楽屋に戻っていった。
自分は、‥‥。自分は‥‥。
「後藤さん?」
ん?市井さん?
「はい!」
「大丈夫?」
「????」
どうやら、自分は目を開いたまま、楽屋の入り口で固まっていたようだ。
「市井さん。できたんですよねぇ。私、できたんですよねぇ。」
なんだか、知らないが、また涙が出てきた。
「うん、うん、頑張ったぞぉ。」
そう言って、市井さんは後藤の頭を何度も何度も撫でてくれた。
中澤さんが、安部さんが、飯田さんが、矢口さんが、石黒さんが、保田さんが、みんな来
てくれた。そして、みんなが後藤の頭を撫でてくれた。
自分はしゃくりあげながら、みんなにお礼を言った。
「ありがとうございました。」
- 62 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時53分47秒
- *****
「LOVEマシーン」の評判は良かった。プロモーションビデオも好評で、ほとんど毎日テレ
ビで流れていた。
自分はというと、10日間で10数曲の歌とダンスを習得しなければならないということ
で、寝る間を惜しんで(でも、結局寝てしまったりもしたけど)必死の練習だった。時間
があれば、市井さんにも見てもらった。中澤さんも、安部さんにも見てもらった。
今日は市井さんに(オフだったのに)付き合ってもらっての練習だ。
- 63 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時55分20秒
- 「ちょっと休憩しようかぁ。」
ゆうに二時間以上は踊り続けていたろうか。自分は大の字に転がった。
「はあーはあー」きつい。
ふと、身体を起こして市井さんを見ると、何だか後藤を見つめている。いや、正確に言う
と後藤の下半身を見つめている。
(ヤバイ!)
市井さんが近づいてきた。思わず後ろを向こうとしたところ、足を押さえられた。
「あっ、何するんですか?」
「ちょっと、動かないで!」
そういうと、後藤の足首を掴んだ。激痛が脳天まで突き抜けた。
「いてぇっ!」
「ほら、やっぱり。腫れてるよぉ。」
ズボンの裾を手繰り上げ、後藤の足首を擦ってくれた。
さっきスピンした時、バランスを崩したので、その時捻ったんだろう。
「あっ、大丈夫ですよ。」冷や汗も出たが、今更そんなの。
「ダメダメ、これで悪化させたら、本番で踊れないぞぉ。ちょっと待ってて。」
そう言って、レッスン場を出ていった市井さんは、どこからか、シップ薬を持ってきてく
れた。
「スイマセン。市井さん。ご迷惑ばかりで。」
本心からだったが、心なしか声が小さくなった。
- 64 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時56分43秒
- 「今日はこのくらいにしておこう。アタシが踊ってみせてあげるからさぁ、それで感じを
掴みなさい。いい?解ったぁ。」
「はい。」
その後、後藤のために後藤の踊りのパートを踊ってくれた。しばらくは、踊りを見ていた
が、気がついたら、踊りではなく、市井さんを見てしまっていた。
「何、見惚れてんだよぉ。」
不意に言われて、我に返って、
「いえ、あんまり綺麗だったので」
「バカッ!」
市井さんが顔を赤らめるのが解った。
市井さんはこちらに歩いてきて、後藤の隣りに座った。そして、後藤に身体を預けてきた。
突然の行動にどう対応していいのか、オロオロしていたが、
市井さんは俯いたまま、
「後藤、アタシ頑張るからねぇ。」
そう言われて、思わず肩を抱いてしまった。
「後藤に負けないように頑張るから‥‥、後藤もね。」
うつむく市井さんの肩を抱く手に力を込めたのだった。
- 65 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時57分26秒
- *****
ライブフル参加も何とかこなせた。こなせたと言っても、開始直前で不安のあまり泣き出
すほど、ギリギリの状態だった。市井さんのクレヨンしんちゃんにも励まされ、何とかス
テージに立てたが、夏先生からも95点の評価がいただけた。それでも、休憩中も泣いて
いたが。
この様子は「ASAYAN」でも放送され、かなり評判だったようだ。それに併せて、後藤真希
の評判も上がってきているとの噂も聞いた。どうしよう。こんなはずじゃあなかった。す
ぐに消えるはずだったのに、当初の(後藤の)予想に反して、「LOVEマシーン」はオリコ
ン初登場から連続3週1位。しかもミリオン達成。モーニング娘。のメジャー入りを決定つ
けることとなったのだ。
自分は迷った結果、マネージャーの和田さんにすべてを告げた。自分が「男」であること
を。和田さんは社長と相談するので、それまで待ってほしいと言われた。
- 66 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時59分24秒
- *****
トントン
「後藤です。失礼します。」
「あぁ、どうぞ。入ってくれ。」
中には、社長と和田マネージャーが待っていた。
「和田くんから話は聞いた。正直、驚いた。実は君が男だなんて。」
「ハイ。最初はイタズラのつもりでしたし、もっと早いうちにバレると思ってましたから。
でも、この状況でバレちゃうと、本当に皆さんにご迷惑になると思いまして。」
「まぁ、君が男だと気付けなかった我々にも落ち度がある。悪いようにはしないつもりだ
から、私達に任せてもらえないかね。」
「はい。申し訳ありませんでした。」
- 67 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)14時59分59秒
- 和田さんが説明を始めた。
「今までもモーニング娘。は人気アイドルグループとして、やってきた。だけど、福田を
失ってから、勢いを今一つ失っていた。知名度は上がってきているが、世間の評価は低い。
オリコンの順位で伸び悩んでるのもそのためだ。しかし、ここに来てLoveマシーンの
ヒットはデカイ。娘。にとっても大きな路線変更だ。絶対に成功させなければならない。
これはビジネスのためでもあり、頑張ってきた現メンバーに応える意味でもある。」
自分は黙って頷くしかできなかった。
「我々はこの路線変更には、後藤の存在は絶対的に不可欠だと考えている。つまり、これ
からのモーニング娘。の成功には、後藤は必要なんだ。我々は君を失いたくない。」
「しかし、我々の大切な娘たちの中に男を入れることの危険性は充分に解っている。平気
でそんなことはできない。」
「そこで、後藤君、まずは君に確認したい。モーニング娘。を続ける意思があるかどうかを。」
- 68 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)15時00分33秒
- 自分はしばらく考えた。この一ヶ月を共に過ごした、メンバーを思い出した。
時に優しく、時に厳しく指導してくれた安倍さん。
後藤が叱られている時に、何度もフォローしてくれた石黒さん。
後藤が泣いた時には、一番に慰めてくれた飯田さん。
保田さんや矢口さんともダンス中で目が合えば、笑顔で応えてくれた。
いつも、こんな後藤のことをメンバーとして気にかけてくれた中澤さん。
そして‥‥、市井さん。
こんな後藤でも仲間だと言ってくれるのだろうか。
もし、仲間だと言ってもらえるなら‥‥、
「最初、オーディションを受けた時は、このモーニング娘。を詳しくは知りませんでした。
しかし、一ヶ月程ですが、一緒にメンバーと活動して本当にメンバーの皆さんのことが好
きになりました。もし、できることなら、一緒に活動を続けたいです。」
素直に気持ちを伝えた。
「そうか、それを聞いて安心した。君には引き続き、娘。のメンバーのゴトウマキとして、
活動してもらう。」
- 69 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)15時01分03秒
- その後、次のような内容を契約に入れることにした。
1.自ら男であることを公表しないこと。もし、公表した場合には、娘。の活動を停止し、
それに伴う損害賠償を行なうこと。
2.娘。には絶対に手を出さないこと。もし、肉体関係が持たれた場合は、娘。の活動を
停止し、それに伴う損害賠償もありうること。
「金で縛るつもりはないんだが、これが大人の世界の現実だ。理解してくれ。」
社長はそう付け加えた。
「最後に」と社長は契約書にボールペンで手書きした。
「これがギリギリのところだろう。これ以上は我々としてもリスクが大きい。君にとって
も悪い話じゃないと思うが‥‥。」
「ありがとうございます。お任せします。」
- 70 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)15時01分36秒
- 「メンバーにも伝えなければならないが、全員に知らせると、どこからこの情報が漏れる
とは限らん。となると、やはり中澤か。」
「お願いです。市井さんにもこの事を。」
自分は社長にお願いした。
「市井も後藤が男だと解るとやりにくいんじゃないか?」
「いえ、市井さんは一緒にいる時間が長いので、バレやすいと思うんです。それに、この
まま騙し続けているのも申し訳なくて。」
「よし、解った。明日また来てくれるか。」
和田さんからそれが伝えられ、その日は終了した。
- 71 名前:第二章 投稿日:2001年08月13日(月)15時02分10秒
- *****
「後藤。」
市井さんに後藤が「男」であることを告げてからの帰りだ。
「後藤。後藤を信じていいよね。」
「大丈夫です。変なことしません。」
「違うよ。後藤は、ずっと、モーニング娘。でいてくれるよねぇ。」
言葉が出なかった。嬉しかった。目を開ければ、涙が出そうだった。
ただ、頷くしかできなかった。
- 72 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月13日(月)16時59分42秒
- 第二章 終了です。こんな感じで進みます。
予定通り、明日より山に篭るので、通信不可です。書き溜めていた分も全部吐き出したので、
また書き溜める分も入れて、次は二週間後くらいをメドにしています。
- 73 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月14日(火)04時16分46秒
- 山篭もり後も頑張ってね!!
- 74 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月20日(月)20時53分20秒
- >>74
山篭り終了です。
暇な時間でちょとずつ書き溜めていってます。第三章の前半くらいは書けたけれど、
ちょっと納得できていない部分があるのと、第三章の後半への展開で思案中。
- 75 名前:第三章 投稿日:2001年08月24日(金)14時19分49秒
- 「おぉっ、加護ちゃん!」
「あ、後藤さん‥‥」
この子は時々こんな表情を見せる。うれしいけれど、不安な時だ。
おそらく、後藤にこんな表情を初めて見せたのは、彼女達が娘。達との最初の顔見せの時
だったと思う。しかし、残念ながら、その頃の後藤は、彼女のそんな表情を読み取ること
はできなかった。
彼女のこんな表情を最初に覚えているのは、
- 76 名前:第三章 投稿日:2001年08月24日(金)14時21分04秒
- *****
「おっ、加護ちゃん、どうした。」
「あっ後藤さん‥‥」
この日は、市井ちゃんが抜けた10人最初の曲の”I wish”のレッスンだった。シドニー
オリンピックの応援ソングとして、評判を呼んでいたが、加護達新入り組をフューチャー
しての曲という部分でも注目を浴びていた。中でも加護は、出だしとラストの重要な部分
を任されており、今後の期待が寄せられているのが自然と解る。
といっても、実質メインは後藤だから、自分も気を抜くわけにはいかない。
「あのーぅ、出だしのリズムが取れなくて。」
「ん、そうなのぉ。」
一応、後藤も加護の教育係りなもんで、相談には聞いてやらねば。
「じゃあ、ちょっと歌ってみて。」
「一人ぼっちで少し♪」
「OK悪くないよ。」
「でもぉ‥‥」
確かにこの曲はイントロがなく、出だしの部分が難しい。
「じゃあね、カウントとるから、ワンツースリー」
「後藤さん、そんなに早くないです。」
「あっ、そうだった?ごめんね。」
後藤は、もう一度自分のパートから、リズムを確認した。
(ごめんね。こんな教育係りで)
その後、たまたま通りかかった圭ちゃんにも付合ってもらって(というより、圭ちゃんメ
インだったけど)、しばらく練習し、圭ちゃんからもOKがもらえた。
にもかかわらず、不安な表情が消えない。メインパートがあること、その練習で(後藤だ
けじゃなく)圭ちゃんからOKもらっての嬉しい表情の中の不安な表情だ。後藤はその表情
を見て、あることを思い出した。
- 77 名前:第三章 投稿日:2001年08月24日(金)14時27分53秒
- *****
1999年10月
今、市井ちゃんと圭ちゃんと後藤の三人組むユニットのレッスンを受けている。ユニット
名は、プッチモニ。曲名は「ちょこっとLOVE」だ。
後藤的には、かなり頑張っていると思う。ひょっとしたら、「LOVEマシーン」の時以上か
もしれない。「LOVEマシーン」の時は無我夢中だったけど、今回はやるべき事が解ってい
るだけに、自然と気合が入った。だが、それだけじゃない。市井ちゃんと圭ちゃんの意気
込みのすごさが半端じゃなかった。タンポポ入りを決めたのが同期のやぐっちゃんだった
のが、二人の中ではユニットに関する思い入れを強くしていたようだ。同郷であるのも手
伝って、二人の意気込みはすさまじいものだった。
また、後藤にとっては、いつも迷惑かけている市井ちゃんである。ただでさえ、教育係り
としてお世話になっているのに、後藤の秘密を分かち合ってもらっている。これらの恩は
返さないわけにはいかない。後藤もその意気込みに応えるべく、努力した。
その結果、プッチモニのキャンペーンで地方を回るのに、後藤だけ都内に居残りで練習し
ないといけなかったというのは、情けなかったが。
- 78 名前:第三章 投稿日:2001年08月24日(金)14時28分47秒
- 「市井ちゃん達は、凄くハジケた感じが出せているのに、私はどうしてもダンスをこなし
ていってるという感じになるんです。」
「これは中学生くらいの女の子の心境を歌ってるよね。後藤は同じ年代じゃない。男と女
という部分では違いもあるだろうけど、同じ感覚ってあると思うんだ。後藤はマイペース
だから、そこまでハジケたりって経験がないかもしれないけど、なんかどうしようもない
って状態で、思わずやっちゃったってない?」
「うーん、オーデション受けたのって近いかもしれないけど、どうしようもなくってとい
うのはないなぁ。そうだ、オーデションで合格しましたって、泣いた時や、『LOVEマシー
ン』の初披露が近いかも。」
「そうだね。『LOVEマシーン』のレッスンの時だって、結構ハジケてる時あったよね。大
丈夫だよ。それとね、やっぱりダンスが身に染み込む必要があると思うんだ。それで圭ち
ゃんとも相談してたんだけど、今度のオフ使って、ミニ合宿をしようと思うんだ。」
「合宿ってことは、私も参加するんですよね。」
「大部分がアンタの為だからねぇ。」
「私が同じ部屋でいて、怖くないですか?」
「後藤が怖いかって?そんな訳ないじゃん。」
即答されちゃった。
「そんなつまらない事でアタシ達の苦労を無駄にするほど、後藤はバカじゃないよ。」
まぁ、そりゃそうですが。
「でも、もしものこともあるんで、カメラが入るから。」
ああ、そうですか。なんだ、やっぱ信用されてないんだ。グスン。
「でも自分達で撮影するから、まずい部分は止めとけるよ。」
なんだ、それ誘ってるの?
「いっちょ、伝説作ろうぜ。」
- 79 名前:第三章 投稿日:2001年08月24日(金)14時33分52秒
なんて事を言ってたけど、39度も熱のある人を襲ったりはできませんよ。
ん?39度!それ以前に合宿するのもやばいじゃん。
「大丈夫だよ。薬飲んでるし、今日逃したらもう日にちがないし。」
そんな感じで強引にミニ合宿はスタートしました。そこでは、ダンスレッスンだけじゃな
く、お互いの曲に関する意見交換も行った。とはいっても、ほとんど圭ちゃんと市井ちゃ
んのバトルで、後藤はもっぱら聞くだけだったけど。
- 80 名前:第三章 投稿日:2001年08月24日(金)14時35分58秒
- 「市井ちゃん、大丈夫?今晩は私が朝まで起きて見ておきますから。」
「そんなことしたら、明日がきついよ。」
「でも、市井ちゃんに何かあったら、困りますから。」
「そうか、じゃあ安心して眠らせてもらうよ。」
「はい、大丈夫です。」
後藤は、いつまでも市井ちゃんの寝顔を眺めていた。しばらく、寝苦しそうであったが、
やがてスヤスヤという寝息に変わった。額の冷えピタを静かに交換した。交換する時に額
に触ってみたが、まだかなり熱かった。でも、これは市井ちゃん達の思いの現れだと自分
に言い聞かせた。そして、その熱情の僅かでも自分が感じられるようにと、思った時、市
井ちゃんの目が開いた。
「後藤。アンタまだ起きてたの?」
「はい、ずっと見てるって約束ですから。」
「そっか、あいがとう。圭ちゃんは?」
「寝てるようですね。」
「じゃあ、圭ちゃん起こさないように、あっちの部屋行こうか。」
「えっ、でも‥‥」
「圭ちゃん寝てるだったら、チャンスじゃん。」
後藤は頭を真っ白にしたまま、市井ちゃんに手を引かれていった。
- 81 名前:第三章 投稿日:2001年08月24日(金)14時37分01秒
「じゃあ、やろうか。」
「やろうか、ってそんな突然に。」
「突然って、アンタそのために合宿に来たんでしょ。」
「やっ、そのためにって、ちょっとは期待してたけど‥‥。」
「バーカ、何勘違いしてんだよ。レッスンだよ。ダンスレッスン」
「へっ?」
「アンタの男っぽい動きを注意しときたいの。圭ちゃんの前じゃあ、うっかりすると、口
すべらせちゃいそうだし。」
「はぁっ、そうだったんですか?」(ホッ!)
「それとも、そっちの方がいい?」
「結構です。早くやりましょう。」
- 82 名前:第三章 投稿日:2001年08月24日(金)14時39分10秒
- 「いいよぉ。すごく動きがスムーズになってきた。」
1時間くらいだろうか。細かい部分もいったん止めながら、修正していった。首の傾げ方
なんか気にしてなかったけど、注意されて気づく部分も多かった。
「これくらいにしとこうかぁ。明日も‥‥。」と言いながら、市井ちゃんの身体が崩れ落ちた。
「市井ちゃん!」
後藤は急いで駆け寄り、すんでの所で身体を抱きかかえた。
「ハアハア、ごめん。後藤」
「市井ちゃん、大丈夫だからね。」
後藤は市井ちゃんを抱き上げた。スリムな市井ちゃんだったが、この時はズシリとかんじ
た。人間、完全に脱力するとそういうものらしい。
抱き上げてる事は、何気に嬉しかったが、そんな事は言ってられない。布団に静かに下ろ
した。
「いいですか。今度こそゆっくり寝てください。」
「うん、わかった。ありがとうね、後藤。」
数分で寝息に変わった。やはり、疲れが激しかったのだろう。後藤は、その綺麗な寝顔を
見つづけた。それを自分独りで独占できる幸せを感じながら。
- 83 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月24日(金)14時48分55秒
- 作者です。今日の更新はここまで。
正直、全然書けません。やっぱり難しいっす。
第三章まではこのまま続けますが、それ以降は考えていません。というか、考えて
いたけど、練り直し。9月で終わらせることを目標にしていたけど、無理っぽい。
挫折だけはしたくないんだけど‥‥。
- 84 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月25日(土)15時58分22秒
- この作品好きなので最後まで書いて頂けるとうれしいです。
がんばってください。
- 85 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月27日(月)12時52分02秒
- 作者です。レス感謝です。
>>84
読んでいただいている方が一人でもいてくれるというのが解って、勇気付けられます。
昨日、新メンが発表されて、『福田明日香』復帰という私の個人的な思惑とは変わって
しまったけれど、このままいきましょう。
- 86 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月28日(火)07時03分06秒
- 少なくとも二人はいるよ、読者。
- 87 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月28日(火)07時07分01秒
- 3人はいますよ(w
続きを楽しみにしています。頑張って下さい。
- 88 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月28日(火)18時55分34秒
- >>86,87
レス感謝です。
頑張って、いっぱい書きました。少しずつでもUPしていきます。
- 89 名前:第三章 投稿日:2001年08月28日(火)18時56分16秒
- 「後藤、おはよー。早く起きなよ。」
「ふぁーい」
やはり寝てしまったようだ。いつ寝てしまったかは全く記憶にない。朝方になった記憶も
なかったので、そんなに長時間起きてたわけでもないようだ。
「朝食できてるよ。」
「ふぁーい、すみません。」
あーあ、またこれで後藤は新入りのくせにとか言われるんだろうな。
- 90 名前:第三章 投稿日:2001年08月28日(火)18時56分57秒
- 「後藤、どうしたの。」
「へっ、何か変ですか?」
「いやっ、良くなってるよ。」
圭ちゃんも驚いてる。やっぱり昨夜の特訓は成果があったんだ。って本当は知ってて言わ
れてるんだったら、ショックだけど。
しかし、問題は市井ちゃんだ。ダンスがどうこうじゃなくて、もう体力的に限界っぽい。
結局、午後一で強制入院させられた。そらそうだ。こんなところで身体壊される方が困る。
予定されてたレッスンは半分もこなせていない。だから、二人で続けた。二人でも十分だ
った。なぜなら、二人の目には市井ちゃんの姿はしっかり見えていたのだから。
- 91 名前:第三章 投稿日:2001年08月28日(火)18時58分21秒
- 当初のミニ合宿の予定を終え、後藤はそれなりの充実感を感じた。だからこそ、思ってい
たことを圭ちゃんに話した。
「私、この合宿、とても良かったと思ってます。」
「うん、アタシも良かったわよ。」
「でも一つ、不満なんです。」
「ほおー、何だい。言ってみな。」
「はい、この合宿のテーマに三人の結束力ってあったと思うんです。」
「そうだわね。」
「結果的に市井ちゃんがリタイアしちゃったけど、私は最後まで一緒に参加してくれてた
という気がしています。」
「うん、アタシもだよ。三人の結束力ってことだよね。」
「でも、違うと思うんです。」
「ほほぉー、何が違うっての。」
こころなしか圭ちゃんの顔が挑戦的に見えた。
「圭ちゃんは、市井ちゃんと同期でライバルで戦友でってことで、繋がりがすごいじゃな
いですか。私は市井ちゃんに教育係りしてもらってて、色々教えてもらってる中で繋がり
ができてるって思ってます。」
「うんうん」
「ということは、結局、市井ちゃんと圭ちゃん、市井ちゃんと私という、つまり圭ちゃん
と私の間には、市井ちゃんが入らなければ、繋がりができていない。と思うんです。」
「ふんふん、それで。」
「だから、もっと圭ちゃんとの繋がりが持てるように、何かをしないといけないんじゃな
いかって‥‥。」
- 92 名前:第三章 投稿日:2001年08月28日(火)18時59分37秒
- 「何かって、何をするのよ?」
「それはまだ解らないんですが‥‥。」
突然、圭ちゃんは笑い出した。
「ハハハハ‥‥」
後藤は何が何かわからないままキョトンとしてしまった。
「ゴメンゴメン、後藤は知らないかもしれないけど、後藤の教育に関する相談は、サヤカ
から色々聞いているのよ。後藤の頑張っている姿や悩んでいる姿にどうやって応えたらい
いかってね。」
その返事には、一抹の不安があった。あの事も‥‥?
「市井ちゃんは、何て‥‥?」
「うん、いつも言ってるわよ。『後藤はアタシの本当の妹みたいだ』ってね。」
そうですか。と言いたかったが、声にならなかった。市井ちゃんも後藤と同じように悩ん
でくれていたこと、そしてそれを圭ちゃんに相談するのに、後藤の秘密を明かしていない
事。それがうれしくて、涙ぐんでしまったのだ。
「いいかい、アタシもサヤカに負けないくらいに、後藤が好きだよ。大切なメンバーとし
て信頼している。だから、今度はアンタの番だ。」
「私の‥‥ですか?」
「そう。まずは、アタシにもサヤカにもタメ口を使うこと。」
「えっ、でも先輩に対して‥‥。」
「そんなこと気にしないの。アンタ見かけによらず、その辺が古臭いわよね。運動系とい
うか、男子系というか。後藤って、時々妙に男っぽい所あるわよねぇ。」
一瞬、背筋に冷や汗が走った。が、別に追求してくる様子もなかったので、大丈夫だろう。
「まあ、今後(先輩後輩みたいな)ややこしいことを言ってくると、」
「言ってくると、」
「裕ちゃんじゃないけど、殴るわよ。」
- 93 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月28日(火)19時03分30秒
- 作者です。
今日の更新はここまで。
この辺から、圭ちゃんが積極的に絡んできます。旧プッチ中心で進みますが、吉澤くんが
参加するのは、もう少し後。
- 94 名前:( `.∀´)<ごっちん好き〜 投稿日:2001年08月29日(水)06時55分12秒
- わいわい、圭ちゃんの登場だ〜
ごっちんといっぱい絡んで欲しい〜
- 95 名前:第三章 投稿日:2001年08月29日(水)20時27分25秒
- 数日後、初披露前の最終レッスンがあった。そして、夏先生いわく、娘。至上最高難度の
ダンスであったにも関わらず、合格点をいただいた。とはいっても、後藤にはまだまだ課
題が多く、ギリギリのラインであった。
注目と不安の中、「ちょこっとLOVE」は初登場1位を獲得し、「LOVEマシーン」に並ぶヒ
ットとなった。市井ちゃんと圭ちゃんの感激は並大抵ではなかったはずだ。
しかし、この大ヒットは、同時に後藤真希の存在感を決定付けるものとなった。
となれば、当然期待されるのは、次の娘。のシングルだ。ここで後藤を中心にした形で
「LOVEマシーン」並のヒットをすれば、娘。としても後藤としても、人気を決定付ける結
果となる。12月からレッスンは始まった。
- 96 名前:第三章 投稿日:2001年08月29日(水)20時29分08秒
「どうした?後藤。」
次の新曲「恋のダンスサイト」は東洋系だ。何となく聞き覚えのありそうなメロディーだ
し、ダンスも「LOVEマシーン」や「ちょこっとLOVE」とくらべれば‥‥。
とはいっても、男っぽい動きを女の子がやる男っぽさで表現するのは、個人的には難しか
ったりする。更にショートカットにした市井ちゃんの方が、よっぽどそれっぽい。
という不安は感じながらも、前ほど怒られることなく、レッスンは進んでいった。
順調なはずなのに、どうも気分が優れないのである。メンバーといる時はまだいいが、独
りになった時に、今までにないような不安が押し寄せてくるのである。
秘密がバレる不安?それもあるが、市井ちゃんと裕ちゃんがいてくれているおかげで、だ
いぶ楽だ。
ダンスか?満足はしていないが、特に先生達に厳しく指摘されている訳ではない。
歌?踊りながらはやっぱり難しいが、実質メインを任されている。
メンバーとの関係もいい。最近は、市井ちゃんだけじゃなく、圭ちゃんややぐっちゃんと
もタメ口になったし、なっちやカオリともよく喋る。彩っぺが休みがちなのは気になるけ
ど、裕ちゃんは「心配せんでええ」って言ってくれてる。
休憩時間に自動販売機の前で、そんな正体不明の不安に悩んでいた時、声をかけてくれた
のは、市井ちゃんだった。
- 97 名前:第三章 投稿日:2001年08月29日(水)20時30分15秒
- 「あっ、市井ちゃん。」
「どうした。そんな神妙な顔して。」
「ねぇ、後藤の歌とかダンスとかどう?」
「うん、いいんじゃない。」
「もっと、こうした方がいいとか‥‥。あっ、タイミングずれてないかなぁ。」
「大丈夫だよ。」
「もっと、動き大きくした方がいいとか‥‥。」
「うううん、アンタの場合は今くらいに抑えといて充分。」
「そうですか‥‥。」
「後藤、アンタ今まで怒られてばっかりだったから、怒られなくて物足りなくなったの?」
「うん、そぉなのかなぁ‥‥。」
確かに、今まではよく怒られた。後藤独りで怒られていたと言っていいくらいだ。今でも
怒られるのは同じだけど、前までは叱られるという感じだったのが、今は教えられてるっ
て感じだ。先生にしても先輩達にしても。
後藤に気を使ってるとか?
「ねぇ、市井ちゃん。なんか、みんなが後藤に気を使ってたりしていない?」
「んあ!アタシ達メンバーだよ。そんなバカなことあるわけないじゃん。」
「うん、そうだよね‥‥。」
- 98 名前:第三章 投稿日:2001年08月29日(水)20時32分00秒
- 自動販売機前のソファーに座った姿勢のまま、前屈みに両肘を足の上に置き、両手を組み
合わせた。ヒザや組んだ手が震えている。なんでこんなに不安なんだろう。
半開きにした口の中で、歯がカチカチ鳴るのを感じながら、数秒間。
と、その時、
市井ちゃんが隣に座り、後藤の肩を抱いてくれた。
「ゴメン、後藤。アタシ、教育係なのに、歌やダンスみたいな後藤の外面しか見ていなか
った。後藤の内面まで見てあげられてなかったよ。ホント、ゴメン。」
ん?後藤が何かした?
「後藤は不安なんだね。加入してから、注目され続けて。今は娘。のメイン扱いだもんね。
プレッシャーも大きいし、アタシ達にも気を使ってるんだねぇ。」
そうかぁ。その不安が大きいんだ。後藤のミスは娘。のミスだ。注目されているだけに、
それも目立つ。さらには、新曲が1位になれなかったら、後藤が悪いって言われるかもし
れない。メンバーはそんな事言わないだろうけど、世間の目はそうだろう。
これで、「LOVEマシーン」並にヒットしたとしても、今度は後藤の実質メインが確定する。
それも先輩達を差し置いてだ。メンバーもいい気はしないだろうし、ファンの人達の反感
も買うだろう。
また、人気が出れば出たで、今度はマスコミの注目が集まる。自分がまだ芸能界に入る以
前に見聞きしていたような、スキャンダルの対象にもなるんだろう。
この曲を歌うという事の裏には、様々な大人の世界が渦巻いているのだ。
そういう不安を本能的に感じていたのか。
と思っていたら、今度は市井ちゃんに抱きすくめられた。
- 99 名前:第三章 投稿日:2001年08月29日(水)20時32分57秒
- 「大丈夫だよ。後藤は独りじゃない。いつでもメンバーはそばにいるよ。後藤が全力を出
しての失敗だったら、アタシ達も全力を出してフォローする。後藤が危ない目にあったら、
アタシ達が守ってやる。後藤は独りじゃないんだ。」
「市井ちゃん‥‥」
「たとえメンバーのことが信用できなくなったとしても、アタシ独りになってでも、後藤
の事は守ってやる。後藤に悲しい思いなんかさせたくないんだ。だから、後藤はアタシの
ために頑張って。」
「うん、ありがとう。」
市井ちゃんに言われて、不安は無くなっていないけど、近くにいてくれると信じることが
できて、楽になった。目は涙でいっぱいになったけど、まだレッスンは続いているから、
泣かないように頑張った。
「ほら、行くよ。そんな顔してたら、また、アタシがアンタをいじめてたって、みんなに
アタシがいじめられるんだよ。」
「うん、ふーっ。うん、大丈夫。」
さぁ、頑張るぞぉ。
- 100 名前:第三章 投稿日:2001年08月29日(水)20時34分48秒
- *****
「ゴメン、加護。アタシ、教育係なのに、歌やダンスみたいな外面しか見ていなかった。
加護の内面まで見てあげられてなかったよ。ホント、ゴメン。」
目の前には、あの頃の後藤と同じ不安に悩んでいる加護が。
メインパートという事は、それだけミスが目立つし、失敗すれば攻撃もされる。うまくで
きても、旧メンファンのねたみの攻撃を受ける。人気者として、プライベートのない生活
をこの年で(後藤も似たようなもんだけど)余儀なくされる。
そんな不安に押しつぶされそうな加護。
あの時の市井ちゃんみたいに抱きしめたりはできないが、加護の頭を撫でながら、後藤は
続けた。
「大丈夫だよ。加護は独りじゃない。いつでもメンバーがそばにいるよ。加護が失敗して
もアタシ達が全力でフォローするし、加護が危ない目にあっても、アタシ達が守ってやる。
たとえ、アタシ独りになっても、加護のことは守ってやりたいんだ。」
「後藤さん‥‥。」
市井ちゃんに言われた事を思いだしながら、言ってみたけど、それは決して市井ちゃんの
真似をした訳ではない。言いながら、やはり自分も同じ気持ちになれた確信があった。今
こうして加護を目の前にして、やっとあの時の市井ちゃんの気持ちが解った。
「この曲も難しいし、失敗しないかって心配かもしれないけど、すぐ後にはアタシが歌っ
てるんだから、何とかしてやるよ。それとも、アタシじゃ不安?」
「そうだね、後藤じゃ、ちょっとねぇ。」圭ちゃんがチャチャを入れる。
「いいえ、後藤さん、よろしくお願いします。私、頑張ります。」
もう一度、加護の頭を撫でながら、
「うんうん、でも、だからって手を抜いたら承知しないよーっ。」
といって、撫でていた手をゲンコツに変えてみせた。
「ハイッ!」
「うん、よろしい。」
やっと、市井ちゃんに電話できるかな。
- 101 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月29日(水)20時37分57秒
- 作者です。第三章はここまで。
現在、第四章執筆中です。かなり長くなりそう。
なるべく、頻繁に少しずつUPしていく予定です。
- 102 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月29日(水)20時43分34秒
- >>94
圭ちゃんが積極的にと書きながら、今日は1行だけでした。
第四章は場面場面で他のメンバーの絡むシーンが多いです。
私の中では、なっちがキーなんだけど、うまく使えなくて、ジレンマ。
- 103 名前:第四章 投稿日:2001年08月30日(木)19時27分50秒
- 「梨華ちゃん。ガンバってるね。」
「うん。ごっちんも‥‥。」
梨華ちゃんは、もう既に後藤に代わる娘。の顔だ。隣りに、なっちと明日香を従え、って
言うと、明日香達に悪いかぁ。
でも、娘。の顔と言われる以上、あの日の後藤と同じ不安に苦しんでいるはずだ。少なく
とも、女を演じる苦労は必要ないが。
しかし、彼女は繊細ゆえに、本当は後藤以上に苦しんでいたのだ。
- 104 名前:第四章 投稿日:2001年08月30日(木)19時28分57秒
- *****
2001年3月
悲しい知らせだ。裕ちゃんが娘。を辞めることになった。それはメンバー達に大きな衝撃
を与えた。オリジナルメンバーとして、常に一緒に頑張ってきた、なっちとカオリ。本当
に仲良かったやぐっちぁん。唯一の頼れる存在を失う圭ちゃん。後藤にとっても、秘密を
共有してもらい、その上で色々とフォローしてもらった恩は大きい。よっしーや辻加護も
頼りにしている。みんな泣いた。でも、一番衝撃を受けたのは、梨華ちゃんだろう。
梨華ちゃんは、第3回追加メンバーの中で最年長で、テニス部キャプテンの経験もあると
のことで、同期の中でもリーダーシップを取ってきた。しかし、オーデションの頃はよっ
しーに、娘。に入ってからは辻加護と注目される中、梨華ちゃんにはなかなか注目は集ま
らなかった。頑張ってるのだけど、大人しいのと、(よくいう)ネガティブのために、決
して前に出ることはなかった。
そんな中で、彼女にチャンスが訪れた。”I WISH”のPV中の劇でみせた、ご婦人キャラを
バラエティに展開させた”チャーミー”だ。チャーミーが他のメンバー達から、面白いよ
うにイジられ、それに健気に対応する姿が人気を博した。そのイジり役の中心が裕ちゃん
だったのだ。時には執拗なまでのイジメは、逆にイジメられる梨華ちゃんへの注目となり、
共に喜び合う姿を何度も見てきた。
そして、その甲斐あって、カントリー娘。のメジャーデビューへのレンタル参加メンバー
として選ばれた。まぁ、後藤のソロデビューも同時期なので、石川一押しかって言うと、
何とも複雑だが、梨華ちゃんが注目されているのは、間違いない。
しかし、それが梨華ちゃんへのプレッシャーを強めた。
様々な不安の中、眠れない日も続いたようである。
- 105 名前:第四章 投稿日:2001年08月30日(木)19時29分53秒
- 今日はテレビの収録。
1時間程の空きができたので、各自休憩中。後藤は、ジュースを買いに自動販売機へ。
すると、先客が。
「あっ、梨華ちゃ‥‥。」
自動販売機前のソファーでうつらうつらとしていた。が、後藤の声で目を覚ましたようだ。
「あっ、ごっちん。ふぁーっ。」
大きく背伸びをした。細い腰の辺りが露わになる。だいぶ、慣れたつもりだが、やっぱり
動揺してしまう。
「梨華ちゃん、大丈夫?あんまり寝てないんじゃない?」
「うん、ちょっとね。でも、大丈夫。ごっちんの方が大変でしょ。」
後藤もソロ活動が始まってたしね。
「後藤は大丈夫。適当に手ぇ抜いてるし。」
と言いながら、動揺を隠しながら、ジュースを買う。
「ええっ、いけないんだぁ。」
「ふっふっ、冗談、冗談。」
と応えながら、梨華ちゃんの隣に腰を下ろした。
- 106 名前:第四章 投稿日:2001年08月30日(木)19時30分48秒
- 「後藤の場合は、こう言っちゃぁ何だけど、慣れてきたし、第一、根がいいかげんだから
ね。あんまり気にしないんだ。でも、梨華ちゃんは後藤と違って‥‥。」
と言いかけたところで、後藤の左肩にズシリとした感覚があった。見ると、後藤にもたれ
掛かって、梨華ちゃんが寝てしまったのだ。
「梨華ちゃん、風邪ひくよ。」
と、起こそうとして顔を覗き込んだ時、普段はメークで隠しているが、目の下には明らか
にひどいクマがあった。
それを見た時、思わず手を梨華ちゃんの肩に回してしまった。
裕ちゃんがいなくなる事で、これからの自分のキャラを引き出すことへの不安。
カントリーとしての活動の不安。
カントリー娘。は同じハロプロメンバーとはいえ、メジャーデビュー成功の鍵を自分が握
っていることへのプレッシャー。
また、自分に期待が寄せられているためにもらったチャンスを活かす事ができるかという
不安。
そんな不安と戦っているんだ。こんな細い身体で。
後藤には、そんな不安を取り除いてあげる事はできない。だけど、こんな後藤で良ければ、
もうしばらく寝かせてあげよう。
後藤の手の中で眠る梨華ちゃんをとても愛しく思ったのだった。
しかし、それは後藤には許されないことなのだ。
- 107 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月30日(木)19時32分02秒
- 作者です。ちょこっと更新。
- 108 名前:第四章 投稿日:2001年08月31日(金)12時40分14秒
- *****
衝撃の1999年が終わり、2000年を迎えた。そして、いきなり、衝撃のニュースが
飛び込んだ。
「石黒 彩 脱退」
表向きの理由は、夢であったデザイナーの道を歩むため。しかし、本当の理由は恋愛が発
覚したからだ。
いわば、これは「恋愛禁止」に対するみせしめである。しかも、その最大の矛先は、やは
り後藤である。言いかえれば、彩っぺは、後藤への警告として、引退させられた。という
見方もできるのである。
思えば、彩っぺは優しかった。一緒に歌った曲は「LOVEマシーン」だけになってしまった
が、ハモリが多く、とても助けられた。助けられたのは、歌だけじゃない。普段でも、怒
られたり、からかわれたりした時に、一番にフォローしてくれたのも彩っぺだった。
申し訳ないという気持ちから、後藤は泣いた。
「大丈夫だよ。後藤。いつでも応援してるから、頑張りなよ。」
本当の後藤を知らないながらも、彩っぺの言葉は暖かかった。
しかし、「恋愛禁止」は、娘。の活動を続ける上では、絶対に破ってはならない不文律で
あることを認識したのだった。
そんな中
- 109 名前:第四章 投稿日:2001年08月31日(金)12時41分13秒
「後藤も頑張ってるねぇ。」
「あっ、なっちぃ。おはようございま〜す。」
「でも、いつも眠そうなのは、相変わらずだけど。」
「へへ、寝る子は育つってね。育ち盛りには睡眠が大事なんです。では、失礼。」
(スヤスヤ)
「おい、ごっちんはまた寝とんかいなぁ。しょうがないなぁ。さやか、何か言うたりやぁ。」
「大丈夫だよ。裕ちゃん。ごっつぁんはあたしらと違って学校も行かないといけないし、
可愛そうなんだから、寝かせておあげよ。」やぐっつぁんがフォローしてくれてる。
「そうだね。まぁ、起きた時にはまた頑張らせるから、今は寝かせとこうよ。」
「ムニャムニャ、ありがとう市井ちゃん。」
「おいおい、寝言でサヤカの名前呼んでるでぇ。怪しいのぉ。」
「何だよカオリ。変なこと言うなよ。そう言えば、つんくさんから次の企画聞いてる?」
「いや、何も。」
「オーッス!久し振りやねぇ。ねぇさん。」
「なんや、みっちゃんにあっちゃん、また濃いーのが集まったなぁ。」
「ねぇさんに言われたかないわぁ。それにうちらだけちゃうでぇ。太シスの他のもやし、
ココナッツまで呼ばれてるからなぁ。」
「また、ぎょうさん集めたなぁ。つんくさん、何やらかすつもりやねぇ。」
- 110 名前:第四章 投稿日:2001年08月31日(金)12時42分08秒
本番後の楽屋は始まる前の和やかな雰囲気は全くなく、どちらかと言うと緊張感が漂って
いた。つんくさんから告げられた企画は、なんと「赤、黄、青」のシャッフル?
今までのメンバーが今度はライバルとして争うのである。
「ごっちん、頑張ろうな。」
赤組は後藤と事情を知っている裕ちゃん、そして信田さんにダニエルと最小人数。
「いろいろと考えてくれてるんやねぇ。」
後藤も頷く。期待に応えよう。
しかし、与えられた楽曲「赤い日記帳」は、微妙な女心を表現しなければならない。身も
心も男の後藤には、詩を理解するのに一苦労だ。
「市井ちゃーん、どうしよう。」
教育係に相談してみる。が、
「後藤、今回はダメだよ。いつもはメンバーだけど、今度はライバルどうしだ。それに、
まだアタシには敵に塩を送るだけの余裕はないから。相談するんだったら、赤組の中で相
談しな。」
きっぱりと言いきられた。
「サヤカ、そんなことゆうとんかいな。まぁ、そういうのもええやろ。まかしとき、うち
が乙女心を丁寧に説明したるさかいに。」
その後、裕ちゃんの過去の経験も織り交ぜて、微妙な心理を語ってもらったが、今一ピン
とこない。もはや裕ちゃんでは、忘れさっているのでは‥‥。なんてことは、口が裂けて
も言えないが。
- 111 名前:第四章 投稿日:2001年08月31日(金)12時42分57秒
- *****
「じゃあ、また。ダーイバーイ」
シャッフル企画が進む中でも、仕事は忙しい。我らプッチモニのラジオもそうである。
当初、何を喋っていいか解らなかった頃は、市井ちゃんや圭ちゃんにも迷惑をかけた。し
かし、最近になってやっと、後藤もトークに絡めるようになってきた。と言っても、仕切
ってくれている市井ちゃんのおかげが強いのだが。
しかし、最近市井ちゃんの様子がおかしい。ラジオ中では、話しを振ってくれるのだけれ
ど、普段は全く後藤にかまってくれないのである。
別に、イチャイチャしたいわけでもないのだけれど、話しかけても無視されたりとか、挨
拶しても、目も合わさず「オッス」だけだったり。
後藤は普段、市井ちゃん以外だと圭ちゃんかやぐっちゃんと話するのだけど、この二人は
市井ちゃんとも仲がいい。市井ちゃんが三人で盛り上がってたりすると(最近、それが多
いような気も)、後藤は話す相手がいなくなる。寝てることにする場合もあるけれど、本
心は寂しい。
- 112 名前:第四章 投稿日:2001年08月31日(金)12時44分06秒
- そんな中、後藤が風邪に倒れてしまった。
「ごっちん、大丈夫かぁ?」
「うん、ごめんね。裕ちゃん。」
「負けたら、ごっちんのせいやからなぁ。」
「ええ、そんなぁ‥‥。」
「冗談や、冗談。でも、はよぉ、直しやぁ。」
「うん、明日には大丈夫。」
その後、裕ちゃんは「赤い日記帳」のダンスのビデオを一緒に見た。
「どや、明日まで覚えられるかぁ。」
「うん、何とかするよぉ。」
「無理するなって、本当は言いたいんやけど、そんなこと言える状況とちゃうねん。申し
訳ないけどなぁ。」
「うん、ありがとう‥‥。」
両目から一筋ずつ、涙は頬を伝わった。
「なんや。そんなに気にしとんかぁ。こんなとこで、弱音吐いて、どないすんねん。」
「うううん、違うんだ。なんか、久し振りに優しくしてもらったっていうかねぇ。別にイ
ジワルされてるってんじゃないよ。いつも優しくしてもらってたけど、それがね‥‥。ワ
ガママだってのは、解ってるんだけど。」
「サヤカのことかぁ?」
「えっ、うっうん。」
「サヤカのことは、大丈夫やでぇ。あの子がごっちんを裏切るはずがない。そう思うやろ。」
「うん」
「ねぇさんには、サヤカが何考えてるかは、解らんけど、サヤカがごっちんのことを考え
てるってことだけは解る。ひょっとしたら、今までごっちんは、サヤカにばっかり頼っと
ったから、それがマズイと思うとんかもしれへんし。」
「うん、解った。ありがとうね。裕ちゃん。」
「おぅ、今日はこれで帰るけど、まぁたまには、このねぇさんも頼ってみぃなぁ。」
「うん、そうする。」
何だか久し振りにメンバーとゆっくり話したような気がして、気分が楽になった。
- 113 名前:第四章 投稿日:2001年08月31日(金)12時44分41秒
- 次の日、歌入れが始まった。後藤も風邪から復帰している。裕ちゃんのおかげで元気にな
れたのは、心因性の方が強かったのかも。
歌入れは、黄、青、赤の順番で行なわれた。
他のチームが歌入れする間は、各チーム毎で練習することになった。赤が最後に持ってこ
られたのは、やはり後藤の歌で難航すると思われたからだろう。
案の定、赤組でのレッスンは難航した。裕ちゃんや信田さんもアドバイスしてくれるんだ
けれど、うまくいかない。
「悲しいメロやけど、泣いたらあかんねぇ。泣きたいけど、泣く手前くらいや。」
「じぃっと耐えてるじゃない。勇気はないけど芯は強い気持ちって解るかなぁ?」
みんなの気持ちが嬉しいだけに、辛い。
「ゴメン、ちょっと気分転換してくる。」
そう言って、レッスン室を出た。
廊下を歩いていると、歌入れが終わった圭ちゃんがジュースを片手に歩いてきた。
「よぉっ、調子はどーだい?」
この上機嫌の様子では、歌入れも順調だったのだろう。確かに、黄色は実力者揃いで、安
定した力が出せるはずだ。歌入れも早かったに違いない。
後藤が返事に困っていると、
「いいから、ちょっとおいで。」
そう言って、歌入れを行なっているブースの方に連れていかれた。
- 114 名前:第四章 投稿日:2001年08月31日(金)12時45分37秒
- 歌入れは、青組が既に始まっており、中にはココナッツのミカちゃんが入っていた。市井
ちゃんはそれを聞いたり、楽譜を眺めたりを、真剣な表情で繰り返している。時々、上を
向いて、物思いに浸っている様子が伺える。
「後藤ってさぁ、サヤカのことが好きなんだろう。」
圭ちゃんが後藤の横で言った。
「はい。‥‥えっ!」
「そんな、気にしなくてもいいよ。後藤の様子を見てたら、誰でもわかるよ。サヤカに相
手してもらえない時の寂しい顔ったらさぁ。」
熱くなった顔で俯いてしまった。
「だったらさぁ。大好きなサヤカが、そこにいるって思って見てみな。」
そこには、優しくて、厳しい市井ちゃんがいた。いつも、そばにいてくれると約束してく
れたのに、今は遠い存在となった人。
そうしている間に、市井ちゃんの番になって、ブースに入っていった。
「ほら、もう後藤の手の届かない所に行くよ。後藤は見ているしかできないんだよ。」
そして、後藤は市井ちゃんの姿を見つめ続けた。ブースの中の音はマイクを通じて外に漏
れるが、生で聞こえないため、見えている様子と音とは無関係なことのような錯覚を受け
る。後藤は、市井ちゃんの姿にだけ注目した。そして、市井ちゃんが何を思い、何を感じ
ているかを想像してみた。
ブースの中の市井ちゃんは、時に楽しそうだったり、優しそうだったり、真剣だったり、
悲しそうだったり、悔しそうだったり、‥‥。
- 115 名前:第四章 投稿日:2001年08月31日(金)12時47分45秒
- 後藤は、その表情を見ながら、市井ちゃんは何でそんな表情をしているのだろう。と想像
しながら見つめていたが、それはつんくさんとの会話の途中だったのだろう。何とも言え
ぬ笑顔を見せられた。それを見た時、まさに自分の中で、ドキンと音がした。
それが何か解らなくて、圭ちゃんを振り向いた。
「そうだよ。それが恋する乙女の心境さ。」
そうだったのか。市井ちゃんが後藤を避けていたのは、後藤が嫌いになったのでもなく、
他の人にも頼らないと思ったのでもなく(その気もあったかもしれないけど)、歌の心境
が理解できない後藤のために、そういう状況を作ってくれたのだ。
「ズルイよぉ‥‥。」
「えっ」
「ズルイよ、圭ちゃん。全部知ってて、イジワルしてたんだぁ。」
「このくらいやらないと、後藤には堪えないからねぇ。」
「うん、充分くらいに堪えたよ。でも、お礼は言わないよ。お礼の気持ちは歌で表すからね。」
「へん、言うようになったじゃん。」
圭ちゃんは後藤の頭をクシャクシャにした。
- 116 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月31日(金)12時48分56秒
- 作者です。ちょこっと更新。
体調が良ければ、夕方にもUPしますが、ダメなら次回は日曜日。
- 117 名前:第四章 投稿日:2001年08月31日(金)19時48分28秒
- 「よーし、OK」
「はい、ありがとうございました。」
何とか後藤の歌入れも終わった。市井ちゃんと圭ちゃんのおかげで、そういう微妙な心境
は体験させてもらったが、実際に表現するのは簡単ではない。何回も注意されたけど、目
を閉じて、さっきの市井ちゃんの笑顔を思い浮かべながら、何とか歌入れを終えることが
できた。
終わった瞬間、ガラスの向こうに市井ちゃんの姿を見つけた。お礼を言いたくて、飛び出
していったのに、あれっ?どこにもいない。
「どうした?ごっちん」
裕ちゃんが来てくれた。今は三番目のダニエルで、裕ちゃんは最後だから、あんまり余裕
ないと思うのに。
「うん、市井ちゃんのおかげで、うまくいったから、お礼言いたかったんだけど。」
「こっちには来てないと思うけど。ダンスの練習ちゃうか。」
「うん、‥‥」
「ちょっとくらいなら、行って来てもええけど‥‥。」
でも、同じチームの歌入れが終わってないのに、離れることはできない。裕ちゃんにも教
えられてることだし、市井ちゃんのとこに行っても、叱られてしまう。
「うううん、ちゃんとここで聞いてるよ。」
「そやなぁ。」
「裕ちゃんも心配やし。」
「誰がやてぇー。」
関西弁を真似て言ってみたが、頭にゲンコツをもらった。
- 118 名前:第四章 投稿日:2001年08月31日(金)19時49分55秒
- 「市井ちゃん、いますかぁ?」
赤組の歌入れも無事終わり、青組がレッスンしていると思われるレッスン場に顔を出した。
「サヤカぁ、ごっちんが来てるよぉ。」
やぐっちゃんが気付いて、呼んでくれた。
「ん?何、後藤。」
「はい、市井ちゃんのおかげで、歌入れうまくいったんで、お礼にって。」
「今回はアタシは何もしてないよ。最初に言ったじゃん。今回はライバルだからって。」
「えっ、でも、圭ちゃんが‥‥」
「圭ちゃんが何言ったか知らないけど、アタシは何も知らないから。」
「そうなんですか。」
「で、もういい?今レッスン中だから。」
「ハイ、すいません。呼び出したりして。」
「じゃあ。」
そう言って、去っていく背中にあわてて、
「あっ、すいません。さっきの歌入れの時、見に来てくれたんですよねぇ。」
市井ちゃんは立ち止まったが、振り向きもせず、
「行ってないよ。アタシそんな余裕ないし、後藤の順番まで把握してないし。」
そう言い残して、メンバーの中に入っていった。
「ゴメン、邪魔が入ったけど、レッスン続けようかぁ。」
- 119 名前:第四章 投稿日:2001年08月31日(金)19時51分39秒
- 歌入れのために、後藤にあんな態度を取ったと思っていたが、その後も市井ちゃんの態度
は変わらなかった。前ほどの無視することはなくなったが、市井ちゃんから声をかけてく
ることはなかったし、番組の中でも積極的に絡んでくることはなかった。さすがにラジオ
では、話を振ってもらえたけど、収録が終わると相変わらず、圭ちゃんと喋ってばかりだ
った。
圭ちゃんと話している時の市井ちゃんの楽しそうな表情を見て、寂しそうにしている後藤
に気付いた圭ちゃんが後藤に声かけたり、話を振ったりしてくれるが、後藤の返事を聞い
ても生返事で、時々明らかに不機嫌な顔をされる時もある。さすがの圭ちゃんも動揺して
いたけれど、市井ちゃんは態度を変える様子はななかった。
何かで怒らせた?いくら考えても、思い当たることはない。
後藤が重荷になったのか?確かに、市井ちゃんには、迷惑かけてばかりだ。
だったら、なぜあんな事を。「アタシ独りになってでも、後藤の事は守ってやる。」なん
て言ったのだろう。
そうかっ。やっぱり、彩っぺの件だ。だから、必要以上に近づくことで、後藤が今以上に
市井ちゃんの事を好きにならないように。そう、気をつけているのだ。
解った。後藤も我慢する。今以上に市井ちゃんを好きにならないように‥‥。
でも‥‥ 寂しい。
- 120 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年08月31日(金)19時55分40秒
- 作者です。ちょこっと更新。
ごっちんの切なさを何とか出したいのだけど、やり過ぎると女々しくなるし。
既にかなり、女々しくなって、男って設定からは不自然ですが、申し訳ないです。
まだ、中学生の子供だってことで、ご了承ください。
- 121 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月01日(土)03時20分51秒
- 市井ちゃんはそろそろ……(悲)
- 122 名前:第四章 投稿日:2001年09月02日(日)09時01分45秒
- シャッフル企画も落ち着いたが、どうも事務所はモーニング娘。に暇を与えるつもりはな
いらしい。今度は映画だ。題名は「ピンチランナー」。本物の駅伝大会にメンバーで参加
するのが売りらしい。
後藤はスポーツは本格的にはやってなかったけれど、それなりにはこなしていたので、走
ることには苦はなかった。しかし、演技が難しい。番組のトークでは、喋らなければごま
かせたけれど、映画はそうはいかない。細かい仕草とかにも気をつけなければならない。
必要以上に疲れるのであった。
今は、映画のロケだ。外での撮影で待ちなんだけど、春先とはいえ曇り空で、この風では、
かなり肌寒い。
「いいなぁ、なっちやカオリは北国育ちだから。」
ホットコーヒーで暖を取りながら、圭ちゃんが愚痴ってた。
「そんなことないよぉ。なっちも寒いよ。ほら、手もこんな冷たいし。」
そう言って、圭ちゃんのホッペタに両手をあてて、圭ちゃんに追い掛けられたりしている。
- 123 名前:第四章 投稿日:2001年09月02日(日)09時03分34秒
- 「いっちょ、おしくらまんじゅうでもしましょうか。」
市井ちゃんが提案した。
「「ほい、ほーい。」」
そこにいない裕ちゃん以外がみんな集まった。後藤が遠慮して(恥ずかしいのもあったけ
ど)、離れた所から見ていると、
「後藤もおいでよ。」
と市井ちゃんが声をかけてくれた。
「えっ、うん。」
本当にラジオ以外では何ヶ月振りかで市井ちゃんから声をかけてもらって、ちょっと動揺
したけれど、走ってみんなの中に入っていった。
「さあ、いくぞ。」
と声をかけながら、市井ちゃんから後藤に腕を組んできた。
30分くらい遊んだだろうか。
「ふーっ、だいぶあったまったねぇ。」
結構ヘロヘロ状態で、みんな肩を抱きあったり、腕組んだりしながら、歩いていった。後
藤もそんな雰囲気に任されて、「市井ちゃん」と後ろから抱き付いてしまった。
(あっ、ゴメン!)
と言いかけたが、振り向いた市井ちゃんは、とっても幸せそうな笑顔をみせてくれた。
その時は、後藤も笑ってみせたけれど、今までの態度とのあまりの違いに、困惑したのだ
った。
- 124 名前:第四章 投稿日:2001年09月02日(日)09時09分07秒
- その後も撮影は続き、深夜近くになってやっと解散になった。
「映画が終わったら、今度は新曲だって。」
「そういえば、新メンバーが追加されるんだよねぇ。」
「雑誌見たぁ。彩っぺ撮られてたよねぇ。」
そう言いながら、それぞれの部屋に帰っていった。
部屋は、裕ちゃんだけが一人部屋で、他のメンバーは二人部屋だ。なっちとかおり、やぐ
っちゃんと圭ちゃん、市井ちゃんと後藤という組合せになる。といっても、市井ちゃんと
後藤が同じ部屋に寝るのは危険なので、市井ちゃんは裕ちゃんの部屋で寝ることにしてい
る。ツアーの時も同じだ。
「ふーっ」
市井ちゃんが部屋を出た後、後藤はしばらく呆然としていた。やはり、気になるのは演技
のことだ。どうも、うまくいかない。悩んでみたところで仕方がないんだけど。
こんな事を相談できるのは、市井ちゃんか裕ちゃんしかいないし、夕べも相談したかった
んだけど、裕ちゃんの部屋に行ったら、すごい緊張した雰囲気だったので、言い出すこと
もできずに帰ってきたのだった。
昼間の市井ちゃんの態度も気になる。何ケ月も冷たい態度をされていたにもかかわらず、
今日のあの幸せそうな笑顔は、本当に後藤のために見せてくれたのだろうか。
はあーっ、とため息を付いた時だった。
コンコンとドアがノックされた。
- 125 名前:第四章 投稿日:2001年09月02日(日)09時10分13秒
- 「ハーイ」と大きな声で返事して、あわてて口を押さえた。
市井ちゃんと裕ちゃんとの約束で、市井ちゃんが部屋から出た後は、メンバーであっても
誰も部屋に入れないこと。部屋に入ったら鍵をかけて、誰かが来り、電話がかかっても出
ないこと。そうすれば、普段からよく寝る後藤だから、寝てしまったってみんな思ってく
れるはずだ。で、もし緊急時には、市井ちゃんか裕ちゃんから携帯に連絡してくれるか、
最悪は呼びにきてくれる。という手はずになっていたのだった。
にもかかわらず、この時は思わず返事をしてしまい、後藤が部屋にいて、起きていること
を知らせてしまった。
焦っていると、
「ごっちん、いるんでしょ。ドア開けてよ。」
やぐっちゃんだぁ。市井ちゃん達じゃない。
後藤はしぶしぶドアを開けた。
「まだ、休んでなかったんだぁ。シャワーは?」
「うん、ちょっと、昼間の演技のこと考えてたから。」
「ふーん、そうなんだぁ。」
そう言いながら、やぐっちゃんは部屋に入ってきた。
「で、やぐっちゃん、突然何?」
「うん、裕ちゃんの部屋に遊びに行ったら、サヤカがいたんでね。じゃあ、ごっちんは独
りかぁって思ってねぇ。」
やぐっちゃんはベッドに腰かけた。
(こりゃぁ、すぐに帰ってくれるわけにはいきそうにないぞぉ。)
- 126 名前:第四章 投稿日:2001年09月02日(日)09時12分12秒
- 後藤はどのくらい、ボーっとしていたのだろう。やぐっちゃんは既にシャワーも終え、T
シャツの上にジャージという軽い格好だった。正直言って、可愛い。
「ん?何やってんのぉ。」
入り口近くでボーっと立っていた後藤にやぐっちゃんが話しかけてきた。
「えっ、あぁ、ちょっとびっくりして。」
「だって、ごっちんって、泊まりの時はいつもすぐに寝ちゃうし、もっとゆっくり話たい
なぁってね、先輩としても思ってるわけよ。明日には東京帰んなくちゃぁいけないし、で
ねって思って。」
「はぁ、ありがとうございます。」
ゆっくりとベットに近づいていって、さすがに横に座るのはマズイと思って、反対のベッ
トに座ろうとすると、
「いいじゃん。こっちに座りなよ。」
とやぐっちゃんの座っている横をポンポンと叩いた。
「そっちはサヤカのベットでしょ。乱したら、悪いし。それとも、一緒のベットで寝てる
とかぁ。」
「まさかぁ。」と大げさに首を振ったが。
「えっ、違うのぉ。サヤカって夜寂しいからって、電気つけっぱなしだし、オイラと同室
だった時なんか、一緒に寝てぇって、ベットの中に入ってきてたよ。」
(そんなの聞いてないぞ)
「あぁ、多分、後藤の前では意地張って、そんなとこ見せてないんっすよ。きっと。」
かまかけてるってのもあるので、そういう風に応えておいた。
「へへん、サヤカってごっちんの前では本当に強情だからねぇ。」
何がどう強情なのか聞きたかったけれど、それは飲み込んでやぐっちゃんの隣りに座った。
- 127 名前:第四章 投稿日:2001年09月02日(日)09時13分21秒
- 「ねぇ、ごっちんってさぁ、カッコいいよねぇ。」
「いやぁ、そんなことないよぉ。」
「でも、モテたんでしょ。」
「どうかなぁ。自分じゃ解んないっすよぉ。」
「だって、ジャニーズの誰かとも噂あるじゃない。」
「あぁ、追っ掛けしてたからねぇ。」
(なんか、マズい展開じゃない?)
やぐっちゃん、何か下向いて、モジモジしちゃってるし。
「あっ、私、そろそろシャワー浴びようかなぁ。」
そう言って、立ちあがった。
「うん、そうしなよ。ここで待ってるし。」
(待たれちゃダメじゃん。)
「じゃあ、ちょっと長いと思うけど。」
「うん、いいよ。テレビでも見てるからさぁ。」
「だいぶ長いかもしれないよ。後藤ってデカイからさぁ。」
「はは、確かにねぇ。オイラは三回擦ったら終わりだよ。って何言わすんだよぉ。」
ベタなボケにも笑顔を返しながら、とりあえず浴室へ。
そこで、ふと。
- 128 名前:第四章 投稿日:2001年09月02日(日)09時16分10秒
- 「ねえ、ごっちん。」
「ん?なあに?」
(やばい雰囲気、目を合わせちゃあダメだぞ。)
「ごっちんに相談というか、お願いがあるんだけど‥‥」
「そんな後藤じゃあ、頼りにならないよ。」
(マズイっすよぉー)
「ねぇ、ごっちん。オイラを見て!」
そう言って、やぐっちゃんは、後藤の肩を掴んで、振り向かせた。
そして、やぐっちゃんはジーッと後藤を見つめる。目を反らしたいが、そんな雰囲気じゃ
ない。
「ねぇ、後藤。オイラ‥‥」
と言われて、身体がビクンとなった瞬間。
- 129 名前:第四章 投稿日:2001年09月02日(日)09時17分16秒
「ただいまーっ」
市井ちゃんが部屋に入ってきた。
「ん?矢口。何してんのぉ。」
これで気まずくなって、やぐっちゃんも帰ってくれるはず。
「うん、ちょっと、オイラごっちんに用事があって‥‥。ちょうど良かった。サヤカにも
聞いてほしいんだけど。」
えっ、市井ちゃんが帰ってきたのに。こんなはずじゃあ。
「な、何だよ。改まって。」
市井ちゃんも動揺が隠せない。
「オイラ、オイラ、‥‥」
- 130 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月02日(日)09時20分05秒
- 作者です。
>>121
はい、そうです。次辺りで、そういった話が出てきます。
- 131 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月02日(日)18時18分11秒
- −市井視点−
ここは裕ちゃんの部屋だ。
今は「ピンチランナー」のロケに来ている。
本当は後藤と二人部屋なんだが、間違いがあっては困るので、裕ちゃんの部屋で寝ること
にしている。元々そういう段取りで事務所が用意してくれていたのだった。
ロケは今日で三日目。残り二日で、いったん東京に帰り、今度来るのは、駅伝参加の時だ。
撮影はあまり順調とは言えない。天候の影響がほとんどだが、後藤の演技の問題だ。いや、
演技力は充分ある。でなけりゃ、男の後藤が、女として娘。の中にいられはしない。しか
し、他の娘。ができることができなかったりする。本当は教育係のアタシが指導しなけれ
ばならないんだけど、それはできない。
でも、限界だ。
思いきって、裕ちゃんに相談することにした。
- 132 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月02日(日)18時18分56秒
- 「裕ちゃん。アタシ、娘。を辞めようって思うんだ。」
「サヤカ、急に何いうねん。」
裕ちゃんが恐い形相で叫ぶ。
「いや、急にじゃないんだ。ずっと考えてたんだ。」
「なんか、不満でもあるんかぁ。やっぱり、ごっちんのことかぁ。」
「うん」と頷いた。
「確かに、ごっちんのことでは迷惑かけてる。うちも力になってやれてない。でも、ごっ
ちんかて頑張ってるやないかぁ。そりゃぁ、他のメンバーとは同じようにはいかんやろぉ。
いかんけど、それに見合う分の苦労や努力をしてくれてる。うちはあの子の頑張りに応え
てやりたいんや。」
「うん、解ってる。だからさぁ、アタシ耐えられないんだよ。」
なんでだろう。涙が出てきた。昔の弱い市井に戻っちゃったかな。
- 133 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月02日(日)18時19分34秒
- 「後藤見ててね。すごいんだよ。頑張ってるし。弱音も吐かないし。それで、みんなの期
待にも充分にも応えてるし。すごいんだよ。」
「だったら、なんで、ごっちんを見捨てるような事を。」
「彩っぺの脱退あったじゃない。後藤も感じていると思うんだけど、あれは『恋愛禁止』
への警告だよね。だからさ、後藤との間に距離を置いたんだ。二人が必要以上に好意を持
たないようにってね。」
「あぁ、シャッフルの辺りやな。」
「うん、そう。あれも後藤と距離を置くきっかけにされたんじゃないかって、思ってる。」
「まぁ、そういう見方もできるかもなぁ。」
「それで、頑張って後藤を避けたんだよ。頑張ってね。冷たくしたんだよ。でもね、そん
時の後藤の寂しそうな顔が辛いんだよ。思わず、抱きしめてあげたいくらいなんだ。」
ダメだぁ。もう涙が止まらない。
「そうかぁ、そんなに苦しんどったんやなぁ。ねぇさん気付いてやれへんかったわぁ。ご
めんなぁ。」
「うううん、いいよ。裕ちゃんには、その代わりに後藤をフォローしてもらってたし。」
確かに、シャッフル以降でリハーサルで注意するのは、裕ちゃんがほとんどだった。本当
はアタシがやらないといけないのに。
- 134 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月02日(日)18時20分31秒
- 「サヤカの考えてることは、何となく解っとった。そやから、ごっちんとの仲に関しては
口出さへんかったし、うちでできることはさしてもろうたって思うとる。」
「うん、ありがとう。」
「そやから、何でサヤカが辞めんとあかんねぇ。」
「後藤が好きなんだよぉ。どうしようもないくらいに、後藤が好きなんだよ。わぁーっ」
アタシは気がついたら、裕ちゃんのヒザで泣いていた。
一頻り泣いてから、「ごめん」と言って、姿勢を正した。その時、
コンコン
誰かがドアをノックした。
「開いてるでぇ」裕ちゃんが応えてくれた。
誰かが入ってくる気配を感じたが、泣いてた顔を見られたくなくて、振りかえらずにいた。
「なんや、ごっちんかぁ。」
アタシは動揺のあまり、身体が固まってしまった。
(今の話、聞かれたんじゃ。)
- 135 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月02日(日)18時21分32秒
- 「うん、ちょっと演技のことで相談したかったんだけど‥‥」
「悪いなぁ。今晩はちょっと‥‥。」
と、裕ちゃんはアタシと目を合わせた。
「うん、そうみたいだね。ごめんね。」
「こっちこそ、ごめんなぁ。気ぃつけて帰りなぁ。誰も部屋入れんように。」
「うん、おやすみ。」
アタシは背中で大好きなアイツの声を聞いていた。
「行ったで。ほら、本人も昼間のこと気にして、何とかしようって頑張っとるんや。」
「うん。えらいよぉ。可愛いよぉ。」
「サヤカの考えてる事は解る。サヤカとごっちんが愛しおうたら、当然肉体関係の危険性
もある。それは、ごっちんが娘。を辞めなぁならんことにもなるし、グループ内の規律を
乱すことにもなる。それで後藤を苦しめるくらいなら、自分がって。そんなとこやろ。」
「うん、おおよそ、そんな感じ。」
「でもな、よく考えてみぃな。もし、サヤカが娘。辞めてみぃ。ごっちんはまず間違いな
く、自分の責任でサヤカが辞めるって思うやろ。そんな状態であいつが娘。を続けるって
思うかぁ。それで、サヤカの思いは遂げられるんかぁ。」
「それも考えたよ。だから、後藤には、アタシが後藤を愛したから、辞めるなんて、絶対
に言っちゃあいけない。もし、そんな事したら、裕ちゃんでも許さないからね。」
「うちがそんなアホな真似するかいな。」
「それは、そうだと思うよ。」
- 136 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月02日(日)18時22分57秒
- アタシは一回、大きく深呼吸した。そして、裕ちゃんの目を見た。赤かった。きっと、眠
いからだけではないだろう。ひょっとしたら、娘。の中で一番泣き虫なのは、後藤でもな
く、アタシでもなく、きっと裕ちゃんなんじゃないだろうか。それでも、頑張って、こん
なアタシを受け止めようとしてくれている。だから、アタシは安心して裕ちゃんにぶつか
れるんだ。
「裕ちゃん、アタシねぇ、夢があるんだ。そんな真剣に考えていなかったけど、でもやっ
ぱりやりたい夢。それはね、自分で歌を作って、自分で演奏して、自分で歌うこと。本当
に人に伝えたい気持ちを、自分の言葉で伝えたい。ってそう思ってたんだ。」
裕ちゃんは黙って頷いてくれた。
「その夢は、娘。を続けながらでも、できるかもしれない。だけど、真剣に勉強しようっ
て思ったら、もう始めないと間に合わないんじゃないかって。アタシの憧れの吉田美和さ
んみたいになろうって思ったら、このまま娘。続けて、忙しいままじゃあ、無理じゃない
かって。」
「そうかっ‥‥」
裕ちゃんの最後の方は声になっていなかった。
- 137 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月02日(日)18時23分58秒
- 「これは、後藤の代わりに辞めるために考えたんじゃない。ずーっと考えてたんだ。だけ
ど、後藤の頑張ってる姿見たから、アタシも真剣にならなきゃいけないって思ったのは事
実。だから、そういう意味では、後藤のせいって言うか、後藤のおかげ。」
「そうかっ‥‥。サヤカも大きくなったなぁ。」
「裕ちゃんのおかげだよ。」
「アホ、こんなとこでべんちゃら言うてどないすんねぇ。そんなんうちの結婚式まで取っ
といてぇ。」
「へっ、そんなのいつになるか解らないもんね。」
「アホ、言うかぁ。」
裕ちゃんは泣きながら、アタシの頭にゲンコツした。
「解った。そやけど、このことは他のメンバーにはどないする?」
「うん、もうちょっと、待ってて。明日、後藤に告げようと思う。そして、今まで冷たく
したことと、辞めることを謝る。そして、辞めた後はちゃんとした男と女として付き合い
たい事を伝える。そうしないといけないと思うんだ。」
「そうやな。」
「で、東京に戻って、つんくさんや和田さんに伝える。メンバーにはその後かなぁ。」
「ごっちん、大丈夫かなぁ。そんなん言われて、寝込むんちゃうやろな。」
「だから、お願いがあるんだ。」
- 138 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月02日(日)18時24分52秒
- *****
次の日、曇り空で風まであったので、みんなひどく寒がっていた。
そこで、
「いっちょ、おしくらまんじゅうでもしましょうか。」
と提案した。
みんなは大乗り気で賛成してくれたけど、後藤は恥ずかしがるだろうなって思ってたら、
やっぱり離れて見ていた。だから、
「後藤もおいでよ。」って声をかけた。
久し振りにアタシが声をかけたもんだから、不思議そうな顔して近づいてきやがった。思
いきって、腕を組んでやった。今晩、とても大切な事を告げなければならないんだ。この
くらいの事でオドオドしてどうする市井!
しかし、終わってみんなでじゃれてる時に、後藤が後ろから抱き付いてきたのには、びっ
くりした。だけど、そん時のアイツの顔見たら、何だか今までの自分が許せてもらえたよ
うな気がして、すっごい幸せな気分だった。
- 139 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月02日(日)18時26分07秒
- そして、その夜。各自、部屋に戻った後、アタシはいつものように裕ちゃんの部屋に行っ
た。後藤には未だ話していない。とりあえず、シャワーを浴びて、裕ちゃんの前で気持ち
を落ち着かせていた。これからのために。
アタシは裕ちゃんに、昼間のおしくらまんじゅうの話をした。後藤に抱きつかれた時に見
たアイツの表情も。
「サヤカぁ、大丈夫や。ごっちんを信用したりぃ。」
「うん、でも、もうちょっとだけ。」
そうこうしていると突然、アタシの携帯が鳴った。
なんで今ごろ?と、出てみると、
『やぐっちゃん。私、ジュース飲もうって思うんで、買っくるけど、やぐっちゃんはどう
する?』
後藤の声だ!矢口が?
『オイラはいいよ。それにジュースなら部屋の冷蔵庫にもあるじゃん。』
間違いない。矢口が後藤の部屋に来てるんだ。
- 140 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月02日(日)18時26分54秒
- 「裕ちゃん、どうしよう。」
「どうしようにも、行かなしゃあないやろ。」
「うん、でも‥‥」
「サヤカぁ、ごっちんを信じぃ。あとは覚悟決めるだけやで。」
「うん、解った。行くよ。」
そして、急いで後藤とアタシの部屋に行った。
コンコン
「ただいまーっ」
ドアを開けると、矢口に肩を掴まれて、見つめ合う後藤。アタシに気付いて、後藤の緊張
が緩むのが解った。
矢口、アタシの後藤を誘惑しようったって、許さないからね。へん、アタシが帰ってきた
んだから、矢口も尻尾まいて帰るぜ。きっと。
「ん?矢口。何してんのぉ。」
「うん、ちょっと、オイラごっちんに用事があって‥‥。ちょうど良かった。サヤカにも
聞いてほしいんだけど。」
あれっ、こんなはずじゃあ‥‥
「な、何だよ。改まって。」
「オイラ、オイラ ‥‥」
- 141 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月02日(日)18時28分22秒
- 作者です。
遂に市井が脱退を告げました。
後藤には告げられるのか。はたまた、矢口の動向は?
- 142 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月03日(月)03時50分02秒
- 矢口のセリフ……作者さん、ひっぱりますね〜(w
- 143 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月03日(月)19時51分18秒
- 「金髪にしようと思うんだけど、どうかな?」
「「へ?」」
「いやぁ、ごっちんって、入った時、金髪だったじゃない。すっごくカッコよかったんだ
よね。オイラもあんなのになれないかなぁって。圭ちゃんやカオリに相談しても、笑われ
そうでさぁ。だったら、金髪だったごっちんに聞いてみるのが一番かなぁって。で、どう?」
「う、うん、後藤的には、やぐっちゃんの金髪は悪くないと思うよ。」
「うん、市井的にも、似合うじゃないかなぁって。」
「そう。そう思う。やったぁ。なんかねぇ、ごっちんに相談してみたくても、いざ言うと
なると恥ずかしくなってさぁ。言い出しそびれてたんだよねぇ。良かったぁ。これで安心
して寝れるよ。」
そう言いながら、嬉しそうに矢口は帰っていった。
アタシは後藤と顔を見合わせて、ほーっと一息。
だけど、落ち着いたら、ちょっと腹が立ってきた。
- 144 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月03日(月)19時52分12秒
- 「なんで、矢口を部屋に入れたんだよ。」
「ゴメン、昼間のこと考えてたら、不意にノックされて、思わずハーイって返事しちゃった。」
後藤のやつ、えらく小さくなって。ちょっとイジワル心が出てきた。
「何だよ。さっきなんか、矢口と見つめ合っちゃったりしてさぁ、まんざらじゃ、なさそ
うだったよね。」
「うううん、そんな事ない。確かにやぐっちゃんは可愛いと思ったけど。」
「どうせ、襲われちゃう。なんて、喜んでたんだろ。」
「そんな事ないよ。もし、そんな事なったら、娘。でいられないし。」
「だって、黙ってたら、解んないよ。」
「そんな気だったら、市井ちゃんに電話しないよ。」
やっぱり、あれは後藤が、矢口が部屋に来ている事をアタシに知らせるために電話してき
たんだ。
「だったら、なんで裕ちゃんじゃないのよ。」
「解んないけど、市井ちゃんに来て欲しかったから。」
「えっ、アタシにっ」
「うん、裕ちゃんでも何とかしてくれたと思うけど、やっぱり市井ちゃんに来てほしかっ
たから‥‥。」
あぁ、やっぱりこいつには勝てねぇや。アタシはベットに腰を下ろした。
- 145 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月03日(月)19時53分04秒
- 「ホントにゴメン。でも、もう大丈夫だから。」
「お風呂まだなんだろう。それまで待っててやるよ。」
「でも‥‥」
「ばか、覗いたりしないよぉ。」
「じゃあ、ゴメン」
と言って、後藤は浴室に入っていった。
アタシはそちらを見ないようにしながら、これからの事を考えた。
「スイマセン」
20分ほどで後藤は出てきた。
「早いねぇ。」
アタシはやはり振り向かず、応えた。
「あっ、もう大丈夫だよ。」
後藤が言うので、振りかえると、そこにはメークを落とした男姿の後藤がいた。といって
もジャージにTシャツだから、普段とそんなに違和感はなかったけど、カッコいい奴は女
が男に変わっても、やはり魅力があるようだ。顔がほてっていくのが解った。
- 146 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月03日(月)19時53分45秒
- 「もう、裕ちゃんとこ。戻るんでしょ。」
「うーん、でも、もうちょっと後藤と話しようかなぁって。最近全然だったしさぁ。」
後藤が弱々しく頷いた。相変わらずのポーカーフェースめ、表情が読めん。
何を話そうか。最近頑張ってるねぇ。いや、ここの演技はこうした方がいいとか。
ダメだ。そんな事いってたら、本当に言わないといけない事が言えなくなる。
「あっ、後藤ってさぁ、アタシのこと、どうなの?」
「えっ、どうって言われても、凄く感謝してるし、尊敬してるよ。」
「そういう意味じゃなくて‥‥、男と女として‥‥というかぁ。」
言っちゃったぁ。恥ずかしくて、耳まで熱いよ。ちらっと、後藤の様子を覗いてみたが、
さすがに焦っている。
- 147 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月03日(月)19時54分42秒
- 「あのう、うまく言えないんだけど、‥‥好きです。」
「そうっかぁ。嬉しいよ。アタシも後藤が好きだよ。メンバーとしてじゃなく、妹として
でもなく、本物の後藤のことがね。」
「でも、最近ずーっと相手にしてくれなかったし、避けられてたから、やっぱ嫌がられて
るのかなぁって思ってた。迷惑ばっかりかけてたし。」
「うん、アタシもね、今の気持ちのままが不安だったし、好きになっても大丈夫かなぁっ
てね。下手したら、後藤は娘。辞めちゃうことになるし、それも嫌だったから、無理に冷
たくしていた。ゴメンね。」
「うん、正直凄く寂しかったし、楽屋で誰とも話しできない時なんか、とっても辛かった
けど、泣き言言うのが情けなくて。」
「うん、解ってたよ。後藤にはアタシらが裕ちゃん達とうまくいかなかった時みたいに相
談できる同期もいないし、辛い思いさせたと思ってる。ホント、ごめん。」
「裕ちゃんと圭ちゃんに色々と励ましてもらったから。」
「そうだね。裕ちゃんには夕べ謝っといたから、今度は圭ちゃんに謝らないと。」
「あっ、じゃあ、夕べはその話しをしてたんだぁ。」
「うん、そんな話しもしてた。」
アタシは昨日の裕ちゃんの顔を思い浮かべた。そして、これから言わなければならない事
を‥‥。アタシは自分を振いたたせた。
- 148 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月03日(月)19時55分38秒
- 「後藤!」
「ん?」
後藤と目が合った。その純粋な瞳にアタシはしばし固まった。
「寝よぉか」
「そうだね。‥‥もう、行っちゃうんだ。」
後藤は寂しそうにうつむいた。
「うううん、アタシは今晩はここで寝るんだぁ。」
「へっ?」
「夕べ、裕ちゃんにお願いしたんだ。朝まで、後藤といさせてくれって。」
「でも、市井ちゃん。独りじゃ寝られないって。」
「誰から聞いた?」
「さっき、やぐっちゃんが。」
余計なことを。最初っからそのつもりだったけど、突然入っていって、脅かしてやろうっ
て企んでいたのに。まぁいいかぁ。
「じゃあ、後藤。一緒に寝よぉ。」
「ちょっと、待って。後藤何もする気ないけど、何かの間違いってあるかも。」
「大丈夫だよ。アタシは後藤を信じてる。もし、間違いがあったとしても、それは間違い
じゃないよ。」
- 149 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月03日(月)19時57分28秒
- しばらく、後藤は黙ってうつむいていたが、
「市井ちゃん。気持ちはとても嬉しい。本当は、すぐにでも飛びつきたいくらいなんだけ
ど、今それをやってしまったら、これから先我慢できる自信がない。ひょっとしたら、市
井ちゃん以外のメンバーや娘。以外からもそういう状況があった時にも我慢できる自信が
ない。だから、今は我慢する。市井ちゃんのこと本当好きだから、我慢する。」
後藤はうつむいたまま、そう告げた。
「解ったよ。気持ちはうれしい。だけど、お願いだから、一緒に寝て。そばにいてくれる
だけで、いいからさぁ。」
そう言いながら、アタシは後藤に身体を預け、一緒にベットに入った。
- 150 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月03日(月)19時58分36秒
- 「後藤、聞いてくれるかなぁ。」
「ん、なぁに?」
今、ベットの中で後藤の顔はアタシの目の前ある。
「アタシの夢。」
「市井ちゃんの夢?」
「そう。アタシの夢はね。シンガーソングライター。吉田美和さんが好きってのは知って
るよね。あぁいう風になりたいんだぁ。」
「ふーん、そうなんだぁ。」
「自分の言葉で、自分の音楽で、自分の気持ちをみんなに伝えたい。ひょっとしたら、今
の娘。みたいに大勢の人を喜ばせることはできないかもしれない。だけど、たった一人で
も、アタシの言葉に、アタシの音楽に感動してもらえてら、最高かなぁって。」
「市井ちゃんなら、大丈夫だよ。」
「いや、ダメだよ。まだ、無理だ。」
「そんな弱気になっちゃって。」
「今のところはまだダメ。でも絶対に叶えたいんだ。」
「うん、後藤も応援するよ。」
「本当に?」
「本当だよ。」
「じゃあ、落ち着いて聞いてくれるかなぁ。」
アタシは思わず後藤の手を握り締めた。後藤にも動揺が走ってるのが解る。
「アタシ、娘。を辞めたいんだ。」
- 151 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月03日(月)20時02分04秒
- 作者です。
矢口には、本当に誘惑してもらおうかとも思ったのですが、ここで気まずくなると、今後の
展開に苦労しそうなので、ベタなオチにしてしまいました。
さて、市井は脱退を告げました。後藤の反応は?
そして、二人はベッドの中。
- 152 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月04日(火)19時29分59秒
- ガバッ!
後藤が急に起き上がって、アタシを見下ろしていた。
「なんで‥‥?」
「アタシの夢だから。」
「後藤が邪魔だから‥‥?」
「違う。それは絶対に違う。」
「でも‥‥それだったら、今のままでも‥‥」
握り締めた手が震えているのが解る。アタシも起きあがって、後藤の手をアタシの胸元に
持ってきた。
「確かに、今のままでもできるかもしれない。だけど、今の娘。活動続けていたら、勉強
なんてやってる余裕ないんだよ。もし、本当に夢を叶えるなら、今から勉強をはじめなけ
れば遅いんだ。だから‥‥。」
後藤は目にいっぱいの涙を溜めながら、アタシを見ている。
「だって、いつもそばにいてくれるって、約束してくれたじゃないですか。他のメンバー
がいなくなっても、市井ちゃんだけは最後まで、後藤を守ってくれるって、言ったじゃな
いですか。昨日まで、ずーっと遠くに感じてて、やっとそばに来てくれるって解ったら、
今度はいなくなるだなんて、そんなのないよぉ。」
遂に、後藤は下を向いて肩を振わせた。アタシの胸元にある手を振り切ろうとするが、ア
タシはそれを許さない。必死でその手を握り返す。
- 153 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月04日(火)19時38分55秒
- 「いなくなるんじゃない。アタシはいつでも後藤のそばにいるよ。だって、約束したじゃ
ない。後藤にこれ以上悲しい思いはさせないって。」
「だって、市井ちゃんが辞めるなんて、悲し過ぎるよ。」
「じゃあ、何かい、アタシが娘。を辞めちゃったら、後藤はアタシをメンバーだって、認
めないのかい?この市井を仲間だとは思ってくれないのかい?」
それを聞いて、後藤は真っ赤になった目のまま、アタシを見つめてきた。昨日の裕ちゃん
と同じ目だ。
「アタシは、明日香や彩っぺの脱退を経験してきた。だけど、今でも仲間だって思ってる。
アタシだけじゃない。他のメンバーもみんな同じ気持ちだよ。」
「うん、後藤も彩っぺが辞めた時、凄く悲しかった。本当に短い間だけど、すごい優しく
してもらったし、お世話してもらったから、今でも仲間って言いたい。」
「そう。今はメンバー7人だけど、ステージとかで歌う時は、明日香や彩っぺも一緒で、
9人で歌ってるんだよ。それは、明日香達が歌っていたパートは圭ちゃんが引き継いだり
してるけど、明日香が歌っていた時の思いもみんなの気持ちの中で生きているんだ。これ
はメンバーが追加されても同じ。3人追加されて、その時は9人かもしれないけど、アタ
シらの思いも含めて、モーニング娘。は12人だって。」
- 154 名前:第四章(市井) 投稿日:2001年09月04日(火)19時39分31秒
- 後藤は何も喋らず、しばらくシャックリを繰り返していたが、
「うん、解った。後藤は市井ちゃんを応援するって約束する。だから、もう何も言わない。
だからさぁ、ずーっとそばにいてくれるって約束して。」
「ありがとう!」
アタシは思わずそう言って、後藤の首に抱きついた。そして‥‥、そして‥‥、
アタシは後藤に唇を合わせた。後藤はアタシの背中を強く抱きしめてくれた。
- 155 名前:第四章(後藤) 投稿日:2001年09月04日(火)19時40分30秒
- −後藤視点−
「市井ちゃん、反則だよ。後藤、我慢するって約束したのに。決意が鈍るじゃんかぁ。」
「へっへっ、鈍ってもいいよ。」
そんな事言われたら、本当に押し倒そうになったけど、本当に本当に必死で耐えた。まさ
に地獄の苦しみ。
そして、何とか持ちこたえて、市井ちゃんの腕を取って、もう一度ベットの中にもぐった。
「後藤って、さっきの、ひょっとして‥‥」
間近の距離で市井ちゃんが聞いてきた。
「うん、ファースト。」
「へっへっ、後藤のファースト。ゲットだぜぇ。」
「市井ちゃんのは?」
「裕ちゃん。」
「くっそ〜。」
「でも、アタシからしたのは後藤が初めて。」
そう言うと、さっと顔を近づけてきて、もう一度キスされた。
「へっへっ、セカンドもゲットぉ。」
それからしばらく、お互いの夢について語り合ったが、気がついたらお互いに抱き合った
まま朝を迎えていた。もちろん、服は着たままだよ。
- 156 名前:第四章(後藤) 投稿日:2001年09月04日(火)19時41分12秒
- ロケはその日で終了。東京に戻って、テレビ、ラジオ、新曲のレッスン、撮影と忙しい
日々は続く。
その間に市井ちゃんはつんくさんに脱退の意向を告げたらしい。5月のツアーの最終まで
で決まったって聞いた。
市井ちゃんはやっぱり強い。そんな中でもちゃんと仕事をこなしている。いや、最後が見
えているから、余計に気合が入っているのかもしれない。
東京に戻って、最初のラジオの日だった。前の仕事からの移動で、時間に余裕があったん
だけど、急に圭ちゃんに呼び出された。朝から様子が変だとは思っていたけど。
「後藤、アンタ、サヤカが辞めるって件、聞いてるんだってぇ。」
「えっ、あぁ、はいっ」
「いいわよ。別に怒ってないし。ただね、アタシより先に後藤だったってのがね、ちょっ
とショックだったかなぁ。」
圭ちゃんは後ろを向いたまま、天井を見上げてた。きっと、あの鋭い目がうるうるしてる
んだろう。
「あのーっ、市井ちゃんは何か‥‥」
「言ってたわよ。サヤカが辞めるのは、後藤のせいだって。」
「ええっ」
「アンタのさぁ、頑張っている姿とかさぁ、笑っている姿とかさぁ、見せられたら、頑張
らないわけにはいかないってさぁ。後藤なんかに負けてられるかって。」
「‥‥そうですか。」
「そんなこと言われたら、アタシだって負けてられないでしょ。」
「えっ、まさか圭ちゃんまで。」
「アタシはまだ独りでやれる力はないよ。サヤカほど強くもないしね。アタシの仕事は、
娘。をもっと良くすること。だからさぁ、アンタも頑張んなさいよ。」
「うん、解った。」
「ぼやぼやしてたら、今度入る新メンに追い越されるわよ。」
- 157 名前:第四章(後藤) 投稿日:2001年09月04日(火)19時42分32秒
- 裕ちゃんも後藤の様子を伺ってくれてるのは、解っていた。だけど、他のメンバーと一緒
のことが多かったので、ゆっくり話す機会がなかったけど、圭ちゃんから話しを聞いた翌
日、やっと話しができた。
「ごっちん、大丈夫そうやな。」
「うん、裕ちゃんが心配してくれてたのは気付いてたけど、他の知らないメンバーの手前
ね。」
「うん、うちも早いとこ、様子を聞いときたかったけど、申し訳ない。」
「大丈夫だよ。ちゃんと市井ちゃんのこと応援できるって。うん、大丈夫。」
「そうかぁ。ごっちんも強うなったなぁ。」
「うん、後藤には裕ちゃんもいてくれるし、他のメンバーもいてくれる。それに、娘。辞
めたからって、仲間じゃなくなるんじゃないし。」
「うんうん、ごっちんも同じやで。ごっちんがどんな状況で辞めるようなことがあっても、
ずーっと仲間やからなぁ。」
「うん、ありがとう。」
「そやけど、早まらんといてなぁ。ねぇさん、むっちゃ悲しいからな。」
裕ちゃんの目が潤んでいた。市井ちゃんの件で、一番悲しんで、一番心を痛めているのは、
きっと裕ちゃんなんだろう。だけど、それを出すことなく、仕事を続けている。市井ちゃ
んよりも強い。やっぱ、信頼できるリーダーだね。
- 158 名前:第四章(後藤) 投稿日:2001年09月04日(火)19時43分29秒
- メンバー全員に伝えられたのは、駅伝の前日だった。タスキを繋ぐのに、気持ちの中にわ
だかまりを残していたくないため、という名目で、裕ちゃんの提案で告白大会を実施した
んだけど、そこで市井ちゃんからみんなに報告された。そんなことされたら、後藤の秘密
も言わなきゃならないのって思ったけど、なるべく、市井ちゃんがみんなに言える環境を
っていう裕ちゃんの気配りだった。言うのも裕ちゃんからの年齢順だったから、後藤の前
の市井ちゃんで続けれる状況じゃなくなったので、後藤までは回ってこなかった。
市井ちゃんが「娘。を辞めます」って言ったら、カオリとやぐっちゃんが大泣きしだして、
裕ちゃんと圭ちゃんが必死になだめていた。だけど、なっちの言葉で、みんなは市井ちゃ
んの思いに従う気持ちになった。
「サヤカは大きくなるために、モーニングを飛び出すんだ。モーニングの枠では、サヤカ
は収まらないんだよ。それは、モーニングが悪いんでもない。サヤカが悪いんでもない。
だけど、サヤカが大きくなることを私達が止めることはできない。サヤカが大きくなるこ
とを応援しなくちゃあいけない。だって、仲間なんだもん。」
それを聞いて、カオリもやぐっちゃんも市井ちゃんに抱きついて、応援の言葉を贈ってい
た。なっちは後藤のことも気遣ってくれていたようだけど、後藤の笑顔を見て安心したよ
うで、ニッコリと微笑んでくれた。なっちも他のメンバーに負けない位に辛いだろう。な
のに、常に笑っていられる。やっぱり、なっちも強いんだ。
- 159 名前:第四章(後藤) 投稿日:2001年09月04日(火)19時44分11秒
- まだ泣いていたカオリを裕ちゃんが、やぐっちゃんを圭ちゃんと市井ちゃんが送っていっ
た。なっちと後藤が残った。
「ごっちん、強くなったね。」
「うううん、後藤もだいぶ泣いたし。もう全部泣いちゃったから。」
「そうか。ちょっと安心した。」
そう言うと、なっちは後藤にもたれかかってきた。
「だったら、なっちも‥‥。泣いても‥‥、いいよね。」
そして、なっちは後藤の胸に顔を埋めて、泣き出したのだった。後藤はなっちの肩を抱い
て、それを受け止めた。
(市井ちゃん。いいよね。今だけ。今だけ。)
- 160 名前:第四章(後藤) 投稿日:2001年09月04日(火)19時45分20秒
- みんなの哀しみを胸に、次の日の駅伝を走った。多くのギャラリーを引き連れながら、ア
ンカーのなっちはゴールし、無事完走を果たした。そして、あらためてメンバーの絆を強
めた。そう確信したのだった。
その後、よっすぃー達4人のメンバーの追加が発表され、ほぼ同時に市井ちゃんの脱退が
発表された。メンバー追加に合わせて出された新曲「ハッピーサマーウェディング」は、
市井ちゃんのラストと彩っぺへのお祝いソングという話題性もあって、人気を呼んだ。
おかげで、テレビ、ラジオと超多忙なスケジュールに合わせて、新メンの加護の教育係と
して(こいつがまた厄介だった)指導しなければならないため、余裕のない日々で、市井
ちゃんと一緒に活動できるのがどのくらい残っているのかなんて、考える余裕もなかった
のだが、
- 161 名前:第四章(後藤) 投稿日:2001年09月04日(火)19時46分58秒
- 「えーっ、今日がサヤカがプッチモニダイバーをラストの日です。」
後藤が市井ちゃんと圭ちゃんと三人で頑張ってきた、ラジオのラストの日を迎えたのです。
圭ちゃんと後藤は、市井ちゃんに内緒で手紙を書いてきたのだ。それを番組中で読んだん
だけど、
『いやータイヘンんだったけど、プッチいろいろとたのしかったねー。‥‥』
手紙を読みながら、様々なシーンが思い出された。
初めて紹介されて、裕ちゃんの後ろから出てきたシーン。
初のレッスンで遅れて、怒られたシーン。
「LOVEマシーン」のレコーディングで頭を抱いてもらったシーン。
顔見世の横浜アリーナで横で踊ってもらったシーン。
「LOVEマシーン」初披露で、みんなで手を合わせたシーン。
ライブフル参加でレッスンに付き合ってもらったシーン。
事務所で、後藤を娘。続けさせてくださいとお願いしてくれたシーン。
プッチモニのミニ合宿で冷えピタしながら踊っているシーン。
そして、静かに寝ている寝顔。
「LOVEマシーン」や「ちょこっとLOVE」のヒットをみんなで喜んでいるシーン。
不安だった後藤に「ずっとそばにいるよ」って言ってもらったシーン。
シャッフルの歌入れで見たあの笑顔。
そして、冷たくされていた日々。
ロケの時に後ろから抱き付いた時の幸せそうな笑顔。
そして、その夜の二人。
- 162 名前:第四章(後藤) 投稿日:2001年09月04日(火)19時48分14秒
- 様々な場面が一気に後藤の中を駆け巡った。
『ちゃんと育っていったのも、プッチモニのおかげだあー 』
我慢できずに、涙が溢れ出した。
「頑張って読みなさい。」
市井ちゃんが応援してくれたので、切れ切れだったけどなんとか頑張って、読むことがで
きた。
「鼻水でちゃったぁ!」って何とか自分をごまかしたりしながら。
だけど、これで全部悲しみは吐き出せた。本当に心から応援するつもりで、市井ちゃんを
送り出すことができる。後藤は強くなったのだ。後藤も頑張るから、市井ちゃんもね。
そして、ツアーにテレビにと、市井ちゃんのラストを話題にした企画がいくつもあったけ
ど、みんなが前向きな気持ちで取り組んでいった。
- 163 名前:第四章(後藤) 投稿日:2001年09月04日(火)19時49分09秒
- *****
そして、5月21日 日本武道館
『コングラッチュレーショーン!』
オープニングの『ハピサマ』でラストのステージは始まった。
MCでは、
「この会場がぶっ壊れるくらいの声援をよろしく!」
市井ちゃんらしい挨拶だ。笑ってしまったよ。でも後藤には余裕はそんなにない。だって、
自分の挨拶でもいっぱいいっぱいなのに、新メンの紹介もしなけりゃならない。まぁ、梨
華ちゃんの名前を呼ぶだけだから、後藤でも何とかなったけどね。
市井ちゃんとの最後の「ちょこっとLOVE」。泣いちゃうかなって思ったけど、ラジオで泣
いたおかげで大丈夫だった。圭ちゃんの「プッチモニはずーっと三人です。」には、ちょ
っと危なかったけど。
そして、メンバー全員から市井ちゃんに花束を贈る時、
「市井ちゃん、待ってるよ。絶対に夢叶えて帰ってきてね。」
そして、市井ちゃんに花束を渡す。ってのが、後藤の中での予定だった。
市井ちゃんは夢を追い掛けるんだ。そして、絶対に帰ってくるんだ。帰ってきたら、今度
は同じグループとしてではないかもしれないけど、一緒に歌ったり踊ったりできるんだ。
市井ちゃんも頑張るから、後藤も頑張る。そして、大好きだよ。これからも、ずーっと一
緒だよ。寂しくなんかないよ。悲しくなんかないよ。泣かないよ。市井ちゃんが大好きな
後藤は‥‥
花束を渡したら、市井ちゃんが頭を撫でてくれた。
「うぇ〜ん!」
やっぱり‥‥、悲しかった。
- 164 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月04日(火)19時51分41秒
- 作者です。
今回、市井視点と後藤視点が混ざって、混乱させたかもしれません。
第四章(市井)と第四章(後藤)で区別してください。
- 165 名前:第四章(後藤) 投稿日:2001年09月05日(水)19時40分17秒
- *****
後藤が市井ちゃんを愛したために、市井ちゃんは娘。辞めていった。理由はそれだけじゃ
ない。夢をおいかけるというのも事実だろう。だけど、後藤が愛することさえしなければ、
辞めることなんて考えなかったかもしれない。
あんな悲しい思いは、もう嫌だ!
今、後藤の腕の中で眠る梨華ちゃんの顔を眺めながら、自分の愛しい思いを立ちきった。
それが、想像以上に辛かったのは、その寝顔がかつての市井ちゃんの面影があったからか
もしれない。
- 166 名前:第四章(後藤) 投稿日:2001年09月05日(水)19時41分01秒
- 30分程たったろうか。
「うーん、あっ、ゴメン。どのくらい寝てたぁ。」
お姫様のお寝覚めだ。
「うん、ちょっとだけだよ。」
梨華ちゃんは安心したように微笑んだ。
「あのね、ごっちん。聞いてくれる?私ねぇ、夢を見たの。王子様の夢。」
また、梨華ちゃんらしいな。
「白馬に乗った王子様でねぇ、私のことを抱き上げてくれてるのぉ。」
ふんふん
「でもね、王子様って男の人なのにぃ、顔を見たらねぇ、ごっちんだったのぉ。」
ズルッ。そういうオチかい。って言うならこっちも。
「だったら、お姫様は王子様のキスで目覚めなきゃ。」
ってね。
「うん、そうだね。」
って、目を閉じるなよ。梨華ちゃん。
- 167 名前:第四章(後藤) 投稿日:2001年09月05日(水)19時42分01秒
- 「梨華ちゃん。冗談だよ。もうすぐ収録始まっちゃうよ。」
後藤がしきりにゆすってみたけど、目を開ける気配がない。
10分ほど経過した。マジで収録にヤバイ。
(市井ちゃん。ゴメン。)
後藤は仕方なしに梨華ちゃんの唇にキスをした。
「やっとキスしてくれたのね。王子様。」
梨華ちゃんが後藤の首に抱き付いてきた。
「ハイハイ。もう時間だから、急ごうよ。」
そう言って、立ちあがると、アッチャー。そこにいるのは裕ちゃんじゃん。
「あっ、中澤さーん。ごめんなさーい。」
裕ちゃんの隣を通り過ぎる梨華ちゃんを追うようにして、後藤も裕ちゃんの横を。
通り過ぎる間際に小声で、
「見た?」
「見たでぇ。」
「不可抗力だからね。」
そう言い残して、楽屋へすっ飛んでいったのだった。
- 168 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月05日(水)19時48分53秒
- 作者です。第四章終了です。
内容的には、40%くらいですが、ボリューム的には50%くらい。
実際には、残り4分の1が書けてないので、どのくらいのボリュームになるか。ですが。
書きながら、感情移入してしまったので、あまり冷静に見れていません。
まだ読んでいただいている方には、読みにくくて申し訳ないです。
- 169 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月05日(水)20時15分29秒
- 作者です。
申し訳ないです。アップミスがありました。
127と128の間に、次のを入れてください。ごめんなさい。
- 170 名前:第四章 投稿日:2001年09月05日(水)20時17分43秒
- 「やぐっちゃん。私、ジュース飲もうって思うんで、買っくるけど、やぐっちゃんは
どうする?」
と浴室から大きな声で呼びかけた。
「オイラはいいよ。それにジュースなら部屋の冷蔵庫にもあるじゃん。」
「へっ!」と言って、後藤が浴室から顔を出す。
「ほらぁ、ここ。」
「あっ、だって後藤の飲みたいの、そこにないし。」
「えっ、でも自動販売機に行っても同じのしかないよ。」
「あっ、そうなんだ。」
「だから、早くシャワー浴びちゃえば。」
「うん、あっ、テレビ何やってんのぉ?」
「えっ、ニュースかなぁ。」
「もうすぐ天気予報だよね。それまで見せて。」
「なに、天気なんか気にしてんのぉ。晴れだよ。晴れ。」
「でも、ロケん時に心配じゃん。」
「心配ないって。」
「いいから、いいから。」
と、テレビに近づく。
フンフンフン
- 171 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月05日(水)20時19分37秒
- 作者です。
ほんとにほんとに、ごめんなさい。
- 172 名前:第五章 投稿日:2001年09月06日(木)18時53分13秒
「よっ、親友!」
「よっ、悪友!」
これが最近の後藤とよっすぃーとの間でのお決まりの挨拶だ。
よっすぃーとは今も仲は良い。しかし、加入当時から仲良かったわけではない。
後藤は、初めての後輩としての戸惑いがあったし、よっすぃーはオーディション当時から
「ライバルは後藤さんです」と明言していたため、そういう目で意識していたんだろう。
しばらくはしっくりしていなかった。
うん、確かに、加護は後藤が教育係だし、梨華ちゃんは積極的に先輩達に絡もうとしてた
し(空周りもあったけど)、辻も「後藤さんに憧れてましたぁ」なんて来るから、可愛が
っていたけど、‥‥よっすぃーだけは、今思うと、緊張感に溢れていた。
よっすぃーはオーディションでも「天才的に可愛い」とか言われて、評判高かったし、4
人の中では、鳴り物入りで入ったって感じだったから、本人もかなり意識していたんだろ
う。
本当は、不器用で、臆病で、だけどとっても純粋で優しい女の子なのに。
- 173 名前:第五章 投稿日:2001年09月06日(木)18時54分19秒
- *****
「ごっちん、明日のオフさぁ、一緒に買い物行こうよ。」
やぐっちゃんから誘われたのは、市井ちゃんが脱退して間もない頃だった。
事務所との相談で、後藤が時々渋谷辺りに買い物に来てる。っていう評判があった方が、
女の子としては自然だろう。という話で、オフにも頻繁に出かけていた。
正直、その頃はプライベートも女のままでいた。でないと、男と女の生活を繰り返してい
たりすると、ちょっとした気の緩みで、男が出たらマズイという判断からだった。
そういう意味では、この頃には、かなり女に近づいていたとも言える。
やぐっちぁんとは、メンバーの中でも仲が良い方だったが、こと更買い物に関しては、よ
く付き合った。市井ちゃんは、あんまり長時間外出するのは好きでなかったし、圭ちゃん
やカオリ達とは趣味が合わなかった。ましてや、裕ちゃんは体力的に無理がある。やぐっ
ちぁんが一番、付合いやすかったわけだ。
その日、やぐっちぁんが誘ってくれたのは、市井ちゃんの脱退で後藤が落ち込んでるだろ
うってことで、気晴らしにでもという優しさだろう。やぐっちぁんだって、仲良かったか
ら、平気じゃなかったと思うけど。
- 174 名前:第五章 投稿日:2001年09月06日(木)18時55分20秒
- 約束通り、いつもの待ち合わせ場所に(ちょっと遅れたけど)、行くと‥‥ん?
「あれっ!よっすぃー。」
「あっ、後藤さん。おはようございます。」
もうお昼なのに、業界挨拶が身についちゃったのね。
「あぁ、ごっちん。今日はよっすぃーも一緒だけど、いいよねぇ。」
「うん、別にいいけど。」
それから、三人はしばらくショピングを楽しんだ。といっても、大半はやぐっちぁんの買
い物で、よっすぃーは荷物持ちだった。やぐっちぁんの勢いに圧倒されて、後藤は自分の
買い物も忘れてしまうくらいだった。
「やぐっちぁん、こんなに持たせたら、よっすぃー可哀相だよ。」
「大丈夫です。後藤さん。アタシ、体力あるんで。」
そう言いながら、健気にやぐっちぁんに付き合うよっすぃーをさすがに見かねたのか、
「じゃあ、そこでちょっと休憩しようかぁ。」
と言って、やぐっちぁんは落ち着いた雰囲気の喫茶店に入っていった。
- 175 名前:第五章 投稿日:2001年09月06日(木)18時56分14秒
- 喫茶店が静かだったので、あまり大騒ぎするのは気がひけたのだけど、しばらくは三人で
しゃべり合っていた。といっても、ほとんどはやぐっちぁんと後藤ばかりで、よっすぃー
は相槌ばかりだった。話題がよっすぃーの事になると、真っ赤になって俯きながら、必死
に応えているのが、変に可愛らしかった。
1時間ほど休憩した後、再度はっしーん。
と、思ったが、既に買い物をする気力を失っていた後藤は、売り場を前にして、
「ゴメン、やぐっちぁん。もうちょっとここで見てるよ。ゆっくりどうぞ。よっすぃーも
ここで待ってたら。」
「うん、じゃあ、ここで待っててね。」
そう言って、やぐっちゃんは二人を残して入っていった。
- 176 名前:第五章 投稿日:2001年09月06日(木)18時56分58秒
- 「座ろうかっ。」
近くのベンチに誘った。
「はいっ」
よっすぃーはいっぱいの荷物を持ちながら、ベンチに座ろうとした。
二つ並んだベンチの片方に後藤が座る。よっすぃーはもう一方に座ろうとするが、持って
いた荷物でベンチがいっぱいになり、座れなくてオロオロしている。
そんな様子が可笑しくて、
「ハハハ」
後藤は笑いながら、隣を指差した。
「すいません。後藤さん。」
よっすぃーが座ってきた。
「ごっちんでいいよ。」
「でも、先輩ですし‥‥」
「はは、そんなの気にしていないし。それに同い年じゃん。」
「でも‥‥、なんか‥‥。」
そのオロオロしている様子が、かつてプッチモニのミニ合宿の時に、圭ちゃんに「男っぽ
いよねぇ」と言われたことを思い出した。
「よっすぃーって、けっこう男っぽいよねー。」
「は、はい。よく言われます。男気があるって。」
「実は、男だったりしてぇ。」
「そんなことないです。絶対に。」
手をバタバタさせながら、否定している姿が面白い。
- 177 名前:第五章 投稿日:2001年09月06日(木)18時57分58秒
- 「ふっふっ、よっすぃーって面白いねぇ。」
「ご、ごっちんだって、」
「あは、ごっちんって言ってくれた。」
「あっ、何て言うか、勢いというか‥‥。」
「よっすぃーって可愛いね。」
あらあら、顔を真っ赤にしてうつむいちゃった。
「よっすぃーは、いいねぇ。」
「へっ?」
「あんな、いい教育係がいて。仲のいい同期がいて。」
「ごっちん‥‥。」
そう、後藤には元々同期なんかいなかったし、教育係も‥‥。
メンバーとは確かに仲はいいし、信頼関係もできてるけど、特別な関係ってない。まぁ、
秘密を知ってる裕ちゃんってのはあるけど。
やっぱ、寂しいよ‥…。市井ちゃん。
- 178 名前:第五章 投稿日:2001年09月06日(木)18時59分19秒
- 「アタシじゃ、ダメかなぁ‥‥。」
「えっ?」
よく聞こえなかった。考え事してたから。
「アタシじゃ、ダメかなぁ。同期じゃないし、教育係でもないけど。‥‥あっ、そうだ!
同い年だから。ごっちんと同い年ってアタシだけじゃん。」
正確にいうと、梨華ちゃんもだったけど、そんな事言える雰囲気じゃなかったから、黙っ
ておいた。
「アタシが市井さんの代わりは無理だと思うけど。ごっちんの友達くらいにだったら、な
れるんじゃないかって、‥‥ダメかな。」
「‥‥ダメだょ。」
「えっ!」
「ダメだよ。友達なんて‥‥。」
「やっぱり、アタシじゃ‥‥ダメぇ‥‥。」
- 179 名前:第五章 投稿日:2001年09月06日(木)18時59分57秒
- 「よっすぃーは後藤の親友だよ。だって、よっすぃーのこと、大好きだもん。」
「ごっちん‥‥。」
「へっへっ、よろしくね。」
「うん、よろしく。」
「おーい!お待たせ。」
帰ってきたやぐっちぁんを無視して、後藤とよっすぃーは喋り合っていた。
よっすぃーが市井ちゃんの代わりにはならない。だって、市井ちゃんは後藤が男だって知
ってるけど、よっすぃーは知らない。だから、本当の相談はできない。でも、寂しい気持
ちを紛らせてくれるよね。
ごめんね。よっすぃー。
ごめんね。市井ちゃん。
- 180 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月06日(木)19時03分27秒
- 作者です。
第五章終了です。第四章とは対照的に短い。
これで、前半終了です。後半部の見直しで、3,4日アップはないかと思ってください。
後半部の冒頭は書けているので、そんなに遅れることはないと思いますが。
- 181 名前:のぉねぃむ 投稿日:2001年09月06日(木)20時25分50秒
- おもしれー!!
がんばってくださいー!!!
- 182 名前:第六章 投稿日:2001年09月10日(月)21時29分00秒
- カオリが辻の頭を撫でている。辻も安心しきったようにニコニコして。
このコンビもいいねぇ。後藤と加護じゃあ、あんな風にはいかない。後藤と市井ちゃんだ
ったら‥‥、もっと仲良くて、本当に愛し合ってるよね。
だけど、カオリが強くなったのは、辻がいたからだ。市井ちゃんに後藤がいたように、辻
がカオリを強くしたのだ。
辻もミニモニに入って、本当に元気になった。あの頃の辻には色々あったけど。それをフ
ォローするのは、後藤では無理だった。カオリの宇宙サイズの大きさ(理解に苦しむのも
あるけど)があるから、辻も安心できるんだ。
本当にいいコンビだ。
- 183 名前:第六章 投稿日:2001年09月10日(月)21時30分24秒
- *****
「あっ、後藤さーん、あいちゃーん」
今日は、”I wish”のレッスンだ。
今、不安そうな加護を元気付けたと思うと、後ろから、元気な声が聞こえてきた。
向こうから走ってくるのは、いつも天真爛漫な辻だ。身体は小さいが、意外に力が強い。
いつも後藤にタックルしてくるが、腰を落とさないと飛ばされそうだ。
「うおっ!」
「てへてへ。さっすがですねぇ。辻のタックル受けてくれるのって、後藤さんくらいで
す。」
いつもニコニコして可愛い辻。でも、こいつもやっぱり加護や、後藤が感じていた不安を
持っているのだろうか。この笑顔からはそんな事は想像できない。
それに、辻には、どうしても後藤がフォローできない部分がある。だけど、辻にはカオリ
がいる。そして、後藤には、‥‥。
ゴメンね、辻。だけど、君達のおかげで、‥‥もう迷わない。
- 184 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月10日(月)21時34分24秒
- 作者です。
後半戦のスタートです。構想も決まったので、あとはひたすら、書いてアップ。
今までは、なるべく史実に忠実なように気をつけていましたが、第七章あたりからは、
充分に押さえきれていません。そんなに違わないようにするつもりですが、中身で勝負
できたらなぁ。
よろしくお願いします。
- 185 名前:第六章 投稿日:2001年09月11日(火)19時09分22秒
- *****
「プッチやけどなぁ。やっぱり三人でなきゃぁ、あかんねぇ。」
つんくさんに後藤と圭ちゃんが呼ばれて言われたのは、それだった。
「お前らの市井に対する気持ちも理解できる。三人の結束力も高かったしな。そこに別の
メンバーを入れる事に抵抗も感じるだろう。そやけど、これはオレからの頼みでもある。
新メンバー達にチャンスを与えてやってくれ。」
これを聞いて、新メンバーから選ばれることが想像できた。
「プッチだけやない。たんぽぽもや。4人の新メンバーから何人かをそれぞれに入っても
らうつもりや。」
- 186 名前:第六章 投稿日:2001年09月11日(火)19時10分11秒
- 「ユニット名は変わらないんですか?」圭ちゃんが聞いた。
「変えへん。娘。もグループ名を変えてへん。今後もメンバーの入れ替わりがあるかもし
れんが、娘。本体もユニットも名前は変えへん。」
プッチは、圭ちゃんと市井ちゃんと後藤でプッチだった。武道館では圭ちゃんが「ずーっ
と三人です。」と叫んでくれた。同じ気持ちだ。今は市井ちゃんとは‥‥だけど、やっぱ
りそこに別のメンバーが入るのは複雑だ。
「矢口やカオリは知ってるんですか?」
「あぁ、伝えている。あいつらはユニットを続けたい。たとえメンバーが代わっても。と
いう意思らしい。」
「そうですか。」圭ちゃんは弱々しく応えた。
「メンバーに関しては、また改めて伝える。誰が選ばれてもええように、心の準備だけし
ておいてくれ。」
- 187 名前:第六章 投稿日:2001年09月11日(火)19時11分19秒
- 「ねぇ、後藤。アンタはどう思う?」
部屋を出た後、二人きりの時に圭ちゃんは聞いてきた。
「後藤は、よくわかんない。市井ちゃんの代わりっていうのは正直嫌だけど、やぐっつぁ
ん達と一緒で、プッチも続けたい。だから‥‥、新メンバーを受け入れてあげないといけ
ないのかなぁって。そう思ってる。」
「アタシはねぇ。アタシにとっては、やっぱりサヤカはメンバーの中でも別なのよ。ライ
バルで親友で。彼女を失うことは辛かったわ。でもね、プッチの合宿あったじゃない。サ
ヤカがリタイアしちゃってさ。だけど、その後も後藤と二人で練習したよね。サヤカも一
緒に踊っているのを思い浮かべながら。あれと同じ事を考えていたの。今までは。後藤と
二人でプッチやってるけど、本当はそこにサヤカもいるつもりで。ってね。」
やっぱり、圭ちゃんの市井ちゃんへの思いは強烈だったんだ。
「アタシねぇ、まだ新メンバーを受け入れる自信がないよぉぅ。」
圭ちゃんは泣いていた。泣きながら、後藤に寄りかかってきた。後藤はそれを両手で受け
止めた。
「ゴメンね。‥ックック、アタシねぇ、‥ックック、ダメかもしれない。」
- 188 名前:第六章 投稿日:2001年09月11日(火)19時12分20秒
- 後藤は泣いてる圭ちゃんの背中を撫でてながら、
「圭ちゃんの気持ち、後藤にもよく解る。だって、後藤にとってもかけがえのない教育係
だったからさぁ。でもね、市井ちゃんは帰ってくるんだよ。絶対に帰ってくるって約束し
たんだよ。でもそれは、娘。でもなく、プッチでもないソロの市井ちゃんなんだよ。その
時に、市井ちゃんの姿を忘れられる?それとも、それでも市井ちゃんを想像しながら、プ
ッチやっていける?だったら、市井ちゃんが娘。とプッチを卒業したように、後藤達も市
井ちゃんから卒業しなきゃあって思うんだ。」
「後藤‥‥」
涙でぐじゅぐじゅになった顔を圭ちゃんが上げた。
「そうしないと、また、コラッ、後藤!って怒られちゃうよ。」
圭ちゃんは後藤からいったん離れ、両手で顔を隠した。そして、頬をパンパンと2回叩い
て、そしていつもの笑顔を見せてくれた。
「うん、そうだよね。サヤカは大きくなって帰って来るんだ。アタシ達もね。いまのまま
じゃ笑われるねぇ。」
圭ちゃんは後藤の頭を撫でた。と思ったら、そのまま抱きしめられた。
圭ちゃんは後藤の耳元で、
「アリガトウ」
って言ってくれた。
- 189 名前:第六章 投稿日:2001年09月11日(火)19時13分28秒
- ****
それからしばらくして、タンポポのメンバーが発表された。
梨華ちゃんと加護だ。
「となると、プッチはよっすぃーと辻かぁ。」
大方の予想はそうだった。
「飯田さん、辻がプッチモニに入っても仲良くしてくださいね。」
「大丈夫だよー。かおりが辻を見捨てるはずないじゃん。」
しかし、プッチに選ばれたのは、よっすぃーだけ。
辻の落ち込みは激しいものだった。しかし、かおりはそんな辻に、ずーっと優しい言葉を
かけ続けていた。
「辻ぃ、大丈夫だよ。辻はまだ小さいから、もっと勉強しないといけないんだよ。」
「だってぇ、あいちゃんの方が‥‥。」
「加護との差なんて、まだ大したことないよぉ。頑張ったら、すぐに追いつくよぉ。」
「後藤さんとも一緒になりたかったのに‥‥。」
「そんなの娘。で一緒にいられるじゃない。」
「ヘィ‥‥。」
辻は泣いてはいないが、まだ顔を上げない。
- 190 名前:第六章 投稿日:2001年09月11日(火)19時14分57秒
- 「ねぇ、辻。」
「ヘィ‥‥」
「辻は、プッチモニに入りたかったのかなぁ?」
「うううん、プッチモニじゃなくても良かったです。」
「じゃあ、タンポポだったら良かった?」
「タンポポだったら、飯田さんと一緒なので、嬉しかったと思います。」
「そう。でもね。なっちもどっちにも入ってないんだよ。」
ハッとした顔で辻はかおりを見上げた。
「でもね、なっちは寂しくないって。モーニングのために頑張ってるからねぇ。」
「ヘイッ、安倍さんは、すぅっごい頑張ってます。」
「だからねぇ、辻も頑張ろう。なっちと一緒に。」
「ヘイッ、ありがとうございます。」
そう言って立ちあがると、目をゴシゴシして、八重歯全開の笑顔を見せた。
「じゃあさぁ、なっちのとこ行こうかぁ。一緒に頑張ってくださいって言いに。」
「ヘイッ!辻が安倍さんにお願いします。」
そう言って、二人は手を取り合って、走っていった。
- 191 名前:第六章 投稿日:2001年09月11日(火)19時15分35秒
- 後藤はそれを壁の後ろで様子を聞いていた。
後藤には、今の辻を励ます事はできない。申し訳ないが、娘。の中ではすべて勝ち残って
きた後藤では、今の辻には説得力はない。だけど、カオリ達オリメンは、負け組からのス
タートである。負け組から、手売りといった努力を経て、今の地位を得ているのである。
その経験があるから、今回の負け組となった辻の気持ちになれるのだ。
だけど、後藤も辻の事、心配してるんだからね。だって、メンバーだもんなぁ。
そう思いながら、自分の事を考えてみたら、思い浮かべたのは、加護よりもやはり、市井
ちゃんの姿だった。
ずっと、守ってくれると約束したのに‥‥、後藤を残して去っていったあの人だった。
- 192 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月11日(火)19時19分22秒
- 作者です。第七章の前半終了です。
次は、第三章からの続きと思ってください。
- 193 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月11日(火)19時20分53秒
- 作者です。
ごめんなさい。↑は第六章の前半終了の誤まりです。
- 194 名前:第六章 投稿日:2001年09月12日(水)19時50分49秒
- *****
プルルルルル‥‥
ガチャ
『はい、もしもし。』
「‥‥‥‥」
『もしもし、誰なの?』
「‥‥‥‥」
『用事がないなら、切るよぉ』
「ちょ、ちょっと待って!」
『えっ、後藤?後藤なの!』
「‥‥はぃ」
『何か用?』
「何かって‥‥、特にないんだけど‥‥」
『だったら、なんで今ごろ電話してくるのよぉ。』
市井ちゃんとは、脱退後に連絡を取ることはなかった。表向きには、もう教育係じゃない
んだから、いつまでも頼ってちゃあ、ダメだって理由にしていたけど、本心は‥‥、
「うん、市井ちゃんにゆっくり休んでもらおうって思って‥‥。後藤が電話すると、また
甘えてしまいそうだし‥‥。」
『それにしても、1ヶ月は長いだろぉ。アタシがどんな思いで待ってたか‥‥。』
「ゴメン‥‥。実はね。今日、新曲のレッスンだったんだけど‥‥。」
『へえーっ、出るんだぁ。』
「うん、それで加護がね、元気が無かったんだぁ。」
『あの加護がぁ、想像できないね。』
「だから、教育係の後藤としては、聞いてあげたのよ。」
『へぇー、後藤も教育係やってんじゃん。』
「うん、そーだよ。そしたら、歌が心配だって言うのよ。」
『へえー、加護ちゃん。ソロパートがあるんだ。』
「うん。それでね、後藤と圭ちゃんでレッスンしてあげたんだぁ。」
『へっへっ、圭ちゃんがいたんだぁ。』
- 195 名前:第六章 投稿日:2001年09月12日(水)19時52分23秒
- 「後藤も教えたよ。ほとんど圭ちゃんだったけど‥‥。それで、圭ちゃんからもOKもらっ
たのに、やっぱり加護が元気にならなくて。」
『ふんふん』
「それでね、そん時の加護の顔を見てたら、昔の自分を思い出したんだ。」
『泣き虫の頃のねぇ。』
「うるさいなぁ。そしたら思わず、市井ちゃんに言われたことと同じことを言っちゃって
た。」
『アタシが言ったこと?』
「そう、メンバーがそばにいてくれて、助けてくれる。たとえ、市井ちゃん独りになって
も、後藤を守ってくれるって‥‥。」
『うん‥‥、覚えているよ。』
「それを加護に言いながら、やっとあの時の市井ちゃんの気持ちになれたっていうか‥‥。
あんな事を言ったのに、辞めていった市井ちゃんの気持ちが解ったっていうか‥‥。」
『後藤‥‥。』
「本当言うとね。市井ちゃんのことを本当に応援するつもりだったんだ。だけど、武道館
で最後の時、泣いちゃったのは本当に悲しかったからで、ずーっとそばにいてくれるって
言ったのに、寂しいじゃん。って、‥‥拗ねてた。」
『そっかぁ、気付いてやれなかったねぇ。ごめんね。』
「でもね、今日加護に言った後で、今も絶対に市井ちゃんの方が、寂しいんだって思った。
そしたら、全部が許せたっていうか‥‥。今まで電話しなかったことを許して欲しかった
っていうか‥‥。」
『そうでもないよ。結構気楽だよ。』
「えっ、そうなんだ。感動して損しちゃった。」
- 196 名前:第六章 投稿日:2001年09月12日(水)19時53分57秒
- 『‥‥嘘だよ。』
「えっ?」
『嘘だよ。本当は、すっげぇーー、寂しかったんだよ。』
「市井ちゃん‥‥。」
『寂しくて、寂しくて‥‥、圭ちゃんや矢口と電話したりもしてたけど‥‥、やっぱり後
藤じゃなかったし。』
「そっかぁ‥‥。」
『後藤に電話したかったんだけど、何て言うんだろう。‥‥今まで後藤が男って知ってた
けど、女だって見てて、男として好きなんだけど、女だったわけじゃない。あぁ、何言っ
てんだろ。つまり、後藤を男として、ちゃんと受け止めるまでに、ちょっと時間が必要だ
ったし‥‥、それに後藤が本当にアタシの事を好きでいてくれるかも心配だったし‥‥。』
「後藤もね、ちょっと自信がなかった。本当に市井ちゃんの事好きかって。ずーっとそば
にいるって言いながら、遠くに行っちゃう、嘘つきだしさ。」
『ははっ、それは言うなって。』
「でもね、加護のおかげで、やっぱり好きだって気付いた。辻とカオリを見てても、いい
なぁって思ってたら、思い浮かぶのは加護よりも市井ちゃんだった。加護には申し訳ない
けどね。」
『だけど、後藤も一生懸命、教育係やってるんだろう。圭ちゃんが言ってたよ。』
「圭ちゃんが?」
『うん、後藤はまだ娘。に入って1年にもなってないのに、まだあいつらと同じ中学生な
のに、頑張ってるって。』
「へへへ‥‥。」
『本当は、アタシがもっと力になってあげれば良かったんだけど‥‥。』
「じゃあさ、こんどのオフにデートしようよ。」
『デート?』
「そう。二人で買い物したり、映画観たりさぁ。」
『いいけどさぁ。‥‥じゃあ、1個だけお願い。』
「何?デートしてくれるんだったら、何でも聞くよ。」
- 197 名前:第六章 投稿日:2001年09月12日(水)19時55分05秒
- 『ホント!だったらさぁ、‥‥ちゃんと男の姿で、デートしてくれるかなぁ‥‥。』
「えっ!」
『あの時、辞めるって、後藤に言う時、ちゃんと言えなかったんだけど‥‥、これからは、
ちゃんと男と女として付合いたいんだ。』
「うん‥‥。解った。」
この約束には、お互いの様々な思いが込められていたはずだ。だけど、その事を多く語る
ことはしなかった。それよりも、お互いをそばに感じていたい。その思いが強かったから
だろう。
それから、二人はしばらくお互いの近況を話し合った。といっても、最近の娘。関連を市
井ちゃんが聞きたがってたというのが、メインだったけど。
加護、辻、そしてカオリ。ありがとう。君達のおかげで、後藤は市井ちゃんと仲直りでき
たよ。
君達は何も知らないと思うけどね。
- 198 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月12日(水)19時57分35秒
- 作者です。第六章終了です。
次は、↑で約束したデートの話になります。
- 199 名前:第七章 投稿日:2001年09月13日(木)19時01分33秒
「やぁ、やぐっちゃん、相変わらず小っちゃいねぇ。」
「おぉよ、また5ミリ縮んじゃったぜぃ。」
やぐっちゃんとは仲が良い。だけど、市井ちゃんや、よっすぃーと仲がいいのとは、ちょ
っと違う。簡単に言うと、メンバーとして仲がいい。といった感じだろうか。
よっすぃーとの違いは、後藤から見て相手が先輩か後輩か、最初に自分がメンバーとして
見ていたか、見られていたか、で違うような気がする。
市井ちゃんとは、繋がりの深さが違う。‥‥と思う。
だけど、正直言うと、市井ちゃんとやぐっちゃんに関しては、不安に思うことがある。
市井ちゃんにとっては、圭ちゃんが戦友でライバルであったように、やぐっちゃんも戦友
でライバルである。しかも、後藤の苦労とはもっと違った苦労を共に乗り越えてきた仲だ。
今の後藤は、切羽詰った状態で、結果を残さないといけない。だけど、市井ちゃんをはじ
め、メンバー達の理解や協力が得られている。それがあるから、こんな状況でも続けられ
てるし、続けたいという思いも持てたのだ。
それに対して市井ちゃん達は、手売りを経験したオリメンとの間に、長い間しこりがあっ
たと聞いた。ともすれば、辞めさせようとする空気の中、三人で力を合わせて、今の結果
をもたらしている。その三人の結束力も伺える。
しかし、市井ちゃんにとって、圭ちゃんというのは、年上で技術もあり、頼り甲斐のある
姉貴っていう存在だ。圭ちゃんにとっても、市井ちゃんは信頼できる妹って感じだろう。
だったら、やぐちゃんは市井ちゃんにとって、どういう存在なのだろうか。
市井ちゃんはやぐっちゃんにとって、‥‥。
- 200 名前:第七章 投稿日:2001年09月13日(木)19時02分44秒
- *****
−後藤視点−
今日は娘。になって初めて男として出かける。しかも相手は市井ちゃん。
デートの経験はある。男で。女でも一回だけ。
市井ちゃんと買い物の出かけたことも何回もある。洋服とか買うのに、付き合ってもらっ
てたし。最初の頃は流行なんて知らなかったから、色々と教えてもらった。同じブランド
をよく着てたのもそういうためだった。
だけど、今日は違う。いつもの後藤じゃなく、本当の後藤。だけど、市井ちゃんが知って
て好きになったのは、娘。の後藤だし、男としての後藤を見てきたわけではない。
男の後藤を見ても、好きでいてくれるだろうか。
- 201 名前:第七章(市井) 投稿日:2001年09月13日(木)19時03分54秒
- −市井視点−
今日は、後藤のオフだ。いつまでたっても娘。は忙しいから、めったにないオフくらい楽
しませてやりたい。自分が娘。の時にもそう思ってたし、特に後藤はああ見えて、繊細な
所があるから、ストレスも多いんだ。たっぷりと、楽しませてやりたい。
だけど、本心は不安だ。アタシからお願いしておきながら、男の後藤と会うことには、そ
れなりの覚悟がある。なぜならそれは、メンバーとしてではなく、男女として、これから
後藤と付き合っていく事を意味するからである。
後藤はアタシをメンバーや教育係でない、一人の女として、好きでいてくれるのだろうか。
そして、自分も後藤を、一人の男として受け止められるだろうか。
それを見極めなければならない。早くそうしなければならない。だって、‥‥
- 202 名前:第七章 投稿日:2001年09月13日(木)19時05分57秒
- −後藤視点−
渋谷に到着したのが、約束の30分前。頑張ったよ。
約束の場所まで5分。余裕持ってたつもりが‥‥、市井ちゃんは先に来ていた。
男姿は見せたことがないので、気がつかないだろう。知らないフリして隣に座ってやろう
っと。
5分くらい。隣に座ってても、気がつく様子がないので、声をかけようとしたら、
「後藤、いつまで待たせるんだよぉ。」
前を向いたまま、市井ちゃんが呟いた。
「??」
「いつまで、アタシを放っておくつもりなんだよぉ。」
って、いきなり振り返って、後藤の首を締めてきた。
「なんだぁー、気がついてたのかぁー。」
「アタシを舐めるんじゃないよ。」
「あーだけど、ぐるじいんですけどぉー。」
市井ちゃんの攻撃は、しばらく続いた。
- 203 名前:第七章 投稿日:2001年09月13日(木)19時06分37秒
ゲホッ!ゲホッ!
「ひどいっすよ。」
「悪さしようとしたのは、アンタの方が先でしょ。」
だからって、意識失うまで、首締めなくたって。
「でも、後藤だってすぐ解った?」
「解るよ。愛の力があるからね。」
やっぱり、市井ちゃん。だてに教育係はやってなかったのね。
「今日は、いっぱい楽しませてあげるからね。」
首締めた後にそんな事言われても、説得力ないんですけど。
「じゃあ、行こうか。」
- 204 名前:第七章 投稿日:2001年09月13日(木)19時07分44秒
市井ちゃんと来たのは、映画館だった。ちょっと古びた感じで、座席も少ない。映画も最
新のをやってるわけではないので、観客も少ない。
「だけど、映画の趣味が良くて、時々いいのをやってるのよ。」
「市井ちゃん、なんでこんな所知ってるの?」
「うん、矢口とね、何回か来たことがある。矢口って、神奈川じゃん。横浜経由で渋谷に
来やすいので、詳しいんだよね。ここも矢口に教えてもらったんだぁ。」
やぐっちゃんなら、確かに詳しそうだ。何回か来てたってのが、ちょっと気にはなったけ
ど。
今日の映画は、フランス映画の恋愛物だった。主人公の男に愛する女性がいて、その女性
が優しかったり、イジワルだったりで、男は心を迷わせるという内容だった。
(まるで、市井ちゃんじゃん。)
やがて、女性には恋する相手がいると解り、その事で相談したいと言われ、自分の事だと
喜んで行ったが、相手が彼女の幼馴染で、男は泣く泣く諦めなければならなかった。とい
うストーリーだった。
- 205 名前:第七章 投稿日:2001年09月13日(木)19時09分07秒
- 女性が自分の恋する相手を打ち明けたシーンには、ちょっと涙ぐんでしまって、焦って隣
を見たら、市井ちゃんもハンカチを握っていた。珍しく女の子らしい姿に、ちょっと心と
きめいてしまった。
「どうだった?やっぱり、男の子にはこんなの物足りなかった?」
「うううん、そんなことないよ。面白かった。市井ちゃんが泣いてるのも見たし。」
「泣いてないよ。ちょっと、涙が出ただけさ。」
「へぇっ、そんな感じじゃなかったけど。」
「泣いてない。矢口なんか、もっとボロボロ泣いて、こっちが恥ずかしくなるんだから。」
映画の女性が市井ちゃんだったら、後藤が主人公の男かな?じゃあ、幼馴染がやぐっちゃ
んかぁ。もしそうだったら、市井ちゃんはやぐっちゃんが好きだってことだよなぁ。
でも、本当に市井ちゃんとやぐっちゃんは仲がいい。姉妹ってのとは違う。本物の幼馴染
だって感じ。
そういえば、やぐっちゃんと市井ちゃんって、仲間の中でも平気でいちゃいちゃしてたり
するし、とてもうらやましいって思ったりしてたなぁ。
「どうした?元気ないぞ。」
遅めのお昼で入ったお店で、ピラフを食べながら、市井ちゃんが聞いてきた。
「えっ、そう?最近、こんな格好してないんで、なんか変な感じ。」
「そう。様になってるよぉ。うん、格好いいよ。」
カァーッ!
急にそんな事言われて、恥ずかしくて、目の前の料理をかっ込んだら、
「あちーっ!」
「バカだね。ドリアかっこむ奴がいるかよぉ。」
- 206 名前:第七章 投稿日:2001年09月13日(木)19時13分26秒
- その後は、買い物したり、ゲームセンターで遊んだり、本当に普通の中学生に戻ったよう
に楽しんだ。
ダンシングゲームでは、市井ちゃんがマジになっちゃって、ギャラリー集めるもんだから、
かなり焦ったけど、まさか元人気アイドルがこんな所でマジになってるとは、誰も思わな
かったみたいで、拍手喝采の中を退散していったのだった。
「もう、市井ちゃんったら、バレたら大騒ぎだよ。」
「大丈夫。アタシは今は一般市民だし。」
「世間はそういう風に見ていないでしょ。」
「はっはっ、矢口に言われたこともあるよ。でも、そん時は現役だったけどね。」
休憩のつもりで、喫茶店に入った。
「市井ちゃんって、面白いね。何でもムキになっちゃって。」
「へっへっ、それがアタシの取り柄だからね。日本一の負けず嫌いだもん。」
「誰が決めたんだよ。そんなの。」
「へっへっ、矢口に言われた。負けず嫌いでは、アタシの右に出る奴はいないってね。だ
ったら、アタシが日本一かいって聞いたら、そういうことにしとこうって。えへっ!」
ふーん、やっぱり市井ちゃんの話には、やぐっちゃんが出て来るんだな。やぐっちゃんは
市井ちゃんにとっても、かけがえのない存在なんだぁ。
- 207 名前:第七章 投稿日:2001年09月13日(木)19時14分33秒
- 確かに、やぐっちゃんは後藤より前から市井ちゃんと一緒に娘。で苦労してたわけだし、
それも活動し始めの、大変な時期を一緒に経験したわけで、苦労を分かち合ってきたんだ
よな。圭ちゃんと市井ちゃんがお互いにかけがえのない存在であるのと同じように、やぐ
っちゃんも市井ちゃんには、かけがえのない存在なんだ。
それなのに、後藤は‥‥。
いつもお世話になってばかりで、市井ちゃんの迷惑にはなっても、役になんて全然なって
いないし。市井ちゃんが寂しい思いをしてても、感じてあげられなかったし。
本当にこんな後藤でいいんだろうか。これからも市井ちゃんと付き合っていけるのだろう
か。市井ちゃんを幸せにしてあげられるのだろうか。
「でさ、台風の時なんだけど、矢口が電話してきたのよ。台風が恐いって言うのかと思っ
たらさぁ、自転車に乗ってたら、急に風を感じなくなったみたいでぇ、風になっちゃった
よ。だって。単に風速と同じスピードで走ってるだけなのにさぁ。‥‥って、面白くない?」
「えっ、うううん。」
「どうした?何か心配ごとでもあるの?それとも、‥‥もっとアダルトなデートを期待し
てたとか?」
「はぁ?」
最初、何を言ってるのか解らなかったが、市井ちゃんの表情から、その意味が解って、黙
ってうつむいてしまった。
- 208 名前:第七章 投稿日:2001年09月13日(木)19時16分09秒
- 本当は、カラオケに行きたかったのだけど、どこもいっぱいで入れなかったので、早めに
食事にした。と言うより、元気のなくなった後藤に気を使ってくれたみたいで、遊び回る
より、どこかでゆっくりしようかってことにしてくれたみたい。
「ねぇ、後藤。本当に大丈夫?アタシがあちこち連れ回したから、疲れちゃったかなぁ。
ごめんね。いつも矢口とだと、こんなペースなんだぁ。」
今日は、やぐっちゃんの名前が出る度に、気が滅入るのだけど、そんな事言ったら、市井
ちゃんにもやぐっちゃんにも申し訳ないから、そんなことは言えない。
「うううん、大丈夫。とっても楽しいよ。本当に、こんな格好だから、なんか調子が狂っ
てしまってるだけ。」
そんな感じで誤魔化してたけど、
「ウソだね。何か隠してるよ。後藤がそんな顔する時は、何かを隠してる時だよ。アタシ
にも言えない事なのかい。もう、メンバーじゃなくなったら、相談もできないって言うの
かい。」
やっぱり、市井ちゃんのその目は、許してもらえそうになかった。
それでも、黙っていたら、
「アタシは後藤の役に立ちたいんだよ。約束しただろう。後藤に悲しい思いはさせたくな
いんだ。アタシは絶対に後藤を守ってやりたいんだ。」
- 209 名前:第七章 投稿日:2001年09月13日(木)19時18分28秒
- 「不安なんだよ‥‥。」
「不安‥‥って、娘。のこと?」
娘。は大変だ。だけど充実している。後藤は首を横に振った。
「違う。市井ちゃんのこと。このままの後藤で、‥‥いいのかなって。」
「なんで、そんなこと心配するのよ。アタシは後藤が大好きなのに。」
「だけど、後藤は‥‥、市井ちゃんに何もしてあげられていない。」
ダメだ。涙が出そうだ。
数秒間の沈黙があった。
「後藤、いいかなぁ。後藤はアタシに何もしてあげていないって言うけど、アタシは後藤
からとっても多くのことをしてもらってるよ。後藤がいなければ、今のアタシがいないく
らい、後藤の世話になってるよ。」
「だって、後藤なんて迷惑かけて、お世話になってばっかりで、やぐっちゃんみたいには
‥‥。」
「なんで、そこに矢口が出てくるのよ。」
「市井ちゃん。楽しい思い出を話す時って、いつも、やぐっちゃんが出てきてる。すっご
い仲良いんだなぁって。お互いに励まし合いながら、頑張ってきたんだなぁって。それに
較べて、後藤なんて‥‥。」
「そんなこと気にしてたのかぁ。バカだなぁ。確かに、矢口とは仲いいよ。同期だしね。
裕ちゃん達とうまくいってなかった頃も、一緒に経験してきたからね。だから、お互いの
思いや心を真剣に話し合っていたからね。大切な仲間だよ。」
やっぱり、後藤では市井ちゃんを励ましたりできないんだ。市井ちゃんがどんなに頑張っ
てきたか、全然知らないもんなぁ。
- 210 名前:第七章 投稿日:2001年09月13日(木)19時19分41秒
- 「だけど、後藤はアタシにとって特別な存在なんだ。後藤は、アタシが後藤の教育係をや
ってたと見てると思うけど、実際にはアタシが後藤の教育係をやらせてもらっていたんだ
よね。後藤が本当に頑張ってるから、それに負けないようにアタシも頑張ったし、後藤が
幸せだったら、アタシも幸せだった。アタシは後藤に認めてもらうために、ここまでやっ
てきたんだよ。後藤がいなかったら、きっとここまではできなかった。だから、本当に感
謝している。そして、これからもお互いの幸せのために、共にいたい。そう思っている。
楽しい思い出だって、これから一緒にいっぱい作っていきたい。」
後藤も、市井ちゃんと共にいたい。お互いの幸せを喜び合いたい。
市井ちゃんの幸せは、後藤の幸せ。
じゃあ、市井ちゃんの幸せは‥‥。
「あっ、食事が来たよ。まずは、後藤。この食事を一緒に、ゆっくり楽しもうよ。」
市井ちゃんのその笑顔。今は幸せだって言ってくれるのかなぁ。
- 211 名前:第七章 投稿日:2001年09月13日(木)19時22分07秒
- 市井ちゃんと後藤は、食事にたっぷり時間をかけて楽しんだ。
市井ちゃんの笑顔は眩しかった。市井ちゃんが笑顔でいてくれることが、とても幸せに感
じた。
やぐっちゃんと市井ちゃんへの不安は消えなかった。本当は、後藤よりもやぐっちゃんの
方が好きかもしれない。その不安は消えなかった。
だけど、市井ちゃんが後藤と共に幸せを感じていたいと思ってくれていることで、安心で
きたような気がする。それは、市井ちゃんが「ずっと、そばにいてくれる」というのが真
実であることを確認できたような気がしたからだろう。
不安な気持ちのままでも良い。今はとりあえず、市井ちゃんを信じよう。
早めに食事を取ったつもりだったが、2時間以上、食事に時間をかけたため、外に出ると
日は落ちて、薄暗くなり始めていた。
市井ちゃんに誘われて、二人で歩いた。
「アタシ、この通りって好きなんだよね。」
そう言うと、市井ちゃんは後藤に腕を組んできた。
「へっへっ、やっとできた。やっぱり明るいと照れるもんね。」
腕を組んだまま歩く二人。他人から見れば、恋人どうしって思ってくれるかなぁ。
肩に市井ちゃんの頭を感じながら、二人は何も話さず、歩いた。しかし、今の二人には言
葉は必要なかった。お互いにお互いが必要な存在であることを、身体を通して確認しなが
ら、ただ歩いた。そして、それはその日で一番幸せな時だった。
しかし、それは永遠ではなかった。
- 212 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月13日(木)19時27分36秒
- 作者です。第七章前半終了です。
自分でも最初から読み直してみたけど、悪い所ばかりで、自己嫌悪。
書いてる時は気がつかないけど、アップして初めて気になる所もあって、うーん、まだ
まだ修行が足りん。
書き進めながら、修正していきたいと思いますので、読んでいただけてる方、ごめんな
さい。
- 213 名前:第七章 投稿日:2001年09月14日(金)18時36分27秒
- 二人は原宿駅付近まで、幸せを感じながら歩いた。いや、本当に幸せを感じていたのは、
後藤だけだったかもしれない。
「座ろう。後藤。」
市井ちゃんに誘われて、ベンチに座った。市井ちゃんが甘えたような視線をくれる。それ
を見て、後藤はそばにあった自動販売機で缶コーヒーを2本買った。
1本を市井ちゃんに渡して、隣に腰を下ろす。
市井ちゃんは、一口めを一気に飲んだ。まるで、意を決するように。
「後藤。アタシを信じてくれる?」
「後藤は市井ちゃんを信頼してる。信じてるよ。」
「だったら、聞いてほしい。」
嫌な予感がした。あの日。そう。脱退を告げられた日を思い出した。
聞きたくなかった。嫌だと叫びたかった。できれば、走り去ってしまいたかった。
「うん、市井ちゃんの話しなら、何でも聞くよ。」
出てきた言葉はそれだった。後藤はウソつきなんだ。自分を恨んだ。
「ありがとう。」
心のこもった言葉だった。もし、これで市井ちゃんが幸せになるなら、全てを許せると思
った。
- 214 名前:第七章 投稿日:2001年09月14日(金)18時37分21秒
- 「アタシは、夢をかなえるために、娘。を辞めた。今もそれを後悔していない。だけど、
まだ何かが足りないんだ。もっと勉強しなければ、全然足りないんだ。」
市井ちゃんのイラつきが痛いほど解った。
「アタシの夢に近づくため、挑戦してみたいことがあるんだ。」
市井ちゃんの視線は、じっと下を向いていた。だけど、その視線は力強かった。
後藤が何も言わず、市井ちゃんを見詰めていると、市井ちゃんがいきなり後藤の方を振り
返り、両手を握ってきた。
「アタシ、イギリスに行こうと思う。ロンドンに。そして、そこの音楽に触れて、自分を
見詰め直したいんだ。」
また、遠くへ行ってしまうんだ。いつもそばに、いてくれるはずなのに、また、遠くへ行
ってしまうんだ。
だけど、後藤は泣かなかった。もう、市井ちゃんの話を聞くと決めた時点で、後藤の覚悟
は決まっていた。そして、それを拒むことはしない。市井ちゃんの決意を拒むことはしな
い。そう、決めていたのだ。
「うん、解った。市井ちゃんの夢のためだもんね。後藤は大丈夫だよ。」
「後藤‥‥」
「本当はね。悲しいよ。寂しいよ。でもね、どんなに離れていても、そばにいてくれる。
そして、いつまでもお互いの幸せを考えていられる。‥‥だって、好きなんだもん。」
「後藤!」
市井ちゃんは後藤のヒザに泣き崩れた。後藤はその頭を撫でながら、もう一度、自分の言
葉をかみしめた。
- 215 名前:第七章 投稿日:2001年09月14日(金)18時39分06秒
- 「後藤、約束するよ。」
一頻り泣いて落ち着いた市井ちゃんが話し始めた。
「一年。一年で帰ってくるよ。アタシも後藤に話してでないと、決心が鈍りそうだったか
ら‥‥。今から準備して9月には行くつもり。それから一年なら、間に合うよね。」
「一年って、そんな留学ってあるの?」
「留学じゃない。本当は留学だってやりたいけど、色々と準備が大変だし、試験も通らな
いとダメだったし。だから、1年間のホームステイをしようと思っている。そこで、ライ
ブハウスなんかも経験して、色んな物を学びたい。」
「へぇーっ、色々考えてるんだ。」
「アンタが考えなさ過ぎるんだよ。」
「そんなことないよ。後藤も考えてるよ。色々と。」
「へぇーっ、例えば、どんなこと?」
「例えば‥‥、市井ちゃんが、イギリスで悪い男に捕まらないか。とかね。」
突然、市井ちゃんがキスをしてきた。それは長い、永遠を思わせるものだった。
「もう既に、悪い男に捕まってるよ。だけど、世間はそいつが男だって知らないけどね。」
- 216 名前:第七章 投稿日:2001年09月14日(金)18時39分46秒
- 今は信じられる。市井ちゃんが離れているとしても、ずっとそばにいてくれるという事を。
「今日ね。男の後藤に会って、自分の気持ちに自信が持てなかったら、ロンドンに行くの
も辞めようかと思ってた。だって、待っててくれる人がいなかったら、甘えちゃうもんね。」
やっぱり、市井ちゃんは凄い。自分で状況を作れるんだもんね。
「だけど、今日、後藤と会って、後藤の嬉しそうな顔とか、落ちこんでそうな顔とか、辛
いんだけど、頑張ってアタシを応援してくれる姿を見て、‥‥やっぱり、アタシは後藤の
事を愛していると確信できた。今は迷いはないよ。アタシは、ゴトウマサキを愛している。」
二人はしっかり抱き合い、お互いの決意を感じ合うのだった。
- 217 名前:第七章 投稿日:2001年09月14日(金)18時41分09秒
- *****
「ごっちん、サヤカがいなくなって、寂しくないのぉ。」
約束通り、9月に市井ちゃんは旅立っていった。旅立つ2日前に、娘。で出発会を行なっ
た。その時、市井ちゃんが後藤にペアリングを贈ってくれた。みんなに気がつかれないよ
うに。
「後藤の誕生日にはいないから、ちょっと早いけど。」
裕ちゃんと圭ちゃんからは、市井ちゃんに旅立ちの言葉を贈った。そして、娘。で「I WI
SH」を歌った。市井ちゃんも一緒に歌った。ダンスがよっすぃーよりも上手いって、みん
なにからかわれたけど、楽しい会だった。
そして、旅立つのを見送ったのは、後藤とやぐっちゃんだった。本当は娘。の収録があっ
たけど、全員が出る必要がないからと、裕ちゃんの心遣いで見送りに来れた。
「ごっちん、サヤカがいなくなって、本当に寂しくないのぉ。」
やぐっちゃんに言われたけど、大丈夫だった。大丈夫だった。涙は一筋しか流さなかった。
「うん。大丈夫。」
「そうか。ごっちんも成長したよね。」
(うん。やぐっちゃんには負けないからね。)
- 218 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月14日(金)18時44分08秒
- 作者です。第七章終了です。
市井はイギリスに旅立ちました。残された後藤は?
週末は見直しで、次のUP予定は月曜日。
- 219 名前:第八章 投稿日:2001年09月17日(月)18時52分44秒
- 「ごっちん、何やってんねん。」
「あっ、裕ちゃんに市井ちゃん。彩っぺまでいるんだ。」
娘。辞めていった人達。
理由はいくつもあるだろう。
自分の夢をかなえるため。娘。という枠を壊さないといけない。みんなそんな時が来るだ
ろう。
だけど、
彩っぺのように、芸能界を去る人。
市井ちゃんのように、レベルアップして帰ってくる人。
裕ちゃんのように、いつでもみんなの近くでいてくれる人。
そして、アスカのように、理由は後藤にあるとしても、娘。に帰ってくる人。
娘。を去った後も色々な関わり方がある。
だけど、一つだけ共通していることがあるとしたなら、‥‥。
- 220 名前:第八章 投稿日:2001年09月17日(月)18時53分46秒
- *****
「ねぇ、ごっちん。明後日のオフって、暇ぁ?」
今日はよっすぃーの16歳の誕生日。収録が予定より早く終わったので、メンバーで軽め
のバースデーパーティーを楽屋で開催。プレゼントは各自用意してたみたいだったので、
急遽お菓子類を買い集めて、それなりに盛り上がったパーティーだった。
よっすぃーが後藤を誘ったのは、それも終わって、さぁ帰ろうとしてた時だった。
「えっ、明後日。今のところ、予定ないなぁ。」
「ああ、良かったぁ。明後日オフだから、明日の仕事が終わったら、梨華ちゃんちに行こ
うかって言ったら、ごっちんにも来てほしい。ごっちんがこなくちゃ嫌だ。って梨華ちゃ
んが言うんだよ。」
思わず、梨華ちゃんに王子様のキスをしたのを思い出した。
「マジ?」
「じゃあ、梨華ちゃんにもOKって言っとくし。じゃあねぇ。」
「ああ、ちょっと。って、行っちゃったぁ。」
お泊りのお誘いは、今回が初めてではない。後藤んちに来るのは、お店でうるさいし、お
店のお客に見つかるとマズい。とか理由をつけて断っていた。誰かの家に誘われた時も、
極力断るようにしていたけど、断ってばかりではグループの和を乱すので、何回かに一回
はOKしていた。で、OKしておいて、その日の帰り際の時間に、お母さんかユウキに電話し
てもらって、急用ができたから。って逃げるのを常にしていた。まぁ、元々休みが少ない
(平日は学校があるし)ので、OKしたのも数える程度だけど。
今日のも、今日が誕生日の親友よっすぃーのお願いだし、それより断る前に走り去ってし
まったし、仕方ないので、またお母さんにお願いしよう。
- 221 名前:第八章 投稿日:2001年09月17日(月)18時54分22秒
- 次の日
「ごっちん、おはよー。」
「あっ、梨華ちゃん。おはよー。」
「今日、ごっちん。うちに来てくれるんだよねぇ。」
「う、うん。そのつもりで、ほら。お泊りの準備してきたし。」
「やったぁ。ごっちんとはツアーの時も、ゆっくり話してないし。」
「うん、すぐ寝ちゃうからね。」
「明日はオフだし、よっすぃーと三人で夜更かししようね。」
こんなに楽しみにしてるのに、ごめんね。
- 222 名前:第八章 投稿日:2001年09月17日(月)18時55分37秒
- その日の撮りも順調に進み、予定通りに解散となった。
「じゃあ、ごっちん。帰ろうよぉ。」
「あっ、ちょって待ってね。」
遅い!お母さん何してるんだ。電話が入らない。
今日はユウキも仕事だって言ってたから、お母さんしか頼めない。そのお母さんが電話し
てこなかったら、断れないじゃん。
裕ちゃんは別で打合せがあって、どこにいるか解らないし、やばいよ。どうしよう。
「ねぇ、ごっちん、まだーっ!」
「ゴメン。先に降りておいて。」
その間にどこかに電話するしかない。
「嫌っ!ここで待つ。ごっちん遅いんだもん。」
梨華ちゃんが近くにいたんじゃあ、電話できないじゃんかぁ。
ええい、何とかなるでしょ。とりあえず、お母さんにメールだけ入れといてっと。
「うん、いいよ。行こっかぁ。」
「うんもう、ごっちんったらぁ。遅過ぎるぞ。」
「ゴメン、ゴメン。じゃあ、行こう行こう。」
先に下りていたよっすぃーも一緒になって、三人でタクシーへ乗り込んだ。
- 223 名前:第八章 投稿日:2001年09月17日(月)18時57分02秒
- 「梨華ちゃんって、いつもタクシーなの?」
「うううん、今日はちょっと贅沢。でも、三人だったら、電車代とそんなに変わらないし。」
「晩御飯はどうする?」
「こないだのアタシの誕生日の時みたいに、色々買ってきての方が楽しいんじゃない。」
「じゃあ、途中で買出しだね。」
三人で盛り上がりながらも、後藤は冷静ではなかった。だけど、買出しと聞いて、チャン
ス。梨華ちゃんとよっすぃーで行ってもらえば、独りになれるはず。その時に電話してお
こう。って思ってたら、
「よっすぃーが待っててね。ごっちん、一緒に行こう!」
「えっ、アタシが留守番なのぉ。」
「だって、よっすぃーの好みは解ってるけど、ごっちんは初めてだから、何がいいか聞か
ないと解らないもん。車の方も待ってないと心配でしょ。ねー、運転手さん!」
なんか、テンション高くない。今日の梨華ちゃん。
「後藤は、何でもいいよ。食べられれば。」
「ダメダメ、そんなマイナス思考は。もっと前向きにね。」
何か違うような気がするけど、今日の梨華ちゃんの迫力には、反論できない。
- 224 名前:第八章 投稿日:2001年09月17日(月)18時58分16秒
- 途中でコンビニに立ち寄り、お買い物。
オニギリやお菓子やジュースを購入。でも、晩御飯としては、後藤的には物足りない。
「ちょっと、足りないねぇ。もうちょっと買っとく?唐揚げとかさぁ。」
「うううん、このくらいで充分。冷蔵庫に残り物もあるしぃ。」
梨華ちゃんに腕を引っ張られながら、よっすぃーの元へ。そして、GO!って、何浮かれ
てんだぁ。
「さぁ、着いたよ。」
「「おじゃましまーす。」」
いかにも女の子の部屋って感じ。といっても、女の子の部屋って、お姉ちゃんの部屋しか
知らないんだけど、多分、こういうのがそうなんだろうなって感じ。
なんだか、ちょっと落ち着かない。
- 225 名前:第八章 投稿日:2001年09月17日(月)19時00分54秒
- 「どうぞ、その辺に座ってて。」
梨華ちゃんに促されて、よっすぃーとベッドの近くに座る。
後藤と違って、慣れた感じのよっすぃー。やっぱり、女の子なんだね。
「何?早く食べようよ。」
よっすぃーが買ってきた物をテーブルに広げる。
「あれっ、こんだけ?全然足りないじゃん。ごっちんがいるのにぃ。」
後藤が返事しようとしてると、梨華ちゃんがキッチンの方から、
「こっちにもあるから、大丈夫だよ。暖めてるから、ちょっと待っててね。」
「残り物があるって、言ってたから。」
「ふーん、独り暮らしだと、残っちゃうかもねぇ。」
ジュースをコップにつぎながら、よっすぃーと話をしていたが、
「お待たせ。ごめんね。」
「ちょっと、梨華ちゃん。これって‥‥。」
梨華ちゃんが持ってきたのは、どう見ても、残り物とは思えない、手料理の数々だった。
「ちょっと、冷蔵庫に残ってたからぁ‥‥。」
(そんなわけないだろう。)
- 226 名前:第八章 投稿日:2001年09月17日(月)19時01分56秒
- 梨華ちゃんの手料理っていうので、ちょっと不安があったけど、味はまずまずだった。
「これ、本当に梨華ちゃんが全部作ったの?」
「うん、料理作るの好きだしぃ。」
「だけど、今までアタシが来た時なんて、作ってくれたことないじゃん。」
「えっ、そうだっけ?」
「怪しいなぁー。」
よっすぃーが横目で後藤を見つめる。
「そんなんじゃないよ。たまたまだって。あっ、ごっちん、どう?」
「えっ、うん。おいしいよ。」
「ごっちんちって、お店じゃない。いつもおいしい物、食べてるんでしょ。」
「うううん、そんな事ないよ。これも、おいしいよ。本当に。」
「ええーっ、そーぉ。うれしいっ!」
よっすぃーと梨華ちゃんの視線に挟まれ、かなり気まずい。
- 227 名前:第八章 投稿日:2001年09月17日(月)19時02分58秒
「ふーっ、食った、食った。」
自他共に認める大食いの後藤でも、充分な量だった。よっすぃーも満足そうに‥‥、って
もう既に大の字だ。
「あっ、梨華ちゃん手伝うよ。」
お皿を運ぶ梨華ちゃんを手伝い、そのままキッチンへ。
「あっ、お皿は後藤が洗っておくから、その間にお風呂に入っておいでよ。」
「えっ、そんなのお客さんにさせられないよぉ。」
「いいって、いいって。今日の料理のお礼。なんだったら、よっすぃーと一緒に入ってき
たら。」
ガバッ!
よっすぃーが急に起き上がったのと、後藤の背中に衝撃が走ったのは同時だった。
「そんなの恥ずかしいよぉ。」
「アタシだってぇ。」
へぇーっ、女の子どうしって恥ずかしいんだ。それにしても、梨華ちゃん。かなり痛かっ
たんですけど。
- 228 名前:第八章 投稿日:2001年09月17日(月)19時03分50秒
- 「じゃあ、順番に入ってってよ。こっちやっておくし。」
そう言いながら、やたらと丁寧にお皿を洗い始めた。
「じゃあ、アタシ先に入らせてもらおーっと。」
よっすぃーが浴室に消えた。
「じゃあ、私は、ごっちんを手伝うね。」
梨華ちゃんが後藤の隣に立って、お皿をふいたりしていた。
「こうしてると、新婚みたいだね。」
カァーッ!梨華ちゃん、何でそういう事を平気に言うかね。危うく、お皿を落としそうに
なったけど、バカ丁寧に洗っていたおかげで、何とか免れた。
「二人でやると、片付けも早いし、楽しいね。」
20分程で、後片付けは終わった。よっすぃーはまだ出てこない。
梨華ちゃんと後藤はテーブルに戻った。
- 229 名前:第八章 投稿日:2001年09月17日(月)19時05分15秒
- 「ごっちん、今日はありがとうね。」
「いやぁ、後藤の方がご馳走になったんだし、お礼言わなくちゃね。ありがとう。」
「うううん、だって、ごっちんに喜んで欲しかったし。」
後藤は、お菓子の袋を開けながら、
「うん、とっても満足。梨華ちゃんって、とってもいいお嫁さんになれるよ。」
「えっ、だったら、ごっちんの彼女にしてもらえる?」
ガバッ!
慌てて、開けていたお菓子の中身を散乱させてしまった。
「もう、ごっちんが男の子だったら、って話よ。」
「ハハハ、そうだよね。」
今日の梨華ちゃんは変だ。ちょっとヤバい雰囲気。
- 230 名前:第八章 投稿日:2001年09月17日(月)19時06分36秒
- 「ねぇ、ごっちん。この前はありがとう。」
「ふぇ?」
お菓子を食べながら、顔を上げる。
「収録の休憩で、私が寝ちゃった時。」
「あぁ、そんな事あったよねぇ。」
「あの時ね、とっても不安でほとんど寝れなかったの。中澤さんの件もあるし、カント
リー娘。もあったし、何より私自身の問題もあったし。」
「うん。」
「今もね、不安な気持ちは変わらないの。でもね、ちょっと安心できたかなぁって。」
「へぇーっ、良かったじゃん。」
「みんな本当に応援してくれてるし、ファンの人達も応援してくれてるし、鈴音ちゃんも
あさみちゃんも優しいし。あっ、義剛さんもね。」
「うん、そうだね。応援してくれてるって、嬉しいよね。」
「ごっちんも自分のソロで大変な時だったのに、心配してくれてたし。」
「いやぁ、後藤は何もしてないっすよ。」
「うううん、解ってる。だって、ごっちん、暖かったもん。」
昔、「LOVEマシーン」の初披露の時、裕ちゃんが手を握って言ってくれた事を思い出した。
『心が通じ合ってる証拠や』
後藤は、梨華ちゃんの手を取った。
「どう?後藤の手、暖かい?」
「うん。」
「梨華ちゃんの手も暖かいよ。心が通じ合ってる証拠なんだって。モーニング娘。は、こ
うやって心を通わせながら、今までやってきたし、これからもそう。」
「ごっちん‥‥」
「って、裕ちゃんに言われた事だけどね。」
- 231 名前:第八章 投稿日:2001年09月17日(月)19時07分49秒
- 「LOVEマシーン」初披露の時が思いだされた。
ガタガタ震えて、水も飲めなかった。でも、裕ちゃんやみんなが手を重ねあって、自分も
メンバーだという思いを深めて、そして、ステージでみんなの姿や表情を確認しながら、
歌い踊った事を。
そこには、市井ちゃんも‥‥。
「ごっちん、どうしたの?」
梨華ちゃんに言われて、初めて自分が涙ぐんでるのに気がついた。
「うん、ふーっ、ちょっと昔を思い出してね。」
目をゴシゴシッとした。
「後藤もね。大変だったんだ。歌とかダンスとか覚える事がいっぱいでさ。後藤ってダン
ス下手だからさ、歌もそれほどじゃないけど。」
「そんなことないよぉ。」
「でも、いっぱい怒られた。あの時は下手なのって、後藤独りだったからさぁ、堪えたよ。
みんなはいいのに、後藤だけ怒られたりしてさ。でもね、頑張ったんだよ。今思うと、ほ
んとに頑張ったよ。」
「うん、見てた。ASAYANでやってたし。」
「あれだけじゃ、なかったけどね。」
ここまで言って、慌てて止めた。これ以上言うと、うっかり喋っちゃうかも。
「だけどまぁ、何とかなるってことよ。」
そう言って、後藤は梨華ちゃんにニッコリと笑顔を送った。
- 232 名前:第八章 投稿日:2001年09月17日(月)19時08分55秒
- (ハイ、この話はこれでお終い。)って思ってたら、
梨華ちゃんが後藤の頭を抱きしめた。
「ごっちん、頑張ってたんだねぇ。辛かったんだよねぇ。ごっちんの気持ち、今なら解る
よ。」
解るって!そんなはずない。後藤がどれだけ、娘。であり続けるために苦労してきたか。
梨華ちゃんに解るはずがない。それを解ってくれるのは、裕ちゃんと市井ちゃんだけだ。
後藤はその言葉を飲み込んだ。
「うん、ありがとう。でもね‥‥」
そう言って、梨華ちゃんの手を外した時、
「お先でしたーっ」
よっすぃーが出てきた。
梨華ちゃんも慌てて、後藤から離れたもんだから、気まずい雰囲気が流れて、よっすぃー
も「?」状態だった。
「次、梨華ちゃん、入ってよ。」
後藤は言ったけど、断られるかなぁって思ってたら、
「うん、じゃあ、お先にいただくね。」
浴室に消えていった。きっと、気まずい雰囲気にいづらかったのだろう。
「どうしたの?」
やっぱり、よっすぃーは聞いてきた。
「うん、梨華ちゃんって、カントリーで大変だったじゃない。その苦労を聞いてね、後藤
が娘。入りたての頃思い出してね。ちょっと、ウルウル来てたんだ。」
「えっ、ごっちんの。聞きたい聞きたい。アタシにも教えてよ。」
「ダメだよ。もうダメ。今日はお終い。」
「えっ、イジワル。梨華ちゃんばっかり。梨華ちゃんもごっちんばっかりだしさぁ。アタ
シが何したって言うのぉ。」
エキサイトするよっすぃーを尻目に、思い出すのは市井ちゃんの事だった。
- 233 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月17日(月)19時13分49秒
- 作者です。今日の更新はここまで。
吉澤くん、ポイント低めですが、場の雰囲気を作るのに、とてもキーになってくれてます。
- 234 名前:第八章 投稿日:2001年09月18日(火)18時51分09秒
- 「出たよーっ」
梨華ちゃんが出てくるまで、後藤とよっすぃーはいつものバカ話で盛り上がっていた。
「何、話してたの?」
「うん、よっすぃーのクラスにいた変な奴の話。ファッファッファッ」
「そう、最高なの。そいつ。ごっちんなんか涙流して、笑ってるし。」
「今度、それ、ダイバーで話したら。」
「ダメだよ。そんなことしたら、殺されちゃうよ。」
「聞いてないよ。ラジオなんて。」
「それが聞いてんだよ。『昨日、お前噛んだだろう。』なんて言ってくるんだよぉ。」
「ファッファッファッ」
「もう、私も話に入れてよ。」
梨華ちゃんもテーブルを挟んだ位置に座った。その後もよっすぃーの話はしばらく続いた。
- 235 名前:第八章 投稿日:2001年09月18日(火)18時52分37秒
「あーっ、喋り疲れたぁ。」
よっすぃーは大きく伸びをすると、そのまま大の字に寝転がった。
「よっすぃーって、みんなの前でもこのくらい喋ればいいのに。」
たいぶ、やぐっちゃんが入ってきたな。って、よっすぃーの中で蠢くやぐっちゃんを想像
して、ニヤニヤしてたら、梨華ちゃんに変な目でみられちゃった。
「あっ、ごっちん、お風呂は?」
「えっ、あぁ、もういいよ。」
「もう冷めちゃったかなぁ。見てくるね。」
「ほんとにいいのに。」
後藤が呼びとめたけど、梨華ちゃんは行ってしまった。
「ちょっと、冷めちゃったけど、今暖め直してるから、大丈夫だよ。」
「ほんとに良かったのに。」
マジで断りたいんだけど、暖め直してるなんて言われたら、断れないじゃん。
「今から準備したら、ちょうどいいんじゃない。」
仕方ないので、浴室に入った。マズいなー。とりあえず、さっと入ってしまえば。いや、
あんまり早いと怪しまれる。
梨華ちゃん達の気配に気をつけながら、手早くメークを落とし、髪の毛を括って、さっと
服を脱いでお風呂場に入った。当然、下着が見えないように注意して。
- 236 名前:第八章 投稿日:2001年09月18日(火)18時53分34秒
- お湯の具合を見るとまだぬるめ。そのままにして身体を洗う。洗髪はあきらめて、一気に
湯船に。と同時に。
「ごっちん、湯加減どう?」
曇りガラスに影が。梨華ちゃんがそこにいる。
「あっ、大丈夫。ちょうどいいよ。」
「でも、そろそろ熱くなってない?」
「うん、でも熱いくらいがちょうどいいかも。」
「追い炊きの止め方解る?」
「うん、大丈夫だ‥‥よ。」
「遠慮しなくていいよ。止めるから、ちょっと入るよ。」
入り口が半分開いた。
「ダメ!」
後藤は、入り口と反対方向を向いて、しっかりヒザを抱えこんだ格好で、叫んだ。
- 237 名前:第八章 投稿日:2001年09月18日(火)18時54分41秒
- 「ダメ!絶対にダメ。お願い。お願いだから。」
「ごっちん、どうしたの。」
必死にお願いした。振り向けないので、表情は読めない。
「ゴメン。後藤ってダメなんだ。見られるのほんとにダメなんだ。」
「ごめんね‥‥。向こうで待ってるから。」
やっと、出ていった気配を感じた。
見られてないよね。湯船には入っていたし、それまでに開けられた気配はないし。
いつもより長めに湯船に入っていたので、クラクラしかけてたけど、シャワーで水を浴び
て、汗をひかせた後、急いで身体を拭いて‥‥。
「あ‥‥、さっきはごめんね。でも、ごっちんって眼鏡してたんだ。」
「うん、いつもはコンタクトなんだよね。」
素顔だとやっぱり男っぽくなるので、顔を隠す目的で眼鏡をしているのだった。
- 238 名前:第八章 投稿日:2001年09月18日(火)18時55分29秒
- よっすぃーは既に寝息を立てていた。
「ごめんね。ごっちんがそういうの気にしてるなんて知らなかったから‥‥。」
「うん、みんなも知らない。ツアーの時の部屋割りも同じ組合せにしてもらってるから。」
市井ちゃんがいなくなってからは、やぐっちゃんと同室だ。といっても、裕ちゃんがやぐ
っちゃんを引っ張り込むか、裕ちゃんがやぐっちゃんに転がり込むかしてくれているので、
結局後藤は独りにしてもらっている。でも‥‥、裕ちゃんいなくなったら、どうしよう。
「大抵、やぐっちゃんは裕ちゃんちに行ってくれてるからねぇ。」
「あの二人も仲いいもんね。」
その後、二人は沈黙し、気まずい静寂が流れた。
「あのね、ごっちん。」
梨華ちゃんが目を合わせずに、声をかけてきた。
- 239 名前:第八章 投稿日:2001年09月18日(火)18時56分09秒
- 「ん?なあに?」
「ごっちんって、今好きな人いるの?」
市井ちゃんの顔が浮かんだ。好きな人はいる。
「いるかなぁ。いないかも。」
今、そばにはいない。
「じゃあ、メンバーの中で好きなのは?」
「えっ、仲いいのは、やぐっちゃんとか、よっすぃーとか、圭ちゃんもプッチでいる時間
が長いしね。」
「ふーん、私なんかは?」
「梨華ちゃんも可愛いし、好きだよ。」
「好きって、どのくらい?」
「どのくらい、って言われてもなぁ。これくらいっかなぁ。」
両手を肩幅に広げた。
「ええーっ、そのくらいなのぉ。」
「じゃあ、このくらい?」
1.5メートルくらい開いた。
「私は‥‥、このくらい好きなのにぃ。」
突然、梨華ちゃんが唇にキスをしてきた。
- 240 名前:第八章 投稿日:2001年09月18日(火)18時57分36秒
- 「ちょ、ちょっと、梨華ちゃん。急にそんな事したら、驚くじゃない。」
「嫌だったぁ?」
「嫌じゃないけど、ビックリした。」
梨華ちゃんはいったん座り直して、
「ごっちんの事、本当に好きだよ。メンバーとして以上に。よっすぃーや保田さんも好き
だけど、ごっちんはちょっと違う。女の子どうしだって解ってるんだけど、どうしようも
ないの。」
うわっ、その上目使い。反則だよ。
「お願い。私の気持ちを解ってほしいの。」
「うん、解った。うれしいよ。だけど、メンバーどうしだしさぁ、まずいじゃない。そう
いうの。」
「うん、だから、お仕事中は我慢します。だから、時々うちに遊びに来てもらったりとか、
オフの日に一緒に遊びに行ったりとか。」
梨華ちゃんが後藤ににじり寄る。
- 241 名前:第八章 投稿日:2001年09月18日(火)18時58分22秒
- 「うん、遊びにくるよ。呼んでくれたらね。」
思わず逃げ腰になる。
「ほんとに来てくれる?ウソじゃない?」
「ほんとにほんと。ウソじゃないよ。」
壁に追い詰められた。
「だったら、証拠を見せてぇ!」
梨華ちゃんが後藤に覆い被さった時、
リリリリリーン
「あっ、梨華ちゃん、電話だよ。」
「何だろうね。こんな時間に。」
電話の方に向いた。
「はいもしもし。飯田さんですかぁ。こんばんわ。どうしたんですかぁ。こんな時間に。
‥‥えっ、中澤さんが、‥‥倒れたって!」
- 242 名前:第八章 投稿日:2001年09月19日(水)18時38分41秒
- それを聞いた後藤は、電話に駆け寄り、梨華ちゃんから受話器を奪った。
「もしもし、後藤です。裕ちゃんがどうしたんですか?」
電話の向こうのカオリは半泣き状態だった。
『裕ちゃんちに来てたんだけど、急に倒れちゃって、今病院なんだけど‥‥』
「他のメンバーは?」
『なっちと圭ちゃんには連絡ついたけど。』
「じゃあ、よっすぃーと三人でいるんで、これからそっちに行きます。カオリは他のメン
バーとマネージャーさんに連絡入れて。」
『うん、解った。』
その後、病院の名前と場所を確認して、電話を切った。
「ごっちん、どうしよう。」
梨華ちゃんがオロオロしている。
「梨華ちゃんはよっすぃーを起こして、用意して。後藤は外でタクシー捕まえるから。」
そう言うと、パジャマを脱いで、服を着替えた。慌ててたので、梨華ちゃんに見られるの
を忘れていたけど、よっすぃーを起こすのに夢中で、気付いてないみたい。
さっと着替えて、外に飛び出す。
アイラインだけしといて良かった。これだけでも、見られてもだいぶ違う。
- 243 名前:第八章 投稿日:2001年09月19日(水)18時40分04秒
- 2、3分でタクシーを見つけて止めた。
タクシーを待たせていると、すぐによっすぃーと梨華ちゃんも出てきた。聞いた病院名と
住所を告げて、急いでもらった。
「中澤さん、倒れちゃったら、卒業企画の番組、どうなるんだろうねぇ。」
「何言ってるのよ、よっすぃー。そんなことより、中澤さんの心配の方が先でしょ。」
さっきの事もあったので、梨華ちゃんとは気まずい雰囲気もあったけど、よっすぃーのお
かげで、多少はまぎれたかな。
病院に着くと、圭ちゃんとやぐっちゃんが来ていた。その後になっちも来た。加護、辻も
来ようとしたらしいが、時間が時間だったので、カオリが止めさせたそうだ。
カオリの話では、今後の娘。に関して、白熱した議論をしていたらしいが、どこかに電話
をかけた後、倒れたらしい。カオリが救急車を呼んで、病院に運びこまれた。そこから、
メンバーに電話したそうだ。
「で、裕ちゃんはどうなのよぉ。」
圭ちゃんがカオリに食いかかる。
「ちょっと、待ってよぉ。カオリが聞いたのでは、お医者さんは大丈夫だって、言うんだ
けど。」
- 244 名前:第八章 投稿日:2001年09月19日(水)18時40分54秒
- マネージャーさんが先生の所から帰ってきて、後藤達に説明してくれた。
おおよそは、
・現時点で体調に問題はない。
・おそらく、過労による貧血を起こしたのだろう。
・意識もしっかりしていたが、今は大事を取って、寝かせている。
・明日がオフなので、明日まで入院する。
「ほんとに大丈夫なんですね。」
なっちが確認するように、マネージャーに詰め寄った。マネージャーが頷くのを見て、み
んなは一応、安心した。
「とにかく、今日は遅いから、みんな帰りなさい。」
マネージャーに言われたが、一目だけでも裕ちゃんの姿を見ないと安心できない。みんな
の気持ちは同じだった。
起こすとマズイということで、ドアだけ開けて、そこから順番に見た。
そこには、ベッドに静かに寝ている裕ちゃんが‥‥。
点滴をしてもらっていたが、顔色が良かったので安心した。
裕ちゃん‥‥。
最後の最後までこんなに苦労をかけて‥‥。身をボロボロにしながら、それでもメンバー
の事を考えてるんだね。
後藤の事でも余計な心配かけてるし。ごめんね、裕ちゃん。
- 245 名前:第八章 投稿日:2001年09月19日(水)18時41分31秒
- 「あのーっ」
病院の廊下を歩いていた全員が、後藤の声に振り向いた。
「後藤が残っちゃあ、ダメですか?」
みんなは顔を見合わせる。
「それは、みんな同じ思いだから、後藤だけ‥‥ってのもなぁ。」
「先生も大丈夫だって、言ってるんだし、安心したら。」
「うん、でも、裕ちゃんがみんなのために一生懸命にやってくれたのに、自分は‥‥。何
だか申し訳なくて‥‥。」
「それは、みんな同じ思いだって。」
「うん、それは解る。だから、みんな何かできる事をやれば、いや、やらなくちゃあ、裕
ちゃんに申し訳ないし、裕ちゃんも安心して、娘。を去れないんじゃないかって‥‥。」
みんなはまだ顔を見合わせていたが、なっちが近づいてきてくれた。
「うん、解った。今日は、ごっちんに頼むよ。裕ちゃんをしっかり頼むね。」
あの暖かい笑顔だった。
後藤もニッコリして笑顔で返した。
- 246 名前:第八章 投稿日:2001年09月19日(水)18時42分09秒
- みんなを見送った後、後藤は独りで病室に戻った。裕ちゃんはまだ寝ていた。
「裕ちゃん、ごめんね。」
後藤が布団を掛け直そうとした時、
「ごっちん、戻ってきたんかいな。」
裕ちゃんは起きていた。
「裕ちゃん、大丈夫なの?」
「大丈夫も大丈夫。何ともあらへんがな。」
ベッドの上で身体を起こした。
「別に倒れたフリをしただけ。何ともないねん。」
「何で、そんな事?」
「あんたのせいやがな。」
「後藤の?」
- 247 名前:第八章 投稿日:2001年09月19日(水)18時43分14秒
- 「アンタなぁ、石川のところ行っとったやろ。」
「うん」
「吉澤も一緒に、泊まるつもりで。」
「泊まるつもりは、無かったんだけど‥‥」
「でも、大きい荷物持って、車に乗ってったやないか。」
「うん、何かの手違いでそうなった。」
「まぁ、理由は知らん。けどな、それがどうゆう事かは、あんたが一番知っとるやろ。」
「うん」
「ちょっと、気になっとったんや。ゆうべは、ウチにカオリ呼んで、これからの娘。につ
いて語り合うとった。明日がオフやから、エンドレスやでぇって、結構エキサイトしとっ
たなぁ。で、ふと気がついたら、あの時間や。ごっちんちゃんと帰っとるやろか。帰っと
ったら、何があったか聞いとかんとあかん。まぁ、あんたんとこは、幸いにもお店やっと
るから、夜遅うに電話しても、あんまり気にせえへんでもええ。で、カオリを置いといて、
電話してみたら、まだ帰ってへん言うやないか。こりゃ、何とかせんとあかんと思うて。
で、おるのがカオリやろ。ウチが倒れたら、パニックになってメンバー集めてくれるでぇ。
ってな。これが圭坊やったら、こうはいかんわな。」
そうだったのか。裕ちゃん、そんなことまで‥‥。
- 248 名前:第八章 投稿日:2001年09月19日(水)18時43分59秒
- 「う〜ん、すっかり騙されたなぁ。」
「そりゃぁ、ウチは女優やからねぇ。」
「後藤も、もうすぐ女優だけど‥‥。」
「ごっちんが女優ちゅうのも、変な話やなぁ。」
二人で顔を見合わせて、笑った。本当に大丈夫だったんだ。やっと安心したよ。
「まぁ、娘。のおかげで、慢性的な過労やったし。麻酔もな、実はアルコールよう飲む人
には効きが悪いねん。おまけにあんたら病院やっていうのに、騒がしいやろ。ゆっくり、
寝ることもできへんかったわ。」
「ゴメンね。」
「ええて。おかげで、明日はゆっくり寝させてもらえそうやし。」
「心配かけて‥‥、ごめんね。」
「あぁ、そっちかいな。まぁな、こないだの石川の様子見てても、おかしいなって思っと
ったんや。」
「うん、キスされた。」
「えっ、ねぇさんでもまだやのにぃ。」
看護婦さんの気配がしたので、しばらく静かにした。
- 249 名前:第八章 投稿日:2001年09月19日(水)18時44分41秒
- 「ごっちん、ウチはなんでアンタが娘。におるのか、理解できへんかった。」
看護婦さんの気配がなくなったのを確認して、また話し始めた。
「男のあんたが、なんで娘。おるんか、どうしても理解できへんかった。そりゃぁ、男と
しては、こんな若い子ばっかりの中やったら嬉しいやろうし、仲ようなったら楽しいやろ。
でも、アンタがそういうつもりでおるなんて思ったことは一度もない。それよりも、必要
以上に気ぃ使うたり、無理にやる気ないようにして反感買うたり、ほんまに大変な苦労や
ったと思う。なんで、そんなにしてまで、娘。におるんや。」
「娘。が‥‥好きだから。」
「そうやな。ウチも辞めるって決めて、やっと解った。ウチもそう。やっぱり娘。が好き
やったねん。やっとる時は、なんでこんなしんどい事やっとんやろ。あんな辻や加護みた
いなんに、オバさん扱いされてなぁ。ほんま嫌やった。けどなぁ、それ以上に、娘。が好
きやった。」
「うん、後藤も確かに大変だった。今も、全然余裕ないし。ソロやって、ミュージカルや
って、ライブやって‥‥」
「高校生やって。」
「高校はね。」
高校は女子高に入ったことになってるけど、いられるはずはないので、一ヶ月くらいで退
学ってことになるだろう。あらためて、別の高校に入ることになるのかな。
- 250 名前:第八章 投稿日:2001年09月19日(水)18時46分02秒
- 「でもね、ほんとに楽しいんだよね。楽しいなんて言ったら、スタッフの人達の申し訳な
いかもしれないけど、やっぱり活動できることが‥‥嬉しい。」
「やってる側が楽しいってのは、スタッフにすりゃあ、嬉しいもんやで。タレントに気持
ちよく仕事させるのが、スタッフの仕事やからな。」
「うん、それも解るから、すっごい嬉しい。」
「ほんまにごっちんはええ子やなぁ。ちゅーしてあげたいわ。」
「ダメだよ。」
慌てて、口を押さえた。
「シャレや。シャレ。そんなんしたら、サヤカに怒られるわ。」
市井ちゃんの名前を聞いて、思わず黙ってしまった。
「思い出したんかぁ。ごめんなぁ。」
「うううん、大丈夫。信じてるし。」
「連絡は、取ってないんか。」
「うん、向こうも大変だろうし。」
いない人の事を思い出して、ちょっと涙ぐむ。
泣いちゃ、ダメ。泣かないって、約束したんだ。
- 251 名前:第八章 投稿日:2001年09月19日(水)18時46分33秒
- 「ごっちん‥‥」
「大丈夫だよ。市井ちゃんは夢をかなえるために、頑張ってるんだ。きっと、帰ってくる
んだ。後藤はそれを応援するって約束したんだ。後藤は、市井ちゃんを信じてるし。」
「そやけど、ごっちんはサヤカの事を‥‥。」
「うん、愛している。誰にも負けないくらい、大好きだよ。だけど、夢をかなえている市
井ちゃんが好きだから‥‥。だから、後藤は応援したいんだ。」
「ごっちん‥‥、ほんまにええ子やなぁ。」
「教育係が良かったからね。」
「言うかぁ。」
「リーダーもね。」
「ふんふん、ありがとう。そういうのは、ウチの結婚式でゆうてんかぁ。」
「そんなの、いつになるか解らないじゃんか。」
「こいつぅ、サヤカと同じこと言うてるわ。」
その後も、看護婦さんも気配を気にしながら、夜通し喋りあったのだった。
- 252 名前:第八章 投稿日:2001年09月19日(水)18時47分11秒
- *****
『ごっちんのこと‥‥、理解するまで、時間かかったけど‥‥、今は好きかな。』
BSの裕ちゃんのラストライブ中で、後藤との二人きりでのトークの時に言われた言葉だ。
病院で充分に喋りあったし、娘。辞めた後もハロプロには残るから、仕事で一緒の事も多
い。今のミュージカルだって、ずっと一緒だ。
そういうのが解ってたから、市井ちゃんの時みたいな悲しさはなかった。でも、やはり、
ずーっと近くにいてくれた人がいなくなるのは寂しい。
梨華ちゃんも泣いた。圭ちゃんもやぐっちゃんも泣いた。
だけど、裕ちゃんも、そして、市井ちゃんも彩っぺもアスカも同じだと思う。
娘。を好きでいてくれてる。それが解ったから、
だから、後藤は頑張った。いつもよりもちょっとだけ。ちょっとだけ‥‥。
- 253 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月19日(水)18時49分05秒
- 作者です。第八章終了です。
小説とは直接関係はないが、『祝!後藤真希セカンドシングル発売!』
- 254 名前:第九章 投稿日:2001年09月21日(金)18時54分47秒
- なっちも圭ちゃんも笑ってくれてる。この二人が笑ってくれると、とても嬉しい。
特に、なっちの笑顔はうれしい。
なっちはよく笑っている。にも関わらず、なっちが笑ってくれると、とても幸せな気分に
なる。
思えば、レッスンの時も、この二人にいっぱい注意されたんだよなぁ。
圭ちゃんは怖かったから、怒られないように頑張ったけれど、なっちには、喜んでほしく
て、頑張っていたと思う。
今でも、その笑顔が‥‥
- 255 名前:第九章 投稿日:2001年09月21日(金)18時56分39秒
- 後藤は、正直言うと、娘。に入る前からなっちに憧れていた。
モーニング娘。は、あまり知らなかったのに、なっちだけは知っていた。でも、本当に知
っていた程度だ。それも、興味があるという程度だったかもしれない。元々、アイドル系
には興味がなかったのだから、興味があったというだけで、後藤にとっては、充分過ぎた
のだった。
モーニング娘。のオーディションを受けたのも、なっちに会えるかも。そんなのが、きっ
かけだったかもしれない。
それが、幸いにも一緒に活動できることになったのだ。嬉しさより、戸惑いの方が強かっ
た。
思えば、最初の顔合わせの時以外で、最初に声をかけてくれたのは、なっちだった。全員
でのジャケ写の時に、「緊張してていいよぉ。」って。おかげで、ちょっと楽になれたの
を覚えてる。あの時は、全然余裕がなかったけれど、後になって徐々に嬉しさが込み上げ
て来たんだっけ。
- 256 名前:第九章 投稿日:2001年09月21日(金)18時57分27秒
- だが、その後のなっちとの関係は、複雑なものだった。それまでは、なっちが娘。のメイ
ンだったのに、それを後藤に奪われた。そう世間は認識していた。
だけど、今の娘。にはメインなんて存在しないんだ。曲毎に、フレーズ毎にメインが入れ
替わる。全員が自分のパートは自分がメインだという気持ちでいる。世間は勝手にメイン
を作ったりするけど、みんながみんな、メインなんだ。
確かに、後藤は入ってすぐに目立ったし、入ってすぐに「LOVEマシーン」が爆発的に売れ
たので、世間に後藤が浸透するのも早かったし、一時期、後藤=モーニング娘。的な見方
もされた。しかし、モーニング娘。の顔は、今も昔もなっちなんだ。
後藤となっちの不仲説も流れた。確かに、後藤にメインを奪われたなっちが‥‥、っての
は、ありそうだ。しかし、娘。は全員がメインだったし、特にその思いが強いのもなっち
だったから、後藤を恨むようなことは無かった。
当然、後藤にとってもなっちは憧れの相手だったから、嫌ったりなんてするはずがない。
だけど、共に活動していく中で、憧れは尊敬へと変わっていった。
- 257 名前:第九章 投稿日:2001年09月21日(金)18時59分00秒
- *****
なっち中心から、全員がメインへと移ってきたのには、一つの理由がある。
なっちの声帯がプロの歌手としては、弱いのだ。
今のまま、ライブの大半を歌うような状況では、声が出なくなる恐れがある。鍛えれば、
もっと強くなるだろうけど、このまま無理をさせるのは危険だ。という判断から、パート
が全員に振られる割合が増えた。なっちの声帯のことが判明したのが、なっちの初のソロ
の『ふるさと』の時だったのだから、皮肉なものだ。それによる、路線変更のきっかけと
して、後藤が入ったオーディションが行われた形となった。後藤としても複雑だ。
その事はなっち本人も知っていた。そして、それが理由で、なっちのソロ活動が無くなっ
たり、ユニットに参加もできなかったことも。だけど、それに悲観している姿は見たこと
がなかった。事実、シャッフルでもユニットでも、誰がヒットしても人気が出ても、本当
に喜んでくれた。あの大好きな笑顔を、見せてくれた。だから、プッチモニで嬉しいこと
があっても、必ず報告した。
「ごっちん、頑張ったねぇ。」
そう言って、頭を撫でてくれるのがとても嬉しかった。
- 258 名前:第九章 投稿日:2001年09月21日(金)19時00分05秒
- なっちの声帯の件が解ってから、なっちの歌のレッスンの時間が短くなったらしい。なる
べく無理をさせず、長期的に鍛えていこうというのが、事務所の目的だったのだろう。
でもなっちは、時間が短いのに、やはり歌は上手かった。技術的には、圭ちゃんの方が上
かもしれないけれど、なっちには、心に訴えるものがあった。
きっと、隠れて練習しているのだ。だとしたら、どんな練習をしているのだろう?
一度、楽屋になっちと二人きりだった時に聞いてみたことがある。
「なっちって、オフの時とか、仕事のない時間って、何してるの?」
「うん、本読んだり、映画観たり、お散歩したり、色々だねぇ。」
「ふーん、歌の練習とかは?」
「しないよ。レッスンで十分に歌ってるし。レッスン以外であんまり歌わない方がいいっ
ても言われてるし。」
「でも、先生とかには、レッスンだけじゃなくて、もっと勉強しないといけないって、言
われるじゃない。」
「うん、だから、勉強はいっぱいしてるよ。」
「だって、今やってないって。」
なっちが含みのある、上目使いで微笑んだ。
「そうねぇ。歌をうまくなるには‥‥、歌以外で何をするか。が大事なんだよ。」
「??」
「ごっちんはまだ若いから、解んないかもしれないけど、もうちょっと経験が増えると解
ってくるよ。」
(歌以外って、ダンスとか発声とか?そりゃぁ、ダンスが上手くなってれば、歌の方にも
余裕持てるしなぁ。)
何となく解ったつもりになっていたが、本当は、その時はまだ理解できていなかった。
- 259 名前:第九章 投稿日:2001年09月21日(金)19時01分34秒
- *****
2001年の春は、忙しかった。裕ちゃんの脱退をメインに、後藤のソロもあれば、プッ
チモニもあった。梨華ちゃんのカントリーもあった。ミニモニが人気爆発したのも春だ。
後藤個人にとっては、新しい高校生活もあった。
しかし、一番はミュージカルだ。
だけど、苦労しただけ、得たものは多かった。後藤はダンサーの役だったけど、娘。加入
の頃、ダンスで苦労した経験が、ダンスにこだわりを持つ心境に大いに役立ったし、あの
頃、市井ちゃんに教えてもらってた事を思い出したりして、頑張れた。
そして、ミュージカルの千秋楽、後藤はなっちと抱き合って泣いた。
「なっち、むかし後藤に教えてくれたことが、やっと解ったような気がする。」
「へ?なっち、ごっちんに何か教えたっけ。」
裕ちゃん脱退後、娘。内のお世話関係は、辻加護をミニモニ関連でやぐっちゃんが、圭ち
ゃんがプッチ関連でよっすぃーと教育係で梨華ちゃんを指導する。といった関係だった。
カオリがリーダーで全体を見るため、自然と後藤はなっちと組む機会が増えた。そして、
歌に関しても、二人で語り合うことが多かった。
後藤はなっちを尊敬していたし、なっちも後藤を可愛がって、気にかけてくれていたので、
とても良い関係だった。だから、ミュージカルを無事終えた感動も、後藤は一番になっち
と共有したくて、なっちの元に走り寄っていた。
- 260 名前:第九章 投稿日:2001年09月21日(金)19時02分48秒
- 「うん、なっちが教えてくれた、とても大切なこと。」
「ゴメン、忘れちったぁ。」
本当に申し訳なさそうに、テレ笑いしている。
「なっちが教えてくれたこと。歌をうまくなるためには、歌以外で何をやるか。が大事だ
って。なっちが教えてくれた。」
「えっ、そうだっけぇ。確かにそれは気をつけてることだけど、ごっちんにそんなこと言
っちゃってたか。ゴメン。えらそうだったね。」
「うううん、そんなことないよ。今回のミュージカルで、今まで後藤が娘。のレッスンと
かで経験したり、感じたことが、とっても役にたったし、歌ったり、踊ったり、演技した
りする時も、とても感情移入しやすかった。で、自分が歌う時に、歌の内容と同じ経験を
していれば、もっと歌をうまく歌えるんだろうなって。そしたら、あっそうか。ってね。」
「そうだね。なっちも同じ経験をするには無理があるから、いっぱい映画や本を見て、こ
んな時には、こんな感じがしたなぁ。とか、こういう時には、こう思う人がいて、それを
知った時に感動したなぁ。とか、そういう心の動く体験を増やしていたい。」
「うん、自分の心が動かないのに、人の心を動かしたりできないもんねぇ。」
「おっ、ごっちんも言うようになったねぇ。」
「これも、なっちの指導のおかげです。」
「そっか、そっかぁ。ごっちんは、本当に可愛いなぁ。」
(なっちも可愛いよ。)
そう言いたかったけど、恥ずかしくて言えなかった。顔を真っ赤にしてうつむいたもんだ
から、なっちに笑われてしまった。
- 261 名前:第九章 投稿日:2001年09月21日(金)19時03分25秒
- その後も、なっちとは多くを語り合った。
娘。の手売りの時から、デビュー当時の苦労も。『サマナイ』でオリコン1位を取った時
の喜びも教えてもらった。
メンバー脱退の時、なっちが何を感じたかも教えてもらった。
「ほんと、裕ちゃんには色々と教えてもらった。というか、迷惑ばかりかけていた。最初
の頃のなっち達って、歌うことにしか余裕がなかったのね。だけど、芸能界で活動するの
って、それだけじゃないじゃない。聞いてくれてる人のこととか、一緒に働いてるスタッ
フの方達とか。全然考えてる余裕がなかったのね。それは、裕ちゃんだって同じだったと
思うの。それを、年齢が一番だって理由だけで、和田さんから注意されるわけね。だけど、
裕ちゃんは注意されるだけじゃなくて、それを今度はなっち達に伝えないといけないし、
同じ失敗を繰り返して、同じ注意をされないようにしないといけないわけ。でも、なっち
ってこんなのだから、裕ちゃんに一度言われたくらいじゃ理解できないのね。何回も同じ
失敗して、その度に裕ちゃんに怒られて。でも、裕ちゃんは別の所で、それ以上に責めら
れてたんだよね。それが解るから、なっちは頑張ってきたし、これからも頑張る。裕ちゃ
ん達と、作って、育ててきた娘。を、もっと大きく、もっと素敵にしていく。それが裕ち
ゃんへの恩返しだと思ってるし。」
娘。将来を語る時の、その純粋でキラキラした目に、思わず見取れてしまいそうだった。
- 262 名前:第九章 投稿日:2001年09月21日(金)19時04分29秒
- そして、アスカが新メンバーとして帰ってきた日。
アスカのオーディションに関するいきさつの説明を受けた後だ。会議室から出ると、なっ
ちが待っていた。
「ふくちゃん」
「なっち!!」
娘。初期の頃を共に支えていた二人である。仲も良かった。再会して、それも共に活動す
るメンバーどうしとして、再会できたのは、本当にうれしかったのだろう。
なっちとアスカが楽しそうに喋っている。
本当に楽しそうだ。なっちの笑顔をみれば、解る。しかも、この日の笑顔はいつもと違う
物に思えた。いつもの、相手を包み込むようなでなく、なっち自らが安心しているような。
そう。かけがいのない人が、肩を並べている。そんな雰囲気だ。
その笑顔を見た時、胸の奥が、きゅーんと鳴った。
後藤にとっても始めての体験だ。なっちの笑顔に心が揺れた?
違う。後藤が見たのは、なっちではなく、アスカだったのだ。
後藤はアスカに嫉妬しているのだ。
気がついた。後藤は、なっちを愛している。
- 263 名前:第九章 投稿日:2001年09月21日(金)19時06分08秒
- その夜、後藤は部屋で独り考えた。
なっちの笑顔は後藤に安らぎを与え、なっちの声は後藤に勇気を与えていた。なっちに喜
んでもらうために、後藤は頑張っていた。
尊敬は、愛情に変わっていた。
しかし、なっちの心はアスカにある。自分の気持ちとアスカの存在に気付いた時、後藤の
心は大きく揺れ動いた。それは、不安定であり、ともすれば深い谷間に落ちていっていま
いそうである。
「苦しい。」
心の叫びだった。
そして浮かんできたあの人の顔‥‥。
「市井ちゃん‥‥」
その時、携帯の着メロが鳴った。メールだ。
『後藤へ。
待たせたね。もうすぐ帰るよ。8月という約束は、守れなかったけど、9月の初めには帰
ります。これでも、ライブハウスの評判が良くて、残ってほしいというのを振り切ってな
んだから、許してほしい。
まだ、発表はしていないよね。間に合うように帰るので、絶対に待っててほしい。
うーんと、本当は電話したかったけど、国際電話が払えるほど裕福じゃないので、メール
にしました。帰ったら、一番に電話するので、許してね。
あなたのスイートハート 市井紗耶香』
メールを読みながら、涙が出てきた。待ってた愛しいあの人の名前。
一年は長かったよ。‥‥待てなかった。
- 264 名前:第九章 投稿日:2001年09月21日(金)19時07分02秒
- 後藤は一晩中考えた。
後藤が求めているのは、どっちだ。
後藤の将来を共に歩くとしたら、どっちだ。
市井ちゃんの声となっちの笑顔が頭の中で、グルグル巡った。
そして‥‥、朝方近くになって、後藤は心に決めた。
やはり、約束したから。だけど、約束したためだけではない。どちらを忘れることができ
ないか。
後藤には、市井ちゃんは絶対に忘れられない存在だ。だから、これからの人生を歩むのも、
市井ちゃんだ。だけど、なっちを忘れることができるのか。今までの心の糧だった存在を
忘れられるのか。
できる。今なら。
なっちを後藤の記憶から消し去るんだ。
モーニング娘。の記憶もろとも‥‥。
- 265 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月21日(金)19時09分54秒
- 作者です。第九章完了です。
次で最終章です。5回くらいでUP予定。
今回のは、なっちに失礼な部分があったかもしれません。今回だけじゃないですけど。
あくまで、ネタということで、ご了承ください。
- 266 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月23日(日)03時55分41秒
- すごく不安…でも気になるこのジレンマ!!
- 267 名前:最終章(石川) 投稿日:2001年09月25日(火)18時39分17秒
- −石川視点−
2001年12月31日
私達はとある会場に来ています。そして、今クライマックスを迎えようとしています。
「今年の日本レコード大賞は?」
(((ゴクリ)))
「モーニング娘。の『ザ☆ピース』に決定しました。」
やったぁー。
私はすぐ横で手を握っていたよっすぃーと一緒に矢口さん達に続いて、ステージに向かい
ました。安倍さんたちも私達に続きます。
飯田さんが賞状を、保田さんが盾を受け取っています。二人とも泣いてない。とても素敵
な笑顔です。
- 268 名前:最終章(石川) 投稿日:2001年09月25日(火)18時40分08秒
- 「どうもおめでとうございます。やりましたねぇ。矢口さん。」
「はいっ、とても忙しい1年でしたが、頑張った甲斐がありました。」
「どうですか?加護ちゃん。」
「はいっ、とても嬉しいです。」
「石川さんは、初めてセンターに立って評判でしたが。」
「はいっ、でも、みんなで頑張りましたから。」
「安部さんはいかがですか?」
「はい。ほんとにほんとに嬉しいです。みなさん、ありがとうございました。」
「福田さんは、復帰後でいきなりでしたねぇ。」
「はい、みんなが頑張ってきてくれてたおかげなんで、こんな所に立ってて、裕ちゃん達
に申し訳ないです。」
そう、中澤さんもここにはいないんだ。
「リーダーの飯田さん。いかがですか。」
「はい。応援していただいた皆さんにお礼が言いたいです。そして、今ここにいるメン
バーは9人ですが、卒業していったメンバー入れて13人。13人みんなに贈られた賞だ
と思っています。」
その通りだ。私達だけの力じゃない。今がたまたま私達だけど、13人みんなで頑張って
きた成果なんだ。だから、会って一緒に喜び合いたい。
「お祝いに駆けつけてくれた方がおられます。どうぞ。」
「あっ、裕ちゃん。」
「市井さーん」
「彩っぺまで。」
今まで我慢していたのに、飯田さんも安倍さんも保田さんまで涙ぐんでる。私もよっす
ぃーも、もう堪えきれなかった。でも、一筋だけで頑張りました。
脱退後にソロになった中澤さんと、先日ソロで復帰された市井さんはもちろんだったが、
芸能界を引退した石黒さんまで来てくれたのはびっくりしました。
でも‥‥
- 269 名前:最終章 投稿日:2001年09月25日(火)18時41分18秒
- *****
−後藤視点−
「後藤さん、あらためて。よろしく。」
アスカが復帰した。新メンバーのオーディションに参加して。
しかし、アスカが復帰した本当の目的は、‥‥
よっすぃー達4人があの時期に追加されたのも、本来は後藤の後継者を育てるのが目的で
あった。その第一候補が加護である。後藤が教育係になったのも、そういう意味合いがあ
った。
しかし、素質もあって、技術的には充分なレベルであったが、加護には存在感が足りない。
たんぽぽに入ったりで後押しもあったけれど、周囲の期待に応えるまでには至らなかった。
しかも、おふざけのはずのミニモニが売れてしまったので、低年齢向けのキャラが立って
しまって、余計に後藤の後継には難しくなってしまった。
よっすぃーも辻も、後継を任せるにはまだ実力が追いついてない。
梨華ちゃんは、センターを後藤から移す意味では申し分なかったけれど、過去の後藤を継
ぐには、線が細過ぎた。
新しく求めようと、新メンバーのオーディションを実施したが、即戦力として使えるよう
な人材は、見つからなかった。ということで、白羽の矢がアスカに当たったのだ。
アスカであれば、人気、実力共に後藤に退けを取らないし、存在感も充分だ。後藤加入以
前の曲だって歌えるから、ライブでの選曲の幅も増える。今の娘。の人気を上げることが
できる。
だから、アスカには全てを話して、娘。に復帰してもらったのだ。
アスカに頼んでまで、後藤の後継が必要だという事は‥‥、
- 270 名前:最終章 投稿日:2001年09月25日(火)18時42分01秒
- 『2年』
これが、男である後藤が、娘。を続けることができる約束の期限であった。そして、2年
後にソロ活動できるように、事務所も協力する事が条件であった。
2年がモーニング娘。として、世間を騙せるギリギリの期間と、社長が判断したのだった。
そして、それが、契約書の最後に、社長自ら書き入れた内容だった。
アスカの復帰と同時に、後藤の娘。脱退へのカウントダウンは始まった。
改めて、後藤と圭ちゃんが事務所に呼ばれた。
- 271 名前:最終章 投稿日:2001年09月25日(火)18時42分56秒
圭ちゃんには、裕ちゃんの脱退の時に全てが告げられていた。後藤が続けられる残りが半
年くらいだったから、知らせないままの方が、という意見もあったが、それだと後藤の負
担が大き過ぎると、裕ちゃんの意見が聞き入れられ、圭ちゃんに告げられることになった。
圭ちゃんに告げられた時は、後藤は席を外させられたので、詳しい事は知らないけど、部
屋から出てきたなり、外で待ってた後藤に抱きついて、
「アンタ、大変だったねぇ。よく頑張ったよ。これからは、アタシに任せなよ。残り少な
いのは残念だけど、アタシが責任持って、後藤を守ってやるから。」
って、圭ちゃんに泣きつかれた。
(いったい、何て言ったんだろう)
圭ちゃんに抱きつかれながら、裕ちゃんを睨んでみたけど、当の裕ちゃんはソッポを向い
たままだ。やっぱ、裕ちゃんは女優に向いてるよ。
- 272 名前:最終章 投稿日:2001年09月25日(火)18時43分48秒
- 「後藤の脱退の発表だが‥‥」
「9月9日でお願いします。」
「では、脱退は秋のライブでという事になるか。」
「いいえ、夏のハロプロライブでお願いします。」
Xデーは9月末だ。
「年明けまでできなんですか?紅白やレコ大は?今年は大賞だって、可能性あるんですよ。」
圭ちゃんは、必死な形相で言ってくれた。だけど‥‥。
後藤は決めていた。年明けのライブなら、それだけ長く娘。でいられる。だけど、長けれ
ばそれだけ、辞めるのが辛くなる。できるだけ、当初の約束通りの9月にしたかった。
発表の日は、「LOVEマシーン」の発売だった日。いわば、後藤がモーニング娘。としての
始まりだった日。その日に特に思い入れがあったわけではない。強いて言えば、自分自身
が腹をくくるためのきっかけとして。
そして、始まった。後藤から娘。を消し去るための日々が‥‥。
- 273 名前:最終章 投稿日:2001年09月25日(火)18時44分43秒
- 「後藤さん、いいかしら?」
脱退までの日程を決めた翌日、テレビの収録の休憩中、一人でいた後藤にアスカが声をか
けてきた。
「後藤さん、‥‥は止めてほしいな。」
「じゃあ、ごっちん。で、いい?」
「いいですよ。‥‥、フクちゃん?」
「その言い方は、なっちの特別な言い方だからねぇ。」
「じゃあ、後藤の市井ちゃんと同じだ。」
「アナタ達の関係とは、違うけどね。」
アスカは笑いながら、後藤の隣に座った。
「ごっちんにね。聞いてみたかったんだ。どうして、娘。やってるのか。」
「娘。が好きだから。」
裕ちゃんに聞かれた時と同じだ。
「じゃあ、どうして、辞めちゃうの?」
「娘。であり続けたいから。」
昔は本当だった。
そして、次にアスカから出た言葉は、最も後藤を悩ますものだった。
- 274 名前:最終章 投稿日:2001年09月25日(火)18時45分44秒
- 「メンバーには、何て言うの?」
そうだ。辞めることは、メンバーには伝えなければならない。ソロ活動に専念するため。
ということで、みんな納得してくれるだろう。脱退の発表はその内容で告げられるし、記
者会見の答えも、その方向で準備していってる。
だけど、メンバーには真実を伝えるつもりだ。後藤から娘。を消し去るためには全てを捨
てなければならない。騙していたことを詫びることも必要だろう。
だが、それをする勇気が本当にあるのか。
後藤は答えることができず、黙ってうつむいた。
「アタシは、真実を知ってもごっちんを仲間だって、受け入れられた。でなければ、帰っ
てきたりしなかったよ。だから、できるなら、話してほしいと思う。」
「でも、後藤には‥‥、みんなに受け入れてもらえる自信はない。うううん、後藤が嫌わ
れたって、どうせ辞めちゃうんだから、仕方ないと思うんだけど、‥‥ただ、そんな状態
でライブなんかやったら、後藤‥‥どうなるかわからない。」
目の前がぼやけてきた。身体の震えが止まらない。嫌われても仕方ないなんて嘘だ。みん
なとずっと仲間のままで終わらせたい。せめて、最後の日まで。
手に暖かさを感じた。見ると、アスカが後藤の手の上に手を乗せていた。
「暖かい?」
「うん」
「心が通い合ってる証拠だよ。」
裕ちゃんと同じだ。一度は娘。を去ったアスカも、やはりこの気持ちは捨てていないんだ。
「でも、今のごっちんはどうかな?」
そう言い残して、アスカは楽屋の方へ去っていった。
- 275 名前:最終章 投稿日:2001年09月25日(火)18時46分41秒
- *****
9月X日 横浜アリーナ
ハロプロのライブが開催されていた。
今日が最終日。それは、後藤真希のラストの日。
祭ユニットでオープニング。そして、祭ユニットの衣装のまま、「恋のダンスサイト」
「Say Yeah!-もっとミラクルナイト」と続く。アスカも裕ちゃんのパートで参加。
亜弥ちゃんやココナッツ、メロン達が歌ってる間に、娘。が着替えて、ユニット毎の準備
に入る。後藤の「溢れちゃう…BE IN LOVE」が一曲目。次のミニモニとカントリー娘。に
石川梨華(モーニング娘。)の間に着替えてプッチの準備。プッチは2曲。「BABY! 恋に
KNOCK OUT!」と「ちょこっとLOVE」。昨日までは1曲だけだったが、ラストの今日だけ特
別に追加された。
たんぽぽが終わって、プッチモニの三人が飛び出す。
- 276 名前:最終章 投稿日:2001年09月25日(火)18時47分47秒
- 『Baby Baby Baby なんにも怖くない! Ah〜!!』
1曲めが終わって、プッチモニの三人が三方に散った状態で暗転。そして、
ズンチャカ!ズンチャカ!ズンチャカ!ズンチャカ!
『あワン、あツー、ワン、ツー、ワンツー レッツゴー!!』
ライトアップされた途端に会場がどよめいた。やっぱり人気の曲だ。前奏の間に、後藤と
圭ちゃんとが、上手下手を入れ替わりながら、交互に客席を煽る。よっすぃーも中央を後
方から前に出てくる。なんか楽してないか?
『ほんのちょこっとなんだけど 髪型を変えてみた』
客席に向かって歌いながら、中央に集まる。
『ほんのちょこっとなんだけど そこに気が付いてほしいぞ』
(えっ!)
予期せぬ方向からの声に、思わず立ち止まった。
よっすぃーの声じゃない!
- 277 名前:最終章 投稿日:2001年09月26日(水)18時38分26秒
- *****
9月9日 午前10時。
後藤は脱退の記者会見の会場にマネージャーと向かっていた。
会見の時間は午前11時45分。お昼のニュースの時間を狙ってだった。
楽屋代わりの会議室に通され、会見の原稿に目を通していた。
内容は、
・大学入学のため、勉強を続けたい。
・今後は、ソロで活動を継続する。
・学業を優先のため、芸能活動はゆっくりしたペースとしたい。
といった、内容だった。
メンバーとの不仲はない点も付け加えるように言われていた。
「よっ!」
「市井ちゃん!」
先週、帰ってきた時に電話で話していたので、泣いたりまではしなかったが、今日来るな
んて聞いてなかったので、それなりには驚いた。
「緊張してるんだろうなって。」
「そりゃ、そうだよ。緊張しない訳ないじゃん。」
軽く返事したけど、本当は手が震えるほど緊張していたのだった。
- 278 名前:最終章 投稿日:2001年09月26日(水)18時39分13秒
- そしたら、
「昔はよく、こうしてあげてたよね。」
と言って、後藤の頭を抱いてくれた。
昔と変わらず、市井ちゃんの胸は暖かかった。
「では、お願いします。」
スタッフの方が呼びに来てくれたので、マネージャーさん達と会場に向かった。市井ちゃ
んも一緒に来てくれた。
会場に入ると、いっぱいの記者さんが、一斉にフラッシュが炊かれた。
眩しさに目をクラクラさせながら、座席に付く。事務所の人も、マネージャーさんも、市
井ちゃんも‥‥。
ん?なんで、市井ちゃんまで隣に座ってるんだ?
「それでは、後藤真希、モーニング娘。の脱退と市井紗耶香、芸能界復帰の記者会見を始
めさせていただきます。」
バシャ!バシャ!バシャ!バシャ!
- 279 名前:最終章 投稿日:2001年09月26日(水)18時40分24秒
- 質問は約5分。
質問のほとんどが、メンバーとの不仲とか、センターを外された事への不満とか、事務所
への不満とか、おおよそ予想していた内容だったので、準備していた回答で問題なかった。
一点だけ、
「恋人ができたとかではないんですか?」の質問に、間髪いれず、
「ハイッ、アタシでーす。」
と市井ちゃんがふざけた雰囲気で言って、笑いに包まれた。
後藤も笑いながら、
「まぁ、そういう事にしときましょう。」
と言って、ごまかした。ウソはついてないもんね。
市井ちゃんの会見も5分くらい。
内容は、
・年内は準備期間で、本格的な活動は年明けから。
・事務所は今のまま(娘。や後藤と一緒だ。)
・現時点では、誰かに作詞作曲してもらう事にはこだわらない。
だった。
(市井ちゃん、本当に帰ってきたんだぁ。)
記者会見を一緒に受けながら、やっと実感がわいてきたのだった。
最後に二人で握手して終わった。
まるで、ボクシングの記者会見みたいじゃんって思ったけど、
「これからは、ライバルだからね。」
って言われて、緊張感が走った。けど、嬉しい緊張感だった。
- 280 名前:最終章 投稿日:2001年09月26日(水)18時41分21秒
- *****
『愛しのママママイ ダーリン』
よっすぃーの後ろから登場したのは、間違いなく市井ちゃんだった。
圭ちゃんも聞いていなかったみたいで、顔が固まっていた。それでも歌っていたけど。
よっすぃーもいる。市井ちゃんと自分達のパートを交互に歌っている。だから、本邦いや
世界初公開、4人のプッチモニだ!
後藤も動揺を隠せなくて、うまく歌えなかったり、ダンスが飛んだりもしたけど、圭ちゃ
んも一緒だったから、許してね。
そして、やっぱり出ました。圭ちゃんの「プッチモニは、ずーっと4人です。」
おおーっ!!という地鳴りのような歓声が嬉しかった。
- 281 名前:最終章 投稿日:2001年09月26日(水)18時42分34秒
- 後藤の脱退と市井ちゃんの復帰の記者会見を同時に行なったのは、後藤への配慮だったの
は間違いないけど、この日に1日だけ出演させるために、復帰の宣言をしておく必要があ
ったのも事実だ。一般人状態では、いくら実力があっても、ステージに乗るわけにはいか
ない。
イギリスから帰ってきて、1週間で記者会見までの準備をしたってことになるのだから、
そりゃぁ、会えないのも当然かな。
だけど、一年半振りでも、市井ちゃんのはじけたダンスは、相変わらずレベルが高いもの
だった。しかも、後藤と手を繋ぐ場面では、さりげなくよっすぃーと後藤を取り合うよう
にしたり、よっすぃーに後藤を取られて泣き真似で圭ちゃんの方に行ったり、色々と笑わ
せてくれた。余裕たっぷりだね。
笑わせてくれたおかげで、後藤が泣いたりするシーンも無く、4人で肩を抱きながら、ス
テージを消えていった。
市井ちゃん。来てくれて、本当に良かった。ありがとう。
- 282 名前:最終章 投稿日:2001年09月26日(水)18時44分10秒
- 「もう、サヤカぁ。昨日電話した時に言ってなかったじゃないのよぉ。」
「へっ!そうだっけ?」
「今日が後藤の最後だから、見に来るんでしょ。って言ったら、見には行けないって言っ
てたじゃない。」
「うん、だって、歌わないといけなかったし。」
「相変わらず、口が減らない子だね。」
「まぁまぁ、ええがな。お客さんが喜んでくれたんやし。」
そうだ、裕ちゃんもいる。アスカも帰ってきて、市井ちゃんも来てくれた。
だとしたら、
「アタシも来ないわけいかないもんね。」
「「彩っぺ!!」」
彩っぺが楽屋に挨拶に来てくれた。
「ごっちん、ご苦労さん。辞めたアタシが言うのも変だけど、正直アンタがいなくなるの
は残念だよ。だけど、まだまだ成長する。それを止めさせる事はできないからね。だけど、
娘。を忘れちゃあダメだぞ。いつまでも仲間だからな。」
彩っぺの言葉は、暖かくて嬉しかった。だけど、今日は娘。を忘れる日でもあるんだ。
「さぁさぁ、アンタらも、はよ着替えんと。最後のお勤めやからな。」
裕ちゃんも平家さんの歌う中、舞台袖へと出ていった。
- 283 名前:最終章 投稿日:2001年09月26日(水)18時45分07秒
- 全員準備を揃えて、舞台袖へ。裕ちゃんが「悔し涙 ぽろり」と「二人暮らし」を歌い終
わって帰ってきた。
「裕ちゃん、久し振りにお願い。」
「よっしゃ、ごっちんの最後や。断られへんな。みんな行くで。」
裕ちゃんを中心に娘。達が手を合わせた。ステージには乗らない、市井ちゃんと彩っぺも
一緒に合わせてくれた。
「ごっちんの最後や。みんなぁ思い残すなやぁ。頑張っていきまっ」
「「「しょい!!!」」」
そして、後藤真希のモーニング娘。最後のステージに上って行った。
- 284 名前:最終章 投稿日:2001年09月27日(木)18時47分08秒
- 『ディアー』
「LOVEマシーン」だ。後藤のデビュー曲になる。しかし、この曲はもう後藤の曲ではない。
後藤のパートは全てアスカに引き継がれていた。
それはレッスン中のできごとだった。
「アスカには後藤のパートを歌ってもらう。」
つんくさんの言葉に、メンバー全員が反論した。後藤を除いて。
元々、後藤のパートをアスカが引き継ぐという前提でアスカには復帰してもらった。しか
し、当初予定していた新メンバーの加入後のスケジュールでは、10月末に予定されてい
る新曲から活動開始であった。
アスカほどの人気と実力があれば、ライブに使わないのは、もったいない。ということは、
今回だけは、後藤とアスカの両方がいる。つまり、同じパートを歌う人間が二人できてし
まうのだ。
おおかたの意見は、通常通りのパート割りで、アスカは裕ちゃんのパートを、と予測して
いたのだったが
「後藤のラストなのに、それはひどいんじゃないですか。」
圭ちゃんが珍しく、つんくさんに突っかかった。
「アスカはこれからの娘。で歌っていくんやで。過去の娘。を見せても仕方ないんや。こ
れからの娘。にファンは期待しとる。そやから、アスカに歌ってもらうんや。」
結局、前半の2曲を後藤が、後半の曲をアスカが歌うことで決まった。
- 285 名前:最終章 投稿日:2001年09月27日(木)18時48分22秒
- 「これで、ほんまにええんやな。」
「はい、無理言ってすいません。つんくさんを悪者にしてしまいまして。」
「気にせんでええ。でも、辛いで、後藤。オレにはこのくらいしか、してやれんがな。」
「充分です。ありがとうございます。」
ソロパートはアスカが歌った。圭ちゃんと二人で歌っていたパートは三人で歌った。
次の曲は「抱いてHold on me!」。これも、ちょっともめた。
- 286 名前:最終章 投稿日:2001年09月27日(木)18時49分28秒
- 今まで、アスカがかつて歌っていたパートは圭ちゃんに引き継がれていた。アスカが復帰
することで、どうするかであった。
圭ちゃんは歌に対するプライドが高いから、自分が歌うと言うと予想していたが、
「これは、元々アスカが歌っていたパートだから、本人がいるのに、自分は歌えない。」
と言ってきた。
「今までは、アスカの思いを持って歌ってきたのに、本人がいるんだったら、その思いは
もう本物じゃない。」
「でも、今はもう圭ちゃんの思いでもあるんだ。アタシもそれは無視できない。」
圭ちゃんとアスカの間で、激しい口論が交わされた。
今度は、どちらも残るメンバーだから、お互いに納得したい。という訳で、つんくさんに
決めてもらう事になった。
「今後のライブでは、『抱いてHold on me!』は保田、『サマーナイトタウン』
は福田に歌ってもらう。」
そして、今、圭ちゃんが歌っている。ちなみに、後藤はラップとコーラスを歌った。
「恋愛レボリューション21」は、後藤は裕ちゃんのパートを歌った。
ラストの「ザ☆ピ〜ス」も後藤のパートはアスカが歌った。ペアを組むなっちも嬉しそう
で、ちょっと寂しかった。後藤も一部歌った。
- 287 名前:最終章 投稿日:2001年09月27日(木)18時50分53秒
いったん下がり、アンコールのための衣装替えを終え、再度ステージへ。
アンコールの大合唱の中、スポットライトを浴びた加護が登場。そして、そのそばにはア
スカが。
「I WISH」だ。
裕ちゃんのパートを歌いながら、様々なシーンが思い出された。しかし、頭を振って、そ
れを何度も何度も立ちきった。
過去の思い出なんて、必要ない。
なっちを忘れるために、後藤は娘。を忘れなければならない。後藤が娘。を忘れるために、
後藤は、完全に娘。に別れを告げなければならない。
後藤のパートをアスカにお願いしたのもそう。もう、後藤は娘。に存在しない。娘。に別
れを告げた証として。
娘。の記憶から、後藤を無くするために‥‥。
後藤からモーニング娘。を消し去る。それは、全ての娘。の記憶から、後藤を消し去るこ
とだから。
全ての娘。の記憶から、後藤を消し去るために‥‥、
後藤は、このステージのラストで全てを告白する。後藤真希なんて存在しなかったことを。
- 288 名前:最終章(石川) 投稿日:2001年09月27日(木)18時53分13秒
- −石川視点−
「よぉ、頑張っとるかぁ。」
「「「つんくさん!!」」」
ごっちんの最後の日の前日に、珍しくつんくさんが来てくれた。
てっきり、ごっちんへの励ましだと思っていたのだけど、つんくさんの顔を見るなり、元
気なく、つんくさんの横についたごっちんの姿に、異様な雰囲気を感じたのは、私だけじ
ゃなかったみたい。一瞬にして、レッスン場が居心地の悪い空気に包まれた。
「明日で後藤がラストなんで、みんなに言っとかんとあかんことがある。これは、後藤と
も社長とも相談して決めたことやから、そのつもりで聞いてくれ。」
「「「ええーっ!!!」」」
つんくさんから告げられたその内容は衝撃的でした。
「それから、このことをオレの口から伝えて、後藤のことを信用できへんと思うかもしれ
んが、これは絶対に後藤の口から伝えてはならないと、社長から言われっとったね。後藤
のことを悪う思わんといたってくれ。頼むわ。」
その後、つんくさんはライブの激励の言葉を言ってくれて、帰っていった。
保田さんとアスカさんは知ってたみたいで、平気そうだったけれど、他の全員はショック
で何も話せなかった。私も。
メンバーだって信じていたごっちんが、実は男の人だったなんて‥‥。
(私は騙されていたの?裏切られたの?)
- 289 名前:最終章(石川) 投稿日:2001年09月28日(金)18時58分37秒
- もし騙していたのなら、最後まで騙していてほしかった。
沈んだ空気の中、何も言わず、ごっちんは独り帰っていった。
「みんなは、後藤のことをどう思う?」
ごっちんが部屋を出た後で、保田さんが全員に呼びかけた。
「アタシは裕ちゃんから聞いていたから、今は大丈夫だけど。アタシも初めて聞いた時に
は驚いた。裕ちゃんやサヤカが聞いた時も同じだったそうよ。」
中澤さんも、市井さんも知っていたんだ。
「裕ちゃんやサヤカが知ってたのに、どうしてアタシ達には教えてくれなかったの?」
矢口さんの質問は当然だ。私だって‥‥、同じメンバーとして、知っていたかった。
「でも、みんな後藤が男だって気付かなかったよね。それがどんなに大変だったか。想像
がつくかい?」
想像なんてできない。だって、そんなに大変だったら、みんなで助け合えば‥‥。
違う。知ってたんだ。中澤さんも市井さんも、ごっちんも。秘密を守ることの大変さを。
そして、それを私達に負わせることで、どんなにみんなが苦労するかも知っていたんだ。
だから、自分達だけで‥‥。
だから‥‥、今も言い訳すらしないで‥‥。
「それに、後藤が男だって解ってたら、本当にメンバーとして接することができたかい?
少なくとも、アタシは自信ないよ。」
そんなのぉ‥‥、無理に決まってる。だって、今だってこんなに好きなのに。
- 290 名前:最終章(石川) 投稿日:2001年09月28日(金)19時00分26秒
- 「後藤は娘。が好きだった。好きだから、続けたかった。だけど、それが後藤のワガママ
だけじゃないって、みんな解るよね。後藤は娘。が好きで、その娘。を愛するが故に、今
まで頑張ってくれてたんだ。だから、アタシは後藤が男だって解っても、メンバーとして
受け入れたよ。」
「そうだよ。ごっちんは頑張ってたよ。」
飯田さんも立ちあがった。
「ゴメン。カオリはごっちんの事より、なんでカオリでなくて、圭ちゃんにその話をして
たのか。そっちがショックで考えてた。カオリがリーダーなのに、信用してくれてないの
って。だけど、今はごっちんのことが大事。ごっちんは本当に娘。のために頑張っていた
し、ごっちんのおかげでここまで来れた。うううん、ごっちん一人のおかげじゃないけど。
だけど、ごっちんがそこにいたのも事実。ごっちんを絶対に、仲間として見捨てたりでき
ない。これはリーダーとしての意見でもあるし、カオリ個人としてもそう思うの。」
「‥‥うぐっ、後藤さんはぁ‥‥、いつも辻がぁ‥‥うぐっ、タックルしてもぉ‥‥うぐ
っ、いつも受け止めてくれたれす。うぐっ、とっても‥‥うぐっ、うれしかったれす。だ
からぁ‥‥、後藤さんのことが、大好きなのれす。」
そうだよ。ごっちんはいつでも私達のことを受け止めてくれてた。私達が困ったり、悩ん
だりしてたら、いつも一緒に一生懸命に考えてくれてた。歌だってダンスだって、一番に
練習してた。やる気がないなんて、ウソだった。一番真面目だった。娘。に対しても‥‥、
メンバーに対しても‥‥。
- 291 名前:最終章(石川) 投稿日:2001年09月28日(金)19時01分37秒
- 「アタシ‥‥」
よっすぃーが泣きそうな顔で立ちあがった。
「アタシ、今ごっちんに何も言ってあげられなかった。ごっちんはアタシを親友だって言
ってくれたのに、アタシは何も言ってあげられなかった。きっと、一番辛いのはごっちん
のはずなのに‥‥、何も言ってあげられなかった。」
「大丈夫だよ。吉澤さん。」
応えたのは、アスカさんだった。
「明日も会えるよ。でも‥‥、明日が最後かもしれないよ。」
「明日、私達は何をすればいいんでしょう?」
半泣き状態の加護ちゃんだ。
そう、今度は私達がごっちんを受け止めてあげなければ、私達がごっちんを裏切ることに
なるんだ。
矢口さんだけ、怒った顔してるけど、今にも泣きだしそうな目をしてる。
みんな、ごっちんのために何かをしたいという気持ちが固まったみたい。
私は安倍さんと目が合った。この時、根拠はなかったが、私と安倍さんは、ごっちんに対
して同じ感情を持っている事を感じた。
私も安倍さんも、ごっちんにメンバー以上の愛情を持っていることを。
安倍さんもそれを感じてくれたみたいで、お互いに頷き合って、立ちあがった。
ごっちん。あなたが望む事は、絶対にこれだよね。
「「明日のラストステージ、最高のステージにしましょう。」」
- 292 名前:最終章 投稿日:2001年09月28日(金)19時03分15秒
- *****
−後藤視点−
アンコールの「I WISH」。
ここまで、完璧だ。「ちょこっとLOVE」で市井ちゃんの登場の時に、後藤と圭ちゃんが乱
れたけど、それ以外はいつもと同じ。気合充分のステージだ。
昨日、後藤の秘密を伝えたことで、みんな動揺しているはずなのに‥‥。
やっぱり、みんなプロなんだよね。どうな状況でも、見に来てくれたお客さんには、素晴
らしいステージをみせなきゃね。後藤が心配するまでもなかったんだね。
何事も無かったように、全てが過ぎていく。そしてこれからも。
後藤が存在していたことも無かったように‥‥、これからも過ぎていくんだ。
『Ah- Ah-』
「I WISH」の後半、10人が横一線に並び、なっち達4人とよっすぃー達4人が左右に
別れる。中央にアスカ、その後ろに後藤が立つ。はずが、
- 293 名前:最終章 投稿日:2001年09月28日(金)19時04分20秒
- 確かに左右に別れた。だけどみんな客席を向いていない。向かい合ったのだ。そして、ア
スカも後ろを向いた。
まるで、後藤を囲むように。
『晴れの日があるから そのうち雨も降る すべていつか納得できるさ!』
「I WISH」は娘。の中でも応援ソングとして有名だ。それをみんなが後藤に向けて歌って
くれている。
そこから先は覚えていない。目を開けることさえできなかった。いや、目は開いていたけ
ど、かすんで何も見えなかった。
だけど、メンバー全員が後藤を囲んで歌ってくれている。踊ることもせず、ただ歌ってく
れている。後藤のすぐそばで歌ってくれている。
後藤のためだけに‥‥。
『大丈夫だよ。後藤は独りじゃない。いつでもメンバーはそばにいるよ。後藤が全力を出
しての失敗だったら、アタシ達も全力を出してフォローする。後藤が危ない目にあったら、
アタシ達が守ってやる。後藤は独りじゃないんだ。』
市井ちゃんの言葉が思い出された。
- 294 名前:最終章 投稿日:2001年09月28日(金)19時05分18秒
- 本当だね。メンバーはいつでも近くにいてくれたよ。市井ちゃんだけじゃなかった。みん
なが後藤を守ってくれてる。
後藤は独りじゃない。
気がついたら、加護の顔が目の前にあった。泣き笑いの笑顔だった。
『でも笑顔は大切にしたい 』
歌った後、加護は後藤の胸に顔を埋めた。
圭ちゃんとよっすぃーが両方から、肩を組んできた。カオリと辻が後ろから抱きついてる。
梨華ちゃんが涙目で後藤を見ている。なっちも。アスカも。
やぐっちゃんだけ目を合わせてくれないけど、肩が震えてる。
そして全員で歌ってくれた。後藤以外の娘。が。多分‥‥、後藤だけのために‥‥。
『愛する人の為に』
- 295 名前:最終章 投稿日:2001年09月28日(金)19時06分14秒
- 全てのステージが終わった。そして、今から、後藤の最後の挨拶だ。
後藤を独り残し、メンバーが下りていった。
後藤にスポットライトが当たる。
もう泣かない。後藤は心を決めた。
「みなさん、2年間、応援いただきまして、ありがとうございました。」
「思えば、ここ横浜アリーナでの『サマーナイトタウン』が初めてでした。」
「とっても楽しい2年間でした。みなさんにも、メンバーにも、スタッフの方達にも、本
当に感謝しています。」
一回、深呼吸をして、心を落ち着けて、
「私、後藤真希には、二つの名前があります。」
- 296 名前:最終章(石川) 投稿日:2001年09月30日(日)08時43分56秒
- *****
−石川視点−
やっぱり、ごっちんは来てくれなかったんだ。
あの日、ごっちんの最後の日と同じように、全メンバーが揃っているのに。
ごっちん、あなただけいない。
どんなに素晴らしい賞をもらったとしても、ごっちんと一緒でないなら、うれしくない。
「それから、後藤真希さんはこちらです。」
司会者の声に振り向くと、
「おーい、みんなぁ、元気ぃ?」
マルチスクリーンの大画面いっぱいに、私の待っていたあの人の顔が‥‥。
「後藤真希さんは、こちら代々木体育館にて、ライブに出演中です。」
オオーッ!!
画面の向こうで、大きな歓声が聞こえる。
- 297 名前:最終章(石川) 投稿日:2001年09月30日(日)08時45分27秒
- 「おーい、後藤!!」
「ごっちん、何やってんねん。」
「あっ、裕ちゃんに市井ちゃん。彩っぺまでいるんだ。」
涙目で、よっすぃーが声をかけてる。
「よっ、親友!!」
ごっちんからも。
「よっ、悪友!!」
「やぁ、やぐっちゃん、相変わらず小っちゃいねぇ。」
「おぉよ、また5ミリ縮んじゃったぜぃ。」
二人とも、あれからもずっと仲いいもんね。
「おっ、加護ちゃん、どうした。」
「あっ後藤さん‥‥」
加護ちゃんの不安な時の表情だ。やっぱり、ごっちんが来てくれなくて、寂しいんだぁ。
だって、教育係だったもんね。
辻ちゃんが飯田さんに頭を撫でてもらってる。二人ともごっちんを見ながら、幸せな笑顔
をしている。
「梨華ちゃん。ガンバってるね。」
「うん。ごっちんも‥‥。」
見ててくれてるんだぁ。頑張ってるよぉ。ごっちんが応援してくれてるんだったら、絶対
に頑張っちゃうよぉ。
- 298 名前:最終章(石川) 投稿日:2001年09月30日(日)08時46分19秒
- アスカさんからも、ごっちんに向かって呼びかけた。
「ごっちん、こっちにおいでよ。ごっちんのパートもあるよ。」
「ダメだよ。それはもうアスカのパートじゃん。」
「あっ、そうか。ごめんね。でも、ごっちんと歌いたかったなぁ。」
「じゃあ、こっちで一緒に歌ってるよ。」
安倍さんも、保田さんも、みんな、ごっちんを見て、安心したように笑っている。やっぱ
り、みんな、ごっちんの事好きなんだよね。大切な、大切な、仲間なんだよね。ごっちん
は、永遠に娘。なんだよね。
「それでは、歌っていただきましょう。レコード大賞受賞曲『ザ☆ピース』です。」
ごっちん、見ててね。私‥‥、頑張るよぉ。
- 299 名前:最終章(中澤) 投稿日:2001年09月30日(日)08時47分49秒
- *****
−中澤視点−
「裕ちゃん。なんで、ごっちんはみんなに本当のことを言ったのだろうねぇ?」
今、うちらはごっちんの最後の挨拶を、全員揃って舞台袖で聞こうとしている。
矢口が聞いてきたおかげで、昨日何があったんか。初めて知った。
そっかぁ。全部言うたんやなぁ。
「さぁな、ウチにはよう解らん。みんなに謝りたかったんとちゃうかぁ。」
「違うよ。」
サヤカか。そりゃ、ごっちんの気持ちは、アンタの方が、よう知っとるやろう。
「それもあるかもしれないけど‥‥、後藤は全てを捨てたんだよ。娘。をね。」
なんや、そういうことかいな。
「何で、捨てちゃうんだよ。みんな仲間じゃない。」
「そこまでやらないと、後藤は娘。を辞められなかったんだよ。後藤は純粋過ぎたんだ。
純粋に娘。を、メンバーを愛し過ぎたんだ。矢口。解ってあげて。」
そうや。ごっちんは、何事にも純粋やった。壊れそうなくらいにな。
「うん‥‥、解った。だけど、アタシはごっちんを捨てないよ。今でも大切な仲間だよ。」
矢口の言葉に、メンバーの全員が頷いた。ごっちん、アンタは幸せもんやでぇ。
「だけど、最後はアタシが後藤を守るんだ。絶対に譲らないよ。矢口にも。なっちにも。」
サヤカの突然の言葉に、なっちが真っ赤な顔しとる。へぇーっ、なっちもやったんかいな。
こりゃ、ライバル多いで。こりゃあ、ねぇさんは諦めなぁしゃあないかな。
- 300 名前:最終章 投稿日:2001年09月30日(日)08時49分23秒
- *****
−後藤視点−
「私、後藤真希には、二つの名前があります。」
客席が静かになった。
ダメ。ちょっと待ってね。本当に‥‥、悔いはないよね。
ガンバレーと声援が聞こえた。
うん、ガンバル。
「モーニング娘。の後藤真希と‥‥、16才の女の子の後藤真希です。」
言ってしまった。だけど、これでいいんだ。
私達は夢を与えてきたのだ。みんなの夢を破ってはいけない。夢を見つづけてもらうこと
が大事なんだ。
いつかは、真実が知られるかもしれない。だけど、それまでに私がやってきた結果は残る。
それを見て、たとえ一人でも勇気や優しさが持てたなら、もし感動してくれる人がいてく
れるなら、私はモーニング娘。の後藤真希でいて良かったと思える。
メンバーは私の告白にも関わらず、こんなにも応援してくれている。みんなを騙していた
私を暖かく見てくれている。全てを捨てて、初めて真実を見つけることができた。私はメ
ンバー全員を愛していたし、モーニング娘。を愛していた。そして、モーニング娘。も私
を、後藤真希を愛してくれていた。今までずっと‥‥、そしてこれからも。
だから、私は頑張れる。もう迷いはない。私はモーニング娘。の後藤真希なのだ。
- 301 名前:最終章 投稿日:2001年09月30日(日)08時50分17秒
- 娘。の全てを捨てて、今日この場で、モーニング娘。の後藤真希は終わるが、これからも
モーニング娘。の後藤真希は生き続けるのだ。
私を応援してくれる、全ての人の思いと共に。
「今日で‥‥、私は‥‥、モーニング娘。とプッチモニを卒業して‥‥、ただの後藤真希
に戻りますが、‥‥」
今なら言える。みんなも同じ事を‥‥思ってくれるよね。
「私は‥‥、永遠に‥‥、娘。です。」
(END) ワァー!!
- 302 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月30日(日)08時52分27秒
- 作者です。
無事、脱稿できました。
書けない時期がいくつもあって、何度かくじけそうになりましたが、暖かいレスのおかげで、
何とか書き終えることができました。
ありがとうございました。
- 303 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月30日(日)09時00分47秒
- 元々は、私が後藤真希の脱退に賛成派でしたので、その穴を埋めるのには‥‥
と考えていた頃に、福田明日香の高校中退のニュースを聞き、これだ!となりました。
それで色々と妄想してるうちに、書いてみたいなという気分になって、今日に至るです。
ごっちんの脱退に賛成なのは、ファンとして、今がソロとして活動していくにもちょうど
良い時期なのでは、と思ってるからでして、このタイミングを外すと、グループ内ソロみ
たいな特別待遇的な感じになるんじゃないかって思ってて、そうなるとグループ内での風
当りも強くなるのでは、と危惧したりしています。
- 304 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月30日(日)09時15分41秒
- ごっちんを男にしたのは、ちょっとした気の迷いです。
別小説とかでの、他メンバーとの絡みから、ごっちんが男だったら、と思うことがあったから
でした。
正直、この小説で男である必然性が段々と薄れていって、どうなるかとも思ったのですが、石
川との絡みを入れたことで、体裁は何とかできたかなと思ってます。
本当は、もっと市井の女らしさとか、吉澤や矢口との絡みも書くべきだったのでしょうが、力
不足でした。
- 305 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年09月30日(日)09時23分26秒
- 最後に、メンバーに男であることを告白させるか、最後まで悩みました。
1.告白して、受け入れてもらう。−−>今回のパターン
2.告白せずに、今まで通りの関係
3.告白したがどうか、明確にせず、読む人の想像に任せる。
の3パターンを考えてました。最初は3.のつもりだったのですが、書いてるうちに、1.で
なければ書けない状況になってきたため、1.を採用しました。
皆さんはどのパターンが良かったでしょうか。ご意見いただけると、ありがたいです。
最後まで、読んでいただいた方々、どうもありがとうございました。
- 306 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月02日(火)03時32分47秒
- 個人的には3番の考えさせられる文が好みですが、
最後、読んでてグッとくる
ものがあったので今はスゴク満足しています。
最後に、誠に御疲れ様でした。
- 307 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年10月02日(火)18時37分05秒
- >>306
レスありがとうございます。
喜んでいただけたと解って、安心できました。自己満足かなって思ってましたので。
風板の方で、短編を始めました。『ごちゃまぜ小説』です。
本日、第一話終了予定です。そちらも読んでやってください。
- 308 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年10月09日(火)19時09分08秒
- ここのスレも半分ほど残っているので、新規です。
永遠に2 −君のそばで−
- 309 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月09日(火)19時11分29秒
- −君のそばで−
2001年9月。
ここは白百合女学院。新学期も始まってしばらくたった頃である。
キーン、コーン、カーン、コーン
1年3組の教室に、担任の平家先生が入ってきた。隣に見なれない少女を連れている。
「えーっ、今日は最初に、みんなに転校生を紹介します。では、自己紹介してくれるかぁ。」
「ハイッ!埼玉から転校してきました吉澤ひとみです。4月12日生まれの16歳。特技
は、バレーボールをやってました。愛称は、よっすぃーです。よっしーじゃなくて、よっ
すぃーです。みんなもよっすぃーと呼んでください。」
バレーボールをやってるだけあって、長身でスタイルが良いのと、見るからに美少女な雰
囲気は、すぐに教室内の評判となった。そこここで、隣の席同士でささやき合っている。
- 310 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月09日(火)19時12分16秒
- 「よっすぃーやったなぁ。席は、後ろの。ほら、あそこやから。」
吉澤は、自分の席の方を見て不思議そうな表情をしている。いや、正確に言うと、自分の
席の隣にいる白い塊を見て。
平家先生が吉澤を連れて、その塊に近づくなり、持っていた名簿で、
バッシーン!
「いったいなぁー。もーぉ。」
白い塊が動き出した。
「ごっちん、転校生の最初くらい、起きとこね。」
そう言い残して、平家先生は教壇に戻って行った。
「ん、もう。痛いんだからぁ。ん?アンタ誰?」
「アタシ、吉澤ひとみ。よっすぃーって呼んで。今日から転校してきたの。よろしくね。」
吉澤が握手しようと手を伸ばすが、ごっちんと呼ばれた娘はそれを無視して、また机に突
っ伏した。
「もう、こっちから、よろしくって言ってんのにぃ。」
「アタシには、関わらない方がいいよ。」
突っ伏したまま、少女は応えた。
- 311 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月09日(火)19時13分40秒
- 「では、授業を始めます。教科書の‥‥。」
「あのー、すいません。アタシ、教科書まだなんですけど。」
吉澤が後ろの方から、手を上げて言った。
「そっかぁ、間に合わんかったんやなぁ。明日には大丈夫やと思うんで‥‥、」
平家先生がそこまで言ったところで、吉澤の隣から教科書が差し出された。ごっちんと呼
ばれた隣の娘が、机に突っ伏した格好のまま、教科書を吉澤に差し出したのだった。
「あ、ありがとう。」
何気なく、教科書に書かれた名前を確認した。
『後藤 真希』
(で、ごっちんかぁ。)
「じゃあ、今日は隣のごっちんに見せてもろうっとってなぁ。」
「はーい。」
吉澤は、二人で見ようと机を近づけたが、さっと手を上げてそれを遮る。まるで、近づく
ことを拒むかのように。
(どうせ、授業なんて聞かないから、要らないってことね。)
小声で呟いた吉澤は、教科書を開いて驚いた。
(何これ?)
- 312 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月09日(火)19時14分32秒
- 教科書には、ページいっぱいに落書きがされていた。「へのへのもへじ」やドラえもんま
である。黒いマジックや赤いマジックで。
(こんなんじゃ、読めないじゃん。まぁ、無いよりはマシかもしれないけど。)
子供っぽいねと言いたげな表情で笑った後、吉澤は他のページも開いてみた。そこには、
『辞めちまえ』
『学校なんか来るんじゃねぇ』
『おまえなんか死んじまえ』
などと書かれていた。
そのページだけではない。次のページも、次のページも。
全部見たが、落書きのないページは1つも無かった。いや、まともに読めるページすら1
つもなかった。中には、明かに文字を消し潰したところもある。
吉澤は驚いた表情で、隣の後藤を見た。
何事もないように、相変わらず、机に突っ伏したままであった。
- 313 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)19時19分18秒
- 授業が終わってから、吉澤は前の席の子に話かけた。
「ねぇねぇ、この子って、何なの?」
相変わらず、突っ伏したままの後藤を指差した。
「あぁ、後藤さん。」
「相手にしない方がいいわよ。もし、相手になんかしたら、‥‥」
前の席の子の話が終わらないうちに、廊下が騒々しくなった。
「吉澤ーっ!吉澤ーっ!」
「何なのぉ!アタシこの学校に知り合いなんていないんだけど。」
突然、長身に長い黒髪を振り乱しながら、独りの少女が教室に入ってきた。人気があるの
で、キャーキャー騒ぐ娘達もいる。
「ねぇ、今日このクラスに吉澤って子が転校してきたって聞いたんだけど。」
「ハイッ!アタシですけど。」
吉澤は突然の来客に驚きながらも、平然と手を上げて応えた。
「あなたが吉澤さん?あの埼玉代表で唯一、一年生でレギュラーだった。中学生で既に代
表だった吉澤さん?」
づかづかと教室の後ろまで歩いてきた。
「はい。多分‥‥、その吉澤です。」
「ようこそ。白百合へ。私は、この学校のバレー部でキャプテンをやってる飯田圭織。バ
レー部はあなたを歓迎するわ。バレー部に入部してくれるよね。」
「はいっ!そのつもりです。」
「楽しみだわ。今年は戦力的に上位が望めそうだったのよ。これで吉澤さんが入ってくれ
たら、インターハイだって夢じゃない。よろしくね。吉澤さん。」
「はい、よろしくお願いします。」
「じゃあ、放課後に体育館で待ってるわ。それと、」
吉澤の隣で寝ている後藤を指差して、
「その子には関わらないように。アンタの身の為だよ。」
とだけ言い残して、教室を出ていった。
- 314 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)19時20分15秒
- 次の授業が始まっても、後藤が起きる様子はなかった。が、授業が始まる寸前に、教科書
が差し出された。これも同じ様にひどい落書きで、とても使える状況ではなかった。元々
教科書を持っていない吉澤にとっては、無いよりはましだったかもしれないが、とても勉
強できるような物ではない。
(後藤さんは、何だって‥‥)
2時限めが終わって、もう一度前の席の子に聞いてみた。
「ねぇ、後藤さんのことなんだけど‥‥。」
「後藤さんね、みんなに嫌われてるから‥‥。学校中のみんなに嫌われてるの。」
「何で、学校中全員なんて?」
「この子、人殺しなの。」
前の席の子は何気なく言ったが、吉澤は後藤の身体がピクンと反応したのを見逃さなかっ
た。
「ねぇねぇ。それよりも、吉澤さんのこと、色々と教えてくれない?」
その言葉をきっかけに、吉澤の周囲に人だかりができた。みんな吉澤に興味を持ったのが
解る。
さすがに騒がしいと思ったのか、後藤はムクッと起き上がり、教室を出ていった。その背
中を吉澤はじっと見送った。
- 315 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)19時21分04秒
- お昼休みの屋上に佇む独りの女生徒。
長めのボブの黒髪が風で顔にまとわりつくが、それを拭おうともせずに校庭を見下ろして
いる。
「後藤さん、ここにいたんだ。」
屋上に上がる扉から声をかけたのは、吉澤だった。
「何?アタシに関わらない方がいいって言ったよ。吉澤さん。」
「あっ、名前覚えてくれたんだ。」
「あんだけ騒がれてたらね。」
「ははっ、そうだよね。」
吉澤がゆっくりと後藤に近づき、並んで校庭を見下ろす。
それを見て、後藤が立ち去ろうとする。
「あっ、ごっちん!」
突然、声をかけた吉澤に驚いて、後藤が止まる。
「教科書、ありがとう。それから、よっすぃーって呼んでくれないかなぁ。アタシも後藤
さんのこと、ごっちんと呼びたいし。」
吉澤の声を無視するように、後藤は屋上を後にした。
吉澤はしばらく、その場に残りながら、考えていた。
(ごっちんって、どこで、お昼を食べていたんだろう?)
- 316 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)19時23分21秒
- 放課後、吉澤は約束通り、体育館を訪れた。が、すぐに練習するつもりだった吉澤は、制
服姿のカオリを不思議に感じた。しかも、他には誰もいない。
「あのー、練習ってここじゃないんですか?」
「あっ、吉澤は今日来たばかりだから知らないんだよね。うちの学校は部活も活発なんだ
けど、試験も厳しくてね。もうすぐ中間試験じゃない。だから、試験前と試験中は部活禁
止なんだ。おかげで、9月はほとんど練習できないんだよね。」
「えっ、もうすぐ試験なんですか?」
「そうだよ。聞いてなかった?」
「そういう時期だなってのは、思ってましたけど‥‥。」
「まぁ、今日は入部の手続きだけしといてもらおうと思ってね。」
そうして、吉澤に名簿が渡された。
「ここに、クラスと名前を書いて。」
吉澤は名前を書こうとして、名簿を上から見渡した。そして、一点で目が止まった。
『1年3組 後藤真希』
「あのー、後藤さんって、バレー部なんですか?」
カオリの顔が急に険しくなった。
- 317 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)19時24分16秒
- 「うん、そうだったよ。でも、もう辞めたよ。」
「えっ、どうして辞めちゃったんですか?」
「知らないよ。あいつのことは気にしない方がいいよ。」
キャプテンらしからぬ不自然な態度に疑問を感じたのか、吉澤は名前を書くことに躊躇し
てしまった。
「あのー」
「どうした?早く書いてよ。」
「練習を見学させてもらってからじゃあ、ダメですか?」
「ダメじゃないけど‥‥、どうして?」
「やっぱり、自分のレベルに合わないとやってても、面白くないし、続かないと思うんで。」
「そんなの、うちのバレー部は練習の厳しさなら、他校からも評判だよ。それでも足りな
いなら、吉澤の意見を聞かせてもらって、反映もさせていくし。」
「でも、今手続きしても、練習できないんでしょ。だったら、手続きして、すぐ練習って
方が、気持ち的にも張り合いがでるんで、お願いします。」
しばらく考えていた様子だったが、
「うん、解ったよ。アンタほどの逸材が、今更バレー以外やろうなんて思わないだろうし、
試験明けを楽しみにしてるよ。」
しぶしぶと名簿を下げた。
「すいませんでした。」
そう言って、吉澤は体育館を走り去っていった。
- 318 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)20時25分59秒
- 次の日の朝。
「いってきまーす。」
吉澤が玄関を飛び出したところで、
「ん?ああっ!ごっちーん」
前を歩くのは、自分と同じクラスの後藤だった。
後藤は一度振り向いたが、吉澤の姿を確認すると、また歩き出した。
「ねえ、ごっちん、待ってよ。この近くなの?近所なんだねぇ。」
吉澤が後藤の肩を叩くが、後藤は相変わらず、表情も変えず無視するばかり。
「ねぇ、人が話しかけてんだからさぁ、返事くらいしなさいよ。うちで、そんな事したら
さぁ、お父さんにどれだけ怒られるか。」
急に、後藤は立ち止まり、
「アタシんち、お父さんいないんだ。死んじゃったから。」
とこれも表情も変えず、振り返りもせずに言うと、そのまま、また歩きだした。
「ごめん。‥‥アタシ知らなかったから。変なこと言っちゃって。――― ごめん。許し
て。」
後藤の前に回り込み、両手を合わせて必死に吉澤は謝っている。
「いいよ。気にしてないし。」
後藤は、やはり表情も変えず、歩いていく。
「んー、だったらさぁ。今日のお昼一緒に食べようよ。」
吉澤は後藤の横に並んで、話かける。
「止めときな。でないと、今度はアンタが‥‥。」
それだけ言うと、後藤は吉澤を残して、走り去っていった。
- 319 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)20時26分49秒
- いったん取り残された吉澤だったが、駅のホームで電車を待つ後藤を見つけて、すぐに近
づいた。
「ひっどいなぁ。置いていくなんて。」
言葉とは裏腹に、笑顔で吉澤が話しかける。
後藤は、もう無視を決め込んだらしい。
吉澤が電車の中でも、何度も話しかけたが、後藤は返事すら、目を合わせることすらしな
かった。
「でねぇ、もうすぐ試験だって、昨日聞かされてさぁ‥‥」
吉澤は電車を降りてからも、話かけていたが、改札を出ると同時に、また後藤は走り去っ
ていった。
吉澤は後藤を追い掛けるのを諦め、ゆっくりと歩いていった。が、あちこちから視線を感
じる。昨日、吉澤が転校してきたことが、既に学校中で評判になっており、注目の的とな
っていたのだ。
しかし、当の本人は前の学校でも同じであったのだろう、そのような雰囲気に戸惑うこと
なく、歩いていった。
(あぁ、また声かけられたりするんだろうなぁ。)
そう思っていたであろう。その時、
- 320 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)20時27分32秒
- 「もしもし、吉澤さんれすね。」
振り向くと、背の小さいお団子頭の二人組が。しかも自分と同じ制服の。
「ええっと、うちの学校って、付属の小学校ってあったっけ?」
「失礼な!」
「ごめん、ごめん。じゃあ、中学?」
「失礼な、奴ゃなぁ。うちら、あんたと同じ1年やで。これでも。」
「ごめん、ごめん。あんまり可愛いかったから。」
吉澤の言葉に二人はポッと赤くなった。
「変なこと言うて、からかわんといて。」
「そうれす。そんなこと言われても、らまされません。」
「はいはい。で、何か御用事でしょうか?」
吉澤が腰をかがめて、二人の顔の高さまで、顔を下げた。
「これは、うちらからの忠告や。後藤さんには近づかんとき。」
予想外の言葉に吉澤は動揺した。
「近づかない方が、身の為なのれす。」
そして、二人は吉澤を追い越して、歩き出した。
「おーい、理由もなくそんな事言われても、解んないよー。」
吉澤は、去っていく二人に向かって、叫んだ。
二人はいったん、振り向いて、
「それやったら、今日の昼休みに、理科準備室まで来てください。」
「来てくらさい。」
そして、また歩き去っていった。
- 321 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)20時28分04秒
- その日、吉澤には教科書が届いたため、不都合なく授業を受けることができた。
後藤は、教科書がひどい状態だったので、授業を受ける気がないと吉澤は思ったのか、自
分の教科書を持って、後藤の席に近づけようとした。しかし、相変わらず後藤は右手を上
げてそれを拒み、机に突っ伏したまま、授業の時間を過ごした。
何もかも前の日と同じだった。後藤はずっと机に突っ伏したままで、休み時間に吉澤の周
りに人だかりができると、どこかに去っていく。そして、授業の始まる直前に戻ってくる。
「授業をサボったりはしないんだねぇ。」
吉澤は何度か話しかけたが、後藤は返事もせずに机に突っ伏したままだった。
- 322 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)20時28分57秒
- お昼休みになった。
みんなそれぞれに、お弁当を広げて、友達同士で過ごしている。
それを無視するように、後藤は独り、教室を出ていった。
慌てて、吉澤が追い掛ける。
「ねぇ、お昼一緒に食べようって、約束したじゃん。どこに行くの?」
見ると、後藤は何も持っていない。
「あっ、購買に買いに行くんだぁ。ごめんね。邪魔しちゃって。早く戻ってきてね。」
後藤は表情も変えず、歩いていった。
教室に戻った吉澤に、
「ねぇ、後藤さんなんか、相手にしない方がいいよ。」
「だって、住んでるのも、今朝近所だって解ったし、お昼も一緒に食べようって、約束し
たし。お昼食べるくらいいいんじゃない?」
クラスメート達は顔を見合わせた。
「多分‥‥、後藤さんて、お昼食べていないと思うよ。」
「どうして?病気とか?」
「病気じゃないけど‥‥」
急に一人が吉澤に近づいてきた。クラス委員だった。
「後藤さんは、ここで食べる資格なんかないんです。」
「なんで、アナタがそんな事言うの?」
「後藤さんは、この学校なんかに来ちゃぁいけないんです。」
「だからぁ、何でアンタがそんな事言うのよぉ。」
「それは‥‥、後藤さんがこの学校にとって、必要な、かけがえのない人の命を奪ったか
ら‥‥。そして、私達にとって、絶対に裏切ることのできない人を悲しませたから。」
- 323 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)20時30分25秒
- 吉澤は理科準備室に向かっていた。
後藤が何をしたのか知りたい。
後藤が何故ここまで、言われているのか。
後藤が何故心を閉ざしているのか。
この学校にとって、かけがえのない人って?
全ては、今朝の二人組が教えてくれるはず。そんな確信があった。
「もう、来たんかぁ。ちょっと待ってな。ののがまだ食事中やねん。」
吉澤は二人の向かい側に座った。
「自己紹介しておくわ。ウチは1年2組の加護亜依や。で、こっちが、辻希美。ウチと同
じクラスや。」
- 324 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)20時31分20秒
- 辻が食べ終わるのを待って、吉澤から話かけた。
「ごっちんは、いったい何をしたっていうの?」
応えたのは、加護の方だった。
「後藤さんは、ウチらの大事な人を殺したんや。」
「大事な人って?」
「市井紗耶香さん。学校中の誰もが一度はお世話になっているのれす。」
「そして、市井さんが亡くなって、一番悲しんでる人がおるねん。」
「それは?」
「矢口真里さん。みんなの悩みを聞いてくれる優しい人なのれす。」
「矢口さんと市井さんは、幼馴染やったねん。ほんまに仲良かったんや。」
「本当れす。市井さんはカッコいいし、矢口さんは可愛いから、みんなの公認のカップル
らったのれす。」
「でも、後藤さんは、その矢口さんから市井さんを奪ったんや。矢口さんはほんまに市井
さんを愛していたのに、奪ったんや。それだけでも許されへんのに‥‥」
「後藤さんは、矢口さんの市井さんを殺したのれす。らからぁ、絶対に許せないのれす。」
「だって、そんなの信じられないよ。それに、本当だとしても、何でみんなでそんなに酷
いことするのよ。」
「酷いことなんかしてないれす。そんなことしたら、矢口さんに怒られます。」
「そうや。教科書に落書きしたんは、ウチらの決意表明や。毎日、教科書を開ける度に、
ウチらの気持ちを解れってな。」
「でも、あれは酷過ぎるんじゃない?」
「吉澤さんは、市井さん達の事を知らないから、言えるんれす。」
「そうや。矢口さんの事も知らんから、そう言うんや。」
「そんなの、知ってるわけないじゃん。昨日転校してきたばかりだってのにさぁ。」
「じゃあ、ついて来ぃ。」
- 325 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)20時32分05秒
- 理科準備室を出た二人の後ろに、吉澤が続く。
「ここや。」
そこは生徒会室だった。そして、一人の少女が座っていた。その前に生徒が座り、後方の
入り口には、5人ほど並んでいた。
「あれが、矢口さん。」
矢口が二人に気がついた。
「おおっ、加護ぉ、辻ぃ、遅いじゃんかぁ。ちゃんと入り口整理しといてよね。」
「へぃ!」
辻が入り口で並ぶ5人の所へ走っていった。
「残念ながら、矢口さん達が何を話しているかは、聞くことができへん。これは、相談す
る人のプライバシーに関わるからなぁ。でも、相談する人に顔つきがどう変わるか、見て
るだけでも、解ってもらえると思うわ。」
そう言うと、加護も辻の所へ走っていった。
今相談に来ている人は、確かに暗い表情で話をしている。言葉も少なそうだ。しかし、10
分もすれば、表情が段々と明るくなり、言葉数が増えていってるのが解る。最後は笑顔で
帰っていった。
矢口は、それを笑顔で見送った後、また次の生徒の話を聞いている。そして、その生徒は
5分くらいで、笑顔に変わっていった。
- 326 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)20時32分47秒
- 「ごめんなさーい。お昼休みは終わりれすのれ、後は放課後にしてくらさーい。」
外にはまだ2人並んでいたが、辻の笑顔と明るい声を聞いて、残念そうに帰っていった。
矢口は最後の一人の話をまだ聞いていた。
加護が吉澤の所に戻ってきて、聞いた。
「どうや。ちょっとは解ったか?」
「うん、まぁね。みんなが頼りにしてる。ってのは解った。だけど‥‥。」
「だけど‥‥?」
「やっぱり、ごっちんに酷いことするのは、違うと思う。もし、本当に矢口さんが優しい
人なら、そんなこと望まないと思う。」
「矢口さんも心を痛めてんねん。後藤さんに酷いことしたくはないねん。そやけど、後藤
さんの顔を見れば、市井さんのことを思い出してしまう。そやから、後藤さんには、矢口
さんの目の前からいなくなってもらいたいんや。それだけでええんや。」
「この学校を辞めてくれたら、いいんれす。それらけれす。」
吉澤は考えた。そして、
「じゃあ、また放課後に来るよ。」
- 327 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)20時33分37秒
- 放課後、吉澤が生徒会室に着くと、すでに10人程度の列ができていた。
「よっしー、来たんれすか。」
辻が吉澤に気がついた。
「よっしーじゃなくて、よっすぃー。『す』に小さい『い』だからね。間違えないでよね。」
「言いにくいれすねぇ。」
「加護ちゃんは?」
「あいちゃんは、今日は試験勉強の日なのれす。もうすぐ試験らから、交代でおてつらい
に来てるのれす。」
「そうだよね。試験なんだよねぇ。」
そう言いながら、吉澤は列の最後尾に並んだ。
「よっしー、変なこと言わないれくらさいよ。」
「変なことって、何なんだよ。言われちゃあ悪いことやってんの?」
そう言われて、不服そうに、辻は持ち場に戻っていった。
- 328 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)20時34分56秒
- 吉澤に順番が回ってきたのは、5時を回った頃だった。
「初めて見るね。」
最初は、矢口から声をかけた。
「はい、昨日転校してきました。」
「へぇー、じゃあ、あなたが噂の吉澤さん?噂通りの美少女だね。」
「噂ってそんなぁ。それに、矢口さんもとても可愛いですよ。」
「あなたみたいな娘に言われると嬉しいね。」
(やっぱり、悪い人ではなさそうだ。)
矢口の表情からそう感じたのか、吉澤の緊張も緩んだ。
「で、転校早々に、何か悩みができた?アタシで良ければ聞くよ。役にたつかどうかは、
解らないけど、何かしてあげられるかもしれないし。」
「はい、クラスにいる子なんですけど、酷いイジメに合ってるんです。教科書は落書きだ
らけだし、お昼のお弁当も食べていないみたいだし、クラスの子もみんなその子を無視し
ているんです。聞いたところでは、学校中のみんなが彼女を無視しているなんて聞いてて、
とても悲しいんです。何とか彼女を助けてあげたいんです。」
後ろから辻が吉澤に近づこうとしたが、矢口がそれを止めさせた。
- 329 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)20時35分29秒
- 「ねぇ、その子は泣いているの?」
「泣いてはいないけど、悲しそうです。」
「吉澤さんに助けを求めたの?」
「いいえ、無視されっぱなしです。」
「だとしたら、その子は助けてほしくないんだよ。きっと。何かの罪を償おうとしてるの
かもしれないねぇ。」
「ええ。でも、もう十分に償えたんじゃぁ‥‥。」
「それは、本人でなければ分からないよね。」
「だったら、アタシは何ができるんでしょうか?」
「まずは、見守っていてあげれば。今はそれくらいしか言えない。ごめんね。」
「‥‥」
吉澤はしばらく、うつむいていたが、
「はいっ、ありがとうございました。」
元気にそう言うと、部屋を出ていった。
- 330 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月10日(水)20時36分32秒
- その日の夜。
夜の公園でブランコを揺らす一人の少女。
「市井ちゃん‥‥」
涙が一滴、ほほを伝って落ちた。
ふと、誰かが近づく気配に気付き、身体に緊張が走る。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、」
ジャージ姿の人影が公園に入ってきた。そしてそのまま柔軟運動を始めた。
ギィーッ
立ち去ろうとした際に、ブランコが揺れて音が鳴った。
「ん?あれっ?ごっちん?」
ジャージの人影が近づいてきた。
「やっぱり、ごっちんだった。どうしたの?こんな時間に。」
吉澤だった。
「アタシ、引越して来たばかりでさぁ。この辺よく解んないからさぁ。ランニングがてら
探検してたんだけどね。こんな所に公園があるなんて、大発見。」
嬉しそうに話かける吉澤を無視して、後藤は立ち去ろうとする。
「市井さんのこと、聞いたよ。」
それを聞いて、後藤の動きが止まる。
「みんな、ごっちんが市井さんを殺したって言うんだけど‥‥、アタシ、信じられないん
だよね。」
「――― ホントだよ。」
「うん、市井さんって人が亡くなったのも、それがごっちんに原因があるのも‥‥、多分
そうなんだと思う。でも、そんなに心を痛めても、亡くなった人は帰ってこないと思うん
だ。もっと、前向きに生きていかないと‥‥、その市井さんも悲しむんじゃないかなぁ。」
「――― 市井ちゃんは生きているよ。」
吉澤は言葉の意味が解らず、呆然となる。
「生きているよ。みんなの心の中に‥‥。そして‥‥、アタシに復讐してるんだ。」
後藤は悲しい言葉を残して、公園を出ていった。
- 331 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月11日(木)19時30分59秒
- 次の日も、後藤は相変わらず。授業中は机に突っ伏したままだったし、休憩時間に教室を
出ては、授業の前に教室に帰ってくる。授業が終われば、すぐに帰っていく。そんな感じ
だった。
吉澤は休憩時間に後藤がどこに行くのか、追い掛けたかったが、教室で試験勉強をクラス
メートに教えてもらっていたので、できなかった。
次の日も。次の日も。
一週間ほどで試験が始まった。
「あぁー、やだなぁ。習ってない所が出たら、解んないよー。習ってても、解んないのに
さぁ。」
吉澤は小声で呟く。
吉澤は、試験が始まって、10分程で行き詰まった。
(残りは、カンに頼るしかないかぁ。)
そんな事を思いながら、何気なく、隣の後藤を見る。
(いつも、おやすみのごっちんだったら、アタシと大して変わんないよねぇ。)
と思ったら、さすがに後藤は寝てる様子はない。しかも、シャカシャカと鉛筆が走ってい
る。全く、滞る様子もなく、
しばらく、見惚れていたが、
バシン!
吉澤が頭に衝撃を感じて振り向くと、腕を腰に当てた姿勢の平家先生がいた。
「よっすぃー、試験中によそ見はあかんでぇ。カンニングかと思われるからなぁ。」
我にかえって、自分の答案に向かったが、考えても解らないのは同じ。ぼーっとしている
と、どうしても後藤が気になってしまう。相変わらず、シャカシャカという鉛筆の音が聞
こえている。
全く様子が変わることなく、試験の時間は終了した。
- 332 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月11日(木)19時31分48秒
- 「ごっちん、どうだった?できた?」
吉澤が話し掛けるのと、後藤が机に突っ伏すのが同じタイミングだった。そして、いつも
のように、吉澤の言葉を無視し続けるのだった。
次のテストも同じだった。
吉澤が解らなくなって、詰まっていると、隣の後藤のシャカシャカいう鉛筆の音が聞こえ
る。全く滞る様子もなく。
「ねぇねぇ、ごっちんってさぁ、授業中はいつも寝てるのに、試験すごいんだよ。」
休憩時間に、後藤が教室を出たのを確認して、吉澤は前の席の子に話しかけた。
「ええーっ、適当に書いてるだけじゃないのぉ。」
「うーん、そうかもしれないけど、でも、すっごい一生懸命に書いてたよ。」
「信じられないねぇ。」
次の日も、吉澤は悩み、後藤は鉛筆を走らせていた。
次の日も。次の日も。
そして、2週間の試験が終了した。
- 333 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月11日(木)19時32分43秒
- 「ねぇねぇ、よっすぃー。よっすぃーってさぁ、明日から部活でしょ。」
「うん、その予定。」
「だったらさぁ、しばらくゆっくりできないよねぇ。」
「そうだね。毎日練習があるからね。」
「だからさぁ、帰りにお茶して帰んない?」
クラスメートの数人に誘われて、
「そうだね。試験も終わったことだし‥‥、ねぇ、ごっちんは?」
吉澤が後藤の方を振り向くと、後藤はもう教室を出ていく所だった。
「後藤さんなんか、放っときなって。それに、後藤さんと仲良くしてると、今度はよっす
ぃーが狙われるよ。」
「狙われる‥‥って、どういう事?」
突然の吉澤の険しい顔に、クラスメートがたじろぐ。
「ええわ。なんやったら、ウチらが説明したる。アンタらやったら、変なこと言うかもし
れへんからなぁ。」
「そうれす。こういう事は、あいちゃんに任せた方が、間違いないのれす。」
「加護ちゃんに、辻ちゃん!!」
二人は教室に入ってきた。
「ウチらは、いつも矢口さんと一緒におるから、こいつらよりはよう知っとる。」
「信じるかろうかは、よっしーしらいれすけろ。」
- 334 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月11日(木)19時33分34秒
- *****
駅前の喫茶店に三人は居た。
「まずは、何から話そうかいな。」
加護がオレンジジュースを一口飲む。
「市井さんは、何故亡くなったの?」
吉澤の問いに、加護はもう一度、オレンジジュースを飲み込んでから、
「あれは、1ヶ月前。8月の暑い日やった。後藤さんは、バレー部やったんや。ウチの学
校、知ってると思うけど、部活にも力入れとうから、練習も厳しいねん。バレー部も例に
漏れず、キャプテンの飯田さんがおって、厳しいねん。」
「8月ゆうたら、暑い盛りやろ。体力つけるためやってゆうて、毎日昼間にロードやっと
ったねん。ゆうても、新入生中心な。レギュラー組はそんな暇ないから、やってへんねぇ。
後藤さんも新入生やから、ロードに出てて、市井さんは応援で一緒に走っててくれたねん。
それも毎日やで。その頃はもう、市井さんと後藤さんは仲ようなっとったんやけど、市井
さんは後藤さんの為だけに来とったんとちゃうねん。他の走ってる子達の事も、一緒に走
りながら応援しとったねん。変やろ。でもなぁ、いつも市井さんて、そうやったねん。何
かあったら、ほんまに一緒になって身体を張ってくれるねん。しかも、カッコえかったし
な。そやから、人気もあったでぇ。よっすぃーと同じくらいかなぁ。」
「そん時も一緒に走ってくれとったねん。で、大分走って、みんなヘロヘロやった時らし
いわ。市井さんが後藤さんの横に並んだ時、突然に後藤さんが市井さんを車道に突き飛ば
したねん。そこに、コンビニのトラックが来て、市井さんは‥‥。」
加護は言葉を詰まらせた。そして、自分を落ち着かせるように、オレンジジュースを口に
含んだ。
- 335 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月11日(木)19時34分42秒
- 「だって、そんなのわざとじゃないじゃん。疲れてたから、バランス崩しただけでしょ。
ごっちん、何にも悪くないよぉ。」
吉澤が必死になって、言い返す。
「わざとやったとは思えんということで、警察も事故としたんや。後藤さんにも、トラッ
クの運転手にもお咎めなしや。バレー部の練習中の事故とゆう事で、バレー部の試合停止
も予想されたんやけど、市井さんがバレー部員でなかったんで、何とかそれも免れたみた
いや。」
「そやけど、周りはそういう訳にはいかんかった。市井さんはただ人気があっただけやな
くて、さっきも言うたように、他人のために身体張ってくれる人やったから、恩を感じて
る人も多かったねん。その人らの気持ちの収まりがつかへん。その一番が飯田さんや。」
「飯田さんって、バレー部のキャプテンの?」
「そうれす。あのいいらさんれす。」
「飯田さんも市井さんや矢口さんとは仲よかったんや。それで、今回の事故が自分とこの
部員の後藤さんやろ。許せへんかったみたいやな。まずは、2年生以上が後藤さんを無視
するようになった。それから、バレー部の中で、後藤さんと仲良かった人達がシゴキにあ
って、辞めさせられたり、後藤さんを無視する側になったり。」
「それって、酷いよ。絶対にイジメじゃん。」
クリームソーダを飲み終わった辻が話し始めた。
- 336 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月11日(木)19時36分11秒
- 「元々、後藤さんは嫌われていたんれす。矢口さんと市井さんは幼馴染で仲良しらったん
れす。辻達が入学する前から、二人はベストカップルって言われてたんれす。なのに、後
藤さんが入学してすぐ、市井さんは後藤さんと付合い始めたんれす。三人れ、仲良しして
たみたいれすが、本当は矢口さんは寂しがってたんれす。辻とあいちゃんは、いつも矢口
さんと一緒らったから、解るんれす。市井さんと後藤さんらけれ帰った後、独りれ寂しそ
うにしてたのを、あいちゃんと何回も見てるんれす。」
「こないだ、見てもろうたから、解ると思うけど、矢口さんはみんなの悩みを聞いてくれ
て、みんな恩に感じてんねん。そやのに、矢口さんの大切な市井さんを、矢口さんから奪
った後藤さんやから、嫌ってた生徒がほとんどなんや。そやから、ほとんどの生徒は飯田
さんと同じ思いやったねん。事実、飯田さんを悪く言う人は出えへんかった。逆に、夏休
みが終わると、今度はクラスとか、学校中が同じように、後藤さんと仲ようする人を攻撃
するようになったんや。」
「そんなの、全然関係ない相手じゃん。」
「まあ、最初に始めた飯田さんの影響やろな。あの人も、綺麗やから、人気もあるんで、
学校での影響も強かったからなぁ。」
加護達の話しを聞きながら、吉澤はある決意を固めたようだった。
- 337 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月11日(木)19時37分09秒
- 次の日。
昼間の様子はいつもと同じだった。
後藤は授業中は机に突っ伏し、休憩時間に教室から出ていく。
たった一つ違うとすれば、吉澤は後藤に話しかける事をしなくなった。また、クラスメー
トとの間でも後藤の話題を出すこともしなかった。
まるで、後藤への態度をみんなに合わせるかのように。
放課後、吉澤は体育館に向かっていた。
今日は、試験明けで既に激しい練習が始まっていた。吉澤が見ても、充実した内容に思わ
れた。
そして、バレー部のキャプテンの所に行った。
「やぁ、吉澤。待ってたよ。どうする?今日は見るだけにしとくか。それとも、ちょっと
やってみる?」
「いえ、ちょっと思うことがありまして。入部は見合わさせていただきます。」
キャプテンは当惑した表情に変わった。
「なんでなのよぉ。何か不満でもあるの?あるんだったら、言ってみなさいよ。」
興奮するキャプテンを尻目に、吉澤は冷静に応えた。
「アタシは、ごっちんの友達ですから。」
- 338 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月12日(金)18時50分01秒
- *****
1週間後、試験の結果が発表される日が来た。
この学校では、各学年の上位20人が貼り出されるのであった。
朝から評判だった。特に、吉澤達1年生は初めてなので、期待と不安が高まっていた。
3組のクラスでも、例にもれず、その話題で朝から賑やかであった。
「誰が一番かなぁ?」
「多分、1組の石川さんだと思うけど。」
「石川さん?」
「そう、石川梨華。我が校一のお嬢様。入学式でも、代表で挨拶したのよ。」
「ほら、噂をすれば‥‥。」
見ると、廊下を数人の少女達が。
中の一人が三組の中をちらっと見た。そして俯いて、顔を赤らめて通り過ぎていった。
(可愛い‥‥)
吉澤もほんのり頬を染める。
「今の俯いて歩いていったのが、石川さん。」
「今の、よっすぃーを見てたよね。」
「ええーっ、そうだっけ?」
「よっすぃーも、まんざらじゃないみたいだしぃ。」
「でも、石川さんとよっすぃーじゃあ、お似合いよね。妬けちゃうけど、アタシ応援する
よ。」
「そんな勝手に決めないでよ。それに、アタシ勉強ペケだし。石川さんって、頭いいんで
しょ。」
「入学試験でも、ぶっちぎりの一位だったしね。」
「三人もカテキョがいるって噂よ。」
「やっぱり、一位は石川さんかなぁ。」
「まぁ、アタシじゃないのは間違いないよね。」
そんな喧騒の中、後藤が珍しく起きたままであった。しかも、落ち着かない雰囲気で。
- 339 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月12日(金)18時51分00秒
「おーい、貼り出されるぞー。」
その声を合図に、1年の全員が掲示板前に向かった。後藤が走るように向かったのを、吉
澤は意外な気持ちで見ていた。
「どうせ、アタシには関係ないし。」
と、吉澤は遅れてゆっくり掲示板へと向かったが、貼り出されるまでの喧騒とは、あまり
に掛離れた静けさに、異様な雰囲気を感じた。
吉澤は掲示板前で静かに固まっている群衆を掻き分けながら、前へ前へ。
「ごめんね。ごめんね。」
そこで、呆然としている生徒達に囲まれた形で、今まで見たこともないような、満足そう
な顔で、小さくガッツポーズをしている後藤がいた。吉澤が結果発表を見ると、
『1位 後藤真希 平均点 185点』
『2位 石川梨華 平均点 178点』
『3位 ‥‥ 』
(へぇー、やるじゃん。)
とばかりに、吉澤が後藤を見詰める。それに気付いた後藤は、慌ててその場を後にした。
- 340 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月12日(金)18時52分13秒
- その日のお昼休み、
試験の結果の事で、後藤と話しをしたくなった吉澤は、引き止めるクラスメートを無視し
て、後藤を探していた。
「ここでは無かったかぁ‥‥。」
吉澤は、以前見かけたことがある屋上だと思って来てみた。
が、誰も居る様子がないので、戻ろうとした。
待って!
「‥‥んぐっ‥‥」
声が聞こえたような気がした。
不審に思って耳をすましてみても、声は聞こえない。
「誰もいないかぁ。」
大きな声で言って、ドアを閉めた。
そして、ドアの後ろで息を潜める。
「‥‥‥‥みたい。」
「じゃあ、‥‥ようか。」
声は聞こえるが、小さくて聞こえない。
耳をすまして、外の声に集中する。
「――― 違う。」
後藤の声だ!間違いない。
- 341 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月12日(金)18時53分36秒
- 「あんな、教科書で勉強できるわけないだろう!」
「いつも寝てるくせして‥‥、カンニングやったって、白状しなよ。」
今度は、はっきり聞こえた。
「違う。カンニングなんか、やっていない。」
(ごっちんは、カンニングなんかやっていない。)
テストの時に、隣に座っていた吉澤は、後藤がカンニングをやっていないことに確信があ
る。
「強情だね。ちょっと傷めつけようか。」
「顔は止めときなよ。バレたら、うるさいからねぇ。」
これを聞いて、吉澤は屋上に飛び出した。
見ると、建物の影で後藤が三人に囲まれて、腕にタバコを押し付けられようとしていた。
「アンタ達、何してるのぉ!」
吉澤がタバコを持ってた生徒を突き飛ばした。
「吉澤さん。アナタ顔がちょっと可愛くて、人気があるからって、調子に乗ってるんじゃ
ないの?」
「関係ないよ。アタシはごっちんの隣の席だったから解る。ごっちんはカンニングなんか
やってない。」
「アナタだって、ずっと監視してたわけじゃあないでしょ。そんなの解んないでしょ。」
「解る。間違いない。ごっちんはカンニングなんかやってない!!」
「アナタがそんな事言っても誰も信用しないわよ。」
「信用なんかしてもらわなくてもいい。だけど、ごっちんに手を出さないで。今度、こん
なことやったら、アタシが相手だよ。」
- 342 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月12日(金)18時54分53秒
- 二人に押さえこまれたまま、後藤が叫んだ。
「止めなよ!そんな事、言うの。」
残った一人が吉澤と向き合った。しばしの睨み合い。
「解った。アタシはカンニングしたよ。白状するよ。だから、吉澤さんには手を出さない
で。関係ないんだから。」
「ごっちん、アタシのために嘘なんかつかなくっていいよ。アタシは知ってる。ごっちん
はちゃんと試験を受けていた。だから、結果発表の時もあんなに喜んでたんでしょ。一生
懸命勉強したんでしょ。」
「違う。アタシが悪いんだ。吉澤さんには関係ない。だから、早くここからいなくなって。」
後藤が押さえていた二人を振り払って、吉澤を連れて行こうとする。
「ごっちん!アタシはごっちんを守りたいのぉ!ごっちんを助けたいのぉ!!」
「だったら、出ていって、アタシに関わらないでぇ!!」
後藤は抵抗する吉澤を、力づくで校舎の中に押し込んだ。
「止めてぇー!!ごっちんに手を出さないでぇ!!!」
吉澤が泣き叫びながら、必死で扉を開けようとするが、外から押さえていて、開けること
ができない。
「ウォー!!止めてよぉー!!」
中から、ガンガンと扉を叩く。
- 343 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月12日(金)18時55分48秒
- 「アンタら、乱暴なことはしたらあかんって言われとるやろ!!」
「矢口さんが、らまってないれすよ!」
突然の声に吉澤が顔を上げると、加護と辻が扉の外に向かって、叫んでいた。
「こいつが‥‥」
扉の外から、後藤以外の声が聞こえた。
「こいつが扉の前から、動いてくれないんだよ。」
後藤が扉を外から押さえたままのようだ。
「後藤さん、どうするつもりや。」
「約束して‥‥。吉澤さんには、手を出さないって。」
「‥‥ったよ。‥‥るよ。」
「もっと、大きな声で!」
「吉澤さんには、手を出さない。約束するよ!だからぁ、早く教室に帰してよ。」
ゆっくりと、屋上の扉が開いた。後藤以外の三人が飛び込んできて、加護達を目で確認し
てすぐ、走り降りていった。
- 344 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月12日(金)18時56分46秒
- *****
その夜。
リーン、リーン
「はい。後藤です。」
電話に出たのは、弟のユウキだった。
「ちょっと、待ってください。お姉ちゃーーん、電話だよーー。」
「誰から?」
「吉澤さんだって。女の人だよ。」
「いないって、言って。」
「ダメだよ。もういるって言っちゃったし。」
「じゃあ、忙しいって言っといて。」
「そんなの全部、聞こえてるよ。」
「じゃあ、出たくないって言っといて。」
「――― すいません。聞こえましたか。」
『いいんです。突然だったし。じゃあ、真希さんに伝えてください。』
電話を切った後、ユウキが真希の部屋に来た。
「折角、電話くれたのに、失礼じゃないか。」
「いいんだよ。だって、そうしないと、あの子にも迷惑かけることになるんだから。」
「そんなに大変だったら、学校辞めちゃえばいいのに。」
「うううん、ダメ。それはできない。」
「なんで。学校に行っても、何にもいい事ないんだろ。何に拘ってるんだよ。」
「アンタには関係ないよ。」
あきれた顔でユウキは部屋を出ようとして、
「吉澤さんからの伝言。公園で待ってるからって。いつまでも待ってるから、絶対に来て
って。伝えたよ。」
- 345 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月12日(金)18時58分05秒
- *****
もう、日付も変わった夜更けの公園。
9月末の深夜は肌寒い。にも関わらず、全身を汗ビッショリにしながら、ランニングと柔
軟を繰り返すジャージ姿の吉澤がいた。
何時間、それを繰り返していたのだろう。ベンチに置かれた空き缶の数からも、その時間
の長さが想像される。
腕時計を見て、日付が変わっているのを確認してから、
「今日は、ダメかぁ。」
一連の運動を止めて、トボトボと公園の出口に向かう。と、
タッタッ
走り去る音が聞こえたので、吉澤は音のする方へ走った。
公園の角を曲がった所で、走り去る後ろ姿を発見した。
夜の薄暗さで、その距離では、その後ろ姿が誰かは、解るはずはない。しかし、吉澤には、
その後姿が誰であったか、確信があった。
- 346 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月12日(金)18時59分17秒
- *****
次の日の朝。
夜が遅かったため、寝不足で不機嫌なまま、吉澤は教室に入ってきた。
「おはよー」
何か、雰囲気が違う。やはり、クラスメートが吉澤を見る目が違っているようだ。しかし、
吉澤も昨日の件があったので、覚悟はしていた。だが、それだけではない。
「ん?」
後藤がいない!
いつも、吉澤より早く来て、机に突っ伏しているはずの後藤がいない。しかも、吉澤はち
ょっと寝坊してしまったので、いつもより遅くて、ギリギリの時間だった。
「ごっちんは?」
前の席の子に聞いてみたが、目を合わせただけで、何も答えてくれない。
「アンタ達‥‥。」
吉澤が何か、言いかけた時、
ガラガラ
後藤が入ってきた。
「ごっちん、おは‥‥。」
吉澤が言いかけて、言葉が止まった。
顔には青アザ、制服とスカートは泥だらけで、所々穴まで開いていた。
「どうしたのぉ。また、あいつら?」
吉澤が後藤に駆け寄る。
「違う。転んだだけ。」
それだけ言うと、後藤はやはり机の上に突っ伏した。
吉澤は、何か言おうとしたが、先生が教室に入ってきたため、それはできなかった。
- 347 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月12日(金)19時01分35秒
休憩時間。
いつもは、吉澤を囲む友達らも、今日は吉澤に近づく気配もない。
(ごっちんは、いつもこんな気持ちを味わっていたのね。)
吉澤が唇を噛み締めた時、
「トイレ、行くんだったら、行っといで。アタシが見ててあげるから。」
珍しく、後藤が吉澤に声をかけてきた。格好は、机に突っ伏したままだったが。
「ん?なんで?一緒に行こうよ。」
「じゃあ、どうなるか、知っておいた方がいいからね。行こうか。」
不思議そうな顔をしたままの吉澤の手を取って、後藤は教室を出ていった。
用を足して教室に戻るが、教室中の視線が二人の集まる。
まさか。と思って、吉澤は自分の教科書を見たが、特に変わった様子はなかった。真新し
いままの教科書で、名前も『吉澤ひとみ』と書かれていた。
- 348 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月12日(金)19時02分38秒
- 「教科書は大丈夫みたいだね。」
後藤はそう言って、机に突っ伏し、教室の後ろの隅のゴミ箱を指差した。
(ん?この匂いは?)
慌てて、吉澤がゴミ箱に駆け寄ると、そこには、吉澤のお弁当の中身が全部捨てられてい
た。
「誰!こんな事したのは?」
叫んでみたが、みんな、吉澤の顔を見詰めるだけで何も言わない。まるで、
「思いしったか!」
とでも、言うかのように。
「ぐぐっ!」
吉澤は、悔しさで涙を我慢できなかった。
気がつくと、吉澤のそばに後藤が近づいていた。
「解った?だから、アタシには、関わらないでって言ったの。」
後藤は表情も変えずに言うと、また自分の席に戻り、いつものように机に突っ伏した。
吉澤は、涙を拭って、
「ごめん。ごっちん。アタシ、もう泣かないよ。――― だから‥‥、ごっちんの友達で
いさせてね。」
後藤が顔を上げて、吉澤を見た。何も言わない。だけど、いつもと違うような気がした。
何となく。ただ、何となく。
- 349 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月14日(日)11時33分10秒
- ここのごっちんかなりいいです!
がんばれといいたくなる。
- 350 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年10月15日(月)18時55分32秒
- >>349
レスありがとうございます。
ひっそりとやってましたので、読まれていないかと思ってました。
あまり、レス付けしないかもしれませんが、よろしくお願いします。
- 351 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月15日(月)19時02分02秒
- 昼休みに、吉澤と後藤は二人で屋上に出ていた。
二人で揃っていなくなると、吉澤の教科書が落書きされるのではとも思ったが、吉澤はそ
れでもいいと思った。それよりも、今なら後藤が吉澤と話しをしてくれるんじゃあないか
って。そんな気がしたから、二人で屋上に来た。
後藤も吉澤の覚悟が解ったみたいで、ゆっくり話し始めた。
「市井ちゃんって、凄かったの。スーパーマンみたい。あっ、女の子だから、スーパー
ウーマンか。ここに入った1年の時から目立ってたらしいの。カッコいいのもそうだった
んだけど、誰にも最高に優しかったの。困ってる人がいたら、その人のために全力を尽く
すってのかなぁ。結構、泥くさかったの。でもね、優しくされた相手は、絶対に市井ちゃ
んの事を好きになってた。」
「去年の夏なんかね、うちのソフトボール部が大会に出てて、三年生が最後の試合になる
わけ。でも、初戦の相手がいきなり優勝候補でさぁ、絶対に勝てないというか、点を取る
のさえ不可能だっていうような相手だったの。で、それを聞いた市井ちゃん、自分が応援
団長やるって言い出して。うちって、女の子の学校だから、そういうのって無いじゃない。
市井ちゃんったらさ、どこで手に入れたのか、学ラン着ちゃって、夏の暑い最中に観客席
で応援団長やったの。」
- 352 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月15日(月)19時02分41秒
- 「その日は天気もよくて、その夏一番ってくらいの暑さだったらしいの。それでも、試合
中ずーっと応援してて、市井ちゃん目当てで観客席もいっぱいだったらしいんだけど、あ
んまり暑いのと、全然勝てる気配がなかったのとで、みんな途中くらいまでしか声が出な
くて。それでも、市井ちゃんは最後の最後まで、独りになっても、って言っても、やぐっ
ちゃん。あぁ、矢口さんね。太鼓叩いてたから、独りっきりってわけじゃあなかったみた
いだけど、それでも最後までずーっと、声を張り上げていたらしいの。おまけに、学ラン
って暑いでしょ。汗も出るしで、試合が終わったら、脱水症状を起こして倒れたくらいな
の。」
「試合は結局勝てなかったけど、それでも全然相手にならないと思われてた相手から点を
取れたのは、ずーっと応援してくれていた市井ちゃんのおかげだって、ソフトボール部の
みんなが感謝してたって。市井ちゃん一人が、悔しいって泣いてたらしい。」
「飼ってた猫がいなくなったって相談受けた時も、町中を捜し回って、4日だよ。あきれ
るよね。しかも、2日目の夜に探してた猫は帰っていたんだって。笑っちゃうでしょ。そ
れでもね。市井ちゃん。良かったなぁ。って言うんだって。自分の苦労が無駄になったの
にだよ。本当に相手のことしか考えていないんだよね。凄いよ。」
- 353 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月15日(月)19時04分31秒
- 「アタシが市井ちゃんと会ったのは、アタシの入学式の日。アタシって、朝弱いからさぁ。
ぼーっとしてて、初めてここに来るのに、駅の出口、反対に出ちゃったのね。そっちにも
学校があるから、そっちについていちゃって。バカだよねぇ。制服見たら、解るだろうに。
それで、式に30分以上遅れて、着いちゃったの。そしたら、校門で待っててくれたのが、
市井ちゃんだった。」
「新入生が一人、学校に着いていない。自宅に連絡したら、もう出たって言うし。それで、
何かあったんじゃあって、心配してくれた市井ちゃんが待っててくれたみたいなの。入学
式も終わったところで、みんなクラスに入っていたから、そこに入っていくのは勇気がい
るだろうからって、一緒に教室まで来てくれたの。それでね、教室に入るなり、『みなさ
んに、お届け物でーす。』って言って入って行っちゃって、アタシ恥ずかしかったんだけ
ど、『みんなのアイドル、後藤真希さんでーす。』なんて言われてね。みんなに注目され
ながら、教室に入っていったの。でもね、その後も『私、市井紗耶香は、みなさんにお役
に立つべく頑張っておりまーす。お困りの折には、お気兼ねなくお声をおかけくださー
い。』なんて。大袈裟に挨拶するもんだからさぁ。しかも、市井ちゃんって、カッコ良か
ったしさぁ。みんな市井ちゃんに注目してくれたんで、アタシとしては、助かったかなぁ
って。」
- 354 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月15日(月)19時05分35秒
- 「その時点で、結構気になっていてね、もう一度会いたいなぁ。って思ってたくらいだっ
たんだけど。そしたら、帰ろうとしてね、学校を出ようとしたら、その市井ちゃんがね、
校門にいるのよ。『ありがとうございました。』って、走って言いに行ったんだけど、そ
したら、『後藤さんを待ってたんだ』って。あーあ、遅れたことを怒られるんだろうなっ
て、ついて行ったんだけど‥‥、そしたら‥‥、駅までの途中の公園で、――― 『付き
合ってほしい』‥‥って、言われたの。」
「もちろん、速攻でOKしちゃったよ。次の日には、やぐっちゃんも紹介されて、市井ちゃ
んの一番の親友だって。やぐっちゃんもそん時は、喜んでくれてたみたいだった。三人で
も遊びや買い物に出掛けたりもしたんだけど‥‥、本当はやぐっちゃんもいい気はしてな
かったんだろうね。アタシって、バカだからさぁ、全然気づかなくて、やぐっちゃんの前
でも平気で市井ちゃんとイチャイチャしてたから、ずいぶんとやぐっちゃんの事、傷つけ
てたんだよね。」
「後藤もバレー部だったんだ。市井ちゃんからも、何かスポーツした方がいいんじゃない
かって、言われてたんで、腕力に自信があったのと、市井ちゃんと部長の飯田さんが仲良
かったのとで、バレー部に入ったんだ。練習は厳しかったよ。でもね、市井ちゃんがいつ
も応援してくれてた。まぁ、応援に来てくれた時は、アタシのためだけじゃなかったけれ
ど、アタシには、何だか特別‥‥みたいな雰囲気があったので、嫌ではなかった。どっち
かと言うと、嬉しかったから、厳しい練習でも続けられたんだと思う。」
- 355 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月15日(月)19時10分19秒
- 「そして、8月だった。ロードに出た時ね。その日もその夏一番ってくらいの暑さだった
んだけど、スタミナつけるには、ちょうどいいってね。だけど、さすがに1時間近く走っ
てると、かなりきつくてね。なのに、市井ちゃんったらさぁ、平気な顔して、ヘトヘトに
なった子に激励してまわってるの。一緒に走りながらだよ。それも、スタートから一緒な
のに。タフだよねぇ。アタシも励ましてほしいなぁ。耳元で愛してるよ。なんて言っても
らえたら、頑張れるのに。って思ってたのね。そしたら、すぐ後ろの子の所で、励まして
る声が聞こえたの。力強い声だったから、すぐに気がついた。」
- 356 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月15日(月)19時11分37秒
- 「もうすぐアタシの所へ来てくれるんだぁ、早く来てよ。って思ってたら‥‥、急に足が
もつれちゃって。平地でつまづく物なんか無かったから、アタシが勝手に足をもつれちゃ
ったんだと思うんだけど、それで車道側に倒れそうになったのね。その時、前から来るト
ラックが見えてたの。でも、ふんばるだけの元気が残っていなかったから、その時はもう
ダメだって思ったの。そしたら、何かにぶつかって、反対側に倒れちゃったの。ああーっ、
助かったって、その時思ったんだけど、周りの様子が変で。アタシ、何だろうって思って
たら‥‥、トラックがそこに止まってて。そしたら、急に市井ちゃんの事を思い出して、
さっきすぐ後ろの子の横で走っていたじゃない。アタシが倒れたのに、何で来てくれない
んだろうって、キョロキョロと探して回ったの。そしたらさぁ‥‥、トラックの下にさぁ
‥‥、足が見えてて‥‥、その足が見慣れたスニーカー履いてるの‥‥、んぐっ‥‥、だ
ってさぁ‥‥、そのスニーカーってさぁ‥‥、その前の休みの日にさぁ‥‥、んぐっ‥‥、
アタシが市井ちゃんに選んであげたスニーカーだったのね。‥‥んぐっ‥‥、でもねぇ、
そのスニーカーの周りにいっぱい血が流れているの。何でぇって思った。何で市井ちゃん
がそんな所にいるのぉって。」
- 357 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月15日(月)19時14分04秒
- 「後で聞いたら、倒れそうになったアタシの横を市井ちゃんが通り過ぎようとしていたみ
たい。で、後ろの子が、――― アタシが突き飛ばしたように見えたって。言ってたらし
いの。」
「アタシ、ショックでお葬式にも出れなくて、1週間ぐらい寝込んでたかなぁ。そしたら、
夢の中に市井ちゃんが出てきて、怒られちゃった。『そんな所で何やってんだぁ。ちゃん
と責任果たせよ。』って。だから、市井ちゃんの夢を代わりに叶えようと思って、学校に
行ったの。その頃はまだ夏休み中だったから、部活に出ただけだったんだけど、そしたら、
もう全然雰囲気が違っててて、先輩達は無視するし、仲良かった子達も辞めるか、無視す
るかで、アタシ独りぼっちだったんだ。だけど、これも自分がやった事の責任だから、仕
方ないって思って、こんなアタシがいてもチームワーク乱すだけだからって、辞めちゃっ
た。だけど、飯田さんを悪く思っちゃあいけないよ。あの人は、本当に優しくて、チーム
の輪を一番に考える人なんだ。練習には厳しいけど、決して差別しなかった。部員全員に
平等な人だったよ。だから、アタシみたいなのがいるのって、輪を乱すから許せなかった
んだよ。」
- 358 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月15日(月)19時15分08秒
- 「9月になって、新学期が始まって、最初の頃は優しくしてくれる子もいたんだけど、ア
タシも優しくされる方が辛かったのね。そんな子にも冷たい態度してた。それにバレー部
での話が伝わって、アタシと関わると、イジメに合うみたいなね。噂が立っちゃって。実
際に、呼び出された子もいたみたいなの。やぐっちゃんが、乱暴するのは許さないって言
ってくれたんで、アタシに手を出す子は少なかったけどね。その代わりに‥‥学校を辞め
させるみたいな、嫌がらせが続いた。」
「それから先は、知ってる通り。教科書の落書きされたり、お弁当捨てられたり。購買の
おばちゃんも市井ちゃんのお世話になってたんで、パン売ってくれなくなったし。だから
さぁ、もう面倒くさくなって、お昼食べなくなっちゃった。」
「でもね、それも全部。アタシがやったことの責任なんだ。それだけこの学校に大切な人
の命を奪ったんだし、とっても大好きな人が夢を実現させるのを奪ったんだ。その償いは
しなければならない。たとえそれが、市井ちゃんからの復讐であったとしても‥‥、それ
を受けないといかないんじゃないかって。それで、みんなの悲しみが和らぐんだったら‥
‥、市井ちゃんもそれを選ぶんじゃないかって。」
「だからさぁ、よっすぃーって優しいからさぁ、こんなアタシに同情してくれるのはあり
がたいんだけど、辛い思いするのは、アタシだけで十分なんだよ。そうする事で‥‥、や
っと救われるかなぁって。」
- 359 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月15日(月)19時16分25秒
そこまで黙って聞いていた吉澤が、目を擦った。まだ赤かった。
「ははっ、やっと、よっすぃーって言ってくれた。それは、アタシを友達だって、認めて
くれたからって、思っていいよね。」
「感謝はしてるよ。夕べもあんな時間まで公園で‥‥、あっ!」
「やっぱり、ごっちんだったんだ。ありがとう。」
「違うよ。たまたま、通りがかっただけ。」
「じゃあ、たまたま通りがかってくれて、ありがとう。」
「ふん、よっすぃーには勝てないや。」
後藤はいきなり吉澤に背を向け、立ち去ろうとした。が、吉澤がそれを後ろから、抱きす
くめた。
「ごっちんのことは、アタシが守る。絶対に守ってみせる。だから、ごっちんはもっと自
分の事を大切にして。ごっちんが悲しかったら、アタシ‥‥、本当に‥‥んぐっ、‥‥泣
いちゃうんだからぁ。」
後藤の髪を吉澤が涙で濡らすのを感じた。
- 360 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月15日(月)19時17分21秒
- 「ありがとう。よっすぃー。でも、気持ちだけで十分だよ。それに、アタシはよっすぃー
の気持ちに応えられないかもしれない。」
「それは、まだ市井さんに気持ちが残っているという事?」
「うん、それに‥‥、市井ちゃんの夢を叶えるためには、時間がないんだ。まだまだ勉強
が足りない。もっともっと、勉強しないと。」
「それって、学年トップになったのにぃ?」
「うん、まだまだ。――― 市井ちゃんの夢は、イギリスに留学することだったんだぁ。
そのために、勉強もしてたし。どのくらい勉強しないといけないの。って聞いたら、学年
トップになるくらいは、最低必要だね。って言われた。だから、今回の試験は頑張った。
昼間は、教科書があんなのだし、もっぱら夜にね。そのせいで、昼間はほとんど寝てるけ
どね。」
「やっぱり、頑張ったんじゃん。アタシのために、カンニングしたなんて、嘘ついちゃあ、
ダメだからね。今度あんな事言ったら、ごっちんでも許さないからね。」
「ありがとう。もう、大丈夫だよ。」
「じゃあ、あと一つだけ教えて。――― 今朝は何があったの?」
- 361 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月15日(月)19時18分20秒
- 後藤はしばらく躊躇していたが、
「転んだから‥‥じゃあ、許してもらえそうにないね。――― 学校の外でやられたのさ。
屋上の三人とは別だよ。学校の中だとね、『乱暴は許さない』って、やぐっちゃんの言っ
てくれてるのが影響力強いのと、加護と辻のおかげで、手を出しにくかったみたい。それ
が、学校の外でとなると、目が届かないんでね。」
「じゃあ、今日から。朝も帰りも一緒に行こう。家も近所だしさぁ。もし、ダメって言わ
れても、ずーっとごっちんのこと待ってるからねぇ。朝は駅で待ってるし、帰りは教室で
待ってるし。」
「うん、解った。‥‥一緒に帰ろう。」
二人は、屋上を後にした。が、吉澤が思い出したように、
「アタシ、ちょっと行っておきたい所があるんで。」
そう言い残して、吉澤は走り去っていった。
- 362 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月16日(火)19時34分41秒
吉澤が向かったのは、矢口達のいる、生徒会室だった。
「なんや、よっすぃー。学校中の評判やで。人気者から嫌われ者にって。」
「アタシは構わない。でも、矢口さんに相談したいんだけど。」
「いいれすよ。今日は珍しく来る人が少なかったのれ、今かられも、らいじょうぶれす。」
「じゃあ、お願い。」
吉澤は矢口の前に座った。
「ごっちんのことだよね。」
矢口は、さも来るのが解っていたかのようだった。
「はいっ、そうです。」
「吉澤さんは、どうしたいの。」
「今朝、ごっちん、学校の外で誰かに襲われたらしく、ボロボロの姿で来ました。昨日も
屋上で、タバコを押し付けられようとしていました。」
「加護達から聞いたよ。けどね。アタシ達にも限界があるよ。学校の外にまでは目は届か
ないよ。」
「でも、矢口さんからみんなに言ってあげたら、いいじゃないですか。ごっちんだってあ
んなに悲しんでいるんですよ。そりゃ、矢口さんの気持ちも解ります。だけど、ごっちん
だって、矢口さんと同じくらい悲しんでいるんです。解ってあげてください。」
矢口は黙ったまま、吉澤を見詰めた。その視線に、ドキリと感じながらも、
「アタシ、約束したんです。ごっちんの事を守ってやるって。絶対に守ってやるって。」
「ああそうかい。じゃあ、聞くけど‥‥。アタシがそいつらに『手を出すな』って言うこ
とで、後藤に手をだすやつがいなくなったとして‥‥、それは吉澤さん、あなたが守った
ってことになるの?あなたがごっちんを守ったって‥‥、言えるのかい。」
「それは、‥‥」
吉澤は答えることができず、項垂れてしまった。
- 363 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月16日(火)19時35分58秒
「「‥‥‥‥」」
沈黙が続く。
「ごっちんに手出ししている連中は解っている。カオリの取り巻きだよ。きっと。」
低く暗い口調に、ゾクッとしたものを感じた。
「それって‥‥、飯田さんですか?バレー部キャプテンの?」
「そうだよ。だけど、勘違いしないで。カオリがやらせてるって訳ではないから。アイツ
結構人気あるからさぁ、取り巻きも多いんだ。それで、気に入られようと、色々と手を出
す連中もいるわけ。アンタがバレー部に入らないのは、ごっちんのせいだから、仲を悪く
させたらさぁ。よっすぃーもバレー部に入ってくれて、カオリにも喜んでもらえる。なん
てのを考えてるんだろう。だから、カオリとアタシの仲だから、その辺は言っておくよ。」
「ありがとうございます。」
「ただし、条件がある。よっすぃーがごっちんを守ると言う以上は、それなりの代償を払
ってもらわないとね。」
「はい。――― アタシにできることでしたら。」
「よしっ、じゃあ今日から‥‥、よっすぃーはアタシと付き合うこと。」
「ええっ、付き合うって‥‥?」
「恋人同士として、付き合うこと。実はね、よっすぃーを初めて見た時からさぁ、すっご
い可愛いなって、思ってたんだよね。こんな娘と付き合いたいなってね。」
突然に口調がいつもの明るさに戻った。しかも、ちょっと恥ずかしそうに、
- 364 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月16日(火)19時36分33秒
- 「でも、付き合うって‥‥、具体的には‥‥?」
「よっすぃーって、今まで付き合ったことないの?」
「はい。いつもバレーばっかりでしたし、告られたこともありましたけど‥‥、バレー以
上に好きになれなかったし‥‥」
「へっ、じゃあ、バレー以上に好きになったのは、ごっちんが初めてってのかい。まぁい
いや。とりあえず‥‥、朝と帰りは駅までいつも一緒。それから、お昼は一緒にお弁当を
食べる。それから、休みの日には一緒に遊びに行ったり、お買い物したりする。それでね、
アタシがよっすぃーって甘えたら、ぎゅーって抱き締めたり、キスしたりするの。解った?」
「はぁーっ。」
「サヤカがいなくなって、寂しいアタシを慰めると思ってさぁ。」
「――― 解りました。でも、ごっちんのことをお願いしてもいいんですよね。」
「解ってる。乱暴はさせない。約束するよ。あっ、もうこんな時間だ。じゃあ、放課後、
楽しみにしてるよー。」
そう言い残して、加護や辻にもわき目も振らず、矢口は走り去っていった。
「何か、うれしそうれしたねぇ。」
「まぁ、いつも笑ってるような人やからなぁ。って、ウチらもゆっくりしてられへんで。
行くで、のの。」
「ヘイ!」
吉澤は独り残された形になったが、
「これもごっちんのためだ。仕方ない。」
そう自分に言い聞かせて、教室を後にした。
- 365 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月16日(火)19時37分15秒
「ごめん、ごっちん。今日の‥‥」
放課後に、吉澤が後藤に説明しようとした時だった。
「ねえねえ、よっすぃー。アナタ、矢口さんと付き合ってるんだってぇ。」
「ええーっ、知らなかった。そりゃあ、矢口さんなら学校一番の人気者だものねぇ。」
「小っちゃくて、可愛いし。よっすぃーから見てもそうでしょ。」
「そんな、付き合ってるだなんて‥‥、今日からだよ。」
「ええーっ、じゃあ今日、告ったんだぁ。」
「ねぇ、どっちからなの?矢口さんから?よっすぃーから?」
「ええーっ、そんなの言うもんじゃないよ。」
キャーキャー
今朝からクラス中に無視されていたのが嘘のように、吉澤を囲んで大騒ぎであった。
しかし、吉澤はその喧騒を避けるようにして教室を出て行く後藤が、微笑んでいるのに気
がついた。そしてそれは、吉澤の胸を悲しくさせるのだった。
- 366 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月16日(火)19時39分28秒
- 後藤は、今日も一人で帰ることになった。
お昼休みでは、後藤を守るために、吉澤が朝も帰りも一緒にと約束したが、その吉澤が矢
口と付き合うのだから、帰りは矢口と帰るはずだ。邪魔してはいけない。
「でも、これで良かったんだ。やぐっちゃんは優しいし、女のアタシから見ても可愛い。
学校中の人気物だし、よっすぃーも人気あるから、釣り合いもとれる。これで良かったん
だよ。きっと。」
自分に言い聞かせるように、つぶやき続けた。
「後藤さん!」
下校の途中で声をかけられ、後藤は驚いて立ち止まった。
また、アイツらか。
振り向くと、そこには、
「ええーっと、石川さんだっけ。」
1年1組の石川梨華だった。
「はい。あのー、お願いがあります。」
「アタシに、何か‥‥」
「あのぉ、――― 吉澤さんには近づかないでください。」
(何だ、よっすぃーのファンか。でも、残念だったね。もう、やぐっちゃんに先を越され
たよ。)
「吉澤さんは、後藤さんには似合いません。」
「うん、解ってるよ。それに、よっすぃーはやぐっちゃんと付き合ってるし。」
「そうです。吉澤さんは、矢口さんのものです。だから‥‥」
(何だ、知ってたの。じゃあ、アタシに言わなくても、いいじゃない。)
「だから、アタシとよっすぃーはもう関係なし。ただのクラスメート。席が隣ってだけ。」
「じゃあ、本当に後藤さんは、吉澤さんとは関係ないんですね。」
- 367 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月16日(火)19時41分21秒
- 「そうだよ。安心した?もう、よっすぃーがイジメられたりしないよ。じゃあね。」
「待ってください!!」
「関係ないって言ってるじゃない。まだ何かあるの?」
「あのーっ‥‥、よろしかったらでいいんですが‥‥。」
「あっ、よっすぃーに好きだって、伝えてってのは無しね。もう関係ないんだし、やぐっ
ちゃんの邪魔する気もないからね。」
「違うんです。あのーっ‥‥、私と付き合ってほしいんです。」
「だから、それはダメだって。やぐっちゃんの邪魔はしないって言ったじゃない。」
「違うんです。吉澤さんじゃなくて‥‥、あのーっ‥‥、‥‥に。」
声が小さくて聞こえない。
「アタシとは、関係ないんだから、もう行くよ。」
後藤が振り向き、立ち去ろうとする。
「後藤さんに、付き合ってほしいんです!!」
石川が後藤の背中に叫ぶ。そして、恥ずかしそうに、周囲を見回す。幸い、下校時間が早
いため、人通りはない。後藤は誰にも聞かれた様子がないのを、石川とは別の意味で安心
した。
- 368 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月16日(火)19時42分00秒
- 「石川さん、ありがとう。気持ちは嬉しい。でもね、後藤には関わらない方がいいよ。ど
んなイジメがあるかもしれないし。」
「平気です。私、いつも後藤さんの事を見ていたんです。でも後藤さんには市井さんがい
たしぃ、私じゃ勝てないなぁって、諦めてたんです。でも、市井さんがあんなことになっ
て‥‥、本当に悲しかったんです。でもぉ‥‥、その反面、ちょっと安心している自分が
いて。それが凄く嫌で。それで‥‥、後藤さんに近づくことができなかったんです。でも、
今日のお昼休みの屋上に、二人でいるのを見てしまって。ごめんなさい。盗み聞きするつ
もりはなかったんですけど、ちょっと話しが聞こえて‥‥、そしたら、吉澤さんと後藤さ
んが‥‥、私、今度こそあきらめちゃあいけないと思って、それでこうして‥‥。」
- 369 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月16日(火)19時42分42秒
- その夜、後藤は自分の部屋で、今日の事を思い出していた。
今日は色々あった。最近の後藤の生活の中では、あまりにも変化が激しい一日であった。
まず、吉澤と話すことができた。あんなに誰かと話したのは、後藤にとっては、どれくら
い振りだったろう。話すに連れて、後藤は自分の表情が柔らかくなっていったのを、後藤
本人も気がついていただろう。そして、その後藤に、吉澤は“自分が守る”と言ってくれ
た。その言葉は、硬い氷で閉ざされた後藤の心に、氷を溶かして手を差し伸べる暖かさだ
った。その暖かさに甘えようとも思った。
しかし、その手は、――― 今は矢口に差し出されている。
矢口。その優しい性格は、学校中の生徒に慕われている。多くの人の悩みを聞き、持ち前
の明るさで、元気づけている。みんなが矢口を頼りにしている。
しかし、矢口が頼りにする相手は‥‥。
以前は市井がいた。市井も矢口に負けないくらい優しいから、お互いに支え合っていた。
しかし、市井がいなくなってからは、その支えが無くなってしまっていた。加護辻が代わ
りになっているかもしれない。が、元気を分けてもらえるかもしれないが、頼りになるタ
イプとはちょっと違う。矢口も寂しかったはずだ。
だから、それを吉澤に求めた。
「良かったね。やぐっちゃん。」
後藤は微笑んでみた。自分でもうまく笑えたと思っただろう。
矢口は市井の代わりを吉澤に求めたのか。確かに、吉澤の暖かさは市井に通ずる物がある
かもしれない。後藤も短い期間ではあるが、吉澤と接することで、それを感じていたのか
もしれない。だからこそ、吉澤に惹かれていたのかも‥‥。
- 370 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月16日(火)19時43分38秒
- 後藤が‥‥、吉澤に‥‥。
後藤は、自分の隠そうとしていた思いに気がついた。後藤は吉澤を好きになっていた。
その優しさ、暖かさに‥‥。
しかし、それはもう、矢口の物である。自分には向けられない。それがこんなに寂しいこ
となのか。矢口から市井を奪った後藤が、今度は矢口に吉澤を奪われた。
あの時の矢口の思いを知らされることに。
いや、奪われたなんて、言っちゃあダメだ。吉澤は後藤と付き合っていたわけではない。
事実、後藤は吉澤に冷たくし続けていた。吉澤の優しさを無視し続けていた。暖かさに気
付きながらも、無視し続けていた。後藤が悪いんだ。すべて‥‥。
しかし、吉澤が溶かしてくれた。後藤の心の氷の壁に、腕一本分の穴。そこから、また誰
かと手を結べるかもしれない。そして、手を差し出してくれた人がいた。
「石川さんかぁ。」
正直、後藤は石川に関しては良く知らなかった。イメージとしては、お嬢さんで世間知ら
ず。もしくは、がり勉の冷たいタイプ。そんな印象だった。
ただ、少なくとも言えるのは、後藤とは決して交わらない世界の人。そう思っていた。
そんな石川が自分に好意を持っているのを意外に思った。ひょっとしたら、後藤のことを
からかっているだけかもしれない。だけど、後藤には、あの告白した石川の目に悪意があ
ったとは思えなかった。今まで何度も嫌がらせを受けてきたが、その誰にもない純粋さを
感じていた。
- 371 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月16日(火)19時44分21秒
ガタン!
机の棚から、英語の参考書が落ちた音で我に返った。
(そうか!)
石川は後藤に好意を持ったのではない。学年トップに好意を持ったのだ。
昔勉強やってなかった頃の後藤とは世界が違っていたが、今はお互いに成績トップクラス
ということで共通点ができた。きっと、一緒に勉強を頑張りましょう。そんなつもりなの
だろう。
後藤は英語の参考書を見ながら考えた。
自分は、英語が得意ではない。数学が得意なのは自分でも意外だったが、英語は自信がな
い。だけど、これは留学に向けて大きな不安でもある。もし、石川が英語が得意で、教え
てもらえたら‥‥。
それだったら、学校で接する必要もない。学校が終わってから別々に図書館に行くのであ
れば、後藤が石川と仲良くしている事が気付かれることもない。石川がイジメられること
もないはずだ。学校の外でだけ接していれば‥‥。
「いいよね。市井ちゃん。」
後藤は、伏せたままの写真立に向かって呟いた。
- 372 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月16日(火)19時45分11秒
リーン リーン
さっきから、電話が鳴り続けているのに気がついた。
「誰もいないのぉ。」
仕方なく電話を取ると、
「はい、後藤です。」
『あっ、ごっちん?』
「よっすぃー!」
『ごめんね。約束したのに‥‥』
「いいよ。気にしてないし。」
『そう言われると、辛いなぁ。』
「本当に大丈夫。よっすぃーには感謝してるんだからぁ。」
『アタシ、何もしてないし‥‥、嘘ついちゃったし‥‥ィ。』
「泣かないでよ。何かアタシが悪いことしたみたいじゃん。」
『ねぇ、明日も話ししてくれるかなぁ。』
「うん。」
『前みたいに‥‥、嫌われたら‥‥、アタシ‥‥。」
「そんな事言わないでよぉ。――― やぐっちゃん、大事にしてあげてよ。」
『アタシなんか‥‥』
「やぐっちゃんはね、市井ちゃんがいなくなって、寂しいんだよ。だからねぇ。励まして
くれる人がね、欲しかったんだよ。だからぁ‥‥、よっすぃーがね。」
『うん、ごっちんがそう言うなら‥‥、アタシ、頑張る。』
「やぐっちゃんを‥‥お願い。」
後藤は絞るように言うと、そのまま電話を切った。吉澤はまだ何か言いたそうだったが、
後藤にはもう我慢できなかった。
「うぐっ‥‥、うぐっ‥‥」
その場にうずくまり、流れる涙を拭うこともできなかった。
- 373 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月16日(火)19時46分18秒
- 次の日、後藤はいつもと同じ表情で学校に向かっていた。
ただ、吉澤と顔を合わせたくなくて、道を変えていた。いつも時間をずらしていたけれど、
今日から矢口と一緒に登校するだろう。普段より早くなっていると想像がつく。だから、
わざと遠回りすることにした。学校に着けば隣の席だから、顔を合わせないわけにはいか
ないのは、解っている。だけど、どうしても顔を合わせたくなかった。
矢口と一緒にいる所を見たくなかった。それだけかもしれない。
運よく、駅までの道で吉澤と会うことはなかった。電車に乗る時も改札から遠い所を選び、
吉澤がいないことを確認しながら乗った。
これで、吉澤と顔を合わせることなく、学校に着くはずだった。しかし、
駅に着き、改札を抜けようとした所で呼び止められた。
「ごっちん、おっはー。」
「あっ‥‥、やぐっちゃん。‥‥おはよー。」
- 374 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月16日(火)19時47分11秒
- いつも以上に元気な矢口の姿を、後藤はまともに見ることができなかった。
「今日から、よっすぃーと一緒に学校に行くんだぁ。ごっちんも一緒に行く?」
「いや、遠慮しとく‥‥。」
「何でぇ?よっすぃーがごっちんと朝も一緒に行くって約束してたからさぁ。」
「――― よっすぃーから聞いたの?」
「誰か他に知ってる子がいんのぉ?」
吉澤が矢口にそのことを言ったのは、正直ショックだった。
後藤が吉澤と交わした約束は、そんな薄っぺらい物ではなかった。今までの自分が突っ張
ってきた事。それは、つまらない拘りだったかもしれないが、イジメや蔑みに負けないよ
うに、自分を奮い立たせるため。それを崩すことは、今の自分の足元を崩す事。そんなバ
ランスを崩したままでいられるだろうか?吉澤がいてくれれば、頑張れたかもしれない。
でも、今はいない。もう一度突っ張ることで、自分を取り戻そうとしたが、足元を崩され
たままいられるだろうか?
もう一度、自分を奮い立たさなければ。
「別にいいよ。邪魔しちゃあ悪いし。」
「そんな事言って‥‥。ああ、ほら来たよ。」
振り向くと、吉澤がホームに降りて、改札に向かう所だった。
後藤は振り向き、走った。学校への道を。もう何も見たくなかった。何も聞きたくなかっ
た。今なら簡単に後藤の心を壊すことができるだろう。それが恐かった。途方も無く恐い
から‥‥、逃れるために走った。
- 375 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月16日(火)19時48分30秒
校門に石川は立っていた。後藤に昨日の返事を聞きたくて。
昨日、後藤に告白したが、後藤はすぐに答えはくれなかった。今までの後藤に対する、全
校生徒の態度からすれば、後藤の戸惑いも石川には理解できた。石川が本気なのか、悪意
なのか。すぐには信じてもらえないだろう。吉澤もそうだったように、石川も時間をかけ
て、後藤に理解してもらわなければならないだろう。そんな決意を持って、今日もここで
後藤を待っていた。
後藤は来た。しかし、様子がおかしい。思いつめたような表情で走ってくる。何かあった
のだろうか?聞きたいが聞ける状態ではない。
後藤は、石川に気付いた様子もなく、校門を通り過ぎていった。
その後ろを歩いてくる生徒達の話しが聞こえた。
「ねぇねぇ、矢口さんが駅にいたよねぇ。」
「うんうん、あれってよっすぃーを待ってるんだよ。」
「朝から、よっすぃーと一緒って、矢口さんも羨ましいよね。」
間もなく、吉澤と仲良く腕を組んでいる矢口の姿が見えた。
(後藤さん、矢口さんと吉澤さんが一緒の所を見て、ショックを受けたんだ。)
自分が無視された事も忘れて、石川は後藤の心の痛みを思い、悲しくなった。
一瞬、吉澤と矢口に嫌悪感を持ったが、すぐにそれは否定した。わざと後藤に一緒の所を
見せたとは限らない。たまたまであったら、どちらにも悪意はないのだ。きっとそうだ。
だって、二人ともとても優しい人だもの。そんな酷いことをするはずがない。そう自分に
言い聞かせて、自分の教室へと向かった。
- 376 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月16日(火)19時49分25秒
- 後藤は教室に入るなり、いつものように机に突っ伏した。
(やっぱり、アタシにはこれしかないんだ。)
こうしていれば、いつもと同じように、誰も自分に声をかけないでいてくれる。自分以外
の全てを拒否していられる。硬い氷の壁で。もう誰も溶かすことはできない。
「ごっちん、おっはー。」
吉澤が入ってきた。が、後藤は返事しない。顔すら上げない。
「ちょっとぉ、ごっちん。アタシが挨拶しているのにぃ。」
吉澤が後藤の前に回り、強引に顔を持ち上げた。
そこには‥‥、
涙をいっぱいに溜めた後藤の顔があった。
「ごっちん‥‥」
吉澤がゆっくり手を離すと、後藤は何も言わず、また机に突っ伏した。
「後藤さんと矢口さん、朝に駅で話してたの、見たよ。」
誰かが教えてくれた。
「何でぇ!アタシ、ごっちんを守るって約束したのに。ごっちん守るために、矢口さんと
付き合うことにしたのに‥‥。何で、ごっちんを苦しめるのぉ。ねぇ、何でぇ!」
誰に言うでもなく、吉澤は呟いた。
- 377 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月17日(水)20時39分24秒
- 結局、その日はいつもと同じ様に過ぎていった。
いつものように、後藤は机に突っ伏したまま。
ただ、違うと言えば、吉澤も一言も喋らなかった。机に突っ伏すことはしなかった。例え、
そうしたとしても先生達が許さなかっただろう。学年トップの後藤とはその辺に差がある。
異常な空気を察してか、クラスメートも吉澤に声をかけたりはしなかった。昨日のような
嫌がらせをする者もいなかった。ただ、腕組みをして考え込んでいる様子の吉澤を遠巻き
にして眺めているだけだった。
- 378 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月17日(水)20時41分46秒
- お昼休みに、吉澤は自分のお弁当を持って、矢口に呼ばれていた生徒会室へと向かった。
矢口は既に来ていた。しかし、お弁当はそのままだった。
「待ってたんだよ。一緒に食べようって思ってさぁ。」
「はい‥‥。」
吉澤は小さく返事して矢口の前に座った。
「よっすぃー、どした?何か悩み事でも?」
「‥‥‥‥」
吉澤は迷った。言おうか、言うまいか。
「言えない事もあるもんねぇ。さぁ、食べようかぁ。」
矢口が自分のお弁当を開く。
「ほら、よっすぃーも。食べようよ。それとも、食欲ないくらい‥‥とか?」
矢口が下から吉澤の顔を覗き込む。
「矢口さん‥‥」
「いいって、いいって。まずは、ほら、食べよう。話しはそれから。」
「はい‥‥」
吉澤もゆっくりと自分のお弁当を開け、食べ始めた。
「よっすぃーとお弁当食べると、とってもおいしーぃ!!」
矢口がお弁当を食べながら、満面の笑みを見せる。
吉澤もその笑顔を見せられると、自分の決心を揺るがせられるのであった。
- 379 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月17日(水)20時42分18秒
- 「後藤さん‥‥」
突然の声に後藤が振り向くと、そこには石川が立っていた。
「どうして‥‥ここが?」
「うん、何となく。そんな気がして。」
今日もお昼休みを、独り屋上で校庭を眺めていたのであった。
「今朝、後藤さん見たよ。」
「えっ!どこで?」
「校門で。後藤さんのこと待ってたの。」
「ごめん。気がつかなかった。」
「うん、そんな感じだった。」
石川はゆっくりと後藤に近づき、後藤に並んで校庭を見下ろした。
「ふーん、うちの校庭って、案外広いんだね。こんな風に見えるなんて。」
「そうだね。広いね。」
「いつも見てるの?」
「うん、大抵はね。」
「何が面白いのぉ?」
「別に‥‥。何も面白くないんだけどねぇ。」
後藤が手すりに背を向けた。石川は後藤の横顔を見詰めていた。
「ふふふ、後藤さんって、面白いね。」
「はぁ?変な奴ってのは、よく言われるけどね。」
「変な奴かぁ。――― そうかもね。」
「ええっ、石川さん、酷いなぁ。」
「そうよ。私って、とってもイジワルなんだよ。知らなかった?」
後藤は頭をポリポリとかく。答えに困っているようだ。
- 380 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月17日(水)20時43分10秒
- 「あのー、昨日の返事なんだけどねぇ。」
後藤が話し出したのは、苦し紛れだったかもしれない。
「石川さんの気持ちは嬉しいんだよね。でもさ、後藤って色々問題あるじゃない。後藤と
仲良くしてると、イジメに合うとかさぁ。そんなのがあるから、学校の中ではあんまり一
緒にいない方がいいと思うのね。それでね、学校終わってから、一緒に図書館で勉強した
りとかだったら、いいかなぁって。後藤ってさぁ、英語苦手だからぁ、石川さんが教えて
くれると嬉しいかなって‥‥。」
「それってぇ、付き合ってもいいよって、返事だと思っていいのかなぁ。」
「うん‥‥、そのつもり。」
「‥‥‥‥」
石川が何も言わないので、不審に思って、後藤が石川の方を見る。後藤を見詰めていた石
川と目が合う。
「私って‥‥、吉澤さんの代わり?」
後藤が動揺したように、目を反らす。
「そんなこと‥‥」
「代わりでもいい!!」
後藤が答えるのを遮るように、石川が言い放った。
「吉澤さんの代わりでもいい。――― それで、後藤さんが、私の物になるなら。」
「石川さん‥‥。」
「卑怯だって言われてもいい。だって‥‥、好きなんだもん。」
石川が後藤に擦り寄った。後藤がそれを胸に受け止める。
- 381 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月17日(水)20時43分40秒
- 「私、寂しかったの。誰も私の声を聞いてくれない。いつも、私がお嬢さまだからとか、
成績が優秀だからとか、そんな目でしか見てくれない。私は心に壁を作らないと、生きて
これなかった。寂しかった。」
同じだったんだ。後藤も石川も。
「恐かった。お嬢さまでない私、成績優秀でない私になるのが。だから、いつも。私は私
を演じてきたの。でも、本当の私に気付く人はいなかった。」
「でも、アタシだって、同じように見てたよ。」
「うううん、後藤さんは違った。ちゃんと私の声を聞いてくれた。私の姿を見てくれてい
た。お嬢さまや成績優秀じゃない私を見てくれていた。とても嬉しかった。だから、いつ
も後藤さんと一緒にいたいと思った。」
「ごめん。後藤、覚えてないや。」
「入学してすぐの頃だったからね。」
- 382 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月18日(木)18時45分50秒
- 石川の話では、入学当初の頃の石川は思い上がっていたらしい。お嬢さまという事でチヤ
ホヤされていたし、勉強もできた。入学式で代表を務めたために、周囲の注目も得られた。
小さい頃から、どんな我が侭も許されていた。だから、自分も無理を言っていた。無理を
承知で言っていた。なのに、怒られることはなかった。みんな自分の顔色を伺ってくれた。
だけど、学校ではそんな素振りも見せなかった。聞き分けの良い生徒を演じていた方が喜
ばれるからだ。成績も良かった。みんなが誉めてくれる。そうすれば、我が侭も言いやす
い。品行方正な私が、無理な事言うはずがないと大人は思うから。
案の定、先生もクラスメートも石川はいい子だと思ってくれていた。いい子の顔して無理
を言えば、何でも言うことを聞いてくれた。自分の願いは何でも叶うと信じていた。
後藤に会ったのは、そんな頃だった。それも、学校ではない。
休みの日に土手を散歩していた時だった。
暴走してきた車を避けた拍子に、土手を転がり落ちてしまった。しかも、その拍子に、持
っていたお気に入りのピンクのポシェットも無くしてしまった。ケガは擦り傷程度だった
ので、心配なかったが、そのポシェットは心残りだった。探そうと思ったが、身体が痛く
て、思うように動かない。そこを通りかかったのが後藤だった。
- 383 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月18日(木)18時47分10秒
- 「どうしたの?」
そう聞いてきた後藤とは、お互いに面識はないようだった。
「うん、転んじゃって。」
「さっきの車でしょ。危ないよね。大丈夫?歩ける。」
「私は大丈夫なんだけど‥‥、お気に入りのポシェット無くしちゃって‥‥」
「大変だね。アタシも探してあげるよ。」
そういって、降りてきてくれた。
「この辺を転がって落ちたんだけどぉ。」
「転がったの?だったら、遠くに飛ばされてるかもね。」
そう言いながら、あちこちの草むらの中を捜して回ってくれた。
(きっと、お礼が欲しいんだろうな。)
その時は、そんな事を考えながら、一緒に探し始めた。
二時間くらい探してくれたろうか。石川の方は既に疲れてしまい、探すのを諦めてしまっ
ていた。
「もう、いいよぉ。同じ物、また買えばいいんだしさぁ。」
「でもさぁ、絶対どこかにあるはずじゃん。諦めたくないんだよね。」
「お礼はするからさぁ。もういいでしょ。」
「お礼なんていいよ。あっ、時間ないのなら言って。後で届けてあげるし。」
その日はピアノのレッスンがあったけれど、できれば休みたかったので、そのままいる事
にした。けど、探すのは後藤ばかりで、石川は後藤を土手の上から見ているだけ。
- 384 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月18日(木)18時47分41秒
- それから30分後、ピアノのレッスンに帰らない石川を心配して探す車が来た時だった。
「あったぁ!!これかい?」
それは、当に石川のポシェットだった。偶然にも草むらの中に縦に突き刺さっていたため、
外から見え難かったらしい。
「ありがとう。何てお礼をしていいか。」
「お礼なんていいよ。じゃあね。」
「あっ、あのぉー‥‥」
そのまま後藤は立ち去ってしまった。
石川は追い掛けようとしたが、迎えに来た家の者に帰らされたため、それ以上話すことは
できなかった。
- 385 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月18日(木)18時48分13秒
- 後藤が同じ学校の生徒だと知ったのは、それから1週間ほどたってからだった。石川は自
分が学校で有名人だと思っていたので、同じ学校の生徒で自分を知らないのを意外に感じ
た。
聞けば、後藤は入学式の日に遅れたため、式に出ていないではないか。後藤が自分を知ら
ないことも何とか納得させることができた。
しかし、思えば後藤は、石川を知らないで助けてくれた。今まで自分の周囲は、お金であ
ったり、評判であったり、石川とは関係ない所で石川に優しくしてくれていた。そして、
それはとても自然な事だと石川自身も理解していた。なのに、後藤はただ石川のために探
してくれた。最後は自分の意地だったかもしれないけれど、それでも最初は石川のために
探し始めてくれた。お嬢さまだとか、成績優秀だとか、学校で先生に気に入られてるとか、
そういう石川を取り巻く壁とは関係なく、その壁とは関係なく接してくれた。そして、石
川が裕福な家だと解った後も、壁を乗り越えて去っていった。そんな後藤のことが気にな
り初めていた。
見れば、いつも明るく元気で、周りにいる人を明るくさせていた。勉強は嫌いそうだった
けれど、一度やり始めたことは、最後まで弱音を吐かなかった。
優しく、強い人。それが石川が後藤に持った印象だった。
しかし‥‥、後藤の隣には、既に市井がいた。後藤と同じように、優しく、後藤と同じく
らいに強い市井が。
何でも手に入ると思っていた石川だったが、本当の優しさや本当の強さは手に入らなかっ
た。そして、後藤も‥‥、本当に欲しい物は手に入らなかった。
- 386 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月18日(木)18時48分45秒
- 「今もあんまり変わってないんだぁ。やっぱり、誰かの前だといい顔しちゃう。いい子を
演じてしまうのね。そんな自分が嫌なんだけど、どうしようもない。私って強くないから。」
「アタシだって、石川さんが思ってるほど強くはないよ。自分の心に壁を作って、他人か
ら逃げてる。市井ちゃん、死なせちゃったから、みんなに無視されてるって思ってたけど、
みんなに壁作ってるのは、アタシの方だった。」
「うん、後藤さんが苦しんでるのは、痛いほど解ってた。だけど‥‥、いい子じゃないと
いけない私は‥‥、手を差し出すことができなかった。本当は後藤さんの心に、手を伸ば
したかったのに、自分の心の壁さえ、超えることができなかった。」
「でも‥‥、こうして飛び込んできてくれたじゃない。嬉しいよ。本当に。」
「でも、後藤さんの壁に穴をあけてくれたのは、吉澤さん。私はその開いた穴から手を入
れただけ。卑怯だって言われても仕方ない。」
(よっすぃー‥‥)
吉澤の名前を聞かされて、心が痛んだ。
- 387 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月18日(木)18時49分21秒
- 「あっ、そう言えば、石川さん。昨日、後藤達の話を聞いたって言ったよね。」
「うん、‥‥ごめんなさい‥‥。」
「じゃあ、後藤とよっすぃーが朝一緒に来る約束してたのも。」
「うん、聞いちゃった。」
「その時、他に誰かいなかった?」
「えっ!クラスの木村さんが一緒だったけど‥‥。」
「その木村さんって、昨日やぐっちゃんの所に相談に行かなかった?」
「んー、行ったかどうかは解らないけど、憧れのよっすぃーがって嘆いてたのは知ってる。
そうそう、矢口さんが吉澤さんと付き合うことになったっていうのも、あさみちゃん、木
村さんから聞いたわ。」
「そっかぁ‥‥」
後藤が吉澤と一緒に朝来る約束をしていたことを話したのは、吉澤ではなかったのだ。吉
澤は決して後藤を裏切ったわけではない。吉澤を疑って申し訳ない。後悔に気持ちで、い
っぱいになった。
- 388 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月18日(木)18時49分56秒
- 「木村さんが何か迷惑かけた?確か、矢口さんと吉澤さんが一緒に学校に来てたけど‥‥。
ひょっとして、約束してたのを話したのが吉澤さんだと思って‥‥。それで、今朝あんな
風に‥‥。」
「違う、違う。関係ないよ。」
「後藤さん‥‥、ごめんなさい。――― 私、何て言って謝っていいか‥‥。」
「違うってばさぁ。そんなに謝んないでよね。石川さん、何も悪いことしてないんだし。」
「じゃあ‥‥、梨華って呼んでください。お願いです。」
「梨華ちゃん」
「私も、真希ちゃんって呼んで‥‥いいですかぁ?」
「真希ちゃんかぁ。照れるなぁ。そんなのお母さんしか呼ばれたことないや。兄弟はみん
な、まきーっだしね。」
「お父さんも?」
「お父さんはいないよ。アタシが小学校の6年生の時、事故で死んじゃった。」
「――― ごめんなさい。」
「いいよ。もう気にしていないし。――― でも、大好きだったなぁ、お父さん。」
「私もお父さん、大好きです。」
「へっへっ、じゃあ今度借りちゃおうかな。」
「じゃあ、うちに来てくれるって事?本当に?」
「でも、梨華ちゃんちって、お金持ちなんでしょ。緊張しちゃうなぁ。」
「いっぱいご馳走するからね。絶対に来てね。」
今度こそ、本当に心が許し合える相手ができたみたいだ。
- 389 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月18日(木)18時50分26秒
- 一方、吉澤はというと、
「やっぱり、言えないよぉ。あー、アタシって、ダメダメっち。」
今朝の後藤の様子が自分が矢口と付き合うのが原因と思い、お昼休みに矢口に断りを入れ
るつもりで行ったが、矢口を前にして、結局言えないまま戻って来たのだった。
「でも、ごっちんを泣かせることもできないし、アタシはどうすれば‥‥。」
ショートの髪を掻き乱した時だった。
「よっすぃー、ごめんね。もう大丈夫だから。」
後藤が戻ってくるなり、吉澤に声をかけた。
「だってぇ、ごっちんがあんな顔見せるなんて‥‥。」
「アタシだって、あんな顔する事もあるよ。これでもデリケートなんだからさぁ。」
「よく言うよぉ。バリケードな癖してさぁ‥‥。」
「言ったなぁ。そんな事言う奴は許さないぞ。」
「ごめん、許して。」
「じゃあ、その代わりに、――― やぐっちゃんを大事にする事。約束だよ。今度破った
ら、絶交だからね。」
「ごっちん‥‥、解った。約束する。だけど、ごっちんの次だからねぇ。ごっちんを泣か
すような事があったら‥‥、矢口さんでも許さない。」
「大丈夫だよ。もう泣いたりしないよ。だからさぁ‥‥、約束して。」
「うん、約束。じゃあ、握手。」
吉澤の差し出した手を後藤は躊躇なく握った。この暖かい手のおかげで、後藤はまた元気
にしてもらえたのだ。感謝の気持ちを込めて、握り返した。
吉澤には、その思いは伝わったのだろうか。
- 390 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月19日(金)18時47分11秒
- 吉澤と矢口の仲はすぐに学校中に知れ渡った。
朝昼夕と一緒にいる所を見られる機会も多かったし、身体の大きい吉澤と声の大きい矢口
の組合せは、目立ち過ぎるほどだった。
「矢口さん、ほんとに幸せそうれすねー。」
「ほんまや。矢口さんが元気やと、うちらも元気になれるわ。」
これは、加護辻に限らない意見であった。それほどに、矢口の影響力があったのも理解で
きる。
自然と、後藤に対する風当たりも弱まったような気がする。それは、いつも机に突っ伏し
て誰とも話さなかったのが、休憩時間には吉澤と仲良く話しをするようになって、今まで
周囲を拒否していた空気が薄れてきたのも要因であろう。
吉澤が転校してきただけで、全てが好転した。そんな噂が吉澤の人気を更に高めた。今ま
で矢口のやっていた“お悩み相談”も、吉澤にも一緒に聞いてほしい。そんな生徒も増え
た。
吉澤は、自分は役に立たないからと、断っているらしいが、矢口が許さなかった。いつの
まにか、いつも吉澤を横に相談を受けるようになった。そして、たまの吉澤のアドバイス
が壷にはまったりすると、矢口が嬉しそうに吉澤の頭を撫でて、誉めるのであった。吉澤
もそれが嬉しいのと、悩んでた子が喜んで帰っていくのを見れるのが嬉しくて、一層矢口
と一緒にいる時間が増えた。
- 391 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月19日(金)18時48分12秒
一方、後藤と石川は、
やはり、校内で一緒に過ごすことは無かった。後藤への風当たりが弱くなったのは間違い
ないが、それでも石川に何かあったら困る。石川としては不満であったが、後藤は絶対に
許さなかった。後藤は石川を守りたいという気持ちからだった。石川もそれを感じていた
から、素直に従った。
会うのはいつも町の図書館だった。そこで閉館の時間まで一緒に勉強をした。それでも、
石川にとっては自宅で家庭教師相手の勉強よりも、後藤と共に過ごす時間の方が嬉しいの
で幸せだった。家の方も、学年トップの子と一緒に勉強してると言えば、悪い顔はしなか
った。ただ、門限が厳しいため、一緒にいられる時間が短い。それが不満であった。
後藤にとっても、石川と過ごす時間は楽しい物だった。今まで独りで勉強していたのが、
二人になっただけでも、とても楽しいのであった。後藤と話しをしている時の石川の純粋
な笑顔は、後藤も正直可愛いと思っていたし、そのお嬢さまらしい雰囲気も悪い気はしな
かった。石川に微笑まれて、真っ赤になってうつむいたのを、石川に冷やかされるのも、
後藤にとっては楽しい時間であった。
- 392 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月19日(金)18時48分43秒
- いつもにように、図書館からの帰りに石川から、
「ねぇ、お願いがあるんだけどぉ。」
上目使いで言われて、後藤もわずかに動揺した。
「ねぇ、今度のお休み、家に遊びに来ない?」
「えっ、梨華ちゃんちに?」
「うん、前に来てくれるって言ってたしぃ。それに私んち、門限が厳しいから、ゆっくり
できないでしょ。家に来てくれたら、ゆっくり話しもできるし‥‥、それに学年トップの
子だよ。って紹介できたら、うちの親も安心するし‥‥。」
「でも、後藤って、こんなのだからさぁ、悪い友達って思われないかなぁ。」
「大丈夫だよ。私、これでも親に信用あるからぁ。友達ですって紹介したら、変な顔しな
いよぉ。」
「そうかなぁ。――― ちょっと、心配。」
「ねぇねぇ、お願い。」
ここまでお願いされて、後藤も断ることはできない。
「うん、いいよ。」
「やったぁ。楽しみにしてるからね。じゃあね。バイバイ」
手を振りながら走り去る石川の背中を見送りながら、ふと思い出した。
- 393 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月19日(金)18時49分17秒
- 「後藤!うちにおいでよ。」
「えっ!市井ちゃんち!へっへっ」
「夏休みが終わったらさ、もうすぐ試験じゃん。勉強教えないとね。」
「ええーっ、勉強するのぉ。市井ちゃんと遊びたいのにぃ。」
「ダメダメ。それじゃあ、後藤は遊んでばかりじゃん。ちゃんと勉強しないとね。」
「じゃあさ、夏休みの部活頑張るからさぁ。絶対に1日も休まずに練習出るよ。もし約束
果たせたら、“遊びに”行ってもいい?」
「仕方ないなぁ。宿題もちゃんとやるんだぞ。」
「うん、やったぁ!じゃあさ、宿題、教えてもらいに、行ってもいい?。」
「教えるっていってもなぁ。――― 市井も未だやってないし。」
「何だ一緒じゃん。じゃあ、一緒にやろうよ、後藤んちでもいいからさぁ。」
「よーし、今度の土曜日、練習終わってからやろうかぁ。」
「へっへん、やったぁ!」
「その代わり、ちゃんと宿題やるんだぞ。じゃあな。バイバイ」
市井が手を振っている。えっ!
我に返ると、それは石川に市井の影を重ねていたようだ。
「結局、市井ちゃんちにも行けなかったし、後藤んちにも来てくれなかったね。」
事故が起こったのは、約束した三日後の金曜日。後藤の家に行く約束の前日だった。
石川に市井の影を見た後藤は、ある考えを頭を振って、打ち消した。
「梨華ちゃんも市井ちゃんみたいになんて‥‥」
- 394 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月19日(金)18時49分51秒
- 後藤が石川の家を訪ねる約束の日が来た。
学校までの路線は別であったが、後藤の家から、遠いながらも歩いてもいける距離ではあ
った。が、あまり後藤達が立ち寄るような場所ではなかった。
いわゆる、高級住宅地と言われる区域の一角にあり、周囲と比較しても高級と思われる建
物が石川の家であった。
周囲は壁に囲まれており、庭には広くてよく手入れされた花壇が見られた。
呼び鈴を押そうと手を伸ばしたところに、
バウッ
大きな犬が門に激突してきた。その衝撃で門は大きな音をたてたが、犬の方はそのふさふ
さした毛並みのおかげで、全く痛がる様子もない。
後藤は驚いて、2、3歩後ずさりしたが、犬が無用に吠えないのと、シッポを振っている
動作から、歓迎されているような気がして、ニッコリ微笑んだ。
「ベス、ダメよ。あっ、真希ちゃん!」
庭の奥から出てきたのは、石川だった。すぐに後藤に気がついた。
「ごめんね。びっくりしたでしょう。」
「うん、ちょっとね。でも、この子、アタシ見て、嬉しそうだったし。」
「えっ、真希ちゃん、解るのぉ。犬飼ってたの?」
「うううん、何となくね。」
- 395 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月19日(金)18時50分22秒
- 石川とベスに連れられて、後藤は屋敷に案内された。
「お父さん、お母さん、こちらが後藤さん。いつも一緒に勉強させてもらってるの。」
「はじめまして。」
紹介された石川の父母は、お金持ちによく見られる傲慢な所はなく、とても人当たりの良
い印象であった。石川が大事に育てられたのが、よく解る。
「いつも梨華がお勉強、教えてもらってるそうで。」
「いいえ、私の方が教えてもらってる事が多いので。」
「でも、勉強ばかりじゃなくて、若い間にしか楽しめない事もあるんだから。今のうちに
楽しむ事も大事だよ。」
「はい。ありがとうございます。」
挨拶を終えて、後藤は石川の部屋に案内された。
「どうしたの?ソワソワしちゃって。」
「うん、なんかぁ‥‥、落ち着かない。いつも、アタシの部屋って、散らかってるからさ。」
「そんなぁ。ゆっくりしてね。」
メイドさんがお茶とお菓子を持って来てくれた。
石川が、自分のお気に入りというクラシックの音楽を流してくれた。
アルバムも見せてもらった。海外の写真が多かった。
昼食をご馳走になった。知らない名前の料理だった。手作りのパンがおいしかった。
ベスを連れて、一緒に散歩もした。後藤にもすぐ馴れたようだった。
散歩から帰ったら、フルーツをいただいた。
石川がピアノも弾いてくれた。本人は下手だって言ってたけど、上手だと思った。
- 396 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月19日(金)18時50分54秒
- 夕食もと誘われたが、それはお断りして、失礼することにした。
途中まで、石川とベスが見送りしてくれた。
「この子がどうしても、連れて行けっていうの。」
「ははっ、気に入られちゃった。」
今は、後藤がベスを引いている。
「今日は、ありがとう。とても楽しかった。また来てね。」
「うん‥‥。みんな後藤に気を使ってくれたみたいで、ごめんね。」
「うううん、そんな事ないよ。みんな真希ちゃんの事、いい子だって言ってたし。」
「へん、お世辞でも嬉しいな。」
大通りに出た。後藤の家まではまだ大分あるが、
「ここでいいよ。遅くなると心配するでしょ。はいっ!」
そう言って、後藤がベスを渡そうとするが、
「ごめん。もうちょっとだけ、ベス連れてて。」
石川は、ベス越しに後藤に肩を持った。そして、その手で自分の体重を支えながら、背伸
びをするような格好で、石川が後藤にキスをした。
突然の行為に後藤は顔を真っ赤にしてうつむいた。、石川も真っ赤になっていた。
後藤は慌てて、ベスを石川に返しながら、
「あ、あのー、ま、また明日‥‥、学校でね‥‥。」
「うん、また明日‥‥。」
後藤は恥ずかしさから、石川の顔を見る事もできず、去っていった。そして、その背中を
見送る石川。
バウッ!
呆然としていた所をベスに吠えられ、我に返る。そして、来た道をベスに引きずられなが
ら、帰っていった。少し不安そうな笑顔をうかべながら。
- 397 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月19日(金)18時51分31秒
- 後藤は家族との夕食を終え、今日の日を思い返していた。
高級な家に、上品な家族。絵に描いたような優雅な生活。
とても自分とは掛離れた生活‥‥。
後藤があんな所にいても、まるで不釣合いで、居心地が悪い。とても耐えられそうにない。
やっぱり、自分は石川とは合わないのだろうか?
一緒に過ごしていた時間は楽しい。そして、その時の石川を愛しいと感じる。その気持ち
に嘘はない。しかし、今のままの後藤を、石川はいつまで好きでいてくれるだろうか。
ひょっとしたら、後藤の事をただの物珍しいだけと思ってるのかもしれない。飽きたら、
もう相手にもしてくれないかも。それなら‥‥、あまり気持ちが入り過ぎると、辛くなる。
愛する人を失うのは、もう嫌!
それなら、人を愛さなければ‥‥。
自分は‥‥、人を愛してはいけないのでは‥‥。
「そうだよね。‥‥アタシだけ幸せになるのはねぇ。」
伏せたままの市井の写真立ての方を見る。伏せたままだから、市井の顔は見えない。だけ
ど、後藤の頭には市井の姿が鮮明に浮かんでいる。
頬を一筋、涙が流れた。
「何で‥‥、梨華ちゃん‥‥、アタシなんか‥‥」
- 398 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月19日(金)18時52分09秒
- 石川の顔を思い出した時、屋上での石川の言葉が思い出された。
『ちゃんと私の声を聞いてくれた。私の姿を見てくれていた。お嬢さまや成績優秀じゃな
い私を見てくれていた。』
そうか!
いつも石川はこう見られていたんだ。見るからにお嬢さま。家も裕福。普通の人達とは掛
離れた生活。だから、友達になりたくても、みんな気後れしてしまい、本当の友達にはな
れなかったのだ。それが寂しいから、人を近づけるために、自分の裕福さとか、いい子振
りを利用した。そうせざるえなかったのだ。
それが、石川の壁を作った。決して超えられない壁を。
そしてその壁は、更に石川を寂しくさせたのだ。
石川に罪はない。だけど、誰も石川を普通の友達と思っては、接してくれない。
後藤もそれと同じことを考えていた。石川を壁の向こうに見ていた。
石川は、一度はその壁を超え、同じ様に壁に囲まれた後藤に手を差し出してくれた。そし
て、その手を握り合った。その手を離して、再び、壁の向こうに追いやるのか。
それが、石川の幸せなのか。
せめて‥‥、せめて石川が、壁を越えて来てくれている時くらい‥‥、手を繋いだままで
いてあげよう。それを幸せに感じていてくれるなら‥‥。
石川のために‥‥、今は生きよう。
後藤はもう一度、倒したままの市井の写真立てに向いた。
「ごめんね、市井ちゃん。だけど、市井ちゃんも同じだよね。きっと‥‥」
- 399 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月19日(金)18時52分49秒
- 後藤は自分の携帯を取り出し、登録されたばかりの番号にかけた。
ガチャ!
『もしもし、真希ちゃん!!』
「うん。今日はありがとうね。」
『うううん、とっても楽しかった。もっと、ゆっくりして欲しかったくらい。』
「へへっ、ごめんね。何か、晩御飯までいただいたら、申し訳なくてさぁ。」
『そんなの気にしないでぇ。今度は、一緒に晩御飯までね。」
「うん、ありがとう。それでね‥‥」
『ねえねえ、聞いてぇ。あの後ベスがね、機嫌悪くてね、ご飯も食べないのよ。真希ちゃ
んからも言ってあげて。元気だせーって。』
「うん‥‥。」
『じゃあさ、このままベスの所に行くからぁ、待っててね。』
「ちょ、ちょっとぉ‥‥、梨華ちゃん。」
『――― (ドタドタドタ) ―――』
「おーい、梨華ちゃーん。」
『――― (ドタドタドタ) ―――』
「ちょっと、聞いてよ。梨華ちゃーん。」
『――― (ドタドタドタ) ―――』
- 400 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月19日(金)18時53分56秒
- 『真希ちゃん。今ベスの所に来たからぁ、受話器を耳に当てるから、お願いね。』
「おーい、――― 仕方ないなぁ。おーい、ベス!元気ないんだってぇ。梨華ちゃんが心
配してるからさぁ、元気だしなよ。昼間はあんなに元気だったじゃん。アタシも心配だか
たさぁ、元気出しなよ。そんなんじゃぁ、アタシ、もう遊びに行ってやんないぞぉ。散歩
も連れてってやんないぞぉ。ほら、頑張って、ご飯食べてぇ。そしたらさぁ、今度は梨華
ちゃんと後藤んちに遊びに来てもいいからさぁ。」
『‥‥(グスン)』
「ん?どうしたの、梨華ちゃん。泣いてるの?ベスがどうかした?」
『‥‥違うの。‥‥ベスはいないのぉ。』
「はぁ?じゃあ、どうして?」
『ベスが元気ないのはウソ。いつもほど元気ないのは本当だけど、ご飯食べないってのは
ウソ。今は、‥‥寝てる。』
「何で、そんなウソを‥‥。」
『ごめん‥‥。真希ちゃん‥‥、あんまり楽しそうでなかったしぃ。』
「そんなことないよ。とっても楽しかったよ。」
『解ってるの。いつもそう‥‥。みんな、家に来るとね。友達で無くなっちゃうの。仲は
いいままなんだけどぉ‥‥、もう本当の私を見てはくれない。‥‥お嬢さまだとか、お金
持ちという目でしか見てくれないの。真希ちゃんはそんな事ないと思ったんだけど‥‥、
住む世界が違うから‥‥、もう付き合えないなんて言われたらどうしようって‥‥。」
「バカだなぁ。そんな事言わないよ。」
『心配だけど、言われたら悲しいから‥‥、ベスに言ってもらうって事にしたら、大丈夫
かなぁって‥‥。』
- 401 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月19日(金)18時54分26秒
- 「じゃあ、ベスは聞いてなかったんだ。良かった。」
『えっ、どうして?』
「梨華ちゃんに、後藤んちに来て欲しかったんだけど、ベスも一緒に来たら‥‥、後藤ん
ち、狭いからさぁ。」
『真希ちゃん‥‥』
「梨華ちゃんちみたいな、おもてなしはできないけどさぁ。面白い物も何にもないけどさ
ぁ。ベスみたいな賢い犬もいないけど‥‥、アホな弟くらいかな。」
『ひどいなぁ。』
「いいんだよ。本当にアホなんだからさぁ。」
『仲いいんだね。私、兄弟いないから‥‥。』
「いなくていいよ。あんなの。」
『じゃあ、お土産買って行くね。何がいいかなぁ。』
「そんなの気にしない。」
『だってぇ。初めてのお宅に行くのにさぁ。』
「そんな事言ったら、アタシ‥‥。」
『あっ、ごめん。ごめん。そういうつもりじゃあ‥‥。」
「だったらさぁ、梨華ちゃんも。」
『うん、ありがとう。楽しみにしてる。』
「梨華ちゃん‥‥。」
『真希ちゃん‥‥。ありがとう。――― 大好きだよ。』
君を守ってあげたい。
- 402 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月19日(金)21時59分45秒
- よしごまに戻る事はないものか…。
ごっちん萌え!
- 403 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時16分45秒
- 次の日、後藤はいつもの通り、登校してきた。が、下駄箱の所で呼び止められた。
「後藤さん、ちょっと付き合ってもらえるかしら。」
「また、あんた達‥‥」
6人いた。以前、屋上で囲んでいた顔もある。
「アンタらに用はないよ。」
「そっちに無くても、こっちにはあるんだよ。」
中の一人が掴みかかってきた。
周囲には何人もの生徒がいるが、止めようとする者はいない。みんな遠めに取り巻いて眺
めている。
「解ったよ。」
「別に手荒い真似をするつもりはないよ。すぐ終わるからさ。」
6人は、後藤を階段下に連れてきた。と、いきなり二人が後藤を壁に押さえつけた。
「後藤さん、最近いい気になってるんじゃない?」
「アタシら、別に矢口が恐いわけじゃないんだからね。」
「調子にのってたら、アタシら何するか解んないよ。」
ドスッ!
「ゲボッ!」
一人が後藤の腹を殴りつけた。一瞬、視界がぼやける。膝が崩れる。
「真希ちゃん!!」
その呼び方‥‥。
- 404 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時17分26秒
- 「ちっ!」
舌打ちして、6人はうずくまった後藤を残して、散っていった。
「真希ちゃん、大丈夫?」
「グゥーッ、大丈夫。だから、梨華ちゃん。学校では、アタシに近づかないでね。今度は、
梨華ちゃんが狙われるかもしれないからさ。ゲホッ!」
「ごっちん!!」
今度は、吉澤の声だ。
「どうしたの?何があったの?」
「大丈夫だよ。何でもないよ。ね、石川さん。」
「うん‥‥」
後藤に睨まれた形になって、石川は何も言えなくなった。
「本当に?アタシには隠さないでよ!」
「ちょっと、お腹空きすぎてさぁ。倒れちゃったよ。‥‥じゃあさ、ちょっと教室まで肩
貸してよね。」
「いいよ。」
不満そうではあるが、吉澤が後藤に肩を貸して、立たせる。
「本当に何もないんだよね。石川さん。もし、ごっちんに何かしたんだったら、アタシが
許さないからね。」
吉澤に睨みつけられ、石川が小さくなる。
「そんなに脅したら、石川さんが可哀相だよ。心配して来てくれたんだからさぁ。」
「そうなのぉ。‥‥ごめんね、石川さん。」
「いいえ。」
消え入りそうな声に、申し訳なさそうに後藤が見詰める。それに気付いた石川は、慌てて
落ちていたカバンを拾い、後藤に渡す。
「ありがとう。石川さん。」
“石川さん”と呼ばれる度に、悲しい気持ちになるが、それを気付かせないように、頭を
下げた。
「さっ、よろしく。よっすぃー。」
「はいはい。じゃあ、石川さん。ありがとう。」
吉澤は一礼して、後藤を連れて教室に向かった。
石川は、涙が溢れそうなのを、やっとの思いでこらえた。
- 405 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時18分06秒
- 吉澤は後藤を席まで連れていった。
「もう大丈夫だよ。ほんとに。うん、ありがとう。」
後藤は吉澤に笑顔を見せた。吉澤も笑顔で応えた。
「心配させんなよ。」
「おう!」
吉澤も、後藤の全てを正しいと思ったわけではないだろう。しかし、折角ここまでになっ
たのだ。あまり騒ぎたてて、また後藤を苦しませても可哀相だ。今は、信じてあげよう。
それを後藤が望むなら。
「アタシ、見たんだ。昨日‥‥、矢口さんが‥‥、あいつらに会ってるのを‥‥。」
吉澤は誰にも聞こえないように、呟いた。
矢口‥‥、信じていいのか?
- 406 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時18分36秒
- 学校を終わって、いつものように図書館へ。
「真希ちゃん。大丈夫だった?」
「うん、しばらく呼吸が苦しかったけど‥‥、寝てたら直った。」
相変わらず、授業では寝ていた。といっても、夜に徹夜で勉強しているから、昼間は仕方
ないとも言える。前回のテストでトップだったし、たまに指名されても、ちゃんと答えら
れているので、先生達も文句の言いようがない。
「それから、学校では後藤さんって呼んでね。」
「うん、解ってる。解ってるんだけどね‥‥。」
石川の気持ちが解るだけに、後藤も辛い。だけど、今朝のような目に、石川を合わせるわ
けにはいかない。石川が傷つけられる所だけは見たくない。だから‥‥。
後藤は、石川の手を握り締めた。
石川も後藤の気持ちを理解して、何も話さず頷いた。
「それで、本当に今度の週末は真希ちゃんちに行っていいんだよね。」
「うん、土曜日にする?日曜日にする?」
石川がモジモジしていた。後藤は不思議そうに石川を見詰める。
「ねぇ、泊まってったら‥‥、ダメかなぁ‥‥」
「ええーっ!うちは構わないと思うけど‥‥。梨華ちゃんちは大丈夫なの?お父さん達が
心配するんじゃない?」
「うん、だけどぉ‥‥、真希ちゃんちなら、許してくれると思うの。」
「うーん、じゃあさぁ、まずは、梨華ちゃんちに許しをもらってからだ。梨華ちゃんちが
いいよって言ってくれたら、後藤んちはいいよ。」
「うん、解った。今晩、お願いしてみる。」
その後、石川の上機嫌なのと、それを見る後藤も気分が良かったため、いつも以上に勉強
ははかどった。
- 407 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時19分06秒
- 後藤がお風呂を出て、部屋に戻った時だった。
携帯に着信音が鳴っていた。ディスプレイを見なくても、音で解る。石川だ。
ちょっと、焦らしてみたくて、携帯を取らない。6回鳴った所で出た。
「もしもし」
『もう、真希ちゃんったらぁ、早くでてよぉ。』
「ごめん、ごめん、お風呂入ってたからさぁ。」
『うちのお父さんがね。真希ちゃんちに行ってもいいって。』
「よし。じゃあ、決まりだね。」
『うん。‥‥うちのお父さんがね。私が真希ちゃんと付き合うようになってから、とって
も明るくなったって、喜んでくれてるの。真希ちゃんはとってもいい子だって。いつまで
も大切にしなさいって。』
「へへっ、照れるなぁ。」
『真希ちゃん、これからも勉強?』
「うん。そうだよ。昼間寝てたから、元気だもんね。」
『無理しないでよね。病気になんかなったら、私‥‥』
「バカだなぁ。アタシは超健康優良児だってぇの。病気の方が逃げてしまうよ。」
『本当だよね。』
「大丈夫。‥‥ありがとうね。心配してくれて。梨華ちゃんも、無理しないでね。」
『うん、私は無理しないし。』
「無理しないけど‥‥、無茶しそうだからなぁ。」
『ええーっ、ひどーい。』
こんな幸せが、いつまで続くのだろう。
できるなら、ずーっと‥‥。
- 408 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時19分37秒
- 土曜日、後藤は朝からソワソワしていた。
いつもは、午前中は絶対に起きない後藤であったが、布団の中でも落ち着かない。
今日の夕方に石川が来るのだ。
石川のあんな豪華な家と較べたら、こんな貧弱な我が家を何て思うだろう。
あんな豪華な料理と較べたら‥‥、うちの料理なんて‥‥。
ベスみたいな賢い犬も‥‥、ユウキじゃなぁ。
あんまり落ち着かないので、昼前には布団から出た。そして、
「とりあえず‥‥、部屋を片付けとこぉ。」
散らかり放題の後藤の部屋は、それでも前日に片付けたらしく、珍しく床が見えていた。
普段なら、足の踏み場もないほどなのだ。元々、部屋では机に座ってるか、ベッドで寝て
るかなので、全く不都合がなかったのだ。
ピンポーン
「あっ、いらっしゃい梨華ちゃん。」
「ごめんくださーい。」
「ごめんね。うち、他に誰もいないんだぁ。お母さんは未だ仕事だし、ユウキは遊びに行
って、いつ帰ってくるか解んないし。まぁ、上がって。」
「失礼しまーす。」
石川は後藤の部屋に通された。
「ごめん。アタシってさぁ、あんまり片付け‥‥、好きでないからさぁ。散らかってるけ
ど、適当に座って。」
「うううん、私も散らかってるから、全然平気。返って、落ち着くかも。」
しかし、石川と後藤では、部屋の大きさが違う。物の数は対して変わってないのに。
「今、お茶入れて来るから、待っててね。」
「うん。」
- 409 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時20分15秒
- 後藤が下に降りている間、石川は後藤の机を見た。かなりの量の参考書や本が並んでいた。
そして本棚にも。
「ん?」
伏せてある写真立てが目についた。思わず、手を伸ばして、その写真立てを手に取った。
そこには、後藤と市井が並んで写した写真が入れられてあった。
市井も、後藤も、幸せそうな笑顔だった。そして、市井に甘えたように寄りかかる後藤。
こんな姿を、自分には見せてくれたことがない。石川は心が痛んだ。
と、その時、
「梨華ちゃーん、お待たせ。」
後藤の声に、慌てて写真立てを元の場所に戻した。そして、お盆にのせたカップを危なっ
かしく運ぶ後藤を微笑ましく見詰めた。
「ん、何?何か変?」
自分を見て笑う石川を不審に思って、聞いてみる。
「うううん、別にぃ。真希ちゃんが可愛いなぁって。」
「へっへーん。それでは、梨華お嬢様、お茶が入りました。」
「ありがとぉっ」
芝居っぽくふざけたお互いが面白くて、笑い合うのだった。
- 410 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時22分58秒
- しばらく喋ったり、参考書を調べたりしていたが、
「さてと‥‥、晩御飯だよね。」
「もう、そんな時間?でも、お母さん帰ってないよ。」
「うん、今日はアタシが作るから。」
「ええーっ、真希ちゃんって、料理もできるのぉ。」
「うん、まぁね。お母さんがいない日が多いし。あっ、でもそんな上手じゃないよ。」
「じゃあ、一緒に作ろう。私も手伝いたいしぃ。」
二人は並んで、台所に立った。
石川はやはり女の子なだけあって、嬉しそうだった。家ではお手伝いさん達が作るのだろ
うから、台所に立つ機会がなかったのだろう。野菜を洗ったり、お米を研いだり、不器用
にも包丁を使ったり‥‥。
とても楽しそうな様子に、後藤も微笑ましく思ったくらいだった。
「さあ、できた。」
メニューは、中華サラダ、天ぷら、卵豆腐、大根のおひたしに、お味噌汁。
後藤が手際良かったおかげで、そんなに遅くならずに食べることができそうだ。
「梨華ちゃんちみたいに、おいしくないかもしれないけど‥‥。」
後藤はおそるおそる、石川が食べるのを見ていたが、
「おいしい。すごくおいしい。ご飯も。こんなにおいしいなんて。」
お世辞でなく、喜んでくれたようだった。後藤も安心して、食べ始めた。後藤にとっては、
いつもの料理であったが、石川にとっては、始めて自分で作った料理ということで、格別
の感があったのだろう。その嬉しそうな顔を見ているだけで充分だと、後藤は感じていた。
- 411 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時24分01秒
- 食事も片付けも終わり、買ってきたリンゴを二人で食べていた。
「ねぇねぇ、真希ちゃんのアルバム、見せてよ。ねぇ、見せてぇ。」
「ええーっ、そんな。見ても面白くないよ。」
「うううん、昔の真希ちゃんも見たいの。ねっ、お願い。」
石川に上目使いで頼まれると、断れない。仕方なしに、アルバムを引っ張り出した。
「わーっ、真希ちゃん。可愛いーー。」
「でも、太ってるし。顔なんて、パンパンだよ。」
「でも、可愛いよ。これ、弟さん?そっくりーーぃ。」
「そう、これアホ弟。」
「これが、真希ちゃんのお父さんとお母さんなんだぁ。」
「うん。これがお父さん‥‥と、‥‥お母さん。」
「どちらも優しそうね。」
「うん、‥‥とっても優しかった。‥‥っへん。」
「真希ちゃん‥‥」
「ごめん、ごめん。ちょっと、思い出しちゃってさぁ。あぁ」
「ごめん。私がアルバム見ようって言ったから‥‥。真希ちゃんの事、考えずに‥‥。」
「大丈夫だよ。ほら、梨華ちゃんのお父さん見たじゃない。すっごい優しそうでさぁ。い
いなぁって、思ったら‥‥、思い出しちゃったぁ。」
「真希ちゃんのお父さんって、どんな人だったのぉ?」
「うん、優しくてね。いっつもアタシ達と遊んでくれてた。休みの日には、一緒に散歩し
たり、山登ったり、サイクリングしたり‥‥。いつでも、アタシ達子供を喜ばそうってし
てくれてた。‥‥大好きだった。今でも‥‥。」
- 412 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時24分36秒
- 「いいなぁ。うちのお父さんも優しいけど、いっつもお仕事ばかりで、全然遊んでくれな
かったもん。でもね、最近は一緒にお買い物行ったりするの。」
「へえーっ、いいなぁ。アタシもそんなのしたかったなぁ。」
「「‥‥‥‥」」
「グスン!」
「どうしたの?真希ちゃん?」
「アタシの大好きな人は、みんないなくなっちゃうんだ。‥‥お父さんも‥‥、市井ちゃ
んも‥‥。アタシが大好きだった人は‥‥、みんな‥‥」
「真希ちゃん‥‥」
「だからねぇ、梨華ちゃんの事も、大好きになっていいのかって‥‥。アタシが梨華ちゃ
んのこと、大好きになったら‥‥、梨華ちゃんいなくなっちゃうんじゃないかって‥‥、
アタシ‥‥」
「真希ちゃん。何言うのよ。私は真希ちゃんのそばにいる。ずっと、真希ちゃんのそばに
いる。真希ちゃんが嫌だって言っても、絶対に離れない。私は真希ちゃんが大好きだもの。
‥‥だからねぇ、そんな悲しい事、言わないで。」
「梨華ちゃん、ありがとう。ずっと、一緒にいてね。」
後藤は、石川の肩に顔を載せて泣いた。石川は後藤の肩を、背中を、頭を、順々に撫でて
いった。
「真希ちゃん。甘えていいんだよ。お願いだから、私にも甘えてね。」
「うん。梨華ちゃんがいてくれて良かった。」
お風呂にも二人で一緒に入った。後藤が嫌がるかと思ったが、さっきのこともあって、意
外にも後藤の方から石川を誘った。
お互いに、洗い合った。身体も、頭も。そして、お互い真っ赤になるまで、湯船に浸かっ
た。お互いに、肌のぬくもりを感じながら。
- 413 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時25分09秒
- お風呂から出て、髪も乾かして、後藤の部屋に戻った。
時間は11時を過ぎていた。
留守電にメッセージが入っていた。ユウキが明日まで帰ってこないという事だった。お母
さんも、後藤のお姉さんの家に行くので、帰らないらしい。
後藤と石川の二人きりとなった。
「ねぇ、真希ちゃん」
「ん?なあに?」
「いつもは、これからお勉強なんでしょ。」
「うん、まぁね。」
「今日は?‥‥やっぱり、お勉強?」
「ん、‥‥そうだねぇ。でも、梨華ちゃんが寝れなくなるから、辞めておく。その分、明
日頑張れば大丈夫だし。」
「真希ちゃんって、本当に頑張り屋だねぇ。」
「約束したから。夢をかなえるってね。」
「うん、私もそれを手伝いたい。でも‥‥、今日だけ‥‥。」
石川が後藤の胸に顔を埋めた。後藤は石川を抱きしめたまま、
「梨華ちゃん、ベッドでいいかなぁ。それとも、寝相が悪いとか。」
「そんなことないよぉ。でも、ベッドって真希ちゃんのでしょ。私が下でいいよ。」
「お客さんにそれはできないよ。アタシが下で寝るから。」
「ごめんね。」
- 414 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時25分39秒
- その後は、しばらく音楽を聞いていた。洋楽が好きな後藤は、バラードを中心に曲を流し
た。石川も満足そうに聞き入っている。
ベッドにもたれかかり、石川が後藤の腕をとって、自分の肩に回す。後藤が石川を抱き寄
せる。石川が、後藤が、お互いに見詰め合う。
石川が目を閉じる。
後藤が石川に唇を寄せる。そして‥‥、長い‥‥長い‥‥
音楽が止まる。
それをきっかけに、二人の唇が離れる。
「さぁ、もう寝ようか。」
「うん。」
二人がそれぞれの布団に入る。
石川が名残惜しそうに、ベッドから顔をだして、上から後藤を見下ろす。後藤も下から、
それを見上げる。
「おやすみ。梨華ちゃん。」
「おやすみ。真希ちゃん。」
石川がベッドから片手を降ろす。後藤が、それを握る。
お互いの手と手に、熱い物を感じる。
「ねぇ、‥‥そっちにいっちゃぁ、ダメ?」
「アタシも‥‥、同じこと考えてた。」
後藤の方から、ベッドに潜り込んだ。
自然と二人の身体がくっつく。呼吸しているのも感じられるくらいに。
「真希ちゃん‥‥」
「梨華ちゃん‥‥」
もう一度、キスをした。
何度も、何度も‥‥
- 415 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時26分22秒
石川が、朝の陽射しで目を覚ました。後藤はまだ寝ている。
石川は、寝たままの後藤にキスをした。それでも後藤は起きない。
今度は、おでことおでこを合わせた。そして、石川は念じた。自分の思いが、後藤に届け
と、‥‥一生懸命に念じた。
「梨華‥‥ちゃん‥‥」
後藤は未だ夢を見ているのだろうか。自分の名前を呼んでくれたのが嬉しくて、後藤を抱
きしめた。きっと、自分の夢を見るように、念じたのだろう。
石川は、後藤の頬に自分の頬をくっつけて‥‥、もう一度目を閉じた。
自分も、後藤の夢を見れるように‥‥。
- 416 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時26分57秒
「梨華ちゃん、起きてよ。」
後藤が、床に引いていた布団を片付けて戻ってきた。時間はもうすぐ9時だった。
「ねぇ、今日は映画観に行こうよ。」
「うん、嬉しい。」
「だったら、ほら。早く起きて、朝ご飯だよ。」
石川が着替えて行くと、後藤は朝ご飯を用意していた。夕べの残りと、サンマの開きだっ
た。
「こんなの梨華ちゃん、食べたことないでしょう。」
「うん、初めて。すっごく、おいしいよぉ。」
何でも喜んでくれる石川が、とても可愛く思うのであった。
- 417 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時27分29秒
- その日の昼過ぎ、後藤が石川に肩を抱かれて二人は映画館から出てきた。
「んぐぅ‥‥、梨華ちゃん、ごめんね。」
「うううん、でも真希ちゃんがあんなに泣くなんて。」
「アタシ、ダメなんだよね。ぐぐっ‥‥映画観ると、すぐ泣いちゃう。」
「私も泣いちゃったよぉ。」
「でも、梨華ちゃんのは可愛いもんなぁ。ぐぐっ」
後藤が自分の顔をパンパンと叩いて、
「さてと‥‥、どうしますか?これから。」
石川がしばらく黙っていたが、
「一緒に買い物しよう。」
後藤はふにぃと笑って、
「よしっ!でも‥‥その前に腹ごしらえだ。」
後藤が石川の手を取って、歩いていった。
- 418 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時28分11秒
- 二人はアクセサリー売り場に来ていた。
銀色のピアスを眺める後藤。
「うーーーん」
その横から石川が、
「ねぇ、どれがいいと思う?真希ちゃんの好みでいいからさぁ。」
石川が誕生日のプレゼントを贈りたい相手がいるので、後藤に相談したのだった。
後藤は既に二つに絞っているが、どちらにするか決め兼ねているようだ。
「こっちは、カットが綺麗だし、こっちはデザインがいいし、‥‥。あーん、決められな
いよ。あとは、梨華ちゃんで決めてよ。」
石川もしばらく、二つを眺めていたが、
「よし、決めた。」
そう言って、二つとも持っていった。
「はは、何だ。簡単じゃん。」
外に出ると、もうすでに日が傾きかけていた。
「もう、‥‥そろそろかな?」
「うん‥‥」
石川の門限が近づいていた。
「駅まで、送るよ。」
「ええーっ、でも‥‥悪いし。」
「いいって。できるだけ一緒にいたいしさ。」
「うん。ありがとう。」
二人は駅に向かった。
- 419 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時28分44秒
- 石川を送って、駅についた。
門限にはちょっと余裕がある。
後藤も石川も名残惜しそうであったが、いつまでもこうしてはいられない。
「ここまでで、大丈夫かなぁ?」
「うん。本当はうちまで来てほしいけど‥‥」
「また、今度行くよ。それじゃあ‥‥」
「それじゃ‥‥。これ。」
「ん?」
石川がさっき買ったイヤリングの箱の一つを後藤に渡した。
「真希ちゃんの誕生日、過ぎちゃってるけど‥‥」
「そんなぁ…、こんな高価なの。アタシにはもったいないよ。」
「でも、私が真希ちゃんにもらって欲しいから‥‥。」
「だけどぉ‥‥」
「真希ちゃんに付けて欲しいの。ほら。」
石川が残った方の箱を開けた。後藤がそれを見ると、
後藤が選んだ2個のピアスが片方ずつ入っていた。
「これで、真希ちゃんとお揃いだね。」
「でも、梨華ちゃん。耳に穴‥‥開いてないじゃん。」
「そんなの、いつだってできるもん。真希ちゃんとお揃いにしたかったから‥‥。」
「‥‥ありがとう。」
後藤は石川を抱きしめた。
後藤は震えていた。嬉しさだろうか。それとも‥‥、この幸せを失う事への不安だろうか。
石川は、その震えを受け止めるべく、後藤を抱きしめた。石川はこの後藤の震えを喜びと
感じたのか、不安と感じたのか‥‥
- 420 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時29分27秒
- 後藤は家路を歩いていた。
石川と駅で別れて、そのまま歩いて帰ることにした。歩いた方が早いというのもあったが、
石川を抱きしめた感触が残った身体を、他の人達に囲まれたくなかったのだった。
石川を守りたい。石川の笑顔を守りたい。石川の悲しい顔を見たくない。
「‥‥市井ちゃん」
後藤が立ち止まって、呟いた。
後藤が石川と付き合うことにしたのは、世間との壁を作って苦しんでいた石川を救うため。
今の石川を助けてあげられるのは、自分しかいない。そう思ったから、石川に向かって手
を差し伸ばしたのだった。
そして、手を握り合った。同じ壁を作っていた境遇の者同士。囲んでいた壁に違いはあれ
ど、その苦しみを理解し合えた二人。
共に助け合い、甘え合う。そういう相手がいることの幸福感。
(だけど‥‥、アタシにそれは許されるの?)
(市井ちゃんはアタシを許してくれたの?)
(アタシは、幸せになっていいの‥‥)
(アタシは‥‥、愛することも‥‥、愛されることも‥‥
許されないようなことをしたのに‥‥)
- 421 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月22日(月)19時30分17秒
- 後藤を我に返したのは、携帯の着信を告げる音だった。この音なら、見なくても解る。石
川だ。家に着いたのか。まだそのくらいしか、時間が過ぎていなかったのか。しばらく、
立ち止まっていたような気がしたが‥‥、案外そうでもなかったようだ。
後藤はゆっくりと、携帯に出た。
「もしもし。梨華ちゃん」
『‥‥』
「梨華ちゃん、どうしたの?」
『‥‥ヤメテ!』
「何、梨華ちゃん。何があったの?返事して!」
『ヤメテ‥‥、イヤ‥‥、イヤ‥‥』
「梨華ちゃん!梨華ちゃん!」
後藤は携帯に向かって、叫んだ。
『真希ちゃん。‥‥やめてぇ!吉澤さん、やめてぇ!」
「吉澤?よっすぃーなの!よっすぃーいるの!」
『ダメ!あぅ、ダメ。お願い‥‥やめて‥‥』
電話の向こうから、荒々しい息遣いと、ぴちゃぴちゃというイヤらしい音が聞こえる。
「よっすぃーなの。お願い!返事して!」
『やめて!あぅぅ、お願い。そんなとこ‥‥。ああ‥‥』
- 422 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年10月22日(月)19時35分02秒
- >>402
作者です。
レス感謝です。
よしごまか、いしごまか、はたまた‥‥
- 423 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月22日(月)20時57分13秒
- ぬわぁぁなんという展開に!!
うそだろよっすぃー!!
- 424 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月23日(火)14時24分33秒
- もしや矢口の手下?
- 425 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月23日(火)21時17分40秒
- 「梨華ちゃん!どこなの。どこにいるの。」
後藤は携帯を耳に当てたまま、元来た道を走って、戻ろうとした。その時。
『タ・イ・ク・カ・ン』
かすれそうな吉澤の声が聞こえた。と思ったら、
ブチッ!
携帯が切られた。
今のは確かに石川の声だ。何が起きているか想像したくない。
しかも、その相手は吉澤。
嫌がる石川に、吉澤が‥‥
何故‥‥吉澤が‥‥
考えている猶予はない。石川を助けなければ。
「タイクカン?――― 体育館。学校だ!」
後藤は急いで通りに出て、タクシーを止めた。
「白百合女学院まで。急いで!」
- 426 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月23日(火)21時18分19秒
- 学校に着いた。
昼間は部活の生徒もいたため、校門は開いたままであったが、校内に生徒が残っている様
子はなかった。
後藤はそのまま、グランドを横切って、体育館を目指して走った。
ガァー
体育館の重たい扉を開けた。明かりは消えていた。日も落ちてしまっていたので、ほとん
ど真っ暗だった。外の街灯の明かりが漏れて、やっと見える程度だ。
「梨華ちゃん‥‥」
後藤は、小さな声で呼んでみた。
「‥‥」
返事が返る様子はない。
体育館の中に入っていった。やっと目も慣れてきた。
「梨華ちゃーん」
今度は、普通の声で呼んでみた。
「‥‥」
やはり、返事はない。
周囲に気をくばりながら、体育館の真中まで来た。
「梨華ちゃーーん!」
今度は大声で叫んだ。
ゴソッ
音が聞こえた。
- 427 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月23日(火)21時19分00秒
- 「誰かいるの。いるんだったら、返事して。」
後藤は警戒を解かない。もし、自分を誘き出すために、石川を使ったとしたら、何がある
か解らない。
「梨華ちゃん!いるのぉ。いるんだったら、返事してっ!」
「‥‥」
「誰かいるんでしょ。隠れてないで出てきなさい。梨華ちゃんには関係ないでしょ。やる
んだったら、アタシをやって。梨華ちゃんを帰して。」
「‥‥うぅ。」
聞こえた。泣き声だ。石川か?
「泣いてるの?梨華ちゃんなの?どこにいるの?アタシは大丈夫だから、教えて。」
どこからか解らない声に対して、後藤は叫んだ。
「‥‥ダメ‥‥」
間違いない。石川だ。
「梨華ちゃん、どこなの!教えて!」
「‥‥ダメ。真希ちゃん‥‥来ないで。」
「どこなの!どこにいるの!」
「ダメぇ!ダメぇ!‥‥お願い。」
「梨華ちゃーん。好きだよ。大好きだよ。だからさぁ‥‥、教えて。」
「私も大好き。だから‥‥来ないでぇ。」
声のする方が解った。ステージ側だ。
後藤は走った。何が自分を待っていても構わなかった。少しでも早く、石川を救いたかっ
た。
「梨華ちゃん!」
ステージに飛び乗った。
舞台袖はさらに暗く、ほとんど真っ暗だ。
「梨華ちゃん‥‥。いるんでしょ。さぁ、帰ろう。」
「嫌!ダメ!来ないで。真希ちゃんに‥‥見られたら‥‥」
「大丈夫。アタシは何があっても大丈夫。」
「うぅ‥‥真希ちゃん‥‥」
声のする方に近づくと、‥‥後ろを向いた石川を発見した。が、
「梨華ちゃん‥‥」
「真希ちゃん‥‥」
そこには、一糸纏わぬ姿の石川が、裸の背中を見せて泣き崩れていた。
- 428 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月23日(火)21時19分33秒
- 「真希ちゃん‥‥私‥‥私‥‥」
「もう大丈夫だよ。アタシが来たからね。もう、心配しなくていいよ。」
後藤は石川を背中から強く抱きしめた。
「恐かったろう。もう大丈夫。心配しないで。」
「うぅ‥‥真希ちゃん」
石川は振り向いて、後藤の胸に顔を埋めて泣き出した。
「ごめん‥‥アタシのせいだ。アタシと付き合ったから‥‥こんな事に‥‥」
「違う。真希ちゃんが悪いんじゃない。」
「だけど‥‥、アタシ‥‥、何て謝っていいか‥‥。んぐっ」
「真希ちゃん。泣かないで。お願い。真希ちゃんのこと恨んでないよぉ。」
「梨華ちゃん。‥‥ありがとぅ。」
後藤と石川は見詰め合った。そして、お互いに唇を重ね合った。
そして、思い立ったように、‥‥後藤の唇が、石川の唇からアゴへ、首筋へ、胸元へ、乳
房へと移っていった。
「アゥン‥‥、真希ちゃん‥‥」
「アタシが、梨華ちゃんを‥‥。嫌な思いを消させてあげる。」
後藤が乳首を舐める。両手を背中や腰を撫で、そしてもう一方の乳房を撫でる。
優しく、優しく。壊れ物を扱うかのように‥‥、
全身に愛撫を続けていく。
「アーン、真希ちゃん。気持ちいい。嬉しい。とっても。」
「ハア、ハア、梨華ちゃん。綺麗だよ。とっても綺麗だよ。」
「ありがとう。アゥーン、真希ちゃん。愛してる。」
「アタシもだよ。ハア、ハア、梨華ちゃん、愛してるよ。」
後藤は石川の全身に、くまなくキスしていった。
- 429 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月23日(火)21時20分05秒
- 後藤は石川を送っていった。
乱暴はされたけれど、洋服が無事だったのは救いだった。
石川にとっては、ほとんど初めての門限破りであったため、後藤も心配したが、石川の表
情が明るかったので、多少はホッとできた。
それでも、一人で帰すのは不安であったため、後藤は一緒に家まで行き、母親に自分のせ
いで帰りが遅れて申し訳なかったと詫びた。
石川も悪いのは自分だからと一緒になって詫びたので、母親も呆れてしまって、遅れそう
な時は連絡するように、と釘をさされて、許してもらえた。
帰りはもう暗かったので、石川の家の車で後藤を送ってもらった。石川も送っていきたか
ったが、それは許されなかった。
- 430 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月23日(火)21時20分45秒
- 部屋に帰った後藤は、吉澤のことを考えていた。
あの吉澤が何故こんなことを‥‥。
後藤を守るといった吉澤が何故‥‥。
吉澤は後藤が石川と付き合っていたことを知っていたのか。
知らずに、石川のことを‥‥
なら、後藤に電話するはずがない。
たまたま、電話がかかってしまった。それが後藤にだった。
なら、何故場所を教えたのか‥‥
吉澤が体育館と告げて、すぐに電話が切られた。
吉澤が切ったのか‥‥
それとも‥‥、誰か他にいたのか‥‥
いたとしたなら、‥‥誰なんだ。
吉澤と一緒にいるとしたなら‥‥
まさか‥‥
後藤の思考を中断させたのは、携帯の着信音だった。
『もしもし‥‥』
「もしもし、‥‥よっすぃーだね。」
『‥‥うん』
「どういうつもりで、電話してきたのさ。」
『ごっちんに‥‥謝りたくて‥‥』
- 431 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月23日(火)21時21分57秒
- 「アタシに謝るって、どういうことよ。」
『ごっちん、石川さんのこと‥‥、好きだったんでしょ。』
「何でそんなこと知ってるのよ。」
『ある人から、聞いた。それで‥‥、その石川さんに‥‥酷いことしちゃって。』
「アタシに謝って、どうすんのよ。謝る相手が違うでしょ。」
『ごめん‥‥。でも、やっぱり謝っておかないと‥‥。取り返しのつかないことしたと思
っている。石川さんにも謝らないと‥‥いけない。だけど、‥‥ごっちんに許してもらえ
ないと‥‥。』
「許すぅ?そんなの無理じゃん。よっすぃー、あんたねぇ、何やったか解ってんのぉ!」
『解ってる。でも‥‥どうしようもなかった。我慢できなかった。』
「我慢できなかったってねぇ。」
『ごっちんが悪いんだ。ごっちんがさぁ‥‥、誰もいない自宅に石川さん呼んでさぁ‥‥、
朝まで一緒に過ごしたんでしょ。何があったか、アタシでも想像がつくよ。』
「何で?何で、よっすぃーが梨華ちゃんがうちに泊まったことを知ってるのぉ。しかも誰
もいないことまで。‥‥ねぇ、何で?」
『それも‥‥ある人から。‥‥だけど、‥‥石川さんに、‥‥ごっちんを取られると思っ
たら‥‥、アタシ‥‥、――― 本当に悪かったって思ってる。』
「‥‥」
『ねぇ、ごっちん‥‥、ごっちん!』
「‥‥」
『何か言ってよ!アタシ、ごっちんに嫌われたら‥‥』
「ごめん‥‥。今日は何を言われてもダメ。だから‥‥切るよ。」
『切らないで。お願い。話を聞いて。』
「‥‥梨華ちゃんも、お願いしてたよね。‥‥止めてって。」
『ごっちん。お願い!お願いだから‥‥』
- 432 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月23日(火)21時22分28秒
- ブチッ!
後藤は電話を切った。そして、その携帯をベッドに投げ捨てた。夕べ、石川と共に過ごし
た布団が、朝のままの状態で残っていた。携帯がぶつかった拍子に、布団が崩れ、そのま
ま携帯にかぶさってしまった。
もう、電話がかかってきても、気づかないですむ。
もう一度落ち着いて、後藤は考えた。
吉澤に教えた人。一人しか思いつかない。だけど、‥‥その人がそんな事をすることも信
じられない。
だったら、吉澤の言ってることがウソなの?
ウソでないにしても、吉澤の思惑だったのか‥‥。
そもそも、あの人に近づいたのも‥‥、こうする事が目的だったとか‥‥
だったら、最初の優しさも‥‥、後藤を騙すため?
何故?
何故、吉澤がそんな事を‥‥
後藤が吉澤に恨まれるようなことをしたのか?
自分には覚えがない。
まさか‥‥、市井‥‥
吉澤も、市井を殺した後藤を憎んでいたのか‥‥
ならば、すべての原因は吉澤か。
許せない。
何があっても‥‥
- 433 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月23日(火)21時23分47秒
次の日の朝、後藤はいつも通りに学校へ向かった。
が、駅までの道で、前に襲ってきた三人が待ち構えていた。
真中の一人が近づいてきた。手には、キラリと光る物が。
「後藤さん、昨日は楽しんだかしらぁ。」
「昨日って‥‥、どういうことよ。」
「石川さんと体育館で、‥‥かなりいちゃいちゃしてたみたいだし。」
「何でそれを‥‥」
「綺麗だよ。愛しているよ。気持ちいい。って、騒がしかったからねぇ。」
「前の夜も二人っきりで、楽しんでたしぃ。若いっていいねぇ。」
後藤が黙って睨み付けるのを無視すように、一人が後藤の後ろにまわったかと思うと、手
に持っていた物を後藤の頬に当てた。ナイフだった。ナイフの刃が、直接後藤の頬に当て
られた。
「後藤さん、アンタさぁ、そろそろ学校辞めたらぁ。アンタの愛する石川さんもさぁ、よ
っすぃーに抱かれて、嬉しそうだったよ。」
「アーン、アーン、気持ちいい。ってね。嬉しそうだったよ。」
「おまけにさ、よっすぃーに指入れられてさ。」
「そうそう、よっすぃー、血だらけの人差し指、舐めてさぁ、結構エッチだったよねぇ。」
「「ハハハハハ」」
後藤は不審に思った。
「血?」
石川が吉澤に指を入れられて血を出したのだったら‥‥、
- 434 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月23日(火)21時24分20秒
- 「どうしたのさ。何か文句でもあるの。まぁ、下手なことしたら、これでお顔に傷が入っ
ちゃうけどね。」
「顔に傷がある後藤さんでも、梨華ちゃんは愛してくれるかしら。」
その言葉が終わらないうちに、後藤は自分の顔にナイフを当てている手首を取った。一瞬
頬に痛みが走ったが、そのまま握った手に力を込め、そのままねじ伏せた。
「痛い!このバカ力女め。アンタ達、何とかしなさいよ。」
仲間の二人に助けを求めるが、後藤の握った手の先にあるナイフが自分達に向けられてい
るため、容易には近づけないでいた。
「痛い!放してぇ。」
後藤が更に力を込めると、
カラン
持っていたナイフが手から落ちた。
それを見て、後藤は掴んでいた相手を突き放した。
突き放された相手の所に残りの二人が駆け寄り、そのまま走り去っていった。
後藤は落ちたナイフを拾いあげた。
頬にヒリヒリした痛みが残っている。拭うと、うっすらと血がついていた。が、かすり傷
で、跡に残るようなものではない。
後藤は、ナイフを自分のポケットに入れ、学校へと向かった。
- 435 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月23日(火)21時24分59秒
- 後藤が教室に入ると、全員の視線が集まった。それは、いつもの攻撃的な視線ではなく、
後藤の迫力に怯えるような視線だった。
特に吉澤は、‥‥目すら合わせることができなかった。
しかし、後藤は吉澤の右手に注目した。そして、確信した。
後藤はそのまま教室を出て、2組に向かった。
「辻さん、加護さん。今日のお昼休みに、屋上に来て。って、矢口さんに伝えて。」
- 436 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月24日(水)12時33分13秒
お昼休み。矢口が屋上に現れた。
後藤は、すでに来ていた。いつも、校庭を見下ろしていたフェンスの所に立っていた。
「珍しいねぇ。ごっちんが時間通りだなんて。」
矢口は笑いながら、後藤に呼びかけたが、それを無視するかのように、
「今回のことは、全部やぐっちゃんの仕業だね。」
「あらっ、何のことかしら。」
「しらばっくれないで。今度のことはやぐっちゃん以外では無理。」
「アタシは、何にも。」
「そうだろうね。やぐっちゃんは何もしていないだろうね。全部、誰かにやらせてばかり
だもんね。」
「はは。言ってる意味が、わかんな〜い。」
「土曜日の夜、アタシんち張ってたんだろ。」
「何か証拠でもあんの?」
「そっちはないけど、昨日よっすぃーに梨華ちゃんを襲わせたのは、やぐっちゃんだろ。」
「知らないねぇ。よっすぃーが勝手にやったんでしょ。アタシは関係ないよ。」
「よっすぃーが言ってたよ。アタシ達が付き合ってる。土曜日にアタシんちに泊まりに来
たって知らされて、あんなことやったって。」
「でも、やったのはよっすぃーじゃん。噂だよ。石川さんのバージン、奪っちゃったって
ね。」
「違うよ。よっすぃーはそんなことやっていない。」
「何でそんなこと言えるのさぁ。」
- 437 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月24日(水)12時35分13秒
- 「梨華ちゃんは、未だ失っていない。」
「だって、よっすぃー人差し指を石川さんに入れて血だらけにして、それを舐めてたって
聞いたよぉ。」
「誰からさぁ。」
「それは‥‥、アタシぐらいになったら、いっぱい情報源があるのさ。」
「ふ〜ん、じゃあこれは知ってたのかな。よっすぃーの右手の人差し指の包帯。」
「えっ?確かにしてたけど‥‥、それが何だっていうの。」
「知ってるんでしょ。アタシ達、あの後愛し合ったのよ。全身をキスしてね。でもね。梨
華ちゃんの身体のどこにも血の形跡は無かった。」
「だから、何よ。じゃあ、あの血は何だったって言うのよぉ。」
「ほらね。やっぱり、現場にいたんだ。やぐっちゃんも。」
「あっ!」
「あの血はよっすぃーが自分で流した血さ。きっと、自分の指を噛んだんだろ。今、包帯
してるのもそのせいさ。梨華ちゃんの血がついたように見せる。そうすれば、梨華ちゃん
を許してくれる。そう思ってやったんだろ。」
「くっそー、よっすぃーに騙されるとは。」
「どうだい。よっすぃーにそこまでやらせるとしたら‥‥、この学校じゃあ、やぐっちゃ
んしかいないんだよ。」
- 438 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月24日(水)12時35分44秒
- 「仕方ないなぁ。その通り。アタシだよ。よっすぃーが梨華ちゃんを襲うようにそそのか
したのも、土曜日にアンタ達二人にしたのもね。」
「何だって?」
「そこまでは気づかなかったかい。おたくの弟を誘って、帰らなくさせたりね。こっちは
簡単だったけど、お母さんに電話して、おたくの真希ちゃんが帰ってほしくないって言っ
てましたので、って伝言したりとかね。はは。おまけに、泊まりにくる石川さんは、典型
的なお嬢様だ。アンタと違って夜中に出歩いたりしない。張り込む必要もなかったよ。」
「今までアタシを襲わせたのも、やぐっちゃんなの?」
「そうだよ。全部じゃないけどね。ついでに言うと、カオリにアンタの友達にシゴキやら
せたのもアタシだよ。カオリったらさ、アタシが泣いてみせたら、一発だったよ。」
不敵に笑う矢口を後藤は睨み続けた。
しかし、何を思ったのか、後藤は下を俯き、声にならない声で呟いた。
「‥‥そうか。そんなにアタシの事が憎かったんだね。全部、アタシの責任だよね。アタ
シが市井ちゃんを殺したからだよね。あんなに優しかったやぐっちゃんを、そんなにした
のは、アタシなんだよね。‥‥だったら、――― アタシの手で、‥‥それを解決してや
る。」
そう言うと、後藤はポケットから朝奪ったナイフを取り出し、矢口に向けた。
- 439 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月24日(水)12時36分17秒
- 矢口は驚く様子もなく、
「やっと、正体を見せたね。ほら、これがごっちんの正体さ。人を殺すことなんて、何と
も思ってないのさ。解っただろ。よっすぃー」
見ると、扉の影に吉澤がいた。下を俯き、肩が震えていた。
「よっすぃー‥‥」
吉澤を見て、少し戸惑った表情を見せた後藤だったが、矢口に向けたナイフはそのままだ
った。そしてもう一度、矢口を睨みつけた。
吉澤が飛び出してきた。そして、両手を広げて、後藤に立ち塞がった。
右手の人差し指には、確かに包帯が。
「ごっちん。アタシはごっちんを守るって約束した。矢口さんのことも守るって約束した
よね。今まで何度も約束を破ってきたけど、今度だけは絶対に守る。アタシはごっちんに
矢口さんを殺させない。」
吉澤のじっと見つめる視線の先には、後藤が。その後藤がにっこり笑った。そして、
「よっすぃー、ごめんね。よっすぃーのことも疑ってた。でもね、梨華ちゃんのことも助
けてくれたのは、よっすぃーだったんだよね。ありがとう。無茶しちゃって、バレーでき
なくなったら、どうするのよぉ。」
「何言ってるの。友達だろう。アタシとごっちんは友達じゃない。」
「そうだね。よっすぃー。友達でいてくれて、‥‥ありがとう。」
そう言うと、後藤はいきなり、持っていたナイフを自分の左手首に当て、一気に引きおろ
した。
- 440 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月24日(水)12時37分37秒
- 「ごっちーーん!」
左手首から激しく血が噴出している後藤の所に、吉澤が駆け寄ろうとするが、後藤がナイ
フを突き出して、それを拒む。
「よっすぃー、やぐっちゃん、ごめんね。全部アタシが悪いんだ。市井ちゃんを殺したこ
と、絶対に許されるはずないよね。最初からこうしておけば、誰も苦しむ事なんてなかっ
たんだ。」
かなり傷が深いのだろう、激しい出血に吉澤が青ざめた表情で、
「違うよ。ごっちん。アタシはごっちんに出会えて嬉しかった。もっともっと友達でいた
いって思ってる。大好きだよ。ごっちんのことが。」
「ありがとう‥‥。でも、よっすぃーも‥‥、アタシじゃなくて‥‥、やぐっちゃんと最
初から出会えてたらね。」
「うううん、関係ない。ごっちんが好きなんだ。ごっちんが好きなんだよ。」
「ありがとう‥‥」
後藤は、フェンスにもたれかかった。
「ここからね。‥‥いつも見てたんだ。‥‥校門のあそこで、‥‥市井ちゃんは‥‥待っ
ててくれたんだ。‥‥初めて会った日も‥‥帰りも‥‥。今もひょっとしたら、‥‥あそ
こで待ってて‥‥くれるんじゃないかって‥‥いつも見てた。‥‥いつも‥‥いつも」
「それで、毎日、ここに?」
「うん。‥‥今でも覚えてる。‥‥‥‥入学式の日‥‥校門のあそこから、‥‥‥‥あそ
こを通って、‥‥‥‥‥‥そこから教室に入って‥‥」
バタン!
そこまで言うと、後藤が血溜まりの中に崩れ落ちた。
- 441 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月24日(水)23時21分50秒
- ああああああああ!!!
ごっち〜ん!!!!!!
- 442 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月25日(木)02時58分34秒
- この言葉にしにくい感情…矢口(以下自粛
- 443 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月25日(木)12時52分03秒
- 慌てて、吉澤が駆け寄る。見ると、後藤は既に意識がなかった。
「加護ぉ!救急車!」
「あいっ!」
吉澤に言われて、扉の所で見ていた加護が走り下りていった。
そのすぐ後、吉澤は自分の制服を上着を脱いだ。そして、それを後藤の左手首にきつく巻
いた。これで、少しは出血が止まるだろう。
上半身がスリップ姿となった吉澤は、意識のなくなった後藤を抱き上げた。そして、
「辻ぃ!道を開けさせてぇ!」
「はいれす。」
辻が野次馬を掻き分け、階段への道を開ける。そこを後藤を抱いた吉澤が歩いていく。
「ろいてね。ろいてね。」
辻を必死に叫びながら、人を掻き分ける。心配そうや、興味深げな視線の中を吉澤は進み、
グランドまで降りた。
校門に向かう折には、救急車が到着していた。救急車に後藤を渡した時の隊員達の戸惑っ
た視線で、吉澤は初めて自分姿に気がついて、顔を真っ赤にした。すると、
誰かが吉澤に上着を掛けてくれた。
振り向くと、そこには石川が立っていた。
吉澤が上着を見ると、自分が教室に置いていたジャージだった。
「ありがとう。石川さん。」
そう言って、吉澤も救急車に乗り込もうとした。その時、
「アタシも‥‥、連れていって。」
その声に振り向くと、矢口がついて来てた。
「矢口さん、‥‥まだ何か‥‥」
と言いかけたが、それより先に矢口が乗り込んできた。時間の猶予もないので、吉澤と矢
口を乗せて救急車は走り出した。
- 444 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月25日(木)12時52分34秒
『手術中』のランプは点いたままである。
ほどなく、後藤のお母さんもついた。手術室の前で三人が静かに待った。
吉澤は両手を握り合わせ、額に汗を流しながら、一心に祈っているようだ。
矢口は、ただ黙って、下を向いている。
お母さんも下をむいたまま、ずっと何かをつぶやき続けていた。
やがて、『手術中』の赤ランプが消えた。
後藤が出てくる。その後ろにドクターも。
吉澤がまず駆け寄った。
「先生、ごっちんは‥‥、後藤さんは‥‥」
ドクターは難しい顔をして、
「手術は成功しました。後は、本人の気持ち次第です。本人に生きる気持ちがあれば‥‥。」
「どうなんですか。真希は‥‥。真希はどうなるんですか!」
お母さんもドクターに泣きつく。
「とりあえず、目を覚ましてさえくれれば‥‥、大丈夫なんですが。」
- 445 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月25日(木)12時53分20秒
その後、病室に移された。
お母さんは入院の手続きで、席を外した。他の家族もこちらに向かっているらしい。
今は、矢口と吉澤の二人が病室の外のソファーにいた。
「よっすぃー‥‥」
矢口が重い口を開いた。
「アタシ達、これでもう終わりかなぁ。」
「そうですね。アタシが矢口さんと付き合ったのは、ごっちんを守るためでしたから、そ
れができなかった以上は、もう‥‥」
「そっかぁー。うん、そうだよね。‥‥仕方ないよね。」
吉澤は矢口に目を合わせることすらしない。
「あのさぁ、よっすぃー。最後でいいんだ。‥‥こんなアタシだけどさぁ。‥‥思いっき
り抱きしめてくれないかなぁ。」
何を言うのかという表情で矢口を見たが、今にも壊れそうな雰囲気の矢口があまりにも可
哀想だったので、吉澤は矢口を抱きしめた。そして、
「矢口さん、これで満足ですか。これで、市井さんの仇はとれましたか。」
矢口は吉澤の腕の中で震えていた。そして、やっと聞き取れるくらいの声で、
「違うの。サヤカじゃないの。」
「何が‥‥違うって。」
「アタシが好きだったのは‥‥、サヤカじゃないの。‥‥ごっちんだったの。」
- 446 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月25日(木)12時54分30秒
- 「どういうこと‥‥?」
吉澤がいったん、矢口を引き離して、肩を掴んで揺さぶった。
「サヤカに初めて、紹介された時から‥‥、ごっちんの事が好きになってた。だから‥‥、
二人だけになった時も、アタシはごっちんじゃなくて、サヤカに嫉妬してたの。」
「じゃあ、何でこんな事を‥‥?」
「アタシの所に来て欲しかったの。アタシを頼って欲しかったの。アタシに助けを求めて
欲しかったの。」
「だったら、市井さんが亡くなった時に‥‥」
「サヤカが死んだ時に、ごっちんを励ますのは簡単だった。でも、それをすると、ごっち
んは、アタシをサヤカの代わりとしてしか見てくれなくなる。それが辛かったから‥‥」
「私は、代わりでも良かった!」
突然の声に、吉澤と矢口が声の方を向くと、石川が立っていた。
「私は吉澤さんの代わりでも、市井さんの代わりでも良かった。それで、真希ちゃんが私
の物になるのなら、それでいいって思った。なのに‥‥」
石川が激しい目で矢口を睨みつけた。
その石川の背後から、人影が。後藤の病室から、人影が出てきた。
後藤!
後藤が驚きの表情でこちらを見る。
「市井ちゃん!」
えっ!アタシが見えるの!
- 447 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月26日(金)18時59分48秒
- *****
(アタシはどうしたんだろう?)
(どうやら、ベッドに寝ているみたい。でも、どうしてこんな所に寝てるのだろう。)
(ゆっくり、起きてみた。身体が軽い。まるで‥‥そう、身体がないようだ。)
(思い出した。アタシは学校の屋上で、手首を切ったのだ。そして意識を失った。)
(振り向いてみた。ベッドには、アタシが横たわっていた。)
(そうか。アタシは死んでしまったんだ。)
(廊下から声が聞こえた。)
「アタシが好きだったのは‥‥、サヤカじゃないの。‥‥ごっちんだったの。」
(えっ!やぐっちゃんが?何で?)
「サヤカに初めて、紹介された時から‥‥、ごっちんの事が好きになってた。だから‥‥、
二人だけになった時も、アタシはごっちんじゃなくて、サヤカに嫉妬してたの。」
(知らなかった。やぐっちゃんの気持ち‥‥)
「アタシの所に来て欲しかったの。アタシを頼って欲しかったの。アタシに助けを求めて
欲しかったの。」
「サヤカが死んだ時に、ごっちんを励ますのは簡単だった。でも、それをすると、ごっち
んは、アタシをサヤカの代わりとしてしか見てくれなくなる。それが辛かったから‥‥」
(ごめん。やぐっちゃん‥‥。アタシ、意地張ってたから‥‥。もっと、素直になってた
ら‥‥、やぐっちゃんの気持ちにも‥‥)
「私は吉澤さんの代わりでも、市井さんの代わりでも良かった。それで、真希ちゃんが私
の物になるのなら、それでいいって思った。なのに‥‥」
(梨華ちゃん。‥‥アタシ‥‥)
(アタシは梨華ちゃんの声を聞いて、思わず病室を出てしまった。)
- 448 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月26日(金)19時00分18秒
- (見ると、やぐっちゃんがよっすいーに肩を捕まれて、その手前に梨華ちゃんがいた。)
(やはり、誰も気付いてくれない。私の姿は見えないんだ。)
『後藤!』
(えっ!誰?私に声をかけるのは‥‥)
(その声は‥‥、忘れるはずない。だって‥‥)
(アタシは、やぐっちゃんの向こうに居る人に気づいた。)
(もう、絶対に会えないと思っていた。だけど、絶対に忘れたことがない。)
「市井ちゃん!」
『えっ!アタシが見えるの!』
*****
- 449 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月26日(金)19時01分37秒
- 矢口達が気まずい雰囲気の中、黙ってしまったのをよそに、後藤はアタシの横に来た。
(市井ちゃん。‥‥ごめんね。謝っても‥‥許してもらえないと思うんだけど‥‥)
『後藤が謝る事ないよ。全部、アタシが悪いんだし‥‥』
(でも、アタシが市井ちゃんを‥‥)
『あの時もさぁ、後藤が自分で躓いたって言ってたけど、違うんだよね。あれは、アタシ
が後藤の足に引っ掛かったんだ。』
(だけど‥‥、あの時って‥‥)
『ほら、あの時、後藤の後ろを走っていた子ってさ、かなりやばそうだったのね。アタシ
としては、早く後藤の所に行ってあげたかったんだけど、その子が心配でさぁ。後ろを
見ながら走ってたのね。後で、あの子がアタシの気をひくために、わざと心配させるよ
うにしてたって解ったけどね。まぁ、それはいいとして、アタシが後ろを見ながら走っ
ていて、それで後藤がすぐ前にいるのに気付かなくて、それで足を引っ掛けちゃったの
ね。それで、ごめんと思って見たら、後藤が転びそうになってて、そしたらトラックが
走ってきたのも見えて、それで思わず、後藤を庇おうとして‥‥』
(やっぱり、アタシを守って‥‥)
『そりゃぁ、アタシのせいで後藤がケガしたりしたら、辛いもんね。まぁ、アタシはこう
なっちゃったけど、後藤を助けることができたから、良かったかなぁって。』
(でも‥‥、)
『だけど、そのせいで後藤はイジメに合って、可哀相だった。何とかしてあげたかったん
だけど‥‥』
(でも、それは後藤が悪いって、解ってる。アタシが市井ちゃんを殺したからって、卑屈
になってた。みんなに心を閉ざしていたから‥‥)
- 450 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月26日(金)19時02分07秒
- 『それに、あんなに一生懸命勉強してさぁ‥‥』
(うん。‥‥市井ちゃん、アタシが勉強してるのって、知ってるの?)
『当たり前じゃん。いつも後藤のそばで、後藤を見てたんだもん。』
(じゃあ、梨華ちゃんとのことも‥‥)
『‥‥まぁね。‥‥でも、アタシでも後藤と同じ事をしたよ。』
(うわぁ。恥ずかしい。)
『‥‥後藤のことをずっと見てた。時々、吉澤のことも見てたけど‥‥』
(ええーっ)
『だってさ、辛かった時の後藤を救ってくれそうだったし、そいつがどんな奴か知りたか ったしさ。』
(そっかぁ。心配かけてたんだぁ。)
『まぁね。‥‥吉澤はいい奴だよ。本当に後藤のことを心配してくれてる。本当に後藤を
大切にしてくれてる。信じていいよ。』
(うん、ありがとう。)
『矢口もね、ああいう事をしたけど、後藤を好きな気持ちは本心みたい。アタシもそれに
は気付かなかったけどね。』
(うん。さっき聞こえたよ。)
『それから、石川さんかぁ。いい子だよ。本当に純粋にお前の事を愛してくれている。彼
女にだったら、後藤を託してもいいかなって‥‥』
(うん。でも、‥‥もう市井ちゃんの代わりじゃないよ。‥‥それでも、いい?)
『本音を言うと、ちょっと悔しいけどな。でも、後藤には絶対に幸せになって欲しい し。』
後藤のお母さんと、お姉さんと弟が来た。
『ほら、あそこにも、後藤の幸せを願っている人がいるよ。』
後藤はお母さん達を見た。そして、呟いた。
(お父さん‥‥)
- 451 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月26日(金)19時02分48秒
- 『後藤のそばにいるのは、アタシだけじゃないんだ。後藤のお父さんも、ずっとアンタ達
のそばで、見守っていてくれるんだよ。』
(うん‥‥そうだね。)
後藤の目には涙が浮かんでいた。もう、アタシの方は見てくれない。やっぱり、お父さん
には勝てないや。
お父さんがアタシ達に気がついて、近づいてきた。
「真希、お前のことをずっと見てきたよ。」
(うん‥‥お父さん‥‥)
「真希だけじゃない。お母さんのことも、お姉さんのことも‥‥ユウキも。いつも見てき
たよ。」
(うん‥‥ありがとう。)
「真希のことを愛してくれる人がこんなにいるんだ。死んではいけないよ。」
(だけど‥‥もう、アタシ‥‥)
「大丈夫だよ。お前が生きたいという気持ちを持てば‥‥、強く思えば‥‥、助かるよ。」
(そうなの‥‥。でもそしたら、お父さんとも、市井ちゃんとも、お別れになっちゃう。)
「そんな事はない。私達はずっと、お前のそばにいるんだ。姿は見えないかもしれないけ
れど、今こうして話をしたから、感じることができるはずだよ。」
後藤の後ろからアタシも声をかけた。
『そうだよ。アタシ達は、ずっと後藤のそばにいる。それに‥‥後藤には、アタシの夢を
叶えても らわないといけないしさ。』
(イギリス留学だよね。うん。頑張る。)
『それもいいけどさ。アタシの一番の夢。そして、これはお父さんの夢でもある。』
(市井ちゃんと、お父さんの夢?)
『そう。後藤、アンタに幸せになってもらう事。これがアタシ達の一番の夢なんだ。』
お父さんも頷いてくれた。
- 452 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月26日(金)19時03分19秒
- 『まぁ、勉強頑張ってくれるのもうれしいけどさ、ほどほどにね。』
(でも、学年トップ続けようって思ったら‥‥)
『そんなの、トップじゃなくても大丈夫だよ。』
(だって、市井ちゃんが‥‥)
『あれは、アタシの気構えだよ。そのくらい頑張らないとって‥‥』
(なーんだ。ちょっと安心した。)
『だからさ、あんまり無理すんな。』
(うん。)
後藤の表情が明るくなった。大丈夫だよ。後藤、アンタだったら、これからも強く生きて
いける。後藤の明るさも強さも、周りの人達に分けてあげながら、生きていけるよ。
段々、後藤の姿がぼんやりしてきた。
(市井ちゃん、市井ちゃんが消えちゃいそうだよ。)
アタシは思わず、後藤の手を取り、自分に引き寄せた。そして、思いきり抱きしめた。お
父さんの前で恥ずかしかったけど‥‥
だけど、どんどん後藤の身体がぼんやりして、感触もなくなってきた。寂しいけど、嬉し
い。後藤が生きようと思ってくれたおかげだ。大丈夫。これからもアタシは後藤を抱きし
めてあげるからね。
- 453 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月26日(金)19時03分55秒
- 「うーーん」
たまたま後藤に近づいてきていた吉澤が、後藤がうめくのに気がついた。
「ごっちん‥‥ごっちん!」
「よ‥っす‥‥ぃー」
「ごっちん!ごっちん!ごっちんが目を覚ましたよ。ごっちんが助かったよ。」
「ごっちん!」「真希ちゃん」「お姉ちゃん」
みんな、アタシの大切な後藤をお願いね。
- 454 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月28日(日)09時25分04秒
次の日、後藤の病室には三人の見舞い客が来ていた。
後藤もベッドで起きあがるくらいには、元気を取り戻していた。
「矢口さん‥‥、早く。ほら‥‥」
吉澤に押されて、いつも以上に小さくなった矢口が、一歩前に出た。
「ごっちん‥‥あのぉ‥‥」
すっかりしょげ返った矢口の姿に、
「ははははは」
後藤は大声で笑った。
「やぐっちゃん。解ってるよ。言いたいことはね。だから、無理に言わなくてもいいよ。」
「何でぇ。何でアタシがごっちんの事を好きだったって‥‥あっ!」
「だけど、やぐっちゃん。アタシより前に、謝らないといけない人がいるでしょ。」
「う、うん。」
矢口は、石川の方に向いた。
「石川さん。本当に酷いことをしてごめん。謝って、許してもらえるとは思ってないけど、
‥‥どんな償いでも覚悟してる。」
「本当ですか?」
「うん。‥‥できることなら、何でも‥‥」
「でも‥‥吉澤さんのおかげで、最後の貞操は守れたし‥‥」
石川が吉澤に向けた視線に誘われるように、矢口も吉澤を見た。二人に見詰められて、吉
澤がビクンと反応する。
「よっすぃーのおかげだ。ありがとう。救われたよ。」
矢口は吉澤に向かって、頭を下げた。
- 455 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月28日(日)09時25分40秒
- 照れくさそうに頭をボリボリ掻きながら、
「次は、アタシの番だ。」
吉澤が立ちあがった。
「ごっちん。ごめん。」
「よっすぃーが謝ることないよ。」
「でも、アタシ、ごっちんを守るって約束したのに、全然守ってあげられなかった。本当
に情けないよ。」
「でもさ、よっすぃーにはいっぱい助けてもらったよ。今回もよっすぃーのおかげだった
し。ありがとう。」
後藤が吉澤に微笑んだ。それを見て、吉澤も笑顔がこぼれる。
今度は、吉澤は石川の前に立った。
「石川さん。酷いことしてごめん。ごっちんが石川さんの物になったって思ったら‥‥、
アタシ許せなかった。アタシからごっちんを奪うなぁって、‥‥思ってしまった。」
「でも、吉澤さんじゃなかったら、もっと酷いことされてたかもしれない。」
「今でも、石川さんの悲鳴が消えないんだ。本当にごめん。」
「もういいよぉ。でも、‥‥真希ちゃんは譲らないよぉ。」
後藤は相変わらず、面白そうに笑っている。
- 456 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月28日(日)09時26分11秒
- 「ちょっと、待って!」
「何してんねん。」
廊下の方で賑やかな声が聞こえた。
「もう、あんた達、静かにしなさいよぉ。」
あの声は、
「後藤さん」
加護が顔だけ入り口から覗かせた。
「何だよ。加護。入っといでよ。」
矢口が声をかける。
「ちょっと、ののがな。後藤さんに言いたいことがあるって‥‥。ほら、はよしぃ。」
加護に引っ張られて、辻が入ってきた。
「後藤さん‥‥おからら、らい丈夫れすか。」
「うん、大丈夫。ありがとう。」
「ほら、ほら、‥‥」
加護が辻の脇をつつく。
「うーんとね。うーんとね。」
煮え切らない雰囲気の辻に、矢口辺りがしびれを切らす。
それを見かねた加護が、
「実はな、ののは後藤さんに憧れてたねん。いつも矢口さんの側についとったけどな、ほ
んまは後藤さんが好きで見とったねん。でもなぁ、矢口さんの手前、それも言われへんか
ったんやけど、矢口さんと後藤さんが仲直りするって聞いたから、そやったら、ののも、
ちゃんと言うた方がええでって」
「そうなの。辻。」
矢口に言われて、辻が恥ずかしいそうに頷いた。
「何でぇ、アタシはごっちんのダシだったのかぁ。」
「いいえ、矢口さんも好きれすよぉ。」
慌てる辻に後藤が笑いながら、
「ありがとう。辻ちゃん。アタシなんかそんな憧れるほどの立派なもんじゃないし。それ
に辻ちゃんにも加護ちゃんにも、色々と助けてもらったよ。ありがとう。これからも、仲
良くしてね。」
後藤は辻に手を差し出した。辻がその手を握りかえす。
- 457 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月28日(日)09時26分42秒
- 「ほら見てみぃ。師匠はなぁ、優しいねんでぇ。」
「加護、その師匠って何?」
矢口の質問に、
「あっ!」
加護が焦った表情をする。
「何ら、あいちゃんもらったんれすね。」
逃げかける加護の襟首を辻が掴む。
「何?どういう事?ごっちんが師匠って?」
「あのれすね。」
「言うな!のの!」
「言いなさい。辻。」
矢口に睨まれて、加護が小さくなった。
「あいちゃんはれすね。いつも言ってたのれす。自分には、尊敬れきる人がいる。その人
はいつも明るくて、優しくて、最高の人なんらって。れもぉ、名前はぜったーーーいに言
えないからぁ‥‥、あいちゃんはその人の事を、師匠って呼んれるんらって。」
「じゃあ、その師匠が、ごっちんだった言うの。」
加護が矢口以上に小さくなった。
「のののアホ。無っ茶、恥ずかしいやんかぁ。」
後藤は加護にも手を差し出した。
「加護ちゃんもありがとう。でももう、師匠なんて言わないでね。これからは、ごっちん
でいいからさ。だって、友達だもんね。」
加護もにぃーと笑って、手を握った。
- 458 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月28日(日)09時27分15秒
- もう一人、入ってきた。
「あのさぁ。アタシも謝りたいんだけど‥‥いいかなぁ。」
「あっ!飯田さん。」
バレー部キャプテンの飯田だった。
「ごっちんには酷いことしたよ。アタシのせいでごっちんを苦しめて‥‥本当にごめん。」
「いいよ。もう。すんだ事だしさぁ。アタシもバレー部には迷惑かけたしさぁ。」
矢口が申し訳なさそうに、立ち上がった。
「実はさぁ、カオリがごっちんの友達を辞めさせたってのもさぁ、アタシが広めた噂なん
だよね。実際、練習が厳しくなって、新入部員達も辞める時期だったしさぁ。それに、ア
タシの所に相談に来たら、辞めるように薦めてたし。それで、辞めていった理由を、ごっ
ちんの友達だからって‥‥、だから、カオリは何も悪くないんだ。」
「うううん、カオリも噂になってるの知ってて、否定しなかったし、影では本当にあった
かもしれないし。――― それでさぁ、後藤に聞きたいんだけど、今回の件、カオリの仕
業だって、思わなかったわけ?」
- 459 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月28日(日)09時27分48秒
- カオリが後藤を見詰めた。
「うん。だって、キャプテンは練習は厳しいけれど、私事に他人を使ったりしないから。」
「そぉっかぁ‥‥」
矢口が間髪入れず、
「それに、そんなに頭良くないしねぇ。」
バシン!
「いってぇー!」
カオリが矢口の頭を、垂直にスパイクしたのだった。
「ヤメテよー。背がこれ以上縮んだら、どうすんだよ。」
「大丈夫だよ。それ以上縮んでも、一緒だよ。」
「何だよ。その末期症状みたいな言い方は。」
「直らないって意味では一緒だね。」
「直るかもしれないじゃん。‥‥って、直るって、病気じゃねぇぞぉー。」
「「「ははははは」」」
矢口とカオリのやりとりに、病室中が笑い出した。
「だけど、やっぱり最後は、アタシがさぁ、ちゃんと謝らないといけないんだよね。」
改めて、矢口が後藤に向かって、頭を下げようとした時、
「最後はアタシの番だね。」
後藤が全員に向かって、言った。
「みんなに心配かけて、ごめんなさい。そして‥‥ありがとう。」
後藤は深深と頭を下げた。
- 460 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月28日(日)09時28分18秒
- 「アタシ、意識が無かった時、市井ちゃんと会ったんだ。」
「サヤカと‥‥」
「そう、市井ちゃんと。それから‥‥お父さんにも。二人ともはいつもアタシの側でアタ
シを見守ってくれてるって言ってくれた。今もほら。入り口の横で見てる。」
後藤が病室の入り口を指差す。全員の視線がそちらを向く。だけど、
ブー!本当は後藤の横に座ってるんだよ。ほら、こうして手の上に手を置いてさ。
「市井ちゃんに言われた。後藤を愛してくれる人がいっぱいいるから、アタシは強く生き
ていかないといけないって。だから、これからもみんなと仲良くやっていきたい。」
そうだよ。後藤の周りには、こんなに、いやこれ以上に、後藤を愛している人がいるんだ
よ。だから、しっかりと、アタシの分まで生きてほしい。
「でもさぁ、ごっちんの事を好きだっていう人がこんなにいるんだけど、ごっちんはどの
子と付き合うの?」
カオリの発言に、ちょっとした緊張感が走った。
後藤はしばし考えて、
「よっすぃー!」
「えっ!アタシ。」
吉澤が立ちあがった。
- 461 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年10月28日(日)09時32分05秒
- 作者です。
何とかここまで来れました。次でラストです。
今晩か、明日か。
- 462 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月28日(日)11時18分22秒
- 最高です!!
自分までハッピーな気分になって来ました♪
- 463 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月29日(月)18時39分23秒
- 「よっすぃーは、やぐっちゃんのこと、どう思ってるの?」
「そりゃぁ‥‥、ごっちんにした事は酷いと思うよ。石川さんへの事も。だけど、普段の
矢口さんは、本当に可愛いし、優しいし、とっても大好き。矢口さんと付き合ってた間も、
本当に楽しかった。」
「やぐっちゃんは、よっすぃーのことは?」
「うん‥‥最初は、ごっちんを取られたくないって思ったから、よっすぃーに付き合って
って言ったけど。‥‥よっすぃーって本当に純粋だし、優しいし、ちょっと天然だけどさ、
それが可愛いかったりするんだよね。今はとっても大好き。もし、よっすぃーが許してく
れるなら‥‥、これからも付き合って欲しい。」
矢口は恥ずかしそうに、吉澤を見る。それに気付いた吉澤も真っ赤になった。
「じゃあ、決まり。よっすぃーとやぐっちゃんはカップルってことで。はは。」
- 464 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月29日(月)18時40分04秒
- 「じゃあ、後藤さんの相手は?」
「加護ちゃん、辻ちゃんには申し訳ないけど‥‥、アタシは今は梨華ちゃんが一番大切な
存在なんだ。だから、‥‥」
「真希ちゃん、‥‥ありがとう。」
石川が後藤の側に歩み寄った。
「私も真希ちゃんの事、とっても大切だよ。誰にも負けないくらい。」
「アタシにとって、梨華ちゃんは、よっすぃーの代わりでもなければ、市井ちゃんの代わ
りでもない。アタシは梨華ちゃんを愛している。だから、アタシを信じてついてきてくれ
るよね。」
「うん、こんな私だけど‥‥頑張る。」
石川と後藤が手を握り合った。
他の全員から祝福の拍手が鳴った。
後藤。良かったね。本当に幸せになってね。
- 465 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月29日(月)18時40分46秒
- あの後、吉澤はバレー部に入った。後藤も誘われた。正式な退部扱いにもなってなかった
ので、吉澤もカオリもかなり真剣に誘っていたが、後藤は留学の夢の方を選んだ。石川も
一緒に行くって言いいだしたのも大きな要因みたいだけど。
後藤と石川は、アタシのお墓にお参りに来てくれた。
別に二人の方から来てくれなくても、アタシはいつもそばにいたのだから、同じなんだけ
ど、
「ケジメ‥‥かなぁ。」
と言ってくれたのは、嫌な気はしなかった。
- 466 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月29日(月)18時41分34秒
- 後藤の部屋にあったアタシ達の写真も、昨日から立ててもらえた。
後藤が写真に向かって、1時間以上も話し掛けるもんだから、写真立てのある本棚の前に
座って聞いてたけど、結構楽しいもんだった。
やっと、‥‥アタシも許してもらえたのかなって‥‥、その時思えた。
アタシが後藤を残して死んでしまった事を許された。
きっと、そうなんだ。
後藤はアタシを死なせた事に責任を感じて今までいたけど、‥‥本当は後藤を残して死ん
でしまったアタシを許せなかったのだ。
あの日、アタシが死んでから初めて後藤と話し、死んでもアタシが後藤の幸せを願ってい
ることを理解してもらって、やっとアタシは許されたのだ。
- 467 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月29日(月)18時42分14秒
- 「市井ちゃんがね。梨華ちゃんなら、いいよって。」
「そんなぁ、私は市井さんみたいに、前向きじゃないし‥‥」
「うううん、市井ちゃんだって、後悔もしてたし、グジグジ悩んでたりもしてたんだよ。
でもね、人間は解らない事はいっぱいあっていいんだよ。解らない事があれば、悩めばい
いし、それで失敗したら、後悔したらいいんだよ。そしてね、後悔するだけしたら、それ
でお終い。って、決めたら、また次に進む。それでいいんじゃないかって‥‥、市井ちゃ
んには言われてた。」
へん、後藤も言うようになったじゃん。
「だけど、お終いにするってのは、結構大変でさぁ、アタシも引きずっちゃうんだけど、
‥‥だから、次に進むっていうのが、大事なわけ。次に進むためには、前のことは無理や
りお終いにしないといけないわけ。だから、次に進むことを決めて、前のはもうお終い。
ってね。そうやって、市井ちゃんは頑張れてこれたんじゃないかってね。」
うーん、後藤にそこまで見られてたとは、
「だから、市井ちゃんも梨華ちゃんに負けないくらい、ネガティブだったんだよ。あとは、
それをバネに、前に進めるかどうか。」
「私も、市井さんみたいに、頑張れるかなぁ。」
「うん、アタシが言うんだから、間違いないよ。」
「解った。頑張る。だけど‥‥、たまには甘えさせてね。」
「それは、お互い様だよ。」
そう言い合うと二人は抱き合った。
- 468 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月29日(月)18時42分45秒
- 石川さんかぁ。
とっても、素直で純粋で、勉強熱心。きっと、努力家なんだろう。
アタシなんかよりも、もっと魅力的な所をいっぱい持っている。
はは、アタシなんかと較べ物にならないかもね。
後藤を思ってくれる気持ちも、アタシほどじゃないけど‥‥、でも、同じくらい。
だから、アタシは後藤を任せるよ。
だって‥‥、だって‥‥
ごめん。後藤。アタシ、一つだけウソをついてしまった。
後藤のそばにいるということ。それはウソではない。だけど、ずっとそばにいる事はでき
ない。
アタシがここにいるのは、心残りがあるから。それは‥‥
後藤、アンタが幸せになること。
そう、アタシの一番の夢。
今のアンタ達を見てると、安心できそうだよ。
アンタ達二人なら、‥‥きっと幸せになってくれるよ。
だから‥‥、アタシには‥‥、もう心残りは‥‥
そして‥‥、ここに残っていることも‥‥‥‥もう‥‥‥‥
後藤‥‥、石川‥‥‥‥、ありがとう。
最後に‥‥‥‥‥‥‥、もう一度だけ‥‥‥‥
抱きしめたい‥
- 469 名前:君のそばで 投稿日:2001年10月29日(月)18時43分15秒
- 「キャッ!」
「どうしたの。真希ちゃん」
「うん、今ね、風がアタシの周りを巻いたの。」
「大丈夫だったぁ?」
「うん。でも、目にゴミが入ったのかなぁ。涙が‥‥」
‥‥サヨナラ
(END)
- 470 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年10月29日(月)18時44分45秒
- 作者です。 −君のそばで− 終了です。
ここまで読んでいただけた方、お付き合いいただき、ありがとうございました。
- 471 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年10月29日(月)18時52分42秒
- 最初から最後まで、市井視点でした。
途中で明かににして、インパクトを狙いましたが、いかがだったでしょうか。
市井視点というのと、後藤のお父さんが出るのが、これの目玉でした。
- 472 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年10月29日(月)18時56分28秒
- 市井視点ということで、細かい部分は無理があったと思いますが、前半が吉澤に、中盤以降は
後藤に、近い所にいたという風にしてみました。
前半が何故吉澤だったかというのは、作品中で本人が述べている通りです。
- 473 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年10月29日(月)18時59分45秒
- 年齢が矢口以下しか出せなかったのも、呼び方を不自然にならないようにするためでした。
飯田に関しては、絶対に先輩役が必要でしたので、出しました。呼び方には注意したので、
それで感づいた人もあったかもしれません。
出番が少なかったのも、意図してでした。平家先生も同じです。
- 474 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年10月29日(月)19時05分55秒
- 今回のテーマとしては、前半をひたすら痛く、中盤をひたすら甘く、それでいながらシリアスで
という所に注意しました。まだまだ表現力が足りないので、充分とは言えませんでしたが、自分
なりには、実力を出しきれたと思っています。
しばらくは、短編を書きながら、勉強しようかなと思っています。
- 475 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年10月29日(月)19時08分37秒
- ひっそりと始めましたので、誰にも読まれないかなと思っていましたが、思った以上にレスを
いただき、とても感謝しております。
名作の中には入れませんが、少しでも喜んでいただければ、幸いです。
どうもありがとうございました。
- 476 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年10月29日(月)19時10分53秒
- このスレも残り少しですので、スレがぶっ壊れるくらいのレスをよろしく。
- 477 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月29日(月)22時19分05秒
- お疲れ様!!
レスはしてなかったけどずっと読ませてもらってました。
市井視点・・・キズカナカッタ(w
いやっ面白かったです。途中痛かったけど・・・
作者さんの意図のとおりに読んでたような・・・(w
まだ100kbyteほど残ってるので次回作を希望してみたり・・・
失礼しましたm(__)m
- 478 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月31日(水)03時19分03秒
- 市井視点は、読みやすかったですし
着眼点も良かった
と思いますが
惜しいかな、個人的にはモー少しいままでの
コトに対する後悔や葛藤がほしかったです。
生意気いってスミマセン!!
誠にお疲れ様でした。私も次回作を期待しています。
- 479 名前:あやな 投稿日:2001年10月31日(水)05時43分25秒
- おつかれさまでした。
作者さんも書いてた通りに痛かったり、甘かったり。
有る意味 先が分からなかったっす。
まぁそこが面白くって読んでました。
次回作が出来たら告知して下さいね<よかったら
では、ありきたりですが作者さんへ
よかったよ〜〜
- 480 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年10月31日(水)19時09分13秒
- >>477
レス感謝です。
サイズ的には残り100K近くありますが、レス数が500までではなかったでしたっけ。
sageは含まれないとか?
次回作は、風板の方で書いてますので、ここで書くとしたら、番外編かな?
全然、考えてないですが。
最後まで読んでいただけて、本当に嬉しいです。
- 481 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年10月31日(水)19時12分43秒
- >>478
レス感謝です。
個人的にも、石川と吉澤、矢口の間のわだかまりをどうしようというのは悩んだのですが。
まぁ、市井視点だったので、市井にはそこまで読めなかったということで、許してください。
と、着々と500レスを目指してたりして‥‥
- 482 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年10月31日(水)19時17分29秒
- >>479
レス感謝です。
できるだけ、想像できないような展開をと心がけましたので、こう言っていただけると嬉しいです。
なるべく、書きこむペースを速くしたのも、想像しにくくする作戦の一つだったりします。
今は、風板の『ごちゃまぜ小説』で書いてます。短編集として始めましたが、2作目ですでに短編
と言えない長さだったりします。
現在、三作目を執筆中ですので、そちらも読んでいただければ、幸いです。
- 483 名前:プッチ・モニスト 投稿日:2001年10月31日(水)19時50分12秒
- ( `.∀´) アタシ達も出てたんだよ。ねっ!裕ちゃん
从´∀`从 そや。カオリの取り巻きっていうのは不本意やったけど、女子高生やったから許したろ。
( ● ´ ー ` ● ) なっちも出てたんだべ。バウッ!
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