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おもちゃの缶詰

1 名前:木多娘。 投稿日:2001年08月09日(木)23時56分21秒
たいしたものではありませんが、お暇な方はどうぞ。
2 名前:木多娘。 投稿日:2001年08月09日(木)23時57分48秒

とりあえず最初のお話。

        『のののなつやすみ』
3 名前:のののなつやすみ 投稿日:2001年08月09日(木)23時58分47秒

私、辻希美14歳! 元気いっぱいの女子中学生!
であるとともに今をときめくモーニング娘。の一員だよ!

なんだか最近インターネットで私が脱退する、みたいな噂が
流れてるみたいだけどそんなことないよ!
そんな噂、いっしょうけんめいお仕事がんばってふっとばしてやるんだから!

というわけで今日もまじめにダンスレッスン。
ワン・ツー、ワン・ツー、
となりではあいぼんもいっしょうけんめいがんばってる。
よーし、負けないぞー!
4 名前:のののなつやすみ 投稿日:2001年08月09日(木)23時59分26秒

なんて思っていた矢先に過労でぶっ倒れた。マイガッ!

やってらんねー。マジやってらんねー。
神様はののに何か恨みでもあるのれすか?

「のっ、ののっ!? 大丈夫!? しっかり! しっかりしてっ!?」

あいぼんが慌てて私を抱き起こす。その顔はもう蒼白。
色で例えるならば真っ青な空の色、スカイ・ブルー。
なんだか顔に縦線でも入っているみたい。
ああ、よかったね、あいぼん。きっとちびまる子ちゃんに出演できるかもね。

「だっ、誰かっ! 救急車! 救急車呼んでッ!」

その声は後藤さんだっただろうか。もう私には判別不可能。
どっかから救急車のピーポー、ピーポー、という音が聞こえてきたような気がした。
薄れてゆく意識の中、私は

「そういえば昔、救急車のことをピーポー車なんて呼んでたっけなぁ…」

というようなことを考えていた。いや、実際、今でもそう呼んでいた。
5 名前:のののなつやすみ 投稿日:2001年08月10日(金)00時00分13秒

お医者さんは私を診察して一言、
「過労ですね」
だって。
んなことわかってるよ。ついさっき言ったばっかじゃない。
…あれ? 私、誰に向かって言ってるんだろう。
やっぱり疲れているのかな? まあいいや。
そしてお医者さんは続けて、
「しばらくせいようが必要です」
と言った。

「『せいよう』? 何それ? 西洋ナシはラ・フランス? ミーはおフランス帰りザンス?」

…などとでも言うと思ったか。バカにしないでいただきたい。それが『静養』を
差すということは小学生でも周知の事実。ウルトラセブンの正体は諸星ダンだと
いうくらい誰でも知っていることだ。しかしその時、

『何だかキャラがめちゃくちゃだよ。もうちょっと統一した方がいいよ』

と神の声が聞こえた。ような気がした。
ああ、やっぱり私、疲れているんだなあ。
6 名前:のののなつやすみ 投稿日:2001年08月10日(金)00時02分12秒

そういうわけで私はしばらく、モーニングのお仕事を休むことになった。
お父さんとお母さんは、
「せっかくのお休みなんだし、ちょっと田舎の方で美味しい空気でも吸ってこようか」
と言い、マネージャーさんも、
「う〜ん、ま、しょうがないか。 この際だからゆっくり夏休みしてきなよ。
 こっちの方はなんとかうまくやるからさ」
と言ってくれた。それを聞いて私は、

「いや、マネさん、本当にそれでいいんですか? まさかこれは
 『辻希美、脱退へのシナリオ第一章』の始まりじゃないでしょうね?」

と、思わず口にしてしまいそうになったが、やめておいた。だって私のキャラじゃないもん。
ナイス希美、理性の勝利。 希美、グッジョブ!
7 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時03分04秒

そんなこんなで家族総出で車に乗って田舎へと出発。

出発の前日、飯田さんは、
「辻ぃ〜、休みだからってあんま遊んでばっかじゃダメだぞ?
 ちゃんとダンスの練習もしなきゃだぞ?」
と言っていた。
あの、一応私は過労で倒れたんですけど? 飯田さんはそんな私にまだ
重労働を課すのですか?
そんな考えが頭をよぎったりもしたが、私はそのような素振りをおくびにも出さず、
「わかりました〜。 飯田さん、いつものののことを思ってくれて本当にありがとうです」
と言った。言ってみた。
飯田さんはそんな私をぎゅうっ、と抱きしめて、
「辻はいい子だね〜。そんな辻の教育係になれてカオリ、本当に嬉しいよ〜」
と、ちょっぴり感動していたみたい。

ああ麗しきかな、師弟愛。
8 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時03分58秒

よっすぃーは、
「ののちゃん、お土産、忘れないでね〜。あ、あたし、ベーグルがいいな〜」
と言っていた。
よっすぃー、ベーグルは東京でも十分食べられるでしょ? それ以前に田舎の
山奥にベーグルが売ってるはずないじゃない。
危なく口が滑りそうになった瞬間、梨華ちゃんが先に口を開いた。
「も〜、よっすぃーってば〜、ベーグルだったらここでも食べられるじゃな〜い。
 あまりののちゃんを困らせるようなこと、言っちゃだめだよ〜」
ナイスフォロー。さすが新曲でセンターに立っただけのことはあるよね。
でも、その重圧のストレスで昔みたいな体型に戻っちゃわないように気をつけてね…
…と、こんなセリフ、私が言える身分ではないのは重々承知の上である。
なぜなら梨華ちゃんの前に私の体重がレッドゾーンに差しかかっているから。
でも、いいじゃん。育ち盛りなんだし。女の子はちょっぴりふっくらしてる方が
可愛いんだよ? もっと痩せろだなんて、そんなこと言うならあの飲茶楼のCMは何なの?
今時娘は1日5食? ふざけないでよね。
9 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時04分43秒

…なんだか私、さっきから変なことばっかり言ってる。
芸能界にも慣れて、少し擦れてきているのだろうか。
こんなことばっか言ってるから『辻は腹黒い』だとか
『モーニングの楽太郎』だとか言われるんだよね。
気をつけようっと。

そんなわけでだんだんと緑が増えてくる窓の外でも眺めてみよう。
東京で育った私にはやはり新鮮な光景。
ふと、その感動を隣りに座っているお姉ちゃんにも伝えようと
顔を向けてみると、

『ポチポチポチッ!ポチポチポチッ!』

うわーお!早撃ちマック!
お姉ちゃんはものすごい速さで携帯を打っている。
何もこんなところまで来てメールなんて送らなくても…
なんてことを考えていると、

「あーーーッッ!!」

お姉ちゃんが奇声を上げた。
10 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時05分24秒

なに? ま、まさか暑さのせいで気でも触れたんじゃないでしょうね?
と、心配して顔を覗きこんでみたのだが、

「うわー、圏外に入ってやんの!これだから田舎は…」

…どうやらそんなことは心配ご無用(not 怪傑熟女)であったようだ。
ふと、私も自分の携帯電話を覗いてみる。
…やっぱりその液晶には『圏外』の文字が。
ああ、そっか。 もうこんな山奥に来たんだね。
じゃあ私もあいぼんと連絡とったりとかできないや。
もう1度携帯を覗きこんで、あの着メロ、しばらく聞けないんだなあ…
なんて思ったりしてると少しだけ寂しさがこみ上げてきた。
あのアンパンマンのテーマともちょっとの間お別れ…。
あ…別にその着メロは安倍さんの顔を意識して選んだわけじゃないよ…
11 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時06分03秒

そんな感じで私は少しだけ涙がこぼれそうになり、
それを防ごうとちょっとだけ上を向こうとする。
その、上を向くまでの視界の通過点にお姉ちゃんの顔が入った。
…何でこんなところまで来てガングロメイクを…
何故か私の涙は一瞬にして乾いてしまった。
あれ? 私ってばドライ・アイ? 現代病に悩む若者の1人なのかしら?
…まあしょうがないよね。こんな年で一人前の大人並に働いていたら
そんな病気にもかかるってもんです。
そういうわけだからもっと給料上げてくれよ! 頼むぜつんく!

…と、またしても14歳らしからぬ考えを起こしてしまう私だったのだけれど、
それは心の奥底にしまうことにしたのでした。

…理由は聞くな! 聞かないでくれ!
12 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時07分08秒

そうこうしているうちに車が止まった。
どうやら目的地に着いたみたい。

「ここにしばらくお泊りするんだよ」

お父さんが言った。
そこにあるのは木造のちょっと古めかしい、
まるで日本昔話にでも出てくるような家。

「ここはね、お父さんの親戚の人が持ってた家なんだけどね、今は誰も住んでいないんだ。
 近くに住むおばあちゃんがたまにお掃除をしてくれてるんだよ」
「ふーん…」

とりあえずお姉ちゃんと2人で家の周りを見てみることにした。
やっぱりちょっと古ぼけた感がいなめない。けど、私もお姉ちゃんも
初めて見るそんな家にちょっぴりわくわくしていた。
13 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時07分55秒

「ねえ希美、ちょっと写真とろうよ、写真」

お姉ちゃんは家をバックにして、あの一昔前に流行ったギャルのポーズをしている。
それ、今時流行らないよ、それじゃあ保田さんと同じだよ。
そう言いそうになったけど、何故かお姉ちゃんは保田さんと一緒にされると
ものすごく怒るので言わないでおいた。
ついでに『ガングロギャルと古い家』という組み合わせも、これほどミスマッチなものは
無いんじゃないか、それは前衛芸術としてもちょっとアレなんじゃないか、と思ったので、

「ごめーん、カメラ持ってくるの忘れちゃったー」

と言ってごまかすことにした。本当は私のポシェットには常に
使い捨てカメラが常備されているんだけど。
14 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時08分32秒

残念がるお姉ちゃんをなだめながら家の周辺を見ていると、
なにやら離れたところで子供達がこちらを指差している。
近くに住んでる子かな?そう思い、そちらを見ていると、
どうやら向こうも気付いたみたいだ。彼等はお姉ちゃんを指差したまま、

「うわぁーーー!! 助けてぇーーー!! 食われるぅーーー!!!」

と叫び、一目散に逃げて行く。
私が恐る恐るお姉ちゃんの方を向いて見ると、

「くぅっ……!」

やはりプルプルと身を震わせていた。
15 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時09分12秒

「……私、顔洗ってくる……」
「うん…」

そしてお姉ちゃんは水道の方へのろのろと歩いていく。さも残念そうに。
お姉ちゃん、そんなにゆっくり歩いてもあまり意味が無いよ?
うさぎと競争している亀じゃあないのよ? もしかして牛歩戦術?
私はそんなお姉ちゃんを後押しすべく、
「速攻!」と、赤木キャプテンの真似をしそうになったが、ここはあえて変化球で

「ディーーフェンス! ディーーフェンス!」

と、ベンチの眼鏡君をチョイスしてみた。しかしお姉ちゃんは
それが気に入らなかったのか、

「うっせーよ!何わけのわかんねーこと言ってんだよ!」

と怒って行ってしまった。
しまった……お姉ちゃんは DEAR BOYS 派だったか……
失敗失敗……
16 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時10分03秒

お姉ちゃんは水道でばしゃばしゃと顔を洗っている。
流れる泡を覗いてみると、やっぱりというかなんというか。
泡は真っ黒に染まっている。
その泡の黒さに何故か私はそら恐ろしさを感じて
その場を立ち去ることに決めた。

ちょっと家の中も見てみようかな。
これから何日かの間暮らす場所だしね。
ん、2階もあるみたいだ。
私は興味深々とばかりにその階段を上っていく。
17 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時10分40秒

たどり着いた先はうっすらと暗い天井裏。
どうやら物置きとして使われてるらしく、埃がいっぱい溜まっている。
天窓から見える星空を眺めながら眠りにつく、なんていう生活を
ちょっと期待していたために少しだけがっかりしたが、それでも何か興味を
引くものが無いか、と見て回った。

…あれ? なんだ?
物陰でゴソゴソと何やら動いている。
私はそーっと近づき、観察する。

…あっ!これは!
思わず私はパン!と両手でそれをつかむと
急いで1階へと降りていった。
18 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時11分25秒

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!大発見!」

私はおおはしゃぎでお姉ちゃんの元へ走っていく。
その顔はきっと『となりのトトロ』に出て来るメイのごとく
歯が剥き出しになっていたに違いない。 八重歯がキラリ☆
それか、もし他に例えるとしたら……そう、久本雅美と柴田理恵を足して
鍋で煮込んでその後醗酵させたような感じかもしれない。

「ん〜?なに〜?」

お姉ちゃんもちょうど洗顔が終わったところらしく、
あの黒い顔が真っ白になっていた。
グッドタイミング!
19 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時12分01秒

「ねえねえ! 天井裏で見つけた! 文子MkU!」
「…は?」

何が何やら分からないといったお姉ちゃんに
さっき捕まえたアレを見せるため、ずっと合わせていた
手のひらを開いた。

「あ…」

予想通りの展開というか何というか、開いた手のひらは
ただ真っ黒に染まっているだけで、そこには何もいなかった。

「…ねぇ、まさか…」
「…うん、さっき天井裏にまっくろくろす…」

バキィッ!!

お姉ちゃんのグーパンチが私の横っ面にクリティカル・ヒット。
その威力たるや、『魔界塔士SaGa』でラスボスを瞬殺する
チェーンソーのごとしであった。
私は吹っ飛びながら、

「だって…エゥーゴ版とティターンズ版って感じで…ちょうどいいじゃん…」

などというようなことを考えていた。
20 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時12分48秒

しょうがない。文子MkUとするのは諦めて、あれを
『リカちゃん(モーニング・ブラック)』と呼ぶことにしよう。

…そういえば。梨華ちゃんで思い出した。
私が脱退するという噂が書かれていた掲示板で
梨華ちゃんの噂も見たのだった。

するよ、しないよ、ディスカッション。
それは梨華ちゃんのカリスマ性が生み出した壮大なファンタジー。
まさにRika's Magic 。それには仰木マジックもかなわない。
梨華ちゃんならマック鈴木でもブレイクさせることができるかもしれない。
梨華ちゃん、これからもずっとファンのみんなに夢を与え続けていってね。
そう願わずにはいられないのだった。

ちなみに私がビューティー派だというのは梨華ちゃんには内緒である。
21 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時13分30秒

それはいいとして、またお姉ちゃんの機嫌を損ねてしまった。
マズッたなあ。私はその場にいるのがちょっとだけ都合が悪くなって、
家の外へと出ることにした。

もう外は日が暮れかかっていて、虫の鳴き声が聞こえてきている。
あれは…なんの虫だろう…。
その音の方へと耳を傾ける。
東京にいたときはこんなの聞いたことが無かったなあ。
そんな虫の音に耳を澄ましていると、少し離れたところに
田んぼがあって、そこに誰かがいるのに気が付いた。
女の子? この辺に住んでる子かな?
…でも、なんだかどっかで見たことがあるような気がする。
ちょっと興味が湧いて、近づいてみることにした。
22 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時14分05秒

…え…? 嘘…? なんで…?
私はその子に話しかける。

「…あいぼん? なんでこんなところにいるの?」
「…え?」

その子も私に気付いたらしく、こちらに顔を向けた。
どう見てもあいぼんだ。なぜ? あいぼんは今ごろ東京に
いるはずでしょ?

「…あの…えっと…」
「あ…あの…」
「ええっと……あいぼんって…何…?」
「あ…」

…やっぱりあいぼんじゃない。だって、あいぼんは私と話すとき、
ちょっとだけだけど、関西弁のイントネーションが混ざるもん。
その子の話し方はなんて言うか……全然なまりとかが無いっていうか…
そんな話し方だった。
23 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時14分53秒

「あの……ごめんなさい……なんか私の友達にそっくりだったから……」
「…そう」
「ええと……この辺に住んでるの?」
「うん、そうだよ」
「あ…あのね、私、ちょっと夏休みってことで…東京から来て…」
「…うん」
「ここに何日かいるんだ…」
「…そっか」
「それで……ええと……」
「あのさ、さっき言ってたあいぼんって…友達の名前?」
「あ…えーと…なんていうか…ニックネームみたいな?…そんな感じ」
「ふうん…」
「……」
「…ねえ、もし暇だったらさ、明日、一緒に遊ばない?」
「え…? ……あ、うん…いいよ…」
「…よかったぁ。わたしもね、ちょっと暇だったっていうか…ね? よし、じゃあ約束!
 明日、またここに来てね!」
「…うん…………あ、そだ…名前…」
「…わたし? わたしはねぇ……じゃああいぼんでいいよ。わたし、あなたの友達に
 似てるんでしょ? それにそのあいぼんって名前、何だか気に入っちゃった」
「あ……そう…? じゃあ…私は希美っていうから…うん、普段は のの、とか呼ばれてるから…」
「ののちゃんだね? じゃ、また明日!」
「うん、じゃあね…」

その子は走って行ってしまった。
24 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時15分24秒

なんだか…変な感じ。
あいぼんにそっくり、というより見た目はほとんどそのまんまなんだけど…
ちょっとだけ……なんていうんだろう……
こう…垢抜けてない、っていえばいいのかな?
でも…すぐに打ち解けることができるようなところは……やっぱりあいぼんで……

…よくわかんないや。

明日になってみればまた何かわかるかもね。
25 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時16分07秒

外はもうすっかり暗くなっていて。
私はちょっと急いで家の中に入った。

「…あれ? 希美、どこに行ってたの?」
「ん…ちょっとお散歩…」
「ふ〜ん。…あ、もうご飯できてるってよ」
「…わかった」

そして私はお父さん、お母さん、お姉ちゃんと4人でご飯を食べて。
うん、こういうのもなんだかひさしぶり。
26 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時17分00秒

なんだかおなかいっぱいになったら眠くなってきちゃった。
お姉ちゃんと一緒に初めて見る蚊帳の中のお布団に横になる。

「ん〜…あたし、眠くなってきちゃった〜…」

そう言うとお姉ちゃんはもう一足先に眠ってしまったみたい。
私はその横顔を見ながら、

「…お姉ちゃんも普通にお化粧してれば結構きれいなのになあ…」

なんてことを考えながら夢の世界へ旅立っていった。


『ののちゃん、ゆっくりしていってね』


私の意識が途切れる前、そんな声が聞こえたような気がするけれど、

でもそれは、きっと、気のせい。

27 名前:いちにちめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時17分53秒


その日、初めてあいぼんに会ったときの夢を見た。

28 名前:ふつかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時18分53秒

「ん〜…」

…朝。
…今、何時だろう…
手探りで時計を探す。
実は結構朝は苦手だったりするのだ。
小学生の頃、何度ラジオ体操をさぼって怒られたことか…
やっべ、ちょっとイヤなこと思いだしちゃったよ…
29 名前:ふつかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時19分47秒

「んむぅ〜〜…」

お姉ちゃんも目を覚ましたみたい。
同じ屋根の下で暮らしているのにその素顔をじっくりみたことは
あまり無い。だって、いっつもあの真っ黒な化粧してんだもん。
そんなわけで、今日はその素顔をじっくり拝見。
昨日はなんとなく見れなかったし。

…う〜ん…白い…

…それ以外に感想が無いのかと言われると…無いんだよ。
だって…やっぱ姉妹だし…結構顔は似てるほうだし…
……あ、でも…眉毛はきちんと描いたほうがいいと思うよ…
…寝てる間にこすっちゃったのかもしんないけど…
…今のお姉ちゃん、いつもとは違う意味で恐いよ……
30 名前:ふつかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時21分02秒

「希美も文子も、朝ご飯できてるよ〜」

お母さんが呼んでいる。

「うぁ〜〜、あたし、いらね〜〜」

お姉ちゃんはそう言うと、また布団をかぶって横になった。
まあ…休みの日は昼過ぎまで寝てる人だからしょうがないけど…
それでもこういうところに来たときぐらいは早起きしても
いいんでないかい?

…などと言っていてもしょうがないので、さっさと
ご飯が用意されてる居間へ行くことにした。
31 名前:ふつかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時21分36秒

うぅ……
お姉ちゃんのこと、あまり言えないや…
いつもはこれでもか、ってくらい朝ご飯食べて…
それでも学校の2時間目が始まるころにはおなかがすいてくるくらいなのに…
何故だか今日は食欲がまったく湧かない…
…ま、まさか! お姉ちゃんと一緒にサラリーマンの霊もついてきて…
それで呪いを…!?

…んなわけないか。
32 名前:ふつかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時22分11秒

しかたなく私はデザートに用意されたスイカと、そして
いつでも欠かすことのないアロエヨーグルト、
それだけを口にした。

…食欲無いとかいいながら、スイカ、結構食べちゃった。
お姉ちゃんの分も。

いつまでも寝てるのが悪いんだからね。
33 名前:ふつかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時22分41秒

「行ってきまーーす」

私は朝食を終えて一休みすると早々に出かけることにした。
どうせ家に居てもお姉ちゃんは寝てばっかだし
お父さんもお母さんも縁側でうちわをぱたぱたあおいでいるだけだし。

昨日、あいぼんと会ったあの田んぼの所へ行くと
あいぼんはもうすでにそこへ来ていて
私に向かって手を振っていた。

「おはよー、ののちゃん!」
「うん、おはよー」
「昨日はよく眠れた?」
「うん、なんかいつもよりずっと早い時間に眠っちゃった」
「そっかー」

私達はそんなとりとめもない話をしながら歩いてゆく。
34 名前:ふつかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時23分21秒

「ねえ、これからどっか行くの?」
「うん、ええと…ののちゃんは東京から来たんだよね?
 それじゃ、わたしがいつも遊んでるところに行こう!
 こっちの森なんだけど…」

私はあいぼんが案内するままに森の奥へと進んで行った。
35 名前:ふつかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時24分02秒

…すごい。東京にいるときもセミの声は聞いたことが
あるけれど……でもここはそんなもんじゃなくて
360度からそれが降り注いでくる。

「うわぁ…」

私は思わずそう声を漏らし、まるで昔持っていた
首がぐるぐる動く貯金箱のように首を動かしていた。
…いや、さすがに一回転したりはしてないよ?
36 名前:ふつかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時24分42秒

そうして自然のシャワーを浴びながら歩いて。
ふと近くの木を見ると一匹のセミが止まっていた。

「よーし…」

私は初めて見る本物のセミに興奮し、
それを捕まえようと静かに近づいていく。

抜き足、差し足、忍び足……今だ!
そう思い手を伸ばした瞬間。

「だめぇっ!!」

あいぼんが大声をあげた。

ピシャッ
私はセミにおしっこをかけられてその場に立ち尽くす。

「あ〜いぼ〜〜ん…」
「あっ…ごめん……でもね、セミって…大人になってから一週間しか
 生きられないんだ……だから……」
「…そっか…そだね…。 ……でもね、もうちょっと早く……」
「あ、あはは……で、でもほら……セミのおしっこって全然きたなくないから……大丈夫…」
「…うん」
37 名前:ふつかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時25分25秒

…まあそのことは諦めるとしよう。
すぐに服も乾いたしね。

私達は森を抜け、民家が立ち並ぶ辺りへと出る。

そして私は…歩きながら…今朝の食事を後悔しはじめていた…。
この感覚は……ヤバイ……
その時、思いっきりおなかから音がした。

『ぎゅるるるるるぅぅ〜〜〜…』

…大ピンチだ!
私はいつかの『モー。たい』で冗談で言ったセリフが
本気で頭の中を駆け巡っていた。まさに、モー。たいへんでした!
っていうか今、大変です!

「ね、ねえ……あいぼん……ちょ、ちょっと……トイレ……」
38 名前:ふつかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時26分20秒

私は近くの民家へ走り…いや、競歩に近い形で急ぎ…
そしてトイレに駆け込んだ。

「ううぅ〜〜〜…」

…なんたる大失態。 辻希美、一生の不覚。
アイドルとして…いや、その前に1人の女の子としてこんな…
…そ、そうだ!

「…ファ、ファンタジー…するよ…?」

…無理! 梨華ちゃんじゃないって! んなもん出ないって!
そ、そうよ! こんなときは、歌でも歌って…

〜♪の、のんのんのんのん……のんすとっぷ……

しまった…! 選曲ミス…! いくら自分の歌とはいえ…
よ、よし、ここはプッチモニの…

〜♪とまんな〜〜い…

保田さんっ! 私に何か恨みでもっ!?
39 名前:ふつかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時27分19秒

…しばらくの間、私は1人で格闘して…
…そしてやっと外で待つあいぼんのところへ戻った。

「…ののちゃん…大丈夫…?」
「…うん……」
「でも…まだ具合悪そう…」
「へへ…大丈夫…」

あいぼんが心配そうな顔で私を見ている。
私はきっと今『ゲッソリ』という言葉が
さぞかしお似合いだっただろう。
ははは……ダイエット、効果あるかな〜♪…なんて……

『ねえよ!』

矢口さんのツッコミが聞こえたような気がした。
40 名前:ふつかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時28分11秒

さっきのお家でもらったおなかの薬が効いてきてようやく落ちつくことができた。
けれど、その頃にはもう外は日が暮れかかっていて。

「う〜ん…今日は私のせいで……ごめん、あまり遊べなかったね…」
「あ、いや、そんなことないよ? 楽しかったよ?」
「でも…ええと……じゃあもしよかったら…明日も…一緒に遊べないかな…?」
「うん! いいよ!」
「よかった……じゃあ明日、また今朝と同じところで…」
「わかった! それじゃあね!」

そう言ってあいぼんはまた昨日のように走ってゆく。
私はそれを見送り、そして家へと戻った。
41 名前:ふつかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時28分51秒

家の中へ入ると、

「希美、おそかったねー。お姉ちゃん、さきにご飯食べちゃったよ?」

お母さんが言った。
私はちょっと遅れて夕食をとりお布団が敷いてある部屋へと戻る。

…お姉ちゃん…アンタ、また寝てんのかい…
…そうだね、お姉ちゃん、まだまだ身長伸びるかもね。
寝る子は育つっていうしね。
そしたら飯田さんとデカモニでも作ってみる?

なんてことを考えながら布団の上に横になると、
私にもすぐに睡魔が襲ってきた。
うん…今日は、結構走り回ったし……いろんな意味で。

そして私は夢の世界へと旅立ってゆく。


『ののちゃん、きょうはたのしかったね』


私の視界が閉じようとしたとき、そんな声が聞こえたような気がするけれど、

でもそれは、きっと、そらみみ。

42 名前:ふつかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時29分55秒


その日、初めてあいぼんとお買い物に行ったときの夢を見た。

43 名前:みっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時30分47秒

「…むにゃ?」

…朝。

「んんん〜〜〜……」

大きく伸びをする。
お姉ちゃんはまだとなりで眠っている。

「2人ともー、ご飯出来てるわよー」

お母さんの声。

「うぁ〜〜、あたし、いらね〜〜」

お姉ちゃん…昨日とおんなじこと言ってるね…

私は朝食をとるために居間へと向かった。
44 名前:みっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時31分50秒

今日はいつも通りに食欲がある。
うん、もしかしたら昨日もらった薬が効いてるのかも。
私は同じ過ちを繰り返さないためにも、ちゃんとしたご飯を
しっかり食べ、スイカは控えておいた。
…でもアロエヨーグルトは欠かさないんだけどね。
45 名前:みっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時32分23秒

「行ってきまーーす!」

私は朝食後、一休みすると、昨日のようにあの場所へと向かった。

「おはよー」
「うん、おはよー」

あいぼんも昨日のようにそこで手を振っていて。

「ねえ、今日はどこに行くの?」
「えーと、今日はねぇ…じゃあこの近くに川があるからそこに行ってみよう!」

私は手をひかれ川へと向かうことに。
46 名前:みっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時36分03秒

2人で手を繋いでやってきた川は東京でいつも私が見ている川とは全く違うもので。
サラサラという心地よい川音といいにおいの風に私の心は今日の青空のように晴れ上がって。
きっと私は昨日森の中に入ったときと同じような顔になっていたのだろう。
47 名前:みっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時37分17秒

私はそのキラキラと太陽の光を反射させている川面に
もっと近づいてみたいという衝動に駆られた。

「危ないから気をつけてね…」
「大丈夫大丈夫…」

そーっと。そーっと。
慎重に斜面を降りてゆく。
もう少し。そう思ったとき、

ズルッ!

足が滑った。

私の体はあっという間に川へと放りだされる。

…深い!
上から見たときは川底が見えていたというのに!

私の足はまったくその底に触れることは無かった。
48 名前:みっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時37分54秒

必死にもがく私の元へ
やはり必死な形相で近づいてくるあいぼんがいた。

「早く!つかまって!」

そういって手を伸ばすあいぼん。
私はそれに捕まろうとするのだけれど。
けれど川の流れは予想以上に速くて。
一所懸命水を掻いているにも関わらず私は、
ゆっくりと、ゆっくりと、川下の方へ流されてゆく。
そして夏だというのに川の水はまだまだ全然冷たくて。
なんだかもうつま先の感覚が無くなってきたみたい。
もうだめかな。
そう思ったとき。

「やった!」

あいぼんの手と私の手とが繋がった。
49 名前:みっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時38分33秒

あいぼんが私を上へと引きあげようとする。
あいぼん大丈夫? 私、結構重いよ?
もしかしたら私の重さであいぼんまで川に引きずりこまれちゃうかもよ?
ああ、こんなことならもうちょっとダイエットしておくんだったね。

けれど、そんな心配は必要無かったみたい。

私の体はどんどん岸へと上っていった。
あいぼん、すごい、力持ち。
どっからそんな力が湧いてくるの?
まるで、何人かがいっせいに私の手を引っ張っているみたい。


いや、実際、そんな気がしたんだ。
50 名前:みっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時39分09秒

「はぁ…はぁ…」
「…だから気をつけてっていったじゃない…」
「はぁ…はぁ……うん……ごめん……」
「でもよかった…」
「……ありがとう」
「いいよ…」

私達はしばらくお互いの顔をみつめあって。
どっちが先だったかわかんないけれど、
どうしてなのかもわかんないけれど、
笑った。
51 名前:みっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時39分44秒

「なんだか私、本当に流されていっちゃうかと思った。このまま川を
 どんぶらこー、どんぶらこーって」
「そしたら、川で洗濯をしていたおばあさんに拾われたりして」
「うん。それでついた名前がもも太郎ならぬのの太郎だったりして」
「あははは…」
「うふふふ…」

びしょぬれになってしまった髪の毛も服も全然気にならなかった。
ただ2人で笑って。 お互い草の上に寝転がって。
濡れた顔にくっつく草もかまわない。
むしろ、その草の香りが私にとって心地よかった。
52 名前:みっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時40分18秒

そして私達は野山を駆けまわったり。
走り疲れたら草の上に座ってお話したり。
本当に楽しかった。
でもね、楽しい時間っていうのはあっという間に過ぎてゆくものなんだ。

気がつくと服はすっかり乾いていて。
空はうっすらと紫色になっていた。
お互い離れるのがちょっぴり寂しくて。
でも、今日はもうお別れの時間。

このまま時が止まってしまえば――

もしかしたらその言葉はこんなときに使うものなのかもしれないね。
53 名前:みっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時40分53秒

「じゃあ…また明日…」
「うん…………あ、そうだ。 明日ね、ののちゃんに見せたいものがあるんだ」
「えっ? なに?」
「それはまだ…ひみつ。 それでね、明日はね、今日みたいに朝じゃなくて…
 うん、ちょうど今ぐらいの時間。 そのくらいの時間にここに来て?」
「え…なんで?」
「いいから。 だめかな…?」
「あ、全然いいよ。 じゃあ私、明日の今ぐらいの時間にここに来るよ」
「じゃあ約束ね!」
「うん!」

そして私は走ってゆくあいぼんを見送り、家へと戻った。
54 名前:みっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時42分49秒

家の中に入ると、やっぱりお姉ちゃんは先にご飯を食べ終わっていて、
私はみんなよりちょっと遅い夕食をとった。
布団が敷かれている部屋に来ると、
やっぱりお姉ちゃんは先に眠っていた。

「…ふぁ〜……希美、今帰ってきたの〜?」
「うん、そうだけど…お姉ちゃんはずっと寝てたの?」
「うん〜、1日寝てたよ〜」
「はぁ…」

寝正月ならぬ寝夏休み。
ここまでくるとある意味すごい。
お姉ちゃん、そのまま布団とくっついちゃわないようにね。
そんなことを考えながら私も横に寝転がると、すぐに眠気が襲ってきた。

そして夢の世界へ旅立ってゆく。


『ののちゃん、あしたでおわかれだね』


私が夢の世界への1歩を踏み出そうとしたとき、そんな声が聞こえてきたような気がしたけれど、

でもそれは、きっと、かんちがい?

55 名前:みっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時43分19秒


その日、初めてあいぼんと一緒にコンサートをやった時の夢をみた。

56 名前:よっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時44分07秒

「…ん」

…朝だ。
となりにはお姉ちゃんが眠っている。

「ご飯できてるわよー」

お母さんの声。

「うぁ〜〜、あたし、いらね〜〜」

お姉ちゃんが応える。

今日は私も、朝ご飯、いらないや。
57 名前:よっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時44分50秒

私はぼーっ、とした顔で縁側に座っていた。
お姉ちゃんは今だに蚊帳の中で眠り続け、
お父さんとお母さんはうちわをぱたぱたとあおいでいる。

…なんだか時間が長い…

「希美、スイカ食べる?」

お母さんが聞いてきた。

「うん」

私も応える。

きれいに切り分けられたスイカをしゃくしゃくと食べながら
私はあいぼんのことを考えていた。
なんで夕方なんだろう?
もしかして、花火とかするのかな?

早く、夕方、こないかな。
58 名前:よっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時45分22秒

私はずっと空を眺めていた。
だんだんと太陽が西へと動いてゆくのを眺めていた。
まだかなあ。


そして、空はゆっくりと薄紫色に変わっていって。

「行ってきまーーす!!」

私は外へと飛び出した。
59 名前:よっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時45分55秒

ちょっと足元に気を付けながら、あの場所へと急ぐ。

やっぱりそこにあいぼんはいて。
私にむかって手を振っていた。
昨日と違うのは太陽がもう山の向こうに隠れてるところ。

「あいぼん、待った?」
「ううん、全然」
「よかったー」
「じゃあ、行こうか」
「行くってどこに?」
「いいからいいから」

私はあいぼんに手を引かれ、
暗い夜道を歩いてゆく。
森とも川とも違う方向。
あいぼん、大丈夫? 帰り道、忘れちゃわないでね。
60 名前:よっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時48分16秒

あいぼんに手を引かれてやってきたそこは、
見渡す限りの大草原。
すごいね、どこまでも続いているみたいだね。
でも、ここで何をするの?

「ねえ、見せたいものって…」
「んーとねぇ…わたしの、ともだち」
「ともだち?」
「うん、そうだよ」
「どこ?」
「見て…」

そうあいぼんが言うと、いっせいに草原が光に包まれた。
61 名前:よっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時49分01秒

「すごい…これ…」

蛍。

空を飛ぶ蛍達はみんな輝いていて。

「雪みたい…」

そう、まるで真夏の草原に降りそそぐ雪のようだった。

私はしばらくその光景に見とれていて。
そしてあいぼんの方を向く。

「あいぼんのともだちって…」
「そうだよ。みんな、わたしの、ともだち」
「すごいね…」
「うん…」
62 名前:よっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時49分41秒

永遠とも思える時間が流れていって。
あいぼんが私に言った。

「ねえ、わたしね、ののちゃんとあそべて本当に楽しかった」
「…私もだよ」
「わたしは…ののちゃんと…ともだちになれたかな?」
「うん…友達だよ……あいぼんは私の、友達だよ…」

私はあいぼんを抱きしめた。
そうしないとあいぼんがどっか行ってしまいそうで。
このまま光の中に溶けていってしまいそうで。
思いっきり、思いっきり、抱きしめた。
63 名前:よっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時50分14秒

そしてあいぼんは

ののちゃん、ありがとう

そう言ったかと思うと

私の腕の中から

ふわぁって、

ふわぁって、

きえていった
64 名前:よっかめ。 投稿日:2001年08月10日(金)00時50分54秒

あいぼん…どこ…?

ねえ、ありがとうって…なに…?

私、何にもしてないよ…?

何にもあいぼんにしてあげてないよ…?

ねえ…どこにいったの…?

ねえ…へんじしてよ…

ねえ…

ねえってば…

あいぼん…

あいぼん…


65 名前:さいしゅうび。 投稿日:2001年08月10日(金)00時52分10秒


「…あいぼんっ!!」

…あれ?

そこは見なれた蚊帳の中。

私はお布団の上にねころがっていて。

となりにお姉ちゃんはいなかった。

「…あいぼん?」

私はまだ何がなんだかわからなくって。

ただ、ぼーっと自分の両腕だけを見つめていた。
66 名前:さいしゅうび。 投稿日:2001年08月10日(金)00時53分00秒

「あー、希美ってば、やっと起きたー?」

お姉ちゃんがやってくる。

「まったく…もう出発する時間だよ? いつまで寝てんの?」
「あいぼんは…」
「…は?」
「あいぼん、どこいったの?」
「あいぼん? あいぼんって…加護亜衣ちゃんのこと? なんでこんなところにいるの?
 あの子、今ごろ東京にいるはずでしょ?」
「そうじゃなくって……私、昨日の夜、あいぼんと外で……」
「はぁ? あんた昨日の夜はずっと寝てたじゃない」
「うそ……私、たしかに、あいぼんと……蛍を……」
「…蛍? …ああ、そういえば昨日の夜、あんたの周りでずっと蛍飛んでたよ。一匹だけ。
 何だかきれいだったからそのまんまにしといたんだけど…どこ行ったのかな」
「え…」

お姉ちゃんが私の布団の回りを見ると枕元に蛍が一匹いた。
けれどその蛍は、もう二度と、動くことは無かった。
67 名前:さいしゅうび。 投稿日:2001年08月10日(金)00時53分36秒

私はその蛍を両手で抱いて、泣いた。

声をあげて、わんわん泣いた。

足つぼを押されて痛くて泣いたときよりも

やきそばを食べれなくて悔しくて泣いたときよりも

ずっと、ずっと、いっぱい、泣いた。

お父さんとお母さんとお姉ちゃんが私をなだめても涙が止まることはなくて

もう体の中の水分が全部出ちゃうんじゃないかと思っても涙が止まることはなくて

ずっと、ずっと、泣き続けた。

さんざん泣き続けて

それでも涙は止まることはなかったけれど

私はその蛍を両手でそっと抱きしめたまま

こわれてしまわないようにそっと抱きしめたまま

あの場所に行って

初めてあいぼんと出会ったあの場所に行って

お墓をつくった。

68 名前:さいしゅうび。 投稿日:2001年08月10日(金)00時54分10秒
 
69 名前:さいしゅうび。 投稿日:2001年08月10日(金)00時54分57秒

「さ、もう出るよ」

お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんも、先に車に乗っていて。
私は一番最後に車の中に入った。

そして私がドアを閉めようとしたとき。


『ののちゃん、ありがとう』


そんな声が聞こえたのはきっと

気のせいでも、そらみみでも、かんちがいでも、ない。

70 名前:_ 投稿日:2001年08月10日(金)00時55分48秒
 
71 名前:_ 投稿日:2001年08月10日(金)00時56分57秒

「ただいま帰りましたぁ」

東京に戻った次の日、私はメンバーのみんなに会いに行った。

「おう、おかえりー。どうだったー?」
「ええと…楽しかったです」
「ふ〜ん、そりゃよかったねぇ。 …あれ? 辻? あんた、目が脹れてるよ? 
 …あ、カオリ、当ててみせようか。 辻、向こうで友達になった子がいてお別れすんの
 さみしくて昨日泣いちゃったんでしょ。違う?」
「あ…えーと…それは…」
「やっぱりそうだ〜!そうなんでしょ〜!」
「…ん〜と……」
「あぁ〜、のの、そんな友達できたのかぁ。なんかうち、ちょっぴりさみしいなぁ〜」
「……あいぼん」
「ん? どしたの? …うわっ…ちょっと…のの…」

あいぼんも、もうひとりのあいぼんも、ののの友達だよ。

「ちょ、ちょっと…こんなところで…はずかしいって…」

2人とも、とっても、とっても、大切な友達だよ。
72 名前:_ 投稿日:2001年08月10日(金)00時57分40秒
 
73 名前:_ 投稿日:2001年08月10日(金)00時58分27秒


私は、短かったあの夏を

もうひとりのあいぼんとすごしたあの夏を

モーニング娘。になってから初めて本当の14歳にもどったあの夏を



きっと、わすれない。

74 名前:_ 投稿日:2001年08月10日(金)00時59分03秒
 
 
 
75 名前:ある、晴れた空の日に。 投稿日:2001年08月10日(金)00時59分55秒


     「ねえ、あのね」


     「うん、なあに?」


「わたしたち、ずっと、ともだちでいようね」


   「うん、ともだちでいよう」


      「やくそくだよ」


     「うん、やくそく」

76 名前:ある、晴れた空の日に。 投稿日:2001年08月10日(金)01時00分26秒
      〜Fin〜
77 名前:_ 投稿日:2001年08月10日(金)01時01分00秒
 
78 名前:_ 投稿日:2001年08月10日(金)01時01分43秒
 
79 名前:木多娘。 投稿日:2001年08月10日(金)01時02分20秒
これで終了なのでレスを流させていただきます。
80 名前:木多娘。 投稿日:2001年08月10日(金)01時02分59秒
前半のくだらなさにも関わらず、最後まで読んでくださった方、
本当にありがとうございます。
81 名前:木多娘。 投稿日:2001年08月10日(金)01時03分37秒
それではこの辺で失礼します。
82 名前:最高!! 投稿日:2001年08月10日(金)21時48分52秒
泣けちゃいました。うますぎです。
83 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月10日(金)23時55分43秒
すごくよかった。
>前半と後半のギャップ
どうなんだろう……実際比べてみないとわからないけれど。
ギャップによって後半が引き立っているってのもあるのかな?
少なくとも足かせにはなってなかったと思う。
84 名前:木多娘。 投稿日:2001年08月12日(日)00時22分06秒
>>82さん
ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです。
でもうますぎはいいすぎ。まだまだへたっぴなんですよ。

>>83さん
ありがとうございます。
>少なくとも足かせにはなってなかったと思う。
これ聞いてほっとしました。
確かに自分の場合、ネタから始めると勢いが出たり書きやすかったりするんですよね。
でもまあ次書くときはもうちょっと真面目にやるかも。(ちょっとだけね(w )

この話、水曜の夜にボーッとテレビ見てたら思いついたんですよ。
(多分読んだ方はわかっていただけると思いますが、あれの予告です)
それでまあ季節的にもちょうどいいかなと思って、5分ほどで大体の構成とか決めて
2日でバーッと書き上げた。ですので今読み返してみると結構雑な部分が目立ちますね。
でも自分にしてはよく出来たほうかなという気がするので満足しています。

それでは長くなりましたがこの辺で。
最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
もし何か新しい話を思いついたらこのスレでやりますので
そのとき時間がありましたらまたお付き合いください。
85 名前:65 投稿日:2001年08月15日(水)17時29分24秒

…一気に読ませていただきました。
素晴らしい作品、ど〜もですぅ〜(泣)
86 名前:「木多面白い」 投稿日:2001年08月26日(日)01時05分52秒
「木多面白い」
87 名前:パク@紹介人 投稿日:2001年08月27日(月)05時25分45秒
こちらの小説を「小説紹介スレ@金板」↓に紹介します。
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=gold&thp=994402589&ls=25
88 名前:木多娘。 投稿日:2001年09月19日(水)01時24分29秒
遅レスになってしまってすんません。

>85さん
こちらこそこんな駄文を読んでくださってどうもです。
素晴らしいだなんてそんな、自分にはもったいない…

>86さん
ここでかよっ! でもうれしい(w
ありがとう。

>パク@紹介人さん
いつもご苦労様です。紹介ありがとうございます。


というわけで次の話へ。
賞味期限が切れてる上にそれほど面白くもないかもしれませんが
それでもいいって人はどうぞ。
 
89 名前:木多娘。 投稿日:2001年09月19日(水)01時25分49秒

      『煙草の煙』
 
90 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時26分57秒

「……まったく……ホンマに…暑い……」

思わず声に出してしまった。
私は真夏の太陽が照りつける中、1人で道を歩いている。
お盆の時期ということで福知山の実家に帰り、
墓参りへと向かっているのだ。
モーニング娘。にいた頃は忙しくてそんなことしてる暇などなかったが
今、卒業した身となってはこういうこともできるわけである。
といっても仕事がまったく無くて暇を持て余しているというわけではない。
……いや、本当に。
 
91 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時27分42秒

しかしこの暑さ…ちょっと異常だ。
お日様もさっきからジリジリジリジリ…
これでは家に帰るまでに真っ黒になってしまう。
いくらUVカットのファンデーションを塗ってるといっても…
…東京に戻った後の矢口の嬉しそうな顔が目に浮かんだ。

『裕ちゃん黒すぎー! 石川とおそろいだね、キャハハハハ!!』

といった感じの。

ま、笑いがとれるんならそれでもいいか…
…ってアカン! ウチ、みっちゃんとはちゃうねんで!
 
92 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時28分14秒

ふぅ…車で来ればよかっただろうか…。
いや、しかし前日ほとんど寝ていないということもあり
やはりこれでよかったのだと思うことにした。
墓参りに行く人間が途中で事故など起こし、自分が参られる立場となっては
冗談にしても笑えないから。

そのようなことを考えながら道を歩いていると、声をかけられた。
実家の近所に住んでいるおばさんだ。

「裕子ちゃん、テレビで見とるよー、ホンマに頑張ってるよねぇー」
「あ……ありがとうございます…」
「そんじゃーねー」
「どうも…」

普段テレビに映っている姿を見られていると思うとつい照れが入り、
少々他人行儀になってしまった。
だが、やはり嬉しいものは嬉しいのであり、自然に顔がほころんでしまう。
そんなときにまた違う人に声をかけられた。 いけない、こんな顔をしていては…
…いや、いいか。 さっきのような対応をするというのもせっかく声をかけてくれた人に
失礼だ。私はそのにやけ顔を自然な笑顔に戻し、応えることにした。
 
93 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時28分56秒

「あ、中澤裕子さんですよね。いつも頑張ってる姿、テレビで見てます」
「どうもありがとうございますぅ」
「それじゃ、失礼しますー」
「はい」

よし。今度はうまく対応できただろう。
そのことに少しばかり満足しながらまた歩き出す。

その後、道で声をかけられるたび、私はにこやかに対応した。

「頑張ってますよねー」
「頑張ってくださいね」
「頑張っとるよなぁ」

…もう10人ほどに声をかけられただろうか。
私は今の人が向こうへと歩いていったのを見送ると
辺りを見まわした。

…いない。
 
94 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時30分24秒

…気のせいかもしれない。
私の脳裏に、あの大小2人組が浮かんでいたが
それを心の奥にしまうとまた道を進む。

しかし11人目に声をかけられたとき。

「ホント、頑張ってますよねぇ」

その女性に向かってつい言ってしまった。

「これ、ヤラセェ!?」
「…………は…?」

女性は何を言ってるのか分からないという表情の後、
少しこわばった笑顔を残して去っていった。

…しまった…

…よっしー…ちゃうで……これ、ヤラセとちゃうで……
 
95 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時31分18秒

まあ少し考えれば当たり前のことだ。
こんなところに貴さんや中居君がいるはずないのである。
…いや、100%いないとは言いきれないか……もしかしたら
そこの塀の影にうたばんスタッフが…

…何考えてんだか。
暑さのせいで思考力が少々鈍っているのだろう。
そう、暑さのせい。 夏のせいか〜な〜♪ などと恋にKOのメロディに
のせて歌ってみるのもいいかもしれない。 いや、いいわけない。
おまけにさっき父の墓に供えるための日本酒を買ったついでに
帰ってから飲もうと思って500ml缶のビールまで買ってしまった。 しかも6本パック。
その重さも手伝ってか、ますます疲労の方が増す。
何故帰り道で買わなかったのだろうか。 自分の愚かさを呪った。

ふぅ…もうさっさと急ぐことにしよう…
そう、この道を歩く。まっすぐ歩く。
なぜならそこに道があるから…

…そろそろ本気で頭の方がヤバイ。
頑張れ私、目的地はもうすぐ。
 
96 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時31分55秒

…やっと着いた。
私は早速父の墓の前に行き、
持ってきた花を供え線香を上げる。
ワンカップの日本酒のフタを開け、墓石の前に置く。
そして手を合わせた。

…これで一段落だ。
私はほっと一息つくと、おもむろにバッグから
煙草のケースを取り出した。

煙草。
モーニング娘。にいるときは一切吸うことは無かったのだが。

吸うようになったのは卒業してからだった。
 
97 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時32分29秒

のどに悪いのは判っている。 だが、今までメンバー達と
いたあの空間……その場所に1人でいるようになると
何故か吸わないではいられなかった。 もちろんその空間とは
物理的な空間、例えば楽屋などではなくて…そう、精神的なものとでも
言えばいいのだろうか。

あの喧騒が自分の周りから消えた日、私は何年かぶりに煙草を吸った。
そしてそれをきっかけに…寂しさを感じるたび、嫌なことがあるたび、
煙草を吸った。 本数は増え、もちろんそれとともに酒の量も増えていった。
この前歌番組で歌ったとき、そのせいで音も外してしまった。 石川並に。
…いや、これは石川に失礼か。
 
98 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時33分19秒

その点やはりみっちゃんはプロだ。彼女は煙草の類は一切やらない。
この前、居酒屋でうっかり煙草を出してしまったときなど、思いっきり
叱られたものだ。

そういえば。
父の墓と居酒屋で昔のことを思い出した。
ハッピーサマーウエディング。その中での私のセリフ。
初めてそれを聞かされたとき、私はやりきれなかった。
父はすでに他界している。それなのに…
つんくさんは何を考えているのだろうと思った。
そのことで酒を飲みながら妹に愚痴ったりもした。

…まあそれも今は昔のことであるし、
もうテレビの画面の中では歌うことも無いのだろうが。
 
99 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時34分03秒

…どうやら父の墓を前にして感傷的になっているらしい。
昔のことを振り返るのはやめておこう。
そう自分に言い聞かせると取り出したままになっていた煙草を
口にくわえ火をつける。

そして大きく煙を吸いこんだ。

「ふぅ……」

吐き出した煙は風に流されすぐに消えていった。
 
100 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時34分45秒

「………あれ…?」

眩暈。
いや、煙を吸いこんだときの、あの貧血にも似た感覚は
いつものことであるのだろうけど。

「やば…」

それにしてもこれはちょっとひどい。
私は立っていることができず、その場に――、
墓石の一番低い所に座り込んでしまった。

この暑さにやられたのだろうか。
眩暈は止まらない。

そして私は――そのまま、暗い闇の中へと、落ちていった。
 
101 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時35分32秒
 
102 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時36分19秒

「……うっ…」

…ここはどこだろう。
私の額には…濡れたタオルが置いてあった。
それを退け、周囲を見まわす。

家…?

そこはついさっきまでいたあの霊園ではなく、
私の家、そう、実家だった。

「…うち…どしたんやろ…?」

頭の中がぼーっする。

「…ったく…熱にやられて運ばれてくるなんざ…」

そのとき、誰かが部屋の中へと入ってきたようだった…が、
誰の声なのかはわからない。
私は目を覚ますためにポケットからまた煙草を取り出し
それに火をつけようとした。

そして…
 
103 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時36分51秒

「ぅおいっ! 何してんねん! ガキが煙草吸おうなんて10年早いわ!」

…その煙草を取り上げられた。

私はその、さっきまで口にくわえていた煙草を持っている手の主を見る。

…ハァ?

「…アンタ…誰よ?」
「なっ…!」

いや、『誰?』という言葉は正しくなかったかもしれない。
その顔を私は知っていた。 知っていたが、どう考えてもここにいるはずの
無い人物であったから……つい『誰?』と聞いてしまったのだ。
 
104 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時37分36秒

「おっ…お前っ……実の父親に向かって『誰よ?』だなんて…!」
「…いや…あの…」
「ううっ……ひどい……ひどいわ……うううううっ……」
「……」

そう言ったかと思うと、彼は部屋の隅っこに行って体育すわりを始めてしまった。

…なんだこりゃ?

……ああ、そうか。 夢を見ているんだ。
私は父の墓参りに行って…そしてあまりの暑さにやられて
そのまま意識を失ってしまったのだ。
こういうときはこう…頬っぺたをつねって…

「…痛っ…」

…いや、まだ足りないのだろう。 どうしても自分では加減してしまうから。
私はその…さっきから部屋の隅で体育すわりのまま腕に顔をうずめて
オヨヨと泣いている彼に声をかけた。
 
105 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時38分15秒

「ちょっと…頬っぺたつねってみてくれへん?」
「グスッ…なんでやねん…」
「ええから!」
「…わかったわ…」

そして彼は…私の頬を思いっきりつねった。

…そうとう痛い……いや、でもまだ……

「もっと強く…」

どんどん力が加わっていく。
本当に痛いけど……いや…まだまだ……………クッ…

「痛いわボケェ!!」
「うわっ! だ、だってお前がつねろ言うたやんか!」
「そ、それにしたって…もうちょっとうまくやらんかい!」
「んなこと言われても…」
 
106 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時38分51秒

…とりあえず夢ではないのだろうか。
私は『夢』以外の可能性を考えた。

…そうだ! もしかして!
私は部屋を見渡し…鏡を見つけると嬉々としてそれを覗きこんだ。

…なんだ。がっかり。

そこに映っていたのはうら若き少女などではなく…
そう、少し疲れ気味の顔をした、いつもの私が映っていた。
額のしわもそのまんまだ。

「はぁ…」

…夢でないのならば、もしかしたら昔にタイムスリップでもしたのかと思ったのに。
あの、可愛い可愛い『ゆゆたん』に戻ったのかと思ったのに……
 
107 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時39分54秒

「…ったく…さっきからおかしなことばかりして……なんや? 暑さのせいで
 ホンマに頭がやられてもうたんか?」

彼…私の父が言った。
私はそれを聞き流し、「もしかしたらちょっとは若返っているんじゃないか?」
などと、しきりに鏡の角度を変え、それを覗きこんでいた。
…我ながら諦めが悪い。

「…おい…人の話を聞けって…」
「……」
「…おい…裕子………おいっ!」
「……」
「……ふんだ! もうええもん! アホ裕子ッ! アホ裕子のアホォッ!!」

そう『アホ』という単語を繰り返すと彼はトテトテと走り去っていってしまった。
まるで辻が走るかのごとく。

…私の父ってこんなにおちゃめさんだったっけ…?
 
108 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時40分23秒

もう何が何だか分からない。
頭を抱えながら台所へ行き水を一杯飲むと、
居間へと向かった。

父がテレビを見ている。高校野球の中継だ。
さっきの落ちこみようはどこへやら、
夢中になってテレビにかじりつき、応援をしていた。
自分のひいきの高校でも出ているのだろうか。
 
109 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時40分56秒

私はちゃぶ台の向かい側に座り、その姿をぼーっと見ていた。
よくもまあこれだけコロコロと表情が変わるものだ。
見ていて飽きない。

だがしばらくして、その表情がだんだんと曇ってくる。
終いには怒りだし、リモコンを勢いよくつかんだかと思うと
テレビのスイッチを切ってしまった。
大方、応援していた方の高校が負けてしまったのだろう。

「あ〜っ、気分わるッ! ったく…もうええっ、裕子、ちょっと付き合えっ!」
「……はぁ? 付き合うって…何をよ?」
「決まってるやん、これやこれ」

そう言って彼がちゃぶ台の上へと取り出したのは日本酒の瓶。
この男、真昼間から酒を飲もうとでもいうのであろうか。
 
110 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時41分31秒

「ちょっ…アンタ、昼間っから酒なんて…」
「ええってええって、どうせ今日は誰も居らんから」
「いくら誰も居ないゆうても…」
「なんやねん、酒ぐらい付き合ってくれてもええやん。 もう大人になったんやろ?」
「いや、そういう問題やなくてやな…」
「この前テレビでもやってたやん、裕ちゃんを大人にしよ〜っ! …って」
「なっ…」

この男…! よりによって矢口の真似を…
しかもさっきは私のことをガキとか言って煙草取り上げたくせに!

「ほら、グダグダゆうとらんとはよコップ持ってきい」
「……はぁ……もうええわ……」

…呆れて反論をする気にもなれず、私は台所からコップを持ってくることにした。
 
111 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時42分05秒

「はいよ…これでええか?」
「おうサンクス、ってなんや、結局自分の分もコップ持ってきとるやん。
 やっぱお前も飲みたかったんやろ? ん? 素直やないなぁ」
「……自分から付き合え言うたやんか」
「ほら、まあ一杯飲みぃ」
「……」

もうどうでもいい。 そう思い、私はコップになみなみと
注がれた日本酒を飲み干した。

…よく冷えていて美味い。
最近ビールばかりだったけど、日本酒も悪くないなと思った。

ふと向かい側を見ると父も美味そうにそれを飲んでいる。
 
112 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時42分52秒
 
113 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時43分32秒

それから何を話しただろう。

大阪へ出てOLの仕事をしたこと。
生活するためにやむを得ず夜の商売をしたこと。
モーニング娘。になって3年間リーダーを務めたこと。
そのモーニング娘。を卒業し、ソロへの道を歩み出したこと。

気がつくともう窓の外は日が落ちかかっていて。
部屋の中にも薄くかげが差しかかっていた。

「……電気つけよか?」

と、聞いてみたが父は、

「…いや、ええわ。 こういう中で酒飲むんもオツなもんや」

そう言ってまたコップを傾けた。
 
114 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時44分11秒

彼はおもむろに煙草の箱――私から取り上げたものから
一本それを取り出すと口に加え火をつけた。
私はその姿を見つめている。

「……どした? そないに人の顔ジロジロ見て……なんや、惚れたか?」
「何言うてんねん……アホか…」
「ははは…」

そして彼はもう一本煙草を取り出すと、こちらへ投げてよこした。

「…今日だけやからな。 ホンマは歌唄っとるやつが煙草なんて吸うたらアカンねんで」
「……」

私はそれに口にくわえ、火をつける。
 
115 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時44分56秒

最初の一息を吸い、煙草を持った手をちゃぶ台の上へと置いた。
そこからは薄い紫色――、私の好きな紫とはまた少し違った紫色の煙が
立ち上っている。

父が口を開く。

「…正直、裕子とこうやって酒飲む日がくるなんて思ってもみんかったなあ」
「……」
「あの小生意気なクソガキがこないに立派な、ええ女になりおって…」
「……」
「……なんや、ホンマに嬉しいわ…」
「……」
「いっつもテレビで活躍してるの見てんねんで…」
「……」

何故か私は何もしゃべることができなかった。
左手に持った煙草は最初の一口から吸われることは無く、
紫色の煙を上げながら刻々とその先端を灰へ変えていっている。

このままでは灰がこぼれてしまう…
そう思ったとき、やっと、一言だけ言うことができた。

「おとん…」

父の顔がぼやけて見えるのは煙のせいだろうか?

それとも――
 
 
116 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時45分46秒


ジリッ…

そのとき、フィルターまで達した煙草の火が私の指を焦がした。
 
 
117 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時46分21秒


「……ほらな、やっぱり」

顔を上げればそこはさっきの霊園。

燃え尽きた煙草は私の手を離れて地面に落ち、
それでもまだ薄く煙を立ち上らせていた。

「……なんやねん…」

それは夏の暑さが見せた幻。

「…こんなもん見せるなんて……」

――マッチではなく煙草に火をつけた少女、いや、女は――

「……ったく……」

――大好きだったおばあちゃんではなく、父の姿をその火の中に見ましたとさ――

「……おとんも人が悪いわ……」

私はもう1度墓石の方へと振りかえる。
 
118 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時46分59秒

そしてバッグの中からビールを取り出しフタを開くと

その半分をすでに空になっていたワンカップの日本酒の容器へと注ぎ

自分も缶の残り半分を一気に飲み干した。
 
119 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時47分52秒

「ッカァーーッ! ビールが喉にしみるわあ!」

傍から見れば、「何をしているのだ、この女は」と
思われるような光景だっただろう。
けれど、私はそれをやめなかった。

なぜなら。

真夏の焼けつくような日差しにもかかわらず一滴も汗が出ていなかったから。

地面に落ちた煙草はすでにその火が消えていて、煙など一本も立ち上ってなかったから。

汗が入ったわけでも、煙がしみたわけでもないのに

目から涙が溢れてくることへの言い訳を他にみつけることができなかったから。
 
 
120 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時48分29秒
 
 
121 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時49分20秒

セミがやかましいくらいに声をあげて歌っている。

私はポケットの中に入っている煙草の箱を取り出し、

「…これ、おとんに預けとくわ」

父の墓石の下へと置いた。

もう1度彼の方を振り返ると
バッグを肩にかけ、実家へ戻る道を歩き出す。

その足を1歩踏み出したときセミの鳴き声に混じって聞こえた

『裕子、いつでも見守ってるで』

その声は、私のそらみみだっただろうか。
 
122 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時50分05秒

そしてまた歩きだそうとし…

『新曲もちゃんと聞いとるで…………もせでな』

私は踵を返して父の墓のもとへ戻り、
バッグから親戚、知人に配ろうと思って持ってきた新曲のCDを
10枚ほど取り出すと、それを墓石に飾り始めた。
まるでクリスマスツリーの飾り付けのごとく。

『おっ、おいっ…ちょっとやめ…!』
「……」
『ちょっ、マジでやめえって! めちゃめちゃ恥ずかしいがなそれ!』
「いやあ、今日はホンマ、うるさいくらいにセミが鳴いとるなあ」
『…あっ…そ、そんなぁ………クスン…』

ざまあみさらせ。裕子姐さんのエンジェルボイスをMP3で聞こうなんざ
100万年は早いのだ。

そうして飾り付けも終え私は、

「余った分はあの世の飲み友達にでも配っとかんかい!!」

そう叫ぶと、よく晴れた青空に向かって大声で笑いながら家路へとついた。
 
123 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時50分38秒
 
124 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時51分42秒


空へと向かって笑いながら帰り道を歩き、思った。

30歳まであと2年、いや、正確には1年と10ヶ月。
三十路を向かえたとき、私はもう一度ここへ帰ってくるだろう。
今なんかよりも、ずっと、ずっと、いい女になって、帰ってくるだろう。
そしたらその時はあの男に、あのクソ親父に言われたセリフをそっくりそのまま返してやろうか。


「どや、惚れたか?」って――。
 
 
125 名前:煙草の煙 投稿日:2001年09月19日(水)01時52分29秒

      ― Fin ―
 
126 名前:_ 投稿日:2001年09月19日(水)01時53分09秒
 
127 名前:_ 投稿日:2001年09月19日(水)01時53分58秒
 
128 名前:木多娘。 投稿日:2001年09月19日(水)01時54分44秒
これにて第2話終了。
129 名前:木多娘。 投稿日:2001年09月19日(水)01時55分18秒
お粗末でした。
130 名前:ギャンタンク 投稿日:2001年09月19日(水)11時36分52秒
面白かったです。
裕ちゃん煙草似合いますな。
第3話にも期待してます。
sage
131 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月19日(水)20時53分08秒
いい話だ〜、感動です。
次は誰が主役なのかな?楽しみです
132 名前:木多娘。 投稿日:2001年09月21日(金)23時49分45秒
>130 ギャンタンクさん
ありがとうございます。
煙草も似合いそうなんですがやっぱり酒の方が似合いますね(w

>131 名無しさん
ありがとうございます。
次の主役は…一応考えてはいるのですがまだ秘密ということで。

それでは次の話でまたお会いしましょう。
133 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月31日(水)04時33分57秒
「煙草の煙」読みました。よかったです。思わずホロッとしてしまいました。
自分ではこの手の話、書けないんで羨ましい限りです。

次回作、楽しみにしています。
134 名前:名無し辻ヲタ 投稿日:2001年11月11日(日)16時43分20秒
今日、2作一気に読ませていただきました。
よかったっす!
自作も楽しみに待ってます。
135 名前:木多娘。 投稿日:2002年01月08日(火)16時24分14秒
>>133 名無し読者さん
ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。
ただ、自分の場合はどれも似たような話になってしまってるので…

>>134 名無し辻ヲタさん
ありがとうございます。一応次のやつはほとんど書きあがってはいるので
近いうちに更新はしたいと思ってますが……あまり期待はしない方がいいです(w


更新無しのレスだけになってしまって申し訳無い。
136 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月09日(水)00時02分27秒
お、更新宣言?期待して待ってます(w
137 名前:木多娘。 投稿日:2002年01月17日(木)03時30分57秒
>>136
嬉しいっす。でもあまり期待なさらない方が…


というわけで、第3話。
かなり季節外れな話で、しかもダラダラしたものになってしまってますが、
それでもいいという方は少しだけお付き合いください。
138 名前:木多娘。 投稿日:2002年01月17日(木)03時32分10秒

      『わたしのあしながおばさん』
 
139 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時33分04秒

「はい、じゃあちょっと休憩ー」

ふぅ…、やっと一休みできるよ…

「あ、加護、ちょっとこっち」
「あ…はい」

歌の先生に呼ばれた。…大体、何言われるかはわかってるけど。

「…お前なあ、全然声が出てないぞ? もうちょっとしっかりやってくれよ?」
「…すいません……あの…ちょっと風邪気味で…」
「はあ…ま、ひいちゃったもんはしょうがないけど…自己管理をしっかりやるのも
 仕事のうちなんだからな?」
「…はい」
「うん、じゃあ行っていいよ。少し休んでこい」


…ウソついちゃった。本当は風邪なんてひいてないんだ。
昨日の夜テレビ見てたら、今日、歌のレッスンがあるってことすっかり忘れて
夜更かししちゃったんだよね。やっぱり寝不足だと全然声が出ないや。
…ちょっぴり自己嫌悪。
 
140 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時34分04秒

稽古場から出ると、みんな思い思いの格好で休憩をとっていた。
その辺にあった雑誌をうちわ代わりにしてぱたぱたあおいでたり、
テーブルの上にグデ〜っと突っ伏してたり。
わたしも適当に空いてる場所に座って一休み。

そしたら、まだまだ元気があり余ってるけど、誰も相手をしてくれなくて
手持ちぶたさん…じゃなく手持ちぶさたになってたののがこっちにやってきた。

「ねえあいぼん、何の話だったの〜?」
「え…あ、いや、何でもないよ」
「ふ〜ん」

なんか先生に注意されてたとは言いにくくて視線をそらす。
そのとき、ふと自分のバッグが不自然にふくらんでたのに気がついた。
 
141 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時34分34秒

一体なんだろう…チャックもちょっとだけ開いてるっぽいし…
…ま、まさか爆弾!? …なわけないか。

ちょっと確かめてみよう。
自分のバッグのとこに行ってそれを開けてみた。
ん? これ…

「はちみつ入り…のど飴?」

こんなの今日は持ってきてなかったのに…何で入ってんだろ。

「飴……飴……あ…」

ふと「飴玉=のの」という等式が頭の中に浮かんだ。
早速それを持ってって聞いてみることにする。

「ね、これ、もしかして…」
「…あっ、飴玉! …あいぼん、それ、ののも欲しいな〜。1個ちょうだいよ〜。
 あ、できれば1個と言わず2個、3個…」

指を口にくわえて上目使いでおねだりのポーズをとるのの。
じゃあこれ、ののが入れてくれたんじゃなかったんだ…
…ていうかのの……よだれ…よだれたれてるし……ちゃんと拭かなきゃ…。

「ね〜、早くちょうだい〜」
「あ…うん、はい…」
「やった〜!」

わたしもそれを1個、口の中に放りこむ。
はちみつの甘さがノドに広がっていった。
 
142 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時35分26秒

「ん〜、おいし〜い! てへへへ…」

隣りでののが幸せそうな顔をしてほっぺたをおさえてる。
うん、おいしいよ、おいしいけど、でも…一体誰が入れてくれたんだろう?
ののじゃないとすると……う〜ん……はちみつ……あっ!

「矢口さん、あの…」

今度はその飴玉の袋を持って矢口さんのとこに行ってみた。

「…お、加護、あんたいいもん持ってるねえ。それ、矢口にも1個ちょうだい」
「あ、どうぞ…」

矢口さんは飴玉を口に入れると、またさっきみたいに壁によっかかって
ぐで〜っ、となってしまった。なんかちょっとニヤニヤしながら「しげるぅ…」とか
言っている。

はちみつからプーさんを連想して矢口さんのとこ行ってみたんだけど…
やっぱり違ったみたい。じゃあ一体誰なのかなあ。
周りをぐるっと見まわしてみても…ちょっとわかんないや。
 
143 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時36分29秒

そうこうしているうちに、歌の先生が
「はい、休憩終わり〜」
と言って、手をパンパン叩きながらやってきた。

休み時間終わっちゃった。
ま、しょうがない…飴を入れてくれた人を捜すのはまたあとでにしよっと。


午後の歌のレッスンが始まる。
さっきとは全然違って、今度はしっかり声を出すことができた。
うん、きっとあの飴のおかげかもしれない。

「お? 加護、さっきより全然声がでてるじゃないか。なんだ、もしかして
 休憩したら風邪も直っちゃったのか?」
「えへへ…まあ…」
「ったく調子のいい奴だなあ…ま、いいか。それじゃ続きやるぞー」
 
144 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時38分02秒

そうして何とか無事今日のレッスンも終了。

「ふわぁ〜…疲れたぁ……あ、そだ、ええっと…」

人探しの続きということで他のメンバーの人達に声をかけてみようと
思ったんだけど…

「ねぇよっすぃー、今日の帰りサウナ寄ってかない?」
「おっ、い〜いねぇ〜〜」
「あー! 私も行きた〜い! ねえいいでしょ、よっすぃ〜」
「え…梨華ちゃんも来るの…?」
「…だめ? そ、そんなぁ〜……ごっちん…ひどいよぅ……くすん…」
「あ…う、ウソウソ! 全然大丈夫だって! ね、よっすぃー…?」
「あ、うん…そだね、り、梨華ちゃんも一緒に行こっか! ね?」
「…えっ、本当にいいの? ヤッタァ!」
「はは…は…」
145 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時38分41秒
「ねえ圭織〜、ちょっと帰りに矢口と買い物寄ってかない?」
「あ〜、いや、今日は疲れてるからパス。もう帰って寝る。寝まくる」
「っかぁ〜、年寄り臭いこと言ってるねぇ〜」
「あたしゃ矢口と違って体がでかいからあまり燃費がよくないんだよ…」
「アハッ、な〜に言ってんだよ圭織は〜…ってじゃあオイラは軽自動車かよっ!
 いや、むしろ軽トラだって言いたいのかよっ!?」
「……矢口、疲れない?そうやってつっこむの…」
「…うん、ちょっと…」

みんなもう帰る準備をしてるみたい。
 
146 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時39分19秒

えーと…じゃあ残ってるのは安倍さんと保田さん…あれ?

「あの〜、矢口さん。保田さんってどこ行ったんですか?」
「ああ、圭ちゃん? 圭ちゃんだったらアヤカと焼き肉食べに行くって言って
 さっさと帰っちゃったよ? なに、何か用だった?」
「あ、いえ…」

いつもながら保田さんは行動が素早いなあ…なんて思ってたら、
ののがこっちに走ってきた。

「ねえあいぼ〜ん、何だかおなかすいちゃったからお菓子買って帰ろうよ〜」
「…そだね」

もうみんな帰っちゃうみたいだし…そうしようかな。
わたしも自分の持ち物をバッグに詰めて帰る準備をする。

「じゃあそういうわけで………あっ…!」

部屋を出る前に挨拶をしようと思って振り返ったそこには…

「……みんな帰りにどっか行くの? なっち、一人ぼっち?」

…安倍さんが1人、目をうるうるさせていた。
 
147 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時39分56秒

「…そうだよね……そうそう……なっちはいつだって一人ぼっち、
 孤独な一匹狼さ……へへっ……」
「あ、安倍さん…」

…何もそんな…1人で部屋の隅っこいじくってなくても……

「…そ、そうだ! 安倍さんも一緒に帰りましょうか!」
「…えっ……いいの?」
「いいですって! ほら、ののも…ねっ? それにののはマロンメロンでも
 安倍さんと一緒だし…」
「…へ? まろんめろんって何だっ……ぐえっ…!?」

とっさにののの口をおさえる。

「さっ! 安倍さん! 行きましょう!」
「…いや、辻、大丈夫? 今、ピッターン!ってすごい音がしたよ…?」
「もう全然大丈夫ッス! ねっ、のの?」
「…あいぼん……すっげーいたかったのれす…」
「ははは…ののは冗談がうまいなあ…はははは…」
「いや、冗談じゃなくて…」
「ほら、早く行かないと帰りが遅くなっちゃいますよ、安倍さん!」
「…あ…そ、そうだね…」
 
148 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時40分33秒

3人で夕暮れの帰り道。
歩きながら、何話そっかなあ、なんて考えてたら安倍さんが
先に口を開いた。

「ね、まだ晩ご飯の時間には少し早いし…ちょっと喫茶店にでも
 寄ってこっか。なっち、すっごいケーキが美味しい店知ってんだよ〜」
「えっ、本当ですか〜!?」
「うんホント! よーし、今日はなっちが奢っちゃうよ〜?」

ののはケーキと聞いて満面の笑顔。わたしもやっぱり嬉しくなっちゃって、

「よっ、安倍さん! 太っ腹!」

なんて言っちゃった。

…途端に空気が重くなった。

「……いや、なっち…うん、ちゃんと痩せたから……もう昔とは違うから…」
「…のの…もうちょっと痩せたほうがいいかなあ……この前、衣装のボタン、
 はじけ飛んじゃったんだよね…」
「あっ…」
 
149 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時41分15秒

…しまった! ちゃんと言葉を選ぶべきだった!

「…あ、あのっ! も、物まねやりま〜す!」

とりあえずその場を和ませるために
いつもやってるドナルドダッグの物まねをやってみる。

「ああもう加護〜、その物まね、見飽きたってば〜。 …あ、そうだ。
 なっちもね、加護に対抗して新しい物まね覚えたんだよ〜」

ののよりダメージが少なかった安倍さんが話に乗ってきてくれた。
…よかった…これで…

「じゃあいくよ? ……ふっ…本当は三人祭に入りたかったなんて……
 …言えやしない……言えやしないよ……クックックックックッ……」

…野口さん!? ちびまる子ちゃんの野口さんがなぜここに!?
ていうか安倍さん、そんなのやったら…

「…へへ……ののはがんばったよ〜……もうレコード回しまくってね……
 …ぶんしゃかぶんしゃか〜ってね……へへへっ……」
「の、のの…」

ちょっとちょっと…空気がさらに重くなってるし…。
こうなったら早いとこお店に行ってののにケーキを…。
 
150 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時42分06秒

…なんとかお店にも到着。さっきから周りに黒いオーラを放っている
ののの背中を押して中に入る。

安倍さんに連れられてやってきたその喫茶店は、今まで
入ったことの無いようなちょっと大人な雰囲気のところで。
最初は少しだけ緊張してたんだけど、でもすぐに
お店の中にただよう香ばしいかおりとゆっくりと流れるBGMのおかげで
リラックスできた。

「じゃ、好きなもん頼んでいいよ〜」
「え〜っとえっとえっとぉ…それじゃあ…」

ののはすっごく嬉しそうにメニューに目を泳がせていた。いたんだけど…

「あ、でもケーキは1個だけよ? 辻にあまり間食とかさせちゃダメって
 マネージャーさんからもきっつく言われてるからね?」
「………えええええっ!?」

途端にその笑顔が曇った。

「…のの、そのポーズ…何…? それにその顔…」
「…あ、『ムンク♂の叫び』…」

…いや、『♂』は必要無いでしょ…つんくさんじゃないんだから……
 
151 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時42分50秒

少しして、ウェイトレスさんが注文されたケーキを持ってきた。
ののはさんざん迷ったあげく、
「やっぱりこれだ!」
と言ってイチゴの乗ったショートケーキとオレンジジュース。
わたしはモンブラン、そして安倍さんと同じコーヒー。

まずケーキを一口食べ、そしてコーヒーを口に含む。

「……にがーい」
「ほーら言わんこっちゃない。なっちのマネしてコーヒーなんて頼むからだよ。
 まだまだお子ちゃまなんだから辻みたいにジュース頼んどけばいいのにさ〜」
「むっ、お子ちゃまじゃないですよっ。もう加護は中学2年になったんですぅっ!」
「な〜に言ってんだか…ほら、もっとお砂糖とミルク入れな?」
「ん〜〜……」

しぶしぶ自分のコーヒーに砂糖とミルクを注ぎ足す。
同い年の亜弥ちゃんは1人でコーヒーもたのめるってのになあ…
…まあ歌の中での話だけどさ。でもわたしだってもうランドセルしょってる
小学生じゃないんだから…

「…いや、加護? それはちょっと…入れ過ぎじゃない…?」
「えっ…?」

あ…考え事してたら砂糖入れ過ぎちゃった…

「……あまーい」
「ははは…」
 
152 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時43分53秒

のどがやけるような甘さのコーヒーと、ちょっと甘さ控えめのケーキを
交互に口に運ぶ。

あ〜あ、こんなんだったらやっぱりののみたいにジュースたのめばよかったかな…
…ん、でもいいのだ。これが大人への第一歩ってやつなのだ。

あ、そうだ。そういえばあのこと、まだ安倍さんに聞いてなかったっけ。
とりあえず今日のことを話してみよう。

「……ふ〜ん…そういうことあったんだ……でもそれ、なっちじゃないよ」
「あ、じゃあ誰が入れてくれたかとか…知りません?」
「さあ? あまり周りとか見てなかったから…」
「そうですか…」

どうやら安倍さんでもなかったみたい。

「ま、そのおかげでレッスンもうまくこなせたんだからいいじゃない。
 いや〜、それにしても…努力する少女を影で助ける謎の人物!
 いいね〜、何かアレみたいだね〜、あしながおじさん」
「あしながおじさん…?」
「そうそう〜。あ、でもあの部屋、男の人ってあまり入ってこないから
 あしながおばさんの確率の方が高いかな?」
「…ん〜…」

そっかぁ……あしながおばさん、かぁ…
一体どんな人なんだろう。やっぱりわたしの知ってる人なのかな?
 
153 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時44分32秒

よし、じゃあ明日こそはそのあしながおばさんを見つけて……ん?

「…安倍さん?」
「ああ〜、夢があるべロマンチックだべ〜。なっちにもそんな人が
 現われたりしてくれないかなぁ〜」
「…あの…」

なんか安倍さんは胸の前で両手をくんで、斜め上を見つめながら目をキラキラさせていた。

「…ちょっと安倍さん…」
「そんで〜、そのうちその人と偶然出会っちゃったりして〜、
 『もしかしてあなたが私の…?』『そう…ずっと君のことを見ていたんだ…』
 な〜んてなっちゃったりして! いやんもう、ハズカシイ〜!」

今度は体をよじりながらテーブルをパシパシ叩いたりしてるし。
この人、ちょっと少女漫画の読みすぎじゃなかろうか。
隣りに目をむけると、ののも一緒に苦笑いしていた。

「のの…安倍さん、どっか行っちゃってるみたいだね…」
「…そうだね〜…もう夢見る少女って年でもないのにね〜」
「ちょっ…のの…!」

「…辻ちゃ〜ん? 今何か言ったのは〜…こ・の・く・ち・か・な〜?」
「いひゃっ、いひゃいれひゅあうぇひゃんっ!」

あ〜あ…余計なことまで言っちゃうから…
思いっきり口ひっぱられてるよ…
 
154 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時45分09秒

そんなことしてるうちにケーキも食べ終え、
いつの間にかもう帰る時間になっていた。

「ん…こんな時間か……そろそろお店出たほうがいいね」
「ですね」

人がまばらになってきたお店を出て、それからケーキのお礼を言って、
安倍さんにさよならの挨拶をする。

「それじゃ、また明日ね〜。 …あ、加護、今日はテレビ見て夜更かしなんか
 したりしちゃだめだよ? 明日も早いんだし」
「わかってますって〜」
「ホントかなぁ? ま、いいや。んじゃ、なっちの家、あっちだから…」
「安倍さんも〜、夜遅くまでプレステやったりしたらダメですよ〜……いふぇっ!」
「つ・じ・ちゃ〜ん? 今何か聞こえたような気がするけど〜…気のせいだよね〜?」
「ふぁいっ! ひっ、ひのふぇいれふっ! やかや、やかやふぁなひふぇくらひゃいっ!」
「…のの……」

今日2回目のお仕置きを受けているののを見て思わず笑いがこぼれた。
口をひっぱられてるののは必死でもがいてるんだけど、その姿がまた
ちょっぴり微笑ましかったりするんだよね。
 
155 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時45分50秒

一通りののの顔をいじくりまわした安倍さんはそれで気が晴れたのか、
いつものなっちスマイルを浮かべながらわたしの肩にポンッて手をのっけると

「見つかるといいね、あしながおばさん」

と言って、手を振って向こう側に歩いていった。
わたしも手を振ってそれを見送る。


「…ったく〜、笑ってないで助けてくれたっていいじゃんかぁ」
「え〜? だって安倍さん恐いんだも〜ん」
「うっそだぁ。あいぼん絶対楽しんでたよ〜」
「そんなことないって……へへっ」
「ほらやっぱり〜! もうあいぼんなんて知らないっ!」

ののは口の辺りや、ぷーっと膨らましたほっぺたをしきりに手でさすったり
しながら隣りを歩いてる。ぶすーっとした顔のまま。

「…ね、のの、あのね…ちょっと手をそのまんまにしてね、アッチョンブリケ!って
 言ってみてくれない?」
「…も〜っ! バカにしてえ! 怒るよホントッ!」
「あははっ、もう怒ってんじゃ〜ん」
「むぅ〜っ」
 
156 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時47分01秒

その後もしばらくののはムッツリしてたんだけど
お迎えの車が来るころにはすっかりいつも通りに戻っていた。
バイバイ、の後に三人祭りのチュってポーズなんかしちゃったりして。
わたしもそれにチュって返して今日はお別れまた明日。


車に揺られ、窓の外の風景を眺めて、
今日の仕事のこととか考えながら家路につく。

それで、お家に帰って、玄関をくぐったところまでは
「よーし、明日はあしながおばさんを見つけてみせるぞ」
なあんて意気込んでいたんだけど。けれどそのあと
ご飯を食べて、お風呂に入って、お気に入りの漫画を手にお布団にもぐりこんで。
そして夢の世界でいつも見ているアニメの主人公と追いかけっこをしてる頃には
あのことなんてすっかり忘れちゃってた。



あしながおばさんを再び思い出したのはそれから1週間後のこと。
 
 
 
157 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時47分50秒
 
 
158 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時48分36秒

今日は新曲のレコーディング。
みんな、張り詰めた空気の中、歌入れが始まるまでの時間
一所懸命練習をしている。
もちろんわたしも緊張していたけど…
でも体調はバッチリ。自信もたっぷり。
この日のために今まで頑張って練習してきたんだから。

少しして歌入れが始まる。
そして、何度目かの取り直しが終わったとき。

「よし加護、オッケーや」

わたしが一番最初に合格をもらえた。

「おう、お前ごっつよかったやんか、ん?」
「えへへへ…」

つんくさんも頭をなでなでしながら誉めてくれて。
もう子供じゃないんだぞ、なんて思いながらもやっぱり嬉しかったりする。

「ん、とりあえずこの後も仕事入っとるんやけど…まあまだ時間あるからな、
 その辺で適当に時間つぶしとったらええ」
「は〜い」
 
159 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時49分15秒

つんくさんに言われた通り時間をつぶそうと思って
その辺をブラブラしながら1人で歩き回ってたんだけど。
でもあまり知らない人ばっかだし、すぐに飽きちゃって
みんなが居るはずの部屋に戻ることにした。

ドアを開けると、もうレコーディングを済ませた人も何人かいて、
それぞれに時間をつぶしてた。
部屋をキョロキョロ見まわしたんだけど、ののはまだ
終わってないみたい。わたしは適当に空いてるイスに座って
足をブラブラさせていた。
 
160 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時50分14秒

何かつまんないなぁ。
やることも無いし……そうだ。

「プリクラッ」

誰に聞かせるでもなく一言そう言って
自分のバッグの中をゴソゴソする。
この前撮ったプリクラでも見ながらののを待ってよう。

…ん? なんだ?

「…これ……チョコレート?」

バッグの中には入れたはずのないチョコレートが1袋。
よく見ると桜の中に「たいへんよくできました」って文字のシールまで
貼ってある。そういえば小学校のとき、ちゃんと宿題をやってくると
先生がノートの隅にこういうのペタッて貼ってくれたっけなあ、なんて
ちょっぴり懐かしくなっちゃったりした。

でもこれ、どうしたんだろう。朝、おばあちゃんが入れてくれた…ってのは
違うだろうし…

「……あ」

それから少しの間考えて、ピンときた。
 
161 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時50分49秒

あしながおばさんだ!

そうだ、すっかり忘れてた。
あれから一週間も経っちゃってる。
お礼も言ってないまんまだし…よし、今日は見つけてみせるぞ。

とりあえず部屋の中をぐるっと見まわして……うん、まず飯田さん。
なんとなく『あしなが』っていう言葉が似合いそうだしね。

「あの〜」
「……ん〜? 加護? どしたの〜?」

紙パックの牛乳に口をつけながら飯田さんがこっちを向く。

…うわぁ…すごいクマ……やっぱリーダーって大変なんだろうなあ…
なんかすごく疲れた顔してるし……

「…なに? カオリの顔に何かついてる?」
「あっ…いえ……」

…ちょっとそのクマに見とれてたよ……
ええっと…気を取り直して…

「あの、わたしのバッグに…」

そのとき。
 
162 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時51分32秒

レコーディングを終えたののが走ってきた。

「飯田さん飯田さん飯田さーーーん!!」

…あっ…ちょっと、そのままだと……

ドンッ!

「あ〜あ……」

華奢な背中におもいっきりののがダイビング。
その衝撃で牛乳はモロに飯田さんの顔面へ。

「………つぅ〜〜じぃぃ〜〜〜……」
「ひっ……い、いいらさん……?」

…貞子! リアル貞子が今ここに!

スロービデオの様にゆらりと立ち上がる。
顔は牛乳で真っ白、濡れた髪の毛からは雫がポタポタ。
おまけにいつもの1.5割増しのクマのおかげで、今の飯田さんは
まさにリングに出て来る貞子そのもの、という感じだった。
ののはその恐ろしい形相に舌がうまく回ってない。

「……くぉらあああぁぁぁっっっ!!! お前は何してんだあああぁぁぁっっっ!!!」
「ひ、ひえええぇぇぇぇっっっっ!!!」

0.1秒で回れ右をし、部屋を飛び出して行くのの。
両手を振り上げ、それを追いかけて行く飯田さん。
2人してちょっと、トムとジェリーみたい。
 
163 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時52分13秒

しょうがない、飯田さんには後で聞くとして次は……じゃあ後藤さん。
後藤さん、やはり大物というか、なんというか……これだけの騒ぎにもかかわらず、
テーブルに突っ伏してすーすーと寝息をたてていた。

「後藤さん、後藤さん」

気持ち良さそうに寝てるところを起こすのは悪いと思ったけど
早くあの人の正体を確かめたい、という気持ちの方が強くって、
肩をゆする。

「……んぁ〜? なに、もう次の仕事の時間〜? あ〜、年とると時間が経つのが
 早いねぇ〜」

後藤さんは何だか年寄りくさいセリフを吐きながら両腕を上げて、んーっ、と
伸びをした。

「あ…ごめんなさい、まだ仕事の時間じゃあないんですけど…」
「へ? な〜んだまだかぁ。それじゃ、もう一眠り…」
「あっ、ちょっと待ってくださいっ……あの、わたしのバッグに
 チョコ入れてくれたのって後藤さんですか?」
「…チョコ? いや、あたし知んないよ〜? ってかゴメン、もし今チョコあったら
 加護のバッグに入れないで自分で食っちゃってるわ、あははっ」
「そーですかぁ…」
 
164 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時52分51秒

う〜ん…後藤さんでもなかったか…。
それじゃ次は……よっすぃーに聞いてみようかな?
そういうわけで早速、部屋の隅に居るよっすぃーのところへ。

「あのねぇ、よっすぃー…」
「……」
「…よっすぃー?」
「……バーン! バン、バーン!」
「…あの……」

鏡の前にいるよっすぃーに声をかけてみるんだけど、
全然こっちに気付かない。

「あー、加護ちゃん加護ちゃん、ちょっとこちらへ」

そのとき、後藤さんが手招きして、わたしを呼んだ。

「なんですか?」
「あのね、よっすぃー今ね…うん、キャラを作るのに必死になってるから…
 多分周りの景色とか全然見えてないと思うのね。ほら、見てみ?」

その指差す方向を見てみると、よっすぃーは鏡に向かって
指をピストルのかたちにして打つマネをしてみたり、
自分の両腕を抱きしめてブルブルと震えてみたり、
かと思えば10人祭のときにやった鶴のようなポーズをしてみたり…

「ね? だから今は…そっとしといてあげて?」
「…はい」

うん…そうだね。よっすぃー、がんばってね。
 
165 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時53分30秒

多分よっすぃーはあしながおばさんじゃない。
だって、今のよっすぃーがチョコなんて持ってたら…
きっと、おでこにチョコをのっけて、それを手を使わずに食べる練習とか、
じゃなければ、鼻でチョコを食べる練習とか……いや、さすがにこれは無いか。

ま、いいや。とりあえず次の人。
次は……保田さん。

保田さんって空き時間は本を読んでることが多いんだよね。
今日もいつものように、イスに座って静かに本を読んでいた。
…ちょっと声をかけにくいかも。

「あの〜…」
「…ん?」
「ふえっ…!」

大きな瞳がこちらをギョロリ。
わたしは思わず後ずさる。

「何?」
「あ…あの、わたしのバッグに、チョコレート入れてくれたのって…保田さんですか?」
「いや、知らない」

そして、また手元のページへ視線を落とした。
 
166 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時54分54秒

ふぅ……って何でこんなにビビッてんだろわたし。
正直、保田さんってちょっとだけ苦手。
前に、はしゃぎすぎて撮影用の小道具を壊しちゃったときに
こっぴどく叱られたからってのもあるかもしれないけど…
それがなくても、何だかいつも怒ってるみたいな感じで…
…ん、これは保田さんに失礼か。
でも本当は保田さんとももっとお話とかしてみたかったりもする。

そういえば、いつも一緒にいる梨華ちゃんは恐くなかったりするのかな。
…あ、そうだ。あのこと聞いてないのって残るは梨華ちゃんだけだよね。
そう思って彼女の方を見ると、ちょうどバッチリ目が合った。

「…ん? あいぼん、どうしたの?」

そう言って梨華ちゃんはニッコリ。

「あ、もしかしておなか空いちゃったのかな? うん、ちょうどよかった、
 私、今日ヤキ…」
「え……あ、いや大丈夫! 今おなか減ってないからまた後で…!」
「そう…?」
 
167 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時55分34秒

危なかった…。紙袋の中につっこんだ彼女の手には確かにあの、
こげ茶色の麺が入ったパックが…。

前に作ってきてくれたヤキソバを「トイレ臭い」なんて言っちゃってから
梨華ちゃん、二日に一度はヤキソバ作って持ってくるんだよねえ。
「今度は大丈夫!大丈夫だから!」とか言って。
実際、もう芳香剤の匂いなんてそんなに気になんないんだけど(でもまだ、
ほんのちょっとする。 この香りは梨華ちゃん家のデフォルトだからしょうがないのかも)
1日置きに食べさせられたらそりゃあさすがに飽きるってもの。
もし彼女があしながおばさんだったりしたら……開いたわたしのバッグの中には
チョコレートじゃなくて梨華ちゃん特製ヤキソバ……
うぅ、考えただけでも恐ろしい…

「…ねぇ、本当に遠慮しなくていいんだよ? おいしいよ〜?」
「えっ…?」

…気がついたら目の前にヤキソバを差し出す梨華ちゃんの姿があった。
こういうのを「一瞬の油断が命取り」というのかもしれない。
 
168 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時56分07秒

「い…いや、ホント、今ちょっとおなかいっぱいだから…うん…」
「もーう、そんなこと言ってちゃ大きくなれないぞっ、ほら〜」

だからいいって言ってるのに……
それに大きくなんなくったっていいもん。ミニモニだからいいんだもん。

どうやってヤキソバの宴への誘いを断ろうかと四苦八苦してるところに
ちょうどののが帰ってきた。相当走ったのだろうか、まだ肩で息をしている。
わたしは天の助けと言わんばかりにのののところへ駆け寄った。

「あっ、のの、だいじょぶだった? 飯田さんはどうしたの?」
「いやぁ〜、なんとか撒いてきたよ〜」
「そっかぁ」

さすがはジェリー、逃げ足も速い。
でも、息があがるほど走ったということは……飯田さんもあの姿のまま
スタジオ中を走り回ったわけで……スタッフさん達、ビビリまくりだったんじゃ
ないのかなぁ……

ま、いっか。
 
169 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時56分58秒

「ねえののちゃ〜ん? 走ったらおなか空いちゃったよね?ね?ねっ?
 …あら、こんなところにヤキソバが! ちょうどよかったぁ、よ〜し、
 今から私とあいぼんとののちゃんの3人で『パクッ♪ ヤキソバパーティ』を…」

いつの間に…!
ていうか梨華ちゃん…そこまでして食べさせたいんだ……
しかもそのパーティにはわたしも参加することになってるんだね…
ちゃんとヤキソバも3人分用意してあるしね………いや、まだあの紙袋が
膨らんでるとこ見ると3人分どころかメンバー全員分…?
むしろ目の前に居る今まで梨華ちゃんだと思っていた人物はオプション、
もしくはアクセサリーで、実はヤキソバの方が石川梨華本体…?

…なんて訳の分からない方向に考えがいっちゃってたんだけど、

「いや、いらない」

ののの一言でハッと我に帰った。

「え〜? そんなこと言わずにさぁ…」
「いや、いらない」

のの…! なんて頼もしい…!
わたしだったらそこまでストレートには言えないよ…
 
170 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時57分49秒

「えぇ〜…ホントにぃ…?」
「うん、いらない」
「もぅ〜…ののちゃんの、い・け・ずぅ」

上目使いで口を尖らしながら、ののの胸の辺りをツンツンと指で突っついている。
梨華ちゃん、そんな仕草、どこで覚えてきたの?

そうして、ちょっとの間2人は「いるよ」「いらないよ」で
押し問答を繰り広げてたんだけど、ちょうどそこにスタッフさんの、
「ミニモニさん、移動でーす」
という声がかかった。
これからミニモニだけ別の場所での仕事があるからバスで移動なのである。
やっと解放された、という気持ちで部屋のドアを開けようとしたんだけど、
でもそのとき。
わたしの肩に、ポン…と誰かの手が載せられた。
振り向くと、梨華ちゃんがニッコリ笑って

「あいぼん、タンポポの仕事のときにまた作ってくるからね。
 …今度は一緒に食べようね?」

メンバーでも1,2を争うほど華奢な梨華ちゃんの手が、何故か
そのときはまるで鉤ヅメのごとく肩に食い込んできてるような気がして、
わたしはただ、うん、うん、と頷くことしかできなかった。

…なんだか背中に十字架を背負った気分だ。
 
171 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時58分25秒

…まあ、ヤキソバのことはまた後で考えることにしよう。
明日は明日の風が吹くっていうしね。
レッツ・ポジティブシンキング。

少し遅れてバスへと乗りこむ。
矢口さんとミカちゃんはすでに座席で待っていた。

次の場所までたいした距離ではないけれど、
バスにゆられてほんのちょっぴり遠足気分。
そしてやっぱり遠足にはおやつが付きものというわけで
早速チョコを取り出した。
パーティサイズの大きな袋は1人で食べるには量が多いし
みんなで食べた方がおいしいに決まってる。
包みの中のほんの小さな幸せを他の人にもおすそわけ。
 
172 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)03時59分20秒

「ん〜! おいし〜い!」

頬っぺたをおさえながら笑顔になるのの。
ののはおやつのときが一番幸せそう。
「私とチョコとどっちが大事なの?」なんて野暮なセリフは
言わないけれど、それでも少しだけその口元にヤキモチを焼く。

「…あいぼん、どしたの?」
「へっ? あ、いや、何でも無い」

気がついたらののの顔をジッと見つめていた。
これでは、まるで飯田さんだ。
ちょっと慌てて視線をそらすと、ののを挟んで反対隣りに座ってる
矢口さんの姿が目に入った。
 
173 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時00分02秒

「…あれ? 矢口さんは食べないんですかぁ?」
「あー、あたしいらない。肌荒れの原因になるし」
「え〜? そんなこと言わずに食べましょうよ〜。ほら、おいしいですよ〜?」
「いや、だからいいって。それよりアンタ達、あんまりお菓子ばっか食ってると
 また太るよ?」
「うっ…」
「じゃ、じゃあ矢口さんもその仲間に入りましょうよ…」
「ったく、しつこいな〜!」
「うぅ……」

そのとき、体型のことを言われて苦しくなってきたわたし達に、
ミカちゃんが助け船を出してくれた。

「矢口サン! 肌荒れが恐くてチョコやナッツが食べれマスカ!?
 それに矢口サンは焼き肉大好きでショウ? 狂牛病が恐くて
 焼き肉食べるのやめマスカ!?」
「…い、いや、それは…何か違うような気もするけど……まあそんなに言うなら……
 1個だけだよ…?」

ミカちゃんのこの時期微妙な説得にさすがの矢口さんも折れたみたい。
しょうがないな、という表情で袋の中に手を伸ばす。

「……あ、結構おいしい」

もう一度、袋の中に矢口さんの手が伸びた。
 
174 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時00分43秒

結局、次の場所に移動するまでの短い時間に
袋の中身は全部無くなっちゃってた。
あんなにいっぱいあったチョコレートも4人で食べると早い早い。


収録の現場。
のののボケはいつもよりはじけてるような
矢口さんのつっこみはいつもより冴え渡ってるような
ミカちゃんの笑顔もいつもより輝いているような、
そんな気がした。
これもきっとチョコのおかげかもしれないね。
もちろんわたしだって他の3人に負けてない。
 
175 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時01分27秒

大変だと思ってたレコーディング後のテレビの収録も
あっという間に終わっちゃって、本日のお仕事はこれにて終了。
この後ラジオの仕事があるという矢口さんと、ココナッツ娘の
仕事があるというミカちゃんにさよならの挨拶をする。
ちょっとして、お迎えの車もやってきた。
さよならの代わりに「辻ちゃんです!」のポーズをするのの。
わたしも窓の向こうに「加護ちゃんです!」で今日はお別れまた明日。


車に揺られて、窓の外の景色を眺めて、
今日の晩ご飯のこととかを考えながら家路につく。

それで、お家に帰って、玄関で脱いだ靴を揃えてるところまでは
「明日こそあしながおばさんを見つけて、きちんとお礼も言ってみせるぞ」
なあんて意気込んでいたんだけど。けれどそのあと
ご飯を食べて、お風呂に入って、大好きなぬいぐるみと一緒にお布団にもぐりこんで。
そして夢の世界でくまのプーさんとハチミツ探しに夢中になってる頃には
あのことなんてやっぱり忘れちゃってた。



あしながおばさんを再び思い出したのはそれからさらに1週間後のこと。
 
 
 
176 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時01分57秒
 
 
177 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時02分47秒

今日もテレビのお仕事。
収録前に一通り台本に目を通し、飯田さんの「じゃ、今日も1日がんばろうねー」
という声を聞いて、スタジオに入る。
そしてADさんの掛け声とともに収録がスタートした。
そこまではいつも通りだったんだけど。

けれど、そこからがダメだった。

ライブのときは全然声が出なくって。
トークのときは全然言葉が出なくって。
わたしのために同じところを、何度も、何度も、撮り直し。

初めのうちは照れ笑いとかしてごまかしてたけど、
何回も失敗を重ねるうちにそれもできなくなってった。

カメラを前にして浮かんでくるのは
「昨日の夜からトークのときはあのことをしゃべろうって決めてたはずなのに」
「歌のときはあそこの部分を特に気をつけようって練習してたはずなのに」
「朝、家を出るとき、ちゃんと今日もがんばってくるよ、って約束したはずなのに」
そんな、台本に無いフレーズばっかりで。
収録は全然進まず、ただただ時間だけが過ぎてゆく。
 
178 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時03分28秒

そして何度目かの撮り直しが終わったとき。

「…じゃあ、いったん休憩とりまーす」

その声で収録が中断された。

みんなそれぞれに休憩をとっている。
けれどわたしは、気まずい気持ちでいっぱいで、申し訳無い気持ちでいっぱいで、
ずっとイスに座ったまま顔を上げることが出来なかった。
そのとき。

「…ちょっと加護、こっちおいで」

飯田さんに呼びかけられた。
何を言われるかはもうわかっている。
わたしはおずおずと立ちあがって呼ばれた方に向かった。
 
179 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時04分05秒

わたしの目をジッと見つめて、飯田さんが口を開いた。

「…あのさ、今日、どうしたの?」

そんなのわたしだってわかんないよ。今日だっていつも通りに……

「台本はもう渡してあったでしょ? 読んでなかったの?」

そんなことない、昨日から何度も目を通してた……

「また遊び気分でやってたんじゃないの?」

そんなことない……そんなことない………

飯田さんが言ってることはわかってる。
わたしが悪いんだってこともわかってる。
でも、それでもなぜだか悔しさはどんどんこみ上げてきて。

「………………いい? わかった? ……ねぇ、聞いてる?」

お説教の最後の方は、すでに耳には入ってなかった。
頭の中では、「わたしだってがんばってるのに」
その一小節だけが、ぐるぐる、ぐるぐる、回ってて。
飯田さんの言葉を受け入れる余裕なんて、もう全然無くなってたんだ。

「……ちょっ…加護、どこ行くの? アンタ…!」

今の飯田さんの顔を見てられなくて。今の自分の顔も見せたくなくて。
気がつくと、スッと反対の方向を振りかえってスタジオの出口へと走っていた。
最後まで涙を見せなかったのは、きっと、わたしの、最後のつよがり。
 
180 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時04分50秒

スタジオの扉を抜け、廊下に出たところで走る速度を緩めてく。
もしかしたら、そのときわたしの気持ちも一緒に緩んしまってたのかもしれない。

うしろから足音が追いかけてきた。

飯田さんが怒って追いかけてきたのかな。またお説教の続きが始まるのかな。
そう思いながら今来た方向へと振りかえる。

「……ねえ、待って…」

追いかけてきたのは飯田さんじゃなくて、ののだった。

「……あのさ、ほら…まだ収録あるし……」
「…………」
「…今度はうまくいくかもしれないしさ……」
「…………」
「……だから」
「…………ののはいいよね」
「えっ…?」
 
181 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時05分36秒

「………ののは……いつだってみんなから可愛がられてて……」
「……」
「……いくら失敗したって、てへてへ笑って許されて…」
「……そんな……」
「…同じうまくできたのだって、ののの方が誉められて」
「そんなこと……」

わたしは何を言ってるんだろう?
これじゃあ八つ当たり以外の何者でもない。
こんなこと、言うつもりじゃなかったのに。
こんなこと、言いたくもなかったのに。
それでも自分の意思とは反対に、口からはどんどんいやな言葉が吐き出されてゆく。
そしてそれは一度飛び出したら、もうずっと遠くに飛んでって。
どれだけ走って追いかけたとしても、どれだけ手を伸ばしたとしても、
もう元の口の中へは戻すことができない。

「……うちだって…うちだってこれでも一所懸命がんばってんねん…」
「…それは…わかって…」
「……ののにうちの気持ちがわかるんか!? わかるはずないやろ!?」
「……っ…!」
「ののの顔なんて、もう見たぁないッ!!」

ほとんど叫び声に近くなっていた言葉を切って、
また廊下の向こうへ、ののとは反対の方向へ、走った。
 
182 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時06分20秒

どこまでも続いているような廊下を走りながら、思った。

あのときわたしは一体どんな顔をして、あんな言葉を吐いてたのだろう。
最後に視界の隅に映ったののの顔は、今まで見たことのない
とっても、とっても、悲しそうな顔をしていた。
きっとわたしは、今までしたことのないほど、醜い顔をしていたんだろうね。

でもね――

そう、本当は羨ましかったんだ。
同じときにモーニング娘。に入って、同じ時間がんばってきたなかでも、
みんなより自由に伸び伸びやれてるようなのののことが、
ただそこに居るだけで、みんなの気持ちを和ませれてるようなのののことが、

ずっと、ずっと、羨ましかったんだ。
 
 
183 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時07分07秒

どれだけ走ったかわからないほど走って。
そして、誰も人がいない廊下のところまで来て、
そこに置いてある硬いベンチに、座った。

ふと、腕時計を見る。
もうとっくに休憩時間も終わってる頃だろう。
けれど、今更スタジオには戻れない。

収録、さぼることになっちゃうかなあ。
それとも、あそこでストップしたままになってるのかなあ。
そんなことを考えながら、下の方を見つめてた。
 
184 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時07分50秒
 
185 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時08分30秒


「…………ん…」

そうやって、ずっと考えごとをしてるうちに
いつのまにかウトウトしちゃってたみたい。
気がついたら窓の外から差しこむ真っ赤な夕日が
わたしの顔を照らしてた。

「…結局…さぼっちゃった」

どうしよう。みんな怒ってるだろうなあ……
明日からのことを考えたらちょっと涙がこぼれそうになったけど、
また、グッとこらえて目をこする。

「……あれ?」
腕を上げて気がついた。
わたしの背中にかけられてたのは、1枚のカーディガン。
どっかで見たことがあるような気がするんだけど…
でも、誰のものか思い出せない。
 
186 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時09分21秒

「とりあえず…荷物……」

本当は、すごく楽屋には戻り辛かったけど……でもあそこにはバッグとか
置きっぱなしにしたまんまだし、そのまま帰ることはできない。
もしみんなと顔合わせちゃったりしたらどうしよう、って考えると
少し足が震えたけど、背にかけられていたカーディガンを胸のところで
ギュッと握って、歩き出した。

だんだんと楽屋の入り口が見えてくる。

「………開いてる……」

少しだけ開いてる楽屋のドア。
誰か居るのかなって思ってその隙間から中をこっそり覗いてみた。


そのとき…見てしまったんだ。

あしながおばさんの正体を。
 
 
187 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時10分11秒

中に1人だけ居たその人は、わたしのバッグのところでなんかゴソゴソ。
それが済むと、周りをキョロキョロしながら、まるで忍者みたいに
壁づたいにドアの方に向かってきて…
わたしも何故か、みつかっちゃいけないような気がして
急いで廊下の角のところまで走った。

その人がわたしとは逆の方向に去っていったのを確認した後、
楽屋の中に入る。
部屋の中はもう他の人の荷物とかほとんど残ってなくて、
そういえば今日はみんな早い時間で仕事が終わりだってことを思い出した。
とりあえず、自分のバッグのところに行って、それを開いてみる。
 
188 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時10分55秒

中に入っていたのは、1箱のビスケットと…1枚の手紙。
ビスケットの箱には、子どもの顔と、『つよいこになる』って
文字がプリントされていた。ちょっとだけその箱を見つめたあと
中の2パックのうちの1つを開き、一口、口の中に入れて、
そして手紙の方も開いて読んでみる。


「……あいぼんが……いつも頑張ってるのはみんな……知って…………
 ………リーダーもきっと……………」
声に出して読んでたけど……けれど、もう途中で言葉にならなくなっていた。


瞳に映ったその暖かい優しさに、
口の中にふわりと溶けたそのやわらかな優しさに、
さっきまで頑なになっていた心は春の日差しに照らされたように
ゆっくりと、ゆっくりと、溶けていって。
さっきまで必死にがまんしていた涙は、まるで雪解け水のように
どんどん目から溢れてきて。
そして涙は手紙の最後のとこに描かれていた、
ちょっとだけ不恰好な、体と手足が細い線になってる猫の上に
ポツリと落ちて、その絵をちょっとだけ滲ませた。
 
189 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時11分41秒

わたしって現金だ。

たった1枚の手紙に、たった1枚のビスケットに、
こんなにも、こんなにも、心は満たされて――――
 
 
190 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時12分12秒
 
191 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時12分50秒

何度か手紙を読み返し、そして何個目かのビスケットを
口に含んだとき、ののの顔が目に浮かんだ。

いつもだったらわたしの隣りにはののがいて。
いつもだったらわたしの隣りで一緒にお菓子を食べていて。
でも今、隣りにあるのはガランとした寂しげな空間だけ。

なんてことを言ってしまったんだろう。
なんて酷いことを言ってしまったんだろう。
ののに謝らなきゃ。
電話なんかじゃなくて、直接会って謝らなきゃ。
もしかしたらもう帰っちゃったかもしれないけど、
そしたら、ののの家まで行ってでも――

まだ流れていた涙をグシグシと手でこすって、
楽屋の出口へと走った。

そのとき。
 
192 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時13分39秒

ちょうどドアを開けたところで、誰かと思いっきりぶつかった。

「…いったーーー…い……」

「……のの…?」
「あ…あいぼん……よかった、まだ帰ってなかったんだ」
「のの……ごめん、わたし……」
「あ…ちょっと……」
「ごめん、本当にごめんなさいっ……わたし……ののに酷いこと……」
「あ、いや…そんな……全然怒ってないよ……」

ちゃんと謝りたいのに。ちゃんと謝らなきゃなんないのに。
さっきまで流れてた涙がまたいっぱい溢れてきて、うまくしゃべることができない。

「…ほら、もう泣くのやめて……なんか子どもみたいだよ」
「…子どもだもん、まだ、ののよりいっこだけ子どもだもんっ…」
「んー……困ったなあ……」
「だって……だって……」
「えーとほら……あれだよ、泣き虫キャラはのののものだからぁ…
 あいぼんが取っちゃったらだめだよー」
「でもっ……」

いくらそう言われても、涙を止めることができなかった。
 
193 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時14分15秒

「…ん〜…どうしよ…………ん? …あっ、お菓子発見! さてはあいぼん、
 一人占めしようとしてたな〜?」
「へっ…?」

「いえ〜い! これ、も〜らいっ!」
ののが、バッグのとこまで行って、開いたままになっていた
ビスケットの箱を頭の上に持ち上げる。

「あ、こっちにも食べかけみっけ! あいぼんがいらないんならこれも
 食べちゃおっかな〜」
「もう…ののってば〜…」
「へへへ〜」
 
194 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時14分52秒

わたしもやっと涙を流すのをやめて。
そしてののと一緒に、残りのビスケットを食べた。

「いやー、でも久しぶりにあいぼんの生の関西弁聞けたなー」
「あ、それは…」
「中澤さんとはなかなか会えなくなっちゃったしー、今度
 関西弁が聞きたくなったらあいぼんを怒らせてみよっかな〜」
「なんでやねん!」

そう言って、普通につっこむ代わりに、のののおなかをぷにってつかんだ。

「あ〜! やったな〜!? あいぼんだって人のこと言えないだろ〜」

わたしも同じようにおなかをつかまれる。
その後はもう2人しておなかの肉をつかみ合ったり、
顔をぐりぐりってやり合ったり、そして、思いっきり笑い合ったり。

しばらくして、もう外の世界が夕焼けの赤色から夜の紺色に変わったころ、
ののと手をつないで楽屋を出た。
 
195 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時15分33秒

2人で廊下を歩いていると、ちょうど前から歩いてきた保田さんと会った。

「保田さん…」
「お、2人とも、今帰り?」
「あ、はい…」
「そっか。あたしもちょうど今仕事が終わったところなんだけどね」

ウソばっかり。本当は保田さんは今日とっくに仕事が終わったこと
知ってるのだ。でもそのことは口には出さない。

そういえば、片手に抱えてたカーディガンのこと、思い出した。
ちゃんと返さなきゃ。

「…そだ、これ…ありがとうございま…」
「…は? なにそれ、加護も年寄りくさい趣味の服持ってるねえ」
「え……いや、これ…やす…」
「まあ、まだまだ夏だっつっても夜は冷えるから…風邪ひかないように
 ちゃんと着て帰んなさいよ?」
「あ…」
 
196 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時16分10秒

「んじゃ、明日も仕事だから、2人とも遅刻すんじゃないわよ?」
「あ…はい…」
「は〜い」

ののと2人で返事をすると、保田さんは「ん」って頷いて、わたし達の頭を
ポンポン、ってやると、また歩き出した。
一瞬ぼーっとしてたんだけど、ふと我に返り保田さんのとこへと走る。

「…ん? なに?」
「あっあのっ…ありがとうございました」
「はぁ? あたしゃアンタに礼を言われることなんてなんもしてないよ?」
「え…でも…」
「それじゃ、あたしは人待たせてるから。また明日ね」

そう言って振り返らずに手を振りながら、
また保田さんはわたしから離れてゆく。
廊下の向こうを見ると、安倍さんが壁によりかかっていた。
 
197 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時16分45秒

安倍さんが保田さんに気付き、その後わたしにも
気付くと、こっちに軽く手を振ってニコッて笑った。
わたしも手を振って、のののところに戻る。

「ねぇ、どうしたの? なんか話してたみたいだけど」
「ん〜、なんでもない」
「ふ〜ん」

ちょっと不思議そうに聞くののに、あいまいに答えた。
もう一度向こうを見ると、保田さんと安倍さんも
なんだか楽しそうに話をしてる。
きっと待たせてる人って安倍さんだったんだね、
そう思って、もう1回、今度は大きく手を振った。
ののも安倍さんに気付いて手を振りながら、
ちょっと、いや、かなり大きな声で2人に呼びかけた。

「保田さんも〜、安倍さんも〜、ご達者で〜!」

…向こうの2人が思いっきりコケた。
のの…その言い方はある意味、かなり失礼だよ……。
 
198 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時17分40秒

建物の外に出て、お迎えが来るまでの帰り道。
もう外はすっかり暗くなっていて、ちょっと冷たい風が
吹いていたけど、ずっと繋いでいたののの手と、
ちゃんと羽織ったカーディガンと、そして何より
ふところにしっかりしまってある手紙のおかげで
ぜんぜん寒いことなんてなかった。

他愛もない話をしながらてくてく道を歩いてるうちに、
前の方からお迎えの車がやってくる。
 
199 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時18分17秒

「じゃ…また明日…ね…」
「うん、それじゃ…」
「あ……のの、今日はありが…」

最後にののにもありがとうを言おうと思ったんだけど…
でも、それを言い終えないうちに、ののにチュッてされてしまった。

「ちょ、ちょちょちょちょっとののっ…!」
「へっへっへー、これ、中澤さんに教わったんだよね〜。
 辻、唇を奪うときは相手が油断してるうちにブチュッてするねん!
 相手に隙を与えたらアカンで!ってね〜」
「だだ、だからって…!」
「てゆっか、私も前にこれでやられっちゃって悔しかったからぁ
 あいぼんにもやってみたんだけど、どうよ?」
「い、いや、どうよ言われても…」
「うわ、あいぼん顔真っ赤! キャワウィーッ!」
「そっ、そんなことあらへんわっ!」
「それじゃ、まったね〜!」
「ま、まったね〜って…」

そう言うと、ののは向こうの方に走っていってしまった。

「くっ…この恨みはいつか新メンにでも……」
 
 
200 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時19分06秒


なんか熱くなっている顔をパンパンッて叩いて車の中に入る。


車に揺られて、今日のこと、のののこと、それに、
あしながおばさんのことを考えながら窓の外を眺めていた。


そんな考え事をしているうちに、お家に到着する。
ただいまを言って、玄関のドアをくぐって、ちゃんと靴をそろえ、
部屋に戻って普段着に着替えをする。

おばあちゃんに今日のことをお話して。いっぱいいっぱいお話して。
お話をしながら、ごはんを食べて。
そのあと、お風呂に入って、枕元にきちんとたたんだカーディガンを置いて。
もう一度だけ手紙を読み返したあと、お布団にもぐりこんだ。

そして――



今夜見るのは、きっと、あの人の夢。
 
 
 
201 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時19分54秒

  ◇  ◇  ◇
 
202 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時20分36秒

いつもの楽屋。
みんな出番がくるまで、話をしたりお菓子を食べたり
それぞれに好きなことをしている。
その横をチラッと見ると、やっぱり今日も本を読んでいた。

あの時以来、わたし達の間では手紙のやりとりが続いている。
いくらお礼を言おうと思っても全然知らん振りするから、
わたしも手紙にありがとうを書いて、あの人のバッグのところに
置いてみたのだ。そしたらそれに返事が返ってきて、わたしもまた
返事を書いて…という具合。

いつも近くにいるのに、そんなことするのはおかしく見えるかもしれないけど…
けれどそのおかげで、あの人の意外な一面とか、いろいろ知ることができた。

今日ももちろん手紙を書いてきている。でも……
たまには直接お話してみるのもいいかな。
 
203 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時21分42秒

「保田さ〜ん」
「…あ? 何よアンタ……ちょ、ちょっと何いきなり腕にぶら下がって……」
「えへへ〜」
「いや、だから暑苦しいって…」

それを見たののも、真似してもう片方の腕にぶら下がる。

「だーかーらっ! アンタ達は何をしてるんだって!」
「いいじゃないですか〜」
「よくないっつーの! 重ッ! 腕、めっちゃ重ッ!」
「へへ〜」

「あ〜ら圭ちゃん、モテモテで羨ましいこと〜」
それを見ていた後藤さんが茶化す。
安倍さんは何も言わず、ただニコニコしている。

「全然羨ましいことあるかっての! こらっ、2人ともっ!
 …あーもう! 肩痛いから早く離れなさいって!」
「う〜わ〜、圭ちゃん、もう四十肩〜? おばさんくさぁ〜」
「お圭さん、寄る年波には勝てませんなぁ」

よっすぃーもそれに混ざってきて保田さんを囃したてる。

「だっ、誰がおばさんだっていうのよッ! あたしゃまだ二十歳で…」
「いんや〜、圭ちゃんはもうおばさんでしょ〜」
「な、なっつぁんまで! アンタ、現時点ではまだアタシと同い年なのよ!?」
「でもねぇ〜」
 
204 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時22分24秒

「ホント、アタシはまだおばさんなんて言われるような年じゃ…」
「……」

うん、知ってるよ。
保田さんはまだまだそんな年じゃない。

「保田さんはおばさんじゃありませんっ!」
「お、加護! よくぞ言ってくれたッ!」

保田さん、実は結構少女趣味なところがあったり、
すっごい涙もろかったりするところがあるのも知ってるよ。
でもね。

「お、加護ちゃんは違うんだ〜」
「そうですよ。保田さんはおばさんじゃなくてですねぇ…」
「おばさんじゃなくて?」
「ほら、加護、言ってやんなさい、アタシはお姉…」
「保田さんはぁ……おばちゃんなんですっ!」
「なッ!」

保田さんは、すっごく頼り甲斐があって、実はすっごく優しくて、
それで、すっごく暖かくて、でもちょっぴり正直じゃないとことかあって…そして…

「ちょっとアンタ、おばさんもおばちゃんも全然変わりがな…」
「いいんですっ! 保田さんはわたしのおばちゃんなんですっ!」
「ちょっ……もう……」


そう。素敵な、素敵な、わたしのあしながおばちゃん。
 
 
205 名前:わたしのあしながおばさん 投稿日:2002年01月17日(木)04時23分00秒

      ― fin ―
 
206 名前:_ 投稿日:2002年01月17日(木)04時23分36秒
 
207 名前:_ 投稿日:2002年01月17日(木)04時24分10秒
 
208 名前:木多娘。 投稿日:2002年01月17日(木)04時25分43秒

第3話終了。
 
209 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月17日(木)04時50分27秒
ほのぼのとしたいい話、うまいなぁ。
210 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月17日(木)04時50分38秒
いや、良かったです。素直に。
あったかい気持ちになりました。
211 名前:木多娘。 投稿日:2002年01月19日(土)03時19分51秒
>>209 名無し読者さん
あまり盛り上がりとか無い話でしたが最後まで
読んでいただいてありがとうございます。

>>210 名無し読者さん
そう言っていただけると嬉しいです。
「ただでさえ外が寒いのに、お前のせいでますます寒くなった」とか
言われたらどうしようかと思ってました(w


それでは、遅筆のためいつになるかわかりませんが、
次の話を書いたとき、よろしければまたお付き合いください。 
212 名前:ギャンタンク 投稿日:2002年01月23日(水)20時39分38秒
ほんとにほのぼのしてて、よかったです。
なっちと圭ちゃんの関係もほのぼの全開でいいです。
次回作にも期待してます。のんびり待ってます。
213 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月28日(月)11時40分50秒
「わたしのあしながおばさん」読ませて頂きましたー。
この頬を伝うものは涙?ひぐっ・・ちーんっ やば。てっしゅてっしゅ・・・
まさにこんな感じで。私も思いっきりおばちゃんやん(w

じーんとしました・・・ほのぼのの中にもぴりりと光る笑い在りで、(w
読後にこんなに暖かい気持ちになったのは初めてです!ありがとうございました
木多娘。さんのファンになっちゃいました!これからも頑張って下さい♪
214 名前:木多娘。 投稿日:2002年02月16日(土)00時13分55秒

>212 ギャンタンクさん
ありがとうございます。実はその辺に気付いてくれるとちょと嬉しい、
とか言ってみたり。
>213
あまりたいしたものではありませんでしたが、楽しんでいただけたなら幸いです。
ありがとうございます。


ということで、レスだけってのもあれなんで、ちょっと前に書いてボツにした話なんですが、
それでもよろしければ。
ちゃんとした第4話は、またあとで載せるっす。今回のは番外編というか、そんな感じで。

んでは、どぞ。
 
215 名前:木多娘。 投稿日:2002年02月16日(土)00時16分27秒

     『ブラック・ヤッスー』
 
216 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時17分47秒

カツン、カツン、カツン、カツン……

 とある街の隅っこに建っている、もう誰も住んではいないだろうと
思われるボロマンション。その一室へ向けて複数の足音が近づいていた。

「……ここでいいんだな?」
そのうちのスラリと背の高く、スーツに身を包んだ女が口を開く。

「ああ、確かに」
隣りに立っている、初めに言葉を発した女とは正反対の小柄な女が
それに応えた。しかし、その口が閉じる前に背の高い女はやや乱暴な、
お世辞にも丁寧とはいえない調子でドアをノックしていた。

「……開いてるよ」

一拍間をおいて、ドアの内側からけだるそうな声が返ってきた。
 
217 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時18分49秒

「どちらさんで?」

部屋の主が先程と変わらない低いトーンで
急な訪問者に問い掛ける。
年の頃は二十代から三十代、若いとも老けてるとも
見ることができるその顔には、しかし間違っても
歓迎という言葉とは無縁の表情が浮かんでいた。

「アンタがヤッスー?」
背の高い女が口を開く。
「…そう呼ばれることもあるね」
ヤッスーと呼ばれたその女は、フン、と軽く鼻で溜め息をつき、
面倒臭そうに答えた。

「…で、お宅らはどこのどなた様で、ここに何の用があっていらっしゃったんで?」
「ああ、これは失礼した。我々はアップフロントエージェンシー…まあアンタも
 知ってるだろう、そこの者でね、今日は仕事の依頼をしに来たわけだ。
 …どうぞ、入って」

背の高い女が外へ声をかけると、おどおどとした様子で
一人の少女――いや、少女の殻を脱皮しかけていると言った方が
いいだろうか――が部屋の中へと入ってきた。
 
218 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時20分44秒

背の高い女が、少女の肩に軽く手を回し、話を続ける。

「彼女…石川梨華といってね、今うちで売りだし中のアイドルなんだ。
 アンタもテレビで見たことがあるだろう?」
「…さあ? 知らないね」
「…ふん、まあいいわ。それで、今度のシングル発売と同時に武道館で
 コンサートをやってブレイクさせようと会社の方が企てたわけなんだけど…
 なんせ彼女、生来の上がり症でねえ。心の病気というかなんというか…
 ステージに立つと声が出せないようになっちまったわけだ。
 …で、聞くところによるとアンタ、どんな声でもまったく本人と聞き分けが
 つかないほどに唄えるそうじゃないか。そんなわけで、上の命令で
 アンタに仕事を依頼しに来たというわけ」

「…それはアタシに、その娘の代わりに歌を唄えということかい?」
梨華の顔を一度、ジロリと睨み、ヤッスーが言った。
その視線を受けた梨華はビクッと肩を震わせ、やや下の方へ目を向ける。
 
219 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時21分26秒

「察しがいいね。その通り、アンタにコンサート当日、彼女の代わりに
 裏のマイクから唄ってもらいたい。…まああたしはわざわざアンタに
 頼まなくても、CDに合わせて口パクをやりゃあいいだろうとも思うんだけど…
 社長だかプロデューサーだかが、それじゃあライブの臨場感は出せないとか
 言い出してねぇ」

「おことわり」
ヤッスーは背の高い女を一瞥し、もう一度軽い溜め息をつくと、
一言だけ言った。

「へぇ? なんでまた?」
「あたしゃチャラチャラしたアイドルの歌なんてこれっぽっちも
 興味が無いし、そんなのに割く時間も勿体無いからね」
「ふーん…ま、そう言うと思ってたけどね」

背の高い女は口元に余裕の笑みを浮かべると、隣りに立っていた
小柄な女に目配せをした。それを受けた女は1つ頷くと、
部屋から出て行き、数分後、もう一人の少女を連れて戻ってきた。

「ちょ…ののッ! なんで…!」

面倒そうに手元のコップを弄んでいたヤッスーの目がそれを見て一変した。
 
220 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時22分04秒

連れてこられたのは、ヤッスーと2人でこのボロマンションに住んでいる、
少女だった。孤独を愛し、めったに人を寄せ付けないヤッスーが何故
この「のの」と呼ばれる少女と一緒に暮らしているのかという話は
また別の機会にしよう。

ヤッスーの姿を見て、またぽろぽろと涙をこぼすのの。
「ひ〜ん……おばちゃんごめんなしゃい……」
「おばちゃん言うなッ!」
「あうぅ……ごめんなしゃいぃ……」

背の高い女がののをチラリと見た。
「この子…いや〜、かわいいねえ。でももし、仕事を引き受けてくれないって
 いうのなら……おい」

その合図を受けると、小柄な女が、のののおなかのポンポンと叩いたり
ぷにぷにとつまんでみたりし始める。

「あぁあぁ〜……やめてくらしゃい、やめてくらしゃい〜……」

「…わ、わかった! 仕事は受ける! だから、だからののには手を出すなッ!!」
「フフ、始めっからそう言えばいいんだよ。 …放してやりな」
 
221 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時22分37秒

「ひ〜ん…こわかったのれすぅ〜……くすん……」
やっと解放されたののが、トテテテと走ってヤッスーの隣りまでくると、
その腕にひっしとしがみつく。
背の高い女はそれを見て、フン、と鼻で笑うとまた口を開いた。

「で、依頼料のことだけど…」
「一億円」
「…高ッ! ちょっと、もう少し安くならないの!?」
「ビタ一文まけるつもりは無いね。それに、次のコンサートは
 そこに居るアイドルの未来を左右するもんなんだろう?
 一億ぐらい安いものじゃないか」

背の高い女が隣りに居る相棒と顔を見合わせる。
そして少し考えた後、腰に手を当て、
「…しょうがない、わかったよ」
大きな溜め息をつき、言った。

「金は今すぐには渡せないから後日振りこむということで…」
「ああ、スイス銀行の方に頼む」
「アンタ、何でそんなとこに口座持ってんのよ…。何? ゴルゴ13の真似?」
「…ほっとけ」
 
222 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時23分16秒

「じゃあ商談成立ってことで…ウチらはこれで失礼するよ。
 …ああ、コンサートはちょうど2週間後だから。それじゃ…」
「……2週間後? …そうか……」
用件を伝え終わると、くるりと背を向け部屋から出ようとする来客達。だが、
「…おい、ちょっと待て」
その背中をヤッスーが呼びとめた。

「…何か?」
「そこの娘…石川梨華だっけ? アンタ、明日からうちに来い」
「えっ…?」
眉を八の字にし、オロオロする梨華と、怪訝な表情になる女大小2人組。

「どうしようっていうんだ?」
小柄な方が訊ねた。

「…仕事はもう私が引き受けたんだ。どのようにそれをこなそうがこっちの勝手だろう?」
「…………」
「それとも何か文句があるとでも?」
「……わかった」
「よし」
 
223 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時24分00秒

今度こそ全ての用件を終え、女達が部屋から出て行こうとする。
背の高い女がドアをくぐろうとしたとき、ののが口を開いた。

「いいらさ〜ん、またおいしいパン焼いてくらさいねぇ〜」
「わかったよ〜。今度は新しいのを作っとくから楽しみにしててね〜」
「いいらさんばいば〜い」
「うん、ののたんばいば〜い」

バタンとドアが閉じられ、部屋の中に沈黙が戻る。
顔がほころんでいるののに、ヤッスーのジト目が向けられた。

「…おい」
「…あっ…えーと……うわぁ〜ん、こわかったれす、こわかったのれすぅ〜…」
「…ポケットから目薬が見えてるよ」
「えっ…!?」

思わず自分のポケットをゴソゴソするのの。

「…ウソ」
ヤッスーが溜め息をつく。
「あ……え、え〜っとぉ……あのぅ……」
「…しょうがない、もう仕事は引き受けちまったんだ…今更断りはしないよ」
「…あー……えへへ……」
「はぁ……」
 
224 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時24分46秒

次の日の朝。

「…お、おはようございま〜す…」
相変わらずオドオドとしながら梨華が訪ねてきた。

「ああ、来たね……それじゃ、始めようか」
「え…? あの…始めるって、何をですか…?」
「決まってるだろ? 特訓だよ、歌の特訓」
「へっ?」
「『へっ?』じゃなくてさ。まだコンサートまでは2週間もあるんだろ?
 だったら充分。今日からコンサート当日まで、みっちり稽古つけてやるから」
「…あ…あの……でも……」
「…それとも何かい? アンタはコンサートさえできればそれで満足?
 大勢のファン前で、ステージに上がって、それでアタシの声に合わせて口パクが
 できりゃあそれで満足するのかい?」
「…そ、そんなこと! ……もちろん、自分の声で…自分の歌を唄いたい…です…。
 …でも……」
「それならよし…じゃあすぐに始めるよ。まずは発声練習でもしとこうかね」
「は、はい…」
 
225 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時25分33秒

その日からヤッスーの猛特訓が始まった。

「リズムが甘い! そんなんでどうするんだ!!」
「お前の声はそれ以上出ないのか? ふざけんな! 死ぬ気で声を張り上げろ!!」
「自分で音程がズレてることに気がつかないの? それでよく歌が唄えるもんだねえ!」

そして今日も、朝から特訓が続けられている。
「…何度同じことを言わせれば気が済むんだ! 本当にやる気があるのか!?」

その言葉に梨華がうつむいた。
「…やっぱり私…ダメです……私なんて……ダメダメなんです……」
「バッカヤロウ!」
「うわぁっ!!」
頬を張り倒され、ズザザと床に転がる梨華。
ヤッスーは梨華に背を向け、近くのテーブルにバン!と手を叩きつける。

ちょうど転がった先にちょこんと座って練習風景を眺めていたののが、
”いる?”と目で言って目薬を差し出した。
梨華も「うん」と頷くと、それを受け取り、2滴、目に差した。
 
226 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時26分08秒

「アタシはねえ、一度引きうけた仕事は必ずやり通すと決めてるんだ!
 例えどんなにお前が弱音を吐こうが…」

そう言って振り向いたヤッスーの目に、涙(目薬)を浮かべている梨華の姿が映った。
「おい…泣いたってアタシは…」
「まぁまぁやすらさん、梨華ちゃんもいっしょうけんめいなんれすから…」
ののが間に入った。梨華もヤッスーに向けて、”だって涙が出ちゃう。女の子だもん”
と、目で訴えかけている。

「チッ……ったくもう……」
「…………」
「というわけれ、あと10回やったらきゅうけいを入れてあげてもいいと思うんれす」
「…しょうがないな……じゃああと10回唄ったら5分間休憩するか……」

(えっ!? あと10回もやるの!? そして休憩はたった5分だけ!?)

今度は本当に涙が出そうになる梨華であった。
 
227 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時26分54秒

その後も、コンサートに向けて特訓が続いた。
どんどん厳しくなってゆくレッスンに、歯を食いしばって耐える梨華。
それでもやはり、その辛さについ泣いてしまうこともある。
その中でも最も涙を流したのは、
「あいたぁ!!」
慌ててタンスの角に足の小指をぶつけてしまったときだった。

連日続くヤッスーのレッスン。時の流れはまるで日めくりカレンダーを
めくってゆくように過ぎていった。いや、実際、ヤッスーの家では
正月に餅屋からサービスで貰った日めくりカレンダーが使用されていた。
毎朝それをめくる係のののは思う。
(これをいっきに10日ぶんくらいガッとめくれたら
 どんなに気持ちのいいことれしょう…)
 
228 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時28分25秒

そしていよいよコンサート前日。
リハーサル代わりである老人ホームの慰問ライブを終えた梨華の肩に
ポン、とヤッスーの手が乗せられた。

「これでもうお前は恐いものは無い…。明日のコンサート、一人で唄うことができるな?」
「はい!!」

気持ちのよい返事に、うんうんと頷くと、ヤッスーは初めて梨華の前で笑顔を見せた。

「……えへへ」
それを見た梨華も、思わず顔をほころばせる。だが、
(…嬉しいけど……でも…その顔、ちょっと恐い…かも)
(やすらさんのえがお……やっぱりこわいのれす……)
そのとき、梨華とののの間で同じ思考がなされていたことは、
きっとヤッスー本人は知る由もないだろう。
 
229 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時29分10秒

コンサート当日。
「念のため」と言われ、舞台の裏にある、スピーカーに通じているマイクの
前へ座らされるヤッスー。その隣りにはやはりちょこん、とののが座っていた。

開始時間が迫る。
大勢の観客と、色とりどりに照らされるステージ。
やがて大歓声とともに舞台の幕が開かれると、そこにはドレスアップした
梨華が一人、立っていた。

静まり返るホール。その静寂を破るように、イントロが流れ出す。
そして、まさに歌が始まろうというそのとき。
梨華の顔が青ざめ、金魚のように口がパクパクと動く。
「…まずい!」
それを見たスタッフが、慌ててヤッスーのところへ走ってきた。

「…梨華が唄えないみたいです! 今マイクのスイッチを入れるんで、お願いします!」
「な…!」
 
230 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時29分45秒

急遽ONにされる目の前のマイク。
ヤッスーは、それを眺め、一瞬何かを考えた風になると、
大きく息を吸いこんだ。

『〜♪オ〜レはジャイア〜ン! ガ〜ッキ大将〜!!』

ただでさえ青くなっていた顔をさらに青くするスタッフ。
予想外の歌声に、ざわつく観客。いや、観客達はそのあまりの酷い声に
全員耳を塞いで身悶えていた。

『〜♪ボゲ〜〜!!』

さらにヤッスーのジャイアンソングが続く。

だがそのとき、歌を聞いていた梨華の表情がハッと我に返った。
 
231 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時30分22秒

「〜♪…お買い物行こう 原宿に♪」

必死な表情になり、自分の歌を唄いだす梨華。
ヤッスーはそれを確認すると、すぐにさっきまでのダミ声をやめて
その後の歌が自然に続くようにハモリのメロディーを唄い、
やはり自然に自分の声をフェードアウトさせていった。

やがて一曲目が終了する。
その歌は、お世辞にも上手いといえるものではなかったが、
梨華の表情には満面の笑顔が浮かんでいた。

その表情を確認するとヤッスーはイスから立ちあがり
ホールの出口へと向かった。

「やすらさん、さいごまで聞かなくていいんれすか?」
「ああ、いいんだよ……もうあの子は大丈夫だから……」
 
232 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時31分16秒

ホールの廊下を歩くヤッスーの下へスタッフが走ってくる。

「おい! や、約束が違うぞ! ほ、報酬は払わないからなっ!」
「フン…」

鼻で一つ笑うと、真っ黒なコートを羽織り、また歩き出す。

舞台への入り口の一つからもう一度梨華の姿が見えた。
その笑顔の中には涙が浮かんでいたが、それが自分の歌を唄いきったことへの
満足感からくるものなのか、ヤッスーへの感謝の念からくるものなのかは
梨華本人以外はわからない。
ただ、目薬ではないということだけは、きっと断言できるだろう。
 
233 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時32分01秒

夕日が真っ赤に空を染めている帰り道。
黒いコートをやや赤く照らされているヤッスーと
ふっくらした頬を真っ赤に照らされているののが家路へとついていた。

「…ん〜…のの、さいごまでききたかったのになぁ…」
「…ま、いいじゃないか…一曲聴けたんだからさ……
 …ん? のの、その袋…どうしたんだ?」
ふと、ヤッスーが、ののの抱えている紙袋に気付いた。

「あ、これ…いいらさんがくれたんれす。あたらしいパンができたからって…
 本当はちゃんとお金をはらいたいんらけど、いいらさん”したっぱ”って
 おしごとしてるらしいから、あまりお金もってないそうなんれす。
 だからこれでカンベンしてね、って」
「…そっか」
 
234 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時32分42秒

いつものボロマンションに戻ってくる。
毎晩の習慣になっている焼酎をロックで煽り、ののを見ると
無邪気にパンをほおばっていた。
その姿を眺め、軽く溜め息をつく。

結局今回も報酬無しか…。ま、もう慣れたけどさ。

ヤッスーの脳裏に、以前ののが子犬を拾ってきたときのことが浮かんだ。
大方、今回も似たような理由で――道端で泣いてでもしていた梨華を
見つけて声をかけ、その話を聞いて同情してしまったのだろう。

別にそれでのののことを恨む気にはならない。
そんな子だからこそ一緒に暮らしているのだから。

「あ、やすらさんもいっしょにたべませんかぁ? これ、おいしいれすよ?」
ヤッスーの視線に気付いたののが、袋の中からパンを取りだし
差し出してくるのの。

「パンなんて酒のつまみにもならないけど……ま、いっか」

パンを受け取り、一口、口にほおばった。
 
235 名前:ブラック・ヤッスー 投稿日:2002年02月16日(土)00時33分34秒

「…!? 何よこれ! な…納豆!? なんでパンの中に納豆なんて入ってるのよ!
 しかも甘ッ! 普通の納豆なのに妙に甘いし!! 砂糖でも混ざってんのか!?」
「え〜? これ、おいしいじゃないれすかぁ。やすらさんはきらいれすか?」
「こんなもん食えるかっつーの!!」
「あっ、もったいない! 食べないんならののにくらさい!」
「……ほらよ」
「やったー! ……ん〜…おいしいれす…なっとうパン、おいしいのれすぅ〜」

「…はぁ〜〜……」

幸せそうにパンを食べ続けるのの。
その光景を見て、もう一度、大きな溜め息をつくヤッスーなのであった。
 
 
236 名前:_ 投稿日:2002年02月16日(土)00時34分32秒
      ◇
237 名前:_ 投稿日:2002年02月16日(土)00時35分08秒

――――

「…これ、本気でやるつもりなんですかぁ?」
目の前の台本から顔を上げ、矢口が言った。

「当ったり前やがな! これはイケルでぇ〜? うひひひひひ…」
向かいのイスに座っていたつんくがはりきって答える。
「はぁ〜…」

「…ちょっとつんくさん! なっちが照明係ってどういうことですか!?」
「ウチやって! ののが拾ってくる子犬の役ってなんやねん!」
安倍と加護がほぼ同時に声をあげた。

「私だって…スタッフその1って……」
吉澤も不満気である。

「いや、案外いいんじゃん?」
そう言ったのは飯田だ。

「ちょっと! 圭織はある意味一番オイシイ役だからいいだろうけどさあ!
 矢口なんて一緒に登場したにも関わらず、やることって言ったら
 一言喋って辻の腹揉んだだけなんだよ!?」
「え〜? でもそこそこ出演してるしぃ〜」
「そんなん納得できないっつーの!」

「ののだって、こんなに『れすれす』言ってないれすよ!」
「…いや、今また言ってるじゃん……」
すかさず矢口がツッコミを入れる。
新メン4人は、観客の1人という役柄だったのだが、さすがにまだ口答えは
できないようだ。
 
238 名前:_ 投稿日:2002年02月16日(土)00時35分59秒

だが、メンバー達の不平不満も全く耳に入ってない様子のつんくは、
「こりゃあホンマにピンチランナーを超える大感動作になるでぇ〜、うひゃひゃひゃ…」
と言い、嬉々として楽屋を出て行った。

「はぁ……まったく、あの人の考えることは……」
矢口がガックリと肩を落とし言葉を吐き出す。
「まあまあ、これはこれで面白そうじゃないですかぁ〜♪」
「…お前が言ったところで説得力のカケラもないよ……」
石川がそれを慰めようとする。だが、矢口には何の慰めにも
ならなかったようだ。

「ねぇ、圭ちゃんだってこんな役……うっ!」
さらに保田にも同意を求めようとした矢口が呻き声を発する。
その視線の先ににあったのは、今までにないくらい深みのある表情を
浮かべる保田の姿だった。



…結局、この企画がどうなったのかというと、つんくがはりきって
企画会議に出したものの、どこかの漫画からパクッたようなタイトル、
しかも5分で考えついたような内容のため、即刻却下されたのであった…。

……しかも保田が主役とあっては……


( ;`.∀´) <ちょっと! 最後の1行は余計よ!!
 
 
239 名前:_ 投稿日:2002年02月16日(土)00時36分30秒

おしまい。
 
240 名前:_ 投稿日:2002年02月16日(土)00時37分02秒
 
241 名前:_ 投稿日:2002年02月16日(土)00時39分04秒
     
242 名前:木多娘。 投稿日:2002年02月16日(土)00時40分27秒
 
いや……なんつーかまあ……

…それじゃ、第4話はまたあとで(いつ書きあがるかわかりませんが)。
 
243 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月19日(火)00時46分29秒
キテタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!

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