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東京娘。

1 名前:だれか 投稿日:2001年08月16日(木)02時51分07秒
2chの方で書いていたのですが、更新ペースとスレッド圧縮の関係でちょっとあっちじゃ続けるの
が難しそうなので、こちらに書かせてもらう事にしました。

過去作です(@あぷろだ)
二分間娘。 http://www.musume2ch.f2s.com/up/files/241.htm
四〇九号室の娘。 http://www.musume2ch.f2s.com/up/files/213.htm
おとまり http://www.musume2ch.f2s.com/up/files/195.htm
2 名前:だれか 投稿日:2001年08月16日(木)02時53分07秒
 午後11時。バイト帰りの私は横断歩道で信号が青になるのを待っていた。ふと見
上げた東京の空は狭い。そのくせスモッグは、街の突き刺すようなネオンを反射し
て不気味に明るくって……。
 信号が青になったのに気づかず少しだけ出遅れた。途端に背中にドンッと誰かの
体がぶつかる。振り向くといぶかしげな表情のサラリーマンが私に一瞥をくれて通
り過ぎた。
3 名前:だれか 投稿日:2001年08月16日(木)02時53分57秒
 いつもどおりの夜だった。私は一つため息をついて歩き出す。
 その時雑踏に混じった違和感。
 ふと――。
 声が聞こえた気がした。いや、声というよりすでに悲鳴に近いような……。
(気のせいか……)
 私がそう思い直し、再び歩き出したその時、
 ――誰か。
 確かにそう聞こえた。どこから聞こえたのか、と周りを見回すが何も変わった様
子はない、道行く人達もその声に気づいた様子はなさそうだったが、私はなんとな
く胸騒ぎがして、人波を掻き分けながら声が聞こえた方へと向かった。
4 名前:だれか 投稿日:2001年08月16日(木)02時55分18秒
 迷いは不思議となかった。人ごみを抜けて、目についた路地へ入る。私がそこで
辺りを見回すと、道の端の植え込みの影に一人の少女が倒れていた。
 彼女は自分の力で立てるような状態ではなく、私が肩を支えて近くの公園まで連
れて行きベンチに座らせた。私は彼女の隣に腰掛け、声を掛けることもせずにじっ
と行き過ぎる人達を見ていた。
5 名前:だれか 投稿日:2001年08月16日(木)02時56分41秒
「あ……りがとう……ございました」
 彼女がうつむいたままやっとそう言ったのはもう時計が12時を回ろうとする頃。
「あ……あぁ。うん」
 私がなんとなく気恥ずかしくてそう答えると、また雑踏の喧騒が二人を包む、し
ばらくの間があった後、さすがにこのままじゃいけないと思い私は彼女に話し掛け
る事にした。
「私は圭、保田圭っていうんだ。あんたは?」
 突然話し掛けられたことにより彼女は驚いたように顔を上げた、その顔色は決し
てよいとは言えなかったが、小さく微笑むと軽く頭を下げて、
「石川……梨華といいます」
 遠慮がちにそう言った。
 それが彼女、梨華との出会いだった。
6 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)06時56分02秒
おかえりなさいまし。
楽しみにしております。
7 名前:だれか 投稿日:2001年08月17日(金)01時53分59秒
 池袋は夜の空気を引きずりながら太陽の光に流されるように朝を迎える。街中の
道路に面したシャッターが上げられる頃、今度は色とりどりの服で着飾った娘達、
親子連れ、老人、外国人など様々な人間が街を染め始める。人種のるつぼ。違う意
味で。
 私はあの日と同じ公園の、噴水に近いベンチに座った。
8 名前:だれか 投稿日:2001年08月17日(金)01時58分06秒
「圭ちゃん、おはよ」
 いつもの様に遠くから手を振ってやってくる天使の笑顔。淡いピンクのキャミソー
ルは羽衣みたい。あ、それは天女か。私は手を振り返す。
「おはよう。石川」
 もう一週間、こんな風に待ち合わせて一日を二人で過ごしていた。ただなんとな
くフラフラと買い物したり、カラオケに行ったり。あれから石川は私の事を「圭ちゃ
ん」と呼ぶようになった。
 そういえばあれからあの出会った日の夜の事は話していない。石川から話してく
る事もなかったし、気にならないわけでもないけど私もあえて聞こうとは思ってな
かった。
 私たちは並んでベンチに座って、いつもの様にくだらない話をした。こないだ行っ
たレストランのパスタ。うちの犬。もしも芸能人になったらどうする?
9 名前:だれか 投稿日:2001年08月17日(金)03時05分57秒
「ねぇ、石川」
「?」
 石川が首を捻る。
「石川って確か高校生でしょ? 学校、行かなくていいの?」
 なんとなくかけた質問に石川はそれまでの明るい表情を、突然曇らせた。
「いや、別にこたえたくないならいいんだけどさ」
「ううん。いいんだけど……」
 石川は少しうつむいて顔を隠すと静かに話し出した。
「私、いじめられてたんだ」
「いじめ?」
「うん、だから今は学校行ってない」
「そっか……ごめんね、余計な事聞いちゃって」
 私は首を振る石川の肩に手を置く。その時、公園の横をサイレンを鳴らしながら
一台のパトカーが通り過ぎた。
10 名前:だれか 投稿日:2001年08月17日(金)03時23分14秒
「最近多いね。パトカー」
 顔を上げながら石川がつぶやく。言われて見ればそんな気がする。ニュースや新
聞を見ないからよく分からないけれど、何か事件でもあったのだろうか……。
 ――でもまぁ、関係ないか。
 無関心な世代。気になるのはそれよりも、
「石川ぁ、お腹すかない? ちょっと私マックでなんか買って来るよ。何にする?」
「あ、私はシェイクだけでいいよ」
「OK。じゃ、ちょっと行ってくるよ」
「ありがと、圭ちゃん」
 そう言って手を振る石川のスタイルを見て、ダイエットしようかとちょっとだけ
思った。
11 名前:だれか 投稿日:2001年08月17日(金)03時42分01秒
>>6 ありがとうございます。頑張ります。

レス大歓迎です。感想でもなんでもいいのでよかったら書いてやって下さい。
12 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月17日(金)21時24分43秒
2chでも読ませてもらってました。こちらでも続き楽しみにしてます。頑張ってください。
13 名前:読んでる人 投稿日:2001年08月20日(月)06時54分55秒
オレも2ちゃんで読んでました。
まだ、2ちゃんで書いていたのをUPしている段階なんですね。
続き楽しみに待ってます。
14 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月28日(火)19時17分46秒
続ききぼ〜ん
15 名前:だれか 投稿日:2001年08月28日(火)19時57分38秒
>>12-14
ありがとうございます。一応今は2chで上げた分を修正して上げているところです。
それでちょっと遅くなりましたが、今夜のテレホに入った辺りにでも続きを上げますね。
16 名前:だれか 投稿日:2001年08月29日(水)02時00分45秒
 私は西口公園から、劇場通りを挟んだ向かいにあるマクドナルドで遅い朝食を買っ
た後、目の前の歩道で車の流れが途切れるのを待っていた。しばらくして、マック
の袋が傾かないように気を付けながら通りに出ようと足を踏み出す。すると、すぐ
近くの角から女が一人飛び出してきた。小柄な背丈に金髪、派手なメイク。いわゆ
るギャル系ってやつで、どちらかと言うと私の苦手なタイプ。
 女は息を切らせながら立ち止まると辺りを見回した。なんとなく嫌な予感。そう
思って私が目を逸らそうとした瞬間、視界の端で女と視線が合った。
「ちょっと待って!」
 まいったな。女は私を呼び止めると、こっちに向かって走りよって来た。その走
りは少し不安定によろけてて、私はその時初めて女が厚底のサンダルを履いている
事に気付いた。あれよりまだ低いのか、身長。
17 名前:だれか 投稿日:2001年08月29日(水)03時12分57秒
「ご、ごめん。はぁ……、お、お願いがあるんだけどぉ……」
 目立つ服装のせいで顔の方に意識がいかなかったけど、かわいいじゃないの、こ
の娘。こんなに化粧なんかしなくてもいいのに……、ってちょっとおばさんくさい
か。
「お願い?」
「こ……これ……」
 そう言って彼女は私に小さな紙袋を手渡した。なんの変哲もない茶の紙袋、中身
は思いの他軽い。
「これ、預かってくれないかなぁ〜?」
 息が上がっているのに、甘えるような表情。そのギャップが少しおかしかった。
「何これ?」
「うん……それだけど」
 そう言いながらしきりに辺りを見回している。何かに追われているように見えた。
「ごめん、今は説明してる時間がないんだ。お願い、預かっててもらえる?」
 そう懇願する彼女の目は必死だった。目は口ほどにものを言う、と言うけど、目
は時に心も映す鏡にもなる。
18 名前:だれか 投稿日:2001年08月29日(水)03時17分33秒
「いいよ」
「ホントに?」
 パッと咲く笑顔。そんな真剣な目で言われたら断れる訳ないでしょ。
「うん……。で、これはどうすればいいの?」
「あぁそうか。……じゃあさ、今日の夜10時にそこに来てもらえるかな?」
 そう言って彼女は西口公園を指差す。私は頷いた。
「ありがと。じゃあ、私行くね。あ、そう言えば名前聞いてなかったな。私は真里っ
ていうんだけど」
「私の名前? 圭だよ」
「圭ちゃんか。じゃ、また後で……」
 そう言って手を振りながら、慌ただしく真里は走り去り、やがて交差点の角を曲
がって消えた。
私はそれを見届けて一つ溜息をつくと、真里に手渡された紙袋を見つめた。
「何だろ……これ」
19 名前:だれか 投稿日:2001年08月29日(水)22時56分57秒
 私が公園に戻ると、ベンチに座る梨華の前に二人組の男達がいて、何やら話し掛
けていた。明らかにナンパ目的。しかし当の梨華と言えばそんな男達に対して別に
迷惑がる様子もなく、「そうですね〜」「そうなんですか〜」などとのん気な対応
をしていた。私は梨華の元に戻りながら呼びかける。
「石川ぁ〜」
「あ、圭ちゃん。おかえりなさ〜い」
 そう言いながら笑顔で手を振る梨華に、男達は驚いたように圭を振り返る。私は
そんな男達を横目で見やりつつ、満面の笑みを浮かべて言った。
「どうした〜?」
「なんか、この人達が『一緒にカラオケ行こう』って」
 そう言って男達を指差す梨華。
20 名前:だれか 投稿日:2001年08月29日(水)22時59分35秒
「ふ〜ん」
 圭はそれを聞いて、笑みを崩さぬまま男達に対峙する。男達といえば、それに気
を許したのか急になれなれしい口調で私に話しかけてきた。単純。
「そっか、梨華ちゃんの友達? 圭ちゃんっていうんだ?」
「じゃあさ、圭ちゃんも一緒に行こうよカラオケ」
 まったく。その情熱をもうちょっと違うところにぶつけなさいよね。私は二人を
無視して梨華の手を取った。
「さようなら。ごきげんよう」
 おあいにく様でした。
「行くよ。石川」
「え? あ……う、うん。じゃあ……ごきげんよう」
 手を引かれながら、梨華は少し戸惑った様子で男達にぺこりと頭を下げた。
21 名前:だれか 投稿日:2001年08月29日(水)23時02分41秒
 私は梨華の手を引いたまま西口公園を出て、池袋駅のメトロポリタン口のエスカ
レーターを降りた。私は梨華の肩を押さえて、目の前の噴水のふちに座らせる。梨
華はさっきからの私の行動に驚いた様子で、大きく目を見開いて私を見つめている。
私は石川の肩に手を置いて、言った。
「いしかわぁ……あんたねぇ……」
「圭ちゃん。さっきの人達置いてきちゃったけど、いいのかなぁ」
 私が話すと同時にそう言って、梨華は心配そうにエスカレーターの上を見上げる。
「いいんだよ、そんな事は。それより石川、何やってんのよ」
「何って……、何の事?」
 そういう梨華の瞳には一変の曇りもない。軽いめまいを覚えながら話を続けた。
「ナンパだよ、ナンパ。いい? あれがただカラオケ行って遊ぶだけで終わると思っ
たら大間違いなんだからね」
「どうなるの?」
 梨華の端的な問いに、私は思わず声を詰まらせた。どうなるって……ねぇ。
「なんて言ったらいいんだろ……うん、まぁ、つまり……そういう事だね」
 梨華は相変わらずこっちをまっすぐを見つめながら首を捻る。こりゃだめだ。私
は一度大きく深呼吸すると、改めて梨華の目を見つめなおし、言った。
「とにかく、知らない人について行っちゃいけません」
 あぁ、もう絶対に……少なくとも西口公園では、石川を一人にするのはやめよう。
22 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月30日(木)01時59分16秒
おお、「二分間娘」と「四0九号室の娘」は読んでました。
同じ作者さんだとは気付かなかったけど(w
新しいの始めてたんですね。
続き期待してます!
23 名前:だれか 投稿日:2001年09月02日(日)03時02分11秒
>>22
今、見返すと誤字脱字や文法的に間違ってるところが多くて恥ずかしいですね。
と、いうかこの小説でもすでに直したいところがあったり……(^^;
24 名前:だれか 投稿日:2001年09月02日(日)03時12分46秒
「どうした? 石川」
 私達がマクドナルドの袋を空にした頃。シェイクを飲みながら不思議そうに私の
傍らを見ていた石川に声をかけた。
「あぁ、これかぁ」
 真里から預かった紙袋を取り上げて、目の前に持ち上げて見せた。
「それ何?」
「これ? うん……」
 私はさっきあった出来事を石川に説明した。不思議そうに首を捻る石川。
「なんなんだろうね? それ」
 紙袋を耳元で軽く振ってみる。カサカサと乾いた音がした。
25 名前:だれか 投稿日:2001年09月02日(日)03時15分13秒
「う〜ん。開けてもいいのかなぁ」
「ダメだよ、開けたりしちゃ。大事なものなんでしょ?」
 確かにその通りだけど、そこで沸き起こるのが好奇心ってやつよね。
「見るだけだよ。見るだけ」
 わざと軽い調子で言ってみて、石川の顔を伺った。が、その表情はいつになく厳
しい。
「わ……分かったよ。分かった」
「うん」
 うれしそうに微笑む石川。紙袋を再び傍らに置きなおし、私は噴水を何となく見
つめた。
 瞬間――。
 私の中で何か嫌な予感が、本当に一瞬の間よぎった。そしてそれはこの数時間後
見事に的中する事になるのだが、今の私自身がそれを知るよしもなく、その予感は
溜息になって街の空気に溶けた。
26 名前:だれか 投稿日:2001年09月02日(日)15時41分38秒
 7月に入ったばかりの夏の空は突き抜けて明るい。太陽の光は誰に対しても平等
だ。石川と西口公園に戻ると、さっき男達が別の女達をナンパしていた。太陽には
程遠い、不平等の極み。
「ねぇ、ねぇ」
 私達がベンチに座ると、隣にいた女が声を掛けてきた。水色のタンクトップにジー
ンズ、日焼けはした肌がなんだかたくましい。
「なに?」
「アンタ達、最近ここでよく見かけるけどさ。例の事件の事知ってる?」
「例の事件?」
 パトカーをこの辺でよく見かけるのと何か関係あるのだろうか? 私が知らない
と答えると女は丁寧にも、二週間程前から池袋周辺で起こっている事件について簡
単に説明してくれた。それはいわゆる通り魔事件ってやつ。夜道を一人で歩いてい
る女を、後ろから突然殴打、気を失っている間に金品やなんかを強奪。典型的なパ
ターンだが犯人は捕まるどころか、その手掛かりさえほとんど集まっていないよう
な状況だという。
27 名前:だれか 投稿日:2001年09月02日(日)15時42分46秒
「……それでなんか情報でもあったらと思ったんだけどね。まぁ、しょうがないか」
「情報? なんでそんなもの集めてんの?」
「ウチらの仲間がやられたんだよ、その通り魔に」
 女は恨めしそうに太陽をにらんだ。
「チームを組んでるんだ、ウチら。ここになんとなく集まってた奴等で自然に出来
たチームだから名前はまだないけど、人数は結構いるかな」
 そう言って、女は傍らに置いたバッグから携帯を取り出すと二・三操作して、ディ
スプレイを私に向けて差し出した。
「私の携帯番号。何かその事件の事で分かった事があったら、電話くれる?」
 頷いて、番号を携帯のメモリに登録する。
「名前は?」
 そう尋ねると、女はりんねと名乗り、ベンチから立ち上がって軽い足取りで駅の
方へ消えて行った。
28 名前:だれか 投稿日:2001年09月02日(日)15時44分16秒
 ディスプレイに残った特に特徴もない090から始まる数字の羅列をなんとなく
眺め、隣に座っていた石川に目をやると、石川は下を俯いたまま少し肩を震わせて
いた。横顔は長い髪に覆われて伺う事ができない。私は石川に出会った日、石川を
この公園に連れてきてずっとここで座っていた時を少し思い出した。
「石川? どうした?」
 肩に手をやる。梨華はその手を力無くキュッと握り返して、首を振りながら顔を
上げた。
「ん……、なんでもない。大丈夫」
 そう言った石川の顔は全然大丈夫そうじゃない。
「大丈夫って、顔真っ青じゃない。気分でも悪いの?」
「ちょっと……」
 梨華はそう言って少しだけ笑ってみせる。危うげな、ガラスのような笑顔。私は
少し考え、言った。
「石川、家帰ろうか。送るよ」
 石川は少し驚いた様な表情を見せた後、力なく頷いた。
29 名前:だれか 投稿日:2001年09月04日(火)06時45分09秒
 山の手線内回りで池袋から一駅、目白で石川の手を引いて電車を降りる。池袋を
出るときに石川が掛けた電話で駅前に親が迎えに来る事になっていた。石川はうつ
むいたまま、池袋を出てから一言も喋らなかった。
「大丈夫?」
 改札の前でそれまで引いていた手を離すと、申し訳なさそうに石川が頭を下げた。
「ごめんね。圭ちゃん」
 自分より人の気持ちを考えられるのが、石川のいいところ。でもちょっと考えす
ぎかな。
「ごめんじゃないでしょ」
「?」
 顔を上げた石川と目が合う。私は優しく微笑んで(私なりにだけどね)言った。
「そういう時は『ありがとう』って言うんだよ」
 石川は目を丸くして私を見つめた後、頷くと、久しぶりに少しだけ笑顔を見せた。
「うん、ありがと。圭ちゃん。またね」
 石川は手を振りながら、自動改札を通り抜けて行った。
30 名前:だれか 投稿日:2001年09月04日(火)06時56分43秒
 久しぶりの一人で過ごす池袋での時間は長かった。街を歩く人の色がみるみる変
わっていく夕方、太陽がビルの間を沈んでいくのを見てると、なぜか少し泣けた。
センチメンタル。私にだって感傷的になる時くらいあるわよ。
 夜は更け、約束の午後九時。西口公園には昼とはまったく違う、ある種淫猥な雰
囲気が漂っている。私はその空気から少し逃げるように右腕に抱えた紙袋を少しき
つく抱え込むと、できるだけ通りに近い、明るい側のベンチに座った。
 九時五分過ぎ、東武デパート南側の細い通りから小さい体をさらに小さくするよ
うにして、真里はやって来た。
「遅れてゴメンね〜」
 明るい声とは裏腹に昼間とは違う黒を基調とした服装。一瞬、あまりのイメージ
の違いに真里だと分からなかった。
「あ、あぁ、うん」
 なんと返せばよいか分からず生返事をすると、真里はベンチに座る圭の前に真っ
直ぐに立ち、大きく頭を下げた。
「ほんとにゴメン」
 再び上げられた真里の顔は、さっきの明るい表情とは正反対にかわいそうなくら
いに疲れていた。
31 名前:だれか 投稿日:2001年09月04日(火)07時02分42秒
「そんなに謝んなくてもいいよ。ほんの五分くらいだし」
 首を振る真里。
「違うよ。それ……」
 そう言って、私の抱えた紙袋を指差す。
 ああ、そうか。
「はい、これ」
 紙袋を真里に渡す。真里はそれを大事そうに、さっき私が抱えていたように、抱
え込むともう一度頭を下げた。
「いいよ。ただ預かってただけだし、それより……」
「なに?」
「中身……私が見たかどうか聞かないんだね」
 尋ねると、真里は一瞬目を丸くして驚いた様子だったが、すぐにちょっと意地悪
い――それでいて憎めない、笑顔を浮かべると「あはは」と軽く笑った。
「な、なによ」
 さっきの疲れた表情がウソのようだ。真里は跳ねるように圭の横に座ると、下か
ら私の顔を覗き込んで言った。
「圭ちゃんは見てない」
 ――圭ちゃん。
 人の懐に入り込むのがうまい娘。
32 名前:だれか 投稿日:2001年09月04日(火)07時05分02秒
「なんで分かんのよ」
「なんとなく」
 真里はぶっきらぼうに答えた。
「なんとなく?」
 真里はうなづくと何かを思い浮かべるように空を見上げた。
「目を見れば分かるんだよね」
 目を見るだけ、それだけで人を信じられる?
 そんな私の心を見透かしたかの様に真里は続ける。
「ここで色んな人、見てきたからかなぁ」
 真里が公園を見渡すのにつられて、私もそれにならった。周りで相も変わらず繰
り広げられる男と女の品定め合い。金髪、ロン毛の若い男、援交目的の中年、半ば
うんざりしながら視線を真里に戻す。真里はそんな私の顔を見て、あわてて手を振
りながら言った。
「色んな人を見たって、そういう事じゃないからね!」
 どういう事だ。
33 名前:だれか 投稿日:2001年09月04日(火)07時09分44秒
「当たりでしょ?」
 真里が自信ありげに言う。
「まぁ、そうかな」
 石川に止められたから半分だけ当たり。真里は曖昧な返答に首を傾げている。
「で、それは何なの?」
 思い出したように胸に抱え込む真里。そして表情には再び影が差す。
「ゴメン、悪い事聞いた?」
 うつむきがちに首を振る真里。
「これはね……」
 真里は言いかけて周りを見回し、近くに人がいない事を確認すると遠慮気味に言っ
た。
「……ちょっと場所変えてもいいかな?」
34 名前:だれか 投稿日:2001年09月12日(水)03時08分59秒
 西口公園を出た真里は駅の北口を過ぎ、池袋大橋を渡った。JRの線路を大きくま
たぐ歩道橋は薄暗く人通りもなくて少し不気味。でも橋の上から見える池袋の街に
は、それとは対象的に、線路の闇を挟んでネオンの海が広がっていた。真下を電車
が通り過ぎる。鮮やかな光の帯が大きくカーブを描いて消えていく。人の数だけ人
生がある不思議。
 真里は無言で歩きながら、たまに知り合いに声を掛けられてそれに軽く答えてい
る。矢口、矢口さん、真里っぺ。それぞれ呼び方は違うけれど、真里に対する親し
みがこもっている。
「多いんだね。知り合い」と私が聞くと、
「いつもこの辺フラフラしてるからね」
 そう言って真里は笑った。
35 名前:だれか 投稿日:2001年09月12日(水)19時06分13秒
 東口側の、豊島公会堂の近く。人のほとんど通らないような狭い通りにその喫茶
店はあった。真里の明るいイメージとは正反対の落ち着いた雰囲気の店構え。入り
口の上には少しレトロな装飾のついた看板がかかっていて、何やら書いてある。
だ……でぃ、ど?
「『ダディドゥデドダディ』この店の名前。変な名前でしょ? まぁ、いつもは言
いにくいから『ダディ』ってよんでるけどね」
 真里が木製のドアを押し開けながら言った。ダディねぇ。
 カランカラン、と音を立ててドアが閉まった。レンガ造りの壁と木製のカウンター
やテーブル、外見通りの雰囲気の店内は、少し空気が冷ややかで体が震えた。客は
右手奥にカップルがいるくらい。大丈夫なのかな? この店。
36 名前:だれか 投稿日:2001年09月12日(水)19時08分16秒
「あっれ〜?」
 誰もいないカウンターの奥を覗きながら真里が首を捻る。
「どうしたの?」
「う〜ん、あのね……」
 真里が言いかけた時、カランと音を立ててすぐ後ろのドアが開いた。入ってきた
のは一人の女。
「おっ?」
「あっ!」
 真里と女は驚いて目を合わせた。
「おぉ、矢口やないの!」
 どこかこの喫茶店の雰囲気には似つかわしくない気の抜けた口調の関西弁。
「久しぶり〜、みっちゃん」
 真里が手を上げて答える。
37 名前:だれか 投稿日:2001年09月12日(水)23時32分17秒
「ほんま久しぶりやねぇ〜。……そちらさんは?」
「あ、この娘、圭ちゃん。私の友達……って今日知り合ったんだけどね」
 友達かぁ。さっきあったばかりの私を友達と言い切る真里。でも、不思議と悪い
気はしない。真里は私の方に振り返って続けた。
「圭ちゃん。この人はみちよさん。一応、この店のマスター」
「よろしくね。圭ちゃん」
 笑顔で会釈。大人びた造りの顔に子供の様な表情を持った、なかなかの美人。私
もあわてて頭を下げる。
38 名前:だれか 投稿日:2001年09月12日(水)23時36分37秒
「……っつーか矢口ぃ、『姉さん』は余計なんとちゃう?」
 みちよはそう言って矢口をたしなめた。
「まぁまぁ。……それより、みっちゃん」
 突然、真里の声のトーンが変わった。
「ん?」
「ちょっと……奥、借りていい?」
「まぁ、ええけど。どしたん?」
 みちよはそう尋ねたが、真里の表情を見ると、ちょっと驚いたような感心したよ
うな顔をした後、小さく頷いた。
「ええで、奥の部屋、使い」
「ありがと。圭ちゃん、行こう」
 頷いて、真里の後に続いてカウンターの中から店の奥へと入る。みちよの声が後
ろから追いかけてきた。
「話、終わったら言いや。コーヒーでも持っていくから」
39 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月13日(木)23時28分49秒
おっ!更新されてる。
この先の展開、楽しみにしてます。
40 名前:だれか 投稿日:2001年09月23日(日)22時32分29秒
 カウンターの奥には休憩室をかねた小さな部屋があった。大きなテーブルとそれ
を挟むようにならんだソファー、私達はそこに向かい合わせに座った。
「いい人でしょ。みっちゃん」
 はにかんだように笑う真里。私は頷いた。
「関西の人なんだね」
「三重だっていってたかな? 矢口、三重がどこにあるのかよく分からないんだけ
どね」
 そう言って真里は「あはは」と笑う。私も一緒に笑ったけど、実のところよく分
からない。
41 名前:だれか 投稿日:2001年09月25日(火)01時24分55秒
「どうしてここで店を?」
「この店。元々みっちゃんのお父さんがやってたんだ、でもね、去年の夏かな病気
で倒れてそのまま……」
 真里は少し言葉をにごして、こちらを伺った。私は頷く。
「……それでみっちゃんがこの店を引き継いだってわけ。それまでは地元でOLやっ
てたんだって」
 それから真里は、ひとしきりみちよの話を続けた。話しながら無理に笑っている
のが私にも分かった。
「矢口」
「えっ!?」
 声をかけると、真里は驚いたように声をあげた。それからしばらく黙って私の顔
を見つめて、喘ぐように息を呑むと、それまでしっかりと抱えていた紙袋をテーブ
ルの上に置いた。
「そうだね。この事話さなきゃね」
 自分自身に言い聞かせているようだった
42 名前:だれか 投稿日:2001年09月25日(火)01時33分58秒
>>39
更新遅くてすいません。頑張ってペース上げます(^^;
43 名前:だれか 投稿日:2001年09月25日(火)01時55分21秒
「最初に言っておくけどこれ、矢口のもんじゃないんだ」
 私のものじゃない?
「じゃあ、それ……盗んだの?」
「違う違う! そんなんじゃ――」
 そう言って真里は顔の前で手を振ったが、突然何かに気付いた様子で、目を宙に
泳がした後上目使いでこちらを見る。
「――なくないかも」
「は?」
 ちょっと冗談じゃないわよ。私は思わず真里に詰め寄ろうとテーブルの上に体を
乗り出したが、真里があわててそれを制してきた。
「待って! 圭ちゃん。話を聞いて」
44 名前:だれか 投稿日:2001年09月25日(火)02時07分20秒
「だって……」
 真里に肩を押さえられ、釈然としない思いでソファーに座りなおす。
「これ見て」
 真里はそう言って紙袋の口を破り開け中身をテーブルに広げた。いくつかの小さ
な袋とその中に入った白い粉。それが何を意味するのかって事くらい実物を見る私
にもすぐに分かった。
「く……すり、だよね。これ」
 尋ねると、真里は小さく頷いた。
45 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月28日(金)02時46分09秒
続きを……。
46 名前:だれか 投稿日:2001年10月04日(木)02時23分33秒
 ”明日香”って娘がいたんだ――
 私は『ダディ』を出た後、ひと気のない暗い裏通りを池袋駅に向かって歩いてい
た。矢口は私が店を出る少し前、みちよが入れたコーヒーを二人で飲んでいる最中
に入ったメールを読むと、私と次に会う約束もしないまま、あわてて店から出て入っ
た。
「あたしなんかより、あの娘の方がよっぽど忙しいんとちゃう?」
とみちよは笑った。世話好きなんはええんやけどなぁ。
47 名前:だれか 投稿日:2001年10月04日(木)02時48分08秒
 遠くから伝わってくる雑踏のざわめきが空気を揺らしていた。携帯を取り出して
デジタルで表示された時刻を確認する。11時。それでもこの街ではさして遅い時間
とは言えない。
 ――高校の時の友達だったんだけどさ、卒業前、三学期の始めくらいかな? 突
然辞めちゃったんだ、学校。
 さっき真里に聞いた話が頭の中で回っている。
 いや。
 思い出していたのは真里の表情か……。
 泣いているのをごまかすように笑ったその顔を私は思い出してる。
48 名前:だれか 投稿日:2001年10月04日(木)03時12分39秒
「明日香が学校を辞めた理由は分かんない」
 と、真里は言った。
「元々悩み事を人に話すようなタイプじゃなかったんだけどね。それでも誰にも何
も言わずに学校を辞めるなんて事、考えられなかった」
 気付けば携帯もつながらなくなっていた。明日香の自宅まで訪ねて行った事もあっ
たけれど、親は「たまにしか帰ってこないから……」と特に心配するようすもなかっ
たらしい。昔から親とはあまりいい関係じゃなかったと、以前明日香は冗談まじり
に真里に話している。
 連絡が取れないまま時間は流れて、半年も立つ最近では真里が明日香を思い出す
事も徐々に少なくなっていた。
 仕方のない事だと思う。それに直接触れてなければ、いや、あったとしても感情
や記憶というのはすぐに薄れていこうとするものだ。真里にとっての明日香もそう
だった。
49 名前:だれか 投稿日:2001年10月04日(木)04時07分14秒
 高校を卒業してから、真里は池袋にいる時間が多くなった。ほぼ毎日、バイトの
無い時間なんかをのぞくと一日中池袋にいた。知り合いもそれまでに比べて増えた。
だが、それにしたがい街の裏の部分も少なからず知るようになった。ドラッグ、売
春、暴力。間接的にそういうものに触れる事さえあった。
 そんな真里がこの半年、池袋の街の中で明日香に出会わなかったのは逆に奇跡的
だったのかもしれない。
 事実から言えば、幸か不幸か二人はこの半年ずっとこの街の中ですれ違い続けて
いたのだった。
 その二人が今日、正確には今から12時間前、偶然再会した。
50 名前:だれか 投稿日:2001年10月11日(木)01時07分52秒
 西池袋公園の裏手、立教通りの方から西口公園へと向かう途中でよく知る後姿を
真里は見つけた。髪型や服装の感じは変わっていたけれどそれが明日香だという事
はすぐに分かった。30メートル程の距離。真里が声をかけようと走りだした途端、
明日香は小さな路地の影に消えた。
 嫌な予感がした。この辺にはいわゆる”ヤバイ取引”に使われるビルが少なから
ずある。もしかしたら明日香がそれに関わっているのかもしれない。
 真里は明日香を追いかけて路地に入った。
「危ないって事は分かったんだけど……、昼だったから気が緩んでたのかもね」と
真里は疲れたように笑って言った。
 真里は明日香の後を追って路地に入ったが、ビルに囲まれた狭い路地は10メー
トル程先で行き止まりになっていた。誰もいない。突き当たりに見える古いビルの
入り口、明日香はそこに入って行ったらしい。
 追いかけた方がいいのかな?
 真里がそう悩んでいる間にビルから出てくる人影が見えた。
51 名前:だれか 投稿日:2001年10月11日(木)02時38分13秒
「それが明日香だった」
 話している真里の顔は今にも泣きだしそうなだったが、声にははっきりと力がこ
もっていた。
 明日香はふらつきながら階段を降りて、ビルから出てくるなりアスファルトの地
面に倒れこんだ。
「顔が痩せこけちゃっててね。一瞬、明日香じゃないんじゃないかって思った。で
も明日香だったんだ。クスリやってんだってのはすぐに分かったよ」
 明日香は倒れた時にすりむいて出血をした膝を気にする様子もなく、立ち上がる
と、まるで真里が見えていないかのようにそのまま歩いて通りへと出ていこうとし
ていた。
 その時の真里の心境は不思議と落ち着いていたという、その場でゆっくり振り返
ると「明日香」と名前を呼んだ。
 びくり、と明日香の肩が震えた。
52 名前:だれか 投稿日:2001年10月11日(木)03時31分06秒
「明日香でしょ?」
 何も言わず、明日香は振り返った。その顔には表情がなく視点もよく定まってい
ない。どこか明日香の心だけ違う世界に行ってしまったようで、真里はその瞳に自
分の視線を必死に合わせようとした。
「明日香、どうし……」
「何よ! 私が何をしたっていうのよ!」
 話しかけようとした真里の声を遮って突然、明日香が叫んだ。今までの真里が聞
いた事がないような、明日香の怒声。その表情は怒りに満ちて、眼球は不安定に揺
れ動いていた。
53 名前:だれか 投稿日:2001年10月11日(木)03時33分24秒
「明日香! 落ち着いて! 私、矢口だよ!」
 明日香は決して感情を表に出すタイプじゃなかった、悩みも滅多な事じゃ人に話
さないし、人に自分から話し掛けるのも苦手、だからよく人に勘違いされやすかっ
た。いわれもなく敵をつくるような事もよくあって、そのたびに真里は怒った。
「……でも、明日香は『いいから、いいから』って『分かってくれてる人が分かっ
てくれてたらそれでいいんだ』って、そう言って。絶対にクスリなんかやるような
娘じゃなかった。矢口なんかより、ずっと、ずっと強い娘だったんだよ」
 そう言って奥歯を噛んだ真里の瞳から、涙が一つ、頬を伝って落ちた。私は何も
言えなくて、ただ一回だけ強く頷く事しかできなかった。
54 名前:だれか 投稿日:2001年10月11日(木)04時19分51秒
明日香ファンの方には申し訳ない内容でした。
でしたというか、これからさらにごめんなさいな展開になるような……。
55 名前:だれか 投稿日:2001年10月14日(日)00時58分49秒
 なんで? なんでだよ、明日香。
「うるさいっ!」
 明日香はそんな真里の心の声さえも振り払うかのように叫んだ。このままでは、
通りまで声が聞こえる可能性がある。真里は明日香の両肩をつかむと顔を覗き込ん
だ。
「明日香、私だよ。矢口。分かるよね?」
 明日香の視線は遠い。矢口じゃない、その向こうに何かを見てる、そんな視線。
「何かあったの? 何かあったんでしょ? 明日香」
「私の何が分かるって言うのよ!」
 明日香がそう言って振り上げた手に、肩を掴んでいた真里は突き飛ばされた。肩
で大きく息をする明日香。真里がそれを見上げながら、再び立ち上がろうとしたそ
の時、明日香の手から紙袋が落ちるのが見えた。
 明日香がそれに気付いて慌てて紙袋を拾おうとする。が、真里が飛びつくのが一
瞬早かった。
56 名前:だれか 投稿日:2001年10月15日(月)23時57分50秒
「それがこれ。これがクスリだっていうのはすぐに分かったよ。明日香がこれを取
ろうとしてきたから」
 真里はそう言ってテーブルの上の紙袋を指差した。
 半狂乱の状態の明日香は紙袋を取り返そうと真里に掴みかかる。真里はそれを必
死になだめようとしたが、紙袋で片手をふさがれた状態ではどうしようもなかった。
その内に壁に押し込められる形になり、明日香の手が紙袋にかかりそうになった時、
真里は思わず明日香を突き飛ばした。驚く程あっさりと倒れる明日香。
「ごめん。大丈夫?」
 様子を見ながら明日香の様子を伺う。座り込んでぼんやりと頭を振っているが取
り合えず怪我はないように見えた。
 その時、声が聞こえた。会話をしているようで、それが徐々に近づいて来る。
 さっき入ってきた通りじゃない、さっき明日香の出て来たビルから誰かが降りて
来る。
 しかも二人。階段からはもうすでに足が見えていた。
 直接こことは関係のない自分が見つかれば、ひょっとすれば命に関わる。倒れて
いる明日香を連れて行く時間はなかった。
 次の瞬間、真里は通りに向かって走り出していた。
57 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2001年11月05日(月)11時07分35秒
そろそろ続きをお願いします
58 名前:だれか 投稿日:2001年11月07日(水)00時41分37秒
真里とダディで話した夜から3日後、昼時の西口公園は相変わらずのにぎわいだっ
たし、今日だって私はベンチに腰掛けてマクドナルドのシェイクを飲んでいたけれ
ど、実のところいつもとはちょっと違ってた。
「……」
 話す相手もなくストローを咥えたまま、ぼんやりと景色に目をさらす。
「どうしたんだろ……?」
 隣にいたカップルが驚いたようにこっちを振り向いた。思わず声が出たらしい。
私はストロー軽く噛んで、濁った曇り空を見上げた。この3日間一人きりでそんな
時間を過ごしていた。
 つまりはこういう事。
 石川はあの日から西口公園に現れなかった。
59 名前:だれか 投稿日:2001年11月11日(日)03時55分07秒
「あの〜、すいません……」
 12時をまわって、そろそろ昼食でも食べようかと考えているところだった。声の
した方に顔をあげるとそこに一人の女が立っていた。なんか最近知らない奴から声
をかけられる事が多い気がする。しかも女ばかり。自慢じゃないけど、毎日これだ
けこの公園で過ごしていて男に声をかけられた事は一度だってない。そんなに悪い
とは思わないんだけどねぇ、パッと見。
 まぁ、それはそれとして。私が「何?」と尋ねると、石川の清楚で上品ななイメー
ジとは違うボーイッシュでさっぱりした印象のその女は、遠慮がちに言った。
「……保田圭さん、ですか?」
60 名前:だれか 投稿日:2001年11月11日(日)23時55分29秒
 ”吉澤ひとみ”とその女は名乗った。石川の友達で高校では同じクラスだという、
石川とはあまりにイメージが違うので友達というのが私の中ではあまりピンとこな
かったが、彼女の人なつっこい、それでいてさっぱりとした人当たりをなんとなく
私は気に入った。
「梨華ちゃんに頼まれて来たんです」
 私の隣に腰掛けて吉澤は言った。私が要領を得ない顔をしていると、
「あの、梨華ちゃん携帯持ってないじゃないですか? それで『西口公園に保田圭っ
て人がいるから』って……」
「なんで私だって分かったの?」
「それが、梨華ちゃんにこの事頼まれた時『顔が分からないから写真かなんかない
の?』って聞いたら、笑いながら『ないんだ。でもすぐに分かると思うよ。なんか
オーラがあるから』って……。吉澤もそれを聞いて最初は『それだけじゃ分からな
い』って言ったんですけど……、ここに来てみたらすぐに分かりました」
 吉澤はそう言って無邪気に笑う。オーラねぇ……。それと私がナンパされない事
とは何か関係あるのだろうか。
61 名前:だれか 投稿日:2001年11月12日(月)02時42分45秒
「……それで、石川は?」
「えっ?」
「石川だよ。それを伝えに来たんじゃないの?」
「あぁ、そうでしたね。梨華ちゃん、2・3日前から風邪を引いちゃったみたいな
んですよ、それでしばらくはここにこれないからって……」
 吉澤は軽いトーンで言ったが、私はその表情に何か違和感を感じた。笑顔に含ま
れたほんの少しの陰り。何かが引っかかっているようなそんな表情。何がとは言え
ない、勘みたいなものだったけど、私に言えない何かがある気がした。吉澤がここ
に来た理由か石川がここに現れなかった理由か、それともそのどちらでもない何か
なのか、それは分からなかったけど。
 私がその事を吉澤に問おうとした時、ジーンズの後ろポケットに入っていた携帯
がぶるりと震え、ワンテンポ送れて聞きなれた着信メロディーが流れ出した。
 バ・カ・や・ろ・う――
(……うるさいよ)
 相変わらずの微妙な場所から始まるメロディーにツッコミながら。無意識の内に
曲のタイミングに合わせて乱暴に通話ボタンを押す。いい加減変えようかな、これ。
62 名前:だれか 投稿日:2001年11月13日(火)02時56分50秒
 携帯を耳元に持ってくると同時に飛び込んできた声。よく通る、幼さの残るその
声は、私にも聞き覚えのあるものだったが、頭の中でそれが3日前に出会った矢口
のものだと理解するのに少し時間がかかった。
「圭ちゃん?」
「……ん、あぁ、矢口かぁ。」
 我ながら間の抜けた受け答えをしながら顔を上げたら吉澤と目が合った。吉澤は
首を捻りながら私の顔をみている。私は「ゴメン」のサインを左手で送りながら続
けた。
63 名前:だれか 投稿日:2001年11月19日(月)01時38分15秒
「矢口、あれから大丈夫だったの?」
「そうそう、それを言おうと思ってさ。もっと早く連絡しようと思ったんだけど、
バタバタしちゃってて……」
 今の真里の状況から言って、下手すれば、命さえ関わるような問題なのかもしれ
ないのだからそれは無理もない話だと言えた。それよりも……
「今、どこにいるの? 大丈夫なの?」
 いくら友達だとはいえ、明日香って娘が真里の事を誰かに話さないとも限らなかっ
た。そうなれば自宅でさえ安全とは言えない。
 しかし、真里は案外軽い調子でそれに答えた。
「あの日から友達のところにずっと泊まってるんだ。安全が確認できるまではここ
にいてもいいって言ってくれてるから大丈夫、ね? 圭織」
 電話の向こうの声が、最後に少し遠くなった。”圭織”という娘に確認を取って
いるのだろう、一拍置いて「うん『大丈夫』だって」と真里の声が返ってきた。
64 名前:だれか 投稿日:2001年11月25日(日)03時53分07秒
 そっか、大丈夫か……って、
「安全が確認できるまで?」
 誰が、どうやってその確認を取るのか、問おうとする私が声を発する前に耳に飛
び込んだのは、やけに明るい真里の声。
「そ、今、友達に協力してもらって調べてもらってるんだ。色々」
「色々?」
「うん。ここにいる圭織にも人を動かしてもらってるし……。まぁ矢口はとりあえ
ずダイジョブだからさ、また落ち着いたら連絡するよ」
 『人を動かしてもらってるし』なんだかその言葉に含まれる規模の大きさがが私
の想像以上のような気がして、少し眩暈がした。
65 名前:だれか 投稿日:2001年11月25日(日)04時18分23秒
 電話を切ると、私の通話中ずっと隣に座ったまま待っていた吉澤が遠慮がちに口
を開いた。
「あのぉ〜」
 首を捻り”?”のメッセージを送る。
「今の電話、”矢口”さんって言いました?」
「そうだけど……、どうかした?」
「”矢口真里”って言いませんか? その人」
 そう問い掛ける吉澤はあくまで遠慮がちだったが、私は驚いて思わず持っていた
携帯をコンクリートの地面に落としてしまった。
「なんで知ってるの? 知り合い?」
 携帯を拾いながら訊ねる私に、吉澤はパッと表情を輝かせながら言った。
「生徒会長だったんです。私の行ってる高校の」
「はぁっ!?」
 私のその声が合図だったかのように、再び携帯はその位置エネルギーを解放した。
66 名前:だれか 投稿日:2001年11月27日(火)00時17分17秒
 ――それもまた突然の事だった。
 あの後、時間をもてあましている様だった吉澤を誘ってカラオケに行った。最初
は遠慮しているのか、バラード系とかR&Bとか、まぁ私に言わせれば無難な選曲をし
ていた吉澤だったが、お互い少しだけアルコールの入った頃、私が勢いで某アイド
ルグループの曲を入れたら「リン!リン!リン!」なんて、もう一本のマイクを持っ
てしっかりついてきた。酒には弱いのかカクテルの一杯も飲まずに酔ってはいたけ
れど。でも、吉澤の通う学校は石川と同じ女子高で、確か中高大とエスカレーター
式の進学校だと理解していた。(こんな事でもバレるとそれなりにまずいのかもし
れないな)と考えていると吉澤が、「私も今生徒会に入ってるんですよね〜。まっ
ずいなぁ〜」なんて笑いながら、残ったカクテルを飲み干した。この娘、意外と図
太い神経してるわ、と思いつつ、取り合えず私はさらにアルコールを頼もうとイン
ターホンの受話器を取る吉澤を止めた。
67 名前:だれか 投稿日:2001年11月27日(火)02時02分03秒
 吉澤と別れたのは夕方の6時。まだまだ夜も始まっていない時間だが7時までに
家に帰らないと親が色々とうるさいのだそうだ。そんなものかと、思っていた別れ
際、今までどちらかというと笑い顔の多かった吉澤が真剣な面持ちで、
「梨華ちゃんをよろしくお願いします」
と、言ったのが印象的だった。まぁ、それは一瞬の事でそう思った時にはすでに笑
顔だったけれど。不登校の石川。吉澤は石川がいじめられていた事を知っているの
だろうか? いや、きっと知っているからこそ……なんだろうな。
「今度は梨華ちゃんと三人で遊びましょうね」
「そん時は酒抜きだからね」
「アハハハ……。そうですね」
 奔放。そんな比喩がよく似合う笑顔のまま、手を振って吉澤は雑踏に紛れた。
68 名前:だれか 投稿日:2001年11月27日(火)07時30分11秒
>>67のラスト「そんな比喩がよく似合う笑顔」って「奔放」は比喩じゃないジャン……
「そんな表現」の間違いですね。
69 名前:だれか 投稿日:2001年12月03日(月)00時35分03秒
 それからしばらくして私は、この三日間そうしていたように夜へ向かう池袋の街
を一周した。公園を出てJR西口の階段を降りて駅構内へ潜り、帰宅時間と相まって
生き物のようにうねる人波を不器用に掻いて東口に抜け、いつもはあまりよりつか
ないサンシャイン通りの方に向かう。
 一人は苦にならない方だけれど、この時は三日ぶりに人と会って話した後だった
せいか、割に孤独を感じていたようで、無意識の内に明るい方へと足が向いていた。
70 名前:だれか 投稿日:2001年12月03日(月)02時44分51秒
ネオンのせいで気付かなかったがいつの間にやら日が落ちていたようだ。路地の
間、ビルの上に見える狭い空はすでに夜のそれだった。それでも通りは昼と変わら
ない賑わいで、私はその中で光に群がる虫を思った。さみしさに負けて、情に流さ
れる虫達。
 私もその一人に過ぎないのだろうか?
71 名前:だれか 投稿日:2001年12月03日(月)03時18分38秒
 サンシャイン通りのデニーズで夕食を食べた後(一人でファミレスって、かなり
さみしい)、フラフラと目についたショップを覗きながら西口公園に戻って来ると、
もう時刻は9時になろうとしていた。
 ナンパコロシアムには選手が集結。興奮した雄牛、その動きを見極める闘牛士。
どっちも頑張れ。
 ベンチの定位置に座った私は(不思議とこの場所はいつも空いている)特にやる
事もなくて再び人間観察、というか目に入るものをそのまま受け入れていた。視界
の左隅で二人組の男が、ベンチに座っていた三人組の女達を連れ立って公園を出て
いく。うまく釣れたようだ。私がそれを見ながら、誰があまるんだろう? など
とくだらない事を考えていると、着信を伝えるメロディーとともに携帯が震えた。
 携帯の着信メロディーを変更し忘れた事を後悔しつつ携帯を取る。すると、その
ディスプレイには何の変哲もない電話番号とともに”りんね”という名前が表示さ
れていた。
72 名前:だれか 投稿日:2001年12月09日(日)23時55分59秒
 りんね……。
 そういえば、漢字が分からなくてとりあえず平仮名で登録したんだっけ……。私
の脳裏に思い出される一人の女。夏を体現したような薄褐色の肌と服の上からでも
それと分かるたくましい体つき、それは私の知る女友達とは一線を画した力強さを
感じさせた。そのためかついこの間出会ったばかりのその女の事を、私はよく覚え
ていた。
 通話ボタンを押す。
「もしもし?」
「……」
 無反応。しばらく待ってみたが電話の向こうに聞こえるのは遠くから響く街の喧
騒と、風が受話器を切る音。屋外にいるのは間違いないようだったが、肝心のりん
ねの返事が返ってこない。
73 名前:だれか 投稿日:2001年12月10日(月)01時16分43秒
「おーい、りんねー」
 もう一度呼びかけたが、相変わらずの無反応。
(イタズラ電話?)
 そう思って、多少苛立ってきた私がもう一度呼びかけようとした時だった。
「だ……れ?」
 ざらりとした、擦れた声。虚を突かれた私は「電話したのはアンタの方でしょ」
という根本的な疑問を問う事すらできなかった。
「保田だけど……りんね、だよね?」
「や、す、だ……あぁ」
 喘ぐように言ったその相手はどうやらりんねに間違いないようだ。しかし擦れた
声は弱々しく、言葉を発するたびにその息は大きく乱れた。ただならぬ事態を感じ
た私は思わずベンチから立ち上がったが、どうしていいか分からない。
「どうした? 今どこよ」
「見つけた……」
 私の問うのと同時にりんねは言った。 
「見つけた? 見つけたって、何を……」
「はや、く、おわない、と」
 やっとで聞き取れる程の小さな声。思わず横で大声で駄弁る、いかにも軽そうな
女達を殴りつけたい衝動に駆られたがそういうわけにもいかない。私はいても立っ
てもいられなくて、あてもなく西口公園を飛び出した。
74 名前:だれか 投稿日:2001年12月10日(月)01時55分01秒
 公園を出て、駅の方へは向かわず人のにぎわう丸井の方へ走りながら、私はりん
ねに声をかけ続けた。しかし意識を失いかけているのか、その反応は鈍い。
「りんね! しっかりして!」
 多分、りんねの耳にはほとんど伝わっていないだろうセリフを私はもう何十回も
繰り返していた。目につく路地という路地へ入っていくが、りんねは見つからない。
当たり前だ。この広い池袋に倒れたたった一人の女を、こんな行き当たりばったり
の方法で見つけられるわけがない。少なくともりんねに場所が聞ければとは思うが、
それもこの状況じゃ不可能に近い。せめて人がいれば……。
75 名前:だれか 投稿日:2001年12月10日(月)01時56分29秒
 ――ん?
 人?
 人を動かせる人間。
(……いるじゃん!)
 人を動かせる人間を私は知っている。それもとびっきりのヤツ。
 ――矢口と、その友人の圭織。
 あの二人ならこの状況でもりんねを見つけてくれるに違いない。もう、他に手が
思いつかなかった。多分時間にして数秒、即決で矢口に電話をかける事にした私は、
躊躇しながらもりんねとの電話を切る事に決めた。
「りんね? 聞いてる? 今からアンタを助けにいくから……」
「グウッッッ!」
 突然だった。くぐもった、獣の唸るような低い声が耳を突いた。
 嫌な、予感がした。
76 名前:だれか 投稿日:2001年12月11日(火)01時25分19秒
「ねぇ……!」
 私が呼びかけようとした途端、ブツリと電話が切れた。圏外?
(なんでこんな時に……)
 携帯のディスプレイを見る。アンテナの記号の横には三本の縦棒。圏外じゃない。
だとしたら?
 慌てて、もう一度りんねの携帯にリダイヤルする。私はこの時ほど電話の待ち時
間を長く感じた事はない。永遠とも思える単調な電子音。でも、それを打ち破って
聞こえたのはりんねの声ではなく、抑揚のない聞きなれたメッセージ。このばんご
うはげんざいでんぱの……。
 私は振り切るように携帯を切った。信じたくないけれど、りんねの身にまた何か
が起こってる。
77 名前:だれか 投稿日:2001年12月11日(火)01時51分15秒
(何をすればいい? 今、何をすれば)
 携帯をジーンズの後ろポケットに突っ込むと、当てもなく周囲を見渡した。路地
の向こうに見える大通り、行き過ぎる人と車、それを包むネオンがやけに明るい、
ざわざわとだけ聞こえる人々の声、その全てが圧力を持っていた。なんだってこん
なになんでもかんでも溢れてるのよ!
(落ち着け。落ち着くのよ、圭。そう、今やる事は……)
 分かってる、りんねを見つける事だ。それからどうするかを考えないと。でも、
我ながらテンパリすぎだとは分かっていながら頭がうまく回らない。
(あっ……)
 ――矢口。
 バッカじゃないの? さっき電話かけようとしてたところじゃない。私はさっき
ポケットに突っ込んだばかりの携帯をもどかしく引っ張り出すと、着信履歴からそ
の名前を探しだし、通話ボタンを押した。コール音。
 矢口、頼むから出てよ……。
「は〜い、矢口で〜す」
 能天気な女神は、コール5回でつかまった。
78 名前:読んでる人 投稿日:2001年12月12日(水)00時59分01秒
通り魔の件、明日香の件、りんねの件・・・
今後、これらの件がどーゆーふうになっていくのが楽しみ。
まだまだイロイロ事件も起こりそうだし・・・。
作者さん頑張ってくださいね。
79 名前:だれか 投稿日:2001年12月22日(土)11時49分53秒
「……りんねが?」
 私の話を聞いた矢口の口調が、真剣なものに変わった。
「りんねの事知ってるの?」
「知ってるも何も……、それより急がなきゃマズいね。みんなに頼んでできるだけ
動いてもらうよ」
「お願い」
 矢口と電話をする事1分足らず。私は返事もそこそこに電話を切ると再び夜の池
袋を走った。
 それから15分、依然りんねは見つからなかったが、気付くと街中のあちこちに、
何かを探すように辺りを見渡しながら走っていく男達の姿が見えるようになった。
さすが、矢口と言うべきか。でもそれと同時に、りんねのためにこれだけの人間が
動いてくれている事が感動だった。大人の世界に比べればよっぽどストリートの方
が情のあるところだとは思ってたけどね。街が少しだけ涙色。
 でも、感情とか理性とかを超えたところで現実は動いていくもので、この時だっ
て神様は、私達の願いなんて聞き入れてくれなかった。
80 名前:だれか 投稿日:2001年12月22日(土)12時29分06秒
 結局、りんねを見つけたのは私だった。西口公園もほど近いロサ会館の裏手、廃
ビルの2階への階段を昇りきったところにりんねは倒れていた。灯りもなく、ビル
の隙間をかいくぐって差し込んでくる外のネオンだけが頼りの薄暗い通路にりんね
はうつ伏せになっていた。階段の中ほどから見上げたその頭はぴくりとも動かない。
「りんね……」
 正直、その光景に気を臆した私はなかなかりんねに近づく事ができなかった。乱
れた呼吸を整え、声をかけながらゆっくり近づいていく。階段の上るにつれ見えて
くる全身、そして、残り数段のところまで来た私は思わず嗚咽をもらした。
 ――どうして? 神様。
 木製のナイフの柄を中心に、りんねの背中に広がった花。
 それは周囲の闇より深い、漆黒の赤だった。
81 名前:だれか 投稿日:2001年12月22日(土)12時42分25秒
>>78
ありがとうございます。やっぱりレスがあるとやる気でますね。
自分だとどういう風に読まれているのか全然分からないので参考になります。
時間がかかりましたが、やっと話が動き出した感じです。
この先、いい意味で読んでくれる人を裏切れたらいいですね。
82 名前:だれか 投稿日:2001年12月22日(土)12時44分16秒
いやに箇条書きな文書だな。
83 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月24日(月)09時30分36秒
気の利いたコトいえないけど、
この小説の雰囲気好き。
84 名前:だれか 投稿日:2001年12月28日(金)05時52分39秒
 強い混乱と焦燥。この目の前にある事実を、事実として受け容れるのにかかった
時間。数秒間か、数十秒間か。私はその間その場から動くことができなかった。と
にかく落ち着かなくては……。目を閉じ、深呼吸で呼吸を整えると私はうつぶせに
倒れたままのりんねの横にしゃがみこんだ。りんねの手首を取り、親指で内側を軽
く押さえる。焦燥した神経が親指の感覚を鈍らせてもどかしい。しっかりしなさい
よ、アンタ。静かに目を閉じる、しばらくして指先に伝わってきたのは、とくりと
くりという小さな脈動。大丈夫、まだ生きてる。
85 名前:だれか 投稿日:2002年01月03日(木)07時10分30秒
 生まれて初めての”119”。それから私は何もできずにりんねの横に座ってい
た。りんねの背中に刺さったナイフは刃の根元5センチ程を残して、その先は10セ
ンチか20センチか、よく分からないけれどかなり深く刺さっているようだった。そ
れでも意外に出血の量が少ないのはナイフが栓の役目をしているからか、しかし薄
手のシャツに広がる赤い染みは確実にその白を侵食している。全部赤く染まった
ら……。
 暗い通路。冷たいコンクリート。背中にナイフを抱えたままのりんね。サバイバ
ル、バタフライ、ダイヴァー、コンバット。脅し。チーム同士の抗争。ファッショ
ン。殺らなきゃ殺られる。ギャング化する少年少女達……
 あまりにも直情的で容易な威嚇と暴力の手段、その象徴としてのナイフ。そんな
もので生死を支配されているこの状況。たった一人で助けを求めていたりんね。
 気付くと手がナイフに伸びていた。引き抜いてやろうという衝動にかられていた。
86 名前:ねぇ 投稿日:2002年03月18日(月)18時53分22秒
まだ?
87 名前:貴美 投稿日:2002年04月01日(月)20時18分43秒
はやく!
88 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月03日(水)04時42分44秒
もうちょっと待ってね。
89 名前:だれか 投稿日:2002年04月11日(木)02時15分51秒
 コツリ……

「誰!?」
 思わず手を引っ込める。通路の奥から、なにか固いものがコンクリートに触れた
音が聞こえた。闇の向こうに目をこらすが何も見えない。
「誰かいんの?」
 呼びかけに答えるものはない。
「ねぇ……」
 私は言いながらゆっくりと立ち上がり、奥に向かって一歩進んだ。その時だった。
 ガタンッ、という音とともに暗闇の中、2・3メートル前方で何かが揺らいだ。
ドアだ。それと同時に乱暴な足音がドアの中から影となって通路に飛び出し、私と
反対方向へ向かって消えていく。
90 名前:だれか 投稿日:2002年04月11日(木)02時33分18秒
「だ、誰よ!」
 気を取り直した私はそう叫んだが、影はまったく止まる気配を見せなかった。
 犯人!?
 ナイフはりんねの背中に刺さったまま、そうすると犯人はおそらく何も持ってい
ないのだろう。なぜ犯人がこのビルの中にいたままだったのかが少しだけ気にはなっ
たが、私はその後を追った。
 通路はすぐに突き当たりになったようで、間もなく足音は止まった。その後に聞
こえたガチャガチャという金属音。どうやら外に通じるドアのノブを回しているら
しい。ドアはすぐにキィ、と少しだけ音を立てた後に開いた。
 ドアの向こうもまた闇だった。ビルとビルの隙間、影は影のまま通路の外に飛び
出した。「カンッ、カンッ」と階段と靴のぶつかる高い音が響く、ガタンと閉まる
ドア。私はすぐにドアに飛びつくと、そのノブを取った。間違いない、りんねをやっ
たのは……

 ガッッッッッッ!!

 一瞬、ドアを開けた時の音かと思った。頭部を突き抜ける、痛みすら感じない程
の衝撃。

 ――闇。
91 名前:名無しさん 投稿日:2002年05月08日(水)02時14分03秒
キテタ━━━━━━\(T▽T)/━━━━━━ !!!!

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