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ハウンドブラッド SecondEdition
- 1 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)08時04分01秒
- 石川・吉澤主人公の少年漫画風なアクションコメディ話の、二本目のスレッドです。
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【今までのあらすじ】
>>2
- 2 名前:今までのあらすじ 投稿日:2001年08月16日(木)08時38分23秒
- これは因子と呼ばれるものにより化物の体を持った者たちのお話である。
因子覚醒者の引き起こした事件に巻き込まれた吉澤は吸血鬼因子を持つ石川と出会った。
石川の主となる契約を結んで超人と転じた吉澤は、
石川と共に暮らしながら凶悪な化物を狩るハンター家業に身をやつす事になる。
吉澤は先輩の保田、飯田、安倍。姉弟子的な辻と加護らと交流しながら、
直属の教育係に当たる矢口の手足となって獲物を追う猟犬となる。
一方、長らく人目隠れて暮らしていたために浮世離れしていた石川は
吉澤の傍にいることで徐々に現代社会に馴染んでいく。
そんな矢先、吉澤と石川は風変わりな襲撃者に出くわした。
彼女の名前は後藤。吸血鬼の匂いに敏感な敏腕ハンターだ。
行き違いと勘違いだらけの出会いを果した石川と吉澤は、
街の真ん中で後藤と生死を賭けた大立ち回りを演じたのだった。
- 3 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)08時43分02秒
- < 開始まで しばしお待ちください >
- 4 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月16日(木)14時18分12秒
- ビバ!復活!!
- 5 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月16日(木)15時47分30秒
- 期待だyo!
- 6 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月16日(木)15時56分17秒
- Yes!!!! 待っていたあるよ!
- 7 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月19日(日)01時29分34秒
- 楽しみにしてます!がんばってください!!!
- 8 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月22日(水)21時36分12秒
- そろそろ続きが読みたいっす。
- 9 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月22日(水)23時45分02秒
- >>8
すみません。
本業&身から出た錆でこちらの更新が滞っております。
今週末〜来週頭には更新するように心がけます。
- 10 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月23日(木)01時37分58秒
- 錆のほうも楽しく見させていただいてます。
大変でしょうががんばってください。
- 11 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月23日(木)03時44分15秒
- 錆って?他でも書いてるの?
- 12 名前:11 投稿日:2001年08月23日(木)05時15分05秒
- 風板でそれらしいのを見つけたけど。それかな。
ていうか、文体からして確実か。
- 13 名前:言い訳する名無しさん 投稿日:2001年08月23日(木)06時35分33秒
- >>12
「錆」については2chで行っています。文体やノリは大分異なるものです。
板復旧に時間がかかると思っていたこと、
当時は暇だったことで、軽い気持ちで始めました。
ですが、予期せず忙しくなってしまったため、
書くのに手間がかかる、こちら側の更新が滞ってしまいました。
まとまった時間の取れる週末にこちらの更新を進めようと目指しています。
・・・もう二度と浮気はしないと誓った明けの朝。
- 14 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月23日(木)07時50分23秒
- どっちもおもろいで。
作者氏のペースでやったらええねん。
がんばりや〜。
でもこっちもたのんます(w
- 15 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月23日(木)10時22分23秒
- 「錆」見てみたい
- 16 名前:11 投稿日:2001年08月23日(木)11時09分36秒
- あ、それなら読んでた。今進行中ので一番好きかも。
- 17 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月24日(金)20時58分50秒
- >>15
>>13のメール欄をご参考ください。
・・・本筋と関係ないことでレスを伸ばしてすみません。
もうしばらくで、再開です。
- 18 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月25日(土)23時31分11秒
- 2ch潰れちゃったら「錆」もこっちでやるんですか〜?
- 19 名前:禿げしく言い訳する名無しさん 投稿日:2001年08月27日(月)02時54分40秒
- 本業のスケジュールがずれ込んだ上に先行きが見えなくなりました。
すみませんが、差し当たって九月中旬辺りまでは、更新タイミングが不定期(あるいは無し)に
なります。
>>18
細かく連載ではなく一話分まとめて更新という形ならば
こちらに場所をお借りするかもしれません。
- 20 名前:名無し読者 投稿日:2001年08月28日(火)00時07分55秒
- いまさらながらでしかも非常に細かい感想ですが
>>151
諸悪の根源の虫のバケモノも、勝手に動く黄色Tシャツも、率直な目で批判する辻も、
――人を見捨てる道を選べる自分が。
最後を「も」ではなく「が」にするところがたまらない。
- 21 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年08月29日(水)00時06分48秒
- 第三話 二章 よろしくハンター協会
- 22 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年08月29日(水)00時13分15秒
- デパートの紙袋を下げて家に帰ると、石川が玄関先で飛びついてきた。
「なになになに?なんなの?なによ?」
肩に顔を寄せてくる石川を、がぶり寄りに押してゆく。
六畳間に押し出された石川が顔を上げて一言。
「――オンナの匂いがする」
双方、黙る。
意図を測れず、意味もわからず。
とりあえず、いつものろくでもない話と判断して考えるのを止めた。
「――そりゃまぁ、あたしもオンナだから」
「……そっか。よっすぃーの匂いかぁ」
再び胸元に鼻を寄せようとする石川の両肩をつかんでぐるり。
後ろを向かせて畳に座らせて、吉澤は押入れを開けた。
カラーボックスの中から目的のものを探しながら
「今日はどんなのを見たの?」
「えーとね。奥さんが浮気して、旦那さんが殺されて、
刑事さんと女子高生がカップルなのね。
旅館の女将さんが子犬を放してね、犯人の小説家のお客さんを捕まえるの」
「それでオンナの匂いがするんだ」
「でも、それは誤解なんだよ。刑事さんがかわいそうだった……」
しゅんとして、肩を下げる様は完全に感情移入している。
「あー。わからないけどわかった」
たぶん、温泉地で美女がグルメのサスペンスという奴だ。
「あとね、あとね、ブロッコリーにはビタミンCがたくさんあるんだよ?
知ってた?私知らなかった。こんどたくさん茹でて食べさせてあげるね」
「そうね、お金に余裕が出たときにね」
めったに野菜を買えない貧乏人だったりする。
そもそも三分で骨折が治る体の、どこにビタミンCが消費されているのかも
イマイチわからないが、薬になっても毒にはならないだろう。
(梨華っちなら毒にするかも……)
くれぐれも調味料を使わないよう注意しなくてはいけないと肝に銘じつつ、
すっかりテレビっ子の吸血鬼石川を肩越しに見る。
「よっすぃ?なに探してるの」
無邪気に見上げる目。
上目遣いになるその顔を、顎をわずかに下げて見下ろして身長差を補う。
「梨華ちゃん、これ着れるかな?」
折りたたまれずにビニール袋に仕舞われたスーツを石川の前に差し出した。
家を出るときに母が買ってくれた、オーダーメイドの高級品だ。
- 23 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年08月29日(水)00時30分03秒
- 「高いの一着買っておけば、一生着れるんだから。
これからお母さんがあんたにしてあげられることなんて、大して無いんだから」
高級洋品店で言われて、小学校で見せられたアニメの映画を思い出した。
ボロ切れを纏った幼児が、一人だけツギのない服を着ている
父親に腹を立てる。
父親は困ったように子供をなだめる。
その日の夕飯はご馳走で、子供は機嫌を直す。
次の日の朝早くに父親は出兵し二度と帰ってこなかった。
買い物の帰りにお母さんと一緒に食べたフランス料理は甘ったるかった。
ゴッテリ腹に重めに溜まるような感傷だが、
愉快なイシカワさんとハラハラドキドキのサスペンスな日々を暮らしていると
結構忘れがちだった。
服に思いを馳せるどころでない。カネかコメをくれ。
死に行く者を悼むどころでない。今にもこっちが死にそうだってば。
ココロの一番後回しのトコに片付けといた情景たちが、
ところが最近、頻繁に浮き上がる。
ホームシックかね。
吉澤の理性、そんな風に感情を簡単に片付けて、奥の方へ仕舞いなおした。
「ちょっとおっきいかな?」
長すぎの袖が石川の手を半分以上隠してしまう。
肩はゆるゆるで胸元が見えそうだ。
――間違った方向で似合っている。
「だいぶでっかいね……あたしでも大きめに作ってあるからなぁ」
紙袋を差し出す。
自分用にと買ってきた安物のパンツスーツだ。
「梨華っちはこれ着て。こっちの方がまだちっちゃいから」
パンツなら多少ラフに、袖と裾を折り返して着てもいいだろう。
それぞれの服に着替えていると
「よっすぃ〜」
背筋をくすぐるような、オナジミの情けない甘え声。
「これ、胸のあたりがキツイ……」
胸部のあたりがパツンパツンになっていてボタンが留められない。
――梨華ちゃんのスタイルって……
吉澤はガクっとうな垂れた。
二人はスーツを諦め、ちょっとオシャレな外出着で出発した。
目指すはハンター協会臨海支部。
東京湾岸部の僻地で、今日から泊り込みの資格試験が行われる。
- 24 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年08月29日(水)00時34分05秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
- 25 名前:ひろ 投稿日:2001年08月29日(水)00時40分08秒
- リアルたいむ!
これから試験?
がんばれ!名犬よっすぃ〜!!
いつもROMだけでしたがリアルたいむが嬉しくてついカキコ。
加護辻でも合格した試験だし、頑張って欲しいです。
- 26 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月31日(金)00時02分46秒
- お忙しいようなのに、ご苦労さまです!
更新うれしいっす!
がばがばのスーツ梨華萌え〜(w
- 27 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月06日(木)15時09分39秒
- 更新を…
- 28 名前:まちゃ。 投稿日:2001年09月08日(土)16時07分54秒
- 今読み返したんだけど
章ごとの始まり方とか終わり方とかを
統一したほうがいいと思う。
- 29 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月13日(木)15時23分24秒
- よいね〜。いしよしのやりとりは
ほんと可愛いね。
- 30 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月13日(木)22時08分34秒
- 早く続きが読みたいです…
- 31 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月19日(水)03時40分11秒
- 作者さん、忙しいのかな・・・。
「夏プリ」も・・・。
- 32 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)02時56分32秒
- ハンター協会臨海支部は湾岸にある。
広大な敷地の中には幾つもの棟がある。
道路に面した側から、受付業務、事務、開発……。
海に向かうにつれて、機密レベルが高い棟が順々に立ち並んでゆく。
最深部の海辺には、岬をぐるり高い外壁で囲った区域があった。
そこを内陸側から遠めの細目で見たら、
平たい円柱形チーズの塊みたいなのがドテっと見えるだろう。
そびえたつクリーム色の外壁。
地上を扇形に囲い海に向かって開いている。
周囲には目立った建造物はない。
ただ無愛想なヒビ入りコンクリ地面が、
古びた滑走路のように延々と広がっている。
いったんヒトの手が加わえられた大地が放置され、
乾いた風にさらされ荒漠としている光景だ。
あからさまに隔離されているその区域には、
貴重なデータや実験材料を扱う研究棟がある。
大切なものは全てあの中にある。
生きた因子サンプル、ハンター達の宿舎も。
- 33 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)02時59分08秒
- 東北の海から上陸して、長い長い道をずっと歩いてきた。
あくび眼の警備員の頭の上をヒョイと飛び越え、
鉄の門、石の門、電子の門らをすり抜けた。
そうしてギリギリのギリまで建物に近寄ると、
警報装置の有効範囲一歩手前で立ち止まり、不機嫌そうにすんと鼻を鳴らす。
これ以上ハンター宿舎に近づくには、IDカードが必要だ。
でないと、サイレンとライトでド派手なショーアップを食らうことになる。
矢口のトレードマークであるリッターバイクみたいなドデカいカノン砲を使えば、
多層構造を持つ外壁の表層を砕くことが出来るだろうか。
足元から壁までは、そんな距離。
ヒサブリに見る『埴生の宿』だが、出て行った当時とおんなじヨソヨソしい顔だった。
ピッチリしたジーンズに収まった小さい尻に両手をあてがい、胸を張る。
顎をこころもち上に向けて、冷ややかに建造物を見下した。
- 34 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)03時01分39秒
- 壁には二通りの使い道がある。
外から入るのを防ぐことと、中から出ることを防ぐこと。
――あれは家じゃない。檻だ。
所詮、お国がバケモノを飼う為に造られた建物だ。
それでも、戻ってきた
家に。仲間の元に。
骨粉が大気に散り、血肉が土に還った場所。
耳の中で凍りついたままだった細長い悲鳴が、
熱くなる体温を吸ってじわり気色悪い水を出して溶け出した。
ここは、復讐者の血が呼ぶ土地だ。
――帰ってきたぞ、バケモノたち。
立ち消えた過去とまだ見ぬ未来の両方の敵を
熱されたコンクリ上空にたゆたう陽炎に見た。
叩き鍛えた鉄色の目で睨みつける。
- 35 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)03時03分29秒
- 無造作に短髪の中に手を差し入れて、ガリガリと頭皮を掻いた。
手を抜いて指先を見ると、伸びきった爪の中に黒ずんだモノが詰まっていた。
爪で爪をほじくって、ふっとゴミの塊を吹き飛ばしてクスクス笑う。
このザマじゃ、みっともなくて帰るに帰れない。
はすっぱで無頓着そうな雰囲気とは裏腹に、
けっこうな見栄っ張りでええかっこしいなのだ。
まずは換金。円を手に入れて風呂に――着替えを買うのが先。
順番を間違えてはいけない。
換金、買い物、風呂、食事。
そういえばハラ減った。
減っているはずだ。ほら、減っている。ぐうぐうだ。
ぺしゃんとヘコんだ胃の上に手をあてがう。
帰巣本能の一心でヤッキになって忘れていた。
- 36 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)03時06分37秒
- 最後に食べたのは船に乗る前?
船蔵に潜んでいた時、捕らえたネズミを頭からガブッとやろうかどうか
悩んだことも思い出す。
数分間。
掌の中で脈打つ感じを受けている間にちうちう鳴くイキモノに
情が沸いて逃がしてやった。
食べなくて良かった。本当に良かった。
ニンゲンの街中をネズミ臭い息を吐いて歩くなんて、あまりにもミジメすぎる。
もっとニンゲンらしい肉――ニンゲンらしい食事が食べたい。
血の滴る生肉や直火焼きじゃない、家畜の肉を丁寧に調理したモノ。
しょう油味のタレで香ばしく焼き上げた肉と
ポテトサラダとキャベツの千切りが添えられたありふれた定食。
ありふれた平和のある日本のありふれた味。
箸の使いかたってどうだっけ?割り箸上手にわれっかな?
宙に浮かべた右手先をこねくり回しながら左手で尻をさすり、
ポケットから半分はみだしている通帳を確認する。
ぼんやり考えた。
浮浪者然としたこの自分が大金を下ろそうとしたら、
銀行はどういう態度に出るだろうか。
想像するだけで愉快になって、にたにたと笑った。
- 37 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)03時15分29秒
- 防壁の中には、十数の棟がある。
A棟、B棟、第一実験棟。
便宜上の名前に混じって『シーウインド』とか
『サンライズ』なんてツマンナイ名前もある。
宿舎設備が含まれた居住用棟には、
ありふれたカタカナ名詞での名称をつけるのが恒例だった。
そのカタカナ棟の一つが中澤班関係者の根城になっている。
内装はいかにも『税金かけて二十一世紀風につくりました』。
お役所関係らしい、事務的かつコケオドシ風にわかりやすい未来的なデザイン。
無意味に%9
- 38 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)03時17分33秒
- 注) >>37 UPミスの続き。
無意味に半透明な素材で天井を作ってみたり、
柱と壁で幾何学構造をふんだんに取り入れてみたり。
なのに多くの会議室にはプロジェクターが備えられてなく、
黒板チョークでミーティングを行っているし、
掲示板には安っぽい手書きコピーの掲示物がピンで留められている。
まるで創立ウン十年の小学校並のそっけない設備。
お約束のように食堂は安くてマズく、
購買にはコンビニで見かけることはまず無いメーカーの商品がずらり並んでいる。
しょせんは公の施設臭いアナクロな使いにくささを漂わせた国営宿舎だと
住民たちは割り切って暮らしていた。
- 39 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)03時20分53秒
- その日の朝も、福田はいつもどおりに起床した。
洗顔料をクリーミーになるまで丁寧に泡立ててからぬるま湯で顔を洗い、
目覚ましとお肌の引き締めのため、冷水でもう一度。
化粧水と乳液でお手入れし、戻りがけにキッチンでコーヒーを入れる。
そしてパジャマのままで、前夜からつけっぱのモニターの前に斜めに座る。
そっぽを向きながら、片手でタカタカタカとブラインドタッチ。
もう一つの手でドッシリした質感のある陶器のマグカップを掴んでいる。
犬の赤ちゃんがちょこんと収まってしまいそうな巨大なマグカップの中には、
ドリップコーヒーにインスタントコーヒー粉末得盛りを加えた
ドロのような液体がタップリ。
それをひっきりなしに口元に運ぶ。
清新な少女の顔の上に、やり手ババアのしかつめらしい皮をかぶせて
睨み付けているモニターの中には、
四人のプロファイル・カードが表示されていた。
今回の受験者達――
優柔不断のデクノボウや、キレやすいヒステリー女、
ヒトの話をマッタク聞かないオコサマ、
ヒトの話をゼンゼン理解しないオコサマなんかは
理想のタイプからはブッチギリ離れている。
- 40 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)03時26分50秒
- クオリティではなくて、タイプの問題だ。
後衛の『遠く高い視点』で現場を見て、
実弾ではなく声の弾を撃ちまくることの多くなった福田にとって、
ありがたい人材というのは、耳と脳が直結しているスナオなヒトのことだった。
――まぁ、理想と現実はちがうけど。
現に、福田の所属する班にはそんな奴はいない。
クセモノ揃いのハンターの中でもトンガった面子の集まるゴチャマゼ中澤班では、
単純に従順な奴なんて、パシリの挙句に戦地でさようなら二階級特進、だ。
ハンター試験は選抜試験ではない。
受験者は受験資格を持っている時点ですでに選ばれている。
後はよっぽどのヘタレで無い限り、
試験期間のスケジュールを無事に終えたものは皆、合格者となる。
よって、試験期間のスケジュールは強化訓練の意味合いが非常に強い。
クセが残るのは承知の上で、いかにして使えるタイプに近づけるか。
モニターの中でシミュレーターを複数起動させ、スケジュールパターンを打ち込んでゆく。
- 41 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)03時31分33秒
- 【精神】……【決断力】……『欠乏選択テスト』……right.
【体力】……【瞬発力】……【脚力】……(強度4)……right.
【知識】……【戦略】……『班単位基礎』……right.
途方も無い項目の組み合わせの中から、勘と経験で特訓に優先される要素を
絞込み入力して結果予想の出力を待つ。
ううん、とオンナノコの声で伸びを打つと
「福ちゃぁーん?お仕事ご苦労様さまっ!」
もっともっとオンナノコの声がした。
いまだ日は上がりきらず、空は薄赤い。
そんな朝っぱらから、元気はつらつのお日さまのような娘。
ごっついボリュームのサンドイッチをカプカプ齧りながら
福田の部屋を横断する。
「あのさぁ……勝手に合鍵使うのはいいけど、せめてチャイムとか」
非難をよそに、爽やかに笑う娘。
「なっちの声がチャイム、チャイム」
安倍は福田の肩に腕を巻きつけてのしかかってきた。
福田の鼻先に白い皿を突き出す。
皿の上には三角形のハムとマッシュエッグのサンドイッチが一切れずつ。
「なっちが福ちゃんのために作ってきたんだよ?」
いいつつ、自分も手にもったソレをモソモソ食べる。
- 42 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)03時39分54秒
- 「あーあ、こーんなマズそうなコーヒー飲んでぇ。体によくないでしょう?」
と、安倍が福田のマグカップを人差し指で弾けば
「そもそも体にいい仕事なんかしてないけどね。
さーて、なっちとあたしとどっちが長生きできるかなぁ」
「もー、福ちゃんはぁ……」
寂しげに微笑む安倍に心痛まないわけでもないが、いつものこと。
この程度のやりとり気にしていたら、
命を預けあったオツキアイなどできっこない。
そう思っている福田は、仲間には――
とりわけ、脳天日本晴れ風にカラっとヌケている安倍には、
ブラックな軽口をよく叩く。
- 43 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)03時40分41秒
- 「なっちはズルズル長生きしそうだよねぇ。
あたしは日々ゴリゴリすり減ってく感じだってのに」
「なにいってるの年下のクセにぃ。
そんなんだから『福田さんはオバちゃんくさい』って言われるんだぁ」
「……誰がんなこと言ったの?」
こめかみをピクつかせるしっかりモノのミドルティーンの少女に、
若干二十歳を迎えてなお童女のように愛らしい顔もできる安倍はニッコリと
「加護」
すがすがしいぐらいにチクる。
「――あの子にはまずヒトとしての口の利き方を叩き込んでやらないと……」
このように日頃のワルい行いは、いつかどこかに巡りめぐってくる。
はっちゃけ大爆発のハンター試験受験生、
加護はこんなところで福田試験官の不評を買いまくっていた。
- 44 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)04時10分23秒
- 「へぶちんっ!」
ブサイクなクシャミを一つ。
加護は口元に飛び散ったツバを手の甲でぬぐいながらベッドから上体を起す。
クーラー入れっぱで寝たのが良くなかったのかなと反省しつつ、横を見る。
二段ベッドの下を領土にしているはずの辻が、
加護の領土でタオルケットを独り占めにしていた。
茶色のタオルケットをぐるんぐるん体に巻きつけて、
かたっぽの足だけをにょっきりつき出している。
イタズラで皮をむしり掛けたミノムシに似ていた。
だから辻の皮を全部はいでみた。
ついでに二段ベッドの上棚から床にぼてっと突き落とす。
床の上に素っ裸でべたっと広がってむぎゅぐにゅ言ってる辻は
過激な夜のバラエティ番組も目じゃないほどシュールでオモロかった。
「いひひひひ」
なんて三流悪役笑いをして、ベッドからえいやと飛び降りる。
- 45 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)04時11分13秒
- オコサマ・イソウロウ・ツカイッパ。
三重苦を背負っている加護と辻である。
二人住まいなのだが、与えられた部屋は福田のよりややレベルダウンしたものだ。
キッチンはなし。ワンルーム領域は一回り小さい。
なのに、二人分の家具や持ち物が好き勝手に置かれているので、
ずいぶんとセセコマしい。
おもちゃ箱のような部屋の中、足元も見ずに加護は歩く。
食べかけのパンやCDケースなんかの踏んだらドカンのトラップを避けて
ユニットバスにたどり着く。
ばしゃばしゃ顔を洗って部屋に戻ると、
辻が世界の摩訶不思議を問い掛けるようなテツガクシャの顔で
パジャマを着なおしていた。
- 46 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)04時13分56秒
- 「パジャマ着てどーすんだぁ?洋服に着替えなきゃ」
「んー?」
辻が壁飾りを見た。
小さな洋風の小屋だ。材質はクラシカルな木製だが、デザインは子供マンガっぽい。
「てい」
スイッチを押すと、可愛らしくキャラクター化されたハトが窓から顔を出す。
ぽっぽー、ぽっぽー。
と七回鳴いた後、ぐるぐるネジのように回りながら小屋に戻っていった。
帰り際のハトの挙動によって、クォーター単位の分がわかる仕組みだ。
- 47 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)04時14分49秒
- 「はちじぐらいだ」
辻は眠そうに目をこする。
「七時だよぉ。はよぉ支度して試験に行こぉ」
「しけん、いきたくない。
すっごくたいへんだって、つじなんかないちゃうよって、
いいらさんがいってたもん」
口ではイヤがりつつもパジャマをぽんぽん脱ぎ捨てて、
パンツいっちょで洋服ダンスに頭を差し入れる。
「あぁ、そのオーバーオールはうち着ようとおもっとったのにぃ」
「はやいモンがちだもん」
「なにぉお?」
「んなぁあああ?!」
「こほぉっーこほーっ!」
どんがらがっしゃんの騒動の末、
被害は無数の引っかき傷とびりびりのオーバーオール一枚。
ジャンパースカートに着替えた辻とハーフパンツの加護は、
左と右を向いて廊下に出た。
- 48 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)04時17分05秒
- 「あ……よっすぃーのにおいがする」
部屋から出たとたん、辻がつぶやく。
「え?どこ?」
加護にはわからない。
測定値上では、辻の五感は加護の五感全てを上回っている。
「おしえたげないもーん、もーん」
ニタリ。
辻は爆速スタートダッシュをキメて忽然と姿を消した。
「あああー!」
即、追いかけようと、思って逡巡。
――外から来るんやから、玄関近くにきまっとるやん。
この判断力が加護を辻と対等以上のものにするときがある。
加護はひょいっとテレポートする。
- 49 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)04時17分58秒
- そして石川と連れたって、ぼおとロビーを歩いていた吉澤は、
地を走る辻砲弾と空からの加護爆弾を受けて
「うがぁぁ!!」
潰れかけ、ガッツで踏ん張る。
「よっすぃー」
辻は首っ玉にしがみ付こうと、吉澤の腹をけたぐって一気によじ登る。
「よっすぃー」
加護は肩車の姿勢に落ち着こうと、吉澤の頭を押さえつけて肩をまたぐ。
「んだぉ、おまーらぁ!」
激しく身もだえした吉澤に耐え切れず、加護は隣接した石川に乗り換えた。
「梨華ちゃーん」
ちゅっ。
「きゃ」
唇についばむようなキスを受けた石川は、
動揺しながらも加護を落とさないように両手でしっかり抱きとめている。
- 50 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)04時20分08秒
- 加護はコアラのように石川に抱かれながら、顔を吉澤に向けた。
「あらあらら〜。今日のよっすぃ、女装がおにあいですねぇ?」
服装を整えてきた吉澤への賞賛三分、からかい七分に言う。
「それは違うよ、加護ちゃん。よっすぃはオンナなんだから女装は出来ないの」
石川が生真面目な声で語りだした。
「だから、よっすぃが似合うのは、男装」
「あ、そっかぁ」
「チガウっっ!梨華ちゃんも違ってる!余計なフォローすんなよぉ〜」
吉澤が拳を握って嘆き、石川は口に手を当てて困惑する。
加護が石川の腕の中でケタケタ笑い、
辻は吉澤にきゅっとしがみ付いてほへーと安らいでいる。
こんなメンツが次世代のハンター達だった。
- 51 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)04時21分49秒
- 今回更新
>>32-50
<次章に続く>
- 52 名前:第三話 よろしくハンター協会 投稿日:2001年09月20日(木)04時37分34秒
- 遅れましたが、更新です。
レス、ありがとうございます。
>>28
情けない話ですが、統一感はおざなりに書いています。
纏まりを持たせたいとも思いますが、荒れがちに書きたいとも思うので
この先もぐちゃぐちゃ文体になると思います。すみません。
- 53 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月20日(木)09時33分21秒
- 祝!更新!
相変わらず独特な雰囲気で面白いです。
待ってた甲斐がありました。
- 54 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月20日(木)13時29分00秒
- 作者たんも絶対戻ってくるよ!と信じていたよ。
- 55 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月21日(金)19時07分08秒
- >リッターバイクみたいなドデカいカノン砲
って、そんなもん使ってるのか!トレードマークってことは頻繁にか!!
クールなスパイナーだと思ってたのに…
- 56 名前:dis 投稿日:2001年09月26日(水)01時18分44秒
- ずっとお待ちしております。
がんばって書いてください。
- 57 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)03時23分13秒
- 第三話 三章 起立!
- 58 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)03時26分07秒
- 誰が言ったか。
『机に地位がある奴ほどよく喋る』
「で、あるからして……諸君には自律と自覚と自尊を……」
これも誰が言ったか。
『説教ヤロウとラッパーは韻を踏むのがだいすっき』
学校の大ホールでナガナガ聞かされるて貧血者多数。
その類の長いオコトバをしょぼい会議室のトイメンで聞かされていた、
ハンター資格受験者達。
と、いっても二人だけ。
「強力な力を持つ諸君等には、力を振るうという事柄についての本当の意味を……」
吉澤は、無愛想なツラでコウセイショウの役人、ヤマザキの訓示をやり過ごす。
石川は涼しい顔で、直立不動のユウトウセイ様をやっている。
つまんない話にうんうんと頷いたりしている生真面目さはキショくもあるが、
なんか学ぼう、学ぼうと毎日ケンメイになってる石川らしいと微笑ましくもある。
辻加護はいない。
入隊式の前、トイレに行くと言ったっきり帰ってこない。
――あいつら逃げやがった。
吉澤は要領の良いセンパイ二人を嫉み、カカトをグリグリこねてイライラをネジ潰す。
――いいなぁ。じょーしき考えないガキんちょってうらやましい。
- 59 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)03時31分36秒
- ふんぞり返ってヤマザキが退室すると、入れ替わりに派手な女がやってきた。
オフィスヤンキーとでも呼び表そうか。
金髪カラコン、キアイの入った派手な格好でもキャリアのありそなフォーマル風。
女は両脇に、ぐたっとした辻加護を抱えていた。
ぶん、ぶん、と辻加護を左右に豆まきして
「中澤班の責任者、中澤です。ああ、座ってええよ」
言葉が終わると同時に、辻加護は天井にぶち当たって落ちてきた。
「……おーい、大丈夫?」
すぐそこの床の上で平べったくなった辻に小声をかける。
もそっと立ち上がった辻は、吉澤の隣に着席した。
目がくわっと見開いている。
膝に置かれた拳がガクガク震えている。
長い机の上に墜落した加護にいたっては、
そのまま机の上でガチガチに正座をしている。
――傍若無人なワルガキをここまで怯えさせるモノは……
吉澤はオコサマたちの両ホッペにでっかいモミジマークを発見し、
慌ててビシッと居ずまいを正した。
「加護ちゃん、机に足を乗っけちゃお行儀悪いでしょ」
人差し指と小指を立てる石川だけが、ただひたすらにマイペース。
- 60 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)03時45分01秒
- 班責任者のあいさつはそれだけで、即、訓練が開始された。
「はい、基礎訓はチャキチャキ動く」
重りの入ったトレーナーに着替えさせられて、ランニング・腹筋背筋。
つるっとした垂直な壁を幾往復。
「あのぉ、なかざぁさん?質問していいれすかぁ?」
単調だが運動強度の高い午前の訓練を終え、息も絶え絶えで加護が言う。
「なに?」
「なんかぁ、加護だけぇ、厳しくないですかぁ?
……てか、よすぃとりかちゃんはともかくぅ……」
年長二人は、年少二人よりも厳しいメニューを与えられていた。
- 61 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)03時47分18秒
- 石川は完全にグロッキー。
吉澤はへとへとになっていながらも、石川の面倒を見てやっている。
疲れでよどんだ意識の中、普段のような照れっぷりもなく。
ダイタンに石川にヒザマクラをしてやり、冷えたタオルを額に押し当てて、
ペッドボトルの水を口元に当ててやる。
まだ元気を余していた辻は、ぐたぐたっとラブラブしている二人を手伝おうと、
ほてった吉澤の頭にミネラルウォーターをぶっかけたり、
真っ赤な石川の顔面に水と間違えてコーラをぶちまけたり。
吉澤は怒りもせず、白目がちで逝っちゃった顔をぽかんと空を向けたまま。
苦しげにむせ返る石川の背中を機械的にさすりつづける。
「ののより加護のメニュー多いのってなんでぇ?」
「そうやね。なんや知らんけど、明日香の組んだメニューがそうなっとるから」
言うまでもなく、加護にオバちゃん呼ばわりされた福田のささやかな愛のムチである。
合宿が終了するまで、後、七日。
カリカリに組まれた加護の激辛メニューは続く。
- 62 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)03時47分53秒
- ――五対四、なのである。
生徒達はフォワードの下に付くことになるので、、
バックアッパーである中澤、福田、石黒は除かれる。
受験生に密着して午後の個別指導を行う教官は、飯田、安倍、保田、矢口、後藤の五人だ。
マンツーマンには、一人多い。
- 63 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)03時53分23秒
- しんとした会議室に二人。
「というわけで」
ショッパナの言葉がコレ。
どういうわけなのだろうと石川は思うが、口にはできない。
「当分、カオが石川の先生ね。よろしく」
飯田は知らない顔ではない。
焦点の合わないカメラのレンズじみたデカイ目が印象的な、
何を考えてるかよく分からないヒト。
けれども気性は優しく、面倒見がよいお姉さん。
背に鷲の羽根を隠す鳥人である。
「よろしくお願いします」
石川は差し出された手を握った。
とたん、全身が総毛だつ。
飯田はいいヒトだ。
頭ではわかっている。
だが鳥恐怖症の石川の体は、どうしても飯田を受け付けなかった。
「トリ、苦手なんだってね」
石川の顔色を見た飯田。
「なして?トリはいいよ。綺麗な大空をすぅっと飛んでいけるんだよ。
あの空の果てまで飛んでいけば、地上からは見えなかったステキな
『何か』が見れるのかもしれない」
石川は得体の知れない『何か』など見たくはない。
- 64 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)03時54分38秒
- 「えーと、ちっちゃい頃に鶏に襲われて、それ以来……」
「ウッソ?マジ?」
飯田が目と口をまんまるにする。
「だってアンタ、天下のキュウケツキでしょ?ニワトリ?ニワトリだよ?」
「はい……」
「チキンだよ?チキンにキュウケツキが襲われるんだよ?ナゲットのあれだよ?
骨なくてやらかいアレの。へンでしょ?だしょ?」
「あんまり強調しないでください……」
ナゲットの元に襲われたなんて言われ方は、
キュウケツキうんぬん抜きでカッコワルイ。
- 65 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)03時58分41秒
- 「……よっし、石川」
席を立った飯田は、石川の肩を抱いて天井をビッと指差した。
石川は鷲に捕らえられた兎のように縮こまってプルプル震える。
「この訓練期間で、カオリと一緒にトリになろう!」
「――え?」
「石川がトリになれば、トリが怖くなくなるでしょう?」
「そう……なんでしょうかねぇ?」
今よりも自分が嫌いでたまらなくなるんじゃないだろうか、
とネガ思考に走ってみたり。
――それ以前に、トリになるってどうすればいいのだろうか。
両手に羽根でもつけて、バタバタ走って崖から飛ぶのだろうか。
テレビで見た、トリ人間コンテストが石川の頭をよぎった。
イヤな動悸でドキドキしながら飯田を見る。
ガラス玉みたいにな目の中に、理解できない異質な炎がちらちらしていた。
――やりかねない。やられかねない。
石頭を抱えてイヤイヤをする石川。
飯田は石川の両手を強引にとって上下に振った。
「そうだよ。よし!そういう訓練しよう!」
石川は泣き笑い。
勘弁してください、飯田さん。
……助けて、お願いよっすぃ〜。
- 66 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)04時05分01秒
- 会議室はガイガイと沸き立っている。
「なんでやぐちさんなんですかぁ!」
「しゃーないだろ、そう決まったんだから」
「辻のせんせいは飯田さんって、前に決めたじゃないですかぁ!」
「時代は変わるんだよ!わかれ!ハンターになるんだろ!」
矢口が席を蹴って中腰になって怒鳴る。
辻はべそべそ泣き出した。
矢口はムッとして席についた。
誰も入ってくるはずのない入り口の方に顔を向けて
「んだよ。お前そんなに矢口が嫌いかよぉ……」
「嫌いじゃないですよぉ……でもぉ……」
辻はくしゅっと鼻をすすった。
「やぐちさん、おかし作ってくれますか?」
「なんだそれは!矢口はお前のお母さんかよ!」
矢口が怒鳴ると、辻はぐしゅぐしゅする。
――だっからオコサマは苦手なんだよ。
ワガママ言いたい放題で、ちょっと叱ればカワイイ顔で泣く。
矢口はトホホと息をついた。
これじゃ矢口がアクニンじゃんか。
辻加護達と働くようになってから、矢口の地声はデカクなる一方だった。
――こっちだってスキで叱ってるんじゃないんだぞ。
- 67 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)04時07分46秒
- 「あー、もう。これやっから泣くな」
辻はもらったモノの包み紙を剥くと、ぽいっと口に入れる。
れろれろして、
「これ、なんですか?」
「口に入れてから聞くなよ……」
辻が死ぬとしたら殉職よりも、食いすぎか食あたりの可能性のほうが
高いんじゃねーかと、矢口は思って苦笑する。
「ぷーさんのハチミツキャンディーだよ。おいしいか?」
辻は両手でほっぺたを押さえて
「おいしー」
その手を前に出し、ブラブラさせる。
「もっとくださいー」
矢口はぺしっと辻の頭をはたいた。
「バカ、調子にノンな」
てへてへ。
口に食い物を突っ込めばすぐの事。泣いた辻はもう笑った。
「ホント、お前はもー」
矢口もつられて笑う。
まるきりガキンチョだけれども、矢口のコウハイの一人に違いない。
いっちょ、転がして遊んでやっかな。
ころころころっと様子を変える辻に、そんな気にさせられる。
「よーし、訓練、はじめっるぞぉ!」
「へーい!」
ちっちゃいペアは、互いの手を打ち合わせて気勢をあげた。
- 68 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)04時13分19秒
- 隣室に比べ、会議室はジトっとしている。
「……」
「……」
あまり面識の無い保田の前で、加護は借りてきたネコのように大人しい。
それがかえってやりにくい。
矢口の前でのように暴れまくってくれたら、コッチもキリキリ出れるのに。
「えーと。よろしく」
「よろしくおねがいしまぁす」
ぎこちない挨拶を交わし、互いの出方を伺う。
「……加護は、お昼ご飯は食べたのかな?」
「まだでぇす」
「どうするの?」
「えーとぉ。今日は食堂で食べまぁす」
保田はバックからランチボックスを取り出した。
「これ、食べていいよ」
生徒にクソマズイ飯を食わせて、ノンキに美味いメシを食らうのは
ありあわせの師弟関係に致命的なヒビを入れるだろう。
自分が食べ物屋をやっているから、ゾンブンに知っている。
クイモンのウラミはオソロシイのだ。
- 69 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)04時14分32秒
- 「いいんですかぁ!」
加護の目が輝く。
辻のアイカタらしく、加護もケッコウなくいしんぼ。
保田のサンドイッチカフェの評判は、もちろん知っている。
「あたしはダイエット中だし。それに午後の訓練で動くのはアンタだからね」
加護が特上のナツッコさを発揮した顔で
「えへへぇ」
受け取って、ボックスを開ける。
「うわぁ〜、すごー」
お店自慢のサンドイッチボックスを無邪気に喜んでもらえれば、
保田も悪い気はしない。
「すごいですぅ、これ保田さん作ったんですかぁ?」
「まぁね」
「うわ、意外ー」
「こら、なんだそれは」
保田はサンドイッチにがっつく加護を優しく見守った。
――加護が保田に対してガチンコイタズラを食らわす日も遠くない。
- 70 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)04時16分51秒
- 吉澤が指定された会議室に入ると、床にヒトが寝ていた。
「……」
カワリ者にもすっかり慣れた。
吉澤は横を通り過ぎて席につく。
「んぁ」
うつぶせに寝ていた後藤が起き上がり、何事も無かったように吉澤の前に座った。
「あの……顔にホコリのカタマリが」
「え?」
後藤はネコが顔を洗うように、拳で顔をゴシゴシこする。
「いや、昨日は朝まで仕事があってねぇ。眠いのなんのって」
言い訳のようなことを口にするが、
どういい繕ってもフツーの娘さんは地べたにホッペをつけて寝ない。
「大変ですね」
取ってつけたような吉澤の言葉に
「んああ、おかげさまで」
意味をなさない後藤の返答。
なんとなく気まずい空気が流れる。
「……いや、どーも。先日はゴメンね」
コンビニ前で殺しあった事である。
「いえ」
どちらかといえば被害者に当たる吉澤。
どういう顔をしたらいいのかわからず、無表情。
こうして殺人未遂の謝罪会見は稀に見るドライさで終了。
気まずさがモアモアと復活する。
「……寒くない?冷房、消そうか」
「……そうですね」
ぴぽ。
リモコンの音が大きく響いた。
- 71 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)04時23分16秒
- 気を使ってくれているようだが、後藤のテンションは低すぎた。
言葉の少ない後藤に合わせようとすると、吉澤も口が重くなってしまう。
親指の爪をこすり合わせてモジモジしていると、
「吉澤さんってさぁ、ごとーより年上なんだよね」
後藤が気だるそうにニイ、と笑った。
「そうなんですか?」
「うん、数ヶ月だけね。だからタメ口でいいよ」
「えー、できませんよぉ。だって先生なんでしょう?」
あはははは。あはははは。
二人でやらせじみた笑い声を立てる。
「吉澤さんさぁ。たしか事件で弟さんをなくしたんだよね?」
ピタっと声が消えた。
- 72 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)04時23分53秒
- 「……それがどうかしたんですか」
「ごとーもなんだよね」
後藤は顔を笑わせたまま、体温だけを下げた。
「ごとーも、弟なくしちゃったの。去年。事件で」
吉澤はパカっと開きかけになった口を結んだ。
丸い目を後藤の切れ長の目に合わるた。
まるで似ていない形の目は、それでも似ていた。
「うちら、似てない?」
吉澤の心を読んだかのように、後藤が言う。
「かも」
そして示し合わせたように、ヘラヘラと気張りない笑いを同時に浮かべる。
後藤が立ち上がった。
「外、でようか。このへん案内したげるよ」
吉澤は意識して、
「うん、お願い」
タメ口っぽく言ってみた。
- 73 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)04時26分19秒
- 余りモノは妹分の仕事場にたむろしていた。
「福ちゃーん、なっち暇ぁ、暇ぁ」
「うるさい!あたしは書類の整備で手一杯なの!」
「だって、なっちは暇だっしょ。
なっちが面倒見てあげられるのは福ちゃんぐらいしかいないしぃ」
キーボードをゲンコツでぐりぐりと、
モニターを布団のようにパンパンと叩く人材はデスクの邪魔である。
「……なっちには本業あるでしょ。ほら、大阪に仕事行った行った」
「そうだぁ!福ちゃんも一緒に行くべさ」
「行けるわけ無いでしょ!あたしは仕事、なっちも仕事!」
生徒たちと教官たちと、それ以外と。
新・中澤班は動き始めた。
- 74 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)04時28分05秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
- 75 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月01日(月)04時30分49秒
- 今回更新
>>57-74
- 76 名前:なつめ 投稿日:2001年10月01日(月)06時52分39秒
- 更新待ってました!
最近知ったにわかファンですが、すごいハマってます。
楽しみにしてるので、御自分のペースで頑張ってください。
- 77 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月01日(月)23時19分32秒
- 意外な形の吉澤&後藤コンビが微妙なツボ(藁
今回もおもしろかったです!!
- 78 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月02日(火)00時31分02秒
- GOOD JOB!
- 79 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月02日(火)22時40分09秒
- 師弟かおりかは笑えるなぁ
- 80 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月04日(木)02時41分09秒
- もうレスを溜めすぎてなにやら分らなくなりそうですが、
今更のレス返しです。
>>4-7 復活即死状態でしたが、ここしばらくはなんとか書いていけそうです。
>>8 お待たせしましてすみません。
>>10-18あたり 錆の方もぼちぼちといきます。
>>20 ありがとうございます。過去ログへのレスも無論歓迎です。
>>26 ろまんです。
>>27 できるだけ頑張ります。
>>28 えーと、>>52 でこたえましたね。
>>29 一応、主役ですんで。
>>30-31 こうしてみると、遅筆を謝ってばかりのようだ……スミマセン。
>>53 ぶっ壊れのまま変わらずいられるようにいたいのですが、なかなかに。
>>54 ただいまー。
>>55 クールだったりホットだったり。
>>56 やります。
>>76 うれしいですね。がんばります。
>>77 よしごまもいいですね、と無節操を明かしてみる。
>>78 THANK YOU!
>>79 いいらさんが全てです。
- 81 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月04日(木)02時47分55秒
- それほど長生きしているわけでないが、二回。
死んだ、と思った事がある。
ハンターという職についてるモノとしては、
むしろ少なすぎる回数なのかもしれない。
だが、ポイントとなるのはどちらも非勤務時の
日常の中で起こったという所だ。
- 82 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月04日(木)02時50分53秒
- かやぶきの屋根がわれ、囲炉裏の灰が散った。
暗い夜の裂け目から、吹雪がごうごうと吹き込んできたさまを覚えている。
あんまりびっくりしたので、飛び起きた時には
ちっこい灰色狼に姿を戻していた。
隣のオジサンがなんでうちの土間に立っているのだろう。
と、不思議に思ったが、
オジサンが真っ黒な人影と重なり合って壁にたたき付けられたあたりで、
おぼろげながらも状況を理解した。
悪いヤツらがやってきた。
「逃げろ!逃げろ!」
言われて、木窓を突き破って転がるように外に出た。
夜の村は狼と人の泣き声でいっぱいだった。
ひんひん鳴く声を間近に聞いて見てみたら、
隣の家の金色狼の子供たちが、ニンゲンの姿のまま引き裂かれた
オバサンの周りで鳴いていた。
(なにやってんだよっ!逃げろ!)
ぎゃんと一声吠えてやっても、子狼たちは鼻先を母親の血だまりに
つっこんできゅんきゅん鳴くだけ。
ふと、自分の母親の事を考えたが、すぐに思いはふっとんだ。
真っ赤な目をした大ガラスがぶわりと舞い降りてきた。
つるはしみたいなくちばしの先にはオジサンが突き刺さっている。
ぎょろりとした白い目。
- 83 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月04日(木)02時52分21秒
- 頭んなかがぐわぁぁぁっとなって、こわくてこわくてもう何がなんだかわかんなくなって、
まっすぐ突っ走ったら子狼にぶつかって、
とっさに一匹首根っこに噛み付いて、もう一匹を前足でけっ飛ばしてけっ飛ばして、
狼のままでサッカーをする時みたいにドリブルして雪道をしっちゃかめっちゃか走っていたら、
がくっと体が落ちた。
極寒の真冬にも凍らない荒川の濁流に飲み込まれ、
体毛が編み針みたいにガチガチに逆立ち、
手足がピンと突っ張って。
ああ、死んじゃうんだ。
あの時はそう思ったのに、きっちり生き延びていた。
- 84 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月04日(木)02時59分50秒
- 二回目はハンター資格を取って里から離れ、宿舎に寝泊りするようになったときだ。
やっぱり夜更けに起こったことで、火薬の匂いで目覚めた時にはやっぱり遅すぎた。
同じ釜のメシを食っている、鈴木とかいったフツーの名前のキュウケツキだった。
食堂でセルフサービスの茶をとってやったことがある。
共同風呂の脱衣所で湯加減を語った事もある。
その鈴木が目の前で、両手にガンキャノンをぶら下げて、顎で安倍を引きずって、
中澤班のメンツがごろりごろりと転がっている廊下を歩いている。
- 85 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月04日(木)03時01分02秒
- 鈴木はこちらを見ると、ぷっと安倍を吐き捨てて血の色の瞳を向けてきた。
見くびっているのか、魅了でも威嚇でもない、ただの視認の目。
ささいな動きの速さ、強さからキュウケツキを『未来視』する。
動体視力、筋肉の柔らかさ、不敵な表情。
多数に枝分かれする結果は全て、圧倒的なビジョンだった。
鈴木は見くびっていなかった。わかっていただけだ。
最善の策は動かないこと。
冷や汗を滲ませて、猛獣を見る。
目前をぶらぶら歩いてゆくキュウケツキをスルーする。
『だが、向かいの扉からひょっこりネボケ顔を突き出した後藤には
そのビジョンが見えていない』
- 86 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月04日(木)03時04分20秒
- 後藤が跳ね飛ばした扉とキュウケツキの間に、
狼に変えさせた体を弾丸を撃ち出すつもりで鋭く飛び込ませた。
死ぬだろう、と、どこかで覚悟していた。
右肩に牙が食い込みかけた時、どぉおおんと衝撃が来た。
瀕死状態で意識を失っていた矢口が、バケモノの殺気が濃くなった空間に向けて
無意識に発砲したということは、後から聞いた。
背中から床に叩き付けられ、起き上がろうとしてた時に
右肩から先がなくなっていることに気がついた。
鈴木は魔眼で後藤を睨みつけて動けなくさせると、
右手で腹をずぶりと串刺しにして左手で頭を鷲づかみにし、
矢口に向けて叩きつけた。
三つ足になった灰色狼をその上に投げつけると、キュウケツキは行進を再開した。
悠々と。
ケモノの女王の足取りで。
- 87 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月04日(木)03時08分06秒
- キュウケツキの持っていたガンキャノンは射撃場に備えてある物だった。
だから、襲撃はこの場所から再現される。
順番を間違えてはいけない。
まずはID認証の偽装。これで多くのトラップはクリア。
『一見身内』に向かって飛ぶトラップなんかあまりない。
その数少ないトラップを解除してゆき、
それから武器庫の扉を開ける。
ロッカーの鍵を端から全部開けてゆき、
ガンキャノンを二丁と手榴弾を持てるだけ取ってゆく。
それでざっと二時間といったところか。
額から濃度の濃いサングラスを下ろし、黒い革ジャンの襟を立てた。
人狼の里の生き残りでも元中澤班の銀狼でもない。
赤い目をもつ黒いバケモノになる。
- 88 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月04日(木)03時14分45秒
- 受験者用に用意された畳敷きの八畳間は吉澤のアパートよりも広く、
青畳の甘い匂いに「ハンターっていいなぁ」とアコガレが強まる。
ごろごろする。
端から端まで、存分にごろごろする。
家具にぶつからない広さ。すんばらしい。
転がりまくっていると、
「よっすぃ〜」
石川のアキレ顔にぶつかって、しぶしぶと起き上がった。
一人一部屋。トイレ付き。バス共同。
食事は食堂で(朝・昼・夕食の規定時間内に注文した食事は無料。以外は有料)
の、はずなのだが。
脇には石川がちょこんと正座でひかえている。
しかも、部屋から持ってきた枕を抱えている。
何かをアピールしているのかもしれないが、
あえて吉澤は問いたださないで荷物の整理を始めた。
- 89 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月04日(木)03時19分46秒
- 「後藤さん、梨華ちゃんに『ごめんね』だって」
教育係からの伝言を伝えた。
「たぶん、後から本人が直接あやまってくると思うけど」
「……どうかなー、来ないんじゃないかなぁー」
あごに手をやったマンダムポーズを取る石川。
「梨華ちゃんがそういうこと言うの珍しいじゃん」
「んー」
ちゅっと唇を尖らせる。
「だって後藤さん、キュウケツキに二回殺されかけてるんでしょ」
二人とイザコザをおこした後藤をフォローするために教えてくれた、
保田からの情報だ。
吸血鬼ハンターを父親に持ち、報復行為で吸血鬼に故郷を潰された。
ハンター見習いとして宿舎にイソウロウしていたときに、
協会内で吸血鬼による暴動事件が起こって瀕死の重傷を受けた。
ずいぶんとダイ・ハードな人生だなと客観的に思えなかった。
吉澤も石川も似たようなものだ。
どこかしら『復讐』『因縁』の二文字を背負ってるハンターは少なくない。
加護や辻のように『由緒正しい因子もち』で、
畑を継ぐようにハンターになるヤツの方がレアである。
- 90 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月04日(木)03時27分50秒
- 「私もニワトリに殺されかけてのトリ恐怖症だから……
後藤さんもキュウケツキが嫌いってのもしょうがないかなぁって思うんだ」
本題と違うトコがツボにきて、吉澤は吹きだした。
「なぁにぃ?りかっちニワトリに殺されかけたのぉ?どゆこと?おせーて?」
「……っ」
石川は枕をぎゅっと抱き締めて泣きそうになる。
「――ニワトリはマモノだよっ!」
拳をぐぃっと握って熱弁。
「小学校の時っ!飼育小屋に入ったとたんっ!
ライオンみたいなおっきいニワトリがクケーって!
何百匹って私にっ!私にっ!」
どんな小学校だ。
「いや、それはナイそんなのニワトリじゃない」
「今日だってヤダってのに訓練でハネマクラで寝なきゃいけないしっ!」
「……訓練なの?それが?」
なんだが石川さんと飯田さんの訓練内容がエラク気になってくる。
「ハネマクラなんかで寝たら夢でニワトリに襲われるよぉ……
でもそしたら夢の中によっすぃーが助けにきてくれるかなぁ?……」
ロマンちっくな甘え声でなく。
んなこと吉澤の知ったこっちゃない。
寝言は寝てから言ってくれってなもんだ。
- 91 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月04日(木)03時31分26秒
- 「だいたい私、夜行性なのにぃ……昼間起きて夜に寝るなんて……」
うるうるショボンとしている石川の頭をぽんぽん叩いて
「――キュウケツキって、ホントにそんなに強いもんなのかなぁ」
「なによぉ」
石川は目元を拭う。
そのまま指で目じりを引っ張って
「目、なんだってね」
「目?」
「本当のキュウケツキは噛み付いて血で縛るだけでなく、目でヒトを支配するって。
安倍さんが」
「目、ねぇ」
「保田さんも安倍さんも、それでダメになるって。
キュウケツキに支配されたらまともに戦えなくなるって」
そういえば、マスターとしての吉澤が
従者の石川を『縛る』ときも目を見つめてからだ。
じっと、目を見る。
「どう?私の目から何か感じる?」
鼻にしわを寄せて見つめ返してくる。
――色っぽい。
吉澤は目をそらした。
- 92 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月04日(木)03時34分17秒
- 「……フェロモン、出てるよねぇ」
雰囲気にむせ返りそうになって、横で鼻息を出す。
落ち着かない口元をむぎゅっと曲げる。
「フェロモン?フェロモンってのは虫とか動物が交尾のために
異性を誘うように出す物質で私の目からそんなものがでるわけ――」
「まったまった!梨華ちゃんいつの間にンナ賢くなったわけよ?」
「……でてるのかなぁ。フェロモン……
キュウケツキはフェロモンが目からビームみたいにでるのかなぁ」
マヌケたことを問いただされる。
なのに、笑いとばせない。
石川の透きとおった目に、つややかな唇に、かぼそい喉に。
そこいらばっかりに意識が惹かれ、吉澤のうめきが胸で詰まる。
- 93 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月04日(木)03時37分24秒
- 「ねぇ、よっすぃは私にフェロモン――」
手が肩に置かれて首筋を撫であげられる。
喉元を通り、あごへ。
親指と人差し指で顔を上に向けられて
「――感じるの?」
息が止まった。
石川の目がザクロ色に変わっていき、吉澤はその変貌にほぉと見惚れた。
唇に触られた時、心臓を握られたと思った。
「私を―」
何かをしゃべっているようだが、聴こえない。
うなずいて石川の手を取り、手の甲に口づけた。
微笑まれると、幸せな気分になった。
手の甲に歯を立てる。
薄い皮を噛んで咥える。
強く吸って口を離すと跡がついた。
花びらのような桃色に頭内をかき乱される。
これでは足りない、もっと赤い。
――何が?
ガキっと歯を打ち鳴らした音が骨を伝って直に内耳に響く。
感覚範囲が、内側だけに収束する。
- 94 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月04日(木)03時41分11秒
- 音もなくやってくるが、姿を見せると同時に
「よすぃ、風呂いくぞぉ!」
叫んだ。
呪縛が上書きされた。
ピタっとストップモーションの二人を見やり、ニヤリ。
壁も扉もフェロモンもゼンブ無視。
畳部屋のど真ん中にトンデきた、ぼくドラえもん。
黄色いケロヨン桶をヘルメットよろしく頭にかぶった加護曹長は、
玄関までテケテケ歩くと内側から扉を開錠して外に頭を出し、
「ののぉ、だめだよぉ。今、よっすぃとりかっちは大事なとこだから」
呪縛がとけた。
「なに勝手な解説してるんだよぅ!」
吉澤が加護の背中からタックル。
べたんと転げた加護は、ケロヨンの底でで吉澤の顔を押し離し、
「んー?よっすいは梨華ちゃんのご飯じゃないんですかぁ?血ぃ飲むんでしょう?」
きょとん、とあどけなくパチパチまばたきする。
- 95 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月04日(木)03時42分36秒
- 「ん……ああ、そうご飯ご飯ねぇ。……梨華ちゃんご飯は後でにしようねぇ。
先に風呂、風呂ね。あいよ、行きましょうか」
吉澤はえいやと立ち上がって、風呂セットを小脇に抱えた。
ニヤリ。
ニヤリ。
加護は辻とこっそり笑いあう。
辻と加護。見た目よりはオトナである。
「あ、お風呂!私も行く!やっとよっすぃと一緒にお風呂に入れる!」
「まだ言ってるよ……」
吉澤は苦笑しながら心臓の上を拳で押した。
握られているようなカンジがまだ残っていた。
けれども、石川と自分の変貌についてはスッカリ頭から消えていた。
赤い目も甲へのキスも、覚えてはいたが気にならなかった。
不自然なぐらいに。
- 96 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月04日(木)03時45分43秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
今回更新
>>81-95
- 97 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月04日(木)17時37分17秒
- そろそろ出てきそうですね、あの人が!
- 98 名前:way 投稿日:2001年10月05日(金)04時25分02秒
- 読み始めて3日!
ついに追いついたあ〜
- 99 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月06日(土)01時34分54秒
- 茶色いスリッパをはだしに引っかけ、吉澤は廊下をペタペタと音を立てて歩く。
黒地に白でロゴの入ったTシャツに短パン。
自宅での部屋着と同じカッコ。
左手の指の間に後藤のIDカードをはさんでいる。
昼間は周囲の施設を案内してもらった後、鉄の棒を使った格闘技訓練を行った。
『あとで別のトコも案内すっから。寝る前にちょこと来てね』
約束どおりに後藤の部屋を訪れてチャイムを押すと、
出てきたのはボサボサ頭に線目、線口の手抜きラクガキ顔。
「んー、あい」
シンプルな顔になった後藤がドアの隙間からカードを突き出した。
「これ、カギみたいなの。このへんならどこでもいけるよ。
てきとーにいってらっしゃい」
にーっと顔を横に引き伸ばし、扉を閉めた。
カードにプリントされた見目凛々しい美少女と、
へのへのもへじとの落差に戸惑い、吉澤は閉じた扉の前でぽかんとする。
『日本国認定 特殊生物捕縛・と殺許可 銃砲刀剣類保持・携帯許可……』
などとコワそうな字面がズラリ書かれたカードを手にしてぽかんとする。
- 100 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月06日(土)01時37分50秒
- セキュリティの崩壊というのはこういうところから始まったりするのだが。
そういうことに神経が回るほうでない吉澤ですら
こんなんでいーのだろうかと思いながら手の中でカードを躍らせる。
実のところ、このカードの使える範囲というのはさほどのものでない。
後藤がエースハンターといった所で、しょせんは腕っぷしジマンの一兵どまり。
上からの命令をハイハイこなすだけ。
ダイジなトコには触らせてもらえない。
それでもタダの受験生に比べれば、できる事は段違い。
使いドコロを知ってれば、福田の脳天沸騰モノのあーんなことやこーんなことだってできる。
けれどもタンジュン善良な吉澤。
あーんなことの類は思いつきもしない。
廊下の自販機にカードを差し込んで
ガシャコンと缶コーヒーなんかを買ってみたりして
おーカッケーなんて呟いてみる。
コーヒーをぐびっと立ち飲みし、カードの角でこりこり頭をかく。
――いってらっしゃいと言われてもさぁ。ドコよ?
ぐしゃっと缶を縦に握りつぶした。
- 101 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月06日(土)01時40分12秒
- このまま戻って布団にもぐるのも手であるが、
部屋には辻加護のバカ騒ぎと、
辻加護に食事をジャマされた石川のふくれっツラが待っている。
逃げるように出てきただけに速攻リターンする気にならない。
みんなが寝静まる頃合いまで、
あたりを一人でぶらり回ってくるものイイかも知れない。
人気のない宿舎は閉館間際の図書館と似ていた。
コギレイでひっそりしていて、まるでゴーストタウン。
カードで開錠できる扉を探して入ってみる。
調理室の狭さに驚き、貯蔵庫のレトルトご飯の山を見て納得する。
情報室のコンピューターの電源をつけてみるが、見たことのない画面と英語が出てきてアワを食う。
吉澤の好奇心など、このレベルである。
行っちゃヤバイだろうなと感じるトコには踏み入れない。
いつも心に安全パイ。
そんなスタイルだから、たいがいのヤッカイは向こうからやってくる。
地下階層への扉を開けて、階段を下りた。
踊り場をぐるりと回った時だ。
階下からこちらに上がってこようとする人物と正面から向き合った。
- 102 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月06日(土)01時42分36秒
- このクソ熱い時期に黒い服を着ていた。
この夜間省電照明の下でサングラスをかけていた。
まあるくパンパンに膨れ上がったずた袋を腹の所でカンガルーみたいに下げ、
両手に握った銃の、バットみたいな長い銃身を杖のように床に当てていた。
足を止めた。
じっと不審者を見下ろす。
「こんばんわ」
明朗なアイサツが飛んできた。
「……こんばんわ」
「おかしいね。今の時間この辺りは立ち入り禁止のはずなんだけど。
昼寝でもして中に閉じ込められたの?なーんて、どっかのネボスケじゃあるまいしね」
サングラスの下の口を横一文字に引く、クールな笑い。
- 103 名前:ひろ 投稿日:2001年10月06日(土)01時42分42秒
- リアルたいむ過ぎて…まだまだ長い更新が続くかな?
もう少しして また、来てみようっと…。
このお話の超現実感と、甚だリアルな感じの絶妙な
バランス … 好きだなぁ…。
- 104 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月06日(土)01時45分03秒
- 吉澤が握った拳をモモの脇につけて仁王立ちしていると
「ああ、驚かせちゃったかな。これ」
両手の銃ごとバンザイする。
「別にヒトを撃つ銃じゃないから、これは」
ぐるんとバトンのようにまわして、ぶっちがいに背中のホルダーに差す。
動作の一つ一つに、大道芸人じみたゴアイキョウがあった。
吉澤も愛想の一つも向けたくなって、
「おもちゃなんですか?」
「いや、マトック。
こいつから出るシコウセイチャクダンサクレツダンは
ドウタイを撃つにはショソクとイリョクの釣り合いが取れてないから」
漢文の試験問題を音読されたかと思った。
「……ま、壁掘り用ってこと」
マヌケ面をさらす吉澤に肩をすくめてみせる。
- 105 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月06日(土)01時45分52秒
- 「これで外壁を壊すことは出来ないけど、
近づいて撃てば足場の穴ぼこぐらいは作れる。
昇っちゃえば向こうは海だから、飛び込んでバイバイってわけ」
『バイバイ』のくだりで手を握ったり開いたり。
絵に描いたような不審者の、スクリーンの中のような振る舞いぶり。
それにリアリティがヤラれていた吉澤の回路がようやく動く。
――ひょっとしてこのヒトは、とてもアブナイことを言っているのではないだろうか?
「で、これがヒトを撃つヤツ」
魔法のように手の中に現れるカタマリ。
吉澤の知っている銃のイメージから遠いもので、
和菓子でも入っていそうな箱の形をしていた。
「この大きさでケッコウなスペックでさ。バケモノも撃てる。
音もばきゅーんじゃなくて、ずがーんって感じ。聞きたかぁ、ないでしょ?」
腕を真っ直ぐに伸ばす。
吉澤の胸と銃口の間に一本の線が生まれる。
「両手を頭の後ろに回して、うつぶせに寝て。大丈夫。殺さないから」
- 106 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月06日(土)01時50分14秒
- 一発ぐらいはなんとかなる。
まるでコンキョのない、空恐ろしいまでの楽観視だった。
吉澤の飛び降りざまのドロップキックをバックステップで避けると
黒づくめはおどろいて
「お前ニンゲンじゃないの!?」
「んあぁぁぁ!!」
着地直後、がむしゃらに飛びつこうとして、またかわされる。
もう一度と踏み出した足のど真ん中、
ナイフがグサっとぶっ刺さってつんのめる。
キアイ一発。
床に縫い付けられた足を蹴り上げればスリッパはロケットのように真上に吹っ飛び、
鮮血は宙に赤い弧を描く。
血を振りまいてナイフを引き抜き、前を見れば黒づくめはすでに遠い先。
箱型銃は消え、細い投げナイフ数本を片手で構え、
しなやかに前のめりにさせた半身をユラユラさせる。
- 107 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月06日(土)01時53分29秒
- 「守衛付きなんて聞いてないよ?」
「っしゃああ!」
吉澤が足から抜いたナイフをオーバースローで投げつければ、
煙を払うようにひょいと受け止めナイフの束に加える。
「なに?ドコまでやる気?寸止めなし?銃は?ルールはどうなってるのさ?」
不可解な事を言う。
この不可解さ、チグハグな感じには覚えがあった。
つい最近――道端で突然襲われた時――
「おーい!こりゃアクシデントだろ。パジャマでスリッパの守衛なんてバカげてる。
ゴシックホラーの幽霊じゃあるまいし」
黒づくめはサングラスを外して両手を上げた。
怪しげな黒づくめの服がまるで似合わないスッキリした顔立ちが現れる。
「市井紗耶香。投降します。
矢口あたり感じてるだろぉ!この状況何とかしてくれよぉ」
- 108 名前:第三話 起立! 投稿日:2001年10月06日(土)02時02分41秒
- <次節につづく>
今回更新
>>99-107
>>97 来ました。
>>98 追いつかれてしまいましたか。しばしお待ちください。
>>103 あまり長くありませんでした。また次回まで……
- 109 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月06日(土)22時48分09秒
- おお、ついにあの人が登場ですね
楽しみです
- 110 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月07日(日)21時30分09秒
- 第三話 四節 おかえりなさいが言えません
- 111 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月07日(日)21時32分28秒
- 「なんだよ!ごっつあんの次は紗耶香かぁ?!
おまえら狼男たちはオイラの飼い犬になんかウラミでもあんのかよ!」
「……ウルサくなったなぁ。昔はちっちゃくてカワイかったのに」
「今でもちっちゃくてカーイイよなぁ?やーぐち?」
「ちっちゃいちっちゃいウッサイ!」
「あと、カッチョ悪いから人狼のことオオカミオトコとかいうなガンスガンス」
「ガンスってなんだよ!紗耶香はムカシっからワケわかんねーよっ!」
「なんでもいいけどなぁ−。どう?紗耶香はなんかわかったん?」
「ドラキュラロールプレイも半端で終わっちゃったしなぁ」
「バカ犬のせいでなぁ」
「バカ犬のせいでねぇ」
「バカ犬、い、う、なっ!ごっつぁんが考えナシにIDカードなんか渡すからだろ!」
「そゆことするのがごとーじゃん……。イイカゲンわかってやれよ……」
「バカ狼のことなんかわかっか!」
- 112 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月07日(日)21時34分12秒
- 「怒んない怒んない。
……まぁ、セキュリティはかなり良くなったね。
コントロールルームの方で操作してもらわないと武器庫は開けられないし。
扉も壁も堅くて分厚いヤツに変えたみたいだし。
今ぐらいなら、あんな暴動もできないっしょ」
「あったりまえや。同じこと何度もヤラれてたまるかい」
「で、わかんないのが実験棟の件」
「やっぱ、ムリやったん?」
「途中まででも時間がゼンゼン足りないね。
宿舎で起きて、射撃場でしょ。カギ開けて武器とって、
戻って宿舎ん中を突っきりながら目ぼしいハンター襲って、壁昇って海に逃げる。
で、
『その時間のどこで、移動ルートから外れてる実験棟から因子サンプルを盗んだか』
一年前からの謎はアイカワラズだぁねぇ。
人狼じゃなくて名探偵のコナン君でも呼んでよって感じガンス」
「だからぁ。誰か他にいたんだろ、協力者」
「誰さ?」
「そりゃ。言わせんなよバカぁ……」
- 113 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月07日(日)21時36分21秒
- 「そういう結論にしかならんのかいな。あー、イヤヤなぁ。キショイわ。
背中がゾワワっってする」
「だからさぁ。ニンゲンの団体が後ろ盾の組織なんて、
魔窟みたいなもんなんだってばさ。ラボの檻の中さぁ」
「だからってホイホイ辞めらんないよ。矢口たちは」
「二人ともニンゲン上がりだもんね。
矢口は家族いるし、裕ちゃんだって今さら一ヌケは出来ないか」
「紗耶香だって、後藤」
「ごとーには言うなよ。いちーのこと。吸血鬼関係のコトに触らせたくないんだよ」
「そりゃもうムリや」
「もう遅いと思うけど」
「ああ、例の?仲間ならいいさ。
いちーにやってる事に着いてこられたら、ごとーはキレっぱなしでしょ」
「仲間内でもキレたよアイツは」
「だから余計に、さ。いちーはごとーを守ってやれるほど強くないし」
「ここにいる間も顔ださんつもり?」
「ごっつぁんの方が気づくだろぉ?鼻が利く狼だよ?」
「だから気づかれないようにするって。ごとーの寝てる夜しか動かないし。
匂いでバレないように三時間ごとに風呂入って香水つけてんだよ?
これでバレたら」
「バレるよ」
- 114 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月07日(日)21時38分55秒
- 「だっ!!」
「吉澤さんトコ行ったら血の臭いがしたもん。
吉澤さんはナンも言わなかったけど、傷から銀の匂いがしたもん。
いちーちゃんがごとーにくれた銀のナイフの匂いがしたもん」
「……バッカでー。愛用品の痕跡なんか残すかなぁ。
逃亡者気取ってるならンナもん持ち歩くなよ」
「……ロマンのために死ねるタイプやな」
「あ、ごとー、その、ね」
「みんなんトコ回ったら、やぐっつあんいないんだもん。
やぐっつぁんの臭いたどって来たら、裕ちゃんのトコにいるんだもん。
……いちーちゃんもいるんだもん」
「あら、あの子案外アタマええんちゃう?」
「てか、地道な追跡力ってヤツでしょ。やっぱ狼なんだねー。警察犬みたい」
「ほら、その、秘密会議?いちーも仕事で寄ったんだし」
- 115 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月07日(日)21時40分05秒
- 「いいよ。いちーちゃんはごとーが邪魔なんだ。ごとーは捨てられたんだから。
あは、捨て狼だ」
「だから、そういう言い方されると言い訳のしようが」
「言い訳なんかしなくていいよ。
ごとー、弱くないよ。裕ちゃんよりやぐっつぁんよりも強くなったよ。
いちーちゃんなんかよか、強くなったもん」
「あー、そうかもしんないけど、そうじゃなくてさ。ね、ごとー」
「安心して捨てていいよ。ごとー、一人でやってけるから」
「それは嬉しいけどさ、それとは――」
「ウレシイ?!ナニが嬉しいんだよ!ごとーのこと勝手に捨てといてふざけんなよ!」
「って逆ギレかぁっ?」
「もう、いちーちゃんしかいないのに、たった一人の家族だって思ってたのにぃっ!」
「だかっ……」
「いちーちゃんのバカヤロォォォォ!」
「いちー……話っ」
「大ッキライだぁぁぁぁぁ!!」
「聞けぇぇぇえっ!!」
- 116 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月07日(日)21時41分27秒
- 「……ごっつぁん、逃げたで」
「追わないの?」
「……はぁ」
「ああいう風に怒るとさぁ。ごっつぁんもカワイイよね」
「せやなぁ。最近は寝腐れとったし。なんか初々しいかったなぁ」
「あああ、もーヤダ、あのガキ狼……かわってねぇー」
- 117 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月07日(日)21時44分08秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
<今回更新>
>>110-116
>>109 今回はアレとヤツがメインゲストですので。
- 118 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月07日(日)23時18分42秒
- なんか言葉のやり取りがいいなあ
- 119 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月07日(日)23時48分00秒
- めちゃめちゃ楽しみです!
- 120 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月08日(月)00時58分11秒
- スネちゃま狼可愛いネ
- 121 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月08日(月)03時10分21秒
- やばい。ごとーが可愛い
- 122 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月10日(水)15時23分23秒
- もう、面白すぎるとしか言いようがないです。 更新頑張って!
- 123 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月11日(木)04時06分25秒
- なかなかタイムリーな展開だな…。
- 124 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月11日(木)10時54分34秒
- うむ、やはりいち―ちゃんが出てくると
ごとーはかわゆいのー!
- 125 名前:3-4 おかえりなさいが言えません _ 投稿日:2001年10月15日(月)01時33分27秒
- 四つの足を地面に立てて、遠くまで突っ走りたくなるぐらいにバカっ晴れていた。
ほかほかとアスファルトから湯気が立っている。
舗装路脇の茂みに体を突っ込んで日を避けて、頭だけを外に出す。
おなかに当たってる芝生は、湿っていてちょこっとひゃっこい。
お日さまの光は頭の上をちりちりさせる。
大きく裂けた口から舌を出して、でろんと寝そべる茶色の大犬。
もとい、狼。
フキゲンだ。
あんまし考えたくない。
だから寝る。
ムキリョク三段論法で昨夜から部屋でゴロゴロしていたのだが、
部屋に一人篭ると思い出す。
一緒にゴロゴロしてくれてもいいはずのヒトが同じ屋根の下にいることを思い出す。
してくれないことにハラが立つ。
ばふ。
イライラを吹き飛ばすように一吠え。
キブンが悪い時は狼に戻る。
そしてお外でお昼寝だ。
- 126 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月15日(月)01時34分29秒
- お〜い。こっちのほうはどうなったんだよ〜。
まちくだびれたよ〜。
でも、ずっと待つけどね。
- 127 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月15日(月)01時36分07秒
- 滞りない風の流れは濡れた鼻の通りを良くし、
毛皮の間に空気を混ぜ込んで、ふかふかにしてくれる。
雨の日は雨の日で悪くない。
湿った空気が体に染み込んでいくカンジもキライじゃない。
だけど、雨ざらしになってまで外で寝るシュミはない。
今日はいいお天気で、朝ご飯をおなか一杯食べて、
なーんにも考えたくないキブン。
ふわわと大きなアクビをして、目を閉じてウツラウツラしていると
嗅ぎ覚えのある匂いがふわっとよぎった。
洗い立てのトレーナーから洗剤。
息には甘いバター、ゆでたまご、ミルク。
今朝の食堂のモーニングセットの香り。
タタタタタタと、ダッシュでアスファルトを蹴って近寄ってくる。
午前の基礎訓練だろう。
足音が目の前を抜けていく時に片目を開けたら、音が消えた。
タオルを首にかけた吉澤が、ビクターの犬の置物みたいに
首をかしけてこっちを見ている。
- 128 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月15日(月)01時43分44秒
- ぱたっと目を閉じた。
向こうはこの姿を知らないはず。
変などーぶつが寝てるぐらいに思うだろう。
神経を吉澤にガンガン集めながら、
すぴすぴと軽く鼻を鳴らして気の無いフリをする。
初めて会った時から落ち着くいい匂いがしていたから、
なんとなくイイ感じがしてた。
そして昨日、センセとセイトのマネゴトをしてわかった。
吉澤さんはいいヒトだ。
やらかい顔かたち、ぼーっとしたカンジ、のそっとした様子は気楽でいい。
ぶっちゃけ、好きになった。
お気に入りのコーハイになると思った。
コーハイ以上になるかもと、ちょっとワクワクした。
でもダメだ。
好きだけど、どーもエンがワルイみたい。
出会いからサイアクだったし、
大嫌いなキュウケツキのマスターなんかやっている。
昨日だって、自由にあちこち見てもらおうって好意だったのに、
メイワクをかけてしまった。
ノロイやウンがあるように、エンというのは確かにある。
エンに逆らってもロクな事ない。
- 129 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月15日(月)01時45分09秒
- どうせ、一匹捨て狼なんだ。
ハンターやって、コロして食べて寝てすごせばいいんだ。
寝たフリがフテ寝になる。
ごりごり牙をかみ合わせて、
頭んなかは『ばかやろー』がぐわんぐわんとリフレイン。
ぐれてやる。ワル狼になってやる。
町んなかオオカミのカッコで暴走してやる。
真夜中の首都高走って、バウバウバウバウ吠えてやる。
そーしたらハンターに捕まって死んじゃうかもしんない。
いじいじいじ。
前足で芝生を引っかいてホリホリしていたら、
前足が掴まれた。
ずるずると前に引きずり出されて、『両手お手』の格好をさせられる。
「後藤さん?何してんすか?」
しゃがみこんだ吉澤が、赤ん坊の手を取るように狼の前足を掴んで
よちよちと上下に降った。
- 130 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月15日(月)01時47分00秒
- オオカミの口腔はニンゲン語を話すように作られていない。
「はんっほっほぉーはっほへはっはっほ」
吉澤はの後藤の前足の肉球をグニグニ揉みながら
「んーと」
じーっと目を見て考え込む。
たっぷりツーテンポ遅れて
「……後藤さんぽかったから。
ここのヒトって動物になれるヒト多いじゃないすか」
「へっほはっはっはっ」
「……やー、目とか後藤さんっすよぉ」
「わふ」
「……あははははぁ」
海外特派員からのレポートのようなタイムラグがありながらも、
なぜか会話が成立している。
「あ、いっけない。ランニングの途中だった」
吉澤がすっくと立ち上がる。
「ばうっ」
ぱくっとトレーナーの袖に狼が噛み付いた。
前足を吉澤の腿にかけて、ぶらーんとぶらさがっている。
「……なんすか?なにかあるんですか?」
ほけっと吉澤に言われ、狼は口を離した。
しっぽを巻いてトボトボ草陰に戻り、体を丸める。
吉澤に向けるのは、捨て狼のジトっとした目。
- 131 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月15日(月)01時49分08秒
- 「……なんすかなんすか、後藤さぁん」
吉澤は狼の頭をわしわしと撫でる。
毛皮を撫でてもらうことは、市井がいなくなってからずーっとなくて、
ずーっと、してもらいたかったこと。
「うわ、ふかふか。かわいいー」
くひくひ鳴きながら目を閉じて、吉澤のわしわしを堪能する。
「なんか知りませんけど市井さんが探してましたよ。
本部に戻ったらどうですか?」
かぶ。
「……」
「……」
吉澤にひどく悲しそうにされて、噛み付いた手を離す。
すごすごと後ずさりすると
「……痛くなかったから、平気」
手を伸ばされて、わしわしが再開される。
困った顔でわしわししてくれる吉澤に申し訳なくなってうな垂れる。
いちーちゃんがごとーを探してるなんてウソっぱちに決まってる。
ごとーを探したかったら、外に出て風を嗅げばいいだけだ。
ごとーを探せないのは、ごとーを探す気がないか、
ごとーの匂いを忘れてるのかのどっちかだ。
どっちにしたって、ばかやろー、だ。
- 132 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月15日(月)01時50分14秒
- わしわしわしわしわしわし。
狼はニンゲンの薄い手に頭を擦られながら願う。
頭を撫でる手を。
共に走る足を。
同じ水を飲み同じ風を嗅ぎ同じ肉をちぎって食らう、そんな存在を。
同種のものとしかありえないと思っていた。
でも――
後藤は吉澤の手の匂いをしっかり嗅いだ。
この匂いは覚えておこう。
イガイガしたキュウケツキの匂いが混ざっていても、
この匂いはゼッタイ間違えないようにしよう。
『吉澤さん。よっすぃ〜』
自分から鼻筋を手に擦り当てる。
「……なんですか?」
『あのさぁ、ごとーと――』
「ごとー」
後藤はぴんとしっぽを立てて、声を見た。
気配を消し、匂いを消した人狼が、手に皮ひもをぶら下げている。
- 133 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月15日(月)01時52分12秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
- 134 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月15日(月)01時53分15秒
- 今回更新
>>125-133
- 135 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月15日(月)02時01分53秒
- >>118 こういうのを、突然やりたくなったのです。行き当りばったり行倒れ。
>>119 ありがとうございます。めちゃ*2頑張りたいと思います
>>120 (;^▽^)<ざます。
>>121 リアルの後藤が可愛くて……
>>122 読み返しですか。うれしいですが恐ろしいです。記憶ごと修正したいですね。
>>123 びっくりしました。いわゆるK1ならぬU1ですか。
>>124 ゴマーとか、ごとぅとかに愛らしいリズムを感じます。
>>126 すいません。一時期よりは更新速度をアップしていきます。……予定。
- 136 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月15日(月)02時03分16秒
- リアルタイム〜〜!!素直に嬉しいです。
感想書きます。
「仲間的よしごま」とでも言いましょうか・・・。
よっすぃ〜の「天然」に「野性」が惹かれちゃうんでしょうね、
おおかみまきの 甘え方が か〜いいです。
深夜の更新、ご苦労様です!!
- 137 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月15日(月)23時43分06秒
- 青畳の香りが充満している。
吉澤はこの部屋のこの香りを嗅いでゴキゲンになっていた。
ちょっとフツーじゃないハシャギっぷりだった。
ニンゲンと青畳というのは猫にマタタビみたいなものなのだろうか。
それとも、ヤッパリ吉澤がどこかおかしいのだろうか。
なんにしても吉澤がそんなに好きなものならば、
青畳のある部屋で暮らさせてあげたいな、と石川は思う。
吉澤は部屋の中央に敷かれた布団の中で静かな寝息を立てている。
顔にベタベタとバンソウコがついていて、
見えない所が包帯でグルグルにされている。
人狼の家族ケンカに巻き込まれた結果がこのザマだ。
お人よしなのだろう。いいや、危機管理がなっていないのかも。
前に飛び出す時は潔いくせに、逃げ足ばかりがモタモタしている。
厄介ごとに好かれる性質なのだろうか。
自分が惹かれたように、
このノーテンキにはバケモノを惹く血が流れているのだろうか。
- 138 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月15日(月)23時44分30秒
- 吉澤はすやすやと安らかな寝息を立てている。
命に別状は無い。
病棟に担ぎ込まれた時は、胸部骨格や内臓の一部、
手足の先端・関節部が破損されていた。
意識不明の重体でもあり、
吉澤の生命力ならば放っておいてもいずれ治るケガでもあった。
適切な治療を受けた今は、いい夢が見られる程度にまでに回復している。
吉澤はすやすやと安らかな寝息を立てている。
昨夜は市井騒動があって、吉澤はあまり寝ていなかった。
体力、生命力ともに人並みはずれているけれども、
睡眠や食事は人並みのリズムでとらないと落ち着かないらしい。
足りなかった睡眠時間を補うように、吉澤は眠っている。
- 139 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月15日(月)23時46分04秒
- 石川は膝を抱えて布団の脇に座り、彫像のように固まって動かない。
吉澤の寝姿をそっと見守る。
もし、二人ともハンターになったら。
収入が上がり生活環境が上がれば、
吉澤が青畳のある部屋に住んで好きなものを好きなときに食べられるようになる。
そうなれば。
石川も自活しなければならないだろう。
別に部屋を借り、自分の収入から家計をやりくりする。
食事は輸血パックでグッとガマンだ。
吉澤の負担にならないように。
それは望んでいた事なのだけれど。
石川は吉澤の顔の上に手をかざした。
規則正しい寝息が掌をくすぐる。
この寝息、この寝顔を感じられない夜は、きっと寂しい。
- 140 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月15日(月)23時47分51秒
- 熱を測ってみようと額に手を当ててみた。
回復に伴う発熱は引いたようだけれども、額は汗ですこし湿っている。
頬や首にも触ってみると、やはり寝汗をかいているようだ。
拭いてあげよう。
洗面器に水を張り、吉澤の枕元に置いた。
ペッドボトルのお茶を注ぎ加え、
治れ治れと呟きながら手先でかき回してタオルを浸しこむ。
そうして吉澤のパジャマのボタンに手を伸ばし、左右に開きあけた。
寝ている吉澤からシワシワの包帯を巻き取るのは難しかったので、
伸ばした爪で真っ二つに切ってしまった。
薬と血の染みたガーゼを取り外す手つきは
自分でもわかるぐらいにぶきっちょで、
吉澤が起きていたら、また『へたっぴぃ』とからかわれてしまうのだろう。
縫合された傷口は完全に塞がっていた。
爪の先で糸を切り、抜糸する。
糸が抜けた跡の穴は、魔法みたいにすぅっと消えてゆく。
- 141 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月15日(月)23時50分30秒
- 白い肌に目を奪われる。
テレビにでて来るキュウケツキは、みんな真っ白な肌をしていた。
吉澤はキュウケツキの自分よりもずっとずっと、
こんなにも透き通った肌をしている。
それなのに、どうして彼女はただのニンゲンなんかなのだろう。
胸の真ん中。
ふくらみの間と間。心臓の上に手を添える。
水の流れが響く。
石川には無い熱を持って流れている。
この熱がニンゲンとキュウケツキの違いなのだ。
冷えた血を持つからこそ、熱い血に飢え、昂ぶる。
そんな気持ちは、吉澤には永遠にわからないだろう。
この熱がある限り。
熱に惹かれては弾かれる。
そんなのはイヤだ。
イヤだけれども、どうしたらいいかもわからない。
- 142 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月15日(月)23時58分33秒
- やるせない気持ちでいっぱいになって、目に涙を溜めながら
吉澤の肌をさらさらと撫でつづけていると、吉澤が小さくうめいた。
目が開く。
見つめ合う。
「……梨華ちゃん?どうしたの」
石川は涙を拭ってかぶりを振る。ニッコリと笑いかける。
起き上がろうとする吉澤を、布団に押し返す。
吉澤の裸の胸に当てたままの右手で。
なにかを堪えるように笑おうとする石川は何だかとってもエッチくて、
それだけで寝起きショッパナの吉澤をビビらせるのに十分なのに。
吉澤は頭を下げて、自分のはだけた胸を見た。
再び石川と見つめ合う。
石川の瞳は潤んで濡れている。
吉澤の全身から血の気が引いてゆき、体温が下がってゆく。
ぴきぴきと音を立てそうなイキオイで顔を引きらせる。
「うわぁぁぁぁぁぁ!ああああああああ!!いやああああああ!!」
「なんでっ!なんでよっすぃ逃げるのぉ!」
パジャマと包帯の切れっぱしをハタめかせた上半身剥きだしの吉澤と、
洗面器を頭にかぶってビショヌレの石川が宿舎を駆け回る姿は、
その日二度目のオモシロ事件として
加護のデジカメ日記にきっちり記録されている。
- 143 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月16日(火)00時01分26秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
今回更新
>>137-142
- 144 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月16日(火)00時03分48秒
- >>136 感想ありがとうございます。吉澤とは違ってますが、後藤も結構天然風味ですね。
- 145 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月16日(火)00時12分05秒
- リアルタイムで読むのは初めてですが、次々に新しい言葉が現れてきて不思議な感じです。
前日の後藤のホンワカした詩のような小品と、今夜の石川の日記のような切ない話。
そして最後にきっちり落としてくれるところも最高です。
- 146 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月16日(火)09時26分17秒
- ちゃんと洗面器にお茶入れるところが細かいよなあ。
- 147 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月16日(火)19時59分42秒
- 狼ごまカワイイ!!
- 148 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月16日(火)20時04分16秒
- ふたつめのおもしろいことはわかったけどひとつめのおもしろいことってなんですか?
- 149 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月16日(火)20時25分59秒
- 加護のデジカメ日記は是非ヤフオクに(w
- 150 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月17日(水)10時11分03秒
- >>148
よっすぃーの怪我の原因だと思いますが…。
- 151 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月20日(土)04時09分32秒
- 朝食前の食堂に、一番乗りで乗り込んだちっちゃいコンビが
身を寄せ合って、もそもそしている。
加護のデジカメモニターには、紐が絡んで凧のように空を舞う影。
速く動いているためブレているが、影の正体は明らかに吉澤だ。
吉澤を引いているのは四足の獣。
併走する市井の影も写っている。
「これが空飛ぶよっすぃ」
「おぉー、よっすぃすごーい」
辻がのぞき込んで、うほうほと加護の周りを踊る。
「んでー、これが引き回しよっすぃ」
かちゃ。
画面が変わる。
先ほどの続きのようだ。
墜落して、砂煙を立ててずりずり引っ張られている。
アスファルトの上で大根下ろし。
ゴウカイに顔面からイっていた。
「あいたたたたぁ」
辻はイタソーな顔になって顔をさすった。
- 152 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月20日(土)04時13分13秒
- 「んでんで、これがこれトットキぃ!すぷらったよっすぃ〜」
コメントは控える。
「……あいぼん、それだけはちょっといやぁ」
辻が泣きそうな顔で――いや、泣き出した。
ひくひくと顔面ひきつけを起こしてウルウルする。
「ねぇ、よっすぃの左手はドコいっちゃったの?」
「んー、さっきの写真だとぉ……
あ、ここで切れてるからぁ、たぶん噴水の近くあたりで落ちたぁ?」
「うわわわ、さっきソコ走ってきたぁ」
パタパタ慌てる辻の横で、
加護は写真を見直して『あ、ぐちゃっとしたモンもここで落ちてる』などと
コワイもの見たさの好奇心で観察していた。
二人がわたわた騒いでいる間に、
朝食を食べにきた人がゾクゾクと集まってくる。
- 153 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月20日(土)04時17分59秒
- 「あー、よっすぃやられたよなぁ。ったく、バカ狼ってば」
矢口はフキゲンそうに呟いて席につく。
飯田のトレーの上には、大量のミルクだけしか乗っていない。
「そっか。こうやって空飛ぶ方法もあるんだね。気がつかなかった。えらいえらい」
オモシロ気分で写真撮っただけ。
アンマシえらくない加護の頭をなで、
マッタク関係ない辻の頭もイイコイイコとなでてやり
「……石川の訓練に取り入れてみようかな。風を感じないと飛べないよねぇ」
石川ピンチ度が進んでゆく。
「……どこまでも……吉澤って」
保田はデジカメ画像にほとんど目をくれず、言葉をニゴして嘆息する。
- 154 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月20日(土)04時19分07秒
- 六人がけのテーブル二つに、センセ三人とセイト二人に別れて座った。
最後には、吉澤と石川。
「みんないるよ。なんか来るの遅かったみたい」
「よっすぃはコーヒーと紅茶とミルクとオレンジジュースと――」
「麦茶。はい、スライスレモン」
入り口に並べられたバイキング形式の朝食を選ぶ。
トースト・サラダ・ゆで卵・麦茶と朝食がフルセットされた吉澤に比べ、
石川のトレイにはティーセットしか乗せていない。
ここで取れるようなキュウケツキの食事なんてコンナものだ。
「あー、よっすぃ手も足も付いてるぅ、よかったぁ」
「うわぉっと、辻ちゃん」
辻が吉澤の腕にひっついて、ぶらーんぶらーんする。
吉澤はおっとっと、とバランスを崩しかけてトレーを片手に持ちかえた。
さっと石川が手を出して、吉澤のトレーを受け取る。
「よっすぃ。おっはー。いやぁー、めっちゃシンパイしましたぁ」
加護の極上の笑顔に、加護を除く食堂の全員。
――おいおい。
加護のツラの皮を無言で称えた。
- 155 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月20日(土)04時28分13秒
- 「でも、よっすぃ丈夫ですねぇ。ののと同じぐらい丈夫かなぁ」
「たぶん、吉澤辻が中澤班で一、二の回復力だね」
保田が話に加わる。
「え?そんなんなんですか?」
辻加護サイドの島に着席した吉澤が、
保田の言葉にぽっかんと目をむいた。
「安倍さんとか保田さんとかのほうが、ずっと強いんじゃないんですか?」
「回復力はそんなでも無いよ。あんたたちみたいな大怪我しないもの。
避けるか受けるか弾き返すから」
保田が漬物をぽりぽりかじりながら、
片腕を立てたでブロックの仕草をしてみせる。
「――保田さんは和食ですか。サンドイッチ屋なのに」
「あんたって、ホント話の流れブッちぎるわね」
右手にみそ汁椀を掴んで、吉澤に見せてみせる。
「あとは、石川がどーかなー。吸血鬼ってケタ外れなのが多いからね。
現時点での石川に見れないような、潜在能力ありそう」
- 156 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月20日(土)04時31分04秒
- 「じゃ、ボコって試そっか」
矢口が振り向いて、
「照準オーン!ずがーん!」
大笑いしながら石川にキャノン砲を撃つマネをする。
撃たれた石川。
なんともいえない、びみょーな顔。
「月のない夜、セナカに気をつけなぁ」
朝メシ中からテンションばりばり。
アゴに手を当てカッコをつける矢口に
「は、はい、気をつけます」
石川は面食らってまともに返事をしてしまう。
この手のノリには辻加護がつき物で、
「びーむびーむ!ずがーんずがーん!」
「えいえいえいっ」
石川にゆで卵のカラをポイポイ投げつける。
「やだ、やめてやめてぇー」
石川はレモンティーに異物混入しないようカップに手でフタをして
自分は卵のカラまみれ。
吉澤はイジメラレッ子のお隣で、黙々とパンをはむはむ。
石川のキャイキャイ悲鳴を聞きながら、
――平和だなぁ。
と、細い目になって麦茶をズビズビすすっている。
- 157 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月20日(土)04時35分23秒
- 「やぁやぁ、にぎやかだ」
声がしたと思ったら、吉澤の隣に市井が着席していた。
市井の皿の上にはハムステーキだけが乗っている。
ハムのど真ん中を箸でぶっすり突き刺して、
串焼き料理のようにかぶりと喰らいつきながら、
「昨日はゴメンネ。
吉澤が丈夫だって聞いてたからつい盾にしちゃったけど、
いやー、ホント丈夫だね。治ってるジャン。すっごーい」
吉澤の肩を抱いてぱんぱん叩く。
「あ、いや、慣れてます。色々。てか、慣れちゃったっていうか」
「へー、苦労人だね」
昨日の苦労は市井発の吉澤往きだったのだに、まるでヒトゴトのよう。
「……いえいえ」
吉澤の隣で、石川が憤怒の形相で紅茶のカップをギリギリ握っていた。
砕ける。
その気迫に、辻加護の攻撃がピタっと止む。
「あの、よっすぃを危ないコトに巻き込まないでくださいっ」
石川アルバイターの、保田店長仕込みのキリキリ突撃接客術。
吉澤の前に体を乗り出して、市井にぐわっとまくしたてた。
- 158 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月20日(土)04時41分16秒
- とりあえず、避難。
イスを後ろに引いて、食事を続ける吉澤。
その前で、市井と石川が顔を突き合わせて話を続ける。
「ごめんごめん。そうだね。吉澤は石川の大事な人だからね。
以後気をつけます。石川カワイイなぁ」
市井がぴん、と石川のデコを人差し指で突っついた。
「……はい?」
気勢をそがれた石川が聞き返す。
ワレ、カンチセズ。
と、ばかりにパンをはむはむしていた吉澤の動きも止まった。
スカッと爽やか。
そんなドリンクCMに出演してそうに市井は笑って、
「石川。カワイイ。アタシ尽くします新妻って感じ。
いいなぁ、いいなぁ」
気安い仕草で石川の頬を指でつつく。
「え、ええ?ちょっと」
されたコトのないカマワレ方に、七割引き気味、三割トマドイ。
石川はぽっと赤くなってモジモジしだす。
吉澤はパンを潰して口に突っ込むと、麦茶でごくりと流し込んだ。
目の前でベタツキまがいされていると、パンが喉に詰まるカンジがする。
- 159 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月20日(土)04時45分38秒
- 「吉澤もカワイイ子が傍にいてくれてシアワセだね?」
「……別に。梨華ちゃんどうこうナシでシアワセっす」
ムッツリとゆで卵をもぐもぐする。
今朝も生きてるし。
もうそれだけで自分はシアワセなんだろう。
そう思おう。考えてもキリないから。
「なんだよ、照れてるの?
人の良さそうなフリして吉澤の方が亭主関白だったりする?
石川は大事にされてるのぉ」
今度はゆで卵でふくらんだ吉澤のホッペをつつき始めた。
辻加護から、からかわれるのは許せる。
だって、奴らはオコサマだから。
けれどソレナリに年頃で物事わかってるハズのオンナのヒトから、
自分でもナニがナンダカよくわかんない状況をガヤガヤと詮索されるのは
「市井さん」
すごく、イヤだった。
「あたしたちのこと、そーいう目で見るのやめてもらえます?
あたしと梨華ちゃんは――」
市井に一言言ってやろうと向き直って、
何か言いた気な石川の様子に気がついた。
自分と梨華っちは――
なんなんだろう。
「――とにかく、そんなんじゃないですから」
石川の視線を無視して、麦茶のお代わりに席をたつ。
- 160 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月20日(土)04時51分42秒
- 教官たちの方は状況に気がつかず、
受験生たちは吉澤の背から目を離せず、
市井は雰囲気を気にしない。
「石川。今日の午前は基礎訓ナシで、いちーと個人面談ね」
「え……?」
「いちー、吸血鬼のオシゴトしてるから、ちょっと話し合いたいんだ。
お互いのためになるよ、きっと。
班長と明日香にはOKもらっておくね。
それと吉澤――」
カウンターでお茶を注いでいる吉澤に声をかける。
「今日の午後、いちーが教官やるから」
「……後藤さんは?」
それは疑問か心配か。
市井はカマをかけてみる。
「罪の無い教え子をリンチにかけちゃったから、ハンター資格ハクダツで謹慎中」
「……って、なんで!アンタもじゃないっすか!」
「いちーは今日からセンセイ。昨日はお客さんですから」
「んなの、納得いきません!なんで後藤さんだけ、もう治ってるのに」
――敵意。それと心配も確かに。
市井はあははと気持ちよさそうに笑った。
狼に牙を剥く。狼に好かれる。
飼い犬として。ニンゲンとして。
悪くない。
- 161 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月20日(土)04時53分46秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
今回更新
>>151-160
- 162 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月20日(土)05時04分52秒
- 感想ありがとうございます。
>>145 前後の話とその時の気分で筋が決まるで、新しいというか、纏まりは余りないハズです。
>>146 使えるネタはこまめに使っていこうかと。
>>148 >>150 ということで。
>>149 そんな悪童にはSP訓練が追加されます。
- 163 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月20日(土)07時52分16秒
- 大根おろし・・・ニヤリ(w
相変わらずおもしろいっす。市井と吉澤、どうなるのかなー
- 164 名前:ひろ 投稿日:2001年10月20日(土)07時54分53秒
- ヤキモチ、素直にやいてあげたらいいのに・・・吉澤クン・・・。
しかし、イチイくんは やっぱ タラシっぽくて
良いです。
- 165 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月20日(土)14時16分15秒
- よしごまのほのぼのと、いちよしのピリピリの差が面白い。
続き楽しみにしてます。
- 166 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月23日(火)00時38分02秒
- 今日の基礎訓も加護地獄変だった。
辻の二倍の重りを背負ってベチャっと潰れた加護を肩に抱え、
部屋に運んでやると
「よっすぃ、ありがとー」
二人分のランチをえっさえっさと両手に持った辻。
吉澤の口に塩の足りないフライドポテトをえいやと突っ込んだ。
辻加護コンビは午後訓練までご飯とお昼寝。
吉澤はポテトの端っこを口から突き出して、シャワールームに向かう途中、
石川と出あった。
近くの自販機でジュースを買うフリをして
「……市井さんとどんな話したの」
声をかけると、石川もソバにきて立ち止まる。
「別に……色々」
もじもじ、ソワソワ。
隠すような言い方が気にサワった。
ガチャガチャと乱暴な手つきでコインを自販機に入れる。
適当なスポーツドリンクに指を乗せて
「変なこと言われなかった?されなかった?」
「市井さんはぁ……すっごく、優しかったよ」
妙に甘ったるくてヤらしいカンジ。
ピポっ。
指が滑って違うボタンを押していた。
ガシャっと出てきたのは、
ホカホカ湯気の立つ『小豆丸煮込み・つぶつぶお汁粉』。
缶を見ているだけで、吉澤の顔に汗がダクダク流れてゆく。
- 167 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月23日(火)00時39分04秒
- 「よっすぃ……運動の後に良く飲めるね」
信じられないと石川に見られてしまって、後には引けないヤケっぱち。
このヤロウとプルをガキっと開けてぐびっと一気に――
「あっちぃ!」
「よっすぃ!」
缶を放ってバタバタする吉澤の手を石川が握る。
「やけどした?見せて、あーんして」
冷たい指が、唇を撫でる。
「いい、治るから!」
ぴたっとくっついてくる石川を押し戻した。
押し戻しといて、体は掴んで離さない。
「ホントーに、何にもなかった」
「なんでそんなに気にするの?」
「だって市井さんは……」
本人がこうやって自己紹介していた。
「吸血鬼ハンターだよ」
- 168 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月23日(火)00時43分22秒
- 石川は平然と頷いた。
「うん。でも正確には、吸血鬼シーカーなんだって」
「……シカ?」
「seeker。seekするヒト」
吉澤のマジボケを拾わないで、
本場のヒトみたいな発音をしてのける。
「命を狙うという意味もあるけど、そうじゃなくて一般的な方の意味のseek」
そもそも、一般的な方の意味もわからない。
ハテナ顔の吉澤をそのままに、石川は話を続ける。
「吸血鬼ハンターの中でも直接退治する人じゃなくて、情報とか集めるヒト。
だから色々なことを知ってて教えてくれたし、私の事も本当にわかってくれた」
「梨華ちゃんを退治するようなヒトが、梨華ちゃんの何をわかるのさ」
「退治なんかしないよ。力になってくれるって」
石川は吉澤の手をぎゅっと握った。
「私たちの力になってくれるって、言ってくれたよ」
- 169 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月23日(火)00時45分16秒
- 「んなもんわっかんないよ。
アタシんコトボコボコにするし、後藤さんコトひもで縛り付けるし」
「それは後藤さんが、市井さんの話を聞かなかったからでしょう?
ボコボコにしたのだって、後藤さん――」
「市井さんが盾にしたの!アタシんこと!
……んだよ、梨華ちゃんだってさ、朝は市井さんにケンカふっかけてたのに」
「だって……」
しょぼんとして、でもツヤっぽくシナっとして
「市井さん、ホントに優しいだもん……」
優しければ、誰でもいいのかよ。
それで決定的に、イラつきが確定した。
- 170 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月23日(火)00時57分54秒
- 孤独なキュウケツキはとんでもなく寂しがりやなのだ。
構われると目をキラキラさせるし、ヒトの優しい言葉にすごく弱い。
体が空いているとベタベタひっついてくる。
一緒に住んでるから、一番距離が近いから。
梨華っちとは、ただそれだけ。
自分で作った理屈なのに、今使おうとするとイライラする。
春先から数ヶ月間。
それなりの付き合いになる。
一緒に苦労を共にして、血も上げてハズカシイ声も出させられて。
そういうレキシを経てきたから、甘えってものも許されるんじゃないだろうか。
なんで、そーいうレキシのある仲の相手をボコったヤツに甘え声だすかな。
むかっ腹を抱えて、サワヤカ市井と会った。
サラにイライラが増した。
「どーしたどーした、欲求不満の飼い犬みたいなしょぼい顔しちゃって」
やたらフレンドリーなのが腹が立つ。
「じゃ、まずスカッと走ってみようか。いくよ」
結局は部外者のクセに、ちゃっかり後藤の役をやってるのが腹が立つ。
- 171 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月23日(火)01時02分06秒
- 体育館の中、吉澤をグルグルと走らせて、
自分はベンチの背の上になんか立って
「ふふん、なーかなかいい足だ。
だぁーがしかし、駄菓子菓子、ハンターの中じゃあニ番、いやさ、三番目だな」
そんな呟きが聞えた。
独り言までヘンなヤツ。
がぁーーーっと、怒りを発散させて走りながら市井の方を向いて、
大きな声を出して聞く。
「一番目と二番目は誰ですか!」
「ごとーといちー」
「へー!そんなに速いんですか、いちーさんは!」
「なんだ、ごとーのコトは認めてんだ。ごとーも吉澤気に入ってるし。
ソーシソーアイだね。さすがキュウケツキのマスターはモテモテだ」
付き合ってられない。
前を向いて走りに専念しようとしたら
「首ゲット」
耳元で市井の声。
吉澤の隣を走り、二本立てた指で吉澤の首をツンと突っつく。
ベンチからは数十メートル離れている。
- 172 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月23日(火)01時05分30秒
- 目をパチクリさせてると、
「こら、止まらない。走る」
背中を叩かれて、一緒にタカタカ走る。
「は、はい」
「いちーね、足は速いよ。逃げ足だけは速いって昔からもー、
拍手カッサイ雨あられの、大ゼッサン」
とてもエラソウに聞えるが、ゼンゼン自慢になってない。
- 173 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月23日(火)01時12分37秒
- 訓練の前半はランニングだけで終えてしまい、柔軟体操に流れる。
「足ね。吉澤は出るとしたら前衛でしょ。前に出るやつは足がダイジ。
逃げ足が一番ダイジ」
吉澤の柔軟を手伝いながら、やたら逃げ足を主張する。
「市井さんって……」
「弱いよ。いちーは弱い。ごとーなんかと比べモンになんないぐらい弱い」
言葉を先取りして
「弱い分、ココとココをガンガン使ってる」
ぽんぽん、と足と頭を叩く。
「だから、勝てないけど負けない。
勝てないからハンターじゃなくて、情報屋みたいなことやってる」
「しぃかぁ、とかいうヤツですか?」
市井はちょっと眩しそうな顔をする。
「石川から聞いたんだ。いいねぇ、情報がツーカーなんだなぁ。
ナカヨキコトはウツクシイ」
だから。
なんでコイツは冷やかすような言葉をはさまないと話ができないんだよ。
- 174 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月23日(火)01時14分52秒
- 「石川と吉澤はさ、もっと自分たちのカンケー、しっかりさせとかないとだめだよ。
ヒトからちょっと冷やかされてアワくってテレテレしてどーすんのさ、
凶悪バケモノのキュウケツキのマスターのクセに」
ブータレ顔の吉澤の先をまた制して、吉澤の頭をぽかんとぐーで叩いた。
ケッコウ痛い。
頭をさすってると、市井がほらほら、と吉澤を立たせる。
「じゃ、これからはキョウシツに行って頭のタイソウ。
いちーとキュウケツキについてお勉強しようか、ご主人様」
胸を張ってにぃと笑う姿は、確かにモノを知っていそうなヒトのカンジがした。
- 175 名前:: 3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月23日(火)01時18分20秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
今回更新
>>166-174
- 176 名前:3-4 おかえりなさいが言えません 投稿日:2001年10月23日(火)01時22分08秒
- >>163 得意料理です。もみじおろしかも。
>>164 市井はそういう扱いが多いですね。ここでどういう扱いになるかは、おいおい。
>>165 矢口・保田・市井は起爆剤みたいですね。
- 177 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月24日(水)18時03分26秒
- 結局、吉澤は石川のこと好きなのか?
- 178 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月24日(水)20時42分57秒
- 市井、いいなぁ。
ゴマと和解できるのかな?
- 179 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)00時42分21秒
- 廊下で石川と吉澤がもうすぐ擦れ違う。
風呂上りの吉澤は短パンTシャツで首にタオルをかけて、
紙パックの500ml牛乳を注ぎ口から飲んでいた。
石川はこれから風呂に行く途中で、
ピンク色のビニール手提げ袋の中にお風呂セットをつめて手にしている。
リノリウムの床の上、スリッパの立てるぺたぺたという音が重なる。
――擦れ違う。
石川がほんのわずかだけ歩調を緩める。
吉澤は手元の紙パックの文字に目を落とす。
――擦れ違った。
「あのっ」
石川の声で吉澤が振りかえった。
「あの、あの……」
吉澤は石川を見ていない。
顔は向いているが、焦点をぼやかした瞳をして心を外している。
「――今日の訓練、がんばろうね。ハンターになろうね」
吉澤が少しだけ反応を返した。
「うん」
歩き始める。
距離が離れてゆく。
- 180 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)00時44分15秒
- 自室に入った吉澤は牛乳を一気に飲んで空っぽにすると、
ごろっと部屋に寝ころがった。
天井が見える。
丸太の梁がある天井は旅館の一室みたいで、ゼイタク気分にひたれる。
実際には、真新しい畳しかないただの部屋だ。
テレビもない。ビデオもない。ラジオもなければゲームもない。
週遅れの週間都市情報誌が、部屋の隅に転がっている。
何回も読み直して、くしゃくしゃになっている。
いくつか折り目もついていた。
石川が読んで「この番組見なきゃ見なきゃ」と呟きながら
イソイソとチェックしていた跡だ。
吉澤の買った雑誌なのに。
石川のオオザッパなトコも熟知してたので、
文句も言う気にもならなかったけれども。
こんなチェックまでしておいた番組を、けっきょく石川は見られたのだろうか。
ほんのちょっとだけ。
どうでもいいことを心配する。
石川がこの部屋に来なくなってから、十日が過ぎた。
明日は、試験最終日。
- 181 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)00時46分38秒
- 一人でごろごろできる八畳間は広くて、ちょっと一人では広すぎる。
ロビーに行って、テレビでも見てこようか。
腰を上げかけ――またべたっと畳に座る。
今日、この時間に何の番組がやっているのかわからない。
めんどうくさくなったので、壁によっかかってぼんやりする。
ぼーーーーーーーーーーーーーー。
後藤はどうしているのだろうか。あれから一度も姿を見ていない。
市井に聞いても「しなやかに謹慎中」などとイイカゲンな答えしか返ってこない。
市井。
見直した。たしかにいい人だ。ちょっと訳ワカンないけど。
後藤にもヒドいことはしていないだろう。
「よっすぃ……」
ぼー。
矢口と辻のSサイズ師弟が大量の本と銃器をカートに載せて、
えっちらおっちらやっていた。
銃器を教えてもらったのならば、うらやましい。
映画スターみたいにばきゅーんと銃を撃ってみたい。
市井の教えてくれる事は、走り組み手とか座禅とか気合の吐き方とか。
役に立つんだろうけど。
市井も銃の使い手らしいから、教えてくれてもいいのではと思うのだ。
- 182 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)00時48分14秒
- 「よっすぃ〜……」
ぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉー。
もみじのようなちっちゃい手が、吉澤のほっぺたに爆速でヒットする。
吹っ飛んだ。
それでも側転受身で壁に軟着陸した吉澤は、
ドカンと壁を蹴るロケットターンで敵に応酬しようと前を見る。
ちっちゃい辻。
壁を蹴れずに、足を滑らせ畳に腹から落ちた。
「よっすぃー……」
辻がお菓子の箱をきゅうっと抱きかかえて寂しそうにしていた。
「だって、きづいてくんないんだもん」
- 183 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)00時50分43秒
- 辻は懸命に訴えた。
毎晩のように加護と辻の部屋に石川がやってきて、
毎晩のように加護と石川はドンジャラをやって
毎晩のように石川はボロ負けして、
毎晩のように石川がリベンジにし部屋にやってきて、
毎晩のように加護と石川が人生ゲームをやって、
毎晩のように石川はボロ負けして、
毎晩のように――
「辻ちゃん、もういいから」
五種類目のゲームが出てきたところで吉澤がストップをかけた。
「辻ちゃんはいっしょにやらないの?」
辻はムスっとする。
「だってぇ」
「なに?」
「あいぼん、梨華ちゃんにズルしてるんだもん」
テレポーターにテーブルゲームを挑むのがオロカというものか。
「ののとやるときは、ちゃんとやってくれるけどぉ……」
「毎晩ずっとやってて負けっぱなしで、梨華ちゃん気がつかないの?」
「ぜんぜん」
アホだ。
- 184 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)00時53分23秒
- それにしても。
吉澤はニガニガした口の中のツバを飲む。
石川は加護に引っ付いているらしい。
寂しくなければそれでいいのだろう。
――ここには、仲間がたくさんいる。
一週間以上、血を飲みに来ないということは
輸血パックで足りているということだろう。
――ハンターになれば、輸血パックはたやすく入手できる。
もう、たった一人のマスターなんて必要ないのだ。
――主従の契約なんかを解消したのは、間違えないのだ。
「よっすぃー、ぼーっとしてる」
辻があぐらをかいてる吉澤の上にどすんと座った。
「いいださんみたい」
「げ」
「げ?」
「いや、別にぃ」
「げ、げ、げげげげげげげ〜」
辻のスイッチが入ってしまった。
げげげとはしゃぐ、ちっこいのを後ろから抱き締めてやると、
「あ、そーだ」
辻は吉澤に抱き締められたまま、畳に散らばったお菓子を足で引っ張りよせる。
- 185 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)00時54分15秒
- 「ね、よっすぃーにコレあげるから、いっしょにあそんで?」
チョコプリッツの箱をカサカサ振って、
イジメラレっこ小学生みたいなコトを言う。
大事なアイカタを取られてしまって、
そんな振る舞いをしてしまうほどに寂しいのか。
ジーンとした。
吉澤は、辻が眠たくなるまで一緒に遊んだ。
辻が眠たくなったら布団を引いてやり、一緒に寝た。
久々に他人の気配を感じながらぐっすり眠った。
- 186 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)00時56分36秒
- なぜ勝てないのか。
ドンジャラ真剣勝負。
五十二戦五十二敗目を喫した石川は灰色の脳細胞をフル回転して感想戦に入った。
ドンジャラは頭のゲームである。牌の捨て方、集め方が全てを決める。
運の要素もあるだろう。あるかな。あるかもしれない。まぁ覚悟しておけ。
それにしても全戦全敗というのは――
石川は思った。
加護ちゃんと自分とそこまで技量の差があるのだろうか。
こう考えてはナンだけど私は結構いい筋を打っているハズなのに、
加護ちゃんの手の中にいい手ばかりが集まってくのはなぜなんだろう。
加護ちゃんってゲームの天才?
天才は神様に好かれてるとか言うけどそういうレベルの子?
ゲームの神様はキュウケツキみたいな汚れたバケモノが嫌いなのかな……
加護は思った。
梨華ちゃんのアホたれ。
ええかげんイカサマに気づかんかボケ。
- 187 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)00時58分26秒
- 石川はネガネガうつむいて牌をいじくる。
その隙に加護はイカサマ用具をバシッとテレポートで飛ばして机の中に片付け
「梨華ちゃーん、加護もう眠いからねるねぇ?」
「待って!あと一回!あと一回だけ!」
二段ベットの上段に潜ってしまった加護の足を引っ張る。
ガンメンを蹴られた。
めげずにベットによじ登って隣に入る。
「梨華ちゃーん、つめたいよぉー」
加護がくすぐったがる。
「一緒に寝てもいいですけどぉ、寝てるときに蹴ったりしないでくださいぉー?」
「大丈夫だよ」
寝ないから。
眠れない。
- 188 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)01時00分36秒
- 目を閉じると暗闇の中に一人閉じ込められた気分になって、眠れない。
『主人とかそーいう契約って、いまからナシにできない?』
吉澤のセリフが蘇ってくる。
『そんなもん無くなって、あたしたち友だちじゃん』
そう、契約なんか無くても友だちだ。
石川には『ただの友だち』に血をおねだりするようなコトはできない。
だからといって、他の血を口にする気にはなれなかった。
どうしても、なれなかった。
主従契約の根っこの理屈は暗示だ。
命令の下し方はカンタンなこと。
主人が従僕の目を見て、命ずる。
その手続きに従えば、暗示を解くコトもできる。
主人の命に従って、吉澤と石川の主従の契約は破棄された。
血を飲まなくても、多少の食料を口にするだけで命は保てる。
十数年間そうして生きてきたのだ。
けれども、血を口にするようになってからの湧き上がるような活力が、
日々失われてゆくのは感じていた。
普通に暮らすならば、いい。
だが、これからのコトを――ハンターとして考えれば。
力が、欲しい。
- 189 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)01時02分19秒
- 自然に目が加護の首筋に落ちて、皮膚の下の脈動に見入っている自分に気がつく。
私、やばいのかな――。
そう苦笑する余裕は、まだ残っていた。
血に飢えてきている。
だけれども、理性も嗜好も残っていた。
吉澤の血が欲しい。
いいや、そうじゃなくて。
吉澤が、欲しい。
そう思い直した刹那――
脳裏に真っ赤な映像がドクドクと浮かびあがり、耳元でうわんうわんと遠くのサイレンのような唸りが聞え
サブリミナルの用に残忍な意味合いを持つ世界中の単語が見え消えして、子供の顔が爆ぜた。
鼻の奥には鉄と腐敗臭が臭いを強めている。
ありとあらゆる認識の入り口からヒトゴロシが暴力的に侵入してくる。
- 190 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)01時03分57秒
- 血を振り撒こうか、血を綴ろうか。
振り撒こうか。
白い首筋に牙を埋めて熱くて甘い血を啜り苦痛とも悦楽ともわからないような
声を上げて身悶える肢体に伸ばした爪を差し込んでグズグズの一口サイズになるまで切り開いて
つまみ食いしやすいスナックにする。
綴ろうか。
血族の下に加えてやろう。あれは綺麗な顔をしているから。
気の向いたときにだけ喰らってやり、思いのままに可愛がる。
影に従う者。
極上の一品。
家族。娘。妻。妹。僕。
体の奥から湧き上がる幻影を押さえ込むように胸を掴んだ。
――違う!!
強く思いながら胸に爪を刺す。
伸びた爪が皮を貫き肉を破り肋骨の隙間を通って心臓の上にまで到達し、
そこで止まる。
あと数センチがどうしても押し込めない。
冷たい肌の上にもっと冷たい汗がだらだらと流れる。
殺戮の生への絶望と平穏な死への希望がせめぎあい、
臆病な吸血鬼の優しさを押しつぶそうとする。
- 191 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)01時05分00秒
- ――止まれ!!止まって!!
爪から『死』を注ぎ込む。
心臓が痛み出した。全身がぶるりと震える。
――消えちゃえ!!
強く目を見開きすぎて視界が引っくり返った。
意識がフラッシュする。
「梨華ちゃぁん?」
加護が異変に気がついた。
背にいるキュウケツキを寝返りをして様子をみようとして
「――見るなっ!」
一喝。
加護の動きが寝返り途中の不自然なトコロでぴたりと止まる。
石川は木枠をぶち壊してベットから転がり落ちた。
胸から爪を引き抜く。
血の塊が腕の軌跡に沿ってぱっと細かいしぶきになる。
すぐに傷はゆるゆると塞がり始める。
ドアに体当たりをするように部屋から出た。
加護は動かない。
吸血鬼の一声で意識を止められていた。
そのまま眠りへと落ちてゆく。
この後の加護は、朝まで目を覚まさない。
伸びてきた牙を両手で押さえ、ぼろぼろ流れる涙は拭えずに廊下を駆け抜けた。
突き当たりの窓ガラスに向かって飛ぶ。両爪を斜めに斬り下げる。
微塵になったガラスの幕を抜けてキラキラと輝きながらキュウケツキは夜に踊り出た。
- 192 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)01時07分06秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
今回更新
>>179-191
- 193 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)01時09分17秒
- >>177 ん〜ど〜でしょう〜?
>>178 んんん〜ど〜でしょう〜?
- 194 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)03時43分13秒
- 風になって走った。
地面には時おり足で触れるだけ。
はだしの下に車輪がついてるみたいに滑らかに走る。
目覚めた、目覚めてしまった。
これはきっと市井が言った残酷な吸血鬼の始まりだ。
消えないと、どこか遠くへ逃げないと。
殺してしまう。殺される。
ぐしゃぐしゃになった思考パターンの中で明確な行動指標はなく、
ただ、遠くへ走れと気持ちが叫ぶ。
――とにかくあの人がいるここにいてはいけない。
何かに足を取られた。
前方宙返り半回転ひねりで体勢を戻す。
アスファルトに銀のナイフが斜め十字に突き刺さっている。
「ちょいとぉ、待ちなぁ」
四階建ての建物の屋上に、月を背負った影一つ。
市井は体を軽く『くの字』に曲げてコンクリを蹴る。
石川の間合いの中に降り立った。
「月のある夜でよかった」
腰に右手を当てて、左手にはゴツイ箱型銃をぶら下げてる。
「いちーはセンサーが狭いから。音だけじゃ追いきれないからね」
- 195 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)03時45分05秒
- 助かった――石川は安堵した。
ふわっと安堵の笑みを浮かべながら肩をいからせてズカズカ市井に歩み寄り、
両腕をぶんぶんと振り回して襲い掛かる。
鋭い爪が幾条もの死線を描く。
市井は石川と全く同じスピードで後ずさりしながら、
振りかかった死線を箱型銃の銃身でことごとくなぎ払った。
ガキンガキンと耳障りな音が響く。
「殺してっ!!殺してください!!」
「いやだよ。そんなブッソウなこと頼むな」
石川が箱型銃を掴んだ。
そのまま横に振り、
「うぉっ」
市井の体が浮き、開く。
宙に浮いた市井の顔面真ん中に照準を定め、左手の爪を突き出した。
反り返って避けられた。
市井の右腕がものすごい力で石川の左腕にぶつかる。
右腕が持ってかれる。
ぶっちぎれた。
体勢を崩した石川の測頭部に回しげりが入る。
- 196 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)03時47分25秒
- 両者とも、軽い。
一撃一受で面白いように空を飛ぶ。
石川は飛ばされながら千切れた腕を宙で拾い、傷口に押し当てて接合した。
「……マジでかなわないなぁ。その回復力は」
市井が右手で髪をかけ上げようとして、その状態に気がついて止める。
苦笑い。
右肩から腕にかけて二倍ほど太さが増し、黄金の体毛が生えていた。
獣と人の中間の腕だ。
「はは、変わっちゃったよ」
傷の治癒に専念して苦痛の息を漏らす石川に、キグルミのような腕を振る。
「どうせだから、全部イクかっ!」
その場でうずくまるようになった市井の体が膨らむ。
綿のシャツとジーンズを引き裂いて、
黄金の右前足を持つ巨大な銀色の狼が現れた。
- 197 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)03時48分25秒
- 相手は錯乱しているだけで戦意は無く、
目覚めたて若輩者でハラペコでフラフラのキュウケツキである。
前に戦った鈴木に比べたらラクショーだ。
市井はその鈴木に、コテンパンにのされている。
コテンパンに比べたらラクショーというだけであって、
実際の戦況はややシビア。
――体弱いんだからさ、ムチャさせないでよ。
目前で荒い息を吐くキュウケツキに比べたら、傷の治りはきわめて遅い。
反撃を食らうわけには行かない。
一発でも喰らったら、動きが鈍って二撃目も必ず喰らう。ジリ貧になる。
避けて避けて、細かい攻撃で相手を弱らせる手も使えない。
余りに非力すぎる。
ダメージを蓄積させる間もなく、キュウケツキは傷を癒していくだろう。
――だから、一撃で決めよう。
- 198 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月27日(土)03時49分44秒
- 灰色の脳細胞
ポアロネタにニヤリ
- 199 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)03時50分17秒
- 銀狼は前かがみの低い姿勢になったキュウケツキの足元に飛び込んで、
真上に飛び上がった。
アゴにアッパーカットを食らわせるように喰らいつく。
がくんと空を向いて倒れかかったキュウケツキの、無防備な胸部に
右前足を叩きつけた。
貫く。
中でニンゲンの手に戻し、五本の指で心臓を掴んだ。
握りつぶし、背中に抜ける。
ドラキュラが、人狼の腕で串刺しになる。
長い悲鳴が轟いた。
- 200 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)04時00分07秒
- 喉と胸から流れた血が水溜りを作っている。
その中に石川が倒れ、ひゅうひゅう言いながらモガいていた。
「――こんなんになっても、死なないの?」
矢口が尋ねる。
サポートとしてビルの屋上から対消弾ライフルで石川を狙っていたのだが、
まるで出番は無かった。
「死なないよ。灰になってもよみがえるようなヤカラだもん。
矢口、輸血パックちょーだい」
市井は裸の体を夜風にさらしている。
矢口が背中のバックパックから輸血パックを一つ取り出して市井に渡すと、
市井は輸血パックのハシッコを犬歯で噛みちぎった。
- 201 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)04時03分43秒
- 石川の胸の上にパックの中身をちろちろ注ぐ。
「石川ちゃん。血だよ」
細い血の滝を拒絶するように、石川が手を振って血を弾く。
「ほら、わかるでしょ。これ、吉澤の血だよ。義理ダテすることないって」
閉ざされていた石川の目が開いた。
胸元に溜まった血に手をつけて、すくって舐める。
市井の手からパックを奪って血を飲みだした石川に、矢口が顔をしかめた。
「ん?矢口どーした。ビビった?」
「こんなんでビビっかよ!ただ――」
血臭の中、自分の血にまみれて、他人の血を飲むコウハイの姿が、
あまりにも――
「――バケモノなんだな、ウチラも。って、思い出しただけ」
「元ニンゲンには、なかなか受け入れがたいだろうけどねぇ」
そう言って頭をかく市井も全身返り血で血みどろのスッパダカ。
だぶだぶのシマシマパジャマの裾を折り返して着ている矢口は、
身長ほどのライフルを肩に下げている。
そして血の池でのたくるキュウケツキ。
月に照らされた三人の光景は、なかなかにニンゲンの常軌を逸していた。
- 202 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)04時04分49秒
- 市井は血と脂でベタベタの手を矢口のバックバックに入れて、
輸血パックを石川にぽいぽい投げる。
ペッと血の混じったつばを吐き、
ビニールパックに牙を立てて喰らいつくキュウケツキを見下ろして
「――吉澤も、いつまでもどこまでもニンゲンだしなぁ」
嘆息。
バケモノの里とニンゲンの都市とを行き来して、
宮仕えに私設隊にフリーランスと職を変えてきて、
様々なニンゲンとバケモノの関係を目の当たりにしてきた。
ニンゲンとバケモノは共存できる。けれどゼッタイに理解しあえない。
それが市井の学んだ経験則だった。
今のままでは吉澤も石川のことを理解することはないだろう。
- 203 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)04時08分25秒
- 「紗耶香ヤバイでしょ。石川このままじゃ。吉澤に教えたほうがいいかな」
「――ダメっ」
石川が身を起こす。
矢口がぴょ〜んと片足で横っちょに飛び上がった。
「梨華ちゃん――もう立ち上がれるの?」
市井を見る。
「治るの早すぎっ!」
「いやぁ、いちーに言われても」
「だってこの間まではこんなに丈夫じゃなかったよゼッタイ!」
「バケモノって、よく突然ヘンイするじゃないっすか?」
「トツゼンヘンイって――」
とあることに気がついて、矢口の顔は青ざめた。
矢口自慢の体内バケモノセンサーが、
目の前にいる石川を、通常状態としてしか感知していない。
メキメキと回復中の強い生気、気配を発しているはずなのに感じない。
完全に気配を断てるサイレント・フリークス――静かなバケモノ。
惨劇を思い出す。キュウケツキ一人になすすべもなくやられた中澤班。
――こんなヤツを敵に回してはいけない。
- 204 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)04時10分16秒
- 石川はシャンと立ち上がって、Tシャツを風穴を隠すように胸に手を当てる。
「よっすぃに教えないでください。もう迷惑かけられるような関係じゃないんです」
「違うの!よっすぃにメイワクかけるんじゃなくて……
石川、今のアンタほっといたらなんかのきっかけで何人か殺しかねないでしょ?
また契約でも何でもして、よっすぃに暴走止めてもらわないとさ」
「――よっすぃがイヤだって言ったんですよ。イヤだって……」
「そこは何とかしてもらうよ。
アイツだってこんな状況知ったらイヤなんて言わないって」
「よっすぃを犠牲にするのと、他の何百人を犠牲にするのもオンナジです」
キッパリ。
「なっ――ンナワケないだろっ!!犠牲の意味合いだってゼンゼン――」
「いやぁ、僕にはわかる。石川ちゃんの苦しみが」
市井は石川の肩を抱いてクールに微笑む。
ジェイソン真っ青の血まみれのスッパダカで。
「なにキャラ作ってるんだよっ!そんなの紗耶香のキャラじゃねーよ!
てか、その辺の布キレ使って隠すか、
オオカミの毛皮かぶり直すかどっちかしろよ、このヘンタイ狼!」
常識あるニンゲン上がりの矢口のツッコミは止まらない。
- 205 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)04時12分37秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
今回二回更新
一回目
>>179-191
二回目
>>194-204
- 206 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年10月27日(土)04時15分40秒
- >>198 時おり遊んでいますので、ネタがわかる方のツッコミお待ちしています。
- 207 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月27日(土)13時23分30秒
- いつになったらよっすぃーと梨香ちゃんはむすばれるのやら・・・・。(のほほん)
- 208 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月27日(土)15時01分44秒
- やはり石川は吉澤がいないとダメなんだな。
吉澤、ここは一肌脱いでくれ。
- 209 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月27日(土)15時06分02秒
- 矢口のツッコミがナイス。
- 210 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月28日(日)02時59分15秒
- 市井がもっと引っ掻き回してくれる事に期待(w
- 211 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月28日(日)16時01分54秒
- 市井のキャラがなかなかにナイスな感じでいい!
- 212 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月05日(月)00時47分44秒
- もーいーくつねーるとーおしょーぉがつー・・・。
どーしーたー。
まってるぞー。
- 213 名前:連絡事項 投稿日:2001年11月06日(火)00時23分34秒
- ちょっと急な仕事が詰まってます。
今夜から書き出して、出来上がり次第に更新しますので
遅くでも数日以内にアップします。
- 214 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月07日(水)02時45分38秒
- >213
のんびりガンガレ!
- 215 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月08日(木)17時14分05秒
- >>210
市井のひっかきまわし、確かに面白いが「よくわかってる人」の設定で
過度になるのもどうかな・・うざい人にしてしまうのは可哀想(w
でもお話は文句なく面白い、最高!
- 216 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月11日(日)15時27分18秒
- >>22-108
>>109-206
続きキボー
- 217 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)03時45分54秒
- 血に飢えた石川が発狂したきっかけは、吉澤との別離であるわけだが、
その別離のきっかけは、市井センセによる「キュウケツキ」の授業だった。
「このままじゃ、石川に喰われるよ」
吉澤は目をパチくりさせた。
吉澤をブイブイ走らせた『基礎訓』後の市井はそのままジャージ姿。
椅子の上に乗せ片膝を立てて、まるでスチャラカ体育教師。
形いい眉をピクピクさせて、キンチョウ気味に時を待つ吉澤。
市井は余裕たっぷりで、話の発端を吉澤にパスしてやる。
- 218 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)03時48分05秒
- 「キュウケツキに取り込まれるマスターってのは珍しくもないんだからね」
「喰われるって……?あたしが?梨華ちゃんにですか?」
市井はシャープペンシルをかちゃかちゃイジクリまわしながら
「あんたがいいならそれでもいいけどさぁ……
あ、呼ばれ方はお前、とかの方がいい?君とかべいべぇーとか」
ヘタ打つとマジでべぇべぇーと呼びつづけそうな気がする。
「名前で呼んでください」
「じゃ、よっすぃはさぁ――」
そりゃ名前じゃねーよ。
早く話を進めたかったのでツッコミは控え、
口の端っこををぺにょっと曲げるだけ。
- 219 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)03時49分14秒
- 「マスターとしての風格がないんだよね。
石川を押さえつけるだけの『力』が感じらんない」
「――力、ですか?」
腕を曲げ伸ばしして力こぶを作ってみる。
それほど大きいものは出来ない。
バケモノになって変わったのは筋肉の量ではなく質だ。
「腕力じゃないっつーの。広義の意味でのパワー」
「コウギ?コウギって何ですか」
吉澤は日本語が不自由な方だった。
「あー……広い意味合いでの力。
気迫というか気品というか。ご主人様っ!ってオーラが出てない」
「オーラ?」
というか、言語一般が不自由な方だった。
「おーらおらーおーらぁっ!ってカンジ」
静やかに大人びた表情のまま、すんげえクダラないことを言う。
「ココってとこでは頭から押さえつけてやんないと、
キュウケツキなんて言うこと聞かないよ」
「ムリヤリじゃなくても、あたしたちは上手くやってますよ」
「今まではね。これからやってけないっつーの」
トントン。
市井が爪でテーブルを叩く。
ドラマで裁判官がハンケツを下すときに打つ槌の音を連想させた。
- 220 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)03時56分23秒
- 「石川がキュウケツキっぽくなってきてるからね。
気づいてないの?石川がよっすぃ〜を見る目」
「……えーっとぉ。
……正直、イミありげだなぁーなんて思うときもありますけど……
それがなんなんですか」
「ノンキなもんだなぁ」
市井がちょこんと首を傾げる。
狼の後藤がして見せたものとソックリの、動物っぽいしぐさ。
「キュウケツキってのは歴史のあるバケモノであって、
狩猟本能と時間を経て築き上げた文化によって
対外的には『滅か従か』、
内部に向けては濃密な繋がりを……あー、つまり」
大事なポイントなので、
ぽかんとしている吉澤にわかりやすいように言い直してやった。
「石川はよっすぃ〜にベタ惚れだから、
身も心も喰うか喰われるかしたがってるみたい」
アタマにザクっと届きやすいよう、ドカンとカゲキに伝える。
- 221 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)03時59分08秒
- 「喰うか喰われる……って……え?へぇええ!?」
とたん、吉澤がバタバタと空気をかいておぼれ始めた。
「やややや、梨華ちゃんは可愛くてあたしもヤバいとこもあるけどその、
そんな、あー、違います、違うってば」
しどろもどろ。
へどもどへどもど。
もがいて、ようやく息継ぎ。
「あれは遊びなんです!」
市井は煽るように肩をすくめる。
「そりゃひどい。よっすぃは石川をもて遊んでるんだ」
「ちがっ!
ふざけてるつーか、じゃれてるっつーか、なつかれてるつーか――
とにかく!あたしはオンナなんです!」
「そりゃ見りゃわかる」
「梨華ちゃんもオンナなんです!
キュウケツキでもなんでも梨華ちゃんはオンナのコでしょ!」
「そっちは見なくてもわかる」
ビミョーな扱いのチガイにかまっている余裕はなく。
「だったら!そんなんナシでしょう!
オンナとオンナで何をどーするんですか!」
「何って何さ?よっすぃは何がしたいの?」
「何もしたくないんですっ!」
お顔を真っ赤にしてどしどし机を叩く。
- 222 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)04時05分31秒
- 市井はトマトになった吉澤を心底ケゲンそうに見た。
「なして。どうせ私らバケモンなんだよ。
フツーのニンゲンに相手されない方が多いんだよ。
だから、良くしてくれる相手は御の字だし、
何でもアリといえばアリで――
ヤっちゃえばイイもんかもしんないし。
てか、よさげだよ石川の――」
「あぅっ!ああぅっ!あああぅーーっ!」
市井の言葉に激しくシャウト。
「ヤっちゃうてなんですかぁー!!」
また、すいすいと平泳ぎ。
- 223 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)04時06分16秒
- 「――んー。飽きないヤツだなぁ」
つるりと自分の頬をなで、
「ニンゲンの側にいたいならもっとニンゲンらしくさ、
バケモノに色目使わないで、
ヤらしくこき使ってやるとかあるだろうに……」
手を握って拳を作り、狼の手に変えた。
ダラダラ汗の浮いた吉澤の額を毛皮と肉球でキュッキュと磨く。
手をヒト型に戻し、皮膚につきっぱの汗をテーブルクロスで拭って
「こういうどっちツカズの状況が、
徐々に石川のストレスになって、ある日ポーンとメルトダウンなんかが……
ま、どっちツカズもヒトのいいとこなんなんだろうけどねぇ」
「へ?」
一人で手を叩いて納得いっている市井。
『バカ』と頭の上にスーパーが浮かんでいそうな吉澤。
「わっかるかなぁ。わっかんないだろうなぁ。
ま、とにかく今わかって欲しいのは」
肉球を掌に戻し、ぴしゃんと吉澤の額を叩いた。
「このままじゃ、石川に喰われるよ」
- 224 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)04時07分45秒
- 「――私は、吉澤さんを襲ったりはしません」
市井の質問に、石川は声を尖らせて答えた。
吉澤と市井の『授業』から数時間前にさかのぼる。
キュウケツキの授業、午前の部の真っ最中だ。
講義の場所は同じ部屋、同じテーブル。
午後には飼い犬が座ることになるパイプ椅子には
背筋をピンと張ったキュウケツキが座り、
銀狼を睨んでいる。
「まぁ、怖い顔しないで。お茶でも飲みながら話しましょ」
水色のパーカーに短パン。
真夏らしい露出。
アグレッシブにカジュアルスタイルを決めた市井が、
部屋の隅の給湯場に立つ。
気取った手つきでティーポットをつかんで石川に見せた。
- 225 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)04時09分21秒
- 「紅茶の葉とかこだわるタチでしょ?」
「いえ。そんなには」
「あれ?おかしいなぁ。
キュウケツキって茶系の嗜好品にウルサイもんなんだよね、構造上」
ポットを蒸らしている間に、ティーカップに熱湯を注ぐ。
「舌がね、ニンゲンと違うんだよ。
キュウケツキの舌は旨味や塩分、糖分の味覚は狭いんだけど、
苦味、渋み、香りや辛味には細やかなんだって」
「あぁ……。でも、コーヒーは苦すぎるからあまり飲めませんよ」
「ニガテだとしても、
利き酒みたいに『利きコーヒー』やらせたら正解率高いんじゃないかな。
高貴なイメージのキュウケツキ様をこういっちゃ悪いけど、
ケモノ舌、なんだよね。
調理の塩梅よりも、野生の素材の香味の方が敏感に察知できる」
振り向いて、ニマっとからかう。
「――だから、石川。料理なんてヘタじゃない?」
「……できますよぉ」
プクっとムクれた。
「あはは、ゴメンゴメン。家庭料理は経験で上達するもんね」
市井にとってはホンの冗談だが、石川にとってズバリど真ん中。
――できると上手は別だよね。
と、コソっと心の中でヘリクツめいた自己弁護を付け加えていたりする。
- 226 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)04時10分53秒
- 「いちーの舌も狼よりなんだけど、ニンゲンの味付けには慣れちゃったよ」
ティーカップの湯をシンクに捨て、熱された碗の中に熱い紅茶を注いだ。
夕焼けを溶かし込んだような液体。
うっとりするような紅茶色に、市井は目をきゅっと細めた。
「うん。いい色だ。でも、犬舌で熱いのニガテだから」
片手で冷蔵庫を開けて
「失礼」
製氷皿に手を突っ込み、一握りの氷を自分のカップの方だけブチ込んだ。
ウケた。
「あっ……あーあ」
口元を抑えてクスクス笑っている。
「素敵な雰囲気だなぁって思ってたのに。ダイナシじゃないですかぁ」
「紅茶の入れ方は英国仕込ですけれども、
いちーは国産なもので味はわかんない。
冷えた麦茶の方が恋しい」
しれっと言いきり、給仕する。
殺風景なテーブルの上に、色とりどりの皿が並んだ。
市井はガサツな動作で椅子に体を投げ出して、
『慣れないコトは肩がこる』とアピールしたげに大きくセノビする。
「城持ちの貴族とかもいるキュウケツキ相手にしてるとね、
こーいう気取ったコトも覚えるのさ」
「昔の家族が――そうでした」
口を開いた。
- 227 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)04時13分07秒
- 思い出は思い出そうとするまでもなく、すらすらと喉を流れる。
「ドコドコのお茶とか、お酒とか。
こだわりが凄くて。わざわざ郵送してもらってたようです。
良く引越ししてたんですけど、どの家も狭いんですよ。
その割に贅沢な暮らしをしていたと思います」
題名の知らない管弦楽曲が流れ、手焼きの菓子の香りがする家だった。
血を食す家族は、
家庭の中にカンペキなまでに血の痕跡を持ち込まなかった。
今ならわかる。
血を知らなかった石川のためだろう。
今は血を知っている。
ヒトの肉に牙を埋め込む快楽を知っている。
家族の思いやりを踏みにじってしまったような気がして、
罪悪感が胸を鈍く突く。
その罪悪感は体を提供してくれている吉澤を貶めているような気がして、
また別種の罪悪感を呼ぶ。
「あらら、ホームシックさせちゃった?
沈まないでよ。無言のキュウケツキなんて怖くてたまんない」
市井は自分を抱きしめてマンガみたいにブルブル震えてみせた。
「んじゃ、ゲンザイの家族はコダワる方?
違いがわかるマスターだったりするの?」
- 228 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)04時16分29秒
- これまた、血の臭いから離れた家族ではある。
けども昔の家族とはセイハンタイ。
「お茶とかだけでなくて、物にコダワリ、ないみたいです」
肩をすくめた。
風呂上りにカルキ臭い水道水をゴクゴク飲んで、
ぷはーとウマそうな息をつく。
ハンターの仕事でビリビリに破けたシャツを縫い合わせて、
自宅用にして着ている。
ざくざく縫うとテキトーな手つき。
荒い針目を見かねて石川が手伝おうとすると、
なぜかやんわり断られるがシャクの種でもあった。
「お金の都合が大分あるのでしょうけど」
言いながら自分で思う。
これじゃ、よっすぃが貧乏で無頓着なカイショウナシみたい。
- 229 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)04時18分52秒
- 細やかでマメなトコのある、カワイイ女の子だと思っている。
じゃぁドコが?と問われてトッサに答えは浮かばない。
――マスターのことなのに。
反省する。
――モット女の子としても理解してないとダメじゃない。
整頓好きのキレイ好きなところだろうか。
度胸がいいようで、お化けを怖がるような臆病なところだろうか。
買い物するときに合計でいくらになっているかと、
いちいち計算しているところとか。
暗算を間違ってばかりで、レジの前でアレ?と頭を抱えてるトコなんか、
ぎゅっと抱きしめたいぐらいにカワイイ。
また一緒にお買い物に行きたいな――
ぽっと頬を桜色に染めた石川の思考は、いわゆる一つのただのノロケ。
茶化し屋の市井にぶちまけられてた日にゃ、
吉澤はたまらない。
首の一つや二つや三つや四つと連チャンで
首をくくってしまいそうな甘ったるい代物だ。
- 230 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)04時31分49秒
- 石川がベタ甘の想いに呆けてる合間、
市井はカチャカチャと話の流れを組みたてた。
「質問を再開するよ。
吉澤をスレイブにしなかった理由が『気の毒だったから』
ってこの調査書にかかれてるんだけど」
束ねた書類で、テーブルの端をパサっと叩く。
「これはどういう意味?」
「事故の被害者なのに、
その上キュウケツキの被害者になるんじゃ気の毒じゃないですか。
――無許可でマスターにしたんだから、似たようなものですけど」
何回も語らされた事柄だった。
自嘲を含んだ頼りない笑顔を浮かべる。
「私みたいなバケモノの奴隷よりマシでしょうから」
- 231 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)04時33分37秒
- 「仕方なしに主従関係を結んだように聞こえるけど、そうじゃないよね」
市井のまっさらな目が、石川に注がれる。
「いちーは一般的なキュウケツキの生態を詳しく知ってるんだ。
この書類に載ってないやりとりがあったコトの想像もつく」
記録に残せない、表沙汰にできないコトがあったはず。
石川の肩がピクリと震えたのが、その証拠。
「いちーはキュウケツキが大嫌いなんだな。
だからこそ、悪いキュウケツキと良いキュウケツキを
見極めておきたいんだな。
私的な感情で良いキュウケツキまで殺したくないから――」
声に熱がこもる。
テーブルに前のめりになる。
「ヒトと暮らしたがってる石川のこと知りたい。
どういうことを考えてヒトを手元に引き込もうとするのか。
ただの本能なのか、手慰みの娯楽なのか。それとも――」
前口上が長くなった。
本当は、多くの言葉は要らない。
「そこに気持ちはあるのかな?」
質問の意図を伝えるには、それだけで十分なはずだった。
- 232 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)04時38分43秒
- 石川は下方に目をそらした。
重い表情。硬い沈黙。
けれども市井は、無言のキュウケツキを無言で見守りつづける。
「あります……私の方にはありました。気持ち、持っちゃいました」
初めての万引きを見つかっちゃったコドモみたいに、オドオドする。
「あったから大切にしたかった……今も大切にしたいヒトです」
「えーっと、たちの悪い質問だけど、本能もあったよね?
本能と気持ちはどっちが比重大きい?」
「それは……それもありますけど……」
消え入りそうな声。
- 233 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)04時39分34秒
- こういう態度を目の当たりにすると、
ジンモンってのは恥知らずの行為だなぁと市井は思う。
ニンゲン・バケモノ関係ない。
年頃の娘さんのプライバシーを容赦なく引っぺがしてるのだから。
せめて、自虐的にはさせたくない。
「恥かしがることでないよ。
征服欲や集団欲はニンゲンにもドーブツにもあるフツーの本能だから。
それにキュウケツキの場合は食欲でもあるね」
石川が一番恥かしがるだろう欲望は指摘しなかった。
キュウケツキは血を吸って仲間を増やすもので――
――つまり、生殖行為ってのは
イキモノがスーパー・ハイになるようにできてる
スペシャルなもんだから。
んなこと、オンナのコにツッコむな。
- 234 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)04時44分28秒
- 「……比べられません。
そういうのって、ニンゲンとかでも混ざっちゃうものじゃないんですか?」
逆に質問される。
「まぁ、本能や感情のセメギを受けて、
がーって狂っちゃうニンゲンも多いね。物語や歌になるぐらい」
「狂う?」
語感の悪さに石川が嫌な顔をしてみせた。
「ああ、でもシリアスな『狂う』じゃなくて、もっと……
『Crazy for』なニュアンス」
「……首ったけ?」
「お、ホンヤク上手だね」
笑った。
「ね、『Crazy for You』って知ってる?いちーの好きな歌なんだけど」
トッピョウシもなく、明るいメロディのした英語の歌を朗々と歌いだした。
この先の読めないデタラメさ、奔放さは、どことなく吉澤を思わせる。
だから憎めないのだろうかと、石川は市井の歌に聞き入った。
トウトツに歌が終わる。
サビの一節だけ歌って見せたのだろう。
「今の石川の状態は気持ちと本能がぐっちゃになっててさ、
このCrazyに近いんじゃないかな」
「その歌の内容って……」
ヒアリングしきった石川が、恥かしそうにあさっての方を見た。
「そ。――恋の歌」
- 235 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)04時49分30秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
今回更新
>>217-234
- 236 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)04時56分25秒
- >>207 どーなんでしょうね(まったり)
>>208 リアルの方では石川もめっきりたくましくなって。
>>209 サンソンですし。
>>210 話に困ったときは市井ちゃんです。(悪習の予感)
>>211 ナイスに行きたいものですが。どうなるか。
>>212 お正月までに全部終わらせたかったのですが、非常に怪しいです。
>>214 そこそこ急いでがんがります。
>.215 市井をどう動かすかでENDINGも変わってくるのでしょうね
(すっかりプレイヤー視点)
- 237 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月12日(月)05時00分03秒
- >>216 ご親切にリンクを付けてくれてありがとうございます。
年末年始に向けての仕事が入りましたので、
更新は早くなったり遅くなったり不定期になると思います。
- 238 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月12日(月)05時11分22秒
- 忙しい中、更新お疲れ様でした。
>>236
「全部終わらせたかったのですが」って第3話ってことですよね?
- 239 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月13日(火)14時41分49秒
- >>221の照れるよっすぃ〜に萌え〜
- 240 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月13日(火)20時26分45秒
- ここの市井ちゃん、めっちゃ面白いっすね!
- 241 名前:hiro 投稿日:2001年11月13日(火)23時43分29秒
- あぁ・・・歳がバレる・・・とか思いながら、
「快傑ズバット」とか「ギターを抱いた渡り鳥」とかに惹かれたりして・・・。
そういえば第一話から第三話までの間にも、
「小池さん」とか「レレレのおじさん」とかありましたよね・・・。
竹ボウキとられちゃった「レレレのおじさん」・・・普通の人じゃん。
- 242 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月14日(水)15時49分54秒
- これで石川が自分の気持ちに素直になれればいいけど…。
市井は読みが鋭くてカッコイイ!
仕事、お忙しそうですけど頑張って下さい。
- 243 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月19日(月)19時30分46秒
- >241
松鶴家千歳もなー(w
- 244 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月20日(火)00時11分43秒
- なにげにちょこラブの時の衣装(水色パーカ+短パン)着てる市井萌え。
吉澤のことを「女の子として理解しなきゃ!」と思う石川萌え。
小ネタも、全体的なストーリーも、全て本当に面白いです。
今一番楽しみにしている小説です。
無理をしない程度にゆっくり頑張ってください。ずっと待ってます。
- 245 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月23日(金)15時43分26秒
- ま、まだかしら・・・?
- 246 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月24日(土)23時59分41秒
- 飯田香織はデカい。
身長170cmにやや足りない背丈は日本成人女子の平均よりもやや高いだけで、
キョウレツに珍しい身長ではない。
それでも飯田がデカいのは、周りをちっこいので固めているからだ。
北海道から共に上京してきた天才ハンター安部。
飯田の親友かつ悪友の安部は、
ギュっと足をつかんでブンブン振り回した挙句に
ぽいっと放り投げたくなるぐらいにコロコロとちまっこい。
ぼけっとしやすい天然ポカ娘の飯田のフォロワーとして組んできた
シメツケ屋の矢口メンバー。
片手で首根っこをつかんでハンドバックにできるぐらいにミニサイズ。
そして飯田を目印か記念碑かとでも思っているのか。
チビッコ辻と加護。
オバカさんみたいに突っ立ってる飯田を見つけると、
ちぃちぃ騒ぎながら寄ってくる。
飯田と並んでボコっと頭が凹まないのは、中澤班では吉澤ぐらいなもの。
そんなワケで、身長170cm弱の飯田香織は中澤班にいて異様にデカくみえる。
- 247 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)00時02分22秒
- そのノッポさん飯田は、自室でカキ氷をかいていた。
飯田ご自慢のアンティークなガラステーブルには、
ミニ矢口が席についている。
そして飯田の脇。
チビ加護がイチゴとメロンのシロップチューブを持ってクネクネと変な踊りを踊っている。
「お前は何しにきたのさぁ」
矢口がボヤくと、
「梨華ちゃんのことは加護がイチバン詳しいんですよぉ」
くねくね。
コンキョはよくわからんが、とにかくすごい自信だ。
「明日の試験は大丈夫なのかぁ?」
最終試験だ。
体を休めたり、試験の準備をするために、本日は全休になっていた。
「それは矢口さんのご想像にお任せしまぁす」
加護は踊りっぱなし。
まぁ大丈夫なんだろうと矢口は思う。
加護・辻のポテンシャルは知っている。
- 248 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)00時08分08秒
- 「できたよー」
飯田が氷が山盛りに盛られた皿を運んできた。
白玉やつぶあん、缶詰みかんとバニラアイスが添えられた豪華版。
「どわー、うまそぉー!」
最骨頂に達した加護の踊りを矢口が抑え、三人横に席に着く。
背並びはお母さんと娘二人。
手を合わせて、いただきます。
しゃくしゃくしゃくしゃく。
一同、無言になった。
飯田は白米を食べるように黙々と噛みながらカキ氷を食べているし
加護はコメカミを抑えてスッパイ顔をしている。
「……カオリ。そろそろ話に入らない?」
矢口が促す。
「うん。矢口、加護。あのさぁ」
二人はテーブルの一番端っこにいる飯田のぐりっとした目を見た。
「辻はどしたの?せっかくイッパイ材料用意したのにさ」
「今日は辻の話じゃないだろっ!」
「ののはグーグーお昼寝してますよぉ」
暴走キュウケツキ石川についての相談会。
開始前からすでに崩壊しかけていた。
- 249 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)00時10分35秒
- 教官としては生徒を全員使えるようにして班に加えたいし、
同期の仲間としては一緒に合格したい。
そんな仲間意識から自主的に開かれた相談会である。
けれども、矢口が思うにこのメンツは話し合いに向いてない。
「圭ちゃん呼んだほうがよくないか?
圭ちゃんが石川のメンドウ一番見てきたんだしさ」
「圭ちゃんは沙耶香とマジメに相談してるから、あっちはあっちに任せた」
『じゃあウチラは不真面目に相談するのかよ』と矢口は思ったが、
全てのシロップを混ぜて真っ黒になったカキ氷を
『どひゃー、まずー』なんて言いながら
ザカザカ喰らっている加護を見ると口にする気も失せてしまう。
自己申告するには的を射すぎててイタすぎる。
- 250 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)00時12分45秒
- 「石川はネガテブなんだよ。自分は飛べないって思ってるニワトリなんだよ。
だからいつまでたっても、空飛べないでさ、ビルの屋上からポテっと落ちるだけだしさ」
飯田がティスプーンをフリフリ熱弁する。
「……ちょっと待って?」
矢口が両手をパーにして突き出し、飯田を止めた。
「あん?なにさ?」
「石川が、ビルからポテっと落ちてるわけ?」
――って言うか。
カオリが石川をビルから突きとしてるんだろ。
昨晩、矢口は石川のキュウゲキな回復力のアップにドギモを抜いていた。
ここで舞台の裏側を見た気になる。
アレも、日々たゆまぬ訓練の結果なのかもしれない。
「あいつさぁ、どんなに訓練しても飛べないんだよ。ネガテブだから」
「ネガテブとかじゃなくてさ、あのね、地球には重力があってね」
……ハネも無いのに飛べるわけないだろっ!」
炸裂。
「そりゃ、気合がないんだよ」
「気合で飛べたらヒコーキはイラナイよ!」
「ん?辻は気合で飛べたよ」
矢口の連撃もまるでこたえず飯田がフツーに言うと、
矢口はガクンとアゴを落とした。
「うそっ!」
辻の知られざる一面に、派手なリアクションを返す矢口。
- 251 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)00時14分41秒
- 怪力鬼っ子の辻。
パワー全開になると頭のテッペンに柔らかいコブのような
ツノがちょこんと盛り上がる。
それも髪の毛に隠れて気が付かない程度で、見た目はフツーのニンゲンそのもの。
もちろん、飯田みたいに鳥のハネなんかは生えてこない。
はずだった。
どういうことよ?
矢口の疑問を目で受けて、飯田はコワいぐらいの真顔で、
「だだーって走って、びよーん、て向こうのビルまで一気に」
「それはジャンプ!」
ズベっとズッコケた。
テーブルに額を押し付けてる矢口は放置され、
飯田の話は拡大しつづける。
「加護も飛べるよね。ビルとビルの間ぐらい」
「うぇーい」
加護は片手で敬礼し、カキ氷をすくうスプーンをピコっと立てる。
「んでもって、お前のはワープ!」
「なーんだ、この中で飛べないの矢口だけじゃん」
飯田が自慢げに言い、加護はホメラれたみたいにニコパっと笑う。
矢口は「来るトコ間違えたな沙耶香んとこ行っときゃよかった」
と後悔しながら溶けかけのカキ氷に目を落としてあーあと嘆息。
- 252 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)00時18分13秒
- その後も続けられた飯田と加護のイミなし雑談はザクっとさっぴく。
カキ氷がカラになり、飯田がいれた暖かい番茶で
冷えた口を温めるころになってようやく、
「うーんと、梨華ちゃんはぁ、カワイソォ」
加護が話を本題に戻した。
「何が?」
直前までの飯田、加護の会話のテーマは『夏でも美味しい鍋の作り方』。
土下座されても喰いたくないようなヤミ鍋の作り方だったので、
キレイ聞き流していた矢口の方が、急ターンした流れに着いていけない。
「だからぁ、梨華ちゃんはぁ、信じてないからぁ」
焦点の見えない加護のトーク。
「ああ、わかる、わかる。石川は信じてないよね」
ホントわかっているのかどうか、ワカラない飯田の相槌。
「あんたら、も少し矢口にわかるように話してくんないかな」
矢口に言われて、加護は上目かつ顔は伏せがちになる。
相手の出方を探るような態度で、
「えっとですねぇ。梨華ちゃんはぁ、だれのことも信じてないじゃないですか」
- 253 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)00時21分27秒
- 飯田がテーブルをバンと叩いて立ち上がった。
「ええ!なしてそんなコト言うのさぁ!
カオリは一生懸命石川のことを考えてかんがえてカンガエテ、
いろんなコトを教えてやってるんだよ!」
「カオリ、それはいいから」
どうどう。
「よくないさぁ!
石川はカオリのこと信じてないの?
加護はどうしてそんなこというのかわかんないよ加護はいつもそんな風にトツゼンわけのわかんないこといってさカオリたちをサンザンふりまわしてさ
なんだかわかんないうちに事態がゼンゼンわかんないことになっちゃってさ――」
ヤッパ、加護の話をわかってないじゃない。
なにやら悪い電波がキてしまったらしい飯田を押しやって、
矢口は加護に、
「んなこと言っても石川はセンパイのことはハイハイ聞くし、
よっすぃにはベッタリ信頼しきってるだろ」
「んー」
加護が言いよどむ。
タコ口寄り目のヘン顔をして、考え中と表現してるつもりらしい。
「梨華ちゃん、よっすぃになんかしてもらうと、
いっつも『ゴメンなさい』って言うんですよぉ。
それってヘンですよねぇ」
びゅんびゅん娘のクセに、意外に細かいトコを見ている。
- 254 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)00時22分43秒
- 「――つまり、今までの話を考えるとだ」
飯田がゴウインにまとめにかかった
「石川は、ネガテブで自分を信じていないんだな。
自分がジャマっけだと思っちゃってるから、相手に素直に頼れないと」
「おお、まともな結論じゃん」
カキ氷とヤミ鍋の会のワリは。
だとしてもだ。
「……で、どうすんの?石川を自己啓発セミナーでも通わせる?」
ポジテブポジテブと呟く飯田の脇で
ポジティブポジティブと必死の形相で追従するキュウケツキを想像する。
――キショっ。
矢口はハチャメチャな自分の想像に頭痛を覚えて額を抑えた。
「ニンゲンはカンタンに変われないさぁ。
どーすればいいかなんて、わかんねぇっしょ」
飯田はカンタンにお手上げ。
加護もお手を上げ、
「矢口さーん、お茶お代わりぃ」
矢口にはツッコむ気力も残ってない。
- 255 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)00時26分26秒
- 矢口のことをちっちゃ、ちっちゃとバカにするけれども、
市井沙耶香もデカくはない。
ニンゲン型のときの背は平均よりやや下回り、
線の細い見た目もあってイッソウ小柄に見られがち。
市井が中澤班にいたころによくツルんでいた猫娘、保田も大きくはない。
市井の妹分の後藤は当時はコドモ。
仲良し三人集まると、まさにどんぐりの背比べだった。
月日がたち、後藤がデカくなる。
背もスタイルも成長した後藤と再会して
「……ごとー、育ったなぁ」
と言う市井は、ちょっと悔しそうだった。
保田は市井の意地っ張りを知っていた。
市井はナンデモ越えたがりの背負いたがりの
ヒーローコンプレックスのカタマリ。
ムリしてほしくないが、
ムリする市井はこの上なく頼もしいというのもまた事実。
申し訳ない。
だから寝転がって週刊マンガ誌を読みふける
ヘタレモードの市井を見てるとホッとする。
もちろん、そんなこと口にじない。
- 256 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)00時28分13秒
- 「ほら、ヒトの部屋に勝手に来てゴロゴロゴロゴロ、ダラシない!」
カーペットの上に寝そべる市井の横っ腹を蹴っ飛ばす。
「日本のマンガが一番面白いや、げらげらげら」
「げらげらじゃないよ」
「だってさ、ココにはいちーの部屋ないからさぁ」
蹴られて起きてあぐらをかき、左手でぼりぼり頭をかく。
「まぁ、居着くのはかまわないけど」
むしろ嬉しいけど。
保田は片頬笑みをして石川の資料を出した。
情報室に繋がっている自室のパソコンとプリンタで印刷したものだ。
「沙耶香にゃ、ガイシュツのものばっかじゃない?」
「ガイシュツってなにさぁ。ひょっとして既出の間違い?」
「は、流行りのローカル用語なのよ」
噛んだ保田はちょっとキョドウフシン気味。
「あはは、日本もわけわかんないなぁ」
「それより、その書類の四枚目からが石川のパーソナルだからね」
市井の手にある紙束に手を伸ばし、ぱらぱらとめくって見せた。
- 257 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)00時32分32秒
- 石川の経歴や心理テストの結果が七ページに渡って
ビッチリ書きこまれている。
市井に言わせると
「少ないね。ヒト型のバケモノ一匹語る量じゃないよ」
「アタシみたいなのが見れるのはそんなところ。
明日香を通せばもう少し出せると思うけど」
「や、とりあえずコレで十分」
さっと目を通した。
中澤班の黒いキュウケツキが自虐的で被虐的でヘナチョコタイプのクセに
向上心溢れる自滅型理想主義だというコトが心理学的に証明されていた。
「やー、この程度は心理学を持ってこなくてもさ、
石川と会ってちょっとのいちーでも察しがつくことなんですけど」
「だから、ガイシュツだって言ったでしょ」
「確かにガイシュツだね。つまんないなぁ」
激しく同意する市井を見て、保田は質問を投げかける。
「沙耶香はコレ以上、詳しい石川の情報を持ってるんでしょ?」
またもや市井は同意。
「なら、アタシにも教えてよ。
これから石川たちと仕事をするかもしれないんだから」
- 258 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)00時36分02秒
- 身内が荒れているのは死活モンダイだ。
重体を負った原因を『人狼の姉妹ケンカに巻き込まれて』と調査書に書かれた
マヌケがいるぐらいである。
石川がヘタに力の片鱗を見せてるだけに、クリティカルでヤバイ。
死因の欄に『キュウケツキとニンゲンの痴話ゲンカに巻き込まれ』
なんて書き込まれるのはマッピラだ。
市井はドテっとあぐらをかいたまま、仁王立ちの保田を斜めに見上げ、
「圭ちゃんって、ハンター引退するとか言ってなかったっけ?」
「店が忙しくなったから遠ざかっていたけど、アタシは中澤班の保田のまま」
「でも、いちーは中澤班を完全引退した部外者だからね」
悪気を薄皮一枚で隠したスマし顔で、保田を牽制する。
「メシの種をタダで渡せると思う?」
保田はギョロ目をむいて市井を見つめた。
静かに静かに市井を見つめ続ける。
押し黙る保田を前にして市井はようやくミスに気が付いた。
- 259 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)00時47分26秒
- 「わるい、冗談……ごめんなさい」
謝った。
飯も情報も悪意だってトウゼンのように分かち合える仲だから、
成立する冗談だった。
今は成立しない。
市井自身が言った『部外者だから』という言葉は
ジョークではなく事実だから。
「沙耶香、アタシは面白くないオンナだから――」
そういう冗談は止めて、と保田は小さな声で言った。
一年間の年月は、それぞれにそれぞれ立場を作り上げていた。
ごとーの背も伸びるし胸もでかくなる。
――浦島太郎だ。
変わらぬ仲間の元に帰ってきたと錯覚していたいちーがバカだった。
でかくなったごとーの胸のカタチも中味も、
いちーの知っているごとーのモノではなくなっているのだろう。
市井は自室に引きこもってしまった妹分のことを思った。
紐でくくって押さえつけ、部屋にぶち込んだ後藤。
ちょっかいを出しに行くと、ムシされるけど暴れない。
本気でイヤがってるんじゃないんだと思っていたけれど。
不平に曇った黄金の目。
抱きかかえるとでれんと四肢を垂らす、こんにゃくのような脱力具合。
思い返してみると、どことなく不吉なカンジがする。
- 260 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)00時48分12秒
- ケンカに負けて、ご自慢の腕っ節が証明できなくてフテてるんだろう。
そう一人納得していた市井は、
すぐ去るつもりだったハンター協会に長居をしてみたり、
後藤の仕事拒否を肩代わりしたり。
市井なりに甘やかしているつもりだったのだけれど。
「……あのですな」
保田の方が『この地』に詳しい。
市井は思い出と過去の絆への感傷を振り捨てて、事実を認めた。
「市井亡き後もみんなと一緒に班を支えてきた
重鎮の圭ちゃんにお聞きしますが」
「なによ?」
ヒトを喰った市井節に、保田が静謐な表情を温めた。
「ひょっとして……
いま、ごとーって、ちょっとばかしマジ入って怒ってるのかな?」
「なにイマサラ言ってんの。あんなフキゲンな後藤、見たことないわよ」
市井の余裕顔がそのままで凍りついた。
- 261 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)00時52分52秒
- 「タダでさえ班内が荒れてんだから、
沙耶香も後藤のこと刺激しないで仲直り……沙耶香?」
脳みそから吸血鬼シーカーの仕事もコウハイの悩みも吹っ飛んだ。
仕事にかまけて、大事な家族の気持ちがわかんなくなってるなんて。
なんてベタなモーレツ社員ぶり。
「……まいった。ごとーの時間だ。ごとーなんとかしないと」
「……沙耶香?」
『おとーさんなんかきらい』と娘に言われたパパ状態。
ぽかんと『ごとーを、ごとーを』と連呼している。
保田は壊れた市井にヒキツリながら二、三歩後ずさり。
「圭ちゃんっ!」
「いや、ごめんなさい!別に逃げる気はないのよホントに――」
アワくう保田の前に、市井がしゅたっと立ち上がった。
ぴしっと親指を立て腰に手を当て
「あとは任せたっ!」
歯を輝かせたスマイルでキメっ。
「キュウケツキの詳細情報は追って知らせる!しばし待て!」
「は、はい!お待ちしております」
ノリで命令、思わず敬語。
情報屋の頭とサンドイッチ屋の頭の脊髄反射のチガイが出る。
- 262 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)01時00分56秒
- 「いちー、行ってきますっ。母さん夕飯には戻ってきます!」
市井は景気よく書類を天上に投げ出した。
ワサワサと振る紙ふぶきに目をさえぎられ、終わったときにはすでに市井はない。
――アイツ相変わらず……ヒトの後始末考えないわね……
何かムナシいノスタルジーに浸りながら書類を拾った。
相変わらずに、フザけてスカしたコトを好き放題言いながらも、
ムリして心を矯めた生き方をしている。
そして、前触れれなく理解不能なまでにぶっ壊れる。
そんなキ険人物が、大事に面するとまるで別人。
醒めたような雰囲気を常時漂わせ、パシッと美味しいトコを決めてみせる。
二枚目半の変身ヒーロー。
見てると愉快ツウカイだが、付き合わされるとタイヘン苦労する。
身を持って知っていた。
- 263 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)01時01分46秒
- ――雰囲気が吉澤に似てるかな。順番から言えば吉澤が沙耶香に似てるのか。
いや、違う。と訂正する。
市井は吉澤ほどバカじゃないし、吉澤は市井ほどヒネてない。
楽観主義と悲観主義の違いだろう、と冷静に分析して、
どっちもどっちだと苦笑した。
そばにいるヒトが、後片付けを押し付けられるのには変わりない。
――石川。
吉澤のそばにいる。石川が吉澤の掃除役に――
未来予想図をちょっとだけ考えて、頭を振る。
現状からは、ありえない図だった。
- 264 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)01時04分50秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
今回更新
>>246-263
- 265 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)01時12分55秒
- >>238 いえ、話全部を終わらせるつもりだったのですが……無謀な読みでした。
>>239 まだまだカッケくないですね。
>>240 壊れ系役ですので。
>>241 実は、一部は本当の元ネタを知らない世代です(w
二次でネタを知ったものが多いですね。
>>243 同上(w
>>242 市井はカッコいいようでカッコよくないような……
>>244 目指せネタスレがモットーです。嘘だけど。
>>245 ようやくなんとか。
- 266 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月25日(日)01時31分18秒
- 更新お待ちしておりました。
今回も楽しく読ませていただきました。
ただ、名前の間違いには気をつけてください。
結構気になってしまうので・・・。
正しくは「飯田圭織」「安倍なつみ」「市井紗耶香」です。
でしゃばりまして、ごめんなさい。
- 267 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月25日(日)01時43分29秒
- >>266
回線で首つって(略
すみません。
正直、これだけはしたくないという恥かしい誤字でした。
- 268 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月25日(日)02時23分10秒
- 大量交信、もとい更新お疲れ様です。
またお会いできる日をたのしみに・・・。
放置プレイの快感に目覚めそう、ウフッ。
- 269 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月25日(日)02時34分09秒
- 更新お疲れさまっす!!
今回も小ネタ満載で笑かしていただきました。
既出をガイシュツと読んじゃうヤッスー萌え〜(w
- 270 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月25日(日)19時33分11秒
- 待っておりました!
いちー、やっすーのやりとりがいい感じ。
- 271 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月26日(月)22時54分29秒
- 泣かれていた。
胸の中で。息苦しいぐらいにしがみつかれていた。
辺りは暗い。自分の手の先すらも見えない。
胸で泣く者のあやふやな触感だけが自己の存在の拠り所になっていた。
背中に回した掌に、鼓動と呼吸音が伝わってくる。
地面から湧き上がるように、声が聞こえていた。
――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。
なにを謝っているのだろう。
胸の中で震える体を抱きしめていると、右後ろから新たな声が聞こえた。
――安らかな死を選ぶ権利もあったんやけどなぁ。
男の声にはどこかで聞き覚えのあった。
権利?
社会の授業か、オトナにしかられたときの言い訳にしか出てこない単語だ。
――フツーに暮らせる可能性もあったけどなぁ……
まだ幼いと言われるほどに若い身である。
可能性を示唆されることはあっても、否定されることはなかった。
- 272 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月26日(月)22時55分12秒
- ――新たな選択肢が、二つ。
ズキンと腹の奥に鈍い痛みが走る。
急に手の先に灯りがともる。
五本の指が落ちていた。
驚くまもなく、指が生えてくる。
下に落ちた指からは白い糸が伸びてきた。
流れた血を辿るように、発芽のビデオを見るように。
切り口から白い根が伸び、色が変わり肉がつき――
ぐちゃっと何かに踏み潰された。
八方に飛沫を飛ばして散る肉片に呆然とする。
――このまま、ニンゲン辞めるか。
指が落ちた手は、元に戻っていた。
――我々の元にくるか。
暗闇から腕が伸びる。
長い爪に顔を掴まれる。
手の隙間から、相手の顔が見えた。
――未来を、選べ。
赤い目と白い牙が闇に浮かび上がる。
- 273 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月26日(月)22時58分45秒
- 吉澤が見た夢は、記憶を元にして構成されたものである。
薄暗い部屋の布団の中で目覚めたときには
今この場所が、夢なのか現実なのか区別がつかなかった。
引きつる喉に鉄臭いつばをぎょくんと送り込み、
おそるおそる自分の手を見てみた。
――指は全部ある。
人差し指の関節を横から咥えてギリリと噛んだ。
歯に圧迫される痛みも脂じみた生臭い味もわからないぐらいになっても、
噛みつづける。
肉を貫き、骨と歯が当たり――
手を握られた。
「よっすぃ……」
吉澤の腹で寝ていた辻は眠そうな目をして
「おなかすいたの?」
- 274 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月26日(月)22時59分43秒
- 何も言わず、辻を抱きしめた。
暖かな体温とプニプニした感触にヒタスラに安堵する。
辻は小さくジタバタして、「よすぃよすぃくるしいよよすぃ」とわめく。
時を置いて吉澤が起き上がり、電気をつける。
カーテンを開けてお日さまの光を部屋に通し、ついでに窓も開けて換気をする。
手の噛み跡は治ってしまい、もうない。
口に残った血の味を冷蔵庫から出したミルクで消す。
ミルク嫌いの辻にはオレンジジュースを飲ませた。
顔を洗って額の嫌な汗を流す。
悪夢あるいは悪い思い出はサッパリ消え去った。
- 275 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月26日(月)23時00分41秒
- 「よっすぃ、おなかすいた」
「まだ夕飯には早いよぉ」
「おやつください」
「なんかあったかなぁ……」
戸棚をごそごそあさってる時に、玄関がピンポンと鳴る。
「辻――」
「へーい!」
遠ざかる足音。
戸棚からクッキーと菓子パンを見つけて振り返る。
「ちわー」
吉澤がバサっと腕の中のものを落とし、辻がヘッドスライディングでキャッチ。
照れくさそうに笑う後藤を前に、吉澤は寝癖を手で抑えて隠し
「……おはようございます」
今はお昼真っ盛り。
「あは、おはよー。ていうか、オヤスミ」
「……はい?」
後藤はしかれっぱなしの布団のところまで来て
「これ、借りていいかな」
吉澤を見て言いながら、布団の中に潜り込む。
「あ、いいですけど……」
ヒサブリに会うや否やの後藤の謎の行動。
辻は足元に座り込み、
菓子パンを包んでいたビニール袋を八重歯で食いちぎり、
アライグマみたいにパンを両手で持ってもしゃもしゃもしゃもしゃ食っている。
- 276 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月26日(月)23時03分43秒
- 「……後藤さん、何しに来たんですか」
「おひるねにきたんじゃにゃいにょぉー」
辻が見た目どおりのことをクチャクチャ答える。
「だって、後藤さんは自分の部屋あるじゃん」
市井の話では謹慎中ということで、ずっと顔を見せなかったのに。
「なんで昼寝の場所にうちの部屋を――」
悪い予感がした。
「ちわー、いちー便ですっ!」
的中する。
- 277 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月26日(月)23時11分23秒
- 市井はまっすぐに後藤の元に進んで掛け布団を引っぺがした。
「ちゃんとごとーのコトを考えてるから……」
布団の裏にしがみついていた後藤。
畳に足をつけフンバって、奪った布団で体を巻いて天ムスになり、
「うっさい!いちーちゃんのカイショウナシ!オンナッタラシ!」
「ちょっとまて、なんだよそのオンナったらしってのは!」
「ネションベンタレ!デベソ!ヘンタイ!チカン!えっと、えっと――」
ネタが切れたらしい。
「ああああ!うぉぉぉぉぉ!」
吠えた。
「……んだらぁ!ほぉぉぉっぅ!」
ニンゲンのカッコのまま、ケモノの威嚇をする二頭。
吠えてる場所は、山ん中ならず吉澤の部屋のど真ん中。
――そうっす、そんな気がしたっす……
吉澤は菓子をほおばる辻を抱きかかえ、市井の背中を通って玄関に向かった。
ノブを掴もうとして、スカる。
「あっ……」
「へ……」
ドアの向こうにキュウケツキ。
「あの、あのね、私、よっすぃにお話が――」
「あああああああ!キュウケツキ臭いんだよぉ!!」
布団がふっとんだ。
超高速飛行マットレスは吉澤と石川を絡め取り、ドカンと廊下に激突した。
- 278 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月26日(月)23時14分42秒
- 吉澤の胸の下に細くしなやかな体があった。
「ご、ごめんなさい!」
こちらが組み敷いているのに、謝罪される。
マットレスにさえぎられた暗い空間、
胸に抱きしめた石川の冷たい息、響く鼓動に。
夢が蘇った。
「梨華ちゃん……?」
目が真っ白になる。
記憶がもう少しで繋がりそうになった。
あれはいつどこでのことだったか――
――確かに、選んだ。
「よっすぃ!大丈夫?」
明るくなった。
後藤はマットレスをそっぽにホイすると、
大きなかぶを引っこ抜くように吉澤の腰を掴んで抱き上げて
市井と石川をいっぺんに見られる位置で向き直る。
- 279 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月26日(月)23時18分52秒
- 器用に避難していた辻は、廊下の隅に座っていた。
顔の上でつぶれた菓子パンを剥がしてはモグモグしている。
「ゴメンネ、よっすぃ」
後藤は吉澤の肩にアゴをのせて、
軽い調子で吉澤のほっぺをぺろっと舐めた。
「うなぁ!」
生暖かい舌ざわりにビビッた吉澤。
「な、何してんのよぉ!」
沸騰した石川が、後藤に詰め寄って腕を振り下ろした。
後藤はムーンウォークですっと後退する。
吉澤の鼻先を石川の尖った爪が抜けた。
ぞぞっと背中に滝の汗。
「私だってガマンしてるのにっ!」
「……ぅぅぅぅぅ」
オキニのオモチャを狙われた犬の唸り声が吉澤の耳元を抜ける。
背中から首筋がゾクっとするような殺気を感じた。
- 280 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月26日(月)23時19分39秒
- オオカミ、キュウケツキのケンカに巻き込まれるのはコレで三回目。
しかも今回はオールキャストの豪華版。
ケンカの数をこなせば対処がコナれるというわけでなく。
「……ご、ごご、ご、ご、後藤真希さん……
離していただいてくださいませんか」
常時ヒガイシャニンゲン吉澤。
声を震わせヘンな敬語で訴えるが、返事はない。
「ごとー、吉澤を」
「いちーちゃんはうるさいなっ!」
市井の助け舟は事態を余計に悪化させる。
- 281 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月26日(月)23時21分42秒
- 銀狼、金狼、吸血鬼の火花の矢面に晒されて、吉澤一世一代の大ピンチ。
救いを求めるように廊下の隅を見ると、
辻はクリームのついた指を舐めるのに夢中だった。
「つじつじつじつじつじつじぃ!」
「あーい」
一生懸命手を舐めながら、声だけを返す。
「助けて、お願い、助けてぇ!」
辻にも頼る困窮さ。
言われて辻はあたりを見回して、
初めて気がついたというように、硬い顔でてへてへ笑った。
「あーいっ」
ケツまくってイチモクサン。
てめこのつじにげるなよっすぃを離してよ関係ないじゃんごとー黙ってヒトの話聞けってあたしなんかしたしたしたくぅぅぅ――
ごちゃまぜの悲鳴。
「離れてっ!」
石川の甲高い声で、
ぎゅうぎゅうに緊迫した空気がサラにギュウと一押しされて破裂寸前。
後藤がぐぅぅと唸り、石川がギラギラと睨み、
市井が油断無く二人の様子を窺っう。
吉澤は後藤に首をキメられチッソク状態。
- 282 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月26日(月)23時24分13秒
- 棟を揺るがす大騒動に、ハンターたちが顔を合わせ始めた。
辻に手を引かれて、飯田。
追って加護、矢口。
保田が駆けつけ、他班のハンターも寄ってきて。
ハヤシ立てたり、止めようとしたり。
手もつけられない大騒動の中心に、硬い破裂音が入った。
「それまで。無関係者はとっとと散って」
防弾ゴーグルにベストを着けて、対戦仕様の明日香がライフルを捧げた。
「はーやくしないとクビ切るぞっと」
割烹着姿の安倍は凶悪な歌を上手に歌いながら、出刃包丁を振り回す。
「ごっちん、吉澤の首はなしてあげないと死んじゃうって」
安倍に言われ、後藤はハッと吉澤を離した。
吉澤が泥人形のようにぐしゃりと床につぶれる。
「が……がはっげへっごほっ!」
吉澤は紫色の顔をバシバシ両手で叩いて血色を戻した。
「……うは、きっつー」
市井が額の汗を拭う。
「――明日香……なっちありがとう」
保田がことさらに無表情で呟く。
「班員が増えようとしてる今が一番大切な時期なんだからぁ、
仲間割れしてる場合じゃないっしょ」
この騒ぎの中でただ一人、にっこり微笑んでる安倍が、
吉澤には天使に見えた。
- 283 名前:: 3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月26日(月)23時26分03秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
<次章に続く>
今回更新
>>271-282
- 284 名前:3-5 ごめんなさい 投稿日:2001年11月26日(月)23時31分45秒
- さしあたって二週間ばかり、休みます。
年末前に更新が出来るようにいたします。
>>266 改めまして、すみません。
>>268 また〜会う日まで〜♪プレイを楽しんでいただければ。
>>269 この章はちょっとやりすぎだと自己反省。
>>270 ヤスにはイチがいい相棒なんでしょうね。
- 285 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月27日(火)01時01分03秒
- はぁ、はぁ、はぁ、に、2週間も放置・・・。
あぁ、私は完全に変態になってしまった。
さて、2週間放置されてまーす。
作者さんもがんばって。
- 286 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月27日(火)01時15分54秒
- なっち天使(w
- 287 名前:名無し読者 投稿日:2001年11月27日(火)20時31分08秒
- いちーちゃんはオンナッタラシだったのか。
そりゃごとーも怒るわな(w
更新、マターリお待ちしてます。
- 288 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月02日(日)06時13分53秒
- これからどうなるのかな〜。
2週間楽しみに待たせていただきます。
- 289 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月03日(月)03時16分56秒
- なっちありがとう(●´ー`●)
「大事な時期!」
すんません、他ネタより娘。ネタに反応します、やっぱ。
2週間身悶えつつお帰りをお待ちしています〜。
- 290 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月04日(火)07時22分43秒
- >――未来を、選べ。
イギーポップやアンダーグラウンドが聴こえてきます。石川の好き? なハバネラもね。
で、へ い け さ ん は ど こ に 逝 き ま(略
- 291 名前:290 投稿日:2001年12月05日(水)00時17分05秒
- ↑
アンダーグラウンドって…。アンダー”ワールド”です。
とりあえず、回線は切って氏んできます。失礼しました。
- 292 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月07日(金)16時28分52秒
- なっちと明日香のコンビは不滅か、やはり強い。
中澤班の未来に幸あれ。(しみじみ)
- 293 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月10日(月)07時16分14秒
- 二週間age
- 294 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月11日(火)02時57分27秒
- 「鈴木」が『あみ』だとすると、リベンジの機会は無いですよねぇ・・。
過去の忌わしい事件として、メンバーの脳裏に刻み込まれているわけですね。
- 295 名前:一応sage 投稿日:2001年12月14日(金)19時49分43秒
- そろそろ発信してくれまいか?
- 296 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月15日(土)10時02分31秒
- 忙しい時期なんだし、マターリマターリ
なんだが最近の吉澤見てると、ここの吉澤を思い出すよ(w
- 297 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月17日(月)10時20分46秒
- 三週間age
- 298 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月17日(月)20時08分37秒
- そうやって作者にプレッシャーを与えるのは逆効果な気がするんだが。
マターリマターリ待つのが読者の務め。
- 299 名前:3-5 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)00時36分34秒
- 司令席は八方を液晶モニタに囲まれている。
中澤は中央席に座る。福田がその脇の席に。
中澤は目前のデスクモニタに映された平面戦略図とだけ、にらみ合う。
赤と緑のカラーランプが猛スピードで飛び回っていた。
マイクに命じる。
「Call N2Y. Order S2,SS,AX-19 EOT」
「Y2N OK.Call ALL S2,SS AX-19 EOT」
N2Y。
Nakazawa to Yaguchi。
もはや使われることも少なくなった高速語を交わす中澤と矢口。
元は一部の軍隊で使われていたものだ。
骨格は英語を省略しただけのものだ。
開発者は『タンジュンメイカイ』だって言ってる。
しかし、タンジュンすぎた。
同音異義語が増えすぎて、派生語、例外文法、スラングが乱立する。
そのうちに
「コトバを思い出してる間に、フツーにしゃべった方が早い」
状況になってパッと廃れた。
- 300 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)00時37分21秒
- 初期のハンター資格取得試験では初級高速語のテストがあった。
後藤以前のメンバーは、かつてはタッシャに高速語を話せていた。
今は、どうだか。
だが、トシマとチッチャイ二人の間では今でも時おり使われている。
屋上に潜んでいた矢口が砲台に飛びつくと、
第一、第二、第三ロックを指で次々に弾き上げて開放した。
地形図の上、ビルの屋上で点滅してた黄色いランプが白く変色する。
砲身が熱を帯びる。
- 301 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)00時37分57秒
- S2,SS,AX-19。
あれぇ、なんだっけ?
加護のヘッドホンを通りぬけた矢口の声。
聞き覚えのある高速語の文法、単語。
保田とは十分に間合いがあるのを再確認し、考える。
0.010秒。
――AX-19は座標。S2?えっとぉ。なにさ?
0.020秒。
――矢口。ヤグチサン。中立スナイパー。やばい、ヤバイ。きっとどっかに撃ってくる。どこ?
0.060秒。
――ここの座標は?AX-19って?あれ、保田さん動くん?ここ、ここは……
0.062秒。
――ヤバイやんっ!
保田が横っ飛びし、加護がワープした瞬間。
その場所が爆発した。
S2,SS。
単発選択射撃。使用武器名スレッジハンマー。
広範囲を破壊する爆弾ではなく、訓練用の閃光弾を使っている。
対人ではなく、爆薬テンコモリの対バケモノ仕様弾。
大きな爆風が避難先の加護の背中を押した。
- 302 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)00時39分19秒
- コンクリートの上をコロコロ転がりながら、
「ほんぎゃぁぁ!!」
「ひやしゃぁぁぁ!!」
雑巾をぶっちぎったような悲鳴を聞く。
「何やってるねんっカオリっ!なんでアンタが巻き込まとるんやっ!」
「ヒドイよ裕ちゃん!カオリが高速語、赤点だったの知ってるくせに!」
当時、飯田は高速語を自己流に縮めた『超高速語』を勝手に使って
周囲を頭痛と難聴に悩ませていた。
「知るかボケっ!」
「ふぅうぅー。みみ痛いー。みみ痛いよー」
「つじ?つじ大丈夫?」
「アホっ、敵の心配すんな!辻もカオリもポイントはまだ残っとる。
訓練続行、ゾッコウや」
中澤のゾッコウや、と同時に、保田が加護に突進してくる。
「ひゃっ!」
短く空を飛んで避けた。
その先に保田の警棒が唸る。
首元に引っかかってぺチャっと落ちた。
肩に貼り付けてあったビニールカウンタが青から赤に変色する。
これでポイントは-2。
加護の両肩は真っ赤になっていた。
胸のカウンタを狙った二撃目を喰らう前に、遠くに飛んだ。
- 303 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)00時40分19秒
- 「――あんたは、逃げるパターンが単調なのよ」
遠くで警棒を振り振り、保田の指導。
「強襲を喰らうと、近くに逃げようとするでしょ」
――せやかて、とっさに遠くの場所を掴むのはムヅカシイんや。
「いいチカラ持ってるんだから生かさないと。意表を付くように考えて」
――なんや、うちが手加減せんかったら自分死んどるで。
マルキリの強がりでもない。
保田の首に掌を当てて飛ばせば、
頭と体は生き別れサヨウナラだ。
だけど近接戦の手際よさは、保田に及びもしない。
十中八九、加護の頭が割られて終わりだろう。
けれど、触れさえできれば。
- 304 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)00時43分26秒
- 「んなぁ!」
ヘン声出して、気合を込める。
両手で警棒の両端を掴んで水平に構えた。
保田の周囲を囲むように点を意識する。
そうして保田の右上に飛んだ。
腰から上方に打ち上げられる棒を棒で受ける。
十分な手ごたえ。
組み合わせれた棒に体重を預けるよう、下方ベクトルをかける。
保田がフンバる。
わずかながらの力の偏向。重心の揺れ。
体勢に崩しをかけて、二番目の点。
左側面へ移動する。
保田の体が閃いた。
反転しながら左肘うち。
その初動を見る前に、加護は次の点へ意識を伸ばす。
視界はスピードに蒸発している。
記憶から構成されたイメージの中へ。
時空に引っ張られてひしゃげた体を投降させた。
左右に腕が開いた保田の真正面に現れた。
反応のいい保田の棒先が、加護の横腹に向かって突き進む。
「だぁぁぁ!」
掌で棒を受けた。
すぐさま棒をどっかに飛ばし、衝撃を皮膚一枚でやりすごす。
同時に自分も飛ばした。
保田の足元に滑り込む。
両手で握った棒で、力いっぱいスネを殴った。
- 305 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)00時44分52秒
- 「っっ!」
ガツンといい手ごたえ。
保田のスネのカウンタが赤く変わる。
止めてた息を吐きだす代わりに
「とったぞー!!」
叫ぶ。
地面に仰向けになったままで快哉一唱。
そのムボウビな笑顔の上に
「オばか」
保田のカカトオトシ。
ストンと入って、ヘッドプロテクターがびきりと砕けた。
額のカウンタが破けて赤い液体をぴゅーと吹き出し−3点。
「攻めたらすぐ逃げなさいよっ!」
「きゃむっ」
しゃがみざまの保田パンチがミゾオチに深く入る。
加護、目を剥いて沈黙。
その隙に軽い保田ジャブが加護っ腹に、一発二発三発四発以下略。
「オラオラオラオラオラオラっ!」
「くぁあぁあぁあぁあぁあぁ」
保田ラッシュを喰らって手足をばたつかせる加護に、
「うあたぁっっ!」
とどめは保田シュート。
ドライブをかけられた加護は空気抵抗により
急角度の放物線を描いてビルの窓にゴール・イン。
「ほらっ、加護!もういっちょ来なさーい!」
自分の肩をパチパチ叩いて挑発する。
- 306 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)00時45分33秒
- 加護はずりずりと手足を引きずって、
シャクトリムシみたいに腰から起き上がった。
保田は訓練を長引かせるために、わざとハラだけを狙った。
ケリまでハラを狙った。
めっちゃ痛い。
腹部の打撲は貯蓄される。
ずしりした痛みが残ってナカナカ消えない。
ハラを両手で抱え、窓枠から死相の浮かんだ恨めし顔半分をゾンビのように覗かせて
「な、泣かしたる……ゼッタイ泣かしたるで、あのオバはん……」
ピュアな殺意をメラメラ燃やす。
- 307 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)00時47分30秒
- 同時刻、市街戦用訓練地区の同現場にいる、
同僚にもカメラは向いております。
辻さん、飯田さーん。
「やー!やー!やー!」
「ほら、辻っ!撃ってきなさいっ!訓練にならないっしょっ!」
「やーっ!やーっっ!やーっっっ!」
頭を抱えて走り回る辻はとってもディフェンシブ。
胸、腹、足、肩のカウンターは真っ赤っ赤。
残されたポイントは頭と後ろ腰だけになっている。
「こらーっ!辻ぃっ!まちなさーい!」
おさかなくわえたドラネコ追いかけるようにハダシでかけてく飯田さん。
カギ爪の生えた足先。
爆風で焦げ、破けた服とパーマのかかった髪先。
背中に生やした大きな翼。
チュウトハンパに鳥になり、
ばっさばっさとハネを羽ばたかせたスキップ走りをしている。
「つぅじぃ!イイカゲンにしろよぉ!」
過激にオフェンシブな飯田は、刃を潰した日本刀を大きなモーションで、
ヤバイヒトみたいにぶんぶん振り回す。
- 308 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)00時49分14秒
- 銀の刀はぴっかぴか。
ちっちゃい足がトットコト。
鳥さんのハネがばさばささ。
ファンタスティックな訓練風景に、中澤の横の明日香がボソッと呟いた。
「……楽しそうね」
「……せやね」
肯定してから、高速語を飛ばした。
「Call N2Y. Order PX,DS,TTN4 SC EOT」
「Y2N OK」
銀の豪雨が辻めがけて降ってきた。
「いたたたたたたったったぁっ!」
パチンコダマみたいなのにバチバチ叩かれ、
辻はウサギさんみたいにピョコっとビル窓に飛び込む。
「しゃんとせんかい辻っ!」
「辻ちゃーん。逃げてばっかだと、また撃っちゃうよ」
「つじぃー、出ておいでー。なるべく痛くないように殴ってあげるからぁ」
ヘッドホンから、ビルの外から。
センセイたちの声がする。
- 309 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)00時50分15秒
- 辻は四つんばいで奥へ奥へと逃げ込んで、壁際に背中をピタっとくっつけた。
背中のホルスターから拳銃を出す。
福田から、今回の辻の武器だと指定されたのだ。
訓練期間中に、矢口から一通りの銃器の扱いを教わった。
けど、ジッサイに使う気持ちにナカナカなれない。
――やぐちさん、ヒトに向けてうっちゃいけませんって言ってたのにぃ。
銃はゲンコやケリっくと違う。
チカラ加減ができない所がキショい。
射撃の腕にもジシンない。
――いいださんの目にあたったら……痛いよねぇ。泣いちゃうよねぇ。
撃つべきか撃たぬべきか。
撃つ討つ打つ鬱鬱鬱。
イヤだなぁ、イヤだなぁと、辻がため息をついていると
「カオリ、行けっ!いてまえっ!」
「デイアァァァ!」
中澤の怒声。飯田の一突き。
ビルの壁が紙みたいに貫かれ、辻の顔横にザカっと刀が飛び出す。
「やぁーっ!やぁぁーっ!」
「つぅじぃ!」
- 310 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)00時53分42秒
- 訓練用に建てられた障害物。安普請だ。
がっつんがっつん飯田が叩けば、ビルは面白いように壊れてゆく。
辻は派手な倒壊シーンに錯乱した。
シリモチ姿勢で銃を構え、ガシガシ引き金を引きまくる。
「あたたたたっ!辻、辻っ!痛い痛いっ」
弾丸が飯田にぶつかり、飯田の体前面のカウンターを潰してゆく。
やはり訓練用の弾丸なので、飯田レベルに通用する殺傷力はない。
前へ前へ。
飯田は戦車のように止まらない。
「……なんだかリアリティにかけてる訓練」
「……せやな。おとぎ話のダイマジンとイッスンボウシって感じやな」
「……一寸法師は、勇敢だと思う」
「……いちいち、せやな」
- 311 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)00時55分54秒
- 胸カウンタの赤の上、飯田の血の赤が散る。
前面のカウンタを潰されてポイントを大きく減らしながら、
飯田の魔の手が辻に伸びる。
辻は弾切れをおこした銃を握ってカチカチカチカチ。
神経症みたいに震えながら引き金を鳴らす。
擦り傷から血をポタポタ流して飯田がゆっくりと近寄ってくる。
「ごめんなさい!いいださんごめんなさいいいぃいいださーん!」
といいつつ。
銃口は下げず、空っぽの銃のトリガーをカカカと十六連射。
「いいから、ほら。おいで。訓練つづけよう?最初にイッパツ殴ってきてもいいよ」
ケガした犬をなだめて呼ぶように手を差し伸ばす。
血をポタポタ、目をギラギラさせながら。
『ねぇ殴って』とにっこり笑う。
飯田慣れしている辻ですら、ビビりまくっている。
- 312 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)00時56分26秒
- 「とぁぁぁぁ!バァちゃんシネェェェ!」
「甘いっ!ほらフックだボディだチンだボディだ!」
「つーじー?こっちおいでー?」
「いひひひひひひぃ……」
加護が飛んで、保田が落とす。
飯田に迫られ、辻が尻込み。
四人のマヌケな攻防は、バカみたいに延々リピートされる。
「あかん。訓練になっとらん。どいつも頭オカシんちゃうか」
モニタへと視線をやって、中澤が頭を抑えた。
「……一回切って、仕切りなおしますか」
福田がマイクに口を寄せる。
「カオリ、圭ちゃん。終わらせて」
それから辻と加護のポイントが0になるまで、三分もかからなかった。
- 313 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)00時59分00秒
- 控え室には白くて分厚いツナギが二着置いてあった。
「あー、こういう服、見たことある」
吉澤が服に手をのばす。
分厚い生地。
ザラつく表面の手ごたえは耐刃、耐火仕様を期待させる。
「色は白いけど、レンジャー隊員が着てるのに似てるよね」
石川は別の一着に手をのばした。
サイズの異なる二着。
一回り小さい方が石川用なのだろうと察しがつく。
「え?レンジャーって全身タイツみたいな服じゃないの?」
「え?それはどこのクニのレンジャーの話?」
「ガオ」
「……がお?」
首を傾げる石川。
「そ。ガオ」
ウナズく吉澤。
「やっぱ色が多い方がいいな。
梨華ちゃんは女の子だからやっぱホワイトかな?
あたしはイエローが着たいなぁ」
辻加護がオドロくほど早寝早起きな吉澤。
昼は仕事。
ニュースはノーチェック。
テレビを手に入れて以来、オコサマ番組ぐらいしか見ていない。
- 314 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)01時02分30秒
- 吉澤はテレビっ子の石川ですらよくわからないクニの話を続ける。
「白はタイガーなんだよね」
「ああ、虎はゼツメツの危機っていうから、専門のレンジャーがいるんだ。
どんな活動してるの?」
「ん?……んーん?えーと、一言で言えばセイギの味方」
「……セイギかぁ。……深いね。難しいね」
「うちら、リッパなセイギの味方になれるといいねぇ」
「そうだね、本当に」
かみ合っていないのが、かみ合ってしまう。
繋がっているということにも気付かない。
意思を超えた自然な会合。呼吸。
だというのに、互いの気持ちはぶっ違いなのはどうしてか。
- 315 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)01時05分01秒
- このまま元の仲に戻ればいいなぁと吉澤は期待する。
石川の落ち着いたスマシ顔をチラチラ見てホッと安心。
やっぱ梨華ちゃんは、ナンデカほっとけない。
市井の忠告――このままだと石川に喰われるよ――は、
吉澤の頭からホボ忘れ去りかけていた。
――オオカミのケンカの方がアブナイじゃん。
吉澤が望むのは、このまま仲良くタイトーに。
石川はずぅーーーーっと悩んでいる。
自己ヨクセイはリセイのモンダイだと市井は言った。
リセイがないなら、自分にムリさせないで生きていくしかない。
さもなければ、ドーブツみたいに狩られるだけだと。
市井と話したその日から、ネガ状態が底敷きになって続いていた。
お前は限りなくケダモノに近いのだと、
日々の暮らしが否応なしのシグナルを発信する。
今この瞬間だって、知らん顔で話しながら
吉澤の白い肌に感じ入りそうになって唇を噛む。
こんな自分がダイキライ。
- 316 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)01時06分28秒
- ウワッツラは極めて平穏な控え室。
中澤班のセンセイたちがドヤドヤやってきた。
ずらっと横一列に並び、敬礼。
バンソウコを顔にベッタベタつけた飯田。
心なしかやつれている中澤はパンツルックの制服姿。
制服のスカートタイプをクールに着こなす福田の横で、
ボディラインの浮かびあがるシックなスーツの保田。
矢口と市井は派手目のGパンTシャツ色違い。
中澤が一歩前に出て、吉澤と石川をジロリと見て
「今日で最後や。ビシッと行くで」
- 317 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)01時08分41秒
- 白いツナギを来た吉澤の体に、
中澤が大き目のビニールパックを貼り付ける。
「このカウンタを両肩と胸、上腕部に一つずつ」
パックには青い蛍光塗料が入っている。
重たいビニール素材で、かなり丈夫そうだ。
「腹、背中、腰。太ももに一つずつ、膝に一つずつ、スネに一つずつ」
保田は石川の体に。
四肢に当てるパックは、
ぐるりと手足を包み込んで一周するよう貼り付けられた。
「カウンタは、一定以上の負荷がかかると内部の液体が変色します」
矢口が保田にカウンタを一枚差し出す。
保田は無表情で、そこにバンと拳を叩き込んだ。
青い液体が赤く変わる。
「セイト二人とセンセイ二人で、互いのカウンターを潰しっこする訳やな。
誰か一人のカウンタが全部つぶれたらデットエンド。
死人が出た方の負け。そういうゲームをするわけや」
中澤の説明。
吉澤は自分の体に付けられたカウンターに触れてみた。
引っ張ってみる。接着も強い。
石川の胸のカウンターを裏手でぽんと叩くと
「いやん」
しなを作られる。
「い、いやんって」
ソッコウで引いた。
- 318 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)01時10分07秒
- ――サワッたのはカウンタで、中味の感触なんかしなかったぞ。
自分に言い訳しながら上体をのけぞらせて数歩バック。
下がった吉澤の両肩を中澤が受け止めて
「それぐらいじゃ色は変わらないで。もっとこう」
吉澤を横に押しのける。
石川のアゴをぐいと掴んで引き寄せて、
「え?え?」
寄ったところで、腰を沈めた踏み込み。
胸にズバンっと掌底を入れた。
石川が頭からポーンとすっ飛んで、ざざっと床をすべる。
「梨華ちゃぁぁん?!中澤さぁぁん?!」
「いったぁーい……」
吉澤に手を引かれて石川が起き上がった。
胸カウンタは赤に。
「足や腹は変色してないやろ?すっ転んだぐらいじゃ平気やから」
「……テストで石川を殴らないで下さぁい」
石川は半泣きだ。
中澤は腰に手を当ててエラそうに
「なに言うてるの。ええ仕事するにはリハーサルから本気ださなアカン」
溶剤を使って、使用済みのカウンタが剥がされる。
テバヤく新品と交換される。
- 319 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)01時15分58秒
- 「今日使う武器は、こっちで選ばせてもらった」
市井と飯田が担当セイトに近づく。
「石川は素手でイケると思うけど、とりあえず防具代わりに」
銀の刀身と白木の柄を持った小刀。先端と刃は潰してある。
「これで受けて弾いて叩く。教えたよね?ガンバロオ」
「あ、はい」
飯田が石川に熱血指導しているカゲで
「よっすぃにも手ナグサミに。じゃじゃーん!」
プレゼントを隠すように背中に回していた手をさっと出す。
棒つきキャンディ。ロリポップ。
「なめてるっすか!」
即座に床に叩き落とした。
「あーあ。なめてよ。辻ちゃんがくれたアメちゃん」
「じゃなくて、武器!なんかズガガガーンって、かっけーの下さい!」
「よっすぃは武器イラナイよ。ぶきっちょそうだし。
武器使うような戦い方教えてないし」
「だいたい、マトモな戦い方教えてもらった思い出ありませんっ!」
- 320 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)01時17分42秒
- 矢口が凸凸コンビの間をざっと割りさいた。
「よっすぃは前に矢口とやったよね。
辻加護と石川でさ、氷オニとか色オニとか、鬼ごっこ」
「……やりましたね」
「アレみたいなもんだよ。素手で十分。逃げ足上等」
「今度は風船割り鬼ごっこゲームですか?」
月下の廃墟を駆け回った夏の日々をが思い出す。
辻に背中を踏み潰された、影踏み。
加護に足を蹴りとばされた、缶ケリ。
石川にピタッと付きまとわれた、かくれんぼ。
高オニでビルの壁を登っていた時には、矢口にパチンコで撃ち落とされた。
――どれをとってもイイ思い出がない。
「そんなんばっかやってるんだね」
石川はちょっぴり楽しそう。
相手が子供でもセンパイでもパートナーでも
ツメと牙を剥き出しにして追ってくる鬼ごっこクイーン。
ていうか、鬼ソノモノの吸血鬼。
「……あの、あたしと梨華ちゃんが組むんですよね?」
確認を取って、安心して。
「で、矢口さんは敵なんですか」
「ちがうよ。矢口は第三ファクター」
「ふぁくたぁ」
「要素、要因」
石川がぼそっとホンヤク。
- 321 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)01時19分49秒
- 「第三の女さ。
祐ちゃんの命令でどっちにも攻撃するんだけど、みんなは矢口を攻撃しちゃダメ。
ああ、なんてずるい女なんだろーねぇー」
自分で言って、自分でキャハハ。
「矢口もタマには楽したいわけさ。
よっすぃーたちと直接鬼ごっこするのは、カオリと紗耶」
「ちょっとまったぁ!」
控え室の全員が扉に注視する。
突入者は扉を引きちぎった勢いそのままで中澤にツメより、
「あたし。やる。センセイ。やる。もうヤだっ」
「ちょう、ごっつあん。落ち着き」
中澤が茶色の頭をやんわり押えた。
- 322 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)01時23分27秒
- 「いちーちゃんがごとーの仕事を盗った」
舌っ足らずに言うと、振り向いて市井の前になる。
金色の目で睨んだ。
「ごとーがよっすぃのセンセイやるはずだったのに」
「それはごとーが引きこもってたから、いちーが――」
「いちーちゃんの臭いのする場所なんかに出て行きたくないねっ」
大声を張り上げ、きぃと白い歯が見せる。
まだ、ニンゲンの平たい歯だ。
「エサを横取りするヤツは前足で踏みつけろって教えたの、
いちーちゃんじゃん」
不穏な空気の流れになってきた。
――ひょっとして、あたしはエサですか?
吉澤は一人、場違いなドキマキで胸を押えて汗をかく。
「ここは、ごとーの縄張りだよ。いちーちゃんのエサ皿もないよ」
「後藤、もう止めなさい」
保田が後藤の肩を掴んだ。
掴まれたまま、ぎゅっと市井を睨み降ろす。
口を歪める市井の背中を、矢口が優しくポンポン叩く。
市井は矢口の方を斜めに向いた。
ガンメンの片側だけ使って渋い苦笑を演じてみせる。
演じた。また隠れて逃げた。
その事が後藤の吐く息を冷たくさせた。
後藤は、
「出ていけ」
市井は、
「言われなくても」
- 323 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)01時25分00秒
- 市井は周囲にさっと視線を流す。
皆に、目で退席の許しを請う。
「アカン」
中澤が手を振った。
「――ごっつぁんも紗耶香も仲間や。班を辞めても変わらんよ。
そういうもんやないやろ」
触るとピリっと痺れそうな殺気を出している後藤に躊躇なく手をのばし、
「ホンマはわかっとるのになぁ?
色んな気持ちがナットクいかないんねんなぁ?」
頭をくしゃくしゃに撫でた。
「石川吉澤の対戦相手はごっつぁんと紗耶香で行くで。
文句は許さん。
紗耶香が出て行くのは本人の勝手やけど、きちっと最後まで仕事してき」
後藤はホッペを膨らませてぷいっとしたが、
「仕事だから……よっすぃのためだよ。訓練だから」
口答えはしなかった。
- 324 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)01時30分05秒
- 堂々たる班長の態度に、全員一致で静かな感動の嵐の名場面。
と思いきや、真っ青になっているニンゲン一名が、
「センセイ」
――メマイがするんです。
保健室に行く直前といった風に、手をそっと上げた。
防衛本能。このテストはキケンがアブナイ。
「あたしイキナリ頭が悪くなったんで休ませてください。
またいつか後ほどにチャレンジさせてたてたまわつれもうして――」
「よっすぃっ!?」
捨てられた事を理解しきれない犬のようなツブラな瞳。
――どうして?
捨てられた事を信じようとしない女ような切なげな瞳。
――ウソでしょ?
左右から後藤と石川に挟まれて、ぐぐっと見つめられる。
「吉澤っ!アンタほんまバカ犬やろっ!頭悪いんは生まれつきやっ!」
「よっすぃ〜。お願い。今回は頑張ってくれないかなぁ?」
「吉澤ぁ」
「吉澤、やろうよ。今までやってきたんじゃん」
「悪いね」
「よっすぃ〜」
「よっすぃー」
ギリとニンジョウと上官命令。
とかくにヒトの世は住みにくい。
ハンターになってもこのニンゲン関係はツメ先ほども変わらない――
むしろ色濃くなんだろうなぁ。
思うと無性にやるせなくなった。
- 325 名前:3-5 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)01時32分19秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
今回更新
>>299-324
- 326 名前:3-6 よーい、ドンぱち 投稿日:2001年12月20日(木)01時48分31秒
- 半年ほど様子見で名無しってましたが、
自スレ用ハンドルがあったほうが、多少便利という結論に達しました。
あまり使うことはないでしょうが、
ハンドル:イヌキチということでよろしくお願いします。
遅れましてすみません。
また先は見えませんが、年越え前には次回更新ができると思います。
>>285 プレイが長引いてしまいました。
>>286 ( ● ´ ー ` ● )
>>287 その上デベソでカイショウナシだそうです。
>>288 こうなりました。これからどうなるのでしょうか。
>>289 年末年始は大事な時です。
>>290 あれほどポップな音楽は似合わないシーンでしたけれど。
セリフはジャストでその辺です。
>>291 では私は更新のたびに回線で首(略らないと。
>>292 (0 ゚ − ゚ 0)誕生日おめでとう( ● ´ ー ` ● )
>>293 >>295 >>297 >>298 すみません。回線(略
>>296 現実の吉澤が予想以上に逝かれてきてるので、
そのうち追いつきたいと思います。
- 327 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月20日(木)20時41分44秒
- 待ってました
あいかわらず面白いですね。
ところで飯田の超高速語って、やっぱマシン語?
- 328 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月21日(金)00時32分39秒
- やばい!
笑いすぎた、娘(赤ん坊ではない)が起きてきちゃったよ〜(涙
どんな声で笑ってんだ、あたし?(w
イヌキチさんこれからも頑張ってくらさい
取り合えず、娘寝かせて・・・・も一回読みます。
- 329 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月22日(土)03時48分02秒
- もういくら待っても大丈夫!りっぱな放置マニア(変態?)になりました。
自分のペースで更新していってください。
しかし、文中のこまかーいギャグはどうやって考えてるんだろ。
むっちゃおもしろいっす。
- 330 名前:294 投稿日:2001年12月22日(土)04時25分04秒
- >294
書いちゃいけませんでしたか・・・。ごめんなさい・・・。
- 331 名前:イヌキチ 投稿日:2001年12月22日(土)05時00分25秒
- あうち。すみません。ただの抜けミスです。申し訳ない。
>>294 =330
あみも頑張ってますね、色々と……。
リベンジはさておき、
安倍が根に持っているのではないかと言うのが
リアルの出来事から妄想できます。
抜けミスついでに
>>290
へ け さ ん は 山 に 柴 田 狩 り に
- 332 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月22日(土)18時08分35秒
- あらためて頭から読んでみたけど、
読めば読むほどに面白さが増すんだが、どういう訳だろうか。
もしや読む度に洗脳されてる?もしや(#´▽`)´〜`0 )LOVEイヌキチ?
リスペクトキモかったらゴメソ
- 333 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月22日(土)21時57分57秒
- いしよし対いちごまの対決が楽しみですね〜。
いちいし対よしごまになっても面白いんだが(w
またーり続き、お待ちしてます。
- 334 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月28日(金)05時46分14秒
- >防衛本能。このテストはキケンがアブナイ。
一応気は付いてるんだよね・・・・
なのに何時も・・・
不憫なよしこ、ガンバ!
- 335 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月03日(木)05時44分10秒
- >>324
草枕からの引用とは…
- 336 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月14日(月)23時42分18秒
- お忙しいのかな・・
- 337 名前:イヌキチ 投稿日:2002年01月18日(金)04時55分21秒
- すみません。更新遅れています。
スレッド容量がきつくなってきたので、ここもそろそろ引越し時なのですが、
できたら次回更新までは持たせたいので、
これ以降のレスはお控え願いたく思います。
申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
- 338 名前:イヌキチ 投稿日:2002年02月19日(火)19時26分38秒
- 一ヶ月停止につき倉庫行き防止書き込み。。。
- 339 名前:usapyon 投稿日:2002年03月10日(日)19時58分50秒
- 惚れました。読んでるだけで血沸き肉踊る自分がいます。
更新待ってます。
- 340 名前:さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)01時53分05秒
- ある晴れた昼下がり訓練場に続く道。
護送車がコンクリートの路を滑らかに走る。
運転席では安倍がノウテンキな歌を歌っていた。
自分の名前を連呼しているだけというくっだらない歌詞のクセに
妙にキレイな歌になっていて、
助手席の市井は背もたれにぐんと体をあずけて
目をつぶりながらいい気持ちになっていた。
「どいつもこいつもさぁさぁ――」
「ふふーん?」
「キュウケツキにアタマ、ヤラれてるんだ」
- 341 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)01時54分32秒
- 歌が止まった。
安倍はハンドルを片手で持ち、市井の方へ完全に向きなおる。
あぶなっかしい。
だがさほど問題はない。
交通事故で怪我を負うようなメンツは乗っていないし、車代は日の丸持ち。
そもそも安倍は、ほとんど目でモノを見ていない。
土地の記憶、風の臭いと感触、音の反射具合で地形を『見る』。
普段はそれで終わりだ。
必要に応じて、目で受けた光の色合いの情報を補足して、
ニンゲン並みの視覚情報を取得する。
デフォルトで色をもたない世界に住んでいるからなのか、
あらゆる点に関して安倍の認識はシンプルでストレートだった。
- 342 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)01時57分26秒
- 「キュウケツキって梨華ちゃん?それとも鈴木?」
中澤班のメンツのほとんどが口を重くする話題だが、
安倍だけはいつも軽々しく乗ってきた。
市井は目を閉じたまま語りかけた。
「両方ともさ。吉澤も圭ちゃんもごとーもいちーも。
石川だって自分のキュウケツキ意識でイカれてる」
困ったもんだねとヨソ事の世間話のように呟くと、
「なっちはどうよ?」
「なっち?なっちはもうゼンゼン気にしてないよ」
ぽんと返事をすると、るるるとハミングを始める。
ホントかね、と市井は疑った。
「紗耶香、ホントかな?って思ってるでしょぉ?」
「――スルドイ」
「そりゃなっちはスルドイよぉ」
安倍がヒャハハハと派手に笑う。
市井の知っている安倍はこんな笑い方をする娘ではなかった。
オンナノコらしく可愛く声を上げるか、
自信ありげに黙ってニンマリするかだった。
- 343 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)02時03分34秒
- 「もうあの時とは違うからね。なっちも強くなったし、
みんなも強くなった。負けっこないよ」
「石川とか、怖くないの?」
「なしてぇ?あの子、キュウケツキだけどゼンゼン強くないよ。
スピードもパワーもまだまだ。
対消能力がちょっとスゴいけど――」
地球上で大抵の生体細胞に含まれる有機化合物を炭化させて塵にする能力。
石川は、爪と牙を通して生体を塵と化すことができた。
安倍は鎌首をもたげたヘビのような構えを取って、
シュンシュン腕を前後に振って
「攻撃当たんなきゃ意味ないしさぁ」
「なっち、ハンドル離してる」
「ああ、三秒ルール三秒ルール。セーフ」
「三秒あれば百回死ねる」
言って、続ける。
「なら、キュウケツキの目は?」
- 344 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)02時05分22秒
- 「ああ、目ね」
安倍がくすりとする。
「サイミンジュツってやつ?あれは怖いねぇ。梨華ちゃんも出来るの?」
「どうだろうね。吉澤をメロメロにさせてるみたいだけど」
そんなジョーダンも、安倍はニコニコと受けたまわった。
「それもどーだろうねぇ。
よっすぃと梨華ちゃんのカンケーってなんか特別っぽいし」
「――知ってるの?」
薄めを開いた。
安倍はきらきらし瞳で目で市井を見下ろして
「なにを知ってるっ?」
「別に――知らなきゃそれでいいよ」
「あ、そ」
そっけない。
安倍は組織のアレやコレに興味を持つほうではないから、
機密に近い情報を知っているとも思えない。
「梨華ちゃんがなっちたちを縛ろうとしても、
みんなといたら怖くないっしょ?
誰かが背中からやっちゃえばいいんだし。
――ていうか、なっちなら、目ぇつぶっても梨華ちゃんハタけるけど?」
- 345 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)02時08分36秒
- 確かに正面から正々堂々と闘えば、石川は安倍の敵ではないだろう。
だが、安倍の批評眼はシンプル過ぎだと市井は思う。
クリティカルというのは、闇に紛れていつの間にか足元に忍び寄っているものだ。
例えば石川が背後からきたら。空から宙へ引き上げられたら。
地面からぼこっと手が伸びて地底の穴に引きずり込まれたら。
石川とユカイな下僕ども十何人がかりで襲い掛かってきたら――
しかしそのようなことはフロントの安倍はむしろ考えるべきではなく、
バックメンバーが考えれば良いことだった。
図太いバカの方が強い。
だから追求せずに目を閉じた。
「まぁ、今の石川はいちーより弱いけどねぇ」
安倍は再び自分の名前を気持ちよさそうに歌い始める。
「なっちなっちなっちなっちなっちはねぇ。ほんとにとってもつおいんだぁ」
「あぁー、つよいつよい」
市井はほくそえみながら安倍の歌に合いの手を入れる。
穏やかな歌に包まれて護送車は進む。
- 346 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)02時09分37秒
- 『いちーはヨソモンのバケモンなんだから』
そう、全てはそこに帰結する。
かつての友――今でも友のままだと保田は信じている――へ寄せる信頼感が
ただの甘えになっていたのかもしれないと保田は反省した。
市井のキッパリした拒絶を友情の裏切りだと非難するには、
自分に厳しすぎた。
ファイルの束を抱えて作戦司令室に入室した保田は、
一番後ろの空いている席に座った。
司令室には試験官である中澤と福田、
吉澤石川組の試験を見学にきた辻と加護、
二人の保護者の飯田がいる。
- 347 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)02時10分21秒
- 「あー圭坊?テキトーにチェックしててな。ウチ近接戦の採点は苦手やから」
「今日も近接戦になりそうね。昨日とおんなじかしら」
「ぶきっちょな新人側に合わせてるから、似た感じになるやろうね。
銃もっとる紗耶香がオモロイことしてくれるかもしれへんけど」
「よっすぃと梨華ちゃん、勝てるかな?」
「ムリだぁって。ごとぉさんには勝てないでしょぉ〜」
「あのね、ウチラ先生側は最初っから
勝ち負けなんて考えてやってないんだからね。
これは訓練で試験だから力をウマく調整して――」
周囲のざわめきから意識を離して、開いたファイルに目を落とした。
ファイルの束は、二種類に分類される。
- 348 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)02時12分04秒
- 『――そもそも、キュウケツキとはなんなのか。
蚊とキュウケツキの境目ってなにさね?
何がキュウケツキを、皇帝とまで呼ばれるトコロのキュウケツキ様にしているのか。
いちーに聞く前に、圭ちゃんはキュウケツキの何を知ってるの?』
一つは、吸血鬼に関する資料。
実際の事件から伝承までを幅広くまとめた、入門書的なテキストだ。
保田の手に届くような所にプリントアウトされている書類など、
そこいらのモンスターマニアが溜め込む専門書と大差ない。
だが、本格的にキュウケツキの勉強をしたわけでない
シロウト同然の保田には十分なものだった。
ファイルの山のほとんどがキュウケツキの資料で、もう一種類のファイルは一冊きり。
しかもペラペラに薄い。
- 349 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)02時16分42秒
- 『なんでそんなに石川だけに拘ってるの?』
もちろん、後輩だから。
今の石川はあまりにも不安定で暴走を起こしかねないというのは
矢口も激しく同意している。
コウセイショウに気づかれ『指導』あるいは『処分命令』が入る前に、
対処する必要がある。
『――それだけ?』
鼻にしわを寄せる市井。保田が昔狩っていた犬を思い出させる。
散歩途中、草葉に鼻を突っ込み振り返る。
ボクラはアンタ等ニンゲンに嗅げないものがわかっちゃうんだといいたげな、
諦観にも哀れみにも似た顔。
『ニンゲンあがりは、どいつもこいつもスナオじゃない』
市井の言葉の影に隠された吉澤に気がつくと、キリキリと心臓が収縮した。
セツメイがつかない憤りでくらりとした。
装備を義務付けられている血圧計は瞬間最大値200オーバーを記録していた。
今、考え直してみても、頭に血が昇って目の前がぐらぐらしてくる。
- 350 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)02時19分47秒
- ありえない。
自分は夜魔のバケモノに取り付かれた吉澤とは違う。
同性のコムスメなどに惹かれたりはしない。
石川に恨みがあるわけではない。
だがキュウケツキだけはダメだ。
キュウケツキなどに惹かれるようなことがあってはならないのだ。
サンドイッチ屋でのバイト中に日光にやられて倒れかけ、
平らな場所ですっころんで二十七連鎖で皿を割った石川のトホホ顔を思い出し、
先の暴動の際に意識に刷り込まれたヒト喰らいのケモノの目を連想する。
保田は逆上しかけた。
ありえない。あってはならない。
――もう二度とキュウケツキなどに囚われるわけにはいかない。
幾度となく否定しても、石川の濡れたような黒い瞳がアタマから消えようとしなかった。
保田はキレて頭を机にガンガンぶつけてあ゛あ゛あ゛とうめく。
- 351 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)02時20分55秒
- 「……けー、ちゃん?……大丈夫?」
「……おばちゃん……顔ヤバぃ……」
保田に視線が集中していた。
体温がざっと下がる。
全力ターンで自分の世界から駆け戻り、勢い余って正気を突き抜け、
気分はスーパーハイテンションにどこまでも飛んでいった。
あらごめんあそばせなんでもないのよオホホホホと周囲を
よりいっそう恐怖に凍りつかせる高笑いをし、
フンと荒い鼻息を吹いて、薄いファイルにガチンコを挑む視線を叩きつけた。
吉澤の調査書だ。
- 352 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)02時25分47秒
- 『キュウケツキにご執心でも、キュウキュウケツケッキにはご興味ないの?』
舌をかみそうな言葉を市井はスラリと言った。
ツーテンポ遅れて保田は漢字変換に成功した。
吸・吸血鬼・血鬼。
市井に揶揄されるまでもなく、ハナッからおかしいことに気がついて拘るべきだったのだ。
――なぜ吉澤が、石川の主人でいられるのか。
自己暗示だと石川は説明していた。
(私は何をするかわかりません。安全弁が必要なんです。
ひとみちゃんになら私の全てを託せると思いました)
その言葉には嘘はないだろうと思う。
石川は吉澤を溺愛し、贖罪を願い、献身し、依存している。
間違いはない。
――だが、それは傍からみて最良の行動であっただろうか?
否だった。
- 353 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)02時27分05秒
- 安全弁をつけて現場に立たせる気ならば、
協会に着てから半年も経っていない新参の吉澤ではなく、
中澤や福田などのバケモノに詳しくて現場に程よく近い、
中ボスクラスに石川の身を託すべきなのだ。
コウセイショウとハンター協会は、なぜ吉澤マスターを認めたのか。
あるいは――
吉澤しか選べなかった、のか。
『吉澤と石川は血を分けた仲だからね』
実際に、石川は吉澤の血を飲んでいる。
調査書によれば、吉澤は石川の血を飲まされている。
ファイルにかかれていることは、そこまでだった。
- 354 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)02時33分41秒
- 護送車の後部、ハコの中には吉澤と石川がいた。
進行方向に沿って両壁に備え付けられた長いすの片側に、
二人寄り添って座っている。
後藤はハコの上で大の字になっていた。
ハコか嫌いなのか、それともキュウケツキの石川を避けたのか量りかねる。
石川が吉澤の肩にこつんと頭を乗せた。
「二人きりだね」
吉澤は即答した。
「こんなかには全部で五人乗ってるって」
「――わざと?ここにいるのは二人でしょ」
石川はむくれて吉澤にせまる。
吉澤はせまられた分だけ背中を逸らす。
「……梨華ちゃん、くっつきすぎ」
「やっぱり、私にくっつかれるの嫌い?」
「やっぱりって――」
石川は口をへの字にして膨れていて目には一杯の涙が溜まっていて
吉澤は文句を言おうと開きかけた口を閉ざした。
エンジンの音がぶんぶんと聞こえる。
何秒間か続いた単調なノイズに耐え切れなくなった吉澤が大きく深呼吸をし、
きりっと石川に向き直った。
- 355 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)02時39分32秒
- 「梨華ちゃん、何を悩んでるの?」
「別に――」
「別にのヒトがなんで泣いてんだだよ?あたしがマスター辞めたから?
梨華ちゃんはあたしのドレイやってるほうが幸せなわけ?そんなの変じゃん」
一息で問い詰めると石川は両手で顔を覆ってうつむいた。
ひっくひっくと背中を震わせてしゃくりあげている。
気まずくてそっぽを向いた。
そっと手をだけを石川の腕に伸ばそうとしていたときに、石川がガバっと身を起こした。
「ひとみちゃん!」
「うわぁい!」
長いすの上に仰向けに引っくり返った吉澤に、私ね、私ね、と石川はべしょべしょ泣きながら物凄い勢いで圧し掛かってきた。
吉澤の上になった石川はぎゅっと吉澤の鎖骨辺りに顔を埋めて、
「――このままだとひとみちゃんのコトどうにかしちゃうかもしれない!」
- 356 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)02時43分10秒
- ためらうことなく横転しながらのモーメントを加えた右フックを
石川の顎に叩きこんで壁にぶつけると、
ゴロゴロ床を転がりながらハコ後部の扉に飛びついた。
両手でフックにしがみついて引っ張る。開いた扉から外に転がり落ちる。
時速四十キロの中速度でアタマから地面に飛び込んだ吉澤は、ハヘホとスリーステップでコンクリに弾んだ。
コンクリに血痕を長く引いて、バッタリ。
ネトつく自分の血のキショク悪さがパニくった気分を落ち着かせた。
アタシなにしてるんだろーとしみじみとコンクリのひび割れに見入っていると、
ぐっと体が上に持ち上がった。
- 357 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)02時44分04秒
- 「寝ぼけて落ちたんだ?」
そういう後藤自身が寝ぼけていた。
目頭についた目やにを指の関節辺りでコリコリとこすっている後藤に
吉澤がちゃうわい!と返事をするより早く、
後藤は吉澤の体を担ぎ上げてびゅうと走った。
ジャンプする。
開きっぱなしの扉からハコへと飛び込み、膝を開いてぺたんと床に座り込んだ石川の前に、
静かに吉澤を横たえた。
「教官にめんどーかけないように」
寝起きの小学生のように不機嫌に言い残すと、
「寝る」
後藤は扉から身を出してするすると屋根の上に昇っていき、
ご丁寧に足でバタンと扉を閉めていった。
- 358 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)02時49分52秒
- また、二人きりになった。
ガンメンから血をダクダクさせた吉澤は、
尻の砂汚れだけを叩き落とすようなイマサラな仕草をすると
そうしてハコの隅っこの席に座ってコソコソと身を縮みこめた。
石川は打たれた顎に手を当てて、ヨヨヨと泣き崩れる明治妻のようなシナを見せて
「……やっぱり私が怖い?」
沈黙。
加護をも悶え殺す張り詰めた静寂の後、吉澤がくっと顔を上げた。
「こんな時にそんな話しなくたって――」
「なら、どんな時したらいいの?夜の公園のベンチ?ベットの中?
そんな時間ゼンゼンないじゃない」
どうして梨華ちゃんはそーゆう展開に持っていきたがるのかなと
失血と貧血で重苦しいアタマをクラクラさせた吉澤が頭痛を押えようと手を額に当て、
その手を石川に取られた。
そのまま石川の胸の上に置かれる。
「ばっ――」
「私の心臓の音、わかる?ひとみちゃんも――」
石川の左手が伸び、吉澤の心臓を押えた。
手の中でも胸の中でも、ドキドキと血液が弾けていた。
- 359 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)02時59分49秒
- 「ちゃんと動いてるよ」
「――当たり前じゃん」
何を言い出すのかと思ったら。
心底呆れた。
「市井さんからは、私が恋をしてるって言われちゃった」
そんなことある訳ないのにね、と同意を求めてくる。
うなずこうが首を横に振ろうが大量の血が減るような予感がした。
返事をためらいながらじっと石川の目を見返す。
しっかりと見つめるのではなく、ただ目を見開くだけ。
石川の姿を網膜に焼き付けてはすぐ、
アタマの一番ハッピーな所へ転送させた。
――梨華ちゃんは本当にキレイな顔をしているなぁ。
美人でスタイルが良くて、まぁ優しい人。モテモテだろう。バケモノじゃなかったら。
「この試験が終わったら、私たちはハンターとして登録されちゃうんだよね」
――梨華ちゃんは本当に変な声をしてるなぁ。
この上からヘリウムガスを吸わせたら超音波でも吐くだろうか。
子供向けテレビ番組の色っぽい悪役に石川を置き換えて想像してみた。
シュビビビビーン。超音波キュウケツキ発進。ゴゴゴゴゴ。
怖い。怖すぎる。
- 360 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)03時10分54秒
- 「ぽけっとしてるけど、私のお話聞いてる?」
「ものすごく真剣に聞いてる」
石川との長くはないが濃い付き合いの中で身に付いた自動返信装置が作動中。
「資格をとったら、いろんなことが出来るようになっちゃうんだよ。
武器も持てるし色んな情報も手に入るし。
その前に私はハッキリさせないと
――ねぇ、本当に大事な話だからちゃんと聞いて」
声色の違いに気がついて意識をマニュアルに戻した。
今までの空っぽな視線から、意思を込めた視線に切り替えて石川を見やる。
石川は穏やかに笑って自分の胸の上にある吉澤の手を握る。
「思い出して」
その瞬間、意識が斜めにズレた。
吉澤は強烈な違和感に襲われて、崩れるように石川の胸に倒れこんだ。
石川にすがり付いて悲鳴を上げたような気がしたが、声が出たのかどうかも定かではなかった。
髪の中に石川のヒンヤリした手が差し込まれて頬にかかった横髪を梳き上げられる。
その感触もじんわりと遠のく。
メリーゴーランドに乗せられたみたいに周りがぐるぐるぐるぐるぐる――
真っ白な世界に運ばれる。
- 361 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)03時19分35秒
- ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
今回更新
>>340-360
- 362 名前:3-7 さらばドナドナ 投稿日:2002年03月15日(金)03時36分40秒
- >>327 早口言葉を噛みながら力技で言う人程度の差異です。ポジテブ。
>>328 娘さんにはバレないようにこっそりと……。
>>329 長期放置すみませんすみませんすみません。(とにかく作者が謝るスレ)
>>332 嬉しいよ、嬉しいけど……(`▽´)トロピカール
生かさず殺さず適当にお願いします。
>>334 いつもいつもいつも苦労させてます。
>>335 夏目先生ごめんなさい(謝るスレ続行中)
今後も一発ネタをあちこちから拾うと思います。
>>336 下火になってきました。もう二週間ばかり忙しいので、
まだまだローペースかと思います。
>>339 ありがとうございます。
いい加減な話ですがよろしくお願いします。
- 363 名前:名無し盛り 投稿日:2002年03月15日(金)18時51分50秒
- 更新(・∀・)イイ!
初めて書き込みますが、ずっと読んでました!
マジでおもしろいです!
風板の方もめちゃくちゃおもしろいです!
頑張って下さい!
- 364 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月17日(日)01時28分59秒
- 初めて書き込みます。
超おもしろいです!!
これからもずっと待ってますんで、あせらずにがんばってください!!
- 365 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月17日(日)01時37分13秒
- ちょっとな長めの放置プレイだったけども(w。
待ってて良かった!帰ってきてくれてありがとう!!
細かーいギャグもそのまま健在なようだし。
でも、微妙に書き方変わってますよね。
- 366 名前:いぬキチ 投稿日:2002年03月18日(月)08時45分54秒
- すみません言い忘れてました。
スレッド容量を心配していたのですが、無事に前回更新を終えられました。
ありがとうございます。
次スレを立てるまで、このスレを適当にご利用ください。
- 367 名前:巡回読者 投稿日:2002年03月18日(月)21時47分53秒
- 一時はどーなる事かと。。。(w
ブランク(?)の為か、少しトーンダウンしたみたいですね。
それでも充分、面白いですけど。
新スレからまた、以前の調子を取り戻される事を願っております。
アレ? ここに書くのは初めてだったかな?
- 368 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月09日(火)14時58分56秒
- 期待
- 369 名前:925 投稿日:2002年04月11日(木)18時08分00秒
- 待ってますよ〜!
- 370 名前:名無し読者 投稿日:2002年04月19日(金)21時38分10秒
- カモンナ!!
- 371 名前:イヌきち 投稿日:2002年04月26日(金)05時52分13秒
- すみませんすみませんすみません。
あいかわらず生きてますし、放置ではありません。
この続きがある程度出来てから新スレ立てて続けますので、
このスレは放置してやってください。
新スレを立てたらここにリンクをここに載せます。
(倉庫行き前には立てます)
- 372 名前:名無し盛り 投稿日:2002年04月26日(金)21時01分31秒
- よかったー!
生きてたんだ・・・
いつまでも待ちますよ!
- 373 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月11日(土)14時29分35秒
- すごくすごく楽しみにしています!
- 374 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月23日(木)17時50分16秒
- 待ってるぞ〜!
- 375 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月09日(日)00時08分40秒
- 連載一周年おめでとうございます。
この作品は私にとって、とても思い入れの強いお話です。
これからも魅力的なお話を読ませてください。
- 376 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月14日(金)18時45分48秒
- 待ち続けるぞ!
- 377 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月26日(水)14時02分44秒
- 再開はいつ頃なんんじゃもんじゃ?
- 378 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月17日(水)04時08分56秒
- あと何日待てば『完結おつかれさまです』
と言えるのでしょうか?
- 379 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月18日(木)19時34分07秒
- >>378
まぁ、数年かな。完結するなんて期待は持たずにマターリ待ちましょう
- 380 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月22日(月)21時57分15秒
- また最初から読みなおしちゃったよ。
やっぱおもしれー続き気になるー
- 381 名前:イヌきち 投稿日:2002年07月25日(木)16時33分04秒
- 長い間をあけてしまい、申し訳ありませんでした。
新スレ立てました。
全話完結までは……まだ当分かかると思いますが、
現在書き途中の三話は早めに終了させたいと思っています。
よろしかったら、おつきあいください。
新スレ
ハウンドブラッド Millennium Edition
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