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娘。外伝

1 名前:茶目 投稿日:2001年08月31日(金)21時24分36秒
初めまして茶目といいます。
2ch羊でネタレスを書いていたんですが、引っ越ししてきました。
メンバーのモー娘に入る以前の物語を短編連作で書こうと思います。
読みづらいかもしれませんが、よろしくお願いします。
感想もらえると嬉しいです。
(羊名・チャーミー面接官。
 第一話はネタレス書いた「いいらさんとのの」を加筆修正したものです)
2 名前:茶目 投稿日:2001年08月31日(金)21時48分30秒
第一話【てんつう様】

「ん、いいらさんが来るのれす」
「のの、いい加減にやめんか、それ。他の人が聞いたら誤解すんで」
亜依はあきれたように希美に言った。希美と圭織はよく通信ごっこという
不思議な遊びをしている。離れたところにいる相手の居場所を捜しもせずに
見つけたり、言葉を使わずに会話したりするのだ。しかし、それは毎回当たる
わけではなく、10回やれば半分以上はずれるので、二人以外は誰も
信じていない。もちろん亜依も信じていないが、自分以外のメンバーと希美が
仲良くするのは何となく気に入らず、通信ごっこが始まると邪魔をしたくなるのだ。
しかし、そんなことに気づいてない希美は、来るのれす、絶対来るのれす、
とむずがった。
すると突然ドアが開いた。
3 名前:茶目 投稿日:2001年08月31日(金)21時52分31秒
「カオリ、ののがいるの分かってたよ」
「ののもいいらさんが来るの分かってまひた」
「さすが、のの。じゃーん、今日はケーキがあるよ。みんなで食べよう」
圭織が後ろ手に隠していたケーキの箱を見せると、亜依と希美は圭織に飛びついた。
「いちごのショートケーキや。うち、これ好きなんや」
「嬉しいのれす。ののはいいらさんが大好きれす」
「リーダーとして当然ことよ」
圭織は二人を抱きしめながら、誇らしげに言った。
4 名前:茶目 投稿日:2001年08月31日(金)21時57分28秒
「しかし、何で飯田さんとののは、そんな仲がええんや。歳も離れてんのに、
何や気持ち悪いなあ」
ケーキを食べ終わって、紅茶を飲んでいた亜依は何気なく二人に言った。
「それは、つき合いが長いからなのれす」
「のの!」
銀紙に付いたクリームを丹念に舐め取っていた希美があっけらかんと答えると、
圭織が血相を変えて希美の言葉を制した。

「何や、のの。ののもうちと同じくモー娘。に入って初めて飯田さんと
おうたんちゃうんか」
「・・・・・・」
「のの、違うんか。うちに秘密があったんか」
「・・・・・・」
矢継ぎ早に問いただした亜依だったが、希美がぎゅっと口を結び何も答えないで
いると少し哀しい顔をした。それを見た圭織はしばらく考えた後、一度大きく
呼吸して、決心したように言った。

「加護、もうやめて。それはカオリが口止めしてたの。ののは悪くないのよ。
・・・でも、話す時が来たのかもね。カオリとののが初めて会ったのは
今から5年前。カオリがまだ北海道で・・・・・・」
5 名前:茶目 投稿日:2001年08月31日(金)22時01分40秒

「・・・・・・もえん不動明王火炎不動明王波切り不動明王大山不動明王吟伽羅不動王・・・・・・・」

 祈祷を開始して10時間はたっただろうか、圭織は疲労と脱水症状で衰弱していた。
背中は徐々に丸くなり、一定の周期で頭が前に落ちる。その度に髪の先が
炎に炙られ、本殿には嫌な臭いが立ちこめた。背後にある拝殿には村人が集まり、
口々に哀願している。てんつう様、てんつう様・・・。圭織は、その声を無視するように、
一心不乱に祭文を唱え続けた。それはまるで目に見えない鬼と必死に
戦っているかのようだった。

6 名前:茶目 投稿日:2001年08月31日(金)22時10分38秒
 飯田圭織が生まれたのは北海道の山間の村だ。四方を険しい山々に
囲まれていたせいで他所と隔絶した、閉鎖的な雰囲気のする集落だった。
村人のほとんどが半猟半農で暮らしを立てている貧しい村だ。

 飯田一族は代々『てんつう様』と呼ばれる祈祷師を輩出する家柄だった。
てんつうとは天通、つまり天に通じるの意で、てんつう様は見えないものを見、
聞こえないものを聞く、と信じられている。年々の作物の出来や、天候、
疫病の流行などの神託を受けたり、凶事が起こった際に祈祷を行う、
この村を宗教的支配者のことだ。そのためてんつう様は広大な田畑を持つ
村長と並ぶ特別な地位にあり、その血筋である飯田家も一目置かれていた。

 しかし、幼い頃の圭織には、それがどんなことかは分からなかった。
圭織はまだ近所の子供と一緒に野山を駆け回って遊ぶ活発な少女に
過ぎなかった。
7 名前:茶目 投稿日:2001年09月01日(土)05時46分49秒
 圭織の人生が大きく変わったのは11歳の時だ。
 その年の6月、てんつう様は一つの重要な神託を授かった。そして、飯田一族の
全員が神殿に呼び出されたのだ。
 集まったの飯田四家25人、全員が本殿に通された。圭織は初めて入る本殿の
荘厳さに圧倒された。あらゆる邪なるものを寄せ付けない清浄な空間、
何か考えごとをしただけで罰せられそうだった。周りを見渡すと大人も子供も
身じろぎもせず、静かに座っている。圭織も身を引き締め、きっちりと正座をした。
 息苦しい緊張感が本殿に満たす中、てんつう様が現れた。

「ワシの命は次の冬至で消えることとなった。したがって今日、後継者を決める」

そういうとてんつう様は一度言葉を切った。自分の死に関するの神託にも
かかわらず何の感慨ない淡々した口調だ。大人達はざわめき、自分の娘や孫娘と
てんつう様を交互に見た。圭織の両親も心配そうに娘を見つめた。

「言うまでもないことだが、てんつうには14歳にみたぬ娘しかなれん。冬至までに
14にならぬ娘は前に出よ」
8 名前:茶目 投稿日:2001年09月01日(土)06時00分53秒
圭織は8月生まれだから冬至の頃は12だ。まだ14にはならない。圭織は一度、
両親の方を見てから立ち上がり、てんつう様の前に進み出た。圭織の他には
7人の従姉妹達が該当し、同じように前に出た。その内、2人の幼児が
下がるように命じられ、結局、5人がてんつう様の前に並んで座った。

 その時、圭織は初めて間近で、てんつう様を見た。
深い皺が刻まれた顔は節くれ立った樫の古木ように堅く、無表情のままで
固定されてる。そして垂れ下がった瞼の下にある瞳は一切の偽りを許さない
かのように光っていた。

 てんつう様の俗名は飯田小織という。圭織にとって祖母の妹、つまり大叔母に
あたった。九つの歳でてんつう様になり、それから50年以上その座にいる。
かなり老いて見えるが、弱々しい感じはまったくしなかった。人を超越した
存在感を持ち、現れただけで、そこを場の中心にしてしまう強烈な求心力を
周囲に放っていた。
9 名前:茶目 投稿日:2001年09月01日(土)06時13分05秒

 てんつう様は娘たちを一瞥すると、口の中でひと言ふた言、呪文らしきものを
唱えた。そして、すっと手を伸ばし、一番左端に座っていた従姉妹に向かって
表情の無い声で言った。

「握るがよい」

従姉妹は震えながらその手を握った。3秒ほどたつと、もうよい、と言って
手を振って離した。あまりのあっけなさに、従姉妹は意外な顔をして、緊張を解いた。
それは本堂に集まったみなも同じだった。なにしろ50年振りの後継者捜しである。
古老を除いては、この行為が何を意味するのか分かる者はいない。そうして、
てんつう様は娘達に順々に手を差し出しては握らせた。
そして、右端に座っていた圭織の番がきた。

「お前が最後か」
てんつう様はそういうと手を差し出し、圭織を見つめた。その視線は静かだが
心の奥底まで届いているようだった。圭織は怖くなって、目をつぶり、
皺だらけの手を握った。

そして圭織は恐ろしいものを見た。
10 名前:茶目 投稿日:2001年09月01日(土)07時21分47秒
ごつごつした岩と無惨にへし折れた枯れ木だらけの荒野を
圭織は巫女の服を身につけ走っていた。
そうだ、鬼に追われているのだ。
後ろを振り向くと大勢の鬼が手に手にたいまつを持って迫ってくる。
あるものは憤怒の表情で、あるものは残忍な笑いを浮かべている。
圭織は必死になって走る。
しかし鬼たちは岩の影から枯れ木のうろから次々と現れ、その数を増やしていく。
尖った岩が足を傷つけ、刃物のような枝が身を削いだ。
圭織はもう血まみれだ。白い服が赤く染まっていく。
しかし、それでも走り続けた。
川が見えて来た。あそこだ、あそこまで行けば助かるかも知れない。
圭織は急いだ。鬼は迫ってくる。川に着くと対岸は暗くて見えない。
どのくらいの幅なのか。圭織は意を決して川に入ろうとした。
すると、突然、川は紅蓮の炎を吹き上げた。鬼はじりじりと近づいてくる。
火に焼かれるか、鬼に捕まるか。
圭織は悲鳴を上げながら炎の中に飛び込んだ。
11 名前:茶目 投稿日:2001年09月01日(土)07時26分33秒
 気がつくと、圭織は本殿に戻っていた。一体何が起こったのか分からず、
ただ恐怖で震えていた。てんつう様は、そんな圭織を見て呟くように言った。
「見えたのじゃな」
圭織は言葉の代わりに、何度も頷いた。

「哀れな娘じゃ・・・」

そう言うと、てんつう様は木彫りのような顔を一瞬だけ悲痛そうに歪めた。
そして右目から、つうっと一筋の涙が流れた。
12 名前:茶目 投稿日:2001年09月02日(日)03時44分49秒
 完全な静寂。目を閉じずとも、光なく。耳を塞がずとも、音はない。
はたして私は存在しているのだろうか。いや、そう考えてるのだから、
私はいるのだろう。駄目だ。それでは駄目だ。

 圭織は蔵の中にいた。窓ひとつなく分厚い壁で覆われた蔵の内部は
暗闇と静寂で満たされていた。もう10日も瞑想している。一時は絶食と
刺激の遮断で感覚が極限まで研ぎ澄まされ、気が狂いそうになったが、
今は落ち着いている。ここでは考えることと、考えぬことが同じなのだ。
それが分かった時、全ては体に治まった。これは最後の修行なのだ。

 てんつう様の後継者に指名されてから5ヶ月たった。居を神殿に移しての
厳しい修行の日々だ。肉、魚、油を絶ち、ついで五辛、五穀と絶った。
山にこもり、滝に打たれた。祭文を唱えながら村中を歩き回ることもあった。
それは全てを断ち切り、力を授かるためとてんつう様は言う。蔵に入る前に
一度だけ両親に会うことが許された。本殿で待っている両親に圭織が
駆け寄ると、二人は平伏して言った。

「今日はお招きいただき光栄でございます」

 全てを断ち切る。圭織は力を授かるためではなく、孤独に耐えるためにそれをした。
13 名前:茶目 投稿日:2001年09月02日(日)03時57分53秒
 圭織は意識を無限に拡散させ、闇と一体になった。どのくらい時がたった
ころだろうか。微かに風の音が聞こえてきた。心地良いそよ風ようだ。
外からのものか、内からのものか。いや、それは同じこと。圭織は音に
身を委ねた。風の音は徐々に複雑になり、ひとつの歌になった。すると
今度は中空に模様が浮かぶ。目を強く押さえた時に現れるそれに似ている。
しかし、見えるのだから、見ようとしてはならない。模様は絡み合いながら、
次第にひとつの映像になり、歌と同調した。5人。5人の女が歌っている。
その中に背の高い女が・・・。これは私か。 

 圭織はつい意識を集めてしまった。瞬時に音も映像も消え、もとの何もない
暗闇に戻った。今のは何だったんだろうか。これまでも瞑想を開始すると、
耳鳴りがしたり、残像が現れたことはあった。しかし、それは意識がどこかに
偏っているせいだ。ここまで拡散した状態で明確ものが現れるとは
一体何がおこったのだろう。

 突然、扉が開いた。蔵の中に大量の光が射し込み圭織は目が眩んだ。
そして光の中からてんつう様の声が聞こえた。

「ようやく力を授かったようじゃの」

こうして圭織の修行は終わった。
14 名前:茶目 投稿日:2001年09月07日(金)19時09分46秒
 神殿の裏山には小さな泉がある。直径にして10メートルほどで、いつも清浄な
湧き水によって満たされていた。不思議なことに、冬であってもほのかに温かく、
決して凍り付くことはなかった。圭織は一糸まとわぬ姿で泉に入っていた。
夕の禊ぎである。修行が終わってからは毎日、朝夕の2回はここで身を清めるのが
日課になっていた。
 圭織は水を浴びながら考え事をしていた。明日は冬至だ。神託によると、
てんつう様は明日お隠れになってしまう。しかし、いつもと変わらない生活を
続けているてんつう様を見る限り、それは信じがたいことだ。神託ははずれる
のだろうか。
 圭織にはてんつう様が本当は優しい人間だということが分かっていた。
もちろん、相変わらずの無表情で、言葉も態度も以前と同様に厳しい。
しかし人が発する波動を感じることが出来るようになった今、それは確信できる。
てんつう様は圭織に対し明らかに暖かい波動を放っている。村でこのような波動を
感じさせる人は、もう誰もいない。いつしか圭織はこのままてんつう様と神殿で
暮らしていたいと思うようになっていた。
15 名前:茶目 投稿日:2001年09月07日(金)19時16分17秒
「ここにいたのか」
声がする方を向くと、泉の側に据えられた東屋にてんつう様が立っていた。
てんつう様はそこで衣を脱ぐと泉に入り、そのまま圭織のところにやってきた。
 圭織は驚いた。禊ぎはいつも独りで行い、二人でこの泉に入るのは初めての
ことだったからだ。てんつう様は圭織の近くまで来ると、風呂に入っている
ような気楽さで、両手で水をすくい、体にかける始めた。
「これが最後のお清めになるのう」
まるで他人事のように、誰にともなく言う。圭織は何を答えていいのか分からず、
とまどって目を泳がせた。そして、その視線が水をかけるために体を捻っていた
てんつう様の肩に止まった。拳大の黒いシミが見えたのだ。それは何か悪い気を
発しているように感じられた。すると、てんつう様は圭織の視線のに気づいたのか、
突然立ち上がり背中を向けて言った。
「これは邪気だ。こいつらが住みついたせいで10年は寿命が縮まったわ。お前もこうなりたくなば、ちゃんと禊ぎをすることじゃな」
その背中には苦しみや怒りで歪んだ顔のようなものが無数に
へばりついていた。あまりのまがまがしさに圭織は思わず怯んだ。
16 名前:茶目 投稿日:2001年09月07日(金)19時23分04秒
「圭織よ。てんつうとは神ではない、人でもない。てんつうは生け贄、
生き続ける贄なんじゃ。本当は力などあっても意味はない。
しかし、力を持つことが、てんつうを名乗る者の意地であり誇りなのじゃ。
それだけが支えになるのじゃぞ」
てんつう様は続けて言った。何か大切なことを教えようしているようだった。
しかし、圭織にはそれが何を意味するのか分からない。そのことよりも
普段はひと言ふた言しか口にしないてんつう様が、熱心に話している
ことに胸を突かれる思いがした。やはり明日には・・・。
「てんつう様」
「今日は婆と呼ぶがよい」
「婆様。圭織はもっと婆様に生きていただきとうございます」
「勘違いするな。ワシは明日を楽しみにしておるだ。やっと、休むことが
できるのだからな。ワシはてんつうになり親を失った。もちろん子もない。
全てのものを断ち切った。したがって何の未練もない」
しかし、婆様か。いい響きじゃ、そう言うとてんつう様は少し顔を緩ませた。
それは圭織が見た初めての笑顔だった。

17 名前:茶目 投稿日:2001年09月07日(金)19時34分47秒
 禊ぎが終わり、衣を身につけると二人は神殿に向かって歩き始めた。
圭織には先を行くてんつう様の姿がひどく透明に見えた。このまま消えてしまう
のではないだろうか。そう思うほど、自然で周りの風景に溶け込んでいた。
3歩ほどしか離れていないのにもかからわず、別々の空間にいるような錯覚を
覚え、軽い眩暈がした。
 しばらく無言で歩いていたが、てんつう様は何かを思いだしたように
足を止めると、圭織に問うた。
「圭織よ。お前はどちらを選んだ」
何のことか分からず、答えに窮していると、さらに言葉を重ねた。
「鬼か火か」
あの時のことか、圭織は半年前の出来事を思い出した。
「火を選びました」
「ほう、火とな。あれは初代てんつうが体験したものと言われておる。
初代はその時、鬼を選んだそうだ。そのせいか不思議とみな鬼を選ぶ。
ワシもそうじゃった。火に焼かれれば死ぬが、鬼に捕まったからといって
死ぬとは限らぬからな」
「私は無我夢中で火に飛び込んでしまいました。いけなかったのでしょうか」
「そこまではワシにも分からぬ。しかし面白いのう」
18 名前:茶目 投稿日:2001年09月07日(金)19時42分02秒
 また無言に戻ると、てんつう様は歩き始めた。圭織は複雑な思いでついていく。
あと山道を10分ほど下り、森を抜けると神殿が見えてくる。そして神殿についたら、
てんつう様はひとりで奥の間に下がってしまうだろう。圭織は少しでも
時間を引き延ばしたかった。一歩一歩進むたびにその思いは強くなる。
まだ全然足りていない。私はてんつう様に何も伝えていない。婆様、圭織は・・・
 圭織は口を開こうとした。すると、その気配を察したように、てんつう様は機先を制して言った。

「これ以上話すな。心が残る」

 次の朝、てんつう様は目を覚まさなかった。

19 名前:茶目 投稿日:2001年09月07日(金)19時51分11秒
とりあえず、前半終わりです。
しかし、小説は難しいですね。書いてて訳分かんなくなってきました。
さらにPCの調子も悪くて、なぜか文字化けするし、他のトコは壁紙が
かぶって読めなくなってしまいました。

もし、よかったら感想下さい。
20 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月07日(金)23時36分39秒
2chの時とは随分変わりましたね。でも面白いですよ。
オチは変えていただけると嬉しいですけど(w
21 名前:茶目 投稿日:2001年09月08日(土)17時52分28秒
>>20 レスありがとうございます。前の読んでた人いたんですね。
一応、オチは変わるというか、続きがあります。
ただ、更新は遅くなりそうなので、気長につき合って下さい。
22 名前:茶目 投稿日:2001年09月21日(金)13時39分43秒

「・・・・・・吉祥妙不動王天竺不動王天竺逆山不動返しに行うぞ
逆しに行い下せば・・・・・・」

 圭織は祭文を唱えながら、かたわらにある七寸ほどの木片を10本ばかり
荒々しく掴み、宙に放った。木片は各々、放物線を描きながら目前に焚かれた
炎の中に落ちた。炎は一段と激しくなり、圭織を包み込みそうになる。
「てんつう様、救ってくだされ。てんつう様、てんつうさま・・・・・・」
炎の勢いは村人を興奮させた。誰もが声を限りに絶叫している。その声に背を
押されるかのように、圭織の体は前に傾いだ。髪の先が炎に炙られ、再び本堂に
嫌な臭いがたちこめた。
今日の邪気はことのほか強い、圭織は苦笑を浮かべると力を振り絞って体勢を
立て直した。混濁した意識の隅で怒りや苦しみ、嘲笑などで歪んだ顔が
襲いかかってくる光景が浮かぶ。どれも見覚えのある顔ばかりだ。
喰われてたまるか、圭織は一拍、呼吸を整えると全てを振り払う裂帛の気合いで
九字を切った。
「臨、兵、闘、者、皆、陳、裂、在、前!」
偽善者どもめ、圭織は呟くように付け加えた。
23 名前:茶目 投稿日:2001年09月21日(金)13時40分21秒
 禊ぎの泉には沢山の落ち葉が浮いていた。晩秋のせいか紅葉したものも多く、
色とりどりの千代紙をちりばめたように泉は美しかった。圭織は軽く水をかき、
自分が入る空間を作ると、静かに身を沈めた。先ほどの過酷な祈祷によって
蓄積された疲労がゆっくりと水に溶けていく。今やここだけが緊張を
強いられない場所だ。この泉だけがてんつう様から圭織に戻ることを許してくれる。
 圭織は体が水になじむと、何気なく落ち葉を手に取って、もてあそんだ。
腐食が進んだそれは半透明になっていて葉脈の様子がよく見えた。圭織は陽に
透かしてみた。すると無数の葉脈が浮かび上がり、ある法則に従って複雑な
迷路を作っているのが分かる。細いものから太いものへ、ひとつの例外なく
中央にある大きな葉脈に収束していく。出口はここだけしかない。
圭織は逃れられない運命を思い、表情を曇らせた。

 先代のてんつう様が亡くなってから3年たち、圭織は15歳になっていた。
24 名前:茶目 投稿日:2001年09月21日(金)13時44分23秒
 この年は日照り続きで、ひどい凶作になった。作物は例年の4割程度しか
採れず、実ったものはどれも一回り小さかった。秋が深まると、村人は先を
争って山に入り、食料を求めたが、今ではそれも取り尽くした。
北海道の秋は短い。厳しい冬は、もうすぐそこまできている。このままでは
次の春までに村が全滅するのではないか、という恐れで村は殺気に満ち、
爆発寸前になっていた。村人は連日、神殿に詰めかけては圭織に祈祷を強要し、
凶作を防げなかったことを遠回しながら非難した。
 この頃になると圭織は、てんつう様の真の役割に気づいていた。
それは神託によって不明確な未来への不安を和らげること、凶事が起こった
際に鬱積した不満のはけ口になることだ。この村において、全ての災悪は
神が司る、と考えられている。しかし、神が姿を現さない以上、その是非は
形ある神の代理人が問われ、時には石を投げられる。てんつう様とは村に
過剰な不満が充満しないように作られたひとつの装置なのだ。したがって、
今回のようなケースにおいては圭織が苦しみを最も受けるという形で村人を
鎮めなくてはならない。
25 名前:茶目 投稿日:2001年09月21日(金)13時44分55秒
 先ほどの祈祷はまさにそうだ。圭織は本来、3日で終わる祈祷を、
もう10日も続けている。村人は代わるがわる、神殿にやってきては、
従順な顔で祈りを捧げているが、その実体は、ただ必死に祈ることしかできない、
てんつう様の苦しむ姿を見て、日々のわだかまりを解消しているにすぎない。
高貴な者が無様な様に変わるサディスティックな快楽に酔い、心の中の澱んだ
負の感情を圭織に投げつけているのだ。圭織は祈祷中、怒り、苦しみ、嘲笑、
あらゆる邪気を発する醜悪な鬼の姿をはっきり見ていた。
 てんつう様。村人の邪気を背負い、禊ぎの泉で清める神の代理人。
そして、清めきれなかった邪気が蓄積し、身を蝕まれながら死んでいく。
まるで高貴に着飾っているが掃き溜めと変わらない存在だ。
婆様は、生き続ける贄、と言った。何十年も続く孤独な日々。死の半年前にだけ
現れる同胞。そして、その同胞を新しい贄に作り上げなくてはならない
残酷な定め。
圭織は絶望している。なぜ婆様が堅い無表情だったのか、なぜ自分を後継者に
指名した時に涙を流したのか、そして、なぜ全てを断ち切らなくてはならないか。
今では何もかも理解できた。
26 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月20日(火)23時59分45秒
これ放棄で良いのか(w?
27 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月27日(火)02時19分12秒
オイラ期待して待ってるんですが……(ホントに放棄?
面白そうジャン!まだ導入部分なんだと思うけど
28 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月06日(木)00時40分57秒
期待sage。
更新お待ちしてます。
29 名前:茶目 投稿日:2001年12月12日(水)20時06分17秒
圭織は落ち葉を水面に戻し、念のために背中に泉の水を刷り込んだ。
陶磁器のように白く滑らかな肌にはシミひとつない。
先ほどの祈祷で唱えていた祭文は、不動王生き霊返し、という。
本来は使ってはいけない呪詛返しの法だ。
村人の発した邪気はそのまま返しておいた。
もちろん、その邪気は大きく育って、再び圭織にぶつけられるだろう。
しかし、圭織は少しでも自分の運命に抵抗したかったのだ。

カサカサカサ・・・。

不意に熊笹がこすれる音がした。
圭織は出来るだけ平静を装い、音のする方へ視線を向けた。

今日も来たか。
視線の先では熊笹を割るようにひとりの少女が顔を出していた。
年の頃は7〜8歳くらいだろうか。
元の色が分からないほど汚れきったブラウスとオーバーオールのジーンズを身につけ、
そこから覗く腕や顔も垢が黒光りするほど付着していて恐ろしく汚い。
ただ、こちらを伺う目だけは対照的に綺麗だった。
潤みを含んだ澄んだ瞳と、まだうっすらと青味かかってみえる白目は
邪心のない赤子のそれを思い出させた。
この不思議な少女が泉に現れるようになったのは夏の終わりのことだ。
30 名前:茶目 投稿日:2001年12月19日(水)02時02分59秒
いつものように圭織が夕の禊ぎしていると、
この少女が熊笹の藪からひょっこり顔を出したのだ。
圭織は驚いた。
禊ぎの泉を含む神殿の裏山一帯は神域になっている。
村人は、まず立ち入ることはない。
特に子供では近寄ることすら躊躇するだろう。
どんな悪事もたちどころ見抜くと語られるてんつう様は最大の恐怖の対象になっているのだ。
実際、圭織もてんつう様になってからは幼子はおろか同年代の子供たちにまで
恐怖心に満ちた目で見られている。
しかし、この少女は真っ直ぐに圭織を見つめていた。
その視線は何の恐れもなく、何の敵意もなく、ただ純粋な問いかけだけがあった。
圭織は懐かしい視線だと思った。
そう、まだ妹が言葉も話せなかった頃、よくこんな目で私を見つめてくれた・・・。
31 名前:茶目 投稿日:2001年12月19日(水)02時06分06秒
圭織は自分が裸だということも忘れて、少女に近づいた。
泉の円周上を歩き、あと5メートルというところまで接近すると、
少女はさっと身を翻し、熊笹の藪に消えてしまった。
圭織は藪のところまで行き、その後を確認したが、
僅かに熊笹が押し倒された跡があるだけで、到底ひとが通れるような道はなかった。

孤独が見せた幻か・・・
圭織が元の場所に戻ろうと、しばらく歩を進めると、
また、熊笹のこすれる音がして少女が現れた。
今度は声をかけてみた。
しかし反応は無かった。
そして近づくと、また藪の中に消える。
不思議な追いかけっこだ。
圭織はそんなやりとりを繰り返している内にいつしか微笑が浮かんでいた。
5メートル。
それが少女とのルールになった。
32 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2001年12月19日(水)12時28分41秒
うひゃ!待った甲斐があったよ!なんか泣きそうだ俺。
一応上げたらどうっすか?
33 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月19日(水)21時52分27秒
本当に更新されている……
34 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月27日(木)04時23分41秒
読ませていただきました。
続き期待しています。
35 名前:茶目 投稿日:2002年01月03日(木)00時22分42秒
少女はひとしきり圭織を見つめると、足下に置いてある干菓子を手に取り、
美味しそうに食べ始めた。
菓子を置いたのは圭織だ。
少しでも少女の気を引こうと、神殿に奉納された菓子を見繕って
少女が現れる藪の前の岩に置いておいたのだ。
あれから3ヶ月、少女は毎日夕の禊ぎをしていると現れるようになったが、
相変わらず5メートル以上の接近を許すことはなく、
いくら話しかけても言葉を返すこともなかった。
いつものように藪の中から現れて、菓子を食い、
しばし圭織を見つめると、また藪の中に消えていく。
圭織は今更ながら、この少女は何者なのだろうか、と思った。
36 名前:茶目 投稿日:2002年01月03日(木)00時23分26秒
少女の風体は日に日に汚れていく。
しかも、いつも同じものを身につけ、一度たりとも違う服で現れたことはない。
いかに貧しい村とはいえ、これほど汚い格好している子供はいないだろう。
浮浪者の子というのが一番落ち着くところだが、
街の方ならともかく、この村では浮浪者を養うほどの余剰はないはずだ。
圭織が一番気になるのは、あまりの汚れで目立たないが、
少女の服に黒いしみが増えていることだ。
圭織はそれは血痕ではないかと思っている。
しかし、それを問いただしても、少女は何も語らない。
何かを話そうとしてのどを震わせはするが、
口から出るのはおよそ少女には不似合いな低いうなり声だけだった。
少女は口がきけないようだった。
37 名前:茶目 投稿日:2002年01月03日(木)00時24分09秒
少女に関する情報はこの3ヶ月、遅々として増えない。
もちろん、村のものに聞くこともできる。
しかし、それをすれば何も得るものはなく、
そのままこの少女との別れになる可能性が高いだろう。
圭織はてんつう様と呼ばれるこの村の宗教装置だ。
それはてんつう様の持つ不思議な力によって成立しているのではなく、
村人がどうしようのなく理不尽なものに遭遇した際の感情を発散する場として
必要だから成立している。
したがって、てんつう様は人であってはならない。
人に負の感情を投げつけるのは罪深い行為だからだ。
てんつう様は神託に悪しき影響が現れないように
俗世との関わりを極力断たねばならないが、
村はそれを村人がてんつう様を人として認識するのを防ぐために利用している。
この巧みで堅牢な仕組みを守るために村人全員がお互いの監視者となり、
破った者には無言の制裁が下されるのだ。
38 名前:茶目 投稿日:2002年01月03日(木)00時24分40秒
少女は快活な音をたてながら干菓子を食べている。
その姿はあまりに純粋で母親の乳を飲む赤子のように微笑ましい。
この少女を見ていると救われる。
圭織は心に刺さった無数の棘が溶けていくのを感じ、
ついつい下らない推理をしてしまう自分を戒めた。
このままでいい。
何かを知れば、その分悲しみが増えるのだ。
39 名前:茶目 投稿日:2002年01月03日(木)00時28分46秒
あけましておめでとうございます。
読んでくれてる方、レスくれた方、ありがとうございます。
恥ずかしながら再開しました。
これからも宜しくお願いします。
40 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月05日(土)02時39分25秒
あけましておめでとうございます。
久しぶりに来て見たら更新されていたのでビックリしました。
楽しんで拝見させていただいております。頑張ってください、期待しております。

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