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紅緋色の花アナザーストーリー 第2章 −4
- 1 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月02日(日)23時07分03秒
- 白板での連載が終了した「紅緋色の花」の外伝です。
紅緋色の花第1章を原作として原作者とは別人が書いている為、「紅緋色の花」第2章とは舞台・人物設定が大きく異なります。
原作ログ http://members.nbci.com/monaka01/saki/963225497.html
過去ログ http://www.musume2ch.f2s.com/up/files/104.txt
http://www.musume2ch.f2s.com/up/files/105.txt
http://fire7.tripod.co.jp/blue/974469341.html
- 2 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月02日(日)23時07分35秒
- その長い髪を遠目から見た途端、直感的な何かに足が震えた。
歩くこともままならずに、しかし逃げるわけにもいかなかった。
他の生徒のざわめきの中で、一瞬だがはっきりとこちらを向いた。
その瞬間に雲が陽をさえぎり、辺りが翳る。
全て忘れた気になっていた夏休みの終わり、彼女は唐突に姿を現した。
サングラス越しに目をふせられたのがわかった。
彼女の少女のような色に彩られたリップの端が、わずかに動いた様まではっきりと見えてしまった。
やがて校門に近づくと、彼女はよっかかっていたコンクリの壁から背を離す。
近くにいた小学生のような少年が、あからさまに顔をびくつかせていた。
彼女の瞳は再度希美を捉え、捕らえられた羊は息を荒くして思い足取りを運ぶ。
巡礼者のようにひたすらに堅い大地を踏みしめる。
数メートルをおいて、彼女と対面した刹那、周りの目が希美を締め付けた。
目をふせ、再び見開いた時には、彼女は目の前にいた。
それでも落ち着きを失わず、希美は用意していた台詞を放つ。
「お久しぶりです、カオリさん」
- 3 名前:一読者 投稿日:2001年09月05日(水)06時27分49秒
- 祝、復活。
もう、続きは読めないんかな?と思ってました。
ガンバッテ下さいね。
- 4 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月09日(日)02時13分11秒
- 顎が落ちるように彼女は口を開き、そのまま一呼吸おいてから、返事をする。
「久しぶりね」
それだけ言うと、サングラスを外す。
彼女のたおやかな髪が風に誘われるようにたなびいていた。
風は黒髪とあそび、その途端に懐かしい土の匂いが希美の鼻をかすめる。
そのことを言うと、九州から戻ってきたばかりだと笑った。
そこで会話は途絶える。
希美はゴクリと喉を鳴らす。
カヲリも上っ面の笑みなど浮かべ続けない。
「ねえ、何かおごるから喫茶店でも入らない?」
喫茶店だなんて、希美は使い慣れないような言葉でも、彼女が言うとしっくりくる気がする。
それは彼女にあっているということなのだろうか、それとも全ての言葉が重々しく響くだけなのか。
単独での彼女との接触は、保田から禁じられていた。
でも、実際にそんなことは言ってられない。
彼女と対峙してしまった以上、逃げるわけにはいかない。
それは裕子のためにも、鴇羽のためにも。
- 5 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月17日(月)00時34分46秒
- 清涼飲料のマークが入った錆付いた看板に、達筆な筆文字が貼り付いている。
異常なまでに狭いジーンズ屋の奥には、何かを睨つけたニット帽の男性。
タマネギが揚げられ続ける、見慣れない名前のファーストフード店。
道の向こう側、駅の下に放られた自転車は、いったい何人の足となったのだろう。
美容院らしきガラス張りの店の前で、彼女は急に立ち止まる。
ヘアーカラーリング専門店。
店の案内に映っていたモデルは皆外国人だったけど、カヲリなら案外似合うかもしれない。
希美がそう思って目を移すと、彼女はこちらを見るでもなく、黙って歩き出した。
何か考えがあるのか、さまようように歩くことしばし、カヲリは再び立ち止まる。
ビルのテナント一覧の3Fに、それらしき名前をみつける。
「ここでいい?」
「はい」
今度はちゃんと希美を認めた後、エレベーターのスイッチを押した。
- 6 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月23日(日)21時38分53秒
- 客席の半分をカウンターが占めるような小さな店だった。
客はカウンターにちらほら。
それと窓側の一番奥に、パソコンを開いたスモーカーのサラリーマン。
二人は手前の席に座る。
ロングだのショートだのがコーヒー豆の種類だと気づくまで、しばし時間がかかってしまった。
希美はコーヒーはあまり好きではないが、この店は紅茶すら置いていないらしい。
メニューを見ながら思案していると、店主らしきヒゲの中年男性がオーダーをとりにくる。
「すいません、コーヒーにあまり知識がないのですが・・」
希美が顔をあげる前に、カヲリがそう尋ねていた。
その声に、希美は指先が震える。
思わず店主の顔を見上げると、彼は目だけで笑っていた。
ヒゲで表情の見えない口元が、ゆっくりと開く。
「飲みなれてないお客様には、最初はロングブラックをお薦めしています」
そう言って、希美の開いていたメニューをボールペンで指す。
「そうですか、、ならそれで
いいよね、希美ちゃん」
おどおどと首をたてに振る。
「はい、豆はロングと・・・」
数分後、二人のもとに運ばれてきたカプチーノとカフェラテは、確かに美味しかった。
- 7 名前:パク@紹介人 投稿日:2001年09月26日(水)15時08分32秒
- こちらの小説を「小説紹介スレ@青板」に紹介します。
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=blue&thp=1001477095&ls=25
- 8 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月03日(水)01時10分11秒
- カヲリはカップを運んできた店主とともに、しばし会話している。
普通はロングとショートと言ったら、コーヒーの入れ方の名前だとか、
高い店ではどのコーヒーにはチョコレートがつくのかとか、
なんだか希美は混乱してしまったが、いくつかの新しい知識、そしていくらかの誤解もあるであろう内容だった。
どうやらオーダーしていないものをいくつか無料で飲ませてくれているらしく、希美は先ほどのロングブラックというのにも挑戦してみる。
苦く感じた。
それでも更に苦いのもあるらしい。
「彼が飲んでいるのがそれですよ」
店主はそう言って、カウンターのスキンヘッドの男性を指す。
すると彼の涼しげな頭は反転し、つまり振り向いた彼は店主と何か会話をする。
カウンターへと戻る店主。
口元を緩めたまま、希美は体を前に向かせる。
カヲリは真っ直ぐにこちらを見つけていた。
- 9 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月27日(土)02時13分08秒
- 〔逃げられない〕
とっさにそう思った。
視線をそらすことさえ許されない。
思わず、口元がひきつる。
何かに陥ってしまったことを、ようやく実感した。
環擁されたという事実が、今さら胸中に響き、上半身を押さえつける。
それが必然だったのかは、わからない。
しかし、何かに起因した事柄であったとしても、それは前提となった過去。
けっして取り返しのつかない、終古の事件。
ゆっくりと今、カヲリは口を開く。
「………」
しかし彼女は何も言葉を発することなく、ゆっくりとまた口を閉じる。
言いかけてやめた、ということなのだろうか。
その後、希美に顔を向けたまま彼女は宙を見つめる。
そして、彼女の焦点が定まったことに気づく。
「子供は、元気?」
嫌な話題だった。
「桔平さんの、子供なんだよね」
嫌な言い回しだった。
顔を見上げると、彼女は大きく目を見開いていた。
果鋭な彼女は、希美の緊張の緩急を勘定に入れていたのだ。
〔逃げられない〕
- 10 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月08日(木)23時44分50秒
- 「会ってみたいな」
ついに彼女は希美の予期していた言葉を発する。
顔を見て、腕に抱いて、それでどうすると言うのか。
「お邪魔しちゃだめかしら」
コーヒーを手にしたまま、彼女は目を細めてそう言う。
その笑い方は、疲れている時の裕子と同じ笑い方。
空気は変に重くなることなく、コーヒーカップからの白い蒸発にまぎれる。
「あの、居候の身なんで・・・」
それだけ言って、舌先に熱いコーヒーをすする。
「そう・・・だよね
いきなりじゃご迷惑だよね」
思ったよりも早く、カヲリから返答がくる。
「じゃあまたそれは今度ってことで・・」
希美はカップを置き、顔をあげてゆっくりと言葉をつなぐ。
「ええ、是非」
ええ、だなんて普段は絶対に使わない言葉。
背筋にはしる緊張感が、余計に希美の口元をあげる。
引きつってはいないと思う、目元を和らげての笑み。
瞳の奥だけはまっすぐに彼女をみつめている。
普段は決してつくられることのない、気負いの表情。
喉を鳴らさずに小さく一つ息を吸い込む。
希美はコーヒーですらそれほど苦く感じなくなっていた。
- 11 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月24日(土)20時20分17秒
- その話題が完全に過ぎ去ってから、カヲリは窓の外を眺め始めた。
美しい光沢をもった髪は、ゆったりと腰の上の辺りでねじられている。
そう高くもなさそうなサングラスは、彼女の手元にたたまれ、浅い寒色を写している。
視線の先にあるのはなんなのか。
希美は気になっても、彼女から目を離すことができなかった。
その後彼女は希美に向き直り、桔平の回顧展の話をつらつらと述べた。
そしてまた、今度は店内をぼーっと眺める。
天気の話題、サングラスをいじり、コーヒーを喉を鳴らして飲み干して。
「行こっか」
そう言って彼女は会計を手にする。
「あっ、はい」
希美も彼女に続いて立ち上がる。
「コーヒー、美味しかったです」
「それはよかった」
希美が出入り口の前で待っていると、彼女は会計を済ませる際に、店主とそんな会話をしていた。
「これ、いただいていってもいいですか?」
カヲリはレジのところにあった、何か小さなものを手に取る。
「もちろん」
店主はそう言って、カヲリにおつりを手渡していた。
- 12 名前:名無しさん 投稿日:2001年11月24日(土)20時21分01秒
- 「何、もらってたんですか?」
ふと気になったので、希美はそう尋ねてみる。
「ビジネスカード」
ビルを出たところでカヲリは希美に振り向き、一音一音にはっきりと母音を加えて答えた。
「お店の宣伝のカードだよ」
手にもっていたそれが希美に手渡される。
名刺ほどの大きさの黒地のカードに、店の名前とコーヒー豆の絵が描かれている。
「集めてるんですか?」
「別に」
彼女は機嫌が良いのか悪いのかわからないような声で答えた。
「じゃ、私は寄りたいところがあるから」
数歩も歩かないうちに、彼女は希美を一瞥だけして駅とは反対側に歩いていこうとした。
「あ、このカード」
「それあげる」
サングラスをかけた彼女の口元には笑みが浮かんでいた。
「じゃね」
今度は希美のほうをきっちり向いて、それでも瞳の奥は見せずに、彼女は横を通り過ぎていく。
希美はそれ以上声をかけることもせずに、たおやかな黒髪が表情を隠すようにして遠ざかっていくのを見つめていた。
- 13 名前:名無しさん 投稿日:2001年12月09日(日)07時27分17秒
- 彼女はいったい何をしに来たのだろう。
矢口からカヲリの話を聞いたとき、真っ先に思い浮かんだのは鴇羽のこと。
最悪のケースを思い描いたというよりは、ただ不安にかき立てられた。
今日、彼女の姿に気づいた時も、やはりそうだった。
彼女の豊かな髪から流れてきた、土の匂いを思い出す。
懐かしい記憶。希美にとってそれは桔平の匂いだった。
今から考えてみると、九州から出て来た彼女が一番に向かったのが、自分のところだったのだろうか。
でも、訳の判らぬままにすぐに帰ってしまったのだ。
希美には随分ととっぴな行動に思えた。カヲリらしいとも思った。
彼女の本心は霧のまぎれのごとく、ようとして掴めない。
ただ、この黒いカードからは微妙なぬくもりさえ感じてしまう。
楽観的なのかもしれない。でもこれは直感的に思うこと。
希美は自分の感覚的な物事の考え方が好きだ。
早く鴇羽に会いたい気分になって、希美は駅に向かって歩き出した。
- 14 名前:作者 投稿日:2001年12月09日(日)07時30分17秒
- カヲリ来襲編、完。
ほんっと、10レス書くのに何ヶ月かけてるんでしょうか。
そう言えばカヲリさん、本編では狂ちゃってるんですね、かわいそうに。
あれを読んだからには、恐れ多くて同じようにできない。
最近ここに辿り着いたみなさん、「紅緋色の花」本編は必読ですよ!!
繊細な風俗描写、けれん味のない昼ドラぶり、そしてドラマティックな急展開。
私の駄作など読んでないで、こっちを読みましょう。
昼ドラ小説「紅緋色の花」
第1章 消失中
第2章 http://mseek.obi.ne.jp/kako/white/969985615.html
(ちなみにこのスレは、一章の後に続くアナザーストーリーのなれの果てです。)
- 15 名前:名無し読者 投稿日:2001年12月09日(日)19時29分31秒
- 初めてレスしますがずっと前から見てました。
これからもすごく楽しみにしてるので頑張って下さい。
- 16 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月05日(土)21時58分41秒
- −週末−
「そう、とりあえずはよかった」
希美からカヲリの話を聞いた保田は、短くそれだけ言うと、フレーバーティーのカップに口付けた。
それから希美から差し出された例のコーヒー店のビジネスカードを手にとり、興味無さ気に眺める。
「ただ、それで油断しちゃだめよ
相手は何考えているかわかったもんじゃないんだから」
するどい眼光に希美は、一瞬の間をおいて慌てたようにうなづいた。
圭は神妙な表情を崩さずにうなづきかえすと、再びカップに口付ける。
「それと……裕ちゃんには必要以上に話さないでおきな」
- 17 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月05日(土)21時59分12秒
- −半年後−
「希美ちゃん、昼ごろに例の“カヲリさん”、うちに来たよ」
学校から帰った希美に、和田はパソコンから顔をあげずにそう告げた。
「え?」
思わず希美が鞄をダイニングの椅子の上に置くと、彼は希美に振り向いた。
「『希美ちゃんいますか?』って来たから、いないって言ったら、そのまま帰っちゃったけど」
和田の穏当な口調にもかかわらず、希美は焦らされていく。
「薫さん、鴇羽は?」
希美の口調に和田は一瞬目を見開くが、すぐに柔和な表情に戻し、微笑みかけた。
「別に、変わらず元気に泣いてたよ」
- 18 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月05日(土)21時59分45秒
- −更に半年ほど後−
・・・ピンポーン
チャイムの音に、希美だけでなく和田と平家も玄関に走る。
ドアを開けると、そこには鴇羽をつれたカヲリが立っていた。
「ただいま」
「お帰り、なさい、、」
平然としたカヲリの一言に、希美は唖然としてしまう。
「どこ、行ってたんですか?」
こんな夜中まで。その言葉を飲み込み、希美はできるだけ声のトーンを整えて尋ねた。
「左京の国立近代美術館」
「美術館?」
「そう
やっぱ美的感覚ってのは幼いうちから養っておかないとね」
そう言って、カヲリは希美に鴇羽を手渡す。
「ちょっとアンタ、飯田さんだっけ?
こんな夜中まで連絡無しに他人ん家の、それも2歳にもならない子供連れ出しておいて…」
おもわず口を出した平家を、カヲリは瞳を大きく見開いて見つめる。
「な、、、」
息をのむ平家。黙っている和田。
「怒られちゃったし、今日は帰るね」
「はあ」
「ちょっとぉ!」
「じゃね、希美ちゃん、鴇羽くん」
そして玄関のドアはさっと閉じられた。
更に追おうとする平家を押しとどめ、希美は鴇羽を抱きしめた。
- 19 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月05日(土)22時00分17秒
- −それから10年弱の年月が流れた−
「矢口さん、ご結婚おめでとうございます」
「めちゃキレーだったよ」
「ありがと」
結婚式の二次会、希美は真希達とあらためて真里に会いに行った。
「あれ?希美、今日息子は?」
休日はいつも鴇羽を連れていた希美が、今日は一人で来ていることに、真里も気づいたようだ。
「知り合いの所に、染織を習いに言ってるんです」
「ああ、カヲリさんね」
真里は彼女に一度きりしか会った事がなかったが、希美からよく聞く名前ではあった。
「連れてこようと思ったんですけど、本人も染物してるのが好きらしくて。
せっかくの日なのに、連れて来れなくてすいません」
「いいっていいって。酒飲めない男の子が来たって退屈なだけだろし。」
「それよりさ、ヤバイんじゃないの?そのカヲリさんって人」
真希の言葉に希美はため息をつく。
「こないだなんて『私には天才の血を継がせる義務がある』なんて私に言ったんですよ、あの人」
「うわっ、何それ」
「絶対、姑には持ちたくないタイプね」
紗耶香のリアクションに、真里のコメント。
希美は天井を見上げて呟いた。
「ほんと、何なんでしょうかね」
- 20 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月05日(土)22時00分56秒
- −そして、希美28才の春−
「結局、鴇羽君来なかったね」
三人で保田の車に乗り込んだ後、平家のちょっとした呟きに、希美は身を縮める。
「また例の先生の工房?
あのナンタラ若手大賞もらってから、ちょっと調子乗りすぎなんじゃない?」
保田はそう呟くと、薄く色がかった眼鏡の奥で目を細めた。
「工房で[お仕事]やってんなら、まだいいんじゃない。
案外、女かも。あの節操なしのぼっちゃんのことだから」
「血は争えないってことかしら」
保田の言葉に、希美は悪寒すらおぼえる。
ただでさえ、最近息子に桔平の印象がかぶるというのに。
「ほんとに、お母さんの三回忌だっていうのに、あの子は何やってんだか」
希美は洟をすすりながら、後部座席から呟く。
助手席の平家は振り向き、運転席の保田はバックミラーで、希美のことをみつめる。
「……希美ちゃん、裕ちゃんに似てきたね。」
平家の言葉に、希美は母親の形見になった着物の袖をぬらす。
それを見て、あわてて平家は希美をなだめようとする。
前方に視線を戻した保田は、墓苑の門を左に曲がったところで、低く呟いた。
「裕ちゃんが逝って、もう2年か」
- 21 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月13日(日)11時37分00秒
- 求刑された14年を一年半早く切り上げて裕子が出所したのは、3年と少し前、年の瀬のことだった。
そのころはまだ鴇羽も家にいて、平家夫妻の家を出て、三人での生活がやってきた。
裕子は鴇羽のことを完全に孫として扱っていて、えらく甘やかしていた。
希美にとって二度目の家庭。
平家夫妻といたときも、もちろん家族を感じていた。
でも、自らの家庭と思えたのは、桔平と裕子とすごしたあの短い月日以来のこと。
そんなことを言って、裕子と二人で笑っていた。
しかし、その団らんも長くは続かなかった。
結核の仲間という、随分長い横文字の病名。
気づいたのは、海外旅行にでも行こうとビザを申請した時。
診断をうけて発見されて、その時すでに末期だった。
- 22 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月13日(日)11時37分35秒
- *
「なんで来なかったのよ!?」
「だから授与式典だったって言ってんだろ」
「そんな賞なんかのほうがお母さんより大切なの!?」
「葬式にははじめから出たろ」
「葬式って・・・家族の死に目に会えなくて、よくそんなことが言えるわね!!」
*
- 23 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月13日(日)11時38分21秒
- 「・・・きて、起きてよ、希美ちゃん・・」
「充代さん・・」
まどろみから目を覚ますと、車は平家の家の前に止まっていた。
「夕飯、たべていきなよ
どうせ帰っても一人やろ」
「え、でも・・
鴇羽も帰ってくるかもしれないし」
すると希美の座っていた後部座席のドアが保田によって開かれる。
「食べていこうよ
私もそうするし」
「40過ぎて独り者だしねー」
「うるさいなー!」
そのまま保田は強引に希美を車から引っ張り出し、立たせた希美の耳元でそっとささやいた。
「帰るかどうかもわからない相手、夕食作って待ってるなんて馬鹿みたいじゃん。
お参りすっぽかしたんだから、夕食くらい食いっぱぐれてもらわないと」
保田を目を見合わせた後、希美もおぼろげに笑って答える。
「だね」
希美も二人に続いて歩き出した。
- 24 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月19日(土)21時41分41秒
- 「お帰り」
平家の家で保田から強引に酒を飲まされ、ほろ酔い加減で希美が帰宅すると、珍しく鴇羽が帰ってきていた。
裕子が亡くなった頃から、鴇羽はだんだんと家から遠ざかっていった。
まるで希美と二人きりになるのを拒むかのように。
「ただいま」
彼が手前のテーブルの上に何も置かずに、−手元のグラスを除いてだが−、こちらを見据えていたので、希美は一瞬言葉が止まる。
「…夕飯は?食べてきたの?」
「作りに来てくれた」
「・・そう」
希美も深くは尋ねず、キッチンに入り水を飲もうと食器棚からグラスをひとつ手にとる。
背後で音がして、彼がキッチンに入ってきたことがわかった。
「“誰が来たか”って、聞かないのか?」
「聞いて欲しいの?」
そして希美はグラスをシンクの中に置き、鴇羽に振り向く。
「裕子さんなら聞くと思った」
- 25 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月19日(土)21時42分25秒
- 鴇羽は裕子を<さん付け>で呼んでいた。
家では希美のことを<お母さん>と呼ぶように言いしつけていたが、<おばあちゃん>と呼ばれるのは、裕子が嫌がった。
それはまだ裕子が刑務所の中にいた頃の話だ。
「母さんならって、なんでそう思うの?」
「母親ぶるのが好きな人だったから」
鴇羽は口先を突き出したまま、事も無げに返答する。
希美はシンクの淵に両手をついて体を浮かし、鴇羽を見やる。
「じゃあ聞いてあげる
昨日はどこに泊ったんですか?」
「信田先生のとこ」
彼がだしたのは、知り合いの染織家の名前。
「そう、あまりご迷惑おかけしないのよ」
訪れる数秒間の沈黙。
先に視線を外したのは、希美のほう。
そして先ほどシンクに置いたグラスの水を一口。
「ねえ、私に母親ぶって欲しくないんじゃないの?」
「別に」
鴇羽は無愛想に答える。
「ただ、希美さんならどう答えるかと思って」
- 26 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月19日(土)21時42分59秒
- 希美さん。
鴇羽がそう呼び始めたのは、裕子が出所してすぐの頃。
冗談交じりでそう呼んでいたのが、ずっと定着してしまった。
それは安易過ぎる解決法。結果的には掘り返された矛盾。
「<お母さん>って呼んでって言ってるでしょ」
「わりぃわりぃ」
「鴇羽!」
鋭く響く、希美の声。
緊張感におおわれた空気。
「なんだい、母さん」
それを重苦しく押しやる、鴇羽の言葉。
「・・・」
手にもっていたグラスを置きなおし、希美は鴇羽をかわす。
「ちょっと酔っちゃったみたい
もう寝るね」
すれ違いざまの言葉。
希美には鴇羽がこちらを振り向いたかはわからない。
ただ聞こえたのは一言だけ。
「おやすみなさい」
- 27 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月26日(土)22時36分23秒
- こんなことを、もう2年近くも続けているのだろうか。
たかが呼び名、されど呼び名。
お母さん。
ただそう呼ばれたいだけなのに。
最初にこの事をひとみに相談したのは、いつのことだったか。
『思春期特有の・・』
そんなことを言われた。
それよりも印象に残っているのは、電話の最後でひとみが言ったセリフ。
『私はあなたに同情する事ができません。
なぜなら、私は母親を認めることができなかった子供の方だったから』
その時はじめて、自分が母親として認められていないことに気づいた。
ミドルティーンに全ての矛盾が集積されてしまったこと。
比較対象が裕子であること。
そしてこの事が彼の自立心に多大に影響していること。
全てが連鎖的に見えていった。
最後にたどり着いたのは、自分が母親として思春期の青年を受け止められていないということ。
- 28 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月26日(土)22時37分46秒
- それから数日間、鴇羽は家に戻らなかった。
普段なら3日以上見ないと電話の一つでも入れてみるのだが、希美にはそれさえもおっくうに感じられた。
彼がいる場所はわかっている。
それは桔平の工房だったところ。
今は他の染織家の工房になっていて、鴇羽はいつもそこでお世話になっている。
とはいえ、1週間も姿を見ないと心配になって希美は携帯にメールを打ってみたのだが、返事は返ってこない。
気づいたら文字ばかりを縦長の液晶に映し出している自分が嫌で、希美はそこに自分の顔を映してみる。
最近の機種はその機能のほとんどを使いきれずにいるけど、これだけはマニュアル無しでできるようになった。
鏡よりも小さく表示される、携帯のほうがいい。
鏡でも写真でも、はっきりと写っている自分自身は、どこか嫌なもんだ。
- 29 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月26日(土)22時38分39秒
- 平家に薦められるままに撮った見合い写真も、自分では見るに気にならない。
そういえば希美がまだ幼い頃、裕子もきちんとした写真をとっていた。
その写真をうきうきしながら眺めていた自分が思い出される。
父親という存在を求めていた自分。
手元には、自分では見開くことのできない自分の写真。
鴇羽がそれを見つめていた時のことを思い出して、希美は荒々しくそれを手で払った。
- 30 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月25日(月)20時00分24秒
- 意を決して希美が北嵯峨にある染織家信田の本宅を訪れたのは、裕子の三周忌から10日後のことだった。
この信田という女性も、染織家としては変り種なのだが、鴇羽のことを気に入っていろいろと面倒を見てくれている。
カヲリと違って、信田のことは希美もある程度の信頼を寄せている。
というよりは、希美はどうしてもカヲリに対しての警戒心を解くことができないのではあるが。
「あ、アイツ?
ヤバイよちょっと」
玄関口まで出てきた本人は、会口一番にそう言った。
「え?」
「何日も籠もってる
私のほうも用事があるから覗きに行ってるんだけどさ、ナーバスっての?
ともかくヤバイ目、してた」
口元に笑みを浮かべての彼女の言葉。
無意識に母親らしい対応をしたつもりか、変にリアクションを抑えようとしている自分がいた。
心悸。それは不安感。
「行ってみたら」
その言葉に、希美は戸惑いを見せる。
「それとも、うちの中に入る?」
希美はその申し出を丁寧に断った。
- 31 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月25日(月)20時01分13秒
- 「それじゃ工房にお邪魔させてもらいます。
それと、これ鶴屋吉信の柚子餅です。」
「ありがと」
彼女はその紙袋を受け取ると、細めた目で希美を見つめた。
「色々とご迷惑おかけすると思いますが、これからもよろしくお願いします」
「はいよ」
頭を下げて、希美は信田の家を後にした。
門を出るときにふと振り返ってみると、彼女はまだこちらをみつめていた。
- 32 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月05日(火)21時06分01秒
- 信田の本宅から工房までは、歩いてもそれほど遠くない距離にある。
希美がはじめてこの北嵯峨に訪れたのは、まだ小学生の頃。
母親に連れられてのことだった。
その頃と変わらぬ町並み。
息のきれる坂を登ったところに、その工房はある。
桔平の前にも何人もの染織家や陶芸家が使っていたという。
彼の財産の一つだったもので、裕子の出頭後は彼の親族からまた染織家達の手に戻ったようだ。
『あの子、その工房を欲しがってるんじゃない?』
そう言っていたのは平家だったか。
ともかく、幾つもの作風が編み出されていく工房なのだ。
「あ、雨だ・・」
思わぬ空模様に希美は、アスファルトの坂の上に位置する木枠だけの門から、天空へと視線を移す。
辺りはまだ明るく、雨を運んできた黒い雲がその後ろに映える青空と奇妙なコントラストを生み出していた。
「狐の嫁入り…」
それだけ呟くと、希美は肩にかけていたバックを抱え、坂を駆け出した。
- 33 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月05日(火)21時06分34秒
- ほんの1分。
息はきれても、足が痛くなる距離などでは全くない。
それでも、希美の体は雨に打たれる。
濡れて肌にべたつくワンピースの袖。
車道の端で揺れる常緑樹の葉。
門に掛けられた看板は、湿った木目が日光に照らし出されていた。
ここまで来て、さすがに少し緊張してきた。
中からは特に音は聞こえない。
聞こえるのはただ雨音だけ。
ふと、昔の自分が思い出される。
看板を見上げていた頃の自分。
中学の制服が届いて、真っ先にそれを見せにきたこともあった。
母校からここまで何度歩いたことか。
バレーの話もいくらしただろう。
それでも結局、彼が試合を見にきてくれたことはなかった。
雨のせいなのか、工房からは昔の“匂い”がしない。
あるのは天気雨の雨音と明るさ、そして剥き出しの土の匂い。
希美の記憶に残るのは、あの時の工房。
そして、彼にはじめて抱かれたのも、この工房の奥の部屋でのこと。
- 34 名前:( `.∀´)ダメよ 投稿日:( `.∀´)ダメよ
- ( `.∀´)ダメよ
- 35 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月12日(火)21時50分26秒
- 「鴇・・・」
工房に一歩入りまず気がついたのは臭い。気持ち悪い、換気のされていない空気。
扉を開けてすぐにあるのは土の床。薄暗い空間。
踏み出すことを躊躇させる、男の臭いと散らかり様。
だがそれもすぐに慣れる。
天井が高い作業場には薪式ストーブがある。
変わらないのはこれだけで、器具の位置は全て違う。
器具自体、そのほとんどが信田の持ち物だ。
ただ、そこらへんに放ってあるロクロは、誰か別の人の物だったのかもしれない。
信田は、陶芸はやらない人だと聞いている。
思い立って手にしてみるが、見覚えがあるのかさえもはっきりとはしなかった。
それにしても静かな屋内。
本当に今彼がここにいるのか疑いたくなる。
ここにいなくてもいいと思ったりもする。
もう少し、過去との感傷に浸っていたいから。
- 36 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月12日(火)21時51分01秒
- 主なる作業場である土間の隣に位置するこの工房の本館は、トイレに洗面所、広い書庫とそれにつながっている応接間、そして湯沸し程度しかない台所に区切られている。
希美は作業場の入口まで戻り、あらためて廊下の前で靴をぬぐ。
みしみしと音をたてる床張りに希美は少し緊張する。
書斎の奥にあったビジネスデスクにも鴇羽は座っていなかった。
希美は廊下の先に目をやる。
緊張は緩めることができずに。
台所に顔を出すと、彼は無精ひげの頬をゆがませて笑っていた。
わざと静寂でいるという、子供らしい遊び。
無論、かわいいなどとは思えない。
- 37 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月22日(金)22時02分00秒
「久しぶり」
彼は目をあわせて笑いかけてきた。
狂気をはらんだ目つき。深い目元の隈。
そして、数分前と同じように嗅覚へと達する感覚。
「元気?」
「私はね。
それより、ちゃんと食べてるの?」
希美は相手の様子をうかがいながら問い掛ける。
「昨日だったか・・真琴とあさ美が連れ立ってきた」
鴇羽はシンクによっかかるように両肘をのせていて、目の高さは希美が上にあった。
「そんなことよりさ…」
鴇羽が体を起こし、希美に一歩足をふみだす。
ただそれだけなのに、希美は何か身構えてしまう。
単に身長差だけでなく、それとはまた別の何かが場に緊張を呼び起こす。
「希美さん・・」
その感覚が何なのかは、次の瞬間までわからなかった。
鴇羽がもう一歩近づいてきた時に察することができたのは、ただそれが平常ではないということだけだった。
- 38 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月22日(金)22時04分13秒
はじめから鴇羽は桔平に似ていた。
カヲリがぶかぶかの作務衣を着せた時よりもっと前に、そんなことわかっていた。
それでも裕子がそうと口に出した時、希美は息をのんでしまった。
「お父さんによく似た子やね」
ただその時は裕子の桔平に対する愛情のほうが希美には重く響いた。
鴇羽が大きくなって、それはつまり裕子の出所の頃、希美は向き合うことを恐れるようになった。
カヲリの動向は殊更気にしてなどいたのに、鴇羽のほうが世界を広げていった。
普通の母親がもつ感覚と似て非なるものだと、自分では思っている。
本当はそのものずばりなのかもしれないけど。
- 39 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月22日(金)22時04分54秒
臭いという感覚は不思議なもので、普段全く認識していないのに、突然感覚を察知するものだ。
目も耳も、意識せずとも認識しているのに、である。
1mで向き合った瞬間、香水や石鹸、汗や大蒜が感じ取れる時がある。
部屋に入った瞬間から、嗅覚と触覚の冷感が希美を緊張させ続けていたはずなのに、避けられない絶大な感覚が今までのを覆いつくしてしまう。
カヲリの匂いは彼女の最も大きな武器だった。
希美はそれを思い出したりもした。
唇を奪われるまでの、瞬間の走り。
サーキットは警告で自らをとめようとしていた。
- 40 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月01日(月)00時33分00秒
- 「むんっ・・ん、や・・やあぁぁ・・」
台所の真ん中、壁も何も背にしていないところで、希美は押さえつけられていた。
ワンピースの背中に大きな手がのびる。
唇も何も噛み切れずにいる。
力でかなうはずもなく。
無我夢中。
五里霧中。
しかし思いがけず二人は離れる。
彼の顔に目を向ける間もなく、再度強引に壁に押さえつけられる。
息は荒く、こちらを見据えている目は血走り、今度はきちんと香水の匂いがしていた。
シンクの蛇口から水が一滴たれた。ぽたっ。
- 41 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月14日(日)04時19分04秒
- 吸血鬼ドラキュラに首筋を噛まれた乙女は気を失って倒れる。
再び起きた時は彼女も生き血を求める。
しかし、重要なのは肌に伯爵の牙があてられる直前。
彼の吐息はミントのように冷たい。
それは息を殺しているからではない。
それは冷血であるからでもない。
それは、思いを秘めた吐息。
思いをこめてはならない。彼女に気づかれてしまう。
完全に隠し去らねばならない。それも気づかれないため。
ハ
その吐息は伯爵の牙が乙女の肌にあたった瞬間、熱をもつ。
それこそが激情。決して非常ではない、孤独な城主の想い。
ハ
だが、女は非常なもの。
少女も乙女も熟女も老婆も、自分が弱い存在であることを知っている。
肩口の露出したドレスを着ていたことは、彼女の過失。でもそうじゃない。
ハ
なぜか彼女は神にすがる。
無敵の十字架は、普通の男にはきかない。
ヴァンパイアに覿面だからこそ無敵なのだ。
- 42 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月14日(日)04時30分59秒
- 案外、あっけないものだった。
‘お母さん’
偶然のその一言で彼は退いた。
もちろん、そんな単純なものではないと思う。
ただ事実として、彼は今、左手で額をおさえ、うつむいている。
とっさに動けなかったのは、桔平の姿が重なったため。
その言葉を発したのは、裕子の顔が思い浮かんだため。
笑っちゃう。
希美は裕子を思って‘お母さん’と言ったのに、それで鴇羽が希美のことを認識するだなんて。
ほんと、笑っちゃう。
- 43 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月14日(日)04時32分16秒
- こみあげてくるおかしさに希美は口許をゆるめ、静けさの中で無気味に響く。
背を向けた少年、振り返らずに長い廊下を走り去る。
希美はそれを眺めながら、徐々に声のトーンを下げる。
笑い声がしゃっくりのようにひくつく。
涙はなく、それは瞳を潤ませることもなく、ただただ手先が痺れていた。
もう触れていた感覚も無い。
あるのは手の痺れとわずかな香水の残り香だけ。
- 44 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月14日(日)04時32分57秒
- 台所に残された希美は、右の人差し指を唇に運ぶ。
口紅にしっとりと触れる。柔らかい感触。
少しでも女としてみられていたことに、何故今まで気づいてこなかったのだろう。
気づいてやれなかったのだろう。
そう思った瞬間、希美の中に新たなる感情がおこる。
気づいてやれるはずがなかった。
自分は母親と見られようと努力をしてきた。
それなのに、そんなこと、気づいてやれるもんか。
本当は鴇羽の中に桔平を見てしまった自分に対して腹を立てているのかもしれない。
そう考えようとする自分を封じ込めるように、希美は二の腕の脂肪に食い込むように引っかかっているハンドバックの紐を掴む。
「私の唇、返してよ!」
希美は無人の廊下に白いバッグを投げ込むと、その場に泣き崩れた。
- 45 名前:名無しさん 投稿日:2002年04月14日(日)04時34分41秒
━━━━
「‥‥うん、今年も届いたの」
充代からの電話。
最近、充代とは直接会う機会が少ない。
彼女と出歩くことが段々と少なくなっているから。
「それでね、去年とった賞なんて直筆で列挙してるの
知らされなくても、こっちは全部知ってるのに」
希美の右手には受話器、そして左手には一枚の葉書。
それは数日前に届いた鴇羽からの年賀状。
彼からの唯一のコンタクト。
彼と希美をつなぐ、ただ一つの絆。
「“裕子さんにもヨロシク”だってさ」
希美は微笑んで言葉を発しても、電話は音声以上を伝えない。
剥き出しにされた声だけが伝われば、自分の感情はそのまま相手につたわる。
それに気づいて、希美は慌てて話題を変える。
「そうだ、充代さん。
私、今年で30でしょ」
そう言って、充代が相槌を打つ間に、あの時の母親の年を越したことに気づく。
「それで思ったんだけどね。
……お見合い、してみようかなって」
Fin.
- 46 名前:作者 投稿日:2002年04月14日(日)04時36分41秒
- いかがでしたでしょうか。
「紅緋色の花アナザーストーリー」は以上で終了となります。
まずが原作者さんに敬意と感謝を。
この原作があったからこそ初めて筆をとろうと思った、私にとって思い出の作品です。
ここまで拙いながら何とか書きあげることができたのも、全てこの作者さんのおかげです。
もうここにはいない方なのかもしれませんが、ともあれ稚拙ながら本稿を献じたいと思います。
1999年夏に2ちゃんねる娘。板で書き出して以来、3年弱。
2ちゃんで2本、飼育で2本、計4本のスレッド。
最長3ヵ月のブレイク。
第一章は夏の間に書き上げたものの、その後だらだらと長引かせてしまいました。
- 47 名前:作者 投稿日:2002年04月14日(日)04時37分16秒
- 途中からは先の筋も考えずにノリだけで書くという、まさに‘1人リレー小説ユ状態に陥っていました。
徒然小説などと称して連載していましたが、本当に2ちゃんではできないことです。
こんなんでも削除しないでいてくださったmseek管理人・顎オールスターズ氏にも感謝の意を。
そして、ここまでお付き合いくださった読者の皆様にも。
そのうちここのあぷろだが復活したら、きちんと整形してあげようかとも思っています。
基本的にネタ職人なのでこの名作集でお会いする機会はそうないかもしれませんが、どこかでまたお会いできるよう祈りつつ。
2002年 春
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