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島の人びと

1 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)01時55分31秒
短編集です。以前某サイトで書いたものに手を入れたものです。未発表のものもあります。
2 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)01時56分53秒
(1)
 夏の終わりのある日のことだった。また、あたしに家庭教師がつかなくなった。うれしいな。だって
勉強もあのせんせ〜も嫌いだもん。でも、そのことで家中大騒ぎ。圭織姉ちゃんは家族を集めるはめに
なっちゃった。
「かおり、思うんだけど…。あの二人、仲良くなり過ぎだと思うの…」
「あの二人の交際には反対だべ。まして結婚なんて考えたくもないべ」
「エロ家庭教師の血を我が家に入れるわけには行かないわよ!」
「だいいち、あいつはよそ者じゃあねえか。島の人間以外は一家の一員にはなれないのが我が家の掟だ
ぜ。死んだ爺ちゃんの口癖を忘れたのかよ。キャハハハ!」
「………」
3 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)01時57分36秒
(2)
「あのピンク気違いがいると眼がチカチカするのれす。それに、家中がうんこくさくなるのれす」
「どうしてあのアニメ声を毎日聞かなあかんねん。耳が破れるわ」
「みんながそう思うなら、あたしもそう思うよ〜」
 みんなの意見は同じだ。家庭教師の梨華せんせ〜を一家の一員としては認められないこと。二人の交
際・結婚はダメだ。でも、具体的にどう手を打ったらいいのかってところでもめた。なんかいい案はな
いかなあ。ガタッ、と音がしたぞ。こういうときにいいアイディアを出すのは…。
4 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時00分09秒
(3)
「この問題を簡単に解決する方法があるわよ!」
 圭姉ちゃんが立ち上がって口を開いた。なんだろう?
「あたし、射撃に自信があるわ!あの色ボケ家庭教師を撃ち殺してしまえばいいのよ!」
 そのアイディアいいなあ、と思ったけど、あたしたちは少数派になってしまった。なぜ?
5 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時01分03秒
(4)
「どうせ、あの二人は長続きしないっしょ」
 今度はなっち姉ちゃんだ。
「だったらしばらく好きにさせればいいっしょ。とりあえず、どこかに部屋でも借りて二人を同棲させ
ればいいべ。すぐに冷めて別れるに決まってるべ」
 なっち姉ちゃん、よくわからない。
「あんた本気でいってるの?そんなの駄目よ。ふしだらすぎるわ」
 なっち姉ちゃんの提案は、圭織姉ちゃんが没にしてしまった。
 とにかく、家族会議はもめにもめて、まとまらなかった。結局、圭織姉ちゃんは、梨華せんせーをク
ビにすることでこの問題を片付けた。理由も知らされずお役ごめんを言い渡された梨華せんせ〜は、深
夜、こっそりこの家を出て行った。ざまみろ。
6 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時02分34秒
(5)
 恋人に出て行かれたよっすぃ〜は、いかにも悲しそうにしていた。食事の最中、無表情から突然キレ
出し、暴れたかと思うと、今度は大粒の涙を流した。あたしたちはそんなよっすぃ〜の相手をしなけれ
ばいけなくなった。普段はすっぴんで、ボーイッシュな格好しかしないくせに、その日のよっすぃ〜は
薄化粧に地味な、陰気な感じのするデザインのドレスを着て、見事に悲劇のヒロイン役を演じていた。
「泣かないで。すぐに素敵な人が見つかるから。恋は星の数だけあるのよ」
 圭織姉ちゃんはありきたりの言葉をかけて、なぐさめようとした。優しいお姉さん役だね。梨華せん
せ〜を追い出して、二人の仲を引き裂いた張本人なんだけどな、圭織姉ちゃんは。
7 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時03分59秒
(6)
 なっち姉ちゃんは、なっち姉ちゃんで何か熱く語りかけてる。時分に酔ってる気もするけど。
「愛というものは素晴らしいものだべ。美しいものだべ。愛には家も島も関係ないっしょ。人はみな自
由に恋愛する権利があるべ。愛の下では人間平等だべさ」
「………」
 なっち姉ちゃん、何か変な本でも読んだのかなあ。その理屈だと、よっすぃ〜と梨華せんせ〜がくっ
ついてもいいことになるよ。でも、真っ先に結婚に反対したの誰だっけ。
8 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時04分49秒
(7)
 圭姉ちゃんはどこにいったの?バタンとドアが開いた。あ、登場だ。何か振り回してるよ。回転式の
ピストル、S&Wだ。むかし、お巡りさんが使ってたやつだね。いいなあ、あたしも欲しいよ。
「あの色黒がこの家の敷居を再び跨ぐようなことがあったら、あいつに鉛玉を食らわせてやるわ!」
 かわいい妹に手を出されて、怒り爆発って感じのきょうだい役だね。何でそんなことしてるか誰にも
わからないけど。
9 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時06分19秒
(8)
 やぐっつあんは、ドラマチックなことが大好きだから、よっすぃ〜の話を聞いて、もらい泣きなんか
してる。人情派だね。
「もう私の人生めちゃくちゃよ。みんながよってたかって…。涙が止まらない…」
「よっすぃ〜も大変だよな。今夜はおいらの胸で泣けよ。ううう、おいらまで悲しくなってきたぜ」
 そうかと思うと、今度は部下たちを集めて何か指令をかけてる。やぐっつあんは船乗りたちの親分だ
から、島の船乗りたちはみんな言うことを聞くんだね。
10 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時08分24秒
(10)
「おい、お前ら、あのブリザードが再び島に帰ってこられないようにしっかり警備し
ろ。ののたちは桟橋、あいたちは町の門で見張りにつけ。ミカ、お前はよっすぃ〜が
変な行動しないように監視しろ。お前らは…」
「あいあいさーなのれす」
「了解やで、親分」
「イエス、サー!デース、ボス」
11 名前:訂正 投稿日:2001年09月04日(火)02時09分34秒
>>10は(10)ではなく、(9)です。
12 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時10分44秒
(10)
 あれ?ののちゃんとあいちゃん、あんなところで油売ってるよ。怒られても知らな
いぞ。
「あいつを見つけたら、こう関節技をかけてやるのれす」
「そんな面倒なことせんでもいいやんか。とび蹴り一発でOKやん」
「お前たち、何サボってんだ!ととっと配置につかんか!」
 今度は恋路の邪魔する悪役を演じてるよ。これじゃあ、よっすぃーの味方なのか敵
なのかわからないね。やぐっつあんは面白い人だ。
13 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時15分21秒
(11)
 何もかもが面白かった。あたしたちはこの茶番を完全に楽しんでいたんだよね。梨
華せんせーがこの家から追い出されて何日もたってたある日だった。その頃、よっす
ぃーは食事中に発作を起こして目の幅一杯に涙を流すことはしなくなってた。みんな
がこの劇は終わりだと思ったときに事件は起こった。よっすぃー宛てに一通の手紙が
届けられたのだった。
14 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時16分28秒
(12)
  「愛するよっすぃ〜へ
   この前は勝手に逃げ出してごめんね。。。。でも、今度必ず迎えに来るから。
   だから私に会えなくても落ち込まないでね。ポジティブ、ポジティブ。
   私、よっすぃ〜と見たこの島の星空忘れないよ。 (#´▽`)´〜`0 )
 あなたの梨華より(^▽^)」
15 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時17分31秒
(13)
 梨華せんせ〜からの手紙をもらってあわてたよっすぃ〜が、圭織姉ちゃんにこの手
紙を見せたから大変なことになった。このドラマの第二部の始まり、始まり。ってい
うかさ、周りから付き合うのを反対されてるときにさ、恋人からの手紙を家族に見せ
るようなこと、普通の人はしないんだけど。そこまでして悲劇のヒロインにこだわる
かなあ?
16 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時19分02秒
(14)
 やぐっつあんは、また船乗りたちを集めて何か言ってる。
「今日明日あたりに、あの体臭女がこの島に再びやってくるらしいぜ。断固阻止する
のだ!」
「えい、えい、おー!」
「そこで今回も島中の警備につけ。だが、さらに用心する必要がある。人手をもっと
集めるのだ!」
「それは無理なのれす」
「無理とはなんだ。お前ら根性ねえな、船乗り魂を忘れたのかよ。キャハハハ!」
「島の船乗りはみんな集まってるで、親分。これ以上人を集めるのは、物理的に不可
能なんや」
17 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時20分01秒
(15)
「しゃーないな。なんかいい手はないのか?」
「ボス、ワタシノ友達、ココナッツ島ニ沢山イマース」
「よし、ミカ、お前はココナッツ島から援軍を連れて来い。おいらは、裕ちゃんに手
伝いを頼んでみるぜ。裕ちゃんのことだから喜んで人を貸してくれるぜ」
 祐ちゃんは、もともとこの島の人で、今は他の島に住んでいる。あたしたちみんな
裕ちゃんのことが好きだし、裕ちゃんもあたしたちのことを好きだ。そして裕ちゃん
とやぐっつあんは大の仲良しだ。そういうわけで、今まで以上に、島は厳しく警備さ
れた。
18 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時21分25秒
(16)
 パン、パンと子供の紙鉄砲のような音がする。庭で、圭姉ちゃんがピストルを発射
してる。薄手のベニヤ板を人の形に切り抜いて、標的の代わりにしてる。撃ち終わる
と回転銃に油をさし、弾を込めながら言った。
「六発中、四発心臓に命中ね。まあまあね。今度は全弾命中させるわよ!」
 ダメだよ、圭姉ちゃん。心臓じゃなくて足を狙わなきゃ。足を撃って、逃げられな
くしてからとどめを刺したほうが確実だよ。
19 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時22分17秒
(17)
 なっち姉ちゃんは前と同じように愛について語ってる。まるで愛の伝道師だね。
「愛は何物にも変えがたいべ。愛より美しいものは存在しないべ」
「………愛?…」
「愛はすべての障害を乗り越えるべ。よっすぃ〜もそう思うっしょ?」
「………」
「だからよっすぃ〜も愛の力を信じるっしょ!すべてを捨てて梨華のもとに飛んでい
くがいいべ!それが出来ないんだったら…」
「…出来ないんだったら?…」
「悲劇のヒロイン気取りはやめるだべさ!」
 なっち姉ちゃん、名演技だね。かわいい妹より愛の理論が大事な愛の伝道師役!
20 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時23分46秒
(18)
 よっすぃ〜はすっかり傷ついて、屋根裏部屋に閉じこもってしまった。
「みんなで私をバカにして…。ごっちん以外、誰にも会いたくない…」
 あたしだけが指名された。家族の中で、誰の味方もしなかったのはあたしだけだっ
たから。食事の時間になったから、よっすぃ〜の食事を持って屋根裏部屋に行った。
部屋は真っ暗、電気をつけてない。なんかホコリくさくて、クモの巣が張ってる。
21 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時25分09秒
(19)
 そんな暗闇で、よっすぃ〜はラジカセで中島みゆきを聞
いている。涙を演出効果ばっちりに流して、体育座りをしてた。なんか話し掛けられ
そうになかったから、食事だけ横に置いた。よっすぃ〜は無表情でお皿をとって食べ
始めた。食事の途中も大粒の涙が止まらない。時々涙が止まるから、そのときに食べ
物を口に運ぶんだよね。でも食欲だけは相変わらず。あたしが持っていった食事は全
部平らげた。カルボナーラを三人前、ゆで卵を五個、バナナ一房、大盛りのツナサラ
ダ、かご一杯のベーグル…。

 =完=
22 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)02時31分18秒
今度は目先を変えてみます。これも某サイトで書いた作品のリメイクです。
23 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月04日(火)02時36分14秒
(1)
 あいつはいい奴だよ。えっ?趣味悪いって?そりゃぁさ、ぶっきらぼうだし、頭も
よくはないし、服のセンスだってよくないよ。でも、あいつは優しいんだ。これはあ
たしだけが知ってる。誰にも内緒。あの時だって…。
24 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月04日(火)02時39分45秒
(2)
 日が、針の幅だけ日々短くなっていく。日差しも真夏のものより柔らかくなってい
る。少しは過ごしやすくなった九月の午後。教室に差す西日は、ブラインド越しに彼
女の顔に陰影をつけている。少し前まではこの横顔が視界にあるだけで幸せだった。
願わくば二人きりでいられたらと思っていた。今はまさしくその状況。けれども、今
は彼女の顔を見ているだけでもつらい。原因はわかりすぎている。すべて俺のせい。
彼女がくれたチャンスを生かせない俺の責任。
25 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月04日(火)02時41分48秒
(3)
「何で石川まで教室に残っているんだよ」
「文化祭の企画書を書かなくちゃいけないから」
「運動部のレギュラークラスは文化祭ノータッチのはずだろ?そんなのいいから部活
行けよ」
「高校生活最後の文化祭だからね、頑張らなくちゃ」
 俺は夏休みのホームワークを忘れた罰として、強制補習をさせられている。優等生
の石川がそんなものに付き合う義理はない。企画書だって誰かほかの人が書けばいい。
だから石川が教室に居残らねばならない理由など何もないのだ。彼女の意図は見え見
えだ。それがわかるのがつらい。
26 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月04日(火)02時43分59秒
(4)
 日が落ちた。初夏の頃に比べると、ずっと暗い夕暮れ。二人で歩く帰り道。石川と
一緒に帰るのが夢だった。実現するなんて思ってもみなかった。でも、いざ実現して
みるとそんなにいいものじゃない。まるで蛇の生殺しだ。俺は彼女の期待にまったく
応えられていない。俺は石川の事が好きなのに、石川も多分俺の事を好きななのに、
俺は何もしていない。そんな自分が嫌だった。
27 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月04日(火)02時45分15秒
(5)
「ねえ、聞いてる?」
「う、うん。聞いてるよ」
「何を?」
「だから秋の大会のことだろ?」
「違うよ、去年卒業した保田先輩の話なんだけど…」
「ごめん、ごめん」
「最近変だよ。何か考え事してる?」
 まさしく考え事の真っ最中だ。
「いや、何も」
「ならよかった。なんか好きな人でもいるのかなあと思ったから」
 俺の好きな人はすぐ隣にいるよ。ほかに好きになる人なんていないよ。
28 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月04日(火)02時46分58秒
(6)
「俺は熱血テニス野郎だぜ。ラケットが恋人なのさ」
 何を言っているんだ俺は。どうして意思に反することばかり言ってしまうのだ。
「後藤さんがあなたの事好きみたいだから。あなたも、と思って…」
 どうしてここであの女の名前が出てくるのだ!?
29 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月04日(火)02時49分32秒
その後、俺はどうやって帰ったかは覚えていない。気づいたらすっきりしたくて、
シャワーを浴びていた。こうやってさっぱりすれば何とかなるんじゃないか、と。で
も……
 使い古しの石鹸を見て誰しも思うことがあるんじゃないだろうか。使い古されて小
さくて使えなくなってしまう。おいおいどうするんだよ、と。結局のところ新しい石
鹸をおろして、それとあわせてしか使えない。そんな役立たずな存在なんていらない
のではないのかと。
30 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月04日(火)02時50分43秒
(8) 
 今の俺はちょうどそんな存在なのではないのか。優柔不断で、箸にも棒にもかから
ない。ともかくそんな自分がたまらなく許せない。やるせない。シャワーを浴びても
悪いほうへ悪いほうへと流れていってしまう。さっぱりなんてできなかった。この使
い古しの石鹸のような俺はどうすればいい。
31 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月04日(火)03時06分35秒
(9)
 俺の優柔不断さは筋金入りだ。俺と石川梨華は前からこんな感じだった。正確にい
うと、一学期からかな。彼女まであと3センチ。この距離が埋められない。俺は石川
が好きだ。彼女も俺のことを好きだろう。多分。そもそも、石川の方から近づいてき
たのだ。一学期、席替えがあって、隣りの席になった石川が話し掛けてきた。それま
で、彼女は高嶺の花だった。彼女を見ていられるだけで、同じく空気を吸えるだけで
幸せだった。それなのに…。彼女がくれたチャンスを生かせない俺は…。
32 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月04日(火)03時13分34秒
(10)
 今思い出すのは中学時代のことだ。数学の補習を受けていた俺は、さっきの石川の
ときと同じシチュエーションにいた。相手はさっき出てきた後藤だったけれど。あの
時彼女は何をしていたんだっけな。
33 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月04日(火)03時14分54秒
(11)
「xy=-4 のグラフってどういう形なんだ、後藤?お前、数学は得意だろ。教えてくれ
よ」
「自分でやりなよ。そうしないと補習の意味がないって」
「頼みます、後藤先生。ここにいるのは俺を助けるためだろう。うん、きっとそうだ
よ。そうに決まってる。心優しい後藤様は…」
「えー、わかったよ。でも、双曲線はよくわかんないんだよね。それよりさ、この状
況ってなんだか刺激的じゃん?男女が一つの部屋にいて」
「そんなの問題じゃないだろう。今俺にとって刺激的なのは、xy=-4 のグラフってど
ういう形かっていうことだ。そしてそれをお前が手助けしてくれることだ」
34 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月04日(火)03時16分04秒
(12)
「あのさ」
「何だ」
「ううん。何でも。けど…」
「けど?」
「私、反比例の関係はやっぱりわかんないんだ。だから、教えてあげられない」
 彼女は寂しそうな目をしていた。そのとき俺は彼女が一体何を言いたかったのか。
実はよく分かっていた。
 俺が、彼女の気持ちに気づいていないふりをしていたこと。それより何より、今の
関係がなんらかの原因で壊れてしまうのが怖かったこと。あの頃から俺は臆病で決断
力がなかった。
35 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月04日(火)03時26分58秒
なんか修正しながらUPしていたら時間がかかってしまいました。
続きは次の機会にいたします。眠い。
36 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月04日(火)22時18分41秒
最初の話いいね。
あなたの狂気がにじみ出てるよ。
37 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月06日(木)00時24分07秒
(13)
 ぼんやりとそんなことに思いをめぐらせていると、今から中年男の叫び声が聞こえ
る。親父が野球中継を見る光景が目に入ってくる。どれ、俺も一緒に広島を応援する
か。
「外角のスライダー。三振!!」
「今のはねー、その前の内角のボールの残像があったから、踏み込めなかったんです
よ。もっと踏み込まなきゃダメですよ」
 アナウンサーと解説者のやり取りが聞こえる。

 踏み込まなくちゃ、踏み込まなくちゃ、踏み込まなくちゃ。ダメですよ、ダメ、ダ
メ…。うるさい。
分かってるよ。だけど、だけど、だけど…。
 俺は逃げるようにテレビの前を離れた。
 
 そのとき、電話が鳴った。
38 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月06日(木)00時25分56秒
(14)
 受話器をとる。次の瞬間、俺の淡い期待は打ち砕かれる。
「秋澤さんのお宅でしょうか」
 女の声だ。俺と同い年くらい。俺の家に電話をかけてくる女の子は後藤くらいしか
いないが、後藤の声ではない。もちろん期待通りではさらさらない。
「は、はい」
 親父の仕事関係でもなさそうだし、誰だろう。
「大君はいますか」
「は、はい、本人ですが」
 俺宛か?俺はすべての可能性を思い浮かべてみた。ある程度の見当をつけてみる。
そして、たいした用事ではなかろうと結論付けたのだった。俺は続ける。
「どちらさんですかあ」
39 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月06日(木)00時26分41秒
(15)
「吉澤です」
「はあ?」
「同じクラスの吉澤ひとみですけど」
「よ、吉澤か!?」
 俺は、自分のシュミレーション能力に自信をなくした。吉澤が電話をかけてくる可
能性をまったく考慮に入れてなかったからだ。吉澤とは、同じクラスにいながら、ろ
くに話したことすらなかった。
「秋澤君、いま暇かな?」
 俺の予測能力の欠如がまた証明された。この台詞も予想できなかった。
「あ、ああ」
「だったら、今すぐ、駅前のファミレスに来てくれないかな」
「べ、別にかまわないけど」
「うん、じゃあ待っているね」
 嫌な予感がした。虫の知らせとでも言うのか。
40 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月06日(木)00時27分33秒
(16)
 俺は夜の住宅街を走った。五分ほどで駅前通りにつく。少ないながらも人がいる。
昼は相変わらず暑いからか、半袖の人がいる。夜は冷えるのか、長袖を着ている人が
いる。今は九月だ。そのうち、全国展開しているファミリーレストランチェーンの建
物が見つかった。鉄筋コンクリート二階建ての建物だ。一階は駐車場、二階は店舗。
稼ぎ時のずのディナータイムなのに、駐車場に車が少ないのが気になった。都会では
星はよく見えないはずのに、その日は何故か夏の大三角形がよく見えた。
41 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月06日(木)00時28分04秒
(17)
 夏の大三角形。はくちょう座のデネブ、わし座のアルタイル、こと座のベガ。あと
の二つは牽牛星と織女星ともいわれる。彦星と織姫って奴だね。やっぱり、あいつが
彦星であたしが織姫かな。うぬぼれちゃいかんって?そんなことはないよ。これ以上
ぴったりなキャストはないぞ。でも、年一回しかあいつに会えないのはイヤだな。今
日は珍しいね。星がよく見える。あいつがテニス部の夏合宿で見た高原の星空はもっ
ときれいだったんだろうな。その話をしてくれたあいつの瞳の輝きと同じくらい。一
緒に空を眺めていたかったよ。あいつの隣には石川さんがいたのかな。
42 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月06日(木)00時29分13秒
(18)
 七夕の伝説は中国の昔話。昔の乙女は弱かった。運命には逆らえない。でも、21世
紀の織姫は一味違うのだ。天の川だって越えていくぞ。好かれるためなら何でもして
みせる。あいつが嫌がるから金髪をやめた。服の趣味だって変えたよ。やる気なさそ
うなしゃべり方だって、少しは直ってきた。あっ、そうだ。これから電話攻撃を仕掛
けようかな。あいつの携帯にかけてもどうせ圏外だ。たまには家にかけてみよう。
43 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月06日(木)00時29分44秒
(19)
 何度電話をかけても、好きな人に電話をかけるときは緊張する。不安にもなる。あ
いつ、出てくれるかな。もしかしたら、隕石にでもぶつかっちゃって怪我でもしたか
な。ありもしないことを考えたりする。あっ、つながったぞ。
「秋澤さんのお宅でしょうか。後藤といいますが…」
「後藤さんですかぁ。ねぇねぇ、聞いてくださいよぉ。この前学校で…」
 妹の亜依ちゃんが出た。この子はしゃべりだすと止まらない。そこがかわいいんだ
けどね。でも、今日は亜依ちゃんの相手は出来ない。ごめんね。
「ところでさ、お兄ちゃんはいるかな?」
「お兄ちゃんなら、さっき、吉澤さんって女の人に呼び出されて駅前のファミレスに
いきましたけど」
44 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月06日(木)00時30分14秒
(20)
 よ・し・ざ・わ?あたしはその名前を聞いてあおざめた。よっすぃ〜はあたしの親
友。さばさばしてかっこいい。あたしのライバルの石川さんの親友でもある。あたし
と石川さんは全然合わないんだけどね。性格がまるで違うあたしたち二人と仲良く出
来るんだから、よっすぃ〜はすごい人だ。でも、問題はそうじゃない。よっすぃ〜と
あいつを近づけるとやばいよ。あたしが止められればいいけど。あたしは電話を切っ
て、そのファミレスへ走った。
45 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月06日(木)00時32分12秒
(21)
「いらっしゃいませ。何名さまでお越しでしょうか」
 階段を上って店に入る。この対応はなんだ。一人に決まっているじゃねえか。見て
分からないのか。これじゃあ、俺が店員をしたほうがましだ。
「いや、連れが先にきているんで」
「でしたら突き当たり曲がりまして左の席にいらっしゃると思います」
 何て適当な対応だ。まあ、いい。店員に言われたとおりに進むと、「禁煙席」と仕
切られたコーナーに吉澤の姿を認めた。
「よ、よう」
「まあ、座って」
 吉澤はメニューを手渡した。
46 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月06日(木)00時32分41秒
(22)
「注文は何がいい?」
「吉澤は?」
「私はコーヒー。君は?」
「お、俺はオレンジュースで」
 吉澤が少し手をあげるとすぐ店員がやってきて、注文を受けるとすぐに帰っていっ
た。すぐ近くで旧式のエアーコンディショナーが音をたてている。辺りを見渡しても
客の姿はまばらだ。俺はお冷に口をつけた。それにしても、どうして吉澤は俺を呼び
出したんだろう?
47 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月06日(木)00時33分29秒
(23)
 俺は吉澤をよく知らない。女子バレー部の部長かつ学級委員。女の子にしては長身
で、顔はCMタレント級だ。当然彼女に憧れる男は多い。ただ、人見知りというか、男
を拒絶するオーラのようなものを発していて、浮いた話の一つもない。そもそも、彼
女が個人的用件で男子生徒と話をすることすら滅多にない。だから、男子の間では、
良からぬ噂も流れていた。まあ、女の子の友達は多いみたいだし、部長や学級委員に
推されるくらいだから、悪い人ではだろう。以上が、俺が彼女について知っているす
べてだ。
48 名前:終わらない夏 投稿日:2001年09月06日(木)00時34分52秒
(24)
 我に帰ると、注文の品がテーブルに置かれていた。
「どうぞ」
 俺はまだオレンジジュースを飲む気になれない。
「じゃあ、先にいただくね」
 吉澤は、スティックシュガーを半分だけコーヒーカップに入れ、ティースプーンで
かき混ぜ始めた。彼女がコーヒーカップに口をつけたのを見て、俺もオレンジジュー
スを飲み始めた。果汁100パーセントのオレンジジュースは少し酸っぱい。店内を見渡
すと、少しは客が入り始めたようだ。グラスの中の氷は少し溶けていた。
49 名前:ボイルド・エッグ 投稿日:2001年09月06日(木)00時38分48秒
>>36
最高の褒め言葉です。素直に喜んでいます。

ここまで書いていうのもなんですが、吉澤はコーヒー駄目なんですよね…。

Converted by dat2html.pl 1.0