インデックス / 過去ログ倉庫 / 掲示板

夏の訪問者

1 名前:なないさん 投稿日:2001年09月04日(火)10時25分06秒
後藤主人公の青春ミステリーです。やたらと前振りが長いですが気にせず読んでくれるうれしいです。
2 名前:なないさん 投稿日:2001年09月04日(火)10時26分31秒
「クーラーは体に悪い。人類が類人猿から進化して五百万年、
そのほとんどをクーラー無しで過ごしてきた。発生学的にも
人類は熱帯に住む生物であり、高湿度高温度に対応できる生体システムを
所得している。日本の夏なんかせいぜい2ヶ月、気温もたかが知れてる。
これくらいの暑さに文句言って、あんたはアフリカに住んでいる人に対して
申し訳ないと思わないのか。そんな事で日本の温暖化に対応できるのか。
日本の拝金主義文化を改革できるのか。家にクーラーを入れないのは決して、
けちや偏見でなく、すべて真希ちゃんの為を思って、
私が考えた教育理念からの判断なの分かる?」

 母の職業は植物学者、
人類の歴史や生体システムに関する解説は、
まぁまちがってないと、おもう。
アフリカが東京より暑い事だって、
教えられなくても分かってるつもり。
私も夏が来る度にクーラーが欲しいと主張する訳もでもない。
ただ16年も生きてれば、たまには
「暑ちいなぁ〜」と一人事を言う事だってある。
母に聞こえる様に「クーラーがあればな」と女々しい事言ったりもする。
そんな時決まって母はいつも人類の歴史と、私に対する教育的指導だった。
私もいい加減反論する事は無いが、ほんとの理由は母の異常な低血圧だろう。
冬になると母は、家のありとあらゆる暖房器具を引っぱり出し、
家中をサウナかボイラー室の様にてしまう。
そう言う時の良い訳は、やっぱり夏と同じで、
やはり人類熱帯生息説を持ち出してくる
3 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月04日(火)10時28分41秒
 私は堀りかけた穴に、スコップをたてかけ、地面に腰を降ろして、
太陽をさえぎってるバナナの葉に大きく息を吹きかけた。
ベランダの鉄柵前には濃いバナナの葉影、地面から遙か下の電柱から、
蝉の暑苦しい声が聞こえてくる

 私が地面に腰を降ろしている事、バナナの向こう側が夏色の空である事、
蝉の声や車の音が下から聞こえてくる事。それらの事実を世間も簡単には
理解しない。クラスメイトも「庭が建物の一番上にある」という私の話を
冗談半分としてしか聞いてくれない。
三階建てビルの屋上全面が、土に覆われ庭になってることなど誰が信じるか
4 名前:なないさん 投稿日:2001年09月04日(火)10時29分28秒
 お祖父さんがこのビルを建てた時、私はもちろん生まれてなかった。
母だってまだ20才、国立大学農学部に通う女子大生だったという。
家を三階建てにできたのは、「梅園銀座商店街」と言う商業区域の表通りに
面していたから。その頃お祖父さんは
キリスト教関係の本を扱ってる小さな出版社をやっていた。
一階が書店、二階が編集所兼倉庫、三階がうち後藤家の住居
幼少の頃の思い出すと、屋上は、多分和風庭園になっていた様な気がする。
母が私を連れて出戻って以来、庭の風景がガラッと変わり、
お祖父さんが家を出た三年前以降から、和風庭園と言うよりも
熱川バナナワニ園と言った方がしっくりくる様な場所に様代わりした。
母の信念は「バナナは地球を救う」と言う物で、
研究の最終目的は熱帯多雨圏以外の場所例えば、
高山地帯や乾燥地帯でもすくすく育つ新品種バナナを栽培する事だという。
シベリアやチベットでバナナが栽培できれば、味覚的嗜好はともかく、
世界の食糧事情をいっぺんに変えてしまう程の大発明なんだそうだ
5 名前:なないさん 投稿日:2001年09月04日(火)10時30分57秒
 私は新宿に向かってひとつ背伸びをした。
庭の端の温室の前辺、今私が、スコップをふるってる場所に、
昔はひょうたんの形の池が掘られていた。
お祖父さんの目を盗んで鯉を釣り出入り禁止になった事もあった。
いつのまにかに鯉が居なくなり、池もすっかり埋まってしまった。
その池を又元に戻そうと思ったのは、夏休みが暇だったから、
コンクリートは有るし、水漏れしなければ金魚でも飼おうかな

 開いたままのドアに影が動き、汗でゆがんだ私の視界に、
ヨッスィがひょっこり顔を覗かせた。
高校に、はいってから同級生ではあるけれど、今でも同級生だよな?
本当の所はよく分からない。ヨッスィ事吉澤ひとみは
もう半年以上学校に来てない。私の家にひょっこり顔を出すのは、屋上のバナナ園と、
梅園銀座商店街前という立地条件の良さが理由らしい
「ごっちんさぁ、三階に行ったら、知らない男の人が立ってたよ」
煉瓦を積んだだけのベンチにひょっいと座り、ショートパンツの足を投げ出して、
ヨッスィは軽くあくびをした。
6 名前:なないさん 投稿日:2001年09月04日(火)10時32分49秒
「あの人誰なの?
「知らな〜い」
「家に知らない人いてごっちん平気なんだ」
「私は好きじゃないなあの人、私を見て鼻で笑ったのよ」
「そんな悪い人じゃないよ」
「そぅおぅ」
「あの人、そういう顔なんだよ」
「知ってるの?」
「和田さんだ」
「なんだ、知ってるんだ。ごっちん人悪いよ」
「新聞社の人、学芸部だったかな、最近何かと家に来るよ」
7 名前:なないさん 投稿日:2001年09月04日(火)10時33分34秒
和田さんが母の「バナナは地球を救う」と言う命題に
何処まで投資しているかは正直分からない。
それでも凄くバナナに興味あるらしく、
新聞の家庭欄に母のインタビュー記事を書いた事もあった。
母も大学が休みだから、恐怖のバナナフルコースをふるまう気になったのだろう。
8 名前:なないさん 投稿日:2001年09月05日(水)08時44分06秒
「ねぇごっちん....」と、ポロシャツの胸ポケットからたばこを取り出し、
のんびりと火をつけて、ヨッスィが言った「その穴、又バナナ植えるの?」
「池」
「はぁ」
「池だよ」
「池ってあの池」
「そう、昔ここに池があった。それを今掘り起こしている」

 いくら夕方とはいえ、屋上全面に広がるバナナの葉影は、確かに涼しそうである。
商店街の真ん中で、買い物ついでに寄りやすい。しかしヨッスィが何の理由で
家に来るのかが、私には分からない。
「同級生だから用が無くても遊びに来る」と言えばそれまでだろうが、
私の方に至ってはヨッスィに対して、「用が無くても会いたい」とは
一度も思った事はなかった。
9 名前:なないさん 投稿日:2001年09月05日(水)08時45分49秒
「すごいな、いよいよ本格的じゃん」
「何が」
「池を作って、ワニ飼うんでしょ」
「ワニなんて飼わないよ」
「ピラニアか」
「うんにゃ」
「だったら何飼うのよ」
「金魚」
「金魚!ごっちん、バナナ園で金魚飼ってどうすんのよ。ワニや海ガメとか、
 そういうかっけぇ物の方ががええと思うよ」
「うちはワニ園でもバナナ園でもない。池も暇だから掘ってるだけだよ」

その時、階段に足音がして、和田さんが汗を拭きながらドアから顔を出した

「真希ちゃん、電話だ」
「誰」
「女の子みたいだよ」
「名前は」
「聞いたけど忘れた。私は真希ちゃん友達なんか興味ないよ」
10 名前:なないさん 投稿日:2001年09月05日(水)08時46分37秒
 和田さんの持病は虚血性心疾患という難しい病気、運動はもちろん、
心理的ストレスも体に悪いというやっかいな病気だそうで、話を取り次ぐのに
相手の名前を覚えないのも体を気遣っての事だろう

「ごっちん、誰なの」
「間違い電話か予備校の勧誘だよ多分」

 ヨッスィが耳のピアスをゆすり、和田さんが顔を引っ込め、私は首の汗を拭って、
屋上庭園から階段の方へ歩いていった。
クーラーがないのも残酷だが、
今の時代にダイヤル式のコード付き電話なんか使ってるのは、
このうちくらいな物だ。
私は居間をまっすぐ歩き、「お待たせオルゴール」にのってる受話器を、
ため息と一緒に取り上げた。
11 名前:なないさん 投稿日:2001年09月05日(水)08時47分48秒
「今ね、センター街にいるの」
「ふ〜ん」
「出てこない?」
「どうして」
「どうせ暇なんでしょう」
「そうでもないよ」
「勉強?」
「まさか」
「それならいいじゃない。出てきなさいよ。
 急にごっちんの顔みたくなかったの」

 母はキッチンで腕を組んでいて、和田さんはソファで新聞を開いている。
屋上にいたはずのヨッスィも、なんのつもりか、ドアの内側に立ってキッチンを
覗き込んでいた。
 私は今に背を向け、窓から見える八幡神社の森に、ふっと息を吹きかけた。

「悪いけど、友達が来てるんだ」
「めずらしいね」
「まあね」
「だれよ」
「ヨッスィ」
「いやな奴」
「どうして」
「あの子ちょっと変」
「そうかな」
「何してるの?」
「池掘ってる」
「え?」
「こっちの話さ」
「出て来たくない訳」
「他にも人が来てる」
「へーえ」
「君の知らない人」
「どうでも良いけど、ねえ、私、久しぶりにゴッチンの顔が見いのよ」
「悪いけど......」

 私ははまた、遠くの森に目の焦点を合わせ、手のひらで隠した送話器に
意識的なため息を付いた。

「悪いけど出れない」
「どうしてよ」
「行きたくないんだ」
「でも.......」
「他の人呼び出してよ。私はもう、君の都合では動けないから」
12 名前:なないさん 投稿日:2001年09月06日(木)16時32分22秒


 梨華が電話の中で息の飲み続け、その気詰まりな音を聞いたまま、私は受話器を
耳から遠ざけた。向かいのビルにカラスがとまり、落ちきらない西日が
商店街の電柱を暑くあぶっている。私の頭からは濃度の高い汗が、
目に染みるほどあふれ出していた。

「真希ちゃん、私なら気にしなくて良いのに」

 受話器を置いた私に、新聞をのページをめくりながら、和田さんが言った

「なんですか」
「友達からだったんでしょう、出かければいいのに」
「私も都合があります」
「君も変わってるな、せっかくの夏休みに、友達の誘いを断って池堀とはね」

 池を掘ってるのはたんに暇だから、梨華の誘いを断ったのは、
彼女に会うと疲れるからだ。私が変わってると言うのなら、せっかくの休日に
母のバナナ料理を食べに来る和田さんだって、十分すぎる程変わってるよ。
 私は手のひらをパンツにこすり、ついでにシャツの裾で顔の汗を拭って、
扇風機の前に腰を降ろした。梨華の声が少し耳に残っていたが、
それは、それだけのことだった。

13 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月06日(木)16時35分05秒


「もう高校野球の時期か。毎年毎年ご苦労な事だね」

 新聞をたたみ、テーブルほって、和田さんがあくびをした

「真希ちゃんは、スポーツやらないの」
「学校体育だけ」
「テニスは」
「面白い?
「水泳やサーフィンは」
「興味な〜い」
「そうか、プロになるわけでもないのに、むきになっても仕方ないか、
いつも思うけど、何故スポーツだけ特別なんだろうな。努力しているのは
野球選手や相撲取りだけじゃない。サラリーマンだって職人だって、
みんな努力しているのにな」

14 名前:なないさん 投稿日:2001年09月07日(金)18時17分04秒
 母がキッチンでスレンレスのトレーを落とし、居間全体に、
まるでビルを倒すほどの音を響かせた。母は平然とカウンターの向こうに
腰を屈め、鼻歌を歌いながら警戒に作業を続行した。黙っていれば、落とした物は、
必然的に私達が食べさせられる。

「お母さん、何落としたの?」と、首を振る扇風機を透かして、わたしが言った。
「芋じゃない、焼き芋でしょ」と、カウンターに肘を付き、尖った鼻を突きだして、
ヨッスィが答えた。「吉澤さんね、これがさつま芋に見えるの。ニューギニアから
取り寄せたキャッサパじゃないの」

 キャッサパというは日本で俗に言うタピオカである。一見すると芋みたいな根は
煮ても焼いても食べられる。私は母から聞いて知ってるけど、
ヨッスィが知らなくても当然だ。たしかにこの頃は世に出回って来たけど、
まだまだ知らない人方が多いくらいだもん。今日の母はいつにもまして無駄に
気合いが入ってる
 母がカウンターの向こうに、背筋を伸ばし、不穏な目つきで、
じわりと部屋の眺め回した。着ているのは白いワンピース、
赤いバンダナを頭に巻き、日焼けした首に鯨歯のネックレスをぶら下げている。
サモアだがトンガだがへ、学術調査に言ったとき、村長から送られた
魔除けなのだという。
15 名前:なないさん 投稿日:2001年09月07日(金)18時18分38秒
「お母さん、そのキャッサパ食べるの」
「現地では地面に埋めて蒸し焼きにするのよ、落としたくらいで文句言わないで」
「うちはニューギニア?」
「真希ちゃん、さっさとシャワー浴びてきなさい」
「どうして」
「食事始めるの、和田さんが待ってるわ」
「まだ四時半だよ」
「面倒な子ねえ、食べているうちに時間なんて直ぐに経っちゃうわよ。
支度が出来ちゃったんだから仕方ないじゃない」

 ヨッスィが私の視界で、大きく頷き、和田さんも腰を浮かして
キッチンの棚に廻ってきた。「食べているうちに時間は経つ」という母の言い分に、
私以外全員、何故か納得してしまっているようだった。
 私は母に降伏の手を振り、扇風機の前を離れて、
キッチンから風呂場に歩いていった。池堀に飽きたこともあるし、
とりあえずは母に付き合い、夜は又祖父の店にでも行けばいい。
少なくとも、石川梨華に会って混乱するより、
いくらかは有意義な夜になるはずだ。
16 名前:名無し者 投稿日:2001年09月08日(土)23時06分41秒
いろんな意味で、期待大です。
読んでいるので頑張って下さい。
17 名前:なないさん 投稿日:2001年09月09日(日)15時08分30秒

 シャワーと着替えを20分で済ませ、居間に戻ってみると、
床の真ん中はもう無国籍な活況呈していた。広げた新聞紙の上に
五つほどの大皿が並び、取り皿やワイングラスやら、勝手な場所に雑然と散らばっている。
正式なバナナ料理は床に座って食べるそうで、もちろん箸やフォークは使わない。
普段料理なんかしない癖に、相手がバナナになると母も俄然むきになる。
18 名前:なないさん 投稿日:2001年09月09日(日)15時10分52秒

 ヨッスィが冷蔵庫から缶ビール持ってきて、母の隣に座り、開始の合図もなく
私達は晩餐に取りかかった。扇風機が回るだけの床に四人が集まった光景は、
何となく『正式』っぽい気もしてくる。問題はヨッスィは何のために家に来て
ちゃっかりうちの食事にありついたか、と言うことだった。

 テレビでは夕方のニュースが流れ、相変わらずお偉い先生方が
「どうやったら景気は回復するのか」って事をしかめっ面で語っていた。
誰も見ているわけではなく、盛り上がらない食卓における、
せめてものBGMだった

「なるほど、これが噂のフルコースですか。バナナの焼け具合が実にお見事です」

 並んでいるのババナの天ぷら、オープンでの包み焼き、スープ、
豚肉との合わせ煮で、和田さんにしても『お見事』としか表現の方法はないろう。
味付けは塩と胡椒と香草だけ。母の解説では、素材の風味を生かすことが、
バナナの料理の基本なのだという。
19 名前:なないさん 投稿日:2001年09月09日(日)15時19分30秒
>>16
どうもです。しばらくバナナ談義が続きますから、
事件が起きるのはまだまだ先なんで気長に読んでください。
20 名前:名無し者 投稿日:2001年09月10日(月)23時37分35秒
了解。しばらくROMってます。
21 名前:なないさん 投稿日:2001年09月11日(火)07時07分43秒

 並んでいるのババナの天ぷら、オープンでの包み焼き、スープ、豚肉との合わせ煮で、
和田さんにしても『お見事』としか表現の方法はないろう。
味付けは塩と胡椒と香草だけ。母の解説では、素材の風味を生かすことが、
バナナの料理の基本なのだという。

「おばさんねぇ、私、思うんだけど......」と包み焼きを手づかみにし、
缶ビールを口の前にかまえて、ヨッスィが言った。「何で煮たり焼いたりして
バナナを食べるの。普通に生で言いじゃん」

「君......」
和田さんが額の汗を拭い、口の端を歪めて、ふんと鼻を鳴らした。

「このバナナは調理用バナナなんだよ。食べれば分かるだろう」
「だけど見た目は、普通のバナナじゃない」
「味が違うんだ」
「どんな風に」
「分からないのか君」
「しょっぱくて、胡椒臭いだけだよ〜」
22 名前:なないさん 投稿日:2001年09月11日(火)07時08分50秒

「君ねえ、調理用バナナは完熟しても甘くはならない。ムサ・アクミナータと
ム・バルビシアーナの混雑三倍体品種で、デンプン質が多く残るせいだよ。
世界では果物バナナより、主食としての調理用バナナの方が
ずっと需要が多いんだ」

 どうせ母の受け売りだろうが、和田さんもなかなかの勉強家だ。
後五人くらい和田さんのような熱狂的なファンが母に付いてくれれば、
母の仕事もだいぶ楽になるのに

「和田さんね、今日は間に合わなかったの」、
ワインを軽く口に含み、にっこり笑って、母が言った。
「はぁ?」
「今日のバナナは、交雑三倍体ではないのよ」
「や、ですが.....」
「誰かが取ってしまったのね、大学の温室管理が悪くて、」
「しかし......」
「インドネシアのピーサン・アンポンと言う品種の若い実。
私も初めてだけど、以外に料理も使えるわ」

 和田さんが青白い頬に、たらりと汗を流し、テレビの画面を見ながら、
黙ってワインを飲み干した。扇風機の風が渡ってきて、
床に敷いた新聞紙があきれたように揺れ動く。
意味のない部分にも正直な母の性格は、娘として、別に不愉快でもない。
23 名前:なないさん 投稿日:2001年09月11日(火)07時10分55秒

「ふ〜ん、山崎直樹か、この先生、秋の都知事選に出るという噂です」
と、横目でテレビを眺めたまま、和田さんが言った。
「政治学者だったかしら、社会学者?」
「風俗学とか言ってましたね。どんな学問だが実際は知りませんが」

 テレビではその山崎直樹がジョギングをしていて、
走りながら女性アナウンサーにインタビュ−を受けている。
バナナの品種の議論よりも、今はテレビ画面に集中すべきだと、
和田さんと母は同時みに悟ったみたいだった。

「この人、最近よくテレビに出るわねえ」
「気さくそうな雰囲気が女性に受けています」
「大学は?」
「城南大ですけど、辞めたはずですよ」
「大学も派閥争いが激しいもの、うんざりしたんだわね」
「テレビに出た方が儲かりますからね、先生も露出してみてはいかがです」
「学者は研究だけしていればいいの、研究の成果をどう使うかは、
 別な人が考えれば良い事」
「私としては、ですね先生、バナナの有用性を
 もっと世間に知ってもらいと思うんですよ」

 ヨッスィがもぞりと尻を動かし、すね毛の薄い足を、遠慮っぽく横投げ出した。
バナナの有用性に興味ないのは、世間も僕もヨッスィも、理屈は同じ事だ
24 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月12日(水)02時01分54秒
これってネタ元あり?
それとも、オリジナルで登場人物名だけ変えたもの?
23レスの最後の行でちょっと気になったもんで
25 名前:なないさん 投稿日:2001年09月13日(木)01時53分13秒
「ほーんと、このうち、暑いよ」
とバナナの固まりを口に含んだまま、片目を見開いてヨッスィが言った。
「ここより絶対ハワイの方が涼しいよ」
「訓練が足りないだけなの。
 ご覧なさい。真希ちゃんなんか何とも感じてないわよ」
「ごっちん、そうなの?」
「知らないよ」
「ねえ、海いかない?」
「面倒だよ〜」
「親戚が沖縄に居て、遊びに行けるのよ」
「行けば良いんじゃない」
「ごっちん、いかない?」
「なんで?」
「夏休みだもん」
「行きたいときは一人で行くよ」
「薄情じゃない?」
「ヨッスィこそ学校どうするのよ」
「私、向かないみたい..」
「向く人なんていないよ」
「友達もできないし」
「うちには遊びにくるじゃない」
「ここ、は別」
「そうなの」
「ねえ、来週はどうするの」
「なにが」
「沖縄」
「ん....やっぱり気分じゃない」
私は食欲のない胃に、無理矢理にバナナとビール流し込み、
流れ続ける汗をそっと手の甲でふき取った。
今日のヨッスィはなんか用があるとしたら、沖縄への誘いと言うことか
26 名前:なないさん 投稿日:2001年09月13日(木)01時54分18秒
 それにしても和田さんはいつまで母とバナナの話題で時間をつぶすつもりか、
一応新聞記者だし、他に話す話題位いくらでもあるのに、それに未だに肝心な事
話して無いじゃない?母だってそんな気長に待つタイプじゃないんだよ
「ごっちん、今度うちの近くで盆踊りあるんだけど」
「いやだね、ああいうの」
「盆踊り嫌い」
「不自然だし」
「なんでぇ」
「無理に人集めたり、無理に盛り上げたり、何となく汚い気がする」
「ごっちんそれは考えすぎだよ〜」
「ほんと、ごっちんって面倒くさい性格してるよ」
和田さんが変な咳払いをして、グラスにワインを注ぎながら、
「真希ちゃんは、盆踊りを面白くないと思うかね?私は好きだな」
「私は嫌いです」
「真希ちゃん、今日は何人の人と会った?」
「さぁ」
「考えてごらん」
「母と、和田さんと、宅急便の人と、ヨッスィ」」
「四人だよね」
「はい」
「人間はね、一日30人の他人と会わないと、気が狂うという説がある」
「そうですか」
「有名な心理学者の研究だ」
「空論です」
「ほおう?」
「人工が二十九人しか居ない、小さな村があったとするでしょう」
「うん....」
「そうすると、その村人は、全員が狂うって事になるの」
「北海道に家族だけでやってる牧場があります」
「まぁ、そうかな」
「何日か家族の顔しか見ない日が続いても、誰も狂いませんよ」
「そうれはだな、つまり...」
「和田さん」
「うん?」
「簡単なことですよ」
「....」
「和田さんから見て、私の頭、おかしいように見えます?」
27 名前:名無しさん 投稿日:2001年09月13日(木)02時01分27秒
>>24
ええ元ネタはあります。だいぶマイナーな話ですが、個人的に好きな話だったので
娘。用に書き換えてみました。
28 名前:なないさん 投稿日:2001年09月19日(水)17時41分50秒

 母が私に小皿を差しだし、バンダナの頭を右に傾けながら、足先を小さく動かした
「真希ちゃん、今日の天ぷら、どう?」
「いつもと同じ」
「煮込みはうまくできたわ、このお肉ね、秩父の黒豚よ」
「普通の豚肉見える」
「真希ちゃん、少しは他人と協調しなさい。どういう遺伝子が入ってるのか、
 一回細胞遠心分離器にかけてみたいわ」
 私は、手づかみで『黒豚のバナナ煮』を頬張り、ペーパータオルで指を拭いて、
ビールを少しの度に流し込んだ。母が怒っていて、和田さんが困ったことくらい、
私にだって分かる。私だってこんなバナナ料理なんかさっさとパスし、
盆踊りはともかく、どこかへ出かけようと思ってるんだ
29 名前:なないさん 投稿日:2001年09月19日(水)17時48分05秒

「おばさん、私もう、お腹いっぱい食べ過ぎた」と、ビール飲み干し、
 肩を後ろに反らして、ヨッスィが言った。
「近頃の子供って食が細いのね」
「ごっちん、カラオケいかない」
「用がある」
「なんだ、そう」
「ちょっとね」
「デート?」
「夏休みだし」
「そう言う事、それで梨華ちゃんの誘い、断ったの」
  ヨッスィが鼻に皺を作り、唇を尖らして、、視線を素早く窓の外に、もっていった
 電話の声を聞いたとしても、内容は分からなかったはずで、
 相手が石川梨華である事を、どこでヨッスィは感づいたのだろう
「お母さん、私もう、お腹いっぱい」
  私は小皿とビールの缶を床に起き、汗の滲んでる胸に、
 扇風機の風を大きく抱き込んだ。
 空気に商店街の雑路が伝わり、窓の近くで、油ゼミが蒸し暑く鳴いていた。
 
30 名前:なないさん 投稿日:2001年09月19日(水)17時49分08秒

子供の頃は八幡神社の森にヒグラシも居た気がしたが、最近は声も聞こえない。
商店街の夜店も出なくなり、釣り堀屋も今じゃカラオケ屋に代わってしまった。
 ヨッスィが床の近くに尻をずらし、私も、場所をソファに移して、
テレビを眺めながら、それとなく新聞を広げてみた。
まだデパートもやってる時間だろう。金魚の下見でもしてから、
歌舞伎町あたりで映画を見るそれも悪くない。盆踊りにも心惹かれたが、
とてもヨッスィとは行く気にはならなかった。
母や和田さんに圧力かけなくても、状況は心得てるつもり。
ヨッスィさえこなければ、私だってもっと早く、
速やかに遠慮しようと思ってたよ
31 名前:なないさん 投稿日:2001年09月19日(水)17時55分05秒
第一章終わりです。二章は文章ファイル無くしちゃったので、ちょっと更新に時間がかかりそうですが、
気長に待ってください。と言ってもこんな長くて下手な小説何人読んでるか分からないけど、
二章からはヒロインも登場しますんで楽しみにしてください。

32 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月19日(水)23時59分25秒
気長に待ってます。
33 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月21日(金)23時41分28秒
読んでますよ〜。
気長に待ってますんで頑張ってください。
34 名前:なないさん 投稿日:2001年09月22日(土)12時18分07秒

今日は夕方まで寝てしまったみたい。辺りはすっかり薄暗く、
机に置いた扇風機が緩く生暖かい空気をかき流す。
私は風呂場に行って水のシャワーを浴び、それから家の戸締まりをして、家を出た。
夏休みに入ってからちょうど一週間、屋上の池を半分掘り起こしただけで、
それ以外に何をしたかと聞かれれば、正直な何もしなかったと言うしかないよな

 下駄履き屋の奥さんに挨拶して、花屋のお姉さんに呼び止められ、
そう言う義理を軽くこなしてたどり着いたのは、祖父がやってる『はりまや』だった。
厳密には祖父さんの彼女である彩さんがやっている小料理屋で、
祖父さんは彩さんのパトロン兼彼氏兼共同経営者と言うことだ。
彩さんの出身は北海道の札幌市、歌手を目指して上京したが挫折し、
上野のキャパクラで働いてた頃に、祖父さんと知り合った。
今は梅園銀座商店街から少し離れたアパートで同棲していて、
来年辺り子供を作る計画なのだという。
母も彼女については百ほど理由を並べてはいるが、
要するに母は自分より十近く若い彩さんが、生理的に受け付けないみたい

35 名前:なないさん 投稿日:2001年09月22日(土)12時19分12秒

「ちょうど良かった。真希ちゃん、カウンターに入ってくれない?
 洗い物を手伝ってよ」
 確かに店はかなり混んでいて、二つのテーブル席はすべて埋まり、カウンターにも、
四、五人の客が陽気に肩を寄せ合っていた。普段は将棋ができるほど暇なのに、
月に一度ほど『はりまや』も嘘みたいに混むことがある。
 私は店を横切って、カウンターに入り、流しにたまってる小鉢に、
とりあえず手をつけた。祖父さんはいつもの通りカウンターに座っていて、
客や彩さんを尻目に、のんびりと、冷や酒を飲んでいた。私は客には『マスター』と
呼ばせるくせに、実質的には一晩中意味もなく酒を飲んでいる、ただの居候でしかない
「彩さん大変だね」と、小鉢を洗いながら、隣でかつおを焙ってる彩さんに、
私が言った。
「全くね、水商売とはよく言ったわ。台風でもこなけりゃいいけど」
「マスターに手伝わせたら」
「邪魔になるだけ、お皿割ったり、鉢をこぼしたり、不器用ったらありゃしない」
「徐々にしつけたら」
「良いの、マスターは一種の縁起物なの、招き猫みたいな物よ」
「ご利益あるの」
「どうかしらね」
「くたびれた招き猫だ」
「たとえば?」
「だって、ねえ、私を幸せにしてくれたじゃない」
36 名前:なないさん 投稿日:2001年09月22日(土)12時21分47秒

祖父さんがカウンターの向こうで眉をひそめ、グラスを口に運びながら、
乾いたくしゃみをした。もう髪は薄く、入れ歯も合わないとかで、口の周りには
地割れのような皺が浮かんでいる。やっと洗い物が一段落しそうな時に
ガラス戸が開いて、新しい客かと思ったが、入ってきたのは以外にも、
目をしょぼつかせたヨッスィだった。ヨッスィは汗も浮かべず店を見回し、
スニーカーを引きずるような歩き方で、そっとカウンターに近づいてきた。
ヨッスィと『はりまや』に来たことはあっても、それはずいぶん前、
一度か二度のはずだった。
「電話したんだけど、ごっちん、家にいなかったらから」
涼しい顔であいてる椅子に座り、小鼻の横を手で擦りながら、ヨッスィが
屈強な肩をカウンターに乗り出させた。
37 名前:なないさん 投稿日:2001年09月22日(土)12時22分30秒
「ねぇ、ゴッチン何で携帯持ってないの」
「煩わしいから」
「別に良いじゃない、携帯くらいもってたって」
「ヨッスィ、ビール、飲む」
「そうね、せっかくだから一杯もらうね、ほんとは私、お酒弱いんだけど」
「で、どうしたの?」
「そうそう、ごっちん、梨華ちゃんの事聞いた」
「りかぁ....」
「石川梨華。ごっちん、仲良かったじゃない」
「別に、特別...」
「私もさっき知ったんだけど、梨華ちゃんね、一昨日の夜、死んだって」
「ねえ、よっすぃ、ヨッスィその話、ほんとにほんと」
「信じられないでしょ。私も聞いた時、本当だとは思えなかった」
「誰に聞いたの?」
「斎藤」
「斎藤....」
「一年生時同級だった斎藤瞳。夕方、コンビニで行き合ったんだ。
 新聞にも載ってると言われて、家に急いで帰って確かめたよ」
「つまり...」
「自殺だって」
「....」
「海に」
「ん....」
「ドボンだって、ごっちん、御宿って何処?」
「千葉の....」
「はぁ、千葉」
「房総半島の先」
「海なら東京にもあるじゃない、ねえ、分からない人だったけど、梨華ちゃんって
 最後まで 難儀な事してくれるね」
38 名前:なないさん 投稿日:2001年09月23日(日)08時38分12秒
 後ろのテーブルで客が騒ぎ、タバコの煙にゆがんだ店の空気が、
粘っこく天井のクーラーに流れていく。私の腕には鳥肌が浮かび、
いつの間にか背中には寒く、いやな汗が噴き出していた。

 思い出して、私はカウンターの棚に新聞を探し、たたまれていた今日の朝刊を、
大きく開いた。「何処だったか、下の方だよ記事、細かい記事で注意深く見ないと気づかないよ」
 しばらく社会面を眺め、私が見つけたのは、全国版の隅に出ていた十二行程の
小さい記事だった。梨華の顔写真はなく、見出しも『女子高生飛び込み自殺か』と
言う、素っ気ない物だった。二十八日早朝、御宿の海岸でつり人が
女子高生の水死体を発見し、警察に通報した。身元が分かったのは、
梨華が高校の学生証を持っていたからだという。『状況から自殺の可能性が高い』と
出ているだけ、具体的な内容は何にも書かれていなかった。

 一昨日の夕方、梨華とは電話で話をした。半年ぶりに突然の電話をよこし、
渋谷にいるから一緒に飲もうと言った。又梨華の気まぐれとと思い、私は、
誘いを断った。あのときの声の調子に、今の状況を私は理解できただろうか。
39 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月23日(日)23時48分02秒
ミステリーっぽく、なってきましたね。
バナナ談議も好きだったんですけどね(w
40 名前:なないさん 投稿日:2001年09月24日(月)11時44分20秒
「真希ちゃん、石川という女の子....」と私の肩に手をかけ、
後ろから新聞をのぞいて、彩さんが言った。
「よく一緒に来てた子でしょう。そう言えば最近見かけなかったわね。
ずいぶん綺麗な子だったのに」
「おう、あの派手な感じの、気の強い子か」
と、私の手から新聞を取り上げ、顔に老眼鏡を乗せながら、祖父さんが言った。
「ほほう、御宿の海で自殺....ずいぶん又思い切った事したな」
「若いのにねえ、もったいないことを」
「まったくだ、そりゃあまぁ、あんな美人そうは居ないし、
 事情があったにせよ、自殺までする必要はなかった」
41 名前:なないさん 投稿日:2001年09月24日(月)11時45分09秒
「真希ちゃん、心当たりがあるの」
「うん?」
「自殺の」
「どうして」
「仲良かったんでしょ」
「もう半年もあって無いよ」
「何か聞いてるんじゃない」
「なにかって」
「勉強に息詰まったとか、家庭にトラブルあるとか」
「半年も経てばそんなトラブル解決するよ」
「便秘がひどいとか、生理が不順だったとか」
「ふ〜ん」
「毛深いとか、いびきをかくとか」
「彩さんさ〜....」
「冗談よ、だけど真希ちゃん、あなたみたいに感受性豊かな人なら、
 何か気づいたでしょう」
「私は、別に...」
「冗談だってば」
「ああ、そう」
「だけど、本当に心当たり無いの」
「彼女は、自殺が似合うタイプでは、なかった」
 ヨッスィが大きくうなずき、ビールを煽って、僕に横目を飛ばしながら、
ちょっと舌打ちをした。
「難しい女の子だったと思うけど、ほんと最後までよく分からないよ」
42 名前:なないさん 投稿日:2001年09月24日(月)11時47分13秒
「よっすぃ、この『状況からは自殺の可能性が高い』と言うのは、どいう事」
「知るわけないよ」
「柴田は何か言ってた」
「どうだったかな、言わなかった気もする」
「何かは言ったでしょ」
「通夜じゃないの、あれは、今夜だって言ってたよ」
「他には」
「知らないよ、私、柴田と親しかった訳じゃないもん」
「今夜が、通夜なのか」
「私ねぇ、ほんと言うと、梨華ちゃんの事好きじゃなかったのよ、
 ごっちんも別れて世界だよ」
「彼女を嫌ってた人もいるけど、好きだった人もいるよ」
「ごっちん、まだ...」
「どうだか....だけどやっぱり、もう少し分かってあげても良かった」

 カウンターに戻っていた彩さんが、呆れたように肩をすくめ、
タバコに火をつけて、煙を長く天井に吹き付けた。
「真希ちゃん、お茶漬け、食べる?」
「やめておきます」
「私食べる、お腹減ってさぁ」
「ほおお、今年は秋が早く来るそうだ。この暑さからは、信じられんがなあ」
と、新聞に目をやったまま、酒のグラスを口に運んで、祖父さんが言った。
 
 私は残っていた洗い物を全部おえ、手のひらについてる水滴をシャツで擦って、
カウンターから出た。お腹は空いているはずなのに、不思議に食欲は感じなかった
「あれ、ごっちん...」
「母に夜遊びを止められてる。宿題もあるしね」
「宿題なんか出たの」
「出たよ、ヨッスィが学校に来ないから、知らないだけ」
「そうだけど...」
「こんな私でも、夏休みは結構忙しいんだ」
43 名前:なないさん 投稿日:2001年09月26日(水)19時36分52秒

 祖父さんが新聞から顔を上げ、彩さんが眉をしかめたが、私は三人の手を振り、
気づかれない程度の急ぎ足で、そのまま店を出た。夏休みが暇であることに
代わりはなくても、気分のどこかに胸騒ぎのような風が吹き始めている。
石川梨華の死が、何故これほど私を動揺させるのか、家に向かって歩きながら、
ずっと私は考えた。


44 名前:なないさん 投稿日:2001年09月26日(水)19時37分35秒

 スポ−ツセンターの北を幡ヶ谷側に抜け、一方方向を南に下ると、
道はカーブしながら代々木上原の駅に突き当たる。坂が複雑に入り組んだ住宅地で、
ほとんどの家は、道から門までを長い石段でつないでいる。街灯はまばらで暗く、
それでも蛾や羽虫が小さい明かりに湿っぽく群がっている。

 私は、車の少ない道を選び、梅園銀座から十分間自転車を走らせてきた。
梨華の家に寄ったのは二度だけでも、場所は覚えていた。親父さんは貿易商、
お母さんも荻窪で洋服と輸入雑貨のお店を開いていて、中学生の弟が居て
四人暮らしたっだ。

 車が一台通るだけの狭い路地に入り、石の堀づたい二百メートルほど進むと、
街灯の向こうに証明が錯乱した一画があらわれた、それが石川梨華の家だった。
鉄柵をめぐらした低い堀に白い鉄の門扉、二階建てのどの部屋からもふんだんに
蛍光灯の光がこぼれている。僕は門の前に自転車を止め、玄関にはまわず、
直接一声のざわめく庭に入っていった。芝生は几帳面に刈り込まれ、
庭木は不自然なほど少なく、水銀灯だけが明るく殺風景だった、その庭にも、
ガラス戸の取り払われた家の中にも、色彩の無い服を着た弔問客が
寄り集まっていた。

45 名前:なないさん 投稿日:2001年09月26日(水)19時38分16秒
テラス前で私に声をかけたのは、
黒い半袖ワンピースを着た中年の女性だった。梨華のお母さんではなく、
叔母さんか、お父さんの会社の従業員か、そんな感じの人だった

「梨華さんのお友達で後藤真希と言います」

 女の人が口の中で何か言い、腰をかがめたまま、リビングの奥に私を案内した。
ソファもテレビも片づけられ、フローリングに床に十人ほどの人がそれぞれ、
ビール瓶やジュースのコップ並べていた。台所にも隣の部屋にも人は居て、
そのくせ家中が奇妙に静まり返っている。戸や窓を開け放つの通夜の習慣なのか、
人数の都合なのか、考えても私には分からなかった。

 祭壇ができていたのはリビングの北側、記憶ではマホガニーのサイドボードが
置かれていた場所だった。棺桶には金糸の入った銀色の布が掛けられ、
左右に百合と蘭を盛った大型の生け花が活け込まれていた。
黒枠に収まった梨華の笑顔から、笑わない目がすねたように私を見返してくる。
制服を着た梨華の長い髪の写真も、棺の派手な布も息苦しく匂う花も、
梨華の死に対する実感は正直伝わってこなかった。
46 名前:なないさん 投稿日:2001年09月26日(水)19時39分16秒

 女の人に促され、私は棺を布の開いてる側にまわり、
膝を折って木の床に座り込んだ。のぞき窓から見える梨華の顔は、
頬も口も白い布に覆われ、出ている部分は鼻筋と閉じた目と広い額だけだった。
私はしばらく、自分の中に沸き上がるはずの感情に耳を澄ましていたが、
ざわざわとした不安が通り過ぎるだけで、説明できる感情は何も見当たらなかった。
涙も、怒りも、無防備な感情も、腹立たしい程感じない。私が感じたのは、
客観的な悲しみだけだった。

 五分くらい梨華の顔を眺めてから、私は両手を会わせ、
膝立ちで部屋のテラス方に向き直った。一度だけ会ったことのある梨華のお母さんが、
静かに会釈をし、私は頭を下げてから人の間を歩いて庭まで戻っていった。
知っている顔はそのお母さんと、梨華の担当の教師と中学生の弟だけだった。
庭に降りて、忘れていた汗を初めて感じたとき、水銀灯に白いブラウスが動き、
芝生の上を制服のスカートが大股に近づいてきた。
一年の時同級だった村田めぐみだった。
47 名前:なないさん 投稿日:2001年09月29日(土)23時17分43秒
「そうだよ。誰かいなくちゃ、おかしいもん」
 私の言葉に片目をつぶり、不機嫌そうな笑顔で、村田めぐみが軽く後ろに振り向けた
そこには後二人、夏用の制服を着た桐生学園の女性徒が立っていた。
「担任命令でさ、仕方なく来たの。あたしさ、クラス委員だから」
「梨華と君、同級なの。あの二人もそう?」
「大谷さんと柴田さん。他にも連絡したんだけど、夏休みだし出かけてる子が多いの」
大谷と柴田という女の子が、遠くから私に会釈をしたが、知っているような
知らないような、どちらも印象の薄い女の子だった。
「だけど、後藤さんが来るとは思わなかったわ」
「そぅおぅ」
「別れたって聞いたけど」
「何の事?」
「とぼけちゃって」
「普通に仲良かっただけだよ」
「でも気になっていたとか」
「家が近いから来てみただけ、村田さんが考えてるような深い意味はないよ
48 名前:なないさん 投稿日:2001年09月29日(土)23時18分35秒
目の前を小さい虫が飛び、それを手で払ってから、私は取り出したハンカチで、
そっと汗を押さえ込んだ。
「それにしても、三人だけか」と、村田めぐみの頭の上から、殺風景な庭を見回して、
つぶやいた。「矢口には連絡しなかったの」
「矢口って」
「四組の矢口真理だよ、結構仲良かったじゃん」
「そうなの?私は7組の福田さんとよく話したの見かけたけど」
「梨華はつきあい広かったよ」
「福田さんには連絡したの。彼女、今クラブの合宿中ですって」
「別に矢口だけで良かったんじゃない」
「矢口さんの事は知らなかった。でもさぁ、派手にあそんでた癖に、
 通夜に来たのが私たちだけなんて石川さんも以外に人気がなかったわね」
 村田めぐみが歯茎を剥き出して笑い、腕時計をのぞいて、呆れたように肩をすくめた
「こんな時間か、あたしたち帰っていいわよねえ」
「担任に聞いてくれば」
「明日はお葬式なの、それにも出されるんだからついてないよ」
「葬式、何処なの」
「代々幡斉場」
「自殺の理由、聞いてる」
「べつに....」
「どうして自殺って分かったの」
「遺書だって」
「そうなの」
「知らないわ。石川って面倒な性格だったじゃない、何考えてたんだか、
 あたしなんかに分かるはずないもん」
49 名前:なないさん 投稿日:2001年10月01日(月)20時35分50秒
 追い払った羽虫が、また戻っててきて、私の苛立ちをからかうかのように、
顔の前をしつこく旋回し始めた。私は一歩後ろに下がり、暗い星がのぞく
よどんだ空に長く息を吹きつけた。

 その時、リビングの戸口に背の高い女の子が現れ、ジーパンの長い脚で
村田めぐみの横に歩いてきた。髪は腰まではあるストレート、逆光の中でも
はっきり分かるほど、何故か、大きな目で私にガンを飛ばしていた。

 女の子が肩を怒らせたまま、足早に芝生を横切り、
不自然なほど背中を伸ばした歩き方で、すっと門の外に消えていった。姿を消す瞬間、
横顔の目が光ったが、その時もしっかり、私の顔を睨んでいた。

50 名前:なないさん 投稿日:2001年10月01日(月)20時36分38秒

「村田さん、今の子知ってる?」
「失礼よねぇ、お通夜にジーパンなんて」
「同じクラス?」
「違うわよ、最初からずっと居たけど、桐生の子じゃないと思う」
「変な人」
「近所の子じゃない?梨華にだって幼なじみの一人や二人居るよ」
 村田めぐみが又腕時計をのぞき、肩で息をついて、セミロングの髪を
面倒くさそうに掻き上げた。
「夜でこの暑さだもん、たまらないわ。明日の事考えると鬱になるよ」
「葬式、何時から」
「一時だって」
「暑いだろうな」
「後藤さんも出る?」
「池を張らなくちゃ」
「え」
「こっちの話」
「そう、それじゃね。先生に言ってあたしも帰るわ。クラス委員じゃなければ、
 本当は来る義理じゃなかったのにね」

51 名前:名無し読者 投稿日:2001年10月02日(火)04時00分09秒
ねえ、既存の小説の名前だけを変えて載せるのってどうかと思うけど。
著作権とかさ。
パロディーとまるまるパクリは違うでしょ。
52 名前:なないさん 投稿日:2001年10月03日(水)00時28分37秒
>>51
小説書きたいと思ったんだけど、どうやって書いていいか分からなくて全然上手く書けなくて、それで私の好きな作家が
「最初は物まねでも書く姿勢大事なんだ」こんな事言った事思いだし、それで物まねを承知で書き始めたんだけど、やっぱり
こんな話人前で発表する様な物じゃなかったよな。自己満足な物は自分の中で処理して人前にだす物じゃないね。
53 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月05日(金)23時56分49秒
いいんじゃないの?もとネタ知らない人だっていっぱいいるよ。
作者さん、気にしないで続けて!
私は続きが観たいです!!

Converted by dat2html.pl 1.0