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エスケープ
- 1 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月05日(水)10時19分32秒
- ヒースロー空港で入国審査を待っている。
右手にはパスポート。ずいぶん前にとったものだから、最初のページで
硬い顔をしている写真の私の髪の毛は真っ黒だ。
ずいぶん長くなった毛先を触ってみる。
新しい十円玉みたいな髪の色。この色に染めたのはいつだったか。
- 2 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月05日(水)10時20分02秒
- 入国管理官の簡単な質問。どこの国にでも聞かれることは同じだ。
スーツケースを受け取ると、さまざまな国籍の人たちが目に飛び込んできた。
待ち人の名前を記した紙を胸元にささげ持っていたり、身を乗り出して、
みんな、だれかを待っている。
その中に懐かしい顔はいないか、私は必死に目を凝らした。
初めてあったときには今にも泣き出しそうなほど、頼りなかったけど、
最後に別れたときには、すっかりたくましくなっていた。
今はどんな顔で私を迎えてくれるのだろう。
- 3 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月05日(水)10時22分30秒
- あとからあとから、ひとが私を追い越していく。私はまだその人をみつけられない。
どのくらい待っただろうか。飛行機は定刻通りに着いた、それなのにこの飛行場
のどこにも私を待っている人はいない。
仕方ない。
私はスーツケースを転がして、一人ホテルに向かった。
- 4 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月05日(水)10時25分12秒
- タクシーの窓から見えるロンドンの町並み。
ウワサ通り、灰色に沈んでいる。細かい雨も降り出したみたいだ。
こんなに暗い町でちゃんと元気に暮らしてしているのだろうか。
バッグの中から手帳をだしてあのコの住所を探す。
部屋に着いたら、すぐに連絡しなくては。
- 5 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月05日(水)10時27分29秒
- それにしても。
「絶対迎えに行くから。」と言っていたのに、どうしたのだろう。
約束を守らないなんて、らしくない。
何かあったのではないか。ふと、不安がよぎる。
こんなときに限って道路は混んでいる。
車の中にいても、気がおかしくなるようなクラクションの音が
響いてくる。
- 6 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月05日(水)10時34分19秒
- ようやく、ホテルに着くと、私は早速受話器を持ち上げた。
何度も手帳の番号を確かめ、数字を押していく。
呼び出し音が遠く聞こえる。
10回数えた。けど、だれも出ない。
ようやく、誰かが出た、と思ったら留守番電話だった。
英語で何か言っている。
とにかく発信音のあとに、メッセージを入れた。
- 7 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月05日(水)10時35分22秒
- 受話器を置いたとたん、フライトの疲れがどっと襲ってきて、
私は顔も洗わず、そのままベッドに倒れこんだ。
やっぱり、このトシになると長時間のフライトはこたえる。
これからのことは明日、考えればいい。
とにかく今日は寝てしまおう。
日本からの脱出第一日目はこうしてあっけなく終わった。
- 8 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月05日(水)19時00分40秒
- 目を覚ますと、外はまだ暗かった。
枕もとの時計を見ると、まだ5時。これ以上眠れそうにない。
そういえば、昨日はそのまま寝てしまったんだった。
のろのろとベッドから出てバスタブに湯をはる。
- 9 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月05日(水)19時01分10秒
- 温かいお湯に身を沈めて、ゆっくりと目を閉じる。
このまま体が溶けてお湯と一緒になればいい、と思った。
バスルームは淡い色で統一されていて、壁紙は花柄。
石川あたりがみたら狂喜しそうなファンシーさだ。
- 10 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月05日(水)19時01分58秒
- いつまでもホテルに住むわけにはいかない。
さっそく今日からでも住む場所を探さなくては。
OL時代、何度も引越しをした。不動産屋を回るのだって慣れている。
だけど、このロンドンでどうやって部屋を探したらいいのだろう。
頼みの綱からの連絡はまだない。
- 11 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月05日(水)19時03分01秒
- とにかく今は、お風呂だ。
何も考えず、お湯に身を委ねる。私のささやかな、だけど最大の幸福。
湯気の中にぼんやりと自分の体を見る。まだまだ、ハリのある肌。
当たり前だ。手入れにぬかりはない。
こうして、毎日私は湯船の中で私を確認する。
大丈夫、私はまだ大丈夫。
- 12 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月06日(木)06時38分01秒
- お風呂からあがり、テレビをつけてみた。
耳に飛び込んでくるのは、ちょっとつまったような発音の英語。
テロかなにかだろう。夜のひとごみをタンカが駈けていく。
ふと、画面の場所を知っているような気がして目を凝らした。
これは新宿だ。
だけど、何が起こっているのかクイーンズイングリッシュの報道
ではわからない。
- 13 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月06日(木)06時40分46秒
- 新宿の映像はどこか、知らない国のできごとみたいだった。
もしかしたら、私の知っている人があの中にいたのかもしれない、
そんなことをぼんやりと考えた。
- 14 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月06日(木)07時21分20秒
- 本当に遠くに来てしまったんだな、と実感する。
町に出れば、日本の新聞だって売っているし、インターネットもある。
だけど、やっぱり私はこんなに遠くにいる。
スタンドで買ってきたサンドイッチをほおばりながら、道行く人々を眺めた。
いろいろな肌の色。いろいろな瞳の色。
黒いベールをかぶったイスラムの女性。太陽みたいな木綿のドレスを着ている
カリブの女性。背広をきたジェントルマン。
どんな人がいたっておかしくない。
- 15 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月06日(木)07時25分41秒
- たくさんの人たち。この中から私はたった一人の人を探し出せるだろうか。
住所をメモした紙を握り締めて、私は人ごみの中にとびこんだ。
家の扉に書かれた番地を確かめながら、細い通りを歩く。
14,15、あった16号。
そこは、両隣と同じようなすすけたレンガの建物だったけれど、
扉だけがやけに陽気なオレンジ色だった。
灰色のこの町で、オレンジの扉がまぶしい。
- 16 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月06日(木)07時28分34秒
- ベルを押してしばらく待つと、栗色の髪をした女の子がドアを開けてくれた。
「ハロー。私はサヤカの友達です。サヤカはいますか?」
ちゃんと英語で言えた。
彼女はちょっとこまったように小首をかしげて、
「サヤカは2日前に出て行ったの。」と言った。
- 17 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月06日(木)07時35分33秒
- どういうことなんだろう。
私が困っていると、彼女はあがってお茶でもどうぞ、と言ってくれた。
彼女はアンナと言って、紗耶香のルームメイトだそうだ。
近くの学校で建築の勉強をしているらしい。同じ学校で音楽を勉強している
紗耶香と意気投合して、一緒に住んでいる、ということだった。
- 18 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月06日(木)07時36分13秒
- 「サヤカはすごく明るくて、がんばり屋さんなの。とてもリスペクトしてるわ。」
いい匂いのするお茶を飲みながら、アンナは私にもわかるように
ゆっくりと話してくれた。
だけど、紗耶香が今どこにいるのかは、教えてくれない。
「アイ・ドント・ノー」を繰り返すばかり。
- 19 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月06日(木)07時40分34秒
- 日本人相手なら、脅したりすかしたりして今ごろ聞き出しているのだけど。
アヤカの英会話講座なんて、なんの役にも立ちやしない。
「とにかく、サヤカに連絡がついたらユウコが会いたがっているって伝えて。」
サンキュー、と握手して、16番地の家を出た。
- 20 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月06日(木)20時29分42秒
- ロンドンの町を歩く。
イギリスといえば、ビートルズ。最近だとOasisやblur。ロックとポップの国だ。
それだけじゃなくて、2STEPやdub、クラブサウンドの発信地でもある。
音楽をするには魅力的な場所だ。
だから、彼女もここに来たのだろう。
- 21 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月06日(木)20時33分18秒
- だけど私は違う。
音楽と縁を切るためにここへ来た。
今まで大切にしていたもの。
こんな風に音楽と離れるなんて、想像もつかなかった。
- 22 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月06日(木)20時35分09秒
- もう一度、自分の力で人生を切り開いてみたくなった。
これがきっと最後のチャンス。
私は最後の冒険にかけてみようと思ったのだ。
- 23 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月07日(金)10時41分17秒
- もう、四年も前になる。あの時は、これが人生最大の冒険だと思ってた。
私が一生をかけられるのは歌だけだ、と。
そして、私は夢をかなえた。
大好きな歌を歌える毎日。
- 24 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月07日(金)10時47分18秒
- 私のつかんだ夢は、眠る暇もないような日々とかわいい妹たちもくれた。
モーニング娘。
夢はいつか覚めるもの。
最初に気が付いたのは、どの娘だっただろう。
- 25 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月07日(金)10時47分54秒
- 目の回るような忙しさの中、夢が覚めないように私は必死だった。
この夢が覚めませんように。
テレビの中のつかの間の夢。夢から覚めた人たちはどうなってしまったのか。
夢にしがみつく人たちを私はたくさん知っている。
終わってしまった夢の続きをみるためにがむしゃらになっている姿は、
私たちを悲しくさせる。
- 26 名前:名無し読者 投稿日:2001年09月07日(金)10時49分58秒
- 私は悲しいですか。
テレビの自分に問い掛ける。
私は夢の終わりに気がついた。
- 27 名前:名無し独者 投稿日:2001年09月17日(月)01時38分50秒
- 書き手気持ちが伝わってくる話ですね。さて夢から覚めたあとはどうなるんでしょう。
どうかマイペースで(w
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