Another Life
―――――またこの感触・・・。
「どういう事だ!金は払ってるはずだぞ!!」
いつ触っても冷え切っている・・・。冷たい・・。
「やめろ!!撃つな!」
「うるさいよ」
―――――またこの音・・・。
目の前の『人間』が私のおかげで『動かぬモノ』となる。
赤色・鉄の臭い・煙・熱くなった手
今日も仕事が終わった。
「さすがだな・・・上出来だ。金はまた・・・後でな・・・」
―――――『仕事』、15歳なのに・・・。普通の15歳って何してるのかな。
普通の15歳の女の子ってどんなことしてるのかな。
明るくなり始めた空にはスズメだろうか、小さな鳥が囀りながら飛んでいる。
道端のゴミ捨て場にはカラスがたかっていた。
普通の朝。
吉澤ひとみは静かな足音でまだ動き出していない商店街の道を歩く。
目的地はいつもの空き地。
殺風景で自分には合っているような気がする。好きな場所の一つでもある。
裏通りを抜けて廃ビルの近くにあるその空き地の地面はアスファルトで雑草が所々に生えている。そして周りを囲むコンクリートの壁には意味不明な落書きが施されてよく見るとインクの垂れた跡がある。
壁にもたれ掛かり、隠し持ったピストル―『ぶろーにんぐはいぱわー』と言っていたような気がする―を周りを見渡してから取り出して見てみる。そのまま背中を滑らせて地べたに腰を着けた。冷やりとした感触が伝わり少し腰を上げるがまた座り直す。
しばらく銃を見つめていると見覚えのある顔が目に入った。
「おーっす。おはよう吉澤」
「ぁ・・保田さん」
「あんた、もう少し明るく挨拶できないの?随分疲れた顔してんじゃん・・・これ
でも飲みな」
保田は手に持った缶コーヒーを投げた。急に投げられた吉澤は慌てて取り損なってしまい缶は地面の上に落ちゴンと鈍い音を発した。
「どうも・・・」
缶を開ける音。
「あ、そうそう。今回も仕事ご苦労さん。ハイ、これお金・・」
少し大き目で銀色のケースが吉澤の足元に放られた。
吉澤はそれを拾い上げ、保田の手元に投げ返した。
「どういう事?吉澤・・・」
怪訝な表情で保田は吉澤を見た。
「あの・・・・保田さん」
「何?珍しいねあんたから話し出すなんて」
「このお金の変わりに・・・一つだけ私のお願い聞いてくれませんか・・・」
「え?なにそれ、お願いって?」
「私をこの仕事から・・この人を殺す仕事から解放してください」
「は・・・、何いってんの。この仕事を辞めたいとでも言うの?」
吉澤は小さく首を縦に振った。
「ふざけないでよ!あんた最初私に絶対契約破棄はしないって言ったはずよ。
それがなんで・・・突然・・」
「これ・・・この感触」
と吉澤はブローニングHPを掴み銃口を保田に向けた。
「もう、嫌なんです。これで人を殺すの・・・。この人生が・・・。私は普通の15歳の子になって普通の生活がしたいんです」
「・・・・・無理よ」
保田の声は妙に冷たかった。
「あんたの殺し屋としての才能は認めるわ。でもその才能のおかげでもう普通の人間・・・殺人という経験を持たない者としての生活は無理に等しい・・。必ず何かを理由に人を殺してしまう。もう後には引けないんだよ、そんな事ぐらいあんたにだったら分かるはずだよ吉澤」
「だけど・・・私は・・」
吉澤は途中で口をつぐんだ。
「・・・・・・」
二人は沈黙した。居慣れているはずのこの場所が緊張感で別世界のようになっている。
しばらくして保田が口を開いた。
「賭けならしてもいいよ・・・」
「は?」
「賭けだよ、賭け分かるでしょ?あんたのその願いを賭けとしてなら聞いてあ
げる。あんたが人を殺さずに生活できるか殺しちゃうかでね」
吉澤は怪訝な顔をしながら保田の話を聞いている。
「賭けを始めた日から1年間あんたが本当に何も気になる行動をとらなければあんたの勝ち。私はあんたときっぱり手を切ってあげる。そしてもしあんたがその期間で人を一人でも殺害したら・・・」
「殺したら・・・」
「吉澤ひとみを殺す。もちろん私が」
その言葉に動揺を隠せなくなる吉澤は下を向いた。
「どうしたの?恐くなった?」
「・・・本当にその賭けに勝てばいいんですか?」
「もちろん。そのかわり負ければ死ぬよ?」
「分かりました。乗りますその賭けに」
吉澤は顔を上げはっきりといった。
すると保田は微笑し口を開いた。
「OK、じゃあ吉澤は来週から学校にいってもらうよ。必要な契約は私が済ましておく。決まった学校は後で連絡するね」
吉澤は頷き歩き出した。
「・・・・・・あのさ吉澤」
「え?」
「『殺し屋の吉澤ひとみ』というブランドは今消えたわ。これから1年間は普通の何の肩書きも無い『人間
吉澤ひとみ』として生きていくの。そのプレッシャーに絶えて1年後生きていたらまた此処で会うおうね・・・」
「はい・・・・」
二人は別の方向に歩き出した。
5日後・・・
吉澤ひとみの手元に中学校の住所とマンションの住所が書かれた手紙が送られてきた。
15歳、普通なら中学三年生。
吉澤は手紙を便りにあるマンションにたどり着いた。
「ここか・・・」
手紙に書かれた住所を再度確認し重いガラス扉を引いた。
部屋に入ると一通りの家具や生活に必要な物が揃っていて、観葉植物や可愛らしい置物もあった。
「保田さん・・」
吉澤はテーブルにおいてあったピエロの人形を手にとって呟いた。
不意に時計を見ると8時を少し超えていた。
「あ、遅刻する・・」
こんな事を考えるのは何年ぶりだろうと考えていると突然ベルのような音が鳴った。
「うわっ!何だこれ・・」
辺りを捜すと玄関の靴箱の上に乗っている小さな目覚し時計がうるさく騒いでいた。
急いで止めてまたもとあった場所に置いた。踝を返し登校の用意を始める。
手紙には女子高の付属中学と書いてあった。
胸を弾ませる吉澤は少し早足になって家を出た。
今日は快晴。家を出る前に少し見た天気予報でも今日は一日中暖かいと言っていた。
すれ違う同じ制服を着た学生を見ながら更に胸を弾ませて歩いている。
学校は私立だけあってとても広い、校舎まで続く整備されたアスファルトの道路には両脇に高い広葉樹が植えられていた。
「職員室は何処かな・・・」
手紙には初登校の日には職員室に行けと書いてあった。
案内板を見て校舎内を取りあえず歩いていく。
「どうしたの?」
急に声を掛けられたため少し驚いて声のした方をそっと振り返った。
「ごめんね。驚かせちゃった?」
「ぁ・・ううん。大丈夫」
「どうしたの?さっきからきょろきょろしてるけど・・・なんか探してるの?」
吉澤よりも少し小さいその女学生はとても優しい声で話している。
「あの・・転校生なんです。手続きは済ましてあって、今日が初登校日で・・」
吉澤は詳しい事情をその女学生に話した。
「そっかじゃあ一緒に行こうよ。案内してあげる、まだ時間もあるし」
「本当ですか?じゃあ・・・・」
小さく頷く吉澤。
にぎやかな廊下を歩く。
「ねえ、名前・・」
「吉澤ひとみ・・・です」
「ひとみちゃんか・・・私は石川梨華。よろしくね」
吉澤は少し照れながら笑った。
石川に先導されて職員室にたどり着く2人。
「じゃあ、ひとみちゃん。私ちょっと行くとこあるからここでね・・」
「あ・・。あの、ありがとう。石川さん」
「梨華でいいよ・・。一緒のクラスにねれたらいいね、じゃあね!」
石川は元来た道を駆けて行って間もなくして吉澤の視界から消えた。
「梨華・・ちゃん」
吉澤は声に出して言ってみた。また少し照れ笑いをした。
頭を切り替えて職員室の扉をノックして見慣れない風景の中、手の空いていそうな教師を見つけて事情を話し校長室まで通される。
一通り校長の話を聞き流し、担任となる教師から自分のクラスを聞かされる。
「吉澤ひとみ、出席番号39番。クラスは3年A組に行ってもらう」
3年A組・・・。石川さんはいるのかな。
「じゃあ、一緒に行くか」
「はい」
担任は男だった。階段を登る途中色々聞いてきた。
「うちのクラスは元気だからな、すぐ慣れるぞ」
「あの・・・・先生。石川って子?いますか?」
「いるよ。石川梨華だろ、出席番号1番」
「本当ですか!」
吉澤の表情は急に明るくなり、担任教師はそれに驚いたのか少し笑っていた。
教室に入っていく。
ざわざわと騒がしかった教室が徐々に静かになっていき、吉澤は自分への視線を強く感じた。
「おーっす。おはよう皆!」
保田さんと同じ挨拶の仕方だ・・・吉澤は思った。
「今日は転校生が来たぞ!紹介する――」
吉澤は取りあえず教室中を見渡す。
少しザワザワしてる中、2人ほど気になる人物がいた。
一人は間違いなく石川梨華だ。向こうも私を見て笑っている。
もう一人は・・・せっかく転校生が来てると言うのにのに机に突っ伏して寝てる女だった。
「おーい!後藤起きろ!朝から寝てんじゃねえよ」
後藤と呼ばれたその女性は完全に顔を隠しているため確認できない。
先生は何度か呼んでいたが結局諦めてやめてしまった。
「じゃあ、席は・・・」
「あそこでもいいですか?」
吉澤は真ん中の列の一番後ろ、隣は相変わらず寝ている後藤だった。
許可が下り、その席に歩き椅子を引いて座った。
ホームルームが終わり先生が教室から出て行く。
それとほぼ同時に石川が席を立ち吉澤の所によってきた。
「一緒のクラスになれたね。席・・私の所もあいてたのに」
「ごめんね。り、梨華ちゃんの隣にいるとずっと同じ場所にいる事になっちゃ
うから・・・少し動ける方がいいんだ」
「何だ、そんな事か」
「あとこの子とちょっと話してみたかったから・・」
後藤の方を見て言った。
「ごっちんね・・・。いつも寝てるんだよ、長い時はお昼ぐらいまで」
「そっか・・」
石川の話を視線を外さずにじっと後藤を見つめながら聞く吉澤。
起きろ・起きろ・起きろ・起きろ・・・
急にごそっと体が動く。
「ん・・眠・・」
重そうに体を持ち上げた後藤、眠そうな目を何度か擦ってからきょろきょろしている。
「あれ・・・・。春日は?」
「もう終わったよ」
「あ、梨華ちゃんおはよう!あらら・・その見慣れない女の子はだあれ?」
「転校生の吉澤ひとみちゃん・・」
石川は吉澤の背中をそっと小突いた。
「あ・・あ、あの。よろしく・・後藤さん」
「よろしくね、よっすぃー」
「よっすぃーかぁ・・いいねそのあだ名」
石川がニコニコしながら答えた。
吉澤は今まで呼ばれた事も無い呼び方で呼ばれたため少し焦った。さっき石川にひとみちゃんと呼ばれた時も同じ気持ちになっていたことを思い出す。
ついこないだまでは『吉澤』か『新入り』としか呼ばれていなかったのでそれは焦った反面少し嬉しい事でもあった。
「よろしくね、ごっちん」
簡単な挨拶を済ませると教室中、学校中にチャイムが鳴り響いた。
1時間目は国語らしい。
授業は黙々と進んでいるようだ。
授業中何度か石川の背中が目に入った。吉澤は石川の机3つ分後ろにいる。
「よっすぃー・・・」
小声で後藤の呼ぶ声が聞こえる。
振り向くと後藤が姿勢を低くした状態でガムを左手に持ち差し出している。
「あげるよ・・。見つからないようにね」
「ありがと」
音を立てずに包装をとりガムを口に入れる。梅の味が口の中に広がった。
「あのさ、お昼屋上で食べようよ。持ってきてるでしょお弁当」
「ううん、何にも無い」
「そっかじゃあ一緒に買いに行こうか、近くにコンビにあるし」
「OK・・・」
そっと頷くと後藤は笑顔になった。
「あとさ・・、悪いんだけど消しゴム貸してくんない?」
学校で新しくできた友達と屋上でご飯・・・
これが普通の女子中学生の生活。
―――昼休み開始のチャイム
廊下は一気に賑やかになり教室も人数が少なくなる。
「行こ!よっすぃー」
「ああ、ちょっと待って梨華ちゃんも・・・」
「駄目だよ、もう梨華ちゃんいないもん。いつも昼休みになるとお弁当も持た
ずにどっか消えちゃうんだよ」
「そうなんだ・・・」「いいよ、行こう」
吉澤は後藤に手を引かれて教室を出た。
校舎の外に出た2人は広葉樹の奇麗な道路を歩いていく。
「よっすぃーってさ、どこから来たの?」
「え?」
「だって転校生なんでしょ。前はどこに住んでたの?」
「・・・埼玉」
「ふうん・・・。楽しかった?前の学校」
「全然・・。先生が最悪だったの。なんかトンボみたいな眼鏡しててさ、句読点
みたいな顔してんだよね」
もちろん全部嘘。でもごっちん笑ってるしいいか・・・吉澤はそう思いながら後藤の笑顔を見ていた。
「そうだごっちんの下の名前は?さっき聞くの忘れた」
「真希。後藤真希だよ」
「真希か・・」
「なんだよ」
後藤は軽く肩を押して言った。
そのうちにコンビニに辿り着いた。
吉澤はおにぎりを2つ手に取った(梅とオカカ。これはもしかしたら中学生的じゃないかも・・・吉澤は一瞬思った)。コンビニメニューは買い慣れてるせいか後藤より幾分早くレジを済ませた。
「ごっちん決まった?」
後藤はパンがたくさん並んだ棚の前で考え込んでいた。
「サンドイッチとお菓子パンだったらどっちがいいかな・・・」
「両方買えばいいじゃん」
「そんなお金無いよ。中学生は貧乏なんだぜ」
「おごるよ。せっかく友達になったんだから」
「ホント?!まじでいいの?」
そういうと後藤は手当たり次第にパンを取った。
「あ・・あの」
結局2000円近く払わされた。
学校に戻りそのまま階段を駆け上り最上階にある押しドアを開けた。
強い日差しにさわやかな風。
屋上に出た二人は丁度日の当たる所に座った。
フェンスにもたれ掛かって買ってきた物を取り出す。
「サンキューよっすぃー。お昼にこんなに食べれるなんて久しぶりだよ」
「いやいや、ごっちん買いすぎだから」
「だからありがとうって言ってるじゃん。ハイお茶」
吉澤は慌てて受けとろうして放り投げられたペットボトルを地面に落としてしまった。
こないだもこんな事やった気がする。
落ちたボトルを見つめているとさっと拾い上げる人影があった。
「どうぞ・・」
見上げると、とても小柄な可愛らしい女の子が拾い上げたボトルを吉澤に差し出していた。
「ありがとう」
受け取ったと同時に後藤が喋り出した。
「あれ、辻ちゃんじゃん!どうしたの?」
「後藤さん。転校生ってこの人ですか?」
「そうだよ。吉澤ひとみちゃんていうの。あ、よっすぃーこの子はね辻希美ち
ゃんっていって私が入ってるバレー部の後輩なんだ」
「ふうん。よろしくね辻ちゃん」
「あの、吉澤さん。うちの部に来てくれませんか?」
「え?」
「人手が足りなくて・・先輩に言われたんです、今日転校生が来るから連れてこ
いって・・」
「そうなんだよ、そう言えばうちの部、部員が極端に減っちゃって」
「そっか・・・。でも今はすぐに返事できないよ。もうちょっと待ってくれるかな
辻ちゃん」
「分かりました・・・」
そういって辻はドアの方へ走っていき急ぎ足で階段を降りた。
「極端にってどういう事?私が思うに今までは人がいっぱいいたみたいな感じ
だけど・・・」
「あの人が入ってきたからだよ」
「あの人?」
「矢口真里。うちの高校の3年生だよ」
「矢口?」
「アイツが入ってきてから部員はみんな辞めちゃったんだ。恐がってね」
この学校は部活高校の生徒と中学の生徒が合同で練習していると担任が言っていた。
「そうなんだ・・・」
「いいよ、この話はまた今度にしよ。早く食べないと休み時間が終わっちゃう
よ」
「う、うん」
矢口真里と言う存在が気になりながらも吉澤は後藤に言われるまま急いで昼食を終わらせた。
教室に入ると石川の姿があった。
「梨華ちゃん!」
「あ、よっすぃー」
「どこ行ってたんだよ・・・」
「ちょっと用事があって・・・」
石川は少し疲れている様子だった。
「用事って何?」
「・・・・」
俯いてしまう石川。
「どうしたの?」
「よっすぃー、行こう。梨華ちゃん眠いみたいだよ」
後藤が2人の会話を遮った。
しぶしぶ後藤に従う吉澤。
「どうしたのかな・・・朝の梨華ちゃんと少し様子が違うみたいだけど・・・」
「そりゃぁあれだけ授業に集中してれば疲れるでしょ。梨華ちゃんちょっと真
面目すぎるんだよ」
何と無く何かを誤魔化すようなしゃべり方。
「そうだよね・・」
その場ではそれで終わったが吉澤は今日1日それが頭から離れなかった。
「ごっちん・・なんであんな慌てた感じで喋ったのかな・・・」
―――入学して1週間
吉澤は石川の事が頭から離れなかった。
いまだに一緒に昼食を食べた事が無い。
今日も石川のいない昼休みが始まった。
後藤は珍しく昼になっても目を覚ます事はなく、いつもの通りに机にかぶさっている。
不意にドアを見るとこの前の小さな女の子が自分の方を見て立っているのに気付いた。
吉澤は席を立ちドアの方に歩いていった。
「辻ちゃんじゃん・・。どうしたの?」
「名前、覚えててくれたんですね。こないだの事考えてくれました?」
「あ・・あ、ああ。うん、まあね」
「まだみたいですね、じゃあ、また来ます」
「待って!」
自分の教室に戻ろうとする辻を吉澤は急いで止めた。
「私も辻ちゃんにお話あるんだけど・・。屋上行かない?」
「・・いいですよ」
珍しく相方は後藤じゃなくて辻という後輩・・・一回ぐらい梨華ちゃんと屋上行きたいな・・・・階段を上る途中に吉澤は思っていた。
変わらず強い陽の光。
「吉澤さん。話って何ですか?」
「・・・矢口さんて、どんな人なの?」
辻の顔が一瞬緊張した。
「矢口さんなんです。私に吉澤さんを加入するように言ったの」
強い風を横顔に感じた。
辻の髪の毛も風になびいて鼻や口に掛かってきていた。
「恐い人なの・・・?」
「私はそう思います。高校生なのに中学生の子つかまえていじめたりしてるし
私は、今の所目を付けられてないみたいだけど・・・」
「そうか・・・。会ってみたいな矢口さんと」
その言葉に少し驚いた辻は吉澤の顔を見詰めた。
「じゃあ・・・」
「バレー部入るよ。暇だし、その矢口さんの顔も見てみたいし」
「ありがとう!じゃあ矢口さんの所いって来ますね」
辻は小走りにドアの方に向かった。そして急に立ち止まり吉澤の方に振り返った。
「あの・・。吉澤さんて呼ぶのやり難いから私もよっすぃーって呼びますね」
そういって階段を駆け降りていった。
吉澤も後を追うように階段を降りる。
教室に戻ると後藤が目を覚ましていた。
「よっすぃー、どこいってたの?」
「ん、ちょっと辻ちゃんとね・・」
「ああ、屋上行ってたんだ・・・」
「何で分かるの?」
「だってよっすぃー髪ボサボサだもん。今日みたいな風の無い日でそこまで髪
がボサボサになる所って言ったら屋上しかないでしょ」
「ハハハ・・。そうだ、バレー部にはいったよ、私」
「ほんと!嬉しいなあ、よっすぃーと一緒に部活できるなんて」
「そうだね」
吉澤は笑った。本当の理由は矢口との対面だったが・・。
「でも矢口には気を付けた方がいいよ。よっすぃーなんか転校生だし特にね」
「でも私は・・」
吉澤はそこまで言って口を告ぐんだ。
吉澤は本当は矢口と話してみたかった。中学校には必ずいる(今回は高校生だが)番長的な存在に少し憧れがあったからだ。
「まあ、取りあえずいろんな準備もあるだろうし買わなきゃいけない物もある
だろうから1週間ぐらいしたら出てきなよ」
「うん、そうさせてもらうよ」
吉澤は頷いた。そして視線を石川の席の方に向けた。
「今日もいないか・・・」
後藤に聞こえないように呟いた。
―――日曜日
ベッドの側に置かれたキャビネットに乗った目覚し時計を掴むと既に午前11を過ぎていた。
吉澤は冷蔵庫に向かって足を動かした。
棚にあった小さなコップに取り出したポットから麦茶を注ぐ。
飲みながら部屋を見回すとファックスが一枚とどいてる事に気付く。
紙切れには保田からのメッセージが書かれていた。
『学校楽しいか?今の所は何も無いけど、取りあえず頑張ってね』
短いメッセージ。
読み終えてしばらく黙ってた吉澤は用紙を丸めてアルミ製のごみ箱に放った。
外に出る気にはならない。
またベッドに戻って寝転がり、そのままの状態でカーテンを開く。
眩しい光が吉澤の目に突き刺さる。
しばらくボウっとして窓の外を見つめる。
「梨華ちゃんどうしてるかな・・・」
頭に石川の顔が浮かんできた。
そんな時チャイムの音が聞こえてきた。
「誰かな・・・」
少しだけ石川の姿を想像した。
家知らないのに来るわけ無いか・・・・半ばワクワクしていた吉澤は考え直してドアに向かった。
「はい・・・」
ドアにレンズを除いた。作業着のような物を身に着けた男が箱を持って立っている。
ドアを開くと宅急便だった。
「何だろう・・」
取りあえず箱を開けてみる。
「え・・・。なんだこれ」
箱の中にはデザインの凝ったかっこいいスニーカー、それを入れるナイロン生地の袋、手首に巻くリストバンド(これもなかなかセンスが光っていた)が入っていた。そして小さなメモ書きが一つ。
メモを読むとどうやら保田が送った物らしい。
「保田さん・・・なんで」
メモを見つめて一瞬怪訝な表情になる。しかしそんな事ははっきり言ってどうでもよかった。保田がこんな事をしてくれるとは思っても見なかったので少し嬉しくなった。
取りあえず吉澤はその紙も捨ててスニーカーを履いてみる。
ピッタリだった。
「いいな、部活か・・」
この瞬間だけは石川の事も矢口の事もすべて忘れていた。ただ自分が普通の中学生である事に喜びを感じていた。
「よっすぃー!」通学路で石川にあった。
初めて一緒に登校。
「よっすぃー、昨日ごっちんに聞いたよ。バレー部に入ったんだって?」
「あ、うん・・・」
「凄いね。私は帰宅部だら放課後遊べなくなっちゃうね・・・」
石川の顔が少し寂しそうになった。
「そうだね・・・」
吉澤の声の違いに気付いた石川は聞いた。
「どうしたの?元気ないね」
どんどん校舎が近づいてくる。広葉樹の道。
「あ・・・・・・あのさ」
「あ、ごめんね。私よるとこあるからここで・・・」
さっと走って行ってしまう石川。
また聞けなかった。
遠ざかって行く石川を見ているうちに眠そうに自転車を扱ぐ後藤を見つけた。
「ごっちん!」
大きくてを振る。それに気付き後藤は自転車の方向を変えて徐々に近づいてきた。
「あら、よっすぃーじゃん。おはよう」
深みの無い会話をしながら教室までいった。
―――放課後
「じゃあね、よっすぃー。部活頑張ってね」
「梨華ちゃん。電話番号教えといてよ。いつでも呼び出せた方がいいでしょ」
「そうだね。えっと・・・」
鞄から携帯電話を取り出して番号を告げる石川。
「ありがとう。バイバイ」
2人は教室を出ると別の方向に歩き出した。
体育館につくとすでに何人かの生徒が練習している。
3−Aの連中も何人かいた。
「更衣室は・・・」
取りあえず歩き回って更衣室を見つけた。ドアノブに手を掛けようとした瞬間内側からドアが開いた。
吉澤よりもだいぶ小さい生徒が出てきた。
辻ちゃんじゃない・・・吉澤はすれちがう顔を見て思った。
金髪・少し黒い肌・青っぽいカラーコンタクト・キラっと光るピアス
すぐに分かった。この小柄な少女こそ辻や後藤が恐がっていた矢口真里、その人だ。
そう思うと急に興味が湧いてきた。
「あの・・・」
「は?」
振り向いた矢口。よく見ると少し可愛かった。
「矢口さんですよね・・・」
「そうだよ」
「新入りの吉澤って言います。よろしく」
「吉澤ってアンタなんだ。辻から聞いてるよ、後藤もよくあんたの事言ってる
し。へえ、結構大きいんだ・・・。よろしくね」
「どうも・・」
少し期待が外れた。
口調が思っていたよりも優しかった。柔らかい言葉づかいではなかったが凄く話し易い感じだった。
「早く着替えておいでよ」
「あ・・・はい」
吉澤は空いたままのドアから更衣室に入った。
素早く運動着に着替え、保田から送られてきたスニーカーを履いた。
体育館に向かう途中後藤にあった。辻も一緒にいる。
「あったよ、矢口さん」
「うそ・・・。もうきてんの?珍しいよね」
後藤は不思議そうに辻に聞いた。
「そうですね・・・」
辻が後藤を見て頷いた。
―――体育館
顧問の話を聞き終わり生徒達は自由に練習を始める。
「よっすぃー。一緒に練習しようよ」
辻が声を掛けてきた。
「うん、いいよ」
取りあえず後藤、吉澤、辻の3人は終了時間まで共に練習していた。
体育館の灯かりが消え、辺りはすでに真っ暗になっている。
「疲れたぁ・・。よっすぃー」
後藤が吉澤の体にもたれかかった。
辻もつかれた顔で段差のところに座って休んでいた。
「じゃあ、ジュース買いにいこうか・・・」
そういうと吉澤は立ち上がり二人を連れて自動販売機まで歩いた。
ジュースを4本買い2本を辻と後藤に渡す。2人は戻る間もなくタブをあげて缶を口から離すことなくゴクゴク飲んでいた。
元の場所に戻ると吉澤はようやく缶を開けてジュースをのみだす。しばらく飲んでると何かに気付いたように缶を口から離し後藤に渡した。そして地面に置かれた余分に買っておいた缶を手にとって立ち上がった。
「矢口さん・・・お疲れ様です」
「え・・・いいの?」
「私のおごりです」
「サンキュー」
そういうと矢口は缶を受け取った。
学校に通い始めて3ヶ月が経った。
相変わらず石川の事はわからないままでいる。
教室の窓から見える木々は葉を落とし、もちろん帰り道の広葉樹の葉も落ちていた。
吉澤は外の景色に見とれている。
「よっすぃー」
いつのまにか石川が吉澤の後ろにいた。
「梨華ちゃん・・・・」
「どうしたの外なんか見て・・・」
相変わらず石川の声は高くいつもと変わらなかった。
「何でもないよ・・・」
吉澤が言うと石川は今日欠席している後藤の椅子にすわった。
「ね・・ねえ。あのさ、よっすぃー」
少し表情が緊張している。
「どうした?」
「今・・・お金持ってる?」
「うん。一応・・・・」
「あの・・・あのさ、ちょっと貸してくれない・・・かな」
「は?」
石川の突然の言葉に少々驚愕して素っ頓狂な声になってしまった。
「あ、いや・・・いいや。ごめん、忘れて!なんでも無いから・・」
そういうと石川は立ち上がり教室から出ていってしまった。
「なんだよ、それ・・・・」
次の日から吉澤は石川の行動を気にし始めた。
昼休みになると後藤のさそいを断って石川の後を付けた。
しかし石川はある程度歩くと急に慌てたように走り出し、吉澤は見失ってしまった。
普通ならさらに探そうとするのだが、吉澤はそれ以上は追わないようにした。「梨華ちゃん。どうしたんだよ…」
帰り道。
吉澤は後藤を無理に捕まえて石川の事を聞いた。
「ねえ・・・梨華ちゃんの事、なんだけど」
「・・・・・・」
石川の事を詳しく聞こうとすると後藤はいつも黙ってしまう。
「何で?なんで黙っちゃうの?」
俯いた後藤に更に聞いた。
「梨華ちゃん。いつも昼休みが終わると元気無い顔してんだよね・・・」
「だから・・・あれは梨華ちゃん勉強で」
「違う!」
吉澤は少し興奮気味に後藤の言葉を遮った。
「勉強一生懸命やっただけであんなになるわけないよ!絶対に勉強疲れなんか
じゃない!他になんかあるんだよ。梨華ちゃんいつも昼休みになるとどこか いっちゃうじゃん。あのとき・・あのときになんかあるんだよ。知ってるん
でしょ?教えてよ!教えてよごっちん!」
「・・・・」
「何で黙ってんだよ!もういいよ!」
吉澤は後藤の肩を一度強く押して校門に向かって張り出した。
「梨華ちゃんは・・・」
「え?」
いつもの声のトーンとは違っていた。
押されて少しよろけた後藤は体勢を立て直し吉澤を引き止めるような口調でゆっくり言った。
「梨華ちゃんは矢口にいじめられてるんだよ」
「は?」
「いじめられてるんだよ。矢口に」
「うそ?そんなの嘘だよね」
吉澤は再度後藤のところに戻り肩を掴んで聞いた。
「昼休みも矢口に呼ばれてお昼ご飯代巻き上げられてるんだよ」
後藤は吉澤の方を見ずに喋った。
「そんな・・・だからさっき・・・」
昼休み。石川の顔は完全にいつもっと違っていた。
吉澤は酷く落胆し帰り道を歩いた。いつもより家が遠く感じる。
部屋に入るとベッドに崩れるように倒れ込んだ。
「嘘だよ・・・。梨華ちゃん」
矢口の顔が頭に浮かぶ。その顔は笑っていた。最初に会ったあのやさしそうな笑顔じゃない、悪魔みたいな笑顔。
急に腹が立ってきた吉澤は枕をつかみ壁に投げつけた。
「なんでだよ・・・ふざけんな」
吉澤は泣いていた。
生まれてから一度も泣いた事なかったのに初めて泣いた。友達の事で、親友の事で。
「ふざけんな・・・ふざけんな・・・」
跳ね返った枕を何度も叩いた。
叩くたびに枕は少しずつ湿っていった。
翌朝
吉澤は学校に行く気がしなかった。
誰の顔も見たくなかった。8時半を過ぎても布団から出ずに顔まで毛布をかぶっていた。
急に電話の呼び出し音がなった。
「誰・・・・」
腫れた目を擦ると少し痛みを感じた。
「もしもし・・・・」
相手は石川だった。
『よっすぃー、どうしたの?学校おいでよ・・・・』
本当なら家を飛び出していくはずだが今日はそんな気分になれなかった。
「ごめん・・・今日はサボるよ・・・」
『ええ、駄目だよ。寂しいじゃんよっすぃーいないと』
「梨華ちゃん。ごめん」
石川の返事も聞かずに受話器を置いた。
「待てってくれてるんだ・・・」
またしばらく布団を被る。
5分ほど考えたあげく吉澤は着替えて家を出た。
時計は12時を周っていた。
学校はすでに昼休みだった。
吉澤が校門に近づいた時、誰かが門前に立っていた。辺りをキョロキョロしているその少女はしばらくすると吉澤に気付き、大きくてを振った。
後藤だった。少しだけ茶色い髪の毛の少女に気付いた吉澤は小走りに近寄っていった。
「ごっちん。待っててくれたの?」
「梨華ちゃんが絶対来るから待っててあげてって・・・」
「そう、梨華ちゃんが・・・・」
「優しいね。梨華ちゃんは・・・・」
「え?」
「梨華ちゃん相当気に入ってるよ、よっすぃーの事」
「・・・・・・」
吉澤は沈黙し小さく頷いた。
2人は雑談を交わしながらゆっくりと教室へと歩いた。
途中で方向を変え体育館近くの自動販売機に向かった。
「おごるよ、ごっちん」
「え、ほんと?いいの?ありがとう」
吉澤は手に取った缶を後藤に手渡した。
「ちょっとよっすぃーお金持ち過ぎだよ。もっと中学生は――――」
吉澤の顔は後藤に向いておらず、遠く渡り廊下の向こう、ちょうど校舎の裏に見える2つの人影に向けられていた。
「梨華ちゃん・・・」
その言葉を聞き後藤は吉澤の目線の方を見た。
「あ・・・梨、梨華ちゃん」
そう、その先には石川と矢口の二人がいたのだ。まるでヘビににらまれたカエル。この場合カエル役の石川はコンクリートの壁にもたれ掛かり脅えた目でヘビ役である矢口を見ていた。
「矢口・・・・」
吉澤は持っていた缶を置きとっさに動いた。
「駄目、よっすぃー」
いくらか小声にして後藤が吉澤の腕を引いた。
「何で?ごっちん。梨華ちゃんつかまってんだよ!?」
声が大きくなった。しかし距離が開いているため石川と矢口に声は届かなかった。
「わかってる!でもちょっと待ってよ!」
後藤は腕を握る力を更に強くした。
吉澤は少々の痛みを腕に感じた。
「いいかげんにしてよ!手を放して。梨華ちゃんのところに行く!」
「話聞いて!矢口はナイフ持ってるんだよ!下手に近づいたらよっすぃーも梨華ちゃんも切られちゃうよ!」
必死に引きとめようとする後藤。しかし吉澤は動ずる事もなく言った。
「・・・・・・ごめん」
後藤の腕を強く振り払って2人がいるところへ歩いていった。
「馬鹿・・・」
後藤はその場に立ち尽くしたまま、それ以上何も言わずに吉澤の背中を見ていた。
吉澤は矢口に切られる事などどうでもよかった。ただ今は石川を助ける事、自分を待っててくれた存在を助ける事だけが頭の中にあった。
「梨華ちゃん!」
その声に気付いた2人はほぼ同時に吉澤の方に顔を向けた。
「よ、よっすぃー・・・」
「吉澤・・・・何してんのこんな所で?」
矢口は少し笑いながら言った。
「梨華・・ちゃん?」
よく見ると石川の頬にはわずか数ミリ程度だが切り傷があった。前にも何度か見た傷だったが、今のそれには吉澤が長い間見続けていた赤い液体が付着していた。
「何してんのは・・・・こっちのセリフですよ。いったい・・いったい梨華ちゃんに
何を、したんですか?」
吉澤は息を切らして途切れ途切れに言った。
「何って、一緒にご飯食べようって言ってただけ―――」
「ふざけないでください!」
石川は今にも泣きそうな顔で吉澤を見ていた。
「普通ご飯に誘うだけで人間はこんなに脅えたりしませんよ。・・・・お金、取ろ
うとしてたんでしょ?」
その瞬間石川は矢口の手を弾いて吉澤が立っている方とは反対側に向かって全力で走っていった。顔は俯いたまま振り替える事はなかった。
「チェッ・・・行ちゃった・・・」
小さく舌打ちする矢口を吉澤はしばらくにらんでいた。
じっと睨むうちに矢口は、石川の向かった方に消えてしまった、笑顔は消さずに。
「よっすぃー・・・」
後藤は力無く声を発した。
吉澤はしばらく誰もいなくなった校舎裏に立ち尽くしていた。
石川は走った。
矢口も吉澤もいないところまで。
「よっすぃー・・・ごめん・・・・ごめん」
同じ言葉か繰り返し出てくる。いまこの場所から逃げたとしても矢口からは逃げられるわけがない。そんな事は十分知っていた。だけど今はあの空間、吉澤と矢口のいる場所から逃げたかった。
誰もいない屋上。
石川は何度かここに来た事がある―――偶然にも後藤たちと会う事はなかったが。
フェンスにもたれ掛かり、乱れた息を整えるためにしばらく座っていた。
「もういやだな・・・・」
いくらか静かになった心臓の動きを確認すると石川は立ち上がり、階段を降り手ぶらのまま校内を出た。
放課後。
「ごっちん、梨華ちゃん帰ってこなかったね・・・」
「そうだね・・・」
いつもは放課後になると急に元気になる後藤だったが今日は沈んでいた。
「あのさ、私バレー部抜けるよ」
吉澤の言葉に後藤は、一瞬寂しそうな顔にしたがすぐに力のない笑顔に代わった。
「うん、いいよ・・・私から言っとく、梨華ちゃんの荷物も私が家に届けるよ。よ
っすぃー今日は帰りなよ」
「うん、ありがとう」
吉澤はさっと机の中にある荷物を鞄にしまい後藤より早く教室を出た。
後藤は誰もいなくなった教室で一人石川の荷物を整理して学校を出た。
後藤は2人分の荷物を抱えて石川の家に向かった。
「重たいな・・。自転車パクればよかった・・・」
石川の家は2階建ての一軒家で白い壁にブルーの屋根という佇まいだった。
チャイムを押してしばらくすると石川本人が出た。
「梨華ちゃん、後藤だよ。出てきて」
またしばらく待つとゆっくりとドアが開いた。
「ごっちん、どうしたの?」
「荷物、取りにこないで帰っちゃったみたいだから持ってきたよ」
後藤は持っていた荷物の約半分を石川に差し出した。
「ありがとう・・」
「ねぇ、梨華ちゃん。よっすぃーがね、凄く心配してたんだよ。梨華ちゃんが
帰っちゃった後もずっと梨華ちゃんの席を見てたし・・・」
「そっか・・・・」
石川は俯いて小声で言った。
後藤はそれ以上なにも言わずに石川を見ていた。
「じゃあ・・帰るよ」
そういうと後藤は石川を後ろに見て歩き出した。
「ありがとう・・ごっちん」
小さく言った石川は扉を閉めてまた一言ごめんと呟いて自分の部屋に戻った。
次の日から石川は学校を休んだ。
「来ないね・・・」
吉澤は後藤を見ていった。
しばらくの間石川のいない学校生活が続いた。
吉澤の心とは裏腹に外はすっきりと晴れていて心地よい風が吹いていた。
冬なのに、暖かい風。
「梨華ちゃん・・・何してるのかな」
自宅に向かう途中の道、吉澤は石川の顔を思い出していた。
自分の部屋に入る。ベッドに倒れ込むと背中に痛みを感じた。見ると長い事忘れて放っておいたままの携帯電話があった。
画面を見ると時間が出ている。
吉澤は無意識のうちに電話帳の画面を開き石川の名前を探し始めた。
見つけた。とっさに通話ボタンを押す。
長い呼び出し音。なかなか人間の声に変わろうとしない。
「早く・・・」吉澤が呟いた。
「もしもし」
でたのは石川だった。
「梨・・・・梨華ちゃん!」
「よっすぃー?」
数日間聞く事のできなかった声、吉澤は少々の懐かしさを覚え自然と笑顔になった。
相変わらず声に張りがない石川だったが吉澤はそんな事は気にせずに一生懸命話した。何度か受話器の向こうから石川の笑う声が聞こえてきた。
「ねえ、梨華ちゃん・・・・」
「なに?」
「学校、おいでよ。矢口が来ても私とごっちんが助けてあげるから・・・」
「・・・・・・」
少しづつ元気を取り戻していた石川だったが吉澤の一言で、また黙ってしまった。すぐに返事が来ない事は吉澤には分かっていた。
「逃げない方がいいよ。どうせ矢口からは逃げる事なんてできないんだから。
学校に来て私たちと一緒にいる方がいいよ・・・。だからお願い、学校に来てよ」
「・・・・・わかったよ・・。ごめんね、明日から行くよ・・・」
「ありがとう・・・」
吉澤は電話を切った。
翌日は朝早く家を出た。
教室に入ると昨日の受話器の向こうにいた人物が机にもたれて眠っていた。
吉澤がゆっくり近づいて背中を叩いた。
驚いた石川は一度大きな声を上げて吉澤を確認すると笑顔になった。
「よっすぃー、おはよう」
「おはよう。出てきてくれたんだ・・・」
「あのね、私今日も休んじゃおうと思ったんだよ」
「え?」
「でもよっすぃーが待っててくれてると思ったら、いつのまにか着替えて学
校に向かってた。待っててくれるなら行かなくちゃって思ったんだよ・・・」
「・・・・ありがとう」
昼になって後藤も目を覚ました。
「ご飯、行こうか?」
後藤が談笑中の石川と吉澤に言った。
「でも・・・・」
石川の顔が少し緊張した。
「いいよ、そんな心配しなくて。私たちがいるから」
吉澤が言った。
しばらく考えた後に石川は頷き自分の席に戻って奇麗な布に包まれた弁当箱を取り出した。
「いこう。よっすぃー」
3人で行く屋上。そこは一段と明るく見えた。
「いいな、梨華ちゃん。お弁当作ってもらえて」
「ほんとだよ、ちょっと頂戴よ」
購買部のパンをかじりながら二人は言った。
石川は笑顔だった。
吉澤は石川の笑顔を見て安堵した。
「いいよ、あげる」
―――3人の昼食は終わった。
放課後。
石川がいない。
「梨華ちゃん・・・何処だよ」
教室、廊下、どこにもいない。
階段を駆け上がり屋上にも出たがそこにも誰もいなかった。
図書館、食堂、トイレどこにもいない。
「何で、さっきまで一緒にいたのに」
あれこれ考えるうちに一つ、あの場所を思い出した。見落としていた。
――――校舎裏
気付いた吉澤は荷物を肩に掛けてそこに走った。
途中後藤の声がしたような気がしたが今はそれどころじゃない。
「梨華ちゃん!」
矢口と石川。またあのシチュエーションだった。
「石川、何で来なかったんだよ。待ってたのにね・・・」
矢口は右手にカッターナイフを構え言った。
「ごめんなさい・・・」
完全に脅えきった石川の声は少し震えていた。
「ごめんなさいって・・・」
「・・・・・」
「吉澤と後藤でしょ・・・・?最近アンタの周りにいる奴」
相変わらず笑顔で喋っている。
「うざいんだよ。あんたに友達ができてんのも、あの二人も。・・・・あの二人
切っていい?」
カッターナイフを見つめてまた微笑する。
「それは、それだけはやめて・・ください」
「じゃあ、あんたを切ってあげるよ!」
その瞬間石川足に冷たい風を感じた。
石川はその場に倒れ込んだ。
石川のスカートが大きく切り裂かれ、ひざの少し上辺りに一本の直線状に切り傷ができていた。
「私が呼んだらすぐ来てよ・・・」
ポケットから落ちた石川の携帯電話の液晶画面には未読のメールが一件入っていた。
吉澤は全部見ていた。
矢口か自分の方に歩いてきた。
「いたんだ、吉澤」
何も言わずただ矢口を睨み付ける。
「お友達が切られてるよ。早く行ってあげた方がいいんじゃない?」
「・・・・・・今度やったら、矢口さん・・・・死にますよ」
吉澤の言葉は非常に小さい声だったために矢口には聞こえなかったようだ。
「梨華ちゃん!」
足を押さえて泣いている石川。
「よっすぃー、やっぱり駄目だよ。私、私もう疲れたよ」
「そんなこと言わないで・・・」
吉澤も泣いている。
「ごめん・・・ごめん!」
石川は立ち上がり駆けて行ってしまった。
本当にこの前と同じシチュエーション。
「梨華ちゃん!待って!」
その後を追いかける吉澤。
「よっすぃー!」
途中の道で後藤の声がした。
「ごっちん!一緒に来て。梨華ちゃんが・・・ヤバイよ」
曖昧な表現だったが後藤は取りあえず吉澤に同行した。
石川は屋上に向かった。
ふらふらと屋上を歩く石川。
「もう嫌だよ・・・。助けてよ」
気がつくと階段から見て一番奥のフェンスにいた。
石川は空を見上げた。
いつからだろう、こんな生活になったの――――
石川梨華、中学2年。
仲のよかった一番仲のよかった友達が転校した。
友達内でのお別れ会では一人だけ泣いてしまった。
その日から学校が嫌になり始めた。
行けば普通に話せるし勉強もそこそこやっていけた。
でも本質的には一人ぼっち、自分ではそう感じていた。
いつも一緒に帰ってくれていろんな話しを聞いてくれたあの子がもういない。時々その気持ちが爆発して、一人部屋で泣いたこともあったし学校をサボったりもした。
ある日の放課後の帰り道、一人の先輩が自分に声を掛けてきた。
「ねえ、あんたいつも独りで歩いているよね。友達とかいないの?」
笑顔で声を掛けてきた。高校2年生の矢口真里。
金髪、ピアスは当時からだった。まだ黒かったひとみを見て石川は言った。
「いえ・・・あの」
そのとき石川は初めて高校生と喋った。
―――「何、今日も一人なんだ」
毎日同じ場所で声を掛けられる。
その度に石川は弱い声で軽く相づちを打っていた。
そんな事が続いたある日
「石川・・・」
何度か会ううちに名前も覚えられたみたいだ。
「はい・・・」
「いくら持ってんの?」
「は?」
突然の質問に石川は何が何だかわからず取りあえず疑問の言葉を発した。
「お金、だして・・・。会話金ね、今までの」
「・・・・何で?」
「今まで友達のいないアンタと少しでも会話してあげたこの矢口さんにお金払えって言うってるの」
「嫌・・・なんでそんな・・・」
「そう、嫌なんだ・・・」
そういうと矢口はポケットに手を入れて何かを探っている。
「そういう石川さんは・・・」
ポケットから緑色のカッターナイフを取り出した。
「え?なんですか・・・それ」
矢口はナイフを石川の顔に近づけた。
「100円で買ったんだけどさ・・切れ味いいんだ、これ・・・」
石川の頬に薄い傷が入った。何かが頬を滴る感覚が石川に伝わった。
「取りあえず、5000円で許すよ・・・」
石川は震える手で財布から5000円札を取り出して矢口に手渡した。
「ありがとう!またね」
『またね』と言う言葉がこんなにも恐く思えたことはなかった。
その日を境に矢口は石川に近づくたび金を巻き上げていた。
―――中学3年。クラス替えである少女と隣同士になった。
「後藤真希、よろしくね」
「よろしく」
後藤は石川にとても友好的だった。
いろんな所に二人で遊びに行ったりもした。
「・・・・あのね、ごっちん・・・」
下校途中の公園、辺りには小さい子供の騒ぎ声や車の音、鳥の泣く声が聞こえていた。石川は後藤に矢口との関係をすべて話した。
「そんな・・・梨華ちゃん・・・」
それから約2ヶ月。
吉澤ひとみという今では一番の親友が、新入生としてきた。
色々相談できる友達が2人も出来た。
でも矢口との関係は変わらない。誰に相談しようとも何も変わることがなかった―――――
「・・・・・・・」
石川は無意識にフェンスに手を掛け、登り始める。
それほど高さはなく直ぐに向こう側にわたる事ができた。
「梨華ちゃん!」
驚いた石川は声のする方を見た。
吉澤と後藤。
二人とも酷く息を切らしている。自分を追って、走って来たことが容易に分かる状態だった。
「なにしてんだよ!」吉澤が叫んだ。
「来ないで!」
網目の模様を隔てても石川が泣いていることは吉澤にはすぐ分かった。
「飛び降りて死のうとしてるの?」後藤が緊張した表情で言った。
「やめてよ!そんな馬鹿な・・・」
「馬鹿じゃないよ、よっすぃー。私、もう駄目だよ。矢口さんから逃げるには
死ぬしかないんだよ・・・」
「矢口さんって・・・。梨華ちゃんもうこんな事辞めようよ・・・、辛いなら私たち
が助けてあげるから」
後藤が少し声を震わせて言った。
「ごっちん、ごめんね・・・。二人がいても駄目みたい。でもよっすぃー達は悪くないよ・・・・。だからもう私のことなんてほっといて・・・」
「ほっとけるわけないじゃん。友達なんだよ・・・。お願いこっちに戻ってきて
よ!」
「無理だよ!もう死ぬよ私、全部面倒臭くなちゃった・・・・。二人に、二人に心
配かけるのも矢口さんにいじめられるのも・・・・」
「ふざけんな!」
「え?」石川の目が後藤から吉澤に向けられた。
「何が死ぬだよ、何が面倒臭いだよ!そんなに死にたいんだったら梨華ちゃん
のことを心配してくれてる人を全員殺してから死ねよ!いろんな人に心配かけ といて勝手に死のうとしないでよ!本当に自殺していい人って言うのは誰に
も心配されず、誰からも気にされない孤独な人がするものなんだよ!勝手なこ
と言わないで!」
吉澤の目からはいつのまにか涙が零れていた。
「よっすぃー・・・」
「勝手だよ・・・。おかしいよ・・・そんなの。戻ってきてよ・・・梨華ちゃん」
しばらくの沈黙。
「よっすぃー、ごっちん・・・」
石川はもう一度金網に手かけた。
間にそびえていた壁を越えてまた地面に足をついた。
「ごめん・・よっすぃー」
石川は泣きながら吉澤のもとに駆け寄った。
「梨華ちゃん・・・よかった・・」
石川を抱き留めた吉澤は石川の涙につられて泣いていた。
朝。
昨日の事件が嘘のように空は晴れ晴れとしていた。
吉澤は登校の支度を済ませて家のドアを開けた。
「あったかい・・」
外に出てまず空を見上げる。
雲一つない奇麗な空だった。
「よっすぃー!」
途中の商店街で二人分の声が吉澤を呼び止めた。
「おっす。おはよー!二人!」
後藤・吉澤・石川の三人はいつもの雑談を交わしながら、学校に向かった。
普通の中学生生活がまた戻ってきた・・・・吉澤は二人をみながら思った。
校門を超えて枯れ木となった広葉樹が両脇に植えられた道を歩いていく。
会話は途切れない。
校舎に近づくと見慣れた顔も少しづつ出てくる。
また今日も学校が始まる・・・。
また今日も友達と楽しく過ごせる時間が始まる・・・。
吉澤は少し早足になった。
それに続く後藤と石川。
玄関が近づいた。
「石川・・・・」
石川の表情に緊張が走る。
ゆっくりと声のする方に顔を向けた。
「昨日、見たよ。アンタが飛び降りようとしてんの・・・」
「やぐ・・ち?」後藤が言った。
矢口の目線は石川にだけ言っていた。
「私から逃げたくて死のうとしてたんだね・・・」
「え・・・・」
「でも吉澤と後藤に止められて結局やめたんだね・・・・」
「あ・・・・・あ」
石川の声が震え始めた。
「じゃあ・・変わりにさ・・・」
言葉を話すに連れ矢口の手がポケットに近づいていく。
「私がやってあげる!」
石川は腹部に何かが突き刺さる感じがした。それと同時にその部分が熱くなっていく。
「嫌・・・梨華ちゃん」
後藤が口を押さえて震えている。
「・・・・・・」
黙り込んだまましゃがみ込みそのまま仰向けに寝る石川。
「痛い・・・痛いよ・・・」
手で覆われた部分がみるみるうちに赤くなっていく。
石川の手も少しづつ赤くなってきた。
矢口の顔はいつもの笑顔とは違っていた。目は赤くなり少し息を切らしている様子だった。
後藤が石川に駆け寄る。
「梨華ちゃん!梨華ちゃん!」
必死に呼びかけるが石川に返事をする余裕がない。痛みよりもショックで喋れなくなっていた。
「死なないでよ!梨華ちゃん!梨華ちゃん、お願い・・せっかくここまで来たのに一緒に学校来たんだから死んじゃ駄目!」
石川の胸に後藤の涙が落ちる。
「弱いね、石川・・・。やっぱりあんたは私に勝てないんだよ。あんたが友達作ったりしちゃいけないんだよ・・・。」
矢口が冷たい目で言った。
「関係ないよ、友達作ることなんて!」
後藤は矢口を睨んだ。
「うるさいよ・・・」
「え?」
後藤が声の主に驚いて言った。
「うるさいって言ってんの・・・」
その声は吉澤だった。
「矢口さんの言う通り。言ってることは正しいよ」
「なんで?よっすぃー」
「・・・・よっすぃー・・・」
石川が一言言った。
「梨華ちゃん!」後藤は石川の頭を抱きかかえていった。
「酷いよ・・・よっすぃー、そ・・・そんなの」
少しだけ口元が笑っている。
その小さな口から一本の赤い筋が垂れた。
「酷くないよ梨華ちゃん。矢口さんの言うのは正しい。弱い人間が友達作って楽しくやるなんておかしいんだよ・・・」
「吉澤・・・」
矢口の顔がだんだんと笑顔になる。
「アハハハ、何こいつ、気が動転して私の仲間になってるよ。面白いね、アン
タ!」
「矢口さん・・・」
吉澤は矢口の後ろに立った。
吉澤は矢口の後ろに立った。
「矢口さんこないだ聞こえてなかったんですか?」
「は?何が?」
「この前校舎の裏で矢口さんが私の側を通りすぎる時・・・・私、大事なこと言っ
たのにな・・・」
「ごめん、私、耳悪いから・・・」
相変わらず笑顔で答える。
「じゃあ、もう一回言いますね」
「え?」
矢口の背中に激痛が走った。
まるでヘビー級チャンピオンのストレートパンチを喰らった様な感じ。
矢口は前のめりに倒れた。その軌道が赤い血液の曲線で描かれた。
「今度梨華ちゃんを傷付けたら・・・死にますよ」
「そんな・・・吉澤・・」
途切れる意識の中で矢口は言った。
「うるさい、馬鹿」
また銃声が校内に鳴り響く。
それまで矢口真里として動いてきた者はこの瞬間死体として動かぬ物になった。
右手に構えたブローニングハイパワーは未だ煙を吐いていた。
「いやっ・・・よっすぃー」
後藤が脅えた目で見ている。
吉澤は銃を捨てて石川に近づいた。
「・・・・・大丈夫?梨華ちゃん」
「よっすぃー?大丈夫・・・だよ。傷は・・そ、そんなに・・深く・・ないから」
石川は震えながらもなんとか体を起こした。
「ごめんね。私のこと酷いと思ったでしょ・・・。でもあれは嘘だから。それだけ
はわかって・・・」
「うん、大丈夫だよ。わかってる。よっすぃーはあんな事本気で言う子じゃない
よ・・・」
「・・・・・そっか。ごっちんもごめんね・・」
「うん・・・」
「・・・じゃあ、ここでサヨナラだね・・・・」
「え?何言ってるの?」
石川はそう言って痛む腹を少し押さえた。
「そうだよこれから救急車もくるし、一緒に病院ついてきてよ」後藤が言う。
「駄目なんだよ・・・・ごめんね」
そういうと吉澤は立ち上がり2人から距離を置いた。
「保田さん!どっかにいるんでしょ。賭けは私の負け!いいよ撃っても!」
吉澤は声を張り上げていった。
その瞬間吉澤の体がはじけるように空中に上がった。
「よっすぃー!」
後藤は吉澤に駆け寄った。
石川も傷口を押さえながらゆっくりと吉澤の方に来た。
「・・・・痛たた・・」
吉澤は石川の傷口と同じ部分を押さえている。
「よっすぃー、なんでよっすぃーも撃たれなきゃいけないの?ねえよっすぃー!」
「よっすぃー・・・どうして、私を助けてくれたのに・・・賭けって何。訳わかんない
よ」
「ごめんね・・・。梨華ちゃん・・・私・・・・・ホントはね、殺し屋なんだ」
「え?」
「私は・・人を殺してお金をもらう仕事してるんだ。転校してきたなんて嘘。でもそのお仕事が辛くてさ・・・。一回ぐらい・・・普通の女の子になって学校に通ってみたかったんだ・・・。それである人に頼んだの・・その夢かなえてくれって。そしたら・・・その人厳しくてさ・・・賭けとしてならいいって言うんだ。もし私が一年間人を殺さずに暮らすことが出来たら私の勝ち・・・・無理なら私が死ぬって事でね・・」
「そんな・・・おかしいよ」
石川の顔が涙と少々の血でぬれていた。
「でも・・・やっぱり駄目みたい・・・。人殺しは普通の女の子にはなれないみたい。これで証明された・・・よ」
「何で、よっすぃーは普通の女の子じゃん!どうして梨華ちゃんを助けたのに殺
されなきゃいけないの?!」
「ごめんね、ごっちん。でもね・・・・これだけは言えるよ・・・」
「もういいよ、喋らないで!」
「短い間・・・・だったけど、凄く・・凄く楽しかった・・・ありがとう、ごっちん。
・・・・ありがとう・・・梨華ちゃん――」
吉澤の目は閉じられた。
「え・・・よっすぃー・・?よっすぃー!ねぇ、ちょっと!起きてよ。目、開けてよ!」
後藤が吉澤の体を強く揺すった。
「よっすぃー・・・・。嘘つきだよ・・・こんなに心配してるのにかってに一人で死ん
じゃうなんてさ・・・。そんなの無いよ・・・」
必死に呼びかける二人。しかし吉澤にその声が届くはずもなかった。
後藤と石川は動かなくなった吉澤の体を抱いて泣いた。
閉じられた吉澤の目からは一粒の涙が流れ落ちていた――――
―――――あれ・・・・。死んだはずなのに・・・・。
吉澤はゆっくりと体を起こした。
「あれ、なんで・・・」
「あ、目、さめた?」
長い間聞いてなかった声。
「保田さん?」
「よっ!久しぶり、よっすぃー!」
「何でですか?私賭けに負けたんですよ!」
「あの後さ・・・」
保田がコーヒーの入ったマグカップをもって近寄ってきた。
よく見るとここはあのマンションだった。
「あんたを迎えにあの場所までいったんだ」
ベッドの端に腰掛ける。
「じゃあ、あの時は・・・」
「殺してないよ。だってあれ麻酔銃だもん、ちょっと強力なやつだけどね」
「へ?」
「まあ、いいや。あんたを迎えにいった時ね、後藤って子と石川って子が私に聞いたんだ・・・。よっすぃーはどうなるんですかって・・・よっすぃーは死んじゃったんですかって。で、私は生きてることを伝えた。安心してたよそれを聞いて。きっと凄い心配したんだろうね、あんたのこと」
「そうなんですか・・・」
「それでさ、私考えたんだよ、あんたが寝てる間。この先吉澤ひとみをどうす
るか・・・」
「・・・・・」
吉澤は考え込むように俯いた。
「考えた結果、あんたの自由にさせることに決めたよ・・・。もし、あんたがまたあの学校に戻って石川と後藤の二人と暮らしたいって言うなら私はそれを止めないよ。・・・まあそれはかなり難しい事ではあるけどね。さぁ・・どうする?」
「・・・・・・」
吉澤は黙ったままでいる。
長い沈黙。
保田は吉澤の横顔をじっと見詰めている。
「保田さん。やっぱり殺してください・・・」
「え?」
「これ以上普通の女の子演じるのは無理です。かといって仕事に戻るのも嫌だし・・・。このまま生きてても辛いだけかもしれませんから・・・。一瞬だけでも・・・幸せな経験が出来てよかったです」
「いいの?・・それじゃあ石川に言ったことが嘘になるよ」
「わかってます。この罪は地獄でって事で・・・」
「そっか・・・。・・・・あんたらしい答えかもね・・・」
「はい・・・・」
そして保田はポケットに忍ばせておいたS&W
M19を取り出した。
「じゃあね、吉澤」
「さようなら・・・・。色々ありがとう、保田さん」
銃声。
少女の血は言葉では表すことが出来ないほど奇麗だった。
吉澤ひとみ・・・・彼女の人生はここで終わった。
誰も居なくなった部屋。
1週間が過ぎたある日、郵便受けに何かが入った。
誰も見ることの無い手紙――――――
―――吉澤ひとみさんへ。
よっすぃー、お元気ですか?この住所であなたに届くことを信じています。
私もごっちんも元気でやってます。
もうすぐ受験なんで、二人で勉強とかしちゃってます。
今の生活はどうですか?
あの時、あなたの言っていた女性の「生きてるよ、こいつ」って言葉がとても嬉しかったです。
きっとよっすぃーなら生きていればどこかで楽しくやっていることでしょうね。
私は今、とても楽しくすごしています。
よっすぃーのおかげだよ。
それじゃあ、よっすぃーの生活が幸せであるように祈っています。
またいつか会える日を楽しみにしています。では。
P.S ごっちんは作文が苦手だから書きたくないみたいです。
〜石川梨華〜
『another life』(了)