あすりか
一番最初に直接お話ししたのは、市井さんの卒業コンサートのときだったです。
それまでは全っ然、興味なかったんですよ。
だって、もう辞めちゃった人ですから、福田さんは。
それにビデオで見たときは、コロコロした感じで、ちょっとかわいいかもって
思っただけでしたし……。
でも実際会ってみたら、ものすごい興味がわいてきたんですよ。
だって…ビデオのときより、ずっとやせてて……私好みだったから。
福田さんは、それからもコンサートの時に、何度か見に来てくれて、私はずっ
と「仲好し」になるチャンスを狙ってたんです。
「福田さん、石川です〜。覚えておられますか?」
「あ、はい…どうも」
ほんとに素っ気ない人。
でも、目の輝きが印象的かな?
安倍さんとか飯田さん、保田さんとかとお話ししてる横顔を見ながらそんな風に
思ってました。
それで、福田さんがトイレに立ったのを追いかけるようにして、私も席を外し
て……。
いよいよ作戦決行ですよ。ウフフ。
福田さんが開けたドアが閉まる寸前に、私も滑り込んだんです。
目の前には福田さんの背中が。間に合っちゃいました♪
入り口のカギを締めてから背後に近づいて、さっと腕を取って……
「痛い!」
やった♪
この間、チャレモニでやってた合気道がこんなところで役立つなんて。
やっぱり日ごろの行いがいいから、神様がご褒美をくれたのね♪
さて、このまま個室に押し込んで、と。
「やめ……」
福田さんは私に押さえられた後ろ手を、なんとか外そうとするけど、そんなこと
では私の技は外せませんよ?
「何…すんの?……」
苦痛に顔を歪ませながらも、気丈にふるまう福田さん。
かっこいい……。
「大丈夫。『気持ちいいこと』するだけですよ」
言いながら福田さんの胸元のボタンを外して……。
「い、いや!」
いやって言われてもやめないです。はい。
あれ? 福田さん、ブラジャーの色、ピンクなんですね。
ダメですよ。ピンクは私の色なんですから。
だからはずしちゃいますね? ホイッ!と。
「いや〜!!」
福田さんのおっぱいが揺れてます。
む。意外に大きい……。乳首もきれいなピンクだし……。
ま、まあ、私ほどじゃ……ないですよね?
何か……むかついちゃって。
ギュッ!
「い、痛っ、痛いっ!!」
力いっぱいおっぱいをつかんだら、福田さん、痛さに身をよじってます。
かわいい〜♪
ちょっと待ってくださいよ。え〜と…もう一方の腕も持ってきて、後ろで結ん
で。はい! 出来上がり。
はい、ここに座ってくださいね〜♪
そんなに足をバタバタさせてもダメですよ〜。
福田さん、顔だけじゃなくて全身が真っ赤ですよ? ほら、そのせいでおっぱい
も……。乳首なんて桜色です。まさにチェリーですね。
ほんと、おいしそ〜♪
パクッ!
「んっ!」
可愛いチェリーちゃんをなめてあげたら、福田さんは全身をビクッてさせて喜ん
でくれてます。
うふっ♪ うれしいから、もっと吸っちゃいますよ〜。
「ひ……く……っ」
もう、そんなに身もだえしちゃって、乳首も固くなって尖ってきましたよ〜?
福田さんのH〜♪
「いや……やめてっ!……」
そんなこと言って〜。もうこんなにツンツンじゃないですか〜。
ウソはダメですよ。
そうだ! 今度は…と……。
「いやあ! 本当にやめて〜!!」
よいしょ、よいしょ。それっ! はい、ショーツも脱げましたよ〜。
「…ふっ…う…う……」
あら〜? 福田さん、泣いてるんですか〜?
泣いたって私は容赦しないですよ。
それっ!
「きゃあっ!」
ゴッチン☆
あら、ごめんなさい。急に足を持ち上げたら、そりゃ、頭打っちゃいますよね。
てへっ♪ 失敗失敗。
そんなことより福田さん、あそこが丸見えですよ〜。
あら〜♪ かわいいお花がこんなところに。チュッ。
「ひぅっ! や…やめて〜!……お願いだから……」
ダメです〜。やめませんよ。
チュッチュ チュチュチュッ チュチュチュチュッ♪
「うっ…くはぁ〜っ!」
ウフッ♪ なんだかんだ言って、福田さん、感じてるじゃないですか。目も潤ん
できてるし、相変わらず乳首はツンツンだし……。
おまけにあそこも大洪水。
「ウフッ、可愛い、こんなに濡らしちゃって」
「駄目! 駄目…見ないで……」
それだけ言って、福田さんはただ首を振り続けてます。
でも見ちゃいますよ〜。
……うわあ〜、可愛い!
ホヤホヤッとした毛があそこを隠してますよ。
その奥が濡れて光ってます。花びらみたい……。
なんだか…私もドキドキしてきちゃう。
ゆっくり、その花びらにキスして……。
「ああっ!…い…石川さん……そんなところ……」
私の唇が動くたびに、福田さんの体がビクッ、ビクッて震えて……。
それにあわせて、私の体も燃え上がってきて…唇と舌の動きがドンドンとエス
カレートしてきちゃって……。
花びらの一枚を挟むように振るわせたり。
中心に舌を伸ばしたり。
その上に顔を出してる雌しべを、口に含んで舌でチロチロしたり。
福田さんは、もう「あっ! ああっ!」って声を上げて、体に走る電流に従って
のけぞることしかできなくなってます。
さ〜て、最後の仕上げです。
手を伸ばして乳首をクリクリッ。
「ひぃうっ!」
お豆を舌でコロコロッ。
「はぁ〜っ…も…もうっ!」
福田さんは今まで以上に身もだえて、のけぞって……。
「あああ!……い、いっちゃう〜っ!」
ギュウ〜ンッて目いっぱい反ってた体が、ガクッて力が抜けて、荒い息だけが
「は〜っ…は〜っ…」って途切れ途切れに聞こえてきます。
「福田さん、今はこれだけ。次はもっともっと可愛がってあげますよ」
あれから福田さんは、私を避け続けてるみたい。
なんでだろう? あんなに気持ちよくしてあげたのに。
でも、仕方ないかもしれないな。
あのとき気がついたんだけど、福田さんはまだバージンだったみたい。
ちょっと刺激が強すぎたかしら?
でも…まだまだ教えてあげなきゃいけないことが、いっぱいあるんだから。
私、福田さんと、もっともっと「仲好し」になりたいんです。
絶対に逃がしませんよ、福田さん? ウフフッ。
テレビ収録が終わって楽屋に戻ると、安倍さんが飯田さんに話しかけてたのを
聞いちゃいました。
「ねえ、カオリ。次のオフ、あいてる?」
「ん〜? あいてるけど…な〜に??」
「明日香がさあ、家に遊びに来ない?って」
チャ〜ンス!!
フフフフ…福田さん、やっぱり私たちはもう一度出会う運命なんですよ。
「安倍さ〜ん、私も連れていってくださいよ〜」
安倍さんなら比較的お話をしやすいし、おねだりしちゃいます。
「え? 梨華ちゃん……カオリ、どうしよう?」
「ん〜〜……」
「私、福田さんとお友達になりたいんですよ〜。同い年だし『仲よし』になれると
思うんですけど〜……」
困ったお顔をしてるけど、お人よしの安倍さんなら大丈夫。
「……わかった。梨華ちゃんも連れていってあげる。いいよね、カオリ?」
「ん〜〜〜………いいんじゃない?」
ほらね?
フッフッフッフ……福田さん、待っててくださいね〜。
愛しの梨華があなたの元へまいりますよ〜。
あっという間に当日です。
もう、梨華は待ちきれませんでしたよ〜。ワクワクッ♪
安倍さんたちの後ろについて福田さん宅へ。
ピ〜ンポ〜ン♪
「明日香〜! なっちが来たべさ〜」
「いらっ…しゃ〜…い……い、石川さんも?……」
ニコニコ顔で出てきた福田さんが、みるみる青ざめてる。
もう、いくら愛しの梨華が来たからって、そんなに緊張しなくてもいいんですよ。
「お願いして連れてきてもらっちゃったんです〜。福田さん、よろしくお願いし
ま〜す♪」
「…………は…入って」
部屋に入れてもらったのはいいんですけど、福田さん、ガードが堅すぎです。
絶対に私と二人きりにならないように、安倍さんか飯田さんをつかまえてるし……。
なかなか愛の時間がもてません。
流石は先輩の皆さんから、「ただ者じゃない」と言われるお人ですね。
でも私だってちゃ〜んと考えてきたんですよ♪
「それじゃ〜ねえ。明日香、また連絡するから」
「うん。じゃ、またね」
とうとう帰る時間になっちゃいました。
別に残念じゃないですよ。だって仕掛けはバッチリなんですもの。
安倍さん、飯田さんとは駅でお別れ。
「私この後、寄るところがあるんで」
駅のコンビニで時間をつぶしてから、ゆっくりと福田さん宅まで戻ります。
そうしたら、福田さんのご両親がやっておられるお店がもう開店してます。
ちょっと待ってると、弟さんが自転車で出ていかれましたよ。
そうです。今、福田さんはお一人です。ウフフッ♪
ピ〜ンポ〜ン♪
「は〜い……い、石川さん……何? どうしたの?」
ドアの覗き窓から見てるみたい。
「ごめんなさ〜い。私、忘れ物をしちゃったみたいなんです〜」
「……本当に?」
もう福田さん。人を疑っちゃいけませんよ。
「本当です〜。福田さんの部屋に、ピンクのハンカチを忘れちゃって〜」
「……ちょっと待っててくれる?」
そう言って玄関を離れていっちゃいました。
なかなかドアを開けてくれませんねえ。
それでもしばらくしたら福田さんは戻って来ました。
「…あったよ」
「ありがとうございます〜」
なんだか中でガチャガチャ音がした後に、ドアが開きました。
むむ? しっかりドアチェーンがしてあります。
ドアの隙間からハンカチだけを出してます。
「これ…」
声も素っ気ないです。
でも私は負けませんよ。
「ありがとうござ…あっ!」
ハンカチを受け取ろうとして落としちゃいました〜♪
てへっ♪ 福田さんは本当にいい人ですね。
とっさに拾おうとしてくれて。
でも福田さん。ちょっと不用心ですよ。
簡単に人を信じちゃいけません。
「!!…い、痛いっ!」
ドアから出た腕をとって、逆の手で下がった頭を押さえれば、はい出来上がり。
そのまま腕をねじって片手でもてるようにしてから、ドアチェーンを外します。
ささっと玄関に入って鍵を閉めます。
さあ福田さん、やっと二人きりになれましたよ〜♪
「あ…あんた…なんで私にこんなこと……」
「だって〜…福田さんって、可愛いんですもん」
そんな和やかな会話をしながら、ねじ上げた腕を押すようにして、福田さんの
部屋に直行です。
そのまま決めた腕をグイッとやって、ベッドにえいっ♪
て押し倒しちゃって、あのときと同じように両手を後ろ手にしばっちゃいます。
「あんた、女同士でおかしいんじゃないの?!」
「そうですか〜? じゃあ、女同士で感じちゃった福田さんもおかしいですねえ」
な〜んて愛の語らいをかわしちゃって。ウフッ。
押し倒された体勢のまま、うつむきで両手をしばられてる福田さん。
なんだか屈辱感いっぱいの真っ赤な顔。
あの目で睨み付けられてると、私の中に燃え上がるものを感じちゃいます。
それに、膝丈のスカートがまくれ上がって、ショーツが丸見えですよ。キュッと
しまったお尻にそそられちゃいます〜。
今回はさっそくショーツを下ろしちゃいま〜す。
「ちょっ?! いやあ〜!」
でも膝までね。
これであんまりジタバタできないでしょ?
私だっていろいろ学習するんですよ〜。
むき出しの白いお尻がキュートです。
さて、今度は上ですよ。
まずは服の上から胸に手を伸ばして……。
ベッドで押しつぶされてるおっぱいを、体ごとすくい上げるように両手で揉ん
じゃいます。
「やめてっ!…くっ……ちくしょう……」
いや〜ん。福田さんったら、「ちくしょう」だなんて、そんなお下品なこと
言っちゃダメですよ〜。
ほら! 私の手、福田さんのおっぱいにベストフィットでしょ?
そのままブラジャーを上にずらしていったら、縁に乳首が引っかかっちゃった。
「いや〜……あんっ……」
身をよじるようにして嫌がってた福田さんが、乳首から流れた電流でビクッと
反応して、色っぽい声を出しました。
「今、感じちゃったでしょ? ね、そうでしょう?」
耳元で言うと、ますます赤い顔で荒い息をつきながら、いやいやするように首
を振る福田さん。か〜わいい♪
そのままブラジャーを左右から引っ張って、乳首をクリクリッてして。そのたび
に、「あんっ」て色っぽい声がもれてきます。
そのうちブラジャーの縁が乳首から外れて、プルンッて感じでおっぱい全体が
出ちゃいましたよ。
「あは〜……」
なんだか福田さんの声、解放されたような、残念そうな複雑な気持ちみたいに
聞こえましたよ?
「ゆっくり見せてくださいね〜」
「あ…いや……」
あおむけに体をひっくり返したら……。
「福田さん、乳首まで真っ赤ですよ?」
ピョコンと尖った乳首が充血して口紅をぬったみたいです。
うわ〜っ、かっわいい♪
あんまり可愛いから、チュッてキス。
「いゃん……」
福田さんは顔を背けて必死に我慢してるみたい。
我慢なんてしなくていいのに。
よ〜し!気合いを入れて可愛がっちゃいますよ。
まずは、と。
ツンツン真っ赤な乳首を、舌先でつついてあげて……。
ピョコンッ、ピョコンッて舌先から逃げる乳首をドンドンと追いかけちゃいます。
「はぁ〜……」
感じてる感じてる〜。
じゃ、続いては両手でおっぱいをしぼるようにして、乳首をますます飛び出させちゃって……。
「…くふぅ……」
左の乳首は人差し指でコロコロ〜ッ。
右の乳首を口に含んで、舌先でレロレロ〜ッ。
「あ…あ…あぁんっ……」
もう福田さんは、体が真っ赤なだけじゃなくて、体温も急上昇です。
さ〜て、ここからが本番ですよ〜。
下の方に手を伸ばして……。
「…!!……いやっ……駄目っ…やめて〜!」
私の動きに気づいた福田さんが、あえぐように叫んでます。
でもごめんなさい。やめませ〜ん♪
ふわっとした柔らかい毛を越えていくと……あは〜♪やっぱりもうトロトロに
溶けちゃってますねえ。
私の指が大事なところに触れると、福田さんは身を固くして、両足をきつく閉
じて逃れようとしてます。
「大丈夫…大丈夫ですよ〜」
私は中指だけでたどっていって……割れ目に沿って滑らせて……。
くちゅっくちゅっ。
「…いやらしい音がしますねぇ?」
もう泣きそうなほどに潤んだ瞳を、恥ずかしそうに背けてます。
はあ〜っ。やっぱり、可愛いな〜……。
いつの間にか両足も緩んで、自由に手を動かせるようになってます。
私は中指と人差し指で花びらを挟むようにして、ゆっくりと指を滑らせ続けて、
同時に親指でお豆さんを揺さぶってあげました。
「はっ!…いや…いやんっ……」
福田さんは呼吸困難のように口をパクパク、体をビクビクさせて身もだえてます。
「気持ちいいでしょう?」
もう福田さんは限界寸前です。
「…もっと気持ちよくしてあげます…最初はちょっと痛いかもしれないけど……
最初だけですよ」
興奮で乾いちゃった唇をペロッとなめて、私は中指を福田さんの中へとゆっく
り……。
「!!…いっ!!……」
首ごとギュッとそらして痛みに顔をしかめてます。
「痛いのは最初だけですから……」
大きく深呼吸して、また中指を差し込んでいきます。
指から逃れるためにずり上がろうとする福田さん。
それをガッチリと押さえて、中指を最後まで差し込んじゃいます。
「っ……」
頬をつつ〜っと流れる涙がすごくきれい……。
そのままの状態で福田さんの痛みがなくなるのを待って、耳元でそっと「福田
さん…本当にきれいです」ってささやいて……中指をゆっくりと動かし始めます。
「はぁっ……んっ!」
顎を上げて荒い息遣いを必死に抑えようとして……そんな福田さんに、私はもう
メロメロです。
「あぃ…いゃ……あはぁ〜……」
今までに聞いたことのないくらいに色っぽい声。
その声を聞くだけでもぞくぞくしてきます。
指をだんだん小刻みに動かしていくと、
「いぁっ…あっ…もっ…もう…駄目ぇ〜!!」
福田さんの腰が跳ね上がって、全身もビクッビクッて痙攣して……。
「くっ…はあぁぁぁっ!」
ドサッとベッドの上に崩れて、はあ〜っはあ〜って荒い息をついてました。
「…福田さん…最高に気持ちよかったでしょう? ねえ?」
福田さんは涙をいっぱいためたうつろな瞳で天井をみつめてました。
私は覆い被さるようにキスをして、もう一度言いました。
「最高に気持ちよかったでしょう?」
こくんって小さく肯いた福田さんの目から、涙がス〜ッと流れてました。
私は嬉しくなって、もう一度キスをして……。
私が福田さん宅を出たのは、さらに一時間後でした。
その間はもちろん、ウフフッ。もっともっと福田さんを可愛がってあげたんですよ。
あれから私たちは「梨華ちゃん」「明日香ちゃん」と呼び合う仲になった。
と言うか、そう呼ばされていた。
私は元々愛想の悪いヤツだから、回りからはそこそこ仲良くやっているように
見えたかも知れない。
梨華ちゃんのことは、誰にも話していない。
あんなこと相談できる相手もいないし……。
それに…いつまでもこのままで済ますつもりはないから。
予備校から帰ってきて家で一息ついていた。
「…あ〜あ」
何故ともなくため息が出る。
何だか落ち着かなくて……悪い予感がしていた。
突然、携帯電話が鳴る。メールだ。
『私、明日OFFなの〜。いつものように家で待ってるからね☆☆愛しの梨華
より☆☆』
「……」
悪い予感が的中した。
あれから度々、梨華ちゃんのマンションに呼び出されていた。
行けば例のごとく……「いつものように」梨華ちゃんに蹂躙される。
耳知識ならともかく、その手の実体験に乏しい私に、梨華ちゃんに反抗する術
はなかった。
今はまだ……。
そう。この状況を乗り越える「何か」を見つけなければ……。
いつまでもこのままで済ますつもりはないから。
ピ〜ンポ〜ン。
「は〜い♪」
ドアの向こうから甲高い声が聞こえる。
ガチャッ。ロックの外れる音がしてドアが開いた。
「どうぞ〜♪」
梨華ちゃんはいつものようにご機嫌で、私の手を取って奥へと引いていく。
私をテーブルに着かせると、キッチンの方へととって返す。
「クッキー焼いたの〜。食べてみてくれる?」
こういうところを見ていると、本当に女の子らしい可愛さにあふれてる子だ。
「それとも…私を食べる?」
……前言撤回。
やっぱりこの子は「悪女」だ。
それにしても、この目の輝きの妖しさは何なんだろう?
本当に私と同い年なんだろうか?
「ねえ……ねえねえ」
何が「ねえ」なのか。
「気持ちいいこと…しよう?」
この子は、それ以外のことは考えられないんだろうか?
「ねえ……」
私が黙っていると、にじり寄ってきて私の二の腕を抱き込む。
肩に頬をすり寄せて甘えてくる。
ここに来るといつもこうだ。
何故なんだろう? 不思議に思う。
最終的には私を犯そうっていうのに、何故、毎回毎回、こんな風に私を誘うのか。
手っ取り早く押し倒せばいいだろうに。あの時みたいに。
突然、目の前5センチに梨華ちゃんの顔が。
驚いて仰け反るように顔を離すが、それでも迫ってくる。
私が何も言わないからか、唇を尖らせて不満顔。
「…キスして……」
目をつぶる。
そんなことは嫌なことだ。
……が、このままの体勢は首が痛い。
梨華ちゃんの肩をつかんで横にずらしながら、顔を避けるようにして立ち上がる。
自然と梨華ちゃんの耳元を、私の鼻先がかすめる。
瞬間、梨華ちゃんがビクッと体を震わせた。笑顔が消えている。
今のは…何?
急に立ち上がった梨華ちゃんは、私の手を乱暴に引いてベッドに連れていこう
とする。
「気持ちいいことしよう!」
何だかイラついてるみたい。
私を無理矢理にベッドに押し倒す。
結局、最初からこうしたかったんでしょ?
どこか冷めた目で状況を見ながらも、梨華ちゃんの手を阻むことは出来ないで
いた。
振り払おうとはするけど、梨華ちゃんは私の手の動きの隙をついて迫ってきた。
服の上から胸をつかまれる。
違う。「つかむ」じゃなくて「包む」。
嫌悪感をもっていても、「包まれた」瞬間、ほわっとした心地よさを感じてし
まう。
きつく口をつぐんでいても、唇が合わさると何故か梨華ちゃんの舌が入ってく
ることを拒めなくなってしまう。
ギュッと両足を閉ざしていても、梨華ちゃんの手で太股をさすられると足腰に
力が入らなくなってしまう。
頭が真っ白になって、いつの間にか服を脱がされてしまっている。
そして、いつの間にか梨華ちゃんも同じ姿で……。
悔しいけど……私の体は、梨華ちゃんに支配されている。
私自身も知らない、私の体のスイッチを梨華ちゃんはすべて把握している。
梨華ちゃんに吸われて、乳首はもう限界まで立ち上がっている。日ごろじゃ見
たこともない赤みを帯びている。
赤すぎて黒ずんでしまっているように見えるほどに……。
「下」も同じ。
梨華ちゃんの指をしっかりくわえ込んで、私の意思に関係なく、ひくひくと収
縮を繰り返す。
その少し上では、梨華ちゃんの親指に「いい子いい子」されて、肉の芽が大き
く膨らんでいる。
「あ…あぅ…いゃあ……」
誰が発しているのかと思ったよがり声。
「だ、駄目…そこは……くふぅ……」
何ていやらしい声だろうと思った。
その声に合わせて梨華ちゃんの指が、唇と舌が動きを早めていって……。
「…やっ……はぁっ……いっ…いくっ……いっくぅ!!!」
私は果てた。
へ〜。私って…あんないやらしい声も出せるんだ。
意識が真っ白になりながら、そんなことを思っていた。
ピンク色の視界が急速に降ってきた後、ス〜ッと意識が戻る。
梨華ちゃんの部屋の色。
「ウフッ、明日香ちゃん可愛かったよ〜♪」
寄り添うように寝ていた梨華ちゃんが、肘をついて上から見下ろしていた。
私の目の前には、梨華ちゃんの形のいい耳があった。
梨華ちゃんの耳……。
テーブルでの不審な出来事のことが蘇ってきて……その時、チカッと私の頭の
中に光が点った。
もしかして……。
ゆっくりと顔を背けて……梨華ちゃんの耳に、フゥッと息を吹きかけた。
「イヤァッ!!」
必要以上に驚いて逃げようとする。
やっぱり!
この時を逃しては駄目。そう直感して、梨華ちゃんの頭を抱き留める。
「放して〜!!」
叫ぶのを無視してグッと引き寄せて…耳に口づけ。
「だ…だめ〜…あ…あ……」
梨華ちゃんの体から力が抜けていくのが感じられた。
唇で耳たぶを挟んだまま、舌でチロッとなめる。
反対側の耳も、指でス〜ッとなぞる。
「あぅ…あ……あ…だめ…あ……」
梨華ちゃんは、私の頭に手を伸ばして引き離そうとしているけど、その腕には
全然力がこもってなかった。
さっきまでの私と同じ状態。
顎を上げて口をパクパク。何とか呼吸しようとするけど、絶え間なく飛び出す
あえぎ声に、それさえもままならない。
いつもの梨華ちゃんの妖しさは微塵もなかった。
カプッと耳を甘噛みすると、梨華ちゃんの体全体が仰け反って、声にならない
「ヒュ〜ッ」という笛のような音を立てた。
耳元から、つつぅ〜っと首筋へと指を這わせる。
「…いゃ…いや〜!…あ…あ…やめて……」
弱いのは耳だけじゃないみたいだね。
そう言えば、これまでもキス以外は首から上に触られることを避けていたように
思う。
「梨華ちゃん…可愛いよ」
耳元で囁くと、それだけで身もだえる。
「…助けて……」
かすれるように聞こえてくる言葉。
「何を?…私はただ、梨華ちゃんに気持ちいいことをしてあげるだけだよ?」
私は…笑っていた。
まさに復讐の笑みだ。
腕を伸ばして触ると、そこはもう濡れていた。
梨華ちゃんの妖しい花びらに沿って指を這わせると、クチュクチュといやらし
い音がする。
「梨華ちゃんは、もう初めてじゃないよね?」
あえぐばかりで返事はない。
ゆっくりと花びらの中へと指を進める。
驚くぐらいの熱さだった。
何かに憑かれたように蠢く梨華ちゃんの腰。
「いゃ…だめ…そこ…あぅ……」
そんな声とは裏腹に、梨華ちゃんの「そこ」は私の指を奥へ奥へと誘う。
指先にほかの部分とは違う、つるっとした感じの場所が当たった。
「はぅっ…あ…あ…だめ…だめ〜……」
ギュ〜ンッと仰け反って、息も絶え絶え。
「梨華ちゃん、ここ? ここがいいの?」
聞きながら、そこを集中的に責めた。
「いゃっ!…いゃっ!…だ…もうっ……だめ〜!!!」
信じられないくらいの力で私の指が締め付けられ、梨華ちゃんは、私をはじき
飛ばす勢いで仰け反った。
指から「そこ」が痙攣しているのが伝わってきた。
それだけじゃない。
梨華ちゃんの体のあちこちが、ヒクヒクと痙攣していた。
エクスタシーに震える「女」を私は初めて目の当たりに見た。
一種壮絶で、それでいて美しかった。
私も…私もさっきはこんなに美しくなれたんだろうか?
はあ〜っ、はあ〜っと荒い息をつく梨華ちゃんを見下ろしながら、そんなこと
を考えていた。
しばらくして、涙で潤んだ目で梨華ちゃんが私を見上げた。
私が言う言葉はこれしか浮かばなかった。
「…梨華ちゃん…最高に気持ちよかったでしょう? ねえ?」
「…やっぱり私、ダメな子なんです〜」
「いや、そんなことないから」
「そんなことあります〜」
さっきからこの繰り返し。
意識が戻ったと思ったら、いきなりシクシク泣き出して……。
「…やっぱり私、ダメな子なんです〜」
第一声がこれだった。
「元々の被害者は私でしょ!」…とは流石の私でも言えなかった。
「ごめんね、梨華ちゃん……私、やり過ぎちゃったみたいで……」
襲われてバージンまで奪われて、その上何故、謝らないといけないのか?
頭の中をこの命題がグルグルと回る。
それでも梨華ちゃんに泣かれると、本当に可哀想に思えてくるから……。
客観的に考えると、やっぱり「悪女」の素質十分だね。
なかなか泣きやまない梨華ちゃんを、なだめすかしてよくよく話を聞いてみた。
第一の感想……「呆れた」。
何でも、梨華ちゃんは元々から感じやすい体質らしく、特に首から耳にかけて
触られると、もう駄目らしい。
その上に惚れっぽい性格。
それも男女の別なく……何だかなあ。
まあ、その両方が相まって、つき合う男、つき合う女、事に及ぶと、必ずのよう
に梨華ちゃんが先に果てちゃうんだとか。
最初は、「可愛いね」とか言ってくれるらしいんだけど、それが毎回のこととな
ると、相手は怒って別れ話になる……梨華ちゃんの話をまとめると、そういうこと
だ。
振られ続けてコンプレックスになったと……。
梨華ちゃんも頑張って、私が受けたようなテクニックを磨きまくったらしい。
つまり、私はある意味、そのコンプレックスを解消する実験台にされたという
ことだ。
梨華ちゃん本人には、その自覚はないみたいだけど……。
でも、そんなテクニックを身につけても、感じやすい体質が変化するわけもない
のに……。
「はあ〜あ……」
梨華ちゃんの境遇と、そしてそれに図らずも巻き込まれちゃった私。
やっぱり「呆れる」しかないじゃないか……。
ん? そんなに惚れっぽい梨華ちゃんが、モーニング娘。に入ったってことは……。
「梨華ちゃん…娘。のメンバーにも、手、出しちゃったわけ?」
大きく首を振る梨華ちゃん。
「…失敗しちゃいました」
メンバーは無事か……ん? 失敗って……。
「手、出そうとしたの?」
「はい」
何の躊躇いもない。
「……誰に?」
「中澤さん……」
裕ちゃん?
またそれは…すごいところに手を出そうとしたんだねえ。
「……何で? 何で裕ちゃんに…その…好きになっちゃったの?」
「最初にキスされちゃったときに……もう…愛を感じちゃって」
あ〜…勘違いしちゃったんだ。
キス魔の裕ちゃんらしい惚れられ方だね。
「で? どうしたの?」
梨華ちゃんのことだ。
流石に相手が裕ちゃんだから襲うようなことはないだろうけど、近いことはした
に違いない。
「え〜と……二回目にキスされたとき…二人っきりだったから……舌を入れたの……」
……何をするかな、この子は。
頭が痛くなってきた。
「はあ……で? どうなったの?」
私がそう言うと、梨華ちゃんはモジモジと恥ずかしがっていたけど、重ねて聞く
と、赤くなって答えてくれた。
「…反撃されて……立て続けに……いかされちゃった……」
い…いかされた?!
「……反撃って?」
その時のことを思い出してたんだろう。
梨華ちゃんは、夢見るような目で中空を見つめてた。
「すんごい舌を絡めてきて…息ができないくらい……すぐに首筋とか…弱いところ、
あっという間に見つけられて……」
あ〜…そうですか……。
梨華ちゃん…今も半分いっちゃってるみたいな、いやらしい顔だよ。
「…それで…いかされちゃったんだ」
「はい…はっきりわからないけど…三回くらいかな…それで……」
「それで?」
「中澤さん、すごい妖しい目で見てて『こんなこと、もうやめや〜』って笑って
て……」
「ふ〜ん」
「それで…『もし、ほかのメンバーにこんなことしたら…』…チュッて可愛いキス
してくれて…『…言わんでも、わかるやろ?』って」
怖っ!
「…最初の裕ちゃんで、すごい釘刺されちゃったんだ」
「はい…だからほかのメンバーには、手、出してません……」
梨華ちゃん、すごい残念そうな顔をしてたから嘘じゃなさそうだ。
「梨華ちゃんさあ…そんなに焦らなくてもいいんじゃないの?」
「だって!…私も…誰かに愛されたいから」
すごい寂しそうな顔だった。
まあ、やり方はともかく、気持ちは分からないでもない。
私もどっちかって言うと、自分の気持ちを伝えるのが苦手な方だし……。
「大丈夫。梨華ちゃん、こんなに可愛いじゃん。感じやすいっていうのも、それ
自体、別に悪いことじゃないし。焦らないで、ちゃんとした相手を見つければい
いんだよ。その〜…セ…セックス、だってさ、相手が協力してくれれば、お互い
に満足できるはずだし……」
は、恥ずかしい!
大体、誰かを慰めたりとか、こういうのは私の柄じゃないんだよ。
まったく、もう……。
それでも、梨華ちゃんは真剣に聞いてくれていた。
私のへたくそな慰めでも、感動してくれたみたい。
ちょっと涙目になってるし。
「明日香ちゃん……私…私……ありがとう!」
私の両手をガシッとつかんで、そう言った。
「いや…あの…頑張ってよ、梨華ちゃん。私に出来ることだったら協力するし…
…あの…私たち…友達じゃない…」
照れながら言った私の言葉に、梨華ちゃんは首を振った。
何で?
「友達じゃイヤ!」
え?
「私…明日香ちゃんのこと…本気でスキになっちゃった」
はあ?!
「明日香ちゃん…私と…正式に付き合ってください。お願いします」
梨華ちゃんの表情は、あくまで真剣。
私をからかってるわけじゃなさそうだ。
瞳なんかキラキラ輝いちゃって……可愛い……。
「……せ…正式って? 私たちは女同士だし、付き合うとかそんな問題じゃない
でしょ?!」
「どうして? 私が変な子だから? 私、やっぱりダメな子なの?」
そういう言い方、何かずるくない?
「いや…別に…そんなこと言ってないじゃん……」
「だったら! お願い!」
涙をいっぱい流して、すがるような目で私を見てた。
こんな状況で、私にほかにどんな返事が出来ただろう。
梨華ちゃんの表情が一変して、今度は嬉し涙をいっぱい流して、私に抱きつい
てきた。
「ありがとう! 明日香ちゃん…私…私、頑張るね……」
嗚咽まじりに喜びを口にしていた。
あ〜あ……私…「いいよ」って言っちゃったんだ。
私…今後どうなっちゃうんだろう……。
感じやすい体質のテクニシャンな女の子に抱きつかれながら、自分の将来に不
安を感じずにはいられなかった。
あの日以来、私と明日香ちゃんは「清く正しい交際」を続けてます。
メールのやり取りしたり、長電話したり……。
そしてOFFの明日は、ついにデート♪
原宿にお買い物に行って、お昼食べて、家に戻って得意のケーキ作りを教えて
あげるんです。
やってることは普通のお友達とかわらないけど、本当の私を知ってそれでも仲
良くしてくれる明日香ちゃんは、私にとって二人といない特別な人。
今から張り切っちゃいますよ〜!
明日の予定をあれこれ考えて楽しんでる私に、よっすぃ〜が近寄ってきた。
「梨華ちゃん、明日のOFF、どっか行かない?」
「ごめ〜ん。もう予定が入っちゃってるの」
「え〜…そっかあ…じゃ、あさっては?」
あさってもOFFだけど、明日香ちゃんは予備校。一人でさびしいなって思っ
てたから…。
「あさって?…いいよ」
って言ったんだけど…そのとき、よっすぃ〜の笑顔がなんか妖しかったような…。
「ホント? じゃあ、梨華ちゃんちに迎えに行くよ」
「…うん。待ってるね」
このごろ、よっすぃ〜はますます男の子チックでかっこいい。
中澤さんの釘と明日香ちゃんがいなかったら、私、絶対に襲ってるね。
はっ! いけない、いけない。
明日香ちゃんと約束したんだから。こんな想像してちゃダメよ、梨華!
明日香ちゃん一筋!
I
love 明日香ちゃん!!
私が自分の中で戦ってる間に、よっすぃ〜はごっちんにつかまってた。
「よっすぃ〜、明日デートしようよ〜」
「明日? いいよ。どこ行こっか?」
「う〜んとねえ……」
腕なんか組んじゃって、仲良く出て行っちゃった。
いいなあ。私も明日香ちゃんと腕組んで歩きたいよ〜。
でも明日香ちゃん、恥ずかしがり屋さんだから嫌がるかなあ?
腕ぐらいならいいかなあ?
「石川。後藤と吉澤知らない?」
私が重大問題に思いをめぐらしてると、保田さんが入ってきた。
「ごっちんとよっすぃ〜なら、今、仲良く出て行っちゃいましたよ」
「そう……」
保田さんは、考えるときの癖でアゴに手をやってちょっと上を向いていた。
「どうかしたんですか〜?」
「ん〜?……石川」
「はい?」
「…吉澤には気を付けな」
保田さんは、いっつも真面目だけど、いつも以上に真剣な顔をしてた。
「え?…よっすぃ〜がどうかしたんですか?」
保田さんは、ちょっと入り口の方を振り返って、それから私の目を見て言った。
「…吉澤と後藤は付き合ってるんだよ」
「あ、やっぱり……」
あの二人は本当に仲がいいし、そうかなあとは思ってたんですよ。
「それは別にいいんだ。あくまで二人の問題だしね」
保田さんは頷きながら「いいんだ」って繰り返してます。
「ただね…後藤と付き合ってるのに、なっちとか石川とか…矢口を見るときの吉
澤の目が…妙に色っぽいんだよね……」
「そんな……」
一瞬、さっきのよっすぃ〜の妖しい目を思い出しちゃいました。
「それで…ちょっと調べてみたんだけど……吉澤って女子校じゃない?」
「はい」
「女子校の吉澤の友達とかに探りを入れてみたんだけどさ……」
さぐりって…保田さんは探偵さんだったんですか?!
「吉澤って…かなりの…『プレイガール』だったんだって」
『プレイガール』?!
何ですか〜?
「相手は女に子ばっかり。次々告白されちゃって大変だったって…それでさあ…
二股とか三股とかは普通で、告白する方もそれを承知だったって……」
保田さんは「信じられない!」って感じで怒ってた。
こう見えて保田さんは、お母さまに厳しくしつけられたらしいから、そういう
ことは許せないのかも。
「今は後藤と、結構マジに付き合ってるみたいだからいいんだけど……後藤を傷
つけるようなことだけは絶対に許せないから…石川も気づいたことがあったら教
えてね?」
「……はい」
私はまだ信じられないところもあったけど、取りあえず頷いた。
「石川も誘われちゃったりするかもよ。気を付けなよ?」
そう言ってから私の肩をポンと叩いて、保田さんも部屋を出ていっちゃって…。
……よっすぃ〜が『プレイガール』?…ホントかなあ?
あさって一緒に遊ぶ約束をしたけど、それは友達としてだよね?…保田さんの
話を聞いちゃったら、何だか不安になってきちゃったです。
そんなことを考えながら、ふと時計を見ると、予定の時間を回っちゃってました。
「いけな〜い。明日の準備をしなくっちゃ♪」
慌てて帰る私の頭はもう明日香ちゃんとのデートのことでいっぱいで、よっすぃ〜
のことはすっかり忘れちゃってました。
当日待ちきれなくて、約束の時間の十五分前から駅前で待ってたら、明日香
ちゃんも十分前ぐらいに来てくれて…明日香ちゃんも待ちきれなかったのかなぁ?
って嬉しくなったのに……。
「へえ。梨華ちゃんも、ちゃんと待ち合わせ十分前集合が身についてるんだ」
って感心されちゃった。
明日香ちゃんは娘。時代の習慣で、いいことだからプライベートでも続けてる
んだって。
やっぱり明日香ちゃんはすごいなって思ったけど……ちょっとさびしい……私
はこんなにワクワクしてるのに、明日香ちゃんはいつも通り涼しい顔なんだもん……。
何だか悔しいから、「行こっか?」って言いながら、さっと明日香ちゃんの腕
をとって、腕を組んで歩き出しちゃった。
明日香ちゃんはびっくりしてたけど嫌がらなかった。
勇気を出して腕組んでよかった♪
それからお洋服屋とかアクセサリーを一緒に見て回って、二人でピアスを買っ
たんです。
そのとき私はおねだりしちゃって……。
「ね、お願い! 私、夢だったの」
両手を合わせて頼み込んじゃいます。
「え〜…でも……」
「ピアス、片方ずつ交換しようよ〜。二人の記念に…ねえ、お願いだから」
明日香ちゃんを困らせるのは胸が痛むけど、どうしても二人の記念のものが欲
しかったから、ねばりにねばっちゃったんです。
「…でも…私、ピンクのハートは勘弁してほしい……」
私が手に持っていたのはピンク色のハート型。
明日香ちゃんは空色の星型。
私が好きな可愛らしい系は、明日香ちゃんは苦手。
「…だ、だったら…私、こっちの星型の黄色のでもいいから〜…お願い、明日香
ちゃん!」
ピンクのハート型にも未練はあるけど、とにかく明日香ちゃんとの記念をつくる
ことが先決だから……。
明日香ちゃんは、軽くため息をついて、
「…わかった。交換しようね」
「ホント?! やった〜!!」
思わず大きな声を出しちゃった。
うれしい! 私と明日香ちゃんの記念のピアス。
買って、すぐに付けっこして……黄色と空色で色違いの星型ピアス。
二人でおそろ。
何だかちょっと……涙が出そうになって、明日香ちゃんを驚かせちゃった……。
無理なおねだりしちゃったから、お詫びにアイスクリームをおごっちゃう。
ストロベリーとチョコミントを買って、待ってる明日香ちゃんのところへ急ぐ。
「お待たせ〜♪ 明日香ちゃん、どっちがいい?」
明日香ちゃんは不思議そうな顔をして、フッて柔らかく笑った。
「バニラ」
「え〜っ!!」
バ…バニラがよかったの? どうしよう……。
「…私、買ってくるね」
「うそうそ。チョコミントちょうだい」
いたずらっ子みたいな瞳で私を見てる。
ひど〜い……でも…その瞳が可愛いから…許しちゃう。
お昼はもちろんパスタよね。
前からお気に入りだったお店に明日香ちゃんをエスコート。
向かい合ってペペロンチーノなんかつつきあって……二人の耳には、片方が
空色、もう片方が黄色のおそろの星型ピアスが……。
完璧っ! きのうの夜、シミュレーションした通りの二人きりの時間。
明日香ちゃんは、そんなに口数の多い方じゃないけど、私の話をニコニコし
ながら聞いてて、時々アドバイスとかツッコミとか、豆知識とかを話してくれる。
本当に明日香ちゃんって物知りなのにビックリする。
一般常識なのかも知れないけど、私の知らないこと、学校じゃ習わないよう
なことをたくさん知ってる。
だから尊敬しちゃうし……もっと大スキになっちゃった♪
それから材料を買いこんで、お家でケーキ作り。
ここは私の見せ場よね。
「難しいねえ」
って言ってる明日香助手を従えて、チョコレートケーキ作りに精を出しちゃいます。
ここでも明日香ちゃんは聞き上手で、
「へえ、そっかあ。流石に上手だね…で、ここはどうするの?」
とか言われて舞い上がっちゃって、ほとんど私一人でつくってたような気が……。
ま、明日香ちゃんに食べてもらえて、
「美味しいね」
って言ってもらえたから、いいかな。
「あ、もうこんな時間。私、帰らないと」
明日香ちゃんの無情なお言葉。
「え〜…もう帰っちゃうの?」
「ごめんね……」
表情には出てないけど…でも、明日香ちゃんもさびしそう……。
でも…明日香ちゃんの会えるのはOFFのときしかないのに。
少しでも一緒にいたいから、駅まで送っていく。
でも、駅が近すぎて…あっという間に着いちゃった……。
「…ねえ…明日、予備校に行くんでしょ?」
「うん」
「……終わったら…会えないかなあ?…ほら、晩ご飯とかつくるし……」
無理なことを言ってるのは分かってる。
でも…少しでも明日香ちゃんに会いたいよ!
「…いいよ」
って明日香ちゃん。
「ホントに?!」
「うん。予備校から直接ここに来るよ。その方が近いし」
やったあ!
「腕によりをかけて美味しいご飯つくって待ってるから!」
「期待してるよ。じゃ、きょうはこれで」
明日香ちゃんはニコッて笑って、改札口を通っていっちゃった。
一人で歩く帰り道は…とってもさびしかった。
次の日。
約束通り、よっすぃ〜が来た。
保田さんの忠告なんて、完全に忘れちゃってた。
でも…あんなことになるなんて……。
きのうとは違う意味で、私にとって忘れられない日になった。
「紅茶でいいかな?」
「うん。ありがとう」
よっすぃ〜がこの家に来るのは二回目だけど、前は矢口さんも一緒だったから、
二人きりは初めて。
部屋の中を見渡したりして、よっすぃ〜は物珍しそうにしてる。
「ねえ…梨華ちゃん」
「なに?」
「…福田さんと…付き合ってるの?」
薄い笑いを浮かべながら、よっすぃ〜は私の方を見てる。
「な…ど、どうして?」
何か声がひっくり返っちゃってる。
「きのう、ごっちんと原宿に行ったら、梨華ちゃんが福田さんと歩いてるの見ちゃっ
たんだあ」
見られてた……別に…別にやましいことは何もないけど…認めちゃってもいいの
かなあ?
「…お友達になったんだよ」
「へえ…そうなんだ……」
よっすぃ〜は目を細めて私を見てた。
まるで獲物を狙う狼の目のように鋭かった。
ス〜ッて私の横に近づいてきたけど、なぜか動けなかった。
「な〜んだ。私はてっきり…もうこんなことしてるのかと思ったのに」
言い終わるより早く、私の唇は奪われていた。
「いやっ!…やめ……あぁんっ!…いゃ〜……」
顔をそむけて立ちあがろうとしたら、よっすぃ〜の手が私のうなじをなで上げた。
逃げたいのに…膝に力が…入らないよ……。
「…よっしぃ〜……や…やめて……」
そんな私の言葉なんか耳に入らないように、面白そうに眺めてるよっすぃ〜が
いた。
「へえ、やっぱり首筋が弱いんだね。そうじゃないかって思ってたんだあ」
首筋を這うよっすぃ〜の指が動くたびに、私の体はビクッ、ビクッと震える。
それを眺めながら、よっすぃ〜は笑ってた。
「な〜んか…面白いよね。梨華ちゃんの体って……」
文字通り、私はよっすぃ〜に弄ばれてた。
悔しい…悔しいけど…今の私には何も出来なかった。
「…たす…けて…よっ…すぃ…助け…て……」
ただひたすら、よっすぃ〜の興味が私から去るのを願うだけで……。
「梨華ちゃん…もっと気持ちよくしてあげる」
それは最悪の状況を示す言葉。
「いゃっ!…よっすぃ…やめてっ!……」
懇願する私を無視して、抱き上げてベッドへと運ぶ。
横たえるのももどかしそうに、すぐに耳元を中心にキスの嵐。
逃げることも出来ず、ただあえぐだけの自分がイヤ。
よっすぃ〜は手馴れたもので、いつの間にかショーツの中の濡れたあそこにも
手が伸びていた。
腰から下が燃えるように熱い。
よっすぃ〜の指が触れるたびに、熱が広がっていく。
「あっ…あぅっ…はあっ!…も…もう……」
目の前がチカチカする。
ダメ…感じちゃ…イヤだよっ!…こんな…こんなことで…なんで感じちゃうの!
もう頭に霞がかかって、よく分からなくなっちゃってた。
明日香ちゃん…明日香ちゃん…ごめんね…ごめん!
「梨華ちゃん…もう…いっちゃいなよ。ほらっ!」
私の中に入ってた指が二本になって、すごい勢いでこすりあげてた。
「…!…くぁっ!…あ…ぁう…ぃやぁ〜っ!……」
あっけなく、私はよっすぃ〜に屈してしまった。
意識が戻ったときには、私は一糸まとわぬ姿だった。
「…はぁう…いゃ…あ…きゃぅっ……」
何度も私は、いっちゃって…何度も空が落ちてきて、そして遠ざかっていった。
ベッドの片隅には、私の服と下着が投げられてるのが見えた。
そこには…あの明日香ちゃんとおそろのピアスも……。
相変わらず、よっすぃ〜の耳へのキスに体の自由を奪われながら、私は必死で
腕を伸ばしてた。
明日香ちゃんと…おそろの…ピアス。
指にかかりそうになったときに、よっすぃ〜の指が私の充血して立ち上がった
乳首を捻りあげる。
声も出せずに反りあがる背中……。
それでも、焦点の定まらない視界を頼りに、ピアスを求めた。
「梨華ちゃんすごいね。さっきからいきっぱなしじゃん。気持ちいいでしょ?」
よっすぃ〜は、簡単にいっちゃう私を、明らかに面白がっていた。
ただひたすらに私をいかせ続けてた。
このまま私はおかしくなっちゃうかも……本気でそう思った。
そんな私を助けてくれたのは、明日香ちゃんだった。
明日香ちゃんとおそろのピアス。
やっとの思いでつかんで…握りしめた。強く握りしめた。
手のひらから全身に痛みが走って……次の瞬間、私はよっすぃ〜を弾き飛ばして
た。
「痛ってえ……なんだよ、もう……」
口調はとぼけた感じ。でも、私を見る目はすごく怖かった。
「もういいよ…私、帰る」
さっさと自分だけ服を着て、よっすぃ〜は帰っていった。
バンッていうドアの音を残して……。
私は身動き一つ出来なかった。
足腰にまったく力が入らなかったし、何より精神的なショックが大きすぎたから。
「…明日香ちゃん……」
その名を口にして、私は泣き続けてた。
私…明日香ちゃんの恋人にふさわしくないね。
明日香ちゃん…やっぱり…私の体…ケガレちゃってるみたいだよ。
予備校からの帰り、私は梨華ちゃんの家へと急いでた。
「梨華ちゃん、張り切ってるんだろうなあ」
その姿を思い浮かべて、ちょっとほほ笑ましくなっていた。
つきあい始めた当初は、どうなることかと思ってたけど、素の梨華ちゃんは、
とてもいい感じ。
ちょっと単純、良く言えば素直で、ネガティブなところもあるけど頑張り屋
さんだった。
その頑張り屋さんなところが悪く作用すると、私を襲ったようなことになる
わけだけど……。
性に対する考え方の違いを除けば、梨華ちゃんとは上手くやっていけそうに
思う。
昨日のデートで、梨華ちゃんの可愛いところ、いっぱい見つけちゃったし、
私自身も満更じゃない気がする。
その…梨華ちゃんを…好きになってきてる。
ピ〜ンポ〜ン……
そんなこんなを考えてるうちに到着。
でも、さっきからチャイムを鳴らしてるのに、梨華ちゃんは出てこない。
ピ〜ンポ〜ン……。
「おっかしいなあ……買い物かなあ?」
不審に思いながらノブを回すと、何の抵抗もなくドアが開いた。
「梨華ちゃん?」
玄関から呼びかけても返事はない。
「鍵をかけ忘れるなんて不用心だなあ」
帰ってきたら注意しなきゃ、とか考えながら、上がって待つことにする。
「お邪魔しま〜す」
部屋の中に入ると、妙なにおいがした。
生ぬるい感じの空気が、何となく酸っぱかった。
「何だろ?これ」
どこかで覚えのあるにおい……。
そのにおいの向こう側、ベッドの上に……梨華ちゃんはいた。
真っ裸で涙を流しながら、焦点の合わない目で天井を見上げてた。
「り…梨華ちゃん?!」
私の声にうつろな視線を向ける梨華ちゃん。
梨華ちゃんの変わり果てた姿に、一瞬立ちすくんじゃって…ハッと気がついて、
梨華ちゃんの方へと近づい……。
「いやあ〜〜!!こないでえ〜!!」
梨華ちゃんが絶叫してた。
私を見て、叫んでた。
「だめえ〜!!!こないでえ〜〜!!」
自分の体を手で隠すようにしながら後ずさって、ベッド際で震えてた。
「梨華…ちゃん……」
呼びかけても、梨華ちゃんは身をすくめて嗚咽を漏らして、かすれる声で何かを
繰り返すばかり。
「どうしたの…梨華ちゃん…しっかりして!」
ゆっくり近づいて触れようとしたとき、梨華ちゃんが繰り返している言葉が聞こ
えてきた。
「…ごめんなさい…明日香ちゃん…ごめんなさい…」
って……。
何で? 何で謝ってるの?
「梨華ちゃん…しっかりして。私、何にも怒ってないよ。ね?」
それでも梨華ちゃんは、涙を流して首を小さく振るだけだった。
梨華ちゃんに一体、何が起こったの?
乱れたベッド。そこからから落ちそうな服と下着。
ベッドの中央はグショグショに濡れている。酸っぱいにおいの源。
リビングを見渡すと、逆光に浮かび上がってテーブルの上に飲みかけのコップ
が二つ。
私が来るまでに、梨華ちゃんのほかに誰かがいた。
その誰かが…梨華ちゃんに……私の梨華ちゃんに乱暴した。
状況が疑いようのない事実を、私に告げていた。
カッと頭に血が上る。
でも…それよりも今は、梨華ちゃんの心を助けないと。
「梨華ちゃん…」
脅かさないようにゆっくりと肩に手を置く。
「…ごめんなさい…私…私…ケガレてる……」
絶望を体全体で表し続けてる梨華ちゃん。
「そんなことない!…そんなことないよ、梨華ちゃん」
肩に置いた手にグッと力を入れて引き寄せる。
自分の気持ち、今ハッキリ分かったよ。
私は梨華ちゃんのこと好きだよ。好きになっちゃったんだ。
「梨華ちゃんは梨華ちゃんのままだよ…私の好きな…大好きな梨華ちゃんのまま
だよ……」
額と額をつけるようにして、梨華ちゃんの瞳を真正面から見つめる。
一瞬、梨華ちゃんは目を背けようとしたけど、真っ赤な目で私を見つめ返して
くれた。
今出来る最高の笑顔で、私は梨華ちゃんを見つめ続けた。
梨華ちゃんを好きな私の心は変わらないよ!
言葉じゃとても届きそうにないから、必死で梨華ちゃんを見つめてた。
キッチンから、蛇口から水の落ちるポトンッ、ポトンッて音が、一定の間隔で
聞こえてくる。
梨華ちゃんの瞳が、次々に色を変えて……。
何十回、水の音が聞こえたんだろう。
「…私……」
「ん?」
聞き逃しそうなほどに細い声。
「私…明日香ちゃんのそばに…いてもいいの?」
「当たり前じゃん……それとも…梨華ちゃん、私のこと嫌いになった?」
ブンブンと首を振ってる。
「じゃ、何の問題もないじゃん…私も…梨華ちゃんのこと…大好きだよ」
私を見つめる梨華ちゃんの瞳が、また涙で曇って…何かを必死に飲み込むよう
に喉が動いて……。
そして梨華ちゃんは……私にすがりついて泣いた。泣き続けてた。
私は…ほかに何もできないから、ギュッて強く抱いて…額にキスをしてあげた。
梨華ちゃんを守ってあげたい。
私の腕のなかで泣きながら震えてる、こんなに愛しい梨華ちゃんを傷つけるヤツ
は許せない!
沸々と湧き上がってくる怒りが、胸を焦がしていた。
「梨華ちゃん、体洗おう。立てる?」
梨華ちゃんは、ふるふると首を振る。
事実、足腰の自由が利かない状態みたい。
こんなになるまで……こんなになるまで、私の梨華ちゃんに何をしたっ!
改めて行き場のない怒りが湧く。
「……お風呂場まで連れていってあげる。体も洗ってあげるよ」
ポッと恥ずかしそうに顔を赤らめて、小さく肯く。
可愛いなあ…。
よいしょっと抱き上げてお風呂場まで慎重に運ぶ。
お湯の抜けた浴槽に、ゆっくりと入れてあげると、何とか縁につかまって、自分
の体を支えることができた。
シャワーの温度を調節して、上半身から下半身へと、ざっとお湯をかけてあげる。
「……梨華ちゃん、気持ちいい?」
「うん。ありがとう」
ボディソープを泡立てて、スポンジで丁寧に梨華ちゃんの体を洗う。
梨華ちゃんは、かなりくすぐったかったみたい。身もだえしちゃってるけど、押
さえつけるようにしてしっかり洗った。
恥ずかしいとか言ってられない。
柔らかい胸も、充血してるみたいなあそこも、全部、洗ってあげた。
嫌な記憶も一緒に流れちゃえって思いながら……。
もう一回お湯をかけてあげて、バスタオルで軽くふいてから、抱き上げた。
「明日香ちゃん、服が濡れちゃうよ〜」
「いいから。しっかりつかまって」
何とか片手で梨華ちゃんを抱いて、あいた方の手で今度はしっかりと体をふいて
あげる。
こうして間近で見ると、首筋やあちこちに乱暴に付けられたキスマークが見え
て、そこをふく手に力が入ってしまう。
「…明日香ちゃん……ダ…ダメ」
ハッと気がつくと、梨華ちゃんが体を震わせてる。
「ご…ごめん」
「いい…大丈夫」
力加減をしながら、全身をふいて、ソファーにそっと寝かせた。
「梨華ちゃん、着替えどこ?」
場所を聞いて、適当に見つくろって着せる。
取りあえずパジャマで済ませた。
それからベッドルームに行って、シーツを外す。丸めて敷布団まで染みたもの
をふいて、洗濯機に放り込む。
それでもまだ、酸っぱいにおいが残っている。
きっと梨華ちゃんは、このにおいで嫌な記憶を蘇らしてしまうに違いない。
忌々しいにおい。
…ここで寝させるわけにはいかないな…。
そう思いながらリビングへと戻った。
「どう、梨華ちゃん? 落ち着いた?」
「体、洗ってスッキリした。明日香ちゃん、ありがとう」
ソファーの下にペタンと座ると、ちょうど梨華ちゃん
の顔がのぞき込める高さ。
何があったのか聞きたかったけど、思い出させない方がいいと思い返して、取り
あえず笑った。
「何〜? 何か可笑しい?」
「別に〜。ただ……」
「ただ? 何よ〜」
「たださ…お風呂に入れてあげるとき、梨華ちゃんが赤
ちゃんみたいで可愛かった」
「もう!」
両手で自分の顔を覆って恥ずかしがってる。手の隙間 から見える肌は真っ赤だっ
た。
「ねえ、梨華ちゃん…」
「今度は何?」
「今夜さあ……うちに泊まりに来ない?」
両手を顔から離して、ビックリした顔で私を見る。
「…今夜は…一緒にいたいんだ」
この部屋で梨華ちゃんを一人になんて、とても出来なかった。
「ね? きょうはうちに泊まりなよ」
「…うん……ありがとう…明日香ちゃん…迷惑かけて…ごめんね……」
また、梨華ちゃんが泣いちゃいそうだったから、私は
「梨華ちゃん、これからは『ごめんなさい』は禁句ね」
って言った。
何か反論したそうだったけど、梨華ちゃんは何も言わなかった。
って言うか、何も言えなかった。
何故かって言うと……私がキスで唇をふさいじゃったから。
私からした初めてのキスだった。
私は「タクシー呼ぼう」って言ったんだけど、梨華ちゃんは
「もう大丈夫」って言い張るから、ゆっくり駅まで歩いて電車でうちまで行った。
昨日のデートの時に二人で買った星形のピアス。私は、右側が空色で左が黄色。
梨華ちゃんは、その逆。
おそろのピアスをして、腕を組んで歩いていった。
うちでお泊まりすることになって、梨華ちゃんは急に張り切りだした。
少し大きめのトートバッグに、着替えとかお泊まりセットを詰めるときから、
「あれがいい」
「やっぱりこっちがいい」
とか大騒ぎ。
うちに行くだけなのに、しっかりメークをやり直したり。
ピンクのフレアスカートなんて引っぱり出してきて、
「ね? 似合う?」とか言って……。
私はそこまで頑張らなくてもいいよって思ってたけど、梨華ちゃんの笑顔が見れ
て、ちょっと嬉しかった。
電車に揺られて一路わが家へ。
うちが近くなって、梨華ちゃんは急にそわそわしだした。
「突然お邪魔して、やっぱり迷惑だよね」
「大丈夫だって。今までも、なっちとか圭ちゃんとか、急に泊まっていったこと
もあるし…」
って言ったら、梨華ちゃんの目の色が変わった。
「え? 安倍さん、明日香ちゃんちに泊まったことあるの? 保田さんも?」
……梨華ちゃん…目が怖いよ。
いろいろ聞きだそうとする梨華ちゃんをかわしながら、騒がしくわが家に到着。
梨華ちゃん、結構、やきもち焼きなのかな?
ともかく、私の部屋に梨華ちゃんを通してから、台所に向かう。
特に連絡はしなかったけど、うちは弟がいるから探せば何かしら食べるものは
ある。
きょうの晩ご飯はハヤシライスだったらしく、コンロの上の鍋には、まだたく
さん残ってた。
それを温めなおしている間に、コップとウーロン茶をペットボトルごと、部屋
に持って上がる。
「ハヤシライス、残り物だけどいいかな?」
「うん……ごめんね。ご馳走するって言ってたのに……」
「今度あらためてね…それに『ごめんね』は禁句って言ったでしょ?」
いけない!って感じで口に手を当ててる梨華ちゃんも可愛い。
……何だか私、急激に梨華ちゃんに、はまってきちゃってる?
二人で食べるハヤシライス。
「おいしいね。明日香ちゃんのお母さん、お料理上手なんだね」
「どうなんだろ。でも、私は母さんの手料理、結構好きだけどね」
娘。に入って、それまでの私と一番変わったのは、こんな感じの他愛もない話
が大事なんだって実感したこと。
何の意味もないのに、話をしたってしかたないじゃん、そう思ってた。
でもそうじゃなかった。
娘。として、特別な場面や時間をたくさん経験した。
手売キャンペーン、テレビやラジオへの出演、初登場一位、紅白やレコ大……
もちろん、その度にメンバーとの絆は深まった。
だけど、楽屋や移動中の車、ホテルでの、何でもないおしゃべりの楽しさ。そ
れが感じられるようになって、やっと自分も娘。の一員になれたのかなって……。
今もこうやって、梨華ちゃんと普通に話せることが嬉しい。
さっきまでの取り乱した梨華ちゃんの姿が、まだ脳裡に残っているから、余計
にそう思う。
ハヤシライスを食べ終わって、二人で台所に立って後かたづけするのも楽しい。
ベッドの上に肘をついて寝そべって、テレビを見ながら、あれやこれや話すの
も楽しかった。
でも……やっぱりはっきりさせておかなきゃいけないこともあるよね。梨華ちゃ
んにはつらい思いをさせちゃうけど……。
「……梨華ちゃん」
「何〜?」
楽しそうにしてる梨華ちゃんを見ると、やっぱり言わないでおこうかと迷った
けど…言わなきゃ。
「……きょう…誰が来てたの?」
スッと梨華ちゃんの笑顔が消えた。
「嫌なこと思い出させちゃうけど…でも、あんな梨華ちゃんをもう見たくないか
ら……そのために私に出来ることがあるかもしれないから……」
うつむいてる梨華ちゃんが、何だか消えちゃいそうなほど、儚げで……。
「明日香ちゃん…ありがとう……でも…大丈夫だから……」
何がどう大丈夫なのか。
梨華ちゃんは何も言ってくれない。
「誰だか言いたくないなら、それでもいいけど……その人と…もう二度と会って
ほしくないよ!」
「うん……もう絶対、家に上げたりしないから…安心して……」
梨華ちゃんは、「会わない」とは言わなかった。
どうしても会わなきゃならない人なの?
その人と会うたびに、梨華ちゃんは怖くなっちゃうだろうし、それにまた襲わ
れるかもしれないじゃん。
全然安心なんて出来ないよ!
でも、それ以上は話を続けられなかった。
あまりにも梨華ちゃんがつらそうだったから。
「そう…本当に気をつけてよね?」
「うん……大丈夫! 明日香ちゃんがいるのに、浮気なんてしないよっ!」
それは、梨華ちゃんにとって精いっぱいの冗談だったんだと思う。
「ははは……」
引きつった笑顔が痛々しくて、涙が出そうだったけど、何とか笑うことが出来た。
乾いた笑い声は、どこに響いてたんだろう?
気まずい雰囲気のなかで、二人の間の沈黙が…重かった。
「…疲れたでしょ? 梨華ちゃん、ベッドで寝てよ。私、蒲団敷くから……」
ベッドから降りようとする私の腕を、梨華ちゃんが引いた。
「…一緒じゃ…ダメ?」
正直、私のベッドに二人はきつい。
でも、今夜はそんなことはどうでもよかった。
「いいよ」
手をつないだまま二人でベッドを降りて、それぞれパジャマに着替えた。
二人で寝るベッドは窮屈で、肩と肩が当たってた。
でも…それが、とても温かかった。
私がベッド脇のライトを消して戻ると、梨華ちゃんの瞳が薄暗がりの中でキラ
キラ光ってた。
「明日香ちゃん……」
梨華ちゃんの声が耳元で、ポツッと聞こえる。
「ん?」
「…キス…して……」
私は返事もせずに顔を寄せて…柔らかなキスをした。
朝、目が覚めたら一番最初に見えたのが、明日香ちゃんの寝顔だった。
いつもはちょっと斜に構えてるような明日香ちゃんだけど、今はすごく安らか
な感じで、何て言ったらいいかわからないけど……すごく可愛らしかった。
私を守ってくれるキュートな天使。
その寝顔がすぐ目の前にある。
「幸せ」って…こういうことなんだね。
時間を忘れて、ずっと眺めてた。
しばらくしたら、キュッて結ばれてた唇が、ほわっと開いて……我慢できなく
なってキスしちゃった。
「……わっ!…何してんの?!」
「おはよう、明日香ちゃん♪」
流石に起きちゃった。
「おはよう…って、そ…そうじゃなくって……」
「明日香ちゃんの寝顔、とっても可愛かったよ」
明日香ちゃん、何か言おうと口をパクパクさせながら、顔を真っ赤にさせてた。
は〜…やっぱり可愛いよ〜。
私の明日香ちゃ〜ん!!
「きゃっ!…駄目、梨華ちゃん!!…ぃゃん……」
あれ? いつの間にか抱きついちゃってた。
明日香ちゃんが逃げるようにベッドから出て、
「梨華ちゃんのH!!」
だって。
別に襲ったわけじゃないよ〜。
明日香ちゃ〜ん、許して〜!
禁句の「ごめんなさい!」を連発して、何とか明日香ちゃんに許してもらう。
それでも、トーストをかじりながらの会話は、ちょっとギクシャク。
「…梨華ちゃん、きょうはどんな予定?」
明日香ちゃん、まだ怒ってますか〜?
口調がつっけんどんですよ?
「十一時にスタジオ…このまま行こうと思ってる……」
私の返事も、自然とおずおずしたものになって……。
「帰りは?」
「…夜の十一時ごろかな……」
「ふ〜ん……迎えに…行こっか?」
え? 「迎えに」って?
「きょうも…うちに泊まっていきなよ」
明日香ちゃんって…意外に心配性なんだね。
「ありがとう…でも…私は大丈夫だから」
「でもさあ……」
すっごく心配そうに私を見てる。
「明日香ちゃん……心配してくれて、ありがとう」
「うん……」
そんなに心配しないで……。
「…じゃあねえ…明日香ちゃん…うちにお泊まりに来る?」
「え?……それは…ちょっと……」
ガ〜ン…うそ〜!…何で〜?
「…い…イヤなら…いいけど……」
明日香ちゃん…私、泣きそうです〜。
「別に嫌じゃないけど……変なこと…しない?」
だから、今朝のことは違うの〜!!
明日香ちゃんの潔癖さと、人間関係では信頼が大切だってことを再確認しまし
た。はい。
今朝の出来心を反省しながら、それでもちょっとハッピーな私。
だって…結局は明日香ちゃん、お泊まりに来てくれるって約束してくれたんだ
も〜ん♪
それに、きょうはタンポポの仕事で、よっすぃ〜とは会わないってことでも、
気が楽になってる。
「おはようございます」
いつも以上に元気いっぱい、あいさつしながらスタジオに入る。
よ〜しっ! きょうこそは明日香ちゃんにご馳走をつくるんだからっ!
自分に気合いを入れながら楽屋のドアを開く。
「おはようございま〜す!!」
バッチリあいさつを決めたと思ったのに……。
「おっ! 石川、朝から空回ってるなあ」
……矢口さん、それはあんまりです〜……。
私はしっかり張り切って収録にのぞんだつもりだったんだけど……。
「よかったよ、梨華ちゃん。いつも以上にハイテンションで」
ってスタッフさんに言われちゃった。
ちょっと複雑な気分……。
でもでも、そのおかげで収録が順調に進んで、予定よりちょっとだけど早く終
わったんだから頑張った甲斐があったってことよね!
「お疲れさまでした〜。しつれいしま〜す」
テキパキと帰り支度をして、スタジオを飛び出した。
お家に帰る足が、こんなに軽いなんて……愛の力は偉大よね〜。
スタジオから駅へ向かいながら、明日香ちゃんに電話する。
「もしもし〜明日香ちゃん? 私…今、スタジオを出たところ…うん!…家で待っ
てるから…うん…うん……じゃ、後でね〜……」
よ〜し! 急いで帰って、明日香ちゃんをお迎えする準備をしなくっちゃ!
材料は冷蔵庫の中のもので足りるから……あっ! テーブルがさみしいからお花
を買って帰ろうかな〜……。
自分でも顔が、にやけちゃってるのがわかる。
でもいいんです。だって幸せなんだも〜ん♪
そんなルンルン気分で駅に急いでいたら、後ろからあの子が声をかけてきたんです。
今、一番会いたくないあの子……。
「梨華ちゃん、待ってよ。何でそんなに急いでるの?」
「よ…よっすぃ〜……」
いつも通りにさわやかに笑ってた。まるで昨日、何も無かったみたいに……。
それが逆に怖かった。
バッグを胸に抱いて、ちょっと距離をとる。
「一緒に帰ろうよ」
「……イヤ!」
「何で〜?」
本当に不思議そうに首をかしげてる。
もしかして…昨日のよっすぃ〜は…別人?!
何が何だか…混乱しちゃって何も言えなかった。
「あぁ…梨華ちゃん、昨日のこと気にしてるの?」
……何でそんなに、さらっと話せるの?!
「突き飛ばされたこと、私、怒ってないから」
そんなこと…全然、問題じゃない!
「今度また、梨華ちゃんちに行きたいなあ。そんとき、昨日の続き…しようね」
何?…何を言ってるの?
よっすぃ〜…おかしいよ…変だよ……。
何で…そんなに普通に笑っていられるの?
「…よっすぃ〜…私…もうあんなこと…イヤ…もう…しないから」
私の方から、はっきり断らないと大変なことになる…そう思ったから、きっぱり
言った。
「どうして?」
どうしてって…だって…だって……私は……。
「…私……明日香ちゃんと……つき合ってるから……」
言っちゃった。
でも、よっすぃ〜にはちゃんと釘を刺しておかないと……何をされるか、わか
らないから。
「…だから? 別にいいじゃん」
何? よっすぃ〜…何て言ったの?
「よ…よっすぃ〜だって…ごっちんとつき合ってるんでしょ?」
「そうだよ」
「だったら……」
「そんなの、別に関係ないよ」
よっすぃ〜は、一点の迷いもなく笑ってた。
うそ…どういうこと……わからないよ……。
「男の人とだったら、赤ちゃんができちゃうとか問題あるかもしれないけど…そ
んな心配もないしさ」
だって…好きな人がいるのに……。
「私だって、今一番好きなのはごっちんかな。でも、そんなのにこだわらなくっ
てもいいじゃん」
わからない…わからないよ…よっすぃ〜、何を言ってるの?
「梨華ちゃん、考えすぎだよ。セックスなんて、したいときに、したい相手と、
すればいいんじゃないの?」
私は走り出した。
後ろも振り返らずに、走って逃げてた。
怖い……怖い…怖い……。
よっすぃ〜の言ってることが、理解できなかった。ううん…理解したくなかった。
私だって、明日香ちゃんに会うまでは無茶な交際をしてきた。
でもそれは、私を愛してくれる人が欲しくて…私なりのバカな愛情表現だった。
よっすぃ〜は違う。
買い物に行ったり、映画を見たり……そんな遊びの延長上にあるものとして、
セックスをとらえてる。
セックスというゲームを楽しもうとしてる。
そんなことは、私の理解の外にあった。
スキっていう思いや、愛という存在が伴わないセックスなんて私にとって何の
意味もなかった。
だから…とにかく逃げ出したかった。
そんな私を、よっすぃ〜は追いかけて来なかった。
ただ一言、
「福田さんに、よろしくって伝えといて」
って……。
その言葉がまた…私には怖かった。
「いらっしゃ〜い♪」
梨華ちゃんが、元気いっぱいに出迎えてくれた。
「よかった〜。来てくれないかもって思っちゃった」
「何で? 行くって約束したじゃん」
「そうだけど……」
笑顔が一瞬、つらそうに見えて…何だか不安になった。
「さ。上がって」
私の手を引く梨華ちゃんは、やっぱり笑顔で…見間違いかなあ?
手を引かれるままに部屋へと上がる。
あれ?
入った途端、昨日とは違う強いにおいがした。
これって……お部屋の芳香剤?
「梨華ちゃん…芳香剤、買ってきた?」
「…うん……」
かなり強烈ににおうけど…それだけ昨日のことを思い出したくないってこと
なんだろうな。
そう思って、それ以上は何も言わなかった。
「うっわ〜…梨華ちゃん、すごいじゃん……」
テーブルに並んだ料理を見て、ちょっと圧倒された。
鳥の唐揚げにシーフードグラタン、ポタージュスープにポテトサラダをメイン
にしたサラダボール、サンドイッチ。
デザートにはもちろん、梨華ちゃん得意のケーキ。それから果物もいっぱい。
「……どうしたの、これ?」
「明日香ちゃんのこと考えてたら、作り過ぎちゃった」
……梨華ちゃん…そんな言葉、そんな笑顔で言われたら……惚れちゃうってば……。
どれから手をつけたらいいのか迷いながら、取りあえず唐揚げに手を伸ばす。
……そこで、部屋中にすごい殺気が漂ってることに気がついた。
梨華ちゃん……そんなに真剣な目で見られてると、食べにくいんですけど……。
ものすごく緊張しながら箸を口に運ぶ。
勇気の一口。
パクッ、モグモグ…。
「……梨華ちゃん……」
「…どう?……」
思わず二人で見つめ合っちゃったり……。
「すごく美味しいよ」
「…ホント?」
「……本当」
梨華ちゃんは、大きく深くため息をついて……。
「よしっ!」
両手でガッツポーズ。
何だかこっちまで力が入っちゃうけど…梨華ちゃんが喜んでるから、いいか。
梨華ちゃんの手料理は美味しかった……けど…とにかく量が多かった。
「食べられなかったら残してね」
なんて言葉に素直に従えるはずがない。
だって…梨華ちゃんがずっと見てるんだもん。
「…ごちそうさまでした」
何とか目を白黒させながらも全部平らげたけど…これ…絶対に太っちゃうよ。
トホホ……。
それにしても…何だか今日の梨華ちゃん、すごく必死な感じがする。
張り切ってるっていうのと、ちょっと違う感じ。
何でだろう?
考えてたら、梨華ちゃんがバスルームから出てきた。
「明日香ちゃん、お湯入ったよ」
「ありがとう」
「……一緒に…入ろっか?」
「え?……」
絶句した私を見て、梨華ちゃんは笑ってた。
からかってるのかと思ったけど……目は真剣だった。
「イヤ?」
梨華ちゃんが近づいてくる。
私は…それを呆然と見てた。
「私のこと…スキ?」
梨華ちゃんは…笑ったまま……涙を流してた。
「梨華…ちゃん……」
言葉が…続かない。
泣かないで……どうしたの?……何だか…私も苦しくなっちゃうよ。苦しくて…
言葉が出てこないよ。
「私…私は明日香ちゃんのこと…スキ…大スキだよ」
ありがとう…嬉しいよ…とっても……。
「明日香ちゃんは……私のこと…スキ?」
繰り返し聞いてくる。
もちろん…私も…梨華ちゃんのこと…大好きだよ……。
そんなこと、梨華ちゃんもわかってるでしょ?
だから、言葉には出さずに大きく肯いた。
「イヤッ!」
梨華ちゃんが、苦しそうに首を振ってる。
本当にどうしたの? 何があったの?
私の気持ち…伝わってないの?
「ちゃんと言葉で言ってよ!…はっきり態度で示してよ!」
自分の腕で自分自身を抱きしめて…よく見ると、梨華ちゃんは震えてた。
「じゃないと……じゃないと私…壊れちゃいそうだよ……」
梨華ちゃんが…壊れちゃう……???
頭の中が真っ白になった。
そんなの…駄目だよ!…そんなことは…絶対、許されない!
梨華ちゃんが苦しむことなんて…私が絶対に許さない。
「駄目っ!…駄目だよ……」
もう夢中で梨華ちゃんを抱きしめた。
梨華ちゃんを壊して体の中から出てこようと暴れてる「何かを押し込めるよう
に、ギュ〜ッと強く抱いた。
そんな状態で、梨華ちゃんはもう一度、私に聞いた。
「明日香ちゃん……私のこと、スキ?」
って。
「好きだよ! 大好き!!……だから…壊れたり…しないで」
私は泣いてた。
梨華ちゃんも泣いてた。
二人で抱き合って泣き続けた。
それからどうなったかって言うと……。
お風呂に入ってる………何故だか二人で。
あぁ…どうしたらいいのか分からないよ〜!
そりゃ、私は銭湯好きでよく行くよ。
でもさあ…やっぱり違うよね。
二人きりでさ…しかも好きな子と……は…裸同士でさ……。
緊張するなって方が無理だよね。
今だって、梨華ちゃんに言われるままに背中を洗ってもらってるけど……でも
さこれ、次はやっぱり…前…だよね?
「はい、きれいに洗えたよ。明日香ちゃん、今度、前向いて」
やっぱり〜!
梨華ちゃん、私、恥ずかしいっす……。
こ…こういう時って、どういう風に振り返ったらいいの?
だってさ…前を向くってことはだよ? 胸とか、ばっちり見られちゃうし…そ
れ以上に触られちゃったりするってことで……。
かと言ってさ、自分で胸を隠したりしたら…何か…やらしい感じがするし……。
梨華ちゃんはと言うと、ちょっとだけ恥ずかしがってたけど、すごくオープン
で……その…見えちゃってる……。
それも私が困ってる理由の一つ。
これで振り返って、向かい合っちゃったりしたら……目のやり場が……。
「明日香ちゃん? 早く前、向いてよ」
「あ、え〜と…うん……ちょ…ちょっと……」
ちょっと何なんだ?
自分でも何を言ってるのかわからない……。
あぁ…本当に、どうしよ〜?!
ムニュッ。
へ? 何? 胸、触られてる……。
モジモジしたままの私の胸に、背中から梨華ちゃんが手を回して、下からすくう
ように包んでた。
「嫌っ?!?」
びっくりして胸を隠そうとするけど……胸を触ってる手を、上から余計に押しつ
ける結果に……。
「嫌ぁん…梨華ちゃん…やめて〜……」
梨華ちゃんは、後ろから覗き込むように笑ってた。
「明日香ちゃん、そんなに緊張しないで」
「……うん」
そのまま、梨華ちゃんに抱えられるようにして振り返った。
やっぱり恥ずかしくて、顔が上げられないよ。
「…きれいなピンク色……」
梨華ちゃんのつぶやきに、慌てて視線を追うと……じっと私の乳首を見てた。
「梨華ちゃん、嫌っ!…恥ずかしいよ」
両腕で胸を抱くようにして隠す。
「ごめ〜ん。もう見ないから、洗わせて? ね?」
梨華ちゃんは笑いながら、私の腕をほどいていく。
よく泡だったスポンジで、優しく洗ってくれる。
それはいいんだけど…優しくっていうのが、ちょっと困る。
自分で洗うのと、違わないはずなのに、妙に艶めかしい感じがする。
だから…その…違う意味で気持ちよくなってきちゃうから……乳首が…ピョコ
ンッて固くなって……。
泡で隠れてるから、梨華ちゃんはまだ気がついてないみたいだけど……もう私
は恥ずかしくって、真っ赤になってうつむいてた。
「明日香ちゃん、流すよ〜」
いや、それはまずいっす。
「さ…先に、私が梨華ちゃんを洗ってあげる」
って言って、スポンジを取り上げる。
有無を言わせずに、梨華ちゃんの背中をゴシゴシ。
梨華ちゃんは素直に、
「明日香ちゃんに洗ってもらえるなんて…うれしいっ!」
って喜んでたけど、前を洗い始めると、だんだん私と同じように、真っ赤な顔で
うつむくようになった。
もしかして…梨華ちゃんも感じちゃってる?
いつの間にか、二人で真っ赤になって黙っちゃって。
無言のまま、二人でお湯を流し合って……やっぱり二人とも乳首がピンッて固
くなって上を向いちゃってた。
意思とは関係なく感じちゃった体を持て余しながら、二人で湯船に浸かった。
……もやもやした雰囲気を変えないと。
そう思ったら、何故か、さっきの梨華ちゃんの泣く姿が浮かんできた。
「…梨華ちゃん……」
「なぁに?」
「何があったか…教えてほしい」
梨華ちゃんは、体ごとゆっくり私の方に向き直った。
「帰り道に…昨日の人に……出会っちゃったの……」
シャワーから湯船へと落ちてきた水滴が、ピチャンッて音を立てた。
「また…何か…された?」
梨華ちゃんは首を振って……湯面に波が広がった。
「…ただ……」
「ただ?」
「その人が言ったの。『セックスなんて、したいときに、したい相手と、すれば
いいんじゃないの?』って……」
何それ?…そんなの言い訳にもならないじゃん!
目の前にいたら、絶対にぶっ飛ばしてるね。
私は、そいつへの怒りでいっぱいだった。
だから、続けての梨華ちゃんの言葉は、私には予想外だった。
「…怖くなったの……自分が……」
梨華ちゃんは、確かにそう言った。
自分が? そいつのことが、じゃなくて?
梨華ちゃんは、また目に涙をいっぱい、ためてた。
寂しそうだけど、すごく真剣な視線を私に投げかけてた。
あふれそうな自分の思いを、どういう言葉で伝えようか迷ってた。
「梨華ちゃん……」
だから私は、梨華ちゃんの手を両手で包んで、その思いのこもった言葉をずっ
と待ってた。
明日香ちゃんに伝えたかった。
知ってほしかった。
グルグルと私の中を渦巻く、この判然としない思いを。
そうじゃないと、ここから先に進めない。そう思った。
だけど…どう言葉にすればいいのかなあ?
ピチャンッ。また水滴が音を立てた。
お湯の波が広がって……明日香ちゃんの肌に当たって返ってくる。
明日香ちゃんは、じ〜っと私を見つめて待っていてくれた。
瞳にお湯で反射した光が映って、キラキラと輝いていた。
きれい……凛としていて…優しくて…傍にいると安心できた。
それを見た感じが、そのまま言葉になった。
「私…明日香ちゃんのことがスキ…生まれて初めて…本気で愛した人…だと思う…」
明日香ちゃんは、ちょっと照れたみたいに笑ってた。
「…でも…さっき…よっ…昨日の人に言われて……怖くなっちゃって……」
「セックスなんて、したいときに、したい相手と、すればいいんじゃないの?」
笑顔で言われたその言葉が、私の深い部分をえぐってた。
そんなの、おかしいよ! 変だよ!!
そう思ったけど、でも……。
明日香ちゃんを襲ったのは、何だったの?
心も体も傷つけて……やってることは何も違わないじゃない……。
本当は、明日香ちゃんを自分の欲望の犠牲にしてるだけじゃないの?
違うよ!
確かに最初、明日香ちゃんを傷つけた。
でも、明日香ちゃんはそんな私を許してくれた。
そこから、私の明日香ちゃんへ本当の愛は始まったの。
だから……。
明日香ちゃんに許された?
本当に?
「かわいそうな子」って同情されてるだけかもよ?
実はバカにされてるかもしれないよ?
違うよ!
明日香ちゃんはそんな人じゃない!
確かに…私のしたことは簡単に許されるようなことじゃないけど……。
でも、明日香ちゃんはそれでも許してくれたんだよ。
本当に優しい心を持った人だもん!
へえ〜…この短い期間で、明日香ちゃんの何がわかったの?
石川梨華は明日香ちゃんを犯して傷つけた。
確かなのは、この事実だけ。
石川梨華っていうのは、最低のひどいヤツ。
そうだったかもしれない……。
でも、もうあんなことは絶対にしない。
だって…明日香ちゃんをスキ。スキなの!
この思いは…ウソじゃないよ。
やっぱりワガママな子ね。
そんな勝手な自分の思いで、また明日香ちゃんを振り回すわけ?
自分を傷つけた相手から「スキだ」なんて言われて、付きまとわれて、明日香
ちゃんも迷惑なことね。
そうなのかなあ?……
私、明日香ちゃんの傍にいない方がいいのかなあ?
でも…一緒にいたいよ……。
どうしたらいいんだろ?
わからない……わからないよ……。
自分を責める心と、明日香ちゃんへの愛は本物だって信じる心。
二つがグルグルと渦巻いて……。
私は、何が何だかわからなくなっちゃって……とても怖かった。不安だった。
明日香ちゃんに「スキ」って言われたい。
愛されたい。
私が明日香ちゃんのことをスキだって、愛してるって、明日香ちゃんに認めて
もらいたい。
そうしないと、自分が壊れちゃいそうだった。
思ったままを、そんな風に話して……それを明日香ちゃんは、じっと聞いてく
れていた。
「…ごめんね…明日香ちゃんに…迷惑ばっかりかけちゃって……」
ううんって明日香ちゃんは首を横に振って……、
「梨華ちゃん…考えすぎだよ」
ってニッコリ笑ってた。
でも、その目には…私が大好きな瞳には、涙が盛り上がってた。
「…梨華ちゃん…お風呂あがろっか…それから…伝えたいことがあるから…」
明日香ちゃんは、私の手を引いて立ちあがった。
ザバッとお湯があふれて……私たちが出た後には、ただお湯だけがキラキラと
揺れていた。
私は馬鹿だ。
自分で思ってた以上に。
梨華ちゃんの話を聞いて、初めて気づかされた。自分が梨華ちゃんの痛み、苦
しみを全然、分かってなかったことに。
自分に対して無性に腹が立った。
メール交換したり、電話で話したり、デートしたり……。
どんどん梨華ちゃんを好きになっていく私がいて……梨華ちゃんにも、それが
伝わっていると思いこんでた。
きちんと言葉で、行動で、伝えたことはなかったのに……。
私の思い上がりが、梨華ちゃんを苦しめてたんだ。
私は本当に…馬鹿だ……。
だから…これから私の思いを、梨華ちゃんに伝えなきゃ。
これ以上、梨華ちゃんを不安にさせないように。
パジャマを着た梨華ちゃんの手を引いて、ベッドに座らせる。
…とは言え、こんなこと初めてだから、どう切り出そうか悩んじゃうよ。
「伝えたいことって、な〜に? 明日香ちゃん……」
「うん…えっと……」
きちんと伝えなきゃ。
こういう時は……よしっ、正座だ!
ベッドの上で正座をして背筋を伸ばして……。
「梨華ちゃん!」
「はい」
何故か梨華ちゃんも正座になって、私を見つめてる。
深〜く息をつく私。
「……福田明日香は……」
膝に置いた梨華ちゃんの両手を握って……緊張で声がひっくり返りそうだよ。
落ち着くために、もう一回深呼吸。
「…石川梨華のことを……愛しています!」
言えた……と思って、笑顔で梨華ちゃんを見ると、ポロポロ涙を流してた。
「り…梨華ちゃん?!」
「…りがと……あり…がとう……」
…そっか……こんなにまで私は、梨華ちゃんを待たせちゃってたんだね。
「今まで、きちんと言えなくてごめん……私…本当に梨華ちゃんのことが好きだ
から……誰がどんな風に言おうと……私が梨華ちゃんを好きだって…信じてほし
い……」
梨華ちゃんは泣きながら、何度も…何度も何度も肯いてくれた。
それから……私はもう一回、大きく深呼吸した。
まだ伝えなきゃならないことがあったから。
「あのさ…それで……あの〜……」
ええ〜いっ明日香! ここまできて怖じ気づくな!
一回咳払いをして……、
「…梨華ちゃんを…抱きたい……」
……とうとう言っちゃった。
これで梨華ちゃんに「イヤッ!」て言われたら……ダメージ大きいよ。
固唾をのんで待つっていうのは、まさにこういうことだね。
でも私がこんなに緊張してるのに……。
「???」
…梨華ちゃん、分かってない……。
もう一回言わなきゃ…駄目?
「…明日香ちゃん……私を…抱きたい…って言ったの?」
そう。その通り。大正解。
梨華ちゃんの言葉に、うんうんと肯く。
「……マジで?」
マジっす。大マジ。
再度、大きく肯く。
「明日香ちゃん…そういうの…キライだったんじゃ……」
……まあそうなんだけど……。
「私が梨華ちゃんのことを愛してるって…それを言葉だけじゃなくて、何かで表
したいから……駄目…かなあ?……」
「ダメじゃないよ…ダメじゃないけど……私…ちょっと…怖くて……」
そっか…梨華ちゃん、あの時のことを思い出してるんだ……私が無我夢中で反
撃した時のこと。
「大丈夫だから……今度は無茶やって、無理矢理いかせちゃったりしないから…
あの時は、窮鼠猫を噛むって感じで……今度は…梨華ちゃんを…愛してあげたい
……」
正直、自分にそんなことが上手くできるのか自信はなかった。
だって、梨華ちゃん以外にそんな経験ないし……。
自信はないけど…それでも、頑張る気は充分にある。
「……わかった…いいよ。私…明日香ちゃんに抱いてほしい」
乾いた涙の跡が、頬に流れてた。
目も真っ赤で。それでも梨華ちゃんは笑ってた。
私まで胸がキュ〜ッとなった。
だから、手を伸ばして涙の跡を指で追って……。
「ありがとう…私も頑張るから。頑張って、梨華ちゃんを……」
言いながら唇を近づけて……出来るだけの心を込めて、キスをした。
長いキスをしながら、二人でベッドの上へコロンッて横倒しに。
それでもまだキスしてた……今までで一番長いキスだった。
最初は唇をくっつけてるだけの幼いキス。
それでも私にとっては、すごく刺激的だった。
梨華ちゃんの唇はちょっと薄め。下唇の方がプクッて心持ち厚めで……とても
柔らかかった。
顔を傾けたら唇と唇がキュッてこすれて、背筋に電気が走ったみたいに感じて
いた。
二人でコロンッて横倒しになった時に唇が離れそうになって、咄嗟に梨華ちゃ
んの肩を引き寄せて、上唇を自分の上下の唇で挟むようになった。
「んふっ…ぁん…」
のどの奥でこもった梨華ちゃんの声。
その声が、私の耳からダイレクトに脊髄の方へと、ゾクッと走り抜けた。
私は何かに急かされるように、梨華ちゃんの唇を割って舌を差し入れる。
唇の裏側に沿って動く舌。その滑らかな感覚に、何故か切なくなって…目に霞
がかかるように潤んできた。
その霞の向こうに見える梨華ちゃんの瞳は、いつも以上に穏やかな光を宿して
いて……月の女神みたいだった。
もう少し舌を奥へと進めると、梨華ちゃんの舌に触れる。
始めはチロッて舌と舌がこすれる感じで、次第に絡み合っていく。
溶け合いたい……唇と唇、舌と舌が触れ合い、絡み合って……。
私の梨華ちゃん……私だけの梨華ちゃんになって……私に出来る限りの快感を
梨華ちゃんにあげるから。
それ以外のことは、もう私の中にはなかった。
ひたすらキスを続けながら、それ以上を求める私。
肩を抱いていた手を少しずつ下ろして、パジャマの上から胸を触る。
「んっ…あ…いゃん……」
ふわっと柔らかい。でも弾力のあるふくらみが、私の指の動きに合わせて次々
に形を変える。
逆に私の方が包まれているような安心感――。
手探りで一つまた一つと、パジャマのボタンを外して……途中でそれに気づい
た梨華ちゃんは、「私だけズルイ!」って言いたげな目で見て、私のパジャマに
手を伸ばしてきた。
梨華ちゃんの胸がパジャマの下から見えた時、私の胸元もひやっとした空気に
さらされた。
構わず梨華ちゃんのパジャマの上着をはだける。
その時、私はやっと唇を離して、梨華ちゃんの乳房を直接見た。
梨華ちゃんの肌はきめが細やかで、それが普段大切に秘された乳房では、より
一層、際立っていた。
誘われるように、お腹の方から指を進めて次第に頂上へと動かしていく。
「…ん…くふぅ……」
くすぐったがるように身を反らせながら、梨華ちゃんの声は確かに艶を帯びて
いた。
もうすぐ頂上の蕾に触れる……梨華ちゃんの呼吸が不規則に早まっている……
そこで私の指は外側へと遠ざかっていく。
引き返すように外側から頂上へ……今度は上側へ遠ざかり、そこから胸の谷間
へと動いていく。
誰に教えられたわけでもない動き。
でも直感が、いきなり頂の蕾には触れてはならないと告げていた。
「…いゃ…あぁ……明日香…ちゃ…ん……」
今にも涙がこぼれるほどに潤んだ瞳で、梨華ちゃんは、私にもう一歩を懇願し
ている。
乳房自体も次第に熱を帯びてきている。
ごめんね…もうちょっとだけ…我慢してね……。
指の動きはもう何周目かに入って、肌を触れる程度から、指の動きに合わせて
肌がついて行くほどには力を込めるようにした。
それでもまだ、最後の一歩は踏み出していない。
もうそこは、期待感を焦らされ続けて待ちきれずに花開く直前のようにピンッ
と上を向いていた。ルージュを引いたような真っ赤な蕾が。
「……ぁ…あぁ…明日…香…ちゃん……」
梨華ちゃんの唇が「お願い」って動くのを見ながら…私はその可愛らしい蕾に
キスをした。
「!!…はぁぅ……あ…す…か…ちゃ…あぁっ!」
唇が触れた瞬間、あまりに強い待ち望んだ刺激に、梨華ちゃんは頭を反らして
悶えてた。でも、その表情は満たされたように微笑んで……。
私はもう何の歯止めもなく、唇と舌と指先でその蕾にキスし、コロコロと転が
し触れた。
「!…ぅぁん…!…ぃぁ……」
梨華ちゃんののどからは、もう声にならない音だけが漏れていた。
そして解放された快感が、梨華ちゃんの全身を貫いて……そのことを感じて、
私は深い満足感に充たされていた。
夢中になって、梨華ちゃんの胸のふくらみに顔をうずめていた。
私は何度も両方の蕾にキスで挨拶し、そのたびに梨華ちゃんをビクッて悶えさ
せてた。
でも私は、ちゃんと知ってるんだ。
梨華ちゃんには、また余裕があるって。
だって…時々、私に向ける視線が穏やかすぎるもん。
焦らしに焦らした後の衝撃はともかく、今はちょっと感じてるだけでしょ。
だから、もう次に移らないとね。
「…梨華ちゃん……気持ちいい?」
顔を上げて梨華ちゃんに尋ねる。
「…ぅん…あ…気持ち…いいよ……」
ワインゼリーのように濡れて光る乳首の向こうに、梨華ちゃんの笑顔。
すっと動いて、また唇にキスをする。
やっぱり柔らかくて…好きだなあ、梨華ちゃんの唇……。
「でも…怖い……」
本当?…丁寧にしたつもりだったけど…乱暴だった?
ううんと首を振る梨華ちゃん。
「…今までは…何だかわからないうちに、いっちゃってたから……」
今回みたいに、だんだん気持ちよくなるのは…初めて?
恥ずかしそうに、
「変になっちゃう自分を見てるみたいで……怖いの…でも、明日香ちゃんがして
くれるなら…大丈夫」
うれしい…私にその梨華ちゃんの初めてを…ください。
コクンッて肯いてた。
「じゃ…もっと気持ちよくしてあげる…だから……」
もう一度キスをして……右手を伸ばしてパジャマのズボンに手をかける。
「ズボン…脱がしちゃうよ……」
言った時には、もうお尻とベッドの間に手を回して、よいしょっとずらしちゃう。
キスしたままで超アップの梨華ちゃんの瞳が、ビックリして大きく見開かれたけ
ど、またすっと優しい目になった。
片足ずつ膝を立ててズボンを下ろして膝を伸ばす。
梨華ちゃんも協力してくれて、あっと言う間にピンクのショーツだけになる。
……触っても…いいかな?
躊躇いがちに、内腿に沿って指をさかのぼらせる。
「…ぅん……」
って唇の間から声を漏らして、モジモジと足をくねらせてる。
ショーツの上から谷間をなぞるように、すすっと指を行き来させたら……。
「いゃん……」
梨華ちゃんが頭を反らせちゃったから、キスはそこまで。
名残惜しいけど……体をずらして腰を覗き込むような位置に座る。
それで……両手をショーツにかけて、さっと下ろしちゃう。
さっきまでキスしてたのに、もう唇がカラカラ。
私、すごく……興奮してる。
だって、女の子の裸をこんなに間近で見るのなんて初めてだし……。
梨華ちゃんはもう両手で顔を隠しちゃってる。可愛いな……。
「梨華ちゃん…力抜いてね……」
大きく深呼吸して、厳かな気持ちで両足を持って膝立てにして……その間に頭
を入れていく。
ドックン、ドックン……心臓が言うことを聞かない感じ。
そんな緊張の中で、初めてみる女の子……。
うわっ、すごい……綺麗……。
ふわってした三角形の翳りの下側。
プクッてした可愛いちっちゃなふくらみから、す〜って谷間があって……花びら
みたいになってる。
何だかすごくドキドキしちゃうような赤。
そう。
ライブで真っ赤なライトを浴びて踊る、汗に濡れたメンバーの肌の色。
赤く染まって、しっとりと輝くあの赤色だ。
はっと息を呑むほど綺麗……。
吸い寄せられるように顔を近づけて……見れば見るほど、すべてが繊細な花そ
のものだね。
そう感心しちゃったよ。
例えばこれ。谷間の一番上にちょこんってあるこのふくらみ。
まるで、開花直前のアサガオの花芽みたいだよ……。
ほらっ、こうやって……チュッて。
「!はぁん…ぃゃ……」
ね?
こうやって花芽をくつろげてやれば、花びらの先端がふわって開いて…中から
花芯が顔を出してくるんだよ? 可愛くない?
「明日香ちゃん……恥ずかしいよぉ……」
ハッて気がついた。
あんまりにも一生懸命に見惚れちゃってた。
潤んだ目でうらめしそうに見てる梨華ちゃんに、ニッコリ笑い返す。
ごめんね、梨華ちゃん。これから頑張るから。
気持ちを新たにして……。
もう一回アサガオの花芽にキス。
「ふぅぁ……ぁん……」
谷間の花びらに指を伸ばして、ゆっくりと左右に広げると……トロッて蜜がこ
ぼれる。
よかったぁ。梨華ちゃん、ちゃんと感じてくれてる。
勇気倍増!
躊躇ってた秘密の花園深くに、一歩を標しちゃうよ。
梨華ちゃんの太腿をしっかり抱きかかえるようにして、花びらに唇を寄せる。
「ぁぅ…明日…香ちゃん……」
待っててね、梨華ちゃん。もっと気持ちよくしてあげるから。
つつ〜って外側の花びらに唇を這わせて……舌をその奥へと伸ばしていく。
蜜でしっとりとした花びらの肌を、ゆるやかに伝っていくと……ジュンッて次々
に蜜があふれてきた。
すごい……まるで清水が滾々と湧く泉だね。
その底には、どんな女神がましますのか……。
神聖な泉を汚してしまうんじゃないかと不安になりながら、それでも誘惑に勝て
ずに中指をそっと沈めてしまう。
足にギュ〜ッて力がこもって……でも梨華ちゃんは、それ以上の抵抗はしなかっ
た。
梨華ちゃんの体温を感じながら、中指は第一関節から第二関節へと沈んでいった。
ゆっくりと指を曲げても、吸い付いたように隙間なく包まれている。
動きを阻害するものは一切なく、そのくせ抜こうとするとキュッと引き止める。
温かい…何故ともなく涙で目が潤んで……不意に「護られてる」って感じた。
感動しながら上を見ると、梨華ちゃんが自分の指を口にくわえて声を抑えよう
としていた。
「梨華ちゃん!…私、痛くした?」
ふるふると首を振る。
「………いぃ…の……」
乱れた吐息と一緒にこぼれる言葉が、私に火を点けた。
上体をグッとずり上げて、唇を胸の蕾に遊ばせる。
中指はゆっくりと泉の底をかき回す。
口にくわえた指なんて、すぐに役に立たなくなる。
「……ふっ…あ…はぁん…いゃ……」
抑えようもなく声がこぼれる。
もう、体全体に快感が走り抜けてるに違いない。
だって…梨華ちゃんが体全体でそれを表現しているから。
絶え絶えの吐息。
両手は私の頭に添えられてる。胸に押し付けるように。
反りかえった背筋。
ピンと伸ばされた足。
「……はぁ…あっ…ぃぁん……ダメッ…ダメ〜ッ!!」
急に梨華ちゃんが叫ぶ。
グンッて腰が浮いて、中指がギュッて今までない力で締め付けられる。
「ぅわぁっ!……あ…明日香…ちゃん……」
最後に私の名前を呼んで、グッタリと体を横たえて荒い息をついていた。
私も頑張りすぎちゃったのか息が荒い。
梨華ちゃんに寄り添うように寝て、顔を覗き込む。
「気持ちよかった?」
「ハァ…ハァ…うん……お礼…したい」
「お礼?」
キスが降ってきた。
梨華ちゃんの唇、気持ちいいから好き。
……な〜んて思ってたら、一瞬のうちにさっきと攻守交替。
「…ふぁっ……あ…駄目…あ……」
梨華ちゃんに胸の蕾をついばまれて、中指でゆっくりとかき回されて……。
私…私、こんなに感じちゃってたんだ。
梨華ちゃん、すごい、すごい気持ちいいよ。
もう、自分がどんな状況かも分からなくなって……最後に叫んで果てた。
最後の言葉、梨華ちゃんの名前を呼んだよね?
それだけは自信があるんだ、私。
今また二人で、じゃれ合うみたいにシャワーを浴びてる。
自分までいっちゃって、明日香ちゃんは恥ずかしそうにしてる。気にすること
ないのにね。
その姿を見ながら、思い出してクスッて笑っちゃうよ。
だってえ……さっきの明日香ちゃんが、とっても可愛くて…愛おしかったから。
私を一生懸命に愛してくれた明日香ちゃん。
さっきみたいに、登りつめる自分を感じながらいったのは初めてだよ。
これまではギュンッて感じであっと言う間にいっちゃって、その後は孤独を感
じて、ただ虚しさだけが残ってた。
でも今回は違う。
すごく充たされて…触れ合う明日香ちゃんの存在を感じて…幸せだった。
明日香ちゃんは、確かに愛をくれた。
だから、私も明日香ちゃんに愛のお返し。
明日香ちゃん、自分じゃ全然気がついてなかったみたいだけど、もう限界まで
感じちゃってた。
きっと、一生懸命に私を気持ちよくしようとして、そのことばっかり考えてた
からだね。
このままじゃ可哀想だなって思って……だから、私と同じようにしてあげたの。
でもビックリしたあ。すっごく色っぽい声で、
「り…梨華…梨華ちゃんっ!!」
って叫ぶんだもん。
でも…すごく可愛かったよ、明日香ちゃん。
「…私も……」
明日香ちゃんが急に、ボソッとつぶやく。
「私も…自分が思ってるより…H…なのかな?」
チラッて、上目づかいに私を見る。
ホントに可愛いなあ。
「そんなことないんじゃない?」
って言ったら、
「…そう…かなあ?……」
ちょっとうつむいちゃったり。
「明日香ちゃん……」
さっきみたいなこと、明日香ちゃんにとっても初めてだったんだもんね。
ショック…だったのかなあ?
心の強い明日香ちゃんでも、悩むことがあるんだね。
「私のこと、あんなに愛してくれたんだもん。すごく、すごく気持ちよかった
から……それぐらい、明日香ちゃんは一生懸命してくれたんだから…女の子と
して、普通のことだよ……ね?」
だから…気にしないで、明日香ちゃん。
「……本当に?」
「本当に。逆に、さっきので何にも感じない方が、女の子として問題だと思う」
何だかちょっとお姉さんになった気持ち。
「そう…だよね……」
小さく肯いてる明日香ちゃんが……初めて幼く見えた。
いつもはすごく大人っぽいのに。
抱きしめてあげたい!……って思ったけど、またビックリさせちゃいそうだか
ら、手を伸ばして、洗ったばかりの髪をなでてあげた。
「何?」
明日香ちゃんは不思議そうに見上げてた。
「か〜わいっ♪」
って笑ったら、
「へへへ……」
って笑い返してくれた。
狭いバスルームが、二人の笑顔でいっぱいになった。
私も明日香ちゃんも、特には何も言わなかったけど……二人で一つのベッドに
入った。
とても自然な感じで……。
「あれ? これ……」
明日香ちゃんが見つけたのは、ベッドサイドに置いてある星型のピアス。
二人でおそろのピアス。
私を護ってくれたピアス。
「何でこんなとこに置いてあるの?」
「お守り……傍にあると安心できるから……」
不思議そうに首をかしげて、「ふ〜ん」って。
もう一回、ピアスの方を振り返った明日香ちゃんの髪から、シャンプーの香りが
した。
私と同じシャンプーの香り。
嬉しいよ……何でもないことだけど…すごく嬉しい。
でも……1日だけだね。
明日も家に…ってわけには…いかないもんね。
私の方に向き直った明日香ちゃんは、何かに気づいたように鼻をピクピクさせ
てる。
「…私も…梨華ちゃんと同じシャンプー…買おうかな……」
って。
ビックリした私が、「何で?」って聞く前に、表情でわかったみたい。
「だってさ……梨華ちゃんと同じ香りでいたいから……シャンプーもおそろ…
…ね?」
明日香ちゃんも同じこと考えてたんだ。
「うん!」
「そしたら、ずっと同じ香りでいられるね」
って、クスッて二人で笑い合った。
私の目を見て、明日香ちゃんが、ちょっと寂しそうな顔をした。
「…明日は来れないんだ……」
ずっと一緒にいたいよ!
でも、そんなことが無理なのもわかってる。
だから、
「うん……」
ってだけ応えて黙ってる。
「ごめんね」
「ううん……」
どちらともなく指を絡ませた。
その後は…二人とも無口で…でも、つないだ手からお互いの温かさを感じてた。
そのまま手をつないで、狭いベッドで眠った。
ちょっと切ないまま、でもすごく幸せだった。
今日一日、私は勤労少女。
高校中退して、やりたいことに集中できる…ほど、うちの親は甘くない。
これも社会勉強の一環ってことで、しっかり働きに出てるわけで……。
朝から夕方まで働いて、
「あ〜疲れた……」
なんて一丁前なセリフを吐きながら、テコテコと歩いて家に帰る。
家に帰れば、まさにフリータイム。
時間はあるんだよ、時間は。
それでも、親がうるさいから、流石に二日連続でお泊まりってわけにはいか
ない。
「梨華ちゃん…きょうは大丈夫かな?」
会えないと余計に心配になるよ。
一体、梨華ちゃんを襲ったのって、どんな奴だろ?
梨華ちゃんに、
「セックスなんて、したいときに、
したい相手と、すればいいんじゃないの?」
なんてことを言う奴なんて、きっと外面だけはよくって、女の子を弄ぶような男
に違いない。
そんなことを考えてると、改めてムカついてくる。
今日一日、私は勤労少女。
高校中退して、やりたいことに集中できる…ほど、うちの親は甘くない。
これも社会勉強の一環ってことで、しっかり働きに出てるわけで……。
朝から夕方まで働いて、
「あ〜疲れた……」
なんて一丁前なセリフを吐きながら、テコテコと歩いて家に帰る。
家に帰れば、まさにフリータイム。
時間はあるんだよ、時間は。
それでも、親がうるさいから、流石に二日連続でお泊まりってわけにはいか
ない。
「梨華ちゃん…きょうは大丈夫かな?」
会えないと余計に心配になるよ。
一体、梨華ちゃんを襲ったのって、どんな奴だろ?
梨華ちゃんに、
「セックスなんて、したいときに、
したい相手と、すればいいんじゃないの?」
なんてことを言う奴なんて、きっと外面だけはよくって、女の子を弄ぶような男
に違いない。
そんなことを考えてると、改めてムカついてくる。
不意に携帯電話が鳴る。もう夜中の零時を回ってる。
しかも相手は……非通知。
こういうの、イタ電の場合が多いんだよね。
どうしよう?
迷っている間も、相手はかなりねばってる。
……取りあえず相手を確かめるかな。
ピッ。
「…………」
『もしもし、福田さんですか?』
女の子の声だ。
「…どちら様ですか?」
『あ、え〜と、吉澤です。吉澤ひとみです』
吉澤さん? 梨華ちゃんと同期の?
『福田さん…福田明日香さんですよね?』
「…そうですけど」
吉澤さんから電話なんて…何で私の番号知ってるんだろ?
『よかった〜。あ、突然ごめんなさい。ごっちん…後藤さんから教えてもらって
かけさせてもらいました』
後藤さん? 番号、教えたことあったけ?
なっちか圭ちゃんが教えたのかな?
「あ、どうも…ご無沙汰してます」
『はい…あの…電話で突然なんですけど…梨華ちゃんのことで……』
突然、梨華ちゃんの名前が出て、私は一気にパニックになった。
「梨華ちゃんに何かあったんですか?!」
噛みつくように尋ねる。
『いえ、そういうわけじゃないですけど…』
何だ。よかった……。
『…でも、何かあったと言えば、何かあったと言えなくも……』
どっちなの、はっきりしてよ!
まったく…イライラする。
『気になることがあるんですけど……電話だとちょっと……これから会えませんか?』
これから? 何なの一体?……でも…梨華ちゃんのことは気になるよ。
「大丈夫ですけど…どちらに行けば?」
『私、今夜はホテル泊なんですよ。だから……』
私は親の目を盗んで家を出て、何の疑いももたずに、指定されたホテルへと向かっ
た。
通りで捕まえたタクシーの中で、様々な考えが頭をよぎる。
吉澤さんが話したいことって何なのか。
大体、何故私に電話をしてきたのか。
梨華ちゃんが吉澤さんに、今回のことを相談したとしても、私のことまでは話さ
ないと思うし……。
まあ、私のことはどうでもいい。
吉澤さんの話が、梨華ちゃんが襲われたことに関してだとしたら、もしかしたら
……梨華ちゃんを襲った男は業界の関係者なんだろうか。
そうだとしたら、そいつのことを吉澤さんは知っているかも……。
もちろん、
「最近、梨華ちゃんの様子がおかしいんですよ」
ってだけの可能性もあるけど……。
まだ話も聞かないうちから、あれこれ考えても仕方ないのはわかってるけど……
梨華ちゃんのことだと、どうしてもね。
それだけ私……梨華ちゃんのことが……。
一人で照れ笑いなんかしてる間に、ホテルへ到着した。
エントランスを入って左右を見渡す。
流石に午前一時前ってことで人通りはなく、ロビーのソファに腰掛けた人影が
一つ。
入ってきた私を見つけて、すっと立ち上がり近づいてきた。
「福田さん…遅くに呼び出してすいません」
吉澤さんだった。
「ううん……気にしないでいいよ」
私がそう言うと、安心したのかニコッと笑う。
梨華ちゃんより、もうちょっと背が高くて、私と並ぶと頭一つくらい違う。
自然と見下ろされる感じで……。
「部屋、15階なんで」
エレベーターホールの方を指さして、私を案内して歩き出す。
歩いている間も、エレベーターに乗ってからも、ずっと会話はなかった。
エレベーターを降りた後も、二人分の足音だけが廊下に響いていた。
ジャラッと鍵を鳴らして、吉澤さんが立ち止まる。
「ここです」
廊下が直角に曲がった、ちょうど角の部屋。
「どうぞ」
「…失礼しま〜す」
ドアを開けて待っていてくれる吉澤さんの脇を抜けて、私は部屋の中へと。
背後でドアがバタンと閉まり、カチャッと鍵の下ろされる音が聞こえた。
「最近、梨華ちゃんの様子がおかしいんですよ」
私たちはツインのベッドそれぞれに座って、向かい合っていた。
吉澤さんの話の切り出し方は、想定していた中で、一番ノーマルなものだった。
必要以上に緊張していた私は、ちょっと拍子抜け。
「……おかしいって?」
「いつもはそんなことないのに、楽屋で鏡に向かってボ〜ッとしてたり……私が
声をかけたらものすごくビックリしたり……福田さん、梨華ちゃんから何か聞い
てませんか?」
最近ってことは、私とつき合い出してからってことだろうか?
それにしても……。
「…何で私に聞くの?」
吉澤さんはイタズラッぽく笑ってた。
「何でだと思います?」
その言い方に何だか馬鹿にされたように感じて、ムッとした私は黙ってた。
そしたら……。
「だって福田さん、梨華ちゃんとつき合ってるんでしょ?」
「……何で?」
何で吉澤さんが知ってるの?!
投げ出された爆弾に驚く私の表情を見て、吉澤さんは、
「やっぱり…そうなんですね」
って。
そして、二つ目の爆弾を投げ込んできた。
「福田さん…梨華ちゃんと別れてください」
何? 何て言ったの?
別れる? 私と梨華ちゃんが?
馬鹿なこと言わないで!
何であなたにそんなこと言われなきゃいけないの?
――あまりにも言いたいことが多くて、どれも言葉にならなかった。
「好きなんです……」
吉澤さんが?
誰を?…梨華ちゃん?
だから、私に別れろって言うわけ?
冗談じゃ……。
「…福田さんのことが……」
!!!!!
何?…………。
もし吉澤さんが
「梨華ちゃんのことが好き」
って言ったんだったら、私は、
「馬鹿言わないで!」
とか言って出ていっただろう。
でも……頭の中が真っ白になって、何を言えばいいのか、どうすればいいのかも
分からなくなった。
「…福田さんのことが……」
その言葉を聞いた途端に、私は見えない鎖につながれていたから……。
私はただただ吉澤さんの顔を呆然と見ていて……。
その時もっと冷静だったら、吉澤さんの目に冷たい輝きがあったことに気がつい
たかもしれない。
でも、そんなことは全然目に入ってこなかった。
「だから…梨華ちゃんと別れてください」
吉澤さんは重ねてそう言った。
「…それで…私とつき合ってください」
「な!…そんな…だって……」
もう私は、何が何だか分からなくなってて……。
「明日香さん…梨華ちゃんのこと、本当に好きなんですか?」
だから、吉澤さんの呼び方が「明日香さん」に変わったことにも気づかなかった。
「好きだよ!…大好き……」
「梨華ちゃんも明日香さんのこと…好きなんだと思います」
一旦は私の言葉を、そう受け止める。
でも吉澤さんは、私に考えさせる間を与えないほどに畳みかけてきた。
「でも、梨華ちゃんには重すぎるんです」
重い? 何が?
「ずっとモーニング娘。のファンだった梨華ちゃんにとって、明日香さんは伝説の
存在なんです」
嘘…だって梨華ちゃん、そんなこと一言も……。
「梨華ちゃんは言わないかもしれません……だって、憧れの明日香さんとつき合え
るなんて夢ですもんね」
何だか自分の心が読まれているみたいだった。
「でも、だからこそ…明日香さんは梨華ちゃんにとって重すぎるんです」
「…でも…もしそうだとしても…そのことは私と梨華ちゃんの間の問題で、吉澤
さんとは関係ないでしょ?」
私はやっとの思いで切り返す。
吉澤さんは小さく首を振る。
「このままだと、いつか梨華ちゃんはつぶれちゃいますよ。一緒に仕事してる私
には分かるんです。明日香さん、それでもいいんですか?」
…「一緒に仕事してる」…この言葉が、私に重くのし掛かってきた。
今の私には、梨華ちゃんをただ見守ることしかできなかったから。
黙り込む私に、そっとベッドから立ち上がって、吉澤さんが隣へと移ってくる。
「私だったらそんな心配ないです。私、明日香さんと上手くつき合える自信があ
るんです」
はっきり言って無茶苦茶な理屈だった。
それでも私は何も言えなかった。
それくらい混乱してた。
梨華ちゃんは…私にその思いを隠してるんだろうか?
二人は分かり合えていると思っていただけに、そんな疑問が頭を渦巻いて仕方
がない。
「明日香さん……」
ハッと気がつくと、吉澤さんが目を閉じて顔を近づけてきていた。
「だ、駄目っ!」
唇がつく寸前で私が顔を反らして、吉澤さんのキスは頬に……。
「ごめん…やっぱり私……」
私の声は震えていた……。
「…ちぇっ……」
ふてぶてしい声に振り返ると、吉澤さんは立ち上がって背中を向けていた。
「きょうは…もういいです」
反対を向いたままの吉澤さんの声は、妙に冷たく響いた。
でも、こちらに向き直った吉澤さんの顔は、とても穏やかで……。
「明日香さんも…急なことで、混乱してるみたいだし……でも梨華ちゃんのこと、
真剣に考えてみてくださいね……もちろん私のことも……」
「…うん……」
小さくそう言って立ち上がるのが精いっぱいだった。
吉澤さんは、そんな私をドアのところまで送ってくれた。
「ここでいいから…それじゃ……」
部屋のドアから出たところで、そう吉澤さんに言って、返事も待たずに歩き出す。
「梨華ちゃんに…吉澤が心配してたって、伝えてくださいね」
背後からそんな言葉が聞こえてきた。
それからドアが閉まって……どこからか、高笑いが聞こえてきたような気がした。
こんな夜中に高笑いなんて……錯覚だよね。
そう思いながら、でも確かに高笑いが耳の奥に響いてた。
私は、自分を失ったまま家へと足を運んでいった。
時計を見ると午前一時を回ったところ。
仕事が終わってから、安倍さんと保田さんに、食事に誘われて。よっすぃ〜は
さっさと帰っちゃうし。
今からじゃ、明日香ちゃんに電話もできないよ。
…メールしとこう。朝、見てくれるよね。
明日香ちゃんを思い浮かべながら、短い文章に思いを込めて……送信。
「あれ? 明日香ちゃん、起きてるんだ」
すぐにメールの返信が届いた。
『メール、ありがとう……私、梨華ちゃんのこと、大好きだよ。梨華ちゃんは?』
読んで胸がドキドキした。
何もないのに、明日香ちゃんから『大好きだよ』なんて……初めてじゃないかな?
嬉しい反面、どうしちゃったんだろうって不安になる。
だから…電話しちゃった。
「…もしもし…明日香ちゃん?」
『…うん……ごめんね……』
何で謝るの?
「どうしたの?…何かあった?」
電話の向こうからため息が聞こえる。
『梨華ちゃん…私…梨華ちゃんに余計な気をつかわせちゃってる?』
「そんなこと…そんなことないよ!」
『そっか……なら、いいんだ……』
「どうしたの? 今日の明日香ちゃん、ちょっとおかしいよ?」
『…あのさ。きょう、よしざ………ごめん。何でもない』
え、何? 今…吉澤って…言わなかった?
「明日香ちゃん、何かあったんじゃないの? ねえ、ちゃんと言ってよ」
『本当に何でもないよ。信じて……あ、梨華ちゃん、明日も早いでしょ。じゃ、
またメールか電話するから』
声はさっきより明るかったけど。
明日香ちゃん、何か…無理してない?
「…うん……絶対だよ?」
『うん。おやすみ』
「…おやすみなさい」
今日の明日香ちゃん、絶対おかしかった。
それに、さっきの『よしざ…』って、よっすぃ〜のことじゃ……。
もしかして…よっすぃ〜が明日香ちゃんにまで……。
ドンドンドンドン嫌な想像がふくらんじゃって、でも、明日香ちゃんは『信じ
て』って言ったし……。
本当に信じていいんだよね?
ベッドに入って、一生懸命に明日香ちゃんの笑顔を思い浮かべようとしたのに…
…明日香ちゃんは全然笑ってくれなかった。
その日の寝付きは、最悪だった。
「おはようございま〜す」
翌朝、収録スタジオに入ってあいさつをしながら、よっすぃ〜を捜す。
昨日の明日香ちゃんの様子が変だった原因に、よっすぃ〜が関わりあるのか確
かめないと落ち着けなかったから。
「あ、梨華ちゃん、おはよう」
「…よっすぃ〜、おはよう」
ものすごくすっきり爽やかな顔をしたよっすぃ〜。
あれこれ思い悩んで寝付かれなかった私は、何となくうらやましくなっちゃっ
て。
そんなこと思ってるうちに、よっすぃ〜の方から先に尋ねられた。
「梨華ちゃん、明日香さんから聞いてくれた?」
何? 何のこと?
それに……「明日香さん」って…前は「福田さん」だったのに。
「…別に何にも聞いてないけど……」
「あれ? そう……」
ちょっと首をかしげて、「ふうん…そっかあ……」とかつぶやいてる。
本当に何なのよ?!
「……会ったの?」
「え?…ん〜っと……明日香さんが何も言ってないんだったら、私からは言える
ことはないんだよね」
何、その思わせぶりなセリフは!
「ねえ、よっすぃ〜…明日香ちゃんに何かしたんじゃないでしょうね?」
柄にもなく凄んでみたつもりなんだけど……。
「いや…私からはちょっと……明日香さんから聞いた方がいいよ」
ニヤニヤ笑ってる。
そんな顔されたら、いくら私だってムカツクの!
昨日の明日香ちゃんの様子がおかしかったのは、よっすぃ〜のせい。そうに決
まってる!
でも……明日香ちゃんは、何もないよって言ってくれたし……信じたいよ。
「へえ……ずいぶん迷ってるね……明日香さん、あんまり信用ないんだ…」
私の顔を見ながら、よっすぃ〜がこんなひどいことを言う。
「そ…そんなことないよ! 私、明日香ちゃんのこと……」
「だったら明日香さんに聞いてみればいいじゃない」
「……うん……」
何だか、よっすぃ〜にのせられてるような気がするけど……。
言われなくたって、よっすぃ〜なんかより、明日香ちゃんの方を私は信じるん
だから!
にらむ私のことなんか気がつかないみたいに、よっすぃ〜は時間を確認したり
してる。
「もうリハーサル始まるよ」
なんて言って……。
余裕の表情が、何だか憎らしい。
よっすぃ〜は、さっさと楽屋から出て行こうとして、振り返って言った。
「あ、明日香さんに聞くときに、吉澤が『昨日はありがとうございました』って
言ってたって伝えてね」
その笑顔は、すぐにドアの向こうへと消えていった。
私には、よっすぃ〜が何を考えてるのかまったくわからなかった。
その日のよっすぃ〜は、ずっとご機嫌で……私はずっとへこんでた。
よっすぃ〜と明日香ちゃんの間に、何があったのか不安で、でも私は明日香ちゃ
んを信じていて……。
信じているのに不安でいる自分が、明日香ちゃんを裏切っているような気がして。
漠然と、明日香ちゃんを失ってしまいそうな思いにとらわれて……怖かった。
だから、仕事の合間に明日香ちゃんにメールをいっぱい送った。
でも一番聞きたいことは書けなくて……。
我慢して、我慢して……それも仕事が終わるまでだった。
スタジオを出た途端に、指が勝手に動いてた。
『仕事終わったよ。明日香ちゃんに会いたいなあ☆☆梨華☆☆』
すぐに明日香ちゃんからの返事が届いた。
『私は出られないんだ。家に来る? 明日香』
勢い込んで、『今から行く!』って返事を送りながら、駅に走っていった。
一刻も早く、明日香ちゃんに会いたくて、会いたくて……。
電車に乗っても、寂しくて、切なくて……。
少ないなりにも乗っている人々は、まったく目に入って来なかった。
明日香ちゃんだけが私のすべて。
自分だけだと、まったく何かが欠けていた。
不完全で、不安定な存在。
明日香ちゃんが傍にいないと、「私」は「私」でいられなかった。
だから、玄関のドアを開けて明日香ちゃんが出てきたときには、私はもう泣いていた。
わけもない不安から解放された安堵感。
明日香ちゃんに頼りっぱなしの自分の情けなさ。
グチャグチャした思いが、私の体をめぐって……。
それでもそこに、ただ明日香ちゃんがいてくれることが嬉しかったから。
声もなく明日香ちゃんに抱きついて、ただ涙を流してた。
明日香ちゃんは何も言わず、しばらくそのままでいてくれた。
そのうち、私の背中に手を回して軽く抱きしめて、
「梨華ちゃん…」
って呼びかけて……。
お互いに腕を相手に回したままで、見つめ合った。
私はまだ涙を流していて、明日香ちゃんはそれをじっと見てた。
明日香ちゃんの瞳も潤んでた。
そして…そして……。
「泣かないで……」
明日香ちゃんがポソッと言って、涙が伝う私の頬に、そっとキスをしてくれた。
「梨華ちゃん、泣かないで……」
もう一度言って……柔らかく唇を合わせてくれた。
おぼれてた。
おぼれて、必死になってすがりついてた。
漂う私を抱き返して、優しく包んでくれた。
嬉しくて、嬉しくて……。
何度も、何度も叫んだ。名前を呼んだ。
「明日香ちゃん!」
「…明日香ちゃ〜ん!」
退いては寄せる大波小波。
赤ちゃんのように胸に顔をうずめ、幼い子が砂場で遊ぶように指を潜り込ませ、
だだっ子のように何度も何度も求めた。
口をついて求める内容で、その純粋な頃には戻れないことを告白しながら。
陶酔してベッドに横たわる私。
荒い息。
快感の余韻に震える身体。
その私を守るように抱いて添い寝する明日香ちゃん。
私を見る瞳は優しくて、それでいて冷静で……寂しそうだった。
明日香ちゃんは、ただ私を抱きしめて、私の感じる部分に指を這わせてくれた
だけだったけど、それだけで私には十分だった。
「明日香ちゃん……」
私の声は、顔を埋めた明日香ちゃんの柔らかい肌に吸い込まれる。
明日香ちゃんの胸は十分に大きくて、ふっくらしてて…優しく私を受け入れて
くれてた。
「ん?」
「…昨日……よっすぃ〜に…会ったの?」
明日香ちゃんの胸が大きくふくらんで…そしてゆっくりと戻っていく。
「……うん………」
聞きたくない気持ちも強かった……でも、それ以上に聞きたい気持ちが大きかっ
た。
「何が…あったの?」
「ヨ*ザ*サ*ニ『*カ**ン*ワ*レ*ク*サ*』ッ*イ*レ*……」
え?
一瞬、明日香ちゃんの言った言葉がわからなかった。
声が音声として、頭の中をグルグル回ってる。
「ヨシザワサンニ『リカチャントワカレテクダサイ』ッテイワレタ……」
何?
「よしざわさんに『梨華ちゃんとわかれてください』っていわれた……」
どういう意味?
「吉澤さんに『梨華ちゃんと別れてください』って言われた……」
明日香ちゃんと…私が…別れる……。
言葉が意味を持って……私の心を撃った。
条件反射のように、ブワッと目に涙がたまる。
大声で叫びそうになった。
「いや〜〜〜っ!!!!!」
って。
でも、それよりも早く、明日香ちゃんの腕に力がこもって、
「大丈夫。絶対、そんなことしない……梨華ちゃんを離したりしないから。ね?」
耳からしみ込む声が、叫び声を溶かした。
それでも涙までは止められずに、私の頬と明日香ちゃんの肌を濡らした。
涙が止まるまで泣き続けて……明日香ちゃんは、ずっと抱いていてくれた。
「……よっすぃ〜は……何で…明日香ちゃんに、そんなこと……」
やっと落ち着いて、私はそう尋ねた。
「…梨華ちゃんにとって、私は重すぎるからって……このままだと…梨華ちゃん
が押しつぶされちゃうからって……」
何を勝手なこと言ってんのよ!
よっすぃ〜に対して、そんな言葉をぶつけながらも、明日香ちゃんが何かを躊
躇っているように感じる。
「…明日香ちゃん…全部…話して……よっすぃ〜…ほかにどんなこと…言ったの?」
明日香ちゃんの胸が大きくいきを吸い込んで……。一回、二回……六回目。
「……ごめん。これ以上は、もうちょっと待ってほしい……」
「明日香ちゃん!」
必死ですがりついていた。
「ごめん…でも、もうちょっとだけ……もうちょっとだけ私に考えさせて……そう
したら、絶対、梨華ちゃんに話すから……絶対……」
聞きたかった。
明日香ちゃんが、何を心に仕舞っているのか。
同じ悩みを私も共有したかった。
隠しごとをされているようでイヤだった。不安だった。
でも…私は明日香ちゃんを信じることに決めたから……。
「…絶対だよ?……」
「うん…絶対……」
きっと、明日香ちゃんは私を守るために黙ってる。
それで考えてるの。戦ってくれてるんだよ。
だから…私は私なりに、その不安と戦うことにした。
よっすぃ〜が一体、何を考えてるのか?
私も探ってみようと思った。
直接よっすぃ〜に聞く……のは怖いから、ごっちんに聞いてみよう。
よっすぃ〜とつき合うなんて、かなりきつそう。
あの時だって私、このままおかしくなっちゃうんじゃないかって、本気で思っ
たもん。
身体がいくつ有っても足りないよね。
あの二人が、どんなつき合い方をしてるのか、正直言って興味があるよ。
だから次の日、楽屋でごっちんと二人きりになったのを見計らって、声をかけ
た。
「ごっちんさぁ…よっすぃ〜と……あの〜……つ、つき合ってるんでしょ?」
私は聞かれたらマズイみたいにヒソヒソ声で聞いたのに、ごっちんは相変わら
ずアッケラカン。
「そうだよお」
何だか聞かれて嬉しそうだし。
「…よっすぃ〜って……どう?」
ものすごく曖昧な質問。
「やさしいよ。とっても」
ごっちんは満面の笑みで、まるでハートマークが見えそうな感じ。
…何か予想してたのと違うような……。
「そ、それでさあ……その〜……もう…しちゃったりなんかしたり…する?」
もう私の顔は燃えちゃいそうに熱い。
普通はいきなりこんなこと聞くもんじゃないよね。
でも、よっすぃ〜の実態を知るためには、どうしてもこっちの方向に踏み込ま
ないとね。
私と同じように、ごっちんも真っ赤。
やっぱり……すごく激しかったりするのかな?
「…うん…ついこの間…初めて……」
ついこの間? 初めて?
これは意外だ……。
よっすぃ〜のことだから、いきなり深い関係になっちゃったりしたのかと思っ
たのに。
「…梨華ちゃんも…福田さんとつき合ってるんでしょ?」
「……知ってたの?」
ごっちんにまで知られてたなんて。
「うん。この間のOFFのとき、よっすぃ〜と一緒に、梨華ちゃんと明日香さん
がデートしてるの見ちゃった」
……そう…だったのね……。
「梨華ちゃんたちも…その……しちゃったの?」
え?…私たちのこと?
…確かに、私と明日香ちゃんは深い関係だけど……よっすぃ〜ほどじゃ……。
「そう……キス…しちゃったの?」
キス?!
「ちょっと待って、ごっちん…しちゃったのって……キスのこと?」
「…そうだよお。梨華ちゃんと福田さんも、しちゃったの?」
「…うん……」
ウソでしょ?
よっすぃ〜、ごっちんには、まだキスしかしてないの?
どういうこと?
ほかにいろいろ聞いてみても、ごっちんとよっすぃ〜の交際は実に清らか、さ
わやかなもので……私は何が何だかわからなくなってきて……。
それでも確かなのは、ごっちんは本当に大事にされてるってこと。
よっすぃ〜は、ごっちんにとっては理想的な騎士(ナイト)みたい。
「よっすぃ〜と一緒なら、どんなときでも安心だよ」
ごっちんの笑顔は間違いなく本物だね。
でも…じゃあ、私が見たよっすぃ〜って一体……。
ごっちんののろけ話を延々と聞いていると、ドアを開けてよっすぃ〜が入って
きた。
仲良さげに話してる私たちを見て、明らかにムッとした表情。
「ごっちん!」
呼びかけながら、わざわざ私とごっちんの間を横切って、ごっちんの隣のイス
に座る。
「ねえねえ。ベーグルのおいしい店、また新しいの見つけたんだ。一緒に行かな
い?」
「よっすぃ〜、ホントにベーグル好きだねえ…いいよ。どこにあるの?」
「あのね……」
もうすっかり私は蚊帳の外。
肩をすくめたりなんかして、楽屋を出る。
そしたらドアを出たところで、よっすぃ〜が追いついてきた。
振り返る間もなく、ゾクゾクッと耳元から首・背筋へ走り抜ける強制的な快感。
「…っぁ…くぅ……」
人影のない廊下で身もだえてる自分が…悲しい。
「…もし、ごっちんを巻き込もうなんて考えてるなら…………」
言葉の代わりに、指が私の心に釘を刺す。
「はぁっ…ん……ぃあ……」
懸命に首を振ると、フッと背後の気配が遠ざかって、ガチャッとドアの閉まる
音がした。
身体を走り抜けた感覚のおぞましさを感じながら、ドアを見つめて……。
気がついたら、腕に鳥肌が立っていた。
昨日からずっと考えてた。
ずっと…ず〜っと考えてた。
私と梨華ちゃん……このままつき合ってていいんだろうか…って。
女同士だからとか、そんなことはもうどうでも良くなってたけど、梨華ちゃん
にとって、私にとって、今の関係はプラスなのか……。
ある意味、私の場合は個人的な恋愛ってことで、好きだって気持ちだけで十分
だ。
でも、梨華ちゃんは違う。
国民的アイドル・グループの一員なんだから……。
梨華ちゃんが私のことを好きでいてくれることは、素直に嬉しい。
だけど、周囲は、マスコミは、ファンはどう思うだろうか。
特にマスコミにとって、格好の餌食だろう。
普通の恋愛でさえタブーなのに……面白おかしく騒ぎ立てて、賞味期限が切れた
らポイッと捨てられる。
もしそうなったら……梨華ちゃんの芸能人としての生命は絶たれてしまう。
梨華ちゃんの夢の道が閉ざされる。
そういう意味で、「私」という存在は、梨華ちゃんにとって常に爆弾だ。
爆発を回避するためには……爆弾そのものを処理するしかない。
そう。「私」を処分するのが、梨華ちゃんにとって一番安全な道……。
でも……昨日の梨華ちゃんの姿を見ていると、「別れ」が、梨華ちゃんを壊し
てしまうことになりそうで……。
どれだけ傷つけることになるのか怖くなる。
そこまで考えて、私は自嘲的に笑う。
本当はそれはただの口実で、自分が傷つくことが、梨華ちゃんを失うことが、
怖いだけかも知れない……って。
不意にポロポロッと涙がこぼれる。
頭は必死にブレーキをかけてる…けど……。
「…や…だ……やだよ…別れたく…ないよ……梨華ちゃんと一緒に…いたいよ…
…」
思いはさらに加速して……もうどうにも止められなかった。
涙でよく見えないけど、手探りで取り出した。
梨華ちゃんとおそろの星型のピアス。
このピアスは私たち二人の状態そのままだ。
黄色と空色。
片方ずつを取り替えたとき、心の半分も一緒に交換した。
だからもう…一人には戻れないよ。
携帯の留守電に入れたメッセージの返事。
「この間のホテルの同じ部屋で待ってます」
吉澤さんに伝える答えは、やっぱり一つしかない。
とても大事なことだから……電話じゃなく、直接話さなきゃ。
私はまた、梨華ちゃんには伝えずに、吉澤さんに会いに出かけた。
高笑いの幻聴が聞こえたあの部屋に……。
「福田さん…お待ちしてました。どうぞ」
廊下の角部屋に招き入れられたのは、前回とほぼ同じ午前一時前。
前回と同じように、二つのベッドに腰掛けて向かい合う。
「考えて…くれたんですよね?」
吉澤さんは笑顔で尋ねてきた。
「うん……すごくたくさん…考えたよ」
「…それで?」
興味津々といった瞳が、私を見つめている。
「結論から言うと…梨華ちゃんとは、やっぱり別れられない。ううん。別れちゃ
いけないと思った……」
「……梨華ちゃん…ダメになっちゃいますよ?」
「ダメになんかならないよ…ダメになんかしない。梨華ちゃんと私なら…乗り越
えてみせるよ」
それは「私」が梨華ちゃんにとって爆弾であることを否定するものじゃなく…
…どんな犠牲を払っても…例え私が最もやりたくない「過去を切り売りする」こ
とになってでも…何としてでも梨華ちゃんだけは守る。
そんな私なりの決意表明だった。
吉澤さんは冷たい笑いを浮かべていた。
「……それは…『愛』…ってやつですか?」
茶化すように言う。
私は無言でそれを肯定する。
「はぁ〜あ……『愛』ね……明日香さんなら、もっと面白い答えをしてくれると
思ったんだけどなあ……」
面白い?
何を言ってるの?
「愛、愛、愛……『愛してるよ』なんて、みんなが言葉遊びみたいに簡単に言う
けど……『愛』って一体なんなんだ?!」
私を馬鹿にするような、大げさなしゃべり方。
でも、その言葉の端々に、苛立ちのようなものを感じた。
「愛」って何なのか。
そんなことにすぐに答えられるはずもなく、私は黙り込んでいた。
「明日香さん……」
吉澤さんは、視線を下から上へと流す。
私の膝丈のスカートから顔に視線が移って……。
「…私の『愛』も……受け取ってくださいっ!」
嫌な予感がしていたけど、それでも避けることはできなかった。
ベッドにそのまま押し倒され、組み敷かれる。
「やっ!…吉澤さん……やめて!」
手足をバタつかせ、抱きすくめる腕から何とか逃れようとするけど、体格も体
力も違う吉澤さんを振り払うことなど出来なかった。
それでも何とか引き離そうと、腕を身体の間に差し入れて、吉澤さんを押し返
そうとする。
そんな私の抵抗が、一瞬にして硬直する。
「ガッ!……」
空気の固まりを、そのままのどから押し出すような声。
下半身から走り抜けた激痛に、ビクンッと大きく一度痙攣を起こして……。
「濡れてなくても、なんとか入るもんですね」
私のあそこに、中指をねじ込んだ吉澤さんが、平然と言葉を吐く。
激痛のために動くことも出来ず、ただそこに横たわる私。
たくし上げられたスカート。
ショーツのなかで、微妙に蠢く指。
涙が、痛みと混乱を必死に覆い隠そうと、無駄な努力をしていた。
「明日香ちゃん、私の『愛』はどんな感じかな?」
明らかに馬鹿にした口調。
「…っぁ……ぬい…抜いて……」
苦痛に喘ぐだけで精いっぱい。
今考えると、梨華ちゃんにバージンを奪われたときなんて、十分、愛にあふれ
ていたと思う。
痛みが最も少ないような状況にしてくれていたから。
今の状況は、そんな配慮なんて皆無だった。
「そう……」
やれやれといった感じで肩をすくめる吉澤さん。
無造作に指を抜こうとする。
「っは…ぐっ……い…痛いよ!…やめて!」
指と一緒に周囲や内臓まで引きずり出されそうな鈍い痛み。
「抜いてって言ったの、明日香ちゃんでしょ。ホントにワガママなんだから……」
好き勝手な言葉なんて上の空。
そこにもう一つの心臓が出来たみたいに、ドクンドクンと脈打つ感じ。
鈍痛とともに血がそこだけに集まっているような気がする。
「ふ〜ん…こりゃ、濡れないと抜けないかもね…早く感じちゃってよね」
そう言って、闇雲に愛撫を始める。
そこら中にキスマークをつけ、指を這わせ、撫でさする。
こんな状況で痛み以外の何を感じろって言うのか。
ただ一点から生じる痛みのほかは、何も私に影響を与えなかった。
「…ダメだ…ねえ、全然感じないわけ?」
「あんたなんか……」
かすれた私の声を聞くために、顔を寄せてくる。
「何?」
「あんたなんか…誰も愛することなんて出来ないでしょ……」
力ない私の強がりに、それまで冷静だった表情が一変、カッと怒りの形相に。
一気に指を引き抜いて、その手で私の頬を平手打ちする。
それに反撃する余裕もなく、両手で頬よりもっと痛む個所を押さえて丸くうず
くまっているだけ。
「早く出ていってよね……グズグズしてると、そのまま外に放り出しちゃうから
……」
それ以上情けない姿を見せたくなくて、必死に身支度を整える。
足を引きずるように歩いてドアに向かう。
「私は……梨華ちゃんへの愛を貫いて見せるわ……」
捨て台詞なんて私らしくないけど、それでも言わずにはいられなかった。
「そう簡単にいくかなあ……楽しみに見させてもらいますよ」
吉澤さんの言葉を背に受けながら、ドアから出る。
「…私は私なりに愛してみせる……」
そんな最後に聞こえてきた言葉は、私の鼓膜を振るわせたけど、心には届かな
かった。
『あ、梨華ちゃん? 私。遅くにごめんね』
よっすぃ〜の明るい声が耳に飛びこんでくる。
さっきまで何回も明日香ちゃんと連絡をとろうとして、ずっと話中だった。
そのうちにウトウトしてて……。
明日香ちゃんかと思って急いで出たら、よっすぃ〜だった。
「…何?」
私は、途端に不機嫌な声を出してしまう。
『明日香ちゃんじゃなくて残念だった?』
その言い方がまたムカツクッ!
「だから何?」
大げさなため息のあと、ガツンと来た。
『その明日香ちゃん、お返ししたから後よろしくね』
明日香ちゃんが!
「あんた明日香ちゃんに何したの?!」
もう私の声は悲鳴だった。
『やるべきこと』
平然としたよっすぃ〜の声が憎らしい。
声を失った私にかまわず、相変わらず明るく話しつづける。
『明日香ちゃんって肌きれいだねえ。いっぱいキスマークつけちゃったよ』
「なっ!………」
『最後まで、私の指をキュッと締め付けて離してくれなかったし』
「ウソだよっ!」
ピッと電話を切って、耳を押さえて泣いた。
また電話が鳴って、しぶしぶとった。
『急に切っちゃわないでよ〜。ま、梨華ちゃんは明日香ちゃんの方を信じるんで
しょ?』
「……そうだよ……」
『じゃ、明日香ちゃんから聞いてね……とにかく可愛かったよ。涙流して震えちゃっ
……』
ピッてまた切って、急いで明日香ちゃんに電話をかける。
明日香ちゃん…明日香ちゃん……。
電話のコール音だけが響いて……。
明日香ちゃん、出てよ。電話に出てくれないと、心が…心が通じないよ。
あきらめ切れずに、ひたすら電話を握り締める。
突然コール音が途絶えた。
「もしもし! 明日香ちゃん?!」
『……梨華…ちゃん?』
明日香ちゃんの声の向こうから、大きな車の通り過ぎるブォ〜ンッて音が聞こ
えてくる。
「明日香ちゃん、今、どこ?」
『ここ?…どこ…だろう……』
「明日香ちゃん?!」
『大丈夫。方向は…こっちで合ってるから……ちゃんと家には帰れるよ……』
言ってる内容はいつものように冷静。
だから余計に、声の虚ろさを感じて、私の胸がギュ〜ッと締め付けられる。
『梨華ちゃん……梨華ちゃんを襲ったのって…吉澤さんだったんだね……』
「ごめん! 明日香ちゃんにもっと早く言ってれば…こんなことにならなかった
のに……」
明日香ちゃんを信じてないわけじゃなかったのに、何となく、よっすぃ〜の名
前を出しそびれちゃったのが、こんなことになるなんて……。
「ホントにごめん!…私の…私のせいだね」
『…梨華ちゃんのせいじゃないよ…梨華ちゃんは…悪くない………でも…やっぱ
り言ってほしかった…もっと私を…信じてほしかったよ…だから…今日はもう…
…ごめんね……』
「明日香ちゃんっ!」
電話がプツッと切れて……かけ直したら、電源が切られてた。
胸から這い上がってくる喪失感を認めたくなくて……何度も、何度もかけ直し
て……やっぱり電話はつながってくれなかった。
必死だった。
明日香ちゃんを失いたくなかった。
自分一人じゃ何をしたらいいのかもわからなかったから、とにかく電話をかけ
た。
こんな時に明日香ちゃん以外で相談できる人は、私には一人しかいない。
「もしもし! 寝てました?」
『…もしもし、石川?…もちろん寝てたよ』
そういう言い方をするから怖いと思われちゃうんですよ、保田さん。
言葉には出さずに、ツッコミを入れる。
「すいません…でも、どうしても急ぎでご相談しなきゃいけないことがあって…
…」
『もう…どうしたの?』
こんな時、保田さんは面倒くさそうにするけど、それでも必ず相談に乗ってく
れる。
私が、明日香ちゃんとつき合ってることを話すと、保田さんは本当にビックリ
していた。
『明日香が?! あんたと?!……明日香…どうしちゃったんだろう……』
保田さん……その驚き方はあんまりです〜!
「で? ケンカでもしちゃったわけ?」
やれやれといった雰囲気の保田さん。
何て言ったらいいんだろう……。ケンカしたわけじゃないし。
ただ…明日香ちゃんの心が、私から遠ざかった。そう私が感じたってだけで…
…。
「よっすぃ〜が……」
初めに注意してくれた保田さんだから、このことだけは伝えた方がいいと思っ
た。
「吉澤が?! どうしたの?」
スッと大きな瞳を細めて、鋭い表情で私を見つめてた。
ボソボソ話す私の話を、無言で最後まで聞いてくれて……。
「…やっぱり吉澤が……」
何か告げ口したみたいで嫌な気持ちだった。
「でも…ごっちんには本当に優しかったです。私から見ても……」
だから、そう言ったのは、告げ口のお詫びみたいなもので……。
「ふ〜ん…あの子も、わっかんないんだよねえ」
保田さんも、よっすぃ〜が何を考えてるのかまでは、わからないみたい。
そうだよね。
ともかく今の私には、よっすぃ〜のことより明日香ちゃんの方が問題だった。
すぐに許してもらえるかどうかはわからないけど、会いたかった。ただ、会っ
て話したかった。
保田さんは、ちょっと感心したような顔をしてた。
「あんた…意外に健気なとこがあるんだね」
だから保田さん……「意外に」って失礼じゃありません?
「明日香のこと……相談してみるかな」
相談? 誰にですか?
そっか! 中澤さんですね。
「裕ちゃんよりも、あの子の方が適任だと思うんだよね……自他共に認める『明
日香のお姉ちゃん』だから」
誰です? ねえ、保田さん。
お姉ちゃんって…明日香ちゃんに、そんな近い関係の人がいるんですか? 誰
ですか?
「……石川…あんた、ちょっと目が怖いって……」
自室でグッタリしてた。
ホテルから家まで、歩いて帰ったんだから当然か。
もう朝日も昇っちゃってるし。
……梨華ちゃんからの電話。
本当は会いに行きたかったよ。
でも……「梨華ちゃんへの愛を貫いてみせる」なんて言っちゃって。
自分の身さえ守れない私が、そんなこと言ったって、何の説得力もないよね……。
情けないったら……梨華ちゃんに甘えてちゃいけないんだ。
そう自分に言い聞かせた。
時計を見たら七時半。
ふと気づいて、電源を切りっぱなしだった携帯電話に手を伸ばす。
電源を入れて、机の上に置こうとしたら、突然鳴った。
液晶パネルには、懐かしいあの子の愛称が表示されてた。
一瞬迷って、「通話」ボタンを押す。
『もしもしぃ? 明日香? 久しぶりぃ〜元気だった?』
「…うん……何とかね……相変わらず忙しそうだけど、なっちは大丈夫?」
『な〜んも。なっちは、いっつも元気バリバリさぁ』
「そっか……相変わらず、イモ全開ってか」
『なぁっ! ひっど〜い。イモ言うな!』
すごく自然に二人で笑った。
なっち。
不思議な人だよね。
第一印象は優等生。でも違ってた。
感情むき出しで、笑って泣いて怒って……。
私と正反対だった。
なんでか知らないけど、最初っから私のこと気に入ってくれてたみたいだし。
東京出てきたばかりのころは、道案内代わりに買い物につき合わされたり。
何かあると、すぐに「明日香」「明日香」って。
ちょっとうざったくて、それでも嬉しかった。
何か…そう……お姉ちゃん…みたいだった。
『今日、午後から仕事に出るんだけどさ、それまでに料理でもしよっかなって…
…一人じゃなんだからさ、明日香、食べに来ないかい?』
そんな風に、なっちに誘われて出掛けて行った。
家にいても、嫌なことばっかり考えちゃうし……。
はっきり言って、現実逃避っぽい感じだった。
なっちの家に着いたら、もうテーブルの上に料理が並んでた。
「相変わらず家庭料理しか作んないんだね…全っ然っアイドルっぽくないんだけど……」
肉じゃがにおみそ汁、ひじき……。
別にいいんだけどさあ、こう…もうちょっと、パスタとかさあ……。
「なあに言ってるかなぁ、こういうのが身体にいいんだって」
「はいはい…なっち、また訛ってるよ」
「訛ってる言うな!」
昔とちっとも変わらない会話に、安心して心の底から笑えた。嬉しかった。
「明日香……梨華ちゃんとつき合ってるんだって?」
「え?」
思わずなっちを見つめちゃった。
きっと私の目、まん丸だったと思う。
「…あ…その…つまり……」
ちゃんと答えられなかった。
別に梨華ちゃんだからってことじゃなくて、相手が誰でも、なっちにそういうことを知られるのが…恥ずかしかったんだ。
気まずいよ。
何て言うか……デートしてる途中で、偶然、家族にバッタリ出会っちゃった感じ……。
悪いことしてるわけじゃないのに、「やばいっ!」って思っちゃうんだよね。
何でだろう……。
なっち、ため息なんてついちゃってる。
「明日香もおっきくなっちゃったんだねぇ……」
いや…そんなに幼くもなかったと思うんだけど……。
「それも、相手がよりにもよって梨華ちゃんだなんて……」
それはちょっと失礼って言うか、梨華ちゃんのどこが悪いの。
少しムッとした。
「あ、ちょっと怒った? ね? 怒った?」
興味津々って目で笑ってる。
あんたは子どもか!
ふんっ!だ。答えてなんかあげないんだから。
プイッと横を向く。
「…だったらさぁ……何で電話に出てあげないの? 話し合わないの?」
息が止まりそうだった。
なっち……昨日の夜のことも知ってるの?
「詳しくは知らないよ…でも、梨華ちゃん、どうしたらいいかわからなくなって、
圭ちゃんに相談してきたって……梨華ちゃん……泣いてたって……」
「…ウソ……」
泣いてた?…梨華ちゃんが?……どうしよう……。
私が勝手に強がって、梨華ちゃんに迷惑かけたくなくて、全部、自分一人で解決
したくて……梨華ちゃんにつらい思いをさせちゃった。
泣き出しそうな私を見て、なっちは言った。
「ウソ」
はあっ?!
「梨華ちゃんが泣いてたっていうのはウソだよ」
「なぁっちぃっ!」
首を絞めそうな勢いで詰め寄る。
「怒るくらいなら、梨華ちゃんのところに行ってあげな」
私よりもっと、なっちの方が怒ってた。
「今から梨華ちゃんのところに行ってあげなよ」
そうだよね。その方がいいよね……。
わかってるんだぁ、そんなこと。でも…でもなんだよ。
「…今さら泣き言なんて言って、梨華ちゃん…私のこと嫌いになったりしないか
な?」
「なぁに言ってるかなぁ……」
「だって!…だってさ…私が…そんな自分…嫌いだもん……」
うなだれる私を見て、大仰にため息をつく。
それから何かを言おうとして……突然、電話が鳴った。
「もしも〜し…うん、なっちだよ…うん…うん…えぇ〜!…まだダメだよぉ……」
チラッと私の方を見る。
誰から? もしかして……。
「マジでぇ?!…しょうがないなぁ……うん、わかった…うん…それじゃあねぇ」
受話器を置いたなっちが、意味ありげにほほ笑みながら、私に聞いてきた。
「電話、誰からだったと思う?」
まさか! 梨華ちゃん? でも…切っちゃった……うそ〜! 謝れたかもしれな
いのに……。
ニヤニヤしてるなっちが恨めしくて、わざと違う答え
を返した。
「け…圭ちゃん…かな」
「当ったり〜!」
何だよ〜!
気をもたせといてさぁ…なっちの意地悪〜!!
にらみつける私に対して、なっちは平然としたもの。
「圭ちゃんがね、貸したままのDVD、早く返せ!って」
そんなこと、私の知ったことか!
「明日香、これ返してきてよ」
ハイッとDVDを手渡される。
「何で私が……」
文句を言う私の顔の前でパシッと手を合わせる。
「お願い!…だってさぁ、今日、なっちと圭ちゃん、別々の仕事だし……もうそろ
そろ出ないといけないしさぁ…人助けだと思って…ね? お願い!」
今度は、私がため息。
人助け…ねえ……。
「…いいけど……圭ちゃんの家に持っていけばいいの?」
「うん。ありがとね!」
…なっちのこの笑顔に、私は弱いんだよね。
さっさとなっちは奥の部屋。出掛ける準備を済ませる。
一緒に部屋を出て、駅まで歩いた。
「あっ、そうだ」
それぞれのホームに別れるときに、今思い出したって感じで話し出した。
なっち…ちょっとわざとらしいぞ。
「圭ちゃんのところに、梨華ちゃんも来てるらしいから」
えっ?…えぇ〜っ!!
「じゃっ! 頑張ってね〜」
「ちょっ…なっち!」
混乱する私に、ビッと指さして言った。
「あくまで人助けだから」
それだけ言うと、なっちはホームの階段を走って上っていった。
……やられた……。
ドアの前に立ってた。
五分くらい前からずっと。
やっぱ入れないよ……。
だってさあ…何て言ったらいいか…。
まあ……
「ごめん…」
って言うしかないんだけどさ……。
面と向かって言うとなると…勇気がいるよ。
ガンッ。
いったあ〜!
「明日香? ドアの前で何してんの?」
圭ちゃん…急にドア開けないでよ……。
「大丈夫でしょ。手加減したんだから」
おでこを押さえて涙ぐんでるのなんか全然気にした様子もない。
ん? 手加減?!
圭ちゃん、今のわざとやったの?
……ひでえ〜……。
「石川には出来ないだろうから、代わりにお仕置きをね」
いや、お仕置きって……。
「そんなこといいから、早く!」
二の腕をつかまれて、部屋に引き込まれる。
そこには…梨華ちゃんが立ってて……抱きつかれた。
なっちのウソつき。
梨華ちゃん、やっぱり泣いてるじゃない。
明日香ちゃんだ!…明日香ちゃん…明日香ちゃん…明日香ちゃん……。
「明日香…ちゃん…明日香ちゃ〜ん!」
心で思ったことが、そのまま言葉に出た。
「…梨華ちゃん…ごめ…むぐっ?!」
明日香ちゃんが何か言おうとしたみたいだけど、構わずキス。
もう絶対に離さないんだから。
柔らかい…温かい……。
泣きながら必死に明日香ちゃんを感じた。
よっすぃ〜になんか…よっすぃ〜になんか絶対!
151 名前:名無しあすりか 投稿日:2001年08月28日(火)22時03分47秒
あすりかがあってよかった。
作者さんこれからも頑張って
あと誰か石川福田組復活させてくれ
パシッ!
いった〜い!
「いい加減にしなさいよ」
保田さん、叩くなんてひどいじゃないですか〜。
「あのねえ…ひとん家で熱烈なキスなんてしないの!」
呆れ顔の保田さん。
でも…ちょっと顔が赤くないですか?
「うっさいわね! 明日香も困ってるでしょ」
「…梨華ちゃん…は…話をしようよ……」
明日香ちゃん…可愛い……保田さんと違って。
パシッ!
いった〜い!
だから保田さん、叩かないでくださいよ〜。
「さっさと座りなさいったら!」
明日香ちゃんの話はすごく簡潔で、一言で言えば「よっすぃ〜と話してたら急
に押し倒された」……それだけだった。
でも、私にはその光景が何となく浮かんできた。
自分の時とオーバーラップする感じで……。
ただただ快感に身を委ねてしまう自分の弱さへの絶望感。
奥深くで蠢く指に抗うことの出来ない悔しさ、屈辱感。
呼吸すら、その指の動きの支配下に置かれて、自分が自分でなくなる恐怖感。
一人取り残されて、ベッドで天井を見上げたあの日を思い出して、肌が粟立つ
のを止められなかった。
その間も淡々と話す明日香ちゃんだけど、余計に痛々しいよ……。
私なんか……涙が止まらないのに。
「こら。石川の方が泣いてどうすんのよ」
保田さんに小突かれた。
「明日香のお荷物になりたいわけじゃないでしょ?…ただでさえ頼りないんだか
ら、泣いてちゃ明日香と一緒に歩けないぞ」
保田さんに言われて、必死に涙を堪える。
「あ、それで思い出した…石川、なっちから伝言があったんだよ」
安倍さんから?
何だろ?
「『明日、大学イモ作って来い』って」
大学イモ?
「あ、私も食べたいな……」
て明日香ちゃん。
大学イモが好きなの?
「『なっちが、味見してあげる』ってさ」
保田さん、何でニヤニヤしてるんですか?
「頑張んなよ。すごい小姑がついちゃったから、大変になるよ」
小姑?!
「『明日香に相応しくなかったら、すぐに別れさせる』ってさ。元気いっぱいだっ
たよ」
そ…そんなあ……。
「頑張ってくれたまえ、石川君。ま、そんなことはいいんだけどさ……」
「全然よくないです〜!」
新たな二人の危機じゃないですか!
「石川が頑張ればすむことでしょうが。……ったく、狼狽えるんじゃないの!」
保田さんにとっては、そりゃ、大したことじゃないかもしれないけど……。
「大丈夫、大丈夫。梨華ちゃん、料理上手だったじゃん」
明日香ちゃんが、そういうなら……うん、大丈夫かも。
「そうかもね。私、頑張る!」
「…単純な子ね……」
ポジティブ!
「そんなことより石川、もう仕事に出ないと間に合わなくなっちゃうよ」
「え? もうですか? いやです、もっと明日香ちゃんと……」
パシッ!
あ痛っ!
だから保田さん、叩かないでくださいよ。
「仕事第一!」
「私は明日香ちゃん第一です」
パシッ!
いった〜い!
保田さん、今、本気で叩いたでしょ?
「ちゃんと仕事しない奴は、明日香とつき合う資格なんてないわ!」
そ…そんなあ……。
「…分かりましたよ〜」
小姑……安倍さんだけじゃなかった。
前途多難…ね……。
「明日香ちゃ〜ん……一緒に…行こう?」
な〜んて言って、おねだりしてみたり。
「え?!……そんなわけには…いかないよ」
がっかり。
…やっぱり……ダメかなあ?……。
「いいじゃん。たまには楽屋に顔見せに来なよ」
保田さんから、思わぬ援護射撃。
「ねえ、そうしようよ〜、明日香ちゃん。お願い…お願いだから……」
「今日だけ特別にさ。ね? この子にちゃんと仕事してもらわないと困るから
さ。頼むよ、明日香」
ああ! 神さま、保田様。
大好きです、保田さん!……明日香ちゃんの次の次の…次ぐらいに。
「それに……」
じっと考え込んでる明日香ちゃんに、保田さんが話しかける。
「明日香はともかく、石川は現役メンバーなんだし、二人のこと、正式にあいさ
つがあってもいいんじゃない?……少なくとも圭織と矢口にはさ……」
保田さんは、「どう?」って感じで、明日香ちゃんの返事を待ってる。
「…でも……恥ずかしいです〜」
「石川は黙ってな」
何でぇ?
私も当事者なのに〜!
「味方は…多い方がいい…かもね」
「明日香なら分かってくれると思ったよ」
保田さんはニッコリ笑ってる。
「味方って何ですか〜?」
保田さん、何で私の顔見てため息ついてるんですか〜?
「…石川……あんたは、明日香のことを信じてたらいいの!」
それなら自信ありますよ!
「……明日香…呉々もよろしくね」
…だから保田さん。何でため息つくんですか〜?
保田さんがタクシーを呼んで、三人で乗り込む。
何も言わずに助手席に座る保田さんに、もう一度感謝!
「明日香ちゃん…」
手をつないで後部座席に二人で座る。
明日香ちゃんの手は、ちょっとひんやり冷たくて、でもだんだん温かくなって
……。
この温かさ、明日香ちゃんの?
それとも…私の?
きっと、二人の、だよね?
そんなことを思いながら、明日香ちゃんの横顔を見つめてる。
何か考え込んでるみたい。
…綺麗……。
明日香ちゃんは窓の外に目をやって、ふと気づいたみたいにこっちを見て……
私の視線を受け止めてニコッて笑った。
ダメだ……何か…何でか、急にウルッてしちゃうよ。
明日香ちゃんの顔が、ユラユラッて……。
でも明日香ちゃん…そんなに心配そうな顔しなくていいんだよ。
幸せだから…明日香ちゃんが隣にいて、幸せ過ぎるから…だから、これは嬉し涙で……。
つないだ手を、明日香ちゃんがギュッて握り返してくれる。
ありがとう…明日香ちゃん……。
私、頑張るから……ね?
口には出さずに、一生懸命に笑った。
安心したみたいに明日香ちゃんも笑って……二人でほほ笑んでた。
162 名前:焼き銀杏 投稿日:2001年08月28日(火)22時20分02秒
「へ?!……」
「うっそ……」
圭織と矢口はそう言って固まっちゃった。
圭ちゃんに連れられて楽屋に行って……圭織と矢口に、梨華ちゃんとつき合っ
てるってことを伝えた。
そしたら…こんな反応だった。
まあ、無理もないけど。
「何で石川…なの?」
あんた達もそんなこと言うのかっ!
隣の梨華ちゃんの表情が強張るのがわかった。
だからつい二人をにらんじゃう。
「圭織…リーダーだよね?」
「へ?…あ…うん……」
目をパチクリしてる。
「リーダーがメンバーのこと、そんな風に言ってていいわけ?」
「え?…うんと……でも…裕ちゃんも……」
何だか大きな体を縮こませながら答えてる。
「裕ちゃんは裕ちゃん。今のリーダーは圭織でしょ? で、圭織はそれでいいと
思ってるわけ?」
「…えと…その……ごめんなさい………」
ふむ。よろしい。
久方ぶりにお説教もいいもんだ。
「じゃ、そういうことだから、よろしくね。行こう、梨華ちゃん」
「え?…あ…うん」
手を差し出すと、嬉しそうにつないでくる。
やっぱ可愛いよ……こんな梨華ちゃんのどこが悪い!
なっちや圭ちゃんにも言われて、ちょっと頭に来てたんだよね。
まあ…あの二人には言い返せなかったけど……。
これでスッキリした。
圭織にはちょっと悪かったかもしれないけど……。
「……明日香…変わらないね」
ドアの前まで来た時に、部屋の奥の方で矢口が圭織に話しかけてるのが聞こえて
きた。
「圭織…ヒサブリに明日香に会ったのに…お説教された……」
「…ま、これで梨華ちゃんも、もうちょっとしっかりしてくれるかもよ?」
「……そしたらさあ……圭織、石川にもお説教されるようになるのかな?」
………圭織も相変わらずだね。
「なんでやねん!」
矢口…そのツッコミは違うんじゃない?
心の中だけで何も言わずに、梨華ちゃんと手をつないだまま部屋を出た。
ドアを出たら、廊下の向こうから「あいつ」が歩いてきてた。
昨夜のことが脳裏をよぎって……表情が強張るのが自分でも分かった。
梨華ちゃんも、私の表情や視線に気づいて、腕をギュッとつかむ。
「明日香ちゃん……」
「…大丈夫だから……」
そっとつぶやいてる間に、「あいつ」と後藤さんが目の前に立っていた。
「おはようございま〜す」
「おはようございます」
先に挨拶してくれたのは後藤さん。
「…こんにちは、福田さん」
「……こんにちは」
余裕の笑顔で「あいつ」―吉澤―が声をかけてくる。
それにしてもムカツク。
私がもう芸能界とは無縁だってことを、殊更強調するように「こんにちは」だ。
よそ者が何しに来たの?ってことか……。
「梨華ちゃん、きょうは明日香さんと一緒なんだあ。いいなあ……」
後藤さんが、私と梨華ちゃんを交互に見ながらニコニコ笑ってる。
「ごっちんだって、よっすぃ〜と一緒じゃん」
梨華ちゃんと後藤さんが、楽しげに会話をする間も、私とあいつは探り合うよう
な目で見ているだけ。
「エヘヘ〜。お昼、一緒に食べてきたんだあ。ねえ、よっすぃ〜?」
「…うん」
ちょっとビックリした。
吉澤が、後藤さんを見る目の優しさに。
こいつもあんな目をするんだ……。
私を見つめた、あの冷たい目との違いに戸惑いを感じて、ますます、こいつのこ
とが分からなくなってた。
「…でも…やっぱりちょっと、うらやましいなあ……」
後藤さんの視線は私と梨華ちゃんがつないだ手に注がれて……。
「明日香さん、頼りになりそうだもんね」
「え、よっすぃ〜だって守ってくれそうで頼りがいありそうじゃない」
梨華ちゃんがそう言うと、プクッと頬をふくらませる。
「でも……私がせがまないと、手、つないでくれないもん……」
手もつながない?
あまりに意外で、私は梨華ちゃんと目を見合わせた。
そのまま視線は吉澤の方に。
「手…手なんてつながなくても…一緒にいられればいいじゃん…それだけで…幸せ
だから……」
(なんてクサイことを……)
私はそう思ったけど、後藤さんは違ったみたい。
「そ…そうだね……」
すごく嬉しそうで……私は(知らぬが仏とはこのことか)と思ったけどさ。
でもその一方で、吉澤のその言葉が本気だとも感じた。
何なんだろうね…こいつは。
誰かのイメージが重なるようで……浮かんできたのは梨華ちゃんの顔だった。
違う、違う!!
何でこんな奴と梨華ちゃんが……。
慌てて、そのイメージを消し去った。
「もう…恥ずかしいから早く行こうよ!」
吉澤が言いながら後藤さんの背中を押す。
「え? せっかくお話ししてるのに……梨華ちゃん、また後でね」
「あ、うん。後で」
二人は楽屋に入っていって…吉澤は、最後にこっちをにらんでた。
私は(負けるか!)って、にらみ返してやった。
その後、私達は屋上に出た。
梨華ちゃんが、行きたいって言うから。
「…ねえ…梨華ちゃん……やっぱ暑いよ……」
午後の太陽が屋上のコンクリートを焼いていた。
何とか日陰を見つけて逃げ込んでたけど、それでも暑かった。
「ごめんね……二人きりになりたかったから……」
ほとんど体温に近い熱風が、梨華ちゃんの髪をなびかせて……見つめる梨華ちゃ
んの目が……私を求めていた。
この目で見つめられると、もう私は何も言えない。何も出来ない。
「…明日香ちゃんが…ここに本当にいるのか確かめたいの……」
梨華ちゃんの顔が近づいてくるのに合わせて、ちょっと上を向いて目を閉じて…
…唇を通じて一つになる。
閉じたまぶたを通して、濃い肌色の光が網膜を刺激する。
梨華ちゃんの好きなピンクに、二人おそろのピアスの梨華ちゃんが選んだ黄色を
混ぜたら、きっとこの色になる。
それは今、私が生きている証となる色だ。
私の唇をついばむようなキスは、梨華ちゃんが生きている証。
私、梨華ちゃんの唇、柔らかくて好き。
だから、私からキスをやめることも出来ない。
かと言って、私の方からそれ以上は何も出来ないんだけど……。
上下の唇の合わせ目に沿って、す〜っと梨華ちゃんの舌がなぞる。
「開け〜ごま!」
何の抵抗もなく私の唇は開いて、簡単に侵入を許してしまう。
でも、それでいいんだ。
だって、梨華ちゃんは私へのフリーパスを持っているから。
滑らかに触れ合って、私の「今」を確かめてる梨華ちゃんに、完全に身を任せて
……もう足元が不確かだった。
そっと唇が離れて……途端に心細くなった。
「明日香ちゃん…ちゃんといたね……私の傍に……」
その梨華ちゃんの言葉で、急に嬉しくなった。
振り返ったそこに、求めていた母さんの笑顔を見つけた時みたいに……。
だから、子どもが母親に抱きつくみたいに、ギュッてした。
梨華ちゃんも私をギュッてしてくれて……抱き合って、暑かったけど…温かかった。
ジワッて汗が出て、接着剤みたいに、交差する腕と腕、頬と頬がピタッとくっつく。
それがまた嬉しくて、背中の方から胸の奥へキュ〜ッと切なくなる感じで……。
「…降りよっか」
「……うん……」
名残惜しくても最高に幸せな気分で、また手をつないで歩いた。
……あいつを見るまでは。
下へ通じる階段のドアを開けて、あいつは立ってた。
「へえ…お暑いことで……」
手をパタパタさせて、ヘラヘラ笑ってた。
視線に毒をたっぷり含ませて。
「梨華ちゃん、そろそろ衣装に着替えないと間に合わないってさ」
「…ありがとう……」
躊躇いがちにお礼を言う梨華ちゃんの手を引いて、私は吉澤を無視して階段を
下りようとする。
「ねえ……二人とも不潔なんだから、ごっちんに近寄らないでよね」
すぐ後ろから吐き捨てるように言い放つ。
「不潔って、何言ってんのさ!」
無視できずに喚いちゃった。
「不潔がイヤなら、汚れてる……」
「汚れてなんかないよ!」
数段下りたところから、にらみつける。
「汚れてるよ…あんた達は汚れた関係だよ」
逆光を背負って、吉澤も敵意をむき出しに私達を見下ろしてた。
「キス…セックス…あんた達は、肉体でしか、欲望でしか、つながってない汚れた
関係なんだよ」
「違う!!」
一段一段下りてくる吉澤に、噛みつくような言葉を浴びせて……私たちを抜き去
ろうとする直前に、平手を飛ばした。
バシッ!
腕と腕がぶつかって、悔しいけど私の手は吉澤の顔には届かなかった。
そのまま反対に腕をひねられて、私の方が壁に押しつけられる。
苦痛よりも屈辱感が私を支配して……それでも負けたくなくて……。
「私達が汚れてるなら、あんたは何なのさ?!」
その言葉は吉澤に届いて、どこかを直撃したみたい。
急激に吉澤の表情が変わっていく。殺されるんじゃないかと怯えが走るほどに
殺気を帯びて……。
「やめてっ!」
それまで真っ青な顔をして無言だった梨華ちゃんが、必死で私をかばってくれた。
静寂が時をせき止めて……。
再び流れ出したときには、吉澤は意外に力なく私の腕を離して言った。
「……私は…あんた達にむかついたから……もっと汚してやったんだ……」
それは何だか自嘲的で……急に吉澤がしぼんだように感じられた。
私達に背を向けて階段を下りていく。
「そんなの……」
背中があんまりにも寂しそうだったから、言うのが躊躇われた。
それでも言ってしまったのは……何故だろう。
「そんなの……あんただって汚れてるじゃない」
一瞬、足を止めて……すぐにまた歩き出す。
「……そうかもね……」
聞こえるか聞こえないか…たった一言を残して、あいつは去った。
「明日香ちゃん…大丈夫?」
無言で肯く。
悔しくて声も出なかった。
その上、混乱してた……あいつが最後に見せた姿に。
あいつも寂しいんだ…何で?
何かがおかしい。
どうしようもなく吉澤のことが頭に渦巻いて……消しても消しても、梨華ちゃん
とイメージがダブっていった。
どこが? 何で?
分からない……分からないよ。
黙りこむ私を見つめて、梨華ちゃんがそっと手をつないでくれた。
「行こう、明日香ちゃん」
コクンと肯く。
そのまま階段を降りて、楽屋へと戻る。
丁度、衣装に着替え終わったメンバーがドアから出るところだった。
圭織や矢口、圭ちゃん、後藤、それから…吉澤も。
「石川、急いでね」
「は、はい!」
圭織にそう答えてから、心配そうに私を見る。相変わらず無言で、うつむいて
る私を……。
吉澤の視線も感じる。
でも、私は吉澤の顔を見ることが出来なかった。
どんな目で見られてるのか……怖くて。
「私…行くね?」
梨華ちゃんは急いで着替えて、それでも私に優しく声をかけてくれた。
「ん……」
なのに私はそんな返事しか出来なかった。
言葉にすらなってない。
心配そうに梨華ちゃんが出ていって、私は楽屋で一人になった。
いろんな吉澤が浮かんでは消えていった。
人を見下すような冷たい笑い。
反対に穏やかな温かい笑顔。
ゾクッとするような妖艶な表情。
苛立ち。怒り。
そして…さっき見た寂しげな背中。
でも、当たり前だけど、吉澤は吉澤で。
さっきから感じてる梨華ちゃんと重なるイメージは、そのどれでもなくて。
だから余計に混乱して、でも、そこに答えがあるような気がして、必死で考え
続けた。
楽屋で一人ポツンと座って、そのことだけを考え続けてた。
あんまり集中できないままのテレビ収録が終わって楽屋に戻ったら、まだ明日香
ちゃんは考え込んでた。
よっすぃ〜のこと、ずっと考えてるんだね。
ちょっと……ジェラシー……。
解決しなきゃいけない問題だってこと、わかってるよ。
でも、私のことも見てほしいよ。
「ねえ、明日香ちゃん」
「…ん〜………」
もう……ちょっと泣きそうになっちゃうよ。
ようし! こうなったら……。
明日香ちゃんは一点集中。
話しかけてもちゃんと耳に入ってないんだから……それなら家に連れて帰っちゃ
うよ。
「お先に失礼しま〜す」
明日香ちゃんの手を引いて楽屋を出る。
「ちょっと石川!」
保田さんが呼び止めるけど……。
「後で連絡します」
そう言ってさっさと歩いていっちゃう。
タクシーで一気にわが家へ。
その間も、明日香ちゃんは難しい顔して黙り込んでる。
いいもん…それなら私にも考えがあるんだから。
絶対に私のことだけを考えさせちゃうんだから!
もう意地になってた。
タクシーが私のマンションの前に停まったとき、
「あれ? 梨華ちゃんのマンション……」
ってキョロキョロしてる明日香ちゃん。
可愛い……じゃなくて。
今度は私の方が無言で、明日香ちゃんの手を引いて降りる。
「梨華ちゃん…私、家に帰らないと……」
そう言う明日香ちゃんを、半ば無理矢理に部屋まで連れていった。
グイグイ手を引いて、ベッドの前のカーペットに手をつないだまま、二人でペ
タンと座る。
「梨華ちゃん?……」
頭の上に「?」をいっぱい浮かべた明日香ちゃんが、私の顔をのぞき込んでる。
「あんまり、よっすぃ〜のこと一生懸命に考えないで!」
私の言葉に、最初キョトンとして……それから困った子を見る目になる。
わかってるよ。わかってる。
明日香ちゃんがよっすぃ〜のことを考えるのは、私たちのためでもあるんだ
よね。
でも…それでもイヤ!
「私のことだけ考えてほしいの!」
何か答えようと明日香ちゃんが口を開く前に、顔を寄せた。
真っ直ぐに明日香ちゃんの瞳を見て、ゆっくりと。
こういう時、明日香ちゃんは絶対に私を拒まない。
今もそう。
大人っぽい思慮深げな瞳だったのが、急に子どもみたいな目になって私を見
る。
それから、ちょっと上向き加減に目を閉じて……私の唇を受け止めてくれた。
私、明日香ちゃんの唇、しっかりしてて弾力があってスキ。
だから、ついばむように唇の心地よい感触を確かめて……。
どこまでも明日香ちゃんを感じたくて、舌で唇の合わせ目をツツ〜ッとなぞ
る。
「おいでよ」
誘うように唇が開いて……迷わず入り込んで明日香ちゃんを確かめちゃう。
それでいいよね?
だって、明日香ちゃんは私がすっごい寂しがり屋だって知ってるもんね。
しっかり私を受け止めてくれて……もう私は自分でも止められなくなってた。
こうして向かい合ってキスをしている間は、絶対に明日香ちゃんの頭の中は私の
ことだけ。
だって明日香ちゃん、すごくウットリした表情をしてる。
私だけの明日香ちゃん。
もっともっと、私を明日香ちゃんの心に刷り込んでいくの。
明日香ちゃんの肩に沿って指を這わせて、キャミっぽいワンピースの肩ひもを片
方ずつ落とす。
そのまま脇の下から、ゆっくりとワンピースを下ろしていく。
くすぐったそうに眉を寄せて体をくねらせる明日香ちゃんが、また可愛いの……。
ずっとキスをしままで、ワンピースを腰まで下ろして、そこから手を背中の方へ
と回す。
明日香ちゃんのなめらかな肌をすべって、指がホックに届く。
ホックを外して手を離すと、ストラップレスのブラが落ちる。
それと同時に、そっと唇も離して、明日香ちゃんの顔からゆっくり下へと視線を
動かしていく。
鎖骨の辺りから、なだらかに登って濃い桜色の頂上。そこからお腹の方へは急傾
斜。
真ん丸の弧を描くバストの輪郭線・バージスラインがクッキリ。
明日香ちゃんのバストって、本当に「豊かな胸」って感じで、私、大好き。
明日香ちゃんは胸と唇が一挙に解放されて、何だか心細そうな目をして、「…
ハァ〜……」って吐息。
丁度、私は腰を浮かせて首筋に唇を当てようとしてた。
なのに、その吐息の艶っぽさが耳の奥に響いて、ゾクゾクッてしてカクッて腰が
落ちちゃった。
そのまま胸に顔を埋める感じでチュッて……ふわって柔らかくて、これはこれで
いい感じ。
でも明日香ちゃん、吐息が色っぽすぎだよ。
「ん……梨華ちゃ…ん……」
もうさっきまで自分が何を考えてたのかなんて、どっかに行っちゃって、梨華
ちゃんのことしか考えられなかった。
キスを通して、唇から、胸元から、梨華ちゃんがいっぱい私の中に入ってきて、
梨華ちゃんの色に染まっていく私。
もっと…もっと私を染めてほしい。
他の色がなくなるくらいに……。
そんなフワフワした頭と視界で、何とか梨華ちゃんの服のボタンを外していって、
二人で上半身だけヌードな状態。
でも、梨華ちゃんが私の胸にキスしてるから、背中しか見えない。
ズルイ!
私だって、梨華ちゃんの大きくてキュッと締まった胸が大好きなのに……。
だから梨華ちゃんの背中に覆い被さるようにして、腕を脇から伸ばして……。
急に光がかげったような気がしたら、ふわって胸を包まれて、いきなり乳首を
クリクリッてされて……。
「!…っふぅ…ん……」
声は出たけど、背中から抱きすくめられてるから、ビクッと体を震わせるのが
精一杯で……。
「ん…ん…あっ!…ダメ…んぁっ…ダメ〜!!」
ズルイよ、明日香ちゃん!
よぉしっ……それっ!
明日香ちゃんの腰に手を回して、引き寄せながら横倒しに。
「キャッ!」
寄り添うように寝転がったら、私の目の前には明日香ちゃんの胸。
私の胸は明日香ちゃんの手よりずっと下。
一石二鳥とはこのことよね?
「もう! 梨華ちゃ〜ん」
可愛い声を出してもダメだもん。
いっぱい愛してあげるんだから。
明日香ちゃんの桜色の乳首をついばむ。
「ん!!」
声を飲み込んで、私の肩を両手で押して仰け反ろうとするけど、私も腰に回した
腕に力を入れて離さない。
舌でチロッて舐めると、ツンッて自己主張する乳首が舌先に引っかかって、それ
が心地いい。
明日香ちゃんは、私の頭を抱えるようにして身を震わせてるだけ、なんだけど……。
「ふっ…あぁ…ん……あん……」
…だから明日香ちゃん、声が色っぽ過ぎ。
その喘ぎに直接神経を愛撫されて……私も濡れちゃってた。
最初は温かいって感じた梨華ちゃんの舌の温度そのままに、私の胸の突起も同化
して、その動きがゾクッとした快感と直結してた。
梨華ちゃんの舌に置いて行かれないように、必死で後を追う突起が表面を撫でら
れて、限界を超えて張り詰めてる。
私の意思とは無関係にヒクヒクと蠢き始めるその突起も。
「あ…ふぁ…はあっ!…ぃゃん…あふ……」
止めど無く口からこぼれる喘ぎも。
濡れた期待に満ちた私の女の子そのものも。
すべては梨華ちゃんのお気に召すまま。
真っ白だった明日香ちゃんの肌が、あっという間に朱に染まってく。
私の唇が動いて、肌に朱を入れていく。
「大スキ」って文字を。
明日香ちゃんも、それに答えてくれてる。
一生懸命に感じて、声で、体で、「私も好きだよ」って。
明日香ちゃんの指が髪をすき上げるように私の頭を撫でて、時に走り抜ける快感
に耐え兼ねて、ギュッと抱き込む。
明日香ちゃん…気持ちいい?
ねえ、気持ちいいでしょ?
コクコクと可愛く肯くのを見て、自分自身も高ぶりながらもっと下へと手を伸ば
した。
フワフワと漂ってた。
梨華ちゃんと自分しかいない世界で、重力さえも無く漂ってた。
身体の芯がカッカと熱くて、今にも熔けそうだった。
それなのに、梨華ちゃんの手がおへそを通り過ぎるのを感じて、こめかみに更な
る熱が走って……。
ショーツの中を指が這い寄って来るころには、快楽を求める花の蕾は開ききって
た。
梨華ちゃんの指は、「早く遊んで」と顔を出す小さな子の頭を軽く撫でてあしらっ
て……。
更に指が進んだ時に、私に落雷が直撃。
二人の世界に崩壊が起きた。
息を詰めてそこに触ろうとしたら、明日香ちゃんがすごい勢いで仰け反った。
それは快感によるものじゃなくって。
「ぐっ……ごめん…痛いの…梨華ちゃん……痛い……」
私から逃れるように転がって、丸くなって震えてた。
「あ…明日香ちゃん……どうしたの? 痛いって……」
首を振るだけの明日香ちゃんだったけど、押さえる手が痛みの場所を示してた。
「何で?……私?…痛くした?」
明日香ちゃんは、やっぱりふるふると首を振るばかりで……痛みに耐えてるその
姿を見ただけで、揺れる涙で目が曇っていった。
ジンジンと鈍痛を訴えるそこが、ヒクヒクと引きつるように震えてる。
昨夜、吉澤の前で同じように手で押さえて丸くなってた自分を嫌でも思い出す。
惨めだった。
何だか吉澤に負けたような気がして……。
「明日香ちゃん…大丈夫? まだ…痛い?」
とにかく明日香ちゃんをベッドに寝かせて、でも、枕元でオロオロするばかり
で……。
「大丈夫…血とか出てるわけじゃないし……」
でも…でも…まだ痛そうだよ〜……。
「…明日香ちゃん…痛いのって…よっすぃ〜?」
どうしても知りたくて聞いちゃった。
コクンて肯いて、明日香ちゃんはポツポツと話してくれた。
涙が止まらなかった。
今朝聞いたときは「よっすぃ〜に襲われた」ってことしか話してくれなかったか
ら、そこまでひどいとは思わなかった。
濡れてないあそこに、いきなり指を入れるなんて…ひど過ぎる。
私なんて話を聞いただけで、もう耐えられそうにないよ。
「明日香ちゃん…ごめんね……痛いの知らなかったから……」
でも、私最低だよね。
明日香ちゃんの意思も確認しないで、「明日香ちゃんは、私のこと絶対に拒まな
いから」って……。
無理やり襲ったのと変わらないよね。
泣かないで、梨華ちゃん。
梨華ちゃんは全然悪くないじゃん。ね?
「そんなこと…ない…やっぱり私は…明日香ちゃんに触れちゃ…いけなかったんだ
よ」
ポロポロ涙をこぼして首を振ってる。
「明日香ちゃんが欲しくて……こういうやり方しか…知らなくて……やっぱり私…
汚れてる…ね……」
「そんなこと…言わないで……」
梨華ちゃんの頬に手を伸ばして、涙をせき止めようとして……でも、涙は次々に
流れてきて……。
その姿が私の頭の中で、また吉澤とダブって見えた。
ベッドに横になって天井を見上げて、何か考え込んでる明日香ちゃん。
「私ね……」
上を向いたままポツッて。
「ずっと…吉澤のこと…考えてみたんだけど……」
「……うん」
知ってたよ。
だからちょっとジェラシー感じて……。
「こんなこと言ったら、梨華ちゃん怒るかもしれないけど……」
チラッと私の方を見て、躊躇ってる。
私は小さく首を振って答える。
「…あのさあ……梨華ちゃんと吉澤が……ダブって見えるときが…あるんだよね……」
よっすぃ〜と、私が?
「見た目とか、そんなんじゃなくて…何て言うか……陰の部分?」
「……どうせ、私はネガティブだもん……」
いじけちゃいそうだよ…。
「いやいや、そうじゃなくって」
明日香ちゃん、慌てちゃってる。…可愛いいなあ。
やばい! どうしよう!
梨華ちゃんを傷つけちゃったよ〜。
何て言えばいい? 何て言えばいいんだろ…。
考えろ…考えろ……よしっ!
「わ…私が言うのはさあ…吉澤も…本当の愛を探してるんじゃないかな…って思っ
て……」
今度は、何だかピンと来ないって顔してる。
「でも…よっすぃ〜は学校でモテモテのプレイガールだったって…あ、これは保田
さんが言ってたんだけど」
「だから…余計にそうなんじゃないかなあ……」
あ…余計に「?」って感じ。
私の話し方って分かりにくいのかなあ……。
「だからね……」
明日香ちゃん、何だか学校の先生みたいな話し方になってるよ。
「これまでは、吉澤は本当に人を好きになったりしたことがないんじゃないかなぁっ
てこと…周りから告白されてばっかりでさ……」
ふ〜ん…それはあるかも。
「だから…そのお…快楽を得るためだけの…セックス…とか……」
ちょっと「セックス」って言うとき、躊躇っちゃうのが明日香ちゃんの可愛いと
こね。
「……そんな吉澤が、本気で後藤さんを好きになってしまった……」
人差し指を立てて、空中にポイントを書き出すみたいに動かしてる。指マーカー
だね。
「でも!…でも、吉澤には後藤さんを、どう愛したらいいのか分からない……」
指のマーカーで空中の一点を指してる。「はい!ここ重要」って感じ。
「でもさあ、明日香ちゃん……そこまではわかるけど、じゃあ、何で私達に…あん
なことしたのかなあ?」
「う〜ん…そこが、分っかんないんだよね……」
さっきまでマーカーだった指を頭に持っていって、今度は櫛がわりにワシャッと
乱暴に髪をかき上げる。
カッコイイ!
ホンット、吉澤って分っかんないんだよね。
そんなことを思って、チラッと梨華ちゃんを見たら、ほわって私のことを見てた。
口元が何となく笑ってて……すごく…可愛かった。
「梨華ちゃん……」
「ん? なぁに?」
あんまり可愛かったから……。
「あのさあ……あのぉ……」
「? 明日香ちゃん、どうしたの?」
…欲しく…なっちゃったんだ。
「…ちょうだい……」
「……何を?」
だから…その…可愛らしいもの。
「……梨華ちゃんの…唇……」
すごくビックリした表情が…すぐに寂しそうな表情に変わった。
「…ダメ…だよ」
「何で?!」
だって…だってね、今、明日香ちゃんが私を見たとき、すごく純粋な笑顔だった
んだもん。
「私…汚れてるから……」
「だから! そんなことないって!!」
明日香ちゃんが、グワッて上半身を起こした。
だって…ちょっと触れただけで、汚れちゃいそうな…純白の笑顔だったから。
でも、それ以上言葉にするとあまりに自分が惨めで悲しいから、首だけを激しく
振った。
「……梨華ちゃん」
見ると明日香ちゃんが、すごい怖い顔で見てた。
「梨華ちゃん、私のこと……好き?」
「好き。大好き」
これは即答できるよ。
今は、それだけが私の支えだから。
「でもね、梨華ちゃん……私のこと以上に、梨華ちゃん自身のことを好きでいてほ
しいんだ」
明日香ちゃんの厳しい瞳は、吸い込まれそうに澄んでた。
やっぱり私なんかが触れちゃいけない……そう思っちゃうほど汚れのない瞳だった。
私だって梨華ちゃんのことが大好きだから……。
だからこそ、不安そうに私を見つめる梨華ちゃんに言わなきゃ。
「自分のこと嫌いな女の子なんて……魅力なくなっちゃうよ。梨華ちゃんには、
そうなってほしくないから……」
「うん…でも……」
梨華ちゃん、ネガティブ・サイクルはもう止めようよ。
「でもじゃなくって! 『汚れてる』って…そんなこと全っ然ないじゃん! 少
なくともその時は、梨華ちゃんは相手の人のこと…好き…だったんでしょ?」
ウルウルしながら肯いてる。
……そんなに可愛く認められちゃうと…嫉妬心が出てくるのは仕方ないよね。
思わず肯いちゃったけど……まずかったかな?
明日香ちゃんの目が…何か…怖いよ。
「……ジェラシーは…感じちゃうけどさ……でもでも、汚らわしくはないよ!
だって…もしそれが汚らわしいんだったら……」
明日香ちゃん、ちょっと拗ねたみたいに目をそらして……。
「…私との…キスもさあ…汚らわしいことに…なっちゃうじゃん……」
もう、涙を我慢できなかった。
「ごめんね…ごめん、明日香ちゃん…ありがとね……」
何て言っていいかわからなくなってて……とにかく、そんな風に訳のわからな
い返事をしてた。
「もう『汚れてる』なんて言わない?」
明日香ちゃんがそう尋ねたから、私は一生懸命に涙をぬぐいながら肯いた。
そしたら…明日香ちゃんがパタッてまた上半身を倒して……。
「じゃあさあ…あの……いいかな?」
一瞬、何のこと言ってるのかわからなかったけど、明日香ちゃんの顔を見たら、
すぐに理解できた。
だって、さっきまでと一変して、幼くって可愛い笑顔で、恥ずかしそうにモジ
モジしてたから。
「うん」
そう答えたら、明日香ちゃん、ちょっとあごを上げて目をつぶって……ポッて
上気した感じで、私を待ってる。
あんまりにも明日香ちゃんが可愛らしくて……すごい幸せな気分だったから、
また泣いちゃった。
そのままゆっくり顔を近づけて…だから涙味のちょっとしょっぱいキスだった。
目をつぶってても、梨華ちゃんが泣いてるの、分かるよ。
泣き虫・梨華ちゃん。
ネガティブ・梨華ちゃん。
でも…それもこれも全部引っくるめて…好き。
柔らかな下唇を挟み込んだら、プニプニッてしてて、気持ちいいんだよね。
「んふ……」
とか言っちゃって……。
やっぱ、梨華ちゃんの唇、好き!
明日香ちゃんが傍にいてくれて、本当に良かった。
「梨華ちゃんは汚れてなんかないよ」
って、本気で言ってくれる人がいる。
それだけで私は救われた気分になれる。
もし明日香ちゃんと出会ってなかったら……私、どうなってたんだろう……怖
いよ。
ありがとう…ありがとうね、明日香ちゃん。
そんな感謝の気持ちいっぱいでキスしてたら、よっすぃ〜のことが浮かんでき
た。
よっすぃ〜も、ごっちんのこと汚しちゃいそうで怖いのかも……。
わかってくれる明日香ちゃんっていう存在がいる私と違って、よっすぃ〜は一
人で抱え込んで苦しんでるのかもしれないな。
こんなこと考えながら、無意識のうちにキスを深めていってたみたい……。
唇の感触を楽しんでた私に、突然、梨華ちゃんの激しいディープキスが襲って
きた。
く…苦しいよぉ、梨華…ちゃん。
息が詰まりそうなほど、口の中を舌で攻められて……あっと言う間に何が何だ
か分からなくなっちゃった……。
頭の芯がしびれるようなキス。
「ふぁ…ん…ん〜……梨……んぁ……」
名前を呼んで苦しさを訴えることさえできない。
梨華ちゃんは、何か考え込んでるみたいに片手間な感じだったけど、それでも
途中までだったさっきの続きで、私の中の火を燃え上がらせるには十分だった。
本当に愛する人にめぐり会ったのは、私もよっすぃ〜も同じ。
でも私はそれを機に、感じ過ぎちゃう体質っていう束縛から解放された。
明日香ちゃんは、無茶苦茶な私の過去も含めて、「好きだよ」って言ってくれる。
反対によっすぃ〜は、ごっちんに出会ったために過去の自分に縛られた。
それまで、それこそ自由に恋愛を楽しんでいたことが、自分の重荷になっちゃっ
たんだね。
きっと、ごっちんには何も話してないんだと思う。
本当に好きだったら…やっぱり話せないよね。
そこまで考えて、ふと我に返って明日香ちゃんを見たら、ビックリしちゃった。
涙がいっぱい流れた真っ赤な顔が、私を誘ってた。あの恨めしそうな目は、「もっ
とぉ」ってことだよね?
わかりました。ド〜ンと任せて大丈夫。
明日香ちゃんのお願いだから、腕によりをかけて気持ちよくしてあげるよ。
急にキスが中断されて、涙の向こうに見える梨華ちゃんは何だかビックリしてた。
自分でこんなにしといて驚くことないじゃない。
思わず恨めしそうな目になっちゃうよ。
文句を言ってやろうとしたら、梨華ちゃんは勝手に何かを納得したらしく、コク
ンッて肯いて、布団の中に潜り込んできて……裸の私が快感に酔って、意識が白濁
するのに数瞬しかいらなかった。
「あっ!…あん……いぁ…あぅ……」
乳首からダイレクトに快感が走って、パシッ!パシッ!って目の前に火花が飛ぶ。
痛いところは避けて、その上にある雌しべが集中的に攻撃されて……別の意思が
あるようにカクカクッて腰が揺れちゃって……。
違う。梨華ちゃん、違うの……。
そんな私の意識は他愛もなく溶けちゃった。
次に気がついたときには、梨華ちゃんが私をのぞき込んで、満面の笑みを浮かべ
てた。
「明日香ちゃん…気持ちよかったでしょ?」
クラクラッて眩暈がしそう……。
「梨華ちゃんの……」
「何?」
「梨華ちゃんの…バカァ〜ッ!」
真っ赤に怒ってる私を、梨華ちゃんはキョトンとした顔で見つめてた。
…どうしよう……。
明日香ちゃん、「機嫌悪いです光線」を放出してベッド脇に膝を抱えて体育座り。
「明日香ちゃん?」
「………………」
声をかけても返事もしてくれないし……。
…どうしよう……。
そしたら、いきなりスクッと立ち上がって……。
「シャワー…借りるね……」
「いいけど……一緒に入ろうよ。洗ってあげる……」
キッパリ首を横に振られた。
明日香ちゃ〜ん!
何で怒ってるの?
シャワーを水だけにして、頭からザ〜ッと浴びる。
頭、冷まさなきゃ。
きっと梨華ちゃんは、何で私が怒ってるのか分からないに違いない。
それにしても……さっきのキス、他に考えごとしながら、リミット無しで全開
だったんだろうなあ。
あらためて、梨華ちゃんのテクニックがすごいってことは分かったけど……。
…あんなキス……私の身体が保たないよ。
それにさ…梨華ちゃんと…する…のは正直嫌じゃないけど……キチンとけじめ
をつけなきゃ、本当に吉澤が言った「肉体でしか、欲望でしか、つながってない
汚れた関係」になっちゃいそうで嫌だ。
梨華ちゃんに、何で私が怒ってるのか、どう説明したらいいか考えながら、シャ
ワーの水を止めた。
シャワーも着替えも終わってバスルームから出てきた明日香ちゃんは、私の手を
引いて、またベッドのところまで歩いていった。
「梨華ちゃん、ここに座って」
ベッドの前のカーペットのところを指さして、自分もそこに正座。
私も向かい合って正座する。
それにしても…明日香ちゃん、大事なこと言うときは、いつも正座なんだね。
ちょっと古風っていうか…でも何か可愛い。
そんなこと考えてたら、顔が弛んじゃいそうになって、慌てて真面目な顔に戻
した。
大事なことだから、二人でよく話し合いたい。
「梨華ちゃん……」
「はい」
梨華ちゃんも真剣に話を聞いてくれてる。
「私は梨華ちゃんのこと…本当に好きだよ……梨華ちゃんも私のこと……」
「スキ! 大スキだよ」
梨華ちゃんの瞳キラキラ。
女の子って、恋すると輝くねえ……。
……私はどうなんだろ?
まあ…そんなことはともかく。
「ありがとう…だけどね、お互い好きだからって、やっぱり、けじめは必要だと
思う」
「うん……」
「特にその…あのぉ……」
この期に及んで口にするのが恥ずかしい……。
明日香ちゃんは、いつもはなかなか「好き」って言ってくれない。
でも、別にそれは冷たいわけじゃなくて…「好き」って言葉は、明日香ちゃんに
とって、それくらい大事で重い言葉だってこと。
だから、大事なときにはハッキリ、「好き」って言ってくれるし、私にもスト
レートに伝わってくる。
今だって、もう目がウルウルしちゃうくらい……。
それに、「好き」って言うときの明日香ちゃん、いつも以上に目元がスキッと
して、瞳が優しくて……とにかく美しいのよねえ……惚れ直すってこういうとき
のためにある言葉よね。
でも…相変わらず、性的な言葉は照れて言いたくないみたい。
口をモゴモゴさせちゃって…ついイジメたくなっちゃう。
「特に…何?」
マジマジと見つめちゃったりとか。
自分でも顔が赤くなってるのが分かる。
「…キ…キス…とか……」
やっとの思いで言ったのに、
「キスとか?」
梨華ちゃん、興味津々って感じで聞き返してくる。
…やっぱり…言わなきゃ…駄目?
もう顔が熱いよ。
「……セ…セックス…とか……」
梨華ちゃん、「はい。良く出来ました」って感じでニコニコ笑ってる。
……梨華ちゃんの意地悪〜!!
もう、梨華ちゃんなんか…梨華ちゃんなんか…………やっぱり…好き……。
「…コホンッ……」
照れ隠しに咳払いなんかしたりして……何とか話を続ける。
「……相手の気持ちを確かめながら…その…するべきだと思うんだよね……さっき
の…キス…みたいに、突然っていうの、良くないと思う」
さっきのキス?
何のことかと思ってたら、明日香ちゃんが、
「とんでもなく激しいキスだったよ」
って教えてくれた。
……私、そんなこと明日香ちゃんにしたのかぁ。
そりゃ明日香ちゃん、怒るよね。
明日香ちゃんの言うことは、もっともだと思うよ。
相手の気持ちを確かめるのって、大切なことだと思う。
無意識とは言え、明日香ちゃんを襲っちゃったことは反省してるし……。
でも……何か違うような気もする。
「…全然…ロマンティックじゃない……」
言葉にするとそんな感じ。
明日香ちゃんは怪訝な表情。
「ロマンティックじゃない…って?」
だってぇ……。
「今からキスするよ。いい?」
とか、
「エッチしよう?」
とか、あからさまな感じで、全然、ロマンティックじゃないよ〜。
大体、明日香ちゃんに、そんなこと言えるとは思えないし……さっきの見てた
ら…ねぇ?
「ロマンティックな感じ、出ないかなあ……そうかなあ?」
首をひねって考えてる。
……と思ったら、急に私の肩を両手でガシッてつかんで、真剣な視線を私に真っ
直ぐ向けて……。
「梨華ちゃん……」
ふっと照れたみたいにうつむいて……そこで小さく「ハッ」て気合いを入れ直し
た明日香ちゃん。
「梨華ちゃんと…一つになりたい……」
うそぉ〜っ!
でも、明日香ちゃん、すっごい真面目な顔してる……。
心臓ドクドク。
カッ!て血が全身に走って、耳まで熱いよ。
視界は、ぼやけて明日香ちゃんしか見えないし、腰から下はもう頼りない感じ。
明日香ちゃん…………。
「うん…お願い……」
倒れ込むみたいに明日香ちゃんの胸に顔を埋めて……ふにゃ〜ん。
言った私もドキドキもんだよ。
でも、これでハッキリしたでしょ?
「…ね? 十分、ロマンティックに出来るよ」
胸元に見える梨華ちゃんの顔をのぞき込みながら、そう言ったんだけど……。
「?? 梨華ちゃん?…聞こえてる?」
「…ふにゃ〜……明日香ちゃ〜ん……」
……駄目だこりゃ。
梨華ちゃん、真っ赤な顔して完全に出来上がっちゃってるし。
そう言えば、身体が熱くなってる気がする。
…どうしよう……。
私はただ、確認し合いながらでも、ロマンティックな気分は出せるってことを
証明したかっただけで……今すぐ、そんなことしようと思って言ったわけじゃ…
…でも、今更そんなこと言えるような感じじゃないし……。
えぇ〜い!
了解! OK! 分かりましたよっ!
考えてみたら、梨華ちゃんは私のために、さっきから二回も頑張ってくれたわけ
だし……今度は私が梨華ちゃんのために微力を尽くしてみましょう!
……とは言っても、梨華ちゃんみたいに手際よくってわけにはいかない。
初めて私の方から梨華ちゃんを求めたあの夜みたいに、パジャマだったら何とか
なるかもしれないけど……。
仕方ないから、まずは服を脱いでもらって…それからあらためて、ベッドの上で
抱き合う。
梨華ちゃんみたいにキスしながら上手く脱がしてあげられたら、もっと雰囲気が
盛り上がるんだろうけどさ。
ごめんね、梨華ちゃん。
まあ、今出来ないことを言っててもしょうがないし、そのうちに。ね?
「…ん…んふ……」
キスをした状態のまま、私を押し倒す勢いで、身体を重ねてくる明日香ちゃん。
私の胸を一生懸命に、でも、ぎこちなく愛撫してくれる。
……明日香ちゃん、緊張してるね。
そんなに指に力が入ってちゃダメだよ。
もっと…優しく……リラックスして……。
明日香ちゃんの背中に手を伸ばして、触れるか触れないかくらいに、ゆっくりと
指を這わせた。
「…ぁん……」
私の胸に集中してた明日香ちゃんは、少し驚いて小さく声を漏らす。
背中から腰、脇腹を通って、また背中へ……。
単純に繰り返していく。
「り…梨華ちゃん……」
ね?
じわ〜って気持ちいいのが広がっていくでしょ?
明日香ちゃんの肩から力が抜けていくのが分かるよ。
そしたら急に、明日香ちゃんの指の動きが柔らかになって、胸元からゾクッて
快感が走って……。
「…ふわぁ…いぃ……」
私、無防備に喘いでた。
梨華ちゃんの指が触れる背中から腰、脇腹。
すごく繊細なタッチに、次第に熱を帯びた快感が呼び起こされる。
こんなところも感じちゃうなんて……。
胸とかのストレートな感覚とはまた違って、じわじわと湧き上がる快感に、少し
ずつ追いつめられるような感じ。
初めての感覚に、何だか少し恐怖感のようなものも浮かんでくる。
だって……自分がどうなっちゃうか分からないから……。
でも、梨華ちゃんとなら、おかしくなっちゃってもいいかも……。
霞がかかった頭で、そんなことを思ったりしてたら、目の前に見える梨華ちゃん
の胸が、一層、愛おしくなって……。
背中を這う梨華ちゃんの指使いをマネて、そっと美しい曲線をなぞっていく。
「…ふわぁ…いぃ……」
急に梨華ちゃんの声が艶っぽくなって、一瞬、背中の指使いが乱れる。
「…あ…明日…香ちゃ…ん……いぃ…いぃの……」
梨華ちゃん…気持ちいいんだね?…ねえ、そうでしょう?
初めて私から梨華ちゃんを抱いたあの夜、無意識のうちに同じことをやってた。
そのことが急激に思い出される。
「ぁん…ん…ぁふ……」
もっと…もっと感じてよ、梨華ちゃん……。
その声、もっと聞かせて……。
私はただ無心にそのことだけを願って、梨華ちゃんの肌のなめらかさを、指先で
追いかけていた。
肌を通して、明日香ちゃんの指と唇、舌の感触を感じてた。
明日香ちゃんの息遣い……明日香ちゃんの高まりそのままに、熱くて、荒くて…
…ずっと私の肌を撫で続けてる。
感じる…明日香ちゃんの思いを。
震えちゃう…呼び起こされる快感に。
あっという間に、固くしこった乳首をついばまれ、キュンッて切ない快感に身を
よじらせて……。
「…ん…んぁ……あぅ……」
明日香ちゃん…すごい…気持ちいいよ。
時々チラッと見上げる明日香ちゃんと視線が合って、でも、ウルウルのその瞳を
見たら、明日香ちゃんもギリギリ精一杯だってことがわかるよ。
もう…結構…いっぱい、いっぱいだよ。
張りつめた梨華ちゃんの胸から、ずり下がるようにして愛の水湧く泉を覗く。
もう十分、濃紅に染まったそこに唇を近づけて……。
それだけで身体はカッカ熱いし、頭はボ〜ッてしちゃうし、気を抜いちゃった
ら、即座に正気を持って行かれちゃいそう……。
だって…梨華ちゃん、H過ぎ!
艶めく肌が私を誘う。
ヒクつく腰つきが、私の性感を表層まで押し上げる。
「…ふ…ぁん…ぁぅん…」
わななくような声が、耳元から私を犯す。
今思うのは、今まで梨華ちゃんと付き合った人達は、梨華ちゃんの感じやすさに
逃げてたんだと思う。
だって、そうじゃないと、普通に愛し合ったら自分の方が先におかしくなっちゃ
いそうだもん……。
でも、私は逃げる訳にはいかない。
梨華ちゃんを真正面から愛してあげたいから。
その思いだけが、今の私を支えてた。
それでも、腰の奥が今にもヒクヒク痙攣を起こしそうだった。
明日香ちゃんの指が、遠慮がちに私のそこをかき分けて入ってきた。
最初はちょっとヒヤッ。でもすぐに私の体温で溶け合う。
溶け合いながらも、そこにちゃんと存在して……。
私、明日香ちゃんのこと、感じてるよ。
また乳首にキスをしに戻ってきた明日香ちゃん。
でももう、ふわっと焦点の定まらない感じでフラフラしてる。
私も、もう……。
指の動きに合わせて、目の前をチカッチカッて走ってた光がもう見えない。
目の前が全部光だから……。
明日香ちゃんが優しく撫でてくれた私の中心から、一気に熱いものが全身に広
がって……。
「…いぃ…すごい……いっちゃ…あ…明日香ちゃん!!……」
どこかに飛んでいく自分を、明日香ちゃんの背中に回した腕を引き寄せること
で、つなぎ止めようとして……。
無駄な抵抗も及ばず、私は真っ白な世界に引き込まれて行った。
中に入り込んだ指が、キュキュキュッと締め付けられて、梨華ちゃんの恍惚と
した表情が目に入ってきた。
良かった…ちゃんと最後まで梨華ちゃんを愛してあげることができたんだ。
途端に自分の中がドロドロと溶けて渦巻いていることを思い出す。
どうしたものかと思う間もなく、私の背中を抱き寄せていた梨華ちゃんの腕が
ほどけて、一瞬、腰を撫でるように肌に沿ってベッドに落ちて……。
たったそれだけ。
でも、それでもう十分で……。
「あ…いゃ…駄目……」
カクカクと腰が蠢いたかと思うと、渦巻いていた快感が一気に弾けて……私の
意識はあっという間に中空に拡散した。
ス〜ッと意識が戻っても、まだ気だるい快感が残ってる。
「…明日香ちゃん……ありがとう……」
こんなに幸せな気分なのは、私の胸の上に頭を預けるように抱き着いてる明日香
ちゃんのお陰だね。
でも…明日香ちゃん、何の返事もない。
「明日香ちゃん?」
首を伸ばして覗き込むと……明日香ちゃん、寝てた。
すごい可愛い寝顔。
…私のおっぱいに顔をムニョッてつけてるのが恥ずかしいけど……。
いつまでも見ていたい明日香ちゃんの寝顔。
でも…シャワー浴びたいんだけど……身体中ベタベタするし。
「明日香ちゃん?」
上半身をそっと起こしながら呼びかけても、明日香ちゃんはピクリとも反応し
なかった。
ちょっと考えて……ソロソロと明日香ちゃんの下から体を抜き出す。
うつ伏せから仰向けに寝返りを打たせて……。
それでも明日香ちゃんは、ス〜ッ…ス〜ッ……って寝息をついてた。
まぶたの向こうから射し込む清冽な光に神経を刺激されて、パチッと目を開く。
「おはよう…寝坊すけさん」
梨華ちゃんの笑顔が飛びこんできた。
可愛く人差し指で、私の鼻の頭をツンツンッて弾いてる。
「おはよう、梨華ちゃん……」
言ってから、両手を頭の上に伸ばして「う〜っ!」って、思いっきり仰け反る
ように背伸びする。
そしたら……胸元に直接風が当たる感じがして……。
私、真っ裸のまま寝てたんだ……。
「ぃゃん」
思わず私らしくない、可愛らしい小さな叫びをあげちゃった。
だって…梨華ちゃんが蒲団からこぼれ出た私の胸に手を伸ばして、今度は乳首を
ツンツンッて……。
慌てて蒲団ごと抱き込むけど、
「えへへ…朝から明日香ちゃんのセクシーショットGet!だね」
真っ赤な顔の私を嬉しそうに覗き込んでた。
「……梨華ちゃんのH!」
梨華ちゃんを恨めしげに見上げるけど……ピョコンッて乳首が反応しちゃってる
のは内緒。
「今更、恥ずかしがらなくてもいいのに」
「…けじめっ!」
蒲団をしっかり抱きしめたままの私の言葉に、「そうだったね」ってペロッと舌
を出す。
「じゃ、朝ご飯の準備、もう出来るから着替えたら来てね」
キッチンに向かいながら言う梨華ちゃんの背中を見送って、こっちが見えないの
を確認してから、いそいそとベッドから出て着替え始めた。
「…あのね……」
二人で朝ご飯を食べながらの楽しい会話。
ずっと続けばいいのに……現実は二人を引き裂くの……。
…なんて浸ってる場合じゃない。
「今日からね…新曲のプロモーションで…地方に行かなきゃいけないんだぁ……」
その間、明日香ちゃんに会えないなんて耐えられないよっ!
「ふぅん…どれくらいの間?」
……明日香ちゃんは結構、平気そう。
「…二泊三日……」
「それくらいだよね……頑張ってきてね、梨華ちゃん」
ニコニコ笑ってる。
明日香ちゃん……それだけですか?
「…うん…頑張る……」
拍子抜けしちゃうよ。
私はもっとこう……「うそっ! 嫌だよ! 梨華ちゃんと離れたくない!」…
とかいうドラマティックな展開をね……。
……まぁ、素っ気無いのが明日香ちゃんらしいと言えば明日香ちゃんらしいけ
ど……グスン……。
何か…梨華ちゃん、ちょっと拗ねてるように見えるけど……どうしたんだろ?
それより気になること。
「一緒に行くのは…誰?」
「……安倍さんと保田さん。北海道と東北担当なんだよ。後は飯田さんと…よっ
すぃ〜、辻ちゃん組。矢口さんとごっちんと、あいぼん組」
ホッ……あいつとは別の組かぁ……良かった。
その安心が顔に出たみたい。
梨華ちゃん、嬉しそうに、
「心配だった?」
って目をキラキラさせてる。
「え?…んと…まぁちょっと…心配…だった…かな……」
モゴモゴ言う私は、すぐにお茶碗で顔を隠そうとしたり……。
自分のことながら、相変わらず素直じゃない奴!
それでも梨華ちゃんは、そんな私を見て機嫌を直したみたい。
悪戯っ子を見るみたいに「しょうがないなぁ…」って感じの視線で私を見てる。
いや…だから…そんなに見られると余計に照れくさいって……。
ソワソワしてる私をクスッて笑う。
それから梨華ちゃんは、
「メール、いっぱい送るね?」
「帰ったら、すぐに連絡するから、会いに来てくれる?」
とか次々言って、私はそれに「うん」「うん」って肯くだけで。
それだけで、二人とも会話に満足してた。
それから二人で駅まで手をつないで歩いて…流石に「行ってらっしゃいのキス」
は、「ぃやっ!」って素っ気無く断られちゃったけど……。
いいんだもん……別れ別れの間、ずっとあの「おそろのピアス」をしてるって
約束したから…それで我慢するの。
それでも私、悲しそうな顔してたのかな?
明日香ちゃんが心配そうに言った。
「梨華ちゃん、ポジティブにね?」
明日香ちゃんがそう言うなら、私はもうずっとポジティブで行くよ!
ポジティブッ!
そんな私は元気百倍で楽屋に入る。何故かタッパ持参。
「おはようございま〜す!」
「おはよう」
…中にいたのは…よっすぃ〜一人だった。
明日香ちゃ〜ん!
私のポジティブ…いきなり限界かも……。
入り口で立ち尽くす私を見て、
「中、入れば?」
って……。
余裕のよっすぃ〜。
ビクついてる私。
その状況がムカツクの。
明日香ちゃんにあんなヒドイことしたくせに、堂々としすぎ!
その思いが私を冷静にさせて、一度深呼吸してツカツカッて近づいて、よっすぃ〜
の目の前のイスに座った。
落ち着いてよく見たら、よっすぃ〜、何だか疲れてるみたい。
「…どうしたの?」
ビクッて感じで私の方を見て……。
「……べ…別に……」
声まで力がない。
何? 何なの?
「ごっちんと…ケンカでもした?」
そう尋ねたら、元気が抜けちゃった様子で首を振る。
「ホントに? だって、よっすぃ〜全然、元気ないじゃん」
重ねて聞くと、苛立ったようにつぶやく。
「……ケンカなんか出来ないよ」
よっすぃ〜……何でそんなに、ごっちんに対して腫れ物をさわるみたいなの?
「ケンカぐらい…するでしょう?……ホントに好きなら…好きだからこそ、本当の
自分をぶつけられるんじゃないの?」
私の言葉が、よっすぃ〜の敏感な部分に触れたみたい。
「私は、ごっちんのこと本当に好きだよ!……でも…駄目なんだ……」
高ぶった感情が、よっすぃ〜の目を燃えるような怒りに染めて……その視線を受
けた私は、でも、恐怖以上に悲しい気持ちになった。
私の視線に含まれた感情は、隠し切れずによっすぃ〜に届いて……怒りを退かせ
るだけでなく、たじろがせたみたい。
急に私から視線をそらせて、口をつぐんで……。
今日のよっすぃ〜は感情の起伏が激しいね。
ふてぶてしいほどに落ち着いてて、憎らしいほどに冷たい目で私を見る、あの
よっすぃ〜じゃない。
…考えてみれば、新メンバーとして一緒に加入してから、よっすぃ〜にあんな
怖い面があるなんて感じたことなかった。
最近急に見せつけられた怖いよっすぃ〜……前からあんな目で私を見てたのかな?
それとも……明日香ちゃんとつき合い始めたことと関係があるのかな?
う〜〜……分からないよ……。
「ねぇ、よっすぃ〜……何で…私と明日香ちゃんのこと…いじめるの?」
思い切って聞いてみた。
言葉にしてから、前みたいに悪意に満ちた返事が飛んでくるかと身を固くしたけ
ど……。
「…目触りなんだよ……」
つぶやくような答えが返ってきただけだった。
ウンザリって感じでため息をついて、
「…お互いに汚し合ってるくせに、『好きだ』とか、『愛してる』なんて……軽々
しく言ってほしくないんだよね」
前にもよっすぃ〜に言われたけど…やっぱり納得できないよ。
「『汚し合ってる』って言うけど…私達のどこが? 何がいけないの?…分から
ないよ……」
ジッと私を睨むその目には、前ほどの鋭さはなくて……。
「……とにかく……」
うつむくように、すぐに視線もそらして言った。
「…私は私なりに愛してみせる……」
よっすぃ〜の言葉に、何か切実なものを感じて、私はそれ以上何も言えなかった。
ガチャッ。
よっすぃ〜と私、二人きりの静寂が続いていた楽屋に入ってきた人影。
「あれ? よっすぃ〜…それに梨華ちゃんも。突っ立ったままで、どうしたの?」
入り口で不思議そうに私たちを見比べてるごっちん。
すぐに、よっすぃ〜が元気ないことに気づいたみたい。
「どうしたの、よっすぃ〜?……梨華ちゃんにいじめられた?」
何でそうなるの?!
「よしよし」
言いながら、よっすぃ〜の頭をナデナデしてるし……。
そのままの姿勢で、珍しく厳しい目で私を見る。
「梨華ちゃん、ホントに私のよっすぃ〜をいじめてない?」
「いじめてないよ!」
心の中では、「いじめられてるのは私達の方だよ」って叫んでた。
「でも、よっすぃ〜元気ないみたい」
「私は、ごっちんとケンカでもしたのかと思ったんだけど……」
そう言ったら、ごっちんが一瞬口ごもったのが、私にも分かった。
「……ケンカなんか…しないよ。よっすぃ〜、優しいもん」
何かギクシャクしてる?
「き…昨日だって…うちでお泊りしたし……」
私が黙ってるのを疑ってると思ったのか、慌てた様子でそう付け加える。
そのとき私には見えたよ。
ごっちんには見えなかったと思うけど。
一瞬、よっすぃ〜が悲しそうな顔になったの……。
何か変な感じ……そう思って、続けて聞いてみようとしたけど、
「おっはよ〜ごっざいます〜♪」
って、歌うように安倍さんが入ってきて、その後すぐに他のみんなも楽屋に集まっ
てきたから、それまでになっちゃった。
「メールが届いたよ」って、着信音が知らせてる。
もちろん梨華ちゃんから。
「明日香ちゃん、もう会いたくなっちゃったよ〜」
駅で別れてから、まだ1時間も経ってないじゃん。
ちょっと呆れるけど……それ以上に可愛くって愛しい。
続けて、
「いきなり、よっすぃ〜に会っちゃったよ。ビックリ!」
って入ってたから、一瞬ドキッてしたけど、その後の様子を読んで、ちょっと安心。
でも…吉澤…どうしたんだろ?
…やっぱり、後藤さんとの間で何かあったんだろうけど……。
繰り返し吉澤の口をつく「汚れてる」って言葉。
たぶん、「愛」とか「好き」ってことに対して、私や梨華ちゃん以上にプラト
ニックに感じているんだと思う。
そりゃ、私だってキスとか……セックス…に対して、まだ多少の嫌悪感ってい
うか…違和感…を持ってる。
でも、だからってキスしたから二人の「愛」まで汚れてるとは思わないよ。
一体これまで吉澤は、どんな恋愛を経験してきたんだろう?
圭ちゃんからの情報じゃ、かなりモテてたらしいけど……。
それに私の感じだと、後藤さんはああ見えて、結構独占欲が強そう。
梨華ちゃんに対して「私のよっすぃ〜をいじめてない?」とか言っちゃうとこ
ろなんか、特にそう思う。
吉澤のこと、好きなのは間違いないとして、逆に束縛しちゃうとか……。
ま、ホントのとこは分かんないけどさ。
梨華ちゃんからのメールを読みながら、そんな風にいろいろ考えてた。
でも、最後の一行が目に止まって、フッて思わず表情が弛む。
「明日香ちゃん、スキ!」
素直って言うか、無邪気って言うか……。
そんな梨華ちゃんだから、私も……好き…なんだよね。
自分は、そんな風には成れないけど…さ。
さっき考えたことを返信メールとして打つ。
吉澤と後藤さんのことを打ち終わって……さて、どうしよう。
ちょっと迷って、最後の行を打つ。
「ありがとう。私もだよ」
って、ただそれだけ。
ちょっとズルイ返事。
……やっぱり私、素直、無邪気に「好き!」って言えないよ……。
そう思いながら、そのまま返信ボタンを押した。
明日香ちゃんからのメールの返事、繰り返し繰り返し読んじゃう。
よっすぃ〜とごっちんのこと、いろいろ考えてるんだなって感心したり。
明日香ちゃんは、そういう風に感じてたんだねって納得したり。
私だったら、どうなんだろうって自分に置き換えて読んでみたり……。
「梨華ちゃん」
ごっちんが声を掛けてきた。
「メール…明日香さんから?」
え! すごい。
「何で分かったの?」
「……だって…携帯見つめて、ずっとニコニコしてるから……」
周りを見てみると、安倍さんや保田さん、飯田さん、矢口さん、二人のことを
知ってる
人達はみんな、私のこと見てニヤニヤしてた。よっすぃ〜は…どこかに席を外して
るみたいで、見当たらなかったけど……。
みんなにバレバレじゃん!
…気がつかなかったよ……ちょっと…恥ずかしい……。
「梨華ちゃん、明日香さんと上手くいってるんだね」
「…うん……」
照れるけど…こうやって返事が出来るのが嬉しい。
「あのさぁ…明日香さん…キス…嫌がる?」
小声でごっちんが聞いてくる。
突然、何だろ?
一瞬、昨日のことを思い出しながら、私も小さな声で答える。
「…無理矢理すると怒る…けど…」
後は首を振る。
「そっかぁ……ねぇ、聞いて良いかな?」
この展開、何?って思いながら、それでも肯いたら、
「キス…嫌だって言われたら…『そこまで好きじゃない』…ってこと…なのかな?」
って寂しそうに……。
あ、そうか。よっしぃ〜、ごっちんのキス、拒んじゃったんだ。
だから、元気なかったのか……。
でも…私、何て答えたらいいんだろ?
よっすぃ〜のこと、前みたいに躊躇い無くフォロー出来ないよ……。
「…分かんないけど……キスが嫌いなだけかもしれないし……」
そう言うのが精いっぱいだった。
何か言わなきゃ…ごっちんが可愛そうだよ。
そう思ったけど、何も言葉が出てこなくて……。
そんなことしてる間に楽屋のドアが開いて、よっすぃ〜が帰ってきちゃった。
楽屋の中をサッと見渡して、ごっちんが私と一緒にいるのを見て目を鋭く細めて
た。
「全員そろったね。じゃ、行き先ごとに分かれて、スケジュールの確認」
また何かよっすぃ〜に言われちゃうって思ったときに、ちょうどマネージャーさ
んがそう言った。
ホッとしながら、何だかごっちんに申し訳ないような気もして……。
気まずいままに、私、ごっちん、よっすぃ〜は、それぞれバラバラのグループに。
「梨華ちゃん、それ?」
私が安倍さんと保田さんのところに行くと、安倍さんは目ざとく私が持ってる
タッパに目を止める。
もちろん中身は「大学イモ」。
「はい…」
「見せて」
手を伸ばす安倍さんに、オズオズと手渡す。
私なりには上手く出来たと思うんだけど…さっきとは違う不安だね……。
安倍さんはパカッとふたをちょっとだけ開けて中を見て……右の眉がピクッと
上がった。
え? もうダメですか?
「あのぉ……」
ちょっと焦って訊ねようとしたけど、
「……打ち合わせ終わってからね」
って言われた。
な…何ですか〜?!
出来、よくないのかな?
もしそうならどうなっちゃうの?
そう言えば「明日香に相応しくなかったら、すぐに別れさせる」とかって……。
そんなのイヤだよ〜!
どうしよう……どうしたらいいの〜!!
マネージャーさんからスケジュールについて説明を受けながら、チラチラと安倍
さんの横顔を見て……あれこれ一人で勝手に不安がってた。
梨華ちゃんのマンションから帰ったら、家には誰もいなかった。
そう言えば、弟の学校のPTAがどうとか言ってたような気がする。
とにかく私は疲れてた。
いろんなことが一度にあり過ぎて……。
取りあえず仕事場に「遅れます」って電話をかけた。
本当は当日にこんなこと言うなんて、もっての外だけど、身体が重く感じてダメ
だった。
「体調悪いの? だったら今日はいいから、しっかり休んで、明日からまた元気に
来てよ」
「…すいません」
優しく言ってくれるその言葉に甘えることにした。
一気に気が抜けちゃって、ベッドに身を投げ出す。
「ふぅ〜〜……」
家の外から車の音なんかが遠く聞こえて……急に「寂しい」って感情が胸を締め
付けてきた。
あれ? うそ…やばいよ……。
一人でいて「寂しい」なんて、ずっと感じたことなかったのに……。
胸の奥がキュ〜ッてして、無性に梨華ちゃんに会いたくなった。
梨華ちゃんのメール、笑えないよね。
そう思いながら、メールをまた読み返した。
「明日香ちゃん、もう会いたくなっちゃったよ〜」
梨華ちゃん、私も会いたくなっちゃった……。
ベッドの真中で丸くなって、携帯を見つめながら、ポロって涙をこぼしてた。
スケジュール確認も終わって、安倍さん、保田さん、そして私とマネージャーさ
んの4人で車に乗り込む。
これから空港まで行って、そこから一気に北海道。
でも……そんなことより安倍さんが、私の「大学イモ」にどんな判定を下したの
かってことの方が重要だった。
ドキドキしてたら、安倍さん、例のタッパを開いて、フォークを取り出して、一
つ刺して目の前でマジマジと眺め始めた。
「あの……安倍さん……」
オズオズと話しかけた私に一言。
「表面がニチャニチャしてるね。ちょっと柔らかいって言うか、ゆるいかも……」
え?……。
絶句してる私の横から、保田さんが思いだしたように言った。
「そう言えば、なっちの作る大学イモ、表面の…糖蜜っていうの? 食べたらカリッ
て感じで、美味しいんだよね」
そうなんですか?
保田さん、そういうことは早く教えておいてくださいよ……。
そんな間に、その一切れの大学イモは安倍さんのお口の中に。
「…味は美味しい……」
やったぁ〜!
「けど……」
けど?
「やっぱり柔らかいと思うよ。好みかもしれないけど……油の温度が低かったんだ
ね」
…安倍さん…私…泣いちゃいますよ?……
「ま、石川、そんなにガッカリしないで。明日香だったら『美味しいよ』って言っ
て、喜んで食べてくれるよ」
保田さん、慰めてくださってありがとうございます。
安倍さんは、バッグをごそごそやって、何か取り出してた。
「梨華ちゃん、これ」
タッパ…の中には、大学イモ。
「食べてみて」
安倍さんの作った大学イモ。
恐る恐る口に運んで……。
「…美味しい……」
保田さんの言った通り、表面がコーテョングされたみたいにカリッてしてて、甘
さもちょうどいいくらいで……。
私のなんかより、断然、美味しかった。
何でこんなに違うんだろう……。
「梨華ちゃん。また、研究して持ってきてよ。今度は上手く作れるよ、きっと」
安倍さんの声は優しくって……。
「はい……」
殊勝にそんな返事をしてたけど、実は心の中は「バンザ〜イ!」って。
だって、ホントに明日香ちゃんと別れさせられるんじゃないかって思ってたから。
考えすぎだったね。
「次は、上手く作れてなかったら、明日香と会っちゃダメってことにしようかな」
安倍さん…何でそんなに楽しそうに言うんですか?
「またぁ…安倍さんったら……」
冗談かと思って、そう言ったら、安倍さんの目は真剣だった。
マジ?!……次は絶対に上手に作ってこないと…プレッシャーが重くのし掛かっ
てきたよ。
明日香ちゃ〜ん!
助けて……。
何か、梨華ちゃんに呼ばれたような気がして、ムクッて上体を起こす。
「…そんなわけ…ないじゃん」
梨華ちゃんは今ごろ、ちょうど飛行機に乗ってるのかなぁ……。
…私から、どんどん離れて行っちゃってるんだね。
うわっ…もっと寂しくなっちゃったよ……。
目がウルウルッてしてくるのを、手でゴシゴシってして誤魔化す。
きっと疲れてるからだね。
ちゃんと寝ないと。そう思ってパジャマに着替える。
一瞬、今朝、梨華ちゃんにツンツンッてされたのを思い出して、思わず乳首を見たら……生意気に自己主張してる。
スッて手が伸びて……指先で固くなってるのを確認して……。
ハッ!
私、何してるんだろ。
駄目だ。
やっぱり熱があるみたい。
だって、顔も頭も熱いっす……。
フラフラしながら着替え終わって、ベッドに潜り込む。
目をつぶって寝ようとするんだけど、梨華ちゃんの顔が浮かんできて寝付けない。
梨華ちゃん、無事に北海道に着いたかなぁ。
私のこと…思い出してるかなぁ。
そんなことが浮かんでは消えて……また涙腺が弛んできた。
梨華ちゃん…こんな情けない私でも…良いっすか?
予定通りに飛行機は空港を後にして、座席を倒して仮眠をとってる。
安倍さんのプレッシャーを感じてる割に、何故か気持ちよく寝られちゃう私……。
どこでもどんな状況でも寝られるって、大事なことですよね、保田さん。
以前、保田さんが「ちょっとした時間に寝られるようにならないと、この仕事はキツイわよ!」って教えてくれたから、思わず隣の席を見たら……保田さんはもう寝てた。
流石……教えを実践してみせてくれてる。
私も背もたれに身を預けて、そっと目を閉じる。
ウツラウツラしてたら、明日香ちゃんが登場。
会いたかったの〜。
でも明日香ちゃん、ちょっと元気ない感じ。
だから、手を伸ばして頭をポフポフッて撫でてあげた。
明日香ちゃんも、照れくさそうに上目遣いに笑って……。
すっごい幸せな夢だった。
「石川、もう着くよ」
優しく肩を揺すられて、ほわっと目を開けると……保田さんだった。
「あ…おはようございます……」
何だかまぬけなあいさつ。
「…ちょっと、しっかりしてよ? ちゃんと目を覚まして」
苦笑いの保田さんに、「はい」って返事したけど、さっきの明日香ちゃんの笑顔
を思い出したら、また表情がゆるんじゃう。
そしたら保田さんの手が伸びてきて、おでこをコツンッて。
「明日香のことばっかり考えてんじゃないの」
なんで分かったんだろ?
「…寝言で『明日香ちゃん…』って言ってたよ」
あらら…。
「すいません……」
寝言で…恥ずかしいよ。
「ま、明日香のこと考えるのは、ほほ笑ましくっていいんだけどさ…けじめはつけ
なきゃ駄目だよ」
保田さん、明日香ちゃんみたいなこと言ってる。
「明日香のことばっかりに気を取られて、もし仕事で失敗なんかしたら…明日香、
悲しむよ」
「……はい……」
一言も反論できないよ。
「ね? だから気だけは、しっかり張っときな」
もう一度肯いて、両手でほっぺたをペチペチと叩いて気合いを入れ直した。
そのお陰かどうか、到着して早々の夕方の番組出演では、思った以上に感触が良
くって手ごたえバッチリ!
三人とも機嫌良く夕食タイム。
私は気持ちが大きくなって、バ〜ンッと張り込んで、ウニ丼を注文しちゃったり。
ウニが苦手な安倍さんは嫌な顔してたけど……。
とにかくそんなことより、楽しいお話のタネを持って、明日香ちゃんに電話でき
るのが一番嬉しい。
番組中のあれもこれも伝えたいなぁ。
耳元で携帯の着信音が轟いて、ビクッて目が覚める。
抱くようにして寝てた携帯が呼んでた。
「もしもし?」
『もしもし明日香ちゃん? 私』
梨華ちゃんだ!
バサッと身を起こして正座。
「梨華ちゃん?」
『そうだよぉ。今、北海道から電話してるの』
声だけなんだけど、それでも胸の辺りがあったかくなってくる。
「…梨華ちゃん…飛行機、揺れなかった?」
『うん。全然平気だったよ…寝てたしね』
アハハッて笑い声が、私の表情を弛ませる。
『それに……明日香ちゃん、夢に出てきてくれたし……』
私が?
ホントに?
『すっごい励みになったよ。ありがとう、明日香ちゃん』
私…梨華ちゃんと一緒に居れた…居れるんだね。
ありがとう…私の方こそ、そう言いたいよ。
「…良かった…夢でも梨華ちゃんの役に立てて…私も嬉しいよ……」
何か…ホントに涙が出てきそうだよ……。
「……私もね…梨華ちゃんのこと、いっぱい考えてたよ……」
間違ってた…「出てきそう」じゃなくて…もう涙が出てる。
私、いつからこんなに泣き虫になったんだろう?
『ホントに? 嬉しい…私達、離れててもずっと一緒にいるみたいだね』
「うん…ホントだね…離れてても…ずっと一緒だ……」
見えないのに何度も肯いて……。
その後、梨華ちゃんが番組中のこととかを、楽しそうに一生懸命話してくれた。
だから、私もその場にいたみたいに情景が浮かんで……離れてたって寂しくない
んだ。あらためて、そう思うことができた。
時間を忘れそうだったけど、電話の向こうから圭ちゃんの声が聞こえてきた。
『石川…お楽しみ中、悪いんだけどさぁ…次の仕事に間に合わなくなっちゃうから、
さっさと食べな!』
梨華ちゃん…怒られてる……。
『明日香ちゃん、ごめん! また電話するから』
「うん。待ってるから」
『じゃね!』
「また後で」
電話は切れたけど……私と梨華ちゃんの心の回線は、ずっとつながったまま……。
そうだよね、梨華ちゃん?
せっかくのウニ丼だったけど、大急ぎで食べた。
それでも十分に美味しかったし、何より明日香ちゃんとあんなに楽しくお話出来
たんだから大満足!
明日香ちゃん、
「離れてても、ずっと一緒」
って言ってくれた。
どんな言葉より嬉しいよ……。
明日香ちゃんとコンビを組んだ私は無敵!……って思い込んでる私は、夜の番組
もハイテンションで突っ走る。
番組中は、どうして保田さんにツッコまれたのか分からないほど、私はノリノリ
だった。
……後から振り返ると、とんでもないこと口走ってたような気もする…けど……
それも結果オーライ!
安倍さんは私のこと見て、ずっと笑い通しだった。
「アハハハッ…梨華ちゃん、最高!」
ホントに楽しそうに笑うから、私のテンションも益々高くなってった。
逆に保田さんは、
「石川ぁ!」
とか、
「バカァ!」
とか、ずっとツッコミを入れてて、疲れちゃったみたい。
番組が終わったら、何だかグッタリした表情で私を見つめて……、
「……石川…あんたねぇ…………ま、いいか……」
って。
大きなため息をついて、私の肩に手を置いて言った。
「…ご苦労さん……」
「はい。保田さんもお疲れさまでした」
「……うん。ホンットに…疲れたよ……」
終わった後のミーティングでも、あんまりにも保田さんが疲れ切ってたから、
早々に切り上げてホテルへ。
安倍さんが、
「圭ちゃん、せっかくだから集まってお話ししよう?」
って誘っても、
「ごめん…今日は早めに休ませて…明日もあるし……」
「……わかった。おやすみ〜」
あいさつの代わりに手をちょっと上げて、辛そうに保田さんは自分の部屋に入っ
ちゃった。
あれ?と言うことは……。
「梨華ちゃんの部屋に行っても良い?」
安倍さんに笑顔で言われたら……。
「はい……」
そう言うしかない。
嫁と小姑の二人旅……何か違うような気がしたけど、とにかくそんな言葉が浮か
んできた。
……どうなるの?
一眠りして、すっかり体調も戻ったし、梨華ちゃんからの電話を楽しみにしなが
ら、洗い物の手伝いなんかしてた。
コップとか、カチャカチャ洗いながら、ふと気づいちゃったんだよね。
きっと梨華ちゃんは、北海道、東北での楽しい話題とお土産なんかをいっぱい持っ
て帰ってくるよね。
じゃあ、迎える私は?
今のままじゃ、何にも梨華ちゃんにあげるものがない……。
それはマズイよ……一方的に与えてもらうだけなんて、他の誰が納得しても私自身
が納得しない!
でも…どうしたら良いだろ?
ふうむ……。
目の前には帰りに買ってきたペットボトルとお菓子。
そして…ニコニコしてる安倍さん。
部屋のコップにジュースを注いで、お菓子の袋を開いて、それから……話すこと
に困る。
「梨華ちゃん……」
「はははいっ!」
どもりまくり。
「明日香のこと…何でスキになったの?」
え〜っと……何でって言われても……スキになった理由って言葉じゃ難しい。
「上手く…言えませんけど……私のこと…ちゃんと…真っ直ぐ見てくれるから…だ
と思います」
「そうかい…わかるなぁ……私もそんな感じだったから……」
「そうなんですかぁ……」
……って、ちょっと待って!
「私も」って?
もしかして…「だから私もスキ」ってこと?
安倍さん…小姑じゃなくてライバル?!
ライバルなの?
「あ…安倍さん、それって……」
混乱した私が話すのよりも、安倍さんが言葉を続ける方が早かった。
「だから、ホントの妹みたいに可愛くって……」
な、な〜んだ。「妹」かぁ……良かったぁ……。
……ホントに「妹」ですか?
安倍さん、信じていいんですよね?
「う〜〜ん……」
洗い物を終えて、自室で腕組みして考え込んでる。
明後日、梨華ちゃんが帰ってきたときに、何かプレゼント買って行こう。
それは、まあいいか。明日、仕事先からの帰りに、買いに行こう。
でも今一番は、やっぱり「あいつ」の問題。
これが解決できれば、梨華ちゃん、本当に喜んでくれると思うんだけど……。
正直、「あいつ」自身の問題は、私の知ったことじゃない。
自分で解決すればいい……と思うんだけど、一緒に仕事したことないとは言って
も後輩には違いないし、梨華ちゃんにとっては同期のメンバーだし……。
このままじゃ、やっぱりスッキリしないし、何とかしないとね。
よしっ!
携帯電話を取り出す。
時間は午後九時前。
まだ仕事の最中だろうけど……もっと話を聞いてみないと、何とも判断できない
しね。
今まで、私からは一度もかけたことのない名前を表示させて、通話ボタンを押す。
「後藤真希」
案の定、留守番電話。
「福田明日香です。突然すいません。お話を伺いたいと思ってお電話しました。仕
事が終わって落ち着かれたら、お電話いただけないでしょうか?」
それだけ残して、電話を切った。
今までの吉澤の言動を振り返ってみる。
梨華ちゃんを襲い、次いで私を襲った。
それも今考えると、自らの欲望のためではなく、私達を試すためだったような気
がする。
特に私の時は、妙に策略めいていろいろ仕掛けてきたし……。
一時の感情的なものじゃなかったんじゃなくて、吉澤なりの思考の結果だったん
だと思う。
……その思考は普通じゃないだろうけど……。
不意に、以前読んだ本の中の一節が浮かんできた。
「狂気とは理性の無くなった状態ではない。理性以外何も無くなった状態である」
確か、チェスタトンだったかな……。
とにかく、梨華ちゃんや私を襲った吉澤には、そういう「狂気に近づいた理性」
のようなものを感じる。
それだけじゃない。
後藤さんと接する吉澤は、自分の感情を無理やり理性で押さえ込もうとしている
としか思えない。
吉澤が後藤さんを本気で愛しているとしても、いや、愛していればいるほど、理
性が狂気を呼び起こすことになるんじゃ……。
着信音で現実に意識が戻る。
時間は午後十一時を回ってた。
このメロディは梨華ちゃんじゃないな。
「もしもし? 福田です」
『…あ、もしもし…後藤です』
「疲れてるのに、お電話してもらってごめんなさい」
『いえ…大丈夫です』
吉澤のことを一番身近で感じているのは、後藤さんのはず。
でも…何て言い出せばいいだろう……。
あれこれ質問が、頭の中を駆け巡ってた。
ジュースを一口飲んで、眼を細めて笑う安倍さん。
「初めて明日香に会った時さぁ…すんごいメンコクってさぁ。初めてなのに、すご
く懐かしい感じがしてさぁ……」
安倍さんの視線は私に向けられてるけど、もっとずっと遠くを見てるみたい。
「何だか嬉しくなっちゃって、いろいろ話しかけたりしたんだよ。なのにさ、明日
香ったら、あんなでしょ? なっちがプリクラとか見せて、いっぱい話してるのに、
返事は『そうですか…』とか、『はぁ…』とかだけでさぁ、なっち、悲しくなっちゃ
ったよ」
そんなこと言って安倍さん、すごい楽しそうですよ?
でも分かる。
明日香ちゃんは、ホントに口数が少なくって、必要ないって思ったら全然お話し
してくれないんだよね。
なのに、こっちが一方的におしゃべりしたりとか、傍にいるだけで幸せな気分に
なれるの。
きっと口数が少なくっても、相手に関心がないわけじゃなくて、ちゃんと伝えた
いことを感じ取ってくれるから…だから全然、冷たい感じがしないんだと思う。
そんな私なりに感じた明日香ちゃんをお話ししたら、安倍さん、すごい嬉しそう
だった。
「梨華ちゃん…明日香のこと、ちゃんと見てるんだね……」
ホントのお姉さんみたいに、明日香ちゃんのこと、心配してるんですね。
良かった。安倍さんに認めてもらえたみたい……。
それに……ライバルが安倍さんだったら…ちょっと……強敵過ぎるよね。
少なくても今の段階じゃ、私より明日香ちゃんのこと、いっぱい知ってるわけだ
し……。
「…あのさぁ…前から気になってたんだけど……」
安倍さんが、ちょっと真剣な目になった。
「何ですか?」
何だか私も緊張しちゃうよ。
「なっち、女の子同士がつき合うのってよく分からないんだけど……えっとぉ…
キス…とかするの?」
……やばいよ。何て答えよう……。
安倍さんの目、好奇心だけじゃなくて、どこか警戒心も感じる。
やっぱり、「もう明日香ちゃんとはキスしました」なんて言ったら怒られるかな?
って言うか、ホントはもっと大人な関係なわけだし……。
もう十六歳。
まだ十六歳……。
えぇと…安倍さんは、明日香ちゃんのお姉さんみたいな立場なんだから……もし
私が、妹のキスのこと聞いたとしたら……どうだろう?
やっぱり、「まだ早い!」って思うかな?
でも、相手のこと、ホントにスキなんだったら、「良かったね」って言ってあげ
るかな?
う〜〜ん……分からないよ〜……。
明日香ちゃんだったら、どう答えるかな?
考えるのよ。明日香ちゃんになったつもりで……。
「あの…吉澤…さん…のこと何だけど……」
危ない、危ない。呼び捨てにしちゃうとこだったよ。
『よっすぃ〜ですか?』
「うん……」
私達にはともかく、後藤さんにとっては優しい大事な人みたいだから、気をつけて話さないとね。
「…梨華ちゃんがね、『最近、元気がないみたい』って心配してたから……」
梨華ちゃん、話のダシに使ってごめんね。
でも、ウソは言ってないはずだから、許してね。
『そう…ですか……』
「私が気にすることじゃないんだけどさ…後藤さんなら、何か気がついたことがあるんじゃないかなって……」
『……あの…ん〜…』
何かすごく躊躇ってる感じ。
「言いにくいことあるかもしれないけどさ、私達と似たような状況だし、相談に
のれることもあると思うんだよね」
『はい。ありがとうございます』
それにしても…気になることが一つ。
「…あのさ…あのぉ…敬語…やめない?」
『え?…でも……』
「話しづらいじゃん。歳も一つしか違わないんだしさ。ね?」
『……はい』
あのねぇ……。
「いや…だから、『はい』じゃなくてさ、『うん』って……」
『だったら…私のことも、〈後藤さん〉じゃなくて、〈ごっちん〉って呼んで
くだ…呼んでね』
「え?……ごっちん?…じゃ、私は?」
『……明日香さ…ちゃん?…』
「ま、急にはね……ハハハ……」
電話の向こうでも、ちょっと笑ってた。
さっきからずっと、安倍さんの視線が私に刺さってる。
乾いた唇がカサカサいう感じだけど、思い切って言っちゃった。
「安倍さん…あの……私達、キス…しちゃいました」
きっと明日香ちゃんなら、キスのことは言っちゃうはず。
だって、もっと言いにくいこともやっちゃってるから……。
「あ〜…そうなんだ。そうだよね。二人とも、スキ同士なんだしね……あはは……」
納得したみたいな返事だけど、安倍さんの笑顔が固まってる。
ショック与えちゃったかなぁ……。
「ごめんなさい……」
「何で謝るのさ? 変な子だねぇ…あはは……」
動揺を誤魔化すみたいに、急にお菓子を食べだした安倍さんを見ながら、不安に
なっちゃうよ。
「……ねぇ、梨華ちゃん……」
「はい?」
「明日香とのキス…どんな感じだった?」
え?……。
見ると、何か安倍さんの目が妖しく光って……。
怖いよ〜!
「ど…どんな…って……」
「…いや、冗談…忘れてね…あはは……」
安倍さん…乾いた笑いが…怖いです……。
明日香ちゃんがキスしたこと、安倍さんにとってそんなにショックだったのかぁ……。
もしホントのことを全部伝えたら、安倍さん、どうなっちゃうだろう?
安倍さんだけじゃなくて、自分の身にも恐ろしいことが起こりそうな……怖い考え
がいっぱい浮かんで来たから、それ以上は考えるのをやめた。
とにかく話題を変えないと。
「あ…安倍さん、『大学イモ』の作り方なんですけど……」
「え?…あぁ…口で説明してもねぇ。今度、明日香も連れて、うちに来なよ。その
時に教えてあげる」
何とか気まずい雰囲気も消えて、笑顔でそう言ってくれた。
「ホントですか? 約束ですよ?」
「うん。約束ね」
良かったぁ……。
「その時、上手くできなかったら、二度とキスしちゃいけないことにしよう。うん!」
……安倍さん……キスのこと、そんなに気になりますか?
後藤さん…ごっちん、ちょっと打ち解けた感じで、躊躇いながらも話し始めてく
れた。
『あの…キス…なんだけど……』
「?…キス…が、どうかしたの?」
『……よっすぃ〜…キスしようとしたら、本気で嫌がって……女の子同士でキスす
るのって変かなぁ?』
ふむ……。
梨華ちゃんからも聞かされてたけど、吉澤は、本当にキスを嫌がってるんだ。
「…ホントに好きなんだから、別に変じゃないと思うけど……」
『……明日香さん達も…キス…します?』
う……答えにくい質問を……。
「…………うん……」
やっぱり電話でも恥ずかしいよ……。
私が照れてるのなんか関係なく、ごっちんの声は切実で……。
『…スキになったら…スキになるほど、触れ合ってたい……だから…キスも……』
一瞬、梨華ちゃんの唇を思い浮かべちゃった。
それから、唇が重なってる間の一体感とか。
私、電話越しで、何、赤くなってんだか……。
「……そうだね。分かるよ」
『よっすぃ〜は…違うのかなぁ?』
ごっちんの声、私の胸にも切なく響いた。
吉澤の手助けなんか、これっぽっちもしたくない。
私がこの問題に係わってるのは、あくまで梨華ちゃんにこれ以上吉澤の魔の手が
及ばないようにするためで……けどこのままじゃ、ごっちんも可哀想だよねぇ……。
「…信じてあげなよ」
『え?』
「吉澤…さん…が、ごっちんのこと大切に思ってるのは、端から見てても分かるも
ん。まずは、それで良くない? 駄目かな?」
『……ううん…それが一番大事……』
「だったら…信じてあげなよ」
『うん……明日香…ちゃん、ありがとう』
いや…あの……あぁっもう!
らしくない。らしくないよ。
大体、他の人を励ませるほど、私は強くないんだから。
…ま、ごっちんが元気になったみたいだから、それは良しとすることに…しよう
かな。
何とか和やかな雰囲気の中で、安倍さんには自室へお引き取りいただいた感じ。
…ホント、冷や汗が出たよ。
こういう時は、明日香ちゃんに電話〜♪
明日香ちゃんの声が聞けるってだけで、元気が出るよ。
勢い込んでダイヤルする。
ツ〜ッ…ツ〜ッ…ツ〜ッ…。
あれ? 話中?
いや〜ん!
今直ぐ明日香ちゃんの声が聞きたいよ〜!
もう! 私と明日香ちゃんの愛の時間を邪魔するのは、どこの誰?!
ツ〜ッ…ツ〜ッ…ツ〜ッ…。
…もう10分間、ずっと話中……。
おかしい……明日香ちゃん、長電話キライなのに。
ふぇ〜ん。泣いちゃいそう……。
明日香ちゃん、誰とお話ししてるの?
ま、まさか…まさか、まさか!
明日香ちゃんに限って…浮気…なんて……。
…まさか…ねぇ……。
そんなことあるわけない!……よね?
キスの話以外にも、ごっちんのことを吉澤がガラス細工を触るように、過剰な
ほど大切に接してるってことが分かった。
あまりにも私の扱いと違いすぎて、怒りよりも先に呆れるばかりだ。
「……そっかぁ。ごっちん、大事にされてるじゃん」
『うん…そうなんだけど……』
まぁ、「そうなんだけど」だよね。
大事にするにしても度が過ぎてて、ごっちんからしたらもどかしいばかりだと思
う。
「さっきも言ったけどさ、信じてあげなよ。そしたら、徐々に変わってくるかもし
れないしさ」
『うん…ありがとう。すっごい気が楽になったよ』
「…いや…別に……あ、もうこんな時間。長電話してごめんね」
照れちゃったから、慌てて話を切り上げる。
『ううん。また、話を聞いてくれる?』
「いいよ。じゃ、また」
『またね〜』
ふぅ〜……。
やっぱり、相談にのるなんて柄じゃない。
疲れちゃって……。
あれ?
そう言えば、梨華ちゃんから電話してくれるって言ってたのに……。
ずっと話しっぱなしだったから、梨華ちゃん、怒ってるかも。
やっば!
梨華ちゃ〜ん、ごめん。許してね。
速攻で電話しなきゃ!
私はすっかりネガティブ・モードに突入しちゃってて……勝手にあれこれ想像し
ちゃって、それがまた次の嫌な想像につながって……。
恐怖のネガティブ・サイクルにズブズブと沈んでた。
最初は、自分でも突飛な考えだと思ってた「明日香ちゃん浮気説」が、いつの間
にか既定事実みたいになってて、私を押しつぶそうとしてた。
明日香ちゃん…私を見捨てないで……クスン。
そしたら明日香ちゃんから電話がかかってきて……。
「明日香ちゃ〜ん!…ふぇ…ふぇ〜ん……」
『梨華ちゃん?! ど…どうしたの?』
「浮気なんかしちゃ、いやだ〜!」
『…はぁ?……ちょっと梨華ちゃ〜ん!』
……明日香ちゃんと話が出来るようになるまで、10分以上は泣き続けてた。
後から考えればバカバカしくって……明日香ちゃんをものすごく困らせちゃった。
明日香ちゃん、ごめんなさい。
…梨華ちゃん……。
もっと自分に自信持とうよ。
「私が浮気なんかするわけないじゃん」
『そうだけどぉ……明日香ちゃんが可愛すぎるからいけないんだよ……一緒にいな
いと誰かに持って行かれそうなんだもん……』
持って行かれそうって…私は物か!
何を言ってるんだか……。
『心配なのぉ……ねぇ…私のこと、スキ?』
もう…すぐそういうこと聞く。
私がそういうの苦手だって知ってるくせに。
『ねぇ、明日香ちゃん…一回だけでいいから言ってよ…お願い』
だってぇ……電話でも恥ずかしいんだよ……。
『ねぇったらぁ……明日香ちゃん?』
「……好…き……」
『え? 聞こえないよぉ』
梨華ちゃん…わざと聞こえないフリしてるでしょ?
意地悪……。
『私のこと、スキ?』
梨華ちゃんの姿を思い浮かべる。
私を見て笑ってる。どこかウサギに似てる笑い顔。
「…好きだよ……」
『私も! 私も明日香ちゃんのこと、大・大・大スキだよ!!』
もう…梨華ちゃんたら……まぁ…そういうとこも可愛いけどさ。
エヘヘ。
明日香ちゃんに『好きだよ』って言ってもらっちゃった。
これで明日も頑張れそう。
やっと落ち着いて、それから今日の私の張り切りぶりとか、保田さんのツッコミ
疲れのこととか…安倍さんの小姑ぶり…なんかをお話しした。
明日香ちゃんは、『ふんふん』って感じで聞いてくれてたけど、安倍さんにキス
のこと聞かれた話になると、『へぇ…』って声を出した。
『なっちもキスに興味があるんだ…ふ〜ん…ちょっと意外だなぁ』
…明日香ちゃん、それは違うと思うよ。
安倍さんが興味あるのは、「明日香ちゃんが」キスしたってところだと思うんだ
けど……。
「…安倍さん…明日香ちゃんがキスしたの…ちょっとショックだったみたいだよ」
『何で?』
いや…何でって……。
「明日香ちゃんのお姉さんのつもりだから、妹がキスなんてって思ったんじゃない
かなぁ……」
『ふ〜ん…そんなもんかな?』
全然ピンと来ないって感じ。
ん〜…明日香ちゃんは実際にお姉さんだから……。
「例えば…明日香ちゃん、弟さんがキス……」
『絶対駄目ぇ! まだ早い!!』
…明日香ちゃん……小姑になってる。
弟さんにジェラシー感じちゃった私って……。
「……でしょ? 安倍さんも同じ気持ちなんじゃないかなぁ?」
『なるほどぉ…』
「だから…ね?…それ以上のことは秘密」
『そだね。なっち、泡ふいて倒れちゃうかもしれないしね』
泡ふいて倒れる安倍さん……う〜ん…すごいことになりそう。
一通り梨華ちゃんの話を聞いて、それから私がさっきのごっちんとの話をする。
『ごっちんとお電話してたのぉ?!』
…梨華ちゃん、心配するような内容じゃないから。
「…吉澤がごっちんに対して、すっごくデリケートな扱いしてるのは間違いないね」
『……〈ごっちん〉って…明日香ちゃん…いつから、〈ごっちん〉って呼ぶように
なったの?』
だぁっ!
もう、梨華ちゃん…そんな細かいことでジェラシー感じないでよ!
「いつまでも敬語じゃ話しづらいからね。〈明日香ちゃん〉〈ごっちん〉って呼ぼ
うって……」
『イヤだぁ…〈明日香ちゃん〉って呼んでいいのは私だけ……』
いや…そんなこと言われても……。
もう無理矢理話を元に戻す!
「……それで…吉澤の態度に疎外感を感じちゃってるわけよ」
『…そりゃ、ごっちんは可哀想だよ…でも…でも…もう、よっすぃ〜に係わるのよ
そうよ…』
「こっちが係わりたくないって言ったって、どうせまた、あいつの方から何か仕掛
けて来るって!」
『でもぉ……また明日香ちゃんが痛くされたりしたら、私、イヤだもん……』
「私は大丈夫。それより梨華ちゃんの方が……」
『だって明日香ちゃん……』
ちょっとの沈黙が、すごく重かった。
何か言ってよ、明日香ちゃん……。
私…何だか…切ないよ……。
『……もう…遅いから、梨華ちゃん、寝ないと』
え…このままじゃイヤだよ。
このままじゃ…よっすぃ〜のことしか残らないもん。
「……キス…して」
『え?…何、梨華ちゃん…何て言ったの?』
「キスしてほしい……じゃないと…寝られないよ……」
明日香ちゃんが…とにかく明日香ちゃんが感じたかった。
『……電話だよ?』
「それでもいいの…それでも私には届くから」
言ってから、自分の携帯電話の通話口に、チュッて唇をつける。
『梨華ちゃん……』
明日香ちゃんのキス、こうしたら、きっと電波になって私に届くよ。
待ってるから……。
無言。
そうだよね。変なことお願いしてるのは分かってるの。
でも……一日の最後に、明日香ちゃんを感じて眠りたい……。
『…梨華ちゃん……』
躊躇いがちな声。
「うん…」
きっと明日香ちゃん、眉を寄せて困った顔してるね。
目の前にいるみたいに様子が浮かんでくるよ。
『……チュッ……』
明日香ちゃん……。
真っ赤な顔で、通話口を私だと思ってキスしてるんだね。
すごい…すっごい可愛いね。
明日香ちゃん、大スキ。
『…届いた?』
「うん…ありがとう……これでグッスリ寝れそう」
『じゃ…おやすみ』
「…おやすみなさい……」
明日香ちゃんと私の、遠くて近い一日がやっと終わった。
梨華ちゃん……。
駄目だ…私、完全にknock
downされちゃった。
電話越しのキス…確かに梨華ちゃんの唇の温度を感じて……ゾクゾクしちゃった
よ。
さっきまでは平気だったのに…梨華ちゃんに会えないのが…寂しくて…切なくて……。
ちょっとの間だけ、梨華ちゃんが電話を通して傍にいて……私の中にいる梨華ちゃ
んを呼び起こした。
ドンドン、ドンドン溢れてきて…私を梨華ちゃんでいっぱいにする。
なのに…なのに、どうして充たされないの?
こんなに一人が寂しいなんて…知らなかったよ。
頭から布団をかぶっても、なかなか寝つけない。
梨華ちゃん…早く帰ってきて……。
じゃないと……枕が涙でグシャグシャになっちゃいそうだよ……。
次の日は朝五時起き。
でも、私は明日香ちゃんからもらった元気で爽やかに朝から出発できた。
すぐに明日香ちゃんにおはようの挨拶。
と言っても、まだ明日香ちゃんは寝てるだろうからメールだけど。
「おはよう、明日香ちゃん。昨日はステキなキスをありがとう。愛してる! 梨華」
部屋を出たら、隣部屋の保田さんも、ちょうどドアを閉めたところだった。
「おはよう、石川」
「おはようございま〜す」
「ホント、あんたは元気だね……」
ちょっとうんざりした感じの保田さん。
「愛の力です!」
「…あ、そう……」
何か反応が良くない。保田さん、昨日の疲れがまだとれてないみたいね。
「おっはよう!」
「あ、安倍さん。おはようございま〜す」
「なっち、おはよう」
全員がそろって、すぐに出発。
この後、朝のラジオ番組に出演して、その足で空港に行って仙台へ。
ハードスケジュールだけど、愛のパワーで頑張っちゃう!
そんな元気いっぱいの私を見て、保田さんがため息をついてる。
……何でだろう?
朝、目覚めたら、携帯がメールの着信を知らせてた。
梨華ちゃんだ!
飛びつくようにメールを開く。
「おはよう、明日香ちゃん。昨日はステキなキスをありがとう。愛してる! 梨華」
嬉しい……以前だったら、まず、恥ずかしいよ…って思ってた内容が、とにかく
今は嬉しかった。
返事を、「おはよう」まで打ってから、梨華ちゃんに伝えたいことが溢れてきて……。
結局、
「忙しくて大変だね。体に気をつけて、元気で帰ってきてね。明日香」
って……。
普通じゃん!
……私、梨華ちゃんみたいに、「好き」って気持ちをストレートには表現できな
いよ。
何だか自分が情けないような気がして……ノソノソと着替える。
昨日の電話越しのキス……また思い出しちゃった。
だって…今はあれが一番新しい梨華ちゃんの感触だから……。
でも……何か、普通のキス以上にHな感じだったなぁ。
頭の中で、梨華ちゃんの唇をいっぱい想像したから…かな?
ブラジャー着けようと思って前屈みになって気がついた。
……何で君は一々反応するのかな? 乳首君……。
そっと手を伸ばして掌で包み込むと、思った以上に存在感がある。「早く梨華
ちゃんに触ってもらいたいよ」って駄々をこねてる。
「…私も…早く梨華ちゃんに会いたいよ……」
ちょっと乱暴にピンッて指で弾いたら、キュ〜ッて痛みが胸にしみ込んでいった。
朝一のお仕事も無事やり終えて、あっと言う間に仙台に到着ぅ!
明日香ちゃんに牛タン買って帰るんだぁ。ルンルン♪
「…梨華ちゃん……」
「何ですか?」
安倍さん、何で呆れ顔なんですか?
「お土産、買いすぎじゃない?…さっきはウニを二箱も、東京に直送してたっしょ……」
「全っ然、大丈夫です!」
だって、明日香ちゃんへのお土産なんだもん。
朝の番組が終わって携帯を見たら、明日香ちゃんからの返事メールが届いてた。
「体に気をつけて、元気で帰ってきてね」
って。
東京で明日香ちゃんが待ってる。
お土産持って、元気に帰るんだ。
北海道のウニ。喜んでくれるかなぁ、明日香ちゃん。
青空に浮かぶ明日香ちゃんの顔に向かって、ニコッて笑う私。
保田さんのため息が、さっきより深くなったような気がするけど……ま、いっか♪
仕事場に行ったら、
「おっ! もう大丈夫なの?」
主任さんが声を掛けてくれた。
「はい。昨日は休ませてもらってありがとうございました」
何でもないよって感じで手を振って行っちゃった。
やっぱり大人って安心感があるよね。
私もあんな風になれるのかな。
梨華ちゃんを安心させられるようになりたいな……。
よしっ! 今日も一日、頑張ろう!
まずは自分のことをちゃんとしないと。
ちょっと耳のピアスに手をやって、梨華ちゃんの姿を思い浮かべる。
梨華ちゃん…いつかはきっと…ね。
仙台でのプロモーションもバッチリ。
……相変わらず私がハイテンションで、安倍さんが笑って、保田さんがツッコミ
を入れてる。
見る見るうちに保田さんが疲れてるような気が……大丈夫だよね。
ポジティブッ!
夕食を挟んで、ラジオ、テレビをはしごして。
「明日、午前中が移動で、午後から雑誌の取材があって、その後はオフですよね?」
「…うん……」
「明後日は仕事も午後からだし、のんびりできますね」
「…そうだね……」
さっきから安倍さんも保田さんも、返事が短い。
私一人でお話ししてるみたい。
ようやくホテルに到着したとき、保田さんだけじゃなくて、安倍さんも疲れ切っ
た様子だった。
でも、私はウキウキ気分。
疲れてはいたけど、明日には東京に帰れるだもん。
また明日香ちゃんに会える!
「お疲れさまでした〜」
「お疲れさん」
仕事が終わって、急いで着替えてそのまま買い物へ。
大した物は買えないだろうけど、お帰りの気持ちを込めて、梨華ちゃんへのプレ
ゼント。
何にしようかなぁ。
まずは……梨華ちゃん、小物がいっぱい欲しいって言ってたからそこら辺を見て
みるかな。
ん〜と……あ……アフロ犬だ……。
ホント言うと、私はこいつ可愛いとは思えないんだけど……梨華ちゃんは好きみ
たいだし……買ってみるかな。
結構いろいろあるんだね。どれにしよう……ぬいぐるみはもう部屋にあったし……。
へぇ、ストラップもあるんだ……。
一瞬、昨晩の電話越しのキスを思い出して……結局、それを買っちゃった。
安物だけど、ま、梨華ちゃんだってお土産にそんな高価な物を買ってくるわけな
いし、後は明日ケーキでも買っていけばいいよね。
それに、可愛いとは思えないそのアフロ犬に、何となく親近感も感じてきたし。
こいつらも、自分じゃ可愛いとは思ってないよ。
だけど、自分に自信がないわけでもない。個性的なのが自分のいいとこ。
きっとそう思ってる。だって……私もそう思ってたから。だからモーニング娘。
でいられたんだ……。
ある意味、私の分身みたいに思えてきたそいつを持って自宅へ。
「飯、飯」と騒ぐ弟のために料理を温めなおしたり、後かたづけをしたり。
それからやっと自分の部屋でホッと一息。
何げに結構忙しい毎日なんだよね。
ベッドにドサッと腰を下ろすのと、携帯が鳴るのは同時だった。
ホテルの部屋に入ったら、超速攻で明日香ちゃんに電話。
「もしもし、明日香ちゃん?」
『梨華ちゃん、疲れてない? 大丈夫?』
「全然大丈夫。明日香ちゃんの声聞いたら、すぐ元気になれるから」
『ホントにぃ?』
二人の笑い声がそろう。
「明日香ちゃんにお土産買ったよ」
ウニに牛タン。
きっと明日香ちゃんビックリするよね。
何だか、今から楽しみだなぁ。
『気を遣わなくっていいのに…何買ったの?』
「ヒ・ミ・ツ。帰ってからのお楽しみ」
『えぇ〜…教えてよ』
「ダ〜メ。知りたかったら、明日、光の速さで家に来ること」
『チェッ…分かりましたぁ。帰ったら電話してね。すぐに行くから』
「うん」
それから…今日のことを、いっぱい話して……。
私を、いっぱいいっぱい届けて、明日香ちゃんを、いっぱいいっぱい、い〜っぱ
い感じた。
でも……それでもやっぱり足りないから……。
「明日香ちゃん……」
おねだりの声。
『………うん……』
昨日よりは短い躊躇い。
私の唇が電話に近づいて、明日香ちゃんが近づいてくるのも感じて……。
『チュ〜ッ……』
何だか昨日よりちょっと長めのキスだった。
何か…昨日以上にドキドキして……。
まるで直接、梨華ちゃんとキスしたみたいに感じてた。
その証拠に……もう顔も熱いし…頭もボ〜ッてしてる。
「…梨華…ちゃん……」
『何ぃ?』
「……好き…大好き……」
思いはこんなにあるんだよ。
でも、日ごろはそれが素直に出せないの。
今は…ただとにかく梨華ちゃんへの思いだけが溢れて……。
『明日香ちゃん…嬉しい…もし明日香ちゃんが目の前にいたら、ギュッて抱きしめ
ちゃうくらい……』
梨華ちゃんに抱きしめられたら……柔らかい肌の感触が思い出される。
何か私…一人で興奮しちゃってる?
『明日帰ったら、いっぱい抱きしめちゃうから』
ホントに?
キュンッて胸が苦しくなって、今からもう息苦しい感じ。
『じゃ、明日ね。連絡したら、すぐに来てよ? 絶対だよ?』
「…うん……」
『嬉しい。じゃ、おやすみなさい』
「…おやすみ……」
何か電話の明日香ちゃん、すごく可愛く感じた。
私の帰りを心待ちにしてくれてるのが、すごく伝わってきた。
行く前は結構平気そうだったのに……。
今日は何だか、寂しそうに聞こえたけど……私の考えすぎかな?
でも、そんな風に感じたんだけどなぁ……。
もしかして…明日香ちゃんって、意外と甘えん坊さんなのかな?
そうだったら…かぁわいい……。
私にもっともっと甘えて欲しいよ。
帰ったら、そのこと、追求しちゃおうかなぁ。
明日香ちゃんに会ったときの楽しみが、また一つ増えて、もうルンルン気分で
すぐに眠りに入り込めた。
明日香ちゃんのお陰だね。ありがとう……。
……何か…やばい……。
電話を切った後も、梨華ちゃんのことしか考えられなくて……しかも足下どころ
か、腰の辺りがすごく頼りない感じ。
これは……あのときと同じ感じ……梨華ちゃんに「抱かれたとき」と。
やばいよ…どうしよう……。
自分を誤魔化すように、さっさと布団に潜り込むけど……眠れない。
下半身は、フワフワ、フニャフニャした感じだし、顔から頭まで熱くてボ〜ッと
してる。
それなのに目だけは冴えて、梨華ちゃんの姿だけはハッキリ見える。
あのときの梨華ちゃんが……。
綺麗な肌を私に寄せて、そっと私を包み込む。
耳元で囁く「明日香ちゃん…」って言葉が、私を溶かす。
指先が、肌の上を滑るように動いて…「あ…ぁふ…あっ…」……喘ぎを呼び起こ
す。
どうしようもなく、そんなイメージが次々に湧いてきて、逃げだそうとする私の
理性を駆逐していく。
したことが無い訳じゃない。好奇心から自ら手を伸ばしたこともある。
でも…でも…欲求に負けてするなんて……初めて……。
もう…駄目……我慢…できないよ。
梨華ちゃん…梨華ちゃんが…欲しい…欲しいよ!
右手が伸びて胸を包む。
左の指がお腹の方から、さらに下へと這っていく。
恥ずかしい……まだそんな理性が残ってる。でも、駄目。その動きを止めること
は出来なくて……。
乳房の周囲をさするように這っていた指が、頂上へとたどり着く。
「ん…」
昨日の夜、生意気な自己主張をしてた乳首ちゃんが、指の動きに嬉しそうに弄ば
れてる。
指の動きはもどかしいくらいにゆっくりで……「もっと…もっと…」って、乳首
ちゃんがどんどん張り詰めていく。
この指の動き…梨華ちゃんのマネ……それとも…私の本能的なものかも……。
左の指は、また別の意志を持って、ショーツの中へ潜り込んでる。
だらしなく密を溢れさせた花弁の上、勝手に顔を覗かせている雌しべを包囲する
ように、じわじわと円を描いて這い回る。
期待に身を震わせて、ますます固くなるそれ。でも急に身を離して、決定的な接
触はお預け。
今度は花弁を挟み込んで、すり合わせて……。
「うぁ…ん…っはぁ……」
背中を走る快感に仰け反り、腰を揺らす。
心の隅の後ろめたさが、余計に快感を増幅してる。
「梨華ちゃん…梨華ちゃん……」
つぶやきと共に、左の親指が雌しべを撫でて、声も出ないほどの強烈な性感に
涙がこぼれる。
「あ…ん…あぁ…」
信じられない……指が…自分の指が花弁の中央に入っちゃった……。
意図せず起こった事態。
でも、そこは何の躊躇いもなく、奥へ奥へと指を飲み込み続けて……。
初めて飲み込んだ自分の指を、優しくあやすように包む温かさ……心地よさ。
その優しさの代償のように、身体の芯を貫くような強い快感。
あっと言う間に翻弄されて、真っ白な視界にただ梨華ちゃんだけが浮かんでいて……。
胸元にあった右手を唇に寄せて、そろえた薬指と小指にキスをする。梨華ちゃん
の唇に見立てて……。
「う…うぁっ……」
跳ねるように身をヒクつかせて……。
柔らかい…梨華ちゃんの唇……。
それでも梨華ちゃんを感じ続けてた。崩れるようにベッドに沈んでからも……。
ニヤニヤしながら、早速おはようのメールを打つ。
「おはよう、明日香ちゃん。昨日のキスも嬉しかった。明日香ちゃんをいっぱい感
じたよ。でも、今日帰ったら、ずっと一緒にいたいなぁ。お泊り。ね? 梨華」
離れてても、明日香ちゃんに励まされて頑張れたけど、やっぱり傍にいたいよ。
これからドンドン明日香ちゃんのいる東京に近づいていくからね。
待っててね。
複雑な感じだよ……昨日のこと。
もう痛くなかったってことは嬉しいけど……何か…ちょっと罪悪感……。
梨華ちゃん本人がいないところで…その…想像しちゃって…Hなことして……。
それに…欲望に負けちゃったってことだし……こんなこと初めてだよ。
梨華ちゃんのこと、それくらい好きってことだけど……。
自分の中のHな衝動が、あそこまで大きいとは思ってなかった。
理性の手におえないほどに暴走する欲望。
何か…怖いよ…私、大丈夫なのかな?
やっぱり梨華ちゃんが傍にいてくれないと、私おかしくなっちゃいそうだよ。
梨華ちゃん…早く帰ってきて。
そんなこと思ってたら、梨華ちゃんからメール。
「おはよう、明日香ちゃん。昨日のキスも嬉しかった。明日香ちゃんをいっぱい感
じたよ。でも、今日帰ったら、ずっと一緒にいたいなぁ。お泊り。ね? 梨華」
梨華ちゃん……キス、私も嬉しかったけど…素敵過ぎて私、おかしくなっちゃっ
たよ。
「梨華ちゃん、おはよう。キス、恥ずかしかったよ…私には刺激が強過ぎ。梨華ちゃ
んと話してるだけで十分だよ。お泊り…いいよ。話したいこと、いっぱいあるし。明
日香」
とにかく、早く梨華ちゃんに会いたいよ。
明日香ちゃんからのご返事。
お泊りOKだって! やったぁ!!
明日香ちゃんの傍にいられるって思うだけで、こんなにドキドキする……ずっと
ずっと寂しかったんだもん。
出発時間になるのももどかしいくらいにワクワクして、安倍さんと保田さんを引っ張
るようにホテルを出た。
安倍さんが「ちょっと待ってよ」って私を呼びとめようとする。
「梨華ちゃん、そんなに急がなくっても……明日香は逃げたりしないっしょ?」
「急がなきゃ、ダメです!」
「…何で?」
「明日香ちゃんと一緒にいられる時間を、一分、一秒でも長くしたいんですもん♪」
それを聞いて、保田さんが呆れたように言う。
「…いや、でも飛行機の時間は決まってるから……」
「何でそんなこと言うんですかぁ。気持ちの問題です。気持ちの!」
「…気持ち…ねぇ……」
「押さえきれない思いが、私を突き動かすんです!」
それでお二人とも納得し(諦め)てくださったみたい。
なだれ込むようにしてタクシーに乗って、
「空港まで超特急で!」
待っててよ、明日香ちゃん。
愛しの梨華が飛んで帰りますよ。
いつも通りに仕事場へ行って、いつも通りに働いて……。
でも、心の中はいつもと違ってそわそわ。
梨華ちゃん、お昼頃には東京に戻れるって言ってたなぁ。
でも、まだ仕事があるって……。
私も夕方まで仕事あるし……。
まだ会えるまで八時間ぐらい……はぁ〜……。
いけない、いけない! 仕事に集中しなくちゃ。
梨華ちゃんは一生懸命に仕事して帰って来るんだから、私もちゃんとしなきゃ。
さっきから、これの繰り返し。
ロッカーの中のバッグに入れたままの梨華ちゃんへのプレゼント、アフロ犬のス
トラップが気になったり……。
こんなに人と会うのが待ち遠しいことなんて初めてだ。
何だか胸が苦しい感じだけど…それが嬉しくもある。
私も変わったけど、梨華ちゃんもずいぶん変わったと思う。
何せ、最初はレイプする側とされる側だったんだから……。
それが今じゃ、つき合ってて、こんなにいて欲しい存在になってるんだから、世
の中どうなるかわからないね。
…ただの耳年増だった私が、実際にあんなことや、こんなことまで経験しちゃっ
たわけだし……。
……あらためて自分の身に起こったことを振り返って…ちょっと怖いよ……。
飛行機さえも超特急で東京に到着!
「時間通りだけどね」
「保田さん……せっかく私が盛り上がってるのに……」
「はいはい。愛しい明日香に早く会いたいんでしょ。さっさと歩く!」
保田さんの対応が冷たい。何かの仕返しをするように……どうしたんだろう?
とにかくご機嫌斜め。
私はずっと一生懸命にお仕事したから、きっと安倍さんだね。笑ってばっかり
だったし。
「大変だね、梨華ちゃん。圭ちゃん、ちょっと怒っちゃったみたいだよ」
へ?…私が怒らしちゃったんですか?
「…私…怒らせるようなこと、してないですよね?」
キョトンッてしてる私を見て、安倍さん、ため息ついてる。
「気づいてないのかぁ……あのね、梨華ちゃん…今回はちょっとハリキリすぎっ
しょ。圭ちゃん、フォローに四苦八苦してたよ」
……そうでした?
「そうだったの!…後で圭ちゃんに謝っといた方がいいよ」
そうだったのかぁ……全然気がつかなかった。
確かに振り返ってみれば、かなりヤバイことも連発してたような……。
保田さん、ドンドン先に歩いていっちゃってる。
どうしよう……。
昼休みにホッと一息ついてたら、携帯電話が鳴った。
『もしもし、明日香ちゃん?』
「梨華ちゃん? もう東京着いた? 飛行機揺れなかった? 仕事、何時頃終わり
そう?」
そんな一度に聞いても仕方ないのに、私、かなり焦ってるなぁ。
でも、梨華ちゃんも何だか焦ってるみたい。
『どうしよう、明日香ちゃん助けて〜!』
む! 梨華ちゃんのピ〜ンチッ!
「どうしたの! 何があったの!」
私が梨華ちゃんを守る!って、力んで訊ねたのに……。
『保田さんを怒らせちゃったみたいなの……』
「…え?……」
それだけ?…ドッと力が抜ける。
『番組でのトークとか、はりきり過ぎちゃって、保田さんに迷惑かけてたの気がつ
かなくって……』
でも、梨華ちゃんは真面目に相談してるみたい。
「そうなんだ……でも、圭ちゃんのことだから、ちゃんと謝ればすぐに許してくれ
るよ」
『そうかなぁ……そうだよね。よしっ! 私、保田さんに謝ってくるね』
「頑張れ、梨華ちゃん! 私も応援してるから」
…言ってて、自分でも何だか馬鹿っぽいと思う。
でもいいんだ。不安がってる梨華ちゃんを励ませれば、それで万々歳。
『うん! じゃ、仕事が終わったらまた電話するから』
「待ってるね。バイバイ」
『バイバ〜イ』
こんなちょっとしたことでも私に相談してくれるって嬉しいことだよね。信頼し
てくれてるってことだもんね。
…そう思うことにしよう……。
はぁ〜……やっぱり明日香ちゃんって優しいなぁ……。
愛を感じるよ。「応援してるから」って…よぉっし! 頑張っちゃう!!
保田さんはどこぉ?
あ、いた!
「保田さ〜ん」
「ん? 何?」
うっ……やっぱり不機嫌。
でもでも、頑張って謝らなきゃ。
「あ…あのぉ……ごめんなさい!」
ペコッて頭を下げる。
保田さんは、ハァ〜ッて大きくため息をついて……。
「…いいよ、石川……私もちょっと大人げないかなって思ってたから……」
優しく言って、肩のとこをポンポンッて叩いてくれた。
「でも石川…これからは気をつけなよ。今回は、かなりヤバイこと言ってたから」
「そう…でしたっけ?」
自分じゃあんまり覚えてないんだけど……。
「あのねぇ……あんた、『もし好きな人が出来たら…その人と持ち物の交換したり
とか……だって、ずっと一緒にいられる気がするじゃないですかぁ』言ってたでしょ」
「はい」
保田さんは私の耳元を見つめてる。
「そのピアス…明日香と交換した物でしょ?」
すごい! どうして知ってるんだろう?
「何で分かったんですか?」
「さっきの話してるとき、ずっとそのピアス触ってたでしょ。ピ〜ンときたわよ…
ヒヤヒヤしながら見てたんだからね! それだけじゃなくって、ずっとラブラブ発
言の連発だったわよっ!」
その時のことを思い出したのか、だんだん口調がきつくなる。
「ご…ごめんなさい……」
謝ったのに怒られた……グスン。
「ま、普通、相手が女の子だとは思わないから、ピアスくらいじゃバレることはな
いだろうけどさ…気をつけるにこしたことはないからね」
私と明日香ちゃんが異常ってこと?……確かに、明日香ちゃんは普通じゃないく
らい可愛いけど……。
「はい……すいませんでした」
「上手くやりなよ。私だってあんた達のこと、応援してるんだからさ」
私を見ながら苦笑いしてたけど、優しい目だった。
「保田さん……ありがとうございます」
梨華ちゃんからの相談の電話で、何となく落ち着いちゃった私。
声が聞けたから…かな?
何とか仕事にも集中できて、そうなれば時間もあっという間。
「お疲れさまでした〜!」
仕事が終わって、超特急で梨華ちゃんのもとへ……と思ったら電話がかかって
きた。
「もしもし?」
『お! 明日香? 私。久しぶり〜』
ん?…この声は!!
「紗耶香?! どうしたの突然」
『えへへ…ちょっと明日香に会いたくなっちゃってさ……この後、空いてる?』
えぇ〜……タイミング悪いよ、紗耶香。
「ごめん。約束があるんだ」
『そっかぁ……じゃ、明日は?』
明日は定休日で仕事はないけど…梨華ちゃんが離してくれるかどうか……でも、紗耶香にも会いたいな。
「明日だったら……長い時間は駄目かもしれないけど」
『本当? じゃ…夕方。今と同じ時間とかどう?』
ちゃんとお願いすれば、梨華ちゃんも分かってくれるよね。
「うん、いいよ」
『よし! じゃ、明日の夕方ね。また連絡するよ』
「うん」
『それじゃね〜』
慌しく電話が切れた。
紗耶香…武道館コンサート以来かな。
懐かしいなぁ。
元気そうだったし、明日が楽しみだな。
おっと、いけない。
梨華ちゃんの家に急がなきゃ!
とうとう紗耶香の登場ですね
待ってました。あすりかちゃむ好きなので
保田さんのご機嫌も直って、後顧の憂いなく午後からの雑誌の取材も絶好調で終
了。
「石川…早過ぎない?」
保田さんが呆れてる。
他のメンバーがワイワイ言いながら楽屋に戻ってきたとき、私はもう着替え終わっ
てた。
ごっちんとよっすぃ〜も、二人で楽しそうにおしゃべりしながら入ってきた。
ごっちんも呆れてて、よっすぃ〜は……相変わらずバカにしたような冷たい目で
見てる。
だけど今の私は、そんなことは全然平気。
左右の手に牛タンとウニ(事務所付けで送ってたの)を抱えて帰宅準備は万全だっ
た。
「明日香ちゃんが来るんです!」
もうそのことだけでワクワク。
「……はいはい。車に気をつけてね。早く行っといで」
「は〜い!」
元気いっぱいに飛び出して、駅へと急ぎながら明日香ちゃんに電話。
「もしもし、明日香ちゃ〜ん♪」
『梨華ちゃん! もう仕事終わった? 私はもう仕事終わったんだけど、ちょっと
買い物してから行こうかと思って……』
「えぇ〜すぐに来てよ。私、もう家に向かってるから」
『すぐだから。すぐに梨華ちゃん家に着くからさ』
「絶対だよ! すぐ来ないと…大変だよ」
『何?! 大変って…何?』
「すぐに来なかったら…泣いちゃうから……」
『……分かった。もう超特急で行くからさ…泣かないで』
「うん…」
電話を切ってからもワクワク、ドキドキ。
もう、すっごい豪華な夕食で明日香ちゃんをビックリさせちゃうんだ〜。
それから…それから……二人でラブラブな時間を過ごすの〜♪
電車に揺られながら、一人でニヤニヤ。
明日香ちゃ〜ん! ホントに超特急で来てねぇ。
梨華ちゃんに泣かれると困るから、速攻で苺のショートケーキを二つ買って限界
まで急ぐ。
アフロ犬のストラップとケーキ。
ま、こんなもんだよね。
後はとにかく急がなきゃ。
いつになく足取りも軽い。
ピ〜ンポ〜ン。
もう着いちゃった♪
ドアの向こうからは、トントントンッて梨華ちゃんが近づいてくる足音。
どうしよう。急に抱き着いちゃったりしようかな。
梨華ちゃん、ビックリしちゃうかな。
ガチャッ!
「梨華ちゃ…うわっ!」
飛んできた。梨華ちゃんが。
「明日香ちゃ〜ん!!」
飛びついて、首に抱き着いてきた梨華ちゃん……。
「明日香ちゃん、明日香ちゃん、明日香ちゃ〜ん!!」
喜んでくれるのは嬉しいよ…嬉しいけど……。
「り…梨華ちゃん……苦しい……」
首にガッチリ決まっちゃってて……息が…出来ない…よ。
「あれ?…明日香ちゃん?……明日香ちゃん?……」
「ぜぇ…ぜぇ…し…死ぬかと…思った……」
「明日香ちゃん…ちゃんと息はしないとダメだよ?」
「……そ…そうだね……」
室内に入って一息…つけなかった。
「り…梨華ちゃん?!」
「どう?」
ウニ丼に牛タン……山盛り。
「どうって…これ…何?」
「ウニと牛タン」
確かにそうだね。そうなんだけど……私が聞きたいのは、そういうことじゃなく
て……。
「……高かった…んじゃない…の?」
確認するまでもなく、これは高いよね。
「やだなぁ。明日香ちゃん、そんなの気にしないでよ。明日香ちゃん、ウニ、スキ
だって言ってたでしょ?」
「うん…好きだよ…好きだけど……」
いや…気になるって……。
普通、気になるでしょ?
梨華ちゃん、やっぱりちょっと間違ってると思うよ。
明日香ちゃん、何だか困ったような真剣な目で私を見てる。
喜んでくれると思ったのに……何がいけなかったの?
「あのね…梨華ちゃん……」
明日香ちゃんのお言葉が……と思ったら…。
ピ〜ンポ〜ン。
「…梨華ちゃん、お客さんみたいだよ」
明日香ちゃん、ちょっと不機嫌。
お話を遮られたから? 二人だけのところにお客さんが来たから?
私、明日香ちゃん以外と約束してないよ。
誰だろ?
何か気まずい感じで玄関に。
ドアに顔をつけて覗いて見たら……。
「…市井さん?!」
慌ててドアを開けたら、
「よっ! 石川、久しぶり」
…何で?
紗耶香?!
相変わらず目を細くして笑いながら玄関に入ってくる姿を見ながら、恐らく私は
間抜けな顔をしてたと思う。
「市井さん、どうしたんですか?」
「ん? 急に来て石川をビックリさせてやろうと…思って……明日香?!」
悪戯っぽく笑ってた紗耶香の視線が、私と合って、二人とも驚いて固まったまま。
「……何で…明日香がいるの?」
そりゃ、私のほうが聞きたいって!
取りあえず牛タンとウニ丼が並んだテーブルに三人で座ってる。
「で? 私は、久しぶりに石川に会ってみたいなって思って来たんだけど…明日香
はどうしてここにいるの?」
どうしてって言われてもねぇ……梨華ちゃんは、ちょっと拗ねたみたいに唇尖ら
せてるし……。
「…梨華ちゃんと一緒に晩ご飯食べる約束してたから……」
テーブルの上を見渡して首をかしげる紗耶香。
「ふぅ〜ん……明日香、ウニは嫌いじゃなかった?」
げっ……それは……。
紗耶香の言葉を聞いて、梨華ちゃんがビックリしたみたいに顔を上げる。私の方
を確かめるように見てる。
「いや…食べられるようになったんだよ……ホントだよ?」
最後の言葉は梨華ちゃんに向けて。
「へぇ〜……」
「私も大人の味が分かるようになったってことで…さ」
紗耶香も梨華ちゃんも疑うように見てる…梨華ちゃん、信じて!
「でもさ…石川と明日香、いつから一緒に食事とるほど仲良くなったの?」
紗耶香…何でそんなに絡んで来るんだよぉ……。
私がタジタジッてなってるのを見て、梨華ちゃんが急に紗耶香の方に向き直った。
「私と明日香ちゃん…今、付き合ってるんです!」
「………うっそ………」
今度こそ、紗耶香は呆然。梨華ちゃんと私の顔を、交互に見つめて絶句してる。
こういうとき、いつも梨華ちゃんの方がハッキリ態度を示すんだよね。
私は…ちょっと情けない。
ごめんね、梨華ちゃん。
もう! いくら市井さんだからって、明日香ちゃんとのことをあれこれ言われた
くないです!!
「……付き合ってるって…明日香と…石川が?」
「そうです」
市井さん…何でそんなに信じられないって顔してるんですか?
「………付き合ってるってことは…その…恋人同士って…こと?」
「そうです」
「………明日香…何か辛いことでもあったの?」
どういう意味ですか!
この際ハッキリさせておかないと。
「私と明日香ちゃんは、愛し合ってるんです! お互いに必要な存在で、愛しのハ
ニーなんです!!」
ビシッと言えたわ。と思って明日香ちゃんを見たら、真っ赤になってうつむいて
る。何で?
「石川……言ってて…恥ずかしくない?」
市井さんも呆れ顔。
私は全然恥ずかしくないけど……明日香ちゃんは恥ずかしがってるし……あれ?
「とにかく、さっきから石川ばっかりしゃべってるじゃない。明日香は梨華ちゃん
のこと、どう思ってるわけ?」
そうだ! 明日香ちゃん、市井さんにビシッと言ってあげてよ。ビシッと。
あ……真っ赤になったまま、モジモジしてる……。
明日香ちゃ〜ん、しっかり〜!
え?! 私?………。
もう…私、こういうの苦手だって言ってるのに……。
「…いやぁ…ハハハハハ……」
見つめる二人の目は笑ってない。笑っても誤魔化せないか。
「コホン……えぇと……私も…そう…かな」
「え? どういうこと?」
……紗耶香…ホントは分かったでしょ?……助けて、梨華ちゃん。
「明日香ちゃ〜ん、早く〜」
梨華ちゃんまで……しかも、何か…言い方がHっぽいよ……。
「えぇと……」
梨華ちゃん…紗耶香……いや、だから…そんなに見つめないでって……。
明日香ちゃん、ますます真っ赤になっちゃった。
「………」
ガンバレ、明日香ちゃん!
「……私も…梨華ちゃんのこと……好き…なんだ……」
あぁ…明日香ちゃん……その上目遣いがセクシーだよ……。
どうです、市井さん? これで私達がラブラブだって分かったでしょ?
…あれ?…どうしたんですか、市井さん?
じっと明日香ちゃん見つめちゃって……。
「…明日香…真っ赤になっちゃって…可愛い……」
なぬ?!
「ちょっと市井さん!!」
私の声にハッとして。
「分かったよ…二人が付き合ってるってことは納得したけどさ…そんな私のこと邪
魔にしないでもいいじゃん」
「べ…別に…邪魔になんかしてないですよ」
「い〜や。明日香はともかく、石川は『早く帰れ』って思ってるね。顔に出てるも
ん」
う……そりゃ…早く二人きりになりたいけど……。
明日香ちゃんがは、私と市井さんを見ながら、
「久しぶりだし、晩ご飯一緒に食べようよ。いっぱい有るしさ。いいよねぇ、梨華
ちゃん?」
ホントは良くない…けど、ま、いいか。
「流石は明日香! 話が分かるねぇ」
市井さん…何か言い方が気になります。私ばっかり悪者じゃないですか……。
「石川、ポジティブだぞ!」
……はぁ〜……せっかく明日香ちゃんと、ラブラブな夜を過ごせると思ったのに
なぁ……ネガティブ……。
梨華ちゃんは不満そうだけど…紗耶香と久しぶりに会えて、私は嬉しかった。
離れた目で見た娘。の在り方とか、ああだこうだ言いながら、会食みたいににぎ
やかだ。
「梨華ちゃん、これホンットに美味しいよ!」
「石川やるじゃん」
もちろん、この会食を用意した梨華ちゃんにも気を配ったり。紗耶香も招かれざ
る客の自覚はあるらしく、何げによいしょしてる。
そんなこと分かってはいても、褒められれば梨華ちゃんだって嬉しいみたい。
「でしょう?…『明日香ちゃん』のために愛を込めて買ってきたんですから」
……梨華ちゃん…そろそろ紗耶香を許してあげなよ。
あ、紗耶香と言えば……。
「紗耶香、何か用事があってきたんじゃないの?」
私にも電話してきたし、ただの思いつきじゃないと思うんだけど。
「あぁ…忘れてた。あのさぁ…私、自費でイギリスに行く目途がついたんだ。それ
で、みんなに報告しとこうと思ってさ」
「そんな大切なこと、忘れるなっ!」
私のツッコミにも、紗耶香はケタケタ笑ってた。
「市井さん、イギリスに行っちゃうんですかぁ?」
寂しくなっちゃうなぁ……。
「電話でも良かったんだけど……向こう行ったら、何年になるか分からないからさ…
行く前に、みんなに会っときたいと思って……」
早く言ってくださいよぉ……そうしたらイジワル言ったりしなかったのに……。
明日香ちゃんも、すごく寂しそうだよ。
「いつ行くの?」
「言わない」
「何でよ?!」
市井さん、何故か照れくさそうに笑ってる。
「……見送りとかされたら…涙が出ちゃいそうだから…明るく旅立ちたいじゃない?」
私の方をチラッと見て、それから明日香ちゃんと見つめ合ってる。
……ちょっと待って。
今、気がついたけど…市井さん、さっきから明日香ちゃんのことばっかり見てない?
まさか……まさか…ねぇ……。
「泣き虫・紗耶香〜♪」
明日香ちゃんは、からかうように言ってる。
「なんだよう」
拗ねるように言って、市井さんは嬉しそうに笑ってる。
久しぶりなのに、何だかいい感じ。
…イヤだよ〜……。
「さっきの私への電話も、イギリス行きの件?」
「まぁね」
「じゃ、明日はもういいんだ」
明日? 何のこと?
「ダメ。明日香には渡したい物があるんだぁ」
ちょっとお二人さん、私に分からない話はダメですよ。
「渡したい物?」
「先に言っとくけど、明日まで秘密だからね」
「ケチ〜!」
「ケチで結構」
ブ〜……私をのけ者にしてる……。
ふと気がついたら、梨華ちゃんが怖い顔で睨んでる……。
ヤッバ……ついつい紗耶香とばっかり話しちゃった。
ごめんね、梨華ちゃん。
「あ…あのさぁ、梨華ちゃん…明日の夕方、紗耶香と…」
「ダメェ〜!!」
……いや…そんなにすごい勢いで否定しなくても……。
「…いいでしょ。その時間、梨華ちゃんは仕事があるって言ってたじゃん。用事が
終わったら、すぐに連絡するからさぁ…」
「ダメッたら、ダメェ〜!!」
…もう…梨華ちゃん…そんなにヤキモチ焼かないでよ。
「お願いだからさぁ」
「だってぇ…心配なんだもん」
心配? 何が?
「心配って…ちょっとの時間だけだからさぁ」
梨華ちゃんは、何だかしきりに紗耶香を見てるし……。
紗耶香は…何だか複雑な表情で様子を見てて…ポツッてつぶやくように言った。
「…梨華ちゃんって…束縛するタイプだったんだぁ…明日香も大変だね……」
それを聞いて、梨華ちゃんは急に慌てだして……。
「そんな…別に…束縛してるわけじゃ……」
「そう? じゃ、明日の夕方、私と明日香が会ってもいいよね?」
「…はい……」
梨華ちゃん、今にも泣きそう。
何でそんなにイヤがるのか分からないけど…梨華ちゃんが何だか可愛そうだよ…。
……市井さんに押し切られちゃった……。
だってぇ…「束縛するタイプ」なんて言われたら…イヤじゃない?
別に明日香ちゃんに、「あれしちゃダメ」「これしちゃダメ」って言いたいわけ
じゃないし。
明日香ちゃんに嫌われたらイヤだもんね。
ただ…市井さんと会うっていうのが…心配なんだよ。
何だか、明日香ちゃんと市井さん…いい感じなんだもん。
胸騒ぎがするっていうか……とにかく不安なの!
市井さんの明日香ちゃんを見る目も気になるし……。
でも…市井さんと会うだけでもダメって…ワガママだよね。
…ハァ〜……。
「梨華ちゃん…」
困った顔の明日香ちゃんが、私の手をキュッて握ってくれた。
きっと明日香ちゃん、私が何でイヤがってるのか、分からないよね。
それでも私のこと心配してくれて……ごめんね、ワガママばっかり言って。
「…明日香ちゃん……ホントに連絡ちょうだいね……」
「うん。絶対だから…ありがとう、梨華ちゃん」
そんな二人のやりとりを見てた市井さん。
「ありゃりゃ…明日の予定も決まったし、お邪魔虫はさっさと退散しますか」
無造作に立ち上がって、サッと玄関まで出て行っちゃう。
「市井さん、もう帰っちゃうんですか?」
靴も履いちゃって、振り返ってニカッて笑ってる。
「これ以上いたら、本当に梨華ちゃんに嫌われちゃいそうだから」
「そ…そんなこと…ないですよ〜」
アハハッて笑って、ドアを開けてから、もう一度振り返る。
「じゃ、明日香。明日ね」
「うん。明日」
紗耶香が出ていって、ドアが閉まった瞬間、梨華ちゃんが抱きついて顔を埋めて
きた。
「明日香ちゃ〜ん……ホントに浮気はイヤだよ?」
また〜…梨華ちゃん、何余計な心配してんの?
「浮気なんて絶対ないよ。電話でも言ったじゃん…信用できない?」
「そうじゃないけど……」
じゃあ、何でそんなに心配するの?
分からないよ……。
「恋愛って…いつ…何が起こるか…分からないから……」
「…私が心変わりしちゃうかも…ってこと?」
「それは…明日香ちゃんのことは信用してるよ……でも、それでも何か起こるかも
しれないし……」
何かって…私が心変わりしなくても、浮気になっちゃうことがあるの?……想像
つかないよ。
「梨華ちゃん、ネガティブに考え過ぎじゃないの?」
「…そうであってほしいけど……」
もしかして、梨華ちゃん、これまでの嫌な思い出を心に浮かべてる?
そんなものに縛られて、不安にならないで……。
「梨華ちゃん……」
自分も不安になりそうなのを振り払うように、梨華ちゃんの背中に手を回して、
ギュッて抱きしめる。
「私…梨華ちゃんに安心をあげたいのに…無理…なの?……」
「明日香ちゃん…そんなことない…すっごい…いっぱい元気をもらってるよ」
本当に? 私、梨華ちゃんを励ませてる?
思いを込めて、ジッと視線を絡めて……ゆっくり顔を近づけていった。
不安なの…明日香ちゃんが、私のことを大事にしてくれるほどに、もっと不安に
なるの。
明日香ちゃんの優しさが、あったかくて、嬉しくて……これを無くしたらと思う
とゾッとする。
また、孤独な暗く寂しい毎日に逆戻り。
明日香ちゃんに出会うまで、ずっとずっとそうだったから、それが当たり前だと
思ってたから……。
だからこのキスの温もりも、いつ消えちゃうんだろうって。溶けちゃいそうな明
日香ちゃんの笑顔が、私以外の誰かに盗られちゃうじゃないかって……。
イヤ! イヤ…イヤ……明日香ちゃん、もっと、ずっと抱きしめてて!
他の誰かの所になんか行っちゃイヤだよっ!!
ずっと私の傍にいて。ずっと私だけを見てて……。
この気持ち、きっと明日香ちゃんには分からないね。
ご家族も、安倍さんも保田さんも、飯田さんも矢口さんも、それから中澤さんも
石黒さんも、そして…市井さんも…みんなが明日香ちゃんのこと、信頼して、可愛
がって、大切に思ってる。それほどに、明日香ちゃん自身が輝いてる。
学校でのイジメさえも、最後には自分の力で道を開いた明日香ちゃん。
人を好きになるのに、躊躇いなんか無いよね。
私は違う……私は明日香ちゃんに救われて、孤独から解放された。
もし、また孤独に陥ったら……どうやってそこから這い出して良いか分からない
よ。
きっとまたダメな人間になっちゃうよ。
だから…だから…明日香ちゃん……私の傍にいてほしい……。
なのに……不安なの…明日香ちゃんが、私のことを大事にしてくれるほどに、もっ
と不安になるの。
だって…私は汚れてるから。
明日香ちゃんは「違う!」って言ってくれる。でも、やっぱりそうなんだよ。
今まで、明日香ちゃん以外にも、たくさんの人に抱かれてきた。
その誰とも、明日香ちゃんは違う。私を理解して、愛してくれてる。
だからこそ、その輝くほどに白い明日香ちゃんの思いを、過去の人達の手垢で汚
れた私が触れて良いの?って…不安だよ。
そんなこと考える自体、私はやっぱり汚れてるって思い知らされるの。
明日香ちゃんを好きになっても良いのかな?
私だけじゃなくて、明日香ちゃんまで汚しちゃいそうで……怖いんだよ。
梨華ちゃんの唇……やっぱり柔らかい……。
ウットリして、キスの温もりに浸ってた。
やっぱり電話越しより、本物の方が好き。
それから…ふわって目を開けたら、梨華ちゃんの頬が濡れてた。
何で? どうしたの? 梨華ちゃん、泣かないで……。
「……嬉しいの…やっと二人きりになれたから……」
ホントに?
でも、すごく寂しそうな目だよ……。
「…一緒に…お風呂に入りたい…いい?…明日香ちゃん……」
「……うん……」
前よりドキドキしちゃうのは…何でかな?
その割には、すんなり服を脱いじゃったり……そんなにHになっちゃったのかなぁ?
それでも、流石に恥じらいまでは失ってなくて、自分でもビックリするくらい、
見る見るうちに全身がポッて赤くなっていった。
手で身体を隠しながらチラッて見たら、梨華ちゃんも真っ赤。
私の視線に気がついた梨華ちゃんは、ニコッて笑って…グイッて手を伸ばしてき
て……ムニョムニョッて胸を…ちょ…ちょっとぉ、イヤン梨華ちゃ〜ん!!
「久しぶりの明日香ちゃんのおっぱい〜♪」
「もう! 梨華ちゃんのH〜!! まだ駄目だって…」
「『まだ』? 明日香ちゃ〜ん、『まだ』ってどういうことかなぁ?」
あ……そ…それは……。
「ん〜? 明日香ちゃ〜ん、どういうことぉ?」
…そのぉ……あのぉ……もうイヤッ!
「梨華ちゃんの意地悪ぅ!」
怒って梨華ちゃんの手を胸から手をどかしたら、代わりにガバッて抱きつかれちゃっ
て……。
「エヘヘェ…明日香ちゃん、チュキッ♪」
チュキッて…可愛いじゃん…………ハッ!
「可愛い子ぶっても、誤魔化されないぞ〜!」
そのままバスルームまで、二人でもつれるように入っていった。
他の人には見せない「可愛い明日香ちゃん」を、私にだけいっぱい見せて。
「は〜い、明日香ちゃん。身体洗いまちゅよ〜」
「……私、赤ちゃんじゃないんだけど…自分で洗えるし……」
むぅ〜……手強い。
そっちがその気なら!
「…赤ちゃんじゃなかったら、激しく襲っちゃいますよ〜」
「…………は〜い、ママァ。身体、洗ってぇ」
はい、よろしい。
おとなしく背中を向けて座ってる明日香ちゃん。
いっぱい泡立てて、スポンジで洗ってあげる。
ゴシゴシ。ゴシゴシ。
腰から脇腹の辺りになると、くすぐったそうにピクッて身体が震えるの。可愛い♪
ちょうど、くびれてる所だから、何回も往復させてラインをなぞる。
すっかり女性の身体だねぇ。
ママ、嬉しいわ♪
「はい、こっち側は終わり。明日香ちゃ〜ん、こっち向いてぇ」
ちょっとモジモジして、おずおずって感じで振り向く。
初めて一緒に入った時より、ちょっと進歩したね。偉い偉い。
でも……うつむき具合で膝に手をついてるのが邪魔。よく見えないよ〜。
「明日香ちゃ〜ん、うつむいてたら洗いにくいよ。はい、バンザ〜イして」
既に真っ赤だけど、もっと顔を赤くしてイヤイヤする。もう、悪い子だね。
「ママ、明日香をそんな風に育てた覚えはありませんよ!」
「…いや…育てられてないし……」
まっ! 何てこと言うの! 「メッ!」て睨んじゃうよ。
「ダ〜メ。はい、バンザ〜イ」
拗ねた顔で目をそらして、両手をバンザイする明日香ちゃんが、また可愛かった
のぉ……。ちょっと自棄になってるみたいだったけど。
目の前には、明日香ちゃんの身体のラインが。
背中から見るよりも、正面からの方がもっと女性的。
私、明日香ちゃんのこと全部スキだけど、特にこの胸が大スキ。
みんなからは私の胸って「大きくていいね」って言われるけど、私は明日香ちゃん
の胸の方がスキ。
私のは、こう…乳房の部分が急に膨らんでて、そこだけが強調されてる感じ。
でも明日香ちゃんのは、首筋から胸にかけてのラインが、ス〜ッてなめらかに盛
り上がってて、それを下からしっかり支えてるような感じ。反対に腰の部分はちゃ
んとくびれてるし……。
すごく女性らしい柔らかいラインで、うらやましいよ……。
スポンジを首筋から脇とかに動かしながら、目はずっとその綺麗な胸のラインを
追ってて……。
「…もう…梨華ちゃん……恥ずかしいから、そんなに見ないで……」
「だってぇ…明日香ちゃんのおっぱい…綺麗なんだもん」
言いながら、スポンジで胸を持ち上げるように洗う。
「梨華ちゃんのH!」
明日香ちゃん、そう言うけど、私見逃してないんだから。
触られるの期待しちゃってたでしょ? だって、乳首ちゃんが膨らんでたもん。
意識してスポンジを動かすと、逆らうように存在感を主張してる。
もう可愛くって、そこばっかり洗ってた。
そしたら、
「も…もういいよ。今度は私が洗ってあげる」
って、スポンジを取り上げられちゃった。
…危なかったぁ…最近、何だか感じやすくって、あのままだとちょっと……。
梨華ちゃんの背中を洗いながらでも、胸が、何て言うか…ジンジン?するような
感じが残ってる。
もう……梨華ちゃんが、そこばっかり触るからだよ……。
それにしても……やっぱり梨華ちゃんってスタイルいいよね。
前を向くと余計にそれを感じるよ。
振り返る時も、私みたいにうつむいてないし。自信があるんだね、きっと。
私だって、それなりに身体のメリハリが出て、少女体型からは卒業したつもりだ
けど、梨華ちゃんは根本的に違う。
無駄な肉が無いスレンダーな体の中で、胸とお尻がバンッて女性を主張してる。
女の子なら、みんな憧れるスタイルの良さだよね……。
それにしても……さっきからちょっと身の危険を感じちゃってる。
だって梨華ちゃん、もうウルウル目で私のこと見てるし…乳首だけじゃなくて、
乳房全体が張り詰めてきてるのがスポンジを通して伝わってくる……今にも抱きつ
かれそうな感じ……。
「さ…さあ、梨華ちゃん。お湯流すよ〜」
誤魔化すようにザバ〜ッ、ザバ〜ッて梨華ちゃんと自分にお湯をかけて……ふと
見たら、フラ〜ッて感じで梨華ちゃんの手が、私の胸の方に伸びてきてた。
ヤ…ヤバッ!
さっとその手を取って、
「い…一緒に湯船に入ろうね」
って。
「…うん……」
梨華ちゃん、もう夢見気分みたい。笑顔もフニャ〜ッてなってるし……。
湯船に浸かりながら、私の頭をナデナデしてくれるのは嬉しいんだけど……梨華
ちゃん、大丈夫?
そしたら突然、ザバッて立ち上がって…フニャ〜ッて笑って……。
「……明日香ちゃ〜ん…早く〜」
私の手を引いてスタスタとバスルームを出て……あぁ…逆らわすについて行っちゃ
う自分が……怖いかも。すっかり梨華ちゃん流に染められちゃったね……。
明日香ちゃんでいっぱいだった。
これ以上ないくらい幸せだった。
照れくさそうに微笑んで、私の身体を洗ってくれる明日香ちゃんの手つきが優し
くて…ものすごい…官能的だった。
二人で極薄い湯気の幕に包まれて、現実と夢幻の狭間にいる……勝手にそう思い
込んだ。
抱きしめたい。
抱きしめられたい。
明日香ちゃんの乳首ちゃんが膨らんでた…そのことが私の欲望を激しくかき立て
てた。
私の乳首が、乳房が、「触れてほしい」とドンドン張り詰めてくる。
スポンジが、艶めかしくその周辺を動く。
明日香ちゃん…もっと……。
お湯で泡が流されて、明日香ちゃんの肌が迫ってくる。私を誘う乳首ちゃんも……。
明日香ちゃん……もっと触れさせてよ。
眩暈がするような欲求がこみ上げてくる。
明日香ちゃんに触れていたくて手を伸ばしたら、
「一緒に湯船に入ろうね」
って、誘われるままに浸かった。
フワフワ〜ッてお湯に揺られて、いい気持ち……。
目の前には明日香ちゃんが微笑んでるし……幸せぇ……。
でも…揺れるお湯の向こうには、艶やかな明日香ちゃんの肌が……もう…もう、
いいでしょ?
「……明日香ちゃ〜ん…早く〜」
手を取ってバスルームを出る。
バスタオルで包むように明日香ちゃんの身体をふいて…そのまま抱きしめちゃう。
「明日香ちゃん…チュキ! 大チュキ〜!!…キス…しちゃうっ!」
「り…梨華ちゃ…ん…ふ……」
ちょっとビクッてしたけど、明日香ちゃんはキスに応えてくれた。
明日香ちゃんの目も、すぐにトロ〜ンてしてきて……ベッドに横たわるのももど
かしく、柔らかい身体を重ね合った。
やっぱり…私…キスされると駄目みたい……抵抗できないよぉ…。
ずっとこのキスを続けてたくなっちゃう。
梨華ちゃんは、「チュキ!」とか言って、幼児化しちゃってるし……何だか収拾
のつかないことになっちゃいそうな予感。
正直な話、私は別にこれ以上は望んでない。
ただキスを感じていたいだけ。
なのに…相変わらず生意気な乳首ちゃんは、梨華ちゃんの肌とのちょっとした摩
擦からも快感を感じて、「もっともっとぉ!」ってせがみ続けてる。
もう……君は黙ってなさい。
それくらいのことじゃ、私の理性は負けたりしな……。
「あ…ゃん……」
だ…駄目ぇ〜! 梨華ちゃん、乳首ちゃんに構わないで!
そんな…つまんだりしちゃ……。
「ふぁ…ぁ…いい! 梨華ちゃん…気持ちいいよぉ……」
……私の理性は簡単に屈服した。
後はもう、身体が求める欲望のまま。
梨華ちゃんの唇が離れていくのを、頭の中では寂しく感じながら、その唇が乳首
ちゃんに触れると「あんっ!」なんて喘いだりしちゃって……理性の命令なんて、
身体が受つけやしない。
もういいよ……好きなだけ快楽を貪ればいいんだ……な〜んて、ちょっといじけ
モードで拗ねてみたり。
こんな私も自分の一部なのに、それを認めたくなくて……まったく、私は素直じゃ
ないなぁ。
…明日香ちゃ〜ん……。
確かに明日香ちゃんだよぉ〜!
私の腕の中に、明日香ちゃんがいる!
抱きしめて触れ合う肌……一つに溶けそうなほどにキスを交わして……溺れるま
で明日香ちゃんを感じてた。
明日香ちゃんってキスの時、ホントに可愛い顔をするんだね。
揺れる瞳…閉じてる瞼の向こうが潤んでるの、分かるの。
それでいて、どこか凛としてて……一回キスしたら、やめちゃいけないような雰
囲気。
明日香ちゃん、キス、スキでしょう?
私もずっと、こうしてたいよ。でも……肌に触れる乳首ちゃんが、「早く早く!」
って呼ぶんだもん。
誘われるままに唇を離して、今度は乳首ちゃんにキス……。
「梨華ちゃん…気持ちいいよぉ……」
って言葉…明日香ちゃんの唇から漏れて…ちょっとビックリ。
チラッて見上げたら、明日香ちゃんの視線とかち合って…ドキドキしちゃった。
明日香ちゃんって、目にすごい力を感じるよ。
でも今は、よく見れば陶然とした感じでウルウルしてる。
ホントに気持ちよさそう…私も、ちょっと安心して……すごいそそられちゃった
よ…。
もう一歩って思って、右手をもっと下の方へ……そこでちょっと躊躇う。
「明日香ちゃん……痛いの…もう大丈夫?」
その時私は、明日香ちゃんの瞳が、いろんな感情で揺れるのを見た。
痛みへの恐れ…怒り…戸惑い…快感への欲求…恥じらい……。
それが全部伝わってきて…何故だかすごい興奮した。
「…うん…大丈夫」
って明日香ちゃんが恥ずかしそうに言って……キュ〜ッて、身体の中心が震えるよ
うに感じた。
もう…快感に溶け始めてた。
まだダメ! 明日香ちゃんを……。
指を這わせたら、明日香ちゃんのそこは、すごい熱さだった。
駄目じゃん……。
「…うん…大丈夫」
なんてさぁ……。
「触って…」
って言ってるのと同じじゃない!
……恥ずかしいよぉ……。
でも…でも……突き上げるような欲望に逆らうことが出来なくて……。
「あはぁ〜……」
梨華ちゃんの指の動きに、仰け反るようにもだえるだけ。
「明日香ちゃん…すごい…いっぱい濡れてるよ?」
驚くような梨華ちゃんの声に、もう恥ずかしくて…身体が熱くて……。
頭では、「まだ痛いんじゃ?」って思っても、そこはすんなり梨華ちゃんの指を
くわえ込んじゃうし……。
自分じゃ、もうどうしようもなかった。梨華ちゃんのなすがまま。
親指でトントンッて叩くように愛撫されて、嬉しそうに蕾から顔を出す。
「可愛い…明日香ちゃんのクリちゃん」
梨華ちゃんの唇で包まれたら、もう駄目!
後は何が何だか分からない。
のどは喘ぎと荒い息を吐き出すだけ。
中から私を狂わせる梨華ちゃんの指に従って、仰け反り、腰を震わせる。
指がお腹の裏側辺りを撫でて…すべてを飲み込むような快感が身体からあふれる。
靄がかかってドンドン見えなくなる視界が、急にフワッと上昇して……。
「あ…ゃん…駄目…り…梨華ちゃん!」
宙に吸い込まれて自分が消えちゃいそうな恐怖感と、柔らかく包み込まれるよう
な安心感と、ない交ぜになったまま果てちゃった……。
すごい…すごいよ、明日香ちゃん。
今日はいつもに無いほど感じてるね…どうしちゃったの?
そんな明日香ちゃん、可愛くてたまらないよ。
まだ視線も定まらない感じの明日香ちゃんを見やって、私はあらためて一緒にい
られる幸せを感じてた。
でも…その一方で、罪悪感みたいな物も湧き上がってきてた。
もう一回キスしたいって思って…「はぁ…はぁ…」って荒い息をついてる明日香
ちゃんに顔を近づけたら……ガバッて強く抱きしめられちゃった。
「梨華ちゃん…怖かった…怖かった……」
ど…どうしちゃったの?
「今まで無いくらいに真っ白な時間が長くて…自分が無くなっちゃいそうで…すご
く…すごく怖かった……」
「明日香ちゃん……」
抱きつかれたまま耳元で囁かれて……感じちゃった。
でも、明日香ちゃんが「怖い」なんて……これまでで一番深いエクスタシーだっ
たんだね。
ギュッて明日香ちゃんを抱き返して……明日香ちゃんが、
「梨華ちゃん……」
って囁いたと思ったら、パクッて。
「うぁ…明日…香ちゃ…ん……ダメェ!」
耳を甘噛みされて…一瞬で軽くイッちゃった……。
「くぅ…ひどいよ…急に耳元……」
やっと身を離すと、ちょっとトロンとした目で、明日香ちゃんが微笑んでた。
「今度は私が梨華ちゃんを喜ばせる番だよ」
それで手を伸ばしてくるけど……。
「ダァメ。今度は私の番」
だって…もう私はイかされちゃったから。
「えぇ…何でぇ?」
明日香ちゃんは全然気がついてないみたい。
「私の番なの!」
明日香ちゃんの手をすり抜けて、素早く胸に唇をつける。
「ぁん…もう…ズルイよぉ!」
その後も「ズルイ」って言い続ける明日香ちゃんを、いっぱいいっぱい愛してあ
げた。
明日香ちゃんもいろいろ反撃してきて……二人で喜びに身を震わせながら、いつ
の間にか抱き合ったまま夢の世界に旅立ってた。
朝、目覚めたら……。
「…うぅわ…体が重い…」
正確に言うと…腰から下が重い。
立ち上がると意識してないと、膝が崩れそうになる。
「やり過ぎ…だよねぇ……」
「おはよう、明日香ちゃん!」
キッチンの方から梨華ちゃんが顔を出す。
「おはよう……」
「シャワー浴びて、着替えちゃって。すぐに朝ご飯出来るから」
「…うん」
梨華ちゃん、何でそんなに元気なの?
やっぱり梨華ちゃんにはかなわないなぁって思いながら、言われるままにシャワー
を浴びて、服を着て、テーブルに座った。
ちょっと遅めの朝食は、トーストとスクランブルエッグに紅茶。
梨華ちゃんはこの後すぐ、仕事に出なきゃいけない。
一緒に朝食をとりながら、あれこれおしゃべりする大切な時間。
「…それでね…私、ちょっと…腰から下が重くって……」
「昨日の明日香ちゃん、すごかったもんねぇ」
イタズラっぽく笑われて…あらためて顔が赤くなる。
「昨日は…ちょっと私…おかしかったんだよ……」
梨華ちゃん、ちょっと悲しそうな顔をして
「…私の…せいかなぁ?」
って。
「そ…そんなこと無いよ! やっと梨華ちゃんに会えたから、私のテンションが高
かっただけだよ」
「うん……でも……いつも終わった後に思うんだ…明日香ちゃんを汚しちゃってる
んじゃないかって」
いつも? 梨華ちゃん、いつもそんなこと考えてたの?
私は…最初は嫌だったけど、梨華ちゃんと一つになれて嬉しかったのに……。
「梨華ちゃん……」
明日香ちゃん、ちょっと怖い顔してた。
「前も言ったけど、私、梨華ちゃんが汚れてるなんて、少しも思ってないから」
「でも……」
明日香ちゃん、首をブンブン振って
「汚れてなんかないの!」
……こういうときの明日香ちゃんは、絶対に譲らない。滅多にないだけに、頑と
して自説を曲げない。
「その……セックス…って、好きな子同士が一つになるための、愛とか…信頼とか…
そんな思いを確認するためのコミュニケーションの手段じゃない? 私はそう思って
るから」
「…そうだね」
確かにそうなんだけどね…明日香ちゃん……。
「だから…もう『汚れてる』なんて言わないでよ……」
「…うん……ごめんね」
明日香ちゃんは、ホントに真っ直ぐで、真っ白だね。
…でもね、明日香ちゃん……それは、明日香ちゃんが、一人しか…私としか、した
ことないから言えるんだと思う……。
私は……たくさんの人と…身体を重ね過ぎちゃってるから……。
そんな思いは明日香ちゃんに伝えられなくて……だって…明日香ちゃんは知らなく
ていいことだから……。
梨華ちゃんとしばらくおしゃべりして、それから梨華ちゃんは仕事に行っちゃっ
た。
そのときは、何でさっきはあんなにネガティブだったんだろうってくらいに、元
気いっぱいだったけど……梨華ちゃん…大丈夫かなぁ?
何故かは自分でも分からない、ちょっとした不安を感じながら、取りあえず家に
帰って。
梨華ちゃんもそうだけど…吉澤にしても、何で自分を縛り付けちゃうほどの過去っ
て……分っかんないよ……。
まぁ、吉澤の方は遊びの結果らしいから、後悔するのも仕方ないのかもしれない
かもしれないけどさ。
でも梨華ちゃんは……そんなに気にしなくてもいいのに。私はそう思うんだけど
な……。
そんなことを考えながら部屋でゴロゴロして……。
「…あ…紗耶香と約束してたっけ…そろそろ出かけないと」
結論の出ない疑問を持て余しながら、それでも着替えて出かける。
まだ時間的には余裕があるから、紗耶香のマンションへはゆっくりと向かう。
「イギリスかぁ……」
あれやこれやいろいろあったから、紗耶香のイギリス行きはずっと延期になって
たんだけど……紗耶香の行動力も大したもんだよね。
私がまだ現役メンバーだったころの紗耶香からは、全然想像つかないよ。
そんなことで時が過ぎたことを感じてるうちに到着。
チャイムに続いてパタパタッていう足音。
「いよっ! いらっしゃい、明日香」
爪先立ちになって中からドアを押し開きながら、紗耶香の笑顔が私を出迎えてく
れた。
今朝はちょっと明日香ちゃんを怒らせちゃったけど…何となく嬉しかったりもし
た。
だって、明日香ちゃんが私のこと、真面目に考えてくれてるのがよく分かったか
ら。
首をブンブン振って、「汚れてなんかないの!」って言う明日香ちゃん。
あの瞳で私のこと、ジ〜ッて見詰めてて……可愛かった〜♪
思い出してニヤニヤしちゃって……歩き方もスキップになっちゃったり……。
でもちょっと待って……思い出しちゃった。
今日、明日香ちゃんは市井さんのところに行くんだよね。
……大丈夫…だよね?
明日香ちゃんのことだから、何にも心配することないじゃない!
……でも…昨日の市井さん、何か気になるの〜。
明日香ちゃんを見る目が、すごく色っぽかったような……そうでもないような……。
やっぱり市井さんは綺麗でカッコいいし……。
私にはない、明日香ちゃんと一緒にお仕事した経験もあるし……。
……考えすぎ…だよね?
市井さんは、私にとっては優しい先輩だしね。
明日香ちゃんだって、今朝、あんなに私こと心配してくれてたし……。
また、私を見詰める真剣な瞳を思い出して…ニヤニヤ笑いながら、スキップでス
タジオに入っていった。
奥の部屋に通されて、ソファに座らされた。
色は…アイボリーかな。とにかく落ち着いた感じだった。
「ちょっと待ってね。渡したいもの、持ってくるから」
紗耶香はそう言って、キッチンの方に消える。
部屋をグルッと見渡すと、ソファの向こう側にキーボードと書きかけの楽譜が見
えた。
紗耶香、ちゃんと作曲の勉強してんだね。
近寄ってよく見ようと思ったら、紗耶香の足音が聞こえて……。
ドンッ!……テーブルの上には一升瓶。
「…紗耶香?!」
「はい。渡したいもの」
…って…お酒?
「イギリスに行く前に、明日香と一緒に飲んでみたいと思ってたんだよね」
「私たち未成年……」
「堅いこと言いっこなし!」
言いながら、キュッて栓を開けてガラスの盃に注ぐ。私と紗耶香の分。
「私…お酒、飲めないよ」
たぶんね……飲んだことないし。
「ホントに? 一回試してみようよ。ほら」
渡されてはみたものの……やっぱり気乗りしない。
紗耶香は…クイッて一気じゃん!
……飲めるんだぁ……。何かちょっと……美味しそう…かも……。
盃を乾してチラッとこっち見た紗耶香を、すごく大人っぽく感じて……何か…ド
ギマギしちゃった。
「…あ…えと…そうだ、紗耶香。曲、書いてんだね」
話をそらせるように、視線をキーボードの方に飛ばす。
「ん〜…ま、なかなか上手くいかないんだけどね」
目を細くして笑う。
自分の盃をまた満たして、口に運ぼうとして手を止めた。
視線を私からキーボードの方に動かして……
「……明日香に……」
何か言うのを躊躇ってる。
「何?」
勢いをつけるみたいに、またクイッて盃に口をつけた。それから……。
「………明日香に…また歌ってほしいな……好きな歌……」
「紗耶香……」
キーボードから私の方へと戻ってきて真っ直ぐに見詰める視線から、目をそらす
ことは出来なかった。
「…創りたいな…明日香が歌いたい!…って思うような曲……」
……急に涙腺がゆるくなったみたいで、目元が潤んできて……その代わりに、の
どがカラカラになってた。
言葉にして応えることは、今の私には出来ないから…手にしたままだった盃を、
思い切って一息に空けた。
のどを痺れるような感覚が、キュ〜ッて降りていく。
「…っふぅ〜……」
でも、思ったよりは苦くない。
それに、身体がポワッて温かくなって…何だか…良い感じ。
「おっ! 明日香もいける口じゃん」
紗耶香は嬉しそうに言いながら、すぐに盃を満たしてくれた。
自分の盃にも注いで、顔の前まで上げる。
「じゃ、あらためて。カンパ〜イ!」
「うん。カンパイ」
流石に今度はチビチビと口をつける程度で、それでも少しずつ良い気分になって
いた。
昔の話とか、いろいろ話してたんだけど、紗耶香はフッて何かを思いだしたみた
い。
「…あのさぁ…後藤のこと…石川から何か…聞いてない?」
紗耶香…ごっちんが吉澤と付き合ってること、知ってるのかな?
「……気になることでもあるの?」
無造作に手を髪に当てて、「ん〜…」って困った顔。
「昨日の夜さぁ…石川の家を出てから、後藤んとこ、行ってみたんだよね……」
「それで?」
「…最近、吉澤と付き合ってるって……まぁ…それはいいんだ……」
本当に? 一瞬、寂しそうに見えたけど……。
ま、深くは追求しないでおこう。
「何か…上手くいってないじゃないかなって…」
「後藤さんが、そう言ってたの?」
「ううん…話してて、そんな気がした」
なかなか鋭いじゃん。
「後藤は…何て言うか…ああ見えて中身は結構、普通の子だし……」
それは私も感じた。普通の感覚をちゃんと持ってる。
「吉澤は、基本的にはいい子だと思うんだ……」
…それにはまったく同意できない。
「でも…私の伺いしれない部分を持ってると思う」
その部分が大問題なんだよ。
「…石川は吉澤と同期だし、後藤とも仲が良いしさ…何か聞いてるんじゃないかと
思ってさ」
私を見つめる紗耶香の瞳には、加入当初から変わりない、紗耶香の気弱さが見え
ていた。
言わない方がいいのかもしれないけど……あの目を見ちゃうと、放っておけない
んだよね。
「……詳しくは知らないけど…二人の距離がなかなか縮まらない…って、後藤さん
が悩んでるらしいよ」
「そっかぁ……やっぱりあれかな? 吉澤が躊躇ってるのって……過去にいろいろ
遊んでたからなのかな?」
はぁ?!
「…紗耶香…吉澤のこと、知ってたんだ……」
「圭ちゃんから聞いてた」
なるほど……って、それじゃ、私に聞くことなんてないじゃん!
何だかからかわれたみたいで、私はちょっとムッとしてグイッて盃を空けた。
だけど紗耶香は、私の態度を吉澤に対する嫌悪感だと勘違いしたみたい。
「明日香…吉澤みたいな生き方…許せない?」
まぁ、確かに嫌ってるけどね。
あんな奴…許せる人なんているの?
「…全っ然、理解できないね」
「やっぱりね……明日香、自分に真っ直ぐ生きてるもんね……理解できるはずない
か」
……何だよ…まるっきり子ども扱いじゃないか……。
「吉澤に『汚れてる』って言われて傷ついた?」
そんなことまで圭ちゃんに聞いてるの?!
……私と梨華ちゃんこと、どこまで聞いてるんだろう?
「そりゃあ…まぁ……」
「セックスって…汚らわしくもないけど、神聖なものでもないからね」
やっぱり私たちのことも知ってるんじゃないか。
圭ちゃん、紗耶香のことは無条件に信用してるからなぁ。
でも…紗耶香がそんなこと言うなんてさ……。
梨華ちゃんと私の場合は…愛を確認し合う大切な時間なんだから。
「明日香も、もうちょっと軽い気持ちでさ…そうだ。石川以外ともやってみる気、
ない?」
「あるわけないじゃん!」
もう! 冗談でもそんなこと言うなんてさ……ブツブツ……。
ますます不機嫌。ムキになって盃を重ねていく。
そんな私に、紗耶香はガンガン注いでくる。
もう何杯目かも分からないくらい。
あれ?…何だか…フラフラしてきた…ちょっと…やばいかも……でも、何だかい
い気分。
「明日香、大丈夫? 何だか身体が揺れてるよ?」
紗耶香の声が遠くから聞こえる。
これは…マジでやばい…かも……。
「お〜い、聞こえてる?」
紗耶香の顔…クニャクニャ曲がって見えるよぉ?
「…うん…聞こえてる……」
フワ〜ッて気持ちよく揺れながら、ぼぉんやり答える。
「これ何本に見える?」
目の前に指が突き出されて……二本か…三本か……四本……。
わかんないや…でも…まぁ、そんなこといっか♪
紗耶香はなんでか黙ってて……私のことをずっと見詰めてた…。
「…………私…ずっと…明日香のこと、好きだったんだよ」
ふ〜ん…そうなんだぁ……。
「だからさぁ……いいかなぁ?」
「……なぁにがぁ?」
フワフワ〜。
「明日香のこと…抱きたいの」
「えぇ〜…だぁめだよぉ…わたしには、りかちゃんが…いるもぉん♪」
「いいじゃん……じゃあさ。目を閉じてたらいいよ…私のこと、石川だと思ってさ」
「えぇ〜……」
どっかから手が伸びてきて、さっきから重くて仕方なかった瞼を、そっと上から
下へと撫でた。
そっから先は夢幻の世界。
自分が望むものを見る世界。
梨華ちゃん……梨華ちゃんが…私を見詰めてる…笑ってる。
「明日香…好きだよ」
囁いてくれたのは……。
呼び方で紗耶香だってわかったよ……でも…目の前で笑ってるのは梨華ちゃんだ
から……。
訳わかんないよ……。
そんな訳わかんないままに…抱かれてた。
酔いで麻痺したような身体を触られると、ジンジンとした感覚が広がる。
例えて言えば、正座で痺れた足を触られたときのように、そこだけじゃなくて周囲
までもがジンジンして、ジッとしていられない感じ。
「ふぅ…あ…あ…くぅ…」
フワフワして一つのことを考えられない私に、そんな快感だけが送り込まれて……
瞼の裏に刻まれた梨華ちゃんの笑顔と融合して、暗示にかけられたように梨華ちゃん
に抱かれてるつもりになっていった。
本当は、私の体の状態だけじゃなく、伸ばされた手の動き自体も違ってた。
激しさ…優しさ…温かさ……どれもが、いつもとは、梨華ちゃんとは違う感覚。全
然違う感覚。
なのに、抗うという考えそのものが浮かんでこなかった。
されるがまま。
梨華ちゃんに抱かれている。疑いもなく、そう自分で納得して、喜びに浸っていた。
やっぱりちゃむには下心があったか・・・・
明日香、娘。さんにもてますね(w
ところでちゃむはやっぱりこちらではそのままイギリス行きなんですか?
トゥルルルル…トゥルルルル……。
……出てくれない。
仕事が終わってからずっと、明日香ちゃんの携帯に電話し続けてるのに……。
どうしたの、明日香ちゃん?
市井さんと一緒のはず……何か…何かあったのかなぁ……。
今度こそって思ってリダイヤル。
トゥルルルル…トゥルルルル……ガチャ。
「明日香ちゃん!」
『…なんだ石川か』
あれ…市井さん?
『…ごめん…石川……』
え…何? 市井さん、何で謝ってるんですか?
「何か…何かあったんですか?!」
『…ううん。別に何もない…ただ……明日香は今夜、うちに泊まってくよ』
泊まるって…市井さんのマンションに?!
「明日香ちゃんは……」
『二人で…お酒…飲んじゃってさ……明日香、酔って寝ちゃったんだよ。だから……』
そう言われれば市井さんも、ろれつが回ってないような……。
でも…何でかは分からないけど、「市井さんはウソをついてる」って感じた。直感で。
「明日香ちゃん、明日香ちゃんと、かわってください!」
『もう寝ちゃってるんだって…今、ソファからベッドに移すところ…可愛い寝顔し
てるよ』
明日香ちゃんの寝顔を市井さんが見てる。
その光景を思い浮かべて……「市井さんに明日香ちゃんをとられちゃう」…その
思いに身体が震えてた。
「…明日香ちゃん…明日香ちゃん……」
床にペタンて座り込んで、ただつぶやき続けてた。
『…石川、落ち着きなって。明日香は……ちゃんと石川のところに帰るから』
その時は取り乱してて気がつかなかったけど、思い返してみれば、市井さんの声
には寂しさが混じってたのかもしれない。
『明日香は…石川を裏切ったりしないから……だから石川は…最後まで明日香を信
じてればいいんだよ…ね?』
そう言って……市井さんは『じゃ、切るから』って一言を残して、電話を切った。
混乱したまま、胸の奥から浮かんできそうな喪失感を、その度に打ち消して、打
ち消して……とにかく他のことは考えないようにして、ただ「明日香ちゃんを信じ
るんだ」って自分に言い聞かせた。
……う〜……最悪の気分…頭がガンガンする。
ここ…どこ?……私のベッドじゃないのは確かだけど……。
ん〜〜……駄目だ…思い出せないよぉ。
…とにかく…ベッドから出よう……。
ガサゴソ。
うぅ…気持ち悪ぃ……フラフラするし……。
…あれ?
私…パジャマ着てる…ちょっと丈が長いような……何で着替えてんの?……え?…
着替えてるってことは…もしかしたら…脱がされたかもしれないってことで……それ
は…やばいじゃん……。
頭は真っ白。
顔色は真っ青。
あらためて部屋をグルッと見渡して……やっぱり見覚えがない。
カーテン越しの弱い光だけの薄暗い部屋……でも…女の子の部屋っぽいような…
気がする……。
あれ?…私…昨日……あれれ?
何だか思い出せそうになって…そしたらドアの向こう側で物音がして…咄嗟に枕
を抱え込んだ。
ドアがガチャッて開いて、強い光を背負った小柄な男の子?が姿を現した…と思っ
たから、思いっきり枕を投げつけてやった。
「明日…イテッ!」
バフッ!
見事に顔面に命中…したらしい……私は頭が割れそうに痛くて頭を抱えてたから、
はっきりとは分からなかったけど……。
「……あのねぇ…明日香……」
あれ?…聞き覚えのある声……。
痛む頭を抱えながら、上目遣いに見ると…紗耶香じゃん。
枕を抱えて鼻の頭を押さえてる……。
「…何で紗耶香がいるの?」
「……私ん家だから……」
あ…そっかぁ……だんだん思い出してきたぞ。
昨日の夜、私は紗耶香のマンションに来て……紗耶香が作曲してることとか…吉澤
のこととか…話したんだよね。
それから……そうだっ! 紗耶香とお酒飲んだんだ!
だから、こんなに頭が痛いのかぁ……。
「……明日香…もしかして、昨日のこと覚えてないの?」
「ううん、今思い出した…二人でお酒飲んだんだよね」
「それから?」
え?…それからって……何?
ポカ〜ンとして…相当、間抜けな表情だったと思う。
「その後は…覚えてないみたい…だね」
「…うん……寝ちゃったんじゃ…ないの?…私、何かしでかした?」
酔っぱらっちゃったことなんて初めてだから、自分がどうなったか不安だよ……。
紗耶香は……ちょっとホッとしたような…ちょっと寂しそうな顔をしてた。何でだ
ろう?
「別に…明日香は何にもしてない……何もしてないよ…明日香はね……ずっと寝てた
だけ」
「ホントに? 良かったぁ…暴れたりしたんじゃないかって、不安になっちゃったよ」
ホッとして、「パジャマ、ありがとうね」なんて言ったりして。
紗耶香になら、パジャマに着替えさせてもらっても問題なし、だもんね。
胃がムカムカして、何も食べられそうになかったから、シャワーだけ借りて家に帰ることにする。
熱めのシャワーをザッと浴びて、何とか頭も目も覚めた。
ドライヤーを片手に、
「そう言えばさぁ…いつイギリスに行くの?」
って紗耶香に聞いたら、
「……教えない」
だって。
「何で教えてくれないの? 見送りに行こうと……」
「だから教えないの! 見送りなんて……大袈裟だよ…絶対にまた帰ってくるんだから…いいの」
……やっぱり中身は「泣き虫紗耶香」のまんまだ。
「…じゃ、いいや。すぐにって訳じゃないんでしょ?」
「まぁね……準備とかもあるし」
人差し指で鼻をつつく仕種が、ちょっとカッコイイ。
けど……膝が内側にカクッて入ってて、相変わらずクネクネしてる。
紗耶香は関節が柔らかいのか、メンバーだった頃から真っ直ぐ立ってることが苦手
だったよね。
ずっとクネクネしててさぁ。
みんなで「骨がない」って言ってて…本人は、「そんなことない!」って、ふくれ
てたけど……。
そんなこんなが…懐かしく感じちゃうね。
「でも、向こうについたら手紙、送ってよ。私も返事書くから。エアメールって…憧
れてたんだよね」
「OK! 手紙、送るよ」
返事と一緒に親指を立てる。
「絶対だよ?」
「うん」
キーボードの方に視線をやって……
「頑張ってね……待ってるから…歌いたくなるような曲……」
一瞬、紗耶香の目が大きく見開かれて……。
「…うん。頑張る!」
それ以上は……今は言えない。
私の中の迷いが大きすぎるから……。
「……じゃ…また連絡するよ……」
「うん……本当は送って行きたいんだけど、この後すぐ出掛けなきゃいけないから……」
「いいって」
笑いながら、玄関の方へと歩いて靴を履く。
そしたら、背後から躊躇いがちに声が届いた。
「明日香……後藤…と吉澤のこと……客観的に見てやってよ……」
吉澤…その名前が、何かを私の中から引きずり出しそうになって……。
振り返ったら…「泣き虫・紗耶香」の瞳が、私を見つめてた。
「……私が?」
「無理なことを言ってるけど……明日香なら…出来ると思うから」
だから…その目には弱いんだよ……。
「……ずるいなぁ…そういう風に言われたらさぁ……」
「ごめん……」
「…いいよ…分かった……」
自分の中の吉澤への拒絶感は、そう簡単には払拭できないだろうけど……紗耶香に
言われちゃ、頑張ってみるしかない。
ずっと前から、あの二人の問題を解決しないと、私と梨華ちゃんも安心出来ないっ
て思ってたし……。
ドアを開けて外に出た私。
「ありがとう……」
恥ずかしそうな紗耶香の呟きが……何かを思い出させそうだった。
「…今の明日香になら…吉澤の気持ち、きっと分かるようになるよ……」
今の私なら?
昨日の私と、今の私……何かが違う?
グルグルと渦巻く違和感。
何か…重大なことが、記憶から抜け落ちてるような……。
「…玄関でごめん…じゃあね」
「え?…あ、うん…またね…」
紗耶香が送り出してくれて、反射的に返事をする。
支えてた紗耶香の手が離れて、目の前でドアが閉まっていく。
そのドアの隙間から聞こえたような気が……。
「…明日香…好きだよ……」
!!!
昨日の夜……同じ言葉を聞いたような……。
耳元に置き去りになった紗耶香の囁き。
ジンジンと痺れるような身体の感覚。
夢のようなそれらの出来事が、私の中を走り抜けていった。
私…紗耶香に……抱かれた?!
それは…ただの夢?……もしかして…現実?!
分からない…分からない…分からない…………分かりたくない……。
血の気が引いたように呆然として……。
足を引きずるようにして、フラフラとその場を立ち去ることしか出来なかった。
梨華ちゃん……私…裏切っちゃったかも…しれない……。
「そんなはずない!」って思いたいよ。
でも…浮かび上がってきた感覚があまりに鮮明で……私を打ちのめしてた。
私…私……汚れ…ちゃったかなぁ?
今まで感じたことのない自分への嫌悪感に…押しつぶされそうだった。
明日香ちゃん……連絡してきて…お願い……。
昨日、市井さんとお話してから、ほとんど寝られなかった。
「明日香ちゃんを信じるんだ!」っていう思いが、今回ほど揺らいだことは初めて
だったから……。
朝になって、何回も明日香ちゃんに電話しようとしたけど…指が震えてダメだった。
だから…明日香ちゃん……連絡してきてよ…お願いだから……。
「石川…大丈夫?」
ダンスレッスンの休憩中に、保田さんが心配そうに声を掛けてくれたのに……。
「な…何がですか? 私は全然大丈夫ですよ!」
って強がるのが精いっぱいだった。
「…ならいいけど……」
自分じゃ、気を張って頑張ってるつもりだけど……やっぱり出来てないみたい。
ダメだよ…仕事で心配掛けちゃ、ホントに明日香ちゃんから嫌われちゃう!
「仕事第一!」って、押し込むように自分に言い聞かせて……それでも携帯電話が
気になって、気になって……。
もうおかしくなっちゃいそうだった。
どこをどうやって帰ってきたのか……とにかく、今、私は自分のベッドに横たわっ
てる。
何もする気が起こらなかった。
泣くことさえ。
虚ろな瞳で中空を見つめてた。
……もう…私…駄目だ……。
何より私を打ちのめしたのは、梨華ちゃんを裏切っちゃったっていうこと。
紗耶香に抱かれたことっていうより、自分は…自分の身体は、こんなに簡単に信頼
を裏切っちゃうようなものなんだってことが、情けなくて、悲しかった。
自分自身を信じられなくて……私は空っぽだった。
ただただ、目の前を梨華ちゃんの笑顔が渦巻いて、どんどんと浮かんでは…消えて
いった。
そう。
消えていっちゃうんだね。
梨華ちゃんと二人であれもしたい、これもしたいって…そんな思いはどこかへ追い
やられて…代わりに喪失感が心を埋めていく。
この後どうなるんだろうとか、そういうことじゃなくて、今までの私じゃいられな
いってこと……それだけは確かで、そのこと自体が、無邪気に二人の幸福を疑いもし
なかった私の…「死」を意味してた。
何の躊躇いも無く梨華ちゃんへ笑顔を向けられた今までの自分。
そんな私は…もういない。
紗耶香とのことを心の奥に隠して、見せかけだけの無邪気な笑顔を梨華ちゃんに見
せるなんて……考えられない。
でも……そうしなければ…きっと梨華ちゃんを失う。
もし…隠すことなく伝えたら……梨華ちゃんはどうなるだろう。私を軽蔑するかも。
少なくとも、梨華ちゃんが私に抱いていた信頼感は崩壊する。
そしてそのことは…間違いなく梨華ちゃんをものすごく傷つける……梨華ちゃんを
傷つけちゃうんだ…私が……。
護るって…梨華ちゃんを護ってあげるんだって……ずっとそう思ってたのに…そん
な私が、ザックリと深い傷を梨華ちゃんに負わせてしまう。
…そんなの…そんなの耐えられないよぉ!!
もう、どうしたらいいのか分からなかった。
分からなかったから……何もする気が起きなかった。
だから……ただベッドに横たわったまま、泣くことさえせずに、虚ろな瞳で中空を
見つめ続けてた。
今日一日、ずっと注意力散漫なまま、飯田さんや保田さんから注意されながらの
不本意な仕事をしてしまった。
鳴らない携帯電話を、恨めしく見つめたり。
明日香ちゃん……声が聞きたいよ……会いたいよ。
でも…自分から電話するのは……何だか怖い……。
迷っては電話に手を伸ばし…やっぱり手を離す。
服も着替えずに無駄にソワソワして、歩き回ったり、ベッドに寝ころんだり……。
繰り返す惑いのサイクルが、ますます自分を追いつめるの。
いつの間にかベッドでトロトロとまどろんでた……。
夢の中なら…明日香ちゃんに……会える…かな?………そしたら…思いっきり…
甘えちゃお……。
暗闇の中に私はいた。
どこを見渡しても、ただただ闇が広がっているばかりで……。
私は、黙ってただそこにいた。
怖くない…はずもなく、逆に恐怖に痺れて呼吸をするのが精一杯だった。
いつまでも…いつまでも、闇の中に私はいて……。
突然、恐怖が限界まで溢れて、涙と共に喚きだしてた。
本当は歌ってたんだけど、殆ど喚いている状態。
娘。の曲から始まって、知っている限りの歌を歌いまくった。
歌って歌って、歌い続けて……歌っている間は、自分の声が聞こえている間は、
何とか恐怖を我慢することが出来た。
いつの間にか、私は歌いながら走り出していて……どこへ向かっているのかも分
からずに、ただ闇雲に走っていた。
気がついたら遠くに微かな明かりを感じて、そこへ向けてひたすら走った。
走って走って、走り続けて……その明かりの中に、誰かが立っていた。
向こうを向いていて、見えるのは背中だけで…なのに私には、それが誰だか分かっ
た。
梨華ちゃん……。
恐怖なんかは、もうどうでもよかった。
あそこに辿り着ければ梨華ちゃんに会える。
その思いだけで、私の足には力が入った。
なのに……いつまで経っても辿り着けない。
「梨華ちゃ〜ん!」
何度も叫んでも、梨華ちゃんは振り向いてくれなかった。
走って走って、走り続けて……やっと私は理解した。
あれは梨華ちゃんの拒絶の意志を示しているんだって……。
そう…私は梨華ちゃんに嫌われちゃったんだ……。
「イヤ…イヤだよ……梨華ちゃ〜ん!!……」
私は涙と一緒に声を絞り出して……そして目覚めた。
ベッドの上で一人泣いている自分。
相変わらずどうしたらいいか分からないまま、でも何かしなくちゃいられなくなっ
ていた。
このまま、梨華ちゃんを失いことになるなんて…そんなことは絶対に出来ない!
自分が一体どうしたらいいのか、頭を抱えて悩み続けた。
「梨華ちゃ〜ん!」
どこからか、明日香ちゃんが私を呼ぶ声が聞こえてる。
さっきからずっと…たぶん、背後の方から……。
なのに…振り向けなかった…声さえ出なかった……身体が言うことを聞かなくて……。
明日香ちゃんが…明日香ちゃんのあの笑顔が見たいのに。
ちょっと嫌がられたって、ギュッて抱きしめたいのに。
いっぱい、いっぱい甘えちゃおって…思ってたのに……。
何故だか明日香ちゃんの声が、だんだん遠くなっていく。
イヤだ…イヤ〜!
もう、明日香ちゃんが来てくれるのを待ってるだけじゃダメなんだ。
私から走っていかないと……明日香ちゃんに護ってもらうだけじゃ…ダメだよ。
さっきの声。
きっと明日香ちゃん、泣いてた。泣き声だった。
明日香ちゃんが悲しんでる。苦しんでる。
今度は私が、明日香ちゃんを護ってあげるの。
自分が傷ついたって…そんなの良いの。
そう心に決めたら、急に身体が自由になって、私は走り出した。
どこからか音が聞こえてきて……。
目が覚めたら、携帯電話から着メロが聞こえてた。
明日香ちゃんの……。
飛びつくように手にとって、通話ボタンを押す。
「もしもし?…明日香ちゃん?」
「……梨華ちゃん…昨日から全然連絡しなくて……ごめんね…心配掛けたよね?」
私は…自分の部屋で、ベッドの方を向いてカーペットの上に正座して電話してた。
『…寂しかったよ〜…』
甘えてくる梨華ちゃんの声が、私の胸をキュッて締め付ける。
「ごめん……あのさ…私……」
『明日香ちゃん、私、会いたいよ……今日もお仕事で遅くなるけど…明日香ちゃんに
会いたいの』
「梨華ちゃん……」
私の言葉を遮って、梨華ちゃんは、何度も「会いたい」って言った。
私も会いたいよ。
でも…会ってもいいのかな?
話しながらも、まだ迷ってた。
でも……。
「……家に…来る?……」
やっぱり…会いたい気持ちの方が強くて……。
『明日香ちゃんの家?…いいの?…だったら…お仕事が終わったら、真っ直ぐに行っ
ちゃう!』
素直に喜んでる梨華ちゃん……言わない方がいいのかな?……それでも……。
「…待ってる…伝えたいことも…あるし……」
言わなきゃ。
ちゃんと伝えて、ちゃんと謝らなきゃ。
私の必死な感じが、声を通して伝わったみたい。
『明日香ちゃん?……何だか…怖いよ〜……でも…明日香ちゃんに会いたいから……』
急に梨華ちゃんも不安そうになる。
「ごめん……」
『明日香ちゃん…イヤだ…謝らないで……』
「…うん…電話じゃなくて…直接、ちゃんと伝えるから……」
電話の向こうで、梨華ちゃんが大きく息をつくのが分かった。
『私は…明日香ちゃんに会えれば…それでいいから…だから…待っててね』
もう…我慢できなくて…涙がこぼれてた。
『それじゃ、今晩ね?』
「…うん……」
切れた電話を抱きしめて……声無く泣いた。
嬉しくて……切なくて……不安で……。
ちゃんと話すって決めたのに……やっぱり…梨華ちゃんを…失いたくない……この
思いが、また私を揺らし始めた。
明日香ちゃん…私に一生懸命、説明しようとしてる。
そんなの…いいのに。
別に知らせてくれなくたって…私が知らないでいた方がいいことだって…あると
思うよ?
私が明日香ちゃんのことを信用するか、しないか、それだけのことだし、そんな
の…決まってるじゃない。
そりゃ…心配はするし…寝れなかったけど……。
結局は、明日香ちゃんのことを信用できなくなったら、私なんて……何にも無く
なっちゃう。
だから…明日香ちゃんが一言、「私のことを信じて!」って言ってくれれば、
「はい」って…それで私は安心できるのに……。
でも…まぁ…明日香ちゃんが説明したいんなら、聞いてあげてもいいけど……。
だけど…私を不安にするようなことは……ダメ…だからね?
最後は、ちゃんと信用させてね。
今更、梨華ちゃんに話すことが怖くなってた。
紗耶香は、「何にもしてないよ」って、「ずっと寝てただけ」って言ってたじゃん。
私が勝手に見た夢……微かな期待が心の中にある。
紗耶香に聞けば、「何それ〜。そんなことあるわけないじゃん」って言ってくれる
んじゃないかって……。
そしたら、梨華ちゃんに笑って話せる。
「紗耶香と一緒にお酒で、酔いつぶれちゃってさぁ」
って……。
現実かどうか確かめないと……そんな言い訳をして、電話を掛ける。
『おっす! 明日香、どうしたの?』
呼び出し音が途切れて、街の喧騒と一緒に、紗耶香の声が聞こえる。
「…あのさぁ……」
一昨日のこと…確かめないと。
『明日香?…どうしたの?』
「あのさぁ…一昨日なんだけど…酔っぱらっちゃった後…ホントに何もなかった?……」
『…何かって……何?』
「いや…あの……わ…笑わないで聞いてよね……ゆ…夢かもしれないんだけどさ……
私…紗耶香に……抱きつかれたような……」
夢…妄想……気の迷い……何でもいい。
笑って済ませられれば……。
『……うん。夢じゃないよ……私、明日香のこと、抱いたよ』
紗耶香の淡々とした言葉が、私の甘い期待を粉々に打ち砕いた。
「な…何で!…紗耶香…『何もしてないよ』って言ったじゃん!」
『そう言ったよ……『明日香はね』ってね……私が勝手に抱いただけだから』
そんな理屈……そんなの無茶苦茶だよ!
「…そんなの…酷いよ…私……梨華ちゃんに何て……」
『別に梨華ちゃんに言い訳なんてしなくていいじゃん。明日香が浮気したわけじゃ
ないし。別に悪いことしてないんだから』
「だって……」
何の抵抗もしないで抱かれちゃった……やっぱり何らかの罪の意識を感じちゃう
じゃない……。
私の葛藤に関係なく、紗耶香は変わらずにサバサバしてる。
『私ね…明日香と梨華ちゃんには、上手くやってほしいって思ってるんだ。嘘じゃ
ないよ。ただ…私も思いを吹っ切る前に思い出がほしかったから…イギリスに行く
前に……』
「紗耶香……」
『…だから…私が勝手に明日香を抱いたんだよ。明日香は悪くない』
「でも…私……」
訳もなく胸にこみ上げる物があって…言葉が出てこないよ……。
『明日香、夢だと思ったんでしょ?…だったら、夢だったんだよ。それでいいじゃ
ん。私はその夢を持って、イギリスへ行くからさ』
もう…訳が分からないよ……。
『悩むこと無いって。夢のことで、わざわざ梨華ちゃんを心配させることないじゃ
ん』
混乱したままで、勝手に涙が流れて来ちゃった……。
堪えて堪えて…でも、堪えきれずに嗚咽が漏れる。
『…明日香…泣いてるの?……明日香も泣くこと…あるんだね……』
紗耶香は、妙に感心したようにそう言った。
「…な…何だよぉ……私が…泣いちゃ…おかしい?」
精いっぱいの強がり。
……しゃくり上げるようになって、言葉が詰まっちゃってるから、何の説得力も
ないけど。
『おかしいよ。福田明日香は、こんなことで泣く子じゃないから』
…紗耶香…そんなにキッパリ言わなくても……。
「おかしくない!…私だって…泣くときは…泣くんだよ……」
紗耶香は電話の向こうで笑ってた。
…ホント…紗耶香はズルイよ。憎めないもんね。
ちょっとだけ気分が軽くなったような気がする。
でも…相変わらず問題は全然解決してない。
梨華ちゃんに言うべきか、言わざるべきか……。
『明日香?……もしかして…まだ迷ってるの?…だから何も言わない方がいいって!』
紗耶香はそう言うけどさぁ……。
「…でも…私…ずっと隠して付き合うなんて…出来るような気がしない……」
『……明日香も、妙なところで不器用だよね』
「私は……生まれてから…今まで…器用に生きて…きたことなんて…無いよ」
『…まぁいいか…それならスッキリ話しちゃいなよ』
だけどさぁ……。
「……大丈夫かなぁ…梨華ちゃん…やっぱり…怒るかなぁ?」
『明日香……どっちにしたいわけ? 話しちゃいたいの? 隠しときたいの?』
紗耶香、だんだんイライラしてきたみたい。
「だからぁ…ずっと迷ってるんだって!」
『あぁもう!…明日香らしくないなぁ。何でそんなに弱気なわけ?』
そんなに責めないでよ、紗耶香ぁ……。
「…だってぇ……梨華ちゃんに…嫌われたくないんだもん……」
我ながら弱々しい声だなぁ……こんなに嫌われたくないんだって…あらためて感じ
たよ……。
『……明日香…それって酷くない?…私だって明日香のこと好きだって言ってるのに
さぁ…何だか…のろけてるように聞こえるんだけど…当てつけ?……』
「そ…そんなつもりないよ!…本気で悩んでたから…ごめん……」
『ハハハ…ウソ、ウソ。ちょっとからかってみただけ』
…ちょっと、紗耶香……私、完全に振り回されちゃってるじゃん……。
『まぁさ、明日香が隠し通す自信がないんだったら、正直に言っちゃった方がいいか
もね。変に隠してバレちゃったら、目も当てられないから』
「そっかぁ…そうだよね!……でも……」
私ってこんなに優柔不断だったっけ?
『ほら! ガンバって〜いきま〜っしょい!』
懐かしいなぁ…ライブ前の緊張感を思い出すよ。
よし! いっちょ頑張ってみるか!!
「…うん! 頑張ってぇ…行きま〜っしょい!」
『よしよし。当たって砕けろ! もしダメだったら…私んとこに……』
何言ってんだか……。
「それは駄〜目。砕けたりしませんよ〜だ」
二人で笑って…何だかやる気が湧いてきた。
『それにしても…明日香ってさぁ……』
「何ぃ?」
『かなりの…お人好しだよね』
本気で呆れてる感じ。
「何でぇ? そうかなぁ?」
『だってさぁ…まぁ…良いけど……』
でも、考えてみればそうかも。
ホントは、こんな風に紗耶香と話してるのも変なんだよね。
問題の当事者同士な訳だし……。
そもそも、梨華ちゃんと付き合っててラブラブな私って……。
だってぇ…梨華ちゃんも、紗耶香も、本気で嫌いになったり…できないもん。
だから…お人好しでも、いいじゃん!
「何だよぉ…いいじゃん!」
逆ギレ気味に突っ掛かる。
『ハハハ…元気出たみたいじゃん。じゃ、ホントに頑張ってね』
…軽くいなされちゃったよ……。
まぁ…いっか。
「うん………紗耶香…あのさぁ……」
『ん?』
「…ありがとう……」
紗耶香は何にも言わないで、電話の向こうでクククッて笑ってた。
よ〜しっ! 梨華ちゃんに伝えるぞ!……やっぱり…気は重いけど……。
明日香ちゃんと電話できたら、昨日よりは平静な気持ちで仕事に取り組めた……と
思ったのに。
「梨華ちゃん、何か暗い顔してるよ? 大丈夫かい?」
安倍さん……私を見る目が、本気で心配そう……そんなに暗い顔してるのかなぁ?
「昨日から、何だかつらそうだし…額にシワが寄っちゃってるさ」
言いながら安倍さんは、指を私の額に当てて、揉みほぐしてくれた。
毅然としてたつもりだったのに……何だか……フッて胸の奥が切なくなって……。
「どうしたぁ?……明日香が浮気でもしたかい?」
冗談っぽく言った、その安倍さんの言葉に、急に涙がこみ上げて、もう止まらな
かった。
「ふぇ…ふぇ〜ん、安倍さ〜ん!」
「ちょ…ちょっと、梨華ちゃん……どうしたのさ?…ん?……」
優しく声を掛けられて、もたれるようにして泣いちゃった。
「……ふ〜ん…明日香が紗耶香ん家にお泊まりねぇ……」
使ってない控え室に、手を引いて連れてこられて…思い切って全部話した。
「紗耶香からの電話も…変な感じだったんだっけ?」
「…はい……」
まだグシュグシュ泣きながらコクッて肯く。
「う〜ん…まだよく状況が分かんないけど…だけどさ、明日香は梨華ちゃんを悲し
ませるような子じゃないよ。それだけは確かじゃない?」
そうですね…頭じゃ、そう思ってるんですけど……。
「……でも…明日香ちゃんは可愛いから……誰に狙われても…不思議じゃありませ
ん……」
「…それは…まぁねぇ…梨華ちゃん、考えすぎ……」
そうですかねぇ?
でも…ホントに心配なんですよ〜。
「そんなに心配なら、直接会って話してみればいいっしょ」
「はい…だから…今晩、明日香ちゃん家に行ってきます」
「そっかぁ…じゃ、ちゃんと明日香の話、聞くんだよ?……それから……」
?何ですか、安倍さん?…ちょっと…目が怖いです……。
「まさかお泊まりじゃないっしょ?…なっちは、まだそこまでは許さないべさ!」
笑顔の奥で目が……キラ〜ン☆て光って……。
「…………」
言えない…もうそこまでの仲になっちゃってるなんて……怖すぎる……。
「清く正しく美しく!」
…やっぱり…前途は多難です。
はぁ〜……。
飲み物…冷蔵庫でちゃんと冷やしてる……OK。
夜食…うどんで良いかなぁ?……まぁOK。
部屋の掃除……うん。OK。
あとは…えぇと…梨華ちゃんのパジャマも用意したし……えぇ〜っとぉ……大丈夫
かなぁ……。
さっき梨華ちゃんから電話があった。
『仕事終わったよ〜…今から行くね』
って。
何となく梨華ちゃんはリラックスした感じだった。
なのに私は……。
はぁ〜……何だかめちゃめちゃ緊張するよぉ……。
何だか変だよね。今更こんなにソワソワするなんて……初めて梨華ちゃんが来たとき
にも、こんなに緊張しなかったのに……。
まぁ…梨華ちゃんとの関係って、いきなり深いところから始まったから、後からだ
んだんと手順を踏み直してる感じ。
いきなり襲われたあの日……ある意味、梨華ちゃんとの記念日には違いないけど…
…本当の意味で、素顔の梨華ちゃんを知ったのはもっと後だしねぇ。
正直…最初は断りきれなかっただけだった……。
初めてのデートで、おねだりされて…黄色と空色の星形ピアスを、一個ずつ交換し
たんだよね………そうだ…今日もあのピアス付けよう……。
そう…吉澤が梨華ちゃんを襲って…今でも思いだす……吉澤への怒りと…梨華ちゃ
んへの愛情……いつの間にか、すっかり梨華ちゃんを好きに…大好きになってた。
その日…初めて私ん家にお泊まりしたんだよね。
梨華ちゃんを護りたい…護るんだって…それだけを考えてたあの日……。
今でも…その思いは変わらない…はずなのに……。
あれから梨華ちゃんは、私の中で加速度的に大きな存在になっていった。
初めて一緒にお風呂に入って……初めて私の方から「梨華ちゃんを抱きたい」って
……。
それで…今度は私が吉澤に襲われて……考えてみれば吉澤って、ホントに私と梨華
ちゃんを翻弄してるよね。
まったく……むかつく!
まぁ、それはともかく……。
今、私が梨華ちゃんを愛してて、絶対に失いたくないって思ってる……それは確か
で、それが一番大事なことで……。
紗耶香とのことは…本当に夢だったら…夢ってことにしてしまえたら…どんなに良
いだろう…紗耶香には悪いけどさ。
でも…私だけそんなじゃ、駄目なんだ…きっと。
だって、梨華ちゃんは自分の過去を私に全部話してくれた。
本当だったら一番知られたくないことも全部……。
だったら、私も梨華ちゃんに知られたくないことでも、正直に話さないと…その上
で、私の梨華ちゃんへの愛は変わらないってことを伝えないと……。
梨華ちゃんには私を信じててほしいから……私も梨華ちゃんを信じて、自分をぶつ
けよう。
やっと、そんな風に決意出来て……不安は残しながら、それでも梨華ちゃんと面と
向かう勇気を固めてた。
ピ〜ンポ〜ン♪
きっと梨華ちゃんだ。
「…は〜い!」
最高にドキドキしながら、玄関へと向かった。
さっき、
「今から行くね」
って電話したら、明日香ちゃん…何だか深刻な声だった……。
私としては、安倍さんのアドバイスもあって、もう吹っ切れた感じ。
後は明日香ちゃんの話を、落ち着いて受け止めるだけ…そんな気持ちになってるよ。
だから…明日香ちゃんも深刻にならないでも良いのに……。
そりゃ、不安もあるけど…ね……。
でも…どんな時でも真面目な明日香ちゃんが…スキッ!!
今日だって、明日香ちゃん家にお泊まりだって考えれば、すっごい楽しみだから。
もし、嫌な話でも……いっぱいお仕置きしちゃうんだ♪
どんなことがあっても、絶対…絶〜っ対、明日香ちゃんを離したりしないんだか
ら……。
例え明日香ちゃんの心の扉が閉じてても、私はチャイムをいっぱい鳴らすよ。ノック
し続けるよ。
ピ〜ンポ〜ン♪
ほら、こんな風に。
「…は〜い!」
そう。いつでもそんな風に、元気な声で出てきてね。
迎えに出たら、梨華ちゃんはいつも通りにニッコリ笑ってくれた。
ホッとするよ……でも…だからこそ、自分のやったことが…されたことが……胸に
痛い……。
「…あ、夜食、食べる?…うどんしかないけど」
「おうどん? 食べた〜い」
「じゃ、作るよ…梨華ちゃん、疲れてるでしょ?…部屋で待っててね」
「ううん、大丈夫。明日香ちゃんと…一緒に作りたいなぁ…いい?」
梨華ちゃんと一緒に料理……それだけで…もう幸せだった。
キッチンに立って、ネギやかまぼこを切ったり、一つの鍋を二人で見つめたり……。
「…もうちょっと…かなぁ?」
チラッと鍋から上げた視線が、私に向けられる。
その柔らかい表情が、嬉しくて……。
「……もうちょっと…だね」
ホントはもう良い頃合いかもしれないけど……まだ一緒にこうしていたいから……。
ちょっとのび気味のうどん、出来上がり。
チラッ、チラッて私のことを見る明日香ちゃん。
視線が私と合っちゃったりすると、はにかんだように笑うの。
明日香ちゃん……可愛いよ〜!
もうお話なんてどうでもいいよ。
だって、このままで十分幸せだから……。
♪〜〜。
不協和音のように聞こえる携帯電話の着メロ。
「…ごめんね。電話出てもいい?」
「うん」
もう! 誰よ、この幸せな時を邪魔するのは!!
そんな風に内心ムッとしながら液晶パネルを見たら……市井さんだった。
「もしもし、石川です…」
『あ、私。市井ッス…あのさぁ……』
明日香ちゃんを悩ます元凶かもしれない人からの電話。
ちょっと明日香ちゃんを見てから、そっと立ち上がって窓の方に一、二歩歩いて
背を向ける。
『あのさぁ…明日香から…話、聞いた?』
「…いいえ。これからです」
『あ…そうなんだ…じゃ、いいや。最初は明日香から聞いた方がいいだろうから……』
聞いてて無性に怒りが込み上げてきた。
「大丈夫ですよ。話…聞かせてください」
私と明日香ちゃんは、市井さんの話くらいでどうにかなるような薄っぺらい関係じゃ
ありませんよ!
『え…でも……』
「本当に大丈夫です……大体は…想像つくし……」
怒りと自信とで、キッパリ言っちゃった。
『…そう…じゃぁ…ズバリ言っちゃうけど…私…明日香を抱いたから』
「そ…そうですか……」
予想通りの言葉……だったのに、衝撃は予想以上で……。
私の声は裏返ってた。
『…でも…明日香は全然悪くないから……酔っ払ってよく分からなくなっちゃったのを、
私が無理矢理に抱いただけ…だから……』
「……何で…そんなこと……」
『思い出が…明日香との思い出が…欲しかったから…どうしても欲しかったんだよ……』
やっぱり市井さん…明日香ちゃんのこと……。
『…明日香は…ずっと石川に抱かれてるって感じてたみたい……石川の名前…呼んでた
から……』
そんなの…市井さんはツライだけじゃないんですか?
なのに…どうして……。
『だから…明日香のことは許してやってよ。私はこの思い出だけで十分……石川に恨ま
れても平気だから』
市井さんの声は、はっきりしてて強がってるようには聞こえなかった。
「…はい……」
『信じてくれないかもしれないけど…私、あんた達には上手くやってほしいって思って
るんだよ…ホントに』
普通だったら絶対に信じられない言葉。
でも…市井さんの場合は…ウソじゃないと感じた。
『…まぁ、もし万一、二人が上手くいかなかったら……明日香は私がもらっちゃうけどね』
市井さん……。
「絶対にあげません!」
『アハハハ…ま、頑張ってよ。じゃ』
電話を切って振り返ったら、明日香ちゃんが心細そうに見詰めてた。
大丈夫だよ、明日香ちゃん。
絶対に明日香ちゃんを市井さんなんかに渡さないんだから!
「そ…そうですか……」
梨華ちゃんの声がうわずってた。
ねぇ…どうしたの?…誰?
梨華ちゃん、誰と電話で話してるの?
不安だよ……。
こんなちょっとしたことで心が揺れるのも…自分に自信が無いせい?
心細いまま、梨華ちゃんの背中を、ずっと見詰めてた。
そしたら梨華ちゃんが突然、
「絶対にあげません!」
って言って、電話を切っちゃった。
梨華ちゃん、どうしたの?
振り返った梨華ちゃんの瞳は、決意みたいなものを宿してて、私には眩しかった。
「明日香ちゃん……」
私の向かい側の席に戻ってきて、真剣な目で見てる。
思わず背筋をただして……。
「…話…ちゃんと聞かせて?…ね?」
「う…うん……」
梨華ちゃんの勢いに乗せられるようにして、話すことになっちゃった。
「…明日香ちゃん…その時…意識はあったの?」
私はブンブンと首を横に振った。
「朦朧としちゃってたから……」
「そう…明日香ちゃん…市井さんに抱かれて…嬉しかった?」
紗耶香には悪いけど、今度も私は躊躇無く首を横に振った。
「大変なことになっちゃったって…すごく…怖かった……」
「そう…明日香ちゃん…私のこと…まだスキ?」
今度も躊躇無く、だけど首は縦に振る。
「好き!…今度のことで、こんなに梨華ちゃんのことが好きなんだって…自分で思って
るより、もっとも〜っと好きだって分かったから……」
「そう…明日香ちゃん…私も…スキだよ。絶対に離したくない!」
ガバッ!て梨華ちゃんが抱きついてきて……私も必死で腕を回した。
「市井さんになんて、絶対に渡さない! 明日香ちゃん…ずっと…ずっと、私の側に
いてくれなきゃイヤだよ?!」
「…うん…私もずっと梨華ちゃんの側にいたいよ……」
ギュッて…ギュギュッて抱きしめられて…本当はかなり苦しかったけど、それ以上
に嬉しかった。
明日香ちゃんが腕の中にいる……絶対に離したくなかった。
市井さんにってことだけじゃなくて、誰にも、いつまでも離したくないよ。
いつもだったら急に抱きついたりしたら嫌がる明日香ちゃんだけど、今は何も言わ
ずに、軽く抱き返してくれてる。
嬉しい……きっと、明日香ちゃんも私と同じこと感じてるんだよね?
このまま一緒にいたい……他に何もしなくていい…ただ、こうして抱き合ってたい
よ。
必要以上に力がこもって……気がついたら、明日香ちゃん、苦しそうに息をついて
て…それでも何も言わずに抱かせてくれてた。
「ご…ごめんなさい……」
慌てて力を弛めて…でも、抱きついたままで、明日香ちゃんの顔を覗き込んだ。
「大丈夫だよ」
ちょっと上目遣いの明日香ちゃんの顔は、真っ赤っかだった。
恥ずかしいのかな?
息が苦しかったからかな?
きっと…そのどっちもだね。
恥ずかしいのと、苦しいのと…耐えてくれてた明日香ちゃんが、可愛くて、愛しくて……。
キスしようとした。
明日香ちゃん、最初はちゃんと唇で受け止めてくれようとしたのに……。
「…やっぱ…駄目だ!」
って。
ちょっと首を曲げて、ほっぺたで私のキスを受けた。
「……どうして?」
私のキス…キライになった?
「違うの……でも…今日は駄目だよ……昨日の…ちゃんとけじめをつけないと……」
もう! 私はそんなの全然気にしないのにっ!!
だけど明日香ちゃん、言い出したら聞かないから……。
あ〜ぁ……今日は我慢か……ま、明日香ちゃんが側にいてくれたら、一日くらい良
いか。
……やっぱり…もったいなかったかなぁ……梨華ちゃんのキス……すっごく幸せな
気分になれるんだけど……。
でもさぁ…何か…何か駄目な気がするんだよぉ。
紗耶香とのことで、梨華ちゃんを傷つけちゃった直ぐ後だし……いくら梨華ちゃん
が許してくれてもさ…やっぱり…自分でけじめをつけないと!
ふっと、吉澤の顔が脳裏をかすめる。
……吉澤も…ずっとこんな感じで、どうしたら良いか分からなくなってるのかな…
って。
「汚れてる」……吉澤にぶつけられた言葉が…今ほど痛く感じられたことはなかった。
今の私は…確かに「汚れてる」かもしれない……。
それは別に、紗耶香だからとか、そういうことじゃなくて……行為そのものに私の
どんな思いが込められてるかっていう…極めて個人的かつ精神的な問題なわけで……。
少なくとも、紗耶香の方は私への好意を、ああいう行動で示してくれたわけで…そ
れを「汚れてる」とは、私には言えない。
でも…それを受け止めちゃった私の方は…酔いつぶれちゃったにしろ…梨華ちゃん
を裏切ってるわけで……その一点だけで、やっぱり私は「汚れてる」。そう思う。
そんな「汚れた」私が、梨華ちゃんと…キス…したりとか…ましてやそれ以上の行
為は…やっぱり駄目でしょう。
それは、決して梨華ちゃんへの思いが薄くなったわけじゃなく、反対にその思いゆ
えに余計にそう感じるわけで……。
だとしたら、吉澤のごっちんへの態度もそういう部分があるのかもなぁ…って思う。
本気で好きになればなるほど、自分が近づいちゃいけないような気がする。
でも…一緒にいたいんだよ!
……吉澤も…辛いのかも…しれないね……。
でも、その辛さに耐えかねての行動が、梨華ちゃんや私を襲ったことだとしたら、
益々自分を追い込んでるとしか思えないけど……。
何だか、前には出来なかった吉澤の立場に立って考えることが、多少なりと出来る
ようになったのは……良かったような……悪かったような……。
いろいろ人生について考えちゃうね。
それにしても……。
「……梨華ちゃん?」
「なぁに〜?」
いや…あの…さっきから私の首に手を回して、超接近状態なんですけど……。
「今日は、い〜〜っぱい甘えさせてもらっちゃうんだ〜。私を寂しがらせた罰なんだ
から、明日香ちゃんは嫌がっちゃダメ!」
「…………」
そう言われると反論のしようがないよ。
「今日は寝るのも一緒だからね♪」
「えぇっ!?」
いや…だから…今日はそういうことは…しちゃ駄目だって……。
「一緒のベッドに寝るだけだよ〜。やだ〜、明日香ちゃんのH〜♪」
「…………」
ま、梨華ちゃんが喜んでくれるなら…そのくらいはいっか。
明日香ちゃんと一緒〜♪
明日香ちゃんとラブラブ〜♪
やっぱり、私は明日香ちゃんの側にいられれば何だって楽しいの。実感しちゃった。
だから、これからは絶対に離さないよ。
「明日香ちゃんも…何があっても私のこと、一人にしちゃダメだよ?」
腕を抱き込んで、ベッドに腰掛けながら顔を覗き込む。
「う…うん」
「絶対だよ?」
重ねてそう聞いたら、
「うん…絶対」
だって。
良かったぁ。
明日香ちゃん、私にウソは絶対言わないから、この約束も必ず守ってくれるよね。
市井さんとのことは…やっぱりイヤだけど、明日香ちゃんは悪くないし、変わらず
に私のことをスキでいてくれて、それで十分。
明日香ちゃんがはっきり「好き!」って言ってくれたし……。
「今度のことで、こんなに梨華ちゃんのことが好きなんだって…自分で思ってるより
、もっとも〜っと好きだって分かったから……」
明日香ちゃんの言葉、これからも絶対に忘れないよ。
この言葉が聞けただけで……市井さんとの事件は、「ま、いっか」って思っちゃう。
でも…今回のことで、明日香ちゃんを狙ってる人がいっぱいいるって分かって……
何か予防策を考えないと……。
明日香ちゃんが可愛いのは変えようがないし……。
これから私以外の人に会わない…ってわけにもいかないし……。
どうしようかな〜……。
気がついたら、考え込んじゃってた。
急に黙っちゃった私を、明日香ちゃんが不思議そうな、不安そうな目で見てた。
慌ててニコッて笑って……それを見て、明日香ちゃん、余計に不安な表情になってた。
「大丈夫。安心して、明日香ちゃん」
そう言ったのに…やっぱり明日香ちゃんは不安そうだった。
もう…明日香ちゃんは心配性なんだから〜。
でも…そういうところも…スキ♪
私に抱きついたまま、梨華ちゃんが、何か一生懸命に考えてる。
どうしたの、梨華ちゃん?
やっぱり…私のこと…許せない?
一緒にいて、楽しくない?
不安だよ……。
私の視線に気がついて、梨華ちゃんがニコッて笑う。
いつも通りの柔らかい笑顔。
私に安らぎをくれる笑顔。
でも…私の方はいつもとは違う。
この笑顔を受け止める資格が、私にあるのかな…って。
安らぎをもらっちゃっても良いのかな…って。
だから…すごくドギマギしちゃうよ。
照れるっていうより…恥ずかしい……。
「ねぇ…お風呂…入っても良い?」
梨華ちゃんが笑顔のまま訊ねてきた。
「あ…うん…大丈夫だよ…」
「じゃ…行こっか」
そう言って、立ち上がって…私の腕も持ち上げられる。
え?…もしかして……。
「お風呂も一緒ね♪」
いや…でも…ここ、家だし……親が……弟も……。
「嫌がっちゃダメ〜!」
あの…だって……。
「もう! 一緒に入るの!!」
……引きずられるようにしてお風呂場まで連れて行かれる私。
ものすごくちっちゃい頃に、頭洗うのを嫌がった時以来のような……。
「梨華ちゃ〜ん…やっぱりさぁ…やめようよぉ…」
そりゃさぁ…梨華ちゃんとは、もう何度も一緒にお風呂入ってるよ。
でもそれは、本当に二人だけの時で…自分の家じゃ…ちょっとマズイッす……。
「明日香ちゃん……私のこと…キライになっちゃったんだ……」
ピタッと立ち止まって、悲しそうにつぶやく……。
梨華ちゃん……。
……分かってるよ…きっと、ちょっと拗ねて見せてるだけだって……でも……。
「そ…そんなこと、あるわけないじゃん!」
ムキになって答えちゃうんだよねぇ……。
「…ホント?」
「ホント、ホント!」
梨華ちゃん、ニコッて笑って……。
「じゃ、一緒にお風呂に入りましょう♪」
……ほら…やっぱり……トホホ……。
一つダメでも決してあきらめない――私がモーニング娘。で学んだ鉄則。
そしたら…ね?
キスはダメだったけど、こうやって一緒にお風呂に入れちゃった♪
「明日香ちゃ〜ん、はい、こっち向いて〜」
相変わらず、明日香ちゃんは恥ずかしがり屋さん。
こっちを向くとき、今でもオズオズッて感じで、胸とかを何とか隠そうって頑張っ
てるんだもん。
でも…そんな恥ずかしがり屋さんなところも…スキ♪
大体、隠そうとしたって、明日香ちゃんの胸、しっかり見えちゃってるんだから。
しかも、ギュッて両手で寄せて上げてで……いつも以上にセクシーだよ〜。
もうねぇ、見てるだけで、こう…抱きつきたくなっちゃうの。
でも…今日は明日香ちゃんが怒るから、我慢、我慢。
湯気でポワポワ〜ッて上気してる明日香ちゃんを洗ってあげて、私も洗ってもらっ
て、一緒に湯船に浸かって……。
もうそれだけで満足、満足♪
良い感じでお風呂に入ってたら、突然、外から声が飛んできてビックリ。
「明日香〜」
って、ちょっと眠そうな声。
「お…お母さん?!…な…何ぃ?」
明日香ちゃん、目を白黒させちゃって…私もビクビクしてたけど、それを見たら
可笑しさの方が勝っちゃって、笑いがこみ上げて来ちゃった。
「り…梨華ちゃん、シ〜ッ!」
焦って人差し指を唇に当てる明日香ちゃんが、また可笑しいんだもん。
「明日香、お風呂? お客さんだけど、上がれる?」
すぐ外から明日香ちゃんのお母さんの優しそうな声が聞こえる。
「お客さん?…こんな時間に?…分かったぁ…すぐ上がるぅ」
「そう。あんまりお待たせしちゃ駄目よ」
そう言って、足音がだんだん遠ざかっていった。
「…っふぅ〜……梨華ちゃん、上がろう」
相変わらずクスクス笑いをしてる私に、ドッと疲れたって顔の明日香ちゃんが声を
掛ける。
「うん」
せっかく二人で入ってたお風呂タイムだったけど、ドキドキ明日香ちゃんが可愛か
ったから、ま、いいか♪
梨華ちゃんには部屋で待っててもらって、私はトレーナーにジャージ姿に大急ぎで
着替えて玄関に。
そしたら……。
「ごっちん?!」
「……遅くにごめんなさい…」
ポツンッて感じで何だか寂しそうに、ごっちんが立ってた。
本当にもう深夜で、お母さんなんか「お客さん」って言っただけで誰が来たとも言
わずに、たぶんもうベッドに潜り込んでる。
そんな時間に、ごっちんがしかも家なんかに来るって……何事?
思わずいろいろ考えちゃって、なかなか言葉にならないよ。
あれこれ考えに考えて、私が言った言葉。
「…どうしたの?」
こういうときって、当たり前の言葉しか出てこないもんだよね。我ながら動転して
るね、かなり。
そしたら、ごっちんの顔がクシャッて歪んで……。
ポロポロッて涙がこぼれてた。
「…よっすぃ〜と…ケンカ…しちゃって……」
「…………」
玄関先で泣かれちゃって……私はどうすればいいのさ?!
取りあえず……。
「…部屋、上がる?」
「……うん……」
部屋には梨華ちゃんがいるわけで……まぁ、ごっちんは私たちのこと、知ってるけ
ど……また梨華ちゃんの機嫌が悪くなっちゃうよ…絶対……。
どうしよう……。
ごっちんはまだ涙流してるし……。
もう頭を抱えたくなりながら、ごっちんをなだめて部屋へと連れて上がった。
明日香ちゃんの部屋で、髪をバスタオルでワシャワシャ乾かして、さてドライヤー
で…と思ってたら、
「…梨華ちゃん」
って、明日香ちゃんの声がした。
振り返ったら、明日香ちゃんがドアから顔だけ出してた。
何故だか困った顔。
「どうしたの?…あ…髪、生乾きだよ?…早く入って来て。私が乾かしてあげる」
「うん…ありがとう……」
言ったきり、明日香ちゃんはそのままモジモジしてて……。
??? どうしちゃったんだろう?
「あの…さぁ……」
「ん? 明日香ちゃん、なぁに?」
「あのぉ…お客さんが…来ちゃって……」
お客さん。
こんな深夜に誰だろうなって思ってたけど……何かイヤな予感がする。
「それが…どうかしたの?」
まさか「帰って」とか言ったりしないよね?
「えぇと…もう一人…増えてもいいかな?」
え?……増えても…って……???
「いや…あのね……ごっち…後藤さんが来ちゃって……」
ごっちんが?!
私の顔色をうかがいながら、明日香ちゃんが部屋の中に入ってくると、その後ろか
らごっちんも現れて……。
何だかすごい暗い顔してる。
「それでね……あのさぁ……そのぉ……」
しどろもどろになってる明日香ちゃん。
その向こうから、ごっちんが申し訳なさそうに口を開いた。
「梨華ちゃん…ごめんね……二人の邪魔しちゃって……でも…最初は梨華ちゃん家っ
て思ったんだけど…電話しても出ないし……他に行くとこ思いつかなくて……」
そう言うごっちんの目は真っ赤で……私は何も言えなかった。
続けて明日香ちゃんが恐る恐る。
「…それで…今日、後藤さんを泊めてあげようと…思うんだけど…いいかなぁ?」
ごっちんの様子を見て、お人好しの明日香ちゃんが他の結論を出すわけが無いこと
は、私が一番知ってる。
でもぉ……こんな形で二人の夜が消えて無くなるなんて……。
と思ったけど、この瞬間、私は閃いちゃった。フフフフ……。
ごっちんがいても、明日香ちゃんを独り占めできればノー・プロブレムよね!
「良いよ、明日香ちゃん。ごっちんを泊めてあげて」
梨華ちゃんはニコニコ顔で、何か拍子抜け。
「…ホントに良いの?」
「良いよ……その代わり……」
やっぱり何かあるんだ。
「ごっちんにはベッドで寝てもらって」
???それは…お客さんだからそうした方が良いけど……何故、梨華ちゃんが嬉し
そうに言うんだろう?
「それで〜…明日香ちゃんは私と一緒のお布団で寝ると」
「は?…え…えぇ〜!!!」
……それが梨華ちゃんの狙いだったわけ?
「いや…あの…私は応接のソファででも……」
「ダメッ!」
…一言で却下っすか……。
「そんなことして風邪でもひいたら大変だもん」
「大丈夫だと思うけど……」
「何て言ってもダメッたらダメッ!!」
「…でもぉ……」
いくら何でも恥ずかしいじゃん……ごっちんの前でイチャイチャしてるみたいで
さぁ……。
「あの…私だったら気にしないで。二人がラブラブなのは、よく知ってるから」
いや…あのね、ごっちん。
「やだもう、ごっちんたら!…じゃ、お言葉に甘えて」
ちょっと…梨華ちゃん……。
「どうぞ、どうぞ。ごめんね、ベッド使わせてもらっちゃって」
「ううん。ドンドン占領しちゃって。私は…明日香ちゃんを占領しちゃう。キャッ♪」
…………もう…何でも良いや……。
「……分かりました! 一緒に寝ればいいんでしょ。一緒に寝れば……」
「分かればよろしい」
梨華ちゃん、大満足の表情で大きく肯いてる。
「はぁ〜ぁ……」
大きなため息一つ。
そんな私たちを見てるごっちんに、ちょっとだけ笑顔が見える。
「あ…着替え、どうしようか? 私のじゃ小さいかなぁ?」
そう言ったら、ごっちんは、
「えっと…このままでいいです」
って言うけど……見ると、デニムの上下で、そのままじゃ絶対に寝られそうもない。
タンスを開けて、奥の方から私にはちょっと大きくて、いつもは着てない、ゆるめ
のパジャマを取り出す。
「これなら、何とか着られると思うけど……」
「あ、良いな〜…私も明日香ちゃんのパジャマ着た〜い!」
……騒いでる梨華ちゃんは、ちゃんと自前のピンクのパジャマに着替えてるし……。
ごっちんが着替えてる間に、梨華ちゃんと二人で客間から布団を運ぶ。
「二人で客間で寝ても良かったね」
後ろで毛布を抱くようにして運んでる梨華ちゃんが、そんなことを言った。
…それは……何となく身の危険を感じるから却下します。
「……ごっちんの相談にのってあげたいから……」
…ということにしておこう。
「そっか〜…よっすぃ〜とケンカしたって言ってたね」
私の言葉を疑うことなく受け止めてくれる。
素直な梨華ちゃんは好きだよ。うん。
二人で布団を運び込んだら、ごっちんは着替え終わってた。
ベッドに腰掛けて枕を抱き込んで、ボンヤリと宙を見つめてた。
パジャマは丈が若干短いくらいで、まぁ、何とかなりそう。
……胸がきつそうなのは…うむ…仕方ないね……。
ショックなんて感じてないやい!
……気を取り直して。
「後藤さん……話…聞いても良いかな?」
梨華ちゃんと二人、布団の上に座って、ベッドのごっちんをちょっと見上げる感じ。
「……聞いてもらっても…いい?」
「私たちで良かったら、聞かせて」
ごっちんは、少しの間視線をさまよわせて……また泣きそうな顔になって、話して
くれた。
「今晩ね…もう、ねだりにねだって、やっとよっすぃ〜のマンションにお泊まりさせ
てもらうことになってたの……」
わ〜♪ ごっちん、積極的〜。
でも、それくらいじゃなきゃ、恋は成就しないよね。
特にキスも恥ずかしがるような相手には。
チラッと明日香ちゃんの方を見たりして。
「もう、私嬉しくって、昨日からワクワクしながら準備してたんだよ」
分かるよ〜。
私も明日香ちゃん家にお泊まりするの、今でもワクワクするもん。
初めてだったら余計に嬉しいよね〜。
「なのに…なのにね……よっすぃ〜のマンションに行ったら、『やっぱり、こういう
の良くないよ』とか言い出して……」
そんな…ひっど〜い。
よっすぃ〜のバカァ〜!!
ごっちんの気持ちも考えてあげなよ。まったく〜!
……ごっちんが悲しむのも分かるけど……どっちかって言うと、私はお泊まりとか
元々苦手だし、吉澤がそういうのを嫌がる気持ちも分からなくはない。
特に紗耶香とのことがあってからは……。
ま、当日になってから断るなんて論外だけどさ。
必要以上に近づくと、壊しちゃいそうで……汚しちゃいそうで、怖いんだよね。
…私が、吉澤の弁護をするのもおかしなことだけどさ。
何となく、ごっちんの話を聞きながら、複雑な気分になってた。
「……それで…思わずカッとなって…『もう、よっすぃ〜なんて…キライ!』…って
言っちゃって……」
また涙がポロポロ。
「ホントは今でもスキなのに…私って…バカだね……でも…よっすぃ〜のこと、もっ
ともっと深く愛したいだけなのに…何で分かってくれないのかなぁ……」
その言葉が、いつかの梨華ちゃんの言葉と重なって、私の心の中に染み込んでくる。
「もっともっと深く愛したいだけ……」
ごっちんを見つめる梨華ちゃんも、今にも泣きそうな顔。
梨華ちゃんには、ごっちんの気持ち、共感できちゃうところが多いんだろうなぁ。
梨華ちゃんの横顔を見ながら思う……私も…自分じゃ気がつかないけど……吉澤と
同じように…梨華ちゃんを悲しませちゃってたりするのかなぁ……。
「…ふぅ〜……」
思わずため息が出ちゃうよ。
何でだろ? 明日香ちゃん、元気がないみたい。
すごい気になるんだけど……。
「ふぇ…よっすぃ〜…うわぁ〜ん!…」
「あぁ…泣かないで、ごっちん!」
それどころじゃないよ……。
ごっちん、すっかり号泣モードに入っちゃってる……。
「あの…ごっちん…泣かないでよ〜……ね?…ごっちん〜……ベロベロバ〜……ダメ
か〜……」
どうやったら、ごっちんを泣き止ませること、出来るの〜?!
「泣いちゃいなよ…気が済むまで…泣いた方がいいよ」
明日香ちゃん……。
冷たいって感じるほど、乾いた言葉にハッとして振り返った。
「…思いっきり泣いちゃうんだよ……それから…吉澤にぶつかっていくのは…それか
らでいいじゃん…」
ごっちんに向けられた明日香ちゃんの目は、本当に優しくて……私がドキドキしちゃ
うほど……。
見詰められたごっちんも一瞬ポ〜ッとして、涙も止まったみたい。まだヒック、ヒッ
クて感じでしゃくりあげてるけど……。
あ…嫌な予感がする……。
「明日香さん…かっこいいなぁ……」
いや〜ん! ごっちんまで明日香ちゃんに……ダメダメ。絶対にダメ〜!!
「ごっちん! 絶対によっすぃ〜と仲直りできるよ! ね? 絶対!!」
妙に力んで言っちゃったり。
「…うん!」
ニッコリ笑うごっちん。
明日香ちゃんは、力んでる私を不思議そうに見てるけど。
何としても、よっすぃ〜の問題を解決しないとね。
ごっちんのためにも……明日香ちゃんと私のためにも……。
ごっちんも泣き止んで、笑ってくれたのは良いけど……梨華ちゃんの視線が妖しい。
ごっちんだけじゃなくて、私にも、
「ごっちんとよっすぃ〜を、絶対、仲直りさせてあげようね!」
って……そんなに力んで言わなくても……まぁ…頑張ろうね。
とにかく。
「明日、二人でちゃんと話し合った方が良いよ」
ごっちんは「う〜ん…」って唸ってる。
「…明日…私はソロの仕事で…よっすぃ〜…と圭ちゃん、オフなんだよね……」
「え、そうなんだぁ。良いなぁ…私もオフだったら明日香ちゃんと一緒にすごせるの
に〜…そしたら…うふふ……」
いや…だから……梨華ちゃん、ちょっと怖いっす……。
ウットリしちゃってる梨華ちゃんは置いておいて……。
「まぁさぁ、ごっちんの仕事が終わってからでも、絶対に話し合わなきゃ駄目だよ」
「…うん……分かった……」
何だか自信なさそうだけど……。
「頑張れ、ごっちん!」
「うん!」
落ち着いたごっちんを取り敢えずシャワーに案内して部屋に帰ると……。
「明日香ちゃん……」
何だか不安そうな目の梨華ちゃん。
「…どうしたの?」
「さっき、ごっちんのこと『ごっちん』って呼んでたね……」
またそのことぉ?……だからぁ…前にも説明したじゃない……。
「…梨華ちゃんが心配するようなことじゃないって…いつまでも『後藤さん』っていうのも変だし……ね?」
前と同じことを言って、何とか梨華ちゃんを納得させる。
…はぁ……。
呼び方のことで、明日香ちゃんにキッチリ釘を刺しておいて、と。
シャワーから戻って来たごっちんにはベッドに寝てもらって、私は明日香ちゃんと
密着♪
「……梨華ちゃん……ちょっと……」
困った声を出しても、ここで引き下がったりしないんだから。
「シ〜ッ。ごっちんが起きちゃうよ」
ガッチリ腕を抱き込んじゃうんだ。
「…はぁ〜……」
ため息ついてたけど、明日香ちゃんも諦めて、そのまま二人そろって夢の世界へ。
昨日と違って、今日は良い夢が見れそう♪
…と思ったんだけど……夢の世界の入り口で呼び返されちゃった。
フッと布団の中に冷たい風が入ってくるような感じで目が覚めちゃった。
明日香ちゃんが、慎重に私が抱いてる腕を抜いてるところだった。
それから……パジャマの上にカーディガンを羽織って、抜き足差し足で出て行って
……トイレかな?とも思ったけど、何となく気になって私も起き出して、直ぐにその
後に付いて行った。
明日香ちゃんは私に気付かずに、ドアから外に出て行った。
どこに行くんだろ?
空にはちょっと欠けた月。
その月影が、明日香ちゃんの後姿からアスファルトの上に伸びてる。
左右に揺れるその影法師の動きは、とてもユーモラスな感じなのに……何故か寂し
そう。
明日香ちゃんの足は、すぐ近くの小さな公園に向かってた。
公園に入った明日香ちゃんは、真っ直ぐにブランコの方に歩いて行った。
ギ〜コ、ギ〜コ。
ブランコに腰掛けて揺られる明日香ちゃん。
月を見上げて、真っ直ぐに見詰めてた。
前に、後ろに、行きつ戻りつ。
その度に明日香ちゃんの顔の陰影が、伸びたり縮んだり。
明日香ちゃんの表情は、すごい淡々としてて平静なのに、陰影が悲しみを刻んでる
ように見えた。
胸の奥がキュ〜ッて苦しくなって……切なくて、心が乱されるような悲しみだった。
梨華ちゃんと二人で布団に入ったけど……どうしても寝付けなかった。
最初は、ちょっと恥ずかしくて、ドキドキして……でも、だんだん、「良いの?」、
「ホントに良いのかな?」って。
私の腕を抱きしめて、迷いなく幸せそうな寝顔を見せてる梨華ちゃん。
その寝顔を見てると、何故だか胸が苦しくて……。
ジッとしてられない気持ちになって、梨華ちゃんとごっちんを起こさないように、
そっと部屋を抜け出した。
行き先は、直ぐ近くの公園。
懐かしいブランコに腰掛けて、月をじっと見詰めてると、いろんなことが頭に浮か
んでくる。
小さな頃は、いつでも砂場の縁に上がって、歌ばっかり歌ってたなぁ、とか。
怖いところを通る時とか、嫌なことがあった時とか、歌っていると気持ちが軽くな
った。
今も…何となく歌いたい気分。
♪Close your eyes
夢の中まで あなたがスキよ……
自然と「夢の中」を歌いだしてた。
娘。の曲の中で、何となく一番心に残ってる。
青白い月の光の下で、本当に夢の中みたい。
私が今一番好きな「あなた」は……さっきの寝顔が浮かんでくるよ……。
でも……私…ホントに梨華ちゃんの側にいても…良いのかな?
紗耶香とのことは梨華ちゃんに許してもらったけど……。
こんなに好きなんだから、良いに決まってる!
でも…でもさ……ホントに…梨華ちゃんのためになってるのかな?
ブランコみたいに、心が揺れて一つに決まらないよ……。
迷ってるうちに、近づいてくる足音に気が付いて視線を向けると、梨華ちゃんが立
ってた。
「…梨華ちゃん……何で?……」
思わず言葉を飲み込んだ。
何で…何で泣いてるの?
月明かりの下で、涙を流しながら佇んでる梨華ちゃんは……とても…とても綺麗だ
った。
♪Close your eyes
深夜の静寂をはばかるように、低く静かな明日香ちゃんの歌声が公園に響く。
こんなに間近で明日香ちゃんの歌声を聴くの、初めて。
でも……初めてじゃないみたい。
♪夢の中まで あなたがスキよ……
……この「あなた」って…私のことだよね?…そうでしょう?
恥ずかしそうに、ちょっと小さ目の声で、私のことを「好き」って言ってくれるの
と同じ声だもん。
何があっても、そのことだけは信じられる。
明日香ちゃんの歌にウソはない。
明日香ちゃんが、歌でウソをつくことなんて絶対出来ない。
聴けば分かるよ。
だから……同時に明日香ちゃんが悩んでること、私にも分かるよ。
市井さんとのこと、明日香ちゃんはホントに悪くないって、私は思うんだけど……。
明日香ちゃん、真面目すぎるね。
堅物・明日香ちゃん。
でも……そこまで真剣に考えてくれるから、私のこと、真剣に愛してくれてるって
感じられる。
どうしたら良いのかな〜……私に何が出来るんだろう。
明日香ちゃんの歌を聴きながら、いくら考えても分からない。
悲しいよ。
明日香ちゃんも悲しいね。
二人分の悲しみが、涙になって落ちていく。
一歩一歩、明日香ちゃんに近づいて……。
気が付いた明日香ちゃんが、こっちを見る。
「…梨華ちゃん……何で?……」
ビックリさせちゃったね。
ごめんなさい。泣き虫で。
でも……。
「…悲しいの……何故だか…とっても悲しいから……私も……明日香ちゃんも……」
明日香ちゃんは、滅多に涙を流さない人だから、私が二人分泣いてあげるよ。
ほんの少しだけど、悲しみも涙と一緒に流れてくれるから。
梨華ちゃんは涙を流しながら、それでも微笑んでた。
月の光なんか目じゃないくらい、とっても眩しい笑顔で……私は、思わず見とれちゃ
ったよ。
「…明日香ちゃんも…悲しいんだね……」
そう言う梨華ちゃんの言葉に、何も考えられずに肯づいて。
「私が…代わりに泣いてあげる……少しは楽になれるよ」
そう…私は泣けない。
泣いたら、自分がポッキリ折れちゃいそうだから。
それくらい打たれ弱いから。
だから、梨華ちゃんが代わりに泣いてくれるって。
こんなに優しい梨華ちゃんを……好きにならないわけがないじゃない!
私は梨華ちゃんのこと、大・大・大好きなんだ!!
やっぱり、私には梨華ちゃんが必要なんだよ。
だから……梨華ちゃんを幸せにするために、もがいてもがいて、もがき苦しめば良
いんだよ。
梨華ちゃんが側にいてくれるんだったら、どんなに苦しくたって構わない。
梨華ちゃんさえ微笑んでくれたら、例え自分が汚れちゃっても良い!
そう思ったら、心が急速に軽くなった。
目の前には、まだ涙を流してる梨華ちゃん。
「もう…私、大丈夫だよ」
梨華ちゃんの顔に手を伸ばして、一瞬、躊躇ったけど、思い切って両手で頬を挟む
ように包んだ。
こんなに優しい梨華ちゃんを……好きにならないわけがないじゃない!
私は梨華ちゃんのこと、大・大・大好きなんだ!!
やっぱり、私には梨華ちゃんが必要なんだよ。
だから……梨華ちゃんを幸せにするために、もがいてもがいて、もがき苦しめば良
いんだよ。
梨華ちゃんが側にいてくれるんだったら、どんなに苦しくたって構わない。
梨華ちゃんさえ微笑んでくれたら、例え自分が汚れちゃっても良い!
そう思ったら、心が急速に軽くなった。
目の前には、まだ涙を流してる梨華ちゃん。
「もう…私、大丈夫だよ」
梨華ちゃんの顔に手を伸ばして、一瞬、躊躇ったけど、思い切って両手で頬を挟む
ように包んだ。
今、この涙をぬぐうことが出来るのは、私しかいないじゃない。
私しか、梨華ちゃんの涙をぬぐう権利をもった存在はいないじゃない。
だから……もう、梨華ちゃんに触れることを怖がるのはやめよう。
梨華ちゃんは、私が思ってるより、ずっとずっと強い女の子だから。
頬を包んだまま、親指で涙をぬぐう。
「明日香ちゃん……」
嬉しそうに微笑んで……梨華ちゃんは目をつぶった。
すごく久しぶりに感じたキスは……柔らかくて…温かくて……もう、最高だった。
やっぱり……梨華ちゃんのキス…好き!
やっとキスしてくれた……。
二人が一つになる瞬間。
もう何度も感じたはずなのに……それでも、初めてのキスみたいにドキドキした。
嬉しかった。
頬を包む明日香ちゃんの手が、すごい温かかった。
でも、明日香ちゃん……み…耳触っちゃ…ダメ……。
明日香ちゃんは気がついてないみたいだけど、指先が耳元に触って……神経を直接
刺激されたみたいに、カッて熱いものが全身を走って……。
もう…たまらなかった。
だから……ゆっくり、でも力を込めて背中に手を回す。
明日香ちゃんは、まだ私の両頬に手を当てたまま。
そのままの状態で……私は明日香ちゃんを抱き上げちゃう。
「ん?!」
唇は絶対に離さない。
だから明日香ちゃんは、目をまん丸にしながら、何も言えずに私に抱きかかえられて……。
私は、目の前の植え込みの陰の芝生まで運んで、ゆっくりと明日香ちゃんを横たえる。
「ん〜!…んん〜!!」
前に明日香ちゃんに怒られちゃったディープなキスで、まだまだ唇は離さない。
明日香ちゃん、ビックリして足をバタバタさせてたけど、あっという間にフニャッて
良い子ちゃんになっちゃった。
前から感じてたけど、明日香ちゃんって唇が感じやすいのかな?
ごめんね、明日香ちゃん。
私……もう我慢できないの。
もっと直接、明日香ちゃんを感じたい。
今のうちにパジャマの前をはだけちゃって……。
明日香ちゃん、やっと気がついたみたい。
「ん〜…ん〜!」
って、また唸ってる。
何だか、初めて明日香ちゃんを襲った時を思い出しちゃうね。
そんなことを思い出す余裕があるのは私だけで、明日香ちゃんは混乱しちゃって目を
白黒させてる。
「ん!…ふぅ…ん〜……」
私の手が胸のふくらみを包むと、その冷たさに一瞬、ビクッて身体が強張って、でも、
それぞれが同じ温度になるのと同じように、だんだんと指の動きに応えてくれるようになる。
もう、唇を離しても良いかな?
「ん…ぷはっ…もう!…梨華ちゃん、何するの?!…あ…やん……」
気丈な言葉で私を問い詰めようとしても、感じちゃった声じゃ、それも失敗してる。
「ごめんね〜。ずっと…ずっと我慢してたんだから…それなのに…明日香ちゃん、耳元、
触っちゃうんだもん……もう、我慢できないよ……良いよね?…明日香ちゃんも、ほらっ!」
円を描くようにだんだんと胸の頂上に向かって指を滑らせたら、堅く尖った感触がする。
「あ…いやん……ち…違うもん!……」
身をよじるようにしてる。明日香ちゃん…可愛い!
「駄目だよ、明日香ちゃん。騒いだら、誰か見に来ちゃうよ?」
その一言で、明日香ちゃん、ピタッて動かなくなった。
代わりに、悲しそうにつぶやく。
「ねぇ……やっぱりやめようよぉ……ホントに誰かに見られちゃうかも……」
そうだね〜……でも、明日香ちゃん。
私、もう、自分でも止められないよ。
もう…何でこうなっちゃうのぉ!
ホントに誰かに見られたら……ゾッとするよ。
なのに…梨華ちゃんの指の動きに、いつも以上に身体が反応しちゃう。
いつもと違う状況で、実は私も興奮しちゃってるのかなぁ?
それもあるかもしれない。
でも、本当はずっと梨華ちゃんを求めてたから。
無理して我慢してたから。
理屈をつけて押さえ込んでも、やっぱり私、梨華ちゃんの温かさを直に感じたかっ
たんだよ。
目からお願い光線を出してる梨華ちゃん。
「……仕方がない…なぁ……」
そんな言い方で状況を受け入れちゃう。
私って、結構ずるい。
それでも梨華ちゃんはパッと嬉しそうな顔になって、
「ありがとう!…だから明日香ちゃん、スキ!」
だって。
キスまでしてくれて……やっぱり可愛い。
きっと今の私は、かなりにニヤケてる。
その間にズボンまで下ろされちゃって…私、相当恥ずかしい格好だね。
ま…良いか。
張り切った梨華ちゃんの顔が、胸の方に下がっていって、ちょっと欠けた月が見えた。
こんなこと、想像したこともないから、何だか頭の中がフワフワッて。何だか…変な
感じ。
「…あ…ゃん……」
梨華ちゃんの唇が乳首ちゃんに触れて、背筋をゾクッて快感が走る。
右手は、もっと下の方に伸びてきて……優しく愛撫されて、もう何が何だか……。
「ふぁ…ぃ…いぃ……」
思わず梨華ちゃんの頭に手を伸ばして、押さえるように髪に指をからませる。
「…いぃ……」
相変わらず明日香ちゃんの声、艶っぽいね。
声だけでゾクゾクしながら、手を下の方に伸ばして花びらに触ったら……蜜が指に
からんできた。
明日香ちゃん…すごい……。
いっぱい、いっぱい感じちゃってるね。
乳首ちゃんも、こんなに固くなってるよ。
ホラッて感じで、前歯で軽く甘噛みする。
「…!…くぅん……」
明日香ちゃんが、子犬みたいに啼いた……。
初めて聞いたよ……何か…お腹の奥の方が、カッて熱くなってきたよ。
チラッて見上げたら、明日香ちゃん、ウットリした顔で月を見上げてた。
綺麗……。
ブランコに揺られてた時みたいな、キリッてしてる表情も良いけど、今みたいな
力の抜けた柔らかい明日香ちゃんも…スキだな〜……。
そんな明日香ちゃんの顔を見ながら、中の方にゆっくり指を進める。
「ん…ぅん……はぁ〜……」
吐息交じりの明日香ちゃんの声。
その度に喉が動いて……見詰める私も…濡れて来ちゃった。
「あ…はぁん…あ、明日香…ちゃん?!」
顔の方に気を取られたたら、急に明日香ちゃんの手がパジャマの中に入って来て
た。
あ…すごい……気持ちいいよ〜。
明日香ちゃんの胸に顔を押し付けるように悶えて……それでも乳首ちゃんにキス
して……クラクラするくらい、明日香ちゃんを感じてた。
次々に襲ってくる快感の波に、もう全身が震えてる。
泣きそうなほど、気持ちよくて……。
泣きそうなほど、一体感があって……。
泣きそうなほど、幸せだった。
梨華ちゃんの指を中に感じながら、懸命に自分の指を動かす、不思議な密着感を味
わう。
何か大切な物を探すような梨華ちゃんの優しい指の動きと、それを包み込もうとす
る私自身。
それに負けじと、私も梨華ちゃんの花びらの中に分け入って……。
それぞれ最初は別々の物で、次第に一体になっていく。
私の梨華ちゃんへの思い――。
梨華ちゃんの私への思い――。
そして…それが完全に溶け合う時…もうすぐ…今!
思いが弾けて……急速に月が落ちてきた。
「…梨華ちゃん…もう…駄目ぇ!」
「私も……明日香…ちゃん……」
仰け反るように悶えてる私に覆い被さるように、梨華ちゃんも崩れて来た。
後はもう二人とも荒く息をつくだけで……。
私は、梨華ちゃんの向こうに見える夜空に視線を彷徨わせてた。
私の潤んだ目には、月が幾つにも見えるよ。
それも、何だか薄く桜色に染まった月。
月も私たちのこと覗いて、恥ずかしがってるのかな?
……Hな月だね。
明日香ちゃん、しばらくしてもボ〜ッとしたまま。
こんなに感じた明日香ちゃん、初めてだね。
私も…何だか、とっても嬉しいよ。
何も言わないでパジャマを着せてあげて、フラフラしてる明日香ちゃんを抱えるよう
にして、明日香ちゃん家に帰る。
一緒にシャワーを浴びて……夜風で冷えた身体を温める。
そのくらいになると、だんだん明日香ちゃんの意識もハッキリしてきたみたい。
ポツッと一言。
「恥ずかしいよ……」
だって。
やっぱり明日香ちゃんは照れ屋さん。
「すごい可愛かったよ?」
「……ありがとう…」
部屋に戻ると、ごっちんはグッスリ寝てた。
ごっちんの知らない、明日香ちゃんと私の夜。
あらためてドキドキするね。
明日香ちゃんを振り返ったら、丁度視線がぶつかった。
どちらからともなく、ニコッて笑って……。
どちらからともなく、手をつないでた。
そのまま一緒の布団にくるまって、身体を寄せて互いの体温を求め合った。
温かい……。
すぐに眠気が襲ってきて、今度こそ二人を夢の世界へ誘ってくれた。
きっと一緒の夢を見る。
そうだよね?…明日香ちゃん……。
……ホントに静か。
梨華ちゃんと私、二人きり。
生まれたままの姿で寄り添って、宙に浮かんでた。
全然恥ずかしくもなく……。
二人は声に出さないでも、互いの思いが分かってて…それが当たり前で……。
ずっとほほ笑み合いながら、雲海のただ中を縫うように飛翔してたと思ったら、
新しい星系の誕生を見届けたり……。
何をするのも自由で…二人だけで満ち足りてた。
……ホントに静か。
ずっとずっと、このまま二人一緒に……。
ピピピッ♪ ピピピッ♪ ピピピッ♪……。
……目覚まし時計の…馬鹿ぁ〜!!
せっかく幸福率無限大の夢を見てたのに……。
掌を叩きつけるようにして、目覚ましを止める。
午前7時。
隣を見ると、梨華ちゃんも眠そうな顔で目をこすってる。
「おはよ、梨華ちゃん♪」
「ん。明日香ちゃん、おはよう♪」
ニコッてほほ笑みで、一気に爽やかな気持ちになれるよ。
「あ…ごっちんを起こさないと……」
そう言えば仕事だって言ってたっけ。
「ごっちん! 朝だよ。起きないと遅刻するよ!!」
掛け布団かぶって、目から上だけ出してる。
「…ん〜……」
いや…「ん〜」じゃなくて。
「ごっちん!」
布団をはぎ取ろうとしたら、伸ばした手を、パチンッて叩かれた。
むぅ…手強い。
うふふ。
明日香ちゃん、手こずってるね。
それも可愛い♪
…って言ってる場合じゃないよね。
じゃあ、あの手で……。
「ごっちん、よっすぃ〜が迎えに来てるよ〜!」
「え! どこどこ?」
ガバッて跳ね起きて、ベッドの上でキョロキョロ……。
……反応が良すぎない?
「…ごっちん、おはよう」
呆然と見上げてる明日香ちゃんと、その隣の私を見て、ごっちん、気がついたみたい。
両手を腰に当てて、唇を尖らせてる。
「ウソつき〜!」
…どうしよう…ごっちん、マジで怒ってるみたい。
「ご…ごめんなさい…だって、ごっちんが、なかなか起きなかったから…つい……」
「……グスン…よっすぃ〜に会いたいよ〜!」
あ…また泣いちゃいそう。
「あの…あのね、よっすぃ〜と仲直りできるように、協力するから…ね?…許して……」
「……ホントに?」
「ホントに!…ね?…明日香ちゃん」
ごっちんと私を交互に見て、明日香ちゃん。
「…うん…出来るだけのことはするよ……」
明日香ちゃんが賛成してくれたら、何でも出来るような気になるから不思議だね。
「だから、絶対に仲直り出来るから…ね?」
「……うん……」
目をつぶって下を向いたかと思うと、手でゴシゴシッてこすって……。
涙を我慢する女の子は…カッコイイよね。
明日香ちゃんの方を見たら、私に向かってコクッて肯いてくれた。
すごい真剣な顔で。
ちょっと心配。
だって…明日香ちゃん、真剣になるとトコトンまでやらないと気がすまない感じ。
すごい頼りにはなるけど……危ないことはしないでね?
何とかしてあげたい……心の底からそう思う。
ごっちんも苦しんでるし、きっと吉澤も……。
二人が心を開いて話し合えば、ある意味そんなに乗り越えることが難しい問題
じゃないと思う。
でも……吉澤の方は、心を開けないだろうなぁ。
事情がどうあれ、触れ合うことを避けるっていうのは、やっぱり心を閉ざして
るってことだよ。
キス…とかさ……セックス…だって、心がなければ、傷つけるだけ。
心のない言葉が、相手を、時には自分自身を深く傷つけるのと同じ。
紗耶香には悪いけど、あの時、私には紗耶香への思いを抱いてはいなかった。
だから…自分自身が許せなかった。
理屈とかじゃない。
どうしようもなく自分の心の奥から湧き上がってくる罪悪感……。
吉澤は、きっとごっちんを傷つけたくなくて避け続けてるんだろうけど……
そのこと自体が、ごっちんを傷つけてしまってる。
心を閉ざしたままの行動は、結局、そうならざるを得ないんだよ。
吉澤の心を開かないと…ごっちんにだけでも、心が開けるようにならないと、
二人ともボロボロに傷ついちゃう。
何とかしないと……。
どうしたら…良いかなぁ……。
ごっちんが着替えてる間に、明日香ちゃんと二人で下に降りていったら、お母様
がもう朝食の用意をしてくれてた。
「おはようございます」
ちょっと緊張したり。
「あら、おはよう。早いのね」
「朝からの仕事なので…」
私の様子をチラッと見て、明日香ちゃんがクスクス笑ってる。
もう…笑わなくてもいいじゃない。
「母さん、ごめん。もう一人分、良いかな?」
「もう一人?…あぁ、あの子ね。はいはい」
すぐにお盆を持ってきてくれて、三人分のご飯とおみそ汁、卵焼き…を並べて
くれた。
それを持って部屋へと戻る。
「いつもはトーストなんだけどね…父さんが二日酔いの時は、みそ汁とご飯に変更
になるんだ」
小声で楽しそうに教えてくれた。
三人で食べる朝食は、またにぎやかで楽しかった。
ごっちんも元気出してくれたし、ちょっと一安心。
「ね〜、明日香ちゃん…今日は?」
出掛ける時間になって、用意をしながら明日香ちゃんに聞いてみる。
「ごめん……電話するから」
大丈夫だよ、明日香ちゃん。ちょっと聞いてみただけ。
これまでも、かなり無理させちゃってるもんね。
私ん家に外泊したり、私が来ちゃったり……。
きっと、ご両親も心配してるよね。
怒られたり……。
「ううん、大丈夫。電話、待ってるね」
ごっちんと二人で玄関に出る。
明日香ちゃんに見送ってもらえるだけで…嬉しいよ……。
『行ってきま〜す!』
「行ってらっしゃい」
駅への通りに出て……。
「ごめん、ごっちん。忘れ物したから、ちょっと先行ってて。すぐに追いつくから」
「…うん。良いよ」
出てきたばっかりの玄関に駆け込んだら、まだ明日香ちゃんが立ってた。
「明日香ちゃん…忘れ物!」
言ってから、すぐに目をつぶって待つ。
「……もう……」
明日香ちゃんが恥ずかしそうにつぶやいて……でも、だんだん顔が近づいてくる
のが分かった。
チュッ♪
目を開けたら明日香ちゃんの顔がアップで迫ってた。
「続きはまた…今度のお楽しみね♪」
「…ばぁか……」
「行ってきま〜す」
もう一度手を振って、今度こそ駅へと急いだ。
紗耶香のいい女っぷり(あえて男っぷりとは書かない)には
泣かされたんで、思い出してまた泣けちゃうさ。
イレギュラー登場人物だったのによく描写してくれてたよ作者!
紗耶香がよしごまの件はどう思ってるのか気になってたけど、
この件まで紗耶香に頼るのはちょっと可哀想すぎるだろうな。
お出かけのキスなんてさぁ……恥ずかしいじゃん。
でも…甘えん坊の梨華ちゃんが、今晩会えないのを我慢してるんだから…まぁ、いっか。
キス…私もちょっと嬉しかったし。
……ホントは私も甘えん坊なのかなぁ……。
梨華ちゃん達を見送ってから、自分も仕事に行く。
電車に揺られて仕事場に到着。
さてと……問題の解決に、なるかどうか分からないけど……とにかく話してみないと。
オフだって言ってたから、まだ寝てるかもしれないけど…仕事が始まるまで、まだちょっ
と時間があるし、思い切って電話をかけた。
トゥルルル…トゥルルル…トゥルルル…トゥルルル……。
『…もしもし?』
出た!
「もしもし…私…分かるよね?」
『……何の用?』
不機嫌なのを隠しもしない。
「話があるんだけど……」
実はちょっと怯んでるのを、何とか隠して言葉をつなぐ。
『…付き合ってるヒマなんか…』
「後藤さんのことなんだけど……」
『…………』
電話の向こうで躊躇ってるのが、よく分かる。
「夕方以降、時間とってくれない?…場所を指定してくれたら、私、行くから」
『また…何かされたいわけ?』
嫌なことを思い出させるなぁ……。
でも、ここで怯むわけにはいかないよ。
「別に。ただ、話があるから」
『…………だったら…七時に…場所は……また連絡する』
「分かった」
返事をするかしないかで、一方的に電話は切られて……。
やれやれ…先が思いやられるけど…ごっちんと梨華ちゃんのために、一肌脱ぎましょうか。
……マジで一肌脱がされそうな気もするけど……。
そうなった時は……どうしよう……。
すぐにごっちんに追いついて、一緒に電車に乗って、事務所へ向かう。
事務所に着いたら、ごっちんはすぐに携帯電話をかけて……。
「おっかしいな〜…誰と話してるんだろ」
相手は…考えるまでもなく、よっすぃ〜だね。
リダイヤル。
「……あ…もしもし、よっすぃ〜?…私……」
今度はつながったみたい。
聞いちゃ悪いから、私はごっちんに手を振って、声を出さずに「じゃ〜ね〜」って。
タンポポの控え室へと向かった。
さあ! 今日も元気に頑張るぞ!
良いお仕事をして…明日香ちゃんに褒めてもらうんだから♪
仕事を終えて、私は今、ホテルの前で躊躇いつつ立ちすくんでいた。
時折ビルの谷間から吹き付ける風が、髪をなぶる。
あれから電話が入って、吉澤は「例のホテルの部屋」って場所を告げてきた。
……よりによって一番嫌な場所……絶対、嫌がらせだ。
意地が悪いというか……暇というか……。
そんなことに負けるか!…って思うけど……あの夜のことは、身体が覚えてる。
知らず知らず、膝が震えてた。
どうしよう……やっぱり…行くのやめようかなぁ……。
一瞬、心が萎える。
でも…でも…もう決めたから……。
遅かれ早かれ、吉澤は、また梨華ちゃんに手を出してくるに違いない。
特にごっちんとの関係が上手くいっていない時に……。
吉澤にとって、私たちはストレス解消の相手だから。
まさに、いじめっ子そのものだ。
私は知ってる。
いじめっ子が怖いからって、逃げちゃ絶対に駄目だって。
逃げれば追ってくる。
案外、上手く向かって行った方が活路は開けるもの。
虎穴に入らずんば虎児を得ず……。
小学生時代、私はそうやって、いじめられっ子から脱却した。
あの時の勇気をもう一度。
具体的な策がある訳じゃないけど……今は策を考えるより、行動が必要な時だ
と思うから。
大きく息を吸って、「ハッ!」と短く吐く。
よし!
気合いを入れて、私は「あの部屋」へと向かった。
「…石川…最近、ちょっと変わったね」
休憩中、ふと飯田さんがそんなことを言った。
「そうですか〜?」
突然そんなことを言われて、ちょっとビックリ。
「何となく…余裕が出てきたかな…何より、前よりもっと楽しそうに仕事してる」
楽しそう……確かにそうかも。
実際に、お仕事が楽しいし。
それは…自分がスキなお仕事っていうことプラス、明日香ちゃんの存在が大きいかな〜。
明日香ちゃんに相応しい自分でいたいって…そのために、もっともっとお仕事をスキになろうって思えるから。
だから、飯田さんにもそう言ったら、
「……はいはい…二人がラブラブだってことは、よ〜く分かりました」
って、ちょっとげんなりした様子。
その上、
「……明日香が石川のこと好きだって…未だに信じられないけど……」
なんて失礼なことを言う。
「…そうだねぇ…矢口もだよ……」
ふんだ!
二人してそんなこと言ったって、私と明日香ちゃんの「愛」は揺るがないん
ですからね!
部屋のチャイムを押すと、すぐにドアが開いた。
「どうぞ」
深呼吸をして心を落ち着かせて、室内へ足を踏み入れた。
ドアを引いて招き入れる吉澤には、余裕があふれていて……。
その見下ろすような表情に、敵地に入り込んだと感じた。
「で、話って何?」
イスを勧めながら、自分はベッドに腰掛けて訊ねてくる。
あの日、私が押し倒されたベッド……。
思わず目をそらした。
「……昨日……ごっ…後藤さんが家に来たよ……」
スッと目を細めて、吉澤は警戒の眼差し。
その視線は、何故、ごっちんが私の所に来たのかと訊ねていた。
「何であんたの所に?」
言葉でもその疑問を裏打ちして、私を睨め付ける。
脅すような視線なんて、全然怖くない。
怖いのは、その視線の底に本物の殺気が潜んでいること。
「…別に…私じゃなくても良かったんだと思うけど……」
声が震えないようにするのがやっとで。
それでも何とか勇気を振り絞って刺すような視線に耐えて、真っ直ぐに吉澤の眼を
見返した。
「……ふ〜ん……」
納得したのか、しないのか。
吉澤が何を考えているのか分からないまま、私は言葉を切り出すしかなかった。
「後藤さん…あんたのこと、本気で好きみたいだよ……」
心の中で、「私には、どこが良いのか全然理解できないけど」って付け加えて、自分
自身を奮い立たせる。
吉澤は無言で……「そんなこと、答えるまでもなく知っている」ということなのか。
それとも……。
「あんたも…後藤さんのこと、本気で好きなんだよね?」
表情からはうかがえない心の揺れを、私に知られないためなのか。
私を睨んだまま、吉澤からの答えはなくて……。
私も、それ以上言葉をつなぐことが躊躇われて、ジリジリと沈黙の時間が流れる。
「……っふぅ〜……」
突然、吉澤が大きく息を吐いて……思わずビクッて身が震える。
「…愛してるよ……ごっちんのこと……」
ごっちんへの思いを端的に表したその言葉だけが、二人の間にポツンと存在した。
でも…沈黙の長さに比例して、その言葉に込めた思いの深さだけは、私にも分かっ
た。
吉澤が、ごっちんへの自分の思いを表すのに、いくつもいくつも浮かんでは消えて、
最後に残った結晶のような言葉――。
心の奥の方から、やっとの思いで紡ぎ出された言葉――。
視線に込められていた殺気が問題にならないほど、その「愛してる」という思いが、
私を圧倒して……身体の芯から震えていた。
それ以上に……そこまでの「愛」を抱きつつも、キスすら躊躇ってしまうほどの吉澤
自身への絶望も感じて……。
頭で分かったつもりになっていた私を、ペシャンコに押しつぶすほど深い絶望だっ
た。
絶望が、強風のように私の心に吹き付けて、ちっぽけな感情を、そして私の全てを、
どこかへ弾き飛ばしていった。
ただ、私の梨華ちゃんへの「愛」だけがそれに耐えて、そこにあった。
私は確かにここに存在する――梨華ちゃんへの「愛」が、私を支えてくれていた。
梨華ちゃん……ありがとう……。
飯田さんが言うように、私も変わったけど……明日香ちゃんもだんだん変わってき
たような気がする。
最初は、あんまり他人に左右されるような人じゃないなって感じだったけど、今は、
そんなことないって知ってる。
よっすぃ〜とごっちんの問題でも、私以上に一生懸命だし。
…そのことは…ちょっと心配だけど……。
明日香ちゃんが変わったのか、本当は前からそうだったのか。
それは分からない。
でも、そんな明日香ちゃんを見て、強い人だなって、そう思う。
私のことで一緒になって、いっぱいいっぱい悩んでくれる。
例えて言うと……。
敢えて強風に向かって、顔を背けずに進んで行くような、そんな人。
私だったら…逃げちゃうな。
でも……今なら……明日香ちゃんと一緒なら、風に向かって挑んでいけそう。
だって、明日香ちゃんと手をつないでだったら、すごく温かい気持ちになれるから。
安心して進んでいけると思う。
だからやっぱり、私は明日香ちゃんの傍にいなきゃね。
明日香ちゃん……風に向かって進んでいく人。
それでいて、日溜まりみたいに温かい人。
そして……私にとって掛け替えのない人。
何とか…何とかしてあげたい。
吉澤に会いに来ようと決心した、その思いが再び私の心を満たしていた。
憐れみでもなく、同情でもない、敢えて言えば共感。
人を本当に愛するということに、普遍的に付きまとう恐れ。
愛すれば愛するほど、相手を傷つけてしまうんじゃないか――その恐れが、
自分を縛っていく。
自分が自分でいられなくなるほどに。
そのことで悩み、苦しむ……。
それでも……いくら自分が傷ついても、どうしようもなく一緒にいたいんだ
よね。
形は違っても、そのことは私も吉澤も同じだと、直感的にそう思った。
だからこそ、何とか…何とかしてあげたい。
ジッとしていられないほど、自分を突き動かす衝動が次々と湧き出てきて……。
でも…何て言えばいいのか……言葉にならない苛立ちだけがグルグルと渦巻くよ。
何をどうしたらいいのか……頭を抱えたくなるほど、私は混乱してた。
「あんた……何で?……」
その声にハッと我に返ると、何故だか、吉澤が呆然と私を見てた。
でも……もうちょっと、弱いところも見せてほしい。
私にだけは。
私は泣き虫だから知ってるの。
涙が出るって、泣けるって幸せなこと。
泣くって、心のバランスをとるのに必要なことだって。
明日香ちゃんは強い人。
でも、だからこそ心配だよ……。
頑張り過ぎちゃうから。
一人で何でもしちゃおうとするから……大抵のことは、ホントに出来ちゃう
から余計にそうなんだよね。
でも明日香ちゃん、ちょっとそこで思い出して。
私がいつも傍にいるってことを。
頼りにならない私だけど…一緒に頑張りたいから。
お願い、明日香ちゃん……。
「もうひとりの明日香」はまだ探索中。
見つかるようどうか祈ってくれ、共に。
「恋人は心の応援団」がBGMにバッチグー(死語)な展開と
考えていいですか? OKなら聴きながら読みます。
私もこの作品読んで、明日香ちゃんのことがさらに好きになりました。
続きに期待です。
「もうひとりの明日香」、私は週刊誌の裏なんかによく載ってるPONYで
買いました。ウェブサイトもあります。ttp://www.pony.ne.jp/
覗いてみてはどうでしょう。
「……あんた……何で…泣いてるの?……」
泣いてる? 私が?
自分の頬に手を伸ばして……指先を濡らした涙を不思議な思いで見る。
私……本当に泣いてるの?
ずっと、涙を堪えるのが強さだと思ってきた。
心の奥では、本当はそうじゃないって感じてたけど……それでも、強い自分を
演じ続けた。
いつの間にか意識することさえなくなって、そんな自分でいることが当たり前
になった。
涙を流すことは……そんな自分を否定するような気がして、怖かった。
でも…この涙は、嫌な感じじゃない。
一度泣いちゃったら、ポッキリ折れちゃうと思ってた心も、しっかりしていた。
深い哀しみに染められてはいるけれど……。
それは多分、昨日の梨華ちゃんと同じだからかな。
吉澤の代わりに泣いてるんだよね、私。
今やっと、吉澤を理解する糸口が見えたような気がする。
独裁者は、得てして繊細な心の持ち主だっていう。
繊細すぎる心を隠すために、必要以上に強圧的に人に接するのだと。
まさに、私たちに対する吉澤のように。
ある意味、それは心の悲鳴なんだと思う。
あまりに多くのことを感じてしまう繊細な心を持て余し、必要以上に自分を追
い込んでしまう。
そんな葛藤を心の内に溜めて…溜めて……限界を超えたとき、他者への暴力と
なってあふれ出る。
ふと、梨華ちゃんとの出会いを思い出す。
感じすぎる身体を持て余し、私を襲った梨華ちゃん。
梨華ちゃんと吉澤が、ダブって見えるように感じていたのは、きっとそういう
共通点があったから。
何もかもが、スッと上手く組み上がっていく感じで……吉澤への反感なんか、
どっかへ消し飛んでた。
「だから!……何で泣いてるんだって聞いてるんだよ!!」
吉澤に怒鳴られても、もう全然怖くなかった。
スクッて立ち上がって一歩進み出て、吉澤の目の前に立つ。
「な…何だよ……」
吉澤の声に、微かに怯えが含まれているのに気づくほど、今の私は落ち着いて
た。
「泣いて…いいんだよ……」
「……何言って……」
ゆっくり手を伸ばして、吉澤の頬に当てる。
顔を背けようとするのを、両方の手で挟み込むように正面を向かせた。
「梨華ちゃんが言ってた……『ほんの少しだけど、悲しみも涙と一緒に流れてく
れるから』って……」
ハッキリと目に戸惑いが走って、何かを言いかけるように口元が開く。
でも次の瞬間、私を抱くようにして、後ろのベッドに身を投げ出す。
「そんなの!……そんなこと……」
身体をひねるようにしながら、もう意味の通らないことを口走って、必死に私
を押し倒してきた。
「…こんな…こと…やめなよ!」
言いながら両手で吉澤を押し返そうとしたら……。
バシッ!
右手が飛んできて、掌が私の頬を張った。
今日最後の仕事を前に、ちょっと休憩。
時計を見たら午後七時半。
明日香ちゃん、お家に帰ったかな〜?
そう思って携帯電話をかけてみたんだけど……。
トゥルルル…トゥルルル…トゥルルル…トゥルルル……。
なかなか出てくれない…って思ってたら、留守番電話になっちゃった。
どうしたんだろう、明日香ちゃん……。
でも、明日香ちゃんは電話するって約束してくれたもんね。
だから、私はおとなしく待ってれば良い。
「明日香ちゃん、お仕事もう一つだけになったよ。頑張るね。電話、待ってます♪」
留守電にそう残した。
よ〜し!
お仕事頑張らなきゃ!!
叩かれた頬だけじゃなく、頭の中もジンジンして、ショックで身体に力が入ら
なかった。
私に覆い被さってくる吉澤を押しのけることも、お腹の方から服の中に入って
くるその手を払いのけることも出来なかった。
「やめなって!…自分が余計に苦しくなるだけだよ」
声だけはハッキリしてて、自分の声を聞いて、何とか心を平静に保つことが出
来た。
力の抜けた身体で、もう一度抗うように暴れる。
「ジッとしてろって!……じゃないと…また痛い目に…あわせるぞ……」
吉澤はそう言いながら、左手で乱暴に乳房を握りしめてきた。
痛っ!…痛いよぉ……。
その痛みに仰け反ったら、動きにあわせて服もブラもたくし上げられて……。
おまけに右手はスカートの中へ。
あの時と同じように……。
自然とそこがカッと熱くなったような気がする。
身を固くして、来るであろう痛みに備えて……。
でも、今度は指が突き入れられることは無くて、谷間に沿って、指がなぞる
ようにゆっくりと動いてた。
「…くぅ…ぁ……」
予期せぬ快感にゾクッと身体が反応して……もう私はうろたえてしまった。
嫌…嫌だよぉ…でも…でも……やぁん……。
吉澤の指使いは、予想もしなかったほど繊細で……梨華ちゃんとは、また違っ
た攻め方で私を追い詰めていく。
混乱したまま、私はもう目の前も頭の中も霞に覆われて、なす術もなく頂点
へ、頂点へと……。
自分の身体に流れ込む快感が、こんなにもおぞましく感じられたのは初めて
だった。
梨華ちゃんに初めて襲われたときは、屈辱感でいっぱいだったけど、それで
もこんなおぞましさを感じはしなかった。
身体は明らかに快感を受け止めてしまって熱く火照って、それにも関わらず
心はどんどん凍えて行った。
嫌だよぉ…助けて…やめてよぉ……。
望みもしない高みへと放り上げられて、のたうち苦しむ心……。
ただただ快楽を貪るだけの身体を捨てて、今すぐ梨華ちゃんのところへ逃げ
て行きたかった。
♪〜〜 ♪〜〜。
その時、イスの下に置いてたバッグの中から、着メロがくぐもって聞こえて
きた。
梨華ちゃんだ……。
ハッとして、霧がかかったようだった頭がシャキッとした。
喘ぐだけだった自分の身体に喝を入れて、やっとの思いで顔を吉澤に向ける。
吉澤は……私の乳房に吸い付くように愛撫してたんだけど……ただ…私を一切
見てなかった。
目をつぶって、ひたすら優しい指使い、舌使いで…明らかに私じゃない誰かを
愛していた。
なるほど……私は行き場のない愛情をぶつけられる身代わり人形か……。
閉じた目の向こうには、ごっちんが映ってるんだろうね。
でもさぁ、吉澤。
そんなの……寂しすぎるじゃん。
思いを素直に本当の相手にぶつけられれば、きっとあんた達二人とも幸せに
なれるのに。
寂しいよ……哀しいよ……。
考えるよりも先に、私の手は吉澤の背中を、ポン…ポン…ってリズム正しく
叩いてた。
子どもをあやすように、ゆっくり…優しく…鼓動とシンクロして。
ビクッと身体を震わせて、吉澤がゆっくりと目を開く。
その視線は…意外に幼く見えて……。
「吉澤……私は…ごっちんじゃ…ないよ……」
ヒュ〜と一気に息を吸って私を見つめる吉澤……その時の哀しげな瞳は……
初めて私に見せた真情でいっぱいだった。
ずっと、ポン…ポン…って背中を優しく叩き続ける。
「…こんなこと…切ないよ……切ないだけで……その思いの行き場所は…やっ
ぱり……」
さっきまであんなに強圧的だった吉澤が、一つ息をつくたびにしぼんでいっ
た。
何かを一生懸命に飲み下そうとするように、のどが上下してて……。
「…我慢しないで…さ……泣いちゃいなって……私で良かったら……今だけ…
身代わりになってあげる……」
吉澤は…何度も、何度も、のどを上下させて……。
「…く……ぐ……わぁ〜……」
我慢できずに、のどの奥から嗚咽を吐き出した。
突然涙をあふれさせて、私の胸に突っ伏す。
私は……相変わらず背中を、ポン…ポン…って叩いてて……。
そのまましばらく、泣く子をあやしてた。
不覚にも涙が…… 強いね…明日香ちゃん。市井効果?
痛めの展開も綺麗で上手いですね。>作者さん。
今後、皆がお砂糖たっぷりになれます様に…(w。
更新頑張って下さい。
お仕事も終わったし、さて帰ろうかな〜。
「梨華ちゃん!」
声がするのと同時に、柔らかいものが飛びかかってきて、後ろから抱きしめ
られた。
「うわっ!……あいぼんかぁ…ビックリしたよ、もう…どうしたの?」
「えへへぇ…梨華ちゃん、お腹すいたぁ」
ほっぺを背中につけて、そんな風に甘えてくる。
「梨華ちゃん、どっか食べに行かへん?」
え〜…どうしよ。
あいぼんとは、不思議と気が合う感じで、明日香ちゃんと付き合うまでは、
結構、あちこち食べに行ったりしてた。
でも……今日は明日香ちゃん、無理って言ってたけど、もしかしたら、ちょっ
とでも会えるかもしれないし……。
かかってこない携帯電話をチラッと見る。
「梨華ちゃん…最近、仕事がすんだらすぐ帰ってしまうやろ……」
そっか…そう言えば、最近ずっと明日香ちゃんと一緒だったから寂しかった
のかな?
今日くらい…良いよね。
「…いいよ。一緒に晩ご飯食べに行こう」
「ホンマに?!」
あいぼん、本当に嬉しそう。
パッと私の右手をとって、ニコッと笑う。
つないだ手を大きく振りながら、「晩ご飯♪ 晩ご飯♪」って歌ってる。
今にもスキップしだしそうなあいぼんの様子を見て、私も笑いながらお店へ
と一緒に向かった。
それにしても…明日香ちゃんからの電話、まだかな〜?
……う…動けない……。
あの後、吉澤はひたすら泣き続けて…今は……泣き疲れて寝てる。
私の上に乗ったまま。
何度か身体をずらそうとしてみたけど、右手でガッチリ腰を抱かれちゃってるし、
しかも左手は……寝てても胸を掴んでるし……。
…あのねぇ…。
おまけに…寝息がちょうど……乳首ちゃんに当たってるんだけど……柔らかに吹き
付けてくるその感覚に、一々反応してる……トホホ……。
「…はぁ〜あ……」
ため息ついて、吉澤の顔を見つめるしかない。
寝顔だけ見てると、ホントに可愛いもので……。
私と梨華ちゃんを、あれだけ酷い目に遭わせた本人だとは、とても思えない。
「…ごっちん……」
小さく吉澤の声が聞こえて、起きたのかと思ったら…寝言だった。
幸せそうな寝顔しちゃって。
夢の中じゃ、二人は上手くいってるみたいだね。
…現実でも、上手くいってくれれば……。
その時、吉澤が「ん〜……」ってベッドの上にゴロンッて寝返りを打って、私は
やっと解放された。
「ふぅ〜……」
私は逃げるようにベッドの上を転がって、床に降りてペタンと座り込む。
自分の姿をあらためて確認すると、もう…何て言うか……。
あられもないって、このことだね。
ブラはたくし上げられて乳房がこぼれ出ちゃってるし、ショーツはずり下ろされて
るし……。
誰も見てないのに、ものすごく恥ずかしくて、顔が熱くなる。
まぁ…今更なんだけどね。
真っ赤な顔で服装を整えてたら、ふと思い出した。
梨華ちゃんからの電話。
携帯を取り出して見ると、留守電が入ってた。
『明日香ちゃん、お仕事もう一つだけになったよ。頑張るね。電話、待ってます♪』
梨華ちゃん……。
胸の奥が、キュ〜ッとして……思わず携帯電話を抱きしめた。
「梨華ちゃん、何食べるん? 加護はぁ…ラザニアとぉ…」
あいぼん、はしゃいじゃって…可愛い♪
「…ミックス・サンドイッチとぉ…あ、ミート・スパゲティも、えぇなぁ……」
それは…食べ過ぎじゃない? あいぼん……。
「私は……クリームシチューにしようかな〜」
「あ、ほんなら加護もクリームシチューにするぅ」
出た、 マネッ子・あいぼん。
「あいぼん、ラザニア頼むんじゃなかったの?」
私がそう言ったら、黒目がちの瞳をキョトキョトさせてた。
「えぇねん。クリームシチューが食べたぁなってん」
そんなこと言っちゃって。
ホントは二人で食べるときは、いつも私と同じものを食べたがるんだから。
いたずらっ子で手に負えないことも多いけど、何故か憎めないの。
そう、ホントの妹みたいな感じ。
でも……人前で私のモノマネするのは…恥ずかしいから、ちょっとやめてほしいの……。
服装と心を整えてから、梨華ちゃんに電話をかける。
トゥルルル…トゥルルル…トゥルルル…トゥルルル……。
なかなか出てくれない…と思ったら、やっとつながった。
『…もしもし?』
「あ、梨華ちゃん? 私…遅くなってごめんね」
『……??……』
電話の向こうからは、音楽とかザワザワという人の気配が流れてくるだけで、何だ
か戸惑ったように無言だった。
「梨華ちゃん?……どうしたの?…私…明日香だよ?」
『!!…えぇと…あのぉ……』
あれ?…梨華ちゃんの声がちょっとおかしいような……。
「梨華ちゃん?…声、変じゃない?」
『え?!……ちょっとのどの調子が…ゴホッ…ケホッ……』
何だか変な梨華ちゃん……。
『今、お食事してるんだけど…これから来れませ…来ない?』
「…???……今から?」
時間は午後九時。
食事くらいなら良いか。
「良いよ…どこで食べてるの?」
『えぇっとねぇ……』
聞いたら、事務所の近くのファミレスで、私も何回も行ったことがある店だった。
「じゃあ…あと20分くらいで行けると思うよ」
私も梨華ちゃんにすっごく会いたい気分だったから、食事に誘ってくれたのは、
ホントに嬉しかった。
けど……何か…すごく違和感が……???
この特徴のある声は、梨華ちゃんだと思うんだけど……。
『待ってますから』
言って、すぐに電話が切られちゃった。
私に対して、「待ってますから」って……何で敬語?
やっぱり…梨華ちゃん、変だよ……どうしちゃったんだろう……。
注文した料理が出てくる前に、ちょっとトイレに行って帰ってきたら、あいぼんが
私のバッグをゴソゴソいじってた。
「こら! 勝手に他人のバッグをいじっちゃいけません!!」
私としたら、迫力出して怒ったつもりだったのに……。
「えへへぇ…」
笑ってるだけで、全然怖がってない。
あ〜ぁ……。
そんなことしてるうちに料理が出てきて、二人でクリームシチューを食べながら、
他愛もないことをおしゃべりしてた。
突然、あいぼんが、
「あんなぁ…梨華ちゃん……福田さんと付き合ってるんやろ?」
って、そんなことを訊ねてきた。
ちょっと首を傾げて、興味津々って表情。
訊ねられた私は、急にドキドキしちゃって……。
「……何で?……」
思わず絶句しそうになって、やっとそれだけ言った。
あいぼん、何で知ってるの?
「矢口さんが教えてくれてん」
矢口さ〜ん……。
「なぁなぁ。福田さんってどんな人? うち、あんまり話したことないから……」
相変わらず興味津々な表情で、私を見つめる。
「え〜…どんな人って……」
「すっごい優しいよ…頼りになるし……」
いつも私を見つめてる明日香ちゃんの笑顔が、いっぱい、いっぱい浮かんできた。
「……梨華ちゃん…福田さんにラブラブなんやなぁ」
思わずウットリしちゃってたら、あいぼんがニヤニヤ笑って言った。
私の方が年上なのに……何だかからかわれちゃってる……。
「そうだよ」
だから、当然って感じで言い返してやったの。
……ちょっと…大人げなかったかなぁ。
「ふ〜ん…福田さんも、梨華ちゃんにラブラブみたいだね」
???
何で、あいぼん、私の後ろ見てるの?
私も振り返ったら……明日香ちゃん!
何で〜??
店に入ったら店員に、
「お一人様ですか?」
なんて聞かれたけど、
「友だちが席とってるはずなんで」
って答えて、グルッと店内を見渡す。
えぇっと……いた!
梨華ちゃん、私には輝いて見えるから、すぐに分かる。何てね。
向かいの席に座ってるのは……加護ちゃんか。
何だか楽しそうに話してる。
ちょっと…何か……仲間外れみたいで…胸がチクッて……。
早足で、でもコッソリ梨華ちゃんの後ろ側から近づく。
すぐに加護ちゃんは気がついたみたいで…チラッと私を見て、梨華ちゃんに向かっ
て言った。
「……梨華ちゃん…福田さんにラブラブなんやなぁ」
思わず、「えっ!」って声が出そうになった。
今までどんな話をしてたんだろう?
加護ちゃんの表情は、明らかに梨華ちゃんをからかってる感じ。
梨華ちゃん、何て答えるだろうって思ってたら、
「そうだよ」
って、はっきり言ってくれた。
正直、嬉しかった。
知らず知らず、顔が弛んじゃうくらい……。
だからなんだろう。
加護ちゃんが私の顔を見て、
「福田さんも、梨華ちゃんにラブラブみたいだね」
って言ったのは。
加護ちゃんの視線を追って振り返った梨華ちゃんは、何故だかすごく驚いた表情。
「お待たせ」
照れながらそう言ったら、梨華ちゃん、
「…何で明日香ちゃんがここにいるの?」
って……呼び出しといて、それはないと思うんだけど。
「だって…さっき電話かけたら、『ここに来て』って梨華ちゃんが……」
「電話?…私に?……」
慌てて携帯電話を取り出して、着信履歴を見て、
「…ホントだ……」
なんて言ってる。
一体…どうなってるの?
そしたら、
「待ってたわ〜♪」
甲高い声で言って、加護ちゃんがニンマリ笑ってる。
まさか……。
「似てました?」
……やられた……。
いたずらっ子だってことはチラホラ聞いてたけど…これは…かなりの問題児だ……。
絶句してる明日香ちゃんと、勝ち誇ったようなあいぼんの様子を見て、やっ
と私にも状況が分かってきた。
「あいぼん!…明日香ちゃんを騙したの?!」
本気で追求してるのに、あいぼんは全然平気な顔。
「だますて、人聞き悪いやん。梨華ちゃんの気持ちを、加護が代弁したったん
やで……『明日香ちゃ〜ん、会いたいよ〜』って」
……頭に来た。
私ならともかく、明日香ちゃんをからかうなんて!
もうプッチンと、何かが切れる音が聞こえちゃったよ。
ムギュ〜ッ!
明日香ちゃんを騙したのは、この口?!
「い…いらい!」
「ちょ…梨華ちゃん! やめなって……」
「止めないで、明日香ちゃん!」
あいぼんのほっぺを、両手でつまんで引っ張って……。
「いらい!…いらいよ〜!!」
ジタバタ暴れるあいぼん。
「落ち着いて! 梨華ちゃん、どうどう」
「私、お馬さんじゃないもん!!」
離すもんかって頑張る私を、何とか引きはがそうとする明日香ちゃん。
絶対許さないんだからね、あいぼん!
…いやぁ……参った……。
梨華ちゃん…案外、力強いんだねぇ。
引き離すの、必死だったよ…私。
ようやく落ち着かせた梨華ちゃんは、今、私の隣に座ってて……向かい側に座った
加護ちゃんを、まだ睨んでる。
流石の加護ちゃんも、つねられて赤くなった頬を両手で押さえて、目をウルウルさ
せながらしょぼんとしてる。
「…あのさぁ…私は気にしてないからさぁ……」
「ダメッ! こういうときは、ちゃんと叱らないと!」
いつになく梨華ちゃんは興奮してる。
そんな怒るようなことじゃないと思うけど……。
まぁ、状況くらいは聞いてみようかな。
「…えぇっと、加護ちゃん…何で私を呼び出したりしたの?」
梨華ちゃんのマネまでして……って、梨華ちゃんのマネはテレビとかでも、よくやっ
てるか。
「……梨華ちゃんと福田さんが一緒におるとこ…見てみたかったから……」
ポツッて、うつむいた加護ちゃんが呟くように言った。
「私たちが一緒にいるとこを?」
どういうことだろう?
「…梨華ちゃん、ずっと嬉しそうやったから…ポジティブになって…良かったなぁっ
て……それで…福田さんって、どんな人なんかなぁって……ちょっと見てみたいなぁっ
て……」
上目遣いで私の方を見てて……。
可愛いじゃん。
「そっかぁ…加護ちゃん、梨華ちゃんのこと…心配だったんだ…梨華ちゃんのこと、
好き?」
「うん…あ、はい!」
あどけなくって、ホント、愛らしい笑顔だよね。
「…梨華ちゃんと私…仲良くしても…許してくれる?」
「はい!」
お、良いお返事だ。
素直な良い子じゃない。
何か、梨華ちゃんのホントの妹みたいな感じだし。
「じゃ、これからは、私と加護ちゃんも仲良しだね」
「…ホント…ですかぁ?」
何かモジモジしてる。
「ホントだよ。私と加護ちゃんは、仲良し小良し」
手を伸ばして頭を撫でてあげたら、ビックリしたみたいに口を小さく開けて…恥ず
かしそうに、それでもニコッて笑うしぐさが、ホント、可愛かった。
「梨華ちゃん、もう許してあげなよ」
明日香ちゃん、そう言いながら私の方を見て笑って……。
ズルイな〜……そんな笑顔見ちゃったら、さっきのことなんか、どうでも良くなっ
ちゃうよ。
「……あいぼん、もう騙したりしちゃ、ダメだからね?」
「うん!」
本当に分かってるのかな〜?
明日香ちゃんに優しくされて、私が怒ってるのなんか、もう忘れちゃってるでしょ?
まったく…もう……。
それから、明日香ちゃんがスープ・スパを頼んだのと一緒に、私とあいぼんも飲み
物を追加して、それなりに楽しい晩餐だった。
「加護ちゃんって、梨華ちゃんの妹みたいで可愛いね」
明日香ちゃんはすっかり、あいぼんのこと気に入っちゃったみたいだけど、そんな
甘い顔したらダメだよ。
本当に問題児なんだから……。
それに……何か…妬けちゃうし……。
「加護ちゃんは…出身、奈良だっけ? 今は誰と住んでるの?」
「お祖母ちゃんと…でも、時々お母さんも弟連れて来てくれるし、仕事が休みの時は
お父さんも……」
「そっかぁ…加護ちゃんは偉いねぇ」
明日香ちゃん、あんなに優しく話しかけてる……。
いいな〜…ちょっと…うらやましいよ〜……。
加護ちゃんと話してたら、ホントに妹が欲しくなってきたよ。
弟はいるけど、やっぱり、姉妹ってまた違った感じの関係なんだろうなぁ。
そんなこと考えながら、ふと気がついたら、梨華ちゃんがつまんなさそうな
顔してる。
やばっ!
加護ちゃんとばっかり話してたからだ……。
「り…梨華ちゃん……」
眉間にしわが寄って、眉尻が下がって……。
「私……もう帰る……」
えぇっ!
怒っちゃったの?
どうしよう……。
「あ…え…私、送ってくよ」
「……いいよ。大丈夫…一人で帰れるから……」
あちゃぁ…久しぶりのネガティブ・モードだよ。
どうにかして引き留めようとしてたら、
「…眠いよぉ……」
加護ちゃんが、目をこすりながら欠伸して、座ったまま寝始めちゃった。
「あ…ちょっと、加護ちゃん! こんなとこで寝ちゃ駄目だよ」
あたふたしてたら、梨華ちゃんは何だか慣れた感じで、先に会計を済ませて
た。
「よいしょ!…タクシーに乗せて、家の方に電話かければ良いよ」
言いながら加護ちゃんをおんぶして、外へあるいてく。
え?…いや、一人でタクシーに乗せるのは…それはまずいんじゃ……。
「梨華ちゃん、やっぱ寝てる子を一人でタクシーに乗せるわけにはいかないよ。
私が送ってくよ」
「そんなの悪いよ…私が送ってく」
眉を寄せた表情は、まだちょっと機嫌が悪そう。
「……じゃ…二人で送っていこうよ」
このままじゃ、家に帰る気になんかなれないよ。
「…うん……」
梨華ちゃん、チラッて加護ちゃんの寝顔を確認して、ちょっと嬉しそうに笑っ
てくれた。
ほっ……。
とにかく、通りでタクシーを捕まえて、二人で加護ちゃんを挟むように乗り
込む。
梨華ちゃんが行き先を告げて、それから……梨華ちゃんの方を見たら、目と
目があって……。
何も言わずに両方から手を伸ばして、ちょうど加護ちゃんの太腿のところで、
指を絡ませるようにつないだ。
ちょっと冷たい梨華ちゃんの手。
ホッとするような安らぎを感じるよ。
梨華ちゃんは、気恥ずかしそうにうつむき加減で微笑んでる。
きっと、私も同じような表情をしてるんだろうなぁ。
そのとき車が交差点を曲がって、コックリコックリしてた加護ちゃんが、つ
ないだ手の上に覆い被さるように前のめりに倒れてきた。
何だかその寝顔も、微笑んでるように見えた。
あいぼんに焼き餅焼いたりして…私、恥ずかしいよ。
でも良かった。
あのままだったら、嫌な気持ちのまま、家に帰らなきゃいけなかったもんね。
ちょっと、あいぼんのお眠さんに感謝かな?
タクシーに乗ってる間、私たちは一言もおしゃべりしなかったけど……その
代わり、ずっと手をつないでた。
あいぼんの身体に挟まれちゃってるってこともあったけど……それはただの
口実で……。
ホントは、明日香ちゃんを感じてたかっただけ。
とにかく無言のまま、あっと言う間にタクシーは、あいぼん家に到着した。
タクシーを待たせておいて、「あらまぁ、亜依ったら…ごめんなさいね」って
呆れてるお祖母ちゃんに、あいぼんを引き渡す。
お祖母ちゃんに抱かれて、スヤスヤ寝てるあいぼんに、
「…バイバイ」
って言って、タクシーに戻った。
心の中では、「あいぼん…ありがとう……」って言って。
二人きりになったタクシーで、明日香ちゃん家に向かって行った。
相変わらず無言のまま、指を絡めて微笑み合って……。
ほんの少しの触れ合いが、ほんのり温かく、ほんのり切なく、心を満たして
くれた。
でも…もうすぐ明日香ちゃん家に着いちゃう。
あの角を曲がったら……。
あ〜ぁ……時間はすごい早足で……いじわる。
でも……とっても大切で…幸せな時間だった。
二人を乗せたタクシーは、ただただ走るだけで……。
何を話せば良いのか……うぅん。何も話す必要は無かった。
触れ合う指先から、いろいろなことが…あらゆる思いが伝わってきたから。
だから、家に着いてもタクシーを降りるのがもったいなくて……。
ドアが開いて、運転手さんの
「お客さん、着きましたよ」
って、のん気な声を聞きながら、梨華ちゃんの瞳を見つめた。
微笑の中に浮かんだその瞳だけが、切なさに揺れてて……吸い込まれそうに
なって、慌てて言った。
「おやすみなさい」
「……うん。おやすみなさい……」
そのままじゃ、「…やっぱり梨華ちゃん家に行きたい」って言っちゃいそう
だったから、ギュッて力を入れてその温もりを指先に覚えこませて、パッと手
を離した。
タクシーから降りて……ドアが閉まった後も、私を見つめ続ける梨華ちゃん
の顔が見えるように、屈み込んで窓を覗き込む。
梨華ちゃんの口が、「また明日ね」って動くのに答えて、「うん!」って大
きく肯いて……。
走り始め、あっと言う間に遠ざかっていくタクシーを、角を曲がって姿が見
えなくなっても、しばらく見送っていた。
吉澤のとこに行ったこと……言えなかったなぁ。
きっと、
「勝手に危ないことして!」
って、怒られるだろうけど……。
でも…次はちゃんと話しておかないと…ね。
さっきまでつないでいた手を胸元に当てて、大きく息を吸い込んで、心を落
ち着かせてから家のドアに手をかけた。
明日香ちゃんを残して、遠ざかっていくタクシー。
ずっと後ろを振り返って、見送る明日香ちゃんをみつめてた。
角を曲がって明日香ちゃんの姿が消えて……それでもずっと明日香ちゃんを捜して
た。
相変わらず私は、甘えん坊さんだな〜……。
もし、明日香ちゃんが、いなくなっちゃったら……。
きっと寂しすぎて、泣いて泣いて……死んじゃう…かも。なんてね。
でも私、それくらい、すごい泣き虫だから……。
明日香ちゃんは…私がいなくなったら、泣いてくれるかな〜?
泣かない強い女の子……でも…明日香ちゃんが泣くようなことになったら、それは
本当に大変なことだよね。
そんな時、やっぱり傍にいてあげたいよ……。
あれ? 私がいなくなったらって想像してたんだっけ?
それじゃあ一緒にはいられないわけで〜……あれ?
と…とにかく…私はずっと、ずっとず〜っと、明日香ちゃんと一緒にいたいの。
どんなことがあっても…いつになっても……。
そんなことを考えて……やっと、座席に前向きに座り直した。
どんどん、どんどん、明日香ちゃんから遠ざかっていくタクシー。
それに乗った私は……明日香ちゃんの指の感触を留めた自分の手をほっぺに当てて
……それから…運転手さんに分からないように口元の方にずらして、窓の外を見る振
りをしながら、そっとキスをした。
「ただいまぁ…」
「お帰り。遅かったわね」
「うん…ちょっと友だちに食事に誘われちゃったから……」
「そう。夜は気を付けなさいよ」
「はぁい」
そんなやりとりをしてから、階段を上って……。
♪〜〜 ♪〜〜……。
部屋の前で携帯電話が鳴った。
部屋に入りながら携帯電話を取り出して、急いで通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『あ…明日香さん……後藤です…』
ごっちんの声は、明るいような緊張してるような……。
「どうしたの?」
『あの…アドバイスの通りに、よっすぃ〜に電話したら…呼び出されちゃって……』
ん? ちょっと待てよ……。
今、吉澤はあのホテルにいるはずで……呼び出しってことは……。
ま…まさか……いきなりそんなことは……ハハハ…まさかねぇ……。
「会って話が出来るんだね…良かったじゃん」
『は…はい……あの…それで…私…どうしたら良いと思います?』
え?…どうしたら…って。
「…会って、ちゃんと自分の思ってることを、伝えれば……」
『そ…そうなんですけど……だって…あの……ホ…ホテルに来てほしいって……言われたから……』
いや、ごっちん自意識過剰なんじゃ……。
吉澤は、今いるところに来てって言っただけじゃないかなぁ……たぶん……。
…いやでも吉澤だからなぁ……。
とにかく…うかつにそういうことは言えないんだよね。
だって…そうしたら、何で私が吉澤のいるところを知ってるか…ってことになるじゃない?
余計にごっちんを不安にさせちゃうもんね。
「……ごっちん、落ち着いて。場所はこの際気にしないでさぁ。キチンと自分の思い
を伝えることに集中した方が良いよ」
『そう…ですよね。アハハ…私、ちょっと焦っちゃって……』
気持ちは分かるけどさ。
私だって、梨華ちゃんにホテルに呼び出されたら……同じように焦っちゃうだろう
し。
いつも土壇場にならないと、そういう気になれないんだよねぇ。
「ま、とにかく頑張ってきなよ…チャンスだと思うし」
『はい!…頑張れば…もしかしたら…アハハ♪……』
え?……ごっちん……もしかして…そういう展開を期待してる?
『ありがとうございます、明日香さん。勇気出ました。じゃあ、これで』
ツ〜…ツ〜…ツ〜……。
いや、『じゃあ、これで』って……。
「もしも〜し?……」
……速攻で切られちゃったよ。
良いんだけどさぁ……。
ごっちん、焦ってじゃなくて…期待に興奮して電話かけてきたのかな?
……やっぱ…私とは違うなぁ……。
自宅に帰り着いて、いつものように「あのピアス」を外して、ベッド脇に大切に置
く。
明日香ちゃんと片方ずつ交換し合った、星形のピアス。
これを傍に置いておくと、安心して寝られる。
きっと、これが無かったら、よっすぃ〜に襲われたあの日から、寝られない日が続
いたと思う。
私の傍には、いつも明日香ちゃんがいる。
これがあると、そう思える。
もちろん、私の心の中には、ずっと明日香ちゃんがいるよ。
でもこれがあると、そのことをもっと深く感じられるの。
♪〜〜 ♪〜〜……。
プッチモニの着メロ。
保田さんかな?って電話を見たら…よっすぃ〜からだった。
何で?……。
瞬間的に身が震える。
怖いよ……明日香ちゃん。
どうしよう……。
恐る恐る電話に出る。
「…もしもし?……」
『梨華ちゃん? 私』
「うん……」
よっすぃ〜、何だか明るい感じ。
『あのさ〜…明日も明日香さんに会うでしょ?』
明日香ちゃん?
よっすぃ〜が何考えてるか分からないから、すごい不安だよ。
「……会いたい…会うつもりだけど……」
『じゃあさ〜、言っといてよ』
「何を?」
『…”お節介!”…って』
え〜? どういうことなの?
「…それって……」
『じゃあね〜。よろしく』
ツ〜…ツ〜…ツ〜……。
あの、よっすぃ〜? 『じゃあね〜。よろしく』って言われても……。
「もしもし〜??」
……もう切れちゃってる……。
よっすぃ〜、何のために電話してきたんだろう?
お節介って…どういうこと?
やっぱり……よっすぃ〜って分かんない。
ごっちんからの電話に、ちょっとペースを崩されたけど、おやすみメールを
梨華ちゃんに送って後はもう寝るだけ。
「おやすみ、梨華ちゃん。今日はもう遅いからメールで」
そしたら、梨華ちゃんからの返事に、
「おやすみなさ〜い。明日の朝、電話するね。伝えることもあるし」
って書いてあった。
伝えたいことって何だろう?
まぁ、明日話せばいいや。
ここんところ寝不足気味だったから、ゴソゴソとベッドに潜り込んだら、す
ぐに眠気がやってきた。
逆らう必要もなく、誘われるままに眠りに落ちて……とにかく、夢の中でも
梨華ちゃんの笑顔は可愛かった。
「もしもし〜? おはよう、明日香ちゃん。起きてた?」
『おはよう。今、着替えたところ』
朝起きて、仕事に行く前の明日香ちゃんを電話で捕まえる。
電話の向こうから、欠伸してるのが聞こえてくる。
ふふふ…可愛い♪
『あ、そう言えば、伝えたいことがあるって…』
「うん…あのね…昨日、あの後よっすぃ〜から電話があって……」
『吉澤から?! 何か言われた?』
よっすぃ〜からの電話って聞いて、急に明日香ちゃんの声が真剣になる。
「大丈夫。別に何にも言われたりしなかったよ。けど……」
『けど?』
「よっすぃ〜から明日香ちゃんに、”お節介”って……」
『……あいつ……』
明日香ちゃん、ちょっと戸惑いながら、でもちょっと嬉しそう。
何か…嫌な感じ……。
あれ?…もしかして……。
「…明日香ちゃん……昨日…よっすぃ〜と……」
『え?…あ…ごめん……昨日…会いに行った……』
もう!
「また私に相談しないで、そんな危ないことして!!」
ちゃんと私にも言ってよ!
……やっぱり怒られた。
「あの…ホントごめん……だけどさぁ…梨華ちゃんに言ったら、止められると
思ったから……」
自分でも言い訳がましいとは思うよ。でも……。
『当たり前でしょ! 止めるに決まってるじゃない!』
ちょっと理不尽な感じも…しちゃうんだよ。
「でもさぁ……どうしても、あの二人のこと放っておけなくてさぁ……」
梨華ちゃんだって、ごっちんと吉澤のこと、あのままで良いとは思わないよね?
『……じゃ〜ぁ…明日香ちゃんは、危ないことして、私が悲しんでも良いのね?』
「え?!」
そ…そういう言い方されちゃあ………ズルくない?
「いや…あの……ごめんなさい……」
素直に謝るしかないじゃん……何か…腑に落ちないけど……。
電話の向こうで、明日香ちゃんが納得してないの、分かるよ。
でも、やっぱり…イヤなものはイヤッ!
ワガママだって言われたって、明日香ちゃんの無事の方が大事なんだもん!!
「ねぇ、明日香ちゃん…昨日、よっすぃ〜と何があったの?」
ちゃんと私にも聞かせて。
『…ごっちんがどう思ってるかとか、あいつに教えてやろうと思って…でも…
会ってみて…あいつも…悩んでるって、よく分かったよ』
そうなんだ〜……。
「上手く…いった?」
『まぁ…半分ぐらい…かな……』
へ〜、半分は上手くいったんだ。
「そっか〜……」
やっぱり明日香ちゃんはすごいね。
あ! 一番大事なこと、聞かなきゃ。
「襲われたり、しなかった?」
ただでさえ明日香ちゃんは可愛いのに、前にもよっすぃ〜に襲われちゃって
るんだから、心配だよ……。
『………………別に…大丈夫だったよ……』
ウソ! 最初の無言は何!?
やっぱり危ないこと、されたんじゃない!!
もう〜! よっすぃ〜のバカァ〜!!
「もしも〜し?」
『…………』
やっば……梨華ちゃん、何も言わなくなっちゃった。
いきなり、
『襲われたり、しなかった?』
って聞かれたから、咄嗟に何て答えたら分からなくなっちゃったんだよ。
吉澤に襲われそうになったこと、バレちゃったのかなぁ?
紗耶香に続いて、また吉澤…これは梨華ちゃんに知られちゃマズイッす!
……確かに私、ちょっと襲われ過ぎ。
でも…でも……ちょっと恥ずかしい言葉だけど…心は梨華ちゃん一筋だよ。
「ホ…ホント、何も無かったんだってば!」
『……ウソ…』
う…確かに嘘なんだけど…ここは「無かった」って言い張るしかない。
「ホントだってばぁ! 梨華ちゃ〜ん、信じてよぉ」
『………会いに来て……』
はぁ?
『今日、会いに来てくれたら信じてあげる』
えぇっ!…マジッすかぁ?!
それにしても…明日香ちゃん…ウソつくの下手すぎだよ。
よっすぃ〜に襲われちゃったのバレバレだよ〜。
明日香ちゃんもバレてるのに気づいて、焦っちゃってるし。
『…いや…あの…流石にそろそろ仕事、サボルとやばいんだけど…』
無理なこと言ってるって、十分知ってるよ。
だけど、今の私は聞き分けのない子になってるから。
「ダメッ! 絶対に会いに来て」
私のこと、傷つけたくないためのウソだってことは、分かるよ。
でもやっぱり、ウソだって分かっちゃったら…余計に傷つくよ。
だからね。
これくらいは……頑張ってほしい。
今は、ワガママ言いたい気分なの。
明日香ちゃんだからワガママ言えるの。
ホントに甘えちゃってるね、私。
でも……ワガママ言える相手がいて、幸せだって……それは確かだよね。
「いつでも良いから…今日中に会いに来て」
私からの、ちょっとひねくれた「I
Love you」……届くよね?
「梨華ちゃん……」
いつに無くワガママな梨華ちゃん。
でも……可愛いなぁ……可愛いよ……。
私のウソを、こんなワガママで許してくれるつもりなんだね。
ここは頑張るしかないでしょう!
…とは言っても、この間も無理言って休ませてもらったばかりだし、仕事は
休めないよ。
「…分かった。仕事が終わったら、すぐに飛んで行くから。どこに行けばいい?」
『スタジオに来て。絶対だよ?』
えっ!…仕事してる最中に…ちょっと抵抗はあったけど、えぇい! 行っちゃ
うよ!!
「うん。絶対!」
名残惜しい感じだけど、思い切るように電話を終えて、部屋を出る……と思っ
たけど、おっと、忘れちゃ駄目じゃん!
慌てて、梨華ちゃんとおソロのピアスを取りに戻る。
大事にしすぎて、あんまり付けて外に出たことがないピアス。
久しぶりに、梨華ちゃんの持ってる双子の姉妹に会わせてあげないとね。
付け替えるまもなく、バッグに大切にしまって仕事場へと急いだ。
「…ふぅ〜……」
切れた電話をゆっくり下ろして、思わずため息ついちゃう。
緊張と安堵。
ホントは、ちゃんと私の思いが明日香ちゃんに伝わるか不安だったの。
でも、明日香ちゃんはキチンと受け止めてくれて……。
私たち、やっぱりベスト・パートナーだよね?
さて、夜になるとは言っても明日香ちゃんが来てくれるんだから、私服もおしゃれ
して行かないと。
服を取っ替え引っ替え選んで、時間ギリギリでやっと納得して出掛ける。
もちろんピアスは、今日も、あれ。
何だかデートの時みたいにウキウキしながら、スタジオに向かった。
「おっはよ〜ございま〜す♪」
「おはよう」
控え室に入ると、もう私以外の全員がそろってた。
ツ〜ジ〜と遊んでたあいぼんが、テコテコッて寄ってきて、
「梨華ちゃん…『昨日、ありがとうございました』……」
まぁ! いつになく丁寧な言葉遣いね。
「って、福田さんに伝えてな」
……私に対してじゃないのね……。
「…分かった」
「あ…梨華ちゃんもサンキューな」
明らかについでだね。
もう……悲しい……。
その時、何だか視線を感じて振り返ったら、よっすぃ〜が慌てて目をそらしてた。
昨日の夜の”お節介!”って言葉が、また聞こえてきたみたいな気がした。
よっすぃ〜と明日香ちゃんに、何があったんだろう?
明日香ちゃんは、半分は上手くいったって……。
でも、よっすぃ〜には危ないことされちゃって……。
気になるよ〜!
よっすぃ〜、明日香ちゃんに何したのか、隠さず言いなさい!
……って、心の中でだけ問いつめてた。
今日は、いつも以上にテキパキ度を上げて仕事する。
終わったらすぐに出られるようにしないとね。
そのためには印象が良くないと。
テキパキ、テキパキ。
「おっ! 明日香ちゃん、何だか張り切ってるじゃないか」
すぐに主任さんの目にとまっちゃった。
「そうですかぁ? いつも通りでしょう」
あんまりあからさまじゃ、マズイよね。
「いや…やっぱり張り切った感じだな……彼氏でも出来たかな?」
ゲッ……。
「な…何でですか。そんなわけないじゃないですか!」
出来る限り慌てた様子を見せないようにしたつもりだけど……。
「そっかぁ…年ごろの女の子なんだから、彼氏くらい、出来てもいいのになぁ……」
主任さん、優しい目で私のこと見てた。
元芸能人ってことで、周りの目を気にしてるって思ったみたい。
「まっ、いろいろあるだろうけど、頑張ってな」
主任さんに頭をポンポンッてされたら、何だか申し訳ないような気になっちゃった
よ。
「…はい」
自分じゃ気がつかないところで、大人の人に気を遣わせちゃってるんだね。
元々私って、雇う側からしたら厄介な存在だよね。
今じゃ一般市民のくせに、雑誌のカメラマンとか、いろいろ訪ねてくることも多
いし。
あらためて、この仕事場に感謝しなくちゃね。
特に主任さん、ありがとう!
……でも、今日は早く帰らせてね。
ごめんなさい!
番組収録のリハーサルなどなど、次々に仕事が進んでいく。
娘。全体…タンポポ…プッチモニ…ミニモニ。…また娘。全体……。
二、三週録り溜めの分の衣装を選んだり……同じ様にならないように選ぶのが、こ
れがまた大変なんだよね〜。
「あ、それダメ。一週目の加護と同じ」
「え〜、ウッソ〜…じゃ、オイラはどれ着れば良いの?」
「じゃ〜ね…これは?」
「…いまいちだけど…しょうがないか」
バタバタしてるうちにお昼になって、出番待ちの間にお弁当を食べる。
え〜と、空いてる席は……ん…よっすぃ〜の隣……。
実は私…襲われてから、番組中以外で隣同士になったことない。
っていうか、私が避けてるんだけど……。
なのに、今空いてるのは、よっすぃ〜の隣だけ。
躊躇ってる私に、よっすぃ〜が気がついて……。
「…隣、空いてるよ?」
矢口さんたちもチラッて私の方を見てる。
「う…うん。ありがとう……」
これは…座らざるを得ないよね。
みんなもいるのに、何故だかオズオズ座っちゃう。
よっすぃ〜の反対側は、ごっちん。
今朝から二人は良い感じだから、仲直りしたのは間違いないみたい。
ずっとおしゃべりしながら楽しそうな二人を横目に、お弁当を黙々と食べる私。
ごっちんがそんな私にニコニコ話しかけてくれた。
「梨華ちゃん、昨日、ありがとうね」
「ううん。別にあれくらい…メンバー同士じゃない。気にしないで良いよ」
「ありがとう」
チラッとよっすぃ〜の方を見たら、ちょっと眉をしかめてた。
昨日のこと、気に入らなかったのかな〜……「お節介!」とか言ってたし……。
その後すぐに、私以外は食べ終わって、一人で取り残されちゃった。
急いで食べちゃって…追いつこうと廊下に出たら、よっすぃ〜が一人で壁にもたれ
てた。
待ち伏せされた?!
もう焦っちゃったけど、私を見てるだけで、別に何もしてこない。
「よっすぃ〜…な…何?」
「……ちゃんと伝えてくれた?」
え?……あぁ、「お節介!」ってやつ?
「伝えたよ……明日香ちゃん、複雑な表情だった」
「そう……」
それで終わりかと思ったんだけど……。
「あんたの明日香さん……胸、結構大きいんだね…」
な…何ですって〜!!!!
「ちょっと、よっすぃ〜、それって……」
詰め寄ろうとする私をかわして、
「……あぁそうだ。もう一コ、伝えといてよ……”柔らかくって、よく眠れた”ってね」
それだけ言うと、ニヤッと笑って、さっさといなくなっちゃった。
大きな控え室に、ポツンと一人。
テーブルの上には、フルーツとかお菓子が盛られてる。
いや、盛られてた形跡というべきか。
ほとんど無くなってるから。
それをちょっとつまんでみたり……。
見渡すと、イスの上とか部屋の隅とか、あっちこっちにメンバーのバッグが
置かれてて……雑然としてるよね。
さっきから何だかソワソワしてしまう。
自分がメンバーだったときには、控え室に一人で残ったりしなかったから分
からなかったけど……何か…この雑然、ガラ〜ンとした感じの中にいると……
寂しいもんだね。虚しいって言うかさぁ……。
仕事が終わって速攻で駆けつけたのは良いけど、案の定、メンバーたちは収
録の最中。
流石に収録現場へ立ち入るのは勘弁って思って、数少なくなった顔見知りの
マネージャーさんに頼んで、控え室で待たせてもらってるんだけど……。
妙に寂しい……。
ちょっと、ここまで来ちゃったことを後悔。
それ以上に、梨華ちゃんにウソついちゃったことを大後悔。
ごめんね、梨華ちゃん……ホント、悪気があってウソついたんじゃないんだ
よ。
許してほしい。
…ここに一人だと…何だかたまらなく梨華ちゃんに会いたくなっちゃったよ。
だから……早く戻ってきてね。
相変わらず落ち着かない静寂の控え室。
でもドアの向こう、廊下をにぎやかさが近づいて来てた。
収録が終わって、皆が戻って来てる…そうであってほしい。
当然、梨華ちゃんも戻ってきて……。
こんなにドキドキして待ってることなんて、今まで無かったなぁ。
控え室のドアを開けると、明日香ちゃんがいた。
思わず、ほっぺが緩んじゃう。
明日香ちゃんも、何だか照れくさそうに笑ってる。
傍に駆け寄ろうとして……。
「あぁっ! 明日香ぁ〜!!…元気だったかい?」
…安倍さんに先を越されちゃった……。
「元気だよぉ…この間、なっちん家に行ってから、そんなに経ってないじゃん」
安倍さんは、そんな明日香ちゃんの言葉にもニコニコしてた。
何か、いい感じ…だけどイヤな感じ……。
でも、安倍さんはすぐに私に気がついて、
「お目当ては梨華ちゃんだもんね…なっちは寂しいよ…」
って言いながら、変わらずニコニコして、明日香ちゃんの隣の席を譲ってくれた。
やっぱり安倍さんて大人〜♪
明日香ちゃんの隣に座って、お互いに見つめ合っちゃったりして……。
ホントに駆けつけてくれて、嬉しい。
これから、いっぱいおしゃべりできると思ったのに……。
「福田さ〜ん! 昨日はごちそうさんでした」
「加護ちゃんかぁ。いえいえ、どういたしまして」
今度はあいぼん。
明日香ちゃんも、何だか嬉しそうにあいぼんのこと見てるし……。
「福田さん、福田さん、加護、モノマネが得意なんですよぉ。見てください」
あ〜もう! そんなの、どうでもいいでしょ!
私の明日香ちゃんなのに〜!!
加護ちゃん、可愛いなぁ……。
思えば、私がメンバーだったのとほとんど同じ年齢なんだよね。
「似てます? 似てますよね?」
「うん。似てる、似てる!」
さっきから、モノマネのオンパレード。
芸達者っていうか……。
無邪気な子どもって感じだよね。
私の場合は、全然、子どもっぽくないって言われてたけど……。
……加護ちゃんも、違う意味で年齢不相応な気がするけどね。
見てると、何だか表情が緩んじゃうよ。
ん?…何だか視線を二つ感じる。
近い方は…うっ…梨華ちゃん、何でそんなにオドロオドロした視線で見つめ
てるのさ?
その目は、「寂しいよ〜」って訴えてた。
今は加護ちゃんの相手してるけどさ…後でいっぱいお話しようよ。ね?
目でそんなことを伝えたら、真剣な顔でコクッて肯いてる。
ものすごくマジな顔で……ちょっと…怖い……。
その向こうからは、ちょっとたれ目な辻ちゃんが、ジ〜ッと私のこと見てる
し……。
と思ったら、急にトコトコトコッて近寄って来た。
「あのぉ〜…福田さん…」
「ん? なぁにぃ? どうしたのかなぁ?」
この子達と話してると、自然とこんな言葉遣いになっちゃう。
「えぇとぉ……ひざに座っていいれすかぁ?」
……はぁ?!
ちょっとツ〜ジ〜!
明日香ちゃんに何てことをお願いしてるのよ!!
いくらお人好しな明日香ちゃんだって、そんなこと突然頼まれて、「いいよ」なん
て言うわけが……。
「…いいよ。おいで」
ウッソォ〜……。
明日香ちゃんの膝の上で、嬉しそうに笑ってるツ〜ジ〜。
その後ろから、
「辻ちゃんは甘えん坊さんなんだねぇ」
って、覗き込むみたいに話しかけてる明日香ちゃん。
……二人まとめて、可愛い……。
「福田さん、優しいからスキれす」
イヤ〜ン!
ツ〜ジ〜、そんなこと言っちゃダメ〜!!
うらやましいよ〜!!!
私も明日香ちゃんの膝の上に座りた〜い!!!!
そしたら、そしたら〜…私だって、いっぱい
「明日香ちゃん、スキ!」
って言っちゃうのに〜……。
そしたら明日香ちゃんも、
「私も…梨華ちゃんのこと、好きだよ」
な〜んて…キャッ。
ポワワ〜ン。
ハッ!
空想に浸ってる場合じゃない。
「明日香ちゃ〜ん、晩ご飯、一緒に食べに行こうよ」
とにかく、ここを離れないと二人の時間はやってこないわ。
「ご飯! 辻もいっしょに行くれす」
明日香ちゃんの顔を見ながら、エヘヘッて笑ってる。
それを見る明日香ちゃんの目が優しくて……。
ダメ〜!
このままじゃ、明日香ちゃんが
「じゃ、一緒に行こっか」
なんて言っちゃうよ〜。
どうしよう……。
「のの。うちと一緒に食べに行こう。な?」
あいぼん、偉い!
「あいぼんは、福田さんたちと、いっしょに行かないんれすか?」
「この後、福田さんと梨華ちゃんは、大切なお話があるねん。やからダメやねん」
あいぼんが私の顔を見てウインク。
……何か、あいぼんに心を見透かされてるみたいで複雑な心境。
でも、折角の協力をムダにはしない。
ありがとう、あいぼん!
「そ…そうなの〜。ごめんね、ツ〜ジ〜。今度また食べに行こうね?」
「そうなんれすかぁ……こんど、絶対れすよ?」
私が肯いたら、明日香ちゃん、
「私も約束するよ」
って、小指を出してる。
「ゆ〜びき〜りげんまん、ウソついたら、針千本飲〜ます。指切った!」
……明日香ちゃん、絶対、いいお母さんになりそう。
意外に、って言ったら失礼だけど、明日香ちゃん、子ども好きだったんだね。
そんな明日香ちゃんも、スキ♪
加護ちゃんと辻ちゃんにバイバイして、廊下に出たら圭織と圭ちゃん、矢口が何か
話し合ってた。
「明日香、加護辻に懐かれちゃってたじゃん」
苦笑いしながらそんなことを言う矢口に続いて、圭ちゃんも、
「大変だったでしょ?」
って。
「??別に。あの二人、可愛いじゃん」
そう言ったら、梨華ちゃんも含めて四人ともが、ため息ついてる。
「…たまに会うから、そう思うんだよ…」
「そうかなぁ……」
「そうだよ」
何だか、私には分からない苦労があるみたいだ。
おっと、話し込んでる場合じゃなかった。
「梨華ちゃん借りてくよ。今日、あんまり時間ないんだ。また今度ゆっくりね」
「二人で食事?」
「そう。じゃ、またね」
「うん。じゃ〜ね〜」
梨華ちゃんと二人で出口の方に向かおうとすると、後ろの方から三人の話し声が聞
こえてきた。
「…未だに、明日香が梨華ちゃんのどこを好きになったのか…信じられないんだよね……」
「…うん……」
「そうなんだよねぇ……」
まだ、あんなこと言ってる。
そんなに、私が梨華ちゃんのこと好きになったらおかしいかなぁ?
考えながら出口の近くまで来て、バッタリ出会っちゃった。
吉澤と。
そしたら吉澤、私と梨華ちゃんを見比べてから近づいて来て、私にコソッと、
「今夜は盛り上がるかもよ」
だって。
何のこと?
「借りをつくったまんまなんて許せないから、これでチャラね」
はぁ?
益々訳分かんないよ。
「いったい何の……」
問い詰めようとしたら、スルッと身をかわされた。
「梨華ちゃん、頑張ってね〜」
手を振ったりして、そんなこと言いながら行っちゃった。
……何だっただろう?
イヤなこと思い出しちゃった……。
――「あんたの明日香さん……胸、結構大きいんだね…」
――「……”柔らかくって、よく眠れた”」
そんな言葉がグルグル、グルグル……。
よっすぃ〜…明日香ちゃんの胸…見たの?
”柔らかい”って…触ったの?
”よく眠れた”って……どうなったの?
でも…怖くって明日香ちゃんには聞けないよ。
明日香ちゃんの胸……そうだよ。大きくて、柔らかくて、安心させてくれる
胸だよ。
でもっ!
でも、それは私のものなんだからっ!!
何だか胸の奥が、キュ〜ッて締め付けられるみたいだよ。
それなのに、カッて熱いの。
明日香ちゃん……私のものだよね?
私だけのものだよね?
食事の間、梨華ちゃんは何だか元気がない。
「どうしたの?」
って聞いても、
「…何でもない」
って答えばっかり。
さっきの吉澤といい、何か変だよ。
「…あのね…明日香ちゃん……」
「ん? なぁに?」
やっと梨華ちゃんの方から話しかけてくれた。
見ると、うつむいた感じで、ちょっと上目遣い。
何だか…いつも以上にセクシー。
「……今日…私ん家に…泊まっていって……」
急に心臓がドキドキし始めた。
「梨華ちゃん……」
潤んだ瞳を前にして断るなんてこと、私に出来るはずないじゃん……。
でも…梨華ちゃん、何でそんなに必死な感じなの?
「今夜は盛り上がるかもよ」
さっきの吉澤の予言は当たりそう。
それにしても…吉澤、梨華ちゃんに何したの?!
店を出て、タクシーを拾って……明日香ちゃんの手に、そっと私の手を乗せてみた。
明日香ちゃん、私の方を見てニコッて笑って……どちらからともなく指を絡ませて
た。
それから…部屋に戻ってすぐ、思い切って明日香ちゃんにお願いしてみたの。
「…膝の上に座っても…いい?」
って。
さっきのツ〜ジ〜と明日香ちゃんの姿が目に焼き付いてたから……。
明日香ちゃん、ビックリした顔してたけど、クスッて笑った。
「いいよ。おいで」
って、両手を伸ばして私を引き寄せてくれた。
フラフラッて夢見心地で、明日香ちゃんの膝の上に……。
明日香ちゃんの膝……柔らかい…温かい……。
「ふふふ…今日の梨華ちゃん、何か大きな赤ちゃんみたい」
私の髪にほおずりするように笑いながら、明日香ちゃんはそんなことを言って……。
髪の隙間からもれた吐息が、私の耳を撫でる。
もう…ゾクゾクッて身が震えて……。
「あ、ご…ごめん……」
私が震えてるのに気がついて、慌てて顔を背けてる。
「ううん…大丈夫」
それ以上に、よっすぃ〜の言葉で胸の中がモヤモヤしてるから……。
首だけ振り返って、すごい間近で明日香ちゃんを見つめる。
柔らかいほっぺから、スッと通った鼻筋……キュッと締まった唇……。
全部が超アップで私の目の前にある。
「…ねぇ……キス…していい?」
唇が迷うようにパクパクッて動いて……でも、それからはっきりと動いた。
「…いいよ」
って。
上体だけ振り返った梨華ちゃん……唇からうなじにかけての、綺麗なライン
に見とれてた。
だから、
「…キス…していい?」
って言われたときも、ちょっとドギマギしただけで、ほとんど抵抗もなく
「…いいよ」
って……。
誘われるままにキスした。
相変わらず梨華ちゃんの唇は、柔らかくって、滑らかで、温かくて…ホント、
最高だった。
梨華ちゃんを抱きかかえるようにしたキスは……すごく…頼られてるって感
じが強かった。
私、梨華ちゃんに頼られてる…応えてあげたい…頑張らなきゃって……。
少しだけ唇を離して……。
「苦しくない?」
振り返るっていうか、仰け反るようにキスしてる梨華ちゃんに尋ねる。
「ううん…全然………明日香ちゃんが支えてくれてるもん……」
小さく首を振る梨華ちゃんが、すごくいじらしくて……。
もう一度キスをした。
今度は、深く深くキスをした。
熱くて…熔けるようなキス……。
私は……あっと言う間に梨華ちゃんと一体になって…梨華ちゃんしか見えな
くなってた。
舌と舌が触れ合う感覚が、すごいH。
私が、もっと明日香ちゃんに近づこうと仰け反ると、バランスをとるように
私を抱きしめる腕に力が入って、明日香ちゃん自身も前のめりになってくる。
だから益々二人は密着して……今までにないくらい深い深いキスだった。
あんまりにも深いから、息継ぎをするみたいに一呼吸入れたんだけど……。
「明日香ちゃん?」
もう目の周りとか、ポッて赤くなってる。
瞳も何となく虚ろな感じで……本当にキスに弱いね、明日香ちゃん。
もう一回軽くキス。
唇を離す。
明日香ちゃんが私の唇を追うように腰を浮かせるのと、私が手を引いて立ち
上がるのが同時だった。
タイミング良くスッと立ち上がった明日香ちゃんだけど、すぐにフラッて。
慌てて抱き留めて、もう一回キス。
今日はいつもより、いっぱいキスしたい気分。
「私のものだよ」って、印をいっぱいつけたいから。
そうやっていっぱいキスしながら、ベッドの脇へと誘う。
それから……明日香ちゃんの服を一枚一枚取り除いていく。
出来る限り明日香ちゃんの心に近いところまで触れたいから。
明日香ちゃんと私の間に、薄紙一枚ほどの隔たりがあったりしてもイヤ!
最初は身をよじったりしてた明日香ちゃんも、反撃するように恥ずかしげに
私の服に手を伸ばす。
いち早く明日香ちゃんをショーツだけにしちゃった私が、不意打ちで明日香
ちゃんをベッドに押し倒す。
「あっ!…ズルイ……」
聞こえませんよ。全然聞こえません。
エヘヘ……大好きな明日香ちゃんの胸に唇を這わせちゃうよ。
「…ぃゃ……」
どうしようもなく唇から漏れ出す喘ぎ声。
我慢しなくて良いのに……相変わらず明日香ちゃんは恥ずかしがり屋さんだ
ね。
豊かな乳房の縁に沿って、グルッと弧を描くように指と唇を動かす。
二つの弧が最も近くなる場所、ちょうど心臓の上……。
あれ? これ…何?
左胸の中心よりのところに……何か…赤い印……。
これって……もしかして……キスマーク!!
瞬間、あの娘。の不敵な笑顔が浮かんできた。
よっすぃ〜!!!
優しく梨華ちゃんに触れられて……込み上げるような幸せを感じてた。
そしたら突然、息を呑むような雰囲気がして、梨華ちゃんの動きが止まった。
???
何だろうって首を上げて覗いたら、二つの乳房の真ん中に梨華ちゃんの驚い
たような顔。
……何だか…ヤラシイ構図。
「どうしたの?」
聞いたら、梨華ちゃん、ハッとした感じで私を見て……。
ムギュッ。
咄嗟に顔を隠すように両脇から私の乳房を寄せた。
「…あ…明日香ちゃん…胸、大きくなった?」
なんて言いながら。
「……ばぁか……」
恥ずかしくって顔を背けちゃった。
でも、実際に大きくなったかも。
やっぱり…梨華ちゃんに触られてるからかなぁ……。
なんて考えたら、余計に恥ずかしくなってきたよ。
梨華ちゃんの顔も赤かったから、そんなこと考えてたのかなぁ?
でも、何かちょっと変。
だって、さっきまで触れるか触れないかみたいなソフトタッチだったのに、
左胸の下側を、ゴシゴシッて感じでこすったりしてる。
何だろ?
梨華ちゃんに、もう一回、「どうしたの?」って聞いてみようと思ったら、
急にゾクゾクッて快感が走り抜けた。
強いキス。
それも、さっきこすってた辺りをついばむような。
チュ〜ッて吸うような感じ。
梨華ちゃん、そんなにしたらキスマークついちゃうよぉ……。
ま、梨華ちゃんのキスマークだったら良いか。
胸だから、他の誰かに見られるってこともないし。
梨華ちゃんだけが知ってる私の秘密…ってことだよね。
何か…ちょっと嬉しいよ。
うぇ〜ん!
こすっても消えないよ〜。
こんなのイヤだ〜!!
私の明日香ちゃんに、よっすぃ〜のつけたキスマークなんて…許せな〜い!
どうにかして消さないと。
どうしたら消えるの〜?!
どうしたら……どうしたら……。
!! よしっ!
明日香ちゃんの胸に刻まれた憎らしいキスマークを、覆い隠すように唇で挟
み込む。
それから思いっきり吸って……。
「ん……ぁ……」
明日香ちゃん、色っぽい声出してる。
唇を離すと、前より大きくてピンク色のキスマークの出来上がり。
もうこれは、よっすぃ〜のじゃないんだから。
私の愛のこもったキスマーク。
それにもう一回キスをして……何だか嬉しくなった。
だって…これからは私印の明日香ちゃんだもんね♪
前よりずっとずっと愛しさが増して、改めて思いを込めて指と唇で触れる。
「…!…ふぅん……」
急だったから、明日香ちゃんがビクッて。
ごめんね、明日香ちゃん。
よっすぃ〜のせいで横道にそれちゃったけど、でもそのお陰で私の印をつけ
てあげられて、すごいドキドキしてる。
これからちゃんと愛してあげるからね♪
今度は私が梨華ちゃんを…って思って手を伸ばしたら、それに気がついた梨華ちゃ
ん、私の手を取って……自分の頬にそっと当てた。
ふわって柔らかくて…じんわりと温かかった。
胸の奥がキュンッてした。
私を見つめる梨華ちゃんの瞳が、穏やかにほほ笑んでて、それでいて切なさを含ん
でて……呼吸が苦しくなるくらいに胸がキュンキュンした。
動くこともできない私に、梨華ちゃんはニコッて笑って……また私の胸に顔を埋め
た。
張り詰めた感じの乳首ちゃんをパクッて。
「ぁ…ぃゃん」
思わず梨華ちゃんの頭を抱きしめる。
ズルイよ、梨華ちゃん。私ばっかり攻められてるじゃん。
そりゃ今でも、こういうこと…セックス…は苦手意識があるけど、私だって、いつ
までも受け身じゃないってことを見せたいのに……。
じゃないと、一方的に愛されてるだけって感じがする。
私だって梨華ちゃんのこと……。
でも実際は、全然敵いっこなくて。
あれ…今日の梨華ちゃん、いつもと違う。
いつもはソフトタッチで、しかも最後まで乳首ちゃん自体には触れてこないのに。
今は、チュッ、チュッて乳首をしゃぶってる。
愛撫されてるっていうより、何か…赤ちゃんにおっぱいあげてる感じ。
すごく不思議。
何だか、今まで感じたことがないものが湧き上がってくる。
どう言えばいいのか。
愛する者を胸に抱いてる充実感。
それを失ってしまうんじゃないかっていう恐れ。独占欲。
または母性。
そして、自分の中にも母性があることを確認できた安堵感……。
決して純粋な母性だけじゃなくて、いろいろな感情が、複雑に入り乱れてた。
赤ちゃんを抱く母親って、こんな感じなんだろうか?
それとも、今の状況があくまで擬似的なものだから?
それとも……私がまだまだ子どもだから?
私がそんなことを思ってる間も、梨華ちゃんはチュッ、チュッてしゃぶってる。
性感を刺激されないわけじゃないけど、やっぱり赤ちゃんを抱いてる感じ。
よしよし。梨華ちゃん、いい子にしてね。
梨華ちゃんの背中を、ポン、ポンてしながら子守気分で、まだどこか余裕がある私
だった。
人差し指と親指をバージスラインに沿うように開いて、アンダーバストから
ジワジワッて這わせていく。
やっぱり明日香ちゃん、胸大きくなってるね。
前より膨らみがしっかりしてきた感じ。
もしかして…私のお陰かな? キャッ♪
明日香ちゃんは身じろぎして、私の方に手を伸ばしてきた。
まだダメだよ。
でも言葉にしたら白けちゃいそうだから、その手をとってほっぺに当てる。
明日香ちゃんの手、ちょっとヒヤッとして気持ちいいね。
私の気持ち、伝わってる?
明日香ちゃんと肌を合わせてると、安心しちゃうの。
まだまだ私が甘える番。
いいでしょ?
明日香ちゃん、何だか切なそうな表情でちょっと肯いたように見えた。
そうだよ。
昨日から、いっぱい心配したんだから、もっともっと甘えさせてね。
それじゃ、改めて。
目の前には、ふっくらおっぱい。
その頂上には、明日香ちゃんの呼吸とシンクロして、上下に動く乳首ちゃん。
すごい深い紅……この間店先で見つけたリップカラーのガーネットみたい。
ゆっくり唇を近づけて、パクッて。
「ぁ…ぃゃん」
そんな声と同時に、私の頭を抱きしめる明日香ちゃん。
可愛い♪
口の中に含んだ乳首ちゃん、すごい張り詰めてるね。
上下の唇で挟むようにすると、それが余計に感じられる。
ちょっと大きめのアメ玉くらいかな?
舌も使って転がすように舐めたら、明日香ちゃん、
「ん…はぁ〜…」
って息をもらすように喘いで、イヤイヤッて肩でせり上がって逃げようとする。
可愛い〜!
逃がさないぞ〜♪
唇で追いかけて、乳首ちゃんをしゃぶる。
チュッ、チュッ。
チュッ、チュッ。
何だか…自分が赤ちゃんに戻ったみたいな気持ちになって、夢中でしゃぶり
続けてた。
さっきまでは、赤ちゃんみたいな梨華ちゃんを胸に抱いて、おっぱいをあげ
てるお母さん気分だった。
…のに、今はもう……。
「あ…ぃゃ…梨…華ちゃん」
梨華ちゃんの髪に指をからませて、必死で声を我慢してる。
あれからずっと、梨華ちゃんにしゃぶられ続けて、乳首ちゃんはジンジン、
ジンジン。
五分しか経ってないのか、それとも三十分以上なのか……一瞬も平静でいら
れないから全然分からないよ。
とにかく、梨華ちゃんの唇と指の動きに翻弄されて、胸全体が痺れてる。
耳も頬も、頭の中も熱くて…きっと色もピンクに染まってるね。
それ以上に、そのぉ…ショーツの中が大変なことになってる。
梨華ちゃんは、胸の周辺ばっかり触って、一度もそこは触れてくれてない。
なのに、もうあふれ出しそうだよ。
ギュッて両腿を寄せてないと、本当にとろけ出しそうなんだよ。
その脚も、じっとしていられなくて、こすり合わせるように交互に膝を曲げ
たり伸ばしたり……。
梨華ちゃんだって、私の様子に気づいてるはずなのに、まだ乳首ちゃんをし
ゃぶり続けてる。
「梨…梨華ちゃ…ん」
このままじゃ、私……。
「…どうしたの、明日香ちゃん?」
もう…もう我慢できないよぉ。
「お願い…」
恥ずかしくて顔から火が出そうになりながら、それでも欲望にせっつかれる
ようにお願いしちゃう。
「何が?」
なのに梨華ちゃんは、おすまし顔。
「…苦しいの」
切羽詰まった私は、今にも泣きそうな情けない顔。
「ウソ〜。気持ちいいんでしょ? だってほら、乳首ちゃんがこんなに…」
言いながら、両方の乳房を搾るようにする。
「ゃん…」
二つの乳首ちゃんが盛り上がって、張り詰め切ってる様子がより強調されて
る。
「ほら〜、こんなに固くて、おっきいよ。乳首ちゃん、喜んでるね♪」
ずっとしゃぶられ続けて、確かに固く、大きくなってるけど…もうはち切れ
そうで苦しいんだよぉ。
私は他にどうすることも出来なくて、ただ首をふるふると振って、同じ言葉
を繰り返す。
「お願い…苦しいの」
梨華ちゃん、ちょっと首を傾げて私を見てて……。
「…どこが?」
って。
待ってるんだ。
私が言葉でちゃんと言うのを。
そういうの、私が口に出来ないの知ってるくせにぃ……。
思わず恨めしそうに梨華ちゃんを見つめてたら、
「そんな顔しないで…ね?」
そう言ってキスしてくれた。
「でも……」
唇を離しながら、ちょっと意地悪く笑ってる。
え、何?
「?!!…あぁ…いやっ!…気持ち…いぃ…」
もう我慢できなくて、きつく梨華ちゃんに抱きついた。
それなのに私は、身体をヒクつかせて続けてた。
特に腰から下が。
だって…梨華ちゃんの手がショーツの上からなぞってたから。
すごい…すごいね、明日香ちゃん。
こんなに乱れた明日香ちゃん、初めてだね。
でも私、どうしても…どうしても見たかったから。
いつもはキリッと凛々しい明日香ちゃん。
優しく私を包んでくれる明日香ちゃん。
本気で怒ってくれる明日香ちゃん。
そんな明日香ちゃんの全部が好き。
だから…Hな明日香ちゃんも見たいの。
他の誰にも見せない顔。
私にだけ見せる顔。
だから…だから…ね?
明日香ちゃん、ヒシッて感じできつく抱きついて、私の肩口に顔を押し当て
てる。
可愛くて、愛しくて、もう一度キスをしたくて、両手で肩を押して明日香ちゃ
んの顔を覗き込んだら……。
「!明日香ちゃん? どうしたの?」
恥ずかしそうに真っ赤なのはさっきまでと一緒だけど、今まで見たことない
くらい悲しそうな顔。
「……私…変になっちゃったよぉ……」
きわどいH話をサラッと平気な顔でして、周りの大人たちを振り回していた
私は…どこ?
今の私は、体の中から湧き出てくる生々しい衝動に振り回されて、驚き焦っ
て、恐怖に慄いている。
見聞きしただけの性知識なんて、何の役にも立たなくて、とにかく梨華ちゃ
んにしがみついて身を振るわせるだけで。
「……私…変になっちゃったよぉ……」
そう言うのがやっとで、カッカと火照った身体の心から、沸々と出てくる女
の欲望が勝手に下半身を突き動かしてる。
梨華ちゃんと肌を合わせるごとに、突き上げる衝動が強くなってるのは分かっ
てた。
でも、今日はホントに突然で、ある一線を越えたところから一気にスイッチ
が入っちゃった感じで、もう何が何だか分からない状態だった。
求めるようにひくつく腰の動きが、とんでもなく卑猥に感じられてそんな自
分が嫌だった。
「全然、変じゃないよ」
梨華ちゃんが耳元で優しく囁いてくれる。
「でも……」
慰めでしょ? 今の私、変だもん……。
「全然、変じゃないよ」
繰り返す言葉。
「感じる…って、ホントはこういうことなんだから」
ホントに?
だとしたら……怖いよ。
自分が自分じゃなくなる感じ……。
「大丈夫だから」
梨華ちゃんが目を細くして笑ってる。
…信じていいの?
「感じすぎちゃう私のこと、『大丈夫だよ』って言ってくれたの、明日香ちゃんじゃない」
そうだけど……不安だよ。
「私は嬉しいよ?」
ホントに?
「これからは、明日香ちゃんに気持ち良いこと、いっぱいしてあげられるから」
……嬉しいのかな?
怖いかも……。
「大丈夫だから」
また繰り返される言葉。
「私に…任せて」
梨華ちゃん…私……。
「うん……お願いね?」
心細いから、梨華ちゃんに全部任せるよ。
ホント、可愛い……。
明日香ちゃんは、私より頭一つ分くらい小さいけど、いつもは全然そんなことは
感じたことがなかった。
存在感って言うか、とにかく大きな存在で……。
なのに今の明日香ちゃんは、とてもちっちゃくて儚げな感じ。
でも、そんな明日香ちゃんも大スキ♪
胸の奥が熱いような冷たいような、抱きしめてあげたいって思いでいっぱいになっ
たよ。
私が守ってあげる。
私が? 明日香ちゃんを?
何だか不思議な感じだけど、でもそんな気持ちなの。
好きな人に触れられて感じちゃうのって、全然、変じゃないよ?
私だって、今、ドキドキ、すごい胸が高鳴ってきちゃってるもん。
だから明日香ちゃん。そんなに不安そうな顔しないで。ね?
明日香ちゃんのすごい柔らかいほっぺに自分のほっぺを寄せて、ゆっくりと滑らせ
る。
微かにうぶ毛に撫でられるような感じが気持ちいいね。
そのまま、あごのラインに触れた唇を沿わせて行って、あごの一番先端へ。
ちょっと上にある下唇を、そっとついばむ。
「ん…ぅふ…」
ちょっと開いた唇の間から、色っぽい声が漏れ聞こえる。
う〜…ゾクゾクッてしちゃうよ〜。
今度は上唇を挟み込みながら、手を伸ばしてショーツを脱がしちゃう。
明日香ちゃんもちょっと腰を浮かせてお手伝い。
すぐに手が届かなくなっちゃうけど、明日香ちゃんが自分で右足を曲げて、ちょっ
と引っかけて脚を伸ばす勢いで一気に脱いじゃう。
ほとんど同時に明日香ちゃんも手を伸ばしてきて、私も脱がされちゃった。
二人とも何も着てない、いわゆる「生まれたままの姿」って状態。
キスをしながら、丁度重なる胸でお互いの膨らみを感じて、もっともっと熱くなっ
ちゃう。
そっと脇腹の辺りに手を添えると、ビクッて身をよじる明日香ちゃん。
「…ぁ…ぃやっ…ぃやっ…」
唇を離して逃げるように仰け反りながら、ずっと、
「ぃやっ」
って繰り返してる。
ジタバタしてるうちに上へ上へってずり上がってるけど、ダ〜メ。逃がさないも〜ん♪
右手でギュッて抱きしめたら腰の辺りで、丁度、乳首ちゃんが目の前。
パクッて吸い付きながら、左手は相変わらず脇腹をス〜ッ、ス〜ッて行ったり来たり。
「ぃやっ…や〜っ!」
明日香ちゃんの声がどんどん大きく艶っぽくなってく。
それが耳に入ってきて、私も…ゾクゾクッてしちゃうよ〜。
だから。
「明日香ちゃん…触って…ほしい?」
大きく胸を上下させて、ちょっと涙目で私を見つめてる。
コクッて肯くけど、
「どこが良い?」
って、まだまだ焦らしちゃう。
「もぉ…」
真っ赤な明日香ちゃんもステキだよ。
「……下の方……」
それじゃ分かりませんよ〜って言いたいけど、私もそろそろ限界で……。
太股の方からジリジリッて指を寄せていく。
花開くように大きくなったそこを、なぞるように指を行き来させる。
「ここ?」
「ぁ…あ…そこ…そこっ!」
眉をギュッて寄せて、苦しそうな、でも気持ちよさそうな明日香ちゃんの表情が
すごい可愛いから、今日はこれで許してあげる。
「ゃ…り…梨華…ちゃん!」
熱くあふれ出てるその中心に、ゆっくりと指を沈めていった。
自分で自分のことを律することもできないまま、梨華ちゃんの指を自分の中
に感じた瞬間に視界が点滅して……。
何か叫んだみたいだけど、そんなことも分からないで、ひたすらに私を突き
動かす衝動に従って、梨華ちゃんにすり付くようにして身を震わせてた。
怖い…怖いよ。
だって、梨華ちゃんとつき合い始めて、だんだん、だんだん感じやすくなっ
て、イッちゃった時の快感も、深く深くなっていってる。
このまま、いつかは正気に戻れなくなるんじゃないかって心配になるほどに。
今もチカチカ点滅してる視界の戻り方が、ものすごくゆっくりに感じる。
「明日香ちゃん、可愛い♪」
最初に目に飛び込んできたのは梨華ちゃんの笑顔で、それはとっても嬉しく
て、ホッとして、ウルッてきちゃって。
「ど…どうしたの?!」
焦った梨華ちゃんの声が頭の後ろから聞こえる。
自分で意識するより先に、梨華ちゃんの肩口に抱きついてた。
「どうしたの、明日香ちゃん?…どっか、痛くしたりしちゃった?」
心配する声に、小さく首を振る。
きっと梨華ちゃんは吉澤のことを思い出して心配してるんだろうけど、そう
いうんじゃないんだよ。
「怖かったの……自分が自分じゃなくなるみたいで…それに…」
そう、「それに」なんだよね。
「私ばっかりなんて、嫌だよぉ」
こういうことで梨華ちゃんに敵わないのは分かってるよ。分かってるけど……。
「何〜? 明日香ちゃん、どうしたの?」
顔は見えなくても、当惑してる梨華ちゃんの様子は伝わってくる。
私、こういうこと自体はやっぱりまだ苦手で、でも梨華ちゃんと触れ合える
ことが嬉しくて……。
だから、私だけ一方的にイッちゃうっていうのは違うって思うんだけど。
梨華ちゃんは……そうじゃないのかなぁ?
指が沈んでいった時、急に私の名前を叫んでギュ〜ンッて仰け反ったから、ホント
にびっくりした。
でもそんな明日香ちゃんも、フワッて遠くを見つめてるみたいで神秘的で、すごい
可愛かったから、ほっぺが緩んじゃうね。
「明日香ちゃん、可愛い♪」
虚ろだった瞳の焦点が、ようやく私に合ったのを覗き込んでそう言ったら、明日香
ちゃんの顔がクシャッて歪んで。
「ど…どうしたの?!」
ガバッて感じで抱きつかれて、ドギマギしちゃった。
でも、可愛いって感じた明日香ちゃんにそんな風にされて、正直、嬉しかったんだ
けど……。
チラッて、よっすぃ〜に襲われた明日香ちゃんが、すごい痛がったのを思い出して
不安になっちゃった。
だから、
「どっか、痛くしたりしちゃった?」
って聞いたんだけど、そうじゃなかったみたい。
ブンブンッて感じで、明日香ちゃんは首を振ってる。
なのに、明日香ちゃんは震えてるように感じるの。
「怖かったの……自分が自分じゃなくなるみたいで…それに…」
どういうこと?
「私ばっかりなんて、嫌だよぉ」
???
分かんないよ〜。
ん〜……「怖い」っていうのは、私にも分かるの。
最近、明日香ちゃんはドンドン感じやすくなってるから、エクスタシーも深くなっ
てると思うし……。
私だって、初めて本当の深いエクスタシーを感じたときは、怖かったもん。
だけど、明日香ちゃんの言ってるのは、それだけじゃないみたい。
でも、それがどういうことなのか……それが分からなくて。
明日香ちゃんが、何かを悲しんでるってことは確かで、私にはそれが分からなくて。
そんなの絶対嫌だけど、だからどうしたらいいの?っていうのが……。
ね〜教えて、明日香ちゃん。
抱き合ったままの状態で話し続けるのは、何だか恥ずかしいから、梨華ちゃんの
手を引っ張って二人でバスルームへ行った。
お互いに洗いっこして、二人並んで湯船に浸かりながら話の続き。
「大切な二人の時間…でしょ?」
「……うん」
だからぁ、どっちかがどっちを気持ちよくするだけじゃ嫌じゃない?
私はそう思うんだけどなぁ。
梨華ちゃんに、そう言ったら、
「…私は、明日香ちゃんが良かったら、それで良いって思ってたから……」
って首を傾げてる。
「あのね」
私の方を見てる梨華ちゃんの前髪が、パラッて落ちてきて顔にかかったのを、ちょ
いって指で分けてあげる。
「梨華ちゃんは、私のことを思ってくれてるでしょ?」
「うん」
「私だって、梨華ちゃんのこと思ってるんだから。梨華ちゃんのために、やっぱり…
してあげたいなぁとか」
何か梨華ちゃん、眩しそうに私を見てる。
「ありがとう♪」
「え?!…あ、うん」
考えてみれば「梨華ちゃんを攻めたい」って宣言してるのと同じことで……恥ずか
しいよ。
梨華ちゃん、ちょっと期待したような目で私を見てる。
「じゃ、お風呂あがったら…ね?」
え?!
……いや…あの…改めてそう言われると、自信がないよ……。
梨華ちゃんにやり方を「教えて」って言うのも変だし。
「あ…うん…えぇっと……」
どうしよぉ……。
明日香ちゃん、急にしどろもどろになっちゃった。
そりゃそっか。
今までで明日香ちゃんにしてもらったのって、ちゃんとしたのは一回くらいだった
もんね。
「やっぱり、今度にしよっか。今日は明日香ちゃん、疲れちゃったでしょ?」
「……ごめん」
良いんだよ、明日香ちゃん。
ホントに私は気にしないから。
こんなことは、慣れてる方がやったら良いんじゃないかな?
私はそう思うんだけどな〜。
でも明日香ちゃん、いつも通り真剣に悩んでるみたいだから、今度は上手くリード
して、分からないように明日香ちゃんのしたいようにさせてあげようかな。
照れくさそうにしてた明日香ちゃん、視線をそらして湯船に口元まで浸かってブク
ブクッてしてる。
う〜〜やっぱり可愛いよ〜!
「明日香ちゃ〜ん!」
「うわわっ!!」
思わず抱きつこうとしたら、明日香ちゃんがバランスを崩して湯船の中にブクブク
ブク〜ッて……。
大変!
明日香ちゃんが溺れちゃう!!
慌てて助け起こしたら、
「ケホッ、ケホッ!…あぁ、死ぬかと思った」
だって。
その言い方と、髪が濡れてペタッとしちゃった明日香ちゃんが幼く見えて、笑っ
ちゃった。
「もう! 何で笑うの?!」
プ〜ッてほっぺたを膨らませてたけど、すぐに明日香ちゃんも笑った。
バスルームに響く二人の笑い声が、とても幸せに響いてた。
その日はそのまま梨華ちゃん家に泊まって、次の日、朝早くから仕事の梨華
ちゃんと一緒に駅まで歩いて、一旦、自宅に戻る。
着替えて仕事に出ようとしたら、母さんに捕まった。
「ここのところ、外泊しすぎでしょ。今日は真っ直ぐ家に帰ってきなさい!」
だって。
確かに続いちゃってるもんねぇ。
仕様がないか…梨華ちゃんにはメール送っとこう。
そしたらすぐに返信が来た。
『え〜! 寂しいよ〜!!…でも、仕方ないね。その代わり、いっぱいメール
と電話ください。絶対だよ!☆☆梨華☆☆』
私もすぐに返事を送った。
『ごめんね。メールと電話、必ずするよ。でも、心にはいつでも梨華ちゃんが
いるさ。なんちゃってね。from
明日香』
それからずっと、暇があったらメールのやりとりをしてた。
内容は、他愛もないことばっかり。
『また保田さんに怒られちゃったよ〜』とか、
『明日香ちゃん、お昼何食べた?』とか。
そんな一つ一つが嬉しくて、返事を書けることが幸せだった。
一日、仕事を終えて言いつけ通りに真っ直ぐ帰宅。
たまには親を安心させてあげなきゃね。
夕食を食べてから、部屋に戻る。
一人になってベッドに横になると、梨華ちゃんのことが頭に浮かんでくるよ。
チラッて、胸についてるだろう梨華ちゃんのキスマークのことを思い出した
り。
当面の問題は……やっぱり、このまま受け身で良いのかってことで、でも、
そんなことが一人で考えて解決するはずもなくて……。
と言って、誰かに相談するって言ってもねぇ。
なっちにこんなこと話したら大騒ぎになるだけだし、圭ちゃんは顎を指で
掻いて困った顔で考え込んじゃうだろうし、圭織は……やっぱ駄目だよねぇ。
まぁ、裕ちゃんしかいないかって思って、電話してみたけど……。
『お〜、明日香かぁ? 裕ちゃん、今えぇ気持ちなんよぉ。明日香も飲みに…』
何も言わずに速攻で切ってやった。
ん〜〜…酔った裕ちゃんに相談なんて出来やしない……。
後、私たちのこと知ってて、かつこういうことに詳しそうなのって……。
もう思い浮かぶのは一人だけ。
吉澤かぁ。
確かに詳しそうなんだけど…昨日も何か意味深なこと言ってたし…どうした
もんかなぁ。
夜中に近くなって、やっと収録が終わった。
急いで明日香ちゃんに電話。
「もしもし、明日香ちゃん? 今、仕事が終わったの〜。メール、返事送れな
くてごめんね〜」
『ううん。仕事、お疲れさまだね。帰り、気を付けてね』
声を聞いたら切なくなってきちゃった。
「明日香ちゃん家に行きたいよ〜」
『……ごめん』
私のバカ!
寂しいのは明日香ちゃんも同じなのに……。
「ウソ、ウソ。行ってみただけだから。でも、今後また行きたいな〜」
『タイミング見て、絶対ね』
焦って言ったら、こんな明日香ちゃんの返事が返ってきて、一転して舞い上
がりそうになっちゃった。
やっぱり私、明日香ちゃんから元気をもらって生きてるね。
「ホントだよ?…じゃ、帰り支度しなくちゃいけないから。家に着いたら電話
しても良い?」
『待ってるよ。じゃ、ホントに気を付けて帰ってね』
「うん。それじゃ」
電話を切って、急いで着替え始める。
「梨華ちゃん、何ニヤニヤしてんの?」
振り返ったら、よっすぃ〜が私を見て笑ってる。
ムカッ!
明日香ちゃんの胸のキスマークを思い出して、よっすぃ〜を睨んじゃう。
「別に。よっすぃ〜こそニヤニヤしてるじゃん」
私の不機嫌なんか気にする様子もなく、一歩、二歩近づいて来た。
「見つけたんだね。キスマーク」
何か見透かされてるみたいで、すっごいイヤな感じ。
「何であんなことするの?…ひどいよ」
私も小声で、それでも突っ掛かるように言ったら、よっすぃ〜はさも心外だっ
て感じ。
「ひどい? お二人の刺激になればって、良かれと思ったんだけど」
刺激?
「冗談も休み休みにしろ!」って言いたかったけど、よっすぃ〜の表情から
は本気で言ってるとしか思えなかった。
「…本気でそんなこと言ってるの?」
「何で? 本気だよ? ドキドキしなかった?」
……開いた口がふさがらないって、こういうこと。
ため息つくしかないよね。
「もし明日香ちゃんが気づいてたら、きっとショック受けてたんだから! 絶対
にナイショだからね?」
「へぇ、気づいてなかったんだ。ま、場所が場所だったからね」
呑気なこと言ってる。
「絶対にナイショだからね!」
もう一回、釘を刺したら、
「はいはい」
って、ちょっと首をすくめて私から離れて、そのままドアのところで待ってた
ごっちんと手をつないで出て行っちゃった。
手をつないでねぇ……あの二人の仲が進展したのは、まぁ、良いことで、そ
れも明日香ちゃんのお手柄だけど……。
「はぁ〜……」
何か、またため息が出て来ちゃった。
はっきり言って、吉澤に相談するなんて気乗りしない。
今まで、あれだけ振り回されてきたんだから。
何考えてるか未だによく分からないし。
でも…そういうのを横に置いて考えれば、条件はピッタリなんだよねぇ。
まず、今回の相談内容…セックス…については、その気になればかなり詳し
いみたいだし。
皮肉なことに、振り回されてきた分だけ、お互いの状況もよく分かってるし。
私たちに対してはともかく、相手を大切にしたいって思いは、まぁ、共有で
きそうだし。
取りあえず、現状では関係修復してるわけだし。
でも…でもなんだよぉ。
吉澤に弱みを見せるの、何だかしゃくでたまらない。
大体、何て聞けばいいのさ?
そんな風に電話を手にしながら迷ってたら、急に着メロが鳴り出してビクッ
てしちゃった。
しかも、その当の本人からかかってきてたから。
『もしもし?』
吉澤の声を聞くと、今でもちょっと圧迫感を感じる。
それもあって、相談するの躊躇っちゃうんだよ。
「…どうしたの。今更あんたから電話かけてくるとは思わなかったけど」
『アハハ…昨日、盛り上がったのかなぁ?って気になったからさ』
そうだった!
こいつ、梨華ちゃんに何したんだ?
「一体、何したの?!」
勢い込んで聞いても、吉澤の方はいたって平静なもの。
『今日、梨華ちゃんにすごい勢いで口止めされたから、ナ・イ・ショ』
こ…こいつ。
『でもまぁホントのところ、梨華ちゃんに何したって訳じゃないからさ。心配
めされるな』
「本当だろうね」
『ホント、ホント。今はごっちんとラブラブで、それどころじゃないからさ』
「…それは、ようございましたね……」
ごっちんと上手くいってるのはいいけどささぁ……やっぱりこいつが何考え
てんだか、さっぱり分からない。
『でも今日の梨華ちゃんの様子だと、盛り上がったみたいで、大変結構』
電話の向こうで肯いてるらしい。
昨日のことを思い出して、胸の奥がシクッて痛む。
「…あ…あのさぁ…そのことなんだけど……」
反射的に言葉が口をつく。
『??? 何か?』
やっぱり…でも……えぇい! 聞いちゃえ!!
「昨日…私だけ、その…イ…イッちゃってさ、それで……」
電話を握りしめて、これ以上ないくらい赤面しちゃってる。
『私に梨華ちゃんのイカせ方を教えてほしいわけ?』
サラッと言えちゃうところに期待を持ってしまう私は…かなり追い込まれて
るなぁ。
「ま…まぁ…そういうこと」
『ふ〜ん…じゃ、手取り足取り?』
え?!
て…手取…足取り?
「やややや、そうじゃなくって」
もう焦りまくりで、毛穴が一気に開いたみたいに汗が噴き出す。
『何だ、残念。また可愛いとこが見られるかと思ったのに』
アッケラカンと笑ってる。
何てことを言うんだ、こいつは!
やっぱり相談なんてするんじゃなかった。
「もういい! 用事がないんだったら、もう電話切るよ」
『何怒ってんだよ。ったく…そもそも悩むようなことでもないし。梨華ちゃん
の場合、耳とか攻めればすぐじゃん』
それは……そうなんだけど。
でも、それも何か違うような気がするんだよ。
ただイカせちゃえば良いって訳じゃなくて……。
大体、こいつが梨華ちゃんの弱いところを知ってるっていうことに腹が立つ。
「もういいって! 自分で何とかするから」
イライラしながら、ぶっきらぼうにそう言う。
『おぉ怖っ。ま、焦んなきゃいいんだよ。慌てず、ゆっくり、ソフトタッチ』
やっとアドバイスらしきものをしてくれたけど。
「…でも…その間に私の方が……」
『いいじゃん。別に競争って訳じゃないんだし。ま、せいぜい頑張ってみてよ。
じゃ』
「あ! もしもし?」
言うだけ言って、さっさと切っちゃった。
一体何の用だったんだろう?
いいように遊ばれたような……。
でも…ちょっとは気休めになったかも。
一応、感謝しておこうかなぁ。
自宅に帰り着いて、何をさておいても、とにかく明日香ちゃんに電話。
携帯電話を持って、ベッドの上にペタンと座りながらコール。
『もしもしぃ?』
「わ〜い! 明日香ちゃん、私、今お家に帰ったところ〜!!」
押さえようとしてもテンションが上がっちゃう。
『…元気に帰宅できたみたいで良かったね』
「うん! ねぇ明日香ちゃん、今何してるの?」
こんな時間に「何してるの?」っていうのも変だけど、やっぱり気になるよね。
『別に。あ、さっき吉澤から電話があったよ』
よっすぃ〜から?!
も…もしかして、キスマークのことばらしちゃったんじゃ。
「そ…それでどんなこと話したの?!」
『…別に何にも。何の用事だったのかも分からなかったし。相変わらず変なやつだよ
ねぇ』
ホッ。良かった〜。
取りあえず約束は守ってくれたみたい。
「そっか〜。ね〜明日香ちゃん、明日は…会える?」
電話やメールも嬉しいけど、やっぱり会いたいよ。
『私も…会いたい。会いたいよ……』
明日香ちゃんも同じ気持ち。
『でも……』
そう。「でも」なんだね。
『親が心配しちゃってさぁ、当分の間、仕事が終わったら真っ直ぐ家に帰らなきゃい
けなくなっちゃって……』
やっぱり。
そんな気がしてた。
最近、無理ばっかりさせちゃったから……。
なのに先に謝ったのは明日香ちゃん。
『ごめん……』
「ううん。明日香ちゃんが悪いんじゃないもん。謝らないで…ね?」
元気な明日香ちゃんが好きだから、謝ったりしないで。
それに、ホントは無理ばかり言う私が悪いんだもん。
『でも…』
「大丈夫。ず〜っとって訳じゃないでしょ? それに、明日香ちゃん家でのお泊まり、
楽しみにしてるから。私が行く分には大丈夫でしょ?」
明日香ちゃんだけじゃなくて、自分も納得させようとする言葉。
――私のネガティブ、出てこないで。
『ごめ…』
「前に明日香ちゃん、私に言ったじゃない。『ごめん』は禁止って。ね?」
――これ以上謝られたら、私、泣いちゃいそうだから。
『うん』
「私は平気! メールや電話で元気をもらえるから」
――でもホントは会ってお話ししたい。
「そんなことより、今日ね、あいぼんがね……」
――会いたい…会いたいよ〜、明日香ちゃん。
くだらない話をいっぱいして、自分を騙して、いっぱい笑った。
笑ってないと悲しすぎるから……。
その後、ずっと梨華ちゃんと話してた。
梨華ちゃんは、今日あったいろんなことを教えてくれて、たくさん笑わせてくれた。
梨華ちゃんも笑ってた。
なのに…どこか寂しい。
寂しいから、たくさん話して、話せば話すほど、余計に寂しかった。
――会いたいよ。
――会いたいね。
関係ない話ばかりしてても、伝えたい思いは互いに同じ。
でも、最後まで言葉にすることはなかった。
言葉にしてしまうと、会えないっていう現実が目の前に現れてしまうから。
時計はもうとっくに真夜中を過ぎてる。
さっきから気づいてたくせに、後もうちょっとって伸ばし続けて。
でも、もう限界だね。
「……あ、もうこんな時間。梨華ちゃん、もう遅いから寝た方が良いよ」
さも今気づいたように言った。
ため息が聞こえないように、注意しながら。
『…そうだね。明日香ちゃんも朝、早いもんね』
「うん……」
それから…互いに無言の時間が流れて。
吸い寄せられるように唇を通話口に近づける。
チュッ。
『チュッ』
ほとんど同時に、電話のこっちと向こうでキスの音がする。
まるでそれが必然のように。
「……じゃ。おやすみ、梨華ちゃん」
『うん。おやすみ、明日香ちゃん』
言い終わると同時に電話を切る。
一瞬でも躊躇うと、もう切れそうもないから。
何だか鼻の奥がツ〜ンとして、胸がモヤモヤしてる。
「は〜ぁ」
大きなため息一つ、電話を机の上に置いて、着替えようと服を脱いでいく。
ブラを外したところで、案の定、彼女たちが自己主張してた。
前はこんなこと無かったのになぁ。
――だって寂しいんだもん。構ってよ。あんたも寂しいんでしょ?
そうだよ。寂しいさ。だけどねぇ……。
――理屈で誤魔化すのは、やめなよ。私たちには分かってるんだから。
…………。
説得されたことにして、ふらっと歩いてベッドの上に横たわる。
――早く♪ 早く♪
鼓動と同期して小さく震えながら、乳首ちゃんたちが合唱してる。
おずおずと両手を伸ばして……彼女たちを包むと同時に、私も、梨華ちゃん
のイメージに抱かれていった。
電話を切った後、ベッドの上にタオルを敷いて、さっさと全裸になってまるで
当然のように胸元に指を這わせる。
だって明日香ちゃん欠乏症で、どうにかして不足分を補わなきゃいけないから。
「ふぅ……」
やわやわと乳首ちゃん達と戯れ遊ぶ指先。
この指は私。
この指は明日香ちゃん。
可愛かった昨日の明日香ちゃんを思い出しながら、自分の身体に明日香ちゃん
をダブらせてた。
私の指が明日香ちゃんを愛撫する。
親指の柔らかい部分で、乳首ちゃんを軽く弾くように撫でられる。
ピョコンッて小さく震えてる乳首ちゃん。
「ぁ…ん…」
明日香ちゃんの喘ぎ。耳から頭の中に響いてゾクゾクしちゃう。
ねぇ、明日香ちゃん。気持ちいい?
明日香ちゃんの指が私の乳首ちゃんを撫でる。
軽く弾かれるようにされて、身もだえしちゃう私。
「ぁ…ん…」
乳首ちゃんから腰の裏側を電流が走り抜けて、堪えきれずに声がもれる。
私も、その気持ちよさに熔けていった。
一つの指の動きから、二通りの性感が身体を伝っていく。
イメージと感覚が交錯し、快感が二乗になって襲ってくる。
明日香ちゃんを気持ちよくすると、私も気持ちよくなれるの。
だから、もっと……。
梨華ちゃんを気持ちよくしてあげたい。
だからレッスンのつもりで、客観的に見ると笑っちゃうくらい真剣に、自分の身体
を梨華ちゃんだと思って触ってた。
自分でも動きがぎこちなく感じてしまう指に、ちょっとイライラしながら、すぐに
梨華ちゃんのようには出来ないって自分に言い聞かせる。
「焦んなきゃいいんだよ。慌てず、ゆっくり、ソフトタッチ」
吉澤のアドバイスを思い出して、指先に集中して触れるか触れないかでゆっくりと
動かす。
「ぁ…」
今までのぎこちなさが嘘みたいに、梨華ちゃんに触れられた時と同じ快感が走る。
前に一度、梨華ちゃんと触れ合ってるうちに、無意識にマネしてたことがある。
あの時、梨華ちゃんは本当に感じてくれてた。
今もあの時と同じ感じ…だと思う。
自信はないけど……。
そのうちに、だんだん息が荒くなってきた。
梨華ちゃん…もう、良いかなぁ?
躊躇いがちに、ゆっくり手を下の方に伸ばす。
「……ぅぁ……」
すっかり準備万端。
湿り気を帯びてて、指を滑らかに受け止めてくれる。
り…梨華ちゃん、入れるよ?
もう精神的に余裕が無くなってる。
のどはカラカラ、唇はカサカサ。
ドキドキしながら、改まった気持ちで指を進める。
やっぱり上手に愛してあげたいから……。
でも、いくら梨華ちゃんだと思っても、実は私自身なわけで……一生懸命にやれば
やるほど、あっと言う間に、ふわふわって気が遠くなってきた。
今度は梨華ちゃんを悦ばせてあげられるかなぁ……。
目の前がチカチカ光る中で、ただそれだけを考えてた。
イメージの中で明日香ちゃんは昨日と同じようにイッちゃって……ついでに
私も……。
二人だけの喜びの時間を味わってる。
何とか明日香ちゃん欠乏症も治まってくれそう。
しばらくそのままボ〜ッてしてたら、昨日の明日香ちゃんの言葉を思い出し
た。
「どっちかがどっちを気持ちよくするだけじゃ嫌じゃない?」
明日香ちゃんは真剣な顔で言ってたけど……どうだろう。
私は無理しなくてもって思うんだけど、明日香ちゃんに言わせると、
「二人で幸せになるため」
ってことらしいし……。
別に私はイヤじゃないし、明日香ちゃんが一生懸命に考えてくれるのは嬉し
いけど、あんまりにも明日香ちゃんが真面目だから心配になっちゃうよ。
自分を追い込んじゃってるように見えなくもないし。
私はホントに、明日香ちゃんが良かったら、それで満足なのに。
それじゃダメなのかな〜?
ちょっと寒くなってきたし、お風呂に入った。
身体を洗いながら、まだ引っかかる。
明日香ちゃん、何でそんなことが気になっちゃうんだろう?
自然な流れに任せてれば良いんじゃないかなって思うんだけど。
私は、恥ずかしそうにモジモジしてる明日香ちゃんもスキ。
いつもキリッとしてて、他の誰にも見せない姿、私だけの明日香ちゃんだか
ら。
今のままの明日香ちゃんで、私は十分スキなのに。
って言うか…ホントは、明日香ちゃんが離れていっちゃいそうで心配で……。
一つくらいは私に頼りっきりなこと、残しておいてほしいの。
いつまでも、私に抱かれて身もだえしてる明日香ちゃんでいてほしいよ。
でも、明日香ちゃんは根っからのしっかり屋さんだから……。
「は〜ぁ」
ため息出ちゃうね。
お風呂から上がってパジャマに着替えて、バサッてベッドに倒れ込む。
降りたブラインドの隙間から、チカチカッて街明かりがこぼれてた。
翌日も、お母さんに
「早く帰ってきなさいよ」
って言われながら仕事に送り出される。
……ずいぶん信用なくしちゃってるなぁ。
でも、それも仕方ないかな。
連続で外泊したり、夜に雨に打たれながら歩いて帰って来たり……。
心配しない方がおかしい位。
私のことを思ってくれてるわけだから、親には感謝しないと。
……それでも梨華ちゃんには会いたいよ…。
だから、今は我慢して信頼を取り戻さないとね。
まずは、家に梨華ちゃんを呼んでお泊り会が出来るまでには回復させなきゃ。
仕事をしながら、そんなことをあれこれ考えてた。
昼休みにメールを送ったら、梨華ちゃん、
「メールありがとう! これで明日香ちゃん欠乏症が治っちゃったよ♪」
だって。
思わずクスッて笑いながら返信する。
「私も梨華ちゃん不足が解消されたよ」
って。
何だか急に周りがポカポカしてきた。
会えないことは切なくて、寂しくて……。
でも、会えなくたって梨華ちゃんと私は繋がってるよね。
メールとか電話とか、手段は何だって良い。
おしゃべりだって文字だって、少しでも触れ合うことさえ出来れば、互いに元気に
なれるから。
切なさなんて忘れられる。
梨華ちゃんも頑張ってる。
私も頑張らないとって。
メールをもう一度読み返して、
「よしっ!」
って気合いを入れ直す。
梨華ちゃんのお陰で午後の仕事もはかどって、帰りには両親にケーキまで買っちゃった。
これでご機嫌をとって、お泊まり会を許してもらおうって魂胆。
ワクワクしながら家路を急ぐと、寂しげな黄昏時の人影さえ、何だかユーモラスに感じて
くる。
梨華ちゃんと抱き合ったあの公園の横を通って、笑顔で帰宅。
さぁて、お泊まり会開催を認めさせなくちゃ。
梨華ちゃんと私の未来は、交渉手腕にかかってくる。
気を引き締めていかないとね。
ドアを開けた瞬間から、私は名外交官に成ってるはず。
「ただいまぁ!」
明日香ちゃんからのメールを何度も読み返す。
私だけが寂しいんじゃない。
明日香ちゃんだって、ジッと耐えてる。
たった一回のメールのやり取りで、
「私も梨華ちゃん不足が解消されたよ」
って、喜んでくれる。
私だって頑張るゾ!
やる気満々で、午後からの雑誌の取材に臨む。
新曲への思いとか、最近はまってることとか、ワイワイにぎやかに受け答えする。
「…え〜と……これはインターネットで見かけた情報なんで、本当かどうか分からな
いんですが」
そろそろ取材時間も終わりってところで、記者の人がそう前置きして質問してきた。
「石川さんが、脱退した福田明日香さんと一緒にいたのを見たっていう情報なんです
が…これ、本当ですか?」
瞬間、ヒヤッとしたものが背筋を走った。
別に一緒にいたって問題ないよねって思いながら、でも、もしそれ以上のことが
バレたらっていう心配がのどを塞いでた。
私が黙っちゃったことで、イヤな空白が広がる。
ど…どうしよう。
何かに圧迫されてるみたいに息が苦しくなって、もうパニックだった。
「そうなんですよぉ」
声がした方に、一斉に視線が集まる。
飯田さん……。
「前に明日香がコンサートに来てくれて、その時に、仲良くなったみたいでぇ。私も
二人のこと、応援してるんです」
突然のことで、私は話についていけずに、どう話を合わせたらいいのかも分からな
かった。
「それは…どういう……」
でも、それは記者の人も同じだったみたいで、怪訝な顔で飯田さんを見つめてた。
「明日香と石川は、同い年なんですよぉ。だからぁ、『一緒に遊んであげてね』って。
ね?」
平然とそんなことを言う飯田さん。
私はただ肯くのが精いっぱいで……。
リーダーの横顔が、何時にも増して頼もしかった。
……何となく、だったけど。
ダイニングに入ったら、お父さんがテレビを見てた。
「よぉ、お帰り。今日は早いんだな」
「うん。まぁね…」
いきなり釘を刺された感じ。
「それよりさぁ、ケーキ、買ってきたよ」
「へぇ、どうしたんだ? 何か、ねだろうって言うんじゃ…」
……バレバレだったかな?
でも、ここはとぼけるしかないよね。
「そんなんじゃないよ。ここのケーキ、友だちに好評だったからさ。家にも買っ
て帰ろうかなって」
「ふ〜ん…そっか。じゃ、晩飯の後にみんなで食べよう」
「そだね」
言いつつケーキを持ってキッチンの方へ歩いて行く。
「お母さん?」
「あら、お帰り」
チラッて壁時計を見る。
「ちゃんと早く帰ってきたのね」
…そんなに信用無くなってんのか、今の私……。
「うん。ねぇ、ケーキ買ってきたから、食後に食べよ?」
「あら、珍しい。高いケーキにならなきゃ良いけど」
中を覗きながら、極太の釘を刺してくる。
まぁ、そのつもりでいてくれた方が、話が早いって考え方も…ある…かな?
ちょっと、先行き心配だなぁ。
「石川はぁ、ネガティブなんですよ。コンサートのことでいっぱいいっぱいになって
たみたいだから、元メンバーの明日香だったらそういう気持ちも分かるだろうしぃ、
だから『石川と仲良くしてあげてね。お願い』って感じで」
「…はぁ、そうですか」
飯田さんから私の方へ視線を戻しながら、記者の人は曖昧に肯いてる。
今度こそ、私がお話ししなきゃ。
お…落ち着いて……。
「話してみたら、あす…福田さんは、本当に私のことを分かってくれて…すごい励ま
してくれたんです。だから…今、一番元気をもらえる人です」
自分でもビックリするくらい、スラスラ話せた。
だって、全部本当のことだから。
私のこと、一番分かってくれるのは、明日香ちゃんだから。
「へぇ、そうですか。じゃ、今でも会ったりしてるんですね」
「梨華ちゃんだけじゃないですよ」
安倍さんが、とても嬉しそうに言った。
「電話で話したり、メール送ったり。明日香は、なっちの妹ですから」
「え〜! 明日香は矢口の妹だい!」
矢口さんが口を尖らせる。
「それじゃ、なっちはその上のお姉さんってことで」
安倍さんは、隣に座ってる矢口さんの頭をポンポンッてしながら、そう言った。
「何だよそれ!」
ツッコミながら、矢口さんは笑ってる。
みんなも笑ってた。
「皆さん、仲が良さそうで…じゃ、そろそろ時間なんで。今日はありがとうございま
した」
記者の人が立ち上がりながら頭を下げてる。
『ありがとうございました!』
声をそろえて言いながら、心の中でホッと胸をなで下ろしてた。
両親と弟と一緒に夕食を食べる。
お祖母ちゃんはもう店に降りちゃってるから、一家全員ってわけじゃないけど、四人
そろっての夕食は、本当に久しぶりだ。
和やかな団らんのひととき……にはならなくて、弟は「友だちと約束があるから」と
か言って、バクバク食べ散らかして、さっさと出掛けちゃった。
それでも家族って良いなって思っちゃうのは、吉澤のこととか、いろいろあったから
かな。
「…それで?」
私が買ってきたケーキとコーヒーを目の前にして、お父さんが私を見つめてた。
「何が?」
「何か話があるんだろう?」
先刻お見通しって訳で……。
キッチンから手を拭きながら戻ってきたお母さんが、お父さんの隣に座る。
向かい合ってた私も、思わず座り直しちゃう。
いや…何か、深刻な場面になってきてない?
重大な告白に相応しい場面って言うか……。
ともかく私としては、機嫌の良さそうな時に、ほんの軽い感じで、
「ねぇ、今度、家でお泊まり会してもいいでしょ?」
って言おうかって思ってたのに。
そんな雰囲気じゃなくなっちゃったじゃん。
「で? どこの誰なんだ?」
誰…って?
梨華ちゃんのことを聞いてるのかな?
「石川さん…」
「石川…その子のところに泊まってたのか?」
間髪入れずに尋ねてくる。
「そう…だけど」
「そうか……」
何かやっぱり、空気が違う。
しばらくは無言。
必要以上に深刻な雰囲気がジワジワと広がっていく。
一体、この重さは何?
「あのぉ…お父さん?」
耐えきれずに声を掛けた私をジッと見て、一つ咳払い。
「それで…明日香は…好きなんだな?…その男の子のこと」
……ハァッ?!
「ちょ…ちょっと、お父さん! 何の話?!」
驚いてる私の顔を見て、お父さんもお母さんも、怪訝な表情。
「何の話って……外泊するほど明日香が好きな男なら、父さん達も真剣に考えなきゃ
ならんと……」
うっそ…何だかものすごくショックだった。
お父さん達には私、そういう風に見られてた訳?
次のお仕事への移動で車に乗り込んだ時に、さり気なく飯田さんの隣の席をキープ
する。
「飯田さん、さっきはありがとうございました」
「? 何がぁ?」
不思議そうな顔。
「明日香ちゃんの質問…必要以上に焦っちゃって……」
「あぁ、さっきのあれね。別に気にしないでいいよ」
「ありがとうございます」
「いいって」
笑ってる飯田さんは、また一段と美形で…。
でも大丈夫だよ、明日香ちゃん。
惚れちゃったりしないから。
「石川…明日香とは上手くいってるんだね?」
突然、そんな風に確認してきた。
「はい♪」
「ふ〜ん……」
ちょっと首を傾げて私の目を、ジ〜ッと見つめる飯田さん。
……そんなに見つめられたら、ドキドキしちゃうじゃないですか。
普通、絶対に誤解されますよ?
でも、私は大丈夫だからね、明日香ちゃん。
私には明日香ちゃんがいるから、明日香ちゃんだけで満たされてるから♪
「……やっぱり、明日香の気持ち、分かんない」
飯田さ〜ん! 大真面目に考えた結論が、それですか?!
「石川…あんた自分で、何で明日香に気に入られたか分かる?」
そんなの私に聞かないでくださいよ…悲しくなっちゃうじゃないですか。
なのに飯田さん、私のこと、まだ見つめてる。
明日香ちゃ〜ん、助けて〜!!
けど、梨華ちゃんとのことは、お父さん達が言うような意味合いもあるかも
知れない訳で……。
ある意味、鋭いのかもしれない。
でもそんなことは、今言うようなことじゃない。
「…石川さんって、モーニング娘。の石川梨華さんだよ?」
「……そうなのか? 父さん達に嘘ついてるんじゃないのか?」
「本当だって!」
あんまりにも私のこと信用してないから、ちょっと腹が立ってきた。
「自分達の娘を信じなさいって」
やっと不信を拭えたのか、二人とも、あからさまに安堵の様子が表情に現れ
てる。
「そうか…そうだな」
ホッしながら、カップを口に運んでる。
一気に空気が弛んだ。
今がチャンス!
「…それであのぉ…信用ついでにお願いするんだけど……」
「何だ?」
明らかにさっきとは違って気安い調子の返事。
「その石川さんがさぁ…また家に遊びに来たいって言ってて…お泊まり会、し
てもいいでしょ?」
「家で? そうだなぁ…母さんが良いって言うなら、父さんは別に……」
やった! 第一段階クリア。
「石川さんって、この間も来てた子でしょ? 母さんだって、別に構わないけ
ど…良さそうな子だったし」
おぉっ! 梨華ちゃん、お母さんに好印象じゃん!!
「…ちょっと声がキンキン響くのが、あれだけど」
一言余計だよ、お母さん…。
「でも大丈夫なの? 忙しいのに、家なんかに来てもらっても、大したことで
きないけど」
「良いんだって。しゃべってるだけでも楽しいって言ってくれてるし。気分転
換になるってさ」
「それなら良いけど……」
よしっ! すべてクリア!!
「じゃ、石川さんの予定聞いて、それで日程決めるからね?」
「はいはい…でも、あんまり急には困るわよ」
う…やっぱり明日って訳にはいかないか…そりゃそうだよね。
まぁ、それは仕方がない。
お泊まり会が実現できるんだから、無理ばっかり言うわけにはいかないよね。
浮き浮きしながら部屋に戻ろうとして、ダイニングのドアのところで振り返る。
「お父さん、お母さん…」
「ん?」
「…ありがと…ね」
お父さんはカップ片手に、お母さんはキッチンに向かいながら、同じように
笑ってた。
「ウッソ〜?!」
思わず叫んじゃった。
だって、明日香ちゃんからのメールに、
「お泊まり会、OKだよ。いつが良い?」
って書いてあったから。
会える。明日香ちゃんに。
息が止まりそうなほどに胸が高鳴って、見つめすぎて視界が曇っちゃってた。
「石川?……交信中?」
飯田さんに言われちゃうほど、携帯電話を両手で顔の前に持って、穴が開くほど見
つめてた。
「石川? ホントにどうしちゃったの?」
今度こそ、本気で心配になったみたい。
「お泊まり会……」
「は?」
キョトンとした飯田さんの方に向き直る。
「明日香ちゃん家でお泊まり会するんです!」
二回、三回と瞬き。
「…ふ〜ん…あっそう…良かったね…」
あ。飯田さん、何でそんなに冷たい反応なんですか〜?
一緒に喜んでくださいよ。
「何でかなぁ?…石川がはしゃいでると、何か、素直に喜べないって言うかぁ」
ひ…ひどい……。
「まぁ、でも良かったっしょ。明日香も喜んでるなら、それで良し!」
明日香ちゃん…今でも皆さんに愛されてるね。
私は……まぁいいや。
明日香ちゃんの愛だけあれば……寂しくなんて……シクシク。
始めてでもあるまいし、何でこんなにドキドキしてるんだろう。
梨華ちゃんに会える。
そのことが、こんなに心をときめかせるなんて……。
折角、梨華ちゃんを家に迎えるんだから、何かでおもてなししないとね。
何にしよう?
♪〜。
浮き浮きしながら、あれこれと考えてたら、梨華ちゃんから返信メール。
「やった〜! 今日の夜からでも行きたいよ。でも、それじゃご両親に迷惑かけちゃ
うからガマンだね。私、四日後がオフなの。その前の夜からお泊まりしたいな。大丈
夫かどうか、ご返事待ってるね。☆☆梨華☆☆」
明々後日かぁ。
ため息出そうなほど先のことにも思える。
でも、会える日が決まれば、腹も決まるよね。
お母さんに確認したら、
「その日、お母さん、地区の寄り合いで出ちゃうわよ」
って。
「いいよ別に。私が待ってれば、それで十分」
自分で、自信満々の自分に驚くくらい、キッパリ言い切る。
「それなら、その日でもいいけど……」
お母さんは、「ホントに大丈夫?」って感じだったけど、全く問題なしだよね。
梨華ちゃんと私が直接会う。
その一大イベントだけで、もう十分。
後のことは、ほんの些細なこと。
私自身がどうやって梨華ちゃんを迎えるか、それだけを考えれば良かった。
部屋に戻って、ああでもない、こうでもないってワクワクしながら企画を練り続け
てた。
明日香ちゃんから、「OK」のメールをもらって、心はもう三日後。
お仕事から明日香ちゃん家に駆けつけて、ドアを開いたら明日香ちゃんが待ってて
くれて……。
後はもうアツアツのラブラブ♪
「キャ〜ッ!」
両手をほっぺに当ててジタバタしたり。
「……梨華ちゃん? 何してんの?」
見上げたら、ごっちんが不思議そうな顔で私を見てた。
「エヘヘ〜。知りたい?」
顔が弛んじゃってるのが自分でも分かる。
「…ううん。別に」
何故だか一、二歩後ずさりながら、ごっちんはそんなつれないことを言う。
「ウッソ。知りたいくせに〜」
「いや、ホント。別に知りたく…」
皆まで言わなくても教えてあげちゃう。
「あのね〜今度、明日香ちゃん家にお泊まりに行くんだよ」
「へぇ…良かったね」
口の中で「あ〜ぁ」って感じの呟きを飲み込んだのは、聞こえなかったことにしよう。
「うん! もう楽しみで仕方なくて〜」
「あ…うん。そうだろうねぇ」
「でしょでしょ? ごっちんもそう思うよね〜?」
もう浮かれちゃって、その後も一方的にしゃべり続けてた。
ペシッ!
後頭部に軽い衝撃。
「あ痛っ!」
「梨華ちゃん、しゃべりすぎ。うるさい」
振り返ったら、怖い笑顔を浮かべたよっすぃ〜が仁王立ちしてた。
「痛〜い。ひどいよ、よっすぃ〜」
「梨華ちゃんがうるさいからいけないんだよ。ごっちん、困ってるじゃん」
「そんなことないよね〜?」
楽しくおしゃべりしてただけなんだからって、ごっちんに同意を求めた。
「えぇと…」
ごっちん、何で困った顔してるの〜?
「そんなことあるの!」
よっすぃ〜決め付ける。
睨み付けられてタジタジッてなったところを、よっすぃ〜はごっちんの手を引いて
行っちゃった。
よっすぃ〜の怒りんぼう!
結局、別にパーティーって訳じゃないから、部屋の飾り付けをする必要もなく、かと言って、大したプレゼントを買えるわけでもなく、取り敢えず手作りのデザートでもてなそうって考えた。
メニューは「お茶のムース」に決定。
何でかって言うと……レシピも見ずにちゃんと作れるのは、これしかなかったんだよね。
我ながら、ちょっと情けない。
「それでもね」って、気を取り直す。
梨華ちゃんと一緒にデザートをつつきながら、たくさんおしゃべり出来たら、それだけで幸せだから。
大体の材料は、普通に手に入る。
味の決め手はお茶な訳だけど……これだけは普通のお茶じゃ芸がない。
これくらいは凝らないとね。
都内でも美味しいお茶は手に入らないことないけど、前にお祖母ちゃんがお土産に
買ってきたお茶で作ったムースが、これまでで一番の出来だったから、何とかそのお
茶を使いたい。
でも…どうしたら手に入るんだろう?
!!
うんうん唸りながら考えてたら、パッ!と閃いた。
確かアイツの実家、あのお茶の産地のすぐ近くじゃなかったっけ?
取り敢えず確かめてみる価値はある。
アイツに、また貸しをつくるのは癪に障るけど、まぁ、そんなことは大事の前の小
事。
躊躇わず電話を掛けた。
同じ楽屋の中にいるのに、よっすぃ〜から「あっちいけビーム」が放射されてる。
…もしかして、妬いてるのかな?
まさかね。
ごっちんとは、おしゃべりしてただけだし。
……でも。
ごっちんと楽しそうにおしゃべりしながら、時々私と目が合うと、あの怖〜い目で
睨まれる。
よっすぃ〜もやきもち焼きだね。
素直じゃないし。
そんなこと考えてたら、ドアから安倍さんが入ってきた。
ゾクッ。
何か殺気が……。
「梨華ちゃん」
気がついたら、目の前で安倍さんが微笑んでた。
満面の笑み。
なのに怖い……。
「圭織から聞いたべさ…お泊まり会だって?」
あ…安倍さ〜ん……。
「なっちは梨華ちゃんを、そんな風に育てた覚えはないよ?」
いや…あの…育てられた覚えもありません。
でも、そんなことは怖すぎて言葉に出来ない。
「明日香…と梨華ちゃんを、不良の道から更正させないと」
不良の道って…更正って……。
「あの…安倍さん?」
天井の一点を見つめて、拳を振りかざしてる。
「お泊まり会、断固阻止!」
「えぇ〜!!」
「『えぇ〜!!』って何だべか」
ギロッて睨まれた。
「いえ…だって、別にお泊まり会なんて、みんな普通にやってるじゃないですか」
「みんなは良いの。でも、明日香と梨華ちゃんはダメ!」
そんな理不尽な〜。
遠くで、よっすぃ〜の携帯が鳴ってたみたいだけど、私の耳にはただ安倍さんの
「ダメ!」って言葉だけが聞こえてた。
泣いちゃいそうだよ〜。
電話を掛けたら、すぐにつかまった。
「もしもしぃ?」
『…あぁ、明日香…さんですか。面白い時に掛けてくるね』
面白い時?
って言うか、名前と「さん」の間が、わざとらしいっての。
『今ちょうど、梨華ちゃんと安倍さんがバトルの最中だよ』
梨華ちゃんとなっちが?!
何やってんだ、あの二人?
『今度、お泊まり会するんだってね』
何でこいつが知ってるの?
相変わらずタメ口だし。
『安倍さんがそのこと聞いて、ダメ〜!って騒いでるよ』
あっちゃ〜…。
思わず天を見上げた。
「…だいぶ激しそう?」
『そうだねぇ。かなり揉めてるよ』
吉澤は何だか楽しそうだ。
まったく、トラブルが好きなヤツだなぁ。
「何とか治められない?」
『私が? 何でそんなことしなきゃいけないんだよ。大体、梨華ちゃんはとも
かく、安倍さんは私じゃ無理。自分で何とかすれば?』
そう言うと思ってたよ。
「…この電話、なっちに替わってくれる?」
電話の向こうで、
『安倍さ〜ん』
って吉澤が呼ぶ声。
『何、今取り込み中』
なっちの不機嫌そうな声が聞こえる。
『いいですから、ちょっと』
『もう!』
『もしもし?』
「…あ、なっち?」
『明日香ぁ!?』
いや、なっち…そんなに叫んだら耳痛いっす。
『何、何? どうして明日香が?』
まぁ、そんなことは良いじゃないすか。
「なっちにお願いがあるんだけど…」
ちょっと声で可愛子ぶっちゃったり。
『言ってご覧。なっち、明日香のお願いだったら、何でも聞いてあげる』
…なっち、単純すぎ。
あの笑顔が目に見えるようだよ。
「もう聞いたと思うけど…お泊まり会するの許してほしい」
『え……そ、それはダ……』
「お願い!」
無言のなっち。
たぶん、眉を寄せて可愛く困った顔してるんだろうなぁ。
「ね? なっち、お願い」
『ん〜…明日香の意地悪…』
しかし、この人の可愛さは、こういう時に実感するよね。
拗ねても、取り乱しても、とにかく可愛い。
生まれつき可愛いんだろうね。
まぁ、それはそれ。
今はとにかく説得あるのみだね。
「明日香ぁ!?」
よっすぃ〜の携帯に向かって、安倍さんが叫んでる。
え、何で?!
明日香ちゃんが?
よっすぃ〜の携帯に?
しかも安倍さんとお話ししてる。
何で私じゃないの…?
眉が寄って、目尻がつり上がり気味に。
自分でも、みるみるうちに機嫌が悪くなっていくのを感じた。
イヤだな。やきもち焼くなんて。
でも…でもね、やっぱり気になっちゃうよ。
何で、よっすぃ〜に電話してきたの?
何で、私じゃなくて安倍さんとお話しするの?
そんな他愛もない疑問。
でも、私にとっては重要なことなの!
明日香ちゃん。
他の人なんて気にしないでほしい。
私だけを見ててほしいよ。
明日香ちゃん…明日香ちゃん……電話なんかつながってなくても、いつでも
返事をしてほしい。
無茶苦茶なお願いしてるね。
自分でも分かってる。
でもね、明日香ちゃん。
私、明日香ちゃんだけには、無理なお願いがしたいの。
きっとそれは…明日香ちゃんが、他の人じゃ替えられない私の特別だから……。
電話の向こうじゃ、なっちの長〜いため息。
『……分かった』
「ホント?! なっちって物分かりが良いから好き」
私も案外、調子がいいなぁ。
『エヘヘ』
それでも素直に受け止めちゃうのって、なっち、感心するほど単純だね。
でも、好きっていうのはホントだよ。
もちろん、梨華ちゃんへの好きとは違うけど。
『でもでも、今度はなっちも明日香ん家にお泊まりしたいよ』
え?!
「…今度ね。考えとく」
『絶対だよ? ウソッこ無しだよ?』
なっちが、しつこいくらいに繰り返すから、思わず
「うん…分かった」
って言っちゃった。
まぁ、何とかなるでしょう。
電話の向こうで大喜びしてるなっちを、何とか落ち着かせて、吉澤に替わっ
てもらう。
『よっすぃ〜で良いの? 梨華ちゃんは?』
今のところは、お茶を手に入れることが先。
梨華ちゃんには、またゆっくりと電話するから良いよ。
『ふ〜ん…じゃ、よっすぃ〜に替わるね』
やっと本題に入れる。
梨華ちゃんのためにも、何とか吉澤を説得しないとね。
頑張るぞ!
『梨華ちゃんは?』
安倍さんの声がはっきり聞こえて…ドキドキしちゃった。
やっぱり明日香ちゃん、私のことが最優先だよね。
『ふ〜ん…じゃ、よっすぃ〜に替わるね』
え?!
何で〜!!
私に替わってくれないの?
携帯をよっすぃ〜に渡して、ニヤニヤしてる安倍さんの方へ迫る。
「ひ…ひどいじゃないですか、安倍さん!」
いくら直前にケンカしてたからって、電話くらい替わってくれても……。
「だって、明日香が替わらなくて良いって言ったから」
ガ〜ン…あ…明日香ちゃん……何で〜?!
弔鐘のように響く絶望の音色が、繰り返し繰り返し聞こえてくる。
ガ〜ン…ガ〜ン…ガ〜ン……。
もしかしたら…明日香ちゃんに見捨てられちゃった…の?
泣いちゃいそうだよ。
いや〜!!
明日香ちゃん、私を捨てないで〜!!
何だか一瞬、梨華ちゃんの叫び声が聞こえたような気がしたけど…気のせい
かな。
『もしもし? 私に用なの?』
「うん…あのさぁ、お願いがあるんだよね」
『へぇ。明日香…さんからお願いとはねぇ』
…言い方がいやらしいけど、気がつかないふり。
「お茶…なんだけど」
『はぁ?! お茶って…飲むお茶?』
素っ頓狂な声。
「そう。確か狭山茶って地元の名産じゃなかったかなぁって思って」
地元の名産くらい、知ってるよね?
『…あぁ、そんなのもあったかも』
大丈夫?
『確か近所に店があるよ』
それだ!
「そこでパウダーのやつ、買ってきてくれないかな?」
パウダー状のものが売ってるってことは調査済み。
『パウダー?! しかも何で私が……』
あからさまな不満の声。
「お願い!」
ここで退いてなるものか!
まだ無言の吉澤に、
「お願い!」
って、重ねて頼み込む。
『…まぁ、ホントにすぐ近所だし、良いけどね』
やった!
「ホントに?! 嬉しい!」
こういうときは、素直に喜んでやるのが礼儀ってもんでしょう。
現に吉澤も満更じゃない様子。
『でもさぁ、何でわざわざこっちのお茶が欲しいわけ?』
そりゃ……梨華ちゃんのためだもん♪
…そういうことは言葉にせずに、
「折角だからさぁ、良いお茶が欲しくて。『色は静岡 香りは宇治よ 味は
狭山にとどめをさす』って謳われてるくらいだから」
『…何それ?……何でそんなこと知ってんのさ?』
「いや、ちょっと…ね」
『まぁ良いけど』
とにかく、これで準備は万全。
「Thanks! 恩に着るよ」
思わず口をついた言葉に、吉澤がとんでもないことを言い出した。
『じゃあ…今度、ちゃんと抱かせてくれる?』
妖しい声にのって、そんな言葉が脳天直撃。
「え?!……」
絶句とは、まさにこのことで。
「そ…そそ、そんなの、ダ…ダメに、き…決まって……」
『ちょっとぉ、そんなに怯えないでよ。ちょっとした冗談じゃん』
冗談…かなりホッとしながら、心の中で、
(いや…それは無理っす。あんたの怖さは身にしみちゃってるからさ)
って呟く。
『とにかくさぁ、お茶の件はOKだから。明日か明後日になると思うけど、買っ
たら電話するってことでいい?』
「あ、うん…ありがとう」
それにしても……普通の会話の流れで、「抱かせてくれる?」なんてことが
言えるなんて、こいつは……。
改めて吉澤の恐ろしさを実感しながら、気を引き締める私だった。
何だか楽しそうに話してるよっすぃ〜を恨めし気な目で睨みながら、すっか
りネガティブな私。
…明日香ちゃん、私より安倍さんやよっすぃ〜とお話する方が楽しいのかな?
私に替わってくれなかったのって、もしかして……。
次々にイヤな想像が湧いてきて、胸の奥がシクシク痛む。
こういう時って、イヤなことが重なって起こるもので……。
「石川、ちょっといいか?」
マネージャーさんに呼び出されちゃった。
「はい?」
何を怒られるのかとビクビクしてたら、おもむろに何かのコピーを見せられ
た。
何これ?
「雑誌の取材で話題に上ってたろ? インターネットで流れてるんだよ」
ウソ〜…この後も、私が脱退するんじゃないかって話で盛り上がってるみた
い。
何か怖い……。
「取材の時も言ってたが、福田と会ってるのは本当なんだな?」
「…はい」
まずかっただろうか。
でも、明日香ちゃんと会うこと自体は、別に問題ないよね。
「ま、噂っていうのはこんなもんだから。別に俺たちも気にしてる訳じゃない」
ホッ。
「ただな……」
ドキッ。
「見つからないように、もっと気を配ってくれ」
思わず目を伏せちゃう。
「はい…」
でも本当にそうだ。
第一、明日香ちゃんに迷惑かかっちゃうかもしれないし。
「これからは気をつけます」
今度はちゃんとマネージャーさんの目を見て、言葉にした。
「頼んだぞ」
「はい」
マネージャーさんはそんなに怒ってなくて、それどころか微笑んでた。
「…福田によろしくな」
「はい!」
お茶以外の準備も目途が立って、さて部屋を片づけようかなって時に、無性に梨華
ちゃんの声が聞きたくなった。
さっきは電話でのニアミスになっちゃったしね。
梨華ちゃんも、そろそろ仕事が終わる頃。
携帯電話に手を伸ばす。
『…もしもし…明日香ちゃん?』
「もしもしぃ。梨華ちゃん、どうしたの? 元気ないよ?」
いつになく不安そうな声だった。
『ふ…ふぇ〜ん…ごめんなさ〜い』
ど…どういうこと?!
何で泣いてるの? 梨華ちゃんってば。
「梨華ちゃん、落ち着いて。ん? 何があったの?」
『明日香ちゃん…私のこと、キライになったりしてないよね?』
一体、何事?!
「そんな訳ないじゃん。ホントにどうしちゃったの?」
『だって…明日香ちゃん、よっすぃ〜には電話して来たのに、私に替わってくれなかっ
たし……』
え?…そんなこと?
「梨華ちゃん、気にし過ぎだよ。確かに梨華ちゃんに替わらなかったのは悪かったけ
どさぁ、あの時は、吉澤に用事があったから……」
『…用事って…何?』
う…まだ梨華ちゃんには内緒にしておきたい。
けど、何も説明しない訳には……。
「お茶…狭山茶って美味しいお茶が、安く手に入らないかなって。吉澤ん家の近くの
名産だから」
『ふ〜ん……』
一応納得してくれたみたいだけど、それでもまだ暗〜い雰囲気。
「梨華ちゃん、ごめんなさい」
考えてみれば、目の前に私とつながった電話があるのに話せないなんて、ちょっと
ブルーになっても仕方ないかも。
私がその立場だったら、やっぱり「何で話をしてくれないの?」って思うよね。
「ねぇ…許して、梨華ちゃん」
電話の向こうで、明日香ちゃんが心配してる。
ダメだな〜私。
いっつも明日香ちゃんに心配かけちゃう。
「…ううん。明日香ちゃんは別に悪くないよ。そのことはもう、納得したから」
『ホント?』
明日香ちゃん、『良かったぁ』って呟いて、『でも』って続ける。
『梨華ちゃん、まだ暗い感じがするよ?』
分かっちゃった。
明日香ちゃんには隠しごとは出来ないね。
まだ私の中で、インターネットのことが心に引っかかってた。
「あのね、明日香ちゃん…インターネットでね…私たちが一緒にいるのを見たっ
ていうのが流れてるらしいの」
『へぇ、誰かに見られちゃってたんだね……それで?』
明日香ちゃんは、全然平気みたい。
あれ?
これって、そんなに悩むようなことじゃないのかな?
「マネージャーさんから、見つからないように、もっと気を配ってくれって言
われちゃった」
これ以上、明日香ちゃんに迷惑をかけられないもんね。
十分、気を付けないと。
『そっかぁ…』
相変わらず明日香ちゃんは淡々としてた。
そんな明日香ちゃんの様子に、段々、私も大した問題じゃないのかもって思
えてきた。
日ごろから結構ネットはチェックしてる私だけど、最近は、梨華ちゃんとの
こともあって、前ほどパソコンの電源を入れなくなった。
「でも、何か問題になってる訳じゃないんでしょ? これから目立たないよう
に気を付ければいいじゃん」
『うん…でも、何かいつも見張られてるみたいで…怖い』
そっかぁ。
怖いか。
そりゃそうだよね。
でも一々気にしてたら、梨華ちゃんの方が参っちゃうよ。
「あんまり気にし過ぎない方がいいよ? キリがないからさ」
『うん。ありがとう』
ちょっと明るい声になってきたかな?
梨華ちゃんには、いつもポジティブでいてほしい。
笑顔でいてくれないと、私も笑えないからさ。
楽しい話題に切り替えようよ。
「それでさぁ、お泊まり会だけど…」
なのに梨華ちゃん、まだネガティブ・モードから抜け切れてないみたい。
『うん……私、行っても良いんだよね?』
何でそんなこと聞くの?
来ていいに決まってるのに。
『…見つからないように気を付けて行くね』
やっぱり、マネージャーさんの一言が、気になっちゃうんだね。
「大丈夫だよ。脱退直後はともかく、最近は、家の周りも人目は無いから」
『…うん。楽しみだな〜』
梨華ちゃんらしい明るさが、やっと戻ってきた。
やっぱり、梨華ちゃんはそうでなくっちゃ。
その後は、明日香ちゃんのペースに引き込まれて、楽しいおしゃべりが出来た。
明日香ちゃんとお話してると、私、元気になれるの。
不思議だよ。
ネガティブな私をポジティブに変えてくれる魔法使いだね。
魔女っ子・明日香ちゃん。
黒いローブでホウキにまたがって、呪文を唱える明日香ちゃん。
「フフフッ」
想像したら何だか可笑しくなってきて、笑いが止められなかった。
『梨華ちゃ〜ん? もしもしぃ…どうしちゃったの?』
いけない。
お話の途中だった。
「ごめんなさい。ちょっと…ね…」
『えぇ〜何、何?』
こんなこと、いくら明日香ちゃんでも言えないよ。
「ダメ〜内緒」
笑われちゃうもん。
『あ〜何か嫌な感じ』
言いながら明日香ちゃんも笑ってる。
『あ。もうこんな時間か…』
え?!
時計を見たら、もう一時間以上お話してた。
『じゃ…また電話するね』
まだまだおしゃべりし足りない感じだけど……時間は意地悪だから。
「うん。絶対ね」
『絶対かけるよ。お休みなさい』
「お休みなさ〜い」
明日香ちゃんのお陰で、心が軽い感じ。
ベッドに潜り込んだら、あっと言う間に眠気が襲ってきた。
お仕事、明日も頑張ろう。
それから、いっぱいいっぱい楽しいことをするの。
明日香ちゃんに、楽しいことをいっぱいお話したいから。
翌日も、合間合間にメールを梨華ちゃんに送りながら、仕事とお泊まり会の
準備で、何気に忙しく過ぎていく。
吉澤からはまだ連絡がなくて、ちょっと焦り気味。
まぁ、いざとなったら、手に入れられないって物でもないし、何とか買いに
走れるだろう。
…懐に激痛が走りそうな気がするけど。
仕事からの帰り道、思い出してシャンプーを買い足す。
梨華ちゃんと同じ香りのシャンプー。
あれからずっと、これを使い続けてる。
そのせいかどうか、私はどんどん梨華ちゃんに染まって行ってるね。
急に振り返った時とか、自分の髪の香りが梨華ちゃんと同じで、何だか嬉し
くなるんだよね。
いつも梨華ちゃんと一緒にいられる。
今度のお泊まり会、二人で頭を洗い合ったりして……。
そんなこと想像してる自分に気づいて、一人で真っ赤になったりしてる。
イカンねぇ。
部屋を片づけるつもりが、いつの間にやら模様替えみたいになってる。
もう客間の布団も運び込んだ……梨華ちゃんは「いらない」って言うかもし
れないけど。
それがちゃんと敷けるように場所を確保しようとしたら、自分のベッドがちょっ
と邪魔で。
あれこれ考えたら、入り口のすぐ横しかなかった。
でもねぇ。
いきなりドアを入って、すぐ横にベッドがあったら梨華ちゃんが……。
まさかね。
…いや…そうとも言い切れないか。
ベッドを移動するべきかどうか、真剣に悩んじゃったよ。
ちょっと…私も自意識過剰かなぁ?
結局、答えも出せないまま。
でも、そろそろ梨華ちゃんに電話を掛けないとね。
部屋の模様替え計画は、取り敢えず一時中断。
携帯電話を手に取って、ピピッて「梨華ちゃん」を表示。ダイヤルした。
『もしもしぃ?』
「明日香ちゃ〜ん、待ってたの。愛してるよ〜」
受け取って、私の愛の言葉よ。
『あ、うん。どうも』
ドギマギしちゃって、可愛い〜。
もう、明日香ちゃんの照れ屋さん♪
でも、電話がかかってくるの、本当にずっと待ってたんだから。
「明日香ちゃん、今日、どうだった〜?」
メールとかで教えてくれてるけど、やっぱり聞いちゃう。
『ん〜部屋の掃除とか…お泊まり会の準備してたよ』
「私は? 私、何か準備することある?」
何だかワクワクするね。
『梨華ちゃんが準備すること?…ん〜……無い…んじゃないかなぁ?』
「え〜……」
私も何かしたいよ〜。
『いや、え〜って言われても……家まで迷わずに来てください。それだけ』
そんなのつまんな〜い。
明日香ちゃんの意地悪。
結局、明日香ちゃんは最後まで、私にお手伝いさせてくれるとは言ってくれなかった。
良いもん。
自分で勝手に準備して行くから。
そうだな〜…何か一品、手料理を持っていこう。
何が良いだろう……。
うん。やっぱり…大学イモ!
ある意味、二人の思い出の料理だもんね。
よ〜し、決〜めた!
今度こそ、安倍さん直伝の大学イモで、明日香ちゃんを喜ばせちゃうんだから!
梨華ちゃんは、何かやりたそうだったけど、それじゃ、お迎えする側として
は面目が立たないって訳で。
お客である梨華ちゃんには、しっかり、くつろいでてもらわないとね。
さて……部屋の模様替えが残ってるけど……。
やっぱり、ベッドを移動することにしますか。
その方が、何かと部屋を広く使えるんだから仕方がない。
まだ明日も一日あるし、大仕事になりそうだけど、何とか間に合わせてみま
しょう。
いざとなったら…弟を人手に借り出すことにして、取り敢えず動かせるもの
から模様替えを始めた。
今回のお泊まり会は、Hなこと抜きで、ちょっとマッタリめにしたいなぁ。
…梨華ちゃんがどう言うか知らないけど。
でも、別に私たちはHのために会う訳じゃないんだし……まだちょっと、私
に自信がないっていうのもある。
だってさぁ、やっぱり…やるなら、それなりにキチンとしたいじゃない。
何か嫌なんだよ…何となく、雰囲気だけで流されちゃうみたいなのって。
いろいろ考えちゃうんだよね。
梨華ちゃんとは、ただの気まぐれじゃないから。
思い出して、大切にしまってあったあの星形ピアスを取り出す。
片方ずつ黄色と空色で色違い。
買ったときは、梨華ちゃんの一生懸命さに押し切られた感じだったけど、今
となっては二人の大切な宝物。
それをしばらく見つめてて……机の上に折り畳んだハンカチを置いて、その
上にソッとピアスを乗せた。
やっぱり当日はこれを付けよう。
きっと梨華ちゃんも付けてくるだろうから、二人でオソロ。
何だかちょっと…想像したら、嬉しくなってきちゃった。
その後もちょっとだけ準備をして、区切りがついたところで、ベッドに潜り
込む。
気になって机の方に目を向けたら、星形ピアスが光ってた。
それを見たら、自然に笑顔が浮かんでくるよ。
もうワクワクが止まらなくて、何度か深呼吸をして、無理矢理自分を落ち着
かせて、やっと眠りについた。
「おはようございます〜」
ほとんどスキップ状態で楽屋に入った。
「…おはよう、石川」
手帳を覗き込んでた保田さんが、私の勢いにビックリしてる。
だって、とうとう明日はお泊まり会!
「保田さ〜ん、今日もハッピーですか〜?」
否が応でもテンションは高くなる訳で。
「……あんたに会うまではね」
何だか呆れ顔の、そっけないご返事だけど。
「またまた〜。そんなこと言っちゃって!」
今の私は、最強のポジティブ・モードですから、そんなお言葉にも負けませ
んよ。
「…ま、あんたにとっては、明日香とつき合うの、プラスになってるみたいだね」
もちろんです!
「明日香ちゃんは、勇気の女神様ですから!」
「……あんた…言ってて、本当に恥ずかしくない?」
何でですか〜?
「いや、いいんだけど」
明日香ちゃん=勇気の女神様って、ピッタリじゃないですか。
「凛としてて、格好良くて、強くて、優しくて、笑顔が可愛くて、それからそ
れから……」
「もういいから」
保田さんの意地悪!
まだまだ、たくさん言いたいことあるのに。
「それはいいから。どこでもラブラブ光線出すの、やめなさい。マネージャー
からも注意されたでしょ?」
「何で保田さんが知ってるんですか?」
「サブ・リーダーだから」
そういうもんですか〜?
「明日香は、あんたのことを一人の女の子として見てくれるだろうけど、周り
からしたら、モーニング娘。の一員・石川梨華、なんだから」
「そんなこと、分かってますよ」
マネージャーさんに言われて、すごい不安になってるんですから。
「分かってないから言ってるんでしょうが!」
ツンッて人差し指で、おでこをつつかれる。
「とにかく」
大きなネコさんみたいな目が、私を見つめてた。
「今、ちょっと騒がれ始めてるみたいだから気を付けなさい。分かった?」
「…は〜い」
まるっきり子ども扱いで、何かヤな感じ〜。
「ハァ〜」
保田さんが深いため息。
「あんたのために言ってあげてるのに……」
あ、ヤバ…顔に出ちゃってた?
「ごめんなさい」
「いいよ…もう。だけど、みんなの迷惑になるようなことだけはしないでよ?
明日香も、それが一番困るんだから」
「はい」
保田さん、ちょっと笑って私の肩をポンッて叩いて行っちゃった。
いっつも心配ばかりかけちゃってて、本当は感謝してるんです。
…本当ですよ?
明日はもう当日。
仕事中も吉澤からの返事が無くて、やきもきしてた。
帰る頃になっても、まだ連絡がない。
こっちから電話しようかと思ってたら、やっと掛かってきて……。
『もしもし、私』
何か馴れ馴れしくないか?
「…もしもし。どうだった?」
『手に入ったよ。え〜と、どうしよっか…私、明日の午後からオフなんだよね。
持って行ってあげても良いよ?』
「いや…いいよ」
はっきり言って、あんたに貸しをつくるのは怖すぎるから。
『いやいや、遠慮しないで。自宅まで持って行ってあげるよ』
え?!
家に来るの?
「い…いや、本当に良いよ」
『何でそんなに慌ててるのさ? やだなぁ、変なことしたりしないよ』
さわやかな笑い声。
そんなの信用できるかっての。
『信用無いなぁ』
今までの自分の言動を思い出してみなよ。
『とにかく自宅まで行くからさ。一度、寄ってみたかったんだよね』
「マジで来る気?」
『明日の夜まで、ごっちんは仕事でさぁ、暇なんだよね』
暇つぶしってことか。
「…本当に変なこと…しない?」
ちょっと怯えた声になっちゃっても、今までのことがあるから仕方ないよね?
『お望みならしないこともない』
「全っ然、お望みじゃない!」
電話の向こうで、きっとニンマリ笑ってるんだろうけど、ここはキチッと否
定しとかないとね。
『ちぇっ、詰まんないの』
あのねぇ…そういう問題じゃないでしょうが。
『ま、3時頃になると思うけど、大丈夫でしょ?』
「何とか間に合う…と思う」
作るのには、そんなに手間取らないと思うし。
『じゃ、そういうことで』
早っ!
毎回、勝手に切っちゃう訳ね……。
まぁ、これで全部揃うんだから、明日の準備は万端。
それから弟を捕まえて、ベッドとタンスを運ばせて、部屋の模様替えも完了。
「何で、オレが…」
とかブツクサ言う声は無視してと。
もう一度、部屋の中をグルッと見渡す。
いいじゃん。
後は明日、特製お茶のムースを作って待ってればそれで完璧。
明日が待ち遠しいなぁ。
明日香ちゃんに電話したら、
『梨華ちゃん? 明日の準備、もうバッチリだから。楽しみにしててね』
って、すごい意気込み。
いつもクールな明日香ちゃんらしくないけど…そんな明日香ちゃんもステキ♪
「本当? あ〜早く明日にならないかな〜」
すっ……ごい楽しみだよ〜。
『それでさぁ、明日は何時頃になりそう?』
ん〜…撮影次第だけど……。
「7時…くらいかな〜。もしかしたら、もっと早く終わるかもしれないけど……」
早く終わらせちゃいたいけど、こればっかりは私一人が頑張ってもどうにもならな
いよね。
『そっかぁ…じゃ、お出迎えの準備して待ってるからね』
ワクワク。
お出迎えってどんなだろ?
も、もしかして……。
「ご飯にする? お風呂にする? それとも……あ・た・し?」
とか言っちゃったりして〜!
「そうだな〜…君にしよう」
なんて、私って大胆!
キャ〜♪
『もしもしぃ?…お〜い、梨華ちゃん?』
……ハッ!
思わず妄想の世界に入っちゃってた。
「ご…ごめんなさい。ちょっと考えごとしちゃって」
『働き過ぎで疲れちゃってるんじゃないの? よ〜し! 明日はリラックスできるよ
うに頑張っちゃうからね』
「本当?! 嬉し〜」
明日香ちゃんって、本当に優しいね。
『じゃ、今日はお話はこれくらいにしようか』
明日香ちゃん、気を遣いすぎ〜。
「え〜! まだおしゃべりしたいよ」
『駄目駄目! 今日はしっかり休んで、明日に備えること』
もう……。
「…は〜い……」
自分でも、つまらなさそうな声してるなって思う。
明日香ちゃん、あやすように優しく声を掛けてくれた。
『元気な梨華ちゃんを待ってるからね?』
そう言われちゃったら、大人しくベッドに向かうしかないよ。
「は〜い!」
今度は元気なお返事で、二人してクスクス笑いながら、「おやすみなさい」を言っ
た。
梨華ちゃんに言った手前、自分も早めに寝て、朝はパッチリ早起き。
今日はとにかく力が入ってる。
何せ、仕事も休みをもらっちゃって、あちこち雑巾でふいてピカピカの出来
ばえ。
お母さんの
「あら、珍しい。雪でも降るんじゃないかしら?」
って、皮肉たっぷりの言葉にも、
「たまには掃除の手伝いくらいしないとね」
とか、余裕の返事ができちゃう。
そんなこんなで昼も過ぎて、最後の買い出しに向かった。
家を出るときに、ふと、あのおそろのピアスを付ける。
今日はこれでお出迎えしないとね。
ニヤニヤしながら買い出しに出発。
吉澤が三時頃に来るって言ってたから、それまでに帰って来ないとね。
奥の方から一番新しい牛乳を引っぱり出したり、フルーツを一個一個入念に
選んだり、他愛もないけど、何だか充実した時間が過ぎていった。
気がついたら二時半で、慌てて家へと向かう。
通り慣れた近道をぬって、どんどん進んでいく。
その途中には、星空の下で梨華ちゃんと抱き合った、あの公園もある。
公園を突っ切って行くのが、また近道なんだよね。
迷わず公園の中へ入っていく。
ここは住宅地の真ん中だからか、もう少しして学校が終わった子どもたちが
遊びに来るまでは、ほとんど人がいないから、無造作に足を運んでいった。
そしたら、影の中からガサガサッていう音がして、思わずギョッて。
音のした方を見てみると、丁度、あの夜、二人で横たわってた植え込みの中
みたい。
足音がしないように、ゆっくり近づいたら、どうやら二人の男の人が道路の
方を向いて座り込んで、何だか話してた。
もうどこから見ても怪しさ大爆発な感じだ。
さらに近づいて、木の陰に隠れて耳をそばだててみる。
「…本当なのかよ?」
疑いと好奇心のおり混ざったような声。
「大丈夫だって…一昨日から張り込んでるんだからさ。駅からはこの前の道を
通るのは間違いないし」
張り込み?!
ちょっと覗き込んだら、その男はカメラを手に構えてる。
それも、安いコンパクトカメラなんかじゃなくて、一眼レフっていうのかな?
高そうなカメラだった。
まったく…やっと雑誌とかの取材が無くなってきたと思ったのに、今度はカ
メラ小僧?
私なんかじゃなくて、もっと撮り甲斐のある可愛い子はいっぱいいるだろう
にさ。
触らぬ神に祟りなし――見つからないように立ち去ろうと思ったんだけど……。
「だけどさぁ…本当に石川が来るのかよ?」
石川?!
狙われてるのは梨華ちゃんなの?
ホントに?
どうして?
疑問がいっぱい浮かんできて、私の足はその場に釘付けになった。
いよいよだわ!
明日香ちゃん家でお泊まり会っ♪
もう朝からドキドキワクワクして待ちきれないよ〜。
何とか落ち着かなきゃって思って、鏡の前に座る。
入念にお化粧。
とは言っても、厚化粧にならないように気をつけながら、丁寧に丁寧に……。
こうしてると、何だか心が穏やかになるから不思議だよね。
やっぱりもう一人の「私」になれるから?
鏡に映る「私」。
素の「私」より、ちょっとだけ背伸びしてる。
明日香ちゃんのお眼鏡にかなうかしら?
鏡に向かって、おすまし顔。
にらめっこみたい。何だか変なの〜。
お洋服はもう決めてある。
前に明日香ちゃんから「可愛いね」って言ってもらったピンクのジャケット
と膝丈のスカート。
後は、おそろの星形ピアスで決まり!
準備も整って、もう一度、鏡を覗く。
お化粧……良し。
お洋服……良し。
ピアス……良し。
それから、お土産……良し!
今朝一番で作った明日香ちゃんの大好きな「大学イモ」。
もうね〜会心の出来!
早く明日香ちゃんに食べさせてあげたいよ〜。
タッパに入れて、バッグの底に大切に隠す。
もう一つ、これは大きなタッパ。
あいぼんとツ〜ジ〜用の「大学イモ」。
明日香ちゃん用のを食べられちゃったら大変だから、これもとっても大事な
アイテムよね。
最後に忘れ物がないか、もう一度確認して、いざ出陣!
明日香ちゃん、待っててね〜♪
自分で言うのも何だけど、梨華ちゃんのこととなると私は人が変わっちゃう。
今も、
「だけどさぁ…本当に石川が来るのかよ?」
の一言で「見つからないように逃げる」っていう選択肢が、すっかり頭の中から消え
てしまった。
また梨華ちゃんが傷つけられちゃうっていう予感と恐れへの反発で、怒りがこみ上
げてきた。
「オレを信じろって。インターネットで情報を見つけてから、何度かこの辺りをうろ
ついたりしてるんだから」
インターネット!
そう言えば、梨華ちゃんがマネージャーに注意されたって言ってたっけ。
梨華ちゃんに、「大丈夫」なんて簡単に請け負っちゃって、その結果がこれ?
私の注意力と警戒心って何なんだ。
自分に対して腹立たしくて……。
「ここを通ったら、それをこれで……」
構えたカメラのレンズがギラッと光る。
もうねぇ……後で考えたら無茶なことなんだけど、その時は頭に血が上っちゃって
たから。
何でこんなに激しい怒りにとらわれちゃったのか。
それだけ梨華ちゃんが大切で、しかも、ここは二人にとって大切な思い出の場所だ。
今でも、あの夜の降り落ちてくる星たちが目に浮かぶ。
梨華ちゃんの輝く瞳と一緒に……。
なのに、コソコソ隠し撮りなんて絶対に許せなかった。
「いい加減にしてよっ!」
気がついたら木の陰から飛び出してた。
二人の男は流石にギョッとしたみたい。
「アンタたち、そんなこと卑怯だと思わないの?!」
噛みつくように続けて叫んでる私を、目を丸くして見つめてた。
「おはようございま〜す。お土産、持ってきましたよ〜」
楽屋に入るとすぐに、大きい方のタッパを差し上げた。
「わ〜い!」
あっと言う間に、あいぼんとツ〜ジ〜に取り上げられちゃった。
「おイモだ〜」
さっさとふたを開けて、二人で覗き込んでる。
可愛いな〜。
「でも、食べ過ぎちゃダメだよ? みんなで食べるんだからね?」
「ん〜おいしいよ〜」
「おいしいれす〜」
……二人とも、私のお話、聞いてる?
「梨華ちゃん、食べへんの? おいしいで?」
これ、私が持ってきたんだけど……。
ため息をついてると、スッと安倍さんが近づいてきた。
「…梨華ちゃんが作ったの?」
「あ、はい!」
安倍さんは、「ふ〜ん」って感じで一つをつまんで眺めてる。
今回は大丈夫なはず……なんだけど、あ〜! 緊張するよ〜。
パクッて一口かじって……。
「…うん」
私の方をチラッと見て、小さく肯いて離れて行っちゃった。
その時の安倍さんの優しい目。
何も言ってくれなかったけど、安倍さん、認めてくれたみたい。
「はあ〜ぁ……」
良かったよ〜!
129 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月17日(日)13時55分16秒
明日香やばいよ
チャーミー!大学イモもいいけど早く助けに行け
ここはよっしーでもいい誰か・・・
二人とも私よりずっと大きくて、睨むためには見上げなきゃいけなかったけど、そ
の時は全然怖くなかった。
……後になって考えれば、もっと怖がれよ!って感じなんだけどね。
ともかくその二人は、突然飛び出してきた私を呆然と見つめたまま。
さっき「…本当なのかよ?」とか言ってた男が、
「……福田明日香だ……」
って一言呟いたきり、言葉を失ってる。
もう片一方の男は胸の前にカメラを持ってて、それは丁度、私の目の高さにあった。
私にとってそれは、梨華ちゃんを傷つける存在の象徴。
バシッ!
いきなりカメラを持つ手を叩いてやったら、取り落としたカメラが地面に激突して
ガシャッて派手な音がした。
「あぁっ! 何しやがるんだよ!!」
慌ててカメラを拾い上げても、もう遅い。
大体、カメラをホールドする時に、ストラップも使わずにそのまま持ったりするこ
と自体、素人まるだしだっていうの。
私たちがお世話になったプロのカメラマンは、本当にカメラを大事に取り扱ってた
もんだよ。
「ウソだろう?! レンズが…24万もしたんだぞ!」
そんなこと知るもんかっ!
割れたレンズを覗き込んで嘆く姿が、余計に腹立たしい。
あんた達のしようとしてたことは、もっと人を傷つけることなんだぞ!!
もう怒りが全身を駆けめぐって止めようがない。
斬りつけるような視線で、ギリギリと男を貫き通していた。
そしたら突然、カメラ男がキレちゃったみたい。
「こいつ! 許さねぇ!!」
って叫んで飛びかかってくる。
不思議なことに、そんな状況でも私は冷静に男の動きを見てた。
いや、ホントはアドレナリン全開なんだけどね。
肩を掴もうとする手を咄嗟に取って、サッと懐に飛び込む。
ズシ〜ン!
こんな時に、「モーニング刑事。」で練習した一本背負いが決まるなんて…私って
結構、才能ある?
自分でも信じられない大技が決まって、そんな変な優越感にひたってたのが間違い。
それがかえって隙を生んじゃった。
「よくもやりやがったな!」
もう片方の男に背中から羽交い締めにされて、体格で圧倒的に負けてる私はもうジ
タバタもがくしかできなかった。
「痛ててて…くっそう」
投げ飛ばしたカメラ男も腰を押さえながら立ち上がって、私を睨み付ける。
パシッ!
私の頬が乾いた音を響かせ、後から痛みがジワジワと広がっていった。
最初のお仕事が終わって楽屋で一休みしてると、ごっちんがあいぼん、ツ〜ジ〜と
遊んでた。
あれ? ごっちん、まだいたんだ。
「ごっちん、プッチ組はもうお仕事終わりじゃないの?」
意外だったから思わず声を掛けちゃった。
「うん。そうなんだけど…よっすぃ〜と待ち合わせ」
待ち合わせ?
さっきまで一緒にお仕事してたのに?
そう言えば、よっすぃ〜の姿はもうないね。
「何か、ちょっと頼まれごとしてるからって」
そう言うごっちんは、ちょっとつまらなそう。
「そうなんだ〜…」
「でも、すぐに戻ってくるって言ってたから。そしたら、一緒に買い物と食事に行く
んだぁ」
気を取り直したみたいに、ごっちんは言って笑ってる。
「そっか〜…ごっちん、よっすぃ〜って……優しい?」
上手くいってるのかな〜?
「うん! とっても優しいよ」
キッパリ言い切るごっちんは、とっても嬉しそうで……。
私もちょっとホッとしちゃうよ。
だって、よっすぃ〜とごっちんが上手くいっててくれないと、私たちに被害が及ぶ
んだから。
もうあんなこと、絶対にイヤだもんね。
私は明日香ちゃんだけのもの。明日香ちゃんは私だけのものだから。
「梨華ちゃんも、明日香ちゃんに優しくされてるみたいだね」
私の表情を見て、ごっちん、ニヤニヤしてる。
「……うん」
それは良いんだけど……。
明日香ちゃんのこと、ごっちんに「明日香ちゃん」って言われると、何だかドキッ
てしちゃう。
これはその〜…別にジェラシーってわけじゃなくって……やっぱりジェラシーかな〜?
でもでも、私は明日香ちゃんのこと信じてるから。
ね? 明日香ちゃん、大丈夫だよね?
平手打ちしたカメラ男をキッて睨む。
痛いけど、悔しいけど、絶対に泣いてなんかやらないんだ。
涙を見せれば、こいつらつけあがるに決まってる。
自分が優位に立って少し落ち着いたのか、ニヤニヤだらしなく笑った顔を近
づけてくる。
「福田明日香が、自分の方から挨拶に来てくれるとはな」
煙草臭い息を吹きかけてくるから、嫌悪感も倍増。吐きそうだ。
「高いカメラの弁償も兼ねて、ちょっとくらいサービスしてくれるよな?」
「……馬ぁ鹿」
パシッ!
さっきと同じように平手が飛んできた。
ジンジンする頬の感覚が、自分の惨めな状況を鮮明に伝えている。
目の前には相変わらずの、やらしい笑顔。
その視線が、顔から下の方へと移っていく。
虫酸が走るってこんな感じなんだ。
カメラ男の視線の動きに合わせて、私の身体の表面をおぞましさの固まりが
這い回る。
何とか逃れられないかと、一層ジタバタしても、羽交い締めにしている男の
腕に更に力が込められて、益々身動きがとれなくなる。
嫌だ…嫌だ…嫌だ…気持ち悪い。
その鳥肌の立つような嫌悪感が最高潮に達したとき、カメラ男の手が胸に伸
びてきた。
繊細さの欠片も無いような、無造作で無遠慮で無品格なまさぐり。
「うぁ…柔らけぇなぁ……」
鼻の下伸ばしただらしのない顔。
最低…最低…最低……。
自分の身体だけじゃなく、梨華ちゃんとの大切な思い出の場所を汚された。
その悔しさで泣き叫びそうになる自分を、唇を噛みしめて堪える。
ゲシッ!
「げふっ…」
突然、背後で物音とうめき声がして、羽交い締めにしていた男が崩れ落ちる。
「な……」
カメラ男も私の背後を呆然と眺めてる。
何が起こったのか分からないけど、チャ〜ンス!
ゲシッ!
意識をそらしたカメラ男の股間を、思いっきり蹴り上げてやった。
「うっ……」
手で股間を押さえて内股の恰好のまま、カメラ男は踞って、後はウンウン唸っ
てた。
「あんた、こんなところで何遊んでるの?」
振り返ったら……吉澤が立ってた。
足下には、カメラ男と同じように股間を押さえて気を失ってる男を横たえて……。
「はい、OKで〜す」
「お疲れさまでした〜」
今日のお仕事、信じられないくらい順調に進んで、終了予定の五時半キッチ
リに終わっちゃった。
こんなこと初めて。
いつもは予定より一時間押しちゃうのなんて当たり前なのに。
やっぱり日頃の行いが良いからよね……明日香ちゃんの。
もうルンルン♪気分で帰り支度を整えて、心はもう明日香ちゃん家に。
「お疲れさまでした〜♪」
返事も待たずに外に急いで出る。
ほとんどスキップするみたいに飛ぶように駅へ急いだ。
ポツッ、ポツポツ。
あれ? あれれ?
空を見上げたら、どんより暗い雲が広がってた。
ポツポツ、ザ〜ッ。
雨!
もう! 何でこんな大切な日に降るの〜?
駅までもうすぐだったから、急いで駆け込む。
折角のお洋服も髪も濡れちゃったよ〜。
グスン……。
やっぱり日頃の行いが悪いからかな?……私の。
そりゃ、いっつも明日香ちゃんに迷惑ばっかりかけちゃってる。
付き合い始めからそうだもんね……。
……ハッ!
いけない、いけない。
ネガティブになってる場合じゃないよね。
ポジティブにならなきゃ、ポジティブに……。
そうだ!
明日香ちゃん家に着いたら、すぐにお風呂借りよっと。
それで、それで…また一緒に入ったりして〜。
キャッ♪
どんどんと楽しいことが浮かんできて、雨の中を進む電車の音も、カタンカ
タンッて軽やかに聞こえてくるから不思議。
ルンルンッ♪
吉澤が助けてくれたの?
「ありが……」
「お茶、届けに来てみれば、男二人とイチャついてるし…何やってんだか」
いきなり人聞きの悪いことを言い放つヤツ。
「…あのねぇ……」
ニヤッて笑ってるし。
冗談のつもり?
やっぱりこいつは、何考えてるか、さっぱり分からないや。
「ほらっ」
突然、包みを投げて寄こす。
危なく落としそうになったけど、何とかキャッチ。
「頼まれてたお茶。ちゃんと買ってきた上に、襲われてるのを助けてあげたんだから、
この貸しは大きいよ?」
その笑顔が怖いんだって!……一難去ってまた一難。
「それにしても、あんたってホントによく襲われるよね……抱き心地が良さそうに見
えるのかな?」
変なこと言うな!
……何だかジロジロ見てるし。
「ふむ…やっぱり一回くらい抱かせてもらおうかなぁ……」
おいおい…それは…やめてよ。
「チェッ…けち!」
だから、そういう問題じゃ無いでしょって。
「そ…そうだ、あのさぁ」
何とか話をそらさないとね。
「…この人たち、どうしたらいいかなぁ?」
地べたで唸ってるヤツらをどう処理すべきか。
そしたら、吉澤が事も無げに言った。
「放っとけば良いんじゃない?」
え…でも……。
「…警察に届けなきゃ……」
「事が大きくなるだけじゃない? カメラも壊れてるみたいだし、念のためにフィル
ムを抜いて、放っとけば良いよ」
なるほどね。
それにしても、何だか吉澤ってこういう事態に慣れた感じ……怖いから、これ以上
考えるのはよそう。
結局、カメラに装填されてたフィルムだけじゃなく、持ってたもの全部を取り上げ
ただけ。
…吉澤は、「念のために」もう一度股間を踏みつけてたけど…見なかったことにした。
「さてと…家、寄って行く?」
紅茶とケーキくらいは出すよ?
「ううん。ここで良い。この後、ごっちんを待たせてるんだ」
ニカッて良い笑顔だった。
やれば出来るじゃん。
是非このまま、私たちと関わりのないところで幸せになってほしいものだ。
「じゃ!」
「うん…ありがとね?」
返事の代わりに不適に笑う姿が、ちょっと男前っぽかった。
気を取り直して家に帰る。
嫌なことは忘れるに限る!ってことで、早速、ムースの準備に取りかかって、今手
に入ったばかりのお茶をはじめ、材料を一つ一つ確認しながら並べていく。
よしっ! 全部揃ってる。
いよいよ作業ってことで、念入りに手を洗って……。
「…あれ?」
チラッて覗いた鏡に、何となく違和感を感じて、もう一度よく確かめる。
ちょっと頬が赤くなってるけど大したことないし、別に何も変なところは……。
「あぁっ!」
異変に気がついて、みるみる青くなる。
星形ピアスの片方が……無い。無くなってる!
さっきカメラ男に平手打ちされた時……。
考えるよりも早く駆け出してた。
公園に向かって。
すごい勢いでドアを飛び出したら…雨だった。
もう! こんな時に。
いろいろ想像(妄想?)してたら、あっという間に降りる駅に着いちゃった。
明日香ちゃん…可愛かった〜……。
……ハッ!
いけない、いけない。
自然と顔がニヤけちゃうよ。
取り敢えず駅のコンビニでビニール傘を買って、足取りも軽く明日香ちゃん家に
向かう。
♪ピチピチ チャプチャプ ランランラン〜
傘をクルクル回したりしながら、初めてピンクの長靴でお出かけした時みたいに、
はしゃいじゃってた。
だんだん明日香ちゃん家が近づいてくると、何だかもう最高にハッピー!
周りの風景なんて、全然目に入ってこない。
とにかく、明日香ちゃん家に向かう道だけが、何故だかハッキリ、クッキリ見え
てた。
一歩一歩近づいて、一瞬一瞬「生きてる!」って実感した。
だって、心臓のドキドキをしっかり感じることができたから。
どうしようかな…ドアが開いたら、いきなり抱きついちゃったり…キャッ♪
でも、明日香ちゃん、怒るかも…やっぱり…やめた方が良いかな。
いろいろ迷ってるうちに、明日香ちゃん家の玄関にたどり着いちゃって。
ピ〜ンポ〜ン♪
「は〜い」
トトトッて足音が近づいてきて、ドアの向こう側で止まる。
ワクワク、ドキドキ。
ガチャッ。
ドアが開いていくのも、スローモーションに見える。
「いらっしゃい」
「……こんにちは」
そこに立ってたのは……明日香ちゃん…のお母さまだった。
良かった〜。抱きつかなくて……。
でも…明日香ちゃんは?
「ごめんなさいね。あの子、帰ってきたと思ったら、またいなくなっちゃって……
どうしたのかしら。今日のこと、あんなに楽しみにしてたのに」
え〜、明日香ちゃん、どこ行っちゃったの〜?
「それと…私も地区の寄り合いがあって出掛けないといけないの。明日香、きっと
すぐ戻ると思うから、上がって待っててくれるかしら?」
「はい」
どうしたんだろ〜、明日香ちゃん。
何だか胸騒ぎがするよ〜。
無い…無いよ…どうしよぉ……。
梨華ちゃんと私の星形ピアス。
二人をつなぐ大切な思い出。
それをあんな最低の男のせいで無くしちゃうなんて。
公園に走って戻って、あの植え込みのところを一生懸命に探した。
男達はもういない。
その代わりに、どんどん強くなる雨が私の邪魔をする。
濡れて身体にまとわりつく服とスカート。
雨粒が額を流れ落ちてきて、目に入って視界を塞ぐ。
負けるもんか…負けるもんか。
絶対に見つけ出すんだから。
でも…無い…無いよ…見つからない。
地面を這うように動き回って、足や手はもう泥だらけ。
そんなことはどうでも良かった。
どこに行っちゃったの?
お願いだよ…出てきて……。
ピアスを見つけることが、二人の絆をつなぎとめることになるんだって、そう思った。
だから…だから絶対に見つけなきゃ!
なのに…なのに、一体、どこにあるんだよぉ!!
もう頭の中はパニックで、益々、闇雲に辺りを這いずるだけ。
「あぁ〜もう!!」
イライラが口をついて出る。
思わず傍の木を拳でドンと叩いたら……。
パラパラ、ザ〜ッ!
「わわわっ!」
葉が溜めてた雨粒が一斉に降ってきた。
もう身体がふやけるほどに全身びしょびしょ。
「…はあ〜ぁ……」
力が抜けちゃって、その場にペタンと座り込んじゃった。
相変わらず雨粒が目にしみる。
額から目に入って頬を伝う雨粒……何だかしょっぱいや。
探しても探しても見つからない。
時間が経つにつれ、絶望感が体中に広がっていく。
身の震えるような、ううん、本当に手足がガクガクするほど怖かった。
まるで梨華ちゃん自身を失っちゃうような……。
「ただのピアス」と割り切るには、あまりにもたくさんの思いが詰まりすぎてた。
梨華ちゃんの思い。
私の思い。
あの夜のことが脳裏に浮かんで、胸を締め付ける。
今まで、「胸がキュンとする」なんて随分と短絡的な表現だと思ってけど……でも
…そうとしか言い表せないもんだね。
思わずあの夜の星が見えないかと空を見上げて……だけど、今は星の代わりに雨が
降り続けるだけ。
次々に目から雨粒が流れ出すから、顔を伏せた。
そしたら…それはそこにあった。
さっき立ってた所から、かなり離れた茂みの下で、それは小さく輝いてた。
あれから明日香ちゃんのお母様はお出かけしちゃって、私は明日香ちゃんの部屋に
一人。
模様替えした部屋をあちこち見たり、ベッドに腰掛けて足をブラブラさせたり、窓
の外を見たり……。
つまんな〜い。
それにしても…一度帰ってきたのに、すぐに出て行っちゃうなんて……。
本当にどこ行っちゃったんだろ〜、明日香ちゃん?
トントントンッて階段を下りて、リビングを覗く。
明かりも点いてないから暗いし、寂しいよ〜。
明日香ちゃん…何かあったのかな?
どうしよう……。
捜しに行きたいけど、この辺りのことよく分からないし……。
何度も迷って、廊下を行ったり来たり。
「…よしっ!」
どうしても心配だから、捜しに行かなきゃ。
私が捜さなきゃ、誰が捜すって言うの?
やっぱり私しかいないでしょ?!
決心して玄関に向かう。
ドアを開いて出て行こうとしたら……急にドアが外から開いて、一緒に引っ張られ
ちゃった。
「キャッ!」
「うわっ!」
抱き留められて転んだりはしなかったけど……あれ? これは…明日香ちゃん?!
ビックリしてると、
「大丈夫?…あっ! ごめん。濡れちゃうね」
って、すぐにドアの中に押し込まれた。
落ち着いてよく見てみたら、明日香ちゃんはずぶ濡れ。
さっき抱き留めてくれたときも、すごい冷たかったし……。
一体、どうしたの、明日香ちゃん?!
梨華ちゃんを驚かせちゃった。
今も目をまん丸にして私を見つめてる。
「ごめん…ごめんなさい、梨華ちゃん」
まず謝らなきゃ。
もう謝るしかないから。
「…ど…どうしたの?」
「遅くなっちゃってごめん…それと……」
そこで口ごもる。
だって…嫌われちゃうかも…でも…言わないと…ね。
深呼吸を一つ。
「これ……」
握ってた拳を梨華ちゃんの方へ差し出す。
ゆっくり開いた掌には、おそろの星形ピアス。
二人の思い出そのもの……の破片が乗ってる。
「ごめん……壊しちゃった……」
哀しみがあふれそうで…それなのに、涙は出てこなかった。
心の真ん中にポッカリ穴が開いちゃって、そこから涙が全部流れ落ちて行く。
やっと見つけたと思ったのに……駆け寄ってみたら、それは無惨に壊れてた。
それを掌に乗せて、呆然と見つめてた。
どれくらいの時間だったのか……。
雨に降られて冷えていく身体と一緒に、心も冷たく縮んでいった。
「何があったの? ねぇ、明日香ちゃん!」
必死に問いただす梨華ちゃんに対して、自分でも不思議なくらい淡々と、起こった
出来事を順番に説明していく。
「それで…一生懸命探したんだけど…こんなになっちゃってて……ごめん。本当にご
めんなさい!」
ガバッと大きく頭を下げる。
丁度、梨華ちゃんが拳をキュッて握るのが見えて…叩かれるのかと思った。
それでも良い。
二人にとって大事な、本当に大事な物を壊しちゃったんだから。
「明日香ちゃんの…バカ〜!」
叩かれるんじゃなくて、肩を掴まれた。
梨華ちゃん、涙を流しながら真っ赤な怒った顔。
仕方がないよね。
「ごめん…二人の大切な絆なのに…」
そしたらブンブン首を振って、
「違う…違う違う!」
って叫んだ。
「ピアスなんかより、ずっとず〜っと、明日香ちゃんの方が大切なんだから…なのに
…何でそんな危ないことするの?! その上、こんなに冷え切るまで雨の中にいるな
んて……」
ガバッて抱きしめられた。
温かい……。
「明日香ちゃんが無事なら、それで良いのに……バカ…バカバカバカ〜!」
本当だ。馬鹿だよ、私は。
一番分かってたはずなのに。
可愛い私の女神は、本気で私のことを愛してくれてるってことを。
だから…こんな壊れた絆でも、こんなに冷え切って穴の開いた心でも、あっと言う
間に魔法で直してくれちゃうんだ。
見る見るうちに心の穴が塞がって、行き場を失った涙があふれ出て、やっと頬を流
れ始めた。
明日香ちゃんのこと、「バカ」だなんて言っちゃった。
でも、本当にそう思ったんだもん。
男の人、それも二人もいるのに飛び出していくなんて。
もし、よっすぃ〜に助けられなかったら……明日香ちゃんは男達に襲われて……そ
んなのゾッとする。
いつもは冷静な明日香ちゃんなのに、どうしてそんなことしちゃったんだろう?
でも、今はそんなことより……。
「明日香ちゃん、お風呂行こう」
ずぶ濡れのままじゃ、本当に風邪をひいちゃうよ。手も足も泥だらけだし。
明日香ちゃんはコクンて肯いたけど無言。
鼻をグスグスいわせてる。
あんまりにも明日香ちゃんが頼りなげに見えたから、肩を抱いてバスルームまで連
れて行ってあげる。
お風呂の温度を見て、脱衣所に戻ったら、
「……ありがとう」
って笑顔を浮かべた明日香ちゃんだけど、聞いたことないくらい、か細い声だった。
よく見たら、膝が震えてる。
ボタンも一人じゃ外せないみたい。
胸がギュッて締め付けられる。
見てられないよ。
代わりにボタンを外してあげて、服を脱ぐお手伝いをしてあげる。
伝わってくる体温は、本当に冷たくて……。
明日香ちゃんは何も言わないで、下着だけになってモジモジ恥ずかしそう。
今更、明日香ちゃんと私の間で恥ずかしがることもないのにね。
下着に手を伸ばしたら、
「やぁ…」
身を引いて逃げようとするけど、そんなのにお構いなく脱がせちゃう。
それから、さっさと私も裸になって、明日香ちゃんの手を引いて一緒に中に入ったの。
痛々しい姿に胸の塞がった私。
そんな状態でも恥ずかしがる明日香ちゃん。
無言のまま、熱いシャワーで明日香ちゃんを洗ってあげる。
髪、頬、首筋、手足、背中、お腹……。
どこも芯から冷たくて、でも、シャワーで次第に温まってくる。
カタカタカタッ。
最初は小さな物音。
次第に大きくなって……。
気がついたら明日香ちゃん、ブルブル震えてた。
私、ビックリして。
「明日香ちゃん!? どうしたの?」
両腕で自分の胸を抱いて、明日香ちゃんは必死に笑おうとしてた。
でも、大粒の涙がポロポロ落ちてた。
「私…私……怖かった……」
ポツッてそれだけ言って、震え続けて……。
「うわ〜っ」
って叫ぶように泣き出す明日香ちゃんを、私は、
「大丈夫…もう大丈夫だよ。私がいるから」
って言いながら、ただ抱き締めることしかできなかった。
緊張が解けたって言うか…気が弛んじゃったって言うか。
冷え切った身体をお湯で温められて、梨華ちゃんに心をほぐされて……。
気づいたときには、もう震えが止まらなくなってた。
平手打ちの痛みも、胸をまさぐられるおぞましさも、犯されるっていう恐怖
心も、一度に蘇って……。
後になって赤面するくらい、ワンワン泣いた。
そんな私を、梨華ちゃんはずっと優しく抱き締めてくれてた。
心も体も、すべてを包んでくれる。
痛みも、おぞましさも、恐怖心も、梨華ちゃんの胸に吐き出した。
どれくらいそうしてたんだろう?
梨華ちゃんは、ようやく泣きやんでヒクヒクしゃくり上げてる私の手を引い
て、湯船に入れてくれた。
二人で一緒に入ってるお風呂。
何だかよく分からない安心感に浸かりながら、どうしようもなく眠気に襲わ
れて……。
ポカポカ、フワフワ。
いつの間にか意識が無くなってた。
私の肩に、頭がスッて乗ってきた。
「明日香ちゃん?」
顔を覗き込んだときには、明日香ちゃんはもう寝ちゃってた。
お風呂に浸かりながら寝ちゃうなんて……さっきまで、どれだけ気を張り詰
めてたかってことだよね。
でも、このままじゃお風呂で溺れちゃうよ。
「明日香ちゃん…」
呼び掛けても、揺すっても起きない。
…しょうがないですねぇ。
「よいしょ!」
何とか抱えて立ち上がらせたまでは良かったんだけど……。
湯船から出すだけでも一苦労。
あっちを持ったり、こっちを担いだりしてる間に、胸とかお尻とかあそこと
かが、上になったり下になったりアップになったり。
目移りしちゃうよ……って、それどころじゃないよね。
それにしても……。
そんなアクロバティックな…ある意味、恥ずかしい恰好になっても目が覚め
ない明日香ちゃん。
…大丈夫かな?
とにかく、何とか抱え上げて脱衣所でバスタオルで拭いてあげて。
そこでハタと気がついた。
着替えがない。
部屋で探してきても良いんだけど…その間、脱衣所の床に寝かせたままってい
うのは流石に……。
今この家には二人しかいない訳だし、裸のまま部屋まで担いで行くことにした。
でも、今度は階段かぁ……。
ううん。愛しい明日香ちゃんのためだもん。
梨華、ファイト!
温かい……。
目が覚めて最初にそう思った。
見覚えのある天井。
そっか、私のベッドの上だ。
「ん〜…」
あれ? 耳元で聞こえるこの声は……。
「…あ、明日香ちゃん。起きたんだ」
横を向くと、微笑む梨華ちゃんのドアップ。
この展開はもしかして……。
慌てて確認したら、やっぱり裸のまま布団にくるまってた。梨華ちゃんと一
緒に。
流石に…こういう状況にも、慣れてきたよ。
全然、び…びっくりなんて、しないね。
「ど…ど…どうして?」
どもっちゃった……強がっても動揺は隠せないか。
はい、すいません。
梨華ちゃんと裸同士で抱き合ってる状況に、ドギマギしちゃいました。
しょうがないじゃん!
好きな子と抱き合ってたらドギマギしちゃうって!
…逆ギレしても仕方ないんだけどね。
「だって〜明日香ちゃんがあんまり可愛い顔で寝てるから〜」
いや、説明になってませんよ、梨華ちゃん。
「…本当は寝てる明日香ちゃんを着替えさせるのが面倒になっちゃって」
それは…仕方ないかも。
でも、梨華ちゃんまで一緒に寝ることは無いんじゃ……。
「だって〜明日香ちゃんがあんまり可愛い顔で寝てるから〜」
いや、だからそれじゃ説明に……。
「…明日香ちゃんが風邪ひいちゃったら困るから。温かいでしょ?」
うん。とっても温かいよ。
温かいけど…恥ずかしいよ。
だって……む、胸が当たってる。
「…ね〜明日香ちゃん……」
あの…り、梨華ちゃん…胸を押しつけてこないで。
「折角二人きりなんだから…良いでしょ?」
良くない! 良くないけど…何故だか言葉が出てこないよ。
身体も金縛りに掛かったみたいに動かないし。
ど…どうしよう。
マゴマゴしてるうちに、ゆっくりと梨華ちゃんの顔が近づいてくる。
抗う気持ちさえ出てこない。
自然に目が閉じてきちゃって……。
チュッて。
はぁ…梨華ちゃんの唇……プックリ柔らかいよぉ……。
ガチャッ。
「ただいまぁ」
お母さんだ!
玄関から物音と一緒に聞こえてきた声に、ハッ!て現実に引き戻された。
残念なような…「助かったぁ…」って安堵するような…その両方ともが率直
な気持ち。
「ほら、梨華ちゃん、お母さんが帰って来ちゃったから。早く服、着ないと」
「…も〜…」
金縛りの解けた私は、元気いっぱいに布団から飛び出して、手早く着替え始
めた。
梨華ちゃんは不満そうだけど……そんな顔も可愛いよ♪
紅く色づいた明日香ちゃんの肌。
それを包むように抱き締めて、肌を寄せ合う。
互いの体温が温かい……。
最高に気分が盛り上がってたのに……。
もうちょっと明日香ちゃんを直に感じてたかったな〜。
でも、ま、いっか。
明日香ちゃんも元気が出てきたみたいだし。
私の服もちょっと湿ってたから、明日香ちゃんが着替えを貸してくれた。
二人そろってリビングへ降りていく。
「お帰り、お母さん」
「お帰りなさい」
ソファに座って肩をトントンッてしてた明日香ちゃんのお母様。
「ただいま…あら? あんたたち、もう着替えたの?」
心臓がドキンッて大きく一つ。
ど…どうしよう。
怪しまれちゃった?
流石は明日香ちゃんのお母様。
鋭く見通す目を持ってるね。
でも、そこは明日香ちゃん。
何でも無かったみたいに、
「ちょっと雨に降られちゃったからさ。傘持って出るの忘れてて……先にお風呂入ら
せてもらっちゃったよ」
スラスラッてそんなことを言ってる。
「馬鹿な子ねぇ。風邪ひいたりしないでよ?」
「分かってる。それよりお母さん、私たち、ご飯まだなんだ」
「まだ食べてなかったの? もう、お客さんを呼んどいて、何やってるの。石川さん、
ごめんなさいね」
「い…いえ」
しっかり者同士の会話にちょっとタジタジッて感じ。
お母様がお料理を温めてる間に、明日香ちゃんも何かキッチンでゴソゴソやってた。
私も何かお手伝いをって思ったんだけど……。
「お客様はそこに座ってジッと待ってて」
明日香ちゃんとお母様の二人から、そう言われちゃった。
二人ともすぐに戻ってきて、楽しい晩餐。
お母様のお料理は、まさに家庭の味って感じで、煮物なんて最高においしかった。
私ももっとお料理の勉強しなきゃ。
それから最後に出てきたデザートは……。
「ジャジャ〜ン!」
珍しくハイテンションな登場の仕方で、明日香ちゃんが運んできてくれた。
小さめのティーカップに入った緑色のムース。
「明日香ちゃんが作ってくれたの?」
「急いで作ったから……」
明日香ちゃんは恥ずかしそうに言ったけど、嬉しい! 本当に嬉しいよ。
慎重に一口食べたら……ジワ〜ッてお茶の苦味の上に仄かに甘くて……最高! 最
高だよ、明日香ちゃん!!
拙いながら、絶賛の言葉を贈ったら、
「ホントに?…良かったぁ」
って。
ほっぺをちょっと朱に染めて、嬉しそうにほほ笑む明日香ちゃん。
その笑顔。
それが一番のご馳走だね。
ありがとう、明日香ちゃん。
お茶のムース。
本当はもっと余裕をもって作れるはずだったんだけど…それがちょっと心残り。
でも、梨華ちゃんは喜んでくれたみたいだから、良しとするかな。
お母さんも交えて、結構、話も盛り上がって楽しい夕食になったし。
結果オーライ。
「それじゃ、お母さん…私たち、部屋に戻るね」
お菓子にペットボトルにカップが二つ。
準備は万端。
「はいはい。あんまり夜更かしするんじゃありませんよ」
「は〜い」
キッチンで片づけものしてるお母さんに声を掛けてリビングを出たら、梨華ちゃん、
すぐに腕を組んできた。
ちょっと肩をすくめて恥ずかしがってみたり。
本当は、かなり嬉しいんだけどね。
階段を上って部屋のドアを開ける。
「ささ。姫、どうぞ♪」
おどけてそんな風に言ってみる。
梨華ちゃんも、
「うむ。苦しゅうないぞよ」
なんて笑いを堪えて澄ました顔。
でも、目の前を梨華ちゃんが通ったとき、目に入ってきちゃった。
星形ピアス。
おそろだったピアス。
胸の奥がキュ〜ッて、また縮みそうになる。
私のせいで、おそろじゃなくなっちゃった……。
「?…どうしたの、明日香ちゃん?」
部屋の中で振り返った梨華ちゃんが、不思議そうに見てる。
「…ううん。何でもない」
無理に笑ってドアを締めたけど……梨華ちゃんの耳元のピアスがキラキラ輝いて…
私には眩しすぎた。
二人でクッションを抱いて、ベッドにもたれておしゃべり。
さっきのムースに、私がどれくらい感動したかとか、ちょっと抱きついたりしなが
ら訴える。
恥ずかしそうに笑ってる明日香ちゃんだけど……何か違う。
明日香ちゃんも、いろいろお話ししてくれるけど、また元気が無くなっちゃった気
がする。
どうしちゃったんだろう?
時々、私の目から視線がそれて……。
すごい気になっちゃうよ。
でも…そのことに触れられないよ。
だって、明日香ちゃんが余計に傷つきそうな予感がするんだもん。
次第に明日香ちゃんは無口になって、私ばっかり話してる。
明日香ちゃんの視線、今じゃ、何を見てるかはっきり分かるよ。
私の耳元のピアスと…机の上に置いてある、明日香ちゃんのピアス。
壊れちゃったピアス。
明日香ちゃんの目が、すごい寂しそうで、私まで息苦しくなっちゃうよ。
話が続かなくなって。
突然、明日香ちゃんがフラッて立ち上がって、机の方へ歩いていく。
壊れたピアスを手にとって……それを見つめる明日香ちゃんの横顔に、ホロッて涙
がこぼれて。
「明日香ちゃん……」
切なくて…儚げで…哀しくて…そして、綺麗だった。
梨華ちゃんと話してても、どうしてもピアスが気になって……。
キラッて輝くたびに、それに目を留めてしまう。
今日までは、その輝きは安らぎを与えてくれた。
なのに今は……。
美しく輝く梨華ちゃんのピアス。
机の上で無惨な姿で転がっている私のピアス。
同じ物のはずなのに、さっきまで同じ輝きを放っていたはずなのに……。
私のピアスは、くすんで見える。
自分でも気がつかないうちに、机の前に立ってた。
壊れたピアスを持って……。
「ど…どうしたの?…明日香ちゃん……」
梨華ちゃんが、私を見つめて心配そうな顔してる。
その顔が、揺れて霞んで、流れ落ちた。
「大切なピアスだったのに…大切な場所だったのに…大切な思い出だったのに…
…汚されちゃったよ…私……」
「そんなことない! 汚されてなんかないよ!!」
梨華ちゃんが、私の肩を掴んで揺すってる。
「だってぇ……」
心が萎えて、すべてが終わりのように感じられて……。
「明日香ちゃんが無事で私の隣にいてくれる。それだけで、身の回りのもの、
場所、これまでの思い出、全部が愛しいの。大切なまま輝いてるよ」
私の目を突き通すように真剣な、それでいて優しい梨華ちゃんの眼差し。
「そう教えてくれたの、明日香ちゃんじゃない。汚れてなんかないって」
もう…もう我慢の限界だった。
「梨華…ちゃん……ふぇ…ふぇ〜ん…」
梨華ちゃんにしがみつくようにして泣いた。
泣いて泣いて…梨華ちゃんは、ずっと私の髪を撫でてくれてた。
思えば、今日は夕方から、ずっと泣いてばっかりだね。
こんなに泣いたの、何時以来だろう?
頭の片隅でそんなことを考えながら、それでも今は泣き続けてた。
梨華ちゃんが柔らかく私を包んでくれてるのが、すごく心地よかったから。
お風呂で突然泣き出した明日香ちゃんには驚いたけど、今はそれほどでもなかった。
だって、もう見るからに明日香ちゃんが傷ついてるのが分かったから。
ネガティブ全開って感じだったもんね。
ネガティブのプロである私には一目瞭然だった。
……我ながら嫌なプロだな〜。
そんなことは置いといて……。
しっかり抱いてあげたら、明日香ちゃん、ずっとずっと泣き続けてた。
お風呂場でのは恐怖心による涙。
今の涙は…きっと喪失感による涙だね。
明日香ちゃんのせいじゃないのに。
明日香ちゃんが気にすることないのに。
真面目すぎるんだよ、明日香ちゃんは。
その間も、壊れたピアスを大事そうに両手で包むように持ってて。
明日香ちゃん。
交換したおそろのピアスを本当に大切にしてくれてるのが伝わってきて、私は心の
底から嬉しかったよ?
だから、そんなに悲しまないで。
悔やんだりしなくても良いんだよ。
でも…今は気が済むまで泣いても良いから。
吹っ切れるまで、待っててあげる。
こみ上げてくるものが、ようやく落ち着いてきたら、無性に恥ずかしくなってきた。
泣きじゃくるなんて、まるでお子ちゃま丸出しじゃん。
梨華ちゃんの視線から逃れるように顔を背けた。
「どうしたの?」
「やだ…恥ずかしい…見ないで……」
だって…もう涙でグシャグシャになってるのが、自分でも分かるもん。
こんな顔、梨華ちゃんに見られたくないよ。
なのに梨華ちゃん、追いかけるように覗き込んできて、
「そんなことないよ。泣き顔の明日香ちゃんも、とっても可愛いよ?」
なんて言う。
そんなの嘘だよぉ。
「今までより、もっとも〜っと、明日香ちゃんがスキになっちゃった♪」
…ホントに?
「本当だよ〜……じゃあねぇ…証明してあげる」
言った梨華ちゃんの顔が、急に近づいてきて……。
「あ…」
反射的に閉じた両方の瞼に、柔らかくて温かい感触。
私の中で何かが融けて消えた。
同時に膝の力が抜けちゃって、ヒシッて梨華ちゃんに抱きついてなきゃ、立ってら
れないよ。
梨華ちゃん、私に何したの?
明日香ちゃん、膝がカクッて落ちてギュッて抱きついてきた。
ごめんね、明日香ちゃん。
ちょっとワザを使っちゃったよ。
瞼って、意外に感じるの、知ってた?
特に泣きはらした後は敏感になるみたいだよ。
私も抱き返して、そのまま机とは反対側にあるベッドへ真っ直ぐ。
「り…梨華ちゃん」
明日香ちゃん、ちょっと焦ってるみたいだけど、気にしない。
哀しいときには、それを忘れるくらい愛を感じなきゃ。
だから、私の愛をいっぱい、あ・げ・る♪
駄目だよ。
このままじゃ、いつもと同じ。
受け身の私を、優しく愛してくれる梨華ちゃんって形。
私ばっかり気持ちよくなって……いつまでもそれじゃ、嫌なんだから。
でも…どうしたらいいか分からない。
ここ最近、考えてたけど答えなんて見つからなかった。
それでも、今の状況は「待った」が効かない。
ベッドにゆっくり下ろされて……。
私に覆い被さってる梨華ちゃんの目が優しかった。
「梨華ちゃん……」
「ん?」
「今日は…私が……」
思い切って言ってみた。
梨華ちゃんは首を傾げて見つめてる。
「…良いよ」
ニコッて笑って、私の隣に横たわった梨華ちゃん。
……えぇと。
まず、どうしたら良いんだっけ?
いつも梨華ちゃんにされてることを思いだそうとするんだけど、こんなときに限っ
て焦っちゃって混乱しまくり。
えぇ〜い!
と…とにかく、キス、だよね?
いつもと違ったドキドキ感が、焦ってる自分を表してる。
おっかなびっくり顔を近づけると、梨華ちゃんはスッて目を閉じて。
焦るな、明日香!
これまでだって何度か私からキスしたことあるじゃん!
……でも、今回は全然勝手が違うよ。
目の前の無防備な梨華ちゃんの姿が、あらためて責任の重大さを感じさせる。
すべてを任せてくれた梨華ちゃんの期待に、何とか応えなきゃ!
何とか呼吸を整えて、えいや!って唇をつける。
ぅぁ……やっぱり梨華ちゃんの唇、柔らかいよぉ…。
思わずいつも通りに、自分の方が熔けちゃいそうになる。
慌ててもう一回気合いを入れ直して……一生懸命についばんでた。
……能動的に愛してあげるのって…大変だなぁ。
私、最後まで保つのかなぁ?
不安いっぱいに、ぎこちなく梨華ちゃんを愛し始めた。
そう言えば前の時、
「どっちかがどっちかを気持ちよくするだけじゃ嫌じゃない?」
って、明日香ちゃん、言ってたっけ。
ピンと来ないところもあるけど、明日香ちゃんが真剣だってことはよく分か
る。
よ〜し!
それじゃ、私も一肌脱いじゃいましょう。
明日香ちゃん、必要以上に緊張してる。
それじゃ、なかなか相手を気持ちよくさせることは出来ないんだよ。
だから……明日香ちゃんの腰の辺りに手を伸ばす。
服の上からス〜ッス〜ッて撫でてあげると…。
「ん!…ぅふ…」
明日香ちゃん、突然走った快感に狼狽えちゃってる。
でも、これで余計な力は抜けたはず。
その証拠に、キスがこんなに気持ちいい。
あれ?
でも、明日香ちゃんの瞳、ウルウルしちゃってる……。
予想以上に感じちゃった?
ちょっと触っただけなのに……。
ま…まぁ、大丈夫だよね?
明日香ちゃん、ファイト〜!
優しく愛してね、明日香ちゃん?
ビックリしたぁ……梨華ちゃん、急に腰の辺りを触ってくるんだもん。
今日は、梨華ちゃんから触ってきちゃ駄目ぇ!
だって…ちょっとだけでも、こんなに感じちゃうんだもん。
もしかして、私の身体、梨華ちゃん仕様になってきちゃってる?
もしそうだとしたら、益々ヤバイ。
今日のテーマは、「梨華ちゃんを気持ちよくさせる方法とその実践」なんだ
から。
とにかく、自分がされて気持ちいいことは、相手も気持いいはずなんだから。
まずは…もうちょっとキスを……。
ハァ〜…やっぱり梨華ちゃんとのキス、気持ちいいよぉ。
……い…いけない、いけない。
また自分だけの世界にはまり込むところだった。
今度は…服を脱がさなきゃ。
でも、やっぱりまだ、梨華ちゃんみたいに手早く脱がしちゃうことは出来な
いから……。
「梨華ちゃん…服、脱いで」
素直にお願いするのが一番。
今出来ることで頑張るしかないからね。
「うん…明日香ちゃん、大丈夫?」
協力してくれる梨華ちゃんと一緒に、自分も服を脱ぐ。
それで分かったんだけど…梨華ちゃん以上に私の方が興奮しちゃってる。
身体全体が赤く火照ったみたいになってる……。
駄目じゃん!
落ち着けぇ、落ち着けぇ。
自分に言い聞かせながら、指を胸に這わせる。
「焦んなきゃいいんだよ。慌てず、ゆっくり、ソフトタッチ」
あれ? これって……吉澤のアドバイス。
唐突に頭の中に浮かんできた。
アイツの言う通りにするのは癪にさわるけど…四の五の言ってる場合じゃな
い。
慌てず…ゆっくり…ソフトタッチ……。
最初は本当におっかなびっくりって感じで、私の方がハラハラしちゃってた。
あ、そこじゃない、とか。
もっと落ち着いて、とか。
力が入りすぎててそのままじゃ痛いよ〜、とか。
自分でする方が断然、楽だって思った。
でも、明日香ちゃんが一生懸命に試行錯誤しながら私を愛してくれてるんだ
から、それを受け止めてあげるのが、私の愛だよね。
それでも、ちょっと身を引いたりずらしたり、手をそっと押してあげたり……。
なるべく分からないように協力してあげる。
そうじゃないと、明日香ちゃんの方が先に限界に達しちゃいそうだったから。
だって、乳首ちゃんとか、もう明日香ちゃんの方が固く尖ってきちゃってるし。
でも、だんだん明日香ちゃんも慣れてきたみたい。
柔らかいタッチで私を愛撫してくれるようになった。
こうなったら、後は明日香ちゃんの指の動きをしっかり感じるだけで良い。
明日香ちゃんに誘われて、高みへ昇っていくイメージを膨らませる。
そう…そうだよ、明日香ちゃん。
すごい……そこ……ぁん……。
「あ…すごい…良い! 良いよ、明日香ちゃん」
梨華ちゃんが望むところを探そうと、あちこち必死にやってたら、当たりを
引いたみたい。
ビクビク仰け反る梨華ちゃんの反応に励まされて、一層頑張ってみる。
でも…私も、もう…限界に近いよ。
上気してた身体は、もうカッカする感じ。
いつも梨華ちゃんがどうやってるのか、出来るだけ正確にトレースしようと
してたら、もうねぇ…実際に自分がされてるみたいに感じちゃって……。
舌先で梨華ちゃんの乳首ちゃんが固くなってきてるのを感じて、「やった!」って
思ったら、自分のももうビンビンで。
ちょっと肌に擦れたら、「ひゃんっ!」て声が出ちゃうくらい。
後は推して知るべしで、下の方も梨華ちゃんの受け入れ準備が整う頃には、
私も大変な状態になってた。
イメージ作戦は諸刃の剣だった。
……私って…想像力ありすぎなのかなぁ?
ともかく、ボ〜ッてする頭に何とか活を入れながら、梨華ちゃんのそこに集
中する。
そっと差し込んだ指が、梨華ちゃんにキュッて包み込まれて身動きしにくい
くらい。
絶対に梨華ちゃんを傷つけたりしたくないから、どうしても指の動きはゆっ
くりになっちゃって。
梨華ちゃんはそれに合わせて、
「…フゥ〜〜……」
って、長く息を吐き出してる。
指から伝わる体温。
すごく温かいよ。
ゆっくりゆっくり、その温かさを確かめながら、梨華ちゃんの中をなぞって
いく。
だんだん滑らかに動くようになる指。
折り重なる花びらのような襞を、かき分けるような感触が、頭の中で自分が
かき回されているように変換されちゃう。
よく考えたら、これは私自身がイッちゃうのをトレースしてるってことで、
正確に思い浮かべるほど、自分を追い込む結果になるわけで。
もう…私の方がヘロヘロな状態。
その時の私は他に何も考えられなくて、自分が一番気持ちいいところを探り
当てて、そこだけに集中して指先を這わせる。
背筋をパシッて快感が走ったり、身体の中心から鈍く震えが広がっていった
り……。
星なんか、目の前を降るほどチカチカしてた。
もうちょっと…ぁ…後少し……。
目の前の霞が真っ白になって……。
そしたら、急に梨華ちゃんが短くハッ!て息を吐き出して、
「あぁん…」
って艶めかしい喘ぎ声。
腰もカクッカクッて蠢いてた。
梨華ちゃん?
イッちゃった?
這うようにして顔を覗き込んだら、すごく幸せそうな笑顔だった。
体力を使い果たした感じで、私も横で寝てた。
だけど身体の中心が熱くて…何か持て余しちゃう。
梨華ちゃん、荒い息で、ハァハァ言いながら、
「……明日香ちゃん…すごい良かったよ…上手になったね」
って。
何だか誉められちゃったけど……ちょっと恥ずかしいよね。
よく回らなくなった頭で、そう思った。
そのうち、ス〜ッて深呼吸した梨華ちゃんが、私に笑顔でにじり寄って来て……。
「明日香ちゃん、言ってたよね?『どっちかがどっちかを気持ちよくするだけじゃ嫌
じゃない?』って」
嫌な予感がしたけど、もう身体に力が入らないよ。
「だから今度は…私が。ね?」
動けない私に覆い被さってきて…その後は…言うまでもなく呆気ない結末で……。
今までトレースしてたイメージ通りに梨華ちゃんが動いて、何だか分からない間に、
何度も何度も大波に飲み込まれてた。
でもこれじゃあ、全然、平等じゃないんじゃないかと思うんですけど……。
結局、私が頑張ったことって…あれで良かったの?
…結論を出すよりも早く、意識の方が遠く、遠く……薄れていった。
明日香ちゃんは、私が思った以上に頑張ってくれた。
最後は何の手加減もなく、明日香ちゃんの手でイカされちゃった♪
キュ〜ッて収縮するときに、明日香ちゃんの指を芯に包み込むような感じが
残ってて……すごく確かな快感が全身に走ったの。
オナニーの時の虚ろな後ろめたさなんかとは比べ物にならないくらい気持ち
よかったよ。
まぁ、今の明日香ちゃんにはそこまでが限界だったみたいだけど。
これ以上は、また頑張りましょうってことで。
ね?
だから感謝の念を込めて…たくさん、ご褒美をあげたんだよ?
明日香ちゃんも、いっぱい感じてくれた。
自分でも気がついてたみたいだけど、もう出来上がっちゃってたから、私が
ちょっと後押ししてあげたら、あっと言う間。
「ぃやん…」
って、喘ぎ声もビクビク震える身体も、全部がすごい可愛かったよ〜。
そんなことしてるうちに、心地よい睡魔に襲われて、二人で抱き合って眠り
についた。
明日の朝も、このまま抱き合って目覚めるんだね。
最高に、最高に幸せだよ。
ね? 明日香ちゃん。
朝、目覚めたら…と言うより、意識が戻ったらって言った方が相応しいかも。
だってぇ…意識不明になったまま、朝を迎えた感じなんだもん。
腰から下も、重〜い感じ。
梨華ちゃん、ちょっとは手加減してよ……。
ともかく、目の前には梨華ちゃんの寝顔があった。
幸せそうに、ちょっと微笑んだ可愛い寝顔。
こんなに無邪気に見えるのに、私にあんなすごいことしちゃう梨華ちゃん。
ホント、不思議だよね。
…そんな梨華ちゃんも、好きだけどさ。
いろいろ考えながら梨華ちゃんの寝顔を見つめてた。
すごく心が軽くなって、何だか、昨日までの自分とは違う気分。
きっと梨華ちゃんと二人で見た夢の中で、私は生まれ変わったんだね。
じんわり心が痺れてきて、「幸せだぁ!」ってシミジミ実感。
そしたら、ホワッて梨華ちゃんの目が開いた。
「あ…おはよう、明日香ちゃん♪」
寝ぼけ眼のまま、ニコ〜ッて。
まだ半覚醒状態って感じ。
夢とも現実とも定かじゃないんだろうなぁ。
そんな梨華ちゃんがまた愛しくて。
「おはよう、梨華ちゃん♪」
そう言って、頬にキスをしてあげた。
これくらいなら大丈夫だよね?
半分、夢の中の出来事だから。
くすぐったそうにしながら呟いた梨華ちゃんの言葉。
「また…新しい思い出が…出来たね」
それが私の胸に刻み込まれた。
どうやら昨日から私は涙もろくなってるらしい。
必死に涙を飲み込みながら、
「うん!」
って大きく肯いた。
ささやかな、でも二人にとっては、かけがいのない思い出。
朝日が射し込んで、机の上でキラキラ輝く壊れたピアス。
生まれ変わった私にとっては宝物だった。
これからも…これからも、いっぱい宝物をつくっていこうね?
頬を触れ合わせたまま、まだウトウトしてる梨華ちゃんに、そう呟いた。
(完)