いつも君の側に

 

明日から3日間のオフ。

最近ホントに忙しかったから、休めるのはうれしいんだけど…。
最近のあたしは、このヒトたちと過ごす時間が本当に楽しくて、本当に大切で。
3日も会えないんだと思うと…何だかすごく寂しい気がして。

いつもいっしょにいられたらいいのになぁ。

……なんて、何コドモみたいなコト言ってんだかあたしは。

『…よっすぃー』
ん?だれ?

『よっすぃー、よっすぃー』
ごっ、ちん……?

『アタシたちは、いつでもよっすぃーのそばにいるよ。だから…アタシたちのコト探して』
探す?なに?どういうこと?

『ゼッタイだよ?約束だからね…』
何なんだよそれ?
ねぇ、ごっちん、ごっちんってば……。

『よっすぃー、よっすぃーってば!!コラー!!起きろ、ひとみーっ!!』
「んっっ!?」
突然の大声に、あたしは夢の世界から引き戻される。
ごっちん?

違う、今の声は…矢口さん??

『…やっと起きたか。もぅ、めちゃめちゃ爆睡してたよ?また夜更かししたんでしょ』
「いや、メールの返事…たまってたから」

ん……??

「矢口さん…何でココにいるんですか?」
ココ、あたしの家なんですけど…。
『そりゃこっちが聞きたいよ』

っていうか…
「矢口さん…どこにいるんですか?」

あたしは、体を起こして自分が座っているベッドの周りを見回した。
でも…矢口さんの姿はどこにもない。
声はすれども姿は見えず。

『いるじゃん、隣に』

隣?
両隣を確認する。左、そして右…矢口さんはいない。
念のため、自分が入っている布団をめくってみる。
『いないってば、そんなトコ』

「矢口さん…冗談やめて出てきてくださいよ」
『だから隣にいるって言ってるじゃん、あたしからはすぐ近くによっすぃーが見えてるんだから』
矢口さんの声…耳から入ってくるというよりは直接頭の中に響いてくるような…何か不思議な聞こえ方してる。

『あのさぁ、あたし…何かになっちゃってない?』
「はぁ??」

「"なにか"って、どういうコトですか…?」
『よっすぃーの枕元に…いない?あたし』
え…?

言われて枕元を見ると…そこには何やら見慣れないモノが、確かにあった。
「コレ…」
『何!?なにがあった!?あたし、たぶんそれになっちゃってるんだよ!!』
あたしは、たった今見つけたそれに…そっと手を伸ばす。

『あたし…何になってるの?』
「何て言えばいいのか、その…袋です」

『は??袋?何よ袋って?』
「いや、他に説明のしようがないんですけど」
『鏡見せて』

あたしは、矢口さん(?)を手のひらに乗せると、鏡の前に立つ。

「見えますか?」
言ってはみたものの、どっちが前…なのかな?
これで見えてるんだろうか?

『あたし…どこに映ってるの?』
「あたしの手の上にいますけど」

『は?なにコレ?袋じゃん!?』
「だからそう言ってるじゃないですか」
『何なんだよ、コレー!?』

あたしの手のひらに乗っかってるMDサイズのそれは、真っ赤なきんちゃく袋。
コレが…矢口さん?

この袋、けっこうずっしりと重みがあるんだけど、中に何が入ってるんだろ?
あたしは袋を開けようと絞り口に手を掛けた。

『やだ…何か恥ずかしいよ、よっすぃー』
「でも、何か入ってますよ、コレ」
『コレとか言うなよなー、もー!!』
「…すみません」

そして、中を見ようと袋の真ん中をつかんだ瞬間、
『キャハハハハ!!!』
「やっ、矢口さん!?」
『な、なにコレ…ハハハハ!!あたし、おかしくもないのに…キャハハハハハ!!!何で笑ってんだよあたし、ハハハハ!!』

コレってもしかして…
「……笑い袋?」
『ハハハハハ!!よっすぃー、助けてよ…苦しい…キャハハハハハハ!!やだよ、こんなのー!!!』

朝の静寂を切り裂く、笑い袋のけたたましい笑い声。
袋から聞こえる機械的な笑い声と、あたしの頭に直接響いてくる矢口さんの笑い声とが融合して…アッタマ痛てー。

これは…夢だな、きっと。
もっかい寝てみよっかなー…。

『よっすぃー…見つけて、早く…』
ごっちん!?
コレは…夢?
そっか、夢か…よかった。

『よっすぃー、よっすぃーってば!コラ!起きろ、ひとみーっ!!』
「えっっ!?」
ごっちん?
違う、この声は…矢口さん??

『もー!!ふざけんなよぉ、こんな時に2度寝しやがってー!!』
あたしの枕元で激怒してるのは…矢口さん。
「矢口さん…やっぱり笑い袋のままなんですね」

『あったりまえでしょ!?もぅ、一人で心細かったんだからね!!』
…夢じゃなかったんだ。
暗い気分でベッドから抜け出す。

『どこ行くの?』
「顔、洗ってきます」

洗面所で顔を洗ってリビングへ行くと、ちょうどお母さんが買い物から戻ってきたところだった。

「お母さん…おはよ」
「おはようじゃないわよ、もうお昼よ?」
壁に掛けてある時計を見ると…既にお昼の12時を回ってた。

「ひとみ、たこ焼き買ってきたけど食べる?」
「うん」
起きたばっかりでもちろん朝ゴハンは食べてないから、めちゃめちゃおなか減ってる。
2階では矢口さんが待ってるけど…もう少しだけ待ってて下さい。

「ハサミ、ハサミ…っと」
お母さんは、スーパーの袋から冷凍のたこ焼きを取り出した。
どっかから持ってきたハサミで、その袋を切ろうとしてる。

『うわっ!!よっすぃー!!たすけてー!!』
はあっ!?
なに、今の声…?

『よっすぃ!!切られる!!切られてまうーっ!!』
「あいぼんっ!?」
「どうしたの、ひとみ?大きな声出して」

切られる…?
あっ!!

「お母さん、それ貸して!!」
あたしは、とっさにお母さんの手から冷凍たこ焼きを奪い取る。

「ひとみ…?」
お母さんが、怪訝そうな顔であたしを見てる。

「あの…コレ、後で食べるから」
あたしは後ろ手にたこ焼きを隠しながら、必死の言い訳。
「ふーん、そう…」

『助かった…』
ホントに、このたこ焼きが…あいぼんなの?
聞きたいコトは山ほどあるけど、ココで聞くワケにはいかない。
おなかはすいてるけど…とりあえず部屋に戻ろう。
あたしは、あいぼん(冷凍たこ焼き)を手に持って階段を上がる。

『あっ、のの!!』
「えっ!?」
『ののが…まだ袋ん中に入ってんねん!!』
「ええっっ!?」

『ヨーグルト!!アロエヨーグルト取り返してきて、よっすぃー!!』
「わ、わかった」
半分くらい上りかけてた階段を、あわてて駆け降りる。

リビングに戻ると、さっきまであいぼんが入っていたスーパーのビニール袋を漁る。

「あんた…何やってんのよ?」
お母さんの問いかけを軽く無視して、あたしは捜索を続行。
ヨーグルト、ヨーグルト…あった!!

『よっすぃー!?よっすぃぃぃ…』
袋からそれを取り出すと、今にも泣き出しそうなののの声が聞こえた。

右手にたこ焼き、左手にヨーグルトを持って、再び2階への階段を上がる。

たこ焼きにアロエヨーグルト…なんつーベタな。
でも…これで何となくわかったぞ。

「みんな…それぞれ自分にちなんだモノになってるんだと思います」

部屋に戻ったあたしは、机の上に矢口さん(笑い袋)、あいぼん(冷凍たこ焼き)、のの(アロエヨーグルト)を
並べて置いた。
彼女たちは、周りの景色や音を人間と同じように見たり聞いたりすることができるらしい。
あたしのお母さんにスーパーで買われた辻・加護は、袋の中でお互いが何であるかを確認し合ったとのこと。
それであいぼん、ののがヨーグルトになってるってコトがわかったんだ…。

『自分にちなんだモノ、か。辻と加護はわかるとしても…何で矢口が笑い袋なのよ?』

『………』
『………』
「………」

『ちょっとー!!何か言えよぉ!!』

そこにいる誰もが口には出さなかったが、そこにいる誰もが気付いていた。

矢口さん…今のその姿、限りなくあなたに近いモノだと思います。

『せやけどびっくりしたでぇ。目ぇ覚めたら隣にエビフライがおるんやもん』

あいぼんは、スーパーの冷凍食品コーナーで目覚めたらしい。
ののも同じくスーパーのプリン・ヨーグルト売り場でお目覚め。
矢口さんはあたしのベッドの上で起床。

『ののたち、よっすぃーのお母さんになんどもなんども、たすけてっていったんだよ?』
『ぜんっぜん聞こえてへんみたいやったけどな…ホンマ、よっすぃーが来てくれて助かったでぇ』
確かにリビングであいぼんたちを助け出した時、お母さんには全く彼女たちの声が聞こえてなかったみたいだけど。
あたしにだけ…彼女たちの声が聞こえるってコトだろうか。

「でも、矢口さんたちの声って…直接頭の中に響いてくるような、何か変な聞こえ方するんですよね」
あたしは、うまく説明できないものの、とりあえず気付いたコトを話してみる。

『…わかった。テレパシーだ』
それまで黙ってあたしたちの話を聞いていた矢口さんが、突然口を開いた。

『テレパシーでしゃべってるんだよ、矢口たちは!!』
矢口さんの口調は自信満々だけど…
「でも、何で他の人には聞こえなくてあたしにだけ聞こえるんですかね?
矢口さん、意識してあたしにテレパシー送ってるんですか?」

『そっ、それは…』
どうやらそこまでは考えていなかったらしい。
矢口さんは口ごもってしまった。

『よっすぃー、超能力あるんちゃう?』
『そうだよ!矢口もそう言おうと思ってたの!!よっすぃーは、あたしたちとテレパシーで会話できる超能力者なんだよ!!』
あいぼんに助けられて再び自信を取り戻した矢口さんは、さも自分が考えついたかのような口ぶりで力説する。
超能力ね…ま、そういうコトにしといてあげますか。

でも、もしあたしがみんなとテレパシーで会話できるんだとしたら…
「あたしも、矢口さんたちに送れるんですかね、テレパシー?」

『そうだね…じゃあ何か話しかけてみてよ、テレパシーで』
矢口さんはあっさりと言い放つ。

「いや…どうやってやればいいんですか?」
『どうやって、って…あんたたち、どうやってる?』
『え…普通に、しゃべってるだけですけど』
『辻もぉ…ただしゃべってるだけれす』

『だって。わかった?よっすぃー』
今の説明でどうやって?
全く参考になんないんですけど…。

「じゃあ…とりあえずやってみます。テレパシーっぽく」
『そうそう、テレパシーっぽくね』

何が"テレパシーっぽい"んだかはよくわかんないけど、要するに念を送ればいいワケだよね。
あたしは、目を閉じて大きく深呼吸すると、両手のコブシを握り締めて…強く念じた。

  『矢口さん、お元気ですか?』

ちょっとマヌケな内容だけど、まぁ…マイクテストみたいなモノだし。

「聞こえました?」
あたしは期待を込めて矢口さんに尋ねる。

『聞こえた聞こえた。"矢口さん、大好きです"って』
「そんなコト言ってません!!」

『ウチには聞こえへんかったで、よっすぃーの声』
『ののも…聞こえなかった』

『よっすぃーにできるのは受信だけみたいだね』
矢口さんは、またもあっさりと言い放つ。

受信だけってコトは…こっちから話し掛けるときは声に出さないと通じないってコトか。
めんどくさい…っていうか周りから見たらかなりアブナイ奴なんじゃないか?
一人で物に向かって話しかけてるなんて…。

『よっすぃー、ウチ…とけてきたみたいなんやけど』
「えっ?」
『ホントだ!加護…何か水滴みたいの出てきてるよ!!』
『だいじょうぶ、あいちゃん!?』

そっか…あいぼん、冷凍食品だったんだっけ。
まずい、何とかしなきゃ。
でも、下の冷蔵庫に入れとくワケにはいかないしな…どうしよ。

『よっすぃー、れいぞうこ買ってきて!!』
「え…」
のの…そんな簡単に言わないでよ。

『このままだと腐っちゃうよ、加護』
『ええーっっ!!いやや!!そんなんいややぁぁーーーっっ!!』
あああ、どーしよ、どーしよ……。

『ホラ、小っちゃい冷蔵庫あるじゃん、ホテルにあるみたいなヤツ。アレ買ってきなよ、よっすぃー』
しょうがない、それしかないか…。

「ちょっと、電器屋行ってきます」
あたしは、変わり果てた姿の3人を残して部屋を出た。

玄関を出ると、家から一番近い電器屋さんへとひたすら走る。
大事な冷凍たこ焼きを冷やすために…。

……なにやってんだ、あたし。

ひたすら走ること約10分、あたしは駅前の電器屋さんに来ていた。

「あの、ホテルにあるみたいな…小さい冷蔵庫ありますか?」
矢口さんが言っていたコトを、そのまま店のおじさんに伝える。

「はいはい、ありますよ。どうぞこちらに…」
人の良さそうなおじさんに案内されて、あたしは冷蔵庫コーナーに足を踏み入れた。

『…よっすぃー?よっすぃーなの!?』
え…?
『助けに来てくれたんだね、うれしい!!』

「梨華ちゃん!?」

今のは確かに梨華ちゃんの声だった。でも、一体どこに…?
あたしの周りには冷蔵庫しかない。まさか……。

『後ろ…後ろだよ、よっすぃー!!』
言われて振り向くと、そこにあったのは…何やらバカでかい箱。

「何…コレ?」
家庭用冷蔵庫の中で一際浮きまくっている横長の物体。
ゴォーッというファン(?)の音が漏れているから、どうやら稼動中のようだけど…。
コレが……梨華ちゃん?

「ああ、それは業務用冷蔵庫ですよ」
ぎょっ、業務用!?

スゴイ…何だかわかんないけどとにかくスゴイよ、梨華ちゃん!!

「コレ、配達してもらえますか?」
気が付くとあたしはソレを…買っていた。

「あんた…マグロでも冷やす気?」

トラックの荷台に積んだ梨華ちゃん(業務用冷蔵庫)と一緒に帰宅したあたしを見てお母さんが言った。
その後どっぷりお説教されたのは言うまでもないけど…とりあえず、自分の部屋に置くってコトで許してもらった。

『げ。何それ!?』
部屋に入るなり、運び込まれた冷蔵庫を見て驚く矢口さんからのテレパシーを受信。
電器屋さんたちが部屋から出てったのを確認して、あたしはみんなに彼女を紹介した。

「梨華ちゃん…です」
『うっそぉー!?』
『矢口さん…ですか?あたし…石川です』
『ええーっ!?ホントに梨華ちゃん!?』
『…はい』

『で、梨華ちゃん…何になってんの?』
あいぼんが力なく言った。
体がとけかけてるせいで、体力が落ちてるのかも知れない。
あたしは、あいぼん(冷凍たこ焼き)をそっと手にとると、梨華ちゃん(業務用冷蔵庫)の中に格納した。

梨華ちゃんの外形は、横長の…お店に置いてあるアイス用の冷蔵庫によく似ている。
アレより少し大きくて、冷却能力も優れているらしい(電器屋のおじさん談)。

『あ…冷たい。冷蔵庫!?冷蔵庫やでコレ!!ふぅー、助かったぁ』
よかったね、あいぼん。

『へ、へぇ…冷蔵庫なんだ、梨華ちゃん…』
『な、なんれれすかねぇ…』
みんなコメントに困ってるな…?

『そっ、そう言えば…辻も冷やしとかないとまずいんじゃない?』
『なんか辻…からだがあつくなってきました』
苦し紛れにしては的を得ている矢口さんの発言。
あたしは、あいぼんに続いてのの(アロエヨーグルト)を梨華ちゃんへと投入する。

『ああ…だんだん凍ってきたで。梨華ちゃん、冷やすのめっちゃ早いやん!!』
『辻も…こおってきました』
アロエヨーグルトは凍らない方がいいような気もするけど…別に食べるワケじゃないからいいか。

『ああ…なんや、眠ぅなってきた…Zzzz』
『ふぁぁ…おやすみなさい…Zzz』
2人とも…そのまま凍死しないようにね。

『でも…本当に良かった。よっすぃーが買ってくれて』
ローン…どーしよ。

『…なんか納得いかない』
矢口さんはあからさまにフキゲンそうな声。どうしたんだろ?

「何がですか?」
『高かったでしょ、それ』
「そりゃまあ、それなりには」
業務用だし。

『何で梨華ちゃんだけそんな良いモンになってんのよ!!矢口なんて笑い袋なのに!!』
「そんなコト言われても…」
『しかもよっすぃーは、矢口のために1円も払ってないじゃん!!』
「だって、起きたら枕元にあったから…」
『じゃあ、もし矢口がお店に売ってあったらよっすぃー買ってくれる!?』
「当たり前じゃないですか。もう…つまんないコトで怒るのやめてくださいよ」
『5000万でも!?1億でも!?』
「極端ですよ…っていうか1億円の笑い袋って」

『買うって言えよ、言えよぉぉ…っく、うぅ…』
『ああっ、矢口さん、泣かないで下さいよぉ…どーしよ、よっすぃー』

泣いてる…笑い袋が…笑い袋のクセに…。
「ははっ…ははははははは」

『どうしたの、よっすぃー…?』
『買えよっ…買えよぉぉ…』
『Zzzz…』
『Zzzz…』

壊れたい。
壊れられたら、どんなに楽だろう…。

(『アタシたちは、いつでもよっすぃーのそばにいるよ。だから…アタシたちのコト探して』)
夢の中で…ごっちんが言った言葉。
あれは何かのお告げだったのかなぁ。

アタシたちのコト探して、か…。

『ふわぁぁぁ…。ああ、よくねた…』
『もう、カッチンコッチンやでぇ!!完全復活や!!』
『ねぇよっすぃー、いくらまでなら出す!?いくらまでなら矢口のコト買う!?』
『よっすぃー、ごめんね。あたしのためにローンまで組ませちゃって。でも…うれしい』

やっぱり、どうしても探さなきゃいけない?ねぇ、ごっちん、ごっちんってば…。

『よっすぃー、ちょっと出してくれへん?』
出すって…冷蔵庫から?

「ダメだよ、またとけちゃうじゃん」
せっかく梨華ちゃん(業務用冷蔵庫)の中で冷凍状態に戻ったのに。

『ええやんかー、外の空気吸いたいんやもん。とけたらまた梨華ちゃんの中に入ったらええやん』
『加護、あんまし冷凍と解凍くりかえしてたら傷むよ?』
そうだそうだ。

『ののもちょっとだけ出たい…りかちゃん、さむすぎる』
『え…あたし…そんなに寒い?』

その場の空気が一瞬にして凍りついた。
今、辻・加護を外に出したとしても…決して解けることはないだろう。

「…わかったよ。でも、とけたらすぐ戻るんだよ?」
『やったー!!早よ出して!!早よ!!』
『出して!!出して!!出して!!』
そんなに出たいのか…?

あたしは、2人を梨華ちゃんから出すと、机の上に置いた。

4時か…そう言えば、おなかすいたな。
考えてみたら、2度寝してお昼に起きて…何も食べてないじゃん。
晩ゴハンまでまだ時間あるし…とてもじゃないけどそれまでガマンできない。

コンビニでも行くか…気晴らしにもなるし。
あたしは、ジャケットを羽織るとバッグから財布を取り出した。

「コンビニ行ってきます。すぐ戻りますから」

『『『『いってらっしゃーい!!』』』』
みんなに見送られて、あたしは部屋を出る。

3月になったとはいえ、外はまだまだ寒い。

あたしの部屋にいる4人以外のメンバーもやっぱり…『何か』になっちゃってるんだろうか?
そうだとしたら、早く探し出してあげなきゃ。
暖かいところにいればいいけど、この寒空の中で凍えてたりしたら…。

「いらっしゃいませー」
馴染みのコンビニに到着。
馴染みっていってもバイトの人はしょっちゅう変わるから、親しみのあるお店ってワケじゃないけど。

とりあえずあたしは、空腹を満たすための食料を次々とカゴに入れていく。
カップラーメン、ポテトチップ、コーラ…。

『吉澤…吉澤…』

……来たっ!!

今のは確かに…中澤さんの声。

あたしは注意深く辺りを見渡す。
ココにあるモノで、中澤さんにちなんだモノ…何だろう?

……酒だ!!
そうだ、そうに違いない!!
確かこのコンビニ、お酒も置いてあったハズ。
あたしは早足で酒類コーナーへ向かう。

『…おーい、吉澤ぁ…』
あれ?中澤さんの声…さっきよりも遠くなったような気がする。
『こっちこっち。後ろ』
振り返った先にあったものは…雑誌コーナー?

雑誌か…ちょっと意外だけど。
あたしは、入口付近の雑誌コーナーへと歩み寄った。
とりあえず、ファッション誌あたりを漁ってみる。
たまに楽屋とかで読んでるもんね…。

『違うって…もっと奥や、奥』
奥…?
あたしは、見ていた本を棚に戻すと、さらに奥の方へと進みかけて…足を止める。

"18歳未満おことわり"

思わず、中段どまんなかに置いてあった超過激な表紙に目が行ってしまい、あわてて逸らす。

『今!!今こっち見たやろ!?それやで、今あんたが見た本や!!』
中澤さん……まさかエ○本になってたなんて。

『ホラ、早よ買うて!!早く!!誰かに買われてまうやろ!?』
あたしは、店員さんに気付かれないように、ゆっくりと首を横に振る。

『何で!?買うてよ!テレビガイドの下とかに隠して買うたらええやん!?なぁ吉澤ぁ、お願いやから……』
あたしは、懇願する中澤さん(エ○本)に背を向けると…そのままレジに向かって歩き出した。

すみません、中澤さん…あきらめてください。
それだけは…何があっても買えません。

『今帰ったら…あんたが泣くコトになるで』

鋭い口調にあたしの歩みが止まる。
そして再び雑誌コーナーへと戻るあたし。
中澤さんに近づくと、小声で話しかける。

「それ…どういうコトですか?」
『この中にあるグラビア全部、あんたの顔写真とすげかえても…ええねんで?』
なっ!?

「そんなコトできるんですか!?」
『さぁなー。できるかもわからんし、できんかもわからんなぁ。どっちやろな…クククク』

くっ……!!

「ありがとうございましたー」

生まれてはじめて…こんな本を買ってしまった。
レディコミとかならまだしも、よりによってこんな…。
今日限り、一生あのコンビニには行けない。

『ははははは!!コイツ、ホンマに買いよったで!!ははははは!!』

お父さんお母さん、ゴメンナサイ。
ひとみはもう…お嫁に行けません。

『よっすぃー、おかえりなさーい!!』
「ただいま…」
ののの明るい声とは対照的に、あたしの心はドン底。

右手に持ったコンビニ袋が鉛のように重く感じられる。
机の上に乗っかってる矢口さんたちを避けて、空いているところにそれを置いた。
中に入っていたジュースのペットボトルが、倒れて袋からはみ出す。

『何買うたん?』
「お菓子とか、ジュースとか…」
エ○本とか…。

『ジュース、冷やしてあげよっか?』
「いいよ、凍っちゃうから…」

『どうしたの、よっすぃー?何か元気ないけど』
矢口さんが心配してくれる。
矢口さんなら、わかってくれるかなぁ…この気持ち。

『あっ!!よっすぃー、なんかへんな本かってるのれす!!』
『ホンマや!!』
辻・加護が、早くも中澤さん(エ○本)の存在に気付いて声をあげる。
「あ、コレは…」

『よっすぃー…そんな本に興味あったの?う、そ…』
「だから、コレは…」
『さすがの矢口も、ソレにはちょっと笑えないよ…』

「違いますって!!コレは…中澤さんなんですよ!!」

『…よっすぃー、言い訳しなくてもいいよ。あたしたち、誰にも言わないから』
矢口さん!?なに言ってるんですか!?

「ホントに中澤さんなんですよ!!コンビニで話しかけられて…っていうか、何で黙ってるんですか!?
何か言ってくださいよ、中澤さん!!」

『…何にも言わへんやん』
『うそはよくないのれす』
違う、違うのに…。

『よっすぃー、ホラ、読みなよ…あたしたち、後ろ向けていいからさ』
『あたしは、移動できないから…目つぶってる』
何だよ、 "目" って…。
っていうか…

「何とか言えよ、中澤!!」
『何やと、吉澤ぁ!!それがリーダーに対する口の利き方か、コラァ!!!』

『裕…ちゃん?』
『あ…』

「あ…じゃないでしょ!?なんで何にも言ってくれなかったんですか!?」
『いやぁ、何やおもろかったからつい…』
ヒドイ…。

『ゴメン、ね…よっすぃ?』
矢口さん…何を今さら。

『ウチら、最初っからよっすぃーのコト信じとったで。なー、のの?』
『よっすぃーはそんな本をかうようなコじゃないのれす』
『ずるいよ、あいぼん。もちろんあたしはよっすぃーの味方だけど…』
『いやー、レジで金払ってる時の吉澤のカオ…あんたらにも見せたかったわー』

こいつら……全員まとめて捨ててやる。

『キャハハハハ!!よっすぃー、かわいそー!!』

『ほんでな、テレビガイドの下に隠したまでは良かったんやけど…裏と裏で背中合わせにしてたんやんかー。
それを店員さんがバーコードとる時に2冊まとめて裏返したもんやから、隠してた方の表紙が表に出てもーて…』
『『『『ハハハハハハ!!!』』』』

夕食を済ませて2階へ上がると、あたしのアンテナが彼女たちのテレパシーをキャッチ。
どうやらあたしのエ○本購入バナシで盛り上がっているらしい。

はぁ…何であんなモノ買っちゃったんだろ、何で…。
最悪の気分で部屋のドアを開ける。

『やばっ、よっすぃー帰ってきたで!!』
あいぼん…さっきから全部聞こえてたっつーんだよ。
あんたらのテレパシーは音量調節できないのか?

『よっすぃー、おかえりぃ。晩ゴハン何だったの?』
矢口さんが甘えた声で話しかけてくる。
一応、あたしのゴキゲンでも取ろうとしてくれてるんだろうか。

もちろん、あたしは完全無視。
メールチェックでもしようと、机の上に置いてあるノートパソコンのフタを開ける。

『よっすぃー…まだ怒ってるの?ねぇ…』
矢口さん、そんな泣きそうな声出さないでくださいよ、もぅ…。
「…オムライスでした」
無視できないじゃないですか…。

『あーあ、矢口には甘いからなー、吉澤は』
「そっ、そんなコトっ…ない、です」
中澤さんにからかわれたあたしは、恥ずかしくなって…矢口さん(笑い袋)から目を逸らした。
ごまかすようにパソコンの電源を入れる。

『もー、遅いわよ!!何時間待たせんだっつーのよ』

あたしは、またもや新種のテレパシーを受信。
聞き覚えのある声、コレは……。

「保田さん!?」

『そーよ』
保田さんがフキゲンそうな声で応える。

『なるほどねー、圭ちゃんはパソコンかぁ』
矢口さんが感心したように言う。
保田さん=パソコン…確かにコレは納得だなぁ。

『ったく…いつ電源入れてくれんのかと思ったわよ』
っていうか保田さん、何で自分がパソコンになっちゃってるコトに驚かないんですか…。

『ああ…あたし、ずっとみんなが話してんの聞いてたから。
ただ、電源入ってないとこっちからは喋れないみたいなんだけどね』
あたしが尋ねると、保田さんはそう説明してくれた。

『そうやったんか…何や、えらいコトなってもーたなぁ』
中澤さんにしては、めずらしく真剣な口調。
ようやく事の重大さに気付いたらしい。

『っていうか裕ちゃん、そんな姿でマジメなコト言われても説得力ないんだけど』
『うっさいわ!!自分がちょっとカッコええもんなったからって調子のんなや!!』
パソコンとエ○本の口ゲンカ…めったに見れるモンじゃないな。コレは…貴重な映像。

『あ、何コレ?』
保田さんが何かに気付いた様子。

「どうしたんですか?」
『へぇー、よっすぃーって…そうだったんだー』
あたしが尋ねると、保田さんは何やら意味深な笑い。
何なんですか、一体…?

『Dドライブの "矢口さん" ってフォルダの下…矢口の画像が死ぬほどため込んであるんですけど』
「ああっっ、み、見ないで下さい!!ヒドイですよ、保田さん勝手に…」
『しかもコレ…やだ、よっすぃー…コレ、顔だけ矢口で…ちょっと、やだもー…』
「ちょっ…何言ってんですか!?」
『えっ!?何や何や!?顔だけ矢口ってどーゆーコト!?ちょっと見してーな、圭坊!!』

『あーあ…矢口さん、切って貼られてもーたんや、よっすぃーに』
『そのためにえっちな本をかったのれす』
『それやったらええページあるで、吉澤!!』
『よっすぃー…何で矢口さんなの?あたしじゃ…ダメなの?』

「勝手なコト言わないで下さい!!あたし、そんな変なモノ作ってません!!」

『もぅ…よっすぃーってば、言ってくれればいいのに…何ならココで脱いでもいいけど?』
「結構です!!笑い袋に袋脱がれても何もうれしいコトありませんから!!」

『ひっどーい!!よっすぃーってば矢口のコト、"笑い袋"って、"笑い袋"って…』
『大体あんたは、あたしらのコト人間として認めてへんやろ!?エ○本やからってバカにすんな、もっと大切に扱えや!!』
『せや、せや!!たこ焼きにも人権があんねん!!』
『ヨーグルトはけんこうにいいのれす!!』
『よっすぃー…あたしのコト嫌いになっちゃった?やっぱり、冷蔵庫だから…?』
『わっ!?なにこのスクリーンセーバー…』

「あーもー、うるさい!!!」
あたしは、机の上のマウスに手を伸ばす。

『ん?何やってんのよ…ちょっ、 "Windowsの終了" って、あんた何する気!?』
「1日1回は立ち上げますから」
『やめなさいよ、ちょっと!!吉澤!!あんた、覚えてなさ…』
保田さんは、最後まで言い終わらないうちにシャットダウンした。

『こういう時、文明の利器っちゅーやつはもろいわなー』
中澤さんは余裕の笑い。

「中澤さん…あんまり騒ぐと廃品回収出しますよ」
『何やと、コラ!?やれるモンならやってみぃ!!こんなこっぱずかしい本、出せるかっちゅーねん!!』
『裕ちゃん、それ自分で言っちゃあ…』

『よっすぃー…ウチ、またとけてきたで』
あ…忘れてた。
あいぼん、完全に解凍してる。パッケージからは水滴がダラダラと滴っていた。
あたしは、あいぼん(冷凍たこ焼き)とのの(アロエヨーグルト)を梨華ちゃん(業務用冷蔵庫)の中へ再投入する。

『うわぉ!さっすが梨華ちゃん、冷えてるぅ!!』
あいぼん…あんまり余計なコト言わないようにね。
『みなさん、おやすみなさい…』
早くもののは、意識がなくなってきているみたい。

『Zzzz…』
『Zzzz…』
この2人…梨華ちゃんの中に入れた瞬間に眠ってしまうのはどういうワケだろう?
雪山で遭難したヒトって、こんなカンジなのかなぁ。

『お母さん、心配してるだろうなぁ…』
矢口さんがポツリと呟く。
確かに、みんな突然いなくなっちゃったワケだから…って、それってめちゃめちゃ重大問題じゃん!!

『捜索願いとか出されてんちゃうか、ひょっとして?』
あたしが言うよりも先に、中澤さんが口を開いた。
「やばいですよね…それって」
一人暮らししてるメンバーはいいとして、家族と住んでる矢口さんや辻・加護…それにまだ見つかっていない他のみんな。
モーニング娘。が揃って失踪、なんてコトになったら…やばい、マジでやばい。

『吉澤、とりあえずメンバーの家に電話して…2・3日あんたの家に泊まるっちゅうコトにするんや』
『うん、ちょっと怪しまれるかもしれないケド…それしかないよね』
矢口さんが言うように、本人が電話口に出ないんじゃ怪しまれるかもしれないけど…他に方法はない。

「わかりました。やってみます」
あたしはまず、まだ見つかっていないメンバーの携帯にかけてみた。
予想通り、誰一人としてつながらなかった。やっぱり、みんな『何か』になってるのは間違いないみたい。
その後で、一人一人の実家に電話して…2・3日あたしの家に泊める旨を伝えた。
こっちも予想通り、本人が電話に出ないコトを怪しまれたものの、何とか信じてもらうコトに成功した。

やれやれ…とりあえずこれで一安心。

みんなの家に電話した後、あたしはお風呂に入って再び自分の部屋へ戻ってきた。
時刻は…夜9時。

ドアの前に立つと、部屋の中は何やらシーンとして…誰の声も聞こえてこない。
かすかに、辻・加護の静かな寝息が聞こえているだけ。
みんな…寝ちゃったのかな?

『あっ、よっすぃー』
ドアを開けて中に入ると、やっと矢口さんからのテレパシーを受け取る。
「何か…静かですね」
やっぱり、あの2人が寝ちゃったからかな?

『裕ちゃんがさぁ…さっきから何にもしゃべんないんだよ、話しかけてんのに』
あ…それで静かだったんだ。

「中澤さん、どうかしたんですか?」
あたしは、黙り込む中澤さんに声をかける。
寝てるのかな?まだ9時なのに…。

『話しかけんといて。今忙しいねん』
忙しいって…そんな姿で一体何に忙しいんだろ?

『中澤さん…何か、真剣に考え事してるみたいなの』
何か…久しぶりに梨華ちゃんの声を聞いたような気がするのは気のせいだろうか。

『裕ちゃん…こんな姿になっても、やっぱリーダーなんだね』
「そうですね…」
まだ見つかっていない他のメンバーのコトとか…考えてるのかも知れない。
ただのエ○本じゃなかったんですね…。
あたし、中澤さんのコト…誤解してました。

『ねぇよっすぃー、矢口、外に出たい』
「え…?」
『朝からずっと部屋の中にいたからさ…ダメ?』
確かに、矢口さんは起きた時からあたしの部屋にいたんだもんね。
そう考えると、保田さん(パソコン)も同じなんだけど…。

「そうですね、中澤さんの邪魔しちゃ悪いし…散歩でもいきましょっか?」
『やったー!!行こ、行こ!!』
はしゃいでる矢口さんの声を聞いてると、あたしまで幸せな気分になる。

『よっすぃー…あたしは?』
ふと、梨華ちゃん(業務用冷蔵庫)のファンの音が大きくなったような気がして背筋が凍りつく。
「ゴメン、梨華ちゃん…重くて持てないよ」
連れ出してあげたいのはやまやまなんだけど…。

『いいの。ちょっと聞いてみただけだから…いってらっしゃい』
後ろ髪をひかれる思いで、あたしは部屋を出る。

あたしが着ているジャージの上着のポケットには…矢口さん。

外はもう真っ暗…夜なんだから当たり前か。
矢口さんを連れて、駅前の公園まで歩いた。

『よっすぃー、外出して』
「いいですけど…矢口さん、寒くないですか?」
『うん。大丈夫』
あたしはベンチに腰掛けると、ポケットの中の矢口さんをそっと取り出して…ひざの上に乗せる。

『うわぁー…すっごい、キレー…』
夜空いっぱいに広がる星たちを見て、矢口さんが呟く。

「ココ…田舎だから。結構キレイに見えるんですよ」
『矢口んトコも見えるよ、いっぱい』
「そうなんですか?」
『うん。…今度さぁ、遊びにおいでよ』
「…はい!!」

何だか今日は、矢口さんとの距離がすごく縮まったような気がして…あたしはうれしかった。
そんなコトで喜んでる場合じゃないってコトは、よくわかってるつもりだけど…。

『 "今度" か…ホントにそんな日がくるのかなぁ』

不安そうな矢口さんの声に、あたしはさっきまで浮かれてた自分が恥ずかしくなった。
ホント、喜んでる場合じゃないや。
でも…あたしに何ができるだろう?
とりあえずは、どこにいるのかもわからない他のみんなを探すのが先決だけど…。

『……っく、ひっく、っ…』
矢口さん……泣いてる!?

「矢口さん…」
声をかけても…何を言えばいいのか、どんな言葉をかければ彼女の不安を取り除いてあげられるのか、
あたしにはわからない。
それでも、彼女の名前を呼ばずにはいられなかった。

『っ、あたし…帰りたい、帰りたいよ…っ、やだ、よ…っ、こんなの…。たすけて…よっすぃー…』

泣かないで…泣かないでください、矢口さん……。

『…っく!?キャ、キャハハハハハハ!!なっ何すんだよ、よっすぃー!?ハハハハハ!!やめろよぉ!!』
すみません、矢口さん…おなかのスイッチ、押させてもらいました。

『ハハハハハハ!!このやろぉ、覚えてろよ…わーはっはははは!!うぅ…苦しい…キャハハハハハ!!』
ちょっとでも元気になってもらおうと思ったんだけど、何だかツラそう…悪いコトしちゃったかな。

笑い袋の機械的な笑い声が、公園中に響き渡っている。
しまった、コレは…かなり近所迷惑かも。

「誰だっ!?出てきなさいっ!!」
突然、後ろから声がしてあたしは振り向く。
ベンチの後ろの茂みの向こう側から、懐中電灯の明かりで照らされる。
やば…お巡りさんだ。

お巡りさんは自転車に乗ってる様子もないし、あたしとの距離もだいぶある。
「矢口さん、走りますからしっかりつかまっててください」
『つかまってって…無理だよ。よっすぃーがちゃんとつかまえててよ』
「あ、そっか」
あたしは、ヒザの上の矢口さんを左手に抱えるようにして持つと、その場から駆け出した。

「こらっ、待ちなさい!!」
物音に気付いたお巡りさんが後ろから追いかけてくる。

どれくらいだろう…あたしは、とにかく走り続けた。
左手に矢口さんを抱えて、どこまでもどこまでも走った。
もう誰も追ってこないのはわかっていたけど…なぜだか止まるコトができなかった。

何の意味も無いコトだってわかっていたけど、コレが矢口さんのためにできる唯一のコトのような気がして。
家に着くまで、止まらずに走り続けようって思った。

『よっすぃー…ありがと』

矢口さんが本当に小さな声でそう言ったのを、あたしは…聞こえないフリで走り続けた。

『ただいまー!!』
さっきまで泣いていたのがウソのような明るい声で矢口さんが言う。

『あ、おかえりなさい…』
『ZZZZZZ…!!』
『ZZZZZZ…!!』
帰ってきたあたしたちを、冷凍トリオ(梨華ちゃん・あいぼん・のの)がテレパシーでお出迎え。
それにしても、この2人…寝息がいびきに変わりつつあるんだけど、そういうのまでテレパシーで
送ってくるのやめてほしい…うるさくてしょうがないんだけど。

『裕ちゃんは…まだ?』
『はい、ずっと黙ったままで…』
そんなに考え込んで…ちょっとはあたしたちにも相談して欲しいなぁ。
そりゃあんまし頼りになんないかも知れないけど、一人で思い悩むよりは全然いいと思うし…。
「あの、中澤さん、あたしたちも一緒に…」

『よっしゃ!!やっと読破したで!!あー、疲れた…』
「…は?」
読破…?
中澤さん、あなたまさか…。

『おっ吉澤、ちょうどええトコに帰ってきた…27ページのグラビア、裕ちゃんのオススメやでぇ』
「もしかして、ずっと読んでたんですか…自分を」

『27ページ!!思う存っ分、切ったり貼ったりしてええで!!矢口のカオで!!』
「しません、そんなコト!!」

矢口さんと梨華ちゃんは、既に言葉を失っていた。
矢口さんがさっき流した真珠のナミダも…このヒトの前では何の意味も持たないだろう。

あたし、中澤さんのコト…誤解してました。
あなたってヒトは…やっぱりただのエ○本だったんですね。

『よっすぃー…まだ、見つかんないの?みんな、待ってるんだよ?』

また…ごっちんなの?
コレは…全部ごっちんがやったコトなの?

『よっすぃーが言ったんじゃん、いつもいっしょにいられたらいいのになぁ…って』
そりゃあ、確かにそう思ったけどさ…あたしはそういうイミで言ったんじゃなくてさ…。
はっきり言って…もう一緒にいたくないんだよね。

『よかったね、よっすぃー…願いが叶って』
ごっちん…人の話聞いてる?

『アタシ、ここにいるみんなで…コンサートやりたいなー。ねぇよっすぃー、やりたくない?』
やりたくてもやりたくなくても…オフが終わったら次の日にはやんなきゃいけないんだよ?
だからこんなに焦ってるのに…。

ねぇ、ごっちん、どこにいるんだよ?
他のみんなは、一体どこにいるの…?

『ふぁ…アタシ、なんか眠くなってきちゃった。じゃあね、おやすみよっすぃー…』
こら、寝るな!ちゃんと質問に答えてから寝ろー!!

『よっすぃー、朝ですよぉ。早く起きてくださーい……って、起きろーっっ!!ひとみぃーっっ!!!』
「ふぇっっ!?……矢口さん、大っきな声出さないで下さいよ。心臓に悪い…」
『最初の方はやさしく起こしてあげたでしょ?すぐ起きないからだよ』

オフ2日目。月曜日。
今日は…学校行かなきゃ。

3日間のオフも、今日と明日で終わり。
明後日のコンサートまでに、まだ見つかってない残りのメンバーを探し出して…元に戻る方法を考えなきゃいけない。
って言ってもなぁ…みんな、どこにいるんだろ?

『ねぇ、誰か連れてった方がいいんじゃない?その方が探しやすいよ』
朝ゴハンを済ませて部屋で出かける準備をしていると…矢口さんからテレパシーが送られてきた。

『そうですね、あたしたちならテレパシーで会話できるし…』
梨華ちゃんもその意見に賛成の様子。

確かに…あたしには彼女たちのテレパシーを受信するコトはできても、送信するコトはできない。
もし学校にメンバーの誰かが潜んでたとしたら、テレパシーを送受信できるこの中の誰かを連れてった方が何かと便利なハズ。

「じゃあ、誰か…」

『はいはい!!あたしあたし!!』
早速、中澤さんが名乗りをあげる。

「嫌です」
『何でよ!?ちょうどカバンにも入るサイズやで?』
「エ○本なんて持ち歩きたくありません」
『エ○本て言うな!!中澤さんて言えや!!』

とりあえず中澤さん(エ○本)は却下するとして、残っているのは矢口さん(笑い袋)、梨華ちゃん(業務用冷蔵庫)、
あいぼん(冷凍たこ焼き)、のの(アロエヨーグルト)、保田さん(ノートパソコン)。
この中で一緒に連れて行けそうなモノは……

『やったー!!よっすぃー大好き!!』
あたしは、机の上から矢口さん(笑い袋)を手にとると、カバンの中に入れた。

『ねぇねぇよっすぃー、しりとりやろーよ』
「嫌ですよ、こんなトコで」

矢口さんを連れて来たのはいいけど…ここに来るまでの間、あたしはずーっと話しかけられて困っていた。
駅までの道は人通りもそんなにないから小声で話せばよかったんだけど、駅のホームや電車の中でもずっと…。
カバンの中で退屈なのはわかるんだけど、もう少しあたしのコトも考えてほしい。
あたしが矢口さんに言葉を伝えるためには、声に出すしかないんだから…。

『じゃあねぇ… "やぐち"。はい、"ち" だよ、よっすぃー』

"ち" だよ、じゃないだろ…まったく、人の話ぜんぜん聞いてないんだから。
電車の中ではあたしが完全無視の姿勢を貫いたため、口数もやや少なめの矢口さんだったが、電車を降りると
途端にいつものペースでトークを再開した。
そりゃ駅の中より人は少ないけど、ここは通学路なんだから…友達とかいっぱい通るのに。

『よっすぃー…なんで無視すんの?矢口だって好きでしりとりなんかやろうって言ってるワケじゃないのに』
好きでやってんじゃないなら、やんなきゃいいのに…。

『黙ってたらいろんなコト考えちゃうから…だから、気を紛らわそうとしてるだけなのにさ…』
矢口さん……。

「ちりめんじゃこ」
あたしは、すぐ近くに人がいないのを確認して、仕方なく小声で相手する。

『ぷっ…あはははは!!ちっ、ちりめんじゃこって!! "ちりがみ" って言うのかと思ったよ。
もーやめてよぉ…矢口、今笑いに敏感になってんだからさぁ。くくっ…ちりめんじゃこ、ちりめんじゃこっ…!!』
…やっぱ置いてくるんだった。

『じゃあ…"こま"』
「まり」

『やだぁ、よっすぃーってば、イキナリ呼び捨て…でも、ちょっとうれしいケド』
「違います。矢口さんのコトじゃなくて、ボールみたいなやつの方です」
『…わかってるよ、そんなの。何でそうやってマジメに答えるかなぁ』

『まり…リンゴ』
「ひとみっ、おはよー」
「ゴリラ」

「ひとみ…?」
「えっっ!?」
気が付くと、あたしの隣にはクラスの友達。
いつの間にかしりとりに夢中になってて、声かけられたのにぜんぜん気付かなかった。

「何…ゴリラって?」
やばい…。

「あ、ああ…ねっ、年号覚えてたの、歴史の」
「年号…?ゴリラなんてゴロ合わせあったっけ?」
「あっ、そんなコトよりさ…聞いてよ!!昨日からオフなんだー!!」
あたしはあわてて話題を逸らす。

『ゴリラ…ラ、ラ…』
「そうなんだ、よかったじゃん!!久しぶりでしょ、休めんの?」
「うん…つっても、学校あるからあんまし休みってカンジじゃないけどね」
「ああ…そーだよねー」

『らっきょう!!』
…まだ続いてたのか。
それにしても、 "ゴリラ" っつったら "ラッパ" とか "ラッコ" とかじゃないか、普通は?
友達と一緒に歩いているあたしに、当然しりとりを続けるコトができるはずもない。

「いつまでなの、休み?」
『次、よっすぃー、 "う" だよ、"う"。……ちょっと、何無視してんだよ!!』
「明日まで」
「そっかー」
『よっすぃーってば!!』

そうこうしてる間に、あたしたちは学校の下駄箱に到着。
少し離れたところで友達が靴を履き替えている隙を見計らって、あたしは素早く事務的に答える。
「うどん」
『あーっ、ムカツク!!早く終わらせたいからワザと負けたんでしょ!!よっすぃー、サイッテー!!』

あーあ…何でこんなモノ連れてきちゃったんだろ。

朝のしりとりで遊び疲れたのか、授業中の矢口さんはすっかり爆睡モード。
学校に残りのメンバーが潜んでいた時のために、テレパシー送受信可能な誰かを連れて行った方がいい。
そう言ったのは矢口さんなのに…一体何しに来たんだか、このヒトは。

静かになってくれたのは良かったんだけど、その間ずーっと頭の中で聞こえる矢口さんの悩ましげな寝息が気になって、
あたしは授業どころじゃなかった。

「ひとみ、帰ろっ」
HRも終わって、友達があたしの席に駆け寄ってくる。
「あ、ゴメン。あたし…ちょっと職員室寄ってかなきゃいけないからさ」
「そうなんだ。じゃ、また明日ね」
職員室寄ってく…ってのはウソ。
もし帰り道で残りのメンバーを発見した場合、誰かと一緒だったらやっかいだし…友達には悪いけど、しょうがない。

彼女が教室から出てくのを見送って、あたしも帰り支度。
机の横に引っ掛けてたカバンを取ると、教室を後にした。

『すぅ…すぅ…んん……』
…ったく、まだ寝てやがる。

教室を出たあたしは、階段を降りて下駄箱へ続く廊下を歩いているところ。
カバンの中に入ってる矢口さん(笑い袋)にも、あたしが動くたびに振動が伝わってるはずなのに…一向に起きる気配はない。

このままだと、ホントに矢口さんを連れてきた意味がない。
熟睡してる矢口さんを起こすため、あたしは歩きながらカバンを大きくタテに振った。

『うわぁっ!?なになに??キャー!!何ココ、真っ暗だよぉ!?誰か、誰かぁぁーーっっ!!!!』
…予想外の大音量にアタマが割れるかと思った。

『ん?そっか…いつの間にか寝ちゃってたんだ、矢口』
何か…ちょっとうたたねしてたぐらいの言い方だなぁ。
1時間目から6時間目まで、びっしり爆睡してたヒトのセリフとは思えない。

『で、よっすぃー、誰かから来た?テレパシーの方は』
だからそりゃあんたの仕事だろ…ホント、何しに来たんですか、矢口さん。

「…まだです」
あたしは呆れつつも、小声で答える。

『そっかぁ。いないのかな、ココには…』
学校っていろんなモノが置いてあるから、結構期待してたんだけど…。
矢口さんの言う通り、ココには誰も居なさそうだな。

『待って、よっすぃー……聞こえる!!』
「えっっ!?」
突然、矢口さんが声を上げたんで、思わずあたしも叫んでしまった。

「えへへ…」
周りにいた生徒たちの注目を浴びてしまい…苦笑いでごまかす。
みんながすれ違いざまにあたしの方をチラチラと見ていく。
あたし、完全に怪しいヒト扱いじゃん…あーあ。
っていうか、そんなコトより今は…。

『……カオリ?』
矢口さんの口から、その名前が呼ばれる。

「飯田さんが!?」
そして、またもや叫び声を上げてしまうあたし。

「えへへへ…」
もう、やだ…。

「飯田さんが…近くにいるんですね?」
廊下の端のほうへ寄りつつ、あたしは小声で矢口さんに確認する。

『ねぇよっすぃー、その辺になんか…カオリっぽいモノない?』
飯田さんっぽいモノ…って言われてもなぁ。
教室の中とかならともかく、廊下にあるモノなんて限られてる。
とりあえずココから見えるモノは…壁の貼り紙や掲示板に貼ってある学校新聞くらいか。

"<今月の努力目標>お弁当は残さず食べよう"

…違うよな、こんなモン。
っていうか、中学生の努力目標がコレでいいのかっていうのも気になるところだけど。

「特に、飯田さんらしきモノはありませんけど…」
『ね、ちょっと出してよ』
あたしは、カバンから矢口さん(笑い袋)を取り出す。

『まだちょっと遠いみたい。もう少し…歩いてみて』
まだ遠い、か…確かにあたしには飯田さんの声はまだ聞こえてこない。
あたしよりも矢口さんの方が、テレパシーの受信能力に優れているみたい。

『カオリ、どこにいるの?ねぇ、そこ…どこなの?』
あたしには、矢口さんが呼びかける声だけが聞こえている。
肝心の飯田さんの声は、まだ聞こえてこない。

『だんだん近づいてきたみたい……あっ、ココ!!この中からだよ!!』
矢口さんに言われて立ち止まったところは…とある教室。

"技術室"

あたしは、おそるおそる技術室のドアを開ける。
電気が消えて薄暗い教室の中には誰もいない。
ココに、飯田さんが……?

『カオリ、カオリ』
『…矢口!!ココだよ、早く助けて!!』
今度は、あたしにもはっきりと飯田さんの声が聞き取れた。

「飯田さん!!」
『吉澤!?吉澤もいるの!?ねぇ…コレ、どうなっちゃってるんだよー』
声が聞こえたのは良いんだけど…飯田さん、一体どこにいるんだろ?

「飯田さん、どこにいるんですか?」
『えー…わかんないよ、そんなの』
困ったなぁ…どうやって探せばいいんだろう。

『ねぇカオリ、カオリが今いる所から…何が見える?』
矢口さんが質問する。なるほど、何か目印になるモノから絞り込んでいけばいいんだ。

『なんか暗くてよく見えないんだけど…コレは…カナヅチ、かなぁ』
ふむふむ、カナヅチ…か。

『他には?』
『あとは…釘…でしょ。それからコレは…ドライバー?』
釘に、ドライバー…か。

『プラス?マイナス?』
『プラス』
プラス…か。それ聞いてどうするんだろうって気もするけど。

とりあえず、飯田さんの周りにあるモノをまとめると……カナヅチ、釘、ドライバー(プラス)。
これらが一堂に会している場所と言ったら……1つしかない。

「『工具箱だ!!』」
あたしと矢口さんの声がハモる。

あたしは、教室の後ろの棚を漁って工具箱を捜索する。
と、ちょうどあたしの身長と同じくらいの高さの段に、それらしきモノを発見。
見ると、同じような工具箱が30個近く並んでる。
この中のどれかに、飯田さんが入っているに違いない。

あたしは持っていたカバンと矢口さん(笑い袋)を近くのテーブルに置くと、棚に並んでいる工具箱の中から
1つを選び、両手でそっと取り出す。
この中のどれに入っているのかわからないけど、とりあえず1つずつ調べていくしかない。

『きゃあっ!?何!?何か揺れてるんだけど!?』
どうやら、イキナリ運良く飯田さん入りの箱を引き当てたらしい。
あたしはなるべく箱を揺らさないように、そっとテーブルの上の矢口さんの隣にそれを置いた。
そーとー年代物らしく錆び付いたその箱を、おそるおそる開けてみる。

『わっ、眩しい!…あっ、吉澤!!』
箱の中の飯田さんは、早速あたしを見つけたみたいなんだけど、あたしの方は…。

『カオリ…あんた一体何になってんの?』
あたしの代わりに矢口さんが言葉を発する。

工具箱の中には、いろんな工具が入っていて…どれが飯田さんなのか全く見当がつかない。
工具以外にも、すっかり色あせたメモや、消しゴム、分度器、コンパス、のり、割り箸(お弁当の箸を忘れた時のため?)…。
工具箱と言うより、ほとんどお道具箱に近いこの箱の中で…飯田さんは一体何になっているのだろう?

『 "何に" ってそれどういうコト!?カオリはカオリじゃないの!?』
それ以前に飯田さん…自分が人間以外の物になっているコトに気付いてない。

『さっき、カオリの周りには…カナヅチと釘と、それからプラスドライバーがあるって言ってたよね?』
矢口さん…飯田さんの疑問には答えてあげなくて良いんですか?

『よっすぃー、とりあえずカナヅチとか釘が入ってるあたり探してみなよ』
「あ…そうですね」
矢口さんに言われて、あたしは飯田さんの捜索を開始した。
カナヅチ・釘・プラスドライバー、これら全てが視界に入る位置に飯田さんは居る…。

と、それは意外にあっさり見つかった。
箱の中央で、カナヅチ・釘・プラスドライバーにぐるりと囲まれた物体がひとつ。
コレが…飯田さんなんだろうな、やっぱり。
試しに、箱からその物体を取り出してみる。

『わぁっ!?やだ、ちょっと…降ろして、降ろしてよ、吉澤!?』
大当たり。

『え…何でソレなの?わかんない、それだけは矢口にもわかんない…』
「うーん…」
まぁ、飯田さんっぽいと言えば、言えなくもない…のかなぁ。

『ちょっと…何なんだよー、カオリはカオリじゃないの?』
あ…飯田さん、まだそっから先に進んでなかったんだっけ。

『カオリも矢口も、人間じゃない別のモノになっちゃってるんだよ』
『はあっ!?何それ!?』
飯田さんは、あたしの手のひらで驚きの声を上げた。

『矢口も…って、矢口は何になってるワケ?どこにいんのよ、矢口は?』
「いますよ、飯田さんの目の前に」
あたしは、飯田さんを乗っけている左手を、テーブルの上の矢口さんに近付けた。

『なに?この袋みたいなの…』
コレはそんじょそこらの袋とはワケが違うんですよ、飯田さん。

『………』
矢口さん、どうしても自分の口からは言いたくないらしい。

「矢口さん…笑い袋なんですよ」

『わ、わらいぶくろ…?わらいぶくろって、アノ…笑い袋?』
「あの笑い袋もこの笑い袋も…笑い袋は笑い袋ですよ」
『こらーっ!!何回も言うなよぉ!!』
だって、飯田さんが変なコト聞くから…。

『ぷっ、あははははは!!矢口が笑い袋って…何それ、まんまじゃん!!ははははは!!』
『カオリ……殺す』
あたしの手の中で爆笑し続ける飯田さん。
でも…矢口さんのコト笑ってる場合じゃないと思うんだけど。

『…待って。それじゃ、カオリは何になってるの?もしかしてカオリも…笑い袋?』
「いや、笑い袋ではないんですけど…」

『カオリ、一緒に入ってたプラスドライバーさんと仲良くしといた方がいいと思うよ?』
「あ、大ヒントですよ、今の」
『何よ、それー!?もう、はっきり言いなさいよぉ!!』

「ネジです、プラスの」

『はあ!?ネジ!?ネジって、アノ…ネジ?』
「あのネジもこのネジも…ネジはネジですよ」
『キャハハハハ!!ネジ、ネジ!!』

『ネジって…何のネジよぉ!?』
「さぁ…何のネジかはわかりませんけど、とにかく何かのネジみたいですよ?」
『ネジって…何でそんなつまんないモンになっちゃってんのよー…』
飯田さんのショックは計り知れない。

『ま、インパクトって点では矢口の方が上だね』
『くやしいケド、今となっては笑い袋がうらやましいよ…』
モノ同士の激しいプライドのぶつかり合い…あたしには理解できない世界だけど。

窓から差し込んでくる真っ赤な夕日を背に、いつまでも睨み合いを続ける…笑い袋とネジ(プラス)。

もう、いいかげん帰りましょうよ……矢口さん、飯田さん。

『あー…ココあったかい。もー、あの箱の中ホント寒いんだもん。カオリ、北海道の冬思い出しちゃったよ…』
あたしのコートのポケットの中、飯田さんがしみじみと言う。

学校からの帰り道…すっかり日も暮れて、辺りはもう真っ暗。
日が落ちると急に寒くなるんだよなー…ま、それも電車に乗るまでの我慢だ。
もっとも、電車降りたらまた家まで歩かなきゃいけないんだけど。
あたしは、早足で駅までの道を急ぐ。

『何だよ、カオリばっか!!矢口もよっすぃーのポケットがいい!!』
カバンの中の矢口さんが抗議の声を上げた。
「いや…矢口さん、たぶん入んないですよ?」
たとえ入ったとしても、あたしのポケット、パンパンになりそう…それは嫌だ。

『入んなくても入れるの!!どうにかして入れてよ!!』
四次元ポケットがあったら…迷わず放り込むのに。
矢口さん、笑い袋になってからますますワガママに磨きがかかったような気がする。

仕方なくあたしはカバンを開けて矢口さん(笑い袋)を取り出すと、おなかのスイッチに注意しながら
そーっと左のポケットに矢口さんを入れる。
何とか入ったものの…予想通りパンパン。
左だけ…かなり恥ずかしいんですけど。

『ホントだぁ、あったかい…』
右のポッケに飯田さん(ネジ)、左のポッケには矢口さん(笑い袋)。
何だか悪い霊にとりつかれたようで…両肩が異常に重い。

『へへ…明日もココに入って行こうっと。ねー、よっすぃー』
矢口さん、まさか明日も憑いてくる…じゃなかった、付いて来る気ですか?

「でも、朝は電車混むから…」
ポケットに笑い袋なんか入れて、もし人に押されて矢口さんのスイッチが入っちゃったら…考えただけで恐ろしい。
『そっか…矢口、つぶされちゃうもんね。よっすぃー…優しいね』
「え…」
矢口さん、何か勘違いしてるみたいだけど…まいっか。

『ちょっとー!!なに2人だけでしゃべってんのよぉ!!カオリの存在忘れてない!?』
…すっかり忘れてました。

『ああ…いたの?ネジ』
『ちょっとー!!』
矢口さんは、笑い袋になってるコトを飯田さんに大笑いされたの、まだ根に持っているらしい。

それから家に着くまでの間、飯田さんと矢口さんはずっとテレパシーで口ゲンカ。
2人でずっとしゃべっててくれたから、あたしは話しかけられるコトもなくて助かったんだけど。

「ただいま」
「おかえり。晩ゴハン、もう食べるでしょ?」
玄関を入ると、お母さんがキッチンから顔を出した。

「うん…着替えてくる」
お母さんにそう告げ、階段を上がって2階の自分の部屋へ向かう。
今日1日の収穫は、飯田さん1人か…。
オフは明日で終わりなのに、どうしよ…ちゃんと見つかるかなぁ。

『あ………』
あたしの部屋の前まで来たところで、突然飯田さんが呟いた。

『どうしたの、カオリ…?』
『矢口、聞こえない?ホラ…』
『え……あーっっ!!』
矢口さんも何かに気付いたらしく、声を上げる。

「どうしたんですか!?」
あたしには何も聞こえない。この近くに、誰かが…いるの?

『『なっち!!』』

「えっ!?」
安倍さんが!?
でも、一体どこに…?

『よっすぃーの部屋じゃない…もうちょっと離れた場所にいる』
矢口さんが神妙な口調で言った。
あたしの部屋じゃない…とすると、隣の弟の部屋だろうか?
あたしは、隣の部屋へゆっくりと足を踏み出した。

『この中だよ、この中に…なっちがいる!!』
『あーっ、それ矢口が言おうと思ったのにー!!』
いいよそんなの、どっちでも…。

それにしても、弟の部屋か…捜しにくいなぁ、怪しまれないようにしなきゃ。
あたしは、意を決して部屋のドアをノックする。
…返事はない。いないのかな?だとしたら好都合なんだけど…。
彼が中にいないコトを願いつつ、部屋のドアを開ける。

「…あっ、おねーちゃん!?」
いたか…残念。っていうか、返事くらいしろよなー…ったく。

「なっ、なに!?どうかしたの!?」
どうやら、ゲームに夢中になっててあたしがノックしたのに気付かなかったらしい。
コントローラを握ったまま、あたしの方を振り返った弟は…何やらひどく慌てている様子。
どうしたんだろ…?

「いや、別にどうかしたって程のコトじゃないんだけどさぁ……どう、最近?」
部屋に入ったはいいけど…話題が見つからず、オヤジの挨拶みたいな言葉しか出てこない。

「えっ!?あっ、最近は…塾もちゃんと行ってるし、ゲームやったのだって1週間ぶりだし、それからこないだの小テストも…」
これ以上広がらないと思っていたあたしの言葉に、なぜか必死に返答してくる弟。
なんだコイツ…?

『よっすぃー!!やっと来てくれたんだね!!』
と、突然あたしの頭の中に飛び込んできたテレパシー。
その声は…間違いなく、安倍さんのモノ。

しかし、まだ家の中に誰か潜んでいたとは思わなかった。
何で昨日から誰も気付かなかったんだろ?
あたし以外のみんなは、少し離れたところからでもテレパシーを受信できるはずなのに…。

『あたし、何となくわかっちゃった…なっちがなってるモノ』
『えっ!?なになに?カオリ、全然わかんないよ?』
矢口さん、もうわかったんですか?
野性(?)のカン、ってやつかなぁ…。

『かなり古いネタだけど、なっちはプレス…』
『いやー、なっち、目が覚めたら家庭用ゲーム機になっちゃっててさー!!びっくりしたよー、ホント!!』
矢口さんの言葉をワザと遮るかのように、安倍さんのテレパシーが割り込んできた。

"家庭用ゲーム機" って…プレステのコト言ってるんだろうか。
なるほど…さっき、弟は1週間ぶりにゲームやったって言ってた。
安倍さんも保田さんと同様、電源が入ってないとテレパシーの送信ができないんじゃないだろうか。
それなら、昨日から隣の部屋にいながら誰も安倍さんの存在に気が付かなかったのにも納得がいく。

それにしてもプレステとは…確かに古い上に触れにくいネタだよなぁ。
梨華ちゃんの冷蔵庫に通じるモノがある。

『ねぇよっすぃー、なっち、よっすぃーの部屋に連れてってあげようよ。ココに1人じゃ…かわいそうだよ』
矢口さんの言うコトはもっともなんだけど、コレはあたしの持ち物じゃないからな…そう簡単に貸してくれるかなぁ。
『寝てる間に盗んじゃいなよ』
なに言ってるんですか…飯田さん。

「あのさぁ…それ、ちょっとだけ貸してくんないかなぁ?」
あたしは、とりあえずダメモトで頼んでみる。
1週間ぶりにやるんじゃ、貸してくれないだろうなぁ…もっとやりたいだろうし。

「いいよ、持ってきなよ!いつまででも…いいからさ」
「え…いいの?」
予想外の答えに、あたしは思わず聞き返してしまった。
何だか様子が変だけど…彼の気が変わらないうちに早く持って帰ろう。

「じゃあ…借りてくね」
あたしは安倍さん(プレステ2)の電源をOFFにすると、それを両手に抱えて逃げるように部屋を出る。
そういえばコイツ、セーブしてたのかな…まいっか。

「お母さんには…言わないから」
「えっ?」
去り際、彼の意味深な言葉に振り返ったときには…部屋のドアは既に閉まった後だった。

『おかえり、よっすぃー!!』
自分の部屋に帰ったあたしを、梨華ちゃんが出迎えてくれる。

『Zzzz…』
『Zzzz…』
この2人は、相変わらず梨華ちゃん(業務用冷蔵庫)の中で冷凍状態か…。

『これは…顔がイマイチやなー』
中澤さん(エ○本)は…読書中か。

『ちょっとー、ゴミ箱にあたしの画像が捨ててあるんだけどどういうコト!?矢口のと間違えてダウンロードしたの!?』
保田さん…また人のハードディスク勝手に漁って。

みんな、好き放題…あたしは苦労して他のメンバー捜し回ってるっていうのに。
『あっ吉澤、ええトコに帰ってきた…この袋とじになってるトコ、切ってくれへん?読みにくぅてかなわんわ』
「後にして下さい」
ったく、このヒトは…。

「飯田さんと安倍さん、見つかったんですけど」
あたしは、部屋で留守番してたみんなに今日の収穫を報告。

『『『えっっ!?』』』
驚くみんなをよそに、あたしは早速安倍さん(プレステ2)をコンセントにつなぐと電源ON。
あたしの部屋にテレビはないから画像は見れないものの、本体の電源さえ入ってれば問題はないはず。

『何やってんのよ、テレビもないのに…。あっ!!もしかしてそのプレ…』
『いやー、なっち、イキナリ家庭用ゲーム機になっちゃってて、もーびっくりだよ、びっくり!!!』
保田さんの言葉を遮って、起動したばかりの安倍さんが割り込む。
"プレステ" って言葉を言ってほしくないワケですね…要するに。

『ははっ…すごいな、なっち。2やん、ソレ、最新型やで、その…家庭用ゲーム機?』
こうして我が家では…暗黙の了解のもと、プレステ2=家庭用ゲーム機と呼ばれることとなった。

『それで、飯田さんは…どこにいるの?』
安倍さん(家庭用ゲーム機)のインパクトが強すぎて…梨華ちゃんに聞かれるまで忘れていた。
あたしは、コートのポケットからまず矢口さん(笑い袋)を取り出すと、机の上に置く。
続いて、飯田さん(ネジ)を右のポケットから取り出して手に乗せると、みんなが乗っている机の上に近付けた。

『え…何ソレ。…ネジかい?』
ネジ以外の何に見えます、安倍さん?

『また…地味なモンになっちゃったね、カオリ』
『なんや…毒にも薬にもならんっちゅーカンジやな』
『で、でもっ…冷蔵庫だってパソコンだって笑い袋だって、それから家庭用ゲーム機だって、ネジが1本でも取れてたら動かないんですよっ!!』
保田さんと中澤さんの暴言を必死にフォローしようとする梨華ちゃん。

『ありがとう、石川…でも、同情なんかいらない。どうせあんただって、私はネジじゃなくて良かった…って思ってるんでしょ!?
私達はとりあえずネジよりはマシだわ…って思ってるんでしょ!!そういえば…みんなは何になってんの?』
それ知らなくて怒ってたんですか?
まだ飯田さんには説明してなかったら、知らないのは当然なんだけど。

あたしは、みんながそれぞれ何になっているかを飯田さんに説明した。
とりあえず発見された順に並べてみると…

矢口さん=笑い袋
あいぼん=冷凍たこ焼き
のの=アロエヨーグルト
梨華ちゃん=業務用冷蔵庫
中澤さん=エ○本
保田さん=ノートパソコン
飯田さん=ネジ(プラス)
安倍さん=家庭用ゲーム機

『あとは、ごっちんか…。ったく、どこにいるんだかねー…あいつは』
保田さんが呟く。
その口調はどこか寂しそうで…ホント、どこにいるんだよ、ごっちん。

あれ…?ちょっと待てよ……。

「保田さん、何で電源入ってるんですか?」
帰ってきてから普通に会話してたけど…確かに昨日の夜、シャットダウンしたはず。

『ああ、あんたの弟がさっきまで遊んでたわよ』
あいつ、また人の部屋に勝手に…しかも使ったらちゃんと電源落としとけよな、まったく。

『でも…かわいかったよなー、吉澤の弟。なぁ、裕ちゃん予約してもええ?』
「ダメです」
『なんや、ケチ!しみったれ!!どアホ!!!』
保田さんの隣で、中澤さんが悪態をつく。

保田さんの隣で……。

ふと、あたしの頭に最悪の事態が浮かぶ。
「中澤さん、まさか…」
『ん?ああ…見られたで、もちろん』

(『お母さんには…言わないから』)
さっきの弟の言葉が蘇る。
そういうことだったのか、納得…してる場合じゃない。

終わった……。
エ○本を机の上なんかに出しっぱなしにして…ひとみ、一生の不覚。

『でも…弟で良かったじゃん。お母さんに見られるよりマシだよ』
矢口さんがなぐさめてくれるけど…そうかなぁ。
姉が弟の部屋でそういう本を見つけるってのはよくあるパターンだけど、逆ってのは…。

『安心し。27ページは見られてへんから』
何が安心なんだか…。
っていうか、中澤さんがそこまでこだわる27ページって…ちょっと気になってきた。

『ま、終わったコトはしょうがないじゃん。大切なのは、1度した失敗は2度と繰り返さないってコトなんだから』
確かに保田さんの言う通りかもしれない。
でも、あたしがやってしまった失敗は、もう2度と取り返しのつかない大失敗であって…。
1回やっちゃったら2回やるのも3回やるのも同じようなモンで…。

『よっすぃー、ポジティブだよ、ポジティブ!!』
「うん……」
とりあえず梨華ちゃんの言葉に頷いたものの…今のあたしには、どうやったってポジティブに生きるコトなんかできそうもない。

『ん?なんやなんや…どこに連れてく気やねん?』

大切なのは、1度した失敗は2度と繰り返さないコト。
2度と中澤さん(エ○本)が人目に触れないように、その存在を隠すこと…今のあたしにできるのは、ただそれだけ。

『ベッドの下て、またベタな…あんた意外とつまらん奴やったんやなー。見つかるで、逆に』
はいはい、何とでも言ってください。
今度見つかったら、その時は…捨てます、ホントに。

『あっ、大事なコト忘れとった…吉澤!!』
「今度は何ですか…」

『切ってくれへん?袋とじ』
「………」

ハサミでページを切り離しながら、あたしは思った……これは1度目なんかじゃない。
あたしが最初に犯した失敗、それは……昨日コンビニで中澤さんを買ってきたコトだったんだ。

『あああああーー…眠れない、眠れないよぉぉ…』
AM0:00。他のみんなが寝静まる中、矢口さんのうめき声だけが闇にこだまする。

「授業中寝るからでしょ…」
人が勉強してる間、気持ちよさそうに爆睡して…自業自得だよ。

『羊が1匹、羊が2匹、ああーっ、ダメだ!!全然眠くなんないよぉ!!』
そりゃ2匹じゃ無理でしょ…あきらめ早すぎですよ、矢口さん。

『エ○本が1冊、エ○本が2冊…』
中澤さん、起きてたんですか…。

『ちょっとー、そんなモノ数えないでよ!余計寝れなくなっちゃうでしょ!?』
それどういうイミですか、矢口さん…。

『…エ○本が5冊、弟が持ってって4冊…』
くっ…!!人が必死に忘れようとしてるコトを…!!

『裕ちゃん!!よっすぃーがかわいそうでしょ!!』

『……返しにきて5冊』
『いや、そーゆーコトじゃなくて』

どーでもいいから早く寝てくれ…。

『んー…ふぁ…ん?朝…?』

また…ごっちん?
ねぇごっちん、一体どこにいるんだよ!?
今日はちゃんと答えてもらうからね!!

『…あれぇ?なに?カラダが動かないよ?』
おい!!聞けよ、後藤!!

『あれぇ?どうなっちゃってんの…?』
もぅ…何でいっつも夢の中でしか会えないの?
ねぇ、ごっちんってば……。

ん?待てよ。
あたし……まだ寝てないじゃん。
と、いうコトは…。

「ごっちん!?」
コレは夢じゃない。ごっちんが…ココにいるんだ!!

『……よっすぃー?』

『あれぇ…何でよっすぃーがいるの?ココ…アタシんちだよ?』
「ごっちん、どこにいんの!?っていうかココ、ごっちんの家じゃないよ?」

『え……………?』

ダメだ、コイツ。完全に寝ボケてる。
あたしはとりあえず部屋の電気をつけようと、ベッドから這い出す。

『よっすぃー…変なトコ触んないで…』
「えっっ!?」

ごっちんに言われ、とっさに下についていた左手をひっこめる。
そして、さっきまであたしの手が触れていた場所に目をやる。

「ごっちん…」

『もぅ…ドコ触ってんだよぉ…』

「まくら…だったんだ」

あたしがずっと捜してた最後の1人は…ベッドの幅よりも少しだけ短い、ブルーのカバーの横長まくら。

『ねぇよっすぃー…アタシ、何か…動けないんだけどさー。何でかなぁ?』
「ちょっと待って、今説明するから」

とりあえず他のみんなを起こさなきゃ…話はそれからだ。
あたしはベッドから抜け出すと、部屋の電気をつけた。

そう言えば、矢口さんなら既にごっちんのテレパシーを受信してるはずだよな…さっきから何も言ってこないけど。
「矢口さん、ごっ…」

『Zzzz…』
早やっ…さっきまであんなに『眠れない』って騒いでたクセに。

「矢口さん、起きてください…矢口さん!!」
あたしは、矢口さん(笑い袋)を手に取ると上下に揺すり起こした。
『んん…?なに、よっすぃー…?』
ったく、ノンキな声出して…。

「ごっちんが!!ごっちんがいたんですよ!!」
『…うん……わかったから…あと5分だけ…』
何言ってるんですか!?ごっちんが見つかったって言ってるのに!!

『よっすぃー…』
「矢口さん!?」
『やっぱり、あと10分…』
「わかりました」
もう一生起こしません。

「梨華ちゃん、梨華ちゃん、ねぇ…起きてよ!」
あたしは、とりあえずすぐに起きてくれそうな梨華ちゃんに知らせるコトにした。

『ん…?よっすぃー…どうしたの?』
予想通り、素直に起きてくれた…矢口さんとは大違い。

「あのね、ごっちんが見つかったの!!」
『えっ、ホント!?』
梨華ちゃんは、驚きで一気に目が覚めた様子。

『梨華ちゃんも、いるの…?ココ、アタシんちだよ…?』
だから違うって言ってるだろ…。

「ごっちん、よく見てよ。ココ、ごっちんの家じゃないって」
『え…………?』
どうしよう、この調子じゃ朝になっちゃうよ…。明日も学校なのに…。

「梨華ちゃん、テレパシーでみんなのコト起こしてよ」
こんな夜中にあたしが大声出すワケにはいかないし、ごっちんはこの調子だし、ここは梨華ちゃんに頼むしかない。
『うん、わかった』
そう言うと梨華ちゃんは大きく深呼吸。かなり気合入ってるみたい。
あたしは、彼女の大声に備えて身構えた。

『みなさーん…起きてくださぁーい…』
そんな甘い囁きじゃ…赤ちゃんだって起きないよ。
何のための深呼吸だったんだろう…。

『ゴメンね、よっすぃー…ダメみたい』
「うん……」

さて、と…次は誰を起こそうかな。
そうだ…安倍さんと保田さん、まだ起きてるかも知れない。
この2人、電源OFF時にはテレパシーの送信ができないから…喋れないだけで実は起きてるかも。

期待を込めてまずは安倍さん(家庭用ゲーム機)、スイッチON。
『Zzzzz…』

気を取り直して、保田さん(ノートパソコン)を起動。
『ちょっと!!何で壁紙がタンポポなのよ!!』
やった!!

「保田さん、」
『もっとプッチとしての…Zzz』
寝言か…紛らわしい。

『よっすぃー…ココ、アタシんちじゃないよ…』
やっと気付いたか…。

「ごっちん、驚かないで聞いてね…」

『アハハッ…何かそのまんまだねー…みんな』
あたしの説明を一通り聞き終えてごっちんが言った。

「ごっちん…驚かないの?」
『え…だって驚かないでって言ったじゃん』
そりゃ言ったけどさ…。

「もうちょっと驚いてもいいよ?」
『アハハッ…もぅいいや』
あっそ…。

『でもさー、よっすぃーなら何になってたかなー…。ベーグル…?ゆでたまご…?』
「ああ…そうだね…」
あたしのイメージってそんなモンなんだね…。

「もう寝よっか…」
『うん…そーだねー…』
他のみんなは起きないし、明日も学校だし、ごっちんも半分寝てるみたいだし…今日はもう寝よう。

「梨華ちゃん、ゴメンね。起こしちゃって」
『ううん。それより、ごっちんが見つかって…本当に良かった』
「うん」
本当にそうだね…。
あたしは部屋の電気を消すと再びベッドに戻り、まだ温もりの残る布団の中へ入る。

『よっすぃー…重い』
「あっ、ごめん」
忘れてた。このまくら…ごっちんだったんだっけ。
あたしは慌てて起き上がると、ごっちん(まくら)を端に寄せ、床に置いてあったクッションを枕代わりに横になる。

『よっすぃー…寒い』
「あっ、ごめん」
あたしは、ベッドの端に置いてたごっちんを布団の中へ入れた。
たぶん、首のあたりと思われる位置まで掛け布団をかける。

『よっすぃー…逆』
「えっ」
どうやら、頭と足を逆向きに入れてしまったらしい。
あたしはごっちんを布団から出すと、向きを逆にして再びあたしの横に寝かせた。

135 名前:いつも君の側に 投稿日:2001年03月17日(土)01時31分07秒

「これでOK?」
『うん。おやすみ、よっすぃー…』

「おやすみ」
まくら、か…。
結局ごっちんは…あたしからいちばん近いところにいたんだね。

『…すぅ…すぅ…』
『Zzzz…』

みんなの寝息を聞きながら、あたしは何だか幸せな気持ちになっていた。
いろんなコトがあったけど…こういうのも悪くない。

なんか……家族みたいだなぁ。

『……万9998冊』
ん…?

『…本が99万9999冊、エ○本が…100万冊!!』
…はあ?

『やったで、吉澤!!100万部突破や!!ミリオンやで!!バンザーイ!!バンザーイ!!バンザーイ!!!』
あーそうですか…そりゃよかったですねー…………。


『…っすぃー、よっすぃぃぃぃーん、はやくおきてぇぇん…おきてくれなきゃ、まりっぺ、かなすぃぃぃぃーん。ああ〜ん、よっすぃ…』
『バカ裕子!!誰がまりっぺだよ!!よっすぃー、今のあたしじゃないからね。裕ちゃんだからね!!』

「わかってます…」
枕が変わった途端に嫌な夢、そして最悪の目覚め。
やっぱりみんなには早く元に戻ってもらわないと…あたしの身がもたない。

眠い目をこすりながら、あたしはゆっくりと起き上がる。

「ごっちん、ごっちんってば!!起きてよ!!」
布団を剥いで、隣で熟睡中のごっちん(まくら)を揺り起こす…が、なかなか起きてくれない。
あたしは彼女(まくら)を持ち上げて、さらに上下左右に揺さぶり続けた。

『何やってんの、よっすぃー?』
矢口さんの問いを無視して、あたしはなおも揺さぶる。

『んん…ん…あ…よっすぃー…オハヨ』
揺すり続けて腕がしびれ始めた頃に、やっと起きてくれた。

『ごっちん!?ごっちんなの!?』
『んん?やぐっちゃん…?』
『ごっちん、見つかったんか!?あんた、何になってたん!?』
『へへ…アタシ、まくらになっちゃった』
中澤さんにそう答えると、ごっちんは照れくさそうに笑った。
照れてる場合じゃないと思うんだけど…。

『まくらってコトは…後藤、ずっとこの部屋にいたの?』
『あ…カオリ…カオリは…ネジだっけ?』
『うるさいなー!!カオリのコトは放っといてよ!!』
飯田さん、ホントに嫌なんだろうなー…自分がネジであるコトが。

『ごっちん…まくらになってから、ずーっと寝てたの?』
『え……うん、たぶん。寝てたからよくわかんないケド…』
『さっすがやなぁ。あんた、根っからのまくらなんやなー』
何ですか、根っからのまくらって…。

『へへ…そっかなー…』
ごっちん…何だかうれしそう。
喜んでる場合じゃないと思うんだけど…。

でも、これでやっと10人全員そろったワケだ。
本当に長い道のりだった……。
後は、どうやってみんなを元の姿に戻すかを考えなきゃいけない。

『あっ!よっすぃー、遅刻しちゃうよ!早く行こ!!』
矢口さんに言われて時計を見ると、もう出かける時間。
とりあえず学校行かなきゃ…続きは帰ってから考えよう。

っていうか矢口さん、『行こ!!』ってまさか…。
「矢口さん、今日も来るんですか…?」
『うん』
うんって、そんな当たり前みたいに言わないでよ…。

「でも、ごっちんも見つかったんだし…必要ないですよ?」
『必要…ない?矢口、必要ないの…?ひどいよ、よっすぃー…っく、ひっ…くっ』
うそ…また泣いてるし。もぅ、カンベンしてよぉ…。

『じゃあねー、みんな!!行ってきまーす!!』
ウソ泣き、か…完全にダマされた。

『ねぇねぇよっすぃー、古今東西やろーよ』
「嫌です」
昨日はしりとり、今日は古今東西か…。小学生の遠足かよ…。

『古今東西、モーニング娘。のメンバーの名前!!』
やだって言ってるのに…また無視ですか?
っていうか、何でそんなお題かなぁ…。

「10回まわったら終わっちゃいますよ、それ」
『10回じゃないでしょ!!モーニング娘。は…モーニング娘。は…12人でモーニング娘。でしょ!!』
こんなトコでそんなイイ話されても…っていうか微妙に人数間違ってません?

「それを言うなら13人でしょ…」
『え…違うよぉ、矢口でしょ、裕ちゃん、なっち、カオリ、明日香、彩っぺ、紗耶香、圭ちゃんにごっちんと、
それから梨華ちゃんでしょ、加護、辻』

しばらくの間、あたしは矢口さんの次の言葉をじっと待っていたが…矢口さんのひとり古今東西は『辻』で止まったまま。
矢口さん、まさか…。

『ホラ、やっぱ12人じゃん』

…あー、そーですか。よぉーくわかりました。
「あたしはモーニング娘。のメンバーじゃないんですか。じゃあココにいるあたしは何なんですか。
単なる "吉澤ひとみ" ですか。何でメンバーでもないあたしが苦労してみんなの面倒見なきゃいけないんですか」
あたしは急に空しくなって、たまっていた気持ちを呪文のように唱える。

『あ…』
あ…じゃないだろ。冗談で言ってるのかと思ったら…ホントに忘れてたの?
このヒト…信じられない。

『よっすぃー…ゴメンね、怒っちゃった?』
怒るでしょ、普通…。

『近くにいる人ほど忘れちゃうんだよ…ホラ、都道府県の名前とかでもさ、自分が住んでるトコは最後まで忘れちゃってたり
するじゃん。アレと一緒でさぁ』
自分の名前まっ先に挙げといて、よく言うよ…。

『何か言ってよぉ…よっすぃー…ねぇ、よっすぃーってば…』

またそんな泣きそうな声出して…。
その手に何度ひっかかったコトか。
あたしは、涙声の矢口さんを完全無視。
今度という今度は絶対に許さないんだから…。

すると、今度は矢口さんが黙り込んでしまった。
矢口さん、まさかホントに泣いてるんじゃ…。
「やぐ…」

『古今東西、矢口がいちばん大好きなヒトの名前!!』

あたしの足が、止まる。

『吉澤ひとみ』

顔がだんだん火照ってくるのが、自分でもわかる。
まただ…またあたしのコト騙そうとしてる、絶対にそうだ。
頭ではわかっていても、カラダが全然言う事を聞かない。
足はすくんで動かないし、胸の鼓動はどんどん速さを増していく。
体中の力が抜けて…左手に持っていたカバンが、するりと手から離れた。

『ん?わぁっ、なに!?……あぅ!』
カバンが地面に叩きつけられた音と、矢口さんの小さな悲鳴で我に返る。

『キャハハハハハハ!!!!』
あー…またやってしまった。
落ちた衝撃で矢口さん…スイッチON。

『ハハハハハハハハ!!もーやだーーーっはははははは!!!よっすぃーのばかやろー!!はははははは』

「すいません…」
カバンの中から、くぐもった笑い声が通学路に響き渡っている。
昨日まで声をかけてくれた友達が…一人、また一人とあたしの横を素通りしていく。
恥ずかしさとうれしさの入り混じった複雑な気持ちで、あたしはしばらくその場に立ちつくしていた。

矢口さん、さっきの言葉…信じてもいいんですよね?

『あははははは!!うぅ…こんな時にまで爆笑してる自分が、いやーーーーーっはははははははは!!わーっははははは!!』

信じて……いいんだろうか。

「どうすれば、みんな元に戻れるんですかね…」
『うーん…』

学校からの帰り道、あたしと矢口さんはそれぞれ頭を悩ませていた。
授業中もずっとそのコトばっかり考えてて、昨日と同じく勉強どころじゃなかった。
予想通り矢口さんは、1時間目から6時間目までぐっすり眠ってたんだけど。
夜になったらまた『眠れない』って騒ぎ出すんだろうな…進歩ないんだから。

「みんな、目が覚めたら何かになっちゃってたワケですよね?」
『そう。だからさ、寝て起きたら元に戻ってるかもしんないじゃん?それで矢口は、授業中もずっと寝てたの。
次起きた時、もしかしたら人間に戻ってるかも知れないから』

「へぇー…そうだったんですか」
何かウソっぽいけど…眠いから寝てただけなんじゃないんですか?

『あーっ、信じてないでしょ!?』
「はい…あっ」
やば、つい本音が…。

『何だよ!よっすぃーのバカ!!』
「すいません…」
何で怒られてんだろ、あたし…。

『そろそろマジで戻る方法考えないとね。今日で休み終わりなんだし』
そろそろって…もっと前から考えててほしいよ。いっぱい時間あったのに…。

『でも、何でこんなコトになっちゃったのかなぁ。原因がわかんないと対処のしようがないよ…』
「そうですよね…」
言いながらあたしは、夢の中に出てきたごっちんの言葉を思い出していた。

(『よかったね、よっすぃー…願いが叶って』)

願い、か…。
確かにあたし…この3日間のオフに入る時、みんなと離れるのが寂しいって思った。
いつも一緒にいられたらいいのに…って。
でもそれが原因…?まさかねぇ……。

『でも、ごっちんも見つかったコトだし…きっとみんながイイ方法考えてくれてるよ。あたしたちがいない間にさ』
矢口さん…本気で言ってるんですか?
そんな気の利いたコトする人たちだとは思えない。
2日間の経験から、あたしには確信できる…。

「期待しない方がいいと思いますよ」

『アハハッ…よっすぃー、ヒサンだねー』

『ほんでな、テレビガイドの下に隠したまでは良かったんやけど…裏と裏で背中合わせにしてたんやんかー。
それを店員さんがバーコードとる時に2冊まとめて裏返したもんやから、隠してた方の表紙が表に出てもーて…』
『『『ハハハハハハ!!!』』』

帰宅して部屋の前まで行くと…案の定、どーでもいいハナシで盛り上がっているみんなの声が聞こえてきた。
また、あたしのエ○本購入体験記か…。
中澤さんが来た後に発見されたメンバーのために、もう一度話してあげてるんですね…ホント立派なリーダーだこと。

『しかも金払ってる時に小銭が…』
「ただいま」
中澤さんの話の途中で、あたしは部屋のドアを開けて中へ入る。
これ以上、暴露されたらかなわん…。

『あっ!?おかえり!!ごくろーさん!!どやった、学校は?』
『『『おかえりー!!』』』
みんな何事もなかったかのように…全部まる聞こえだったんですけど。

「みなさん、ちゃんと元に戻る方法考えてくれてますよね?」
もちろん期待はしていないが、イヤミのつもりで聞いてみる。

『えっ!?もっ、もちろんやで!!当ったり前やんなー、みんな?』
『『『うん…』』』
中澤さんの問いかけに、自信なさげに答える飯田さん、梨華ちゃん、そしてごっちん。
コレは…何も考えてないなー、予想通り。

とりあえずあたしは、保田さん(ノートパソコン)、安倍さん(家庭用ゲーム機)の電源を入れる。
2人にも発言権を与えてあげなきゃね…特に保田さんは後がコワイから、マメに起動しとかないと。

『Zzzz…』
『Zzzz…』
あっ、しまった!!
この2人(加護・辻)のコト、すっかり忘れてたよ…最後に梨華ちゃん(業務用冷蔵庫)から出したの、いつだっけ?
あたしは、2人を出してあげようと梨華ちゃん(業務用冷蔵庫)のスライド式のフタに手を伸ばす。

『あっ…優しくしてね…よっすぃー』
「えっ……うん」
梨華ちゃん…意味深なコト言わないでよぉ。

梨華ちゃんは、お店に置いてあるアイス用の冷蔵庫によく似たカタチの冷蔵庫。
あたしはフタの取っ手をつかむと、手前からゆっくりとスライドさせた。

『あっ…ああっ…やっ…ん』
「えっ……」
梨華ちゃん…意味深な声出さないでよぉ。

中を見ると、だだっ広い空間の真ん中にぽつんと並んだ2つの物体…冷凍たこ焼き&アロエヨーグルト、もとい、加護亜依&辻希美。
あたしは、梨華ちゃんの中に手を入れると…2人をそっと取り出した。

うっわー、すっげー霜降りちゃってるよ…大丈夫かな?
あたしは、すっかり氷に閉ざされてしまった2人の霜を手で払い落とす。
2人を包んでいた冷たい氷の粒が、パラパラと床の上に落ちた。

「あいぼん、あいぼん!!」
『Zzzz…』

「のの、のの!!」
『Zzzz…』

うそっ…起きない。どーしよ…。
『加護!?辻っ!?』
心配した矢口さんも2人に声をかけるケド…一向に起きる気配はない。

「あいぼん!!のの!!起きて!起きてよ!!」
『『Zzzzzz…』』
あたしは2人を上下に揺すってみるも、全く効果なし。

『チンしようよ、レンジで!!』
飯田さん!?それは荒療治すぎますよ!!
『バカ!死んじゃうよ!!』
案の定、矢口さんに怒られる。

『そのうち解けて起きるんちゃうか?』
中澤さん…そんなノンキなコトでいいんですか?

『そーだね。ちょっと凍りすぎちゃっただけかもね』
矢口さん…さっきはあんなに心配そうな声で2人に呼びかけてたのに。

『加護ちゃんも辻ちゃんも、おねぼうさんだねー…』
ごっちんには負けるけどね…。

『チンしてみようよ、試しに』
飯田さん…まだ言ってる。試しにやってみてホントに死んじゃったらどうするんですか。

『よっすぃーの弟、本体の時計合わせてなかったから…なっちが設定しといたよ?』
『あんた、何で壁紙がタンポポなのよ!プッチに替えといたわよ!!』
この2人に至っては…加護・辻と全く関係ないハナシしてるし。

どこまでマイペースなんだ、このヒトたちは…。
どうにかして元に戻してあげようと躍起になってる自分が、一番バカな人間に思えてきた。

(『そのうち解けて起きる』)
中澤さんの言葉を信じて、あたしは机の上に2人(あいぼん・のの)を置いた。
このまま解けて目覚めてくれるといいんだけど…。

『明日はコンサートだねー…』
ごっちんが、ぽつりと呟いた。

『そうやで!そうやんか!!どーしよ、なぁ、どーしよ、吉澤!?』
中澤さん、今頃になって慌てて…ずっと前からわかってたコトなのに。
貴重な2日間(3日目の今日は何やってたか知らないけど)を、全部エ○本読むのに費やして…。

『うちらってさー、夏休みの宿題とか最後の日にまとめてやるタイプだよね、みんな』
『あ、カオも?矢口はさー、31日にも結局終わんなくて…後から反省文つきで出すハメになってさ』
『その点、なっちは頭脳派だよ。1年生の時に作った昆虫標本、毎年名札だけ替えて6年間出し続けたもんね』
6年間って…採られた昆虫達、化石みたくなっちゃってたんじゃないの?
『みんなおりこうさんだねー。あたしなんて夏休みの宿題は毎年ボイコットよ。
宿題なんて、イヤイヤやったってどうせ頭に入んないんだから。だったら最初っからやんない方がマシでしょ?』

へぇー、何か保田さんらしいエピソードですねー……って!!
出だしからイキナリ脱線しちゃってるし…31日になっても結局やらないタイプだな、こいつらは。

「みなさん…そろそろ本気で考えてもらえますか?」
このヒトたちの自主性に任せていては、このままあっさり明日の朝を迎えてしまう…あたしはそう判断した。

『せやな、考えよか……………吉澤、何かええアイディアないか?』
早やっ…しかも何であたしに振るかなぁ。

『うぅ…だっるぅ…寝すぎたんかなぁ?』
『あたま、いたいのれす…』
突然、えらく気だるそうなテレパシーがあたしの頭に飛び込んでくる。

「あいぼん!?ののっ!?」
2人とも、解凍したんだね!!良かったぁ…。

『やだ、ちょっと!!あたし…濡れてるわっ!?』
『圭坊…嫁入り前の娘が、そんなはしたないコト言うたらあかんで』
「なっ!?」
保田さんも中澤さんも何言い出してるんですか、イキナリ!?

『違うわよ!ホントに濡れてんのよ!!吉澤、パソコン、パソコン!!』
「えっ!?」
見ると…加護・辻から溶け出した水滴が、保田さん(ノートパソコン)の端の方まで流れ込んできている。
あたしは、慌てて保田さん(ノートパソコン)を机から抱え上げると、ティッシュで濡れた部分を拭き取った。

「ホントにどうします?明日は、コンサートなんですよ?」
気を取り直して、再びみんなに問いかけてみる。

『ねぇ、戻る方法を考えるよりさ…明日までに戻れなかった場合のコト考えといた方がいいんじゃない?』
矢口さん…そんなコト言わないでくださいよぉ。
確かに、もっともな意見だとは思うけど。

『せやなー、もし戻られへんかった場合は…吉澤、あんたが1人でやらなあかんねんからな』
中澤さん…そんなコト言わないでくださいよぉ。
確かに、もっともな意見だとは……。

「ええっ!?」
1人で、って…。
「そんなの、無理ですよ!?1人でコンサートなんて!!」

『ソロコンサートだね、よっすぃー。うらやましいな…』
梨華ちゃん…本気でそう思ってる?出来ることなら代わってほしいよ。

「無理ですよ…1人でなんて。大体、スタッフさんたちに何て言うんですか!?あたし、できませんよぉ…」
だけど、本当にみんなが元に戻れなかったら…どうしよう、急に恐くなってきたよぉ。

『吉澤、甘えるんやない!!』
オロオロするあたしに、中澤さんの一喝が飛ぶ。

『あんたがそんな弱気でどないすんねん!!ええか、この中で人間なんは…あんただけなんやで?
こんだけ考えてもええ方法見つからへんのやから、あんたがしっかりせなあかんやろ?
こういう時こそ…こういう時こそ、きっちり決めなあかんやろがぁ!!!』

「はあ…」

あまりの迫力に頷いたものの…ぜんぜん納得いかないんですけど。
『こんだけ考えても』って、どれだけ考えました?ほんの数秒でしょ、考えたの?
そもそも何であたし…怒られてるんですか?

『あーあ、みんなでコンサート…やりたかったなー』
ふいに、ごっちんが呟く。
ん?このセリフ、どっかで聞いたような…。

(『アタシ、ここにいるみんなで…コンサートやりたいなー』)
そうだ…思い出した。

「ごっちん、それ…夢の中でも言ってなかった?」

ごっちんは…みんなが何かになってしまった朝から、ずっとあたしの夢の中に登場しては意味深なコトを言っていたような気がする。

(『アタシたちは、いつでもよっすぃーのそばにいるよ。だから…アタシたちのコト探して』)
(『よっすぃーが言ったんじゃん、いつもいっしょにいられたらいいのになぁ…って』)
(『よかったね、よっすぃー…願いが叶って』)

夢の中のごっちんの言葉が、あたしの中でフラッシュバックする。

あたしは、確信した。
全てのカギは、ごっちんが握っている。

『えー……よくわかんないよー。寝てたし…』

全てのカギは、ごっちんが握っている…ような気がする、たぶん、きっと。でも、あんまり自信ない。

『それ…どういうコト?』
「『ここにいるみんなで、コンサートやりたい』って言ってたんです。ごっちんが…夢の中で」

あたしは、考えつく限りのコトを矢口さんたちに説明した。
思いつくままに言葉を連ねるあたしの説明を…みんなは必死に理解しようとしてくれた、かどうかは定かではないが。
とにかく、みんな黙ってあたしの話を聞いてくれた。

『ほな、やってみるか。みんなで…コンサート』
『うん!このまま何もしないよりか、全然いいよ!!』
中澤さんの提案に、矢口さんも賛成の様子。

『やろう!カオリ、一生ネジのままなんて絶対やだもん!!』
『あたしも…できれば、冷蔵庫より人間の方がいいし』
『ウチも、腐らんうちに早よ戻りたい!!』
『ののも、はやくもどってヨーグルトたべたい!!』
『なっちだって、人間に戻って早く歌いたいよ!!』
『ハードディスクの中身も漁り尽くしたしね…あたしもやる!!』
『へへ…やった。みんなでコンサート、がんばろーね!!』

ここにいるみんなで、コンサート。
ごっちんの願いが叶ったとき…みんなは元の姿に戻れるかもしれない。
今のあたしたちに信じられるものは、それだけ。

あたしたちの考えは、正しいのか間違っているのか……全ては、明日。

信じてるからね……ごっちん。

『いやー、さっすが吉澤!!ようわかっとるやないか…やっぱセンターはあたしやないとな!決まるモンも決まらんわなー!!!』
『違うよ、裕ちゃん。コレ、向き逆だよ』
喜ぶ中澤さんを、矢口さんが一刀両断。

明日のコンサートに向けて、あたしたちはポジション会議。
とりあえずあたしが考えた案を土台にして、みんなであーだこーだと議論しているってワケ。

『逆ってオイ!逆にしたらあたしが一番後ろになってまうやんけ…しかもコレ、石川の真後ろやで!?何で直線上に並べとんねん、せめてずらせや!!』
ずらしちゃったら意味がないんですよ、中澤さん…。

「エ○本は、見えないところに置かせていただきます」
『せやから中澤さんて言え、言うてるやろ!!』
当日のステージは…お客さんから見たらあたし1人が人間で、その周りにワケのわからないモノたちが取り囲んでいるようにしか見えないんだから。
エ○本なんて目立つところに置けるワケないでしょ…。

「中澤さんは、見えないところに置かせていただきます」
あたしの決意は固い。
コレだけは何を言われても譲れない…『吉澤ひとみ with エ○本』なんて事態だけは絶対に避けなければ。

とりあえずセンターは、唯一の人間であるあたし(吉澤)。
そのすぐ後ろには、左からあいぼん(冷凍たこ焼き)、矢口さん(笑い袋)、安倍さん(家庭用ゲーム機)、梨華ちゃん(業務用冷蔵庫)、
梨華ちゃんにごっちん(まくら)を立てかけて、その隣に保田さん(ノートパソコン)、飯田さん(ネジ)、のの(アロエヨーグルト)の順。
そして3列目には、梨華ちゃんの真後ろに中澤さん(エ○本)を置く、と……我ながら完璧なプランだなぁ。

『納得いかへんわぁ…めっちゃ納得いかんわ。何であたしが隠されなあかんねん。そんな…恥ずかしいモンみたいに』
『裕ちゃん、いい加減あきらめなよ。間違いなく『恥ずかしいモン』なんだからさ』
『ホンマむかつくな、あんた!!なんや、パソコンがそんな偉いんか!?天は人の上に人を作らず、やろ!?人類みな平等やねんで!!』
それは人類に限った話であって、中澤さんたちは物体なワケだから…。

「とにかく、明日はコレでいきます!!いいですね!!」
あたしはきっぱりと言い放った。
中澤さんには悪いけど、ココは何とか妥協してもらわないとね。

『なんか…今日のよっすぃー、頼もしい。いつになく』
矢口さん…『いつになく』は余計ですけどね。
あたしだって、言うべき時はちゃんと言うんだから。

『せやなー、いっつも文句ばっかし言うてるモンなー』
「ひどっ…文句なんていつ言いました!?あたし、一生懸命やってるじゃないですか!!」
『言ってないけどさー、言いたそうなカオしてんのよね、いつも』

保田さんまで…そりゃ確かに言いたいコトは山ほどありましたよ、それは認める。
この3日間、心の中でみなさんに対してどれだけ悪態をついてきたコトか。
だけど、全部(とは言わないが)口に出さずにじっと耐えてきたんじゃないですか。
それなのに、それなのに……。

『カオリのお母さんが言ってたよ。人生良いコト半分、悪いコト半分、って』
へぇー…じゃあこれから先のあたしの人生は、きっとバラ色なんだろうなー、ワーイ…。

『よっしゃ!吉澤もやっとやる気になったみたいやし…明日はドカンと決めるで!!』
すでにやる気無くしちゃったんですけどね…おかげさまで。

『じゃあ、今日はもう寝ようよ。明日も早いんだしさ』
時刻はすでにAM1:00を回っている。
安倍さんの言う通り、明日は早い。
集合は10:00なんだけど、その前にいろいろと準備があるし。

とりあえず、梨華ちゃん(業務用冷蔵庫)の搬入は、梨華ちゃんを買ってきた電器屋さんに頼んでおいた。
あたしは、みんなを電器屋さんのトラックに乗せて会場入りする予定。
問題は、スタッフさんたちにこの状況をどう説明するかなんだけど…。
本当のコト言ったって信じてもらえるワケはないし、どうすっかなぁ…。

『Zzzz…』『Zzzzz…』『Zzzz……』『Zzz…』………

おいおいおいおい…もう寝ちゃってるよ。
誰が寝て誰が起きているのかはわからないが、あたしの頭の中には複数の寝息が響き渡っている。

「あいぼん、のの…おやすみ」
『『Zzzz…』』
あたしは、2人を再び梨華ちゃんの中へ投入する。

『よっすぃー…ごめんね』
2人を中に入れてフタを閉めかけたところで、梨華ちゃんが突然言った。
「起きてたんだ…。でも、何で謝るの?」
『だって、あたしだけこんなやっかいなモノになっちゃって…運ぶのとか大変でしょ?
それに、あたし買うのにローンまで…』
梨華ちゃんの声が、少し涙声になっているような気がした。
梨華ちゃん、そんなコト気にして…。

「そんなの…ぜんぜんオッケーだよ。やっかいなんかじゃないし、運ぶのだって電器屋さんがやっちゃえばすぐだし、
ローンは…こういう時のためにお年玉貯めてあるから、ぜんぜん大丈夫だしそれに…」
だから気にしないで、って言いたいんだけど、言葉がまとまらなくて上手く言えない。
慌てるあたしの様子がおかしかったのか、涙声だった梨華ちゃんが少しだけ笑った。

「だからさ…気にすることないよ」
彼女が笑ってくれたコトに安心したせいか、言いたかった言葉が自然と口をついて出る。

『ありがとう…よっすぃー』
「いいってば…明日早いし、もう寝よ?」
『うん…おやすみ』

「おやすみ」
あたしは、梨華ちゃんの閉じかけていたフタをゆっくりと閉めた。
おやすみ、梨華ちゃん…。

『Zzzz…』『Zzzzzz…』
すでに熟睡中の保田さんと安倍さんの電源を落とすと、あたしは部屋の電気を消してベッドに潜り込んだ。

『よっすぃー、よっすぃー……ねぇ起きてる?』
「ん……何ですか?」

ベッドの中で明日のコトを一通り考えて、ようやく眠りにつこうとしていた矢先、矢口さんに起こされる。
枕元の時計を見ると…AM2:00。
もぅ、カンベンしてよぉ…やっと寝始めたトコだったのに。

『あのさ…古今東西やろーよ』
「…はあ?」

あたしは自分の耳(正確には頭の中)を疑った。
古今東西、って言ったよな…。
矢口さんの声は、あたしにだけ聞こえるぐらいの小さな声だったけど…確かにそう聞こえた。
こんな時にまで…自分が置かれてる状況ってモノが全然わかってないんだから、このヒトは。

「矢口さん…あたし、ホントに怒りますよ?」
『古今東西、よっすぃーがいちばん大好きなヒトの名前』
また勝手にお題発表して…って、えーっ!?

「ココで…言うんですか?」
『矢口はちゃんと言ったよ?次はよっすぃーの番』
「だって…」
『大丈夫、みんなもう寝てるよ』
そりゃそうかも知れないけど、別に今じゃなくたって…。

『10秒以内に言わなきゃ、よっすぃーの負けだからね。罰ゲームは1年間ベーグル禁止』
「えーっ…」
『10・9・8・7』
げ…ホントにカウントダウン始めてるし。

「…矢口真里」
言っちゃった…。

『あのー、下に住んでる者なんですけどね…やかましくて寝られへんのですわ』
この声は…。

『うそ!?裕ちゃん、起きてたの!?』
うわああああ、だから嫌だったんだよぉーーー!!

『いっやー、寝られへんから読書しとったら…ええモン聞かしてもろたわー』
『サイッテー!!そんな本読みながら盗み聞きしないでよね!?』
どんな本でも関係ないよ…聞かれてたコトが問題だと思うんですけど。

『2人とも安心しぃって。さっきの会話は…裕ちゃんの心のマイクロカセットにしまっといたからな』
『何、キレイにまとめてんだよ!?』
キレイにまとまってるか…?

『いつでも再生可能やけどな』
『ダメじゃん!!』
もう、どうでも良くなってきた…。

「おやすみなさい」

とにかく寝よう。
明日は、大事な日なんだから。
明日は、あたしがしっかりしなきゃいけないんだから。

『よっすぃー、よっすぃー。朝だよ、起きて。………』
「だぁーっ!起きてます、起きてますから!!」

矢口さんがいつもの通り大声であたしの名前を呼ぼうと深呼吸したところで、あたしは目が覚めた。
アレやられると、しばらくは余韻で頭がガンガンしてるから…先に起きれて良かった。
でも、こうやって矢口さんに起こしてもらうのも今日で最後になるかも知れないと思うと…少し寂しい。

他のみんなはもうとっくに起きていて…あたしが一番最後だったみたい。
あたしは、起きるとすぐに保田さん(ノートパソコン)と安倍さん(家庭用ゲーム機)の電源を入れた。
2人とも運び出すときにはもちろん電源切らなきゃいけないから、家を出る直前までは自由に喋れるようにしといてあげなきゃね。

「梨華ちゃんの中みたく冷えてないけど、ガマンしてね」
『『うん!!』』
あたしは、氷をいっぱい詰めたクーラーボックスにあいぼん(冷凍たこ焼き)とのの(アロエヨーグルト)を入れる。

『よっすぃー、冷えてへんのはええねんけど…』
『うぅ…魚くさいよぉ』
「ごめん、ガマンして…」
お父さんが釣りに使ってるヤツだから…脱臭剤入れといたんだけど、あまり効果は無かったようだ。

「ひとみー、電器屋さん来たわよー!!」
下からお母さんの呼ぶ声。

「今行くー!!」

トラックの荷台に梨華ちゃん(業務用冷蔵庫)を積み込み、あたしたちはいざコンサート会場へ向けて出発。
あたしは他のみんなと一緒に、トラックの助手席に座っている。

『でも、いざ元に戻れるとなると…何だか寂しい気もするね』
どうしたんですか…まさか飯田さんの口からそんな言葉が聞けるとは。

『カオ、昨日は一日中考えてたんだ。あのコンパスはどこに行っちゃったんだろうって…』
この人の話は、次の展開が全く予測できない。

『カオリが小学生の時…コンパスを分解して遊んでたのね、休み時間に。そしたら鉛筆の芯みたいのを
挟む部分のネジがどっか行っちゃって、いくら捜しても見つからないまま掃除の時間になっちゃってさ…。
結局、鉛筆の芯みたいのを挟めなくなったコンパスなんて、もうコンパスじゃないワケじゃん?コンパス
としての役割を果たせなくなった役立たずのコンパスには、もう捨てられるしか道はなくてさ…。
カオリ、あっさり捨てちゃったの。小さなネジを一本失っただけで、コンパスはコンパスごと全部、捨て
られちゃったんだ…』

途中で寝てしまいそうなぐらい長々と…結局のところ何が言いたいんだろうか、このヒトは。

『で、一日中考えてわかったんだよね。いかにネジが貴重で尊い存在だったかってコトが』

え…結局そこに落ち着くワケ?
あのコンパスはどこに行っちゃったのか、って話じゃなかったの?
どこ行っちゃったんだよ、コンパスは…。

『矢口も昨日の夜…いろいろ考えててさ。笑い袋の生き方って、あたしたちの仕事に通じるものがあるなぁって思ったんだよね』
笑い袋の生き方…?大丈夫ですか、矢口さん…。

『笑い袋ってさ、自分はちっともおかしくないのにただひたすら笑ってんじゃん?誰かを楽しませるために、おかしくなくても笑ってるの。
ホントはそんな気分じゃなくても、楽しそうに笑ってなきゃいけないの…だってそれが仕事だから』
矢口さん、自分が笑い袋であるコトに誇りを持ち始めてる…。

『最近は、やれビデオやDVDやって言うてるけど…やっぱり紙の温かみっちゅーかなぁ。古いモンにもええトコはいっぱいあるモンやで』
ついには中澤さんまでもが、自分(エ○本)の素晴らしさを語り始めてしまった。

みんな……目を覚ませ。

「はあ!?遅れるって…それどういうこと!?」
あたしの話を聞いて、マネージャーさんが驚きの声を上げる。
しかもちょっと怒ってるし…あー、胃が痛い。

「本当にあの子達の行き先知らないの!?嘘ついてんじゃないでしょうね!?」
当然のコトながら、きつく問い詰められる。

「よくわかんないんですけど…なんか中澤さんが、みんなに集合かけてたみたいで…」
「中澤が!?まったく何考えてんのよ、あいつは!!」
あたしは、すかさず中澤さんに責任を擦り付ける。
彼女たちはまだトラックの中だから、今なら何だって言いたい放題。
昨日まであんなに苦労させられたんだ…これぐらいのウソ、神様だってきっと許してくれるはず。

「リハーサルどうすんのよ!?最悪、本番までにはちゃんと来るんでしょうね!?」
せっかく中澤さんのせいにしたのに…本人が不在のため、怒りの矛先は全てあたしに向けられる。

「大丈夫です!!もし間に合わなかったら…その時はあたし1人で何とかしますから!!」
言ってやった…ちょっとカッコ良くない?あたしって。

「はあ!?無理に決まってるでしょ!?縁起でもないコト言わないでよ!!」
縁起でもない、って…それちょっとヒドくないですか?

でも、その『縁起でもないコト』が、これから現実のモノになるんですよ…。

「ちょっと吉澤!!いったいどうなってんのよ!?まだ来ないの!?」
開演30分前。
マネージャーさんは、さっきからあたしのいる楽屋と外を行ったり来たり。
戻ってくるたびに、少しずつ怒りのボルテージが上がってるような気がする。

そろそろ言わなきゃな…鏡に向かってたあたしは、意を決して立ち上がった。
「あの…さっき、中澤さんから電話ありました。絶対コンサートには間に合うように来る、って」
ってのはもちろん、ウソだけど…実際は、みんな会場の外にとめてあるトラックの中で待機中。

「それホントなの!?どこにいるのよ!?どれくらいで来れるって!?」
「だから、先に始めといてくれって…」
あたしは彼女の質問には答えずに本題に入る。
とにかく、コンサートを始めないコトにはみんな元に戻れないんだから。
やったところで元に戻れる保証は無いけど、何もやらないよりは全然いい。

「先に始めるって、1人じゃ無理に決まってるでしょ!?何バカなこと…」
「お願いします!!絶対にみんな来ますから…やらせて下さい!!」
「あんたねー……」

「あたし、やりたいんです!!やらせて下さい!!やらせて下さい!!やらせて下さーーいっっ!!!」
「あんたねー……」

こうなったら…やらせてくれるまで騒ぎ続けるからな。

「お願いします」

あたしは、ステージそでで待機する電器屋さんたち(2名)に小声で合図。
あたしの合図を受け取ると、2人は驚くほどの早業でステージ中央に梨華ちゃん(業務用冷蔵庫)を運び込んだ。
さすがプロ、手際が違う。

梨華ちゃんの上には保田さん(ノートパソコン)、安倍さん(家庭用ゲーム機)の、電化製品チーム。
持ち運びの簡単な他のメンバーは、あたしが手に持ってステージ上に運び込む。

あれからひたすらダダをこねまくるコト約10分。
何かに取り憑かれたかのように『ヤラセテクダサイ』を繰り返すあたしに、スタッフさんたちも半ばあきれ顔で
渋々承知してくれた。
開始直前、照明が全て落ちた隙を見計らって…あたしはみんなをステージ上に運び入れた、ってワケ。

『吉澤…』

みんなをそれぞれの場所に配置して、最後に中澤さん(エ○本)を梨華ちゃん(業務用冷蔵庫)の後ろに隠そうとした時、
あたしは中澤さんからのテレパシーを受信。
その声は、あたしにだけ聞こえるぐらいの小さなボリューム。

「何ですか…?」
つられてあたしも小声になる。

『いろいろ、迷惑かけたな…かんにんやで』
「えっ」

『よっしゃ!!気合入れて行くでぇ!!』
「……はい!!」

思いがけない中澤さんの言葉に、不覚にもあたしは…ちょっとだけ感動していた。
あたし、ぜんぜん迷惑なんて思ってない…今はただ、みんなが元の姿に戻れれば、それでいいんだ。
だから……

「がんばっていきま…っしょい!!!」

そして、イントロが流れ始める。

一斉に照明があがって、ステージ上のあたしたちを照らす。

こうしてあたしたちのコンサートは、幕をあけた。

会場のお客さんたちはステージ上のあたしとみんな(モノたち)を見て、戸惑ったような表情を浮かべている。
客席から見たら、ステージに立っているのは吉澤ひとみだけなんだから、当然の反応なんだけど。

それでもあたしは、構わずに歌いつづけた。
今ココに立っているあたしは、1人だけど1人じゃない。
今ココで歌っているあたしは、1人だけど1人じゃないんだ。

物言わぬモノたちが奏でるメロディー。
でも、あたしにはちゃんと聞こえてるよ…みんなの声。

ごっちん…わかったよ、あたし。
本当に大切なヒトたちとは…逢えなくても、ちゃんと心でつながってるんだね。
顔が見えなくても、声が聞こえなくても、どんなにはなれていたって、きっと…。
欲しかったモノは、はじめからあたしの心の中にあったんだ。

神様。あたしはもう、願い事なんかしません。

だから最後にもうひとつだけ。

どうかみんなを、元のみんなに戻してください……。


「みんなー!!行っくよぉーーっ!!」

テレパシーじゃない、その声に気付いた次の瞬間、あたしの目の前には…ごっちんがいた。
ごっちんだけじゃない、いつの間にか他のみんなも、ステージ上を思いっきり飛び回ってる。

みんな…戻れたんだ。
本当に楽しそうに歌っているみんなの姿を横目で見ながら…あたしはしばらく幸せな気分に浸っていた。
そしてようやく冷静さを取り戻したあたしは、あるコトに気が付いた。

みんな…パジャマだ。
きっと、モノになる前日の夜に寝た時のカッコのまま、元に戻ったせいだろう。
パジャマで裸足というナメた格好で、みんなはステージの上を駆け回っている。
っていうか中澤さん、アダルトなネグリジェからなんか透けてますよーーーっ!!

だけど、ホントにホントに楽しいから…まいっか。

「よっすぃー、行こ!!」
矢口さんの声に、ゆっくりと頷く。
差し出された手を取って、あたしたちは駆け出した…。

また、あえたんだね。みんな。
つないだ右手があったかいのが、なによりの証拠。

「いっやー、吉澤!!どうなってんだよ、アレ!!いつの間にあんな仕掛け用意してたんだよ!?」
無事にステージも終わり、ホッとしたのも束の間…戻るなりスタッフさんたちからの質問攻め。

曲の途中、ステージから紙吹雪が発射された瞬間にみんなは人間に戻ったらしい。
大量の紙吹雪が目くらましになって、戻った瞬間は誰も目撃していないとのこと。

「あの…サ、サーカスの人たちにお願いしたんですよ!!スゴイ仕掛けだったでしょ?」
とっさに思いついたんだけど…かなり無理な言い訳だよなぁ。
「えっ、ウソ!?あの人たち、運送屋じゃないの!?サーカス団の人だったんだ!?」
「ええ…まあ」
電器屋さんたち…ゴメンナサイ。

「お疲れ様でした!!」
これ以上突っ込まれるとあっさりボロが出そうなので、あたしは逃げるように楽屋へと戻った。

「あっ、よっすぃー!!」
楽屋のドアを開けると、目の前に矢口さんが立っていた。
3日ぶりに見る、人間の姿をした矢口さん。
その後ろには、他のみんなの姿もある。
ひとりひとりの顔を見ながらあたしは、あらためてみんなが元に戻ったのだというコトを実感した。

中へ入って入口のドアを閉めると、突然メンバー全員があたしの前に立ちはだかった。
そして、あたしの真ん前に横一列に並ぶ。
何なんだ、一体…?

「ホラ…裕ちゃん!!」
列の真ん中に立っていた中澤さんが、隣の矢口さんに背中を叩かれて少し前に進み出る。

「あんな…吉澤。その、なんや……ありがとな」
照れくさそうに、人差し指でこめかみのあたりをかきながら言う。
中澤さん…。

「ホラ、あんたらもお礼言い!!」
「「「「「「「「ありがとうございました!!」」」」」」」」
他のみんなが、あたしの目の前で深々と頭を下げる。

ウソでしょ…?
何なんだよ、やめてよ、みんな…そんなコトされたら、あたし……。

「よっすぃー、もぅ…泣かないの!」
矢口さんが優しくアタマをなでてくれるから…余計、あたしの涙は止まらない。

だって…ずるいですよ。
さんざん迷惑かけたクセに、ぜんぜん言うコト聞かなかったクセに…。

「っく…っ、みんなっ…みんな遊んでばっかでっ…っ、戻る方法とか、ぜんぜん考えて…くれないしっ…っ」
一度泣き出したら、止まらなくなってしまった。
自分でも気付かなかったケド…あたし、ずっとずっとガマンしてたんだ。

「っ…中澤さんはっ、袋とじっ…破けとか言うし、グラビアのっ…顔だけあたしとっ…っ、すげかえるとかウソつくしっ…」
涙も止まらなかったけど、心に溜まってた不満はもっと止まらない。

「おいおい…あたしのコトばっかりかいな」
あー…泣いたらすっきりした。

「よっすぃー…ゴメンな?ウチら、ずっと寝てばっかしで」
「ゴメンね、よっすぃー。ずっと、こおってて…」
あいぼん、のの…もういいんだよ。

「いいよ…もう気にしてないし。それに、あたしがあんな願い事しなければ…こんなコトにはならかったかも知れないんだし」

「えっ……」
あたしの言葉に、目の前の矢口さんが突然固まった。
その表情からは、さっきまでの笑顔が完全に消えてる。

「願い事、って…何のコト?」
眉間にシワを寄せ、鋭い表情で安倍さんが言う。

あれ?
あたし、言ってませんでしたっけ…。
だとすると、もしかしてあたし…かなり余計なコト言っちゃいました?

「いや、あの…何でもないんで。気にしないでくださ…」
「ああ…そう言えば言ってたねー。みんなといつも一緒にいたい、って…夢の中でよっすぃー言ってたじゃん」
ごっちん、今頃そんなコト思い出さなくていいよ…。

「ふーん、いつも一緒に、ねぇ…」
もとから大きな飯田さんの目が、さらに大きく見開かれる。

「あっ、でもその後でさー、もう一緒にいたくないとか言ってたよね…。どっちなんだよーとか思ったモン、後藤」
こらーっ!!ごっちぃぃぃぃぃぃぃーーーん!!!

「あんたね…一緒にいたいの!?いたくないの!?どっちなのよ!!っていうかどっちでも許さないケドさ!!」
怒りに震える保田さんの表情は、今まで見てきた彼女のどんな顔よりも恐ろしくて…あたしはその場で硬直した。

「いや…いたいよーな、いたくないよーな…」
いつの間にか、あたしの前に横一列に並んでいたはずのみんなが…あたしの周りを取り囲んでいる。

「何だよそれ!!この優柔不断!!バカ!!スケベ!!」
矢口さん、優柔不断なのは認めますけど、後のは何を根拠に…。

「ひどいっ!ずっと黙ってたけど…よっすぃーがあたしのコトほったらかしにしてた間に、よっすぃーのお母さんが、
お母さんが…あたしの中で鮭を…ずっと鮭を冷やしてたのっっ!!うっ…うぅっ…」
あーあ、きっと台所の冷蔵庫が一杯だったんだろうな…っていうか、梨華ちゃんも言ってくれればいいのに。

「えっ!?そうやったん!?ウチら寝ててぜんっぜん気付かへんかったわ…」
「りかちゃん、かわいそう…よっすぃー、ひどいよ!!」
えへへへ…もぅ、どーでもいいやぁ。
そう言えば、朝ゴハンに鮭が出たコトあったよなぁ…薄れゆく意識の中であたしは、ボンヤリとそんなコトを考えていた。

「結局あれやな…石川がシャケ冷やさせられたんも、あたしが3日間エ○本読まされ続けたんも、ぜんぶひっくるめて
吉澤のせいやったっちゅーことやな」

あたしを囲んでいたみんなが、さらににじり寄ってくる。
逃げられないと知りつつも、あたしは背後へ後ずさり。
一歩、また一歩、あたしとみんなの距離は少しずつゆっくりと縮まっていく。

背中に、ひんやりとした硬い感触を感じて、あたしの足が止まる。
もう、これ以上は逃げられない。
ついに壁際にまで追い詰められてしまった。

「よっすぃー…わかってるよね?」
矢口さんが、あたしを見上げると静かに言った。
何だろう…ツアー中の買出し係は確実として、あとは…なにかなー…楽しみだなぁ…ははっ…。

素朴な疑問。
どうしてあたしばかりがこんな目に?。
あたしが一体、なにをした…?


神様。あたしはもう、願い事なんかしません。

だから最後の最後にもうひとつだけ。

「誰か…たすけてーーーーーーーーーっっ!!!」

<END>

「吉澤ぁ……騒いでもムダやで」