ときめけ、梨華ちゃん!ドキドキして、よっすぃー!!
<ROUND−1> FIGHT!!
「やった!また梨華ちゃんの負けー!!」
「もーっ!さっきからよっすぃーばっかり!!ぜったい何かズルしてるでしょ!?」
梨華ちゃんが怒りにまかせて乱暴に放り投げたコントローラーが、床に当たって硬い音を立てる。
「ズルって…やりようがないじゃん。梨華ちゃんがヨワすぎんだよ」
「もーっ!」
「わかった!梨華ちゃんが弱いんじゃなくて、あたしが強すぎるんだよね。
うん、そーゆーコトにしといてあ・げ・る」
「もぉーーっ!!」
拳を握り締めて悔しがる梨華ちゃん。
ああ、なんて気持ちイイんだぁー……すっごくいいストレス解消になったなぁ。うん。
「よっすぃーもちょっとは手加減してやんなよ…っていうかよく覚えられるね、こんなの。
技1コ出すだけで指つりそーだわ」
ベッドに寝転んでくつろいでいる保田さんはヒマなのか、さっきからゲームの説明書を
読みながら独り言を繰り返している。
「手加減なんかされて勝ったって、うれしくないですっ!!」
保田さんの何気ない一言が、梨華ちゃんの怒りをさらに煽ってしまった。
コンサートツアーの宿泊先であるホテルの一室。
夕食を済ませたあたしたちは、各自自分の部屋に戻ってくつろいでいたんだけど…
結局みんなヒマを持て余して誰かの部屋に身を寄せるっていつものパターン。
あたしの部屋にはいつものように梨華ちゃんと、こちらはめずらしく保田さんが遊びに来ていた。
『アタシは見てるだけでいい』という保田さんのお言葉に甘えて備え付けゲーム機の数種類のソフトから
格闘ゲームをチョイス、激ヨワなくせに負けず嫌いの梨華ちゃんをてきとーにカモるコト2時間。
弟たち相手に鍛え上げられた技を遺憾なく発揮するご近所イチの格闘家よっすぃーに対して
やる気だけは宇宙イチの梨華ちゃんは未だ、一勝もあげられずにいた。
「ずるいよ、よっすぃー!だってそのおじいちゃん、強すぎるんだもん!!」
ベッドに腰掛けていた梨華ちゃんは立ち上がると、あろうことかあたしのキャラ選択にまで
クレームをつけ始めた。
「はあっ!?何だよそれ!キャラ換えて欲しいんだったら、そう言えばいいじゃん!!」
梨華ちゃんに続き、あたしも立ち上がって猛抗議。
目の前に立つ彼女を上から睨み付ける。
「だってよっすぃー、すぐボタン押しちゃうんだもん!言うヒマなんかないよっ!!」
「なにそれ…バカじゃないの?」
自分だってチャイナドレスの女の子ばっか使ってたくせに…別におじいちゃんに
こだわらなくても、他のキャラでやってみればよかったのに。
「でも石川、ずっと同じのばっかり選んでなかった?」
「そうだけど、でも!このコはこのコで良いんです、身軽だし!
だけどよっすぃーのおじいちゃんは身軽なのに強いの!!強すぎるの!!」
「なんだよ、それー」
べつに、『あたしの』おじいちゃんじゃないんだけど…。
「あー、確かに石川のは身軽だけど攻撃力低いもんね」
「でしょ!?そうですよね!ほら!!」
保田さんに同意を得たコトで勢いづいた梨華ちゃんは、鼻息も荒くあたしに迫ってくる。
「だからー、そんなの言わなきゃわかんないでしょ?言ってくれれば換えてあげたのにさ」
「言わなくたって普通は換えてくれるよ!よっすぃー、やさしくない!!」
「なにそれ!?ワケわかんないよ!!」
梨華ちゃんの勝手な言い分に、自然と語気も荒くなる。
「……もういい」
あたしから視線を逸らして呟いた梨華ちゃんの横顔は氷のように冷たくて、背筋が凍りついた。びっくりした。
「あっ、ちょっと!」
そして彼女はスタスタとあたしの前を横切ると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
乱暴に開け放たれたドアがゆっくりと戻ってくる様子を、あたしと保田さんはただ呆然と眺めていた。
「アンタたちさー、くだんないことでケンカしてんじゃないよ」
「なんで!?だって悪いの梨華ちゃんじゃないですかー!」
「まぁ、確かに言ってることムチャクチャだったけど…よっぽど悔しかったんじゃないの?あの子、負けず嫌いだし」
保田さんはまるで他人事のように(他人事だけど)素っ気無い口調でそう言うと、ベッドに寝転んだまま
再びゲームの説明書を読み始めた。
「だって…」
でも、やっぱ調子に乗りすぎたかなぁ…弱すぎる梨華ちゃんをからかったコト、ちょっとだけ反省したりして。
「なに、コレ……いや、まさかね」
静かな部屋で、説明書を読みふけっていた保田さんがぽつりと呟く。
「どうしたんですか?」
独り言のようだったが、その意味深な口調が妙に気にかかった。
「ううん、何でもない。さてと、アタシもそろそろ戻るわ」
「えーっ、もう帰っちゃうんですかぁ?」
「明日早いしね。じゃ、おやすみ」
梨華ちゃんも保田さんも出て行ってしまって、広い部屋にはあたし一人だけ。
ベッドに腰掛けて、ふと梨華ちゃんが投げ出したコントローラーに目を遣る。
やっぱり、ちょっとやりすぎたかなぁ…梨華ちゃん、すっごいくやしそうだったし。
一人になって考えれば考えるほど、彼女をからかったコトへの罪悪感が重くのしかかってくる。
『今度は、梨華ちゃんがおじいちゃん使っていいよ』
勇気を出して、隣の部屋にいるはずの梨華ちゃんへ送信する。
「あっ、来た来た」
それから数分後、あたしの元へ梨華ちゃんからのメールが届いた。
それにしても、そっこーで返してきたなぁ…やっぱり向こうも、仲直りのきっかけを探してたんだねっ!
『もう、よっすぃーとは遊ばない』
梨華ちゃん………。
小学生じゃ、ないんだからさ…。
―――
「あ、おはよーございまーす」
「ああ、オハヨ」
翌朝、ドアを開けると向かいの部屋から出てきた保田さんとバッタリ。
「どうなったの?あれから。石川と仲直りした?」
「ああ…。えっとぉ…」
あまり心配している風でもない口調の保田さんに、あたしは歯切れの悪い返事。
大人気ない梨華ちゃんの態度(『もう、よっすぃーとは遊ばない』)に仲直りする気力もすっかり
失せてしまったあたしは、あれから彼女への返事を返すコトなくすぐに寝てしまったのだった。
「あっ!よっすぃー…」
ドアの前でまごついていると、間の悪いコトに隣の部屋から問題のケンカ相手が登場してしまった。
「梨華ちゃん…あの、おはよう」
まだ怒っているのか梨華ちゃんはあたしのあいさつには応えず、その場に突っ立ったまま下を向いてしまった。
あたしは気まずくなって、すがるような目で保田さんに救いを求める。
すると保田さんは親ライオンのような厳しい視線を送り返してきた後、素早く首を横に振って『GO!』のサイン。
えーっ、『謝れ』ってコトですか?あたしがー?
「あのさ、梨華ちゃん。昨日は……ゴメン、ね?」
なんとなく納得はいかなかったが、あたしは保田さんの指示通り梨華ちゃんに謝罪。
すると下を向いていた梨華ちゃんはしばらく考え込んだ後、ゆっくりと顔を上げた。
「よっす……うっっ!?うううっ!!」
「梨華ちゃん!?」
「石川っ!?」
梨華ちゃんは顔を上げた途端、突然左胸を押さえてうずくまってしまった!!どうしたってんだ、一体!?
「ちょっ…どうしたの!?梨華ちゃん!!だいじょうぶ!?」
あたしはしゃがみ込んで、胸を押さえながら苦しんでいる梨華ちゃんに声をかける。
「石川!?どこが痛いの!?ねぇ!!」
同じく保田さんも梨華ちゃんの傍にしゃがみ込んで、彼女の背中をさすっている。
「…っ、わかっ、わかんない…なんか、胸が、いたっ、痛いの…っ」
その言葉通り梨華ちゃんの右手は、さっきからずっと左胸を押さえたまま。
「どうしよう…梨華ちゃん!ねぇ梨華ちゃん!」
肩に手を置いて彼女の顔を覗き込むと、その表情は苦痛に歪んでいる。
こんな時に、かなりフキンシンだと思うんだけど…ちょっとだけ、『カワイイなぁ…』って思ってしまった。
「はうっ!?うおあああっっ!!」
うがあああああーーーーーっっ!!なっ、なんだこりゃあああああーーーー!?
突然左胸に激痛を感じて、あたしは梨華ちゃんの隣で激しく転がった。
「よっすぃー!?アンタまで、どうしたのよ!?どういうこと!?ねぇ!!どういうことよ!!」
知りませんよ!痛いんですよ、こっちは!!
あまりの痛さに声も出ないあたしは、保田さんの質問に心の中で回答。
梨華ちゃんに続いてあたしまで突然苦しみだしたことに混乱しているのか保田さんは、
廊下でのた打ち回るあたしに対して少々キレ気味の様子。
「よっすぃー…だい、じょうぶ?」
「…うん。あたしも、何か急に胸が」
廊下に転がるあたしの頭上から聞こえたか細い声に答えて起き上がった瞬間、痛みにカラダが凍りつく。
「「…っ!!」」
あたしも、何か急に胸が痛くなって。最後まで言い終える前に、あたしは俯いて左胸を押さえていた。
そしてそれは、目の前にいる梨華ちゃんも同じ。
あたしたちは互いに目が合った瞬間、同時に同じ痛みを感じていた。
「ねぇ、病院行く?二人とも」
「はい……あれっ?痛くない」
あたしたちの傍で仁王立ちしている保田さんを見上げると、不思議なコトにさっきまでの激痛が
ウソのように消えてしまった。
「私も、大丈夫みたい」
隣で同じく保田さんの顔を見上げながら、梨華ちゃんが言った。
「梨華ちゃんも?」
「うん。……うっ!!」
「えっ?ああっ!?痛ってー!!」
まただ、また…梨華ちゃんと目が合った瞬間、あの痛みがあたしの胸に襲い掛かってきた。
「やっぱ、病院行こっか」
「なんだろう…保田さんの顔見ると、すっごい落ち着く」
「私も」
お医者さんより保田さん。そんな気がした。
「おーい、なにやってんの?コントの練習?」
「おっはよー」
廊下の角を曲がって、矢口さんと安倍さんが揃ってやってきた。
「んなワケないでしょーが。なんでコントなのよ」
「んじゃ、お説教とか?」
廊下に座り込む後輩二人を前に、腕組みして仁王立ちする保田さん。
矢口さんの言う通りこの状況は、あたしたちが保田さんにお説教されてるように見えても仕方がないだろう。
「やぐ…うっ!」
こちらへ近付いてきた矢口さんの顔を見るなり、またもやあたしの左胸が疼く。
しかしそれはさっきまでの激しい痛みとは違って、軽めのモノ。ジャブってカンジ?
「痛いの!?」
「ちょっとだけ」
あたしは頭上から心配してくれる保田さんの顔を見上げて、痛みを和らげる。
「よっすぃー、なっちはどう?」
「あっ」
保田さんに促されて、矢口さんの隣に立つ安倍さんの顔を見上げると…あたしの左胸が、ぴくりと反応した。
「痛い?」
「チク、ってカンジ」
梨華ちゃん>矢口さん>安倍さん … >(痛くないので圏外)保田さん。
目が合った瞬間に感じる痛みの度合いを図式で表すならば、こんなカンジ。
「アタシにだけ反応なし、か…。何だかよくわかんないけど、おもしろくないわね。直感的に」
腕組みした保田さんに上からギロリと睨みつけられても…あたしの左胸は、ぴくりとも反応しなかった。
「あのぉ…私、全然痛くならないんですけど」
「石川は、よっすぃーにだけ反応、か…。何なのよ、一体………ん?ちょっと待って、まさかっ!!」
あたしたち二人を襲った原因不明の病について何か思い当たるコトがあったのか、保田さんは
突然後ろへ振り返ると自分の部屋のカギを開け中へ入っていった。
「みんなも入って」
一旦閉まりかけたドアが再び開いて中から現れた保田さんが、呆気にとられるあたしたちに手招きする。
あたしは梨華ちゃんと目を合わせないように下を向いたまま立ち上がると、安倍さん、矢口さんの後ろに
続いて部屋の中へ入る。
「きゃっ!」
「梨華ちゃん!?」
「見ないで!!」
すぐ後ろから聞こえた小さな悲鳴に思わず振り返りそうになったあたしは、悲鳴を上げた張本人に
厳しく制されてその場に固まった。
「大丈夫、ちょっと転んだだけだから」
「…そっか」
また、何も無いところでつまづいたんだろうか…相変わらずだなぁ。
でも、そーゆートコは、嫌いじゃない。
「うっっ!!」
「よっすぃー?」
「また…もーっ、なにコレ!!」
痛みは、やり場のない怒りに変わる。
しかも今のは目が合うどころか、あたしは梨華ちゃんの横顔すら見ていないのに…なぜだろう?
この痛みは、誰かと視線を交わすコトが原因ではなかったのか…いや、そもそもそんな病気自体
この世に存在するハズはないのだけど。
「もしもし?あの、ちょっとお尋ねしたいんですけど…」
部屋の隅で深呼吸を繰り返し、何とか痛みから解放されたあたしは…ベッドに腰掛けて誰かと
電話で話している保田さんの姿に気付いた。
「説明書読んで……そうです。はい、たぶん…2時間以上」
保田さん、誰と話してるんだろう…?
「そうなんですよぉ。すっごい脈が速くなるみたいなカンジでぇ、ドキドキしてきて、すっごい痛くなるんです」
「うっそぉー、恐いねぇ。なんだろね、それ。ねぇ?矢口」
「うーん、ってゆーか圭ちゃんは一体ドコに電話してんだろうね」
あたしが痛みから解放されるまでの間、梨華ちゃんが事態を全く把握していない矢口さんと安倍さんの
二人に事情を説明してくれていたみたい。
「ん?なに?コレ、読めってコト?」
保田さんが頷きながら矢口さんに手渡したモノは、あたしにも見覚えがあった。
それは昨日の夜、保田さんがあたしの部屋で読んでいた…格闘ゲームの説明書。
「えーっと、なになに…」
矢口さんは、保田さんが手渡した時に開いていたページを指で辿っている。
「なに?何て書いてあんの?矢口」
すぐ傍に立っていた安倍さんと梨華ちゃんが、矢口さんの手元を覗き込む。
あたしはみんなから少し離れた場所で、その様子を見守っていた。
「注意!このゲームは、対戦モードで同じ人と2時間以上プレイしないで下さい。
万が一、プレイ時間が2時間を超えてしまった場合は、サポートセンターまでお問い合わせ下さい」
「「「は?」」」
あたしには、矢口さんが読み上げた注意書きの意味が理解できなかった。
どうやら安倍さんと梨華ちゃんも同じく理解不能だったらしい。
確かにゲームのやりすぎはカラダに良くないし、1時間以上やっちゃダメってのはよく聞くけど…
『同じ人と』2時間以上プレイしないで下さい、ってのはどういうコトだ???
「で。ヤったの?2時間以上」
矢口さんに尋ねられて、昨夜の梨華ちゃんとのプレイ時間について考えてみる。
「…やっちゃったかも」
梨華ちゃんをカモり始めてから彼女が怒って部屋を出て行くまでの間、それは確実に2時間を超えていた。
というコトは保田さんの電話の相手は、説明書にあるサポートセンターの人に違いない。
ふと、梨華ちゃんの方へ目をやると…昨夜の屈辱のバトルを思い出しているのか、その表情は険しい。
『左胸の激痛騒ぎ』でうやむやになっちゃってたけどやっぱり昨日のコト、まだ怒ってるみたい。
「わかったよ、原因」
電話を終えて受話器を置くとすぐに、保田さんが言った。
それにしても、『原因』って一体…何の?
「だから、アンタたちのその痛みの原因だよ」
あたしが尋ねると、保田さんの口からは予想もしなかった答えが返ってきた。
「えっ?えっ?それとコレと、何の関係があるんですか?えっ?なに?なんで?」
コレって病気じゃないの?
病気のコトについて聞くならお医者さんじゃないの?
「うるさいなー、黙って聞きなさいよ」
あたしの疑問は、保田さんの一言で切り捨てられた。
「二人とも安心して。コレは病気じゃなくて、呪いだから」
「あのさ、圭ちゃん…それは、安心していいコトなのかな」
安倍さんに言われなければ、うっかり安心してしまうところだった。
「サポートセンターの人によるとね、出荷した後に発覚したらしいんだけど…アンタたちが
昨夜やってたゲーム、製作時に誤って呪いが混入しちゃったんだって」
「圭ちゃん…。何かそれ、日本語オカシくない?呪いが『混入』って…虫とか菌とかだったら
わかるんだけどさ」
矢口さんに言われなければ、うっかり納得してしまうところだった。
「二人とも、茶々入れないで。こっちはマジメに説明してんだから」
「いや、茶々ってゆーかさ…」
何か言いかけた矢口さんだったが、保田さんに鋭く睨まれて口をつぐんでしまった。
「何度も言うけど、コレは『呪い』なの。ある、恋人同士だった二人の怨念が生んだ呪い」
「うわぁ…なんか恐そうだね」
恐そうな話に身震いする安倍さんは、保田さんに睨まれてますます怯えてしまった。
「二人は、このゲームの開発チームに所属してたのね」
保田さんは、問題の『呪い』について真剣な表情で語り始めた。
「迫る発売日。地獄のスケジュール。昼も夜もなく閉ざされた部屋。徹夜作業。夜食の買出し。真夜中のコンビニ。
そんな殺伐とした開発ルームで彼が見つけた一筋の光、それが彼女。そして彼女も彼を。そんな二人が恋に落ちた。
これってすごく自然な流れよね…ねぇ、そう思わない?みんな」
映画のCMのような語りに続いて、うっとりとした表情であたしたち一人一人の顔を順番に確認していく保田さん。
もしかしたらあたしたちではなくこの人こそ、何かに呪われてしまったんじゃないだろうか。
「それからというもの、開発ルームでの二人は人もうらやむほどのラブラブっぷりだったんだって。
実際、お互いが気になって全く仕事が手につかなくなってしまった二人を他のスタッフたちもうらやんでたらしいよ」
「圭ちゃん、しっかりして。それは『羨んでた』んじゃなくて、恨んでたんじゃないの?似てるけどエライ違いだよ?」
矢口さんの指摘も、夢見る保田さんの耳には全く届いていない様子。
「ねぇ。恋人同士『だった』二人の呪い、って言ったよね?」
安倍さんの問いに、保田さんは黙って頷いた。
「恋人『だった』ってコトはさ、今は違うってコトだよね?まさか、どっちかが事故で…とか?」
安倍さんは緊張した面持ちで、『呪い』の核心に迫るような質問を切り出した。
「うそ…やだ!めっちゃコワイって、それ!!」
そして怪談話が苦手な矢口さんは、保田さんの答えを待たず必要以上に騒ぎ始めた。
「二人はとっても幸せだよ?今でもね」
「じゃあ、どうして呪いなんかかけちゃったんですか?幸せなら、必要ないですよね?」
あたしも矢口さんも安倍さんも、梨華ちゃんの言葉に同意して大きく頷いた。
「最初はアタシも、そう思ったんだよね。サポートセンターの人の話だと、開発も大詰めに入って
みんなが徹夜でデバッグ作業に追われてた時、海外で式挙げちゃったぐらい幸せだったらしいし。
しかもその後、仕事放ったらかして二週間かけて世界中を回ったって」
恋人同士『だった』二人は、晴れて夫婦になったってワケか…。
「圭ちゃん、それはさ…恋人同士だった二人の呪いじゃないよ。
二人に仕事押し付けられた同僚たちの呪いだと思うんだけど、矢口間違ってるかな?」
少なくともあたしは、矢口さんの言う通りだと思った。
「だからね。最初はそうだと思ったのよ、アタシも。でも、そうじゃなかったんだよね」
「まだ続くのかよ…」
ウンザリした表情で、矢口さんが呟く。
「開発中、目に余る二人の行動にキレたチームリーダーが二人に言ったんだって。
『お前たち、2時間でいい。1日に2時間だけでいいから…イチャつくのを止めろ』って」
「「「「え…」」」」
――このゲームは、対戦モードで同じ人と2時間以上プレイしないで下さい。
「ここには『同じ人と』って書いてあるけど、厳密に言うとちょっと違うみたい。
互いに強く惹かれ合う者同士が続けて2時間以上プレイした場合、運悪く呪われることがあるんだって。
だから親子とか兄弟で呪われたって事例は、まだ1件もないらしいよ?」
――このゲームは、対戦モードで互いに強く惹かれ合っている人と2時間以上プレイしないで下さい。
心の中で注意書きを訂正して、そして、反芻する。
『互いに強く惹かれ合っている人と』
あたしと、梨華ちゃんは。
『2時間以上プレイしないで下さい』
2時間以上、してしまった。
そして、運悪く呪われてしまった。
と、いうコトは。
「呪いにかかった人はね。ときめきが、つまりドキドキするカンジっつーやつ?
ホラ、『胸が痛い』ってよく言うでしょ?アレが現実の痛みとなって、襲い掛かってくるらしいんだよね」
あたしと梨華ちゃんは、互いに強く惹かれ合っている。
呪いにかかったってコトは、つまりはそーゆーコト?
「……っ!」
二人していっしょに呪われた梨華ちゃんのコトを意識した瞬間、あたしの左胸に激痛が走った。
痛みに耐えつつ顔を上げると、梨華ちゃんも右手であたしと同じ場所を押さえている。
「さんざん周りに迷惑かけといて、2時間ガマンさせられたからって呪いまで…サイテーなカップルだよね」
心底呆れたような口調で、矢口さんが言う。
「ねぇ、圭ちゃん。何か方法ないの?このままじゃ、二人が可哀相だよ」
「大丈夫。ちゃんと聞いてあるから」
安倍さんの問いに、胸を張って答える保田さん。
「「…うっ!!」」
保田さんの言葉にホッとしたあたしたちはうっかり目を合わせてしまい、激しい痛みに襲われる。
「それにしても、アンタたち…常にお互いトキメキまくってたんだね。苦しみすぎだよ」
そんなコトはどーでもいいんで、早く呪いを解く方法を教えてください。
痛さで声も出ないあたしは、心の声で懇願する。
「呪いを解く方法は、このゲームと同じ。3ラウンド戦って先に2回勝った方の勝ちなんだけど…
どっちが勝ってもとにかく1ゲーム戦っちゃえば呪いも消えてなくなるらしいから」
「勝ち、って…何が『勝ち』なの?まさか、ホントに戦うんじゃ…」
安倍さんの言葉に、背筋が凍りつく。
呪いを解くためとは言え、梨華ちゃんとマジファイトなんてそんなコト…勝てる自信は大いにあるけど。
「まさか。勝ち、っていうのは相手が気を失うことだよ。呪いにかかった人の『ときめき』が頂点に達した場合、
そのショックで気絶しちゃうんだって。相手をドキドキさせて気絶させた方が、そのラウンドの勝者ってワケ」
「そんなコトして…大丈夫なの?」
恐る恐る、安倍さんが尋ねる。
「身体には、一切害はないから…ってセンターの人も言ってたから、たぶん大丈夫なんじゃない?」
それに対する保田さんの返答は、かなり危なっかしいモノ。
「だったら、ハナシ早いじゃん。とっととヤっちゃいなよ、3回。ね?」
実にあっさりとした口調で、矢口さんが言う。
「そんな、カンタンに言わないでくださいよ!!
梨華ちゃんを気絶させるなんて、そんな危ないコト…あたし、絶対できない!!」
「よっすぃー…うっ!?うううっっ!!!」
あたしが矢口さんに反撃したその直後、突然梨華ちゃんがうずくまって苦しみ始めた。
「アンタ、言ってるそばから石川ときめかせてどーすんのよ」
「えっ!?うそっ…ゴメン、梨華ちゃん!!」
あたしは、ベッドの傍でうずくまっている梨華ちゃんの元へ駆け寄る。
「梨華ちゃん、だいじょうぶ?」
左胸に手を当ててうずくまる梨華ちゃんの顔を、恐る恐る覗き込む。
「心配、しないで…よっすぃー。でもね、梨華…とっても、痛かったの」
「……っっ!!!」
顔を上げた梨華ちゃんの、その潤んだ瞳を見た瞬間…さっきよりもさらに強い衝撃が、あたしの胸に襲い掛かる。
上目遣い。濡れた瞳。苦痛に耐える表情。甘えたような喋り方。掠れた声。
全てが『狙った』ような表情と仕草………まさかコイツ、やる気か!!!
「よっすぃー。私ね、もう負けるのは嫌なの。だから…梨華に、ドキドキして?お・ね・が・い」
「うあっ!?うああああーーっっ!!痛い!痛いって梨華ちゃん、マジで!!お願いだからやめてーっ!!」
「嫌。やめない」
梨華ちゃんは、泣きながら懇願するあたしに容赦ない一言を浴びせてくる。
「痛い。痛い…けど梨華ちゃんになら、踏まれたって蹴られたって何ともないよ?
ってゆーかむしろ、うれしい、ぐらい、かな…ははっ」
そっちがその気なら…戦闘態勢に入った梨華ちゃんに、あたしは途切れ途切れながらも応戦する。
「えっ!?あっ、あっ、ああっ、痛い!!」
あたしの苦し紛れの切り返しは、梨華ちゃんに予想外のダメージを与えたようだ。
形勢逆転、の予感がした。
「クリスマスは、一緒にすごそう。梨華ちゃん家で一緒に…ハンバーグ作ろう」
「やだ、やだっ…痛い!!よっすぃー…っ!!」
「梨華ちゃんと、」
「やめてよっすぃー!それ以上っ…!!」
目の前で苦しむ梨華ちゃんの姿に一瞬迷ったが、ココで攻撃の手を緩めれば…あたしに、勝ちは無い。
「ぴったりしたい、クリスマス」
「いやっ…!よっ、すぃー…………」
「石川っ!?」
その場にパタリと倒れてしまった梨華ちゃんを保田さんが揺り起こすも、起きる気配は無い。
「梨華ちゃん…。早すぎ」
矢口さんのツッコミを聞くコトもなく…試合開始早々、彼女はマットに沈んだ。
へぇー。
梨華ちゃんって意外と、カンタンだな。
―――――――― K.O. ――――――――
<ROUND−1> Winner!吉澤ひとみ!!
<ROUND−2> FIGHT!!
「石川!石川!!」
「あれ?私……」
床に倒れてから15分後、保田さんに揺り起こされてようやく梨華ちゃんが目を覚ました。
「梨華ちゃん、だいじょうぶ!?」
「よっすぃー……うっ!!」 「うあっ!!」
しまった!!
起き上がった梨華ちゃんの顔をうっかり覗き込んでしまい、さっそく例の激痛に見舞われる。
「ねぇ。どーでもいいけど、早いトコ終わらせちゃおうよ。朝ゴハン食べ損ねちゃうよ?」
胸を押さえて苦しむあたしたちを見下ろしながら、矢口さんが言った。
「梨華ちゃん、立てる?」
床に座り込んでいた梨華ちゃんは安倍さんの手を借りてなんとか立ち上がったものの、
まだ足下はふらついている。
さっきまでの激しいバトルは、彼女のカラダに相当なダメージを与えてしまったらしい。
「今日もライブあるし、それまで決着つけるってのはやめといた方がいいかもね」
ベッドに腰掛けて肩で息をしている梨華ちゃんを横目で見ながら、保田さんが言った。
今日は、これからまた別の場所へ移動しなくてはならない。
放心状態で壁を見つめている梨華ちゃんは、さっきの戦いでかなり体力を消耗してしまったみたいだし…
保田さんの言う通り今夜のステージが無事終わるまで、一時休戦した方が良さそうだ。
「二人とも、どぉーしてもダメそうな時は…圭ちゃんのコト考えるんだよ。わかった?」
「「はい」」
朝食に向かうエレベーターの中、矢口さんの言葉に頷く。
「ちょっと矢口!!それどーゆー意味よ!?」
「しょうがないじゃん。圭ちゃんは二人の特効薬なんだから」
狭いエレベーターの中で暴れる保田さんを、安倍さんがなだめる。
梨華ちゃん以外の人にもときめいてしまうあたしにとって、(現在のところ)ただ一人ドキドキしない
保田さんは貴重な存在だった。
よし。
イザという時には、保田さんの顔を思い浮かべよう。うん、そうしよう。
―――
「はい」
ドアをノックすると、中から聞こえてきたのはカワイイあのコの声。
聞き慣れているはずなのになぜか新鮮に感じてしまうその甘い響きは、あたしの左胸をチクリと刺した。
「君に、会いに来たよ」
「うっ!!」
よっしゃ。まずは先制パンチ、見事成功。
ドアの向こう側から聞こえてきた梨華ちゃんの小さな呻きに、あたしは勝利を確信した。
あれからなるべく梨華ちゃんのコトを考えないように移動中もひたすら寝て過ごした
あたしだったが…夢の中にいきなり彼女が登場して飛び起きると、心配そうにあたしの顔を
覗き込んでいた飯田さんと目が合ってうっかりときめいてしまい、気絶しそうになったところで
みかんの皮を剥いていた保田さんに『アンタ、節操なさすぎだよ』と突っ込まれて我に返ったという、
そんな危うい瞬間に何度も見舞われながらも何とかライブ会場に到着。
ステージ上でも彼女のコトを考えまいとすればするほど意識してしまい、ドキドキを鎮めようと
保田さんの方に目をやった瞬間、同じく保田さんに注目していた梨華ちゃんと目が合って
ブッ倒れそうになったり…もう、サイアク。
「会いに来たなんて言って…私のこと、倒しに来たんでしょ」
「どうしてそんなコト言うの?ひどいよ。あたしはただ、梨華ちゃんに一目逢いたくて来ただけなのにさ」
「ああっ!?やっ、やめて!!いいかげんにして、よっすぃー…!」
早くこの呪いを解かなければ、あたしたち二人のカラダがもたない。
明日には東京に戻らなくてはならないあたしたちにとって、今夜は決着をつける最後のチャンスだった。
梨華ちゃん、悪いけど容赦はしないよ。
コレは二人にかけられた呪いを解くために、仕方がないコトなんだから。
「入れてよ、梨華ちゃん。寂しいよ」
「やだっ…待ってよ!私まだ、心の準備が」
「入れろよ、さもないと愛の力でブチ破るぜ」
時にやさしく、そして時にワイルドに。
『だからねっ、そういう風にグラグラ揺さぶられちゃったらねっ、カオリだったらもうドキドキしちゃって
夜も眠れなくなっちゃうと思うの。カオリはそういう恋愛がしたい。グラグラ揺れたいのね、カオリは』
あたしはなかなか部屋に入れてくれない梨華ちゃんに、飯田さんの教えを実践してみる。
「いやっ、やめて!わかったから、ドア壊さないで!!」
カギを外す音がして、ゆっくりとドアが開けられる。
「ふっ、最初っからそうしてればいいのに。まったく素直じゃないんだから……って、うおあああっ!!」
「あはっ、びっくりした?梨華ちゃん出てくると思ったでしょ」
「やだな、やめてよ…なんで、ごっちんが…ううっ!!」
ドアが開いて中から出てきたのは、梨華ちゃんではなくごっちんだった。
思わぬ不意打ちに、あたしの左胸が大きく反応する。
「じゃね、おやすみー」
「はあ、はあ、はあ…」
あたしと入れ替わりに部屋を出て行くごっちんと目を合わせないように下を向いて、あがった息を整える。
このドキドキは不意打ちでびっくりしたせいだけじゃないみたい…ごっちん、要注意人物。
「…ひどっ、ひどいよ。あたし以外の人を、部屋に入れるなんて…梨華ちゃんの、バカ」
「きゃあっ!?いたっ、痛い…っ、ゴメン、ね?ヒマだからゲームやろうって、ごっちんが…」
「げっ!!ゲームまで!?うっ!!うおあああっ!!」
梨華ちゃんをときめかそうとしたのに、返り討ちに遭ってしまった。
「心配しないで。ごっちんとは別のソフトで遊んだから。アレはよっすぃーと、だ・け」
「うわーっ!?うううっ、うれっ、うれしーなぁーっ!!ははははっ!!うううっっ!!」
あたしはドキドキを悟られまいと両手の拳を握り締めながら、何とか笑ってごまかす。
「それはそうと、よっすぃー。まさか、ごっちんにもドキドキしたんじゃないよね?」
「うっ…!!」
さっきまでの甘い響きとは打って変わった冷酷な声にギクッとしたあたしは、思わず
胸を押さえてその場に立ち竦んだ。
目の前に立つ梨華ちゃんは、腕組みをしてあたしのコトを睨みつけている。
恐くて気絶しそうになったあたしは、昔保田さんに怒鳴られた時のコトを思い出しながら
大きく深呼吸して反撃の準備。
「あれぇ?もしかして梨華ちゃん、妬いてくれてるの?うれしーなぁ」
一瞬、梨華ちゃんの顔が苦痛に歪む。
苦しむ彼女の姿に胸が痛んだが、あたしは今度こそ本当に勝利を確信した。
「そう、だよ。えへっ、バレちゃった?」
「………!!」
なっ、なにぃぃぃぃぃーーーっっ!?
予想外の反撃に声も出ず、あたしは床に片膝をついてしまった。
「はあ、はあ…」
梨華ちゃんが、左胸を押さえて苦しがるあたしの前にしゃがみ込む。
すぐ目の前まで迫った彼女の顔を見ていられなくて、あたしは目を閉じて俯いた。
「私って子供だから、大切なよっすぃーが他の人にときめいてるの見ただけで口惜しくなっちゃったの。
ゴメンね、痛かったでしょ?」
「…っ!!あっ、ああっ、うっ!うああっ!!」
あたしの胸は今までに経験したコトがないほどの速さで鼓動していた。
苦しくて、息ができない。
「でも他の人にドキドキするなんて…今度そんなコトしたら、梨華が鮮やかな手つきで
よっすぃーのコト、闇に葬ってあ・げ・る」
「うっ!?うあああああっ!!やめっ、やめて梨華ちゃ…んっ!!」
時にやさしく、そして時にワイルドに。
まさか飯田さん、梨華ちゃんにも同じアドバイスをっ!?
「そうやって痛がってるよっすぃーの顔って、すごく素敵」
うそだ…ずっと下を向いているあたしの表情を、梨華ちゃんが見ることなんてできるはずもないのに。
「やだっ、やめてよ…梨華ちゃん!!」
彼女の言葉が嘘だと判っているのに、加速していく胸の鼓動を抑えるコトができない。
「見て、よっすぃー。夜景がすごく綺麗だよ?」
梨華ちゃんはあたしの肩に手を置いて立ち上がると、窓の外を見ながら言った。
あたしは床に座り込んで目を閉じたまま、梨華ちゃんの容赦ない攻撃にただひたすら耐えていた。
なにか、なにか策があるはず…落ち着いて考えるんだ。
「二人の素敵な夜のために、神様がプレゼントしてくれたのかなー。そうだとしたら梨華、とってもうれしいわ」
「……っ!」
くっそぉー、黙って聞いてりゃさっきから白々しいセリフばっか吐きやがってぇー!!
そしてあたしは彼女の言葉を聞くまいと耳を塞ごうとして、ハッとする。
「あなたと二人っきりで過ごす、こんな夜が来ること…私、ずっと待ってた」
あたしはゆっくり立ち上がると、梨華ちゃんに気付かれないよう彼女の背後からそっと忍び寄る。
ワザとらしいセリフをまくしたてるのに夢中な梨華ちゃんは、後ろから近付くあたしに全く気付かない。
「この素敵な夜を越えて朝が来ても、ずっと私のこと離さないでね。よっ…すぃー!?」
あたしはセリフの途中に割り込んで梨華ちゃんの左肩を強引に掴むと、彼女をこちらへ振り向かせた。
「よっすぃー…痛かったんじゃ、なかったの?どうして、」
苦しむどころかその顔に余裕の笑みすら浮かべているあたしに、ひどく驚いた様子で梨華ちゃんが言った。
「しーっ」
あたしは、人差し指を梨華ちゃんの唇に当てて言葉を塞ぐ。
「もうさぁ、喋んなくていーよ。梨華ちゃんは、そのままで十分カワイイんだから…ってゆーか、
喋るだけ損してるカンジかな?」
「うっ!!なに!?なんでっ…!!」
再び不利な状況に追い込まれた梨華ちゃんは、胸を押さえて苦しみながら後ずさりする。
あたしはトドメをさすべく近付くと、ゆっくりと彼女を壁際へ追い込んでゆく。
「ねぇ、1コ聞いていい?梨華ちゃんってさぁ、なんでそんなにカワイイ顔してんの?」
「…っ!!」
「どうしてそんなにカワイイ声してるの?ねぇ」
「やっ、やだ…やだってば、よっすぃー!!もう、やめて…っ」
とうとう壁際まで追い込まれた梨華ちゃんは目を伏せると、涙声で懇願する。もう少しだ、あと、もうちょっとで。
「じゃあさ、梨華ちゃんはどうして生まれてきたの?どうして、今ココにいるの?」
「そんなの、わかんないよ…もう、やだ」
「今言ったコト、答えはたったひとつだよ」
「……なに、よ」
膝を震わせながら何とか立っている梨華ちゃんの髪を優しく撫でながら、あたしは大きく息を吸い込む。
「梨華ちゃんが、カワイイ顔とカワイイ声でこの世に生まれてきて今ココに立ってるのはね。
それはぜんぶ、『よっすぃーにめぐり逢うため』。だよね?梨華ちゃん」
「……っ」
あたしが言い終えたのと同時に脱力して崩れ落ちた梨華ちゃんを、素早く抱きとめる。
終わった、苦しい戦いだったけど…コレでようやく、忌まわしい呪いから解放されるんだ。
「…よっすぃー」
「えっっ」
梨華ちゃん、まだ息が!?
ゾンビのごとく蘇った梨華ちゃんは最後の力を振り絞ってあたしの腕から逃れると、壁にもたれる。
「どう、して?どうして…私の言葉に、反応してくれないの?」
壁際に立つ梨華ちゃんは虚ろな目で、途中から自分の攻撃が全く効かなくなったコトについて問いただしてくる。
「どうしよっかなぁ」
梨華ちゃんは答えを焦らすあたしを恨めしそうな目で見ている。
「まいっか。梨華ちゃん、もうダメっぽいから…最後に教えてあげる。
梨華ちゃんさぁ、あたしに勝ちたければ長ゼリフは止めといた方が良いよ?」
「なに、それ…どういう意味?」
自分の弱点にまるで気付いていない梨華ちゃんを見て、あたしの顔に思わず勝利の笑みがこぼれた。
「梨華ちゃん、棒読みだから」
「ええっ!?うそっっ!?そっ、そんな…私って、未だに棒読みなんだ。そうなんだ…」
梨華ちゃんは、あたしに『長ゼリフ棒読み』を指摘されて相当落ち込んでしまった様子。
「でも、そんな梨華ちゃんの棒みたいなトコ、すっごくカワイイよ」
「あっ、あっ、やだ、言わないで…いやっ!」
「どうしてさ。すっごくカワイイのに…ホント、棒みたい。
その棒で白い砂浜に『梨華ちゃんLOVE』って刻みたいくらい、素敵な棒っぷりだったよ?」
「…っ、やだってば…よっすぃー」
「そして、その文字を波がさらっていくのを…二人でずっと見ていたい。梨華ちゃん…LOVE」
次々と繰り出される攻撃に、梨華ちゃんは立っているのも辛そう。
「ねぇ、こんなの早く終わりにしようよ。梨華ちゃんだって、痛いのはもう嫌でしょ?」
「っ、っく、っ…」
両手で顔を覆って泣きながら、梨華ちゃんが小さく頷く。
「だったら大人しくしてなよ、すぐ終わるからさ」
「……っ、っく」
「っ!」
泣きじゃくる梨華ちゃんの姿に、あたしの左胸が疼き始めた。
目の前で梨華ちゃんに泣かれるのは、やっぱ、あんまりイイ気分じゃない。
早いトコ決めないと、逆にこっちがやられちゃいそうだ…あたしは、彼女へ贈る最後の言葉を考え始めた。
「…私、本当に嫌だったんだから」
「えっ、なに?」
往生際の悪い梨華ちゃんは、小さな声でさらに反撃を試みてくる。
「よっすぃーが、私以外のいろんな人にドキドキしてるの…私、すごく嫌だった」
「梨華、ちゃん…」
そのセリフは棒読みでも何でもなくて、あたしの胸にストレートに突き刺さった。
「私、知ってるんだから…下で荷物運んでくれたお兄さんにも、ときめいてたこと」
「えっ」
突然梨華ちゃんに胸倉を掴まれて、あたしはその場で固まった。
「それから、フロントのお姉さんにもドキドキしてたでしょ!!」
「ああ、あれは」
やばい、コレは…なんか、ときめきとかじゃなく別のイミでドキドキしてきた。痛い、逃げたい、どうしよう…!!
「よっすぃーって、誰にでも見境ないんだね。動物みたい」
「なにそれ…どーぶつ、って」
梨華ちゃんが呟いた一言が、あたしの怒りに火を点けた。
「変なコト言わないでよね!あたしにだって見境ぐらいあるもん!!
加護辻には反応しなかったし、新メンバーだって全員セーフだったんだから」
「だから、16歳以上なら誰だっていいんでしょ!!そういうコトでしょ!?」
「…あ、ホントだ。よく気付いたね、梨華ちゃん。すごい、大発見!!」
何て言うんだっけ、こーゆーの…そうそう、『敵ながらアッパレ』。
「保田さん以外の16歳以上なら誰でもいいなんて、そんなの動物と同じじゃない!」
さりげなく訂正されていた梨華ちゃんの言葉(『保田さん以外の』16歳以上)に、ふと保田さんの顔を思い出す。
「だったら、なに?」
「えっ」
冷ややかに見下ろすあたしの視線に気付いて、梨華ちゃんは一瞬びくっと肩を震わせた。
「おにいさんもおねえさんも、カッコ良かったしカワイかったんだもん。ドキドキして当たり前じゃん。
なんで梨華ちゃんにいろいろ言われなきゃいけないワケ?」
「よっすぃー…」
動物呼ばわりされてアタマにきていたあたしが発した声は、自分でも驚くぐらい、冷たい声だった。
「そりゃあ、梨華ちゃんがドキドキするのはあたしにだけかも知んないけどさー。
そんなのそっちの勝手でしょ?あたしには関係ない」
「なにそれ…ひどいよ、どうしてそんなひどいコトが言えるの?信じらんない」
言い終えて唇を噛みしめる梨華ちゃんの目には、あふれそうなぐらい涙が溜まってる。
彼女の泣き顔を見ると相変わらず胸が痛んだけど、今のあたしに彼女をいたわる余裕なんてない。
ゴメン、梨華ちゃん。
もうすぐ、楽にしてあげるからね。
「梨華ちゃんってさぁ、怒っててもカワイイんだね。もっと怒らせちゃおっかなぁ」
「よっすぃー、やさしくない…大っ嫌い」
攻撃に耐え切れず床に座り込んでしまった梨華ちゃんは俯いて、小さく呟いた。
「大っ嫌い?うそだね。じゃあ、どうしてそんなにドキドキしちゃってんの?」
「…ちがうよ。こんな人にドキドキしてる自分が、キライなだけ」
そう言うと梨華ちゃんは突然立ち上がって、猛ダッシュでバスルームへと駆け込んでしまった。
「梨華ちゃん!?」
あたしは慌てて彼女の後を追う。
「梨華ちゃん!梨華ちゃん!!出てきてよ!ゴメン、謝るから!!ねぇ、梨華ちゃん!!」
バスルームに篭ったまま出てこない梨華ちゃんは、あたしの呼びかけにも応答してくれない。
どうしよう、今度こそ完全に怒らせてしまったみたい…あたしは調子に乗りすぎたコト、今さらながらに後悔した。
「ねぇ、どうすればいいの?教えてよ!あたしが梨華ちゃんに負ければ、許してくれる?」
「…もうわかったから。私、もう諦めるから…よっすぃーの、好きにして」
ドアの向こうから、カギの開く音が聞こえた。
諦めの良すぎる梨華ちゃんの態度に疑問を抱きつつ、あたしは後ろに下がって彼女が出てくるのを待つ。
「その代わり一回だけ、チャンスくれる?」
そしてあたしが見たモノは…バスタオルをカラダに巻いただけの、梨華ちゃんの姿だった。
「ひっ…!!りか、梨華、ちゃん…なに、する気っ!?」
「わかってるくせに」
くすっ、と小さく笑った後で梨華ちゃんは、胸元に手をかけた。
右手を、バスタオルの結び目にかけて微笑む梨華ちゃん。
次に起こる事態は、カンタンに予測できたはずなのに…彼女から目を逸らすコトができなかったのは、
それは、つまり、やっぱし……うん。
「………っっっ!!!」
人間は、どこかがホントにホントにすっっごく痛いときって、声が出なくなるモノなんだなぁ。知らなかった。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛いよぉぉー、たすけてぇ……保田さん!!
保田さん、保田さん。
コレってやっぱし反則ですよねぇ、だって、何にも着てないんですよ?
保田さん、保田さん、保田さん。
圭ちゃん、圭ちゃん、圭ちゃん。おばちゃん、おばちゃん、おばちゃん。
あたしは特効薬『保田さん』をいろんなパターンで使用してみるも、まったく効果がない。
ああ、もうダメかも知れない…ごっちん、飯田さん、矢口さん、安倍さん、おにいさん、おねえさん。それからそれから。
みんな、ありがとう。よっすぃーは、とっても幸せでした。
「サイ、テー。大っっ嫌い」
「ドキドキしてるくせに…うそつき」
「ちがっ…!」
ちがうよ、そうじゃなくて。
嫌いなのは、梨華ちゃんじゃない。
負けるとわかってるのに梨華ちゃんから目を逸らすコトができない自分が、大っ嫌いだって言ってるんだよ。
「私ね、はじめから気付いてたんだ」
梨華ちゃんの足下で転がるあたしの頭上から聞こえた声は、今まで聞いたコトがないくらいに、冷たい声だった。
「よっすぃーを倒すのに、言葉はいらないって」
床の上に投げ出された白いタオルが、リングに放られた『降参のしるし』みたいで笑えた。
意識が、だんだん遠くなって。
見上げると梨華ちゃんは、あたしに勝ってうれしいはずなのになぜか…とても、哀しそうな顔をしていた。
―――――――― K.O. ――――――――
<ROUND−2> Winner!石川梨華!!
<ROUND−3> FIGHT!!
目が覚めると、朝だった。
カーテンの隙間から差し込む光であたしは、いつの間にか夜が明けていたコトを知る。
冷たい床に手をついてゆっくりと上半身を起こすと、一瞬めまいがした。
左胸に残る鈍い痛みとは別に、身体の節々がズキズキと痛む…なんだろう、この気だるい感じは。
まだ半分眠っている頭をぶんぶんと横に振り、ようやく視界が開けてきたあたしの目に
飛び込んできたのは…無人のベッド。
上に掛かっているはずの布団は全て剥ぎ取られ、枕だけがぽつんと寂しく置かれている。
そしてベッドの上に掛かっているはずの布団は今、あたしの上に掛けられていた。
しかし分厚い布団の重みを吸収してくれるはずのマットレスは今、あたしの下には無い。
背中が腰がアタマが、胸が…痛い。
「…サイアク」
最高級の気だるさに襲われながらようやくあたしは、自分が床の上で眠っていたコトを知る。
「おはよう」
突然の物音と声に驚いて顔を上げると、バスルームから出てきた梨華ちゃんが立っていた。
昨日の服のまま床の上で寝てしまい激しい寝違えと気だるさで最悪な気分のあたしとは対照的に
ご自慢のピンクのパジャマを身にまとった梨華ちゃんは昨夜もぐっすり眠れたのか、
とても清々しい表情をしている。
「梨華ちゃん…いたんだ」
「だってここ、私の部屋だもん」
「ああ、そっか」
彼女の言葉に頷きながら頭の中に昨夜のうれしい、いや忌まわしい記憶がはっきりと蘇ってくる。
(『私ね、はじめから気付いてたんだ』)
(『よっすぃーを倒すのに、言葉はいらないって』)
そうだ。昨夜、あたしは梨華ちゃんに…負けたんだ。
「まだ早いから、ベッドで寝直したら?」
梨華ちゃんは床の上に放置されているあたしに背を向けて、自分のベッドの上で荷物の整理に勤しんでいる。
「ひどいなー、せめて枕ぐらい敷いてくれたっていいのに。
でも梨華ちゃんのそーゆー冷たいトコ、刺激的で良いけどね」
昨日の戦いが嘘のようにいつもと変わらない彼女の様子に少々面食らいつつも、あたしは早速攻撃を開始した。
「寝違えてクビが回らないぐらいの方がいいんじゃない?他の人に目が行かなくて済むでしょ?」
「えっ…」
予想もしなかった梨華ちゃんの反応に、あたしは言葉を失った。
梨華ちゃんはベッドの上に座ってこちらに背を向けたまま、あたしの攻撃に反応するどころか
嫌味を返す余裕すら見せている。
梨華ちゃん、一体どうしちゃったの…?
「ねぇ、後ろ向いてないでこっち見てよ。梨華ちゃんのカワイイ顔さぁ、もっと見たい」
「嫌。後ろ向いたら私なんかよりもっともっとカワイイよっすぃーの顔、見なきゃいけないじゃない」
長ゼリフ(棒読み)は通用しないって教えてあげたのに…学習能力のない梨華ちゃんに、
あたしは思わず苦笑い。
「目、閉じなよ」
気だるい身体を引きずって、あたしは梨華ちゃんへ近付く。
「そしたら、あたしの顔見なくていいじゃん」
そして、後ろから梨華ちゃんの肩にそっと手を置いた。
「ダメだよ。見なくたって声聞いてるだけで、よっすぃーのこと考えちゃうもん。
梨華はいつでも、よっすぃーのことで頭いっぱいなの」
「へぇー、そうなんだ。でもアタマだけ?」
効かないとわかっているはずなのにさっきから棒ゼリフを繰り返す梨華ちゃんの意味不明な行動に、
あたしは次第に苛立ち始めていた。
「なんなら、カラダもいっぱいにしてあげよっか」
掴んだ肩を軽く突き飛ばすと、梨華ちゃんはカンタンにベッドの上に倒れた。
傍に立つあたしの方へ身体を向けて横たわっている梨華ちゃんは特に抵抗する様子も無く、
ふてくされたように目を伏せた。
「うれしい。もっと早くこうしてくれれば良かったのに」
「それ、ワザとやってんの?」
相変わらず白々しい彼女の言葉に、あたしのイライラは募るばかり。
昨日の梨華ちゃんは自分の棒読みにまったく気付いてなかったけど、今日のは意図してそうしてるように見える。
「もう、私の言葉じゃドキドキしてくれないんでしょ?」
目の前に横たわる梨華ちゃんを見ながら、自分の左胸を押さえる。
彼女の言葉通りあたしの胸は、いつも通りの規則正しいリズムを刻んでいた。
「私も同じ。もう、何言われても平気になっちゃったみたい」
寂しそうに睫を伏せてそう言った梨華ちゃんの表情に一瞬、あたしの胸が反応する。
「どう、して?」
だけどそれは、昨日みたくドキドキするカンジじゃなくて…もっと鈍くて、嫌な痛みだった。
「よっすぃーの言葉には、ココロがないから」
「そんなの、梨華ちゃんだって一緒じゃん。梨華ちゃんだって、」
うそばっかの棒読みだったくせに。言いかけて、あたしは言葉を飲み込んだ。
「だけど、そんなの全部にドキドキしてた私…バカみたい」
小さな声で呟いた梨華ちゃんの細い肩が、小刻みに震えている。
左胸が締めつけられるように、痛い。
「どう、しよっか。これじゃ勝負になんないね」
目の前で泣いてる梨華ちゃんに、こんなコトしか言えない自分が情けなかったけど…
それでもあたしは、とにかく早く終わらせたかったんだ。一秒でも早く。
「とっくに終わってるよ」
完全に戦意を失ってしまったらしい梨華ちゃんが、冷たく言い放つ。
「だって私たち、もうドキドキしなくなっちゃったじゃない」
彼女が何か言うたびに、あたしの胸は鈍い痛みに襲われた。
「あたしのコト、もう嫌い?どうすればまた、」
どうすればまた、『嫌い』じゃなくなってくれる?
「よっすぃー、やさしくないもん…もう嫌い」
やさしくない。
最初にケンカしたときも、それから昨夜泣き出したときも、同じコト言ってた。
やさしくする、ってどーゆーコトだろう?
「おじいちゃん、譲ってあげなかったから?」
ベッドに横たわったままの梨華ちゃんは、あたしの問いには答えない。
「ごっちんとか飯田さんとか、いろんな人にドキドキした」
完全無視の姿勢を貫く梨華ちゃんに構わず、あたしは言葉を続ける。
「梨華ちゃんがあたしにだけドキドキするの、そっちの勝手だって言った。あたしには関係ない、って言った」
細い肩が一瞬びくっと反応して、梨華ちゃんは小さく頷いた。
「……っ、っく」
堰を切ったように泣き出してしまった梨華ちゃんを見て、そして、わかったような気がしたんだ。
昨夜、あたしたちはいろんな言葉で攻撃し合ったけど…梨華ちゃんは決して、あたしを傷つけるようなコトを言わなかった。
それなのにあたしは梨華ちゃんに酷いコトばっか言ってぜんぜん、やさしく出来なかったね。
「ゴメンなさい」
あたしは昨日から、もしかするとそれよりもずっと前から、彼女を傷つけるコトいっぱい言ってきたのかも知れない。
自分ではそうと気付かずに梨華ちゃんのコト、たくさん傷つけてしまったかも知れない。
「今日から、ちゃんとするから」
梨華ちゃんのコト、もっとちゃんと考えるから。
「梨華ちゃんにもっと、やさしくする」
あたしが言うと梨華ちゃんは顔を覆っていた両手をずらして、涙に濡れた瞳をのぞかせた。
あたしを見上げてまっすぐな視線を向けてくる梨華ちゃんと目が合って、胸の鼓動は少しずつ速さを増してく。
「だから、ちゃんと終わらせよう。でなきゃ始めらんない」
「終わらせる、って…どうやって?」
「起きれる?」
あたしが右手を差し出すとほんの少しだけど梨華ちゃんが、笑ってくれたような気がした。
「ねぇ、梨華ちゃん。ウチらさ、昨日からあれだけいろんなコト言い合ったのに
まだ一回も使ってないコトバがあるの、気づいてた?」
梨華ちゃんはあたしの手を取って起き上がるとベッドからおりて、あたしと向かい合う。
「ホントに短い言葉だけど、でもきっと…すごくドキドキするって思うんだ」
あたしは下を向いて考え込んでしまった梨華ちゃんに、ヒントを出してみる。
「あっ」
今のヒントでわかってくれたのか、顔を上げた梨華ちゃんはうれしそうに笑った。
「…そっか。ホント、あんなにたくさん言い合いしたのに…まだ一度も、言ってなかったんだね」
思い出し笑いするみたいに、くすっと小さく笑って。
「どきどきしてきた?」
「うん。してきたみたい」
手を上げかけた梨華ちゃんよりも一瞬早く、あたしは彼女の左胸に自分の右手をあてる。
「…ホントだ」
深く息を吸い込んだ梨華ちゃんの胸がふくらむと、あたしの右手もそれに合わせて押し戻される。
深く息を吐いた梨華ちゃんの胸がへっこむと、あたしの右手も向こう側へ吸い込まれる。
「よっすぃーだって」
あたしの左胸に自分の右手をあてて、梨華ちゃんが言った。
右手に感じるこの音は、自分の鼓動なのかそれとも梨華ちゃんのモノなのかはわからなかったけど…
そんなコトは、どっちでもいいような気がしていた。
だってあたしたちの胸は今、きっと同じ速さで鼓動しているはずだから。
そうだよね?梨華ちゃん。
あたしたちはまっすぐ見つめ合って、大きく深呼吸する。
ずっと言いたくて、ずっと言えなかった、魔法の呪文を唱えるために。
「梨華ちゃん」 「よっすぃー」
二人で終わらせよう。
そして、二人で始めるんだ。
「 「 好き 」 」
―
<Game Over>