サンタクロースに逢えた日。

 

<第1話>遅れてきたサンタ。

「梨華ちゃんさぁ。サンタクロースになりたい、って思ったコトない?」
コーヒーカップの淵を指でなぞりながら、よっすぃーが言った。

「えっ?」
あまりに唐突な質問に、カップに口をつけようとしていた私は思わず手を止めて聞き返してしまう。
さっきまで学校の友達のことについて語ってたかと思ったら、突然クリスマスの話?
よっすぃーってコはときどき、よくわからない。

「ねぇ、思ったコトない?」
テーブルに頬杖をついて俯いていたよっすぃーは顔を上げると、再び私に問い掛ける。

「サンタクロースに会いたい、とかじゃなくて?」
「なくて。なりたい、って」
『なりたい』を強調して、テーブルの上で腕組みするよっすぃー。

仕事帰りによく来るファミレス。
ごっちんや矢口さんが一緒だったり、あいぼんやののが一緒だったり、
それからよっすぃーと二人だったりといろんなパターンがあるのだけれど…
今日は、よっすぃーと二人だけの晩ゴハン。

オムライスを食べ終えたよっすぃーと、ハンバーグを食べ終えた私は、
向かい合って食後のコーヒーを飲みながら終電までの時間を潰している。
って、よっすぃーはそんな風に思っているかも知れないけれど私はそうじゃない。
時間を『潰している』だなんて、少しも。

「うーん…ないかも」
サンタクロースになりたいって思ったコトない?
よっすぃーが言ったこと、自分の小さい頃を一生懸命思い出してみたけど…
やっぱり思い当たらない。
サンタさんに『会いたい』っていうのなら、割と大きくなるまで思っていた気がするんだけど。

「そっかぁ」
「よっすぃー、あるの?」
「うん。あるよ」
私から質問すると、よっすぃーはうれしそうな顔をして身を乗り出す。

「あのね、弟子にしてもらおうと思ってたんだよねぇ」
「サンタさんに?」
「そう。サンタさんに」
言った後でその頃のことを思い出したのか、よっすぃーはクスリと小さく笑った。

「でね。サンタさんになって、世界中の子供たちにプレゼント配りたいって思ってたんだよね」
「トナカイに乗って?」
「そう。トナカイのソリでさー、良くない?」
「うん…。でも寒そう」
重そうな袋を抱える見習いサンタのよっすぃーを想像したりしながら、彼女の子供っぽい発想に
思わず吹き出しそうになるのをこらえる。

「はあ?もーっ、なんでそうやって夢のないコト言うかなぁ。サンタが寒がりなワケないじゃん」
「でも、サンタさんってすごい厚着してない?」
「…ああ、そう言えばそうだね。あはっ、ダメじゃん。サンタ」
「ダメじゃん」
私たちは、顔を見合わせて笑った。

こうして毎日くだらないおしゃべりで笑ったりしてそれは本当にごく普通の会話なんだけど、
よっすぃーと一緒ならどこにいても特別な空間みたいに感じるからすごく…不思議。

「そうだ!!」
言ってしまってから自分が上げた声の大きさに驚いたのか、とっさに右手で
自分の口を覆うよっすぃー。
けれどその下に覗いている表情はなんだかとてもうれしそうで、まるで新種の
イタズラを思いついたカ○オくんのようにイキイキと輝いていた。

「どうしたの?」
私は少し身をかがめて、向かいに座るよっすぃーに辛うじて聞こえる程度の小声で尋ねる。
よっすぃーの大声で、私たちは一瞬だけど周りの注目を集めてしまった。
この上私のアニメボイスまでもが周囲に響き渡ってしまっては、完全に私たちの正体が
バレちゃうもんね。

「あのね。いいコト思いついちゃったんだぁ」
そう言って身を乗り出したよっすぃーと私との距離は、あとほんのちょっとで
おでことおでこがくっついちゃうぐらい近くなっていた。

そしてよっすぃーは私の目を見てイタズラっぽく笑うと、

「なっちゃおっか、二人で。サンタクロース」

まるで秘密の暗号を交し合うみたいに、小さな声で囁いた。

「えっっ?」
この場合、私がマヌケなアニメ声で聞き返してしまったのは当然の反応だと思うの。
「おーい。梨華ちゃん、アゴ出てる。じゃなかった、口開いてる」
この場合、私がとっさに右手でアゴを押さえてしまったのも当然の反応だと思うの。

よっすぃーの余計な一言のせいでワンテンポ遅れたものの、私はあわてて
だらしなく開いてしまっていた口をきゅっと結んだ。
そんな私の様子を、よっすぃーはいつも通りの呑気な笑顔で眺めている。

「それって、どういうことなの?」
アゴに関しては、ちょっと気にしてるのに…自然、ムッとした口調になる。

「うん。みんなにさ、クリスマスプレゼント配んない?二人で」
二人でサンタクロースになる、って多分そんなことだろうとは思ってたんだけど。
でもね、よっすぃー。

「もう、クリスマス終わっちゃったじゃない」
二人でどんなに頑張ったって、今日は12月26日。
サンタさんだって今頃はきっと普通のおやっさんに戻って、トナカイさんたちと
忘年会でもやってるんじゃないかな…なんて、ちょっと面白いコト言っちゃった!
明日飯田さんに聞いてもらおっと。

「なんで?いいじゃん、そんなの」
私の指摘にも怯まず、よっすぃーは平然と言い放つ。

「クリスマス終わってからプレゼント持ってくるサンタがいてもさぁ、べつにいいじゃん」
「そりゃあ…いいとは、思うけど」
そこまで自信に満ちた表情で言われると、素直に頷くしか道は残されていないと思うのだけど。

「おっし!じゃあ決まりね」
「決まりなの?」
「うん」
どうやら決まってしまったらしい。

「あー、なにがいいだろ…こーゆーの考えるのってさぁ、めっちゃ楽しくない?」
「11人分もどうするの?手分けしてプレゼント買う?」
呑気に張り切るよっすぃーの様子を見る限り、先行きはかなり不安だけど。

「11人じゃないよ、梨華ちゃん。中澤さんにも、ちゃんとあげるんだから」
「…そっか。そだね」
心優しいよっすぃーサンタの隣で、一緒にトナカイのソリに乗るのもいいかな…なんて。

「サンタ2号は、1号の指示に従うコト。おっけーですかぁ?」
念願かなってサンタさんになれたよっすぃーが得意げに言う。
「2号って、私のこと?」
「うん」
当然のように頷くよっすぃー。
私って、どこへ行ってもやっぱり二番手なのかな…あっ、いけない。
危うくネガティブ思考。しかもこんなくだらないことで。

―――

「梨華ちゃん、ちょっと待って」
すぐ後ろから聞こえた声に振り返ると、よっすぃーが立ち止まって携帯を操っているところだった。
お店を出てからしばらく歩いて、駅はもうすぐそこ。

「さっそく開始するからね、プレゼント」
今まさに呼び出し中の携帯を耳に当てて、よっすぃーが言った。
よっすぃー、誰にかけてるのかな?

「やぁ、ボクのかわいいハニー。元気だった?」
「…!」
よっすぃー、なにしてるの!?イタ電はダメだよ!!

「クリスマスおめでとう。今年はお世話になりました。来年も…愛してる」
いつもの低音ヴォイスをさらに低くして何やら囁いているよっすぃーの携帯を
取り上げようとする私の手を制して、その後も彼女は暴走を続けた。

「さてと、次は小川にしよっかなー」
怪しげな電話を終えたよっすぃーが満足げに言う。

「よっすぃー、なんなの?今の」
さっき話してたのは誰?そして今度は小川ちゃんにまで嫌がらせする気?
私はよっすぃーの奇行にとまどいながらも、恐る恐る尋ねる。

「なにって、プレゼントだよ。やっぱ新メンバーたちにはさぁ、よっすぃーからの
ラブラブメッセージがイチバンうれしいんじゃないかと思って」
「………」
よっすぃーってば、カン違いもはなはだしいっ!!素敵っ!!

「やぁ、ボクのちょーっかわいいハニー。寂しかった?」

よっすぃー。
プレゼント、何が欲しいかみんなにリサーチしてからあげた方が…いいと思うの。

<第2話>もらうヒト、もらわれていくヒト。

「なっかざわさーん」
「うわっ!?びっくりしたー。なんやアンタ、どっから湧いたん?」
「よっすぃー!?」
セットの陰から突然現れたよっすぃーに、私も中澤さんも驚いて思わず仰け反ってしまった。

「どうでした?今年のクリスマスは。ステキに楽しく過ごせましたかぁ?」
「あ?なんやてコラ」
ああ、もぅよっすぃーってばいきなり現れて何てこと聞くの…中澤さんの形相が変わっちゃったじゃない。

どうやらセットの裏に潜んでいたらしいよっすぃーは私と中澤さんが出演するコーナーの
収録が終了した直後、満面の笑顔で私たちの前に飛び出してきた。
それにしても、中澤さんにクリスマスの話題を振るなんて…命知らずな『1号』に、私はオロオロするばかり。

「だからー、楽しい夜を過ごせましたか?って聞いてるんですよー」
「アンタ、それ嫌味?あーあー、そうですよ!どーせ今年もみっちゃんと飲み明かしましたよ!
朝までな!あー楽しかった。モー泣くほど楽しかったっちゅーねん!!ほっとけや!!」
なんか、全然楽しそうに聞こえないんだけど…。

「あー、やっぱし」
肩をすくめて失笑するよっすぃー。
「なんや、やっぱしって!!」
良い子にプレゼントを持ってくる優しいサンタさんに憧れているとは到底思えない、
よっすぃーの失礼な態度に中澤さんの怒りのボルテージは上昇するばかり。

「いや、どうせそんなこったろうなぁって。ってゆーか平家さんから聞いてたんですけどね」
「知ってて聞いたんか!どこまで失礼やねん!!」
よっすぃー、一体なにしに来たの?

「アタシかて毎年好きでみちよと過ごしてるワケちゃうからな!!」
「えっ、じゃあ何で過ごすんですか!?好きでもないコトやって、何が楽しいんですかっ!?」
「うっさいわ!好きでもないコとやって何が悪い!!」
中澤さん!なんか今の発言、微妙ですっ!!

「だからですねー。そーゆー夢のないクリスマスじゃなくて、もっと楽しいクリスマスにしましょうよ」
ようやくよっすぃーは、平家さんが聞いたら号泣してしまいそうな言葉で本題を切り出した。

「さっきからクリスマスクリスマスって、なに?来年のこと?お願いやからもう放っといて」
よっすぃーの提案は、当然ながら中澤さんに理解してもらえるはずもない。
だって今日はもう27日なんだもん、来年のこと言ってるんだって思われても仕方ないよね。

「あのー。中澤さんのクリスマスって、やっぱり今年も寂しく終わっちゃったワケじゃないですかぁ。
だから、あたしと梨華ちゃんで中澤さんにクリスマスプレゼントあげようって決めたんですよ」
「ふーん」
よっすぃーの失礼発言にも次第に慣れてきたのか中澤さんは特に怒る様子もなく、
真面目に話を聞いてくれている。

「そーゆーワケなんで、中澤さんの欲しいモノ何でも言ってください!
あたしたちがお金の許す限り何でもプレゼントしますから!!ねっ、梨華ちゃん?」
「えっ…」
突然同意を求められて、私は返答に困ってしまった。

よっすぃー、本気なの?
中澤さんのことだもん、絶対『マンション』とか言うよ?
中澤さんのことだもん、絶対『借金してでも買え』って言うよ?

「やぐち」
中澤さんのことだもん、絶対『やぐち』って……えっ?
『やぐち』って、矢口さんのこと?
確かに予測できない回答では無かったけど、それはお金で何とかできる問題じゃないし…。

戸惑う私と同じく、セットの前に立つよっすぃーも腕組みして何やら考え込んでいる。
よっすぃーは下を向いてしばらく考えた後、何かを決意したように顔を上げた。

「わかりました。矢口さん、ですね」
よっすぃー。なにが、『わかりました』なの?
一体、何をやらかすつもりなの…。

「梨華ちゃん、ロープ調達しといて」
「えっ」
すれ違いざま私の耳元で業務連絡を囁くと、よっすぃーはスタジオの外へと消えていった。
よっすぃー、ロープなんて何に使うの?
そして、面倒なことはいつも…私に押し付けるんだね。

―――

「やーぐちさん」
「ん?なに?よっすぃー」
私は、まるで自分の名前を呼ばれたみたいにドキッとして後ろを振り返った。
今日最後の仕事が終わり、楽屋で帰り支度をしていた矢口さんの元へよっすぃーが歩み寄る。
不吉な予感に、胸の高鳴りが止まない。

「あのー、矢口さんが今イチバン欲しいモノって何ですか?」
「え?なんだよー、いきなり」
中澤さんが帰った後、ついよっすぃーに命じられるままスタッフさんに頼んでロープを
準備してしまった私だけど…この後に起こることを想像すると、ちょっと恐ろしくなってしまった。
お願い…逃げて、矢口さん!!

「いいから言ってみてくださいよぉ」
「そうだなー、やっぱお休みじゃない?」
何も知らない矢口さんは、よっすぃーの質問に対し素直に回答。

「そっか、お休みかぁ…うーん。休めるかなぁ」
よっすぃーは下を向いて、ブツブツと独り言を繰り返している。
「よっすぃー?どしたの?」
その様子を不審に思ったのか、矢口さんが怪訝そうによっすぃーの顔を覗き込む。

「んっ?ああ、何でもないっすよ。ねっ、梨華ちゃん?」
「えっ!?うっ、うん」
なんで私に振るのよーっ!

「なになに?よっすぃーが矢口にお休みくれんの?ねぇ」
冗談っぽく笑いながら、矢口さんが言った。
私はこのまま冗談で話が流れることを祈りながら、バッグの中に忍ばせたロープを見つめる。

「うーん。ある意味、お休みかなぁ。天使の休息みたいな?」
「は?」
あっけにとられる矢口さんの表情は、まるで豆鉄砲をくらったハトさん(見たことないけど)のよう。

「おつかれさまでしたー」
「待ってごっちん。矢口も帰るからさ」
いつの間にか楽屋には、私たち三人の他にごっちんしか残っていなかった。

「ダメーっ!!」
ごっちんを追って楽屋を出ようとする矢口さんの腕を、よっすぃーが掴む。

「はあ?なによ」
「なんか、梨華ちゃんが矢口さんに相談あるみたいでぇ。ねっ、梨華ちゃん?」
「えっ!?うっ、うん」
だからなんで私に振るのよーっ!!

「えーっ、早くしてよ?もーぅ、明日も早いってのにさ」
そう言うと矢口さんはごっちんに別れを告げ、あからさまに不機嫌な様子でこちらへ戻ってくる。

「矢口さん…おやすみなさいっ!!」
「うっ!」
みぞおちの辺りに強烈なボディーブローをくらい、矢口さんがよっすぃーの腕の中にガクリと崩れ落ちる。

「ちょっと、よっすぃー!?」
予測できない事態では無かったけど、いえむしろしっかり予測してた事態だったけど…
完全に気を失っている矢口さんを目の前にすると、さすがに恐ろしくなってしまった。

「だいじょーぶ。急所は外してあるから」
「当たり前じゃない!」
満足げな表情で自らを称えるように拳を見つめるよっすぃーは格闘家さんみたいで
すごくカッコ良かったんだけど…いつの間にどこであんな技、覚えたのかな?

「じゃ、行こっか。梨華ちゃん」
「どこに?」
「中澤さんち」
予測できない事態では無かったけど。いえむしろ、しっかり予測してた事態だったけど。

「ねぇ、矢口さんの願い事はどうなっちゃうの?お休みが欲しい、って言ってたよ?」
「なに言ってんの、梨華ちゃん!こーゆーときは、先輩の方が優先でしょ!!」
「…そういう、ものなの?」
「ったりまえじゃん!!」
よっすぃーってば、あきれるほど体育会系!!好きっ!!

「なんかさぁ、かなりサンタっぽくなってきたよね。ウチら」
サンタクロースはその背に白い袋ではなく矢口さんを担ぐと、振り返って私にウィンクした。

―――

私たちが今やっていることは、明らかに正しいサンタクロースの道から外れている。
ううん、それ以前に…人として、間違っているような気がするのは私だけかしら?

「いらっしゃーい。なんや珍しいなぁ、石川が来てくれるなんて」
ドアを開けて出てきた中澤さんはちょうど暇だったのか、突然訪れた私を歓迎してくれる。
「ん?どした?入り」
ドアの前に立ったまま中へ入ろうとしない私を、中澤さんは訝しげに見ている。

「あのぉ、実はよっすぃーも一緒なんですけど…」
「あ、そうなん?」
開かれたドアの後ろ側に立っているよっすぃーの姿は、玄関の中澤さんからは見えない。
「吉澤?おんの?」
よっすぃーの姿を確認しようと、中澤さんが身を乗り出す。

「メリー、クリスマース!!」
「うわっ!?びっくりしたー。なにそれ!?えっ、矢口!?」
両手両足をロープで拘束された矢口さんを抱きかかえて飛び出したよっすぃーは、
驚く中澤さんを見て満足そうに微笑む。

「コレ、あたしたちの気持ちです!何も言わずに受け取ってくださいっ!!」
言いながらよっすぃーが両腕を前に突き出すと、お姫様だっこされた
矢口さんの小さな身体がその震動にぴくりと反応した。

「いや、さすがに何も言わずには受け取れんやろ…」
よっすぃーの腕に抱かれる矢口さんを見ながら、困惑した表情で中澤さんが呟く。
正直な話、中澤さんのことだから素直に喜んじゃうんじゃないかって心配してたけど…
どうやら私の考えすぎだったみたい。

「二人とも寒いやろ?とりあえず入り」
ご好意に甘えて、私たちは部屋の中へと入る。

「中澤さん、矢口さんはどうしましょう?」
入るなり、よっすぃーは矢口さんを抱えて部屋の中をウロウロ。
何も知らない矢口さんは、よっすぃーの腕の中で未だ目を覚ます気配は無い。

「あ、ソファーの上にでも置いといて」
「ラジャー」
起こさないようにとの配慮からか、よっすぃーはゆっくりとした動作で
意識の無い矢口さんをソファーの上に寝かせる。

「ちょっと待っててなー」
中澤さんは私たちにお茶を出してくれた後、どこかへ電話し始めた。

「みっちゃん、今どこ?えっ、もうそんなとこまで来てんの?はっやー。
ホンマ暇やってんなぁ、アンタ。悪いけど、もう来んでええよ」
どうやら電話の相手は、平家さんらしい。

「え?ああ、うん。ちょっとなー…都合悪なってもーて」
『都合が悪くなった』ってもしかして、私たちが突然お邪魔しちゃったから?

「中澤さん。私たちもう帰りますから」
私は中澤さんの腕を掴んで、小声で話しかける。
私たちと平家さん。
共通の友人であるにも関わらず、中澤さんがなぜ平家さんとの約束を断ろうとしているのかは
よく判らないけど…突然押しかけた私たちがここに居座るのは、先約の平家さんに申し訳ない。

「え?ああ、うん。いやー、えっと。ああ、そうやないんやけどなー。うん」
電話の向こうの平家さんに対してなぜかしどろもどろの中澤さんは、
私の申し出を全く無視して会話を続けている。

「っかましーな!!言いにくいことじゃ!!察しろや、察しろや、みちよ!!」
突然の怒号に驚いた私は持っていた湯のみを落としそうになり、慌てて両手で持ち直す。
「梨華ちゃん、どうしよう…」
隣に座るよっすぃーは案の定カーペットにお茶をぶちまけてしまい、青くなっていた。

そして中澤さんの発言の真意を私なりに考えて、ちょっぴり恐ろしい結論に達してしまった。
『都合が悪くなった』っていうのはたぶん、私たちがここに居座っていることじゃなくて。
中澤さん、もしかして…ソファーの上のプレゼント受け取る気、満々?

サンタさん(本物)。
矢口さんは、まだ起きません。
迷えるサンタ1号と2号に、進むべき道を照らしてください。

「吉澤ぁ。アンタって、ホンマええ子やなぁ…ねーさんがお小遣いあげたろ。
これで石川とおいしいモンでも食べて?」
そう言うと中澤さんは、財布から出したお札をよっすぃーに手渡す。

「いいんですかー!?やった、梨華ちゃん!一万円ももらっちゃったよ!!」
「…うん、良かったね」
矢口さんを売ったお金で、おいしいモノだなんて…さすがの私にも、それはできない。
それより中澤さん…矢口さんって、一万円なんですか?

「矢口さん…おはようございますっ!!」
よっすぃーがソファーに寝かされた矢口さんの右肩とおでこに手をあてがい、一喝する。
小さな身体が一瞬ビクッと震えて、矢口さんはゆっくりと目を開けた。

「ん…?なに、ココ…うあっ、何かおなか痛い!ってなにコレーっ!?何で縛られてんのぉー!?
なになに!?いやっ、ちょっ、足も!?足も動かないよーっ!!なんだよ、コレぇーっ!!」
目覚めの一言で、今自分が置かれている状況について完璧に説明してしまった…
矢口さんってば、さすが!!尊敬しますっ!!

「それじゃ。お邪魔しましたー」
ソファーの上で暴れる矢口さんには目もくれず、よっすぃーは玄関へと向かって歩き出した。

「梨華ちゃん…たすけて」
涙目で懇願する矢口さんの視線には、ちょっぴり後ろ髪をひかれてしまったけれど。

「梨華ちゃーん、なにやってんの?帰ろうよー」
玄関で私を待つよっすぃーの呑気な声と、中澤さんの華奢な体から発せられる
『なにしとんねん。早よ帰れや』みたいな強いオーラには勝てなかったの、私。

「ああ、良いねぇ。誰かを幸せにするってさー、すごく気持ちが良いよねぇ…」
帰りのタクシーの中、よっすぃーがしみじみと言った。

「ねっ?梨華ちゃん」
「…うん」
その誰かさんの幸せと引き換えに、二人の人(YさんとHさん)を不幸にしてしまった私たちって…
サンタクロースというより、だんだん悪魔の使者に近付いていってる気がする。

「えっと…高橋、小川、紺野、新垣…」
隣を見るとよっすぃーは、バッグから取り出した手帳に何やら書き込んでいる。
きっとプレゼントが終了した人たちの名前を、忘れないようにメモしているのだろう。

「中澤さんと矢口さん、終了っと」

よっすぃー。
矢口さんへのプレゼントは、終了でいいの?

<第3話>ふたりでひとつ。

12月28日。クリスマスをとっくに過ぎてしまった年の瀬のこの日。
おそらく世界中探しても、未だプレゼントを配り終えていないサンタクロースなんて
たぶんきっといや絶対どこにも居ないはず…ただ一人を、除いては。

「二人とも喜んでくれるかなぁ。ってゆーか今度のプレゼントも、めっちゃ自信あるんだけどね」
今度のプレゼント『も』?
も、って言った?言ったよね?

「なに買ってきたの?」
「ん?へへっ、ナ・イ・ショ!」
そう言ってイタズラっぽく笑ったよっすぃーは、意味もなく人差し指で私のおでこを小突いた。

「うぃーうぃっしゅあ、めりくりーすます。うぃーうぃっしゅあ、めりくりーすます。
うぃーうぃっしゅあ、めりくりーすます。あんはっぴーにゅーいやー」
両手を大きく振って歩きながら、楽しそうにクリスマスソングを口ずさむよっすぃー。
彼女が一歩足を踏み出す度に、右手に持った大きな紙袋がゆさゆさと揺れた。
紙袋の中身はたぶん、あの二人へのプレゼントだろう。
よっすぃー、何をあげるつもりなのかな…楽しみ。っていうのはもちろん嘘で、ホントはすごく恐いの。

「ねぇ、梨華ちゃん。コレって変な歌だよね。アンハッピーじゃダメじゃんねぇ」
「よっすぃーが歌詞間違えてるだけだと思うけど」
「えっ」
でもこのままよっすぃーと一緒にいたら本当に『あんはっぴー』なニューイヤーになりそうで、恐いの。

「「おはようございまーす」」
呑気に微笑むよっすぃーの後に続いて、次なるターゲットの待つ楽屋へと入る。

「辻ちゃん、加護ちゃん、おいでー」
入るなりよっすぃーはその顔に満面の笑みを浮かべて、本日の標的を手招きする。
「「なにー?」」
何も知らない子羊さんたちが、オオカミの元へと近付く。

「わーっ、すっごい!プレステ!?ありがとー、よっすぃー!!」
えっっ!?どうしたの、よっすぃー!?そんな普通のよっすぃー、よっすぃーじゃない!!幻滅っ!!

「ええーっ!?いいな、いいなー!!」
「だいじょーぶ。あいぼんの分もちゃんと買ってきてるから」
「「ありがとー、よっすぃー!!」」
「いいってば、もぅ…。なんか照れちゃうじゃんかよぉ」
飛び上がって喜ぶあいぼんとののに囲まれて、よっすぃーサンタは至福のひとときを満喫中。
昨夜の悪魔のような振る舞いは何だったの、よっすぃー…。

「へぇー。同期にはいいモンあげて、先輩には犯罪行為?ほーんと、カワイイ後輩だこと」
ぎ・く・り。
私は背後から聞こえてきた非常にローテンションな声に気付きながらも、
あくまで聞こえないフリで完全無視を決め込むことにした。

「いっしかわさーん。お・は・よ」
「…っ!」
またも声がして私の前に素早く回り込んできた人影に気付いた次の瞬間、私は天井を見上げていた。
でもそれは自分の意志ではなく、『見上げさせられていた』っていうのが正解なんだけど。

「ひっ!やぐ、やぐちさん…アゴ痛い。はな、してっ」
今私のアゴを掴んで上を向かせている人物は、間違いなく矢口さん。
私は、二本の指でアゴを掴んだまま放そうとしない矢口さんに必死で懇願する。

「あ?なによ、その口の利き方は。はなしてください、でしょ?
そーゆー生意気なコト言うのは、このアゴか?ああ?このアゴか!!」
矢口さん、ひどいっ!
私、別にアゴで喋ってるわけじゃないのに…!!

「ちょっと待てってば。はいはい、欲しいヒトはちゃんと並んでねー。
サンタさんは良い子にしかプレゼントあげないんだから」
「並んでって、二人しかいないじゃん。よっすぃー、ばかー」
「はははっ、ばかー。ばかよっすぃー」
「えー。あいぼんもののも今年はよくがんばったのでー、よっすぃーが二人にプレゼントを
贈りたいと思います。えー、その前に今年の出来事をちょっと振り返ってみたいと思う」
「「はやくしろよー」」
よっすぃーたち、何だか楽しそう…。

「このアゴかあーっ!!」
三人ののどかな会話を聞きながら私はなおも、矢口さんに自慢のアゴを揺さぶられ続けていた。

「そうだ。矢口さん、昨日はゆっくり休めました?」
私がようやく解放してもらえたアゴをさすって(アゴが)傷付いていないか確認していると、
今年の出来事を一通り語り終えたよっすぃーが思い出したように余計な一言を吐いてくれる。
矢口さんの細い眉が一瞬、ぴくりと上下した。

「…ワケないでしょ」
「え?なんですかぁ?」
気まずそうに俯いた矢口さんに、呑気なトーンで詰め寄るよっすぃー。

「休めたワケねーだろ、っつってんだよ!!カラダじゅうが痛いよ!眠いよ!バカ!!」
「うそっ、ゴメンなさい、マジで!?やっぱ縛り方キツかったかなぁ。
だって梨華ちゃん、なんかすっげー太いロープ持ってくんだもん」
「ちょっと、なに私のせいにしてるの!?」
こんな卑怯なサンタ見たことない。そもそもサンタさん自体、見たことないけど。

「ねー、なに?ロープって」
プレゼントを焦らされているののが、私たちの話に割り込んでくる。
「二人ともプレゼントあげるねー」
他人には平気で失礼発言を連発するくせに、自分にとって都合の悪い質問は一切受け付けない。
ある意味尊敬に値するね、よっすぃー。大好き。

「ありがとー、よっすぃー!!」
「どういたしまして」
プレゼントされたゲーム機の箱を抱えて大喜びするののの様子を、
よっすぃーは本当にうれしそうな顔で眺めている。
そんな二人の姿を見ていると、何だか私までうれしくなってきちゃって。

あげるヒトも、もらうヒトも、それから周りのヒトだって、たった一つのモノが何人もの人を
幸せにしてくれるんだもん…プレゼントって、不思議。

「はい、あいぼんにはコレね」
期待に満ちた目でプレゼントを待っていたあいぼんによっすぃーが差し出したそれは
なにやら薄くて軽そうな、1コの箱。
「えっ…」
ののと同じモノを貰えると想像していただろうあいぼんは、目の前に差し出された
薄っぺらい箱を見て困惑顔。

「なに、コレ」
「なにって、ソフトだけど?」
「そんなん、見たらわかるけど。なんでウチはソフトだけなん?ウチには本体くれへんの?」
あっ。あいぼんが関西弁になってる…ちょっとマズイ空気かも。
そして、よっすぃーからあいぼんへのプレゼントはプレステ2対応ソフトであることが
判明しました(しかも1本だけ)。

「よくぞ聞いてくれた!コレはですねー、あいぼんに本体をあげないコトに意味があるのですよ!!」
胸を張って言い切るよっすぃーに、全員が注目する。

「やっぱりくれへんのかあーっ!なんでやねん!なんでそんなひどいコトするん!?差別やん!!」
激怒するあいぼんを、矢口さんも私もただ黙って見守っていた。
だってののには数万円もするゲーム機本体をプレゼントしておいて、あいぼんには数千円の
ソフト1本だなんて…あいぼんが怒るの、当然だもん。

「あーっ!!なんやねん、コレ!980円って!処分品って!ひどい!ひどいで、よっすぃー!!」
「あ、やっべ。シール取んの忘れてた」
激怒するあいぼんを、矢口さんも私もただ黙って見守っていた。
だってののには数万円もするゲーム機本体をプレゼントしておいて、あいぼんには980円の
ソフト1本だなんて…あいぼんが怒るの、当然だもん。

「まぁまぁ、怒りなさんな。言ったでしょ?コレは、あいぼんに本体をあげないコトに意味があるんだって」
あいぼんの口撃を物ともせず、相変わらずの呑気な口調でよっすぃーが言う。

「石川さんにお尋ねします。ゲームを本体だけで遊ぶ。是か非か」
真剣な顔で私を見つめるよっすぃーの視線に、ちょっとだけドキドキしちゃった。
言ってることはアホだけど言ってることさえアホじゃなきゃ、よっすぃーってば完璧にカワイイのにね!
「うーん。非、かな」
これからよっすぃーが言おうとしてること、何となく予想はついてるけど…
私はサンタ1号のパートナーとして、一応マジメに答えてあげることにした。

「矢口さんにお尋ねします。ゲームをソフトだけで遊ぶ。是か非か」
「非。ってゆーか不可能」
矢口さんはよっすぃーの問いに対し、心底やる気の無い口調で短く答えた。

「そう!そうなの、そーゆーコトなんだよ!」
期待通りの回答が得られてうれしかったのか、少々興奮気味のよっすぃーが声高に言った。
「どーゆーコト、980円て!めっちゃお買い得やん!
なんでおかーさんみたいな買い方しかでけへんの?よっすぃー、お金いっぱい持ってるやろ!?」
私たちの問答に全く興味を示してくれないあいぼんは、980円の件が心にひっかかって仕方ないみたい。

「ののに本体、あいぼんにソフトをあげたのはさぁ。二人でいっしょに遊んで欲しかったからなんだ。
ゲームは本体がなくても遊べないし、ソフトがなくてもできないでしょ?二つでひとつじゃん。
それと同じでさ。ののとあいぼんも、二人でひとり、じゃないけど…なんてゆーか、ずっと仲良くいて欲しい」
よっすぃーのあいぼんに対する仕打ち、ちゃんと考えがあってのことだったんだよね?
(980円のことはこの際おいといて)素直に感動しちゃったよ、私。

「やだもん!あたしがもらったんだもん!」
「なんやー!ちょうだいって言うてんちゃうやん!一週間交代にしようって言うてるだけやろー!?」
「やだ!!」
「のののあほ!」
「あいぼんの方がもっともっとアホ!!スペシャルばか!!」
伝えたいことって、本当に伝えたい相手にはなかなか通じないものなんだよね。
人間って、哀しいね。

「オマエら、聞けよー。せっかくよっすぃーがいいハナシしてたのに」
矢口さんが、諦めたように呟く。
二人に『友情』を教えようと考えたよっすぃーのプレゼントは、二人の友情にヒビを入れる
結果に終わってしまった。

「なん、だよ……二人とも、全然うれしそうじゃないじゃん」
プレゼントを巡って言い合いする二人を見ていたよっすぃーが、ぽつりと呟く。
何かに耐えるように拳を握り締めて立つよっすぃーは、少し涙ぐんでいるように見えた。

「一週間交代にしようって。ねぇ、ののぉ」
「えーっ、どーしよっかなぁ」
「ののぉぉぉ」
でもこの場合、本当に泣きたいのはあいぼんの方だと思うの。

「もういい。もうやだ、こんなの…こんなの、サンタクロースじゃないよっ!!」
奇妙な捨て台詞を残し、よっすぃーが楽屋を飛び出す。
よっすぃー。昨夜の時点で私たちもうとっくに、サンタクロース失格だった気がするの。

「追っかけた方が良くない?」
「あっ、はい!」
よっすぃー、可哀相…なんて思いながら入口のドアをぼんやりと見つめていた私は、
矢口さんの言葉にハッと我に返る。
そうだ、追いかけなくちゃ。何だかよくわからないけど、よっすぃー落ち込んでたみたいだし…。

「まって、梨華ちゃん!」
「なに?」
ドアを開けて外へ出ようとしたところで、私を引き留めるあいぼんの声に振り返る。

「ウチな、考えたんやけどぉ。みんなでやらへん?
誰か一人が持って帰って、仕事のときにまた持ってきたら楽屋とかで遊べるし。
二人だけやなくてみんなでやったら、よっすぃーもっともっと喜ぶんちゃうかなぁ」
あいぼん…。

「というワケで、これは加護さんが責任を持って預かっときます」
ののは自分のワガママぶりを反省したのか、少ししょげた様子であいぼんにプレゼントを手渡す。
一方、本体を我が物にできたあいぼんは念願かなってこの日一番の笑顔を見せてくれた。

「ねぇ、追っかけた方が良くないかい?」
「えっ?あっ!」
あいぼんってば、盗人猛々しい…なんて思いながらぼんやりしていた私は、
矢口さんの言葉にハッと我に返る。
そうだ、今度こそよっすぃーを追いかけなくちゃ!
私はよっすぃーの涙を拭うためのハンカチを用意すると、ドアを開け外へ飛び出す。

待っててね、よっすぃー。
よっすぃーが二人のために一生懸命考えてプレゼント選んだこと。
喜んでもらえなかった気持ち…私、全部わかってるから。

でもやっぱり、980円っていうのは良くなかったと思うのっ…!!

「きゃあっ!?」
外へ出て数歩ダッシュしたところで、私は何かに躓いて派手に転んでしまった。
「やだ、もぅ」
誰、通路に荷物なんか置いた人は…もう、危ないじゃない。

「梨華ちゃん、こんなトコ走っちゃ危ないよ?」
腰をさすりながら起き上がると、私を躓かせた物体が突然呑気な口調で喋りだした。
誰、通路に『膝を抱えたよっすぃー』なんか置いた人は。危ないじゃない。

「よっすぃー。床、冷たくない?」
「ん?ああ…冷たいかも」
私は、どこを見ているのやら焦点の定まらない目でぼんやりと呟くよっすぃーの隣に腰をおろした。
通りすがる人たちが、廊下に座り込む私たちを不思議そうな顔で見ていく。

「梨華ちゃん。あたし、二人に酷いコトしちゃったよ」
暗い声で呟くと、よっすぃーは膝を強く抱いて縮こまった。
いつもは大きくて頼もしく見えるよっすぃーだけど、こうしているとまるで小さな子供みたい。

「クリスマスにね、弟たちにも同じプレゼントあげたんだ。
そんときすっごい喜んでたから、それ思い出してさ」
「…そっか」
「でも考えたら、あいつらは同じ家に住んでていつでも一緒に遊べるから喜んでくれたんだよね。
あいぼんとののは一緒に住んでるワケじゃないもん。ケンカになって当然だよね」
「…うん、そうだね」
ちょっと気付くのが遅かったんだよね、よっすぃー。

「でも二人とも喜んでたから、大丈夫だよ。よっすぃーが出てっちゃった後にあいぼんがね、
二人だけじゃなくてみんなでやろうって言ってたんだよ?
だからそんなに落ち込まないで?ねっ」
私の励ましも空しく、よっすぃーは俯いたまま黙って首を横に振った。

「あたしはやっぱ、サンタクロースにはなれない」
他の人が聞いたらきっと、『そんなくだらないことで』って笑うかもしれない。
けれども私は、うずくまって今にも泣き出しそうな落ちこぼれサンタを
笑うことなんかできなかった。

「どうしよう。まだ、あげたいヒトいっぱいいるのに…どうしよう、梨華ちゃん」
よっすぃーは私が差し出したハンカチで涙を拭うと、震える声で言った。

「私がついてるじゃない」
「えっ?」
顔を上げてこちらを向いたよっすぃーはその大きな目に涙をいっぱい溜めて、きょとんとしている。

「あいぼんとののが二人でひとりなら、私たちだって同じだよ!サンタ1号と2号は二人でひとりでしょ?
だから二人でちゃんと考えてみようよ。二人でひとつになろうよ、よっすぃー!!」
最後の方はちょっと大胆告白っぽくなっちゃったけど、私は思いつく限りの言葉で
よっすぃーを励まそうと努力した。

「梨華ちゃん、ありがとう」
少し考えた後でそう言ったよっすぃーの顔は、泣き顔からまたいつもの笑顔に戻っていた。

「ぶっちゃけ、あたし…。けっこー、てきとーに考えてたんだ。みんなへのプレゼント」
「適当って、他には何をあげるつもりだったの?」
確かに私の目には、狙ったように的外れで迷惑なプレゼントばかりを選んでいるようにしか
見えなかったけど…もしかして、よっすぃーも自覚してたのかな。

「ナイショだよ?絶対言わないで」
「うん。言わないけど」
あいぼんとののの一件で挫折しなければ、極秘にしなければならないほどのいいかげんなプレゼントを
平気な顔でみんなに配っていただろうよっすぃーの思考回路が、私には理解できなかった。

「あのね。安倍さんと飯田さんには、牛のキーホルダー」
「えっ、なに?牛?」
聞き間違いじゃない、ってことは十分すぎるほどわかっていた。
はっきりと『うし』って発音してたし。口の動きだってそう読み取れたし。
北海道出身→北海道→牧場→牛。
よっすぃーが上記のような連想でその結論に達したのも痛いほどよくわかるの。だけどだけど…。

「せめて、ぬいぐるみとかにしてあげれば良かったかもね」
「あ?ああ、そだねー」
よっすぃーが考え直すチャンスを得て良かった…やっぱり、人生には挫折ってモノが必要なのね。

「ごっちんにはね、アイマスク。よく眠れるように」
「そんなのいっぱい持ってるんじゃない?」
「違うよぉ。ホラ、目のとこに目の絵が描いてあるヤツあんじゃん。アレ」
「よっすぃー、そろそろ戻らない?床、冷たいし」
今日限りサンタ1号とは縁を切りたい。そう思い始めていた。
「保田さんには、美術の教科書。あたしが中3のときに使ってたやつ」
それは、『一から勉強しなおせ』っていうパンチの効いた嫌味?もう、よっすぃーったら。

「ねぇ、私には?」
呑気なよっすぃーのことだしパートナーへのプレゼントなんて考えてもいないだろうから
ほとんど期待はしてないけど、一応質問してみる。

「えっ、えーっ…梨華ちゃんにはぁ。やだっ、ちょっと言えない。もーっ、バカ!」
「いたっ!」
えっ、何をくれるつもりだったの、よっすぃー!?
よっすぃーのバカ力で思いっきり叩かれた左腕の痛みもすっかり忘れるほど、
彼女の発言は私にとって衝撃的なモノだった。

よっすぃー、てきとーでも何でもいいからそれ…ちょうだい。

「でも、もうやめる。ぜんぶ白紙に戻して考え直す」
「ええっ!?」
いやっ!戻さないで!私へのプレゼントだけは、考え直さないでーっ!!

「あたし間違ってた。誰かに本当に喜んでもらうためには、こっちが本気にならなきゃダメなんだよね。
あたし、ちゃんと考える!これからは、みんなに本気のプレゼントするから!!」
そう言うとよっすぃーは、何かを決意したようにすっくと立ち上がった。
「よっすぃー…」
何だかよくわからないけど、立ち直ってくれたんだね…良かった。

「本気のプレゼント。略してマジプレ」

よっすぃー。
どうしてかな、私……とても、嫌な予感がするの。

<第4話>よっすぃー!よっすぃー!!よっすぃー!!!

――ただいま電波の届かないところにあるか、電源が入っていません。

「はあっ…」
電話の向こうから聞こえてきたのが期待していた声ではなくて、またタメ息をついた。
ベッドの上で仰向けに寝転んだまま、右手に持った携帯を見つめる。
『応答なし』を知らせる事務的な女の人の声、今日一日で何回聞いただろう。

今日はわりと早い時間に仕事が終わって、家に着いたのが午後4時。
せっかくだからよっすぃーを誘って買い物にでも行こうと思っていたのに、
彼女は私が声をかける間もなく脱兎の勢いでその場から立ち去ってしまった。

(『これからは、みんなに本気のプレゼントするから!!』)
恐いくらいに張り切っていた今朝のよっすぃーの姿に不吉な胸騒ぎが止まらなくて、
帰宅直後と夕食後、それからお風呂に入る前と入った後、そして就寝前の今だって。
何度よっすぃーの携帯を呼び出しても繋がるのはよっすぃーじゃなくって、
『ただいま電波の届かないところにあるか…』のおねえさん。
もぅ…。

どこにいるの、よっすぃー。

「よっすぃー」
電池切れかな?それとも、ワザと電源切ってる?でも、だったらどうして?
『応答なし』の理由が知りたくて、いろいろと考えてみる。
もうすぐ午前1時。電気を消して、音のない部屋に私はひとりぼっち。
なんだかすごく、心細くなった。

「よっすぃー」
呼んだって来てくれるはずないし、呼んだって電話に出てくれるはずもないし、だけど、それでも。

「よっすぃー」
今日はちょっと落ち込んでたし、その後だってなんとなく変な方向に立ち直っちゃってた気がするし…。
目を閉じると最初に、よっすぃーの泣いてる顔が浮かんだ。
どうして電話に出ないの?
どうして、電話くれないの?
誰に見られているわけでもないのに、私は頭から布団を被ってその中へ深く潜り込んだ。
なんだか恥ずかしい…どうして私、泣いてるんだろう。

このまま眠ってしまったらきっと、夢の中に出てきちゃうんだろうな。
それはそれでうれしいけどでもきっと、楽しい夢じゃないと思うからちょっと嫌。
だって私、よっすぃーのコトがすごく心配なんだもん…楽しい夢なんかのはず、ないよ。

――梨華ちゃん、安倍さんと飯田さんへのプレゼント。どうかな、コレ。
――『モーゥ!!』

よっすぃー!?それ、本物の牛じゃない!!

――梨華ちゃん、ごっちんへのプレゼント。どうかな、コレ。
――『あなたはだんだん眠くなーる、眠くなーる』

よっすぃー!?それ、催眠術師じゃない!!(睡眠と催眠は別モノだよっ!?)

――梨華ちゃん、保田さんへのプレゼント。どうかな、コレ。
――『はじめまして、わたくし吉澤さんのクラスの美術を担当しております。○○と申します』

よっすぃー!?それ、誰!?

――梨華ちゃん、………あげる。

よっすぃー。………いいの?

「…ちょっと…よっすぃーってば…これじゃどっちがプレゼントか、わかんな…あっ」
どうしよう、もしかして私ったらすごく楽しい夢見ちゃってるかもしれない。
ううん、違う。これは、夢なんかじゃない。

「待って、や、だ…よっすぃー、よっ………ええっっ!?」
聞き覚えのあるメロディーが突然耳に飛び込んできて、私はドラマなんかでよくあるみたいに
ガバッと勢いよく上半身だけ起こして、辺りを見回した。

「夢…?」
さっきまですぐ側にいたよっすぃーは、どこにもいなかった。
認めたくないけれどさっきまでの素敵な出来事はすべて、夢だったのね。がっ……かり。

「これが初夢だったら良かったのに…あーあ、惜しいことしちゃったなー」
初夢は正夢になるんだって、飯田さんが言ってたもん。
それより私…一人暮らしのせいでついてしまった思ったことそのまま口に出しちゃうクセ、直さなきゃ。

「あっ!携帯!?」
枕元では、私たちの夢のひとときをぶち壊してくれたよっすぃーとおそろいの
着メロ(『もろびとこぞりて』)が鳴り響いている。
慌ててそれを手に取り、表示を見てハッとする…よっすぃーからだ!

「よっすぃー!?」
『もしもし?梨華ちゃん?』
やっと連絡がついて興奮する私とは対照的に、電話の向こうから聞こえてきたよっすぃーの声は
いつもと同じくいたって呑気なモノ。

「もーっ、なにしてたの!?ずっと心配してたんだからね!!」
『さむっ!梨華ちゃん、さっみーって、マジで!!』
「ちょっと!何なのよ、いきなり!」
そりゃあ加入当初から矢口さんはじめ中澤さんや保田さん、挙句の果てには飯田さんにまで
『寒いよ、石川』なんて言われ続けてきた私だけど、同期であるよっすぃーにわざわざこんな
早朝から電話で起こされてまで言われる筋合いなんてないもんっ!!

『っくしゅっ!うあー、寒いよぉぉ』
「よっすぃー、もしかして外から?」
電話の向こうから聞こえてきたくしゃみから、よっすぃーの言った『さむい』という言葉を
間違って解釈していたことを悟った私は、同時に彼女の声に混じる雑音に気が付いた。

『うん。はこだて』
「えっ、なに?よく聞こえなかったんだけど」
はこだて、確かにそう発音しているように聞こえた。
HAKODATE、何かの暗号かしら?

『函館、来てるんだけどぉ』
「はこだてって、あの函館!?北海道の!?」
『ったりまえじゃん、他になにがあんだよぉ』
「それは、そうだけど…」
いつも通りの呑気なトーンに、言い返す気力も失せてしまった。どうせ言い返してもムダだと思うし。

「なにしてるの?そんなとこで」
『なにって。ホラぁ、安倍さんのプレゼントだよ。
安倍さんといえば北海道、北海道といえば海の幸、海の幸といえば北海道でしょ?』
「それで函館まで買いに行っちゃったの?」
『北海道といえば函館、函館といえば北海道』
わざわざ足を運ばなくたって、通販とかで買えば済むことなのに…。
わざわざ足を運んで自分の手で買ってくることが、よっすぃーの言う『本気のプレゼント』なのかな?

『もうねー、すっごいの!大漁だよ、大漁!!
ってゆーかさぁ、もうアレだね。カッコ良すぎだよ、海の男!!』
「…え?」
大漁、ってどういうこと?
海の男と函館でなにしてたの?
よっすぃーとのサンタクロース・ライフは毎日が新鮮な驚きに満ちていて、ちょっと疲れるけどでも素敵。

「大漁ってなに?海の幸、買いに行ったんじゃないの?」
安倍さんへのプレゼントについて鼻息も荒く語り始めたよっすぃーに、私は努めて冷静に質問する。

『昨日仕事終わって来たからさ、こっち着いた時はもう暗くなってたんだけど。
やっぱ新鮮なやつが欲しいじゃん?で直接港に行ったのね、分けてもらおうと思って。
したらさー!ちょうど、イカ釣り漁船が港出るとこで!!
頼んだら乗っけてもらえたんさー、いいっしょ?なぁ?いいっしょぉー!!』
「海の男って、漁師さんのこと?」
ひとまず、『大漁』の謎については解明できた。
私はあくまで冷静に、質問を続ける。

『そう。マジかっけーんだって!あたしさぁ、ココ住んじゃおっかなー。
なんかさぁ、アイドルもいいけど漁師の道ってのもアリかなーって』
「うん。気持ちはわかるけど、今日も仕事あるから帰ってきてね」
『うん。わかった』
電池切れかな?それとも、ワザと電源切ってる?でも、だったらどうして?
なんて、ちょっと可愛げな女のコっぽく揺れていた昨夜の自分がバカバカしく思えてきた。
漁船乗ってて圏外になってただけだったなんて、ね…。

『ねぇ、梨華ちゃん!知ってた?イカって、『いっぱい』って数えるんだって。『おっ○い』じゃないよ?
間違えんなよっ!!』
「…うん、知ってる」
ふと枕元の目覚まし時計に目をやると、現在の時刻は午前4時20分。
よっすぃー、朝から楽しそう…。

『あのね、梨華ちゃん。海って、すっごく広いんだよ?』
「…うん、知ってるけど」
眠くなりそうなほど当たり前の事実に、私の返事も自然と投げやりになる。
よっすぃーの口調はさっきまでのハイテンションなモノから一変、再び元の
呑気な口調に戻っていた。

『あたしが乗っけてもらった船さぁ、いつもはおとうさんと息子の二人で漁に出るんだって。
だから他のに比べたらそんなに大きな船じゃないらしいんだけど、あたしから見たらすごく
大っきく見えたんだよね。だって漁船なんてさ、あんま近くで見たことないし』
「…うん」
ベッドに腰掛けてよっすぃーの声を聞きながら、目を閉じて想像してみた。
昨夜私が夢の中にいたとき、よっすぃーはどんな船に乗って夜の海を旅していたのかな。

『乗り込む前にね。港から船見てたら、そんときは船がすっごい大きく見えてさ。
でもそれ乗って海に出たらさぁ、自分が乗ってる船がすごく小さい船みたいに感じたんだ。
すごく小さくてさ、波が来たら飲み込まれちゃいそうでホント恐いんだよ?』
「うん」
『すっごい小さい船で、でも二人とも奥さんとか子供のために魚捕ることばっか考えててさぁ、
めっちゃくちゃ一生懸命になってんだよ?大切な人のためにね、すっごい一生懸命になってんの。
なんか、そーゆーのってさぁ、良いよねぇ』
「うん」
『だからあたしも、安倍さんのコト考えながら一生懸命手伝ったの。
安倍さんの喜ぶ顔とか想像したら、すごいうれしくなった。
なんかね、おとーさんの気持ちになったよ?』
「…そっか」

広くて大きな海の上で、小さな船に揺られて。
波に飲み込まれそうになって恐くても、大切な人のために。
そんな素敵なプレゼントを受け取って喜ぶ安倍さんを想像したら、私もいっしょにうれしくなった。

ただ、
事情説明もなしにいきなり『とれたてのイカ』を手渡されたら安倍さん、戸惑っちゃうかも知れないけど…ね。

『そーゆーワケだからさ。梨華ちゃんは飯田さんのプレゼント、よろしくね?』
「えっ、飯田さんの?」
よっすぃーの心温まる漁師体験に聞き入っていると、寝耳に水。

『今日、朝から会うって言ってたじゃん』
「…そっか。うん、まかせて!」
よっすぃーの言う通り、今日は朝からタンポポの仕事で飯田さんと一緒。
寝起きでぼーっとしてるせいか自分がサンタクロースであることをすっかり忘れていたけど、
徹夜でイカ釣りがんばってくれた1号の代わりに、私はプレゼント代行を快く引き受けることにした。

「それで、なにあげたらいいの?」
よっすぃー曰く、『サンタ2号は、1号の指示に従うコト』らしいから…
呑気なよっすぃーのことだから、『考えてない。梨華ちゃん考えて』なんて
言われちゃいそうだけど。

『あっ、そだね。ちょっと待ってね…』
ガサガサと荷物を探るような音がして、よっすぃーの声も少しくぐもって聞こえる。

『ちゃんとねー、聞いてあるんだ』
くぐもっていたよっすぃーの声がクリアになったのに続いて、なにやら慌しく紙をめくるような音。
『聞いてある』って言葉から察するに、よっすぃーは飯田さんに欲しいものをちゃんとリサーチしていた様子。
電話の向こうでパラパラとめくっているのはもしかして、飯田さんへのプレゼントをメモしておいた例の手帳かな?

『えっとねー、飯田さんにはぁ…愛』
「えっ、なに?」
聞き間違いじゃない、ってことは十分すぎるほどわかっていた。
わかってるけどできれば聞き間違いであってほしい。
そんな願いも込めて、電話の向こうのよっすぃーに聞き返さずにはいられなかった。

『愛が欲しいんだって、飯田さん』
「私、なにあげたらいいの?」
『あっ!ゴメン、梨華ちゃん。みんながこれからあたしの送別会、やってくれるっていうから。
お昼にはそっち帰るから、またあとでね』
「待って、よっすぃー!」
遠くで漁師さんたちの楽しげな笑い声が聞こえている。

『北海道のお土産、いっぱい買って帰るからねー!』

よっすぃー。
マジで、私……飯田さんに、なにをあげたらいいの?

<第5話>愛ってなあに?

「さあ、飯田さん!どっちでも好きな方、選んじゃってくださいっ!!」
私は早朝からご飯も食べずに悩みに悩みぬいた末、ようやく考えついたプレゼントを
飯田さんの前に差し出した。

「なにコレ…何のマネ?」
とっておきの梨華スマイルで誇らしげに立つ私とは対照的に、プレゼントを見下ろす飯田さんの
表情はなぜか強張っている。
それはおそらく、私の差し出したプレゼントの意味するものが彼女に通じていないせいだと推測された。
もぅ、飯田さんったら相変わらず鈍いんだから…。

「だって飯田さん、『アイ』が欲しいんですよね?ほらっ、亜依と愛。さあ、どっち!?
なーんちゃって、あはっ!くすっ、あはははっ!やだもー、私ったら!」
ネタの途中に自分でウケちゃうなんて…芸人として最もサムイ行為(矢口さん談)なのに。
だけどこれは笑わずにはいられないよ、だって面白すぎるんだもん!
『愛が欲しい』と聞いて『亜依』と『愛』を思いつく人なんて、世界中どこ捜したって居ないよね?絶対に居ないはず!
やっぱり私ってば、面白すぎ!!天才っ!!

「梨華ちゃん、勝手にプレゼントにしないで。ウチ、早よゲームやりたいねんけど」
「石川さん、私、仕事でもないのに来ちゃって良かったんでしょうか?」
梨華ちゃんのマジプレ作戦大成功!と思ったのも束の間、
飯田さんを前にして早くもプレゼントたちが不満を漏らし始めてしまった。

「「…っ!」」
モノたちに騒がれてしまっては、せっかくのプレゼントが台無しになってしまう。
私はあいぼんと高橋の背後から、二人の頭を抱え込むようにして手で口を塞いだ。
石川梨華、会心のギャグ。誰にも邪魔はさせないんだから!

「ゴメン石川。つまんない」
「ええっっ!?」
飯田さんが発した氷のように冷たい一言に、私は自分の耳を疑った。
石川梨華、一世一代のギャグを『つまんない』だなんて!?(しかも謝られた!)
いくら飯田さんのギャグセンスがずれているからって、まさかそんなはずはっ!?

「だってだって!飯田さん、ダジャレとか好きじゃないですかっ!?」
「好きだけどクリスマスにもらったってこれっぽっちも嬉しくないし、第一面白くなかったよ、今の」
「そ、そんな……」
喜んでもらえなかった上に自分のギャグセンスまでをも真っ向から否定され、
私は体中の力がゆっくりと抜け落ちてゆくのを感じていた。
一生懸命考えたプレゼントを喜んでもらえなかったよっすぃーの気持ちが、ようやく分かった気がする。
まさかこんな形で思い知らされることになろうとは思わなかったけど、ね…。

「もーっ!なにすんねん、梨華ちゃん!!」
「私、このままココに居ちゃってもいいんですか?」
口を塞がれていた力が緩んだ隙に、あいぼんと高橋は私の腕からするりと抜け出した。

「ゴメンね。もう帰ってもいいけど…」
今日は午前中がタンポポのラジオ収録、お昼すぎから娘全員での仕事が入っている。
タンポポの一員であるあいぼんは良いとしても、飯田さんへのプレゼントのためにわざわざ朝から
呼び出してしまった高橋に対しては、心から申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「でも、今帰ってもトンボ返りになっちゃうから…」
「そうだよね、ゴメンね」
良いんです良いんです、彼女は手振り付きでそう言って笑ってくれたけど…
せっかくのお休み(午前中だけだけど)にわざわざ呼び出した上に飯田さんには
あっさり不評で終わってしまったコトへの罪悪感から私は、何とも居たたまれない気持ちになる。

「ひっどぉーい。高橋ちゃん、かぁわいそーぉ。石川センパイってば、さいってー。さっむぅー」
高橋への申し訳なさと、ダジャレがスベったコトが悲しくて俯く私の背後から、
容赦ない非難の声が浴びせられる。
私のことを『石川センパイ』と呼んだその声は明らかに私の後輩のモノではなく、
さらに同期のモノでもない、こんな状況で一番聞きたくなかった人のモノだった。

「寒い。極寒。今日から梨華ちゃんのコト、『シベリア』って呼ぼう」
声の主に背を向けたままで私は、拳を震わせながらひたすら屈辱に耐えるしかなかった。
矢口さん、どうしてそこまで私に冷たく当たるんだろう。
こないだ中澤さんのプレゼントにされたこと、まだ根に持ってるのかな…矢口さんって、案外しつこい性格なのね。

「聞いて、石川。カオリが欲しいのは、加護でも高橋でもダジャレでもオヤジギャグでもないの」
「…はい」
「ましてや、つまんないダジャレなんて言語道断なの」
「…すみません」
私は棒立ちで肩を震わせながら、飯田さんのお説教にじっと耐えていた。
顔がだんだん火照ってくるのがわかる…たぶん私、耳まで真っ赤になっちゃってると思う。
こんな情けない先輩の姿を見て、高橋はどう思っているだろう。

「カオリが欲しいのは、愛なの」
どうせならもう少し、カッコイイことで怒られたかった。
「尽くして」
待って。そもそも、飯田さんのダジャレだっていっつも面白くないじゃない。そうだよ!私は悪くない!

「カオリに、尽くして」
そうだよ!飯田さんのネタはいつも、爆笑というより失…
「えっ?」
一旦は左の耳から右の耳へ聞き流した飯田さんの発言だったが、
その聞き捨てならない内容に私の思考は一瞬遅れで中断された。

「飯田さん、今なんて…」
聞き間違いじゃない、ってことは十分すぎるほどわかっていた。
「尽くして、って言ったの」
ほらね、やっぱり。
飯田さんの素敵な笑顔がとても、怖い。

「シベリア、ノド渇いた。お茶買ってきて。それからタコ焼きとー、シュークリーム」
「私、矢口さんに尽くすつもりはありませんから」
「あー?んだよ、その口の利き方は。チャーミーのくせにナマイキだぞぅ」
先輩じゃなきゃ、とっくに埋めてるとこなのに…耐えるの、耐えるのよ、梨華。

「ダメ!石川はカオリのプレゼントなんだから」
「いいじゃん。カオリのモノは真里のモノ、真里のモノは真里のモノだよ」
「あはははっ!なにそれ面白いよ、矢口!!面白いから特別に許す」
先輩じゃなきゃ、とっくに沈めてるとこなのに…堪えるの、堪えるのよ、梨華。

「石川。カオリ、肩こっちゃって鉛筆が握れないの。どうにかして」
「…はい」
「シベリア。それ終わったら、お好み焼きとケーキね」
「…はい」
「梨華ちゃん。野球ゲームやらへん?」
「…はい」
「あのぅ、石川さん。私も何かお願いした方が良いですか?」
「…はい」

飯田さんの肩を揉みながら、お好み焼きとケーキはコンビニので許してもらえるかな…
なんてことを考えていた。
イスに座る飯田さんの頭頂部に、私の目から悔し涙が、ぽろりひとしずく。

「ハイ、梨華ちゃんコールド負け。コールド・ゲーム!コールド、ゲエエエエーーッム!!」
「あいぼん、何回も言わなくたって分かってるから」
プレゼント配りのお仕事を1号より任された(今となっては、まんまと『押し付けられた』。
そんな気さえする)私のサンタ生活は実に地味に幕を開け、そして。

「梨華ちゃん、なんか犬っぽい。今日から梨華ちゃんのコト、『エスキモー犬』って呼ぼう」
僅かに残った人間としてのプライドすらもズタズタに切り裂かれ、もうすぐ終わろうとしていた。
もぅ、最悪…なんて、始めのうちはそんな風に思っていたのだけれど。

「飯田さん、ノド渇きません?」
「ん?ああ、言われてみれば」
「そう思って石川、用意しておきました。ミルクティー、ホットですっ!」
私はミルクティーの缶を開け、飯田さんに手渡す。

「石川ぁ、気が利くじゃん。サンキュー」
「どういたしまして」
「美味しい…ああ、なんか落ち着くなぁ」
缶を口から離して一息つくと、飯田さんが幸せそうな笑みを浮かべてしみじみと言った。
飯田さん、しあわせそう。
ああ、こういうのって…ちょっと素敵かも知れない。

(『誰かを幸せにするってさー、すごく気持ちが良いよねぇ…』)
私はふと、よっすぃーの言葉を思い出した。

自分が幸せになりたいから誰かを幸せにしたいと思うわけじゃないけれど、
誰かに幸せをプレゼントすることで自分も幸せになれるのはオマケみたいに
くっついてくるモノで、やっぱりうれしいから…素直に喜んじゃっても、いいよね?

「キャアアアーッ、たいへん!ゴっキブリよぉぉー!!」
突然大声がして振り返ると、私のすぐ後ろには野球のピッチャーみたいに振りかぶり、
飯田さんに向かって何かを投げつけようとしているあいぼんがいた。
私はとっさに自分でも驚くほどの反射神経で、足を踏み出していた。

「ああ、落ち着くわ…」
「飯田さん!あぶないっ!!」
飯田さんを守らなきゃ!
それはまるで、本能だった。
気が付くと私は、右手にミルクティーの缶を持ったまま無防備に立っている
飯田さんの肩を、力任せに突き飛ばしていた。

「きゃああーっ!?」
それはまるで、スローモーションだった。
ズザザザザ…と小気味良い摩擦音を立てながら私たちの目の前で飯田さんは、
滑って転んでドア付近まで流されていった。
右手に握られたミルクティーの缶からは中身の液体が流れ出し、
夜空に輝く天の川のような、ひとすじの線を形作っていた。
それはまるで飯田さんの涙、あるいは血の象徴であるかのようにドクドクと流れ続けている。

「あーあ。だいじょうぶ?カオリ」
恐怖で固まる私の後ろから、呆れたような口調の矢口さんが進み出てくる。
飯田さんはスカートについた埃を払い落としながら、矢口さんの手を借りてゆっくりと立ち上がった。
私に背を向けて立ち上がった飯田さんの表情は私の位置から窺い知ることはできないけれど、
それはそれは激怒しているであろうことは容易に想像できた。

ミルクティーで出来た天の川の下流には、あいぼんが放ったゴキブリのおもちゃが、
後ろ足だけ浸かった状態でぽつんと存在している。
ほんの少しの間でいい、飯田さんの怒りが収まるまで、ミルクティーのほとりに
佇むゴキブリになりたい。強くそう願った。

「石川」
私に背を向けたままで、飯田さんが静かに言った。
「はっ、はい!!」
私は背筋を伸ばしてぴたりと両足を揃え、直立不動で飯田さんの次の言葉を待つ。
あーあ、私、また叱られちゃうんだろうなぁ…飯田さんのことだもの、常識的な怒り方じゃないはず。

たぶん、私みたいな凡人には到底理解できないような一風変わった例え話なんか持ち出しちゃって、
これなら怒鳴られる方がまだましだわ…なんて半ば意識を失いかけたところで、『話は紀元前に遡るんだけど』
とか言い出して、散々とんでもないところへ脱線した挙句、『あれ?カオリ、何で怒ってたんだっけ』の
一言で終わる頃には怒られていた当人ですら何故怒られていたのかわからなくなっているというのが
いつものパターンだもん、ね…。

「石川ってさ、やさしいコだね」
しかしこちらへ振り向いた飯田さんは私の予想に反して、とても優しい笑顔で言った。
「……え?」
冷酷な獣の顔を想像していた私は、こちらへ向けられる飯田さんの柔和な瞳を、
その場に突っ立ったまま呆然と見つめ返していた。
驚きと同時に、何か企みがあるのかも…という疑念もあった。

「石川は、カオリのことを思って、あんなことしたんだよね?
本当に心からカオリのこと思ってくれたから、あんなことしたんでしょ?」
見つめていると吸い込まれてしまいそうなくらいに大きな瞳は、じっと、私だけを捉えている。

「…はい」
それは、本当だった。

飯田さんを守らなきゃ、その一心で私は、とっさにあんな行動をとってしまったんだもの。
飯田さんにコキ使われた腹いせに、飯田さんを突き飛ばしたりしたんじゃない。
確かにそういう気持ちもないと言えば言えなくもないけれど、少なくともあの一瞬、私にそんな気持ちはなかった。
飯田さんを守らなきゃ、あの時はただそれだけが、私を突き動かしていた。

「ほんの何時間かだったけど石川がカオリにしてくれたこと、本当にうれしかったし幸せだったの。
尽くしてもらえたからじゃなくて、石川がすごくやさしいコなんだってことがわかったからね、
そういうのがすごく、カオリにとっては幸せだったの」
飯田さんの『言葉』は、私にはやっぱりよく理解できないけれど、
飯田さんの『気持ち』は、私にもなんとなくわかったような気がした。

「やさしい気持ちって、きっとそうやって周りの人にもどんどん、伝染していくものだと思うから」
そう言った飯田さんの笑顔は私のなんかよりずっとやさしくて、
私は温かいミルクティーと、夜空に流れる天の川を連想した。

「秀吉はね」
「えっ?」
ひでよし、確かにそう発音しているように聞こえた。
HIDEYOSHI、何かの暗号かしら?

「寒い寒い雪の夜、王子様と雪の夜、秀吉は信長のために、彼の草履を懐で温めたんだって。
きっと秀吉は信長のことを思って、彼が下駄を履くときに冷たくないようにって、
すごくやさしい気持ちで彼の下駄を、温めたんだと思うのね。
ちなみに懐じゃなくて、背中に入れて温めたとも言われているの……あっ、ちょっと脱線しちゃったね。
だから誰かのために『尽くす』ってね、そういうことだと思うんだ。
尽くすっていうのは、相手のことを想って、自分もやさしくなることだと思うの」
分かるような、分からないような…飯田さんの『言葉』は、私にはやっぱりさっぱり理解できない。
でも、ワカラナイことは、ワカルまでやらなくっちゃね!
ポジティブな心意気が、私を突き動かしていた。

「でも飯田さん。石川、思ったんですけどぉ…秀吉さんは信長さんを想ってというよりは
もっと打算っていうか、出世欲っていうか、そういう考えがはたらいて草履を温めたり
したんじゃないかと、」
言いながら、ちらりと飯田さんの反応を窺ってみる。
すると飯田さんの大きな目がさらにカッと大きく見開かれたのに気付いた瞬間、
私に向かって飯田さんの長い両腕がスローモーションのように伸びてくるのが見えた。

「バカっっ!!」
「きゃああっっ!!」
ズザザザザ…と小気味良い摩擦音を立てながらみんなの目の前で私は、
滑って転んでドア付近まで流されていた。
「きゃあっ!」
あいぼんが放ったまま放置されていたゴキブリが天の川に浸かったまま、
突き飛ばされて転がっている私を見つめているのに気付き、一瞬ヒヤっとする。

「石川!あんた秀吉のこと、何にもわかってない!!」
「えっ…」
仁王立ちで私を見下ろす飯田さんに、戸惑いの視線を投げかける。

「じゃあ聞くけど、あんた見てきたの!?ねぇ!!
あんたはサルが草履温めてるとこ、その目でしっかりと見てきたって言うわけ!?」
「…いいえ、見てません」
「ホラ!そうじゃん!見てもいないくせに秀吉のこと、出世欲の塊で打算的な男みたいな言い方して!」
飯田さんは両手を腰に当て、勝ち誇ったような表情で私のことを見下ろしている。

「でも飯田さんだって、」
「梨華ちゃんっていつも、一言多いよね…」
飯田さんだって秀吉さんが草履温めてるとこ、実際に見てきたわけじゃないじゃないですか…。
そう口に出そうとしたところで矢口さんがボソリと呟いた言葉にハッとし、私は思い留まった。

「でもアレ、作り話だって先生が言ってたよ?」
「ってゆーか誰も見たヤツいないんだからさ、何とでも言えるっしょ」
「私、ホントだと思ってました」
私なんかより一言も二言も多い人々の問題発言を、飯田さんはあっさりと聞こえないフリで
やり過ごしている。

(『北海道のお土産、いっぱい買って帰るからねー!』)
おねがい…早く帰ってきて、よっすぃー。
これじゃまるで私ひとりが、バカサンタみたいじゃない。

―――

「みなさーん、メリークリスマーっス!!」
勢い良くドアが開き、発泡スチロール製の大きな箱を抱えたよっすぃーが中へ入ってきた。
『漁協』と書かれた手ぬぐいを頭に巻いて誇らしげに立つ彼女を、モーニング娘一同、
しばし呆然と眺めていた。

「ねぇ、よっすぃー。何からツッコんで欲しい?」
しばらく呆気にとられていた矢口さんが、みんなより一足先に立ち直って言った。

「安倍さん。コレあたしと梨華ちゃんから、ちょっと遅めのクリスマスプレゼントです!
受け取ってくださいっ!!」
「え…なに入ってんの、コレ。なんかちょっと、生臭いし」
目の前に差し出された箱を見ながら、少し怯えた表情で安倍さんが言った。

「安倍さんと言えば北海道、北海道と言えば函館。
函館と言えば北海道、北海道と言えば海の幸。
安倍さんと言えば函館」
「何が言いたいんだ。しかも最後のはびみょーに間違ってるよ」
「北海道、海の幸セットです!!」
相変わらずの笑顔で、胸を張ってよっすぃーが言う。
矢口さんにきっちりツッコまれても、ヘコむようなよっすぃーじゃないもんねっ!!やっぱり好きっ!!

「えっ、海の幸?うっそぉー、何が入ってんだろ」
よっすぃーの言葉から箱の中身が危険物ではないと判断した安倍さんの表情は、
『怯え』から『喜び』に変わっていた。
みんな口々に「何かなー」なんて言ってワクワクしながら、床に置かれて今まさに
安倍さんが開けようとしているその箱を、覗き込む。

「よっすぃー、サンキュー。何だろう…開けるよ」
うれしそうな様子の安倍さんを見ながら、私の胸に一抹の不安がよぎる。
イカが入っているのは間違いない、だってよっすぃーはイカ釣り船に乗ったって言ってたし。
イカは問題なく美味しいと思う、この上なく美味しいと思うの。
だけど私が気に病んでいるのはイカではなくて、『海の幸セット』として詰め合わされている
イカ以外のモノたちのこと。

よっすぃー、一体なにを詰め合わせたんだろう…初日からの彼女の暴れっぷりから想像するに、
まともなモノを選んでいるとは到底思えない。
海ヘビ、ピラニア、人喰いザメ、などなど…ああ、もぅ、考えただけで恐ろしくなってきちゃったじゃない!

「うっそぉぉぉーっ!!カニ!?カニじゃん!すごいよ、よっすぃー!!」
「毛ガニは旬じゃないので冷凍ですが」
そんな細かいことはどうでもいいんだけど、とりあえずはまともなモノを選んでくれたみたい。

私はホッと胸をなでおろし、同時によっすぃーの恐るべし『本気』ぶりを垣間見た気がした。
函館までの交通費に加え、イカはもしかするとタダで貰えたのかも知れないけど、
毛ガニやその他にも箱の中には豪華な海の幸がたくさん詰まっているみたいだし…
バカを付けたい程の節約家であるよっすぃーなのに、安倍さんのために一体幾ら注ぎ込んだのだろう?

「コレでさー、鍋やろっか、みんなで。ね?」
「おおーっ!いいね!やろ、やろ!!」
安倍さんと矢口さんを筆頭に、みんなは鍋パーティーの計画で盛り上がっている。
その様子をうれしそうに、腕組みして仁王立ちで眺めているよっすぃーはすっかり漁民の顔だった。

「いやー。気合入ってんねぇ、よっすぃー。こりゃ自分の番が楽しみだワ」
盛り上がるみんなの輪には加わらず一人静観していた保田さんが、ニヤケ顔で言った。

「……あっ。そうだ、忘れてた!保田さんにも買ってきたんですよ、ついでに」
ニヤつく保田さんの顔をじっと眺めながらしばらくぼんやりした後、思い出したようによっすぃーが言う。

「アンタねー、言ってることがイチイチ失礼なんだよ。絶対自覚してるでしょ?
なぁ、わかって言ってるだろ、オマエ」
本来ならもっと怒られていいはずのよっすぃーの態度だけど、保田さんもプレゼントを
『もらう』立場としてあまり強くは言えないみたい。

「はい、コレ」
言いながらよっすぃーは、コンビニ袋から取り出した小さな箱を保田さんに手渡す。
「なに、コレ」
素直に受け取ったものの保田さんの顔は、明らかに怒気を含んでいた。

「なにって、温泉の素ですけど?」
もちろんよっすぃーは悪びれる様子もなく、当然のような口調で言い放つ。
「いや…温泉っつったらさー、旅行券とかじゃないの?普通は」
どうやら保田さんは、よっすぃーに『温泉』をリクエストしていたらしい。

保田さん。
悲しいことによっすぃーは、とっても素直な性格なんです。
『温泉』じゃなくて、ちゃんと『温泉旅行』って言えばよかったのに、ね…。

「やだなぁ、保田さん。旅行券や宿泊券あげるのは簡単だけど、今のウチらにまとまった休みなんか
取れるワケないじゃないっすかー。もっと現実見ましょうよ、ねっ?」
よっすぃーったら、素直すぎて『温泉』そのものをプレゼントしたのかと思ってたけど
そうじゃなかったんだね。
『現実見ましょうよ』だなんて、サンタさんがそんなこと言っちゃいけないと思うの。

「あああああ…。何で温泉なんて言っちゃったんだろ、アタシ…。迂闊だった、マジで迂闊だった」
どうするの、よっすぃー。保田さん、本気で悔しがっちゃってるじゃない。

「やべやべ。ってゆーかホントにさっき気付いて、コンビニで。あせったー」
安倍さんには、函館産の豪華な海の幸セット。
保田さんには、入浴剤の詰め合わせ(近くのコンビニで購入)。

「プッチの曲かかってたのー。そんで思い出したんだけど、いやー、あぶなかったっすー」

よっすぃー。
よっすぃーの『本気』って、ムラがあるよね…。(せめて北海道のコンビニで買ってきて欲しかったな)

<第6話>かさじぞう☆2001

朝起きたら、こんなメールが入っていた。

『今日は仕事が終わっても帰らないでください。ただし、ごっちんには気づかれるな!』

もちろん差出人は言うまでもなく、あの人。

ごっちんには気づかれるな、ってことはもしかして、仕事帰りにごっちんへのプレゼントを
買いに行くつもりなのかな…(お金で買えるモノをあげるつもりなのかどうかは怪しいけど)。

月日が流れるのは早いもので、よっすぃーのとんでもない思いつきに振り回されて今日でもう五日目。
ふと気が付けば世間は、12月30日になっていた。
一般市民の方々はきっと今頃、大掃除や年越しの準備に追われているはずね…。

カーテンを開け、差し込んでくる光のまぶしさに思わず目を細める。今日は、とても良い天気。
昇り始めた太陽に、あの人の明るい笑顔を想った。
私たちのサンタクロース業務。
今日中にとは言わないけどせめて、年内には終わらせようね…よっすぃー。

―――

「石川、アンタたち今度は何企んでんのよ?」
私が着替えていると、背後から忍び寄ってきた保田さんが小声でぶしつけな質問を浴びせてきた。

「何のことですか?」
「だから、『仕事終わっても帰らないでください』って。何やらかす気よ、次は」
やらかす、ってずいぶん人聞きの悪い言い方だけど…。

「もしかして保田さんにも来たんですか?メール」
「やぐっつぁーん、帰ろ?」
私が小声でした質問は、矢口さんを呼ぶごっちんの大声で遮られてしまう。

「矢口さん?」
あんなに大きな声で呼ばれて聞こえないはずがないのに、矢口さんは私の隣で固まったまま。
視線を泳がせて何やら言葉を探している様子。

「あっ、いやー、今日は先帰ってて。ちょっと用事ってゆーかさ、うん。ねっ、圭ちゃん」
「えっ…あ、ああ。うん、そうそう。ちょっとね、ははっ」
突然話を振られた保田さんも、しどろもどろになりながら目線をキョロキョロ。

「ふーん。みんなも?」
ごっちんの言葉に、全員が黙って頷く。
それはとても、不自然な光景だった。

よっすぃー。あのメール、全員に送りつけたんだね…。

―――

そして私たちは、カラオケボックスにいた。

「さーて、なに歌おっかなぁ」
「なに考えてんですか!歌なんか歌ってる場合じゃないでしょ!!」
張り切る矢口さんから歌本を取り上げると、鼻息も荒くよっすぃーが言った。

「自分が連れてきといてそれはないでしょ。カラオケ来て歌う以外なにするっつーのよ」
歌う気満々の矢口さんは、よっすぃーの言い分に当然ながら不満顔。

「ただ歌うだけなら、ごっちんも一緒に連れて来てますよ!なに考えてんですか、マジで!!」
「はあ!?なにそれ!言ってるコトはわかるけど言い方がムカツクんだよ!!」
「矢口の”グチ”は、憎まれ口の”グチ”」
「むっかつく!!ふざけんな、オマエ!!」
「ちょっとちょっと。何いきなりケンカしてんのよ、アンタたち」
今にも殴り合いになりそうな二人の間に、保田さんが割って入る。

「矢口の”グチ”は、非常口の”グチ”。矢口の”グチ”は、搬入口の”グチ”」
私も一つ、思いついちゃった…矢口さんの”グチ”は、へらず口の”グチ”。
あとでこっそり、よっすぃーに耳打ちしておこうっと。

「ごっちんのプレゼント、みんなで考えるんでしょ?」
「そーなんすよ!そのとおーり!!」
安倍さんの言葉がうれしかったのか、興奮したよっすぃーは意味もなくソファーの上に立ち上がった。

「ってゆーかぁ、プレゼントはもう考えてあるんですけどねっ」
「なにあげるの?」
「なんだと思う?」
「知らないよ」
「だよねー、知らないよねー」
よっすぃーとののの会話って話が一向に前に進まないから、ちょっぴりイライラしちゃう。

「みんなで何かするの?」
ソファーの上に立つよっすぃーを見上げて、飯田さんが言った。

「イエース。クリスマス会をやります」
ソファーの上に立つよっすぃーは右手を高々と挙げて、謎のピースサイン。

「へー。よっすぃーにしてはマトモな企画だね」
500円程度と思われるコンビニ産の入浴剤セットを貰ってしまった保田さんは、
嫌味のつもりなのか『よっすぃーにしては』という部分をやけに強調した。

「クリスマス会といえば、さて何でしょう?辻さん」
「ケーキ?」
「惜しい!」
「ジュース」
「ああ、もう一声!」
「フライドチキン」
「うわぉ!」
「フライドポテト」
「いやーん」
「ドコまで行く気なんだよ、おマエら」
ハンバーガー、と言いかけたののの言葉に、矢口さんが割り込む。

「クリスマス会といえば、劇ですよ!劇!!」
そう言ってよっすぃーはトランポリンでもするかのように、勢い良くソファーの上から飛び降りた。

「そーゆーワケなんで。今日は朝まで、明日のクリスマス会に向けて劇の稽古をしたいと思います」
「朝まで!?ってゆーか明日って!!」
私も矢口さんと同じく、どっちの事柄に対して驚いていいのやら、さっぱりワケがわからなかった。

「カンベンしてよ、よっすぃー。明日も仕事あるんだし。大晦日だし紅白だってあるし忙しいし」
よっすぃーに対してと言うよりはほとんど独り言に近いトーンで、保田さんがボヤキ始めた。

「みなさんは、ごっちんと仕事と、どっちが大事なんですか」
うっ…!
一瞬にして室内が、『それを言っちゃあ…』みたいな空気に包まれた。

「で、コレが台本なんですけど」
いつの間にそんなものを作っていたのか、よっすぃーは薄暗い部屋の中、全員に一冊ずつ
手作り台本を配布していく。

まず、表紙に書かれていたタイトルに私は、目を奪われた。

――

『かさじぞう☆2001』

(脚本)吉澤ひとみ
(方言指導)加護亜依

――

「かさじぞうって…クリスマス会の劇っつったら、『キリストの誕生』とかじゃないの?普通は」
「人と違うコトをやる。それが個性とゆーやつです」
もちろん我らがよっすぃーは、矢口さんに大人しくツッコまれるほどヤワじゃないし。

「それにしたってねぇ…」
「でもコレ、保田さんが主役ですよ?」
「えっ、マジ!?モー、そういうコトは早く言ってくれなきゃねぇ」
表紙を見たときは不満げだった保田さんは自分が主役と聞いた途端、
期待に満ちた目で身を乗り出した。

「圭ちゃん。それって喜ぶべきコトじゃないと思うよ?」
矢口さんが言うと、安倍さんも大きく頷いた。

「なんで?」
「だってさ、『かさじぞう』の主役だよ?」
私は暗がりの中、恐る恐る、そのページを捲る。

―― <第一幕> ――

加護:「あーあ。今日も、一個も売れへんかったなぁ…また梨華ちゃんに怒られるんかな、ウチ」
保田:「………」
加護:「あ、お地蔵様。今日もお勤め、ごくろうさんです!って、なんでやねん!何で『お勤め』やねん!
    意味わからへんわ!モー、キミとはやってられへんわ!どーもアリガト」
保田:「………」
加護:「ぜったい、ウチの方がツッコミ上手いよなぁ。かと言って、みちよにボケは無理やし…
    そろそろ相方、代えた方がエエんかなぁ」
保田:「………」
加護:「コンビは売れへんし、カサも売れへんし、梨華ちゃんには苦労かけっぱなしやし…
    そろそろ真面目に仕事、探したほうがエエんかなぁ」
保田:「………」
加護:「どう思います?」
保田:「………」
加護:「お地蔵様に言うてもしゃーないか。お地蔵様は毎日毎日ココに立ってて、寒くないんやろか。
    頭に雪積もってるし…めっちゃ寒そうやなぁ。
    せや!この売れ残ったカサを、お地蔵様にかぶせたろ」
保田:「………」
加護:「おや?こっ、コレはっ…!!」

<暗転>

――

第一幕を読み終えて顔を上げると、向かい側のソファーに座っている保田さんは
台本を握り締め、怒りとも悲しみともつかない複雑な表情を浮かべて小刻みに震えていた。

「コレ、ト書きが一切ないんだけど」
「あ、そのへんは雰囲気で。みなさんにおまかせで」
矢口さんのクレームをあっさりかわした我らがよっすぃー、きっと書くのが面倒だったんだよね!

―― <第二幕> ――

高橋・小川・紺野・新垣:「おかあさーん。おなかすいたよぉ。えーん、えーん」
石川:「みんな、もう少しの辛抱だからね。もうすぐお父さんが、カサを売ったお金で
    美味しいもの買ってきてくれるから」
中澤:「なぁオカン。明日、給食費持っていかなアカンねんけど」
石川:「わかってる。ちゃんと用意してあるから、安心して」
中澤:「それやったらエエねんけど。明日はラーメンの日やから、絶対休まれへん」
吉澤:「えーっ、いいなぁ。うらやますぃー!」
石川:「ひとみも裕子も同じ小学校なんだから、給食のメニューだって一緒でしょ?」

飯田:「カオリは違うよ。オリジナルのトッピング、持って行くから」
吉澤:「えーっ、いいなぁ。うらやますぃー!」
飯田:「ネギで良ければ分けてあげるけど」
辻:「ああーっ!ののも!ののもネギほしい!!」
飯田:「じゃあ、あんたには特別にモヤシも付けてあげる」
辻:「やったー!もやし!もっやすぃぃぃー!」
吉澤:「えーっ、いいなぁ。うらやますぃー!」
辻:「L・O・V・E・ラブリー、もやしー!!」

石川:「あらあら。この子たちったら、はしゃいじゃって。もーぅ、チュッ!」
安倍:「チュッチュッチュチュチュ!サマーパーティ!ハーイ!なっちでーす!」
石川:「なつみ、もう寝なさい。また学校遅刻するわよ?」
飯田:「うふふっ、そうだよねー。なっちは遅刻魔だから、夜は早く寝ないとねー」

安倍:「あん?なんだそりゃ。室蘭のガキ大将にケンカ売ってんのかい?ああん?」
飯田:「はっ、室蘭がなにさ。なんなら勝負する?
    どっちが流れ星さ早く見つけられっかで勝負すっか!?ああ!?」
安倍:「のぞむところよ!こちとら流れ星が流れる一歩手前さ見つけられっぐれー、得意なんだから!
    あんたみたいな、にわか流れ星ウォッチャーに負けるほどまだ腕さ落ちてねぇんだ!」
飯田:「表さ出ろ!」
安倍:「言われなくても出る!言われる一歩手前さ出てやる!!」

石川:「あらあら、二人ともはしゃいじゃって。見つかるといいよね、お星様」
矢口:「もやしは体に良いんだよね」

<暗転>

――

「ちょっとー!何よ、最後の矢口のセリフ!!絶対あんた、あたし出すの忘れてたでしょ!!
後から付け足しただろーっ!!」
「あ、バレました?」
「矢口なんかまだいいよ!なっちの登場シーン、アレなに!?
あれじゃ、なっちがまるっきりアホみたいじゃんよ!!」
呑気に笑うよっすぃーの元へ、被害者からの苦情が続々と寄せられる。
そして保田さんは拳を握ったまま、まだ震えていた。

――

加護:「帰ったで」
高橋・小川・紺野・新垣:「おとうさん!おかえりー!」
石川:「おかえりなさい、あなた。ガスにする?薪にする?それとも真水?」
加護:「うーん。じゃ電気で。って、風呂しかないんかーい!」(←あいぼん、ちゃぶ台ひっくり返してね)

辻:「あーっ!ちゃぶ台の上に乗せていた、ののの紙粘土細工が!!
   丸三年かけて作り上げた、ケーキの置物があああ!!」
石川:「だってだって、あなたがお給料持って帰ってこない限り、ご飯なんて用意できないじゃない!」
加護:「給料は、ないで」
石川:「なんですって!?」
加護:「ない、言うとんのじゃ!何回も聞くな!気分悪い、景気づけや。梨華ちゃん、酒もってこい」
石川:「あるわけないでしょ。うちには、お米買うお金だってないのよ」
加護:「はっ、このしみったれが!ん?なんや、こんなところに隠して…もろてくで」
石川:「ああっ!裕子の給食費が!やめてお願い、それだけは!」

中澤:「うわああーっ!ウチは、またウチは…貧乏人、貧乏人ってからかわれるんや!
    みっちゃんのタテ笛盗んだんはウチやない!盗人ゆうこって言わんとってー!!うぅぅ…」
加護:「やかましい!給食なんて大っ嫌いや!!
    なんでウチが休んだときに限って、プリン、出とん、ねーーーん!!!うわああーっ!!」
吉澤:「えーっ、いいなぁ。うらやますぃー!」
安倍:「おとうさん!泣かないで!」
飯田:「おとうさん!くじけちゃダメ!」
石川:「あなた!元気出して!」

加護:「ありがとう。かんにんな、みんな……んっ!?あっ、アレはっ…!!」

<暗転>

矢口:「紙粘土は体に良いんだよね」

――

「よっすぃー。もう怒んないからさ、せめて暗くなる前に喋らせてくれる?」
「いいっすよ」
よっすぃーは矢口さんの申し出を快諾すると、自分の台本に赤ペンで訂正を始めた。

「加護も作ってきました!」
隅の方に大人しく座っていたあいぼんが、立ち上がってみんなに何かを配り始めた。
「あーっ!オマエ、いつの間に!」
よっすぃーが、その行動にいち早く反応する。

「へっへー。昨日帰ってから考えたんだもん。はっきり言ってよっすぃーのより、面白いのできたよ」
「なにーっ!?この裏切りモノ!!」
聞くとあいぼんは昨日の仕事帰り、よっすぃーの家に寄って台本の手直しをしてあげたとのこと。
表紙には、『(方言指導)加護亜依』って書いてあったから、きっと関西弁のセリフは
あいぼんが考えたのだろう。

「じゃあ、良かった方を採用しようよ。ねっ?いいよね、よっすぃー」
安倍さんの言葉に、よっすぃーは渋々頷いた。

――

『かさじぞう☆2001』

(脚本)加護亜依

――

吉澤:「あいぼん隊員、どこに行くの?バッティングセンターなら付き合うよ?」
加護:「よっすぃー隊員、ウチこれからパトロール行ってくるから、お留守番よろしくね?」
吉澤:「おっけー!まかせとけ!」

矢口:「加護隊員は相棒の超巨大ロボット『じぞうロボ☆保田圭』に乗り込み、今日もごきげんパトロール!
    さーて、加護隊員。今日はどんな事件に遭遇するのかしら?楽しみ、楽しみ!」

加護:「よっしゃ!行くで!保田圭」
保田:「おぅ!がってんでぃ!」

加護:「じぞうロボ、発進!!」

(ゴーン、ゴーン、ゴーン)

矢口:「説明しよう!『じぞうロボ☆保田圭』は、お寺の鐘の音を合図に秘密基地を飛び立つのダ!」

中澤:「ああーら、チャーミーさんじゃないのぉ。お元気?
    いつもいつもウチの亜依がお世話になって、もうホントにねぇ」
石川:「お世話だなんて、そんなぁ。あいぼんは本当に良い子ですもの。私の方がいつも
    漢字の書き取りや英語のヒアリング、ことわざからなぞなぞに至るまで、あいぼんには
    いろいろと教えてもらってますもの」

加護:「ん?アレ、オカンやないか?」
保田:「どうやらそのようでゲスね」
加護:「はあ…(タメ息)。昼間っから井戸端会議かいな、オカンも暇やなぁ」
保田:「隣にいるのは八百屋の一人娘、石川さんじゃありませんか?」

中澤:「せやろー。やっぱせやろー。あの子なぁ、ホンマ出来のエエ子やねん。誰に似たんやろ。
    やっぱウチやろなぁ。ウチに似て優秀やわ、あの子は」
石川:「……いいかげんにしろよ、中澤」
中澤:「えっ?チャーミーさん?今なんて?チャー…うっ!ぐはあっ!!」

石川:「うふふふふ。いかがかしら?チャーミーのスペシャルボディーブローのお味は」
中澤:「うぅぅぅ、ぐぬぅぅぅ」

加護:「ああっ!?オカンが!オカンがチャーミーに!!」

中澤:「チャーミー、お前…なんで、こんなことを…」
石川:「あなたの自慢話はもう聞き飽きたのよ。日頃の恨み、はらさせてもらうわっ!!」
中澤:「ぬぅぅぅ…」

加護:「アカン!このままではオカンが!オカンがアカンで!」
保田:「オカンがアカン、ですか…。これはまた面白い!はっはっは!!」
加護:「さんきゅー、ロボ!よし、まずは説得してみよう。行くぞ、ロボ!」
保田:「おっけーい。いつでもいいわよん」
加護:「マイクスイッチ、オン!」

加護:「石川に告ぐ、石川に告ぐ。今すぐオカンを解放しなさい」
石川:「嫌よ。誰が解放するもんですか」
加護:「むぅー。強情なやつめ。こうなったら強行手段だ!じぞうビーム、発射!」
保田:「覚悟しろ、いしかわーっ!」

吉澤:「待てーい!!」
加護:「んっ?その声は…よっすぃー隊員!」
保田:「実家の魚屋は継がなくていいんですかね?」

吉澤:「梨華ちゃんをいじめるヤツは、このよっすぃー隊員が許さないぞ!」
石川:「よっすぃー!来てくれたのね!」
吉澤:「もう大丈夫だよ、梨華ちゃん。八百屋と魚屋つなげて、スーパーにしよう」
石川:「うれすぃわ、よっすぃー」
中澤:「アカンアカン、そんなんしたら。両家の親が許さへんやろ」

加護:「ああっ、オカン!復活したんやな!よっしゃ!可哀想やけど、よっすぃーもろとも
    石川を倒すんや!行くで、ロボ!」
保田:「あのぉー、師匠。非常に言いにくいのですが、アタクシ…ぶっちゃけ、よっすぃー隊員の
    バカ力に勝てる自信がありません」
加護:「ロボのくせに情けないやつだなー。だが、策はある」
保田:「ほほう、策とはなんぞや?言うてみい」
加護:「前かけの右ポケットを探ってみろ、保田圭」
保田:「地蔵の前かけにポケットが!?さすがあいぼん殿。
    どれどれ…おおっ!この手触り、この丸い物体はもしや」
加護:「行け!保田!」

保田:「よっすぃー隊員、これでもくらえーっ!!」
吉澤:「んんっ!?アレは!!巨大べーグルじゃねえかああああ!!食ってやる!待てええええ!!」
加護:「あ、行ってもーた」
保田:「あれだけ遠くへ投げれば、向こう三年は戻ってこないでしょう。さらば、よっすぃー隊員」

石川:「あああ、ひどい、ひどいわ、よっすぃー。私より巨大べーグルの方が大切なのね…」
安倍:「まぁまぁ。現実ってそんなモンっすよ、石川さん」
加護:「ちょっとちょっと安倍隊員。今から攻撃するんやから、そんなトコおったら危ないで」
安倍:「あ、ゴメンゴメン」

加護:「よっしゃ!今度こそ!行け!ロボよ!!」
保田:「お、おや、おや、おやびぃぃぃぃ〜ん。オイラ、もうダメだよぉぉぉ。
    力が、ちからが入らねぇんだよぉぉぉぉ」
加護:「スタミナ切れか…仕方ない、アレを使おう」
保田:「アレってもしかして、アレっすか?マジっすか?うれしいっス!保田圭、一生恩に着るでヤス!」

加護:「オカンの胸ポケットを探ってみろ、保田圭」
保田:「えーっ、それはちょっと。何だか気が進まねーな、オイ」
加護:「じゃ、次からは矢口隊員の胸ポケということでひとつ」
保田:「しょーがねぇなぁ。じゃ、今回だけな」
中澤:「オイ!筒抜けやぞ、オマエら!!」

保田:「お母さん、失礼します!
    どれどれ…おおっ!この手触り、この丸い物体はもしや。
    これは、『売れ残ったミソジ』いや、『売れ残ったカサ』だーっ!!」
中澤:「えっ!?ウチの胸ポケットに『売れ残ったカサ』がっ!?いやー、これっぽっちも気付かへんかったわ!」
保田:「これさえあれば、百人力だぜー!」
辻:「よかったね、おばちゃん!」
保田:「うおおおおおお!!力がみなぎってくるぅぅぅぅ!!」

矢口:「説明しよう!売れ残ったカサを装備した『じぞうロボ☆保田圭』は、『かさじぞうロボ☆保田圭』に
    パワーアップするのダ!」

保田:「チャーミー、覚悟!」
石川:「キャーッ!誰かたすけてーっ!」

高橋:「泣いても!」
小川:「叫んでも!」
紺野:「誰一人として?」
新垣:「助けになど来ないさー!」
加護:「くらえ!かさじぞう、ボンバー!!」

石川:「いやあーっ!誰か、だれかあああ!!」
加護:「うわっ!うわあっ!なんや、この光は!!」
保田:「UFO!?UFOっすよ、加護さん!!」
加護:「なにーっ!?あっ、中から人が…ちゅっ、宙に浮いてる!?」

飯田:「はじめまして。飯田カオリ、北海道出身です。好きな星雲は、エロマンガ島です」
中澤:「星雲ちゃうやん」
石川:「あ、あなた…カオリ、姉さん?」

加護:「なにもんや、あいつ…」
保田:「新たな、敵?」

<後編につづく>

――

「ヤグチとしてはこっちのが好きだけど、コレ…舞台化、不可能だから」
矢口さんの一言により、あいぼん作の『かさじぞう☆2001』は、あっさりお蔵入りした。

「もぉー、コレだからお子様は。こーゆーのはねぇ、ただ好きなコト書いてりゃ良いって
モンじゃないんだから。わかった?あいぼん」
意味もなく立ち上がり、とくに意味もなく前髪をかきあげながら、勝ち誇ったような表情で
よっすぃーが言った。

「くっ…!」
自信満々なよっすぃーに返す言葉もなく、あいぼんは唇を噛んでじっと、屈辱に耐えている。

「………」
そして、さっきから一言も喋らず俯いたままの保田さんが今どんな心境でいるかなんてこと…
子ウサギのようにピュアで小さなハートの持ち主である私には、恐ろしくて想像もできない。

「結局コレ、やんなきゃいけないのか…」
矢口さんが、これ以上ないほど暗い声で呟く。

「だいじょうぶ。みんな大船に乗ったつもりで!もうねー、タイタニックぐらいの」

よっすぃー。
私たち……沈むの?

<第7話>ごっちんの欲しいモノ。

「アレは!?あそこに居るのは、もしかして!!」
暗転明け、舞台下手(客席から見て左)を指差しながら大げさな口調であいぼんが叫ぶ。
そして私はあいぼんが指差した物体が客席から見えないよう、その前に立ちはだかった。

「ちょっと梨華ちゃん!そこ立ってたら見えへんやろぉー。どいて」
「やだぁ、あなたったら。誰も居ないわよ、気のせいじゃない?」
「うそや、絶対おったもん!梨華ちゃんの後ろに、お地蔵様がおったんや!!」
「やだぁ、あいぼんったら。私の背後にお地蔵様が居るはずないでしょ?寝言は寝てから言いなさいよね!」
子供たち(他のメンバー)が見守る中、白熱した押問答を繰り広げる私とあいぼん。

「あはっ、行け行けー!」
イスに座り、舞台に向かってヤジを飛ばすのは…私たちの、たったひとりのお客さん。

「梨華ちゃん、うそはアカン。泥棒のはじまりやで!」
「なによ!三流芸人のクセに!」
「なんや!三流芸人の妻のクセに!」
紅白出演直前の楽屋。
こんなコトしてていいのかな…なんて不安に襲われているのはきっと、私だけではないはず。

私たちが今立っているのは…楽屋の奥に設えられた、照明=部屋の電気、という何ともお粗末な『舞台』。
暗転の度スイッチに一番近い人が電気を消しに走るのを、ただ一人の観客であるごっちんは
イスに座ってお菓子をつまみながら楽しそうに見ている。

昨日の仕事帰り、よっすぃーの命令でカラオケボックスに終結した私たちは遅れて合流した
中澤さんも加え総勢13人でよっすぃー作の寸劇、『かさじぞう☆2001』を徹夜で稽古させられた。
そう、朝まで。

『あ・さ・ま・で』
口にしてしまえばたった四文字のこの素っ気無い言葉が、年末のハードスケジュールにより
体力の限界なんてとっくの昔に超えてしまっている今の私たちにとっていかに過酷なモノかってコト…
同じ『朝まで』でも、『ナマテレビ』のオジサマたちには想像もつくまい。
あんなの私たちのスケジュールに比べたら朝飯前だわ、笑わせないでよ!アハハハハ!
どうせ放送終了後は速攻で昼寝してるくせに!(やだあっ!梨華ってばちょっと毒舌ぅ?)

そんなことより。
どうしよう、私ったら一睡もしてないせいかな…なんか、テンションがおかしい。

「あんなぁ、帰りに保田地蔵様にお参りしてきたんやけど…」
低い声でそう言いながら、あいぼんがゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
「地蔵、一体足りんかったで」
そして私の前まで来ると、ぴたりと歩みを止めて言った。

「…あ、あらそう。それは大変ね」
このセリフ、台本には『嘘をついているので棒読みで(いつも通りの梨華ちゃんの演技でOK!)』とある。
棒読み=いつも通りの私の演技でOK、か…それは一体どういう意味かな?
なんて、虚しいシンキングタイムはこの期に及んで時間のムダ、よね…。

「保田地蔵様は二つでひとつや。二体そろってこその保田地蔵なんや!それをオマエはーっ!!」
「私は何も知らないって言ってるじゃない!変な言いがかり付けないでよね!」
「ええから、そこどいてみぃ!!」
「きゃあっ!」
私はあいぼんに左腕を掴まれ、力任せに突き飛ばされてしまった。
同時にそれまで私の背後に隠れていたその物体が、テーブルの上のペットボトルに
手を伸ばそうとしていたごっちんの目に晒される。

「コラー!お地蔵様になんちゅーコトすんねん、オマエは!!」
あいぼんの大声に驚いたごっちんは、掴みかけたペットボトル(500ml)を倒してしまった。
すかさず、舞台上から小川がちゃぶ台の上に置いてあった布巾(小道具)を手に取りごっちんの元へ駆けつける。

「チッ、バレちまったか」
私はテーブルに零れたジュースを拭き取った小川が戻ってきたのを確認して、劇を再開する。

「知らんで…お地蔵様を、お地蔵様を…漬物石の代わりに使うやなんて、絶対バチ当たんでぇーっ!!」
恐怖に慄き、後ずさりするあいぼん。

「………」
矢口さんがすっぽり入る位の大きさの樽の上に、背筋をピンと伸ばして鎮座ましましているのは…
グレーの全身タイツに頭まですっぽり身を包み、真紅の前掛けを装着したお地蔵様こと、保田圭さん(21)。

「圭…ちゃん?」
もちろん保田さんは、ごっちんの問いには答えない。だってお地蔵様だから。
保田さんは右手の親指と人差し指で輪っかを作り、左手は掌を上に向けて胸元に添える…という、
いかにも世間一般のお地蔵様にありがちなポーズのまま小刻みに震えている。顔は俯き加減。

「あっははは!やっぱ圭ちゃんだ!また圭ちゃん出た!あははははは!!」
手を叩いて大喜びするごっちんの様子を見ながら、ちゃぶ台を囲むあいぼん家の子供たちは皆、
それぞれに満足げな表情を浮かべてお茶をすすっている。

みんなの笑顔はごっちんが喜んでくれたことへの満足なのか、保田さんの屈辱的な扮装が
見れたことへのそれなのか、私には判断が付きかねるけれども…少なくとも私は、
ごっちんの為に潔く全身タイツを身に纏った彼女の勇姿に、心からの拍手を送りたいと思った。

「ねぇ、最初に出てきたお地蔵様とはまた別なの?コレって」
「そう!保田地蔵は2体で1セットなのでーす!」
すかさず、おせんべい片手のよっすぃーがごっちんの質問に答える。
役者さん同士の会話のキャッチボールっていうのはよく聞くけど、出演者とお客さんが
マンツーマン体制で進行する舞台なんて聞いたことがない。

「えー?でも一匹目とまったく一緒じゃん…」
ごっちんがボソリと呟いた一言に、保田さんの眉がぴくりと上下する。
そして、なにやら視線を左右に泳がせてソワソワし始めた。
ああ、コレは…保田さんが、悩んでいる。

数秒後、名案を思いついたのだろうか、保田さんは悟りを開いたかのように澄み切った表情で大きく深呼吸。
その度に赤い前掛けの下でチラリと見え隠れする全身タイツ越しの胸の膨らみが、ちょっとだけセクシー。

全員が見守る中、保田さんはおもむろに輪っかを作っていた右手を下げ、ゆっくりと左手を上げる。
そして今度は左手の親指と人差し指で輪っかを作り、右手は掌を上に向けて胸元に添える…という、
いかにも世間一般のお地蔵様にありがちなポーズで女神のごとく優しい微笑を浮かべた。
…って、要するに右と左を逆にしただけじゃないですかっ!もーぅ!保田さんったら!!

「あっははははは!!」
しかし意外にも、お客様は大層お喜びのご様子。

「とにかく!お地蔵様は元の場所に返してくるからな!」
ごっちんの満足げな様子を確認すると、あいぼんが樽の上のお地蔵様を取り返そうと近づいてくる。

「やめて、あなた!ヤス男さんに触らないで!!」
「放せ!ヤスオさんは二体そろってこそのヤスオさんなんや!!
ってゆーかヤスオさんって、誰!?」
お地蔵様を乗せた樽の前で揉み合いになる、私とあいぼん。

「紹介します。お地蔵様の、保田ヤス男さんです。お父さんと一緒で釣りが趣味なの」
「うそぉ!?じゃあ、ウチが第一幕で見たもう一人のお地蔵様は、保田ヤスコさんとか?ベタやなー」
「残念!正解は、ヤス魅さんです。ちなみにヤスミの『ミ』は、『魅惑』の『魅』なの」
「マジで!?」
これを作った時のよっすぃー、よっぽど疲れてたんだろうな…
とても、マトモな精神状態で書かれた作品とは思えないもの。

「ずっと黙ってたけど、実は私…魔性の女なんです」
「「「ええーっ!?」」」
私の衝撃告白に驚きの声を上げる、ちゃぶ台の人々。

「ゴメンなさい、あなた。ひとみは…ひとみは、ヤス男さんの子なのっ!!」
「こらーっ!保田!オマエ地蔵のくせになにしとんねん!」
もちろん保田さんは、あいぼんの抗議には答えない。だってお地蔵様だから。

「えーっ、いいなぁ。うらやますぃー!」
「うらやましいって…アンタのことやで」
劇中でも呑気なよっすぃーに、中澤さんがツッコむ。

「すごいよ!やったね、ひとみ!!」
出番を忘れていたのか、数秒の沈黙の後、思い出したように飯田さんが立ち上がった。

「あん?なんだそりゃ。なにがスゴイのさ?ひとみが地蔵の子だって言われてんのが、何がスゴイんだ?
はあー。よーっく、そっただコトが言えるべなー。なっち、なまら驚いちまったべさー。
ひとみの気持ち考えたら、普通はそんな無神経なこと言えねぇんでないかい!?あ?こらあーっ!!」
「あー、やだやだ。コレだから室蘭のイモっ子は。考えが浅はかなんだべさ」
「ああ?なんだそりゃー!!」
この劇では何故か『喧嘩っ早いキャラ』として扱われている安倍さんと飯田さん、
ついには取っ組み合いのケンカを始めてしまった。

「えっとぉ…つまり、ひとみちゃんの夢がかなったっていうコトだよねっ?」
「そう!そういうことなのよ、辻!」
安倍さんとのバトルが既に『マジの領域』にまで達してしまっていた飯田さんは我を忘れ、
妹役であるののをうっかり『辻』と呼んでしまう始末。

「ひとみ!保田さんみたいなお地蔵様になりたい、という長年の夢がついに叶ったんだよ!
叶ったっていうかアンタは最初っから、生まれながらにして既にお地蔵様だったんだよ!」
瞳を潤ませてそう言った飯田さんの足下には、安倍さんが転がっていた。

「そうか!あたしがヤス男さん(地蔵)の子供ということは、あたしは…生まれながらの地蔵なんだ!
やった、やったよ、カオリ姉ちゃん!!」
「ひとみっ!」
泣きながら飯田さんの元へ駆け寄るよっすぃー、そして、ひしと抱き合う二人。

「素敵よ、ひとみ!カッコイイ!結婚したい!!」
矢口さん、このシーン唯一のセリフがコレだなんて…さぞかし、無念だったことでしょうね。

「「「「ひとみ姉ちゃん、おめでとう!」」」」
「ひとみ、おめでとさん」
「やったね、ひとみちゃん!」
新メンバーや中澤さんに続いて、ののも立ち上がってよっすぃーに拍手を送っている。
「ひ、と…み、おめ、おめでと…うっ」
先程まで飯田さんと死闘を繰り広げていた安倍さんも、何とか立ち上がってよっすぃーを祝福する。

「ひとみ」
隅っこの方で一人落ち込んでいたあいぼんが、ゆっくりとよっすぃーに近づく。
すると皆黙り込んでしまい、それまでのお祝いムードは一変してすっかり暗い雰囲気になってしまった。

「おとう、さん…」
よっすぃーは怯えたように、あいぼんの表情を窺っている。

「…おめでとう、ひとみ」
奇跡は、起こった。

「ぐすっ…。ありがとう、おとうさん!あたし、きっと立派なお地蔵様になってみせるから!」
「今度こそ、おめでとう!おめでとうだよね!ひとみちゃんっ!!」
「うん、ありがとう!ありがとうだよ!ののっ!!」
お菓子を食べながらよっすぃーの元へ駆け寄るのの、そして、ひしと抱き合う二人。

パチパチパチ…と、どこからともなく(っていうか、ちゃぶ台の周辺からなんだけど)湧いてくる拍手。
ひとみ、ひとみ…と湧き上がる、ひとみコール。

「みんな、ありがとー!アイアム、キング・オブ・JIZOOOOOOW!!」
ちゃぶ台の上に乗って右の拳を高らかに突き上げたよっすぃーは、勝利の雄叫びを上げた。
もう、『良かったですね』としか、言えない…。

消灯係の新垣が電気を消しに走っている間、よっすぃーは力の限り、叫び続けていた。
忘れていたけど、ここは紅白出演直前の楽屋。こんなに騒いで、後から怒られなきゃいいけど。

電気が消え、部屋の中が真っ暗になる。
ごっちんの笑い声と拍手が響き渡る中、私たちの『かさじぞう☆2001』は、幕を閉じた。

「ああ、みんな本当に良い子たちばかりだなぁ。
良い子には、お地蔵様がクリスマスプレゼントをあげよう。みんな、目をつぶってごらん?」
あれっ?こんなセリフ、あったっけ?
私は、暗闇の中から突然聞こえてきた保田さんの声に耳を澄ます。

「よいしょっと」
何だか久しぶりに聞く保田さんの声にほんの少し懐かしさを覚えていると、
新垣が電気を点けたらしく、いきなり部屋の中が明るくなった。

「ちょっと!まだ点けんじゃないわよ!」
大きな樽の上から後ろ向きに降りようとしていた保田さんの全身タイツ越しのお尻が、ちょっとだけセクシー。
「すいませんっ」
焦った新垣はなかなか保田さんが居る位置のスイッチを見つけられず、アタフタ。
とりあえず片っ端から消していくものの、運悪く保田さんの真上の電気は一番最後に消灯されることとなり、
その間ずっと私たちの前には、ぴっちり全身タイツ越しのお尻が晒されていた。
目に、焼き付いてしまった。

「もういいよ。目を明けてごらん?」
目、つぶってれば良かった。

明るくなった舞台の中央には、大きなクリスマスケーキを持った保田さんが立っていた。

「わっ!?ケーキ!?ケーキだあああああ!!」
私と同じく、こんな展開になるとは知らなかったのだろう…ののは、素で喜んでいる。

「食べよ食べよ!」
「あっ、コラ!」
あいぼんは保田さんの手からケーキを奪い取ると、さっさとちゃぶ台へ持って行ってしまった。
保田さんは肩を竦めて苦笑いしながら、何やらよっすぃーに目配せする。

この地蔵親子は、一体なにを企んでいるの…?
客席のごっちんを差し置いてちゃぶ台でケーキ食べようとしてるってことは、
さっきの劇がまだ続いていると考えるのが自然なんだろうけど。

「真希、おいでよ」
いつも通りの呑気な口調で、よっすぃーが言った。
「え…?」
突然自分の名前を呼ばれたごっちんは、イスに座ったまま口を開けてポカンとしている。

「ほらぁ、ケーキなくなっちゃうよ?」
「アタシも?」
ごっちんは自分の顔を指差しながら、彼女に向かって手招きしているよっすぃーへ問いかける。

「うん。だって家族じゃん」
「…そっかぁ」
ごっちんはとてもうれしそうに笑って、それから私たちは、みんなで一つの食卓を囲んだ。
もちろん一列じゃ座りきれないから、ちゃぶ台の周りに二重の輪を作って座る。

「ごっちんの欲しいモノって、コレで合ってたかな?」
隣に座るよっすぃーが、そっと耳打ちしてくる。
「うん。バッチリだよ」
私が言うとよっすぃーはちゃぶ台の下で、小さくピースサイン。
私たちは、顔を見合わせて笑った。

ごっちん、よく言ってたもんね。
よっすぃーがあげたかった、ごっちんへのプレゼントは、たぶん…『家族で過ごす、クリスマス』。

「メリー、クリスマース!!」

よっすぃー。
今日はおつかれさまでした。あっ、あと保田さんも。

<最終話>サンタクロースに逢えた日。

「ねぇ、もうすぐだよ!どうする?ねぇどうする?」
ベッドの上でぴょんぴょんと飛び跳ねながら、あいぼんが言う。

「ドーナツをねぇ、口に入れたしゅんかん、2002年をむかえる」
「あっ!じゃあじゃあ、あたしがののの口にドーナツ入れる」
「おー。よろしくたのむぞ、加護くん」
「どれにするよ、ダンナ。あん?どれに喰いつくよ?」
「2002年さいしょのドーナツでしょー?迷うよねー。なんか、すごいプレッシャーだよねー」
さっきからずっと落ち着きのない二人は、年越しの瞬間をどう過ごすかで盛り上がっている。

「でもまだ30分くらいあるじゃん」
「ごっちんはさぁ、ボーっとしてる間に年越してそうだよねぇ」
「なにそれぇ?よっすぃーに言われたくないんだけど」
「あたしはねー、そうねぇ…鼻フックでもするかな。ごっちんに」
「ってゆーか、やり返すけどね」
「マジっすか」
この二人、ドーナツで盛り上がるあっちの二人とレベル的に大差ない気がするの…。

大晦日。
生放送を終え、先輩たちより一足先に宿泊先である都内のホテルへ移動した私たちは
一緒に年越しの瞬間を迎えるべく、ごっちんの部屋に集合していた。

2001年も残り30分を切り、みんなの行動も様々。
落ち着かない様子でテーブルに置かれた箱の中のドーナツを物色するののとあいぼん、
ベッドに寝転んでテレビを観ながら呑気に笑っているごっちんとよっすぃー
(「みんな、もうエンディングまで出てこないよね」と言って早々にチャンネルを
変えてしまい、紅白なんて観ちゃいない始末)。
新メンバーたちもきっと誰かの部屋に集まって、この時間を過ごしていることだろう。
そして、私は…窓から夜景を眺めながら、よっすぃーと過ごしたスリリングな数日間に
思いを馳せていた。

(『なっちゃおっか、二人で。サンタクロース』)
よっすぃーのとんでもない思いつきのおかげで、すごく慌しい年末になっちゃったけど、
(一部の方々を除いて)みんなにも喜んでもらえたし…終り良ければすべて良し、だよね。

いろんなことがあった2001年も、もうすぐ終っちゃう。
来年は、どんな楽しいことが待ってるのかな…。

「梨華ちゃん、カメラマンね」
「えっ?」
キレイな夜景を見ながら年を越すのもいいかな…なんてボンヤリ考えていると、寝耳にあいぼんの声。
振り返ると、あいぼんがうぐいすパンを半分に割ってののに手渡しているところだった。
部屋の灯りに照らされて鮮やかに輝くうぐいす色の餡が、やけに眩しい。

「えっ?じゃなくてー。年越しドーナツだよ、年越しドーナツ!証拠写真とんなきゃでしょー」
「とんなきゃでしょー」
ののが大きく口を開けて、うぐいすパンに噛み付く。

「ああ…うん、いいけど」
年が明けて最初に見る光景が、のののドーナツ頬張ってる姿、か……(しかもレンズ越し)。

「うわあああーっ!やばい、忘れてた!!」
ベッドに寝転んでいたよっすぃーが突然、大声を上げて起き上がった。
「んあっ!?」
並んで横になっていたごっちんは0時を待たずに眠ってしまっていたらしく、
耳元で聞こえた大声にびっくりして飛び起きる。

「あたし、コンビニ行ってくる」
2001年も残り15分になったところで、よっすぃーが言った。
2001年も残り15分…あっ、紅白。もう終わっちゃってるかも。

「そんなの12時過ぎてからでいいじゃん」
「ダメなの!コナンの続きが気になってんだよ!」
「…いや、12時過ぎてからでいいじゃん」
「今年中に解決したいの!謎を残したまま新年迎えるのって、なんか気持ち悪いし」
ごっちんの説得にも耳を貸そうとしないよっすぃー、どうやらマンガを買いに行きたいらしい。

「ふーん…よっすぃーって、変なトコこだわるよね。あ、もしかして紅白終わってる?」
そう言うとごっちんは枕元に置いていたリモコンを手に取り、テレビのチャンネルを変えた。
映し出されたのは飯田さんでも安倍さんでも保田さんでも矢口さんでもなく、
もちろんアッコさんでもなく、お寺の映像。
「ダメだってよっすぃー!もう12時なっちゃうもん!」
「そっこーで帰ってくるって。あいぼん、なんか食べたいモンある?」
縋りつくあいぼんの手を振り解きながら、よっすぃーが言った。

「えーっ…じゃあ、ヤキソバ」
「あたしもー!」
よっすぃーと一緒に新年を迎えたい。
そんなあいぼんのカワイイ願いも、深夜のヤキソバという名の誘惑には敵わなかったみたいだねっ。
そして、ののの胃袋には、果てがない。

「じゃ、行ってきまーす」
「えっ?」
よっすぃーは左手にお財布を持ち、右手で私の腕を掴む。

「私も、行くの?」
「手分けして買った方が早いじゃん」
「………」
早いじゃん、って当然みたいな顔して…ホント、勝手なんだから。
私は渋々バッグから財布を出すと、よっすぃーの後に続く。

「よっすぃー。アタシも、ヤキソバ」
「おっけー」
先に外へ出ていたよっすぃーは、ドアの向こうからひょいと顔を出してごっちんに答える。

「行くよー。急げ、梨華ちゃん!」
「待っ……わあっ!」
いきなり、強い力で右手を掴まれる。

少し前を走るよっすぃーの、なんだかうれしそうな顔を見て私は、つながれた右手をぎゅっと握った。
2001年も、残り10分とすこし。
このままずっと、こうしていられたら、いいのにな…。

「下へまいりマース。ご利用階数をお申し付けくださいませぇ」
「…一階、おねがいします」
「かしこまりましたあ。なーんっつってね、あははは」
だけど私の王子様はエレベーターごっこに夢中で、切ない乙女心にこれっぽちも気付きやしない。
未だぬくもりの残る右手が、哀しい。

「よっすぃー、本あった?」
すぐ近くのコンビニに飛び込むなり雑誌コーナーに直行したよっすぃーを置いて、
私はみんなのリクエストであるカップ焼きそばと、お菓子やジュースなどの食料を驚くべき速さで
適当に見繕ってレジにて支払いを済ませると、マンガ雑誌を物色中のよっすぃーの元へ。
0時までまだ5分ちょっとあるし、走って戻ればギリギリ間に合うかも知れない。

「んー、ちょっと待って。メジャーまで読まして」
焦る私をよそによっすぃーはマンガに読み耽り、私の方を見ようともしない。
「ちょっと、なに立ち読みしてるの!?」
しかも、当初の目的以外の連載モノまでっ…!なに考えてるのよ!?

「えー?だって買うのもったいないじゃん」
「もーっ!そんなの私が買ってあげるってば!!」
「ホント?さんきゅー」
よっすぃーは満面の笑みを浮かべて、読みかけの雑誌を私の目の前に差し出す。

「よっすぃー!!」
「んー?」
レジでお金を払って後ろを振り返ると…よっすぃーは既に、新たな立ち読みを開始していた。

2001年も残り5分。
もう1秒たりとも、この人といっしょにいるのは、嫌。

「梨華ちゃん、どうしたの?なんか怒ってない?」
「べつに」
私は後ろを付いてくるよっすぃーの問いに短く答えながら、エレベーターに乗り込む。

「うそ、ぜったい怒ってるって」
「怒ってないよ」
「じゃあ何でこっち見ないの?ねぇ」
「怒ってないってば!!」
私の大声によっすぃーは、びくっと身を硬くして黙り込んでしまった。
気まずい空気を箱いっぱいに詰め込んで、二人を乗せたエレベーターの扉が、ゆっくりと閉まる。

「ゴメン、あたし…梨華ちゃんに何か悪いコト、した?」
重苦しい雰囲気の中、よっすぃーが静かに切り出す。

「………」
彼女の問いに、正直、自分でもどう答えて良いのかわからなかった。
彼女に対して怒っているのは確か。
だけど『どうして』って聞かれると、ちゃんと説明できる自信はない。

「なに、考えてるのよ」
私は壁に寄りかかって立つよっすぃーの怯えた表情を知りながら、ワザと冷たい声で言う。
操作盤に表示される階数が一つずつ増えていくのが、とてもとても長い時間のように感じられた。
2001年が残り何分かなんてもう、どうだっていい。

「部屋出る時は慌ててたくせに。『急げ』って言ったの、よっすぃーじゃない!
それなのにいつまでも立ち読みなんかしてて動こうとしないし、
せっかく夜景見ながら年越ししようって思ってたのに…
さっきからよっすぃーの考えてること、私ちっともわかんないよ!」

「梨華ちゃん…」

「さっきだけじゃない、ずっとそうだよ。ずっと、よっすぃーに振り回されてばっかりで私、
よっすぃーの考えてること全然わかんないんだもん!!」

言いたいこと全部言っちゃったら、すごく困ったような顔で私のこと見てるよっすぃーが、
なんだか急に、可哀想に思えてきてしまった。

言いたいこと全部言っちゃったら、この不可解な苛立ちの理由が見つかった気がする。
もしかしたら私は、彼女が何を考えているのか分からない自分自身に、怒っていたのかも知れない。

「そんなに、ワケわかんないかな?あたし」
「うん。ぜんっぜん、ワケわかんない」
冗談めかして私が言うと、よっすぃーは安心したようにため息を一つついた。
そして私たちを乗せたエレベーターは、無事目的の階に到着。

「ちゃんと」
「えっ?」
扉が開いて外へ出ようとしたところで、後ろから聞こえた声に振り返る。
するともう着いているのによっすぃーは降りようとするでもなく、まだ壁に
寄りかかったままでそこに立っていた。

「ちゃんと、わかるように話すから。その前に…プレゼント、先もらっちゃっていい?」
「プレゼントって、なに言って……っ!?」
言い終わらないうちに、私は腕を掴まれて強く引き寄せられ、抱きすくめられていた。
後ろで、扉の閉まる音が聞こえた。

「ホントは、マンガとかどうでも良くてさぁ…梨華ちゃんのコト連れ出したかっただけだから。
だって部屋の中で年越しって、なんかつまんないし」
私はよっすぃーの腕の中で、ただ黙って彼女の言葉を聞いていた。

「あー、ってゆーかもっと正直に言うと、部屋の中でもべつに良いんだけどね。
梨華ちゃんとふたりなら、どこだって、べつに良いんだけど」
真上から降ってくるよっすぃーの声は、私のカラダに直接響いてくるみたいなカンジがして心地良い。
「梨華ちゃんとふたりなら、エレベーターの中だってさ」
そう言って、照れたように笑う。

「ねぇ。よっすぃーの欲しいモノって、何だったの?」
私は、よっすぃーにカラダを預けたままで問いかける。
よっすぃーは、うーん、と少し躊躇して、それからゆっくりと話し始めた。

「仕事とかでさぁ、たまに12時すぎたりするでしょ?
そーゆーときって、すごい疲れるけど、でもなんかうれしくてさぁ。
一日の終わりとはじまりに、梨華ちゃんと一緒にいるのが、なんかうれしくてさ」

やっぱり、よっすぃーってコはときどき、よくわからない。
けれど私たちはきっと、
わかんないからもっと、近付きたいと思うのかも知れない。

「だから、ずっと思ってたの。今度は、」
わかんないからまた、好きになっちゃうのかも知れない。

「一年の終わりとはじまりに、梨華ちゃんとふたりでいれたらいいなって」
ひとつ謎が解けるたび、またひとつ、好きになって。
ときどきイライラしちゃうけど、でも…誰かを好きでいることは、やっぱり、楽しい。

「そんなの、早く言ってくれればいいのに。私、一人で怒って…バカみたい」
「だって秘密の楽しみだもん。言ったら意味ないっしょ」
すぐそばで、いつもの呑気な笑い声が聞こえる。

私の体内時計によると、2001年はもうとっくに終わっちゃってるはず。
年を越す瞬間に私たちが何をしていたのかは、もうわからないけど…
よっすぃーとふたりでいたことだけは確かだから、まぁいっか。

「毎日が、そうなるといいのにね」
一日の終わりとはじまりに、ふたりでいられたら。
今までそんな風に考えたこともなかったけど…一日の境目をいつもふたりですごせたら、
どんなに素敵だろうと思った。

「そうだねぇ。できれば仕事じゃない方がうれしいけどね…って、あっ忘れてた」
「なに?」
私は思わず、よっすぃーの顔を見上げて聞き返す。
すると間近で彼女と目が合ってしまい、私は慌てて視線を元へ戻した。

「梨華ちゃんのプレゼント、なにがいい?」
「………」
まさかこの人、日付の変わり目をいつも一緒にすごしたいほど大切な人へのプレゼントを
考えてなかったんじゃ…私は疑いの眼差しで彼女を見上げる。

「言っとくけど、考えてなかったワケじゃないからね」
「………」
「迷いすぎて決めらんなかっただけだからね」
「………」
「………ゴメン、考えてなかった」
私の無言の問いかけに耐え切れなくなったのか、よっすぃーはあっさりと白状した。

「とにかく!欲しいモノ言ってよ。何でも買ってあげるから!」
形勢が不利になった途端よっすぃーは、半ばキレ気味に言った。
でも常識的に考えると、この場合、キレて暴れても許されるのは私の方だと思うの…。

「じゃあ…もうすこしだけ、このままがいい」
私はよっすぃーの背中に手を回して、ぎゅっとしがみつく。
「えっ、そんなんでいいの?」
拍子抜けしたように、よっすぃーが言う。
「うん。そんなんでいいの」
温かい腕の中、目を閉じて彼女の言葉に耳を傾ける。

「よかった。土地、とか言われたらどうしようかと思った」
その瞬間、私は自分の耳を塞ぎたい衝動に駆られた。

「あ、待って。コレってさぁ、ウチらの欲しいモノ、結局同じだったってコトじゃない?」
「ああ、うん。そうだね」
そんなに大した発見じゃないんだけど、なんだか妙に納得しちゃったりして。

「だろぉー?
ってゆーかコレはそもそも、あたしってより梨華ちゃんのために用意したプレゼントだったんだけどね。
だってホラ、梨華ちゃんは『よっすぃー大好き星人』なワケだし」
「なによ、それ!?」
ああっ、もーっ!この『カン違い星人』を誰か止めてーっ!!
「えっとねー、ぴょーん星人の仲間。同時に飯田さんの親戚でもあるのデス!」
ああ、もぅ。そんな情報いらないし…。

「やっぱ1号と2号は息ピッタリだよ。いやー、今年のクリスマスが楽しみだね!」
私の抗議をまるっきり無視して、弾む声でよっすぃーが言う。

「よっすぃー…今年も、やる気?」
「ったりまえじゃん!みんな楽しみにしてるだろうしね」
してないとおもうよ、って忠告したいところだけど…好きだから言えない。

「梨華ちゃん」
「ん?」
顔を上げると、そこにはいつもの呑気な笑顔があって。

「メリークリスマス。と、あけましておめでとう」
生まれて初めて聞くヘンテコなあいさつに、私は思わず吹きだしてしまう。

「ちょっとー、なに笑ってんのさぁ」
「だってクリスマスとお正月、いっぺんに来ちゃったみたい」
「でしょ、でしょ?ほらねー」
とくに褒めたつもりはなかったんだけど、よっすぃーはなぜか得意げ。

今年もきっとこんな調子で、意味不明な思いつきに付き合わされちゃったりするんだろうな。
だけど私、よっすぃーに振り回されるの、そんなに嫌いじゃないかも知れない。

「遅れてくるサンタも、なかなかイイでしょ?」

よっすぃー。
ナイショだけど私、ちょっとだけ思っちゃったよ?
次のクリスマスも、よっすぃーとふたりで、『サンタクロースになりたい』って。


<Merry Christmas & A Happy New Year>