「ええ加減な奴じゃけん!!」

 

「ピヨ、ピヨ・・」
小鳥の囀りが聞こえる。カーテンの隙間から、朝日がちらちらと顔を出している。
「うっ・・う〜ん」
後藤は気だるそうにのびをして、目覚まし時計を見てつぶやいた。
「まだ、6時じゃん・・・もう一眠りしよ」

 

<第二部・「どうしよ・・・」>

 

 「やっぱ、早起きして散歩でもしようかな・・よし!そうしよ!
早起きは十六文の得って言うしね!」
後藤はやっぱ起きることにしたらしい。
「それを言うなら早起きは三文の得っつうんだよ!!このバカチン!」
窓の方からなにやら、聞き覚えのある声が聞こえた。
「そ・・その声は、もしかして市井ちゃん!?」
「やべ、見つかった!」人影は、イチローばりのライオン走法で逃げていった。
「はや!・・待ってよ市井ちゃん!!」
後藤も、負けじとモーリスグリーングッズを身に着けて追っかけてったとさ。

 早くも後藤は人影を、見失ってしまったようだ・・・。
「ぜえ・・ぜえ・・ゲロはえ〜よ・・なんか、かったるくなってきた」
後藤はいじけて道端で水面蹴りの練習を始めた。
黙々と、水面蹴りを繰り出す後藤。
だんだん惨めな気持ちになってきたその刹那!
「ズガッ!!ズデン!!!」
曲がり角から曲がって来た、細身の少女にクリーンヒット。
「イテエぞ!コノヤロー!シバキあげたろか!!」
少女は態勢を立て直すと、渾身の右ストレートを放った!
「あれ!?もしかして、ヨッスィ〜!?」
右ストレートは後藤の鼻先でかろうじて止まった。
「アン!?・・・あれ、ごっちん?」
二人は、ゲラゲラと笑いながらいつしか、ビンタ合戦を始めていたとさ。

 後藤と吉澤のビンタ合戦が、ギャラリーも巻き込んで最高潮に達している、その頃。
日本のミュージックシーンを代表するプロデューサー、TKと呼ばれる男は、帰宅の途に着いていた。
「マーク〜今帰ったぞぉ〜」TKが玄関口で叫ぶ。
ドアが開くと同時に、TKの忠実な僕、マークパンサーが主人を出迎えた。
「御帰りなさいませ」
マークは深々と頭を垂れている。
TKは無言でマークの鼻っ柱にパンチを一発かました。
「・・・ありがとうございます」
マークの鼻から鮮血が滴っている・・。
「ふむ、なんかムショーに腹が立つなぁ・・マークさぁ〜全裸で庭を十周ね」
「・・・かしこまりました」
マークは、急いで服を脱ぎ捨て庭先に飛び出していった。
マークの目に涙がキラリ。
TKは書斎に着くと窓の外に目をやった。
マークは番犬のドーベルマン3匹に追いかけられながら、必死の形相で走っている。
「マークもがんばるなぁ〜・・・オレもがんばんなきゃなぁ〜・・・」
TKはこれからもがんばろうと、心に誓うのであった。

 

<第三部・「アコムのCMは微妙すぎる」>

 

 その頃、熱戦の続く道端では・・・。
吉澤の頬袋は真っ赤、後藤の鼻からは鼻血が出ていた。
「はあ・・はあ・・ヨッスィ〜・・やるじゃん・・」
後藤は大の字になって倒れた。
「ぜえ・・ぜえ・・ごっちんもね・・・」
その隣で、吉澤も大の字に倒れた。
「青春じゃのう・・」老人はつぶやく。
「なんだよ!八百長だよ!」少年は叫ぶ。
「プロレスは、筋書きのあるドラマなん〜だ〜〜!」気持ち悪い奴も吠える。
そしてギャラリーは去って行ったんだなぁ。

 二人は、二時間も、ビンタを張り合っていたらしい。
「あ〜あ、気持ち良いね〜、嫌な事も全部忘れちゃうよ・・」
後藤は鼻にティッシュを詰め込みながら、しみじみとつぶやいた。
「そうだね〜、久々に熱くなっちゃったよ・・・」
吉澤も真っ赤になった頬袋を手で包みこみながらつぶやく。
二人は、タバコ屋の前に寝転がって、マターリしていた。
タバコ屋のばあさんも、ええ加減迷惑なので、自慢の44マグナムに手を伸ばしかけた、その時。
思い出したかのように吉澤がつぶやく。
「あっ!そういえば市井さん見かけたよ〜」
「ふ〜ん・・!!じゃなくて、ど、ど、どこで!?」
そう言うと後藤は吉澤の長い首を締め上げた。
「ぐ・・ぐるじい・・あっ・・あっちの・・か・・角の赤い屋根の家に・・・」
聞くや否や、後藤は猛ダッシュで走り去っていった。
「殺す気か〜!!」
吉澤の声が住宅街にむなしくこだました。
さて、吉澤は一体こんな所に、何しに来ていたのか。
それはまた別の話・・・。

 「赤い屋根の家ってここかな〜?」
玄関前まで歩を進める後藤。表札には「池脇」と書いてある。
呼び鈴を鳴らしても誰も出てこない。
「誰も居ないのかな〜」
試しにドアノブを捻ってみる・・「ガチャ・・」呆気なくドアは開いた。
「入っちゃえ」
入ると玄関にはたくさんの靴が並んでいた。
「人、いっぱいいるじゃん、市井ちゃんもこの中に・・?」
どうやら、二階の方から声が聞こえてくるようだ。
後藤は恐る恐る階段を上がって行った・・・・。
二階に上がると・・・左の部屋から声が聞こえてくる。
「こえ〜なぁ・・よし!!」
後藤は思いきってドアを開けてみた!

 部屋の中には、野球のユニフォームを着た少女達が、パソコンのモニターに向かっている。
市井らしき姿は見当たらない。
ラジカセからは「お〜でぃ〜えぬ」と意味不明な言葉が流れている。
その言葉に続けて少女達は「すご〜いね〜」と唱えている。繰り返し、繰り返し・・。
「(なんかの宗教かな〜、とりあえずこえ〜よ!)」
「あの〜市井ちゃん知りませんか〜?」
野球少女達は後藤を振り返る事もなく、魅入られたように、モニターを見つめている。
「すご〜いね〜」
少女達は後藤を気にする素振りすら見せない。
「なんか腹が立ってきたのだ〜!」
後藤は傍らに置いてあった金属バットを掴んだ。
そして、1番近くに居た少女の後頭部をフルスイング!
「ボグシャッ!!」
嫌な音が鳴り、同時に、不幸な少女の脳味噌は部屋の壁に飛び散った。
「すご〜いね〜」
まだ・・言ってるよ。
後藤の怒りは収まらない。次々と和製マグワイヤの異名を持つ近鉄の中村の如く
気持ち良いほどのフルスイングで少女達の脳味噌をぶちまけていく。
ついでに、勢い余って、帰ってきた少年までフルスイング!脳味噌&目ん玉ぶちまけた!
部屋は血の海。時はまさに世紀末って感じだね。
「か・い・か・ん・・」
この惨劇の後、後藤は「撲殺小町」と呼ばれ、町内の人々の畏敬の対象となるのであった。
 後藤は市井の唯一の手がかりを失ってしまった・・・。果たして市井はどこに?
そして、話は続くのか!?
知るかボケ!!

 

<第四部・「プレステと嘘とお塩とデ〜ブ」>

 

 後藤が鮮血に彩られた部屋で一人、掛布の物まねで松井君のスイング解析をしている、その頃。
日本のミュージックシーンを代表するプロデューサーTKの家では
盛大なガーデンパーティが執り行われていたりした。
パーティーの出席者には、今をトキメク(死語)敏腕プロデューサー達の姿も見える。
「ELT共和国〜!イガラシ公の〜御成り〜!」
ひょろっとした男がTKに声を掛ける。
「ご無沙汰してます、TK」
「やぁ〜イガラシ君・・てめぇ〜!いい加減にオレのパクリやめろ!ぶっ殺すぞ!ワチャゴナドゥ〜!
・・なんちゃってねぇ〜」
この時TKの目が妖しく光ったのをイガラシは見逃さなかった。
パーティーの後、イガラシはELTの裏方に回り、ブラウン管から姿を消すことになる。バイバイ。

 プールサイドには、スピードのプロデューサーであるイジチの姿もあった。
年端もいかぬ少女を歌わせ、踊らせ、あぶく銭をかせぎまくる、なかなかの好漢である。
まあ、このパーティに来てるのはそんな奴ばっかりなんだけど。
「やあぁ〜イジチ君、相変わらずいたいけな少女達を食い物にして、稼いでるみたいだねぇ〜」
「なにをおっしゃる、TKには敵いませんよ」
二人は今にも掴みかかりそうな雰囲気だ。
「でもさぁ〜、プロデュースした娘、バクバク、食いまくっとるらしいねぇ〜」
TKいきなり直球だね。
イジチは業界でも有名なウルトラロリータコンプレックスである。わびさび利かせてデラックス。
正直、痛い所を突かれた。
「な・・な、何を言ってるんですか、あ・・あなただって、鈴木のアミーゴとか・・・」
「あ、僕さぁ〜、総理大臣とも仲良しなんだぁ〜・・・
ネ〜バエ〜ン♪ネ〜バエ〜ン♪イ〜ジチく〜んのみ〜らいわぁ〜♪」
「・・・・」
 後日、スピード解散の一報がTKの耳に届くことになる。
ま、その後もイジチは懲りずに十代の少女をむさぼり食ってんだけどね。
とことんナイスガイ。

 そんなこんなで、TKも来賓の方々へのあいさつに大忙しである。
そこにTKに近づく一人の男がいた。
下品なツラした金髪の男が、首に鎖を付けた全裸の男を引きずってやって来る。
「もうかってまっか?」
悪名高きハロプロ帝国の総帥つんくである。
TKはこいつの下品なツラを、あまり拝んでいたくなかったんで、無視しようと思っていたが
つんくの傍らで、従順にお座りしている全裸の男が気になったんで、話掛けることにした。
「つんく君、久しぶりぃ〜・・ところで、横にいる汚いのは何ぃ〜?」
「あ?これでっか?最近、飼いだしたペットで、名前、ダンス☆マンゆうんですわ」
「TK初めまし・・・」
つんくの鉄拳が飛ぶ。
「カペペ!!」
ダンス☆マン哀れ、吹っ飛ぶ。
「こら!犬が人間の言葉しゃべったらあかんやろが!なんべんゆうたらわかるんや!
・・・ほんましつけがなってなくて、すんまへんなぁ」
「ハハハハ、しつけは大事だからねぇ〜」
ダンス☆マンは半べそで「ワンワン!」と吠えている。
「よしよし、それでええんや、帰ったら好物のペディクリーチャムミキサー
ぎょうさん食わしたるで」
3日ぶりに餌が食べれると、ダンス☆マンは得意のジョン・トラボルタbyサタデーナイトフィーバー
のポーズで喜びを表現している。
「不思議とかわいく思えてきたよぉ〜」
TKはダンス☆マンのアフロをなでなでしている。
「ところで、マークの姿がみえへんけど、どないしたん?」
「あぁ〜、マークの奴さぁ〜、ドーベルマンに噛まれちゃって全治二ヶ月の重傷だってさぁ〜
グローブの活動を再開しようっていう大事な時なのにぃ〜、ほんと、しょうがない奴だよぉ〜」
そう言うとプンプンとかわいらしくむくれている。
「それは、災難やなぁ〜、お大事にぃ〜」
そう言い残すと、つんくはダンス☆マンをどつきまわしながら去って行った。
つんくの後姿を見送りながら、TKは、マークが戻ってきたらどんなプレイで楽しもうか
と夢想し、その夜、夢精するのであった。

 

<第五部・「はふ・・はふ・・おいひぃ・・」>

 

 ウツとキネがTKのガーデンパーティで、残飯をむさぼり食っている、その頃。
池脇家を後にした後藤は途方に暮れていた。
なにせ唯一の市井の手がかりを怒りにまかせて粉微塵にしてしもうたのだから・・。
ちょっと反省気味のごまちゃん。
「市井ちゃん、どこに行ったんだろう・・」
とぼとぼと商店街に続く道を歩いていると、前方に人影らしきものが見えてきた。
後藤は人影に無造作に近付いていった。
白覆面に柔道着というイカした出で立ち。一見して変質者とわかる風体。
しかもベストキッドの鶴の構えで固まっている。
「(やばぞ〜だ〜!・・無視して通りすぎよっと)」
恐る恐る横を通りすぎようとする・・。
「待て〜〜〜い!!私の名はチェ・ゲバラ!!革命家だ・・そこの娘お待ちなさいな!」
「は、私ですか?」
後藤を呼び止めるその声は、どこかで聞き覚えのある声だった。
「その声は・・!?」

 「もしかして?・・圭ちゃん?・・圭ちゃんでしょ!?」
「・・圭、圭なんて、し、し、し、知らないわよ!」
「しらばっくれてもダメ!だってその声、そのエラは
覆面をかぶってたってはっきりとわかるもん!」
「・・・ふん、まあそんな事どうでもいいわ
私のクイズに答えられたら市井の居場所を教えてあげるわ」
「えっ!?市井ちゃんの居場所を知ってるの!?」
チェ・ゲバラは後藤の問いをさえぎるように雄叫びをあげた。
「クイ〜〜ズ!!!!第1問!!!!・・・」
突然のことに後藤は息を呑んだ。そして、何を聞いても無駄だと悟った。
「(クイズに答えれば良いのね・・・よ〜しがんばるぞ〜)」
「新曲、『I wish』での、保田パートはどこだ?」
「知らん」
「ならば!死ねぇぇぇぇ!!!」
チェ・ゲバラは後藤に躍りかかった!!

 踏み込んできての回し蹴り。
後藤は迫ってくる蹴りを、流麗なバックステップでかわす。
蹴りは後藤の鼻先をかすめて空を切った。
が、すぐさまバックナックルが飛んで来る。
「(二段構え!?)」
しかし後藤の野生の勘は、迫り来る危機に敏感に反応する。
既に拳の軌道上に後藤の姿は無かった。
拳が頭の上を通過するのと同時に、後藤の水面蹴りがゲバラの両足を的確に捕らえていた。
「グッ!」
ゲバラの背中はアスファルトにしこたま叩きつけられた。
後藤は思いっきり跳躍すると、ゲバラの腹に全体重を乗せて着地した。
「ホアタァァァァァァァァァァァ!!!!・・・・ホウ・・ホウアァァァァ・・・」
後藤は恍惚の表情を浮かべている。
ゲバラは口から血の泡を吹き出しながら、身悶えている。
はっ!と我に帰ると後藤はゲバラの覆面を剥ぎ取った。
「・・・圭ちゃん・・」
紛れ間無く保田圭その人である。口からは血がゴボゴボとこぼれている。
「・・・後藤・・つ・・強く・・なっ・・たね・・」
「圭ちゃん・・どうして・・・で、市井ちゃんはどこにいるの?」
そう言うと、乱暴に保田の体を揺らす。
「ねえどこ!ねえどこ!」
「お・・・教・・えて・・や・・やら・・ねえ・・・・ガクッ」
保田の生命活動はそこで停止した。
いくらビンタをくれようが返事は返ってこない。
「ちっ・・!逝ったか!」
後藤は保田の頭を乱暴に放り出すと、素晴らしいスピードで走り去っていった。
保田の死骸は烏達のかっこうの食料となった。

 

<第五部・番外編>

 

白覆面はすっかりベイダーマスクと化し、セコンドの雅夫が心底悔しそうに拾い上げた。
――― とその時、一羽のかっこうが、つつかれきった保田の死骸の元に降り立った。
雅夫は気付かず、四方に頭を下げ、一人悲しい帰路についた。
かっこうの脚には、青いギブソン・レスポール・スタンダードが意味もなく装備されていた。
・・・いや、むしろギブソン・レスポールにかっこうが装備されていた。
関根監督は明かにギブソンの使い方を間違っていた。あれは先発タイプではないロングリリーフタイプだ!
かっこうはそのみだらにはだけた胴着をまさぐり、何かを探し出し始めた。
おや、かわいいですねえ、これはまるで人食いなまずの異名で恐れられているカンジルの動きそっくりじゃないですか・・・ってあ痛ぁ!ありゃま指、指ねーっすよこれあはははは!」
かっこうは走った。くちばしにはすっかり血で染まった紙切れ、いや、手紙?が咥えられている。
――― 一刻も早く主人にこれを届けなければ ―――
引きずられるギブソン・レスポールがいつしか、天国への階段を奏でる。
かっこうは階段を登っては降り降りては登り、改札を抜けるとそこは千葉だった。
とある一軒家。ここが主人の家である。
かっこうは鳴いた。「めえぇぇぇぇぇ×3」
ガチャ。ドアが開く。出てきたのは後藤の捜し求めるその人である。

「お、やっと来たか・・・!こっ、これは・・・」
市井は恐る恐る手紙を広げ、読み上げた。
「勝利よ永遠なれ。国家か、氏か。革命家の情熱を持って、君を抱擁する(はあと) げばら」
市井の頬に一筋の涙が流れる。
「そっか・・・後藤を、後藤を止められなかったんだ、圭ちゃん・・・」
・・・いや、むしろここは
「そっか、止めたくても止めらんなくなっちゃったんだ、刑ちゃん・・・」
涙に暮れる市井。うろたえるかっこう。
その時。
「ただいま〜今日も頑張ったよ俺!」
かっこうは目を疑った。
ベイダーマスクをかぶり、満面の笑みで勝ち名乗りをうける雅夫がそこにいた。

 

<第六部・「ハムの人」>

 

 「あ〜〜腹減ったな〜〜・・・」
後藤のお腹がきゅるきゅると鳴っている。
市井を追いかけるのに夢中だったらしく、お腹が空いているのにやっと気づいたようだ。
「あ〜〜腹減ったな〜〜〜・・・」
もちろん慌てて家を飛び出したのでお金の持ち合わせはない。
「く〜〜〜・・食い逃げでもっすかな〜〜・・おっ!?あれは・・」
見覚えのある後姿が、後藤の目の前を歩いている。
安倍である。なにやら軽い足取りだ。重いのに。
「なっちだ・・・じゅるじゅる・・・」
気づかれないように、慎重になっちに近付くと足元にあった石を拾い上げる。
「(どっこいしょっと・・・)」
巨大な石を背伸びの格好で振りかぶると、なっちの頭上に、思いっきり振り下ろす。
「・・・ゴツ!!」
「ひでぶ!!」

 公園の隅で焚き火が幻想的な輝きを放っている。
夜の帳が降りて、シ〜ンと静まり返った空間に焚き火のパチパチという音だけが響いている。
「お肉もう焼けたかな〜?」
骨付き肉を焚き火から引っ張り出すと息を吹きかける。
「ふう、ふう」と冷ましてから、一気にかぶりついた。
「はふはふ・・やっぱ脂身が多いな〜、でもおいしいや!」
後藤はお肉を残さず平らげた。
「ふあ〜〜〜あ・・・お腹いっぱいになったら眠たくなってきた・・」
後藤は眠りに就いた。

 夢枕に中澤が現れた。
「南へ行け」
そう言い残すと中澤は消えていった。
さわやかな朝がきた。
「・・もう朝か・・・でも、裕ちゃんがなんで?」
後藤は知る由もないだろうが、この日から3日後に中澤が隅田川で仏として発見される。
そこで、銭形親分の名推理が冴え渡るのだが、それはまた別の話。
「南へ行けか・・・」
南には何が待っているんだろう・・・・市井ちゃん!?
・・きっとそうに違いない!
確信は持てないが、感覚がそう言っている。
後藤は伸びをすると出発の準備を整えた。
「んで、南ってどっち?」

 

<第七部・「塀の中の懲りない面々inハワイ」>

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・。
地面の底から湧き上がってくるような地響き。
比較的小規模な地震だったようだ。
人々は、この手の地震にはもう慣れっこになっていた。
「いつもの地震か」人々の大半はそう思っただろう。一人の少女を除いて。
「ついに奴が復活したか・・」
飯田が恐山の修験場から戻ってきてから、ちょうど3日が過ぎていた。
自宅の居間で飲茶楼をすすっていた飯田は、ただならぬ妖気を感じていた。
「ふ〜む、南の空に妖気が渦巻いておる」
飯田はすくと立ち上がると桐のタンスを開く。
タンスの中には洋服と共に、1メートル近くはあろうかという日本刀が一本、立掛けてあった。
「妖魔滅殺」と書かれたお札をはがすと、刀を小脇に抱え込んだ。
「意外と近いな・・・」
そう呟くと、玄関を飛び出していった。

 その日は記録的な猛暑だった。
東京の最高気温は40度近くにまでなっていた。
人々は、涼をとるために、エアコンをフルパワーで稼動させ
電力の消費量は、昼をピークに、異常な値を示していった。
電力会社のマスコットガールであるデンコちゃんの怒りは、頂点に達しようとしていた。
「電・・・気を大切に・・ね」
この日だけで236回目のテレビ出演を終えると、デンコは楽屋に戻った。
「・・・クソ虫共が!!エアコンの効いた部屋で、ズリセンばかりこきやがって!!
なぜだ!!なぜ私の言うことを聞けねえ・・・・!!!」
デンコの怒りは我慢の限界を超えようとしていた。
その時、デンコの耳元に不思議な声が聞こえてきた。
「力が欲しいか?力が欲しいかデンコよ・・・憎き人間を滅ぼす力が・・」
声が遠のくと、デンコの周りの風景が歪んだ、と同時に大地が振動し始めた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・!!
デンコの体に得体の知れない力が流れ込んでくる。
「す、素晴らしい!!素晴らしいぞぉぉぉぉ!!」
力の巨大さを象徴するように、デンコ自身も、巨大化し始めた。
デンコの頭は、天井を突き破ると、スタジオの屋上に突き出した。
スタジオは全壊し、デンコの巨大な頭は1キロ先からでも
その威容を確認できるまでになった。

 ただし巨大化したのは頭のみだったため、巨大化する頭を支えきれず
ブチッ、という快音を残してデンコの首と胴は永遠の別れを告げた。
スタジオの瓦礫の中で、デンコの胴体からは血のシャワーが吹き出していた。
巨大な頭は、周りの建物をなぎ倒しながら地平線の彼方まで、転がっていきやがった。
「失敗しちゃった・・・てへ」
ことの一部始終を見届けると、黒い影はものすげ―スピードでその場から立ち去った。


 疾風の如き速さで、妖気の発信源を目指していた飯田だったが
妖気が突然感じられなくなっていた。
「あれ?おかしいな〜・・さっきのは気のせいかな〜・・・」
飯田は、立ち止まって、しばらく考え込んでいた。
「・・・やっぱ、かおりの気のせいか〜」
そう結論づけると、飯田は自宅に引き返していった。
―――今宵はここまでにしとうございます、クソッタレ。

 

<第八部「(流れ者)は二度死ぬ」>

 

 飯田が魔人・京本正樹の討伐に乗り出している頃。
後藤はまだ路地裏をさ迷っていた。
「南ってどっちだよ〜、わかんないよ〜」
腕をくんで、道を、行ったり来たりしていると、くたびれた感じのサラリーマンが通りかかった。
「そうだ。あの人に聞いてみよう!」
サラリーマンの名は(流れ者)といい、今日づけで会社をクビになったばかりであった。
「はああ・・また、仕事中に2ちゃんにつないでるのがばれてクビか・・・」
なにやら、ぶつぶつ言っているサラリーマンに、後藤は声を掛けた。
「あの〜すいません。道をお尋ねしたいのですが〜」
「ふむ。どこだ?」
若いギャルに道を聞かれて、(流れ者)もまんざらではない様子だ。
「南ってどっちですか?」
「へっ?」
(流れ者)の顔色はみるみる変わっていった。このガキは俺をおちょくっているんだな。
会社をクビになったばかりの俺をおちょくりやがって・・・。(流れ者)は顔を真っ赤にして叫んだ。
「さっさと回線切ってHD初期化して自殺しろ!!」
叫んだ後にちょっと後悔したが、既に遅かった。
後藤は側に在った鉄パイプを握ると、(流れ者)の側頭部をフルスイング。
真芯で捕らえた打球は右中間を深々と破る勝ち越しツーベース!!
ていうか(流れ者)はくたばった。

 気がつくと、(流れ者)は光の中に居た。
周りの、総ての景色が、眩い光を放っている。
光の先に、なにやら花畑のようなものが見えた。
(流れ者)は光のトンネルを進み、段々と花畑に近付いて行く。
花畑の入り口に差し掛かったそのとき。
何時の間にか前方には、見覚えのある若者が立っていた。
「お前は短小・・・」
「流れちん。まだここに来るには早過ぎるよ・・」
二人は互いに歩み寄ると、向かい合った。
「短小、お前・・・ということは・・ここは、あの世ってやつか?」
「そうだよ、流れちん。でもうれしい、こんなに早く逢えるなんて・・・
流れちん、これからはず〜〜っと一緒だよ」
「うっせ!」
(流れ者)は来た道を、猛スピードで逆走していった。
「流れち〜〜〜ん!!!」
短小の声が光の中にこだました

 (流れ者)は路上に倒れていた。
「オレは一体?」
側頭部に激痛が走る。
「そうか・・オレは死んじまって・・」
しだいに状況が把握出来てきた。
「くそ!!あのガキ!!」
周りを見回したが後藤の姿は見えない・・・と思ったら後にいた。
「ラストチャンスよ。南ってどっち?」
鉄パイプを振り回しながら後藤は尋ねた。
「(不本意だが、ここは下手に出とくか・・)」
「あっちですです。。。」
と言って南の空を指差した。
「サンキュー〜、おじさん」
「誰がおじさんだ!さっさと回線切ってHD初期化して自殺しろ!!」
今度は看板直撃の150メートル弾だった。
(流れ者)は短小と、あの世で、それはそれは幸せに暮らしたとさ。

 

<第九部・「露魅王の青い空」>

 

 「死ねば助かるのに・・・・」(赤木しげる)

 「次鋒レオパルドン行きます!」(レオパルドン)

 夏の日差しは勢いを弱め、涼しげな風は秋の到来を静かに予感させていた。
太陽は地平線に落ち、夕暮れ時の心地よい風が後藤の頬を軽くなで上げる。
南に向かって一直線に突き進む足取りに、まだ疲れの色はみえなかった。
いつしか都会のそれとは違う景色が後藤の瞳に映る。
一面の田園風景。その、豊かな緑の存在をぶち壊すかのように、
巨大な屋敷は、自己を過度に主張するように建っていた。
「なんか、この家あやしい〜な〜」
後藤のカンピューターが青春のドレミを奏でる。
立派な漆塗りの扉の前に立つと、一気に扉を押し開ける。
ギィィィィィィ・・・

扉を開けると真っ先に、絨毯の赤い色がとびこんできた。
「誰かいますか〜?」
呼びかけは、高い天井にむなしくこだました。
と、そのとき、傍らの西洋甲冑の置物が後藤に襲いかかった!!
甲冑の持つ鉄の槍が、後藤に迫る。
後藤は、甲冑が振りかざす槍をひらりとかわす。
後藤の左側を走り抜けた甲冑は、自ら振りかざした槍に、足を引っ掛けて、
赤い絨毯に激しく横転した。
「いた〜!」
「むぎゅっ!」
甲冑の崩れた場所から、同時にふたつのうめき声が聞こえた。
そこから這い出てきた少女に後藤は見覚えがあった。
「辻〜!?」
「そうれす。そしてあいぼんもいるれす」
辻は甲冑の中から白い手を引っ張り出す、が、加護はすでにこと切れていた。
「・・・・許さんれす。」
「かなり、八つ当たり気味〜」
「ぬお〜!許さんれす!!」
辻は猛然と後藤に突進した。

突進しながら腰からナイフを抜き出す。
「死ぬがよろしいれす!」
後藤の胸にナイフが突き刺さる――辻の脳裏には、その光景が鮮明に映し出されていた。
だが、ナイフからは何の反応も返ってこなかった。
刺した感触も、伝わってこない。
辻の前から後藤の姿が消えていた。辻は後藤の幻影を刺したに過ぎなかった。
「どこに消えたれすか!?・・・」
ぽかんと口を開けたままの辻の頬に、鈍い衝撃が走った。
「へぷっ!!」
辻はきりもみ状に回転しながら床に叩きつけられる。
後藤の平手打ちであった。
しかも、後藤の手には、いつのまにか辻の持っていたナイフが握られていた。
「悪ふざけが過ぎるよ!」
だが、後藤の目に怒りはなかった。むしろ、済みきった静かな目をしていた。
――なんて、哀しく済んだ目をしてやがるのれすか・・・
辻は観念したように、床にあぐらをかいた。
「ふっ、負けたれすよ。二階に行きな。そこで後藤しゃんは時の涙を見るれす・・」
「はあ・・んじゃ、二階行くわ。加護の死体は、うまく処理するのよ」
そう言うと後藤は、二階へ続く螺旋階段を、早足に登って行った。
 辻はスッと胸の前で手の平を合わせた。その目からは大粒の涙が流れている。
「救われた・・・後藤しゃんによって、ガンダーラの歴史が・・・救われたのれす・・」

 

<第十部・「合言葉は憂木瞳」>

 

 5分後、後藤は広いバルコニーのある部屋についた。
そこには金色の装飾に彩られた椅子にすわる、市井の姿があった。
「市井ちゃん、会いたかったよ〜!」
市井は組んだ膝に肘を乗せて頬杖をついたまま、微動だにしない。
「市井ちゃん・・・!?」
部屋の中央に近づく。
突然、後藤の後頭部に鈍い衝撃が走った。
「うっ!・・・」
たまらず、床に突っ伏す。と、同時に後藤の頭が乱暴に抑えつけられる。
「市井様、これでよろしいでがすか?」
「うむ、良くやったぞ、華月」
市井は、椅子からすくと立ち上がると、後藤の顔に冷ややかな視線を送る。
「い、市井ちゃん・・・どうして、こんな事・・・!?」
「くっくっくっ・・・まだ、わからないのか?・・・とんだ白痴だね・・・」
市井は語り始めた。大きな窓を雨滴が叩きはじめていた。

 「モーニング娘。を・・ぶっ潰す、ぶっ潰す、ぶっ潰す・・(残響音含む)!!」
激しい雷鳴とともに、白銀色の閃光が市井の横顔を照らす。
雨は激しさを増し、窓をバチバチと叩いている。
「・・・ようは、私のソロデビューに邪魔なのよ、あなた達は」
「どうして!? 私達、一緒にがんばってきた仲間じゃない!!」
後藤は今にも泣き出しそうな顔で、市井を見上げる。
「仲間?・・・そうね、あなたはその仲間を、何匹か殺してここまで来たのよね」
後藤はハッとした。
――そういえば、何人かぶっ殺したような気がする・・・!
「あなた達は、私のこれから成すであろう覇業には邪魔な存在なの。
私の黄金の経歴に汚点を残しておきたくないの、わかる?
だから後藤――あなたの好意を利用させてもらったのよ・・」
市井は冷ややかに笑うと、壁に備え付けられているサーベルに手をかける。
「ここまで来たっていうことは、辻、加護も片付けたってことよね。
・・・手間が省けたわ。お礼を言わなくちゃね。ありがとう」
後藤は床に顔をこすりつけている。
「さてと、戯れ事はこの辺にして、あなたも始末しとかないとね・・・」
そう言うと、市井は、サーベルの剣先を後藤の頭上にもっていく。
「い、いぢいぢゃん・・・」
「さようなら・・・愛してたわよ・・・!」
その瞬間、ひときわ大きな雷鳴が炸裂した。


 雷鳴――と思われた轟音は、窓ガラスの割れる音だった。
ガラスの破片が部屋中に飛散する。
そのガラスのシャワーの中から、人影がとびこんでくる。
影は一直線に、サーベルを振り上げた市井に突進する。
と、同時に白刃が煌く。
――日本刀!?
市井は強烈すぎる斬撃をとびのいてかわす。
かわりに、白刃の軌道上にあった、華月の頭の、眉より上の部分が
きれいにスライスされ、フリスビーのように壁にとんでいく。
「あ、あで? おれ、死んじゃうの?・・・市井ちゃん・・武道館のラストライブさ・・い・・こう」
華月は、自ら作った血の海に倒れこんだ。
「なに奴!?」
「かおりよ!忘れたの!」
「飯田さん!?」
後藤はよろよろと立ち上がる。
「後藤! 早く逃げなさい!!」
「・・・でも・・・」
「いいから、早く!!」
飯田は後藤を部屋の外に突き飛ばす。
「飯田か・・・好都合だ・・ここで死ね!」
言うが早いか、サーベルが飯田の眼前に近付いてくる。
バランスのとれた長身が抜群の反射神経で、サ―ベルの横撃をかわす。
後方にとび退いた飯田の体が、半瞬後には市井の懐にとびこむ。
強烈な速度の斬撃。市井の体は真っ二つになるかと思われたが、市井の反応も素晴らしく、
サーベルを滑らして受け流す。
キン! ガッ! シュルッ! キン!・・・
剣戟の応酬が、火花を飛散させる。
互いの技術は拮抗し、均衡は容易には破れなかった。

 室外に弾き出された後藤は、無我夢中で廊下を走った。
論理的に思考できるような状態ではなかった。
――市井ちゃん・・どうしちゃったの?
とにかく走った。何度も転びながら。出口に向かってがむしゃらに走った。
一階へ続く螺旋階段にさしかかる。
「であえ〜!! であえ〜!!」
階下で何者かが叫ぶと、階段を、黒づくめの男たちが上がってきた。
「何なの! あんたたちは!?」
男たちは無言で後藤に接近してくる。
「もう! 何なの!」
後藤は二階に上がってきた男の鼻面に、蹴りを叩きこむ。
男は横転するが、むくりと起き上がるとまた接近してくる。
――効かない!?・・・まさか!・・・市井ヲタ!!
市井ヲタ――。
何度、罵倒、中傷されようが執拗に絡んでくる粘着力!
そのさまは、さながら狂信者の如し――後藤は和田マネの言葉を思い出した。
――このままじゃ、やられる!
赤い絨毯の敷き詰められた階段は、いまや黒一色に染まっていた。
後藤は急いで踊り場から階下を見下ろした。
胸に金バッジを付けた髭メガネが、てきぱきと男たちに指示を出している。
――あいつが、大将ね!! あいつを倒せば・・・!
後藤は、階段に群がる男たちの波に躍りこんだ。
まず、前方の二人をとび蹴りで倒す。
すぐさま、後方からとびかかってくる男の顔面に肘打ちを食らわす。
だが、男たちは、少しも怯んだ素振りを見せず後藤に接近してくる。
大乱戦。一階の髭メガネにはまだ距離がある。
しだいに疲労の波が後藤の胸を圧迫する。
――きりがないよ!!
後藤が突破をあきらめかけていた。
その時、階下の男たちから叫び声が上がった。

 階下では髭メガネが、部下たちに指示を下していた。
その後方に、いつのまにか一人の少女――辻希美が立っていた。
辻の体には茶色い筒が二本巻き付けられている。筒の頭から出ている紐からは、火花が舞っていた。
――ダイナマイト!!
指示を受けていた男たちが、うしろにあとずさる。
部下たちの狼狽を見て何事かと、髭メガネが振り向こうとする。
その瞬間、辻は髭メガネの背中に突進した。
「辻希美、人間爆弾じゃい!!」
咆哮すると、髭メガネの首に、腕を巻き付けて、背中にしがみつく。
「ぬお〜! 離せ!! 離さんか!!」
髭メガネは、振り落とそうと暴れるが、辻はがっしりしがみついて離れない。
導火線の火花がダイナマイトに吸いこまれる。
「天さん・・ごめんれす」
「辻〜〜〜〜〜!!」
後藤が絶叫した。その瞬間、凄まじい閃光、とそれに続く轟音。
そして煙が室内を包む。怒号と絶叫が入り乱れる。
「ひぃ!! テロリスト隊長が・・!!」
「何だ!? 何も、見えねえぞ!!」
「クソ!! どうなってやがるんだ!!」
大将を失って、部隊は混乱状態に陥った。
「てめ〜、ホントは安倍ヲタだろ!?」
「オレは、いちごま会じゃ、ボケ〜!!」
「いや、市井ヲタを装ったアンチだ!!」
統率を失った部隊が、各処で同士討ちを始める。
「辻ちゃん・・・」
後藤は呆然と立ち尽くしていた。
誰かが後藤の手を引っ張る。
「誰!?」
「かおりだよ! 早く逃げないと!!」
「でも、辻が・・・」
「いいから、早く!!」
飯田は後藤の手を引っ張って、屋敷から脱出した。

嘘のように雷雨は治まっていた。
ダイナマイトの爆発から引火したのか、屋敷からは炎の柱が舞い上がっていた。
飯田と後藤は、屋敷から数百メートル離れた草むらでへたりこんだ。
二人とも息を切らしている。ようやく呼吸が整うと後藤が切り出した。
「・・・どうして、ここが?」
飯田は長い髪をかきあげると、どうしてここがわかったのかを説明し始めた。
悪しき妖気に導かれてここに来たこと。その妖気が、市井のものだとわかったこと。
そして、後藤を殺そうとする市井を見つけて屋敷にとびこんだこと。
そこまでの説明を聞いて、後藤は問い返した。
「あの・・・」
「さやかには逃げられたよ・・」
機先を制するように飯田は呟いた。
長い沈黙――。
飯田は立ち上がった。
「さやかを追いかけなきゃ・・・そして・・・後藤とはここでお別れだね。それじゃ」
後藤が呼び止める間もなく、飯田は闇夜に走り去っていった。
飯田の後姿を見送る。そして、屋敷の方向を振り返る。
屋敷は、その形状を留めることが出来ず、炎の渦に呑みこまれつつあった。
後藤は崩れゆく屋敷をずっと見つめていた。

 そして二週間後――。
小さな山小屋から、後藤と吉澤が出てくる。
「行くの?」
「うん、借りを返さなくちゃいけない相手がいるの」
「ごっちん、ホントはね・・・・私、思うんだけど・・・ごっちんはここに
残るべきじゃないかって・・・信じたくはないけど・・・認めたくはないけど
・・・モーニング娘。は、モーニング娘。は・・・もう・・・
・・・冷たい言い方だけど! もういない人達のための復讐よりも、今は私のそばに・・・」
「終わってない」
「・・・・え?」
「モーニング娘。はまだ無くなっちゃいないよ。まだ、私達がいる。
この戦はまだ終わっちゃいないよ。」
後藤は歩き出した。
――復讐戦・・・理由は何でもよかったのかも知れない・・・ただ一つ確かなこと・・・・
今は、私の中の何かドス黒い狂暴なもの・・・ただ、それだけが、この両足を支えている
・・・前へ踏み出せとせきたてる!