ファーストブレイク
第七部
そもそものきっかけを作ったのは石川の一言だった。
「トーナメントって途中で負けちゃう相手と試合できないのがつまらないんですよ」
高校生のバスケの試合はほとんどすべてトーナメント方式で行われる。
例外は、各都道府県大会のうち、一部の地域ではベスト4でリーグ戦になるくらいだ。
高校生の三大大会、インターハイ、国体、冬の選抜大会。
すべてトーナメント方式で行われる。
どこかと試合をしたかったら、お互いに勝ち上がっていくしかない。
富ヶ岡は、自分たちは勝ちあがっていけるけれど、試合してみたい相手が勝ちあがってくるとは限らない。
それに、どっちとも試合したいな、という相手が下の回戦でつぶしあうこともある。
吉澤が石川にメールを送っていた。
「かっこ悪いんだけど、予選で負けちゃいました」
冬の選抜、吉澤は県予選を勝ち抜けることが出来なかった。
国体で戦って、冬に再戦と約束したけれど、その約束が果たされることは無かった。
負けたら終わり、という大会システムはこういうことを生み出す。
トーナメント戦は、長期的な強化を考える意味で大きな欠陥がある。
それは、参加する半分のチームは一試合しか出来ないこと。
緒戦で負けることがありえない石川はそんなことはまったく考えていないが、指導者層ではよく言われていることである。
「リーグ戦で出来たら面白いと思うんですよね」
石川は、取材に来た稲葉にそんなことを話してみた。
取材での質問の場面ではなくて、雑談みたいな部分でだ。
思い付きだったので簡単にそんなことが言えるが、いきなり翌年から制度を変えましょうなどということになるわけも無い。
稲葉も稲葉で無責任に答えてみた。
「新しく大会作っちゃうくらいしかないんじゃない?」
国体が終わり、冬の選抜大会の地区大会が始まった頃の取材。
気持ちよく話を引き出すために、機嫌を損ねないように冗談ぽく言ってみたこと。
だけど、石川のリアクションは違った。
「それだ! それですよ稲葉さん。稲葉さんが言ったんですからね。協力してくださいよ」
「協力って何?」
「大会。作るんですよ」
そこから、すべてが動き出した。
男子には、三大大会の他に非公式戦として有名なものに能代カップというものがある。
国内随一の強豪校が、各校を招待してリーグ戦を行うのだ。
テレビ中継なんかはないし、三大大会のような権威もないけれど、地元の人には愛される大会である。
女子にはそういった有名なものは無い。
「梨華ちゃん本気なの?」
「うん」
「どうやってそんなことするつもりなの?」
「それを今から考えるんじゃない」
取材が終わって駅までの帰り道。
なにやら熱く語っている石川に柴田が水を差した。
柴田も稲葉と同じで、その場限りの思い付きだと思っていたのだ。
それが、帰り道でも長々と本気で語っているように見える。
リーグ戦ならみんなと試合できるし、とかなんとか。
実現したらどう、みたいな話をしていて、夢見てるみたいだから突っ込んだ。
そんなの無茶でしょと。
「参加チームはどうやって決めようか?」
「ホントにホントに本気なの?」
「うん」
「梨華ちゃんはそうやって夢見がちなの似合ってるよね」
「夢じゃないって。ホントにやるの」
「一晩考えて、それでも本気なら付き合ってあげるよ。じゃあね」
駅のプラットホーム。
柴田家行きの電車がやってきたので乗り込んだ。
石川は、柴田に軽く手を振ったけれど、頭は別のことを考えていた。
石川にとって、バスケは大真面目にやる遊びである。
試合に出る責任感とか、先輩のためにとか、いろいろ付属して考えることもあるけれど、本質的には楽しい遊びとしてバスケをやっている。
練習がつらかったり、試合でうまく行かなくて悔しいことがあったりするけれど、バスケ自体が嫌になったことは一度も無い。
嫌だったら辞めている。
辞めないで続けてきたのは、多少嫌なことがあったにしてもバスケ自体は楽しいからだ。
だから、大会も、もっと楽しい形に出来たらいい。
本気でそう思う。
翌日、翌々日は試合。
さすがに試合中はそんなことは言わない。
それで柴田も、どうせ梨華ちゃんの思いつき、と思っていたけれど、週明け学校に行ったら石川がまた言い出した。
「柴ちゃん、私やっぱりやりたい」
「何を?」
「だから、新しい大会」
「本気なの?」
「うん」
真顔の石川に、柴田は困った顔をする。
石川が本気だからって、柴田がそれを実現してあげることは出来ない。
「とりあえず先生に言ってみたら?」
出来るのはその程度だった。
練習中にそんな話を出来るはずも無い。
練習前とか後でもいいのだけど、なんとなく唐突にそういう話にしづらい。
考えて石川は、昼休みの職員室を訪ねた。
思ったことを言ってみる。
和田コーチの反応は、あまり芳しいものではなかった。
「簡単に言うけどな、大会を作るってそんな簡単なもんじゃないんだぞ。スポンサーもつけないと運営費用なんかもでないしな」
「そんな、お客さん呼ぶとかまでしなくていいんです。ただ、何チームか集まって試合ができればそれで」
「それなら練習試合でいいだろ」
「あ、でも、地元の人とかには来てもらって」
「気持ちは分かるんだけどな、そうそう簡単なもんじゃないんだって。大体いつやるとかそういうのもあるし、費用の問題、場所の問題。いろいろあるんだよ。やったとしても、練習試合の拡大版程度だろうな。何チームか集まってリーグ戦っていうのは、強化のプランとしてはいいんだけど、ちゃんと大会形式にするのは問題も多いんだよ」
「大丈夫です。私が解決します」
「お前、そう言うけどな」
「なんとかします」
そんなやり取りだったと聞かされた柴田は当然渋い顔をする。
「なんとかってどうするのよ?」
「どうしよう」
「何か考えがあって言ったんじゃないの?」
「柴ちゃんなら、なんとかしてくれるかなと思って」
「何とかできるわけないでしょ」
当たり前である。
柴田だって普通の高校生。
そんなこと簡単に出来るわけも無い。
やっぱり無理なのかな、とちょっと凹んで帰った石川だったが、その晩メールが届いた。
吉澤からだった。
県予選で負けてしまったことの報告。
残念だったねまた来年、というようなメールを返したあと、思い直してもう一通メールを送った。
「何チームか集まってリーグ戦とか出来たらいいなって思うんだけど、どう思う?」
そういうの出来たらいいよね、というさらっとした答えが返ってきた。
翌日、石川はまた柴田を捕まえた。
「やっぱりやりたい」
「一回言い出したら聞かない子だね」
「私バカだからさ。やってみたいと思ったらやってみたいの。みんなで集まってリーグ戦。どう考えても楽しいよ。負けたら悔しいけど。でも、集まって、どのチームとも試合できたら楽しいよ」
「そのための手段がないんでしょ」
「柴ちゃんさあ、この前の文化祭なにやった?」
「文化祭? 模擬店で売り子やってたよ」
「私のクラスは演劇でさ。私、当日に会場の椅子並べただけだよ」
「そんなもんでしょ。私たちみんな」
なんで唐突に文化祭の話になるのか柴田には分からない。
石川は続ける。
「ちょっとさ、みんなうらやましいと思わなかった? 小道具作って、大道具作って。うちのクラスはシナリオもオリジナルでさ。劇出る子はセリフも覚えて。全部終わって感激して泣いちゃう子もいたんだよ。なんか、私一人だけ蚊帳の外って感じでつまんなかったもん」
「しょうがないでしょそれは。練習あるんだから。高校入った時から分かってたことでしょ」
「柴ちゃんのクラスの模擬店だってさ、仕入れがどうとか、いろいろ準備したんでしょ」
「クラスの子はね。私は当日売ってただけだよ」
「仕入れも、交渉とかいろいろやったんでしょ」
「そりゃあ、たぶん」
「そういうのさ、やってみたいと思わない?」
何を言ってるんだこの子は? と柴田は思う。
石川の発想に柴田はついていけないことが結構ある。
あきれる前に、どことどこが繋がってそういう話になるのかがいまいち分からない。
「先生にもさ、柴ちゃんにも、大会作るのとか大変って、無理って言われたけど。私、やっぱりやってみたいんだよね。だって、大会自体も多分楽しいし、その準備するのも文化祭みたいで楽しいかなって思うから」
「そんな簡単じゃないと思うよ」
「簡単なことだけやってたら強くなれないでしょ」
「それとこれはあんまり関係ないんじゃ」
「やってみようよ。考えて計画して、それで先生説得してさ。それでもダメならあきらめる。だけど。ある程度まで具体的に計画してさ、それからもう一回先生に話し持っていってみたいんだ」
当惑した表情の柴田だが、実はここ何日かちょっと考えていた。
もし、石川の言ったような新しい大会をするなら、いつどんな形式でやるのが良いか。
それを考えるのが楽しくなかったかと聞かれると、楽しくなかったと答えたら嘘になる。
「計画してみるだけだからね」
「やったー、柴ちゃん大好き」
「もう、離れて! 離れてって!」
抱きつかれた柴田は本当に嫌そうな顔をする。
石川は、そんな柴田の表情にはまったく気づかずに、子犬のように柴田にじゃれ付いた。
とりあえず、二人で考えてみた。
実施時期、集まるチーム数、場所、などなど。
時期は、夏にインターハイ、秋に国体、冬に選抜大会があるとなると、出来るのは春しかない。
選択肢は二つ。
春休みかゴールデンウィークか。
春休みだと、一二年生もしくは、学年上がって二三年生だけになる。
ゴールデンウィークにすれば、新一年生も加われる。
「一年生もいた方がいいんじゃない?」
「でも、地区大会が重なる地域も多いよね」
春は春で実は公式戦がある。
ゴールデンウィークの少し前あたりから、県大会および関東なり関西なりの区分での各地域大会がある。
「公式戦にするなら春休みかなあ」
「でも、私たちだけで公式戦にまでするの無理でしょ」
「やってみなきゃわかんない」
「いやいやいや。それは分かるから。公式戦にするのはちょっと頭から外そうよ」
「ダメ?」
「ハードル高すぎるもん」
春休みというのは、高校バスケには空白期間であるが、他の競技では結構使われている。
野球の春の選抜大会が一番有名だし、それに次ぐところで言えば春高バレーもある。
ただ、だからと言って、石川と柴田の思いつきを、後半年もない時期までに公式戦という形にまでするのは無理がある。
「練習試合にするなら、新一年生入ってからのがいいのかなあ?」
「その時期にリーグ戦形式で何試合も出来ると、一年生の使える度合いとか見れていいんじゃない?」
「でも練習試合って言いたくない」
「それは、何か名前付ければいいんじゃない?」
「富ヶ岡カップとか?」
「校名変わるけどね」
「そっか。そうなんだよね」
富ヶ岡高校は、翌年三月に近隣の杉田西高校と統合されて、富岡総合学園と名前を変える。
「何チームくらい集めるの?」
「16チームとか」
「梨華ちゃん。16チームが集まってリーグ戦したら何試合になると思う?」
「無理?」
「一チーム15試合やるんだよ。無理でしょ、それだけでも」
リーグ戦で全試合消化しようとすると120試合になる。
考えるまでもなく無理である。
「あ、でも、いっぺんに集まらずに、週末ごととかにすれば出来るかな? ホームアンドアウェーとか」
「それは嫌」
「なんで?」
「みんなで集まるから楽しいんじゃない。修学旅行みたいで」
「文化祭だけじゃなくて修学旅行も兼ねるの?
「うん」
強化、という面を前面に押し出すなら週末ごとというのも当然ありえる。
サッカーでは、高校生段階でそういったタイプのリーグ戦は行われている。
ただ、石川の発想は、強化するためではなく、楽しむためであるのでそういった選択肢は入ってこない。
「集めるならどこでやるの?」
「やっぱりうちで」
「それだとほんとの練習試合にならない? ていうか、多分、練習試合じゃないと無理だよ。何日も体育館全面借りっ放してわけには行かないんだし」
富ヶ岡高校は、高校としては公立の普通の学校である。
統合後は単位制になるので、そういう意味ではちょっと変わった学校になるのかもしれないが、バスケ部のためにある学校ではないので、弱小ではあっても、バレー部も卓球部もあるし、バドミントン部とか、いろいろ体育館で活動したい部もある。
春休みにしろゴールデンウィークにしろ、体育館借りっぱなしは難しい。
「やっぱりさあ、問題多すぎない?」
「でもやりたいの」
「どこか妥協しないとダメだよね。たぶん」
「どこ妥協すればいいの?」
「そんなのわかんないよ。なんか話し大きすぎるもん。大人の人の力借りた方がいいんじゃない?」
「でも、二人である程度プラン決めてから持っていかないと、また先生に無理って言われちゃうよ」
「じゃあ、先生じゃない大人かな」
先生じゃない大人は、その二週間後にやってきた。
県大会をしっかり勝ち抜いた段階で、改めて冬の選抜に向けてのチームを見に来た稲葉である。
稲葉側からの質問を出させる前に、石川が柴田も引っ張ってきて稲葉にあれこれ現状を話した。
「まさか本気で考えてると思わなかったわ」
稲葉の第一声。
瓢箪からコマ、冗談から現実。
「確かに、場所も時期もチーム数も全部問題よね。先生ともっと話しこんでみたら?」
「嫌です」
「なんで?」
「もっと形になってから先生には持っていきます」
「一回ダメだしされたから?」
「はい」
「梨華ちゃんそういうとこまで負けず嫌いだから」
横から入った柴田の言葉に、稲葉は何度もうなづいている。
負けず嫌いが石川の力を生んでるんだよな、と思う。
「形になったら先生はやる気あると思っていいのよね?」
「大丈夫じゃないですか、たぶん」
「多分じゃ困るのよ。私があれこれ動いても、先生がやる気なかったらはしご外されちゃう感じになるんだから」
「はしご?」
「とにかく困るってこと。大丈夫なの?」
石川が存外本気なのを見て、稲葉も乗ってみようかと思った。
生徒たちが考えて生徒たちが作り上げた、小さいけれど大会。
そこだけでも記事として面白いし、ちゃんと強豪校が集まって複数試合をしてくれれば、取材としても価値があるし、一箇所で見られるのだから楽でいい。
「稲葉さんが直接聞いてくださいよ」
「なに、先生とこじれてるの? 大会近いけど大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。別に、梨華ちゃんが意地張ってるのこのことだけだから」
「柴田さんも大変ね」
「そうなんですよー」
「もう、いじわる」
稲葉も二年付き合って、石川と柴田の間柄が分かってきた。
苦労しているのがどちらなのかもはっきり分かる。
そんな同情を見せると、柴田もいろいろはなしてくれるというのも分かってきた。
「じゃあ、ちょっと私の方でも考えてみるし、各チームの先生に話も聞いてみるね。そういうのあったらどうかって。ただ、運営とかそういうのまではできないからね。どの規模にするにしても、そういうのはちゃんとやってよね」
「分かってます。大丈夫です」
それから稲葉は和田コーチと少し話をした。
石川の話を伝えると、まだそんなこと言ってるのかと苦笑いを見せたが、やめさせようという様なことは言わなかった。
あったらあったらで確かにいいと思う、というのがとりあえずの答え。
ただ、やはりコーチサイドとしては、大会というよりは強化を意識した、練習試合としての性格を持つものという意識である。
稲葉は、和田コーチの了承は得たので、取材で会う各チームのコーチと話してみることにした。
石川の思いつきと、向こう見ずの感情だけだったものが、少し方向性を持って動き出した。
冬の選抜大会に入って行く時期。
取材で高校の先生と会うことが多い時期であり、稲葉はいろいろと話をした。
帰ってくる回答は、ほぼ和田コーチのそれに近い。
あったらいいよね、というもの。
そんな中で、明確な実行力を伴って、それをやりたいと答えたのは滝川山の手の石黒コーチだった。
「その発想はいいね。うん。可能ならうちでやりたいくらいかな。時期は、どうだろう。春。春休み期は、新しい寮生が来たりしてあわただしいから、うちでやるならゴールデンウィークかな。インターハイに向けて力を計っておきたい頃だしね」
北海道は、北海道という都道府県でありかつ北海道という地方である。
神奈川が神奈川県という都道府県であって、関東という地方に属するのとは違う。
北海道だけ、都道府県大会と地方大会が同一なので、公式戦の試合数も少ないのだ。
さらに、道内では無敵といえる強さを誇る滝川山の手としては、強化のための練習試合も組みにくい。
そういった状況で、強豪チームが集まってのリーグ戦が組め、それもわざわざ向こうから自分たちのところに出向いてくれるというようなことがあれば、運営の手間をかけてでも是非ともやりたいと感じるものである。
「ゴールデンウィークって、結構地区大会入ってるところあるんだよね」
「うん。そうすると、後半三日間とかそれくらいかな、集まれるとしたら。もしくは、一日くらい平日に食い込んでも多めに見てもらうとか。そうすると、四チームくらいかな。六チームだと、ちょっときついでしょ」
「三日で五試合って出来なくも無いけど」
「滝川まで来てもらうこと考えると、二泊三日なら初日と最終日は一試合が精一杯でしょ」
「滝川でやる気なんだ」
「来ていただくのが一番いいし。それに、うちのは全部寮生だから、授業なんかはともかく、後は全部、そういう運営とかの手間も、昼も夜も関係なく準備させられるし。そういう面でいいと思うよ。というか、是非やりたい」
「うーん、言いだした子は自分たちでやりたそうだったけどなあ」
「それどこの子なの?」
「富ヶ岡の」
「石川さんとか?」
「ビンゴ」
稲葉がこの話を石黒にしたのは、選抜の三回戦、滝川−富ヶ岡戦の晩である。
試合結果に関するまともなインタビューのあとに、雑談というかたちでこの話をした。
さすがに、石川の名を出すと石黒も複雑な表情をした。
「そういうこと考えてるから強いのかな?」
「そういうこと?」
「バスケの技術とかそういうのだけじゃなくて。新しく大会作るなんてさ、バスケの全体的なシステムとか、そういうのまで見てないと発想できないことでしょ。私も思ったことが無いわけでもないんだけど。リーグ戦にするって。大学や社会人はリーグ戦なわけだし。でも、それを実現させようとか、まして、大会作っちゃおうって発想はなかったな」
「ただの思い付きだと思うよ。なんていうか、面白くやりたいってだけみたいだったし」
「それだけバスケが面白いってことでしょ。面白くて、それをもっと面白くしたい。もっと試合がしたいって。そういうのが強さなのかな。うちのにも見習わせたいよ」
今日負けたばかりの相手である。
なんでも手本に見える。
彼我の差。
石黒は、石川梨華の具体的な人柄は知らないが、バスケに対して貪欲な部分は感じた。
「それ、具体的には何か動きあるの?」
「まだ、何もって感じかな」
「じゃあ、まじめな話でうちでやらせてもらえないかな。大会っていう形式にするかどうかはあれだけど。場所はうちの体育館で、時期もゴールデンウィークくらいで」
「私が決めることでもないけどね。ただ、石川さんは、なんか、自分の力でやりたいみたいな感じはあったかな」
「じゃあ、藤本にやらせるか」
「藤本さん?」
「私はあまり全面に出ずに、生徒たちにやらせて。あの子らなんか、富ヶ岡の生徒さん達とは繋がりあるみたいだし。藤本から石川さんに連絡取らせて、あちらさんと、うちの藤本たちでどういう風に決めていくか。私は黙って見てようかな」
「宿戻ってその話するの?」
「さすがに今日は・・・。負けたばかりの相手の言ってるそんな話をしても気分悪いだろうし。年明けになるけど。新チームで富ヶ岡さんと練習試合でも出来るだけで価値あるし。他にも二チームくらい来てくれるならうちとしては何の文句も無いわけで。後は、子供らに任せてみると面白いと思う」
稲葉が話をして、ここまで具体的な回答になったのは石黒だけだった。
選抜大会終了時、稲葉は石川を捕まえてその話をする。
大会中はすっかりそんなことは頭から抜けていた石川だったが、稲葉の答えには喜んだ。
藤本には石黒が年明けて最初の練習でこの話をした。
時折はい、はい、と答えるだけの藤本がどういう思いで石黒の言葉を聞いていたのかは分からない。
運営面については任せるというのと、まずは富ヶ岡のメンバーに連絡を取れということまで伝えた。
藤本は、富ヶ岡側に連絡を取る前に、まず、二年生を集めて石黒から聞いた話を伝えた。
「面白そうだね」
「簡単に言うけどさ、めんどくさくね?」
「うーん、大変そう。何チームも集めるのは」
面白そうで済むのが里田。
いろいろ手配でめんどくさそうだと感じるのがキャプテンになった藤本。
副キャプテンという肩書きを背負わされて、責任感じ始めたあさみは、新年早々振ってきた課題に不安を感じている。
「とりあえず、連絡してみれば?」
「あさみやってよ」
「私、知らないよ。美貴とまいだけでしょ、向こうの子と知り合いなの」
藤本や里田は、石川や柴田とは中学時代から互いに知った関係である。
それは選抜チームで一度集まったからであり、そんなものと縁の無いあさみは、他校の生徒のことなんか知らない。
「連絡する前に決めることってある?」
「決めるっていうか、ある程度のプランは持っておかないと、げんきー? で電話終わっちゃわない?」
「電話はまいがしてね」
「なんでよ。美貴がしなよ。キャプテンでしょ。先生にも言われたんでしょ」
集まったのは里田の部屋。
藤本は、キャプテン部屋には引っ越さなかった。
今もあさみと一緒の二人部屋である。
相部屋は副キャプテンだしいいだろ、という理屈をつけているが、本音としてはめんどくさいというまだ何とか口に出せる理由と、一人は寂しい・・・という藤本的には口に出すことが絶対出来ない理由がもう半分である。
そんなキャプテン部屋を空けて、よその部屋に入り浸るのはあまりいいことではないかもしれないと思わないでもないけれど、気づかないことにして、まだ先輩たちがいた頃と同じように振舞っている。
「優勝おめでとうとか言わなきゃいけないのかな」
「いいんじゃない、別に。ていうか、私らがそれ言うのおかしいでしょ」
「そっか」
藤本はそもそもあまり電話が好きではない。
さらに、かけるべきとなっている相手もあまり好きではない。
進めるべき事柄がどう、という他に、会話の中の想定問答集みたいなものも頭の中で準備しておきたい。
「何話せばいいんだよ」
「よろしくって」
「でもさあ、こういうのって、これからじゃあこんな準備をしようって決めないと話し進まないよね」
「やっぱあさみが電話してよ」
「やだよ。だから、私は向こうの子知らないって言ってるでしょ」
「美貴、そこは妥協なし。電話は美貴がするの。決めることはみんなで決めればいいけど」
いやだ、とばかりに藤本は座っていた里田のベッドに仰向けに倒れる。
いつものことなので、里田やあさみは気にせずに話を進めた。
「場所は、うちの体育館でいいんでしょ?」
「こっちでやるならそうだよね」
「日程は?」
「先生なんて言ってたの? 美貴」
「ゴールデンウィークの終わり頃」
仰向けのまま藤本は答える。
中身の話は隣に座る里田と床に座るあさみですすんでいく。
「三日間かなあ。三試合? 入れても一チームで四試合くらい?」
「間にさ、いつもの練習試合みたいに、控えメンバーのゲームも入れようね、絶対」
「あー、そうか。うん、そうだね」
里田や藤本、当然発案者の石川にも、控えメンバーのゲームという発想はまったく無い。
公式戦みたいな形にするなら当然そんなものは無いのだが、それ以前に、そういうことを気にするのは実際に控えメンバーであるあさみの立場でないと出てくる感覚ではない。
「じゃあ、やっぱり四チームかなあ」
「どこ呼ぶの?」
「うちと、富ヶ岡は決まりとして、後二チームか」
「どこでもいいよそんなの」
藤本が起き上がって会話に参加する。
細かい決め事を作っていくのは少し苦手だ。
「うちより向こうの方が顔広そうだし、そういうのは決めてもらえばいいかな」
「やりたいって言いだしたの石川なんだろ。だったら、あいつの好きなとこ集めればいいんじゃないの」
「美貴はどこかないの? 試合したいとこ」
「富ヶ岡がいれば文句は無い」
「ああ、そう」
チラッと、選抜初戦で当たった相手が頭に浮かんだが、あのチビはもういないはずだし意味無いなと思って打ち消した。
「宿とかはどうするの?」
「それぞれ取ってもらったら?」
「でも、学校の近くにはないんだから、朝晩移動でしょ。何チームも集めるなら一箇所にいてもらった方が良くない?」
「寮に泊めるってこと?」
「それは無理でしょ。新一年何人来るかわかんないけど、誰も来なかったとしても三チーム分泊まれる部屋なんか無いよ」
「うちで決めるか、各チームで決めるかだけ決めようよ」
問いかけだけする里田と、言いっ放しの藤本の間に立って、議事進行はあさみがする形になっている。
話の中身と関係なく、やっぱりあさみを副キャプテンにしてよかったなと、藤本は思った。
「あさみはどっちがいいと思うの?」
「え、私?」
あさみは、話の方向性をあわせには行くのだが、話の中身に対する自分の意見というのはあまりいわない。
里田は、自分と藤本だと一対一で決まらないので、あさみに意見を振ってみた。
「うちでやった方が良いかなって思うけど・・・」
「じゃあ、あさみやって」
「なんでそうなるのよ」
「決まりね決まり」
「美貴、適当すぎだよ」
「あさみが全部やらなくても一年生なんかに振っていいからさ。あさみが決めるってことだけ決めよう」
「まいまで、もうー!」
話の主導権はあさみにはない。
副キャプテンになったから面倒なことあれこれ振られてる、と少し感じているが、実際にはなってもならなくても面倒なことはあさみにむかって振ってくる。
「とりあえずそれくらい?」
「他になんかある?」
藤本はあさみの顔を見る。
こういったことは里田よりもあさみの方が大分信用できる。
「集めるのは四チーム。日程はゴールデンウィークの終わり三日間。集めるチームは富ヶ岡任せ。宿はこっちで取る。宿取るなら人数は聞かなきゃいけないよね。とりあえずそれくらいで最初はいいんじゃない?」
「じゃあ、あさみ電話してきて」
「だから、それは美貴でしょ」
「なんで」
「なんでも」
どうしても電話するのがいやらしい藤本。
あさみは徹底拒否し、里田は冷たく突き放す。
誰がやるべきことかは藤本も分かっていないわけではないのでしぶしぶ立ち上がった。
「まだ練習してたりするかな?」
「ないんじゃない。まだ冬休みだし」
「内地でもまだ冬休み?」
「さすがにまだでしょ」
北海道は他の地域より冬休みは長い。
それでも、三ヶ日を終えたばかりのこの日は、全国的に高校生は冬休みである。
夜は8時をまわった頃。
いつもならこれくらいの時間まで練習しているのは何もおかしくないが、授業が無い時期は昼間に練習する。
藤本は部屋を出て行く時、やっぱり電話しなきゃ駄目? ともう一度ごねたが、相手にしてもらえなかった。
部屋に戻って手帳を引っ張り出し、寮備え付けの電話に向かう。
アドレス帳の一ページ目に石川の番号はある。
受話器を取ってボタンをプッシュする前に、ふと思いついてページを一枚めくった。
改めて番号をプッシュする。
コール四つで相手は出た。
「夜分に失礼します。藤本と申しますがあゆみさんいらっしゃるでしょうか?」
「はい? 藤本さん? あゆみのお友達ですか?」
「はい。バスケの、あの」
「あ、バスケのはい。少々お待ちください」
掛けたのは自宅の電話。
携帯が嫌だったのではなく、単純に自宅の番号しか知らなかった。
連絡先を聞いたのは中学生の頃。
柴田もまだ携帯は持っていなかった。
長距離電話なのに待たせるなよ、といらだちながら待つ。
電話代無いんですけど、と言ったら、私用じゃないんだから公衆電話じゃなくて共用電話使っていいだろと石黒に言われたので、藤本の懐が痛むわけでもないのだが、気分としてどうしても気になる。
三分ほど待ってようやく当人が電話に出た。
「はい。電話変わりました。柴田ですけど」
「ああ、柴田? 藤本です。滝川の。藤本」
「ああ、藤本さん? 藤本さん? ああ、そっか。誰かと思ったよ。バスケ部の藤本さんって人って言われて」
「そういや名前しか名乗らなかったな」
「うちに藤本って子いないし、家の電話に掛かってくるなんてめったに無いから、なんか危ない人かと思った」
「悪かったな」
不満そうな口調で言ってみる。
確かに悪かったのかもしれないが、電話はなんでも携帯に掛かってくると思っているその性根が、携帯電波の届かない世界に住んでいる藤本には気に入らない。
「どうしたの? 急に」
「ああ、あの、なんか、大会作ろうとしてるんだって?」
「大会? ああ、梨華ちゃんが言ってたやつ? そういえば、滝川の先生が乗り気だって聞いたけど、その話?」
「そう」
「なら私じゃなくて梨華ちゃんに直接電話すればいいのに」
「そっちのキャプテンは柴田なんじゃないの?」
「違う違う。なんとなく梨華ちゃんになってるよ。まだ、新チームの練習始まってないけど」
「はあ? あいつキャプテンなんか出来るの?」
藤本に言われて柴田は笑った。
柴田自身、ちょっと石川で心配な部分があることと、藤本が本当に石川のことを忌避してるのが伝わってきて、それが合わさっていろいろと可笑しかった。
「あれでもね。頼りになる時は頼りになるんだよ」
「なんか、次は勝てそうな気がしてきた」
「どっちかっていうと頼りになるのは試合の時の方だから、そっちの心配はしてないよ」
「まあ、いいや。それで、大会の話なんだけど」
「どこまで聞いてるの?」
藤本は、石黒コーチから聞いた話と二年生で話し合った内容について伝えた。
相手が柴田だと、藤本はちゃんとしっかり話が出来る。
「滝川でやるのかあ。梨華ちゃんはうちでやりたがってたけどなあ」
「別に、美貴はどこでやってもいいんだけど」
「私はちょっと北海道行きたいし、それでいいかな。梨華ちゃんなんて言うかわかんないけど。こっちでやろうとすると、ゴールデンウィークなんかに会場三日間も取れるのかとか、そういう問題もあるって先生には言われたし」
「つーかさあ、ただの練習試合となんか違うの? これ」
「大会形式ってことは、優勝決めるんじゃない?」
「優勝したらなんかあるの?」
「トロフィーくらい作ろうか?」
「誰が金出すんだよ」
「トロフィーくらいなら、先生たちで出してくれるんじゃない?」
「先生ってそんな大した給料もらってないだろ」
「そっか」
藤本にとっては、ちょっと手の込んだ練習試合くらいの感覚しかない。
柴田としても、そう言われると実際それ以上の何があるというわけでもなく、練習試合みたいな感じでもいいかな、と感じてもいる。
「じゃあ、こっちでやることは、参加チーム決めることと、決めたら、そっちに行く人数伝えることくらい?」
「とりあえずそんなもんかなあ。トロフィーとか作りたいならそっちで作ってくれればそれでもいいよ」
「よく考えたら、滝川でやるって私が決めちゃえるわけじゃないんだった。梨華ちゃんにも聞いてみるよ」
「あ、あのさ」
「なに?」
「これからも連絡先は柴田でいいかな?」
「うちのキャプテンは梨華ちゃんだよ」
「いや、だって、あいついい加減だし」
「そんなに梨華ちゃん嫌い?」
「嫌いって言うか、無駄に話し長くなるし」
「しょうがないなあ。こっちからの連絡はどこに入れればいいの?」
「寮に掛ければ誰か出るから。それで藤本呼んでくれれば出るよ」
「それも私?」
「頼むって」
「わかった」
連絡先を自分にしたら梨華ちゃん怒るかなあ、と柴田はちょっと思う。
結局、互いに決めることと、連絡先の確認までして電話は切った。
梨華ちゃんの思いつきが、ほんとに形を持って動き出しちゃったなあ、と柴田は思った。
翌日が富ヶ岡の新チーム初練習である。
年末から丸々一週間休んでの新年初練習。
柴田は藤本からの電話のことは練習前に石川に言わなかった。
新キャプテンとしての初練習である。
石川がキャプテンになることはなんとなく決まった。
二年生による合議でもないし、先輩たちからの明確な指名でもないし、先生からの指定でもない。
平家の時には先輩からの指名だったようだが、今年は、決勝が終わった段階でなんとなく石川が新キャプテンという雰囲気になっていた。
柴田はそう読み取ったし、石川ですらそう読み取っていたようだ。
そんな雰囲気の中平家が言っていた。
石川、後頼むなと。
キャプテンの指名、という正式な形ではなかったけれど、それで、次は石川というのをみんなが納得した。
特に所信表明演説のようなことはしない。
先生からも簡単な言葉があっただけだ。
「三年生が抜けて、人数減って練習もちょっと大変だけど、今年もしっかりやるように。石川も最初は戸惑うだろうけどしっかりな」
それだけで普通に練習が始まる。
この先には、冬の新人戦、春の地区大会、そして夏の入口のインターハイ予選とあるが、富ヶ岡が照準を合わせるのはそれを過ぎた8月のインターハイである。
目指す大会まで時間があり、平家を初めとして三年生が引退したこともあり、練習メニューは大きく変わったし、ゲーム形式の練習も、メンバーを固定せずに行っている。
練習内容というよりも、なんだかそれ以外のところに石川は神経使ってしまったが、それでも無難に新キャプテン初日の練習を終えた。
妙なテンションの高さもあり、まっすぐ帰る気もしなかった石川は、帰りに駅前マックに柴田を誘った。
柴田は、新キャプテン石川の印象を語ることはせずに、藤本から電話があったことを石川に伝えた。
石川の反応は案の定だった。
「なんで私じゃなくて柴ちゃんに電話が来るのよ」
「しょうがないでしょ。向こうに聞いてよ。私が掛けたんじゃないんだから」
梨華ちゃん嫌われてるんだよ、とはさすがに言わない。
柴田としても、どうせ細かい事務的なことは自分がやらなきゃいけなくなるんだから、石川経由で聞かされるより、相手から直接聞ける方が変な心配しなくて良いな、と思っている。
「そっかあ。でも、滝川かあ。北海道かあ」
「不満?」
「んー、ちょっとね。でも、それもいいかもって思った。行ってみたい気もするし」
「携帯電波も来ないってどんなとこなんだろうね?」
「あー、それ、当日連絡大変じゃない?」
「学校は大丈夫みたいよ。寮がダメみたい。寮に行くわけじゃないんだから大丈夫じゃない?」
「そっか」
ほとんど地の果て扱いである。
毎年繰り返し全国レベルの大会に進むので、石川も柴田も全国各地に行ってはいるが、北海道には行ったことは無い。
まして、携帯電波の届かないところで試合をしたことも無い。
「日程はいい?」
「地区大会の日程もあるから、呼べるとこ限られちゃうかもしれないけどね。でも、予選とかもやってみたかったなあ」
「それは無理でしょ」
「四チームで招待試合みたいな感じかあ。もうちょっと大会っぽさが欲しいなあ」
「みきてぃとはトロフィーとか作る? って話もしたんだけど」
「トロフィー? そっか、トロフィーか。作ろう。ちゃんと」
石川の中で、あるいは柴田や藤本にとってもそうであるが、複数チーム集めての練習試合と大会というものの間の線引きがいまのところはっきりしない。
大会で思いつくものとして柴田がトロフィーを上げてみたのだが、今のところのイメージはそんなものである。
「なんか、楽しいね」
「なにそれ?」
「一つ一つこうやって決めていってさ」
「でもさあ、多分運営とかは滝川の子達にやってもらうことになっちゃうよ」
「うーん、その辺もうちょっとこっちでやれること欲しいよね」
自分の思いつきが動いて一つ一つ決まっていくのは楽しい。
だけど、自分の手を離れ始めるのは寂しさも感じるものである。
大会の時期、場所、と具体的なことが決まり始めたが、会場が滝川となると、大会準備は滝川のメンバーが主導することになる。
自分発案なのに、その準備の中心を外れるような気がして、石川としては寂しさがある。
「大会形式とか、具体的な日程とかはこっちでちゃんと決めようよ」
「参加チームはこっちで決めてって言ってたよ」
「四チームかあ。もうちょっと呼べないかなあ」
「日程しっかり決めてからのがいいかもね、呼ぶところ決めるのは」
「そっか。そうだね」
適当に声かけて、呼んでみたけど試合する時間が足りませんでした、というわけにはいかない。
開催日を決めて、集合日時を確定し、それから試合日程を組んで見て、可能な範囲で多くのチームを呼ぶ。
日程は、やはりゴールデンウィークの終わり三日間がいいだろう、ということになった。
それから試合日程を組もうとしたのだが、集合日時が決められない。
前日集合だと一泊長くなり負担が大きくなる。
滝川を発つ日を大会終了翌日にすると、平日になってしまう。
そうすると、当日集合当日解散になるが、その場合、何時に集まれて何時に滝川を発てるかは飛行機の時間しだいだ。
二人で話してても判らないね、という結論に落ち着いた。
結局、そういう細かいことを調べるのは柴田の役目になる。
一年生にやらせても良いのだけど、なんとなく柴田は自分でやる気になっていた。
石川の方は、自分で準備もしっかりしたいといいながら、そういうことは柴田に押し付けて、やりたいことだけやる感じになる。
石川に興味があること。
それは、どのチームを呼ぶか。
参加チーム数を確定できていないので、闇雲にあちこち声をかけるわけには行かないけれど、少なくとも滝川と富ヶ岡の二チームで終わりということは無い。
真っ先に石川が呼びたいと思ったのは、中村学院というか是永である。
しかしながら石川は肝心なことを知らなかった。
是永美記の連絡先である。
実際に大会に招待するとなれば、和田コーチあたりから学校そのものに電話してもらったりという方法で良いが、この段階でそれは出来ない。
誰かに自分の思いつきを言いたくて仕方ない石川としては、今日、今から連絡できる他校の生徒が必要だ。
里田は、自分たちより富ヶ岡のほうが顔が広いなどと言っていたが、実際には石川だってそれほど顔が広いわけではない。
携帯アドレスを手繰って、条件を満たす相手は一人だけだった。
しょっちゅう電話して雑談するような仲ではない。
対面で話した以外ではメールのやり取りが数度あるだけ、という付き合いである。
唐突に電話してどんな反応されるだろうか?
そんなことを思いつつ携帯の液晶画面を見つめる。
出だしの会話を数パターン考えて、何度かシミュレーションして、それから通話ボタンを押した。
相手はファイブコールで出た。
「もしもし。石川さん?」
「はい、あの、あけましておめでとうございます」
「あ、おめでとうございます」
一応、年が開けてすぐということで、新年の挨拶から入ってみた。
「ごめんなさい、急に電話して」
「いえ、そんなこと。吉澤、ひまですし」
「え、えっとー、あのー。この前メールしたの覚えてます?」
「この前って、えーと、いつでしたっけ」
「あ、そうだ。ずいぶん、ずいぶん前でしたよね」
「あ、ごめんなさい。そうだ。優勝おめでとうございます。メール送ろうと思ったんだけど、なんかタイミング無くて」
「いえ、そんな。あ、ありがとうございます」
電話の相手は吉澤。
かみ合っているようでかみ合っていない。
吉澤としては、メールのやり取りしたのがもう二ヶ月ほど前であって、それは、つい最近の、優勝おめでとうというメールを送らなかったということに繋がって、なんだかそれを責められているようでバツが悪い。
石川は石川で、つい最近のようなつもりでこの前のメールと言ったが、去年の、それも、吉澤の側が予選で負けたことの報告のメールだったことを思い出して、あまり言っちゃいけなかったかな、と感じて居心地が悪い。
不自然な沈黙が入って、放送事故を防がなきゃというラジオパーソナリティのような間合いで吉澤が口を開いた。
「それで、あの、何の話でしたっけ?」
「あ、そう。あの。前に、何チームか集まってリーグ戦出来たら面白いねって、そんなメール送りましたよね?」
「はいはいはいはいはい。ありましたありました。覚えてます覚えてます」
「それ、実現したら、参加したいって思います?」
「もちろん。もちろんですよ。あ、でも、吉澤たちじゃ石川さんとかとは、なんていうか格が違うし。ずうずうしいこと言っちゃいけないかもしれないですけど」
「そんな。格とか、そんなのないですよ」
「いやいやいやいや」
携帯を持ったまま石川額に汗をかく。
試合に出るより、なぜかよっぽど緊張してる自分がいる。
「あの、すごく大きな大会とかには出来出ないんですけど。本当に何チームか集めてリーグ戦やろうって。今動いてるんですね。日程とかもちょっとづつ決まり始めてて。参加チームの数とか、具体的なことはまだなんですけど」
「なんか、すごいですね。石川さんが全部やってるんですか?」
「いや、そんな、私が全部とかじゃないんです。たぶん、場所は滝川になると思うんですけど。そういう会場の準備とかはそっちの子がやることになると思うし」
「へー、滝川」
滝川滝川、と吉澤は頭で検索掛けて、矢口さんと試合したとこだ、と検索結果をはじき出す。
試合の結果は把握してるし、その後の勝ち上がり表も脳内検索結果で出て来た。
ずいぶん強いとこじゃないか・・・、と思う。
「私が思い立ったってだけで、別に私が何かやってるわけじゃないんですけど」
「そんな、思いつくだけでもすごいですって。それに、最初に思いついて、なんか形になるまでしたんですよね。すごいじゃないですか」
「いや、そんなことないです」
あんまり恐縮されると言葉をつなげにくい。
また、放送事故寸前になって、今度は石川が言葉をつないだ。
「あの、それで、まだ参加チームをどうするとかは決めてないんですけど、吉澤さん、もし、参加をお願いされたら、出てみたいですか?」
「私? 私って言うか、うちのチームですか?」
「は、はい」
「いや、あの、石川さんもそうですけど、滝川でやるってことは滝川も出るんですよね」
「はい」
「どっちも無茶無茶強いじゃないですか。なんか場違いって言うか」
「そんなことないです」
「あ、石川さんにとっては滝川も自分たちに負けた相手ってだけかもしれないですけど、私の方から見たら、石川さんのところと一桁点差で試合したチームですよ。石川さん、あの、勘違いしてません? 国体で試合したけど、あのときのセンターはうちのチームじゃないし、もう卒業ですからね。うちは、あの時のチームよりさらに弱いんですよ」
「そんな、そんなことないです。うちだって、センターの先輩が抜けて結構大変だし。それに、吉澤さん十分強いですよ」
そう言われても、実際にマッチアップに付いた吉澤としては、お世辞というか慰めというか、どちらにしても本音としては受け取れないのだ。
なんと答えて良いのかもわからない。
吉澤が黙り込んでいると、石川が続けた。
「やっぱり、新しい大会とか、そんな何チーム集めてリーグ戦やるとか、そういうのって、あんまり参加したくないですか?」
「そんな、そんなことないです。参加したいですよ。でも、なんか、場違いって言うか、それじゃ悪いなって思うだけで」
「吉澤さん一人じゃ決められないかもしれないし、まだちゃんと決まったことじゃないんで、正式な招待とかそういうことじゃないんですけど、考えておいてくれますか?」
「それは、いいですけど・・・」
吉澤としては、富ヶ岡や滝川と試合をすることに、不安がある。
滝川を生で見たことは無いけれど、矢口先輩を粉砕したチームというのはスコアを見て理解している。
富ヶ岡は実際に闘って見て、強さを肌で感じている。
そういうところと戦って、見劣りする自分を感じるのは怖いことである。
「あの、すいません、なんか急に変な電話しちゃって」
「いえ、そんなこと」
「ちゃんと、あの、いろいろちゃんと決まったらまた連絡します」
「はい、すいません」
石川がなんだか恐縮しているのがわかるので、吉澤も余計恐縮してしまう。
相手に姿が見えるわけでもないのに、なぜか自分の部屋で直立不動で会話してしまっていた。
「おやすみなさい」
「あ、おやすみなさい」
なんだかよく分からない間で、電話を切った。
翌日。
松江の方では冬休み最終日になる日。
バスケ部は普通に練習があった。
滝川や富ヶ岡にとっては、大きな大会が終わり新チームになったばかりの、ある意味で骨休み期とも言えるような時期である
しかしながら、吉澤たちにとっては、新チームになってからある程度時間も経ち、最初の大会である新人戦の、ブロック予選が終わり県の本大会に入る間の期間、というのが今の位置づけだ。
ライバル校のエースが卒業した今、まずは県大会優勝をしっかりと収めるという目標が、もう目の前に迫っている。
ただ、大きな問題があった。
ゲーム形式の練習がまともに出来ないのだ。
保田が抜けた今、部員は九人しかいない。
五対五を行うには一人足りない。
松浦が怪我していたときも同じ状況だったのだが、一年前なんか六人だよ、という保田や吉澤の言葉を受けて、その頃は仕方ないで済ませていた。
それが、二学期の期末テストも終わり、冬休みも近くなってきた頃に、あやかが気がついた。
「もう一人いるじゃないですか」
部員は九人。
体育館にいたのは十人。
差し引き一人。
中澤裕子。
通知表は試験の点数が載せるだけの絶対評価だし、期末テストも返し終わって授業もないしで、余裕が出てきて練習に付き合って体育館に頻繁に顔を出していたら災難が襲った。
「あほ。無茶いうな」
「大丈夫ですって。練習全部付き合えとは言いませんから。五対五の時だけで」
渋る中澤を説得したのは市井。
これで五対五が出来る! というバスケへの情熱ではなく、裕ちゃん無理やり参加させたら面白そう、という悪ガキ感覚が発露して、あの手この手で説き伏せた。
それでも、いきなり一緒に練習は無理、勘弁して、準備させて、という中澤の懇願は聞き入れて、年明けるまでにちょっとは動けるようになっておくこと、という約束にした。
このチームは保田が抜けてもスタメンクラスがほぼ残っている。
どんな一年生が入ってくるかは判らないが、現状では、福田、松浦、市井、吉澤、あやか、という五人のスタメンが固まっている。
中澤はそんなメンバーたちは比較にならないし、控えメンバーと比べてもお話にならないレベルではあるのだが、立っているだけでもいないよりはディフェンスとして大分ましなので、五対五のところでは控えメンバーに加わって練習していた。
練習が終わって全体ミーティングの時に、吉澤が石川からの電話のことを話した。
「迷う必要なんか無いじゃないですか。参加しましょうよ」
あっさり言ったのは福田。
新チームになっても変わらず強い発言力を持っている。
「でもそれ、北海道でやるの? 何泊もする金誰が出すの?」
「それぞれ出すんじゃないですか? インターハイはみんなそれぞれ出して行ったじゃないですか」
「インターハイはインターハイだからいいけどさあ。そんな、わけのわからない大会? 飛行機乗って何泊もして。みんな松浦の家みたいなお金持ち様じゃないんだよ」
「一年留学するお金は誰が出したんですか?」
「一般論を言ってるんだよ。一般論を。わからないやつだなあ」
市井と松浦。
松浦にとって滝川というのはわけのわからないどこかの学校で、それはどうでもいいけれど、富ヶ岡と試合が出来るのは大きな魅力だった。
国体の時富ヶ岡と試合をしているのを、怪我をしてベンチにただ座って見ていたのだ。
目の前にバナナをぶら下げてお預けされたサルのようなものである。
一方、市井の感覚は吉澤に近いものがあった。
富ヶ岡にはこてんぱんにやられたし、滝川も矢口や後藤を間に媒介として力加減がなんとなくわかっている。
勝てない相手と試合なんかしたくねーよ、とちょっと思う。
「北海道行ってみたい」
「旅行じゃないって」
あやかは割と能天気だった。
呼んでくれるなら行けば良いじゃないくらいのもの。
ついでに、北海道という場所にも行ってみたいし、参加しないという選択肢を選ぶ理由はないもないという感じだ。
「吉澤さんが迷ってる理由がよくわかんないんですけど」
「だってさあ、力の差ありすぎじゃない?」
「今年のウインターカップで優勝するのが目標って言ったのは誰ですか?」
「お前、いつもそうやって正論ばかり吐くと嫌われるぞ」
頭では吉澤だって感じているのだ。
強くなるには強い相手に挑戦するのが良い。
その機会をわざわざ与えていただけるなら、渡りに船と乗り込めば良いだけのこと。
そうは言っても怖さを感じてしまうのが現実だ。
「先生、なんかあります?」
「ああ? へろへろで頭なんかはたらかんて」
メンバーに向かい合う位置に吉澤は立ち、中澤はその隣にいる。
「あんたらで決めたらええやん。まだ正式な招待でもないみたいやし、今決めんでもええと思うけど。ただ、断る理由もないと思うけどなあ」
任せるといいつつ意見は表明している。
頭働かないといいつつも、手配とか自分がしないといけないんだろうなあ、とは考えていた。
富ヶ岡と滝川、それぞれで計画を練る。
時折柴田と藤本の間で連絡を取った。
日程なんかは富ヶ岡サイドが大雑把に決めた。
飛行機の時間を考えるとやはり四チームが妥当、というのが結論。
二泊三日で一回戦総当りで三試合、とまとまりかけたが、ここは滝川サイドが待ったを掛けた。
「二日目に間が持たないって」
二日目、丸一日いるのに各チーム一試合づつでは一日持たない。
間に控え組みのゲームを入れても全然時間が余ってしまうのだ。
「二日目までに三試合やって三日目に決勝と三位決定戦でよくない?」
初日に一試合づつ。
二日目に二試合づつで、間に控え組みにゲームをやらせるとちょうど良い。
一回戦総当りがそこで終わって順位がつくから最終日は上位と下位でもう一試合やる。
バランスは取れていそうだ。
「それならもう二チームくらい呼んでもいい感じするけど」
「あんまり人来られても収拾つかない気もするんだよな。とりあえず四チームってことで進めない? いけそうなら増やしても良いけど」
あちこち呼びたい富ヶ岡と、運営する身にもなれという感じの滝川。
ちょっと利害が一致しなかったけれど、ここは柴田が折れた。
余裕がありそうだったら、どこか後から呼べば良いのだ。
「それでさ、梨華ちゃんが、一校もう声かけちゃったんだって?」
「どこ?」
「松江ってわかる?」
「まつえ? 誰?」
「人じゃなくて学校。一応地名なんだけど」
「どこのチーム?」
「島根」
「島根って出雲なんとかじゃなかったっけ? この前試合したよそれ」
「そこに予選で負けたとこだって」
「はぁ? 何わけわかんないとこに声かけてるんだよ。もうちょっと他にあるだろ。まともな試合になるとこ。あそこより弱いって、全然試合になんないじゃん」
「たまたま梨華ちゃんの知り合いがいてっていうか、国体で試合した時アドレス交換したんだって。それで」
「国体にはいたんだ」
「センターの飯田さん以外はそっちのメンバーが主力だったみたいよ」
「そういやセンター以外はゴミだったなあのチーム」
藤本にとってはつい数週間前の飯田のところとの試合の記憶がある。
柴田は三ヶ月ほど前の国体での試合の記憶がある。
それぞれ見ているものが違って、物差しが微妙に違う。
「ガードはうまかった。それははっきり覚えてる。うちの高橋。あの、12番ね。泣きそうなくらいやられてたもん」
「あのサル顔がねえ」
「チーム力はともかく、うちとしては高橋のためにあそこを呼ぶのも面白いかなって思ってるんだよね。最初、梨華ちゃんが勝手に電話しちゃったときは何考えてるのって思ったけど」
「あいつ野放しにしちゃだめだろ。やっぱ柴田がキャプテンのがいいんじゃね? 美貴が知ったことじゃないけど」
「でも、勝手に動いちゃうのがキャプテンだから許せるのかなって思った。逆に、キャプテンでもなんでもないのに勝手に動かれちゃ困るもん」
「まあいいけどさ。もう声かけたのにやっぱダメっていのもあれだろうし、その何だっけ、サル顔泣かせたとこでいいよ」
藤本としては、飯田物差しで計るとそこに負けたチームというのは論外になってしまうが、ここで高橋という新しい物差しを使って、それよりうまいガードのいるチームという情報が出て来たので、それもありかなという認識に変わった。
「もう一チームは、どこか呼びたいとことかある?」
「別にどこでもいいよ。どこでもっていってもカスみたいなチームじゃ困るけど」
「じゃあこっちで決めちゃうね」
「決めたら連絡こっちに入れるように言って。人数とか確認しないといけないから。宿もこっちでまとめて場所は決めるし。お金のやり取りとかはそれぞれやってもらうけど」
「人数は五月だと、一年生どれだけ入るかで全然変わるから、今からはわかんないよ」
「それも含めて、いつ連絡とかもあるから、とにかく連絡くれって」
「判った」
着々と計画は決まっていく。
柴田も藤本も、練習試合と大会の区別とか、そんなものはどうでもよくなっていた。
サッカーの国際親善試合が、大雑把に言えばお客さんつきの練習試合だけど、なんだかスポンサーがついて大会みたいになっていて、練習試合なのか大会なのかよく分からない。
それはどちらかはっきりしないといけないかといえば別にそうではないわけで、藤本も柴田も、大会って呼ぶためにはこう、みたいなこだわりは無い。
ただ、トロフィーくらいはつくろうね、ということで話はついている。
話が進んできて、石川は中心から少し離れはじめて少し寂しい気もしていた。
ただ、今の興味は、どこのチームを呼ぶかということだったりする。
石川の気持ちの中でははっきり決まっていた。
和田コーチに話して先生経由で連絡、という手段を取ろうと思っていたのだが、和田コーチに却下された。
「ここまで来たら自分たちだけでやってみろよ」
どうやって?
そう聞いたら、メッセンジャーはいるだろ、と言われた。
来るの待ってるだけじゃなくて自分から連絡してみろよ、と言う。
最初は何のことだかよく判らなかったけれど、練習終わって家に帰ってベッドで寝転んでいたらわかった。
高校二年生の石川が持っている数少ない社会人さまの名刺。
それを引っ張り出してきて稲葉に連絡した。
連絡取りたい先の電話かメール教えてと。
却下された。
個人情報勝手に教えられないしという。
それで、石川の携帯番号、メールアドレスを伝えてもらい、連絡を待つことにした。
それから一週間。
連絡は来ない。
肌身離さず携帯を持っていて、練習の時もコートの隅に置かれたバッグの上に出しておく。
一度、練習中にメールが来て、スリーメンの列を抜けて読みに行ったら和田コーチから雷を落とされた。
いつもご利用ありがとうございます。本日は梨沙子さんからご指名入りました。連絡先は・・・
慌てて読みに行って、コーチに怒られて、そんなメールの中身が出会い系では、友達いないんでないの石川さん? と高橋に言われても仕方ない。
「練習してるような時間に連絡来るわけ無いでしょ」
何だったのさっきのあれ? と柴田に問われ、理由を説明したら怒られた。
授業のある今のような時期、こちらが練習している時間は向こうも練習しているのが普通だ。
それに、相手が相手なのだから、五分以内に返信しないと友達じゃないとか、そういう世界ではない。
金曜日。
練習後は体育館閉まるまでシューティングして、翌日は朝は遅くて大丈夫だからと帰りに駅前マックに寄る。
バリューセットを二人それぞれ買って、二階に上がったら混んでいたので、席数が少ないけど全席禁煙の三階に上がって窓際に陣取る。
トレイをテーブルに置き、コートを脱いでいたら石川のポケットの携帯が震えた。
メールじゃない、通話の震え方だ。
液晶には知らない番号が表示されている。
通話ボタンを押した。
「はい、もしもし」
「あの、石川さんですか? 石川梨華さんですか?」
「はい、そうです」
「あの、私、中村学院の是永です。是永美記です。稲葉さんから連絡先聞いて」
「はい。はい。是永さん。はい。稲葉さんに、お願いしました」
先に座った柴田、石川を見上げる。
是永の名前が出たので、待ち人から電話が来たんだなと判った。
「まだ、練習中だったりしませんか? 大丈夫ですか?」
「はい。はい。大丈夫です大丈夫です。練習終わってマックにいます」
そこまで具体的に言わなくても良いだろ、とちょっと柴田は心の内で笑いながらカバンから手帳を取り出す。
掛かってきた相手からして、場合によってはメモを取る必要もあるし、自分が何かを説明する必要もあるかもしれないだろうという準備だ。
「細かい具体的なことは石川さんに直接聞くようにって言われたんですけど、大体は聞きました。何か大会作ろうとしてるんですよね?」
「いえ、あの、大会とかそんな大げさじゃないんですけど、何チームか集まって大会出来たらいいなあと思って」
なんか言ってることおかしくなってるぞ、と思いつつ柴田はタマゴダブルマックの紙包みを開く。
石川はまだ立ったままだ。
「それで、あの、日程なんかはもう全部決まっちゃってるんですか?」
「日程ですか? はい。まだ完全じゃないんですけど、大体決まってて」
柴田はタマゴダブルマックを横に置いて手帳を開く。
日程のメモがあるページを開いて見せた。
石川はそれを見ながら、開催日時、場所、さらに、福岡から滝川までのアクセスも伝える。
初日の始まりと、最終日の終わりの時間は、一番遠い福岡からの飛行機の時間を基準に決めていた。
「それって、もう動かないですか?」
「時間は、多少動かしても大丈夫だと思いますけど」
「日にちは?」
「もうほとんど決まりのつもりで動いてるんですけど」
「ごめんなさい。それだとうちのチームは難しいかもしれないです」
「え? ホントですか? なんで? なんでですか?」
「あの、九州大会と日程重なってるから。その日程だと難しいです」
「ああ、九州大会。そっか、そっかあ。そうですね。そうですよね。九州大会か」
柴田は、石川の声色から大体事態を理解して、両手の人差し指を交差させたバツマークを見せて石川に問いかける。
いまだ立ったままの石川は、柴田に向かって小さくうなづいた。
「すいません。せっかく声をかけて頂いたのに」
「いえ、こちらこそごめんなさい。地区大会がある地域があるのはわかってたんですけど、そこまでちゃんと調べてなかった。あ、でも、今からでも代えられるかも」
「そんな、うちのために無理しなくても」
「いえ、是永さんには来て欲しいし」
石川の目が柴田に何かを訴えていたが、柴田は首を横に振った。
今から日程を代えるのは出来なくは無いけれど、難しい。
日程を動かして自分たちが出られない時期にしたら意味が無いし、滝川は滝川で北海道の大会もある。
公式戦にしたい、と最初に意気込んでいた石川ではあるが、地区大会という今ある本当の公式戦を蹴って、練習試合か大会かなんとも言い難いものに出るということは、石川自身もしにくい。
そんななかで、誰もが参加できる日程調整をするのは難しかった。
「せっかく面白そうなお話なのにすみません」
「いえ、こちらこそ、ちゃんと調べないでお話してしまって」
「どんなところが参加する予定なんですか?」
「まだちゃんと決まってるのはうちと滝川だけなんです。他に声かけて多分出てくれそうってところも一つあるんですけど、だから、是永さんには来て欲しかったんです。やっぱり日程考えてみます」
「でも、難しくないですか? 三日間確保できるようなのってゴールデンウィークくらいしかないじゃないですか。後は春休みとか」
「じゃあ、春休みとか」
春休みと口走った石川の顔の前に柴田は両手でバツ印を作ってみせる。
春休み案は滝川が却下しているのだ。
会場探しからしないといけないのは柴田としてはご勘弁願いたいところだ。
「祝日ある時も出来ますよね」
「だけど、祝日ってゴールデンウィーク以外だと秋が多くないですか?」
成人の日はもう過ぎた。
建国記念の日は間近すぎて今から調整しにくい。
春分の日は飛び石だし春休みに近い。
その後はゴールデンウィーク以外だと海の日になってしまう。
海の日はインターハイの直前。
現実的ではない。
「やっぱり、うちのために日程調整っていうのは無理なんじゃ」
「ごめんなさい。最初からちゃんと日程あわせてれば良かったんですけど・・・」
石川としては、いろいろな人と試合をしたいというのは本音ではあるけれど、一番呼びたいのは是永美記だったのだ。
それがこうなってしまってはショックである。
「そんな、気を落とさないでください。稲葉さんから聞きました。こうやって何チームも集めて大会開こうっていうの石川さんの発案なんですって?」
「トーナメントじゃなくてリーグ戦ならみんなと試合できるし楽しいかなって、ただの思いつきなんです」
「でもこうやって、いろいろまとめるのって大変なんじゃないですか?」
「そうですね・・・。うまくいかないですね・・・」
下調べが悪かっただけではあるが、世の中うまく行かない。
「是永さんには来て欲しかったんですけど」
「でも、うち、たぶん新チームじゃ石川さんたちとはまともに試合にならないですよ」
「そんなことないです」
「だって、石川さんのところ、抜けたのセンターの四番だけですよね? うちは、私以外総入れ替えだし」
「でも、是永さんがいれば」
「私一人で何とか石川さんと勝負できるだけで、チーム力としては大分差があるから。もう一回ちゃんとチーム作らないといけないし。挑戦するのはインターハイまで取っておいた方が良いかなって、私は思ってます」
「そんな、挑戦なんて。私が是永さんに挑戦する立場ですよ」
なんか話が違う方に進んでるみたいだなあ、と石川の言葉から悟った柴田は、改めてタマゴダブルマックに手を伸ばす。
両手で掴んで一口頬張った。
よく噛んで、咀嚼して飲み込む。
月見バーガーのがありがたみがあって好きだな、というのが第一感だ。
「負けず嫌いって言われません?」
「言われます。あ、今笑いました?」
「いや、別に、笑ったわけじゃ」
「笑ってます。声が笑ってますよ」
「いや、だって、なんか、普段の石川さんが想像できたから」
「どんな私ですか?」
「いや、いいです」
「いいですじゃないですよ。良くないです」
何の話だ? と思いながら柴田はオレンジジュースを口に持っていく。
石川の顔を見上げながら右手はポテトのケースへ伸ばした。
「すいません、せっかく誘ってもらったのに」
「そんな。こっちがちゃんと調べないのが悪いんだし。本当は今からでも日程代えたいんだけど、柴ちゃんがダメっていうから」
「柴ちゃんさんって、九番の人ですか?」
「柴ちゃん、選抜九番だったっけ?」
「そうだけど、何私のせいになってるの?」
ポテトをもぐもぐしながら柴田は答える。
なんだかよく分からないけれど自分のせいにされて不満だ。
「本当にマックにいるんですね」
「あ、今バカにしたでしょ。しましたよね」
「してませんよ。そんな」
「バカにしてます。声がバカにしてます」
「そんなことないですって。ただ、仲良いんだなと思って」
柴田は食べ物に手を伸ばすのは止めて石川の顔を凝視する。
なんだ? 何の会話だ?
すでに最初の電話の趣旨からは大分外れているらしいことはわかる。
「仲? うーん、いいのかな。柴ちゃんがどうしても私のことが必要だっていうから。仲良くしてあげてるんです」
「梨華ちゃん、代わって」
「何よ」
「代わって」
柴田は立ち上がり、強引に携帯を奪おうとしたが、石川は背を向けて抵抗する。
二人のやり取りは電話の向こうにも届いている。
しばらくして石川が観念して柴田に電話を渡した。
「もしもし」
「はい」
「電話代わりました。九番の柴田です」
「結構待ってました」
何度か是永の側から呼びかけはあったのだが、携帯奪い合いで忙しく、どちらも対応しなかったため、是永はただ待つしかなかった。
「試合来れないんですか?」
「すいません。九州大会の予定が入ってて。途中で負ければ大丈夫なんですけど、そんな予定の立て方は出来ないんで」
「梨華ちゃんだけじゃなくて、私も結構楽しみにしてたんですけどね。ちゃんと調べなかったこっちが悪いんですけど」
「柴田さんのディフェンスは手ごわいから嫌だなあ」
「ちょっと聞きたかったんですけど、せっかくだから聞きますね。選抜の時、梨華ちゃんから私にマーク替わって、なんか不満そうな顔したのはなんだったんですか?」
「別に、不満とかそんなんじゃなくて。突然マーク替わったからあれ? と思って。その前に、石川さんがベンチにタイムアウト請求してるのも見てて、きっと何かしてくるんだろうとは思ったんだけど、それがマークの変更だったから、ちょっと意外で。他にも何かあるのかなあって、考えてたのがあの顔なのかな」
「マーク替わってどう思った?」
「どうって」
「まずいと思ったか、それともいけると思ったか? どっちですか?」
柴田の横で石川も耳をそばだてる。
少し考えてから答えが返ってきた。
「あんまりそういうのは考えてなかったです。ただ、気分としては、オフェンスとディフェンスでマッチアップが変わるのはあまり好きじゃないんで。同じ相手とマッチアップしてる方がやりやすいなとは思ってたかな」
「えー、それ、私の方がやりやすいって意味?」
声がしっかり聞こえていた石川が柴田から受話器を奪い取って問いかける。
柴田は憤慨して石川の顔を見たが、無理に奪い返そうとはしなかった。
「そういうんじゃなくて、マッチアップとして、なんか、勝負って感じでいいなって思って。自分が抜かれたら、じゃあやり返そうと思った時に、自分につくディフェンスが別の人だと、やり返すになってなくてとか、そういう意味で」
「あー、それは判るかも。是永さんも負けず嫌いって言われない?」
「けっこう言われる・・・」
「人のこと言えないんじゃない!」
「そうですね」
石川も、受話器の向こうの是永も、声を出して笑った。
それから、柴田の催促でもう一度電話を替わる。
「あのさ、万が一ってこともあるし、これからのこともあるし、一応連絡先聞いていいかな? メアドとか」
「はいはいはい。良いですよ」
柴田は柴田で石川の電話を左手に持って通話しながら、右手で自分の携帯を操る。
電話番号を登録して、メールアドレスも聞いて、柴田の側から電話番号を打ち込んだメールを是永に送っておしまい。
機会があればまた、という形で電話を切った。
電話を切ってから石川が気づく。
「あー、柴ちゃんだけメアド聞いてて、私聞いてない」
「教えたくなかったんだよ」
「そんなことないもん。もう、なんで切っちゃうの!」
ちょっとお怒り気味の石川を無視して柴田はタマゴダブルマックを頬張る。
教えて教えてコールには最後まで答えずに食べ終えて、それぞれ家に帰った。
柴田はそこまで意地悪をしておいて、是永に石川のメールアドレスを送って、ここにも教えてあげてと伝えた。
是永から石川へ、参加できなくてごめんなさい、という内容のメールがその晩遅くに届いた。
是永たちは参加できないという形になったけれど、大会の日程等は形になってきた。
一番来て欲しい人が日程的に来れない、となっても日程が動かないということは、スケジュールは固まったということだ。
この段階で改めて石川から吉澤の方へ大会参加の依頼が送られる。
メールでそういうのが行くよ、と簡単な前触れだけしておいて、本当の招待状はしっかりと紙面で作って郵送した。
送り先は吉澤家ではなくて学校の住所になる。
最初にその封筒を開いたのは中澤だった。
「さて、この前吉澤が言ってたのの正式なやつが届いたみたいやけど、どないする?」
練習終わりに中澤が読み上げて、全員に回覧した。
招待状の差出人は、発起人として富ヶ岡高校のキャプテン石川、運営責任者という形で滝川山の手高校の藤本、二人の連名となっている。
「なんか、生徒たちによる運営とか書いてあるから、参加するかどうかについてもあんたらに任せるわ」
いつの間にか大会の趣旨の一つとして、生徒たち自身で運営することというのが入っている。
文化祭みたいに、という石川の思い入れが入った形だ。
そういう趣旨やらなにやらの文章は、藤本が麻美に作らせて、それを柴田と二人でチェックするという形で仕上げた。
藤本はなんとなくで麻美を指名したのだけど、意外としっかり文章を書いていて驚いた。
「学校で携帯小説とか読んでるし、たまに書いてみたりもするから」
と麻美が言ったので、頭をはたいておいた。
「まあ、そういうわけなんだけど、どうする?」
「県大会とか中国大会とかないですよね?」
「県大会のリーグ戦終わった次の日だから、体はきついけど、空いてるっていえば空いてるわな」
福田や他のメンバーにしても、試合日程が誤差なしに頭に入っているわけではない。
さすがに中澤は、招待状を読んだ時点で、その点は調べておいた。
「じゃあ、行きましょうよ」
「さすがに翌日はきつくない?」
「インターハイは六日で六試合やるんですよ。真夏に。それ考えれば大した問題じゃないっていうか、そういう連戦を経験するのも良いじゃないですか」
「六日で六試合って、決勝まで残る計算かよ」
「他にどういう計算するんですか?」
「はい、次。他の人。ご意見ください」
福田の置く標準レベルについていけなくて、吉澤は話から逃げる。
次に手を上げたのはあやかだ。
「北海道行きたい」
「そればっかかよ!」
「わざわざ招待してくれるんだから行こうよ」
「招待って言っても、宿代とか出してくれるわけじゃないんだろ」
横から市井が口を挟む。
お金の話になって視線が集まったので中澤が答えた。
「そりゃあ、普通に自分たちで出すことになるやろ。飛行機乗って、宿とって。その辺の交渉もあんたらの仕事やな。生徒たちによる運営らしいし」
生徒たちによる運営、というのが中澤は気に入った。
生徒たちの成長のためとかではなく、自分がただ乗っかっていくだけで良いというあたりがだ。
「市井さんがそんなにお金ないっていうなら、ある人だけで参加しましょうよ」
「無いとは言ってないだろ無いとは」
「ていうか、私が全部やるの? 飛行機の予約とか」
「それは振り分ければ良いんじゃない? 宿なんかは見た感じ向こうでやってくれそうだし」
招待状は一周回って、あやかの手元にある。
参加不参加の返事は滝川山の手の藤本まで、参加人数の見込みも宿を取る都合などがあるのでご連絡ください、とある。
「お金のこととかあるかもしれませんけど、まず、出るってことだけ決めましょうよ」
「それを言うなら、出るか出ないかだろ」
「出たくないって人いるんですか?」
そういう言われ方を福田にされて、出たくないですと手を上げられる人はいない。
ほら、という風に福田に顔を見られ、吉澤は仕方なく言った。
「とりあえず、出るのは決まりかな。まあ、ちょっときつい日程だけど強いところと試合できるって結構いい機会だしな」
「ていうか、あんたらが県の決勝リーグに残るのが当然の前提として日程を考えるようなチームになってることが驚きやわ」
中澤のつぶやき。
このチームはまだ創部から丸三年経っていない。
「富ヶ岡と滝川以外のチームって決まってないんですかね?」
「どっかに招待状行ってるんだろきっと」
「聞いてみてくださいよ」
「聞いてどうする?」
「気になるじゃないですか」
全国にどんな学校があってどんなチームが強いのか。
福田はそういう情報をしっかりと持っているけれど、吉澤はあまりそういう認識が無い。
「先生、参加人数ってどうします?」
「倍でええんやん? あんたらがどれだけ新入生勧誘するかしだいやけど」
「倍って二十人? そんなに入るかな?」
「最大それくらいってことで。あちらさんもその辺はわかってるやろ」
「なんかかっこ悪いな」
「なにが?」
「強いとこって部員たくさんいそうじゃないですか。その中入って、今九人だけど、新入生入って倍くらいになりそう、とか言うの」
「やっぱり先生も部員ってことにしましょうよ」
吉澤と中澤の会話に割って入ったのは松浦。
「何言うてんのや」
「まだ行けますって。もちろん移動は制服で」
「昭和のスケバン?」
「こら! 明日香まで何言いだすんや!」
その姿を頭に思い浮かべ、福田の隣で市井が手をたたいて笑っていた。
夜、招待状のコピーを手に持った吉澤は部屋のベッドに横たわっている。
上から下まで改めて読み直す。
滝川カップへのご招待。
石川さんがはじめたはずなのに、名前は会場校に取られちゃったんだな、と思う。
トーナメントだと戦えるチームが限られる。
一度負ければ終わってしまう。
リーグ戦形式でいろいろなチームと戦えるようにしたい。
同世代の選手たちの交流。
そんなような趣旨がつらつらと書かれている。
石川さんは一つわかってないよな、と思った。
トーナメントなら負けるのは一回で済むけど、リーグ戦で負けっぱなしってつらいんだぞ、と。
トーナメントで一回戦負けしても、相手が悪かったとか何とか言い訳もつけられないことは無い。
だけど、リーグ戦で全敗でもした日には何の申し開きも出来ず、弱いことの証明になってしまう。
負けたことの無い石川さんは、そういう発想なんかないんだろうな。
そんなことを思いつつ固定電話の子機を手に取った。
滝川の寮へ掛ける。
名乗って、キャプテンを呼び出してもらう。
一分ほど待つと、相手が出た。
「もしもし。電話代わりました藤本です」
「あの、私、招待状もらいました、市立松江の吉澤といいます」
「はい。滝川でキャプテンやってる藤本です。滝川カップの件ですね」
「あ、私もキャプテンやってます。そうです。滝川カップの件です」
「参加ってことでいいですか?」
「はい。参加させていただきます」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
吉澤は、さすがにベッドに横たわったままではなく、しっかり座った体勢で電話している。
「招待状っていつ届きました?」
「今日、学校の方に来てたみたいです」
「今日って、即決?」
「前に石川さんから聞いてて、チームで話してはあったんで。後は日程確認するくらいでした」
「ああ、そっか。石川の友達なんだっけ?」
「友達っていうほど仲良いわけじゃないですけど、試合で一二度会ったくらいで」
「ちょっとほっとした。石川が知り合いに声かけたって言うから、アニメ声が電話掛けてくるかと思ったら普通の人で」
藤本の言葉に吉澤はちょっと笑い声をこぼす。
「それで、人数どれくらいになりそうですか?」
「今は九人プラス顧問の先生ですけど、五月だとその倍くらいにはなりそうです」
「九人? 部員が九人なの?」
「あ、いや、まあ、はい、そうです」
「九人か。九人ならうちの寮でも、あ、でも、富ヶ岡が無理か。やっぱりちゃんと宿取らないとダメか」
「滝川って寮があるんですか?」
「へ? ああ、あるって言うか、うちの部員はみんな寮に住んでるよ」
全員寮住まいのチームってどんなだよ・・・。
やっぱり参加しないほうがいいんじゃ、と吉澤はまた思う。
「宿と、あと飛行機とかも、こっちで全部手配しちゃうけどいいですか? その方が全チーム分のになるからまとめて安く出来るみたいなんで」
「ああ、はい。お願いします」
「松江って田舎じゃないよね?」
「はい?」
「いや、旅行会社がこっちの指定になっちゃうから。あんまり田舎だとやり取りしづらい旅行会社になっちゃうといけないし」
「結構田舎って言えば田舎っすよ」
「まあ、でも、うちより田舎ってことも無いだろうから、気にしなくていいか」
「はあ・・・」
吉澤も藤本も、お互い相手がどういうところで暮らしているのかはよく分かっていない。
「それでさあ、美貴、正直言って、松江ってよく知らないんだけど。実際のところ強いの?」
「あ、いや、そーでもないかな・・・」
「国体で富ヶ岡とやったんだって?」
「まあ、一応」
「柴田がさあ。ああ、富ヶ岡の柴田ね。良いガードがいたって言ってたけど」
「うーん、福田のことかな?」
「福田? 福田明日香?」
「あ、知ってる?」
「うん」
あいつ、本当に有名人なんだな、といまさらながらに吉澤は思う。
「福田明日香そこにいたんだ。でも、福田明日香がいて、なんで出雲に負けたの? 予選で負けたんでしょ? 美貴達出雲と試合したけどさ。ガードでボール運べなくしちゃえば楽勝じゃん。もう一枚くらい外の選手いないの?」
「いや、いるんだけど、その時怪我してて。それで、ゾーン敷かれて、下二枚が飯田さんに抑えられて、ロースコアゲームにされて負けた感じ」
「怪我か。まあ、そういうこともあるよね。その怪我の子って国体の時もいなかったの?」
「国体? 国体の直前に怪我して選抜予選も出られなかったんだったかな」
「そっか」
予選で負けた時の話はあまり触れたくない。
松浦がいれば勝ったのかもしれないな、と話しながら思うけれど、それとは関係なくあのときの負けは自分のせいだと思っている。
「その怪我の子とか、他の国体出てたようなメンバーって今年もまだいる?」
「選抜予選から抜けたのは一人だけで、あとはスタメンは全部残ってますね」
「じゃあ、主力はほとんどそのままなんだ。それってチーム作り直す必要もあんまり無くて結構強いんじゃないの?」
「いやあ、元々があれだから。そんな、選抜で勝ちあがっていくようなチームと比べると・・・」
「でも国体は出たんだよね。飯田さんはいるけど、それ以外はえーと、吉澤さん? のチームが主力だったんでしょ?」
国体の本戦に出たのは全国で16都道府県。
国体は選抜チームではあるけれど、それでも、出るだけで実質全国のベスト16相当とも言える。
「主力って言うか、試合は出てたけど、ガードとああ、福田ね、あいつと飯田さんで何とか試合してたって感じだったかなあ。スコアも結構ひどかったし」
「富ヶ岡も意外にスタメン抜けないんだったかな。平家さんくらいで。そうすると、そっちに飯田さんがいないのと差し引き同じくらいなのかな」
「なんか、また100点ゲームでやられそうなんですけど・・・」
「まあ、なんでもいいや。やってみればわかることだし」
話していて、さすがに吉澤は感じていた。
自分たちが値踏みされてるんだなと。
富ヶ岡と滝川、吉澤としては引け目を感じてしまう相手だけに、値踏みされても文句は言えない。
「それでさあ、吉澤さん、どこかチーム呼ぶ宛てない?」
「どこか? それって藤本さんと石川さんで決めるんじゃないんですか?」
「そのはずだったんだけど、なんか石川が呼べるのって他に中村学院くらいらしくて。だけど日程的に無理って断られてさ。美貴としては富ヶ岡が来るなら他はどこでもって感じだから。じゃあ、順番に、吉澤さんがどこか呼びたいとこ呼べば良いかなと思って」
「呼びたいとこっていわれてもなあ」
一応そう言ってみたけど、聞かれた瞬間に呼びたいところは一つ浮かんだ。
富ヶ岡と滝川という、今やったら・・・、な相手ばかりではなく、自分たちにどこかを呼ぶ権利が一つあるなら、レベルの合ったところを呼びたい。
今名前が出た中村学院も、吉澤でも知っている名前だ。
正直、ご勘弁願いたい。
お強いところに鍛えてもらう二試合があるのは良いとして、もう一試合は自分たちが勝てるチャンスがあるところ。
それでいて、個人的に対戦したいと思える相手。
「同じ県内のチームとかだと困るけど、ある程度強いところでどこかない?」
「あるって言えばあるかなあ」
「どこ?」
「あの、知ってますよね。東京聖督」
「えー、あそこー?」
「一度試合してるとこは嫌ですか?」
「いや、別に試合しててもそれは全然いいんだけど。富ヶ岡なんかもこの前やったし。あー、うーん・・・、まあ、でもいいのか。三年生は抜けたんだし。でも、なんで吉澤さんが知ってるの?」
「私、一年生の秋までそこにいたんです。だから」
「へー。吉澤さん転校したんだ。美貴、ちょっと転校って憧れる」
「そんないいもんじゃないですよ。馴染むまで結構大変だし」
「東京聖督。東京聖督かあ。そっかあ。うん、まあ、いいか。じゃあ、ちょっと吉澤さんから連絡とってみてもらえますか? それでオーケーそうならこっちから招待状出すんで。それから正式にそこの新しいキャプテンの人と美貴で連絡取るから」
「はい。あ、でも、いいんですかね、発起人が石川さんってなってますけど、石川さん無視して決めちゃって」
「ああ、いいのいいの。あんなの名前だけだから。実際には石川はほとんど何もしてなくて、美貴と富ヶ岡の柴田で進めてるから」
なんか、石川さんすごい言われようだな、と思う。
石川と藤本、それぞれと話してみて、その二人同士はなんとなくあわなそうだしな、とも感じた。
「じゃあ、私から一度連絡して、大丈夫そうなら藤本さんにこちらから連絡しますね」
「お願いします。なんか、事務的なやり取り多くて面倒で悪いんだけど」
「いえ、藤本さんなんか運営全部して大変なんじゃないですか?」
「細かいことはうちはメンバー多いから、一年生に押し付ければいいだけだし」
「いいですね、部員多いと」
「寮長としてはうっとうしいんですけどね。まあ、しょうがないけど。じゃあ、東京聖督の件はお願いします。あと、宿とか飛行機とか、いろいろ手配もあるんで何度か連絡することになりますけど、それもお願いします」
「はい。お願いします」
電話を切って吉澤はベッドに仰向けになる。
藤本さんつよそー、と思った。
石川と電話で話すときのような、変な汗をかく緊張感はない。
口調もざっくばらんでとっつきやすそうな感じだ。
だけど、多少の威圧感はある。
話した感じだと、福田を気にしていたからガードだろうか?
だとすると、最終的に矢口さんを粉砕した張本人ということになる。
強豪チームを束ねるキャプテン。
しっかりとしたしゃべり口。
「会うのが楽しみなような会いたくないような・・・」
天井を眺めながらポツリ。
単純にプレイヤーとしてだけ考えればポジション違うから関係ないが、これからはキャプテンとしての存在感と言うか威厳と言うか、そういうものも他チームのそれと自分を比較してしまうことになる。
たとえ、藤本自身が魅力的な人間であっても、それと向かい合って対等な位置に立たなければならないことを考えると、会うのが少し怖かった。
「最近毎日電話してる気がする」
「ちょっと落ち着かないよね」
「つーかさあ、外線をここから掛けられないルールをどうにかして欲しいんだけど、美貴的には」
滝川山の手の寮。
実質的に運営の中心を担うのがここなので、最近は毎日藤本は誰かと連絡を取っている。
寮のルールで内線は内線としてしか使えなくて、外線は決まった場所の電話を使うことになっている。
自分から掛ける時は私用なら公衆電話だし、私用でなくてもその決まった電話しか使えない。
掛かってくるときも、受け手はその電話のところまで出向かないといけない。
今までは電話なんか使ったことが無かった藤本だが、こうなってみると面倒で仕方が無い。
「ルールってどの程度変えていいものなの?」
「そうえいばルール変えるルールって決まってなかったな」
そんなことを話していると、部屋の内線が鳴った。
「あー、もう、まただよ!」
そう言いながら、里田の部屋にもかかわらず藤本が電話に出る。
予想通りのお呼び出しだった。
「行ってらっしゃい」
「まいも来ない?」
「なんでよ」
「話してみたいんじゃない? 東京聖督だよ」
「なんで?」
「たぶん、まいがやられちゃったあの子が今キャプテンでしょ」
「ていうか、なんで私が話したいと思わなきゃいけないの?」
「行ってあげたら。まい、暇なんだし」
「あさみだって暇でしょ今は」
「私が行っても意味ないでしょ」
「行くよ、まい」
「なんでこうなるかな」
そう言いつつも、里田はしぶしぶ立ち上がった。
二人で一階の共用電話へ。
寮長はキャプテンが兼任で藤本だけど、それとは別に寮母さんはいて食事の準備や電話番をしてくれている。
いきなり里田が出るわけにも行かないので藤本が受話器を取った。
「もしもし、電話代わりました。滝川山の手キャプテン藤本です」
「東京聖督の後藤です。招待状届きました。ありがとうございました」
「大丈夫ですか? 参加ってことで」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
吉澤から先に打診があってのことなので、大会参加の件はあっさり了解が取れた。
「後藤さんって、8番?」
「へ?」
「ああ、冬の選抜。8番つけてたの後藤さん?」
本題を簡単に終わらせて、唐突に藤本が聞く。
「んー、どうだったかな。覚えてないや」
「覚えてないって・・、試合は出てたよね?」
「んあ? ああ、出てたかな」
「じゃあ、ゾーンじゃなくてマンマークで付いてた方?」
「マンマーク? ああ、そっか。滝川さんと試合したんだよね」
「話しそこからかよ!」
打っても響かなくて、藤本は軽く力が抜ける。
先走りすぎて相手が付いてきていなかった。
「そっかそっか。藤本さんって、あのガードの人? そっか。滝川は北海道のまんなからへんの人か」
「な、なんでそういうとこだけ覚えてるの!」
「へ? だって、なんか叫んだと思ったら、よくわかんないこと言ってたから。やぐっつあん、またなにかやったんだなーって思って、覚えてた」
「・・・・・・」
思い出したくも無い。
やっぱり他のチームにしとくんだったといまさら思う。
「すいませんねえ。うちの矢口が。普段はいい人なんだけどねえ」
「確認するけど、もう卒業したんだよね?」
「んー、卒業はまだだけど、引退はしたよ」
「ていうか、あれで普段良い人とかありえないと思うんだけど」
「しゃべらなきゃちっちゃくてかわいいんだけどね」
「小さいとかわいいは別だろ。まったく」
藤本にとってはある意味、三回戦で負けた富ヶ岡よりもむかつく記憶だ。
石川といい矢口といい、東京周辺の都会にはろくなのがいないんじゃないかと思う。
「それでさ、なんか、石川が、あの、富ヶ岡の石川ね。ちょっと準備手伝って欲しいっていうんだけど、大丈夫?」
「準備って?」
「よくわかんないんだけど、都会じゃなきゃ出来ないこととかいいやがって、なんかあるらしいんだけど。もう一チームが東京聖督になりそうって言ったら、じゃあ手伝ってもらおうかってつもりになってるみたい」
「なにやるの?」
「よくわかんないんだよね。練習試合じゃなくて大会にするためには必要なんだとか思わせぶりなだけで。後藤さんと石川って知り合い?」
「試合したことあるけど、話したことはないかな」
「じゃあ、ちょっと、連絡先教えるから、話してみてもらえるかな?」
「いいけど、何するんだろ」
「さあ?」
藤本は本当に石川が何をする気なのかもちゃんと知らない。
柴田に電話したらその横にいた石川が代わって何かごちゃごちゃ言っていたが、中身の説明はなかった。
翻訳を柴田に頼んだが、私もちゃんと教えてもらってないんだよねと言われた。
なにやら稲葉に炊きつけられたらしいのだが、詳細は石川しかわかっていない。
ただ、一人で動くのは怖いから、東京の子がいるなら手伝って欲しいというのだ。
藤本は石川の連絡先を後藤に伝えた。
「それで、後藤さん結局8番だった人だよね?」
「8番だったかは覚えてないけど・・・」
「トライアングルツーのマンマークの人でしょ?」
「それは、そうだったかな」
「あれ、またやるの?」
「へ? 考えてないなあ。ああいうのは全部やぐっつぁんが考えてたことだから。それに、やるとしても練習試合、えっとー、滝川カップ? じゃやらないと思うよ」
「そりゃそうか。でも、後藤さんのとこ、あのチビ抜けると結構きついんじゃないの?」
「んー、そうだね。だから、あんまり期待しないで」
「一年生とか入ってこないの?」
「入ってくるだろうけど、まだ全然わかんないよ。明日受験で学校休みだったりするけど。それで受かった子が来るんじゃない?」
「推薦で取ったりしないの?」
「推薦はあるけど、バスケではないよ。んあ、あるのかな? でも、バスケ部で選んでとかじゃなくて、部活動で秀でた成績を修めた何とかかんとかってやつだし。私はなんにもまだ知らない」
「そっか。みんな頭良いんだな」
藤本にとって、受験でまともに高校に入る人は全員頭が良いの範疇に含まれる。
そういう子達が、バスケをやって、それでいて全国レベルの大会に出てくるというのが、逆に感覚としていまいち判らなかった。
「後藤さん、十番覚えてる?」
「十番?」
「うちの十番。里田まい。馬顔の」
受話器を持つ藤本を横から里田がポカリと殴る。
頭を抑えて藤本は里田を見上げた。
冗談では済まない程度に痛かった。
「馬、馬、あ、覚えてるかも」
「じゃあちょっと馬と替わります」
「え、えー!」
コードも繋がっている固定電話。
それを持ったままでは逃げられない藤本に里田が襲い掛かろうとするが、藤本は受話器を置いて逃げた。
仕方なく里田は受話器を取る。
「電話代わりました、馬です」
「あ、え、いや、あのえっとー。東京聖督の後藤真希です」
馬、で思い出したことは突っ込むべきか突っ込まないべきか。
里田は少し考える。
藤本の隣にいて、後藤の言葉が全部聞こえていたのを相手はわかっているだろうか?
少し遠めの位置から藤本が様子伺っているので、冷たい目でにらんでおいた。
「後藤さん、キャプテンになったんですね」
「え、あ、はい。なっちゃいました」
声から緊張が伝わってくる。
藤本と話しているときより緊張しているのは何だ。
だったら最初から馬とか言うな。
また、藤本の方をにらむ。
「インサイドでスリーポイントも打つって珍しいですよね」
「いや、あの、たまたまです」
「結構インパクトありましたよ」
「ありがとうございます」
硬い。
会話が硬い。
なに話して良いかわからない。
大体、なんで自分ここに呼ばれたのか。
必要ないじゃんか。
そんなことを思いながらで、どうして良いのかわからない。
「北海道、寒いですか?」
「あー、寒いです」
「体育館とか寒いんじゃないですか?」
「体育館はちゃんと暖房あるから」
「体育館に暖房あるんですか?」
「マイナス二十度とかの日が平気であるから。それくらいないと死んじゃいますよ」
「マイナス二十度?? シベリアじゃないですか」
「シベリアって言うな!」
北海道がシベリアなのは東京人の常識らしい。
北海道の中央部というのは、海岸線近くよりも気温が下がるので、旭川なりこの滝川なりの地域は、日本でもっとも気温の下がる地方である。
それでも、シベリアの奥地と比べれば大したことはない。
マンモスが埋まっているような凍土も多分ない。
「五月もまだ寒いですか?」
「まだ雪は残ってるし、寒いって言えば寒いですけど、大したことない気がするけどなあ」
「雪残ってたら十分寒いじゃないですか。やっぱ住んでると違うんですかねえ」
「試合で12月に東京行くけど、その方が寒いですよ。五月の滝川よりは。東京は暖房が弱すぎます」
「そうかなあ。北海道行ったことないからわかんないけど」
とりあえず、一般的雑談で繋がった。
天気の話題は、初対面ビジネスマン同士の当たり障りの無い最初の話題だったりする。
「美貴と代わりますね」
「はい」
遠目から様子を伺っている藤本の方を見ながら言う。
結局、中身のある会話はほとんどしなかった。
受話器を持って突き出すと、藤本が恐る恐る近づいてくる。
受話器を渡してから、もう一回頭を軽くはたいておいた。
「もしもし」
「はいはい」
「じゃあ、あの、石川の件、お願いしますね」
「なんだかわかんないけど、連絡とってみます」
「飛行機とか、宿とかも、こっちである程度抑えちゃうんで。その辺も大体決まったらこっちから連絡します」
「お願いします」
「その辺も含めて、何度かやり取りすることになると思いますけど、お願いしますね」
「はい。あの、さっきの代わった人、怒ってますか?」
「代わった人?」
「あの、えっとー、馬の人」
「馬? ははははは。痛い。痛い痛い。痛い。怒ってないですよ。大丈夫。痛い」
藤本はあちこち痛いけれど、里田は怒っていない、らしい・・・。
「いろいろとお願いします」
「あ、石川って結構うざいですけど、我慢してやってくださいね。何するつもりなのかわかんないですけど。それ手伝わせて悪いんですけど」
「いえ、人に全部任せてうちだけ何もしないっていうのもどうかと思うから。大丈夫です。手伝いますよ」
「お願いします」
円満に電話を切った。
藤本と里田は部屋に戻る。
別々のではなくて、里田の部屋へ。
「初めて話す相手に馬とか言う? 普通」
「だって、自分の番号も忘れてるみたいな感じだったから。まいの番号なんか覚えてないだろうし。何なら覚えてるかなと思って思いついたのそれしかなかったんだもん」
「次に会った時、じーっとかお見られそうだよ・・・」
「まあ、いいんじゃないの?」
「あの四番が卒業して無ければよかったのにな」
「そしたら美貴、却下してたから」
「美貴に却下する権限は無いでしょ」
「あるの。美貴が運営責任者だから」
「美貴に権力持たせるとろくなことない気がするんだよなあ」
「じゃあ、今からキャプテン代わる?」
「それはいいや」
そんなことを話しながら部屋まで二人で戻った。
鏡はちゃんとチェックした。
髪形おかしいとことかは無い。
服も、お気に入りのを選んだ。
下着は・・・ピン・、それは関係ない。
神奈川の公立高校の受験の日。
学校自体は休みになる。
練習は、外部の体育館を借りて行うが、それは夕方からの予定。
時間に余裕がある昼間、石川は珍しく遠出した。
試合以外で遠くまで出るのは久しぶりなこと。
ジャージではなく制服でもなく、私服で多摩川を越えて東京へ向かうのはいつ以来だろうか。
後藤真希と待ち合わせだった。
初めて会う人。
顔は合わせたことはあるし試合もしたけれど、話をしたことはこれまで無かった。
電話が掛かってきたのは一週間前。
あまり会話は弾まなくて五分で切った。
それでもしっかり用件は伝えた。
石川自身でいろいろ動いて予定が固まったのは一昨日のこと。
後藤と待ち合わせてから向かう。
待ち合わせの場所は駅の改札口。
どこどこのカフェとか、そんな指定が出来るような生活を石川は送っていない。
時間の二十分前に着いて、改札口ををずっと見つめていた。
時間ぴったりに後藤はやってきた。
OL風の紺のスーツを着ている。
「な、なに? その格好?」
「お姉ちゃんに借りてきた。ちゃんとした格好じゃなきゃけなそうだけど、うち制服もないし」
今日の趣旨は、石川と後藤の顔合わせではない。
ちゃんと行くところがある。
それを考えれば、後藤のそんな選択はありえる。
石川は、自分のちょっと子供っぽい格好が恥ずかしく感じた。
「初めまして。東京聖督でキャプテンやってます。後藤真希です」
「石川梨華です」
「この度は、大会にお招きいただきましてありがとうございました」
「いえいえいえ、そんな。私が呼んだわけでもないし」
かしこまった挨拶。
まずい、なんかすごくしっかりした子で、自分が子供みたいだ。
見た目、立ち居振る舞い、総合的に石川は引け目を感じてしまう・・・。
「やぐっつぁん、去年のキャプテンね、もういないけどさ、でも、うちみたいな素行の悪いって言うか態度の悪いチーム、よく呼ぼうって気になったよね?」
「吉澤さんの紹介だから」
「よっすぃーは確かに誘ってくれたけどさ、でも、運営は石川さんと、滝川の人たちでやってるんでしょ。どっちもさ、やぐっつぁんに、なんて言うかひどい目に合ってるのになって思って」
「私、よく知らないんです。後藤さんの記憶はあるけど。うちの高橋が大分なんか言われたみたいって聞いてるけど。それにもういないんでしょ?」
「一応ね。でもさ、助かったよ。私キャプテンになってからさ、いくつか都内のチームに練習試合申し込んだんだけど、かなり断られちゃって。なんか、嫌われてるみたいなんだよね」
「そんなひどいの?」
「みたいよ。滝川の藤本さんと電話で話したときも、ちょっと嫌そうで。最初に確認されたもん。もういないんだよねって」
改札前で立ち話。
電話の印象よりは話しやすいような気もする。
なんとなく、見た目に年上と話しているような感覚になるけれど。
「今日は、石川さんについていけばいいんですか?」
「隣にいてくれればいいって思ってたんですけど、なんだか私より後藤さんの方が大人っぽいから、後藤さんに説明とかやってもらおうかな?」
「えー。私、全然趣旨とか把握してないよ。隣で座ってるだけいいって言うから来たのに」
「でも、後藤さんの方が私より全然しっかりしてる」
「そんなことないって。キャプテンになる前は、ガキだ何だっていつも言われてたし。それに、石川さん、ゼロからここまで進めてきたんでしょ。今日もアポとって。後藤はそんなの出来ないもん。大丈夫だって」
困った顔、になってしまうけれど、後藤に押し付けるわけには行かない。
とりあえず二人で歩き出した。
向かう先は高層オフィスビル。
石川が、大会らしいもの、というのを稲葉に相談してトロフィー以外にはこういうのかな、と紹介された。
なるほどそれだ、と意気込んで石川は動いてみたのだけど、話をまともに聞いてくれたのは三分の一程度。
その中で、アポイントまで取れたのは二社だけだった。
石川が大会という形式にするためにほしいもの。
それは、スポンサーだった。
「こういうのって直接上がっていけば良いのかな?」
「いいんじゃない? 何階かよくわかんないけど」
「んー、あった。でも、151617って三階もあるけど」
「総合受付15階ってなってるから、そこでいいんじゃない?」
企業を訪れるなんて当然初めての経験である。
その企業の入ったビルまでは簡単にたどり着いたけれど、そこからどうして良いのかもわからない。
とりあえず、案内表示に従ってエレベータに乗ってみることにした。
「コート脱いだ方が良いよ」
「え、なんで? 暑くはないよ」
「そういうものだから」
「そういうものって?」
「そういう礼儀らしいよ」
エレベータが来るまでの間。
よく分からないけれど石川は、後藤がそういうのでコートを脱いだ。
人の出入りが激しい。
どう見てもビジネスマン風な大人たちの中で、二人の存在は異質だ。
特に石川は、一緒に歩く後藤が自分よりも大人っぽく見えるので、なおさら引け目を感じる。
大人たちの中で、後藤は若い社会人に見える格好であるが、石川はちょっと無理しちゃった子供だな、と自分で感じている。
人ごみに紛れてエレベータに乗り込み、途中で二度止まって目的階についた。
二人の他にも下りる人もいる。
「どうすればいいんだろう」
総合受付、となっているはずなのに人はいない。
先に下りた中年おじさんは備え付け電話を掛けている。
「あれ使えばいいんじゃない?」
「あれ?」
後ろでこそこそやっていると、おじさんは電話を終えたらしく、二人の方に軽く会釈してその場から下がった。
とりあえず二人でその電話の前まで行ってみる。
「電話ってどうするの?」
「名前のとこ掛ければ良いんじゃないの?」
「携帯掛けた方が良いのかな?」
「内線でしょ」
「ナイセン?」
ナイセンと言われて内戦を一瞬思い浮かべた石川。
日々の暮らしの中で内線電話を掛けるなどという習慣は無い。
「後藤さんやってよ」
「私、誰と会うのかも判らないよ」
そうこうしているうちに、中から人が出てきて中年おじさんと挨拶しながら去って行った。
電話を前に二人が取り残される。
「えー、どうすればいいの?」
「だから、電話すればいいんでしょ」
「後藤さんやってよ」
「だから、会う人の名前もわかんないって後藤は」
二人でかがみ込んで、電話とその横の内線表を見ていたが、後藤は頭を上げる。
どうしようどうしようと言いながら、石川が目的の名前を探した。
「どうすればいいの?」
「だから、番号掛ければいいんだって」
後ろのエレベータの扉が開く。
三人ほど降りてきた。
互いに会話しており一つの集団のようだ。
後藤と石川と少し距離を置いたところで立ち止まる。
「ほら、後ろつかえてるよ」
後藤に促され、石川は三桁の番号をダイヤルした。
耳から聞きなれた接続中の音が聞こえてきてほっとすると同時にどきどきもする。
相手はツーコールで出た。
「もしもし、あ、あの。石川です。あの、お約束した」
「あ、はい。石川さん。受付ですね?」
「はい」
「すぐ行きますんでそこで待っててください」
「はい」
電話は切れた。
石川も受話器を置く。
そのままほっと一つため息をついているので後藤が袖を引っ張った。
後ろでは社会人さまが順番待ちしている。
「なんで後藤さんそんな落ち着いてるの?」
「石川さんが電話かけるだけでてんぱり過ぎなんだよ」
「だってー」
ごちゃごちゃ言っていると、中からまた人が出て来た。
約束の人かな、と石川がそちらに近づこうとすると、後から来ていた社会人三人が挨拶をしていた。
違うらしい。
「顔知らないの?」
「会ったことはないもん」
「そっか」
待つこと数分。
中から人は出てこない。
出入り口をじっと見ていても、穴は開かないし人も出てこない。
エレベータの到着音がする。
遅いなと思いつつ扉の方を向いて二人でぼんやりしていると後ろから声をかけられた。
「石川さん。富ヶ岡高校の石川さんですか?」
「は、はい」
「すいません、お待たせしました。前田です。打ち合わせは上でしますんで」
「あ、え、あ、はい」
戸惑いながら石川は後についてエレベータの方へ向かう。
タイミングよく上りエレベータが着いて、降りてくる数人と入れ替わりに石川と後藤も乗り込んだ。
二つ階を上がって17階へ。
エレベータという閉鎖空間独特の空気と、初めて企業を訪れる緊張感で石川は逃げ出したく感じる。
扉が開いて、ほっと一息ついた。
「中から出て来るんだと思ってたら、後ろから声をかけられてびっくりしました」
「私の部署は上の階なんで。すいません、高校生でこういうところ不慣れなんですよね。お約束の時にちゃんとご説明申し上げればよかったんですけど」
「いえ、とんでもないです」
通路を通って奥の小さな会議室へ通される。
窓がなくホワイトボードが置かれた、テーブルを四方から囲んで六席の会議室。
どちらが上座かなんてまったくわかっていないけれど、奥に通されたから奥側に進んだ。
石川はそのまま座ろうとしたけれど、後藤は立っている。
「始めまして。MOJO広報部の前田です」
「あ、あ、すいません。名刺とかなくて」
「いいですよ。高校生が名刺持ってる方がおかしいですもの」
「あの、富ヶ岡高校の石川です」
「私は、大会に招待していただいた東京聖督大付属高校の後藤と言います」
前田はテーブルを挟んだまま後藤の方にも名刺を手渡す。
「どうぞお座りください」
あたふたしながら席に座る。
また扉が開いた。
スーツ姿の前だとは違い、制服らしき姿でお盆を持っている。
「失礼します」
前田の後ろを通り奥側に座る石川の方へ。
茶托つきのお茶を置いていく。
まわりこんで後藤の方へ。
なんとなく石川と後藤はその姿を目で追っている。
前田は、そんな二人を見ながら、ただ黙って待っている。
最後に前田の横にもお茶を置いて、制服は出て行った。
「どうぞ」
「いただきます」
「あ、ありがとうございます」
後藤がお茶を取ると石川もそれを真似て一口。
前田もゆっくりと一口飲んで、それから話が始まった。
「企業を周られるのは初めてですか?」
「はい。なんか、ぜんぜんどうして良いのかわからなくて。受付ってなってたのに電話しかなかったり、ちょっとどうしたらいいんだろうって」
「すいませんね。昔はちゃんと受付の人がいたらしいんですけど、いつごろからか経費削減とか言って、電話だけ置いて、後は訪問者にセルフでやってもらうようになったらしいです」
「どこでもああいう感じなんですか?」
「それぞれだと思いますけどね。中小さんだと割とそういうのが多いと思いますよ。フロア三つ使う企業がああいう受付なのは本当はよくないと、広報としては思うんですけどね」
石川、あるいは後藤のことを、高校生として相手をしているが、それが見下している感じではなくて、ただ、高校生、という事実を認識しているだけ、というように石川は感じられる。
慣れない場所、という緊張感はあるけれど、変な萎縮はしなくて済んでいた。
「すいません、なんか無理に押しかけるみたいに来てしまって」
「いえ。稲葉さんから紹介されたんですよね」
「はい。稲葉さんってただの記者かと思ったら、会社の人とかとも繋がりあるんですね」
「つながりっていうこともないんだと思いますけど。ご存知の通り、うちはお二人にでも参加していただいた冬の選抜大会のスポンサーもしてますし。それに、WJBLにチームもありますから。チームの広報としてはまた別にいるんですけど、会社としての広報部もそれにかむこともありますし。そういうのもあって、稲葉さんとしては、石川さんに紹介しやすかったんだと思いますよ」
「はあ」
MOJOはセミプロに当たる社会人女子のトップリーグで二連覇中のチームを持っている石油会社である。
石油やその関連製品にまったく興味の無い石川でも、そちら側のイメージで会社名は知っていた。
「あちこちスポンサーの打診はされたんですか?」
「一応、いろいろ電話はしてみたんですけど・・・」
「あまり良い反応は無かった」
「はい」
微笑んで表情を伺う前田を前に、石川は少しうつむく。
後藤は、お茶を一口飲んだ。
「なかなか難しいですよね。高校生ですし、まだ、実績の無い大会ですから」
「やっぱり高校生でスポンサー探そうっていうのは珍しいですか?」
「少ないは少ないですけど、まったく無いわけじゃないですよ。大学生くらいになるとずうずうしいくらいに、変なイベントのスポンサーになってくれとか来ますし、もうちょっとちゃんとしたのだと学園祭の協賛とかあります。ただ、高校生はやはり少ないですね。最近だとフリーペーパーに広告載せて欲しいというのはありました」
「高校生でフリーペーパーですか?」
「ええ。受験ということにとらわれず、もっと先まで考えての進路を考えるマガジンというのを高校生自身でつくりたいって。実際はクラブ活動の一環だったみたいなんで、お二人と同じような形かもしれませんね」
「高校生でフリーペーパーってすごいですね」
「石川さん、ご自分でわかってらっしゃらないかもしれませんけど、高校生で大会一つ立ち上げようっていうのは、かなりすごいですよ」
「そんなことないです。ただの思い付きですし」
「これは、今回のお話と関係ない、社会人として、人生の先輩として言いますけど。スポンサーを取ろうと思って訪問した先で、そのスポンサーについてもらおうとするイベントのことを、ただの思いつき、なんて言っちゃダメですよ」
「あ、あ、すいません。いや、思いつきとか、そうじゃないんですけど」
「じゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」
前田はそう言ってお茶を手に取る。
石川は、失敗した、と少しうつむいた。
「お電話頂いた時に大体お話は伺いました」
「はい」
「高校生四チームによるバスケットボールのリーグ戦。総当りの後、上位二チームで決勝を行う。開催期間はゴールデンウィーク終わりの三日間、会場は北海道の滝川。高校生の運営による高校生の大会、ということでよろしいですね?」
「はい」
「一つお聞きしたいのですが、弊社の他に、今現在すでにスポンサーとしてついているところというのはありますか?」
「あ、いえ、あの、これからお願いしようってところは、あの、あるんですけど」
「今現在はない、ということでよろしいですか?」
「いえ、あの、他にもちゃんとお願いして」
「石川さん。多分、他の実績がないってことで、電話でいくつかお断りされたんだと思いますけれど、正直に答えてください。今現在、他所のスポンサーさんはいないんですね?」
「あ、あの、はい・・・。決まってるところはありません」
「そうですか」
前田が一拍置くと、石川はうつむいてしまう。
他の会社との電話でのやり取りにとても近い展開だ。
「少し疑問があるんですよ」
「はい」
「石川さん、後藤さんでもいいんですけど、弊社にスポンサーとして何を期待されてらっしゃるんですか?」
「何を?」
「あの、運営も参加される学校の生徒さんたちでされるんですよね?」
「はい。そうです。あ、あの、これが各校に配った参加招待状なんですけど、それにあるように、生徒自身ですべて運営することで、自主性を養うとか、そういうことも目指してます」
石川が持っていたファイルからそそくさと資料を取り出す。
前田の前に置かれたけれど、チラッと一瞥するだけで手にとって見ることもしなかった。
「会場も、高校なんですよね?」
「はい。滝川山の手高校を借りて。三日間ともそこで行います」
「普通、体育館なんかを借りると。あの、冬の選抜大会もそうですけど、ああやって東京体育館を借りるとその費用というのが発生するんですね。石川さんなんかは決勝まで残ってらして、その決勝の時アリーナ席が設営されてたのも知ってると思いますけど、ああいう会場設営も人を雇ってするわけです」
「はい」
「参加チームは、皆さん、自分で移動や宿泊の費用は出してらっしゃいますし、コート整備なんかも東京地区の生徒さんたちにボランティアで出ていただいたりしてますが、それでもいろいろと費用というのが発生するんですね」
石川は前田の方をしっかり見て話を聞いているが、何を言われているのかいまいち理解できていない。
「そういうのを補填するために、入場料を取ったり、スポンサーというのがつくんですよ。そういうので得た利益、大会運営費を超えた分が利益になるわけですが、その利益で、バスケットボール協会がいろいろとするんですね。代表チームの強化ですとか、まあ、いろいろと。だから、スポンサーというのをあの大会の運営者、協会が欲しがるのはわかるんです。ですけど、石川さんの今回のお話の場合、なぜスポンサーが必要なのかわからないんですよ」
「はあ・・・」
「生徒さんたちが自分で運営して、会場も参加校の一つを借りるとなると、大会の運営という意味で費用は掛からないじゃないですか。もちろん、皆さんが北海道まで行く費用というのは発生しますよ。そういう意味で、航空会社さんですとか、北海道のどこかのホテルですとか、そういうところにスポンサードをお願いするなら、直接的でわかるんですよ。難しいと思いますけどね。そういう意味で、私たち、弊社が出来ることってどういうことがあるのか疑問なんです。もちろん、お金を出すことは出来ますよ。ですけど、そのお金で参加チームの交通費の補助、とかでは、スポンサーとなる価値もないわけで」
スポンサーが欲しい理由は、大会、という格付けにするのに必要だから。
それは、口に出してここでは言えない。
石川は、口ごもって何も答えられない。
「ちょっと厳しいこと言い過ぎましたかね」
「い、いえ。あの、仰るとおりだと思います・・・」
「そんな、泣きそうな顔しないでください。いじめてるみたいじゃないですか」
前田はうっすらと微笑む。
石川はその顔は見れない。
ここで、後藤が初めて口を挟んだ。
「あの、費用ってことだと、トロフィーなんかを作る予定なんですけど、その費用がかかります」
「トロフィーですか?」
「あ、はい、はい。そうです。トロフィー」
後藤の言葉に乗っかって石川が続けた。
「ものすごく高いものとかにするつもりはないんです。ただ、大会という位置づけとして、これから繰り返していくためにトロフィーは必要だなって。毎年優勝校が持ち帰って、一年間飾って、翌年また持ってくる。そういう形にしたいなって。そのトロフィーをMOJOカップってするのどうでしょう?」
「MOJOカップは、選抜優勝校に渡されるものなので、たぶん、石川さんのところの校長室にでもあるんじゃないかと思いますけど、その名前はちょっと」
「名前は、これから、前田さんに考えてもらうとして、そのトロフィーの費用を出していただいて、それでそのトロフィーの名前をつける権利を持ってもらうってどうでしょう?」
「命名権というやつですか?」
「はい。トロフィーの名称と。あと、大会の名前もMOJO滝川カップっていうことでどうでしょう?」
「石川さん、そんな、急に勢い込まないでください」
「あ、すいません」
「ちょっとお茶を飲んで落ち着きましょう」
言われて石川は、すでに冷たくなっているお茶の残りに手を伸ばす。
前田は一言断って席を立った。
外でお茶のお代わりを頼んでくると言う。
「後藤さん、ナイスアイディアありがとう」
「お金何に掛かるかなあって考えたら浮かんだだけだよ。でも、そこから一気に大会の名前にまでしちゃおうってなるのがなんかすごいね石川さん」
「だって、たぶんここ断られたら次もダメそうだし。スポンサー取るためなら大会名くらい代えちゃうわよ」
「滝川の人怒らないかなあ?」
「大丈夫。前田さんを説得できればミキティくらい説得するのは簡単」
石川はテーブルにおいてあった名刺を手にとってまじまじと見る。
これまで何人かの記者から名刺をもらったことはあったけれど、こういう、ちゃんとした企業勤めの人の名刺をもらうのは初めてのこと。
隣でそういうことをされると、後藤も同じように名刺を手にとって見てしまう。
そんなところに前田がお茶を持って戻ってきた。
「暖かいのを持ってきました」
「あ、すいません」
「いえいえ。じゃあ、冷たくなってるのはこちらに」
前田自身がお盆からそれぞれにお茶を渡し、空いた茶碗をお盆に戻した。
「まさか、こんな話の展開になるとはちょっと思ってなかったんですけどね」
「それで、お願いできますか?」
「まあ、ちょっと落ち着いてください。なんだか少しいじめるみたいな感じになってしまいましたけど。実はお会いする前から私どもとしては条件付ですが結論は出てたんですね」
「それで、結論は?」
「だから、落ち着いてくださいって。そのお茶をもう一杯飲む。はい」
少しおどけた感じで言われ石川は微笑んでお茶に手を伸ばす。
条件付という言葉が出ていたので、結論自体が受けるのか受けないのかは大体予想はつく。
石川も後藤も、二人でお茶を一口のみ、湯飲みを置くと前田が語りだした。
「石川さんのお電話を受けた段階で、私の上司にこの話は報告が上がっています。上司からの指示は、前田の権限で動かせる範囲内で考えればいい、ということでした」
「じゃあ、スポンサーになってくださるんですね?」
「いえ、話はそう簡単ではありません。私が自分で決済出来る金額というのは限りがあって、その範囲内でなら自分で決めることが出来ます。これはまあ、会社としてもわたしを育てるといいますか、そういうので、スポンサーになる価値があるかどうかを自分で判断しろっていうことなんですね。ですから、わたしが決定権を持ったというだけで、話を受けると決まったわけではありません」
雲行きが怪しくなってきて神妙な面持ちで石川は続きを待つ。
「先ほど申し上げたように、石川さんのご提案は少し疑問があるものでした。そこにトロフィーを購入する費用が、という話になってちょっと予想外な方向に進んだわけですが、わたしが考えていたのは、スポンサーとして費用を出すことと、広報としての宣伝価値のようなものの対価についてなんですね。極端な話、弊社のイメージアップが出来るなら、私たちが出したスポンサ費用で石川さんと後藤さんが高級レストランで食事をなさってもいいんですよ」
「いえ、そんな使い方したりはしませんから」
「あ、冗談とかじゃなくて。雑誌に広告をだして、その広告代が雑誌を作った人の給料になって、その人が高級レストランで食事をしたって、広告による宣伝効果が広告代に見合っていればいいわけで。本当に、そういうところが問題なんじゃないんです。ただ、私が考えたのは、スポンサーとしての費用と、弊社の宣伝効果の釣り合いについてです」
石川の感覚としては、話が大分難しいことになっている。
前田の話は企業に勤める人間の仕事の話であって、楽しくバスケをしようという高校生とは遠い世界の出来事。
ただ、言いたいことはなんとなく分かった。
「最初に考えていてネックになったのは、滝川という場所でした。普通、スポーツイベントは人の集まる場所で行います。東京が当然一番多くて、関西圏や名古屋圏、まあ、それぞれありますが、滝川という場所で人が集まるとは思えなかったんですね」
「確かに・・・」
「でも、同僚と話していて言われたことがありまして。すごく失礼な言い方になるかと思いますけど、高校生が四チームで試合するだけなら、東京でやったって別に人は集まらないんじゃないの? という意見がありました」
そう言われてしまうと、答えに窮してしまう。
大会という形にする、とまでは考えているが、人を集める手段までは石川も考えていない。
「そういわれると確かにそうで。人の集まらないイベントにお金を出してもあまり意味ないのかなとも思いました。そこでもう一言言われたんです。これは営業から異動になってきた人なんですが、滝川は日本でも有数の寒い場所だから灯油がよく売れるんだって言ってました」
「灯油ですか?」
「はい。お二人はご家庭で石油ファンヒーターを使ったりされることはありますが?」
「石油ファンヒーターですか?」
「ええ。ああ、その顔だと家にそんなものはないって感じですね。エアコン完備の家にお住まいですかお二人とも」
石川と後藤は顔を見合わせる。
言葉で答えは返さなかったが、二人の表情でイエスだなと前田は受け取った。
「うちは石油会社なので、まあ、ちょと、石油がどういうものなのかお二人に全部ここでお話しするわけにも行かないですが、その中の一つの商品として灯油があります。灯油の販売というのは、どうもイメージとしてある他社さんの方が強いんですね。ただ、それでも、北海道というのは家庭用の石油ファンヒーターであったり、灯油ストーブであったりで、東京なんかとは比較にならないくらい、家庭での需要が多いんですよ。そういうのもあって、一般のお客様が見に来てくださるなら、MOJOの灯油を宣伝するのに価値はあるのかなあと思ったわけです」
「一般のお客さんですか」
「はい。ですから、お客さん、おそらく滝川の地域に住む住人の方、ということになるんだと思うのですけど、そういった方たちをどれだけ集めることが出来るか、というのを提示していただきたいんですね」
最初に言っていた条件付、の条件が出て来た。
ようは、観客動員数をだせ、ということである。
「その、見込み観客動員数から、広告価値を考えたい、弊社の方でスポンサーとして出せる費用を検討したいと思います」
「じゃあ、スポンサーになっていただけるんですね?」
「基本的にはその方向で検討させていただきますけれど、見込み観客動員数が余りに根拠に乏しい信頼できないものだったり、あるいは、十人とかそういった数でしたら、やはり少々きびしいというのはあります」
「そうですか。そうですよね。すいません。なんかそういう、ちゃんとした資料みたいのを用意してなくて。やっぱり、スポンサーをお願いするときって、そういうのを用意してくるのが普通なんですか?
「初めての経験でしょうから、そう気になさらずにいいと思いますけど、スポンサーになるというのもある意味で一つの商品を買うというのと同じ部分がありますから、その商品の説明としてそういったもの、見込み観客動員数なんかは出てくるのが普通ですね」
100人集まるイベントと、一万人集まるイベントでは、出せる金額は当然違う。
まったく新しい企画を立ち上げたわけだから、そのスポンサーについてもらうためには、単なる予想であっても、それなりに筋の通った推論を通した上での数字を提示する必要はあった。
「実は、あの、まだ全然そういうのは判ってないんです」
「ええ、ですから、今ここでそれを提示して欲しいとは言いません。ただ、滝川さんの体育館の収容人数と、地域の人口ですとか、また、これも失礼な言い方ですが、おそらくその地域であまりいろいろなイベントが行われているとは思わないので、こういった小さな大会でも集客力があるかもしれないとか、そういうのを考えた上で数字を出していただければいいです。あと、小さなイベントですから、皆さんの参加人数も数の中で大きな位置を占めるかもしれませんね。このイベントに弊社がスポンサーとなることで、石川さんや後藤さんに対してイメージアップになって、バスケットボールチームとしてのMOJOにも好感を持っていただいて、将来的にチームの一員になってもらえる期待値、なんていうのも広告価値の一つにもなりますし」
半分冗談のような最後の一文に石川は微笑む。
高校二年生の終盤、そろそろ先の進路も検討し始める時期。
卒業して社会人のトップチームに入るというのは、石川にとっては大きなウエートを占めている選択肢だ。
「そういえば、一般のお客様の入場料なんかはいかがされるんですか?」
「あ、すいません、それも考えてなかったです」
「そうですか」
「有料の方がいいんですか?」
「うーん、どうでしょう? 無料の方が人が集まりやすそうに一見感じるんですけど、逆に価値を自分から低くしてしまっていて、朝起きてやっぱりいいやってなりがちではあるんですよね。ですから、有料とうたっておいてタダ券を配るというのが一番人を集めやすいやり方ではあります。自信があるなら完全有料でもいいですけど。ただ、実はこれに関しても提案があるんです」
「提案ですか?」
「チャリティーイベントにしてはどうでしょうか?」
「チャリティーイベントですか?」
「はい」
なんだか次々に新しい提案が出てくる。
一つ一つのことを石川の中で消化しきる前に、イメージレベルを超えて話が展開していく。
「弊社のスポンサー費用でお二人が高級レストランへ行ってもかまわない、と先ほど申し上げたのですが、でも、それは建前論でありますし、お二人もそんなことは考えてらっしゃらないと思います」
「はい、もちろんです」
「そうすると、利益が出たときどうするか? という問題があるんですね。トロフィーなんて話が出ましたけど、実際にはまともにイベントを開催するなら費用はいろいろ掛かります。チケット販売にしてもチケットを刷るだけでも本当はデザインもあれば印刷代もあれば、販路も確保しなきゃいけないなどあるんですね。学校で手売りという、なんだかパーティー券みたいな売り方もありますけど。それでも、有料で観客を集めたら、多分利益が出ると思うんです。会場代ゼロ、人件費ゼロっていうのは私たち企業にとっては夢のような運営コストなわけで。それでやってスポンサーまで取ったら利益が出ないわけがないんです。その使い道は考えてらっしゃらないですよね」
「今のところ・・・」
「儲かって宙に浮いたお金というのは喧嘩の元だったりするんですよ。そういうのは最初から分配方法は決めておかないと後でもめるんです。参加校で頭割りというやり方もありますけど、東京聖督さんは私立でしたっけ?」
「はい」
「でも、石川さんのところは公立でしたよね」
「はい」
「公立高校でそういうのって、ちゃんと分からないですけど、問題もありそうですし。でしたらチャリティーイベントという形にして、何らかの形で寄付をするというのが良いかなと思うんです」
「寄付って、どういうところにするのが良いんでしょう?」
話はすっかり前田ペースである。
こういった事柄にある程度慣れている社会人と、まったく未経験な高校生ではどうしてもこうなる。
もうすっかり石川が前田お姉さんに大会のあり方について相談する面談、という様相を帯びてきた。
「バスケをやるわけですから、地域の小学校にバスケットボールを買って寄付するとか、公園にゴールを設置するですとか。あるいはもっと視野を広げて、世界へのバスケットボールへの普及ということで、あまり普及していない地域へのボールの寄付でもいいですし。ただ、こういうことを考えていくと、大会終了後の作業が増えるというのは確かなんですけどね」
「終了後ですか」
「ええ。収益が確定した。さあ、これをどこそこへ、っていうのは、それはそれで大変な作業ではあるんです」
「確かにそうですね。でも、チャリティーっていうのは良いなって思います」
「ええ。こんなことをわざわざ申し上げるのは、イベント協賛社としてのイメージなんですね。広告宣伝の価値だけなら収益がどう使われようとかまわないのですが、チャリティーイベントへの協賛となると企業イメージの向上にもつながりますので、それで、そちらの形の方が弊社として望ましい、という希望です。これについては、石川さんと後藤さん、あるいは運営される皆様でお考えいただけたら良いと思います」
「はい、みんなで相談してみます」
作業が増えた場合、運営の主体となる滝川のメンバーの負担が増えるということを意味するが、石川の中ではほとんどチャリティーイベントにする、ということで決まっていた。
「もう一つ。要望が多くて申し訳ないんですが良いですか?」
「いえ、なんでも言って下さい」
「弊社の名前を、弊社といいますか、スポンサー企業全般なんですけど、その名前をどういった形で出そうと思ってらっしゃいますか?」
「形ですか?」
「テレビでスポーツの試合を見ていると、背景に社名の入った看板が映っているのご存知ですよね」
「なんとなく」
「会場でああいう風に看板立てるというのは割と一般的ではあるんですけど、そこまで出来ますか?」
「あ、いえ、どうでしょう。ちょっと考えてみます」
「いえ、ちょっと難しいと思うんですね。それをやるには弊社の方でも準備しないといけないですし。失礼ですけど、そこまでするほどの費用を準備するほどのイベントではないという思いもあるんです」
サッカーやバレーのテレビ中継でコートの向こう側に映っている看板。
テレビ中継だからそこまでする価値はあるけれど、高校の体育館での試合でそこまでやってもあまり意味はないような気もする。
「大会のプログラムというのは準備されますか?」
「すいません。それも、まだ・・・」
前田の問いに、さっきから何一つ満足に答えられない。
あまりに準備なしに飛び込んできてしまった、と石川は恐縮しきりである。
「プランとしては、そのプログラムに広告スペースを取っていただいて、そこに弊社の名前なり宣伝文句なりを入れていただけたらと思います。あと、他からスポンサーが取れなかった場合は、チケット裏にもですね。ただ、チケット裏に何か入れるには両面印刷になって、片面印刷と比べてコストが掛かるでしょうからそちらは運営側で費用対効果を検討していただいて、可か不可か、お答えいただけたらと思います」
「あの、プログラムも有料にした方がいいんでしょうか?」
「んー、どうかな。お二人含めて四チームのキャプテンの顔写真が表紙、なんてプログラムだったら一部千円でも飛ぶように売れていくんじゃないかと思いますけど。実際には無料配布の方が数は捌けるでしょうね。広告出す側としては数が捌けたほうがいいですけど、ちゃんとプログラム作れば、チケットとは比べ物にならないくらいの印刷製本のコストが掛かりますから、それを回収できる値段をつけた方が良いかもしれません。その辺はプログラムのレベルにもよりますしね。学校で使うようなわら半紙にその日の対戦カードを乗せただけとかでしたら、学校のコピー機で刷っておしまいなんで費用もほとんど掛からないでしょうし」
案がいろいろ出ているが、どの方法にしてくれという指定はない。
どうするのが一番良いのかをこの場で判断する力は石川には当然ない。
「せっかくですから、ページ数をある程度絞って、各チームの写真と、最近の戦績やキャプテンのコメントなんかが載ったものを、8ページ、うーん、12ページかな。それくらいの、写真がつくなら出来ればカラーで作られると見栄えとしてはいいでしょうね。これを無料で配るとすると、観客動員数と配布数が大体一致するので分かりやすいですね。そのための費用、印刷部数で大分変わりますし、その辺の見積もりを取ってからいろいろと考えた方が良いかと思いますよ。実際には、一般的な印刷コストを考えると、弊社一社の広告料金だけで刷ることが出来るようなものにはなりませんから。入場料にプログラム込みとすると、計算は立てやすいかと思います」
スポンサーになってください、イエスかノーか。
それで済む問題で、熱意でどうやって説得すれば良いのか、みたいなレベルで考えていた石川にとって、今この場で答えるには重過ぎる事柄ばかりだ。
「なんかすいません。たぶん、常識的な準備も出来てない段階でスポンサーのお願いに来てしまったみたいで」
「いえ。最初は誰でもそういうものじゃないですか。ただ、それほど時間があるわけでもないでしょうから大変ですよ。もう二ヶ月ちょっとですものね」
「そうですね・・・」
「弊社としても、高校生の作るものだからという感じでスポンサーになるつもりはないんです。おそらく価値はありそうだと踏んでいるので現段階で、ほぼ、お約束はして差し上げられますけれど、実際に何をどのくらい出すのか確定させるのはもう少し詳しいことが固まってからということでよろしいですか?」
「すいません。準備不足で、ホント」
「では、改めていろいろと決まった段階でご連絡ください。平日はお忙しいでしょうから、土日でもかまいませんので」
「土日も働いてらっしゃるんですか?」
「イベントごとは土日が多いので、割とそれに顔を出すことが多いですね。なので、携帯の番号の方でお願いします」
「お休みって取られないんですか?」
「月に何日かって感じですね」
「大変なんですね」
「石川さんだって後藤さんだって、ほとんど休みなしで練習されてるんじゃないですか? それと一緒といえば一緒ですよ。割と好きでやってますから」
「すいません。なんか、未熟者の企画に付き合わせてしまう感じで」
「そんなことないですよ。変な話、私としても自分で権限持って進められそうなんで、こういう小さい話の方が楽しかったりするんですよ。おじさんたちの大きな話だと下っ端でただの作業って感じで面白くないことも多いんです。だから、お二人のように若い方と仕事が出来るのは楽しいですよ」
二人から視線を外して、前田が左の壁の上を見る。
なんだろうと思って石川もそちらを見ると、そこには時計があった。
それが何を意味するかが分かる程度には石川は空気が読めるようになった。
「あ、すいません、長々とお邪魔してしまって」
「いえ、ほとんど私がしゃべってましたし。ただ、この会議室、次の予約入ってるんですよ」
「あ、ホントすいません」
「じゃああの、お願いした件、ある程度結論出ましたらご連絡ください」
「はい。近いうちに必ず」
「そうですね。二週間以内にはできますか?」
「はい。必ず」
なんだか課題が山済みだけれども、二週間で本当に出来るだろうか?
そう、チラッと思わなくはなかったけれど、相手のペースに合わせ、はい、と答えるしかなかった。
なんとなく、雰囲気で石川は目の前のファイルをカバンにしまい始める。
それが片付いたところで前田が口を開いた。
「どうも本日はありがとうございました」
「あ、ありがとうございました」
深々と頭を下げる。
顔を上げて、後藤が立ち上がったので石川も立ち上がる。
前田は席を離れ扉を開けた。
それに促されて二人は会議室を出て行く。
前田はエレベータの前まで送りに来た。
降りるのボタンを押すと、たまたまほんの数秒でエレベータはやってきた。
中には数人の人がいて、石川と後藤はそれに乗り込んだ。
「どうもありがとうございました」
前田が深々と頭を下げるので、後藤と石川もエレベータの中から頭を下げる。
扉が閉まり、顔を上げると、石川は深々とため息をついた。
石川が口を開いたのは、ビルから出てしばらく歩き慣れない雰囲気から開放されてからだった。
「なんか、一杯ダメだしされちゃったな」
前田との打ち合わせ時間は一時間足らず。
出て来た相手の質問にはほとんど何も答えられなかった。
明白な準備不足である。
「でも、スポンサーにはなってくれそうだね」
「大丈夫かなあ」
「言われたことどうするの? 観客動員数とか。誰が考えるの?」
「あー、どうしよう。役割分担しなきゃね」
「体育館の大きさとか地域の何とかとかってさ、滝川の人じゃないとわからなくない?」
行ったこともない高校の体育館の収容人数など分かるはずもない。
地域にどんな人が住んでいて、どうやって宣伝したら来てくれるのかは、地域に住んでいる人でないと分からない。
「全部ミキティたちにやってもらおうかな」
「怒らせると怖そうな感じだったけど大丈夫かなあ?」
「説得は柴ちゃんにしてもらうから大丈夫」
柴ちゃんが誰かは後藤には分からないはずだが、石川はあまり考えていない。
「でも、よくスポンサー集めようなんて思ったよね石川さん。あんな大きそうな会社に押しかけてさ。すごい度胸あるなあって思ったよ」
「度胸あるのは後藤さんの方でしょ。なんであんな落ち着いてられたのずっと? 電話もそうだし。なんかお茶もらったときもちゃんと持ってきてくれた人に挨拶したりとかさ。コート脱ぐのとかもよくわかんないけど礼儀とか言って」
「うち、家が客商売だからさ。なんかそういう、人との接し方みたいな、礼儀とかそういうの、しつけがうるさかったんだよね。それで勝手に覚えた感じかなあ」
「大人だなーって感じだよ」
「そんなことないって。結構ガキっぽいって言われるもん。たぶん、周りに頼れそうな人がいるとなんか子供っぽくなっちゃうのかなーって思うよ」
「それって、私が頼りないってことじゃない」
「あはは。そうかも」
「ひどいよー。しょうがないけど・・・」
石川だって自分が頼りあるとは思っていない。
駅に近づいてきてふと気がついた。
「そういえば、後藤さん大丈夫だったの?」
「なにが?」
「学校。大丈夫って言ってたから付いてくるのお願いしちゃったけど、東京は別に今日受験とか関係ないでしょ? 先生に話したの?」
「んー、いやー、別に」
「別にって。大丈夫なの?」
「大丈夫なんじゃないの? 練習には行くし」
「練習にはって、授業は?」
「さぼりで」
「さぼりって」
「まあよくあることだし」
「よくあるの?」
後藤は笑ってごまかす。
石川じゃため息を一つ吐く。
「マイペースな人だね」
「よく言われます」
「だろうね」
第一印象通りなような、全然違うような。
石川梨華に一つの後藤真希像が出来上がっていく。
「ご飯どうする?」
「私一回帰らないといけないんだよね」
「そっか」
「後藤さんはどうするの? 学校行くの?」
「んー、ご飯食べて、映画でも見て時間つぶしてから行こうかな」
「まっすぐ行けば午後の授業は間に合うでしょ」
「練習間に合えばいいよ」
「自由な部なんだね」
「自由って、だから練習は出るって」
「うちでそんなことしたらユニホームもらえなくなるもん」
「授業でないで練習出るってこと?」
「そう」
「名門校さんは大変だ」
「なんか、それが当たり前な感じでいたけど、いろんなチームがあるんだね」
「お互い様だけどね」
「そっか」
富ヶ岡の和田コーチは規律には結構厳しい。
まだ石川は把握していないが、まともなコーチもいず、キャプテンが戦術もすべて決め、練習もすべて仕切るという東京聖督のようなチームは、まったくイメージの埒外である。
駅まで着いてホームに下りる。
平日昼の東京23区内。
五分と待たずに列車はやってくる。
「ミキティと話したら連絡します」
「うん。なんかうちでも出来ることあったらやるからさ。滝川と石川さんとで全部やらないで言ってね」
「ミキティと話してから決めるよ。後藤さん頼りがいありそうだし」
「石川さん頼りがいなさそうだしね」
「もうー!」
ちょっと怒った顔のふりをしてみる。
先に来た電車には後藤が乗り込んで石川は見送る。
扉が閉まったところでにこやかに手を振ると、中の後藤ははにかんだ顔をして小さく手を振った。
石川を横に伴った柴田の電話を受けて藤本は笑い出した。
「ガキがそんな押しかけてスポンサーになってくれなんて相手にされるわけないじゃんか」
「なってくれるって言ったもん!」
「はぁ? それ近くの豆腐屋とかじゃねーの?」
「違うもん! MOJOだもん!」
携帯は柴田が持っているのだがその横で石川がしゃべっている。
藤本の声は石川に届いているし、石川の声も藤本に届いてはいる。
「MOJO? それ半分コネみたいなもんだろ。ああ、あれだ。スポンサーになってくれなきゃ今年の大会ボイコットするとか言ったんだろ」
「違うもん!」
「ちょっと梨華ちゃん落ち着いて」
絡み付いてしゃべっている石川を柴田が押しのける。
会話の展開が、スポンサー取れました一件落着になっているが、そうではないことをしっかりと伝えないといけない。
「それでね、やっぱり条件がついたんだって」
「あたりまえだろ。石川にそんな交渉できるわけないんだから。ああ、後藤さんか。あの子見た目は割と大人ぽかったしな。ほとんどやってもらったんだろ」
「違うもん!」
「だーかーら! 梨華ちゃん邪魔!」
藤本に聞こえるように携帯の音声を拾う裏側から大きな声で話すものだから、そこが直接耳の柴田にとってはうるさくて仕方が無い。
「それで、条件ってなんなの?」
柴田が、一からすべて説明していく。
その間はさすがに石川も黙っていた。
柴田の言葉を聞き終えて、藤本はしばらくの沈黙の後に口を開いた。
「ずいぶんとめんどくさいことをしてくれたね」
「でも実際、スポンサーについてもらうにはそれくらいはしなきゃダメなんじゃないかな?」
「て言うかさ、実際の作業の負担は全部こっちが背負うわけ? 柴田はまあいいとしてさ、石川なんか好き勝手やってるだけじゃんか。それで納得しろって言われてもな。スポンサー費用で高級レストランとか言ってたけど、ホントそれくらいこっちはさせてもらいたいよ」
さっきまであれこれ言っていた石川も、これには何も言わない。
柴田も答えを返さずに黙って聞いていた。
「二週間って言ってたよな?」
「二週間?」
「観客動員数とか、そういうの出すの」
「うん」
「それはこっちでやるよ。そっちで出来るとは思えないし。入場料をいくらにするかもこっちで決める。ったく、体育館の入り口に立ちっぱなしで一年生にチケットのもぎりさせるんだぞ。それはうちだけじゃなくてかくチームから出させろよ」
「そういう雑用は、それぞれ人出すよ。滝川に全部はやらせないから心配しないで」
「そうは言っても、聞いてると部員はうちが圧倒的に多いしな。どこに何があるのかもうちのメンバーしか把握できてないんだし。どうせ半分以上はうちで背負うことになるんだろうけど」
「それは、うん。悪いと思ってるよ」
「プログラムはそっちで作って。写真が必要とかそういうのは言われりゃ出すけど、どういうプログラムにするとか、印刷とかもそっちで手配して、飛行機で持って来い」
「うちから持っていくの?」
「別に持ってこなくても、宅急便でもいいけど。そっちで全部やれ」
「でも、部数とか決められないよ」
「観客動員数と一緒に、二週間以内でそれもこっちで決めるから」
「分かった」
相手の不機嫌さを感じながらも何とか話は通す。
役割分担は藤本主導で決まっていった。
「優勝カップもそっちで用意ね。チャリティーイベントにするのはまあいいとして、金の使い道はボールの寄付とかじゃないな」
「何かあるの?」
「うちでやるからにはうちが決めていいよな?」
「何か当てがあるなら。いいよね、梨華ちゃん。チャリティーのお金の使い道は滝川で決めてもらうで」
今日は練習終わりの部室で話している。
ボールケースの上に座り込んでいる石川は小さくうなづいた。
「こっちはそれでいいよ」
「交通事故被害者のための会みたいなのに寄付することにするから。それでいいな?」
「あ、そっか。うん。そうだね。それでいいと思う」
柴田が横にいる石川にも伝える。
意味を理解した、という顔をして石川も何度もうなづいた。
「ちょっと石川に替わってくれる?」
「うん。ちょっと待って」
柴田が石川の前に携帯を差し出す。
石川は自分を指差すと柴田はうなづいた。
石川は携帯を受け取った。
「もしもし」
「もしもし。石川?」
「うん」
「スポンサーって発想は悪くなかったよ」
「ホントに? ミキティ、褒めてくれる?」
「褒めてねーよ別に」
「でも、よかったでしょ。スポンサー」
「チャリティーイベントってのも悪くないよ。その前田って人バカじゃないな」
「なんか仕事の出来るOLって感じだったよ」
口調はとげとげしいけど、内容が自分を肯定していると感じた石川は少し安心感を取り戻すが、そこに藤本が雷を落とした。
「スポンサーとかチャリティとか悪くないけどさ。でもさ、おまえさ、一人で勝手に思いつきで動いてさ、それで周りがどれだけ困るかとか考えたことあるか?」
問われて石川、答えない。
考えたことがあるかないか、ではなくて、ミキティやっぱり怒ってる、というのを考えている。
「お前一人でやってるんじゃねーんだよ! 何が生徒たちによる自主的な運営だよ。一人がとっちらかして周りが後片付けしてるだけじゃねーか。お前それでもチームのキャプテンか? 美貴がなんで連絡相手として柴田を選んだか分かるか? お前のことが嫌いだからとかそういう問題じゃないんだよ。それもなくはないけど。お前信用できないんだよ、勝手に動くから。何かしたいなら最初に相談しろ! 思いついたからって勝手に動くな。運営はこっちが主体でしてるんだよ。一人でやってるんじゃねーんだよ」
石川、黙り込む。
練習中にプレイの面でコーチに怒鳴られるようなことはたまにあったけれど、こういう、自分の振る舞い的なことを全面的に、それも同世代の人間にされるのはあまりないことだった。
「最初に思いついたのはお前かもしれないけど、もういろんな人間巻き込んで話は進んでるんだよ。それを考えろ」
しばらくの沈黙の後、ようやく石川が口を開いた。
「ごめんなさい」
また沈黙。
藤本がいらだたしげに言った。
「もういいよ。柴田と替われ」
「ごめんなさい」
「いいから替われって」
石川は柴田の方へ携帯を突き出す。
戸惑った顔を見せつつ柴田はそれを受け取った。
「もしもし?」
「あ? 柴田?」
「うん、そうだけど。あ、あのさ、あんまり責めないで、梨華ちゃんのこと」
「柴田さ、石川にきついこと言わないだろあんまり」
「言われてみるとそうかもしれないけど」
「たまに誰かが言ってへこませないとダメだってああいうのは。あれがキャプテンでチームうまくいってるのか?」
「まあ、なんとか」
「まあいいや。ひとのチーム心配しても仕方ないし。怒鳴ってすっきりしたし。でも、スポンサーってのは悪くないな。こっちでも少し募ってみるから、プログラムは広告出せるスペースちゃんと作っといてよね」
「滝川でスポンサー? 会社あるの?」
「てめー。滝川舐めるな」
そうは言われても、柴田には滝川でスポンサーが集まるようにはとても思えない。
「美貴が動けばスポンサーの五つや六つすぐに集まるから。まあ見てろって」
「広告スペースは取っておいてもいいけど。大丈夫なの?」
「石川に出来て美貴に出来ないことはない」
藤本の言葉に柴田は笑い声を上げそうになったが、視界にしゅんとしている石川が目に入ってやめた。
「スポンサー取りに行く前に、その、観客動員数とか? 他にもいろいろやることあるから二週間ではできないけど、絶対取るからな。プログラムはそっちでちゃんと作れよ。ああ、石川について行った後藤さんにも責任とってもらおう。プログラム作るのも印刷がどうとか言ってたよな。その辺は柴田と後藤さんで分担してやって。美貴が取ってくるスポンサーの広告スペースも残しておいてよね」
「うん。分かったよ」
ミキティの機嫌がどうやら直ってきたみたいだ、と柴田は感じたので余計なことはもう言わずに、ただ同意しておく。
後は、梨華ちゃんフォローしなきゃいけないなー、とも思っている。
柴田と藤本の会話がどの程度耳に入っているのか、石川はボールケースに座ったまま向こうを向いてしまった。
「いろいろ決めること決めたらまた連絡するわ。それまでに勝手に動くなよ」
「うん、分かってるよ」
「拗ねてるか泣いてるかしらないけど、後のフォローはよろしく」
姿は見えなくても石川の状況は大体藤本には分かるようだ。
柴田はなんとも答えない。
「じゃあ、また」
「うん、じゃあ」
電話を切る。
石川は後ろを向いたまま。
さてどうしたものか。
肩を落として少し石川の背中を眺めていたが、柴田は後ろから抱きついた。
「泣かないの」
「泣いてないもん」
「良い子だから帰ろ」
抱きつく柴田の側は少し窮屈だけど、胸を背中に押し付けてほっぺたが後頭部に当てて、頭を右手でなでてやる。
数秒でその体勢は止めて立ち上がった。
自分のカバンを持って部室の扉を開ける。
石川の方を見ると、のそのそと立ち上がっていた。
「帰ろ」
「うん」
手の掛かる子だ、と柴田は思う。
でも、この関係性になってしまったのだから仕方ない。
今回はミキティが怒るのも無理ないし、とも思う。
石川もカバンを持って二人で部室を出た。
しっかりと鍵を掛けて帰った。
藤本は、観客動員数やチケットの値段といった点については麻美を中心とした一年生に考えさせた。
自分で全部背負うようなことはしない。
スポンサーを取るのは自分でやろうと思ったけれど、それもまだ動けない。
あさみに頼んでいた件の報告が上がってきた。
「こんなんでいいの?」
「うん。オッケーオッケー」
「私、あんまりこういうの好きじゃないんだけどな」
「交渉ごとっていうのははったりも必要なのよ」
「はったりならまだいいけど、ウソはまずいんじゃないの?」
「心配しなくていいって」
あさみが渡した紙の束。
あさみ一人で調べたわけではないが、結構手間は掛かった。
関東地区、関西地区、あるいは九州地区などなど、いろいろな地域でインターハイ等に勝ちあがってくるチームの所在地と、滝川までの交通ルートが記載されている。
「堀内さんかわいそう」
「いいんだよ。儲けさせてやってるんだからこれくらい」
「今日来るって?」
「うん。不思議そうな声してたよ。なんで今の時期にって」
「そりゃあねえ。ちゃんと説明しなかったの?」
「うん。事前に情報を与えるつもりはない」
「こわいなあ」
今日は土曜日。
練習は午前、午後とあるが、平日よりは大分早い時間に終わる。
あさみには、夕食前までに資料をくれるように言ってあり、来客は夕食後の予定だった。
ここに住むのは女子だけだし、寮母さんも寮母さんと呼ぶだけあって女性である。
しかしながら男子禁制と言い切っているわけではない。
以前は顧問は男性であったし、それ以外にも学校には男性教諭はおり、そういった人たちが寮を訪れることもある。
彼氏と呼ばれるような存在が入ってくることはないが、男性がこの寮を訪れることは時折あった。
堀内もその一人だ。
夕食後、約束通りの時間にやってきた。
「すいません、寒いのにこんな時間に」
「いえいえいえ。この時期に呼ばれることってないので驚きましたけど」
「悪いお話じゃないんで、心配しないでください」
この寮に客間に当たるような部屋はない。
寮生への来客は食堂で受け付ける。
藤本が主に対応するけれど、副キャプテンということであさみも同席する。
「どうされたんですか? 電話でも教えていただけないんで、ちょっと戸惑ってるんですけど」
「堀内さん、儲けたいですよね?」
「な、なんですかそれ。いやいやいや。そんな、滝川さんからそんな、高い利益なんてとってたりしませんよ」
「そんなこと言ってるんじゃないですって。今回はうちが遠征するとかそういうことじゃないんです」
「違うんですか? てっきり、どこかへ練習試合で遠征するから手配してくれとか、そういうお話だと思ったんですけど」
修学旅行や林間学校、学校というのは集団でどこかへ出かけて宿泊することを年に一度や二度は行う組織である。
年に一度や二度であってもその人数は半端ではない。
旅行会社にとっては大得意先といえる。
スケールは少し小さくなるが、大学のサークルなんかも同じ傾向がある。
春に夏に、サークル合宿と称して数十人で数泊の旅行と言うか遠征と言うか、そういったことを行う。
動く金額はなかなかのものだ。
旅行代理店はそういった組織を相手に担当者をつける。
高校の部活動でも似たようなことが起きることはある。
昨年はトラブルの影響で一度だけであったが、滝川は例年なら、インターハイ、国体、ウインターカップと年に三回の遠征を行う。
数十人規模の団体が、飛行機の往復含めて数泊する。
なかなか大きな金額だ。
堀内は、滝川山の手付きの旅行代理店担当者だった。
「そんな小さな話じゃないですよ」
「なんか藤本さん、顔がいたづらっぽい感じで怖いんですけど・・・」
「そんな警戒しないでくださいよ。いい話ですから」
「はあ」
普通の高校レベルだと、こういう旅行代理店の相手は教師が行う。
しかし、滝川山の手では生徒が自分で行う。
基本的にはキャプテンがその主体だ。
担当者として堀内は、寮にも学校にも出入りしているので、実際にキャプテンになる前からそれぞれの生徒とは顔見知りにはなっている。
キャプテンになりそうな人物というのは限られているので、なる前からある程度親しくなっておく、という営業マンとしての仕事もちゃんとしていた。
生意気な女子高生相手に頭を下げなくてはいけないやりづらさ、なんてことは飲み込んで仕事をする。
「ゴールデンウィークに、新しい大会があるんですよ」
「やっぱり遠征じゃないですか」
「残念でした。会場は滝川。だから、美貴達は遠征しません」
「全然良い話じゃないじゃないですか!」
「話はここからですって」
さりげなく藤本は紙の束をとんとんとそろえる。
「参加するチームの飛行機とか宿とかの手配、やってみたいと思いません?」
「それって、紹介していただけるってことですか?」
「紹介っていうか、美貴が連絡とって、宿とか飛行機なんかはこっちで大体手配するって言ってあるんで、全部やってもらおうかなって」
「それ、どれくらいの数のチーム参加するんですか?」
「まだ決まってない」
「そうですか」
まだ決まってない、と平然と言い切って藤本はまた紙の束をとんとんとそろえる。
今度は、一枚一枚ちらちら目を通しながら紙をめくっていった。
「インターハイみたいな公式の大会じゃないからさ。参加チーム数もはっきり決まってないんだ。それぞれのチームの日程調整とかもあるし。あと、一年生何人入ってくるかも分からないから、人数も決められないんだけど、大丈夫?」
「大まかにどれくらいの数か教えてもらえませんかねえ?」
「しょうがないなあ。声かけたのはこれくらい」
持っていた紙の束を渡す。
堀内は一枚一枚めくっていった。
「すごい数じゃないですか」
「全部が来るとは限らないけどね。こういう招待状送ってあって。ただ、公式戦でもないし、遠征費の問題もあるからって迷ってるとこもあってさ。それで、一人どれくらいって、大雑把な額を出して欲しいんだ」
「こんな人数が泊まれる場所、滝川にはないですよ」
「だったら旭川でもいいよ。その代わり、バスの手配も必要だけど」
「日程、これですか?」
「うん」
「ゴールデンウィークのこんな時期に、これだけの人数宿取れるかな。いや、その前に飛行機押さえられるか」
「何言ってるの。無理なら他当たってもいいんだよ。参加チームに差し戻してそれぞれにやってもらってもいいし」
「いえいえいえ。やります。やらせてください。何とかしますから」
社会人と女子高生。
年功序列世界では社会人の方が偉いが、商売となると女子高生様の方が偉かったりする。
すっかり上から目線でタメ口になった美貴様のお言葉に、堀内は従うしかない。
「これだけの数いるんだから、当然安くなるんでしょ」
「いや、ゴールデンウィークですから、ちょっと難しいんですけど」
「そう言うと思ったけどね。あ、そうそう。インターハイの遠征とか、この先もいろいろあるけどさ、よその旅行代理店の人にも、必ず計画書出してもらうようにこれからするから」
「いや、そんな、それは困ります」
「そんなこといわれたって、もうよその会社探しちゃったもん。今度来てもらうことになってるから、もちろんこの話もするつもり」
「いや、勘弁してくださいよー」
拝み倒さんばかりの堀内の姿。
あさみは、ため息をついて視線をそらす。
よその会社ってどこの会社だよ、と心の中で毒づきながら。
「なんかそういうことされると美貴がいじめてるみたいじゃん。美貴、いい話紹介してあげたと思うんだけどな。本当だったら、各チームが自分のところの担当者と話していろいろと手配するはずなのに、全部まとめてやらせてあげるって言ってるんだよ」
「ありがとうございます。それは本当に、ありがたいことだと思います」
「だったら、その感謝の念を値段にあらわしてよ。そうしないと、別のところに乗り換えちゃうよ」
「それは、もう、なるべく勉強したお値段を出させていただきます」
「なるべく、じゃなくて限界まで安くね。美貴、親切に各校の最寄の空港まで調べてあげたんだから。そこからの手配で良いよ。空港まではそれぞれ勝手に行くだろうから。空港からここまで。宿が滝川で取れないようなら旭川でもいいけど、移動のバスまで手配してよね。ああ、滝川に何校くらいなら泊まれそう? 三校とか五校だけでも泊まれない?」
「滝川さんみたいな大所帯ですと、収容人数がそれくらいあるのは二箇所ってとこですかね」
「うちみたいなとこってあんまりないみたいね。その中に見込みの人数が入ってる学校もいくつかあるからさ、その辺だけでも滝川でなるべく泊まれるようにしといて。こっちも試合日程組まないといけないから、朝一には滝川宿泊のチームにするとか都合もあるから。ああ、ちょっと貸して」
一度堀内に手渡した紙の束を藤本は引き取る。
一枚一枚めくって、考えながら三つのチームに印をつけた。
「仮だけど、二日目の第一試合、その記しつけた三つと、うちとで二コートで試合するつもりでいるからさ、その三つはもう来るって決まってるんだ。だから、優先的に滝川で泊まれるようにして」
「分かりました。えーと、富ヶ岡高校さんと、東京聖督大付属さんと、市立松江さんですね。どこも、滝川さんほど人数はいらっしゃらないようですし、これなら滝川市内で大丈夫かな。他は旭川でもよろしいですね?」
「旭川でも深川でも。まあ、なるべく滝川の方が良いけどね」
「これ、どんな大会なんですか? リーグ戦って書いてありますけど」
「参加校減ったらわからないけど。初日二日目で四つくらいの組に分かれてリーグ戦やって、最終日は順位決定戦。試合日程組むのも大変なんだよ」
「バスは、初日の空港から滝川山の手高校様までと、高校から宿まで。二日目は朝晩の宿との往復、三日目は宿から高校までと、飛行機に合わせて空港まで、というかたちでよろしいですか?」
「空港、千歳だよね。電車の方が安いってことはない?」
「人数少ない高校さんで一チームに大型バス一台割り振りますとそういうこともありますけど、マイクロバスと大型バスと、人数に合わせて使い分ければ、バスの方が安くいけると思います」
「そう。じゃあそれで。まあ、細かいところは任せるけど。一円でも安くね」
「藤本さん厳しいですよ。何とか言ってくれませんか?」
「あさみに泣きついても無駄」
堀内はあさみに話を振るが、藤本がさえぎった。
人数の多い部員の中で、まさか目立たないあさみが副キャプテンのような立場になるとは思っていなかったので、堀内はあさみとの接点がこれまで少ない。
交渉相手としての藤本がやりづらく、あさみから譲歩を引き出そうと思っても、あまり親しくもないので話を振るタイミングも取りにくかった。
「美貴のこと厳しいとか言うけど、美貴としてはおいしい仕事紹介してあげたと思うんだけどどうなわけ?」
「いや、だから、それは感謝してますって」
「これだけの人数だからね。それ全部任せるって言ってるんだよ。当然少ない人数のときより安くしてくれるんでしょ」
「そりゃあもう。当然です」
「別に、美貴のお金じゃないからいいって言えばいいんだけど。でも、ここでちゃんとした値段ださないと、他の人に頼んじゃうし、インターハイとか、うちの遠征も他のところに頼んじゃうから」
「あんまり脅かさないでくださいよ。大変なんですよ、サラリーマンって」
「でも、こんな大人数を臨時で取れればボーナスとか大きくもらえちゃうんじゃないですか?」
「だといいんですけどねえ。そう簡単にいかないのがサラリーマンなんですよ」
「美貴、サラリーマンとは結婚したくないな」
堀内は作り笑いを浮かべる。
このくそガキ、と思ってもそんなことを顔に出すようでは旅行代理店の高校担当なんてやっていられない。
「一週間くらいで大体の金額出せる?」
「いやー、ちょっとどうでしょう。かなりの人数で、全部参加されると15校ですか?」
「美貴達が抜けてるでしょそれ」
「あ、そうか。参加校としては16になるんですね。それで、私どもで手配が必要なのは15校ということですけど、人数も多いので、どの宿におとまりいただくかですとか、手間も掛かってしまいますので・・・」
「そんなに待ってられないよ。速攻で。スピード命で。一週間で出してよ」
「やれるとこまでやってみますけど」
「全部そろってなくても、来週の同じ時間に大体そろえて持ってきてね。最低限、滝川に泊める三チーム分は固めておいて。試合開始時間とか、こっちの調整もあるからさ」
「わかりました。すべて出せるかは分かりませんけれど、そこまでで最低でも見積もりをおだしいたします」
「各校に一人当たりいくらって金額でお願いね。出来るだけ安く。OK?」
「やってみます」
最低限って言ってるところで必要十分満たしてるのにな、とあさみは思う。
実情を知っているので、かわいそうで見ていられない。
「じゃあ、よろしく」
「わざわざご紹介いただきありがとうございました」
「安くね。安く。よろしくね」
藤本は立ち上がる。
帰れっていう意味なのはよく分かるので堀内も荷物をまとめて立ち上がった。
一応ちゃんと玄関まで送る。
礼儀がどう、というのもあるけれど、男は外へ出てくるまで監視してないといけない、という意味合いもある。
堀内は車に乗って帰って行った。
「かわいそう」
「何が?」
「参加チーム数決まってないとか言って。四チームでもう決まりでしょ?」
「決まってはいないでしょ。嘘じゃないよ」
「でもさあ」
「いいんだよ。いままでおいしい想い絶対してきたんだから。先輩たち、自分のお金じゃないからって、遠征の費用とか、堀内さんの持ってきた通りの金額でやっててさ。絶対儲けてるんだよあれ。美貴、そういうの嫌なんだよね。人のお金でも損するのは嫌なの」
「でも、あんなだますようなことして」
「大目に言って、実際に買うのは少なくっていうのは値切りの基本でしょ。よそと競争させるのも同じ」
「よその担当の人なんて本当に探すの?」
「そんなめんどくさいことしないって。勝手に影におびえて安い値段で売ってくれるようになればそれでいいの」
滝川は寮の費用がタダなだけでなく、試合の際の各地への遠征費も学校が出す。
彼女たちは学校の看板を背負った存在であって、卒業までお金をまったく使わないことも可能だ。
そういう意味で、遠征の際の費用の交渉などする必要は無いし、代理店担当者との交渉は、移動をどうするとか、人数がどうとか、何人部屋とか、そういうことをしてきただけである。
それで問題なかったのだが、藤本は、個人的な感覚として、高い買い物はしたくない、と思ったのだ。
値切る、という行為が好きな人種というのはいて、それが、貧乏と一致するかどうかはなんとも言えない。
一週間後、同じ時間に堀内は寮にやってきた。
「いやー、大変でしたよ。一週間で全部出すの」
「何言ってるんですか。儲かる仕事なんだからそれくらいやってもらわないと」
先日と同じように食堂で、藤本とあさみが二人で対応する。
しゃべっているのはやはりほとんど藤本だ。
「さっそくですけど、こちらお見積もりになりますのでご覧いただけますか?」
堀内は藤本に15校それぞれの見積もりを渡す。
合計金額だけでなく、航空チケット代、宿代、バス代、などなど内訳まで記載されている。
「それぞれの学校さん、人数固まってないようですので、多少そのお値段からは前後するかと思います」
「そんな一人や二人増えたり減ったりしたってかわらないでしょ」
「いえ、宿や航空券なんかですとまあ確かに、四月に入ったあたりで確定できればそれで大丈夫なんですが、バスに関しましては、一台当たりの価格を人数割りとなりますので」
「宿代も違う学校があるけど」
「それは、やはり一つの宿に全チームお泊りいただくというわけにはいきませんので、泊まる宿によってどうしてもお値段は変わってしまいます」
「このコーチ価格ってなに?」
「生徒さんたちと先生が同じ部屋にお泊りになるということはないでしょうから、各校のコーチやスタッフの方が何人いらっしゃるという情報はありませんでしたので、お一人づつという前提で、一人部屋にお泊りいただくということでお値段を出させていただきました」
藤本が見積もりを見ながら突っ込みを入れていく。
自分が泊まるわけでもないのに、親切なんだか何なんだか、とあさみは呆れ顔ながら、見積もりそのものには興味があるので藤本の横から覗き込んでいる。
「高くない?」
「何をおっしゃるんですか。これで精一杯の額でございますよ」
「いや、高い。もっと安くなるはず」
「そんな、これでも大分無理をしたお値段ですよ」
「飛行機代とかもっと安くならないの?」
「ゴールデンウィーク中ですよ。あんまり無茶言わないでくださいよ」
「分かってないなあ。ここで無理してでも安い値段にしておかないと、インターハイとか国体とかで担当外されちゃうんだよ。いままでずーーーーーっと、担当してたのに、突然断られたなんてなったら、会社に怒られちゃうんじゃないの? サラリーマンさん」
「いや、それは、あの。そうなんですけども。勘弁してくださいよ。この時期の航空券を確保するのって大変なんですから」
「分かった。飛行機の方はあと一割くらいで良いよ。もっと問題なのは宿代かな」
何か言いたそうな堀内であるが、藤本は言わせない。
後一割で良いよも何も、一割引くとは堀内は言ってないのであるが。
「美貴がいうのもなんかむかつくんだけどさ。滝川に泊まりに来る人なんてほとんどいないと思うわけね。こんな何もないところにさ」
「いや、秋のコスモスとか多少有名ですし、温泉も一応ありますから」
「秋じゃないからコスモスは関係ないし、温泉は滝川市内かもしれないけど遠いでしょ」
「でも、ゴールデンウィークですから」
「何もないんだからゴールデンウィーク関係ないでしょ」
確かに何もないよなあ、とあさみは思う。
この件で初めてその存在を知ったが、大体、滝川に宿泊施設がある意味もあさみには分からない。
「この何もなくて、お客さんも来ない宿に、遠征していろんなチームが泊まってくれるんだよ。定員埋まっちゃうくらい泊まってくれるんだよ。それを安くしないでどうするの? この値段はありえない」
「そうおっしゃいましても・・。いくつかは旭川のホテルですし」
「旭川はある程度仕方ないと思うんだ。だけどさ、これ見てると、旭川に泊まるチームと滝川に泊まるチームで宿代が大差ないってどういうこと? おかしいでしょ」
「いえ、泊まるとなればホテル側も掛かるコストは同じようなものでして」
「そうだとしても、旭川なら一般の人も泊まるかもしれないけどさ、滝川にこんな団体さんが来ることなんてないでしょ。それを紹介してあげてるんだよ。なのに、旭川と同じ値段出すなんてありえないでしょ。それでも同じ値段って言うなら旭川の方にしますって言って宿には値下げ要求すること。分かる?」
「分からないでもないですが、でも、あの、現実的に・・・」
「宿代は高すぎる。三割下げて」
「勘弁してくださいよー」
「あさみに泣きついても無駄。三割下げる。いい? 大会は今年だけじゃないんだから。来年からも毎年この時期にこれだけの人数を泊めるられるんだからって宿を説得すること。三割ね。三割」
堀内は答えられない。
今現在、堀内にとって藤本美貴は、それぞれ数十人の部員を抱えた15チーム分、二千万円近い売り上げの決定権を持つ人間である。
窓口で個人の客に一件一件ツアーを売って二千万円の売り上げを作るのにどれだけの労力が必要か?
それを考えると、15校×生徒数分の売り上げを握るキーマンである藤本に対して逆らうことなどできようはずもない。
自分の三分の一程度の年齢の美貴様の要求を、基本的には呑むしかなかった。
「バス代ももうちょっと何とかならないの?」
「これはもう、本当に難しいです。観光シーズンでバスが出払っているところなので。バスですから北海道全域に借り手がおりまして。これ以上下げると借り受けることも出来なくなってしまいますので」
「そういうことなら仕方ないけど。五パーセントかな。下げてね」
五パーセントのお値引きで済ませていただいてアリガトウゴザイマス、という安堵の顔を堀内が見せると、藤本が畳み掛けた。
「それでさ、このお値引きって項目はなに?」
「それはですね。お得意様の滝川山の手高校さんのご紹介ですので、弊社としましても、誠意といいますか、こうして最初からお値引きして差し上げていると言うわけでして」
「それにしてはせこくない?」
「いえいえいえ。何をおっしゃられるんですか」
「値引きとか言って端数切っただけじゃん。せこすぎる」
「それはたまたまこうなったというだけでして」
「一人五千円づつ下げること」
「無理無理無理。無理です。それはもう本当に無理です」
「分かった。ちょっと待って。先に宿代とか引いた値段出さないとダメだ」
藤本はしっかりと計算機を用意していた。
普通、値段を提示する側が電卓に打ち込んで再提示するのだが、藤本は自分で計算した。
「こんなもんか。思ったより安い感じがしないなあ」
「あの、十分お安いかと」
「ハワイ三泊四日とかこの値段で行けちゃうでしょ」
「それはオフシーズンの無理やり価格ですから。ああいうのを基準にしないでください」
「ここから端数を切ろう。それからさらに、五千円」
「それはもう、本当に無理なんです。そのお値段ですと、このお話しおろさせてくださいってことになってしまいます」
「分かったよ。端数切ってそこからさらに二千円値引きで良いよ。堀内さんに儲けてもらおうと思って紹介したんだからね」
「いやあ、その」
「引くの? 引かないの? 長い付き合いしたいの? したくないの?」
「あー、もう。分かりました。引きます。引かせていただきます」
「よし」
堀内がため息をつくのを見つつ、藤本は水を一杯飲む。
「端数って100円単位のことじゃないからね。千円単位だから」
「そんな、無茶苦茶ですよそれ」
「引くって言ったよね。一度言ったんだから、男に二言はないよね、もちろん」
隣に座るあさみは、美貴とお金のやり取りするのだけは絶対に止めようと思う。
堀内のこともかわいそうで見ていられず、なんとなしに見積もりの紙をぺらぺらめくって眺めていた。
「これで大体オーケーかな。あれ、どうしたの?」
「どうしたのじゃないですよ。この金額じゃ働き損で利益出ないですよ・・・」
「まあでもいいじゃん。こんな大きな話、めったにないでしょ?」
「それはそうですけど・・・」
「美貴、よくわかんないけど、会社っていっぱい売ればいいんじゃないの?」
「まあ、そうですねえ。利益はあまり見ないで売り上げばかりに目が行きがちではあるんですけど」
「じゃあ、これだけ売ったら堀内さん会社で褒めてもらえるでしょ。あの、売り上げ棒グラフってやつ? ぐーんと伸びて一番になれるでしょ」
「あんな売り上げグラフなんて今時ないですってどこにも」
「そうなんだ。まあ、ともかく、さっきの条件でいいよね?」
「分かりましたよ。藤本さんにはかないませんから」
「堀内さん。我慢ですよ我慢。美貴がキャプテンやってるのなんて今年だけですから」
「あさみは余計なこと言わないの」
実際、藤本がこの学校でキャプテンをやっていて、堀内の交渉相手となるのは今年一年だけなわけで。
それを通り抜ければ、こんなシビアな交渉をする必要はなくなりそうではあるが、ただ、一度出した見積もりというのはそれがスタンダードなものになって次からの基準になる。
今年この値段で出して、翌年は倍の値段というわけにはいかないのだ。
「いや、でも、これじゃ利益なにもないんですけど。まあ、人数いますから。何とかさせていただきます。でも、これ以上は無理ですからね」
「そっか。これ以上は無理か」
「はい。無理です」
「じゃあ、見積もり書き直して持ってきて。これとこれと、あとえーと、これかな。この三つでいいから」
「三つでいいといいますと?」
「他は来ないから。来るのはこの三チームだけ」
「だけ? だけって? 三チームだけ? 他の12チームは?」
「だから来ないって。そんな、額に汗にじませてこわい顔しないでよ」
「これだけ? 三チームだけ? え? 人数は? これだけ? これだけ?」
「そう。人数はそこに書いてある通り。まあ、一年生何人入るか分からないから、ちょっとはずれるけど」
「三チーム? 三チーム? え? 三チームだけ? そんな。五分の一? 五分の一? 二千万が、二千万が」
「そんな、うわごとみたいに言わないでよ。三チームだって十分多いでしょ。いつも美貴達一チームだけなんだから」
藤本はそういうが、部員の数がそもそも違う。
富ヶ岡はまだ結構部員がいるが、東京聖督と松江は二つあわせても滝川の人数に足りない。
三チームあわせて滝川一チームの五割り増し程度である。
堀内は立ち上がって言った。
「だ、だ、だましたんですか!」
「だましてないよ。だから言ったじゃん美貴。全チームが参加するかは分からないって」
「こ、こ、こっちは、15チーム分だと思って見積もり作ったんですよ」
「こっちだってそのつもりで頼んだけど、いろいろな事情でこれだけになっちゃったんだから仕方ないでしょ」
「こんな、三チームだけでこの値段じゃ、本当に本当に、あ、あ、赤字です。この話降りさせてもらいます」
「赤字なわけないでしょ。人数増えれば一人当たりの利益を小さくしても全体で大きいから値下げできるってだけで、赤字になるわけないもん」
「チケットの購入価格とか、そういった仕入れの値段が変わるんです! だから、人数が減ると、チケットの購入単価も上がって、同じ値段じゃ出来ないんです!」
「美貴のことだましたって言うけど、堀内さんだってだましたよね」
「何がですか!」
「飛行機一割、宿代三割とか、結構下げてっていったら下げてくれたじゃん。それって、下げても利益でたってことでしょ。じゃあ、最初の値段は、全然頑張った安い値段じゃないってことでしょ」
「それは、藤本さんとの交渉で値段を下げられるのを分かっていたから」
「交渉のための手段として高めに出したの?」
「そ、そうですよ」
「じゃあいいじゃん。美貴も、交渉のための手段として大目の人数出しただけってことで」
堀内がぐっと黙り込む。
「堀内さんが交渉のために高めに言ったのと、美貴が交渉のために大目に言ったの。これでおあいこでしょ。問題なし」
「しかしですね。この人数でこの値段は、本当に利益がないではなくて赤字です。無理です。お話は降りさせていただきます」
「もう、しょうがないなあ。これ以上いじめて、挨拶で一度来た上司の人みたいに禿げてもかわいそうだから、最後の値引き分の二千円はなしでいいよ」
「いいよじゃないですよ。端数切捨てもなしですからね」
「ダメ。端数は切り捨てる」
「そこは何とか。お願いします」
「しょうがないなあ。じゃあ、富ヶ岡の分だけは端数切捨てなしでいいよ。あいつら美貴に手間掛けさせたから。その分、堀内さんの利益にしてあげる」
「ありがとうございます」
「その代わり、後の二校の分は端数も引いてね」
「承知いたしました」
商談成立、なようである。
堀内が立ち上がったあたりから、となりのあさみはどうなることかとはらはらしながら見ていたが、丸く収まったようでほっと一息である。
「堀内さん、交渉うまいなあ」
「何言ってるんですか。藤本さんみたいなお客様初めてですよ」
テーブルに広げられた見積もりの紙を、堀内は集めてまとめていく。
藤本は、少し別の話を切り出した。
「堀内さんって、会社の中じゃどういう立場の人なの?」
「どういうって、どういう意味ですか?」
「そのままの意味。社長とか部長とか平社員とか」
「いや、まあ、ベテラン社員という立場になりますか」
「その年でこうやって美貴達に頭下げてるんだから、あんまり偉くはないか」
「そういわれてしまうと身も蓋もないんですが・・・」
社会人なら触れないところであるが、藤本は平気で聞いてしまう。
ただの興味本位ということでもなく、多少の意味はあった。
「会社の宣伝とかってどうしてるの?」
「宣伝ですか?」
「そう。堀内さんがこうやって売って歩いてるだけじゃないんでしょ」
「そりゃあもちろん、店舗構えて、そちらで一般のお客様にはツアーですとか、航空券ですとか販売しています」
「それの宣伝ってどうしてるの?」
「いやあ、どうなんでしょう」
「宣伝してみない?」
「あの、いまいち意味がよく・・・」
「簡単に言うと、その、見積もりとってもらったやつ。大会としていろんな学校呼ぶんだけど、その大会のスポンサーになって、宣伝しない? ってこと」
「スポンサーって、安く買い叩くだけじゃなくて、弊社からお金を引き出そうとまでされるんですかふじもとさんは・・・」
見積書をまとめる手が止まる。
ほおけた顔で藤本の方を見るが、かまわず藤本は続けた。
「大会のプログラムちゃんとつくるからさ。そこにスポンサーとして名前載せてみない?」
「いや、そう言われましても。失礼ですが、それほど宣伝にもならないような」
「何言ってるの。まだ全部出てないけど、いろいろ見てみると、プログラムは千部くらい作ることになりそうなのね。それに名前載せられるんだよ」
「千部って。ちゃんとお客さん集めるつもりなんですか?」
「当たり前でしょ。美貴達、この辺の地域じゃ有名人だけど、でも、みんな真剣勝負って見たことないんだよね。試合は全部遠征だし。北海道大会なんか近くでやるときもあるけど、相手弱いしさ。だけど今回は、結構強いとこが来てくれるから、美貴達も本気でやれるわけよ。学校の子達も見たいって言ってるし、地域の人たちも集まってくれそうだしね。バスケやってる中学生とか結構来てくれそうで。いい宣伝になるよ」
観客動員数に関しては、麻美と中心に一年生がいろいろ考えてはじき出した。
まず、滝川山の手高校の生徒たち。
冬の選抜大会あたりは、決勝近くまで勝ちあがると全校応援に近いレベルで動員されるが、ここ数年はそれもない。
女子バスケ部の試合が見たい、という声は結構あり、自分たちの高校でそれをやるならかなりの数が来てくれるだろうと踏んだ。
さらに地域の住民。
前田も言っていたが、この地域には娯楽施設に乏しいし、イベントなど皆無である。
甲子園常連校ほどの人気知名度とはいかないが、毎年全国大会に出続けるこのチームは、地域から注目される存在ではある。
また、中学生が結構来ると思うと言ったのは麻美だ。
自分の中学時代、滝川山の手というのは憧れの存在だった。
東京まで試合を見に行くのは不可能であるが、滝川でやってくれるならなんとか見に行ける。
そんな子も結構いるんじゃないかと思う。
それらを足し合わせて、プログラムは千部作る、と見積もった。
「そうは言いましても、そういうこと決められる立場にないもので・・・」
「じゃあ、決められる人呼んでよ」
「いや、あの。もう少しお話お聞きしまして、報告を上げますんで、それからということで・・・」
入場料は高校生以下無料、大人五百円。
プログラムは無料で配る。
観客数は、初日三百人、二日目五百人、三日目四百人。
二日目が多いのは、丸一日使えて試合数が多いから。
三日目が一日目より多いのは、最後の決勝があるから。
メインスポンサーには石油会社のMOJOがなる。
収益は交通事故被害者の会、のようなものに寄付をする予定であるが、これについては調査中。
プログラムは、表紙に、四つに区切られた枠を作り各校のキャプテンのアップを乗せる。
中身は、大会日程の他、チーム紹介写真、各キャプテンの抱負、等が載りオールカラー12ページ。
広告スペースは各ページの下部に、一ページに四枠ずつ。
全体のデザインは現在製作中。
「一口五万円でお願いします」
「五万円ですか?」
「そう。それくらいの利益は三チーム分の手配で取れてるんでしょ?」
「いや、まあ、しかし。藤本さん、結構前から四チームに決まってたのに、本当に私のことだましたんですね」
「だから、それはもう話しついたでしょ、お互い様ってことで」
「まあ、いいんですけど・・・。あんまり宣伝効果は感じないと言うか」
「何言ってるんですか。本当は、よそから来る人じゃなくて、滝川から出かける人の旅行を手配するのが堀内さんの仕事でしょ?」
「そうですけど」
「だったら、いい宣伝になるって。広告スペースに何載せるかは自由だからさ。多分、一番来てくれるのはうちの生徒だと思うから、卒業旅行の宣伝なんかいいんじゃない?」
「いや、でも、五月ですよね?」
「じゃあ、夏休みの旅行プランとか」
「そもそも、ゴールデンウィークに地元に残ってる人たちの旅行属性って低いんですよねえ」
「分かった。分かった。こうしよう。当日、体育館周りで宣伝してもいいよ。パンフレット配ってもいい。ああ、そうだ。プログラムの間にパンフレット一枚入れてもいいよ」
「あの、やっぱり、私の方では決められませんので、持ち帰ってもよいでしょうか?」
「もう。しょうがないなあ。やっぱり堀内さんあんまり偉くないんだね」
「そう、言わないでくださいよ・・・」
外回りしている営業マンが、自分で決められる事柄はかなり少ない。
今回の藤本との値段交渉も、ここまでなら最悪下げても良い、という上司との前打ち合わせがあってのものだ。
その打ち合わせは15校分、という前提のものなので、三校になってしまって最終的に藤本の主張を呑んでしまった堀内は、多分帰れば怒られるのであるが、それでも実は、まだ下げる余地は本当はあったので、とりあえずこの場では受けてある。
ただ、スポンサーのような、まったく新しい案件に対して即決できるような権限は持ち合わせているはずもなかった。
この日は堀内は話を持ち帰った。
数日後、正式な最終見積もりのファックスと共に、スポンサーの件は一口受ける、という返事も届いた。
藤本は、石川に対して、コネで取ったんだろと突っ込んだが、藤本自身は、コネどころか客と言う強い立場を利用してスポンサーを得た。
この先の付き合いを考えた場合、五万円程度の金額ならば断れるはずがないのだった。
この後、藤本一人ではなく、チーム全体で滝川地域を回って各種のスポンサーを得た。
コネ、とは少し違うが、地縁というやつである。
自社のイメージアップとか、広告宣伝としての価値とか、そういう観点ではなく、地域の自慢の学校の力になれるなら、という寄付に近い感覚でのものが多かった。
ただ、チームの側も考えていて、利益になるような待遇を与えてもいる。
町のお弁当屋さんには、広告スペースに乗せるだけでなく、大会期間三日間、体育館前でお弁当を売る権利を与えた。
洋品店には、大会記念Tシャツをオーダーし、自分たちの分の他に体育館前で売る権利も認めた。
レストランには、夜の歓迎レセプション、というほど大仰でもなく、ようは親睦会であるが、その料理の準備を依頼している。
なお、自分たちが客の立場である旅行代理店以外からは、一口五万円ではなく、一口二万円、体育館前で売る権利等の便宜を図っているところには一口三万円でお願いしている。
ただ、すべてがうまく言ったわけでもなく、断られたものも当然多くある。
旅館とかあるなら頼んでみようよ、と訪ねてみたが、けんもほろろにお断りされた。
旅館が地元民に宣伝しても意味がないでしょ、と子供を諭すように言われ、あの言い方はないだろ! とあさみは憤慨して帰ってきていた。
滝川は滝川で独自にスポンサーを集めていたが、富ヶ岡サイドは細部を詰めてもう一度MOJOの前田へ報告をあげている。
オフィス街には人が閑散としている土曜日の午前。
石川と後藤が連れ立って再度訪問した。
「すごいですね。地方の地縁というのは強いんですね。常識的には千部発行のフリーペーパーと考えると、広告掲載は二万円でも高いんですけど。それにしても、こんな短期間にこれだけの数のスポンサーが集まるとは思いませんでしたよ」
石川は、滝川が集めたスポンサーリストを見せた。
有名企業というようなものはなく、地元の弁当屋などが並んでいて、見てもよく分からないが、それでも数は大分ある。
「なんかちょっと悔しいんですよ。あっという間にこんなに集められちゃって」
「そこはやはり、地元の強みじゃないですか? でも、メインスポンサーは弊社ということでよろしいんのですね?」
「はい、それはもちろんです」
「じゃあ、いいじゃないですか。石川さんが発案でここまで動かして、メインスポンサーも取ったわけですから」
「そう、なんですかねえ・・・」
えへへ、と笑って悪い気はしてないような顔を石川はするが、藤本に一本取られたようで気に入らないというのも本音としてはどうしてもあるのだ。
石川達はそれから、見込み観客動員数について、プログラムの概略などなどについて、改めて説明をした。
「人数的には、そうですね。一日五百も集まれば成功なんでしょうね」
「もっと何千人って集めたいんですけど」
「でも、学校の体育館では、詰めても千人が精一杯じゃないですか? 全校生徒集まったときの体育館を考えると、そこからバスケットコート分のスペースも作らないといけないんですし。この、半分は滝川の高校の生徒さんって見積もりもなかなか良いんじゃないかと思いますよ。ただ、高校生さん相手に宣伝しても、弊社としてはあまり価値はないんですけど」
「いえ、灯油とか買いに行くのはきっと、親に命令された高校生だと思います」
「ふふ。そうかもしれませんね。でも、短い間に本当にきっちり準備されてる。地元のスポンサーまで取って。いいですね、なんか。合宿生活で、三年間、一つのものを目指して。結束力あって、こういう準備なんかも進めてるんでしょうね。なんかうらやましいです、若い皆さんが」
「そんな、前田さんだって若いじゃないですか」
「そうでもないですよ。毎年入ってくる新卒をみて、ため息つく年齢になってしまいました、ってそんなことお二人にお話しても仕方ないですね」
自嘲気味に微笑む前田に合わせて、石川と後藤も愛想笑いする。
一息つくように、コーヒーに手を伸ばし、それから前田は続けた。
「プログラムの構成、これ、何かを手本にしましたね?」
「あ、いえ、その」
「いいんですよ。文章そのままとかは著作権的にまずいですけど、そうでなければ手本を真似るっていうのは誰でも最初の入り口ですから」
前田に示したプログラムの見本。
もちろん、文章の中身や写真はまだないが、どこに何をかく、という割り振りが示されている。
石川達はそれを、自分が出場した昨年の選抜大会のプログラムをまねして作った。
「一つだけいいですか?」
「はい」
「入場料なんですが、高校生以下無料となってますけど、高校生100円、中学生以下無料、という形の方が良いかと思います」
「100円ですか?」
「はい。大人の五百円もそうですけど、ワンコインで見ることが出来るという設定で。で、地元の、というか、参加する高校である滝川山の手高校の生徒さんが見に来る、という形ですと、校内で前売り券を出すというのが一番売れると思うんですね。人間、お金を出して買った前売り券は使おうと思うんですけど、入場料ゼロだと、別にいいやってなってしまいがちなんです。それに、前売りで売っておいて、そのチケットと一緒にプログラムを渡すシステムにしておけば、当日会場に来なくても、プログラムは捌けるんですよ。イベントとしては当日来てもらわないと盛り上がりに欠けるという部分はあるんですが、広告宣伝という意味では、プログラムが配布される、という事実が結構大事であって、それが大会前の段階でしっかり配られるというのは意味があるんですね」
へー、と石川と後藤はうなづいている。
安ければ良いというものでもないらしい。
「本当に表紙をキャプテンの写真四枚並べられるんですね」
「恥ずかしいから嫌だって私は言ったんですけど、石川さんがそれで行こうって」
「いや、あの、別に目立ちたいとかそういうことじゃなくて、前田さんの提案だし、そういうのがいいのかなと思って」
「石川さん、月バスの表紙にだってなってらっしゃるじゃないですか。いまさら私のせいにしてもだめですよ」
恥ずかしそうに石川はうつむく。
前田は笑みを浮かべながら続けた。
「お二人に、さらに滝川は藤本さんですか? 松江の方は存じ上げませんけど、大会プログラムにしとくには持ったないですよ」
「そうですか?」
ぱっと、華やいだ石川の表情。
自尊心は満たされたらしい。
「試合自体も、魅力ある組み合わせですしね。富ヶ岡さんと滝川さんの試合なんて、冬の選抜のベストマッチの一つでしたし」
「前田さん見てたんですか?」
「全試合ではないですけどね。あの試合はたまたま。藤本さんが退場しなかったらなあ、って声で会場は満たされてましたよ」
「ミキティが退場してなくても、ちゃんと勝ってました」
「まあ、でも、退場させたのも富ヶ岡さんの力ですし。強いことは分かってますけど、でも、なんか終盤は滝川にみんな肩入れしてましたね、会場は」
「後藤も、滝川に勝ってほしかったなあ」
「なんで、なんでみんなして、もう!」
「まあ、冗談はそれくらいで。でも、試合として魅力ある組み合わせではあるんですよ。だから、本当は地元の方たちだけ出なくて、もっと広くお客さんを集められたらいいんですけどね。さすがに、場所が場所ですから難しいですけど」
高校バスケのマニア、という層はこの国にある一定程度存在する。
真夏のインターハイ、入場料が無料であるというのもあるが、割と低い回戦から会場は満員になるのだ。
インターハイは全国持ち回りであるので、それなりに田舎な場所でも開かれる。
そういったものでも観客が集まるのだから、やり方考えれば人を集める方法がないでもないのかもしれない。
結局、この話し合いで前田はこの大会へのスポンサー参加に対して了承の回答をした。
金額は、旅行代理店のさらに倍、である。
大会当日、MOJOとして会場で何かすることもあるかもしれない、という話もした。
この辺は大型イベントと違って、当日ぎりぎりまで融通の利くスケールであるので、今後それぞれで考える部分である。
オフィスビルを離れ、石川と後藤はその後の手はずについても打ち合わせた。
両者の仕事はプログラムの製作である。
印刷の手配は東京聖督が、作成は富ヶ岡がそれぞれ担当する。
他に、スポンサー費用を受け取る口座の作成などなど、細かい事務的作業というのは最初に石川が想像していたよりもかなりの量あった。
学校ももうすぐ春休みに入るので時間は取れるのであるが、最初はただの思い付きだったのにここまで来ると大変だ、と改めて石川は思う。
そういった進展状況と、また、プログラム作成用の資料を出してもらうために、石川は吉澤へ連絡した。
「なんか、私たちだけ蚊帳の外って感じだなあ」
連絡を受けての吉澤の感想。
滝川があれこれやって、富ヶ岡と聖督でプログラムを作って。
遠く離れた松江は、何もせずに当日参加、という形で良いのだろうか?
ある種の良心の呵責的なものもあるし、単純な寂しさもあるし。
何かすることはないものだろうか? と吉澤は考える。
「そんな、無理にいろいろ考えなくてもいいよ。本当は私が全部やらなきゃいけないんだし。運営は会場校がやるものだしさ。吉澤さんたちは参加してくれるだけでありがたいと思ってるよ」
運営は会場校がやるもの、というのは練習試合の常識だし、首都圏の県大会の低い回戦などでの常識でもある。
そうは言っても、四校中の三校がいろいろ作業しているのに、自分たちだけ何もしないというのも気が引ける。
「じゃあ、なにか、人が集まる方法考えてもらえるかな?」
「人が集まる方法?」
「うん。スポンサーになってくれたMOJOの人が言ってたんだ。場所が場所だから難しいけど、組み合わせ的には人が集まってもおかしくないって。いま、一日五百人くらいの感じで思ってるけど、それを増やす方法をなにかさ」
「人が集まる方法ねえ」
「無理に考えなくても良いよ。どうしても何かしたいって言うなら、ってことだから」
石川としても、元々運営に無関係な人を巻き込むのは気が引けるというのがある。
さらに言えば、当事者でないと掴みにくい事柄というのもある。
会場運営を滝川以外の人に出来るわけがない。
プログラム作成は、もう始めてしまっているので、意思疎通が日々出来る同じ校内の人間で進めたい。
印刷の手配だって、東京都内でやっている何か一部を松江の人に頼むのはやりづらい。
強いて言えば、スポンサーをもうちょっと探して、というのもあるのだが、滝川でやるイベントのスポンサーを松江で探せというのはあまりに無理があるだろう。
翌日、吉澤は学校でこの話をしてみた。
人を集める方法。
吉澤は、全然思いつかなかったのだけど、後輩たちはあっさりと提案してきた。
「ホームページ作れば良いんじゃないですか?」
福田明日香である。
「ホームページ?」
「駅でビラ配るとか、そんなのしても意味ないし。北海道でやる大会に人を集めるのにここで出来ることなんて、インターネットくらいしかないと思うから」
「確かになあ。でもあれって、作るの大変じゃないの?」
「ブログでいいじゃないですか」
福田に続いたのは松浦。
なんでそんな簡単なことに気づかない? という顔をしている。
「ブログねえ。ブログで宣伝?」
「宣伝はブログでもいいかもしれないけど、公式な部分はちゃんとホームページで作った方がいいと思う」
「なんで?」
「ブログってそもそも日記だし。日記だから毎日更新するのを前提に作られたシステムで。日々の何かを伝えるのにはいいけど、三日間の大会を宣伝するのにはあんまり向いてないと思う。公式ホームページっていうのをちゃんと作った方がこういうのはいいと思います」
途中まで松浦に説明し、最後だけ吉澤の方を見た。
そういわれても吉澤はあまり判断できない。
「でもさあ、インターネットで宣伝すれば、そのページを見る人はいると思うよ。だけど、北海道まで見に行こうと思う人なんかいるか?」
「北海道の人なら思うかもしれないじゃないですか」
市井が口を挟むと松浦が反発した。
まわりは、そりゃまあそうだけど屁理屈ぽいよなと見ている。
「結構いると思いますよ。男子で似たような大会あるけど、秋田でやってるのに東京の人とかで行く人いますから」
「世の中物好きなやつっているんだねえ」
市井の感覚ではそんなことをする人間は理解できない。
「男子ほど人は集まらないかもしれないですけど、富ヶ岡と滝川がいるから見たいって人はいると思うし。実際、私も見たいと思うし。だから、宣伝すれば興味持ってくれる人はいるはずです。今は、関係者以外まったく知らない大会なわけだから、公式ホームページ作って宣伝する価値はあると思います」
男子ではこの手の大会で能代カップというものが有名である。
町自体がバスケどころということもあり、伝統あるイベントでもあるので、地元の人が多く集まる。
それと同じくらい、首都圏などから泊りがけの来場者もあった。
「秋田なら陸続きだけど、北海道って飛行機じゃないけないじゃん。それも滝川ってどこ?って感じだし。そんな物好きいてもせいぜい何十人とかそんなもんじゃないの?」
「何十人いればいいんじゃないですか? 元が五百なんだから。50でも一割じゃないですか」
「手間掛けて50人客増やしてどうするの? って感じだけどなあ」
やる気見せている一年生と対称的に、市井は終始否定的である。
吉澤は、どちらの言うことも分かるし、どうして良いとも分からないので、口を挟まない。
それまでは黙って聞いていた中澤が口を開いた。
「やってみたらええんやん? 別に空振りでも問題ないわけやし。吉澤の言うとおり他の三校があれこれ準備してるのに、うちだけ何もせえへんってのもあれやから」
「誰作る? 福田作れるの?」
「私も作ったことはないから分からないですけど・・・」
「じゃあ私やろうかな」
「あやかできるの?」
「中学校の授業で作ったことある」
「授業でやったことなんて普通忘れるでしょ」
「よっすぃーだけだって、それは」
うんうんとうなづく福田、曖昧に笑う松浦、鼻で笑う市井、それぞれの学力のほどが見て取れる。
「じゃあ、あやかにやってもらおうかな」
「一人に全部やらせるんか?」
「ああ、そう言われると、そうか」
「中身とか、私一人じゃ全部は作れないから、テキストとかみんなで作ってよ」
「テキスト?」
「中身の文章」
「ああ、そっか。写真とかもあった方がいいのかな」
「そうそう。そうだよ。文章も、よそのチームのも載せた方が良いし」
「じゃあ、あややと福田も手伝ってやって。私は、まあ、連絡係って感じかな」
「市井さんは何もしないんですか?」
「私? 私なにか必要?」
「別に必要ないですけど、何もしないのかなって」
「なんか、一々口調がとげとげしいなあ」
市井は苦笑しつつ松浦から視線を外す。
仕方ないので吉澤がとりなした。
「まあ、あんまりきっちりいろいろ仕事割り振ることもないし。作るのはあやかが中心で、中身はあややと福田が中心に考える。後の人は思いつくことがあったら言ってみるって感じでいいんじゃないの?」
間に吉澤が入ると松浦もそれ以上は何も言わない。
きれいに丸く収まった。
学校はすでに春休み直前でまともな授業はもうない。
部活も午後の早い時間から始められるので日がまだ高いうちに終わることが出来る。
せっかくなので勢いでと、そのままあやかの家へ行って作業を始めることにした。
「ホームページ作るって何から始めりゃいいんだ? さっぱりわかんないんだけど」
あやかの部屋に吉澤、松浦、福田と四人集まる。
二人、二人はよくあるが、この四人が集まるというのはあまりない組み合わせだ。
「まず、やること決めましょう。あやかさん、ホームページスペースは確保してますか?」
「ううん。何にもない。だから、それを借りるところからかな」
「じゃあ、あやかさんは、そのホームページスペースを確保してください」
「うん、分かった」
「中身はとりあえずこっちで考えます」
あやかは輪に背中を向けてパソコンに向かう。
残りの三人がノートを真ん中に話を始める。
「思ったんですけど、ホームページ作るって勝手に私たちで決めて作っちゃっていいんですか?」
「そういえばそうだな。確認してないや」
吉澤が携帯を取り出す。
石川に掛けてみたが留守電だった。
「まだ練習してるんですよきっと」
「選抜優勝校なんて練習しなくていいよこれ以上」
「でも、一ヶ月ちょっとしたらそこと試合するんですよ」
「そうだよなあ。ちょっと気が重いんだけど」
「私だけ国体試合出てないんですよね。だから結構楽しみ」
「あややは怖いもの知らずでいいよな」
実務的な話は福田が中心だけど、雑談になると松浦が中心になる。
「うちが一番人数少ないんですか?」
「たぶんな。聖督も多くはないけどうちよりは多かったし」
「吉澤さん、転校する前の学校と試合するってどんな気分なんですか?」
「どんな気分って、実際試合しないとわかんないかなあ。ただ、ホントは卒業した三年もいるチーム、私から見て先輩がいるチームと試合したかったな」
「なんですかそれ。先輩とは仲良かったけど、同学年では浮いてたとか」
「そうじゃないって。先輩に、吉澤もこれだけうまくなりましたよ! ってのを見せたかったって言うか」
「修学旅行で吉澤さんの学校に行ったって聞きましたけど」
松浦と吉澤のトークに、ようやく福田が絡んでくる。
あやかは一人パソコンに向かう。
「練習台になりにね。先輩には、うまくなったって褒めてもらったけど、でも、そういうのは、試合で勝って言われたかったなあ。まあ、贅沢言ってるのかもしれないけど」
「吉澤さん的には、試合したいんですね。私、自分がいた学校とはしたくないんじゃないかと思ってた」
「聖督誘ったの私だよ。試合したくなかったら誘ってないって」
「そっか」
他の二チームを見たときに、一チームくらい勝てるかもしれない相手を選びたい、という感覚はあったが、それはそれとして、吉澤にとって転校前の学校というのは他のどこよりも試合をしてみたい相手だった。
吉澤はなんとなく背中を向けているあやかの方に目を向ける。
マウスをクリックしてディスプレイを凝視して、作業に切りはつかないらしい。
吉澤たち三人が考えるべきことは、ホームページの中身をどうするかということだったけど、こうやって輪になって話し出すと、関係ない話題が広がっていく。
少し、気になっていた話を振ってみた。
「あややさあ、最近思うんだけどさあ」
「なんですか?」
「あやや、その、市井さんに冷たくないか?」
言われて松浦は吉澤の顔をじっと見る。
真顔で見たら真顔を返されて、小さくうなづかれたので視線を外す。
言葉が返ってこないので吉澤が続けた。
「なんか、本人も言ってたけど、引っかかる言い方するよね、市井さんにだけ」
「それはぁ、市井さんが私になんか引っかかる言い方するからぁ」
「そうだっけ? ああ、でも、市井さんはいつもあんな感じで、割と他の人にもそんなとこあるけど、あややは市井さんにだけなんか引っかかるって言うか、冷たい感じなんだよね」
「気のせいですよ」
「そうでもないと思うけど」
「明日香ちゃんまでそういうこと言うの?」
「私もそう思う」
あやかにまで言われた。
背中を向けていても話は耳に入っているらしい。
「だって、なんかー、一々気に障る言い方するじゃないですか」
「まあ、確かにそういうところあるけどさあ」
「あの人私のこと好きじゃないんですよ」
「この世のすべての人が自分のことを好きなはずって言ってなかったっけ? 松は」
「それとこれは話が別なの」
「そんなこと言ったわけ?」
「いいじゃないですか。吉澤さん私のこと好きでしょ?」
「はいはい、好きですよ。これで満足?」
「はい、満足です」
「あーそー」
感情込めずに言ってみたがそのまま真正面に受け止められた。
冗談効かないやつだなあと一瞬思ったが、そうではなくて、冗談でごまかされてる状況である。
それを認識して話を戻す。
「でもさあ、そうやって八方美人するなら、市井さんにもやさしく接してあげてよ」
「だって、なんかすごい引っかかる言い方するんですもん。それに、吉澤さんも、他の人も、なんでみんなあの人の肩持つんですか?」
「寂しいんだよ市井さん」
「寂しいってなにがですか?」
「部活だけじゃなくて同じクラスで見ててなんとなく思うもん。座りが悪いって言うか、どこに置いて良いか分からないって言うか。周りもそうだし、本人もそんな感じだし」
「座りが悪いって、どういう意味ですか?」
「なんか違和感あるんだよね。同じクラスの人じゃん。だけど、年上で先輩なんだよ。クラスでも中途半端でさ。敬語とタメ口と半々って感じで。同じ扱いした方がいいのか、先輩扱いしたほうが良いのかわからない感じで」
「部活じゃ先輩扱いですよね?」
「うん。福田の言うとおりで、部活だと、保田さんと同格って感じがあったから、それだと周りも先輩として扱うしかないわけで。でもさあ、保田さんも抜けちゃって今一人でしょ。今までの感じで先輩扱いしてるけどさ、それはそれでなんか違和感もあって。一番年上なんだけど、それを差し置いて吉澤がキャプテンやっちゃってて。それが気に入らないかどうかはわからないけどさ、でも、なんとなく居づらい感じはあると思うんだよね。保田さんがいたときは、自分と同格って感じで普通に話せる人がいたけど、今はそれもいないでしょ。部活だけじゃなくて、もう卒業しちゃったから、学校全体で見てもそういう目線で話せる人がいなくてさ。そういうのって寂しいと思うよ」
高校としての卒業式は十日ほど前に終わっていた。
卒業式の日、というのは三年生同士もあるが、三年生と後輩が別れを告げる日でもある。
式の後、部活のメンバーで三年生に花束贈ったり色紙送ったりしたが、その場に市井が来なかったことは吉澤も、他のメンバーも覚えている。
「だからって、あんな引っかかる言い方であれこれ言っていいってことにはならないじゃないですかー。練習もなんか気が入ってないって言うか、ミスとかしても平気な感じだし。吉澤さんからも何とか言ってくださいよ」
「いや、ま、そうなんだけどさあ」
「明日香ちゃんも市井さんのことになるとなんかはっきりしないよね」
「そういうわけじゃないんだけど・・・」
「なんか、納得行かないですよ。別にうまくもなんともないのに、どこかで、私の方が上だみたいな態度取られるのって。そういう態度とるなら、うまいところ見せてみろって言うんですよ」
「あやや、言い過ぎだって」
「もう、あやかさんまであの人の方持つんですか?」
あやかが作業の手を止めて三人の方を向く。
椅子に座っているあやかのことを、床に座っている三人は見上げた。
「あんまり疎外感感じさせちゃうと、辞めるとか言い出しちゃうよ」
あやかの言葉に福田は小さくうなづく。
松浦は、後ろ手に両手を付いて、少しのけぞった姿勢であやかの方を見る。
「辞めたいなら辞めれば良いんですよ」
「あややもそういうこと言わないの」
「だって、そうじゃないですか。部活なんて、やりたい人がやってやりたくない人はやめればいいんです」
「そうかもしれないけど、でも、辞めるように仕向けるようなことしなくてもさ」
「別に、そんなことしてないですよー」
「ならいいけどさ」
なんだか言い足りないような気はするけれど、吉澤は松浦を論破できない。
冬の名残のコタツを囲んだ三人と、椅子に座って少し上から見ているあやか。
四人の間に微妙な沈黙が流れた後も、吉澤が拾った。
「あややも不満はあるかもしれないけど、後一年市井さんとはやっていくんだからさ。実際、戦力としても辞めてもらっちゃ困るし。何とか仲良くやってよ」
「戦力としてはわかんないですよ。全然うまい一年生とか入ってくるかもしれないじゃないですか」
「一年生。どんなの来るんだろうね? よっすぃーよりかっこいい子来るかな?」
「あやかは、見るとこおかしいから。その視点はおかしいから」
話が何だかづれて来る。
こういう場面でまじめな話が一つの話題で長く続いていくのは難しい。
「全然来ないのも困るけど、あんまりたくさん来てほとんど一年生っての困るよな」
「インターハイ出ちゃってるから、初心者は来づらいと思うし、それほどは来ないと思いますよ」
「初心者。初心者ねえ。どうする? うまい子ばっかり入ってきて、一人だけ初心者とか迷い込んできたら」
「あややお姉さまが一から面倒見ます」
「なんか、おかしなこと刷り込みそうだから、他の人にしませんか?」
「なんでー! やだー! 一年生は私が見るのー。明日香ちゃんみたいな愛想悪いのじゃ、一年生怖がって逃げちゃうもん」
「私は松と違って八方美人に振舞ったりしないだけだから」
「え? なに? 八方から見て美人に見えるって? ありがとう褒めてくれて」
福田は八方美人の意味をちゃんと知っていて言っている。
福田からみて松浦は、八方美人の意味を知った上でこう返してるんだなあ、と思った。
「おまえら、仲良いんだか何なんだか、よくわかんないな」
「仲は悪いです」
「えー、明日香ちゃんのいじわるー」
松浦が福田に抱き付こうとすると、上半身をそらしてよけられた。
「あやかさん、ホームページスペースは確保できたんですか?」
「あ、まだだった」
突然話を振られて、あやかは、回転する椅子で慌ててモニターの方へ向き直ったが、そこで止まらずに一回転して三人の方をまた向いた。
「三人は中身考えるんじゃなかったっけ?」
「あややがうるさいから」
「吉澤さんじゃないですか、変な話し振ったの」
「私一人で考えるんで、あやかさんはサイトスペースの方お願いします」
あやかは、右の松浦、左の吉澤と見てから最後に正面の福田の顔を見て言った。
「おこちゃま二人は当てにならないから、頼んだよ明日香ちゃん」
明日香ちゃん、と呼ばれ、福田は頭をポリポリとかいた。
ホームページを作るのは結構な手間だった。
大枠を作るまではそれほど苦ではなかった。
開催日時、参加校、チケットの価格。
そんな情報は簡単に載せられる。
問題だったのはプラスアルファ。
チーム紹介なり何なりを載せないと、無味乾燥になってしまう。
とりあえず、各校のキャプテンのコメントなんかを載せてみた。
だけど、ただ作って、ウェブ上にアップしただけではアクセスは集まらない。
四月に入ったあたりでは、まだ、ホームページというものを作ったよ、というだけの状態である。
そんな報告や、各種の連絡もあって吉澤は滝川の寮へ電話を掛けた。
吉澤が藤本と話をするのは、もう何度目だろうか?
メールが送れない相手なので、どうしても電話連絡の頻度は増える。
「ホームページは学校で見たよ。なんか、すかすかな感じだったね」
「きっついなー。あれでも苦労して作ったんだよ」
「よっちゃんさんが作ったんじゃないんでしょ、どうせ」
「私だって、意見出したりいろいろしたさ」
何度も電話していれば、二度目三度目、と回を重ねるごとに雑談時間も長くなっていき、一度も会ったことがなくても普通に馴染んでくる。
「別に無理していろいろやらなくていいのに。よっちゃんさんのとこは、普通に試合に来るだけでいいんじゃないの?」
「そうもいかないでしょ。他所にいろいろやらせて。ミキティなんか、会場校でキャプテンって結構大変なんでしょ?」
「まあね。でも、うちは部員が多いから、細かいことはいろいろやらせちゃうけど。だけどさあ、最近、新一年入ってきて、それどころじゃないって感じなんだよね」
「新一年って、入学式もまだなのにもう来たの?」
「だから、うちは部員は全員寮生だって言ってるでしょ。入学してから寮に入るなんてのいるわけないって」
「何人くらい来たの?」
「今年は、25かな? あれ、二十だっけ? なんかそれくらい」
「25?? 五人くらいうちにまわしてよ」
「こっちだって、上げたいよ何人か。まったく、手が掛かってしょうがない。去年割と人数少なめだったから、指導係の二年生が足りなくて、美貴にまで役目回ってきてさあ」
「何? 指導係って。人数足りないなんてあるの?」
「一人に一人付くからね」
藤本が指導係の中身を説明する。
数人の新入生を相手に、一人か二人担当をつければ良い、という程度の感覚の吉澤にとっては、イメージしづらい世界である。
「なんか、アニメの世界みたい」
「なんだそれ?」
「お姉さま、とか言ってそう。美貴お姉さま? ああ、妹よ、とか」
「ないないないない。きもいこと言わないでよ」
「ミキティはその性格だからないかもしれないけど、そういう感じの子とかもいるんじゃないの?」
「ないでしょー。考えたくもない。ああ、でも、よっちゃんさんみたいな子がうちにいたらそうなってたかも」
「なんで?」
「年下の女子に好かれそうな顔してるじゃん」
「写真写りだけだって。普通だよ普通」
プログラムはまだ刷られてはいないが、見本のデジタルデータは各校に送られた。
藤本と吉澤、まだ会ったことはないが、それでお互いの顔は分かっている。
「でも、よっちゃんさんのチームホント少ないよね」
「だから何人か分けてよ」
「分けたいよ。分けたいけど、そうもいかないけど、あのさ、二日目に控えメンゲーム入れるでしょ」
「うん」
「そこ、どうする? 一年入ってきて何人になるか知らないけど、今の九人だと、まともな試合で全員戦力って感じでしょ。二日目は一日二試合な上に、控えメンゲームまでやらせちゃうと結構きついと思うんだけど」
「あー、確かに、うちだけで控えメンで一チームはきついかな」
「じゃあ、聖督あたりと合同チームでいい?」
「向こうがいいって言えば。ああ、でも、一年生結構来たら、合同チームで全員出られるかな? 一応、わざわざ北海道まで遠征するからさ、コートにも上がらずに帰るような子は作りたくないんだよね」
「そしたら、うちでCでもDでも何チームでも作るから。十分ゲームでも入れれば良いし」
大会でありつつも強化を目的としたものでもある。
本チームに入れないような控えメンバーに経験を積ませる場を作りたい、というのは四チームすべてにとって利害が一致するし、ついでに言えば、丸一日の間を持たせるためには入れたいものでもある。
キャプテン同士でそういったことも詰めていく必要があった。
「あとさ、石川が言ってたんだけど、1on1大会やらないかって?」
「1on1大会?」
「うん。午前中の二試合と午後の二試合の間に、各校から二人だして1on1大会。トーナメントで」
「へー。良いんじゃない?」
「それで、美貴が付け足したんだけど、スリーポイントシュート大会も各校二人出してやりたいなって」
「うん。いいと思うよ。なんか、イベント多くて一日に収まるのかって思うけど」
「控えゲームは別コートでも出来るし。本チームが本コートで試合してる時にも別コートでやってもらうつもりでいるし」
「なんかそれって酷だなあ。自分のチームの試合見られないってこと?」
「ああ、じゃあ、試合してないチームをメインにしよう。うちのメンバーは関係なくやらせるけど」
「いいの? かわいそうじゃない?」
「そんなこと言ったって、元々試合の最中だって運営でチケットのもぎりとかやらなきゃいけないんだから一緒だよ」
「そっか」
なんとなく答えつつ、吉澤は頭の中で誰を1on1大会に出すかも考えている。
「ああ、そうだ。ホームページだけどさ、富ヶ岡がチーム名変わったから、そこ直して上げて」
「なに? チーム名変わるって。何とかレッズとかつけたとか?」
「なんでレッズ。そうじゃなくて、学校名変わったんだって」
「学校名変わったの?」
「変わったって言うか、合併って言ってたかな? 生徒数少なくて合併したらしいよ」
「へー。神奈川都会なのに」
過疎の村とか、そういう問題ではなくて、ただ単にいろいろと再編するための一環である。
柴田がちゃんと説明したはずだが、藤本は全部はしょって過疎の村扱いにしている。
「富岡総合学園って言ったかな」
「あんまり変わってなくない?」
「まあそれでも、一応学校の名前だし、直しといてよ」
「そりゃあ、直すけど。合併かあ。大変そうだね」
「別に、チームとしては変わらないんじゃないの? 授業とかは変わるだろうけど」
「授業変われば十分大変でしょ」
「美貴、授業とかまともに聞いてないからわかんないな」
「なるほど」
言われてみれば、吉澤もそっち側の人間で。
ともかく、どこかと合併しようが関係なく強い、ということが吉澤にとっての問題である。
「試合の順番、こっちで勝手に決めちゃったんだけど、なんか不満ある?」
「んー、別に。でも、いいの? なんかメインの試合が一試合目にあるような気がするけど」
「飛行機で飛んできて疲れてるとこを叩こうかと思って」
「姑息だなあ」
「たまたまだけどね。初日はよっちゃんさんのとこは到着が遅いから二試合目にするのは決めてたけど、あとは適当に一年、じゃなくてもう二年か、に組ませたから」
「なんか、話してるとミキティがキャプテンなんだっていう貫禄を感じるよ」
「なにそれ?」
「写真だけ見るとそんな雰囲気ないからさあ。でも、しゃべってると、いろいろ指図して一年生使ったりして。キャプテンで寮長で、貫禄あるなあって思うよ」
吉澤が知っている藤本の顔は、プログラムの表紙用写真だけである。
当然、映りの良いものを選んでいるし、素で映っているはずもない。
「顔で言うなら石川なんかキャプテンやってるのがありえないでしょ」
「ははは、いや、まあ、でも、うまいから。キャプテンにもなっちゃうんじゃないの?」
「あいつの場合は見た目だけじゃなくて性格的にもキャプテンはありえない感じだけどね」
吉澤、適当に笑って合わせておく。
本音としてはキャプテンって言う雰囲気じゃない、に同意なのだけど、まだまだ影できついこと言えるほど親しくはない。
「ミキティ、準備やっぱり大変?」
「ん? 準備?」
「うちらホームページ作ったとか言ってるけど、やっぱり会場校の準備はダントツで大変なんじゃないかと思ってさ」
「しょうがないでしょ。会場校なんてそんなもんだし。まあ、人数はいるからさ。アホで使えないのも多いけど、でも手だけはあるから。なんとかなってるよ」
「後一ヶ月かあ」
「結構よっちゃんさんと会うの楽しみなんだよね」
「そう?」
「石川とか顔も見たくないし、聖督は試合もしたけど、よっちゃんさんのとこはまったく知らないからさ。よっちゃんさん割と良い人だし、結構楽しみ」
「その、よっちゃんさんって呼び方どうなのよ」
「えー、いいじゃん別に」
「いいけど、でもなんか聞きなれないから気になるんだよね一回一回。ちゃんにさんっておかしいでしょ」
「だって、なんかさあ。会ったこともないのによっちゃんって呼ぶのもどうかと思うから、丁寧にさんをつけてみたんだけど」
「丁寧っていうかおかしいって」
「まあ、もうこれで慣れちゃったから、あんまり気にしないで」
「こっちもミキティさんって呼んだ方がいい?」
「それはありえないから」
言ってることむちゃくちゃだよな、と吉澤は思うけれど、それでもなんとなくまあ良いかとも思った。
「大体決めること決まったよね?」
「うん。日程はいいんでしょ?」
「うちは、メインのスケジュールはそれでいいよ。あと、サブチームの試合とか細かいのは一年入ってからじゃないとわかんないけど」
初日は滝川−富岡、東京聖督−松江、二日目に残りの組み合わせの四試合でリーグ戦終了。
最終日は、リーグ戦の三位−四位と一位−二位が再戦する。
二日目の昼には1on1トーナメントとスリーポイント大会を入れる。
控えメンバーのゲームは随時、穴埋め的に。
大会スケジュールとしては大体固まっている。
「1on1とかスリーポイントとかのメンバーはいつ出すの?」
「ああ、考えてなかったけど、初日の夜でも出すのがいいのかな。二日目の朝にメンバーと組み合わせ発表とかすると盛り上がる?」
「うん。いいんじゃない、それで」
「プログラムは何部欲しい? 当日来れば適当に取って行けるけど、その前に出来た段階で何部かそっちにも送るように言うから」
「んー、三部くらい送ってもらおうかな」
「了解。あと、なんかある?」
「なんかあるかな? ないかな」
「じゃあ、一年生の人数大体決まったらまた連絡して」
「うち、五月くらいまでぽろぽろ入ってきそうだからなあ」
「遠征メンバーは早い時期に決めちゃうとか出来ない?」
「それで行くか、仕方ない。うん。適当なとこで切って連絡するよ。でも逆に、最初にいてもあっさり辞める子もいると思うけど」
「減ったら減ったでいいよ。そこまで考えたらきりがないし」
「だね。分かった。適当に連絡する」
「うん、それでよろしく」
電話を切った。
滝川カップまで一ヶ月を切った四月。
準備も大詰めという段階であるが、この時期は新入生を迎えるタイミングでもある。
部員全寮制の滝川山の手にとっては、ただでさえあわただしい時期である。
チームの運営、寮の運営、大会準備、考えることも多く忙しい藤本に、もう一つ厄介ごとが持ち込まれている。
「二年生だけじゃ足りないから、去年受け持ってない三年生も一年生の指導係につくようにしよう」
一年生一人に先輩が一人付く指導係。
寮での暮らしのルールを教える、という明確な役割の他に、明文化されているわけではないが各種相談にものる頼れるお姉さん役でもある。
最近の言葉で言えば、メンター、という役割。
「いろいろ仕事あるんだからキャプテンは免除してよ」
藤本はそう主張したが、三年生の総意で却下された。
キャプテンと言えでも独裁者として振舞えるわけではないので、自分の意思は押し通せない。
同じく、去年指導係をしていないあさみの方を見て助けを求めたが、味方はしてくれなかった。
積極的に、指導係やりたい、とは言わなかったが、去年一年間見ていて、実はちょっと良いなあと思っていたあさみ。
三年生も担当する、というのに反対しないことで消極的に賛意を示していた。
そんなわけで、藤本の目の前には手の掛かる一年生がいる。
「そもそもさ、なんで北海道まで来たわけ? 地元神奈川だろ。素直に富岡行けばいいじゃんか」
「いえ、あの、安倍さんに憧れてて」
「それは聞いたけどさ。最初、二号のことかと思って驚いたけど、なつみさんのことでまあ、納得はしたんだけどさ。でも、知ってるでしょ。今ここにはいないって」
傍から見れば、高圧的な先輩様と、おとなしい一年生の図である。
それはそれで間違いないのだが、藤本も無害な一年生相手にわざわざ高圧的なわけでもない。
一年前は本質的には無害な相手に高圧的ではあったが。
「確認するけど、バスケしに来たんだよね」
「は、はい、もちろんです」
「選手としてやっていきたいんだよね」
「はい」
「じゃあさ、その自覚を持ってよ。このチームの一員だって。分かる? チームの一員。体験入部とかじゃないんだよ」
「分かってます」
「だったら、先輩たちにサインねだるとか止めろ。二度とするな」
「すいません・・・」
一年生、小さくなる。
藤本が珍しく里田から相談されたのだ。
新しく入ってきた一年生が、一緒に写真とってください、サインくださいっていうんだけど、どうすれば良いの? と。
まだ、指導係をつける前。
とりあえず、サインと言われてもそんなのないと答えたんだけど、これからどうしようか? と里田は言う。
アホって頭はたいてしかとしておけば、と藤本は答えたのだが、そんなことを言い出す困った一年生が自分の担当になってしまった。
「もう一つ、よそのチームの写真とか見せびらかすな。意味わかんないから。だったらそこに行けっていうんだよ。素直に富岡行けばいいんだよ。地元なくせに、なんでわざわざ来たんだよ」
「だから、安倍さんに憧れて」
「それはもういいよ。えーと、名前なんだっけ?」
「新垣です。新垣里沙です」
「新垣さあ、先輩に憧れるとかわかんないでもないけど、同じチームにいるんだから、ファンとかオタクみたいなことはやめろよな。逆の立場で考えてみろ。自分を追い掛け回すストーカーが同じ寮に住んでるみたいな状態になるんだぞ。あと、よそのチームは敵だから。石川なんか無茶苦茶敵だから。そんな女のピースサインの写真とか、部屋に飾るな。今度試合で富岡も来るけど、みっともないことしたら寮から追い出すからな」
新垣はうつむいて黙っている。
実は、新垣、富岡総合学園は、受験して落ちていた。
それほど難関校ではないのだが、平均レベルの学力は必要とされるのが富岡。
新垣に、その、平均レベルの学力はなかったのだ。
滝川山の手に入るには学力はいらない。
藤本、里田、麻美、どちらかというと、学力に問題ありそうな人間ばかりが今の主力だったりする。
もちろん、普通に受験して普通に暮らす方の生徒は学科試験をパスしているのだが、寮で暮らすバスケ部員は、試験自体は受けるが、それは学力を把握するための試験であって、ろくでもない点数でも合否には関係ない。
バスケがある程度出来れば入学、入寮することは出来る。
新垣は、輝かしい実績というのを中学時代に残したわけではない。
それでも、石黒が納得するレベルのプレイ振りが記録された映像と、一般受験全滅で、その後でも入れてもらえる学校を探すのに必死で、思わず多額の寄付金まで出した両親と、どちらの力かよくわからないが、ここに入ってきていた。
「洗濯は、美貴の分はやるとして、他の分の分担をどうするのかは知らないから、二号にでも聞きな」
「あの・・・」
「なに? 言いたいことあるならはっきり」
「二号って誰ですか?」
「・・・」
新入生に二号で通じるわけがない。
当たり前のことだが、少々いらだって藤本はため息一つはいて頭をかきむしる。
「二年生。安倍麻美。あれが二号な。覚えときな」
「はい」
「掃除とか食事とかは、まだ二年がやってると思うから、適当なときに引き継ぐだろうから。誰か二年に呼ばれたら聞けばいい。美貴は、もうそういうのはやってないから、美貴から引き継ぐことってないから」
「はい」
「洗濯はもう引き継げって言われた?」
「まだ何も言われてません」
「じゃあ、もういいや。行ってよし」
「はい」
新垣が藤本の部屋を出て行こうとしたところでもう一度呼び止めた。
「新垣」
「はい」
「失礼しました」
「へ?」
「先輩の部屋を出て行く時は、失礼しました」
「あ、失礼しました」
「頭もちゃんと下げる」
「すいません」
「もういいよ。行きな」
「失礼しました」
頭を下げて戸を閉めて、新垣は部屋を出て行った。
「まったく、礼儀も何もなってない」
藤本は誰もいない部屋でひとり言を漏らす。
自分が一年生の時はもっとしっかりしてたはず。
誰も証明できない事柄を、自分で勝手に納得して、新垣と比べて多少不機嫌だ。
内線電話に手を伸ばした。
「はい、安倍です」
「二号? 藤本だけど、今時間ある?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあちょっと来て」
「分かりました。まいさんの部屋ですか?」
「なんでだよ。美貴は自分の部屋にいるよ」
「すいません。わかりました。すぐ行きます」
呼び出し電話。
藤本はいつでも里田の部屋に入り浸っていると思われている。
割と当たってなくもないが、今日はちゃんと自分の部屋にいた。
最近なんだか忙しいのだ。
ものの一分で麻美はやってきた。
呼ばれて本当にすぐそのまま部屋を出て来たのだろう。
藤本は部屋に通して、自分が座るイスの前に立たせた。
「指導係の割り振り、面倒なのをわざと三年に振ってない?」
「そんなことないです。たまたまです。お気に入りとかそういうので差別がないようにくじで決めましたから」
「本当? あのオタクみたいなのを美貴にわざと押し付けたんじゃなくて?」
「違います違います。たまたまです」
「あさみにも天然割り振ったでしょ」
「そんなんじゃないですって。たまたまです。くじ引きですから」
「まあ、いいけど。それでさ、指導係自体は美貴が確かにやるよ。あさみとか他の三年もやるけど、細かい引き継ぎは二年でやってね。洗濯をやらせ始めるとか、食事や掃除当番の引き継ぎとか、そういうの」
「はい、わかってます」
「洗濯機の使い方とかもホントは二年生にやらせたいんだけど」
「そういうのは、やっぱり指導係がやらないと、あんまり指導係の意味ないんじゃないかと思いますけど」
「分かってるよ。でも美貴、あちこち連絡取ったりしなきゃいけないときとかあるから、できないときもあるし、そういう時はフォローして」
「はい」
愚痴を言うために呼んだわけではない。
指導係と言っても、二年生がやるのと三年生がやるのではちょっとわけが違うよ、というのを伝えるために呼んだのだ。
「洗濯とかいつ引き継ぐの?」
「全部明日からです。洗濯は全員明日からで、掃除は明日と明後日で二組に分けて、食事係は週番制だから今月一ヶ月で全員に一回は回して引き継ぎます」
「分かった。洗濯は美貴も付き合うし、他の三年の指導係も自分でやってもらおう。掃除も最初は美貴も顔出すよ。食事係は二年に任せていい?」
「はい。大丈夫です」
「洗濯も掃除も、美貴が顔出すのは最初だけでいいよね?」
「何かわからないことがあったら、やっぱり最初は指導係に聞くんじゃないかと思いますけど」
「聞かれたら教えるけど、そういうんじゃなくて。掃除のチェックとかまで美貴はやってられないよ。そこは二年でやってよ」
「わかりました。チェックは二年でやります。だけど、出来てないときの指導は各指導係でお願いします」
「あいつ、手間掛かりそうなんだよな」
ぐちっぽく藤本が言うと麻美もうっすらと笑う。
麻美も新垣に聞かれたのだ。
お姉さんのサイン持ってますか? と。
冷静に、持ってないよ、と答えたけれど、後で思った。
兄弟姉妹のサインなんて普通持ってないだろ、と。
写真持ってるんですよ、と見せられたけれど、リアクションにも困ったし、美貴さん大変だろうな、と同情する気持ちはある。
「指導係の話はもういいや。チケットはどうなってる?」
「今、二百枚くらい売れました」
「全部校内だよね」
「はい。だけど、多分もっと売れますよ。プログラムつきだから、プログラムできたら買うって子が結構いますから」
「来週には出来て、こっちに送られてくるのは再来週だったかな」
「あと、チケット担当二年生じゃないですか。三年生に売りにくいんですよ。だから、三年生でも担当がいてくれると、三年生に売りやすいと思うんです」
「そっか。そうだな。それは美貴の方で考えるよ。一年はどうする?」
「一年は一年で、もう少ししたら担当決めます。あと、新入生オリエンテーションってあるじゃないですか。うちはいつも一般部員取らないからやってないって聞いたんですけど、今年はそれに出て、大会の宣伝だけでもしよかと思うんですけど」
「いいんじゃない?」
「生徒会への回答だけ美貴さんでやってもらえますか?」
「分かった。それはやっとく。当日は二年でやってよね」
「はい」
大会準備と、新学期と、重なったこの時期はやることがあまりにも多い。
そして当然練習もあり、キャプテンは気苦労も多くなる。
「あと、月バスが明日出るから」
「結構大きく載るんですか?」
「大会概要と美貴と石川のコメントが載るって。電話問い合わせは寮の番号になってるけど、問い合わせの対応は二年で任せるからな」
「電話掛かってきますかね?」
「どうかな? わかんないけど。稲葉さんは、電話よりインターネットの方が多いんじゃないかって言ってた」
「でも、ホームページ作ったのはもう先週ですよね?」
「出来ただけで、まだ一般の人にはほとんど知られてないらしいよ。ただ、月バスの締め切りにぎりぎり間に合って、公式ページのアドレスは載せられたみたいだがら、そっちで、だから、メール? で問い合わせが結構あるかもしれないって」
「そのメールの問い合わせは、松江さんの方で答えてもらえるんですか?」
「答えられることはね。でも、最寄り駅からのバスとか聞かれても答えられないだろうから、こっちに頼ってくるでしょ」
「それ、美貴さんが向こうの人と電話で一々やり取りするんですか?」
「それ、二号に、っていうか二年に任せていい?」
「いいですけど、松江の人との連絡手段が・・・」
「二号は携帯持ってるだろ。それに転送してもらおう」
「寮は電波来ないですけど」
「休み時間とか、学校でなんとかしろ」
「・・・。分かりました」
今まで、滝川カップになるっぽい大会について、雑誌で多少触れられてはいたが、大きく告知はされていなかった。
何しろ、形が固まっていなかったのだから、雑誌としても取り上げにくい。
ここに来て日程などほとんど固まったので、高校生世代の新しい取り組み、ということで取り上げられることになった。
「あと、なんかあるかな?」
「チケットなんですけど、地元の人から学校に問い合わせがあったらしいんですよ」
「それでなんて答えたの?」
「まだ一般には売ってませんって」
「売れよ」
「でも、どうやって受け渡すかとか難しいんですよ。みんな授業と練習とあるから」
「学校の受付に取り置いてもらうか」
「やってくれますかね?」
「頼んでみて。あと、駅とかバスターミナルとかも頼んでみてよ」
「その辺は、プログラム出来てからのがいいんじゃないですか?」
「プログラムは当日引換券なんだからいいだろ」
「じゃあ、滝川駅とバスターミナルと」
「地元向けの宣伝がもうちょっと必要か。一年にもやらせるか。ポスターつくって電柱とかに貼らせよう」
「なんか、アナログですよね」
「いいんだよ。じいさんばあさんにインターネットでホームページ見ろって言っても無理なんだから」
地方の現実、どうしても平均年齢は高くなる。
ただ、藤本自身もあまりデジタライズされた人間でもない、というのがアナログ発想に?がる部分ではある。
「チケット、手渡し以外で売れないんですかね?」
「ひあとかそういうこと?」
「はい」
「いまから無理じゃないの?」
「ホームページ作ったんだし、なんか直接売る方法ないですかね?」
「一枚一枚郵送するのは無理があるからなあ。予約番号とかそういうのかなあ」
「松江の人に考えてもらえばいいんじゃないですか?」
「そうだけど、でも、あんまりあれこれやらせるのもなあ。会場校はうちだから」
「でも、作りたいって言って作ったんですよね。だったらやってもらえば良いんじゃないですか?」
「言うだけ言ってみるか。でも、あんまり当てにするなよ」
「はい」
地元の人には手渡しでチケットが渡せても、遠隔地の人には渡せない。
それほど遠くから観客が来ることもないだろう、と藤本たちは思っているが、それでも来てくれれば儲けもの、という感覚でいる。
「なんか、ホントにやるんだな。大会。よく考えると、地元で負けられないんだよね、美貴達」
「よく考えなくても負けられないですよ。チケット二百枚売れちゃってるんですよ。ほとんど二年生で、同じクラスの子とか結構いるし」
「すげープレッシャーじゃん。誰だよ、ホームのアドバンテージとか言ってるの。全然アドバンテージじゃないって」
「歓迎パーティーで、なんか毒入れときますか」
「それだ。石川だけ下剤入りドリンクで」
「美貴さん本当にやりそうですよね」
「それで勝っても面白くないけどな」
藤本はそう言いつつ、頭の中では下剤を飲んで苦しんでいる石川の映像が浮かんでいる。
現実ではないけれど、ちょっと気分はよかった。
「ああ、そうだ。今年は一年の声だし早めにやらせとけよ」
「声だしですか?」
「うん。いつもは春の大会で覚えさせて夏からちゃんと声出せればいいやって感じだったけど、今年は滝川カップでもうちゃんと声だし出来ないと困るから」
「そうですね。地元で声だししっかり出来ないとかっこ悪いですもんね」
試合の時の声だしというのは、チームごとで結構個性が出る。
試合に出ない一年生は、声を出すのが仕事。
これがしっかりそろっていないと、結構みっともないことになる。
声を出すことを目的に入部してきた一年生はいないが、それでも、最初に覚えないといけないことの一つである。
「まあ、二号が仕切ることでもないけど、二年生で考えといて」
「分かりました」
三年生には、キャプテン、副キャプテンという存在がいる。
二年生には、そういった階級と言うか肩書きと言うか、役割分担は公的には決められていないが、なんとなく藤本は、麻美にあれこれ言うことで二年生全体への指示の代用にしている。
一年生の段階でスタメンを取った麻美が、いつのまにか二年生の中心のような立ち位置に据えられていた。
バスケットボールの専門誌に大会概要が載ったことで、一気に問い合わせが増えた。
やはりその多くは、電話ではなくてメールである。
チケット販売に関する問い合わせが多かった。
地元以外からでも見に行きたいという声があるようだ。
松江のメンバーで、インターネットを使用しての販売方法を検討したが、自動応答タイプのものはとても出来なかった。
結局は、先行予約方式にして、予約券はメールで画像添付で送り、代金自体は当日受け取りという形にした。
チケットは、その予約分も含めるとかなりの数が捌けた。
地元民への販売がかなり好調なこともある。
ただ、藤本たちが思っていた以上に、遠隔地からの予約も多い。
冷やかしじゃないの? と、まだ半信半疑だが、各日でそれぞれ千枚に近い数がすでに出ている。
「予約止めたいんだけどいいかな?」
「なんで? 順調に出てるんでしょ」
「出すぎなんだよ。ちょっと考えてみろよ。うちだって普通の学校の体育館だぞ。五千人とか来られても入るとこ無いんだって」
「五千は来ないんじゃない?」
「五千はオーバーだけど。でも、これ以上増えると当日来てくれた地元の人が入れないとか、そういう可能性もあるから、そろそろ締めたいんだ」
「元々二日目の五百が一番多い見込みだったんだよね?」
「その倍だよ。倍。プログラムとか足りないんだけど」
「まだ増刷できるかなあ? 間に合うかなあ?」
「途中から、プログラムは足りなくなる場合がありますって注意書き入れといたから。ダメならダメでしかたないけど。まだ印刷出来るならしてよ」
「わかった。後藤さんに話してみる。でも、それはそれとして、予約はもう止めないとダメだね」
「これで全部嫌がらせなだけだったら情けないけどな」
大会のもう直前。
ゴールデンウィークに明日から入る、という時点で柴田からの定期連絡が藤本に入っている。
この時点で、新一年生も確定させて、藤本へ参加人数を報告する、という約束だった。
「これだけお客さんくるならもうちょっとスポンサーの値段高くしとくんだった」
「ミキティ、でもすごいと思うよ。地元の人たちであんなにスポンサー集めちゃうの」
「石川が下手なだけなんじゃないの?」
「でも梨華ちゃん、メインスポンサー取ってきたよ」
「後藤さんがだろ」
「そこまで否定しないであげてよ」
「まあ、なんでもいいけどさ」
そもそも大会を立ち上げたのが石川なのだから、本当に否定するなら大会そのものを否定しないといけない。
なんとなくそれが分かっている藤本は、それ以上は言わなかった。
「一年生それほど入らなかったんだな?」
「そうでもないよ。滝川がいつも多すぎるだけでしょ。うちは毎年これくらいだよ」
「平家さんの代わりになりそうなのは入った?」
「そんな一年生ありえないんじゃないの? そっちだって前のキャプテンの代わりになるような一年生はいないでしょ?」
「そう言われてみればそうか」
「でも、一年でも試合に出そうなのはいるよ」
「センター?」
「うん。後ガードの子も多分出るよ。今は使い方試してる段階だけど」
一年生が加入してまだ一ヶ月にも満たないが、すでに地区大会は始まっている。
富岡にとっては、勝ち上がる目標としての大会ではなく、今年一年どういったチームとして戦っていくかの形を決めていく段階である。
「あのサル顔は外されるってこと?」
「さあ? 隠してるわけじゃなくて、私もわかんないし。そっちはどうなの?」
「それこそわかんねーよ。美貴最近スタメン組みでやってないもん」
「はあ? ミキティがスタメン外されるの?」
「そうじゃなくて、スタメン組っていう組がない感じ。五対五のチーム分け、じゃんけんだもん」
「あの人数みんなでそれやってるの?」
「四月最初はホントそうだった。最近は二十人くらいまで絞られた感じだけど」
「厳しいねえ」
「それでも結構一年残ってるんだよな。何とか落としてやろうっていうのもいるんだけど、しつこく残ってるし」
「キャプテンがそんなしていいの?」
「生活態度がなってないやつは試合に出さない」
「全寮制女子高は怖い世界だなあ」
「女子高じゃないから。学校は共学だから」
寮が女子だけなら一緒だよ、と柴田は思ったがそれは言わなかった。
「よそも全部人数固まった?」
「聖督はちゃんと連絡来たかな。なんか一年生結構入ったらしいし」
「うん。後藤さん言ってた。ガードに一年生が入った。やぐっつぁんの代わりが出来たって」
「聖督は出場停止だな」
「代わりってそういう代わりじゃないでしょ」
「柴田のとこって地区大会とかで結構当たってたんじゃないの?」
「一度やったくらいだよ。うん、うちの高橋も結構ひどい目にあったみたいだけど」
「本当にあれの代わりだったら叩き潰してやるから」
柴田は直接何かをされたことはないので、藤本の不機嫌具合がなんだか可笑しい。
ちょっと、本当にそういう代わりだったら面白いな、とのんきに思う。
「松江がさ、後一人どうするかわかんないとか、分けのわかんないこと言ってたな」
「まだ仮入部期間だし普通は。それで入ってすぐ北海道まで遠征って負担も大きいから、そういう子がいてもおかしくないんじゃない?」
「そんな感じじゃなかったけどな。なんか、よっちゃんさん。吉澤さんがあんまり来て欲しくなさそうな感じだった」
「それどういう感じ?」
「他の部活のがいいと思うんだけどとか、なんかよくわかんないこと言ってたな。初心者が来ちゃって困ってるみたいな」
「一般入部ありだと普通の子も来るからね」
「どう思う? 松江がどのくらいのチームか美貴わかんないんだけどさ、少なくともインターハイに出るくらいのチームに初心者が入ってくるのって」
「私はいいと思うけどな。下手でも、ちゃんと頑張ろうって意思があれば。向いてるとか向いてないとかあるけど、別にプロじゃないんだし。三年あれば試合出られるようになってもおかしくないし」
「まあ、どっちでもいいか。美貴関係ないし」
藤本にとっては、よその学校の一年生より、手元のちょっと困った新垣の方が重要な問題だ。
「雑用の割り振り、あんなに滝川にやってもらっていいの?」
「しょうがないだろ。うちが地元だし。一年もみんなそれほどいないみたいだし」
「こういう場合は二年生なんかも使っちゃうのも仕方ないと思うから、もっと他所に割り当ててもいいと思うよ」
「今から割り振りやり直すのも面倒だし」
「でも、前日準備とか、最終日の片付けとかも滝川で全部やるんでしょ。その上当日のオフィシャルやモップとか、そういうのまで全部背負わなくても」
「全部じゃないだろ」
「うん。全部じゃないけど。でも、会場校じゃないとやりにくい、入場整理とかはあれだけど、試合のオフィシャルなんかはもっと割り振ってもいいよ。控えゲームなんか私や梨華ちゃんみたいな三年生がオフィシャル座っててもいいしさ」
「まあ考えてみるよ」
試合には選手だけでなく、レフリーであったりタイムキーパーであったり、いろいろな人間が必要である。
大会、というかたちで入場料を取ったからには、チケットのもぎりは必要だし、千人も一箇所に集まれば、ゴミ箱も必要とか、昼に仕出し弁当配るとか、雑用は山ほどある。
藤本や柴田、運営のトップの人間が決めることは、スポンサーがどうとか大きなことだけでなく、こういう細部にもわたってくる。
のんきに思いつきで動いて行った石川のようなわけには行かないのだ。
「うちも、多分よそも、雑用なんかは割り振られたら文句言わずにやるからさ。あんまり遠慮しないで言ってね。ミキティ結構身内に厳しくしちゃうみたいだから」
「なんだよ、その本当は良い人みたいな言い方」
「実際そうでしょ。それでそういうこと言われると照れちゃうミキティって、やっぱり良い人なんだと思うよ」
「やめろって。石川みたいなのをキャプテンに置いて、それを支えようって気になる柴田の方がどう考えたって良い人だろ」
なんだか慌てた風な藤本に、柴田は電話で聞こえるようにちょっと笑い声を上げた。
「梨華ちゃんの思いつきで始まったことだけど、ここまでちゃんと形になったのは、たぶんミキティの力だと思うよ」
「やめろって。褒めても試合で手抜いてはやらないからな」
「楽しみにしてるよ」
「返り討ちにしてやるから」
準備はほぼ、整った。
後は当日、しっかり集まり、しっかり運営することである。
滝川カップの直前には、各地で春の大会がある。
各チームはそれぞれその大会をこなしていく。
一年生が入ってすぐのこの時期。
基本は二三年生でチームを組み、余裕があれば一年生を試して見るという形になる。
年明けの時期に行われていた新人戦のチームを主体として、どれだけ戦力アップできているか、というのが確認事項だ。
富岡は平家の抜けた穴はやはり大きかった。
精神的支柱がどうのこうのというほどの試合にはなるレベルの相手ではないので、まだその面の確認は出来ない。
ただ、ゴール下の支配力が格段に落ちたのは確かだ。
新人戦では、外からの攻撃力はさすがに高かったが、インサイドでの得点が少なかった。
逆に、相手からは点を取るならゴール下、という認識で得点を重ねられる。
何より苦しかったのがリバウンド。
ディフェンスリバウンドが取れず、相手が何本も拾って入るまでシュートを打ち続けるという場面が何度かあった。
和田コーチはこの、センターのポジションを誰に任せるかを決めあぐねたまま春の大会に臨む。
スタメンは日替わり、のような状態になった。
可能性のある人間はすべて試す。
その中で、自分が連れてきた一年生に一筋の光明は見出した。
ただ、能力に偏りがありすぎる。
「ボールが勝手に魅力に引き寄せられて落ちてくるんです」
中学生の大会、なんでそんなにリバウンドが取れるの? と声をかけたときのことだ。
答えを聞いて、このタイプは石川と合いそうだ、となんとなく思いチームに呼んでみた。
学力面で不安を感じ、何とか試験に受かってくれよ、と和田コーチは念じていたが、本人曰く「答えは光って見えるから大丈夫」
四択の女王は無事に入学試験を突破し、富岡に入学してくる。
問題は、あまりに身体能力に欠けるところだった。
足が遅すぎる。
試合では、しょっちゅう五対四になる場面が出来てしまう。
速いパスへの対応も出来ないので、オフェンスでもあまり役に立たない。
ただ、リバウンドはやたら拾うのだ。
しっかりスクリーンアウトしてゴール下でポジションを確保してボールを拾う。
柴田や高橋が外からシュートを放った時、ゴール下には入れてないなあとベンチから見ていると、リングで大きく跳ねたボールが彼女のところに飛んでくる。
「ボールが勝手に魅力に引き寄せ・・」
うるさい、と別の一年生が頭をはたく。
時間掛けて育てれば、何とか使えるかなあというのが和田コーチの今のところの見立てである。
東京聖督は、富岡のように時間を掛けて育てればなどというのんびりとしたことを言っていられるチーム状況ではない。
矢口の存在はあまりに大きすぎた。
キャプテンでありコーチでありポイントガードであり、さらにはシューターでもある。
四つの役割を兼ね備えていた人間が抜けたのだ。
冬の新人戦、東京とのベスト16で惨敗し、関東大会にも進めなかった。
周りから見れば後藤一人だけのチームである。
一人でベスト16まで勝ちあがり、その一人にボールが入れられなくなってそこで負けた。
さてどうしようか、とチームの誰かが考えたわけでもない。
後藤も、困ったなあと思ったけれど、だからと言って自分にパスを入れてくれるガードを補強しようというような発想はなかった。
富岡や滝川クラスのチームならともかく、東京聖督のようなチームに補強という発想はありえない。
普通の部活は今いるメンバーでどうにかしようと考えるものだ。
ガードを補強すれば強くなる、と考えたのはチームの外の人間だった。
どうやって補強するのか?
自分が入学すること。
インターハイに出られるレベルで、自分が一年の時からスタメンになれるチームを探していた。
地元のチームは一つ上の学年に福田明日香というとんでもない選手がいる。
そこ以外のチームに入って、そのチームに勝ってインターハイに出るのはまず無理だろう。
そこに入れば福田が抜けるまではベンチにいるしかなさそうだ。
自分の家にも嫌気がさしていたし、どこか遠くへ行こうと思った。
滝川のような学費も無料で全寮制、というところは大きな魅力であったけれど、ここもまた藤本美貴がいる。
いろいろ考えて行き着いた先が東京聖督だった。
東京にある、というのも大きな魅力だった。
まったく違う動機で同じ場所に入学してきた一年生もいる。
彼女の高校探しの着目点はただ一点。
制服がかわいいこと。
それだけを基準に進学先を探した。
そうは言っても、彼女の高い基準を超えるようなちゃんとかわいい制服の学校というのはそれほど数はない。
制服のかわいいところに入るために中学浪人するのはあまりにありえない。
仕方ないので、私服通学の学校をすべり止めに受けた。
制服のかわいい学校というのはなかなか人気があって倍率が高いもの。
結果、見事にすべり止め以外全滅。
東京聖督に入学することになる。
そんな二人は入学してすぐにスタメンとして試合に起用された。
育てるなんて悠長なことを言っていられるようなチーム状態ではない。
うまい子は試合に出る。
単純な論理だ。
ボールを運べる人間がしっかり二人いれば、後藤までボールは回ってくる。
後は後藤が点を取れば良い。
初めて顔をあわせてから二週間でパーフェクトなコンビネーションを作り出す、などというわけには行かず、かみ合わない部分も多々あったが、それでも東京都のベスト4までは残った。
滝川は一年生だけで23人が入ってきた。
石黒コーチは、メンバーが大きく増えたこの段階でまた一度全体をシャッフルした。
スタメン組みもベンチ組みも、あるいはスタンドの上組みも、一年も二年も三年も、まったく関係なく同じ土俵に乗せる。
同じ練習をさせて、レベル無関係にごちゃ混ぜで五対五をさせ、それぞれ力を見極める。
それから少しづつ絞ってベンチに入るレベルのメンバー、スタメンに入るメンバーを固めていく。
石黒コーチにとっては滝川カップもその過程の一つである。
トップチームだけでも四試合、さらに上から下まで関係なく、よそのチームと10分ゲーム20分ゲーム含め、全員経験させられるようにサブチームのゲームも組んだこのイベントは戦力見極めに理想的な存在だ。
神奈川の富岡ならその上の関東大会、島根の松江ならその上の中国大会とあるが、滝川には北海道大会の上は全国大会しかない。
レベルが一気に二段上がってしまうので、こういった大会の存在はありがたかった。
富岡相手に勝つ気でいる藤本や麻美には悪いけれど、石黒としては富岡戦も含めて能力未知数な一年生も多く使っていこうと思っている。
チーム内で通じることが、富岡みたいな相手にも通じさせることが出来るのか?
それを一年生が見せてくれれば、インターハイでスタメンに使うことも普通にありえる。
今の高校生年代は平均身長がやや低く、全体的にセンターが手薄になったと石黒は思っている。
ほんの半年前には、りんねが、平家や飯田といった強力なセンター相手に苦しんだ。
今はりんねも含め、みな卒業していなくなってしまった。
そのセンターポジションで、強力な選手が育ってくれれば、大きな武器になる。
期待している一年生がいた。
背はそれほど高くないので高さで圧倒するというわけにはいかない。
しかしながら、シュート力が高かった。
チーム内で彼女より背の高い選手は何人もいる。
そういったメンバーにマークに付かれても、そんなのどこ吹く風というように次々にシュートを決めていく。
テクニックとして、そういった形でシュートを打てば、目の前のマークに関係なく決めることが出来るのはわかる。
ただ、入部したての一年生が、平然とそれをやってのけるのがすごいなあ、と石黒は見ていた。
フックシュート。
ゴールに対して正面向かずに、横を向いてゴールから遠い方の手でシュートを放つ。
ボールのリリースポイントと、ディフェンスの距離が大きく離れるため、ブロックすることはほとんどできない。
ディフェンスは、ブロックに飛んでも、物理的にはあまり壁にならず、精神的な圧力がかかるだけ。
だから、マークに関係なくシュートをしっかり打てば決められるのだが、まず、技術的に難しいというのもあり、また、精神的にも目の前のプレッシャーというのは無視できるものではなく、理屈通りにはいかないことが多い。
高校年代に限らず、日本代表レベルでもこのフックシュートを打つ選手はそれほどいない。
練習中に指示を与えたり、その他の会話も通じて、なんとなく石黒は、プレッシャーがどうとかあまり関係なさそうな子だな、と思った。
精神的に強い、というのではなく、わかってない、という感じだ。
永遠にわからないままでいるか、この三年間でいろいろな怖さを覚えていくか。
それはわからないけれど、今の段階では、怖いもの知らずでいいのかな、と思う。
ただ、言葉が通じなくて扱いにくい、とも思った。
誰かその日本語を日本語に通訳してくれ、と思ったりもする。
チームとしてもそうだし、寮生活なんかの面でも、藤本あたりとうまく行くんだろうか、と心配でもあった。
それを考えても、やっぱり分かってないから、一年生の方は大丈夫だろうと感じる。
ストレスたまるのは藤本の側だろう、と石黒は思った。
松江には普通に地元の子が進学してくる。
わざわざ遠方から一人暮らしをしてまで来るような学校ではない。
多少遠い子でも島根県内か、せいぜい隣県の鳥取から来るくらいだ。
昨年インターハイに出ているので、ほとんどの新入部員は中学以前からのバスケットボール経験者だ。
仮入部期間、多くの一年生が練習を見に来た。
その中から残ったのはほんの一部だ。
ほとんどが、レベルの高さ、特に見た目のスピードの速さについていけない感を覚えて去っていく。
残った中でも吉澤たちから見て即戦力は一人だけだな、と思った。
ただ、その一人も使い方が難しい。
身長が低すぎる。
普通に考えるとポジションが福田とかぶってしまうのだ。
福田明日香を外すほどの力はさすがにない。
他のポジションで使うなら松浦や市井を追い出す必要がある。
冬の新人戦の段階で、しっかりと結果を出していた五人なので、それを追い越していきなりスタメンを奪うのは簡単ではない。
しかし、この春の県大会。
福田のリザーブとして長い時間彼女はしっかりと試合に出ていた。
低い回戦は相手とレベル差があり余裕があるということもある。
決勝リーグになると、そこまで余裕はないのだが、それでも彼女は試合の半分以上の時間にゲームに出ていた。
福田があまりにも調子が悪かったのだ。
入ったばかりでまだゲームメイクなどということが出来るはずもない。
それでも、今のこのチームは個人技だけで県大会レベルは勝ち抜ける。
決勝リーグ最終日。
ふらふら状態の福田はベンチに置いたままでも、市立松江は快勝。
全勝で決勝リーグを終え、春の大会初優勝を飾る。
昨年末の新人戦予選から続く連勝を17に伸ばした。
翌日、滝川へ移動し当日中にまた試合である。
集合場所である空港までの中距離バス乗り場にやってきた福田の姿を見て、あまりのことに吉澤が声をかけた。
「おまえ、無理だろ」
福田は答えない。
二泊分の大きな荷物を地面に置き、そのままその荷物を抱えるかのようにうずくまる。
大きなマスクをした上からでも分かる、青ざめた顔は、これから遠征に出る選手の表情ではない。
「おい、大丈夫か? おい。おいって」
「明日香ちゃん、大丈夫?」
松浦が福田の隣に座り込む。
風邪で思うように動けていない福田の姿はここ数日誰もが見ていた。
心配はしていたのだが、ここまでの状態になるとは思っていなかった。
「明日香。明日香。そんな状態で北海道行く気なんか?」
中澤が福田の正面に座り込んで語りかける。
福田はようやく顔を上げる。
「行きます」
「行きますって、無理やろ。ここまで来るのもやっとだったんやろ」
「大丈夫です」
そう言って立ち上がろうとするが、バランスを取りきれず、隣の松浦に支えられる始末である。
左手で福田を支える松浦は、右手で額に手をやった。
「あつい! 明日香ちゃん、すごい熱だよ」
「大丈夫」
「大丈夫じゃないでしょ。熱何度あるの?」
「大丈夫だから」
「大丈夫じゃない。何度あるの?」
「大丈夫」
「明日香ちゃん! 熱何度あるの?」
松浦は福田の正面に立ちなおす。
うつろな目の福田はようやく答えた。
「39度5分」
「ダメ。いますぐ病院行かなきゃ」
「大丈夫」
「大丈夫じゃない。病院行かなきゃ。死んじゃうよ明日香ちゃん」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない」
松浦はそういって福田から手を離すと、福田はまたその場にへたり込んだ。
松浦は少し離れた椅子に置いてあった自分の荷物を持ってくる。
それを肩にかけて福田の前にかがみこんだ。
「明日香ちゃん。とにかく帰ろう。明日香ちゃんちに寄って、保険証とってそれから病院行こう」
福田は答えない。
答えたくないのか、答える気力もないのか。
自分のカバンを抱えるようにうづくまったままだ。
「あやや、福田と一緒に帰るつもり?」
「だって、ほっとけないじゃないですかこんな状態で」
「いや、そうだけど」
「松、ダメだよ」
「ダメだよじゃない。って言うか、明日香ちゃんちゃんと答えられるんじゃない。ほら、立って。帰るよ」
松浦に引っ張られるようにして福田が立ち上がる。
やはり体を支えきれず、松浦にもたれかかるようになるが、吉澤が反対側から福田を支えた。
「先生、吉澤さん? どっちかわかんないけど、キャンセルとかお願いします」
「待って。松は行かなきゃ」
「明日香ちゃん。こんな状態でここに一人で置いていけるわけないでしょ。帰るよ」
「帰るから。一人で帰るから。松は行って」
「ホントに大丈夫? 一人で帰れる?」
松浦は福田の正面で、両肩を持って顔を覗き込む。
福田は、松浦にじっと見つめられて小さくうなづいた。
「先生、とりあえず駅まで送ってきます」
「電車で帰らせるのもきついやろ。駅から歩かなあかんのやし。ちょっと誰かもう一人支えてやって。タクシー乗り場まで送っていこう」
福田を慕う一年生が松浦の反対側から肩を貸しつつ、福田が持ってきたカバンも逆の肩に担ぐ。
バス乗り場とタクシー乗り場は大抵隣り合って存在するもの。
待合のタクシーもあり、すぐに乗り込めた。
後部座席に座った福田は、マスクを外し外の二人に語りかけた。
「辻」
「は、はい」
「昨日までの相手とはレベルが違うから。簡単にはいかないけど、一ヶ月で教えたことをしっかりやりなさい」
「はい」
「松」
「なに?」
「ボール運び。特に滝川は前から当たってくるチームのはずだから、ボール運び、辻をフォローしてあげて」
「分かってるから。明日香ちゃんは、まず家帰って、薬飲んで、しっかり寝てね」
「辻」
「明日香ちゃん、聞いてるの?」
「辻」
板ばさみにされる辻。
タクシーの中の福田、外で一緒に覗き込む松浦、それぞれの顔を交互に見る。
自分の言葉をまるっきり無視された松浦は、まったくもー、な顔をしながらも、辻に、聞いてあげな、とサインした。
「辻」
「はい」
「滝川や富岡のガードは、今の辻じゃ勝てる相手じゃない。だけど、力の差はしっかり把握しておいで。私と練習していれば絶対勝てるようになるから。今は、どれくらい力の差があるかだけ把握しておいで」
「はい。わかりました」
辻が心配そうに福田を見つめる。
その背中を松浦が軽くたたいた。
そこに辻がいるとドアが閉められない。
少し下がるとタクシーのドアは閉まり、福田を乗せて動き出した。
「大丈夫ですかね?」
「まったく、頭良いのにバカなんだから。あんなんで北海道まで行ったって試合なんか出来るわけないのに」
「あややさん、ホントに明日香さんについて病院行くつもりだったんですか?」
「ああでも言わないと帰らないでしょ明日香ちゃん。どうしても北海道行くって言ったら、私が引っ張ってでも病院連れてったけどさ」
二人で集合場所まで歩いて戻る。
バスの出発時間はまだだけど、一騒動あって集合時間はもう過ぎている。
そこに、最後の一人がやってきた。
「市井さん遅いですよ」
「細かいこと気にするなよ。バスはまだだろ」
「でも、集合時間は守ってくださいよ」
「吉澤もキャプテンになって堅くなったなあ。あれ、明日香がまだいないじゃんか。珍しいな、几帳面なくせに」
「空気読めバカ」
「へ? なに?」
背中から飛んで来た松浦の言葉。
市井ははっきり聞き取れず、不思議そうな顔をした。
福田を欠いて、部員12人プラス中澤コーチの計十三人で滝川へ乗り込む。
バスで空港へ出て、そこから飛行機で新千歳空港まで行き、さらにまたバスに乗って滝川まで。
長い道のり経て滝川山の手高校までたどり着く。
吉澤たちが体育館へ入っていくと、すでに富岡と滝川のメンバーたちが、アップのために体を動かしていた。
「遅いよよっすぃー」
「おー、久しぶりー」
声をかけてきたのは手が空いている東京聖督の後藤である。
松江のメンバーが入ってきたところで笛が鳴って、二チームのアップが止められた。
「すぐ開会式やるから」
「えー、うちだけ制服?」
「よっすぃー、遅いんだもん。今日はあまり時間ないから」
「空港で、なんか出発遅れたんだよ」
入り口近くで立ち話。
そこに藤本が駆け寄ってきた。
「よっちゃんさん?」
「藤本さん?」
「わー、本物だー。滝川山の手の藤本です」
「市立松江の吉澤です」
「着いてすぐで悪いんだけどさ、すぐ開会式やるから。とりあえず、荷物持ったままになっちゃうんだけど、並んでもらえるかな?」
「わかりました」
なんとなく、雰囲気に押されて最後は敬語になった。
ばたばたと準備がされて四チームが体育館の中央コートに並ぶ。
試合前ということで、バスパンとユニホームの上にTシャツやトレーナーを着た富岡に滝川の中心メンバー、控えメンバーやまだ試合ではない東京聖督は上下ジャージ、着いたばかりの松江は制服と、格好もばらばらである。
大会運営も各チームのメンバーなので、普通の大会のように運営側と選手が向かい合うような形にならない。
ここまで仕上げてくるのに中心となった各チームのキャプテンプラスもう一人が、通常運営側が立つような位置にいて、選手と向かい合う。
それと少し離れたところで、司会役をあてがわれたあさみが、緊張がちにマイクを持って立っていた。
「ただいまより、第一回滝川カップの開会式を始めます」
大会開始のアナウンスと言うより、全校朝会のような雰囲気を持ったあさみの声。
厳かな、というには程遠いけれど式は進行する。
「始めに、大会発起人による開会宣言。富岡総合学園キャプテン、石川梨華さんお願いします」
運営側の並びの中から石川が出てくる。
最初、ここの挨拶は運営責任者とされている藤本がする予定であったが、本人が強固に拒絶した。
最初の挨拶なんだから、最初に言い出したやつがやればいいだろ、ということで石川にお鉢が回ってきた。
柴田と藤本の話し合いで決まり、柴田が石川に伝えると、本人は嬉々としてその役を受けた。
中央に置かれたマイクの前に立つ。
石川が一礼してから語りだした。
「私たち高校生は、今まで、自分たちが与えられた環境の中で試合をしてきました。それぞれ、地区大会、県大会、地域大会、それらを勝ち上がって全国大会。自分たちの住んでいる、自分の通っている学校のある場所に従って、それぞれの場所で試合をしてきました。私たち高校生が出る大会は、ほとんどすべての場合トーナメントで行われています。いくつかの例外を除いて、一度負ければそれで終わり、というものです」
開会式は、松江の到着が遅れたため、予定時刻をとっくに過ぎていた。
藤本が隣にいる柴田にささやいている。
「あいつ、時間無いのわかってないよな?」
「梨華ちゃんにそれを期待するのは無理だと思うよ」
「しょうがないな」
怒る、という感じではなく、苦笑。
巻きで進めたいところであるが、藤本としても大会の開幕にこぎつけられて多少感慨深い場面でもあり、機嫌は悪くはならない。
「それはそれで一つのやり方だと思います。だけど、私は、それじゃつまらないなとも思いました。もっと自由に、もっといろいろなチームと試合をする場が欲しい。そう思いました」
よいこの作文コンクールの乗りである。
藤本は、手首足首を適当に動かしながら聞いている。
開会式は開会式だが、試合直前でもあり、体を冷やしたくないのだ。
「新しい大会を作ればいい。チームを集めてリーグ戦で試合をしよう。思い立ったのは半年前のことです。口で言うのは簡単でした。だけど、それを形にするのはとても大変なことでした。だけど、今日集まった、四校のそれぞれの部員たちの力で、今日のこの日にこぎつけました」
普通、思っても実際に実行しようとするやつなんかいないよな、と藤本は思う。
藤本だって考えたことが無いわけではなかった。
たぶん、他にも、リーグ戦やったら、と思ったことがある人間はたくさんいる。
それを、形にしたのだ。
なんとなく、自分が石川の手のひらの上で動かされていたような気がしないでもない。
「この大会が、今回だけで終わらず、毎年毎年、繰り返し続いていくことを願って。ここに、第一回、滝川カップの開会を宣言します」
石川梨華により、大会の開会が宣言された。
開会式はつつがなく終了し、実際の試合へと進んでいく。
今日の予定は二試合。
一試合目に地元の滝川と二年連続三冠の富岡との対戦が組まれている。
会場には一千近い観客が集まっていた。
初日の想定動員数からすればおよそ三倍である。
階段状の椅子席が二階の一部にある。
そこに座れるのは早めに来た限られた人数だけで、それ以外は、コート全体を囲むように二階の柵があり、そこから身を乗り出して見ている。
一階も、三面あるコートのうち、試合をする中央コートとアップ用に確保された奥のコート以外には人が集まっていた。
ベンチの後ろからの立ち見や、ベンチの反対側でアップ用コートと挟まれるような位置にも観客用の長椅子が置かれている。
滝川の生徒をはじめ高校生らしい姿が多いが、老人という年代に含まれそうに見えるおそらく地元の人や、家族連れの姿も見える。
中学生の集団や、先生と思しき人間に引率された小学生の団体もいる。
藤本は、チケット予約の多さが本当は冷やかしなんじゃないかと心配していたが、そんなことはなく、集客と言う面では成功したようだ。
ただ、予定より人が集まりすぎて、二日目三日目の観客まで含めて用意していたプログラムが、初日でかなりの数捌けてしまったという誤算はあった。
試合をする両チームのスターティングメンバーがベンチから出てくる。
自然と会場から拍手が沸いた。
なにやらほほえましい光景だ。
着替えを終え、アップを始めようというタイミングの吉澤たちも、なんとなくその試合の始まりを見ようとコートサイドから覗き込む。
「藤本さんスタメンじゃないんだ」
「キャプテンの人ですか?」
「うん。話してる感じだとバリバリにチームを引っ張るガードって感じだったんだけど」
吉澤の横に松浦。
二人とも滝川山の手というチームをまともに見たことはない。
顔をちゃんと知っているのも、プログラムに大写しになっていた藤本だけだ。
こういう会話をしていると、吉澤は無意識に誰かが解説をしてくれるのを待ってしまっているが、今日はその解説が出来る福田がここにいない。
吉澤はその他に、かろうじて修学旅行の時に矢口に聞いた印象、ガードとインサイドと二人を中心にしたチーム、という情報だけは持っていた。
「うちが試合した時はスタメンだったよ」
後ろから後藤が声をかけてきた。
大会は開会式ではなくて、第一戦で始まる、というのが選手たちの感覚だ。
それを無視してアップをしている気にはならず、やはり後藤もその始まりを見に出て来た。
「怪我でもしてるのかな?」
「なんだろうね? 普通にアップしてたしそういう感じには見えなかったけど」
試合をしたことがある後藤からすればかなり違和感のあるスタメンの顔ぶれだった。
藤本がいない。
その代わりに見たことのない一年生らしき姿がある。
他にも、多少背が高いから去年のキャプテンのポジションに入るのかな、と思われる知らない顔がある。
対して富岡の方は比較的知っている顔が並んでいた。
両チームのメンバーが挨拶をし、センターサークルを囲んでジャンプボールの配置に付く。
滝川は里田が、富岡は石川がジャンパーとして入る。
会場からは手拍子が起きた。
主導したのは滝川の控えメンバー。
ジャンプボールの時、なぜだか手拍子で場のリズムを高めていくようなことをする。
レフリーがボールを上げ、ジャンパーが飛び、先に石川がボールをたたいて試合が始まった。
石川がたたいたボールは滝川コートに飛んでいき、ルーズボールの状態。
それを麻美が最初に拾い上げる。
変な気合い入れてないでちゃんとボールコントロールしろよ、とコート上で柴田は思う。
藤本はベンチ横で体を動かしながら試合を見ていた。
石黒コーチはちゃんと説明はしなかったけれど、藤本は自分が外された理由はなんとなく分かっていた。
一年生に経験積ませようっていうんだろうな、と理解している。
スタメン取られてむかつく、という感覚はそういう理解なので沸いてこないが、結構苦労して準備してきた大会なのに、ただの練習試合扱いにされているような感じはちょっと気分が悪い。
里田は、新しい大会がどうとか、地元だからどうとか、そういうことはほとんど意識の中になかった。
目の前に石川梨華がいる。
今ある事実はそれだけだ。
今年一年間のテーマと言える。
石川梨華とどう戦うか。
その第一ラウンドだ。
石川はやたらと気合いが入っていた。
気合いという意味ではインターハイや選抜の決勝の時以上のものがある。
自分が、自分が、という風にボールを要求する。
ボールを受けたら勝負。
エンジンの掛かりが今日はいつもよりも早い。
柴田は冷静だった。
やたら力が入っている石川の状態ははっきり見えている。
自分が結構中心に近いところでイベントを作り上げてきた、という思いはあるが、それはそれとして今の試合の状況をしっかりととらえていた。
相手の監督は練習試合感覚なんだな、と掴んでいる。
藤本から滝川のチームの状況は電話で聞いているので、チーム内の選抜のために、今、試されている一年生がこのコートの上に出てきてるんだな、というのが分かる。
ちょっと面白くないけれど、自分のマッチアップは選抜の時と同じ相手。
試合については、自分はしっかりやればいいし、それから、自分たちも一年生をどこかで使うことになるのだから、それのフォローもしよう、と思っている。
ゲームは富岡が優勢に進めていった。
滝川は新垣がガードとしてゲームコントロールをしようとするのだが、周りとの呼吸が合わない。
それに対して富岡は選抜優勝メンバーから、スタメンは平家のところしか変わっていないのだから、当然優位に立つ。
全体的に富岡の方が強いのだが、その中で滝川の攻め手はインサイドだった。
県大会レベルでも富岡はインサイドで相手の攻撃を許してしまっていたのだから、それが滝川レベルになれば当然そこを突かれてくる。
見るからに一年生、という滝川のセンターのフックシュートがなかなか止められなかった。
ただ、アウトサイドは明らかに富岡有利である。
麻美も含め、滝川は外からの攻撃はまるで糸口を見出せないのに対し、富岡は高橋、柴田とそれぞれスリーポイントを一本づつ早くも決めてくる。
一クォーターは18−10で富岡がリードする。
二クォーターに入って滝川は藤本を投入したが、試合の流れを引き戻すというほどのところには至らなかった。
富岡の方も元々のスタメン組みが試合をしっかり作ったこのあたりからメンバーチェンジを始める。
まずはセンターを投入。
フックシュートを止められるとまでは思わないけれど、リバウンドは拾って欲しい。
「さゆ、戻り早くね。戻り」
「はい、さゆみ頑張ります」
「よし。いい子いい子」
キャプテン石川と新入生道重。
柴田は、無駄にかわいいから許されるけど、普通の子がやったら気持ち悪いよなこのトーク、と横目で見ている。
道重はリバウンドはよく拾えたが、やはり足が遅い。
滝川のようなチーム相手にそれは大きな欠陥である。
滝川のポイントガードは藤本。
当然、すばやく速攻を出してくるし、ガード陣が戻って速攻は防げても、道重が戻れず五対四になって、アーリーオフェンスを仕掛けられてシュートまで持っていかれるというシーンは頻発する。
ただ、それで追撃できるか、というとそれが出来なかった。
「新垣! フリーのジャンプシュートくらいしっかり決めろ!」
ファウルなどなど、プレイが切れた合間に藤本が怒鳴りつける。
速攻やアーリーオフェンスで、フリーの状態の新垣にラストパスを送る。
ミドルレンジでボールにミートしてジャンプするまではいいのだが、これを新垣が外すのだ。
シュートは技術とリズムと心で打つもの。
練習で入って試合で入らない場合は、リズムが悪いか心が付いてこないかどちらかだ。
先輩に怒鳴られたらますます萎縮して入るものも入らなくなるだろ、と石黒はベンチで見ていて思うが、藤本の言葉を止めはしない。
この程度の試合で先輩に怒鳴られている心理状況と、インターハイや選抜の、上の方の回戦での残り時間わずかで競っているときの心理状況。
どちらのプレッシャーが大きいかといえば、周りがいくら配慮してくれても重要な試合の終盤のプレッシャーは大きい。
石黒には、藤本が素でいらいらしているだけなのか、いろいろ頭にあってあえて新垣を怒鳴っているのか、どちらかはわからないけれど、言わせておくことにした。
経験は早めに積ませておいた方がいい。
ハーフタイムは40−25 富岡のリードで迎える。
「ディフェンスもうちょっとしっかり足を動かせ。ガード陣は特にボールを簡単に運ばせすぎだ」
ハーフタイムの石黒の指示はこれだけ。
ディフェンスを柱としたチームが、ハーフで40失点は多すぎである。
メンバーを落としているので仕方ないのは分かっているが、それでも、とにかくディフェンスだけはメンバーに意識させる。
対称的に細かい指示が富岡の方では多く出る。
チーム全体に対して、ではなく、後半から投入することにした一年生に対し、和田コーチは一つ一つ確認事項を述べていた。
「いいか、田中。落ち着いてやればいいからな」
「はい」
「滝川のディフェンスは前から付いてくる。ただ、基本的には手は出してこないから。オールコートの一対一の練習のイメージでボールをしっかり運べばいい」
「はい」
「ないと思うけれど、もし、二人で当たってくるようなことがあったら、高橋なり柴田なりを探してパスを捌け。一人で打開しようとするな。二人当たって来たらどこか空く。その前提を忘れるな」
「はい」
和田コーチは、田中を一番ポジションに入れるというチーム構想を持っていた。
高橋を、ゲームコントロールするという意識から解放して、得点力をより生かせるように使いたい。
そのためには、別のポイントガードが必要で、田中にその役割を負わせようと考えている。
「オフェンスは、一本のパスで崩そうと考えなくていいから。とにかく周りの動きを見ながら繋いでいけばいい。視野だけ広く持っておけ。石川や柴田が欲しがっている時に、すぐに判断して出せるように」
「はい」
「周りに煽られてシュートを打つ必要は無いからな。中学まではその役目も持ってたかもしれないけどこのチームは違うから。今日はとにかく前から当たられてもボールをしっかり運ぶこと。これさえ出来ればいい」
「はい」
「ディフェンスは、四番が出てきたら高橋が四番。田中は、スタートで出てた15番か、まあ、誰か他に出てくるかもしれないけど、四番以外の一番小さいのにつけ」
四番は藤本美貴がつけている。
いきなり藤本のマッチアップというのは荷が重過ぎるので、それは高橋に任せる。
「ドリブル突破はされてもいいから。逆に、パスは簡単に捌かせないようにしろ。多少タイトに。手を出すことはないけど、相手が窮屈に感じるくらいの距離に付け。それで抜かれるのはかまわない。後ろがカバーする」
「はい」
「滝川くらいのチームを相手にして、高校入ったばかりの田中には十分は長く感じると思う。だけど、十分間とか、後半全部の二十分間、体力を持たせようとして調節するな。目の前のワンプレーワンプレーに100パーセントを出せ。体力はそのうちついてくる。今日はそこは気にするな。ばててもいいというか、五分でばてるくらいのペースでいいから、100パーセントでプレイしろ」
「はい」
オフェンス面、ディフェンス面、ほとんどすべての場面にわたって和田コーチは田中に細かく指示を与えた。
取り立てて変わったことを言っているわけでもない。
一つ一つ、今日の試合の約束事として、指示を与えている。
ようやく和田コーチはこれくらいで田中を開放して、他のメンバーに指示を与えた。
「道重は、リバウンドを取った後早くな。取って終わりじゃないぞ。取ってから田中へ。まあ高橋でもいいけど、とにかく早く捌け。そこから速攻が始まるんだから」
「はい」
「高橋は田中のフォローと、あと、今日は自由にスリーポイントを打ってみろ」
「はい」
「石川はディフェンスのとき、道重のところもケアな。17番はあまり突破してくるようなタイプじゃないみたいだけど、一応注意だけしとけ」
「さゆは普通にディフェンスでいいんですか?」
「どういう意味だ?」
「あのフックシュート、止められないじゃないですか。だったらボール入らないようにするしかないかなと思って」
「道重にボールサイドに入れって?」
「はい」
「出来ることと出来ないことがある。考え方は悪くないけど、それは出来ないことだろ。道重は石川じゃないんだ」
石川なら出来るプレイを、道重に出来るとは限らない。
まだ、和田コーチは、場面場面に応じた細かい指示を出して、それに答えられるような選手ではない、と道重のことを見ていた。
ハーフタイムは十分ある。
ミーティングが終わって、田中はベンチの後ろできょろきょろと会場を見回していた。
県大会でも使われていたのでデビュー戦ではないが、相手のレベルが違うので、田中にとって、高校に入って初めての、負けることがあるかもしれない相手、との対戦である。
「れーな、緊張してるの?」
「そんなことあるわけなか」
「そーお? なんか落ち着かないよ」
「なんか納得いかんだけ」
「なにが?」
「なんで、れいなだけあんな細かな指示が出て、さゆには一つしか指示がでん?」
「さゆみは一を聞いて十を知るけど、れーなは十を聞いて一しかわからないからだよ」
「そんなことなか」
田中と道重。
昨年、地方から出て来たのが高橋と小川だけだったように、今年地方から出て来たのは田中と道重だけだ。
去年の二人は馴染むまでに時間がかかったが、今年の二人は比較的早かった。
二人で馴染んだ、というよりは、道重が田中になついた、という感じだ。
田中としては、ちょっとうっとうしい、と思うところもあるが、邪険に扱うと自分が一年生の中で浮いてしまいそうでそれも出来ない、というジレンマもある。
「れーな足引っ張っちゃダメだよ」
「なんば言うと。足引っ張ってるのはさゆやろ。センターなのにゴール下からもシュートはいらんし、戻りが遅くて速攻出されるし」
「さゆみがリバウンド取るから石川さんも柴田さんもシュート打てるんだよ。でも、さゆみが魅力的過ぎてボールがゴールに行かずにさゆみの方に飛んできちゃうんだけどね」
「一辺病院行け」
処置なし、という感じで田中は道重の側から離れてドリンクボトルを手に取った。
後半、滝川はまた藤本を外してきた。
新垣にゲームを作らせる。
特別に何をしろ、という指示は出ていない。
自分で考えろ、というのが石黒コーチの基本スタンスである。
ホームのプレッシャーというのは経験のない人間の方が強く感じるものだろうか。
自信があれば後押しになるが、自信がない場合、応援が圧力に感じることもある。
新垣は、まだまだチームを引っ張るガードとしては経験不足である。
不安そうな表情が抜けないままコートの上にいる。
そんな心理状態は、石黒からはよく見えているが、それが分かっていてあえてコートに置いているという部分がある。
田中は、マッチアップの相手が弱弱しそうだったので、あまり怖さを感じずに試合に臨むことが出来た。
求められていることはそれほど多くない。
最低限、しっかりボールを運べということくらいだ。
相手の15番のディフェンスはまったく怖くない。
ボールをフロントコートまで運べば、後は先輩たちが勝手にやってくれる。
不満は、その、先輩たちが自由にやりすぎて、自分があまりからむことが出来ないことくらいだ。
三クォーターは60−37富岡リードで終える。
このあたりで新垣が体力的に限界、というのが見えてさすがに石黒はベンチに下げた。
センターの一年生もベンチに下げて、冬の新人戦の時のメンバーを最終クォーターに送り込む。
富岡は逆に、ここまで来て石川と高橋をベンチに下げた。
最終クォーター、藤本にマークに付かれた田中がボール運びがおぼつかなくなり、同時にスタミナ面でも疲弊してきたところで、和田コーチはベンチに下げた。
藤本がいるので、富岡も高橋をコートに戻してガード陣を安定させる。
また、小川も同時に入れてみた。
スタメンから外されて久しい小川であるが、ベンチ入りのメンバーには何とか残っている。
メンバー的に落とした富岡に対し、一年生を外して経験のある組み合わせの滝川が最終クォーターはゲームを有利に運んだ。
石川が下がってマッチアップが楽になった里田と、点差を詰めるために果敢にスリーポイントを打つ麻美の二人で追い上げる。
とは言え、残り十分で23点差はやはり大きく、最終スコアは77−62 富岡総合学園が勝利した。
どちらも本気度の面で多少怪しい試合であったが、それでも観客はゲームセットのブザーがなると拍手で選手たちの健闘を称える。
バスケットボールを生で一試合通して見るのは初めて、という観客も多い。
スリーポイントあり、フックシュートあり、前から当たってボールを奪うディフェンスあり。
控えメンバーたちの声出しも、初めて聞けば新鮮である。
勝敗そのものへのこだわりはともかく、選手たちも手を抜いているわけではないので、真剣身もある。
滝川が負けたという結果はあるが、試合自体には地元の人たちもある程度満足していた。
「ミキティ、ホントに手抜いてくれたんね。半分しか出ないで」
「そんなんじゃねーよ」
試合終了後、運営者席で顔を合わせて柴田が開口一番藤本に言った。
柴田だって、今日の試合が滝川の本当の姿とは思っていない。
「まいは40分出てるのに。美貴だけ半分で。なんか納得行かないんだけど」
「あの15番の子、ミキティのポジションやらせようとしてるのかな?」
「しらないってそんなの。先生に聞いてよ。そっちもなんかいたな、新しいの。あのセンター、平家さんの代わりにする気?」
「代わりってこともないと思うけど」
「あんなに走れないでよく富岡で試合出てくるな、と思ったよ。それも最後まで出ずっぱりで。走ってないから体力余ってるのか知らないけど。 あれ、一年だよな?」
「そういえばそうだね。うん。一年だけど、よく最後まで持ったなあ」
7分四クォーター制の中学生と比べると、高校生の十分四クォーター制は大分長い。
普通は、高校入学当初は、その時間の長さなどのせいで、体力的な問題から長い時間はつかいづらいものであるが、道重は試合の序盤から最後までコートの上にいた。
「時間、三十分押しくらい?」
「そうだね。歓迎レセプション、遅らせなきゃダメかな?」
「どうだろ。元々、次の試合の終了後一時間で見てるから、着替えと撤収を三十分ですればなんとかなるけど」
「撤収三十分は厳しくない?」
「明日も明後日もあるんだし、実際にはゴミまとめたり位だから何とかなるでしょ。それより、この二チームが試合終わってミーティングして、シャワー浴びて着替えてが大変なことになるけど」
「そういう時に限って延長までやったりしてね」
「結構楽しみなんだよな、よその試合見るの。落ち着いて見てられたらいいんだけど」
運営者席は、体育館の舞台の上、卒業式などで校長が上るような位置に設置してある。
横からの位置で、多少遠めではあるが高さがあるので試合はなんとか見える。
「柴田は着替えてこないでいいの?」
「うん。梨華ちゃんが来たら替わるから。ミキティはいいの?」
「富岡が着替え終わったら行くよ」
そんな会話を交わしつつ一息ついていると、運営者席にスーツ姿の大人がやってきて声をかけた。
「あー、どうも。お世話になります」
「堀内さん。ああ、宣伝は順調ですか?」
「聞いてたよりお客さん大分来てるじゃないですか?」
「そうですね。これならもっとスポンサー価格高めにしとくんだったな」
「いえいえいえ。あれくらいでちょうどよかったんですって。こちらは、富岡の・・・」
「柴田です。副キャプテンの」
「ああ、柴田さん。お世話になります。私、今回の宿泊先など手配させていただきました・・・」
運営者と関係者の大人の挨拶。
開会前は、これから試合をする当人ということで周りも遠慮していたが、滝川のゲームは終わり、運営者席に藤本が戻ったことで、この大会に関わる人たちが続いて挨拶にやってくる。
バスケ専門誌や、地元紙の記者などもやってくる。
運営に関わると、試合以外でも暇ではない。
それはそれとして、メインコートでは第二試合が始まる。
東京聖督vs市立松江。
地元、というか、自分たちの通う高校の試合が終わって、一部の高校生は帰っていたが、せっかくなのでと残っている観客も多い。
「吉澤にとっては感慨深いんやないか?」
「そうですねえ。なんとも言い難いですけど」
「相手のスタメンとか分かるんか?」
「さあ。一年生もスタメンで出すよって言ってたから、詳しくはわかんないですけど」
「うちからは、特に相手への対策としてどう、みたいな指示はないけど、一つだけ。辻のフォロー、みんなでしたってや」
福田抜きでこの大会に臨むことになった松江。
ゲームを作る人間が離脱したのは大きな痛手である。
「個人的なことあんまり言うのもあれなんだけど、今日は勝ちたいんだよね」
「のんも絶対負けたくないです」
「おっ、気合い入ってるな」
「負けたくないんです」
小学生に見える一年生がこういうことを言うのはほほえましい。
周りのメンバーは、福田のことがあるからなあ、と思って見ている。
「勝ちたいはいいけどさ、修学旅行で見た感じだと、吉澤は向こうの四番に負けてたぞ」
「なに言ってるんですか! 負けてないですって。練習台としてそれなりにプレイしてたのが市井さんにそう見えただけですって」
「あいつ、スリーポイント覚えたかな?」
「覚えてるとかなり厄介ですよね」
吉澤以外に、市井もあやかも後藤のことは知っている。
今回戦う三チームの中で、一番戦力的にも近いと思っているし、一番接点の多い相手でもあるので、負けたくないのはこの二人も同じだ。
「四番は私が付くから。あとは、身長順って感じでいいかな」
「修学旅行で行った時、変なゾーンやってたけど、今日はなんかやってくるかな?」
「あれはやらないって言ってた」
「お前ら試合前に情報出し合いすぎだろ」
「ゾーンはやらないってくらいで、大したことは聞いてないですって」
ガチガチの真剣勝負の公式戦とはちょっと違う。
前の試合の前半、吉澤と後藤は運営者席に座っていて、いろいろと会話は交わしていた。
両チームコートに上がる。
因縁の、というよりは、縁のある、と表現する方が正しいような相手。
そういう相手にこそ勝ちたい、と気合いは入るが硬さはない。
東京聖督もフロアに上がってきた。
後藤は吉澤の方を見て微笑んでいる。
吉澤も笑い返す。
相手のスタメンを見ると、ちゃんとは知らない顔が並んでいる。
一二年生なのだろう、とあたりをつける。
中に、一人だけ記憶にある顔があった。
自分が通っていた頃の同級生ではない。
修学旅行で訪れた時に見かけた顔、というわけではない。
真剣な表情でこちらのメンバーの一人を見ている。
視線の先には辻。
はたと思い当たった。
一年前の春合宿。
辻と一緒に福田とじゃれていた中学生だ。
一緒に入学してこなかったと思ったら、こんなところにいたのか。
吉澤以外のメンバーもピンと来たらしく、辻の方を見て何か言うか待っているが、辻は口を開かない。
説明を求められる状況ではなく、試合は始まる。
吉澤と後藤がセンターサークルの中に入った。
「今日勝ったら、よっすぃーうちに戻ってくるとかどう?」
「ありえないことは考えないから」
「ありえない?」
「負けないから」
レフリーがボールを上げる。
両者ジャンプ。先にボールに触れてコントロールしたのは後藤だった。
後藤は後ろで構えるガードにボールを落とそうとした。
そこに辻が飛び込んで奪おうとする。
無理がありすぎて接触し笛が鳴る。
開始ゼロ秒で辻のファウル。
「気負いすぎたぞ、こら」
辻に松浦がやさしい感じで声をかける。
今日の役目は一年生のフォローかな、と思っている。
松浦に声をかけられても、辻は表情を変えない。
東京聖督ボールでゲーム再開。
サイドからボールが入る。
辻は12番をつける一年生のマークに付く。
ボールは周って周って、ローポストから外へ出て来た後藤へ。
いきなりキャプテン同士の一対一。
ワンフェイク入れてドリブル。
突っ込んでくるはず、と頭から決めて掛かっていた吉澤はしっかりコースを押さえる。
ターンしてエンドライン際へもぐりこもうとしたがこれも抑えた。
ボールを持って止まったところで、外から松浦が挟む。
外へ大きく戻そうとしたボールは市井がカットした。
チーム力はどうやらコマがそろっている分松江の方が上のようである。
どこからでも点が取れる。
今日の試合では、松浦と市井のところはマッチアップではっきり勝っていて、大きな得点源となっている。
あやかもゴール下で自由にプレイできていた。
吉澤は、点を取るという面においては、周りのメンバーと比べて、今日はあまり目立っていない。
ディフェンスに専念という形。
そのディフェンスで、後藤といい勝負を見せている。
冬の間、多くの試合を積んで自信をつけてきた。
新人戦ブロック予選、県大会、中国大会。
やってみてわかったのだ。
飯田さんほどのプレイヤーはめったにいるものじゃない。
それと結構いい勝負できた自分は、そう捨てたものではないらしいぞ、と。
自分が点を取れる時は自分がとればいい。
マッチアップの関係で、周りが点を取りやすい時は周りが取ればいい。
ただ、その場合はディフェンスをしっかりやる。
インサイドは飯田さん、外は石川さん、その二人以上の相手とマッチアップすることはそうめったにない。
そのレベルをイメージして戦えば、想像以上の手ごわさに慌てる、ということはまずない。
後藤は簡単には止まらないけれど、想像の範囲内ではあって、今の吉澤ならある程度の勝負は出来る。
一クォーターは18−12 二クォーター終わって40−26 市立松江がリードする。
松江が少々気になっていたのは辻のところだった。
なんだかプレイが荒い。
雑なのはいつものことだけど、なんか荒いのだ。
ファウルもかさんでいる。
福田という保護者に当たる人がいないというのもあるし、マッチアップはたぶん友人だろう。
変な気合いも入って荒くなってるのかなあ、と周りには見えている。
「加護さんは東京へ行きたいって言って行っちゃったんです」
ハーフタイム。
聞かないのも返って変だし、ということで吉澤が加護のことを聞いてみた。
「なんだそりゃ?」
「親の都合かなにか?」
「加護さんは東京へ行きたいって言って行っちゃったんです」
語彙の問題ではなくて、説明する気がないらしいな、と周りも悟る。
何か気持ちにわだかまりもあるんだろう、というのも見えた。
後半、東京聖督が追いかけ始めた。
後藤は大きな得点源であるが、吉澤と五分と五分で、一人かわしてもあやかなり周りのメンバーなりがカバーに来るので爆発は仕切れない。
ゴール下はあやか、フォワード陣は松浦や市井を崩せない。
一番の攻め手になったのは加護だ。
気合い過剰で止めに来る辻を冷静にフェイクで外してドリブルで切り込んでくる。
最初は、普通にジャンプシュートを打とうとしていたのだが、これは横から来るカバーのブロックで止められた。
身長が足りないので多少タイミングが遅めのブロックでも間に合ってしまうのだ。
仕方ないので、そこから応用して、カバーをひきつけて捌く、という方針にシフトした。
一番いいのは、吉澤にカバーに来させて後藤へボールを送ること。
そうそう毎回毎回うまく行くものではないが、大きな攻め手になっている。
ただ、松江も順調に得点を重ねるので、大きく点差を詰めるには至らない。
三クォーターは52−44と8点差に詰まって終わる。
「松江って割といいチームだな」
運営者席、ようやく大人たちから解放された藤本がポツリと言う。
隣には今は柴田ではなくて石川がいた。
「国体で当たったんだろ?」
「うん。あとセンターに飯田さん入るから、松江の単独チームより強いよ」
「お前、なに見てるんだ? センターに飯田さん入れば確かにもっと強いだろうけど、今日の穴はどう見てもガードだろ」
「ガード?」
「なんか知らないけど、福田明日香が風邪で来ないとか言って。あのどう見ても一年生のガードのところに福田明日香が入ったらかなり強いぞ」
「明日、ミキティたち負けちゃう?」
「それはないけど。福田明日香がいれば、富岡だってメンバー落としたら喰われるかもよ」
「でもいないんでしょ?」
「風邪なんか引くなよな、まったく」
藤本がなんと言おうと、いないものはいないのである。
第四クォーターは松江が一気に走った。
東京聖督のガード陣が疲労で足が動かなくなったのだ。
加護も含め二人とも一年生。
40分のゲームはまだまだつらい。
上二人がばてて、後藤にボールが供給されなくなると、東京聖督は得点力ががた落ちになる。
松江の方は、辻のおぼつかなさは松浦がフォローしてゲームをコントロールした。
辻自身は四クォーター途中でファイブファウルで退場といいところなく終わったが、チームとしては特に問題はなく、最終スコアは81−58で市立松江が勝利した。
本日の試合日程はこれで完了である。
皆様、本日の御来場ありがとうございました。
というあさみのアナウンスで、大会初日は締めになる。
ただ、メンバーたちの一日はまだまだ終わらない。
試合が終わったばかりの聖督と松江の二チームはミーティングをして、着替えに走る。
すでに着替えなどを終えている滝川と富岡は会場の片付けに入った。
実際には、明日も明後日も使用するので、ゴールを下げたりなどの作業は必要ないのだが、千人近い一般観客が訪れた後である。
ゴミの片付けだけでも一作業だ。
元々義務はないのだが、体育館前で弁当や大会記念Tシャツなどを売ってくださった店の片付けも、滝川のメンバーたちがサポートする。
チケットの当日販売分もあるので、それなりの金額を誰かが保管しなくてはならない。
基本単価が500円と100円なので、諭吉さんの山にはならないが、漱石さんの束くらいは出来る。
漱石さんであってもお札はお札なので、それがまとまった枚数になると妙な気分も沸いてくる。
見慣れないものを手にした藤本が、ほれ、ほれ、とその束でほっぺたをたたいて遊んでいた。
それらはそれらとしてやって、その他に滝川の一部のメンバーはレセプションの準備もする。
レセプションとなにやら偉そうな単語を使っているが、内実は学校のセミナーハウスを使っての四チームの親睦会である。
業者が持ってきた食事や飲み物をテーブルに並べたり、スピーチ用のマイクをセットしたり、そういった作業である。
ただ、それはそれでやはり一つの行事なので、四チームのキャプテンで、段取りの確認をしたりもする。
「よっちゃんさん、1on1大会のメンバーすぐ出せる?」
「え? 今日の夜でよかったんじゃないの?」
「今もう夜だし、ってのもあるけど、組み合わせ抽選この場でやろうかと思ってさ」
「それは、うん、いいと思うんだけど、他はみんな出したの?」
「うちは出したよ」
「うん。後藤も出したよ。後藤も出るし」
「出してないのうちだけ?」
「うん」
「ごめん。一人風邪で当日キャンセルがいてさ。そいつスリーポイントに出す予定だったんだけど、それが外れちゃったから、まだ決まってないんだよね」
「スリーポイントは組み合わせ関係ないからいいけど、1on1だけ、出せないかな?」
「抽選いつやる?」
「三人の挨拶の後くらいに」
「分かった。じゃあ、それまでに決めてくるよ」
式の流れとして、最初に運営責任者の藤本が挨拶し、ジュースで乾杯。
その後適当に御歓談くださいを経て、中盤に参加校の各代表が挨拶をする。
1on1トーナメントの抽選をその後に入れて、ついでに参加者から一言もらおう、というのが藤本のプランだ。
「あとなんかある?」
「挨拶って短めでいいんだよね?」
「校長じゃないんだから長話なんかいらないよ」
「先生たちには本当になにもしゃべってもらわなくていいの?」
「いいんじゃない? 最初は美貴もちょっと気になって何度か聞いてみたんだけどさ、高校生が自分たちで運営するってのが趣旨なんだろ、って言われて拒否されたから。どうしてもしゃべりたいって人がいれば振ってもいいけど、誰かいるの?」
石川、後藤、吉澤、三人の顔を藤本はうかがうが誰からも反応はない。
何もしないでいいから楽でええわ、なんて言ってたな、と吉澤の頭には中澤の姿が浮かぶし、そういう意味での出たがりは今回のコーチ陣の中にはいなかった。
「あ、挨拶。私じゃなくて柴ちゃんがしゃべるから」
「各校のキャプテンに挨拶してもらうって趣旨だったはずなんだけど」
「私、開会式で挨拶したし、それに、段取りいろいろやったの柴ちゃんだから。ミキティたちに混じって挨拶するのは柴ちゃんの方がいいと思うし」
「あいつ、めんどくさいこと全部押し付けられてるみたいでなんかかわいそうだな」
「そんなんじゃないよ」
「まあ、いいけど。じゃあ、キャプテンって言葉使わずに、富岡高校を代表して、柴田さん、て形で振ればいいか?」
「うん」
「三人の挨拶の最初は富岡にやってもらうから、え、私?みたいにならないように、伝えとけよ」
「わかってるよ」
ちゃんと自分で伝えた方が安心だな、と藤本は思うがそれは口に出さなかった。
「だいたいOK?」
「1on1のメンバーはミキティ探して渡せばいい?」
「うん。お願い。ああ、でも、直接じゃなくてもうちの部員見かけたら適当に渡せばいいよ。早めにお願いね」
「分かった」
「じゃあ、いいかな。真ん中の挨拶の時は、その場でこっちから振るから。それまで適当に飲み食いしてて、呼ばれたら出てくればいいよ」
事前打ち合わせ終了。
各キャプテンは、すでに会場に入っている自分たちのチームの輪の中に戻っていく。
藤本は、ここでも司会役を割り振られているあさみと二人で前に立つことになる。
「なんか、全然落ち着く暇がないなあ」
「試合で楽した分忙しいんじゃないの?」
「試合で楽させてくれなんて一言も言ってないんだけどなあ」
「私たち食べてる余裕のあるのかな?」
「最初の挨拶終わったら美貴は食べるからね」
「でも、美貴のとこにいろんな人が挨拶に来るんじゃないの?」
「大人の挨拶はもうさっき済ませてあるし、ここにいるのは四チームのメンバーだけだから大丈夫でしょ」
「三チームのコーチが順番に来るんじゃないの?」
「勘弁してよ。美貴、あのローストビーフ狙ってるんだから。それ食べてからにして欲しいんだけど」
開始予定時刻はすでに過ぎている。
会場の準備は終わって、松江や聖督といった二試合目の試合メンバーたちも着替えを終えて来ていたが、体育館の片付け部隊が手間取っていてそれを待っていた。
そんな一年生たちが会場に現れたのを見て藤本は司会役のあさみを促した。
「えー、あ、あ。あのー、時間になりましたので、皆さんよろしいでしょうか? そろそろ、第一回滝川カップに集まった皆さんの、歓迎レセプションを始めたいと思います」
多少緊張気味にマイクを通してあさみがしゃべる。
最初はざわついていた会場も、あさみの声が届いてきて、次第にちゃんと聞く姿勢になった。
「まず最初に、今回の大会の、運営責任者として、滝川山の手高校の藤本美貴さんから一言お願いします」
最初から横に立っている藤本にあさみがマイクを渡す。
会場は、一応、という感じで拍手でそれを迎えた。
「えー、滝川の藤本です。みなさん、それぞれ今日までお疲れ様でした。プログラム作ったり、ホームページ作ったり、あと、スポンサー取ったりなんてもありましたけど、おかげで今日、こうやって大会を開くことが出来ました。特に、スポンサーのおかげで、こうやってローストビーフとかチキンソテーなんかが並んだご飯も食べることが出来ます」
半分本音の藤本の言葉が会場の笑いを誘う。
実際、スポンサー費用のかなりの部分が、この歓迎レセプションでの食事代に使われていた。
「こうやって偉そうに挨拶してますが、実際に大会やりたいって最初に言いだしたのは富岡のキャプテンで、それに敬意を表して、今日の試合は特別に負けてあげました」
特別にってなによ、と当のキャプテンから野次も飛んだが、藤本は薄く笑っただけで続ける。
「その富岡も、東京聖督も、あと、松江もそうですけど、遠いところからわざわざ滝川まで来てもらって、ありがたいと思っています。北海道の真ん中の、本当に何もない地域ですけど、体育館の中はそんなの関係ないので、楽しんでというか、いい試合をしていってもらえればと思います」
まともな力のある相手と試合が出来るのは、年に三度の全国レベルの大会の時だけ、という滝川にとって、このレベルのチームが三チームも来てくれたのは本当にありがたいことである。
「えーと、大人の真似事みたいになりますが、ビールは注げないですけど、乾杯というものをしてみたいと思います。それぞれグラス、じゃないな。紙コップを取って適当に何か注いでください」
あちこちでペットボトルから飲み物を注いでいる。
藤本は近くにいたあさみからついでもらおうとしたら後ろから声をかけられた。
「ミキティお疲れ様」
「なんだよ、何しに出てきたんだよ」
「ミキティに注ごうと思って」
「下剤でも入れてるんじゃないか?」
「そんなこと、しないよ」
嫌々そうに振舞いつつ、藤本は素直に紙コップを出した。
石川が、これで良いか? と確認してから烏龍茶を注ぐ。
「お疲れ様」
「まだ初日しか終わってねーって」
「でも、始められただけでもお疲れ様って」
「いいから、離れろって」
一旦手から離したマイクをあさみから受け取る。
飲み物は大体行き渡ったようだ。
乾杯の音頭は藤本がまた取らなくてはならない。
「大体行き渡ったね。それじゃ、食べ物冷めないうちにさっさと始めましょう。この大会の成功と、あと、来年以降も続いていくことを願って、乾杯」
「乾杯」
安く済ませるために紙コップにしているので、グラスをぶつける音はどこにもしないが、紙コップをぶつけ合う光景はそこかしこに見られた。
「それではしばらく御歓談ください」
決まり文句をあさみが告げる。
しかしながら御歓談は始まりはせず、育ち盛り期終盤の女子は、食べ物の周りに群がっていく。
藤本は、司会者位置にいて、周りが遠慮して場所を空けていた関係で、一番手前にあったローストビーフを真っ先に取ることが出来た。
大会とかレセプションとか挨拶とかどうでもいい。
今は、食べる時間である。
御歓談は、それぞれが取りたいものをある程度皿に取り、自分の居場所をなんとなく確保し、一口二口食べつつようやく始まる。
とは言え、最初は自分たちのいつものメンバーで固まって食べていた。
立食形式なので、身動き自由なのだが、いきなり知らない人としゃべりだすというのはなかなかない。
とりあえず、いつものメンバーでいつもと違う食事を気が済むまで食べる。
さすがにコーチ陣は子供達の輪の中には入って行けず、大人だけで集まる形になり、結果的に交流が進む感じになっているが、生徒たちはそうもいかない。
そんな光景を崩すきっかけになったのは吉澤だった。
吉澤は、少なくとも松江と東京聖督と、二つのコミュニティーには混ざることが出来る。
体重を増やさない、という心の誓いを守るために、あまり食べ物に集中できない吉澤は、後藤の方に近づいていき、メンバーを紹介しろ、と迫った。
「私にとっても後輩に当たるんだから、一年生とか紹介してよ」
「もうちょっと食べてたいんだけど」
「食べながらでいいから」
パスタと刺身類を紙皿に山盛りした後藤を連れて、会場を歩く。
一年生の誰それ、二年生の誰それ。
中には、久しぶりー、げんきー、松江ってどんなとこ? な三年生もいる。
「えーと、こっちはあいぼんです。一年生。試合も出てたよね」
「加護亜依です」
「あー。あの子だよね。去年。覚えてる?」
「はい」
「あいぼん知ってるの?」
「去年春合宿でさ、同じ体育館で練習してて。軽い練習試合やったんだよね」
「へー。あいぼんって島根にいたんだ。一人暮らししてるの?」
「ごっちん、何で知らないんだよ」
「なんでって、知らないもん」
入学して一ヶ月足らず。
新入部員全員の生まれや育ちまで熟知できるわけもない。
ただ、そうは言っても、出身が地方であれば、高校生段階では印象に残って覚えていそうなものである。
「あ、辻つれてくるよ」
「いいですって」
「そんな、遠慮しないで」
「いいですって」
「ちょっと待ってて」
吉澤は輪を抜けてあたりを探す。
辻は、別の一年生と二人で焼きそばの列に並んでいた。
「辻、辻。加護さんいたぞ」
吉澤が声をかけるけれど、辻はこれといった反応を示さない。
「ほら、あっちにいるから行こう」
「いいです」
「なんで? せっかくだから行こうよ」
「のんは焼きそば食べます」
「焼きそばなんて後でもいいだろ」
「いいですって。のんは、焼きそば食べるんです」
「後でも食べられるだろー」
「なくなる。後でじゃなくなる。今食べないと食べられないですー。やきそばー、やきそばー」
「なんで焼きそばにそんなにこだわる・・・」
吉澤はそう言いつつ、辻を引っ張り出すのはあきらめる。
泣く子と保田にはかなわない。
なんとなく、やきそばは口実で単に嫌がっているように感じなくもないが、やきそばが食べたいのも本音に見えてよくわからない。
そのまま戻るのもなんだったので、サラダをつまみつつ壁際の椅子に座っていたあやかと市井を引っ張って後藤のところに連れて行った。
「よお、ひさしぶり。勝ってやったぞ」
「別に市井ちゃんの力じゃないでしょ」
「だから、年上には敬語を使えと何度言ったら」
「ごとー、三年生になったのに、高校生の集まりなのに、年上がここにいるの? おかしいなあ?」
「おまえ、遠まわしに嫌味言うようになったのか?」
「元々ですーだ」
なんか大人ぽくなったなあ、と後藤のことを吉澤は見ていたが、こうやって子供っぽい発言も出てくるとなんとなくほっとする。
「あ、そうだ。やぐっつぁん明日来るって」
「矢口来るの? わざわざ東京から?」
「旅行のついでって言ってた。連休に北海道旅行で周るついでに半日見に来るって」
「へー。そうか、そういう感じで見に来た観客って結構いるんだろうな」
滝川は札幌と旭川の中間あたりにある。
午前中に旭川の動物園を見て、夕方に滝川でバスケを観戦し、夜は札幌に泊まるというような家族連れも今日の観客の中にはいた。
単独でこの滝川カップだけを遠方から見に来たという人はあまりいないが、旅行の中の一行程として組み入れた人たち、というのがそれなりの数いた。
「よっちゃんさん、おつかれ」
「ああ、藤本さん。すごいね・・・」
「ん? これ? 寮生、あんまり高価なもの食べてないからね」
今度は藤本が皿にハンバーグを二つとローストビーフ一欠けらと鳥のから揚げ三つと焼き鳥二本を乗せて現れた。
「よっちゃんさんのとこ、なんかいいチームだったじゃん」
「そう? あんまり人から褒められたことないからよくわかんないなあ」
「あれに福田明日香が加わるんでしょ。上も下もそろってて、バランス取れてていいチームだよね」
「長くやってるメンバーってのがあるかもしれないけどね。藤本さんのとこも、他も、今日は一年生大分使ってたでしょ。うちはほとんど辻一人だけだったし」
「でも、それも強みでしょ。冬の選抜はわかんないけど、インターハイくらいでまだ一年がフィットしてなかったりすると、二三年生主体で固まってるチームのが強いかもよ」
「だといいけどねえ」
明日試合する相手に今日の段階で褒められる、というのはどこまでまともに信じていいものなのか。
悪い気はしないが、あまり真に受けてもよくないかなあ、と吉澤は思っている。
藤本が、説明してよ、という目で市井やあやかの方を見ているのに吉澤は気づいて、紹介した。
「こっちが副キャプテンのあやか。木村あやか」
「あやかです。よろしく」
「うちの副キャプテンと苗字が同じだ」
「へー、そうなんだ」
「でも同じなのは苗字だけかな。背は低いし、見た目子供っぽいし、外見は割と正反対」
なんとも返答しにくいので吉澤もあやかも適当に愛想笑いしておく。
「こっちは市井さん。市井紗耶香さん。高校入学してから四年目に入るけど今は三年生です」
「普通にダブったわけじゃなくて留学してたんだ。よろしく」
「へー、留学。じゃあ、よっちゃんさんの先輩になるの?」
「そういうことになるかな」
「本人前にして聞いちゃうけど、やりづらくない?」
「はははははは。えーあー、どうだろう」
笑ってごまかすにごまかせず、吉澤は市井の方を見ながら口ごもる。
市井も笑っていたのでまあいいか、と本音で答えてみた。
「ちょっとやりにくい」
「そうだよねえ。うちもさ、本当は先輩に当たる人っていうのがいるんだけど、どういう位置づけにしていいのかちょっと困ってるんだよね」
「へー。どの人?」
「ああ、今日は来てない。あの、去年事故で怪我してさ。それでまだ戻ってきてないんだけど、もうすぐ、戻ってくる感じで。いきなり一緒に練習ってわけには行かないみたいだから、その辺はまだいいんだけど、うち、寮でみんな一緒に暮らしてるでしょ。そこでどういう風にしたらいいのかなあ、と思って」
「普通でいいんじゃない?」
「普通?」
「うん、普通で」
意見を言ったのは市井。
どう考えても自分が黙ったまま通過させてもらえるテーマではないので、最初から口を挟んだ。
「変に持ち上げられてもこっちもやりづらいし。まあ、先輩って所だけ多少尊重してもらえれば、後はあんまり気にせずに普通に暮らしてればいいんじゃないの?」
「普通にねえ。あ、先輩だから、普通にですか」
「取ってつけた敬語だなあ」
「市井ちゃん、敬語使えって言うじゃん」
「お前は使え」
「二人知り合い?」
「いろいろありまして」
後藤まで入って来たので修学旅行の時のいきさつをあやかが解説する。
吉澤は、そんな会話を一歩下がって聞いていた。
市井さんは本当に普通に扱って欲しいのかなあ、と考えながら。
「えー、みなさん。あのー、大変盛り上がっているところ申し訳ないのですが、えー、そろそろ各校の代表の方から挨拶をいただきたいと思います。エー、みなさん、よろしいですか?」
唐突にマイクを通したあさみの声が会場に届く。
その声が届いて、次第次第に各々のトークの声が収まっていく。
そろそろ大丈夫かな、とあさみが続けた。
「じゃあ、まず最初に。運営面で大きな役割を担った富岡総合学園の柴田さんお願いします」
一番奥の方で後輩たちと座ってくつろいでいた柴田。
え、私? と戸惑って、周りに確認してから出てくる。
石川のバカ伝えなかったな、と藤本はちょっとあきれて見ている。
落ち着かない感じできょろきょろしながら出て来た柴田はあさみからマイクを受け取った。
挨拶は比較的短め。
長く話そうにも何も考えてきていないので、自然と短くなった。
続いて後藤、最後に吉澤。
それぞれ簡潔に、大会が開催出来てよかったこと、などなど、あまり心は打たないけれど無難な挨拶をこなす。
三人の挨拶が終わり、あさみが引き取って続けた。
「さて、ではここで、明日の昼に行う1on1トーナメントの抽選をしたいと思います。各校の代表二名、名前を呼ばれた人は前に出てきてください」
ああ、そういえばそういうのもやるんだっけ、という会話がごそごそとそこかしこで行われる。
チームとしての力の順列は、なんとなく大会前からそれぞれについている雰囲気があるが、個人の力量だけならわからないぞ、と割とそれぞれ思っている。
よそのチームから誰が出るのか、自分たちの代表が、自分が、相手とどんな力関係なのか。
ちょっと楽しみなイベントだったりする。
「滝川山の手、里田まいさん。藤本美貴さん。富岡総合学園、石川梨華さん、田中れいなさん。東京聖督大付属、後藤真希さん、亀井絵里さん。市立松江、吉澤ひとみさん、松浦亜弥さん」
期せずして各校のキャプテンがそろった。
キャプテンプラス一名という感じである。
一年生を入れた東京聖督と富岡、二年生の中心選手を入れた松江に、エースの三年生を入れた滝川。
学年もいろいろであるが、それよりも、ポジションもさまざまで、身長差があるという条件下であるところにも一種の面白味がある。
柔道の無差別級とそんな意味で共通性がある。
一人一人、メンバーたちの輪の中から前へ出て来た。
「はい、じゃあ、それでは抽選を始めたいと思います。8人は、それぞれそこにいる、うちの、滝川山の手の一年生新垣が持つ割り箸を引いていってください。割り箸に書いてある番号がそれぞれの番号です。1から8まであって、一回戦は、1と2,3と4と言う風に並びあう番号が、準決勝は、1と2の勝者と、3と4の勝者が対戦する、というかたちです。もし、一回戦から同じチーム同士の対戦になっても、それはそれとしてそういうものとします」
新垣が8本の割り箸を持って立っている。
それとは別の一年生が、壁に大きな白い模造紙を貼った。
そこにトーナメント表が書かれ、あとは各番号のところに名前を付け足すだけ、という状態になっている。
「それぞれ、適当に引いちゃってください」
前に出てきたメンバーは、互いに顔を見合わせながら、変な牽制をしている。
なんとなく、一番最初に引きに行くのはでしゃばっているようで気が引ける。
そんな空気を察して、立場的に一番引きやすい藤本が最初に引きに行った。
それを見て周りのメンバーも新垣のところに集まる。
藤本が一本目を引いて、その他の選手たちも次々に引いていく。
なんとなく最後に残った一本を石川が取った。
「じゃあ、あの、それぞれ、自分の名前を言いつつ引いた番号を教えてください」
自然な流れで8人は横一列に並んでいる。
その端からあさみはインタビュー形式でマイクを向けて行った。
「えーと、藤本美貴。滝川山の手のキャプテンです。8番引きました」
「はい、滝川の藤本さん、8番です」
その場で聞いて、その場で書き込むので多少手間を喰う。
一年生がトーナメント表の8番のところに、藤本(滝川)と記す。
「市立松江でキャプテンやってる吉澤ひとみです。五番引きました」
「はい、松江の吉澤さん、五番です」
そうやって順番に番号が埋まっていく。
松浦が一番で、亀井が六番を引いて、まず吉澤と亀井の一回戦が固まる。
後藤は三番、里田が四番、二組目は後藤vs里田。
会場は、一つ一つ組み合わせが決まるごとに、ざわめきが起きる。
特に、自分たちのチームの選手が決まると、その輪が盛り上がる。
残りは二人、富岡の田中と石川。
空いているのは、松浦と当たる二番と、藤本と当たる7番。
その場にいる多くの人がなんとなく、この辺で予感を感じ始めていた。
「はい、後二人です。次どうぞ」
「田中れいな。富岡総合学園の一年生です。二番引きました」
おー、と会場がどよめく。
誰も一年生の田中のことなんか気にしちゃいない。
田中が松浦の隣に入ったので、自動的に石川は7番で藤本のところに入る。
結構多くの人が見てみたかった組み合わせが一回戦から組まれた。
「はいじゃあ最後。一応確認します」
「富岡のキャプテンです。石川です。7番引きました。ミキティには絶対勝ちたいと思います。みんな、ハッピー?」
会場が、さーっと引いて行った・・・。
「引いちゃったねー」
抽選の後、戻ってきた石川に柴田が言ってみる。
「うん。まさか最初からミキティになるとは思わなかった」
そっちの引くじゃないよ、と心で思ったが言わない。
触れないのもどうかと思ったので突っ込んでみたのだが、本人が傷ついてないどころか、分かっていないようならそれはそれでかまわない。
「どうするの? 外から勝負? それとも身長差あるしポストで背負って勝負する?」
「明日その場で決めるよ」
「パサーは誰にするの?」
「高橋でしょ、やっぱり」
「そっか」
1on1のルール。
ハーフコートでの一対一。
最初は、オフェンスの指定した第三者が中央でボールを持ち、プレイヤーは右サイドか左サイドか好きな方にいる。
動く場所に制限はなく、オフェンスがボールを受けられる位置にきたらパスを入れる。
五秒オーバータイムは有効。
オフェンスが一度もボールに触れずにラインを割ったら、パサーのミスという扱いで無効としてやり直し。
ボールを受けたらあとは好きにすればいい。
リバウンドをオフェンスがとった場合はそのまま続ける。
打つ手が無くなった場合は一度に限りトップにいる第三者に戻して仕切りなおし出来る。
オフェンスとディフェンスを一度づつ行い。点を多く取った方の勝ち。
最初に二点取られても、スリーポイントで返せば、3−2で勝ち、というルールだ。
ファウルは、シュートファウルの場合は、フリースローかもう一度やり直しかをオフェンスが選べる。
それ以外のファウルは、ファウルを一つカウントしてもう一度オフェンスをやり直し。
同点の場合はファウルの数が多い方を負けとするが、0−0の時はファウル数は保持したままもう一度オフェンスディフェンスを行う。
オフェンスファウルは、ファウル数は1カウントした上でオフェンスは終了。
同点でファウル数も同じ場合は、先行と後攻を入れ替えてもう一度行う。
それでもまた同じなら、何度でも繰り返す。
レフリーは、出場者以外のチームの誰かが行う。
「じゃあ、ちょっとご挨拶してきますか?」
「ご挨拶?」
「うん。梨華ちゃんはミキティだからいまさらだけど、田中は挨拶させとこうかなと思って。なんか、うちのメンバーだけでご飯食べて話してるってのもさ、あんまりよくないのかなって、こういう時、思うし」
「そっか。じゃあ、私も行く」
二人で道重にまとわりつかれていた田中をピックアップする。
ついでに、近場にいた高橋も引っ張って、松江のメンバーが数人いるところへやってきた。
「えーと、松浦さん?」
「はい、そうですけど」
「富岡の柴田です、どうも」
「はあ、どうも」
「田中が明日勝負させてもらうことになったんで、挨拶に来ました」
「いやいやいや、なんかすいませんそんな丁寧に。一年生、だったよね?」
「はい、富岡総合学園一年の田中です。よろしくお願いします」
「さすが、名門。礼儀正しいですねえ」
「この子、時折変に堅いって言うかかしこまるって言うか、そういうとこあるんですよ。うちがみんな礼儀正しいってこともないですよ。ほら、ハッピーとかやっちゃう寒い人もいるし」
「あはは。そっか。そうですね」
「なによ、寒いって」
「でも、見てて全然そういうイメージなかったからびっくりしましたよ。もっとこう、すました感じの人だと思ってたから」
富岡のキャプテンという立場、プレイ面での実力、見た目。
本人と接したことがなく、断片情報としてそういったものだけ持っていると、石川はそういう風に見えてもおかしくはないのかもしれない。
「石川さんともう一人は柴田さんか高橋さんかなあって思ってたんですけど、違ったんですね?」
「へ? ああ。私も高橋もスリーポイントの方出るんで」
「あー、そっか。そっちに出るんですね。じゃあ、そうだ、辻ちゃん。ほら、挨拶」
「ふいほおみ、いひえんえす」
「なにもぐもぐしながら言ってるの。ほら、ちゃんと食べて」
人の話はほとんど聞かずに、辻はやきそばを食べていた。
不意に松浦に話を振られても、無理である。
中学生じゃないのか? という富岡のメンバーたちの視線を浴びつつ辻はゆっくりとやきそばを咀嚼する。
改めて口を開いた。
「つじのぞみ、一年です。スリーポイント大会出ます。よろしくお願いします」
「はい、お願いします。富岡の三年、柴田です」
「高橋愛。二年です」
「あー、そっかー、高橋さん二年なんだ」
「そうですけど」
「なんか、三年生はいっぱいだし、今日見てると一年生も結構試合出てるのに、二年生目立たないじゃないですか。1on1もエントリーした二年生私だけだし。だから、頑張りましょうね。1on1では松浦が優勝するんで、スリーポイントは高橋さんが優勝しちゃってください」
「それなんか三年の立場ないなあ」
「いいんです。先輩たちは二年生を陰で支える感じで。これからは二年生の時代です」
二年生の時代かどうかはしらないけれど、よくしゃべる子だなと柴田は松浦のことを思った。
高橋と比べると、しっかりしてそうな印象だ。
「それもあるけど、明日は試合もあるんですよね。まず、それ何とかしないと。どっちにつこうかなあ」
松浦は柴田と高橋と交互に見る。
ポジション的にはそういうポジションだ。
スタメン自体が流動的なので、その場になってみないと誰が誰のマークに付くかわからない。
「国体出られなかったから、楽しみなんですよ、明日」
「松浦さんって、国体の時ギブスしてベンチに座ってた?」
「そうそうそうそう。覚えててくれました?」
「なんか、よく通る声の子がいるなあ、と思って」
「声か。そういえば点差離されてベンチ沈んでたりしたからなあ。私一人で騒いでたかも。明日はベンチじゃないですから。ちゃんとコートの上で目立ちますから」
「自信たっぷりだなあ」
虚勢張ってるようには見えない。
自分もこれくらい自信持っていろいろ出来たらなあ、とうらやましい感じである。
話はそれくらいで切り上げて、おなかもちょっと落ち着いてきたのでフルーツのところへ向かう。
皿が見当たらないので、田中が探しに出た。
「あれくらい自信持てるとええですね」
「そうだね。なんかうらやましいくらいだった」
高橋と柴田、あまりないツーショットである。
「福田さんだけじゃないんですね」
「なにが?」
「二年生。福田さんだけ見てればええって思ってました。他のチームもあんまりすごいって思う子おらんかったし。でも、あんな子もおる。負けたくないです」
「そうだね」
そういえば、梨華ちゃん並みに負けず嫌いだったなこの子、と柴田は思い出す。
試合はともかく、スリーポイント大会では高橋もライバルだ。
本当は1on1の方が出たかったのだけど、田中を出したい、という和田コーチの意向もあって柴田はスリーポイントの方に回った。
田中は外のシュートがまったくないわけではないが、スリーポイント大会なるものに出せるほどではない。
だけど、何かに出したいと思った和田コーチが、1on1に田中をねじ込んだので、柴田は外れる結果になった。
ユーティリティプレイヤーというと聞こえはいいが、ただの便利屋扱いだよなあ、と不満がないわけでもない。
歓迎レセプションは、お酒も入っていないのにあちこちでしっかり盛り上がった。
多少、自分たちのチームで固まる傾向はあったけれど、それでも、なんとなく顔見知り同士、という意識になっているスタメンレベルの選手たちは、柴田が田中を連れて松浦のところへ行ったように、適度に交流されている。
コーチ陣はコーチ陣同士で固まるしかなかったが、女性二人と男性二人と、それぞれに別れるような感じになった。
男性二人は、日本のトップのコーチと化学教師というまるでかみ合わない組み合わせなので、話がどうにも弾まない。
女性二人の方は、バスケの技量、コーチとしての能力という面では大差があったが、それでもこちらは会話はしっかり成立した。
年齢上位の中澤が、相手の能力を認めて下手に出ていた。
いろいろなことを教えてもらう、という立場をとっている。
料理もほとんど消費し、飲み物もたっぷり飲んで、レセプションは無事に終了した。
全メンバーで片付け。
こういった会には珍しく残飯がほとんどないので手早く進む。
さっさと終わらせて、各校の迎えのバスにそれぞれ乗り込んでいく。
滝川も滝川で、自分たちの通学バスへ。
バスを四台連ねて、一つの場所へ向かった。
一年近く前、事故のあった場所。
そこへ集まり、花を手向けて手をあわせる。
藤本が、これは日程の中に入れたいと主張して、誰の反対もなく通った。
こういった先輩たちがいて、自分たちがいる。
歴史があって続いているんだ、というのを忘れたくない。
そこで解散し、各チームは宿へ戻っていく。
初日の日程は終了した。
二日目、一試合目の開始は九時半。
さすがに観客はまだそれほど多くない。
そうなるのは分かっていたが、一日二試合を各チームがこなすには、昼のインターバルを長く取らないといけないので、どうしてもこの時間の開始になった。
実際には8時にはもう体育館にいてアップを始めている。
第一試合は滝川山の手vs東京聖督。
冬の選抜一回戦の再戦である。
ただ、その時とは大きくメンバーが違っていた。
「今日は変なゾーンはやってこないだろう。まあ、やってきたらやってきたで自分たちで考えればいい」
試合前ミーティングでの石黒の言葉。
冬の選抜で見せられたトライアングルツー。
最終的には打ち破ったが、かなりてこずらされた。
「新垣。40分コートにいるつもりで試合しろ」
「はい」
「分かるか? 言ってる意味が」
「分かります」
「どういう意味だ?」
「40分試合に出てるって意味です」
「・・・、まあいいや。藤本はこの世にいないくらいの感覚でやってみろ」
またベンチかよ、と聞きながら藤本は思う。
この世にいないは先生としてありな発言なのか? と突っ込みたい部分ではあるが、口には出せない。
「里田は向こうの四番と勝負だ。ボールもらってから勝負じゃないからな。ボールもらう前から勝負だ。分かるな?」
「分かります」
「どういう意味だ?」
「ボールを受けた時点で、もう五分と五分じゃないというか」
「自分がボールもらうときは、持った時点で6−4とか7−3くらいになるようにしろ。ボールを持ってすでに優位な状況を作れ。そういう時に勝負。そうでなければ戻す」
ボールを持ってから勝負なら、ボールが手元にあるときだけ集中していれば良いが、その前から勝負と言われると、始終集中していないといけない。
対する東京聖督ベンチはのんびりとしたものだった。
「あいぼんとえりりんは去年の試合知らないんだよね」
「しらないです」
「あのねえ、強いよ」
「どんな風に?」
「どんな風だろう。うーんとねえ、強いの」
説明する言葉がなんとも出てこない。
後藤さん、頼れるんだか頼れないんだかよくわかんないんだよなあ、というのが一年生の印象である。
戦略、戦術、特になく試合に臨むことになる。
出だしはそれでも互角に始まった。
東京聖督の、ボールを運んで後藤に送る、というシンプルなバスケットが通じた。
まず、ボールがしっかり運べる。
次に、後藤へパスを入れられる。
後藤が点を取る。
この三つがこなせれば、東京聖督はオフェンス面ではそれなりに機能できる。
出だしはそれが出来た。
加護が十分に力を発揮した。
加護が良いのか相手が悪いのか、マッチアップの新垣を問題にせずボールは運べるし、パスも出せる。
ボールを受けた後藤もしっかりと点が取れる。
里田相手に完勝とは行かないが、押さえ込まれるとまでは行かず、順調に点が取れる。
滝川はしっかりとしたゲーム作りは出来なかった。
藤本がいない。
新垣だと、イメージのあるパスが入ってこない。
ここ、というところでボールが来ないのだ。
里田は、ボールを受ける前から勝負と言われたが、里田がその良い状況を作れても、そのタイミングでパスが来ない。
結果として、パスを受けて五分と五分の状況から始めないといけなくなる。
ただ、それでも点は取れた。
里田自身で後藤と勝負してある程度勝てる。
それプラス、もう一枚のセンターがいた。
ゴール下でつなぐ。
二人にコンビネーションというよりは、里田が何とか合わせているという形ではあるが、ゴール下二枚で点が取れる。
後藤も、そのもう一枚を気にしながらのディフェンスになりがちで、里田一人を抑えきれない。
試合は打ち合いの様相を呈して進んでいく。
一クォーターは25−23滝川リード。
二クォーター、五分を過ぎて39−35 滝川が四点リードの場面でタイムアウトを取った。
「15分で35点も取られちゃまずいだろ」
石黒が落ち着いた調子で言う。
ある程度想定していた結果なので、いらだちはしないが、想定を超えて欲しいという思いもある。
「藤本、ちょっと何とかして来い」
「はい」
ここで藤本を投入する。
新垣は外されるかな、と思ったけれどフロアに残された。
「マーク変えよう。藤本が12番、新垣は14番、安倍が7番な」
今までは12番の加護に新垣が付いていて、14番の亀井には麻美が付いていた。
それを組み替える。
単純に勝つことを考えたら、加護に藤本はともかく、亀井には麻美をつけておいた方が、新垣をつけるより安全であるのだが、あえて石黒は新垣には厳しい相手を残す。
「ここまで、外がだらしないから、オフェンス外から勝負しろな。後、ディフェンス。四番にある程度やられるのはわかる。まあ、里田がシャットアウトするのが理想だけど、そう簡単にはいかないだろ。だけど、あそこにあんなにボール入れられたらダメだろ。ちょっと考えろよ、上三人」
三人の問題じゃないだろ、と藤本はちょっと言いたかった。
これは一人の問題だ。
新垣が全部悪い。
ベンチで見ていてそう思った。
ゲーム再開。
東京聖督はいきなりボールが運べなくなった。
昨日もある程度力を発揮できたし、今日もここまで苦労なくできていて、ちょっといい気になっていた加護。
マークが変わって突然手も足も出なくなる。
藤本がやけに動きが良いというのもある。
自分よりも明らかに落ちる人間をスタメンに使われてベンチに座っている。
それを経てコートに上がってきているので、動きたくて仕方ないのだ。
普通にスタメンで出ているときは、40分の流れを考えつつプレイしたりしているが、今日はそんなこと頭にない。
今、目の間にいる相手をぶちのめす。
単純だ。
加護はボールを運べないし、それ以前にボールを受けるところがうまくいかない。
そうなると東京聖督は苦しい。
逆に、藤本がゲームを作るようになったので、滝川に一気に流れが傾いた。
ハーフタイムを51−40で迎える。
東京聖督は、ここでどう立て直すかというのを考えられるメンバーがいなかった。
監督は座っているだけの人。
後藤も、戦術眼のようなものはあまり持ち合わせてはいない。
ゲーム全体を見る、という意味では加護あたりがその役目を負っていくことになるのかもしれないが、今回の場合は自分自身が原因で流れが傾いたというのもあり、冷静に状況を判断できない。
かろうじて、ボール運びを亀井にしよう、というのだけがハーフタイムでの決め事になった。
後半、亀井にボールを運ばせたことで、東京聖督は持ち直した。
新垣が亀井を止めきるというのはなかなか難しい。
加護は押さえ込まれたが、後藤と、また亀井のミドルの二つが得点源となる。
しかし、滝川の方が一枚上手だった。
ゴール下に二枚、さらに麻美のスリーポイント。
藤本自身もカットインで切れ込んで点を取れる。
三クォーター終わって75−53
セイフティリードと言えるところまで点差を広げて最終クォーターに入る。
ここまで来るともう新垣はへろへろで、石黒コーチの声も耳に入っていなかったが、それでもコートに残された。
逆に、藤本がベンチに下がる。
本音としては、もう代えてくれ、と新垣は思っているが、藤本を下げられて、ゲームもお前が作れ、と言われた。
そんなこと言われても、もう、頭も体も付いてこない。
マッチアップは元に戻って加護。
ただ、これは、序盤のように好き放題にやられる、ということにはならなかった。
加護も、藤本を相手にこてんぱんにやられていたので、疲れきっているのだ。
東京聖督の場合は、それでもベンチに下げれらない、というチーム事情によって加護はフロアに残っている。
結果的には互角の勝負、といった形になり、また、両チームともガードがぼろぼろという状況では、後は個人技に頼るしかなく、終盤は凡戦の様相になる。
最終スコアは92−68
滝川山の手が勝利した。
「点取られすぎだろ」
「やぐっつぁん!」
試合を終えて東京聖督が引き上げていくと小さいのが声をかけてきた。
矢口真里である。
「いつから来てたの?」
「三クォーター途中から。九時半開始とかありえないだろ」
「やぐっつぁんだって、この間までそんな日程で試合出てたじゃんか」
「大学生はガキとは違うんだよ。九時半から体動かすなんて暮らしは出来ないんだよ。ったく、東京聖督のOBだから入れてくれって言っても、一般の入場は500円ですとか言って金取られるし」
「よかったじゃん。一般って認めてもらえて。中学生以下は無料だよ」
「うるせーよ」
最初から何も言わなければ中学生以下無料で入れたかもしれないが、OBと言ってしまった時点で高校生以上の年齢である。
二日目のまだ早い時間で、ぎりぎりプログラムが残っていてそれを入手できたのが、せめてもの救いだろうか。
「それにしてもなんだ今の試合」
「なんだって、そのままだよ」
「ちょっとは考えて試合しろよ。なんで、途中で四番下がって、へろへろのガードが相手なのに92点も取られるんだ?」
「知らないよ」
「知らないよじゃないって。それを考えるのが後藤の役目だろ」
「だから知らないって。後藤にそんなこと出来るわけないじゃんか。加護ちん考えてよ」
「???」
引き上げる途中で矢口に捕まった。
立ち止まって会話していて、後藤のすぐ隣には加護がいる。
「どなたですかぁ?」
「やぐっつぁん。去年のキャプテンの人」
「加護、加護なに?」
「加護亜依です」
「ふーん。戦術とか戦略とか考えるの好き?」
「戦術ってなんですか?」
「・・・」
矢口はなんだかめんどくさくなってきた。
自分がキャプテンだった頃、後藤にあれをしろこれをしろと指示を出すと、プレイ面では結構答えてくれた。
ただ一つ、まともに返ってこなかったのが、何々を考えてくれ、という問いだ。
考えろ、と後藤に言ってもまともな答えが返ってきた試しがない。
こうやって話していると、後藤といい加護といい、どうにもかみ合わない。
めんどくささと、変ないらだちが混ざって、思わず言ってしまった。
「もういいよ。午後の試合はおいらがベンチで監督やる」
「やぐっつぁんが?」
「午後の相手は?」
「富岡だよ。やぐっつぁんが監督やったら勝てる?」
「勝てるかバカ! それは相手が悪すぎだろ。でも、とにかくおいらがやる。ベンチから指示が何も出ないよりいいだろ」
「いいけど、いいの?」
「あんな試合見せられて黙って見てられるか。まったく。加護、加護ちゃん。一年じゃ結構きついかもしれないけど、ガードならゲーム全体見渡して指示とか出せないとダメなんだぞ」
「はい」
返事はいいんだけど、大丈夫かなあ、と矢口は思いつつ加護の顔を見ていた。
第二試合は東京聖督対市立松江。
一勝同士の対戦である。
試合前、中澤が珍しく多少長めのコメントを選手たちに与えた。
「あんたら、今年まだ無敗やろ。チームができて四年目で県内で敵なしか。大したもんやなあ」
「たまたまですよ」
「たまたまであんなに勝てんやろ。ちゃんと力があるから勝ってきたんやと思う。だけどな、今日の相手は違う。みんな分かってるやろうけど。今日の二試合は今までの相手とは全然違う。富岡も滝川も全国のトップクラスのチームやな。私は覚えてるよ。去年の末に吉澤が言った言葉。このチームの目標はウインターカップで優勝するって」
「言いましたよ確かに」
「それが無茶な夢なのか、ちゃんとした目標なのか、それが今日の二試合で見えてくるんやろうと思う。明日香がおらん。それは大きなハンデやろとおもう。だけどな、それをひっくるめても、今日は無様な試合はできひん。勝てとは言わない。今日、今現在の力で上回ってるとは思われへん。でも、明日香がおって、もう少し力をつければ勝てるかも、と自分たちで思えるくらいの試合はせえへんと、ここまで来た意味があらへん」
県内のレベル、中国地方のレベルを超えた相手が今日の二チームである。
それに勝てればもちろん、勝てないまでもどこまで出来るかというのが今シーズンへの試金石になる。
「半年位前やったか。あややはベンチに杖突いて座ってたし、辻はまだおらんかったけど、後のメンバーはあのチームと試合したな。技術的な中身がどうとか、そういうのはいいとして、はっきり言って名前負けしてた。萎縮するというか、なんというか、腑抜けみたいな試合見せられたのを私は覚えてる。あんな試合するようなら、多分この先はないと思う。特に吉澤」
「はい」
「マークに付くのは有名人かも知れへん。でもな、それはそれとして横において、名前負けもせず、しっかりやりや」
「分かってます。この大会作るのに、石川さんともいろいろ話してみて、超人でもなんでもなく高校生なんだって分かりましたから」
「ずいぶん寒い高校生みたいですけどね」
「あやや。あんた今日の試合の鍵やからな。国体の時は出てへんし、マッチアップも一番楽そうで、それに辻のフォローもしないといけないし」
「私にボール集めてくれれば、どこからでも点を取りますよ」
「あややが一番変わったよこの一年で」
「え、なんか言いました? 吉澤さん」
「なんでもない」
国体の時とはベンチの雰囲気は大分違った。
両チームのスタメンがフロアにそろう。
富岡は、一年生をスタメンに入れてきた。
松江の予想とは違うメンバーである。
松浦はベンチを見て確認を求めるが、中澤は特に指示をしなかった。
「辻ちゃん、14番にしようか。一年生みたいだし」
「はい」
「私は8番つくんで、市井さんが五番でいいですか?」
「元々私五番だって」
「じゃあ、お願いします」
昨日のスタメンを見て、マッチアップの予定を決めていたのだが相手が変わったのでその場で組み替えた。
高橋には辻が付く予定だったのが、一年生が入ってきたので辻をそちらにつけて、予定の相手が出てこなかった松浦が高橋に付く。
センターも想定とは違ったが、そこは考えるまでもなくあやかがつくことになる。
「よろしくお願いします」
「よろしく」
キャプテン同士で握手を交わし、全体で挨拶をし、ジャンプボールの形態を整える。
サークルの中に入ったのは石川と吉澤だ。
身長はやや吉澤の方が高い。
他のメンバーも、特に行き違うことなくマッチアップを捕まえた。
田中に辻、高橋に松浦、柴田に市井、道重にあやか、そして石川に吉澤。
ジャンプボール、先に吉澤がボールに触り、後ろにいる松浦に落とした。
富岡の意向はわからないけれど、松江としてはこの試合真剣だった。
昨晩、富岡−滝川戦のビデオまでみて戦術を練ってきた。
やり方としてはある意味でオーソドックスなもの。
インサイドが穴だ、とみなした。
そこを攻めるのはいつもなら吉澤なのだが、今日はあやかを中心にする。
想定通りにマッチアップが組まれれば、石川が来る吉澤では苦しいので、あやかで行こうというのが昨晩決めた約束事だ。
あやかに攻めさせるために周りがどう動くか。
ポイントは、中を広くすること。
そのために吉澤が外へ出てくる。
出だし、松江の思惑通りに進んだ。
外でまわしてあやかに送ってゴール下からシュート。
道重を相手にあやかは割とたやすくシュートまで持って行った。
道重はブロックにも飛んでこない。
ただ、スクリーンアウトだけはきっちりしていてシュートを打った後のあやかは、よろめくほどの外に押し出す圧力を受ける。
この、ゴール下あるいは少し離れたミドルレンジからのあやかのシュートが序盤よく入った。
一対一での勝負になるので、ガードからのキラーパスのようなものも必要なく、外に開いた吉澤からのバウンドパスをローポストで受ける、などの単純なやり方でシュートまで持っていけている。
富岡の方は外からの攻撃が多い。
今日は柴田がよかった。
フリーでゴール下に駆け込んでシュート、一対一で切れ込んでの崩し、外に開いてのスリーポイント。
柴田に送れば何とかなる、というような状態だ。
ベンチでは柴田と同じように高橋にも、自由にやれ、スリーポイントも打っていけという指示が出ていたのだが、こちらはあまりうまく行かない。
柴田がいいので柴田にボールが集まるというのもあるが、松浦に押さえられてしまっているという面もある。
一クォーターは松江が16−14とリードして終える。
「石川、五番にもう少し圧力掛けられないか?」
「五番にですか?」
「向こうの四番、外はないだろ、たぶん。あったらあったで修正する必要はあるけど、十分見た感じだと外はないと思って対応していいと思う。相手を甘く見ないでディフェンスするのは大事なことだけど、正確な力量を見極めた上で、それに応じて他のカバーを考えるのも必要だぞ。誰もが石川や、中村学院の是永さんみたいに出来るわけじゃないんだ」
石川は、吉澤に自由にプレイさせない、というディフェンスをしていた。
インサイドではボールを入れさせない、外に開いたときにボールが入るのまでは仕方ないけれど、即シュートが来てもブロックできるような位置関係にいる。
外からシュートがない、というようなプレイヤー相手だとそこまでするのは無用である。
形として、単に外に引きづり出された、ということになって空いているインサイドを使われてしまう。
「四番がスリーポイントラインくらいまで出てるときは、ゴール下見ながらのディフェンスでいいよ」
「はい」
「道重も、ミドルは打たせとけばいいけど、ゴール下はもうちょっと考えろよな。シュートの前から圧力かけないと。さすがにゴール下で自由に打たせると、みんな決めてくるぞ」
「はい、考えます」
考えます、は答えとしてどうなんだ? と和田コーチは思った。
二クォーターに入り松江の優位は崩れてきた。
あやかへのボールが入れづらくなった。
石川に限らず、他のメンバーも相手の狙いが見えているので、やはりそこをケアするようになる。
また、道重があやかをゴール周りでは自由にさせなくなった。
あやかからすると、押しても引いても動かないというような感じである。
リバウンドを取れるのが、魅力があってボールが寄ってくるからなどと言っていて、本人はもしかしたら本気なのかもしれないが、事実としてはポジション取りがうまいというものである。
シュートを打った段階で、頭で考えるのではなく感覚的にどこにボールが弾んでくるかが分かって、そこに陣取れるのだ。
そして、そこからてこでも動かない。
ちょっと頭がどうにかしたお嬢様風な発言や顔に似合わず、意外と重さがあって踏ん張りの利く体をしている。
リバウンド時に限らず、この場所を押さえる、となったらそこから弾き出すことが出来ないのだ。
道重は二クォーターに入って、ゴール下のあやかがここで受けたい、という場所を先に押さえるようになった。
ボールが周って、その場所が動いても、先に先にそこを押さえる。
押さえるべき場所は、左脳ではなく右脳が指示してくれる。
そこに入ったら、押しても引いても動かない。
考えろと言われ、考えますと答えた、その中身がこれだった。
オフェンス面では柴田に続いて石川が力を発揮し始めた。
一クォーターは柴田もよかったし、自分は様子見という感じでいたが、今日は外から勝負だな、と相手を見て決めて動き始めた。
外からドリブルで突破したり、中へ走りこみながら受けたりと、外から中への動きを何度も見せておいて、今度は外でそのままスリーポイントを打ったりする。
石川と柴田のスリーポイントがよく入った。
道重がオフェンスリバウンドでも拾ってくれるというのが大きい。
その安心感を持って外から打てるので、逆にシュートがしっかり入っていく。
二クォーターに入ってすぐに逆転し、そのままリードを広げる。
40−28 12点の富岡リードでハーフタイムを迎えた。
「入りすぎだろスリー・・・」
ベンチに戻ってきた吉澤が、ドリンクを口にしてから一言言った。
前半だけで石川が四本、柴田に至っては五本のスリーポイントを決めている。
富岡の得点の7割がスリーポイントによるものだ。
「その前に打たせすぎなんですよ」
「あややはしっかり抑えてるな」
「スリー打ってくると思ってディフェンスしてればそれほど打たれないですよ」
「それはそうかもしれへんな。吉澤、もうちょっときつく当たらんとダメなんと違うか?」
「それやるとドリブル突破止められないですよ、私には。外からのスピードには対応できない」
「でも、外から打たれる方がつらくないですか? 三点だし」
松浦、中澤、吉澤、三者の会話。
そこにあやかが入って来る。
「ゴール下は私がカバーするよ。だから、よっすぃーはもうちょっときつく当たっていいんじゃない? ホントにすっかり抜かれると、私じゃどうしようもないけど、コース半分くらいで付いていけば二人で挟めるから。向こうのセンター、オフェンスは動きもよくないし、そっちを見る余裕はあるよ」
「じゃあ、当たってみる? あんまり自信ないけど」
「吉澤さん、外のディフェンスもしっかり出来るようにならないとダメですね」
「あややにダメだしされると思わなかったよ。なんかちょっと福田が入ってないか?」
「この三日間は明日香ちゃんの代わりも私がします」
「あーそうですか・・・」
実際、必要なんだろうなあ、と吉澤は松浦に言われたことを受け止めていた。
一番手近な強い人が飯田だったので、どうしてもそれをイメージして練習してきたが、この先はそういうことでもなくなってくる。
昨日の後藤にも外から決められるシーンが何度かあった。
今日、とは言わないが、最終的に富岡に勝つためには、自分は石川梨華について、互角の勝負をしないといけないわけで。
そのためには、外からの突破も、外からのシュートも、ある程度対応できるようにならなくてはいけない。
「シュートモーション早いから気をつけてくださいね」
「モーション?」
「ボール受けてからシュートまでが早いです」
「あややより?」
「それは知らないですけど、とにかく早いから。それは四番だけじゃなくて五番とか8番もそうですけど」
「まあ、なんとかしてみるよ」
なんとかなるものだろうか、と吉澤は思いつつも答えた。
後半に入ると、また松江の想定外のことが起きた。
富岡が前から当たってきたのだ。
昨日の映像を元に考えていたので忘れていた、というだけなのだが、富岡は一試合のどこかのタイミングで前から当たってくることが多い。
辻がこの網に完全に引っかかった。
富岡のガード陣のディフェンスを一人で突破してボールを運ぶのは辻にはあまりに荷が重過ぎる。
連続失点して松江はタイムアウトを取って局面の打開を図る。
対応策は、松浦を中心にボールを運ぶということだった。
松浦は高橋と、またダブルチームで付きに来る田中や柴田にてこずりながらもボールを何とか運んでいく。
オフェンス時の攻め手は序盤とは変えていった。
あやかが使いにくくなったので、そのあやかの方もケアしている石川を相手にする吉澤を使い出す。
動きのいい石川にボールサイドを抑えられると難しいのだが、ゴール下のあやかのケアもしている石川はそちらを押さえには来ない。
結果として、吉澤は石川を背負ったポストプレイがしやすくなる。
それでも時折、石川のジャンプ力にブロックされたりもするが、タイミングを少し外しさえ出来ればゴール近辺で吉澤が高さを生かしてシュートが打てる。
また、後半に入って松浦の得点力が生き始めた。
想定していた相手と違うマッチアップになり、多少警戒していたのだが、ハーフを終えてこの子が相手でもいけると自信を持った。
もっといいタイミングでパスがもらえれば、明日香ちゃんからならなあ、と思いながらも、五分の状況からでも自分で打開していく。
その二つがあったので、一気に離されて終わりということにはならなかったが、やはり後半開始早々に前から当たられたパンチは効いた。
三クォーターを終わって62−43と富岡がリードする。
富岡は三クォーター途中、オールコートディフェンスで足を使った田中を下げた。
これで辻が楽になったかというとそんなことはなく、フレッシュな相手が来て余計つらくなる。
また、三クォーターまでで35点と大活躍を見せた柴田も下げた。
代えても大丈夫そうなところからメンバーを下げていく。
松江も最終クォーター途中に、足が動かない辻を下げる。
春の県大会からの連戦ということもあり、各メンバーのスタミナ面でもかなり厳しい状況にあった。
松浦も、高橋を押さえ、自分で点を取り、辻のフォローでボール運びもしとここまで大車輪の活躍を見せていたが、さすがにそろそろきつい。
三クォーターにはゴール下で何とか得点を重ねていた吉澤だったが、ベンチの指示で、道重のフォローはいいから四番相手に専念しろと言われた石川を相手に最終クォーターはボールを受けることすら難しい状況になっていく。
ここに来て得点源は最初に戻ってあやかになった。
ゴール下のいいポジションは道重に抑えられてしまうのだが、ミドルレンジまで出てくれば自由にさせてもらえる。
自由にさせてもらえる、というのを認識して、しっかりと余裕を持って自分のリズムでシュートを打てているので、あまり得意ではないミドルレンジからも何とかそれなりに入った。
ただ、これだけでは追撃するには足りていない。
次第に、、石川も下げ、高橋も下げとメンバーを代えていき、得点力を落とした富岡なので、点差を拡げられはしなかったが、迫っていくことも出来なかった。
最終スコアは77−60 出だしに互角の場面はあったものの、結果的には危なげなく富岡総合学園が勝利した。
12時二十分、富岡−松江戦が終わって昼休憩である。
ここから次の富岡−東京聖督戦まで三時間弱のインターバルがある。
この間に、選手たちは食事をしたり、スリーポイント大会などのイベントがあったり、また、控えメンバーたちのゲームのいくつかも組まれている。
「スケジュールは予定通りでいいの?」
「うん。食事はうちの一年から受け取って。外か二階か、コート以外のとこで適当に食べて」
運営まで自分たちでやるものだから、キャプテンなどはかなり忙しい。
試合後のミーティングを終えて吉澤が運営者席に駆けつけて藤本に確認を取る。
メインコートのこの後の予定は、東京聖督と松江の合同チームと滝川のそれぞれ控えメンバーによる十分ハーフのゲームを一つ入れて、その後スリーポイント大会を行う。
一時半から1on1トーナメントで、これに三十分とって、続いて松江と滝川の合同チームと、東京聖督と富岡の合同チーム、それぞれ一二年生限定の15分ハーフの試合。
さらに、富岡と滝川の控えメンバーによる十分ハーフのゲームを挟んで、三時から富岡vs東京聖督の正規チームの試合になる。
イベントに出たり、控えゲームに出たりと各チームのメンバーがチーム内でもばらばらのスケジュールでそれぞれ動く。
藤本や吉澤のような運営関係者は、自分が出るイベントを挟みつつ、運営者席でいろいろな人の相手もある。
普通の大会の一日二試合の時のように、のんびり休憩というわけにはいかないのだ。
「よっちゃんさん、控えチームの指揮取ったりしないの?」
「へ? 知らない。そういえば誰がやるんだろ」
「合同チームはそういうの打ち合わせとかないでいいの?」
「さあ、先生がやるんじゃない?」
「うちは、まいとか麻美とか、スタメンで出てるのが順番にやるよ」
「へー、生徒がやるんだ」
「うん。なんか、生徒に結構やらせて先生は楽したいみたいよ」
楽したいわけではなくて、そういう立場でものを考えてみろという石黒の指導であったりする。
本来なら藤本にもやらせそうなところであるが、運営責任者で忙しいということと、全体を見て考えることが藤本はある程度出来ているというのもあってやらせていない。
「お二人、ちょっといいですか?」
「稲葉さん」
「どうも。大分忙しいみたいね」
「忙しいですよ」
「時間いいかな?」
「よっちゃんさん、食事どうするの?」
「ミキティは?」
「私はもう食べたから。1on1の前に食べとくなら早い方がいいんじゃない?」
「んー、その後のが時間長いから、後で食べるよ」
「じゃあ、二人とも時間大丈夫?」
運営者席にいると、こうやっていろいろな人に捕まってしまう。
稲葉は、なんで福田さんいないんだ、に始まって試合のこと、チームのこと、大会を作り上げたこと、いろいろとはなしを聞いて行った。
「うわ、あれ、なんでいるんだ?」
「あれ?」
「あのチビ。卒業したんじゃなかったの?」
視線の先、メインコートでは東京聖督と松江の合同チームと滝川のそれぞれ控えメンバーのゲームが行われている。
東京聖督と松江の合同チーム側ベンチで、私服姿で立ち上がってコートに向かって指示を送る矢口の姿があった。
「矢口さん、なにやってるんだ・・・」
「そっか、よっちゃんさん、転校前にいた学校だから知ってるんだっけ? あれ卒業したんじゃなかったの?」
「旅行のついでに寄るっていってたかな。卒業はしてるよ。ちゃんと大学生。でも、旅行のついででなんで監督やってるんだ?」
目が点、のような感じだ。
二人とも予想していなかった姿である。
矢口にとって直接の後輩に当たる東京聖督だけでなく、松江の一年生にまでも指示を飛ばしている。
藤本は首を何度か振って見なかったことにしようとした。
十分ハーフのゲームは滝川がリードしている。
人数が多いというのは控えメンバーのレベルにも幅があるということではあるが、その中でも上の方のメンバーがここに出てきているようである。
「あの子スタメンで出てなかった?」
「ん? ああ、新垣か。一応ね」
「サブゲームでそれ使うの反則じゃないの?」
「本当はあのレベルでやってるべきなんだよああいうのは。なんでスタメンで使うのかさっぱりわかんないんだけど」
後輩に向かってなかなか手厳しい一言である。
吉澤も、よその一年生についてそれ以上あれこれ言いづらく、言葉はつなげなかった。
サブチームのゲームが終わって、続いてスリーポイント大会に移っていく。
滝川の二年生が何人かやってきて運営者席を埋める。
それを待って吉澤と藤本は席を立った。
「美貴、パサーやるから行くね」
「忙しいねえ」
「どうしても美貴に出してくれって言うからさ。美貴も1on1出るのにパサーやれって言ったから、交換条件で」
「ふーん、まあ、頑張って」
「じゃあ、後で。準決勝で会いましょう」
「自信ありげだなあ」
「石川相手に負けるわけにいかないでしょ」
1on1トーナメント、藤本と吉澤、それぞれ一回戦を勝てば準決勝で当たる。
藤本は当然石川に勝つつもりでいた。
スリーポイント大会には各校から二名づつ、合計8名が参加する。
一人持ち時間一分で何本シュートが決められるか。
シュート位置は自由。
パサーがいて、そこから受けたボールをシュートする、というかたち。
パスを出す人間の位置も自由である。
ちょうどお昼の時間で、メインの試合でもないので選手たちは昼食を取りたいタイミングであるし、観客もおなかが空く頃なのであるが、割とコートから離れていかずに人が集まっている。
特に、チームのメンバーたちはやはりこの手のイベントごとは気になるようで、出場しない人たちもコート周りに集まっていた。
その場のくじ引きで順番を決める。
トップは富岡の柴田。
右四十五度に位置取りし、パスを出す高橋をフリースローラインあたりに立たせる。
ボールはまとめて籠に入れられている。
「いきなり本命の登場?」
「いやいやいや、本命は麻美だから」
「うるわしき師弟愛ですね」
「フリーで打たせたら麻美は強いよ」
「それは分かるけどさあ、でもなんか、雰囲気は柴田さんだよねやっぱり」
あさみと里田。
試合の際に使うテーブルオフィシャル席に座っている。
里田は前の十分ゲームの時にそこにいて、そのゲームに出ていたあさみがそのままそこにやってきた。
テーブルオフィシャルは本来は下級生が行う仕事であるが、十分ゲームは主に下級生が出るので、三年生の里田もそこに入っていた。
場所としては最高の観客席なので、そのままここに居座っている。
一人目、柴田は出だしで四本続けて決めて会場を沸かせ、最終的には十三本のシュートを決めた。
この十三本がまず最初の基準になる。
「いきなりレベル高いなあ」
「最初、どこまで入るのかと思ったよ」
「後がやりにくいよね」
よく知らない会場の人たちは、一人目を見て、バスケの選手ってすごいなあ、みんなこれくらい入るのかとなんとなく認識する。
その観客たちが無意識に発する雰囲気を背負って、二人目以降は打たないといけない。
それでも二人目、東京聖督の加護は九十度の位置から十本を決めた。
「一年生すごいね」
「美貴には押さえ込まれてたけど、後はよかったもん午前中の試合」
「この後で大丈夫かなあ?」
「ね。けっこう心配」
三人目は新垣である。
パスを出す人間を連れてくる、というのを忘れていてあたふたしていたので、しょうがないなあという顔で藤本が出て行く。
どこから打とうかも迷っていて、結局直前の加護が打ったのと同じ九十度の位置に立つ。
藤本が、自分はどこに行けばいいんだ? と問いかけても意思をはっきり示してもらえず、仕方ないので前のパサーがいて籠が置いてあったその場所にそのまま立った。
笛が鳴ってチャレンジが始まる。
藤本がパスを入れて新垣が打つ。
一本目、二本目とやや長めになってアウト、三本目、調節しようとしたら短くなってリングにも届かなかった。
四本目は力が入って今度は長くなる。
五本目六本目はまっすぐ飛ばなかった。
入らない。
7本目は藤本からのパスのキャッチををファンブルする。
拾いなおして、一つドリブル付いて、それから打ったらこれがようやく入った。
8本目、九本目と打っていくがバックボードに当たるくらいに長めになった。
その後も何本も打つが入らない。
最終的に、新垣は一本で終わる。
暗い顔をして、シューターの列に戻って行った。
「美貴も何か言ってあげればいいのに」
「ちょっと冷たいよね」
「あんまり、慰めるとかそういうの出来る子じゃないからなあ。あさみがフォローしといてねあとで」
「なんで、私?」
「他にいないでしょ。キャプテンが慰める、美貴には無理。指導係が慰める、やっぱり美貴だから無理。副キャプテンなんとかしてよ」
「一年生が何か声かけるよ」
「そうかもしれないけどさあ。でも、先生なんであの子出したんだろう」
「サブチームで十分ゲームなんかやると確かにうまいけどね。でも、試合でスタメンで出したり。これも出したり、サブチームのゲームにも出して、大変だよね」
1on1とスリーポイント大会、出場者は石黒コーチが決めた。
藤本、麻美、里田はいいとして、なんで新垣? と藤本は思ったし、他のメンバーも思った。
それだけ期待されてるのかなあ、と解釈しているが、それは他の一年生にとっては多少面白くないことでもある。
新垣としては結果を出して周りを納得させたいところなのだが、試合の面でも、今のスリーポイントでも、なかなか思い通りに行かない。
スリーポイント大会は、四人目に市井が無難に8本決め、次に東京聖督の二年生も同じ8本で続いた。
六人目に麻美が出てくる。
「あさみー! あさみー!」
里田が声をかける。
麻美が振り向くと、里田は右手でガッツポーズを作る。
麻美も同じポーズで答えた。
「シュートは誰にも負けません」
「目標は?」
「14本」
マイクを向けられて麻美が語る。
自信たっぷりというよりは、自信を持とうとしてる感じだな、とオフィシャル席から里田は見ていた。
パサーは藤本。
麻美は左四十五度に入り、藤本にはゴール下へ向かうように伝える。
二度三度、シャドーでシュートの動きをイメージする。
麻美がそれをやめ、落ち着いたところで笛が鳴った。
出だし二本が入らない。
それを三本目に修正して決めた。
そこから続けて決めていく。
二本、三本、一本増えるごとに観客の歓声が大きくなっていく。
五本、六本、とまらないのか? と思い始めた7本目、わずかに長めになってリング奥に当たって跳ね上がる。
かまわず続けて打って行った。
十三本決めて、最後の一本を打って笛が鳴る。
この最後が入らずに記録は十三本で終わった。
「惜しいなあ」
「すごいね、やっぱり」
「まずいなあ、私この後負けられないじゃんか」
「ホントだよ。あの子が優勝して、まいが一回戦負けだとかっこつかないよ」
後輩がいい成績出したのに、自分がダメでは先輩の自尊心が傷ついてしまう。
7人目に出てきたのは辻。
「つじのぞみです。頑張ります」
「目標は?」
「十一本です」
なんで十一本? と会場では変なざわつきが起きる。
謙遜して五本とか、トップの十三本にあわせて14とかは分かるが、十一本は意味がわからない。
辻は、最初に一本決めたが後が続かず、ようやくリズムを取り戻して終盤に三本続けたが合計四本で終わった。
最後に富岡の高橋が出てくる。
立ち位置は右の四十五度。
パサーに小川を選んでいて九十度の位置に立たせている。
「たかーしあいです」
「目標は?」
「全部決めます」
高らかにそう宣言した。
笛が鳴ってシュートを打ち始める。
一本目は入るが二本目はアウト、三本目が入って四本目がアウト。
交互に決まって五本目も決まる。
ここから六本目、7本目と続きだした。
「乗せると手がつけられないタイプかな」
オフィシャル席であさみがぽつりと言う。
そのまま止まらない。
いいリズムで続けて打っていく。
観客たちの、オー、オー、という声も次第次第に盛り上がっていく。
十本決まり、十一本決まり、12本目も決まって、止まらずこのまま行くかというところでシュートが長くなって外れる。
そこで二本続けて外したがすぐに修正。
決めて決めて、もう一本決めて、笛が鳴り、流れで打ったその次も入った。
「記録は15本になります」
最後に出てきた高橋が二本差で優勝ということになった。
優勝商品は特にない・・・。
得られたものは名誉と、他チームからの警戒心である。
メンバーが入れ替わって、今度は1o1に出る選手たちがコートに集まってくる。
そうそうたるメンバーだ。
「フリーで打てば美貴だってあれくらい入るって。問題はゲーム中にどれだけ決められるかでしょ」
藤本が負けたわけではないのだが、なんとなく負け惜しみっぽい発言をしている。
人としては矢口が天敵のような感じだったが、プレイヤーとしては高橋が藤本にとって天敵のような立場だ。
相性の問題であって、能力は自分の方が上だと信じて疑わない藤本としては、あまり見たくないスリーポイントの結果だった。
そんな会話をしながらも、今度はここに集まった8人が1on1で戦うのだ。
組み合わせは昨日の抽選で決まっていて、先攻後攻も、引いた数字が小さい方が先行と決まっている。
第一ゲームは松浦vs田中
スリーポイントの時よりも会場から声が飛ぶ。
1on1ははっきりと対戦、という形なので、チームメイトからの声援が多い。
先行は松浦。
右サイドに開いた場所で辻からのパスを受け、ワンフェイクの後ドリブルで切れ込む。
抜き去るところまでは行かなかったが、ゴールに近いところまで持ち込みジャンプシュート。
身長差があるのでブロックはとても出来ず、このジャンプシュートを松浦はしっかり決めた。
後攻の田中。
松浦は少し離れて付いた。
ルールとしては、スリーポイントを決めれば3−2で田中が勝てる。
だけど松浦は、田中にスリーポイントはなさそうだと見ていた。
スリーポイントがないからこっちに出てるんでしょ、という見立て。
田中はドリブルで持ち込もうとしたがしっかりとコースを阻まれ、一旦トップの高橋にボールを戻し仕切り直しするが、二度目もやはり松浦をかわしきれず、無理な体勢で投げるようにしてシュートを打つしか出来なかった。
リングにすら当たらなかったこのボールを松浦が拾い上げる。
2−0で松浦の勝ち。松浦が一回戦勝ち抜け。
第二試合は後藤真希vs里田まい
ポジションも同じで、冬の選抜でも、今朝の試合でもマッチアップに付いた同士の戦いである。
キャプテン登場で東京聖督は盛り上がるし、地元の滝川の声援も熱い。
会場の雰囲気は一回戦よりもかなりヒートアップしている。
「あれはありなの?」
「パサーは自由ってルールだしねえ」
「自由って言っても、なしだろー」
トップの位置に矢口がいるのを見て、藤本はかなり文句が言いたげである。
自分たちが企画したので、運営責任者の藤本がルールといえばルールだが、さすがにこの場で、それはダメ、と割って入って行って本気で言うことは出来ない。
先行は後藤。
右サイドでボールを受けてシュートフェイクを見せて左手ドリブルで突破を計る。
抜き去ることは出来ず、台形近い場所ですばやくターン。
そのままジャンプ、里田もブロックに飛ぶが、それを避けるように直接ではなくボードに当ててシュートを決めた。
後攻の里田。
ハイポストに入ってきて後藤を背負う。
ボールを受けて肩でワンフェイク入れてターン。
シュートフェイクをして後藤を飛ばそうとするが飛ばない。
もう一度フェイク、と見せかけて実際には本当に飛んでシュート。
そのシュートが決まる。
2−2の同点でもう一度。
二ターン目、先行の里田。
今度は右サイドに開いて立つ。
そのまま受けるのかな、と後藤が見ていると里田は走り出した。
走りながらボールを受けてドリブル。
後藤がコースに入るとターンする。
ターンした流れのままジャンプシュートを打つと、後藤のブロックに当たった。
ボールはエンドラインを割る。
後攻の後藤。
今度はハイポストに陣取った。
ボールを受けてそのまま左にターン。
ターンしながらドリブルでゴール下へもぐりこもうとするが、里田はコースをしっかり抑えている。
慌ててボールを持った後藤。
ピボット踏んでスペース作って何とかシュートまで持っていくが、これは短い。
里田がしっかりスクリーンアウトしていて、落ちてきたボールを拾った。
三ターン目、後藤先行に戻る。
同点、同点と続き、会場のボルテージは上がる。
また右サイドに開いて後藤はボールを受けた。
ドリブル突破しようかな、という素振りを見せておいて、スリーポイントを放つ。
このシュートが決まった。
後攻の里田。
三点取らないといけない。
後藤は三点を取られなければいい。
右サイドに開いて受けようとする里田のボールサイドを後藤は抑える。
プレイヤーの感覚として、里田はそれに対して、外に動くフェイクを見せて内に動いた。
ボールを持つ麻美もプレイヤーの感覚として、内に動いて後藤を外した里田にパスを入れる。
ゴールに駆け込む姿勢でボールを受けた里田はフリー。
ここから外まで戻るのもどうかと思ったので、流れでそのままレイアップシュートを打った。
当然決まるけれど、二点にしかならず、合計5−4で後藤の勝ち。
会場からは大きな拍手が沸きあがった。
「おしかったね」
「三点取られたら私じゃ勝ち目ないよ」
負けて戻ってきた里田に藤本が声をかける。
三本やって二本づつは決めたのだ。
悔しくないわけではないが、負けた気はあまりしていないので悪い気もしていない。
三試合目は吉澤と亀井。
パサーに市井を入れて吉澤はハイポストに入って亀井を背負おうとする。
身長差があるし、一年だし、背負ってしまえばこちらのもの、と思う吉澤。
単純なポストプレイ、を狙っているところに単純に市井がパスを入れると、亀井が後ろから這い出してきてボールをはたいた。
ルーズボール。
泡喰って追いかける吉澤だが、パスを叩くときにすでに動き出していた亀井の方が早い。
亀井がボールを拾い上げてディフェンスの勝ち。
後攻は亀井。
吉澤いきなり崖っぷち。
外に開いてボールを受けて、そのままドリブルで切れ込んでいく。
スピードとしては吉澤で対応可能な程度。
レイアップを叩いてやろうとタイミングを計る吉澤。
亀井は、ゴール下まで持ち込むと見せて、その直前で止まりステップバックしてジャンプシュートを放った。
慌ててブロックに飛ぶがタイミングがまったく合っていない。
シュート自体は外れたのだが、無価値なブロックに吉澤が飛んでいたのでスクリーンアウトが出来ていない。
吉澤の横からもぐりこんだ亀井がリバウンドを拾い、ワンドリブル付いて反対側へ出て、ゴール下簡単なジャンプシュートを決めた。
亀井の勝ち。
「あのパスが全部いけないんですよ」
「なんだよ、ポストプレイやるならちゃんと背負えよな」
「背負いきれてないのにパス出すほうが悪いんです」
「五秒経つだろ黙って見てたら」
吉澤と市井の罵りあい。
どっちもどっちだよかっこ悪い、と第一試合で勝ち上がった松浦は冷ややかに見ている。
「よっすぃー、えりりん舐めてかかるからいけないんだよ」
「そんなんじゃないって」
「絵里、頑張りましたぁ」
「はい、よくできました」
これで東京聖督は二人とも一回戦通過である。
キャプテン後藤は、茫洋としていてつかみ所が無いけれど、一年生からなつかれてはいるようである。
一回戦最終試合、富岡総合学園キャプテン石川と、滝川山の手キャプテン藤本。
それぞれ出てきて、会場のボルテージは最高潮である。
地元校のキャプテンは当然人気があり、生徒や地元の人が多い会場では当然多くの声援を受ける。
対する石川も、最強チームのキャプテンであり、また、バスケをする高校生で知らないものはいない、という程度には有名人であるので、こちらのファンも多い。
当人たちにとっても、とくに藤本にとって、ある意味でチームとしての試合よりも負けたくない対戦である。
先行は石川。
パサーとして高橋を置いた。
自分は右サイドに開く。
藤本はボールサイドを抑えてパスが入らないようについた。
面を取って受けられる状態を作りたい石川。
藤本はそれをさせない。
ならばと、ゴール下方向へ動き、一本のパスで決めてしまおうと石川は試みるが、これも藤本に阻まれた。
そこで外に戻ると、さすがにディフェンスが空く。
戻りながらパスをようやく受ける。
ターンして正対。
左、と見せて右手でドリブルを付くが藤本は対応する。
ターンして左手に持ち替えてかわそうとするがしっかりと付いてくる。
石川はゴール下には入っていけず、エンドラインと平行に動く形。
藤本がしっかり付いてくるのを気にしながらもジャンプした。
利き手と逆の左手でシュート。
藤本もブロックに飛ぶが身長差がある。
ふわりと藤本のブロックの上を越えさせたボールは、ネットを通過した。
「あれが入るんじゃ美貴にはどうしようもないな」
「ディフェンス頑張ったのに」
「身長差もあるからねえ」
一回戦、勝ったものは勝ったものでまとまり、負けたものは負けたもので集められている。
その、負けた側の席にいる里田と吉澤。
どちらも石川とのマッチアップの経験のある人間。
そのスピードと技に舌を巻かされる。
自分たちの場合だと、そのスピードの段階でかわされているのだが、藤本はそれにはしっかり対応したのに、最後の最後、身長が足りなかった。
ただ、そのブロックも、普通に打ったら止められる、というタイミングにはしているのだが、石川がそれを上回った。
後攻の藤本。
パサーには麻美を置いて、自分は左サイドに立つ。
石川はボールサイドは抑えずに、正面に立った。
そのまま動きを見せずに藤本は軽く手を挙げボールを要求する。
ボールは、石川が飛びつくことを警戒して藤本のやや後ろ側へ。
一歩下がってボールを受けて石川と正対。
静止状態からの一対一。
藤本はシュートの構えを見せる。
二点なら同点だけど、三点取られたら石川は負け。
スリーポイントラインの外側、警戒して一歩前へ出たところ、藤本は麻美にボールを戻し走り出した。
中央寄りへ弧を描いて走る。
そこに麻美はボールを入れた。
石川は付いていくが、付いていくまででコースに入ることは出来ない。
藤本はワンドリブル入れてゴール右側へ曲がりこみ、石川を左側へ置いてジャンプ。
スナップを効かせたシュートでボールをボードに当てリングを通過させた。
藤本がやり返して2−2
二本目、今度は藤本が先行。
先ほどとは逆に右サイドへ入る。
石川がボールサイドを抑えに来た。
ゴール方向へ藤本が走る。
石川が付いてきたので、藤本は一瞬体を止める。
若干体が流れた石川、そこで藤本が右足を石川の側へ踏み込んで背負う形にする。
そこで藤本が手を上げた。
麻美がバウンドパスを入れる。
右四十五度、藤本が石川を背負ってポストプレイの形。
ポジション的にポストプレイなどしたことがない藤本、ここからどうしていいのか迷ってしまう。
右足を軸にターン、シュートフェイクをみせると、石川が上体を浮かせたのでワンドリブル付いて後ろに下がり、その位置でジャンプシュート。
体を浮かせた石川だが、何とかジャンプせずに体を押さえ、後ろに下がった藤本に反応できた。
やや遅れ気味にブロック。
身長差の分間に合い、ボールは飛び上がる石川の手に当たり上へ跳ね上がる。
空中でルーズボール。
両者着地して飛びつこうとするが、着地したのは藤本が先で、飛びつくのも先を取り、右手でボールを自分の後ろへ弾き落とす。
それを確保して仕切りなおし、というところだが、石川がこれを追いかけた。
藤本が掬い上げようとするところに右手を伸ばし弾き飛ばす。
ボールはセンターラインを超えて転がって行った。
試合なら、そのまま続けるなら最後に触ったのが石川なので、藤本のチームのボールになるが、1on1でこうなったらディフェンスの勝ちである。
攻守交替。
石川が二本目も右サイド外に開く。
藤本はやはりボールサイドを抑えにかかるが、石川が足を入れて面を取った。
石川にボールが入る。
後ろに戻りながらのキャッチで、藤本と正対。
低く構えて右でも左でも対応出来るぞ、という姿勢の藤本、
石川はそのまま早いモーションでシュートを打った。
ボールは追わない。
藤本はその遠い位置でも石川をスクリーンアウト。
シュートはやや短くリング手前に当たって跳ね返ってくる。
しっかりと石川を背負った藤本は、そのボールをそのまま確保した。
二本目もドロー。
激しい攻防で観衆たちも息を呑む。
シュートが外れればため息。
レベルの高さはバスケ経験が無くてもわかるし、あれば余計に感じ取れる。
攻守交替で一拍の間が空くと観客から声も飛んでくる。
キャプテン同士の対戦は三ターン目。
今度は石川が先行に戻る。
ここで今までと方針を代えて、石川はハイポストの位置に入った。
藤本は対応に迷ったが、ボールサイドを抑えに入る。
身長差があるので、この位置でボールを受けられて背負われたら対処しきれない、と判断し前に入った。
石川は、その藤本を無理に背負おうとすることはなく、ボールサイドにそのまま入れる。
パサー役は高橋。
石川はこれを信用して、裏、と言いながら手を上げた。
狙いはゴールと石川自身の間へパスを落とすこと。
長すぎるとリングに当たってしまうし、短すぎると藤本に奪われる。
距離感が難しいが、高橋はそこへパスを送る。
藤本はもう、それを奪いに飛ぶしかない。
しかし届かず、ボールはしっかりと石川へ入った。
ゴール下、そのままジャンプして簡単なシュートを決める。
「石川さん勝ちに行ったね」
「勝つだけなら最初からあれなんだろうけど、やっぱり納得行かないのかな」
「あれやって負けるとかっこ悪いし」
「どうせみっともなかったですよ・・・」
自分より背の低い相手にポストプレイで勝ちにいく。
試合なら当然のことだが、半分遊びの1on1でそれをやるのは、勝ってもあまりかっこよくないので面白くないものである。
石川は外も出来るので、最初は外で勝負していたが、それでどうしても勝ちきれず、結局勝ちやすいポイントを選んで勝ちに行った。
ただ、それをやって負けてしまう吉澤のようなのもいたりしないでもない。
ビハインドを負った藤本。
身長差があるのは分かっていたが、それでも負けたくない。
ここまで動きの激しい攻防が続いていて見ごたえがあった。
地元チームのキャプテンのピンチに声が上がる。
「ミキティ! ミキティ!」
ミキティコール。
チームメイトではなく、クラスメイトが声を上げた。
自分のクラスや、他チームのメンバーからはミキティと呼ばれるのに、チーム内ではそうは呼ばれない。
名前そのまま呼ばれる傾向が寮生の間では強い。
藤本は右六十度くらいの位置に立った。
石川はボールサイドを抑えに入る。
六十度の位置だと、トップの位置、九十度のところにいる麻美との距離は非常に近い。
その狭いところに石川が入っている形になる。
藤本は、左腕で石川を牽制しつつ、右手の方向にパスを要求した。
山なりに石川の頭を超えたパスが藤本に入る。
藤本がそれを受けると、石川は正面に入ってこようとする。
それを見て入れ替わるように左へ、と見せて石川の重心を動かし右手でドリブル。
反応が遅れた石川もついていく。
どこかで止まったり、ターンしたりという選択肢もあったが、藤本は単純なスピード勝負を選んだ。
ゴールへ向かって走る。
石川はコースを押さえきれず併走する形。
藤本がジャンプし右手を伸ばす。
石川も左側についてジャンプし、右手を伸ばしてコースを遮断しようとする。
ボールのリリースの方がわずかに早い。
ボードに当ててリングを通過させ、かつ、笛も鳴る。
石川のシュートファウル。
得点は有効。
合計で4−4プラス石川のファウルである。
「っしゃー!」
藤本、右手でガッツポーズ。
スピード勝負でわずかに上回った。
藤本はフリースローラインへ。
シュートファウルなのでフリースローを一本打つ。
二度、三度とボールを弾ませてからゆっくりとシュート。
これが決まって5−4で藤本の勝ちとなった。
「あれって、石川さんがファウルしたところでミキティの勝ちなんじゃないの?」
「そうだっけ?」
「なんか、本人たちも、周りもみんな忘れてるみたいだったけど」
同点ならファウル数の多い方が負け、というルールがあるのだが、覚えていたのは吉澤くらいのようである。
「お前、いつからあんなにちゃんとディフェンスできるようになったんだよ」
「ミキティあんなにスピードあったっけ?」
「小さいやつが速くなかったら生きていけないだろ」
「そっかあ。あー、くやしい」
「あー、気分いい」
石川が右手を差し出したので、藤本は嫌そうな顔をしつつ、ぱちんとその手の平を叩き、軽く握ってすぐに離した。
会場からは拍手が起こる。
「なんか、私一番かっこ悪い?」
「あれやって負けるセンターはかっこ悪いよね確かに」
「あー、もう、出るんじゃなかった・・・」
見ごたえある対戦を見せられて、凡戦の上さらにあっけなく負けた吉澤は立つ瀬がない。
里田は、面白いなこの子、と思った。
準決勝、松浦vs後藤と亀井vs藤本。
すぐに行われる。
「どっち勝つと思う?」
「あやや、あー、松浦、って言わないわけいかないでしょ私は」
「そっか。あの子、ポストのディフェンスとか出来る?」
「さあ、どうだろ? そんなのやってるの見たことないけど。石川さんどっち勝つと思う?」
「後藤さんかな」
「なんで?」
「なんで? あの、松浦さん? あんまりしならいし。後藤さんは試合したこともあるし、何度も見てるし、すごいのわかってるから。まいちゃんは?」
「私? 普通にやったら後藤さん勝つよね」
敗者席。
田中一人を蚊帳の外において、三年生三人のトークである。
先行は松浦。
右サイドに開く松浦に、後藤は少し距離を置いて待つ。
素直にボールが入って、正対して一対一。
フェイクもなく右にドリブル二つ。
そこからターンして左に持ち代える。
付いてくる後藤。
流れに乗ってジャンプシュート、という動きを見せて後藤を飛ばした。
松浦は、ジャンプした後藤をやり過ごし、一歩踏み込んでゴール下、簡単にジャンプシュートを決めた。
後攻の後藤、同じように右サイドに開く。
松浦もボールサイドは抑えずに待った。
真ん中からボールが送られる。
後藤は右にドリブル二つ。
そこからターンして左に持ち代える。
まったく同じ? どこかで変える?
松浦は頭で考えつつ、体を付いていかせる。
後藤は、流れに乗ってそのままジャンプした。
思考ばかりが先行していた松浦、少し後れるがブロックに飛ぶ。
その松浦の伸ばす手の上をボールは通過してシュートは決まった。
2−2
二本目は後藤が先行。
ハイポストの位置に入る。
松浦は迷ったけれど背中側、ゴール側についた。
バウンドパスが後藤に入る。
右肩でワンフェイク入れ左へターン。
読みきっていた松浦、コースを塞ぐ。
ジャンプのフェイクを入れて飛ばそうとするが飛ばない。
ならば、と本当にジャンプシュートを打とうと飛ぶと、松浦もしっかりブロックに飛んだ。
タイミングぴしゃり。
身長差がわずかにあるが、そんなこと関係ないくらいに完璧なタイミング。
かまわず打った後藤のシュートは、松浦のブロックショットに弾き飛ばされた。
そのままハーフラインをボールが超えてディフェンスの勝ち。
二ターン目後攻の松浦。
ハイポストの位置でゴールに背を向けて立った
何考えてるんだあいつ、と吉澤あたりが口にしているが、本人大真面目である。
首をひねったのは吉澤たちチームメイトだけでなく後藤も同じ。
とりあえず、松浦の背後に立った。
辻からバウンドパスが松浦に入る。
右肩でワンフェイク入れて左にターン。
コースは後藤に塞がれている。
ジャンプシュートのフェイクを入れるがディフェンスは飛ばない。
右手でワンドリブル、ゴール下へもぐりこもうとするが後藤も反応する。
ツードリブル目はゴール下へ向かわず、右へ大きく移動した。
そのまま体をゴールの方へ向けて、加速度はゴールから離れる向きにしてジャンプシュートを放つ。
位置関係的にブロックに飛んでも無意味な距離になった後藤は、黙ってそれを見送りスクリーンアウトの姿勢をとる。
リバウンド、を期待してリングを見上げるが、ボールはネットを通過した。
4−2で松浦亜弥の勝利。
「まさかポストプレイなんかすると思わなかったよ」
「やられたらやり返せです」
「でも、そんなポジションじゃないでしょ?」
「止められても同点だし、ファウルもらえればラッキーとか思ってたんですけど勝っちゃいました」
後藤が手を差し出したので、松浦もしっかりと握手を交わす。
「ありがとうございました」
会場から拍手が起こった。
準決勝第二試合、亀井vs藤本。
二人がコートに入る。
先攻は亀井。
なんと、亀井もハイポストの位置に入る。
亀井もそんなポジションではないが、二人の身長だけを考えれば一つのやり方ではある。
あまりイメージしていなかった藤本、簡単に背中に背負われた。
トップの加護は簡単に亀井にボールを入れる。
亀井は、ゴールに背を向けたままドリブルを突いて、後ろに張り付く藤本に圧力をかけた。
藤本、押されても下がらない。
それほど体重があるわけではない亀井の圧力では、藤本は動かせない。
ただ、動かないぞ、と重心を低く構えていたところに亀井がターンしてジャンプ。
対応しきれない藤本は遅れてブロックに飛んだ。
ミドルレンジでのジャンプシュート。
リング手前に当たって跳ね返る。
リバウンドをとりに入る亀井。
遅く飛んだ分藤本のが対応も遅いが、それでも手を伸ばす。
先に亀井がボールを取ったが、藤本が引っかき出すようにして弾き飛ばすと笛が鳴った。
「藤本さんハッキング」
「うそ、ボールだってボール!」
大会運営責任者の藤本がルール、というわけにはやはり行かず、ファウル1をカウントしてもう一度亀井のオフェンスになる。
今度は亀井は外に素直に開いた。
藤本はボールサイドを抑えようとするが、軽く動いて足を入れて面を取り、外に開いてボールをしっかり受ける。
左へワンフェイク入れて右へドリブル。
その程度で藤本は抜き去られたりしない。
バックターンで左へ持ち返る、と見せかけて切り返さず右手のままで再加速。
今度は藤本も揺さぶられた。
抜き去られはしないがコースを押さえきれない。
亀井がゴール下へ駆け入りレイアップシュート。
藤本も手を伸ばす。
腕ごとボールを弾く形になり笛が鳴った。
藤本二つ目のファウル。
シュートファウルなので亀井はフリースローを打つ権利がある。
もう一回オフェンスのやり直しを選ぶことも出来るのだが、ここはフリースロー二本を選んだ。
「美貴、苦戦してるなあ」
「二本入ったらやばいよね」
敗者席で里田と吉澤。
二本入って2点取られた上でファウル二つがつくと、もう藤本はスリーポイントを決める以外なくなる。
「あの子一年だよね?」
「うん。えりりん一年だよ」
「玉際に強いのかな? 吉澤さんの時も、ルーズボール取ってたし。リバウンド飛び込むし」
「なんか、あきらめないよね。シュートは入ってないんだけど、ディフェンスに取られるまで追いかけるとか。結構頑張る子?」
「どうなのかなあ、わかんない」
「ごっちん、あんまり自分のチームの子のこと分かってないよね」
「まだ一ヶ月だもん、わかんないよ」
そんな会話をしているなかで、亀井はフリースロー一本目を決め、二本目を外した。
攻守交替、藤本のオフェンスである。
決めれば勝ち、決められなければ負け。
分かりやすくなった。
藤本は左サイドに入る。
ワンフェイク入れて中央よりへ走る。
麻美がパス。
ボールにミートしてフリースローライン付近でそのままジャンプシュート。
と見せて亀井を飛ばし、ドリブルで横を抜ける。
ゴール下まで入り込んで、簡単にジャンプシュートを決めた。
終わってみれば2−1で藤本の勝ち。
「試合のときより動き良くない?」
「そうですか?」
「うん。試合の時は、後半しっかりボール運んだって印象しかないけど、全然出来るじゃん。一年生だからって猫かぶってるんだろうけど、もっと自分を出した方がいいと思うよ」
「はい。ありがとうございます」
よそのチームの一年生を相手にした方が、素直に指導出来てしまう藤本だったりする。
決勝には、松江の二年生松浦と、滝川のキャプテン藤本が残った。
コートに待つ藤本のところへ松浦が入っていく。
「ちょっと休んだ方がいいですか?」
「全然問題ないよ。美貴はいつでもいいよ」
「連戦で疲れたから負けた、とか後で言い訳しちゃダメですよ」
「勝つ気でいるんだ?」
「当然じゃないですか。そうじゃなきゃここに出てきませんよ」
「生意気な二年生だなあ」
結構上から目線な二年生が出て来たが、藤本は特に機嫌が悪くなったりはしないようだ。
パサーの辻を中央に呼びいれ、松浦は右サイドへ開く。
辻がボールを持ってスタート。
藤本はパスコースに入り込む。
それをかいくぐってボールを受けたい松浦。
ボールのないところでの攻防。
何とか面を取って松浦がボールを受ける。
アウトサイドで正対しての一対一。
フェイクなしで右にドリブルをつく。
コースを塞がれバックターン、と見せかけて同じ方向に再加速しようとしたら読まれていた。
エンドライン際、狭い場所へ追い込まれる。
松浦はトップの辻にボールを戻した。
仕切りなおし。
外へは戻らずにフリースローラインの方向へ。
辻がボールを入れ、受けた松浦はそのままターンしてジャンプシュート。
体の勢いで自然とフェイドアウェーの形になり、身長差もあって藤本はブロックできない。
ただ、あまり慣れない流れでのシュートで、きちんとコントロールできなかった。
シュートは短く、リングにも届かずに手前で落ち、そのままエンドラインを割った。
後攻、藤本のオフェンス。
右サイド外に開く。
松浦はパスコースは押さえずに、おとなしく待った。
麻美からボールが送られる。
受けてすぐ、左へワンフェイク入れて右へドリブル。
コースを押さえに入られ、藤本はバックチェンジで左へ。
ここも押さえに来たので、すぐにバックターンして右へ切り返す。
そのままジャンプ。
ほんのわずかに遅れたが、松浦もしっかり付いてきた。
藤本のジャンプシュートは、松浦のブロックに叩き落される。
ボールはサイドラインを割った。
二ターン目は藤本の先攻である。
今度は左に入った。
そこからエンドライン側に少し動き、松浦を揺さぶってから中央へ。
ボールを受けると、付いてくる松浦にかまわずそのままドリブル。
右から回り込んでゴール下へ向かうところ、松浦は押さえに掛かる。
バックターンで大きく動いて、ゴールに対して正面を向き、さらに動きの勢いのままジャンプ。
左へ体が流れながらのシュート。
藤本の大きな動きについていききれず、松浦のブロックは遅れる。
ボードに当てて跳ね返ったボールはリングを通過した。
後がない松浦。
また右サイド。
藤本の厳しいディフェンスでボールを受けられない。
激しく動いて、何とか藤本を動かしてスペースを確保し、上に戻りながらの形でボールを受ける。
ゴールは遠い。
低く構える藤本。
右にドリブルを突き出す。
加速して止まり再加速してまた止まり、今度はバックチェンジで左へ持ち返る。
わずかにディフェンスが外れたところでジャンプシュート。
しかし、藤本が踏み込んでブロックショットに飛んできた。
身長差に関わらず、このブロックに捕まりボールは弾き返される。
ルーズボールは後ろへ。
松浦は追いかけて拾い上げる。
一旦辻に戻した。
松浦自身はそのまま上まであがる。
ゆっくり藤本がまた捕まえに来る。
その前に辻はボールを入れた。
腰の低いディフェンスの藤本。
松浦は少し考えてからそのままシュートを放った。
距離のあるスリーポイント。
このシュートが決まった。
3−2 松浦の勝ち。
1on1トーナメントは松浦の優勝である。
「そこで、スリーなの?」
「もう、それしかないって思いましたもん」
二本止められて、抜き去るイメージがどうにも出来なかった松浦は、最後の手段として外からそのままシュートを打った。
それが入ってしまった、というのが決勝の結末である。
「これ美貴の負けなの? なんか納得行かない」
「スリーポイントは三点ですから」
「そうだけどさあ」
あの展開で負けになるのに不満を感じるのは当然かもしれないが、ルールはルールである。
「まあ、おめでと」
「ありがとうございます」
「試合じゃ止めるからね」
「えー、他の人付いてくださいよー」
「スリーもあるって頭に入れたから。もう打たせないからね」
午後、松江と滝川の対戦が最後に組まれている。
こんなところで目だってしまうと、当然、その後警戒されることになるものだ。
スリーポイント大会は高橋、1on1トーナメントは松浦と、それぞれ二年生が優勝して、昼のインターバルのメインのイベントは幕を閉じた。
午後の本チームの試合まではまだ一時間ある。
次は、滝川と松江の合同チームと、東京聖督と富岡の合同チーム、それぞれの一二年生限定によるゲームである。
スタメン組みは食事をしたり、体を休めたりする時間。
ただ、一二年生がゲームに入るので、三年生が雑用までしないといけなかったりすることもある。
そんなせいもあってか、メンバーチェンジやファウルの数の管理などをするテーブルオフィシャルの席には、各チームの副キャプテンクラスが集まっている。
「柴田さんが実は影の権力者って聞いたんだけど、本当?」
「何、何その話? 知らないよ」
「私も聞いた。運営のいろんなこと決めたのが実は柴田さんだって。富岡のチームも、石川さんをキャプテンに置いてるけど、実は柴田さんが裏で全部仕切ってるって」
「ちょ、なにその、怖い設定。そんなことないって。
あさみが左端で24秒計を管理し、その隣で柴田が会場表示のタイマーとスコアー入力をしている。
右端には里田が座って個人ファウルのカウントと表示をしていて、その内側であやかがスコアブックをつけていた。
里田と柴田は、中学からこれまでやり取りがあってかなり知り合いだが、他のメンバーはほぼこれが初対面である。
「でも、美貴と電話で細かいこと決めてたの柴田さんでしょ」
「そうだけど、そんな、裏で全部仕切ってるって、なんかやだなあ、悪の黒幕みたいで」
「悪の黒幕ってことはないけど、美貴も言ってたけど、あゆみんの方が梨華ちゃんよりキャプテンむいてそうって私も思うよ」
「そんなことないって。あれはあれで向いてるのよ、キャプテン。ちょっと気がつかないところがあって大変だったりもするけどさ。なんていうの、カリスマ? 無茶言っても後輩がついていっちゃう感じとか。わたしにはそういうのないもん」
あさみと里田が藤本を通した石川評、柴田評で問いかけてみる。
特に里田は、石川のことも肌で知っているので、上っ面ではなく本当に、柴田の方がキャプテン向きなんじゃないかと思っている。
「実際、後ろで操ってるんじゃないの?」
「そんなことないって。まあ、暴走するのを止めてるとことかはあるけど。年明けて、キャプテンになって、最初に何しようとしたと思う? フロアネームつけようって言い出してさ」
「それくらいはあってもいいんじゃないの?」
フロアネームとは、バスケやバレーの世界でよくつけられるもの。
コートの上、あるいはそのチームに関わるメンバー間でだけ通じる、それぞれの呼び名のことである。
「普通ならいいんだけどね。梨華ちゃん、私、チャーミー、とか言い出すんだもん」
「チャーミー? なんからしいわ」
「そしたら高橋が、二年のガードのあれね。あの子、じゃああたしラブリーとか言い出して。痛くて困ったことになりそうだったから必死に却下よ。説得するの大変だったんだから」
「試合中に、チャーミー、ラブリー、とかやってたら、私ディフェンスでふきだしそうだよ」
「柴田さんはフロアネーム付けるなら何にした?」
「私はそんなのつけないもん」
「でも、石川さんとかに、これ、って言われたりとかなかったの?」
「しらない」
柴ちゃんはムックねと言われ、なんで? と聞いたらガチャピンじゃ長いからと言われたのを、わざわざここで解説する気は柴田にはない。
石川のフロアネームが気に入らなかったからか、柴田のフロアネームが気に入らなかったからか、却下の主な理由がどちらなのかは本人しか知らない。
「でも、美貴より梨華ちゃんキャプテンの方が楽なのかもね」
「なんで?」
「聞いてると、あゆみんの言うこと梨華ちゃん結構聞いてるんでしょ。フロアネームも結局なくなったみたいだし」
「説得するの大変だったんだよ」
「でも、説得できたんでしょ。ねえ、あさみ。美貴なんか、説得するの大変なんてもんじゃないもんねえ」
「こうと決めたら変えないね、美貴は」
「なんか絵に浮かぶ。だけど、ミキティはそんなにむちゃくちゃなことは言わなくない? むちゃくちゃって言うか、梨華ちゃんみたいな滑ったことっていうのかな、そういうの」
「あんまりおかしなことは言わないかな、確かに。だけど、正しすぎるのもねえ、きついよ、周りは。でも、キャプテンっていうか、リーダーは向いてるのかなって思わなくはない」
「リーダーシップはある感じするよ」
「リーダーシップっていうかなあ、うん。滝川カップもさ、いろんな仕事の割り振りとか美貴がやって、後はそれぞれやれって感じで、こうやって成立してさ、ああすごいなって思ったけど、でも、うん、なんだろう」
「あさみが言いにくそうだから私が言っちゃうけど、リーダー向いてるって言うか、独身者向いてるって感じがあるんだよね」
「独身者?」
「独裁者でしょ」
「あー、独裁者」
あやかが納得、という感じで手を叩く。
藤本と会話をしたことはないが、独裁者という単語がイメージと合ったらしい。
「独裁者なの? じゃあ、副キャプテンは大変だ」
「まあ、でも、まだ、無能な独裁者じゃないから。ちゃんと割と正しい独裁者だからいいけどね。たまに、それはちょっと待って、て言うところを止めるのが大変なだけで」
「吉澤さんってどんなキャプテン?」
「ああ、それ私も聞きたい。なんか見てて一番ちゃんとやってくれそうな気がする。後藤さんだと、なんか、下の人は野放しになりそうな感じだけど、吉澤さんだと、ちゃんと目は配ってるみたいな感じで。梨華ちゃんみたいに変に先輩ぶって滑ったりもなさそうだし」
「うん、いいキャプテンだと思うよ。最初はちょっと、もうちょっと自信持ってやってくれればいいのになって思ったけど、最近は慣れてきてキャプテンって感じでやってくれてるし。ただ、ちょっと、抱え込みすぎちゃうのがね」
「結構何でも自分でやろうって感じ?」
「なんでも自分でやるってのじゃなくて、こう、問題起きたときに自分一人で考え込んじゃう感じかな。人の話はちゃんと聞くんだ。だけど、自分がどう思ってるのかはなかなか言わないっていうか、なんだろう。結論出るまで言わない、かな。考えてる間は何も言わない感じ」
「ああ、頼りがいある人ってそういうとこあるかも」
「頼りがいあるのはいいんだけど、それだと隣で支える立場としてはちょっと寂しいんだよね」
各チームのキャプテン評は三者三様である。
それぞれが望むことも三者三様。
「副キャプテンは大変ですってのが結論?」
「それ、まいが言うの納得いかないんだけど」
「そうだよ。無職なんでしょ」
「無職ってなんかやな響きだなあ」
「でも、雑誌で見ましたよ。キャプテンや副キャプテンをやらなくても、それよりもエースっていう役割は重いんだっていう石黒先生の言葉」
「ああいうの、直接いわれるよりきついんだよね」
「先生怖そうだよね」
「練習とかだとね、私より美貴がかなり標的になるんだけど、それで油断して雑誌読んでたら名指しだもんなあ」
スポーツ誌に載っていた石黒のコメントである。
高校生年代の指導者の一人として掲載されていた。
「里田が伸びればこのチームは優勝できるはずだ」
「やめてよ、それ言うの」
あさみが先生の声真似で言うと里田が嫌がる。
「ポジション的に結構きついよね」
「1on1じゃ後藤さんに負けるし、試合じゃ梨華ちゃんに勝てないし、午後の試合は吉澤さんに止められるのかな」
「梨華ちゃんには別に負けてなくなかった?」
「そうでもないでしょ」
「柴田さん、昨日滝川に勝ったのは、石川さんじゃなくて自分のおかげって言いたげ」
「ああ、そういう意味か」
「違う違う、違うって。梨華ちゃん実際、結構戸惑ってたよ。まいちんを一対一で止めればすむって感じじゃなかったから。結構ゴール下でつないで点取られるの多かったし」
「なんか、自分で点とってないと、負けた気分なんだよね」
「柴田さんってこういう時も石川さん前に出すんだね」
「なに、なによそれ」
「昨日は、柴田さんにやられたって感じだったよ、スタンド組みの感想は。スリーポイント決めてくるし、うちの麻美は抑えられちゃうし。石川さんや、あのガードの子。スリーポイント大会優勝した子? 二人を使ってるのも柴田さんって感じだった」
「使ってるって、私は高橋とか田中とかに使われる側だって」
「ああ、そうだ、スコア見たらあゆみん、アシストも結構付いてたし」
「たまたまだって。たまたま」
なぜだか必死に自分を否定する柴田。
そこにあやかが追い討ちをかける。
「午前中、うちも柴田さんにやられたって感じだったよ」
「なんでみんなしてそう、いじめるの?」
「だって、事実だもん。スリーポイント何本決めた? 7本よ7本。三クォーターで下がったのに」
「たまたまだって。スリーポイント大会高橋のが入ったでしょ」
「でも、ゲームで入れるほうが大事だよね」
「ねー」
「やめて。やめてって」
顔を赤くしながら抵抗する柴田。
そこに、レフリーが笛を鳴らしてやってきた。
「タイマー。タイマー。動かして」
「あ、すいません」
ゲームが止まった場面で時計は止めるのだが、再開したところで動かすのを忘れていた。
タイマーは柴田。
褒められ慣れてなくて舞い上がっていたら、今現在の仕事がお留守になった。
「もー。みんなでいじめるから」
三人、笑っている。
人を褒めていじめるのはなかなか楽しい。
「まあ、でも、富岡は梨華ちゃんじゃなくてあゆみんが背負ってるってよく分かったよ」
「そのまとめはやめてって」
「実際、副キャプテンも大変だよね。キャプテンみたく目立たないけど」
「何にもすることない副キャプテンってのも結構あるんだろうけど、キャプテンとかチーム次第で確かにね」
「柴田さんみたいに陰ですべてを操る黒幕は大変だろうね」
「だからやめてって、もうー」
口を尖らせつつボールの行方を見つめる。
仕事なので、その場からいなくなることも出来ない。
柴田は気恥ずかしいけれど、それは悪い気分ではなかった。
ゲーム自体は、高橋を中心にした富岡と東京聖督の一二年チームが、松浦や麻美といったトップチームでスタメンに入っているメンバーをほとんど使わなかった滝川と松江の一二年チームに大差で勝利した。
メンバーが入れ替わって続いて富岡と滝川の控えメンバーによる十分ハーフのゲームである。
この、控えメンバーゲームではテーブルオフィシャルも入れ替わってキャプテンクラスが並んで座っていた。
「よっちゃんさん、ご飯食べた?」
「まだ。ちょっと休んでから食べようかと思ったら、すぐこれだもん」
「一年とかにやらせて食べてくれば?」
「いいよ別に。この後も結構長いから、終わったら食べる」
この後は富岡と東京聖督の試合になる。
吉澤たち松江の出番はさらにその後になるので、食事をする時間的余裕は十分にある。
「ミキティ、そのよっちゃんさんってなんなの?」
「なんなのってよっちゃんさんはよっちゃんさんでしょ」
「じゃあ、私はよっちゃんって呼ぶ」
「初対面相手に失礼なやつだなあ」
「初対面じゃないもんね」
「ん、まあ、そうかな」
藤本がスコアラー、石川はタイマー兼会場スコアのインプット、吉澤は個人ファウルのカウント。
さらに、後藤も24秒計の管理で座っている。
「ミキティと石川さんって結構前から知り合いなの?」
「今日初めて会いました」
「なによ。中学の時にね、選抜チームで会ったんだよね」
「覚えてない」
試合は始まっている。
公式戦なんかだともうちょっとまじめにやるが、自分たちのチームの控えメンバーの試合、だと、メインが雑談でついでに仕事をしている感じになる。
「ていうかさ、よっちゃんさんも元々東京なんでしょ? 後藤さんも東京だし。美貴はともかく、石川はなんでもっと前から知らなかったの?」
「なんでって?」
「近いんだから試合で会うだろ。小学校でも中学でも」
「私、バスケ始めたの高校入ってからだからなあ」
「高校入ってから?」
藤本と石川がはもる。
真ん中に入っている二人が、右端に座る吉澤の方を見た。
「嘘でしょ」
「ホントだって。高校入ってバスケ初めて。あの、あそこでわめいてる矢口さんとかに教えてもらってやってたんだもん」
「じゃあ、バスケ暦二年?」
「二年? うん、そうかな、二年かな」
「ホントに? 二年であれなの?」
「あれって言われても困るけど・・・」
あれってなんだあれって、と、1on1の亀井にやられてしまったことを頭に浮かべる。
「二年であそこまで出来るようになる? 普通」
「えー、じゃあ、一年ちょっとでインターハイ出たってことだよね?」
「そうかな、そうなるのかな?」
石川と吉澤の初対面は昨年のインターハイの時。
その時点で吉澤のバスケ暦は一年四ヶ月である。
「全然見えないよ、そんな。え、後藤さんはどれくらい?」
「バスケ暦?」
「うん」
「どれくらいなんだろ。小学校で二年と、中学で半年? 高校入ってからは一年半くらい」
「何その細切れ」
「いろいろあってですね、そんなことになってます」
「でも、そんな細切れであんなに出来ちゃうの? えーなんなの、二人とも」
藤本に何なのと言われても、二人ともそういう風にここまで生きてきたのだから、いまさら訂正しようもない。
「えー、ちょっとこれから警戒しよう、二人とも」
「何、急に」
「だって、二年でそこまで出来ちゃうんでしょ。後藤さんも、細切れであんまり本気な感じじゃなさそうにやってきて石川よりうまいんでしょ。後一年、選抜の頃はどうなってるかわかんないもん。危ない危ない。研究しなきゃ」
小学校、中学校、高校と段階踏んでここまでやってきた石川と藤本。
その二人の価値観からすると、細切れの後藤や、高校で始めた吉澤が、短い期間で今のレベルにあるというのは驚くべきことであったりする。
目の前のゲームでファウルが起き、レフリーがコールしに来る。
テーブルオフィシャルの雑談は、こういうタイミングで止められる。
続いて、メンバーチェンジもあり、キャプテン四人は少しちゃんと働く。
「ミキティ、あの人数のキャプテンやるのって大変?」
「そりゃ、大変だよ。キャプテンだけじゃないんだぞ。寮長までやるんだから」
「なんでなったの?」
「先輩の指名だよ」
「でも受けたんでしょ?」
「拒否権はないの。指名されたらやる。他に選択肢はなし」
言いたいことを行ってやりたいようにやっているように一見見える藤本も、大きなところでの体育会の縛りからは自由ではない。
「美貴も、キャプテンそんな向いてないと思うけどさあ、石川なんか絶対ありえないと思うんだけど、なんでなったの?」
「なんとなくかな」
「なんとなくってなんだよ」
「だってなんとなくなんだもん。なんかみんながそういう目で見てたから」
「おかしいだろお前のチーム」
「そんなことないもん」
「柴田がいるからだろうな。あいつの方がまとめるの向いてるのに前出ないから。ていうか、前に出ないで陰で操るのに石川を置いておくのがちょうどよかったとかそういうことなんじゃないの?」
「違うもん。あ、でも、うん。柴ちゃんが、私をキャプテンにしようとしたから、みんなそういう目で私を見たのかも」
「ほら。お前、柴田に感謝しろよ。このイベントもあいついないと成り立ってないんだし」
「うん・・・」
藤本に言われなくたって石川は柴田に感謝はしている。
「よっちゃんさんはキャプテン向いてそうだよね」
「そんなことないでしょ」
「うん、よっちゃん向いてると思う」
「後藤も思う」
「なんで、そんなことないでしょ」
「うち来て寮長やってよ」
「やだよ、寮長なんて」
「でも、よっちゃんさん、自分でキャプテンやるって言った口じゃないの?」
「そんなことないよ。私も先輩の指名だよ」
「まあ、指名なら指名で、よっちゃんさん指名するよね、普通に」
「覚悟があればまだよかったんだけどさあ、急に言われて焦ったんだから」
「覚悟って、なんとなく自分だなって思わなかったの?」
「うち、選抜、予選で負けたからさ。そんなことまだ頭になかったんだよね」
「そっか、でも、よっちゃんさんなら最初からスムーズに行ったんじゃない?」
「そんなことないって。かなり悩んだんだから。選抜の予選もさ、最後に決めれば勝ちってシュートを私が外したから負けたっていうのもあったし。なのに、その次の日からキャプテンやれって言われても、無理でしょ。気持ちに整理なんかつかないし」
「四人の中じゃ一番向いてると思うけどなあ」
「見た目だけだって」
「後藤さんは?」
「私?」
「うん、キャプテン、どうなったの?」
「なんとなくかなあ。うん。先輩が次は後藤だって言って、なった」
「それ、なんとなくじゃなくて先輩の指名じゃん」
「そっか」
微妙にぼけた後藤の答えに三人が笑う。
そんなかでも、後藤は普通にゲームは見ていて24秒計のボタンを押す。
「私から見れば三人ともしっかりキャプテンやってると思うよ」
「後藤さんは違うの?」
「私は、よっすぃーみたいに威厳があるって言うか自然に上にいるって感じはないし、藤本さんみたくあれこれはっきり言って力で引っ張っていくって感じじゃないし、石川さんみたく、この人が言うなら仕方ないかって周りが付いてくるって感じもないしさ。周りの流れるままって感じだから」
「ごっちんは背中で語るタイプなんじゃない?」
「背中で語る?」
「私もさ、矢口さんはよく知ってるし、キャプテンってああいう感じじゃなきゃいけないのかってちょっと悩んだりもしたけどさ、あれは無理だもん。矢口さんの次がごっちんで、ギャップはすごいあるけど、同じことする必要も無いし。言葉であれこれ言わなくても、背中で語る感じでいいんじゃない? 結構なつかれてたじゃん、一年生とかに。1on1で私に勝った子とかさ」
「少なくとも、前のキャプテンと同じようにはやろうとしない方がいいと思うよ」
藤本がそれを言うと、後藤も苦笑いを浮かべる。
「ある意味楽でいいと思うよ。ごちゃごちゃ言わなくても、黙ってやることやってれば周りが付いてくるんなら。聖督ってそんなに人数もいないみたいだし。うちみたいに数ばっかりたくさんいると、一々細かいことまで口挟まないといけないし面倒なんだよね。それに、美貴には、その、背中で語るってやつ? そういうの出来ないから。逆に後藤さんだけなんじゃないの? それが出来るの」
「そういう見方もあるのかねえ」
悩んでるんだかそうでもないんだか、よくわからないのんびりした口調である。
また、フロアの上でファウルがあって、レフリーがオフィシャルにコールに来て会話が止まった。
試合自体は、滝川の控えメンバーがリードしている。
適宜メンバーチェンジしていくので、流れが出来にくい展開であるが、控えの層はやや滝川が厚そうだ。
そんな中で突然、藤本が怒鳴った。
「新垣! あいてるなら打てよその位置は!」
速攻崩れでアーリーオフェンスになった場面。
右の0度でフリーで受けた新垣は、打たずに上へ戻した。
昨日や今日の午前中、同じ局面で何度か外した場所である。
「こうやって、一々言わないといけないからめんどくさいんだよ」
「言えるからいいんじゃないの? 私なんかそういうの瞬間的に判断つかないもん」
「ミキティガードだからね。そういうとこまで見えるんだよ」
「いや、分かるでしょ。アーリーオフェンスであの位置でボール持ったら打つって。ガードとかそういう問題じゃなくて、それが判断できないなら試合出られないでしょ」
「自分ならね、判断つくんだけど、人のことだとわかんないって言うか。ああシュート打たなかった、セットオフェンスかって流れてく感じ」
「よっちゃんさんはバスケ暦二年だからしょうがないのかもしれないけど」
なんとなく吉澤にだけはフォローを入れる藤本だったりする。
「私、結構甘やかされてるのかな」
「なにそれ」
「いや、そういう判断っていうの? 全体を見る感じとか、ガードの、今日は来てないけど二年の子が大体やるからさ。それで指示出すから」
「福田明日香?」
「うん。いけ好かないガキだなあって最初は思ってたんだけど、実際言うことは正しくてさあ。よく考えると、そうやって後輩に甘えて自分で全体のこと判断しない癖が付いてるのかなってちょっと今思った」
ファウルで時計が止まる。
吉澤の話を聞いてるのか聞いてないのか、藤本はコートの上のあさみを呼んだ。
「相手のパスがあまりこっちのディフェンス意識してないから、スティール狙うといいかもしれない」
「セット組んだとき?」
「そう。ボール取りに来るって思ってない感じがする」
「わかった、やってみる」
それを見て石川も動く。
「麻琴! 麻琴!」
一番近くにいた小川を呼びつける。
飼い主に呼ばれた犬のように小川はオフィシャル席にやってくる。
「パスが甘いよ。あれじゃ狙われたら取られちゃう。ちゃんとディフェンスの位置を見て出さなきゃ」
「はい」
思わぬ場所からの指示だったが、小川は素直に答えてコートに戻っていく。
「石川、それは無しだろ」
「なにが?」
「何がって、人の指示聞いてそのままそれの対応の指示出すなよ」
「いいじゃん別に」
そもそもオフィシャル席からメンバーに指示を出す、というシチュエーションがありえないわけで、どっちもどっちである。
富岡ボールで再開したコートの上。
ボールを回す過程で、トップにいた小川から0度に落とそうとしたものがあさみにスティールされた。
あさみはそのまま速攻に持ち込もうとドリブルで上がっていくが小川に阻まれる。
二対一の状況だったが、ディフェンスを小川が頑張って味方が戻ってくるまで耐えた。
「石川の指示は誰も聞いてないってことだな」
「もう、注意しなさいって言ったのに」
「言われたことが出来ないっていうのがあそこで試合に出てる理由だろ。そういう意味じゃ仕方ない。あさみも二対一からシュートまで持っていけないんじゃスティールした意味が半減するんだよなあ」
石川と藤本、中央に座る二人の会話を両端の二人は黙って聞いている。
個人としてのバスケの力量としては、ここ数ヶ月でそれなりに自信をつけてきたつもりの吉澤だが、バスケットの知識であったりゲーム勘のようなものであったり、そういうのはこの二人には全然かなわないなあと思う。
今の自分のチームでは、ほとんど福田に頼りきりと言えるパートだ。
「なんか、二人を見てると、自分なんかがキャプテンやってていいんだろうかって思わされるよ」
「うん、後藤も思う」
「何言ってるの。美貴に言わせたらよっちゃんさんくらいキャプテン向いてる人なんかいないって。後藤さんもなんか一年生とかに慕われてるしさ。美貴は、怖いから言うこと聞くってだけで、下から慕われるとか尊敬されるとか、そういうのと縁がないんだよ。絶対よっちゃんさんとか後藤さんのがいいキャプテンしてるって」
「ミキティ、一年生から慕われたいって思うの?」
「・・・、ちょっとはね」
「意外」
「うん、意外」
「うるさいうるさい。意外って言うな」
ちょっと、柄にないことを言ってしまって、藤本は照れていた。
「じゃあ、ミキティ、私のこと見習うといいよ」
「・・・、ありえない」
試合から視線を外し、石川の方を一秒ほど見てからコートに視線を戻す。
それから、首を二度横に振った。
「美貴の方がまだ石川よりはキャプテンに向いてる」
「なによそれ」
「石川よりキャプテンに向いてない生き物はこの世に存在しないから」
「ちょっとー、そこまで言わなくてもいいでしょー」
自分や後藤のことは持ち上げるけど、石川のことは貶めるように言う藤本。
吉澤は、藤本がライバル視してるのは石川だけで、自分や後藤は、まだ、対等には見られていないんだな、と思った。
控えメンバーの試合は、滝川が富岡に勝利した。
ベンチから控えメンバーたちが撤収して行き、次のゲームに移って行く。
ここからはようやくトップチームの対戦に戻る。
ゲーム開始まで三十分の間はあるが、次は富岡と東京聖督の対戦である。
午前中にそれぞれ一試合やっているので、ゼロからのアップは必要ないが、それでももう一度紺ディフェ穂sんを戻すためにコート上でアップを行う。
控えメンバーたちのゲームは休憩時間という感じで。昼食を取ったりしていた一般の観客たちも、トップチームの試合が始まるということで、体育館に戻ってくる。
ここまで二連勝の富岡はすでに明日の決勝進出を決めている。
二連敗の東京聖督は明日は三位決定戦に周ることが決まっている。
この試合の結果はそういう意味ではあまり関係なく、大会としてみたときには消化試合という位置づけになってしまう。
とはいえ、それぞれそういった形で試合そのものを投げる意識はない。
「とりあえず、午前中の試合のスタメンで行ってみよう。マークは相手を見てコートの上で決めて」
「やぐっつぁん、もうちょっと具体的な指示無いの?」
「後藤、これお前の役目だぞ、ホントは」
「でも、やぐっつぁんが指揮取るんでしょ」
「しょうがないだろ、相手がどの程度本気で来るかわかんないんだから、スタメンも読めないし」
東京聖督ベンチ。
矢口真里が仕切っている。
本来はゲーム開始の前に、テーブルオフィシャルにスタメンはこれ、と提示する。
その場面で、相手チームのスタメンを確認することも出来なくはないのだが、今日のところはそこまでしていない。
「たぶん、適当にメンバー代えてくるだろうから、こっちも適当に指示出すよ。とりあえず、ボール運びは加護ちゃんと亀ちゃん。二人で。向こうのスタメンで、サル顔の、あのスリーポイント大会で優勝したやつ、あれがいたら、あれにマークに付かれない方がメインね」
高橋は避けよう。
それがここでの指示だ。
高橋よりは一年生相手の方がボールは運びやすいだろうという見立て。
ただ、滝川と違って常に前から当たってくるわけではないので、それほどボール運びに意識を使う場面というのは多くない。
「オフェンスはやっぱ後藤中心だけど、後藤から外に出して加護ちゃんが受けてスリーってのも狙おう」
「えりりんは?」
「亀ちゃんスリー打てる?」
「打つだけなら」
「打つだけじゃなあ・・・。うーん、展開見ながら自分で判断して。打てそうなら打って」
矢口にすれば、一年生は今日見ただけの相手である。
力の程がわからない。
加護がスリーポイント大会にでてそれなりの本数決めたのだから、スリーポイントは打てるだろう、というのは分かるけれど、亀井がスリーポイントを打てるのかどうかということもよく分かっていない。
こういう時の自己申告をどの程度当てにして良いか、というのも判断を難しくする一つの要素だ。
「ディフェンスは、まあ、足動かして頑張ってってだけかな」
「なんかゾーンとかないのー?」
「あるかバカ。何の準備もしてないのに今日突然ゾーンなんて出来るわけないだろ」
ゾーンはきちんとやるにはいろいろと約束事があるので事前の準備が必要である。
ちゃんとしたレベルでゾーンをやるには、その場の思いつきでは決して出来ない。
「相手多分強いだろうけど、一々めげずに最後までやってみな」
選手たちと異常に距離の近い指揮官は、そう言って試合前のミーティングを締めくくった。
両チームのメンバーがコートに上がってくる。
相手の顔ぶれを見て矢口が一言こぼした。
「舐めきってるな、まったく」
キャプテンとして石川はいた。
後藤のマッチアップだろう。
それはいい。
柴田がいない。
高橋がいない。
石川の他に矢口にとって馴染みのある顔がいないのだ。
誰のマークに付こうか、並んだ列の中で話し合いが行われる。
相手がわからない場合は、判断基準は身長しかない。
「亀ちゃん、14番ね」
ベンチから矢口が指示を飛ばした。
14番はさっき1on1大会に出ていた田中。
そこに出てたということは、出ていない他のメンバーより突破力なんかはあるんだろう、と予想した。
加護と亀井の能力も矢口は把握しきっていないが、これも、1on1大会にでた亀井の方がディフェンス強いかな、と思って田中に付けることにした。
それが本当に正しいかどうかはわからないが、それっぽい根拠があってなんとなく正しそうに思える判断、というのを矢口はその場その場で出来る。
本人たちにお任せ、になってしまう後藤との違いだ。
後藤と石川、ジャンプボールで石川がボールをコントロールしてゲームは始まった。
序盤は東京聖督がよくついていった。
ゲームメイクするのが一年の田中で、周りもほとんど控えでゲーム経験の浅い富岡。
流れを作り出すことが出来ない。
単発単発という風になってしまう。
それでもある程度個人技で決めるし、オフェンスリバウンドを道重が拾うので、点をとってオフェンスを終わる、ということが多い。
東京聖督は一年生二人が頑張った。
後藤は石川相手に攻めきれない。
周りが一年生や控えクラスで、自分がしっかりしなきゃ意識が発動した石川のディフェンスが手ごわく、一対一で勝ちきれない。
そこで外へ戻して加護のスリーポイント、というのが一クォーターから二本決まった。
また、亀井も中からボールを受けて、そのリズムで目の前のディフェンスをかわしてシュートまで持っていく。
最初の十分は17−13 富岡の四点リードで終える。
「加護ちゃん交代」
「あいぼん下げちゃうの?」
「加護ちゃん、40分持たないよね? まだ」
「はい」
「じゃあ交代」
一クォーター終わって最初のインターバルで矢口は加護をベンチに下げた。
「あいぼん調子いいのに」
「調子よくても最後まで持たないだろ。休めるときに休ませないと。一年生で40分のゲームをこなす体力まだないのに、昨日今日で三試合目なんだぞ。ちょっとは後藤も考えろよ」
矢口は、この試合で勝とうとまでは思っていなかった。
40分終わって、自分たちは結構通用したぞ、と思えればそれでいいと思っている。
そのためには、最後にへろへろになって手も足も出なくなるより、いい結果が出せているところで適宜休んで、いいイメージを保たせたほうがいいと思っている。
二クォーター、加護が下がって攻め手が薄くなった東京聖督は少し離され始める。
ただ、富岡も高橋、柴田という強力なアウトサイドがないので、爆発力に乏しい。
とはいえ、基礎のディフェンス力が高いので、個人の能力が高い選手が下がると東京聖督は点が取れず、そこそこのペースで点を取っていく富岡に追いすがれない。
五分過ぎ、加護を投入して代わりに亀井をベンチに下げた。
亀井も一年生、休ませないと最後まで持たないと矢口は思っている。
富岡も同じ頃田中をベンチに下げた。
これは、持つ持たないではなくて、頭を冷やさせる必要がある、と見た。
亀井にマークに付かれ、思うようにプレイできない田中が、二本続けてオフェンスファウルを犯したのだ。
同じ一年生で、1on1大会に出て、自分と違って一回戦突破して見せた亀井に、田中はちょっとライバル心を持っていた。
前半は35−23 富岡の12点リードで終わる。
「やればちゃんと試合に出来るじゃんか」
「滝川とだって前半は十点ちょっとの差だったよ」
「前半なんか見てないって」
「前半はちゃんと試合できたの」
「まあ、いいけどさ、それならそれで」
「後半もあいぼんとえりりんは半分づつなの?」
「いや、後半出だしは二人とも入れる。たぶん、そこが最初の勝負どころだから」
加護と亀井始め、一年生たちは不思議そうにこの後藤と矢口のやり取りを見ている。
後藤が他の誰かのいうことを聞いているという図が結構不思議なのだ。
「向こうメンバー落としてるから、ひょっとしたらないかもしれないけど、三クォーターの最初、富岡は前から当たってくる。午前中の試合もそうだったろ」
「そうだっけ?」
「そうだっけじゃない。そうなの。よっすぃーたちはそれでてこずって点差開かれてた。だから、加護ちゃん、亀ちゃん。ここが勝負だぞ」
「はい」
「サル顔が出てきたら、サル顔が付いてないほう。出てこなかったら亀ちゃんがボール運びの中心ね」
「えりりんなの? あいぼんじゃなくて?」
「うん。加護ちゃんと亀ちゃん。おいら、まだちゃんと二人を全部見えてないけど、二人ともガードとフォワードと、それぞれの役割の、言い方悪いけど中途半端に両方出来てるんだと思う」
「中途半端に両方?」
「うん。加護ちゃんは外からのシュートが得意。亀ちゃんはドリブル突破が得意。ボールキープはたぶん亀ちゃんのが強い。ゲームコントロールは加護ちゃんの方が、まだ出来てないけど向いてるんじゃないかな。だから、どっちがどっちの役割っていうのを今決められないけど、ボールを運ぶってことについては、亀ちゃんのがいいんだと思う」
普通はポイントガードという役割のポジションは、ボールをしっかり運んでゲームを作る、というものである。
そのためにはキープ力があってドリブル突破が出来るべきである。
背の小さい方がそういう役割を負うことが多く、亀井と加護で比べたら加護の方が背が低い。
身長だけなら加護がポイントガードで亀井はそれよりもフォワードに近い動きをするのが普通だが、ここまでの動きを見て、ボールを運ぶだけなら亀井の方がいいな、と矢口は思った。
「今日だけだぞ。今日だけ。これから二人がどういう役目でやっていくかはおいらは知らない。後藤が考えたり自分たちで考えればいいよ。でも、今日、前から当たられたときにどっちがボール運ぶかって言ったら、亀ちゃんがメインのがいいかなって思う」
「えりりん大丈夫?」
「頑張ります」
「ボール運びメインでって言っても、一人で全部やることないからな。周り囲まれたり、狭いところに押し込まれたりしたらパスで逃げてもちろんいいからな」
「大丈夫です。狭いところは好きですから」
「狭いとこ好きって・・・、自分でわざわざ入ってはいくなよな」
エンドライン際、サイドライン際でディフェンス二人に囲まれると、動くことの出来るスペースが極めて少なくなり危険である。
ただ、それを自力で這い出すことが出来ると、一気に二人を置き去りに出来てそのまま速攻やアーリーオフェンスに持ち込みやすいという部分がないではない。
とはいえ、普通はそういう局面を嫌がるのがガードの立場ではある。
「後藤、オフェンスもうちょっと頑張れ」
「頑張れっていわれても、相手強いよ」
「だからって、後藤が8点じゃ富岡と勝負にならないだろ」
「なんか石川さん、前やったときよりディフェンスうまくなってるんだもん」
「当たり前だろ。一年前の記憶持ち出してどうするんだよ。相手見て考えてオフェンスしろよ。向こうに付き合って外から勝負する必要ないって。パワーで負けてないんだからゴール下でゴリゴリ勝負すればいいんだよ。亀ちゃんか加護ちゃんがボールちゃんと入れてくれるって」
矢口がいた頃から攻撃の柱は後藤だった。
それは今も変わらない。
後藤で勝てない相手、というのを矢口はほとんど見たことがなかった。
一年前の富ヶ岡戦も、後藤は点を取っていたのだ。
年末のウインターカップ滝川戦も、里田相手に上回っていたと言っていい。
それが今日は抑えこまれている。
「後藤は中で勝負しろ。外には出てこなくていい。外からは亀ちゃんと加護ちゃんが勝負するから」
「わかった」
「相手、言うほど大したことないから。四番? 石川? あれだけだって。後は普段ベンチにいるようなやつらなんだから、なんとかなる。後藤が相手の四番に勝てさえすればな。もうちょっと点差詰めて、一桁の差でついていって、ラストに一勝負するか、向こうのスタメン組み引っ張り出すかしよう」
ハーフタイムミーティングは、矢口がひたすらしゃべって終わった。
後半、富岡のメンバーは変わらない。
その、前半のままのメンバーでも前から当たってきた。
ハーフタイムの矢口の指示通り、東京聖督は亀井にボールを運ばせる。
控えと言えども富岡のベンチに入ってくるメンバー。
動きは悪くないのだが、亀井は問題なくボールを運ぶ。
オフェンスでは、後藤がようやく点を取り始めた。
石川はゴール下もこなしはするが、比較すれば外でのプレイのが多いし好きだ。
一対一のディフェンスは、柴田や高橋を相手に練習することが多い。
外からのオフェンスへの対応はかなり磨かれているが、相対的にゴール下でのディフェンスはやや弱い。
ゴールに近い場所で勝負することで、後藤は活路を見出した。
少し追い上げて41−33となった三クォーター四分過ぎ、ボール運びは亀井一人で大丈夫そうだと見た矢口は加護をベンチに下げて休ませる。
その次のタイミングで、富岡は高橋と柴田を投入してきた。
慌てて加護を戻そうとするが、休憩、と思ってちょっと気になっていたコンタクトを外して鏡で目を見ている。
呼ばれてもすぐには出て行けない。
スタメンクラスが入った富岡はさすがに強い。
東京聖督のディフェンスでは止めきれず、速いボール回しでフリーを作って、最後はミドルレンジから柴田がジャンプシュートを決めた。
当然前から当たってくる。
亀井には高橋がつく。
走って振り切れずにボールをいい位置で受けられる状態が作れない。
仕方ないという形で、右コーナーで亀井にボールが入った。
「そこじゃダメだって!」
矢口がベンチから叫ぶ。
後ろへ走りこみながらボールを受けた亀井。
ターンして前を向くとしっかりと柴田がいる。
ボールに行っていた田中も、ここでダブルチームに来た。
後ろはエンドライン、右はサイドライン。
どうにも身動きが出来ない。
狭いスペース。
ダメだ、と思って矢口が目線を外した次の瞬間、なぜだか亀井は二人を追い越してドリブルで上がって行っている。
「なんで抜けてるの?」
ベンチで矢口は目を丸くしているが、ドリブルで持ち上がる亀井は平静としたもの。
二人を抜いてしまっているのでアウトナンバーになっている。
石川と道重がディフェンスで残っている四対二の状態。
石川が亀井を捕まえに来たので、後藤にパスを送る。
後藤の方へ石川が向かってきたのですぐにリターンパス。
そのままスピードに乗ってレイアップシュートを決めた。
プレスを破って速攻を決めたのはよかったのだけど、そこからがいけなかった。
エンドでボールを拾った石川が、すぐに長いパスを柴田へ送る。
気がつけば、今度は富岡ボールで三対二にされている。
速攻で点を取って、結果としてすぐに速攻で返された。
富岡のプレスディフェンスは、亀井にはなぜだか通じなかった。
ボールを持てば、どんな狭いスペースでも奪われずに対処する。
ただ、スタメンクラスが戻った富岡相手に、点差を詰めていく力は東京聖督には備わっていない。
まだ、オフェンス面では後藤の個人技である程度対抗できるが、ディフェンスは、富岡のスピードに対処できなかった。
三クォーターは54−41と富岡がリードして終わる。
最終クォーター、矢口は出だしに亀井を少し休ませた。
さすがに前から当たってくる富岡相手にボールをしっかり運んだ亀井に疲労の色が濃い。
十分で十三点差なら勝負になる点差ではあるのだが、これを詰めていく手立てはなかった。
さらにディフェンスでは、石川に対しては後藤がある程度対処しているが、高橋柴田がどうにも手がつけられない状態になってしまっている。
二人でやりたい放題点を取って、二十点まで点差を広げたところでベンチに帰っていった。
さらに石川までベンチに戻し、コートの上は控えの一二年生だけになる。
矢口、勝負どころを誤ったな、と思いつつ休ませていた亀井を戻す。
二十点という点差は絶望的ではあるけれど、何となく奇跡を信じてみたくなるぎりぎりの点差でもある。
点差を詰めるためにムキになってスリーポイントを打ち始めた。
加護や亀井、釣られて後藤も外まで開いて打っていく。
フリーで打てたり、いい流れでボールを受けたりすれば入るシュートも、無理やり打てば入らないもの。
控えメンバー相手にさらに点差を25点まで開かれたところで矢口がタイムアウトを取る。
「ちゃんと自分のリズムで打てるとき以外は打つな」
それだけ言った。
残り時間はわずか。
無理なシュートは打たずにきちんと組み立ててオフェンスをするようになる。
自然と後藤にボールが集まった。
相手の力量が落ちて、後藤のペースで動けるようになっている。
そうやって多少点差を詰めたが、75−55 セイフティリードを富岡が保ったまま試合は終了した。
試合終了後出場したメンバーが相手ベンチへと挨拶へ行く。
富岡は最後にコートにいたのは控えの一二年生ばかりなので、その引率という感じでキャプテンの石川もやってきた。
「ありがとうございました」
「やっぱり強いね」
「そんなことないですよ。後藤さんはすごいなって今日も思いましたよ」
矢口と石川の雑談。
そこに、横から名ばかり顧問の先生が割って入ってきた。
「あの、サインいただけますか?」
「は? え?」
「いや、その、サインいただけますか?」
白い色紙とマジックペンを持っている。
矢口は大きなため息を吐いて左手でこめかみを掻いた。
石川くらいの選手になると、見ず知らずの中学生当たりからサインください、とか言われたりすることもなくはない。
ある意味では吉澤とだって、それに近い形で知り合いになったとも言える。
ただ、試合が終わった直後に相手校の先生からそんなことを言われたことはさすがに初めてである。
驚きはしたが、冷静ににこやかに石川はちゃんとサインをして返す。
いわゆるサイン、ではなくて署名のような、きちんと楷書で名前を書いただけではあるが。
なにやってるんだ? と不思議なものを見つけたような顔しつつ、東京聖督のメンバーもベンチに戻ってくる。
石川は、色紙を返すと自分のベンチに戻って行った。
聖督のメンバーも荷物を持ってベンチを空ける。
外の広いところへ出てミーティング。
「割とちゃんと試合になったじゃんか」
「でも負けたよ」
「簡単に勝てるか! あの相手に。まあ、後藤はそうだな。今日あんまりよくなかったよ。後藤が四番に負けてた分の差が大きいもんな」
「後藤だけなの?」
「だけだよ。だけ。他は結構いい勝負出来てた。特に亀ちゃん。あのキープ力はいいよ。すごい武器。亀ちゃんがいればどんなプレスも怖くないって感じで」
「はい」
「ただ、ちょっと体力が問題かな。それは仕方ないんだけど。今すぐどうってわけにはいかないから、ちょっとづつね。ちょっとづつ、40分の試合に慣れていこう」
「はい」
三戦三敗の後のミーティングとしては明るい。
スタメンが出て来た終盤はきつかったけれど、後は結構ちゃんと出来たぞという感覚はそれぞれにある。
矢口は、いくつかメンバーたちに感想を伝えた後、最後にもう一つ付け加えた。
「あー、明日もおいら来るわ」
「明日? 明日もコーチ役やるってこと?」
「三位決定戦やるんだろ」
「うん。次の試合負けた方と」
「ったく、最後は美瑛に半日行っていろいろ見て、それで帰ろうと思ってたのに、なんでコーチ役なんかやんなきゃいけないんだよ」
「やぐっつぁん、自分でやるって言ったんでしょ」
「明日だけだぞ。明日だけ」
つい数分前までは、明日来るつもりはなかったのだ。
だけど、先生が石川にサインをねだっているのを見て、急に思いついて決めた。
自分がもう一試合くらい付いていてやらないといけないんじゃないかと思った。
自分が卒業するに当たって、ちゃんと後輩に引き継いでおかないといけないことが引き継げてなかったような気がした。
二日目の最終試合は滝川山の手と市立松江の対戦である。
一勝一敗同士。
勝てば明日は優勝決定戦へ、負ければ三位決定戦へ回る。
「相手がどこまで本気で来るかわかんないけど、関係ないからね」
「当たり前ですよ」
「確認するよ。四番、藤本さんが出てきたらあややがマークね」
「はい」
「外は、市井さんとあややと、スリーポイントは打たせない。ドリブル突破は後ろがカバーに入って一対二にしてつぶす」
「吉澤は五番抑えられるのか?」
「わかりませんよそんなの、やってみなきゃ」
「オフェンスは1on1大会チャンピオンの、わたくし松浦亜弥にボールを集めてくれれば何とかしますんで」
「ミキティとの決勝、勝ったのはたまたまだよね」
「破れかぶれで打ったシュートがたまたま入ったって感じだった」
「もうー、あやかさんまでそういうこと言うんですか! あれはちゃんと相手の隙を見て狙って打ったんです!」
「それならそれでもいいけど、ミキティにマーク付かれたら、一人でどうにかしようと思うなよ」
優勝した事実は認めてもらえても、藤本相手に力で上回ったとは受け止めてもらえていない。
松浦自身も、口ではいろいろ言いつつも、何が事実かがわからないほど愚かでもない。
コートに上がっていくと、滝川のメンバーはやはりスタメンクラスから少し落ちる。
麻美や里田はいるが、藤本がいない。
予定と違うので、また、コートの上で打ち合わせである。
「辻ちゃん、どうする? 15? 17? それとも九番ついてみる?」
「九番は私なんだけど」
「じゃあ、15? 17? 15にしよっか。身長近いし。私17付くね」
新垣には辻を付ける。
昨日の試合や午前中、昼のイベントなんかで見ていて、15番には怖さはまったく無く、どちらかというと頼りなさを感じたので、辻で大丈夫と踏んだ。
松浦は、藤本が出てこないと面白くないなあ、と思う。
試合開始。
ジャンプボールは里田がボールコントロールして後ろの新垣に落とした。
序盤、市立松江は松浦にボールを集めた。
これは、意図していたというわけではなく、立ち上がりの状況から自然とそうなった。
元々の想定では、松浦には藤本が来て厳しいだろうから、ゴール下で勝負しようというもの。
それが、藤本がいないので、一番マッチアップで勝っているのは松浦のところになり、意識しなくてもそこにボールが寄ってくる。
ただ、松浦の調子がいまいちよくなかった。
連戦の疲れか、変な気負いか。
何なのかよくわからないけれど、シュートが今ひとつ入らない。
滝川の方はゴール下勝負で来る。
里田と吉澤の一対一。
あるいは、一年生センターにボールを入れてシュートまで持っていく。
ボールがいいタイミングで入らず、五分の状況からの一対一になることが多い里田と吉澤のところは、あまり得点源とはならない。
比較的一年生センターの方が点を取っている。
ディフェンスが堅いということではなく、どちらもオフェンスがあまり機能していないという形でロースコアな出だし。
一クォーターは10−8で滝川山の手がリードする。
「藤本、ボールの出所を押さえて来い」
「7番ですか?」
「バカかお前は。ボールの出所って言ったらガードだろ。12だ12」
「7番は誰が付くんですか?」
「新垣」
「本気ですか?」
反発心は持っていても、あまりそれをあからさまに言葉にして石黒に言うことは少なくなっている藤本。
今回は、本当に驚いたので思わず口から出てしまった。
松浦相手に新垣をマークに付ける。
この二日間をみていて、そんなことをして新垣が通用するとはとても思えなかった。
松浦相手なら麻美でもきつい。
身長差の分多少の問題はあるが、それでも抑えられるのは自分だけだと思う。
「新垣。周りのカバーとか細かいことは気にしないでいい。オフェンスも藤本が組み立てるから細かいことは考えなくていい。7番を抑えることだけ考えてやれ。周りは頼るな。自分ひとりで抑えろ」
藤本の言葉はまったく無視して石黒はしゃべる。
無理だよそんなの、と藤本は思った。
7番どころか12番でも六番でも、新垣に抑えられるとは思えない。
二クォーターに入り、藤本がゲームを組み立てる。
オフェンスでは里田が生きるようになった。
ここ、というところでボールが来る。
優位な状態から一対一が始められれば吉澤相手に負けない。
ただ、アウトサイドは松江が押さえ込んでいた。
最初の想定通りに藤本には松浦をつける。
1on1大会では大きく動いてゴールに近いところで一本決めたが、ああいう動きはゴール下が広くなっていないと出来ない。
外からスリーポイントを打つにも、身長差の分たやすくブロックされてしまうしで、松浦相手の一対一という意味では、ドリブルで崩してパスを捌く、という前提の動きしか藤本は出来なくなり、自身で点を取ることは出来ない。
新垣はボールすら回ってこなかった。
周りがあまり信用していないというのもあるし、オフェンスはどうでもいいと石黒コーチの公認もあるのだからボールは来ない。
麻美も攻めあぐねている。
周りがいい時にそれに乗っかっていくことは出来るのだが、自分でリズムを作り周りを乗せる、というエース格の働きは出来ないのだ。
インサイド一辺倒のオフェンスになっている。
松江の方はやはり松浦にボールが集まる。
マッチアップが変わって、松浦としてはさらに楽になった。
自分がなんとなく調子悪いぞ、と自覚したので、ある種ばくちな感のあるスリーポイントは控えるようにした。
調子悪くてもゴールに近いところで打てば入るはず。
その前提で動く。
相手が新垣なら、周りとの兼ね合いでスペースさえ空いていればゴール下まで自分で持ち込める。
これは出だしはうまく行ったが、次第に通じなくなってきた。
新垣はまったく問題にならない。
ただ、やってることが見え見えなので、ゴール下のプレイヤーがそれをケアするようになる。
里田あたりは、もはや新垣が抜かれるのは大前提、という形で松浦を見ながらのディフェンスをしている。
石黒が、新垣に周りを頼るなとは言ったが、周りはカバーをまったくしないという選択肢はないのだ。
松浦もそれならそれで一対二の形になったところでボールを捌けばいいのだが、それをしない。
里田がカバーに来たところで、無理にでもシュートに行ってしまう。
ブロックをしっかり避けるくらいの腕はあるのだが、体勢が無理やりではやはりシュートが入らない。
調子が悪い自覚があって、それを認識して自分を動かすことは出来ても、周りを使うというところにまでは至っていない。
前半は25−20 非常にロースコアな展開で滝川山の手がリードして終わった。
ベンチに戻ってきて最初に声をあげたのは市井だった。
「松浦、自分で全部やりすぎだろ」
「だって、どう見ても私のマッチアップだけザルじゃないですか」
「そこまで言うなら決めろよ、シュート。中のカバーに抑えられて決められてないじゃんか」
なんだかんだと言いつつも、前半の二十点のうち12点は松浦が取った点数だ。
ただ、シュートを打った本数に対して見ると決して多くはない。
市井は、一クォーター終了間際にもらったフリースローで一本決めただけである。
「周りも合わせてくださいよ。市井さんがフリーとかだったら私だって外に捌きますよ。でも九番にしっかりパスコースに入られてるじゃないですか。あれじゃ出せないですよ」
「私に出せとは言ってないだろ。中からカバー来てるんだから、吉澤なりあやかなりがあいてるだろって言うんだよ」
「待ち待ち待ち。なんでそう熱くなる。とりあえず前半五点差で終わったんだからよしとせんか?」
「あんな控えメンバー相手に負けてること自体が問題です。先生は黙っててください」
「先生に黙ってろはないんじゃないの?」
思い通りに行かない状況にいらだっている松浦。
それをなだめすかしてうまくコントロールする福田が今日は来ていない。
ヒートアップしてきたところでようやく吉澤が口を挟んだ。
「あややの言うことは分かるし市井さんの言うことも分かる。あややは状況見てパスを捌くべきだし、でもあややは周りがあわせてくれないからパスが捌けないって言う。私の問題なんだろうな」
「別に吉澤さん責めてるわけじゃないですよ」
「責めてる訳じゃないかもしれないけど、実際そうだろ。私がパスを受けられる状況にあまりなってない。あややが一対一始めると、なんていうかそれを見る姿勢になってる感じがあるかな」
「明日香がいないから、いるときに見えにくかったことが表に出てきてるのかもね」
汗を拭きながらあやかが入って来る。
前半、あやかはリバウンドは四つ拾ったが、得点は二点だけだった。
「あの子いると、パス一本で崩しちゃったりするでしょ。でも、それがいないからそうもいかなくてさ。それに相手も強いし。だから、あややが一対一で突破しても、カバーが来て、県大会くらいだとカバーが来てもあやや決めちゃうけど、里田さんくらいになるとそうもいかなくてさ」
「まあ、相手強いってのはあるかもしれないな」
「だから、その次の動き? 周りがあわせて、パスを捌いて、そこも抑えられたら、また次へっていうやつ」
「動きの連動性?」
「そう、それ。あの子よく言ってたよね」
そういえば、入ってきて最初に言われたのがそういうようなことだったな、と吉澤は思い出す。
一対一ばかりやるな、つないで崩せ。
うるせーなー、と思いながらも、次第次第にそれに従ってやっていってインターハイに出た、ような気がする。
インターハイに出て、国体にも出て、それから冬の選抜では予選で負けて、いろいろと自分たちの力不足が分かった。
つないで崩せ、の前に個人の力量が足りていない、自分の力がそのレベルにない、と吉澤は特に思った。
チームが強くなるために、自分がうまくなろうと思った。
飯田が抜けて、県内では吉澤は一対一で負けるような相手はいなくなった。
負けなければそれで勝負して点を取る。
ここ数ヶ月はそんなことをしていたら、今度は周りと合わせる、という意識が薄れてしまっていたのかもしれない。
「あわせてないってことはないんじゃないの? 午前中とか、あやかを生かすために吉澤が外に出るとかやってたじゃんか」
「それは、連動性とはちょっと違うような」
「連動してるだろ」
「してるけど、試合前の約束事としてそうしてるだけで。応用が出来てない感じなのかなあ」
吉澤は考えながらしゃべっているけれど、結論は頭の中に出てこない。
「それ、今からどうこう考えても難しくないか?」
「合わせるのって頭で考えるって言うより、体が勝手に動く感じだよね、本当は」
「練習から意識してなんとかかんとか? まるっきり福田の言葉だな」
「そんなことより、今日どうやって勝つんですか!」
「そんなことって言うなよ。大事なことだろ」
なんとなく課題は感じたが、それはそれとして前半終わって五点差という試合が目の前にある。
それへの対処は松浦の言うように考えないといけない。
「誰かが一対一やってるときも傍観者にならないってことかな」
「傍観者?」
「ただボーっと見てる人っていうこと。私やよっすぃーがたぶん前半はそんな感じだったんだと思う」
「ボーっと見てたってことはないんだけど、いや、まあ、そうかもしれないけど。そうね、うん。傍観者にならないってことで。後、一対一仕掛ける方も、パスを捌くことを考えつつの一対一で」
「特に松浦な」
「市井さんもボーっと見てないでゲームに参加してくださいね」
一々ぶつかるんだよな、この二人、と吉澤はまた思う。
「ディフェンスどうする?」
「相手、また変わってくるんやないか?」
「吉澤さんどうしたいんですか? 吉澤さんのとこですよね、一番あれなの」
「あやか変わる?」
「なんでそうなるのよ。でも、変わっても結構大変だよ。フックシュート」
「ああいうのってどうやって止めるの? ブロックショット不可だよね」
「さあ?」
問いかければ答えを返してくれる福田がいない。
問いかけてから、そうか、いないと答えが返ってこないのか、と吉澤は気づく。
「フックシュートは知りませんけど、あの五番、里田さん? はミドルシュートは捨てるで行くしかないんじゃないですか、また」
「そういう時結構入るよな、ミドル」
「吉澤さんはどうしたいんですか?」
「私と変わるは無しだよ」
「マッチアップ変わるは冗談だけど。でも、ポストプレイなんかの時は、外からも挟みに来てほしいな。余裕持って勝負されると止められないよあれ」
「ボール持ったら一対二にするってこと?」
「そんな感じかな」
「これも動きの連動性?」
「その言葉やめない?」
福田が不在の存在感をやたら示すミーティングになっていた。
後半、滝川は藤本をコートに残してきた。
その代わりなのか、麻美がいない。
一年生センターもベンチに下がっていた。
新垣は相変わらずいて、松浦のマークに付いている。
滝川は、メンバーは落としているけれど藤本が出ているのでゲームコントロールはしっかりしていた。
藤本−里田のラインはかなり強力だ。
藤本は、もう常に里田を使おうと意識しているので、今ここで、というタイミングでしっかりボールを入れている。
そこからの対応が早く、松江は二人で挟もうという約束事が生かされる前にシュートまで持っていかれてしまう。
松江のオフェンスは後半も松浦中心。
出だしはよかったのだが、途中から得点が止まり始めた。
松浦の足が止まり始めたのだ。
二クォーター、藤本が出てきて辻のマークに付いたところで、ボール運びを松浦に代えた。
マッチアップが新垣で、問題にしていないとはいえ、毎回毎回ディフェンスを気にしながらボールを運び、上がってからは自分で突破し、シュートまで持って行き、と繰り返していれば、単純に疲れる。
滝川に来るまでに県内で二日で四試合、飛行機で移動して昨日一試合、今日も午前中に一試合。
自分がエースだというつもりになっている松浦は、どの試合でもよく動いて点を取った。
四日間で7試合目、途中で飛行機移動つき、の後半である。
さすがにそろそろきつい。
相手が新垣なのでボールを奪われる、ということにはならないがシュートが入らなかった。
周りとつなごう、ということはさすがに意識し始めて、パスは捌くが、いいパスが出せない。
吉澤やあやか、ボールを受けてシュートまでの流れに時間がかかるようなパスになるので、滝川ディフェンスのカバーにあい、うまくいかない。
相手がメンバーを落とした三クォーターになって、なぜか点差が開いた。
41−30 十一点の滝川リードで最終クォーターに入る。
松江はここで松浦と辻をベンチに下げた。
松浦は疲労しているし、辻も体力面での問題と、プレイ面の問題と二つの理由で下げた。
オフェンス時、辻には藤本がマークに付いている。
今の辻では藤本に手も足も出ない。
ボール運びも松浦に任せ、オフェンスでは役に立っていない。
ディフェンスの時は新垣を相手にしている。
これは負けてはいないのだが、新垣にボールが来ないのであまり役にも立っていないのだ。
結果的に、いてもいなくても、みたいな存在になってしまっている。
どちらもメンバーを落とした形だが、こうなると滝川の方が強い。
松江は人数の少なさもあり控えメンバーのレベルは極端に落ちる。
その差が如実に現れる最終クォーターになった。
ガードを二枚下げた松江はボールを運ぶことすらおぼつかなくなってしまう。
前年冬の選抜で、飯田たちのチームが出だし五分で滝川に試合を決められてしまった時と同じ構図である。
途中から慌てて松浦をコートに戻すがもはや手遅れだった。
最終スコアは73−42
途中までは松江がそれなりに頑張ったけれど、最後にゲームが壊れてしまった、というかたちだった。
二日目までの日程を終えて、一回戦総当りの予選リーグの結果が出た。
富岡が三戦全勝、滝川が二勝一敗で明日は決勝を戦う。
松江は一勝二敗、東京聖督は三戦全敗で三位決定戦へまわることになった。
歓迎レセプションのあった初日や、地元へ帰ることになる最終日と違い、中日二日目の終わりはあっさりとしたもの。
別れを惜しむなどということはなく、各チーム、片付け面での役割分担をこなすと、あっさりと宿へと返っていく。
各所の戸締りなどがあるので、やはり地元の滝川が最後まで体育館へ残ることになる。
自分では動かずに、あれこれ指示を出している藤本のところにあさみがやってきた。
「美貴、ちょっと来て」
「なに? どうしたの?」
「いいから」
あさみは有無を言わさず藤本を引っ張っていく。
逆ならよくあるが、これはあまりない光景である。
体育館の外側へ連れ出して、さらに裏へ回る。
陽は落ちているが、照明があるので体育館のすぐ側は明るい。
ゴミが捨てられてないか確認しろ、と指示は出していたので、藤本は何か変なものでもあったのかな、と思いついていく。
角を曲がるところであさみが立ち止まる。
顔だけ出して覗き込んで、藤本に、あれ、と指で示す。
藤本もあさみの後ろを回って角の向こう側を覗き込むと、段差のところに座り込んでうつむいている姿があった。
「なにやってんだ? あいつ」
「おちこんでるんでしょ」
「何を」
「何をって、試合出て、スリーポイント大会も出て、でも散々だったでしょ。そういうの全部だよ、きっと」
「それをここで落ち込んででどうするんだよ」
「どうするとか考える余裕が無いからああやって座り込んでるんでしょ」
「そうかもしれないけどさあ・・・」
座り込んでいるのは新垣である。
二人の視線の二十メートルほど先。
会話が聞こえているかどうかはわからない。
「あとはよろしく」
「なんで美貴が」
「なんでって、キャプテンで寮長で先輩で指導係でしょ。美貴以外の誰よりも美貴の役目でしょ」
「・・・」
非の打ち所の無い正論に、藤本は反論できない。
論理で対抗できないときは、別の方法で抵抗する。
「無理。無理。美貴そういうの無理。あさみ何とかして」
「なんとかって何よ」
「なんでもいいから」
「ダメ。片付けの方は私が見とくから、こっちは美貴の仕事だからね。ちゃんとバスまで連れてきてね」
片づけが終われば全員でバスに乗って寮に帰るのである。
あさみは、藤本の肩をぽんぽんと二回たたいて去っていく。
さすがにそれを無視して自分も体育館の中へ戻っていくわけにも行かない。
遠くから新垣を見つめつつ考える。
さて、どうしたものか。
苦手なのだ。
誰かをなぐさめるとか、そんなことは。
頭をかきむしる。
放って置くわけにもいかない。
自分で動き出してくれないかなあと願ってみるが、新垣はうつむいて座ったままだ。
ため息一つ付いて歩み寄る。
「なにやってんだよ」
新垣、顔を上げた。
藤本の存在には気づいていなかったようだ。
「片づけしろって言っただろ。なにやってんだよ」
「すいません」
「帰るぞ」
藤本がそう言うと、新垣は視線を落とす。
ひざを抱えてまたうつむいた。
「なにやってるんだよ・・・」
勘弁してくれ、と藤本は思う。
うじうじしている奴は元来嫌いなのだ。
「もう大体片付けも終わってるんだよ。バス待たせるだろ。ほら。帰るぞ」
答えが返ってこない。
立ったまま、見下ろす形でいた藤本は新垣の横にかがみこみ、視線を近くする。
どうすればいいのか迷っていて、藤本の方が考え込んでいると、ようやく新垣が口を開いた。
「なんで」
「なに?」
「なんで、先生は私のこと使うんですか?」
「しらないよ、そんなの美貴だって。先生に聞きなよ」
「私、足引っ張ってますよね」
視線は合わせないまま、新垣は乾いた土の上をぼんやり見つめながらポツリポツリ言葉をつなぐ。
藤本は、ため息一つ付いてから答えた。
「それ聞いてどうするんだよ。 足引っ張ってなんかないよとでも言って欲しいのか? お前だって中学で三年間はバスケやってきたんだろ? 自分でここに来ようと思って来たんだろ。だったら、自分が足引っ張ってるかどうかくらい自分で分かるだろ」
なぐさめてほしい、というのが分からなかった藤本ではない。
だけど、そこで素直に慰めるというようなことは出来なかった。
良い悪いではなく、それが藤本の性格。
計算で突き放したわけではなくて、ただ単に、いらいらして言い放っていた。
さすがにきつすぎたかな、と言ってから少しは思わないでもない。
「入ったばかりの一年生に誰もそんなたいそうなこと期待してないって。一々落ち込んでる資格も無いんだよまだ。出来なかったら練習しろ。それ以上のことなんか誰も期待してない」
「でも、みうなは試合で活躍してて」
「あのなあ。そうじゃないだろ。気持ちはわからないでもないけどさあ。おまえ、どっちなんだよ。試合で足引っ張って落ち込んでるのか、自分より活躍してる一年がいて落ち込んでるのか。生意気なんだよだいたい。誰それが活躍してて自分は、みたいな考えを一年のくせにするのは。周り見てみろ。先輩一杯いるんだぞ。それを押しのけて、なんでか知らないけど試合に使われてて。それで活躍できない? 他の一年のが目立ってる? そんなんで一々落ち込んでるんだったら、試合に出ることも無いまま二年三年って上がっていく部員はどうしたらいいんだ? 後輩が試合に出てるのに自分はスタンドで見てるだけって落ち込んで体育館の裏に並んで泣いてればいいのか? あぁ?」
新垣は余計にうつむいてしまう。
反論の余地も無いし、そんなことする気力も無い。
藤本も、きついこと言ってるなと感じてはいたが、間違ったことは言っていないとも思っている。
少し、冷静になって続けた。
「三年間練習して、それでもダメで、試合に出られないとか、周りの足引っ張るとか、そうなったら泣け。ふさぎこめ。体育館の裏で落ち込んでたりとかしても誰も怒ったりしないよ。でもな、入ったばかりでうまくいかないで、それで泣いてたってしょうがないだろ。自分のこと、入ってすぐにスタメンで出て、ゲームで活躍できる、そんなすごい選手だとでも思ってたのか?」
言葉で答えは返ってこないけれど、新垣は首を何度か横に振った。
それを確認して藤本は続ける。
「そんな甘いもんじゃないんだよ。先生がなんで新垣のこと使うのか、美貴にはさっぱりわかんないし、美貴も、多分周りの誰も、新垣のことスタメンレベルだなんて認めてないよ。自分だって思ってないだろ。はっきり言えば、今試合に出て役に立つなんて思ってないんだよ。足引っ張られて頭にこないわけじゃないけど、でも、たぶん、頭にくる方が悪いんだよそれは。出来ないやつに期待する方がな。入ったばかりの一年が、試合でうまく行かないからって一々泣くな。次を考えろ次を。どうやったら足引っ張らないようになれるか」
「でも」
「でも、なんだよ」
藤本の方は見ずにうつむいたまま。
それでも、新垣から言葉が返ってきた。
「この大会は、美貴さんたちが、時間かけて作った大事なものだって聞きました。なのに、そんな大事な大会で足引っ張って。悪いと思うし、それに、やっぱりかっこ悪いし」
「ごちゃごちゃ細かいこと気にしてんじゃないよ。まあ、手間かけて作ったのは確かだけど、別に、それほど勝つことにこだわるような大会じゃないしな。かっこ悪いのが嫌だとか、気持ちはわからないでもないけど、考えたって仕方ないだろ。出来ないんだから。スリーポイント、入らないものは入らないだろ。しょうがないじゃんか。そういうのが嫌なら、神奈川帰るしかないな」
「帰れないです」
「なんで」
「いまさら帰れないです」
「入って一ヶ月で帰るほうがかっこわるいよな、そりゃあ。だったら、ここでどうにかするしかないだろ。かっこ悪く無いように。足引っ張らないように」
「私に、そんなこと出来るんでしょうか」
「はぁ・・・。バカだろ、おまえ。出来るか出来ないか考えるのは時間の無駄だ。やめろ。やるしか無いなら、どうすれば出来るかだけ考えろよ」
新垣は、また顔を両手で覆う。
涙が出て来たらしい、と藤本にも分かる。
「ああ、もういいから立て」
藤本は立ち上がる。
新垣は涙を拭うが、立ち上がりはしなかった。
「立て。片付けも終わってるんだよ、多分、もう。寮帰るぞ。美貴、腹減ってるんだから。泣くのも悩むのも部屋帰ってからにしろ。ほら、立て。立たないと退部。寮長権限で寮追放。立てって」
藤本は新垣の左二の腕を引っ張る。
それに促されて、新垣はゆっくりと立ち上がった。
「よし。帰るよ」
藤本が歩き出すと、新垣もゆっくりと後ろを付いていく。
途中で、新垣が付いてきているのを一度振り向いて確認したが、後は何も言わなかった。
最終日。
残っている試合は二つ。
三位決定戦として、松江と東京聖督の対戦と、決勝の滝川対富岡の試合である。
当然先に三位決定戦をやる。
滝川に宿を取っているチームのメンバーはいいが、元々朝一番でここに来るつもりなんかなかった、旭川に宿がある矢口には、第一試合はつらかった。
「誰だよ、こんなむちゃくちゃな日程組んだの」
「別に無茶じゃないよ。やぐっつぁんが変なとこ泊まるから悪いんでしょ」
「どっちが変なとこだよ。旭川とここだったら、ここのが100倍変なところだろ」
過疎だの人外の地だの言われているが、滝川だって立派に市である。
シベリアの真ん中とは違う。
「それで今日はどうするの?」
「それは後で言うからおとなしくアップしてろ」
九時開場、十時試合開始。
選手たちは会場前からコートに入っていてアップはすでに始まっている。
矢口は一人だけ遅れてきた。
みなと同じ時間に来る、などと約束はしていないので、矢口は遅刻ではないと思っている。
観客たちもちらほら集まり始めた時間である。
「アップは何するの?」
「何するのって、いつも通り普通にやってろよ。続けてればいいって。一々おいらに聞くな」
「はーい」
キャプテンにすれば何か変わると思ったんだけどな、と矢口はちょっと考える。
後輩から慕われているようなのはいいのだけど、後藤には何か足りない。
力量に文句を言えるほどは、矢口自身もすごい選手ではなかったけれど、それ以外の部分、キャプテンとして何か足りてない。
考えても仕方ないか、と思考に一区切りをつけ、矢口は反対側ベンチへと向かう。
「よっすぃーおはー」
「おはーって、ホントに来たんですか?」
「うん」
一言会話しただけで吉澤はパスを受けて行ってしまう。
松江の方は現在スクエアパスを行っている。
今日いるメンバーは12人。
12人で四箇所に散って、ボール二つでスクエアパスを行っていると、まともな会話をする時間は無い。
「いいなあ、OBも試合に出れて。あれ? OBじゃなくて四年生だっけ?」
「矢口暇なの? 今浪人生だっけ?」
「ちゃんと三年で高校卒業して、ストレートに進学した大学生ですよー」
「それで友達できなくて一人旅の途中に寂しくなって子分に泣き付いてきたわけか」
スクエアパスは、選手たちは対角線の位置に毎回移動することになる。
矢口は、吉澤と市井、知っている顔が二つ同じ対角線にいるのが見えたので、そのコーナーへ来て声をかけた。
吉澤よりも市井の方が、矢口とは対等に口が聞ける。
吉澤がスクエアパスは終わりとコールを欠けて、次にランニングシュートへ移行する。
これは中央とサイド、二つの列が出来るのだが、吉澤はそこには並ばずに抜けてきた。
「ホントに来たのはいいんですけど、こっち来てなにやってるんですか? いいんですか? アップ見てないで」
「アップなんか見ても仕方ないし。よっすぃーと話してる方が楽しいもん」
「楽しいもんって、私も暇じゃないんですよ」
「そんなこと言わずに相手してよ」
「矢口友達いないんだって」
列には並んでいるけれど、声が届く距離にいる市井が口を挟む。
「矢口さん、友達いないんすか?」
「真に受けるなバカ」
矢口が見上げる位置の吉澤の頭をはたく。
吉澤も、よければよけられるのに素直に頭を差し出した。
「よっすぃー、今日まじめにやるの?」
「なんですかそれ」
「なんですかって、昨日見てるとさ、富岡なんか舐めきったメンバーでうちの相手してくれたしさ、滝川も結構メンバー落としてたじゃんか。だから、よっすぃーたちはどうするのかなって?」
「あれと一緒にしないでくださいよ。そんな余裕のあるチームじゃないですってうちは」
「そりゃあ、滝川や富岡と試合するときはそうだろうけど、今日は格下相手なんだからそういうこともするかなと思って」
「格下って誰が格下なんですか」
「誰がって、今のよっすぃーたちから見たら、今日の試合は格下相手の試合なんじゃないの?」
「何言ってるんですか。そんなことあるわけないじゃないですか」
「またまた、謙遜しちゃって。ああ、でも、よっすぃーにしてみたら自分が前いたチームだしね。そういう見方はしたくないか」
「そんな問題じゃないですって」
「ふぎゃ」
まともな会話をしている矢口の後ろから、突然あやかが覆いかぶさるようにして抱きついた。
「矢口さん、相変わらずちっちゃくてかわいいです」
「な、な、なにすんだ。放せって。重い。のしかかるなって」
あやかは矢口を開放する。
解き放たれて振り向いた矢口があやかを見て言った。
「あやかさんってそんなキャラだったっけ?」
「かわいい子はみんな好きですよー」
「だから、そこがもうキャラ違うような気がするんだけど」
「あやかは本当はこういうキャラですよ。修学旅行の時は、よその学校でちょっと気使ってたみたいだけど」
市井やあやかは、ランニングシュートの列に並んでいるので、ワンアクションだけ矢口に示して、すぐに去っていく。
吉澤だけが腰を据えて矢口の相手をしていた。
「あんなキャラでみんなうまいから怖いよな、よっすぃーのチーム」
「何言ってるんですか。矢口さんのキャラでうまい方が怖いって言うか迷惑ですよ」
「なんだとこの。でもなあ、もう勝ち目無いって感じだよ。ワンオンワン大会優勝したのもいるんだろ」
「あややですか? あれは決勝なんかはたまたまって感じでしたけど」
「でも、後藤にも勝っただろ、二年生で。後藤で勝てないんだから、もううちじゃ勝ち目なしだな」
「何言ってるんですか。吉澤、あの、名前わかんないけど一年生に負けちゃったし」
「それこそたまたまだって。あー、もう、ホント、手抜いてくれない? せめて100点ゲームとか、ダブルスコアにならない程度に、手加減してよ」
「ありえませんってそんなの」
「じゃあ、四対五でどう?」
「何言ってるんですか」
「ダメ?
「ダメです」
「けちー」
「何なんですかいったい」
「じゃあ、あとでね」
わけがわからない、といった様子の吉澤を置いて、矢口は自陣ベンチサイドへ戻って行った。
後はしばらくぼんやりとアップを見ている。
公式戦ではないので、本来はベンチにも入らないレベルの控えメンバーも含め全員でアップをしている。
ベンチに残るのは顧問の先生のみ。
矢口は、テーブルオフィシャル側に座っている顧問の近くには寄らずに、ベンチ中央に陣取った。
「ゆっくりやるしかないかなあ」
自分のチームを見ながらつぶやく。
昨日の松江の試合も見て、一応いろいろと考えてみた。
結論は、総合力では負けている。
まともに勝負したら厳しいだろうなあ、と思った。
だからといって、選抜の滝川戦のように、周到に準備して奇策をぶつけることもいまさら出来ない。
今日、言ってすぐ対応できるレベルのことでなにか手を打たないといけない。
自分が入れればなあ、とちょっと思った。
ベンチにでんと座って考えるより、コートで動きながらあれこれやっていくほうが性に合っている。
ただ、さすがに高校生に混じるわけには行かなかった。
見ているとやりたくなる部分もあるが、体を動かせるような準備もしてきていない。
ただ、アップの最終段階、ランダムにシューティングする場面では、なんとなしにコートに入って行って何本かシュートを打ってみた。
「集合!」
レフリーが三分前の笛を鳴らしたところで後藤が矢口の方を見たので、うなづいたら後藤が指示を出した。
ベンチに全員戻ってくる。
「スタートは昨日と一緒」
スタメンは変えない。
相性がどうのこうのと言うほど研究してきたわけでも無い。
「よっすぃーに、手抜いてよって言ったら、無理って言われちゃった」
「さっきそんなこと言ってたの? やぐっつぁん」
「うん。格下相手なんだから控えでやってみない? って言ったら無理って」
「うちら格下なんだ」
「いや、そうでもないと思うけど、そう言っておいたほうがいい気になってくれるかなと思って。よっすぃーは無理かもしれないけど、紗耶香あたりは勘違いしてくれそうだし」
「やぐっつぁん、一々腹黒いよ」
「うるさいぞ後藤」
怒る感じではなく、軽くなじるくらいに言ってみた。
後藤はTシャツを脱いでユニホーム姿になる。
脱いだTシャツは、なんとなく矢口が受け取った。
「亀ちゃん7番のマークね」
「7番ですか?」
「うん。番号間違ってなければ7番。昨日の1on1優勝した子」
「えりりんで大丈夫?」
「後藤、付きたいの?」
「んー、別にそういうわけじゃないけど」
「後藤はインサイドで構えて無いといけないからダメ。亀ちゃんで十分対応できる。亀ちゃん、抜かれてもいいけど、スリーは打たせないように付いて」
「はい」
「ボールは持たせてもいいから。別にディナイで付かなくても普通でいい」
「はい」
ボールを持っていないときに、ボールに近い側にかぶさるようにつくのをディナイで付くという。
こうすると、パスが入れにくいのだが、裏を突かれやすいという部分もある。
「後藤はよっすぃーね。だけど、外から7番が切れ込んでくるのもカバーすること」
「7番だけ気をつければいいの?」
「いい。他の二枚は切れ込んでこないから」
「ホントに? 市井ちゃんとか突破してきそうだけど」
「そこは7番と違って、突破させないように離れて付くから」
「それじゃあスリー打ち放題じゃん」
「それはおいらが何とかする」
「なんとかって?」
「なんとかだよ。気にするな」
試合に出ないのになんとかってなんだよ、と突っ込みどころだけど、チームのメンバー達はなんとなくイメージでいたのか、それ以上は聞かなかった。
「オフェンス。五秒切ってから後藤で」
「なにそれ?」
「外で回して時間使ってから最後に後藤で勝負」
「時間使うんですか?」
「うん。その間、特に加護ちゃんと亀ちゃん。あんまり動かないで」
「動かないんですか?」
「そう。動かないって言うか、動いてもいいけど体力使わないように。ディフェンス長くやってると疲れるじゃんか。でも、攻めないって決めてオフェンスやってる時間ってそれほど疲れないから。なるべく体力温存させて。できれば、相手の体力は使わせて。加護ちゃんと亀ちゃんは40分体力持って、相手の7番と12番はへろへろっていうのが理想」
「後藤はどうしたらいいの?」
「インサイドでよっすぃーとがりがりやってて。よっすぃーの体力が尽きるとは思わないけど、後藤までおとなしくしてると、向こうのディフェンス全体が休んじゃうから。攻めるぞ、攻めるぞっていうのを後藤が見せて。それで、最終的には点を取るのが理想」
「やっぱり、やぐっつぁんいろいろ考えるよね」
「もう一回言うけど、これ、後藤の役目だぞ。後藤に出来ないなら、加護ちゃんとか、チームの中で考えることだからな。おいらはもう卒業したんだ。今日これっきりだからな。後藤。分かるか? 今日の試合の勝ち負けも大事だけど、それだけじゃなくて、考えるってことを覚えてくれ。全体を見ながらどうすれば良いか考える。後藤一人がじゃないぞ。チームとしてどうしたら良いか? だぞ」
矢口はプレイヤーとして恵まれた体は持っていなかった。
恵まれていないもいない、バスケのプレイヤーとして自分よりも小さな選手とであったことが無い。
だから考えた。
どうすれば良いか? どうすれば勝てるか?
考えること、頭を使うことが嫌いじゃなかった。
むしろ楽しかった。
自分の思い通りにチームを動かせるというのは快感に近いものだったとも言える。
だからこそ、最後までその立場を楽しんでしまっていた。
ちゃんと、次に引き継ぐということを、その点に付いては出来てなかった、と思う。
「初日に負けたんだよな、確か。でも、今日は勝てるから。ちゃんと考えてやれば勝てる」
考えてやって、いいとこ五分五分だな、と矢口は思った。
だから、勝てると言い切った。
両チーム中央に並ぶ。
松江もメンバーは落とさずにスタメンクラスが上がってきた。
福田がいなくてそこに辻が変わっているだけで、後はいつものメンバーである。
ジャンプボール。
今日は吉澤が勝って、後ろの辻にボールを落とした。
東京聖督ディフェンスはさーっと引いて、松江のセットオフェンスからゲームが始まる。
立ち上がり、昨日の滝川戦と同じように、松江は松浦にボールを集めた。
集めた、というか、集まった、というのに近い。
昨日の二試合目は調子が悪かったけれど、今日はどうか?
確かめるために、松浦は自分で勝負してみる。
亀井ではやはり、一対一で松浦を押さえ込むことは出来なかった。
それでもコースを半分制限することくらいは出来る。
ゴール下には後藤が構える。
後藤と亀井で一対二の状況を作れれば、松浦もつぶせる。
昨日、似た形でうまく行かなかったのだから、さすがに松浦も学習する。
切れ込んでからきちんと捌く。
合わせるのは吉澤。
ただ、後藤もそこまではイメージしているので、完全なフリーにはならない。
そこから自分で勝負したり、さらにあやかが合わせたり。
得点力は、ぼちぼち、といったところ。
確率は悪くないのだが、攻撃チャンスそのものが少ないのだ。
東京聖督が、テンポの遅いオフェンスをしていた。
時間を二十四秒一杯使って攻める。
加護も亀井も役者だった。
スリーポイントの構えを見せたり、ドリブルで切れ込むぞ、というフェイクを見せたり。
だけど、攻めない。
外でまわして、時折中には入れるけれどすぐに外に戻して。
聖督オフェンスが時間を使うので、全体としてゲームのテンポがゆったりしたものになる。
二十四秒ぎりぎりまで使っているものだから、シュートが打たれた時点で加護も亀井もしっかり戻る。
結果として松江は速攻を仕掛けることも出来ず、こちらもセットオフェンスで攻めることになる。
お互い一回の攻撃に時間がかかるので、攻撃回数そのものが少なくなる。
一クォーターは12−10と東京聖督がリードして終えた。
「いいね、いいね。この調子で」
「なんかあのオフェンスちょっと飽きるね」
「飽きるって言うなよ。ディフェンスしてる方がもっと嫌なんだって」
「そうかもしれないけどさあ」
「パス回し自体はもっと速くてもいいよ。ディフェンス振り回す感じで。だけど、実際に攻めるのは残り五秒から。加護ちゃんも亀ちゃんもいいよ。あの、自分で勝負するぞって見せる感じが」
オフェンスは、ボールを確保してから二十四秒以内にシュートを打たないといけないというルールがある。
逆に、その二十四秒ぎりぎりまでシュートを打たない、という作戦をディレイドオフェンスという。
遅らせて攻める。
ゲーム全体のテンポを落とすことが出来る。
「向こうのオフェンス見ててなんかある?」
「なんか単純です」
「そう、そう。加護ちゃんよく見てるね」
「ガードがゲーム作れてないから。7番だけみたいになってる」
「そうそう。そうだよ。いいね加護ちゃん。あんなのバスケじゃないよな。バスケじゃないは言い過ぎかもしれないけど、高校生がやるバスケじゃない。エースがボール持って後は勝手にやるってのは中学生のレベルね。ちゃんと全体見て、考えて組み立てるのが高校生ね。加護ちゃんはちゃんと高校生になれてるみたいだね」
「ホントですかぁ?」
「うんうん。いいよ。うん。向こうのガードはさ、ガードじゃないんだよ。ボールをフロントコートまで運ぶ人。ただそれだけ。だから、オフェンスをこうするっていうイメージがなくて、五人の中でボールが移動して、その中で一番自信がある7番が自分で攻めてるってだけ。それでも7番すごいし、他のメンバーのレベルも高いからそれなりに勝ててきてるんだろうけど、おいらたちはそうはいかない。だって、おいらたちのレベルも高いから」
「でも、そろそろ考えてくるんじゃない?」
「あのまま40分続けてくるとは思わないけど、その時はその時だよ。それに対応してこっちも何かする。とりあえず加護ちゃん。次休憩ね」
「はい」
「五分くらいかな。亀ちゃんはもうちょっと頑張って」
「はい」
「ディフェンスだけ頑張ればいいから。オフェンスはのらりくらりと疲れないようにやっとけばいいから」
かなり思い通りに行った一クォーターだった。
このままの流れで進めたいのが東京聖督ベンチの思惑である。
対する松江も少しは考えてきた。
松浦はやはり自分で行きたがるが、そればかりということもなくなった。
フォワードのもう一枚、あいているのが市井である。
クォーター間インターバルで指示でもあったのか、一クォーターよりも市井は積極的になった。
ただ、マッチアップの東京聖督ディフェンスは、かなり距離をとって守っている。
これは、ドリブル突破するには難しい位置関係である。
当然、選択肢としては、外からのシュート、というのが有力になる。
インサイドは狭くなっていてボールが入れづらい。
松江オフェンスは外でボールをまわす。
トップでちょっとうわづったボールを受けた松浦。
腰高な形になったところ、低い姿勢で亀井に付かれる。
この体勢で突破は無理。
右に開く市井にボールを送る。
市井、マッチアップは遠い。
スリーポイントの構えを見せる。
すると、ディフェンスがブロックに飛び込んできた。
「違う! 打たせろって!」
市井は一旦トップに上がってきた辻にボールを戻したが、その後声が飛んできた方を見た。
矢口である。
「今のは打たせてリバウンド! 打たせてリバウンド!」
ボールが市井から離れても矢口は続けている。
流れで上に動くと、松浦からボールが戻ってきた。
やはりディフェンスの位置は遠い。
「打たせろ!」
矢口の声を聞きながら市井はスリーポイントを放った。
ボールはリング奥に当たって鈍く跳ね上がる。
吉澤をスクリーンアウトした後藤がリバウンドを拾った。
速攻、を仕掛けるかのように後藤からサイドの亀井にパスが出て、そこからドリブルで持ち上がる。
松江も何とか戻って情勢としては三対三の形。
速攻崩れでアーリーオフェンス、という場面だったが、亀井はドリブルでキープして味方の上がりを待った。
全員が上がり、松江ディフェンスが戻ったのを見て、自分もドリブルを付きながらゆっくりと上に戻っていく。
場が落ち着いたのを見て、またセットオフェンス。
ゆっくりボールをまわす。
さっきまでと同じパターン。
二十四秒計は残り五秒に。
右サイドでボールを受けた亀井。
中の後藤を探すような視線の動きをさせてから、自分でドリブルで突っ込んだ。
松浦、反応できない。
中央側に松浦を抜きさると、ゴール下からあやかがカバーに出てくる。
それが近づいてくる前にジャンプシュートを決めた。
ブザーが鳴り、松江がタイムアウトを取った。
「いいよ、亀ちゃん。それそれ」
「自分で攻めちゃいました」
「そういう判断は悪く無いよ。油断してる感じもあったし。だけど、あんまりあの7番相手に1on1多用するのはやめようね。たまに、油断してるなってのが見えたときくらいで」
「はい」
二クォーターも六分過ぎた。
22−14と東京聖督がリードしている。
相変わらずロースコアな展開である。
「加護ちゃんそろそろ入ろうか」
「はい」
「次の一本、時間使わずに加護ちゃんが好きなようにやってみて」
「好きなようにですか?」
「そう。外からスリーでもいいし、カットインでも良いし、パス一本で崩してもいいよ。もうそろそろ向こうも、こっちが時間使って攻めてるって決めてかかってるから。一本だけ裏を掻こう。今の亀ちゃんのも裏をかいた感じだけどさ。今度はもっと大掛かりに。それで、その次からはまた戻してゆっくり攻める。オーケー?」
「オーケーです隊長!」
「隊長! おいら隊長か? うーん、まあいいか、隊長で」
「でもさあ、やぐっつぁん。市井ちゃんはどうにかするって、もっとひどい野次飛ばすのかと思ったら、割と普通だったね」
「な、なんだよそれ、ひどい野次って」
「えー、だっていつもそうじゃん。いつもは野次じゃなくて、コートの上で近い距離で言ってたけど」
「後藤、一年生の前であんまりそういうこと言うなって」
一年生の前ではちょっと良い格好をしておきたい矢口だったりする。
「さすがにさあ、でかい声でああいうのやるのもどうかと思うし。それで、まあ、あれくらいなら許されるよなあ、と思って。普通にベンチから作戦伝えてるだけだし」
「作戦って言うの? ああいうの」
「作戦だろー。シュート打たせてリバウンド拾うって。あれ、肝心なのはリバウンド拾うとこだからな。頼むぞ後藤」
「それは分かってるよ」
打たせておいてリバウンドを取れないのでは意味が無いどころか最悪である。
そこはゴール下で何とかするべきところだ。
タイムアウト明け。
松江オフェンスはインサイドを使ってきた。
ゴール下でスクリーンを使ってあやかをフリーにし外からボールを入れる。
ターンしてシュートが、短くて入らずにリバウンドを聖督が拾った。
オフェンス。
ボールを受けた加護はゆっくりと持ち上がる。
セットオフェンスの状態で、右にいる亀井にパスを送ると左へワンフェイク入れて走り出した。
亀井からすぐにリターンパス。
辻は振り切っていて、台形の右上の位置。
そのままゴール下まで持ち込むと身長差でインサイドのプレイヤーにつぶされるので、加護はそこからそのままジャンプシュート。
リング奥に当たって跳ね上がったが、そのままネットに落ちてきた。
24−14
東京聖督十点リード。
ゲームはそのまま聖督ペースで進む。
前半残り二分というところで矢口は亀井をベンチに下げた。
そこからもう一度松浦が自分で攻め始めたが、リズムが悪いのかシュートが入らない。
30−18と12点東京聖督がリードして前半を終えた。
後半、松江は組み立てを変えてきた。
松浦がボールを運んでいる。
辻ではなくて松浦にガードの役目をさせるらしい。
それならそれで勝手にすればいい、と矢口はあまり気にしていない。
ただ、三クォーターの早い時間で亀井を一旦ベンチに下げた。
一対一で攻めてくる機会が減るなら、亀井を休ませても大丈夫と踏んでの判断だ。
聖督はオフェンスの組み立ては変えない。
基本はディレイドオフェンス。
その中で、思いつきで時折速い攻めをしてもいいよ、という機会を加護に与えていた。
松江は松浦にゲームを作らせるようになってじわりじわりと追い上げ始めた。
ほぼ強制的に、周りを使うことを松浦に意識させた形である。
インサイドへ良いパスを出していた。
吉澤とあやかも危機感を感じたのか、松浦と、あるいはゴール下でお互いにしっかりとあわせて崩している。
コートの外ではなんだかんだと感情的にある市井に対しても、松浦はちゃんとパスを送った。
一々「打たせろ」と相手ベンチから声が飛んでくることにいらいらしながらも、ノーマークが続けばさすがに何本かは入る。
聖督はオフェンスが苦しくなってきた。
後藤一辺倒では攻め手が少なすぎる。
少し休んでコートに戻った亀井あたりにもうちょっとその役割を持たせたいところであるが、相手が松浦ではそうそう何本も通用しない。
途中で加護も休ませたりしているので、どうしても攻撃力の面では難があった。
三クォーターで40−38と松江が二点差まで詰めてくる。
「加護ちゃん、亀ちゃん。後十分持ちそう?」
「はい」
「絵里も大丈夫です」
「今までのペースと違って、走ることが多くなってもいけそう?」
「はい」
「よし、じゃあディレイドオフェンス終了。普通に攻めるよ」
ここまで聖督が常に時間を使って攻めていたため、ロースコアなゲームになっている。
その流れをここで変えると言う。
「昨日さ、松江と滝川の試合見たよね」
矢口が問いかけるとメンバー達はそれぞれうなづく。
「最終クォーター、7番と12番、二人ともばてばてだった。三クォーターまで結構いいゲームしてたのに、それで試合が壊れてた。同じことをやるよ。7番は今日も途中からゲームの組み立てまでやって負担が大きいはずだから。亀ちゃん、動き負けしないように。なるべく相手を振り回して」
「はい」
昨日の滝川戦は一日二試合の二試合目である。
今日とは条件は違うが、この五日間で飛行機移動つきの8試合目という積もり積もったものを考えれば昨日よりも厳しいという見方もある。
松浦は今日の試合、ここまで出ずっぱりである。
「後藤、よっすぃーファウル三つだから。出だしの早い時間に早めに四つ目をさせるようなプレイをしてみて」
「後藤も三つなんだよね」
「そこ結構勝負だからな。先に四つ目やるなよ」
ファウルを五つすると退場である。
後藤が退場してしまえば聖督に勝ちの目はほとんどなくなる。
逆に、吉澤をコートから追い出すことが出来れば、大変優位に立つことが出来る。
そこまで行かなくても、ファウルが四つになるとファイブファウルで退場、というのが目の前をちらつくようになる。
それだけで十分ディフェンスは甘くなってくるので、かなり有利になるのだ。
最終クォーターは東京聖督ボールで始まる。
早いオフェンスでいいよ、という指示があったが、出だしはこれまでと同じように時間を使った。
ボールをまわす。
ただ、最後の部分が違った。
後藤で勝負、ではなくて加護が外からスリーポイント、のフェイクを見せて辻を抜いてミドルレンジからジャンプシュートを決めた。
松江の方は時間はそれほど使わずに攻めてくる。
ゴール下にいる吉澤やあやかを壁に使って市井が逆サイドへ抜けてくる。
ディフェンスが離れている状況で辻からパスを受けてシュート。
やや短くなって跳ね上がったりバウンド。
あやかが拾ってそのまま決めた。
すばやく後藤が拾ってエンドラインから出てスローインを亀井へ。
亀井から加護へ。
辻が戻るし松浦も戻って速攻にはならない。
三対三の状態からオフェンス四人目後藤が中央に駆け込んでくるとそこにボールが送られる。
ミートしてジャンプシュート、のフェイクを見せてカットイン、ゴール下まで入ってレイアップを決める。
そこから速い展開でゲームが動いて行った。
お互い走り合い。
疲労も出てきてターンオーバー、ミスによるボール保持の移動も多い。
松浦から吉澤へのパスを後藤がカットし、すぐに亀井に出してワンマン速攻を決めて六点差。
松江はエンドからすぐ入れて松浦が持ち上がり、パスの一本も出さずにスリーポイントを放つ。
大きく跳ね上がったリバウンドを市井が拾ってその場でジャンプシュートを決めて四点差。
聖督のセットオフェンスで加護がインサイドの後藤へバウンドパスを入れようとして吉澤に叩きだされる。
こぼれだまをあやかが拾って、速攻を出そう走った辻へ長いパスを送ると、間合いが合わずにそのままエンドラインを割った。
もう一度聖督のオフェンス。
狭くなっているゴール下を抜けて、ディフェンスの松浦は壁にぶつけフリーになった亀井が走りながらボールを受けてターン。
そのままジャンプシュートを打つも短めになって外れてリバウンドをあやかが拾う。
あやかからサイドに開いた辻へ。
辻から中央へ走る松浦へ。
そのパスが加護に叩かれてこぼれるが市井が拾いなおす。
聖督ディフェンスは戻り、速攻は成立せず松江のセットオフェンス。
外でまわしてからハイポストに上がってきた吉澤へ。
ターンしてドリブル。
後藤は普通にディフェンスしたつもりだったが、レフリーの笛が鳴った。
後藤のファウル。
四つ目。
「うそ! 何もしてないよ」
それ以上は言わなかったが後藤の不満な様子は傍で見ていても分かる。
残り時間はまだ六分以上ある。
後一つのファウルで退場になるので、普通は少しベンチで休ませて、勝負どころで投入するのだが、東京聖督のチーム状況ではそれは許されない。
一応ベンチの方を後藤は見ていたが、矢口は首を横に振った。
エンドからのスローイン。
右0度に開いた位置の吉澤にパスが入る。
シュートフェイクを入れてドリブル。
後藤は付いていけはしたが手は出せない。
ゴール下までは突っ込まず吉澤はワンドリブルで止めてジャンプシュート。
これが決まって46−44 二点差。
「走れ! ここから休むな!」
矢口が檄を飛ばす。
エースがファウル四つで、一度タイムアウトを取りたい場面ではあるが取らずにそのまま流した。
加護と亀井は割合素直だ。
ゆっくりやれと言われればゆっくりやるし、走れと言われれば走る。
速攻を出す、ボールを運ぶ、という場面だけでなく、セットオフェンスを組んでいるところでも、パスアンドランでよく走った。
ただ、インサイドが使いにくくなっている。
四つ目のファウルをしたことで後藤がナーバスになっていた。
オフェンスファウルをしても退場である。
あまり強引なプレイが出来ない。
後藤が使えないとこのチームの攻撃力は激減してしまう。
松江の方も疲れが出てきてミスが多く、一気にひっくり返して突き放すというわけにはいかない。
それでも、一つ一つ積み重ねてくる。
オフェンスリバウンドも拾えるようになってきた。
リバウンドで競り合うところで後藤が怖がって手が出ないのだ。
松浦のスリーポイントが外れたリバウンドを吉澤が拾ってそのまま決めて同点に追いつく。
次のオフェンスでも、辻が外したミドルレンジのシュートをあやかが拾って決めた。
さらにもう一つ、ハイポストからの一対一で吉澤が後藤を振り切ってレイアップを決める。
「走れ! 足動かせ!」
リードを奪われても、後藤が何度もベンチの方を見ても矢口はタイムアウトを取らない。
走れ! と繰り返す。
残り四分を切る。
ボールはトップの亀井。
ハイポストに上がってきた後藤にボールを入れた。
加護がそこへ駆け込む。
後藤から手渡しパス。
辻は後藤に引っ掛けて振り切った。
ワンドリブルでゴールに近づいて、ジャンプシュートを放とうとしたら目の前には高い壁。
とっさの判断でその小脇をバウンドパスで通して後藤へ。
受けた後藤がレイアップでシュートを決めた。
二点差。
エンドからあやかがボールを入れる。
開いて受けに来た辻へ。
ふと思いつきで、加護は素直に戻らずに辻に近づいて圧力をかけた。
辻は遠めの位置にいた松浦へパスを送ろうとする。
松浦がいた場所めがけてボールを出したが、松浦は走っていた。
ボールを見て、ブレーキをかけて戻ろうとするが拾いきれない。
サイドラインを割って東京聖督ボール。
ひざに手を突いて肩で息をする辻。
加護も、亀井も同じような状況だ。
残り三分少々。
一年生には体力的にかなり厳しい時間帯である。
上がっていた選手たちがゆっくりと松江ゴール側に戻ってくる。
サイドから亀井が加護へボールを入れてゲーム再開。
ここは、東京聖督はゆっくりとボールをまわした。
一本一本、ゆっくりとつなぐ。
時間をかけて残り五秒、ローポストで吉澤を背負った後藤へ。
ターンしてシュートフェイクを見せて吉澤を飛ばそうとするが飛ばない。
もう一歩踏み込んでそれから後藤は飛んだ。
吉澤もブロックに飛ぶ。
シュートは決まらなかったが笛も鳴った。
吉澤のファウル。
四つ目。
三分を切った場面で、後藤、吉澤、両者ファウル四つになった。
松江ベンチがタイムアウトを取る。
「加護ちゃん、亀ちゃん。最後まで走れるね」
「はい」
「はい」
矢口は二人の一年生に問いかける。
ベンチに座る二人は、肩で息をしながらも元気に答えた。
「じゃあ、残り時間前から当たって。当たるって言うほどきつくなくていいけど、軽くプレッシャーかけるくらいで。手は出さないけど前から付いていく感じで」
「はい」
「向こうのが疲れてるから。12番だけじゃない。7番も足が動いてない。加護ちゃん亀ちゃんのが元気だ。だから最後まで足動かしてれば勝てる」
「はい」
「後藤はオフェンス頑張れ。よっすぃーも四つになってるから、ファウルが怖いはずだから。オフェンスよりもディフェンスの方がファウルは怖いんだからな。ボール持ったとき後藤の方が怖がったりするなよ」
「分かってる。大丈夫」
「残り時間ある間は、リバウンドは無理しなくていいけど、一分切ったら怖がらずにそこも手出して。一分切って退場ならそれはそれで仕方ないから。そこは勝負で」
「わかった」
「絶対勝てるから。自信持って。絶対勝てる。流れ速くなって向こうのミスも増えてるし。落ち着いてやれば勝てるから。自信持って」
四クォーターに入って展開を早くした割には、どちらも点が伸びていなかった。
ミスが多くシュートまで行かない、という部分もあるし、シュートそのものが入らないという部分もある。
ここまで50−48 松江の二点リード。
後藤のフリースローからゲーム再開。
フリースローは二本ともしっかりと決めた。
50−50の同点。
あやかがエンドからボールを入れる。
松浦がボールを受けた。
亀井が目の前に来たので辻を探したが、そちらにも加護が付いている。
自分でドリブル。
振り切れないが取られもせずにフロントコートまで運ぶ。
松江はそれほど時間を使わずに勝負してきた。
狙いはインサイド。
吉澤、ではなくてあやかを使った。
ゴール下を抜けてきたところへ外から市井がバウンドパスを入れる。
受けてそのままターンしてジャンプシュート。
やや長くなって外れたりバウンド、スクリーンアウトで外側にいた吉澤のところまで飛んで行った。
取れないと思っていたところに飛んできたボール、吉澤もファンブルしてこぼす。
飛び込んだのは亀井と松浦。
一瞬早く亀井がさらって、すぐに加護に出す。
一人で持ち上がる加護。
速攻の形に見えるが、実際には一対二の状態で攻めきれない。
コーナーまで降りて味方の上がりを待つ。
五人目、一番最後に走りこんできた亀井へ。
やや距離がある位置だったが、ボールを受けて亀井はジャンプシュートを放つ。
リバウンド、の声が飛ぶが、ボールはネットを通過した。
52−50 東京聖督リード。
聖督ディフェンスが、前からついてくる。
エンドからボールを受けて松浦は一気にかわそうとしたが振り切れず、足が止まった。
辻にも加護、パスが出せない。
すでに上がっていた市井が戻ってきてボールを受ける。
ここまであまり仕事をしていない市井はまだ、比較的体力に余裕がある。
二分を切って、松江のオフェンス。
パスは単発でしかまわらない。
ディフェンスを崩す、というところまでいかない。
トップの松浦に戻る。
受けてそのままドリブル。
バックターンで亀井を振り切って再加速。
カバーに出た後藤の横をバウンドパスで通す。
吉澤、このボールを受けてジャンプシュート。
この動きのイメージはなんとなくあった後藤、多少遅れ気味ではあったが、シュートブロックに飛ぶ。
手にはいかずにしっかりとボールへ。
後藤に弾かれたボールはバックボードに当たって跳ね返る。
飛んだ場所にいたのは加護だった。
ドリブルで上がる。
亀井もついて上がる。
戻れたのは市井だけ。
二対一。
市井は二人の動きを見ている。
この状況はどちらかに賭けるしかない。
どこかでパス。
市井はそれに賭けた。
フリースローラインあたりまで来た時、加護の方へ一歩だけ動く。
釣られて加護は亀井にパス。
市井は、二人を結ぶ線上に飛び込んでいて、そのボールはすっぽりと腕に収まった。
逆速攻。
五対三。
聖督ディフェンスは狭くゴール下を固めている。
目に入るところにいた辻へパスを出したが、外からシュートは打たない。
松浦に戻す。
そうしているうちに、加護も亀井も戻ってきた。
セットオフェンス。
狭いインサイドは崩せないし、辻も松浦も外から攻めきれない。
空いている一枚は市井だった。
右四十五度でボールを受ける。
「打たせろ!」
何度も聞いたこの声。
ゴールとの位置関係上、今はすぐ横に聖督ベンチがあって、サイドラインぎりぎりに矢口が立っている。
もう、いい加減市井も慣れてきた。
気にせず打つ。
パサッと音を立てて市井のスリーポイントが決まった。
「後悔しろ矢口!」
矢口を指差して、一言、市井が言った。
53−52 松江の一点リード。
残り時間少ない二点リードの場面で、スリーポイントを打たせるのはあまりない選択肢だった。
残り一分少々。
聖督のオフェンス。
ローポストの後藤にボールを入れるが勝負できない。
外の亀井に戻す。
亀井はそこから勝負した。
ドリブル突破をはかる。
松浦は足が付いていかず、上半身だけで対処してしまった。
手が出てファウル。
二十四秒計がリセットされてサイドから。
残り50秒。
ビハインドを負っている聖督。
ここで決めないと苦しくなる。
勝負どころ。
外、外。
ボールは周るが時間も経過していく。
こうなると行き着く先は決まっていた。
後藤真希。
右サイド、外に開いて出て来た。
吉澤は付いていくけれどパスコースを塞ぎには入らない。
上からボールが下りてくる。
受けて、エンドライン側へボールを振り吉澤を揺さぶってから左でドリブル。
二つドリブルを付いて止まった。
ジャンプ。
吉澤も付いてきたし、インサイドにいたあやかもブロックに飛んだ。
壁は二枚。
吉澤は避けて打ったが、あやかの右手先にボールは触れた。
勢いは殺されて、ボールはあやかの手元に落ちてくる。
「ゆっくり、一本!」
残り27秒。
ボールはあやかが確保している。
聖督ディフェンスはさーっと引いて行った。
ボールを奪いには来ない。
ディフェンスが引いたのを見て、珍しくあやかがコールした。
松浦が受けに来たので、あやかがボールを預ける。
「当たれってバカ!」
時間が無いのだ。
ベンチから矢口の声が飛んだ。
普通に守っている場面ではない。
ボールを奪って点を取らないと負けなのである。
あやかにボールを取られたところで、本来ならすぐにプレッシャーを掛けに行かないといけなかった。
ガード陣が松浦に当たりにいく。
ディフェンスが来ればボールを捌く。
松江は時間を使う。
シュートまで時間一杯、二十四秒を使えば、残りは三秒にまで出来る。
松浦から市井、市井から松浦。
ゴールに近いところにいる吉澤に当てて、すぐに外の松浦に戻す。
囲まれないように、挟まれないように。
ボールをまわす。
十秒を切る。
ハイポストの吉澤に市井が当てて、吉澤はすぐに外の松浦に戻す。
亀井が当たってきたので松浦は横の辻に回した。
二十四秒計は五秒を切る。
辻には加護。
市井に出そうとしたがディフェンスが付いている。
ピボットでターン。
松浦へ、と思ったらそちらからは亀井が来た。
辻に加護と亀井、二人で挟む。
ピボットでこらえつつ、ボールは頭上へ。
後ろから、加護がそれを叩いた。
ボールは松江ゴールサイドへ転がっていく。
残り五秒。
ボールは亀井と辻、二人が追いかけた。
飛び込んで両手で抱えようとする辻。
亀井も飛び込みながら片手を伸ばしてそのボールを相手ゴール方向へ押した。
二人はもつれるように倒れるが笛はならない。
もう一度ルーズボール。
拾い上げたのは加護だった。
そのまま一人でドリブルで持ち込みレイアップシュートを決める。
同時に、試合終了のブザーが鳴った。
54−53
最後の最後の場面で、東京聖督が逆転し、勝利した。
この大会初めて終盤までもつれたゲームで、会場の盛り上がりもあった。
聖督のメンバーは、難しいと思われていた試合に勝つことが出来て、当然はしゃいでいる。
ただ、感涙に咽ぶとか、そこまでのものではなくて、飛び上がってハイタッチといった程度の明るいもの。
そんな中、コートの真ん中で、辻が一人、本気泣きしていた。
松江のメンバーはそれを慰めに集まる。
その光景を尻目に、聖督メンバーはベンチに戻ってきた。
「な、勝っただろ」
「ホントに勝っちゃったね」
「亀ちゃん、玉際強いねえ」
「自分で取るのは無理だと思ったから叩いちゃいました」
「加護ちゃんもよく追いかけた」
「つかれたー」
子供の顔した加護が、本当に疲れた表情で矢口にそのままのもたれかかったのでベンチに笑いが起きる。
矢口は、汗まみれなのを気にせずに、加護を左腕で抱えつつ頭をなでてやった。
「後藤、このチーム去年より強いぞ」
「やぐっつぁんいなくても?」
「おいらなんて選手としては大したこと無いんだって。加護ちゃん亀ちゃん強いって。まさか勝つと思ってなかったもん」
「絶対勝てるって言ったのやぐっつぁんじゃんかー」
「そうだけど、それは言葉のあやってやつでだな」
矢口と後藤がそんなやり取りをしていると、加護が顔を上げて矢口から体を離した。
振り返ってコートの方を見ている。
ミーティングの輪を抜けて歩いて行った。
コートでは、まだ辻が泣いていた。
大会の軽重とか、そんなの関係ないし、よく分かっていない。
ただ、感情に任せて泣いている。
松江のメンバーたちの輪をかき分けて、一人違うユニホームを着た加護が辻の足元に座り込んだ。
「のの」
加護が声をかける。
辻は答えないけれど、泣き声は少し収まったように感じられる。
「のの」
加護の二度目の呼びかけ。
鼻を啜りながら辻は顔を上げた。
「明日香さんに鍛えてもらって強くなろうって言ったのはどこの誰だっけ?」
辻は、鼻を啜り、涙を腕で拭う。
言葉はまだ返ってこない。
「東京行くのなんかずるい、逃げてるだけだって言ったのはどこの誰だっけ?」
涙を振り払って、辻は加護の方を見る。
何かを言いたげだが、それよりも先に加護が続けた。
「のの、全然中学の時と変わってないやんか。一人じゃなんも出来なくて。なんか、明日香さんいないから試合でてるみたいだけど、やっぱり明日香さんいないとなにもできないんやろ」
「ちがうもん」
「ちがわない」
「ちがう」
「ちがわない」
「ちがうもん!」
少しヒートアップしたところで、加護がふっと息を吐いて流れを止めた。
「どっちでもいいけど、でも、今日はうちの勝ちやからな」
「負けないもん」
「チームは、明日香さんまでいたらそっちのが強くなるかもしれないけど、うちはののには負けない」
「のん、負けないもん」
「ののが明日香さんの控えで試合出られない間に、うちはずーっと試合に出て差を広げたるから」
「負けないもん。試合も出るもん」
加護がうっすらと笑みを見せて立ち上がる。
辻は、座り込んだまま加護のことを見上げた。
「なんだ、泣いてるからもっとへこまそと思ってきたのに、元気やんか」
「あいぼんには負けないもん」
「次があるかわからへんけど、次もうちが勝つから」
「負けないもん」
負けないもん、しか言わなくなった辻に加護は背を向ける。
松江のメンバーに愛想笑いのようなものをして、軽く頭を下げると東京聖督ベンチに戻った。
「知り合い?」
「はい」
「加護ちゃんって島根から出て来たの?」
「そうです」
「そっか、中学の友達?」
「はい。友達です。向こうはいなかものやけど」
「大事にしなよ」
「はい、隊長」
「隊長かー。おいら、隊長かー」
この子は先輩の前と友達の前で使い分ける子かな、と矢口は思った。
コートの上に残っていた松江のメンバーも、辻が立ち上がったのでそろって引き上げていく。
会場から改めて拍手が起きた。
得点は伸びなかったし、多少凡戦っぽい展開なところもあったけれど、それでも一点差の終盤までもつれたゲームだったのだ。
いい物を見せてもらった、という気分になった人も多い。
それぞれのチームのミーティングが終わってから矢口はもう一度吉澤のところへ行った。
「おつかれよっすぃー」
「参りました。素直に負けを認めます」
「たまたまだってたまたま。最後のなんかホントたまたまだもん」
「あそこでキープしきれないのがうちの力なんだなって思いましたよ。でも、一年生二人元気でしたね最後まで。あの二人にやられて終わるとは思ってなかったです」
「ちゃんと考えて試合させてたからね。40分最後まで持つように試合作ったから」
「やっぱ、矢口さんすごいっすわ」
「そんなことないって。今日のは一年二人が偉かったんだよ。それに、よっすぃー、言っちゃ悪いけど、矢口がすごいんじゃなくて、よっすぃーたちがちょっと情けなかったんだと思うよ」
「まあ、吉澤もファウル四つになって怖がった部分もありましたよ。その前にごっちん四つにしたのに攻め切れなかったし」
「それはあるけど、そういうことじゃなくてさ」
次の試合は決勝に当たる富岡と滝川の試合。
選手たちはそれぞれアップに入っている。
ついさっきまで藤本や柴田がいた運営者席に吉澤は座り、運営に関係ない矢口もついでに座っている。
周りには、試合に出ない滝川の控えメンバーの何人かが吉澤の他には座っている。
「よっすぃーたち、ただ五対五をやってるだけで、全体の流れとか組み立てとかそういうのなかったよ。いや、五対五にもなってない部分があったな。たぶん、一人一人の力の五人分で言えば、よっすぃーたちの方が大分大きいと言うか強いはずだよ。だけど、今日はおいらたちが勝った」
「連携が出来てないって言ってるんですか?」
「うん。一つはね。たぶん、よっすぃーか、あの先生がちゃんとした人なら先生から言わなきゃいけないことだと思うんだけどさ、勘違いしちゃったやついただろ」
「勘違いですか?」
「たぶん、だけどね。昨日の一試合目見た感じだとそうでもなかったのに、二試合目と今日の試合とはぜんぜん変わってたから、多分勘違いしちゃったんだと思うんだけど、7番。名前知らないけど、1on1大会優勝した子」
「松浦?」
「そんな名前だったっけ? 矢口から見てボール持ちすぎだと思う。昨日の一試合目、富岡戦かな? そこでも結構ボール持ってエースっぽい活躍はしてたけど、その時は全体考えて、その中のエースって感じだった。だけど、昨日の二試合目とか今日とか、全部自分で何とかしようって感じが見え見え。まあ、それを利用させてもらったってのはあるんだけどさ。確かにすごいと思うよ、後藤にも勝ったし、滝川のガードの子にも勝って、あのメンバーの中で1on1優勝しちゃうのは。でも、それで勘違いしちゃってると思う」
「そうっすか? 元々自信たっぷりな奴だから、あんまりわかんない感じでしたけど」
「いや、してた。さすがに後半はガード扱いされてパス出すようになってたけど、前半はもう全部自分がみたいな感じで、ある意味扱いやすかったよ」
「言われてみると、そんな気がしないでもないかなあ」
「これ以上は矢口が言うことじゃないからいいけど、まあ考えてみて」
「はぁ・・・」
考え込んでいる様子の吉澤。
それを見上げつつ、矢口は続ける。
「あとさ、40分を見た試合の作り方。それが無い感じかな」
「あんまりそういうの考えたことないっすよ」
「細かいことまで考える必要は無いかもしれないけどさ、少なくとも、体力が持ちそうとかもたなさそうとか、その辺は考えようよ」
「自分の体力は持つんですけどねえ」
「みんながよっすぃーみたいにはいかないって。もちろん、体力持つかどうか考えてられない状況って実際あるけどさあ。富岡のディフェンスに当たられたときとか。でも、そうでもない、余裕のあるところってあるじゃん。そういうところで休ませるとか、考えた方がいいと思うよ」
「そういうの考える奴、いるんですけどね。ちょっと今日は病欠で。あー、でも悔しいなあ。矢口さんにやられた感じ」
「まあ、今日のは出来すぎだけどさいくらなんでも。紗耶香にスリー決められたときはやらてたって思ったし。ああ、でもこういう話は、後藤に言わなきゃいけないんだよなあ本当は」
そんな会話をしているところへ後藤がやってくる。
「やぐっつぁん、運営まで参加するつもり?」
「運営? そんなの知らないって。いいからちょっと座れ」
何事だ? という感じで後藤は空いている席に座る。
吉澤はその横で笑っていた。
後藤を座らせて矢口が語る。
時折首をかしげながら後藤は矢口の話を聞いていた。
決勝。
当初の予想通りの組み合わせになった。
地元の滝川と二年間無敗の富岡の対戦。
ここまで三試合は両チームとも、いろいろと試しながらのゲームだった。
この決勝はどう戦うのか?
ゴールデンウィーク最終日。
三位決定戦も終わり、まだ午前中ながらも大分日は高くなった時間。
遠くまで出かける気にはならないけれど、ちょっとは家から出たい、という感覚の滝川市民が結構集まっている。
特に、高校の生徒が多かった。
校内で売っていたチケット。
人によっては半強制のように買わせていた部員もいたようだが、そんな中で、どうせ買うなら決勝の日で、という選び方をした生徒も多い。
「新垣、まずはゲームを作ってみろ」
そんな雰囲気の中、石黒コーチはここでもやはり新垣をスタメンに使う。
藤本はベンチに置いておく算段だ。
石黒コーチの指示を受け、新垣は力弱く返事をしている。
「マークは背の順で見繕えばいい。オフェンスは任せる」
最後まで勝つ気なしかよ、と藤本は突っ込みたいところ。
試合直前のコーチのコメントはその程度で簡単に終わった。
相手ベンチではまだミーティングが続いている。
こちらが早く終わってしまったので、なんとなくフロアにも出て行きづらく、スタメン五人は輪になって待っている。
そこに、スタメンでは無い藤本が首を突っ込んで行った。
「向こうのスタメン、どう来るかなあ?」
「出だしは落としてこないんじゃない?」
「ガードは一年使ってくるかなあ?」
「どうだろう?」
一番話しやすい里田に声をかける。
ガードの一年生、という下りで、新垣がびくっと反応した。
「新垣さあ、別に難しいことやれなんて誰も言わないから、気合いだけ見せてきな」
「でも、先生はゲーム作れって」
「無理無理。無理だから。ボールを運ぶとこだけ責任持っとけ。多分いきなり出だしで当たってくるってことは無いだろうから、あとは、どこかにパス出して終わりでいい。無理なことはするな。気合い入ってるとこだけ見せればいい。速攻ちゃんと走るとか、ディフェンス足動かすとか。腑抜けた試合だけはするな」
「美貴、ガードが走っちゃダメでしょ。最初はパス受けなきゃ」
「パス受けてから走るんだよ。あたりまえでしょ。ドリブルで持ち上がるのもトップスピード、前にパス出したら自分もダッシュで上がる。そんなんだからまいは速攻参加できずに四人目とか五人目なんだよ」
「リバウンド参加して速攻でトップ走れるわけ無いでしょ」
藤本はやや無茶を言っているが、当人の里田はあまり気にしていない。
言葉を向けている相手が自分じゃなさそうだ、と分かっているから適当に流している。
富岡のミーティングが終わった雰囲気になったので、滝川のスタメンはセンターサークルに向かう。
藤本はベンチの隅に下がった。
富岡は田中を使ってこなかった。
一年生でスタメンに使ってきたのは道重だけだ。
あとは、高橋に柴田、石川といつものスタメンクラスが入っている。
新垣はよくわからない三年生のマークついた。
麻美は柴田へ、石川には里田、この二つは冬の時と同じマッチアップだ。
ジャンプボールに入るのは石川と里田。
石川がコントロールし、柴田へ落としてゲームが始まった。
立ち上がり、それぞれマンツーマンディフェンスでオーソドックスに始まる。
富岡サイドは、昨年までと高橋の役割が違っていて、ゲームを作るというよりもフォワードの一枚に近い動き方をしている。
柴田とあわせて外二枚、これが滝川にとって押さえにくい状況になっている。
新垣も含めて、アウトサイドのパス回しを遅らせるようなディフェンスが出来ていない。
インサイドはそれなりに拮抗していた。
石川に、外に内にと動かれると里田でも少々厳しいのだが、今日はインサイドでおとなしくしている。
外は広く三人で、という分担を試合前に決めてきたのか、ゴール周りにほとんどいて、時折つなぎでパスを受けることはあるが、自分で勝負をしてこない。
滝川のオフェンスは、きちんとしたつなぎが出来なかった。
ゲームを作れ、といわれたことがさらにプレッシャーになったのか、新垣はキラーパス一本、みたいなものを出そうとしている。
しかし、元々周りとの連携を練習段階でもしていなくて意思の疎通もない上に、ここでこういうパス、というのを見極める技量も伴っていない。
パス一本で崩すつもりが、単なるパスミスになってそのままエンドやサイドのラインを、誰もボールに障れずに割ることが多い。
「違うだろ! 普通にまわしとけって!」
ベンチから藤本が指示を飛ばす。
石黒は座ったままで何も言わない。
なんか言えよ、と藤本は思うけれど、コーチに面と向かってそれは言えない。
立ち上がり五分で10−2と離されるが、多少新垣も落ち着いてきて無謀なことをしないようになると、インサイドの個人技で得点できるようになってくる。
エース格の里田と入ったばかりの一年生センター。
意外と合っている。
里田がボールを受けたとき、自分でシュートという以外に、ゴール下でパスをつなぐという選択肢を持てていた。
その分、石川もケアするところが増えて、結果的に里田が自分でそのままゴールを決める確率も上げられている。
一クォーターは18−10と富岡リードで終えた。
「ディフェンス、外三枚もうちょっと何とかしろ。自由に回されすぎだ。あれだけ回されたらどこかであくだろ。スリーポイントケアとか、カットインのケアとか、そういうレベルの問題じゃない。どっちかに絞る前にボール回されすぎ。ボールの無いところのディフェンスが悪すぎる」
石黒コーチはそこだけ指摘した。
後は何も言わない。
そろそろ入れてくれよ、と藤本は石黒の顔をじっと見ているが、目も合わせてもらえなかった。
石黒が自分のいる席に戻ってしまったので、残りの時間はメンバーだけの会話になる。
「とりあえずさあ、自分のマッチアップをしっかり見よう。ボールも大事だけど、まずは自分のマッチアップ」
「二線三線関係なくってこと?」
「関係なくは言いすぎかもしれないけど。一対一でやられるなら仕方ないけど、その前に自由にボールを持たれすぎてるのは、ボールマンへの意識が行き過ぎてる気がする」
「実際突破力あるし、いつもの相手より、ケアも必要じゃない?」
「その結果一対一での突破じゃなくて、パスだけで崩されてるんだから、とりあえずマッチアップを意識しようよ」
議論の中心は藤本と里田だ。
外から見ていた藤本は、何がどうなっているのかというところに全体感を持てるし、コートの中にいた里田は、肌感覚として相手の強さを感じている。
「ディフェンスは、美貴の言う感じでやってみるのもいいかもしれないけど、オフェンスどうする?」
「ゴール下勝負しか無いでしょ、今の感じだと。まいも石川に勝ててるみたいだし」
「向こうのもう一人のセンターがなんかザルっぽいんだよね。みうながうまく動いてくれるから、それも使えて結構勝負できるし」
「逆って出来る? 斉藤がボール持って、まいにつなぐの。自分でシュートでもいいけど。なんかドリブルで踏み込むっていうの見たことないんだけどさ。そういう動きで石川を動かして、まいに回してシュートまで」
「石川って誰ですか?」
「話の流れで分かるだろ! 四番だ四番」
「パスよりシュートのが入ります」
「まあ、シュートでもいいけど」
なんかピントが合わないやつだ、と藤本は思う。
短いクォーター間インターバルが終わってメンバー達はコートに戻ろうとする。
藤本は新垣を呼び止めた。
「練習でやったことも無いようなことやるな。出来るならいいけど、無理なんだから。おとなしくボールだけ運んどけ」
「すいません」
「持ち上がって最初の動きは、右か左か、あとは誰かが上がって来たらハイポスト、その三箇所のどこかへのパス。それ以外禁止」
「禁止ですか?」
「禁止。一本で崩すとか無理なんだよ。普通にやれ普通に。お前だって中学でバスケやってたんだろ。その常識の範囲内の動きをしときな。出来ないことは試合終わってから出来るように練習しろ。余計なことするな」
「すいません」
弱弱しく返事をしてコートに向かう新垣の背中を、藤本は突き飛ばしてベンチに戻った。
二クォーター、富岡はメンバーを代えてきた。
田中を投入。
新垣とマッチアップさせる。
周りと比べて自分が一番楽な相手だ、と田中の方も認識がある。
自分で勝負、という意識でオフェンスに入ってくる。
ただ、それが逆に富岡のオフェンスのリズムを崩した。
一クォーターは早いパス回しでうまく行っていたのだ。
それを、田中が自分でドリブルで持ち込んで捌こうとする。
新垣自体は問題なく抜き去るのだが、その後のあわせがうまく行かない。
周りイメージが合ってない。
そこで滝川が追い上げていくかというと、そうも行かなかった。
田中がやけに厳しく新垣に当たる。
オフェンスで点が取れないのは自分が悪いと感じている田中。
それを取り戻そうとディフェンスを過剰に頑張る。
特別うまいわけではないのだが、雰囲気に押されて新垣はボールコントロールがおぼつかない。
ドリブルで運ぶ場面でぽろぽろこぼしたり、慌ててパスを出して?がらなかったり。
両チームの一年生がある意味でゲームを動かしている。
「田中! そうじゃないだろ!」
和田コーチがベンチから声を飛ばすが、オフェンスに関してはともかく、自分でうまく行っていると思っているディフェンス面では、田中は何を言われているのか理解できない。
また、和田コーチの声はだんだんとコートの中の選手に届きにくくなっていた。
スタンドからの声が大きくなって来たのだ。
「一年生! そんなんでレギュラーなのかよ!」
割とまだ静かな段階でのその一言が発端。
ホームコートである。
この学校でバスケ部員は英雄だ。
皆、期待している。
入ったばかりの一年生らしく名前は知らないが、スタメンで出てきている。
なのに、出だしからまるでいいところが無い。
「ミキティ出せよ!」
一つ野次が飛ぶと、二つ目からは飛ばしやすくなる。
この学校に、藤本のことを知らない生徒はいない。
相手が弱いならともかく、全国ナンバーワンチームなのに、藤本がベンチに座っているとは何事だ。
昨日や一昨日も見ていた生徒もいる。
三日も見ていれば新垣の顔は覚えるし、その間ほとんどいい所を見せなかったことも知っている。
野次が続くと、図に乗りやすくなる。
「引っー込め!」
「引っー込め!」
何人かが手拍子つけてコールを始めた。
コートの上は、外で何を言っていようが笛がならない限り無関係に試合は続く。
しばらくして、さすがに自分たち学校のメンバー相手に引っ込めはまずいと思ったのか、かぶさるように別のコールが入ってきた。
「ミーキーティ!」
「ミーキーティ!」
チーム内では美貴なのに、クラスメイトたちにはミキティと呼ばれる藤本。
引っ込めには乗りにくかった一般の生徒たちも、これには乗りやすかったのか次第に声は大きくなってくる。
幸か不幸かコートの上ではゲームが流れて笛が鳴らず時計は止まらない。
新垣は何も耳に入っていないようにプレイしていた。
ボール運び、さすがにフォローが必要かな、と麻美がサポートに来るが自分で持ち上がる。
田中にコースをふさがれ、ボールを逆に持ち替えようとしてファンブル。
ルーズボールに飛び込んで田中とつかみ合い。
ボールを引き剥がして、つんのめった田中を置き去りにして上がる。
フロントコートまで上がって前は開けている。
目に入ったのはゴール下、石川と並んでいる里田
そこに速いパスを送る。
もう少し外に開いた位置なら通ったところだが、内に入りすぎて石川に奪われた。
ターンオーバー。
石川はすぐにパスを出した。
戻りきれていなかった田中へ。
山なりのパスになり、その分速度は遅く、田中がボールを受けたときに新垣は何とか追いつけた。
一対一。
田中が左に揺さぶって右へドリブル。
すぐにバックチェンジで左に持ち替えて、ワンドリブル。
そこまで新垣は反応したが、次のバックターンに付いていけなかった。
田中が右から抜き去りそのまま一人でレイアップシュートを決める。
リングを通過して落ちてきたボールを新垣は拾い上げた。
戻ってきた麻美がそれを受けてエンドライン外に出て、改めて新垣へ入れる。
ミキティコールはスタンドの一部から続いている。
田中にレイアップを決められたところで藤本は立ち上がった。
ベンチをまたいで後ろに出て、その方向へ歩いていく。
二階スタンドを見上げて声を張り上げた。
「てめーら 黙って見てろ! うるさいんだよ!」
スタンドの声が止まる。
一瞬静まった会場に、新垣が付くドリブルの音、田中のバッシュが床をこする音が響く。
スタンドの別の場所から声が上がった。
滝川の控えメンバーたちが集まる場所。
試合中の声だしは彼女たちの仕事だ。
一般生徒たちの雰囲気に流されて、少しおとなしくなってしまっていたが、改めて声を出す。
持ち上がった新垣は、麻美にボールを送ってパスアンドランを試みる。
悪く無い動きだったのだが、麻美の方にそれに答える意思がなかった。
新垣が走りぬけ、空いたところに里田が上がってくる。
柴田の頭の上をパスで通してそこに入れる。
ターンしてシュートフェイクを入れて一つドリブル。
石川を交せはしなかったが、ゴールから開いてみうなが出て来たのでそこに送った。
少し遠い位置、フックシュートには向かない。
だけど、道重が寄ってこずフリーだったので普通にジャンプシュートを打ったらリング手前に弾かれた。
待っていた道重の手元へボールは落ちてくる。
受けに来たガード、田中へすばやくパスを送る。
そのボールは、田中のイメージより勢いがあったのか、キャッチミスをしてボールがこぼれる。
そのままサイドラインを割った。
「チャージドタイムアウト、滝川」
テーブルオフィシャルがブザーを鳴らし、滝川山の手がタイムアウトを取った。
「れーなのあほ!」
「な、なんば言うか、パスが悪か」
富岡の一年生がなにやらやっているが、石川と柴田がそれぞれ腕を引いてベンチに連れ帰る。
何なんだ一体、と横目に見ながら、それどころじゃないと滝川のメンバーもベンチに戻ってきた。
25−14 富岡のリード。
「藤本、新垣に代わって入れ」
「はい」
ここでかよ、と藤本は思った。
まるでスタンドの上の野次に答えたみたいじゃないか、と感じる。
試合に出せ、と思ってはいたが、今このタイミングで新垣と代わるのは、あまり気分がいいものでもない。
「斉藤、さっきのは外れたけどあれでいいぞ。普通のシュートもちゃんと打て。あたりまえだけど」
「たまには入ります」
「・・・。いや、まあ、いいや」
たまにじゃダメだろ、と藤本は突っ込みたいが言わない。
「オフェンスはなんでもいい。好きにやれ。ただ問題はディフェンス。自由にやらせすぎだ。ガード陣、圧力かけろ前半終わるまで。ただ前から付くだけじゃなくて取りに行け」
「マッチアップは変えますか?」
「そのままでいいだろ。向こうの一年も変えられるかもしれないけど、それならそれでそのまま藤本つけ」
「はい」
そこまで言うと石黒は自分の席に返っていく。
後はメンバーだけでミーティングである。
「ボール止まった時の捕まえ早くね。後、その時の長いパスのケアも。特に斉藤、ボール遠いからってボーっと見てるなよ」
「8より14に持たせて止めた方がいいんだよね?」
「五番も含めて三人の中じゃ14だけ落ちるね」
五番が柴田、8番が高橋、14番が田中である。
「あけてつきますか?」
「14に?」
「はい。8番はコース塞いで、14はあけて」
エンドからボールを入れる時、田中に入れてもらって捕まえるのが一番いいから、それをどうやるか、という会話である。
全部を抑えて、というのも一つのやり方だが、一人を狙い撃ちというのも一つの方法である。
「それやるなら本当は、美貴が14じゃない方がいいんだけどな」
ブザーが鳴る。
藤本は少し不満なところはあったが、それはそれとして話はまとまった。
両チームコートに集まってくる。
「新垣」
代えられた新垣がベンチの奥、自分のジャージを取りに歩いて行こうとするところを藤本が呼び止めた。
「気持ち切らずに、よく見てな」
「は、はい」
「よし、上着着ろ。体冷やすな」
リストバンドを腕につけなおして、藤本がコートに上がった。
「ちっ、結局一年下がってやがる」
タイムアウトのところで富岡は田中をベンチに下げた。
全然自分の意思が伝わってない、と和田コーチが見たからだ。
最後のところも、道重のパスは何も悪くなく、田中の単なるキャッチミスだと見ている。
コーチの意思を分かった上で逸脱しているならまだしも、わかって無い上に周りと合っていないでは、そのまま使い続ける気にはならなかった。
再開は滝川オフェンスから。
サイドからボールを受けて藤本は持ち上がる。
外で何本かパスを回した後、麻美がゴール下を抜けてきた里田へパスを入れる。
ローポストで石川を背負った形でボールを受けた。
柴田が挟みに来たところで麻美へリターンパス。
麻美はそのまま遠めの位置からジャンプシュート。
これが決まって11点差。
藤本を投入して滝川のオフェンスにリズムが出て来た。
富岡の方も田中を下げたことでオフェンスのリズムが戻ってきている。
互いに、ターンオーバーが少なくなった。
それぞれシュートまで持っていく。
そのシュート自体が入るかどうか、というのはケースバイケースだが、富岡はオフェンスリバウンドをよく拾った。
せっかくゴール下で拾ったオフェンスリバウンドを、道重がジャンプしてまたリング根元に当てて外して、ベンチがずっこけたりしているが、トータルで見れば富岡はよく加点している。
その分、やや差が広がって前半は37−21 富岡リードで終えた。
「やっぱり富岡は強いねえ」
運営席で後藤がぼんやりと言う。
本来は別の予定があった矢口は、メンバーたちと乗るべき帰りの飛行機が違うのですでに帰った。
吉澤とあやかが座って後藤の相手をしている。
運営メンバーが後やるべきことは、閉会式と片付けの手はずだ。
どちらも、指示を出すだけで、自分たちがセッティングするわけではない。
下級生たちが指示を受けにくるので、自由に動き回ることは出来ないが、運営者席に座って試合を見ているくらいの余裕はあった。
「でも案外、外外って感じで、インサイドでの点があんまりないよね」
「センターがリバウンド取るだけって感じだし」
「だけでもあれだけ取れば十分仕事はしてるって」
ハーフタイムまで見ての感想。
自分たちとの試合でもそうだったけれど、一年生センターがとにかくリバウンドをよく取っている。
「それで外から決めてくるでしょ。うちとやったときなんか、五番8番でスリーが12三本入ってたし」
「あれで、まだ石川さん目だって無いんだもんね。どれだけ強いんだかってかんじ」
「どうやったらあれに勝てると思う?」
「無理」
「無理って、なんかないの?」
「わかんないよそんなの」
後藤にすればお手上げの問いである。
でも、吉澤は結構真剣だった。
「あやかはどう思う?」
「外のシュートとリバウンドだよね、今日まで見てて」
「その両方を抑える? 抑えるってどうやって?」
「五番8番は、明日香とあややでなんとかならないかな?」
「うーん、昨日の試合、福田がいてもそれだけじゃなんともならなかったような気がしたけどなあ」
「でも、いないよりいいでしょ。後はリバウンドか」
「あやかじゃん」
「よっすぃーもでしょ」
「シュート外さなきゃいいんじゃない?」
「ディフェンスリバウンドはそうはいかないでしょ」
「スクリーンアウトをしっかりか・・・」
「ていうかさ、点はどう取るの?」
「あー、もう、どうすりゃいいんだよー」
吉澤が頭をかきむしる。
あやかと後藤は、それを笑って見ていた。
普通の大会が行われるような市民体育館と違い、ここは学校の体育館。
ハーフタイムに引き上げてミーティングをするようなしっかりとした控え室と言うかロッカールームは無い。
全員共通の着替えの部屋があるだけだ。
両チームともベンチに残っている。
決勝、という試合ではあるが、どちらもそれほど思いつめたような感じは無い。
戻ってきてすぐの簡単なミーティングを終えると、メンバー達は和気藹々と話しているし、空いているコートでシューティングしているものもいる。
そんな中で、田中は富岡ベンチの端に座り、考え込んでいた。
なんでさゆが試合に出続けて、自分は外されるんだろう。
今日代えられた最後のところは、自分が悪い。
パスが悪いと口では言ってみたが、本当は自分のキャッチミスだったと分かっている。
それは仕方ない。
だけど、代えられたのはそれだけが理由じゃないのだろうと思う。
昨日もそうだったし一昨日もそうだった。
自分は途中から出たり途中で代えられたりする。
だけど、道重は基本的に出ずっぱりだ。
入部して一ヶ月。
自分は試されて使われている、という感じがあるが、道重はもうスタメンという扱いになっているように見える。
それはなぜだろう?
たまたまだったけれど、自分のマッチアップは一年生のことが多かった。
松江の一年生にも滝川の一年生にも、自分は勝ってると思った。
東京聖督の一年生、これは名前も覚えた。
亀井絵里。
この子に負けてるとは思わないけど、昨日の試合の場面では、あまり勝っているところは見せられなかったなと思う。
突っかけてファウルもしたし、あの試合で代えられたのは理由としては判る気がする。
だけど、何で今日も代えられるんだろう?
「何暗い顔してるの田中ちゃん?」
顔を上げたら石川がいた。
もっとおとなしくて清楚な人だと雑誌で見て印象を持ってたのに、こんな人だったんだな、と入部して思った。
突然、石川は持っていたボールを自分の方にチェストパスしようとする。
慌てて身構えたら、手だけが伸びてきてボールは飛んでこないで真下に落として弾んだ。
「あ、驚いた。驚いたでしょ今」
「な、なにするんですか」
「驚いたでしょ。隠しても無駄よ」
「何やってるんですか、石川さん」
ため息の一つも大きくはく。
プレイのすごさは尊敬しないでもないけれど、この性格はいろいろな面で扱いづらい。
「れーなー」
今度は後ろから抱きつかれた。
もっと扱いづらい道重さゆみ。
「おもか」
「さゆみは軽いよ」
「メガトン級におもか」
座っている田中に立っている道重がのしかかる。
石川が弾ませて拾ったボールを、道重が受け取っていた。
「石川さんシューティングしましょ」
「あななたちさっきけんかしてなかったっけ?」
「何のことですか?」
「覚えて無いならいいわ」
満足したのか田中の背中から道重は離れ、石川と連れ立ってコートの入っていく。
田中はそんな二人を見ていた。
シューティング、道重はフリースローを打っている。
石川はミドルレンジからジャンプシュート。
石川はしっかり決めているが、道重は確率五割というところだろうか。
センターなんだからフリースローはもうちょっと決めろよ、と思う。
あれでスタメンてどういうことだよ。
そう思っても、誰かに聞く気にもならない。
入部してすぐの県内の大会から、和田コーチにフリースローをしっかり決められるように、と言われていた。
だからああやって打っているのだろうけど、普通、中学の頃からもうちょっと入るだろ、と思う。
人の欠点はよく分かる。
特に、道重の欠点はあれもこれもたくさん見える。
でも、自分の欠点ってなんだ?
考えてもよく分からなかった。
後半、前半最後のメンバーで両チーム入ってきた。
富岡はこの時間帯に前から当たってくるだろう、と藤本は思っていたけれど、特に当たってこなかった。
前半と同じハーフコートのマンツーマン。
滝川も普通に攻める。
相手との力関係を見て、インサイドが攻撃の中心。
ただ、時には藤本自身でもシュートを打った。
周りを使うのは大事だけど、状況次第では自分で行くのも悪く無いと思うようになって来ている。
富岡のオフェンスは外のシュートが入らなくなった。
マークが厳しくなった、というわけでもないのだが、フリーで打つスリーポイントが今ひとつ入らない。
高橋と柴田、二人で三本続けて外したりしている。
オフェンスリバウンドを拾えればいいのだが、大きく弾んで外まで跳んでいくので、道重の生息範囲外になって取れない。
その流れで一気に滝川は詰めたい場面だが、それは石川が許さなかった。
流れが悪い時に点を取って踏ん張らせるエース。
外で持たれると一対一で里田が負けてしまう。
抜き去ってそのままシュート、あるいはカバーが来たところで道重や柴田へと捌くこともある。
フリーで受けた道重がゴール下のシュートを外したりもするが、それでも富岡の得点が止まってしまうと言うことは無い。
結果として、滝川が追い上げていくという流れにはならない。
三クォーターを終えて51−38 滝川が若干追い上げたものの、十三点のリードを富岡が守ったまま最終クォーターへ。
「新垣入れ」
「え?」
「え? じゃないよ。ラスト十分入れ。マークは変えよう。藤本が8番で新垣は九番な」
8番をつけているのは高橋。
少しは負担の軽い相手に新垣を付けよう、という意図に見える。
「斉藤、弱ってる場合じゃないぞ。後十分だ。ここまでリバウンドが全然取れて無いじゃないか」
「はい、元気です」
「元気ならリバウンドも取れ。少なくともディフェンスリバウンドはしっかり取れ。スクリーンアウトはしっかりだ」
みうなと道重のところも一年生同士のマッチアップだ。
ここまで、得点はみうなの方が圧倒的に多いが、リバウンドは断然道重が多い。
チームへの貢献度としては、どちらが勝っていると言えるかはわからない。
「藤本、後の時間はお前が全部仕切れ。私はもう何も言わない。タイムアウトも取らないから。時間とって藤本が何か指示を出したいと思ったら合図しろ。そのときはベンチでタイムアウトを取る。ただ、タイムアウトとっても私は何も言わないから」
「はい」
「メンバーチェンジもしないから。ああ、お前がファウルアウトでもしたら別だけど」
「はい」
藤本が苦い顔をしたが、それでもしっかりと返事はした。
石黒コーチは自分の席に戻る。
座っていた藤本が立ち上がり、元々立っていた新垣と二人、残りの座っている三人と向かい合う形。
四クォーターで試合に出る五人が輪に近い形になる。
「まい、石川どうにかならないの?」
「どうにかでどうにかなったらどうにかしてるって」
「インサイドはともかく、外は持たせたらダメだな、もう」
「逆ならまだいいんだけど、外で持たせないようにって結構きついよ動きとして」
「少なくともフリーで持たせないようにはしよう」
「正直、止める自信はないからさ、みうなカバー頼むよ」
「捌いてドンは?」
「捌いてドン?」
「向こうのセンターはゴール下でもシュートは怖くないからいいよ。ただ、周りはそこのカバーをしないといけないけど」
みうなと会話を成立させるのは、藤本はまだ時間が必要だが、里田はなんとなく出来るようになってきた。
「新垣、くらいつけよ。抜かれるなとは言わないけど」
「はい」
「二号もな。お前二年生になったんだ、ばてたとは言わせないぞ」
「わかってます」
「美貴は前から少し強めに圧力かけるから。パスは常に狙っておいて。どこかで美貴だけじゃなくて、前三人はただのマンツーじゃなくてプレスに行く指示出すから、そのつもりでいて」
「分かりました」
ディフェンスの方針を決めて、最後のインターバルは終わる。
滝川のメンバーたちがフロアに上がっていくと、富岡のメンバーが代わっていた。
田中が入っている。
「新垣14な」
「はい」
「たいした相手じゃない。あれならどうにでもなる。しつこく喰らいつけ。それだけでいい」
「はい」
「二号も同じな、五番。こっちは14より大したことあるけどしつこくな、とにかくしつこく」
「分かってますよ」
田中に新垣、藤本は高橋、麻美を柴田につける。
里田と石川、みうなと道重のマッチアップは、前半からずっと代わっていない。
最終クォーターは滝川ボールで始まった。
ガード陣を見比べて、どうしても自分以外の二人はきついだろうと藤本は思った。
特に新垣は相手のレベルに関係なく、まだまだゲームのレベルに付いて来れていない。
どうしても自分が何とかしないといけないだろうとは考えるのだが、改めてマッチアップについてみて思った。
やっぱり正直、こいつは苦手だ。
強いともうまいとも思わないけれど、苦手なのだ。
まず一本。
どこで点を取るか?
外から下りてきたボールを藤本は15度あたりの位置で受ける。
逆サイドから里田が抜けてきた。
受けてターンしてそのままジャンプシュート。
リズムよく決めた。
その後、石川と里田、両エースが一本づつ決める。
次の富岡のオフェンスは、滝川ディフェンスが頑張って二十四秒オーバータイム。
滝川はゆっくり回してシュートまで持っていこうとしたが、麻美がみうなへ入れようとしたバウンドパスが柴田の手に弾かれた。
ルーズボールを高橋が拾ってワンマン速攻を仕掛けるが、藤本が抑え切りコーナーへ下りていく。
そこでキープして、一番遅れて上がってきた道重へ。
フリースローラインあたりで受けてそのままジャンプシュートを打ったら、リングにも届かず手前に落ちた。
リバウンド、と構えていた里田の目の前に落ちてくるが、リングに当たって落ちてくるという前提で構えていて反応できない。
石川がコートから飛び出しそうになりながらボールを掴み、そのままコート外に着地する前に真後ろへボールを投げる。
ボールは、大きく戻しすぎて誰もいない富岡サイドへ飛んでいく。
「新垣走れ!」
ルーズボール。
田中と新垣が追いかけた。
肩をぶつけ合うようにして走る。
先にボールに手を触れたのは田中。
すばやく新垣の届かないところへボールを確保するが、新垣もあきらめずに手を伸ばす。
新垣は腕だけ伸ばしたつもりだったが、実際には体ごと田中に預ける形になって、二人でコート上に倒れた。
笛が鳴って新垣のファウル。
田中は柴田に、新垣は麻美に、それぞれ引っ張り起こされる。
藤本もそこにやってきた。
「それでいい、新垣」
「すいません、ファウルしちゃって」
「別にファイブファウルになっても誰も困らないから。しつこくやってればそれでいい」
慰めるとか、そういうことではなくて、本当にそう藤本は思っている。
今日の新垣にそれ以上を望む方が間違っている、と本気で思っている。
残り7分少々で十一点差。
多少苦しいがまだ射程圏内ではある。
最終クォーターに入っているにもかかわらず、どちらもよく足を動かした。
特に上三人がよく動く。
田中も新垣も、一年生ではあるが、ゲーム自体には半分も出ていないので体力面では問題が無い。
藤本は言う及ばず、高橋も昨年末の試合と役割とここまでのマッチアップが違うので楽をしてきた分余裕がある。
一番体力面で辛そうなのは麻美だったが、それでもよく頑張ってついて行っていた。
動けていないのはセンター二人だ。
道重は、体力面できつそうにはまったく見えないのだが、通常時から足が動いていない。
みうなの方はここに来て体が重くなってきていた。
初日から今日までの疲労の蓄積もある。
両チーム二分ほど得点が止まってこう着状態。
シュートまでどちらもなかなか持っていけない。
そんな中先に動いたのは滝川だった。
藤本のシュートがはずれ、リバウンドで競り合ったみうなが道重相手にファウルを犯し時計が止まった場面。
メンバーを集めて藤本が指示を出した。
「14に入れさせてつぶすから」
「どうしたらいいんですか?」
「新垣はそのままついてろ。今までと一緒でいい。二号はカバーして。ボールが14に入ったら美貴は取りに行くから。五番と8番見ながら」
「はい」
「ああ、最初ディナイね、二号は。最初に五番に入れられると嫌だから。14の方に入れさせる。美貴もそうつくから」
「はい」
「まい、後ろはよろしく」
「オーケー」
レフリーがファウルのコールを終えて戻ってくる。
エンドにいる高橋にボールが入った。
滝川が前から当たってくるのはいつものこと。
それ自体は真新しいことではない。
高橋は、いつものように田中にボールを入れる。
田中も、余裕を持ってドリブルで運ぼうとしたら、藤本まであたりに来た。
一対二の状態。
予想をしていなかった状況になって、反射的にボールを持ってしまう。
新垣と藤本に囲まれた。
近くにいるのは高橋と柴田。
高橋に戻そうとしたら、滝川ディフェンスが目に入る。
じゃあ柴田に、と山なりのパスを出したら、駆け込んできた里田にボールをさらわれた。
そのまま里田が持ち込むと、高橋が目の前に立ちはだかったので、手前でジャンプシュート。
きっちり決まって九点差。
エンドからもう一度。
高橋はラインから少し離れた立ち位置で全体を見渡した。
ボールを一番入れやすいのは田中。
柴田には麻美がパスコースを抑えている。
石川と道重は上がった位置で、それぞれマークがいる。
多少のためらいはあったが、やはり田中へボールを入れる。
止まったら囲まれる。
その意識があった田中は、すばやく新垣を抜きに掛かった。
右に振って左へ。
新垣は抜きされそうだったが、逆から伸びてきた手にボールを弾かれた。
藤本の右手。
ルーズボールは里田と石川が追う。
先に拾ったのは里田で、すぐに新垣にパスを送った。
新垣から藤本へ。
このボールを高橋が狙っていてスティールしていく。
高橋はそのままドリブルで上がる。
藤本と新垣が戻れず四対三。
麻美は柴田と並行して走っていてボールには向かえない。
仕方なく里田がボールを押さえに来ると、高橋は右サイド石川へ。
みうながカバーに向かうとその小脇をバウンドパスで通した。
受けたのは道重。
ゴール下、フリーで受けてジャンプ。
ボードに当てて今回はちゃんと決めた。
場が荒れてきた。
早い段階でディフェンスは奪いにいき、オフェンスは抜け出せばそのまま速攻やアーリーオフェンスでシュートまで持っていく。
セットオフェンスにならずに落ち着いた流れが作られない。
滝川が速攻崩れで藤本が右サイド遠い位置で味方の上がりを待っているところから方針転換してシュートを放つ。
これが決まって8点差。
前から奪いに行くと、今度は石川が上から受けに来て、プレスの網は破られる。
ただ、石川が自分で勝負して持ち込もうとしたところは、里田とみうなで押さえ込んだ。
道重へのパスはミスになってサイドラインを割る。
五分を切って滝川のオフェンス。
外で回した後、インサイドの里田へ。
麻美に戻すと、スリーポイントのフェイクを見せてカットイン。
柴田はきれいに抜き去ってジャンプシュート、という形だったが、石川のブロックにあった。
弾かれたボールは田中が拾う。
ドリブルで目の前の新垣を抜き去って田中は上がっていく。
高橋と呼応して二対一。
藤本は、田中よりも高橋をケアしながら下がっていく。
ならば自分で最後まで、と左サイドからゴール下まで駆け込んでいった。
左から上がって行ったのに右手でレイアップを打った田中。
藤本にピッタリはたかれる。
ボールはバックボードに当たって跳ね返った。
飛んだ先にいたのは戻ってくる途中の新垣。
三人がゴール近くにいたので、逆に滝川の四対三になる。
しかし、アウトナンバーだ、ここは相手が戻る前に決めなきゃ、と逆に焦った新垣。
ゴールに近い位置、別段フリーでもなんでもない里田に無理やりパスを入れようとしてボールを奪われる。
落ち着かない攻防が続くまま時間が経っていく。
8点差。
状況を変えようとしたのはここでも藤本だった。
石川がファウルで里田を止めて、滝川ボールでサイドから始まる場面。
残り三分少々。
新垣からボールを受けた藤本はコールした。
「一本! ゆっくり」
残り時間が減ってきて、それでも8点差から縮まっていないという場面。
そろそろ焦りが先にたつところだが、藤本はゆっくり一本、とコールした。
荒れたぐちゃぐちゃの流れのままではひっくり返せないと感じたのだ。
ひっくり返すには、自分たちの流れを作るしかない。
一本決めて、前から当たる。
強固なディフェンスで流れを作るために、ゆっくりでも一本決めたい。
そう思った。
一本とコールしてからドリブルを突いてトップでじっとしている。
高橋もそのボールを奪おうという様子は見せない。
腰の低いディフェンスで藤本が動くのを待っている。
インサイド、里田やみうながそれぞれ自分のスペースを作ろうと動いている。
新垣はどうしていいのかわからないという感じで、コーナーのあたりに下りたり、なんとなくな動きをしている。
藤本はゆっくりとドリブルを付いている。
二十四秒計が15秒を切る頃、麻美がゆっくりと上に上がってきたので、藤本はそろそろいいだろうとゆったりとしたパスを送った。
右コーナーへ開いてきた里田へ麻美はボールを送る。
藤本がトップからゴール下へ向かって駆け込むが、高橋が前を押さえてボールは入らない。
左コーナーでまごついている新垣に、上がれ、と指で指示して追い出して、藤本はその空いたスペースへ収まる。
ボールは里田から麻美へ戻った。
逆サイドから上がってきた新垣へ麻美は回す。
新垣から藤本へ。
自分で勝負、という素振りを見せたし、実際少しそういう発想もあったのだけど、里田がゴール下に入ってくるのを見てやめた。
バウンドパスを里田へ入れる。
石川を背負ってローポスト。
そのまますぐにターンした。
目の前にはなぜか道重。
ならばみうなへ、とパスを送る。
逆サイド開き加減に立っていたみうな。
そこまでボールは届かなかった。
道重の動きが見えていた柴田が下りてきてそのパスを奪った。
「スタート!」
珍しく柴田が叫んだ。
ボールは受けに来た田中へ。
さらに逆サイドから中央へ走りこんできた高橋へ送られる。
必死に追いすがる藤本。
一対一。
高橋は勝負に行かなかった。
抜き去るのは難しい、と思った段階でゴール方面に進まずに右コーナーへ降りた。
味方の上がりを待つ。
田中には新垣がついていた。
次に上がってきたのは柴田。
麻美はわずかに遅れている。
その柴田へパスを入れる。
中央で受けてドリブル。
左に麻美をひきづっている状況で、前から新垣が押さえに来たが問題にしなかった。
田中へパス、時間を使う、いろいろ選択肢のある場面だが、柴田は自分でそのまま持ち込む。
動きがまったく読めず、棒立ち状態にさせられた新垣をかわして、柴田はそのままシュートを決めた。
結局、これが試合の流れを決した形になり、最終スコアは66−54で富岡が勝利し、第一回滝川カップの優勝を飾った。
閉会式。
ここまで見てから帰る、という観客は少ないもので、入り口の空き具合を見ながらそれぞれ席を立ち始める。
試合が終わって、ミーティングもそこそこに、マイクやらなにやらのセッティングが行われ、試合に出ていたメンバーなどは汗が引く間もなく列に並ぶことになる。
移動中の観客などもいて、開会式とはずいぶんと違う、わさわさした雰囲気の中で閉会式は行われた。
とは言うものの、やることは各順位の発表、最優秀選手の発表、その程度のものだ。
最優秀選手は、決勝で勝ったチームの中から、決勝に出られなかったチームの両キャプテンが選ぶ、と事前の話し合いで決まっている。
吉澤と後藤で話し合って、最優秀選手は柴田ということにした。
本人はちょっと驚いていたが、それほど感激という風でもなく、吉澤から賞状を受け取っている。
普通なら、大会ベスト5も選ぶところだが、身内で運営して身内でベスト5まで選ぶのは無理、ということで無いことにした。
最後に簡単に、運営責任者として藤本が挨拶した。
「皆さん、今回は滝川に集まってもらってありがとうございました。今回はこういう形で終わりましたけど、また来年以降も、同じ形か、それとも違う形かわからないけど、この大会が続いていったらいいなと思います。ありがとうございました」
大会に対する思い入れがどうとか、そんなことは話さなかった。
立場上の義理で、仕方なく、ということで締めの挨拶をした。
大会が終わる。
四ヶ月かけて準備してきた滝川カップ。
島根、東京、神奈川、それぞれから集まった、開催校滝川を含めた四チーム。
それぞれに身支度を整え、地元に帰る準備を済ませる。
次に会うのは三ヵ月後、インターハイの頃だろうか?
「よっちゃんさん、ありがとね、来てくれて。石川の誘いだから断りたかったかもしれなかったけど、来てくれてよかったよ」
「こっちこそ、来てよかったよ。でも、なんか大会のレベル下げちゃったみたいで、悪かったなって思うよ」
「そんなことないって。メンバーそろってていいチームだと思ったよ、最初見てて。よっちゃんさんキャプテンならこの先もみんな伸びそうだし。インハイや選抜で会うのが怖いよ」
「そう言われてるうちは、まだ下に見られてるんだよね」
「そんなことないって。多分、ビデオ見て研究させられるんだよ、後で」
「なに、そんなことしてるの?」
「うちの先生、そういうの好きでさあ。コートの上以外でもいつでも考えろ、とか言って、よくよその試合見せるんだよね。多分、よっちゃんさんのとこもしっかり勝ち上がってくるだろうから、インハイか選抜かで当たるだろうし。美貴も真面目に研究するよ」
「あれ以上強くなったりしなくていいって」
そうか、ビデオ見て研究とか、そんなこともするのもありなのか、と吉澤は感心している。
制服姿の吉澤、まだTシャツの藤本のところに、私服に着替えて出て来た後藤もやってきた。
「お疲れ様でした」
「後藤さん、ありがとね、プログラムとか。石川の保護者としてスポンサー周りもしたんでしょ」
「スポンサー周りってほどまわったわけじゃないけどね」
「そういえば、うち、ほとんど何もしなくてごめんね」
「何言ってんの。ホームページ効果絶大だったんだよ」
ホームページを作ったのは、あやかや福田や松浦で、吉澤はほとんど何もして無い。
「後藤さんのとこも、今年はちゃんとしたチームそうで良かったよ」
「すいませんねえ、うちの矢口がお世話かけて」
「あれは、もう帰ったの?」
「あれ? ああ、うん。帰ったよ。別に一緒に来たわけじゃないからさ。飛行機早いのみたいで」
「三位決定戦は矢口さんにやられた感じだったからなあ。次は勝つよ」
「次、あるかなあ?」
「勝ち上がってくればあるよ」
「都大会勝ち抜く自信も無いんだけど」
「何言ってんの! 後藤さんがインハイとか出てこないなんてもったいないでしょ」
「後藤は別に楽しければそれでいいんだけどねえ。でも、一年生とかいるし、頑張りますか」
「いいなあ、そういう気軽なセリフを言ってみたいよ」
「全寮制の寮長キャプテンは大変だ」
三人で笑いあっていると、着替えを終えた柴田と石川が連れ立ってやってきた。
「ミキティお疲れ」
「お疲れ」
「柴田、お疲れ」
「なにぃ、私は無視なの?」
「お前、別に疲れてないだろ」
「そんなこと、あ、うん、そうだねー。疲れるほどの試合じゃなかったかなあ」
「てめー」
藤本の、目が笑っていたので誰も特に止めなかった。
「なんで、私MVPなの?」
「なんでって、MVPでしょ」
「でしょ」
「適当に決めたでしょ?」
「そんなことないない。外から決めるし、切れ込んでもいいし、ディフェンスも堅いし。チームの柱って感じだったから。二人で、柴田さんでいいよねって」
「後藤も、柴田さんかなって思ったよ」
「でも、梨華ちゃんのが点取ってなかったっけ?」
「私、そんなに点はとって無いよ」
「柴田さあ、言いたかないけど、試合で一番うざいと思ったのは石川より柴田だったよ」
「なんか、その言われ方はやだなあ」
「石川は、まいがある程度何とかしてくれるって感じだったけど、柴田には打つ手なしだったし。あれはうちの二年が悪いってのもあるけど。他の試合も、ポジション的に石川には後藤さんとかよっちゃんさんとか、ちゃんとしたのが付いてたから、その分柴田が目立つ余地もあったし」
「バランス取れてるよね、柴田さん」
「なんか、褒め殺しされるのって、不安な感じなんだけど」
柴田のMVPを決めたのは吉澤と後藤の二人。
石川とか高橋とか、他にも候補はあったけれど、でも、この三日間としては柴田さんが一番印象強いよね、と二人で意見が合った。
「素直に受け取っとけばいいんじゃないの? 柴田が中心で大会作って、MVP自分でとってってとこで」
「大会は、別に私が作ったわけじゃないでしょ」
「柴田さんも大変だっただろうけど、やっぱりミキティが一番大変だったんじゃないの?」
「美貴は別に。自分でいろいろやったわけじゃないし」
「でも、大変だ、って電話でよく言ってたじゃん」
「それは、大会がじゃなくて寮長やってるのが大変でうざいって話でさあ」
「来年もやる?」
「二年生次第じゃないの?」
「でも、やってよかったよね」
五人が話しているところに、里田があさみを連れてやってくる。
あさみは、少し嫌そうだった。
「あ、ねえ、来年どうする? って話してたんだけどさ、どうする?」
「どうするって?」
「また、うち会場でやる?」
「あさみ、どう思う?」
「何チーム集めるとかでも違うんじゃないかなあ?」
「そっか」
今年は四チームで開催したけれど、これからもずっとこの形で、なんて誰かが決めたわけでもない。
「来年もやるってことだけ決めとく?」
「滝川でやるってことまで決めとこうよ」
「石川はそれでいいのかよ。本当は地元でやりたかったんだろ?」
「そんなこと言っても来年私もういないし。それに、結構楽しかったからいいよ。滝川のいなかっぷりが」
「んだとこのー。まあ、いいか。来年もうちでやるってことだけ決めとくか」
「それ以上は二年生以下に任せますか」
「そうだな」
一つの大会が出来上がって、次へ引き継がれていく。
同じ形でそのまま残るかはわからないけれど、ある一定の形は残る。
人数が増えてきた輪を、藤本は抜け出した。
滝川以外の各校のメンバーは、着替えを済ませてもうほぼ全員更衣室から出て集まってきている。
「生意気な二年生」
「な、なんですかそれ」
「美貴に勝った気になっていい気になってたら、試合じゃいまいちだったみたいね」
「そんなことないですって」
1on1トーナメント、決勝で自分に勝った松浦に藤本は声をかけた。
「試合でマークに付きたかったんだけどなあ」
「ついたじゃないですか?」
「そっちがディフェンスの時だけだろ。あんまり気にはならなかったけど」
「そんなこと言って、うっとうしそうにしてたじゃないですか?」
「そうだっけ? まあいいけど」
松江と滝川が試合をした時、途中で入った藤本は、松浦ではなく辻のマークにまわされた。
藤本がオフェンスの時は、松浦がディフェンスとしてついていたのであるが、本人、あまり印象が残っていない。
「インハイとか、勝ち上がってきたら今度は相手してあげるよ」
「うちにはもう一人すごーいガードがいるんです。次は試合も負けませんから」
「そういえば、そうだっけ。やっぱ美貴、そっちのマークのが張り合いあっていいな」
「あ、逃げるんだ」
「どこにも逃げやしないから、頑張って勝ち上がってきな。じゃ、またね」
藤本は軽く手を上げて去っていく。
生意気な二年生め、と思った。
だけど、うじうじ悩むようなタイプより、変に謙遜するようなタイプより、こういうタイプの方が、藤本は結構好きだったりする。
「亀井さんだっけ?」
「え? あ、はい」
「おつかれさま」
「あ、お疲れ様でした」
今度は東京聖督のメンバーの輪に入っていく。
加護や他の一年生もいたのだけど、亀井にだけ声をかけた。
「今日の試合いい試合だったね」
「そうですか、ありがとうございます」
「昨日の富岡戦でもよくボール運んでたし。富岡のプレス相手に一人でボール運ぶって結構きついと思うんだけど、一年生でよく頑張ってたよね」
「ありがとうございます。でも、疲れました」
「玉際もなんか強いしさ。あの、あきらめない感じ? うちの一年にも見習わせたいよ」
「そんな、絵里へたっぴだから、頑張らなきゃいけないって思って頑張ってるだけです」
「1on1大会じゃ、美貴を危ないめにも合わせてくれたし。そのうちお礼しないとな」
「お礼とか、そんな」
まったく思いもよらない相手に声をかけられて緊張気味の亀井。
問答がぎこちなくなっている。
「変な伝統とか、そういうの背負わずに頑張りな。あの、OBの人とか見習わないでいいから」
「はい、頑張ります」
ちょっと声をかけておきたかっただけで、特に話したいことがあるでもない。
それくらいで会話は終わった。
試合では、藤本がマッチアップについていたのは亀井でなく加護である。
その加護が、となりでじっと藤本のことを見ていたが、何も言わずに立ち去った。
あちこちで、違う種類の制服、制服と私服、私服とジャージ、ばらばらな格好の輪がいくつかある。
あやかとあさみが里田を挟んで話していたり。
松浦が高橋と、1on1大会やスリーポイント大会の商品が無いのはおかしい、と言い合っていたり。
時間はやがて経ってくる。
それぞれのバスも到着するし、飛行機の時間は決まっている。
三々五々、それぞれのバスへ散っていくことになる。
滝川のメンバーは、片付けに引っ込んだりはせず、見送りに体育館の外へ全員出てくる。
富岡のメンバーがそれぞれバスに乗り込んでいく中、田中が東京聖督のバスの方に近づいて行った。
「亀井さん」
まだ、入り口手前で乗り込む順番待ちをしていた亀井。
呼び止められて不思議そうに田中の方を見る。
「昨日は、亀井さんにれいなは勝てなかったと思う。ばってん、次は負けんから。覚えといて。うちは田中れいな。次は負けんから」
なにやってるのれーなー、と道重が腕を引っ張って連れ去っていく。
亀井は、田中に何かを答えるタイミングもなかった。
ただ、引っ張っていった子かわいいな、と思った。
バスの目的地は同じ空港である。
松江だけは飛行機が違うので、若干時間は違ってもよいのだが、それぞれ同じ時間にバスが出て行く。
滝川のメンバー達は手を振って見送った。
「あー、つかれた」
「終わったねー」
「お疲れ様でした」
藤本、里田、あさみ。
里田はちょっと微妙だが、この三人が中心となって、大会運営のいろいろな部分を担ってきた。
感動、というよりもほっとしたという表情である。
「結構楽しかったね」
「まいはね。準備の負担少なかったし」
「美貴だって指示出してるだけで自分で別にいろいろやってたわけじゃないでしょ」
「そんなことないって。指示出すのにいろいろ決めるだけでも大変なんだよ」
「あさみがそこで美貴の味方するんだ」
試合に出られず、チームの中であまり強い立場ではなかったあさみ。
それが、副キャプテンになっていろいろ面倒を背負ったり、決めなきゃいけないことが出来てきた。
指示出すだけ、というのが楽なものじゃないと、藤本に共感できる今のあさみの立場がある。
「美貴、もうちょっと試合出たかったんだよね」
「でも、美貴抜きでも結構試合になるもんだね」
「そうか?」
「美貴がいるかいないかで、それほど点差かわってなくなかった?」
「そんなことないでしょ」
そう答えつつも、藤本もちょっと考える。
去年の富ヶ岡戦も、自分がファウルアウトしてから点差が詰まったりしていた。
「上から見てて、一昨日は全然な感じだったけど、今日は美貴いなくてもなんとかなってる感じだったよ?」
「ああ、そういえばそうかも。でも、それは相手の問題もあったかもしれないけど」
「富岡も一年にゲーム作らせようとして全然だったよね」
「あれ相手なら新垣だって十分出来るんじゃないかって思った」
「それはないでしょ。今のままじゃ使いものにならないって」
「でも、なんか見込みあると思ったから先生使ってたんじゃないの?」
あさみは人のこと考えてる場合じゃないだろ、と藤本は思ったけれど、口には出さなかった。
「先生が何考えてるのかなんて知らないけど、とにかく終わってよかったよ」
「お疲れ様でした」
「まいはもうちょっと働かせればよかったね」
「ホントだよ、まったく」
里田が芝居がかって頭を下げると、あさみと藤本が軽くなじる。
副キャプテン役割を担うようになってから、あさみは藤本がわにつくことが多くなっていた。
「さて、さっさと片して帰りますか」
会場には、観客たちが残して行ったゴミがあったり、会場設営に使ったいろいろなものが残っている。
それらの片付けを一二年生に任せ、三年生たちはロッカーに着替えに向かった。
各チームの帰りの飛行機の関係で、最終試合が終わったのはまだ夕方にもならないような時間。
会場の片づけを終えて、寮に戻ってもまだ日が落ちきっていない。
平日よりも早い時間に夕食をとることが出来て、それぞれ部屋に戻っていく。
いろいろ準備してきて作り上げた大会が終わった日。
藤本は珍しく、自分の部屋に一人でいた。
もう、打ち合わせの電話が掛かってくることも無い。
プログラムの印刷どうなってるとか、そんな連絡をこちらから取る必要も無い。
チケット何枚売れたとか、後輩たちに確認する必要も無い。
多少面倒は起きるけど、それでもイベントごとを抱えた大変な日々は過ぎて日常が戻ってくる。
なんとなく立ち上がって窓際に向かい、カーテンを開けて外を見る。
日が暮れて暗くはなっているけれど、視界がゼロではなく、明かりが付いている場所は目に入る。
大きく長いため息を吐いてからつぶやいた。
「見所ないわけじゃないんだな」
カーテンを閉めて、ベッドに転がった。
仰向けのまましばらく考える。
立ち上がってもう一度外を見て、まだ同じ光景があったので、タオルを二枚持って部屋を出た。
五月の北海道滝川。
夜はまだ、十分に寒い。
部屋から出て来たばかりの藤本は、その寒気を感じながらコートサイドのベンチへ向かう。
視線の先には新垣がいた。
ワンドリブル突いてジャンプシュート。
外れたりバウンドを拾って元いた場所に戻る。
もう一度同じ動き。
今度は入った。
藤本はコートサイドのベンチに座る。
そこで、新垣が藤本の存在に気づいた。
戸惑った表情をしているが藤本からは声をかけない。
何も言ってこないからか、新垣はさっきと同じ動きでシュートを打つ。
二回はずした。
それから、ボールを拾って藤本の方に歩いてきた。
「あ、あの、邪魔ですか?」
「なんで?」
「美貴さんが使うのかと思って」
「散歩の途中だよ。気にしないで」
「はぁ・・・」
そういわれると二の句の継ぎようがなく、新垣は戸惑った顔をしながらも元の場所に戻っていく。
一応、さっきと同じようにシュートを打っているが、全然入らなかった。
気にするな、と言われても気にせずに振舞えるわけも無い。
何本目かの外れたシュートのリバウンドが、大きく跳ねて藤本の方に飛んでくる。
ボールを拾い上げた藤本のところに新垣が小走りでやってくる。
パスが飛んでくる、と思って待っている新垣の感覚に反して、藤本はボールを抱え込んだ。
「部屋で泣いてるんじゃなかったの?」
ボールを渡してもらえず所在なさげに立っている新垣。
唐突な問いかけに、うつむきながら答えた。
「悩んでる暇があるなら練習しろって、美貴さんが言ったから」
「美貴が言ったからやってるの?」
「私は、今日も何も出来ませんでした。昨日も。一昨日も。何もできなかった。スタメンで試合に出るなんて全然思ってなかったし。なのに、出ろって言われて。相手も強くて。足引っ張ってばっかりで。役に立たないってこんなにつらいことだと思いませんでした」
「それで?」
「今日もやっぱりダメで。試合出てたんですけど、本当はずっと替えて欲しいって思ってて。でも、スタンドから、引っ込めって言われて泣きそうでした。替えてほしかったんですけど。でも、他人から言われるとつらくて。なのに美貴さんが、スタンドに向かって、うるさい黙って見てろって言ってくれて。私なんか引っ込めっていわれて当たり前なのに。なんか、うれしかったです」
「あれは、別に、あんな大勢の前で、ミキティミキティ言われるの、うざかったから・・・」
予想していなかったところで自分のことが出てきて、藤本は思わず少し新垣から視線を外す。
「ちょっとは役に立ちたいって思ったんです。役に立ちたいって言うか、足引っ張りたくないって言うか。それに、あんな惨めな思いするのもう嫌だし。逃げて帰りたいとも思ったんですけど、今帰っても、多分私、ひきこもりにーとになるだけだし。何で私こんなにダメなんだろう、って思ったけど、でも、美貴さんに言われたとおり、ダメでも何でも、逃げるとこないし、じゃあ、頑張るしかないのかなって」
「疲れてないの? 三日間、試合続いてたのに」
「疲れてないってことはないですけど、でも、今日は一試合だけで、それも出てたのは半分だけだから。いつもの練習より時間は全然短いし。時間もあったから、なんかやろう、って思って。いけなかったですか?」
「あのさ、一々美貴の顔色気にしなくていいよ。新垣が自分で練習したいって思ったならやればいいでしょ。美貴に向かって何かしてくれっていうなら、美貴の顔色気にしたほうがいいけど。新垣が自分で思って自分で何かするだけなら、気にすることないって」
ただでさえ、一年生から見れば三年生は恐ろしい存在なのに、それが藤本ともなれば、普通は一々顔色を伺いそうなものである。
「あの、美貴さんみたいになるにはどうしたらいいんですか?」
おびえの色を目の中に含んだ新垣の問いかけ。
座っていて、見上げる形になっている藤本は、一つ小さくため息をはき、抱えていたボールに額を当てて、少し考えているような雰囲気を見せた後に答えた。
「そんなこと聞いてどうするの?」
「あの、全然レベルが違うのは分かってます。だけど、やっぱり、チームの中で見て、私の手本になるのって美貴さんかなって思うから。だから、美貴さんみたいになりたいって。自分に何がたりないのかなって」
「まず、美貴みたいなのがもう一人なんていて欲しくない。そんなのきもいだけだし。同じようなのが二人いても意味がない。あと、新垣に足りないもの? 全部だよ全部。シュートがとかパスがとかゲーム感覚がとか、一つ一つじゃなくて、全部だよ全部」
「そうですか・・・」
その回答に同意できないわけでは無いけれど、でも、もう少し何か、希望がもてるようなことを言ってくれるんじゃないかと新垣は思っていた。
「美貴ね、うじうじしてるやつ嫌いなの。だから、昨日の新垣とかすごい見ててむかついた。神奈川だっけ? 冗談とかじゃなくてホントに帰れって思ったもん。それと比べれば今日は悪くないよ。試合の時も、力はちょっと、問題外な感じあったけど、でも、足は動かそうとしてたし、これならまあ許してやってもいいかって思った。基準をスタメンレベルに置くなら、全然話しにならないけど、新垣レベルなら合格でいいよ」
褒められてるんだかけなされてるんだか、よくわからない文脈であるが、新垣は黙って藤本の顔を見て話を聞いている。
「新垣は、足りないものがどことか言うレベルじゃなくて、なにもないんだよまだ。多分だけど、あんまり中学で練習ちゃんとやってなかっただろ。もう、ホント何も無いって感じ。だから、全面的に練習は大事なんだけど、それはそれとして、何か一つかな。何か一つでいいよ。美貴を超えるもの持ってみな。ああ、身長以外でね」
「頑張ってれば、いつか美貴さんみたいになれますか?」
「だから、美貴みたくって・・・、まあいいけど、もう。でも、頑張れば報われる、みたいなのは甘いと美貴は思うんだよね。美貴は、美貴はって言うか、うちのチームは、頑張ってないわけじゃないけど、でも、美貴が入ってから富岡に勝ったことが無い。むかつくけど。事実だから認めるよ。美貴が選手として負けてるとは思わないけど、新垣の大好きな石川に勝ったことが無いんだよ、うちのチームは。頑張ったからって勝てるとは限らない。今年入ってきた新垣が知ってるか知らないけど、去年、先輩が事故で死にました。事故でね。死んだんだよ。死んじゃったの。頑張ってなかったから? そんなのありえない。でも、でも、先輩は死んでしまったし、それだけじゃなくていろんなことがあった。頑張ればいつか報われるっていうのは甘いと思う」
頑張っても報われるとは限らない、そういう藤本の言葉を新垣は何度かうなづきながら聞いている。
「たぶん、たぶんね、この先、たぶん、新垣が、この三日間以上にみじめな気分になることって、なかなかないとおもうんだ。今以上に新垣が下手になるのは無理だし、富岡以上に強いチームは無いし、スタンドにあんなに身内がいて引っ込めって言われるような試合はないし、っていうか、今のレベルのままの新垣を、さすがに先生もう使わないと思うし。昨日と今日と、どっちがつらかったか美貴にはわからないけど、その昨日か今日が、バスケやってる新垣にとって一番つらい日なんだと思うよ。それが終わって、今そうやって練習する気になってるのが、ちょっと驚いたよ。ちょっとだけ新垣のこと認めてあげる」
「あ、ありがとうございます」
「だから、頑張りな。美貴の後輩って認めてやるから。自分で考えて、どうして行けばいいか考えて頑張りな」
「はい」
そこまで言って、藤本はボールをパスした。
新垣がキャッチする。
もう一つ藤本は投げた。
思ったより飛ばなくて、手前に落ちそうになるのを新垣が拾い上げた。
「ナイスキャッチ」
タオルである。
そんなものを投げられて、新垣は意図がわからない。
「外で体動かすときは、タオルくらい持って出な。適当に使って」
「すいません。ありがとうございます」
藤本がいつも使っているタオルである。
無地の白。
味も素っ気も無い。
「ちゃんと洗って返します」
「いいよ。新垣の使ったタオルなんか。使ったら捨てちゃって」
「え、いや、あの」
「じゃあ、美貴行くわ。散歩の途中でこんなとこずっと座ってたら寒くて仕方ない」
「あ、すいません、ありがとうございました」
「だから、そんなたいそうなタオルじゃないって」
新垣は、別にタオルについて礼を言ったわけではないのだが、藤本はそんな答えを返した。
藤本は、短い散歩を終えて部屋に戻っていく。
部屋のベッドに横になったら、すぐに同室のあさみが戻ってきた。
里田連れである。
「あ、やさしい優しい美貴先輩。お帰りですか?」
「お帰りですか? 優しい美貴先輩」
「何言ってるの?」
「大事な大事な後輩のために、演説なさっていたのでしょう?」
「はぁ? 何言ってるの?」
外のコートは寮の一部の部屋からは見える。
藤本の部屋からだけでなく、里田の部屋からも見えるのだ。
見られてたんだな、ということは藤本も察する。
「歩いててちょっと寄っただけだよ」
「今日は一人でゆっくり寝てるって言ってなかったっけ?」
いつもは里田部屋に入り浸っているが、今日は疲れたということであさみ一人で出かけさせて、藤本は部屋にいると言ったのだ。
「大会終わって浮かれてる奴がいないかって、寮長として見回りしてたんだよ」
「へー。見回りねえ。コートまで歩いて言って、大事な大事な後輩と長いトークをして、すぐに戻ってくるのが見回りですか。へー」
一々反駁するのがめんどくさくなって、藤本は枕を里田に投げた。
枕が飛んでくるのはなんとなく分かっていた里田はしっかりと受け止める。
「あ、外した」
窓際に立ってカーテンの外側を覗き込んでいるあさみ。
新垣の姿が目に入っている。
「リバウンド拾って今度は入った」
「あさみ、うるさいって」
「気になるんじゃないの?」
藤本が、二人に背中を向けるほうに寝返りを打つ。
その背中に里田が枕を軽く投げる。
藤本は体を里田の方に向けて軽くにらむと、枕を頭に持ってきてまた寝転んだ。
「あ、リバウンド追いかけて転んだ。足ひねったかな? 痛そう」
藤本は体を起こしてあさみの方を見る。
振り返ったあさみは舌を出して言った。
「うそ」
藤本は今度は枕をあさみに投げつける。
そしてそのまま寝転んだ。
こいつらうぜー、と思いながら、里田とあさみの存在を、意識から遮断しようとした。