月下の珠玉

 

一、<出会い 〜a fateful encounter〜>

 

「今日から私が教育係になったから。よろしくね!」
そう言ってニコッと笑った彼女、市井沙耶香の印象は、サバサバしていて知的な感じ。
いつもボ〜っとしていてマイペースな私とは正反対のタイプな気がした。
正直、「う〜ん性格合うかな・・」ってちょっと不安だったのをよく覚えてる。
今までにない雰囲気を持ってる人だったから。

メンバーになって最初に苦労したのは何よりもダンス。
「も〜あんなにいっぱいあって、いっぺんに覚えれる訳ないじゃん!!」
慣れなくて不安だった最初の頃は、毎日友達にそう言って愚痴ってたな。
でも、それがいつしか
「ダンス、いいよ〜楽しいよ〜〜」ってニコニコ言えるようになったのは、そう、彼女のおかげなんだよね・・。

 

二、<市井沙耶香 〜one's nature〜>

 

コンサート目前に控えたある日、メンバーに加入したばかりの後藤に、不可能とも言える無理難題が課せられた。
残り一週間もない日数で、モーニンゲ娘が膨大な時間を費やして完成させてきたダンス、歌を、全て自分のものにしろと言うのだ。
元来物事深く考え込まない性格の後藤は、「なんとかなるでしょ〜」
そう周りにサラッと言ってのけた。
しかし練習を重ねるごとに現実の厳しさに直面した彼女は、今までにない焦燥感を覚えていた。

そんな中、焦る気持ちを無理矢理押し込めながら、レッスン室で一人ポツンと練習を続ける。
ふと頭に浮かぶ言葉、
「こんな気持ちになりたくてモーニング娘に入ったんじゃないよ・・」

丁度その時、レッスン室のドアがガチャッと開いた。

「後藤〜やってる〜?」
黒のアリーナジャージを着て、前髪をピンで止めた市井紗耶香が入ってきた。
表情から少し疲れが見える。
彼女もコンサートを控えて色々と忙しいのだろう。
心なしか、一人で不安だった気持ちが少し楽になった気がした。
そう、不安なのも疲れているのも後藤だけじゃないのだ。

後藤:「あ〜、、なんかもう頭ん中ゴッチャで訳分かんないんだ・・ハハ・・」

そう言ってちょっと笑って見せる。
人に自分の悩んでる所を見せるのは得意じゃない後藤。
まぁそのうち市井には感情を隠す事なくさらけ出せるようになるのだが、、、それは後の話。

市井:「そっか、じゃあ私が踊るから真似してやってみて」

相変わらずサバサバした口調の市井。
そう言われて、とにかく真似して必死についていく。
そのうち体が自然に市井の動きに追いつくようになってきた。
これが体で覚えるって事なのだ。
ダンスの面白さというものを初めて全身で感じた瞬間だった。

何十分続けただろうか。部活をやっていた訳でもなく、体力が飛び抜けてある訳でもない後藤は、汗ビッショリで息を切らしながら
「もうダメ・・」
と言ってペタンと座り込んでしまった。

市井:「お〜い、こんなんで疲れてたら娘務まんないぞ〜」
   「しょうがないな〜、、私が踊ってるからそこで見てて」

そう言ってダンスを続ける市井。
後藤は市井のそのどこか素っ気無い口調から、なんとなく突っかかりを感じるのだが、取り合えずただコクッとうなずく。

ボ〜っと市井の真剣な表情でダンスを続ける姿を見ているうちに、
後藤の思考回路は、いつしかダンスではなく市井という人間に向かって動き出す。

この市井紗耶香という人はどこか掴み所がない。
メンバーの中で一番何を考えているのか分からないのが彼女なのだ。
意見はきちんと主張するのだが、感情的になったりする事がない。
それを人は“しっかりしてる”と言うのだろう。
年はたいして離れてないのに、その何か言いたそうなのに核心をつかない話し方は、やたら大人びて見える。
この年でどれだけ人生の色んな経験を積んできたのか、
のんびりゆったり生きてきた後藤には、皆目見当もつかない。
そんな後藤の頭に浮かぶのは、ただ純粋な疑問。

(この人、私の為にこうやってレッスン付き合ってくれてるのかな)
(それとも自分も練習しなきゃいけないから、そのついでなのかな)
(う〜んいまいち何考えてるか分かんないだよね〜)

そう思いながら、ただ彼女の真剣な姿に、感心なのか、尊敬なのか、
引き込まれている自分がいた。

 

三、<先輩 〜ahead of me〜>

 

開演前はパニクって泣いてしまい、シャックリが止まんなくて大変だったものの、何とか後藤の初舞台は成功を収めた。

それから教育係の市井沙耶香とも徐々に親密になっていき、「市井ちゃん」「後藤」と気軽に呼び合い、ジャレ合ったりするようになっていた。
後藤は市井といる時の安堵感が溜まらなく好きだった。
撮影中や待ち時間、楽屋など、いつでも何処でもジャレつく二人。
後藤が市井の後ろからガバッと抱きついて、今日の学校での出来事をニマニマしながら嬉しそうに話す。
メンバーは「またか」と言った感じで、、それはもう、見慣れた日常の光景。

今日は外での撮影。風が強くてちょっと寒い。
でも市井に抱きつく後藤は体も心も凄く温かい。
市井も後藤の体温を感じ、寒さなど吹き飛んでしまう。

後藤:「市井ちゃ〜ん今日学校でさ〜授業中ウトウト居眠りしちゃってさ〜起きたらヨダレだ〜っと出ててすっごい恥かしかったさ〜!
授業がつまんないから悪いよね!」

市井:「いや後藤が寝るから悪いっ」

市井の冷たい返事に反応して、後ろから市井のお腹に回している手にギュッと力が入る。
そして横からヒョコッと顔を出し、上目遣いで市井を見上げ、プクッと頬を膨らませて仏頂面をしてみせる。
素の表情をしていた市井が、その反応を見て一気に顔がほころぶ。
市井:「ウソウソ!授業が悪いっす!後藤悪くない!」
その市井の優しい笑顔につられるようにニマ〜っと満面の笑みを浮かべる後藤。

市井はその笑顔のご褒美みたいに後藤の頭をクシャっと撫でてあげる。
二人の間で“通じ合ってる”その感じが、後藤の至福の一時なのだ。
後藤はその感情を、市井に対して“気が合う最高の先輩”と言った感じに勝手に位置付け、納得していた。
しかしその思い込みが揺らぐ事になろうとは、その時の後藤は思いもしなかった。

 

四、<噂 〜worried rumor〜>

 

ある日の学校での休み時間、友達とたわいの無い話をしていた。
その時に流れで、モームスについて流れている噂の話になった。
勿論モームスメンバーの当人な訳だから、それが嘘か本当かは後藤自身が一番良く知っている訳で、
有り得ない下らない噂話を聞いてただ爆笑していた。
友達もやっぱ単なる噂ばっかりかと安心して、楽しそうに話を続ける。

友達:「でさ、でさ、マジウケるのがあってさ!」

後藤:「何々?」

友達:「真希がね、いち、、」

そう言い掛けた瞬間友達の一人がバッとその子の口を塞いだ。

友達:「それはヤバいって!」

?といった表情をする後藤。
当然気になるので問いただして見る。

後藤:「何々何の話?!私の事なんでしょ、教えてよ!」

言いかけて口を塞がれた友達が続けた。

友達:「別に言ってもいいじゃん。有り得ない事だし。」
   「あのね、真希と市井さんがデキてるって噂。ウケない?(笑)」

後藤はキョトンとしている。

後藤:「なんだそんな事かぁ〜。何かと思った」
   「そんな訳無いじゃん(笑)何でさとみも慌てて口塞いでヤバいとか言うのさ〜」

友達:「だってあまりに真希がいつも市井ちゃん市井ちゃんて市井さんの話ばっかりするから、、
   「市井さんてカッコ良くてうちらの間とかでも人気あるし、真希とならありうるかなって思って・・」

後藤:「へ〜、、人気あるんだ、流石市井ちゃん!」
   「あはは、でもデキてるとかそんな訳ないっす(笑)」

友達:「そうなんだ〜私らこの噂はまんざら嘘でも無さそうだよねって話してたんだよね〜。
だって、ホンット真希が市井さんの話する時ってマジ嬉しそうだし、顔ニヤけてるし、、何より真希最近急激に可愛くなったじゃん?
芸能界入ったからって言うのもあると思うけど、それよりも恋人出来た女の子みたいでさ、、なんか輝いてるだもん」

後藤:「ヒャハハ!輝いてるって照れるぅ〜!そんなの自分じゃ分かんないよ〜」

友達:「あ〜でも市井さんと矢口さんって言う噂もあるし、、やっぱ噂は噂だよね。いい加減だよね。真希ゴメン!」
 
後藤:「いいよ別に(笑)」
(へ〜やぐっちゃんとの噂もあるんだ〜・・)

学校が終わって、すぐ仕事場に向かう。今日は雑誌のインタビューだ。
「おはようございま〜す!」
もう夕方なのに言うこの挨拶も、違和感無くするようになっていた。
すぐに目に飛び込んできたのはやっぱ市井ちゃん、、、と矢口のジャレ合いだった。

矢口:「あはは!今日の沙耶香のメーク大人っぽ〜い!似合わな〜い!」
市井:「うるさい!(笑)」
そういいながら抱きついたりつねったりしてジャレ合っている。
それを見てふと友達の言葉が後藤の頭をよぎる。

(「あ〜でも市井さんと矢口さんって言う噂もあるし、、」)

(そういえば市井ちゃんて、私が何か言ったらちょっと素っ気無い口調で返事するんだよね、、。なのにやぐっちゃんには笑って返事するよな〜・・・)
後藤:「ねぇねぇ市井ちゃん!」
市井:「おっ後藤おはよう」
後藤:「今日ね〜面白い噂聞いちゃったさ!」
市井:「何?」
後藤:「んとね!」
   「、、私と市井ちゃんがデキてるって!(笑)」
市井:「へ〜、、んな訳ないじゃんね。その友達にきっぱり否定しときなよ〜」
後藤:「え・・あ〜・・うん・・」
いつもなら得意の仏頂面でプ〜っとふくれて「市井ちゃん冷たいよ〜」とか言う後藤だが、何故か今日はそれが出来なかった。
(なんだろうこのモヤモヤは・・)

市井の素っ気無い反応にちょっと困ってるように見える後藤を察してか、矢口がいつもの笑い声を出す。
矢口:「あははは!何その噂〜!沙耶香もいい迷惑だよね〜(笑)」

場の雰囲気を作ってくれた矢口を察して後藤も笑ってみせる。
後藤:「いい迷惑って何だよ〜!!(笑)」
   「そういや、市井ちゃんとやぐっちゃんとの噂もあるんだよ〜」
矢口:「二人がラブラブだって?ヤバッ!ばれちゃったか〜(笑)」
そう言って矢口が市井に抱きつくと、ようやく市井も笑顔を見せた。
市井:「あはは記者会見開く?付き合ってま〜すって(笑)」

それを聞いて、後藤も笑ってみせたが、何故か心から笑えない自分がいた。

とその時トントンッとドアをノックする音がした。
市井・矢口:「は〜い!」

「市井さんと矢口さんお願いしま〜す!」
二人が雑誌のインタビューで先に呼ばれた。
二人は返事をして部屋から出て行く。
一人ポツンと残された後藤は、自分で自分に問い掛ける。

(なんかモヤモヤする・・。このモヤモヤは何?・・何で?)

自分への問いに、何かが浮かんでは消え、浮かんでは消えしていた。
答えは出る事無く・・。

 

五、<名声と代償 〜prices to fame〜>

 

『後藤真希』最近この名前を誰もがあちこちで目にし、耳にするようになった。
それは物事鈍感な後藤でも流石に気付いていて、自分の存在感をめいっぱい感じるようになっていた。
つい最近までは普通に学校に通い、普通に友達と遊んで、普通に恋なんかもしちゃった、とにかく至って普通の女の子だった後藤。
しかし人生とはいつ何処で何が起こるか本当に分からない。
たまたま受けたオーディションで、何万人の仲から何故か自分一人が選ばれ、あまりよく知らなかったモーニング娘の一員になり、
自分の知らないうちに周りが勝手に自分の存在をアピールし、イメージを作られ、多くの人の心にそれが記憶される。
マイペースであまり人に関心が無い後藤だが、周りは自分に強い関心を抱く。
プライベートなんて言い方したくなかった当たり前の日常も、その単語を使って「仕事以外で私に関心を持つのはヤメて!」と間接的に主張したくなる。

後藤はいつしか大好きなダンス、歌、雑誌の撮影などの事も『仕事』と言うようになっていた。
『仕事』と言うのはどこか、<嫌な事があってもしなきゃいけない事>
というニュアンスを含む。
勿論普通のサラリーマンとは全然違うし、やりたい事をやってるのだから楽しさだってやりがいだって沢山感じる。
でも名声には代償が付き物なのだ。
周りの環境、人間関係、様々な事が、この業界に入ると一変する。
学校でも周りからの自分に対する声は良いものばかりではない。
友達関係も最近ギクシャクしだしていた。
自分が芸能人だというだけで、友達にも多大なる迷惑を掛けてしまう。
そこまでリスクをしょってでも友達でいようとする人は、何らかの私欲が絡んでいたりする。

あまりに色んな事が目まぐるしく自分の周りで起きていて、カメラの前では元気いっぱいに振舞っているものの、実は最近後藤は凹んでいた。

 

六、<あの人の過去 〜disturbing past history〜>

 

いつものように、番組の収録の待ち時間に楽屋でみんなでワイワイ騒いでいた時の事。
凹み気味の後藤は何となく隅で一人でボ〜っとしていた。

(あ〜あ、、なんか最近疲れちゃったな・・嫌な事ばっか・・。娘のみんなもそうなのかな・・私と同じく影では色々大変な思いしてるのかな・・。
でも市井ちゃんは頭いいし、色んな事上手くやってるんだろうな・・。)
市井がメンバーと楽しそうにキャイキャイ騒いでいる姿を見ながら、そんな事を思っていた。

「珍しく何考え込んでるんだ〜」
そう声を掛けてきたのは娘の中の姉さん、中澤だ。
後藤:「あっ裕ちゃん・・」
中澤:「何やねん、悩み事ならこの人生経験豊富な中澤お姉様に話してみぃ」
後藤:「う〜ん・・・」
中澤:「う〜んて何やねん!そこ涙流して裕チャン優しい!って抱きつくとこやろ!」
   「もうええわっ、自分の中に溜め込んどいたらええ、もう知らん」
後藤:「あぁ裕ちゃんゴメン!話すから話すから〜!」
中澤:「何か私無理矢理聞きだしてるみたいちゃう?(笑)」
後藤:「いや聞いて欲しいもん」
中澤:「なら良かった。何?なしたん?」
後藤:「あのね・・・祐ちゃんは娘に入って良かったと思ってる・・?」
中澤:「は?何々?何当たり前の事聞いてるん?」
   「あんたもしかして辞めたいとか思ってるんとちゃうやろな」
後藤:「違うよ!違うよ!」
   「そうじゃなくて・・・」
中澤:「なら何?」
後藤:「・・祐ちゃんは今悩みとか無いの・・?」
中澤:「なんか立場逆転してんで(笑)私が悩み聞いてるだってば」
   「後藤と話してたら漫才みたいになってあかんわ」
(・・祐ちゃんと話してるから漫才になるんだよ・・)
中澤:「まぁええわ、う〜ん悩みね、、」
   「、、、無い!あっても無い!」
後藤:「あっても無いって意味分かんないよ・・」
中澤:「あんな、娘でいる事が、私は今最高に幸せやねん。だから嫌な事があっても全部、娘でそれを無くせる。無くなる。」
   「意味分かる?」
後藤:「、、なんとなく・・。」

中澤:「みんなな、ああやってメンバーでいる時楽しそうやん?
けどな、それぞれ悩み絶対抱えてんで?
でもそれをいちいちメンバーに愚痴ったり、暗い表情したりしてたら、娘じゃなくなっちゃうねん。
単なる根暗集団になっちゃうやろ?
みんなそれだけは嫌やねん。娘の事が何よりも好きで、娘でいる事が今一番の幸せだから、その幸せの為には我慢しなきゃいけない事もある」
「辛い事溜め込む必要は無い。けど吐き出す時と場所、相手を考えて、自分をコントロールしていくのも娘の仕事やで?」
「後藤が今抱えてる悩みは大体分かる。
でもそれはみんなそれを乗り越えて、頑張ってきて、今の娘があるんよ。
だから後藤も頑張って乗り越えなあかん。
厳しい言い方やけどな・・人生そういう時もあるんよ」
後藤:「そっか・・そうだよね・・やっぱ裕ちゃんは大人だ〜」
中澤:「大人やもん(笑)」
後藤:「、、みんな乗り越えたって・・市井ちゃんも?」
そう言いながら後藤の視線は市井に向き、目で追い始める。

中澤:「沙耶香?何で沙耶香が出てくるん?」
   「私について先に聞きいや」
後藤:「・・・」
中澤:「私より沙耶香に関心があるんだゴッチンは。
はいはい若いもんは若いもんに興味が湧くのが自然の摂理ですもんね、知らんけど」
後藤:「裕ちゃんに魅力は今分かったからいいの!」
中澤:「おっちょっと元気取り戻してきたな。
私の魅力に気付くの遅すぎだけど、、まぁいいわ、気が付いたから許す。ええと沙耶香ね。」
「う〜ん、ゴッチン沙耶香が娘は言ったばっかの時の事知ってる?」
後藤:「ううん。実はあんまり娘の事知らなかったから」
中澤:「あんまり・・って、娘に入りたくてしゃーない人間が何万人といるのに・・全く罪作りな女やな〜」
後藤:「デヘッ」
中澤:「デヘって何や・・。まぁいつものゴッチンらしくて宜しい」
「沙耶香な、はっきり言って今と加入当時、別人やで」

後藤:「別人・・?」
中澤:「う〜ん、、説明するより見せた方が早いな」
   「さやか〜!」「さ〜や〜か〜!」   
市井は話に夢中で気付かない様子。
せっかちな中澤は返事を待たずに続ける。
中澤:「さやかの昔の映像後藤が見たがってるんだけど、ディレクターの人に頼んだら見せてくれると思うから見せてもいい〜!?」
「後藤に昔の映像!?」
話に夢中だった市井が反応してクルッと振り向き驚きの声を出す。

中澤:「なんだ聞こえてるやんか・・全くしかとしやがって・・」
市井:「やっダメダメやめて!」
中澤:「は?なんで?別にええやん、さやか昔も可愛いよ〜」
市井:「そういう問題じゃなく、、やめてダメ!」
後藤:「・・市井ちゃん・・?」
普段あまり物事に動じない市井が慌てふためいてる様子を見て、後藤はちょっと驚いた。
市井も取り乱してる自分に気付き、慌てて横を向き、「ダメだからね!」と言ってまたメンバーとの会話に戻った。
(何でそんなに嫌なんだろう・・)
中澤:「何だ?さやか今日ケチやな。訳分からん何でダメなんや?」
「まぁいいわ」
中澤が後藤に耳打ちをする。
「さやかなんか今日変やけど、別に大したもんちゃうからコッソリ見せたる」
後藤:「いいの・・?市井ちゃん嫌だって言ってるよ?」
中澤:「嫌だとは言ってへんやろ?ダメって言ってるんや」
(・・同じじゃん・・)
「いいからいいから、後藤にいい刺激になると思うから私が見せたいから」
後藤:「いい刺激?」
そう言われて心が揺らいだ。
いや、それよりもきっと市井が別人という言葉に揺らいだのだろう。
“市井ちゃんの過去をもっと知りたい”何故か後藤はそんな衝動にかられていた。

二人はメンバーが話に夢中になって盛り上がってるのを横目に、コッソリ部屋を出た。
ASAYANスタジオに向かう途中、運良くディレクターにバッタリ出合った。
中澤:「あっすいませんASAYANの昔の娘の映像みたいんですが、、見せてもらえないですかね・・?」
ディレクター:「別にいいけど何で?」
中澤:「いやちょっと」
ディレクター:「じゃあこっち来て」
そう言って二人はテープ保存庫のようなところに連れて行かれた。

ディレクター:「いつのがいいの?」
中澤:「市井達が加入したばかりに頃のが見たいんですよ」
ディレクター:「あ〜あの中澤さんが呼び出して説教したりする所?(笑)」
中澤:「・・私も若かったんで・・。いや年は年やけど・・って違います!私はいいから三人の移ってる映像です!」
ディレクター:「ハハ(笑)はいはい、、んっと、、これかな?」
「こっち来て」
そう言って部屋の隅にあるミキサーの所に連れて行かれた。
ディレクターは慣れた手つきでテープを入れ、何やら色んなスイッチを押している。
後藤の鼓動が速くなる。何故かドキドキが収まらない。
暗い保存庫に明るい画面が現れる。

「市井沙耶香です。よろしくお願いします」
(え!?・・市井ちゃん・・!?)
そこに映し出された少女は、髪が長く、見るからに大人しそうな雰囲気で、お嬢様タイプのおしとやかな感じの人。
確かに『別人』という言葉が当てはまる。
中澤:「ゴッチン?市井どうや?全然違うやろ?」
   「どうなんや?何か言えや」
   「お〜い」
後藤は画面の市井にくぎ付けで周りの声が全く聞こえていなかった。
サバサバしていて自身に溢れていて、積極的でしっかりしていて強くて活発で、そして男前な市井。
後藤が知ってる市井はそんな人。
しかし画面に写っている市井はそれと正反対に見えた。
ディレクター:「市井変わったよな〜、短期間でここまで変わった芸能人は流石に今までいないな」
中澤:「ですよね〜。まぁ本質的には変わってないんですけどね。それは一緒にいて分かる。
変わったんじゃなくて、急激に成長したんですよ。見も心も」
中澤:「なぁゴッチン聞いてるか〜?」
   「今の沙耶香はな〜、誰かの助けがあった訳でもなく、あそこまで成長したんや。
私もな〜、何であんな急激に成長できたか分からへん。
せやけどな、一つ言える事は、人間は成長するんや。
あとはその人の考え方やな。それによって成長スピードがちゃうって事。
私が何言いたいか、ゴッチン分かってくれた?」

後藤:「・・分かった・・」
中澤:「そっか、良かった良かった。や〜やっぱ私は娘のリーダーだね。流石や。自分で自分を褒めたいと思い、、」
後藤:「目指せ市井ちゃん!!」
中澤:「は!?何言ってん!?あんたちっとも分か、、」
後藤:「さ〜今日も頑張っていきまっ」
中澤:「っしょい!!って何でや!ちょっゴッチン!」
何か決意した様子の後藤は、凄い勢いで部屋を飛び出していった。

 

七、<忍び寄る影 〜be terrified〜>

 

昔の市井を見てから何か凄く前向きな気持ちになってきた後藤。
不思議なもので、気持ち一つ変えただけで敵ばかりに見えだしていた周りが、自分を支えてくれている大切な人達だと気付き、幸せを感じる事ができるようになっていた。

そんなある日の出来事。
サボりたいという気持ちを抑えつつ、今日もしぶしぶ学校に登校する。
駅から学校までは何分か歩かなければならない。
このちょっとの距離が朝は結構ダルい。
後藤は眠い目をこすりながらも遅刻しそうなので走る。

角を曲がった丁度その時だった。
後藤の視界の隅に一人の帽子を目深にかぶった男の姿が写った。
その男はジーパンに黒のジャンパーを着ていて、立ち止まってジーっとこっちを見ている。

気になったが、遅刻しそうな後藤は「私だって気付いたから見てるだけでしょ」
とたいした深く考えずに学校に向かった。

今日は以外と余裕を持って教室に到着。

後藤:「おはよ〜!」
友達:「あっ真希おはよ〜!」
後藤;「ふ〜っ疲れた〜・・」
そう言って席につく。
まずは携帯の着信を調べる。

<着信32>

「!?32!?!?>
(電車に乗ってる間寝てたから気付かなかったんだ。誰!?)

<番号非通知 番号非通知 番号非通知 番号非通知、、、、>

(全部非通知・・・32回も電話って・・しては切ってしては切ってって繰り返してたって事だよね・・誰・・?なんで・・?)

友達;「どうしたの〜?32って何が?」
後藤;「ねぇこれ見て・・?」
そう言って携帯の画面を見せる。

友達:「うわっ!何これ!?・・あんたこれヤバいんじゃない・・?」
   「絶対ヤバいって!とにかく電源切んな!」
後藤:「待って市井ちゃんに電話してから!」

後藤は急いで市井に電話する。

プルルル、、プルルル、、プルルル、、プルルル、、、、
(怖いよ〜市井ちゃんお願い出て・・!)

プルルル、、プルルル、、プルルル、、プルルル、、
(市井ちゃん・・!)

後藤:「ダメだ繋がんないよ・・」
友達:「また後で掛けてみな・・?」
後藤;「うん・・」

それから休み時間など何回も掛けてみたが、市井には繋がらなかった。
そして放課後。今日は後藤は掃除当番なのですぐには帰れない。

友達:「真希〜市井さんに繋がった〜?」
後藤;「繋がんない・・」
友達;「思ったんだけど、、市井さんに電話するよりマネージャーに電話した方がいいんじゃない・・?」
   「気持ちは分かるけど市井さんに電話しても・・」
後藤:「・・そうだよね・・ダメだ私すぐに市井ちゃん頼っちゃうな・・」
   「マネージャーに電話して番号変えてもらえば済む事だもんね。電話管理してるのマネ―ジャーだから。」

マネージャーに電話すると、番号を変えてあげるとすんなり言われ、「なんだ早くこうしてれば良かった」っとホッとして後藤は家に帰った。

実家の住所が出回ってしまい、いられなくなったので、事務所から新しいマンションを用意された後藤。
それもそうである。あれだけテレビで実家を映されては、知れ渡るのも時間の問題だ。
マンションに着き、郵便受けを開ける。

するとバサバサっと大量の手紙が音を立てて落ちた。

「うわっ!何だ?!」
「え〜・・?ファンレターは事務所に届くはずなのにな・・」
手紙の封筒は全て種類が違う。
「う〜ん・・また住所出回ってる・・?」
大量のレターの一つを手にし、封を開け目を通してみる。

「・・・・!?!?」
目を通した途端、真っ青な顔をしてクシャッとすぐに丸めた。
とても読んでいられない卑猥な文章・・。

「こういうの書く人の神経って分かんない・・」
気を取り直して他の手紙の封を開ける。

「・・・え?!」
「・・同じ・・」
確かに封は違うが中に入っている手紙は全く同じものだった。
焦って他の手紙も開けてみる。
「・・・これも!」
「・・・これも!」
5通くらい開けて、全てが同じであると確信した。

「・・なんなの・・・なんなのさ!!」
「朝から次から次へとなんなの!!」
「あんたらなんか市井ちゃんに!市井ちゃんに・・・」
「市井ちゃん・・!」

そう言葉になるかならないかのかすれた声を漏らし、後藤はその場にうずくまってしまう。
その肩は小刻みに震えていた。
そしてポタッポタッとただ床に落ちる滴の音だけが空しく響く。
それは電話と手紙、この二つの出来事で流した涙ではなく、

(こんな事くらいで私はこんなにも市井ちゃんに頼ってる・・)

自分への弱さと情けなさに流した涙だった。

 

八、<もっと強く、、〜a strong-minded girl〜>

 

そして次の日、、
楽屋に一番についた後藤は、ファッション誌をペラペラめくって読んでいた。
まだメンバーは来ていない。
そして10分くらいたった頃。

ガチャッ
「おっす!珍しく早いな後藤」

ヒスのパンツに紺のジャージを着こなした市井紗耶香が、サングラスを外しながら入ってきた。

「!!市井ちゃん・・・!」
一気に瞳孔が開き、後藤の涙腺が緩みそうになる。
一旦下を向き、グッと堪え、市井を笑顔で見上げ直す。

後藤:「「おはよ!!」
市井:「?何だよその間は(笑)」
後藤:「いや〜相変わらずカッコいいな〜と思って(笑)」
市井:「お〜い見とれてんじゃね〜!」
   「うりゃ!」

そう言って、カーキ色の肩から下げてたカバンを見もせずにそこら辺に投げながら、後藤にダイブしてきた。
後藤:「うわっ!なんだよ〜!」
ソファーに押し倒される後藤。
市井:「犯してやるぅ〜〜!!」

市井が仰向けの後藤に覆い被さるようにまたがり、くすぐり攻撃開始。
後藤:「キャハハハ!やめて〜〜!!」

市井からの珍しい奇襲攻撃に、驚き半分、嬉しさ半分、、以上で、後藤はちょっと前までの沈んだ気持ちが吹っ飛んでしまった。
後藤は嬉しそうにくすぐる市井の顔を見ながら、心の中で語りかけた。

(後藤はもう市井ちゃんを頼ったりしないよ!市井ちゃんみたいに強くなってやるんだから!)

何分かくすぐり続けられた後藤が、ついに声をあげた。
後藤:「もうダメ降参!!」
市井:「よしっ、よく耐えた!」

市井:「ご褒美!」

<チュッ>

疲れきってハァハァしていた後藤に更なるふいうち攻撃。
あまりにいきなりの頬っぺたへの感触に思考が追いつかず、顔が一気に火照る。

市井:「?後藤顔赤いぞ(笑)」
   「困るな〜これくらいで照れられちゃ〜」
そう言って頭をかきながら体を起こし、目の前のテーブルに置いてあった後藤の飲みかけのジュースをズズッと飲みだした。

(あれ?市井ちゃんも照れてる?まさかね〜)

一瞬の沈黙を破るように市井が口を開く。
市井:「あっそうだ!」
後藤:「ん?」
市井:「あのさ、今度の日曜珍しくOFFじゃん?」
後藤:「うん珍しくね(笑)」
市井:「日曜だし、、後藤なんか予定ある?」
後藤:「なんで?」
市井:「いや欲しい服あるんだよね〜」
後藤:「へ〜」
市井:「欲しい靴もあるんだよね〜・・」
後藤:「ふ〜ん」
(全く素直じゃないな〜市井ちゃんは(笑)まっそこがいいんだけどね〜)

市井:「いや〜市井もさ〜買い物とかって一人のが気楽で好きなんだけど〜、でも、、」
(おっあと一歩だ頑張れ市井ちゃん!)
(ドキドキドキドキ・・)

市井:「うん勝ったら見せたげるね」
(ドタッおいぃ〜〜!!)
(・・しょうがないな〜)

後藤がいきなり市井の腕に抱きついた。
後藤:「行く!」
市井:「は?」
後藤:「行〜く!!」
   「日曜暇だから、市井ちゃんとデートしてあげる!」
(ホントは友達とカラオケ行く約束してたんだけどね〜市井ちゃん優先♪)
市井:「デートって・・」
後藤:「んじゃ〜朝9時に109前ね!」
市井:「は?!あんなとこ待ち合わせ出来る訳ないじゃん!!」
後藤:「なんで〜?あそこは人が待ち合わせする所だよ〜市井ちゃん知らなかった?」
市井:「いや・・知らない訳ないっす・・知りすぎてるからダメなんっす・・あんなとこ私らだってバレたら大変じゃん!」
   「しかも朝9時って市場の仕入れじゃないんだから・・何処も開いてないよ・・」
後藤:「ん?マックは開いてるよ?」
市井:「速攻マック行くのかよ!」
後藤:「う〜んその時考える」
市井:「はは・・もういいや後藤に全部後藤に任す任す・・」
後藤:「やった〜市井ちゃんとデートデート〜♪な〜に着てこっかな〜♪」
   「市井ちゃんカッッコよくキメてきてねっ」
市井:「いや、市井は目立たない格好で行くっす」
後藤:「ダメだよ〜!市井紗耶香です!ってオーラ出しまくりじゃなきゃヤダ〜!」
市井:「バレたらどうすんだよ!」
後藤:「う〜んそれもその時考える」
市井:「・・・朝9時109前ね・・ちゃんと起きろよ・・」
後藤:「は〜い♪」

 

九、<空しい叫び声 〜a sorrowful dream〜>

 


真っ白な空間。私はボ〜ッと一人、フラフラと歩いている。
突然何かに足を取られ、私の体は宙に浮き、ドタッと地面にうつ伏せに叩きつけられた。
「イタッ!誰!?私の足を掴んでいるのは!」

「ヤダやめて!引っ張らないで!」
後ろを向こうとするが、何故か首が曲がらない。
ゆっくりと黒いモヤの中に引きずり込もうとする何本もの手。
ズルズルと後藤の体が引きずられて行く。
「誰!?誰なの!!」
「やめて離して!!」
涙を流しながら必死に叫ぶ。

突然目に前にボヤ〜っと何かが現れる。
「・・・?」
それはゆっくりと人のシルエットとなしてゆく。
「・・・誰・・?」
見覚えのあるシルエット。

「後藤・・」

聞き覚えのある声。
少しずつ姿を現す。
「・・いちい・・ちゃん・・?」
穏やかにニコッと笑ったその笑顔は、いつも後藤が見ている笑顔。
市井紗耶香だった。

「市井ちゃん助けて!誰かが私を引っ張るの!」

市井は穏やかな表情をしたまま動かない。

「市井ちゃん助けてよ!お願い!!」
「市井ちゃん・・・?」

市井は優しく微笑んだままゆっくりと振り向き、スーッと姿を消していった。
「市井ちゃん!!!」
辺りに空しく泣き叫ぶ声だけがこだまする。

ジリリリリリリリ!!!

バッ!!!
目覚ましの音にもの凄い勢いで飛び起きた後藤は、全身汗ビッショリだった。

「ハァ・・ハァ・・何だよすんごい嫌な夢・・」

「これから市井ちゃんに会うってのにこんな不吉な夢見せなくたっていいじゃん!!」
誰に当たっているのか自分でも分からないが、取り合えず怒ってみる。
気持ちを切り替えてコンポの電源を入れスイッチON。

フ〜ウ〜ウ〜ウ〜♪フウウウウウウ〜〜〜♪
ディア〜〜〜〜〜〜〜!!♪

「ディスコ!!」
そう叫びながらベッドの上で左手を腰に当て、右手を天井に向けて突き出し、ラブマシーンポーズを取る。
やってはみたものの起きたばかりでまだ血流が悪い。
「ふあ〜・・」
立ちくらみをしてベッドに崩れてしまった。

「朝から市井ちゃんの声が聞けて後藤復活!」
「さ〜何着てこっかな〜〜♪」
昨夜楽しみで中々寝付けなかったクセに用意は全くしてない後藤。
クローゼットを開き、服を色々取り出しベットにポイポイ置いていく。

「う〜ん市井ちゃんは〜カッコいい服着てくると思うから〜、、後藤は可愛くいきましょかっ」
「スカートはこっスカート♪」
「ふんふんふ〜ん♪」
ラブマシーンの鼻歌を歌いながら、鏡の前で色んな服をあててみる。

服がやっと決まったので、シャワーを浴びて歯を磨いて、朝食食べて服を着て化粧、、、
チラッと時計を見てみる。
「あ〜〜〜!!間に合わない〜〜〜!!」
いつもパパッとしている作業を今日は念入りにしていたので、ここまで2時間もかかってしまった。
急いで家を飛び出す。

 

十、<ダッシュダッシュダッシュ 〜all one's strength〜>

 

「市井ちゃ〜〜〜ん!!」
交差点を勢いよく走りながら、満面の笑みでブンブン手を振る後藤の姿が市井の視界に入った。

市井:「あ・・いつ・・」

後藤:「ハァハァ・・待った?」
市井:「待つに決まってんじゃん!もう10時だぞ!」
後藤:「デヘッそうでした〜市井ちゃんゴメン・・」
市井:「それより何だ後藤その格好!」
後藤:「ん?可愛い過ぎ?」
そう言って手を広げ自分の格好をキョロキョロ見る。
市井:「そうじゃなくて目立ち過ぎ!」
30分以上かけて選んだ後藤の格好は、チェックのオレンジのミニスカートに白のキャミ。厚底サンダルを履き、シルバーのピアスとネックレスをしている。

後藤:「?どこが?普通じゃん」
市井:「んな目立つ色着るなら帽子かぶるくらいすれよ〜サングラスもしてないしさ〜」
後藤:「だって・・」
市井;「だって何だよ」
後藤:「そんな事したら後藤の顔市井ちゃん見れないよ?」
市井:「別にいいっす・・」
後藤:「ダメっす!」
市井:「いいっす!」
後藤:「ダメっす!」
市井:「分かった分かったはいはいダメだね・・」
後藤:「って事で市井ちゃんもその帽子とサングラス取ってね!」
そう言って市井が目深にかぶった帽子とサングラスをバッと取った。
市井:「あっ!おい!」
後藤:「う〜んやっぱ市井ちゃんは男前だね〜。今日の格好も後藤的には満足満足」
ニコニコする後藤。

市井の今日の格好はと言うと、スニーカーにジーパンで、そのスラっと細くて長い足にストレートのジーパンがピタっとキマっている。
上は白のタンクトップで、軽く英語のロゴと模様が入っている。
このシンプルさも市井だからこそ似合ってしまう。
そしてシルバーのリングとネックレスをしていた。

帽子とサングラスを取られて慌てる市井。
市井:「ダッダメだってバレるって!!」
後藤:「いいじゃんその方がいいよ〜!一緒にいて顔が見れないなんてヤダよ〜!」
市井:「いいから返せって!」
大声を出しながら二人で帽子とサングラスの取り合いをしていたら、側にいた一人の男が声を上げた。
「あ!!後藤と市井じゃん!!」

「え?ウソウソ!?」周りが一斉に二人の方を向く。

市井:「ヤッバ!」
「キャ〜〜!!」ギャル軍団が黄色い声を上げた。

人間というのは不思議なもので、芸能人がいても普段は以外と近付けなかったりするのだが、誰か一人が声を上げると「一番に捕まえなければ」という狩猟的感覚に陥る。
狩をしていた頃の人間の本能なのだろうか・・(苦笑)

娘に入って一年以上経つ市井は、一人が声を上げるとヤバい事になる、、というのを痛いほど経験してるので、キョトンとしている後藤の腕をガシッと掴み、
「後藤逃げるぞ!」
と言って走り出した。

後藤:「うわっ!ちょっ市井ちゃん腕痛い!」
そう言いながらも市井につられて猛ダッシュ、、、したいのだが厚底サンダルで速く走れない。
少し走った所でドタッと転んでしまった。
ぐいっと手を引っ張られ、一緒に転んでしまう市井。
市井:「イタッ!後藤大丈夫!?」

後藤はすぐさまムクっと起き上がり、
「市井ちゃんゴメン!」
と言って帽子とサングラスをポイっと地面に置き、今度は後藤が市井の手を引き走り出した。
市井:「!?おい私の帽子と・・」
後藤:「いいから!」
市井:「いくね〜〜!!」
叫びつつダッシュする二人。

走りながらクルっと市井が後ろを振り向くと、置いてきた帽子とサングラスの辺りに先程追いかけてきていた人達が
「これ後藤のじゃん!?よっしゃいただき!」
「よこせよテメー!」
などと言い合いしながら群がっている。

市井:「な・・なんだ?!」
後藤:「作戦成功♪」
走りながらニヤニヤする後藤。
市井はまるで落としたエサに群がるサル・・は言い過ぎなので方々みたいだと思いつつ、嬉しそうに走る後藤の横顔を見て「やるじゃん」と呟いた。

後藤:「何?なんか言った?」
市井:「・・高かったのにって言ったんだよ!」
後藤:「ウソだ〜!目の肥えた後藤が見た限りでは二つで五千円くらいだよ〜だ」
市井:「・・・・二つで2万近いっす・・」
後藤:「え・・・」
(ゴメン市井ちゃん・・)

 

十一、<言いかけた言葉 〜a valuable word〜>

 

先程の手段が見えなくなったので、ようやく二人は走るのをやめた。
ゼィゼィ息を吐く二人。

後藤:「なんかさ・・ハァハァ」
市井:「何・・?ハァハァ」
後藤:「パーティー会場を抜け出した二人って感じだよね〜!タハッ」
照れた表情をする後藤。
市井:「はぁ?」
後藤:「でね、みんな後藤をさらった奴を捕まえに追ってくるの」
市井:「さらったって・・それ市井かよ・・」
   「ってそれより後藤その足!」
後藤:「ん?」
後藤の膝から血が出ている。
市井;「さっき転んだ時じゃん!大丈夫!?」
後藤:「あれ?ホントだ〜、別にダイジョブだよ〜」
市井:「大丈夫じゃないじゃんったくも〜世話やけるな〜」
そう言ってカバンを開け、何やらゴソゴソ取り出した。
市井:「はい足見せて」
後藤:「後藤の足が見たい?しょうがないな」
市井:「もう見えてるだろ!いいから足出せって」
後藤:「は〜い」
市井がしゃがんで痛そうな顔をしながら後藤の足を見る。
「うわっ・・だから厚底はサンダルはダメなんだって・・」
ぶつぶつ言いながら何やら後藤の膝に被せた。
市井;「はいこれでよし!」
後藤:「あ〜ばんそうこうだ〜市井ちゃん準備いい!」
市井:「まぁね」
後藤:「じゃあ服見に行こっ!」
市井:「おうっ」

それからはもう本当のカップルみたいに楽しい時を過ごした二人。
じっくり一つの物を見る市井に対して、すぐあちこち目移りして落ち着いて一箇所にいれない後藤。
市井がまだ見ていてもお構いなしで腕を引っ張り、「おい〜〜!」と叫ぶのを気にせずあちこちに連れ回す。
自分の服を探しに来たはずに市井だが、いつの間にか後藤の服選びに付き合っている。

後藤:「ねぇねぇこれ可愛い!」
市井:「あ〜後藤に似合いそうじゃん」
後藤:「テヘヘやっぱ?」
市井:「っつーかどれでもいいよ」
後藤:「む〜どれでも似合うって言ってよ!」
市井:「はいはいどれでも似合うっす・・」
後藤;「ニャハ♪」
市井:「・・・」

後藤:「ふあ〜〜!今日は久しぶりにいっっぱい買っちゃった♪」
マックでニコニコジュースを飲みながら嬉しそうに声を出す後藤。
市井;「・・・」
散々歩き回ったので疲れきって声も出ない市井。

後藤:「しっかし市井ちゃん食べないね〜。ハンバーガー1個で足りるの?
あっもしかしてダイエット?
それ以上痩せてどうすんのさね〜、後藤なんてもうこれ以上太ったらヤバいよ。娘クビになっちゃう!
でもね〜後藤が痩せたら、な〜んか自分でもイメージ違うな〜って感じするんだ〜。後藤さんはこれくらいが健康的な感じしていいんです!」

一人で嬉しそうに喋り続ける後藤の顔を見ながら、市井が真剣な面持ちで口を開いた。
市井:「・・ねぇ後藤?」
後藤:「ん?何〜?後藤のポテトはあげません!」
市井:「いやそうじゃなくて・・」
後藤:「どしたの?怖い顔しちゃってさ〜。分かった分かった。じゃあ半分あげるから!」
そう言って食べていた二個めのダブルバーガーを半分に割って、市井に差し出した。
市井:「・・・ごちになりやす・・」

?と言った表情をする後藤。なんか変だなと思ったが、いっぱい買い物をしてご機嫌の後藤は深く考えなかった。

 

十二、<私は後藤の・・ 〜you know what?〜>

 

市井:「んじゃあ、、また明日ね」
後藤:「うん!今日はすっごい楽しかったよ〜!いっぱい買い物出来たし!市井ちゃんありがと!」
市井;「市井も楽しかったよ〜あんま買い物出来なかったけど・・ハハ・・」
後藤:「次は後藤が市井ちゃんの買い物付き合うから!」
市井:「はいよ。じゃあね後藤」
後藤:「うんバイバイ!」
市井:「あ・・」
後藤:「ん?」
市井:「いやいいや・・バイバイッ」
後藤:「?バイバ〜イ!」

同じ駅で電車から降りた二人は、方向が別々なのでそう言ってその場で別れた。

気付けば辺りはもう真っ暗だった。
住宅街をトコトコサンダルの音を響かせ、両手いっぱいに荷物を持ち、鼻歌交じりで歩く後藤。
今日あった一つ一つの出来事、市井ちゃんとの会話、市井ちゃんの仕草、市井ちゃんの笑顔、全てを思い出しながらニコニコと幸せそうに歩く。

10分くらい歩き、空き地の前を通りかかったその時だった。

「!?」
「やっ何す・・」
突然背後から何者かにガバッと羽交い絞めにされ、皮の手袋をはめた手で口を塞がれた。
ドサッと両手の荷物が落ちる。

「ん!!ん〜!!」
必死に振り切ろうともがくが全く振りほどけない。
相手の体が並外れて大きな事に気付く。
そのまま空き地の茂みの方に無理矢理体を持っていかれた。
突然のあまりの恐怖で足が震え、体が言う事をきかない。
茂みの中にドサッと体を押し倒され、男の体重が全身にのしかかってくる。   
目に写った男が記憶の誰かと重なった。そう、登校途中にいた男だ。帽子を目深にかぶり、全く同じ格好をしている。

必死にもがくが両手を抑えられて動けない。
「やっやめて!!!誰か助けて!!!」
必死に泣き叫んだ瞬間、男の右手が後藤の頬に向かって振り下ろされた。

バシッ!!

「騒ぐんじゃねー!ぶっ殺すぞ!」

何が何だか分からなくなって泣き叫び続ける後藤。
「いや!!助けて!!!」

その時だった。
「後藤!!!」

モウロウとする意識の中で自分の名前を呼ぶ声がかすかに聞こえた。
そしてドカッと鈍い音が聞こえる。
その瞬間男が頭を抑え、体を半身起こした。
涙で見えない視界がうっすらと見え始める。
そこにいたのは手にブロックを持った市井紗耶香だった。

「市井ちゃん・・!?」声にならない声を上げる。

市井:「後藤から離れて!!じゃなきゃ次は本気であんたの頭にこれ叩きつけて、、」

   「殺すよ!!」

男は息を上げ、頭を抑えながら挙動不審にキョロキョロしている。
そして突然体を起こして全力で走り出し、そのまま姿を消した。

「後藤!!」
ドスッとブロックを落とし、後藤に駆け寄る市井。

市井:「後藤大丈夫!!?後藤!!」
後藤の体を起こし、体中を見て怪我が無いか確認する。

後藤:「・・・市井ちゃん・・!」
一気に後藤の視界が涙で見えなくなった。
市井にしっかりとしがみつくその体は、まだガタガタ震えている。
力いっぱい抱きしめる市井もまた、目に涙を溜め、少し震えていた・・。

市井:「・・もう・・大丈夫だから・・大丈夫だよ後藤・・」
そう言って頭を優しく撫でてあげる。
落ち着かせる為にしたそれが、返って後藤の涙腺を緩めさせてしまった。
後藤:「ウッ・・ウゥゥッ・・ウワ〜〜!!」
   「怖かったよ・・怖かったよ市井ちゃんっ・・!!」
声を上げて泣きじゃくる後藤。
市井は無言でギュ〜ッと後藤を力いっぱい抱きしめ続けた。

暫くしてようやく落ち着いてきた後藤が、ゆっくりと口を開いた。
後藤:「市井ちゃん・・どうしてここに・・?」

市井:「・・実はね、最近後藤の様子がおかしいから、気にしてたんだよね・・。
ほら、こないだ私に何度も電話した日があったでしょ・・?
家に帰って着信に気付いてさ、何かあったのかなって思ったんだけど・・
私、後藤を甘やかし過ぎてる所があったから、ここでまた甘やかしちゃ駄目だなって思って・・我慢したんだよね・・。
次の日もさ、後藤が私を見た時、一瞬何か言いたそうな顔したから、やっぱり何かあるんだなって思ったけど・・聞かなかった・・。
でも今日後藤と会ったら、全然元気だったからさ、大丈夫かなって思ったんだけどね・・。
・・でもやっぱ私はダメだ・・ハハ・・教育係失格だよ・・気になって家に帰れなかったんだ・・。
それで、追いかけてきた・・。」
   
後藤:「・・・市井ちゃんには後藤の行動はバレバレだった訳だ・・。
おかしいな〜気付かれてないと思ったのにな〜・・」
ジュルジュル鼻をすすりながら、そう言ってやっと笑みをこぼした。
後藤:「・・でもね、市井ちゃんはやっぱり後藤を救ってくれたよ・・。
現実の市井ちゃんはやっぱり後藤に手を差し伸べてくれた・・。」

市井:「現実?」
後藤:「ヘヘ・・後藤は・・ヒック・・市井ちゃん・・みたいに・・ック」
市井:「おいおいどうしたまた泣くなよ〜」
後藤:「市井ちゃんみたいに・・ング・・もっと強くならなきゃと思った・・んだけど・・ヒック・・
でもやっぱ・・後藤は市井ちゃんが・・ヒック・・必要だよ・・!
側にいて欲しいよ・・!」

しばし下を向いて無言の市井。そして何かを決意したかのように後藤とスッと見上げ、ニコッと笑って口を開いた。

市井:「・・・あれ?知らなかった・・?」
   「市井はね、市井は後藤の、教育係兼、、、
   「ボディーガードだよっ」
そう言って優しく微笑みながら、泣きじゃくる後藤の頭をクシャッと撫でた。
市井:「だからこれからは、いつも側にいるから・・」
   「そんなに悩んでたの知らなくて・・ゴメンね・・」
市井が後藤の体をそっと引き寄せる。
後藤:「市井ちゃん・・!」
大粒の涙をこぼしながら、後藤は力いっぱい市井に抱きついた。

(市井ちゃん・・・!)
(どうして今まで気付かなかったんだろう・・
後藤はこんなにも・・・こんなにも市井ちゃんの事が・・
大好きだよ・・!)
(市井ちゃん・・市井ちゃんはどうしてこんなに私に優しいの・・?)
(市井ちゃんの心にいる後藤は・・市井ちゃんに取って後藤は・・
なんなの・・?)
言葉にならない想いが、後藤の中でこみ上げていた。

ただぼんやりと月だけが、二人を優しく照らし続けていた。

 

十三、<募る想い 〜the concern of a girl〜>

 

あの一件で市井への自分の想いに気付いて以来、何をしても身が入らない後藤。
そんなある日の学校での休み時間。
後藤は自分の机でボ〜っと頬杖をついて上の空。

(ふぁ〜〜・・・市井ちゃん市井ちゃん市井ちゃん・・)

「ま〜き!ま〜きってば!」

後藤:「あっさとみぃ〜・・」

友達:「どうしたのさ〜最近いっつもボ〜ッとしてるよ〜?」
後藤:「う〜ん・・」
友達:「何かあったの?」
後藤:「う〜ん・・」
友達:「悩み事?」
後藤:「う〜ん・・」
友達:「も〜〜、、真希!!大丈夫?!なんか変な宗教でも入ったんじゃないでしょうね〜。マインドコントロールされてる人みたいだよ〜」
後藤:「ある意味・・そんな感じ・・」
友達;「マジ!?ちょっ・・誰に?!何処でさ?!」

後藤:「誰にって・・」
(市井ちゃんに〜・・)
後藤:「何処でって・・」
(空き地で〜・・)
後藤:「ふあ〜〜・・」
(市井ちゃ〜〜ん・・)

友達:「あ〜〜真希がついに・・ついに・・。私真希って騙され易いから、いっつか変なのに引っかかるんじゃないかと思ってたんだよね〜・・」
後藤:「変なのじゃないもん!!」
友達:「あちゃ〜ヤバッ・・超慕っちゃってんじゃん・・。その慕ってる教祖は誰さ・・」
後藤:「教祖じゃないもんボディーガードだもん・・・/dd>

後藤:「教祖じゃないもんボディーガードだもん・・」
友達:「はぁ?!ボディーガードが何で宗教説いてんのさ!ますます怪しいじゃん・・」
後藤:「でもボディーガードより後藤は・・後藤は・・ふえ〜〜ん!」
友達:「ちょっ真希!泣く事無いじゃん!も〜〜真希!」

友達:「な〜んだそう言う事か〜。宗教じゃなくて恋でしたか、納得納得。
相手が市井さんって言うのも私はやっぱりって感じだよ」
後藤:「後藤・・変かな・・」
友達:「なんでさ〜全然変じゃないよ。好きになった相手がたまたま市井紗耶香だったってだけじゃん。
あのカッコイイ市井さんだもんね〜。分からなくも無い。
私も側にいたら120ッパー惚れてるな、うんうん。」

後藤:「ダッダメだよ惚れちゃ〜〜!」
友達:「だからもし側にいたら!の話だって!
も〜ほんとベタぼれじゃん・・
市井さんも憎いね〜全く・・こんな超人気アイドルをこんなに悩ませちゃってさ〜・・」

後藤:「市井ちゃんは悪くないよ・・後藤が勝手に・・勝手に・・
いややっぱ市井ちゃんが悪いっ!あんなカッコよく後藤を助けに来るから!」
友達:「でもあんた市井さんが助けに来なかったら今頃・・」
後藤:「・・・そうでした・・市井ちゃんのおかげです・・」
   「でね、市井ちゃん、市井は後藤のボディーガードだよって言ってくれたんだよ・・
いつも側にいるからっていってくれたんだよ・・
なのにいないじゃん!!今いないじゃん!!嘘つき〜〜!!」
友達:「あたしじゃダメかい・・」
後藤:「あっいや〜さとみで満足です・・」
友達:「いいよいいよ無理しなくて・・
ってゆーかね、いつも側にいるって言うのは、真希が困った時とか、悩んでる時に側にいてあげるよって意味じゃん?」
後藤:「今悩んでるもん・・」
友達:「それは・・
まぁとにかく、、私が思うに、市井さんも単なる真希の先輩ってだけでそこまでしてるとは思えないな〜」
後藤:「え?!ま、まさか市井ちゃんも後藤にゾッコンラブって事!?」
友達:「ゾッコンラブって・・あんたいつの言葉さ・・」
後藤:「市井ちゃんが後藤を・・市井ちゃんが後藤を・・・タハッ♪市井ちゃ〜〜ん!後藤はいつでもOKっす!」
友達:「あ〜いや、もしかして、、の話だから・・」
後藤;「市井ちゃん♪市井ちゃん♪」
友達:「聞いてね〜・・(苦笑)」

 

十四、<覗きたい心 〜peep into a heart〜> 

 

ガチャッ
後藤:「おはよ〜!」

中澤:「おっゴッチンおはよ!」
矢口:「おっす〜!」

楽屋に着くと、中澤と矢口、、、と市井が先に来ていた。
中澤と矢口は窓際で壁に寄りかかり、二人ピッタリとくっ付いて立っている。
市井はテーブルに何やら色々広げて、真剣に書き物をしている。
後藤の声が全く耳に入ってない様子。

後藤:「いち〜ちゃん!お〜は〜よ!」
市井の隣にちょこんと座って顔を覗き込み、いつもよりニコニコしながら声を掛ける。

市井:「あ、後藤おはよ〜」
こないだの事なんて何事も無かったかのような市井。
一瞬後藤の方を向き、そう言ってすぐにまた自分の世界に入る。
(なんだよ〜素っ気無いなー。愛しの後藤の声だぞ!反応して嬉しそうな顔したっていいじゃん!)

後藤:「なんだ〜市井ちゃん何やってる・・うわっ!英語だ!!目が痛いぃぃ!」
中澤:「ゴッチンさやかは今お勉強中やで、ちょっかい出したらあかん」
矢口:「そうだよ〜矢口達だって頑張ってしずか〜にしてるんだから〜」
中澤:「な〜」 矢口:「ね〜」
そう言って、二人手を繋ぎ顔を見合わせる。

矢口;「でも裕ちゃん口は珍しく静かだけど、さきからグーグーお腹がうるさいよ(笑)」
中澤:「珍しくってなんや!うちはいつも静かでおしとやかやで!
お腹は知らん!泣きたいんやから泣かせといたらええねん。そっとしといてやりぃ」
矢口:「裕ちゃんはお腹だけまだ成長期みたいだね(笑)」
中澤:「お腹だけって何や!まぁそりゃ成長期なんてとうの昔に過ぎ去ったけどな。
矢口あんたなんか、結局成長期来なかったもんな」
矢口:「来たよ!!いやこれから来るんだよ!!矢口は裕ちゃんよりおっきくなるんだから!」
中澤:「はいはい。まっせいぜい頑張っときぃ〜」
矢口:「何だよ〜信じてないな〜!」

全然静かじゃないじゃん・・と思ったが市井ちゃんの方が気になる後藤。
髪を方耳にかけ、真剣な目で英文を書いてる市井の横顔を見ていると、後藤の心臓が高鳴ってきた。
(ドキドキドキドキ・・市井ちゃん・・)
周囲の雑音にも、隣にいる後藤にも乱心せず、外界と全く遮断しているかのような市井。
その市井の世界に、入りたくて仕方なくなってくる。
その真剣な瞳に吸い込まれそうになる。

(市井ちゃん・・市井ちゃんの世界に後藤はいないの・・?)
(市井ちゃんの世界に後藤は必要ないの・・?)
(こないだ後藤を抱きしめて、いつも側にいるよって言ってくれたのに、今市井ちゃんは後藤の側にいないよ・・?)
(こんなに近くにいるのに、触れる事が出来る距離なのに、市井ちゃんは全然遠いよ・・)
その距離を縮めたくて、市井のその綺麗な唇に触れたくなる。

中澤:「おい矢口、ゴッチンなんであんな泣きそうな顔でさやかの事見つめてるんや?(笑)」
矢口:「う〜んなんだろな〜。構ってくれないかなじゃない?
ちょっと気持ち分かるな〜・・。」
中澤:「あんたが?何で?」
矢口;「矢口も〜、裕ちゃんが真剣にスタッフと仕事の話してるのとか見ると〜、なんかね、裕ちゃんがどっか行っちゃいそうで・・」
中澤:「どっか?どっかって何処やねん。外国とかか?」
矢口:「違うよ〜!そうじゃなくて・・」
中澤;「なんや」
矢口:「う〜ん、、裕ちゃんには言っても分かんない!」
中澤:「なんでや〜!」

中澤「・・・まっ私はどっか行ったりせーへんよ」
そう言って矢口の手をギュッと握った。
驚いて中澤の顔を見上げ、すぐに顔を赤くして下を向く矢口。
中澤:「何照れてんねん」
矢口:「照れてないよ!」
中澤:「人間素直が一番やで〜」
矢口:「うるさ〜い!」

二人の会話が全く耳に入ってない後藤。
(あ〜あ〜・・やっぱ市井ちゃんは後藤の事なんかなんとも思ってないや・・)
(好きな人がこんな側にいたら普通は集中なんかしていられないよ・・)
(ぜ〜んぜん気にも止めて無いんだもん・・後藤の事・・。こないだの事も別に何も無かったみたいに忘れてるみたいだしさ・・)
(後藤にとっては人生最大の出来事だったのに・・)
(人生で一番最悪な思い出になるところを、一番いい思い出に変えてくれたのに・・・
後藤の心をもてあそんで・・ひどいよ市井ちゃん・・・)

中澤:「なんや?ゴッチン今度はさやかの事にらんでんで・・」
矢口:「あはは・・それも分かるな〜・・」
中澤:「あんたらツーカーやな。付き合ったらええやん(笑)」
矢口:「祐ちゃんは年の割に分かってないな〜」
中澤:「年言うな!!」
矢口:(分からないから惹かれるんだよ・・。矢口も裕チャンの事ぜ〜んぶ知りたいけど、でもやっぱ分かんないもんな。ついに後藤もさやかに恋しちゃったか〜。)
中澤:「ん?何ニヤニヤしとんねん。気持ち悪いで」
矢口:「何でもないよ〜」
中澤:「何や!祐ちゃんに隠し事は無しやで!こらはきぃ!」
矢口;「うわっやめろ〜!!くすぐったいよ〜!」
そう言って楽しそうにじゃれ合う二人。
この二人はどうやら上手くいってるようだ。

(あ〜あ〜市井ちゃんの気持ちが知りたい・・!心を覗きたい・・!)

 

十五、<それとも・・ 〜possiblity〜>

 

中澤:「は〜い!そんじゃあ次私歌います!!」
安倍:「よっ!娘最年長!!演歌で鍛えたノドを聞かせて〜〜!」
中澤:「こらそこ!いちいち最年長を強調すな!!」
   「それじゃあ歌います・・みんなハンカチ用意しときぃ」
   「石原裕次郎で、二人の世界・・」
全員:「知らな〜〜い!ブーブー!!」
中澤:「何で知らないんや!同じ裕ちゃんやで!!」
矢口:「裕ちゃん古い曲ばっかでつまんないから矢口が歌う!」
中澤:「あっこらマイク取るな!」
矢口:「矢口が歌うんだ〜!」
もみ合いながらマイクを取り合ってるここはバスの中。
今日から3日間、娘の歌とダンスの向上と、より団結力を高める為の強化合宿なのだ。
これを企画したのは中澤。貴重なOFFなのに勝手に予定を組んだのである。
聞かされた時は全員ブーブー文句を言っていたものの、娘を向上させる為、と言われてしまっては断れない。
みんなやけになって到着前から異常なまでの盛り上がりをみせる。
まるで修学旅行のような盛り上がり。最初はしぶしぶだったのだが、いつの間にかワクワクドキドキしている娘7人。

散々バスの中で騒いだので、着いた頃にはみんな大人しくなっていた。
中澤:「さぁこっからはマジにいくで」
   「ここで三日間みっちり鍛えるんやからな」
安倍:「裕ちゃん・・こんな人里離れたとこ来る事ないべさ・・」
飯田:「しかもボロいね・・。私らが娘入る前に合宿と変わんないじゃん・・」
中澤:「なんや〜ぶつぶつうっさいな〜!超人気アーティストモーニング娘が人がいるとこ泊まれる訳無いやん!それにな、このボロボロがええねん。初心に帰れるやろ〜」
全員:「・・・・」
中澤:「まっええからええから。とにかく入ろうや」

それから後藤達7人は、歌やダンス、体力作り、今後の娘についてのミーティングなど、中澤の指揮のもとで行われた。

そして夜。 
疲れきって全員広い和室にバタッと倒れこむ。
中澤:「あかん・・ハードや・・ハード過ぎや・・。自分で予定組んどいて何やけど・・このスケジュールやと真っ先にダウンすんの確実に私やで・・。
みんなは若いからこれくらい大丈夫やろうけどな・・」
後藤:「大丈夫じゃないよ〜・・後藤もうダメ・・死にそう・・」
矢口:「裕ちゃんのバカ〜〜!矢口を殺す気か〜〜!!」
市井:「市井も流石に辛いっす・・」
安倍:「なっちももう限界だべさ・・」
   「風呂入ってくる・・」
そう言って安倍は風呂に向かった。 
飯田:「かおり風呂入る元気もない・・」
安田:「私も・・」
その場でバタンキューの二人。
中澤:「悪かった・・これは裕ちゃんが悪かった・・。張り切りすぎたわ・・」
矢口:「だから矢口がスケジュール立てるって言ったんだよ!」
中澤:「うQercentE

中澤:「うるさいな〜も〜。裕ちゃん今日はあんたと言い合いする元気ないわ・・寝る・・。
矢口布団敷け」
矢口:「なんで矢口がぁ〜〜!」
中澤;「ほら見てみぃ役割分担表、布団敷くの矢口になってるやろ・・?」
矢口:「・・・あ〜〜〜!!!」
中澤:「なんやねんうっさいな〜!デカい声出さんといて〜」
矢口:「布団敷くのもしまうのも、みんな起こすのも矢口になってる〜!!!
裕ちゃん!!おい裕ちゃん寝るな〜!!
この年寄り!!」
中澤:「なんやと!!年寄り言うたな!!」
矢口:「起きてるんじゃん!それに何だこの裕ちゃんマッサージ係りって!これも矢口になってるぞ!!」
中澤:「うん特別な」
矢口:「しないからね!矢口祐ちゃんの専属マッサージ師じゃないもん!」
中澤:「ふ〜んいいよ別に。せっかくな〜いい事してあげようと思ったのにな〜」
矢口:「な、なんだよいい事って・・」
中澤;「さ〜な」
矢口:「何だよいい事って〜!教えろ〜〜!!」
そう言って県下してるのかジャレ合ってるのか、何だかんだ言って仲良さげの二人。
最近なんとなく自然に市井に甘えれなくなっていた後藤は二人の光景を羨ましそうに見ていた。
ちらっと市井の表情を見てみる。
相変わらず何を考えてるのか分からない表情の市井。
(市井ちゃんは何を思ってるのかな・・二人を見てて羨ましく思ったりしないんだろうな・・)
(なんか・・こんなんだったら市井ちゃんへの想いに気付かない方が良かったよ・・。前みたいに何も考えずに市井ちゃんに甘えたいな〜・・)

市井:「ん?どうした後藤」
視線に気付かれてしまって、慌てる後藤。
後藤:「あっいやっ、、市井ちゃんはお風呂今入る?!入るなら後藤も一緒に入ろうかな〜と思って!」
(うわっ!何言ってんだ後藤は!市井ちゃんと一緒になんか恥かしくて入れる訳無いじゃん!!・・・入りたいけど・・)

市井:「・・・いいよ、後藤先入んな。市井は後で一人でゆっくり入るから」
後藤:「えっ?!あっあ〜・・うん分かった!じゃあ先入るね!」
(ホッ・・良かった・・。でも市井ちゃんなんで一緒に入るって言わなかったんだろう・・。一人が好きだからかな?
それとも・・・・。)
壁にもたれて座ってる市井の表情を横からジーッと見る後藤。
市井は真っ直ぐ前を向き、やはり自分の世界に入っている。
(いつも真っ直ぐ前を見てる・・。その先には何があるの?市井ちゃん・・。何を考えてるの・・?)
(今見ているその先に・・後藤はいるの・・?)

 

十六、<修学旅行 〜with close friend〜>

 

風呂へ行く支度をしてトタトタと浴場に向かう。
ボロくて暗い木の廊下を一人で歩くのは流石に怖い。
(ドキドキドキドキ・・市井ちゃん怖いよぉ〜・・)
足早に歩く後藤。
突き当たりに<女>と言うノレンが見えた。
「お、ここだ〜」

ガラガラ
「・・誰もいない・・しかしボロいな〜・・ちょっと暗いし・・なんか出そ〜・・。
・・・やっぱ市井ちゃんと入りたかったな・・。
市井ちゃん怖いよ〜!とか言って抱きついたりしちゃって・・・キャ〜♪恥かしぃぃ〜〜!」

服を脱ぎながら独り言を言い、一人で赤面してる後藤。
「あれ?服が一人分あるぞ?誰か入ってる?、、あ〜なっつぁんか。良かった〜一人じゃなかった」
服を脱ぎ終え、いそいそと浴場のドアに向かう。

ガラガラ
後藤:「なっつぁ〜ん?」
安倍:「ゴッチン!?あ〜良かった〜〜!!なっち一人で凄い怖かったんだよぉ〜!」
そう泣き顔で叫びながら湯船に浸かってる安倍。
安倍の元に寄り、後藤も体をザザーッと流して足からゆっくり湯船に入る。
安倍の視線を感じたのでパッと見ると、ちょっとニヤけながらジロジロと見ている安倍の顔。
後藤:「何だよ〜恥かしいよ〜(笑)」
安倍:「いや〜ゴッチンて胸おっきいよね(笑)」
後藤:「う〜何処見てるんだ〜〜!」
そう言ってお湯をバシャバシャ安倍にかける。
安倍:「ヒャハ!(笑)いいべさ〜〜なっちは羨ましいよ(笑)」
後藤:「胸ね〜、、でも後藤さんのは役立たずの胸ですから・・」  
安倍:「あれ?ゴッチンてさ・・(笑)フフッ(笑)」
後藤:「何さ!」
安倍:「ゴッチンて・・・・まだ?(笑)」
後藤:「まだって?Hしたかって事?」
安倍:「キャ〜〜!そんなはっきり言う事ないべさ!!(笑)」
後藤:「まだだよ〜(笑)なっつぁんは?」
安倍:「なっち!?なっちもまだだよ(笑)」
   「でもそういえばゴッチンまだ中学生だもね〜。まだ早いかっ」
後藤:「え〜今中学生でもやってるよ〜」
安倍:「ウソ!?なっちのとこでは考えられないべさ!」

後藤:「でもさ〜友達とかの話聞いてると、、、」
安倍:「ウソホントに!?」
普段でもこの手の話は一度始まると止まらない年頃の娘達。
旅先で、しかも風呂というシチュエーションが二人のテンションを最高潮に上げていた。
まるで修学旅行生のような二人。
後藤はまだ体も頭も洗ってない事をすっかり忘れたまま会話に没頭し、それはおよそ1時間にまで及んだ。

安倍:「・・なっちのぼせてきちゃったよ・・」
後藤:「・・後藤も・・」
安倍:「あっ!そっから外出れるんじゃない?でよっか?!」
後藤:「うんうん!露天風呂あるのかな?」
そう言ってザバーッとお湯から出る。のぼせてちょっと足元がふらつく二人。
フラフラしながら小さな浴場の隅にある外への扉へと向かった。

ガチャッ
安倍:「うわ気持ちいい〜〜!!お〜〜ゴッチン見て見て星きれ〜〜!!」
後藤:「うわ〜〜〜!!ホントだ〜〜〜〜!!!こんなにいっぱいの星初めて見た〜〜!!」
(あ〜〜市井ちゃんと見たかったなぁ〜〜!!!)
安倍:「ここ座るべさっ」
二人は露天風呂に足だけ入れて岩にちょこんと座った。
ボ〜〜っと星を見上げる二人。
後藤:「な〜んか、裕ちゃんいいとこ選んだねっ。今初めて思った(笑)」
安倍:「(笑)うん裕ちゃん感謝だね(笑)」
   「・・なっちのとこはさっ、いつもこんな感じだったんだよ〜。星ビッシリだった!」
後藤:「ふ〜んいいな〜・・。なっちの住んでたとこもいいとこあるね(笑)」
安倍:「何それ!(笑)いいとこだらけだべさ!(笑)」
   
安倍:「・・・たま〜にさっ、帰りたいな〜って思うよ〜・・」
後藤:「・・・」
安倍:「とも言ってられないけどね!なっちは娘で頑張るべさ!」
後藤:「うん!なっつぁん抜けた娘なんて娘じゃない感じするよ〜」
安倍:「また〜(笑)持ち上げたってダメだよ(笑)」
   「ゴッチンは?娘に慣れてきたみたいだから、問題ないかっ」
後藤:「う〜ん・・あったけど、無くなって、また出てきた・・」
安倍:「なんだそりゃ(笑)とにかく悩みあるって事?」
後藤:「悩みって言うか・・」
安倍:「うん何?言ってみ?」

後藤:「・・・・市井ちゃんてさ・・」
安倍:「うん紗耶香がなした?」
後藤;「市井ちゃんて・・」
安倍:「うん」
後藤:「何考えてるか分からなくない?」
安倍:「(笑)うんそれが紗耶香だべさっ」
後藤:「実は何も考えてないのかな〜・・」
安倍:「う〜ん、、なっちは違うと思う」
後藤:「え?なんで?」
安倍:「紗耶香はさ、入ってきた時からそうだよ。
気持ちを表にあまり出さないんだよね。
喜怒哀楽が少ない訳じゃないんだけど、、う〜んなんて言うのかな、きちんと考えてから気持ちを出すんだ。
すご〜くね、いつも先を見てるんだよね。だから、その場の感情に流されないっていう感じかな?
そういうとこ、なっち真似できないな〜って思う。悔しいけどねっ」

後藤:「へ〜・・凄いな〜・・・後藤は無理だそんなの・・」
安倍:「教育係の紗耶香、結構厳しいでしょ?(笑)」
後藤:「うんおっかない(笑)最初この人私の事絶対嫌いなんだって思ったもん(笑)」
安倍:「(笑)でもあれはね、今の後藤じゃなくて、先の後藤を見てるから、厳しくするんだよ?
芸能界って甘いものじゃないから・・それを一番感じたの紗耶香なんじゃないかな・・。
だからあんなに強くなったんだろうなって思う。
本当は泣き虫だし、結構弱いんだけどね・・。なっちも見てて、強がってるなって思う時ある。ちょっとそれが心配なんだけどね・・。息切れしちゃわないかな〜ってさ・・」

後藤:「・・なっつぁんは市井ちゃんの事よく分かるんだね・・」
安倍:「そりゃあゴッチンよりは長く一緒にいるからさっ(笑)」
   「紗耶香の厳しさは、愛情の裏返しだと思って、、頑張れゴッチン!」
後藤:「うん。ありがとっ!」
(市井ちゃんが厳しいから悩んでるんじゃなくて・・市井ちゃんが好きだから悩んでるんだけどな・・)
(でも市井ちゃんの話聞けると、なんかすご〜く嬉しいな〜)

安倍:「じゃ〜なっちはあがるとしますか〜」
立ち上がって歩き出す安倍。
後藤:「あ〜後藤も〜」
安倍:「何言ってんのゴッチンまだ体も頭も洗ってないじゃん(笑)」
後藤:「・・そうでした(笑)テヘッ(笑)」
安倍:「じゃあお先!」
そう言ってガチャッとドアを開け出ていった。

後藤:「・・っふぅ〜・・。星きれ〜だな〜・・・・市井ちゃん見たら何て言うかな〜・・。
きっときれ〜〜って言ったまま無言でず〜っと見てるんだろな〜・・後藤が話し掛けても無視してさ(笑)」
市井を思い浮かべながら思わず笑みがこぼれる後藤。
のぼせ上がった体を夏の終わりの涼しい風が優しく冷まし、綺麗な星と月が穏やかに後藤を照らす。
その感じが、まるで市井といる時に感じていた、あの心地よい安堵感のようだった。
暫く感じてない心地良さ。
後藤はついつい時間を忘れて、その気持ちよさに浸っていた。

 

十七、<モーションゲーム&カードゲーム 〜tempted by me〜>

 

ガラッ
安倍:「っふ〜〜いい湯だった〜〜」
市井:「おうおかえり〜」
矢口:「おかえり〜!気持ちよかった?はいエース〜!誰も出せないだろ!」
安倍:「うんすんごく!」
中澤:「っうら〜!矢口め!これでどうだ!おっなっちおかえり〜」
安倍:「?何やってんの?あ〜トランプ!?大富豪だ!いいな〜なっちもやりたい!入れて!」
矢口:「ちょい待って!!うわ〜!裕ちゃんひどいよ!無理して2ぃ出す事無いじゃん!一枚しか持ってないクセにぃ〜〜!!」
中澤:「なんであたしが2ぃ一枚しか無いって知ってるんや!あっ矢口見たな!!こらお前のも見せろ!!」
矢口:「嫌だ〜!見せるか〜!!」
またドタバタともみ合う二人。
二人がもみ合ってる間に冷静にパシッと一枚出す市井。
市井:「はいお二人さんちゃんと最後まで見ようね〜」
矢口・中澤:「?」
      「・・・ババ・・・・」
市井強し。

 



その頃後藤は、、
「っは〜・・市井ちゃ〜ん・・・」
体をノタノタ洗いながらまだ頭は市井でいっぱいだった。
シャカシャカと半分ボ〜ッと意識が無い状態で洗う後藤。
(・・・市井ちゃんてメンバーで一番細いよな〜・・裕ちゃんのが細いかな?
でも、、市井ちゃんて、、スラッとしてるんだけど、パンツとか履いた時とかメンズモデルみたいな感じでカッコイイんだよね〜・・。
着替えん時とか下着姿みた事はあるけどね〜・・そんなふうに見た事無かったし・・そんなの悪いし・・)
(市井ちゃんて・・・脱いだら・・・・って何考えてるんだ後藤は!!)
頭をブンブン振る後藤。
想像しかけたものを無理矢理飛ばしたがやはり戻ってくる。
(・・市井ちゃ〜ん・・・・)
しばしボ〜ッと市井を想像する後藤。
暫くしてハッと我に返る。
(後藤・・オヤジですな・・ゴメン市井ちゃん・・)
(う〜ん市井ちゃんは、、後藤の事少しでもこんなふうに想像したりとか・・あるのかな・・・・んな訳ないかぁ〜。
な〜んか・・納得いかないぞ!!後藤ばっか一人でドキドキしちゃってさ!!
・・市井ちゃんを、ドキドキさせてみたいな・・慌てさせてみたいな・・)
(よしっ市井ちゃんみてろ〜〜!!ゴッチンフェロモンをまともに受ければ流石の市井ちゃんだって倒れるさ!
・・倒れなくても鼻血くらい出すさ!)



ガラッ!
後藤:「湯上りゴッチンただいま帰りました〜〜!」

矢口・中澤・市井「・・・・」
後藤:「・・か、帰りましたよ〜・・お〜い・・」
   「・・・」
パシッ
市井:「よっしゃ上がり〜!!」
パシッ
矢口:「はい矢口もあがり〜〜!」
パサッ
中澤:「・・・またうち大貧民かい・・・」
矢口:「裕ちゃん弱いなぁ〜〜(笑)」
中澤:「うっさい!も〜〜一回大貧民なったら抜け出せんようなってんねんこのゲームは!あ〜〜楽しないわ全く!!やめる!!」
市井:「ハハ(苦笑)おっおかえり後藤。後藤もやる?」
後藤:「ううん後藤はいいや、見てる」
矢口:「ゴメン集中してて気付かなかった(笑)ゴッチンおかえり〜」
中澤:「おうゴッチンか・・もう三人寝てるから静かにしときぃ〜・・。おい矢口早く配りや〜!次は負けんで!」
三人と言うのは飯田、保田、安倍である。後藤は三人の側にある自分のカバンに静かに近づき、洗面道具をしまった。
矢口:「裕ちゃんやっぱやるんじゃん(笑)、、っていうか大貧民のクセにエバるな〜!」
中澤:「うるせっ、たかが平民で偉そうにすんな!」

 

矢口;「いいよ〜矢口配りますよ〜だ。自分で配った方がいいカードきそうだもん」
中澤:「あっ!やっぱオレ配る!」
矢口:「矢口が配る!」
中澤:「いいからよこしぃや!矢口ズルしそうやもん!」
矢口:「ズルなんて矢口がする訳!、、」
市井:「はいはいはいストップストップ・・みんな寝てるから静かにしなさい・・市井が配る・・」
矢口:「裕ちゃんが騒ぐから・・ぶつぶつ」
中澤:「あんたの声が高いから・・ぶつぶつ」
矢口:「裕ちゃんが年だから・・ぶつぶつ」
中澤:「矢口が背ぇ低いから・・ぶつぶつ」
矢口・中澤:「なんだと〜!」
市井:「・・・」

7つ布団を敷いても余裕のある広い和室。部屋を豆電気にして、部屋の隅にの小さな電気を付け、そこでトランプをしている。
矢口と中澤はもう浴衣に着替えている。
後藤はその三人の輪にタタッと近づいた。
そして市井の横にピッタリとくっついて座り、髪を軽く振ってシャンプーの匂いを漂わせながら腕に抱きついた。

市井:「な、なんだよくっ付くなよ〜あっついって」
カードを配りながらそう言って体を離す市井。
市井:「っつーかその格好、、後藤風呂上りいつもそんなんなのか・・?」
ハーフパンツにタンクトップ一枚の後藤。勿論タンクトップの中は何も付けてない。
市井の質問を無視し、離れた距離をまた戻す。
さっきよりぴったりとくっ付き、故意に胸を市井に押し付けながら全く関係ない事を言い出す後藤。
後藤:「あれ〜なっち早いな〜もう寝ちゃったんだ〜」
そう言いながらチラッと市井の表情を伺う。
(市井ちゃ〜んゴッチンの胸ですよ〜・・おっきいと評判の胸ですよ〜・・)
市井はカードを真剣に配っている。

(・・押し付け甘いかな・・もうちょいくっ付こう・・。んしょっと)
矢口:「さっきまで一緒にトランプしてたけど、眠いからって寝たよ。って言うかゴッチンが遅いんだよ〜。風呂で何やってたんだ〜(笑)」
中澤:「矢口それ聞いたらあかんて。年頃の娘なんやから後藤にも後藤なりのプライベートタイムっちゅーもんがあんねん。なっゴッチン?」
後藤:「プ、プライベートタイムって何!後藤は普通〜にいつも通りにしてました!」
赤面しながらそういう後藤。
市井:「へ〜後藤がプライベートタイムね〜。」
   「誰想像してたんだ?(笑)」
(!!ドッキン!!!)
後藤は反射的に市井から少し体を離してしまった。
そんな話でも平気でしてしまう市井。話をしながらも凄いスピードでカードを次々配る。かなり慣れた手つきである。
中澤:「おい紗耶香それ直球やって(笑)それは聞いたらあかん!」
   「で?ゴッチン誰や?」
矢口:「裕ちゃんだって聞いてんじゃん!(笑)」
矢口:(きっと紗耶香だろな〜・・ハハ・・紗耶香薄々気付いてるのかな?、、な訳ないか〜あの紗耶香だもんな・・後藤かわいそ〜・・(苦笑))
後藤:「だっだから後藤は普通〜に体洗って頭洗ってお湯に浸かって出てきました!!」
中澤:「ふ〜ん。まっ深く追求しないけどなっ。フフッ」
市井:「はい配った!んじゃあ裕ちゃん、、5ある?あと1」
(・・市井ちゃん後藤に関心あって聞いてるのかただ面白がってんのか全然分かんないや・・)
(・・う〜ん負けないぞ〜!市井ちゃんを慌てさせるんだ〜!後藤が慌ててどうする!)

(じゃ〜シャンプーの香り攻撃でどうだ!)
髪をブンブン振る後藤。
中澤:「1と5??2とババじゃなくていいの?」

矢口:「あ〜裕ちゃん2とババ持ってるんだ〜(笑)」
中澤:「あっアホや!自分でバラしてるやん!」
市井:「うん1と5でいい、、っつーか後藤何してんだ・・?頭振るなよ髪当たるから・・」
(あれ・・・。でも照れ隠しかもしれないし・・後藤負けませんよ!)

市井:「はいじゃあ裕ちゃん6と7あげる」
中澤:「い、いいんですか庄屋様〜〜私などにそんな大層な代物を・・」
市井:「ハハ・・庄屋様ね(苦笑)大層な代物って別に・・」
矢口:「紗耶香優しいね。3二枚やっときゃいいのに」
中澤;「うっさい黙っとけ平民!庄屋様に偉そうな口利くなアホ!」
矢口:「アホって言った!矢口の方が裕ちゃんより偉いのにさ・・ぶつぶつ」

「ほらやるよっ」
と投げるように自分の一番弱い数字を二枚あげる者と、
大貧民地獄にどっぷりはまった哀れな姿に同情し、多少は大きい数字をあげるなんとも心優しい者もいる。
上司にしたいのは断固後者である。

矢口:「じゃあハートの3持ってる矢口からね。はいっ」
パシッ
中澤:「ほいっ」
パシッ
市井:「・・・」
パシッ

ゲームはどんどん進んでいき、後藤はただどうすれば市井をドキドキさせれるかを試行錯誤させながらゲーム展開を眺めていた。
市井はと言うと、たかがゲームでも超真剣である。市井らしい。
明らかに今何かしても無駄なのだが・・そこまで考えない後藤。

矢口:「う〜んヤバイ、矢口変なカードばっか残ってきた・・」
中澤:「フフッ」
矢口:「なんだその笑みはっ」
   「あ〜!裕ちゃん2とババ持ってるのにまだ出してない!さては終盤に残しておいて一気にいくつもりだな!」
中澤:「持ってないって〜。な〜に言ってんだかっ♪」
   「ほんの〜りしましょっ♪」
矢口:「・・さぶ〜・・CMの真似してるこの人・・オヤジだよ」
中澤:「こらこら負けるの分かったからって苛々すなっ♪。見苦しいでっ♪」
妙に嬉しそうな表情の中澤。勝ちを確信しているようだ。
口を尖らせながら仏頂面の矢口。負けを確信しているようだ。
相変わらずポーカーフェイスの市井。

市井のカードを覗き込む後藤。
(あら〜市井ちゃん弱いカードしかないじゃん・・3とか4ばっかり・・こりゃ負けますな。なんでこんなんで無表情でいられるんだろ。やっぱ市井ちゃんて凄いな〜・・(陶酔))
うっとりした目で市井を眺める後藤。

中澤:「なんやゴッチンその顔は!紗耶香いいカード持ってんのか!そうなんやろ!」
後藤:「え!?いや〜・・それは言えません・・」
市井:「えらい後藤っ」
(アハッ褒められちゃった〜♪)

矢口:「う〜もういいや!どうせ負けるんだ出しちゃえ!ほら矢口の最後の切り札だ〜!」
パシッ
中澤:「ハハッ!1って矢口これが最後の切り札かいな!(笑)かわええな〜(笑)」
矢口:「うるさ〜い!」
市井:「じゃあはい」
パシッ
矢口:「・・紗耶香のバカ・・。矢口の最後の切り札を・・。裕ちゃんどうするのっ!紗耶香2出したよっ、ババ出しちゃえばいいじゃん!いつまで残しといてんのさも〜!」
中澤:「何イライラしとんねん負けるからって(笑)裕ちゃんには裕ちゃんの考えがあんねん黙っときぃ〜」

(あ〜あ〜市井ちゃん最後の強いやつ出しちゃったよ。勿体無いな〜。もしかして後藤の方が頭いい!?)

市井:「じゃ〜市井からねっ」
   「はい〜、、」
パシッ
市井:「革命〜〜」
中澤:「!?何ぃぃぃ〜〜!!!!!」
矢口:「イヤッタ〜〜!!紗耶香えらい!!!だから裕ちゃんに5頂戴って言ったんだ〜!!」

中澤:「あかんもうダメや・・裕ちゃん終わった・・・一時だけいい夢見させてもらったわ・・もうええ・・」
矢口:「裕ちゃん最後まで諦めちゃダメだよ〜♪まだ分かんないじゃんっ♪」
中澤:「フン自分が優位になったからって急に嬉しそうにしやがって・・あんたいい死に方せーへんで〜・・」
矢口:「なんとでも言ってくださ〜い♪」
市井:「?後藤?後藤どうした??お〜い」
一点を見つめてボ〜ッとしてる後藤の目の前をブンブン手を振る市井。

(い・・いちーちゃんカッコ良すぎ・・・・・「革命〜〜」だって・・革命だって・・・)
市井:「ウッ何だよ後藤・・なした・・」
目をウルウルさせて市井を見る後藤。
市井:「眠いなら無理しないで寝ろよ・・」
後藤:「・・・」
ブンブンとただ首を振る。
(・・ドキドキドキドキ・・)
(ヤバイ後藤の方がドキドキしてきた・・後藤の胸が市井ちゃんに・・市井ちゃんに当たってる・・後藤が当てたんだけど・・)
(ドキンドキンドキン)
(あ〜ドキドキばれたらどうしよ〜・・!でも離れたくない・・!)

市井:「はいじゃあ次これ」
パシッ
矢口:「3三枚〜!?」
市井:「流していいしょ?」
   「次はい」
パシッ
中澤:「4二枚・・・ババが出せんやんか・・」
市井:「流すよ?」
   「で、これ」
パシッ
市井:「あがり〜〜♪」
矢口・中澤:「・・・・・」

(ドッキンドッキン)
(あ〜〜もうダメだ!)
たかがゲームに勝っただけの市井にやたらドキドキし、パッと体を離してしまった後藤。

市井:「んじゃ〜風呂行ってこよっかな」
中澤:「勝ち逃げかよ・・」
市井:「ハハ・・だって市井まだ風呂入ってないし」
矢口:「も〜〜矢口結局一回も平民以外にならなかった〜〜!」
中澤:「あたしなんてずっと大貧民やで・・最悪や・・」
(後藤も市井ちゃんに負けちゃったよ・・・)
矢口:「裕ちゃん矢口達ももうやめて風呂いこうよ」
中澤:「・・・いやっ・・いいや紗耶香先行ってええよ」
矢口:「?なんだ?入んないの?」
ジーッと何か言いたげに矢口を見る中澤。
矢口:「??」
自分の言いたい事が伝わらなかった事にイラ立ちながらチッと舌打ちをし、しょうがないな〜と言った表情で矢口に耳打ちをする。
矢口:「・・・・」
中澤のヒソヒソ話を聞きながら矢口の顔がドンドン赤くなっていく。
?といった表情の後藤と市井。
中澤:「な?」
矢口:「・・・」
中澤:「って事でうちらもう寝るからっ」
市井:「?なんだ?寝るの?まぁいいや、んじゃ行って来るっす」
中澤:「は〜い行ってらっしゃ〜〜い。ゆっく〜り入ってきていいからね〜」
やたら笑顔な中澤。
まだ赤面して俯いてる矢口。
(後藤も一緒に入りたい・・)
モンモンとしている後藤。
三人のそれぞれの思惑に全く鈍感な市井。

四人の夜はまだ始まりにすぎなかった。

 

十八、<矢口と中澤 〜I wanna stay with you tonight〜>

 

中澤:「さ〜てっと、ゴッチン布団の向き変えんで」
後藤:「え?向き?何で?」
中澤:「ええからええから、矢口も手伝え」
矢口:「は、は〜い・・」

部屋のサイズに合わせて布団を7つ敷くと、横向きに3つ、2つ、2つ、で3列に分けて並べざるを得ない。
飯田、保田、安倍の三人はもうすでに一番左側に寝ている。
その三人の足元に頭を向けて二人寝て、更にその二人の足に頭を向けて二人が寝る、、と言う感じになるのだが、中澤が一番右側の布団を何やら持ち上げ、
中澤:「ゴッチン矢口そっち持って」
といってクルッと向きを変え始めた。
中澤:「はいこれも」
同じくもう一つも向きを変える。
これで真ん中の布団の二人と足を向け合わせながら寝る形になった。

中澤:「この二つうちら寝るから、ゴッチンと紗耶香は真ん中の二つな」
後藤:「なんで裕ちゃん達だけ布団の向き逆なの?足向け合わせて寝るのって良くないんじゃなかった?」
中澤:「頭向け合わせて寝るのが良くないんだろ。ええからええから、んじゃおやすみなっ」
そう言って小さな電気をパチッと消した。
月明かりでボンヤリ部屋は明るい。

中澤のやった事が全く謎で、納得いかない後藤だったが、とにかく今日は疲れたのでいそいそと布団に入り込む。
後藤:「ふあ〜〜・・裕ちゃんヤグっちゃんおやすみ〜・・」
中澤:「おやすみっ」
(?ヤグっちゃんどうしたんだろ、急に大人しくなっちゃって、、疲れたのかな?まぁいいや寝よ・・眠い・・。市井ちゃんおやすみ♪)

そして15分くらい経った時の事。
後藤はうつらうつらと夢の世界に入りかかっていた。
しかし、とてつもなく緊張して寝るどころではない人が約一名いた。矢口である。
矢口:(ドキドキドキドキ・・さっきの裕ちゃんの言葉・・あれって・・あれってまさか・・。
違うかな・・・。)
(矢口達の関係っていまいち曖昧なんだよね・・。
お互い好きだっていうのは分かるけど・・でもふざけ半分なとこあるし・・。
前に「裕ちゃん矢口の事好きやで」って言われて、「矢口も好きだよっ」って言った事あるけど・・、でもあんなのどういう意味での好きか分かんないし・・
矢口は本気で好きなんだけど、何かからかわれてる気もする・・。
でもさっきのあの言葉・・
「今日は矢口と長く一緒にいたいから、、だから後で二人で入ろうや、、」
裕ちゃん・・矢口・・期待しちゃっていいの・・?)

そして暫くドキドキしながら色んな事を想定して心の準備をしようとしていた時だった。
中澤:「・・矢口・・?起きてるか・・?」
ヒソヒソ声で呼びかける中澤。
矢口:「?!・・う・・うん・・」
中澤:「そっち行ってええ・・?」
矢口:「え?!あっ・・うん・・」
ゴソゴソと矢口の布団に入り込む中澤。
矢口:(ドキドキドキドキ・・つっついにきたぁ〜〜・・!!
どうしよどうしよ・・矢口まだ心のじゅっじゅんびが・・。
緊張して体ガチガチだよ・・・)

中澤:「ふ〜矢口あったかいな〜、、っつーかあっついわ・・。まっ体温子供だからしゃーないか」
矢口:「・・子供じゃな・・やい・・」
緊張でうまく声が出ない矢口。
中澤:「ん?なんだ〜矢口眠いんか?元気ないぞ〜!」
そう言って矢口に覆い被さり、わき腹をくすぐった。
矢口:「キャハハハッ!」
中澤:「ばっデカい声出すな!」
ガバッと矢口の口を押さえる。
中澤:「シー・・・」
そう言って矢口の唇にそっと人差し指を当てた。
矢口の笑顔がゆっくり緩み、中澤を見る目が潤む。
中澤:「!!・・・」
今まで見た事のないような矢口の表情に、中澤の心臓がドキン!!と跳ねた。
そして何故か反射的にバッと矢口から体を離してしまい、クルッと仰向けになり天井を見た。
中澤・矢口(ドキドキドキドキドキ)

笑ってる矢口、すねてる矢口、照れてる矢口、
中澤の知ってるのはそんな矢口。
中澤が好きなのはそんな矢口。
初めて見る矢口の表情に、驚き戸惑い、そして激しい心臓の鼓動が中澤の思考を一瞬鈍らせた。
中澤:(・・矢口のやつ・・いきなりそんな顔されてもどうしていいか分からんっちゅーに・・。
・・・初めて見たな・・あんな矢口の顔・・。
あかん・・間が持たん・・・)

中澤:「な・・なぁ矢口・・?」
話し掛けてみたものの、視線を天井から離せない。
矢口:「・・ん・・?」
中澤:「矢口は・・裕ちゃんの第一印象どうやった・・?」
矢口:「・・・・言っていいの・・?」
中澤:「・・言っていいって何やねん・・(笑)おう、今日は怒らんから言っときぃ」
矢口:「う〜ん・・恐いって印象しかなかったなぁ〜・・」
中澤:「おいそれだけかい!(笑)もっとあるやろ〜、綺麗なお姉さんやな〜とか、頼りになりそうだわっとか」
矢口:「、、ごめん無かったよ(笑)」
中澤:「・・まっ・・まぁええわ・・私も矢口らの事嫌いやったのは事実やしな・・ハハ・・」
矢口:「あっいやでもね!最初は〜確かにそうだったけど・・そのうちね、矢口は裕ちゃんの秘めたる優しさに気付いたよっ」
中澤:「ほ〜・・いつ?どこで?どんな?」
矢口:「・・ぐ・・たいてきには・・」
中澤:「はいはいそんなもんですよね〜矢口の裕ちゃんを見る目はさっ」
矢口:「ちっちがうよ!」

中澤:「違うって何が違うん?」
矢口:「だから・・矢口は・・」
中澤:「矢口は何?」
矢口:「矢口は裕ちゃんといると楽しいし・・喧嘩ばっかりだけど、でも楽しいし・・たまに・・っていうかしょっちゅうムカつくけど、でも楽しいし・・」
中澤:「(笑)分かった分かった楽しいんやな。うんありがとっ。しょっちゅうムカつくってとこは特別サービスで流しといたる(笑)裕ちゃんも矢口といるとメッチャ楽しいで。
それにな・・」
矢口:「・・ん?」
中澤:「それに・・矢口といるとな・・凄い・・素直になれんねん・・」
矢口:「・・・」
中澤:「なんかな・・今までこんなに誰かに心開いて素直に接した事とか無かったんよ・・
ず〜っと強がってきたからな・・。
すごくな・・矢口といると・・穏やかな気持ちになれる。優しくなれる・・。
私な、自分の事嫌いだったんよ・・。自分でも自分が嫌な奴だって凄い分かってて・・でもいつも何かにイライラしてた・・。
矢口と出会って、矢口と仲良くなってから、やっと自分の居場所見つけた感じで凄い嬉しかったんよ・・?」
矢口:「・・・矢口も・・裕ちゃんといると、嫌な事とかどっかいっちゃって、いつも笑っていられるよ。
矢口ね・・矢口・・
矢口裕ちゃんの事・・」

「!?」
言いかけた瞬間中澤が矢口の口を人差し指でそっと押さえた。
体を半身起こし、斜め上から矢口を優しい目で見下ろす。
月明かりに照らされたその顔は、矢口の知ってる中澤の中で一番穏やかで優しい表情をしていた。
穏やかに微笑みながら、中澤がゆっくり口を開いた。
中澤:「・・ちゃんと言った事無かったな・・・」
   「・・好きやで矢口・・・」
   「・・大好きや・・」
そう言ってそっと矢口の唇の唇を重ねた。
柔らかく、温かい感触。
二人の唇がゆっくり離れ、お互いを見つめ合う。
今にも涙がこぼれそうなくらい潤んだ瞳の矢口。
中澤はその矢口を包み込むような優しい笑顔で、そっと髪を撫でながら呟いた。
中澤:「・・矢口は唇も小さいんやな・・(笑)」
矢口:「・・うるさい・・(笑)」
中澤:「おっ、やっといつもの矢口の笑顔に近づいたな・・。その笑顔に裕ちゃんやられちゃったんやな〜・・」
矢口が顔を赤らめながら嬉しそうに笑みをこぼす。
中澤:「・・その笑顔は裕ちゃんだけのもんやからな・・誰にもやったらあかんで・・?」
矢口:「・・うん・・約束する・・。だから・・」
中澤:「・・ん・・?」
矢口:「・・浮気したらやだよ・・?」
中澤:「・・当たり前やん・・」
矢口:「・・あと、メンバーにキスするのもやだ・・」
中澤:「・・あのキスは・・ふざけてるだけやん・・」
矢口:「・・・どう違うのさ・・」

中澤:「・・こう違う・・・」

 

十九、<一瞬の不安 〜an anxious night〜>

 



真っ白な空間、私はボーっと一人ゆっくりと歩いている。
「ん・・?ここ・・どこ?・・なんかいつかと同じ・・」
「?!」
突然何かに足を取られ、私の体は宙に浮き、ドタッと地面にうつ伏せに叩きつけられた。
「痛!誰?!」
ゆっくり引きずりこもうとする何本もの手。
ズルズルと後藤の体が引きずられていく。
「やめてよ!!離して!!」
「やだ!!誰なのよ!!」
「?!」
突然誰かに手をグイッと掴まれ、体がフワッと立ち上がり、抱き寄せられた。
驚いて顔を上げる。

「?!市井ちゃん!」

市井:「大丈夫か?」
後藤「いちーちゃん!!」
満面の笑みでギュッと市井に抱きつく。
市井:「もう大丈夫だから」
頭を撫でながらニコッと笑う市井。
後藤:「エヘッ市井ちゃんあったかい・・」
市井:「じゃあ市井もう行くね」
後藤:「え・・何処行くの・・?もっといてよ!後藤の事好きなんでしょ?!だったら側にいてよ!!」

市井:「好きなんて言ってないじゃん。市井が好きなのは自分だけだよ」
後藤;「市井ちゃん・・・?何言ってんの・・?市井ちゃんらしくないよ・・?」
市井:「じゃあ、市井色々忙しいから、あんま後藤ばっか構ってらんないんだ。いくねっ」

後藤:「やだ!!いっちゃやだ!!市井ちゃん!!!」


ガバッ!!
「ハァ・・ハァ・・」
(なんでこんな夢・・)
(うわ・・涙出てるよ・・)
鼻をすすりながら目をこする後藤。
(市井ちゃんのいい夢が見たいのに・・・)

「・・んっ・・あっ・・!」

後藤:「!?」
   「何?誰の声?」
ぼやけた視界がゆっくりと見え始めた時、後藤は目の前にあったのは一つの高く山をなした布団。
事態に起きたばかりの脳が追いつかない。

矢口:「・・んっ・・!」

聞こえてくる荒い息遣いと、必死に押し殺しているがかすかに漏れる矢口の声で、ようやく状況を把握できた。
(?!え!!裕ちゃんとやぐっちゃんが?!二人って・・え?!何で?!?!
二人ってそういう関係だったの!?)
(・・どうしよ・・ってどうしようじゃないや・・寝たふりしなきゃっ!!)
ドキドキしながら布団に静かにもぐりこむ後藤。
(ドキドキドキドキ・・どうしようどうしよう見ちゃった知っちゃった・・
・・見えはしなかったけど・・でも見ちゃった・・)
(!市井ちゃんは?!)
静かに顔を出し、横を確認する。
(まだ戻ってきてないんだ・・あれ?後藤どんくらい寝てたんだろう。でもとにかくもう戻ってくるよね・・どうしよう・・
二人が最中の時に市井ちゃん戻ってきたら・・ヤバいよね・・
あ〜〜どうしようゴッチン大ピンチ!!って後藤はピンチじゃないか・・
・・でもやっぱ二人の邪魔しちゃかわいそうだよ・・
よしっ。そっと出て市井ちゃんを止めるか!)

二人の視界に入らないよう上体を低くし、ゆっくりと物音を立てないよう布団から出た。
そして床にはったままゆっくりゆっくり戸に近づく。
(静かに静かに・・・)


「あっ・・!」

(!!・・なんだビックリした〜・・)
(・・やぐっちゃん・・ってこんな声出すんだ・・
!!何考えてんだ後藤はっ!!いいから早くでなきゃ!)
モゾモゾとゆっくり動き、ようやく戸についた。
息を呑みながらゆっくり引き戸を開ける。
(この戸・・ボロいからな〜・・音出そう・・)

・・スー・・・ズッ!
(?!ヤバッ!)
慌ててクルッと矢口達の方を振り向く、、が、行為に夢中で全然気付いてない様子。
(・・ほっ・・別に普通に動いても気付かれないんじゃないかな・・。
・・やぐっちゃんの顔が見えちゃった・・・気持ち良さそう・・
ってまた後藤は!!)

スー・・
ようやく体が通れるくらい戸を開け、サッと廊下に出た。
またゆっくりと戸を閉める。
ス―――・・・

(ほっ・・・・一安心・・)
出てようやく冷静になった後藤。
と同時に顔がカァーっと熱くなる。
(ドキドキドキ・・二人が・・してた・・う〜ん・・やぐっちゃんと裕ちゃんが・・やぐっちゃんと裕ちゃんが・・)
頭の中にグルグルと二人の行為を駆け巡らせながら、俯き加減で暗い廊下をトタトタと歩く。
そして角を曲がった時だった。

「後藤?!」

後藤:「わっ!!」
   「市井ちゃん!」
目の前にいたのはパジャマを着て濡れた髪を拭きながら歩いている市井だった。
市井:「なんだよこっちが驚いたよ」
   「まだ寝てなかったのか?」
後藤:「う・・うん・・」
まだ濡れている髪に、火照った顔の市井の姿が、先程の行為の余韻に拍車をかける。
(ドキドキドキ・・やっぱ市井ちゃん・・カッコイイ・・・)

市井:「っつーかなした?お迎え?寝れないの?」
後藤:「あ・・いや・・うんと・・・」
市井:「あれ?後藤顔赤いぞ?具合悪いの?!」
そういって手を後藤のおでこに当てた。
後藤:「いや!違うよ大丈夫!!」
反射的にバッとよけてしまう後藤。

市井:「ふ〜ん、、まぁいいや、寝ぼけてんだな、とりあえず部屋いこ?」
後藤:「ダメッ!」
市井:「・・ダメって・・何でだよ・・」
後藤:「その・・二人が・・モゴモゴ・・」
市井;「何だよはっきり言えよ〜」
後藤:「んと・・」
市井:「もういい行くからなっ」
そう言って後藤をよけて歩き出した。
後藤:「・・二人がエッチ中だから!!」
足が止まる市井。
市井:「・・はい・・?」
ゆっくりと後藤の方を振り向く。
後藤:「だから・・その・・裕ちゃんとやぐっちゃんが・・」
市井:「・・・・マジ・・・?」
赤面しながらコクッとうなづく後藤。
市井:「・・・・」
後藤:「だから・・邪魔しちゃ悪いじゃん・・」
市井:「・・二人っていつからそういう・・」
後藤:「後藤も初めて知った・・」
市井:「まぁ・・別にいいけど・・」
(あれ?市井ちゃんなら「え゛〜・・」とか嫌な顔すると思ったのにな・・
別にいいってどうでもいいって意味かな)

市井:「でも・・このままじゃ市井が風邪ひくっす・・」
後藤:「あっ市井ちゃん寒い!?後藤が何か・・何か・・って何も無いや・・」
市井:「後藤もんな格好風邪ひくって!私より薄着じゃん!」
   「全く・・」
そう言って後藤の肩にバスタオルをそっとかけた。
後藤:「?!」
驚いて市井の顔を見上げる後藤。
市井:「な、なんだよ・・いやだって後藤の方が寒いカッコしてるからさ・・」
後藤:「エヘッ市井ちゃん優しいね〜あったか〜い♪」
満面の笑みで市井のバスタオルを抱きしめる。
市井:「ちょっと濡れてるけど(笑)」
後藤:「いいよ〜♪」
(キャハッ市井ちゃんの体拭いたタオルだよ〜♪
・・後藤ってホントオヤジくさいな・・。でもいい匂いするぅぅ〜♪)
(・・・そういえばさっきの夢・・すっごい嫌な夢だったな・・
市井ちゃん・・こんな優しくしてもさっ・・夢では後藤に酷い事言ったんだよ・・?市井ちゃんのバカ・・)

市井:「なんだよ急に暗い顔しちゃって・・どうかした?」
後藤:「なんでもな〜い・・」

市井:「なんだ?テンション上がったり下がったり変だぞ?、、ってまぁ二人のそんな現場見ちゃったなら変にもなるわな・・」

市井:「・・とりあえずどうしよっか・・ここでこうしてる訳にいかないじゃん」
後藤:「う〜ん・・」
市井:「・・あのさ・・そ〜っと入ったら大丈夫じゃない・・?」
後藤:「・・多分・・。後藤が出てくる時も全然大丈夫だったし・・」
市井:「このままじゃ二人とも風邪ひいちゃうしさ・・部屋行くしかないよ・・
二人には悪いけど・・」
後藤:「・・そうだね・・」
市井:「じゃあ・・いくぞ・・?」
後藤:「うんっ」
無言で廊下を歩く二人。
それもそうである。これから二人が最中の部屋の入ろうとしているのだ。
(市井ちゃんでも流石にこれは緊張するだろな〜・・)

部屋に着いたが立ち止まったまま二人とも動かない。
市井:「後藤開けろよ・・」
後藤:「え・・市井ちゃんどうぞ・・」
市井:「いいじゃん後藤さっき出てこれたんだから入るのも一緒じゃん」
後藤:「え〜・・後藤もう嫌だよ〜・・」
市井:「・・じゃあジャンケン・・」
後藤:「うん・・」
市井・後藤:「最初はグーッジャンケンポン!」
市井:「やった市井の勝ち〜♪」
後藤:「・・じゃあ・・開けます・・いくよ・・?」
市井:「うしっ。静か〜にな」
ゆっくりと引き戸を引く。
息を呑む二人。

・・ス―――――・・
目で合図をしてサッと後藤が入り、続いて市井が入った。
と同時に耳に入ってくる荒い息遣い。

「はぁ・・はぁ・・」

市井の体が固まる。
目に飛び込んできたのは高く山をなした一つの布団。布団は息遣いを同時にゆっくり揺れている。
月が雲に隠れたので、部屋が暗くなり、表情までは見えないが矢口の顔が少し見える。
確かにその布団で二人が愛し合っている事は事実のようだ。

「・・あっ・・んっ・・!!」

ササッと布団に入り込んだ後藤が「は・や・く」と口をパクパクしながら手招きしている。が、矢口の声に驚き、目を丸くしたまま動けない市井。
しばし硬直していたが、ハッと我に返り、ササッと後藤の横の布団に入り込んだ。

勿論寝れる訳がない二人。
後藤が市井に口をパクパクさせながら何か言っている。
しかし何を言っているのか分からないので「は?」と眉間にしわを寄せ、分かんないというリアクションをする市井。
するとモゾモゾと後藤が市井の布団に潜り込んできた。
市井も布団に潜り、後藤の言おうとしてる事を聞こうとする。
布団の中で市井に顔を近付け、後藤がヒソヒソ声を出す。
後藤:「寝れないよ〜どうしよ〜」
市井:「・・んな事言いにわざわざ来んなバカっ聞こえたらどうすんだよ!」
後藤:「・・ゴメン・・」

興奮して何も考えずにその一言を伝える為に市井の潜り込んだ後藤。
ようやく雲から出てきた月の明かりが、布団の隙間から少し入り込んできたので、市井の顔がボンヤリ見えた。
その瞬間ふと我に返った。
(?!どっどうしよ!!市井ちゃんと同じ布団だよ!!)
(しかもこんな間近に市井ちゃんの顔!顔が!!)
一気に緊張して体が硬直する後藤。

市井:「潜ってると外の声聞こえないね。二人に悪いから暫くこうやっていよっか」
後藤:「!?うっうん」
市井:「寒かったから後藤が近いとあったかいやっ」
(ドキドキドキドキ・・市井ちゃんてこの状況でどうしてそういう事サラッと言えちゃうんだろ・・。
それって後藤を意識してないからだよね・・)

「あっ!んんっ!」

市井:「布団中でも聞こえるよ・・他の三人起きるって・・」
後藤:「・・・」
それどころではない後藤。

何分経っただろうか。
少しの時間でも後藤にはとてつもなく長く感じる。
市井ちゃんがこんな近くにいる。同じ布団にいる。それだけで心臓が高鳴り、頭の中の意識がどんどん遠のいていく。
(ダメだ・・後藤・・もう・・限界だよ・・頭の中グルグルしてきた・・)
(市井ちゃん・・市井ちゃん好きだよ・・大好きだよ・・)

後藤:「・・市井ちゃん・・?」

市井:「・・ん・・?」

市井が返事をしたと同時に、抑えきれない後藤の唇が市井の唇に軽く触れた。

後藤・市井:「・・・・・・・」

しばしの沈黙が流れる。
後藤は一瞬感じた市井の唇の感触でもう頭が真っ白だった。
しかし抑圧させたはずの理性がまた後藤の元に戻ってくる。
(・・もうダメだ・・これで市井ちゃんに嫌われた・・
もうこれからは市井ちゃんと普通に仲良く出来ないよ・・)

そう後悔が後藤の脳裏を駆け抜けた瞬間だった。

(!?え・・)
温かく柔らかい感触が後藤の唇を覆った。

(!?え・・)
温かく柔らかい感触が後藤の唇を覆った。

市井の唇。

そしてギュッと抱みこまれ、市井の体温が直に伝わってきた。
後藤の心臓が止まりそうな程強く音を立てる。
ドックン ドックン ドックン

市井の唇が再び後藤の唇を優しく包む。
ゆっくりと市井の唇が動き、後藤もその動きに合わせる。
そして熱く柔らかい舌がゆっくりと入ってきた。

(市井ちゃん・・)
脳と体がとろけそうになる感触。

ゆっくりと、ゆっくりと市井の唇が下に下がってくる。
顎、首筋、
後藤;「・・んっ!」
そして市井の手が後藤のももを這うように上に上がってきた。

もう何も考えれない状態。
意識がもうろうとし、全てを市井に、、と本能がその方向へ向かって行ったその時、
それを後藤の無意識の何かが急にさえぎった。

後藤:「いやっ!!」

突然市井の体をグッと押し、
バッと顔を背ける後藤。
そして急いで自分の布団に入り込んでしまった。

市井に背を向けたまま布団に顔を埋めて、ピクリともしない。

ただ矢口と中澤の愛し合う声だけが、一晩中静かに鳴り響いていた・・。

 

二十、<戸惑い 〜lose one's mind〜>

 

飯田・保田:「みんな起きろ〜〜〜!!!!!」

安倍:「ん・・なっちまだ眠いよ〜・・」
保田:「はいはいダメダメ起きなさい!」
飯田:「矢口と裕ちゃんは何で一緒に寝てるのさっ、仲が良ろしいね〜」
保田:「ほら!!矢口!裕ちゃん!起きろ〜朝だよ!!」

矢口:「うっ・・う〜ん・・矢口まだ寝てます・・」
中澤:「あたしも寝てます・・」
保田:「何言ってんの!裕ちゃん自分で立てた予定じゃん!!」
飯田:「そうだよ〜カオリも眠いのに起きたんだから〜」

中澤:「・・まだ昨日の疲れが取れんねん・・。なっ矢口・・」
矢口:「・・・・・」
そう言った途端赤面して布団にバッと顔を埋める矢口。
保田:「?なんだ?」
飯田:「ダメ!起きろ〜〜!!」
   「・・・」
無反応なので二人の顔に近づいて大声を出した。
飯田:「お〜〜き〜〜ろ〜〜!!!」
矢口・中澤:「うるさい!!!」
飯田:「何さ〜二人して!」
保田:「ダメだなこの二人・・。きっと夜中じゅう騒いでたんでしょっ。ほっとこっ。
紗耶香と後藤も起きろ〜〜!!」
飯田:「紗耶香が起きないなんて珍しいね。いつも一番に起きてみんな起こすのにさっ」
保田:「さやか〜!」
市井:「・・・・」
眠そうにゆっくりと体を起こす市井。
体を起こし、後藤の方に目をやる。
まだ寝ている後藤。
市井:「・・・・」    
保田:「おはよっ」
市井:「!?あ〜おはよ!」
   「・・市井風呂行って来る」
保田:「?いってらっしゃい」
安倍:「あっなっちも行く〜」

保田:「さてっと、一番やっかいな人物に取り掛かるとしますかっ」
飯田:「よしっ行くぞ!」
保田・飯田:「せ〜の・・」

「おきろゴッチン!!!」

後藤:「・・う・・う〜ん・・」
保田:「あれ?珍しく一発で起きたね。いつもだったらピクリともしないのに」
ムクッと体を起こし、市井の寝ていた布団を見ながらボ〜ッとしている後藤。
保田:「?どうした?何だ何だみんな何か変じゃない?(笑)昨日なんかあったの?」
後藤:「えっ!?いっいや何にもないよ・・」
保田:「ならいいけど」
飯田:「さてっと、カオリ達先に朝食食べてるから用意できたらきな?」
後藤:「うん・・」

二人が出て行ったのを確認してから後藤は「はぁっ」と大きく溜息をついた。
昨日の事が頭にフラッシュバックする。

市井の唇の感触。抱きしめられた感触。
触られた体の感触。
それは今でもしっかり残っている。しかし現実感が湧かない。
唇に手をやりながら俯く後藤。
(後藤・・市井ちゃんとキスしたんだよね・・・好きで好きでたまらなかった市井ちゃんと・・)
(しかも市井ちゃん・・後藤を抱こうとしたんだよね・・あの市井ちゃんが後藤を・・)
(なのにあの時・・・)
「・・っはぁ〜・・」
(なんか体ダルいな・・具合悪い・・)
ダルい体を引きずりながら食堂に向かった。

保田、飯田と三人で食事を済ませた後、部屋は矢口を中澤が寝ているので別の部屋を借りてそこでレッスンを始めた。
保田:「じゃ〜ウォーミングアップとしてリズムの練習からいこっか」
飯田:「なんかゴッチン元気ないけど大丈夫?顔色良くないよ?」
後藤:「え!?いや〜大丈夫だよっ!後藤は元気です!ちょっと眠かっただけ!」
飯田:「ならいいけど。無理する事無いからね?ゴッチン入ってきたばっかだしさ、いきなりこんなハードなの無理だと思うし」
後藤:「いや大丈夫大丈夫!一番若いんだからこれくらいでダウンしてたら裕ちゃんに怒られちゃうよ(笑)」
(そうだった。後藤は早くみんなに追いつかなきゃいけないんだっ)
(・・市井ちゃんに追いつきたいもん!昨日の事は、とりあえず忘れなきゃ・・)

ガラッ
中澤・矢口:「・・お、遅れました〜・・」

保田・飯田:「?!・・・・ブッ・・アハハハハハ!!!(爆)」
保田:「なっなんなのその!その頭と格好は!!(爆)」
飯田:「そしてそのか〜お!!(爆)」
中澤・矢口:「・・・・」
着崩れまくった浴衣にボッサボサの髪、目にクマを作り、疲れを思いっきり溜めた顔でご登場の二人。
もはやコントのワンシーンである。
二人の姿におなかを抱えて大爆笑の保田と飯田。
後藤はちょっと暗い面持ちでただ見ている。

保田:「裕ちゃん浴衣はだけすぎ!!(爆)胸見えてるって!!オヤジじゃないんだから!!(爆)」
飯田:「アハハハハ!!(爆)」
保田:「ってゆーか!そんなんでダンスするの!?(爆)」
中澤:「するさ・・」
飯田:「アッハハハハハ!!!(爆)」
   「はぁ・・はぁ・・ウッケるカオリ涙出てきた・・」
矢口:「・・裕ちゃんウソ言っちゃいけねーぜ・・矢口ら見学組みでしょ・・」
保田:「見学組ぃ〜!?そんなの無いよ!!」

中澤・矢口:「・・・」
      「せ〜の・・」
ガバッ
中澤・矢口:「ゴメン!!午前中だけお願いします!!午後からちゃんとやりますから!!」
突然土下座しだす二人。
飯田:「何言ってんの〜!!ダメだよそんなの〜!!疲れてるのなんてみんな一緒なんだから〜!!」
保田:「?」
土下座している矢口の着崩れた浴衣から覗いている胸に、赤い痕が何個かある事に気付いた保田。
保田:「・・・」
それと同時に二人の異常な疲れっぷりの原因を理解した。
保田:「・・なるほどね・・疲れる訳だ・・」
矢口:「?」
ジーっと胸元を見てくる保田の視線に気付き、その視線の先を見る矢口。
矢口:「うわっ!!」
一気に赤面しバッと浴衣でその痕を隠した。
中澤:「?なんや?なした?」
飯田:「?」
保田;(いつから二人ってそういう関係だった訳・・。全然気付かなかった・・。いいのかな〜娘の間でそういういかがわしい事があって・・)
矢口:「裕ちゃんのバカ・・」
中澤:「は?」

保田:「あ〜もう分かったいいよ!見学でも何でもしてな!あたしは知らない!」
中澤:「お!ホントに!?あ〜もう流石副リーダー!」
保田:「いつから副になったのさ!全くも〜!」
中澤:「んじゃっお言葉に甘えて・・ほら矢口もこい」
矢口の手を引っ張り、二人は隅にちょこんと座った。
飯田:「せめて着替えてちゃんとしてきなよ〜そんな姿でいられたらカオリ笑っちゃって練習できない!(笑)」
中澤:「・・うちら着替える元気もないねん・・。けど寝ているのは流石に悪いからな・・一応見学するの・・。
ええから我慢しときぃ・・」

しかし練習を再スタートして10分も経たないうちに、中澤と矢口は大音量の音楽の中でお互いの肩にもたれながら居眠りをしていた。
ここにいる意味が全く分からないのだが・・。

仲良く肩にもたれて寝ている二人をチラチラ見ながら羨ましい気持ちになる後藤。
そして、なんとも言えない寂しさが込み上げてくる。
後藤:「・・・・」
リズムを取る足がとてつもなく重く感じる。

そして20分くらい経った。

ガラッ
安倍:「さ〜今日も頑張るべさ!」
保田:「おうなっち、紗耶香お帰り〜。先始めてたからっ」
矢口・中澤:「!!あっおはよ〜・・」
後藤:「!!!」
(市井ちゃん・・・)
目が合い、一瞬二人の動きが止まる。
しかしすぐに後藤がバッと目をそらしてしまった。

市井の方が見れない後藤。
そして市井もまた、後藤と距離を置いた所についた。
矢口:「?・・」
   (二人なんかあったんだな・・)

後藤の気持ちがますます沈む中、タンタンと練習は進められていった。

 

二一、<動揺 〜her presence of mind〜>

 

練習が進んでいく中、後藤の体に異変が起きていた。
(・・なんだろ・・この具合悪さは普通じゃないような・・)
そしてぶっ通しで3時間程ダンスレッスンをしていた時、それは起こった。

(・・なんか・・・視界がグラグラして・・)

バタンッ!!

中澤:「!!ゴッチン!!!」
クタっと倒れている後藤。
保田:「後藤!!」
安倍:「ゴッチン!?」
突然の出来事に驚いて後藤のもとに駆け寄るメンバー。
飯田が真っ先に後藤を抱き上げ、声を上げた。
飯田:「ゴッチン!!大丈夫!?ゴッチン!!」
グラグラと後藤を揺らすが反応が無い。

その時だった。

「動かすな!!!」

飯田:「!!」
空気を一瞬にして止めた大声に、飯田の肩がビクッと大きく跳ねた。
驚くメンバーの間を割って、凄い勢いで後藤のもとへ駆け寄ってきたのは、市井紗耶香だった。

飯田を押しのけて後藤の頭を膝に乗せ、顔に手を当てる。
市井:「・・凄い熱・・」
   「早く・・早く救急車!!!」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ゆっくりと開けた視界。
目に入ってきたのはボロい木の天井。
(?・・ここ何処・・?)
(あれ私レッスンしてて・・)

「起きた?」

後藤:「!?やぐっちゃん」
矢口:「具合大丈夫?」
後藤:「うん・・っていうかここ何処?」
矢口:「旅館のおかみさんがね、個室用意してくれたんだよ。
なんかね、おかみさん元看護婦らしくてさ、ただの風邪だから大丈夫だけど、みんなに移ったら困るからって。
今は動かないで安静にして、熱下がってから帰ったほうがいいって。薬ももらってきたよ。
とりあえず熱測ろ?」
後藤:「うん・・」
そう言って寝ている後藤の脇に体温計を入れた。
後藤:「みんなは・・?」
矢口:「あ〜交代でゴッチンの看病しようって事になって、今矢口の番。
ゴッチン心配だけど、来たからには練習しようって事で、みんなやってるよ。
でもさ〜ゴッチン倒れた時には流石の矢口もビビッたよ(笑)」
後藤:「ごめんね〜迷惑掛けちゃってさ・・」
矢口;「全然!矢口練習サボれて嬉しいもん(笑)」
後藤:「(笑)後藤なんて見てなくていいからちゃんと練習してきなよ〜」
矢口:「ヤダよ。矢口はずっとここにいるぞ(笑)
ってゆーかさ〜ゴッチン無理しちゃダメじゃん。
ずっと具合悪かったんでしょ?なんで言わなかったのさ」

後藤:「・・早くね、追いつきたかったんだよね・・」
矢口:「矢口らに?」
後藤:「うん・・」
矢口:「そっかぁ〜。でもさ、やっぱ体は一番大事にしなきゃダメだよ。」
後藤:「だね・・。市井ちゃんの真似して後藤も頑張ってみたんだけどね・・」
矢口:「紗耶香の真似って、、あ〜あのプッチ合宿の時の?」
後藤:「うん・・市井ちゃんあの時熱あっても一生懸命やってたから・・。
でも後藤には無理だったみたい・・ハハ・・」
矢口:「・・紗耶香は紗耶香だよ・・。
矢口なんて眠いからって理由で裕ちゃんと練習サボってたじゃん(笑)
もっとね〜矢口達みたいな生き方真似しなきゃダメだよ(笑)」
後藤:「・・・」
矢口:「おいうんて言えよ(笑)」
後藤:「(笑)」
  
矢口:「・・じゃなきゃさ、疲れちゃうよ・・?」
後藤:「・・・・」

ピピッピピッピピッ
後藤:「おっ鳴った」
   「、、ただいま7度8分です」
矢口:「お〜だいぶ下がったね〜。さっき40度もあったんだよ!」
後藤;「ふ〜〜・・んしょっと」
重そうな体をゆっくり起こした。
矢口:「大丈夫か〜?」
後藤:「うん」

矢口;「・・あのさゴッチン・・?」
後藤:「何?」
矢口:「・・あのさ〜昨日さ〜・・」
後藤;「ん?」
矢口:「昨日あの後・・すぐ寝た?」
後藤:「・・・え・・あ・・」
矢口:「・・も、もしかしてさ・・」
   「おきて・・た・・・?」
後藤;「・・・・・」
矢口:「・・やっぱ起きてたんだ・・・」
赤面して俯きながら髪を触る矢口。
後藤:「・・ゴメン・・」
矢口:「・・いや謝る事ないよ・・矢口達が勝手に・・」
   「あ〜〜でも恥かしいぃぃぃ!!」
そう言ってクルッと後ろを向き、後藤に背を向けた。
矢口:「・・でさ・・紗耶香は〜・・いつ戻ってきたのかな・・」
後藤:「・・あ〜・・途中で・・・」
矢口:「あ゛〜〜〜もうダメだ・・矢口死んだ・・」
バタッと畳に手を広げて倒れこんだ。
矢口:「じゃ、じゃあ・・矢口達のアホな会話も・・」
後藤:「会話?いや〜会話は知らないよ?」
矢口:「ほっ・・ちょっと救われた・・けど恥かしいよ〜〜!!」
そう言って手足をバタバタさせる。
そして急にピタッと止まり、バッと体を起こして後藤の方を向いて正座し、真剣な面持ちで口を開いた。
矢口:「あのさ」
後藤;「ん?なしたの急に(笑)」
矢口:「矢口達の事はいいんだよ。、、いや良くないけど・・。
それより、、なんかあったでしょ」
後藤:「・・なんかって・・何が?」
矢口;「ゴッチンと紗耶香」
後藤:「・・・・・」
無言で俯く後藤。
矢口:「何があった?言ってみ?
何かあったんでしょ?今日二人とも変だったもん」

後藤:「・・・・キス・・しちゃった・・」
矢口:「?なんだそれだけ?」
後藤:「なんだって・・後藤にとっちゃ大変な事だよ・・」
矢口:「そっかゴメンゴメン。で?」
後藤:「・・そしたら市井ちゃん・・・後藤の事・・抱こうとした・・」
矢口;「おっ紗耶香もやるね〜」
後藤:「・・でも後藤が・・」 
矢口:「ん?」
後藤:「後藤が・・イヤってしちゃった・・・・」
矢口:「は!?何で!?ゴッチン紗耶香の事好きなんでしょ?」

後藤:「!?なんで知ってるの!?」
矢口;「フフッ矢口は何でも分かるのさっ」
後藤:「・・なんだ・・じゃあもっと早く相談しとけば良かった・・」
矢口:「そうだよ〜!」
   「、、で?何で拒んだのさ。好きだったら“やった〜!!”じゃない?普通」  
後藤:「う〜ん・・」
   「なんかね・・」
矢口:「うん」
後藤;「何か急に・・不安になったんだよね・・」
矢口:「不安?」
後藤:「・・市井ちゃん・・後藤の事好きでもないのに抱こうとしてるんじゃないかって・・。
・・その・・やぐっちゃん達のムードに流されて・・とか・・」
矢口:「・・矢口らのムード・・ゴメンね変な不安材料作っちゃって・・」
後藤:「いやっやぐっちゃん達は悪くないよ!
気持ちも確かめないでキスした後藤が悪いんだ・・。
なんか抑えられなかったんだよね・・。」
矢口:「・・う〜ん・・でも紗耶香って、そんなムードに流されてとかでそういう事するかな〜。
そんな軽くないと思うけどな〜」
後藤:「・・でもどう考えても後藤の事好きだとは思えないんだよね・・。普段の様子とか見てると・・」
矢口:「・・あんね」
後藤:「ん?」
矢口:「ゴッチンは倒れてたから知らないと思うけど」
後藤:「?」
矢口:「ゴッチン倒れた時ね、紗耶香、凄い・・なんていうか、普通じゃなかったんだよね。
どんな時でも冷静な紗耶香がさ・・。
あんな紗耶香初めて見たもん・・」
後藤:「え・・?」
   「で、でもそれは〜・・市井ちゃん優しいから誰が倒れても同じだったと思うよ・・」
矢口;「う〜ん、、いや〜あれはホント恋人が倒れたみたいだったよ。
その後もさ、私がみてるってきかなかったんだよね。
裕ちゃんが、そういう訳にいかないからって言って押さえたけど」
後藤:「・・市井ちゃんが・・まさか・・」

矢口:「とにかくさ〜気持ち確かめてみた方がいいよ」
後藤:「・・うん・・」
矢口:「大丈夫、紗耶香なら、もしそういう気はなかったとしても、嫌な態度取ったりしないから」
後藤:「でも・・今までみたいに出来なくなっちゃうよ・・」
矢口:「それは・・。でもさ、何もしないで苦しんでるよりはいいんじゃないの?
それに・・もうそういう事があった以上きちんと話しなきゃさ・・」
後藤;「・・そうだよね・・逃げていられないや・・」
矢口:「うん、頑張れゴッチン!矢口は応援してるぞ!」
後藤:「うんありがとう・・頑張るぞ〜!」

 

二十二、<エンドレスサマー 〜an unforeseen occurrence〜>

 

(市井ちゃんは まっすぐな人)
(市井ちゃんは 真面目な人)
(市井ちゃんは いつも一生懸命で、、)
(市井ちゃんは いつも先を見ている)
(私の知ってる市井ちゃんなら、はずみで人を抱いたり・・
しないよね・・?)

(ねぇ市井ちゃん・・・)

ガラッ

「交代〜〜!!♪」

後藤:「あっ裕ちゃん」
中澤:「なんや〜気ぃ抜けた顔して〜。まっ病人やから当たり前か(笑)
あったりっまえ〜♪
あったりっまけ〜♪
よいしょっとっ」
ドカッと後藤の布団の脇に腰を下ろす中沢。

中澤:「っふ〜疲れた〜。ゴッチンのおかげで休憩時間出来て嬉しいわ(笑)」
後藤:「・・裕ちゃんなんかやけに楽しそうだね(笑)なんかいい事でもあったの?」
(やぐっちゃんと結ばれたんだもんね・・当たり前だよ・・後藤は何を聞いてるんだか・・)
中澤:「へ?べつにぃ〜♪いつもの裕ちゃんやで♪
それより今矢口とすれ違った時にゴッチンの事宜しくねって言われたけど、何を宜しくなんや?」
後藤:「・・看病を宜しくって事じゃないの?」
中澤:「おっ、そっかそやった。裕ちゃん休憩の事ばっかり考えとったわ(笑)
っちゅーか先に聞かなあかん事あるやん!」
後藤:「ん?何?」
中澤:「具合いどう?」
後藤:「アハハッ(笑)遅いよ(笑)」
中澤:「うん遅かった(笑)」
後藤:「(笑)大丈夫だよ、もう平気」
中澤:「そっか、なら良かった。
いや〜矢口うるさくてゆっくり休めんかったやろ?(笑)」
後藤:「そんな事ないよ?(笑)」
中澤:「矢口な〜あいつちっちゃいクセにしゃべる事に関してだけ底知れぬパワーを発揮するからな〜」
後藤:「ハハッ(笑)」
中澤:「あいつさ〜最初の頃なんて私の事ビビってヘコヘコしてたのにいつの間にやら私に食って掛かってくるようになりやがって、
ほんまに少しは最初の頃みたく大人しくなれっちゅーねん!」
後藤:「アハハ・・」

中澤:「っちゅーか最近どう思う?!あいつのあのメイク!
全くお前は打倒ヤマンバなのかって感じやろ!
わっかいうちからヒサロなんて通って、、
若いうちはええねん!
年取ったらあいつ肌ボロボロになんで。
で、「裕ちゃ〜〜ん」とか言って泣きついてくんの目に見えてるやん」
後藤:「・・・」
中澤:「そんなんで抱きついてきたって絶対にシカトしてやる!
とか言って結局相手しちゃうんやろうけどな(笑)」
後藤:「・・・裕ちゃん?」
中澤:「いやでも矢口が私くらいの年になったら私もう40近くやで!!」
後藤:「裕ちゃん・・」
中澤:「オバサンやん!!うっわ〜イタいわ〜やっぱ10違うのはイタす、、」
後藤:「裕ちゃん!!」
中澤:「・・?なした?」
   「あ〜ゴメン!私うるさかったな!病人やもんなゴメンゴメン静かにしますハイ」
後藤:「・・あのさ・・」
中澤:「ん?」
後藤;「・・ゴメン・・ちょっとせっかく合宿来たんだから後藤もただこうやって布団に入ってるの時間勿体無い感じするから一人でイメトレしたいんだよね・・」
中澤:「?イメトレ?」
後藤:「うん・・」
中澤:「あーそっか、もう大分調子いいんやもんな。おう、分かった分かった。
じゃ〜裕ちゃん練習戻るけど、ホンマに大丈夫なんやな?」
後藤:「うん大丈夫大丈夫・・」
中澤:「そっか、よしっ」
そう言ってパッと腰を持ち上げた。
中澤:「んじゃ〜なんか返って邪魔しちゃってゴメンな(笑)」
後藤:「(笑)ううん」
中澤:「じゃあな、イメトレがんばれよっ」
後藤:「うん・・」

ガラッ
ピシャッ

後藤:「っふぅ〜・・・」
(後藤・・最低だな・・)
(ウソ言うなんて・・)
(でも裕ちゃんがあんな嬉しそうに好きな人の話するから・・。
あんな幸せそうな顔するから・・)

後藤:「っはぁ〜・・・」
(こんな自分大っ嫌いだ・・)
(市井ちゃんの事が好きな自分は・・
こんなにも見っとも無くて・・こんなにもウジウジしてて・・)
(恋をしたら人は輝くって言うけど・・そんなのウソだよ・・。
ただのみっともないサイテ―の人間になってるじゃん・・)

(もう・・こんな思いするくらいなら忘れようかな・・。
気持ち確かめて、もし後藤の事なんて好きじゃないって言われたら・・
後藤・・普通じゃいれないよ・・娘になんていれない・・。
芸能界になんていれないよ・・輝く事なんて出来ないもん・・。)

(それだったらいっそ・・この想い閉じ込めちゃった方が・・・・)

(・・でも・・・そんな事・・出来ない・・)
市井ちゃんの笑った顔、市井ちゃんの真剣な顔、市井ちゃんの怒った顔、市井ちゃんの・・。
市井が後藤の心を埋め尽くす。

後藤:「・・はぁ〜・・」

(やっぱり好きだよ・・市井ちゃんが好きだよ・・・)

溜息を吐きながら手元にあったテレビのリモコンを何気なく手にした。

プチッ

ボ〜っとただ画面を見つめながら思考を途絶えさせていた。
思考の放棄、きっと心を保たせる為の人間の本能なんだろう。
午後の主婦向けのニュース番組が流れていたのだが、後藤は目に写るもの耳に入ってくるものも何も受け付けられない状態だった。

思考を断ったままの後藤。何を考える訳でもなく、何を思う訳でもない。
何も考えてないはずなのに、気持ちが重く、どう支えていいのか分からない。
こういう時、心と思考は別なのだと気づかせられる

そして20分くらい経っただろうか。
画面に映し出された一つの単語が、後藤の思考を再び動かした。
『モーニング娘』
後藤:「!?」
一瞬にして我に返る後藤。

「はいっ!という訳で今日のこのコーナーでは新メンバー加入によって大きく生まれ変わった、モーニング娘について徹底検証してみたいと思いま〜す」
「まずね、この新メンバー後藤真希ちゃん加入についてはファンの間でも賛否両論なんですよね。
という訳で、反対派のファンの声とジャーナリストの方の意見からどうぞ!」

「いや〜・・嫌ですね。あんなお祭り騒ぎみたいな軽い曲に変わっちゃったし、娘の雰囲気自体が軽くなっちゃったんで・・はい」

「ってゆーかなんか入ってきたばっかでセンター取ってるのが気に食わない!最初からいるメンバーかわいそう!」

「え〜まず第一に言える事はですね、この後藤真希というメンバーを加入させ雰囲気をガラッと変えた事で、大衆受けし易くなるでしょうが、その代わりモーニング娘自体を短命にさせてしまう危険性っていうのはありますよね。
そういう意味では今回のこのつんくさんの策略はあまりに目先を見すぎたかなと、いう感じもしますね。
そもそもモーニング娘と言うのは、、」
プチッ

後藤:「・・・・もう嫌だ・・」
ポタッポタッと布団に滴が落ち、ジワッと広がっていく。
静まり返った部屋、聞こえてくるのは後藤のすすり泣く声だけだった。

暫くして涙が枯れて来た頃、後藤はすくっと立ち上がり、足が向かうままに歩き出した。

外はもう日が落ちかかっていて、夕日が辺りをオレンジ色に染め上げていた。
人一人歩いていない道。
見渡すとポツンポツンと年数の経った民家が立っていて、あとは畑ばかり。
自分のサンダルの音だけが空しく響き渡る。
すると突然猫が民家からさっと飛び出してきた。
「ニャ〜」

後藤:「おいで・・」
しゃがみこんで少しだけ口の端を緩め、手を出しながらそう言ってみる。

後藤:「・・・」
しかし猫はさっと逃げていってしまった。
ゆっくりと重い腰を持ち上げた時、ふっと風が後藤の鼻をかすめていった。
「潮の香りがする・・。そう言えば近くに海があるって言ってたっけ・・」
後藤は潮の香りが導くままに歩き出した。

「泣いたから頭がぼ〜っとするな・・・あっ熱があるからか・・。
どっちでもいいや・・」

シーンと静まり返った道を長い影法師を引きずりながらトボトボ歩き、一時間くらい経ったその時だった。

ザザー・・

小波の音が耳に届く。
ふと顔を上げると後藤の目の前が大きく開けた。

「うわ〜〜・・・・」

目に写ったのは夕日に照らされて朱色に光り輝く大きな海。
そしてザザーっと穏やかで優しい波の音。
後藤は思わずタタッと走り出した。
まだ温かい砂浜。サンダルを脱いでその温かい砂浜をゆっくりと歩き、海に近づく。
大きな海、大きな砂浜、その大きさに身を任せるようにちょこんと座った。

後藤:「っふぅ〜・・・すご〜い・・きれ〜・・・」
そう言って目を細めて眩しそうに海を見渡した。
自然と顔が優しい表情になる。
温かい砂を掴むと、ほんの少しだけ気持ちが和らいだ。
掴んではこぼれ落ち、掴んではこぼれる砂。
近づいては離れ、近づいては離れる波。
それを見て、後藤はちょっとだけ笑みをこぼした。
「ハハ・・市井ちゃんみたいだ・・・」
そしてぱっと立ち上がり、サンダルをその場において波に向かって走り出した。

「つめたっ!やっぱもう水冷たいな〜・・」
ダンス着のジャージの裾を捲り上げながらそう呟いた。
波をパシャパシャと蹴ってみる。
水に映し出された自分を蹴ってみる。
市井を写しながら蹴ってみる。
「・・・」
しかし夕日がそれを包み込んでしまう。
いつも青い海が、今はオレンジ。
それはあまりに優しすぎて、今の後藤の気持ちとはそぐわない。
しかし徐々にその色に心まで染まっていく。
顔を上げ、夕日の方を真っ直ぐ見つめ直した後、くるっと振り向きゆっくりと砂浜に戻り、サンダルの位置にまたちょこんと座った。

後藤:「こういうのってロマンチックって言うんだろうな〜・・・。
でも・・今の後藤の場合はなんか違うな・・。
っふぅ〜・・でもきれ〜だな〜・・・」

暫く時間を忘れてただボ〜っと夕日と眺めていた。

後藤:「あ〜・・この〜夏は〜・・・あな〜た〜がい〜る〜・・・さみ〜し〜くな〜い・・・エンド〜レス・・エンド〜レスサ〜マ〜・・・・・
あ〜・・大好きって〜・・叫び〜た〜い〜わ〜・・・・窓〜を〜開け〜て・・・エンド〜レス・・エンド〜レスサ〜マ〜・・・。
・・・・・。
ハイウェイ〜混んでも〜・・・ちっとも〜構わな〜い・・帰りたく〜な〜いのよ・・今夜〜・・・
エンドレスサマ〜・・・・・」


「アハハッな〜に浸ってんだ〜(笑)」

後藤:「!?」
突然の声に驚いてクルッと振り返った。

夕日に照らされて眩しくて見えないのか、後藤の中で眩しくて見えないのか、ぼやけて視界が揺らぐ。
目を細めてようやく見え始めた時、穏やかにニコッと笑ってそこに立っていたのは、
市井紗耶香だった。

「市井・・・ちゃん・・・」
目が熱くなり、再び視界がぼやける。今度は一気に溢れ出た涙でぼやけた。
クルッと目をそらせて下を向いてしまう後藤。

市井はゆっくりと後藤に近づき、後藤の隣に腰を下ろした。
市井:「っふぅ〜〜結構歩くんだねここ。
市井ダンスで疲れた体で歩いたから足ちょっとガクガクいってる(笑)
・・Tシャツ一枚じゃ寒いだろ・・。熱あんのにさ・・。
はいこれ着なさいっ」
そう言って自分の着てたパーカーを後藤の肩にかぶせた。
後藤:「・・・・」

市井:「・・どうして熱あるのに一人でこんなとこ来たんだ。
みんな心配して探してるんだぞ」

後藤:「・・・・」

市井:「・・昨日の事なら・・・ゴメン・・」
後藤:「あやまんないでよ!謝られたら・・・!」

市井:「だって後藤に悪い事したと思って・・・」

後藤:「悪い事・・やっぱ悪い事なんだ・・・。
市井ちゃんてさ・・ホンット何考えてるか分かんないよね・・。
優しくしたり冷たくしたり・・。
無関心みたいな顔しといてさ・・そういう事するし・・・」

市井:「・・・」

後藤:「後藤もう市井ちゃんの事分かんない・・
全然分かんないよ・・!」
そう言ってポタリポタリと涙をこぼした。

後藤:「こんな・・何でも完璧で・・厳しいけどホントは凄く優しくて・・いつも側にいるからとか言っちゃってさ・・
それで何考えてるか全然分かんなくて・・しかも好きでもない人抱いたりするような奴・・・
そんな奴好きになっちゃったら・・・
好きになっちゃったらどうすればいいのさ・・!!」
泣きながら震えた声を張り上げる後藤。
そう言った後、膝に顔を埋めてしゃくりあげながら肩を振るわせた。

市井:「・・後藤・・・。
ゴメン・・気付いてやれなくて・・・。
私いつも後藤の気持ちに気付いてないね・・・。
教育係やって・・何見てたのかな・・・。」
「って言うか・・違うんだ・・・。違うんだよ後藤・・聞いて・・」

しゃくりあげながらゆっくりと顔をあげ市井を見る後藤。
市井:「市井はさ・・・後藤みたいになんでも素直に感情を表に出せないんだよね・・。
市井は・・後藤が思ってるようなそんな完璧な人間じゃないよ・・。
本当は・・凄い臆病なんだよね・・。
だから・・どっかで自分を抑えちゃうんだ・・・。
後藤見ててさ、羨ましいなって市井はいつも思ってたよ・・?」

後藤:「・・・」

市井:「あとさ・・後藤もう一つ間違ってる・・」
後藤:「・・?・・」

市井:「その間違ったとこ修正していいかな・・」
後藤:「・・え?意味が分かんな、、」

   「!?」

突然後藤の唇を市井の唇が覆った。

ただ触れ合ってるだけの長いキス。
後藤の体と心臓が硬直して動かない。

そして市井がゆっくりと唇を離した。

後藤・市井:「・・・・・」

ザザー・・

沈黙の中、波の音が妙にはっきり聞こえる。
そして市井がゆっくりと口を開いた。

市井:「・・正解は・・」

「市井も後藤の事が好きだよ・・」
「多分・・初めて会った時からずっと・・」

その瞬間、後藤の表情が一気に崩れた。
後藤:「いち・・ちゃ・ん・・ヒック」
涙が止めどなく溢れ、声がかすれる。

市井:「・・おいそんな泣く事無いじゃん・・(笑)
あ〜あ化粧落ちまくりだな・・(笑)」
後藤の涙を手でそっと拭い、頭を優しく撫でた。

後藤;「ホント・・なの・・?」

市井:「・・ホントだよ・・。
・・好きで好きでたまんないよ・・。
市井にだって我慢の限界ってもんがあるんだぞ・・」
そう言い終わったか終わらないかと同時に、再び後藤の唇を奪うように重ねてきた。
市井の抑えていた感情が一気に溢れ出てくる。
後藤を砂の上に押し倒し、激しくキスし始めた時、
後藤がグッと市井の体を押した。

市井:「なんだよまたかよ・・結局後藤が市井の事好きじゃないんじゃん・・」
後藤:「ちがう・・ちがくて・・」
市井:「じゃあなに・・」

後藤:「・・・風邪・・うつるもん・・」

市井:「・・そんなのどうでもいい・・」

そう言いながら顔を近付け、激しく唇を重ねる。
後藤のはおっていたパーカーが、するりと肩から落ち、砂についた。
激しいキスを交わしながら、二人の唇と唇の間から熱い吐息が漏れる。

愛されてる実感。

絡めた舌がとてつもなく熱く、柔らかい。
脳と体がとろけそうになる感触。
市井のもだえた足が、後藤の体をこする。

愛されてる実感。

重なり合った体から、市井の激しい心臓の動きが後藤の胸に触れ伝わってくる。

ドックドックドックドック

市井の激しい鼓動。

愛されてる実感。

心が、心臓が、体が震え、ビリビリと電流が走る。
飛びそうになる意識を必死に捕まえる。

(市井ちゃん・・!)

―――――――――――
―――――――――――

どれくらい長い時間熱いキスを交わしていただろうか。
夕日も沈み、辺りはもう真っ暗だった。

後藤の目をそらさずにゆっくりと顔を離し、腰を上げて海の方に体を向かせ、月明かりを反射している海を見つめながら砂の上に座る市井。
市井:「・・・・」
   
後藤:「・・感想は?」
市井:「感想とか聞くか普通(笑)」
   「・・後藤って胸おっきいよね」
後藤:「胸〜!?触らなかったクセに何で胸の感想になるのさ!!」
市井:「アハハッ(笑)」

後藤:「・・はぐらかしたな!」
   「じゃあまだヤだ!!」
抱きついて市井の首筋にキスする後藤。

市井:「待った待った!ストップ!」
後藤:「・・なんで・・?」

市井:「え・・いや・・これ以上刺激すると市井この場で襲っちゃいそうっす・・」
後藤:「ん?後藤はいいよ?」
市井:「バカこんなとこでできるか!」

後藤:「市井ちゃんてさ〜そういうとこ冷めてるよね〜」
市井:「・・冷めてるっつーか・・モラルは守りましょう・・。それにこんなとこで人気アイドル裸にできるかよ・・」
後藤:「ふ〜ん。我慢できる程度の魅力って事だよね、後藤はさっ」
市井:「なっどうしてそういう、、」
後藤:「ウソウソ(笑)市井ちゃん困らしてみたかっただけ(笑)」
そう言って市井の前にちょこんと座り、市井にもたれかかる後藤。
その後藤をぎゅっと包み込む市井。

後藤:「うわっ!市井ちゃん星見て星!!昨日よりいっぱい!!」
市井:「・・ホントだ〜・・きれ〜・・・」
後藤:「昨日ホントはさっ、市井ちゃんと一緒にお風呂入ったら一日早く一緒に見れたのに・・なんで後藤と入るの嫌がったのさ!」
「ねぇ市井ちゃん聞いてんの!!」
クルッと振り向くと市井は穏やかな表情で見とれるように星を見あげていた。
後藤:「ハハッ(笑)思った通りだ(笑)市井ちゃんて分かり易〜い(笑)」
市井:「ん?なんだよ、ついさっき「全然分かんな゛い゛!」ってすっごい顔で号泣してたクセに(笑)」
オーバーに後藤の顔真似をする市井。
後藤:「そんな顔してないよ〜!!」
市井:「アハハッ!(笑)、、でも泣き顔も結構その・・・」
後藤:「ん?何?」
市井:「・・好きかもしんない・・」
   「こらこっち向くな!!」
そう言って後藤の頭を抑える。
必死に抵抗する後藤。
後藤:「見たい!見たい!市井ちゃんの照れた顔貴重っす!」
市井:「別に貴重じゃないっす!見せるか〜〜!!」

楽しそうにジャレあってまた静かに、波の音と月の光を反射した海、空一面ビッシリの星に酔いしれる二人。

後藤:「ねぇ市井ちゃん?」
市井:「・・ん?」
後藤:「さっきの夕日とこの星とどっちが綺麗だと思う?」
市井:「う〜ん・・っつーか市井さっきあんま夕日見てない(苦笑)」
後藤:「え〜あんな綺麗だったのに?!なんで〜?!」
市井:「・・・緊張してたから・・・」
後藤:「・・・ぶっ・・アハハハハ!!!(笑)市井ちゃんが緊張だって〜!カッコわる〜〜!!(笑)」
市井:「うるせー!後藤が悪いんだぞ!市井の夕日を返せ!」
後藤:「ハハッ(笑)ゴメンゴメン(笑)でも・・」
市井:「ん?」
後藤:「後藤さ、あまりに市井ちゃんの事好きになりすぎてどうしようかと思った・・。あれ以上好きになったら後藤パンクするとこだったよ(笑)」
市井:「・・そんな口説き文句初めて聞いたぞ(笑)
・・っつーか好きになりすぎる前に一言好きですって言ってくれりゃーいいのに。
変なとこ素直じゃないよな〜後藤って。
市井だってさ〜後藤だったら性格からして気があったら好きだって言うだろなーとか思うじゃん」
後藤:「・・ズルイよ後藤から言うの待ってるなんて・・」
市井:「・・いや〜・・・・ゴメン・・。市井意外と待つタイプなんす・・」
後藤:「待つタイプ〜?!待ってるんなら待ってるらしい態度取ってよね〜!
いつも自分の世界入っておいて待つも何も無いじゃん・・ぶつぶつ・・」
市井:「自分の世界?なんだそれ?」
後藤:「なんでもな〜い」

市井:「っつーか市井も言わせてもらうけど!」
後藤:「はっはい・・どうぞ・・」
市井:「メンバー全員に相談とかすんな!」
後藤:「全員じゃないよ!なっつぁんとやぐっちゃんと、、あっあと裕ちゃんにも前したな」
市井:「そのせいでさ〜みんな口開けば「ゴッチンの事宜しくね?」とか訳分かんない意味深な事言われてさ〜
市井なんかしたかな〜とか色々考えちゃったじゃん!」
後藤:「・・したじゃん色々・・」
市井:「いっいやしたかもしんないけど・・市井はなんの事だか分かんない訳で・・
っつーかとにかく!いい加減人頼るな!」
後藤:「・・はい・・」
市井:「メンバーに相談とかすんな!」
後藤:「・・はい・・」

市井:「・・市井だけにしろ・・」

後藤:「え・・?」
市井:「・・だから・・頼るのも相談するのも市井だけにしろって・・」

後藤:「・・・・市井ちゃん大好き!!!」
市井:「わっ」
そう言って満面の笑みでガバッと抱きついて市井を押し倒した。
後藤:「ヘヘッ形勢逆転♪」
嬉しそうに上から見下ろして顔中にキスする後藤。
そして市井がキスされながら後藤を持ち上げ体を起こした。
市井:「ねぇ後藤?」
後藤:「ん?」
キスを中断する。
市井:「やっぱさ〜気持ち的に歌い直さなきゃダメじゃない?」
後藤:「ん?歌い直す?何を?」

市井:「、、さっき後藤が死んだように一人で歌ってたやつ(笑)」
後藤:「あ・・」
赤面して下を向く後藤。

市井:「真夏の光線はさ〜市井もすっごい好きな曲なんだよねっ。
なんたってあの曲で市井が弾けたとも言われてる伝説の曲っすから(笑)
まぁ実際そうなんだけど(笑)
だから〜、、、
ほら立てっ」
そう言ってパッと立ち上がり後藤の手を引っ張った。
後藤:「・・・」
ゆっくりと立ち上がり、砂をはらう後藤。
そして市井の砂をパッパッとはらってあげる。
市井:「あ〜もう砂なんていいからっ。
はいテンション上げて!
上げろ!」
ガバッと後ろから後藤に抱きつき、腕を掴んで上下に振りながらジャンプしだす市井。

市井:「あ〜〜この〜夏は〜〜♪
あな〜た〜がい〜る〜〜さみ〜し〜くな〜〜い!!
エンド〜レス!エンド〜レスサ〜マ〜!!
ほら後藤も歌え!!市井一人でバカみたいじゃん!(笑)」
後藤:「(笑)市井ちゃん子供みたい(笑)」
市井:「市井は子供だ!(笑)ほら歌え!」
後藤:「アハハッ(笑)
ふ〜・・せ〜のっ
あ〜〜〜!!♪」
市井:「本当はっ♪」
後藤:「大好きって〜〜〜!」
市井:「みんなにっ♪」
後藤:「さっけ〜び〜た〜い〜〜わ〜〜!!窓〜を〜開け〜て!」
後藤・市井:「エンド〜レス!!エンド〜レスサ〜マ〜!!」
市井:「イエイ!」
後藤:「ハイウェイ〜混〜んでも〜〜!ちっとも〜構わな〜い!帰りたくな〜いのよ!今夜〜〜〜〜!!」
後藤・市井:「エンドレスサマ〜〜!!」

市井:「っふぅ〜(笑)すっきりした?」
後藤:「した!!(笑)」
   「・・ありがと市井ちゃん・・」
そう言ってぎゅっと市井に抱きついた。

市井:「・・ちゃんと・・好きだから・・。だからもう・・あんな悲しい顔とかするなよ・・?」
後藤:「うん・・70%くらい信じてきたかな?(笑)」
市井:「お〜い100って言えよ(笑)」
後藤:「うそだよっ。信じた・・」 

後藤:「、、あっ!」
バッと体を離し顔を上げる後藤。
市井:「ん?なした?」
後藤:「みんなまだ後藤の事探してるんじゃないの?!」
市井:「あっ大丈夫。市井見つけた時すぐに裕ちゃんに電話しといたから。遅くなるって言っといたし」
後藤:「そっか。流石市井ちゃん、手回し早いね(笑)」
市井:「まぁね」
後藤:「、、遅くなるって分かってたって事は、、
最初からなんかする気だったんだな!」
市井:「さ〜どうでしょう(笑)」
後藤:「やっぱ手回し早すぎ〜!」
市井:「アハハッ(笑)っつーかそれより後藤熱どうなった!?」
そう言ってパッと後藤のおでこに手をやった。
後藤:「後藤を落とせると最初から思ってたって事だよね・・どっからくるんだその自信・・女なら誰でも落とせると思ってるのかな・・なんか軽い男の考えみたいじゃん・・いや違うな、男も簡単に落とせる自信あるんだよきっと・・あ〜もうちょいジラせば良かった・・ぶつぶつ・・」
市井:「何ぶつぶつ言ってんだよ(笑)おっ、、熱下がってるじゃんなんでだ?こんな寒いのに・・」
後藤:「ヘヘッ市井ちゃんの愛の力っす(笑)」
市井:「すげーな市井・・」
後藤:「(笑)じゃあもどろっ?」
市井:「おうっ」

満面の笑みで市井の腕に抱きつく後藤。

ザザー・・

静かな波の音と輝く月を映し出した穏やかな海、満天の星に別れを告げ、二人はゆっくりとその場を後にした。

 

二十三、<リアリティー 〜it's not practical feasible〜>

 

「っふ〜〜きもちぃ〜〜〜・・」
そう言いながら大きく息を吐いたここは露天風呂。
後藤は冷えた体を芯から温めていた。

市井とめでたく結ばれ旅館に戻ってきた後藤は、メンバーに「熱が下がったから海に遊びに行ってたんだろっ」と勘違いされ散々怒られ、罰としてみんなが風呂に入ってる間布団を敷く係りをやらされるはめになり、一人遅れて風呂に入っているのである。
市井はなんとかフォローしようとしてくれたが、下手な事を言うと二人の関係がバレてしまうので流石の市井でも何も言えなかったのだ。
結局今日も市井と風呂に入る事が出来なかった後藤、ちょっと不満だが心は幸せいっぱいだった。

“市井も後藤の事が好きだよ・・
多分・・初めて会った時からずっと・・”

“・・好きで好きでたまんないよ・・”

「・・・キャ〜〜恥かしいぃぃ♪」
思い出して赤面しながら一人でハシャぐ後藤。
(全く市井ちゃんは告る時までキザだね(笑)
・・・でもなんか信じたけど信じられないな〜・・
ほ〜んとに後藤の事好きなのかね〜あのクールガイ、、じゃないや、クールガール?
後藤・・遊ばれて捨てられないでしょうね・・(苦笑)大丈夫・・?
大体初めてあった時から好きだったていうのが・・・うそ臭い・・。って後藤思いっきり疑ってるし・・(苦笑)
初めてって事は後藤が好きになる前から好きだったって事じゃん・・。)

「うそだよ〜〜〜絶対ウソだ〜〜〜!」
独り言の激しい後藤。

(・・っていうか・・今日は・・この後・・・・さっきの続きが起こるのでしょうか・・・・ドキドキドキドキ)
(なんとな〜く後藤と市井ちゃんの寝る布団、昨日裕ちゃん達が寝ていたとこにしておいたんだけど・・。狙いすぎ・・?)
布団を敷く係りになった後藤は、せっかくなのでその立場を利用して、昨日中澤達がしていた布団配置を真似し、一番右のHゾーン?なるところに後藤の旅行バックをドーンと置いておいたのだ。

(いや〜〜どうしよ・・自分でやったんだけど・・。・・どうしよどうしよ・・!緊張してきた・・!!)

大緊張をしてガチガチの体を引きずりながら風呂から上がり、ノタノタと着替えを済ませ、後藤はとうとう部屋に辿り着いた。

(ドッキンドッキンドッキン・・・市井ちゃんになら・・もう・・何されても・・いい・・!よしっ後藤さん覚悟出来ました!)
気合十分で部屋を勢い良く開けた。

ガラッ!

「・・・・・・・え・・・・」

部屋を見た後藤は驚きのあまり声を失った。
後藤の確保しておいたはずの二つの布団にもう人が入ってるのである。
(え・・ちょっ・・ウソでしょ・・誰・・?)
部屋の電気がもう消されてるので誰だか顔が確認できない。

「でさでさ〜矢口そん時さ〜、、」
「はぁ〜?何やねんそれアホかお前っ」
「何でさ〜!裕ちゃんに言われたくないね!」

(・・・・裕ちゃんとやぐっちゃんだ・・)

ヒソヒソ声で楽しそうにおしゃべりしている矢口と中澤。
後藤のカバンはいつのまにか隅に追いやられていた。
見渡すと昨日のポジションのままみんなグーグー寝ている。
別に一日目で場所が決まった訳ではないのだが、、人間とはそういうものである。
最初決まった場所を自分の領域という変な縄張り意識を持ってしまう。
そして肝心の市井はと言うと、、

気持ち良さそうに見事に爆睡していた・・。

(・・・・・・市井ちゃんのバカ!!!)

乙女心を見事に裏切る市井。
止む終えなく仏頂面をしながらも自分の布団に入った。

(何だよ全く!!後藤一人でドキドキしてバカみたいじゃん!市井ちゃんのバカ!バカバカバカ!!市井ちゃんなんか、、)
(市井・・ちゃんなんか・・・・)
突然市井がゴロンと寝返りをうった。
後藤の方に体を向ける市井。
その気持ち良さそうに無邪気に寝ている顔を見た瞬間、後藤の怒りが収まってしまった。
(・・っふ〜・・やっぱ好きだな〜・・。)
細めた穏やかな目で市井を見つめる後藤。
(あっ先に寝た方が悪いんだから、、勝手に市井ちゃんと一緒に寝ちゃえ♪)
後藤はゆっくりと静かに市井の布団に入り込んだ。
10センチ程の距離に顔を置き、至近距離でジーっと市井の寝顔を見る。
(・・普段あんなカッコつけてるのに寝顔は無邪気で可愛いな〜♪)
後藤の顔が思わずニヤける。
(このやろーっ少しは後藤に興奮して寝付けないでドキドキしてろよっ!)
軽くパチンと市井のおでこをデコピンする後藤。
そしてクスッと笑った。
そんな後藤のデコピンに気付かずムニャムニャと寝ている市井。
(ヘヘッ後藤を置いて寝た罰だぞ〜〜)
寝顔を見ているうちに後藤の胸の奥から沸々と切なさに似たもどかしい感情が込み上げてきた。

“・・好きで好きでたまんないよ・・”

(市井ちゃん・・それは後藤の台詞だよ・・)
そう思いながらそっと市井の唇に口付けをした。

(!?何!?)
すると突然後藤の体に市井の手が回ってきた。
(え!?市井ちゃん起きて・・)

「・・う・・ん・・後藤・・ムニャムニャ」

(寝てるんじゃん!寝ながら口説くな!!!)
(ドッキンドッキンドッキン・・・これじゃ寝れないじゃん・・・市井ちゃんのバカァ〜〜〜!・・でも嬉しい・・・)
後藤を抱きつき枕のようにして眠る市井。
(・・・市井ちゃん後藤の夢見てるのかな・・だとしたら嬉しい〜♪)
(・・・なんか夢みたい・・。この市井ちゃんが後藤のものになったなんて・・。)
(・・市井ちゃんになら・・後藤・・何されてもいいんだけどな・・・)
上目遣いで市井を見つめる後藤。
(あ〜〜もうなんか興奮してきちゃって寝れないよぉ〜〜〜!)
そう一人で悶々としていた時だった。

「・・んっ・・裕・・ちゃん・・!」
「ハァ・・ハァ・・矢口・・」

(!?・・・)
(・・・・・蛇の生殺ってやつですね後藤さん・・・)

結局後藤がその日眠りについたのは二人の行為が終わった後の朝方だった・・。

―――――――――――
―――――――――――

そして、朝を迎えた。
しかしまだ寝付いたばかりの後藤。
夢に入ったばかりで深い眠りについていた。
そんな夢の中、後藤の好きな声が耳に届いた。

「、、はよ、、後藤〜〜おはよ〜、、朝だぞ〜〜お〜い、、」
耳元で聞こえる穏やかで優しい声。
「・・う・・ん・・」
ゆっくりと夢から覚めると全身を温かい温もりが包んでいた。

「・・・いちー・・ちゃん・・?」
気付くと後藤は市井に後ろからキュッと抱きしめられていた。
「おっ起きた?、、おはよ・・」

チュッ

そう言って首筋におはようのキス。
「・・んっ・・♪」
寝起きの悪い後藤も市井のキス一つで目覚めてすぐに笑みがこぼれる。
市井の体に回されてる腕を抱きしめながら寝起きのかすれた声を出した。

「いちーちゃん・・おはよっ・・♪」
満面の笑みでニコ〜っと笑い、市井の方に顔を向けた。

(やっぱ夢じゃなかったんだ〜〜♪)

「ヘヘッ♪市井ちゃんあったかいね〜♪」
モゾモゾと体の向きを変え、市井の方を向きギュッと抱きつく。
そして顔を上げると、やはり後藤の大好きな市井の顔があった。
「後藤ねっ、、」
言いかけると後藤の唇をそっと人差し指で抑えて「シー・・」と囁かれた。
周りを見渡すとまだみんな寝ている。
声を小さくして言い直す。
「・・後藤ね、、」
「うん」
「夢だと思ったんだ〜・・」
「夢?」
「昨日の事、朝起きたら全部夢でした〜ってなると思った・・」
「アハハッんな訳ないじゃん(笑)」
「だってそう思ったんだもん・・」
「ふ〜ん」
「ふ〜んて何さっ!後藤真剣に朝目覚めるの怖かったんだからっ!、、まだ夢かもとか思ってるし・・」
「・・じゃあ現実に引き戻してあげよっか?」
「?」
そう言って後藤に優しく口付けをしてきた。
軽く絡み合う舌。

「・・・どう?夢から覚めた?」
「・・・・冷めたっ♪」
そう言って市井の胸に顔を埋め、再びギュッと抱きつく後藤。
そしていきなりバッと顔を上げた。

「っていうか後藤市井ちゃんの事怒ってたはずなのに!」
「?なんでだよ」
「だって昨日さっ・・」
「??」
「後藤の事置いて・・先に寝たじゃん・・」
「置いて寝たっつか・・眠くて寝たんすけど・・」
「同じだよっ!・・・せっかくさっ・・せっかく・・」
「何?」
「・・何でもな〜い・・」
「、、、あっ!後藤Hな事期待してた?(笑)」
「ちっ違うよ!!」
「へ〜〜〜そりゃ〜先に寝られちゃ市井の布団に潜り込みたくもなるわな〜〜」
「、、なんもしてないからね!」
「当たり前じゃん(笑)寝込み襲われてたまるか(笑)、、、とか言ってちょっとは何かしただろっ」
「しっしてないよ〜〜!」
(キスしたけど・・。あっデコピンもしたか(笑))
「ホントかな〜〜〜心なしか市井のパジャマが乱れてるんですけど〜〜」
「してません〜!!それは市井ちゃんの寝相が悪いだけです〜〜!」
そう二人楽しそうにしている時だった。

「ふあ〜〜〜・・カオリンお目覚めです!!グンモーニング娘!!」

突然ガバッと体を起こし、叫びだす飯田。
「ヤバッかおり起きた!寝たふりしろ後藤!」
「うんっ」
「あと体離せ・・」
「・・はい・・」
バッと体を離してお互い上を向き、寝たふりをする後藤と市井。
しかし布団の中で手はしっかりと結ばれている。

「あれ〜〜まだ誰も起きてないの〜〜?も〜〜寝ぼすけだな〜〜かおりだけちゃんと時間に起きてるよ〜」

「?なんだ?布団が二つも余ってる」
そう言って飯田はキョロキョロ周りを見渡した。

「裕ちゃんと真理っぺ、、後藤と紗耶香、、」
「ずる〜〜い!!みんなして仲良く一緒に寝ちゃってさ〜〜かおりも誰かと寝てやる!!」
突然隣の布団に入り込む飯田。

「ん・・んんん!何だ・・?・・かおりやめろ〜!布団一気に狭くなったじゃん!」
そう言ってすぐに保田に布団から追い出された飯田。

「かおり寂しい・・・」

「おい後藤・・かおりが寂しがってるぞ・・一緒に寝てやんなよ・・」
そう耳打ちする市井。
「・・後藤市井ちゃん以外の人と布団一緒にならないって誓ったんだもん」
「・・・誰にだよ・・」
「、、市井ちゃんにっ♪」
「ほ〜〜、、覚えとく、、」
「市井ちゃんもだよっ!」
「ほぇ?」
「市井ちゃんも後藤以外の人と布団一緒になったらダメだかんね!」
「・・誓います・・」
「宜しい♪」

「も〜〜みんな起きてよ〜〜!!かおり一人で寂しいじゃん!!」
そう言って半泣き状態の飯田が部屋の中をグルグル歩き回りだした。
あまりの大声に眉間にしわを寄せながらムクッと体を起こす安倍と保田。
市井と後藤は焦ってお互いに背中を向け、顔を隠すように枕に顔を埋めた。

「ほら〜〜紗耶香をゴッチンも起きて〜〜!!」

「ん・・う〜〜ん・・」
市井がその声に反応して起きるフリをした。
どうみてもわざとらしいのだが全く気付かない飯田。

「ほら後藤・・起きろ・・朝だぞ・・」
体を起こした市井が横で寝たフリをしてるう後藤を揺らす。
そしてそれに反応して起きるフリをしようと後藤がちょっと体を動かした時だった。
「あ〜ダメだなこりゃ。起きない時の後藤だ。
かおり達先行ってていいよっ。市井後藤起こし粘ってるからっ。ついでに裕ちゃんと矢口も任せていいよ」

「ほんと?!も〜〜紗耶香大好き!チュッ」
そう言って飯田が投げキッスをした。
「ハハ…」
ただただ苦笑する市井。

「じゃ〜うちら先行ってるねっ」
「さ〜〜なっち!ケイちゃん!朝食だ〜〜!!」
「………」
無言で目を擦りながら安倍と保田は朝からハイテンションの飯田の後についていった。

「……っふ〜・・後藤〜もういいよっ」
「、、、っふあ〜〜寝たフリって後藤初めてした!難しいね〜〜」
「フリなんかしなくてもいつも寝てるもんな〜後藤は」
「ム〜〜いつもじゃないですぅ〜っ」
「はいはい」
「何だその素っ気無い返事は〜〜!、、、っていうかそれよりなんで食事一緒に行かなかったの?」
「何でって、、後藤がさっきグチグチ文句言ってたから」
「ん?文句?」
「ほら、昨日市井が先に寝ちゃったから期待はずれでどうこうってやつ(笑)」
「き、期待はずれなんて言ってないじゃん…」
「だから〜期待に答えようかと思ってさ…」
そう言いながら市井が後藤に覆い被さった。
「!?い、い、いちーちゃん!?」
市井は上から不敵な笑みを浮かべながら後藤を見下している。
(え!?☆%*@¥そんな急に!!心の準備が!いや体の準備も頭の準備も整ってません!!)

あまりの急な展開に思考が追いつかない後藤。
ゆっくりと市井の顔が後藤に近づく。
「ななな何言ってんのいちーちゃん!起きたばっかじゃん!!」
「?どうせ後でシャワー浴びるんだからいいじゃん」
平常の顔をして顔の距離を縮めていく市井。
「いっいやっそういう問題じゃなくて今朝!朝だし!すぐそこに裕ちゃんと、、んっ・・」
言い終わらないうちに後藤の首筋に市井の唇が触れた。
舌を這わせながら唇で首筋を優しく含む。
そして時より軽く吸い込まれる。
「んっ!ちょっとまっ・・っ!」
(起きたばっかりで・・しかも全然寝てないの・・に・・なんでこんな感じるんだ〜・・はぅ〜・・力が・・抜ける・・・いちーちゃん・・上手い・・・・)
タンクトップの上から横腹の辺りにあてがっている手が次第にゆっくり上がってきた。
どんどん荒くなる後藤の息。
「ちょっ市井ちゃんホントにする・・気っ・・・」
(・・・もう・・いいやどうなっても・・体に力が入らない・・)
そしてその手が後藤の豊満な膨らみに辿り着き、上から軽く添えられた。
「んっ!」
(・・ちょっと触れただけなのに・・もうダメ・・)
(ついに・・ついに・・・いちーちゃんに・・・・後藤がいちーちゃんのモノに・・モノに・・・に・・・・・・)
(・・・・??あれ・・・?)
飛ばされた理性が戻ってきた後藤。気付くと市井の手はもう胸から離れており、唇の感触もいつのまにかなくなっている。
事態を飲み込めず後藤はゆっくり目を開けた。
目を開くと上からニヤニヤしながら見下ろしてる市井の姿が飛び込んできた。
「?・・い、いちーちゃん・・?」

「へへッマジですると思った?(笑)」

「・・・・・バカァ!!!!」
大声で叫びながら枕を思いっきり市井の顔に叩きつける後藤。
そしてその枕を掴む手は止む事なく容赦なく市井の顔を襲う。
「バカバカバカ!!市井ちゃんのバカァ!!」
「イテ!イテイテ!痛いよ!ゴメン悪かった!市井が悪かったっす!!」
頭を手で被いながら必死で防御する市井。

「……ん〜なんや〜うっさいな〜朝っぱらから何してんねん・・・・」

いつもの怒った時の2倍くらいのしかめっ面をした中澤がゆっくりと体を起こした。
同じく何だ何だ?と言った感じでダルそうに体を起こす矢口。

「あ・・・」
そのドスのきいた声に気付き二人の動きがピタッと止まった。
そしてゆっくりと中澤の方に顔を向けた。
枕を振り上げたままの後藤と手で頭を防御したままの市井。

「「お・・おはよ〜・・・」」
そう言って二人同時に引きつった笑みを浮かべた。
(なんだろう・・なんとなく後ろめたいっていうか・・・恥かしいっていうか・・・)
(二人の関係まだ知られてないからな〜・・・)

「お二人さん仲宜しいな〜・・。まっええ事やけど・・静かに騒いどきぃ〜・・・。ほら矢口・・まだ起きるには早いで。もうちょい寝とこ・・。」
「え・・あ〜うん・・まだ朝だもんね・・・」
「矢口〜言葉おかしいで〜・・」
そう言って矢口を抱き抱えながら再びゴロンと体を横たわらせた。

「ハハ・・仲いいのはどっちだか・・」
そう言って市井が微笑ましく笑った。

「さっ後藤朝食食べ行こっかっ」
市井が後藤の頭をクシャっと撫でなでた。
「うんっ♪」
撫でられて満面の笑みを浮かべる後藤。
(って後藤怒ってたはずなのに・・・・)

木のボロイ廊下を市井の腕に抱きつきながらトタトタ歩く。
全然寝てないはずなのに後藤は何故か頭がスッキリしていた。
(う〜〜んこれも愛の力なのかね〜〜)
(しかし・・・ホンット市井ちゃんて何考えてるかわかんないな〜)
(大体なんなんだ!気持ちを出す時と出さない時の差がありすぎ!!)
(後藤の事好きだって分かる前なんかそんな素振り全っっく見せなかった癖に!後藤が好きって言ったら急にこんな攻めてきてさ!!)
(ま・・・嬉しいけど・・・・メチャメチャ・・・)
腕に抱きつきながら市井の横顔をジーと見つめる。
「ん?何?」
「いや〜・・何でもないよ〜〜・・」
「??なんか後藤普段は何でも思った事言う癖にさ〜何で市井の事になると言わない訳?!」
「・・・市井ちゃんがズルいから・・」

「は!?市井が?なんで??あ〜もうさっきの事まだ怒ってんの?悪かったってホントにさ〜」
「、、もう怒ってないよ!」
「マジで?」
「うんうん」
「、、でも後藤朝から元気だよね〜(笑)」
「?元気って・・どういう意味の元気・・?」
「いや〜〜色んな意味で(笑)」
「市井ちゃんがエッチだから悪い・・・」
「はぁ?どっちがだよ〜!」
「市井ちゃんがさ〜〜あんな・・・なれ・・た・・」
「何モゴモゴ言ってんだよ(笑)」
「そうだ!おかしいよ!なんであんな慣れてんのさ!」
「慣れてるって?何が?」
「いやだからその・・・」
「何が?」
「・・いや・・・」
「はい着いた!さ〜て食うぞ!体力つけるぞ!」
(・・・また逃げられた・・)
(まさか市井ちゃん経験あるんじゃないでしょうね〜・・・。でも無いとも限らないんだよな・・・。そういう話した事ないし・・・)
(あ゛〜〜もうなんでこの人はこう次から次へと後藤を不安にさせるのさ〜〜!!)

 

二十四、<肩 〜load off your mind〜>

 

「はい!んじゃ〜最後に裕ちゃんへの感謝の意を込めてみんな一言づつ感想言っときぃや〜」

帰りのバスの中、疲れきって寝ているメンバーを無視し、ガイドマイクを片手に声を上げる中澤。

「は〜いは〜い!」
一番前の席で唯一起きてる矢口が手を挙げた。
「おっなんや〜?矢口♪」
「んとね〜矢口はね〜矢口は〜〜、、一つだけ勉強になった!」
「一つ??少ないな・・まっええかっ。で?なんやっ♪なんやっ♪」

そういうと矢口は口に手を添えヒソヒソ声で叫んだ。
「裕ちゃんは日本一エッチです!」

「なっ!アホ!聞こえたらどうすんの!!」
驚いて目を丸くしながらメンバーの顔を見回し、声を殺して叫ぶ中澤。
「アハハッみんな爆睡してるから大丈夫だよ〜〜♪」
ニヤニヤしながら“勝った”と言わんばかりに嬉しそうな矢口。

「アホッ運ちゃんいるやろ!」
そう言って矢口に近づいて耳打ちした。
「あ・・・」
二人でミラーに写った運転手の顔を確認する。
何とも言えない戸惑いの顔を浮かべている運転手。
それを見た二人の顔が引きつる。
「「ヤバ・・・・」」

「全くムッチャ照れ屋のクセに・・急に大胆発言しやがって・・・。この合宿でそこだけ成長したみたいやな・・・」
「ヘヘッ♪」
「っちゅーかほんまにみんな寝てるんやろな・・・」
シートが邪魔して全員の顔が確認できる訳ではない。
前の方に座ってる保田、安倍、飯田は確認できる

「まっええか別に」
深く考えない中澤はそう言うと矢口の隣の席に座り
「今の大胆矢口でキス魔裕ちゃんが目覚めてしもた・・」
と言って顔を近付けた。
しょうがないな〜といった顔をしながらも顔の距離を縮める矢口。

そんな二人がバスの中でいちゃついてる頃、、先ほどの二人のやり取りを思いっきり聞いてしまい、なんともきまづい気持ちの人物がいた。
一番後ろの窓側座席で、横で爆睡してる市井の頭を肩に乗せ、珍しく起きてる後藤である。

(・・・ゴメン裕ちゃんやぐっちゃん聞いちゃった・・・)
(あ〜〜あ〜〜後藤は結局キス止まりだったな〜〜)
(まぁ・・裕ちゃんとやぐっちゃんはもっと前からデキてた訳だから、、後藤達はデキたてだし・・そんなすぐは流石に・・ねぇ・・)
(それにしても最近後藤寝てないな〜・・ちょっと前まではいつでもどこでも眠かったのにな〜・・・。市井ちゃんの方が寝てる・・・)
「っは〜〜・・」
肩にもたれて気持ち良さそうに寝てる市井の頭を横目で見ながら溜息をつく後藤。
(恋をすると眠れませんね〜ホントに・・)
(付き合いだしてもこんな溜息ついてる後藤・・変だよね・・。後藤ってこんな暗かったのかな・・(苦笑))
(あ〜でも占いで歯が内向きだから陰湿な面があるとかなんとか言われたっけ・・・。当たってますよオバチャン・・・・)
(いや違う!相手が市井ちゃんだからだ!うん絶対そうだ!!)
(市井ちゃんの事好きになった人はみんな絶対こうなるよ!)
(あのエッチに移ろうとする時の慣れすぎの態度とか気になるし・・)
(気になる・・・・)
(初めてって感じじゃなかったよね〜・・)
「どうなんだよ〜・・」
市井の顔を覗き込みながら小声で呟く後藤。
「・・・どうなのさっ」
今度は堪らず市井の顔をつねってみた。

「んっ・・・なんだよ〜後藤〜・・市井疲れて眠いんだよ・・後で遊んであげるから・・」
そう言って起きたかと思うと、肩に乗せてる頭を離し、靴を脱いでシートに横になり「こっちの方がいいやっ♪」と言って後藤の膝に頭を乗せた。
柔らかい後藤の膝で気持ち良さそうに頭を擦りつけながら再び眠る市井。

「・・・子供扱いしてるクセに子供になってる・・・」
口を膨らませて仏頂面の後藤。
しかし目は嬉しそうである。
(こんな市井ちゃん初めて見たな〜♪もしかして付き合い出したら色んな面見せてくれるのかな♪)
(ぜ〜ったい人には見せない面とか後藤だけ見れるのかな・・ドキドキ)
(市井ちゃん普段ガード固いからね。クールな市井ちゃんしか知らないもん。楽しそうに笑ったりはしてるけど、どっか壁あるんだよね〜)
(もっと普段から肩の力抜いた方がいいと思うんだけどな〜後藤は。疲れないのかね〜。)
(でも・・・後藤が市井ちゃんに取って唯一肩の力抜ける存在になりたいな・・・・)
(後藤は市井ちゃんの癒し系になるぞ!)
(だから、、)

“もっと肩の力抜いていいよ・・”

後藤の目の先には安心しきって心地良さそうに眠る市井の顔があった。

 

二十五、<テクニック 〜her hands&lips&tongue〜>

 

市井と付き合う事になってから、ダルかった仕事が楽しみでしょうがない時間と一変した後藤。
仕事が楽しみというより、市井に会える時間が楽しみでしょうがない。
しかし二人の関係はやはり周りに知られてはまずいので、人がいる時は逆にヨソヨソしくなってしまっていた。
更に市井は相変わらず『仕事の時は仕事に集中』と見事に切り替えが出来てるのだが後藤はどうしてもそれが出来ない。
やはり仕事とプライベートがゴッチャになってしまう後藤。

そんな後藤のプッチモニのジャケ写撮影での出来事。
仲良く市井と顔をくっ付けいつものスマイル、、、といきたいのだが市井を意識してしまって何処となくぎこちない。
しかしそんな後藤をよそに見事に営業スマイルを作り出す市井。

「後藤〜顔の表情硬いぞ〜どうしたんだ〜?いつものゴッチンスマイルで頼みますよ〜」

そうカメラマンに言われたもののどうしても表情に力が入ってしまう。
それに気付いた市井が「あっちょっとすいません!」と言って撮影をストップさせ、後藤に耳打ちした。
その間に髪をセットしている保田。

「おいなした〜・・?どっか調子悪いのか・・??」
「いや〜・・なんだろう・・・後藤もよく・・・」
「・・・切り替えろよ・・?」
「へ?」
「後藤意識してっだろ・・」
「・・な、なにが〜・・?」
「分かるよ〜・・」
「・・・・だって・・」
「・・・・・あ゛〜もうとにかく今だけ市井を市井と思うなっ」
「・・無理だよそんなの〜・・・」
「無理な事なんて無いの!はい今から市井は他人です!」
「・・はぁ〜い・・・」

「すいません!もう大丈夫みたいなんで!」
そう言って市井がキリッとした表情でスタッフに後藤の変わりに答えた。

「はいじゃ〜いくよ〜」

カシャッカシャカシャッ

(他人他人・・・隣にいるのは全然他人・・・・・)
(た・・他人・・・)
(・・・・市井ちゃんの匂いするじゃん・・・・他人なのに・・・)

こうして後藤は何処となくひきつった笑みを浮かべたまま撮影が終わり、三人は楽屋に戻った。

「今日の仕事終わりっお疲れ!」
ソファーにドカッと座って手を伸ばしながら安田がそう言った。

「でもさ〜ホント後藤どうしたの?なんか変だよ最近」
「・・・・・」
言葉が浮かばない二人。
「でも悩みがあるような感じじゃないよね。元気は前よりあるし」
「・・・・」
「まぁ、、なんだか知らないけどちゃんとしなきゃダメだよ。仕事なんだから。って、、これ紗耶香がいつも言う台詞だよね(笑)」

「だぞ後藤・・」
「はい・・・」

「じゃ〜私帰んねっ。続きの説教は紗耶香に任せる!(笑)」
「おっおう任せろっ」
そう言ってちょっと拳を挙げてみた。

楽屋を出て行った保田を確認した二人は肩を下ろしながらソファーに座った。
「ふぁ〜〜疲れた〜〜〜!なんか違う意味でマジ疲れんな・・」
「うん・・。でもこの秘密の恋っていうのもスリルあっていいね♪」
「秘密の恋ね〜〜。秘密じゃなくてもさ〜人前でいちゃつくの市井嫌いだから同じだけどね」
「え〜〜人が見てると萌えるよ後藤は」
「ハハッ根っからのアイドル気質だな(笑)」
「AVとか向いてるのかな・・」
「出ろよ。市井買うから(笑)」
「ヤダよ〜〜!!色んな人に見られちゃうんだよ〜!?」
「う〜ん・・・市井が買い占める」
「じゃあ出す意味ないじゃん(笑)」
「そっか(笑)」

「・・・っつーか・・・」
「ん?」
「・・あんね後藤・・」
「うん。何・・?深刻な顔しちゃって・・」
「・・・・」
突然立ち上がり、後藤に背中を向ける市井。
「どうしたの・・・?」
「・・あのさ・・・付き合ってる事が・・仕事に差し支えるなら・・・」
「・・・・」
(まさか別れるとか言わないよね・・・)
「差し支えるならさ・・・考えるよ・・・」
「え・・・・・」
(考えるって・・・)
「人に迷惑かけてまで、自分等の欲求通すのって、市井は違うと思うんだ・・・・」
「・・・市井ちゃん・・・」
「市井は・・あくまで後藤にとってプラスの存在でありたいんだよね・・。後藤だけじゃなく、市井も。お互いが、プラスになる恋してたいと思う・・」
「だから・・もしそれが、、」
「頑張るから!!」
市井の言葉を止めるように後藤が立ち上がって声を上げた。

「え・・?」
そして後ろから市井に抱きついた。
「後藤頑張るから!!だからそんな話しないでよ・・。後藤は・・後藤は市井ちゃんと別れたらそれこそ頑張れないよ・・?」
「・・・」
「後藤ちょっと甘えてた・・。市井ちゃんが後藤のものになったんだ〜って浮かれてた・・。ちゃんと、するから・・。仕事も恋も・・両立できるようになるから!」
そう後藤がいい終わったと同時に市井が後藤の方に体を向けた。
「・・・うっし!それが聞きたかったんだっ。、、ちゃんと、、出来るよな?」
「うん!」
「よしっ」
そう言って市井はニコッと微笑みながら後藤の頭をクシャッと撫でた。
ニマ〜っと顔が崩れる後藤。
それを見た市井の表情が次第に真剣な表情へと変わっていく。
ゆっくりと後藤を壁の方に押していく市井。
「い、市井ちゃん・・・?」
突然のマジな顔の市井に戸惑いながらも押されるままになる後藤。

そしてついに壁に押さえつけたれた。

真っ直ぐに真剣な目で見つめられ、後藤の心臓が跳ねる。
体を縛り付ける視線。
体の温度が一気に上がる。
胸の奥から込み上げてくる熱い呼吸。
少しづつ市井の顔が近づく。
10センチ、9,8、
そして3センチ程にまで近づいた唇が、そこで止まった。
うつろな目の後藤。
その目を熱い視線で見つめる市井。
市井の視線が唇にゆっくり移る。
それと同時に後藤の肩を抑えつけていた手が離され、ゆっくりと下にさがり、腰に回された。
そして体を引き寄せられる。
より密着する体。
しかし距離を縮めようとしない唇。
後藤の体の奥底がうずく。
そのうずいた体を慰めるように、市井は後藤のTシャツを少したくしあげ、その隙間から背中に手を這わせてきた。
その手は肌を直接撫でまわす訳ではなく、指先で背中の割れ目を上下になぞる。
ビクッと跳ねる後藤の体。
ぼやける意識。
渇望する唇。
欲望をもったえつかせる間。
込み上げてくる欲望が荒い呼吸となって肩を上下に揺らす。
後藤の欲求が限界を超えようとした時、無意識の中で声が出た。

「いちー・・ちゃん・・・キス・・してよ・・」

そううつろな目で欲求を訴えかけた瞬間、クラクラする意識の中で求めていたものが一気に覆い被さってきた。
とろけるような唇と舌の感触。
舌を絡ませ、激しく被ってくる唇。荒い呼吸に激しいキスで呼吸もままならない。
時より漏れる荒い息の音がはっきりと耳に届く。
しかしそれが自分のものか市井のものかの判断をもうろうとする意識の中するのはあまりに困難だ。
市井の手がキスに合わせて後藤の背中を激しく撫でまわす。
肌を直接触られ、激しい鼓動と同時に下腹部とその下に繋がる部分がジンジンと規則的に熱く鼓動するのが分かる。
なんとも言えない初めての感覚。
足の力がどんどん抜け落ちていく。
そして市井がついにブラのホックを外した。
(市井ちゃん・・・・!)
背中を這っている手がゆっくりと前に回ってくる。
前に回ってきた手は心臓の上でその激しい鼓動を堪能してるかのように動かない。
より激しくなるキス。
より激しくなる鼓動。

そしてようやく心臓の上の添えられている手が上に上がろうとした瞬間だった。

ガチャッ!!

「はぁなんやそれ!それは矢口がおかしいやろ!」
「なんでさ〜」

突然のドアの音に二人の体がビクッと跳ねた。
そして市井が慌ててバッと後藤から体を離した。

髪を触りながらバッとソファーに座り、下を向いて雑誌を開く市井。

俯いたまままだ余韻から抜けれない後藤は、崩れ落ちそうな体を壁に手を当ててなんとか支えている。

話に夢中でお互いの顔を見ながら入ってきた矢口と中澤は二人の行為に全く気付いていない様子。

「ういっす〜〜」
「紗耶香ゴッチンおっす!」

「おっおっす!」
なんとか笑顔で挨拶する市井。

「??ゴッチンなんでそんなとこにおんの?(笑)」
「・・・・・」
「???どうした??お〜いゴッチ〜ン?」
そう言いながら矢口が後藤のもとに近づいてきた時、後藤は赤面した顔を見られぬよう下を向いたままタタッと楽屋から出て行った。

ガチャッ

後藤が無言で出て行って閉まった扉をボーッと見つめる矢口と中澤。
「なんやなんや??紗耶香なんかあったん??」

「え!?あ〜後藤ねっ今市井が説教してたからちょっと凹んでるんだと思う・・ハハ・・」
「なんやそうなんか。まっ紗耶香の説教は間違った事言ってへんからあれやけど、ほどほどにしときや〜。辞められたらかなわんからな(笑)」
「ふ〜ん説教ね〜・・・・」
(説教してたのになんで雑誌読んでるのさ。それにゴッチンは泣いてる時絶対しゃくりあげるんだよね。なんかおかしいな〜・・。もしかして〜・・)
突然ニヤける矢口。
「?矢口なにニタニタしとるん?気持ち悪いで(笑)」
「いや〜別に♪ねっさ〜やか〜〜♪」
「・・なっ何だよ・・・」
「へ〜〜そっか〜〜ふ〜〜ん・・」
「・・・何なんだよ!気持ち悪いぞ!」
「そうや気持ち悪いで(笑)なんやねん!はっきり言いや〜!」
「紗耶香言っていいの?」
「え!?言っていいって・・何が・・?」
「う〜ん、、やめたっ」
「なんやねん気になるやん!」
「いや〜どうしよっかな。じゃあこれだけ言っておこう」
「なんやなんや?」
「紗耶香おめでと♪」
「・・だから何がだよ!」
「そうや意味わからへんで!!」
「いいのいいの裕ちゃんは分からなくて♪」
「なんやそれ!!」

「っつーかなんで二人ここ来てんの?プッチ楽屋だよここ・・」
「時間できたから遊びに来た♪」
「遊びにって・・・・」

―――月下の珠玉―――
―――――
―――――
楽屋を飛び出した後藤は人のいない廊下の所で壁にもたれていた。

≪ドックドックドックドックドック≫

(・・・まだドキドキが止まんない・・。体も・・熱い・・・・・・・)
「・・っっっはぁ〜〜っ・・」
後藤は体に溜まった何かを吐き出すかのように大きく息を吐いてみた。

≪ドックンドックンドックン≫

しかし止まらない鼓動。
(・・ふぁ〜・・クセになるね〜市井ちゃんのキスは・・・)
ぼ〜っとキスの余韻に浸る後藤。
(市井ちゃんこうやって徐々に徐々に後藤を市井ちゃん中毒にしようとしてるんじゃないでしょうね・・。もう中毒か・・。怖い人だ・・)
(っていうかなんかいつもあの二人に邪魔されてるな〜〜!)
(・・せっかく・・・いいところでさっ・・今回は市井ちゃんマジだったのに・・。でも市井ちゃん・・あんなテクニシャンなのある意味ヤバいよ!)
(市井ちゃんて何でも一生懸命だからな〜〜まさか筋トレボイトレと同じ感覚でキストレなんてしてるんじゃないでしょうね・・・・アハッ・・)

(・・・する相手がいたのかなやっぱ・・・。)
(・・ダメだ・・・どうしても気になる・・・。思い切って聞いてみよっかな・・)
(・・返事が怖いな・・・・・。付き合ったの後藤が初めてじゃないよって言われたら後藤その場で倒れちゃうかも・・・)
(でもキスするたんびにこんな事思ってたら嫌だもんな〜・・)

(よしっ聞こ!!後藤頑張ります!!)
そう気合を入れて楽屋に向かって歩き出した。

 

二十六、<返答 〜the answer〜>

 

(テンション上げなきゃね!)
(勢いで聞こう勢いで!!)
「ふんふんふ〜ん♪」
テンションを上げる為に無理矢理鼻歌を歌いだす後藤。
(よっしついた・・。深呼吸深呼吸・・)

「っふ〜・・」
(行くぞ・・)

ガチャッ

「おうゴッチンおかえり〜。すっきりしたか〜」

「・・・・・」
(・・・・裕ちゃんまだいたの・・・やぐっちゃんも・・・)
「おかえり〜♪」
やたら笑顔な矢口。

またもや邪魔する二人組。

「ただいま〜・・」
そう返事をしたものの笑顔が引きつっている。

市井は後藤をチラッと見て無言ですぐにまた雑誌を読み出した。
(・・照れ隠し・・?かな・・?なんかこんなんでもちょっとズキッときちゃうな・・)

「っていうか裕ちゃん何がすっきり??」
「へ?だってさやかに説教されて泣いてたんやろ?」
「・・あっあ〜うんうんすっきりすっきり・・アハッ・・」
「ほらちゃんと次からはもうあんな事はしませんって紗耶香に言っときや〜」
「あんな事って?」
「いや、知らんけど(笑)とにかくちゃんと謝っときぃ〜。ゴッチンいつも泣いて終わりやん。」
「・・・・」
(・・・そういえばそうかも・・)
「ズルいで〜そんなん。紗耶香言う事言うけどそれ以上詰めないからな〜。あたしやったらちゃんと謝るまでとことん言うんやけど(笑)」
「紗耶香は怒るけど愛情持って怒るからね。裕ちゃんの説教は愛情が感じられないもん(笑)」
「うっさい矢口!何言っとんねんベッタッベタに愛情注いでやってるやん!」
「・・それは・・・今じゃん・・」
赤面しながらボソッと呟く矢口。

「っつーか大丈夫っ・・さっきちゃんと謝ったから・・。な?後藤っ・・」
無理矢理ニコッと笑う市井。

「え!?あ〜うんっ・・」
「あら、そやったん?ほんなら裕ちゃん悪かったな。ごめんな〜てっきりまた言われて無言で泣いてたかと思ったわ〜」

「そんな事ないよ。後藤も成長してるもんなっ?」
今度は普通にニコッと笑いながら市井がそう言った。
「う・・うん・・」

「も〜〜裕ちゃんは人の事に首突っ込まなくていいの!ゴッチンの事は紗耶香に任せておけば間違いないんだからっ」
「ええやんリーダーやもん・・」
「あっそうだっけ(笑)」
「おいこら矢口!忘れとったんかい!!」
「うん年は忘れないけどね」
「年を忘れろ!!」
「イヤだよ〜〜♪」
「くっそ〜ムカつくわ〜!!」
「あっ裕ちゃんあのテレビに待ちあわないよ。もう帰ろ?」
「あ!ほんまや!、、って話反らしたな!あのテレビって何やねん!」
「ほんまって言ったじゃん(笑)」
「うん見たいのあんねん(笑)」
「じゃあ帰ろうよ(笑)」
「おうそやな(笑)」
「じゃ〜ゴッチン紗耶香お幸せにね〜〜♪」
「??最近の高校生は帰り際にお幸せに言うんか?」
「うんそうだよ知らなかったの?裕ちゃんが知る訳ないか」
「年って言いたいんか!そうなんか!!」
「いや?時代遅れって言いたいんだよ」
「同じや!!、、、お幸せにな〜♪どう?若い?」
「アハハハハ!!!(爆)」
「なんでそんなに笑うん・・・」

ガチャッ

と、、漫才のようなやり取りをしながら二人はそそくさと楽屋から出て行った。
結局二人は何をしにきたのか・・。

「「・・・・・」」
ただ呆然とする二人。
そして我に返った後藤は市井の隣に座った。
「・・・二人仲いいな・・」
「ね・・・」

「っていうかゴメンねっ市井ちゃんに嘘言わせちゃって・・」
「ん?ウソ?」
「後藤が謝ったって・・」
「あ〜いいよそんなの」
「なんか関係隠す為に色々嘘言わなくちゃいけないのってなんとなく嫌だね・・」
「う〜ん・・まぁな・・。、、でもまんざら嘘じゃないし」
「え?」
「後藤も成長してるってやつ」
「ほ、ほんと・・?」
「うん。嘘にはならないよっ。後藤の頑張るって言った言葉、市井信じてるから」
「市井ちゃん・・・」
「市井ちゃん・・♪」
「なんだよ二回も言うなよ(笑)」
「市井ちゃん!!」
そう言って抱きついた。
「・・・可愛いな〜マジで・・」
「え!?今なんて言ったの!?」
「いや・・だから可愛いなって・・」
「・・・市井ちゃん初めてそういうの言った・・」
照れて顔を市井の胸に埋める後藤。
「あれっそうだっけ?」
「そうだよ・・」
「・・・・」
「もっと言ってよっ」
「・・・特別の時しか言わないのっ」
「な〜んだ。ケチ〜」
「いつも言われたかったらアメリカ人と付き合えよ(笑)」
「嫌だよ〜〜っ市井ちゃんじゃなきゃ後藤は嫌ですっ」

「・・・市井ちゃん・・?」
「ん?」
「ん〜〜っ」
目を瞑って尖らせた唇を突き出す後藤。
「・・後藤って実は裕ちゃんよりキス魔?(笑)」
「え・・そうなのかな・・」
「まぁ・・別にいいけど・・」
そう言いながら市井が近づけた唇が静かに重なった。
≪ドキドキドキドキ≫
そしてゆっくりと顔を離す二人。
「っふ〜〜・・やっぱ後藤は抱きしめるよりキスかな?」
「は?なんだよいきなり」
「前から思ってたんだよね〜。ウタダヒカルの曲で、、キスより抱〜きっし〜めって♪ってあるじゃん?」
「うん」
「抱きしめるよりキスでしょ〜って思ってたんだよね(笑)」
「ハハッ・・んな事思いながら歌詞読む奴いたんだ・・」
「いますよここに(笑)で〜やっぱ実際試したらそうだっだ♪」
「う〜ん、、かもね。でもどうだろ、状況によるんじゃない?」
「状況?」
「例えばさ、ず〜っと会ってなくて、やっと会えたら、、まず抱きしめたいんじゃないかな?ギュ〜って」
「ん〜〜・・後藤分かんないっそん時にならないとっ。それに市井ちゃんにずっと会えなくなんてしないもんっ♪君〜にっアデ〜ッテッか〜もっ♪」
「アハハハ!!(笑)アデ〜ッテって何だよ!(笑)」
「・・だって英語だもん・・よく分かんない・・」
「アデクティドゥっ」
「アデクティドゥ・・・」
「意味知ってんの?」
「ううん全然」
「ハハッ・・。えとね〜中毒っ」
「!?中毒!?」
「うん、君に中毒かも〜って歌」
「あ〜!すっかり忘れてた!!」

「??何?中毒を??」
「あ〜・・えっとぉ〜・・・・」
(なんて聞くんだっけなんて聞くんだっけ!!)
「??」
「んとね・・」
「うん」
「い、市井ちゃんは〜・・・」
「?うん」
「は、初恋はいつ?」
(って違うじゃん!何聞いてんだ後藤は〜〜!!)
「へ?初恋?う〜ん小学生ん時じゃない?」
「そ、そうなんだ・・・」
(聞きたく無い事聞いちゃった・・後藤のバカ・・)
「い、市井ちゃんは・・」
「なんだよ質問タイムか?(笑)」
「・・市井ちゃんは・・後藤の何処が好きなの・・?」
(あっこれは知りたいかもしれない♪後藤ナイス♪)
「う〜ん・・・・」
(即答してよ〜〜・・(涙))
「それはね〜、、」
「うん・・」
(ドキドキドキドキ)
「教えないっ」
「え!?なんでさ〜!」
「いや〜言っちゃったらなんか・・、、うん秘密っ」
「ム〜〜・・・」
「後藤は?」
「ん?」
「後藤は市井の何処に惚れた訳?」
「市井ちゃんが秘密にしたから後藤も秘密ですぅ〜」
「チッなんだよ・・」
「後藤の気持ち分かった?(笑)」
「・・うん(笑)でも言わない」
「なんでさ〜!まぁいいや・・」
(それよりも!)
「市井ちゃんは〜!」
「だから何なんだよ(笑)」
「市井ちゃんは〜・・・」
「うん」
「・・・・何でもない・・・・」
(・・・ダメだ聞けない・・・)
「いっつもそれだな・・もう慣れたからいいけど」
「・・・・」
(っは〜〜後藤意気地なしだ〜〜・・・)

 

二十七、<成長 〜That was how it all started〜>

 

市井に頑張ると誓った後藤。
その言葉通り、後藤の仕事中の様子は誰もが見て分かる程に一変した。
今までが今までなので、突然市井のように真剣な熱い目で仕事をこなすようになった訳ではないが、仕事に対して取り組む姿勢が変わったのは事実だった。
気持ちの切り替えが出来ているかどうかは疑問だが、とにかく一生懸命仕事に打ち込もうとする態度がそこにあった。
今まで後藤に欠落していたものだ。
普段なら自分以外のメンバーが仕事している時はスタジオの隅で寝たりしていたのだが、きちんとメンバーの仕事にまで目を通していた。
するとその様子に驚いたメンバーに突然声を掛けられた。

「めずらしいね〜ゴッチンが他の人の仕事見てるなんて(笑)」

市井の次にやる気を全面に出してるメンバー。安倍である。
「あっなっつぁ〜ん」
「なんかあったの?最近ゴッチンちょっと人変わったみたいだよ(笑)」
「・・なんか・・ねぇ・・」
そう言いながら突然ニヤける後藤。
「なんだべっ!さては恋人できたべかっ」
「・・そんな事ないよ〜〜〜♪」
「怪しいな(笑)目が嬉しそうだもん(笑)」
「それよりなっつぁん最近ちょっと痩せたんじゃない?」
「え!?ホントに!?嬉しいべさ!!」

最近同じような感じで色んな人に聞かれてた後藤。
その交わし方もこのように上手くなっていた。

そして後藤の仕事に対する勢いは自宅ででも尚続き、それが結果として現れてきていた。

「後藤ダンスの振りマスターしてきたんだ!?課題だしてないのに自主的にやってくるなんて珍しいね〜!偉い偉い!」

そう驚嘆してるのはダンスの振り付け士である夏先生だ。

「はぁ・・」

褒められているのに力なく苦笑しながら返事する後藤。
普段から怒られてばかりいると相手に対して小さくなってしまう。人間とはそういうものである。

そう力なく返事してる後藤の様子を見て思わず笑みをこぼしている人物がいた。
「?紗耶香何ニヤニヤしとん?珍しいな。、、まぁゴッチンの自主練のが珍しいけど(笑)」
「え!?いや〜なんでもないよ〜・・」
そう言いながらも顔がほころんでいる市井紗耶香である。

するとその横から突然矢口が会話に入りこんできた。
「後藤が最近人変わったように頑張ってるから嬉しいんでしょっ。"キョ〜イクカカリとして”っね!」
得意な意地悪な笑みを浮かべながらやたらそこを強調する矢口。
「・・そうそうっ」
「なるほど。そりゃそうやな。うちも矢口が髪を金パにした時は嬉しかったもんな」
「なんで教育と金パが関係あんのさ!」
「いや〜成長したなって。子供がギャルに。、、アッハハハ(爆)」
自分で言って自分で爆笑する中澤。
「・・・全然面白くないよ!!」
頬を膨らませて中澤を睨みながら仏頂面の矢口。

そんな二人のやり取りをよそに、市井は決して上手いとは言えないが黙々とダンスの練習をしている後藤の姿を愛おしそうに見つめていた。

 

二十八、<欲心 〜a person that arouses sexual desire〜>

 

仕事に真面目に取り組むようになり、周りからの風当たりも良くなってきていて、より仕事でもプライベートでも楽しく過ごせるようになってきた後藤。
しかし人間は悩みが尽きない。元来楽観的生物では無いのだろう。次から次へと現れる。
それは恐らく悩みを乗り越えた時の大きな喜びを求めているのだろう。
悩み自体が願望とも言えようか。無意識の願望というやつだ。

後藤の場合の今一番の悩みはと言うと、、、市井との“もう一歩の関係”についてである。
それに加えて市井の過去についてだ。
結局あれから聞けずじまいになっている。
知りたいけど知りたくないというアンビバレントな感情が同居している。恋愛ならではの感情。
過去を聞かなければ市井とのもう1歩も同時に進めない。

その二つの悩みを同時に解決できるかもしれないシチュエーションに、たった今後藤はいた。

散らばっている物が唯一ないベットという領域の上でお菓子片手に寝転がりながら漫画を読んでる市井の姿。
そのすぐ隣で市井の横顔を膝を抱えながらただジ〜ッと眺めている後藤。
そう、ここは後藤の部屋なのだ。

≪ドキドキドキドキ≫
(市井ちゃんがベットに自然にいくように床に物を散らばしておいたんだよね〜・・。いや元々散らばってたけど・・)
(作戦は成功したけど・・。市井ちゃん・・こんな美味しいシチュエーションで何のん気に漫画なんて読んでいられるんだろ・・。)

「あはっ!アハハハ!!」
漫画を読んで笑う市井。

(・・・何がおかしいんだ!後藤はちっとも楽しくないぞ!!)
(こんな可愛い子と同じベットにいたらさっ・・やる事は一つじゃん・・・)
(速攻漫画読み出すんだもん・・。そんなの自分の家で読め!!この漫画オタ!!)

「ねぇねぇ市井ちゃん・・」
市井の腕の裾を引っ張る後藤。
「ん〜〜何〜〜?」
漫画を読みながら返事する市井。

「・・後藤・・暇なんだけど・・・」
「ん〜〜じゃあ後藤も漫画読めよ〜〜」
「・・・ヤだ・・」
「じゃ〜大人しくしてなさいっ」
「・・・・」
(ムカッ!)

バシッ

「イッテ!!!なんだよ!!」
突然後藤が市井の背中を強く叩いた。
「大人しくって何さ!!何のために今二人でいるのさ!!漫画読むなら自分の家で読めばいいじゃん!!」
「だって後藤がうち来てってゴネたんじゃん!市井は今日は疲れたから帰るって言ったじゃんかよ!」
「・・そうだけど・・!!」
「市井は今日やっと発売されたこの新巻を楽しみに待ってたの!全く何年待ったと思ってんだよ!」
「そんなの知らないよ!!後藤悪くないもん!!」
(後藤だって市井ちゃんとの甘い夜を何週間待ったと思ってるんだ!!)

「・・もういいよ!帰ればいいじゃん・・!!」
「・・・い、いいのか・・ホントに帰るよ・・」
「・・いいよ・・もう市井ちゃんなんていい!後藤より漫画のが好きなんでしょ!帰ればいいじゃん!」
そう言ってボスッと枕を市井に投げ、市井に背を向けた。

「・・・・」
無言の市井。
「・・せっかく市井ちゃんと二人っきりになれる少ない時間なのにさ・・」
「おっおい後藤泣いてんの・・?」
「・・泣いてない・・ック・・よ!ヒック・・」
「・・・泣いてんじゃん・・・。こんな事くらいで泣くなよ〜・・・。悪かったよ・・市井が悪かったからさ〜・・」
そう言って後ろからキュッと抱きしめた。
「・・漫画はもういいから・・。っつーか殆ど読み終えたし・・。二人で楽しめる事すっから・・」
(・・やった♪ちょっとウソ泣きしちゃった・・アハッ市井ちゃんごめん・・)
「・・二人で楽しめる事って・・・?」
(やっぱ・・一つしかないよね〜・・・つっついにくるのかな・・)
≪ドッキドッキドッキドッキ≫

「う〜〜〜ん・・」
≪ドッキンドッキンドッキン≫
(ほらっ今丁度抱きしめてるんだからそのままの流れでいけるじゃん市井ちゃん!!)

「ん〜〜〜〜、、、、、マリオカートやろっ?♪」
(ドタッ!)
「!?マッマリオカート!?」
「うんっ。そこにスーファミとマリオカート転がってるじゃん。久々にやってみたいなって思った。これなら二人で楽しめるしさっ」
「・・・・」
「市井はえーぞ!クッパ極めてっから!」
(・・市井ちゃんて・・・市井ちゃんて・・・)
「後藤は何派?ノコノコとか使ってそう(笑)」
「・・・ノコノコ・・」
「アハハッやっぱり!!(爆)」
(・・これからは市井ちゃんが来る時はゲームとか漫画関係全部隠しておこう・・)

そう心に強く誓った後藤だった・・。

―――
ベットに二人仲良く座り、止むを得なく一緒にマリオカートを始めた後藤。
、、が、やはり市井の圧倒的な強さで勝負にならない・・。
結局市井が先にゴールしてしまい、もう誰も走ってないコースを一人で池ポチャしながら走っている。

(・・・後藤何やってんだろ・・・)
(市井ちゃんてロマンチストだから二人っきりになったらまずロマンチックなビデオとか見て・・二人で泣いて・・その後なんか甘い言葉とかかけられて・・そういう雰囲気になって・・で自然とそういう事になると思ってたのに・・。・・予想はずれだ・・期待はずれだ・・・・)
(・・もう・・いいや・・なんかどうでも良くなってきちゃった・・・。
(あ〜あ〜・・市井ちゃんのイメージが・・・・)
(恋ってこうやって冷めていくのかなぁ〜・・・なんて・・・)

「・・・市井ちゃんロケットスタートやめてよ・・ズルいよ・・・。変な近道走るし・・ドリフトかけながら後藤の事池に落とすし・・」
(・・・・結局後藤もゲームに入り込んでるし・・・)
「んな事言われたって・・(苦笑)っつーか後藤が下手すぎ・・」
「・・・だって・・これゆうきのだから後藤あんまやった事無いもん・・。たまたま今ここにあるけど・・」
(部屋散らかす為にわざわざ持ってきたんだよね・・。自業自得だ・・)
「・・にしてもね・・。自分から池突っ込んで行ってんじゃん・・・(苦笑)、、、、あ〜〜〜〜暇だ!早くクリアしろ〜〜」

(・・市井ちゃん・・・お願いだから後藤の愛を冷まさないで・・・)

「・・う〜〜ん暇だから後藤でも見てるとするかっ」
「え!?何!?」
突然じ〜っと後藤の横顔を眺めてくる市井。

「ちょっやめてよ!ゲームに集中できないよ!」
「・・・・」
そう言っても無視して真剣な目で見つめてくる。

≪ドッキドッキドッキドッキ≫
(・・これくらいですんごいドキドキしてる・・・)

「横顔ちゃんと眺めた事ってあんま無いからさ・・たまには長く見ていたいじゃん」

「やっちょっと市井ちゃんホントやめて!後藤何処走ってるかわっわかんなくなってきちゃった!今前から来たピーチ姫とすれ違ったんだけど!」
≪ドックドックドックドック≫
(ダメだ〜〜やっぱ市井ちゃんの視線はドキドキする・・何気に甘い言葉も掛けられた・・後藤もうダメだ・・・)

(やっぱり市井ちゃん・・あなたが好きです・・・・)

 

二十九、<優しさの露呈 〜pure reason〜>

 

市井に見つめられて動揺して中々クリアできない後藤。
さっきから逆走したり池ポチャしたりでメチャメチャである。

≪ドックドックドックドック≫
(市井ちゃんの視線って何かが出てるんじゃないかって思うくらい頭ん中鈍るな〜・・あ〜〜もうダメだ・・・頭の中グルグルする・・)

「いっ市井ちゃん見るのやめてくれなきゃ後藤いつまでたってもクリアできないんだけど・・・」
「・・もう待てないや・・」
「だからやめてくれればクリアできるってば!」
「クリアが待てないんじゃなくて、、」
「え?」

「こっちが待てない・・・」

そう言ったかと思うとカチッとゲームの電源を切り、リモコンを手にしてテレビも消した。
そしてリモコンを投げ捨てながら強引に後藤に唇を重ねる市井。
「ん・・・」
後藤の手にしていたコントローラーが音を立ててベットから落ちた。
キスしながら市井がゆっくりとベットに後藤の体を押し倒す。
無くなるものでもないのだが、焦りを感じてるかのように激しく舌を絡めてくる市井。
市井とキスは何度もした後藤だが、ベットの上でのキスはそれまでのとは全然異なり、新鮮味や快感なんて言葉を全く超越している。
押し倒されている状態が精神的に攻められている感を高められ欲情に拍車を掛ける。
もう何も考えられない状態。
鼓動が速くなりすぎてまるでどうにかなってしまいそうな感覚。
暫くキスを交わし、市井がゆっくりと顔を離した。
上から見下ろしている息の荒い市井の顔が後藤の体の奥深くをうずかせる。

「「はぁ・・はぁ・・」」

上がった息を堪能しているかのように暫く見つめ合う二人。
しかし見下ろしている市井はキスの続きの行為に中々移らない。
飛んでるはずの理性の中で必死に何かを思考してる様子。
そしてようやくもうろうとしている後藤に小さく声を発した。

「・・・いいの・・?」

その意味は思考がままならない状態の後藤でも考えるまでも無く理解できた。
相手が抵抗しないかぎりベットの上でのキスはその続きも受け入れるという事を意味しているはず。
その時点ですでに合意の下の行為なのだが、確認をとる市井。
飛んでる理性の中でのその気遣いが相手への愛情の大きさを示す。
単なる自己の欲求の発散目的では無いよと言う意思表示でもある。
(市井ちゃん・・・)
ベットに好きな子を押し倒したらもう何も考えずに無我夢中で相手にむさぼり付く人間が殆どだ。
理性が飛んでる状態の方がよりその人間の本質が出る。
“いいの・・?”
その後藤への気遣いの一言が何だかとても嬉しくて、ますます好きにして欲しくなる後藤。
しかし市井の真の愛情を感じ、後藤の中で頭の隅にあった一つの突っかかりをうやむやにしてはいけないという気持ちが無意識の中で芽生えた。

「・・いちー・・ちゃん・・?」

後藤も市井の気持ちに答えるべく、飛んだ理性をなんとか捕まえ、ポツリポツリと頭に浮かび始めた言葉を出した。

「ん・・?」

「一つ聞いていい・・?」

「うん・・何・・?」

先程のマジな表情を抑えて、優しく穏やかな表情で見下ろしながら返事する市井。

「後藤ね・・・」
「・・・・ずっと気になってた事があるんだ・・」

「うん・・」

一生懸命言葉を選び、間を開けながらポツリポツリと話す後藤を市井は穏やかな空気で受け入れる。

「・・市井ちゃん・・・」
「・・・後藤の前に付き合ってた人いたの・・?」

「・・・・」

「・・いた・・の・・・?」

「・・いたらどうする・・?」

「・・・・・・・」

悲しげな顔で俯く後藤。

「・・ウソウソいないよっ」
そう言って後藤の髪をそっと撫でた。

「え!?ホント!?」

「うん。後藤にウソはいわないよ」

その言葉を聞いて後藤は嬉しそうに笑みをこぼした。

「・・もしいたらどうしてた?」

「・・・どうもしないけど・・なんかイヤだ・・」

「もう関係ないのに?」

「・・うん・・。あ〜このキスは前の方から伝授されたんですか〜・・って思っちゃうもん・・」

「なんだそれ(笑)考えすぎだよ後藤(笑)」

「・・だって・・」

「・・・じゃあ今日はとことん伝授すっかっ」

「え?」

「市井から後藤に、、染み付いてずっと忘れれないくらい伝授する事にしたっ」
「それに、、なんか後藤が可愛すぎて今日エッチしちゃうのちょい勿体無いや」

「なっ何それ・・」

赤面する後藤。

「今日はなんか、、エッチより抱きしめてキスがしたいかな?市井的には」

「さっきまでやる気満々だったくせに(笑)」

「んな事ないっす・・」

「おっ市井ちゃん照れてる照れてる」

「照れてな、、!!」
そう言い掛けた瞬間後藤が市井の腰を掴んでクルッと体をひねらせ市井の上になった。

上から市井を見下ろす後藤。
「・・・・」
驚いて言葉を無くす市井。

「・・・市井ちゃんてホント優しいね・・」

「・・今頃気付いたのかよ・・・」

ゆっくりと後藤の顔が市井に近づき、静かに唇が重なった。

何度も何度もキスをして、ずっと抱き合って朝まで眠った。

幸せという二文字が、そこにはあった。
その時の二人は、しがらみだらけの運命の恋であるなんて思いもしなかった。
ただ純粋に、ずっと、ずっと永遠に続くものだと信じて疑わなかった。

 

三十、<禁止令 〜a stoic〜>

 

「いちーちゃん」
「いちーちゃんいちーちゃん」
「朝だよ〜〜起きろ〜〜」

「ん・・・・・まだいいじゃん・・今日日曜だし仕事午後からじゃんかよ〜・・・」

珍しく先に起きた後藤。
一つしかない枕から後藤に陣取られて落っこちてしまい、枕なしで丸まって寝てる市井の肩を後ろからユサユサと揺らす。

「ダメだよ後藤目ぇ覚めちゃったもん」
「なんだよそれ・・いいから寝てろよ・・後藤なら余裕でまだ寝れるから・・」

「ヤだよ〜午後まで遊ぼうよ〜せっかく二人なのに寝てるの勿体無いじゃん」
「市井は寝たいのっ・・・・おやすみっ」

「・・・・・」

「!?なっなんだよ・・?」
突然後藤が市井の肩をぐっと掴んで仰向けにさせた。
そして、、

「・・!?おもっ!!!」
「重いっ言った!!!後藤が気にしてる事を!!!」
「じゃあ上乗んなよ!!重い・・ってば・・!!息っ息できなっ・・・ぃ!!」
市井の上に覆い被さり、抱きつく後藤。

「へへっこうしてると落ち着くな〜・・・」
「市井は落ち着かねーよ!!」

「も〜うるさいな〜人が浸ってる時にさ〜。じゃあ分かったちょっと下がる」

モゾモゾと下がっていき、布団の中に入っていく後藤。
そして市井の胸に埋まるように頬を当て、キュッと市井のTシャツを掴む。

「・・毎日こうやって寝てたいな〜・・・」
「・・・・・」

後藤のその深い言葉に無言になる市井。
照れも入ってか口をキュッと結んで目が上の方を少し泳いでいる。

「どうまだ重い?」
「・・うん後藤は重い」
「後藤の重さの事じゃなくて市井ちゃんが大丈夫か聞いてるの!!」
「ウソウソ重くないよ大丈夫・・」
「なにさ自分がちょっとばかしスレンダーボディーだからってさ・・・」
「後藤も痩せればいいじゃん」
「嫌味だ・・。それが簡単に出来たら世界中の女の子は〜〜、、!」
「あっやっぱダメ」
「?何が?」
「やっぱ痩せちゃダメ」
「へ??なんで?」
「・・・」
「ねぇなんでなんで?」
バッと布団から顔を出し市井の顔を覗き込む後藤。

「・・今の方が似合ってるん・・じゃない・・?」
「・・・・・プッ」
「なんで笑うんだよ!フォローしてやってんのに!」
「いや〜だって相変わらず市井ちゃんは素直じゃないな〜と思ってさっ」
「何処が・・」
「素直にさ〜今の方が好きって言えばいいのにさ〜〜♪」
「・・・眠い寝るっ」
「アハッ可愛いね〜〜やっぱ後藤ももうちょっと市井ちゃんと寝てよ〜〜♪」
そう言って市井にピッタリ抱きついて2分もしないうちに速攻で寝だした。
しかし一方市井は寝ると言ったものの完全に起こされてしまっていた。

「・・さっきの衝撃が効いたな。目ぇ覚めちったよ・・」

「・・しっかし可愛いな〜マジで・・・寝顔まで可愛いのって罪だぞ・・・」

スースーと寝息を立てながら気持ち良さそうに市井に抱きついて寝ている後藤を、市井は何やら考え事をしながらボ〜っと見ていた。

「・・・やっぱこういう機会ないからちゃんと言っとくか・・」

「後藤〜、、後藤起きろって、、話しよ話」
「ん・・?何〜・・いちーちゃんが寝ろって言ったんじゃん・・」

「一つ後藤に言おうと思ってた事あったんだ」

「え・・?それって・・大事な話・・?」
「ん〜、、まぁ・・」
「・・・ヤだ」
「ヤだって何だよ。まだ何も言ってないじゃん」
「だってどうせいい話じゃないもん」
「なんで決め付けるんだよ・・」
「市井ちゃんがあらたまった時は大抵いい話じゃないもん」
「・・べつに別れようって訳じゃないんだからいいじゃん聞けよ〜」
「・・・・」
「寝たふりしやがってこいつ・・・。分かった勝手に話すから」
「・・・・」
「っとね、最近さ〜後藤楽屋とかでも結構平気で市井に抱きついたりしだしてるじゃん?」
「・・・・」
「それってさ、なんて言うかこう、、、慣れってやつだと思うんだよね、、」
「・・・・」
「市井もさ〜、、やっぱ・・嫌・・ではないから・・結局なんか二人の世界っぽくなってきてるじゃん・・?」
「・・いいじゃん別に・・」≪ボソッ≫
「?何なんか言った??」
「・・・・」
「でさ〜、、まぁ、、それは置いといて、、、つい最近さ、なんかスタッフがこっそり教えてくれたんだけど、、」
「・・・・」

「新メン加入するらしいんだ」

「は!?」
突然ガバッと顔を上げる後藤。
「加入するらしい」
「ウッウソでしょ!?」
「マジだって。つんくさんならやりそうじゃん」
「でも噂でしょ!?」
「いや〜〜確実だと思う」
「え・・後藤じゃ力不足って事だよね・・」
「う〜ん・・いや〜また話題作りじゃない?人数的にもさ〜欲しいんじゃないかな。後藤ん時ホントはもっと入るはずだったんだしさ。まぁ、、後藤がぶっちぎりで可愛かったからたまたま一人だったけど」
「エヘッ♪照れますな〜」
「・・市井何ノロケてんだ・・。そういう話じゃなくて・・んと・・」
「ノロケてノロケて♪」
「んとさっ、だから、、、」

「二人の世界禁止!」

「へ?」
「き〜ん〜しっ」
「禁止・・・って・・・市井ちゃん禁止って事・・?そんなの・・そんなの・・・死ねって言ってるようなもんじゃん・・・」
「大袈裟だな・・・・」
「・・そう・・じゃん・・ック・」
「おっおい泣くなよ!?違う違う!!市井を禁止じゃなくて・・!!人がいる時はメンバーとして振舞う事に徹しようやって話!」
「・・・っふ〜〜泣くとこだった・・」
「お前涙腺弱すぎだぞ・・市井怖いよホントに・・」
「でもちょっと待って!それも後藤には辛いよ!!」
「そりゃ〜多少は辛いっつーか難しいかもしんないけどさ〜、、でも新メン入るんだから、、今みたいに世界作っちゃってたら新メン溶け込み難いじゃん」
「・・いいよ別に新メンなんてどうでも・・」
「こらっそういう事言うな!」
「ぶ〜・・」
「だから、恋愛と馴れ合いの混同は危険だからダメ。禁止っ」
「・・意味分かんない・・」
「・・・とにかくお互い二人でいる時以外はクールに振舞おうやって事。分かった?」
「・・ビークール・・・・」
「そうそうビークール」
「野猿・・・」
「関係ないけどな・・」
「・・ビークール・・ビー・・クール・・」

そう言って口を尖らせて俯き加減で野猿の手つきを真似してる後藤は、口には出せなかったが市井の発足した『イチャつき禁止令』に全く納得がいってなかった。

 

三十一、<空気 〜an instant atmosphere〜>

 

市井から『イチャつき禁止令』が出た後藤。
毎日が仕事と学校の往復なので、仕事中市井にベタベタ出来なければ、市井との甘い時間は皆無に等しい。
市井の態度もクールと言うより後藤には単に冷たいとしか写らなかった。

――――――
楽屋でメンバーが集まってワイワイやっている中、そのノリで市井に話し掛ける後藤。

「いち−ちゃんいちーちゃん!」
「ん?」
「見て見てこのポラ!後藤サイッコーにぶりっ子してみたんだけど〜(笑)イイ感じじゃない!?これなんかの雑誌に載るから市井ちゃん買ってね♪」
「なんかって何の雑誌だよ」
「えと、、なんだっけ?」
「ちゃんとさ〜自分の仕事把握しとけよな」
「・・・はい・・」

そう一言残して市井は他メンの元に近づいていった。
まるで喧嘩でもして避けられてるようで、市井の態度の一つ一つが後藤の胸を締め付ける。
真剣な時と楽しんでる時の切り替えをしている市井なので、楽屋では話し掛けても最高にノリは良かったのだが、禁止令が出てからは厳しいとかではなく明らかに冷たい。

(・・・ダメだこのままじゃ後藤やばい・・)
(あっそうだ!“人前では”って言ってたよね〜、、♪)

何かを思いついた後藤は速攻で市井の元に駆け寄っていった。

「ねぇ市井ちゃんっ」
「何?」
「あのさ〜・・トイレ・・行きたいんだけど・・」
「・・そんなの一人でいけよ」
「・・・・」
何かを言いたそうに潤ませた上目遣いで市井を見る後藤。
(市井ちゃん後藤達もう一週間以上キスしてないよ・・?)

「・・なんだよ小学生じゃないんだからトイレくらい一人でいけるだろ」
「・・もういいよ・・」
そう言って背を向けた時だった。

「・・・・待って後藤」

「え?」
(やった・・!!)

「・・・・・」
「・・・・・」
後藤の足を止めたが中々次の言葉を続けない市井。
何かを迷ってるようで少し俯いて目が泳いでいる。

そんな二人の妙な空気に気付いたメンバー達の視線が集まる。
それに気付いた市井は、、

「あっ裕ちゃん腹壊してるんだよね!?後藤もトイレ行くらしいから一緒に行ってきたら・・!?」

と焦った口調でそう言った。

「へ?あ〜行く行く。今日はもう何っ回でもトイレ行ったるでっ」
「裕ちゃん汚いな〜」
「汚い事ないやろ!矢口あんたは腹壊す事ないんかい!!」
「あるさっ」
「ほらみろ」

(市井ちゃんの・・バカ・・・)
市井の言葉にひどく落胆した後藤は楽屋から無言で出て行った。

ガチャッ
「あっゴッチン待ちーや!オレも行くっちゅーに!」
その後藤に中澤も続いて出て行った。

二人が出て行くと市井はパッとソファーに座って番組の台本を読み出した。

明らかに二人の雰囲気がおかしかった事にメンバーは気付いていたが、二人は教育する側とされる側の関係、
よそよそしくなるような事が度々あってもおかしくはないのだ。
市井のやり方を信用してるので、誰もその事に対して特に気になってはいなかった。
ただ一人、矢口を除いては、、。

(裕ちゃん流石に今の只ならぬ空気には気付いてたよね・・?あのふざけは“場の空気変える為にワザと”と見たけど、、違うかな?矢口もそれに合わせたんだけど・・。もし違ったら・・裕ちゃんあまりに鈍感すぎ・・しかも矢口達全然通じあってないし・・(苦笑))
(つい最近ポロッと紗耶香とゴッチンがデキてる事裕ちゃんに言っちゃったんだよね〜・・だからもし今の空気に気付いてたら、間違いなくわざとトイレ付いてって聞き出そうって考えだと思うんだけどな〜・・・。)
(う〜〜ん・・最近裕ちゃんのアホっぷりに不安感じてたとこだからな〜・・この人と付き合ってていいんだろうかって・・(苦笑))

(・・・これは試すチャンスかも・・・)

明らかに傷心の様子で走り去っていった後藤を目の当たりにして、その後藤を利用するかのように自分の好きな人の人間性チェックをするのはあまりに悪いと思いつつも、
矢口は“裕ちゃんを量るチャンス”と、心の中で密かにガッツポーズをしていた。

(ゴッチンごめんね・・・)

ちゃんとその後で懺悔ポーズもしたが・・。

―――――
楽屋から出てトイレに着いた後藤は、鏡の前で水を出したり止めたりしながら俯いていた。

後藤からしてみればこの禁止令が二人に取って何の意味があるのかが全く理解できない。
ただただ、疑問が悲観的思考へと変わっていくのみ。

(市井ちゃんはこの状態を望んでたの・・?)
(後藤と毎日こんなんでそれでも我慢できるの・・?)
(後藤は・・全然出来ないよ・・・)
(後藤は・・毎日市井ちゃんに好きって気持ちぶつけたい・・)
(毎日市井ちゃんの温もりを感じたい・・)
(キスしたいし抱きしめられたい・・)
(結局市井ちゃんは・・その程度でしか後藤の事好きじゃないんだよね・・・)
(結局後藤が・・一方的に大好きで・・・)
(冷たいとかよりその方が後藤はショックだな・・)

「っはぁ〜〜・・・」

そう大きく溜息をついた時だった。

ガチャッ

「ゴッチン先行ったらあかんて〜!あたしが腹壊してる事知っとるやろ〜〜途中で腹抱えて倒れたらどうすんねん!中澤妊娠!とかスポーツ新聞に載ってまうわ(笑)」
「さ〜てっと心置きなくトイレ入ろ〜。ゴッチンはもう入ったんか?」

「・・うん・・・」

「あそ。んじゃ〜誰か入ってこんようトイレの前で見張っといて。で、入ってきそうになったら清掃中ですって言っときぃ」

「・・・なんで・・?」

「アホッ清きレディーに言わせるな!」
バタンッ

「・・・・?」

結局中澤が出てくるまで後藤はトイレの前でぼ〜っとただ立っていた。
矢口の好きな人はやはりただの・・・という事になるのだろうか・・。

(あ〜あ・・・いつまで市井ちゃんとこんな状態続くのかな・・。新メン入って、、打ち解けるまでって事・・?)
(そんなの・・・いつになるか分かんないじゃん・・・)
(それに・・市井ちゃんが冷たいのはあんたらのせいって・・後藤恨んじゃいそう・・・・)

そう嫌な先を想像していると、ようやくトイレの流す音が聞こえたので、後藤はトイレの中に戻った。

「っふ〜〜すっきりしたぁ〜〜!!でもまだ痛いな〜・・やっぱ昨日食べたあのつまみ腐っとったのかな〜〜、、ってつまみが腐る事あるかい!!」
「、、って事はビールの飲みすぎか??いやそんなはずはない。毎日浴びる程飲んでるんやから今更ビールくらいでくたばるような腹ちゃうしな」
「やっぱ寝てる間腹出てたからやな、、っつってもそんなんしょっちゅうやしな〜、、」

手を洗いながら独り言の激しい中澤。
後藤はなんとなく楽屋に戻りたくないのでただドアを開けたり閉めたりしながら暗い表情でぼ〜っとしていた。

やっと手を洗い終えた中澤は手の乾かす機械でガーっと乾燥させながらまたもや喋り始める。

「なぁゴッチンはどう思う?」
「・・・なんか腐った物でも、、」

「ちゃう」

「え?」

乾燥機から手をだした中澤は突然神妙な口調で顔を上げた。

「紗耶香の事や」

「・・・え・・・?」
「とぼけても無駄やで。気付かんとでも思っとったか?」
「・・・・」
「自分から言い出すの待っとったんやけどな〜。せっかく話し易いようにリラックスムード作ってあげてたのに全く鈍感やな〜」
「・・・裕ちゃん一人でずっと喋ってただけじゃん・・」
「アホ。本当に誰かに相談したかったら今絶好のチャンスなんやから独り言なんか割り込んで話し掛けるやろ。どんくらいの悩みか計っとったんや」
「・・・・」
「人に相談するレベルちゃうって事やな」
「・・・・」
「その顔は聞いて欲しいんやな(笑)なんや言ってみ?何があった?ゴッチンは今紗耶香に対して何を思ってる?」
「・・・んと・・」
「うん」

「・・えとね・・・」
話し始めようとした瞬間だった。
突然後藤の脳裏に焼きついていた言葉が浮かび始めた。

“いい加減人頼るな!”

「・・・市井ちゃんがね・・」

“メンバーに相談とかすんな!”

「市井ちゃんが後藤に・・・・」

“市井だけにしろ・・・”

「・・・・・」
「?なんや?どうした?」

“頼るのも相談するのも市井だけにしろって・・・”

「・・何でもない!!」

そう叫んで後藤は凄い勢いでトイレから飛び出していった。

ありがとうございます

 

三十二、<うぉっちゃ〜ず 〜love watchers〜>

 

凄い勢いでトイレから出て行った後藤。
中澤はその残像を唖然として見ていた。

「・・なんでや・・・」
後藤から悩みを聞きだす為にハイレベルな心理作戦を用いたのに、全く効果なく走り去られてしまった中澤。
それどころか目にはうっすら涙さえ浮かべられ、慎重な探りが逆効果だったのかとガックリと肩を落としていた。

空しさを埋める為携帯を手にする。
Purururururu…Purururururu…

『はいもっし〜♪裕ちゃんなした?』
「・・・こんな近くで電話してるっておかしいな・・」
『ハハッ矢口も思った(笑)戻って来いや(笑)、、それよかなしたの裕ちゃん。まだお腹痛いの?大丈夫?』
「天使やな〜・・矢口は天使や・・」
『なっ何言ってんの・・ちょっとメンバーすぐ側にいるんだから口説くなら別な時にしろ〜・・!』
「なぁゴッチン帰ってきたか〜?」
『あっいやまだだけど、、そうそうその事で聞きたい事が、、』
「報告します・・!!」
『はっはい何・・?』
「ゴッチン悩み聞きだし作戦失敗に終わりました!!」
『・・・裕ちゃんやっぱ気付いてたんだ・・・』
「当たり前やろ。矢口が裕ちゃんのアホな会話に合わせてくれた事だって分かってたで」
『裕ちゃん・・・・』
「ごめんな〜」
『謝る事ないよ・・矢口の方こそゴメン・・』
「は?それこそ意味分からんわ(笑)」
『いや〜・・ゴメン・・・』
「よく分からんけど気にしてへんで(笑)まぁでもな、人の悩みなんて無理矢理聞きだすものちゃうやん?」
『だね』
「もう少し様子見ようや。話せない何か理由があったのかもしれへんしな」
『うんっ』
「なぁ〜矢口〜」
『ん?』
「うちらってさ〜」
『うん』
「サイコーだと思わへん?」
『は?(笑)何自分で言ってんの?(笑)』
「いや〜影からひっそりと紗耶香とゴッチンの愛を見守る、、愛の監察官てとこやな・・・かっこええわ〜・・」
『何それ(笑)』
「紗耶香とゴッチンのカップル、、略していちごま?(笑)裕ちゃん好きやねん。矢口もせやろ?」
『いちごまか〜なんか美味しそう(笑)、、ってゆーかうん矢口も好きだし上手くいって欲しいよ』
「そやな」
『うん』

「・・・なぁ矢口ぃ〜?」
『ん〜?』
「大好きやでっ」
『・・・矢口もだよっ』
「うちら完全にバカップルやな(笑)」
『いいよバカップルで(笑)矢口もう諦めたから(笑)』
「アハハ!!諦めおった!(笑)」
「・・あ〜チクショッ見せたかったな〜〜」
『何を?』
「裕ちゃんのカッコええあの切り替えし・・」
『は?何それ(笑)』
「いや〜最高やったんやけどな〜・・」
『自己満足だね(笑)』
「うっさいマジで最高やったんやって!」
『どうだかね〜』
「信じてないな、、くっそぉ〜カメラ仕掛けとくんだった」
『トイレでカメラ〜?盗撮じゃん!(笑)』
「そか!誰か盗撮しとるかも分からへん!カメラ探すわ!んじゃな!」
『何言ってんの!?ちょっ裕ちゃん早く戻って、、』

プツッ
ップーップーップー

『・・・やっぱ裕ちゃんて分かんない・・・』

結局矢口は中澤を鑑定する事は不可能だという事実のみを収穫できたらしい・・。

 

三十二、<聞きたい言葉 〜dependence〜>

 

結局それからは後藤自身が市井との接触を避けるようになり、メンバーとしてどころか仲の悪い二人、、といった雰囲気になってしまっていた。
そんな毎日が続き、後藤は欲求不満を通り越して鬱になりかかっていた。

そんな中、いつものように睡眠時間4時間ほどで学校に向かう後藤。
半分閉じかかった目で教室に入り、席につくと友達と挨拶も交わさずに速攻で突っ伏して爆睡。

「真希〜〜真希おはよ〜〜」

するといきなり寝ている後藤の肩を友達が強く揺らしだした。

「んぁ〜・・・っふ〜・・・おはよ・・」

体を起こして半目でグッタリしている後藤。
友達に愛想笑いをする気力も体力も今の後藤には無い。

「ハハ・・半分死んでるね・・」
「・・・」
(んじゃ起こさないでよ・・)

「仕事大変?」
「・・・」
(当たり前じゃん・・)

「ちゃんと寝てる?」
「・・・」
(寝れる訳ないじゃん・・)

思ってる事に嘘をつけない後藤は、返答せずただダルそうにしていた。
欲求不満と疲れと寝不足が苛立ちとなり、友達の心配してくれてる一言一言が逆に神経を逆撫でさせられる。

とにかく後藤はイライラしていた。

そんな苛々している後藤に決定的な一言が下る。

「ねぇ市井さんとどうなってるの?」

354 名前:O-150 投稿日:2000年12月19日(火)01時43分35秒

「!・・・・関係ないじゃん・・」
「え・・?」
「仕事の話学校でしたくない」
「仕事って・・だってつい最近まで市井さんと上手くいってるって嬉しそうに話してたじゃん・・」
「・・そうだっけ、、っていうかもう忙しすぎてそれどころじゃないんだ。後藤トイレ行ってくる」

そう冷たく返し、ガタンと席を立った。

トイレを済ませた後藤は、結局その日は仮病を使って保健室で寝ていた。

それからも、毎日学校に行きはするもののやはり仮病を使って一日の授業の大半を保健室で寝て過ごし、授業に出てる時も突っ伏してただただ寝ていた。
眠かったのは確かだ。しかしそれ以上に全てがダルかった。
いやダルいというより、心が晴れないという感じだろう。
活力源となっていたはずのものが、今は全く逆の役割をしている。

それに加えて新メン加入という厳しい現実が後藤の目の前にぶら下がっている。
自分が加入した時、あの入ったばかりなのに全てが自分中心に動く情況を後藤は身を持って体験したのだ。
それだけにメンバー増員に対する不安も大きい。
増員という事は娘に次なる展開を求めていると言う事。
イコール自分の話題性としての期限切れであり、大袈裟に言えば自分の期限切れ通告をされたに等しい。
悲観的になっている後藤は、それについて漠然とした大きな不安がのしかかっていた。

今一番誰かに側にいて欲しい時。
不安を受け止めてくれる人が必要な時。
聞きたい言葉はただ一つ、

“後藤なら大丈夫だよっ”

(・・・・・いちーちゃん・・)
保健室の布団の中で、後藤はおもむろに携帯を手にした。
画面に映し出された『市井ちゃん』と言う文字を見つめ、ぎゅっと握る。
数秒見つめた後、意を決し通話ボタンを押した。

pururururu purururururu purururururu purururururu

(・・・出てくれないのかな・・・電話もダメな訳・・?)

purururururu purururururu

(市井ちゃん・・ただ単に後藤に飽きたんじゃん・・・・)

purururururu purururururu

(もう・・・いいや・・市井ちゃんなんかを好きになった後藤がバカだった・・・・・)

ゆっくりと携帯を離し、電源のボタンを押そうとした時だった。

プツッ

『もしもし?』

「!?」

『もしもし後藤?』
「・・・市井・・ちゃん・・・」
『なんだよどうした?』
「・・・なんですぐ出てくれないのさ・・・」
『・・・ちょっと・・考え事・・』
「・・・・」
『・・・・』
「・・なんか・・」
『・・ん?』
「なんかもう・・」
『・・何?』
「もう後藤限界だよ・・・・」
『限界って・・?』

「・・・会いたい・・・・」

『・・・・・毎日会ってるじゃんかよ・・』
「仕事じゃヤなの!二人っきりで会わなきゃ市井ちゃん後藤に冷たくするじゃん!」
『冷たくなんてしてないじゃん普通だろ・・後藤が被害妄想激しいんだよ・・。大体後藤が勝手に市井の事避けてるだけで市井は別にさ、、』
「もういいよとにかく会いたい!!」
『学校サボるなって・・単位ヤバいんだろ?仕事とかで行ってないしさ・・』
「単位なんていいよ・・・ダブってもどうでもいい・・・」
『・・・ヤダよ・・・市井はヤだ・・』
「・・・・ズッ・・んっック・・」
『何で泣くんだよ!』
「結局さ・・ック・・結局市井ちゃんは後藤の事たいした好きじゃないんだよね・・」
『・・・・・』
「後藤は・・ヒック・・後藤は他の事なんて全部投げ出しても市井ちゃんといたいもん・・ック」
『・・・・・・』

『・・・市井は・・捨てれない・・・』

「!!・・・・・ンクッ・・ンッ・・ズッ」

『やっと掴んだから・・・やっと・・ここまで来て・・でもまだまだこれからで・・・・だから・・捨てる事なんて出来ない・・』
『・・後藤はさ・・簡単に手に入れたから・・そういう事言えるんだよ・・・』

「・・ンック・・ンッ・・簡単なんか・・じゃないック・・もん・・ヒック」

『・・市井に比べたら・・ずっと簡単だよ・・市井は・・市井は自分で這い上がってきたから・・』
『これでもさ・・結構大変だったんだ〜・・。それに・・色んな人がいて・・今の自分がいるからさ・・』

「・・後藤は・・周りみんな敵になってもいいよ・・市井ちゃんに冷たくされるより・・ずっと耐えられる・・」
「周りの人に捨てられても・・それでもいいよ・・市井ちゃんがいてくれれば・・」

『・・そういう事言うな・・』
『・・簡単に捨てるとか・・捨てられるとか・・、、、』

『そういう事簡単に言うな!!!』

「・・ヒック・・もういいよ市井ちゃんなんか!!」

ピッ

電源を切った後藤は声を殺してすすり泣いていた。

(ただ・・側にいて欲しかっただけなのに・・)
(市井ちゃんは後藤の事何にも分かってくれないんだ・・)
(こんなに・・こんなに不安なのに・・・何も言わなくても分かってくれると思ったのに・・)

電源を切った後藤は声を殺してすすり泣いていた。

(ただ・・側にいて欲しかっただけなのに・・)
(市井ちゃんは後藤の事何にも分かってくれないんだ・・)
(こんなに・・こんなに不安なのに・・・何も言わなくても分かってくれると思ったのに・・)

保健室の布団に潜って散々泣いた後藤はそのまま泣き疲れて眠ってしまった。

そして午後になり、お昼休みで賑わしくなった音でようやく目が覚めた。

(・・これじゃ学校来てても来てないのと一緒じゃん・・帰ろっかな・・もう今日は授業出る気なんて起きないし・・)

「・・はぁ・・」
大きく溜息をついた後藤は布団から起き上がり、上靴を履いて仕切りのカーテンを開けた。

シャッ

「具合悪くて今日もう無理みたいなんで帰ります・・」

「・・気を付けてね」

デスクに座って書き物をしている保険の先生が何か言いたげに答えた。

(さっきの会話全部聞かれただろな・・まぁいいやどうでも・・)

本当ならば聞かれてはマズイ内容だ。何処からどういう風に噂が一人歩きするか分からない。
普段なら何かフォローか言い訳の一言でも入れるのだろうが今の後藤はそんな気力も無かった。

保健室を出て、教室にカバンを取りに行き靴箱に向かった後藤は、階段を下りようとした瞬間ふと足を止めた。
そして何となく足の向かう方向に歩き出した。

後藤の学校内のお気に入りの場所。
屋上である。

ガチャッ

「さむっ・・・もう冬近いもな〜・・さっむ〜・・もうここで昼寝できないじゃん・・」

夏はよく友達と無料ヒサロなどと言って授業を抜け出して焼いたりしていた後藤。

その頃を少し思い出しながら柵に身を寄せ、体を縮こませながら広がる外の景色を眺める。

(あ〜あ〜・・あの頃の方が良かったのかもな〜・・)
(市井ちゃんみたいな仕事第一人間好きになっちゃったらヤな思いいっぱいすんの目に見えてるのに・・なんで好きになったりしちゃったかな〜・・)
(しかも・・今日で市井ちゃんが後藤の事たいして好きじゃないのわかっちゃったし・・・)
(もう・・・別れるしかないのかな・・・・こんなんで付き合ってても意味ないもん・・・)

「っはぁ・・・・」

また一つ大きく溜息をつき、その場を後にした。

――――――
――――――

そして次の日。
いつものように仕事場に向かい楽屋に着くといつもなら先に来ているはずの市井がいない。
ソファーに座って雑誌を読んでる安倍に声をかける。

「おはよ〜〜市井ちゃんは?」

「あっゴッチンおはよ〜。紗耶香?何かね、風邪ひいたみたいだから病院行ってから来るってメール来た。でも時間までには間に合うらしいよ」

「風邪!?大丈夫なのかな・・・・」

「大丈夫じゃない?紗耶香がそんなヤバくなるほど体調崩さないべさ。ちゃんと自己管理してるし。っていうかホントはね、後藤には言わないでって言われてたんだけどね(笑)言っちゃった(笑)」

「・・なんで後藤には内緒なんだろ・・・」
(・・・真っ先に後藤にメールして欲しかった・・・。いっつもそうやって後藤には何も言ってくれないんだよね市井ちゃんは・・。こんなんで付き合ってるって言えるのかな・・)

「う〜ん・・心配かけたくないからじゃないべか」

「・・違うよきっと・・・」

そうボソッと小さく呟き、てソファーに重そうに腰を落とす後藤。

そして雑誌に目を通して時間を潰していると、メンバーが次々にやってきた。
が、やはり市井が来ない。

(・・大丈夫かな・・・もしかして凄い重いのかな・・。大丈夫かな・・・)
(なんか重病が見つかったとか・・・)

なんだかんだ言ってとてつもなく心配してしまう後藤。
ソワソワと落ち着きなく楽屋前を下を向きながらウロウロしていた。

そして20分程経った時だった。

「後藤?」

「!?あっ!市井・・ちゃん・・・・」
「・・こんなとこで何やってんだよ」
「いや〜・・・ちょっと運動・・・」
「運動には見えねー、、ゴホゴホッ」
「!!市井ちゃん大丈夫!?」

バッと市井のもとに駆け寄る後藤。

「大丈夫・・全然平気だから・・。ちょっと咳出るだけ」

そう言ってすぐにパッと楽屋に入っていった。

楽屋の外にポツンと取り残される後藤。

(やっぱ・・昨日の事怒ってるんだ・・・・)
(・・・いいよ別に・・。もう市井ちゃんなんていいもん・・)

――――――
依然として気持ちが晴れないものの、ここであからさまに落胆の色を浮かべて仕事をするのは市井に悔しいので、思いっきり作り笑顔を浮かべ、市井とは一度も接する事なく仕事を終えた。

仕事を一通り終えた後、突然メンバー全員集合がかかった。
そして藤の畏怖していた事が、心の準備をする暇もなく正式に告げられた。

メンバー増員。

後藤と市井は既に知っていたので、他メン程驚きの顔は無い。
市井に至ってはまったくいつも通りの落ち着いた表情。
“やっぱり”と言った感じである。

増員を告げられた後は、案の定メンバー内での緊急ミーティングが開かれた。

指揮を取るのはやはりリーダーの中澤。

「や〜しっかしホンマ驚いたな。もう三回目やけど、、やっぱ毎回驚いてまうわ」

「何人入るのかな〜」
「また方向性変えるのかな〜」
「ってゆーか別に今イイ感じなのにね」

独り言のようにボヤくメンバー達。

散々答えの出ない質問をした後、突然矢口がバッと後藤の方に顔を向けた。

「っていうかそういやゴッチンはメンバー増員初めての体験なんだよね。どう思う?」

その言葉で全員の視線が後藤に集まる。
ただ一人市井だけはちょっと咳をしながらキョロキョロと目を泳がせていた。
そんな市井の方をチラッチラッ気にしながら見る後藤。
しかし全くこっちを向いてくれないので諦めて質問について考え出した。

「う〜ん・・・」
(っていうかどうもこうも・・・嬉しくは無いよそりゃ・・)

首をひねらせて言葉を詰まらす後藤。
いつもの事で、後藤に突然意見を求めてはっきりとした答えが返ってくる事は殆どないので、プッチでそれを散々経験している保田が見切りをつけて口を開く

「後藤はさ〜教育する立場になるんだよ?分かってる?」
「・・うん・・」
「つまり、、される側はもう卒業って事だよ?」
「・・・・・」

(・・・・それも切っちゃったら市井ちゃんと後藤は何で繋がっていれるんだろう・・・)

「っちゅーかゴッチン、ムッチャ不安なんとちゃう?」
中澤に核心を突かれる後藤。
一瞬後藤の動きが止まる。

しかしそれについての答えを探す間もなく保田がフォローを入れた。
「でも最近後藤さ、なんかほら、紗耶香に甘えたりしなくなったじゃん。だからさ、まぁ新メン入っても後藤は大丈夫かなって思うけどさ」
「・・・・・・」

その言葉を聞いて、突然後藤の中で込み上げてきたものが、屈折した形で心にもない言葉となった。

「、、全然大丈夫だよ。新メン入っても後藤は後藤だもん。別に変わんないし」

「お〜流石ゴッチンマイペースだね」
その矢口の言葉でその話は終わった。
後藤=マイペース=周りの動きに関心なし、、という公式に当てはまったので後藤についてはもう触れず今後の娘について話題を次々振るメンバー達。

いつもならこの手の話は先頭を切って熱く語る市井のはずだが何故かその日は終始無言でただ相づちを打っていた。
メンバーは、風邪をひいてるからだろうと大した気にとめなかった。

――――――
――――――
そして結局そのミーティングは夜中まで続き、家に着いた時には時計は2時を過ぎようとしていた。

ダルい体を引きずりながらお風呂に入る。

「っふ〜・・・疲れた・・・・」

精神的にも肉体的にも疲れまくった後藤は、湯船で30分程ボ――っとしていた。

(・・・もう限界・・・限界だよ市井ちゃん・・・)
(明日別れようって言ってみよっかな・・・それで分かったって言われたら、もうそれはそれでいいや・・・。やっぱその程度でしょって事だもん・・)
(辛いけど・・・今と変わんないもん・・・。だったら別れて他の人でも探した方がよっぽどいいや・・・)

そう決意し、ノタノタと体と頭を洗ってようやく上がった時にはすでに3時をすぎている。

「あ〜あ〜明日も学校めんどいな〜・・・」

そう言いながらベッドに倒れこんだ。
そしてそのままウトウトしかかっていたその時だった。

チャ〜ララララララ〜〜♪チャ〜ララララララ〜♪

携帯の着信メロディーが部屋に響き渡る。

「!?」
その音を聞いて突然ガバッと飛び起きた。
久々に聞くそのメロディー。
ずっと待ってたメロディー。
たった一人にしか設定してないその音で、相手が誰か分からない訳がない。

迷う間もなく体がすぐに反応し、気付いた時には携帯を握って通話ボタンを押していた。

「もしもし!?」

『・・ちっす』
「・・市井ちゃん・・どうしたの・・?」

(もうどうでもいいやって思ってたはずなのに・・・なんでこんなに嬉しいんだろ・・・)
(何でこんなにドキドキすんのさ!!)

『あ、、のさ〜・・後藤今暇・・?』
「今暇って・・暇って言うか・・うん暇だけど・・・」
『んじゃ〜、、外出てみて』
「外!?なんで?」
『いいから出てみろって』
「なんでさ・・・こんな寒いのに・・・」
ぶつぶつ言いながら後藤は携帯を手にしたまま靴を履いて外へと向かった。

(目もウルウルしだしてるし・・電話越しの市井ちゃんの声・・優しすぎるよ・・・もっと冷たく話してよ・・!!)
(じゃなきゃ・・・・・明日言えないよ・・・)

「、、はい出たよ〜・・。あ〜、、珍しく星が見えるね〜・・これが言いたかったの〜・・?」

半分泣きそうななのに無理矢理ぶっきらぼうに接する後藤。

「・・?市井ちゃん?もしもし市井ちゃん!何さ後藤に嫌がらせしたかったの!?」
「幾ら腹立ったからってこんな子供みたいな事する事ないじゃん!!」

『市井が子供なら後藤はなんだよ』

「??声が、、、、」

『市井が子供なら後藤はなんだよ』

「??声が、、、、」

不思議に思い、クルッと振り向くと、そこには背中を丸めて首を縮こませ、足踏みしながら寒そうにしている市井の姿があった。

「!?市井ちゃん!!!なんで・・・こんなとこに・・・・」

そう言って言葉が詰まった。
後藤の動きが止まる。

その質問にすぐに答えずに、ゆっくりと携帯を耳から離しアンテナを縮めてカバンにしまう市井。

そして
「っふ〜・・さみ〜〜」
と一言言って鼻をズッとすすり、白い息を吐きながら後藤のもとに近づいてきた。

ようやく市井の表情が見える距離にきたその顔は、鼻が赤くてかすかに歯がガタついてる。大分冷えてるようだ。
鼻を何度もすすり、手を合わせて息を吹きかけながら後藤の1m程近くまで詰め寄る。

「・・・・」
近くに来ても尚、言葉がでない後藤。

暫く下を向いてその場で寒そうに足踏みしていた市井が、ようやく口を開きだした。

「後藤風呂上がったばっかか・・風邪ひいちゃうね・・ゴメン呼び出しちってさ」
そう言いながら後藤の濡れた髪をそっと触れた。

「ッ!?」

その瞬間、後藤の体がビクッと跳ね、手から頭が逃げた。

「・・なんだよ何でそんな怖いものみたいな態度すんだよ・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しばしの沈黙が流れる。

それを破ったのはやはり市井だった。
「・・後藤さ〜前二人で話してたやつ覚えてる?」
「・・・・・」
無言で首を横に振る後藤。
「まだ何も言ってないじゃんかよ・・(笑)」

「・・・じゃあ、これで思い出すかな?」
「・・?」

そういうと市井は突然、、

「!?・・・・・・・・・」

ギュッと力いっぱい後藤を抱きしめた。
驚きのあまり硬直する後藤。

「「・・・・・」」
二人の間の時間が、空気が止まる。

「・・何週間ぶりかな・・・」
耳元で市井が小さく呟いた。

「・・市井だってさ・・会いたいに決まってるじゃん・・・。っつーか毎日会ってるけどね・・(笑)、、後藤の言ってた会いたいと同じやつ・・」
「・・・・・・」
「・・後藤・・あったかいね・・・・」
「・・・・・・」

(何だろう・・・)
(何だろう・・・)
(なんか・・・・体が・・頭が・・フワフワする・・・)
(言葉が・・出ないよ・・・)
(言いたい事・・いっぱいあるのに・・・)
(市井ちゃんに・・いっぱいいっぱい話したい事あったはずなのに・・・)
(・・市井ちゃんの温もりが嬉しくて・・・・それなのに・・・・・)

「後藤・・?」
「・・・・」
「後藤・・・・ごめんね・・・・」

(なんで・・?なんで謝るの・・・?)
(謝らなきゃならないのは後藤だよ・・?)
(市井ちゃんは何も悪くなくて・・・・)
(後藤が一人で・・・一人で勝手に・・・)
(市井ちゃんはこんなにも後藤の事想っててくれたのに・・なのに後藤は・・・・)

「裕ちゃんの言葉で初めて気付いた・・・。市井・・自分の事ばっかだった・・。後藤が新メンの事で不安に思ってるとか・・全然考えなかった・・・」

「・・・・・・」
(市井・・ちゃん・・・・)

そして市井はゆっくりと体を離し、俯いている後藤の頭を撫でながら口を開いた。

「後藤ならさ、、、後藤なら新メン入ったって、絶対大丈夫だから」

「!?――……」

その瞬間、、
「・・・ンッック・・・ヒック・・ウッ・・ウゥ・・いちー・・ちゃん・・!!」
後藤の感情が一気に溢れ出てきた。

「・・・なんで泣くんだよ・・」

後藤は泣きながら市井に強く抱きついた。

(・・・後藤は・・・市井ちゃんからの・・・この言葉・・待ってたんだ・・・)

しがみついて泣く後藤の頭を市井は無言で撫でていた。

―――――
―――――

暫くしてようやく少し泣き止み、後藤は市井の体からゆっくりと離れた。

「・・・治まった?」
「・・う゛ん・・・・[ズッ]・・・・っは〜〜〜・・」
鼻をひとすすりし、大きく息を吐く後藤。

「・・あれ・・?なんで市井ちゃんまで泣いてんの・・?」
何故か鼻を赤くし目に涙を溜めている市井。
「・・いや〜・・分かんないっす・・」
そう言って目に溜まった涙を袖口でグイっと拭いた。
「つられ泣き・・?かな・・・」
後藤に対する強がりなのか横を向いて目を合わさずにそう言った。

「っつーか・・おい・・市井の・・お気に入りのヒスジャーが・・後藤の涙と鼻水でベトベトじゃんかよ・・・・」
ジャージの肩の部分を無理矢理引っ張って悲しげにジーッと見る市井。
「いいじゃん・・・ますますお気に入りになるよ(笑)アハッ・・」
「なるか!!、、ったくせっかく来てこれかよ・・あ〜あこれ洗ったら縮んじゃうから汚さないように細心の注意を払って着てたのに・・また探しに行くかな・・でも次行けるのいつになるかな・・無くなっちゃわないかな・・」

ぶつぶつ言っている市井を無視して後藤が話し始めた。

「ねぇ市井ちゃんいつからここにいたの?」
「、、今さっき」
「ちゃんと〜・・」
「ん?」
「ちゃんと〜会いたくて来た?“うぅ〜〜後藤に会いたいぃぃぃ!!”って、、来た?」
「・・だからギュッてやったじゃん・・」
「・・そか・・」
「しかもこんな真夜中にやっと仕事終わってクッタックタなのに」

「・・ありがと〜・・」
ちょっと下を向いて照れながら言う後藤。

「・・・・」
その言葉に市井も照れたのか、下を向きポケットに手を入れて、寒そうにしながらちょっと地面を蹴っている。

嬉しいけどなんだか恥かしい、と言った空気が流れる。
下を向いてモジモジしている市井と後藤。

「・・その代わり市井のジャージが一枚犠牲になったけどね・・」
「も〜まだ言ってんの!いいじゃん今度後藤が買ったげるから!!」

「ウソウソ気にしてないよ(笑)」
「絶対気にしてる・・・」≪ボソッ≫

「、、なんかさ〜中々思った通りにはいかないもんだね」
「ん?」
「市井は二人の為になるって思ったんだけどさ・・」
「禁止令?」
「うん・・」
「・・・・為になったんじゃないの。圭ちゃん後藤の事褒めてたし」
「嬉しかった?」
「・・・」
「別に嬉しくなかったんだろ(笑)分かるって」
「後藤の顔見もしなかったクセに・・」
「それは〜・・・」
「それに市井ちゃん全っ然後藤に電話くれなかったし!」
「・・・電話したら気持ち揺らいじゃいそうで・・出来なかった・・ごめん・・・マジで・・」
「・・いいよ。その代わり、、」

「「キスして」」

「やっぱね(笑)」
「!?なんで分かるの!?」
「後藤の考える事くらいお見通し(笑)」
「くそ〜・・・抱いて・・とかにすりゃ良かった・・」
「それは・・流石に市井もぶっ飛ぶかな・・(笑)」
「じゃあ、、」

「抱いて・・・・?」

「・・・・・・マジすか・・・?」

「・・うん・・・いいよ・・後藤は・・」
「・・いや・・いいよってさ・・・・・」

「・・・・」
「・・・・」

「・・・な〜んてねっ♪幾らなんでも後藤徹夜で学校行く気はないよ(笑)」
「・・・・ビビッた・・ちょっと・・これは・・マジで・・。後藤何処でそんな誘う技覚えたんだよ・・・・」
「ヘヘ〜♪天性のフェロモンです」
「・・・・」
「ん?なしたのいちーちゃん。目が怖いよ?(笑)怒った??」
「・・・・」
「怒んないでよちょっとふざけただけ、、、んっ・・・」

言いかけた途端突然口を塞がれた。
勿論、、市井の唇。

突然キスされて驚いていた後藤も、徐々に市井の唇を求め始める。
唇を重ねながら市井がゆっくりと袖口から手を出し、その右手が背中から後藤の濡れてる頭へと上がってくる。
そして髪の間を少し荒く指を滑らせる。
やり場の無い意識を逃がさないように、ギュッと強く市井のジャージを握る後藤。

久々のキスに酔いしれる二人。

そして市井がゆっくりと顔を離した。

「「・・・・」」

余韻が続き二人とも暫く言葉が出ない。
そしてようやく後藤の口が動き始めた。

「・・・今気付いた・・・・」
「ん・・?」
「いちーちゃんてさ・・・」
「うん」
「すんごい自己中だよね・・・」
「ほぇ?なんだよ急に」
「後藤が気付くの遅かった・・」
「だから何で市井が自己中なんだよ!」
「だって・・いつも後藤の気持ちとかお構いなしで色んな事決めたりするし・・」
「だって後藤に物事決めさせたら楽な方に楽な方に行くだけじゃん」
「・・それは・・そうだけど・・。でもそれにさ・・!!」
「うん」
「・・キスする時とかもさ〜・・・いつも突然だもん・・・」
「あぁ〜そうだっけ?」
「後藤何度不意打ちされたか・・・」
「イヤ?」
「・・・・・」
「嫌ならやめるけど?」
「・・・ヤだ・・」
「んじゃあやめる」
「違う」
「は?」
「やめたらヤだ・・」
「・・(笑)可愛いな〜ホント(笑)言ってる事メチャメチャじゃんかよ(笑)」
「ぶ〜・・・いいじゃん・・」

「っつーか市井寒い」

「ん?帰りたいって事?」
「いや、部屋入れろって事」

「ん〜〜〜、、、、」
「迷うな!」

「しょうがないな〜今日だけ特別ねっ♪」
「特別なのかよ(笑)いいよどうでも。とくかく中入れろ〜〜さみ〜よ〜〜!!」
「そう言えば後藤も寒い・・」
「ほらみろ・・」

縮こまってる市井の腕に抱きついて二人はようやく中に入っていった。

こうして久々に後藤の部屋に入った市井。
相変わらず汚い部屋だが見慣れているので特に気にもせずにベッドに座った。

「は〜・・・生き返った・・・・」

そして後藤も足の踏み場くらいをちょっと確保しようとパパッと物を隅に寄せ、市井の隣に座った。
座りながらポケットの携帯を出した。

「あ・・・・・」

「ん?なした?」
「・・・ねぇいちーちゃんいつから家の前で待ってたの?」
「だからついさっきって言ってるじゃん」
「・・嘘つき・・」
「は?なんで?」
「着信時間が・・1時間近く開いてる・・」
「そ・・れは・・ほら、先に電話して、それからいこっかな〜ってね・・ちょっとね・・。・・?なんだよ・・」
突然市井の頬を触る後藤。

「冷たい・・・。手も、、冷たい・・」

「・・あ〜〜も〜!はいはいそうですずっと待ってました!風呂入ってるるかもしんないなって思ったから待ってた!いいだろこれで!」

「やっぱね〜〜唇もなんかやたら冷たいな〜って思ってたんだよね〜。こんな冷たかったっけって思ったもん」

「そんな事まで忘れるのか後藤は・・・」
「ウソだよキスした時に気付いてた。いちーちゃんの唇忘れる訳ないじゃん」
「じゃあすぐ入れろよ!」
「へへ〜ちょっと虐めてみたんだよ〜(笑)後藤に寂しい思いさせたバツ♪」
「くそ〜・・・。もういいや市井寝る!」
「ふて寝?(笑)」
「別にふってってない!後藤が明日早いから!」
「明日っていうか今日だけどね(笑)しかもあと3時間くらいしかない・・」
「だから寝よ寝よ」

そう言って二人は布団に入り込んだ。

布団に入ったものの久々の市井の温もりが、リアルな存在感が、あまりに嬉しくて鼓動が早まってしまう後藤。
学校に行く為に寝なくてはならないのだが疲れているはずなのにほんの少しも睡魔が訪れない。
市井の方を向き、後藤は抱きつくようにピッタリと体をくっつけた。

「いちーちゃん・・・」

自然と口から漏れる市井の名前。
仰向けで真っ直ぐ天井を見ていた市井は、その呼びかけに無言で後藤の方を向き、優しく頭を数回撫でてまた天井を見つめた。

「・・・ねぇいちーちゃん・・?」
「ん・・?」
「後藤・・市井ちゃん別れ話しにきたかと思った・・」
「は!?なんで!?」
「・・・絶対そうだと思った・・。でも心の準備できてたし・・もうどうでもいいやって・・・」

「・・っつーか・・なんで準備してるんだよ・・やめろよホントにさ〜〜そうやって一人で突っ走んの・・・しかもどうでもいいってなんだよ・・・市井は後藤にとってその程度なのかよ・・」

「・・それ後藤の台詞だよ・・」
「なんで・・」
「だって後藤は市井ちゃんの温もりがなくて寂しくて寂しくてしょうがなかったのに市井ちゃん平気な顔してたじゃん・・」
「あのな〜・・」
「そうじゃん・・・」

「・・・っつーかさ〜市井はさ〜後藤が欲しいっつーより後藤にあげたいって感じなんだよね」
「!?ちょっちょ!何言ってんのいちーちゃん急に!!はっ恥かしいよ〜〜!!」

突然赤面して布団に顔を埋める後藤。

「??そこまで照れる事??」
「いや〜そんな・・市井ちゃんがそうしたいなら後藤は別にそれでも・・・って何言わせんのさ〜〜!!」
少し顔を出してそう言ってからまた赤面して布団にもぐりこんだ。

「・・・後藤なんか勘違いしてない・・・?」
顔を引きつらせてもぐりこんだ後藤を見る市井。

「え・・?違うの・・?」

市井のその言葉で布団からゆっくりと顔を覗かせた。

「・・上とか下とか・・の・・話じゃねーぞ・・」
「・・あら・・・」

と、また赤面ごまちゃん。。。
コロコロとかなり忙しい。

「じゃ、じゃあどういう意味ですか〜・・?」
「う〜んなんつーか、、、」

そう言いかけて市井は言葉を詰まらせた。

「なんて言うか?」
ひょこっと布団から鼻まで出して市井を見つめる。

「・・あのさ後藤?」
「ん?」

「ビッグに、、なりたくない?」

「?ビッグ??」

「うん、ビッグ。なんていうのかな、大きい人」
「矢沢栄吉とか?」
「なんで矢沢さんが出てくんだよ・・(苦笑)まぁ・・確かにビッグだけど・・」
「市井ちゃんのビッグって?」
「っとね〜なんつーのかな〜、、歌もそうだけど、やっぱ人間的にもね、大きくなりたいよ市井は。世界にはばたきたいっつーか」
「ふ〜ん、、、でももう大きいよ?世界はちょっと遠いけど。身長も小さいけど」
「おい(笑)身長の事言うな(笑)」
「でも後藤にとっては市井ちゃんって凄いおっきい人だもん」
「、、いや市井的には全然満足してないんだ」
「何処らへんが?」
「・・まだこうやって・・お互いにとって一番いい状態を予想できないとこかな・・」
「う〜ん、、市井ちゃん難しく考えすぎだよ」
「後藤が考えなさすぎなんだよ・・」
「そんな事ないよ〜いっぱい悩んだもん・・」
「そか・・ゴメン・・」

「・・・って言うか結局どういう意味なの?後藤さっぱり分かんないよ」
「あ〜だからさ〜つまり、、まだ後藤に“黙ってついて来い!”みたいな事言えないな〜ってさ・・」
「・・それって・・・市井ちゃん言ったらそ〜と〜カッコイイね・・・」
「・・いやでもまだ言えないから・・」
「・・いつか言ってくれる・・?」
「・・・・・」
「ねぇ!なんで黙るのさ!!」
「いや流石にそれは恥かしくて言えないっつーの・・」
「市井ちゃんが言いたいって言ったんじゃん!」
「言いたいじゃなくて、そんなような雰囲気が持てるくらいになりたいな〜って事!」
「ム〜・・いいよとりあえず待ってる・・」

「・・・で・・まぁそれはいいとして・・・」

「ん?」
「その・・・」
「何?」
「実際どっちがイイ訳後藤ちゃんは・・」
「??何が??」
「いやだから〜、、、分かるだろ!」
「??何々全然分かんない」
「・・だからほら・・上・・とか・・」
「・・あ・・・」
「下・・[ゴッホン!]・・とか・・」

咳払い交じりで話す市井。

「・・え・・・どっどっ・・どっち・・でも・・・後藤は・・・・」

「・・・・ゴメン市井何聞いてんだ・・・」
「・・・いえいえこちらこそ・・・」

「「・・・・・・」」

「・・ん〜〜ねっ寝るぞ!学校サボらせないぞ!!2時間後に起こすからな!」

「うっうん頑張る!」

「「・・・・・・」」

こうして二人はようやく眠る体制に入った。
が、やはり後藤は眠れるはずもなく、、、

(やっやばい・・たまらなく・・市井ちゃんにどうにかされたい・・・)

結局徹夜となった。
市井が眠れたかどうかは定かではないが、言った通り二時間後に後藤に声をかけ、渋る後藤を叱咤激励して学校へと行かせた。

 

三十三、<幸福の保証 〜I guarantee〜>

 

自分の家なのに市井に無理矢理押し出され、渋々学校へと向かう後藤。
しかし天気は良好。市井とのわだかまりも無くなり心も良好でいつもの数倍足取りが軽い。
鼻歌交じりで駅から学校へと向かっていた。

「ふんふんふ〜ん♪♪」

“ちゃんと学業に励んで来いよ学生後藤!!”
“うん頑張る!いちーちゃんの分まで!”
“な〜ホントになんで辞めたかな〜学校・・・でも市井は独学で勉強すっからいいの!”
“うん頑張ってねっ市井ちゃんならなんだって出来るよっ”
“・・・・”
“ん?どうしたの??”
“・・後藤行ってらっしゃいのチュ〜してやろっか?”
“え!?いっいちーちゃんがそういう事言うの珍しいね・・”
“気分だよ気分。いいからどっち!すんのしないの!”
“・・ん〜〜〜”
“じゃあ、、いただきま、、じゃなかった・・行ってらっ、、”
“あっやっぱやめとく!”
“はい!?なんでだよ!!”
“・・・したら後藤行きたくなくなるもん・・”
“・・可愛いな〜(笑)よしよし”
“ヘヘ・・♪♪”
“じゃあ帰ってきたらご褒美にしたげる”
“うん♪、、って市井ちゃん後藤が帰ってくるまでいるつもり?”
“だめ?”
“ううん嬉しい!!”
“じゃ〜行ってこい!”
“うん行ってきます!!”

(アハッ♪朝から市井ちゃんに愛のガッツ入れられちゃったもんね〜♪)

「よっし後藤頑張っちゃうぞ〜!!」

と、先ほどの市井のエールを思い出し、気合を一つ。

(いや〜ホント嫌な学校も市井ちゃんに見送られるとな〜んかダルさが吹っ飛ぶな〜〜♪)
(毎朝こうやって見送られたいな〜〜〜)

(市井ちゃんはそういう事思ったりしないのかな・・)

恋愛ばかりは相手の自分に対する気持ちが自信から確信に変わる事などない。
盲目や錯覚が時よりそれを起こすが、それも覚める日は来る。
キスを交わしたって、甘い言葉を掛けられたって、例え一線を超えた関係になったとしたって、保証できるものなんて何も無いのだ。
けれども自分自身の気持ちは確信に変わる瞬間がある。
後藤はそれが今回の出来事だった。
朝起きて、隣に市井の姿。
たまらない不安からの反動による、、

たまらない安堵感。
たまらない幸福感。

“時が止まればいいのに・・”

後藤は初めてそんな気持ちを覚えていた。
そして、同時にふとよぎる不安。

(終わっちゃう日が来るのかな・・・)

だとすればそれは間違いなく、

(市井ちゃんが後藤の事好きじゃなくなった時だよね・・・・)

そう思っていた。
それ以外考えられなかった。自分からフる事はありえない。

(いつか「後藤ごめん・・・」って言われるのかな〜・・・)
(・・・いやそんな事絶対ない!!ず〜〜っとず〜〜っと続くもん!市井ちゃんと後藤の愛は!!)
(今日だってあんなにラブラブだったし〜♪)

と、一人でニヤニヤしながら歩いていたその時だった。

「な〜に一人でニヤニヤしてんの!」

「!?」

そう言って肩をポンと叩かれ、驚いて振り向く。

「あっ、、おはよ〜」

市井との関係が上手くいってない間、当り散らしていた相手の一人であるクラスメイトだった。

(そ〜いや後藤相当当たっちゃってたんだよね〜・・・なんか今になって心が痛む・・)

「あのさ〜なんかごめんね〜・・」
「ん?何が?」
「後藤最近やたら機嫌悪かったじゃん・・・」
「あ〜、、でも真希が機嫌悪いのってすっごい珍しいから、よっぽど嫌な事あったんだろな〜って思ってたから、気にしてないよ」
「ホントごめん・・もう大丈夫だから」
「ん?市井さんと元に戻った?」
「!?なんで分かるの!?」
「あははっだって真希があそこまで壊れる原因て市井さん以外に考えられないもん(笑)」
「あら〜・・後藤ってやっぱ分かり易い・・?」
「うん。かなり(笑)」
「・・・・・」

「ちょっと凹まないでよ?(笑)単純で分かり易いのが真希のいいとこなんだから」
「・・そうなのか」
「うんうんそうだよ」
「市井ちゃんもそう思ってるかな」
「うん絶対思ってる」
「・・へへっ♪」
「おいノロけるな〜〜」
「いいじゃ〜ん久しぶりだもんっ」

こうして友達との関係も持ち前の愛嬌であっさり復旧し、授業も市井と約束した通り、珍しく真面目に受けていた。
心は8割方市井の方に行っているが・・。

(帰ったらいちーちゃんがいるんだよな〜それってなんか嬉しいねぇ〜♪)

 

三十四、<小さな波 〜gradually grew uglier〜>

 

「え゛!?そっそれホント!?もう広まってる!?」

「あれ?真希知らないの!?」

お昼休み。教室で友達と机を合わせ、弁当を食べながら友達から聞かされるゴシップ。
笑い飛ばせる捏造のはずのいつものネタが、今日はそうではなかった。

「っていうかこういうのって記事になって出回る前に事務所通ってタレントの耳に届くもんなんじゃないの??」
「そういう時とそうでない時がある・・出ちゃってから、やられた!って事のが多い・・」
「あっでもね、お兄ちゃんが購読してるエッチでマニアックな雑誌に載ってたのだし、信憑性とか全然ない感じのだよ?証拠となるものも何も載ってなかったし」
「どんな内容・・?」
「んとね〜、、」

『モー娘師弟コンビ、市井後藤。影で育まれていた恋愛感情!!』

「って見出しで・・」
「いかにも三流っぽいね・・センスゼロの見出しだね・・どうせ書くならもっとロマンチックに書け!!、、で・・どんな事書いてるの・・?」
「んとね〜なんか、カメラ回ってない時は見てらんないくらいイチャイチャしてるとか、、」
「・・そんな事ないもん・・いちーちゃん仕事人間だもん・・仕事中なんて絶対イチャイチャしてくれないもん・・・後藤はしたいけど・・・」
「トイレでやってるとこ目撃しただとか、そういう目撃談とか、、」
「・・・まだ・・てないもん・・モゴモゴ・・幾らもらってそんな嘘言ってるんだろ・・」

「あとね〜なんか本当は証拠となる物があるんだけどちょっと際どいので本誌ではそれを出すのは控えるだとか書いてた」
「え・・なんだろ・・」
「証拠って普通写真とかだよね〜でも例えば市井さんの家に入る写真とかなんて証拠でもなんでもないし、、キスとかしてなきゃ証拠ってなんないよね。いやキスなんて女の子同士でふざけてしたりするし、、なんだろうね。単なるホラかな」
「かなぁ・・だったらいいけど・・際どいってなんだろ・・」
「う〜ん、、際どいって法に触れる可能性があるって事かも・・隠し撮りとか・・」
「え!?」
「ってそんな訳ないか」
「ない・・よね・・。書いてたのってそれだけ?」

「あとはね、プッチ合宿のビデオは流せない内容があって、凄い高額で裏売買されてるだとか、、」
「・・そんなビデオあったら後藤も欲しいよ!!あんときいちーちゃん風邪ひいて熱あったんだから普通に考えたら嘘って分かるじゃん!!」
「なんかそれはね・・事務所の策略だとか書いてたよ・・。高熱あるのに頑張ってるのとかって、売り出しにはもってこいの美味しいネタだからとかなんとか・・」
「あれが演技ならいちーちゃん歌手より女優になった方がいいじゃん!!タクシーの中のとか見たら嘘かホントか分かるじゃん!!後藤あんなに具合悪かったの知らなかったからテレビ見て号泣したんだから!!!」
「いや・・あたしに怒鳴られても・・・」
「もうっ!だからヤなんだよ週刊誌って!後藤の事は何書かれてもいいけど後藤のせいでいちーちゃんの事まで悪く言われるのはヤだよ・・!!あんなに頑張ってたのに・・具合悪いのに後藤の練習に付き合ってくれたのに・・ヒエピタ貼ってさ・・・それなのに・・そんな事言われたら可愛そうだよ・・ングッック・・ヒック・・」
「ま・・真希・・?泣かないでよ〜〜!ちょっと私が泣かしたみたいじゃん!あ〜〜黙っとけばよかった・・・やっ違うのみんな私じゃないんだって!私じゃ・・・―――」

―――――
―――――
(あ〜あ〜・・記事の事いつかは市井ちゃんの耳にも入るよね〜・・)
(市井ちゃんヤな気分になるよね・・っていうか悲しむよね・・)
(あんなに一生懸命真面目に仕事してるのに・・そんな事書かれたら・・・可愛そうだよ・・・・)

学校帰り、先ほどの友達から聞かされた記事の事が何度も頭をよぎる。

(・・でもそんな記事とかいちいち気にしてたらやってらんないかぁ・・市井ちゃんもきっと気にしないよね・・)
(せっかく市井ちゃんとまたイイ感じになったのに、そんな訳分かんない人に雰囲気壊されるのも悔しいし、、)

「よしっ忘れよ!」

(そういやいちーちゃんが家で後藤を待ってるんだよね〜♪)

自宅に到着。ウキウキしながら部屋へと直行。

ドタドタドタ

ガチャッ
「いちーちゃんただいま〜♪」

「・・って寝てる・・・」
ご褒美を楽しみにしてたのに市井は後藤のベッドでスヤスヤと眠っていた。

「いちーちゃ〜〜〜ん!起きろ〜〜〜!!いちーちゃんの可愛い可愛い後藤が帰ってきたよ〜〜!!」

そう言いながら思いっきり市井にダイブ。

ギシッ!

ベッドが大きくきしむ。

「んっ・・!!!」
「いち〜〜、、ちゃんっ♪」

横を向いて寝ている市井の上から覆い被さり、ニコッと笑って顔を覗き込む後藤。

「あ・・後藤おかえり・・」
「ん??いち〜ちゃ〜〜ん元気無いよ〜〜。もっと嬉しそうにしてよ〜〜」
「・・・ゴメンちょっと・・寝すぎたかな・・」

そう言いながら市井がムクッと体を起こした。
下を向いたままあぐらをかいてぼ〜っとしている。

「後藤が頑張って勉強してる間ず〜っと寝てたんでしょ」
「うん・・・あ・・そうだ・・はいご褒美・・」

チュッ

「・・・な〜んか、、今ちょっとめんどくさそうだった。しょうがないからしてやるって感じだった」
「んな事ないない・・」

目を半開きにさせ、ぼ〜っとした表情で首を掻きながら返事する市井。

「ホント〜?」

そんな市井の後ろから抱き付いて、疑り交じりの口調で横からひょこっと顔を出す。

「ホントホント・・」
「じゃあホントかどうかもう一度検査♪」

そう言いながら市井の顔を掴んでクイッと横を向かせ、顔を近付ける後藤。
そして無理矢理覆った唇を少しずつ動かそうとした時だった。

「ちょっちょっストップ!」
市井が急に顔を離す。

「・・っも〜〜!なんでさ!」
「いやちょっと・・起きたばっかだし・・」
「市井ちゃんやる気無さ過ぎ!!仕事中のあのやる気を後藤にも出してよ!!」
「後藤はそのやる気を仕事にも出せよ・・」
「後藤最近頑張ってるじゃんっ」
「ん〜〜まぁ〜、、な」
「む〜〜〜素っ気無いな〜〜。いちーちゃんどうしたのさ!またなんか後藤がいない間に小難しい事考えてたんでしょ!」
「いやだから寝てたって言ってるじゃん」
「じゃあなにさ」
「なんもないって・・。っつーかそんな常にテンション高くいられないよ・・仕事で散々無理して上げてるからさ〜プライベートくらい自然でいさせて・・」
そう言ってバフッとベッドに体を倒した。

「・・そっか・・市井ちゃん仕事いっしょけんめだもんね・・」
「あ、、後藤凹むなよ・・?別に後藤の事ウザいとかそういうんじゃないから・・な?」
「うん。大丈夫納得したもん。そうだよね〜後藤は仕事以外の方がテンション高いけど、市井ちゃんはそういえば逆だもんね〜・・っていうか後藤が仕事中テンション低すぎるのか。アハッ」
「分かってるなら上げろよ・・(苦笑)、、っつーか後藤・・元気・・?」
「は??市井ちゃん何言ってんの?(笑)これが元気なく見えますかぁ?」
「いや、元気・・だよな・・うん・・」
「??」
「あっヤバッ!後藤仕事行く支度するぞ!」
「あ〜あ〜もう行く時間かぁ〜・・全然いちーちゃんと遊べなかったな〜・・・」
「またいつでも遊べるだろ」
「うん・・でも次いつになるかなぁ〜・・・」
「いいから早く支度しなきゃマジ間に合わないって!」

「・・いくないよ・・」≪ボソッ≫

(な〜〜んか・・・なんかなんだよね〜・・市井ちゃんって・・)
(後藤の事ちゃんと好きでいてくれてたのはわかったけど・・・こう・・好きで好きでたまらないっていう感じには見えないっていうか・・どう考えても後藤の気持ちの方がずっとず〜っと大きいし・・)
(まぁそんな贅沢言えないけどさ〜っ・・。後藤の事好きだって言ってくれるだけ幸せだけどさ〜っ・・)

 

三十五、<児戯 〜a involuntary desire>

 

「・・・後藤?、、後藤なした??」

仕事に向かう電車の中。やたら落ち着き無く、挙動不審に周りをキョロキョロ見渡している後藤に市井が声をかけた。

「え!?い、いやなんでもないよ・・」

(昨日の記事の事思い出しちゃったんだよね〜・・どれくらいの人が知ってるか分かんないし・・今丁度二人でいるし・・・)
(それに常に誰かに見張られてる気がして・・なんか怖い・・・)

「ならいいけど少し落ち着けよ。後藤だってバレるぞ」

そう一言ぶっきらぼうに言い放つ市井。

(市井ちゃん今日冷たいよ・・・昨日とのこの差はなんだ・・・)

(・・気分屋市井ちゃんのバカ・・・後藤の気も知らずに・・)

暫くして、一点を見つめぼ〜っとしていた市井の頭が、突然カクッと後藤の肩に落ちてきた。

(あれ、市井ちゃんまた寝ちゃった。疲れ取れないのかなぁ〜。後藤よりいっぱい寝てるはずなのにさぁ〜)

―――――
―――――
そんなこんなでようやく仕事場に到着。
楽屋のドアを市井が勢いよく開ける。

ガチャッ
「うい〜〜っす」「おはよ〜〜」

「おっ紗耶香ゴッチンおはよ〜」
「なんやの〜二人そろって」

楽屋に着くと、矢口と中澤が先に来ていた。

「あ〜たまたま電車で一緒になって、、ちょっとね・・」
「何女子社員と浮気中の上司みたいな言い訳しとんの(笑)紗耶香思いっきり昨日と服一緒やんか(笑)」
「や〜〜も〜〜仕事忙しいのにやる事やってんね〜〜このこのぉ」
「な、何言ってんの二人して・・たまたま昨日と同じの着てるだけじゃん・・」
「別に隠さなくてもいいってっ。裕ちゃんと矢口もう知ってるもん」
「え・・マジで・・?」
「「うん」」
「後藤〜〜」
「ご、後藤言ってないよ!」
「後藤以外に誰が喋んだよっ」
「ホントだよ〜後藤言ってないもん!」
「だって現に、、」
「違うよ後藤じゃないよ。勘のいい矢口が気付いただけ」
「あ〜なんだ」

「・・市井ちゃん後藤の事疑った・・・」
「あ・・いや疑ったっつーかだって普通そう、、」
「後藤信用されてない・・・」
「えっいや信用してるって!」
「してなかったじゃん今・・・・」
「やっ、、つーか・・その・・」
「・・・・」
「ご、後藤・・?」
「・・・・」
「後藤ちゃ〜〜ん・・・」
「・・・・」

ぷ〜っと頬っぺを膨らまし、なだめる市井を無視してパイプ椅子にガタンと座る後藤。

「後藤〜〜そんなんで怒るなよ〜〜。悪かったってマジで〜・・」

市井の呼びかけを無視してプイっとしてる後藤に駆け寄り、後藤の顔を覗き込みながらなんとか後藤の機嫌を戻そうとする市井。

そんな光景を見て、思わず矢口と中澤が、
「「・・・・ぶっ!」」
思いっきり噴出した。

「・・何噴出してんだよお二人さん・・人が困ってる時に・・」

「だってこんな紗耶香初めてみたんだもん(笑)」
「後藤に振り回されてる紗耶香ってかわええな〜〜(笑)」

「・・人事だと思って・・」

(ふ〜んだ。機嫌悪かったり後藤の事疑ったりした市井ちゃんが悪いんだもんねっ)
(今日一日許してあげないもん)

そんな些細な悪戯心。相手を想うゆえ、ちょっと虐めてみたいと思う、誰でも持ちうる小さな願望。
昨日やっと市井との仲が修復されたので、後藤はそんな悪戯すら楽しく思えていた。

二人の一日の長い仕事は、こうして始まった。

――――――
――――――

せわしくバタバタと動き回るスタッフ。
がなる声がスタジオ中に響き渡る。
そんな中スタジオの隅でダンスの振りを確認したり、雑談したりしてリハの用意が出来るのを待つメンバー達。
今日はMステの出演日なのだ。
どんなに場数を踏んでるアーティストでも、生はやはり緊張すると言う。
そこそこの場数を踏んできたとはいえ、人数が多いとはいえ、まだローティーン(若干ハイティーン)の女の子。緊張するなと言う方が無理だ。
緊張を紛らわす為か、メンバーも普段よりも変にテンションが高い。
歌は『恋のダンスサイト』。前作『ラブマシーン』はミリオンを突破し、娘の知名度、人気が一気に上がり、ある種の社会現象にまでなった。
当然、次はどう来るかと、世間全体が注目している。
世間のニーズを敏感に察知して、形にするのはプロデューサーであるつんくの役割だが、最終的に表現するのは娘自身。
与えられた曲、パフォーマンスをどれだけ自分達が物に出来るかと言うところで商品としての価値も変わってくる。
娘としてはこの勢いを絶対に衰えさせたくないところなので、やはり今まで以上に力が入る。
そしてその世間の動きを敏感に感じれてるかどうかというのは、個々によってまた異なり、感度が高い者はそれだけプレッシャーという形で重く圧し掛かる。
そんな重圧を明らかに人一倍背負ってる雰囲気をかもし出しているのが、
娘の人気急上昇と共に、個人的に人気急上昇しだしたメンバー、“市井紗耶香”。
それまで全く脚光を浴びなかった1メンバーが、本人自身の目覚ましい成長は元より、後藤真希の教育係り、プッチモニセンター、などの起因で一躍注目を浴びだした。
今一番ノリにノっていると言っても過言ではない。
その市井は、中澤と二人で、『恋ダン』の2ショットで抜かれる1コーラス部分を今日はどんなアクションにするか、について打ち合わせをしていた。
今回のこの『恋ダン』では、市井の人気上昇の一要因でもあるショートカットからのボーイッシュ路線を全面に出して勝負している。
真剣勝負という言葉がシックリくる市井は、真剣な眼差しで仕事に打ち込んでいた。

後藤はと言うと、、、

(・・いちーちゃん髪立ち上げないでよ・・)
(仕事中に後藤を誘惑して・・どういうつもりだ!)

一人関係ない事に心がいっていた。

市井が中澤と打ち合わせをしているので、市井に代わって保田が後藤に振り確認をしている。
しかし意識は半分以上市井の方。
振り確認をしながら、チラチラと市井を見る後藤。

(いや〜〜最近ますます男前だねぇ〜・・)
(これはやっぱ・・・後藤の・・・、、、って後藤うぬぼれすぎぃぃ〜〜!!)

「、、って感じ分かった?・・後藤〜。ご〜とお!聞いてんの?何ニタニタしてんのさ。怖いよ」
一人で盛り上がってニタニタしてる後藤に声をかける保田。

「え!?あっあ〜〜いや〜恋ダンの振りって面白いな〜って思って・・アハッ・・」

他メンの緊張感とは明らかに何かが違う後藤。
入って速攻でセンターを取り、ミリオンを取り、話題を取り、人気を取った後藤は、重圧はありはしたが、他メン程の闘争心や危機感は持っていなかった。

「っていうか頼むよホントに・・・。あんた緊張とかしない訳?」
「えっ・・するけど・・」
「するけどってね〜どうみてもそうは見えないよ。も〜最近後藤真剣に仕事しててイイ感じだったのに、何か今日おかしいよ?」
「いやいつもとおな、、」
「ちょっと紗耶香〜〜」
「ってあ〜〜呼ばなくていいよ圭ちゃん!」

そんな後藤の身に起きた、一つの出来事。
それは突然で、、、
全く予期していなかった。

いや後藤が出来なかったのだ。

「何〜。後藤がまた何かした〜?」

“やれやれ”と言った感じで中澤との打ち合わせを中断し、後藤と保田の方に目をやる市井。

「呼ばなくていいよ〜〜・・」

今日は市井をちょっと虐めてやろうと思ってたので、市井に説教される事になるのが悔しくて後藤は不満げ。

「いやダメ。紗耶香が言った方が後藤には効果あるもん」

生なので失敗は許されない。しかも今回の曲はある意味娘の正念場。なので気合の入ってない後藤にどうしても一発渇を入れてやりたい思った保田は、最終的に同期で頼りがいのある市井を求めた。

「紗耶香も自分の事で忙しいとこに後藤の世話で大変やな〜(笑)」

中澤はそう冗談交じりで話す。
保田が“全く後藤は”と言った感じで市井に助けを求める。
後藤は、まるで悪戯をして叱られる子供のように、少し保田の陰に隠れ、ばつ悪そうに下を向いていた。
他メンはそれぞれ振りの確認をしている。

市井が後藤の元に近づいて来る。

そして市井の気配が後藤のすぐ近くまで来た、その時だった。

後藤が顔をふっと上げると、、、

「え・・・・?」
(市井ちゃん・・・?)

本来あるべきなのに視界に映らない市井の姿。

その刹那、

「紗耶香!!!!」

保田の声がスタジオで怒鳴りあってるスタッフの誰よりも大きく響き渡った。

 

三十六、<偽装心理 〜stretch the truth〜>

 

「紗耶香!!!!」

保田の叫び声。そしてほぼ同時にメンバーなどの金切り声が続く。
市井は保田の足元でグッタリと崩れ落ち、意識を完全に失っていた。

突然の出来事に思考を処理できず、放心状態の後藤。

(な・・んで・・?何が・・・起きたの・・・?)

中澤が無言で素早く市井の元に駆け寄り、冷静さをなんとか取り繕いながら抱きかかえた。

「あかんわ・・凄い熱・・全然気付かへんかった・・」

市井のおでこや頬、首元辺りを触り、血相を変えて駆け寄ってきたスタッフに
「今日の生はどう考えても無理ですね・・」
そうポツリと言いながら市井を預けた。
数人のスタッフに抱きかかえられた市井は、騒然とする輪を無理矢理突き進むよう運ばれて行った。

突然の自体に言葉が出ないメンバー達は、市井が運びだされていく様子を無言で目で追う事しか出来なかった。

一人、後藤だけは視界に崩れ落ちた市井の残像を残したまま、一点を見つめ放心のままだった。

(そんな・・・だってさっきあんなに元気に・・・)
(元気・・・?市井ちゃんは元気だった・・?)

「・・・違う・・・」

「・・後藤?」

突然ポツリと漏らした後藤の言葉が中澤の耳に届いた。
明らかに様子がおかしい。
市井が倒れたら後藤が普通でいれる訳がない。
それに気付いた中澤は後藤の元に駆け寄った。

「違うよ・・・・」
「後藤どうしたん??」

「いちーちゃんは・・風邪ひいてて・・」
「紗耶香が昨日から風邪気味やったんはみんな知ってる。だからこそ安心できるやろ?ただの風邪やから大丈夫やって。なっ?」
「違うの!!」

後藤の叫び声に我に返ったメンバーがようやく後藤の異変に気付き、駆け寄る。

「後藤なしたの!?」
「ゴッチン!?大丈夫?」

「ゴッチンいくら紗耶香だって自己管理でも防ぎきれない事だってあるべさ・・」

「違うよ!市井ちゃんはちゃんとしてたよ!だから自分で病院行って・・行って・・なのにその後・・」

(後藤・・いちーちゃんが来てくれた事だけで頭いっぱいで・・・その事すっかり・・・)

(・・でもいちーちゃんはそんな素振り全然見せなくて・・)
(・・そんな素振り、、)

“じゃあホントかどうかもう一度検査♪”
“・・・ちょっちょっストップ!”
“・・っも〜〜!なんでさ!”
“いやちょっと・・起きたばっかだし・・”

(全然・・・)

“、、っつーか後藤・・元気・・?”
“は??市井ちゃん何言ってんの?(笑)これが元気なく見えますかぁ?”
“いや、元気・・だよな・・うん・・”

「・・・後藤が気付かな・・っただけだ・・・」
「一緒にいたからってゴッチンが罪悪感感じる事無いよ・・・」
「え?紗耶香昨日っていうか今日ゴッチンと一緒だったの?」
「うん・・なんかそうみたいなんだけど・・」

矢口と保田のそんな会話も後藤の耳には届く事無く、ただただ市井との会話が何度もフラッシュバックされる。

““っつーか後藤・・元気・・?””

「いちーちゃんは・・自分より後藤の事を・・ック・・ヒック・・」
「?・・後藤どうしたんや・・?言ってみ・・?」
中澤が中腰になって後藤の両手を取り、落ち着かせるように優しい口調で言う。

「後藤は・・ック・・」
(なのに・・・)

“ねぇいちーちゃんいつから家の前で待ってたの?”
“だからついさっきって言ってるじゃん”

“・・あ〜〜も〜!はいはいそうですずっと待ってました!”

“ウソだよキスした時に気付いてた”“ちょっと虐めてみたんだよ〜(笑)後藤に寂しい思いさせたバツ♪”

““後藤に寂しい思いさせたバツ♪””

「後藤の・・だ・・」

「何?」

「後藤のせいで・・ングッ・・」
「後藤のせいでいちーちゃんは!!」

中澤の手を振りほどき、。
突然半狂乱に泣き叫びだす後藤。

「後藤!しっかりせいや!!別に紗耶香が死ぬ訳ちゃうやろ!」
「そうだよゴッチン。これだけメンバーがいるんだから、一人二人理由あって休んじゃう事だってあるよ」
「その事で後藤までまともに仕事出来なかったら、紗耶香も悲しむよ?」
「完璧な人間なんていないんだし、紗耶香だってそういう事たまにはあるべさ」

取り乱した後藤をなんとか落ち着かせようと次々に言葉を掛けるメンバー。
しかし後藤の耳には何も届いていなかった。

「後藤の・・ングッ・・で・・後藤の・・ヒック・・ック・」

「あかんわ・・こっちのがあかんわ・・本番近いし、取りあえず楽屋連れてこ」

―――――
――――
楽屋に連れて行かれた後藤は、すぐには泣き収まらず、結局本番ギリギリまでしゃくりあげていたが、
本番ではプロ根性を見せ、努めて明るく振舞い、なんとか無事本番をこなした。
市井の事も軽い風邪と言うことで、中澤の巧みな話術でジョーク交じりでやり過ごした。

そして、本番が終わった娘はそのまま速攻で帰る支度をする。
後藤も暗い表情を浮かべたまま、荷物を持って帰ろうとしたときだった。

ガチャ
「後藤ちょっと」

楽屋に顔を覗かせた事務所の社長に呼び止められた。
社長直々の呼び出しに驚く後藤とメンバー達。
後藤はもしかしたら今日の本番中暗さが少しか出てしまったのかもしれないと思い、
それについて叱咤されるのだろうと覚悟しながら言われるままついていった。

―――――
―――――
個室に連れて行かれ、テーブルを間に向かい合わせになってソファーに腰をかけた。

「なんですか・・?」

まだ沈んだ気持ちのままの後藤はいつもの天真爛漫さが全く無い。
社長も市井が倒れたせいだと察しがつくのでその事については触れることなく話を進めた。

「市井の様態だが、解熱剤と点滴を打って今ようやく熱も下がったらしい」

「え!?じゃあ大丈夫・・なんですか・・?」

「熱があるのに無理した事が原因らしいから別に問題はない。一応2・3日休養を取らせるけどな」

「・・良かった・・・」

そう言ってほっとした様子で息を吐いたが、表情はやはり晴れない。

「それはまぁいいとして、、ちょっと確認を取っておきたい事があってな」

「・・なんですか・・?」

「市井とお前との記事が出回った事知ってるかな?」

「あ・・・・」

無言で頷く後藤。

「そうか。それじゃあ話が早い。事実関係はどうなんだ?」

「え・・いや・・あの・・・別に普通です・・・・」

「まぁ、、もはやどっちでもいい」

「え・・?」

「この事がマイナスになってるなら当然市井の後藤教育係を下ろすがな、むしろプラスだという事が分かった」

「プラス・・?」

「色んなところからこの件に関するリアクションを貰ったんだが、何処も好意的、、というか興味を持ってる」

その言葉を理解できなく、後藤は少し首をかしげていた。

「二人の場合はちょっと特殊だからな。勝手に美談が作られるんだよ」

「美談って・・何がですか・・?」

「まぁ本人は分からないだろうな。人は勝手に他人の人間関係を自分の持ってる情報だけで結び付けるものなんだよ。もっともそれは仕方の無い事だが、、。つまり二人は視聴者にいい情報ばかり与えていた、という事だな。二人がそれだけ真面目に一生懸命仕事をこなしてたという事だろう」

「・・一生懸命・・・」
(いちーちゃんはそうだけど・・)

「だから事務所的には、この事についてはあえてノーコメントでいきたいと思う」

「え・・」

「否定もしなければ認めもしない。後はマスコミに任せる。けど心配はしなくていい。二人にも娘にも絶対にマイナスにはならないから」

「・・でもますますマスコミに回りをウロウロされることになるんですよね・・」

「それも仕事の一つだと思えばなんともないだろう」

「仕事・・ですか・・・」

「それにな、後藤も勿論だが、これは今一番人気が伸びている市井にとってはいいピーアールになるんだよ」

「いちーちゃんに・・?」

「美談から生まれた話題だからな」

「・・よく・・わかんないんですけど・・」

「後藤が好きになってもしょうがない程魅力があったという事に繋がるだろう」

「・・・・はぁ・・」

その言葉に照れてしまいちょっと顔がほころぶ。

「まぁ後藤は深く考えずに今まで通り市井と仲良くしていればいいよ。変に隠したり、この事でよそよそしくする必要はない」

「・・・はい・・」

「この業界に入ったら、マイナスになる事はとことん隠すしプラスになればそれの真偽と関係なく肯定する。そういう世界だ」

そう言いながら立ち上がり、ドアに向かった社長を、、

「あの!」

後藤が呼び止めた。

「ん?なんだ?」

「ホントに・・・ホントにいちーちゃんに取ってプラスなんですか・・?」

「そうだよ。後藤が成長すればする程な。市井の教育がいいと言う事に繋がる。その代わり後藤がダメになってきたらそれも市井のせいと言われかねないから、気をつけなきゃダメだぞ」

バタン

そう言い残して部屋を去っていった。

「・・・いちーちゃんにプラス・・?」

まだちょっと理解しきれてないがその言葉で先程までの沈んだ気持ちが少しか晴れた後藤。
首をかしげたままその顔はほころんでいた。

「でも後藤がしっかりしないとそれもいちーちゃんのせいになっちゃうのか・・・」

「・・・・・・・よっし!」

何か意を決した後藤はすくっと立ち上がった。

―――――
―――――
「おじさ〜んこの花くださ〜い」

「はいよ〜」

「これって病気にいい?」

「お見舞いに持っていくのかい?」

「うん」

「お嬢ちゃんが治れ〜って思って持っていったら効くよ」

「そかぁうん分かった」

―――――
―――――
「ふんふんふ〜ん♪」

花を抱き抱えながら鼻歌交じりで病棟の廊下を歩く後藤。
マネージャーさんに聞いた病室へと向かう。

(治れ〜〜治れ〜〜〜いちーちゃんの風邪治れ〜〜)
(ちゃ〜んといちーちゃんを元気にしなきゃダメだからね?)

「おっここだここだ」

買った花に言い聞かせながら病室へと辿り付いた。

そしてノックをしようとした時だった。

『でもさ〜それってよくないんじゃない・・?』

病室の中から話声が聞こえてきた。
一瞬足が止まる。

『う〜ん・・・』

『気持ちは分かるけどさ・・・』

(やぐっつぁんの声だ。くそ〜先を越された・・)
(・・なんか深刻な話みたいだな。後藤今入っていかない方がいいかな)

『市井もね・・・ようやく時間が出来て今日ゆっくり一人で考えてたんだけど・・・』

(ん?何かな)

『・・・後藤と・・、、

(後藤???)

      ちょっと考え直そうかな・・・って・・』
     

―――――
―――――

「紗耶香〜りんごむいたよ〜ん。はいあーん」

「おうサンキュー」

シャリシャリ

「、、、んまいんまい。ちょっと皮残ってるのが気になるけど(笑)」

「うるさ〜い矢口にりんごの皮むいてもらうなんてプレミアなんだぞ」

「プレミアっつーのかそういうの・・」

「っていうかそれよりゴッチン来なかったね〜」

「あ〜・・そうだね・・」

「矢口絶対来ると思ったんだけどな〜」

「決心ゆらいじゃいそうだな・・・」

「・・紗耶香ホントにそれでいいの・・?」

「・・うん。実は結構前から思ってはいたんだよね・・。そりゃあ市井だって嫌だけど・・でもさっきさ、Mステ見たんだけど、ブラウン管通して客観的に見て、やっぱこのままじゃよくないなって思った」

「あれでもゴッチン精一杯元気に振舞ってたと思うよ・・?本番直前まで、ホント泣きじゃくってたもん・・」

「でも無理矢理元気に振舞わせてる事自体ダメな気がする・・」

「・・でもゴッチンの事だから紗耶香と別れたら余計に仕事も身に入んなくなると思うけど・・」

「う〜ん・・最初だけだと思うよ。後藤だってそこまで自暴自棄じゃないと思うし・・」

「仕事・・やりづらくなんない・・?」

「それは・・大丈夫。市井がちゃんとすればいい事だから・・」

「・・紗耶香の気持ちは・・?」

「気持ちって・・?」

「矢口なら・・好きなのに一緒にいて気持ちを押し殺すなんて出来ないもん・・」

「・・それが相手のためになると思ったら、やぐっちゃんだってそうするよ絶対」

「・・かも・・・」

「ほらみろ・・」

力なく笑いあう二人。
そして無言の中シャリシャリとりんごを食べる音だけが部屋の中に響いていた。

体を起こして枕を背もたれにし、窓の外を眺める市井と、ベッドの隣の椅子に据わったまま同じく外を眺める矢口。
分かってはいるが、何をするにも仕事という二文字がまとわりつく事に少し空しさと悲しさを覚える。
そしてやはりその二文字を捨てる事が出来ない事にも。

その無言の空間を破ったのは

ピロロロッピロロロッ

携帯のメール着信音だった。

「やばっ!電源切んの忘れてた!」

「そういや病院ってダメなんだっけ」

「矢口〜早く取ってくれ〜〜」

布団から身を乗り出して手をぐいっと思いっきり伸ばし、どう見ても届かないカバンを何とか取ろうとする市井。
体がベッドから落ちそうになったところを矢口が抑えた。

「あ〜〜点滴の針抜けるよ〜大人しくしてなさい。取ってあげるから」

(紗耶香なんだかんだ言ってゴッチンの事気になるんだな〜・・)

そう思いながらカバンを取り市井に渡した。
それをバッと矢口から取って中からゴソゴソ懸命に携帯を探す市井。

(紗耶香って後藤の事になるとやたら大人だったり、、かと思えばこうやってやたら子供だったり・・)
(それだけ好きって事だよね〜きっと・・・)
(なんか・・・ホントにいいのかな・・・別れちゃって・・)

市井の様子を見ながら色々な思いを頭に駆け巡らせていると
ようやく市井は携帯を見つけたらしく、液晶を見つめた。

「ん?なしたの紗耶香。誰?なんだったの?」

携帯を眺めたまま固まっている市井。

「・・・・矢口・・これ・・どういう事だろう・・・」

内容を理解出来ないと言った様子の市井。
そんなに難しい内容なのかと不思議に思い、手渡された携帯の液晶を見た矢口は、映し出された文字に目を疑った。

『いちーちゃん、後藤やっぱもーいちーちゃんと付き合うの疲れちゃった。後藤の元の“きょーいくがかり”に戻って欲しいです。嫌だとは言わせないじょー』

「・・なに・・これ・・・」

「・・・市井も分かんない・・」

「・・凄い・・我がままじゃん・・・」

「・・・後藤自身市井に振り回される事に限界来てたと思うから、今回のでいい加減やんなったのかな・・っつーかそれ以外思いつかない・・」

「・・ゴッチンらしいっちゃらしいけど・・でもあんなに今日泣いてたのに・・」

「だからじゃない・・?泣きつかれたんだよきっと・・。今まで市井のせいでいっぱい泣いてきたと思うから・・・」

「・・・・」

「どっちにしろ振るつもりだったんだし、後藤の方から吹っ切ってくれてよかったよっ。これなら仕事にもちゃんと打ち込めるんじゃないかな。市井が一番心配してたのはそれだから、うん良かった良かった」

「・・紗耶香・・・」

「あ〜でもチクショー振られちったよ〜、、市井から振ってやろうと思ってたのにな〜〜、、ちぇっ・・」

「・・・・」

夕日の落ちかかった外の方を向きながらそういう市井。
矢口に頭を向けていて、その表情を確認する事は出来なかった。

―――――
―――――

そして翌日。
2・3日安静にしてないとダメだという医者の言葉をやはり無視した市井は、無理は絶対しないという条件付きで仕事場に復帰していた。
その日は普段より軽めのスケジュールで、雑誌の撮影と、インタビュー、番組収録一本と、仕事は順調に着々と進んでいく。
後藤はと言うと、、

「う〜んいちーちゃんはねぇお母さんみたいな人ですよ〜」

「・・・・」

雑誌のインタビューに答える後藤は普段となんら変わりなく、ノッタリとした雰囲気のいつもの後藤だった。

昨日あの後、市井はすぐにメールの返事を出していた。
返事は勿論

『OK。明日からまた今までどおり宜しくねっ。母さんビシビシしごくぞ!』

その日の朝は、後藤とどういう顔をして会ったらいいのか、なんて声を掛けたらよいのかと迷ったまま楽屋に向かった市井だったが、楽屋に入り、声を掛けてきたのは後藤の方だった。

「いちーちゃんうい〜っす。元気になった?」

「おっおうもう全然平気っす・・」

―――――
そしてその日の仕事が終わった後に、市井も後藤と同じ件で事務所の社長に呼び出された。
社長はやはり実際の二人の関係については別に興味がないらしく、とにかく関係について否定はするなという事と、これは二人に取ってプラス効果だという事だけを念を押し、手短に話しをして部屋から出て行った。

市井は後藤が別れ話を持ちかけたのにも関わらず、以前と変わらず自分に接してくるのはこの為か、、と理解をしたと同時に、そんなふうに上手くやれる後藤に複雑な感情を覚えた。
もう後藤は自分の知らない所で十分成長していたという事だ。それを喜んでいいものなのかどうかは別として、、、。

―――――
それからは、確かに前までの二人に戻っていた。
別に避ける事もなく、後藤も普通に市井に接してくる。
ただ違うのは、甘えてきたりする事はなくなったのと、明らかに後藤に成長が伺えるような言動が多くなった。
世間では二人の関係についてのゴシップが飛び交うようになり、何度となくそれについてのインタビューをされたが、毎回曖昧に返事をしてやり過ごす。

多忙なスケジュールをただただこなす毎日の中で、二人の関係も何処か事務的なものを感じずにはいられなくなってきていた。
仲良くしているのは演技ではないが、何処か計算から成り立っている感じがしなくもない。
まるで私利私欲のための関係のようで、支えあっているというより、利用しあっているような錯覚を起こす。
しかしお互い本当の欲は抑圧されていた。

お互いがお互いの本当の気持ちを知る事もなく。

―――――
―――――
そんな毎日が続き、、ついに新メンが加入する日がきた。

はっきり言って嬉しい訳がない後藤は、目深に帽子をかぶり、表情を隠しながらメンバーと一緒に新メンと対面する場所に向かう。
市井も同じく目深に帽子を被っていて、表情は読み取れなかった。

辿り付いたそこには、噂に聞いていた見るからに自分より年下の子が二人。
そして、地味目で大人しそうな子が一人と、、恐らく今回の一押しであろう飛びぬけた美人の子が一人いた。

軽い自己紹介を聞き、宜しくお願いしますという言葉が続く。

メンバーが番組向けにそれ相応のリアクションをし、楽屋に戻った。
そして改めてきちんと顔を合わせる。
後藤がやはり気になるのは、つんくが天才的に可愛いと気に入りまくっていた吉澤だった。
自分の人気を危険にさらす存在かもしれないという危惧感。
そしてじーっと吉澤の様子を見ているうちに、それよりももっと大きな危惧感が後藤を襲った。

(・・この子絶対いちーちゃんのファンだ・・・)

吉澤の市井を見つめる視線は、芸能人を物珍しそうに見る一般人のそれとは明らかに違った。
憧れの人にやっと会えたような、、ずっと探してた人と巡り会えたような、、。
とにかくメンバーの中の市井一人ばかりにチラチラと目をやっていた。

(まさか市井ちゃんに近づきたくてオーディション受けたんじゃないでしょうね・・・)

 

三十七、<シンクロ 〜Her who imitates me〜>

 

こうして新メンを迎え、新生モーニング娘としての活動が始まった。
一応それぞれに教育係がついてるのだが、
面倒見がいい市井はやはり常に手取り足取り何らかの世話を焼いている。
ダンスや歌はもちろんの事、仕事についての心構えや経験からのアドバイス、身の振る舞いなど様々な事に。
12歳と言うまだ自我も確立されていない子供がいるから仕方ないのだろうが、市井が新メンに向かって叱咤したり優しい言葉を掛けたりするのを見る度に、後藤はやりきれない思いを抱いていた。

(ダメだ・・・市井ちゃんが後藤以外に教育係してるのなんて見たくないよ・・・・)

(後藤はどうすればいいの・・?)
(後藤の事をもうヤんなっちゃってるいちーちゃんを、こんなにこんなに大好きな後藤はどうすればいいの・・・?)

(もう後藤・・分かんないよ・・・)

ダンスレッスンの休憩時間。分かんないところを市井に聞いている新メンの姿を自分の時とダブらせながら、そんな事を思っていた。
虚ろな意識の中、初期の自分を思い出す。

“あ〜、、なんかもう頭ん中ゴッチャで訳分かんないんだ・・ハハ・・”

“そっか、じゃあ私が踊るから真似してやってみて”

まだ敬語もろくに使えなかったあの頃。
まだ市井の事を何も知らなかったあの頃。

でも確実に、惹かれていった、あの頃。

客観視しても、市井の自分の時の態度と新メンに対する態度は何ら違いない気がする。
新メンも同じように惹かれていくのではないかという不安が募る。
市井が何故自分に惹かれたのかは全く分からない後藤だったが、
だからこそ、この同じようなシチューエーションの反復は、後藤にとてつもない焦燥を与えるだけだった。
次に市井が心を移す相手がいたとしたら、この新メンの誰かではないかと言う焦燥。

12歳の二人組は叱咤する市井にただただ萎縮しているだけだったが、石川と吉澤は既に市井の熱心な教育っぷりにはまってしまてるのがあからさまだった。
そして、吉澤は特に。

そんな吉澤が丁度市井に上目遣いで何やら話しかけていた。
それに気付き、ジュースを飲みながらさりげなく近づく後藤。

「・・私ダンスどうしても上手く出来ないんですよ・・」

何やら悩み事を市井に相談しているようだ。
それに対する市井の言葉が、後藤に決定的なダメージとなった。

「、、大丈夫だよ。市井も始めの頃は全然出来なかったし」

(!?・・・・・・もうやだ・・・・)

メンバーに気付かれぬようその場を後にした後藤は、一人トイレの壁にもたれながらすすり泣きしていた。

「ヒックンック、、ンッ・・・いちーちゃんなんて大っ嫌いだ・・ンック・・ズッ」

(いちーちゃんは誰にでも同じ言葉かけて、誰にでも同じように優しくするんだ・・)
(後藤だけが特別なのかと思ってたのに・・・後藤の事好きだからいっしょけんめ色んな事教えてくれてたと思ってたのに・・全然そんなんじゃないじゃん!!)

(そのうち同じように甘い言葉掛けて、同じようにキスするんだ・・)
(そして後藤より先に・・市井ちゃんはあの吉澤って子のものになっちゃうんだ・・)

後藤の目に、やり切れない思いが涙となって溢れつづけていた。

 

三十八、<いちーちゃん 〜a particular name〜>

 

「後藤〜何処行ってたんだ!ほら早く位置について!時間そんなに無いんだから」

「あ〜はい・・・」

そう怒鳴ったのは夏先生だった。
市井と顔を合わせたくなかったので、人のいない廊下で時間潰しをしていた後藤。
レッスン室に戻るとメンバーはもうそれぞれの位置について、次のシングルのダンスの振りをマスターするのに努めていた。

後藤も遅れる事ながら自分の位置につく。

立ち位置的には新メンはやはり後ろの方で、吉澤は部屋の隅だった。
後藤が鏡越しに吉澤を見る。
吉澤の目線は明らかに市井にいっていた。

そして数時間後、ようやくレッスンが終わり、全員疲れきった顔で部屋から出て行く。
そして、後藤も出ようとしたときだった。

「あの、後藤さん」

突然呼び止められる。

振り向いてそこにいたのは、今一番話したくない相手、吉澤だった。

「・・・・」

返事が出来ない後藤。
気付くと部屋に残っているのは後藤と吉澤だけになっていた。

「?・・なんかあったんですか・・?」

吉澤が、後藤の目が腫れてる事に気付く。

「・・最近寝不足だから・・」

「あ〜そうですよね」

「で・・何?」

「あの、ちょっと聞きたい事があるんですけど」

「・・別にタメだし敬語使わなくていいよ」

「あ、そっか。じゃ〜、、タメ語で」

「・・・何、聞きたい事って・・」

「あの、、、
   
      市井さんの事なんだけど」

「・・・・・」

やっぱり、という言葉が浮かび上がる。

「市井さんってその、、付き合ってる人とかいるのかな」
「・・・知らないよそんなの・・」
「じゃあ好きな人とか、、」
「・・知らない」

明らかに態度が冷たい後藤。
しかし吉澤は、新メン加入を後藤が心よく思ってるはずがない事に察しがついていたので、気にせず質問を続ける。

「・・市井さんって何であんなに親身になってくれるの?」
「だから知らないってば」
「厳しいけど凄くあったかくて、怒る時は怒るけど、褒める時は凄く褒めてくれるし、、何よりカッコいいし!市井さんてホント最高!」

吉澤が目を輝かせてそういう。
これ以上いると感情的になってしまうと思った後藤は、なんとか高ぶる怒りを静めながら無言でその場を立ち去ろうとした。

その瞬間、、

「市井さんとの噂って全然ウソだったんですね」

後藤の動きが止まる。

「・・噂って付き合ってるってやつ?あんなの嘘に決まってるじゃん」

「私テレビとか見てて二人って凄いなんていうか、いい感じだったからホントにできてるのかと思ってた。でも実際は全然普通に接してるし、そんな雰囲気全く無くて、あまりの違いに驚いちゃった」
「・・単純だね。この世界は表と裏なんて違う事沢山あるよ」

「そっか。じゃあいいんだ」

試すような挑戦的な口調でそういう吉澤。

「何が・・?」
「私、市井さんの事ずっと憧れてたんだ」
「・・・・知ってるよそんなの」
「あ、やっぱりバレてたか。で、会って実際に話したりしてるうちに、、、          
           
            好きになっちゃった」

「・・・・・・」

予想していた事だった。でも直接言葉に出されると胸が締め付けられる。

「だから、もし後藤さんがライバルだったらキッツいな〜って思って。私より付き合い長いし、可愛いし」
「・・・別に、ライバルでも何でもないよ」
「そっかぁ良かった〜」
「・・・・」
「じゃ、頑張って市井さんGETしちゃおっと。私運いいから今まで落とせなかった人っていないんだよね〜」
「・・・運じゃなくて実力でしょ。可愛いもん。つんくさんも天才的に可愛いってベタ褒めしてたよ。良かったね」
「後藤さんにそんな事言われたって嬉しくないよ〜」
「・・後藤もう行くね。雑誌のインタビューあるから。市井ちゃんゲット頑張ってね」

そう抑揚無く心にもない言葉を残してドアノブに手をかけた瞬間、吉澤の発した一言が後藤の押し静めてた何かを爆発させた。

「あ〜やっぱいいなぁ“市井ちゃん”、、って。

            
           私もそう呼べる日来るのかな〜」

「!?・・・・・」

その言葉で後藤の中の何かが切れた。

「・・・・来る訳ないじゃん・・・」

「え?」

「来る訳ないじゃん!!!いちーちゃんは!いちーちゃんっていうのは、、!!」

突然吉澤の襟首に掴みかかり、血相を変えて半狂乱に叫びながら壁に押し付ける後藤。

「ちょっ!何!!」

“やぐっつぁん後藤市井さんだけどうしてもあだ名で呼べないんだけどなんでかなぁ”
“そういやなんでだろね。ゴッチン人見知りしない子なのにね。矢口みたいにさやりんでも紗耶香でもなんでもいいじゃん。紗耶香もいつも適当に呼んでって言ってるんだし”
“う〜ん後藤も分かんないんだけどねぇ”
“特別視しすぎなんじゃない?それか特別視したいんじゃない?(笑)”
“ん?特別視?”
“ゴッチンって独占欲強い方?”
“え〜分かんない。別にそんな事ないと思うけど”
“ん〜多分ね〜それはなんか意識しすぎてるんだよ。深く考えないで適当に呼びなよ。じゃなきゃ距離も縮まんないよ?”
“え・・それはやだ・・”
“ほら、じゃあ頑張んなきゃ”
“う〜〜ん・・・・・”

「いちーちゃんっていうのは!!、、」

ガチャッ!

「後藤どうしたの!!」

たまたま部屋の前を通った保田が、外まで漏れていた後藤のその声に気付き、凄い勢いで飛び込んできた。
そこには胸ぐらを掴んで半狂乱に叫びながら目に涙を溜めて吉澤を壁に押し付けてる後藤の姿。その光景に驚き後藤を後ろから押さえる。

「いちーちゃんは・・!!」

「ちょっと後藤どうしたのさ!!」

“後藤今日よく頑張ったね。偉い偉い”

“へへ・・・ありがといちーちゃんっ。・・!?”

“・・?何、市井のあだ名はそれに決定したわけ?”

“・・・・いやなんか今勝手に出てきた・・・”

“いちーちゃんねぇ・・・・”

“いちーちゃんかぁ・・・・”

“・・なんかくすぐったいっす・・・”

“いちーちゃん・・”

“・・やっぱ違うのにしない?”

“いちーちゃん”

“・・・いちい、じゃなくていち――なんだね(笑)”

“いちーちゃんっ♪”

“そんなに気に入った?後藤が気に入ったなら好きにしていいよ市井は。ちょっとくすぐったいけど・・”

“いちーちゃん!!”

“わっなんだよ急に!後藤苦しい・・ってば!!”

「後藤!どうしたのって!!ちょっと後藤!!」

「ハァハァ・・・・」

後藤の手の力がゆっくりと抜け、ブランと下に垂れた。
いきなりの後藤の剣幕に驚き、硬直したままの吉澤。

「・・吉澤後藤に何言ったの?」
「いえ・・別にそんな・・怒るような事は言ってないと・・・」

「ハァハァ・・ゴメン・・・後藤最近あんま寝てないからちょっとおかしくて・・・。圭ちゃんもゴメン・・もう大丈夫だから・・」

「・・後藤・・紗耶香となんかあったの・・?」

「いやっ違うの何にもないよ・・。ほら、新メン入って色んな事が急に変わったからちょっと精神的にきてたみたいで・・吉澤さんあまりに可愛いから後藤妬いちゃって・・・・」

「・・・・」
「圭ちゃん・・」
「ん・・?」
「あの・・・この事絶対誰にも言わないでくれる・・?」
「・・言わないけど・・」
「吉澤さんも、ホントごめん・・後藤どうかしてた・・・ホントにホントにごめんね・・・」
「いや・・大丈夫ですけど・・・」

「後藤・・なっちもさ、同じ経験して、へこたれそうになったりしたと思うけど頑張ってああやってやってるし、みんなそんなような状況は経験してる事だから・・・後藤は初めてで戸惑ってるのは分かるけど・・・なんていうか・・・頑張んなきゃ・・”
「うん・・分かってる・・。ホントもう・・大丈夫だから・・」

ガチャッ

そう言ってその場を後にした。

廊下に出た後藤は、壁に寄りかかってなんとか体を支えながら、虚ろな足取りでフラフラと歩いていった。

“ゴッチン最近紗耶香とラブラブじゃん(笑)”
“アハッ・・♪いちーちゃんって呼ぶようになってからねぇなんか素直に甘えれるようになった”
“それまでなんっかギコちなかったもんね〜。
“いやぁ・・・ねぇなんでだろ・・”
“フフッ多分そのうち分かるよっ”
“??何が?”
“まぁとりあえず、、良かったね”
“うんっ♪”

後藤はこの時はまだ気付いていなかった。

市井と言うバランスを失ってしまって、
既に自分の中の何かが狂ってしまっていた事に、、。

 

三十九、<哀切ゴシップ 〜A sad lie〜>

 

吉澤が突然後藤が取り乱した理由を察したかどうかでは定かでは無かったが、
とにかくそれから吉澤は、かなり積極的に市井にモーションをかけていた。
後藤の耳には吉澤の「市井さん」と言う言葉ばかり耳につく。
市井は自然にそれに対応していて、リアクションから心情は何も読み取れなかった。

そんな吉澤のあからさまな市井に対する態度を、横目でやりきれない気持ちで見ながら、後藤の毎日は過ぎていった。
仕事は嫌でも次から次へと押し寄せてくる。
それに打ち込む事で、市井への想いを閉じ込めようとしていた。
しかし新メンが入ってからというもの、次なる展開を求めている事務所の動きにより、後藤の娘内での活動もやはり少しずつ以前と違ってきていた。
その差異が後藤をどうしようもない不安へと導く。
そして、不安が諦めへと繋がっていった。
全てを受け入れる事で心の負担を軽くしようという、防衛本能。

(・・後藤って気付くの遅いな・・・)
(そっか・・後藤の時代はもう終わったんだ・・)
(・・っていうか、後藤の時代って思ってた時点でもう終わってるんだよねきっと・・)

(いちーちゃんが誰かのものになるなんて・・考えた事なかった・・・)
(ずっとず〜っと後藤だけのものかと思ってた・・・・・)
(そんな訳ないのにね・・アハッ後藤ばかだな〜・・・・・)

(ぜ〜んぶ・・・なくなっちゃうのかぁ・・・)

どうにも出来ない現実。
後藤は、それに対して足掻く術を持ってなかった。
諦める事が市井のためになるのなら、大人しくそれに従おうと、ただそれだけで、、。

しかし、そんな決意も簡単に打ち砕かれる事になる。

週刊誌のインタビューの仕事が突如割り込んできた。
事務所の策略通り、煙たがらずに出来るだけ答える。
それも市井の為だと言われれば、どんなにその時間が苦痛でも逃げられなかった。

「で、結局市井さんと後藤さんはどういう関係なの?」

「どういうって・・さぁどうでしょう・・アハハ・・・」

決定的な言葉は言ってはいけない、でも否定するな。というのが事務所からのアドバイス、、と言うより命令だった。
マスコミを泳がせて妄想を膨らまさせる事に意味がある、との事だった。

「誤魔化すところが怪しいなぁ。娘内で流行ってるキスとかはやっぱしたりするの?」

「あれはメンバー同士のコミュニケーションですよ」

「で、そのコミュニケーションはやってるの?」

「やってますよ〜みんなと」

「市井さんとは?」

「・・・・・」

今一番されたくない質問で責められる。
後藤からしてみればそれは拷問だった。
一言一言が後藤の胸を刺す。
それでも後藤は、、

否定はしちゃダメ
否定はしちゃダメ

それだけを唱えていた。

「・・・まぁ・・」

「やっぱりしてるんだ。それはホントに単なるコミュニケーションの一貫?」

「・・・・・・」

「そこんとこどうなのかな?」

「どうって・・・」

「一番最近したのっていつ?それは何処で?」

否定はしちゃダメ
否定はしちゃダメ

「・・・・後藤記憶力悪いんで〜ハハ・・」

「聞くところによると、仕事中もシタジオの隅とかでしょっちゅうしてるって」

(・・仕事中・・・?)

否定はしちゃダメ
否定は・・・

(・・これだけは黙っていれない・・)

「仕事中市井ちゃんはそういう事しないんで・・・・」

怒りを押し静めながらなんとか返答をする。

「じゃあ、最近新たに噂されてる事について知ってるかなぁ」

「・・?知らないですけど・・」

「新メンバーの吉澤さんの事なんだけど」

一瞬後藤の表情が歪む。慌てて下を向き、表情を作り直して顔をあげた。

「が、なんですか?」

「彼女が市井さんに憧れてたっていう、、」

「あ〜そうらしいですね〜・・」

「で、これは一波乱あるのでは?と(笑)」

明らかに他人の修羅場を楽しみにしているような言い草。
神経を逆撫でさせられる。

「・・・どうかな・・ハハ・・」

否定はしちゃダメ。
否定をしちゃダメ。
何のため?
市井ちゃんのため?
後藤のため?
二人のため?

「彼女はつんくさんの一押しでもあるし、もしそうだったら仕事も恋もライバルになる訳だけど、そこのところどう?」

「娘はみんなライバルですよぉ・・」

「じゃあ特別強いライバル心を持ってる訳じゃないんだね。それは両方とも自信があるって事なのかな?(笑)」

「・・いやぁそんな事ないですけどねぇ・・・」

「後藤さんとはもう終わって、吉澤さんといい関係だと言う噂も最近チラホラ聞くんだけどな〜」

「・・・・」

否定はしちゃダメ。

それは、二人のためだから。

二人・・・?

何度も反復しているうちに、
何が大事なのか、何のために耐えているのか、
全てが頭の中で錯綜して分からなくなる。

そして突然、後藤の中にある衝動が湧き上がってきた。

「・・じゃあもう言っちゃいますね」

「あ、話してくれる気になった!?」

「・・えとねぇいちーちゃんとはぁ・・、、」

「うんうんっ」

「ラブラブですよ」

「やっぱりそうなんだ。じゃあ噂通りなんだね?そこんとこ詳しく話してくれないかなぁ」

「・・・少しだけですよ〜。いちーちゃんとはねぇ、毎日スタジオの隅でイチャイチャしてるしぃ、、
あ、こないだなんかね、後藤が耳掻き一人で苦戦してたら、やってやるよって膝枕してくれてぇ、そいで後藤あまりに気持ちよくていちーちゃんの膝の上で2時間くらい寝ちゃったっ。いちーちゃんその間後藤が寝てるからってず〜っと動かないでてくれたんだぁ〜・・・ず〜っとず〜っと・・・」

「ほうほう」

「・・あとねっ!ほらいちーちゃんって凄く面倒見いいじゃないですかぁ。でねっ新メンバー入ってから、いちーちゃんがあまりに新メンバーに世話妬いてるから後藤が怒ったのね。そんなに新メンバーばっかり構ってたら後藤もうどっかいっちゃうよ!って。そしたらいちーちゃん、もうちょっとの我慢だからって・・すぐに後藤だけに戻るからって・・・・・・」

「って事は吉澤さんとの噂はデマって事なんだ」

「そうですよぉ〜・・・」

「そうなんだ。話してくれてありがとう。そのうちまたインタビューに答えてくれるかな?できれば連載っぽくしていきたいから」

「・・こんなことでいいなら・・」

こうして後藤による捏造ゴシップは始まった。
事務所は、そろそろ認めていい時期だったから幾ら話しても全然問題無いよと上機嫌だった。

話した後に残るのはどうしようもない虚無と自己嫌悪だけ。
なのに後藤はそれをやめることが出来なかった。
吉澤と市井の絡みを見る度に、記者を呼び出して自分の中のそれを自らの妄想により払拭する。
その作業を繰り返していた。

 

四十、<静寂の月 〜an escapist〜>

 

そんな事を1ヶ月近く続けていたある日の事。
捏造ゴシップではどう足掻いても払拭しきれない、いつか来るだろうという畏怖していたそれが突然やってきた。

いつものように、騒がしい娘の楽屋内。
その中で吉澤が市井のパイプ椅子に座って何やら話しかけていた。
後藤は聞かないようにしようと思っていたが、そう思えば思うほど耳につく。

そして突然、、

「市井さん、今日うち両親旅行でいなくて、凄い寂しいんですよ〜」

「・・へ〜・・」

「で・・あの・・・・」

お菓子片手に雑誌を読んでいた市井の動きが、その言葉で一瞬止まり、再び手にしていたお菓子を口に運んだ。

「・・何?」

(・・・もしかして・・・)

嫌な予感が後藤を襲う。

「今日・・・・市井さん家・・行っちゃダメですか・・・?」

後藤の嫌な予感は的中した。

「・・なんでうちな訳?石川とかさ〜いるじゃん」

「梨華ちゃんの家は今日お客が来るとかなんとかでなんか悪くて・・」

「弟だって一人になっちゃうんじゃないの?」

「弟は友達の家行くらしいです」

「う〜ん・・・」

(いちーちゃん・・・・)

「私来るのって、迷惑ですか・・?」

「いや迷惑って訳じゃないけど・・」

「・・・・・」

「・・・言っとくけど何も出ないよ?何もないし。漫画はいっぱいあるけど(笑)」

「全然いいです!一人じゃなければ」

「まぁ・・いんならいいよ」

(え・・・)

「ホントですか!?やったぁ!!」

―――――
―――――

“ホントですか!?やったぁ!!”

pm11時。後藤は布団の中で吉澤のあの嬉しそうな、そして何処か恥かしそうな表情が頭から離れず、何度となく寝返りを打って眠れぬ夜を迎えていた。

好きな人の所に泊まりに行って何もしない訳がない。

もう既に二人は今頃・・・
そう考えると胸が痛いとかを通り越した苦しみが後藤を襲う。

布団の中にもぐりこみ、枕を抱きしめてなんとか眠ろうとするが、どうしても眠れない。
そして時間は1時間程過ぎ、、

(・・・やっぱりやだよ!!いちーちゃんが誰かのものになるなんて嫌だ!!)

ガバッと飛び起きて、携帯を手にした。そしてすぐにタクシーを呼びつける。

「緊急なんで急いで来て下さい!!」

そこら辺にある服を適当に着て、メイクもしないまま外に出た。
イライラしながら外でタクシーを待つ。
数分してようやく着き、乗り込む。

高まった衝動に任せて飛び出してきたものの、行って何をしたら良いのか、何ができるのか、ふと素に戻る。

あれこれ考えてるうちに市井の家に到着した。

バタンッ

後藤を降ろしたタクシーのドアが閉まり、エンジン音が離れていった。
家の前に立ち、市井の部屋の窓を見上げる。
まだ蛍光灯の明るい明かりがついている。

(ほっ・・間に合った・・・)
(・・どうしよう・・なんとなく泊まりに来たとか行って割り込もうかな・・)
(でも、後藤絶対三人で楽しく話なんて出来ないよ・・)
(・・速攻で寝ちゃえばいいかな・・何しに来たんだって感じかもしれないけど・・でも後藤らしいし別にいっか)
(よしっ)

そう決意し、足を進めた瞬間だった。
ふと窓を見上げると、カーテンに人のシルエットが映っていた。

(?あれはいちーちゃんだ)

そして恐らく吉澤であろう人のシルエットも現れる。
二人の距離は徐々に近づいていく。

そして、、
ゆっくりと重なった。

(・・・嘘だよね・・そう見えるだけで・・そんな訳・・・)

その重なったシルエットはゆっくりと沈み、窓から消えていき、、
その数秒後、窓の明かりが淡い暖色に変わり、それから代わる事は無かった。

後藤はその場に立ち尽くした後、気付くとその場を走り去っていた。

―――――
―――――
勿論あの状況が頭の中で簡単に処理できる訳がない。
後藤はあれは何かの間違いだと、そう何度も何度も自分に言い聞かせていた。
しかし、そんな後藤の思いも空しく、簡単に打ち砕かれる事になる。

その数日後の事だった。
娘のツアーライブが始まり、後藤達は地方へと来ていた。
ライブが終わった夜、後藤はホテルの一人部屋のベッドに倒れこんでいた。
精神的に疲れてるところに、肉体的な疲労まで来て、もう動く力も残ってない。
そしてそのまま眠りについてしまった。

―――――
チャラララ〜ンチャララ〜♪

突然携帯の着信メロディーが部屋に響き渡る。
ムクッと起きた後藤が時計に目をやる。
既に夜中の2時を回っていた。

こんな時間に誰だと思いながら、ダルい体をなんとか起こし、それを手にとる。
液晶に映し出された名前は、、

『吉澤ひとみ』

「・・・・」

一瞬躊躇うが、シカトしてもしょうがないので素直に出た。

「・・もしもし」

「あっ後藤さんちょっと今いいですか?」

「・・ちょっとって今何時だか分かってる・・?」

「すいません・・。あの、話があるんで、電話じゃあれだし直接話したいんですけど」

「・・今から・・?」

「、、とにかく部屋来てくれません?顔洗いたいから、数分後に」

「・・っていうか後藤眠いし、、」

「じゃあ待ってますから」

プツッ、、ップーップーップー

「・・・・・」

一方的な電話に怒りを覚えるが、話というのが気になる。

(・・あの子が後藤に改まって話す事って・・・)

(・・いちーちゃんの事・・・・?)

言われた通り、数分後後藤は吉澤の部屋へと向かった。

辿り付いた後藤は、息を大きく吸ってノックをする。

コンコン

「・・・・・?」

反応がない。

コンコンコン

不思議に思い、ドアをゆっくり開けた。

そして開けた瞬間、後藤は一瞬にして血の気が引き、凍りついた。

「んっ・・・」

吐息に混じって甘く漏れてくる声。

そこには部屋の真ん中辺りで相手の首に手を回して顔を重ねながら切なげな吐息を漏らしている吉澤の後姿と、、

顔は隠れててはいるが、
その吉澤の腰に手を回してそれに応えている、、
後藤が間違えるわけがない、、

市井の姿があった。

「ック・・・ヒック・・・ンッ・・・」
訳が分からなくなり、涙が溢れ出てくる後藤。

「!?後藤・・・・」

その嗚咽で後藤の存在に気付いた市井が、言葉を無くす。
吉澤の腰に回していた手を離し、体を離した。
そしてゆっくりと歩き出す。
吉澤は後藤の顔を確認すると、歩き出した市井の手をガシッと掴んだ。

驚いて吉澤の方を振り向くと、吉澤はただ真剣な顔で首を横に降った。
市井の足が止まる。

後藤はしゃくりあげながら俯き、ゆっくりと後ずさりしていく。
ゆっくりと重い扉が徐々に閉まっていく。

「ウッ・・・ンック・・ンッンッ・・・」

そして市井が再度後藤の名前を呼んだ瞬間、もの凄い勢いで走り出し、ドアがガチャッと重い音を立てて完全に閉まった。

訳が分からないまま後藤はとにかく全力で走っていた。

「ングッ・・・ウッ・・ンッヒック・・・」

自分じゃない人と重なっていた唇。
自分じゃない人の腰に、回された手。

そして自分じゃない人と、通わせていた心。

その手はきっともっと沢山彼女に触れて、
その唇はきっともっと沢山彼女を知った。

ならばもうその心は・・・・。

心の中で狂った自分が奇声を上げ、全てを遮断する。
もう何も考えたくない。
もう何も聞きたくない。
もう何も見たくない。

全てを遮断させ、全力で走る。
ホテルの階段を駆け下り、ロビーに出る、そして外に飛び出そうとした瞬間だった。

「待てったら!!」

突然ガシッと手を捕まれた。

「やだ離してぇぇ!!!!」
手を振り解こうと振半狂乱に暴れる後藤。

「後藤落ち着けよ!」

「離してぇ!!」

「やだ離さない!!!!」

「!?」

市井のあまりに大きなその声に驚き、ビクッと体が跳ねた。
ようやく我に返り、顔をあげた。

「・・いちー・・ちゃん・・ック・・」

「・・ちょっと、落ち着けってば・・・」

「ヒック・・ンッンッ・・ウゥ・・」

「この手絶対離さないからどっか行こうとしても無駄だぞ」

「・・痛い・・ックよ・・・離して・・ングッ・」

「市井とちゃんと話しするなら離す」

「・・しないけど離して・・ンッンッ・・」

「じゃあ離さない」

後藤の力の方が明らかに上なはずなのに、どう振りほどこうとしても離れない市井の手。

「ヒック・・もう分かったから、分かったから離してよ・・痛いよ・・」

「・・・・・」

ようやくゆっくりと離された後藤のその手は、指の痕がくっきりと付いていた。

「・・ここじゃあれだから、ちょっとあそこの奥んとこ行こ?フロントの人も見てるし・・」

しゃくりあげる後藤の手を優しく掴み直し、ロビーの奥の人目のつかない所へと連れて行った。

―――――
―――――
市井は後藤の手を引いてロビーの奥の人目につかない狭いスペ−スにつくと、後藤と少し距離を置き、壁に寄りかかった。
後藤はようやく落ち着きを取り戻したようだが、まだ俯いている。

その後藤を見ながら、市井がゆっくりと口を開いた。

「ゴメン手首痛む・・?」

「・・うん痛い」

「痕残っちゃいそうだな・・・・ごめん・・」

「・・・・・・」

「「・・・・・」」

「でも後藤が悪いんだぞ・・・・こんな土地分かんないとこ飛び出してったら迷子になるじゃんか・・・」

「・・・・・もう迷子だよ」

「・・どういう意味だよ」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・やっと掴んだから・・・やっとここまで来て、でもまだまだこれからで・・・・だから・・捨てる事なんて出来ない・・」

「・・何言ってんの?後藤・・・」

「・・後藤は簡単に手に入れたからそういう事言えるんだ、、、って・・いちーちゃん言ったの覚えてる・・?」

「・・・言ったかもね・・」

「・・後藤ね・・後藤・・今頃いちーちゃんのその言葉の意味が分かったんだぁ・・・・。もうちょっと後藤にも分かるように、易しく言ってくれてれば・・・言ってくれてればさ・・・」

「・・・市井の方が意味が分かんない」

「もう後藤が大事に持っていた荷物・・ちょっと油断した隙に他の人に全部持ってかれちゃった・・・アハッ・・」

「・・・・・」

「・・もうね〜ぜ〜んぶ無くなっちゃったんだぁ〜・・」

「・・・・・」

「だから別にいいもん・・・」

「何がだよ・・」

「もう、後藤なんか別にいなくなっちゃったっていいもん・・・どうせもう迷子だもん・・」

「・・・いい加減にしろよ・・」

「え・・」

「全部無くなったってなんだよ・・・」

「・・・無いじゃん・・」

「何が無いんだよ・・。後藤はいっぱい持ってるだろ!人が羨むものいっぱいいっぱいあるじゃん!なのに・・そんな言い方するなよ!新メン入ってちょっと自分に自信なくなったからって、そんな事言って逃げるなよ!市井の言った事何にも分かってないじゃんか!!」

「・・・後藤が無くしたって言ってるのはそれだけじゃないもん!!」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・別れようって言ってきたの後藤だぞ」

「・・・・・」

「なのに、なんでそういう事言うんだよ・・なんで市井が吉澤とキスしてたくらいで泣くんだよ・・」

「・・・・・」

「もう、後藤には、関係・・ないじゃん・・・」

「!?・・・・・」

「・・・・市井はもう・・後藤の事ただのメンバーとしか見てない・・・」

「・・・・・うんそうだよ関係ないよ・・・いちーちゃんが誰とキスしようと・・・・・・誰と寝ようと・・・」

「・・・・・・・じゃあ泣いてどっかに走って言ったりするなよ!そんな事されたら放っておけないだろ!」

「そうだね・・いちーちゃん責任感強いもんね・・ごめんね・・・もうしない・・」

「・・・・・」

「もうね、いちーちゃんと後藤はただのメンバーだよ。いちーちゃんの言うとおり、関係ない」

「・・・じゃあ市井もう・・行くから・・・・」

そう言って市井がゆっくりと歩き出した。
市井の後姿がぼんやりと視界に映る。

(・・関係・・ない・・・・)

“今日から私が教育係になったから。よろしくね!”

関係ない

“お〜い、こんなんで疲れてたら娘務まんないぞ〜。しょうがないな〜、、私が踊ってるからそこで見てて”

関係ない

“・・もう・・大丈夫だから・・大丈夫だよ後藤・・”

「・・・関係は、ないけど・・・」

「・・?・・何・・?なんか・・言った・・?」
市井が足を止め振り返る。

“・・だから・・頼るのも相談するのも市井だけにしろって・・”

「それでも・・・・・それでも・・・」

“・・ちゃんと・・好きだから・・。だからもう・・あんな悲しい顔とかするなよ・・?”

「・・いちちゃ・・きだよ・・・」

“うん。嘘にはならないよっ。後藤の頑張るって言った言葉、市井信じてるから”
“後藤ならさ、、、後藤なら新メン入ったって、絶対大丈夫だから”
“可愛いな〜ホント(笑)言ってる事メチャメチャじゃんかよ(笑)”

「・・・聞き取れないよ」

「いちーちゃんが・・・

     いちーちゃんが好きだよ!!!!」

静まり返ったロビーに後藤の涙混じりの叫び声が響き渡った。
いつものようにしゃくりあげる後藤の姿はない。
ただ体を震えさせ、唇をかみ締めて目から止め処なく涙を溢れさせていた。
市井はその姿から目を反らし、俯く。

「・・・なんでだよ・・」

「・・・・・」

後藤の体の震えが増す。今にも開いてしまいそうな震えた唇を、ぎゅっとかみ締める。

「・・・なんでそういう事言うんだよ・・・・・・」

長い沈黙。
堪えきれなくなった後藤が嗚咽を押し殺しながら俯いた。
それと同時に、市井が顔をあげた。

「いつもいつもそうだ・・・。後藤は我がままばっかり言って市井を困らせて・・・・。
さっき関係ないってはっきり言っただろ・・・?なのになんで・・・」

「・・・・」

「そんな事言われたら・・・・

     我慢できなくなるじゃんか・・!!」

「!?・・・・・」

その刹那、ふっとあたたかい温もりが後藤を包んだ。

「・・・・いち・っ・ちゃん・・・ック・・ングッンッンッウゥッヒック・・」

一気に押さえてた感情が溢れ出てくる。

「・・・後藤は・・我がまますぎだよ・・・せっかく人が一生懸命忘れようとしてたのに・・・」

市井の目からもまた、涙が溢れ、後藤の肩にポツポツと滴が落ち、じわっと広がっていく。

(・・その言葉信じていいの・・?)
(・・その涙、信じていいの・・?)
(後藤の事、まだ好きでいてくれたの・・?)
(後藤が好きなくらい、好きでいてくれたの・・?)
(同じように、苦しんでいたの・・・?)
(だとしたら、苦しめたのは後藤なの・・?)

暫くして、声を出して泣いていた後藤がようやく落ち着きを取り戻し、ゆっくりと口を開いた。

「・・・どうして・・?いちーちゃん吉澤さんの事が・・」

「・・違うよ・・」

「嘘だよ・・後藤知ってるもん・・・・いちーちゃんの家に吉澤さん泊まりに行って・・・」

「あれは・・」

「後藤見ちゃったんだ・・窓に映った二人の姿・・・抱き合って、そのまま・・・」

「・・・・・・」

「好きでもないのにそういう事するの・・?だとしたら、そんないちーちゃんやだよ・・・」

「確かに、吉澤に抱きつかれて押し倒されたよ・・・」

「やっぱそうなんだ・・・・・・」

「でも違う!市井は勿論拒んだよ。ちゃんと後藤の事今でも好きだって言ったし・・だから何にも無かった。ホントだよ」

「でもキスしてたじゃん・・・」

「・・・・・」

「それも違うって言うの・・・?」

「・・・しょうがないじゃん・・・・」

「・・しょうがないってなにさ・・・・」

「だって・・・
    
   “後藤だと思ってキスしていい”
      、、って言われたから・・・」

「・・・・・」

「どうしても・・堪えきれなかった・・・」

「・・・・・それで?」

「・・・それでって・・?」

「それでどうだったの?後藤の代わりに・・なったの・・?」

「まさか・・・・

  後藤のキスの代わりできる奴なんて、、、」

市井の顔がゆっくりと後藤に近づく。

  
   「いる訳ないじゃん・・・」

そして二人の唇が、
静かに重なった。

無くしていた大事な感覚が、ゆっくりと、ゆっくりと蘇る。
カラカラだった体に、温かくて優しい、大事な大事なものがトクトクと流れ込んでくる。
一瞬にして熱くなる体が、生きてるって実感を与えてくれる。

やっぱいちーちゃんがなきゃ、後藤はダメだよ・・・。
信じるからね・・いちーちゃんの事・・。

―――――
―――――

暫く静かに重なっていたそれが、ゆっくりと離れた。

「「・・・・・・」」

続く言葉が出てこない。
止まったままの時を埋めるかのように、額と額を合わせた。
市井の服をきゅっと掴む後藤。

そしてようやく、お互いゆっくり顔を離し、市井が口を開いた。

「何ニヤけてんだよ・・こういう時こそ泣くだろ普通・・・」

目をうるませてるのは確かだが、顔を赤くさせ、口の端が少し上がっている後藤。

「だって・・・・」

「なんだよ・・・」

「なんか恥かしいよぉ・・・」

「・・何を今更・・」

「なんかねぇ・・ファーストキスみたい・・」

上目遣いでチラッと市井を見ながらそう言って、恥かしそうに笑いながら市井の胸に顔を埋めた。

「・・よく分かんないけど」

「とにかく凄いドキドキしたって事っ」

「ほ〜・・」

「いちーちゃんもした?」

「・・うん。、、なっなんだよ!」

突然市井の胸を触る後藤。

「・・・ホントだバクバクしてる・・・良かった」

「・・確認しなくたっていいじゃんか」

ちょっと恥かしそうに目を泳がせる市井。

「・・そういや後藤のファーストキスっていつ何処で誰と?」
「・・う〜んあんま思い出したくないなぁ・・」
「何だよそれ、余計気になる」
「あ、気にしてくれるんだ」
「・・当たり前じゃん」
「知りたい?」
「・・まぁ」
「そんなに?」
「・・うん・・」
「しょうがないなぁ教えてあげよう」
「・・早く言えよぅ・・」

「んとねぇ、、その人の事はねぇ、結構長い事片想いだったんだよね」
「・・そんな前振りいいよ。何処のどいつといつ何処でしたかだけ知識として知っとく」
「でねぇ、後藤一生懸命アプローチしたんだけど、全然気付いてくれなくてぇ・・」
「だからそいつとの成り行きなんか別に聞いてないっつーの!」
「その人ね、酷いんだよ〜。後藤の気持ち散々もてあそんどいて、結局後藤の事好きなんだかどうだか全然分かんなくてねぇ・・あの頃は後藤毎日ただモヤモヤしてたなぁ」
「もういいよ話してくれなくて。そんな後藤の個人的なラブラブノロケ話しなんて聞きたくもない」
「あ、妬いてる?」
「いや全然!」
「いちーちゃんが聞きたくないならやめるよ」

「・・・・・・そいつカッコよかった・・?」
「うんそりゃ〜〜〜後藤が好きになるくらいですからとびっきりカッコいいよ」
「年下・・?」
「年上」
「性格は・・?」
「ん〜〜どうなのかなぁ。何考えてるかよく分かんなくてぇ、、でね、とにかく虐めっ子だよ。後藤散々泣かされたもんその人に」
「・・・そんな最低な奴の何処がいんだよ」
「でもね、凄いいいポイントで優しくするんだ〜・・・」
「・・・市井そういう奴嫌い・・そいつ絶対計算してる・・」

「でねっ、最悪なのがぁ、、その人と初めてキスしたその直後、後藤襲われたの」

「・・・は?今なんつった・・?」
「だからぁ、襲われたんだってば」
「・・・マジすか・・・・・。どこのどいつだその最低野郎は!!絶対見つけだして、、、」

「ん」

「へ?」

突然市井の鼻先を突っつく後藤。

「だから、この人」
「はい・・?」

そう言ってぶにぶにと鼻を押す。

「市井って人」
「・・・・・ヤベッ市井自分の事最低とか言っちった・・」

「すご〜いカッコよくて、素直じゃなくて、考え古くて変に真面目で、頑固で、やたら臭い事言うし、テンションやたら高かったり、かと思ったらやたら冷めてたり、後藤の事いっぱいいっぱい泣かせて、でもいざって時優ししてみたりで散々後藤の事を振り回す、、、、最悪な人」

「・・・なんでそんな奴好きになるんだよ・・」

「だって、、、最悪だけど、、

     
      後藤にとっては、最高なんだもん・・」

そう言って、唇に触れるか触れないかの頬にチュッとフレンチキスをして、ぎゅっと抱きついた。
市井の鼻を後藤の髪の優しい匂いがかすめる。

「・・・・・」

言葉を無くし、ただ抱きつかれたままの市井。

「後藤のツボを思い切りぎゅ〜〜って押してくる・・いちーちゃんって人間のそれは計算なの・・?」

強く抱きついたまま、市井の耳元で、切なげなかすれ声で後藤が呟く。

「・・後藤のツボなんて計算で分かる人間この世にいるかよ」
「?それは褒めてるの?後藤は貴重って事?」

ぱっと体を離して市井を見上げる。
その後藤の目を真っ直ぐ見据えた市井が、おもむろに口を開く。

「・・・むちゃくちゃ我がままで、いつもやる気無くてダルそうで、どこでもかんでも寝るし、太るぞって注意してもおやつばっか食べてて、外見ばっかやたら大人で、なのに中身は全然子供で、適当に嘘言っときゃいいとこ言わないし、思った事なんでも口にしちゃうし、なのに市井の事になると言わないし、甘えん坊で誰にでも甘えるし、市井以上に泣き虫だし、、、」

「ちょっと待って後藤のより多いよ!」
「、、、そんな訳分かんない人間のツボ分かる奴いると思う?」
「・・わけ分かんなくないもん・・」

「でもさ、、、 
 
    側にいないと落ち着かないんだよね・・」

「・・・・・・」

後藤が赤面して俯く。

「後藤は最高って言ったのにいちーちゃんのそれじゃまるでペットみたいじゃん・・・」

そう言って赤面しながらほっぺを膨らませて仏頂面をする後藤。

「・・市井的には最高の揉め言葉なの!」
「む〜・・納得いか、、あっいちーちゃんヤバイ人来た!」

ロビーを通り、こっちに向かって一人の中年男性が歩いてくる。
どう見ても普通の関係ではない距離で自分が市井にぴったりと身を寄せてる事に気付き、離れようとした。
その刹那、、

「!?・・・・・いちーちゃん・・?」

逆にぐいっと腰を引き寄せられる。
そして、驚く後藤を無視してそのまま、、

「・・んっ・・・」

激しく唇を重ねてきた。

「ちょっいちーちゃ・・人・・っ・・・」

驚いて逃げるように離した後藤の唇が、無理矢理市井によって再び塞がれる。

目を丸くさせ、じ〜っと凝視しながら通り過ぎていく中年のおじさん。
キスしながらそのおじさんを一瞬横目で見るが、そのうちにそんな事どうでもよくなって市井のそれに無我夢中で答える後藤。

二人の息が上がり、漏れた吐息が時より重なる。
込み上げてくる熱い想い、それを抑圧することなく、本能のままに動かされ絡みあうそれは、
時を忘れ、周りの世界を遮断し、二人だけの世界へと導く。

「「ハァ・・ハァ・・」」

長い事キスをしていた二人の顔が、ようやく離れた。
上がった息がまた重なる。
そして市井が口を開く。

「・・・ペットにこんな事しないしょ?」

「・・うん・・・。っていうか見られたよ・・」
「見せたんだもん」
「・・やっぱいちーちゃんてよく分かんない・・」

「・・・ねぇ後藤?」
「ん・・?」
「後藤覚えてる・・?後藤が初めて市井に告白した時もさ、後藤市井の気持ち誤解してて、泣きじゃくりながら、それでも市井の事が好きだって言って、、」
「・・・もう忘れた」
「ウソつけぇ・・」
「・・うそ、忘れるわけないよ」

「でさ・・」
「ん?」
「ペットじゃない事も証明できたわけだし・・・」
「アハハ、うん」
「それに、、前と同じじゃ二人とも進歩無さ過ぎだと思わない?」
「・・かも」

「・・じゃー・・進歩しよっか・・」

「ん・・?何を・・?」

「だから・・・」

市井が後藤の耳元で囁く。

「・・・・・」

一気に赤面する後藤。

「・・いちーちゃん・・本気・・?」

「・・こんな事ジョークで言うかバカ・・」

 

四十、<月下の珠玉 〜Two persons who twinkling〜>

 

ホテルの一室。
ドアから道のように連なって脱ぎ捨ててある服。
その道は、迷う事無くベッドへと繋がっている。
淡い暖色系のライトの優しい光に包まれた部屋で、時計の針を刻む音をかき消す程の心臓音が、後藤の耳に鳴り響いていた。

「・・・ごと・・いい・・?」
「うん・・・」

そう言って、市井の唇が後藤の首筋に触れようとした瞬間、、

「ちょっと待って・・」
「・・ん?」

ギリギリのところで躊躇する市井。

「ちょっと・・待って・・・」
「うん・・・嫌なら無理しなくていいよ」

「嫌なわけないよ〜・・もう待ちきれないよ〜・・」
「じゃあ・・何?」

「あんねいちーちゃん・・」
「ん・・?」

上から後藤を見下ろしている市井が、髪をそっと撫でる。

「さっきの・・言葉だけど・・・」
「さっきのって・・?」

「その・・・・
   “後藤をもっと知りたい・・”
             っていうの・・」

「・・リピートするなよ照れるじゃんか・・・」
「・・・後藤の事」
「ん・・?」
「後藤の事、なんでも知りたい?」

「使ってる枕の硬さから、寝る時の向く方向までぜ〜〜んぶ知りたい?」
「・・後藤の全部って枕の硬さから寝る方向までなんだ(笑)」
「ぶ〜〜思いつかなかっただけじゃん・・」
「ははっ・・・」

「「・・・・・」」

「ねぇ」
「ん?」
「ねぇねぇ、誤魔化さないでちゃんと答えてよぉ・・返事によっちゃ後藤あげないよ・・?」
「・・ここまできてすか・・」
「うん」
「ん〜・・」

困惑気味に頭をポリポリ掻く市井。

「いちーちゃんさっき嫌なら無理しなくていいって言ったのに」
「だって嫌じゃないんでしょ?」
「当たり前じゃん・・」

「つーか・・なんでそんな事聞くの?」
「だってなんか・・・好きでいてくれたのは分かったけど、どう考えても後藤の方がずっとずっといちーちゃんの事好きだし、ホントに後藤の事いっぱいいっぱい好きなのかなぁ〜って思って・・」
「疑い深いなぁ〜・・」
「いちーちゃんてあんまり顔とか態度に出ないんだもん・・」
「・・そう?」
「うん・・」
「顔に出ないとか言われても・・」
「今みたいな顔いつもしててくれればいいのに」
「はぁ?エッチする前の顔常にしてんの?(笑)」
「うん」
「無茶苦茶だな・・そんなの市井変態じゃん・・」
「それでファンが減ったら後藤は嬉しいよ〜」
「はは・・」

「「・・・・」」

「・・・・はやくぅ・・後藤さきから心臓止まりそうなんだから・・・・早くしないといちーちゃんのものになる前に死んじゃうよ・・?」

「・・市井もこの体制辛いっす・・」
「いいよ横に来て。ホントはこのままがいいけど・・」

後藤の顔を間に手を立てて被さるように見下ろしていた市井が、後藤の横に仰向けに寝転がった。

「っはぁ・・・」
「っふぅ・・・」

大きく息を吐く二人。

「「・・・・・」」

「後藤顔から火ぃ出そうだよ・・体も熱くて溶けちゃいそうだよ・・・なんですぐに答えてくれないのさぁ・・」
「だってなんつーか・・言葉って伝える手段としては簡単なようで凄い難しいと思わない?」
「ん〜?そうかな」
「、、後藤の事なんでも知りたい?って聞かれて、うんって言ったらそれで信じる?」
「ん〜〜・・・信じない・・(笑)」
「ほらみろ」

「・・・それでもいちーちゃんの言葉が聞きたい」
「うん。だから今考えてる」

「、、、あっ後藤が欲しいからって適当な事言っちゃダメだかんね」
「・・うん・・」

「「・・・・・・」」

「・・・・??・・後藤ちゃん何してんのかな・・?」
「ん?いちーちゃんの考えてる間後藤暇だから腕枕しようかなともって。、、んしょっと」
「・・・順序めちゃくちゃだな・・」
「スベスベして気持ちーよ〜。はいいつでもど〜ぞっ」

腕枕をしながら赤い顔で市井の横顔をじーっと見つめる後藤。

「・・・・・あんね」
「・・うん・・」
「ん〜、、」
「ドキドキするねぇ・・♪」

「例えば後藤が記憶喪失になったとして、、」

「??後藤の質問と関係あるの?」
「うん」
「っていうか・・記憶喪失なんてやだよ〜・・」
「例えばだって」
「うん・・」
「後藤の口から後藤自身の事が何も聞けなくなったとしても、、」
「・・うん」
「それでも市井は、、」
「うん・・」

「後藤を知ろうとすると思う」

「・・ん?意味分かんない。知れないのに知ろうとする・・?」

疑問符を浮かべる後藤をよそに、市井が続ける。

「例えば後藤が実はマフィアの娘で、」
「マフィア?」
「・・とにかく悪い人」
「それもやだけど・・・」

「自分の身元とか、自分の本当の名前ですら絶対に人に話せない身分だとして、、」
「悲しいねぇ・・」
「だとしたら市井は後藤に何も聞けないけど、」
「後藤から話しちゃいそう・・」

「それでも後藤の全部が好きだと思う」

「・・・全部を知らないのに全部が好きなの・・?」
「うん」
「なんでぇ・・?」
「なんでも」
「う〜ん・・それも分かり難いよ。他には?」

「、、じゃあ、、」
「うんうん分かり易いのね♪」

「、、、例えば後藤がまた市井の気持ちを誤解して、、」
「うん・・」
「スネて海外に行っちゃったとして、」

「うわぁ後藤スネすぎだねぇ・・」
「後藤がその海外のバスで隣に座った人に話し掛けられたとして、」
「え、後藤英語話せないよ」
「その人たまたま日本人だったの」
「ホッ・・」
「その人が言います。『若い女の子が一人で海外旅行は危ないよ』」
「・・そんな事言ったって日本のちょっとモテモテのちょこっとばかしカッコイイ市井って人が後藤をちゃんと捕まえてないから悪いんです・・って後藤は答えるよ」
「、、そしたらその人はこう言います。『なんで捕まえてないって分かるの?』」
「・・え〜・・?なんでって・・現に今こうして後藤野放しだしぃ・・・。ヤバイ後藤ホントにいちーちゃんに捨てられて傷心旅行してる気分になってきた・・」
「じゃあ、その人はこう言う。『捕まえるって事は、常に手を鎖で繋いでる事?』」
「え・・違うけどぉ・・でも気持ちを捕まえててくれたら体も捕まってるはずだよ・・」
「『なるほど。それはそうだね』」
「でしょ?つまりやっぱりその、今頃日本で後藤の気持ちも知らずに楽しくやってる市井って人が悪いんです」
「『いや違うと思うよ。やっぱりその市井って人はあなたの心ちゃんと捕まえてると思うけど?』」
「え?なんで??」
「『ちょっと手ぇ出して?』」
「はい」
「『ほら捕まってる』」
「???・・・え・・もしかしてあなたは・・・・」
「帽子とサングラスを外しながら、、

  『日本のちょっとモテモテのちょっとばかしカッコイイ市井っす』」

「!?いいちーちゃんなんでいるの!?!?なんで後藤の居場所分かったの!?!?どやって追っかけてきたの!??!?」
「秘密♪」
「・・・・・・・・・」
「・・??後藤なした?」

「・・・・ちょっと待って・・」
「ん?」
「ちょっと今後藤本気で感動しちゃった・・」
「いいじゃん」
「本気でいちーちゃんって最高とか思っちゃった・・」
「だからいいじゃんかよ」
「ダメだよ!そんな不可能な話して後藤の事洗脳しようとしてる!!まんまと罠に引っかかるとこだった・・ふ〜あぶないあぶない・・・」
「不可能じゃないって!市井本気で探すもん。そりゃちょっとは業界のそういうコネとか使うかもしんないけどさ・・」
「あ、ズルだ」

「後藤がいなくなったらズルでもなんでもするよ!!」

「・・・・・・ヘヘ・・」
「ん・・?なに・・」
「いやぁ・・・やっぱり本気で感動した・・」
「・・市井の気持ち伝わった?」
「・・うん・・っていうか・・・ 

       やっぱりいちーちゃん大好き!!!」

チュッ

突然叫んで頬にチュッとキスをする後藤。

「・・・やっぱりの意味が分かんないんすけど・・」
「わかんなくてもいいよ。・・それより・・・・」
「ん?」
「・・・・いちーちゃん・・後藤今のでもうタイムオーバーだよ・・・」
「・・・・じゃあ、いいの・・?」
「・・・うん・・・・」
「・・・・・・」

ゆっくりと市井が後藤に覆い被さり、静かに体を重ねる。

「ふぁっ・・・・・」

一瞬、後藤の意識が飛びそうになる。

「・・後藤震えてるよ・・?大丈夫・・?怖い・・?」

「・・だいじょ・・ぶ・・・」

そしておでこに優しくキスを落とし、ゆっくりと下がっていく市井の唇。
頬、唇、顎のライン、、、

「ちょっと待って・・」

再び首筋に触れる直前で止められる。

「・・・なんだよまた・・?」
「・・一つだけ・・・」
「ん・・?」
「・・さっきの話・・やっぱり無理だよ・・」
「・・なんで?」
「・・・後藤話し掛けられる前に、隣にいちーちゃんが座った瞬間、、」
「・・うん」
「いちーちゃんだって気付いちゃうよ」
「・・・なんでだよ・・」
「だって、、、

  いちーちゃんのオーラ、後藤が気付かないわけないもん・・」

「・・・・・・」

後藤の震える体から発せられる震える言葉。
その言葉が合図となって、そのまま二人は込み上げる想いに溺れていった。

長い長い夜を、月がいつまでも包み込む。

まるで、二人を包み込むかのように。

―――――
――――
――

“言葉って伝える手段としては簡単なようで凄い難しい”
けどねいちーちゃん、それでも後藤は何度でも言うよ?

世界で一番、いちーちゃんの事が大好きです!!!

 

   月下の珠玉 〜〜THE END〜〜