ハッピーエンド

 

プロローグ

彼女との出会いで、平凡だった私の人生が大きく変わったんだ。
本当は臆病で怖がりで泣き虫のくせに、皆の前ではいつも強がって、
自分の身を犠牲にしてでも、誰かを助けようとする思い。
そんな彼女の覚悟に、私は少しずつ変えさせられていった。
私は彼女に勇気という名の決意を教わった。
だから、私は彼女を助ける。
たとえ世界中の全てがそれを認めようとしなくても、私は止まらない。
もう一度彼女に会うんだ。
もう一度彼女の笑顔を見るんだ。
だって、約束しただろ・・
一緒に8段アイス食べに行こうってさ。

 

第1部 旅立ちの章

木漏れ日の眩しい森の中を抜けると、そこには大きな湖が広がっている。
何にも汚されない澄み切った青、その光景は幻想的でさえある。
湖の縁を外周に沿ってしばらく歩いていると、私を呼ぶ声が聞こえた。
「よっすぃー、こっちこっち。」
「おそいれすよ〜。」
長くまっすぐな黒髪の美しい娘と、まだ幼さの残る可愛らしい少女が、
湖の浅瀬に足を浸し、手を振っていた。
黒髪の娘の名は高橋愛。私達の村でも一番の美人と評判である。
もう一人の小っちゃい少女が、辻希美。あだ名はのの。
愛に反して、トラブルメーカーとして有名である。
実際、村で起こる大概の事件には彼女が関わっている。
二人とも私の幼なじみで、小さい頃からずっと三人で遊んできた。
今日も、村外れのこの湖で遊ぼうと約束していたのだ。
「ごめんごめん。」
約束の時間を少し遅れてしまったので、私は謝りポーズで登場した。
「30分の遅刻、後でよっすぃーのおごりで8段アイスれす。」
「え〜!」
小さいののに怒られる私を見て、愛は面白そうに微笑んだ。
ここは大陸の東端に位置する村、ピース。
つんく王の統治するハロプロ王国の中でも辺境で、人の出入りも少ない。
その分、争いに巻き込まれることも少なく、平和が保たれている。
だからたまに旅人が訪れると、それだけでちょっとした事件となる訳で、
小さな子供たちも興味深そうに外の世界の話を聞こうと旅人に群がったりする。
今朝、やってきた行商人風の女性もその例に外れず、人だかりに囲まれていた。
普段の私は、あまりそういうものに興味はなかったのだが、今回は別だった。
彼女は商売人だけあって、見た事も無いようなおもしろい物を
いくつも持っていて、それを売り歩いていたからだ。
「いらっしゃいお嬢ちゃん。安くするから何か買っていきなよ。」
並べられた商品を物珍しそうに覗き込む私に気付いて、
行商人のおばちゃんが声をかけてきた。
「これ、かっけーっすね。」
私は龍の彫刻の彫られたいかにも凄そうな剣を指差した。
「へえ、目がいいね、お嬢ちゃん。そいつはあの龍殺しの英雄、
 勇者なっちが長年愛用していたっていう稀代の名剣だよ。」
勇者なっち、この世界に住む者でその名を知らない者はいない。
大陸を暴れまわっていたドラゴンを見事退治した英雄。
当然、私もその名を知っていた。
「じゃあ、やっぱ、すっげー高いんですよね?」
「当然。お嬢ちゃんが一生働いてやっと、てとこだろうね。」
そんなすごい物を所持しているこのおばちゃん、実はすごい人なのかも、そう思った。
「あのー、これで買える物ってありますか?」
私は財布を開いて、中身をおばちゃんに見せた。
「どれどれ、えーと800モニくらいね。」
ちなみに、モニはこの国に流通するお金の単位である。
「その辺のアクセサリーはどう。本当は一個1000モニなんだけど、特別におまけ。」
「マジすか。ありがとう、おばちゃん!」
「私はまだハタチよ!お姉さんと呼びなさい!」
おばちゃんに物凄い顔で睨まれた。
おまけしてもらえなくなったら困るので、私は謝った。
「ごめんなさい、おば・・いや、お姉さん。」
私は一つ一つじっくりと、品定めをしていった。
色とりどり、色々な形のものが並ぶ中に、ひときわ輝いてそれはあった。
心の中まで見透かされそうな程、どこまでも青く光る結晶のペンダント。
「きれい・・」
「それがいいの?」
「はい、これにします。」
私はお小遣い全部をはたいて、青い結晶のペンダントを手に入れた。
「お嬢ちゃん、名前は?」
品物を渡す時、おばちゃんが私に名前を尋ねてきた。
「私の名前ですか、吉澤ひとみですけど・・」
「そう、ひとみちゃん。貴方とはまたどこかで会える様な気がするわ。」
おかしな事を言う。
私がこの村の外へ出る事なんてないというのに・・
「私は保田圭、もし会えたらまたサービスしてあげるからね。」
「は、はぁ・・」
とまあ、そんなことがあったので、約束の時間に遅れてしまったのだ。
私は買ったばかりのペンダントをポッケに隠して、ごまかした。
「な〜に、私達になにか隠してる?」
相変わらず察しのいい愛は、前のめりに私の顔を覗きこむ。
私はあわてて後ろに下がった。鼓動が高ぶっている。
「な、な、な、なんにも隠してないよ。」
「あやしいのれす。」
「ほんとだって!」
嘘だった。私はペンダント以外にも、二人に秘密にしていることがある。
私は高橋愛に惚れている。
小さい頃からずっと一緒だった。
私はずっと彼女を見ていた。
でも言い出せなかった。この三人の関係が壊れてしまうのが怖くて・・
小遣いをはたいて買ったペンダント。
彼女へのプレゼントにするつもりでいた。
果たして彼女は、受け取ってくれるだろうか。
私はこの胸のもやもやをどうにかしてしまいたかった。
「悩んれますね。」
気が付くとののの顔が目の前にあり、私は小さな悲鳴をあげた。
いつのまにか水際のボート置き場に移動していたらしい。
「困っているなら、ののに相談してくらはい。みずくさいれすよ。」
愛はすでにボートに乗って、湖の真ん中辺りまで行っている。
今なら、相談もできるかもしれない。

私は辻に愛への想いを話すことにした。
「じゃあ、相談するね。私さあ・・」
「お〜い、ののー!よっすぃー!」
いつまで経っても、ボートに乗りこまない私達に愛が声を掛けてきた。
やれやれ、今は辞めといた方が良さそうだ。
「後で話すね。」
「わかったのれす。」
私達もボートに乗りこみ、愛の方へ漕いだ。
湖の中央には、小さな小島がポツリと浮かんでいる。
その小島全体が一つの花畑の様になっていて、すっごくきれいなんだ。
私達三人の秘密の場所。
大きく手足を伸ばして寝転ぶと、花畑に大の字が三つできる。
「気っ持ちいいー!」
「いい匂いだね。」
「眠くなってきたのれす。」
そうやって、青い空を見上げる。
何でもないことなんだけど、こうやってののと愛の三人でおしゃべりしながら、
のんびりと過ごす。私にとってこれが最高に幸せなひとときなんだ。
いつまでもこの幸せが壊れなければいいな。
「じゃーねー、また明日。」
家の方向が逆の愛と別れを告げる。
夕刻、そろそろ日も暮れかけ、いつもの様にそれぞれの家路に別れる。
「話ってなんれすか?」
今日はまっすぐに家には帰らない。
ののに相談するんだ。愛への想いを。
「ここじゃあなんだし、月光亭行こうか。」
月光亭、夜になると真っ暗になるこの村で唯一明かりが消えない所。
要するに酒場みたいなものである。
カランカラン
扉を開けると、鈴の音が鳴り響く。
仕事帰りの大人達が、お酒を囲んで盛り上っている。
小さな村なので、ほとんどの人が顔見知りである。
ののはこの店の常連で、ほとんど毎日顔を出しているらしい。
「みっちゃん、いつもの!」
「あいよ。」
当然、店のお姉さんとも大の仲良しである。
私達は開いている奥のテーブルに向かい合って座った。
「おまたせー。」
この店をきりもりする女主人、平家みちよが巨大なアイスを運んできた。
これが噂の8段アイス、この店だけの特別メニューである。
八色のカラフルなアイスが縦に積み上げられてある。
一度にいろんな味を楽しめ、本当においしい。
辻ちゃんじゃなくても、女の子なら誰でも喜びそうな、そんな夢の様な一品だ。
この村にも名物、特産品と呼ばれるものはいくつかあるが、
もし一つを選べた言われたら、私は間違いなくこれを推すだろう。
実はこのアイデアを出した者は、今目の前で大きな口を広げている娘なのである。
辻ちゃんにお願いされ、平家さんも冗談半分で作ってみた所、これが大ヒット。
一時は、店の前に行列が出来た程である。
それ以来、辻ちゃんは月光亭のVIPとなっている。
こんな風に、彼女は悪い事件だけでなく良い事件も起こすのだ。
だから、いくらいたずらしいていても彼女は嫌う人はいない。
トラブルメーカーにしてハッピーメーカー。
愛とは違う意味で、私はそんな彼女の事が本当に大好きだ。
だから、この気持ちを相談できるのも、彼女しかいないと思っていた。
私は、口いっぱいにアイスをほおばる辻ちゃんに、秘密を打ち明けた。
「私、愛の事が好きだ。」
辻ちゃんはきょとんとした顔で、私を見つめる。
そして、口の中の物をごくんと飲み込み、答えた。
「ののも愛ちゃんのこと好きれすよ。」
口の周りにいっぱいアイスをつけて、彼女は微笑んだ。
「よっすぃーのことも好きらし、それにご飯も好きらし、お菓子も・・」
やっぱり勘違いしている。
そういう好きとは違うんだけどなー。
「あのね、愛にプレゼント渡したいんだけど、どう思う?」
「ののにはプレゼントないんれすか。」
「そ、それは、また今度ね。」
「アーイ!」
変な約束をしてしまった。なかなか本題に入れない。
私が困っていると逆に辻ちゃんが質問してきた。
「プレゼントって何れすか?」
私はちょっと迷ったが、ポケットから取り出してみせた。
「わぁーきれいれす。」
青い結晶の輝きはまったく色あせていない。
愛はこれを気に入ってくれるかな?
私はペンダントを握り締め、強く祈った。
その時だ。結晶が突然大きく発光し出し、辺りを覆い尽くした。
気が付くと、私は一人、全く知らない場所に立っていた。

そこは豪華な装飾品の飾られた王宮の一室だった。
「ど、どーなってんの?」
月光亭で辻ちゃんに相談していたはずなのに・・
私は訳がわからず、辺りを見渡す。
すると、部屋の扉が開き、一人の娘が入ってきた。
歳は私と同じくらいだろうか、豪華なドレスを纏った美しい娘だ。
「あ、あの、私あやしい者では・・」
泥棒なんかと勘違いされては困る。
私はあわてて言い訳を考えたが、彼女はそんな私を完全に無視している。
いや、無視しているのではない、私の事が見えていないんだ。
声も届いてはいないみたいだ。
彼女は大きな鏡台の前に座り、ため息をついている。
そして引き出しから、美しいペンダントを取り出す。
私は驚いた。
それは、今朝私が買った青い結晶のペンダントと全く同じ物だったからだ。
そこで記憶は途切れた。
「よっすぃー、よっすぃー!」
辻ちゃんの声で私は意識を取り戻した。
賑わう人々の声、食べかけの8段アイス、ここは間違いなく月光亭だ。
目の前で辻ちゃんが心配そうな顔をしている。
「ろうしたんれすか、急にボーっとして・・」
「…ここ、ピース村だよね?」
脈略のない質問に、辻ちゃんは頭をひねっている。
「熱でも出たんれすか、よっすぃー。」
「今さ、お城の中みたいな所に行かなかった?」
「今日はもう安静にした方がいいれすよ。」
辻ちゃんには、いや他の誰にも、今の出来事はわかっていない。
私だけが体験したっていうの?
「夢だったのかな・・」
「そうらないれすか、ののもお菓子のお城の夢とか見るもん。」
でも、夢にしては何というか・・あまりにリアルだった。
まるでお姫様みたいに綺麗だったあの娘、いったい何なんだろう。
私は握り締めたペンダントを怖々と見つめた。
それは相変わらず、青く輝くばかりだった。
翌日、私はおきてすぐ家を飛び出し、村の宿屋へ走った。
このペンダントの事を、保田さんに聞くためだ。
結局昨日はあの後、辻ちゃんに言われた通り、帰って寝た。
果たして保田さんはまだいるだろうか?
私は息を切らして、宿屋のおばちゃんに尋ねた。
遅かった、保田さんは早朝に宿を出て、次の村へと向かってしまったそうだ。
「どうしよう・・」

愛とののに全部話してみるか。
今日もいつもの様に集まる三人、私は二人にペンダントの件を語った。
「へえ、不思議な話ね。」
「ののは夢らと思うれす、気にしない方らいいれすよ。」
そうなんだ。私の考え過ぎかもしれない。
それを二人に判断して欲しかったんだ。
「私もお城の景色ってみてみたいな。」
愛はちょっと興味を示してくれている様だ。
ところが、あれ以来一度もペンダントの結晶は反応がない。
「やっぱり夢だったのかなぁ。」
「そうれすよ。」
「どっちでもいいじゃない、危ない物でもなさそうだし・・」
確かにそうだ。愛にそう言われると不思議と心が落ち着く。
「さってと、じゃあ私行くね。」
愛が立ち上がって、手を振る。
「へ、何で、まだ昼過ぎじゃん。」
「今日、家のお手伝いする日なんだ。また明日ね。」
そう言うと、愛は足早に村の方へ駆けていった。
残された私と辻ちゃんは、湖のほとりに座り直した。
「よっすぃー、今日はののの相談を聞いてくらはい。」
「え、うん。別にいいけど。」
辻ちゃんの相談事?いつも元気な彼女にも悩みがあったのか。
「のの、ピース村を出たいと思ってるんれす。」
「ええ!」
私は本気で驚いた。
今までそんな事、口にしたこともない辻ちゃんが突然。
「ど、どうしてよ?」
「ののはれすね、勇者になりたいんれす。」
「はぁ?」
予想だにしない返事が返ってきた。
「昨日、よっすぃーが帰った後、月光亭に旅のおばちゃんが来たのれす。
 それで色々、外の世界のお話を聞いたのれすよ。各地の名物料理とか・・」
旅のおばちゃんってもしかして・・あの人しかいない。
「この村以外のいろんなおいしい物食べてみたいって思ったんれすよ、ののは!
 しかも勇者になれば、あちこちでごちそうされ放題らしいれすよ。」
辻ちゃんはやっぱり少し勘違いしている。
「そんな話を聞いたら、ののはいても立ってもいられないのれす。」
辻ちゃんは拳を振り上げ勢い良く立ち上がった。
「もう決めたのれす。ののは勇者になるのれす。」
私はあきれて言葉も出なかった。
「そこれ相談なんれすけろ、勇者ってろうやってなるんれすか?」
もはや、突っ込む気も起きない。
当の辻ちゃんの目はかなり本気である。
仕方ないので私はマジレスしてあげることにした。
「勇者なっちみたいに、困っている人を助けたり、悪い奴等を倒したりすれば、
 自然と周りのみんなが勇者って認めてくれるんじゃない。」
「なるほろ〜。」
でもこの村に困っている人はいないし、悪い奴もいない。
ピース村と言うくらいだから、とにかく平和だ。
本当に勇者を目指す気なら、村を出なければいけない。
「ののは旅立つのれす。」
どこまで本気なのだろうか?
トラブルメーカーが新たなトラブルを起こす予感がプンプンする。
「れも、一人ら心細いんれ、よっすぃーもいっしょにきてくらはい。」
そしてトラブルに巻き込まれるはいつも私達だ。
正直、冗談じゃない。この村を出る気なんて全くない。
私はここでの今の暮らしに満足している。
どうしてわざわざ面倒で危険な旅に出なければいけない。
「やだ。」
私は即答で返した。
「そんな〜よっすぃー、お願いなのれす。」
「やだったらやだ。」
いくらお願いされても、無理なものは無理だ。
「もーいいれす、愛ちゃんに頼むのれす。よっすぃーは置いてくのれす。」
辻ちゃんはすねて、村の方へ走って行った。
愛がOKする訳ないだろ。
誰よりもこの村を、そしてここに住む皆を愛している娘だ。
まあ、愛に断られたら辻ちゃんもおとなしくなるだろう。
そう思って、追う事はしなかった。
私は一人、その場に寝転がった。
ザワッ・・
静かだった森の空気に変化が生じる。
変に思った私は起き上がり、辺りを見渡した。
湖の中央、水面に何者かが立っている。
いなかった、さっきまでは間違いなくこんな奴いなかった。一体いつのまに・・
そいつは明らかに私の事を見ている
「誰、あんた?」
私の問いかけに、そいつはゆっくりと口を開いた。

「飯田圭織」
もちろん初めて聞く名前。
長い髪を振りかざし真っ黒なマントを着込む、怪しい女性だ。
そろった前髪と口元まで覆うコートの隙間から、わずかに除くその顔に表情はない。
彼女は一歩一歩、私の方へ歩いてくる。
水面の上を!ウソだろ・・
「お前、ここの、者か?」
カタコトの様な言葉が、彼女の口から静かに漏れる。
得体の知れない奴だ、なんだってんだ。
「ああ、だったらなんだ!」
私は畏怖する感情を悟られない様、強い口調で言い返した。
飯田が私の目の前にまで歩み寄ってきた。
でかい・・
私もこの村じゃ、背の高い方だったのだけれど、それより一回り大きい。
相変わらずの無表情で私の事を見下ろしている。
そして再び、飯田が言葉を発した。
「ここに、アイ、いるな。」
私の鼓動が大きく高ぶった。
どうしてこいつが愛の名を出すんだ。
愛の知り合いか?
いや、私達は子供の頃からずっとこの村で一緒だったんだ。
こんな知り合いがいるなんて、聞いた事がない。
どうする、なんて答えよう。愛なんて娘いないと言うか。
いや、嘘が通じる相手とも思えない。
「いるよ、愛は私の親友だ。愛に何の用だ?」
私は正直に話した。
無表情の女は、またゆっくりと語る。
「迎えに、来た。」
迎え?愛を?どこへ?何の為に?
その時、私の後方、森の向こう側から大きな爆音が鳴り響いた。
森の鳥達が一斉に飛び立ち、避難をはじめる。
今の音は何?村の方向からだ。
こんな奴に構っている場合じゃない。
私は村に向かって、全力で走りだした。
湖の上、残された飯田はポツリと独り言をこぼした。
「マリ、か・・」
村の光景は一変していた。
まるで巨大な大砲で吹き飛ばされた様な家の残骸。
鎧兜に大きな剣を装備して、村を闊歩する見知らぬ兵士達。
「どうなってんの?」
私は森の入り口から、見つからない様に隠れて村を見渡した。
「キャハハハハハ・・」
村の中央の広場から、耳に付く笑い声が聞こえる。
見ると、そこに兵士に囲まれて捕らえられた村人達がいる。
辻ちゃんと愛の姿はない。
笑い声の主、小さな娘が兵士達を指揮していた。
「愛だ。高橋愛を探し出すんだよー!」
なんだって、あいつ等も愛が狙いだって言うのか。
「村長さん、いい加減に話さないかなぁ、高橋愛の居場所。」
その小さな娘は、ピース村の村長さんを睨み付ける。
「貴様等の様な外道に、話すことなどないわ!」
誰にでも優しい愛は、村の皆のアイドル的存在だ。
愛の事を売る奴なんて、この村にはいないさ。
「あ〜ら、そう、残念。」
そう言うと彼女は奇妙な構えをとる。
兵士達が急いで彼女の周りから離れ出す。彼女の右手に光が集まる。
「セクシービーム!」
さっき森で聞こえた轟音の正体はこれだった。
家一軒を一瞬で破壊する、すさまじい破壊力の魔法。
「この村がなくなっちゃう前に、みつかるといいわね。キャハハ!」
なんて奴だ。許せない。

奴等より先に、愛を探そう。
愛の居場所は大体の見当がつく。
私と愛とののだけの秘密の隠れ家が村はずれにある。
ぼろくて誰も使わなくなった水車小屋。
隠れているとしたら、あそこしかない。
私は奴等に気付かれない様、慎重に移動を始めた。
「ったく、やってらんねーぜ。」
半分程来た所で、兵士二人組みの声が聞こえた。
私はとっさに森の茂みの中にしゃがみ込んだ。
「矢口将軍は、人使いが荒すぎんだよな。」
「大谷さん、将軍に聞こえたら打ち首ものですよ。」
「なんだよ柴田、お前は矢口将軍のやり方に賛同してんのか?」
「いや、確かにあの人はちょっとやり過ぎていると思いますよ。」
「…だろ、こんな小さな村であんな特大魔法連発なんて、どうかしてるぜ。」
「でも、我々一般兵は上の者に従わなければなりません。」
「お前はほんとクソ真面目だよな。」
「帝国騎士として、当然の事を言っているだけですよ、先輩。」
「はいはい、でもよ目的くらい教えてくれたっていいのにな。」
「確かに、たった一人の少女のためにこんな辺境まで・・」
向こうの兵士達にも理由がわからないのか。
どうして、ごく普通の娘である愛が狙われるのか、見当もつかない。
早く見つけて守らなければ・・
私は油断していた。気が高ぶって体が少し揺れた。
ガサ・・
「おい、今そこの茂み、動かなかったか?」
しまった、見つかった!?
「そうですか、私は気付きませんでしたけど。」
「一応調べてみようぜ。」
二人の兵士の足音が近づいてくる。
くそっ、ここまでか。
「こらー!お前等、何さぼってる!」
その時、遠くで二人の上司と思われる人の声がした。
「ああ!村田隊長が呼んでますよ。」
「やっべー、急げ柴田。」
「待ってくださーい、大谷先輩!」
二人の兵士は向こうへ走って行った。なんとか気付かれずに済んだみたいだ。
今のうちに水車小屋に急ごう。
「愛、私だよ。いるの?」
水車小屋に着くなり、私は愛を呼んで探した。
「よっすぃー、無事だったのね。」
やっぱりここにいた。良かった。
「奥にののもいるわ。行きましょう。」
私は愛に手を引かれ、水車小屋の地下へと降りた。
小さい体をもっと小さくまるめて、ののは震えていた。
「怖いのれす。」
無理もない、あんな光景を見せられたら私だって・・
矢口将軍という奴が使ったセクシービームを私は思い出していた。
あんな奴が相手では、とても勝ち目はない。
だからといって、このまま隠れていては村の被害が増えるばかりだ。
一体どうすればいいって言うんだ?
絶望に打ちひしがれるその場のムードを変えたのは、彼女の一言だった。
「私が行く・・」
その時の愛の表情は、初めて見るものだった。
私の胸に熱い物が込み上げるのを感じた。
「私が行けば、村の皆は助けてもらえるんだよね。だったら…」
嫌だ、駄目だ、愛、そんなの・・
「駄目れす!」
私の声より先に、辻ちゃんの声が愛を止めた。
「愛ちゃんを犠牲にするんなんて、れきないのれす!」
「のの・・」
「ののは勇者になるのれす。勇者は困っている人を助けるんれす!
勇者は悪い奴等をたおすのれす!ののがあいつらをぶっとらすのれす!」
一番怖がって、一番震えてるくせに、ののが声を張り上げる。
私は、どうすればいいんだ。

くやしいけど、村の事を考えたら愛が行くしかないと思う。
「のの、やめろ。無理だ。」
私は外に飛び出そうとするののを止めた。
ののは震えながら、ちょっと涙眼で私に訴えかける。
「ろうしてれすか、悪い奴を倒すのが勇者らって言ったのはよっすぃーれすよ。」
「だから無理だって言ってるだろ!無駄死にするだけなんだよ!」
私はどうしようもない怒りで、口調が強くなってしまった。
ののはついに泣き出してしまう。
「らって、よっすぃーが言ったんらも〜ん。」
私だって泣きたいよ。でも他にどうしようもないんだ。
今の私達の力であいつに勝つことはできないんだ。
苦しむ私を、愛は優しい笑顔で包み込む。
「ありがとう、よっすぃー。」
なんでお礼なんか言うんだよ。私は愛を、愛を・・
「うわ〜ん、愛ちゃ〜ん。」
ののも私達に抱き着いて来た。
私達は三人、抱き合いながら泣いた。
「待っててね、愛。私必ず強くなって愛を助けに行くから。」
「ののもれす!ののも強くなるれす!」
「うん、待ってる。よっすぃー、ののちゃん。待ってるから。」
愛の肩が震えているのが体越しに伝わる。
誰よりも一番つらいのは愛のはずなのに、いつもの笑顔でいる。
それが私には、どうしようもなくつらい。
「キャハハハハ!」
私達の別れの時間を裂いたのは、あの耳に付く笑い声だった。
「ここにいるんでしょ。出ておいでー愛ちゃん。」
あいつだ。水車小屋の外で叫んでいる。
愛の顔はもう決意に満ちていた。
ののはまだ泣いていた。
「行くね、私。」
愛の体が私達から離れる、
もう二度と会えないような、そんな嫌な予感が私の全身を駆け巡った。
贈る事のできなかったペンダントが私の胸元でかすかに揺れた。
私達は水車小屋を出て矢口将軍と対面した。
「あんたが愛ちゃんか、探したぜ。」
矢口将軍が愛の前に歩み寄る。
「約束して下さい、もう村に手はださないと!」
愛がきっぱりと宣言する。
「もちろん、そのつもりだよ。」
矢口は意外にもあっさりと承諾する。そして愛の腕を掴む。
私とののはただ立ち尽くすしかできなかった。
愛が振り返る。
私はその時の愛の顔を一生忘れる事はないだろう。

今までで最高の笑顔だった。
最後まで悲しい顔を見せない愛の強さが、つらかった。
そのまま愛は、兵士達に護送車の様な物に乗せられ連れ去られた。
「さてと、こんなチンケな村にもう用はないね。」
信じられないことに、矢口が再びあの奇妙な構えをとる。
「おい、村には手を出さないって愛と約束しただろ!」
戦慄と恐怖が私の心をうごめく。
「キャハハ、忘れたね。」
何て奴だ。最悪だ。
誰にも矢口を止めることはできない。
ゆっくりと光が、矢口の右手に集まる。
「セク・・」
終ったと思ったその時、前方の空間が揺らぎ、黒装束の娘が現われた。
「久しいな、マリ。」
矢口の顔が一変する。構えを解き、間合いを開く。
「貴様、カオリ!どうしてここに!」
そう、湖で出会った謎の女、飯田圭織であった。
この二人、知り合いなのか。
にらみ合ったまま、互いに微動だにしない。
「アイ、は・・?」
「遅かったな、あの娘はすでに我々が頂いたよ。」
どうやら矢口と飯田は敵同士の様だ。
「お前等、相手は一人だ。殺っちまえ!」
矢口が周りの兵士達に命令を下す。
十数人の屈強な兵士が一斉に飯田に襲い掛かる。
「愚かな・・」
飯田の口元が小さく印を唱える。
「ネエ、ワラッテ!」
バタバタと兵士達が倒れこみ、笑い悶えている。
一瞬にして十数人の兵士達が戦闘不能に追い込まれた。
私とののは、彼女のあまりの強さにあっけをとられた。
矢口のセクシービームと異なり派手さはないが、その効果は絶大。
これが謎の女、飯田の実力か。
「腕は落ちてないみたいね、カオリ。」
上空から矢口の声が聞こえた。
「悪いけど今はあんたと遊んでる暇ないの。じゃあね、キャハハ…」
耳障りな笑い声と共に、矢口は姿を消した。
残された兵士達も逃げるように、その場を立ち去っていった。
残ったのは私とののと謎の女カオリだけであった。
「すろいのれす!」
ののが声高にカオリと言う女性に近づく。
「おねらいれす、愛ちゃんを助けるのをてつらってくらはい。」
確かにこの人が味方ならば、こんなに心強いことはない。
ところが、飯田からの返事はそっけないものだった。
「断る。」
「ろうしてれすか、今のの達を助けてくれたんらないれすか?」
「助けた、覚えは、ない。」
カタコトで話す女性は、私達にまるで興味を示そうとせず、立ち去ろうとする。
彼女が行く前にこれだけは聞いておきたい。

「どうして愛を狙うんですか?」
私の質問に飯田さんは歩みを止め振り返った。
「狙った、訳では、ない。奴等から、守ろう、とした、だけだ。」
「奴等?あいつらはどうして?」
「貴様等、一般人には、関係の、ないこと・・」
その言葉を最後に、飯田さんは姿を消した。
瞬間移動の魔法か何かを使ったのだろうか。
結局、愛が連れ去られた明確な理由は聞く事ができなかった。
でもわかったこともある。
村を襲った奴等、そしてそれに敵対する奴等がいるということ。
一般人は引っ込んでろだって、そうはいくかってんだ!
愛はどっちにも渡さない。絶対に私達が助けるんだ。
「よっすぃー、もう止めても無駄れすよ。ののは・・」
辻ちゃんは決意に満ちた顔で、果てしない広野を見上げていた。
「止めやしないよ。行こう、愛を助ける旅に!」
「へい!」
こうして、私とののの冒険は始まったんだ。
旅立ちの朝、家族や村の皆が私達を出迎えてくれた。
父さんと母さんは反対したけど、私の意志が固いことを知ると、あきらめたみたい。
体には気を付けなさいって言われた。
母さんの泣き顔を見たら、私まで泣きそうになったけど、なんとか堪えた。
決めたんだ。あの時、愛の最後の笑顔を見た時。もう泣かないって・・
私は最低限のお金と食料と、あのペンダントを持った。
このペンダントが全ての始まりの様な、そんな気がしたんだ。
辻ちゃんはリュック一杯にお菓子を詰め込んでいて、まるで遠足に行くみたいだった。
こんなみっともない格好で旅立つ勇者は絶対他にはいないけど、
私はその姿を見て、笑って、少し気分が楽になった。
月光亭の平家さんも出迎えに来てくれていた。
「ひとみちゃん、がんばりや。絶対愛を助けてやるんやで。」
「はい、わかってます。」
「それと希美の事、頼むで。」
平家さんは辻ちゃんの事を、本当の娘の様に可愛がっていただけあって、
危険な旅に出ようとするののを、心から心配していた。
「大丈夫、任せて!それより、帰ったらすぐ8段アイス食べに行くから、
ちゃんと三人分、用意して待っててよ。みっちゃん。」
平家さんも泣いていた。
「みんな〜いっれきま〜す!」
ののは大きく両手を何度も何度も振って皆に別れを告げた。
笑顔なのだが、泣くのを堪えているのがわかった。
私は振り返らなかった。我慢することができそうになかったから・・
生まれ育ったピース村との別れ。
目の前には未知の世界が開かれている。
これが勇者ののと、そのたった一人の相棒である私の最初の一歩。
この先に何が待ち受けているか見当もつかない。
だけど、絶対に退く事はない。
この道の先に、きっと愛が待っているのだから・・

遠い場所で、この光景を除いている娘がいる事など、
今の二人には知る由もなかった。

「またカオリが来るかもしんないから、注意しろよ!」
将軍矢口が運転手の大谷をどなりつける。
矢口の姿が見えなくなると、大谷はその方向へ中指を突き立てた。
「懲罰房行きじゃ済みませんよ。」
助手席に座る柴田が先輩兵士をたしなめる。
「ケッ、てめーが注意しろってんだ。」
高橋愛を乗せた護送車が、広野をひた走る。
「ん?」
「どうしました、先輩。」
「いや、あの崖の上に誰かいた様な気がしたんだけどよ。」
「誰もいませんよ。」
「おう、見間違いみてえだな。」
いやいた、確かにそこに一人の娘が立っていたのだ。
その長い日本刀を携えた娘は岩陰に隠れ、護送車の様子を伺っていた。
「違うか・・」
どうやら彼女の探している相手ではなかった様だ。
後藤真希は誰にも気付けれる事なく、その場を後にした。
道も何もない大きな広野の上に地図を広げて、私とののはこれからの事を話す。
「さ〜て、あてもなく飛び出したけど、どうしよっか?」
「おいしい食べ物がある所に行きたいのれす。」
「あんた、そればっか・・」
「と、とにかく、どこかの町を目指しましょうよ。」
「そうだな〜、色々情報も欲しいしね。」
ここから一番近いのは、始まりの町モーコー。
冒険者達が旅を始めるのに適していることから、その名で呼ばれているそうだ。
「好都合れすね、ここに行きましょう。」
「うん。」
一番近いとはいっても、辺境のピース村からでは歩いて丸三日はかかる。
道中、険しい山や谷を越えなければならない。
無事に辿り着けばいいんだけど・・
私の心配をよそに、そのまま一日目は何事もなく終った。
最初の野宿、大きな木の下、私は辻ちゃんと寄り添って眠った。
私は青い結晶のペンダントを握り締め、愛の事を思った。
ここは・・
気が付くと私は、豪華な装飾品の並ぶ王宮の一室にいた。
あの時見た娘が私と同じペンダントを付けて、座っている。
まただ、またこの夢を見ている。
いや、これは本当に夢なのだろうか?
豪華なドレスを着たお姫様の様な美しい娘、君は一体誰なんだ?
ここは一体どこなんだ?
すると、部屋に一人の女性が入ってきた。
その女性を見て、私は衝撃を受けた。
長い髪に、口元まで覆った漆黒のマント、間違いない。
昨日、村に現われた謎の娘、飯田圭織その人であった。
飯田はドレスの娘と何かを話している。
声が聞こえないので内容まではわからないが、ドレスの娘が落ち込んでいる。
そこで私の記憶は途切れた。
目を覚ますと大きな木の下、隣でののが寝息を立てている。
「夢じゃない。」
これが一体何なのかはわからないが、それは確信した。
二日目、私達は深い谷底を進む。
「なんか気味悪いれすね。」
「うん、早いとこ抜けよう。」
私達は歩くペースを上げた。
昨日の夜の事は、辻ちゃんには話していない。
まだはっきりとした訳じゃないし、なにより余計な心配をかけたくなかったからだ。
「気配を感じるのれす。」
そう言って、辻ちゃんが急に立ち止まる。
見上げると崖の上に十人近くの人が私達を囲んでいた。
「盗賊あいぼん団参上やで〜!」
盗賊だって、いきなりそんな奴等に遭遇するなんてツイてねーっス。
「命が惜しかったら、金目の物置いてってや〜。」
私達、金目の物なんて持ってないよ。

足には自信がある、逃げよう。
私とののは一目散に谷の出口に向かって駆け出した。
村のかけっこ大会じゃいつも1位2位を独占していたコンビだ、追いつかれるか。
「逃がさへんで〜!」
ほとんどの盗賊が離されてあきらめる中、たった一人、
盗賊団のリーダーらしき娘だけが、私達の逃げ足に着いて来ている。
「しつこい奴れすね。」
「お前、もうあきらめろよ!」
私の忠告に耳も貸さず、谷を抜けてもまだ追ってくる。
「あいちゃんマンは、狙ったエモノは逃がさへんのや!」
一体、どこまで追いかけてくる気だよ、このお団子頭。
ん、まてよ、よく考えたらこの状況。
「2対1で、有利なのはウチらじゃねーか。」
「あ、そうれすね。」
私達が急ブレーキで止まると、加護も止まった。
三人の間に沈黙が流れる。
「覚えてろや〜、この借りは必ず返したるからな〜!」
捨てぜりふを吐いて、加護はUターンしてった。
「へんな奴だったな。」
私達は安全な所まで走り続け、後ろを振り返った。
「終生のライバルに出会った気がするのれす。」
辻ちゃんはめずらしく真面目な顔で、来た道を眺めていた。
終生のライバルねぇ・・
もう二度と会う事はないだろうにと、この時の私は思っていた。
ずいぶん走ったおかげで、モーコーの町に大分近づいた。
この分なら急げば、日暮れまでには到着するかもしれない。
正直、二日連続野宿ってのは嫌気がさしていたので、私達は急ぐことにした。
歩きながら辻ちゃんが、質問をしてきた。
「モーコーの町には、何があるのれすか?」
「冒険者達が集まる酒場があるって、みっちゃんから聞いたよ。」
そこで新しい仲間と出会ったりできるらしい。
だから冒険者達が旅を始めるのに適している町なのだ。
「へー、ろんな人がいるのか楽しみれすね。」
「ののはどんな仲間が欲しい?」
「えーと、えーと、細い人は嫌なのれす。」
始まりの町モーコー。
足早でがんばったので、なんとか日が暮れる前に到着することができた。
「うわー、人がいっぱいなのれす!」
「やっぱ、ピース村とは全然違うなぁ。」
生まれて初めての都会に、私はちょぴり緊張した。
「よっすぃー、酒場見つけたのれす。ご飯にしましょう!」
辻ちゃんはそんな素振りを見せず、はしゃぎまくっている。
冒険者達が集まる酒場シスコムーンはすごい賑わいだった。
「いらっしゃい、お客さん、初めてね。」
酒場のオーナー、稲葉さんが入り口で声をかけてきた。
「お嬢ちゃん達も冒険者?」
稲葉さんは私達の格好を見て疑いの目を向ける。
そりゃそうだ、こんな二人組、誰が見ても冒険者には見えないよな。
疑われて辻ちゃんは大層ご立腹の様子。
「ののは勇者になるのれす!」
「昨日、旅始めたとこですけど、遊びで始めたわけじゃないっす。」
私は真剣に稲葉さんの目を見詰めた。
「そんな眼で見ないどくれよ、わかったよ、どうぞ小さな冒険者さん。」
私とののは向き合って笑った。
酒場は冒険者達でいっぱいだったので、空いたテーブルはなかった。
それで見知らぬ人と相席することになった。
「ここ、いいですか?」
「どうぞ。」
ちょっとパーマの旅慣れしてそうな女性だった。
「あなた達、お名前は?」
すると彼女が煙草を吹かしながら、聞いてきた。
「ついののみれす!勇者になるのれす!」
「辻希美だろ。私は吉澤ひとみ、貴方は?」
彼女は軽く微笑んで、煙草を灰皿に押し付けた。
「小川麻琴よ、ねえ君達いい情報があるんだけど買わない?」
そう言うと小川さんは、指でお金の形を作った。
ここでお金を使うと今夜の宿代が厳しい。

どんな情報だろう、お金払って聞いてみるか。
「買うのれす。」
私が答える前に辻ちゃんが、財布を取り出していた。
「素直な子ね、いいわ、これで勘弁してあげる。」
小川さんはコインを1枚だけ取り、微笑んだ。
これなら宿代もなんとかなりそうだ。
「それれ、いい情報ってなんれすか?」
テーブルの中央に顔を集めるように指示され、私は耳を出した。
周りの客に聞かれない様にする為だ。
「この町に今、勇者なっちが来ているって噂よ。」
勇者なっち!その言葉を聞き私の鼓動は高ぶった。
言わずと知れた大陸一の勇者、あの伝説の英雄が同じ町に!
「会いたい?」
「はい、会いたいです。」
私は即答した。辻ちゃんの眼も輝いている。
「こっから先は、高くつくわよ。」
小川さんはまたお金のマークを作った。
私達は迷わずあり金全部差し出した。
「こう見えても私、この世界では情報屋として有名でね。
 勇者なっちにもこうして何度か情報を渡したこともあるのよ。」
食事を終えた私達は酒場を出て、小川さんに案内され高級そうな宿に来た。
「2階の一番奥の部屋にいるわ。」
私はドキドキしてきた、何を話そうか。
ノックしてゆっくりと扉を開ける、運命の出会いが・・
訪れなかった。
ガラ〜ン、部屋はからっぽ、勇者なっちの影も形もない。
「小川さん、誰もいないんですけど。」
振り返るとすでに小川の姿はなかった。
もしかしてこれって…
「騙された。」
私達は旅二日目にして、早くも全財産を失った。
「あの女、ちっくしょー!」
「また野宿れすか。」
私達はとぼとぼと宿を後にした。
その時、大きな地響きが町中を包んだ。
なんとモンスターの大軍がモーコーの町を攻めてきたのだ。
「どうして、モンスターがこんなに?」
「知るか、とにかく逃げろー!」
町の人々が大慌てで避難している。
私と辻ちゃんはあまりの出来事にあっけにとられていた。
この大陸は、冒険者達によりほとんどのモンスターは征伐され、
今では人気のない深い森や洞窟の奥でしか生息しないと言われている。
それがこんな街中に、しかもこんな大軍で現われるなんて、信じられなかった。
「あんた達、町の人を守るんだよ!」
酒場から稲葉さんの声が聞こえる。
大勢の冒険者達が勇んで外に駆け出してくる。
「よっすぃー!」
「うん、私達も戦おう。」
私は故郷のピース村を思い出していた。もう二度と、あんな惨劇はごめんだ。

中盤で臨機応変に対応しよう。
前線に出るのは、まだ戦闘の初心者である私達には荷が重い。
だからって後ろでじっとしているのは性に合わない。
「のの、無理はするなよ。」
「へい!」
どうせ辻ちゃんのことだから無理するに決まっている。
モンスターと戦いながら、隣の辻ちゃんからも目を離さない様にしないと…
こりゃ骨が折れそうだ。
等と考えている内に、前線を突破したモンスターの波がやってきた。
これが私達にとって初めての戦闘。行くぞ!
周りのベテラン戦士達が大物を引き受けてくれるので、
二人の相手は比較的小物のモンスターで済んだ。
だが小物といえど、その数が半端じゃないので少しも油断はできない。
吉澤はボクシングやK-1みたいな感じで思いっきり敵をぶっ叩く。
辻はお手製の剣(木を削って作った)を振り回して、戦う。
二人の動きは素人丸出しなのだが、意外にザコモンスターには通用している。
「やるじゃねえか、お嬢ちゃん達。」
近くで戦っていたおじさん戦士に誉められた。
「ハアハア・・」
私は一息ついた。
どうやら前線を突破したモンスターはあらかた倒したみたいだ。
二人合わせて十匹近くを倒した。
小物相手だけど、初めての戦闘でこの結果は充分すぎるといっていい。
私とののは笑顔でガッツポーズした。
ドドドドドド!
町の反対側で轟音が鳴り響く。
「援軍を頼む!反対側からも来やがった!」
後方で誰かの叫ぶ声が聞こえた。
周りにいた他の戦士達も急いで反対側へ走り出す。
二手に分かれて襲ってきたって言うの、モンスターが?
まるで人間の様に計画された作戦だ。
いや、今は考えている暇はない、私達も行かなきゃ。
「のの達も行くのれす!」
辻ちゃんの声に合わせて、私達も走り出した。
だがモンスターは二手に分かれたのではなかった。
第三の波が上空から現われる。
1匹だけだが、それは今まで見た事もないくらい巨大な化け物だった。
羽の生えた恐竜の様なその姿は竜。モンスター軍団の親玉が満を持してご登場だ。
その竜が私達の目の前に降り立つ。
そして、その足元には逃げ遅れた小さな子供が!
「早く逃げるのれーす!」
辻ちゃんが、迷う事なく子供の方へ駆け寄る。
私は恐怖で足がすくんで前に出る事ができずにいた。
他の戦士達は皆、前線と後方に別れ、この場には私達しかいない。
いや、たとえいたとしても相手のレベルが違いすぎる。
目の前にあるのは、絶対的な死だ。
どうして走り出せるんだ、のの、どうして?
ののは泣き喚く子供を庇うように抱きしめる。
あの子供は死ぬ、ののも死ぬ、私も死ぬ。
もはやこの状況を覆す事はできない。
「ごめん、愛・・」
私は絶望を感じ崩れ落ちた。
死を覚悟したその時、私の横を一筋の閃光が走った。
巨大な竜が一閃の元に真っ二つに切裂かれる。
その袂に一人の女性が、美しい剣を片手に立ち尽くしていた。
光輝くその姿は神々しくさえある。
「大丈夫、坊や達?」
かと思うと、まるで子供の様な笑顔でののと子供に微笑みかける。
ののもポカンと口を広げて見とれている。
「ほ、本当にいたんだ。」
彼女こそ竜殺しの英雄、伝説の勇者なっち、その人だった。
「なつみー、まだあっちに敵さん、ウヨウヨしてるよ。」
勇者なっちの仲間と思われる人物が彼女を呼ぶ。
「ごめんごめん紗耶香、今行くべさ。」
勇者なっちはあっという間に、その場を立ち去った。
私とののはポカーンと顔を見合わせた。
「本物・・」
「れすね。」
「だね。」
「すげー!かっけー!イエーイ!」
私達はお祭りみたいに騒いだ。奇跡が起きたんだ。
泣き止んだ子供を、安全な所に避難させ私達は再び戦場に戻った。
まだ戦いが終った訳ではない。
「よっすぃー、あそこ!」
辻ちゃんが何かを見つけ呼ぶ。あれは小川、こんな所にいたのか。
「追いかけましょう!」
その時、後方から不思議な気配を感じた。
薄暗い街路の脇に、日本刀を持ちたたずむ美しい娘がいた。
心なしかこっちを睨んでいる気がする。
まさか、あの娘が・・?

とりあえず小川を追うのが先だ。
「あんた達!」
小川も私達に気付いて逃げ出す。
甘いな、私と辻ちゃんの足から逃げられると思うなよ。
「つ〜かま〜えた!」
街路脇に追い込み、辻ちゃんが小川を取り押さえた。
「お金返すのれす。」
「フン、騙される方が悪いのよ。」
押え込まれても、小川はまったく悪びれた様子もなく言い放つ。
「そうね、あんたのおかげで、いい勉強になったよ。」
私はしゃがんで小川の顔を覗きこんだ。
彼女は必死で逃げようともがいているが、
辻ちゃんが全体重をかけて馬乗りになっているので、びくともしない。
「でも、謝るまで許さないからね。のの、やっちゃえ。」
「何、何、何するっていうの、ちょっと待って、きゃーアハハハ。」
必殺、辻ちゃんのくすぐりの刑。
「イヤー、ちょっ、アハハ、わかっ、キャ、あやまるから、ハハハ、許して〜!」
小川は負けを認めた。
「私達の全財産、うん、ちゃんとあるね。」
降伏した小川から、騙し取られたお金を取り返した。
「ごめんなさい、許してー。あなた達にはこれからは無料で情報あげるからさ。」
「ろうします、よっすぃー。」
「まあ、さっきの情報もあながち嘘でもなかったし、許してやっか。」
本物の勇者なっちに会えて、機嫌が良かったので許す事にした。
「でも次また同じ事したら、こんなもんじゃ済まないからね。」
「はい、心入れ替えます。」
騒動も解決し表通りに戻ると、遠くで戦士達の勝鬨の声が聞こえた。
どうやら戦いは勝利に終った様だ。
冒険者達の酒場シスコムーンは、さっき以上に大盛り上りしている。
町を守る為に戦い抜いた戦士達が集まり、祝勝会が始まったのだ。
傷ついた戦士達もおかまいなしで、飲みまくっている。
今日の主役はもちろんあの人だ。
挟み撃ちされ不利だった状況を一気に優勢に立て直した人物。
勇者なっちは大勢の人に囲まれ、恥ずかしそうに笑っている。
私達もさっきのお礼を言いたかったが、人だかりで近寄ることもできなかった。
戦いの夜が明け、新しい朝が始まる。
小さな宿屋の一室で私は目覚めた。
昨日はあの後、辻ちゃんが眠いと言うので早々に祝勝会を抜け出した。
お金も取り返したので、どこかの宿屋を探していたら、
町の為に戦ったという理由で、タダで泊めてもらうことができた。ラッキー!
「のの、朝だよ。起きろー!」
「まらねむいのれす。」
ったく、しょーがないなぁ。早く起きて勇者なっちにお礼言いに行きたいのに。
コンコン
部屋の扉をノックする音が聞こえる。誰だろう、宿の人かな?
私は返事をして扉を開く。そこにいたのはなんと小川麻琴だった。
「なんだ、あんたか。仕返しにでも来たの?」
「ち、違うわよ。失礼ね。」
「悪いけど用なら後にしてくんない。これから勇者なっちに会いに行く所なんで…」
「勇者なっち?もういないわよ。」
「えっ!?」
情報屋小川の話によると、なっちとその仲間は夜中のうちにこの町を出たそうだ。
色々お話したかったのに・・がっくし。
「まあまあ、貴方が旅を続けるならまたその内会えるわよ。」
「ほんと?」
「情報屋小川麻琴は、嘘は言わないわ。」
「言った、昨日。」
「私、古い事は忘れる質なの、新しい情報にしか目がなくて。」
「もういい、それで今日は何の用なの?」
「昨日のお詫びに、あなた達初心者にピッタリの仕事持ってきたの。」
そう言うと、小川は3枚の資料を取り出した。
「冒険者はこういった依頼をこなして、お金を貯めるのよ。」
「へーなるほどねー。」
「どれでも好きな仕事一つ、選んでいいわよ。」
せっかくだから何かやってみるか。

私は『東の谷の盗賊退治』を選んだ。
昨日の戦いで、戦闘に少しだけ自信がついたからだ。
「盗賊団といっても十人にも満たない小さな集団らしいわよ。」
「うん、知ってる。昨日会った。」
「へ?」
「なんでもねっす。それで報酬は?」
「成功したら3000モニよ。」
「わかった、早速行くよ。」
私はまだベットでうずくまっているののを叩き起こして、準備を始めた。
宿代が浮いたので、お金に少し余裕がある。
私達は武器屋、道具屋を回ることにした。
「のの、新しい武器がほしいのれす。」
辻ちゃんのお手製剣は昨夜の戦闘でぼろぼろになっていたのだ。
木を削って作ったおもちゃみたいな物だったから、当然と言えば当然だ。
それで、手ごろな値段のこん棒を買ってあげた。
よく似合っている。こんなにこん棒の似合う勇者は他にいまい。
残ったお金で、戦闘以外でも役に立つだろうと思い小さなナイフを買った。
それで、所持金は全て使い切ってしまった。
準備を終え、私とののはモーコーの町を出発した。
東の谷までは常人が歩いて丸一日かかる距離にある。私達のペースで半日くらい。
なるべく野宿したくない私達は、日帰りする気で急いだ。
そのおかげで昼過ぎには谷に到着することができた。
昨日見た感じでは、リーダーのお団子頭以外はたいしたことなさそうだった。
とはいえ、数的に不利なのは変わらない。
「よーし、突っ込むれすよ。」
「それじゃあ、また囲まれて昨日の二の舞だよ。」
「にのまいれすか。」
要はこっちから仕掛ければいい訳だ。
見つからない様に一匹ずつ仕留めていけば、簡単に片付く。
私は辻ちゃんに作戦を伝え、正面から行かず谷の裏側から回りこむ事にした。
「いたのれす。」
さっそく盗賊子分の一人を見つけた。
私は息をひそめて近づき、素早く相手の首を絞めおとした。
あっけないくらい簡単に決まった。盗賊子分はその場に気絶した。
「すごいのれす。次はののがやるのれす。」
辻ちゃんもやる気満々だ。大丈夫かなぁ・・
さらに裏側から谷を登ると、洞窟の様な物があった。
「ここが盗賊の住み処かな。」
「入ってみるのれす。」
どうやらその様だ。壁にあいぼん団という立て札と飾りが付いている。
どういう盗賊だよ、おいおい・・
そのまま入り口を少し進むと、二人目を発見した。
「よーし、やるれすよ。」
「音を立てない様に慎重に頼むよ。」
「任せるのれす。」
辻ちゃんは勇んで盗賊に近づく。私は心配でしょうがなかった。
ところが、辻ちゃんの意外性は私の想像をも遥かに凌駕していた。
なんと一度見ただけの私の技をあっさり真似してのけた。
全く音を立てる事なく、盗賊を締めおとしたのだ。
そしてにっこりと笑って、ガッツポーズ。
そして大きなお腹の音をグゥ〜!
「誰や〜!」
辻ちゃんの意外性は私の想像をも遥かに凌駕していた。
お腹の音で、残りの盗賊達に見つかり、すっかり囲まれてしまった。
「なんやまたお前等か。あいぼんなめたら許さんで〜。」
2対7、状況はかなり悪いけど、こうなったら戦うしかない。
私達は覚悟を決め、思い切って暴れまわった。
多勢に無勢、私達は思いっきりやられ牢屋に捕らえられた。
「ごめんらさい、おなかすいてたのれす。」
「泣くなよ、私の作戦も悪かったよ。」
小さな窓の付いた岩の牢屋。なんとか脱出しなきゃ。
私は手持ちの道具でなんとかならないものか考えた。

小さなナイフを使おう。
私はまず牢をしきっている鉄の柵を切ってみることにした。
駄目だ、ナイフの方が削れてしまう。
「こっちはろうれすか?」
辻ちゃんが、横の岩の部分を指した。
数ミリずつではあるが削れることには削れる。
とはいえ、ハンパな作業じゃない。拳大の穴を作るのに1時間近くかかった。
「無理だよ、こんなんじゃ!」
私は疲れ果てて、その場に寝転がった。
「何が無理なんや?」
すると盗賊団のリーダー加護が、こっちにやってきた。
私はあわててナイフと掘った穴を隠した。
「こっから出すのれす!」
辻ちゃんが鉄の柵に掴みかかる。
「安心せい、明日の朝には出したる。」
「ほんとれすか。」
「早朝に奴隷商人が来るから、高う売りさばいたるで。」
なんだって〜!
「二人とも若くて活きがいいから、いい値段になりそうや。」
そう言うと加護は笑いながら向こうへ行った。
タイムリミットは明日の朝、それまでに脱出しなければ。
私はナイフを放り投げた。こんな物じゃとても間に合わないよ。
でも他に方法も思い付かない。どうすればいいんだ。
「愛・・」
私は捕らわれの身の愛を思い出した。私達まで捕らわれてどうすんだよ。
「あきらめちゃいけないのれす!」
辻ちゃんがナイフを持ってまた掘り出す。
そうだよな、愛を助け出すって約束したのに、こんな所であきらめちゃ駄目だよな。
私は再び立ち上がった。
二人で交代しながら穴を掘り進めた。そして日が暮れかけた頃。
「親分、大変です!」
「何事や!」
どうも外が騒がしい。何かあったのだろうか?
「帝国の奴等が、この谷に進軍してきてやす!」
盗賊達の動揺が私達にも伝わった。帝国?
私は牢についていた小さな窓から外を覗きこんだ。
重厚な鎧をまとった大勢の兵士が、谷を囲んでいる。あの鎧には見覚えがあった。
ピース村を襲い、愛を強奪していった奴等と同じもの。
「あいつら・・!」
私は体が熱くなった、愛を連れ去ったのは帝国なのか!?
「もうこの谷はおしまいだ。」
「逃げろ逃げろ!」
盗賊の子分達が、大慌てて騒いでいる。その時・・
チャリン!私達の牢屋に小さな鍵が投げ込まれた。
「盗賊ごっこはお終いや、お前等にももう様はあらへん、それで何処へでも失せい。」
盗賊のリーダー加護だった。加護は他の子分達とは逆に帝国軍の方へ走り出す。
「あいつ、一人で立ち向かう気か?」
「とにかく、早くここから出るのれす!」
私達は投げ込まれた鍵を使って、牢を出た。

あいつをほうっておく事はできない!
私は小さな牢屋の鍵を握り締めそう思った。
借りを作ったまま死なれたんじゃ、目覚めが悪いよ。
なにより愛をさらった帝国兵を前にして、退く訳にはいかなかった。
私は辻ちゃんと目を合わせた。どうやら考えている事は同じ様だ。
「行くか、相棒。」
私達は帝国軍の待ち構える方へ走り出した。
谷の表では、盗賊団リーダー加護が孤軍奮闘していた。
「うち一人になっても負けんで!」
加護はその小柄な体を活かし、素早い動きで次々と帝国兵を倒していく。
「あいぼん団のナワバリ荒らす奴は許さへんのや〜!」
谷の登り口は人一人分くらいの狭さなので、帝国兵も攻めあぐねていた。
もっとも加護の体力がなくなるまでの話だが。
「ハァハァ、なんぼいるんや。」
いくら倒しても、一向に敵の数が減る気がしない。
加護は死を覚悟していた。最後まで己の道を貫き通して死ねるなら本望と思った。
脇から伸びたこん棒がせまり来る敵兵をころがり落とす。
そんな加護の信念を変える娘が、目の前に立つ。
「ライバルは勝手に死んじゃいけないのれす。」
加護は驚いた。どうしてこいつがここに来たのか?
「二人とも下がって!」
さらに、もう一人の娘が上の岩場から丸い大きな岩石を押し転がす。
押し出された岩石は狭い坂の途中にいた帝国兵を巻き込み派手に転がり落ちた。
加護の信じられないといった表情で二人を見渡す。
「なんでや、なんでお前等来たんや。うちの子分でさえ逃げたゆうのに!」
小さい方の娘が真面目な顔で答える。
「勇者は困っている人を助けるものれす。」
馬鹿かこいつは、何が勇者だ。そんな理由でこんな勝ち目のない戦いに…
「おい、お前もこんなアホと同じ考えか?」
背の高い方の娘が、にやにやしながら答える。
「別に〜助けた方がかっけーかなって思っただけ。」
どっちもアホだった。
帝国兵の第二陣が押し寄せてくる。
もしこんなアホ達ともっと早く別の形で出会えていたら、うちは・・
加護の想いも空しく、三人の勝ち目のない戦いは始まった。
「紺野あさ美です。落ちこぼれだけど将軍です。」
「ちょっと将軍、誰にあいさつしてるんですか、いきなり。」
谷を襲う帝国軍を率いる将軍紺野は、部隊長の斎藤につっこまれた。
「ごめんなさい、斎藤さん。」
「いやいや、将軍の方が階級上なんですから敬語使わないで下さいよ。」
「は、はい、わかりました。ごめんなさい。」
「謝らなくてもいいですって。それにまた敬語。」
「あの・・あの・・あの・・ごめんなさい。」
斎藤はつっこむのを諦めた。
「それにしても、意外とてこずってるみたいですね。」
部隊長の斎藤は、前線の様子を見てそう言った。
「それじゃあ撤退しましょうか。」
「早えっす!まだ全然負けてないっすよ!やられたのはほんの一部ですって。」
「でも、その一部の人達を早く病院に連れて行かないと・・」
「…」
斎藤隊長はもはや言葉も出なかった。
紺野将軍のボケにより、帝国兵の指揮は混乱していた。
とはいえ帝国兵の数は百を越え、とても三人で太刀打ちできるものではない。
半刻も経たぬ内に、三人の疲労はピークを向かえた。
そんな時、後ろで辻加護がヒソヒソ話をしだした。
「ちょっと、あんた達何してんの?」
「よっすぃー、のの達に秘策があるのれす。」
秘策?何だ何だ、嫌な予感がしてならない。
「しばらく一人で時間稼ぎしといてや〜。」
マジで、私一人でこいつ等押さえてろっていうの。

信じる。やるしかない、頼むぜ辻加護。
私は最後の体力を振り絞って帝国兵達の相手をした。
時間にして2,3分だったが、その時間がとても長く感じた。
「よっすぃー、おまたせ〜!」
上から辻ちゃんの声が聞こえた。私はすぐにその場を離れた。
果たして二人の秘策とは?私は息を飲んで動向を見守った。
「ぶりんこうんこが輝いてみえる〜」
突然、辻と加護が滑稽な歌を歌いながら踊り出した。
私はもちろん帝国兵達もあきれて見とれる。
「なぁ〜なぁ〜なぁ〜なぁ〜なぁ〜なぁ〜」
二人の踊りは止まらない、気のせいか雲行きが怪しくなってきた。
「おいおいおいおい!」ピカン!
次の瞬間、世界が地獄へと姿を変える。
私はこんなに恐ろしい魔法を見た事がない。
なんと天から無数のうんこが谷目掛けて降り注いできたのだ。
私は洞窟に身を隠し、その光景を目の当たりにした。
うんこまみれになり逃げ惑う兵士達、笑いながらはしゃぎ回る二人。
それは地獄に他ならなかった。
斎藤隊長が頭にうんこを乗せ絶叫する。
「いやー!きしょー!助けてー!将軍!」
紺野将軍もすでにうんこまみれである。
「あの・・それでは、撤退しましょうか?」
「はい、します。します。します。全軍撤退だー!」
異論を挟む者は一人もいない。帝国軍はたまらず撤退を始めた。
「良かったです。これ以上怪我人が増えなくて・・」
紺野はうんこまみれの顔で微笑んだ。
「ちっとも良かなーい!」
斎藤隊長の絶叫が辺りにこだました。
「のの達の勝ちれーす!」
「あいちゃんマンの力、思い知ったか〜!」
帝国軍が撤退しても、二人は満面の笑みではしゃぎまくっている。
私は臭くて洞窟の外に出る事ができずにいた。
「どういう魔法だよ・・」
あの二人に常識は通用しないということはわかった。
まあ、とにかく生き延びれた訳だ。
私達はありえない勝利を手にする事ができた。
戦いが終り、私達はうんこ臭い谷を離れ安全な街道まで避難した。
「さてと・・」
私とののは正面から加護を見据える。
この選択はののに任せることにした。

「あいぼん、決着を付けましょう。」
「フフフ・・望むところや。」
決着!?二人ともあんな戦いの後でまだ闘りあうっての。
辻と加護の間に一陣の風が舞う。
「大食い対決れす!」
「望むところや!」
辻加護はモーコーの町の定食屋に走り出した。
あっという間に二人の姿は見えなくなった。
「大食い対決って、ちょっと待てー!」
私が後を追い駆けて、定食屋の扉を開いた時にはすでに勝負は終っていた。
「ゲプー」
机の上に空っぽのドンブリが、山の様に積まれていた。
「うちと引き分けとはやるやないけ。のの。」
「決着は次の機会にもちこしれすよ、あいぼん。」
店長さんがレシートを持って私に近づいてくる。
「あんた、この二人の連れ?代金締めて3000モニになりやす。」
私は二人をぶっとばした。
こうして、盗賊退治の報酬はあっさりと消えてなくなった。
「呆れてものも言えないわ。」
私達は酒場シスコムーンで情報屋小川に仕事の結果を報告した。
そのことを聞いた小川は、もうお手上げといった感じだった。
「なんや文句でもあるんか。」
そんな態度が気に食わない加護が、小川に突っかかる。
「ちょっと、このチビ誰よ?」
「誰がチビや、あいぼんなめたら許さんでぇ〜!」
どうやらこの二人、あまり相性は良くない様だ。
「盗賊団のリーダーの加護ちゃんです。なんか成り行きで一緒になっちゃって。」
私が説明すると、小川は信じられないといった表情で怒り出した。
「盗賊退治に行って、仲良くなって帰って来る冒険者がどこにいるのよ。」
「ここれす。」
辻ちゃんが嬉しそうに手を挙げた。
小川は呆れ果ててそれ以上口を開こうとはしなかった。
「それでまた文無しになっちゃったんで、仕事ほしいっす。」
小川は無言でいくつかの資料を渡してくれた。
私達三人は一度宿に戻り、これからの事を相談する事にした。
宿は今日も無料で泊めてもらえた。助かった。
「・・という訳で私達は旅を始めたんだ。」
宿のベッドに腰を掛け、私は加護にこれまでの経緯を簡単に話した。
「なるほどの〜、その幼なじみもアイゆうんか。うちと同じやん。」
そう言えば同じ名前だ。まあただの偶然だろうが・・
「あいぼんと愛ちゃんれは似ても似つかないのれす。」
「どういう意味や、それ。」
そう言えば、帝国軍はどうして盗賊討伐などしたのだろう?
小さな盗賊団一つのためにあんな大軍を用いてまで・・
もしかしてこの、愛と同じ名を持つ少女になにか秘密があるのだろうか?
いやそれはいくらなんでも考えすぎか。
「ところれ帝国ってなんれすか?」
辻ちゃんが素朴な疑問を投げかけた。
「なんやお前、中澤帝国の事も知らへんのか、常識やで。」
中澤帝国、辺境のピース村では聞かない名前だ。
「ええわ、うちが今から無知なお前等に説明したる。」
加護が自慢気に私とののの前に立つ。
私達は拍手であいぼん先生を出迎えた。
「我らがつんく王の治めるハロプロ王国の北に位置し、対立関係にある国。
 それが皇帝中澤の統治する中澤帝国や。現在も冷戦が続いとるそうやで。
 また、中澤帝国には皇帝直属の三将軍が付き従っているんや。
 お前等の村を襲った矢口言う奴、今日谷を襲った紺野言う奴、
 そしてもう一人、ベールに包まれた恐ろしい奴がいるそうや。
 はっきり言って、あいつらを敵にまわすのは自殺行為と同じやで。
 それでもお前等、帝国と戦う気か?」
もちろん返事は決まっている。
「戦う。自殺行為でも何でもやるしかないんだよ。」
「愛ちゃんを助けるって約束したのれす。」
私達が本気だと知ると、加護は嬉しそうにした。
「おもろいでお前等。決めた、うちも付き合うたる。」
こうしてあらためて私達に新しい仲間ができた。
その頃・・

その頃、ハロプロ城下町のとある民家では・・
「里沙、あんた家を出るって本当なの!」
背の高い娘がまだ小柄な娘を呼び付け怒鳴りつけていた。
里沙と呼ばれた少女は不敵な表情で怒鳴りつける少女を睨み返す。
「もう飽きたんだよね、こんな普通の生活。」
彼女達の家は王国の民の中でも貧しい方であった。
「朝から晩まで馬鹿みたいに働いて、そうやって一生を終える。
 私はそんな人生ごめんだね。たった一度の人生、上を目指したいんだよ。」
怒鳴りつけていた娘、木下はその言葉に困惑を露わにした。
「私達みたいなしがない平民にそんな事、無理に決まってるでしょ!」
「私はあんた達とは違う、どんな手を使ってでも登りつめてみせるさ。」
たとえ汚いコネを使ってでも・・
新垣はそのまま振り返る事なく家を飛び出した。
「待ちなさい、里沙!」
だが木下の静止の言葉も新垣の耳には届かなかった。
走り行く彼方には、輝けるハロプロ王城がそびえ立っている。
彼女の目的はただ一つ、あの城の王座。
ハロプロ王国騎士団長、石黒彩。
実直で、その実力は王国一、つんく王の信頼も厚い。
まさに騎士の鏡と言われる娘であった。
そんな彼女がある日、たった一つの過ちを犯してしまう。
立ち寄った酒場で酔っ払いの冒険者と諍いが起こり、誤って斬り殺してしまう。
幸いその現場は人通りのない暗い路地裏。
この事が公に知られたら、自分の騎士団長としての位が崩れ落ちる。
誰にも見られる事なくこの場を立ち去ろうと、石黒は考えた。
ところが運のないことに、一部始終を目撃していた町娘がいた。
彼女はこの件の黙秘の条件に、一つの申し出をしてきた。
その時の石黒にこれを断ることはできなかった。
「ハロプロ近衛騎士団への入団を許可しろ。」
通常、名誉あるハロプロ近衛騎士は一平民が軽々しくなれるものではない。
貴族階級を持つ者、もしくは戦場で功績を認められた者のみが、
何年も努力して勝ち取る事の出来る誇り高き存在なのである。
新垣里沙はたった一晩で、その階級を得たのだ。
しかし彼女の野望にとって、これはまだほんの始まりでしかなかった。
「ハロプロ城を目指そう!」
これが昨晩の話し合いの結果、私達三人が出した答えだった。
中澤帝国と私達だけで立ち向かうのは無謀すぎる。
でもつんく王にこの話を持ち掛ければ、きっと力を貸してくれるはず。
敵対関係にある国が、自国の村を襲ったのだ。
民思いのつんく王が黙っているはずがない。
ハロプロ騎士団の力を借りれば、帝国とも十分渡り合える。
そして捕らわれの愛を救いだすんだ。
今の私達にこれ以上の作戦は思い付かない。
こうして私達の目標は王国の中心地、ハロプロ城と決まった。
始まりの町モーコーを後にする前に世話になった宿の人と、
酒場の稲葉さんにもあいさつをしてまわった。
町の入り口で小川が、旅立つ私達を出迎えてくれた。

「一緒に来るか?」私は彼女を仲間に誘った。
「冗談じゃないわ、あんた達に付き合ってたこっちの身がもたないわよ。」
「そっか。」
小川の返事はまあ予想道理のものだった。
「そやそや、足手まといはいらんで。」
「なによ、盗賊くずれにそんな事言われたくないわね。」
加護のひやかしからまた喧嘩が始まる。
「なんやて〜、このブス!」
「私のどこがブスよ、このハゲ!」
「ブスブスブスブスブスブスブスブスブスブスブス!」
「ハゲハゲハゲハゲハゲハゲハゲハゲハゲハゲハゲ!」
「けんかはいけないのれ〜す!」
止めに入った辻ちゃんの体当たりで二人は吹っ飛ばされ、喧嘩は終った。
「・・ったく、あなたも大変ね、こんな二人と旅なんて。」
ぶつかった場所をさすりながら小川が私に囁く。
「まあがんばるよ。じゃあそろそろ行くね。バイバイ。」
「一応旅の成功を祈っといてあげるわ。元気でね。」
情報屋小川麻琴と別れ、私達はモーコーの町を後にした。
吉澤、辻、加護の一行はハロプロ城を目指しさらに西へ
目的の場所は遥か彼方の地、長い道程になりそうである。
この日はひたすら歩きつづけ、山脈のふもとの林で野宿することになった。
夕食に、町を出る前に私が作っておいたおにぎりを出す。
「へえ、なかなかいけるやん。」
「ノリがパリパリれおいしいのれす。」
「でしょ、だから巻かないで置いたんだよねー。」
「けど、中身たくわんってどうゆことやねん。」
「ポリポリ・・たくわんもうまいのれす。」
「お前は何でもいいんかい!」
「てへてへ。」
夕食を終えた私達は毛布を出して寝る準備を始めた。
私は日記を取り出して、今日あった出来事を書き綴った。
清楚な私は旅に出てから毎日ちゃんと日記をつけている。
今日で旅を始めてから四日経つ。
たった四日の間でずいぶんと色々なことがあった気がする。
いろんな人との出会いがあり、そして別れがあった。
おそらくこの先、さらに多くの出会いと別れを繰り返すのだろう。
あの娘とも会えるかなぁ・・私はペンダントの少女を思い出した。
すると突然、周りの景色が一変する。
まただ、またあのお城の一室に飛ばされるのかと私は思った。
ところが今回は違った。
豪華な部屋でもない、私達のいる林でもない、見た事もない場所。
例の美しい娘とあの飯田さんが薄暗い岩陰でたき火をしている。
娘の姿もいつもの様な華やかなドレスではなく、ごく普通の旅人の様な格好だ。
二人は何かについて真剣な顔付きで話し合っている。
一体どうしたんだろう?
だが私の声も届かず向こうの声も聞こえないので、どうすることもできない。
名前もわからない同じペンダントを持つ彼女は一体誰なのか。
どうして私が何度も彼女の事を見るのか。
疑問はたくさんある。けれどその一つも解からぬ内に景色は再び変化を始める。
「よっすぃー、よっすぃー!」
「あ、ののか。」
気が付くとまた、私は現実へと戻っている。
「ののからないれすよ、もう。」
「どうしたんや、急にボーっとしおって、おかしな奴やな。」
目の前に、毛布を抱えた辻加護が立っていた。
「ごめんごめん、それよりどうしたの二人とも寝たんじゃ?」
「それが、ちょっと問題があってな。」
二人が困った様子でいる、どんな問題が起こったのだろう、まさか敵!?
「毛布が足りないのれす。」
「は?そんなこと?」
私はあっけにとられた。
元々二人分の準備しかしておらず、加護の分がないのだ。
この辺りの気候は温暖とは言え、夜は少し冷え込む。
あいぼんはちょっと半泣きになっていた。
まったく、しょーがないなぁ。

辻と加護を一つの毛布で寝させる。
体格的に考えても小さい二人が一緒になるのは当然である。
私は一人で自分の毛布をかぶった。
「あいぼん、おっきーのれす。」
「コラ、のの、変な所さわるんやないで!」
二人の声がうるさくて寝れたものじゃない。あの二人を一緒にしたのは失敗だった。
「ののもよっすぃーもぺったんぺったんれすよ。」
「ほほお。」
辻は明日メシ抜き、決定。
私は二人の声が聞こえない様に深く毛布を被って、いつしか眠りに落ちた。
朝日が山脈をオレンジ色に染める。
翌日、朝早く出発した私達はオット山脈の眼前にたどり着いた。
ハロプロ王国一の険しさを誇る山々が連なるオット山脈。
目指すハロプロ城はこの山脈の反対側である。
素人が普通に山脈越えをしようとしても、遭難して帰らぬ人となるのがオチである。
普通、旅人達は一度南方へ大きく迂回して山脈を回避するものである。
だがその道を使うと王城まで1ヶ月近くかかってしまう。
愛が待っているんだ、私達にそんな時間の余裕はない。
「遠回りは嫌なのれす。」
「しゃーないな、抜け道を使うか。」
「それしかないみたいだね。」
昨日、町を出る前に酒場の稲葉さんに聞いた話を思い出す。
オット山脈のふもとに、冒険者のみが知る抜け道の洞窟があるという。
しかしトット洞窟と呼ばれるその抜け道には、狂暴な魔物が潜むという。
そのせいで、利用するのは戦い慣れたベテラン冒険者のみらしい。
「このメンツで挑戦するのは正直、不安やけどな。」
「大丈夫れすよ。いざとなったらのの達には『ぶりんこうんこ』があるのれす。」
「駄目、もう使っちゃ駄目!あの魔法は今後禁じ手とするからね!」
「ふぇ、なんれれすか?」
「下品だし汚いし、それにあちこち(PTAとか)から抗議されるんだよ!」
「うぅ、わかったのれす。」
「おもろいのに、しゃーないなぁ。」
辻加護もなんとかわかってくれたみたいだ。
あんな汚い魔法なしでもなんとかなるさ。私達にはもう一つの切り札がある。
誰にも負けないこの逃げ足が!
太陽が真上に登る頃、私達はトット洞窟の入り口へとたどり着いた。
ここまで来たらもう引き返す訳にはいかない。
私はもう一度太陽の光を見れる事を信じ、洞窟へと足を踏み入れた。
暗くて長い一本道が続く。
まるで地の底まで続いている様な気がしてくる。
だが今の所、魔物がいる様な気配はしない。
私が先頭で、辻ちゃんは私の服を掴んで後ろから付いてくる。
「暗い所は怖いのれす。」
「う、うちは全然平気やで。」
そう言う加護ちゃんも、私の腕を掴んで離そうとしない。
どれくらい進んだだろうか、もう何時間も経った気がする。
気が付くと、道が3つに分かれていた。
以前ここを通った誰かが立てたのか、脇に立て札が刺してある。
立て札には矢印が右の方を向いて書かれたあった。
左の道には小さな柵があって、『この先危険、立入禁止』とあった。
正面の道には特に変わった所はなく、同じような道が伸びているだけである。
どうしよう?
「矢印があるんや、こっちに決まってるで。」
加護ちゃんは右の道を推す。
「なんかこっちからいいにおいらしたのれす。」
辻ちゃんはふらふらと立入禁止の左の道へと吸い寄せられる。
意見が分かれてしまった。
「もうええわ。よっすぃー、あんたが決めてくれ。」
私は・・

あえて左の道へ
「アーイ、こっちに行くのれす。」
辻ちゃんはするりと柵を越えて、走って行く。
「この先危険、立入禁止やで、ほんまに大丈夫か?」
加護の不安は的中した。
「うわぁーーーー!」
一人で先に進んでいった辻ちゃんの悲鳴が聞こえた。
私と加護ちゃんは顔を見合わせ、急いで柵を越え辻ちゃんの元へ急いだ。
大きな落とし穴が道いっぱいに広がっていた。
「ののはこれに落ちちゃったの?」
「だからやめとけ言うたのに、どうするよっすぃー。」
「決まってる、助けにいくしかないだろ。」
「やれやれ、世話のかかる勇者やで。」
私と加護は自ら落とし穴に飛び込んだ。
落とし穴の下には、ただっ広い鍾乳洞の様な空間が広がっていた。
「のの〜!」
私は辺りを見渡し、辻ちゃんの姿を探す。
「よっすぃー、あいぼん、助けて〜!」
辻ちゃんがいた。鳥の様な姿をした魔物の腕の中に!
「あ〜ら、まだ二人もいたの、今日は大漁ね。」
鳥の様な魔物が流暢に言葉を話す。こいつ魔物じゃない人間か!
「お前何者や、ののを返せ!」
加護が自慢のダガーを取り出し、戦闘態勢に入る。
「フフフ、私はソニン。お相手してあげるわ小さな冒険者さん。」
鳥の様な姿の鎧をまとったソニンとかいう奴が、辻を抱えて近づいてきた。
「よっすぃー、うちがあいつの注意を引くさかい、その間にののを・・」
加護ちゃんが私の耳元に囁く。
「OK、でも一人で大丈夫?」
「あいぼんなめんなや、伊達に盗賊親分やってへんで。」
「わかった、任せたよ。」
私が動き出すと同時に加護がソニン目掛けて突撃する。
小柄な体を活かした素早い加護の攻撃を、ソニンは苦もなく避け続ける。
しかも辻を抱えながらだ。こいつの身体能力は半端じゃない。
だが加護に気を取られて私の位置に気付いていない。
あんたの真後ろもらったよ。
私は完全に隙をついて、辻を掴むソニンの腕を狙った。
完璧のタイミング、これは避けれない。しかし敵の力は想像以上のものだった。
一瞬にしてソニンが私と加護の前から消える。
私達は互いに前と後ろから突撃していたので、思わずぶつかりそうになった。
「あいつ、どこ行ったんや?」
上空から風を切る音が聞こえる。
「上だ!」
ソニンはとてつもないジャンプ力で、一瞬にして飛び上がったのだ。
「なんていいジャンプだ。ちくしょー!」
だが、ジャンプした後は落ちるしかない。そこに隙が生まれるはず。
私と加護はソニンの落下地点を予測して、構え直す。
ところが、事態はさらに悪化する。
後ろから新たな風きり音が聞こえてきたのだ。
新手の敵は加護の後ろを取り、そのまま高く飛び上がる。
「しもたー、離せコラ!」
「よくやったユウキ、とりあえず二人でいいか。」
ソニンとユウキは辻加護を抱えたまま、洞窟の上部へとジャンプする。
「待てー!」
後には私一人が残された。
冒険者を襲う凶暴な魔物というのは、二人組の使い手の事だったのだ。
しかもかなり手強い、今の私が相手になるだろうか。
私はこの暗い洞窟で一人きりになり急に心細くなってきた。
とにかく追わなくちゃ、私は奴等が消えていった方へ崖を登り始めた。
「待ってて、のの、あいぼん。」
落とし穴から這い上がり、さっきの十字路に戻る。
あいつらはどっちにいったのだろう?
すると、入り口方向の道から誰かの足音が聞こえた。
私はとっさに柵の向こうに身を隠した。
そして、その人物を見て私は驚く。
彼女は・・!

勇者なっちの相棒、市井さんだった。
モンスター襲撃の夜に見た顔と同じ、間違いない。
「市井さんですよね。」
「うわっ、誰、君?」
私が角から突然飛び出してきたので、市井さんは少しびっくりしていた。
「私、吉澤ひとみって言います。この前モーコーで勇者なっちに助けられて・・」
「フ〜ンそう。」
「あのぉ、今日はなっちさんは一緒じゃないんですか?」
「ヘン、どいつもこいつもなっちなっちてさ、私だって活躍してるのに。」
市井さんがスネている。この人こんなキャラだったのか。
「私は市井さんもかっけーって思ってますよ。」
ほんとは全然知らない。
「ひとみちゃんだったっけ。君なかなか見所あるね、うん。」
でも市井さんの機嫌は少し良くなったみたいだ。
「今なつみとは別行動中なんだ。あいつも色々忙しくてね。」
そうなんだ残念、いや市井さんと会えただけでも幸運と思わなければ。
「あの、お願いがあるんです。私の大切な仲間が捕まってしまって!」
市井さんの顔つきが変わった。
「仲間?どうゆう?」
突然真面目な顔をした市井さんが質問をしてくる。
「幼なじみで勇者を目指して共に旅立った女の子と、
そんな彼女を助けるために共に戦ってくれた女の子、どっちも大事な仲間なんです。」
市井さんは黙って、私の話を聞きつづける。
「変な二人組の使い手に連れさられて、でも私だけじゃ歯が立たなくて。」
「なるほど、それで私に助けて欲しいと。」
「はい、お願いします。」
市井さんの実力ならあんな奴等、問題にもならないはず。
ところが市井さんの答えは予想外のものだった。
「断る。」
私は頭が真っ白になって、良く聞き取る事ができずにいた。
「え、今なんて?」
「断るっていったんだよ。」
まるで相手にしたくないかのごとく、市井さんはそっぽを向く。
「ど、どうしてですか?こんなにお願いしているのに?」
「それが気に食わないんだよ、本当に大切な仲間なら自分の手でなんとかしな!」
私の手で!?
「私は私の勇者、なつみの面倒みるので手がいっぱいなんだ。
今捕まっってるのはあんたの勇者だろ。相棒のあんたがやんないでどうすんだよ。」
市井さんの冷たい言葉の一つ一つが、私の胸を刺す。
私はこれまでずっと誰かに頼ってきたのではないだろうか?
そうだ、これは他の誰でもない、私の戦いなんだ。
いつまでも助けてもらってばかりじゃ何も変わらない。辻を守るのは私しかいないんだ。
「ありがとう、市井さん。私まちがってました。」
私の中で何かが変わった。
「単純な奴め。」
微笑を浮かべた市井さんが私の肩を叩く。
「とは言え、ここまで事情を聞いちまったら、ほっとく訳にもいかねえよ。」
顔を上げると市井さんが自慢の槍を携え、洞窟の奥へと歩み出していた。
「助けはしないが、手を貸すくらいはしてやろう。」
今度は彼女の優しさが、私の胸を刺す。
「ありがとうございます、市井さん。」
私はまた頭を下げた。
「急いでるんだろ、とっとと行くぞ!」
「はいっ!」
これが後に師弟関係となる二人の、最初の出会いであった。
トット洞窟の最深部、ソニンとユウキの隠れ家。
「こいつらも知らねえか。」
憂鬱な顔をしたユウキが扉を閉める。
「一体いつまでこんな事してればいいんだ?」
「いいじゃないの、私は結構楽しんでるわよ、ユウキも楽しめばいいのに。」
ソニンが鎧を磨きながら答える。
「俺はあんたとは違う、楽しんでこんな事してる訳じゃない。」
チリンチリン
何かの合図を示す鐘がなる。
「またお客さんね、さっきのあの子かもしれないけれど。」
ソニンが嬉しそうに鎧を着込み、出撃する。
不満気な顔を浮かべたユウキが渋々とその後に続く。
「姉さん・・」
彼の小さな声は誰にも届く事はなかった。
吉澤と市井の前に、ソニンとユウキが姿を見せる。
「助っ人をみつけて来たわけ、いいわ今度は最後まで相手してあげる。」
ソニンが羽を広げて前に出る。それに合わせて吉澤も前に出る。
2対2なのだが共に一人ずつしか動こうとしない。
「賢明だ、あんたが動かなきゃ私も動かないよ。」
市井とユウキはそれぞれの思惑で、戦いには参加しない。
吉澤ひとみVSソニン 1対1で決着を着ける。
誰も口に出さずとも、その場の空気がそれを教えてくれる。
「ののとあいぼん、返してもらうよ!」
「私に勝てると思っているの、雑魚娘ちゃん。」
いきなりの手刀が私の肩口を切裂く。速すぎて全く見えなかった。
「秘技イキナリズムのお味はどう。」
こんな技をもっていたのか、やっぱりこいつ強いよ。
私が攻撃を仕掛けようとしても、全てイキナリズムで先手を取られてしまう。
私は連続攻撃を受け、その場に倒れ落ちた。
「ホーホホ、やっぱり相手にならないわね。後ろの助っ人さん出てきなさいよ。」
しかし市井さんは微動だにしない。
私を信用してくれているんだ。勝つって信じてくれているんだ。
立たなきゃ・・
後ろに市井さんがいてくれるだけで、不思議と力が湧いてくる。
私は立ち上がり、再びソニンの前で構える。
反撃覚悟でガードを固めながらソニンに向かって突進した。
「おっととっと無駄だぜ!」
例のいいジャンプで、突進は避けられた。
イキナリズムといいジャンプ力を持つソニンに本当に隙はあるのか?
「とどめよ。」
急降下と同時のイキナリズムで私は吹き飛ばされる。
「いってー、くっそ〜。やっぱり私では勝てないの・・」
「そうは思わないけどね。」
「え!?」
目の前に市井さんが立っていた。
「あんたがあいつに劣っているとは思えない。」
私があの魔物みたいな奴より強いって?そんな馬鹿な。
でももしそれが本当なら、辻ちゃんと加護ちゃんを助ける事ができる。
そうだ、こんな私でもあいつの上をいく所があるはずだ。

「私の方が圧倒的にかっけー!」
それだけは絶対に負けていない、誰にも負けない!
「ハハハ、馬鹿じゃないの、かっけーってそれが何の役に立つって言うのよ。」
ソニンは馬鹿にする口調で私を笑う。
「わかってないのはお前の方だ。」
私は再び構えをとる。
「最後に勝つのはかっけー方って決まってるんだよ!知らないのか馬鹿!」
残された力を振り絞って、私はソニン目掛けて突進する。
と同時にソニンのイキナリズムが発動する。
中途半端に避けたり受けたりしようとしてるから駄目なんだ。
初めから玉砕覚悟で突っ込めばこんなの怖くないや。
ソニンの蹴りが吉澤のお腹を真っ正面から打ち抜いた。
「決まった、勝負ありだ。」
後ろでみていたユウキが呟く。
「そいつはどうかな、よく見てみな。」
市井の言葉にユウキは顔をあげる。
「ゲホッゲホッ・・獲ったぜぃ。」
なんと蹴りこまれたその足を、吉澤は強引に掴んでいた。
「貴様・・!」
吉澤はその足を力まかせに振り回し、地面に叩き付けた。
「グハァーーーー!」
勝負あり、ソニンは全身を激しく打ち付けられ悶絶した。
力尽き果てた吉澤も、そのままあおむけで起き上がる事はできずにいた。
「ハアハア・・こんな勝ち方、全然かっけくねーっス。」
「まあそう言うな。勝ちは勝ちだ。」
決着がつき、ようやく市井が前に出てきた。
(それにしても・・)
市井は内心驚いていた。まさか本当に吉澤が勝つとは思っていなかった。
どうみても力の差は歴然だった。
一発くらい打ち返せたら、交代してやろうと思いはっぱをかけたのだ。
それが私の言葉を真に受け、本当に逆転しちまいやがった。
豚もおだてりゃなんとやらってやつか。
「単純な奴・・」
「へ、何か言いました?」
吉澤は相変わらずボケーっとした顔で寝転がっている。
こういう単純な奴が一番怖いんだよな。
「俺たちの負けだ。あんた達の仲間は返すよ。」
ユウキはやけに素直だった。それが私には逆にあやしく思えた。
「まだなんか企んでるんじゃないの?」
「違いますよ、俺は本当はこんなことしたくなかったんだ。」
「どうゆこと?」
ユウキが真実を語る。
私は市井さんに肩を借り、ユウキの後を付いて行きながらその話を聞いた。
「俺には生き別れの姉さんがいるんだ。」
姉か、やっぱり似てるのかなぁ?
「姉さんはすごい剣の素質を持った人だったらしい。
だから生きていればきっとりっぱな勇者になっているはずなんだ。
俺はそんな姉さんを探していたんだ。そんな時ソニンに出会って、
ここの洞窟を見張っていればいつか姉さんが通るはずだと言われて。
そして何時からかこんな山賊まがいのことまでする様になってしまって・・」
馬鹿な理由だ。
「外に出な、こんな所に閉じこまってちゃ見つかるもんも見つからなくなるよ。」
市井さんの言葉でユウキはやっと笑顔を見せた。
「そうですね、そうします。」
でもこんな顔、どこかでみた事あるような気がするんだけど。
どうにも思い出せない、やっぱり気のせいかな。
「私も旅先で見つけたら、連絡するよ。」
市井さんがユウキを応援する。

「私もユウキの姉探しに協力してあげる。」
「悪いな、こんな迷惑かけたのに。」
ユウキはすまなそうに礼を言った。
そしてソニンとユウキの隠れ家に到着する。
ここに辻ちゃんと加護ちゃんが捕まっているのか。
二人とも不安で泣いているんじゃないかな。私は心配になってきた。
「も〜食えないのれす。」
扉の向こうから聞こえてきたこの声は・・嫌な予感がする。
「うちも満腹やで〜。」
ユウキも市井さんも開いた口がふさがっていない。
空っぽの袋と箱が散乱する中に、お腹をポンポンにした二人が転がっていた。
「あ、よっすぃーなのれす。やっほー!」
何事もなかったかの様にノーテンキに手を振る辻。
お腹を押さえながら、ようじをいじくる加護。
「俺達の1ヶ月分の食料が・・」
ユウキは呆然として固まっていた。
こんな傷だらけでがんばった私がアホらしくなってきた。
こうしてトット洞窟の戦いは幕を下ろした。
私、辻、加護、市井さんの4人はユウキに別れを告げトット洞窟を抜け切った。
ソニンは気絶したままだったが、後の事はユウキが説得するそうだ。
「君達、どこに向かってるの?」
市井さんが振り返り、私達に尋ねてきた。
「ハロプロ城れす。」
「そっか、じゃあまた会うかもね。」
そう言って右手を上げ、市井さんは別の方向へ去っていった。
また会いたいな、私は見えなくなるまで市井さんを見送った。
「よーし、じゃあ私達も出発しようか!」
「せやな。」
「アーイ!」
「キャハハハハハ!」
え?返事が一つ多い、ていうかこの耳障りな笑い声は!
私達三人は一斉に後ろに振り返る。
トット洞窟岩場の上方、忘れもしないあいつが私達を見下ろしていた。
中澤帝国三将軍の一人、私とののの故郷ピース村を襲った娘。
矢口真里!
愛を、私の想い人高橋愛を連れ去った張本人が今、目の前にいる。
こいつには言ってやりたいことが山程ある。
でもいざこうして目の前にすると言葉が出ない。
圧倒的破壊力の魔法セクシービームの光景がまぶたに焼き付いて離れないんだ。
「愛ちゃんをかえすのれす!」
ののがこん棒を振り回して叫ぶ。
そうだ、うだうだ考えている場合じゃない、愛を助けるのが全てだ。
「愛はどこだ!」
まだソニンとの戦いの傷が残ってるけど、そんなの構ってられない。
「悪いけど、君達には用がないんだよねー。」
矢口がゆっくりと立ち上がり、指を差す。
指の先にいたのは加護亜依。
「う、うちに・・?」
「あんたがアイでしょ、一緒に来てもらえるかな?」
なんだって、こいつの目的は亜依なのか、またアイ・・
「あいぼんはわたさねーのれす!」
ののがあいぼんを庇うように前に打って出る。
矢口はうっすらと笑みを浮かべ、あの構えをとる。
この状況、あの時と同じだ。
ピース村で愛を要求され守ることができず、どうしようもなかったあの時と。
矢口があの時と同じ構えをとっている。
ここにはもう誰もいない、飯田さんもいない。市井さんも行ってしまった。

あの時の過ちを繰り返しちゃいけない、あいぼんは絶対渡さない。戦う。
「へえ、そんなに死にたいの?」
大丈夫だ、セクシービームは撃てないはずだ。
私はあいぼんを盾にする様に抱え込んだ。
「撃ってみろよ!撃ったらお前等の狙いのあいぼんも死ぬぞ!」
矢口が構えを解く。だがその顔はさらに殺気に溢れている。
「確かにその通りだ、だが私の能力がセクシービームだけだと思っちゃ大間違いだぜ。」
そう言ってさっきとはまた別の構えをとる。
「パッパパラーの・・アチャー」
凄い勢いで矢口将軍が突っ込んできた。
私とののが弾き飛ばされ、加護がただ一人取り残される。
「キャハハ、相手になんないわね〜!」
そのあまりの攻撃力に私は意識が朦朧としてきた。
強すぎる・・今の私達とはレベルが全然違う。
「うちは絶対つかまらへんで!」
あいぼんがダガーを構え、矢口相手に意気込む。
だが矢口はお構いなしに悠々と加護に近づく。
その時、タヌキの置物が矢口を押え込んだ。
「いまのうちににげるのれす、あいぼん!」
いや違う、辻だ。丸々とした満腹状態の辻が矢口に覆い被さっている。
「重〜い、てめえ離れろ!」
矢口が体全体を振り回して辻を振りほどこうとするが、辻は必死でしがみつき離れない。
「はやくいくのれす、あいぼん!」
「お前を置いて行ける訳ないやろ、のの!」
加護は泣きそうな顔で辻を見つめる。
「どけーコノヤロー!」
矢口の怒りも頂点に達して来ている。
辻ちゃんが私の方を見ている、今まで見た事ないくらい悲しそうな顔で・・
「あいぼんをたのむのれす、よっすぃー。」
「のの・・やだよ、私。」
「勇者は死なねーのれすよ。」
ののが笑った。世界中を幸せにするその笑顔で・・
私は立ち尽くす加護ちゃんを抱えて無我夢中で走り出した。
「はなせ、はなすんや、よしこ、ののを見殺しにするんか!」
あいぼんが小さい体を思いっきり揺らして泣き叫ぶ。
ののは死なない。だってののは私に一度も嘘を付いた事がないんだ。
とっくにガタがきているはずの体をフル活動させ、私は走り続けた。
あいぼんはまだ後ろを振り返っている。もう見えなくなっているのに。
どれくらい走りつづけただろう。
初めての土地、まったく知らない場所を当てもなく走り続けたのだ。
気が付くと断崖絶壁の行き止まりに突き当たった。
私は疲れ果てて、その場にへたり込んだ。
その時、後ろで爆発音が鳴り響いた。私達が走ってきた方向・・
「のの・・」
あいぼんが呟く。
突然、私の頭の中に辻ちゃんとの思い出が走馬灯の様に流れてきた。
嬉しそうにアゲパンを食べるのの・・
アイスの食べ過ぎでお腹をこわし苦しむのの・・
アロエヨーグルトをおすそ分けしてくれたのの・・
「食べてばっかじゃん。」
もう泣かないって決めていたのに、私の頬を冷たいものが落ちる。
どうしてののを置いて走り出したんだ、私は自分の行動を悔いた。
私とあいぼんはその場にひれ伏し崩れ落ちた。
「キャハハ!」
悪魔の嘲笑がその時間を止める。
矢口真里が目の前にいた。
私はその残酷な現実を信じる事ができず、身を震わせた。
「ののは、ののはどうしたんや?」
あいぼんが悠然と立ち尽くす矢口に訴えかける。
矢口は右手の親指を立て、首をかき切る振りをした。
「死んだ。セクシービーム直撃、キャハハ!」
辻希美が死んだ。
私の中でなにかどす黒いものがぐるぐると渦巻いた。
それは間違いなく殺意。
その後の行動は自分でもよく覚えていない。
大声で叫びながら矢口に掴み掛かった様な気がする。
でもあっさりと返り討ちにあい吹っ飛ばされ、断崖絶壁に落とされたんだ。
最期にあいぼんの悲鳴が聞こえた気がする。
とんでもない高さから落とされたんだ、私は確実に死んだんだな。
辻ちゃんも死んだ、私も死んだ。
ごめんなあいぼん、お前を守る事できなかったよ。
ごめんね愛、約束守れそうにないよ、伝えたい事いっぱいいっぱいあったのに…
ごめんね、のの・・
同じペンダントを持つあの娘が戦っていた。
立ち寄った村がモンスターに襲われていたのだ。
彼女はすぐに村人を避難させ、自分は危険を顧みずモンスターの群れへと走る。
でも戦闘なんかまるっきり素人のへっぴり腰で、これじゃ私よりひどいよ・・
怖くて足なんか震えちゃってるし、涙眼でほんとどうしようもない。
結局、連れの飯田さんに助けてもらってやんの。
だったら始めから、村人と一緒に避難してればいいのにさ。
でもなんかそういう所誰かに似てるなぁ。
結局あの子なんだったんだろう。
名前聞きたかったなぁ。
でも死んじゃった私にはもう関係ないことか。
私の物語は終ったんだよ。

吉澤ひとみはとある小屋で目を覚ました。
ここは天国なのそれとも地獄なの、いやそのどちらでもない。
見た事もない木作りの小さな小屋の一室。
私はまず自分の足が付いている事を確かめた、ちゃんとある。
「私、生きてる・・」
次に寝かされていたベットから起き上がろうとしてみたが、無理とわかった。
体中が痛くて悲鳴をあげている。無茶しすぎたんだ、当然だよな。
でもここはどこなんだろう。
誰かが助けてくれたのだろうか、あの状況から、まさか・・
ガチャリ
部屋のドアノブの音が聞こえる。
「良かった、気が付いたのね。」
可憐な美少女が濡れたタオルを持って部屋に入って来た。
「君が助けてくれたの?」
「うん、崖下で倒れていた貴方をここまで運んだのは私よ。」
彼女は濡れタオルを私の額にのせ答えた。
「私は松浦亜弥、あややって呼んでね。貴方のお名前は?」
「吉澤ひとみです。ありがとう、あやや。」
あややはベット脇の椅子に座り、てぎわよくリンゴを剥く。
「はいどうぞ、食べて。」
あっという間に美しく切り分けられた真っ白なリンゴが皿に並べられる。
「上手だね。」
「うん、慣れてるから。」
あややは包丁を握り締め微笑んだ。
きっとお料理大好きな娘なのだろうと私は思った。
「でもひとみちゃん、どうしてあんな所で倒れてたんですか?」
あややの質問で私は我に返る。
ののは?あいぼんは?矢口は?どうなったの?
「私以外にあの場所に誰かいなかった?」
「いえ、いませんでしたけど・・」
やっぱりののは殺されて、あいぼんは矢口の手に渡ってしまったのか。
どうして、どうしてこんなことになっちゃたんだろう。
私は堪える事ができずまた涙が出てきた。
駄目だ、泣いてばっかりだよ私。
「泣かないで下さいよ〜あやや困っちゃいます。」
私が突然泣き出したので、あややも困って慌てていた。
松浦は吉澤の手を握って、なんとか泣き止まそうとした。
吉澤は枕に顔をうずめていたので、この時の松浦の表情の変化に気付く事はなかった。
「おいしそう・・」
握り締めた吉澤の腕に舌を伸ばす。
「え!?今なんか言った?」
泣き止んだ吉澤が顔をあげると同時に、松浦は一転して元の笑顔に戻る。
「う、うん、おいしい料理作るから、待っててねって。」
「ごめんね、何から何までお世話になっちゃって。」
「気にしないで、私一人暮らしで寂しかったんだ。だから嬉しいの。」
あややは愛くるしい笑顔でクルッと回って部屋を出る。
「ひとみちゃんさえ良ければ、ずーっといてくれていいんだよ。」

そんな訳にはいかない、体が良くなったらすぐに出ていこう。
たとえ私一人になっても愛は絶対に助けだすんだ。
それに辻ちゃんの仇を討つという目的も増えた。
私一人だけがのんびりと幸せな人生を送ることはできない。
トントントン、隣の部屋から包丁を叩く音がする。
あややが夕食の準備をしているのだろう。
本当に、いい娘に助けてもらって良かった。
そのまま1時間程休んでいると、おぼんに食事を乗せたあややが入って来た。
「おまたせ、さぁた〜んと食べて♪」
私はなんとか上半身だけを起こし、お礼を言って受け取った。
そういえばずっとまともな食事をとっていなかったので、本当においしかった。
私はあっという間に出された料理を平らげた。
あややはそんな私を嬉しそうに眺めていた。
「どうですか?」
「おいしかったよ、ごちそうさま。」
私が微笑むとあややも微笑む。
そんな感じで私とあややの生活は始まったんだ。
あややと一緒に暮らしたのは三日程だったけど、その三日間は本当に楽しかった。
私は本気でこのまま彼女と一緒に暮らしたいとさえ思ったよ。
でもあいつがやって来て、そんな生活が終りを告げた。
あいつが私の運命を大きく変えたんだ。
あの日、あややとの生活の四日目の朝。
そろそろ体も治りかけてきた私は朝食の準備をしていた。
あややはまだ眠っているようで寝室から出てこない。
起きてくる前に朝食の準備を済ませようと、私は病み上がりの体で悪戦苦闘していた。
小屋に近づく足音が聞こえた。
珍しくお客さんかなと、私は何の警戒もせず玄関の扉を開けたんだ。
「え・・!」
「あ・・!」
あの瞬間、間違いなく時間てやつは止まったと思う。
私のペンダントが揺れた。
あいつのペンダントも揺れた。
何度も夢(かどうかわからないけど)に見たあいつが、そこに立っていたんだ。
これがあいつとの初めての出会い。
吉澤ひとみと石川梨華の初めての出会いだったんだ。
私は本当にびっくりして、なかなか言葉が出なかった。
そんで、なんとか喉を振り絞ってやっと出た言葉がこれだった。
「名前は?」
彼女も驚いているみたいだった。
普通、挨拶もなしでいきなり相手の名前聞かないっての。なのに普通に答えるんだもん。
「梨華、石川梨華…」
「私、吉澤ひとみ。」
つられて私まで名前言っちゃったよ。
でもついに彼女の名前を聞く事ができた。これは間違いなく本物だよね。
にしても心なしか彼女、微妙に震えているみたいなんだけど、なんだろ?
「あの・・」
石川梨華が口を開く。
「貴方が犯人だったの?」
へ?犯人?何のことですか?私なんか悪いことしたっけ?
よく月光亭でオツリごまかしたりはしたけどさ。それのこと?じゃないよね?
意味不明の問いかけに、私の頭は完全にパニックに陥っていた。
けれど、この後起こる出来事でさらにパニックは深まっていったんだ。
あややが寝室から出てきた。
「お姉様!」
あややは大声で叫び、石川梨華に抱き着いたんだ。
「あややを助けにきてくれたのね、怖かったよ〜!」
「亜弥、無事だったのね。本当に良かった。」
目の前で石川梨華とあややが感動の再会を繰り広げている。
訳も分からず私一人呆然としていると、そこへ今度はあの人が現われた。
「梨華様、亜弥様!」
長い髪に、漆黒の黒いコート、飯田さんだ。
飯田さんは石川梨華とあややを見守ると、次にすごい形相で私を睨む。
「貴様か、貴様が、亜弥様を!」
相変わらずのカタコトだったけど、この前とは迫力が違った。
「そうだよ〜、あいつが犯人だよ〜!」
あややが泣きながら私を指差す。
ちょっと待ってよ、何何何?何なのこれ、訳わかんないよ。
「そうと、知れば、あの時、捕まえた、ものを・・」
飯田さんが私の前に立ち、怪しい呪文を唱える。
「ネエ、ネムッテ!」
それで私は意識を失った。
気が付くと今度は薄暗い牢獄だった。滴り落ちる水の音だけが聞こえる暗黒の世界。
もう何がどうなっているのかさっぱり分からない。
「貴方が犯人だったの?」
「貴様か、貴様が、亜弥様を!」
「そうだよ〜、あいつが犯人だよ〜!」
石川の、飯田の、あややの言葉が私の頭をうずまく。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう?
愛・・
あいぼん・・
母さん・・
父さん・・
のの・・
「会いたいよ・・」
私は冷たい壁にもたれ掛かり、たった一人で泣きつづけた。

ののに会いたい。
ののと一緒に旅していたあの頃に戻りたい。
私は二度と叶うことのない夢をうつうつと考え込んでいた。
すると、人気のない牢獄に足音が響いた。
満面の笑みを浮かべて走ってくるののとあいぼんの二人。
「よっすぃー、いくのれす。」
「何やっとんや、こないな所で。」
二人がここに?助けに来てくれたの?
「のの・・あいぼん・・」
しかし私が体を起こすと、二人の姿は幻となって消えた。
「残念、私よ。」
ののとあいぼんと思った二つの足音はまったく別の人物達であった。
旅の行商人、保田圭。あいつが牢獄の鉄格子の向こうに立っていた。
「どうしてあんたがここに?」
「言ったでしょ。貴方とはまたどこかで会える様な気がするわって。」
保田圭はにっこりと微笑んだ。
そしてもう一人の人物。
松浦亜弥。
「あやや、これはどういう事なの、ねぇここから出して!」
私が訴えかけても、あややは何も言ってくれない、表情すら変えない。
その顔は私の知っているあややではなかった。
まるで何の興味もない物を見るような、そんな何の感情も示さない眼、
「このお方は、お前程度が話し掛けてよい存在ではないのよ、ひとみちゃん。」
保田がニヤニヤと笑いながら、懐から何かを取り出す。
青い結晶のペンダント。
「それは私の!」
「フフフ、こいつは貴重品なんでね。返してもらったよ。」
保田は丁寧にペンダントを再び懐に隠す。
「もし会えたらまたサービスしてあげるって、あの時言ったわよね。」
混乱する私を尻目に保田は一人で話を進めていく。
「特別サービスで教えてア・ゲ・ル。私の正体。」
キスポーズでウインクする保田は、吐き気がする程気持ち悪かった。
「このペンダントはね、この王国の国宝なの。そして私はそれを盗んだ大泥棒。
旅の行商人とは仮の姿よ。そして貴方はその罪を着せられたマヌケって訳。」
衝撃の事実に私は言葉が出なかった。
保田の笑い声が、人気のない牢獄の静寂に響いた。
「さて、行きましょうか姫様。」
保田が後ろに控えていた松浦に声を掛ける。
松浦は私に一瞥もくれることなく、歩き出す。
「じゃあね、ひとみちゃん。あなたは死ぬまでここを出られないみたいだから。」
投げキスとウインクをして保田もその場を立ち去った。
「待てー!ふざけるなよ!出せ!ここから出せーーーーー!!!」
そうして保田と松浦は地上へと姿を消した。
ただ一人残された吉澤の悲痛な叫びが、延々とこだまする。
ハロプロ王国地下牢獄の最も深き場所。
光もなく、声もなく、あるのは孤独のみ。
王国の重罪人という名の鎖に捕らわれた吉澤は、もう二度と飛び立つことはできない。
もう二度と太陽を拝むことはない。
希望は失われた。
こうして吉澤ひとみの旅立ちは幕を閉じた。

 

第2部 勇者の章

ハロプロ城、謁見の間に騎士団一同が並び立つ。
先頭に立つ騎士団長、石黒彩がつんく王に戦況を報告する。
依然として中澤帝国の侵略攻撃は続いている。
すでにいくつかの町や村が被害に遭ったという。
王国は広大すぎるため、騎士団だけでは守り切れないのが実状だ。
それに帝国軍の攻撃対象が全く読めないのだ。
戦略上、何の要所にもならない様なちっぽけな村等を攻めてくるのだ。
一体何の目的があるのか、つんく王は頭を悩ませていた。
「わかった。もう報告はええで、行きや。」
つんく王の解散の合図で、騎士達はそれぞれの持ち場へと別れていった。
ただ一人残った石黒がつんく王の前に立つ。
「ご安心下さい王、我らハロプロ騎士団は帝国軍ごときに負けはしません。」
「うーむ、せやけど、奴等の目的もわからんとなー。」
「目的、わかった。」
黒きマントに包まれた女が、いつのまにか柱の影に潜んでいた。
「飯田!貴様、王の前では普通に現われろと何度言えばわかる!」
石黒が怒鳴りつけた女、宮廷魔導師カオリである。
騎士団長石黒、宮廷魔導師カオリ、共にハロプロ王国の要と言われている。
つんく王がもっとも信頼を寄せる右腕と左腕というべき存在。
それ故、ライバル関係にありしばしば対立することもある。
特に石黒は、この不愛想な魔導師のことを気に食わないでいた。
つんく王はそんな様子に気付くことなく飯田を近くに呼び寄せる。
「おう飯田、帝国の目的わかったて、なんやねん?」
口元まで覆われたマントの下からカタコトの返事が返ってくる。
「アイ、と言う名の、娘。」
このしゃべり方も石黒が気に食わない原因の一つであった。
ちゃっちゃかしゃべれっての。
「なんやて、アイっちゅう娘探すために、辺境の村まで攻めてるっちゅうんか。」
「帝国の、兵士から、聞き出し、ました。」
「フン、馬鹿らしい、そんな小娘が何の役に立つというのだ。」
石黒は飯田の言葉を鼻にもかけない。
「まあ石黒の言う通り、何の確証もあらへんしな。どないしよか。」
「いい、でしょう。この件は、私、一人に、お任せを。」
「悪いな、そうしてくれるか。」
つんく王の言葉が終ると同時に、カオリはその場から姿を消した。
つんく王には二人の娘がいる。長女の梨華と次女の亜弥である。
共に容姿端麗で王国のアイドル的存在として、民衆からの人気も高かった。
幼くして母親を亡くしていたのだが、城の皆に優しくしてもらい元気に育った。
しかし最近、長女の梨華の様子がおかしい。
梨華もそろそろ結婚を考える年頃になってきたのだ。
ところが梨華はつんくが見合わせる高貴な男達に全く目も暮れようとしない。
それでいて、いつも窓の外を眺めてため息をついている。
「ハァ〜」
「どうしたのお姉様、またため息なんかついちゃってさ。」
見かねた亜弥が暗い顔の姉に近づく。
「う、ううん。なんでもないの。」
この様に、梨華は誰にもため息の原因を話そうとしない。
「おかしなお姉様。」
首を傾けて亜弥は走り去る、彼女は姉と対照的におてんばすぎて皆を困らせている。
「言えないよ・・こんなこと・・」
梨華の秘密の夢。愛しの王子様と雪の夜を一緒に歩くこと。
愛しの王子様と出会うまでは、父の紹介する人とお見合いなんて絶対に嫌。
そして梨華はまた一つため息をつくのであった。
そんなある日、この王宮にある事件が起きた。
「強盗が忍び込んだそうだ。お前達、梨華様を任せたぞ。」
騎士団長の石黒が王女付き近衛騎士のあさみとりんねに命令を下し、走り去る。
「大丈夫ですよ姫、強盗はたった一人だそうですよ。」
「我ら騎士団の目を逃れて城から脱出できる奴など皆無です。」
りんねとあさみがそれぞれ、脅える梨華をなだめる。
そういえばさっきからずっと亜弥の姿が見えない。
なぜか嫌な予感が梨華の脳裏を走った。

りんねとあさみを振り切り亜弥を探そう。
梨華は二人の隙を見つけて部屋をこっそり抜け出した。
「あれ、姫様は?」
「いない、やべえ石黒団長に怒られるぞ、探せ!」
残された二人も大慌てで部屋を飛び出していった。
兵士達に気付かれない様に身を潜めながら、私は亜弥の寝室を目指した。
「亜弥!」
大声で亜弥の名を呼びながら、寝室の扉を開けた。
ところが、部屋にいるはずの亜弥の姿はどこにもなかった。
しかも護衛の兵士達が床に崩れ落ちている。
そして大きく開かれた窓・・
遅かった、亜弥はすでに強盗の手により誘拐された後だったのだ。
「そんな・・嘘でしょ。」
私は薄暗い月明かりの広がる窓の外を眺めて呟いた。
「おのれ、何と言うことだ。」
報告を受け現われた石黒さんが苦渋に満ちた顔で壁を叩く。
普段何事にもあまり動じないお父様さえも、ショックで気が動転している。
当然私も崩れ落ちて泣きじゃくった。
それから十日程経ったある日、不思議な出来事が起きたのです。
あの日から全王国兵による懸命の捜査が始まりましたが、
犯人と亜弥の居所は未だ掴めていません。
王国の国宝「月の輝き」と呼ばれる対になった二組のペンダント。
亡くなったお母様が私と亜弥にそれぞれくれた大切な宝物。
そのペンダントの一つも、どうやら亜弥と一緒に犯人の手に渡ってしまったそうです。
残されたもう一つの青い結晶のペンダント。
私はそれを握りながら亜弥の無事を祈りました。
すると、信じられないその出来事が起きたのです。
突然ペンダントがまばゆい輝きを発したと思ったら、
王宮の自分の部屋にいたはずなのに、周りの風景が見たこともない景色に・・
「ここはどこなの?」
私がこれまで生まれ育った王宮や城下町からは想像もつかない程、さびれた田舎。
どうして私、こんな所にいるの?
訳が分からず辺りを見渡すと、同じ年頃くらいの女の子三人が、
集まって何かおしゃべりしている。
目がパッチリしたきれいな女の子。小さくて可愛らしい女の子。
そしてもう一人・・
私は三人目の女の子の手に握られた物を見て衝撃を受けました。
亜弥のペンダント!
見間違えるはずがない、あれは間違いなく私のと同じ物。
でも私の声も、向こうの声も届かないみたい。
これじゃあ確かめることができない。
そこで、その不思議な夢は覚めました。気がつくといつもの自分の部屋。
私は亜弥のペンダントを持つあの娘の事を考えた。

あいつが犯人なのね。許せない。
犯人は亜弥のペンダントを奪ったのだ。
それを持っているあの娘が犯人に決まっている。
これで犯人の顔がわかったし、亜弥を助けることができる。
でも犯人の顔を知っているのは他の誰でもない、私だけ。
これはきっと、私が犯人を見つけ出せという神様のお告げなのね。
正義感は強いが単純な石川は、何の疑いも持つ事なくそう思い込んだ。
それから二日後、宮廷魔導師カオリが城に戻って来た。
カオリはすぐさまつんく王の元へ向かう。
「すいません、アイは、すでに、帝国の、手に…」
飯田はピース村にて、アイを守ることができなかったのだ。
「そんな事はもうええ、それよりお前の留守中に大変な事が起きたんや。」
王の口から飯田に松浦亜弥誘拐事件の話を伝えた。
飯田は梨華と亜弥の教育係でもあったため、その衝撃は人一倍大きかった。
「頼む飯田、お前の力で亜弥を助け出してくれや。」
「無論、承知。」
「お父様、カオリン!」
そこへ息を切らして梨華が現われた。
「私、犯人を見たんです。」
梨華の言葉に、つんくとカオリは驚きの目を向ける。
「このペンダントが教えてくれたの。」
そう言って梨華は胸元に掛けたペンダントを取り出した。
国宝「月の輝き」。亡くなった王妃の形見。
それを聞き、つんくはある事を思い出した。
「そういや昔、あいつが言っとった。そのペンダントには運命を導く力があると…」
「お父様、私、亜弥を助けたいの、外へ出ることをお許し下さい。」
梨華はつんくに詰め寄ってお願いした。
「しかし、お前にまでもしもの事があったらな・・」
「王、私が、姫の、護衛を、します。」
飯田が梨華の肩を持った。
犯人の顔を知るのは梨華ただ一人、あてもなく探すより遥かに可能性は高まる。
それに世間知らずの姫に外の世界を勉強させるのに好都合だ。
そう判断し飯田は梨華の同行を望んだ。
梨華の覚悟と飯田の説得に、つんく王もようやく折れた。
「しゃーないな、気を付けろよ梨華。」
「うん、梨華、がんばる。」
世間知らずのお姫様、石川梨華の旅立ちはこうして始まった。
自室で旅の身支度を済ませる。
「当分、この部屋ともお別れね。」
そう思うと急に寂しく、そして不安になってきた。
怖がりの私が、本当に亜弥を助けることができるのだろうか?
「準備は、できましたか、梨華様。」
待ちわびた飯田が梨華の部屋に姿を現わす。
ところが梨華はうつむいて震えていた。
「カオリン。私、カオリンの足を引っ張るだけじゃないかな?」
やれやれと飯田は思った。
「梨華様の、悪い癖です。すぐに、悪い方へと、考え込むのは。」
「でも・・」
こんな時はいつもあるお仕置きをしていた。
「ネエ、ワラッテ!」
「イヤー、アハハハハハハハハ…やめてーカオリン!」
飯田の優しい魔法の力で梨華に笑顔が戻る。と言うより笑い転げて悶絶しかけている。
「さて、これで、準備万端、ですね。」
「アハハハハハハハハ!」
飯田のおかげで梨華は笑いながら旅立つことができた。
城門を抜け城下町を越えると、果てしない草原が広がっている。
大勢の兵士に囲まれて外に出たことはあるけれど、
たった二人きりというのは梨華にとって初めての事だった。
嫌が応にも、期待と不安が込み上げてくる。
「さてと、どちらに、向かい、ましょうか、お任せ、します。」
歩む方向の選択は梨華に委ねられた。

「ホーホラ行こうぜ!そうだ南へ行こうぜ!」
北は中澤帝国、西は海、東はオット山脈が広がっている。
それでとりあえず南へ行こうと石川は思ったのだ。
犯人の手がかりは、どこか田舎の村にいるということしかないのだ。
通る村を片っ端から調べることにしよう。
のんびり歩いている場合ではないので、王国専用の馬車を使って移動する事になった。
馬車の運転手は騎士団一馬の扱いに長けるりんねにお願いした。
一行は猛スピードでいくつかの村を見て回ったけれど、
夢で見たあの景色の村はなかなか見当たらなかった。
こうしている間にも亜弥は・・
石川の焦りは大きくなってきた。
そしてそれは旅を始めて二日目の夜に再び起きた。
馬車で次の村へと移動の途中、あのペンダントが輝き出したのだ。
例によって石川はまた知らない場所へと飛ばされる。
「ここは・・?」
前に見たさびれた田舎村ではなかった。なかなかの大きさの町。
するとそこへモンスターの大軍が押し寄せてくる。
「きゃー!」
ところが、モンスター達は身をかがめた石川をすり抜けていった。
「あれ、何ともない。そっか、これは夢だからね。」
安全と気付いた石川は、立ち上がって辺りを見渡した。
犯人がいた。
あいつとその仲間の一人が、町の人を助けるためモンスターと戦っている。
どう見ても戦いは素人のくせに必死になって・・
その光景が石川には理解できなかった。
「どうしてよ、あなた犯人なんでしょ。亜弥を誘拐した極悪非道なんでしょ!」
石川は叫ぶ、届く事のない声で。
「町の人なんか放っておいて逃げなさいよ!」
でもあいつは止まらない。
傷ついても、ひるむ事なくモンスターの大軍に立ち向かっている。
石川の眼に憎むべき相手の姿が輝いて見えた。
そこで夢は終った。
石川は元の馬車の中にいた。
もしかしてあいつ、そんなに悪い人じゃないのかも…
いや違う。あいつは強盗犯なんだ。亜弥を誘拐するような悪人なんだ。
石川は自分に言い聞かせるように小さな迷いを振り払った。
さらに三日後の夕暮れ、ペンダントは再び光る。
今度は村でも町でもない薄暗い洞窟の中。
あいつは仲間を助けるために、羽の生えた魔物みたいな奴と戦っていた。
恐ろしく強そうな相手にたった一人で立ち向かっている。
素人の私が見ても、力の差は歴然。
一方的にやられるばかりだ。
「やめなよ、勝てっこないよ・・」
脅える私をよそにあいつはそれでも立ち上がる。
彼女は私にその体で奇跡を見せてくれた。
一発大逆転の大技を決め、なんと勝利を収めたのだ。
「きゃー、やったー!すごーい!」
私は彼女が犯人だと思っていたことも忘れ、歓声を上げてしまった。
そこで夢は終る。
小さな迷いは確実に大きくなっていた。
頭の中にあいつの顔が浮かんで離れない。
一体どっちが本当のあなたなの?
「誰か教えて、梨華わかんないよ・・」
この時点で石川に、ペンダントの娘が犯人だという確信は消えていた。
「着きましたよ。」
次の村に到着したと、りんねが石川を呼ぶ。
「様子が、おかしい。」
先に降りたカオリが村から伝わる気配を感じ、表情を変えた。
「モンスターだ!」
なんと立ち寄った村がモンスターの群れに襲われていたのだ。
「姫様は、ここに、いて下さい。」
カオリとりんねは私を置いて、村へと走る。
私は馬車の中で考えた。
こんな時、あいつだったらどうするだろう・・?

村人を避難させ、モンスターと戦う。
あいつだったらきっとこうする。
私は置かれていた剣を手に、馬車を飛び出した。
「みんな、ここは私達が何とかします!家に隠れて!」
逃げまどう村人達に大声で呼びかけながら、私はモンスターの方へ走った。
もちろん生まれて初めての戦闘、剣なんて触ったことすらない。
でも、でも私だってやればできるんだ。
凶悪な姿をしたモンスターがこっちに近づいてくる。
やだ、どうしよう、足が震えて動かないよ・・
あいつにだってできたんだから、私にだってこれくらい!
「ネエ、モエテ!」
燃え盛る炎が私の前のモンスターを焼き尽くす。
私が来た事に気付いた飯田さんが助けてくれたのだ。
「姫様、馬車に、いてと、言ったのに・・」
「カオリンごめんなさい、でも私も戦いたいって思って・・」
「姫様には、無理です。さあ、早く。」
結局、飯田さんに促され私は馬車に戻る事に・・
私はあいつみたいに奇跡を起こす事は出来ないんだ。
落ち込んでとぼとぼと馬車の元に戻る。
しかし馬車の扉を開けようとしたその時、大きな奇声と振動が響いた。
何と馬車の後ろにモンスターが潜んでいたのだ。
体長3mはある熊と虎を混ぜ合わせたかの様なモンスターが、
私を獲物と定め、ヨダレを垂らしている。
「きゃー!」
私は悲鳴をあげ一目散に逃げ出した。
だが、このモンスターは素早い身のこなしで私の前に回りこむ。
追い込まれた、もう逃げ場もない。
カオリンもりんねも村でモンスターの相手をしている。
私はここで食い殺されちゃうの。
そんなの嫌だ。もっともっとやりたいこといっぱいあったのに・・
愛しの王子様と雪の夜を一緒に歩きたかったのに・・
「死にたくないよー!」
私は身をかがめて小さくうずくまった。
「ギャアアアアアア!!」
激しい断末魔が響く。
顔を上げると目の前に一人の娘がいた。
「やれやれ、ここにもモンスターか。」
3mもの巨大なモンスターを一刀両断したその娘は、ため息をついて振り返った。
「大丈夫?ケガはないべさ?」
「…」
窮地を救ってくれた恩人を前にして、石川からの返答はない。
「いやー良かったよ、たまたま通りかかってさ。」
「…」
「村の方は、なっちが行くまでもないみたいだね。君の仲間強そうだし。」
「…」
「君も気を付けなよ、じゃあね。」
「…」
風の様に現われた勇者は、また風の様に去っていった。
安倍の姿が見えなくなってもまだ石川は固まったままだった。
顔を真っ赤にして、フニャフニャと何かを呟いている。
小さい頃からずっと想いつづけてきた。
いつか出会えると信じていた。
「王子様・・」
ついに梨華は、愛しの王子様と巡り合うことができたのだ。
「なんか姫様の様子がおかしいっすね。」
モンスターを全て退治して戻って来た飯田とりんねが首をかしげる。
「ウフフフフ・・」
「ハァ〜」
突然笑い出したり、ため息をついたり、どうにも落ち着かないのだ。
「梨華様、これから、どう、しますか?」
「村長さんがお礼の宴をしたいって言ってきてますけど?」
困った飯田とりんねが、石川に今後の予定を尋ねる。

せっかくだからお礼を受けよう
私達は村を救ったお礼に宴に参加する事にした。
数々の料理が並べられる。この村にとっては精一杯のご馳走なのだろうが、
普段王宮で豪勢な食事をとっている私にとっては少々質素にも感じた。
あまり話を広めたくないので、私がお姫様ということは黙っておくことにした。
「お嬢さん達は、どうしてこちらへ?」
隣に座る村長さんらしき人物が、私に尋ねてきた。
「えっと、妹を探しているんです。」
「ほう、そりゃ大変じゃのう。」
「この辺りでこんなペンダントをした人、見かけませんでしたか?」
私はペンダントを取り出し村長さんに見せた。
「い〜や、すまんが見覚えないのぉ。」
「そうですか・・」
あきらめてペンダントを仕舞おうとした時、一人の娘が声をあげた。
「私、見たかも・・」
それは村の娘ではなく、たまたまこの村を訪れていた旅の行商人であった。
「本当ですか、詳しく聞かせて下さい。」
私はその行商人に詰め寄った。
「ここから北東に向かった所にあるトット山脈ふもとの村に、
 あんたと同じペンダントをした娘がいた気がするわ。」
旅の行商人、保田さんは快く教えてくれた。
「カオリン!」
「はい、すぐに、向かい、ましょう。」
「ごめんなさい村長さん、せっかくの宴ですけど、私達急いでいるので・・」
「いやいや、かまわんよ。妹さん見つかることを願ってますよ。」
「うん、ありがとう。」
私達は大急ぎで村を飛び出した。
「うまくいったみたいね。」
保田も宴を抜け出し、馬車が去り行くのを見送る。
計画は全て順調に進んでいる。
あの悪魔との出会いが保田の運命を変えたのだ。
あの悪魔がシナリオを作り、私はそれに沿って動いているだけ。
それだけで全ての罪が消えてなくなり、私への疑いは闇へと葬られる。
「松浦さん、後は頼みましたよ。」
こうして吉澤と石川は出会う。
裏でうごめく陰謀の何一つを知る事もなく。
三日後、ようやく私達は保田さんに聞かされた村へと到着した。
「時間が惜しいわ、手分けして探しましょう。」
私達はそれぞれに手分けして村を調べ、亜弥を探した。
ふと私は足を止めた。山の奥へと続く細道から何かを感じた。
私は誘われるように、その道を進む。
木々に囲まれた森の中に一軒の小さな小屋が立っていた。
「いる・・」
何だか分からないけど、そんな確信が私をとりまいた。
恐る恐る小屋の入り口に近づく。
すると申し合わせたかのように扉が開く。
「え・・!」
「あ・・!」
あの瞬間、間違いなく時間てやつは止まったと思う。
私のペンダントが揺れた。
あいつのペンダントも揺れた。
何度も夢(かどうかわからないけど)に見たあいつが、そこに立っていたんだ。
これがあいつとの初めての出会い。
吉澤ひとみと石川梨華の初めての出会いだったんだ。
私は本当にびっくりして、なかなか言葉が出なかった。
彼女も驚いているみたいだった。
「名前は?」
先に言葉を発したのは彼女の方だった。
「梨華、石川梨華…」
「私、吉澤ひとみ。」
変な自己紹介を交わす。たどたどしい挨拶。
聞かなくちゃ本当の事を・・
「あの・・」
私は震える体を押さえつけ、やっと口を開くことができた。
「貴方が犯人だったの?」
違うよ梨華、そんな直球で聞いてどうするのよ!
本当の犯人が「はいそうです。」なんて答える訳ないでしょ。バカバカバカ。
ほら彼女もあきれて、目を丸くしている。
もういいよ教えてよ。あなたは犯人なの?そうじゃないの?どっち?
でもその返事を直接聞くことはなかった。
次の瞬間、あの声が部屋中に響いたからだ。
「お姉様!」
奥の部屋から飛び出してきた亜弥が、大声で叫び私に抱き着いてきた。
「あややを助けにきてくれたのね、怖かったよ〜!」
「亜弥、無事だったのね。本当に良かった。」
美しい王女姉妹の感動の再会。
するとそこへ飯田さんも現われた。
「梨華様、亜弥様!」
飯田さんは私と亜弥を見守ると、次にすごい形相であいつを睨んだ。
「貴様か、貴様が、亜弥様を!」
「そうだよ〜、あいつが犯人だよ〜!」
亜弥が泣きながらあいつを指差す。
「そうと、知れば、あの時、捕まえた、ものを・・ネエ、ネムッテ!」
飯田さんの呪文によって吉澤ひとみは意識を失った。
「こいつ、どう、します?」

「犯人の目的が知りたいわ、城に戻って拷問に掛けて吐かせましょう。」
「わかりました。」
飯田さんが眠った吉澤を縄で縛って運び出し、私達は馬車で城へと戻った。
拷問、石川はあまり深く考えずにこの言葉を使っていた。
おしりペンペンくらいしたら謝って全部しゃべるんじゃないのかな〜
そんな甘っちょろい考えしか持てない子なんです。
犯人が捕まり、亜弥が無事だった事で王も兵士達も大喜びだった。
事件を解決した梨華も英雄扱いでもてはやされ、うかれていた。
だから少しの間、あいつのことを忘れてしまっていた。
そのころ上層部では、犯人吉澤ひとみの扱いについて会議が開かれていた。
「王女誘拐は大重罪である!即刻打ち首にすべきだ!」
「しかし、姫は、殺す事を、望まれては、いない。」
「そうだな。殺す前に動機等聞かねばならぬことが多々ある。」
「うむ、奴が帝国の関係者という可能性もある。」
「やはりまずは拷問に掛けて、全て吐かせることが先決か。」
「だが、誰が行なう?この城に拷問の経験者などおらぬぞ。」
「確かに・・ヘタに手を出して殺してしまっては元も子もない。」
その時、会議室に一人の新参近衛騎士が入室してきた。
「その役目、わたくしめにお任せを!」
見慣れない顔の騎士の姿に、その場に居合わせた重鎮達は不信な目を寄せる。
ただ一人、騎士団長石黒彩を除いて・・
「新垣か。貴様に出来ると言うのか。」
「ハッ、必ずや彼奴の口を割ってみせましょう。」
「よかろう、この件は新垣里沙。貴様に一任した。」
「了解しました。」
新垣は怪しい笑みを浮かべ、敬礼をしその場を退出する。
始めは不信がっていた回りの者も、石黒のお墨付きとわかると納得し頷く。
石黒は自分の焦りを他人に悟られぬ様、慎重に振る舞った。
あの新参騎士は石黒のコネで、一市民からその地位を得たのだ。
もちろん、騎士の鏡と呼ばれる石黒がそのような不正を好むはずがない。
だが断る事ができない理由があるのだ。石黒は新垣に弱みを握られていた。
近衛騎士にするだけでそれが終ると思っていた自分が甘かった。
新垣の陰険な野望はそれだけで留まるはずはなかった。
もし新垣がこの拷問を成功させれば、その功績は王にも知れることとなる。
奴は一歩一歩確実に上へと登っていく。しかし石黒にそれを止める手はない。
石黒は誰にも言えぬ悩みを抱えて、もだえ苦しんでいた。
王国の地下、薄暗い牢獄、滴り落ちる水の音だけが聞こえる暗黒の世界。
真実を知った吉澤ひとみが、たった一人取り残されていた。
浮かんでは消える数々の思い出と疑問。
もっとののといろんな所旅したかったよ…
もう愛の笑顔を見ることはできないの?
やっと仲間になれたと思ったのに、あいぼん…
あやや、始めから私を騙すつもりだったの?
どうして、どうして、私が…
「会いたいよ、みんなに・・出たいよ、ここから・・」
暗い牢獄の中、うな垂れる吉澤の耳に足音が聞こえた。
誰・・?
また保田圭?それともあやや?
「出してやろうか?」
どちらでもない、初めて聞く声、見た事もない娘。
誰だっていい、ここから出られるなら誰にだってついていく。
吉澤はワラにもすがる思いで、か細い希望の糸にしがみついた。
その不格好な姿に新垣は微笑を浮かべる。
か細い希望の糸は残念ながら地獄へと繋がっている物であった。
顔に思いっきり水をかけられて私は意識を取り戻した。
「気分はどうだい、お嬢ちゃん?」
目の前でさっきの娘がニヤついている。
ああそうだ、こいつに麻酔みたいなの打たれて気を失ったんだ。
気分と言われても、両手両足を大の字に縛られて身動き一つとれない。
「最悪〜。」
新垣の拳が吉澤のお腹をえぐる。
「敬語使えよ、最悪です、でしょ。」
何なの、このチビ。すっげームカツク。私はむせながら睨み返した。
すると今度は趣味の悪いギザギザのナイフで私のほっぺたをペチペチ叩き出す。
「痛い目に合いたくなかったら、私の質問に答えてね。LOVELOVE!」
ハァ〜ふざけんなよ。
「私とあんた、どっちがキレイ?」

「鏡持って出直してこいクソチビ!」
私と競おうなんて百億万年早えっつうの。
だがその暴言で、新垣の動きがピタリと止まる。
「あなたどうやら自分の立場を理解していないようね。」
新垣は手にしていたギザギザのナイフを力任せに吉澤のふとももに叩き付けた。
「アアアアアアアアア!!!!」
吉澤の悲鳴が部屋中にコダマする。
「ヒャハハハ、それだ。そんな泣き叫ぶ声が聞きたかったんだよ。」
「おいおい、やり過ぎて殺すなよ。」
お目付け役として後ろに控えていた先輩騎士のあさみが、新垣に声をかける。
「うるせえ、それより水槽を用意しろ。」
「おい、先輩にその口の利き方はなんだ。」
「この件に関しては私の方に実権があるのよ先輩。わかったらさっさとしな!」
「ちっ!」
あさみは舌打ちをし、渋々と巨大な水槽を押し出してくる。
新垣はナイフをテーブルに置き、荒々しく吉澤の髪をつかんだ。
「おまたせ、ひとみちゃん。泳ぎは得意かしら?」
そして身動きのとれない吉澤の頭を強引に水槽の中に叩きこんだ。
「それな〜に?」
王宮の廊下でりんねが変な荷物を運んでいた。
たまたますれ違った石川は、りんねにその小汚い荷物について尋ねる。
「犯人のリュックですよ。今捨てに行く所で・・」
犯人という言葉を聞き、ようやく石川は吉澤の事を思い出した。
「ちょ、ちょっと中を見せてくれない?」
「いいですけど、ろくなものが入ってませんよ。」
石川はその小汚いリュックを受け取り、中を開いた。
わずかな食料と刃こぼれのある小さなナイフ、そして日記帳。
迷う事なく石川は日記帳を取り出す。
あいつの日記・・ここに真実が!?
「あーそれ、上の人も見てましたけど、デタラメだって言ってましたよ。
 つじつまが合わないし、どうせ犯人の作り話だろうって。」
作り話?違うよ、だって私は見たもん、この目で見たもん。
そしてやはり日記には、私が見たあいつの物語がありのままに記されてあった。
日記は幼なじみを救うため村を旅立った所から始まり、
亜弥に命を救われた所で終っている。
真実を知った私は打ち震えた。
「あいつは、犯人はどこ?」
私はりんねに彼女の居場所を尋ねた。
「…」
だがりんねは答えてくれない。この顔は何かを隠している。
「言いなさい、王女命令です!」
今まで見せた事がないくらい強い口調で、私はりんねに迫った。
その勢いにりんねもあきらめの色を見せる。
「拷問室・・」
りんねがぼそりと漏らした場所に私の動悸は激しさを増した。
もしかしてあの時私が、拷問して吐かせようなんて言ったから!
私は日記帳を抱えたまま脱兎のごとく走り出した。
なんてことを、私はしてしまったのだろう・・
あいつは犯人じゃない!
それなのに私のせいであいつが苦しんでいる。
あいつを助ける事ができるのは私しかいないんだ。
弱虫だった少女の心の中に確かな変化が起きていた。
この時点で、絶望に堕ちた吉澤を救うことができる唯一の存在。
石川梨華は走る。
「ウアアアアアアア!!」
拷問室から吉澤の悲鳴が響く。
石川は耳を塞ぎながら、拷問室のドアに体当たりした。
「姫様!?」
意外な人物の登場にあさみは驚きの声をあげる。
びしょぬれで吊るされた傷だらけの吉澤の姿が石川の目に前にあった。
返り血を浴びた新垣の手には、血に染まったムチが握られている。
水攻めを終え、ムチ叩きを行なっていた所だ。
吉澤はすでに意識も朦朧としていて反応がない。
「ここは姫様が来るような所ではありません、お戻り下さい。」
冷酷に微笑む新垣が丁寧に石川を遠ざける。
石川は叫んだ。

「ホイッ!」
私はしっかりと得意のポーズを決めた。
新垣が呆れた顔で石川の前に立つ。
「なんですかそれは、お姫様。」
「どきなさい、彼女は私がもらって行きます。」
私も負けじと強気で睨み返した。
「悪いけど貴方の命令でもそれは聞けません。こいつは私の管理下にあるんだ。」
「カンリカ?あなたが用いて良い言葉じゃなくってよ。」
その時、隙をついてあさみが後ろから新垣を羽交い締めにした。
「梨華様、こいつは私に任せて行って下さい!」
「ありがとう、あさみ。」
「貴様、何を考えている!これは王国に対する反逆行為だぞ!」
押え込まれた新垣がもがきわめく。
「悪いが私は王女付きの近衛騎士。梨華様を守るのが第一の役目だ。」
その間に石川は吉澤を縛るロープを解き、助け出した。
「あんたは・・!?」
ホイッのおかげで意識を取り戻した吉澤が顔を上げる。
「話は後、逃げるのが先よ。」
石川は満身創痍の吉澤に肩を貸し、急いで拷問室を出る。
「重罪人の肩を持つのか。たとえ王女といえど許されることじゃないぜ!」
「うるさい、黙れ貴様。」
わめき散らす新垣の口をあさみは強引にふさぎ込み、石川を顧みる。
「御武運をお祈りします。」
「ありがとう、絶対戻ってくるから。」
石川はあさみに礼を言い、吉澤と共に外へ急いだ。
皆に気付かれる前に城の外へと出たい。
でもどうすれば誰にも気付かれず抜け出せるだろう。
いや不可能だ。傷ついた彼女を抱えてそんな方法あるはずがない。
石川と吉澤は城の廊下に立ち、息をついた。
「梨華様、こちらです!」
呼ぶ声がする。りんねだ。
「大丈夫、彼女も信用できるわ。」
不信がる吉澤に説明して、りんねの後について走り出した。
吉澤は全身の痛みで頭も麻痺し、何も考えることができずにいた。
頭の中で思い付くことはたった一つだけ。
今はこの少女を信じるしかないということ。
りんねに案内された場所は騎士団の馬小屋だった。
「最高の馬を用意しました。これでお逃げ下さい。」
正直、石川は乗馬が大の苦手であった。でも今はそんな弱音を吐いている暇はない。
傷ついた吉澤を後ろに乗せ、タズナを握る。
「貴様の荷物だ。」
りんねが吉澤に小汚いリュックを渡す。
「これ私の・・」
「姫を頼むぞ。」
それだけでりんねはすぐに石川の方へ向き直す。
「どうして、あさみもりんねもこんなにしてくれるの…」
「梨華様を守る事が我らの務め、姫の行為は正しいと信じていますから。」
「ありがとうりんね、本当にありがとう。」
「さあ早く行って下さい。後の事は我らに任せて。」
石川は思いっきりタズナを引き、猛スピードで夕暮れの草原へと駆け出した。
あさみとりんねの協力のおかげで二人は無事、城を脱出することができた。
「やるじゃない、お姉様。」
城の屋上から、走り行く馬を眺める娘。
おもしろくなってきたと松浦亜弥は微笑んだ。
城から数キロ離れた森の木陰に、木にもたれて座る二人の姿があった。
「ホイッ!」
ほんの少しだけ吉澤の傷が癒えてゆく。
「ごめんね、私音痴だからこんな初歩魔法しか使えないの・・」
こんな事ならもっと魔法の勉強をしておくのだったと石川は後悔した。
小さい頃から飯田という優秀な先生に習っていたにも関わらずこれしかできない。
妹の亜弥は才能を開花させ、次々とすごい魔法を覚えていったというのに・・
「ううん、そんなことないよ、ありがと。」
吉澤の励ましが、石川にはなにより辛かった。
「お礼なんて言わないで、私のせいで貴方はこんな目に合ったのよ。」
「でも助けてくれたのも梨華ちゃんだよ。かっけーって思った。」
あんなツライ目にあった後だというのに、吉澤は無邪気に微笑んでいる。
「かっこよくなんかないよ、私なんか何やっても駄目で。
 歌はヘタだし、ものまねは寒いし、アイロン掛けたら服焦がすし・・」
「あのクソチビが言ってた。私を助けるなんて、王女といえど許されないって。」
吉澤が優しく石川の手を握る。
「それでも梨華ちゃんは私を助けてくれた。これってすげーかっけーって思う。」
石川は嬉しさと恥ずかしさで真っ赤になって、顔を隠した。
休憩を終えた二人は再び馬にまたがる。
のんびりしている暇はないのだ。
ちゃんとした安全な場所に着くまで、油断はできない。
とはいえ、二人にはあまりアテはない。
ピース村やモーコーの町は遠すぎるし。
どこへ逃げればいいのだろう?

「トット洞窟に向かって。」
「どこそれ?」
「オット山脈のふもと、このまま東へまっすぐ。」
あそこなら誰にも気付かれることはない。
もっとも、あの二人が協力してくれればの話ではあるが・・
でも他に頼れそうな相手はいないんだ。
ハロプロ王国、中澤帝国、そして保田と松浦、周りは敵だらけなのだ。
日が沈み辺りが暗闇に包まれても二人を乗せた馬は走り続ける。
石川は慣れない乗馬に悪戦苦闘し、しゃべる余裕もない。
普通の馬であったらとっくに落馬していた。
りんねが用意してくれた最高の馬だから、ここまでこれたのだ。
吉澤は石川の背中にもたれかかり、流れ行く景色を見ていた。
すると見覚えのある景色が視界に入った。
「ここは・・」
そうそこは帝国将軍矢口に襲われた場所。
ののとあいぼんとの旅の終わりを告げられた場所であった。
もう隣にはののもいない。あいぼんもいない。
寂しさに堪え切れず吉澤は石川の背中に強く抱き着いた。
それで石川はびっくりして落馬しそうになった。
トット洞窟にたどり着く頃にはもう真夜中だった。
二人は馬を下り、石川が傷を負った吉澤に肩を貸して洞窟内部へと進む。
「ねえ、ねえ、ほんとうにここなの?」
真っ暗な洞窟の気味の悪さに石川は脅えて辺りを見渡す。
「うん、奥へ行こう。」
歩くだけで全身が燃えるように熱くなる。
特に思いっきりナイフを刺された右ふとももの痛みがヒドイ。
だんだんと意識が遠のいてきた。
「吉澤さん、吉澤さ・・」
梨華ちゃんの声も聞こえなくなってきた。
まいったね、こりゃ本当にやばいかも・・
吉澤は完全に意識を失い倒れこんだ。
「吉澤さん、起きて。ホイッ!ホイッ!ホイッ!」
応急処置程度の効果しか持たないホイッではもう意味もなさそうだ。
真っ暗闇の洞窟内に一人残された石川はパニックに陥る。
「やだよやだよやだよ、起きてよー私一人にしないで〜!」
「騒々しいな。」
その時、暗闇から羽の生えた魔物が舞い下りた。
「冒険者・・ではなさそうだな。とっとと失せろ。」
しゃべった!魔物じゃない。彼女は人間だ。
そうとわかると梨華は、涙をふいて必死でお願いした。
「助けて下さい。彼女が、吉澤さんが死にそうなんです。」
「私には関係のないことね。」
「そんな・・」
ソニンは冷たい眼差しで死にかけの娘を仰ぎ見る。
見覚えのある、忘れたくても忘れられない顔がそこにあった。
「あの時の娘か!」
屈辱の敗北のシーンが彼女の頭を巡った。
絶対にリベンジをすると誓っていた相手が瀕死の状態で倒れている。
複雑な感情が胸を渦巻く、だがそうとわかってしまえば見捨てる事はできない。
ソニンは歯ぎしりを抑え吉澤の手をとった。
「ありがとうございます。」
願いが通じたと思い、石川は感謝の意を示す。
だがソニンは感謝される気など毛頭ない。
「私が殺す前に死なれては困る。それだけだ。」
ソニンは吉澤を隠れ家のベットに寝かせ、薬を与えた。
「ったく、ユウキが買い出しでいないこんな時に・・」
ぼやきながらもソニンは手際良く吉澤の手当てを施していく。
石川には吉澤の手を握り、祈る事しかできなかった。
こうして、二人にしばしの休息が訪れた。

ZAPPING 紺野

コンコン・・
「はい、どうぞ。」
ノックの音に反応し高橋愛は返事をする。
「おじゃまします。紺野あさ美です。お食事を持ってきました。」
ここは中澤帝国の城の一室。
さらわれた高橋はずっとこの部屋に閉じ込められていた。
「ねえ、私は人質で君は将軍なんだから、敬語使わなくてもいいと思うんだけど。」
「えっ、でも・・あの・・はい、ごめんなさい。」
落ちこぼれ将軍紺野は相変わらずだった。
外へ出る事はできないが、帝国の高橋への待遇は悪い物ではなかった。
キレイな皇宮の一室を与えられ、食事もちゃんと出ている。
まるでお客さんの様な扱い。
もっとも敬語まで使うのは紺野くらいのものであったが。
どうして私はこうなんだろう。
食器を洗いながら紺野は考えた。
どうして将軍なのに皿洗いをしてるかまでは考えるに至らなかったが。
よし決めた、次顔を合わせた人には強気で押そう。
コンコンの小さな冒険が始まった。
「おう、紺野じゃねーか。何してんの?」
最悪な事に廊下で鉢合わせたのは先輩将軍の矢口さんだった。
それでもコンコンは一度決めた事を曲げたりしない。
強気でおさなきゃ、強気で、ツヨキで・・ツミキで、積み木?
「つ、積み木で遊んでいました。」
「お前いくつだよ!」
コンコンの小さな冒険は終った。
「私、今から裕ちゃんに報告なんだよね〜。」
「中澤さんにですか。」
中澤皇帝の事を裕ちゃんと呼び捨てするのは、帝国広しといえど矢口さんくらいだ。
「それが失敗しちゃってさ。一人で怒られるのヤダからあんたも来てよ。」
「えっ・・でもぉ・・あの・・は、はい、わかりました。」
もちろん紺野に断ることはできず、結局ついて行くことになってしまった。
「城の最深部、恐ろしい恐ろしい中澤皇帝の部屋へ・・」
「紺野、考えてる事が口に出てるよ。」
矢口に注意され、紺野はあわてて口を塞いだ。
「だ、黙っていて下さいね、矢口さん。」
中澤皇帝に知られたら何をされるかわからない。
紺野と矢口が皇帝の間へ入るなり、中澤の大声が二人を出迎えた。
「おーう矢口か。どうやもう一人のアイは捕まえたか?」
「いや〜それが失敗しちゃったっス。」
矢口は苦笑いを浮かべながら頭を掻く。
加護亜依は私でも捕まえることができなかったんだ。
矢口さんが失敗しても仕方ない、紺野は勝手に納得した。
「そうか、紺野でも矢口でも無理か、なかなか手強いやっちゃな〜。」
中澤さんが困っていると、後ろから声が聞こえた。
「情けない奴等ですね。」
第三の将軍、福田明日香が矢口と紺野を嘲笑する。
「なんだよ明日香!だったらお前にはできんのかよ!」
矢口が喧嘩腰に福田の襟をつかむ。
「私は他の任務で忙しいんですよ。自分の仕事くらい自分でして下さい。」
「なんだとてめー!」
にらみ合う二人の間で紺野はオロオロする。
「ケ、ケンカはダメです。」
「うるせー!元はと言えばお前の任務だろ!私はちゃんと高橋愛を捕らえたんだ!」
怒りの矛先を自分に向けられて、紺野は小さくなった。
「やれやれ・・」
福田将軍は私達から離れ、中澤さんの方へ向き直る。
「例の計画、準備完了しました。」
その言葉に中澤さんの表情がほころぶ。
「何すか?例の計画って?」
私も矢口さんも聞かされていない。何だろう。
「つんく暗殺計画だ。福田にはその準備をしてもらっていた。」
ついに本格的にハロプロ王国に宣戦布告する日がやってきた。
中澤皇帝が立ち上がり三将軍に指令を下す。
「福田よ、つんく暗殺計画はお前に任せたぞ!
 矢口は急いでもう一人のアイを捕らえるのだ!
 そして紺野!お前は・・お前はどうしよう?」

「矢口さんと一緒にもう一度加護亜依を捕らえに行きます。」
「おお、じゃあそうしな。」
中澤もやっと紺野がやる気を見せたかと喜んだ。
「紺野、私の足引っ張んなよ。」
「はい、がんばります。」
紺野は落ちこぼれの汚名を捨て去るため、意気込んで矢口の後に付いていく。
中澤は次に福田に語り掛ける。
「福田、それで兵隊はどれくらい必要だ?」
「兵はいりません。私一人で十分です。」
「・・そうか。」
実は皇帝の中澤にも、作戦の詳しい内容は聞かされていなかった。
だが福田ができるというのなら間違いはない。彼女にはそれだけの実力があった。
一方、矢口も負けじと意気込んでいる。
「よーしじゃあ急いで出発するぞ、右向け右!」
「はい!」
紺野は左を向いて走り出した。
「バカヤローそっちは左だ!」
どうやら落ちこぼれの名を返上するのは当分先になりそうである。
城を抜け出して三日が過ぎていた。
吉澤ひとみは回復していた。
「っもーう、元気バリバリでーっす!」
完全回復のしるしにキャイーンポーズを2連続で繰り出す。
「良かった、薬が効いたのね。ソニンさんありがとう。」
石川も喜んではしゃいでいる。
ソニンはあきれていた。
「いくら薬つけたってもな、なんであのケガが三日で治るんだよ。」
「えーまあいいじゃん、治ったんだしー。」
このフワフワした所がこいつの一番怖い所だ、とソニンは思った。
「ケガも治ったし、そろそろ出発しよーか。梨華ちゃん。」
「そうだね、吉澤さん。」
「その吉澤さんての辞めてよ、よっすぃーって呼んで。」
「え、うん。よっすぃー。テヘヘ…」
二人のやりとりにソニンはほおづえをついて悪態をつく。
「ケー、こいつら人の家でイチャイチャしやがって!」
石川と吉澤は真っ赤になって、その言葉を否定する。
「違うよ、私達そんなんじゃないもん。私には王子様がいるし・・」
「そう、そうだよ。私にも愛がいるんだから。」
説得力はまるでない。
「まあいいや、行くんならとっとと行きな。」
見送ることもなくソニンは立ち上がって二人に背を向ける。
「色々世話になっちゃって、でも助かったよありがと。」
「全てが終っったら、きっとお礼をしに来ますから。」
吉澤と石川の別れの言葉に、ソニンは振り返って返答する。
「お礼なんかいらないよ。一つ約束してくれりゃそれでいい。」
「約束?何すか?」
「旅が終ったら、私のリベンジマッチを受けにもう一度戻って来い、吉澤。」
「上等っすよ、そういう約束ならいつでも来いって感じかな。」
吉澤とソニンは約束を交わす。
戦いで芽生える友情ってステキと石川は感動した。
こうして吉澤と石川はトット洞窟を後にした。
一人残ったソニンは、さっそくリベンジマッチのために特訓を始める。
しばらくすると入り口の方でまた人の気配がした。
「あいつら忘れ物か?それともユウキが帰ってきたのか?」
ソニンは特訓を休憩し入り口の方へ向かう。
「トロピカ〜ル♪」
だがそこに立っていたのは、見覚えのない一人の娘だった。
「何だお前、ここがどこだかわかって来たのか。とっとと失せろ。」
やれやれとソニンはいつもの感じで追い返す。
「ここに二人組の女の子が来ませんでしたかぁ?」
松浦はにっこりと微笑んで尋ねる。
その笑みを見たソニンは背中に冷たい物を感じた。
「さぁ知らねえな。」
「あれれ〜、嘘ついちゃうんですか。そういう人は・・」
松浦の全身から荒々しい殺気が舞い荒れる。
「殺しちゃってよいのかなぁ〜♪」
未だかつて経験した事のない程の恐怖を、ソニンは感じた。
何だこいつは?何なんだこの凶凶しい殺気は!
だがソニンとて歴戦の強者、安々と身を引く訳にはいかない。
「くらえ、イキナリズム!」
だが、予備動作のないいきなりの攻撃を松浦はいとも簡単にかわす。
「なに!」
「ぬるい技ですね、本物の必殺技というのを教えてあげますよ。」
松浦の強力な新魔法が炸裂。
「100回のDEATH」
100連発の閃光がソニンの体を次々と削ってゆく。
(すまん吉澤、約束、守れそうにな・・)
そこで意識は途絶えた。ソニンは死んだ。
「そしたら絶対〜私は笑って〜100回あなたを殺せる〜♪」
松浦は歌いながら、トット洞窟を後にした。
そんなことは露知らず、吉澤と石川は荒野を進む。

「ねえ、どこに向かってるの?」
振り落とされない様にしっかりと吉澤の体に捕まった石川が尋ねる。
「モーコーの町、あそこに小川っていう知り合いの情報屋がいるんだ。」
「ふーん。」
馬の手綱は元気になった吉澤が操っていた。
試しにやってみたいと言われ替わったのだが、あっという間に乗りこなす。
元々の運動神経がいいのだろうか、すぐに石川よりうまくなってしまった。
「保田圭の情報聞き出して、早いとこ捕まえようぜ。」
「そうだね、ペンダントも奪い返さないとね。」
ペンダントはあれから光る事はなかった。
相手の居場所がわかるかと思い、石川は何度も試したのだが反応はなかった。
あの夢を見るには何か条件がいるのだろうか?
それとも、保田圭には何か特殊な力があるのか?
いやたぶん逆だ。亜弥が持っていた時もずっとあんな事は起こらなかったんだ。
吉澤ひとみ、彼女が手にしていた時にだけあの奇跡が起こる。
特殊な力を持っているのは彼女の方だ。それが何なのか、今の私にはわからない。
でも彼女には奇跡を起こすだけの何かがあると私は思う。
石川は複雑な想いで吉澤の背中に額を押し当てた。
夜になり、二人は野宿の準備を始める。
石川にとっては初めての経験で、なぜかワクワクしている。
見かけによらず清楚な吉澤はいつもの様に日記をつける。
そして二人は一つの毛布にくるまって横になった。
「そういえばさぁ・・」
思い出した様に石川が会話をきり出す。
「なぁに?」
吉澤は向こう側を向いたまま返事を返す。
「昼間、ヨッスィーが言ってた愛って誰?」
「え、えーと、幼なじみ。」
「ふーん、ただの幼なじみ?な〜んか怪しい。」
「…な、なんだよ。」
「どんな娘なの、聞かせて。」
「うん。いつも笑顔でさ、性格も優しくて、そんでめちゃくちゃ可愛いんだ。」
ヨッスィーは急にこっちに寝返って、愛の事を嬉しそうに話し出す。
「あ、私見たかもペンダントの夢で。真っ直ぐな黒髪の子?」
「そうそう、どう可愛いでしょ。ねえ、ねえ。」
「フフッ、やっぱりその子のこと好きなのね。ヨッスィーかわいい。」
「うるさいなぁ、そっちこそ王子様って何だよ。」
「キャーやめてよ、恥ずかしい。」
梨華は真っ赤になって毛布にうずくまる。
私はおもしろくなって、彼女をくすぐった。
「ずるいぞ、私ばっかりにしゃべらせて、梨華ちゃんも言えよコラ。」
「イヤーンハハハ、わかった言うからやめてー!」
「よーし。で、王子様って誰?」
「あのね、私が魔物に襲われている所を助けてくれた勇者様なの。」
「へー、かっけー。」
「そうなの!すっごくカッコイイの!それにすっごく強いし!」
「もしかしてさ、それ勇者なっちじゃない。」
「え、そうなのかな。勇者なっち様かな?」
「絶対そうだって、そんな強くて格好いい勇者なんて他にいないよ。」
「どうしよう、あんなすごい人じゃ私なんか相手にされないよー。」
「大丈夫だって、梨華ちゃんならきっとうまくいくって。」
「本当?」
「私が保証するよ、梨華ちゃん可愛いもん。」
吉澤の無責任な保証が始まった。
「可愛いかな?」
「うんうん、自信もてよ。」
「愛ちゃんと私どっちが可愛い?」
「えっ!?」
女ってのはどうしてこういう厄介な質問をするのか・・

「どっちというか、まあ一番可愛いのは私な訳で・・」
「もーヨッスィー!」
「二ヒヒヒ・・」
こんな感じで私達のコイバナは明け方まで続いた。
翌日も快調に馬を走らせ、お昼頃にはモーコーの町に到着することができた。
着くなり私は、小川と出会った冒険者の酒場シスコムーンに走った。
「おや、あんた、ひさしぶりだねぇ。」
酒場のマスター稲葉貴子さんが一人で開店の準備をしていた。
こんな真っ昼間に誰もいるわけないか。仕方ない彼女に聞いてみよう。
「あのさ、小川知らないっすか?」
「麻琴ちゃん?あの子なら夜になったら来るんじゃない。」
「あんまりのんびりしてる時間はないんですよ。今どこにいるか分かりませんか?」
「この時間は家で寝てるんじゃない。あの子夜型だし。」
「家の場所、教えて下さい。」
私は稲葉さんに住所を聞き、今度は小川の家へダッシュした。
梨華ちゃんは借りてきた猫の様に黙って後に付いてくる。
「起きろー!小川!」
私は教えられた家のドアを大声で呼びながら何度も叩いた。
「うるさいわね、誰よ!」
起こりながら寝起きの小川が顔を見せた。
「よっ、私だよ、十日ぶりくらいか。」
「あ、あんた吉澤。どうしてここにいるのよ!?」
小川は驚きで一気に目が覚めた。
「まあいいわ、中に入んなさい。」
私と梨華ちゃんは遠慮なくそうした。
「聞いたわよ、あんた王国に指名手配されてるんですってね。」
私達をソファーに座らせて、小川はしゃべり始めた。
「さすが、情報が早いね。」
「お姫様と国宝を盗んで逃亡中だって聞いたわ。」
「うん、そんで彼女がそのお姫様。」
「はじめまして、ハロプロ王国第一王女の石川梨華です。」
梨華はペコリと挨拶をした。
「マジ・・なわけないか。ちょっと本当の事教えなさいよ。」
「そのつもりで来た。私の情報を全部話すから、私も欲しい情報があるんだ。」
「交換条件て訳?まあいいわ、貴方には貸しがあるしね。」
私は小川にこうなった経緯を話した。
「・・なるほどね、そういうこと。」
「うん、それで真犯人の保田の居場所を知りたいんだ。」
「残念だけど、それはちょっと分からないわね。ごめんなさい。」
「そっか・・」
「でも他の情報だったら、いくらでも教えてあげるわよ。勇者なっちの事とか。」
勇者なっち、その言葉にそれまでおとなしくしていた石川が反応した。
「それ聞きたい、教えて下さい。」
「あ、ああ、いいけど。噂によると勇者なっちは今ダンサイの町にいるそうよ。」
ダンサイの町。大陸の南、砂漠に囲まれたオアシスの町だ。
一体どうしてそんな所に?
「なんでも勇者の剣を奪った泥棒を追っているんですって。」
勇者なっちの剣?泥棒?
どこかで聞いた事ある話だぞ。
思い出した!保田だ!あいつが持っていた!勇者なっちの剣!
私の頭の中で線が一本につながった。
「行こう!ダンサイの町へ!」
「うん、私もそう思っていたの!」
私と梨華は一斉に立ち上がった。
私達は再び町の入り口に戻って来た。小川も見送りに来てくれた
「ごめんなさいね、あまりお役に立てなくて。」
「そんな事ないよ、本当助かった。ありがとね。」
馬にまたがり、私は彼女にお礼を告げた。
「そういえばさ、あのチビ二人はどうしてる?」
「え・・うん、元気だよ。」
私は笑顔で答えた。
「そう、ならいいんだ。腹八分目って伝えといて。」
「わかった言っとく。じゃあね!」
嘘を、悲しみを振り切るように、私は手綱を思いっきり引いた。
その時、吉澤は巨大な力を持った何かと何かがぶつかり合うのを感じた。
馬の足を止め、遥か遠い地を仰ぎ見る。
「何だろう、今の感じ・・気のせいかな?」
気のせいではなかった。
この瞬間確かに、とある場所で一つの戦いが始まっていたのだ。

お魚くわえたノラネコ追っかけて裸足で駆けてくゆかいな紺野さん。
お昼のおかずを巡って、今ここにし烈な戦いが始まった。
紺野vsノラネコ
巨大な力がぶつかり合っているという吉澤の感は、まったくの気のせいであった。
「待って、返してくださーい!」
商店街、半泣きでノラネコを追いかけるコンコン。
道行く人々もその可笑しな光景を見て笑っています。
「笑ってないで、誰か捕まえて下さい。」
当然誰も手を貸してはくれない。
まるでノラネコにまで馬鹿にされているみたいだ。
「どうせ私なんて落ちこぼれだから・・」
コンコンがあきらめてへたり込もうとしたその時。
「あいぼんの前でケチな盗みは許さへんで〜。」
なんと、一人の少女が逃げさるノラネコを捕まえてくれました。
「ほら、あんたの魚やで、今後は気ぃ付けろや。」
嗚呼、世の中にはこんないい人がいるんだ。涙で前も見えない。
「お助け料1000モニや、まいどあり〜。」
嗚呼、前言撤回、涙が止まらない。
その少女は私の財布から勝手に1000モニ奪い走り去った。
地面にはノラネコの歯形がついた魚が転がっている。
「こんなの食べられません。」
私は魚をノラネコさんに返し、来た道をトボトボと戻った。
「お〜い、紺野。」
矢口さんが向こうからやってきた。
「加護亜依は見つけたか?」
「いえ、それどころではないです。お昼のおかずがなくなってしまって・・」
「お前は何しに来てんだバカヤロー!」
「ヒーごめんなさい。」
「もういい、とっとと次の町に行くぞ!」
「はい。」
あの少女が、目的の加護亜依だと気付かなかったコンコン。
せっかくのチャンスを逃してしまいました。
どうやら落ちこぼれの汚名を返上するのは当分先になりそうです。
そして、とばっちりでいつまで経っても加護を見つけられないやぐっつぁん。
紺野作の泥沼に足を踏み入れているのに、まだ気付いてない様子。
二人の受難の旅はまだ続きそうです。
場所は変わって、オアシスの町ダンサイ。
薄暗い倉庫に美しい娘が入って来た。
「相変わらず、小汚い所ね。」
奥から、胸に青いペンダントを掛けた娘が出てくる。
「おや、貴方ですか姫殿。今日は何の御用で?」
「吉澤ひとみが脱走したの、お姉様と。もうすぐここに来ると思うわ。」
保田の表情が一瞬険しくなる。だがすぐに冷静を取り戻した。
「そうですか、やはり止めを刺しておくべでしたかな。」
「でもまだ城の人間は吉澤を犯人と思い込んでいるわ、大丈夫よ。」
「もう用済みって訳ですね。これで気兼ねなく殺せる。」
「まあ、圭の好きにしていいわよ。」
「一緒にいるという貴方の姉が邪魔立てをした場合、どのように?」
松浦は表情を変えることなく答えた。
「圭の好きにしていいわ。」
「殺しても?」
「ノープロブレム。」
この人にとっては自分の身内すら、コマの一つに過ぎないのだ。
保田は少し、背筋に寒気を感じた。
「そんなことより、もっと大きな問題があるのですよ姫殿。」
保田は頭を切り替え、目の前にある巨大な障害について語り出した。
「あの勇者なっちとその仲間がこの町に来ているのです。私を追って。」
無表情だった松浦の瞳に光が走った。
「それは初耳ね。詳しく話して。」
保田は頷き、倉庫の奥から一降りの剣を運んできた。
「以前、私が奴の隙をついて盗み出した物です。勇者なっちの剣。
 きっと奴等はこれを奪い返しに来たはず・・どうすればいいでしょう?」
「おもしろい話ね。勇者なっち、いつか殺りたいと思っていた相手だわ。」
松浦は舌なめずりをし、その剣を獲った。
すると体に力がみなぎり、あふれ出てくる。
「それがこの剣の恐ろしい能力です、奴等が必死になるのもわかるでしょう。」
「圭、この剣しばらく借りるよ。」
勇者なっちの剣を握り、松浦は微笑んだ。
ただでさえ恐ろしい能力を持つ松浦の手に、最強の武器が渡ってしまった。
「勇者なっちさん、自分の武器で殺してあげるわ。」
松浦と保田が、勇者なっちの物語に終止符を打つため動き出した。
安倍と市井に絶対的な危機が迫る。
一方その頃、吉澤と石川もダンサイの町へと到着していた。
「ここに、私の王子様もいるのね。」
心なしか石川は浮かれ気味だ。
「それに保田もいるはずだ。」
吉澤はさっそく町を見渡す。

私達は商店街の方へ向かった。
でも見た感じ勇者なっちも保田もいる気配がない。
「ねえねえよっすぃー、ちょっとここで準備していかない?」
見ると武器屋や道具屋が並んでいた。
「でもお金がないし。」
「お金なら任せて、この宝石を売るといいわ。」
石川はポッケからゴロゴロと宝石類を取り出した。
「おわーすげー!」
「フフフ・・伊達にお姫様してないよ。」
その宝石を持ち、武器屋に入る。
戦いになるかもしれないので、装備を整える事にした。
「おぉーこれかっけー!」
私が目を付けたのは黄金の爪、武道家にとって最強の武器だ。
もちろんその分、値段は半端じゃないのだが。
「ねえ梨華ちゃん、これいい?」
「ノープロブレム。」
吉澤は黄金の爪を手に入れた。
「これでもう怖い者なしだぜぃ!」
ダンサイの町の脇、見晴らしの良い丘の上に後藤真希がいた。
風に乗って微かな匂いを感じ取る。
「匂う、近いね。」
この町に、後藤真希がずっと追っていたあの悪魔がいる。
ようやく居場所をつきとめることができたのだ。
後藤は髪をかき分け、町を見下ろす。
その時、町のはるか上空でモンスターの咆哮が鳴り響いた。
雲の切れ間から数十にのぼる羽の生えたデーモン軍団が飛来してきたのだ。
デーモン軍団は一斉に町に降り立ち、破壊と殺戮を始める。
「おのれ、奴の仕業か!」
後藤は脇に置いた日本刀を掴み取り駆け出した。
すると彼女の姿に気付いた二匹のデーモンが大口を開けて舞い下りてくる。
速度を緩める事なく、後藤は自慢の愛刀の鞘を抜く。
刹那、二匹のデーモンは細切れと化した。
名刀ハマミエに一寸の曇りなし!
「ごめんね、雑魚に構っている暇はないの。」
後藤真希の狙いは全ての邪悪の黒幕であるあの娘、ただ一人。
ここで決着を付けるため、彼女は走り出した。
突如飛来した謎のデーモン軍団。その数は数十匹に及んでいる。
しかし、たった二人で次々とそのモンスターを倒していく者達がいた。
「みんな、早く家の中に隠れるべさ!」
「ほらほらモンスターども、私が相手だ。かかってきな!」
勇者なっち、そしてその相棒の市井であった。
二人は一番目立つ町の中央広場に立ち、敵をおびき寄せて戦っていた。
市井は鋭く長い槍を振り回しデーモンを豪快になぎ倒してゆく。
安倍も盗まれた剣の代理に用いているレイピアで戦っている。
まるで閃光のごとき身のこなしは、さながら戦場に舞い下りた女神の様であった。
しかしその完全無欠の勇者に危機が迫る。
安倍に油断はなかった。
しかし数の多いデーモン軍団に気を取られていたのは事実。
あの娘の殺気に気付く事なく、射程範囲まで近寄られていたのだ。
100連発の銃弾が彼女に狙いを定め、降り注いできた。
「なつみ、危ない!」
いち早くそれに気付いた市井が安倍を庇って前に躍り出る。
「紗耶香ぁー!」
激しい衝撃音と赤き血しぶきが辺りに飛び散った。
「なんか外が騒がしいね。」
「お祭りでもやってるんじゃない?」
この非常事態に、石川と吉澤はまだ買い物を続けていた。
「ジャーン、鉄の腹巻き。いいっしょ!」
ヨッスィーは自慢気にポーズを決める。
「きゃーかわいいー!ねえねえ私にも何か選んでよ。」
お城暮らしの続く石川は、こういう庶民の店で買い物をしたことがなく、
どれを選べば良いのか分からずにいたのだ。
「よ〜し、おいらが選んであげるよ。」
吉澤は石川に似合う服を探し始めた。

「に、似合うかな?」
試着室から魔法のビキニに着替えた梨華ちゃんが出てくる。
私は鼻血が出そうになるのを堪えた。
「やだ、よっすぃー、ジロジロ見ないでよ、恥ずかしい。」
そう言われてもついつい目がいってしまう。
「もうよっすぃーのスケベ!」
梨華ちゃんはその上に毛皮のコートを着用した。
「うん、これで恥ずかしくないね。」
コートの下は下着の様なビキニ一枚、それもなんかエロい。
まあ彼女が納得しているので、止めはしないが。
私達は会計を済ませ店を出ることにした。
外に出ると、恐ろしいデーモン軍団で町は溢れかえっていた。
「なんじゃこりゃ!?」
「モンスターの大軍だよ。よっすぃー!」
「見りゃわかるよ、どうしよう梨華ちゃん?」
「決まってるでしょ、町を守る為戦うのよ!」
梨華ちゃんは買ったばかりの銀のムチを威勢良く振り回した。
まるで女王様だよ・・いや確かにいずれ本物の女王になるんだけどさ。
新装備で勢いづいた梨華はデーモン軍団に果敢に突撃する。
「梨華ちゃんに負けてられない、私もがんばんなきゃ。」
黄金の爪を右手につけ私も突撃する。
体が軽くて、すこぶる調子が良い。負ける気がしない。
数々の戦闘をこなしていた吉澤は確実にレベルアップしていた。
吉澤が拳を突き上げるたび、一匹また一匹とデーモンが倒れていく。
「きゃーよっすぃーかっこいいー!」
いつのまにか石川は、後方で応援に回っていた。
威勢がいいのは最初だけで、すぐに脅えて逃げ隠れる。
石川はまったく成長していなかった。
「梨華ちゃん、今向こうで何か大きな音が聞こえなかった?」
中央広場の方向からの爆発音に反応した吉澤が、石川に尋ねる。
「私は気付かなかったけど・・」
「あっちから巨大な力を感じるんだ。行ってみよう。」
周りにいたデーモンはあらかた倒したので、二人は中央広場へと向かう事にした。
二人はそこで驚愕の場面に遭遇する。
傷ついた市井を抱きかかえうずくまる勇者なっち。
そしてその手前にある家の屋根の上には、梨華の妹、あややの姿があった。
「亜弥!」
こんな辺境の地で再会した、親愛なる妹の姿に驚く梨華。
しかしその表情はすでに彼女の知っている亜弥の物ではなかった。
いつも可愛らしい笑みを浮かべて、私に甘えて来た亜弥の顔はそこにはなかった。
私を見ても何の反応もしめさない。
興味のないガラクタを見るような目で見下ろしているだけ。
「止めだ、勇者なっち。」
これは一体どういうことなの?
私の可愛い妹が、私の愛しい王子様に剣を向けている。
考える事ができない、考えたくない。
震えが止まらない。
「何を信じれば言いの、誰か私に教えて・・」
混乱に耐え切れなくなったその時、暖かい手が私を優しく包み込んでくれた。
「私を信じろ、あややはもう・・敵だ。」
よっすぃーだった。彼女も震えている。
そうだね、辛いのは私だけじゃないんだね。
私が亜弥を止めなきゃ、亜弥を救えるのは私しかいないんだ。
石川は震える体を抑え付け、松浦の元へ走った。
ドン!
一筋の光線が梨華の体を貫く。
「亜弥・・」
口から血を吹き出して、石川はその場に崩れ落ちた。
撃ったのはあややではない、そのさらに後方。
「私を忘れてもらっちゃ困るわよ。」
保田圭だ。こいつが梨華を・・!
「うわああああああああああああああああああ!!!」
私の中で何かが爆発した。
ののが殺された時と同じ感覚、殺意の芽生え。
狂暴な猛獣のごとき血が私を煮えたぎらせる。

駄目だ、冷静になるんだ。まだ梨華は生きているかもしれない。
高ぶる鼓動を押さえつけ、私は彼女の元へ駆け寄った。
「ハァ・・ハァ・・」
息をしている死んでいない。
魔法のビキニが、保田の魔法の威力を弱めてくれたみたいだ。
とはいえ、危険な状態には変わりない。
私は梨華を抱え込み、道の脇まで運んだ。
「痛いよ、よっすぃー・・」
梨華が貫通した肩の傷口を抑え涙ぐむ。
「少しの間我慢して梨華ちゃん。」
私は自分の服の裾をちぎり、彼女の傷口に包帯代わりとして巻いた。
「圭、そこの雑魚の始末は貴方に任せるわ。」
松浦は、保田にそう言うと剣を振り上げた。
「かかっておいで勇者さん、私を楽しませてよ。」
「なつみ、私は大丈夫だからあいつを・・」
安倍を庇い100回のDEATHを受けた市井がささやく。
市井は得意の長槍を高速で回転させ盾代わりとし、直撃は避けていた。
しかしさすがに100発全てを防げた訳ではない。
数発の弾丸を受け、もう戦える体ではなかった。
そんな市井の目に映ったのは、あのときの娘の姿だった。
「小さな可能性が見えたんだ。あの子に・・」
「わかったべ、紗耶香がそう言うなら信用するべさ。」
勇者が立ち上がる。
するどい眼差しで相棒を傷つけた娘を見つめる。
「見せてあげるよ、本気の勇者の力を・・」
「フフ・・期待してますわ。」
ようやく殺り甲斐のある相手に巡り合えた嬉しさで、松浦は笑みを堪え切れずにいた。
「ここじゃ狭くてお互い本気を出し合えないでしょ。移動するべさ。」
「御自由に、死に場所くらい好きに選ばせてあげるわ。」
安倍は去り際、吉澤と目を合わせた。
「ここは頼んだよ。」
「は、はい。」
あこがれの勇者なっちに声を掛けられ、感激と緊張で吉澤の返事はぶれていた。
「勇者の名に掛けて私は絶対に勝つ。君も勝て。」
その言葉を最後に安倍と松浦は、町外れの見晴らしの良い丘まで移動を始めた。
デーモンすらも二人の気に気落とされ道を譲っている。
偉大なる英雄、勇者なっちの言葉が私の心で響いた。
「こうして会うのは、これで三度目かしら・・」
残された中央広場で、保田圭がふてぶてしく立ち尽くす。
「最初会った時はただのバカヅラした村娘だった。
 次に会ったのは牢獄か、まんまと罠にはまったマヌケ野郎ね。」
思い出話でもする様に、保田はゆっくりと語っていく。
「そして今は、身の程も知らず私に刃向かおうとしている無謀娘。」
「無謀じゃない、私は勝つんだ!」
すると、嘲り笑っていた保田の唇がキスマークを作り出す。
「チュッチュッチュチュチュ、サマ〜パーティー、ン〜チュッ!」
キスマークのビームがすごい早さで飛んできた。
私は間一髪でそれを避けることができた。
これが梨華を貫通した魔法の正体か、キショイ!
「今日は大サービスよ、ひとみちゃん。」
次に保田は色っぽくウインクしてみせた。
途端に激しい吹雪が巻き起こり、私の体を凍りつかせていく。
さらに保田はウインク攻撃を繰り出してくる。
今度は体が腐った緑色に変色していく。
「うええええええっ!!」
吐き気がする程気持ち悪い。
これが保田圭の恐るべき能力であった。
松浦の影に隠れ目立ってはいなかったが、その実力は超一流。
伊達にたった一人でハロプロ城に忍び込んだ訳ではなかったのだ。
「よっすぃー・・」
その圧倒的な強さに石川は恐れを抱く。
「ハハハハハ・・もうお終い?ひとみちゃん。」
所詮この程度、秒殺よ、相手にもならない。
高らかに保田圭の笑い声が響いた。
「う、う、う・・」
その時、うずくまり悶える吉澤が叫んだ。

「うらやますぃー!」
吉澤は大声をあげ立ち上がった。
「私もそういうのやりた〜い!」
「な、何よ、こいつ、私の魔法が効いてないの!?」
勝利を確信していた保田は、平気な顔して騒ぐ吉澤を見て驚いた。
普通の奴なら、今の吹雪攻撃と腐食攻撃でダウンしているはずだ。
この娘は自分の想像を超えているのか?いや、そんなはずはない。
吉澤の反撃、黄金の爪を構え突撃する。
「スキだらけよ。チュッ!」
保田のキスビームが吉澤のお腹に直撃した。
完全に決まった、今度こそ私の勝ちだ。
保田は確信の笑みを浮かべた。しかし、吉澤は止まらない。
「馬鹿な、完全に入ったはずだぞ!」
強烈なヨッスィーパンチが保田圭の顔面をとらえた。
吹っ飛ばされた保田は、その一撃で完全に気を失った。
吉澤はひとつ息をつき、キスビームの直撃を受けた場所をさする。
「こいつのおかげで助かったよ、ラッキー。」
穴の空いた服の下に、さっき冗談半分で買ったばかりの鉄の腹巻きがあった。
VS保田戦、吉澤ひとみは勝利を収めた。
「やったー、すごいよ、よっすぃー!」
泣き笑いの梨華ちゃんが凄い勢いで抱きついてくる。
「いやぁ〜偶然で勝てたみたいなもんだよ。」
私は照れながら答えた。
「偶然でも何でも、それがお前の強さだよ。」
壁にもたれて座り込む市井さんが、笑顔で私を認めてくれた。
私も嬉しくなってにっこりと笑って返した。
「こいつは返してもらうよ。」
私は気絶する保田の首から、ペンダントを奪い返した。
「ほいっ!」
梨華ちゃんは市井さんの傷を少しでも癒すため、がんばっている。
「貴方も怪我人でしょ、無理しなくていいよ。」
「いいんです、私にはこれくらいしかできる事ないですから・・ほいっ!」
とはいえ、梨華ちゃんも立っているのがやっとという感じだ。
「後片付けは私がするから、二人は病院に行きなよ。」
「う、うん。」
「悪いが、そうさせてもらうよ。」
私は二人を強引に押し出し、振り返った。
これで真犯人の保田を縛り上げ、お城に連れていけばすべて解決だね。
いやいやまだだ。まだあややが残っている。
でも勇者なっちならきっと勝って、あややも更正させてくれるはずだ。
私は町を襲うデーモン軍団をなんとかしよう。
しかし気がついて空を見渡すと、デーモン軍団の影はなくなっていた。
「あれ、一体どうしたんだろう?」
カチン
刀を鞘に納める音が、背後でした。
「全て片付けたよ。」
振り返るとそこに見覚えのある顔の娘が立っていた。
これが私と後藤真希の出会い。
この娘が、あれだけの数のデーモンを全て消し去ったというのか。
「あいつはどこに消えたの?」
私の思考を無視する様に、彼女は質問を切り出してくる。
「あいつ?あいつって?」
「あの剣を持っていた娘、デーモンどもを呼び寄せた娘のこと。」
まさか、あややの事か!?
「彼女に何の用があるの?」
後藤真希は手にした日本刀の音を鳴らし、静かに声を出した。
「・・斬る。」
彼女の顔は真剣そのものだ、冗談ではなさそう。
「斬るって、殺すって事。」
「そうよ。どこに行ったの?」
冷徹に語る彼女の口調に私は背筋が寒くなってきた。
ドクンドクン・・
松浦亜弥を殺す?
そりゃ私かに、私を騙したり悪い事もしているけどさ。でも・・
どうしよう?

よく見たらこの娘かわいくて美人だ。惚れそう。
「ねえねえ、私吉澤ひとみ。君は?」
「え、後藤真希だけど・・それよりあいつはどこに?」
ごっちんか、かわいい名前だ。ますます惚れそう。
あ〜でも私には愛がいるし、フタマタなんかかけたくないし。どうしよう。
私が頭を抱えて悩んでいると、ごっちんは呆れて先へ行こうとする。
「ちょっと待ってよ、ごっちん。」
私が呼んでも振り返りもせず、歩いていく。
「私は急いでるの、悪いけど相手してる暇ないから!」
「じゃあ私も一緒に急ぐ〜!」
走り出したごっちんに置いてかれない様に私も走り出した。
「んあ〜付いてこないで!」
「ヒヒヒ・・やだ、付いてく。」
まるで鬼ごっこみたいに私達は全力で町中を走り回った。
そうしていると、見晴らしの良い丘から激しい轟音が鳴り響いた。
私とごっちんは立ち止まり、同時にその方角を向いた。
「しまった、遅かったか。」
ごっちんは顔をしかめ、その方角に走り出した。
あややと勇者なっちの決着が着いたのだろうか?
私も急いで、轟音のおきた場所に向かう。
どっちが勝ったのだろう?
あの人が、勇者なっちが負けるはずないと思う。
でも、あややに感じたあの雰囲気は並の物ではなかった。
一体どっちが・・?
丘の上には一つのシルエットが浮かび上がっていた。
そこに立っている娘は・・
「あやや!」
勇者の剣を握り締め、うつろにたたずんでいたのは松浦亜弥であった。
丘のどこにも勇者なっちの姿はなかった。
「嘘でしょ、あの勇者なっちが負けたっていうの!?」
私は信じられない結末に呆然とした。
「ちっ、やはり手後れだったか。」
ごっちんは舌打ちをし、松浦に突撃した。
しかし、抜刀からの音速の居合い斬りを、松浦は空中に飛んで避けた。
何だろう、この違和感は、あややの様子がおかしい。
前もおかしかったんだけど、今のあややの雰囲気はまた何か違う。
もはや人間を超越した様な邪悪な気を纏っている。
松浦は空中で両手を広げ、私達を見下ろした。
焦点の定まらない眼で、感情のない口調で語り出す。
「もう遅い、破滅のシナリオは始まった。誰にも止められない。」
そしてそのまま風に解ける様に姿を消した。
「くそっ!止める、私が止めてみせる!」
ごっちんは刀を鞘に戻し、怒りを露わにした。
「ねえ、どうなってるの?これはどういうことなの?」
「あんたには関係ないよ。これは私の戦いだ。」
そう言うとごっちんはまたどこかへ走り出す。
「ちょっと待っ・・」
もう呼んでも届かない、あっという間に砂漠の彼方へと消え去っていた。
こうしてオアシスの町ダンサイの戦いは幕を下ろした。
私は見事、目的の保田圭を捕らえることができた。
しかし勇者なっちがその姿を消した。
勇者を目指していた少女、辻希美も死んだから、世界にはもう勇者はいない。
あややの言ったセリフが私の頭を渦巻く。
(破滅のシナリオは始まった 誰にも止められない)
世界を救う者、勇者はもういない。
ダンサイの病院に戻った私は、梨華と市井さんに事の顛末を話した。
愛しの王子様の消滅を知った梨華は、声をあげて泣いた。
市井さんは複雑な表情を浮かべていた。
やっぱり、私がののを失った時の様に悲しいだろうな。
でも市井さんはそんな顔を見せず、目を閉じて何も言わない。
ようやく無実の罪を明かすことができるっていうのに、
私の心は悲しみでいっぱいだった。
どうやってこの気持ちを癒そうか?

市井さんと話をしよう。
私は市井さんの病室に入り、彼女のベッドの横にある椅子に腰を下ろした。
何て声を掛けようか迷っていると、市井さんの方から声を掛けてくれた。
「そういえばあの子は、ひとみちゃんの勇者はどうしたの?」
つらい質問だった。でも言わない訳にはいかない。
「殺されました。」
「・・そう。」
市井さんはあまり驚いた風でもなく、平静を保っている。
「相棒だとか言って、結局私はののを守ることができなかった・・」
「その場にあなたはいたの?」
「いえ、でも殺した奴がそう言ってたから。」
「…」
少しの間沈黙が起き、やがて市井さんが口を開く。
「私はなつみを信じているよ。」
「えっ?」
「なつみは絶対に生きている。この目で見てないことは信じない。」
「市井さん・・」
「たった一人の相棒が、自分の勇者を信じないでどうすんだよ。」
市井さんは歯を見せて笑った。
「たった一人の相棒が、私がののを信じないでどうする・・?」
市井さんの言葉が、私の胸を熱く焦がす。
「そうだよ、なつみはこんな所で死ぬ奴じゃない。」
「うん、ののはあんな所で死ぬ奴じゃない!」
市井さんの言葉を真似して続ける。
それだけで私の悲しみが消え、希望と勇気が湧いてくる。
「勇者なっちは生きている。」
「勇者ののは生きている!」
そうだよ、ののは絶対に生きているんだ。
私がそう信じなきゃ、生きているものも死んじゃうよ。
『勇者は死なねーのれすよ。』
ののの最後の言葉を思い出す。
私は信じる。だってののは私に一度も嘘を付いた事がないんだから。
市井さんに相談して良かった。
鬱だった気分がすっきりと晴れてきた。
私は旅を続ける。そしてもう一度ののに会うんだ。
そしてののと一緒に愛を助け出して、また三人で村に帰るんだ。
もう迷わない。私の意志は固く締まった。
翌日、私達はハロプロ城への帰路についた。
街を救ってくれたお礼にと、運転手付きの馬車を貸してもらえた。
それで両手両足を縛り上げた保田圭を城まで運ぶ。
私達だけでは心配だと、市井さんも城まで同行してくれることになった。
そして三日程の道程でハロプロ城へと到着した。
出迎えた飯田さんやその他の兵に、梨華ちゃんが真相を語る。
飯田さんや、つんく王までが、すまなかったと私にお詫びをしてきた。
城の皆が王女梨華の無事を心から喜んでいた。
当然そこにあややの姿はなかった。
保田圭は地下牢の奥深くへと投獄されることになった。
私は助けてくれたりんねとあさみにお礼を言った。
こうしてペンダント王女誘拐事件は解決した。
でもこれは、これから起こる絶望の序章でしかなかったんだ。
お城に着いたその日の夜、私は事件を解決したお礼にとお城のパーティーに誘われた。
慣れないドレスを着せられて、私はどうにも落ち着かなかった。
「なかなか似合ってるやんけ。」
するとあのつんく王が、私に声を掛けてくれた。
私は緊張でカチコチになって変な挨拶をしてしまった。
「そう緊張せんでもええよ、楽にせい。」
「は、はい。」
「礼言うよ、梨華が世話になったみたいやな、あいつの事どう思ってん?」
「え、そりゃ、大事な・・仲間です。」
「そうか、あいつには友達おらへんかったから、これからも仲良うしたってや。」
「はい、もちろんです。」
「それから、亜弥の事やけども・・」
あややが保田と手を組み事件を起こしたことは、つんくの耳にも入っていた。
「ほんまに悪い子やあらへんのや。許したってくれ。」
それは王ではなく、一人の父親としての言葉だった。
「はい、あややも私が絶対助け出してみせます。」
「すまない・・吉澤君。」
そこで私は思い出した。つんく王に大事な話があったこと
「あの、お願いがあります、私の幼なじみが帝国に捕まったんです。」
「なんやて、中澤帝国にか!」
「はい、どうか助ける手助けをして下さい。お願いします。」
「任せとけ、帝国とはいずれケリつけなあかん思とったんや、いい機会や。」
「ありがとうございます。」
これで愛を助ける日が大きく近づいたと私は思った。
つんく王との会話を終え、辺りを見渡す。
市井さんは飯田さんとおしゃべりをしていた。知り合いなのだろうか?
ふとバルコニーの方を見ると梨華ちゃんが一人でうつむいていた。
梨華ちゃんは相変わらず落ち込んでいて、食事もいらないと言っている。
私はそっと彼女に近づき、声をかけた。

「OH!心が痛むというのかい?」
私は軽くステップを踏んで梨華ちゃんに寄り添った。
「う〜ん、BABY、それは恋・・恋煩いさ。」
梨華ちゃんはちょっと驚いた様子で顔を上げた。
「きっと僕と出会ったから・・君は恋をしたんだね。」
私は落ち込む梨華ちゃんの肩に、優しく腕を掛けた。
「さあ、もう大丈夫、僕はここにいるよ。」
「よっすぃー。」
「おいで、踊ろう!」
私は梨華ちゃんの手を引いてダンスホールへと走り出した。
音楽に合わせて、私は梨華ちゃんとクルクル舞った。
「ね、踊ればやなことなんて全部吹っ飛んじゃうよ。」
「うん、楽しい、ありがとう。よっすぃー。」
良かった、ひさしぶりに梨華ちゃんに笑顔が戻った。
彼女の笑顔を見ていると私まで嬉しくなってくる。
私達は疲れて動けなくなるまで、ずっとずっと踊り続けた。
お城のパーティーはこんな感じで、最高の夜だったんだ。
あの事件が起こるまでは・・
夜も更けパーティーの終わりが近づいた頃、その事件は起きた。
バルコニーの外からホール目掛けて一本の矢が飛んできたんだ。
「何事だ!」
騎士団長の石黒さんが大慌てで皆を避難させる。
「待て、矢文だ。」
飯田さんが矢に結ばれていた紙に気付く。
その紙にはこう書かれていた。
『明晩、王の命貰い受ける。帝国将軍福田明日香。』
つんく王暗殺計画の予告状であった。
華やかなパーティー会場に一気に緊張が張り詰める。
「矢を放った刺客がまだ近くにいるやもしれん、探し出せ!」
石黒さんが兵士達を率いて、刺客の捜査を始める。
しかし、すでに外には敵の影の形も残ってはいなかった。
「よっすぃー、お父様が・・」
「大丈夫だよ、城には大勢の騎士達がいるんだから、心配ないって。」
私は梨華ちゃんを抱きしめて、彼女の頭をなでた。
この帝国将軍がどれだけすごい奴かしらないけど、暗殺なんてできるはずがない。
そう信じていた。
翌日、早朝から城の中は慌ただしかった。
城の至る所、城下町の各所に警備がしかれた。
お城の会議室では、飯田さんと石黒さんを中心に対策の話し合いが続いていた。
お客さんである私と市井さんは、廊下でその様子を伺っていた。
「すごい厳重さですね。これなら絶対大丈夫ですよね。」
「そうだね、帝国がどんな作戦を練っているか知らないけど、暗殺は無理だ。」
市井さんの同意を得て、私はすごく安心した。
この城には、大魔導師飯田さん、騎士団長石黒さんという強力な二本柱がいる。
そしてりんねやあさみ等の優秀な近衛騎士団がついている。
さらに今はこの市井さんと、ついでに私もいるんだ。
これだけの壁を抜けて、つんく王を暗殺なんて不可能に近い事だ。
「とはいえ、油断はできないよ。」
真剣な面持ちで市井さんが窓の外を見下ろした。
「予告をするということは、敵にそれだけの自信があるということだ。」
そうなんだ。暗殺の予告なんて普通ありえない。
一体、福田という奴は何を企んでいるのだろうか?
「ウッス、油断はしないっすよ。」
つんく王を守る為、もちろん私も戦う気でいた。
会議室から、いつもの黒いマントに身を包んだ飯田さんが出てくる。
市井さんの顔に気付き、こちらにやってきた。
「大変そうね。手を貸そうか、カオリ。」
市井さんは微笑んで軽口を叩く。
「貴様は、まだ怪我が、完治して、いないの、だろう。いらぬ、世話だ。」
相変わらずのカタコトで話す飯田さん。
「あのー、お二人はどういう関係なんですか。」
意外な組み合わせにちょっと興味が沸いて、私は聞いてみた。
「昔、パーティーを組んでたのよ、勇者なっち御一行ってね。」
「え、マジっすか!」
「フン、あれは、仕方なく、だ。」
「なつみと私とカオリとマリ、この4人で暗黒竜を退治したの。」
それは、もはや伝説となって世界に伝えられる逸話。
勇者なっち一行が、人々を襲う暗黒竜を見事退治し英雄となった話。
もっとも有名なのは勇者なっちだけで、その仲間についてはよく知らなかった。
まさか飯田さんが、その一人だったなんて驚きだ。
もう一人のマリが誰かは知らないが、きっと彼女もすごい人なんだろう。
私はあらためて、二人に尊敬の念を抱いた。
「飯田さん、私にもお手伝いさせて下さい。」
あらためて、こんな英雄と肩を並べて戦いたいと思った。
「カオリ、彼女は私のお墨付きだ。少しは役に立つと思うよ。」
市井さんも口添えをしてくれた。
「まあ、いいだろう。」
飯田さんが、城の警備の簡単な説明をしてくれた。
どこを守るかは自由に決めていいと言ってくれた。

城の最深部、王の間の前で仁王立ち。
ここが最重要ポイントのはず、ここは絶対通さない。
「なんだ、お前もここか。」
槍を携えた市井さんもやって来て、私の隣に座りこんだ。
「市井さんもここって事は、やっぱり正解ですね。」
「いやいや、私は動きたくないからここを選んだだけよ。」
「え?」
「あの騎士団を抜けて、ここまで敵が来るなんてないだろうからさ。」
「出番こないって事ですか?」
「王の間の前で出番来る様じゃ、やばいでしょ。」
確かに市井さんの言う通りの様な気もしてきた。
「ったく、なまけものめ。」
「いやいや、心強いで。よろしく頼むわほんま。」
王の間から飯田さんとつんく王が顔を見せた。
「王は、どうか、部屋から、お出に、ならぬ、様に・・」
「しゃーないな、今夜は部屋でおとなしゅうしとくわ。」
つんく王の様子は全然いつも通りであった。
絶対大丈夫だと皆を信じているのだろう。その期待は裏切れない。
日が沈み、夜が訪れる。
予告の時が刻一刻と近づいてくる。
私は、市井さん、飯田さんと共に王の間の前を守る。
この扉以外に王の間に入る手段はない。
ワープ等で入れない様、飯田さん特製の封魔陣が敷かれてある。
つまり、ここを通らなければ暗殺を行なうこともできやしないんだ。
福田明日香、市井さんも飯田さんも知らないという未知の敵。
来るなら来やがれ、絶対に負けないからな。
私は外の様子を伺うため、廊下に付けられた小さな窓を覗きこんだ。
ここからは城下町が一望できる。
だが敵の軍勢が攻めてくるような気配は一向に感じ取れない。
「怖じ気づいたのかな。」
それは違った、次の瞬間、城全体に大きな衝撃が伝わった。
「何これ、地震?」
「いや違う、何か巨大な物がこの城にぶつかったみたいだ。」
その振動は城の右側から伝わって来ていた。
「飯田様、大変です!」
そして右側から、血相を変えた騎士が現われる。
「何事だ、敵襲か?」
飯田さんが、報告に来た兵士に尋ねる。
「あ、あ、あ、暗黒竜が・・この城に!」
それは信じられない現実。
「嘘だ、あれは、私達が、征伐、したはず!」
「そうだよ、3年前確かになつみがとどめをさしたはずだって。」
あの飯田さんと市井さんでさえ、驚きを隠せない様子だ。
「しかし、こうして現実に!我々では歯が立ちません!」
勇者なっち達が、4にんがかりで倒したという伝説の暗黒竜がこの城に!?
「私が、行く、紗耶香、ここは、任せたぞ。」
飯田さんが騎士を連れて走り出す。
左側にいた騎士達も、城の全ての騎士達がその一点に集められた。
これは偶然か、それとも福田明日香の仕業なのだろうか。
そうだ。福田は?まだ姿を現わしていない。
もしこれがあいつの作戦だとすると、今頃あいつは・・
「左だ、市井さん、ここは任せます!」
「お、おい、ひとみちゃん!」
守りのいなくなった左側から攻めてくるに違いない、私は走り出した。
その考えは正しかった。
城の左側、騎士が消えた隙間を突いて福田明日香が侵入していた。
こいつはあの暗黒竜をおとりに使ってきたのだ。
私達は互いに相手の存在に気付いた。
「お前が福田明日香か!」
「ふうん、結構頭の回る人もいるのね。」
この場には他に誰もいない。1対1だ。

正々堂々、1対1、勝負!
私は戦闘の構えをとった。
福田明日香は特に武器の様な物は持たず、無防備に立ち尽くしている。
魔法を使うような素振りも見せない、まるでスキだらけだ。
いけるんじゃないだろうか?
このまま真っ直ぐに踏み込めば、簡単に一撃で決めれそうだ。
恐れる事はない、私はあの保田にだって勝ったんだ。
自信を持て、ひとみ。やれる、やれるんだ。
ジリ・・ジリ・・
ゆっくりとゆっくりと間合いを詰める。
それでも福田は構えをとろうとしない、棒立ちのまま。
こいつ、本当にやる気があるのか?
二人の間の距離が徐々に縮まっていく。
あと一歩、あと一歩踏み込めば私の間合い、確実に打ち込める間合い。
空を切る音が鳴る。
吉澤の拳は福田の顔面に直撃した。
一撃、勝負あり。吉澤はそう確信した。
しかし次のu間、顔面を捕らえた右腕に激しい激痛を感じる。
そして天地が逆転した。
「この程度か。」
眉一つ動かす事なく、福田は落ちた吉澤を見下ろす。
直撃を受けた方の福田には、傷一つついてはいなかった。
砕けたのは攻撃をしかけた吉澤の拳の方であった。
さらに、その右腕を捕まれ強引に床へ振り落とされた。
一瞬の出来事で、吉澤には何が起こったのかすぐに理解する事ができなかった。
考える間もなく次の攻撃が襲ってくる。
福田の足が、床に転がされた吉澤の体を思いきり踏みつける。
そしてまるでサッカーボールの様に蹴り飛ばされ、吉澤は廊下の壁に激突した。
口から血と胃液の混じった物が溢れ出てくる。
圧倒的だった。
もはや勝負といえるものではなかった。
吉澤もこれまでの旅で、何人もの強者を見てきた。
だが福田明日香の強さはそのどれとも異なっていた。
力、技、早さ、固さ、体力、全てにおいて完璧な存在だった。
いや完璧というより、それはもはや人間の域を越えているレベル。
福田の顔面に拳を叩き込んだ時に気付いた。
人間じゃない。
私の心を絶望が包む。
私の体を恐怖が包む。
目の前にあるのは純粋な死。そして殺戮。
初めての経験だった。
相手に畏怖し震えが止まらない。
怖い・・
死にたくない・・
私が私でなくなる。
砕けた右手の痛みも感じない。
叩き付けられた背中の感覚もない。
蹴り上げられた体も、もう何もわからない。
私が吉澤ひとみじゃなくなる。
「死ね。」
冷酷に、冷徹に、あいつが腕を伸ばす。
あの手が私の体に届いた時、私の炎が消えるんだ。
全てが終るんだ。
意識が朦朧としてきた。
死んだら、ののに会えるのかなぁ?なんて思った。
目の前にののがいた。
そうか、ここは天国なんだ。
やっぱりののも死んでいたのか。
へへ、ひさしぶり、私も来ちゃったよ。
「よっすぃーをいじめる奴は許さねーのれす!」
どうしたの、のの?なんで怒ってるの?
ここは天国なんだよ、楽しくやろーよ。
私達は死んじゃったんだよ。
振り返り微笑む辻希美の顔。
「勇者は死なねーのれすよ。」
希望が私の目の前に、光となって射す。
周りの景色が現実の物へと移り変わる。私は意識を取り戻した。
目の前には、にっこりと微笑む辻の顔があった。
それは夢でも幻でもない、現実の辻希美。
このプニプニほっぺ、プヨプヨおなか、間違いない。
「生きてたの・・?」
大きくピースマークを作るのの。
「へい!」
ののが生きていた。
「うちもいるでぇ〜。」
辻の後ろから、加護もひょっこりと顔を出した。
「あいぼん!」
ののとあいぼんが一斉に私の胸に飛び込んでくる。
私を包んでいた恐怖が、絶望が、跡形もなく消えていく。
「良かった、本当に良かったよ・・」
嬉しくて涙が出てきた。
「皆殺しだ!」
二人に不意打ちをくらい、弾き飛ばされた福田がゆっくりと起き上がる。
その顔は激しい憎悪の色に変わっていた。
「勇者は悪い奴には負けないのれす!」
私達は立ち上がり、敵を見据える。
ののの背中が、私にまた希望と勇気を湧き起こしてくれる。
それは紛れもなく勇者の背中だった。
もう絶対に離さない。
この世でたった一人、私の勇者だ。

 

第3部 帝国の章

自分でもわからない。
どうしてあんな事をしたのだろう。
気が付いたら、体が勝手に動いていたんだもん。
「いまのうちににげるのれす、あいぼん!」
「重〜い、てめえ離れろ!」
「はやくいくのれす、あいぼん!」
「お前を置いて行ける訳ないやろ、のの!」
「どけーコノヤロー!」
「あいぼんをたのむのれす、よっすぃー。」
「のの・・やだよ、私。」
「勇者は死なねーのれすよ。」
「はなせ、はなすんや、よしこ、ののを見殺しにするんか!」
「のの〜!」
よっすぃーがあいぼんを抱えて逃げていく。
これでいいんだよね、私はよっすぃーもあいぼんも死なせたくないから。
私一人が犠牲になって二人が助かるんだから、これでいいんだよね。
これで私、少しは勇者に近づけたかなぁ・・
ねえ、よっすぃー?
将軍矢口は体を振り回し、しがみ付く辻を振りほどいた。
「このデブ、重いんだよてめえ!」
「デブって言わないでくらはい。」
「うるせえ、おいらにこんな真似してただで済むと思うなよ!」
あお向けに地面に転がる辻に向かって、あの構えをとる。
「セクシービーム!」
避ける暇もない程の近距離でのセクシービーム、当然直撃だ。
辻は死んだ。
そう矢口は判断していた。
だから死体を確かめることもせず、急いで吉澤と加護の後を追っていった。
だが辻は生きていた。
セクシービームが直撃したのは、辻の腹だった。
バイ〜ン!
セクシービームは辻の腹に衝撃を吸収され、遥か上空へと跳ね返ったのだった。
吉澤達を追うためすぐに振り返った矢口はそれに気付かなかった。
こうして辻は一命を取り留めたのだ。
だが、のんびりはしていられない。二人に危機が迫っている。
そして勇者ののは再び立ち上がったのだ。
「よっすぃーーーー!」
加護の悲鳴が風の吹きすさぶ荒野に響く。
「これで邪魔者はいなくなったね、キャハハ!」
矢口の笑い声がその悲鳴を掻き消す。
辻が殺され、吉澤までもが断崖絶壁に叩き落とされた。
加護亜依は一人きりになってしまった。
「さてさてアイちゃん、一緒に来てもらえるね。」
「うっさいボケ!誰がお前なんかと一緒に行くか!」
生まれた時から孤児として育ち、幼くして盗賊に身を落とす。
盗賊団のリーダーになっても、心から信頼できる相手等いなかった。
誰もが自分の保身だけを考え平気で周りを蹴落とす様な奴等ばかりだった。
いつしかうちも、それが当たり前だと思う様になっていた。
あいつ等に出会うまでは・・
ののとよっすぃーは、自分の身を犠牲にしてうちのために戦ってくれた。
初めてできた、心から信頼できる仲間だった。
「初めての仲間やったんや!それをお前は!許さん!絶対許さへんで!」
気丈な加護が、誰にも見せた事のない涙を流した。
ダガーを手に反抗の意志を剥き出しにする。
「しょうがないね、力ずくで来てもらうよ。」
腕の一本でも奪えばおとなしくなるだろう、と矢口はあの構えをとる。
狙いを定め腕だけに当るように焦点を絞りこんで、セクシービームを放つ。
その時、小さな影が矢口と加護の間に入りこんだ。
バイ〜ン!
なんと、セクシービームが矢口目掛けて跳ね返ってきた。
間一髪で避け、矢口は前方を見上げる。
殺したはずの辻が、威風堂々と立ち尽くしていた。
「のの!」
加護は生きて舞い戻ったライバルの姿に狂喜の声をあげる。
「嘘だろ、どうして生きてんだよ!」
信じられない事態が矢口に混乱を招いた。
何より信じ難い事が、自分の決め技が跳ね返されたことだ。
あらゆる魔法の中でも最大の威力を誇るこの魔法に、矢口は絶対の自信を持っていた。
あの勇者なっちや大魔導師飯田すらも一目おいていた魔法だ。
それが、このトロそうなガキには効かない。
初めての遭遇する未知の相手に、矢口は不覚にも恐れを抱いた。
一度引いて体勢を立て直した方がいい、そして矢口はそう判断した。
「覚えてろ、次はこうはいかないからな!」
捨てぜりふを残し、矢口は姿を消した。
助かった。辻と加護はその場にへたり込んだ。
だが、すぐに大事な事を思い出し顔を見合わせた。
「よっすぃーは!?」
「崖の下や!」
辻と加護は大慌ててで崖を降りる道を見つけ、吉澤を探すため駆け下りた。
しかし、吉澤の死体はどこにも見当たらなかった。
「ろういうことれすか、よっすぃーは死んらんれすか?」
「いや死体が一人で歩くはずないで、いないゆうことは・・」
「生きてるんれすね。よっすぃーも無事なんれすね。」
辻はまるでお願いする様に、加護に迫った。
「そうゆうことや。」
そうだよね、あのよっすぃーが死ぬ訳ないよね。

「とりあえずはらへったのれす。」
「お前なぁ、吉澤がこんな時に何言うとんや、急いで探すで!」
「いやなのれす、はらへってうろけないのれす!」
辻はダダッコみたいに手足をジタバタさせた。
「(いや、めちゃめちゃ動いてるがな。)」
加護は心の中でつっこんでおいた。
「しゃーないな、近くの町か村探して飯にしよか。」
「アーイ、あいぼんらいすっき♪」
辻は加護を抱きしめて、ほっぺにチュッってした。
「やめい、何すんねんボケ!」
真赤な顔して加護は辻から逃げるように離れた。
なんでうちがこないドキドキせなならんのや。
「ほら、行くならとっとと行くで!」
照れを隠す為に、加護はわざと大声で呼びかけ歩き出した。
辻はポンとお腹を叩いて後に続いていった。
無理に探さなくても、よっすぃーとはきっとまた会える。
そんな不思議な確信が辻の中にはあった。
らって離れていても私達の目的は同じなんらからね。
三日後、帝国との国境近くの町ミラコーに二人の姿があった。
「も、もう駄目や・・」
「腹へって死にそうなのれす・・」
路地の壁にもたれかかり、瀕死の状態に陥っていた。
二人は所持金0である事をすっかり忘れていたのだ。
もう丸三日、何も食べていない。
「おなかとせなかがくっつきそうれす。」
勇者ののの物語に幕が下りようとしていた。
「あかんあかんで、うちらが死んでどないすんねん!」
加護は死力を尽くし立ち上がった。
「待ってろや、のの、うちがなんとかしたるわ!」
「あいぼん、たのむのれす。」
痩せ細った辻が地べたに伏せて、か細く答える。
加護はよろめきながら、表通りへと出ていった。
吉澤が地下牢獄で絶望に陥っていた頃、辻も絶望の中にいたのだ。
「待って、返してくださーい!」
表通りに出た加護は、一人のおかしな娘を見つけた。
それは、半泣きでノラネコを追いかける紺野だった。
谷で襲われた時は、加護は直接紺野の顔を見てはいなかったので、
まさかそれが帝国将軍とは夢にも思わなかった。
「笑ってないで、誰か捕まえて下さい。」
どうやら、魚を盗まれて困っている様だ。
こいつは使える!加護の頭が素早く回転を始めた。
「あいぼんの前でケチな盗みは許さへんで〜。」
加護は得意の盗み技で、ノラネコから魚を奪い取った。
「ほら、あんたの魚やで、今後は気ぃ付けろや。」
そして涙ぐむトロそうな娘に手渡して、天使の様に微笑んだ。
「お助け料1000モニや。」
「え?え?でも・・あの・・」
「まいどあり〜!」
紺野の財布から勝手に1000モニ奪い、加護は走り去った。
「やったで、のの、金やで、これで飯食えるで!」
路地裏に戻って来た加護は、大はしゃぎで辻に1000モニ札を見せびらかした。
「く、食えるんれすか・・!?」
朦朧とした意識の中で辻は飛びついた。
「コ、コラ!のの!お札を食うんやない!やめろー!」
なんとか一命を取り留めた二人は、食堂で今後の事について話し合った。
「やっぱ世の中ゼニやな。」
「れすね、身にしみて感じたのれす。」
また丸々とした体に戻った辻が、お腹をさすりながら応じる。
「しゃあない、仕事探そか。」
「へい。」
二人は仕事を求め冒険者のギルドへ向かった。
現在行なう事ができる仕事のリストを見上げる。
「のの、ええ仕事あるか?」
「これがいいのれす。」

辻は、大富豪令嬢の護衛を選んだ。
冒険者ギルドに登録し、しばらく待つと金持ち風の親子が現れた。
大富豪令嬢は辻加護を見て不機嫌そうに罵った。
「あんだよ、こんなチビどもで護衛なんてできんのかよ!」
「まかせてくらはい。」
「(なんや、口の悪い女やな。)」
彼女こそ大陸一の大富豪アミーゴ財団の一人娘、鈴木あみその人であった。
アミーゴ財団の当主でもある、あみの父親が二人を脅した。
「君達、もしあみに何かあったら裁判起こすからなゴルァ!」
「うるせー!親父は黙ってろ!ゴルゴ13のごとく黙ってろ!」
「(なんれすかこの人達は、頭いってるのれす。)」
「(まあまあせっかくの金ヅルや、とりあえず話合わせとこ。)」
あみの口から直接、依頼の説明が始まった。
父親はハードボイルドで固まっていた。
依頼の内容を要約すると、彼女が親元を離れハロプロ城下町にある別荘で、
一人暮らしを始めるからそこまでの護衛を頼みたいという事だった。
「つー訳だ、私の美貌に傷の一つでもつけたら海沈めるかんな!」
金もらったらこいつ沈めようと誓った辻と加護であった。
のの、あいぼん、ヤンジャ・・いやアミーゴの旅が始まった。
緑広がる草原を歩く美少女三人。
「おいハゲ、てめえだよ弟顔、暇だからなんか芸でもしろ。」
「(あーうっとしいわこいつ、ほんましばきたいわ。)」
「ちょっと待てデブ、黙ってると思ったらさっきから何食ってんだよ!」
「プハーうまかったのれす。」
「それ私の昼飯じゃねーか!なんでお前が平らげんてんだよ!」
「あみちゃんの分、ちゃんと残しておいたのれす。」
「パセリと黒豆だけ残してんじゃねーよ!私は残飯処理かよ!」
「安心せい、うちはちゃんと残さず平らげたで、お前の夕飯。」
「さすが、あいぼんはえらいのれす。」
「本当えらいね、じゃねー!そういう問題じゃねー!勝手に人の弁当食うな!」
「らって、うまそうらったんらもん。」
「うるせー!ほっぺにご飯粒付けて炉利心くすぐってんじゃねえよ!」
「なあなあ、明日の分の飯はどこや?」
「まだ食う気かよ!お前等自分の腹見たことねーの・・オボッ」
あみは辻加護の腹に挟まれて圧迫死しかけた。
こんな感じで私達はあっという間に仲良しになったのれす。
「もう冷蔵庫からっぽやで。」
「めしもっれこ〜い!」
「いいかげん出てけよ、いつまでうちに居座る気だよ!」
無事、ハロプロ城下町にあみを送り届けて1週間が過ぎた。
辻加護は寄生虫の様にあみ宅に居座っていた。
「alone in my roomじゃ寂しいやろと思った優しさやないか。」
「にぎやかなほうが楽しいれすよ。ビートゥゲーザビートゥゲーザ」
「全然楽しくない、頼むから出てってくれ〜!」
「まだ仕事の報酬もらってへんもん。」
「てめえ等、一日五食おやつ付きで一週間も滞在してまだ金取る気か。」
「嫌ならしかたないのれす、払うまでいるのれす。」
「わかった、払うよ、払うから出てってくれ。」
あみは泣く泣く二人に報酬を渡した。
(私なんで弁当とられて部屋荒らされて金払ってんだろう・・?)
その後しばらくの間、鈴木あみは対人恐怖症に陥ったという。
「やった、1万モニもせしめたで。」
「冒険者の仕事って楽なもんれすね。」
すっかり自信のついた二人であった。
あみの家を出ると、街中がやけに慌ただしかった。
「なんやろ、兵士達が駆け回っとるで。」
「お祭りでもあるんれすかね?」
つんく暗殺計画当日だなんて、当然二人は知る由もない。
「どうしよか、のの?」

「あそこの女の人に事情を聞いてみるのれす。」
辻と加護はカフェテラスで食事をとっている女性に近づいた。
彼女のテーブルには、十人分はあるかという皿の山が積まれていた。
「あ、あれ全部一人で食べたんやろか?」
「すごい量なのれす、ののよりすごいかもしれないのれす。」
するとその声に気付いて彼女が振り向いた。辻はその顔を見て驚きの声を上げた。
「ふぁ、勇者なっちさんれす!」
「え、この人があの有名な!ほんまか、のの!」
「なーに君達、私のファンだべか?」
「へい、ののもなっちさんみたいな勇者をめざしてるのれす。」
「フーンそうなんだぁ、がんばんな、ちっちゃい勇者君。」
「アーイ。」
勇者なっちは最後の皿を平らげて、満足そうに微笑んだ。
二人も同じ席に座り、話しをすることにした。
「なっちさん、今日どうして街がこない騒がしいか知ってますか?」
「う〜ん、実はなっちも詳しい事はわかんないべさ。でも・・」
「でも、なんれすか?」
なっちが空を見上げる、二人もそれに合わせて顔を見上げた。
厚い雲が空一面に広がっていて、太陽は姿を見せていない。
「邪悪な空気が流れている、嫌な予感がするべさ。」
「空気?うちにはいつもと同じに感じるで。」
「フフフ、これが勇者と凡人の違いれすよ、あいぼん。」
「ウソツケ、お前もわからへんやろ!」
「てへてへ。空気は食べれないから分からないのれす。」
「兵士達がお城を中心に配置されている所をみると、
 何かが城を襲撃に来るんじゃないかって私は予想しているべさ。」
「なんやて、そりゃ一大事やがな。」
「大変なのれす。のの達も戦わなきゃいけねーのれす。」
「そうだね、さすが未来の勇者さん。」
その時、巨大な影が上空を横切った。
「な、なんやあの怪物は!」
「でっかい化け物なのれす!」
「暗黒竜!嘘でしょ、信じられないのが来たよ。」
驚く三人を尻目に、暗黒竜はハロプロ城の右壁に突撃していった。
城、そして街全体が一気にパニックに陥る。
難攻不落のハロプロ城に最大の危機が訪れた。
この事態に、二人の勇者が立ち上がる。
「いくらここの騎士団といえど、あいつの相手は荷が重すぎる。」
「勇者の出番れすね!」
「ちょっと待てー、うちも行くでぇ〜!」
安倍、辻、加護はハロプロ城へと駆け出した。
「おかしいな、左側が静かすぎるべさ。」
「ろうしたんれすか、なっちさん?」
「これは罠かもしれない、辻ちゃん加護ちゃん二手に分かれよう。」
「罠やて、ほんまか!」
「おそらく反対側に真の敵がいるはずだ。君達はそれを頼む。」
「よっしゃ、了解や。」
「暗黒竜は私がなんとかしてみるよ。」
「大丈夫れすか、あんな化け物相手に・・」
「たぶんね、一応経験者だし。そっちこそ頼むよ。」
「勇者は負けねーのれす!」
辻は笑顔でVサインをして、加護と共に駆けていった。
勇者なっちはその後ろ姿を見て物憂げに呟いた。
「(・・それは嘘だよ。)」
「道に迷ってしまったのれす。」
「この城広すぎやでぇ!」
二人はお城の中で迷子になっていた。
「真の敵ってどこにいるんやろなぁ、なあのの?」
辻の返事はない。
「どうしたんや急に立ち止まって。」
「今、よっすぃーの悲鳴が聞こえたのれす。」
「ハァ、こんな所に吉澤がおる訳ないやろ。」
「あれはよっすぃーの声れす。まちがいないのれす。ののにはわかるのれす!」
辻は走り出した。
よっすぃー、待っててね、今行くからね。
そして、その光景が辻の瞳に写し出される。

知らない奴によっすぃーがいじめられていた。
今にもとどめをさそうとしている、そんなの許さない!
私は全体重を乗っけて、そいつに後ろから思い切り体当たりした。
流石の福田もそれには不意をつかれ、廊下の端に弾き飛ばされた。
「よっすぃーをいじめる奴は許さねーのれす!」
怪我を負ったよっすぃーが虚ろな目で私を見上げる。
まるで私が生きていたのが信じられないといった感じだ。
「勇者は死なねーのれすよ。」
別れ際に言ったあのセリフをもう一度言う。
今まで辻は吉澤に嘘を付いた事は一度もない、そして今も。
「生きてたの・・?」
「へい!」
私は大きくピースマークを作って返事した。
「うちもいるでぇ〜。」
私の後ろから、あいぼんもひょっこりと顔を出した。
「あいぼん!」
もう我慢できなかった。ずっと平気なフリをしていたけど本当はね、
本当は会いたくて、寂しくてしょうがなかったんらよ、よっすぃー。
私は感極まって、よっすぃーの胸に飛び込んだ。
旅を始めて成長したとはいえ、ほんとはたった14の少女だ。
愛に続いて最後の親友までも失うかもしれなくなって、怖くて仕方なかった。
でも加護に心配かけたくなくって、ずっと我慢していた。
小さな体に、でっかなでっかな悲しみを押え込んでいた。
加護やあみの前では、無理して作り笑いやイタズラなんかをしてごまかした。
ホントの自分を隠して強い勇者を演じていた。
そんな辛さや悲しみが、よっすぃーの腕の中で泡になって消えていく。
もうはなればなれはいやなのれす。るっといっしょにいるのれす。
辻はずっと堪えていた涙を吉澤の服に擦り付けた。
その気持ちは、加護も吉澤も同じだった。
「良かった、本当に良かったよ・・」
三人は抱き合って泣いた。
しかし、再会の感動に浸れる時間はそう長くはなかった。
「皆殺しだ!」
不意打ちをくらい、弾き飛ばされた福田がゆっくりと起き上がる。
その顔は激しい憎悪の色に変わっていた。
喜ぶのはまだ早い、あいつをやっつけてからだ。
私は立ち上がり敵を見据え、大声で叫んだ。
「勇者は悪い奴には負けないのれす!」
「勇者は負けない?そんなのは何の根拠もない戯言だ。」
3対1という状況になっても、福田にはまだ余裕すら感じる。
「嘘じゃないのれす!ののも勇者なっちさんも負けないれすよ!」
「勇者なっち?アハハハハハハハハハハハ!」
これまで冷静な口調を続けていた福田が突然笑い出した。
吉澤達には、その笑いの意味がわからなかった。
「なにわらってるんれすか!」
「ハハハ・・いやいや、なんでもねえよ。」
なんなんだ、こいつが勇者なっちの何を知っているというのだろう?
吉澤が考えを巡らしていると、堪えきれず辻が動き出した。
「ののはともかく、なっちさんをバカにするなー!」
雄叫びをあげながら、こん棒を振り上げ突っ込んでいく。
また、福田は避ける気配すらみせない。
辻の会心の一撃が頭部にヒットした。真っ当な人間なら即死する一撃だ。
だが、破壊されたのは辻のこん棒の方だった。
「え?」
「死ぬのはお前からか、自称勇者ちゃん。」
福田の目つきが変わった。殺る気だ!
ののが危ない。
この女は違うんだ、普通じゃないんだ。
先の格闘で吉澤はそれを身を持って痛感していた。
福田の軽いジャブ一発で、あの辻が大きく吹き飛ばされた。
「ののー!」
加護が身を呈してクッションとなったおかげで、辻は壁への激突を免れた。
「あいぼん、助かったのれす。」
「へへ、後で飯おごれや。」
「後はない、お前達はここで死ぬんだ。」
福田明日香が静かにそう言い放つ。
それは重く、深く、絶望として三人の心に染み込んで行く。
冗談じゃない、せっかく再会したってのにいきなり殺されてたまるか。
でも、どうする。このままじゃやられる。

その時、あのペンダントがわずかに揺れた。
だがあまりに小さな揺れなので、吉澤はそれに気付く事はなかった。
この微かな揺れはペンダントの奇跡が起きた証。
ペンダントの向こう側で、一部始終を見ていた娘がいたのだ。
石川梨華は自室で目を覚ました。
「た、た、た、た、た、た、大変!よっすぃーが!」
梨華は起きてすぐ部屋を飛び出した。
このままじゃよっすぃーと見知らぬ子供二人が殺されちゃうよ。
早く助けにいかなくちゃ。
でも、私が行った所でどうにもならなそうだし・・
そうだ、お父様の部屋にカオリンがいるはず、カオリンならきっと助けてくれる。
考えをまとめた私はお父様の部屋へ走った。
「あれ、梨華姫じゃない、どうしたのあわてて?」
だが、王の間の前には市井さんの姿しかなかった。
「カオリは?知りませんか?」
「ああ、あいつなら今頃、暗黒竜と戦闘中だよ。」
「市井さんでもいいです。よっすぃーを助けて!急がないと殺されちゃうの」
「なんだって?」
石川は走りながら、市井に見た事を説明した。
「なんてこった、こっちに本命がいたとはね。」
「あ、見えました、あそこ、よっすぃー!」
窮地に陥っていた吉澤の耳に救いの声が聞こえた。
「梨華ちゃん!それに市井さん。」
「よくやったね、後は私に任せな。」
市井が槍を構え福田の前に立ちはだかった。
「あんたが帝国将軍の福田明日香か。ここからは私が相手よ。」
「市井?貴様があの、おもしろい、雑魚の相手は飽き飽きしてた所だ。いくぞ!」
福田は吉澤辻加護の三人から市井の方へと体を向ける。
「・・と言いたい所だけど、残念ね。」
そのまま後ろに大きく跳び窓のへりに乗りかかった。
「もう目的は終ったみたいなんでね。」
「!」
「どういう意味だ!」
吉澤は大声で問い掛けた。
「かしこいお嬢ちゃん、私もオトリとまでは頭が回らなかった様だね。」
吉澤、石川、市井に衝撃が走る。事情を知らない辻加護は頭を傾けた。
そして福田明日香は城の外へと姿を消した。
吉澤も市井も飯田も、今、王の間の前には誰もいない。
「しまった、戻るぞ!」
市井さんを先頭に全員が走り出す。
すると廊下の反対側から飯田さんと石黒さん、そして勇者なっちがやってきた。
「おい、何を、している?」
「向こうに将軍が現れたんだよ、そっちはどうした?」
「紗耶香、暗黒竜が急に逃げ出したんだべさ。まるで目的を終えた様に・・」
「え!?」
私は、死んだと思っていた勇者なっちが生きていたことに少し驚いたが、
市井さんはまるでそれが当然の様に普通にしゃべっている。
もっとも、今はそんな事で驚いている場合ではないが。
「まさか、お父様が・・」
梨華の言葉に、全員の背筋が凍る。
「そんなはずはない、私がここを離れたのはほんの数分だよ!」
市井の反論をよそに、涙ぐんだ梨華が王の間の扉に手をかけた。
扉の向こう側から血の匂いがした。
重々しく玉座に座る姿はいつものつんく王、そのままだった。
ただ、その胸を一本の刃が貫いている事を除いて。
「いやああああああああああぁ!!!」
梨華の悲鳴が城内をこだまする。
「王ぅーーー!!!」
石黒さんと飯田さんが、玉座にもたれかかるつんくに近寄る。
脈をとる飯田さんが静かに首を振る。
つんく王が殺された。
安倍も、市井も、飯田も、石黒も、辻も、加護も、吉澤も、誰も、守れなかった。
つんく王の暗殺を防ぐことができなかった。
梨華の鳴咽の声だけが、その場にいつまでも流れていた。
ハロプロ王国史上最悪の一日はこうして終りを告げた。

後藤真希は一人、荒野を走っていた。
ようやく奴の居所を掴んだ。この機会を逃す訳にはいかない。
あいつは普段その気配を完全に消し去っているので、探すこともできない。
戦闘体勢に入るわずかな時間にだけ、あの邪悪な気を発するのだ。
光の末裔である私だけがそれを知ることができる。
闇を打ち滅ぼす事のできる唯一の武器、聖剣ハマミエだけが私の味方。
たった一人の孤独な戦い、それも今日までだ。
今度こそ、全てを終らせてやる!
真希は目をつぶり、戦いに向け精神を統一させた。
ゴッチ〜ン!
「きゃ!」
「痛ったーい!」
目をつぶったまま走っていたので、誰かとぶつかってしまった。
「んあ〜ごめんなさい、ボーっとしてて・・」
「このマリーにぶつかっといて、ごめんで済むと思うの!?」
真希がぶつかった相手、それは帝国将軍矢口真里であった。
「あの、急いでるんで通してくれませんか。」
「やーだね、フン!」
この人なんか怒ってるよ、相手してる暇ないのに、困ったなぁ。
矢口はいつまでたっても加護を見つけることができず、イライラしていた。
「マリーは今機嫌が悪いの、あんたでストレス発散しよーかなー。」
「な、何でですか、嫌ですよ。」
「ずいぶん立派な刀持ってるじゃない、いーなーマリーも欲しいなー!」
「これは駄目です。触らないで!」
真希は刀に近づく矢口の手を払った。
「フーン、そういう態度ななんだ。それならマリーにも考えがあるピョーン。」
矢口が例の構えをとる。セクシービームの構えだ。
「辞めて下さい、私は貴方と戦う気はないです。」
「そんな立派な物持っててよく言うよ、抜きな。」
矢口が真希を挑発する。しかし真希に刀を抜く気はなかった。
「これは人を斬るために使う物ではないです。」
「キャハハ、何よ御料理にでも使うっての、冗談は辞めてよね。」
「私は冗談は言わない、本気です。」
真剣な表情の真希に、矢口のイライラは頂点に達した。
「ああそう、じゃあいいよ、勝手に死ね!」
セクシービームが真希に向かって一直線に放たれる。
真希は静かに目を閉じた。
高速の抜刀術によってセクシービームが真っ二つに裂かれる。
真希の後ろで大きな二つの爆発音が響いた。
カチン
光を帯びた日本刀が再び鞘に戻る。
「名刀ハマミエに斬れないものはないよ。」
その一振りで、矢口はこの娘がただ者でないことに気付いた。
「お前何者だ、帝国の者じゃないね、ハロプロ王国の手先か!」
ようやく目を開けた真希が、静かにそして強く答える。
「帝国とかハロプロ王国とか、そんなの関係ない。」
「は?何よそれ?」
「本当の敵は別にいる、誰も気が付いていないだけ・・」
「キャハハおもしろい話ね、どこのどいつよ紹介して欲しいわ。」
「案外あなたの近くにいるかもね。」
「え?」
その言葉を最後に後藤真希は再び走り出し、あっという間に姿を消した。
「矢口さーん、遅れてごめんなさい、またおかずを盗られ・・うわ!」
反対側から走り依ってきた紺野が石ころに引っかかって転ぶ。
地面にうずくまる紺野を見下ろして矢口は思う。
「(まさかこいつ?・・な訳ないよなぁ。)」
結局この時後藤は、矢口に邪魔されたおかげで間に合うことができなかった。
後藤真希、その孤独な戦いの終焉はまだ見えない。
だがこの誰にも心を開かない少女にも、後に運命を共にする仲間ができる。
すれ違うもう一つの光、吉澤ひとみ。
彼女にも一つの転機が訪れようとしていた。
舞台は再び、ハロプロ城へと戻る。
つんく暗殺のその翌日・・
早朝、目が覚めてすぐに吉澤は市井の元へと向かった。
「市井さん、ちょっといいですか。」
「ああひとみちゃんか、おはよう、どうした?」

「私を弟子にして下さい!もっと強くなりたいんです。」
吉澤は市井に頭を下げ、弟子入りを申し込んだ。
「どうしたの急に?」
突然の申し出に市井は戸惑いを見せた。
「私が強ければ、つんくさんが殺されることもなかったんだ!
 市井さんの助けなしで一人で戦うことができたら、つんくさんは・・」
吉澤はつんくの死は自分の責任だと、自責の念にかられていた。
地べたにしゃがみ込んで頭を下げる吉澤を見て、市井の心も痛んだ。
「ひとみちゃんだけの責任じゃないよ、悪いのは私の方だ。」
市井もまた同じ気持ちでいたのだ。
「わかったよ、顔を上げな。」
市井が槍を構え歩き出す。
「先に言っておくけど、私の修行は厳しいよ。手加減しないからね。」
向き直り構えをとる市井の姿に、吉澤は顔をほころばせた。
「はい、市井さん。いや、師匠!」
戦闘の未熟者吉澤ひとみが偉大な先輩にご指導を願う。
「そもさん!」
「せっぱ!」
こうして、吉澤の修行は始まった。
一方その頃、城の会議室では重い空気が流れていた。
あってはならない現実に直面し、城の重鎮や大臣の誰もが困惑していた。
ハロプロ王国の全てをプロデュースしていた指導者が消えたのだ。
その被害は想像を絶するものである。
一向にまとまる気配のない会議に業を煮やし、石黒は部屋を退出した。
廊下で近衛騎士のりんねとあさみが、石黒を待っていた。
「会議はどうでした?」
「話にもならん、皆当惑するだけで解決策の一つも出ん。」
石黒は顔をしかめ苛立ちを露わにした。
「それより、梨華様の様子はどうだ?」
梨華の侍女でもある二人は、顔を見合わせ首を横に振った。
「相変わらずです。未だ泣き止んでいません。」
「そうか、今度ばかりは無理もないか。」
ただでさえ落ち込みやすい娘だと言うのに、今度の一件はあまりに重すぎる。
幼い頃に母を失い、そして妹の亜弥がいなくなり、
最後の肉親であった父のつんく王までもがこの世を去ってしまった。
この若さで天涯孤独の身となってしまったのだ。
嗚呼、可哀想・・
「騎士団の士気も落ち込んでいます、今帝国に攻め込まれたら・・」
あさみの指摘は石黒も理解していた。
国中の士気を取り戻すには新しい王を立てるしかない。
しかし王族の血を継ぐ唯一人の娘は、今とてもそんな重荷を背負える状態ではない。
「くそっ、王国はどうなってしまうのだ!」
八方塞の状況に、石黒の苛立ちも積もるばかりである。
それは、あの飯田が昨日から部屋に篭もり、姿を見せない事も原因の一つであった。
あいつまで落ち込んでいるというのか、こんな時に・・
「あ、そういえば団長・・」
場のムードを変えようと、りんねが別の話題を出す。
「あのガキの姿が、昨日の夜辺りから見えないんですけど。」
新垣、彼女の事を思い出し、石黒はさらに気分がわるくなってきた。
「ほっとけ、怖くなって逃げ出したんだろ!」
どうせならこのままいなくなってくれと石黒は切に願った。
ハロプロ王国に落日の影が射す。
人々は悲しんだ、偉大なる王の死を・・
人々は恐れた、残虐な帝国の侵略を・・
人々は望んだ、救国の英雄の登場を・・
石川梨華、彼女の小さな肩を重い責任と使命が押さえつける。
敬愛する父の死、その悲しみはあまりにも深すぎた。
城内の庭園にあるベンチに座り、未だ泣き続けていた。
こんな時いつもはげましてくれた飯田も吉澤もそばにはいない。
飯田は部屋に閉じこもり、誰にも姿を見せない。
吉澤は責任を感じ、修行に明け暮れていた。
たった一人、梨華の孤独と悲しみは増すばかりであった。
「私、死にたいよ・・」
顔を膝と膝の間に押し付けて、梨華は小さく呟いた。
「死ぬなんて言うもんじゃないべ。」
その声に気付き梨華は蹲っていた顔を上げた。
隣に、あこがれのあの人が座っていた。
「なっちさん!?どうして?」
「謝りに来たの、御父上を救う事ができなくて、本当にごめんなさい。」
安倍が、梨華に向かって静かに頭を下げる。
「やめて、あなたが悪い訳じゃないから!」
顔を上げたなっちが大きな瞳で梨華を見詰める。
「梨華姫、それと一つ忠告をしに来ました。」
人気のない庭園のベンチに二人の影が伸びる。
「貴方はもう人々の前で悲しい顔を見せてはいけない。」
「え!?」
「貴方は王となる人、王は常に毅然と振る舞わなければいけません。」
「無理だよ、私が王になるなんて・・」
梨華は思った。
勇者なっち、彼女の様な英雄こそが王に相応しいと。
なっち様と私がケコーンすれば、それが実現する。
今ここで、その想いを全て打ち明けてしまおうか。
神様、私に勇気を下さい。
「なっち様…」
「え?」
「あ、あの、私…」

「私、あなたが好きです。」
私は精一杯の勇気を振り絞って、愛しの王子様なっちに告白した。
ドキドキ・・怖くて顔が見れないよ。
一体、勇者なっち様は今どんな顔をしてるのだろう。
やっぱり迷惑かな、いきなりこんな事言うなんて・・
梨華が俯いて返事を待っていると、なっちは何も言わずベンチを立った。
「なっち様!」
「悪いけど、今の私にその返事をする資格はないべさ。」
え、それはどういう意味?
「だけどこれだけは約束するよ、貴方の父上の仇は私が絶対にとってみせる。
 勇者なっちの名に掛けて中澤帝国は倒す。そしてそれが実現した時こそ・・」
勇者は振り返り、悲劇の王女の手を取った。
「その返事をする為に、貴方の元に帰ってくるべさ。」
「は、はい。」
梨華は感動で、また涙が出そうになった。
「だから、それまで泣かないで待ってて。君は一人じゃないから、ね。」
「うん、待ってる。梨華、待ってるから。」
私は一人じゃない。よっすぃーが、城の皆が、そしてなっち様がいる。
勇者なっちの励ましで、梨華の心にまた勇気と希望が戻った。
なっちありがとう( ●´ ー `● )
そうだよもう泣いてられない、私は生まれ変わるんだ。
もう弱虫の梨華とはお別れするんだ。強い梨華になるんだ。
なっちと別れた梨華は走り出した。
「あれ、お姫さんやないか?」
「そうれすよ、元気になったみたいれすね。お〜い。」
すると、城門付近で小さな女の子二人が声を掛けてきた。
「あ、こんにちは。えーと、あなた達は確かよっすぃーの・・」
「へい、よっすぃーの幼なじみの、ののれす!」
「あいぼんやで〜、こんちわ。」
石川は、以前吉澤に話を聞いていたので、二人のことを知っていた。
「こんな所で何してるの?」
「せっかく会えたのに、よっすぃー修行れあそんれくれないのれす。」
「せやから、またヤンジャンでもからかって遊ぼ思てな。」
「へーそうなんだ。(ヤンジャンって何?)」
「姫さん、あんたも来るか?」
「きょ、今日は忙しいから、また今度ね。」
「ふぁい、まらこんろいっしょにあそびましょう!」
辻と加護は元気に城下町へと駆けていった。
そして、つんく暗殺の日から一週間が過ぎたある日。
ついに中澤帝国の軍勢がハロプロ王国に進軍を始めたとの情報が入った。
予想していたより遅い動きだったが、それでも脅威に違いない。
ハロプロ城の皆に緊張が走る。石黒を中心に騎士団出撃の準備が始まった。
この時梨華の心の中にある決意が生まれていた。
そして同時刻、城の裏手の空き地では、
「どうやら、相手できるのは今日が最後になりそうだね。」
「今日であなたを越えますよ、師匠。」
「ぬかせ。」
二人の修行もいよいよ最終段階へと入っていた。
吉澤の成長率は、師である市井の予想を遥かに上回るものであった。
まさに最強の超上昇志向娘である。
「よし、今日中に新しい技をマスターしてもらう。」
「新技っすか、待ってました!」
そして、その技とは・・

「私の最終奥義プッチよ」
「プッチ?何すかそれ。」
「今お手本を見せてあげるわ。少し離れてて。」
言われた通り数歩下がり、市井さんの動きをじっくりと観察する事にした。
槍が高速に回転し、それがいくつもの円を生む。
「まる、まる、まるまるまる!」
市井紗耶香最終奥義プッチ、バージョン1『ちょこラブ』発動!
複数の円が無造作に乱れ飛び、周りにある全ての物を切り刻んでいく。
「す、すげー、かっけー!」
そのあまりの破壊力に私は驚きの声をあげた。
「これがあなたに伝授する技、さあやってみて。」
「はい、やるぞー。奥義プッチ!」
ズドーン!
すると私の拳から強烈な衝撃波が、まるでショットガンの様に飛び出した。
「あれ、できたけど、なんか師匠のと違いますね。」
「プッチは使い手によって異なるの、それがあなたのプッチみたいね。」
「私のプッチ・・」
吉澤ひとみ最終奥義プッチ、バージョン3『恋にKO!』修得。
「これでもう私が教えれることはないよ、後は自分で腕を磨くことね。」
「はい、ありがとうございました師匠。」
吉澤ひとみの修行が終った。
「もう終ったべか、紗耶香。」
何時の間にか勇者なっちが、陰で私達を見ていた様だ。
「うん、待たせてごめんね、なつみ。それじゃあ行こうか。」
市井と安倍が並んで歩き出す。
「なっちさん、師匠、どこ行くんですか?」
「帝国を倒しに行くべさ。」
勇者なっちはまるで散歩にでも行く様に、あっけらかんと答える。
「え、え!?」
「吉澤さん、それまで梨華ちゃんを守ってあげてね。」
「は、はい。」
そして二人はハロプロ城から旅立っていった。
城に戻ると、騎士団の出陣が行われていた。
団長の石黒を先頭に、騎士団総動員での行軍であった。
そして吉澤の心にも決心がついた。私も旅立とう、帝国へ。
愛は私の手で助けるんだ!
「よっすぃー!」
呼ぶ声に振り返ると、そこには梨華ちゃんが立っていた。
「あ、梨華ちゃん。もう大丈夫なの?」
「うん、ごめんねいつも心配ばかりかけて。」
「平気平気、そんなの気にすんなよ。」
「ありがと、それでね一つお願いがあるの。」
「お願い?何?」
「よっすぃー帝国へ行くんでしょ。お願い、私も連れてって。」
その内容に私はびっくりした。
今回は以前とは事情が違う。彼女は国の頂点に立つ立場なのだ。
「え、だけど、お城の人が許してくれないよ、きっと。」
「いいの、もう待ってるだけは嫌なの、自分の力で生きたいの。」
「危険な旅になると思う、生きて帰れないかもしれないよ。」
「わかってる、それでも・・」
「梨華ちゃん。」
「こんな事頼めるの、よっすぃーしかいないから。」
その言葉に私は少し胸がドキッとした。
「わかった、一緒に行こう!」
私は梨華ちゃんの手をとって、城下町へと走り出した。
「あいつら、どこ行ったのかな?」
私が修行に明け暮れている間、ののとあいぼんの姿はずっと見ていなかった。
「あ、そう言えばヤンジャンとか、なんとか言ってたけど。」
「ヤンジャ・・?何それ?」
「さあ、私もよくわかんない。」
相変わらず困った奴等だ、置いてく訳にもいかないし・・
途方に暮れていると、しかめっ面の女の人が向こうからやってきた。
「ちくしょう、なんで俺がアイツ等のために買い出ししなきゃなんねーんだよ。」
なんかぶつぶつ言っている。
「100段ケーキだぁ?売ってる訳ねーだろ、んなもん!」
ん、どっかで聞いた事ある様な?
まさか、この人?

こっそり後を付けてみよう。
「あの人がどうかしたの、よっすぃー。」
「しっ、もしかしたらあいつがのの達を監禁してるのかも。」
「えー!」
「大声出しちゃ駄目だって、尾行してみよう。」
そいつはやけに食べ物ばかり入った袋を抱え、とある家へと帰っていく。
「あそこが犯人のアジトか。」
「へへっ、なんだか刑事さんになったみたいだね。」
「よし、現行犯で取り押さえよう!」
鈴木あみはため息をついて、玄関の鍵を廻していた。
「そこまでだ誘拐犯!」
すると、突然後ろから二人の娘が飛び掛かってきた。
「うわー何だ何だ!」
「お前がののとあいぼんを誘拐したんだな、返せ!」
「はぁ?誘拐だぁ?訳わかんねーよ!イテテ離せこのホクロ七星!」
「うるさい、お前はもう死んでいる。」
吉澤のアームロックは完全に決まっていた。
「いやシャレならんて、マジ死ぬ、マジ死ぬって、ギブギブ!」
修行明け復帰第一戦を、吉澤ひとみは見事勝利で飾った。
「えー、勘違いですか!」
あみに事情を聞いて、私達はようやく勘違いに気付いた。
「そうゆうこと、あんたアイツ等の保護者ならとっとと連れてってくれよ。」
「はい、どうもすみません。二人は元気ですか。」
「元気すぎだよ、今も仲良く遊んでるんじゃねえか?」
すると、家の中から二人の怒声が聞こえてきた。
「いる!」
「おらへん!」
私達は顔を見合せた。
「喧嘩してるみたいですね。」
「みてえだな」
「いや、二人とものん気にしてないで、早く止めに行こうよ!」
私の呼びかけでやっと二人もそれに気付き、部屋へと駆け込んだ。
「いるもん!」
「おらへんよ!」
部屋の中では、あの辻と加護が互いに睨み合っていた。
「まあまあ、二人とも落ち着けや、一体何がいるのいないの?」
あみが二人の間に入って、喧嘩を止める。
「芸能界にアミーゴなんてアイドルおらへんよ!」
「いるもん、ソニーに訴えてるもん!」
「おらへんて!」
「いるもん!」
あみの額から徐々に血管が浮き上がってくる。
「いい加減にしろゴルァ!世界観の違うネタで揉めてんじゃねー!」
見かねた石川も止めに入る。
「そうだよ辞めなよ二人とも、正確には“いたもん”だよ。」
「しゃくれ三兄弟の長女は引っ込んでろ!中三コンビとまとめて串さすぞ!」
「いたもんれすか。」
「そうやな、いたもんやな。」
こうしてなんとか辻加護の喧嘩も収まった。
「あ、よっすぃーなのれす。」
「おっす、そろそろ出発しようと思って呼びに来たよー。」
「やっと旅も再開っちゅう訳か、待ちくたびれたで〜。」
「それでね、梨華ちゃんも一緒に行く事になったんだけど、いいかな?」
姫さんがいれば金に困る事はあらへんな。加護の頭が瞬時に結論を弾き出した。
「オッケ〜!」
辻と加護は振り付きでOKサインを現わした。
「ありがとう、辻ちゃん加護ちゃん、よろしくね。」
「こちらこそよろしくなのれす。」
「よろしゅう頼むわ(金銭面で)」
三人は互いに握手を交わす。新しい仲間の誕生だ。
「話まとまったんなら、とっとと出てけ。」
「ヤンジャンも一緒に来るれすか?」
「ぜってーやだ!」
「じゃあねヤンジャン、帰ったらまた来るで〜」
「いや、二度と来ないで下さい。」
吉澤、辻、加護、石川、4人の旅が始まった。
目的地は中澤帝国、待ち構えるのは強大な敵の軍団。
でももう迷う事はない。捕らわれの少女高橋愛を助け出すんだ。
さて、まずはどこへ向かう?

お宝いっぱいピョーン洞窟へ行く事になった。
帝国に行く前に、良質の武器集めと腕試しを兼ねてだ。
ハロプロ城を出て真っ直ぐ北北西へと進むと、山間地帯にその洞窟はある。
その狭い入り口を私達は一列になって進んでいった。
「う〜ん、盗賊の血が騒ぐでぇ〜。」
あいぼんが一番やる気になっていた。
「ののも新しい武器がほしいのれす。」
辻がずっと使っていたこん棒も、先の福田戦で壊れてしまったのである。
あいぼんを先頭に、のの、梨華ちゃんの順番で、私は最後尾に付けた。
入り口で人の足跡らしき物をいくつか見つけた。
誰か先客がいるのだろうか?私は静かに気を引き締めた。
「梨華ちゃん、こうゆうダンジョン初めてだろうけど大丈夫?」
「うん平気、ほらトット洞窟でお泊りしてたから慣れちゃったみたい。」
「あーそっか。」
以前私が倒れた時、トット洞窟のソニンに世話になったことがある。
意外な経験が意外な所で役に立つ物だ。
そういえば、ソニンの奴元気にしてるかな。リベンジの約束をしたのだった。
私も強くなったからな、今度も絶対負けないぞ。
吉澤は知らなかった。すでにソニンは松浦の手によって殺害されていたことを。
「お宝発見!」
前を行く加護と辻が嬉しそうに声をあげ走り出す。
「おーい、あんまり慌てて転ぶなよ。」
注意しながら、私と梨華ちゃんも二人の後に続く。
だが、二人の顔は一転して暗くなっていた。
「空っぽなのれす。」
どうやらすでに、先客に宝箱の中身を奪われていた様だ。
「まあまあ、まだ奥にはきっと残ってるよ、ポジティブポジティブ。」
梨華ちゃんが落ち込む二人を励ます。
「そやな、姫さんの言う通りや、よっしゃほな行くで〜」
気を取り直して、私達は洞窟のさらに奥へと進んだ。
ところが、次の宝箱もその次の宝箱も中身を奪われた後であった。
「おのれー、どこのどいつや!許さへんで!」
あいぼんの怒りも頂点に達しようとしていた。すると梨華ちゃんの呼ぶ声が、
「みんなー、この宝箱は中身が入ってるよ!」
「ほんまか!でかしたで〜!」
私達は一斉に梨華ちゃんの元へ駆け寄り、宝箱の中を覗きこんだ。
「じゃーん、なべのふた!」
コケタ。
きっと先客もいらないから置いていったのだろう。
「ええよそれは、姫さんの好きにしな。」
「ほんと、ワーイ。」
石川はなべのふたを手に入れた。
「しかし本当に誰だろうな、ここまで根こそぎに奪ってったのは?」
「このままらムダアシになるのれす。」
「愚痴っててもしゃーないで、こうなったら急いで奥まで行こうや。」
「そうだね。」
私達はさらに奥へと進んでいった。
「おなかすいたのれす。」
さらに小一時間程進んだ所で、辻が空腹を訴えてきた。
「我慢せいのの、もうちょっとで奥まで着くんや。」
「・・へい。」
普段は一緒になって欲求する加護も、今回はお宝優先であった。
「待って、何か聞こえない?誰かの話し声?」
梨華ちゃんが私達以外の人の気配に気付いた。
「ようやく先客に追いついたゆう訳か、お宝奪い取ったる。」
あいぼんがダガーを構え走り出す。私達もその後に続いた。
ピョーン洞窟最深部は巨大な部屋になっていた。
そして最後のお宝を前に、異国の戦士が三人佇んでいる。
「お前等が、うちのお宝全部持っていったんかぁ!」
姿を見るなり、あいぼんが大声で怒鳴りつける。
すると私達の存在に気付いた奴等の内の一人が何かを投げつけてきた。
私は前に出て、黄金の爪でそれを弾いた。
「何だこれ、手裏剣?」
鎧兜を着込んだ異国の戦士は三者三様の武器を取り出し、戦闘モードに入る。
「上等や、相手になってやるで!」
あいぼんがダガーを、ののは素手、梨華ちゃんはなべのふたを構えた。
さて私は誰の相手をする?

吉澤は日本刀のアヤカを受け持つ事にした。
ぱっと見た感じこの娘が一番強そうだったからだ。
アヤカも吉澤を標的とみなす。互いに間合いを計って構えをとる。
そんな中、最初にぶつかったのは加護と鎖鎌のミカだった。
「おもろい武器やな、鎖鎌か、初めて見たわ。」
「鎖鎌を見たいなら見せてやるデス。」
「見たい。」
「ただ私は殺す以外に見せ方をシリマセーン。」
「それでええよ。」
次の瞬間、加護の目の前に鎖鎌の分銅があった。
「おわぁ!」
かろうじて薄皮一枚でそれを避ける事ができた。
もし加護の身長がもう少し高ければ、おそらく骨ごと砕かれていただろう。
「や、やるやないけ。こりゃうちも本気出さなあかんみたいやな。」
不敵な表情で鎖を振り回すミカに対して、加護はもう一度構え直した。
必然的に、残った手裏剣のレファの相手は辻と石川がすることになった。
だが辻にいつもの元気がない。
「おなかすいたのれす。」
離れた位置から、レファが辻に向かって手裏剣を放つ。
「アイタタター!うわーん!」
手裏剣が辻のお腹とお尻に命中した。
いつもなら、あらゆる攻撃をはね返す辻の腹も今は別だった。
勇者のの最大の弱点である空腹状態だったのだ。
「ホイッ!」
石川の回復魔法でなんとか傷は収まった。
だが武器をもたない二人にとって、この状況は絶望的であった。
遠距離からの手裏剣攻撃に近寄る事さえできない。
他の皆の状況が悪い事は吉澤も理解していた。
一刻も早く、目の前の相手を倒して加勢したい。
だが、どうやらそう簡単にいく相手でもなさそうだった。
プッチが当れば文字通り一発KOなのだが、もし外したら・・
大技だけあって、撃った直後は隙が多くなる。
そうなればリーチのある日本刀を持つ敵が圧倒的に有利。やられるのは私だろう。
プッチは確実に当る死角に入って出したい。
でも考えている暇もなさそう、急がないと皆が危ない。
私は意を決し、日本刀を構えるアヤカに突撃した。
黄金の爪での渾身の右フックは、刀の刃によって押え込まれた。
アヤカはすぐに刀を返し、そのまま真っ直ぐ吉澤に向かって斬りつけてきた。
吉澤は間一髪でそれを避ける。
しかしアヤカの攻撃は、それだけでは終らない。
息を付く暇もなく次々と斬撃が繰り出されてくる。
流れる様な剣さばき、その腕はまさに一流。
―見える―
だが吉澤はその全てをギリギリの所で見切っていた。
確かに速い。でも市井さんに比べたら・・師匠の槍さばきに比べたら全然見える。
私はずっと超一流を相手に修行してきたんだぜ。この程度じゃ…
「負けない!」
吉澤のジャブがアヤカの手の甲にヒットし、日本刀が宙を舞う。
もらった!私はとどめの態勢に入った。
「よっすぃー危ない!」
梨華ちゃんの声に、私は動きを止めた。
目の前を手裏剣が横切る。
アヤカのピンチを見かねたレファが、助太刀に入ったのだ。
危なかった、梨華ちゃんの声が聞こえなきゃ殺られていた所だ。
落とした日本刀を拾い上げ、アヤカが再び私の前に立つ。
そしてその後ろにレファが控える。
まいったな、いくらなんでも二人相手は分が悪い。
「どうしよう、このままじゃヨッスィーが・・」
ダメージを受け横たわる辻を介抱しながら、石川が苦渋の声をあげた。
「お、おにぎりのにおいらするのれす。」
すると辻が突然、奥に置かれた敵の荷物の方を指差した。
「え、何?辻ちゃん。」
「おにぎりたべたいのれす。」
えー、こんな状況で何言い出すの?
私どうすればいいの?

「うん、わかった。なんとかおにぎり取って来るね。」
石川は敵に気付かれない様にこっそりと動き出した。
「お前何シテル!」
速効でバレた。レファの手裏剣が石川に直撃する。
「痛っ!・・くない。あれ?」
さっき手に入れたなべのふたが、手裏剣をガードしてくれたのだった。
へへん、なべのふたを笑う物はなべのふたに泣くのよ。
「ようし、今のうちに・・」
石川は猛ダッシュで敵の荷物袋の所まで行き、中からおにぎりを取り出す。
「行くよー!辻ちゃーん!」
そして横たわる辻に向かって、ありったけのおにぎり放り投げた。
食べ物の匂いに辻の目が、鼻が、口が、腹が、体全部が反応する。
飛び上がってキャッチし、あっというまにおにぎり三人分を平らげた。
「ぽんぽん、ふっかーつ!」
勇者ののは起き上がるなり、レファに向かって突進を始める。
「オ、オノレ!」
迫り来る辻に対して、レファが手裏剣を乱れ撃つ。
しかし、その全てが辻の腹によってはじき返された。
「どすこーい!」
「UWAAAAAAAA!!!」
のののお相撲体当たりでレファは5m程先の壁まで吹っ飛ばされた。
「すっごーい、辻ちゃん!」
「てへてへ、梨華ちゃんのおかげれすよ。」
辻・石川は手裏剣のレファに勝利を収めた。
「嘘でしょ、あんた達何者?」
その様子を見たアヤカが、始めて言葉を発した。
「あの子は未来の勇者のの、そして私はその相棒の吉澤ひとみよん。」
「成る程、我々はココナッツ国から強者を求めて海を渡って来たの。
 いきなりあんた達の様な奴等に出会えて嬉しいぞ。」
「バーカ、この国にゃ私より強い化け物がゴロゴロしてるぜ。」
「それは楽しみね。あなたを倒して、次はそいつらと戦いたいわ。」
「いいよ、きっちりケリつけようか。」
もはや小手先の戦いは無用、互いの最高の技で決着をつけるのみ。
「ハッ!」
アヤカの突撃居合い斬りが吉澤に迫る。
次の瞬間、二人の間に閃光が走った・・プッチ発動。
BABY!
「恋にノックアウト!」
市井より受け継いだ吉澤の最終奥義がアヤカの体を撃ち抜いた。
衝撃で吹き飛ばされたアヤカは、そのまま気を失った。
「私の勝ちだね。」
この勝利で私はあらためて自分のレベルアップを感じた。
今ならあいつ等とも、にっくき帝国将軍とも戦える気がする。
「ワーイ、よっすぃーも勝ったのれす!」
「強くなったね。よっすぃー。」
「へへん、これも師匠のおかげだよ。」
「後はあいぼんれすね。」
最後の戦い、加護vsミカの形勢は一変していた。
「これが鎖鎌か、おもろいやん。」
ミカの武器であったはずの鎖鎌が、いつのまにか加護の手に渡っていたのだ。
「か、返すデス!」
「悪いね〜。これがうちの特技[ぶんどる]なんや。」
楽しそうに笑いながら、加護が鎖鎌を振り回す。
「やめなさい、その武器は素人が使えるものではアリマセーン!」
「ええで特別サービスや、もう一つの特技も見せたるわ。」
分銅がまるで生き物の様に動き、ミカの腹部にヒットする。
「ゲホッ、そんなバカなデス。」
「あんたの動きそっくりやろ、これがもう一つの特技[ものまね]や。」
ミカも倒れこむ。加護の勝利。
「勝者の特権や、この鎖鎌はもろとくで。」
「きゃー勝ったよ。これで私達の完全勝利だね。」
「さすがあいぼんはものまねが上手なのれす!」
「何だよ加護、お前実は強いんじゃねーか。どうして今まで隠してたんだよ。」
「隠してたんちゃうわ。今まで武器持った敵がおらへんかっただけや。」
なるほど、そう言えばそうかも・・
「さてと。それじゃあ、お宝回収といこか。」
「あのさぁ・・」
「ん、どした、よしこ。」

「彼女達から奪うのはなんか可哀想だから、取るのは最後の宝箱だけにしよう。」
私の提案にあいぼんは首を傾けて反論した。
「ハァ?何言うとんねん。うちら勝ったんやで、総取りに決まっとるやろ。」
「でも加護ちゃん、それじゃまるで強盗みたいだよ。」
「ののもよっすぃーと梨華ちゃんに賛成れす。」
やれやれ、そーやった。こいつらはこういう馬鹿な奴等やったんや。
だから、うちも一緒に行こうと思ったんやったな。
「わかったよ、それでええよ。」
加護もため息をついて、皆に合意した。
嗚呼、うちもだんだん馬鹿になってきてもうたみたいやな。
「ポジティブポジティブ、きっと最後の宝が一番すごい物が入ってるよ。」
「ののがあけるのれす。」
私達は固唾を飲んで、最後の宝箱に手をかけるののを見守った。
「ちっちゃいつるぎがはいっているのれす。」
辻が最後の宝箱から取り出したのは、小さなつるぎであった。
「なんやなんや、しょぼいお宝やな。」
「これじゃあ、戦いには向いてなさそうだね。」
私は辻を慰めようと近づいた。だが、そのつるぎを握った辻の様子がおかしい。
「のの、どうした?」
「へんなかんじらするのれす。なんかね、ピョーンってかんじ。」
すると、突然その小さな剣がピョーンと勢い良く伸びて長くなった。
あっというまに洞窟の天井に届くくらいの長さにまで伸びた。
「すげー、かっけー!」
「これはピョーンソードれすね。」
ピョーンという言葉に反応して、伸び縮みする幻の剣だった。
「やっぱりすごい宝だったんだね。」
辻は嬉しそうにピョーンソードを振り回して遊んでいる。
「おもしろそうやな、のの、うちにも貸してや。」
「いいれすよ。」
だが渡された途端、加護はその重さによろめいた。
当然だった、すでに10m近く伸びた剣は普通の人間が扱える重量ではなかった。
「お前、なんちゅうパワーしとんねん。こんなん使えるか!」
「つかえるれすよ。」
それを辻は片手で軽々と振り回している。勇者のののパワーは半端ではなかった。
「どうやら辻ちゃん専用の武器みたいだね。」
「アーイ!」
勇者ののはピョーンソードを手に入れた。
「まあええわ、うちはこの鎖鎌手に入れたし・・」
「うん、私はなべのふたを手に入れたしね。」
「それじゃあ、そろそろ地上へ戻ろうか。」
目的を果たしその場を後にしようとすると、私達を呼び止める声が聞こえた。
「待って!あなた達、どうして私等から宝を奪っていかないの?」
それは、なんとか意識を取り戻したアヤカのセリフであった。
「う〜ん、ちょっと可哀想かなって思ったから。」
「武士に情けは無用よ、さあトドメを刺せ!」
アヤカが自分の日本刀を差し渡してくるので、私は困り果ててしまった。
「いいよ、私に任せて。」
すると、梨華ちゃんが日本刀を手にしアヤカに向かって振り上げる。
「り、梨華ちゃん!?」
彼女の意外な行動に、私は驚きの声をあげてしまった。
「本当にもう、この世に未練はないのね。」
「ああ・・敗北は死に値する。」
「わかったわ、死になさい。」
石川が刀を振り下ろす。
赤き返り血が、辺りに吹き散った。
「お前、何を・・!?」
アヤカが信じられないといった表情で、石川を見上げる。
日本刀が切裂いたのは、梨華自身の腕であった。
深く切裂かれた傷口から、止めど無く血が溢れ出てくる。
「これでくだらない志を持ったあなたは死んだわ。」
目を覚ましたミカとレファも、その様子に気付いて驚き慌てている。
「死ぬのはこんなにつらくて痛い事なんだよ、だからもうそんな事思わないで。」
身を賭して説得する梨華の姿に、異国の武者三人は心を揺さ振られた。
「今からは新しいあなた達で生きて、ね。」
最後に梨華は優しく微笑んで気を失った。
私は梨華の元に駆け寄り、彼女を後ろで支えた。
「梨華ちゃん・・」
三人はずっと地に頭をつけたままで、その意志は固まっていた。
生き長らえたこの命を彼女に為に行使しようと。
ののとあいぼんに急いで傷口の応急手当てをさせる。
私達は梨華をおぶって、洞窟の外へと出た。
地上に出た所で、梨華も目を覚ました。
「うーん、いい天気だね。」
「梨華様!我ら三人の命、貴方を守る為に使う事を誓います。」
目が覚めていきなり、あの三人が土下座してそんな事言うから梨華は驚いた。
「いいよそんな、恥ずかしい。」
「もう決めたことデース。」
「せっかくやから、何か命令したればいいやん。」
おもしろがる加護に促されて、梨華は渋々考えた。
「そ、それじゃあハロプロ騎士団を助けてあげて、私の国の兵士なの。」
梨華は騎士団が帝国との戦争中である事を説明した。
「この手紙を騎士団長の石黒さんに渡せば、わかってくれると思うから。」
「御意。」
直筆の文書を三人に手渡した。
「ていうか、帝国に行くなら私達も通るんじゃない。」
戦争は、トット山脈とこのピョーン山地に挟まれた大草原で行われている。
戦地を避けて、帝国に向かうのは不可能である。
「いややで〜戦争なんかに巻き込まれたないで。」
「それならば、我々の船をお使い下サーイ。」
ミカの言葉に私達は顔を見合わせた。
「船!」
「海らみれるのれすか、ワーイ!」
「私、海って初めてなの。嬉しい、本当にいいの。」
「もちろんです。私達が使うことはもうないですし・・」
なんと船をもらう事ができた。身包みはがさないで良かった。
そして、私達はココナッツ国の三人と別れを告げ、海岸へと向かった。
「うみらみえたのれす。うーみー!」
「あそこに船があるで、結構ええ船やないか。」
広大な海を前にし、ののとあいぼんがはしゃぎ出した。
梨華ちゃんも楽しそう。私だって胸がドキドキしている。

せっかくだから、ちょっと海で遊んでいくことにした。
「うわーい!」
さっそくののとあいぼんは服を脱ぎ捨て、パンツ一枚で海へ飛び込んだ。
「うわ、しおっからいのれす。湖とはちがうのれすね。」
「よしこー、姫さん。気持ちいいでぇ〜!」
あいぼんが砂浜で見守る二人を誘う。
「水着持ってくれば良かったね。」
「うん。」
流石に吉澤と石川は裸で泳ぐのに抵抗を感じていた。
仕方ないので砂浜に横たわる丸太に腰掛け、海を眺めている事にした。
「梨華ちゃん、傷大丈夫?」
「あ、平気平気。」
梨華は強がって腕を振り回す。だが無理をして血が滲んできた。
「うっ!」
「やっぱりね。ほら、腕こっち出して。」
吉澤は新しい包帯を取り出し、傷口の包帯を取り替えた。
「私の前でまで無理すんなよ、痛いなら痛いって言っていいんだから。」
「うん、ごめんね、よっすぃー。」
「でもびっくりしたよ。どうして、こんな真似したの?」
私の問いかけに、梨華はしばらく沈黙をおいてから口を開いた。
「もう嫌なんだ。周りの誰かが死ぬとか、殺されるとか、そういうの・・」
そこで私は、梨華の父親つんく王の死を思い出した。
「だから決めたの、誰かを助ける為に私に出来ることは何でもしようって。」
強い決意を胸に秘め、真っ直ぐに前を見詰める彼女の顔は、
今まで見てきたどんな表情よりも鮮やかに美しく、私の瞳に映った。
「梨華ちゃん・・」
そんな風に梨華を見つめていたら、なんだか胸の中がもやもやしてきたんだ。
自分でもよくわからない、こんな気持ちは初めてだったからさ。
好きだとか惚れたとか、そうゆうんじゃないんだよなー。
私だってわかってないんだから、うまく説明なんてできないよ。
でもこれだけは言える。
「この先どんな事が起ころうと私は梨華の味方でいるよ。」
「えっ、今何て言ったの?よっすぃー。」
「へへ〜、なんでもないよん。」
「もうーいじわる〜!」
海で反射された太陽の光が、二人の姿を金色に照らした。
「お二人さーん。プレゼントやでぇ〜!」
あいぼんの声と共に、突如上空から変な物体が落ちてきた。
「いやああーー!何これー!」
梨華ちゃんはその奇妙な生き物に脅えて、ひっくり返った。
私はそれを手掴みで拾い上げて顔に近づけた。
「なんだ。ナマコじゃん。」
「いっぱいあるれすよー!」
辻加護がおもしろがってナマコをさらに投げつけて来た。
「お前等ぁー!」
私は投げつけられたナマコを拾い上げて、二人に投げ返した。
「なんでみんな、そんなの触れるのー?」
脅えた梨華ちゃんは一人、草むらに隠れてその様子を見ていた。
結局、私達は日が暮れるまで海辺で遊んでいた。
夜になったので、頂いた船に入り出発することにした。
海岸線に沿って北上する。
船旅は快調に進み、翌朝には帝国皇城付近の海岸へと到着する事ができた。
帝国軍もまさか海から来るとは思わなかったのだろう。敵の姿は見えない。
ついに帝国の地へと足を踏み入れる時が来たのだ。
重々しく聳え立つ帝国皇城、ここに愛が捕らわれている。
ハロプロ騎士団との戦争中でほとんどの兵がいない今しかチャンスはない。
城は厳かに沈黙を保っている。
どうやら船を使ったおかげで、勇者なっち一行よりも速く着いたみたいだ。
なっちと市井さんの到着を待とうか。
しかし、もたもたして敵の兵士達が戻って来ては困るし。
どうしようか?

一度近くの町によって準備をすることにした。
うまい具合に、少し離れた所に街を見つけることができた。
帝国最大の商業都市インスピ
「はらがへっれはいくさはれきぬ!」
辻ちゃんの先導によって、私達はまず酒場で食事をとることにした。
ののとあいぼんは出てくる皿を次々と空にしていく。
「うまいのれす。」
「胃がでかなってもうた。」
「すごい食べっぷりだねー。」
「二人とも、そんなに食べたらまた太るぞ。」
「やせようと思ったらやせないから、太ろうと思ったら太りました。」
「あいぼんがいいこといったのれす。」
いいことか?と私は思ったがとりあえず頷いておいた。
二人はまだメニューを覗いている。どうやらデザートを探している様だ。
「8段アイスはないのれすね。」
「そりゃそうだよ、あれは月光亭のオリジナルだからね。」
「ねえねえ、その8段アイスってなあに?」
「うまいんか?」
梨華ちゃんと加護が興味深々に尋ねてきた。
「私達の村だけで食べれる特製のアイスなんだ。すっげーうまいの。」
「ののがはつめいしたのれすよ。」
「へー、おいしそう。」
「うちも食べたなってきたで〜」
「そうだ!愛を助け出したら二人ともピース村に遊びに来なよ!」
「そうれすよ、みんなれいっしょに8段アイスたべるのれす!」
「行く行く、絶対行くで!」
「私も!それに二人の生まれ育った村見てみたかったんだ。」
「よーし、約束だぞ!」
私達はテーブルの中央に手を伸ばし、指切りをした。
端から見たらくだらない約束に見えるんだろうけどさ、
私達にとっては本当に大切な約束だったんだ。
絶対に生きて戻るんだ。この4人と、そして助け出した愛の5人で!
この時の私はそうできると信じていたよ。
またあの楽しい毎日が戻ってくると頑なに信じていたんだ。
愛と、ののと、あいぼんと、梨華ちゃんと、皆で一緒に8段アイス食べるんだって。
だから思ってもいなかった。
あんな事になるなんて、この時は少しも思ってもいなかったんだ。
ハロプロ王国でも、中澤帝国でもない場所。
闇に包まれた空間に彼女の姿があった。
帝国三将軍の一人、福田明日香。
そしてその前に一つの影が浮かび上がる。
「ここまでは計画通りという訳だな、明日香。」
静かに、それでいて力強い口調が、闇の中から聞こえてくる。
闇に包まれている為、福田の方からその姿を見ることはできない。
「はい、つんくは死んだ。後は・・」
「中澤か。」
「ええ、ですがあいつは私が手を下すまでもないでしょう。」
「・・それは、どういう意味だ?」
「私がやらずとも、勇者なっち辺りが勝手に片付けてくれるはずです。」
「フフフ・・勇者なっちか、それもそうだな。」
帝国将軍、その肩書きは偽りの物であった。
この闇に浮かぶ者こそ、福田明日香の真の主にして全ての元凶、魔族の王である。
「つんく、中澤、二人の王が死ねば世界は統べて我が物となる。」
王国と帝国の争い、つんくの死、全ては筋書き通りの物語だったのだ。
全ては闇の思うが侭に・・
「そう言えば、もう一人勇者を名乗る者が現れた様だが…」
「ああ、あのガキのことですか。城で一度拳を交えましたよ。」
「どうであった?」
「我らの計画には何の障害にもなりません。ただの雑魚でした。」
「そうか、ならば良い。」
「では私はそろそろ帝国に戻りますよ、一応将軍ですので・・」
そう言い残し、福田明日香は闇を後にした。
福田は知らなかった。あの時の辻は空腹であったことを。
福田は知らなかった。辻希美の本当の実力を。
ただの雑魚と罵ったその娘が、後に完璧な筋書きを乱す存在となる事を。
闇に閉ざされたムードを、一変させ得る力を持った少女であるという事を!
福田は知らなかった。
そして、帝国の長い一日は幕を開けた。

私達4人は帝国皇城を裏口からこっそり忍び込んだ。
「うまいこと見つからずに忍び込めたな」
「気付かれる前に愛ちゃんをみつけるのれす。」
「よし、行こう。」
なるべく音を立てない様に、皇城の廊下を走る。
「待って、声がするわ。隠れよ。」
梨華の言う通り、前方から二人組の兵士が歩いてきた。
とっさに物置の様な部屋に隠れたので、なんとか気付かれずに済んだ。
「ったく、何で俺達が城で留守番なんだよ。派手に暴れたかったのによ。」
「まあまあ、落ち着いて大谷さん。これも大事な役割ですよ。」
どこかで見た様な二人だった。
「ちぇ、お前はいいよな。昇進して今やキャプテンだもん。」
「ヘヘー、あ、そう言えばさっき将軍が三人とも引き上げてきましたね。」
「ああ、なんでも勇者なっちが攻めて来るからって話だぜ。」
「例のスパイさんの情報ですよね、本当ですかねぇ?」
「さあな、まあ一応用心にこしたことはないだろ・・」
そんな雑談をしながら、二人組の兵士は去っていった。
スパイ?誰の事だろう?
「私の情報に間違いはないですよ、中澤皇帝陛下。」
スパイ新垣里沙は笑みを浮かべて大袈裟に頭を下げた。
彼女は王を失ったハロプロ王国に素早く見切りをつけ、帝国へと渡っていたのだ。
ハロプロ近衛騎士時代に入手した王国の内部情報を売り渡し、
今度はそのコネで、帝国内でのし上がっていた。
「ああ、優秀なスパイが手に入って、助かったよ。」
その情報によって、この戦争も帝国に有利に進んでいた。
さらにいち早く勇者なっちの情報も入り、戦地から三将軍を呼び戻すことができた。
「勇者なっちごとき、私一人でも十分ですよ。」
将軍の一人、福田明日香が相変わらず不敵な態度で言い張る。
「バカが、お前はあいつの強さを知らないんだ。」
なっちの名を聞き、矢口将軍の顔に焦りが浮かび上がっていた。
矢口は以前なっちと共に戦ったことがあり、その実力は身を持って知っていたのだ。
「なつみが敵に回るとはね、厄介なことになったよ。」
「そんなに強い人なんですか、その人は?」
紺野がオドオドしながら尋ねる。
「ああ、それに紗耶香も一緒なんだろ。二人同時に相手するのは厳しいね。」
「心配御無用です。対策は考えてありますよ。」
そう発したのは、スパイ新垣であった。
「ほう、何だ言ってみな。」
中澤に許しをもらい、新垣が前に出て発言をする。
「勇者なっちは現在、その剣を失っていて全盛期の力はありません。」
そう、勇者の剣は現在松浦の手にあった。
「さらに奴の弱点とも言うべき存在を見つけました。」
「誰よそれ?」
「ハロプロの王女、石川梨華です。」
「キャハハ、あんた馬鹿?今から姫様捕らえに行くっての?間に合う訳ないでしょ!」
新垣の発言に、矢口が文句をつける。
「いえ、それがなぜかいるんですよ今、この城の中に・・」
「なんだって!ハロプロ王国の王女がか!」
すると新垣は懐から、小さな受信機を取り出した。
「私はあの女に少し恨みがありましてね、超小型の発信機を付けておいたのですよ。
 あいつが肌身離さず持ち歩いているペンダントにね。」
その反応は確かに帝国皇城の内部を示していた。
「なるほどね、そのお姫様を捕まえて人質にすりゃなつみも手が出せないって訳か。
 よーし、そうとわかりゃすぐに行動だ。行くよ紺野!」
「は、はい!」
恐怖の参謀新垣の策により、吉澤達に危機が迫る。
「愛、どこにいるんだろう?」
広い城内を進む4人には、危機が間近に迫っている事等知る由もない。
「とりあえず、片っ端から部屋を調べてみようよ。」
「そやな。」
「どこからしらべるれすか?」
目の前には三つの扉があった。

紺野の部屋から調べることにした。
一見ごく普通の女の子の部屋に見えたが、よく見るとおかしな物が転がっている。
空手胴着、茶帯、瓦、サンドバック、金魚の水槽、ドラゴンボール全巻。
「にゃははは、おもしろいのれす。」
「あちょー!」
予想通り辻加護は、瓦を割ったりサンドバック叩いたりして遊び出した。
「クリリンが死んじゃったよ〜。」
梨華ちゃんは漫画を読み出すし、こんな事してる場合じゃないのに・・
と思いつつ、私もパクパクしてる金魚を覗き込んだ。
「二重飛びやで〜!」
するとあいぼんが今度は茶帯で縄跳びを始めた。
「ののにもかしてくらはい。」
「うわ、押すな押すな!」
よろけた二人が背中にぶつかった勢いで、金魚の水槽をぶちまけてしまった。
「やっべ、金魚が死んじゃう。」
「あー、水槽の水で漫画が濡れちゃったよ!」
「あいぼん、茶帯がちぎれてしまったのれす!」
紺野の部屋は地獄絵図と化していた。
「行こか。」
廊下に出ると、矢口紺野とばったり鉢合わせしてしまった。
「げっ!」
「あー!お前等はあの時の!」
「あれ、どうして私の部屋から?」
紺野は嫌な予感を察知し、急いで部屋を覗きこむ。
粉々に砕かれ散乱した瓦、穴の空いたサンドバック、水浸しの大好きな漫画。
まるで台風が去った後かのような自分の部屋の姿がそこにあった。
「ここ君の部屋なの、ごめん。金魚死んじゃった。」
プチ・・
「すまんなぁ、茶帯ちぎれてもうた。」
プチ・・
吉澤と加護の弁明に、紺野は固まって動かなくなった。
唯一の友達であったペットの金魚ちゃんが死んだ。
空手家の魂とも言える命より大事な茶帯が引き千切られた。
紺野の精神が崩壊してゆく。
プチン!
「キャハハ、何だよ紺野その変な顔は!」
変な顔して固まる紺野。彼女の中で何かが変わった。
ドーン!
大砲のような紺野の正拳突きで加護は吹っ飛んだ。
「あいぼーん!」
次の瞬間、吉澤にも紺野の正拳突きが入り、派手にぶっ飛ばされた。
「よっすぃー!」
石川と辻の叫び声が廊下に響き渡る。
あの吉澤と加護が一撃でダウンしていた。とてつもない破壊力である。
変な顔した紺野は、突きの態勢で固まっている。
「なんだよーお前、やればできんじゃん!」
見直した矢口が紺野の肩をポンと叩く。
ドーン!
大砲のような正拳突きが矢口にも炸裂した。
「こ、紺野・・お前、なんで私ま・・ゲホッ!」
将軍矢口も一撃KOされた。
気がふれた紺野には、すでに敵味方の区別はなかった。
近づく物を破壊し尽くす格闘マシーンと化していたのだ。
その動きは制御不能で、自ら壁に頭をぶつけている。危険すぎる。
そして次のターゲットが残る二人に定められた。
変な顔したままの格闘マシーンが、一歩一歩近づいてくる。
「13人が〜か〜りのク〜リス〜マス〜♪」
「訳わかんない歌うたってるよ、どうしよう辻ちゃん。」
「やるしかねーのれす!」
勇者ののと王女梨華に最大の脅威が迫る。

王女梨華の新全体回復魔法「ハッピー!イェーイ!」
ハッピーがみんなを包む。吉澤と加護は復活した。
「おおっ!元気が戻ったで〜!」
「梨華ちゃん、すげー!」
「良かった、うまくいった。ハッピー!」
だが喜んでばかりもいられない、格闘マシーン紺野が再び迫って来る。
「ここは逃げた方が良さそうだね。」
4人は一斉に回れ右して走り出した。
すぐ近くにあった食堂に入って、扉の鍵を閉める。
「フゥーこれで一安心・・」
メキメキ!
なんとコンコンは扉を突き破って中へ侵入してきた。
「嘘だろ!なんだよこいつは!」
私達はそれぞれに目に付いたドアから一目散に逃げ出した。
「ハアハア、ここまでくればもうあんしんれすね。」
辻は中庭の様な所まで逃げ延びた。
他の皆の姿が見えない。どうやら逃げるのに夢中ではぐれてしまったみたいだ。
「よっすぃー!あいぼーん!梨華ちゃーん!」
辻は急に心細くなって皆の名を叫んだ。
ガサッ・・
草むらから人の気配を感じ、辻は振り返った。
「13人が〜か〜り〜の〜お正月♪」
その声は暴走紺野のものであった。
よりによって自分の所へ追いかけてくるなんて、なんてついてないんだと思った。
でも逆に考えれば、他の三人は無事に逃げる事ができたという事だ。
私がこいつを倒せばそれで万事解決である。
辻は覚悟を決め、ピョーンソードを持ち直し構えた。
ここなら広いから、思う存分この剣の力を発揮できる。
接近戦に持ち込まれる前に倒せば勝機がみえると考えた。
例え接近戦に持ち込まれたとしても、辻には自慢の腹がある。
「まけないれすよ!」
勇者ののvs暴走コンコン
全てを打ち抜く紺野の正拳突き。
全てをはね返す辻の腹。
常識を覆した者同士二人、矛盾する激突。
ある意味究極の戦いが今ここに実現した。
その頃、加護と石川は城の廊下をさまよっていた。
「よっすぃーと辻ちゃん、ちゃんと逃げれたかなぁ。」
「アイツ等の事や、多分大丈夫やと思うけど、やっぱ心配やな。」
この二人はたまたま同じ方向に逃げたので、はぐれることはなかったのだ。
二人が階段を上ると、目の前に大きな扉があった。
「なんやろここ、開けてみよか。」
石川の返事を聞く前に、加護はすでに扉に手をかけていた。
扉を開けると、そこには豪勢な王座の間が広がっていた。
「ようこそ、ハロプロ王女梨華殿、そしてもう一人のアイちゃん。」
趣味の悪い宝石で彩られた王座に、一人の女が座っていた。
「なんやお前?」
「はじめましてやな、私が中澤帝国皇帝の中澤裕子よ。」
皇帝中澤はゆっくりと立ち上がり、貫禄に満ち溢れた顔で二人を見下ろす。
「あ、あなたが、帝国の頂点の…」
そのあまりの風格に石川は少し気押された。
そして中澤の横には見覚えのある娘が二人並んでいた。
帝国三将軍の一人、福田明日香。
もう一人は数日前まで近衛騎士として王国にいたはずの少女、新垣里沙。
辻、加護、石川、それぞれに危険な遭遇が起きていた頃、
吉澤ひとみは食堂の隣の武器倉庫で休んでいた。
「まいったな、みんなと離れ離れになっちゃったよ。」
この広い城の中で探すのはかなり大変である。
「まぁいいや、あの紺野ってのもいなくなったみたいだし、そろそろ行くか。」
よっすぃーは勢いよく跳ね起きた。

行く前にこの部屋で何か調達しよう。
そう思った私は部屋の中を見渡したが、特にめぼしい物は見当たらなかった。
やっぱり戦争中だから良い武器はほとんど残ってないのだろう。
あきらめて部屋を出ようと出口に向かうと、扉の脇に小さな箱を見つけた。
「なんだろう?」
箱を開けると中には好物のベーグルが入っていた。
「やった!ラッキー!」
私はベーグルを荷物袋の中にしまって、武器倉庫を後にした。
「ううぅ、イテテ・・あ、お前!」
廊下に出ると、将軍矢口がちょうど目を覚ました所だった。
まずったな、もっと早く武器倉庫を出ていれば気付かれずに済んだのに。
でも過ぎた事を悔やんでも仕方ない、勝負だ。
「崖から落としたのに生きてるとわね、今度は確実に殺してやるよ!」
「それはこっちのセリフだ!お前は絶対許さないからな!」
愛を誘拐し、ののを殺しかけ、私も殺されかけた一番の宿敵である。
思えばこの旅も、こいつが村を襲撃したことから始まったんだ。
あれから私も強くなった。もう前みたいにやられっぱなしじゃないぞ。
ついに因縁の宿敵、矢口との決着を着けるときが来た。
矢口はその性格上、出し惜しみすることはない。
はなから最大の技を放ち、一気に勝負を決めに入るタイプである。
そして今回も、もはや定番となったあの構えから入る。
「セクシービーム!!」
これまでの対戦で、吉澤はそれを知っていたので対策もあった。
「飛行機!」
飛行機の形をとり、素早さが大幅アップ!
見事セクシービームを避けてみせた。
「今度はこっちの番だ!プッチ!」
「何!」
吉澤ひとみも最大の奥義で応戦する。プッチバージョン3「恋にKO」発動!
だが、ちっちゃな矢口はその身軽さでプッチを軽々と躱した。
「あっれー、やっぱ隙をついて撃たなきゃ駄目か。」
「おい!お前がどうしてプッチを使えるんだ?」
プッチを見て、矢口は驚きを隠せなかった。その威力を知っているからだ。
「師匠に教わったんだよ。」
「師匠だって!まさか紗耶香・・市井紗耶香か?」
意外な相手から師の名前が出た事に吉澤も驚いた。
1F武器倉庫前廊下にて、吉澤vs矢口
帝国皇城中庭にて、辻vs紺野
そして最後の衝突がここ、王座の間にて始まろうとしていた。
加護と石川の前に立ち塞がるのは皇帝中澤、将軍福田、そして新垣。
「どうして貴方がここにいるの、答えなさい新垣!」
石川は元自国の騎士であった娘が、どうしてこの場にいるのか理解できなかった。
「つんくのいないハロプロ等、クズの集まりでしかないでしょ。
 世の中長い物に巻かれろって事なの、おわかり世間知らずのお姫様。」
微笑を浮かべた新垣が、淡々と答える。
「それで裏切ったというの、酷い。」
「わかりゃしねえよ、てめえみたいな上品なお嬢様にはよ!」
相変わらず不愉快な石川の態度に、新垣は怒りを露わにした。
貧しい家庭で育った彼女は、現実の厳しさというものを身を持って知っていた。
生きていく為には、金を得る為には、地位を得る為には、
コネを使おうが、誰かを裏切ろうが知った事じゃないんだ。
どっかのお姫様みたいに、奇麗事だけで生きていける程甘くないんだよ。
「邪魔者もいないみたいです、予定通り捕らえましょう。皇帝陛下。」
怒りを内に秘め、新垣は中澤にそう告げた。
「ちょっと待てや〜!お前等の好きにはさせへんで〜!」
ミカからぶんどった鎖鎌を振り回し、あいぼんが吠える。
「加護ちゃん。」
「下がっとれや姫さん。ここはうちが相手したる。」
その姿を見て、皇帝中澤が面白そうに笑い出す。
「アハハハハハハ、用があるのは石川よりもむしろあんたの方やで、亜依ちゃん。」
「なんやて?」
「ようやく二人のアイが揃う時が来たんや。」
中澤は大袈裟に腕を広げ、古より伝わる伝承を語り始める。
「二つのアイ、一つになる時、究極魔法発動す。」
究極魔法、その力は一つの国を一瞬で消し去る程と云われている。
ようやく加護は理解した。今まで自分が帝国に狙われていた訳を。
「さあ、私の元へ来い、加護亜依。」
中澤の魔の手が加護に迫る。その時石川は・・

石川は加護の手を引いて、その場を逃げ出した。
「待て!追うぞ福田!逃がすな!」
皇帝中澤が将軍福田を引き連れて、逃げる二人を追いかける。
「どいたどいた!はいからさんのお通りやで〜!」
二人は驚く帝国兵を尻目に廊下を駆け抜ける。
最初は加護を引っ張っていた石川だったが、今は加護に引っ張られていた。
「ねえ、道分かってるの?加護ちゃん。」
「適当や、適当。考えてる場合やないやろ。」
しかし追う中澤は気付いていた、加護があの部屋の方へと走っていることを。
「偶然か、それとも運命が二人を引き寄せているのか。」
加護と石川は、真っ直ぐに高橋愛の居る部屋へと向かっていた。
トクン・・
城の最上階へと通じる階段の前で加護は不思議な鼓動を感じた。
「なんやろ、この感覚は?」
「どうしたの加護ちゃん、急に止まって?」
「ええい、こっちや姫さん!」
「えっ!」
加護は石川の手を引いて、階段を上り出した。
中庭に暗雲が渦巻く。
もう誰にも彼女を止めることはできない、暴走格闘王紺野。
存在そのものが奇跡、可能性∞、お腹いっぱい無敵の勇者辻。
人知を無視したその闘いが始まった。
先手必勝!辻が長く伸びたピョーンソードを振り下ろす。
だがなんと、紺野はそれを手刀で薙ぎ払う。そしてすぐさま辻の懐へと飛び込んだ。
ドーン!
一撃必殺!紺野の正拳突きが完全に辻の腹をとらえた。
そのあまりの破壊力に辻は体ごと吹き飛ばされた。
ばい〜ん!
だが、あらゆる攻撃をはね返す辻の腹によって、同じ衝撃が紺野にも伝わった。
そして紺野も同様に後方へと吹き飛ばされた。
相打ち。だが二人ともすぐに跳ね起きてまたぶつかる。
ドーン!ばい〜ん!
ドーン!ばい〜ん!
ドーン!ばい〜ん!
ドーン!ばい〜ん!
どうやら長期戦になりそうである。
もう一つの闘い、吉澤vs矢口は動きが止まっていた。
互いの最大奥義が外れ、そこで市井紗耶香の名があがっていたのだ。
「どうしてお前が師匠の名前知ってんだよ!」
「紗耶香とは昔ちょっとつるんでた事があってね。」
そこで吉澤は、市井と飯田の昔話を思い出した。
勇者なっちと師匠と飯田さんとマリって人の4人で暗黒竜を倒した話。
「まさか、お前がマリマリマリー?」
「そうよー、伝説の英雄矢口真里様よ。恐れ入った?」
「そんな人がどうして帝国なんかにいるのさ?」
「別に関係ないでしょ、マリーは元々帝国の人間だったし。」
「一緒に旅したんだろ、仲間じゃないのかよ?」
「あの頃はまだ戦争は始まってなかったしね、でも今は違う。」
「おかしいよ、そんなのって!」
「大人には大人の事情があるのよ。さぁ、おしゃべりはここまで・・」
矢口が再び戦闘の構えをとる。
吉澤は単純だから大人の事情とか、そんなややこしいことよくわからなかった。
だから難しい事考えるのは辞める事にした。わかることをする!
「愛を助ける為にお前をぶっ倒す!」
「パッパラパーのアチャー!」
矢口のもう一つの必殺技で第2ラウンドが始まった。
以前はこの技に手も足も出なかったが今は違う。
成長した吉澤は、これに耐えるだけの体力とスタミナを持ち合わせていた。
そのあまりの成長に矢口は驚いた。
最初にピース村で見た時は唯の平凡なガキだった。
それがこんな短期間でここまでの実力者になろうとは想像もできなかった。
だがまだ負ける訳にはいかない。矢口のプライドに火が点く。
「こいつはどうだ!」
矢口の拳が吉澤の体に6連弾で打ち込まれた。
「秘技・四国六県!」
あまりのダメージに吉澤の意識は遠のいていく。
やっぱり勝てないの、嫌だそんなの。負ける訳にはいかないんだ。
薄れゆく意識の中で、吉澤の脳裏にある言葉が浮かび上がった。
四国の県名といえば・・

四国の県名と言えば九州?
薄れ行く意識の中で、一つの答えが導き出された。
「とどめだ!四国六県!」
矢口の荒技が再び吉澤に襲い掛かる。
その時、吉澤の最後の力が奇跡を起こした。
「九州!」
吉澤は攻撃する矢口の片腕を掴み、そのまま一本背負いの様に床に叩き付けた。
「うわああああああ!!!」
全体重のせたその技で、小さい矢口は激しい衝撃を受け、気を失った。
吉澤の起死回生の技(ボケ)が、矢口の技(ボケ)の上をいったのだ。
矢口会心のボケを上回ったのは、アホ帝王の吉澤だからこそ成せる業だった。
「へへっ、勝っちゃった。」
あの宿敵矢口を倒した。自分でも信じられなかった。
「早く皆と合流しないと・・」
吉澤は立ち上がろうとするが体が言う事を聞かず、そのまま前のめりに倒れた。
早く…行かないと…
だが矢口との死闘でもう吉澤に起き上がる力すら残されていなかったのだ。
その時、首に下げたあのペンダントが輝きだした。
「よっすぃーとののちゃん、今頃どうしてるやろ。」
城の最上階にある隔離された一室に、高橋愛はいた。
部屋に設けられた小さな窓から外の景色を眺め、ため息をつく。
彼女はもう一ヶ月以上もここに閉じ込められたままであった。
「なんで私だけこんな目に合わなきゃいけないんやって。もう嫌やよー。」
たった一人、涙で服の裾を濡らす。
この過酷な環境が彼女から笑顔を奪っていた。
「待っててね、愛。私必ず強くなって愛を助けに行くから。」
「ののもれす!ののも強くなるれす!」
思い出すのは、別れ際の二人の約束。
高橋はこの約束だけを唯一の希望と信じて待っていた。
ガチャガチャ!
ふいにドアのノブが激しい音を立てて動き出す。
「誰!?」
この部屋を訪れるのは将軍なのに食事係の紺野くらいであった。
でも彼女は必ず丁寧にノックしてから鍵を開ける。
この様な騒々しい開け方をしたりはしない。
高橋が困惑していると、扉の向こうから女の子の声が聞こえてきた。
「加護ちゃん、早くしないと追いつかれちゃうよ!」
「まあ慌てないで、この程度の鍵、盗賊のうちにかかればちょろいもんやで。」
言った通り、あっという間に加護は針金一本で器用に鍵を開けた。
扉を開くと、部屋の中にはびっくりした顔の娘がいた。
「あなたが愛ちゃんね!」
石川はその娘の顔を見て確信した。
ペンダントで、彼女が吉澤・辻といっしょにいた娘だと知っていたからだ。
「ど、どうして私の名前知ってるんですか?」
「うち等、ののとよっすぃーの仲間や。助けにきたで!」
「え!二人もいるの!?」
「うん、今ははぐれちゃったけど、この城のどこかにいるはずよ。」
よっすぃーとののちゃんが本当に来てくれた!
高橋は信じられない気持ちで胸がいっぱいになった。早く二人に会いたい。
「とにかく今は逃げるのが先やで。」
加護が高橋の手をとって、脱出を促す。
トクン・・
すると、つながれた愛と亜依の手の間で不思議な鼓動が起きた。
二人は驚いて手を離し、互いに顔を見合わせる。
「何やって今の?ピリって変な感じしたよ。」
「まさか、これがあのおばちゃんがゆうてた奴か?」
立ち止まる加護と高橋を見て、石川が急かす。
「どうしたの二人とも?急がないとあいつらが・・!」
「もう遅い。」
扉の前に邪悪な笑みを浮かべた中澤皇帝が立ち塞がっていた。
その横には無表情の福田明日香が控えている。
「ようやく究極魔法を我が物にする時が来たか。」
中澤がゆっくりと三人に近寄っていく。
敵は二人。バラバラに動けば誰か一人くらい逃げる事ができるかもしれない。
石川は加護と高橋に目配せで合図を送った。

高橋を逃がす。
石川も加護も考えは同じであった。
二人は知っていた。吉澤と辻が彼女を救う為にどれだけの苦難を乗り越えてきたかを。
そんな気持ちに応えたかったのだ。たとえ我が身を犠牲にしてでも・・
梨華は聳え立つ中澤に飛び掛かり抱きかかえた。
同様にあいぼんも福田明日香を押え込んだ。
「逃げて!愛ちゃん!」
「ののとよっすぃーの所まで急ぐんや!」
「で、でも、そしたらあなた達が・・」
「いいから行けー!!」
二人の覚悟が、身を震わす愛の胸に伝わった。
「わかった。ありがとう!」
高橋は部屋を飛び出した。それを見て中澤が荒れる。
「くっそー、この小娘が!離せ!」
「なんだ、コノヤロー!」
梨華は猪木で対抗した。しかし中澤姉さんの眼光一閃ですぐにアゴを引っ込めた。
「ごめんなさい、チャーミーペコリ。」
「アハハおもろいなぁ、って言う訳ないやろ!追え福田!」
「行かさへんでぇ〜!」
加護は死にもの狂いで福田を押え込む。
しかし福田は無表情のまま、そんな加護を軽々と持ち上げる。
そして思いっきり地面に叩き付けた。
鈍い音が部屋中に響く。
「加護ちゃん・・」
梨華が呼びかけるが、加護はピクリとも動かない。
そのまま福田は高橋を追って部屋を飛び出した。
「ハァハァハァ」
ずっとあの部屋に閉じ込められていた愛にとっては、走る事すら苦痛である。
それでも愛は、ふらつく足に力をこめ一歩一歩前へ伸ばす。
よっすぃーに会いたい気持ち。ののに会いたい気持ち。
身を賭して自分を助けてくれたあの二人への感謝の気持ち。
それらが高橋愛を動かしていた。
しかし無情にも、後ろから福田が凄いスピードで追いかけてきた。
やだよ、来ないで、誰か、助けて!
「のの〜!よっすぃ〜!」
追いつめられた愛は、大切な幼なじみの名を叫んだ。
その声が、中庭で紺野と死闘を繰り広げる辻の耳に届いた。
「いま、愛ちゃんの声らしたのれす!」
辻は急いで起き上がり、辺りを見渡した。
「ろこれすかー?愛ちゃーん!ののはここれーす!」
返事はない。確認する間もない。再び紺野が迫ってくる。
「もうおまえのあいてしてるらあいらないのれす。」
どこからか台を取り出して二人の間に勢い良く置いた辻は、腕を出して叫んだ。
「腕相撲でけっちゃくをつけるれすよ!」
普通なら、そんな身勝手な勝負に乗りはしないだろう。
だが紺野の格闘家魂が引く事を許しはしなかった。
台の上に肘を叩き付け、手と手を組み合わす。レディーゴー!
「10年はやいのれす。」
勝負は一瞬で終った。辻が紺野を秒殺した。
完全なる敗北が、暴走していた紺野の意識を元へと戻した。
「負けた・・やっぱり私は落ちこぼれだから・・」
「そんなことないれすよ、ののらっておちころれらけろ勇者らもん。」
「ののさん…」
紺野の目には、落ちこぼれだけど強く生きる辻が輝いて見えた。
この人についていこう。この人を目指そう。紺野に新しい道が開けた。
高橋の部屋での一部始終を吉澤はその目で見ていた。
首に掛けたペンダントが石川のペンダントの空間を映し出したのだ。
そこにはあった。ずっと追い求めてきた想い人の姿が。
「愛・・」
さらに上の階から微かに愛の声が聞こえた。
「のの〜!よっすぃ〜!」
愛が呼んでいる。助けを求めている。行かなくちゃ!
吉澤は満身相違の体に力を込めた。
しかし矢口戦のダメージが体の自由を阻む。

さっき見つけたベーグルを食べる。
モグモグ、ベーグル大好き。元気が戻ってきたぞ。
「待ってろ、愛!」
私は階段を見つけ上へと急いだ。
最上階まで昇ると窓の外から愛の声が聞こえてきた。
「よっすぃー!ののー!」
中庭を挟んだ向かい側の屋根の上に、福田明日香に追われる愛の姿が見えた。
私は窓から身を乗り出し、愛の名を叫んだ。
「愛―――――――――――――!!!!」
「よっすぃー?よっすぃーなの?よっすぃ――――――――――――!!」
やっと見つけた。やっと会えた。愛だ。本物の愛だ。
「今行くよー!愛―――――――――――――!!!!」
私は無我夢中で窓に足を掛け、向こう側へと思いっきり飛んだ。
「馬鹿め死ぬ気か、10m以上あるのだ届く訳がない。」
だが福田には想像もできない奇跡が、目の前で現実の物となる。
地上から一本の剣がすごい勢いで伸びてきたのだ。
「飛ぶれす!よっすぃー!」
吉澤は剣の柄を足場にさらにもう一段ジャンプした。
「愛―――――――――――――――!!!」
私は愛に向かって手をいっぱいに伸ばした。
「よっすぃ――――――――――――――!!!」
愛も屋上のギリギリから身を出し、手を伸ばす。
奇跡は起きた。二人の手が空中で繋がった。
そのまま愛に引っ張られて、私達は屋上へ転がりこんだ。
目の前に涙でくしゃくしゃになった愛の顔がある。
「遅いよ、バカ・・」
「うん。」
「ずっと待ってたんやからね・・」
「うん。」
「もうこのまま会えないかもってすっごい心配したんやよ。」
「うん。」
「・・ありがと。」
「うん。」
私は泣きじゃくる愛を思いっきり抱きしめた。
初めて見た愛の涙は、どんなものより美しく見えた。
ずっとずっと待ち焦がれたこの瞬間が、ようやく訪れたんだ。
「愛ちゃーん!!」
中庭からピョーンソードが再び伸びてくる。辻希美を乗せて。
「ののー!!」
ののは屋上に着くなりすぐに、私達の方へ飛び込んできた。
「フワ〜ン!あいたかったよ〜愛ちゃーん!!」
「私も会いたかったよ、ありがとうねののちゃん。本当にありがとうね。」
ののも泣きながら愛と抱き合った。
ピース村の仲良し三人組がようやくここに再会した。
「のの、ナイスアシストだったぜ。」
「てへてへ、キラーパスれす。」
そうやって照れながら、ののは涙眼で微笑む。
ののと一緒ならどんな奇跡でも起こせる気がする。
もう未来の勇者じゃないよ、私にとっては誰よりかっけー勇者だよ。
一番愛する友達と、一番かっけー友達に囲まれて、私は幸せを噛み締めた。
いや、噛み締めるにはまだ少し早いね。
眼前に最後の帝国将軍、福田明日香が憮然と私達を見下ろしている。
こいつとの決着を着けなきゃ、まだ喜ぶのは早い。
これが最後の戦いだ。そんな気持ちで私は再び拳を握った。
「愛は下がってて。のの、行くよ。」
「へい、約束通り強くなったところをみせてあれるのれす。」
「がんばって、ののちゃん、よっすぃー。」
私とののは福田明日香の前に立った。
「感動の再会は済んだか、これでもうこの世に未練はないだろう。殺す。」
無表情、それでいて殺気に満ちた視線で福田は語る。
ハロプロ城ではまるで相手にならなかった。でも今は違う。
「もう負けねーのれす!」
「お前を倒して、皆でピース村に帰るんだ!」

一気に終らせる。プッチとピョーンソードのダブル攻撃!
私とののの全力攻撃が福田明日香にヒットした。
だが福田はまるで効いていない様に、平然と立ち尽くしている。
「無駄だ。人の手で我を倒す事はできぬ。」
どうなってんだこいつは?本当に人間じゃないっての?
「さて、今度はこちらの番だな。」
福田がゆっくりと攻撃の構えに入る。
その時、下の階から兵士達の騒ぎ声が聞こえてきた。
「なっちだー!勇者なっちが来たぞー!」
それは勇者なっちがこの帝国皇城に辿り着いた合図であった。
「なっちさんれす!」
「ねえねえよっすぃー、なっちってまさかあの?」
「そうだよ、暗黒竜を退治したあの英雄なっちだよ。やっと来たんだ。」
私達は伝説の勇者なっちの登場に湧き上った。
「ちっ、どうやら貴様等小物の相手をしてる場合ではない様だな。」
そう言うと福田は、一足で中庭へ飛び降りた。
「いっちゃったのれす。ろうするれすか?」
「もうここに用はないよ。梨華ちゃんとあいぼんと合流して脱出しよう。」
帝国皇城最深部・祭壇の間
巨大な祭壇の右手に気絶した加護が縛りつけられていた。
「離して!どうするつもりなの!」
そして脇の柱には同様に石川が縄で縛られていた。
「おとなしくしてな、お・ひ・め・さ・ま。」
傍に控える新垣が、持っている短剣で梨華の頬をペチペチ叩く。
「もうすぐ福田が愛を連れ戻してくる。そしたら究極魔法の完成や。」
祭壇の中央で、皇帝中澤が高らかに笑う。
すると、その笑い声を止めるかのごとく勢いで扉が開かれた。
「なっちがいる限り、そんなことはさせないべ!」
そこには勇者なっちとその相棒市井紗耶香の姿があった。
「お前が勇者なっちか。」
中澤が現れた二人の元へと歩み寄る。
「どうだ私と手を組まぬか、お前になら世界の半分をやるぞ。」
「悪いけど、興味ないべさ。」
勇者なっちが剣を、市井が槍を構える。
「おっと動くなよ、動いたらあそこの娘が死ぬことになる。」
中澤の指の先に、捕らわれの石川の姿があった。
「梨華姫!」
「ごめんなさい、なっち様。」
石川の首筋には、新垣の握る短剣が据えられていた。
「おのれ、卑怯者!」
「卑怯ではない、これは策という物だよ市井君。」
王女梨華を人質にとられ、勇者なっち達には手出しができなくなっていた。
「君達を殺すのはこいつらや。」
皇帝中澤が印を作る、すると召喚獣が二匹出現した。
「釣り好きの杉本さんとカラスの女房や。行け!」
中澤の召喚獣、杉本と女房が勇者なっちと市井を襲う。
「なっち様!私の事はいいから戦って!」
愛しの王子様が傷つく姿を見るに耐えず、梨華が叫ぶ。
「そうゆう訳にはいかないべさ。」
「こんな雑魚の攻撃なんか屁でもないって。」
二人はそういうが、梨華にはもう耐えられなかった。
また私が足を引っぱているよ、私がもっと強ければこんな事には・・
この縄さえ取れれば、なっち様に迷惑をかけずに済むのに・・
梨華は己の弱さが許せなかった。
「なんらかたいへんなことになっているのれす。」
ピース村三人組は、石川と加護を探して祭壇の間の前に辿り着いていた。
「くっそー、梨華ちゃんを人質に使うなんて、許せねえ!」
「あの人達が私の身代わりになって助けてくれたの、ほっとけないよ。」
「当然助けだす。でも正攻法じゃ難しいし、なにか良い方法はないかなぁ。」
「ののに任せるのれす!」
ののがドアの隙間から気付かれない様にピョーンソードを伸ばした。
ピョーンソードが上手に梨華の縄を切裂く。
なっち達に見とれていた新垣は、それに気付くのが一瞬遅れた。
縄が解け自由になった梨華の平手打ちが新垣をふっ飛ばす。
それを見た安倍と市井の武器が、瞬時に閃光をあげる。
釣り好きの杉本さん、カラスの女房は瞬殺された。
「やったー、うまくいったのれす!」
「辻ちゃん!それによっすぃーと愛ちゃんも!助かったよ、ありがとう!」
私達は部屋に入って、梨華ちゃんと再会を喜び合った。
「サンキュー、いい弟子を持ったよ。」
師匠とも笑顔での再会を果たす。
残る敵は一人、私達はそいつの方へと顔を向けた。
「これでお前の野望も終りだべ、中澤裕子。」
なっちの剣が中澤の袂へと向けられる。
「そ、そんな馬鹿な・・矢口は?紺野は?福田は?何をしとんや?」
「矢口は私が倒したよん。」
「コンコンはののに負けたのれす。」
「福田ってのも、さっきうち等が片付けたよ。」
あの福田を倒したのか、さすが勇者なっちと師匠だ。
全ての策を失った中澤は腰を抜かし、呆然として呟いた。
「くやし涙ポロリ、うちの負けや、殺すなら殺せ。」
それに応じて勇者なっちがゆっくりと剣を振り上げる。
「待って、なっち様!」
すると、梨華が安倍と中澤の間に割って入った。
「もう彼女に抵抗する意志はありません。命までは奪わないであげて。」
「しかし、こいつは貴方の父上を殺した張本人だべさ。それでも・・」
「お願いします。もう嫌なの、殺すとか殺されるとか!」
なっちさんが意見を求めるように私の方を向いてきた。

梨華の言う通りだ。命まで奪うことはないだろう。
私の意見を聞いてなっちさんも承諾したみたいで、剣を下ろした。
「見逃してやるべさ。この娘達に感謝するんだべ。」
命を救われた中澤皇帝は猛ダッシュでこの場を逃げ出した。
こうして中澤帝国との長き戦いに幕が下りた。
「私達が勝ったんですよね、師匠。」
「そうだね。戦争もさっき決着が着いたよ。ハロプロ王国の勝利だ。」
帝国三将軍の不在、異国の武士3人の協力により騎士団の戦いにも決着が着いていた。
ハロプロ王国は中澤帝国に完全なる勝利を収めた。
「あいぼんがつかまっているのれす。あいぼ〜ん!」
ののが捕らわれの加護の元へ走る。私も後に続いた。
「あいぼ〜ん、大丈夫れすか、ケガはないれすか。」
ののに揺さぶられて、加護もようやく目を覚ました。
「おぉ、ののか、大丈夫やケガはあらへん、毛もあらへんが。」
良かった、冗談を言う元気があるなら大丈夫だろう。
ののが笑う。あいぼんが笑う。愛が笑う。梨華が笑う。私も笑う。
みんな笑っている。
みんなで帰ろうね、みんなで8段アイス食べようね。
「姫様、ご無事ですか!」
騎士団長の石黒さんと、宮廷魔導師の飯田さんが梨華の迎えに現れた。
「石黒さん、カオリ!どうしてここまで?」
「貴方を、迎えに、来たの、です。」
「あの・・ごめんなさい。私勝手に城を抜け出して・・でも。」
「もうよろしいですよ、姫様。さぁ我々と共に凱旋いたしましょう!」
「は、はい。」
飯田と石黒に手を取られ、梨華が部屋を後にしようとする。
「梨華ちゃん!」
「よっすぃー、ごめん。約束はまた今度、絶対行くから。」
「うん、待ってるから。」
仕方ないよね、梨華は王女だもん、私達と帰る訳にはいかない。
でももう一緒に旅できないって思うと、なんだか寂しいよ。
今、声を掛けないともう会えない様な気がしてきた。なんでだろう。
梨華を呼び止めよう、私は口を開いた。
「梨華姫!」
その声に私の声は掻き消された。
そうだね、梨華を振り返らせるのは、私じゃないんだ。
「なっち様・・」
勇者なっちの声に梨華は振り返った。
「まだあの時の返事を言ってなかったべさ。」
「え・・」
王女梨華と勇者なっちが見詰め合う。
「なっちも貴方が好きだべ、結婚しよう!」
なっちの告白に、梨華は嬉しくて涙が出てきた。
「はい、なっち様。」
梨華は泣きながらなっちの胸に飛び込んだ。
ハロプロに新しい王が誕生した瞬間であった。
こうして王女梨華は、愛しの王子様と結ばれる事ができた。
私達は皆、二人に祝福を送った。
これがハッピーエンドってやつだね

【ハッピーエンド】

もし時間が戻るなら、あの頃へ戻して欲しい。
彼女が白いほっぺに大きな瞳を輝かせていたあの頃へ。
もうハッピーエンドはやってこない。

あいぼん。

「後始末は私達がするから。」
そう言って、梨華達を送り出した。
私と愛とののとあいぼんと師匠と勇者なっちの6人が祭壇の間に残った。
「おめでとうございます、なっちさん。」
「王様かぁ、いいなあ。」
確かそんな、他愛もない話をしていたと思う。
「もう暗黒竜も帝国もいない、平和な世界がやってくるべ。」
「へいわはすきなのれす。」
平和な世界がやってくる。この時の私は本当にそう信じていたよ。
「なあ、よっすぃー。」
突然あいぼんが寂しそうに俯きながら、私に声を掛けてきた。
「ん、どした?」
「うち、ずっとピース村にいてもええかな。
 うち親も家族もえーへんから他に帰る所あらへんのや。」
眼にうっすら涙を溜めながら、あいぼんが訴える。
私はそんな亜依を抱き締めて言ってやったよ。
家族ならここにいるよって。私もののも皆、お前の事家族の様に思ってるって。
そう言ったらあいぼん、嬉しそうに歯を見せて微笑んだ。
それが最後の微笑みだなんて思いもしなかった。
「今の話、ののには内緒にしてや、恥ずかしいから。」
「わかってる。」
ライバルには格好付ける。やっぱり子供だね。
ののを見ると、勇者なっちとおしゃべりしていた。
「もうるーっとへいわなんれすよね。」
「そうだべ、もうハロプロ王国に逆らう相手はいないからね。」
「ワーイワーイ!」
そこへあいぼんも話に加わる。
「なんやなんや、何喜こんどんのや。」
「もう王国に敵はいないのれす。世界は平和なのれす。」
「なんやそんなことか、相変わらず単純な奴っちゃなぁ。」
私は愛と一緒に笑いながら、その様子を見ていた。
「たんじゅんらないもん。ねーなっちさん。」
「おっと、そう言えば一つだけ厄介な相手を思い出したべさ。」
「だれれすかそれは?ののがぶっとばすのれす!」
「こいつだ。」
トン
「へ?」
なっちの剣が加護の胸を貫いた。
その時何が起きたのか、分からなかった。
勇者なっちの握る剣があいぼんの体を貫通している。
「あいぼん・・?」
「のの・・」
加護の大きな黒い眼に辻の顔が映し出される。
一番の友達で、一番のライバルであった娘の顔。
それが加護の、この世で最後に見た光景になった。
なっちが剣を抜くと、真っ赤な血吹雪が辺り一面に舞う。
「あいぼ――――――――――――――――――ん!!!!!」
ののの叫び声で私は現実に戻った。
私の瞳に信じられないもの、信じたくないものが映った。
さっきまで確かにそこにいた。笑っていた。泣いていた。
たった今、約束したばかりだった。家族だよって。
「うわあああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
あいぼんがもうあいぼんではなくなっていた。
「これでたった一つの懸念、究極魔法も使えない。」
そう語る安倍なつみの表情は、勇者なっちのそれではなかった。
勇者と呼ぶにはあまりに邪悪すぎた。
「終った様ですね、魔王様。こっちも終りました。」
入り口から福田明日香が現れる。その手には首だけになった皇帝中澤がいた。
「トロピカ〜ル!待ちくたびれちゃったよ〜。」
天井から聞き覚えのある声の少女が降りてくる。松浦亜弥。
「言葉を慎め、遊びではないのだぞ。」
「は〜い、わかってま〜す。」
市井紗耶香が松浦を窘める。三人は安倍の後ろに並んだ。
「福田、あやや、それに師匠まで、どうなってんの!?」
「まだわからないのか、ひとみちゃん。」
三人を従えたなっちが邪悪な笑みを浮かべ言い放った。
「世界は我ら魔族の物になったということだ。」
私とののと愛に絶望の戦慄が走る。
「お前達は役に立った。だがもう用済みだ。ここで死ね。」
安倍の合図で、福田、松浦、市井が動き出す。
もうハッピーエンドはやってこない。

 

第4部 真実の章

えーっと、どこまで話したっけな。
ああ、そうそう、あいぼんがなっちに殺された所だね。
まさか統べての黒幕があの人だったなんて、想像もしなかったよ。
そんでもって師匠に福田にあややが敵なんだもん。
正直、もう駄目だって思ったね実際。
こっちは私と愛とののだけなんだよ。
ののは死んだあいぼんを抱えて、泣きじゃくってるし。
私も戦闘の連続で体力的に限界にきてたし、こっちの戦力はないに等しかったんだ。
おまけに相手があの化け物三人だ。どうみたって助かりっこないだろ。
あぁ私も死ぬんだ、アーメン。てな感じだったわけ。
え、じゃあどうして今生きているかだって。
へへー、神様もどうやら私達を見捨ててなかったみたいでぇ〜。
絶妙なタイミングであいつがやってきたの!
もうかっけーの!狙ってたんじゃねーの、てぐらいのタイミングでさぁ。
うん?あいつじゃ誰か分からないって?
バッカねー、あいつったらあいつしかいねえじゃん。
ごっちんだよ、ごっちん。

死を覚悟したその瞬間、私の目の前に金色の刀を持った少女が立っていた。
それを見た福田、松浦、市井が咄嗟に動きを止めた。
「生きていたのか、後藤真希。」
魔王なっちが現れた少女を睨み付ける。
「あんたを倒すまでは死なないよ。」
彼女の声を聞いて私は思い出した。ダンサイの町で出会った娘、ごっちんだ。
福田と師匠の顔色が変わっている。
あややだけは、良くわかってないみたいに首を傾けているが。
「なんなんですか〜こいつ。さっさと殺しちゃいましょうよ。」
深い事情を知らない新入りの松浦に、福田が説明をした。
「そいつは我らが魔族の宿敵である光の末裔だ。そして奴が握るあの刀こそ
 聖剣ハマミエ、我らを滅ぼすことができるたった一つの武器だ。」
ごっちんが光の末裔?聖剣ハマミエ?
あまりに途方もない話に頭が混乱してきた。
だけど、奴等の動きが止まった理由がこれでわかった。
「じゃあここは私に任せて下さい、あややは人間だから無問題。」
緊張感のない松浦が、自らトドメを撃つ役を買って出た。
「いいだろう、お前の力見せてもらうべさ。」
なっちの承諾を得て、松浦がにっこりと微笑んだ。
「痛くない様に一瞬で殺しちゃってあげるからね♪」
あややの手の平が、私達の方に向けられた。
「ファーストkill」
巨大な閃光が私達を包む。
私も愛もののも、ごっちんですら避ける余裕はなかった。
あまりの破壊力に帝国皇城そのものが崩れ落ちる。
ものの一瞬でその場はガレキの山と化した。
「ドッキドキ、やりすぎちゃいました。」
「お前なぁ、手加減てもん覚えろよ。うちらまで怪我する所だったぞ。」
「はーい、ちゃむさん。ごめんなさい。」
「まあいいべさ、これでなっちに刃向かう者はまとめていなくなったべ。」
勇者なっちの名は、大陸全土において圧倒的支持を得ている。
彼女がハロプロ王国の統一王者となって歓迎しない者はいない。
「魔族の王を、人間共が喜んで迎え入れる。滑稽な話だ。」
「長い間、勇者なっちの演技をしてきたのだ。そうでなければ困るべさ。」
「さてそれじゃあ最後の仕事に行こうか、なつみ。」
「ああ、何も知らないお姫様の為に、再び偽りの勇者に戻るべ。」
計画の全てを完遂したなっち一行は凱旋の途についた。
「プハー!」
ガレキの中で吉澤ひとみは生きていた。
「よっすぃー。」
辻希美、高橋愛も生きていた。
「私達生きてるの?どうして?」
あややの魔法が、私達に当る直前に拡散して自ら避けた。
まるで奴等の眼をごまかして、私達を生かすかの様に。
一体何を考えているんだ、あややは?奴等の仲間ではないのか?
「くそっ!また逃がしてしまった・・」
後藤真希が悔しそうに瓦礫を跳ね除け、立ち上がる。
「待ってよ、ごっちん。説明して、これはどういうことなの?」
だがごっちんは避ける様に私の手を払う。
「これは私の問題だ。お前達には関係ない!」
彼女のその態度で私はムカッとした。

口で言っても聞かなそうだから、一発ぶん殴った。
我慢できなかったんだ。何もかも一人で背負い込む彼女の事が。
瓦礫の上に倒れたごっちんが私のことを睨み付ける。
「あんたムカツク。」
「ムカツいてるのはこっちだ!この意地っ張り!」
「何よ!何にも知らないくせに余計な口挟まないで!」
お返しとばかりに後藤は吉澤を殴り返した。
「イッテーナー、コノヤロー!」
私はすぐに起き上がって、また一発殴り返した。
そしてごっちんも殴り返してくる。終には殴り合いの喧嘩になってしまった。
「二人とも辞めてよ!ののちゃん、よっすぃーを止めて!」
高橋が呼びかけるが、辻は加護を抱いたまま反応がなかった。
加護の死は、幼い辻の精神にあまりに大きなダメージを与えていたのだ。
そんな事はお構いなしに、吉澤と後藤の殴り合いは続く。
「いい加減にしろよ!何にもできないくせに!」
「何にも知らないから、何にもできないからムカツいてんだよ!」
その最後の一撃で私達は同時に力尽き、その場に倒れ込んだ。
「ハァ…ハァ…、どうして?無関係のくせにそんなに首突っ込むのよ?」
「・・もう無関係じゃない。もう忘れることはできない!」
あの場面が、目に焼き付いて離れないんだ。
なっちの剣があいぼんの胸を貫いたあの場面が…
「あいぼんの仇を放っておいて、ハッピーエンドなんてできないよ。」
後藤は、吉澤の瞳から止めど無く涙が零れ落ちているのに気付いた。
そんな涙ながらの吉澤の悲痛な叫びが、頑なだった後藤の心を揺れ動かしていく。
「・・私の先生なら、その子を助ける方法を知っているかもしれない。」
「えっ!?」
後藤の言葉に、吉澤、高橋、辻が顔を上げる。
「今何て言った、ごっちん。」
「私の先生なら殺されたお前の仲間を生き返らせる方法を知ってるかもって。」
「本当に!」
「あいぼんらいきかえるのれすか。」
「その可能性があるかもしれない、というだけよ。」
「ののはなんれもするのれす!らからあいぼんをたすけれくらはい!」
辻の顔にいつもの元気が戻った。
「やれやれ、じゃあ行く?先生の所へ。」
「行く!すぐ行く!どこにいるの?」
ごっちんは寝転んだまま腕を伸ばし、上空を指差して呟いた。
「空。」
その頃、吉澤達とは反対側の瓦礫の下から娘が二人、姿を現わした。
「生きてますか〜矢口さん。」
「ん〜、あと10分、あと10分だけ寝させてー。」
寝ぼけた矢口と、彼女をおぶって脱出した紺野であった。
「朝じゃないですよー。あさ美ですよー。」
起こす方もボケていた。
「あぁなんだ紺野か。うん?おいら何で外で寝てんだ?って、なんじゃこりゃー!」
ようやく目を覚ました矢口は、崩壊した城を見て唖然とした。
「ちょっとこれどういうことよ!!紺野、説明して!」
コンコンは実は祭壇の間での一部始終を覗き見ていた。(怖くて出て行けなかった)
それで、とりあえず見たこと聞いたことをありのまま矢口に話した。
勇者なっちのこと、福田の裏切り、中澤の死・・
「裕ちゃんが明日香に殺された・・嘘でしょ。それになつみ達が魔族!?」
当然すぐには信じきれない話だ。だが切り替えの早い矢口はすぐに受け入れた。
「これからどうします矢口さん?もう帝国は滅びちゃいましたし。」
「決まってんだろ!裕ちゃんの弔い合戦だ!あいつら絶対に許さない!」
「えーたった二人でですか。」
「なんか文句ある?あ、思い出した。そういやお前さっき私を殴ったよな。」
矢口が振り返ると、紺野はすでに逃げ出していた。
「コラー待てー!私も一発殴らせろー!」
ごっちんの話によると、その先生ってのは天空の城にいるらしい。
大陸の北に浮かぶ孤島に存在する高き塔を登ってしか、そこへは行けないという。
「腕に覚えのない者は辞めといた方がいいね。」
そう語るごっちんの顔は笑っていない。
脅しではない。どうやらかなり危険な場所の様だ。
「私は近くの町に残って、加護ちゃんを看てるよ。」
「うん、愛はその方が良い。あいぼんのことよろしく頼むね。」
そして吉澤はボコボコに腫れた顔で、同じくボコボコ顔の後藤に微笑んだ。
「私は当然行くよ。」
その顔を見た後藤は口端を少し上げる。
どちらからともなく二人は軽く手を叩く。ここに歪んだ友情が生まれた。
「ののもいくのれす!」
二人の間に辻も割って入る。

「そうだね、ののも一緒に行こう。」
「アーイ。」
インスピの街に愛を残し、私とののとごっちんは船で北の孤島を目指した。
船内で一泊し、翌日の朝起きると海原に目的の島が見えた。
島の中央に細長い塔が雲の上まで伸びている。
「あれが天空へと続く塔だね。ごっちん。」
「そうよ、今は大陸を追われた魔物達の住み処と化しているけどね。」
「モンスターいっぱいいるんれすか?」
「言ったでしょ、腕に覚えがなければ来るなと。」
「ののはモンスターなんかに負けないれすよ、後藤さん。」
私達は島に上陸し、真っ直ぐに塔を目指した。
塔に入ると、早速モンスターの群れが襲いかかってきた。
「足を引っ張る様なら置いていくからね。」
ごっちんは自慢の日本刀で次々と魔物を一刀両断してゆく。
その姿に思わず見とれてしまった。たった一人で戦い抜いてきただけの事はある。
桁外れに強い。これだけの数を相手にして傷ひとつ受けていない。
「こりゃ、負けてらんないや。」
私も気を引き締め、彼女の後を付いて行った。
どれくらい登っただろう、戦闘の連続で数えている暇もなかった。
「後藤さん、ちょうじょうはまだれすか?」
「あと半分くらいかな。」
「えー!まだ半分!」
想像以上にきつい所だった。敵のレベルも上に行く程どんどん上がっている。
本当に私達は天空の城まで辿り着けるのだろうか?
「よっすぃー、お外がきれいなのれす。」
ののが窓の外を眺めていた。私も隣に立ってその雄大な景色を一望した。
外下に広がる海が夕日で紅く染まっていた。
梨華ちゃんもこの夕焼けを見ているのかなぁ・・?
ふいに私は、離れ離れになった仲間の事を思い出した。
「よっすぃーも、この夕焼けを見ているかしら?」
ハロプロ城のテラスに、華やかなドレスを纏った美しい娘がいた。
「どうしたべさ?梨華姫。」
後ろから彼女に声を掛けたのは彼女の婚約者、安倍なつみ。
「あ、なっち様、何でもないです。ちょっと友達の事を考えていて・・」
「三日後の私達の結婚式にその友達も招待すればいい。きっと祝ってくれるべ。」
「はい・・そうですよね。」
ハロプロ国の姫と、新しき王となる英雄の結婚に国中が湧き上っていた。
帝国を滅ぼし戦争を終らせた勇者なっちの人気は、民衆にとって絶対的な物である。
「支持率100%に近い。たいしたもんだよ。」
「そう、だな。」
王宮の渡り廊下で石黒と飯田もその話題を交わしていた。
「つんく王が死に、一時はどうなることかと案じたがこれで一安心だ。」
騎士団長の石黒も他の皆と同様に、好感をもって勇者なっちをみていた。
だが宮廷魔導師である飯田はなぜか顔色が冴えない。
「お前どうしたんだ、あの日からおかしいぞ。」
あの日とは、つんくが暗殺されたあの日の事である。
「いや、何でも、ない。気に、するな。」
それだけ言うと、飯田は石黒に背を向けて自室へと歩き出す。
あの日からずっと、飯田の中にある疑問が浮かび上がっていたのだ。
その疑問とはずばり、つんく王を殺害した人物のことである。
あの日、城への侵入者は福田と暗黒竜しかいなかった。
彼女は魔法による障壁を城全体に巡らせていたので、それを確信できた。
これらの条件から推測すると、暗殺できた人物は一人しかいないのだ。
「だが、あいつは・・そんな、はずは、ない。私は、どうすれば・・」
最悪の真実が飯田を苦悩させていた。
太陽が沈み、深い闇が世界を包む。
残された希望、3つの星はひたすらに塔を駆け上っていた。
「二人とも大丈夫?いよいよ次が最上階よ。」
「フゥー、やっと着いたか。」
「おなかすいたのれす。」
だが最上階で三人を待ち受けていたものが、そんな安堵の気持ちを吹き飛ばした。
「嘘でしょ、どうしてこいつが!?」
漆黒に染まった邪悪な怪物が私達の前に立ちはだかっていた。
「ごっちん、こいつはもしかして・・」
「なっちの仕業か、抜け目のない奴だ。」
暗黒竜。伝説で語られるあの怪物が目の前に。
こんな疲れきった所でこんな化け物に出くわすなんて最悪だ。
と思っていたらののが暗黒竜を見て場違いな感想を述べた。

「うまそうなのれす。」
ヨダレを垂らしたののがフラフラと暗黒竜に近寄って行く。
私はあわててののを止めた。
「危ないって、こんな化け物に勝ってこないよ。」
「けど倒さなければ先へは進めない、それでもいいの?」
「そんなことはわかってる。でも相手はなっちと師匠と飯田さんとマリーの
 4人掛かりでやっと勝てた様な化け物なんだよ。私達だけじゃ・・」
「あれはお芝居だ。こいつはなっちの手足に過ぎない。」
「え?」
「暗黒竜を魔界から解き放ったのはなっちだ。自分で始末する為にね。」
「何の為にそんなことを?」
「これまで町や村を襲った魔物達も同じ。奴は魔物をけしかけ、
 それを自分の手で倒す。そうやって勇者という冠を手にしてきたんだ。」
初めてなっちと出会ったモーコーの町。
デーモン軍団が襲来してきたダンサイの町。
梨華ちゃんが訪れたという魔物に襲われた小さな村。
暗黒竜が現れたつんく王暗殺の日のハロプロ城。
その全てに彼女は関わっていた。全ての場所になっちは存在した。
「じゃあそのためだけに、モンスターに街を襲わせてたっていうの?」
「それが真実だ。」
許せない。絶対に許せない。
「よっすぃー、あいつ食ってもいいれすか?」
腕の中でののが物欲しそうに私を見上げている。
「いい!」
もう腹は決まった。暗黒竜なんかぶっ倒してやる。
「アーイ!いったらっきま〜す♪」
ののは私の腕から飛び出ると、暗黒竜の足にかじりついた。
「おいおい本当に食う気かよ。なんなのあの子?」
「ののはね、世界でたった一人の本物の勇者だよ。」
あの暗黒竜が噛み付かれた痛みでジタバタしている。やっぱりののはすごい。
「ごっちん、今がチャンスだ。いこう!」
暗黒竜はののに気を取られて完全に隙だらけだ。
「プッチ!」
恋にKO!の衝撃で暗黒竜の体が思いっきり仰け反った。
すぐさまごっちんの必殺技が炸裂。日本刀を股間から上部に引き上げる。
「ハマミエ!」
刀から放たれた黄金の閃空が暗黒竜を真っ二つに切裂いた。
「モグモグ、二人とも食べないのれすか?おいしいれすよ。」
「いらん!」
結局ののは一人で暗黒竜一匹を平らげてしまった。
「もう満腹れ動けないのれす。」
「暗黒竜よりよっぽど化け物だな。」
「後藤さん・・」
私達はののを引っ張って、塔のてっぺんへと出た。
そこは雲の上の世界だった。目の前に天空城が聳え立っていた。
「あそこにごっちんの先生がいるんだね。」
「うん、行こう。」
先生ってどんな人だろう?ごっちんの先生ならきっとすげーかっけーんだろうなぁ。
「HO~ほら行こうぜ!修学旅行〜行こうぜ!」
天空城に入ると、小さくて変なおっさんが踊っていた。
「何、あのおっさん?」
「んあ〜先生。」
「おおっ後藤か、ようきたな、まあ座れや。」
「え!もしかしてこのチビ・・いやこの人が…」
「うんそう、先生の岡村さんだよ〜。」
紹介された岡村先生は満面の笑みで仁王立ちしていた。
「先生、彼女が先生にお願いがあるみたい。」
「お、なんや、なんでもゆうてみ。先生にできないことはありません。」
私は早速岡村さんに事情を話した。死んだあいぼんを助けて欲しいと。
「なんやそんなことかい、え〜と無理です!」
「えー!!」
「もうしわけ!」
岡村さんは低い頭をさらに低くしてあやまった。
「そんなせっかくここまれきたのに、あいぼんはたすからないのれすか?」
ののの眼に涙が浮かぶ。私も泣きたくなってきたよ。
「ちょっと岡村さん、なんとかしてあげてよ。」
「そうはゆうてもやな後藤、死人を生き返らせるなんて無理やで。」
「先生はオファー達成率100%なんでしょ、だったらこのオファーもなんとかしてよ。」
オファーという言葉に岡村の表情に変化が・・
もう一押しすれば、なんとかやってくれるかもしれない。

私は岡村さんを誉めちぎって頼んだ。
「かっけー岡村先生ならできますよー。」
「だから無理やて、先生はおだてなんかにのりませんよー!」
「謙遜する所がもっとステキ〜!」
「ほ、ほんま?」
「私達、何でもできる先生が大好き〜♪」
「なんか先生やれる気がしてきましたー!」
テンションが上がってきた岡村さんはまた踊り始めた。
「HO〜ほら行こうぜ!あいぼん助けに行こうぜ!」
「あいぼんたすけにいこうれ!」
つられてののまで一緒に踊り始めた。
「ほらーお前達もやらんか!踊らんと助けに行かんへんで。」
そう言われたので私も並んで一緒に踊った。
「HO〜ほら行こうぜ!あいぼん助けに行こうぜ!」
「おい、後藤。お前もや!」
「んあ〜あたしは関係な・・」
「ごっち〜ん。」
「後藤さん。」
吉澤と辻の訴えかける様な瞳に、断りかけた後藤も渋々横に並んで踊り出した。
「よしよし、お前等これ着いや。」
踊り終えると、岡村さんは変なジャージを持ってきた。
「なんすかこれ、かっこ悪いなぁ〜。」
「アホタレ、岡女ジャージやないか。最強の防具や!」
私は渋々それを羽織った。ののだけは嬉しそうに着替えていたが。
「よっしゃ、それじゃその死人のとこまで案内してくれ。」
「しにんらないのれす。あいぼんれす!」
ののが怒ったので、岡村さんはまたもうしわけと謝っていた。
「またあの塔を降りなきゃいけないの、やだな〜。」
「大丈夫、先生は空間転移魔法を使えるから、一瞬でインスピだよ。」
「そうゆうことや任せとけ、ほな行くで。」
岡村さんは再び踊り始めた。
「HO〜ほら行こうぜ、インスピの町行こうぜ!」
すると周りの景色ぼやけて、やがて見覚えのある街並みへと変わった。
「ここはインスピ?」
私達は天空城から一瞬でインスピの町に転移した。
「しぇんしぇーすろいのれす!」
「言うたやろ、先生にできないことはありません。」
「愛、ただいま〜!」
「よっすぃー!ののちゃん!それに後藤さん!早かったねー。」
私達は岡村さんを連れて、愛の待つ宿屋へと戻った。
「あれ、そこのおサルさんは誰?」
「すんまそ〜ん、てそりゃおさるや!寒いボケさせんな!」
「愛、この人が後藤さんの先生だよ。」
「えー!そうなんですか。私知らなくてつい本音を・・すんまそん。」
「うーん吉澤君。この子、喧嘩売っとんのかな〜?」
「ごめんなさい先生、気を取り直してあいぼんの方をお願いします。」
「ああ、そやね。おさるの物まねする為に来たんやなかった。」
宿屋のベットに呼吸を止めたあいぼんが横たわっていた。
「あいぼん・・」
動かないあいぼんを見て、ののはまた悲しそうな顔して俯いた。
私と愛で岡村さんに詳しい事情を説明する。
ごっちんは壁にもたれ掛かって、もう寝ていた。
「皆が出てる間に私、道具屋で愛の種買ってきてためしたんだけど・・」
愛の種、死者を蘇生させる貴重なアイテムである。
「効果なかったの?」
「せやろな。あれは瀕死を回復するに過ぎん。本物の死者には意味ないで。」
岡村さんが、さっきまでとは打って変わって真面目な顔で話す。
やっぱりごっちんの先生だし、ふざけただけの人じゃないんだ。
「死因は?」
「剣で胸を貫かれて、即死です。」
「そっか、実際に見てみないと対処しようがあらへんなぁ。」
「そう…ですね。」
「吉澤君、ちょっと服を脱がしてや。」
「え?あいぼんのですか?」
「当たり前やろ!」
岡村さんは眉間にしわを寄せて真面目な顔している。
ホントに真面目にやってんのかなぁ?

仕方ないからあいぼんの服を脱がし、上半身裸にする。
膨らみかけた二つの丘陵が露わになる、直前で愛に止められた。
「おさるさん、鼻の下のびてる。」
「な、何を言うんですか!先生はそんなこと一切ない!ましてやお前等は妹分・・」
見るからに興奮してうろたえている。私は再びあいぼんに服を着せた。
「あー、まだみてへんのに!」
「何を見てないんすか?」
吉澤に睨まれて、岡村はまた頭を下げた。
「もうしわけ!」
とりあえず一発平手打ちをお見舞いしといた。
「ほな、本題に入ろうか。」
右の頬に手の平形の痣を作った岡村さんが話を進める。
「こっちの愛の種は効かへんが、魔界の愛の種なら効くかもしれへんな。」
「魔界の愛の種?それどこにあるんすか?やっぱ魔界?」
「人間界にもあるにはある。だが無理や、手に入れるのは不可能や。」
「どこにあるんですか?教えて下さい、私どこへだって行きます!」
「ののもなんらってするのれす!」
しばらく間を置いて、岡村さんは口を開いた。
「暗黒竜の体内。」
私はののと目があった。
「魔界でも最悪最強の化け物や、せやからや無理やて。」
「あのー、それ私達さっき倒したんすけど・・」
「なんやて!何者や自分等!死体はどこにあんねん!」
「ののがくっちまったのれす。」
「お前なにしとん!食うか普通、ありえへんがな。」
「てへてへ。」
「あれ、ということは、魔界の愛の種は今・・」
その場の全員の視線が大きく膨れた辻の腹に注がれる。
「とっとと出してこーい!」
「へい!」
辻がトイレに駆け込む。辻のぶりんこ待ちということになった。汚い話だ。
小一時間程して、辻が種粒を持って出てきた。
「でたのれす。」
「それや、それを加護に飲ませるんや!」
「え、汚い〜。」
「ちゃんと洗ったのれす。さぁあいぼんのむのれす!」
辻は強引に魔界の愛の種を加護の喉に押し込んだ。
「ウ〜ンウ〜ン。」
あいぼんがうなされている。
「あいぼん!」
辻の声に加護が目を覚ます。眉をしかめて言った第一声は・・
「のの〜なんか臭いんやけど?」
「やったー!あいぼんがいきかえったのれす!」
ののがバンザイして喜ぶ。一方で訳も分からないあいぼんは吐きそうな顔してた。
「ものすご気分悪いわ、なんでやろ?」
あいぼんが生き返った。
すごい、びっくりするくらい感動できない。こんなんでいいのだろうか?
「いんでない。」
岡村さんも満足そうに頷いていた。
なにはともあれ、これで皆無事に帰れるんだ。
「せっかくやで、送ったるわ。」
その岡村さんの申し出をありがたく受け、私達はピース村へと飛んだ。
着いた場所は村の入り口手前、あの頃のまま変わっていない。
生き返ったとは言えあいぼんはまだ体調は悪そうなので、ののと愛が先に家に運んだ。
私は岡村さんとごっちんにお礼を言う為にその場に残った。
「ほんじゃ、ここでお別れやな。」
「はい、色々ありがとうございました。」
岡村さんは背を向けて去ろうとしたが、急に何か思い出した様に戻って来た。
「そやそや忘れてたわ、そのペンダントのことやけどな。」
突然、私がずっと首から下げていた青い結晶のペンダントを指してきた。
「いや、やっぱやめとこ。」
「何ですか、気になるじゃないですか〜。」
「聞かへん方がええよ、忘れてくれ。ほいじゃ!」
そう言って、岡村さんは空間転移であっという間に消えてしまった。
後には、私とごっちんだけが残った。
ごっちんもこのペンダントのこと知ってるのかなぁ?
いや、それよりもこれからどうする気だろ?

ペンダントの事を尋ねてみる。
「ごっちんもさ、このペンダントのこと知ってるの?」
寝起きで気だるそうな後藤は、少し考えてから頷いた。
「どんな意味があるの?教えてよ?」
「それで誰か見えた?」
質問を質問で返された。とりあえず素直に答えるか。
「見えたよ、梨華ちゃん。」
「フーン。」
ごっちんはなんだか不機嫌そうに歩き出した。
「ちょっとどこ行くの?私の質問に答えてよ!」
「聞かない方がいい、その方が君の為だよ。」
それだけ言い残して後藤は去ろうとする。
「待って!」
「時間が惜しい、私は行くよ。」
「わかった。もう聞かないから、今日はうちに泊まってきなよ、日も暮れるし。」
見上げると、空はきれいな夕暮れに包まれていた。
「ね、あいぼんのお礼がしたいんだ。」
一晩だけなら、という条件で後藤はその申し出を受け入れた。
帝国滅亡のニュースは辺境のピース村まで届いていた。
さらに、さらわれた村のアイドル高橋愛を助け出した事で、
私とののは一躍村の英雄と祭り上げられた。
だからその日の夜は、村中の皆が月光亭に集まってお祭り騒ぎだった。
さすがにあいぼんはまだ病み上がりなので参加はできなかったが。
「そこれののがエーイっれキラーパスをおくったのれす!」
ののは机の上に立ち上がって、自分の活躍話を皆に語っていた。
私の所へも、旅の話を聞かせてと、ひっきりなしに人が集まってくる。
カウンターで、月光亭のオーナー平家さんと愛とごっちんが話しているのが見えたので、
なんとか人だかりを抜け出して、私もそこへ避難した。
「あ、よっすぃーだ。おつかれ〜。」
「もうまいったよ、さっきからずーっと質問攻め。」
「まあまあ、三人が無事で皆嬉しいのよ。それぐらい我慢しな。」
平家さんが私の前に料理を置いて言った。
ひさしぶりに食べる平家さんの料理は、やっぱりおいしかった。
そして本当に帰ってきたんだって実感した。
「また前みたいに、ずっと一緒に暮らせるんだよね。」
愛が隣で微笑む。それは私がずっと追い求めてきた笑顔。
この村で皆一緒にのんびり暮らす。
私はずっとそれを望んで旅を続けてきたんだ。
そしてそれは叶った。でも・・だけど・・
「余計な事は考えるな。お前はここに残れ。」
私が思い悩んでいると、反対側に座るごっちんが小さな声でささやいた。
「ここにはお前が愛する人々も、お前を必要とする人々もいる。お前の場所だ。」
「ごっちん・・」
「そんな奴を連れて行く訳にはいかない、後は私の仕事だ。」
隣で愛が心配そうに私を見つめる。
平家さんも深刻そうに成り行きを見守っている。
顔の見知った村の皆が私達の帰りをこんなに祝ってくれた。
やっぱりそうなのかな、私はここに残るのが一番いいのかな。
戦争とか、魔族とか、そういうこと全部忘れて、ここで幸せに暮らす。
それが一番なのかな・・
「そうだね。」
小さく頷いた私の一言で、愛も平家さんも喜んでくれた。
これでよかったんだ。
私の旅は終った。
お祭り騒ぎが終ったのは、もう真夜中だった。
ののと愛はそれぞれ自分の家へ、私もごっちんと家に帰った。
ごたごたしてたから家に戻るのはこれが最初だった。
大きな声でただいまって言った。
お母さんはおかえりって抱きしめてくれた。
お父さんは何も言わずにポンって頭をなでてくれた。
ごっちんがいたから堪えてたけど、私は我慢できずに泣いちゃった。
もう遅かったからその夜はそれだけで、私とごっちんは寝室へと向かった。
格好悪い所見られたから恥ずかしかったけど、ごっちんは特に何も言わなかった。
寝室には、お母さんが布団を二つ並んで敷いていてくれた。
私達はそれぞれの布団に入って横になった。

一つの布団で一緒に寝た。
「どうして入ってくるの、狭いじゃない。」
口では文句を言っているが、ごっちんもそれほど嫌そうじゃない。
「明日でお別れだからさ、今日だけいいでしょ。」
そう言って私はごっちんとぴったりくっついた。
ごっちんの柔らかい体の感触が私の皮膚に直に伝わってくる。
頭の中ほとんどごっちん♪
「ZZzzzz〜」
二人は疲れが溜まっていたので、そのまますぐに眠りについた。
しばらくすると、枕元に置いた吉澤のペンダントが光を発し出した。
当然、熟睡する二人にはそんな事知る由もない。
そのペンダントは、対を成すペンダントの主に危機が迫っていることを、
自分の主に知らせるべく、その能力を自ら解放した。
吉澤ひとみに夢を見せる。これまで幾度となく見せてきたあの夢を…
「梨華ちゃん・・?」
気が付くと例の王宮の寝室、目の前に梨華ちゃんの姿があった。
その足元には傷ついた飯田さんが倒れている。
これは一体どういうこと?今お城で何が起こっているの?
話は数時間前に戻る。
飯田は王宮のバルコニーから城下町を眺めていた。
二日後に迫ったなっちと梨華の結婚式準備の為、夜だというのに街は騒がしい。
しかし誰もが幸せに満ち溢れている。新しい王の誕生を心から祝っている。
この幸せを本当の物にする為に、飯田には確かめねばならない事があった。
「ごめんごめん、待たせたねカオリ。」
一人の娘がホールから現れ、飯田の横に立った。
「で、用事って何?」
屈託のない笑顔で話すその娘の名は、市井紗耶香。
勇者なっちの相棒で、飯田にとっても数年来の付き合いの友人である。
「紗耶香、お前に、一つ、確認して、おきたい、事がある。」
異を決した飯田は、いつも通りの片言で切り出した。
「どしたの、あらたまって、何?」
市井に変化はない、さっきまでと同じ笑顔のままである。
「つんく王を、殺したのは・・」
飯田はゆっくりと市井の目を見詰めた。
「お前だな。」
市井紗耶香の顔から笑みが消えた。
「あの日の、あの時間、あの場所、あの条件、全てから、導き出した、答えだ。」
普段は無口でマイペースの飯田が、早口でまくしたてる。
「王の暗殺は、お前にしか、できない。」
飯田が市井を指し示す。真っ直ぐに見詰めるその瞳に迷いはない。
「ア〜ア、どうやら言い逃れはできそうにないみたいね。」
市井は開き直ったかの様に、また笑顔に戻った。
「御名答、つんくは私が殺した。ばれない様に気を付けたんだけど、流石カオタン。」
「ふざけるな!どうして、どうしてお前が!」
「なっちが頼んだんだべさ。」
何時の間にか、バルコニーの入り口に安倍なつみが立っていた。
「なつみ・・」
「なっちが王になるには邪魔だったんだべさ。だから始末してって頼んだの。」
「貴様…!」
飯田は怒りを露わにして安倍を睨み付けた。全身から台風のような魔力がほとばしる。
もう仲間だった、あの頃のなつみと紗耶香ではない。
そこにいるのは自分の君主を殺害した敵だ。飯田はそう認識した。
「残念だべカオリ、人間にしては見所があると思っていたのに・・」
安倍はバルコニーから後方のダンスホールへと飛び、剣を抜いた。
「紗耶香は手を出さないで、カオリとは二人きりで決着を着けたいの。」
安倍の申し出を市井は素直に聞き入れ、二人から少し離れた。
ダンスホールにて、安倍と飯田が向かい合う。
「最初から、お前達は、私を、騙して、いたのか?」
「そだよ、実を言うと暗黒竜もなっちのペットなんだべ。」
「マリは?あいつも、お前達の?」
「あの子は違う。貴方と同じ、使えそうだから利用しただけだよ。」
ずっと騙されていた。ずっと仲間だと信じていた。飯田は4人での旅を思い出した。
飯田の右手に巨大な魔力が集約する。
「なつみ、お前は私が倒す!」
大陸一の大魔導師と称される飯田圭織がついに本気になった。
魔術では飯田の方に分がある。一瞬で接近戦に持ち込む。
そう考えた安倍は即座に間合いを縮めてきた。
勝負は一瞬。わずかに飯田の魔法が安倍のスピードの上をいった。
「ねえ、燃えて」
安倍の全身が炎に包まれる。
魔族でも死を避けることができない程の圧倒的な魔力。
なっちは骨すら残る事なく焼き尽くされ、消滅した。
次の瞬間、飯田は自分の目と耳を疑った。
「さすがカオリ、殺すのが惜しくなってきたべさ。」
安倍なつみがさっきまでと一寸変わらぬ姿で、目の前に立っていたのだ。
「嘘でしょ!どうして?なつみ・・」
飯田は混乱した。確かになっちは自分の魔法によって焼け死んだはず。
だが、そこに居るのはまぎれもなく安倍なつみ本人。
「教えてあげようか、カオリ。」
困惑する飯田を見かねて、離れて見ていた市井が口を開いた。
「なつみは時を駆ける。」
飯田の炎によって消滅しかけたなっちは、時を越え再び元の姿に戻ったのだ。
「この力こそ、なつみが唯一無二の魔王として君臨しうる最大の理由。」
それを聞いても未だ混乱し続ける飯田に、安倍は容赦なく剣を振り下ろす。
「今度はこっちの番だべ。」
なっちの剣が飯田の体を肩口から斜めに切裂く。赤き鮮血を飛ばし飯田は崩れ落ちた。
止めの一撃を与えるべくなっちは剣を下向きに持ち直した。
「バイバイ、カオリ。」
だが、その一撃は空を斬ることになる。
瀕死の飯田は最後の力を振り絞って、その場からワープしたのだ。
「しぶといね、一体どこへ?」
「あの体ではそう遠くへは飛べないはず、おそらくあそこだべ。」
ハロプロ王国の王女石川梨華は自室で一人、考え事をしていた。
これからの事、なっちの事、結婚の事、王国の事、よっすぃーの事。
そこへ突然、傷ついた飯田が現れた。
「カ、カオリ!どうしたの?その怪我!」
「り、梨華様、早く、逃げて・・」
「逃げてって?誰にやられたの!?」
「なつみ・・なっちは、敵です。早く!」
「なっち様!?なっち様がやったの?嘘でしょ!カオリ!」
だが、飯田から返事が返って来ることはなかった。
飛んできた剣が飯田の背中に突き刺さり、飯田は息絶えた。
「カオリ?カオリーン!」
幼い頃から自分の面倒を見てくれていた者の死に、梨華は悲鳴をあげた。
部屋の入り口からなっちはその姿を見下ろしていた。
「残念だよ、梨華。」
「なっち様・・これは一体どういうことですか?どうして・・?」
「君だけには知られなくなかったけど、仕方ないね。やって明日香・・」
「え・・?」
梨華の背後に潜んでいた福田明日香の手が、そっと梨華の後頭部に触れる。
「Never Forget」
梨華の記憶の中から大事な思い出が一つまた一つと消えて行く。
お城での生活・・
初めての冒険・・
初めての友達・・
大事な約束・・
福田明日香の魔法によって梨華は全ての記憶を失い、心の抜け落ちた人形と化した。
「終りました、なつみ様。後の処理はどうします。」
「ありがとう明日香、あとはそこの死体の片付けをお願い。」
「はい。」
福田は飯田の死体を担ぐと、また闇の中へと消えて行った。
残った安倍はまるで人形のように動かなくなった梨華を見詰める。
「せめてあと二日、心を持った君と結ばれたかった・・」
抜け殻となった梨華をベットに寝かせ、なっちは部屋を後にした。
この事件が公に出る事はなかった。
ただ飯田がいなくなった。その事実だけが伝えられた。
兵士達の中にも少しおかしいと思う者がいたが、それ以上の事は何もできなかった。
目撃者もいない、何の証拠もないからだ。
梨華となっちの結婚式まで、あと一日。
遠く離れた地でたった一人、その現場を目撃していた娘がいた。
「梨華ちゃん・・」
吉澤ひとみは体を震わせて上半身を起こした。
(見た)(梨華ちゃん)(悲鳴)(殺された)(飯田さん)(福田)(なっち)
単語の切れ端が頭の中を渦巻いて止まない。
見てしまった。私はとんでもないシーンを見てしまった。
大事な友達に危機が訪れている。
私はどうすればいいの?
ううん、どうすればいいのかなんて本当はわかってる。

私は梨華ちゃんの所へ行く!
吉澤はペンダントを握り締め決意を固める。
翌日の早朝、村の入り口には二人の娘が立っていた。
「どしたの急に、村に残るんじゃなかったの?」
「気が変わったの、行かなきゃいけない事情ができたから。」
「相手は魔族、死ぬかもしれないよ。」
「それでも・・行く。」
「もうあいつは一国の王だ、国中いや世界中を敵に回す事になる。それでも?」
「行く。」
吉澤の意志の固さに、後藤はこれ以上の制止は意味がないと悟った。
二人が村の外へ歩み出そうとすると、後ろから一人の少女の声がした。
「よっすぃー!どこへ行くの?」
振り返るとそこには、息を切らせた幼なじみ高橋愛が立っていた。
「愛・・」
「昨日どこへも行かないって言ったよね。ずっと一緒にいてくれるって!」
私はごっちんに少し待っててと合図を送り、愛の元へ歩み寄った。
そして私はそっと彼女の肩を抱いた。
「私ずっと愛の事が好きだったよ。」
いつまでも届く事のないと思っていた告白、それは最後の告白。
愛は恥ずかしそうに顔を伏せ、下を向いたまま応じてくれた。
「だったら、ずっと一緒に・・」
知らず知らずに涙が出て来て、それ以上は言葉にならなかった。
「ごめん、でも私は・・」
「もういい、行って!早く!」
自分がいくら止めても、吉澤の決意を止める事はできない。
ずっと一緒に生まれ育ってきた愛には、それが痛いほど分かっていた。
もう目の前に映る吉澤ひとみはあの頃の吉澤ひとみじゃない。
こんな小っぽけな村に閉じ込めておいていい人じゃない。
そして今自分が彼女にしてあげられる一番の事は・・
「がんばれ・・よっすぃー。」
高橋愛は涙をこらえ、最高の笑顔を旅立つ幼なじみに送った。
吉澤はすぐに振り返って何も言わず歩き出した。
愛のそんな顔をこれ以上見ていたら、決意が揺るぎそうだったからだ。
後藤も何も言わず、そんな吉澤の横に並んで歩き出した。
これが私の二度目の旅立ち。
最初の旅立ちは村の皆に見送られての旅立ち。
今回はその時その場にいなかった幼なじみ一人に見送られての旅立ち。
本当のプロローグが今ようやく終りを告げた。
高橋愛は見送りの後、辻と加護にもこの事を伝えようと辻宅へと向かった。
ところが辻の部屋では、病み上がりの加護がベットに横になって
ポッキーを咥えているだけであった。
「あれ、ののちゃんは?」
「ふぇー、昨日から見てへんで。」
加護はごろんと寝返りをうって答えた。
「まさか・・」
高橋は何か思い付いたかの様に急いで部屋を出ようとした。
だが、すぐに止まる。
部屋の前にいるはずのない人物が立ち塞がっていたからだ。
「なんで、ここにいるの?」
それは高橋もよく知っている人物であった。
「どしたん、お客さんかぁ?」
高橋の様子がおかしいので加護もゆっくりと体を起こして、入り口を見た。
その人物は、高橋と加護を見て微かに微笑んだ。
朝食の準備ができたと家の者が部屋に呼びに来た時には
もうそこに誰の姿もなかった。
ただ食べかけのポッキーの箱だけが無造作に転がっていた。
吉澤と後藤が村を出てしばらくすると、道の脇に生える大木から声がした。
「おそいよー。まちくたりれたのれす。」
声のした方を見ると、大木の影に辻希美が座り込んでいた。
「のの!あんたこんな所で何してるの?」
「ろうせこんなことらろうとおもって、きのうからマチブセてたのれす。」
辻は二人の前にピョンと飛び出して叫んだ。
「ののを置いてくなんて、そうはいかないれすよ!」
「あのね、すっごい危ないんだよ。今までとは訳が違うんだよ。」
だがののは言っても聞かなそうだ。私はごっちんを見た。
「話聞かない所は誰かさんそっくりだね。」
それって私のこと?やれやれ、仕方ないか。
私達はののを加え、三人で一路ハロプロ王城へと足を進めた。
超駆け足で進んだので、昼過ぎにはモーコーの町へと到着した。

情報屋小川麻琴を尋ねる。
「ちょっとどこへ行くの?」
「この町に知り合いの情報屋がいるんだ。何かわかるかもしれないから。」
「ののもまこっちゃんにあいたいのれす!」
二人の勧めに、後藤も渋々従った。
家の前に、馬車の手入れをしている小川がいた。
「こんちわー。」
「あー、あんた達!」
「まこっちゃん、ひさしぶりなのれす。」
「あんたも元気そうね、今日はどうしたの?」
私は彼女にこれまでの経緯を簡単に話し、情報が欲しいと正直に望んだ。
職業柄あまり動じない性格の小川でも、そのあまりの内容に身震いがした。
「勇者なっちが魔族ですって?」
「嘘みたいな話だけどさ真実なんだ。信じてくれる?」
すると小川は馬車に乗り込んで言った。
「なっちと梨華姫の結婚式は明日よ、あんた達も行くんでしょ、乗りな。」
「まこっちゃんもいくんれすか。」
「当然よ。そんな大スクープ、現場に居合わせなきゃ情報屋の名が泣くわ。」
私達は顔を見合わせて頷き、馬車の荷台に乗り込んだ。
4人を乗せた馬車は超特急で西へ出発した。
日が暮れる。真夜中になっても馬車は歩みをとめない。
辻と後藤はすでに熟睡していた。
吉澤は荷台から、運転席に座る小川に声を掛けた。
「まこっちゃん、変わろうか?」
「いいから寝てなさい。あんた達には明日大事な仕事があるんだから。」
「うん。いつも助けてくれて、ありがとう。」
「馬鹿ね、私は大スクープの為にやってんの、あんた達の為じゃないわよ。」
「へへ、そっか。じゃ寝るね。」
そう言って吉澤は荷台に戻った。
小川は一人、月夜の荒野を眺めながら思った。
自分はあいつ等に借りがある。だから今まで情報を与えてきた。
でも今回は違う。純粋に一人の人間としてあいつ等の力になりたかった。
そして今はこう思う。あいつ等と出会えて良かった。
やがて朝日が再び荒野を照らす。
なっちと梨華の結婚式当日、運命の一日が幕を開ける。
「見えたわ、ハロプロ城よ!」
小川の一声で三人は目を覚ました。
吉澤と辻と後藤は並んで、前方に見える決戦の舞台を凝視した。
これが最後の戦いになる。誰しもの胸に、そんな想いが去来していた。
ハロプロ城下町は、朝だというのにお祭りムードが広がっていた。
「で、どうやってあの難攻不落のお城に忍び込むつもり?」
小川の冷静な意見に三人は顔を見合わせた。
遠目から見ても、お城には警備の兵士だらけなのがわかる。
「正面突破!じゃまするやつはれいいんぶっとらすのれす!」
「・・だな。」
辻の暴言に後藤も同意見の様で、刀を腰に差した。
ごっちんに賛同してもらえたのが嬉しかった様で、ののはてへてへ言ってる。
「ちょっと二人とも!うちらの敵は魔族どもだよ。関係ない人までやるのは・・」
「フーン、気付かれずに侵入する方法があるならいいけど。」
気付かれずに侵入って、そんなのできる奴いない・・
いやまてよ。どこかでそんな奴いた様な・・
保田圭!!
たった一人でハロプロ城に忍び込んだ大泥棒の名が頭に浮かんだ。
確か地下牢に投獄されたはず・・

細かい事にこだわってる場合じゃない。あいつの手を借りよう。
私達はお城の脇にある地下牢入り口へと向かった。
警備はほとんど城に集められていたので、簡単に入ることができた。
ここには嫌な思い出がある。
もう二度と近寄りたくはなかったんだけど、まさかこんな理由で来る事になろうとは。
最深部まで来た時、私は殺気に近い気配を感じて顔をあげた。
闇の中に浮かぶ二つの目がこちらを睨み付けている。
「保田さん?」
「…」
返事はない、だがわかる。彼女は保田圭だ。
獰猛な獣に近いその殺気に、辻と小川は少し後退りした。
ごっちんだけはいつもみたいに平然としている。
でもこの中で彼女と面識があるのは私だけなので、私が話すしかない。
「私のこと覚えていますか?吉澤です。」
その途端、闇の中から物凄い勢いで二つの腕が伸びてきた。
鉄格子がなければ、私の首は跳ね飛ばされていたかもしれない。
「…!」
ようやく見えた彼女の姿は、私の知っている保田さんとはまるで別人だった。
長い牢獄生活により、頬の肉が削げ落ち、すっかり痩せ細っていたのだ。
保田さんはそのつりあがった目で、何も言わず私だけを凝視し続けている。
当然だ。彼女をこんな目に合わせた原因は私にある。私を恨んでいるに決まっている。
「ねえ、やっぱりやめよ、よっすぃー!」
後ろでののの声が聞こえた。悪いけどやめる訳にはいかないんだ。
梨華ちゃんを助ける為なら何だってやってやる。
「保田さん、今からここを開けます。」
「…」
「ハロプロ城に忍び込む為に、あなたの助けが欲しいの。」
「…」
保田さんは何も答えず、ただ私の目を睨み付けている。
ヒュンと音を立て、ごっちんがハマミエを抜いた。
「先に言っておくぞ、少しでも妙な真似をしたらすぐに斬る。」
保田に負けぬ眼光で脅しをつけ、後藤は鉄格子を切裂いた。
もう間に障害は何もない。保田圭はゆっくりと牢獄の中から出てきた。
その瞳はまだ私の瞳を写し出している。何を考えているのかわからない。
「二つ…条件がある。」
しばらくして、ようやく重い口を開いた。
「松浦亜弥に会わせろ。」
「たぶん、嫌でも会える。あと一つは?」
「メシおごれ。」
「うわーすごい兵士の数ですよ、矢口さん。」
「見りゃわかるよ!ポケーっとしてないで口閉じろ。」
元帝国将軍の二人、矢口と紺野もハロプロ城下町にいた。
「本当にこんな中を行く気ですか、すごいですね。」
「馬鹿!お前も一緒に行くんだよ!他人事みたいに言うな!」
「えー嫌ですよ私。やめましょう、ね、やめましょ。」
「おいら、一度決めた事は曲げないって決めてんの!ほら行くぞ!」
ゴッチ〜ン!
勢い良く通りへ飛び出した矢口は、食堂から出てきた娘と激突した。
「いった〜い!」
「お前どこに目つけてんだ!私にぶつかってただで済むとでも・・」
あれ?前にもこんなことあった様な?
デジャブった矢口は、ぶつかった相手を見てまた声をあげた。
「あーまたお前か!」
「んあ〜、あの時の!」
「ごっちん、大丈夫。」
すると彼女の連れと思われる集団が4,5人食堂から現れた。
それを見て矢口は、またまた大声をあげることになる。
「あー!」
「あー!」
指差して叫ぶ矢口を見て、吉澤も矢口を指差して叫ぶ。
「あ、その節はどうも。」
「おいーっす。」
同様に辻の姿を見た紺野も丁寧に頭を下げておじぎした。
「ちょっと〜今度は誰よ、もう。」
また知らない顔の登場に、小川はいい加減呆れていた。
「…」
圭ちゃんは焼き鳥を咥えて様子を窺っている。
飯食ったら、どうやらやつれた頬も元に戻ったみたいだ。
「んあ〜、よっすぃーも知り合いなの?」
「え、ごっちんこそ知り合いなの?」
「ていうか、お前等こそ何でここに一緒にいるんだよ!?」
後藤も吉澤も矢口も、どうしていいのかわからなくなった。

前略 お父様 お母様 お元気ですか

初めての一人暮らし 最初はすごく不安でつらいこともいっぱいあったけれど

新しい仕事もみつかり この街での生活もようやく慣れてきました

今日もたくさんの友達が遊びにきてくれて あみはとっても幸せ者です

サムライさん 将軍さん デメキンさん 大泥棒さん ヒバゴンさん アホ 大食漢

みんな個性的でおもしろい人達ばかり

そのうちお父様とお母様にも 絶対紹介しないので安心してね

では 次に会える日を楽しみにしています

それまで私が無事生きていれば…

あみより

「ヤンジャン、何書いてんの?」
「見るなー!寄るなー!触るなー!出てけーーーーーー!!!」
鈴木あみが一人暮らしするその家は、勝手に武装集団の作戦本部と化していた。
「この大人数だと目立っちゃて、ここしか思い付くとこなかったんだよね〜。」
「知るかっアホ!なんか知らねえが俺まで巻き込むんじゃねえ!」
「ヤンジャン、もう冷蔵庫からっぽれすよ。」
「たった今おめえが空にしたんだろが!まだ食う気か、この飢えるジャンヌダルク!」
「あ、買い出し行くの?じゃあついでに取材用のカメラお願いしていい?」
「行かねーよ!!お前はカメラよりガメラとでも戦ってろ!」
「んじゃ私、焼酎。」
「ババア!!泥棒ならてめえで盗んできやがれ!!」
「あのー、私は・・えーと、そのー、うーん、あのー・・やっぱりいいです。」
「テキパキ言えよ!じれったいんだよ!T-BOLANかお前は!じれったい愛。」
「ねー、さっきからうるさいんだけどー。ちょっと静かにしてくれない?」
「だーれのせいだ!だーれのせいで俺が血管浮かべてまでべしゃってると
 思ってんだコノヤロー!てめえに言われたかねえよ!ヤッホ〜イ!」
「ZZzzz・・」
「寝るなーーーーーーーー!!!!」
あみは血管が一本切れて倒れた。
さっきよった食堂で小川が集めた情報によると、式の開始は午後3時から。
今の時間は午後2時、あと1時間しかない。
あいつが王になったら、それこそ手の出しようがなくなる。これが最後のチャンスなんだ。
「つーかさ、お前等この人数で王国に喧嘩売るのかよ、正気じゃねえって!」
鈴木あみはまだ騒ぎ立てている。
正気じゃないか。普通の人からしたらやっぱそう見えるのかな。
「俺も詳しくは知らねえけどよ、勇者なっちってむちゃくちゃ強えんだろ。
 おまけに何百っつう騎士団に守られてるんだぜ。死にに行くようなもんだぞ!」
あみの意見は正しい。それはここにいる誰もがわかっている。
あらためて現実におこる死を想像させられ、あみのベットで寝ている後藤と
食料を求めて戸棚をあさっている辻を除いた全員の顔が曇っていた。
「な、危ないことはやめとけって。それよりせっかくこんだけ人数集まったんだから
 天空のレストランしようぜ。ほら、俺は北上アミ使うからよ、あみだけに。」
キレた吉澤がロード中にメモリーカードを引っこ抜いて叫んだ。
「何百いようが何千いようが何万いようが関係ない!私は行くよ。」
吉澤のその言葉に矢口も顔を上げて、微笑んだ。
「吉澤なかなかいいこと言うね、私と五分に闘れただけあるわ。」
「五分〜?矢口さ〜ん。私が勝ったっしょ〜。」
データが消え呆然とするあみを尻目に、吉澤と矢口は互いの手を叩きあった。
「おいらも行くよ。なっち止めれるのは矢口しかいないっしょ。」
長い間ライバル関係にあった矢口さんとこうして手を組む日がくるとは
以前なら夢にも思わなかった。だけど味方にしてこんなに頼もしい人もいない。
矢口に続き、パンを口いっぱいにほおばったまま辻も手をあげた。
「ののもひひゅふぉふぇす。」
何言ってるかよくわかんなかったけど、何を言いたいのかはよくわかる。
「つ、辻さんが行くのなら、私もがんばってみます。」
辻を目標とした紺野も精一杯勇気を振り絞って応じた。
「あたしはどっちでもいんだけどね〜、しょうがないから付き合うけどさ。」
一杯やりながら保田も頷いた。
「私は戦う力はないけど、やれることで皆を支援するつもり。」
メモ用紙片手に小川も答えた。
「ぬお〜!!レベル99にしたドラクエ4のデータも全部消えてる!
 あ?何見てんだ!俺はぜ〜ったい行かねえからなコノヤロー!!!」
あみは泣きながら叫んでいだ。
戦力は私、のの、矢口さん、紺野、保田さん、それにごっちんを入れて6人。
「保田さん、それで城内に侵入する方法なんですけど・・」
作戦を立てる為、私は肝心な情報を保田さんに尋ねた。
「さっきの地下牢、あそこに城内に通じる隠し通路がある。」
「え、でもあそこは普通にお城と繋がってるんじゃ?」
私も入った経験から多少知っていた。お城と牢獄は地下で通じている。
「それとは別にもう一つ誰にも知られていないのがあるのよ。」
「そこを使えばバレずに侵入できるんですね。」
「いや今日の警備具合からみて、それは無理ね。」
「じゃあ意味ないじゃん!」
矢口さんが文句を投げつける。私もそう思った。
「だからまず二手に別れる。外から警備の目を引きつけるオトリ役に2人。
 その隙に残りの4人が城内へ侵入する。」
すかさず保田さんが作戦を述べる。
「それしかないみたいね。吉澤、そいつ信用できるの?」
矢口さんの質問を受け、私は保田さんを見た。そして答えた。
「あんまりできないっす。でも、その作戦しかなさそうなんで。」
「やれやれ・・」
そう言って矢口さんはため息をついた。
作戦は決まった。6人を侵入組4人とオトリ組2人に分ける。
話し合いの結果、侵入組は私とののとごっちんと保田さんの四人で、
オトリ役が矢口さんと紺野の二人ということになった。
「なんだよ〜、おいらオトリかよー。」
不満そうに口をとんがらせた矢口さんが愚痴をたれている。
「だって矢口さんのセクシービームが一番派手で、効果的じゃないですか。」
「実力的にも矢口さんなら、安心して任せられるのれす。」
「え、やっぱそう?しょーがねーなーやってやるか。」
上手くおだてて、矢口さんも納得してみたいだ。
「ファ〜話し合い終わった?」
ずっと寝ていたごっちんが、ようやく目を覚ました。
「よし行こう!」
吉澤の合図で、辻・保田・後藤・矢口・紺野・小川は立ち上がった。
「おい!」
戦地へ赴く7人の背中へ向けてあみが声を荒げた。
「勝手に入って来て部屋荒らして、お前等マジむかつくんだよ!
 後で一発ずつ殴ってやるからな!だからそれまで勝手に死ぬんじゃねーぞ!!」
7人は振り向かず右腕を上げてそれに応えた。
娘達の最期の戦いが始まる。
ハロプロ城下町の中央に伸びる大通りに小川は姿を現わした。
新しき王と王妃の誕生を祝おうと、通りは人でごった返している。
「私は少しでも多くの人達に真実を伝える。そのために全てを見届ける。」
小川は目の前にそびえる建物の屋上を見上げた。
その屋上の上では、矢口と紺野が城を見渡している。
「開演10分前、そろそろ時間だね。覚悟はできた?紺野。」
「あの…私は何をすれば…いいでしょう?」
「あんたは変な顔でもしてればいいよ、オトリ役は私がするからさ。」
矢口は自分一人で危険を背負い込む気でいた。
その後ろ姿を見て、紺野は両手で顔を抑えながら考えた。
結局何も変わっていない、矢口さんに頼ってばかり。
私はいつまで経っても落ちこぼれ・・そんなのいけない。
『ののらっておちころれらけろ勇者らもん』
紺野の胸にあの時のあの娘の言葉が重く響く。
「私だって・・私だって落ちこぼれだけど!」
セクシービームの準備をしていた矢口の横を、何かがすごい勢いで飛び出した。
「え?今のって紺野?えーー!!」
ほんとに変な顔してた。あの時みたいに・・
変な顔で暴走したコンコンは、すごいスピードのまま屋根から屋根を伝って
ハロプロ城方向へ一目散に突進していく。恐怖の暴走コンコン再び!
「なんだあれはー!」
「騎士団を城門右翼に集めろ!なにかが襲撃してきた!」
暴走コンコンの突然の襲来に警備兵達は浮き足立った。
ドーン!
一撃の正拳によって屈強な騎士達が次々と吹っ飛ばされていく。
それは、もう誰にも手のつけられないモノと化していた。
城門での突然の騒ぎに民衆は訳が分からず、パニックが起こる。
式の演出と勘違いしておもしろがる者まで出る始末となった。
「やるね〜あいつ、こりゃおいらもウカウカしてられないよ。」
さらに矢口の放ったセクシービームが、そのパニックを後押しする。
「あら、花火ですよ、おじいさん。」
「今度の王様はやることが派手じゃのう。フォッフォッフォッ」
とある家のベランダでは、老夫婦がお茶をすすりながら微笑んでいた。
「楽しくなってきたぜヤッホ〜イ!それもう一発セクシービーム!」
「止めろー!誰か、あの二人を止めろー!」
城門前は紺野と矢口によって確実にお祭り騒ぎとなっていた。
「表が騒がしい、どうやら上手くやってくれたみたいだね。」
地下牢から隠し通路に入った吉澤達にも、騒ぎの音が聞こえてきた。
「時間がない、私達も急ごう。」
保田が先頭に立ち隠し通路の出口へと走る。
出口は、ホコリまみれの倉庫につながっていた。
「さ〜て、警備はいなくなったかしら?」
保田さんが倉庫の扉をわずかに開き、廊下の様子を窺う。
「おや、あれも騎士団か?まずいね、変な格好したのがまだ3人残っている。」
さすがに騎士団全員が陽動された訳ではないらしい。
「3人くらいなら問題ない、一瞬で片付ける。」
ごっちんが物騒に刀を握る。
「隙を突いて、反対側から先に進んだ方がよくない?」
保田さんはそう提案する。二人の間でののは私に尋ねてきた。
「よっすぃー、ろうします?」

「後藤さん、おばちゃん、ちょっろまっれくらはい。」
「のの、あいつらってもしかして・・」
「そうれす!あのときの3人れすよ!」
他の騎士とは異彩を放つ鎧武者の三人組に、私とののは見覚えがあった。
ピョーン洞窟で拳を交えたココナッツの三人だ、事情を話して説得してみよう。
私とののは手を振って、三人に近寄った。
「オ〜ウ、梨華殿の部下ではないですか、おひさしぶりね〜。」
「いや部下じゃないけど…まさかこんな所で会うなんてね。」
「おかげさまで、私達もこの国の騎士として活躍してるよ〜。」
だが、のんびりおしゃべりしている時間はなかった。
「おい!あそこにも怪しい奴等がいるぞ!取り押さえろ!」
後ろから他の騎士達がやってきたのだ。
「なんだ吉澤、お前等敵なのか?」
「違うよアヤカ、私達は梨華ちゃんを助けに来たの。信じてよ。」
そうこうしてる内に、騎士達がどんどん集まってきた。
「まあいい、ここは任せてお前達は先へ行け。」
「え?」
ココナッツの3人が吉澤達と騎士団の間に割って入った。
「ミカしゃん、レファしゃん、アヤカしゃん、ありらとうなのれす!」
おかげで4人は騎士団の妨害を受けずに先へ進むことができた。
「なぜ邪魔をする!お前達はこの国を裏切る気か!」
「違うね、私達はこの国に仕えるのではない、梨華殿に仕えるのだ。」
梨華の意志に導かれた娘がここにもいた。
ココナッツの助けを得て、4人はさらに城内の奥へと進む。
しかし警備の数は圧倒的に多く、あちらこちらから現れてくる。
「いたぞー!周りを囲め!一匹たりとも逃がすなよー!」
「くそ、戦うしかないのか…」
追い込まれそうになったその時、再び聞き覚えのある声がした。
「姫様は2階のダンスホールです!さあここから早く!」
梨華付きの近衛騎士、りんねとあさみだった。
「どうして・・?」
「昨日から梨華様の様子がおかしいの、私達にも反応してくれなくて。」
「姫を救えるのは吉澤殿あなたしかいない。姫をお願いします。」
二人は見ていた。吉澤の事を嬉しそうに話す梨華の姿を・・
二人は知っていた。吉澤と石川の絆の強さを・・
そして全てをこの娘に託そうと決意したのだ。
「わかった、ありがとう、りんね!あさみ!」
りんねとあさみの現れた階段から、一向は2階へと駆け上る。
「梨華様付きの近衛騎士の名に賭けて、あの方達の邪魔は誰にもさせん!」
ここにもいた。梨華の意志に導かれた娘が・・
梨華ちゃん、聴こえている?
君の為に命を賭けて戦う人達の声が…
もうすぐ、もうすぐだよ。もうすぐ行くから。
また一緒に歩いて踊って笑い合えたら、それだけでいいね。

「運命の二人に奇跡を起こす。」
出発の時、ごっちんから伝えられたペンダントの真実が頭をよぎる。
「お前に姫が見えたのなら、それはそういうことだ。」
私と梨華ちゃんがそれぞれの運命の相手。
それを聞いても別になんとも思わなかった。
「運命?関係ないよ。そんなの。」
「じゃあどうしてそこまでするんだ?」
何の為に私はこんなに危険を冒してまでがんばってるのか。
そうだなぁ、あえてひとつ言うなら…
「約束したから。」
一緒に8段アイス食べに行こうってさ。
吉澤ひとみは走る。たいせつな人との約束のため。
扉が開く。
巨大なホールの中央に純白のウェディングドレスに着飾られた石川梨華
そしてその横に漆黒の衣装を纏った安部なつみ
向かい合う吉澤ひとみ、辻希美、保田圭、後藤真希
石川梨華だけが記憶を奪われ人形のように佇んでいる。
「生きていたべか。そのまま隠れて暮らしていればいいものを。」
「言いたい事は一つ!梨華ちゃんは私の!お前にだけはぜってーやんない!以上!」
「まあいい、式の前座ついでに遊んでやるべさ。」
なっちが合図すると市井紗耶香、福田明日香、松浦亜弥が姿を現わした。
もう何の邪魔も入らない。4対4、きっちり決着を着ける。
最後の戦いが始まった。8人それぞれがそれぞれの相手と向かい合い出す。
吉澤ひとみの相手は・・

なっちとやる前に私には越えなければいけない人がいる。師匠、市井紗耶香。
吉澤、市井、どちらからともなく自然に二人は向かい合っていた。
「いつかこんな日が来るかもって思っていた。ひとみちゃん、貴方が私の前に立つ日が。」
「敵と知っていながら、どうして私を鍛える真似なんかしたのですか?」
それが聞きたかった。彼女の真意は一体?
「別に理由なんてない、ただの退屈しのぎよ。」
本当にそうなのだろうか、まるで・・いや余計な考えはいらない。
「私は貴方のおかげで強くなれました。そしてその力であなたを倒します。」
吉澤ひとみのとった構えはプッチ。師である市井直伝の必殺奥義である。
「10年早い。」
市井紗耶香の構えも吉澤と全く同じ、元祖プッチ。
言い換えればそれは、吉澤のプッチ対市井のプッチの激突。
「行きます。」
「プッチが選ぶのは私かお前か、はっきりさせよう。」
吉澤の拳と市井の槍が同時に光りを発する。
「恋にKO!」
「ちょこラブ!」
師弟対決、始まる。
保田圭と顔を合わせたのは松浦亜弥であった。
「ひさしぶりね、亜弥。」
「あっれ〜保田さんじゃないですか〜、そっち側についたんですか〜?」
「別にそういう訳でもないけど、あんたこそどうしたのよ?」
「亜弥は〜なっちさんといる方がおもしろいかな〜って思ったんです。」
「変わってないわね、あんたはあの頃のまま・・」
二人の出会いは、圭がこの城に忍び込んだ夜だった。
ペンダントを盗み逃走しようと入った部屋に、無邪気に微笑むお姫様がいた。
『おもしろそ〜、亜弥も連れてって下さいな。』
彼女は逃走経路を用意して、そのままいっしょに着いてきた。
それから、二人で計画を立てて大陸中を駆け回った。
勇者なっちのつるぎを盗み出すなんて、とんでもないことまでやってのけた。
結果としてそれが二人の明暗を分けることになった。
「あの日ダンサイで、なっちさんに出会えておもしろい事いっぱい教わったの。」
「だからあいつの側についたって訳?」
「うんそう、保田さんもこっち側に来たらどうですか、歓迎しますよ。」
「断るわ。悪いけど私、誰かの下につくのって嫌なの。」
「残念無念、じゃあ殺しちゃってよいのかな〜♪」
松浦の小さな体から、凄まじい量の気が吹き荒れた。
吉澤は市井と、保田は松浦と、そしてなっちの前に立ちはだかる少女は・・
「どきな辻、そいつは私の獲物だ。」
だが後藤の言葉にもその少女は耳を貸そうとしない。
「たとえ後藤さんれも、これらけは譲れないのれす!」
辻希美は安部なつみの前を離れようとしない。
「あいつはあいぼんのかたきれす。ののはれったいにゆるせないのれす!」
「辻・・」
「勇者のなを汚すわるものは勇者のののらたおさなきゃいけねーのれす!」
後藤はずっと辻をただの大食いチビと思っていた。
だが今その目に映る彼女の後ろ姿はまるで、まるで本物の勇者の様。
「決まった?なっちは別に二人まとめてでも構わないべさ。」
「うるは〜い!おまえなんかののひとりれ十分なのれす!」
「のの?ああ、前に勇者ごっこしていた子供がいたな、忘れていたべ。」
魔王なっちは完全に目の前で吠える小さな娘をなめきっていた。
「勇者ごっこはお前れす!ほんろうの勇者はこまっれいる人を助けるのれす!
 ほんろうの勇者はわるいやつをやっつけるのれす!お前らねーのれす!」
「どっちが本当の勇者にふさわしいか試すべか?まあ結果は見えてるけど・・」
辻vs安倍、歴史を変える二人の勇者が、今ここに激突す!
福田明日香の手にはあの剣が握られていた。
保田等によって盗まれ、松浦と一緒に戻って来た勇者なっちの剣が。
「これはね、元々私の武器だったの、闇の末裔である私の・・」
その剣に後藤真希の持つ聖剣ハマミエが反応を示す。
「そう、光の聖剣ハマミエに対を成す闇の魔剣ギンナンよ。」
高らかに語る福田に対し、後藤は興味なさげに髪をかき分ける。
「誰だか知んないけど、あんたの出る幕はないんだよね〜。」
「後藤真希、お前は調子に乗り過ぎた、ここで死ね。」
明日香と後藤、交わることのない二つの星が今ここに交差する。

4つの戦いが幕を開けた。
この中で最初に決着が着いた勝負は?

松浦亜弥の最大奥義が保田圭の体を掻き消していく。
「100回のDEATH」
かつての仲間でも松浦には一切の遠慮はない。邪魔する奴は殺す。
右足を吹き飛ばし、左腕を奪い去り、最後に頭を破壊する。
だが殺ったと思ったその時、松浦の視界から保田圭が消えた。
「あんたを外に出したのは私の責任、あんたも死ぬのよ。」
片腕片足を失い瀕死状態の保田が、松浦の背中にぴったり張りついていた。
「うそ…!」
プッチ バージョン4【ぴたクリ】
「やめろーーーーー!!」
ぴったりくっついた保田の体内から激しい爆発が巻き起こる。
(吉澤、辻、後藤、短い間だったけど、最後にお前等と笑い合えて良かった)
(さよなら・・)
爆発の音に辻が振り向くと、もうそこには保田の姿も松浦の姿もなかった。
「おばちゃーん!おばちゃーん!!」
辻が呼びかけても、もう返事は返ってこない。
「うわ〜ん!おばちゃ〜ん!!」
最後の仲間、大泥棒保田圭は死んだ。
「せっかく部下にしてやったのに情けない奴だべ。」
松浦の死を安倍は悲しむどころか、むしろ笑ってさえいる。
「グスッ、エッ・・お前は仲間が死んでもなんとも思わないのれすか!」
「あいつも所詮は人間、なっちの仲間は紗耶香と明日香だけだべ。」
「お前は最低なのれす!」
辻は涙を拭いて安倍に突進した。互いに持つ剣と剣が交差してぶつかり合う。
「お前には心というものはないんれすか!人でなし!悪魔れす!」
「悪魔・・そうだよ、なっちは悪魔だべさ。」
安倍の表情が一変する。全てを憎むかのごとく冷徹な怒りを秘めた表情に。
「お前にはわからないだろうな・・何不自由なく幸せな人生を歩くお前には・・」
「不自由してるのれす。ご飯が足りなくてすぐおなかすいて不自由れす。」
「…」
「…」
「死ね。」
なっちの右手から熱き光が湧き起こる。
「真夏の光線!」
「うわー!」
あまりに近距離で、回避不可能なその光線は確実に辻を打ち抜いた。
辻はもんどりうって倒れた。
その様子を見ていた福田明日香が口元を緩める。
「なっち様の魔法を受けて生きていた奴はいない、これで残り二人。」
明日香の笑みに後藤は顔をしかめた。
やっぱり辻になっちの相手は荷が重すぎた、私がやっていればこんなことには・・
だが後悔してももう遅い、辻が殺されたのは自分の責任だ。
そんな負の感情が後藤の剣さばきを鈍らせる。
「光の末裔とはこの程度か、後藤真希。」
隙を突いた魔剣ギンナンが後藤の右肩を薄く切裂いた。傷口から血が滲み出る。
さらに明日香の回し蹴りをモロにくらい、後藤は壁際に弾き飛ばされた。
「ゲホッ・・ゲホッ・・」
「お前達はここで全滅するんだよ。」
「うるさい!私は負けてない!それにまだよっすぃーもいる。」
「どうかね〜それももうすぐ終りそうだけど…」
その言葉にハッとして、後藤はすぐ横で戦っているはずの吉澤の方に振り返った。
すぐ横で、市井紗耶香と吉澤ひとみが向き合っている。
プッチのぶつかり合いによって、二人の間の床がひどく焼け焦げていた。
同様に吉澤ひとみの服も所々が焼け落ちている。
一方の市井紗耶香には傷どころか、埃すらついてない程であった。
これが二人の力の差・・
自分は強くなったと思っていた、梨華ちゃんを守り抜けるくらい強くなったと思っていた。でもそれは私が思い込んでいただけなの?
私の力じゃ梨華ちゃんを守る事はできないの?
目の前に立ち塞がるこの人を越える事はできないの?
膝を突いて震える吉澤の目に、人形のように立ち尽くす花嫁姿の梨華が映った。
何もしゃべらない、何の感情も持たない、梨華ちゃん人形。
「梨華ちゃ…」
「がっかりだよ。」
私の声は、その人の呆れた様な声に掻き消された。
「もう少しマシかと期待してたんだけどねー。」
「師匠、私は…」
「もう師匠じゃねえ!私はこんな情けない弟子を持った覚えはないんだよ!」
市井は再び構え直す。
「買い被り過ぎたみたい、もういい、死ね。。。」
プッチ バージョン1【ちょこラブ】
輝きを帯びた球体が私に向かって真っ直ぐ飛んでくる。
私にそれを防ぐ術はなかった。
市井紗耶香は知らなかった。その娘の力を・・
福田明日香は知らなかった。その娘の可能性を・・
安倍なつみは知らなかった。その娘の起こす奇跡を・・
その時点までその場には、明らかに魔族側圧勝のムードが流れていた。このような絶望的状況を希望へと変える存在を、もし人々が勇者と呼ぶのなら、その娘はまぎれもなくそれに値するであろう。

激しい爆音が去り、吉澤は自分がまだ生きていることを悟った。プッチの直撃を受けて助かる見込みはないのにどうしてだろうと思い顔をあげると、目の前には一人の少女の背中が見えた。この背中は以前にも見た覚えがある。吉澤が誰より信頼を寄せる人物の背中。
「のの…」
辻希美は生きていた。安倍の放った真夏の光線は全て辻の腹によって無効化されていた。そればかりではなく辻は吉澤を救う為に市井のプッチすらも反射してみせたのだ。

「馬鹿な・・どうして奴は生きているのだ!?」
魔族側に初めて動揺がみられた。安倍市井ともに己の奥義には絶対な自信を持っていただけに、たかが人間ごときに無効かされたその衝撃はあまりに大きい。福田にしても辻にその様な能力があることに驚きを隠せなかった。
『我らの計画には何の障害にもなりません。ただの雑魚でした。』
そして完全にノーマーク扱いしていた自分を悔いた。
「後藤さん!イマれす!」
辻の声で福田はハッと我に返る。しまった、あいつに気を取られていて完全に自分の相手を見失っていた。そう思った時にはもう遅かった。
福田がギンナンを持ち直す前に、後藤真希のハマミエが福田明日香を一閃した。何物もを弾く魔族の肉体を聖剣の光が消し去っていく。

一瞬の出来事に、安倍と市井は驚嘆の声をあげた。
「明日香!」
あぁ、なっち様と紗耶香の声が聞こえる。薄れ行く意識の中で明日香はなっちとの出会いを思い出していた。魔族として生まれ迫害された自分を救ってくれたのはなっち様だった。
そのときからずっと、理想境を創るというなっち様の夢に、自分の身を捧げる事を誓った。だけどどうやらそれもここまでらしい。
「死ぬな!明日香!」
もうなっち様が何を言っているのかも聞こえない。しゃべる力すら残されていないみたいだ。でも最後にこれだけは伝えておきたい。
(なっちありがとう・・)
福田明日香の最後の意識が言葉になることはなかった。闇の魔剣ギンナンを残し、福田は完全に消滅した。
「どうしてだべ明日香、もうすぐ、もうすぐだったのに・・」
松浦の時とは異なり、福田の死は明らかに安倍を動揺させていた。だがその悲壮な気持ちはすぐに怒りと形を変えて安倍に力を与えていた。福田の忘れ形見となった魔剣ギンナンを拾い矛先を福田の仇、後藤真希へと向ける。
「真希、やはりお前をあの時生かしておいたのは失敗だった。絶対に許さない!」
「それは私のセリフだよ。」

吉澤ひとみは再び立ち上がった。
「のの、私はもう大丈夫だからごっちんを助けてあげて。」
「よっすぃー・・れも。」
「お願い、あの人とは一対一でケリをつけたいんだ。」
吉澤の顔を下から見上げながら、辻はコクンと頷いて後藤の方へ駆け寄っていった。
またののに一つ教えられた。どんなに絶望的な状況でもあきらめちゃいけないってこと。こんな弱い気持ちで師匠を越えられるはずななかった。
「私は勇者ののの相棒だから、この戦い絶対に負ける訳にはいかない!」
(それを教えてくれたのは師匠、あなたです。)
「いい顔だ、それでいい。」
決意を秘めた吉澤の表情に、市井もまた応える。
「ちょこっとラブ!」
「恋にノックアウト!」
立場も境遇も異なる二人ではあるが、共通する意志が存在する。自分の命を賭けても良いほどに純粋で真っ直ぐな意志を持った唯一無二の相棒がいること。その為に自分は絶対に負ける訳にはいかないこと。
「なつみと目指した夢の為に!私は勝ち続けるんだぁー!!」
市井さんの想いがプッチ越しに伝わってくる。果てしない怒りと悲しみに包まれた想い。
だけど私だって負ける訳にはいかないんだ。梨華ちゃんを助けるんだから、その為にたくさんの人が私に力を貸してくれたんだから。全部の想いをこの一撃に乗せて!
「うわああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」
吉澤のプッチが市井のプッチを越える。それは奇跡でもまぐれでもない。単純に市井の意志を吉澤の意志が越えたということ。
「師匠・・」
壁にもたれ倒れ込む師とそれを見下ろす弟子。市井はなぜか笑っている様にもみえた。
「とどめをさせ。」
何の感情もない言葉、これが師からの最後の言葉。

「できないよ。私には・・」
師匠を殺す、その現実を前にして吉澤は動きが止まった。
そんな吉澤の前に寂しい眼をした後藤が現れる。
「いちーちゃん。」
「真希・・」
二人は知り合い?後藤と市井の間に意味ありげな空気が漂っている。
「私が今楽にしてあげるよ。」
市井は何も言わず目を閉じて頷いた。まるでそれを望んでいたかの様に・・
(やっぱりお前しかいないか、真希)
「やめろー!駄目だー紗耶香!」
「いかせねーのれす。お前の相手はののれす。」
叫びながら安倍は駆け寄ろうとしたが、辻に行く手を阻まれ間に合わなかった。
プッチ バージョン2【青春時代123】発動
3本の閃光が市井の体を切裂く。
(ごめんね、なつみ)
安倍の眼に市井の最後の姿が写し出される。
「ごっちん・・」
後藤も顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
『今日から私がなつみの相棒ね、よろしく。』
『君はひとりじゃないよ、ここに私がいるでしょーが。』
『なつみは間違ってないよ、自分の夢を信じなさい。』
紗耶香との思い出がなつみの頭を渦巻く。また、ひとりぼっちに戻った。
その瞬間、なつみの中の何かが音を立てて崩れ落ちた。

夢は終った。
もうこんな世界はいらない。
明日香も紗耶香もいない理想境なんてない。

ハロプロ城に巨大な落雷と旋風が吹き荒れる。
城門前で戦う矢口や紺野や騎士達がその異変に気付き、動きを止める。
見上げると上空に、天を覆う程巨大な暗黒空間が出現していた。
「ちょっと、何よアレ・・」
謎の怪奇現象に民衆はおろか騎士達ですら次々とパニックに陥ってしまった。
その時、矢口の耳に古い仲間の声が聞こえた様な気がした。
(なつみを救って・・)
「え、今のカオリ・・?なによそれ?」
ハロプロ城から数キロ程離れた場所に、その異変を見上げる者達がいた。
「うおーなんじゃありゃー!」
「このままでは魔界の門が開いてしまう、急ぎましょう。」
「でも私達が行った所で何が?」
「愛ちゃん!ののやよっすぃーも戦っとるんや!うちらも手助けせなあかんやろ!」
「そ、そうだね、うん。」
その三人はハロプロ城へと足を速めた。

さらに少し離れた小高い丘の上にも、その光景に見とれる者達がいた。
「トロピカ〜ル♪」
「この国はもう終ったわね。直にここも危なくなる、行きましょう。」
「せっかくだからもう少し見ていこうよ、こんなの滅多にないですよ〜。」
自分が生まれ育った国が滅び行く様を、その少女は面白そうに微笑んで眺めていた。
流石に年配の女性もそれには少し寒気を覚えた。
「あ〜あ、こんなんだったらもう少し遊んでれば良かったなー。」
「冗談じゃない、早めにとんずらして正解だったわよ。」
年配の女性は心底そう感じていた。
魔界の門が開いたが最後、あそこにいる人間はまず命はないと悟っていたからだ。
なっちの暴走によってハロプロ城内は台風の過ぎ去った後の様に荒れ果てていた。
天井には大きな穴が空き、そこから上空が覗ける。
けれど、見えたのは青い空ではなく謎の暗黒空間であった。
辻は口をポカーンと開けてそれを見上げていた。
「なんれすかあれは?」
「まさか魔界の扉!まずい、早くなっちを倒さないと!」
しかし全ての引き金を下ろしたなっちの力は、後藤にも恐れを感じさせる程であった。
「全部消えてなくなってしまえばいいべ。」
なっちが両手を上げ念じるたび、徐々に暗黒空間が地上へと降りてくる。
その時、吉澤は・・

人形のように固まっている梨華ちゃんの元へ駆け寄った。
「梨華ちゃん!大丈夫!」
私は彼女の両肩を掴んで力任せに揺さぶって呼んだ。
「やめて、痛い。」
梨華ちゃんは私の腕を振りほどくと、脅えた眼で私の事を睨んだ。
それはずっと見てきた彼女の眼ではない、眩しく輝いていたあの笑顔もない。
「私だよ・・よっすぃー、吉澤ひとみだよ。」
「誰?」
「助けにきたの。」
「なんで?」
なんでってそんなの決まってるだろ、私は梨華ちゃんのことが…
「本当に全部忘れてしまったの?私の事も、一緒に旅したことも。」
だって約束しただろ、一緒に…
「あの約束も、全部…」
「キャー来ないで!」
私がさらに近寄ると梨華ちゃんは悲鳴をあげて後ずさりした。
まるで暴漢魔を見るような蔑んだ眼で私の事を見ている。
「嘘でしょ。冗談やめてよ。ねえ、梨華ちゃん。」
彼女からの返事はなかった。私はその場に崩れ落ちた。
「伸びろ!ピョーンソード!」
上空に浮かび上がったなっちに向けて剣は伸びていったが、なぜか直前で阻まれた。
「おかしいのれす、こうげきらとろかないのれす。」
「ハマミエ!」
後藤も光の聖剣を振ったが、やはりなっちの手前で消滅した。
強大過ぎる闇の力がなっちを包み込んで、あらゆる攻撃を防いでいた。
「くそっ、このままじゃ・・」
「後藤さん、ろうなるんれすか?」
「魔界と地上が繋ったら世界の終わりよ。」
「せかいのおわり、そんなのいやれす!」
しかし、辻と後藤をもってしても、もはやなっちを止める術はなかった。

矢口真里は焦っていた。
今すぐなっちの所へ向かわなければならない気がしているのに、それができない。
城門にはまだ数多くの騎士と騎士団長の石黒が立ち塞がっていたからだ。
「お前等どけー!もう争ってる場合じゃないだろー!」
「うるさい!我らハロプロ騎士はいかなる事態でも王宮を守り抜くのだ!」
天変地異と言ってもよい現象が起きているというのに、まだこんなことを言ってる。
「矢口さん。あそこから直接行って下さい。」
見かねた紺野が矢口に提案した。ななめ前方のバルコニーを指していた。
「無理よ、あんな所まで届かないって。」
「投げます。」
すると紺野は小さな矢口を持ち上げて構えた。
「ちょ!ちょと待って!わ、わ、うわー!!」
紺野自慢の遠投により、真里は毬の様にバルコニーまで飛んでいった。
どーん、ぐしゃ!
矢口はバルコニーの柱に思いっきり激突して、潰れ落ちた。
「あいつ、後でコロす・・」

起き上がった矢口はバルコニーからダンスホールへと入っていった。
上空に浮かぶなっち、それに身構える辻と後藤、脅える石川、崩れ落ちる吉澤。
あーあ、面倒臭そうな状況だなぁ、ヤダナー。入るなり矢口は嫌な顔した。
「やぐっつぁん!」
意外な所からの味方の参上に、後藤達は驚きの声をあげる。
矢口は二人に軽く手を振って合図し、変わり果てた古き仲間を見上げた。
「ひさぶりだね、なつみ。」
「マリ・・」
なつみは小さく呟いた。
「紗耶香とカオリは?」
「もういない。」
ある程度予想していたので、矢口に驚きはそれほどなかった。
「しっかり者の二人がいなくなって、バカやってた二人が生き残っちゃったか。」
「…」
なつみの上に広がる魔界の門はさらに拡大を続けていた。
「もうやめなよ、意味ないじゃん。」
「…」
しかしなつみは矢口の言葉にも耳を貸そうとはしなかった。
矢口の胸に過去の思い出が蘇ってくる。

なつみと夢を語り合った日のこと
高くそびえ立つ山脈のふもとに、たき火を囲む4人の姿がある。
その日の食事係だった紗耶香はたき火の上でシチューらしきものを掻き回していた。
その傍らではカオリが目をつぶり瞑想(交信?)をしている。
いつものことなので、もう皆慣れっこだ。
少し離れた所に朽ちた大木が横になって倒れている。
私はそこに腰を下ろし、夕飯ができるまで目の前の景色を眺めていることにした。
連なる山々の中でも一つだけ群を抜いて高く伸びた岩山がある。
そこが私達4人の最終目的地、暗黒竜の住み処。
明日には突入できる距離まで近づいていた。私は少し寒気を覚え、身を震わした。
「怖いの?」
後ろから声がしたのでハッとして振り向くと、そこになつみが立っていた。
「こ、怖くなんかないよ!」
精一杯の強がり、声が震えていた。
なつみはちょっと笑いながら、私の横に座ってきた。
「なっちは怖い・・」
驚いて見返ったなつみの横顔はどこか悲し気だった。
いつも笑って私達を引っ張って来た彼女の、そんな顔を見たのはその時が初めてだった。
「そうだよねぇ、これが最後の夜になるかもしれないし…」
たった4人であの化け物に挑むことが、どんなに無茶な事かというのはわかっていた。
3ヶ月前、私は暗黒竜討伐隊の一兵士として帝国から出陣した。
だが百近くいた討伐隊は私一人を除いて全滅した。
あの時なつみ達と出遭っていなければ、きっと暗黒竜の手によって私も…
「マリはどうして戦うの?」
なつみの問いかけに私の意識は再びこの場に戻された。
「そりゃあ決まってるじゃん、暗黒竜退治なんてしたら一気に英雄よー。
 ピョーンと出世して、もしかしたら将軍にまでなれるかもしれないし。」
「そうだね、なっちもピョーンって勇者だべさ。」
私が腕一杯に広げてジェスチャーしたら、なつみも笑いながら真似をしてきた。
それが妙におかしくって二人で爆笑しちゃった。
そしたら、こっそり聞いてたのか、向こうでカオリの奴がため息ついてた。
「なんだよー!なんか文句あんのかー!」
「アハハ、ノーテンキでうらやましいだって。」
私が怒鳴りつけると、瞑想中のカオリの代わりに紗耶香が笑いながら応えた。
「ブー、どうせうちらはノーテンキだべさ。」
「ちょっとなつみ、私まで一緒にしないでくれる。」
「あ〜ひどーいマリ、裏切り者〜!」
その夜、私はなんだか目が冴えて寝床を抜け出した。
するとさっきの大木の所になつみが座っているのが見えた。
「どうしたー?まだ寝ないの?」
近寄って声を掛けるとなつみはちいさく首を振った。
「なんかさ、明日の事考えると寝れなくて。」
「だよねー私も私も。てか普通そうじゃない。命懸けの戦いの前日にイビキかいて寝てる
 紗耶香がおかしいんだって。カオリは…まああいつはいつも寝てるみたいなもんか。」
「フフフ、こっちがうらやましいべ。」
そのまま笑いながら私はなつみの横に座って、満月の夜空を仰ぎ見た。
「そういえば、なつみはどうしてなの?」
「ん?何がだべさ。」
「ほら、さっき私に聞いたこと、どうして戦ってるのって。」
急に思い出して何気なく聞いたつもりだったけど、なつみはなぜか悲し気な顔をした。
「あ、ごめん、言いたくないならいいよ。」
「ううん、そんなことない。なっちはね…夢の為かな。」
「夢?」
なつみはしばらくうつむいて、そして顔をあげて語り始めた。
「なっちの夢はね、誰もが笑って暮らせる理想郷を造ること。」
月明かりに照らされて、誇らしく夢を語るなつみは私の眼に何より美しく見えた。
「あの夢は…あの頃のなつみは…どこへいったんだよ!」
回想から戻った矢口は、大粒の涙を眼にためて叫んだ。
魔界の門に手をかざし見下ろす魔王なっちは、何の感情もない声で答える。
「夢は目の前まで来ていた。複数の王がいれば争いが起こる。だから一度無に戻す。
 なっちがたった一人の王として世界を平和に導く。もうすぐそれが実現できたのに・・」
なっちは、後藤、辻、そして吉澤を睨み付ける。
「このガキどもが邪魔をしたせいで!ぜんぶ無駄になってしまった!
 紗耶香も明日香もいない世界なんてもういらない!全部なくなってしまえばいい!」
なっちの激情に合わせて、魔界の門から暗黒の流星が降り注ぐ。
「危ない!みんな避けろ!」
矢口の声に後藤、辻は柱の影に身を寄せる。
「梨華ちゃん!」
一旦は身を隠した吉澤だったが、身動きせず立ち尽くす梨華を見て飛び出した。
「早く!こっちへ!」
吉澤は抵抗する梨華の腕を強引に引っ張って、助け出そうとした。
しかし、流星の衝撃によって崩れ落ちてきた天井の瓦礫が二人の上へ・・!
「よっすぃー!!」
辻の悲鳴がホールをコダマした。
痛い…それに重い、体が引き千切れそうだ。
でも目の前に梨華ちゃんの顔があるだけで元気が湧いてくる。
へへっ、なんで?って顔してるよ梨華ちゃん。
「なんで?」
ほらやっぱりね。怪我してなくて良かった。
「言っただろ、助けに来たって。」
「私はあなたを知らない、どうしてここまでしてくれるのか知らない。」
「私は知ってる。たとえ梨華ちゃんが私を忘れても私は忘れない。」
「なんで・・?」
梨華の眼から静かに涙が零れ落ちてくる。
瓦礫の中で、吉澤は梨華の上に覆い被さり潰されない様に支えていた。
そのおかげで梨華にはたいした怪我はない、しかし吉澤は…
「あなたを知りたいよ…」
人形は涙を流さない、生きている梨華ちゃんは泣きながらそうつぶやいた。

ほっぺにチュッてした。
(知ってる、シンデレラは王子様のキスで目を覚ますんだよ)
(あれ、白雪姫だったっけ)
(まぁいいや、梨華ちゃんも目を覚ませ)
唇に伝わる頬の感触は、涙で濡れていてしょっぱかった。
瓦礫を支える体もそろそろ言う事を聞かなくなってきたみたい。
ごめんね梨華ちゃん、結局君を助けられなかった。
でも最期に一緒にいれて良かっ・・
吉澤の瞳から零れ落ちた涙が、梨華の胸元にかけられたペンダントの上に落ちる。
すると、二人の持つペンダント同士が反応し合い輝きを増した。

【ペンダントは運命の二人に奇跡を起こす。】

膨れ上がった光の輝きが、二人を瓦礫の上に跳ね上げる。
突然の出来事に私は何が起こったのかわからず、頭が真っ白になった。
そんな真っ白の頭の中に、その声は入って来たんだ。
「よっすぃ〜。」
その声はまぎれもなく梨華ちゃんの口から発せられている。
照らされた光の中で二人は見詰め合っていた。
「私がわかるの、梨華ちゃん?」
「わかんない、わかんないけど、なぜか急に頭に浮かんで来たの。」
「お願い、もう一度言ってくれる。」
「え、うん・・よっすぃー。」
私は嬉しくって、彼女を思いっきり抱きしめた。
名前だけだけど梨華ちゃんが私の事を思い出してくれた。それが最高に嬉しかった。
「コラーそこのカップル!こんな時にイチャつくなー!」
矢口さんの怒声で私は慌てて手を放した。うわー皆に見られてしまった。
「よっすぃーぶじれよかったのれす!」
ののは気にせず笑っているが、ごっちんはちょっと呆れてるみたい、ごめん。
「世界の終わりが近づいているって時に、お前等は何やってんだ!ほら来い!」
私は矢口さんに引っ張られて戦線に復帰した。
「もう覚悟は決めた。なつみを倒すしか方法はない!」
「どうやって、私のハマミエも何も通じないのよ?」
ごっちんの問いに誰も答えることができなかった。なっちを倒す方法がない。
「あのれすね〜ののは〜」
もぞもぞと辻が何か言おうとした声は、入り口から現れた者の大声に掻き消された。
「姉ちゃん!!」
肩で息をしたユウキがそこにいた。そしてその後ろには・・
「よっすぃー!ののー!」
「亜依ちゃんマン参上!」
私達の名を呼ぶ愛と変なポーズを決めたあいぼんが立っていた。

吉澤達がピース村を旅立った後、二人の前に意外な人物が姿を見せた。
愛もよく知っていて、そこにいるはずのない人物。
「どうしてここにいるんですか、後藤さん?」
旅立っていったはずの後藤の姿を見て高橋は驚いた。
様子がおかしいと、加護もベットから体を起こしてその人物を見た。
「ちがうで愛ちゃん。こいつはユウキや!ひさぶりやな〜。」
「え、後藤さんじゃないの?そういえば髪が短くなってる様な・・」
「やっぱり姉ちゃんここにいたんですね、気配を感じた通りだった。今どこに?」
ユウキは姉の真希の気配を追って、ピース村へと辿り着いたのだった。
「後藤さんなら、またハロプロ城へと旅立ってしまいましたけど。」
それを聞いたユウキはきびすを返して、走り出した。
「おーい、ちょい待てや。せっかくやからうちも連れてけー!」
「ま、待ってよ、じゃあ私も行く!」
こうして3人は一路ハロプロへと向かうことになった。
この二人が究極魔法の二人とユウキが知るのは、ずいぶん後になってからであった。
私とののは、愛とあいぼんとの再会に賑わった。
そして生き別れになっていた姉弟ごっちんとユウキも再会を果たした。
「あんた、もしかしてユウキ・・生きていたの。」
「うん、ソニンて人に拾われて、なんとか。」
「だからのん気にしゃべってる場合じゃないって言ってんだろ、お前等〜!」
矢口さんのきついお叱りに私達は現実に戻された。
「状況は大体わかってます。この二人を連れてきて正解でした。」
するとユウキが愛と亜依を指して語り出した。
「あれを破壊するには究極魔法【愛のビッグバンド】しかありません。」
二人のアイが念じる事で発動する究極魔法、だがその威力は国一つを一瞬で消す程。
「無理だよ。こんな所で使ったらこの国がなくなっちゃうよ!」
「仕方ないですよ吉澤さん、このまま魔界の門が開けば世界全部が滅んでしまう。
 被害がこの国だけで済むならそうするべきです。他に打つ手はないんです。」
確かにユウキの言う事は正論だ。でも・・そんなのって。
私が悩んでいるとののが耳打ちした。(あれやってもいいれすか)私は決断した。

あの禁呪の封印を解く。
「愛!あいぼん!究極魔法なんか使っちゃ駄目だ!あれは滅びの魔法だよ!
 世界が救われたって私達皆死んじゃったら意味ないよ!みんなで生き残るんだよ!」
「だけど他に方法はないんですよ!吉澤さん!」
ユウキの反論に、私はののと顔を見合わせて大声で叫んだ。
「のの!あいぼん!死ぬよりマシだ。アレを許す!」
私達の笑顔を見て、あいぼんも気が付いたようだ。ニタ〜と笑い出した。
加護は辻の元へ駆け寄って、二人は手を繋いではしゃぎだした。
「やるか、のの!」
「へい、あいぼん!」
私は他の皆に危ないから下がってと呼びかけ、避難させた。
「ちょっとちょっと、何するっての!?」
矢口さんは訳も分からず大声で騒ぎ立てている。
「んあ〜、嫌な予感がする。」
ごっちんは勘が鋭い。梨華ちゃんはまだボーっとしている。
愛は何も言わず手を組んで祈っている。二人を信じているのだろう。
「何をする気か知らないけど、常識的な魔法では奴には通じないんだよ!」
ユウキはまだ反論してくる。だから言ってやった。
「じゃあ打ってつけだね。あのコンビは世界の常識すら覆す。」
異変に最初に気付いたのは、城門で奮闘していた紺野であった。
彼女は知っていた。そのありえない出来事を一度、身を持って経験していたから。
ポカーンと開いた口が事の重大さを物語る。
ある意味魔界の門より恐ろしいモノが天空から降り注いで来たのだ。
コンコンはダッシュでその場を逃げ出した。

「ぶりんこう○こが輝いてみえる〜♪」

どこの世界にこんな恐ろしい魔法があっただろう・・
辻と加護はさも嬉しそうに笑いながら踊っている。
魔界の門も、世界の常識も、PTAもお構いなしに、笑いながら踊っている。
「いやああああああああああ!!!なんだべさ〜!!」
当然なっちは半狂乱にうろたえて泣き喚いていた。
しかしどうすることもできない、無数のぶりんこメテオがなっち目掛けて降り注ぐ。
「もーーやだーーー!!!」
あまりの恐怖に気がふれたなっちは、無意識の内にその場から消滅した。時を越えて…
なっちが消えると開きかけた魔界の門も消滅した。
ぶりんこは世界を救った。
「楽しいなぁ、のの。ぶりんこ〜♪」
「うん、あいぼん。う○こが〜♪」
なっちも魔界の門も消滅したというのに、二人は仲良く踊り続けていた。
「こんな楽しいのがいつまでも続いたらええなあ。輝いて〜♪」
「そうれすね、いつまれもいっしょにね。みえる〜♪」
「いつまでも続かれてたまるかぁ!お前等いい加減に止めろー!!」
鼻と口にハンカチをあてた矢口さんは、耐え切れずジタバタもがいていた。
二人が踊り辞めた時には、ホールは文章にするのもためらう程酷い有り様になっていた。
ごっちんもユウキも愛もすでに廊下へ避難していた。
ただ梨華ちゃんだけが、その光景を見て何かを呟いていた。
「…シナイヨ」
「え?今なんて言ったの、梨華ちゃん。」
「…しないよ、私。」
目の前に広がる非常識な光景が梨華の頭から記憶の鍵を引き出した。
浮かび上がったひとつの言葉は、それに連なる言葉の群を浮かび上がらせる。
蘇る言葉の群はやがてひとつの思い出となり、ひとつの思い出は別の思い出を呼ぶ。
思い出の連鎖が梨華の心に結びつき、それは記憶となる。
「忘れたり…しないよ、よっすぃー。」
梨華はひとみの胸に飛び込んだ。
「くそっ、グレてやる。」
死闘の後、ユウキは姉の命令でホールの掃除をさせられていた。
ひとみ、梨華、希美、亜依、愛、真里、真希は廊下に輪になって座り込んだ。
戦いに疲れ、もうみんなクタクタだった。
「んあ〜信じられない、私達生きてるんだねぇ。」
「そうだ!We’re Alive!」
誰の顔にも笑顔が戻っていた。戦いは終ったんだ。
「でもみんなにはどう説明するの?結婚式こんなめちゃくちゃになっちゃってさ。」
「う〜ん、どうしましょう?」
矢口の問いかけに石川は首を傾げた。あまり悩んでなさそうだ。
「おーし、ここは私に任せて!」
「え、何かいい考えあるの、吉澤。」

勢いで言っただけで、ホントは何にも考えてない。
「えへへ〜。どうしましょうか?」
「ないんかい!だったらおとなしく座ってろ!」
矢口さんに突っ込まれて私が座ろうとすると、梨華ちゃんが私の手を取ってきた。
「私に任せて。行こ、よっすぃー!」
突然、梨華ちゃんは私を引っ張ってバルコニーへと駆け出した。
城下は、あまりの事態に戸惑う兵士や民衆でざわめいていた。
「みなさ〜ん、聞いてくださ〜い!」
突然の王女の声により、人々は騒ぎを止め一斉にそちらに目を向けた。
その中にはダッシュで逃げた紺野の姿もあった。
「あ、お姫様だ。なんで吉澤さんが隣にいるんだろう。」
騎士団長石黒は驚いて下から声を張り上げた。
「姫様!これは一体どういうことですか!?」
民衆の中には情報屋小川の姿もあった。
「フゥ〜、どうやらうまくやったみたいね、あいつ。」
バルコニーの上で、私は梨華ちゃんの行動が理解不能で混乱した。どうして私まで?
「ちょっと梨華ちゃん、これは・・?」
梨華ちゃんは私の問いに答えず、眼下に広がる人々に声を掛けた。
「ごめんなさーい、結婚式の演出、ちょっと派手にやりすぎちゃいましたー!」
梨華の言葉を受けた民衆は一気に沸き上がった。
騎士達は唖然として顔を見合わせ、口々に何かを呟いていた。
「え、演出?じゃあ俺達みんな姫様に一杯食わされたって訳か。」
「そうみたいだな、やれやれ姫様もお人が悪い。」
「だがそれなりに楽しめた。ここまでドキドキしたのはひさしぶりだ。」
皆の顔に自然と笑顔が戻ってくる。
薄汚れたウェディングドレスを纏った王女は、激しい死闘でボロボロの服を着た、
だけど誰より大好きな本当の王子様と手をつないで笑顔を振り撒いた。
「結婚式の演出ってさ、ちょっと無理がない。第一もう相手がいないんだし…」
「え?いないの?」
まるで尋問する様に梨華ちゃんはじっと私の目を見詰めてくる。
「いや、います。はい。」
なんか敬語になってしまった。
梨華は微笑みを浮かべ、私の腕を掴んだまま大きく上に掲げで宣言した。
「私達、結婚します!」
すると今度はさっきの倍以上の歓声が沸き上がった。
あーあ、もうどーにでもなれ〜。
「結婚するぞ〜!みんなよろしくー!!」
考えるのは辞めて、勢いで私も声を張り上げた。
その内容を聞いた城内でも歓声が沸き上がっていた。
「よっすぃーがおうさまなのら〜。」
「めでたいで〜、祝杯や祝杯!」
「あいつはアホか。」
「zzzzzz…」
「後藤さん、寝てる。」
「くそっ、グレてやる。」
ここにハロプロ王国の新しい王が誕生した。
吉澤ひとみ。
ハロプロに新しい時代の幕が下りる。
城下町から少し離れた小高い丘の上で、保田圭は目を丸くして驚いていた。
「うわー、まさかあいつらが勝つとはねぇ〜。」
「予想外の結末でしたね、保田さん。」
そう答える松浦の言葉にはどこか陰りがあった。
「まぁうちらにとってはどっちでも関係ないか。そろそろ出発する?」
二人は約束していた。
全て終ったら外の世界へ出て、もっとおもしろい物がないか見て回ろうと。
相打ちで死んだと思わせ姿を消そうと。
しかし、松浦の様子がおかしい事に保田は気付いた。
「どうしたの亜弥?」
松浦は何も答えずハロプロ城の方をじっと見詰めていた。
いや、まるでそれは石川と吉澤を見詰めている様にもみえた。

 

エンディング

「おっかわり〜!」
「これが8段アイスか〜、うまいねんな。」
「もうー二人とも、食べ過ぎー!」
高橋に怒られても、辻と加護の手は止まる事はなかった。
あれからピース村の月光亭には、毎日の様にこの二人の姿があった。
「まあええやん、腹が減っては戦はナンタラゆうたやろ。」
「戦は終ったでしょーが!いい加減にしないと太るよ。」
すると、辻のズボンのボタンがポンととれた。
「てへてへ。」
世界を救った勇者は相変わらずでした。

「矢口さ〜ん。どこへ行くんですか〜?」
「別にぃ、紺野、あんたは城に残っていればいいのに。」
「ほっとけませんよ、矢口さん一人じゃ心配です。」
「あーあ、あんたに心配されるとは私も落ちたもんね。」
「いつまでも落ちこぼれ扱いしないで下さい。私だってもう立派な…」
「ハイハイ、立派な金魚だよ。・・って、おい!暴走すんなよ、こんな所で、やめてー!」
矢口はコンコンとニャンニャンでした。
「ただいまぁー。」
少女はまるで散歩から帰った後の様に、数ヶ月ぶりに戻る実家の敷居をくぐった。
玄関を開けると居間から長身の少女が飛び出してきた。
「あんた今まで何やってたのよ。全然連絡もよこさないでさ!」
「ちょっと、社会見学に。」
少女は何でもないといった感じで、おどけてみせた。
長身の少女は呆れて怒る気も失せてしまった。
「あーあ、やっぱり家が一番だわ。」
里沙は大きく伸びをした。
「魔界の門に、魔王に、ぶりんこ。こんな情報手に入れても誰も信じる訳ないわね。
 はぁー、あんなに苦労して全部無駄骨かぁ。」
小川はモーコーの自宅で一人、ため息をついていた。

「ねえ大谷さん、帝国なくなりましたね、どうしましょうか?」
「知らねーよ!もう4人しか残ってねーだろーが!どうにもなんねえって!」
「残ったのは私と柴田と大谷と、紺野隊の斎藤だけか。あ〜駄目だコリャ。」
「だねー。いっそのこと、ここでメロン畑でも作ってみるー?」
斎藤の意見に、4人はパッと顔を見合わせて呟いた。
「これが運命。」
何もない荒野の片隅に後藤真希の姿があった。
「みんな終ったよ。」
無造作に積み上げられた石碑に向かって、真希は言葉を掛ける。
十数年前まで、この地には大きな街が存在していた。
だが魔王なっちの手によって、跡形もなく滅ぼされたのだ。
家も家族も友達も全てをその時失った。
ユウキと再会するまで、真希は自分がたった一人の生き残りだと思っていた。
そして復讐を誓った。それがようやく叶ったのだ。
だけど残った物は空しさだけだった。
「どうしてだろ、いちーちゃん。ずっと望んでいたことなのに・・」
真希は地面に膝を付き、石碑を抱いて涙を流した。その時真希の耳に懐かしい声が…
『ごめんな、つらい役回りさせちゃって』
「え?」
真希は涙を拭いて辺りを見渡したが誰もいない、でも確かに聞こえる。
『ついでにもう一つ面倒かける、うちのヘボ弟子頼んだよ』
空耳、かもしれない、聞こえるはずがない。でもそれは確かに真希の心に届いていた。
「もー、しょーがないなぁ〜。」
もう泣かないよ、真希はまた歩き始めた。
さて、あれから1週間。新ハロプロ王国は・・
騎士団長石黒を中心にりんね、あさみ、ミカ、レファ、アヤカ等が
二人の若き王と王妃を支えてどうにかやっていた。
「ひとみ王、この書類100枚、明日までに目を通しておいて下さい。」
「ひとみ王、本日の午後は会議、明日も明後日も会議で・・」
「ひとみ王、なくなった帝国領の措置についてお話が…」
「ひとみ王、○∈◆∩▽×▲〜」
「…」
「うがぁーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
頭が爆発したひとみは、梨華の膝元へ駆け寄って泣き付いた。
「どうしたの、あなた?」
「もうヤダよー王様なんてー!スケジュールは秒単位で寝る暇も無しに次から次へと
 色んな事言われて頭はパニックで何にもできなくて眠いし腹へったし遊べないし
 世界を救ったってのにこれじゃ全然BAD ENDだよ!ウワァーーーー!!!」
「はいはい、よしよし、ポジポジ。」
梨華は自分の膝にうずくまり泣き喚くひとみの頭を、赤ちゃんみたいになでてあげた。
この1週間毎日のように、梨華はそうやってひとみをあやしていた。
でも正直、そろそろ限界かな〜と梨華も思い始めていた。
そんな時お城に突然事件が起きた。
「泥棒だぁー!」
「何何?この騒ぎは?」
「泥棒が侵入した様です。王、王妃、危険ですのでここにいて下さい。」
報告に来た石黒さんに部屋に閉じ込められた。せっかくおもしろそうだと思ったのに…
私は扉の前でがっかりして、梨華ちゃんと顔を見合わせた。
「でも泥棒って、前にもこんな事あった様な。」
「もしかしてあの人…いや、そんなはずはないか。あの人はもう…」
「ピンポーン、泥棒は圭ちゃんだよ〜。」
いるはずのない人物の声がした。私と梨華ちゃんは驚いて振り返った。
窓際にもたれ掛かって、死んだはずのあの娘がいた。
「あやや!」
「お久しぶりお姉様。こうしてまた生きて会えるとは思ってなかったわ。」
「亜弥…」
「お前こそ、なんで生きているんだよ!?確かにあの時!」
「ひとみちゃん、いや今は国王様かしら。私は不死身なの、フフフ残念でした〜。」
口に手を当てて笑う松浦の表情には、どこまでも無邪気な残酷さが浮かび上がっていた。
恐怖に耐え切れなくなった梨華が私の腕に体を絡み付ける。
緊張が体を包み込む。だけど逃げる訳にはいかない、隣には梨華がいるんだ。
「そ、それで一体、何の用だ!?」
「トロピカ〜ル♪あなた達二人にお礼をしにきたの。」
お礼?プレゼントでも持ってきたの。そんな訳ないか。
ふいにあややが右手をあげると、ベットのシーツが私達に覆い被さってきた。
「きゃー!」
「なんだよ、邪魔だ!」
私が強引にシーツをはがすと、一瞬にして全身が凍り付いた。
あややの右手が私の喉元にあったのだ。隣の梨華の喉元にも同様にあややの左手が。
「ッ…」
言葉が出なかった。シーツで視界を隠された数秒の間にこんな事に。
あややがほんの少し腕に力を込めれば、簡単に命を奪える状況になっていた。
まるで片思いの相手に贈るかのごとく、あややはとびきりの笑顔をみせた。
「殺しちゃってよいのかな〜♪」
ブチン!
松浦の両手は、主の命令を確実に遂行した。
目的を追えた松浦は、回れ右をして再び窓に手をかけた。
その手には、青き結晶のペンダントが二つ、握られていた。
「本当はあの後、なっちさんを相手にして楽しむ予定だったんですよ。だけどお姉様達が
 それを見事阻止してしまった。だから責任もって代わりにあややを楽しませてね。」
それだけ言うと松浦は窓から外へと飛び出した。
部屋に残された二人は、訳がわからずしばらく呆然としていた。
「あれ、生きてるよ。」
「違う!ペンダントを奪っていったんだ、あいつ!」
二人の首に掛けていた大事なペンダントが、紐ごと引き千切られていた。
「初めからこれが目的だったのかな。」
「大変だ!追いかけよう!取り戻さなきゃ!」
「そうだよね、国宝だもんね。」
「それに、二人の思い出の品だろ。」
梨華は頬を赤らめて、目の前に立つ愛しい人を見上げた。
ひとみは窓に手を乗せ、もう片方の手を梨華の方へ伸ばして声を掛けた。
「行こう!」
彼女が差し出すその手をとった時、この平凡な毎日が終わりを告げるのだろう。
「うん。」
梨華の手がひとみの手に重なる時、再び壮大な冒険の扉が開く。

「ひとみ王!梨華様!ご無事で?」
石黒達が部屋に戻った時には、そこにはもう二人の姿はなかった。
「あーあ、やっぱり行っちゃいましたか。」
「そうなると思ったよ。さ、隊長、我々は二人の留守を守りましょうか。」
「やかましい!りんね!あさみ!王を探せ!逃がすなよー!」
ハロプロ城そばの丘で、松浦は保田と合流した。
「流石大泥棒。保田さんが騎士団の目を引いてくれたおかげで、うまいこといったよ。」
「あんたねー、わたしゃ死ぬかと思ったよ。どうして今更こんなこと?」
「あの二人へのお礼ですよ。クスッ、きゃたおも〜い♪」
「何だそりゃ?」
「さーて、それじゃ行きましょうか、まだ見ぬ外の世界へ!」
松浦亜弥は二つのペンダントを振り回して走り出した。

ひとみと梨華は手をつないだまま城下町を走り抜けた。
「ねえ、亜弥がどこへ行ったか、わかってるの?」
「わかんない、適当。」
「やっぱり、もう・・」
梨華はすねた顔をしたが、心の中ではよっすぃーらしいと微笑んだ。
「僕にはわかる。」
「その声は、綾小路…じゃない、ごっちん!」
城下町の入り口の影に待ち伏せていたのは後藤真希だった。
「君達二人では危なっかしくて見てらんないからな。つきあうよ。それともお邪魔かな?」
「ううん、そんなことない。また逢えて嬉しいよ、ねっ梨華ちゃん。」
「うん、これで名トリオだね。」
「そう?」
「名トリオだよ〜もう〜。」
後藤はわざと梨華に冷たく当って、反応をおもしろがっていた。
「よーしそれじゃまず、ピース村へ向かって、のの達も誘おう!
 それでまた皆で冒険の始まりだ!目指すは松浦、ペンダントを取り返す!」
「はーい、ポジポジ。」
「やれやれ、また騒がしくなるのか。」
そうは言いながらも真希は、こういうのも悪くないと感じていた。
一方、ひとみの胸も新たな旅の期待と興奮に高鳴っていた。
『トロピカ〜ル♪あなた達二人にお礼をしにきたの。』
もしかしてあの時のお礼とはこういう事だったのかもしれない。
私をつまらない生活から解き放つ為に…
「まあ、直接会って確かめればいいことか。」
「え、何が?」
「へへー、何でもないよ。ほら、行こう!」
吉澤、石川、後藤は新たな旅立ちの一歩を踏みしめた。
世界は広い。まだまだ私達の知らない光景が広がっていることだろう。
みんなで行こう。
きっといつかどこかでみつかるはずのハッピーエンドを手にする為に…