今こそ、平家を娘。に投入!

 

8月7日某所にて

平家 (まったく、こんな時間に急に呼び出しって、何やねん・・・)

何も知らずに呼び出された平家、それでも指定された部屋の扉を元気よく開けた。

平家 「おはようございま〜す、平家です・・・って、つんくさん!?中澤姐さん?!」
つんく「・・・まぁ、そこに掛けてくれ。」
中澤 「・・・・(無言)」
平家 「はぁ」(重苦しい雰囲気やな・・・)

つんく「平家、お前、モーニングの曲はだいたい知っとるな?」
平家 「ええ、シングル・アルバムほとんどは。結構歌ってますよ、カラオケとかで。」
つんく「それに夏のハロプロ・ツアーで主要曲は踊れるな?」
平家 「はい、あたしはモーニングには一番長い付き合いやから、他のハロプロメンバーには負けんよう頑張ってますけど。」

平家はちらりと中澤の方を向いた、なぜ呼び出されたか、分けを知りたかったのだ。

中澤は無言のままだった。

つんく  「よし、分かった・・・結論を言う。平家、お前は明日から、
      いやこの場からモーニング娘。の一員や。これは大決定。」
平家   「えっ!」
平家は絶句した。分けが分からなかった。中澤の方に助けの目を向けた。
中澤は、少し悲しそうな目をしたが、平家と視線が合うと、にっこりした、いや微笑みを作った。

中澤   「みっちゃん、おめでとう・・・ってのも変やね。よろしく頼むわ。」
平家   「ちょ、ちょ、ちょっと待ってぇな!つんくさん、姐さん、これはどういうことですか?」
つんく  「言った通りや、お前はモーニングの一員、しかもメインを歌うんや。」
平家   「えっ!?」   

平家   「そんな、娘。のメインはごっちんか、それになっちがおるやん?」
つんく  「それがな・・・」
中澤   「つんくさん、あたしから言わせて下さい。」

中澤がつんくの言葉を遮った。初めてのことだろう、余程のことなの?

中澤   「なっちは・・安倍なつみはモーニング娘。を降りる。いや、降りた。」
平家   「って・・・嘘・・・それは何時?」
中澤   「そう、30分ほど前。」

・・・平家には何が何だか分からなかった。

中澤は泣きそうな顔になっていた(平家にはそれが良く伝わった)が、
努めて冷静に説明した。中澤が自分の言葉で伝えねば、と義務に押しつぶされそうに見えた。

中澤  「安倍なつみは・・・スキャンダルが起きた。FOCUSされてもた、文字通りのFOCUSに。
     みっちゃんは知らんか、押尾って役者。「ピンチランナー」で主演男優やった子。
     要するに、なっち・・安倍はその押尾ってのに入れ込んでもて、それを撮られたんや。」

段々、中澤は平家に話すというよりも、独り言を呟くような調子になってきた。

中澤   「映画の頃な、安倍は急に太りだしたやろ、主演女優の体型が変わったらおかしいって、
      あたしは結構細かく注意したんや。那須監督もな、こっそりあたしに言ってた、

      「正直、これじゃ映画にならない。撮影時期の差がばればれだ。自己管理も出来ないの?」って。
      ・・・あたしは辛かったよ、その言葉は。リーダーの不甲斐なさを責められたんや。
      2回ほど、あの娘に、どうしてそんなに太りだしたんか?って聞いたけど、答えへん。
      けど、今から考えたら、もっと突っ込んで聞いたらなあかんかったんや・・・
      うちは、あかん、辞める娘を止められん、あかんリーダーなんや・・・」

「あほっ!」
つんくが大声を上げた。
「あほんだらっ!中澤、お前、何言うとんねん!」

平家も中澤も、つんくのそんな言葉を聞いて驚いた。
つんくは、女の子の前で怒鳴ることは、ない。なかった、二人の知る限りでは。

つんく   「中澤、お前はリーダーであると同時にメンバーや。
       映画でも歌でもテレビでも、他の奴に気ぃ回せるほどの余裕があるんか?

       それは、リーダーや、お前は。
       せやからお前は安倍の話しを聞こうとした、力になってやろうとした。

       けど、あいつは答えんかった。答えられん程、苦しんでたのかも知れん。
       けど、18か19になっとる、大人や。
       もう長いこと一緒にやってきた仲間に話せへんのか。
      
       中澤、お前が悪かったとしたら、それを何でもっと強く俺に相談せんかった?
       それに、俺もなんで気ィつかへんかったんや・・・。」

つんくは言葉を切った。中澤は下を向き、低い声で泣き出してしまった。

つんく   「平家、悪いな。ここからは俺が話すわ。
       安倍は悩んでいた、苦しんでいた。
       後藤が嫌いなわけちゃう。けど、後藤の光が強すぎたのは明らかや。
       市井も嫌いなわけちゃう。けど、市井の成長が怖くなったんかも知れん。
       メンバーはライバルや、けど、あいつは変な怯え方をしてもた・・・。

       で、安倍は押尾に頼ったんや、メンバーにも、スタッフにも、俺にも相談せんと。
       ・・・で、FOCUSが待ち伏せした罠に落ちてもた・・・」

つんくは、声が震えているようだった、心なしか涙声のようだった。
それでもつんくは続けた。今度は、平家を正面から見据えた。
平家はつんくの眼に突き刺されるような気がした。

つんく  「でな、俺と中澤、安倍で相談した。
      安倍は、分けが分からん状況やったよ・・・
      で、あいつの苦しみを吐き出させた、全部話させた・・・。
      ・・・心底まで参ってたらしい、メイン、センター落ちる恐怖で。
      自分で幻想を作って、怯えて、堂々巡りになっってもた・・・。

      で、三人で考えたんや、「どうする」ってな。
      ・・・安倍は、辞めざるを得ないと言ったよ、自分で。
      モーニングを沈没させたくないって。」

つんく  「スキャンダルの一つや二つはどうでもええけど、相手が悪い。
      あいつは、あかんよ、男の俺に言わせると。
      それに、写真を握られてるらしいんや、服着てへんのをな。
      向こうさんはまだ何も言ってへんけど、売れへん役者には凄い切り札になってまう。

      それ以上に安倍自身が、もうボロボロなんを分かってた、疲れ切ってたんやな。

      確かに、こういうことは週刊誌・月刊誌が騒ぎ立てる前に、
      対策を固めて実行するのが一番や。
      それにな、冷たいこと言うと、他のメンバーに示しが付かんのも事実や。

      あいつは、モーニングから降りる、
      あいつが一番好きなモーニングのためにな。」

つんく  「で、平家、これはお願いや、いや断ってもろたら困るお願いや、つまり命令やな。
      お前はモーニング娘。になれ、そして安倍のパートに入れ。

      ・・・これはある意味失礼な命令や、お前はもともと勝者やからな。
      けど、同時にこれ以上ないチャンスであるのも間違いない。
      そして、この急な状況で、安倍に代われるのは、平家、お前しか、いてへん。

      言うとくけど、これはピンチヒッターちゃうで、正式加入や。
      そして、明日からハロプロのステージに立つんや、モーニングのメインとして。」

平家   「そ、そんな急に言われても・・・。できるかできへんかも分からへんのに・・・。」
つんく  「お前以上の奴はいない。この部屋に入って来た時に聞いたやろ、
      歌えるか?踊れるか?って。」
平家   「そんな・・・あたしなんかでええんやろか・・・
      それに、なんだかなっちに悪いし・・・」
つんく  「大決定や、命令なんや。お前はモーニングのセンターに立つ。
      ・・・ほな、明日からに備えて、解散や。」

つんくは出て行ってしまった。平家と、いつの間にか泣き止んだ中澤は取り残された。

平家と中澤は黙りこくったまま、座っていた。
どれほど時間が経ったろうか、中澤が口を開いた。

中澤   「・・・なぁ、ちょっと別のとこで話さへん?」
平家   「う、うん、そやね、そうや、うん・・・」

2人は、深夜営業の飲み屋に入った。奥の目立たぬ座敷で、ついたてに隠れる。
最初に頼んだ生(中)では乾杯はしなかった。
黙々と呑んで食べているうちに、ようやく言葉が出始めた。
もっとも、安倍のことは話さない暗黙の了解がある。

中澤  「なあ、みっちゃん、よろしく頼むわぁ」
平家  「んな、姐さん、あたしの方こそ頼むわ、
     まさかこんなことが起きるなんて・・まさか、ほんまに・・・」
中澤  「なんや、狐につままれて、悪い夢見てるみたいや、けど、ほんまやねん。
     ええか、あんたはもう、モーニング娘。の平家やねんで。
     リーダーとして、あたしはステージでの失敗は絶対に許さへんで、
     何と言ってもあんたは、モーニングのセンターや・・・
     誰もが羨ましがる、あたしもちょっと羨ましいけど。」
平家  「けど、やらなあかんのやな?」
中澤  「やらなあかんねん、平家みちよ!
     あんたはあたしらの大将やった、
     そして、ほんまにモーニングの大将にならなあかんねん!」

 

8月8日・安倍なつみ脱退〜苦悩

翌日早朝5時、UFAから関係各方面にさりげなくFAXが流された。

「関係者の皆様へ

突然のことですが、私、安倍なつみはモーニング娘。を卒業することとしました。
モーニング娘。の結成以来、歌にダンスにと励んできた3年半、
次々と与えられる課題に一生懸命に取り組み、関係者の皆様、ファンの皆様のおかげで、
私の考えていたよりもずっと遠いところまで辿り着くことが出来ました。
これについては感謝の言葉以外何もありません。

それなのに私が今、急にモーニング娘。を巣立つこととしましたのは、
いつでも精一杯やってきたつもりでしたが、いつの間にか心と体のバランスが崩れ、
自分でも何故だか分からないのですが、どうしても走り続けることが出来なくなってしまったのです。

こんなことはプロとして失格ですし、応援していただいている皆様に納得の行かないことと、思います。
けれども、皆様の前で歌って踊ろうにも、どうしても体と心が悲鳴を上げてしまうのです。

周囲の人々からは、少し休息を取るようにとアドバイスもいただきましたが、
両親とも相談した結果、モーニング娘。を卒業することに、自分で決めました。
私が誰よりも大好きなモーニング娘。にだけは、絶対に迷惑を掛けたくなかったのです。

今後はどうするか、今は自分でも分からない状態です。
けれども、私がモーニング娘。として、皆様からいただいた応援については、
私はそれに答えられなかったのですが、絶対に絶対に忘れることはありません。
それは、私にとって最高の、これ以上にない素晴らしい体験だったからです。

平成12年8月8日            安倍なつみ

世間に衝撃が走った。清純派で売ってきた安倍なつみのお泊り!
そして間髪を入れない脱退声明!

あっさりとスクープされたこの情報に一般人は喜んだし、
コアなファン達は混乱し、立場をわきまえぬ行動と言うことで怒りの声が渦巻いた、
要するに脇が甘すぎた。

世間に衝撃が走る間も、平家は歌って踊っていた。
モーニング娘。加入を告げられた翌日の8月8日の朝に、
平家加入のプログラムが伝えられたのだ。

安倍なつみ脱退はの告知にもかかわらず、平家の投入は次のコンサートで登場するまで伏せられる。

事態の推移をUFAも読み切れなかったし、
一部のファンサイトには絶望感や怒りが渦巻いていたからだ。

その暴風雨の中に飛び込めるのは、
平家みちよだけだ、というのがつんくの決断であった。

「この急な状況で、安倍に代われるのは、平家、お前しか、いてへん。」

というつんくの言葉だけを頼りに、平家は一心不乱に練習していた。

平家は、安倍と言葉を交わす機会がなかった。
しかし、安倍の苦しみは、人一倍分かっている気がした、
そして今度はそれが自分に降りかかって来ることも分かっていた。

9日発売の自身のシングル「愛の力」プロモーションは勿論熱心に行う一方で、
外部に絶対に秘密に、モーニング娘。の歌とダンスに励む平家。

次のコンサートは12日と、多少の日がある。
しかし・・・それは代々木体育館と言う、
夏のツアーの中でも要になるコンサートだ。絶対に失敗は許されない。

思えば後藤真希も、10日間で12曲をマスターするという試練を乗り越えたが、
平家の苦しみもそれに劣ることはなかった。

「LOVEマシーン」以降の曲はメンバーをフル動員して、
安倍パートを分割することとした。
一つ一つのパートは短いので急場しのぎできる。
とりあえず、ショーの前半に来る曲は既存メンバーでまかなう。

「ハッピー・サマー・ウエディング」安倍パートは矢口と中澤で分割した。
「恋のダンスサイト」は保田と矢口、それに辻が受け持つ。
「真夏の光線」には、思い切って、加護を抜擢された。

「モーニング・コーヒー」に、つんくは飯田を指名した。
かつて自分に与えられたメインが戻ってきて、誕生日を迎えた飯田は複雑な表情であったが、
しっかりとマスターすることを約束した。

しかし、コンサートのクライマックスに来る
「サマーナイト・タウン」、「抱いてHOLD ON ME」「LOVEマシーン」は、
何としても平家が歌えと、つんくの断固たる意思があった。

「平家、お前がこのクライマックスを引き継がな、あかんねん!!」

なお、黄色5による「黄色い空で〜」は省く予定であったが、保田とルルが激しく抗議した。

ルル   「ちょと、待ってよ、ブンブンブンは、黄色のメンバーの曲よ、アベチャン抜きでもやるよ!」
保田   「ルルの言う通りです、できる、あたし達4人でばっちりやります。」
つんく  「おい、けど黄色口パクやろ、お前ら歌えるんか?あのダンスで」
ルル   「つんくさん、ひどいよ、あたし達のこと、もとよく分かてないと。
      あたし達、歌いきて見せるよ、ねぇ圭ちゃん?!」
保田   「つんくさん、ルルの言う通りです、絶対にやって見せます、生歌で!」

・・・かくして黄色5は安倍パートをルルが中心に引き継いだ。

平家は、不安だった。
歌えるのだろうか、踊れるのだろうか。
わざわざ認めたくはないが、ダンスは厳しいものがある、ハワイの先生が示したように。

それに安倍の脱退表明で、世間とファンは困惑と怒りに満ちているであろう。
代々木は修羅場になっているに違いない。
その中で初の「モーニング娘。の平家」を披露しなくてはならないのだ、一切の事前連絡なく。

平家は、事務所の一室を借りて、泊り込むことにした。
ダンス・レッスンと歌唱指導はほんのわずか。それ以外は全て事務所の空き部屋か
レッスン・ルームで歌って、踊り続けた。
自身の「愛の力」プロモーション以外は建物の外にも出ないでレッスンを続ける。

本来ならこの特訓風景を収録すればおいしいのであろうが、
現状では情報のリークが怖いのか、平家の特訓は収録されなかった、
ただ、手持ちのハンドビデオで押さえていたのはUFAも抜け目がない。

しかし、厳しいのは平家だけではなかった。
加護は引きつっている。「真夏の光線」メインは予想だにしない抜擢だ、
けれど、今の加護には重荷なのか。

加護   「できへん、歌になってへん・・・」
加護は片隅に座り込んで一人で泣いていた。

「加護ー、立て、笑えっ!」

飯田が鋭く叫んだ。

「あんたは、歌わなきゃいけないんだ、ほらっ!誰でも歌いたいんだよ!
 この曲ではあんたは後藤よりも大事なんだよ・・・モーニングのセンターなんだよ!
 あんたが歌わないなら、あたしが貰うよ、笑えっ加護っ!」

矢口は苦しんでいた。「ハッピー・サマー・ウエディング」での矢口は、ただでさえ移動が多い。
左右への激しい移動に加えて、センターに戻ってきっちり歌う・・・矢口は苦しんでいた。

それでも、加護の様子を見て、飯田に続いた。
「加護っ、歌いなさいよっ!あんた、そんなにいい役貰って、泣いてるのは嘘だ!
 誰だって、あの曲をメインで歌いたいんだよ、泣くな!あんたは歌えるはずだよ!
 おいら悔しいぞ、あんたみたいな泣き虫に「真夏の光線」を歌わせたくないぜっ」

加護は泣き止んだ、元々強い子なのだ。
「すいませんでしたっ!加護はもう泣きませんっ、
 これはあたしの歌なんやから、飯田さんにも矢口さんにも、歌わせませんで!」
そう叫ぶと、壁に2,3度おでこをぶつけて、にっこりと笑った、最高の笑顔だった。

疲れ切っていた飯田と矢口にも満面の笑みが移った。

メンバーの中では保田が一番きつかったかも知れない。
歌の支えとなるパートが多いのに、そのカウンターになるメイン・パートが入ってきたのだ。
歌全体の表情を左右しかねない重要な役割を、幾つも演じ変えなくてはならない。
夏まゆみから、何度もダメ出しされる。切れ目切れ目のダイナミックさが、出てこない。

保田には、納得がいかなかった、自分に。
安倍が抜けたことは、もう忘れていた、忘れるようにしたことだ、
今は自分を出したい、モーニングのきらびやかさを自分のものにしたいと、焦っていた・・・

そんな中で平家は倒れそうになるまで、歌った、踊った。
文字通り、貧血で倒れることも2度や3度ではなかった。

そして、11日になっても光明は見えてこなかった。
「平家、何度言ったら分かるんだ、リズムと体がバラバラだよ!」
夏の叫びにも鈍感になってきた、
バラバラなのはあたしの心だよ・・・

 

8月12日・開幕直前

8月12日代々木競技場第一体育館

その日が来た。代々木の中は異様な緊張感に包まれていた。
会場前から長蛇の列ができ、メンバーの入り待ちは黒い人だかりとなっていた。
平家は娘。の一人としてバスの中で隠れるようにして入場した。

(広い・・・)

会場を見て、平家は押しつぶされそうな気がした。

最終リハーサル、前半の娘。の曲を、メンバーはきっちりとこなした。
ここでは平家はハロプロの中に潜んでいることができる。
そしてクライマックス、モーニング娘。のステージは短縮され、

抱いてHOLD ON ME! (平家メイン)
LOVEマシーン (安倍パートは全て平家)
−−−衣装を変えてアンコール−−−
モーニングコーヒー (飯田メイン)
サマーナイトタウン (平家メイン

となる。
平家は、ダメだった。
夏が何度もダメ出しをする度にメンバーが集まってアドバイスする。
だが、最終リハはあまりにも短い。

客入れが始まった、場内は早くから怒号とも嘆きともつかない叫びが始まっている。
あちこちで客達の小競り合いまで起きているようだ。
平家は怖くなってきた、小刻みな体の震えが止まらない、
あの「GET」デビューのときでも、こんなに震えはしなかったのに。

楽屋を訪れたつんくの表情も硬い。
珍しく一人一人に声を掛けたつんくは、最後に平家の所へやってきた。

つんく  「平家、どや、いけそうか?」
平家   「・・・そんな、あかんのです、あたしがなっちの代わりなんて・・怖いんです・・」
つんく  「何を言うとんねん、お前は安倍に勝った奴やで。絶対いける!」
矢口   「そうだよ、みっちゃん、あれだけ練習したじゃない、大丈夫だよ。」
つんく  「そや、矢口の言う通りや、ほな、頑張れや。自分を信じろ。」

つんくが出て行った後も震えの止まらない平家を見て、飯田が近寄ってきた。

飯田   「みっちゃん、大丈夫?なんか今から震えてちゃ、持たないよ。」
平家   「かおり・・なんであたしやねん?あたしにできるんかいな?・・」
飯田   「だ〜いじょうぶだって、あたし達がついてるよ〜。
      あれ、みっちゃん手が震えてる・・そうだ、こうすると良いよ。」

そう言うと、飯田は平家の手を包み込んだ。暖かい、何か懐かしいような暖かさ。
そうだ、グループにはこんな暖かさがあるんだ・・そう思うと平家の目から涙が流れ始めた。

飯田   「あれ、みっちゃん、泣いたらだめだよ〜、ねぇ笑って!」
平家   「カオリ、ありがとう、カオリはなっちの脱退で泣いてばかりいたのに、なんであたしに・・」
飯田   「みっちゃんは、できるよ!カオリが保証する!
      だから、泣くの止めて、少しでも練習しようよ!」

飯田に促されて、平家の涙は止まった。もう、やるしかない。
平家は涙を拭くと、歌を呟きながら、ステージのシミュレーションを始めた。

 

8月12日・代々木ハロプロ開幕

8月12日代々木体育館ハロープロジェクト開幕

会場が暗転した。一斉に歓声が上がるが、そこに「安倍ー」「止めろー」という叫びが混じる。
異様なテンションはメンバーたちにも伝わっていた。

暗闇の中、平家のところに保田が近付いてきた。
保田   「みっちゃん、前半戦はあたし達に任せといて!」
平家   「圭ちゃん・・」
保田   「ピンチには馴れっこよ、あたし達の腕前、よーく見といてね!」

ハロプロ全員による「ハッピー・サマー・ウェディング」で幕が開けた。
観客の目が安倍を探している、その視線は痛いほどステージ上のメンバーに突き刺さってきた。

暗転した会場がまばゆい光で一杯になった、始まったのだ!

スタートは「ハッピー・サマー・ウエディング」。
金色の衣装に包まれた9人のモーニング娘。と、
真っ赤な衣装を着た天王洲歌劇団がステージに飛び出た。
今の平家は赤く長いスカートの一団の中にいる。

代々木を埋め尽くした観客は、安倍の姿を追っているようだ、
しかしそこには9人のモーニングがいるだけ。
声援と並んで怒声が湧き立っている。

(・・怖い・・)

平家はこの異様なコンサートの始まりに震えていた。

前面に立つモーニング娘。達、特に矢口と保田の頑張りが効いたのか、順調に進む。
平家は後ろで舌を巻いていた。

(圭ちゃん、さっきの言葉はほんまや、矢口あんなに飛び跳ねとる、姐さんのターンもええ・・あんたら凄いわ!)

総勢19人の「ハッピー・サマー・ウエディング」は無事に終わった。
普段ならオープニングのMCをはさむ所だが、
今日は衣装の上着脱ぎ棄てると2曲目「恋のダンスサイト」に切り込む。

背中から見た娘。達は、あの衝撃を忘れたように、激しく拳を突き出していた。
(グループって、ええな・・・)

しかし平家が感傷にひたる間もなく、次は「真夏の光線」。
大所帯のメンバーがフォーメーションを取り、そのセンターに加護が立った。

場内は呆気に取られたようだが、すぐに応援と怒りの声が上がる。
数え切れないほどのわめき声が、小さな加護にぶつかって来た。

平家は、少しジーンとしていた。
あのちいちゃな加護が、しっかりと、混乱の渦の中で歌っている、
そして見えない手でメンバー達がその背中を支えている、
その見えないはずの手が、平家には見えているような気がした。

加護は健気にも「真夏の光線」を歌い切った。

そして「ちょこっとLOVE」での背後から見た後藤のオーラは凄かった。
いつもはふにゃっとしている真希なのに、
その全身からキュートな光を放ち、会場全体を引き付けている。

前半の全体でのパフォーマンスの最後は「ダンスするのだ!」。
これは集団で歌って踊る曲なので、案外気楽だった。
(この代々木で気楽やなんて・・・あたしも図太いんかな?)
平家は妙な自分に苦笑していた。

ハロプロ総出のステージの後は、ソロ・平家の見せ場、
「ワンルーム夏の恋物語」と「愛の力」。

びびり症の平家としては緊張で上手く行かないこともあるというのに、今日は違った。
さっきまではグループでの重圧に押しつぶされそうになっていたというのに、
全てが体と頭に入り切っている自分の曲で、平家は自由であった。

(これはあたしの歌や、あたしの失敗はあたしのもの。他に迷惑掛ける訳ちゃう。
 正真正銘の一人だけの平家みちよや・・上手く歌えてる・・・)

ボールが止まって見えた(川上)・打つ球が全て決まる気がした(伊達公子)ほどではないが、
平家は、自分が緊張もダレもしないで、最高に歌えてるのが分かった、それが気持ち良かった。

紫っぽいドレスで待つ「上海の風」の中澤に舞台の袖でハイ・タッチした時、平家は満面の笑顔であった。

「乙女パスタに感動」(タンポポ)の後に登場したプッチモニの「青春時代1.2.3!」を、
着替えを終えてステージの袖で見ていた平家のところに中澤が寄ってきた。

中澤   「どよどよ?みっちゃん、悪くないんちゃう、自分?」
平家   「う〜ん、おおきに。けど、あたしの勝負はこの後やね・・・怖いよ。」
中澤   「ま、今の調子なら大丈夫よ!ってどうしたん?」
平家   「って言うか、グループって、大変やけど頼もしい、ソロとちゃうね。」
中澤   「ん?」

平家は自分のソロタイムに感じた不思議な自由を話した、羽のように軽かったと。
しかし背中から見た娘。達は、何か強くてあったかい光に包まれていた気がすると。

平家   「なぁ、カオリにしても圭ちゃんにしても、すごいよ・・ほら」

その指先の向こうで、保田は素晴らしくキレのあるダンスを見せていた、後藤を喰う程の輝きだ。

しかしメロン記念日やカントリー、ココナッツ、ミニモニ、T&Cとステージが進む頃から、
会場は不穏な空気が濃くなってきた。

ミニモニへの反応はほとんどない。辻は泣きそうになって楽屋に引き上げてきた。

T&Cのステージでは、カラーボールと生卵が投げ込まれ、
観客席でのいざこざが幾つも起きていた。
安倍を呼ぶ叫び声と罵声が、数は少ないものの途切れることがない。

悪い方に向かっているのか・・・不安がスタッフにもメンバーにも広がり始めた。

 

別視点

8/12 早朝・・・

(結局今夜も一睡も出来なかった・・・)

彼女は悩んでいた。自分のしでかしてしまった事の大きさ、
そしてその事が及ぼす影響・・・
(あたしは・・・これで本当によかったの?)
一度は身を引く決意を固めていたものの、いざその当日が近づいていくにつれ、
いろいろな想いが頭の中をかけめぐる。
(みっちゃんには・・・迷惑をかけちゃってるなぁ)
(でも、みんな必死に頑張っているんだし・・・)
(私が悪いのは、分かってるけど・・・)
(これって、わがまま・・・だよね。)

やがて彼女は意を決したように立ち上がると、身支度を整え、
部屋から出る。

そして彼女はタクシーを止め、乗りこんだ。
「運転手さん・・・代々木までお願いします。」

タクシーは代々木界隈へと近づく。
まだ8時前だというのに、かなりの数の(一目でそれとわかる)
人々がすでに集まって来ていた。
そしてその表情は幾分殺気立っているようにも見えた。
「お嬢ちゃん、どの辺で降りるんだい?」
(・・・あ!ここで降りたら、大変な事になっちゃう!)
「はい!あ、すいません、やっぱり新宿までお願いします。」
(やっぱり・・・まずいよね・・・)

そのまま新宿でタクシーを降り、駅に歩を進める。
お盆休み中の土曜日とあって、人はそれほど多くない。
しばらく逡巡した後、結局彼女は山手線に乗りこむ。
人が少ないせいもあってか、誰も彼女に気付く様子はない。

2周・・・3周・・・彼女は車両の隅で想いをめぐらせていた。
(ちび黒サンボの虎さんは、こうやってぐるぐる回って、最後にはバターになっちゃうんだよね・・・)
(あたしも、このまま溶けちゃえばいいのかもね・・・)

いつしか彼女は眠りに落ちていた。

彼女は目を覚ました。何も変わる事のない、車窓の風景。
(目覚めたら突然・・・って、そんなわけないよね。)

もう何度目かの東京駅。アナウンスも同じだ。
(何も変わらないんだよね・・・ずっとこうしていても。)

電車は動き出した。車窓も動き始める。
「(こんな所で何やってんのよ!)」
耳元でささやく声に、彼女は現実に引き戻された。

彼女は慌てて振り向いた。
そこには・・・見覚えのある顔が。
「さっ・・・さや・・・・」
「(しーっ!大きな声出さない!即ばれだよ!)」
短髪、というには少々伸びかけた髪の少女。
その目には優しさがあふれていた、と彼女は感じた。

「(次の駅で降りるよ。いい!?)」
「(う、うん。)」

「そうか。だいたい話はわかったよ。」
彼女の話を聴き終わると、少女は大きくうなずいて言った。
「で、どうしたいの?一番大事なのは、そこだよ。」
(あたしは・・・なにがやりたいんだろう・・・)
「あたしは、自分のやりたい事をやろうとしてる。
 もちろん、いろんな人に迷惑もかけたし、今でも不安で一杯だよ。
 でも、後悔はしてない。だって、それが自分の人生だもん。」

「あの人には、今携帯で連絡入れといた。
『来る気になったら、いつでも来い』ってさ。
 いいね〜、帰る所があるって言うのは。
 なんだか寂しくなっちゃうよ。」
「何言ってるさ!自分でやめるって言ったんでないかい!?」
「・・・やっと元気出てきたね。安心したよ。
 じゃ、あたしは先に代々木に行ってるから。お忍びでね。くふふ。」
少女はそう言うと喫茶店を出て行った。

いろいろ言われるかもしれない。迷惑もかけるかもしれない。
でも・・・

彼女は決然と席を立った。

(以上、別視点おしまい。あとはよろしく。)

 

嵐の前に

会場が大荒れの様子が強くなっていることは逐一楽屋に伝えられていた。
ハロープロジェクト・ゼネラル・マネージャーの和田が、判断したのだ、
今のモーニングは現実を全て受け止めなければならないと。

ステージの清掃に時間がかかる。
場内には、
「ステージへの投げ込みや故意にコンサートを妨げる行為はおやめ下さい、
 主催者の判断でコンサートを中止することもあります。」
とのアナウンスが繰り返されていた。

和田は悩んでいた。
何としても彼女達にステージをつとめさせたい、
そうでないと、ファンもモーニングも共倒れになるかも知れない。
そんなことは絶対に起こさせたくない。

楽屋の中はじりじりと緊張が強くなり、誰の顔も厳しく引き攣っている。
ここまではMCもロクにせずにしのいできた。

しかし、次こそは安倍のことを話さなくてはならない。
代々木を埋め尽くしたファンがどのように反応するだろう?
どう考えても思いつかないほどの怒りが爆発するだろう。
(現にスタッフは卵などが投げつけられぬよう、厳戒態勢に入っている)

それに続いて、平家のモーニング娘。への参加を告げなければならない。
これが何を引き起こすのか?
中澤にも平家にも、娘。達にも、和田にも、つんくにも、予想がつかなかった。

誰も話さない静かな楽屋で、平家は天井に押しつぶされそうな気がしてきた。

和田は決心した。伝令を楽屋に走らせる。
「モーニング娘。さーん、スタンバイお願いしまーす」

・・・ついに来た・・

ステージの後方で、和田は10人の娘。達を集めた。
和田   「・・・コンサートは続ける。君らでこれを締めるんだ。」
中澤   「けど、和田さん、ステージは大丈夫なん?安全が確保されてへんと、この子らは出されへん。」
和田   「大丈夫だ、いま少し落ち着いてきている。逆にこれ以上遅らせるとますますヤバいよ。」
中澤   「けど、けど、こんなちっちゃい子もおるんですよ。」
和田   「・・・」

「ぼけー!何を言うとんじゃい!」
激しい声がスタッフの陰の中から飛んできた。

出演前の娘たちにぶつけられた声、それは間違いない、つんくの声だった。

つんく  「中澤、あほなこと言うな。この中にはお前らを聞きたくて来た人が何人おると思てんねん。
      お前らを見たくて、高い金払って、じっと待っててくれてんねんど。
      暴風雨になるかも知れん。
      けど、それをおさめられるのは、今、ここにいるお前ら以外、おらんのや!
      お前ら、プロやろ!歌で1万人を納得させて来い!」
和田   「つんくの言うとおりだよ。君ら以外にいない、この代々木と全国のファンに答えられるのは。
      だけど、危なくなったら、必ず俺が君らを守ってやる。
      いや、つんくも、スタッフ全部も、必ず君らを守ってやる。
      約束するよ。だから、安心して行ってこい。」

           
辻    「中澤さん、あたしらは大丈夫。子供だけど、モーニング娘。れすよ。
      負けません。ね、亜衣ちゃん?」
加護   「うん、ののちゃんの言うとおりや。それにスタッフのみんなが守ってくれるんでしょ。」

吉澤   「卵、茹でたのが飛んで来たら、食べちゃえ!」
保田   「吉澤、馬鹿ね・・・。けど良い度胸だよ。
      裕ちゃん、行こう!和田さんとつんくさんの言う通りだよ。なっちとみっちゃんのためにも。」
飯田   「そうだ、そしてあたし達のためにもっ」
後藤   「行こうよ、裕ちゃん!」
中澤   「加護、辻、あんたらには絶対にひどいことはさせへんよ・・卵飛んできたら、あたしがかばったる・・
      よし!行こう、ステージへ!
・・ほな、丸くなれ・・ええかっ、モーニングを、最高のモーニング娘。を見せるんやっ、
      どんなことあっても、歌を止めたらあかん、踊り続けるんや!絶対笑顔でいるんや!
      ぉら、頑張ってーーー」
     「いきましょーーーーいっ!!」

輪が解けて、各々が登場待ちに散っていく。
中澤が平家にそっと語った。
「みっちゃん、ほんま、リーダーいらんグループやろ。
 あんた、根性入れてきや、12歳の子に負けたらあかんで。」
     
飯田はもう一度、辻加護を呼び寄せている。
「あんた達、まっすぐ客席を見てるんだよ・・泣いちゃだめだ。
 けど、何か飛んできたら、カオリに隠れなさい、カオリおっきいから・・
 あんた達は、絶対に絶対に、カオリが守ってあげるからね・・」

矢口を抜きながら石川が言った、
「矢口さん・・石川は、絶対泣きませんよ。」
矢口はそんな石川を追い掛けて、2人はバックステージの暗闇に消えていった。

 

オン・ザ・ステージ

とりあえずの清掃が終わったステージが、今一度、暗くなった。
会場全体が深夜の暗さに変わる。
歓声と唸り声と怒号と、何もかもが入り混じって、大きな代々木体育館が共鳴する。

あの曲のイントロが始まった、「抱いてHOLD ON ME!」
突然、ステージが明るくなる。
右手のトップに平家!左手トップには保田。

会場が一斉にどよめく。
何と言っているのか・・・曲にかき消されて聞こえはしないが、
誰もが度肝を抜かれて、ステージの上から見る暗い観客席には大きく空けた口しか見えない。

平家は、何も考えていられなかった、ただ煽るようなアップテンポの曲に乗せられ、
今では体に入っている「抱いてHOLD ON ME!」を歌っているだけだった。

「SHAKE IT,DO IT DO IT!」
バスドラに合わせたコーラスの声に、平家は背中をズン!ズン!と叩かれている気がした。

・・・瞬く間に終わった1曲目。
しかし2曲目は間髪入れずに始まる。

♪ふ〜〜う〜うう〜

「LOVEマシーン」だ。娘。達の運命を変えた1曲。

平家はリハ通りに安倍のポジションに入って、腰をぐりっとひねった。

「ディアーーーー」 飯田の叫びはいつも以上だ。

罵声はどこに行ったのだろうか、

「あ〜んたの笑顔はっ!」「せ〜かいが羨むっ!」

平家の一番好きなフレーズで、自分を忘れて歌に入り込んでいた。
歌が終わった時、歌えるだけは歌った、と平家は少し放心状態にあった。

「LOVEマシーン」が終わると、中澤が力を抜いたフォーメーションの中からすっと前に出た。
「みなさん、モーニング娘。です。」
会場をうねる声が静まるのを少し待つ。しかし一向にどよめきは納まらない。

「みなさんには、ご報告しなければならないことがあります。
 もうご存知かもしれないけど、先日オリジナル・メンバーだった安倍なつみは、モーニング娘。を卒業しました。
 モーニングが始まった時から、ずっとセンターに立って歌ってきた安倍は、もう、いません。

 どうして安倍が卒業したのか・・本当の理由を話せるのは安倍本人しかいませんが、
 私が代わりにお話します。ほんの数日前、なっちとじっくり話す機会があったので。」

会場は静まり返った。

「なっちは、モーニング娘。を長い間引っ張ってきました。初めからのファンの方はご存知でしょう、
 あの子は、手売りの時から先頭にたって、5人の、8人の、7人の、そしてその後もモーニングの顔として、
 いつでも誰よりも熱心に娘。を引っ張ってきました。

 けど・・何時くらいからやろ、段々と心も体も疲れが溜まってきたようです。
 数え切れないほどあった試練も、全部乗り越えてきたけど、やっぱり何かが溜まってきたのです。

 中澤、お前はどうなんっ?他のメンバーはどうなんやって聞きたくなるでしょ?
 でもね、モーニングの顔として、いつもぎりぎりで頑張ってきたのなっちには、
 やっぱり特別の何かがあったのです。

 何でも言っちゃうよ!どっかの雑誌で激写されたと言うのは、卒業の原因ではないのです。
 頭も体も疲れて、あほなことをしてもた、その結果があの写真だったかもしれないし、
 もう疲れ果てて、答えとして出てきたのが、そう、モーニングを辞めることだったのです。
 なっちはあたしに言いました。

「辞めたくない。モーニングはあたしの全てだ。
 誰よりもモーニングを愛してる。モーニングより大事なものは何もない」って。

 けど、こうも言ったのです。
「一番大事なモーニングをあたしのせいで、おかしくできないよね。」
 って。だから、あの娘はこんな結論を出したのです。
 だから、なっちを、責めないで・・あの子は・・おかしなことをしでかしたけど・・ほんまにやさしい・・・」

中澤は涙が止まらなくなっていた。言葉が続かない。
その時、飯田がすっと前に出てきた。

「みんな、裕ちゃんの言葉を聞いてくれた?カオリは、ね、なっちと裕ちゃんと、初めから見てきたの。
 なっちはね、頑張り屋さんなんだ、誰よりも。
 なっちとはね、ずーっと一緒だったんだ。喧嘩もしたことあるし、口もきかなかった事もあったよ。

 だけどね、カオリにはね、やっぱり大事な大事なパートナーなの・・
 カオリ、なっちの苦しみを分かって上げられなかった、もっともっと聞いて上げなきゃいけなかったの・・・」

飯田が泣き崩れて言葉にならなくなった時、保田が前に来た。

「みんなはね、なっちが突然いなくなって、怒ってると思う。あたしも、ちょっと怒ってる、どうして!って。
 あたしは、なっちが羨ましかった。だけどね、なっちは一番練習してたんだよ!
 だからね、あたしは絶対になっちに負けないくらい練習しようと思ってきた。

 なっちはね、言葉には出さないであたし達を引っ張ってきた人なんだよ。これはよーく覚えておいて。
 ねぇ、矢口、あんたも何かしゃべりなさいよ。」

矢口が続ける。

「なっちはね、モーニングにとって、あたしにとって、大事な人でした。
 なっちはね、すごく回りに気を使う子なんだ。楽屋が沈んでる時にも、よく矢口と一緒になって、漫才なんかやったよ。
 なっちはね、やさしい子だから、自分で抱え込んでしまって、こんな結論になっちゃったんだ、矢口は悲しいよ。」

矢口は後藤に振るが、号泣している後藤は、とても話せそうに無かった。石川を振り向く。

石川  「モーニング娘。になった時、やっぱり安倍さんみたいになりたいな、と思ってました。だから、今は悲しいです。」
吉澤  「本当のところ、まだよく分かりません。けど、吉澤は、安倍さんが大好きでした。」
加護  「安倍さんはですねー、加護はまだよく分かってないけど、いつもあたし達を気にしてくれました。辞めて欲しくないです。」
辻   「辻はれすね。安倍さんに可愛がって貰いました。
     上手く出来ない時なんかれすね、安倍さんが、「こうするんだよ」っていつも教えてくれました。」

中澤が後藤の方を向いたが、まだ話は出来なさそうだ。

「そしてもう一つみなさんにご報告しなきゃいけないことがあります。もう気が付いてるよね。
 新しくモーニング娘。の一員となってもらった人。みんな知ってるよね。平家みちよさんです!」

「うぉおおおおおおおおおおーーーーーー」
代々木はもう歓声と、そして足踏みでコンクリートの床が揺れていた、
ドン!ドン!ドン!と足拍子に合わせて、建物全体が底から割れそうなくらいのどよめき。

「みっちゃんはね、モーニングで初めての、オーディションなしでモーニングになる人です。
 それはね、みんな知ってると思うけど、みっちゃんは、 あたしやカオリ、なっちと同じオーディションで優勝した人だからです
 ・・・ってのは多分違うと思う。

 みっちゃんはね、モーニングが始まる前から、いつもあたし達と一緒にいた、一番近い人なんです。
 たまたま違うとこにいた兄弟、やなくて、姉妹みたいなもんなんです、なぁ、みっちゃん!」

平家は促されて前に出た、そして顎を引いて、一番いい姿勢でマイクを手にした。

「紹介された、平家みちよです・・
 つい先日つんくさんと中澤さんに呼ばれて、モーニング娘。になりました。
 今日が初めてのモーニング娘。で、参加を発表するのもこの場が初めてです・・

 あたしはずっとソロでやってきて、なんでモーニング娘。になったの?って思う人もいるでしょう。
 あんた、ソロでやってきた誇りとかないん?って。

 あたしもグループってどういうものかよく分かりませんでした、って今も分かってへんと思います。
 けどね、一人だとできないこと、グループだとメンバーの応援をいつでも感じられる、
 逆にいつだってメンバーを助けられる、そんな一体感を今日感じ始めてます。

 ソロはどないすんの?とかって、まだ全然分かりません。
 って言うか、今でもあたしはこれはほんまのこと?って思ってます。
 けど、なっちに負けないように、メンバーの足を引っ張らんように、 みなさんに応援してもらえるように、
 平家みちよは一生懸命頑張ります、どうかよろしくお願いします!」

そう言って、深く深く頭を下げた。

普段なら、ここでコンサートは一旦おしまい、アンコールを待つ段取りだが、
今日はこのまま「モーニング・コーヒー」に入る。中澤が紹介する。

「ほな、平家みちよを迎えて、飯田カオリがみんなに歌いますわーーーー」

この引きで飯田が前に立った。最初は飯田のためにあった曲だ・・

♪ねえ〜、恥ずかしいわ〜、ねえ〜うれしいの〜

2年半振りに自分のところに戻ってきた曲を、飯田は素晴らしく美しく歌う。
「カオリ、あんた、一番の出来やで」
中澤も平家も、飯田の歌いっぷりに舌を巻いていた。

もう最後の曲だ。
残された曲は、あれしかない。
娘。達の運命を変えた、もう一つの曲が残っているだけだ。

平家は大きく深呼吸した。
渋谷公会堂でも聴いていた。あの時は舞台の袖で、輝き始めたモーニングをまぶしく見つめていたものだ。
それが今は自分に任されるようになった、

(けど、考えてもしゃあないわ・・なっち、見といてや、って見られへんやろけど、
 この曲、あんたに捧げるで)

平家の心が決まった時、イントロが鳴り始めた。多分娘。達にとって特別な歌、「サマー・ナイト・タウン」

♪スマイル、スマイル、スマイル、どんな笑顔見せても〜っぉ、心の中が読まれそう〜〜〜

全ての曲を歌い終わった時、フォーメーションの先頭で平家は震えていた。
怖いのか。しかし、やれることは全てやり尽くした。
メンバーのお陰だろう、今日すべきことは全て果たしたのだ。
最高のパフォーマンスを出し尽くした満足感があった。

メンバー達が口々に「ありがとうーー」と感謝の声を上げて、会場もそれに応えてきた時、
小さな陰がステージの中に駆け寄ってきた。

カットソーのサマーシャツに、ひきずるように長いスカート・・・安倍なつみだった。

近寄ってくる安倍に、平家は思わず自分のマイクを手渡した。
(ありがとう、みっちゃん)
ささやき声がしたような気がした。
安倍はメンバー達と見詰め合って、中澤に軽く目礼して、話し出した。

「みなさん、ごめんなさい・・なっちは、安倍は自分勝手にモーニング娘。を辞めてしまいました。
 それに変な写真を撮られて、もう19歳になっったって言うのに、みなさんにひどいことばかりしてしまいました。
 あたしの軽率な行動のためです。悪いのは、全部あたしです。
 安倍は、別に言い訳しません、けど、一つだけ。
 モーニング娘。とみんなに迷惑を掛けてしまったことを、この場で謝りたいと思います。」

誰も予測しなかった出来事で代々木が静まり返る中、安倍の足元で水入りの風船が破裂した。

それを合図に、観客席から幾つかが飛んでくる。卵・カラーボール、水玉・・・
一塊になった娘。達の周りでそれらは破裂する。
客席では前のほうの一角で殴り合いが始まったようだ。

怖い・・・平家にはこの場の行方が全く分からなくなってしまった。

生卵が長い紺色のスカートで割れたのも気にせずに、安倍はさらに前に出て行くと、

「みなさん、本当にごめんなさい」

そう言って安倍は、足を揃えて座り込み、三つ指を突いて頭を下げた。
深く深く押し下げた頭を安倍はいつまでも上げなかった。

しかし、前列の左から、一つのカラーボールが飛んできた。
安倍の小さな体で破裂して、辺りを真っ赤に染めた。
それに続いて幾つもの憎しみが投げ込まれた。生卵、着色水風船・・・

「やめてよ!」
飯田がマイクを放り出して、安倍に覆い被さった。マイクも無しに、生の声が会場に響いた。
「やめてよ!なっちは、苦しんだんだ、もう止めてよ!」

飯田の体も、砕けた生卵で黄色く染まる。
そんな飯田に、小さな矢口の体が重なった、保田がさらに前で仁王立ちした。

しかし、安倍はかばってくれた仲間を押し退けて、もう一度前に出て頭を床につけた。
「みんな、ごめんなさい・・・」

中澤だけはマイクを手にして訴えた。
「みんな、止めて、止めて下さい・・なっちは、安倍はここに来なくても良かったのに、
 それでも自分で来たんです、みんなに謝るために・・・だから、分かって上げて・・・」

中澤の願いに、会場が息を呑んだように静まり返った時、ステージに新しい姿が現われた。
飛行機のように両手を伸ばして走り出てきた彼女は、後藤のマイクを奪うと、

「みんなー、なっちは、安倍なつみは、本当に謝ってるんだ、許して上げてよ。
 許せなくても、女の子に物を投げる奴はお仕置きだぞーー、かあさん悲しいぞ〜〜〜」

素っ頓狂に明るい声は、呆然と突っ立っている後藤に駆け寄って、マイクを返しながらささやいた。

(あんた、修羅場に良く落ち着いてるよ・・なっちを助けに行きなさい!)

そうして、また翼のように腕を広げて、きぃーんと帰っていった。

観客が呆気に取られていたが、もう消えてしまった姿にようやく気付いた、
「さやかー!」「いちいーーーー!」「かあさーーーーん!」

「ねえ、こんな感じで良かったのかな?明日香。」
「そ、湿りすぎた後は、あっけらかんとやるのが一番!あたしにはできないよ、紗耶香じゃなきゃね!」
2人はいたずらっぽく笑うと、建物の奥に隠れていった。


なんか、会場は市井コールに混じって安倍に呼び掛ける声、それよりも、余りな展開に笑いかえっていた。
中澤も笑い出してしまった。

「ははは、みなさん、笑ったらあかんな。けど、紗耶香の言う通りや、女の子には物は投げんといて・・
 替りに、1曲歌いますわ・・
 これは予定外やで、みんなに、この会場だけに歌わせてもらいますわ、「愛の種」。
 ほれ、カオリ、それになっち、立ちぃや。悪いけど、これはオリジナルだけで歌うよ。
 伴奏ないからアカペラや。あんたら、みなさん、手拍子頼むわ」

♪2,3,4, ♪さぁあ、出かけよう!きっと、届くか〜ら・・・

みんな、ステージの上も観客席も、妙に笑いながら歌ったり手拍子をしたりしていた。
そんな「愛の種」を歌い終わって中澤。

「この曲でな、うちら、モーニングは始まったんです、ほんまは彩っぺもおらんとな・・・
 ついでに報告しとくと、彩っぺは元気やで。
 こないだまで、つわりでげろげろやったけど、ようやっと落ち着いたって言ってたわ・・
 女の子、ちゃうわ、お母さんはつわりが終わって、ようやく母親だって感じるって言ってたよーー」

意外なフィナーレだった。
会場は、不思議な大騒ぎになっていた・・・
しかし、メンバーは明るい表情になっていた。

ステージを降りると、後藤は駆け出していった、スタッフに尋ねる。
「ねえねえ、市井ちゃんはどこ行ったの?」

「ここだよ!」

スタッフの声より早く返事が帰ってきた。後藤はその声に駆け寄って、市井の胸に顔を埋めた。
「ずるいよずるいよ、いつも自分勝手だよ・・」
「ごめんごめん、あんたが・・けど、たまには甘えたいのかいっ?」
そう言って、答えることもせず泣きじゃくる後藤の髪をくしゃくしゃに撫でてあげていた。

そんな後藤を遠くから眺める吉澤の肩を、保田がぽん♪と叩いた。

矢口は背伸びして石川を抱き締めていた。
「・・石川、嘘つき、泣いちゃってるじゃん、けど、頑張ったぞ・・」

飯田は両脇に辻加護を抱き締めて、壊れたように泣いていた。

「みっちゃん?」
「何?姐さん?」
「ま、こんなグループや。苦労すんで」
「んなことない、すんごい仲間達やん・・・こんなことは一人じゃ絶対ないよ・・」
「はは、こんなアホらしいことせんですむかもな、
 けど今日は始まりやで、これから初めて会うお客さん達はまだまだ!」
「まだまだおもろいことがあるちゅーことやろ?」
「ま、そやったら、ええね、みんなを信じて・・・・みっちゃん、これからも頑張って!」
「いきまっしょーいっ!」
そう言い合って、勢いよく手を合わせた。

                おしまい

 

エピローグ

Dear 裕ちゃん

あいかわらずみんな忙しくしてるようですが、お元気ですか?
私は今、両親と一緒に室蘭で暮らしています。
戻ってきてすぐの頃は、いろいろ言われたりもしたけど、
今はみんなやさしく見守ってくれています。
新曲、聞きました。
なんだか懐かしい雰囲気ですね。
みっちゃんも、がんばってるみたいだし。
新メンバーも、自信がついてきたみたいでいい感じです。
これが、私の大好きなモーニング娘。なんですね。
なんか、聞いていてとても元気付けられました。
裕ちゃんも、みっちゃんも、かおりも、圭ちゃんも、まりっぺも、
ごっちんも、梨華ちゃんも、よっすぃーも、ののちゃんも、あいぼんも、
みーんなみんな、輝いてますね!!!
これからみんなまだまだ忙しい日がつづくと思いますが、
元気に、明るく、がんばっていきまっしょい!!!
いつか、またみんなと一緒に歌える日が来る事を願って・・・
                         安倍 なつみ