まきちゃんとわたし

 

プロローグ

 

「亜依ちゃん」
ってはじめて呼ばれたとき、すっごくうれしかった。
でも、どう返事していいか分かんなくて、聞こえないフリしちゃった。

あのあと、手をつないで帰ったんだけど、ドキドキしてたの、きづかれなかったかな?

 

第1話

 

わたしはこっそりこっそり、心のなかで後藤さんのことをまきちゃん、って呼んでる。
ひみつなんだけど。
まきちゃんは、わたしのきょういく係で、いろんなことを教えてくれる。なきむしだけど、
じまんの先生なんだ。

今日の仕事は、まきちゃんとはべつべつ。
矢口さんやののちゃんが遊んでくれるけど、なんだかつまんなかった。

「加護さん、お金、持ってきましたよ」
マネージャーさんにおねがいして、きゅうりょうの中から少しだけ、お金を先にもらった。
ほんとは、お母さんが貯金してくれているんだけど、マネージャーさんに、どうしてもみ
んなにはナイショで買いたいのがある、って言ったらきょうりょくしてくれたんだ。

(ごせんえーん)

お母さんに言えば、くれるんだけど、なにに使うのかちゃんと報告しないといけないから、
ダメなんだ。

「あいちゃん、いっしょに帰ろ!」
ののちゃんが、いきなりわっ、とうしろから話しかけてきて、ビックリした。
「今日は、一人で帰るから、ゴメーン」
「どうしてどうしてー?」
「どうしても!!」

ぶんぶん、と手をふりまわして、ののちゃんをおいはらった。今日は、ひみつのおかいも
のの日なんだ。

わたしは、一人で電車にのって、新宿にいった。
新宿駅は、ひとでいっぱいだった。

もうすぐ、まきちゃんの誕生日。
おめでとう、っていって、プレゼントをわたすんだ。へへへ。

メイクさんからきいた、シルバーの指輪のお店はすぐに見つかった。きれいなのとか、
かわいいのが、いっぱいあって、どれにしようか迷った。
ううん、迷うことなんてなかった。

(う……)

みんな、1万円よりも高い。
わたしは、ウサギのサイフの中の、たたんだ5千円をのぞきこんだ。ぜんぜん、足りなかった。

(うう……)

メイクさんは、大人だから、ねだんの高いのを買うんだね。まきちゃんもわたしもまだ子
どもだから、こんなに高いのはいらないんだ。
でも、どうしよう、とわたしは、ちょびっと困った。

と、道ばたのアクセサリー屋さんが目にはいった。
(わあ……これなら買えそうだ)
しゃがみ込んで、あれこれながめる。
だいじょうぶ、今度は、ちゃんとえらべるよ。

めちゃくちゃカワイイのを見つけた。
パンダのイヤカフだ。
しかも、2500円。
ってことは、ふたつ買えば、おそろい、ってことになる。

それは、とてもステキなことのように思えた。

「すいませーん、これ二つください」

今日のおかいものにすっかり満足して、お金をはらう時になって、

「消費税込みで、5250円になります」

がーん、ってなった。
こぜには、まだあるけど、それを使ってしまうと、帰りの電車に乗れないのだ。

頭のなかで、パンダのイヤカフをつけたまきちゃんとわたしが、笑いながら草原を走って
いくシーンがうかぶ。

……まあいいか。
のこったお金できっぷを買って、帰れるところまで行こう。あとは歩きだ。

わたしは、かみぶくろを受けとって、だいじにカバンの中にしまった。

――その日、家に帰ったとき、もう深夜の一時をまわっていた。
お母さんにモノスゴクおこられた。
遅くなったワケも言わなかったから(だって誰にもひみつだから)ずっと正座の刑になった。

眠い。
ふわあああ、とあくびをする。
「加護、眠そうだね」
「あ、後藤さん、お疲れさまでした」

まきちゃんは、あの日に一回だけ『亜依ちゃん』って呼んでくれたけど、また『加護』に
もどってしまってるのだ。ざんねん。
仕事は終わって、今は、それぞれで今日のはんせい会をしていた。教育係のペアでやるん
で、わたしはまきちゃんと二人でいられて、うれしかった。

(まだ誕生日にははやいけど、もうわたしちゃおうかな?)

まきちゃん、よろこんでくれるかな?
パンダきらい、って言われたらどうしよう。
うーん、明日にしようか。

わたしはカバンをもったまま、明日の台本になにか書き込んでるまきちゃんのまわりを
ウロウロしていた。

「ん? どしたの加護。なんかあるの?」

まきちゃんに話しかけられて、けっしんを決めた。

「後藤さん、ええとですね。もうすぐ、後藤さんの誕生日じゃないですか」
「あ、ちゃんと覚えててくれたんだ。言われなかったら、わたしからアピールするトコロ
だったよ」
まきちゃんは、ケラケラと笑った。
よし、わたすぞ!

背中に紙袋をかくして、
「ん、ちょっと待って」

まきちゃんは、ケータイを取りだして、耳にあてた。
(……ちぇっ。やるきまんまんだったのに)
がたん、とイスをけって、まきちゃんは立ち上がった。

「うんうん、今スグに行く!!!!」

びっくりマークをたくさんつけて、まきちゃんは大声をだした。そのまま、楽屋から走って
でていってしまった。

ののちゃんや保田さんも、びっくりしたみたいな顔で、まきちゃんを見ていた。すぐに台
本読みに戻ったけど。
わたしはどうしようか迷った。ただ、電話に出たときに、表情がすごくかわったのが気に
なった。
なので、こっそりあとをつけることにした。

まきちゃんはスグに見つかった。
ろうかのつき当たりの、コピー機があるトコロで誰かと話をしていた。
相手は、たなの陰にかくれて、だれなのかよく分からない。
ただ、まきちゃんは、とてもうれしそうだった。
それは、わたしが見たことのない……どこか甘えてるみたいな、子どものまきちゃんだった。

(あんなまきちゃんヤダ……)

わたしの知らないまきちゃん。
だれかに笑っているまきちゃん。

ちらっ、と、相手の姿がみえた。

――市井さんだった。

なぜだか分かんないけど、いきなり、鼻の奥がつん、ってなった。
(泣くな、泣くんじゃないぞ)

まきちゃん、市井さんのこと、大好きだもんね。
きっと、誕生日のお祝いにきてくれたんだ。
市井さんも、まきちゃんのこと、大好きだったし。
あの二人は、わたしとまきちゃんよりも、もっともっと仲良しだったんだ。

わたしは、二人を見ていられなくて、自分のくつのつま先をじっとみていた。
だから、まきちゃんが、すぐそばまで来てることに気づかなかった。

「あれ、加護、ここにいたんだ。今日は、これくらいにして、帰ろっか」

まきちゃんは、ゴキゲンだった。
顔をあげると、まきちゃんの耳元に、きらきらしたイヤリングを見つけた。
さっきまでは、つけてなかった。だって、わたしのをつけてもらおうと思って、ねらって
たから。
だから、それは市井さんからのプレゼントなんだ。

イヤリングは、とてもキレイで、まきちゃんに似合っていた。なによりも、今のまきちゃん
の笑顔にマッチして、まきちゃん自身が、すごくキレイに見えた。

やっぱり、市井さんは、まきちゃんのことが良くわかってる。
がさっ、とわたしの手で、紙袋が鳴った。

(それにひきかえ、わたしの買ったパンダの耳かざりなんて、すごく子どもっぽい。なん
だか、すごく安物みたいだよ)

恥ずかしかった。
わたしが子どもなのが、恥ずかしかった。

「先に戻ってます」
そう言って、わたしは廊下を走った。
トイレにかけ込んで、だれもいない、って確認したトコロで、ぶあっ、って涙がでてきた。

手の中の紙袋を、くしゃくしゃにして、ゴミ箱に捨てた。

ポロポロと涙をこぼして、泣いた。

(大人になりたいよう)
(はやく、大人になりたいよう)

こんなにまきちゃんのことが大好きなのに、わたしは子どもすぎて、お誕生日をお祝いし
てあげることもできないんだ。

「亜依ちゃん……」
ののちゃんの声に、ひいっ、とのどから息を吸い込んだ。
「亜依ちゃん、どうしたの?」
心配そうな、ののちゃんの声。

でも、泣いてるトコロを見られた恥ずかしさから、
「なんでもあらへんっ! なんで覗きみたいなことしてるねん」
大阪ことばで、どなってしまった。

りょうてで口もとを押さえて立ってるののちゃんをつきとばすようにして、わたしはトイレから出た。
(ゴメン、ののちゃん)
でも、口に出してあやまれるよゆうは、わたしにはなかった。

         ◇

明日から、またコンサートツアーがはじまるので、今日はメンバーみんな、ホテルに泊ま
る日だった。
わたしは、自分の部屋にとじこもって、電気もつけないで、ひざをかかえていた。

夜中、わたしの部屋に、だれかがたずねてきた。
こんこん、とドアをノックされた。

がばっ、とわたしはベッドから起きあがった。

(加護、起きてる?)

外からの声は、まきちゃんだった。

わたしは、だだだたっ、と走っていって、ドアをあけた。
廊下のあかりがまぶしくて、しばらくは、目をぱちぱちさせてた。
「こんばんわ。夜遅くにゴメンね」
ジャミロクワイのトレーナーと、ジャージ姿のまきちゃんがたっていた。

「入っていい、かな?」

うん、全然いいよ、と答えて、わたしは部屋のなかにもどった。部屋のあかりをつけた。

まきちゃんは、さっきまでわたしが寝てたベッドにあぐらをかいて座った。

「そのさあ、なんで加護が怒ってんのか、よく分かんないんだよね」

こまってるような、なやんでるような表情で、あたまをバリバリかいた。

「とりあえず、お礼だけ先に言っとくよ。ありがとうね、加護」

まきちゃんは、ニッコリ笑って、耳をこちらに向けた。
あの、パンダのイヤカフがゆれていた。

「……でさあ、私鈍感だから、ホントに、加護が何を怒ってるのか分かんないんだよね。
ゴメンね。謝るし、なんでも言うこと聞くからさ、機嫌なおしてよ」

市井さんが、後藤さんと一緒にいるトコロを見たんです。それだけです。

って答えると、ありゃあ、あれ、見られちゃってた? ってまきちゃんはおどけた口調で言った。

「市井ちゃんが、誕生日オメデトウ、って言いに来てくれたんだよね。で、市井ちゃんに
いろいろ報告してたんだ。私も加護の教育係になって、成長したよ、って。加護にいろん
なこと教わって、少しは立派になったかな? って」

市井さんのことを嬉しそうに話すまきちゃんを見て、いつの間にか、わたしはぶーっ、と
ほっぺをふくらましてたみたい。嫉妬してたのか? カワイイヤツめ、とまきちゃんはわ
たしの頭をかかえて、ぐりぐりしてきた。

まきちゃんて……どうして、こんなに……ふう。
なんだか、いろんな胸のつっかえが、なくなっていくみたいだ。
うん、これが、わたしの、まきちゃん先生なんだ。

わたしは、すぽっ、とまきちゃんの腕から抜け出して、さっき、なんでも言うことキクっ
て言ってましたよね、じゃあ、一回だけ、わたしのことを亜依ちゃん、って呼んでくださ
い、と言った。

「う……」
まきちゃんは、しばし硬直したのち、ぼそりと、

「――亜依ちゃん」

と言った。

「はい」

「……」
「……」

二人して、赤面した。

ずっと黙ってたら、気まずくなってきたので、
「どうして、そのパンダを後藤さんが持ってるんですか?」
話題をかえようと、聞いてみた。

「辻がさあ、これ、持って来てくれたんだよね。亜依ちゃんから後藤さんへみたいです、
って言って」

まきちゃんは、カードをひらひらさせて言った。
そうだ、メッセージカードを入れてたんだ。

「『まきちゃん、たんじょうびおめでとう』って、少し照れるけどね、はははは」

あああっ、ついつい、いつも心のなかで呼んでるノリで、まきちゃん、って書いちゃってた!!
恥ずかしい……

わたしは、顔がまっかになっていくのを感じた。
こめかみのあたりが、ドキドキいってるのがわかる。

まきちゃんは、まがおになって、わたしをぎゅう、って抱きしめてくれた。

耳もとで、
「加護、ホントにありがとうね。すっごくうれしいよ。私、加護の教育係でホントに良か
ったよ。ありがとうね」
なんどもなんども、ありがとう、ありがとう、って言ってくれた。

わたしは、
わたしは、また、泣いちゃった。

うれしくて。

「ん――なに、モジモジしてんの?」
「もうひとつ、おねがいがあります」
「えー、さっき聞いたじゃんか」
「ダメなら、いいです」

「言うだけ言ってみなよ」
「……今日、いっしょに寝てください」

その夜は、朝までそんなに時間はなかったけど、
まきちゃんの腕まくらでぐっすり眠った。

明日、ののちゃんに謝ろう。
あと、ありがとうも言っておかないとね。

 

第2話

 

「おはようございまーす」
「おはようございまーす」

今日は、新曲のダンスレッスンの日。

朝から、まきちゃんのようすがヘンだった。
なんか、いつもより、顔があかいんだ。

わたしは、まきちゃんがきになって、練習にしゅうちゅうできなかった。
「こらぁ、加護。お前、なにやってんだよ!」
なつ先生におこられてしまった。
「やる気がないんだったら、そこで見てろ。練習の邪魔するな」

かべぎわを指さされて、わたしはとぼとぼと歩いた。

「加護、大丈夫? これ、ムズカシイからね」

まきちゃんが、わたしの肩をぽんぽん、とたたいて、はげましてくれた。
その手が、とても熱くて、びっくりした。

「後藤さん、もしかして、熱があるんじゃないんですか?」
「ん……ちょっと風邪っぴきなんだ。でも、熱冷まし飲んでるし、へいき
へいき」

耳もとで話してくれたんだけど、吐息がすごくあつい。すごくしんぱいだよ。

まきちゃんは、わたしの頭をなでて、レッスンの輪にもどっていった。

れんしゅうに身がはいらないまま、でも、かべぎわでダンスをおぼえた。

「よし、一旦休憩。加護、お前いまのやってみ?」

なつ先生が、タオルで汗を拭きながら、いう。わたしは、ぐったりとパイプ
イスに座りこんだまきちゃんを目でおっていた。

「加ぁ護ぉ!!」
「ごめんなさいっ」

なつ先生の怒りがばくはつする前に、あやまったのはまきちゃんだった。
わたしのところに走ってきて、加護は今日は調子悪いみたいなんです、
って言ってくれた。

病気なのは、まきちゃんの方なのに。
きゅうけい時間に、すこしでもからだを休ませないといけないのに。

「わたしは大丈夫です。やります」

まきちゃんに心配かけちゃダメだ。
わたしは、一生けんめいおどった。でも、足をクロスさせてターンすると
ころで、どうしても分からなくなって、ストップしてしまった。

「大丈夫、できてるよ。あとは、こう、ひねるだけだよ」
まきちゃんが、わたしのそばに来て、あれこれ言ってくれた。わたしの
パートを踊ってみせてくれた。

まきちゃんは、笑顔をつくっていたけど、ほんとうにつらそうだった。
目がうるんでる。頬があかくなってる。ひとことしゃべるたびに、肩で息
をすいこんでる。

まきちゃんにしんぱいばかりかけてる。
まきちゃんにめいわくばかりかけてる。

「やめてくださいッ! わたし、自分でできますから」

まきちゃんは、目をまるくしてた。
そうだね、でしゃばって、ゴメンね、とまきちゃんは言って、イスに戻
っていった。

あ……。
わたし、なにやってんだろう。

くやしかった。
顔があげられないで、床をじっとみてた。

「今日はムリだね。加護は一日、見学だよ。はい、じゃあ休憩終わり。
みんな集まって」

鼻をすすって、わたしはみんなといれちがいでかべぎわに戻った。まき
ちゃんに、さっきのあやまりたかったんだけど、目があわせられなかった。

次の日。
まきちゃんは風邪っぴきのままだった。わたしは、ついついまきちゃんの
ことで胸がいっぱいになって、調子をとりもどせないでいた。

わたしは、どんどん遅れていった。
なつ先生のきげんもどんどんわるくなって、スタジオ全部がイヤなふんいき
になった。

わたしは、一番うしろで、みんなとあわせてステップをふんでいる。
まただ。
また、あのターンのところで、引っかかってしまった。

わたしは、イライラして、だん、とつよく床をふんだ。

みんな、びっくりしたのか、わたしをふりかえった。
(しまった)

なつ先生がさけぶ。
「はい、曲止めて。加護、なんで出来ない? ちょっと後藤! あんた、
教育係だろう? なに教えてんだよ」

「ごめんなさい」

まきちゃんは、顔をあおくして、頭をさげた。
それは、それは、せきにんを感じてるからじゃなくて、病気だからなんだ。

わたしは、まきちゃんと先生のあいだに立った。
ものすごく、腹がたった。

あんまりにも腹がたって、泣いてしまった。

「わたしが悪いんです。ま──後藤さんは悪くないです」

まあまあ、うまくいかない日もあるさ、と飯田さんが、あいだに入ってくれる。

「ごめんね、加護。出来ないのは、私がしゃんとしてないからだよね。
ほんと、ごめん」

そう言って、わたしの頭に手をおいて……まきちゃんはしゃがみ込んでしまった。

「ごっちん?」
「後藤さんッ!」

さっきから、まきちゃん、ふらふらしてたんだ。
わたしは、パニックになった。
なつ先生にわめきちらして、わたしがいむ室に連れていく役になった。

まきちゃんは、ベッドによこになると、すぐにすう、と眠った。つかれてるんだ。

わたしは、いむ室で、いっしょうけんめい、ダンスの練習をした。
たおれてしまうくらい、まきちゃんもガンバってるんだ。

少しでもまきちゃんに心配かけないように、って、すごく集中した。

ときどき、きゅうけいして、まきちゃんのひたいのタオルを取りかえた。

まきちゃんは、苦しそうだった。
なんども寝がえりをうってた。

(イヤな夢でもみてるのかな?)

なんど目かの、タオル取りかえの時に、おそるおそる、まきちゃんの手に、わたしの手をかさねてみた。
いきなり、ぎゅっ、とにぎってきて、起きてたのかな? ってびっくりした。

……まきちゃんは、起きてなかった。
ただ、ちょびっと、涙をながして、

「いちーちゃん……」

ってささやいたんだ。
それは、とても子どもっぽい、いつものお姉ちゃんのまきちゃんとはぜん
ぜんちがう、甘えた、それでいて泣きそうな声だった。

わたしは、まきちゃんの手を、つよくにぎり返した。ドキドキしながら、
みみもとで

──市井さんが、呼んでたみたいに、
──声のマネをして、

「後藤……」
って、いってみた。

まきちゃんは、そのとたん、ガバっ、て起きた。
おおあわてで、キョロキョロして、小声で(なーんだ)っていった。

「あれ、加護? 私、どうしたんだっけ?」

まだ、目のはしっこに、涙をためてて、すこし、鼻をすすった。
そっか、途中で倒れちゃったんだね、とひとりごとを言った。

「あーあ、私、ダメだね。大事な時なのに、風邪なんて引いちゃって。
テンションも最悪だし、体調もグダグダだし、もう私、ダメダメだよ……」

ひざをかかえて、頭をうずめてしまった。

(こんなときに、市井ちゃんがいたら……)

そのつぶやきを、わたしはハッキリと聞いた。

わたしは、手をグーにして、たちあがった。
「後藤さん、見ててください」

なんどもなんども、ここでれんしゅうした、ダンス。

(たんたん、たたたん)

まきちゃんが、見ててくれる。
テレビ本番のときよりも、きんちょうした。
でも、メロディを口ずさみながら、キレイに、おどることができた。

「すっごーい、出来てるじゃん、加護」
まきちゃんは、目をまるくして、はくしゅしてくれた。すっごくうれしかった!!

「後藤さんは、寝ててください。スタジオにもどって、今日のぶん、ちゃ
んとおぼえてきます。後藤さんに、おしえてあげます。だから、ムリしな
いで、ちゃんとカラダをやすめて──」

(わたしだって……わたしだって……)

それいじょうは、コトバにならなかった。
まきちゃんは、おいでおいで、ってわたしをベッドのそばまで来させて、
ぎゅっ、ってしてくれた。

「わたしだって……ちゃんとやれます。ガンバります。だから、たよりないかも
知れないケド、わたしも頼ってください。いっしょうけんめい、ガンバりますから。
だから、だから……」

鼻水で、まきちゃんの肩のあたりをよごしてしまった。まきちゃんは、ぜんぜん気に
しないカンジで、わたしの背に回した手で、ポンポン、ってたたいた。

「私の知らないうちに、加護もお姉さんになったんだね。そうだね。加護、頑張って
るモンね」

はい、チーンして、とさしだされたティッシュで、鼻をかんだ。
じゃあ、さっそくお願いしようかな、とまきちゃんは言った。

「実はさ、まだ、ふらふらなんだよね。今日のレッスンは、加護にお任せしていいかな?」

「はいっ!!」

右手をあげて、きりっとした顔で、元気に答える。

「じゃあ、もう少し寝るよ。お休み」
「お休みなさい」

まきちゃんは、ホントに、すぐに寝てしまった。

(がんばるぞー)
わたしは、まきちゃんの頭をなでなでしてから、いむ室をでた。