娘。だヨ! 全員集合!

 

平成13年、11月。
モーニング娘。の休業宣言──実質上の解散劇から半年が過ぎた。

【 プロローグ 】

初めは、小さな煙だった。
ゴシップ系の週刊誌が、モーニング娘。新結成か? との小さな記事を載せた。
そこには、こんな風に文章が綴られていた。

・バーニング系の音楽事務所から、新生モーニング娘。がデビューする。
・新生モーニング娘。は、7人。
・復帰後、最初の顔見せは、ゴールデンタイムのレギュラー番組でなされる。

この、単なる噂話が、真実だったことがハッキリするのは、それからさらに半年先である。

平成14年1月8日。
会議室から作家やプロデューサーたちがゾロゾロと出てゆく足音。
今年入社したばかりのAD、兜森雅代は、ソファから転げ落ちるように目覚めた。
「おい、兜森。部屋、掃除しておけよ」「はい」
腕時計を見る。朝の五時。
(長い会議だったんだねえ)

部屋に入り、山盛りになった吸い殻をゴミ箱にまとめる。会議に出席していたそうそうたるメンバーを思い浮かべる。
と、作家の一人が忘れていったのだろう、企画書が目に入った。
普通なら、ヒラのADが見ていいようなモノではない。ただ、その表紙に書かれた『娘。』の文字に、兜森は吸い寄せられた。

兜森は、寺合宿のことを思い出していた。知らず、企画書を手に取っていた。
引き込まれるように、そこに書かれていたメンバーと企画内容を読んでしまった。
(これって……もしかして……)
慌ただしくページをめくる。予感は当たった。最後のページの番組名を見、兜森は絶句した。

ほそぼそと運営が続いていた娘。関係のサイトは、どこも、大変な騒ぎになっていた。
掲示板では、常に、誰が新娘。のメンバーなのか、新番組は一体、どんな内容なのか、
堂々巡りの議論が続けられていた。

2月15日。
とある有名サイトの管理人、Mは、日課となった、荒らしや度が過ぎたフレーミングの発言を黙々と削除していた。

(最近、どこもかしこも荒れ気味だよなあ)
寝ぼけまなこで、膨大な書き込みをチェックしていき……その間にも次々と新しい発言が書き込まれる。

一番新しい発言に目を止めた。『最新情報!』とだけ書かれ、あとはURLが貼られていた。
こういうのが一番困る。ブラウザクラッシャーを仕込まれたりすることがたびたびあるからだ。
一応、view-source、とURLの頭に打ち込み、相手先のソースを表示させる。

(あれ? このドメイン名って、モーニング娘。が新しく所属することになってる事務所だよな)

公式HPを開設した、という話は聞いたことがなかった。少し、心拍が早くなる。

はやる気持ちを押さえて、妙なスプリプトは組まれていないことを確認し、そのサイトにジャンプする。

『新モーニング娘。の公式HPへようこそ!』

喉が乾いてきた。
開設は、どうやら今日のようだ。なのに、カウンターは、すでに二千を超えていた。

最新情報、と書かれたハイパーリンクを、クリックする。
真っ黒の背景に、

2002年4月6日(土)。

とだけ書かれてあった。

3月1日。
ついに、新番組の情報が公開された。
もっとも早く、そのスクープを全国に放送したのは、目覚ましテレビだった。
「これはねぇ、すごいことですよ。新生、モーニング娘。のデビューに、土曜日のゴールデンのレギュラーを用意している訳ですからね」

「いやあ、私みたいな中年には、懐かしいですね。一体、どんな番組になるんだろうね」
「おそらくは、スマスマのような、歌あり、笑いありの、バラエティ番組になるんじゃないでしょうか?」
「これは、期待できますね」
「期待しましょう」

(4月6日になれば……)
(すべては4月6日に)

生放送の会場となる厚生年金会館ホールのチケットは、ハガキによる抽選、という方法がとられた。
ネットのオークションでは、安くても十万の値がついた。

(4月6日だ)
(4月6日に……)

そして、その日は来た。

4月6日。厚生年金会館ホール。
会場の外には、入場することが出来なかったファンたちであふれかえっていた。
ダフ屋も、異常に高い買い取り価格を次々に提示していたが、需要ばかりで、浮いている券はほとんどない状態だった。

「ホンマに、いろんなことがあったな」
中澤裕子は、新しいモーニング娘。のメンバーの7人の顔を順々に見回した。
「そやけどな。ようやくここまで来れたんや。今日は、派手にやるで」
中澤は、新しい娘。のマネージャーとなっていた。

「ほら、緊張しすぎやで。ただでもちっちゃいのに、そんなに萎縮しなや」
背の低い、彼女の頭を撫でてやる。子犬のように、小さく震えているのが分かる。
「景気づけに、チューしたろか?」
「いいよお」
本気で迷惑そうな彼女の口調に、他のメンバーたちの表情に笑みがこぼれた。

「よし、じゃあ、行くで。気合い入れていきや」
中澤のかけ声で、頑張っていきまーっしょい! と全員で叫んだ。
誘導係の指示で、娘。たちは楽屋を出ていく。客席の後ろに回り込むのだ。
「ふう」
中澤は、ため息をついて、パイプ椅子に座った。今になって、膝が震えだしてくるのを感じた。

「裕ちゃん、えらいえらい。若いコたちの前で、弱音吐かれへんもんな」
「みっちゃん」
中澤は、気の置けない友人の顔を見ると、涙腺が緩んだのか、ボロボロと涙をこぼし始めた。
「わああっ、まだ泣くのは早いで。これからやんか。姐さんがそんなことでどないするんや」
 平家みちよは、中澤の頭をよしよしと撫でた。
「わかってる。ホンマ、分かってるねんけどな。ウチが、一番緊張しいやねん」
 中澤をなだめすかしながら、平家は、壁の時計を見る。8時まで、あと3分。
「ほら、舞台のすそに移動するで。ちゃんと妹たちの頑張ってる姿、見てやらんとな」

娘。たちは、中央入り口に、ハッピを着て、飛び出す体勢になっていた。
テレビカメラがスタンバイを終え、先頭の娘。をとらえている。

(緊張してる?)
(そりゃあ、ね)
ひそひそと、話す。

ADの、カウントダウンが始まる。
「本番、5秒前、4、3、2……」

8時ジャスト。
先頭に立っていた娘。の顔のバストショットが、全国に放送された。

保田圭は、カメラに向かって、勢いよく指を差した。

「娘。だヨ!」

会場が、一斉に唱和する。

『全員、集合!』

【 メインコント 】

『♪ハア〜、娘。見たさに(ホラどしたどした)
チャンネル、ホラ回したら〜(ハァ、それからどした)』

「ほら、もう始まってるってば」
安倍なつみは、ひざの上に座らせた子どもの両手をパタパタさせて、台所に向かって叫んだ。
「圭ちゃんだよ、圭ちゃんッ!」
TV画面を指さして、興奮気味に言う。

「ビデオに録画してるから、大丈夫だって」
石黒彩は、エプロンの裾で濡れた手をぬぐって、部屋に入ってきた。
「ゴメンねー、子どもの相手させちゃって」
「ううん、私、子ども好きだし」
ねー、と小さな顔を覗き込んで言う。
しばらくの間、安倍と石黒は、無言で、オープニングに見入っていた。

『♪エンヤーコラヤー、ドッコイショのコラヤ』
保田のアップ。
『よろしく〜』
安倍も笑いながら、保田に手を振った。
CMに入る。

「ね、彩っぺさ、また歌始めるって聞いたけど、ホントなの?」
「ん……ダンナが、曲作ってくれる、って言うからさ。この子も、手がかからなくなってきたし、
いっちょ、ロックを極めてみようかな、って思って」
「いいなあ。才能のあるダンナがいて」
安倍は、石黒にしなだれかかるように身体をもたれかけさせて言った。
「覚えてるよ。彩っぺの『文句があるなら来なさーい』って。ビックリしたもの」
「やめてよお、恥ずかしいなあ」
二人で、クククッ、と笑う。

石黒は、少し、表情を元に戻して、
「なっちは、これからどうするつもりなの?」
安倍は、表情を曇らせて、視線をそらした。
石黒が、安倍の横顔をじっと見つめている。しかし、安倍は、なにも話すつもりはないようだった。

「私、ちょっと噂で聞いたんだけどさ」
「──あ、始まったよ」
安倍は、画面を指さした。
ジャングル奥地のような書き割り。
拍手のなか、保田が、ステージの真ん中へに登場した。

オープニングの歌で、7人の娘。がステージに並んだとき、会場全体が唸った。
待ちに待ったファンたちの思いとは別に、「まさかこんなことが」という驚きもあっただろう。

後は、熱狂的な絶叫ばかりが続いた。
このままでは収拾がつかず、中止になってしまうのか?と思われる寸前まで会場のテンションはあがったのだが、
「みんな〜、待たせたな! いっちゃうぞぉ」
という矢口真里の叫び声で、見事に場の空気が一体化した。
そして、オープニングが終わり、ステージの照明は落とされた。
会場は、しん、となった。

スポットライトが、ステージを照らす。
そこには、探検隊姿の保田がいた。
途端に、会場はわっ、となりかけたが、保田は人差し指を口元に持っていくと、会場は再び静まりかえった。

「今、私たちは、無人島に来ている。私が、隊長の保田だ」
保田の声が、会場に響き渡る。
「ここは、どんなキケンが潜んでいるか分からない。みんなも、気を付けて」
あ、そうそう、というジェスチャーをし、保田は右腕をあげた。

「みんな、オ〜ッス」
会場から、返事が来る。
『オ〜ッス』
うんうん、とうなづきながら、
「ははは……なんだか、大きなお友だちばっかってカンジだな。でも、声が小さいぞ。
もう一度、オ〜ッス!」
『オ〜ッス!!』
「静かにッ!」
保田が、オーバーアクションで、しーっ、と指を立てる。
会場から、ぱらぱらと笑い声。

「どんな猛獣がいるか分からないんだぞ。……それじゃあ、隊員たちを紹介する。みんな、来い」
会場に『乙女、パスタに感動』の前奏が流れ出した。
腕をポーズしたまま左右に振る、独特のあの振り付けで、四人の娘。たちが裾から登場した。

【 幕間 】

〜時間は、少しだけさかのぼる〜

オープニングが終わり、衣装部屋に娘。たちがどっと駆け込んできた。
「圭ちゃん、圭ちゃんが先だよ」
「CMあけで、保田さんお願いします」
「分かってるわよ。……私の帽子どこぉ?」
一斉に娘。たちは服を脱ぎ散らかし、それぞれの次の衣装に着替え終わった。
「じゃあ、私、先行くから」
保田は、部屋を飛び出して行った。

「まだ時間の余裕ありますけど、次の四人さん、準備お願いします」
「は〜い」
矢口が元気に答える。

「石川さん、いませーん」
辻希美が、手を挙げて言う。
「なに? トイレじゃないの?」
矢口が適当に答える。
「でも、もうダメ、ゼッタイにしっぱいする、やっぱり私やめる、とかブツブツいいながら、
今、そこからでていきました」

「なんやて?」
中澤は、モニターを睨み付けていた顔を上げて、言った。
「なんで止めへんかってんや。……って、あの子、あの格好でか?」
「はい、あのカッコウです」
「あー、もう、土壇場でなにするねん」
中澤は頭をボリボリかきむしり、
「すまんな、みっちゃん、一緒に探しに行ってもろてエエかな」
「どんどんウチ使ってや」
平家は、エプロンを外し、席を立った。

「わたしさぁ、出番まだだし、一緒に行ってもいいよぉ」
緊張感の無い声。イスの背もたれに寄りかかるように、足を広げて座っている。手には、半分になったミカンが握られている。

ねぇ一緒に行こうよお、と、台本から目を離さない隣りに話しかける。

「ダメだよ。ここは裕ちゃんに任せてさ、台本、もう一度頭に入れとくべきだよ。
もしかしたら、アドリブで構成変えないといけないかも知れないんだし」
大人びた口調で諭す様子を、中澤は頼もしげに眺めた。

「じゃあ、ウチ、ちょっと探してくるわ。目立つ格好してるから、スグに見つけられると思うし。
行くで、みっちゃん」
中澤と平家は、部屋を出ていった。

石川梨華は、大道具の影で、ガタガタ震えていた。
(わたしダメ、もうダメ)
と小声で呟き続けている。

「本番直前に、そんなトコでなにしてるの。……って、その前に、その格好……」
石川は、ビクッ、と身体を震わせて、おどおどと、声の主に視線を向けた。
「吉澤さん……どうして?」
「久しぶり。スタッフの人にお願いして、中に入れてもらったんだ。
ちょっとだけ、りかっちの顔見ていこうかな、って思ったら、こんなことになってるしさ」

身長も伸び、ひとまわり大人になった吉澤ひとみがそこにいた。

「とにかくさ、早く戻らないと……今頃、大騒ぎになってるよ」
「イヤです。私、ゼッタイに失敗するんです」
吉澤は、手をつかんで引っ張り出そうとしたが、
石川はそれを頑なに拒んだ。

やれやれ、と吉澤は額に手をあてた。どうしたものか、とでもいう風に、視線をさまよわせて、
「りかっちさ、私が出てたファッションショー、見に来てくれたんだよね」
「はい、吉澤さん、そ〜と〜、綺麗でした」
状況が状況にも関わらず、石川は笑顔で答えた。
違う話題に逃げることで、現状からの逃避を図っているのだろうか。

「ほら、私さ、あんな風に娘。辞めちゃったから、みんなに顔、あわせ辛いんだよね。だから、
りかっちが来てくれて、嬉しかったよ」
「そんな……」
両手を頬にあてて、恥ずかしがる様子を見て吉澤は、相変わらずだなあ、とひとりこごちた。

「私だって、こんなに頑張ってるんだから、りかっちも頑張んないと」
「……でも、私は……」
吉澤は、石川の両頬を、自分の手で挟み込んだ。
「吉澤さん?」
「元気の出るおまじないしてあげるから、目を閉じて」
「ええっ!?」
「いいからっ」
石川は、おどおどと視線をさまよわせ、観念したかのように、目を閉じた。

(なあ、みっちゃん、あれ、どう思う?)
(どうって……、レズレズやな)
(まあ、よっすぃ、イロオトコやしな。ウチが石川やったとしても、カムカムエブリデイやで)
(裕ちゃんは、また違うやろ)

吉澤も、目を丸くしていた。
額同士をくっつけて、子どもの頃に親によくやってもらった呪文を言うつもりだったのだ。
しかし、石川は、すでに唇をとがらせて、何かを待っている。いや、具体的には、吉澤の唇を。

吉澤は、周囲を忙しく見渡した。他人の人影はない(ように見えた)。
自分が飲み込む生唾の音が、ひどく大きく響いたような気がした。

【 メインコント 】

「……それじゃあ、隊員たちを紹介する。みんな、来い」
保田の声と共に『乙女、パスタに感動』が流れ始める。

先頭を切って出てきたのは、矢口だ。探検隊の衣装が似合っていた。
ヘーイ、とかなんとか言いながら、客席に手を振ったりしている。
続いての登場は、これも探検隊の衣装に身を包んだ、辻希美だった。会場は少しどよめいた。
『加護亜依』のバックプリントTシャツを着ていたファンの中から──これはいささか失礼な行為であったのかも知れないが
──落胆のため息がこぼれ出た。

タンポポの曲に合わせて、辻が出てくるということは……
つまり、加護は新しい娘。から外された、ということなのだろうか? もしくは、加護以外のタンポポメンバーの誰かが?

続いての登場は、石川梨華だった。会場が別の意味でどよめいた。
彼女は、リオのカーニバルのような、ビキニにクジャクのような羽根をまとった、露出の高い衣装で現れたからだ。
満面の笑顔、腰と胸を強調した衣装、それは、まぎれもなく、あの石川であった。

そして、最後に現れたのは、
全長、4メートルはあるかと思われる、巨大飯田だった。
……よく見れば(見なくても)、飯田人形であることが分かるのだが。

「よし、全員揃ったか──って、飯田隊員、お前は一体、どうしたんだ?」
保田は、巨大飯田を見上げて言う。
巨大飯田は、会場をぐるりといちべつし、
『1年間のごぶさたのうちに、成長しました〜』
会場が、どっとわく。

保田は、行ったり来たりしながら、矢口の前で足を止めた。
「矢口隊員、ほら、帽子のヒモがゆるんでるぞ。精神のゆるみが、そんなところに現れてるんだ」
続いて、辻。
「ほら、ボタンが外れてる。気を抜きすぎだ」
飯田を見上げて、
「飯田隊員は、やる気ばかりがはやっている。身長を縮めて出直して来い」

よーし、では、今日の目的だが、と話だした保田のセリフを石川が遮った。
「隊長、隊長」
保田に向かって、自分のカーニバル衣装をちょいちょいと指さす。
保田は石川をちら、と一瞥し、うん、と二人、うなずきあう。

「石川隊員は良し。みなも見習え!」
いいのかよ〜、と矢口と辻がコケながら言った。

「いいか、我々は、無人島に調査に来た訳だ。どんな危険が潜んでいるか分からない。
だから、応援を頼んだのだが……まだ、来ないな」
はい、と辻が手を挙げる。
「ここに来るまでに、まよったのかもしれません」
そうか〜、どうしようか、と考え込んだ保田に、

『やっぱさあ、探しに行ったほうが、いいんじゃないのかなあ』
「二次遭難してしまいます。ここで待ちましょう」

「うん、飯田隊員の言うとおりだな。みなで、探しに行くぞ」
オー、と辻と矢口が唱和する。
保田を先頭に、順に舞台からはけていった。
石川は、一人取り残された。

スポットライトが当たる。テレビ画面も、彼女に寄る。
「みんなに無視されても、石川は……」
前屈みになり、両腕で胸を寄せ、
「頑張るっちゅーの♪」
オープニングですでにピーク35.2%を記録していた瞬間最大視聴率は、38.8%に更新された。

【 歌のコーナー 】

会場の照明は落とされた。
セットが回転を始める。
沢山の人の気配。バックバンドだ。

ピンスポットが、舞台のすみっこに立つ辻を照らす。
「次は、歌のコーナーです」
と紹介した。

舞台の中央には、3人の娘。が立っている。
全員、後ろを向いている。まだ、暗くで誰かは確認できない。

(まさか……)
(いや、そうだ。そうだよ)
(……しっ、静かに)

会場が、静かな興奮に包まれていく。
あのオープニングの、娘。のメンバーを見たときから、これがあるんじゃないか、いや、
これしかないだろう、と誰もが思ったに違いなかった。

ざわざわ、と。
ざわざわ、と。

会場に、低く、ざわめきが広がってゆく。
照明が、ふいに、舞台を照らす。

ショートパンツに、赤青黄のパーカー。

観客たちが、わっ、と歓声を上げる前に、エレキギターとドラムの音が、それをかき消した。

ダンダタ、ダンダタ、ダンダタ、ダッダッ

リズムに合わせて、3人はコミカルに腰を左右に振る。

会場のテンションは、一気に頂点まで沸騰した。

ダンダタ、ダンダタ、ダンダタ、ダッダッ

3人は振り返り、ポージングを行う。

そこには、保田と後藤と──

「♪あワン、あトゥー、……あワン、あツー、あワン、ツー」

一部のファンは、すでに泣きながら叫んでいる。

『レッツゴー!』

【 FLASHBACK 】

半年前。
新生モーニング娘。の計画は、まだハッキリと形にはなっていなかった。
「おはようございま〜す」
後藤は、新しく所属することになった事務所で、再デビューはユニットを組んで、
とマネージャーから知らされていた。

新しいメンバーとの顔合わせだ、と、小会議室の扉を開けた後藤は、
「あれぇ、圭ちゃんじゃん」
「よっ、ごっちん。また一緒だね」
保田は、手をひらひらさせて言った。

社長の、かん高い笑い声混じりの話を聞いているうちに、後藤の表情は曇っていった。
つまり、プッチモニの名を使えるように、前の事務所とは話がついた、というのだ。
「でもぉ、よっすぃはもうモデルさんだし、名まえは一緒でも、またメンバー代わっちゃうんでしょう? なんかヤだなあ」
後藤は、不満げに唇を尖らせて言った。

(コラコラ、社長の前だぞ)
保田が机の下で、後藤の腕をつついた。
(そりゃ、圭ちゃんと歌えるのは嬉しいけどサ。なんかコロコロ代えられちゃって)

事務所の人が、会議室に入って来た。
社長になにやら耳打ちする。
「入ってもらいなさい」と社長の声。

(ね、圭ちゃん、プッチに入るメンバーかな? ……圭ちゃん?)
保田は、身を乗り出さんばかりに、扉の方向に身体をねじっている。
(圭ちゃん? 誰が来るのか、知ってるの?)
へへへっ、と笑いながら、
扉を開けて、なんだか腰低く入って来たのは、

「久しぶりだねえ、後藤、圭ちゃん、元気だった?」
少し、髪が伸びていた。背も高くなっている。でも、そのはにかむような笑顔は変わらないままだった。
がたん、とイスが倒れた。後藤が、立ち上がったのだ。
「紗耶香!」
「市井ちゃん!」

保田が、一歩、前に出た。旧友と、がっし、と抱き合った。
保田の肩越しに、市井紗耶香は、後藤を見、笑いかけた。
後藤は、両手を口元に当てたまま、動けないでいた。

「結局さ、モーニング娘。まで再結成になっちゃったね」
保田と市井は、事務所ビルの屋上にいた。
冷たくなった夜風が、二人を吹きっさらしていく。

プッチモニのデビューが決まってから一ヶ月。
今度の社長は、よほどのやり手なのか、飯田、矢口、石川、辻、も引っ張り込んで、
モーニング娘。を再び、世に出す手はずを整えてしまったのだ。

市井は、手すりにかけた自分の腕に頭を乗せて、横目で保田を見た。
「うん、社長さん──っていうか、和田さん、今は、つんくさんの引き抜きに走り回ってるよ」
「ね、紗耶香。私、知ってるんだ。表向きは、紗耶香が娘。に復帰した、って形だけど、
本当は、市井紗耶香の再デビューに、私たちが乗っかったんだよね。
娘。が、あんな形で解散しちゃって、紗耶香が私たちのために、いろいろと
根回ししてくれたんだよね」

「ん〜……まあ、いいじゃん。私だって、娘。に戻りたかったんだし。今は、だから、楽しいよ」
う〜ん、と両手を夜空につきあげて、市井は伸びをする。

と、バタン、とスチールの扉が乱暴に開けられ、
「ああっ、市井ちゃん、いないと思ったら、こんなところにッ」
「あらら、あんたの妹が探しにきたよ」
保田が、笑いながら言った。

市井も笑いながら、
「あの子は、いつでもマイペースだね」
保田に、こそこそと言った。
「う゛〜、私を仲間はずれにするう」
はいはい、と市井は去り際に保田にウインクして、後藤のところへ走っていった。
(まあ、いいか)
保田は、肩をすくめて、夜空を見上げた。
4月か、とひとりごこちた。

【 歌のコーナー 】

「まる、まるまるまる、フー」

マイクをゆっくりと下ろす。

わああああ、と観客席からの歓声。
プッチモニの3人は、舞台の上から手を振る。
いちいー、ごとうー、とファン達が叫ぶ。
やはり、市井の呼び声が一番多い。

市井は、大きく息を吸い込んで、

「帰ってきたよぉ〜」

うわあぁぁっ、と歓声が再び。
雑多な叫び声は、いつしか、市井コールへと変わっていった。

「待って、待って。コールされても私、なんも出来ないよ〜」
両手をバタバタさせて、慌てる市井。

そのまま、CMへ。

【 メインコント 】

熱帯植物生い茂る、ジャングルのまっただ中のようなセット。
舞台中央へ、探検隊の格好で走る市井。

「みんな、こんにちは。私が、エリート探検家の市井で〜す」
紗耶香〜、と声援が飛ぶ。市井は笑顔で、奇妙なオドリのような反応を返す。
「いやあ、参ったなあ。道に迷っちゃったんだよね。みんなはどこにいるんだろ?」
少しわざとらしい演技で、市井は言った。
市井は、周囲を油断なく見ながら、歩を進める。

と、不安を煽るような演奏がかかる。
ずっと後ろから、市井の背後を見つめる人影がある。

大きな棍棒を持って、首からは頭蓋骨の首飾りをぶら下げた、人食い人種だ。
──の、扮装に身を包んだ、後藤だった。

「ん、なんだろ?」
市井は、振り返る。後藤は、素早く、岩の影に隠れる。
「気のせいか……」
市井は、前方へと視線を戻す。
またもや、不気味な演奏。
後藤が、棍棒を振りかざし、そろそろと、市井の背後に近づく!

「市井〜、後ろ〜」
会場から、誰かが叫ぶ。

はっ、と市井は後ろを見る。しかし、後藤はうまく隠れてしまう。

「……誰もいないじゃん」

肩をすくめて、前を向く市井。
後藤、シシシシ、とケンケン笑いをしながら、再び登場。

『あ〜、市井さん、いました〜』
会場に響き渡る辻の声。後藤は、はっ、と身を隠す。

バタバタと、保田、飯田(本人)、矢口、辻が探検隊姿で登場。

「探しましたよ、市井さ〜ん」
石川は、足や腰を露出させた、セクシーカーニバル衣装のままであった。

「よおーし、ようやく、隊員全員揃ったな。整列ッ、点呼をとる」

一列に並ぶ、隊員たち。
保田は号令をかける。
「番号!」

「裕ちゃんッ」
「2」
「後藤、可愛いなあ」
「コココココッ」
「っていうかさあ、プッチモニは歌ったのに、タンポポは歌ないの?」

保田は、その場に両膝をついた。
「ボケるのは順番にしてくれえ。どこに突っ込めばいいんだ……」
結構、マジでつぶやいた。

保田は、プラスチックのメガホンを振りかぶり、とりあえず石川の頭をはたいた。
「痛いです。私は、ちゃんと番号を言いましたよお」
「みんなボケてんだから、お前もボケろ」
「はぁい」
不満げに、低いトーンで返事する石川。
保田は、もう一度、号令をかけた。
「番号!」

「1」
「チャーミー石川です」
「3」
「4」
「だからさあ、タンポポにも歌わせてよ。不公平じゃん」

またもや、石川は頭をはたかれた。
「……ソレ、本当に、痛いんですよ。飯田さんも、飯田さんも、ボケてますよ。
どうして私だけ」
保田は、石川の肩に手を置き、
「あいつは、ボケてるつもりはない。カラむと長くなるから、放っておく」
「……はい」
どこまでがシナリオなのか分からないまま、コントは続いていく。

「お前たちは、心構えがなってない。いいか、ここで、探検隊心得を全員で唱和する。
私に続け」
「はいっ」

「ひとつ、火のないところに煙は立たず」
『火のないところに煙は立たず』
「毛のない保田にアデランス」

「ひとつ、一石二鳥」
『一石二鳥』
「保田は脱腸」

「ひとつ、石橋を叩いて渡る」
『石橋を叩いて渡る』
「保田圭を叩いて殺せ」

保田は、しきりに首をひねっている。
「どうも、バラバラだなあ。みんな、声を揃えて」
「はいっ」

「ひとつ、能ある鷹は爪を隠す」
『能ある鷹は爪を隠す』
「ノーパン喫茶に圭、再就職」

「ひとつ、可愛い子には旅をさせろ」
『可愛い子には旅をさせろ』
「可愛い辻の給料あげろ」

「辻、お前かぁっ!」
辻は、保田にひじをつきだして、
「おこっちゃやーよ」
とポーズをとる。
ガン、と、保田の頭に金ダライが落ちる。
ガクガク、とコケる隊員たち。

「ばっかも〜ん!」
メガホンを振り回して、逃げる辻を追いかける保田。
保田に続いて、メンバーも舞台からはけていく。
舞台の照明は、いったん暗くなる。

【 歌のコーナー 】

舞台には、7人の娘。が、青いビニールベストと、ミニスカート、
ルーズソックス姿で後ろを向いて、並んで立っている。肩からは、ZO−3のギターをぶら下げている。

ダダダダダダダダ
ダダダダダダダダ

身体を、がくんがくん反応させながら、ギターのネックを上下させる娘。たち。

ダダダダダダダダ
ダダーダッ

『Hey!』

会場が、一斉に叫ぶ。

「真・青色7だよぉ」
めずらしく、後藤が叫ぶ。
うわあああっ、と会場全体が揺れんばかりの喚声があがる。

甘ったれんじゃないわよ
自分でしな、Baby!

『Baby!』

センターは、市井だ。
中腰になって、石川と背中合わせになり、押したり引いたりしている。
市井は、サルのような笑顔で、ガンガン頭を上下させながら背を押しつけているのだが、
石川は少し遠慮しているようだ。

そして、ある特定の市井ファンは、そっぽを向いて二人の様子を見ないようにしている後藤の姿に、妄想を膨らませていた。

気合いの入った (Hi×3)
私たち (やるときゃやるのさ)
愛を信じ 愛に向かって (やるときゃやるのさ)

飯田は、髪をぶんぶん振り回して、楽しそうに歌っている。フォーメーションの前後入れ違いざま、辻の頭を撫でたりする余裕もある。

歌は終わり、CM休憩。

【 メインコメント 】

「おお、無人島のはずなのに、原住民の集落があるぞ、大発見だ。みんな、来〜い」
背景の書き割りには、竪穴式住居のような家が寄り集まった、村の様子が描かれている。

隊員たちがバラバラと登場する。
石川の衣装も、普通の探検隊に戻っている。
「おい、石川隊員。お前はそれじゃないだろう」

保田隊長に、指摘される。

「え〜、こっちが普通ですよお。あの衣装、寒いですし、みんな、この服じゃないですか」
「ダメだ。マジメだけがとりえの石川隊員が、他の隊員の悪いところをマネしてはいけないぞ」

飯田が、葉っぱの茂った木の枝を持って、嬉しそうに石川の頭上にかかげた。
「はい、石川さんっ」
それを見て、石川の様子が変わった。
周囲に油断ない視線を配り、探検隊衣装の上着に手をかけた。

♪今のキミは、ぴかぴかに光って〜

場内に、ミノルタカメラのCMソングが流れる。

上着のすそをつかみ、ぐいっ、と上にあげる。下には、例によって、カーニバル衣装の、
赤い胸当てが覗く。

【 幕間 】

(そのネタ、二十代でも分からんのと違うか)
中澤は、舞台の一番後ろから、石川がキョロキョロしながらズボンを下ろす様子を眺めている。
意味は分からなくても、会場は、おお盛り上がりだ。
「石川は、スタイルだけでお客さんつかめてしまうのがスゴイなあ」
「はい」
中澤の隣りで、吉澤はかしこまっていた。
しばらくの間、二人は、じっと黙って娘。のコントに注目していた。

「加護は、元気にしてるか?」
視線は前に向けたまま、中澤は聞いた。
吉澤は、声には出さず、頷いて、答えた。

中澤は、ぴくん、と身体を震わせて、ポケットから携帯を取り出した。
小声で、話し始める。
「ああ、和田さん、ええ、うまいこと、進んでますよ……どうしはったんですか。
なに怒ってますのん……なんか、ありました?」

中澤の顔色が変わった。
「はい……え? スポンサーが――ゼティマ――そんなん、関係ないですやん」
吉澤も、いぶかしげに中澤の横顔を見ている。
なにか、尋常じゃないことが起こっているようだ。
「放送中止? 今、本番中ですよ。え――打ち切りが決まった? なんでですのん!」
 あまりにも大声で叫んだため、客の何人かが振り返った。
中澤は、慌てて、受話器の口を押さた。

【 メインコント 】

「見たところ、この村には、誰もいないようだな……よし、何組かに分かれて、調査しよう」

「はい、かおは、紗耶香とチームを組みます」
飯田は、市井の腕に、自分の腕をからめて言った。
「辻は、矢口さんと組みたいです。がんばります」
辻も、元気に言う。

石川は、あたふたと隊員たちを見回し、
「じゃあ、私は……」
「石川は、私とだな」
保田に、肩に手を置かれ、
「はい……」
うなだれて、言った。

廃墟と化した、村の中を歩く、飯田と市井。

先を行く市井を、飯田が呼び止める。
「ねえ、紗耶香」
「ん、なに。圭織」
モジモジと、飯田は言う。
「紗耶香をパートナーに指名したのはさ、かお、ホントは、二人っきりになりたかったの」
「え? ……そうなの?」
「かおさ、紗耶香のこと……」

市井の二の腕を、両手でぐっ、とつかみ、身体ごとこちらに向かせる飯田。

「ねえ、ちょっとだけ、いいよね? 目、つむってたら、すぐ済むから」
「マ、マジっすか? ちょっと、圭織、待って、待ってったら」

背後から、棍棒を持った後藤が登場。
「大丈夫だから、大丈夫だから」
ポカッ、と。
飯田の頭を叩いて逃げる。
キョロキョロする飯田。

「あれぇ、気のせいかな。まあいいや。ねえ、紗耶香、続きなんだけど。痛くしないから」
「痛くしないって、どこまでするつもりなんだよ」

またもや、後藤登場。今度は、人食い人種の保田と石川(隊員との二役)を従えている。
保田と後藤は、トラ縞のポンチョのような服に、ボサボサ髪のカツラだが、石川のみ、
トラ柄のビキニ姿だ。頭には角をつけている。コスプレか?(しかも懐かしい)

「ね、ね? 悪いようにはしないからさぁ」
市井に迫る飯田の頭を、後藤が背後から叩く。

悲鳴をあげてうずくまった飯田を、3人で乱打、乱打、乱打。
「話、長いんだよ!」
「トーク中に〜、割り込んで来ないでくださいよぉ」
「ウチというものがありながら、許せないっちゃ!」

「いい加減にしてよぉ……」
飯田、仁王立ちになり、

『ディアァァァァァ〜〜!』

叫び声は、エコーめいた木霊を呼び、島じゅうに響き渡った。

場面は変わる。

同じく、廃墟となった村の中。
辻と矢口が歩いている。

「矢口さんは、ずっと小さいままですねえ」
「悪かったね。昔は一緒にミニモニとかやってたのに、もう辻って、160あるんだよね」
「女の子は、小さいほうが可愛いです」
「なんだ、じゃあ、矢口の方がいいんじゃん」
「本当に、可愛いのです……」
矢口の肩に手を置き、目を見つめながら、顔を寄せてゆく辻。

「ちょっと待て、タイム、タイムだ。オレには裕ちゃんがいるし、やめろって、圭織に言いつけるぞ」
「飯田さんは、市井さんとお楽しみなのです」
「やだ、やだったら、辻、お前、力強すぎだよ、こら、ボタン外すな。なんだよ〜、娘。はレズの集団かよ〜」

矢口、辻に岩のくぼみに連れ込まれる。

(照明がピンクになる。サックス演奏の『タブー』が流れる。ここからは音声のみ)

「やだ、ちょっとヤダ、服返せぇ」
「口ではイヤイヤ言ってても、カラダは正直なのです。矢口さんも、本当は、こういうことが好きなのです」

「……どこで、こんなコト、覚えたんだよ。……やだよう……裕ちゃん……ゴメン……」
「飯田さん直伝の、夜の16ビートなのです」

「バカ野郎」
パコン、と、頭を叩く音。
ピンスポットが、岩陰を照らす。
「えへへ」
ひょっこりと顔を出して、頭をかく辻。
メガホンを持って立っている保田。
岩陰から肩だけ露出させて、口をとがらせている矢口。
(このあと、PTA、その他団体から『子どもの教育に悪い』と苦情の電話が殺到)

と、
遠くから「ディアァァ〜」の響き。

辻が反応する。
「飯田さんの、危険信号です」
「なにかあったのか? 行くぞ」

【 幕間 】

『こうなったら、もうどうでもいい。俺は、俺が一番やりたかったことをやる。
ラストの歌までには会場に入るからな』
 中澤は、電話の相手、和田から、こと細かく指示を受けていた。
 携帯を手にした中澤の顔から、血の気が引いていく。

「そんなん、出来ません。無茶苦茶です。和田さん、業界にいられなくなりますよ……
ウチには無理やし」
『出来る、出来ないの問題じゃねえよ。お前はお前のやれることをやれ。俺は、首をかける』

 中澤は、電話が切れたあとも、茫然と、その場に立ち尽くしていた。
 そろりそろりと退散しようとした吉澤を、
「よっすぃ〜、待ちいや」
 低い声で呼び止め、
「アンタにも、協力してもらうことになったわぁ。逃げられへんでぇ〜」

 暗い目で、吉澤をねめつけて言った。あまりのショックに自暴自棄になったのか、
エヘラエヘラ笑っていた。
 吉澤は、ヘビに睨まれたカエルのごとく、硬直して、その場から動くことが出来なかった。

ADが、中澤に近寄り、何事かを囁いていく。
「よっすぃ、悪いねんけど、楽屋に行っといてもらわれへんかな。ウチ、プロデューサーさんに呼ばれたみたいやから」
「……どうしたんですか?」

中澤は、肩をすくめ、
「どうもな、このテレビ生放送、途中で中止するみたいやで」
クソアップフロントのせいでな、と毒づいた。

【 メインコント 】

保田、石川、辻、矢口が登場する。
市井が、舞台の中央で、木に縛り付けられている。

「どうしたんだ、市井隊員」
「原住民に襲われました。飯田さんを連れ去っていきました」
市井が、手首だけを動かし、奥を指さす。
「なに? それは本当か?」
保田も、市井と同じ方向を見る。

「よし、市井隊員は、ここに残れ。私たちで、追跡する。行くぞ」
保田に従い、走り去る四人。
「あ……この縄、ほどいて下さいよ〜」
またもや、1人、取り残された市井。

照明が暗くなり、市井にスポットが当たる。
「あ〜あ、私は、エリート探検隊だったはずなのに……こんなことになっちゃって、情けないねえ……」
右そでに、もう一つ、スポットが当たる。原住民姿の後藤だ。そろりそろりと、市井に近づく。

ふう、とため息をついて、顔を上げる。
鼻先、五センチに、後藤の顔がある。

「うわあぁぁぁ!」
市井の絶叫に驚いた後藤も、
「ひゃあぁぁぁ!」
大きくクチを開けて、絶叫する。

『どうした? どうした市井隊員』
保田の音声が、響く。
後藤は、たたたっ、と逃げる。

保田登場。
「叫び声が聞こえたぞ。なにかあったのか」
「今、今、ここに、いました。私の目の前で、ひゃあぁぁ、って!」

 なに? と言いながら、辺りをキョロキョロする保田。

「……誰もいないぞ」
「ホントに、ホントにいたんですから」

にん、と満面の笑顔で、保田の背後の草むらから、後藤登場。
会場に手を振っている。

「ほら、そこ! 隊長の後ろ!!」
振り返る保田。隠れる後藤。
無人の草むらを見、不機嫌そうな表情で、市井を見やる。

「あ〜もう、隠れてるんだってば。隊長、この縄、ほどいて下さい。私が捕まえます」

まったくもう、とかなんとか、ブツブツ言いながら、保田は市井の縄をほどいた。
その保田の後ろから、いつの間にか現れた後藤も、手元を覗き込んでいる。

「じゃあ、私は、向こうを探してるからな。市井隊員は、他の四人と合流してくれ」
歩いてゆく保田の後ろを、トコトコとついていく後藤。

「隊長、後ろッ」
振り向く保田に合わせて、後藤も保田の死角に動く。

「コラ、市井隊員、冗談もほどほどにするんだ!」
「だって……」

歩いて行こうとした保田を、後藤が棍棒で叩く。
わっ、と叫んで、頭を抱える保田。
後藤は、市井に走り寄って、
「はい」
「あ、どうも」
棍棒を渡す。

保田は、棍棒を手にした市井を、すごい形相で睨む。
「紗耶香、あんたもしかして、私になにか思うところでもあるの?」

素の台詞で、市井の名を呼ぶ。
ぶんぶんぶんと首を振る市井。

「保田隊、集合! 市井隊員を捕まえる」
「は〜い」

保田の後ろにずらりと並ぶ、原住民姿の、後藤、巨大飯田(人形)、矢口、
石川(虎がらビキニ)、辻。

「やっておしまいっ」
かけ声をあげた保田は、振り向いて、

「うわああああ」

叫ぶ保田に、無数の棍棒が振り下ろされる。
同時に、ぷしゅー、と大がかりなスモークが吹き上がり、

例の曲が演奏される。

♪ジャーン
♪チャチャチャ チャッチャラチャッチャッ
♪チャッチャラチャッチャッ チャッチャッチャ

舞台は、ゆっくり回転してゆく。

【 楽屋にて 】

「ふう〜、緊張したよお」
「でも、上手にできました」
矢口が、原住民姿のままで、楽屋に飛び込んでくる。辻とお互いの衣装を指さして、ケラケラ笑っている。
「あ……」
楽屋にいる人物を見、二人は笑顔を消す。

「ほら、急いでよ、次の衣装があるんだから」
「辻ぃ、どったの?」
保田と飯田が、立ち止まってしまった二人を押すようにして、楽屋に入ってくる。
矢口たちの視線の先を見、飯田は、あっ、と小さく叫んでしまう。

「♪買い〜にいかなきゃいけない」
「ケロォ」
「♪迷っていま〜す〜」

ゴキゲンで歌なんて歌いながらの、後藤と市井。
が、楽屋に入った途端、後藤は、パイプ椅子に座っている吉澤の姿を見つけ、露骨に眉をしかめた。
保田や矢口を押しのけ、後藤は一番前に出た。
腕を組んで、吉澤を見下ろして、

「吉澤さん、なにしに来たんですか?」

吉澤は、椅子の上で、小さくなって、

「……その、すぐに帰ろうと思ったんだけど、中澤さんに、楽屋で待ってるようにって言われて」
冷ややかな視線の後藤。

「そのさ、悪かったって思ってる。あの時は、みんなに迷惑かけちゃったし、でも、聞いてよ、ごっちん――」
「ごっちんって呼ばないで」
絶対零度の口調。

吉澤は、うつむいたまま、顔が上げられないようだった。

「きゃあ、よっすぃ! なに、楽屋まで応援に来てくれたんだあ、嬉しい〜」
状況を読むことが出来ない石川は、キンキン声を響かせて、楽屋に入ってきた。
吉澤も、心持ち点目になっている。

石川は、パタパタと吉澤の隣りに移動し、腕を組み、
「紹介します。元モーニング娘。の、吉澤さん。胸はまあないほうだけど、優しい人。
お父さんと一緒で、ベーグルが趣味なの」

我が道をゆくハイテンションのまま、ハピサマふうの、ギャグなのかなんなのか分からない一人コントを始めた。
みなのテンションは、少し下がった。

はいはいそれは良かったね、と、緊迫した空気はだれてしまった。

「後藤、そのことはもういいよ。許してあげなよ」
「でもぉ」
「それに、今は、それどころじゃないだろ?」
「……でもヤだ」

市井は、後藤の耳元で、
「今は、それどころじゃ、ないだろ……真希?」
後藤は、びくっ、となって、
「……分かったよ、市井ちゃん」

引き下がりはしたものの、ぶーたれてる後藤を後目に、市井は吉澤の前に立った。
「ピリピリしてるからさ、なんか気を使わないこと言ったりしたらゴメンね。これ終わったら、
みんなで打ち上げするんだけど、一緒にやろうね」
ニッ、と笑って、市井は言った。

「あっ、あの、市井さん、中澤さんが言ってたんですけど、この番組、途中で中止になるかも知れないって……」

ええっ、と大声をあげたのは矢口だ。

「あんなに一生懸命、練習したんだよ。そんなのないよ〜、どうなってんだよ、裕ちゃん!」
とりあえず、中澤の名を叫ぶのは、矢口のクセのようだ。

「どうなってんねん、ってウチが言いたいわ」
中澤が、扉に立っていた。
「よっすぃ、遅ぅなってゴメンな。やっぱ、プロデューサーとモメてもうたわ。
なんや、テレビの方のスポンサーが、いきなり降りる、とか言い出してるねんて。クソッ」
楽屋は、しん、となった。

「じゃあ、さ、もう、娘。は、これで終わっちゃうの?」
飯田は、すでに涙目になっている。

「マネージャーとして言わせてもらえば、全員集合は、第一回放送で、終了やな。
でもな、視聴率さっき聞いてんけど、かなりの数字は取ってるねん。仕事がなくなる、ってことはないわ。
まあ、再デビューででっかい花火打ち上げられた、ってことで、満足しとかなアカンねんやろうな」

あきらめにも似た空気が、楽屋に広がっていく。

「あんたたち、なにブツブツ言ってんのよ!」
ガチャ、と、楽屋の扉が開く。
そこに頬を上気させた市井が現れた。

娘。たちは一斉に、
「なによ、紗耶香その格好」
「市井ちゃん、似合いすぎだよ」
「紗耶香、それ、おかしすぎ」
大爆笑した。

飯田は、さっきとは違う意味で、涙を流している。
「やめて、やめて紗耶香。こっちにそれ向けないで……息ができない……苦しい、くるしいぃ」

市井は、顔を真っ赤にしたまま、
「ほら、みんな、なに脱力してるのさ。まだ、舞台は終わってないんだよ。お客さんが、次のコーナーを待ってるよ。
みんなも着替えて着替えて……そこの後藤、笑いすぎ!」

矢口も、本当に転がって笑いながら、
「そ……そうだよね。お客さんが、娘。を見に来てくれてんじゃん」
「じゃあ、はやく着替えて、次のコーナーに入りましょう」
辻は、矢口を抱き起こしながら言った。
娘。たちは、ガヤガヤと衣装室へ移動して行く。

「なあ、紗耶香」
市井を、中澤が呼び止めた。
「すまんな。ウチがちゃんとせなアカンのに、紗耶香に助けてもろたな」
「そんなことないよ。みんなで娘。だからさ」

振り返った紗耶香の腰から生えたそれが、中澤の腰をパス、と叩いた。
中澤はまたもや爆笑した。

「そ、それ……やめて……おかしいてしゃあないわ。紗耶香、面白すぎや」
市井は、これ、恥ずかしいんだからね、と再び赤面して、楽屋を出ていった。

【 石黒の部屋 】

「あっ、彩っぺ、次のコーナー始まったよ。少年少女合唱団だって」
安倍は、テレビを指さして言った。
石黒は、子どもを膝の上に、なっち、ちゃんと見てるからさ、報告しないでいいよ、と笑いながら言った。

テレビ画面には、三十人ほどの白い衣装を着た、合唱団の姿が映っている。娘。たちは、前列にずらりと一列で並んでいる。
後ろに立ってるのは、本職の人たちだろう。
黒の神父姿の保田が、引き続き司会進行役のようだ。

『早口言葉、いってみよう!』

♪チャッチャッ、チャラララ、チャーッチャッ

オケの演奏が始まる。

『じゃあ、まずは辻』
保田にうながされ、辻が前に出る。

『はい、頑張ります』
ダダッダダ、ダダッダダ、という曲に合わせて、膝を曲げ、身体を上下に揺すっている。

♪なまむになまのめなまタマゴ
♪なまむみなまねめままタマゴ

がくっ、とコケてみせる保田。
『言えてないじゃないか』
てへへ〜、と舌を出して笑う辻。

安倍は、手を叩きながら、大喜びでテレビに見入っている。
石黒の腕の中の子どもは、テレビよりも、その安倍の反応に、何事か? と注目しているようだ。

と、その時、玄関のチャイムが鳴った。
「はいは〜い」
石黒が席を立つ。この子、お願いね、と安倍に抱っこさせる。
「お母さんはお客さんだから、お姉ちゃんと一緒に見ましょうね〜」

安倍は、基本的に子ども好きのようだ。

「こんにちは〜」
玄関から聞こえてきた声に、安倍が反応した。

「亜依ちゃんじゃないの」
ドタドタと、安倍は玄関に走った。懐かしい顔がそこにあった。
「石黒さん、安倍さん、こんにちは。加護です」
そこには、ほんの少しだけ少女っぽくなった加護亜依がちょこんと立っていた。

「どうしたの、どうしてここに?」
安倍の笑顔は、その後ろに現れた男の姿を見、すぐに引っ込んだ。
「オレが、ここに連れてきた」

「和田さん……」
ぎゅっ、と唇を引き結んで、安倍は、和田と対峙した。

【 早口言葉 】

♪なかなか 鳴かないカラスが鳴いた
♪鳴くのは カラスの勝手でしょ

「いえ〜い」
飯田が両手でピースしながら、列に戻っていく。
それって早口言葉か? という疑問を、会場の誰もがいだいた。

最後に市井が残った。
よ〜し、と腕まくりで、前に出る。

「じゃあ、今日はここまで!」
保田の宣言に、市井はタコ口で抗議する。
「みんな〜、あんなコト言ってるけど、いいの〜?」
観客にアピールする市井。
ブーイングが起こる。そうでしょ、そうでしょ、と市井は満足げに、合唱団の衣装を脱ぐ。
下から、祭りのはっぴが出てくる。
ここで、観客たちの中でも、三十代の人間は気づいたようだ。ひゅー、と歓声が飛んだ。

「さあ、みんな手拍子ね〜」

パパン パン
パパン パン

♪東村山ァ 庭さきゃ 多摩湖
♪狭山 茶所 情けが厚い
♪東村山四丁目 東村山四丁目

保田が、市井をさえぎる。
「歌わなくていいよ。そもそも、東村山と紗耶香って全然関係ないじゃん」

会場の手拍子は止まらない。
市井は、保田を無視して、続きを歌い始める。

♪東村山三丁目
♪ちょいとちょっくらちょいと ちょいと来てね
♪一度はおいでよ三丁目 一度はおいでよ三丁目

さて、と。
市井は、はっぴに手をかける。
なぜか、顔がだんだん赤くなって来ている。
(市井ちゃん、がんばって)
後藤が、吹き出しそうなのをガマンしているかのような声で、言う。

「ワーォ 東村山 一丁目 ワーォ」

はっぴを脱ぐ。
市井、バレエのチュチュ姿バージョンだ!
そして、股間からは、白鳥の首がすらりと生えている。観客席からでも分かるくらい、今や市井の顔は真っ赤になっていた。
ヤケクソ気味に歌う。

♪一丁目 一丁目 ワォ 一丁目、一丁目 ワォ
♪ヒ!ガ!シ! ワォ 村山一丁目 ワーォ

「さんきゅー」

ガタン、と、舞台の照明が落とされた。

初め、観客たちは、演出か何かだと思ったのだろう、しばらくはおとなしくしていたのだが、
いつまでも照明は戻らず、会場はざわつき始めていた。

【 幕間 】

テレビ画面には『しばらくお待ち下さい』のテロップがでたままである。
これでは放送事故だ。

「ちょっと待ってよ、これじゃあ、私の東村山音頭が放送禁止みたいじゃんか」
ADに誘導されて、楽屋に戻ってきた市井は、憤慨しながら言った。
「ある意味、放送禁止……」
ぎん、と市井に睨み付けられて、保田はニヤニヤ笑いを浮かべ、口をつぐんだ。
バレエ着(股間から白鳥)のままなので、全然迫力がなかった。

「まあ、ウチら、頑張ったほうやって」
中澤は、ある意味、ほっと胸をなで下ろしていた。
とうとう、放送中止が決定してしまったのだ。
それと同時に、舞台の照明も、無理矢理落とされたのだが、しかし、楽屋の雰囲気は明るかった。

「あ、テレビ、なんか始まりました」
辻が、小型モニターを指さす。
「番組の途中ですが、臨時ニュースをお届けします」
と、たいした内容でもないニュースを流し始めた。

「ねえ、裕ちゃん、なにかあったの?」
「ううん、それがなあ」
中澤は、市井にひそひそと耳打ちする。
それを聞いた市井の顔色は、みるみる青ざめた。
「和田さん、メチャクチャ言うなあ。そんなの、無理に決まってんじゃん」
「やろ?」
ドタドタドタ、と、廊下を走ってくる足音。
それは、楽屋の前でぴたりと止まった。

ほかの娘。たちは、充実感のようなモノを感じているのか、もう外の喧噪はそっちのけで、
吉澤を含めて、みなで談笑しているのだが、中澤と市井だけは、イヤな予感を感じ、ちら、と視線を交わした。

厚生年金会館ホール内、責任者室。
今回の企画の総責任者(プロデューサー)の秘書である彼も、娘。ファンだった。
なので、今回の緊急中止を、悔しく思っていた。

「プロデューサーに会わせてくれ」
そう、受付からの直通電話で、話した相手は、娘。が今所属している事務所の、社長だった。
電話を取り次ぐと、プロデューサーから、きみは部屋を出るように、と指示された。
外に出ても良かったが、彼は、隣りの会議室に下がった。ここからなら、部屋の中の会話が盗み聞き出来るのだ。

「私も、娘。の大ファンだったんですよ。だから、こんなカタチで、中止せざるを得なくなったのは、残念で仕方ありません」
プロデューサーの声だ。彼は、業界では有名な娘。ファンで、この企画にも最初から肩入れしていた。

和田社長は、プロデューサー相手に、なにか熱弁を振るっていた。
「私は、ただ、娘。たちがテレビに出ている姿が見たかったんです。それだけです」
和田社長は、会わせたい人がいます、そう言った。外に待たせていた人物を、部屋へ招き入れたようだ。

(誰を連れてきたんだろう?)
しかし、部屋の中を覗くことは出来ない。彼は、単純に外に出て待機していればよかった、
とのちにひどく後悔した。

「こんにちは〜」
「こんにちは」
(女性? それも、複数だ)
耳を、扉にピッタリくっつけて、一語一句、聞き漏らさないようにする。
プロデューサーは、絶句しているようだった。
「分かりました。私も、首をかけましょう」
(早っ)
即答した。

なにが起こったのか、彼には理解出来なかった。
なにかが起ころうとしている、それだけは分かった。

【 最後の全員集合 】

新しい七人のモーニング娘。は、その後も活躍を続け、二十一世紀の新しい音楽シーンを築いてゆくことになる。
……ある意味、この後に起こった出来事は、テレビ放送されなかったことが、むしろ、彼女たちにとっては幸運だった、と言えるだろう。

終了のアナウンスがなされ、幕が下りたあとも、観客たちは帰らなかった。

「ムスメ! ムスメ!」

娘。コールが続く。三十分が過ぎても、そのコールは終わらなかった。
彼らはこれまでも、2年間、待っていたのだ。こんな幕切れでは、誰も、納得することは出来なかった。

「みんな、ゴメンねー」
そして、ついに、幕の前に、中澤が現れた。
わき返る観客たち。

「諸事情により、テレビ放映は中止になりました。でも、この会場にいる皆さんの為にも、エンディングまで、ちゃんとやりたいと思います!」

拍手や叫び声や口笛に見送られて、中澤は、舞台から退場した。

客席から、いぶかしげな声があちこちからあがっていた。
(あれ? おかしいな……)
(どうしたんだ?)
(中澤ってさ、今、マネージャーだよな)
(そうだよ。そんなの、ずっと前から知ってるじゃん)
(でもさ、今、中澤の着てた服……)

白い、スクリーンのような幕が下りてくる。
バン、と、舞台を、強烈なライトが照らす。
スクリーンには、ラブマのスタンバイ姿勢で待機している、娘。たちのシルエットが映った。

今夜、何度もいろいろなことで驚かされた観客たちは、今度こそ、度肝を抜かれた。

わああっ、とあがりかけた歓声は、ぴたりと止んだ。

逆光の中、浮かび上がる、

13人の、娘。

のちのちまで語られることになる、伝説のラストステージの幕が、今、あがろうとしていた。

スクリーンがあがってゆく。
黒のふさふさが付いた、ロングコートのような衣装の娘。たち。

ホールは、生唾を飲み込む音さえ響きわたりそうな静けさだ。

(フゥウゥ〜ウ〜ウ〜)

スポットが、中央の二人を照らす。

(ハァアア〜アアア〜)

矢口と市井が、重なり、離れていく。

その奥に、仁王立ちになった飯田が、叫ぶ。

 ディア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

飯田が回転しながら、横へ移動。後藤がポーズを取る。

 ディスコ!

ラブマのイントロが、きらきらと輝きながら、観客席に降り注ぐ。

中澤が、
安倍が、
吉澤が、
加護が、

そして、

石黒が、
福田が、

13人の、娘。が一列に、ラブマを踊る。

 あんたにゃ もったいない(fu−fu−)
 あたしゃホント ナイス バディ(×3)
 自分で 言うくらい
 タダじゃない! じゃない?

市井が、指を立てて、
「じゃない!」

後藤が、それを継いで、
「あはぁ」

 熱けりゃ 冷ませばいい(ふーふー)
 淋しけりゃ エブィ バディ(×3)
 誰にも 分からない(fu−fu−)
 恋愛っていつ火がつくのか
 ザイナマイッ!
 恋はザイナマイッ!

後藤が、トコトコと移動する。
「どんなに 不機嫌だって」

 恋はインフレーション
 こんなに優しくされちゃ中澤が表情を作る。
「み・だ・らはぁ」

石黒が、満面の笑みで、
「あかるぅい!」

 未来に 就職希望だわ
(U WOU! WOU! WO!)

 ニッポンの未来は(Wow×4)
 せっかいがうらやむ(Yeah×4)
 恋をしようじゃないか!(Wow×4)
 Dance! dancin' all all of the night !

観客たちは彫像のように硬直して、眼前に広がる夢のようなステージに魅入っていた。
みな、今、ここの場に居ることが出来る幸運に、むしろ戸惑いさえ覚えていた。
(オレたちは、これまでどんないいことをして来たっていうんだろう?)
(こんなに幸せでいいのか?)
会場には、娘。復帰第一弾の素人バラエティが、どの程度の出来になるのか、
せいぜい酷評してやろう、という意地の悪い客たちも少なからずいたのだ。
だが、今この瞬間に思い描いている思いは、誰もが同じだった。

(一瞬たりとも、視線をはずせない)
(まばたきすることさえ惜しい)
(この時間が、永遠に凍り付いてしまえばいい)
(この映像が網膜に焼き付いて、一生残っていて欲しい)

矢口の、ため息のような声。

「ラブマシーン」

舞台から、一旦、娘。全員が退場した。

辻が、舞台のはじに、ひょいと顔を出す。
「娘。ヒストリーのコーナーです」

再び、舞台中央を、照明が照らす。
一列に並んだ、五人の娘。──中澤、石黒、安倍、飯田、福田──が、頭を下げた。

白のフード付きパーカー。赤のチェックのミニスカート。
「三十前になって、こんな格好させられるとは思わへんかったわ。きっついで、コレ」
中澤の言葉に、会場から笑いがこぼれる。

全員が、マイクを構える。
会場は、まるで打ち合わせたかのように、静まり返る。

 ねえ はずかしいわ(どきどき)
 ねえ うれしいのよ(してる)
 あなたの 言葉

 モーニングコーヒー飲もうよ 二人で

今では、CDかビデオでしか見ることの出来ない、オリジナルメンバーのモーニングコーヒーに、
客たちは、コールさえ割り込ませることが出来なかった。耳と目で、その光景をそれぞれの記憶に刻み込んだ。

 ねえ はずかしいわ(どきどき)
 ねえ うなずくわよ(してる)
 あなたの 言葉

 モーニングコーヒー飲もうよ 二人で

歌い終わって、もういちど頭を下げる、ファーストメンバーたち。

五人を照らしていた照明は消える。

第一期、増員メンバーの三人、保田、矢口、市井が会場に現れる。

「いぇ〜い」
矢口は、会場に手を振っている。
市井が、保田に云う。
「なんかさあ、彩っぺも福ちゃんも、歌忘れてないよねえ」
「案外、娘。への復帰、狙ってるのかも知んないよ」
「ありがち〜」

三人がかけあいをしているウチに、五人は素早く衣装替えを終えたようだ。
青い照明が、舞台を照らす。

 スマイル スマイル スマイル
 どんな笑顔見せても 心の中が読まれそう
 大人ぶったヘタな笑顔じゃ 心かくせない
 大キライ 大キライ 大キライ 大スキ!

福田と安倍のツインボーカルも、今となっては懐かしい光景だ。

 あなたの中の 私はどこよ
 早くクリックしてみて
 南の島の 空の鳥みたいに
 あなたに浮かんでみたい

 くちびる見つめないで
 心の中が読まれそう
 大人ぶった下手なメイクじゃ
 心かくせない
 大キライ 大キライ 大キライ 大スキ!

サマーナイトタウンを歌い終え、8人の娘。は退場した。
照明が暗くなる。
舞台のすみに、辻と加護が現れる。

「辻さん、今までの見て、どう思いました?」
「中澤さんの、ミニスカート姿、ひさびさに見ました」
「すごいですねえ」
「すごかったのです」

「裕ちゃんの悪口を言うなあ!」
はあはあと、息を切らせて現れたのは、白の衣装に身を包んだ、矢口だった。

「みんな、揃ったね? 揃ったよね? じゃあ、ひさびさにアレ、やろっか」
「へい」
「がんばります!」

「せーの、ミニモニ〜」

「では、私たちのデビュー曲を歌います。ミニモニイェイイェイです!」

「そっちなんですか?」
「せえの」

かけ声が始まる前に、保田が登場する。矢口と同じ衣装だ。
「ほらほら、矢口。こっちおいで。次だよ、次」
「ええ〜、歌わせてよぉ」

急ごしらえであるのか、照明の下、少し汚れた白い階段のセットの下に──
だが、そんなことを気にする観客はいなかった──七人の娘。たちが並んでいる。
 階段の上に、福田が立っていた。

 イントロが流れ出す。

 I'll Never Forget You
 忘れないわ あなたの事

 ずっとそばにいたいけど
 ねえ 仕方ないのね
 ああ 泣き出しそう

歌は進んでいく。
あの日と同じように、娘。たちが、順番に福田に声をかけていく。

 記憶なんて 単純だね
 だから悲しみさえも想いでだね

 きっとまた逢えるよね
 きっと笑い合えるね
 今度出会うときは 必然

みな、思い出してしまったのか、涙でぐしゃぐしゃになっている。
唯一、あの日と違うのは、福田も、歌いながら、泣いてしまっていたことだった。

 You'll Never Forget Me
 忘れないで あたしの事
 もっとそばにいたいけど
 もう旅立つ時間
 ああ 泣き出しそう

「じゃあねえ、みんな、ありがとねぇ」
福田の言葉に、飯田は声をあげて、すごい顔で泣き始めた。

スポットは、福田だけを照らす。
福田が飯田の肩に手を置いて、舞台を降りた。

福田と入れ替わりに、後藤が現れた。
きやびやかな、銀色ミニのワンピース。
後藤は、髪を金髪にしていた。
「当時を思い出してみました〜」
あれぇ?市井ちゃん、泣いてる〜、なんだよこの〜と、舞台の上で、2人はじゃれた。

娘。たちは、白い衣装を脱ぎ捨てた。全員が、銀色のワンピース姿になった。

「ラブマ、オリジナルメンバーバージョン〜」
安倍が、涙をぬぐって、叫ぶ。
「みんな、元気がないぞぉ。一緒に騒ごうよ!」
続く安倍の言葉に、それまではため息の音さえひそめていた観客席は、ウォーッ、と一斉に叫んだ。
ラブマのイントロに、会場のボルテージは急上昇した。

 今度は、娘。の歌に同調して、会場全体が揺れた。

 モーニング娘。も(Wow×4)
 あんたもあたしも(Yeah×4)
 みんなも社長さんも(Wow×4)
 Dance! Dancin’all of the night

「ラブマシーン」

矢口がシメる。何故か、セクシービームのポーズだ。
ははは、とファンたちの、穏やかな笑い声。

「みなさん、今日は、本当にありがとうございました。それではさようなら」

中澤が言う。
会場からは、続きを望む、ええーっ、という声があがる。
照明が落ち、娘。たちは口々に、バイバーイ、と手を振りながら、退場していった。

暗くなった、誰もいないステージに向けて、観客たちは、

アンコール!
アンコール!

すでに、会場は一つになっている。熱気はおさまらない。
みな、娘。たちが出てくるまで、永遠にでもアンコールを続けるつもりであるかのよう
だった。

アンコール!
アンコール!
アンコール!
アンコール!
……
……

『彩っぺってさ、体力あるよね。私なんか、もう息切れしちゃって大変だったよ』
『福ちゃんさ、だって、少し太ったよ』
『ひどいなあ、もう』

私服姿で談笑しながら、石黒と福田が、舞台へ現れた。
わあああっ、と歓声と拍手があがる。2人は、ゆっくりと、中央まで歩いた。

「どう? 彩っぺ。ひさしぶりのステージは緊張した?」
「そりゃあ、したよ。福ちゃんもそうなんじゃないの?」
「福田は……それほどでもなかったかな」
笑いながら、福田は言った。

『先輩、初めまして〜』
二人に駆け寄るのは、私服に着替え終わった、石川と吉澤だ。
石川が、がっし、と吉澤の手を握っている。吉澤は、なんとか離したくて仕方がないようだ。

「こんなところでですけど、初めまして。石川梨華です」
「あ……ええと、吉澤ひとみです」
 ちゃんと自己紹介しないとダメでしょ、と石川にたしなめられている。

「明日香ぁ〜」
 過去のことを思い出したのか、泣きながら、走り寄るのは飯田だ。福田は、飯田の頭をよしよし、
と撫でた。ついてきた辻も、手をのばして、飯田の頭を撫でている。
13人の、私服の娘。が、舞台に改めて登場した。

「こうして見ると、壮観やなあ」
中澤が、しみじみと言う。
みな、それぞれの顔を覗き込んでいる。

「でもな、明日からは、また、みんな別々の道を進んでいくねんで」
しんみりとした空気が流れる。
この、舞台の上での会話には、台本はないようだ。時々、言葉を探しながら、娘。たちのMCは進んでいった。

吉澤は、ずっと後藤を見ていた。
後藤は、隣りに立っていた吉澤を見ないようにしていたが、ついに、目を合わせてしまった。
後藤は、吉澤の胸に、頭をこつん、とぶつけた。ぐずぐずと、泣き始めた。

「なんや、ごっちん」
中澤は目を丸くして、会場に向かい、観客に言う。
「ごっちんな、実は、さっき、楽屋でよっすぃとケンカしてたんですよお」
後藤は鼻をすすりながら、だって、だって、15才から16才まで、よっすぃとは一緒
に娘。をやってたんだし、だから、だから、

その言葉で、吉澤も泣き始めた。
「ごっちん、ゴメンね、ゴメンね」
「ううん、ううん」
2人は抱き合って泣いた。
女性週刊誌などで大体事情は知っている観客たちは、ようやく和解ができた風である2人に、
拍手さえする者もいた。会場全体が、優しい空気に包まれたようだった。

「はいはい。もう、いつまでもここに13人で立ってる訳にもいかへんねんで。これが最後の歌や。みんな、きっちり気合い入れんと──」
そこで、中澤の言葉は途切れた。
ゴメン、と片手をあげて、隣りの保田の肩に、ぐっ、と顔をうずめて、嗚咽し始めた。

あちこちで、肩に手を回したり、抱き合ったりして、娘。たちは泣いた。

13人の娘。たちの、最後のお別れが済むのを、観客たちは、静かに見守っていた。今、
彼らは、娘。たちと、思いを共有していた。

「じゃあ、今度こそ、行くで」
ゴシゴシとまぶたをこすり、赤い目のまま、中澤は声をはりあげる。
「これが本当の最後や。──最後の、全員集合です!」

ピアノのイントロが、ホールに流れる。

娘。たちが、音に合わせて、手を叩く。

──21世紀。

会場が、一緒になって、手拍子を打った。

 あなたの夢を 少しだけ 教えて
 おまじないを するのよ
 Yes Yes Yes

 あたしの夢も 少しだけ 聞いてね
 眠たそうに しないで
 No No No

 21世紀が 来る日を
 2人して 迎えたいの

 腕を組んで
 あの公園でおしゃべりしよう
 腕を組んで
 あの街まで 歩いて行こう

 夢の続きを 教えてよ

もう、彼女たちは、音程がずれようが、声が割れようが、構うことなく、素のままで歌っていた。
13人で作る、最後の作品だ。
それは、つたなくもあったが、メッセージに満ちていて、聴いている人の心を打った。

 手と手つないで
 ねえ あの駅へ連れて行って
 手と手つないで
 ねえ 未来まで連れて行って

 夢の続きを また聞いて

間奏のなか、中澤が一歩、前に出る。
「みんな、ホンマにありがとうな、中澤裕子でした」

中澤は下がり、今度は、石黒が一歩前へ。
「みなさんに久しぶりに逢えて、すごく嬉しかったです、石黒彩でした」

「えっとお、いろいろあったけど、すっごく、すっごく楽しかったです。飯田圭織でした」

「なんだか、とっても興奮してて、今でもなんだか良く分かりません。
でも、ああ、わたし、なに言ってんだろうね(飯田から、いいから早く、とチャチャを入れられる)ありがとー、安倍なつみでした」

「私の事、もう知らない人が多いんだろうね。へへ、一応、私も娘。でした。福田明日香でした」

「最高のステージが出来たと思います。ありがとうございました。保田圭でした」

「みんな、最高だったよ、大好きだよ。市井紗耶香でした」

「ずっと、13人でやりたいよお! 今日のことは、ずっと忘れないでね、矢口真理でした!」

「……ゅぅ」
一歩、前に出るも、泣いて言葉にならない後藤。
市井が、後ろから肩を叩く。何事か、耳元で励ましている。
「いっしょうけんめい、かんばりました。後藤真希でした」
市井に頭を撫でてもらいながら、娘。の列に戻る。
ひときわ、大きな拍手。

「娘。は永遠に不滅です。なんてね。石川梨華でした。チャオ!」

石川は、吉澤とすれ違いざま、頭をはたかれていた。

「やっぱり、娘。は最高です。私は、娘。にいられて、良かったです。吉澤ひとみでした」

「これからも、娘。をよろしくお願いします。辻希美です」

「みんなぁ、また、会おうなあ、加護亜依でした」

『21世紀』の演奏は終わった。

しん、となったステージに並んだ、総勢、13人の娘。たち。

最後に、娘。たちは、隣り同士で手をつなぎ、会場に向け、全員で頭を下げた。

ホールを包みこむ、割れんばかりの拍手。
それぞれが、それぞれの想いを胸に、観客たちに、最後のアピールをした。手を振り、
涙を流し、声をはりあげ、

鳴りやまない拍手。
鳴りやまない拍手。

舞台のそででは、平家みちよが、両手で顔をおおい、泣いている。
すぐそばには、ロックボーカリストオーディションで一緒に競い合った──今はADとして
頑張っている兜森が、泣きながら手を叩いている。

鳴りやまない拍手。
鳴りやまない拍手。

娘。は、結成から、ずっといろいろなトラブル続きだった。脱退、増員を繰り返し、
それでも、のちのち語られるような伝説的な存在にまでになった。

娘。たちと、同じ時間を過ごした、ファンたち。
娘。として、濃密な青春時代を駆け抜けた、13人。

そして、

『(せーの)ありがとうございました!』

両手を高くあげて、
最高の笑顔で、

声を揃えて、娘。たちは言った。

静かに、静かに、幕が降りてゆく。

(おわり)