のの、一人暮らしをはじめる
「一人ぐらしがしたいのれす」
ののがマネージャーさんに言ったのは1週間前。
うたばんの収録が終わって、メンバーみんなが帰り支度をしている時やった。
一瞬、みんな動作がピタリと止まってた。
後藤さんは「ほえ?」なんて言いながら口をあんぐりと開けてた。
安倍さんと矢口さんは目を大きく開けてののを見てた。
飯田さんは元から交信してたから変わらずボーッとしてた。
「いきなり何なの?」
面と向かって言われたマネージャーが一番反応が早かった。
目を細めて、何か優しく諭すような言い方やったけど、それが逆に「アホなこと言うな!」と心では叫んでいるようでちょっとだけビビった。
「いきなりじゃないれす。ずっと考えていたのれす!」
ウチはちょうどののの後ろにいたから、小っちゃい背をピーンと伸ばして、カカトなんか半分浮かしてるのが見えた。
それにやっぱり一番仲がいいからかわからへんけど、ののはマジメな話をしてるんやってのがすぐわかった。
でもみんな、そん時はマネージャーと同じように単なる冗談やって思ったみたいや。
少しの間、みんな「はぁ?」ってな感じで固まっとったけど、すぐに何もなかったかのように、帰りの支度をはじめてた。
「したいのれす。したいのれす。したいのれす!」
みんな、一人わめくののを単なる音が鳴ってる目覚まし時計みたいに気にしながら、
「音を止めるのが面倒くさいから誰か早く消して」みたいな電波を飯田さんはじめ、送っている。
飯田さん、リーダーなんやから自分で何とかしてぇな。
そう思った矢先、おそらく一番その電波を受けたと思われる梨華ちゃんがののに近づいて頭をポンポンと軽く叩いた。
「しないよ」
何がせぇへんねん。
「何がですか?梨華ちゃん」
ののは頭に乗せられた梨華ちゃんの手をうっとうしそうにどけながら聞いた。
「一人暮らしってねぇ、何でもやらないといけないんだよ。自分でお料理作って、お掃除して、お洗濯して…」
モーニング娘。になってからすぐ一人暮らしを始めている梨華ちゃんは先輩風を吹かしていた。
ウチはふっと肩をすくめた。
梨華ちゃんが御飯も掃除も洗濯も何にもやってないことをよう知ってる。
一度だけ行ったことがあんねんけど、それはもうきったない家やった。
台所は洗ってない食器とコップで埋まってた。
パンツとかブラジャーとか床に散らばっとって足の踏み場もなかった。
ウチが物がなんもないスペースを探しながら部屋の中を歩いてると梨華ちゃんはこう言いよんねん。
「適当に片付けて座って。あ、パンツはそこの棚だから」
何でウチが片付けなならんねん!ってこれ洗ってないんちゃうん?洗濯機に入れなアカンのとちゃうん?なんて次々とツッコんでしもたわ。
もう梨華ちゃん家は絶対に行かんって固く心に誓ったもんや。
あ、でもトイレだけは使ってないみたいにキレイやったな。なんでやろ?
まあともかくそんなわけやから、「梨華ちゃんに言われたないわ」ってののに代わって心ん中で言っておいた。
「ちゃんとできるもん」
ののは梨華ちゃんにバカにされていることに気付いたようで、プンスカと頬を膨らませてた。
「お料理、何にもできないでしょ?」
「でーきーまーすぅ!」
「でーきーなーいっ!だって私、レモン汁作っているところしか見たことないもん」
梨華ちゃん、それウチや…。
この子の頭ではウチとののは未だにおんなじ人間なんやろうか?
それに、なんでそんなに古いん?その間にいろいろあったやん…。
梨華ちゃんのアホさはともかく、ウチもののが一人暮らしができるとは思ってへんかった。
食べ物に関しては今の世の中、コンビニっちゅうありがたいものがあるんやからそんなに問題はないやろうし、
掃除とかだって、いくら面倒臭がりのののだって少なくとも梨華ちゃん以上はやるやろう。
だから、ウチが思ってるのはそういうことやない。
一人っちゅうのはさみしいもんや。
仕事してめっちゃ疲れて帰っても、迎えてくれる人がだ〜れもいいひんなんてホンマ、つらいで。
そうしみじみ言えるのも一度だけそんなことがあったからやねん。
モーニング娘。に入って、こっちに引っ越してきてからしばらくのコトや。
ウチはおばあちゃんの家に住んでんねやけど、ある日、仕事して帰ってきたらだ〜れもいいひんかった。
お母ちゃん、お父ちゃんは奈良からたまにしかきいひんからしゃあないんやけど、
おばあちゃんがいないっちゅうのは初めてやった。
家ん中がしーんとしてんねん。
「ただいま!」って何度も叫んでしもた。それでもやっぱしーんとしててな。
思わずCMの「コルゲンコーワ」を思い出して、カバさんなんか探したわ。
結局おばあちゃんは”けいろうかい”っていうお年寄りの集会に出かけてただけやってんけどな。
ホンマ、ハズい話やねんけど、ポロッと涙がこぼれてしもたわ。
ま、あくまで昔の話や。
ののと違って、ウチは大人やし。多分、もう一人暮らしなんて余裕やろう。
でもののにはまだムリやな。
そう思っとった。
「でもなんで一人暮らしなんてしたいんだよ?」
よっすぃーがののに近づいて話しかけた。
うん、ウチもそれが聞きたかったところや。ナイスや、よっすぃー。
「だって、ののももう大人なんらもん」
「はぁ?」
ウチもはぁ?
「ののらってもう中2なのれす。もう大人のはしくれなのれす」
「辻は100%子供じゃん。無理に大人になんないほうがいいよ」
フランス人みたいに口を「へ」の字にして呆れるよっすぃー。
よっすぃーの言っていることは正しいけどののの言いたいこともわかる。
ウチだって子供っぽいところがウケてるからしゃあなく演じてるけど、ホンマはもうちょっと素になりたいねん。
せめて、プライヴェイトだけはもうちょっと大人になってもエエやん。
よう考えてみぃ。ウチら、もう中2やで。
後藤さんが金髪コギャルやった年齢やで。
福田さんっちゅうイジンが抱いて抱いて抱いてあっは〜ん♪ってあえいでいた年齢やで。
その気になれば一人で電車に乗れるし、ボーイフレンドの一人や二人、ウィンク一つでゲッチューできる。
知識だってあるで。
アメリカの大統領がクリントンだとか、水がHClっちゅう水素と炭素でできてるってことも知ってるし、
方程式だって……いや、方程式は解けへんけど……ともかく、「お好み焼きどんぶり」だなんてようイメージ湧かんもの発明したり、
「インジャンぴょい!」なんて真っ赤なパンツをお茶の間に見せながら、歌ってる年齢やない。
あ、そんなコト言ったら18になってもウチらとおんなじことをやっとる矢口さんに失礼やな。ホンマすんまそん、矢口さん。
それとよっすぃーにも一応謝っとこ。
でもあっちはセックスィーにパンツ見せてんねやから、ウチらとは意味合いは違うと思うねんけど。
しかも、今はもうライブでもスカート長くて見えんし。
「辻はまだまだ子供だよ。ホレ、これ上げるからあきらめな。手作りなんだから感謝してよね」
と言いながらよっすぃーが差し出したのはゆで卵。
あいかわらず携帯してるのか…ってパックに入れて10個も持ってこんといてーな…。一旦ゆでて、また入れ直してんのかな?
そんなこと考えてる間にののはゆで卵に食らいついてた。
ウチは「ああ、しまいやな…」と思った。
ののの食い意地のすごさはハンパやないからな。エサを与えたら落ち着くんやろ。
しかし、そんなウチの予想に反して、ののはしっかりと食べきった後、またよっすぃーに食いかかっていった。
「それとコレとは別なのれす!」
「え?」
「ゆで卵がおいしかったことと、ののが大人なことは全く関係ないのれす」
「じゃ、じゃあ返してよ!私の汗と努力の結晶のゆで卵!」
「汗が入っていたのれすか?そんなきたないもん、ののに食べさしたんれすか?」
「なにを〜。私の汗が汚いとでも言うの?」
「きたないれす」
「汚くない!」
「きーたーな〜い!!」
よっすぃー、何か違う…。のののペースに巻き込まれとる…。
ウチは二人に呆れて、帰り支度を始めることにした。
もうマネージャーもどっか行ってしもたし、どうにも話は進まんやろ。
しかし、自前の化粧道具をバッグに入れている間もののは、
「大人なのれす!だから一人ぐらししたいのれす!」
と手とか足とかをバタつかせてののは必死で叫んでた。
その仕草は思いっきし、子供やった。
「つ〜じ〜」
「はい!」
お、後藤さんが辻に呼びかけとる。
あの無気力の後藤さんが。あの人には無関心な後藤さんが。
あの”てんじょーてんげゆいがどくそん”みたいな後藤さんが!!(最近、覚えたから使ってみたかってん。漢字は知らんけどな…)
「大人になるってどういうことか知ってる?」
「はい、もちろん知ってるのれす」
「じゃあ、言ってみてよ」
おお〜、後藤さんが説得しようとしてる!
そぅとぅウザかったんやろうな。そういえば最近「そぅとぅ」って言わへんなぁ。
ウチも大人になるって何やろ?ってふと思った。
思って考えた次には顔が赤くなった。
アカン。
ウチは何てエッチなんや…。
顔のほてりを冷まそうと何度か頬をさすった。
飯田さんがこっちのほうを見てめっちゃフシギがってた。
そうこうしてる間も、ののはしばらく考えとった。ホンマ鈍いやっちゃ。
後藤さんはふふ〜んと勝ち誇った顔をしとる。
何て言うんやろ?まさか、ウチみたいなコト考えてへんよな?
…って、また想像してしもた。
顔、熱っ…。
ウチが自分の頬をパチンと軽く叩いたときに、ののは口を開いた。
「後藤しゃんみたいになることれす」
「へ?」
「後藤しゃんみたいな大人になりたいんれす」
「…」
後藤さんは目をパチクリして言葉を失ってた。
「後藤しゃん?」
「…」
「あの…」
「…」
「大丈夫れすか?」
「…圭ちゃん、コレ喜んでいいのかな?」
後藤さんはオバちゃんこと保田さんに話しかける。
レディースコミックを読みながらオバちゃんは「さぁ?」と言いながらにんまりとほほえんでいた。
「えへへへ…」
こんな気持ち悪い笑顔の後藤さんは久しぶりやった。
「後藤しゃん?」
「じゃ、がんばって大人になりなよ」
ののの頭をなでなでした後、ののの元を離れた。
あ、軽くスキップしとる。
そんなに照れることやないやろ…。
どう見てもお世辞やん。
あ、ののも嬉しそうや。
後藤さんの心を手に入れるなんて、やるな、のの。
そんなこんなで結局マネージャーが帰ってメンバーだけになった今、のののお願いはどうすることもできず、その日は終えていった。
◇
次の日以降もののは相変わらずやった。
ののって鶏のマネが上手いだけあって鳥頭やから、一人暮らしがしたいだなんてお願い、すぐ忘れると思ってた。
多分、みんなもそう思ってたはずや。
でもののは忘れてなかった。
「一人ぐらしがしたいれす!」
暇を見つけてはマネージャーに駆け寄ってそう言っとった。
その日はCMの収録やってんけどスポンサーっていう腹がどっぷり出ててガマガエルみたいなお偉いさんと何かヒソヒソ話をしてる時にさえ、
ののはマネージャーに近づこうとしてた。
まあ、それは安倍さんが名のごとく体をはって食い止めたんやけどな。
ののはもう口癖になるくらい楽屋、仕事場、プライヴェイト問わず言いまくってた。
食べ物で釣ってもムダやった。
後藤さんの作ってきたクッキーも(あの日から後藤さん、なんか気前がエエねん)、よっすぃーの買ってきたベーグルも、
梨華ちゃんの作ってきてくれたヤキソバも全然見向きせんでプイと顔を背けとった。
ちなみにア然とするメンバーを尻目にウチがそいつらをいただいた。
あ、もちろん梨華ちゃんのは食わんかったけどな。
これはののの作戦やったんやろか?
結局、安倍さんと飯田さんがマネージャーに頼み込むまでいった。
「辻がうるさいんで何とかしてください!」って。
それから数日経って、マネージャーも折れた。
「とりあえず、1ヶ月だけ一人暮らしさせてあげる」
それを聞いたののは飛び上がって喜んどった。
どうやら”まんすりーれおぱれす”っていうところだと1ヶ月だけ住むコトができるらしいねん。
それを利用したってわけや。
もちろん条件があって、寝坊は絶対しない、1日1回はお父ちゃん、お母ちゃんに電話すること、
体重は増やさない(てか5kg痩せろとかにすればいいのに甘い事務所やなぁ)、とかいろいろ約束が書かれた紙を渡されてボインを押し取った。
ののはボインやないけどな。
…。
……。
………。
ってウチは何ちゅうオヤジギャグを……(謙さんの影響やろか…?)。
ま、まあ、ともかく、これらを1回でも破ったら一人暮らし終了ということらしい。
ののは素直にうなずいとったけど、1日で終わるかもしれんなと思った。
初日は浮かれて寝られへんやろうし、で夜更かししてしまって起きれんでねぼうする、と。
多分こんな結末やろうな。かわいそ。
結局、家は安倍さんが住んでるマンションの丁度隣のマンションになった。
つまり安倍さんが常に監視するということらしい。安倍さんはゲッソリしてた。
そのまま痩せればってマネージャーは思ってんのかもしれん。
う〜ん、それは考えすぎやな。
ということで、一週間後、テレビとCDラジカセと服と布団などとりあえず必要な荷物を持ち込んでののの一人暮らしがはじまった。
☆
一人暮らし初日―――ってウチのことじゃないから忘れとってんけどな。
MUSIXの収録が終わったのが午後8時55分。
相変わらず子供なんとかなんちゃらっていう法律が定めた時間ギリギリまで働かせる事務所やっちゃ。
昔、小学校の遠足で「お家に帰るまでが遠足です!」って山下先生が誰も寄り道してへんのに怒鳴ってたのをつい思い出したわ。
これもそうやろ?
家に帰るまでが仕事やろ?
どう考えても9時には家に帰れんで。
どういうことなん山下センセ?
ホンマ、大人社会っちゅうのはリフジンな世界や…。
しかし、そんな社会にウチは耐えながら生きてるんや。
ウチってホンマにエライな。
今日は踊ったり叫んだりわざとらしく笑ったりしたのでめっちゃ疲れた。
「早う家帰って寝よ」と思い、ふと横を見るとののは何か嬉しそうやった。
実はそん時にやっと、今日から一人暮らしが始まるんやったと気づいた。
ウチが一番仲いいわけやし、少し無理をして、かる〜く遊びに行ったほうがエエのかな?
でも一人になりたくて一人暮らしをしたんやから行かんほうがいいのかな?
そんなことをちょっと考えている間に、安倍さんがののに近づいた。
「つ〜じ〜、今日から一人暮らしだよね。行っていい?」
何かはしゃいでんなぁ、安倍さん。遊園地に行く直前の子供のようやで。
「はい、いいれすよ」
「そうだ。ねえ、みんなも辻の家に行かない?お祝いにパーッとはしゃがない?」
あの〜、明日も仕事あるやん。
しかも朝7時から。
パスパス。
今からパーッとはしゃいだりしたら、いつ寝れるかわからへんやん。
そんなん付きおうてたらカラダだるーなってしまうわ。
多分、みんなもそうやろ。
しかし、ウチの予想に反して、
「おお、いいねぇ。やろっか?」
「辻を寂しがらせちゃダメだよね」
なんてみんな同意している。なんでやねん?
「はい、来てくらさい」
ののもこころよく同意している。
「加護も来るよね?」
オバちゃんがウチの顔を見て言った。
「え?あたしですか…?」
この顔見てくれへんかなぁ?
いつものにこちゃんマークも顔負けの”あいぼんスマイル”してへんやろ?
めっちゃ疲れてんねやで。
だからな、早く帰ってな、風呂に「ブハーッ」って言いながら入って、
おばあちゃんの作ってくれたワカメがたっぷり入ったみそ汁とひじきの煮付けを食べたいねん。
(あんまり好きやないねんけど、これはウチの義務なんや。しゃあない、しゃあないんや…)
「あ〜、あいぼんイヤそうな顔してる〜」
梨華ちゃん、イヤなんじゃなくて疲れてんねやって…。
いや、イヤやねんけどな。
「そんなコトないよ」
「じゃあ来るよね?」
何?
強制なん?
もう仕事終わったんやで。
時計見てみぃ。
9時回ってんねやで。
子供は帰って、寝る時間や。
あ、ウチは大人か…。
ともかく大人やけどまだ13やねんから帰らなアカンって法律が定めてるんちゃうんかいな?
しかし、とにかく目線が痛かった。
「来〜い」「来〜い」と呪文のように唱えてる。
みんなもう乗り気や。
ダメや、ここで行かないって言ったら何されるかわからへん。
「はい、行きます…」
肩を落としながらウチは言った。
◇
「じゃじゃじゃじゃ〜ん♪」
ののは自分の家の扉をごっつ自慢気に開いた。
ののの前にはウチを含めたメンバーたち。
みんなが帽子を深くかぶって狭い通路に列になっている光景はちょっとウケた。
しかし、9人も入れる家なんやろうか?
と思いながら入ると結構広かった。
まだほとんど荷物が入ってないから広く見えるらしい。
飯田さんがそう言っとった。
ま、それでもギリギリやけどな。
家は当たり前やけどキレイやった。
新しい家独特のツーンとした匂いが鼻についたがそれもすぐ慣れた。
真っ白い壁に木目が入った茶色の床、トイレは汚れ一つないクリーム色で「消毒済」という紙が洋式トイレのふたの上に置かれてる。
台所は油汚れ一つなくて、ちょっとまぶしい。
これが全部のののものになるのか。
そう思うとちょっとうらやましかった。
みんなはそんな部屋にドカドカと入っていった。
それからすぐに宴会が始まった。
…っていってもトランプとかする程度やってんけどな。
一応明日のことをみんな考えているみたいや。
あんまりハメを外そうとはしてなかった。
そういえばメンバーだけで集まって遊ぶなんてヒサブリや。
そう思ったらちょっと来てよかったかな、なんて思った。
ヤバイって思ったのは時計の長針と短針が重なった時。いや、12時やないで。
10時55分や。どや、重なるやろ?
今さらウチが知識をヒラケカしたってしゃあないな。みんなもウチがホンマは賢いっちゅうことはわかってるやろうし。
ヤバイと思わせたゲイインはあの中澤さん。
「おめでとー」という威勢のいい掛け声とともに持ってきたのはコンビニ袋いっぱいに入ってる酒。
オバちゃん、安倍さん、飯田さんはもちろん、矢口さんやよっすぃー、梨華ちゃんまでちびちび飲んじゃって、みんなヘンな風になってた。
梨華ちゃんはよっすぃーに抱きついてるし(最近は見ぃひんかったけど昔は素でようやってた)、
酒を持ってきた中澤さんはグデングデンに酔っ払って人、物関係なく、そこら中にキスしとる。
もちろんウチもされた。
まあ、それはいつものコトやってんけどな。
やっぱ汚いわ。
中澤さんは仕事の不安とかでそぅとぅタマってたようや。
「寂しい」を連発してて矢口さんとオバちゃんが必死でなぐさめとった。
特に矢口さんなんか顔中にキスマークを付けられとった。
あの分やとまだ彼氏できてへんみたいやな…。
安倍さんや飯田さんはウチが知らん昔のことをウチとののに語りだして、
「あの頃は良かったね」なんて言いながら泣き合ってた。
じゃあ今は不満やっちゅうんかいな?って思った。
まあ、不満なんやろうなぁ。
安倍さんなんかはセンターを梨華ちゃんや後藤さんやよっすぃーに取られちゃったわけやし。
次は多分ウチやろうし。
あれ、後藤さんは?
ふと気づく。
後藤さんがいいひんやん。
どこ行ったんやろ?
そう思いながら台所やトイレの方に顔を向けるけど、電気が点いていない。
カーテンの向こうにあるベランダにも人のいる気配はない。
じゃあ、外でも行ったんやろか?
「のの…」
ウチはののに肘打ちをする。
ののの腹にあたり、タプンと揺れた。
「はい…なんれすか、あいちゃん?」
この状況にちょっと参った顔をしてるのの。
二人だけの会話の時はののはウチのことを「あいぼん」ではなく「あいちゃん」と呼んでいる。
なんで使い分けるんかはわからへん。
「ちょっと外、出てくる」
「はぁ…」
ののは「一人にしないで」みたいな悲しい目を送ってたけど無視。
ちょっと待ってな、すぐ戻ってくるからな。
そういう目をしてウチは安倍さんと飯田さんのグチをすりぬけて(ののに押し付けて)、家の外に出た。
◇
コンビニに買出しでも行ってるんやろ、と思っていたんやけどそうやなかった。
玄関の扉を開けてすぐ視界には背中越しの後藤さんが映った。
「うわ、後藤さん!」
驚いてビックリマークがつくほどの声を出してしまう。
ののの家は4階なんやけど、後藤さんの胸あたりぐらいの高さの手すりに体を預けて、遠い空を見てた。
「おお、加護ちん。どうしたの?」
後藤さんは振り返る。
「いや、ちょっと…空を見たくなって…」
「ふ〜ん」
「後藤さんは?」
なんか後藤さんはさみしげやった。それがちょっとドキッとさせた。
これが大人っちゅうもんやろか?
だとしたらウチはまだ大人度50%ってところなんやろか?
いや、80%やな。
でも何がさみしいんやろ?
「う〜ん、ちょっとあの雰囲気は好きじゃなくて…」
多分、お酒の入ったようわからん宴会のことやろ。
「そうですね。あたしもです」
外は中とは違ってさぶくって、半そでやったウチは震えながら腕をこすり合わせた。
「辻の為だってのはわかってるんだけどね…」
「は?」
「でも、やっぱり協力できないよ…」
なんや、後藤さん。
のののことを考えとったんかいな。
最近の後藤さんってヘンやな。
昔はのののことキライやと思ってたんやけどな。
でものののためって何や?
”協力”って何や?
そう疑問に思いながら、ウチは「うん」とうなずいた。
すると後藤さんはさっきまでのさみしいフインキがぱーっとどっかに消えて、
「加護もやっぱりそう?やっぱズルはしたらダメだよね!」
後藤さんはウチの肩をつかんで体を前後に揺らした。
長いツメが肩に食いこんでちょっと痛かった。
「あ、はい…」
ズルって何や?
そう聞こうとした矢先に後藤さんは言った。
「…というワケで協力することも止めることもできないから私は帰るね。あとはよろしく!」
「は?」
何が”というワケ”なん?話がつながってへんで。
「じゃ!」
「あの…ちょっと…」
ウチの呼びかけは後藤さんには届かなかったらしく、風のように去っていった。
なんやったんやろ?
ようわからんが責任を押し付けられた気分や。
首をかしげていると、冷たい風がウチを襲い、身震いした。
ココに居続けたらカゼを引くやん。
しゃあないな…。
ウチは戦場に戻った。
◇
扉を開けると大人しくなったみたいであんまり声が聞こえてこなかった。
もうそろそろ寝るんやろか?
そーっと部屋に入ると、テレビがついててみんな見とった。
ウチはののに近づいた。
「ヤケに静かやん…」
「はい、何かゲームをはじめたのれす」
「ゲーム?今やってんの?」
「はい」
え〜っと…みんなただクイズらしい番組見てたり、髪をいじったりしてるだけなんやけど…。
とにかく、まだ何かやろうっちゅうんかいな?
アカン、パスや、パス。今度こそパス。
ウチは大人やけど、疲れたし眠いもんは眠い。
今日一番疲れたんはウチやからウチが最初に寝ててもエエやろ?
ホンマは帰りたかったんやけど、後藤さん家と違ってウチの家はこっからは遠いし、もう終電もすぎてそうやからココで寝るしかない。
「なあ、のの。ウチはちょっと寝るから」
とりあえず、この家の主のののにささやいた。
う〜ん、あるじかぁ、いい響きやな。
「あ、うん。れも…」
何かののは言いたそうな顔をしてたけど、そんなん無視。
またうるさくなるかもしれへんから、ウチは耳栓をバッグから取り出して耳につけた。
そして壁に寄りかかりながら目を閉じた。
ちょっとヘンな体勢やけど、寝れるやろ。
ちょうどみんな静かやし、寝入ってしまえばこっちのもんや。
かわいい寝顔に文句を言うやつはいいひんやろ。
そうして5分ほどしてうつらうつらする。
疲れもあってか、ものすごい速さで眠りに落ちていく。
ウチの意識がなくなる直前やった。
頬にパチンという音とともに衝撃が頬に走った。
な、なんや?
思わず頬に手を当てて目を見開く。
痛いとかそんなんやない。
今、ウチ叩かれたんか?っちゅう疑問が起こった。
目の前には矢口さんが怖い顔をしてた。
”怖い顔”っちゅうのは化粧を落としていたからというワケやなくて…いや、怖いねんけど、さすがに1年も一緒にいると慣れるもんや。
でもオバちゃんの方が怖いねんで。
それと、あんまり知られてないけど後藤さんも結構変わんねん。
やっぱり16にしてかなり苦労してんねんな。
…って話、逸れたやん。
ともかく、眉の間にキューっとシワを作ってウチを睨んでた。
ウチ、なんか悪いことしたん?
驚きのあまり自分に問い返した。
そりゃあ、一回外に出たけど、それのどこが悪いねん。
「な、何ですか?」
耳栓を外しながら尋ねた。
ちょっと腹が立ってきた。
悪いことはしてへん。
それなんに酒臭い息を顔に吹きつけて頬を張って、にらむなんて…。
ウチもちょっとにらみ返した。
すると、矢口さんはウチの顔をガシリとつかんでぐるんぐるん振った。
「加護〜、寝るな!寝たら死ぬぞ!」
「ふぁ、ふぁい?」
なんや、ココはドコやねん。
寝て死ぬわけないやん。
「そうだよ、加護。コレ上げるから。がんばろ!」
と安倍さんが言って差し出してきたのはチロルチョコ。
しかもちょっと潰れてるし…。
「あ、はい…」
オバちゃんもよっすぃーと肩を組んでやってきて、自分のこぶしを握り締めて、
「力を合わせてガンバロ!!」
と言ってくる。
いつの間にかのの以外のみんなに取り囲まれてしまった。
「はい、がんばりまっす…」
ウチがみんなに押されるように言うと「よしっ」とみんなが言うた。
なんなんや。
状況がつかめん、ってか酔っ払いすぎや、みんな。
私は散らばったみんなの行動をポカンと口を開けながら見た。
みんなをよう見てみると、お互い監視し合いながらテレビを見たり、音楽を聞いたりしている。
オバちゃんと梨華ちゃんなんかは、
「寒いですね!」
「バカ!寒いって言うから寒く感じちゃうのよ。暑いよ、暑いよ。うん、暑い!」
と明らかな三文芝居をしとる。
他の人もワザとらしく唇を震わせながら、時折、「ガンバレ」と声を掛け合ってる。
アホや…。
アホすぎる。
ウチはこんなアホな集団の一員なんか?
そうこうしてる内にののが言った言葉を思い出した。
「のの…ゲームってなんや?」
ののに近づいて聞いた。
ののは普通にさきいかとするめを食ってた。
酒も飲まへんのに通やな…。
さすが食い意地女王。
「なんか北極でそうなんしてしまったゲームらしいれす」
「はぁ?遭難?」
「そうなんれす」
「はぁ…」
ダ、ダジャレやろうか…?判断つかん…。
「そういう”スツエーシォン”でいようってことらしいれす」
一瞬わからんかったがののと付き合いの長いウチは”のの語”を即座に理解した。
”スツエーシォン”やのうて”シュツエーション”やな。
ホンマ、翻訳するのも大変やで…。
「なんで…そんなコトしとるん?」
「飯田しゃんが演技力をみがこうって言い出して…」
こんなことやって演技力が磨けるんかいな?
そういえば飯田さんはドラマの撮影でダメ出しされとったからそのせいかもしれへんなぁ。
ウチ?
ウチはまあほとんどミスなしや。
女優としての格の違いやな。
ゲームの内容はわかった。
つまり、寝そうになるのを起こし合うってわけや。
そんなことしたら夜更かししてまうやん。
でも何でこんな異様なフインキなん?
なんかみんな殺気立ってないか?
眠いんやから寝させてぇな。
怯えにも似た怒りを覚えながら、ウチはまたうつらうつらしてきた。
ヤバイ…眠い…。
ホラ、今日ウチ起きるの早かったんや…。
それに一生けん命がんばってたやろ?
だから、眠いねん。
だから、寝させてぇな…。
…z。
……zZ。
………zzZ。
……………。
ハッ!!
殺気がウチを襲い、目を開けた。
すると、みんながウチの前に立っている。
中澤さんは描いた眉を吊り上げてにらんどる。
「加護!寝たら死ぬよ!!」
「へ、へい!」
汗が頬を伝った。
みんな目がすわってる。
いつも怖かったけどなんちゅうかコレはオーボーな脅しや。
酔っ払うとみんなこんな風になるんか?
矢口さん、安倍さん、飯田さん…ああ、梨華ちゃんまで(アンマ、怖くないけどな…)。
「私、絶対加護を死なさないからね!!」
「私もよ!だから、ガンバロ!」
なんや、なんや、なんなんや!!
北極にいるワケやない。
ココはののの家や。
気温19度、湿度70%の東京の真ん中や。
ちょうど夏のウザイ暑さがのうなって寝すごしやすくなってきたちょうどいい夜なんや。
でもホンマに寝ると死んでしまうような気がした。
っていうかみんなに殺される……。
殺気に満ちた顔と顔の間にある窓の向こうには真っ暗な空にポツンと三日月が映ってた。
夜はまだまだのようや。
なんとかしてぇな、神様……。
☆
体が揺さぶられている。
ちょっと邪魔や。
ウチやっと寝れたんやから…。
やっとこの冷戦に平和が訪れたんやから…。
もうちょっと、もうちょっと…
戦士に休息を…。
「あいちゃん、あいちゃん」
なんか遠くから声が聞こえてきた。
うん?この声はのの?
ウチは片目を半分だけ開けた。
すると口が見えた。
この小っちゃな唇はののや。
「のの、もうちょっと寝かして…。ねえ…」
「起きるのれす!ちこくするのれす!」
え?遅刻?
ふと頭の中には小二の時に遅刻して廊下に立たされた記憶がバーンと現れた。
休み時間中、ずっと立たされた。
さすがにドラえもんののび太みたいにバケツを持たされることはなかったけど冬の寒い日やったし、
何といっても廊下を歩く同級生のクスクスという笑い声がめっちゃ恥ずかしかった。
ウチは目を開けた。
するとののがにこりと笑って、「おはよう」と言う。
ウチも「おはよう」と言った。
「大丈夫れすか?」
心配そうにウチの顔をのぞきこむのの。
なんでそんなこと聞くん?と思ったが、ウチは異常に汗をかいていることに気づいた。
アゴにある玉のような汗を一度ぬぐう。
「大丈夫、ちょっと悪い夢でも見てたんやろ」
ウチは言った。
なんや、あの遅刻はウチのトラウマやったんやろか?
あんな昔のことなんか思い出してしまうなんて、ウチって結構ナーイブなんやな。
ま、乙女やからしゃあないやろ。
「早くしたくするのれす」
「う、うん…」
ののがあまりにテキパキと動いているのでア然としてしもた。
まあ口調はあいかわらずロレツが回ってへんかったけどな。
「ねえ、みんな起こさんでいいの?」
ののは起きていて支度しているけれど、他のみんなはぐっすりと寝ていた。
しかもヘンな体勢で。
安倍さんは大の字で寝てるし、中澤さんはビール缶を握りつぶしながら壁に寄りかかって寝てる。
矢口さんはなんでそんな体をピーンと張って寝てるん?やっぱ無意識に背が伸びたいと思ってるんやろか?
あ、よっすぃー、梨華ちゃんの胸にうずめて寝てる!
ある意味ベストポジションやん。
柔らかそうやし、枕代わりにはちょうどエエなぁ。
それに梨華ちゃんも幸せそうや。
重いやろうになんでやろ?
「いいのれす。しおくりなのれす」
「仕送り?」
「ちがった。しかえしなのれす」
八重歯をキランと光らせて、にこりと微笑んでいた。
ちょっと”デビルのの”みたいで怖かった。
思わずのののお尻にシッポが生えてないか見てしもた。
「どういうこと?」
ののはテーブルの上に散らばっていたビンやお菓子をどかしてから、中央に持っていき、部屋のカギを置いた。
そして、B5ぐらいの大きさの紙を持ってきて、
『さいごに出る人は家にちゃんとカギをかけてきてください』
と書いた。そして、
「あいちゃん、行こう!」
ウチの腕をののは引っ張った。
ウチはののの腕力に顔をしかめながら(ホンマ、力だけは一人前やで…)、書き置きの字面を見ていた。
”さいご”ぐらい漢字で書きぃや…。
”最期”やろ…。
こんな小学生でも書ける漢字も書けへんのやったらまだまだ大人にはなれへんで。
と思いながら、ホンマに起こさんで大丈夫なん?と心配になった。
◇
今日は朝からミュージックスの収録。
だからテレビ東京の天王洲スタジオ前に集合。
まあいつものことやからな。
確か3本撮りやったかな。ウチらはラクでいいねんけど、見てる人はおもろいんかいな?
集合場所に着いたけど誰もいいひんかった。
時計を見ると7時45分やから集合時間まであと15分。
超超超いい感じや。
でもまだ寝てる人たちは間に合いそうにないな。
怒られてしまうやん。
それから10分して、
「お〜は〜よ〜。ふぁあ〜あ」
とあくびが入った眠そうな声でウチらを呼んだのは昨日途中で帰った後藤さん。
「ギリギリセーフだね。ちょっと焦っちゃったよ」
全然、焦っているようには見えないんですけど…。
「はい。ぴったりなのれす」
「辻は今日もかわいいね〜」
って後藤さんはののの頭をなでてる。
「てへてへ」
ののも当然嬉しそうや。
やっぱなんか後藤さんヘンやな…。
それに何でウチにはしてくれへんのやろ…。
しばらくしてマネージャーが走ってやってきて「ギリギリ?」と言う。
「うん」とうなずくとフーッと息を吹いて、「良かったぁ〜」と腹の底からうなってた。
間に合ってへんって。
タレントより遅く来ていいんかいな。
「あれ?後藤と…辻加護だけ?」
「はい」
ののは鼻高々に言う。
「あれ?みんなは辻の家で寝たんでないの?」
後藤さんがちょっとなまりながらののとウチを交互に見る。
「はい。寝てたんで、あたしは起こそうとしたんですけど…ののがほっとこうって…」
ウチが言った。
ののの方をちらりと見る。
何か責任をののになすりつけようとしてるような気がしてイヤやったけど事実は事実や。
のの、すまんな。罪を認めてくれ。
しかし、ののは一向に悪びれる様子もなく鼻の穴を広げて、強気な態度を見せていた。
「ちょっと辻…」
マネージャーがののを呼ぶとののは「フン」と顔を背けてから言った。
「みんな、ののをハメようとするかられす。じごうじとくなのれす」
へ?ハメる?何のこと?
ウチはすぐに後藤さんとマネージャーを見ると、二人そろっておんなじような青い顔をしとった。
「どういうこと?」
ウチはののに聞いてる間に、マネージャーが、
「あの、その、それは…」
と口ごもっている。
「みんな、ののが寝るのを遅らせてねぼうさせようとしてたのれす。だから逆にねぼうさせてやったのれす」
「あ…」
やっとウチは気づいた。
昨日の宴会はそういう意図があったんや。
後藤さんの言ってた”協力”とはそういうことやな。
つまり、今日寝坊させて、一人暮らし即終了ってワケや。
それと焦ってる様子を見るとこの計画はマネージャーもからんでるみたいやな。
というかマネージャーが首謀者かもしれへんな。
ホンマエゲツないマネージャーやで…。
一回、シメとかんとアカンな。
「そ、それはそうと…辻加護はよく起きられたね?」
後藤さんは言った。
そうや、ののがいくらインボーに気づいたって、あのゲームのせいで寝させてもらえへんかったはずや。
何で起きてられるん?
「つじは昨日の収録の合間、ずっと寝てたのれす。つまり”寝だめ”しといたのれす」
ものすごく自慢気に言った。
…あんまり自慢することやないと思うけど。
そういえば昨日、収録の合間にのののは鼻ちょうちん作ってグースカピースカ音を立てて寝とったわ。
「じゃあ今日は徹夜したの?」
マネージャーが呆れながら聞くとののは「うん」とうなずいた。
「それと…」
辻は肩かけの小さいポーチから何やら取り出そうとしてる。
「これなのれす!」
と言ってウチらの前に差し出したのは小さい箱。
字の部分が七色に光ってる。
「ゼ、ゼナ?」
栄養ドリンクや!
ののはもしかしてこんなん飲んだんか?
「これを飲むと妙に眠くなくなるのれす。さいしゅうへいきなのれす」
ウチは飲んだことはないけど、ウチのおとんがよう飲んどった。
これを飲むと小さなカゼぐらいやったら吹き飛んでしまう魔法の飲みモンと言っとった。
ウチも飲みたそうな顔してたら、
「アホ、これは子供が飲むもんやない!子供が飲むと頭がおかしゅうなるで」
とおどされた覚えがある。
もしかしたらののはこれをよう飲んでるんかもしれへん…。
でもののはまだ子供やから、それで頭がおかしくなってしもたのかもしれへんなぁ。
……ってののの頭のおかしさは元々やった。
大体そんなにすぐに影響あるかい。
「辻…」
マネージャーは呆れつつも、ヤラれたという顔をしとった。
「辻ちゃん」
後藤さんが真剣な目をしてののの名前を呼んだ。
「はい」
「それしょっちゅう飲んでるの?」
「はい、ときどき…」
「それあんまり飲まないほうがいいよ」
「え?なんれれすか」
ののは困った顔をして後藤さんを見た。
「今回のことは悪いと思ってる」
「へい…」
「でもね、私聞いたことあるんだけど、ゼナってね、確かに元気になれるけど、
反動で絶対いつか体を悪くしてしまう飲み物なんだって」
「で、でも…」
「いい?よく聞いて」
「はい…」
「それはタバコとかお酒とかと同じような飲み物なんだよ。下手すると成長が止まっちゃうかもしれないんだよ」
ミニモニ。の身長制限が緩まった今、ウチらは矢口さんには悪いが身長が伸びてほしいと思っとった。
だからこの言葉はののには最適な言葉や。
ホンマなんかは知らんけどな。
「…はい…」
ののは悲しそうにうなずいた。
後藤さんはうんうんうなずきながら言った。
「わかった?」
「はい…」
「もう飲まない?」
「はい…」
「だからね」
「はい…」
「ユンケルにしときな」
って、なんでやねん!!
☆
ホンマ、気が乗らん日々が続いとる。
仕事自体は相変わらず楽しいんやけど、もう少し自由が欲しいわ。
普通の中学生やったらあんまない悩みやな。
「どうしたの、加護ちん?元気ないじゃん」
椅子に座っているウチをあんまり高くないところから見下ろすのは、ミニモニ。リーダー矢口さん。
今日もその厚化粧、バッチリッス。
そのミニモニ。Tシャツと短パンも年に似合わずキマってるッス。
でも”かごちん”はハズいので止めてほしいッス。
「はぁ、ちょっと…」
矢口さんにはちょっと素を見せたってエエやろ。
今日のウチはノスタリックなんや。
「生理?」
相変わらず恥ずかしいことをペロッという人や。
ホンマ、女のハズカシさとか奥ゆかしさとかもっと学ばなアカンで、矢口さん。
こういう場合は、”お月様”とか”アノ日”とか”ブルーデイ”とか言ってもらわんと将来付き合ってあげんで…。
「いや、そうじゃないんですが、ちょっと人生について考えることがありまして…」
そう言うと矢口さんは引いてた。
そうやな、野口さんの「クックック笑い」を初めて見たまるちゃんやたまちゃん並に引いてた。
「…加護、大丈夫?熱でもあるの?」
言ったウチ自身も引いてしもた。
何や、今日のウチは。
そうとうブルー入ってんなぁ。って生理やないで。
「いや、なんでもないです。今日もガンバりましょうね」
矢口さんを安心させようと、にこりと微笑んだ。その時、
「おっはようございま〜す!!」
控え室に響き渡る威勢がいい声。
ウチは思わず耳を抑えた。
早朝やっちゅうのにホンマ元気なヤツや。
「おはよう、のの」
「あいちゃん、おはよう。矢口しゃん、おはよございます。今日もがんばりまっしょい!」
ののはウチとは対照的に元気や。
何かウチの精気がののに吸い取られてる気分や。
っちゅう、ハイセンスな表現は置いといて、ののが元気なんは一人暮らしをしているからやろうな。
ののは1週間前、一人暮らしを始めた。
もちろん、マネージャーをはじめ、他のみんなは反対やったんやけど、
ののの意志の強さはハンパやなく(あのののが食い気よりも勝っていたんやからみんなハンパやないって思うやろ?)、
結局1ヶ月間だけ一人暮らしをすることになった。
ただ、それにはさらに条件があって、その中には「寝坊をしたら即終了」というのがあってん。
それを利用して一人暮らし初日にののをハメようとしたんやけど、あえなく失敗。
それからは何にもやってへんけど、ののは寝坊をすることなく、こうやって毎日元気に仕事に来てた。
「一人暮らしどう?大変でしょ?」
矢口さんが尋ねる。
金髪が天井の照明の光を反射させていてまぶしかった。
「はい、れもなんかたのしいれす!一人前になったきぶんれす!」
「へぇ…。何か凛々しいねぇ。一人暮らしも正解かもね。強くなった気がするし」
矢口さんはしきりに感心してた。
確かに一時期の楽屋や本番中で突然泣き出すような不安定なところをののは見せていない。
ホンマ、ちょっと前までは大変やったんやで。
そんな時なぐさめるんはいつもウチか飯田さんやった(矢口さんは大抵笑っとった)。
ココ一週間は、みんなもこりて、監視するように言われてる安倍さん以外、ののの家には行っていないようや。
そうそう、あのみんなが寝坊した日はスタッフに謝るのに大変やったんやで。
何でかわからへんけど、ウチも必死で頭下げたわ。
まあ、ウチらはマネージャーという一番の極悪人が前にいたから良かってんけど、
中澤さんは大事な仕事をすっぽかすハメになったらしく大変やったみたい。
ウチもののの家には行っていない。ののは、
「家に来てもいいれす」
と言ってくれてるんやけど、この一週間はいつもより忙しかったし、何か乗り気がしないっていうか、
何か胸につっかえるものがあって断ってた。
この胸のコロコロしたものは何かわからん。
「ののは最近ずっと不安なんれす」
全然、不安やなさそうにののは言った。
矢口さんが「どうしたの?」と聞く。
「玄関のカギ、ちゃんとかけたかなぁ?とかクーラーとかテレビとかの電気、ちゃんと切ったかなぁ?
とかいっつも不安に思ってるのれす」
「うん、あるある大辞典。なんか不安になるんだよね!毎日毎日」
と、矢口さんが同意してた(しょーもないギャグはムシ)。
「オイラなんて家を出て、カギかけたどうか不安になって戻ったことが何回もあるよ」
「矢口しゃんもれすか?ののもれす」
「じゃあさあ、じゃあさあ、もしかしてゴミたまってる?」
「あ、はい。昨日ゴミの日らったんれすけど、つい忘れちゃって…」
てへてへと、舌を出すのの。
「やっぱり!矢口もそうだったんだ。一時、3週間もゴミを出し忘れて、家がゴミ袋だらけになったことがあったんだ。
いやぁ、あん時は大変だったなぁ。というか臭かったよ」
「ののは矢口さんみたいにならないれす。次は絶対出してやるのれす!」
3人がいる楽屋には2人の声が響いていた。
ちょっと取り残された気分になった。
話、ついていかれへん…。
だからウチはトイレに行こうと立ち上がった。
別にしたくはなかってんけど、ココには居づらかった。
早ぅミカちゃん来んかい!とミニモニ。結成以来初めてミカちゃんの必要性を感じたわ。
そしたら矢口さんがウチを呼び止めた。
「加護ぉ、どこ行くの?」
「はい、ちょっとトイレです」
「うんこれすか?ののも行くのれす。あんまりしたくないれすけど」
「あ、じゃあオイラも。あんまりうんこしたくないけど」
ついてこんでええわ!てかうんこって決めんな!てか矢口さんまでうんこって言うな!
PTAがどこで見てるかわからへんで!
ホント、勘弁してーな…。
一人になりたかったんやで、ウチは。
「いや、一人で行ってきますから…」
ウチはきっぱり言った。
ついてこられてまた二人で話されたらたまらん。
「トイレは2人で行くものれす」
「そうだよ、学校で習わなかった?」
どこの学校で習うねん?
そりゃあ、昔は仲の良かった友達と一緒に行ってたけどな…。
「一人で行かせてください」
ちょっと鼻の息が荒くなってしもた。
恥ずかしくなってそそくさと楽屋を出ようとした。
部屋の扉のノブに手をかけたときやった。
「怒らなくてもいいじゃん。子供だなぁ、加護は」
矢口さんの高い声。そしてそれはちょっと見下げた声。
ど、どっちが子供やねん!
トイレに一緒に行こうとするほうが子供やん!
と、言いたくなりそうな口をウチは一回飲み込んだ。
ココでまた何か言ったらまた子供って言われそうと気付いたからや。
さすがウチやな。
ココが子供と大人の境目やねん。
そう思った矢先、矢口さんはポツリと口にした。
「このままだと辻だけが大人っぽくなっちゃうね」
な!
なんですと〜〜(キスミントCM風)
ウチがしゃあないからののに合わせて子供っぽくしてんの、わからへんの?
ののが一人浮くのがフビンやから、演じてやってたんやで。
っんとにもう…。
矢口さん、リーダー失格やわ…。
それくらい見分けられへんとは。
ウチは怒るよりも呆れてしもた。
アカン、腹イタッ…。
ホンマにうんこしたくなってきたわ…。はよ行こ…。
「どうしたの?」
「いや…。何でも…行ってきます」
ちょっと腹を押さえながらそう言うと、矢口さんはもう一言。
「がんばってね〜♪」
何をがんばるっちゅうねん!(でもその日はホンマにがんばった!)
☆ (第四話 了)
コンビニっちゅうのはありがたいもんや。
そのおかげで深夜にお腹がすいても困ることはない。
っていうかウチ、なんでココにおんねん…。
何でこんな遅くなるまでダンスレッスンせなアカンねん…。
いくらテレビに出てない言うたかて、これも仕事なんちゃうん?
ったく…まあ、ウチは大人やし、グチは言わんけどな…。
でも、こんなに働いてるんやからもうちょっとお給料上げてくれてもいいやん…。
安倍さんたちとウチら4期メンでなんでこんなに違うんやろ?
今一番働いてんのは、ウチか矢口さんやで…。
そりゃあ、長いことおるわけやし、安倍さんや飯田さんがおらんかったら、
さすがにウチも芸能界デビューはしてへんかったやろうし(まあ、数年後にはデビューしとったやろうけどな)。
だからってもうちょっとごほうび欲しいわ。
ったく…。
こうやってグチもこぼさずに辛抱してることに感謝してほしいわ、ホンマ…。
「何、ブツブツ言ってるの?」
「え?」
ウチは顔を上げた。
すると、安倍さんがウチの顔をのぞいていた。
「いや、何でも…」
「ふーん、早く入ろ」
「はい」
ウチと安倍さんはダンスレッスンの休憩時間を利用して、近くのローソンにまで行った。
決して、パシリやないで。
たまたま、ウチや安倍さんが早めに休憩に入れたんや。
そん時にみんなが、
「お腹へった」
と言うもんやから、ウチらが買出しすることになっただけや。
だからパシリやない。
誰が何と言おうと、パシリやないで!
って、なんで、こんなに力説せなアカンねん…。
ともかくウチはまずハーゲンダッツに手をかけた。
ホンマ、コンビニでも手に入るんやから大したもんやで。
実はウチ、今ハマってんねん。
この高級感ただようところがホンマ、高貴なウチにピッタシカンカンカンタロウや。
…。
……。
…北風吹かんといてな。これ以上寒うなりたないし…。
それとカップラーメンの緑のたぬきを買った。
このショミン的なところもウチの魅力やな。
ホンマは「けんちゃんラーメン」をアイーン体操をしながら食べたいところやねんけど、これはさすがに売ってへんわ。
ウチも食べたん1回だけやからな…。
どこにも置いてへん。
まさに”まぼろし”の一品や(漢字書けん…)。
安倍さんはコンビニのかごいっぱいにポテチたらアイスやら詰めとった。
なんや、嬉しそうやなぁ。
自分で全部食べるわけやないのに…。
ってカゴ(ウチのことやないで)を三つ持っとる!
もしかして一つは自分専用のなんか?
って、なぜにフラン!?(しかもチョコ味)
「どうしたの?」
呆れ気味のウチに向かって安倍さんは聞いてきた。
「いや、それ…?」
ウチはかごの中のフランを指差した。
「ああ、これ?」
安倍さんは納得したような感じで笑っている。
そうや、早くムースポッキーに替えてきてーな。
そうして安倍さんが手に持ったのは、
「やっぱ、飲茶楼はがまんしてでも買わないといけないっしょ?」
……その横、フランなんですけど…。
それに”がまん”って…(ま、まあ禿しく同意なんやけど…)。
「どうしたの?」
安倍さんは再び聞いた。
「…いや、何でもないです」
ウチには安倍さんにムースポッキーを買わせる力は残ってへんかった。
安倍さんはレジにかごをドサッと置いた。
レジの人はピッピッとバーコードを読み取るセンサーでレジを打っている。
そんなとき、安倍さんは「あ!」と大声をあげた。ウチとお店の人はビクリとした。
「な、なんですか?」
ウチが一番近くにいたので一番ヒガイシャや。
ホンマ、この人は大げさやで。
安倍さんを見ると、なんやすっごい真剣な顔をしとった。
なんやろ?
ポテチじゃなくてカラムーチョにしたかったんやろうか?
それともバニラをチョコにしたいんやろうか?
安倍さんはウチのほうをじっと見た。
あまりのするどい目つきなため、ウチは思わずツバを飲み込んだ。
「加護」
かなり真剣。
怒られてる気分や。これはマジメに聞かんと…。
「は、はい」
「実は、ずっと隠してたことがあるんだ…」
「はい」
「なっちは本当はなっちって名前じゃないんだ…」
「はい、なつみですよね」
「いや、そういう意味じゃなくて…」
「はぁ…」
「なっちはホントはサザエって言うんだ…」
「…」
「…」
「……」
「……」
「………」
「………」
「……財布…忘れたんですね…」
安倍さんはコクリとうなずいた。
「い、いくら、貸しましょうか?」
レジを見ると、2459円と出ている。
ウチは財布に手をかけると安倍さんは「三千円」と答えたので三千円を渡した。
ホンマ大げさな人やで…。
ていうかもうハタチなんに子供やなぁ。
ウチは絶対安倍さんみたいにはならへんで。
ちなみに、帽子もかぶっていなかったのに店員の人には全く気付いてもらえんかったから、ショックなウチと安倍さんやった。
◇
ウチたちがスタジオに戻ると、そこにはののと後藤さんしかいいひんかった。
「ああ、なっちありがとう」
ウチにはなしかい。
「みんなはどうしたんですか?」
って聞くと、
「1時間休みができたからって食事に行った」
と後藤さんが言った。
じゃあ、この食料は一体…。
なんやウチら、かわいそうやんけ。
少し、ムカつきながら安倍さんを見た。
多分、安倍さんも同じ気持ちやから無意識に同意を求めたんやろうな。
でも安倍さんはなんか幸せそうに笑とった。
みんなの分も食う気かい…。
「でも、なんで一緒に行かなかったの?」
ののと後藤さんに聞いた。
二人は声を合わせて言った。
「だって、定員オーバーだったから」
どうやら車で行ったらしい。
「ホントは一人だけ乗れなかったのれ、ジャンケンぴょんしたんれすけど、ののが負けたんれす。
そしたら後藤しゃんが『あたしも残る』って言ってくれたのれす」
「へ〜」
って後藤さん、やっぱヘンやわ…。
よっすぃーのためにならともかくのののために残るなんてどう考えてもヘンや。
後ろで「チッ」という舌打ちが聞こえた。
後藤さんが残ったのがそんなにイヤなんか?って一瞬思ったけど、振り返ってみてコンビニ袋の中をじっと見てる安倍さんを見て、
そういうワケではないらしいことに気づいた。
そんなに食べ物独占したいんかい…。
「で、何買ってきたのれすか?」
ののはウチの持っていた袋をのぞきこんだ。
「カップラーメン。これはあたしのやからね」
右手に持つ小さい袋はウチ専用のや。
カップラーメンの他にハーゲンダッツのマカデミアナッツが入っている。
これだけは絶対、誰にも渡さへんで。
ウチは左手をののの前に出した。
「はい。好きなの食べていいよ」
ののはめっちゃ嬉しそうやった。
「何かななにかな〜♪」と学研のおばさんの歌を口ずさみながら、宝箱を開けるように袋を開けとった。
ホンマ、純粋な子や。
後藤さんも安倍さんから袋を一つもらい、中身を物色しはじめとった。
その時やった。
ウチのポケットから音楽が流れてきた。
メールや。こんな時間に何やろ?
「アレ?これってあゆのデアリストじゃん」
後藤さんが言った。
テロリストやないねんから発音ははっきりしぃや、後藤さん。
「あ、はい。最近、お気に入りで」
「あいぼん、着メロはミニモニ。にしないとダメなのれす」
ののが言った。
なんで、着メロにまでウチらの曲流さなアカンねん。
ハズいねんから歌うだけで勘弁してーな。
「そうだよ。それがイヤなら『ふるさと』にするべさ」
もっとイヤやわ。
ウチは「はいはい」とてきとーにうなずきながらメールボタンを押した。
『もしも〜し、あいちゃ〜ん、元気ですか〜?』
と文の頭に書かれたメッセージ。
ヤケに”〜”を使っていたのですぐわかった。
「あ、あやちゃんや」
そう。
は〜しゃいじゃあってよいのかな〜?のあやちゃんや。
ウチとあやちゃんは仲がエエねん。
三人祭でしばらく一緒やったし、関西つながりもあったからかな?
会う機会があったらタイテー一緒におるし、今みたいにしょっちゅうメール交換
しとる。
深夜に送ってくるから、オオゴトなんかなぁと思っていたけど中身は大したことなかった。
「今日は疲れた〜」とか「ドラマがんばってるよ〜」とかつまり最近のキンチョウが書かれていた。
「あやちゃんって松浦?」
安倍さんが聞いてきた。ちなみにののは焼きそばパンを食べとった。
「はい、そうですけど」
「あはは、一瞬あやっぺかと思ったよ」
安倍さんは胸を抑えていた。
なんや、息乱れとるやん。
「ああ、石黒さんですね」
ウチやののは会ったことはほとんどないねんけど、後藤さんより前の人にとっ
ては”アヤ”と言われれば石黒さんなんかもしれへんな。
でもなんでドキドキしてんのやろ?
ウチはメッセージを書いて送信した。
内容は、あやちゃんに合わせて幼稚にしといた。
漢字で書けそうな言葉もできるだけひらがなにした。
別にわからんかったワケやないで。
ウチは人のレヴェルに合わせるようにしてるんや。
安倍さんはコンビニで買った肉マンを口に入れたまま、
「ハローも最近は同じ名前の人増えてるよね」
と言った。
なるほど、石黒さんとあやちゃんの名前が同じという話題からウチと高橋愛ちゃんの話しになるワケやな。
ああまたウチ、先読みしてしもた。
頭の回転が早いっちゅうのはバツやな…。
ん?なんか違うか?
まあエエわ。
細かいこと言うてたら大成できひんからな。
「ほら、今回のオーディションってすごかったじゃん」
安倍さんがそう言うと後藤さんは小さくうなずいとった。ちなみにののはサンドイッチを食べとった。
「最後の9人の中に、西田奈津実ちゃんっていたでしょ?
なっちも”なつみ”だから『受かったら被っちゃっうから受からないで〜』ってドキドキしながら見てたんだべ。西田さんには悪いけど」
「そんなこと言ったらかわいそうだよ。でも何となくわかるかもなぁ。”まき”って名前もいっぱいいるし、かぶったらイヤだなぁ」
「でしょでしょでしょ?そうだべさ?なっちは悪くないべ。天使だべ」
何で天使になんねん。
「そういえばまことさんと新メンの小川さんも名前かぶってるよね」
後藤さんが安倍さんに向かって言った。ちなみにののはしゃけのおにぎりを食べと
った。
「そうだね。まあ、男と女だし立場も全然違うからあんまり影響ないと思うけど」
「あ、そうだ。カントリーのあさみちゃんがすっごくゆーうつになってたよ」
「そっか、紺野あさ美ちゃんね」
「そうそう、『ますます影が薄くなっちゃう』って言ってた。大変だね」
いや、あさみちゃんはカントリー娘。なんやからいいやろ。それより、おんなじモーニング娘。で名前がかぶってしまった人がおるやん。
「そういえば、柴っちゃんと被るからって北上アミちゃん、名前変えさせられたじゃん。今回の二人のあさみちゃんは一体どうなるんだろうね」
そんな末端の人間どうでもいいやん。
その前にキタガミアミってダレやねん。
……あ、シェキドルか。スマン。興味なしやった。
「ともかく、新メンにはがんばってもらわないと困るよね」
「うんうん」
安倍さんと後藤さんは何かいい人同士の会話をしとった。
ホンマは自分よりスゴい人間が現れたらどうしようって不安やったやろうに、ゲンキンなお人たちや。
それにしても、高橋愛ちゃんて影薄いんかいな?
歌上手かったし、ケッコー注目しとったんやけど、ウチだけやったんかな?
同じ”あい”つながりで気にしすぎとっただけなんかな?
と思った矢先に、後藤さんが口を開いた。
「でも新メンの中で一番って言ったら高橋愛ちゃんだよね。かわいいし歌も上手そうだったし」
「うんうん。方言がスゴいからなっちも一番の注目だったべ」
目立っとるやん…。
ほんなら、ほら…名前…。
「それはそうと、フランって美味しいね」
話終わりかい!ってまたフランかい!
「あれ〜加護、あんまり食べてないね。大丈夫?」
と安倍さんはすごく心配そうに聞いてきた。
アンタらのせいやで、と思いながら、首を縦に振った。すると安倍さんは言った。
「食欲ないんなら食べてあげるよ」
ってそっちの心配かい。
絶対渡さへんで、と思いながら、「大丈夫です」ときっぱり言った。
ちなみにののはハーゲンダッツを食べとった。
……。
……。
……。
…ハーゲンダッツ??
「ああ〜!!」
ののの手に持った、口に入れた、食道を通って、胃で溶かされて、小腸行って、大腸行って、
うんこになって出てくるそのアイスはウチが最も楽しみにしとったハーゲンダッツ!
何でののが持っとんねん!
「どうしたの?加護?」
「だってだって、ののの、ののが…あたしのダッチュ…」
ウチはうっかり舌を噛んだ。
痛かったけどそれ以上にハーゲンダッツ…。
「あ、おいしそうらったのれ、つい食べてしまいました。てへてへ」
なにが「てへてへ」や!
そんなエセエンゼルスマイルでウチがだまされるとでも思ってんの?
アンタのやったことがどれほどのもんかわかってんの?
ウチの唯一の楽しみを奪ってしもたんやで!
「あっちゃー。辻ちゃん、加護のハーゲン、食べちゃったんだ。食いしん坊だなぁ」
ウチはハゲやない!……じゃなくて、もっと怒ってーな、安倍さん!
「つーじーの分も買ってこなかった加護ちんも加護ちんだよ」
後藤さんまで。
なんや、ウチのせいなんか!?
「そうだよ加護ちゃん。自分の分だけ買ってくるから悪いんだべ」
なんなんや、それ?
ウチが買うものはののの分まで買わんとアカンのん?
ウチがコンブのおにぎり買ったら、ののもコンブのを買わんとダメなんか?
ウチがピンクのリボン買ったらののにも同じリボンを買ってやらんとダメなんか?
ウチがBカップのブラジャー買ったらののにもBカップのブラジャー買っとかんとダメなんか?
はらたいらさんも真っ青ののののまったいらな胸にBカップのブラ着けるなんてブラさんが泣いてまうわ!
「か〜ご〜、あんまり怒っちゃダメだって。ほらコレ上げるから…」
と言いながら安倍さんが差し出してきたのは1個の浅田アメ。
しかも、安倍さんが直前に食べようとしていたから、むきだしになっている。
「ムキー!」
むきだしになっていたからか、わからへんけど、ウチはヘンな声をあげ、手を払った。
アメがコロコロ床を転がり、ののの足元に行く。
「な、何?1個じゃ不満?じゃあ2個……」
どういう説得や!……ってのの、落としたものを食うな!
「なんで、ののばっかりかばうんですか?なんであたしのこと、無視なんですか?」
ウチは叫んだ。
「無視って何なのさ、加護。いつしたんだべ?」
今したやん!
何で”あい”って名前で被ってしまってクノウで不安で心配でショーシンのウチを全くムシするんや?
「そうだよ、加護。さっきからヘンだよ」
ヘンなんはそっちや!
もうこの人たちに何言ってもわからへん。
どうせ、ウチなんていらへんのや。
モーニング娘。には無用なんや!
「もういいもん!」
「ちょっと加護!」
後藤さんの高い声が背後から聞こえる。
でもそんなんはムシして、ウチはスタジオを離れた。
◇
とりあえずウチは無我夢中で階段をのぼった。
そしたら屋上についた。
トビラを開けるとビュッと強い風が吹き込んできた。
かなり寒かった。
でもウチの心はもっと寒いんや。
ウチはセンサイでナーイブでガラスのハートを傷つけられたんや。
屋上は高い金網でおおわれていて、一応あやまって落ちひんようになっている。
落ちる…か…。
なんか自分が金網にのぼるシーンを想像してしもた。
アホやな、ウチ。
まあ、自殺はさすがにしようとは思わへんけど、こう、たっかいところで一人でたたずんでいると、
なんやそれも大したことやないのかもと思えてくる。
そりゃあ、なんも知らん世界に一人飛びこんできたわけやし、まちがってることだっていろいろし、いろんな恥もかいてきた。
でもな、それでもウチはウチなりにがんばってきたつもりや。
梨華ちゃんも言ってたけど、人には自分が思ってるものとは違うキャラがあって、ウチも何とかそれを見つけて、伸ばそうとしてきたんや。
だから後悔なんてしてへん。
でもな…いつからこんな風に強いと思われてしもたんやろう?
ホンマは言うほど強くないんやで、ウチは。
「加護なら一人でも大丈夫だよね」みたいなフインキでウチがムシされると、
「大人だから一人で大丈夫」と言ってくれてるんやと思いこむようにしてることに気づいた
でも、ホンマは誰かにかまってほしいって心のどこかで思ってるんや。
アカン。
涙出てきた…。
ウチは本当にモーニング娘。に入ってよかったんやろうか…?
お父ちゃん、お母ちゃんと離ればなれになって、奈良にいる友達とも別れて、
犬のピーコともサヨナラして…いろんなもん失のうてまで、モーニング娘。に一生けん命やったんに、
なんやいつか狐立するようになってしもた。
ウチ、ちょっと疲れたわ…。
ウチはもうモーニング娘。には必要ないんかもしれへんなぁ。
妙にブチャイクな年下も入ってきたから、このまま最年少キャラを演じるわけにもいかへんし…。
そうすると引き際を考えんといかんなぁ。
ホラ、ウチも大人やし、そういうもんもはっきりさせんと。
どっかの国の前のシュソウみたいな大人もおるけど、やっぱり人間っちゅうもんは美しく引いていかなアカン。
それはウチのビトクや。
もし今日か明日にマネージャーに言ったら卒業はいつになるんかな?
中澤さんは確か1月に言って4月に卒業したんやから単純に12月から1月にかけてやな…。
とするとハロプロかぁ…。
でも、ウチの卒業コンサートって盛り上がるんかいな?
頭にはちまきを巻き、黒い特攻服を着た集団に「アイサマ!」って怒鳴られたり
梨華ちゃんのウチワを頭につけて「アイボン!」と言われるのはカンニンやで
(ま、ムリやろうけど…)。
できれば高校生ぐらいのジャニーズ系の子かウチより下の子のかわいい声援ほしいわ。
あと、特番やってくれへんかな?
「モー。たい」でウチの卒業式をしてもらったり、ウチの歴史を振り返ってもらったりしたいわ。
「緊急!加護スペシャル」と言う名前の番組は結局はののスペシャルで、ののかよ!ってつっこみ入れてみたい。
……まんま、中澤さんの時と同じやな…。
ウチ、思ったより想像力ないな…。
そうや、あとウチのリクエストとかかなえてくれる番組がほしいな。
I WISH加護亜依完全ソロバージョンをMステで歌わせてもらえへんかなぁ?
そしたら、絶対標準録画するで。
きっとタモさん、泣くで。
それと、ぜひやってみたいとずっと思ってたことがあんねん。
それはな。
「三人祭、モーニング娘。全員バージョン!」
時期的にはおかしいのかもしれへんけど、まあエエやん。
み〜んなあの衣装着てチュッチュ!やるんやで。
めっちゃおもしろそうと思わへん?
よっすぃーも後藤さんも安倍さんも飯田さんも矢口さんも保田さ……。
…。
……。
………。
……アカン、ハロモニ思い出した…。
気持ち悪うなってきた。
アレをネタじゃなくてマジメにフルでやられると、視聴率ゼロパーセントの記録を作りそうや…。
「三人祭、モーニング娘。全員(−保田)バージョン」に変更やな…。
よし決めた。
脱退しよ。
脱退して奈良帰ってお母ちゃんの作ってくれたコンブの煮物とひじきの煮付けをタラフク食って頭を休ませたいわ
(前にも言ったかもしれへんけど、これはウチの義務やねん…)。
でもこの若さで引退やなんて、山口トモコさんもビックリやな。
あれ、違ったっけ?山口…セイコさんやったっけ?
ともかく、いつか伝説になるんや。
伝説…う〜んなんていいヒビキや。
英語にするとレゼンドやな。
う〜ん、トレビア〜ン。
「あいちゃん!」
心が決まってスッキリしてるときやった。
ののが冷たい風に乗せてウチの名前を呼んできた。
ウチは振り返る。
「さがしたのれす」
ののは肩で息をしとった。
ここまで全力で駆け上がってきたんやな。
今頃なんや、のの。
何言ってもムダやで。
「どうしたん?」
「これ…」
とののが差し出した手にあるのは一個のハーゲンダッツ。
「のの…」
なんや、買ってきたんかい。
その乱れた息はもしかしてコンビニまで走ってきたってことなんやろか?
「あいちゃん、ごめんなさい。ダイジなあいちゃんのアイス、つじが食べてしまって…」
いや、アイスのことは引き金になっただけでのののせいってわけやないんやけど…。
「みんな…安倍さんや後藤さんは…?」
「下で待ってるのれす。つじ一人で行ったほうがいいって…」
ホンマは面倒なことをののに押し付けただけなんちゃうん?と思った。
でもそれよりも、ののがこんなに一生けん命になってくれてることに乙女ちょい感動。
でも、さっき決めたことは言わなアカン。
ウチは男やないけど、一度決めたことはそう簡単に曲げられへん。
ホンマは安倍さんや後藤さんにもいてほしかってんけど、まあエエわ。
「アイスありがと、のの。でもなぁ、ののがアイス食べてしもたことであたしがんなにショックなわけやないんやで」
「え?そうなんれすか?」
「うん」
ののはポカンと口を開けとった。
ホンマだらしない子や。
でも、そこがののらしいっちゃあののらしいねんけど。
もうすぐこの無邪気な顔も見おさめなんやなぁ。
「じゃあなんれ…」
「ウチな。決めてん。脱…」
あれ?なんや?
口が動かへん…。
あと脱退の「退」を言うだけやのに。
なんや、”脱退”ってこんなに重いんか?
「なんれすか?何を決めたのれすか?」
「退…」
よっしゃ、言えた!
「タイを決めるってなんれすか?」
……まあ、そうやわな…。
これはウチが悪い。
「いや、そうやなくてな…。あたしも引き際かなって」
「セトギワ?つじの方がセトギワなのれす」
「いや、セトギワやのうて引き際」
確かにののの腹は瀬戸際やけどな。
「どういうことれすか?」
「だから、腹が出すぎてるってこと…」
ってそんなことやないな。ウチは一度口をつぐんだ。
「あたしって一人やなぁ、って思うことが多くってな…」
「え?それってどういうことれすか?
「ホラ、あたし、最近目立ってないやん。な〜んかウチだけ浮いてて一人みたいやし…。
さっきだって安倍さんや後藤さんはあたしのことなんか無視して話しとったし。だからな…そろそろ……」
「あいちゃんは一人じゃないれす!!」
ののはハーゲンダッツを落としながら叫んだ。
食い意地のかたまりのののには考えられん行為や。
ってそれはウチのもんになるやつやん…。
「のの?」
ののは珍しく真剣な目をしとった。
「あいちゃんは一人じゃないれす!」
ののはウチに飛び込むように抱きついてきた。
重かった。
胸より先に腹がウチの腹にぶつかった。
耳下で詰まらせる声が聞こえる。
「あいちゃんは…」
泣いてんのか?
ウチのために泣いてくれるんか?
「のの…」
「一人じゃないれす…」
のの、さっきから同じことしか言うてへんで…。
ホンマ、言葉をあんまり知らんやっちゃなあ。
ののがいるとか、モーニング娘。に必要だとかいろいろあるやん…。
「一人じゃ…」
でもな、でもな…そう何度も繰返し言われるほうが、ウチの…、アカン。
涙出てきた。ハズいわ…。
「わかった。わかったから…」
ウチはののの肩をポンポンと叩いた。
そうや、ウチは一人やないな…。
こうやってウチを必要してくれるののがいるんや。
ウチがいなくなったら誰がののの相手をしろっちゅうねん。
ののを一人にさせてしまったら、今のウチの二の舞やんけ。
やっぱ辞められんわ。
自分のことばかり考えたらアカン。
ののために…ウチはモーニング娘。に必要なんや。
ののは少し泣きやんで鼻をグシュグシュ言わせとった。
「一人じゃない…」
ってウチの服で鼻かまんといてーな…。
ま、いいや、今日のウチはカンダイや。
かわいーなー、のの。
「うん」
「あいちゃんは一人じゃない…」
「うんうん」
「一人じゃない…」
「うん、そやな。ウチにはののが―――」
「高橋のあいちゃんもいるのれす」
「うんうん、そやな。高橋の……うん?」
あの…え〜っと…。
え?
「ホント、安倍しゃんも後藤しゃんもダイジなことを忘れてるのれす。困ったもんれすよね」
「それって…」
「モーニング娘。にあいちゃんは一人じゃなくて二人なのれす」
…………。
…………。
…………。
感動、返せやゴルァ!
☆ (第五話 了)
ののの家に行ったのは誘われなかったからや。
ここ最近は毎日のように「つじの家に来てくらさい」なんて言っていたのに、今日は一日中一緒におったのに言ってこーへんかったからな。
なんかあるな、ってピンと来てん。
「明日早いから今日行ってもいい?」
と聞いた。
明日の集合は事務所やからののの家からかなり近い。
ののは「え?今日れすか?」と一瞬しぶったような態度を見せたので、
「いつも来てくらさいって言ってたやん。な、お願いや」
と言ってみた。あとで、別に”のの語”を話さなくてもいいやん、と思い、恥ずかしくなった。
ウチはやはり関西人なんやな、って心から思う。
ののがどんなに強引に誘っても全く心は動かんかったけど、ウチが強引になるとののはすぐ負けてしもた。
それにしてもウチってホンマ悪魔やわ。
嫌がるってことは多分、今日ののの家はいつもより汚いんやろう。
もしかしたら食器とか洗ってないんかもしれんなぁ。
その日の仕事が終わったんはウチらの定時の午後8時55分。
そのギリギリまで働かされることはもう慣れたわ。
で、ののの家に着いたのは午後10時。
子供やったら寝る時間や。
ののはナンダカンダ嬉しそうやった。
しぶったような感じはウチの勘違いやったんかな。
でもなぁ、のの。
マンションのエレベーターで「MUSIXエレベーターへようこそ」って言うのはやめてーな。
それをプライヴェイトでやるのはウチらのヲタさんたちだけやで。
どうやら、ののはあれからほとんど誰も家に入れていないらしい。
監視係の安倍さんでさえも4日前ちょっと覗きに来ただけらしい。
安倍さんとはあんまり話さへんし、結局ののの家が今どうなってるんかは知らんかった。
「ここなのれす」
初日と同じようにののは自慢気に扉を開く。
「へ〜、きれいやん」
ウチの予想は全く外れる。
台所もお風呂場もキレイやった。
「帰ると毎日そうじしているのれす」
「へ〜」
思ったより貴重面なののに感心した。
でも少し部屋が狭くなっているのを感じた。
そうか、初日よりもモノが多くなってるからやな。
ウチらの背の1.5倍ぐらいの高さの本棚には「りぼん」と「マーガレット」
と……(「なかよし」ないやんけ…)、勉強の本…は一つもないけど、とにかく本がぎっしり詰まってる。
押し入れの前には服がちょっと汚く畳まれている。
「お茶でも用意するのれす」
と言いながらののは冷蔵庫の中をあさってた。
その間にウチはちょっとその服に触れてみた。
ののらしいお子ちゃまブランドの”MIKI HOUSE”のロゴが入っていそうなかわいらしい服たち。
ってちょっと言いすぎたな。
さすがのののもそこまで幼くな――
――って、MAKI HOUSE !!
なんやこのパチモンは?
しかも”MAKI”って…。
「どうしたんれすか?」
「いや…あはっ…」
「なんかそのわらいかた、後藤しゃんみたいれす」
ののはお茶が入ったコップを両手に持ちながら、嬉しそうに言った。
のの…そこまで後藤さんを…。
アカン、考えんようにしとこ…。
「ね、今日はいっぱいおしゃべりするのれす!」
ののはたいそう楽しげやった。
「うん、でもあんまり夜更かしはやめとこーな。コレがゲイインで寝坊したらさすがに悪いからな」
「うん!」
ウチらは12時に目覚ましタイマー(リズモ君)を合わせて、それが鳴ったら寝ることにした。
ののとのおしゃべりは楽しかった。
まあ、ちょっと低レベルやったけどな。
ホンマは小泉首相はどうや、とか最近の警察のテイタラクは何だ、とか長嶋カントクが辞めて悲しうなるわとか、
平家のみっちゃんは大丈夫なんかとか社会派なトークを繰り広げたかってんけど、たまにはこう肩の荷を下ろして、
ののとアホな話をするのもいいもんや。
ただ、ののが一人暮らしの話を始めたときには胸がチクリときた。
それは前にもあった痛みやった。
「たいへんれす」
と言いながら、ヤリガイがあるように顔をゆるませるのの。
小さな自信みたいなものが表れとった。
「ああ、これやな…」と思った。
目の前に広がるのののお城を見て、うらやましかったんやろうな。
ウチはカンペキ主義者やから、ののには一つとして負けたくないって気持ちがあってん。
ていうか負けてるもんなんてないと思っとってん。
だからウチより先に一人で自立している様は見とうなかったんやな。
今までこの家に行きたくなかったのもそうやったからかもしれん。
でもののの笑顔をずっと見せられると、そんなんどうでもようなってきた。
ののに負けるもんが一つぐらいあってもいいやろ。
そう思えてきた。
もしかしたら、また一歩ウチも大人になったんかなぁ。
みるみるうちに時間は過ぎていく。
おしゃべりも弾んでいる時に、目の前にあったリズモ君が『ノンノンストップ!ノンストップ!』と叫び出した。
「あ…」
ののは声をつまらせた。
「しまったのれす…」
どうやらののは自分の(少しハズした)歌をリズモ君に吹き込んでおいたのを忘れていたらしい。
ガラになく赤面しとった。
のののこんなことよりもっと恥ずかしいことなんていっぱい知っとるし、別に赤くなることないのに。
アホやな。
「ごめんなしゃい。つじはバカれした」
「いや、ののはバカなんは知ってる…じゃなくって、別にいいやん、自分の曲入れたって―――」
「『ノン』が一個抜けてたのれす。入れなおしなのれす」
「はぁ?」
そして、ののはリズモ君の声の吹き込み口に口を近づけて、
「ノンノンノンストップ!ノンストップ!」
と叫んだ(歌にはなってへんかった)。
それを一度聞いて、ちゃんと吹き込まれていることを確認してから満足そうに言う。
「ふぃ〜、これでカンペキなのれす。早めにきづいてよかったのれす。あんまり恥をかかなくてすんだのれす…」
…ま、いいや…。
のののアホさをみくびっとったウチが悪いんや。
「じゃ、そろそろ寝よっか?」
「はい、寝ましょう」
「そや、最後にベランダ出ていい?」
「え?」
ののは顔がみたいに青くなった。
赤くなったり青くなったりカメレオンみたいなやっちゃ。
「ホラ、ここ4階やん。空も晴れてるし、星もちょっと見えるやん」
「あ、あの…」
「ウチの家からは見られへんしな」
「み、見えないれす。前のたてものがジャマして…」
ののはウチの袖を引っ張った。
「そうなん?」
「は、はい…」
「そうなんや。わかった」
そう言うとののは腕でヒタイの汗をぬぐっとった。
ホンマ、単純なやつやで。
手が袖から離れるのと同時にウチはベランダにダッシュした。
「あ!」
ののの声もむなしく、ウチはカーテンと窓を開けた。
そうして目の前に飛び込んで来たのは白いもの。
ああ、布団や。
その布団の向こうにはきちんと空が見える。
ただ曇り空やったから星は見えんかった。
「空見えるやん」
「あ、あの…」
「それに何で夜にフトン干してんの?冷えてしまう――」
そこまで言って、ののの青い顔を見て、この布団の意味がわかった。
「まさか、のの…おねしょ…?」
ウチはパッと布団から離れた。
ののは「あわわ…」と口を動かしている。
なるほど、今日ウチを家に誘おうとせんかったのはこういうことやったんやな。
「のの…一体何才やねん…」
さすがにウチはもうおねしょなんかしぃひん。
って「もう」やない。
一回もしたことないわ。
ホンマ呆れるわ。
どこが一人前になりつつあんねん。
さっき思ったことなしや、なし。
ののは一人前になんかなってへん。
ウチに勝っているもんなんてな〜んもあらへん。
「ごめんなさいれす…」
ののは今にも泣きそうやった。
すると何か妙にウチが悪いことをしたような気がしてくる。
まあ、イヤがるののを強引に押し切ったわけやからな、ちょっとは悪いことをしてしもたんかもしれへん。
ウチは大きく息をついた。
「別にあたしに謝らなくてもいいよ、ののらしいね」
「そ、そうれすか?てへてへ」
嬉しがってどうすんねん…。
でも泣くのがおさまってよかったわ…。
ウチはふと気づいた。
「でも今日はどうやって寝るの?」
もし、今干している布団が乾いとったとしても、それで寝るのはカンベンやで。
「それは大丈夫なのれす!」
「どうするの?」
「実はつじの家にはもう一つおフトンがあるのれす。よういしゅうとーなのれす」
「へぇ〜、おねしょした時用?」
「へい!」
「………」
「…いや、お客用に決まってるらないれすか〜てへてへ」
おねしょ用やな…。
おそるべし、のの…。
◇
とにかく今回のことはウチとののの秘密ということで収まった。
別に広めたっておもんないし、それ以上にののは傷つきそうやからな。
そこまでウチは悪魔やないねん。
ウチとののは同じ布団で眠ることにした。
一人用の布団やったけど、ウチらは体が小さいのでちょうど良かった。
パジャマはののから借りた。
どうやら3着あるみたいや(多分、1着はおねしょ用…)。
でもめっちゃお子ちゃま用で、ウチはパンダの絵柄のにするか象の絵柄のに
するか選択をせまられた。
同じやっちゃうねん。
まあ、ネグリジェとかを期待しとったわけやないからな。
「あいちゃんと寝るのってヒサブリなのれす」
ののはうれしそうに言った。
布団にもぐりながらウチの方に体を寄せてきた。
「そう?しょっちゅう寝てるやん」
ホテルで泊まることになると、ウチとののはよく一緒になる。
もちろんベッドは二つあるんやけど、ののはウチの布団の中によう入ってきとった(今、考えるとそこでおねしょされたらたまらんな…)。
「でも、最近はあんまりないのれす…」
これはホンマや。
最近は組み合わせでウチはよっすぃーとか後藤さんとか別のメンバーと一緒になることがよくあった。
昔はマネージャーとかも、ウチとののは引き離したらアカンみたいな考え方しとったみたいやけど、
今ではそういうことに頭を悩ませることはしなくなったようや。
まあ、別々になってもののは時々代わってもらってウチの布団にもぐりこんでくるけどな(ホンマ、おねしょされんでよかったわ…)。
ののは手をつないできた。しかもけっこう強く。
「ど、どうしたん…?」
「ホントのこと言うと、やっぱりさみしいのれす…」
ののはポツリともらした(もちろん、おねしょやないで…ってクドイなウチ…)。
「でも…」
「一人で掃除したり、トイレしたり、洗濯したり、テレビ見たりするのはいいのれす。れも…」
「…うん」
トイレは一人でするもんやろ…とつっこむことを忘れてしもた。
それくらいののは真剣で泣きそうやった。
「でも…寝るときだけはたえられないのれす…」
「のの…」
ののは自分の家ではおかんやおとんの部屋で寝ると聞いたことがある。
だから今までほとんど一人で寝ることはなかったんかもしれへんな…。
「だから…」
「わかった。わかったから…」
ウチは手をギュッとにぎった。
「おねしょだけはせんといてな…」
ウチはにっこりと微笑みながら言った。
部屋の電気は消していたから真っ暗やったけど、目が慣れたせいかののの顔はわかった。
「へい。がんばるのれす」
「…がんばるっちゅう問題やないと思うけど…」
ののは幸せそうに笑っていた。
この笑顔はウチにはできひんかなぁ、とちょっと負けた気分になった。
でも全然悔しくなかった。
◇
家の玄関がドンドンとノックする音とガメラのような声が聞こえたのはウチが眠りに入る直前のことやった。
「な、なんれすか?」
ののは舌を噛みながら隣にいるウチに聞いた。
ウチはすぐに異常なジタイやと察知して飛び起きた。
でもそんなん聞かれたかて、ウチにもわかるわけない。
「と、とにかく居留守や…」
ののの震える腕をつかむ。
するとののも同じようにウチの腕をつかんだ。
ものすごいバカ力やった。
とにもかくにもヤバイと思った。
もしかしたらこの家がののの家だと突き止めたファンかもしれへん。
そういえば、電車に乗っている時に、なんか同じ橙色のシャツを着た3、4人の集団がこっちを見とったような…。
確か、ライブ会場で見たことあんで…。
う〜ん、無警戒やった。
ウチともあろうものが…。
「あ、あいちゃん…」
ののもおんなじようなこと考えとったみたいでむっちゃこわがっとった。
つかんでいたウチの腕をさらに強くつかんだ。
「大丈夫や。電気も消したし…わっ!!」
突然、枕もとに置いておいたののの携帯が鳴った。
玄関のほうに集中しとったウチは背後の音に思わず飛び上がりそうになった。
「な、なんや、もしかして携帯番号まで…」
大体、こんな時間に電話するなんて非常識や。
やっぱあの玄関にいる人らがかけてんのか?
そうやとしたらホンマ、ヤバいで…。
ウチが金属バットはないんか?と部屋を見渡したときやった。
ののは携帯電話を見て、
「あ、安倍しゃんれす…」
とつぶやいた。
「え?安倍さん?」
そして、ののは電話を取った。
「もしもし…え…はい…はい…あ、はい、そうなんれすか?なんだ…」
「どうしたん?」
「ノックしてるの、安倍しゃんとやすらさんらしいれす」
「は?」
ののはそう言うと玄関に駆け寄って、カギを開けた。
なんや、安倍さんとオバちゃんか…。
って安心したんやけど、すぐに「こんな時間になんやねん!」って怒りがこみあげてきた。
ののがドアを開けると、
「おこんばんわ〜!ヤスちゃんでっす!」
という大声が飛び込んでくる。
「な、なんれすか?」
「ごめん、事情があって圭ちゃん、ちょっと置かせてくれない?後で迎えにくるからさあ」
安倍さんがヘタなウィンクをしながら言う。
オバちゃんは、なんやものすごく酔ってるみたいで、安倍さんの肩にもたれかかっている。
安倍さんはシラフか…いや、ほろ酔いって感じやな。
なんちゅうか子供がちょっと甘酒を飲んだようなかわいらしい酔い方をしとる。
それに対して、オバちゃんは……オヤジやな…。
「あ、はい…でも…」
「一人ぐらいスペースあるよね?…って、あれ〜加護ちゃんじゃん」
安倍さんは部屋の中をのぞき込み、ウチがいるのを見てからそう言った。
ヤバ。
こんなダサいパジャマのウチを見られた。
ウチのファッソンセンスはこんなんやないからな、安倍さん。
しゃあなしにののの服を借りてるだけやからな。
「はい、今日はとまりにきてるのれす」
「そっか。でもいいよね?」
「はい…」
ののはちょっと残念そうにうなずいた。
多分、ウチと二人っきりでいっしょに寝るのを楽しみにしとったやな。
けなげなやっちゃ…。
「加護もごめんね。圭ちゃん、ちょっと飲みすぎちゃって…」
「はい」
オバちゃんはこの間、安倍さんの肩を使って、眠っているようやった。
口からムニムニと寝言を言っているみたいやけど何て言ってるのかは聞き取れない。
二人は部屋に入ってきた。
「でもどうしたんですか?」
ウチは聞いた。
安倍さんの家は隣なんやし、そっちに泊まればいいやん。
「圭ちゃんね、なんか変な飲み方したもんだから酔いつぶれちゃって、
自分の家には帰れそうになかったから、なっちの家に泊めようってことになったんだ」
「はい」
「ジャンケンで負けただけなんだけどね…」
「はい」
「ああ、あの時やっぱグーを出してたらなぁ」
「……」
「なっちも圭織はチョキを出すと思ってたんだ…」
はよ、続き言ってーな…。
「そ、それで…」
「うん、それでねなっちの家に泊めようってことになったんだ」
さっきもそれ、言ったっちゅうねん。
「やっぱ、ジャンケンぴょん!って言わないと勝てないのれす」
のの…、黙っとていてくれへんか?
「でもね、なっち、家のカギを忘れてきちゃって…ていうかマネージャーに預けていたの忘れてて、入れないんだよね。
夜も遅いし、マンションの管理人さんに合鍵もらうこともできないし…、と迷ってたら辻の家思い出したんだべ」
安倍さんは、「私ってなんて機転が利く人間なんだろう」と言わんばかりに自慢気やった。
言っとくけどな、カギを忘れた時点でダメ人間やで。
「わかりました。それで安倍さんはどうするんですか?」
後で迎えにくるってことは今からどっか行くってわけや。
「なっちはとりあえずマネージャーに電話してカギを取りに行くよ」
なるほど、オバちゃんはお荷物なわけやな。
「いい?」
「へい。いいのれす」
「良かったぁ。じゃあちょっとだけなっちも入れてよ。休憩してから行く」
ののの返事も聞かずに安倍さんは部屋に乗り込んだ。
オバちゃんをとりあえず壁にもたれるように部屋のはしっこの方に寝させた。
そして、ウチらは少しおしゃべりをした。
一瞬、これはののを寝坊させる作戦なんかと思った。
でも最近はののが一人暮らしすることに反対はしてなかったんでそうやないなとすぐ思った。
「辻の家、結構キレイだね〜」
安倍さんは周りを見渡しながらそう感心しとった。
あまりにも何回も言っていたから安倍さんの家はさぞかし汚いんやろうなあ、と思った。
「ところで、テレビつけていい?」
安倍さんがののの真横に置かれていたリモコンを見ながら言った。
「あ、はい。何チャンネルがいいれすか?」
ののはそのリモコンを手に取る。
「4チャンネルがいいな。優遇してくれてるし」
今や、安倍さんと日テレはミツツキ関係やからなぁ。
でもこんなところまでこだわらんでもエエやん。
ののがうなずきながらリモコンをテレビに向けたそのときやった。
「2ちゃんねる!!」
突然の大声にウチらはその声の主のほうに顔を向けた。
「オ、オバちゃん?」
オバちゃんが目を真っ赤にして起き上がった。
肌もボロボロやったし、のそっと起き上がるさまはゾンビみたいやった。
今「ベイベー恋にノックアウト」を歌わせると、さぞかしクヲリティの高い踊りを見せてくれそうや。
「お、おはようなのれす。やすらさん…」
「2ちゃんよ!2ちゃんにしなさい!」
オバちゃん、叫ぶ。
「け、圭ちゃん…。2チャンネルなんてないよ…」
安倍さんはうろたえながらオバちゃんに言う。
「え?閉鎖されたの?なんで?」
オバちゃん、涙ぐむ。
「閉鎖?何のこと?」
「くそ〜!日生ね!訴えてやる!」
オバちゃん、怒る。
「ニッセイ?」
「そうだ、なっちのせいでもあるわ!なっちがキスなんかしなかったら…モ板は飛ばなかったわ!」
オバちゃん、睨む。
「は?なっちがなんだべさ?キス?モイタ?何のこと?」
「逝ってよし!」
オバちゃん、わめく。
アカン、オバちゃん酔っとる…。
このままやったら暴れかねんな…。
ふとののを見ると青い顔をしとった。
「か〜ご〜」
お肌ボロボロな顔から唸るような声をあげるオバチャンにめちゃめちゃビビった。
「へ、へい!」
「あたしは加護の本性しってるわよ!」
ドキッ!
「な、なんれすか?」
ヤバッ。
めっちゃ動揺してもうた。
思わずののになってしもた。
てか、本性ってなんや…?
「でも加護って最近人気ないわよね〜」
え?いきなり何言うねん?
少なくともオバちゃんよりはあんで。
てか、本性のことは終わりなん?
「昔ってさあ羊のほとんどがあんたのスレだったけど、今は見る影もないもんね」
は?ヒツジ?スレ?
のののことかいな?
ウチはののの方を見た。
青色だった顔が青白くなっていた。
「や、やすらさん…」
ののはウチが見ていることを知ってから、慌てたようにオバちゃんに声をかけようとした。
しかし、オバちゃんはののの呼びかけにはまったくムシした。
「でもね、でもね、乳板なんて作っちゃって独り占めしちゃって。ずうずうしいにもほどにもほどがあるわよ!
そりゃあ私は胸がないわよ。だからってだからって…あんな板作らなくても…私へのあてつけのつもり?」
「チ、チチイタですか?」
なんやねん、それ。
ていうか、話がつながってへん…。
まあ、酔っ払いにそんなん求めるのが間違っとるんかもしれんけどな。
「せっかく、せっかく…あそこは…あそこだけはあたしが一番人気だったはずなのに…あたしの唯一目立つところだったのに…。
あんたと辻のゴリラ合戦と石川のうんこと辻のおもらしに負けそうだわ!」
ちょっと待てい!
ゴリラってなんやねん?
この前、ハロモニでゴリラの真似をしたけどそのことかいな?
ちょっと怒りがこみあげていた時やった。
「あ〜!もしかして、今日もおもらししたわね!」
オバちゃんがののを見てそう言った。
ウチも再びののの方を見ると、青白かった顔が真っ白になっていた。
多分、口調がヘロヘロなオバチャンの大きな声の中に「おもらし」という言葉が出て、ののはひどくビクリとしたんやろう。
ウソをつけんやっちゃ…。
「ご、ごめんなさい…」
「あはははははははっは!やっぱあのネタはホントだったのね!じゃあ、石川もうんこしないね!ね?加護?」
「は?梨華ちゃんが…何ですか?」
「しないよ」
「はぁ…」
わけもわからず首をかしげるウチ。
オバちゃんは満足そうやった。
◇
オバちゃんの意味不明のわめきにうんざりしているときやった。
「辻、お茶もらっていい?」
一人黙々とプリングルスマイルドソルトを食べていた安倍さん(どこから見つけてきたんやろ?)はののに聞いた。
「あ、はい」
「いいよいいよ。自分で出すべ」
立ち上がろうとするののをおさえて、安倍さんは冷蔵庫のある台所に向かった。
「か〜ぼちゃん!」
しばらくして、安倍さんが向こうから呼ぶ。
かぼちゃやないけどな。
「なんですか?」
ウチが呼ばれるとは思ってもみぃひんかった。
少し首をかしげて安倍さんの元に行く。
安倍さんは冷蔵庫のドアを開けたままにしていた。
「どうしたんですか?」
「これこれ」
なんや、安倍さんうれしそうやな。
ウチは安倍さんが指差す冷蔵庫の中に目をやった。
すると飛び込んできたのはダース買いされたユンケルがキレイに並んでる光景。
…のの、間違ってるで…。
ユンケルだって体に良うないんやで。
「こんなの飲むなんて、辻も変わってるね」
「あ、あのですね、これは後藤さ――」
「タモリさん、奪られちゃうね」
「え?」
そうや…。
確かユンケルはタモさんがCMをやっとった…。
「次のMステ、楽しみだなぁ」
「え?」
安倍さんはユンケル片手にウチを見た。
なんや、めっちゃいやらしい目やった。
「まさ…か…」
めまいなんやろか、安倍さんの顔がぐちゃりとゆがんだ。
そして……。
―――――
――――
―――
――
―
「はい、次はモーニング娘。で〜す」
なんや、今の声…。
コージー富田さんか?
こんなに独特の言い回しは、コージーさんしかおれへん。
って、ちゃうわ。
本家本元タモさんやん。
タモさんがいつもの口調でウチらを呼ぶ。
タモさんの横には金ピカの衣装を着たウチらがずら〜っと並ぶ。
あれ?
何で、ウチ、オバちゃんの横なん?
いつもやったらウチの横にはタモさ――
!!!!
な、なな、なんでののが!
ののがタモさんの横におるん!?
そこはウチのとくとうせきや!
「辻さんは今、栄養ドリンクにこってるそうです」
女子アナがののに振る。
お前はどこからそんな情報、入手してくんねん。
そんな事前調査せんでもウチに振ればトークになるやん。
しかし、タモさんはその話を広げようとする。
「そうなの?辻?」
「はい!毎日ユンケル飲んでいるのれす」
「へ〜、そうなんだ」
タ、タモさん…うれしそうや…。
「栄養ドリンクというよりもユンケルを飲んれいるのれす。ユンケルしか飲まないのれす」
な、なにを…。
この間までゼナ飲んでたやん。
所さんバンザイやったやん(今はCM変わったんやったっけ?)。
タモさん、なんでそんなに顔ゆるめとるん?
ってかえらくないやん。
ホラ、子供は飲んじゃダメとか言わんと…。
「そうなんだ。エライね〜」
「えへへ…」
なんや…いつもと違う。
ほら、タモさん。ウチやで。
あいぼんやで。
「ちょっと加護〜。何ちょこまか動いてんのよ」
と迷惑そうにウチをにらむオバちゃん。
ホラ、ウチいつもの場所とちゃうやろ?
オバちゃんの隣にいることなんてなかったやん。
あっちへ行かせてーな。
タモさん、こっちを見て…ってああ、ののの方ばっか見とる…。
「他に飲んでる人は…」
「は〜い」
って矢口さん!飯田さん!よっすぃー!
三人ともウソつくな!
矢口さんの飲んでるんは身長促進剤やん!
飯田さんの飲んでるんはロボビタンAやん!
よっすぃーが飲んでるんはバイアグラ入りまむしドリンクやん!
早く次の話題に行ってもらってウチのこと――、
お!タモさんがウチの方を向いた!
そや、何か言うてくれ!おもろいで〜ウチは。
あいぼんやで。かかってこいや。
「では、一旦CM入りま〜す」
って見るだけかい!
それに今まででこんなタイミングでCM入ったことあったかいな?
なんで今日だけ?
「では、そろそろスタンバイの準備を…」
「は〜い」
女子アナがそううながしてみんなが返事をした。
ちょっと…もう終わりかい。
ウチに今日カメラ来たんかいな?
な、なんや!?
タモさんがののに耳打ちしてる!
ああ、のの…うれしそうや…。
タモさんも…その笑顔…。
ウチのもんじゃなかったんかいな…?
タモさんはもう……
もう……
ののにうばわれてしもたんか?
―
――
―――
――――
「加護…どうしたの?」
気がつくとユンケルをギュッと握ってた。
「どうしたんべさ?」
安倍さんは心配そうな表情に変わっとった。
「いえ」
ののは…タモさんをうばおうとしとる。
後藤さんに続き、タモさんまで…。
なんてやつや。
タモさんは…タモさんだけは絶対渡さへん!!
「ちょ、ちょっと加護!」
ウチは手に持っていたユンケルをグイッと飲んだ。
めっちゃマズかった。
「うぃ〜」
あんまようわからんけど、胃の中に液体が入ってちょっとだけ体が熱くなった。
ズカズカと足音を立ててののに近づいた。
「のの〜!」
勝負や!
何するんかわからへんけど、とりあえず勝負や!
「へ、へい。なんれすか…?」
鼻息を荒くしてののに歩みよってみたものの、ののはすでに勝負をホーキしたような情けない顔をしとった。
まあ、元々情けない顔やねんけどな。
そして、ののの体に巻きつくようにオバちゃんの体があった。
「どうしたん?」
急速にウチの熱うなったものが冷えていった。
「やすらさんがとつぜん泣きだして…」
オバちゃんは「ヒックヒック…」とののの体を抱きしめながら肩を揺らしている。
「やっぱ、乳板がまずかったのれすかね?でもやすらさんの板だってあるのれす。
すたれてますけど…」
「のの?」
「それににっせいなんて古すぎるのれす」
「のの、何言ってんの?」
すると「てへてへ」とごまかすのの。
「ま、ええわ。とりあえず引き剥がそう」
オバちゃんとののを引きはがそうとオバちゃんの腕をつかむと、突然ウチの方を見た。ちょっとにらんどったんでめっちゃ怖かった。
「な、何ですか?」
「…ちゃむ…」
オバちゃんはポツリと言った。
「は?」
「ちゃむ〜………なんで裕ちゃんと…あたしと組めば…もちょっとまともに…」
「???」
また、声をあげて泣き出した。
そして、自分の目を腕で押さえながらそのまま後ろに倒れた。
アカン、そうとう酔ってんな…。
ウチはののに聞いた。
「ちゃむって何や?」
「さあ。ののもサパーリ」
ちょっと汗をかきながらののは言っていた。
”さぱーり”って”さっぱり”のことやろな。
相変わらずかちゅぜちゅ悪いで、のの。
違う…かつじぇつ…違う…かちゅ………舌かんだ…。
「あ〜あ。圭ちゃん、本格的に寝ちゃった」
やってきた安倍さんが呆れるように見下ろす。
オバちゃんを見ると布団にくるまりながらガーガーいびきを立てて眠っていた。
このまま布団から引っ張り出して起こすなんてのは不可能に思えた。
「ごめんね、辻。今日、このまま圭ちゃん寝かしてね」
「へい…。鬱だ氏のう」
困った顔をするのの。
布団は一個しかないからな。
3人で一つの布団使うことになるんやからイヤなんはわかるけど、「死ぬ」なんて言うたらアカンで、のの。
こうして夜は過ぎていった。
◇
朝。
ウチは目を開けた。
目覚めの悪いほうなんやけど、今日は妙にお目め、パッチリや。
窓の向こう側ではすずめがチュンチュン鳴いている。
カッコーがカッコーと鳴いている。
うぐいすがホーホケキョと鳴いている。
ふくろうがホーホー鳴いている。
ん?ふくろうは朝いるんかいな?
そういやあ、飯田さんが何か言ってたっけな?
ふくろうは朝鳴くと気持ちいいやったっけ?
ま、ともかく今日も天気は晴れみたいやな。
横にはののがいた。
しっかり寝とるわ。
ウチが言うのもなんやけど、ホンマかわいい寝顔や。
ウチは頭の上に置いといた携帯電話に手を伸ばす。
確か、寝る前にタイマーかけといたんやけど、鳴らへんかったな。
早めに起きたんやろか?
携帯は折りたたみ式やったので片手でパカリと空ける。
そして、画面を見る。
5時45分。
なんや、やけに早起きやな、ウチ。
今日は9時ぐらいまで寝ててもいいから8時半にタイマーかけとったんに。
確か寝たんが2時ちょい前やったから…3時間寝てへんのか…。
体力持つかな?
もう一回寝よっかな?
ん?
なんや?
お尻が…なんか冷たいやん…。
気持ちわるいな…。
何やろ?昨日ジュースこぼしちゃったっけ?
ウチはお尻に手を伸ばしてみた。
そして一度指をこすりあわせてから、鼻に近づけた。
「な!」
ウチは驚いた。
この匂いは!
ウチは急いで隣で辛せそうに寝ているののを揺さぶり起こした。
「のの!のの!のの〜!!!」
段々、怒りがこみあげ声が荒くなる。
「な、なんれすか…。あされすか?」
垂れた目をたらんとしてののはウチを見た。
「のの!おねしょしたやろ!?」
半分キレ気味にののの肩をつかんだ?
「ふにゃ?」
眠そうなののはよく事情がわかっていないようで、ネコみたいな声をあげた。
「どうしたのよ?」
ののの向こう側にいたオバちゃんが低い声でうなる。
そして目をこすってウチらを交互に見交わした。
「ののが、おね――」
「ああ〜!!」
やっとののは気付いたのか奇声を出す。
「何?辻?おねしょしたの?」
オバちゃんは立ち上がり、布団からはなれた。
「ああ…ごめんなさい!ごめんなさいれす!」
ウチも布団を離れる。
ののはウチを見たり、オバちゃんを見たりしている。
目には涙がたまっている。
「とにかく…早く干そ!」
オバちゃんは急いで布団をつかみ、ベランダに持っていった。
ウチはののをにらみながら言った。
「ちょっとのの〜。二日連続やん…」
「ごめんなさいれす。ごめんなさいれす…」
カーペットの床に土下座しながらののはウチに謝る。
何度も何度もペコリと頭を下げて、しまいには泣き出した。
「もう…。ねえ着替え貸して…。パジャマぬれたから…」
ウチは言った。
「ホント、辻は子供ねぇ…」
布団を干し終えたオバちゃんが呆れながら言ってくる。
「もう中2なんだから…。夜寝る前にはジュースを飲まないこと。わかった?」
「はいれす。すみませんれす!」
鼻のてっぺんや目の白い部分を真っ赤にしてののは謝っとった。
朝起きたら酔って眠ってしまったオバちゃんのことで文句の一つや二つ言おうと思っててんけど、
のののことで呆れてしもて言う気力も失せてしもた。
「辻?ごはんってあるの?」
一段落してオバちゃんは聞いてきた。
ののがトイレを済ませて出てきたときやった。
「いや、朝はコンビニにしてるれす」
「そっか、じゃああたしが買ってくるね。泊めてもらったからおごるよ。コンビ
ニ近くにあるの?」
「はい、出て右にすぐあるのれす」
「わかった。じゃあ行ってくるよ」
ちょっと前までは呆れまくっていたオバちゃんはやけに親切やった。
そっか。一応、ズカズカ真夜中にやってきて勝手に泊まったことにちょっとだ
け悪いことしたなーって思ってるんやろうな。
オバちゃんは足取り軽く家を出た。
まだ朝の6時半。
時間はまだまだあるし、1時間ぐらい寝ときたいところやねんけど、布団ないからな…。
しゃあないな、起きてるか。
テレビは…エクスプレス見んとな…(この前エクスプレス見てますってウソ言ってしもたからな…。
ホンマはおはスタ見たいねんけど…)。
ちなみにめざましは最近は見てないで。
軽部はんや大塚さん、ウチに興味ないみたいやしな。
それにうわさによると今軽部はん、ZONEに心が傾いとるみたいやしな。
「ねえ、あいちゃん…」
そんなことを考えてる時に、ののはウチに声をかけてきた。
どうやらトイレを済ませた後のようや。
「どうしたん?」
首をかしげているのの。ウチも思わず目線を合わせるように首をかしげた。
「変れす…」
「は?」
「変なのれす」
「だから、何が?」
「のの、今おしっこしたのれす」
「はぁ。それが?」
ののは真剣な目でウチを見つめる。
「ののはおねしょした日はいつもはトイレ行かないのれす」
「ふ〜ん」
って、そんなによくおねしょしとるんかいな。
「だから、変なのれす」
「それで、何が言いたいねん?」
ののは口をとがらせて、ウチの目線を外し上のほうを見た。
おでこ見んといてーな…ハズいやん。
カンペキなウチの唯一のチャームポイントなんやから。
あれ?ちがったけな?
…まあ、エエわ。
前髪を手でパパッと下ろしているときにののは何かに気付いたように目を一度大きく開いて言った。
「昨日、どうやってねたんだっけ?」
ますますウチには意味がわからん。
「どうやってって…3人で寝たやん。オバちゃんに何度か蹴られたけどな」
昨日の寝る前のことを思い出した。
酔っ払いオバちゃんは酒臭いのもイヤやってんけど、それよりも寝相の悪さが一番イヤやった。
隣にいたウチは何度も足で腰を蹴られたりしたし、腕が顔面を襲ったりして、しばらくは怖くて寝付けんかった。
もうオバちゃんとは一緒に寝ぇへん。
そう心に誓った。
あれ?
何かヘンやな?
昨日の記憶はどこか違っている。
いや違ってるんは――。
ののの顔をふと見た。
目をパチパチさせて、ウチの黒い瞳を覗いている。
ののは何を伝えたいんやろか?
「隣?」
つい口からこぼれた。
するとののは過剰に反応し、
「そうなのれす!」
とイキヨーヨーに言った。
「何で?隣にオバちゃんいいひんのや?」
昨日寝る時ウチとののはオバちゃんを挟んで寝たはずや。
オバちゃんがしっかりと布団の真ん中をキープしとったからそうするしかなかってん。
でも今日起きたとき、ウチの隣にいたんはのの……。
「のの、オバちゃんと入れ変わったん?」
ののは首を横に振る。ウチも当然変わった覚えはない。
「どういうことや?」
「やすらさんの着ていたあの下の服って見覚えあるのれす」
「え?」
ウチは朝のオバちゃんの服を思い出した。
上はワンポイントのヘンな文字が右胸のあたりに描かれた大人っぽいTシャツやったけど、下は確か…あれ?昨日と違ってたような…。
がちゃがちゃと音がしてから扉が開く。
「ごめんごめん、財布忘れちゃったよ」
オバちゃんが笑いながらやってきた。
あらためて見るとなんやめっちゃ違和感があった。
下のワイン色の大人チックな服に比べて下はやけに幼稚で、すねぐらいまでしか丈のないパンツ。
オバちゃんは自分の財布からバッグを取り出す。
「じゃ、もう一回行ってくるから」
「あ、ちょっとオバちゃん」
「何?」
「いえ、何でも」
「はぁ…ヘンなの…」
オバちゃんは振り返り、ウチら背中を見せた。
そして、ウチら二人はついに目撃した。
そのパンツにししゅうされている”MAKI HOUSE”のロゴを!
「あ!!」
「どうしたの?ヘンな声を出して…」
オバちゃんは不思議そうに振り返りながら聞く。
「いえ、何でもないれす…」
「ふ〜ん。ま、行ってくるね」
パタンと扉が閉まり、ウチはののを見た。
ののもウチを見とった。
「ののはおねしょしてないのれす。だからさっきおしっこしたのれす」
「…ということは…」
「…」
「…」
「…」
「…」
見つめ合うこと約3秒…。
「ごめ〜ん。サングラス貸して〜。一応芸能人だしさ」
オバちゃんはまた扉を開けてやってきた。
「あの…保田さん」
「何?あ、今、久しぶりに”保田”って言ってくれたね。オバちゃんうれしいよ」
嬉し泣きの仕草をするオバちゃん。
「で、何?」
「いえ…何でも…」
「ヘンな子ね。何か悪い夢で見たの?」
今…現実が悪い夢のような気がしております…。
そうこうしてる間にののは緑色のサングラスをオバちゃんに貸した。
「ありがと〜、じゃあらためて行ってきま〜す」
バタンと扉が閉まる。
ウチは玄関の扉に向かって力なくつぶやいた。
「行ってらっしゃい、オバアちゃん…」
12月の誕生日プレゼントはおむつにしますね…。
☆
「あいぼん、あいぼん…」
五期メンが入ってきてからののはウチのことをテレビと同じように「あいぼん」と呼ぶようになった。
もちろん、ゲイインは高橋愛ちゃん。
ゲイインって言ったらなんやかわいそうやな。
ウチと同じ”アイ”ちゅう名前やったからうまれた悲劇や。
そういうエンがあってか、ウチは五期メンのうち、高橋愛ちゃんと一番最初にしゃべった。
ウチより年上やねんけど、めっちゃ緊張しとった。
だから、ウチはプレゼントを上げてん。
ま、先輩の心使いっていうやつやな。
プレゼントしたんは後藤さんの名曲、「愛のバカやろう」のCD。
でも、高橋愛ちゃんはなんかそれを受け取ったとき、ヘンにビビッとった。
なんでやろ?
後藤さんがキライなんかな?
「あいぼん、あいぼん」
再びののに呼びかけられてウチはハッとした顔をののに見せる。
なんやウチ、交信しとったみたいや。
あんまり飯田さんとずっと一緒におったらヤバイんやな(最近はドラマでずっと一緒やってん)。
うつってしもた。
気をつけんと…。
「ごめんご」
ののはウチの隣にぴったりとくっついて耳打ちした。
ちょっと気色悪かった。
「どうしたん?」
なんか顔色悪そうやな。あの日かいな。
「重大な話があるのれす…」
まあ、顔とか行動とか見てれば、何か大切なことを言おうとしてんのはわかった。
でもここはメンバーみんなやスタッフが自由に出入りできる控え室。
「ココでいいん?」
ウチもののに耳打ちした。
「誰もいないところがいいのれす」
ののもウチに耳打ちした。
おそらく周りから見れば、あやしい光景やな…。
ウチらは誰も来そうにない奥の部屋に忍び込もうとした。
「な〜にやってんの?」
そしたら後ろから声がして思わずビクッとなってしもた。
別に悪いことは(まだ)してへんのに異常に反応したのは、今まで悪いことばかりやってきたっちゅう後ろめたさがあるんかいな?
とこのわずか0.01秒の間に自問自答してしもた。
振り向くといるのは梨華ちゃんとよっすぃー。
Mr.Moonraitoのかっけー服を着たよっすぃーに寄り添うようにいるパッド入り梨華ちゃん。
その明らかに大きな胸を見るたびにウチはため息をつく。
ウチに負けんとこうとマネージャーに要求したん、知っとるで。
ホンマ負けず嫌いやなぁ。
「あ…」
ののが失敗したというような声をあげた。
「そんなところに入って何するつもりなの?あやしいなぁ」
どっちがあやしいねん。
そんな風に腕をからませとるとまたよからぬウワサが立ってまうで。
ていうか立てたるで。
ていうか本当に腕をからんでいたいんか、小一時間問い詰めたるで。
「いえ、別に…」
よっすぃーと梨華ちゃんは年上とはいえ同期やから結構気心っちゅうもんがしれとる仲や。
別にこの二人には言ってもいいことなんちゃうん?って軽く考えとった。
ののの大切な話なんて、遠足のおやつのお金にバナナは入るか入らないかぐらいのことやろうし。
「あたしはただ、ののに…」
ののの方をちらりと見た。
ののは少しうつむき加減にしてた。
少し顔色が青くなってもいた。
「どうしたの辻ちゃん?女の子の日?」
さすが梨華ちゃんや、乙女はなんたるかをよう知っとる表現や。
矢口さんとは一味ちゃうわ。
「ううん…」
「え?まだ、きてないの?」
と、おどろくよっすぃー。
話ビミョーに食い違ってへんか?
「いや、そうじゃなくて…」
ののはウチの方をちらりと見た。
すっごく弱い目をしとった。
今日はいつもと違う。
ののは梨華ちゃんやよっすぃーにも知られたくない相談をしようとしてたんや。
そうウチは直感した。
それほど重大なことなんや、と。
「あの〜、ののは、あたしにしか話したくないみたいやから…」
そう口ごもるように言って、おねだりするように梨華ちゃんとよっすぃーを交互に見た。
そしたらよっすぃーは、仕方ないなぁとでも言いたげに肩をすくめてこう言った。
「そっか、わかった。じゃあ耳ふさいでるから」
……席ハズせよ…。
よっすぃーと梨華ちゃんは自分の耳をふさいだ。
よっすぃーにいたっては指を耳におさえたりはなしたりして、
「これするとみんなが宇宙人になるんだよねー。アーーーーー。ワ、レ、ワ、レ、ハ、ウ、チュ、ウ、ジ、ン、ダー」
と楽しそうにしていた。
その真似をする梨華ちゃんの最後の「ダー」はなぜか猪木やった。
「コ、レ、デ、イ、イ?」
梨華ちゃんが言った。
「うん、ありがとうれす」
いいんかい、のの…。
そうして二人(プラス聞こえない二人)の秘密(?)の会話が始まった。
◇
その部屋にはガラス張りのテーブルが中央にあり、上にはキュウスとポットが置かれていた。
お湯は入っていなかったし、大体、熱いお茶なんてあんま飲んだことがない。
おばあちゃんが大好きで「夜のご飯を食べ終わったあとのお茶はご飯よりおいしい」と言ってた。
そういやあ、オバちゃんも好きって言ってたなぁ。
さすがや。
身も心もオバちゃんになりつつあんねんな。
よっすぃーと梨華ちゃんは自分で自分の耳をおさえることに飽きたらしく、お互いの耳をおさえあっこしとった。
向き合う態勢になってて、お互い見つめ合っとった。
なんちゅうか…赤面してまうわ…。
「で、どうしたの?」
ののを座らせて聞いた。
ずっと正座をしようとしたが、すぐしびれてきたらしく、”おねえちゃん座り” に変えていた。
「実は…」
ののは震えるような声で口を開いた。
「うん」
「実は…」
「うん」
「今までだまってきたけれど…」
「うん」
「…」
「…」
「おどろくかもしれないれすけど…」
「はよ、言いや…」
「あ、うん…実は…」
「うん」
「つじ、太ってきたんれす!!!」
しーん。
「………」
おい。
そんなん見たらわかるやん。
「梨華ちゃんでっす!」
「よっすぃーでっす!」
どうでもいいけど黙っててくれんか、お二人さん…(手、耳からはなしとるやん…)。
「あのな…のの…そんなんわかっと――」
「一人ぐらし、できなくなるかもしれないのれす!!」
「え?」
あ、そうや…。
確か一人暮らしをする条件の一つに太ったらアカンっちゅうものがあったんやった。
じゃあ、もしマネージャーに体重測れと言われたら即一人暮らし終了〜っちゅうわけや。
「それは…たしかに…」
ウチはののの足を見た。
もう正座はできひんカラダになってたんやな…。
「確かに重大かもしれへんな…」
「へい…」
「大変よ、ダーリン!お隣の辻ちゃんが太ったらしいですわ!」
「う〜ん、それはいわゆる一つの、ピンチですね〜」
お二人さん、聞いてるやん…。
よっすぃーは長嶋カントクやとして梨華ちゃんは誰の物まねやねん?
「んまぁ〜、それは大変。一体、どうしたらよいのかしら…」
「そうですねぇ、ピンチなら…ピンチヒッター松井!」
わけわからんわ。
ウチは後ろの二人を無視した。
「なあ、のの…今一体体重どれくらいあるん?」
うつむくののに聞いた。
少し渋るのの。
よっすぃーがののの背後に回る。
「そうだなぁ」
と長嶋カントク口調で言いながら、よっすぃーはのののお腹をプニプニした。
「60キロぐらいかな?」
「ああん…」
感じんなや、のの…。
「そう?」
と言いながら梨華ちゃんもののの背後に回り、太ももをプニプニする。
「そうかもね」
「や、やめてくらさい、ああ…」
だから感じんなって…。
「と、ともかく…、それであたしはどうしたらいいん?」
「そうだよ、あたしたちはどうしたらいいの?」
梨華ちゃんには頼んでないって…。
「ダイエットの仕方を教えてほしいのれす…」
「ダイエット?」
ウチとよっすぃーと梨華ちゃんは声を合わせて言った。
「へい!ののを細いカラダに変えてほしいのれす!」
「そんな簡単に変われないよ!」
とミュージカル風の梨華ちゃん。
「今は…そんな気がする」
「変わりたいのれす!」
「人間ってシャラララララ〜♪」
歌うな!って早速ハズすな!
とにかく、そんなんウチに泣きつかれても困るわ。
ホラ、ウチもやせてるほうやないし…てか太ってるし(のののおかげであんまり目立ってないけどな…)
「つまり、ダイエットの仕方を教えればいいってことだよね」
つまりもなにもののの言ったことの繰返しやん、よっすぃー…。
「は、はい…」
「しかたないなぁ」
「な、なにか方法あるんれすか?」
「私を誰だと思ってるの?」
ミスムンのスーツの裏地をビシッと見せ、決めポーズに入るよっすぃー。
やっぱカッケーわ。
これはさすがにウチにはできひん。
「だ、誰なんれすか?」
「リバウンド女王、吉澤ひとみよ!」
「………」
「………」
意味ないやん…。
「師匠!」
ってのの。土下座せんでもエエやん。
「人生のしとみこんでおたずねもうしあげるのれす」
「うむ、なんだね」
その気になるよっすぃー。
「ほもさん!」
「せっぱ!」
ダダン。
「やせるにはどうしたらいいのれすか?」
「そんなのあったら私が教えてほしいくらいよ」
「………」
「…ありがとうございました」
ってなんでやねん、のの。
「な、なあ、のの。どんなにがんばっても数日間でダイエットなんかできひんって」
よっすぃーは意味不明の決めポーズをしたまま、自分の世界に入っとる。
話が進まんからののに聞いた。
「でも…」
「もしできたとしても、いつかよっすぃーみたいにリバウンドっていって体重が戻ってしまうで…」
「ちょっと〜、加護。その言い方はないんじゃない?」
と少し怒るよっすぃー。
自分で言ったやん、さっき…。
「そうだよねー。急激なダイエットは太る原因だよ」
とあいづちをうつ梨華ちゃん。
「あ〜、梨華ちゃんまで…」
ブーたれるよっすぃー。
「あ、違うよ。よっすぃーが太ったとかそんなんじゃなくって…」
あわてて取り繕う梨華ちゃん。
泣いたような顔をするよっすぃー。
なぐさめる梨華ちゃん。
目をこするよっすぃー。
逆に泣きそうになる梨華ちゃん。
そんな梨華ちゃんを見て、ウソだよと言いながら微笑むよっすぃー。
少し驚く梨華ちゃん。
梨華ちゃんの頭をなでなでするよっすぃー。
すると口をとがらせながらも微笑む梨華ちゃん。
そして、えへへとはにかむお二人さん。
…なんかヤマのないくだらんコントみたいやった…(顔、熱っ…)。
意味のない二人は置いといて、ウチは真剣に考えとった。
せっかくののは一人暮らしをはじめることができて、今までいい感じで来てたんやから、こんな風に終わってほしくない。
だから、何とかやせる方法を考えんと…。
「なあ、のの…やっぱり―――」
ふと目線をののに向けると、上着のポケットからコロンを取り出して、口に入れていた。
「のの!」
何ちゅう、素早い動作や…。
「ああ!またなのれす…」
ののは手に持っているものを見て驚いていた。
「どうして…こう…手が勝手に…」
無意識やったんかい…。
「ったく…。ともかくののは食べないことやな。おやつはなし。弁当も半分あたしにあげること」
「…そんなの無理なのれす。おやつも弁当もゆずれないれす」
「……のの…、ホンマにやせる気あんの?」
「へい!」
「じゃあ、食べんでな」
「それはできないのれす」
「ホンマはやせる気ないやろ?」
「つじのこの真剣な目を見てもそう思うのれすか?」
「そのモゴモゴ動く口を見てると信じれんわ…」
口はしっかりとおまんじゅうを食べていた。
一体どこから取り出してきたんやろ?
「ああ、また!」
二重人格かいな?
ウチは呆れてもうなんも言えんかった。
「まあ、やせる方法かどうかはわからないけど、適度なお食事、適度な運動。これが一番よ」
肩をすくめてるウチの後ろで梨華ちゃんがそう言った。
「モーニング娘。病」にかからずにプロモーションを保ってきた梨華ちゃんの言葉は妙に説得力があった(とはいえ、最近はヤバいねんけど…)。
「梨華ちゃんは大したダイエットしてへんの?」
ウチが聞いた。
今回はののの問題やけど、ウチも少しは考えんとアカン感じやからな…。
「うん。お食事を考えてるぐらいかな。1日3食。朝と昼と晩をちゃんと食べるように心がけてるよ」
「へ〜」
そんなんでやせられるんやったら苦労はいらんねんけどなぁ。
「え〜、1日って6食じゃないんれすか?」
そんなん、どこで習ったんや?のの。
「そうだ」
梨華ちゃんは何かがひらめいたように言った。
「何?」
「あと、ご飯もコンビニ弁当とかカップラーメンとかはやめることね。ああいうのって量の割にはすっごいカロリーが高いんだから」
「へ〜」
ウチとののは少し感心したように言った。
そういえば最近、そういうもん食べること多いな。
カップラーメンなんてほとんどの種類をセーハしてしもたわ。
ってののよりウチの方が真剣に聞いてんなぁ…。
と思ったあとすぐに、一つの疑問が浮かんだ。
「じゃあ、梨華ちゃんはどんなもの食べてるの?」
「え?そりゃあ、自分で作ったも――」
「それや!!!」
ウチは叫んだ。
ののと梨華ちゃんはそんなウチらを見て、怖がっとった。
「どうしたの?」
「梨華ちゃん!のののために一肌脱いでくれへん?」
「え?脱ぐの?」
と腰の横にあるファスナーに手をかけて脱ぐ仕草をする梨華ちゃん。
吉本新喜劇なみのベタさやな…。
「…そうやなくって、のののためにご飯作ってきてくれへん?」
「ああ、なるほど!私と同じお食事を摂ればやせられるかもってことね」
「ううん、そうでもなくて…」
「わかった!」
と口を割ったのは、しばらく会話に入ってなかったよっすぃー。
「梨華ちゃんの作ってきたものを食べれば―――」
「うん、そうや!梨華ちゃんの料理を食べるイコール―――」
「下痢になる!!」
ウチとよっすぃーは声を合わせるようにして言った。
「そしたら、食も進まんようになってやせられるっていう計算や」
「加護ってあったまいい〜」
まあな、ウチは天才やからな。
「よっすぃー…」
ガーンとうなだれる梨華ちゃん。
「私の料理って…すぐ下痢になっちゃうの?」
昔はよう梨華ちゃんはよっすぃーに弁当を作ってた。
陰で顔を青白くさせているよっすぃーがフビンでならんかったことを思い出した。
「ち、違うよ。下痢なんてしてないよ」
「だって、今…」
「ちゃんと毎日食後に下痢止め薬、飲んでたから。下痢になんてなってないよ」
「な〜んだ。そっか。じゃ、安心した♪」
なぜ、安心する?
ようわからんやっちゃ。
「よっしゃ、じゃあ決定やな」
ウチは手を叩きながら言った。
「ちょ、ちょっと待ってくらさい…。そんなの食べつづけたら死ぬのれす」
ウチはののの肩をギュッと握った。
「いいか、のの。ちゃんと聞き」
「……」
「人間ってのは時には死ぬ気にならんといかんのやで」
「……そんなこと言ったって…」
「一度、生死をさまよったとき、人は強くなれるんや!」
「でも…」
「でももへちまもない!これで決定や。明日からのののご飯はできるだけ梨華ちゃんの作ってきた料理にする!
それにののはお菓子を食べているところを見たら没収や。出される弁当はあたしがもらう!エエな?」
「ダメなのれす!つじの全人格を否定しているようなもんれす!」
ののの人格は食うことだけなんかいな?
「了解♪」
よっすぃーは言った。梨華ちゃんもふてくされながらうなずいた。
そういうわけでこの計画はスタートした。
――1週間後。
ののの体重はあんまり変わらへんかった。
こんな短い間では効果が出ないんやろうか?
それとももしかしたらののはウチらに隠れてお菓子を食べとったんかもしれへん。
結構、没収したんやけど、ののはそれを見越していつもの2倍のお菓子を持ってきたってのも十分ありうる話や。
あと、梨華ちゃんの料理にもメンエキがついて、普通に食べられるようになったんかもしれへん(そうやとしたらホンマ、怖い胃袋や…)。
ののやウチらはマネージャーの動向にビクビクしながら、なるべくののとマネージャーを向き合わせないようにと必死になっとった。
でも結局マネージャーは「体重を測れ」とは言ってこなかった。
そのことをドラマの撮影最中に飯田さんに思い切って相談したら、
「測る気はないよ」
とマネージャーが言っていたと言っていた。
どうやらマネージャーもののが一人暮らしを始まる前より太ったことを知っているらしい。
まあ、普通に見てればバレバレやねんけどな。
それでも敢えて言わへんかったんは一人暮らしをしたことで思わぬ効果があらわれたからやろう。
それに今のののは悲しいことにデブキャラやから、無理して痩せてしまったらキャラが消えてしまうし、
体調を悪くしたらそっちのほうがかなわんかららしい。
つまり、ウチらの計画はムダやったんやな。
そのことを梨華ちゃん、よっすぃー、ののに言って、計画は終了となった。
「じゃ、もういっぱい食べるのれす!早速ファミレス行くのれす!梨華ちゃん!明日から1.5倍作ってくるのれす」
とののはめっちゃ嬉しそうやった。
って、やっぱ梨華ちゃんの料理にも慣れてしもたんやな……(こわ…)。
でも、計画終了っていっても別に食べろと言ってるわけやないねんけどな。
いつまでもデブキャラは通じひんで。
その前に、仮にも女の子なんやからあんまりデブになることを喜ばんといてな。
そんな感じのことをさりげなく言うと、ののはこう言った。
「へい。これからは1日5食にするのれす!」
呆れてもう何も言えんかった。
ま、こんなわけで、ののの悩みも解消。
心おきなく一人暮らしもできる。
ののも、ほんの少しだけやせようとしている。
で、一件落着―――
―――かと思いきや…、
「太った…」
体重計に乗りながらウチは絶句した…。
ののから奪ったお菓子やら弁当、食べとったからな…。
ダイエットせんと…。
☆
新メンバーも完全にウチらと合流し、13人ていう不吉な人数になったモーニング娘。はあんまりまとまりがなくて、
何をするのにもヒッチハイクしとった。
…じゃなくてシックハックや。
姫路から秋のコンサートがはじまり、ミニモニ。、タンポポそしてモーニング娘。と3つのサンダルをはいているウチ
(妖怪かい、ウチは…)はむっちゃいそがしかった。
ののはウチに比べたら、あんま出番もないし暇やねんけど、やっぱ疲れとった。
ウチよりデブやから、ウチよりエネルギーを使うんかもしれんな。
ライブがあるっちゅうことは土曜、日曜が完全につぶれるっちゅうことや。
しばらくは半日オフっちゅうもんはなくなる。元々一日オフっていう日は今や、
ほとんどないからつまりは休みなんてないってことや。
そんなこんなで、最近はホテルに泊まることが多くなり、ののが自分の家に帰ることは少なくなった。
たとえ戻ってきたとしても学校に行かなければならなかったりと、あんまり家でくつろぐことはなかったみたいや。
しかし、今日はたまたま休みが取れた。
期限、つまり約束の1ヶ月まであと4日のとこやった。
最後の日はののは一応空いてるみたいやけど、引越しでつぶれてしまうやろうから、おそらく一人暮らし最後のくつろぎの日になるやろう。
「あいぼん、お家に来てくらさい」
昨日、いつもより強引気味にののは言ってきた。
「いいけど、一人で味わわんでいいん?」
「へい。あいぼんといっしょにすごしたいのれす」
ほんの少しだけジーンときた。
やっぱののはウチしかおれへんねんな。
ちょっと前にタモさんとの関係を疑ってすまんかったな。
その日は降ったり止んだりの天気やった。
秋の雨っちゅうもんは悲しいもんやな。
冷たくって、雨が葉っぱを落としたりしているのを見ると、人間って悲しいね…って思ってしまう。
…なワケないやん。
梨華ちゃんじゃあるまいし。
ともかく、風流って言ったらいいのかちょっとカンガイにふけってまう。
ののはあと数日もしたらまたおとんやおかんや文子姉ちゃんと一緒に暮らすことになる。
それがうれしいような悲しいような、複雑な気分なんやろうな。
ののは確実に成長している。
それが目に見えるんやからすごい。
誰かに甘えるっちゅうことは少なくなった。
それは「大人になりたい」と言ってはじめた一人暮らしの効果やろう。
でも、よう考えたら大人になるっちゅうのはホンマにどういう意味なんやろう?
この1ヶ月、考えることが多くなったけど、結局誰も教えてくれへんかった。
最初はな、誰にも甘えんと一人で生きてくことやと思ってた。
でもそれはちゃうねん。
大人な人間だって、人に甘えることだってあるやろう。
(つい先日、社長が女の人のひざにゴロニャンとしてたのを見たんやけど、あれって甘えることやろ?)
それにもう完全に大人なはずの中澤さんも矢口さんらには会うたびに「さびしい」を連発しとるし、決して一人で生きてるって感じやない。
まあ、中澤さんが大人っていうこと自体間違ってるんかもしれんけどな…。
ともかく、甘えなくなる=大人になるっていうわけやないと思う。
元々、ウチらはプロとして、やらなアカンことはしっかりやるっちゅう自覚はあったんや。
たとえカゼを引いたとしても全員で出なくちゃいけないような時は無理して出た。
一生けん命笑ったり、楽しんだフリをした。
プライドも持つようになった。
それに言っちゃあ悪いけどそこらへんのサラリーマンより稼いどる。
そういう意味ではもうとっくに大人なんやと思う。
ホンマ、ウチらって変な立場におんねんなぁ。
ウチやののは「子供キャラ」を素でやってるように見せてる「大人」なんやから。
まあ、ののは素なんやろうけど。
こんな風になってしまったんは言うまでもなくモーニング娘。に入ったからや。
ホンマはもっと夢のあるものやと思ってた。
ステージの前に立っていろんな声援を浴びて、輝いているウチを入る前は想像してた。
まあ実際そうなんやけど…そこにはもっと何ちゅうか大人の汚らしい部分とか…ともかくいろんな圧力があって、
夢がどうとかという以前にヒイコラ言っとった。
だから、辞めようって思ったこともある。
ウチはモーニング娘。に入って、手に入れたものもいっぱいあったけど、失ったものもいっぱいあった。
どっちが多いかはわからへん。
そのなくしたもんを取り戻したくて、何度も何度も辞めようと思った。
でも、今はどっちも大切にしてこうって前向きに思うんや。
普通の中学生が味わう子供の時間も、一歩ふみしめた未完成の大人の階段も。
うれしいことも悲しいことも。
後悔したり、悩んだりして、それでもこれで良かったんやって思いたい。
そして、数年たって本当の大人になった時に今の自分に「ありがと」って言わせてみたい。
でも、ののはどうなんやろう?
辞めようって思ったことはないんやろうか?
「あいぼん、帰りにコンビニよろうよ」
「また、食べる気なん?ダイエットしてへんやろ?」
「してるのれす。1日3食になったのれす」
「へぇ〜」
「あと、おやつタイムができたのれす。1日2回」
って同じやないかい。
ま、そんなわけであの無意味な計画以降ウチはダイエットを続けとった。
どうせはじめたんやから最初よりやせようと思ってがんばっとる。
できるだけお菓子は食べんようにしとる。
でも…なんで楽屋にはあんなにお菓子があるんやろう?
あれじゃ、太ってくださいって言ってるようなもんやん。
それともウチらを太らせて、全国の肥満児に希望と勇気を与えようとしてるんやろうか?
ウチは負けへんで。
梨華ちゃんみたいに細くなって全国の肥満児にあこがれと尊敬をいただくんや。
…いや、せめて矢口さんぐらいにしとこ…。
ほら、やっぱ梨華ちゃんって体格もちゃうし…。
歌下手やし…。
演技ひどいし…。
しゃくれてるし…。
なんといっても黒いし…。
ウチはウチより一回り横に大きいののを見た。
身長が同じぐらいっちゅうのはしゃあないとして、持っているもんや服のコーデネートはウチと似ている。
それは趣味がおんなじっていうわけやなくて、ののがウチの真似をしとるんや。
ウチのチャームポイントであるおだんごもののもしてるからあんまりチャームポイントにならんようになってしもた。
早くマネせんと自立してくれ、なんてキレそうになったこともある。
でもな、ののはちゃんと考えとったんやな。
ウチに少しでも迷惑かけたくないと自立しようとしてたんやな。
きっと「一人暮らしをしたい」と言いはじめる前には、焦りとかいろんな気持ちが入り組んどったんやろうな。
そんなののを見て、今ウチはめっちゃうらやましく感じる。
別に一人暮らしをしているからというわけやない。
ののとウチは違う。
ののが合わせるせいで「似てる」ってみんなには言われてるけど、やっぱりウチらは違う。
ののはアホでウチは天才……って言ったらののに悪いけど、その通りやと思う。
でもそれは結構ののをほめてんねやで。
アホって言うんは関西ではホメ言葉なんや。
ののはウチが失った純粋な子供の気持ちをまだ持っとるんや。
一生けん命背伸びして、ウチに追いつこうと必死になっとるようやけど、やっぱり子供は子供や。
子供じゃなくなる=大人になるではないんや。
意味不明かわからへんけど、きっとののは今は子供であり、大人なんや。
ののが一人暮らしをして見つけたもんは、大人の階段やなくて、
背伸びして辿り着いた大人の世界から少し見下ろして見た子供の世界のすばらしさなんやと思う。
一人暮らしが終わって家に帰ったら、背伸びをやめてまたいつもの甘えん坊で純粋な子供のののに戻るんや。
そして、その気持ちを持ったまま大人になっていくんやろう。
それはウチが失ったもので…そして、もう取り戻せないもんなんかもしれへん…。
ホンマ幸せもんやで、のの。
「あいぼん、どうしたんれすか?」
歩くスピードが遅くなったウチ。
ののは少し前から振り返り、心配そうにウチを見る。
ウチは手と首を振り、
「なんでもないなんでもない」
と言った。
ののは首をかしげながらもスキップをしながらウチに近づき、腕をからめてきた。
「行きましょう。コンビニへ」
「おう」
「買いましょう。アイスクリームにポテチにケーキにプーリーン♪」
「お、おう…」
雨は少しだけ小振りになった。
ウチは傘をたたむ。
柔らかい雨が腕とかほほとかに軽くあたって、気持ちよかった。
そして、ピッチピッチチャップチャップランランラン♪と口ずさみながらウチらは地面にある水たまりを飛び越えた。
◇
ののの家は前に来たときとほとんど変わっていなかった。
もちろん、行く度に変わっとるほうがおかしいわけやし、別にいいねんけどな。
家に入る前に、コンビニに寄って適当にお菓子を買ってきた。
その袋を部屋の真ん中にあるテーブルの上にドサッと置いた。
ウチはまずカーテンを開け、ベランダを見る。
今日は布団は干されてへんかった。
だから景色がちゃんと見える。
雨が上がって日が差してた。
水滴がビルの壁とかについていて光がいろんな方向に曲げられている。
そのせいで、都会の中の一風景にも関わらずカルメンって感じがした。
…じゃなくてメルヘン…(踊ってどうする?)。
とにかく、都会でしか味わえないいい景色やった。
「しっかし、ホンマきれいな家やな…」
振り返り、ウチはそう思わずもらしてしまう。
それくらいキレイな家やった。
「そうれすか?テレるなぁ〜」
とバカ殿みたいな口調になるのの。
ホンマに自分で掃除やってるん?と疑うウチは、
「親が来て掃除してくれてるん?」
と細い目をして聞いた。
「違いますよ。お父さんやお母さんは2週間前に来たきりきてないのれす」
「そんじゃあ、これはやっぱりののがやってんの?」
「そ、そうれすよ」
「…へぇ〜」
楽屋とかでお菓子を食べ散らかす一番の人間はののやねんけどな。
これくらいきれいにしてほしいもんや。
ウチは適当にザブトンに座った。
そしたらののは、
「何か飲み物持ってくるね」
と言って、台所の下にある棚をあさりはじめた。
「テレビつけていい?」
ウチは大きな声を出して、遠くにいるののに聞いた。
「あ、はい。リモコンはそこなのれす」
と、ののが指差したところには”リモコン入れ”と書かれた自作の箱。
なんちゅうか、こまめなやっちゃ。
テレビをつけると、前田ちゅーめいさんが誰かと誰かが熱愛みたいなことを言っとった。
ウチは芸能人になってからあんまりこういう番組は見んようになった。
ていうか事務所に止められてた。
強制やなかったけど、ウチもしたがうようになった。
やっぱ、ウチらが非難ゴーゴーされてるのを見るんはイヤやからな。
でも、ウチらも意味不明なことをいろいろ言われてるんやろうなぁ。
学校に行ったときにクラスの友達から聞いたうわさだけで、ウチはうんざりしてた。
後藤さんがソロになって矢口さんがキレた、だとかオバちゃんがゲイバーに行ってるだとか、
梨華ちゃんとよっすぃーが熱愛だとか(まあ、これらは事実なんやけど…)、ウチが太っただとか(やっぱバレるんやな…)。
しかしなんちゅうか、人のいろこいざたにうんたら面白おかしく言うのってのもなぁ。
ウチらメンバーにもそういううわさがよう流れるけど、そのあとの気まずいフインキったら…ホンマ、カンベンしてほしーわ。
別にいいやん、誰が誰と恋したって。
事務所からは、とくにウチら中学生には恋愛禁止令なんてもんが出とるけど、それはムリっちゅうもんやで。
大体やな、女っていうのは恋してないときれいにならんもんやで。
アイドルになりたいんやったら、いっぱいいっぱい恋せんとアカン。
ウチはそう思っとる。
だからな、ウチに恋しとる人、カムカムエブリシングや!
ウチはな、みんなぁ大好きだー!(ヲタ除く)っちゅうスタンスをとっとるわけやしな。
でもこうやって考えるとウチってストライクゾーンが広いんやな。
それにしては…なんで、恋人でけへんのやろうなぁ…。
世の中にはヲタさんばっかりなんやろか。
そうや、そうに違いない。
じゃあ、思ったよりストライクは狭いんかもな。
「どうしたんれすか?ブツブツと…」
「うわ!のの!いたんかいな?」
後ろにののがいてビビッた。
「はい、つじの家れすから…」
「そ、それはそうやな」
「ところで、恋人がどうとかなんかあったんれすか?」
「いや、なんでもない…」
ど、どこまで聞いてたんや…てかウチ、口に出しとったんかいな…?
ホンマに飯田病がうつってしまったみたいや…。こわ…。
この前、ドラマもクランクアップしたから、今後はあんまり飯田さんには近づかんとこ…。
でもののの顔を見て一つ気づいた。
ウチに恋人ができひんのはのののせいやってことを。
ののっていっつもウチの隣りにいるから、そのせいでウチの精神年齢がグッと下がってるように見られとるんや。
ホンマ、ヤクビョウガミやで。
っちゅうことは…ののにも彼氏できてくれたら、ウチもひょひょいのひょいって彼氏コホーが出てくる…って、
その前にこんな食い気星人にはさすがに彼氏なんてできひんか…。
そんなん期待するんやった別の方法、考えたほうがよさそうやな。
「あいぼん、コーヒーいれたのれす」
「え?コーヒー?」
「はい、最近、こってるのれす」
テーブルの上には二つ、白色のコーヒーカップにコーヒーを入れて置いてあった。
その苦い香りがいつの間にか部屋にたちこめていた。
インスタントやろうけど、れっきとしたコーヒーやった。
「なんや、コーヒーかいな…」
同じ黒い飲みもんやったらコーラフロートのほうがいいのに、と少しグチるように言った。
ウチはコーヒーはキライや。
ダイッキライや。
なんちゅうか、一言で言うたら苦い。
あんなん、飲める人間っちゅうのがおかしいわ。
なんで、この世の中でコーヒーなんてもんがなんであるんかフシギでたまらん。
この真っ黒の液体ってなんか悪魔の水って感じがすんねん。
コーヒーとヲタさんが口をつけたコーラやったらウチ、絶対コーラを取るわ。
でもコーヒーのほうがめっちゃはやっとんねんな、世の中的に。
フツー、はやるんやったらココアかミロやろ?
あ〜、ミロ飲みたくなってきた…。
あのクリ―ミーな泡立ち。
あの甘くてホウジュンでまろーんとした香り…。
緑色のラベル…なつかしいわぁ…。
あの味の良さを知らない人は大人やないな。
今度マネージャーに頼もうっと。
「あいぼんどうしたんれすか?」
「え?あ…」
また、交信してしもた…。
ヤバイぞ、ホンマにウチ…。
「いらないんれすか…?」
ののは少し悲しそうに見つめる。
ちょっと待てや、なんで泣くねん?
「い、いや、飲む飲む。ありがとう」
断ろうと思ってたウチはついそう言ってしまった。
「そうれすか、よかった」
と幸せ顔ののの。
こんなささいなことで幸せになれるっちゅうのも幸せなやっちゃな。
「でも、なんでコーヒーなん?のの、好きやったっけ?」
「いや、好きじゃないれす。苦いから苦手れす」
「じゃあ、なんで?」
「やっぱりつじもじょーしつを知る人になりたいのれす」
「はぁ?」
「だから、コーヒーはネスカへゴールドブレンドに限るのれす」
「はぁ…」
言ってることがようわからん。
「それに砂糖とクリープいれたら結構おいしいんれすよ」
「ふーん」
どっちにしろののとコーヒーだなんて似合わん組み合わせやな。
そうやな。
言うなれば、ジャイ子と出来杉君が付き合うくらい似合わん組み合わせや。
「砂糖さん忘れたので取ってくるのれす」
と言いながらののは立ち上がった(何で”さん付け”なんやろ…?)。
「そうや、のの。洗面台借りていい?顔洗いたいねん」
さっきからちょっと顔がベタベタしてるのが気になっとった。
もうメイクも落としていいやろ。
元々矢口さんやオバちゃんと違ってスッピンでも街を歩けるからな。
「はい、あっちなのれす」
ウチは洗面所に向かった。
洗面所みたいな水周りは結構汚れやすいところで、こういうところはこまめに掃除せんといかんところや(おかんより)。
なのに、洗面台すらののの家はきれいやった。
こんなにキレイにする時間あるんかいな?
ほんま、カイキ現象やで。
まず手を洗い、自前のポーチの口を開けようとする。
そのときにウチはあるものが目に入った。
ハブラシや。
鏡の横に吸盤で壁にくっついていたカゴにハブラシが二本クロスして入っている。
「え…?」
ウチは思わず口に出してしもた。
なんで…、
なんで二本あるんや?
ピンク色と青色の同じビットイーンアルファのハブラシ。
これって…。
なんか心臓がバクバク言いはじめた。
…そんなワケないやん…。
だって、あのののやで?
花より団子のののやで?
そうや、なんかの間違いや。
のののことや。
ピンクのハブラシは上の歯用、青のハブラシは下の歯用とかってアホなふうに使ってるに違いない。
そうや、そうに決まってる…。
ウチは水を両手ですくい、バシャッと顔にかけた。
部屋に戻ると、ののがクリープを片手にコーヒーをじっと見つめていた。
「何しとるん?のの」
「あ、これっておもしろいんれすよ」
ウチはののの横に座ってののの目線の先にあるコーヒーをながめた。
ののは液体のクリープをタラ〜と落としはじめる。
そしたら、くるくると円を描いて白い液体が黒いコーヒーに溶けていく。
確かになんか不思議な光景やけど、そんなにじっと見つめるほどでもないやろ。
そんな様子を見てウチはちょっとだけほっとしていた。
やっぱりアホな子供やんって思ったから。
「そんなことよりテレビ変えていい?」
「あ、はい。いいれすよ」
ウチはリモコンを取って、テキトーにボタンを押した。
そしたら、井上こーぞーさんが毎日ワックスでも塗ってるんちゃうか?と思うくらいのピカピカのおでこを向けながら、何やらしゃべっとった。
ちょっと耳をかけてみると、またおんなじ熱愛のことみたいやった。
ホンマ同じことを何度も何度もやらんでもいいやん。
まるでハロモニのコントやで…。
って番組ちゃうからしゃあないんか。
ののはコーヒーにゆっくりと口をつけていた。
「ホンマ、かんべんしてほしーわ」
ウチはテレビに向かって少しグチった。
「え?何のことれすか?」
ののは自分に向かって言われたと思ったようで、少しあやまり口調で言ってきた。
そうやってすぐ自分が悪いと思ってしまうのはののの悪いクセやな。
梨華ちゃんの場合、狙ってるところがあるけどのののの場合は素やからな。
ネタにはできんねん。
「ちゃうちゃう。テレビのことやって。人の恋なんてほっといてーなって思ってな」
ののもテレビのほうに目を向ける。
「ああ、でもこの二人は別れると思うのれす」
「…なんでそう思うん?」
「つじは違いのわかる人になりましたから」
と、ののはコーヒーをまずそうに飲んでから言った。
「はぁ…」
ようわからんけど…ま、いっか。
「でも、つじたちも気をつけたほうがいいれすね」
「え?」
気をつけるって…何をや?
「あいぼんはともかく…つじは…」
「………」
「あ、ムーンライト」
ってそこで止めんな!
ののがなんなんや?
なんでウチがともかくなんや?
ののは再び首を曲げてテレビに目をやっていた。
画面はウチらの新曲Mr.moonraitoのCMが流れとってののは歌に合わせて体を揺らしていた。
ののに言われて一瞬、くずさんの『ムーンライト』のことやと思ったウチは罪やろか?
そんなことを考えながらののを見る。
「あ!」
そして、ついにウチは目撃した。
「…かい痕…」
首を向こうに曲げているとののの着ていたボタン付きのシャツがほんのちょっとだけはだけててサコツの下あたりまで肌が出てた。
そしてその部分には小さな赤い痕があった。
ちょ、ちょい待てや…。
それって…。
「どうしたんれすか?」
ヘンな声を出したウチをフシギそうに見つめるのの。
「い、いや…なんでもない」
ウチは顔を引きつらせながら、目の前にあったコーヒーを手に取って飲んだ。
ほとんど無意識やった。
まるでウーロン茶を飲むときのように一度にいっぱい飲みこんでしまった。
そしたら、そのコーヒーはブラックのまんまやった。
砂糖もクリープもいっぱい入れな飲まれへんっちゅうのに、気づかずに飲んでしもた。
口の中から、そして胃の中から苦い味がやってくる。
「うげぇ…」
その気持ち悪さはオバちゃんの三人祭の「チュッ!」を見せられたときと同じくらいやった。
「あ、あいぼん!大丈夫れすか?」
ののが座りながらススーッと近寄ってくる。
「だ、だいじょうぶい…」
てかなんやこのまずい飲みもんは?
こんなんののは飲んでるんかいな?
さっきより気持ち悪い。
それはきっとコーヒーがまずかっただけやなくて…。
「ブラックはさすがにきついれすよ…」
ののが心配そうに見つめる。
そんなのののサコツの下の赤い痕がさっきよりズームアップされた。
「そ、そうやな…」
ウチはテーブルの真ん中にあったティッシュを3枚ぐらい取って、吹き出してしまったコーヒーをケンメイに拭く。
「最初からいれといたほうがよかったれすね…」
またもや、自分のせいにしようとするのの。
「いや、ウチがアホやってんって」
「そうれすね」
って即答すな…。しかも真剣に。
「それより、トイレ借りていい?」
ちょっとののから離れたかった。
ウチは少し混乱しているから整理せな、と思った。
「あ、うん」
ウチは逃げるように立ち上がって、洗面台の向かいにあるトイレにかけこんだ。
内側からカギをかけて、トビラにもたれるようにして「ふーっ」と息をつく。
苦味はまだ舌にあったけどダイブなれてきた。
ウチは目をつぶり、この家に入ってから見たもの聞いたヘンなことを整理した。
ののの家とは思えないキレイな部屋。
二つのハブラシ。
ののに似合わないコーヒー。
「つじたちも気をつけたほうがいい」発言。
そして、赤い痕…あれはきっと…キ……。
そ、そんなわけやない!
ウチは首を思いっきし振った
だって、ののやで?
あのいっつも食べることしか考えてないののやで?
落ち着くんや……。
ウチより先になんてあるはずがない。
そうや。
ウチにはまだおらへんのに、できるわけないやん。
そうして、ウチは少し落ち着くために、洋式トイレの真ん中の便座を下ろして、座った。
…ん…?
「あ!」
ウチは思わず叫んだ。
そして立ち上がった。
なんで…
なんで…便座があがっとったん?
ののしか…女しか使わんのやったら上がるはずがない。
なんで?
そうや、のののおとんがやってきて…。
ってちがう。
さっき、ののは「お父さんお母さんは2週間来てない」って言ってた。
じゃあ…やっぱり…。
ウチの頭の中には1ヶ月前の会話が流れていた。
「でもなんで一人暮らしなんてしたいんだよ?」
「だって、ののももう大人なんらもん」
「大人になるってどういうことか知ってる?」
「後藤しゃんみたいになることれす」
………。
………。
ののは…
まさか…
彼氏がおって…
同棲してる?
◇
大人になるってどういうことやろう?
自立することやない。
お金をかせぐことでもない。
一人暮らしをすることでもない。
ようわかってへんかったけど、少なくともウチはののよりは大人なはずや。
はずや。
はずや……。
ウチは便器をじっと見つめながらそう何度もつぶやいた。
なんでののは一人暮らししたくなったんやろ?
今までそんなんしたいって何にも言ってなかったんに。
ホンマ、いきなり言い出したんやった。
「大人になりたいのれす」
ののは確かにそう言った。
「大人になるってどういうことかわかる?」
この問いにののは、
「後藤しゃんみたいになることれす」
と言った。
後藤さんみたいになるってことは……それはきっと彼氏つくって…そんでもって…。
「ああ!!」
何想像しとるんや?ウチ…。
熱い熱い。
ウチは「ホーホー」言いながら何度も頬をさすった。
ともかくや。
ちゃんと調べなアカン。
とりあえず証拠を集めて、それでののを問い詰めたる。
もし、予想どおりやったら絶対しばいたる…。
アイドルのくせに恋なんてしよって…。
ウチらはなぁ、みんなのもんなんや!
アイドルが恋なんかしたらアカン!
しかも同棲やとぉ?
都合よくマネージャーやウチらを言いくるみよって…。
しかも、ウチにさえ内緒で…。
しかも、ウチより先に作りよって…。
のののしたことは、絶対許せん。
ウチらモーニング娘。のメンバーを。
日本全国のウチよりはずっと少ないけど少しはいるののヲタたちを。
そして、ミニモニ。としてウチのそばで必死になっているののを同情の目で見つめる数少ないちびっコたちを裏切っとるんや!
絶対に証拠見つけてやんねん。
そして、マスコミにバレる前にやめさすんや。
そうせんと、モーニング娘。自体がヤバいことになるかもしれへん。
じっちゃんの名にかけて、月に代わっておしおきや!
名探偵あいぼん、出動や!
「あいぼ〜ん」
とびらの向こうでののの声が聞こえる。
「だいじょうぶれすか〜?」
ののはずっと出てこんかったウチを心配しとる……
……ようにに見せかけとるだけやな、きっと。
心ん中では彼氏の一人もできひんウチを笑っとるんや。
「うんこ出ないんれすか〜?」
そうやってうんこ発言してお子ちゃまぶりを全開にしてんのも演技なんや。
クソ…(しゃれやない)。
ホンマ、ムカつくわ…。
ウチが合わせてやってたんに、それを利用しよって…。
ウチはレバーを回して水を出したあとで、トイレを出た。
すると目の前にののが心配そうに眉毛をくねくねさせてウチを見てた。
「だ、大丈夫れすか?」
涙目になってウチを見るのの。
ウチはきっとめっちゃ怖そうな顔をしとったんに違いない。
落ち着くんや。
今から怒ってどうする?シャーロックアイボン。
疑ってるんを悟られたらアカン。
ウチは表情をゆるめて、にっこりとした。
「大丈夫やって」
あんまり上手く笑えんかったけど、ののはやっぱりアホやから全然気づかんで、
「それならよかった」
と安心していた。
「うん、ののもトイレ?」
「いや、ただあいぼんが心配で来ただけれす……」
そのカジョーな心配がやっぱりあやしいで。
もうだまされへん。
「そうなんや、ありがとう」
「れもトイレ見てたら、うんこしたくなったのれす」
お前はパブロフの犬かい!
ののはトイレに入った。
中に入ってカギを閉める音を聞いて、ウチはチャンスやと思った。
入ってる最中は部屋の中を堂々と調べることができるやん。
ウチは早速、部屋の中に行った。
でも同棲してるってわかるものってなんやろ?
ウチは少し考えた。
男もののパンツとか。
そういうのって探すの大変そうやな…。
見つけても元に戻すの難しそうやし…。
そや、食器や!
台所に行って食器を調べた。
ご飯の器が2つに小さい皿も2つ。
はしは…おお、2本あるやん。
それに大きめのなべ。
包丁は1本台所の下にある。
う〜ん、使えるとしたらはしやけど、決定的な証拠とするには弱いような気もするなぁ。
ウチもはしぐらい二つ持ってるし。
次にウチは冷蔵庫を開けた。
ってお菓子ばっかやん…。
しかもなんでポテチまで入っとるん?
彼氏もお菓子好きなんかいな?
さて、次は…
と部屋に戻ろうとすると、トイレからガサゴソという音がした。
もし部屋の中を物色している時に出てこられたらマズいな…。
「のの〜!」
ウチはトイレのトビラに向かって叫んだ。
すると「どうしたんれすか〜?」という声が聞こえた。
「もう、出るん?」
「いや、まだ出ないれす!」
ののは大きな声でそう言った。
よっしゃ、安心や。
もうちょっとだけ調べられる。
ウチは洗面台に目をやった。
そや!
ウチは水が流れ落ちる穴を調べた。
そこにはゴミが下に行かないようにアミがある。
そして、ウチはそのアミにからまっとる一本の髪を見つけた。
「なんや、長いやん…」
少しガックシきた。
長いってことは、男の可能性は少ない。
ののも長いし、ののの髪やろ。
いや…、
ウチはその見つけた髪をピンと伸ばしてみた。
そして、鏡の上にある電気をつけてすかしてみる。
そして、気づいた。
「茶色や…」
ののの髪の毛は真っ黒や。
じゃあなんでココに茶色の髪があるん?
少なくとも、ののの髪やない。
っちゅうことは…。
ツバを飲み込んだ、その時やった。
ガチャリ。
後ろのトビラが開いた。
つまり、トイレに入っていたののが出てきた。
え?なんで?
ウチはちょうど髪の毛を電気にあててすかしている体勢やった。
「なにしてるんれすか?」
ののは首をかしげて、明らかにヘンなウチを見る。
「え、えっと…ほ、ほらココにゴミ落ちてとったから。気になって拾っとってん…」
と水が落ちる穴に指をさして言った。
でも、髪の毛一本をすかしているという体勢の理由にはならへん。
絶対、ののはまだ疑ってるみたいでじっとウチを見ている。
やば…。
早く、次の理由を考えんと…。
そう思って頭ん中をフル回転させている時、ののは口を開いた。
「あいぼんも大変なんれすね、いろいろ…。その年で、そんな悩みがあるんれすもんね…」
なぜか同情みたいな言い方やった。
何が大変なんかこっちがようわからんへん。
それにののの目線、ウチの目より上のほうに行ってないか?
「それより、さっきまだ出ぇへん、言ってたんにもう出たんやな…」
「いや、出なかったれすよ」
「ん?」
「うんこ、出なかったれす」
とののは自分の出っぱった腹をポンと叩く。
…なるほど…。
でも出るとか出ないとかホンマ、下品な話や…。
ホンマ幼稚なやつやな…。
って、ちゃう。
こいつは同棲してんねや。
カモフラッシュなんや。
またあえなく、だまされるとこやった。
「どうしたんれすか?」
ウチはだまされまいとして無意識に首をぶるんぶるん振っていた。
それを見たののは心配そうにしていた。
「なんでもない。てへてへ」
ってなんでウチがてへてへスマイルせなアカンねん…。
「でもおしっこは出たのれす」
そんな説明、せんでいいわ。
ウチは「そうなんや」とテキトーにアイヅチを打った。
◇
「はやく、お菓子食べるのれす」
ののはウチの袖を引っ張った。
そうとうののは腹をすかせてるんやろうな。
さっきから自分の腹をポンポン叩いとる。
ののはテーブルの前にあぐらをかいて座り、コンビニの袋をあけた。
おくれてウチもののの隣りに座って、ののが袋から出したお菓子を選んでいた。
どうやらこのままテレビを見て、お菓子を食べながらグデーッとするみたいや。
まいったなぁ。
ここにどっかり座られたら部屋ん中調べられへんやん。
「あいぼんあいぼん」
そうやって困ってる顔をしてるウチに向かって、ののはうれしそうに声をかける。
「ん、なんや?」
「プリッツの完成〜れす」
と一本の棒をウチに見せるのの。
そして、ウチに渡してきたのでそれを手に取る。
「プリッツなんて買ってきたっけ?」
「ううん、つじが作ったのれす」
「え?」
ののはムースポッキーの箱を指差した。
そしてウチはさっき渡された棒を見る。
プリッツにしたらちょっと太いし、黒い…。
まさか…、
「チョコだけ食べたのれす」
って、きたなっ!
ウチは思わず手からそのチョコだけ食べられたポッキーを離す。
テーブルに落ちたポッキーはむざんにも3つにパキッと割れた。
「あ…」
と声を出すのの。
ウチはちょいキレた。
なんで、そんなののが口をつけたもんを渡すんや!って。
その怒りをそのままののにぶつけようとした。
しかし、ののがむちゃくちゃ涙目やった。
そんでもってずっとそのポッキーを見とった。
「のの?」
ウチは呼びかけた。
「せっかく…」
「……」
「せっかく…一生けん命作ったのに…」
「のの…」
そんなことに一生けん命にならんでもいいのに…。
「せっかく、完成したのに…」
ウチに渡さんでもいいのに…。
「せっかく、あいぼんのために作ったのに…」
って、そんなんがウチのためになるかい!
「ちょっと、のの」
「はい…」
「落としたんは悪かったけど…」
そんなん作るののがアホなんや!って言おうとしたウチやったけど、ののの顔を見ると続きが言えんようになってしもた。
ののの目からはポタポタ涙が流れとった。
「けど…なんれすか?」
「……」
続き言ったら、この涙いっぱいの顔がどうなってしまうんかわからへん…。
「なんれすか?」
「いや…。悪かったけどもう一回作ればいいやん」
ウチはののの顔をうかがうように見ながら言った。
「でも難しいんれすよ」
「簡単やろ?そんなん」
ウチも子供んころはようやってたもんや。
前歯をうまく使って、少しずつチョコを削りとっていくんや。
「やってみたらいいれす」
ののは一本のムースポッキーをウチに渡した。
そして、昔と同じように折らないように加減してやってみた。
しかし、あえなく折れてしもた。
「あれ?」
「ほら、難しいのれす」
「もう一本貸して。感覚忘れとっただけなんや」
「あ、そうやって失敗していっぱい食べる気れすね?」
ののじゃあるまいし…。
「いいから貸して。これでラストチャンスにするから」
と言うとののは一本くれた。
今度はもっと慎重にやってみた。
しかし、またすぐに失敗してしまった。
「なんで?」
一個前歯がなくなってしまったからやろか?
「ほら。難しいれす」
ののは自慢そうに腕を組んで、鼻を広げてウチを見下ろすように見る。
涙はもう止まっているみたいや。
「昔は上手くできてたんやけどなぁ…」
とウチは折れたムースポッキーをブランブランさせながら見る。
そして、気づいた。
「ムースポッキーや」
ウチが昔やってたんは、普通のポッキーや。
「のの、普通のポッキー…」
見ると、ののは普通のポッキーをウチに差し出していた。
ウチの心、読まれとる…。
少しくやしかったけど、ウチはののから受け取り、同じようにしてやってみた。
そしたら、上手く折れずにチョコだけけずれた。
「そっか、だからや…」
ウチはさっき折れたムースポッキーと普通のポッキーを左手と右手に持った。
ムースポッキーはチョコがふわふわってのがウリなんやけど、中の棒もふわふわしててもろいんや。
「ね?」
ののは勝ちほこった笑顔をウチに向けていた。
それがむっちゃくやしかった。
「こうするんれす」
と言いながら、ののは一本のムースポッキーを食べはじめた。
いや、食べてるんじゃなくって…、
「なめとる…」
ののは歯を使ってチョコをけずりとるんやなくて、ただひたすらベロベロレロレロとチョコをなめはじめた。
まるでチュッパチャップスをなめるかのように…。
確かにこれやったら、折れんでできるかもしれへん。
でも…アホすぎんか?(どっちにしろアホなんやけど)
そして、10分後。
チョコがなくなったムースポッキーは完成した。
「どうだ〜」
「……」
自慢気にそのポッキーを持って手をあげるののに対し、ウチは呆れてものも言え
んかった。
こんなん見るのに大切な時間を使ってしまったんか、ウチらは…。
「どう?あいぼん」
「す、すごいね…。ちょっとあたしにはできひんかなぁ…。多分ののしかできんと思うで」
「そうれすか?てへてへ」
あんまりほめてないねんけど…。
ま、泣き顔よりはマシやな。
「はい、あいぼん」
ってやっぱウチに渡るんかい!
「あ、ありがとう…」
これをどうせいっちゅうねん…。
ウチの家宝にしろとでも言うんやないやろな?
「食べてくらさい」
って食べるんかい!
のののよだれがベターッとついたもんを…。
「い、いいん?せっかく作ったんに…」
「あたりまえじゃないれすか。これはポッキーなんれすよ。食べ物はちゃんと食べないとエンマさんに舌を抜かれるのれす」
なんでエンマが出てくんねん。
「あ、ありがと…」
ののがよそみをするスキに捨てようかと思った。
しかし、ののはウチのほうをじっと見ている。
目を離そうとする気配すら見せん。
この集中力をフリ付けの練習の時にも見せてーな。
「どうしたんれすか、あいぼん?」
さっきまで幸せいっぱいやった顔がほんの少しだけくもった。
このままやったらまた泣くんちゃうか?
「いや、なんでもない…」
「チョコなしってのもサクサクって感じで結構いけるんれすよ」
「はぁ…じゃあいただきます…」
ウチは結局かじりついた。
悲しいことにべちょべちょっとしたムースポッキー(ムースなし)やった。
どこがサクサクやねん…。
◇
ののはそれからパピコと焼プリンとフィンガーチョコとオーザックを食べきった。
「ちょっと、のの…。食べすぎなんちゃうん?」
ウチは少し青ざめてから言った。
「あ、そうれすね。れも、夕食もかねてますから…」
ってこれが夕食なん?
こいつ、今までもこういう夕食しとったんないやろな…?
そういえば冷蔵庫ん中ってお菓子ばっかやったな…。
これは太って当然やな…。
ホンマ栄養も考えんと…子供やなぁ。
ってそうやない!
ウチはののの本性をあばきに今ここにおるんや!
う〜、あやうく、のののジッチュウにはまるとこやった。
おそるべしやな…。
「なあ、のの。コレ見てみ」
ウチはついさっきまで読んでいた少女漫画(りぼん)を広げてののに見せた。
ちょうど見せたところには男と女が花の絵をバックにキスしとるところが描かれとった。
「チューじゃないれすか」
「どう思う?」
「どうって?」
「したいと思う?」
「え?」
ののは目を丸くする。そして、
「そ、そんな恥ずかしいこと言わさないでくらさい」
と、ののは手を顔の前でクロスさせて、目をそらす。
その仕草はちょっとわざとらしかった。
そんなんじゃ、名探偵あいぼんの鋭い目からは逃れられへんで。
「恥ずかしくないやろ?」
「れも…」
「れも?」
「あいぼんとならしてもいいれす」
そっちのほうがハズいわ…。
「あのな…。ウチらはもう中学生やからな、キスの一つや二つくらいしとかんとアカンかなぁ、って思ってんねん」
「れも事務所に止められているのれす」
「だけどな…」
「あ、わかりました。だから今からやろうって言うんれすね!」
なぜ、そっちの方向に行く?
それにののとならもうしょっちゅうしとるやん…(悲しいことにファーストキッスはおとんやし、その次は中澤さん、
そして、その次はのの…。ああ、我が人生って一体…)。
「と、ともかく、ウチらは恋をせんとアカンねん」
軽くテーブルをバンと叩きながら言った。
ののを見た。
反応が少しでもヘンやったら……問い詰めたる。
「そうれすね。でもののはまだ子供れすから、てへてへ」
と何食わぬ顔でオレンジジュースを飲み始めた。
くそ…、普通の反応やないけ…。
収穫ゼロか。
そう思ったときやった。
「音楽かけましょう」
ののは言った。
別に聞きたいとは思ってなかったけど、聞きたくないとも思ってなかったからウチは「うん」と言った。
そして、ののはMDプレーヤーに手をかけ、音楽を鳴らしはじめた。
流れ始める歌は…、
「へい、あいむあふれーどあーすきゅー♪」
ののは歌に合わせて歌いはじめた。
これは、
「『赤い日記帳』やん」
「そうれす。思い出の曲なのれす」
「そうやな…」
この曲はウチら4期メンのオーデションの課題曲やったやつや。
「なんや、なつかしいなぁ」
ウチはあの時のことを思い出していた。
最初の英語の部分が上手く言えんで苦労したもんや。
それにこの歌に出てくる人の気持ちになれと言われたんや。
当時小学生やったウチらにできるわけないやん、と少しキレたもんや。
まあ、ちょっとセクシーさを見せたらつんくさんも感心しとったけどな。
一緒にオーデションを受けた人らをほんの少しだけ思い出した。
よっすぃーは最初っから目立っとって、この子は受かるなぁ、って思ったもんや。
梨華ちゃんは全然目立ってなくて、なんでこいつが?って思ったもんや。
ののはウチのライバルやったからな…こいつには負けてられへんって思っとった。
そういやあ、いろんな子がおったなぁ。
緊張で声震えまくりのオバちゃんや、妙に自信まんまんの子とか…。
名前出てこーへんけど。
「あのころは大変らったのれす」
「そうやな…」
「ホント受かってよかったのれす。二人とも」
「ホンマやな…」
「もしあいぼんが受かってなかったらつじは今頃とっくにモーニング娘。を辞めてると思うのれす」
「のの…」
少し感動。
でも、ののだけが受かるなんてありえへんことやけどな。
しっかし、なんやこのしんみりしたフインキは。
ウチが我に返った時やった。
『赤い日記帳』も終わり、次の曲が流れ始めた。
「……」
「さあ、あいぼんも踊るのれす!」
と立ち上がるのの。
「チュッチュッチュチュチュサマ〜パ〜ティ〜♪」
三人祭…。
なんで、ココで踊らなアカンねん…。
てかホンマののって三人祭が好きやな。
おそらく日本一好きなんちゃうやろか?
断ろうとしたんやけど、あまりに楽しそうなののの瞳が目に映った。
そしたら、断れんようになってしもた。
「う、うん…」
そして、一緒に踊った。
ライブよりも10倍疲れた…。
てか、なんちゅう編集や…。
『赤い日記帳』の次に『チュッ!夏パーティー』。
まあ、ある意味、モーニング娘。の時代っちゅうもんを感じさせる流れやな…。
「さて、次はつじの今の一番のお気に入りれす」
ののは楽しそうに言った。
「ん?何?」
「それは聞いてのお楽しみ〜で、ございま〜す♪」
ウチは首をかしげた。
まあ、聞けばいいんやろ。
そして、流れてくるメロディーは………
……聞いたことがなかった。
娘。の曲なんやろうか?
マジで聞いたことないで。
ウチらがおらん昔の曲かいな?
それとも、モーニング娘。とは全く関係のない曲なん?
ウチはフシギそうにののを見た。
ののは座ってテーブルにヒジをのせ、その手をアゴに置きながら目をつぶってた。
なんや、この聞き込むような体勢は?
少し引いたウチをよそにスピーカーからは人の声が聞こえはじめた。
♪こーいーぬでもかぁってみよおかな?しーんぱいさせるだけーかーなー?
誰や?
この下手な歌は?
こんなん売っていいんかいな?
でも、どっかで聞いたことのあるような…?
ののはフンフンと鼻でリズムを刻んでいる。
「あ…」
そして気づいた。
「中澤さんやん」
そうや、どっかで聞いたことある声やと思ったら中澤さんや。
最近、出したっけ?と振り返ってみたら、この歌はずっと前の新曲やと気づいた。
そういえば、中澤さん本人からもらった記憶がある。
たしか、中澤さんにもらって袋のままウチの家の机の一番奥に置いてある。
だからそのCDでは聞いてない。
じゃあ聞いたんは…どこやったかな?
ってライブでイヤでも聞かされとるわ。
夏のハローや。
しかし、なんでこんな曲が今頃のののお気に――
「あ!!」
ウチは思わず大声を出してしもた。
そんなウチをののは目を開けて見る。
「どうしたんれすか?」
「この曲は…」
「ん?『二人暮し』れすよ。中澤さんの」
そうや!
『二人暮し』や!
なんちゅう歌を聞いとるんや…。
「な、なあ、のの…。この歌好きなん?」
「へい。今ののが一番好きな曲れす」
手が震えた。
自信が確信に変わる…まさにそんなような瞬間やった。
ののは二人暮しをしとる…。
だから今、この歌にすっごい共感しとるんや。
ちゅうことはやっぱり同棲…。
「やっぱ、ココが好きなんれすよね。あったかいうでのな〜か〜で〜♪」
ののはいきなり歌いだした。
ウチはツバを一度飲み込んで、ののの上手くない歌を聞く。
そして、
「ああ、あ〜なたはなつかしくてしかたな〜いラディンラディンユ〜♪」
ってお前の彼氏はテロリストかい!
もう、いてもたってもいられんようになった。
証拠は大体そろっとる。
あとはウチの迫力でののに口を割らせればいいんや。
「のの!」
ウチはののを叫んで、MDを止めてから、ののの肩をつかんだ。
「な、なんれすか?」
「彼氏」
「え?」
「彼氏…おるんやろ?白状しぃや!」
「カレシ?おいしいんれすか?それ?」
「ごまかしたってムダや!ネタはあがっとんねんで!」
「なんか、あいぼん中澤さんみたいれす…」
と怖そうにウチを見るのの。
どんなに目が潤んだってなぁ、ウチはののを追い詰めるんはやめへんで!
「一人暮らしなんていうんもウソやろ?」
「え?今してるじゃないれすか?」
ウチはスクッと立ち上がってののを見下ろした。
ウチのいきなりの行動にののはポカンと口を開けている。
「ああ、わかった。まだシラを切るつもりやな?」
「え?」
「じゃあ、強行ソーサや!」
ウチはタンスの引出しを引っ張りだす。
さっきからあやしいと思っててん。
これも名探偵あいぼんがもつインスピレーションってやっちゃ。
彼氏の写真みたいなもんがきっと隠されてるはずや。
「あ!!」
ののは大声をあげた。
「や、やめてくらさい!」
ののはウチの体をがしりとつかむ。
よっしゃ、ビンゴみたいや。
やっぱりあるんや。
ののはバカ力やけど、ここは引かんで。
「あ!あのクレープおいしそう!」
ウチは目線をののの後ろにやってそう言った。
「え?」
ののは振り返る。
はっきり言ってアホや。
ののの力が弱まったウチはののを突き飛ばして、タンスの中を再びあさる。
そして、ついに写真らしきものを見つけた。
「や、やめてくら…」
「見つけた」
ウチが手にとったものを見ると、「ああ…」とうなだれた。
それは間違いなく写真やった。
ウチはそれを後ろ向きにとっていた。
「さてと…彼氏の顔、拝ませて…」
と言いながら写真の表をめくった。
「………」
これ…、
後藤さん…とののが抱き合ってる写真やった。
「どうして?」
ウチの「どうして」はどうしてこの写真ごときであたふたすんねん?って意味やった。
しかし、ののは少しカンチガイしたみたいやった。
「ごめんなさい。つい出来心で…」
「出来心って何や?」
「やすらさんの家に行ったんれすよ…。そしたらその写真があって…」
なんや、のの。
オバちゃん家に行ったんかいな。
ウチでも行ったことないのに。
てか行きたくもないけどな。
オバちゃんと二人っきりでいると結構息が詰まるし。
「オバちゃんが持ってたん?」
確かにオバちゃんは写真好きだったから持っててもフシギやないけど、それじゃあ何が出来心なん?と思った。
「いや…そうらなくて、オークションで…」
「オークション?」
「へい…」
ああ、インターネットか…。
ウチはほとんどしたことないけど、オバちゃんは結構利用してるって聞いたことがあった。
ウチはフーンと鼻を鳴らす。
「合成ってわかってたんれすけど、つい…買っちゃったのれす…」
え?合成?
少し驚いてから手に持つ写真をもう一度見た。
じっと見たら…というかよく見たらののは最近のアホ顔だけど、後藤さんは黒い髪で、なぜかラブセンチュリーの服を着とる。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
ていうか、そこまでして後藤さんとの写真を…。
完全にプライド捨てとんなぁ…。
ウチは少しショックやった。
しかし、それとこれとは別や。
日本全国5千万のモーニング娘。ファンの期待を一心に背負ったウチが解決せなアカン謎はまだしっかりと残っとるんや!
ウチは気をふるいたたせてののに聞いた。
「そんなことは別にいいから…。なあ、のの。この中で見られたらイヤなもんってこれだけ?」
土下座のお姉さん座りバージョン(太ってるせいで正座できひんみたいや)で必死にあやまっとったののに向かってウチは聞いた。
「はい、そうれすけど…あ、でも下着は見ないでくらさい」
別にAカップの色気の「い」の字もないブラなんて見たくもないわ。
「じゃあ、彼氏は?」
「だから、さっきからなんなんれすか?カレシって?」
「………」
さっきから見せるアホ面を見てたら、何かちゃうんちゃうか?と思ってきた。
「なあ、のの…聞いていい?」
「はい」
「好きな人って今おる?」
「はい、あいぼん大好きれす」
そんな面と向かって言わんでも…。
「そうやなくて…何で一人暮らしはじめたん?」
「少しでも大人になりたいかられすよ」
「それや。その大人ってどういう意味なん?」
「そ、それは一人でなんでもできることじゃないれすか?」
少し口ごもったののをウチは見逃さんかった。
「なあ、のの。ホンマのこと言ってくれへんか?誰にも秘密にしといたるから…ほら、ウチとののの仲やんか…」
「れ、れも…そんなこと言ったって…」
ののは指をイジイジさせて、口をモゴモゴさせて、目をキョロキョロさせていた。
そんな態度にむっちゃ腹が立った。
「どうせ、同棲しとるんちゃうん?」
ウチは思い切って、聞いた。
少し突っぱねた言い方になった。
「ダジャレれすか?」
ってちゃうわ!
「いや、結構マジメに聞いてんねやけど」
「どうせいれすか?してないれすよ」
ののは普通に言ってきた。
それはあまりにも淡々とした言い方やった。
「え?」
「あいぼんとならどうせいしたいれすけど」
「………」
「そしたらどうせいとどうせいになるし、おもしろいれすから」
「………」
ウチはそんな下らんダジャレのために同棲したないわ…。
「な、なあ、のの。今恋人おるん?」
ウチは落ち着いてからゆっくりと言った(今までは、ちょっと勢いまかせに言ったところがあったからな)。
「いないれすよ。いたら、もっと…」
「もっと?」
「セクシーになれるのれす」
確かに…。
風船のようにどんどん太っていくののの恋人になるやつなんてそうはおれへんかも…。
「それに、もしいたらすぐバレると思うのれす」
確かにそうや。
アホなののに感覚が鋭いウチにののの変化がわからんわけがない。
じゃあ、今までのののの態度は何やったんや?
頭にある疑問を一つ一つ聞いてこうと思った。
「じゃああのコーヒーは何や?ののもキライやろ?それなんに何で飲むん?」
「だから、じょーしつを知る人になりたいのれす」
「だからそれって何なん?」
「具体的に言うと、くまかわさんみたいに空を飛びたいのれす」
コーヒー飲んだら空飛べるんかい?
ウチは眉を寄せながら意味がわからんかったので首を傾けた。
「ま、それはいいわ。次や。この家がこんなにキレイなんはののが自分でやってるって言うんやな?」
そう言うとののは一瞬詰まった。
「それは…」
「このさいや。教えてくれへん?」
どっかウソなこと言ってるっていうんはバレてるんやで。
「……」
「なあ、のの…」
「わかりました。でも他のみんなには…」
「わかっとる。ウチが口固いんは知っとるやろ?」
「はぁ…」
とののは少し首をかしげて(なんで、かしげんねん?)、観念してから言った。
「実は、かせいふさんをやとっているのれす」
「かせいふ?」
「はい…」
お手伝いさんか。
なんちゅうブルジョワな…。
ということは自分でやってるって言ってたんは単なるのののミエっちゅうわけか。
「ごめんなさいれす」
「いや、それはいいねんけど…。じゃあ、ハブラシ二つあるんはなんでや?」
「ハブラシれすか?」
「そや、一人暮らしなんになんで?」
「ああ、わかりました。それはのののこだわりなのれす」
「というと?」
「上の歯と下の歯で使い分けてるのれす」
って予想通りかい!
そういえば、ホテルに行ったときも大抵ののはホテルにあるハブラシを一度に2本使っとったような…。
「そしたら、そのキスマークは何や?」
とウチはのの首の下あたりの痕を指さした。
するとののはその部分をさっと押さえた。
「これは、この前やすらさんがつけられたんれす。酔っぱらったときに無理やり…。やっぱり目立つんれすね」
ってまたオバちゃんかい!
サブリーダーっていうまとめ役みたいな立場でいながら、ホンマは一番のトラブルメイカーやな…。
「じゃあさあ、じゃあさあ、あの…茶色の髪は?」
「何のことれすか?」
言ってからウチは家政婦さんのかもと思った。
「家政婦さんって茶髪?」
「違いますよ。くるくるパーマの黒い髪のおばちゃんれす」
「…じゃあ、あの髪の毛は?」
ののは何のことかわかってへんようやった。
ウチは洗面台で見つけた髪をポケットに入れておいたので、それを取り出そうとする。
その時やった。
「ピーンポーン」
玄関のチャイムが鳴った。
「誰かきたみたいれすね」
ののは立ち上がり、玄関に行ってからのぞき穴を見る。
「あ、忘れてたれす…」
と、いいながらドアを開けるとそこには、
「ヤッホー、今日もビシバシ行くよ!」
飯田さんやん。
ウチは玄関に近づいた。
「あれ?加護じゃん。遊びに来てたの?」
飯田さんが大きな目をこっちに向ける。
「あ、はい」
「すいません、あいぼん。すっかり忘れてたれす」
「何が?」
ウチはののを見て聞いた。
「実は…つじ、いいらさんに家庭教師を頼んでたんれす…」
「はぁ?」
「それで今日はその日やったのれす…」
ののは残念そうにウチにあやまる。
「そうなんだよ。辻ってば、『つじはバカれすから』って何度も言ってきてさぁ、『じゃあオレがカテキョをしてやろう』ってことになったんだ」
って飯田さんに家庭教師なんてつとまるんかいな…。
のののやつ、人選間違っとるで…。
まあ、安倍さんよりはマシかもしれんけど。
てかなんで飯田さん、男キャラしとるん?
「ま、そういうわけだから、加護。ちょっとだけ、一人で遊んでてくれない?
それとも一緒に勉強する?1時間5000円だけど」
って金取るんかい!しかも高っ!
ウチらより数倍のお給料もらっとるくせに…。
そうこうしてる間に、ウチはいいらさんの茶色の髪を見て一つ気づいた。
「前にもこの家来てるんですか?」
「ああ、もう3回目…初日を入れると4回目になるかな?」
「じゃあこの髪の毛は…」
と、ポケットから一本の髪の毛を取り出す。
そして、飯田さんの頭にあてがう。
そしたら後ろ髪と長さがぴったりやった。
どうやら、飯田さんのに間違いないみたいや。
「そ、そんな…」
ウチはうなだれて、玄関の地べたにヒザを落とした。
「どうしたの?加護?」
「大丈夫れすか?あいぼん」
なんや、ウチはただ勘違いしとっただけなんか?
もしかして、ウチめっちゃ恥ずかしいやつなんちゃうん?
「何かあったの?辻?」
飯田さんはウチの頭上でののに話しかけていた。
「いや…ただ、さっきあいぼんはつじに変なことを聞いてきたのれす」
「変って?」
「えっと、どう―――」
「わあああ!!」
ウチはジャンプしてののの口をふせいだ。
もし、飯田さんにこの大カンチガイがバレたら、きっとメンバー全員に行き渡って…そんでもってむっちゃ恥かいて、
むっちゃ笑われて…モーニング娘。におられんようになってしまう…。
それだけはゴメンや。
「どうしたの、加護?」
首をかしげる飯田さん。
「いや…別に…。勉強するんですよね。そしたらあたしはテキトーにどっかそこらへんでブラブラと遊んでます…」
と言ってから気づく。
もし、ここで家を離れたら、少し不審がっとった飯田さんはもう一度ののに問い詰めるかもしれん。
「あ、いや、邪魔しないれすからここで遊んどっていいれすか?」
って”のの語”を言ってしもた…。
「いいけど」
とまた首をかしげる飯田さん。
「ほ、ほら、外でブラブラなんかしとったら危険らないれすか?」
ってまた”のの語”…。
ウチはあせっとるとののになってしまうんやろか?
「う〜ん、まあそうだよな。じゃ邪魔するなよ」
「へ、へい…」
ウチは少しほっとして、まわれ右をした。
そうして飛び込んできたドアを見てにウチは思わず「あっ!」と声を出した。
忘れとった…。
ののが同棲をしとるっちゅう、決定的な証拠を!
(残ってはないねんけど、ウチの目はくるってへん)。
「どうしたんれすか?」
「のの!」
うっすらと勝利の笑いを浮かべるウチは、トイレのドアに手をかけた。
「なんれすか?」
「へへへ〜。やっぱ、ウチの勝ちみたいやな!ウチはな、さっき見てん」
「何をれすか?」
「これや!」
バーンとドアを開ける。
そしてその先に見えるのはクリーム色の洋式トイレ。
「ほら、便座上がっとるやろ?こんなん男をこの家に入れたっちゅう決定的な…しょ…う…こ?」
ウチは便器を見て思わず口が固まっていった。
なんで…なんで便座が上がっとるん?
確かにさっきまでは上がってたけど、今はそんなわけがないやん。
だって、ウチとそしてののが使ったんやから。
「男が何だって?」
飯田さんが少し怒ったような口調で言ってきた。
おそらくリーダーとしてメンバーのスキャンダルには敏感になっとるんやと思う。
「だって、さっき、ほら…便座が上がってますよね?だからきっと、ここには男…」
言っててようわからんようになった。
「おお」
ののはポンと手を合わせてから気づいたようにそう言った。
「それ、つじれす」
「へ?」
「つじがやったんれす」
「………」
「つじのマイブームなんれす」
「…どういうことや?」
ののはトイレに入って、そして、便器の上をまたがるようにして立った。
それって、もしや…。
「つじは今、こうやって男の子みたいにおしっこするのが楽しいんれす」
「………」
「あいぼんも今度やってみるといいれす」
「………」
「いいらさんもどうれす?」
「いや…やめとく…」
ののはむっちゃ楽しげにおしっこをするポーズをしとった。
……ウチはやっぱり自分が思っとる以上にアホなんかもしれへん。
でもな…
でもな…
ののは超超超超大アホや!!
☆(第八話 了)
ウチは部屋にある小窓を開け、外の空気を吸った。
こんな晴れた日は屋根にでものぼって日なたぼっこでもしたい。
夏のようにギラギラしてるわけでもなく、冬のようにちょっと風が吹いたら鳥肌がたつもんでもない。
ちょうど心地いい、そんな秋の晴れた日―――。
ののにとってのXデー。
「のの、今日やんな…」
ウチは仕事の合間、ののに電話した。
どうやら今、ののは学校みたいで、いろんな話声が電話の向こうから聞こえる。
最近はタンポポの活動がはじまったからののと離れて仕事をすることが多くなった。
今日は雑誌の取材が数回とラジオの収録があって、それだけで1日が過ぎるみたいや。
各記事のためにウチらは衣装を変えて、取材を受ける。
ののは…詳しくは聞いてへんけど、学校行ってそれからは空いてると思う。
「はい、今日なのれす」
電話の向こうのののは少しだけ落ち込んでるようやった。
そんでもって「元気出してな」なんて言うと「元気れすよ」と笑う。
なんちゅうか、典型的な”カラ元気”ってやつやった。
「なあ、のの、ホンマにそれでいいんか?なんやったら、マネージャーにもう一度言えば、何とかしてくれるんとちゃうん?」
「いや、いいんれす」
「でも、ホンマは一人暮らし続けたいんやろ?ウチや多分メンバーみんなは大賛成やで」
「いいんれすって」
電話の向こうでは寂しそうにしながら、必死で肩をつっぱっるののがいた。
「そっか。まあ、家に帰ったほうが、おかんの料理とかいっぱい食べれるし、いいことばっかやもんな」
「へい、そうなのれす。掃除も洗濯もやらなくていいからラクなんれす」
元々してなかったんやろ?
そう突っ込みたいウチからその言葉は口から出てこなかった。
「そうやな、一人暮らしなんてできたらせんほうがエエわな…」
少しなぐさめの言葉みたいに言う。
「はい、だからあいぼんも気にしないでくらさい」
はげまそうと思って電話したんやけど、あんまりはげましにはなってへんかったかな?
ホントはもっとはげましたい。
でもそんな笑顔を見せられる(見えてへんけど想像でな…)とな、ウチ、言いたいこともほとんど言えんようになってしまうねん。
なんとかしてやりたいねんけど、どうしようもないっていうか。
そうやな、ちょうど中澤さんの脱退んときと似とった。
全然、状況は違うかもしれへんけど、さびしい気持ちと前に進もうとする気持ちが重なってて、
周りで見守るウチらは悲しくてもそれを引き留めることはできん…そんなフインキやった。
ののはもう自分で道を選択したんや。
そして、そこにはもう後悔なんてないんや。
だから惑わすことを言っただけなんかもしれんな。
よう考えたら、どうってことないことやないねんけどな。
ただ、一人暮らしをやめるってだけ。
元の状態に戻るだけ。
突然、「一人暮らしがしたいのれす!」と言い出したのの。
あれから1ヶ月とちょっと経っている。
なんかずいぶん昔のことのように感じる。
この間にもウチらモーニング娘。をとりまく状況はめまぐるしく変化していた。
モーニング娘。っちゅうグループはホンマ変化が激しい。
メンバー増員ってのはもちろん一大行事やったけど、他にも新曲やらロケやらライブやらと同じことは一つとしてなく、緊張のしない日はない。
そんな中でののが一人暮らしをはじめて、そしてやめることは特に大したことのない変化なんやと思う。
しかし、ののにとってはやっぱり大きなことなんや。
今回はののが自分で決めて行動したことやから。
どんな変化であったって、それは上の人間が決め付けたことでウチらはただそれにしたがう兵士みたいなもんやった。
別にそれが悪いとは思ってへんからいいねんけどな。
結構そういう状況を楽しんでいるわけでもあるんやし。
元に戻るって言ったって、やっぱそこには1ヶ月前のののはいないんやと思う。
例えば、ウチが今からモーニング娘。をやめたところで2年前の普通の女の子に戻れるわけがない。
きっと何かが変わってるはずや。
それと同じなんや。
ウチらは戻ることのできない道を歩いている。
その一歩一歩が成長と言えることなんやと思う。
いや、それを成長と言えるように、これからもっとがんばらんとアカンのや。
「タンポポのみなさんよろしくお願いしま〜す
スタッフの声が聞こえる。
「は〜い」
飯田さんが返事をして、電話を切ったばかりのウチに声をかける。
「さ、気合入れてがんばるわよ」
「へい」
ウチは仕事に集中しようと気合を入れた。
でも心のどっかではのののことを考えていた。
◇
ウチは賢いから一つのことに集中せんでも、ちゃんとソツなくこなせるんや。
だから、他のことを考えとっても雑誌の取材もちゃんと元気よく――
「どうしたの、あいぼん?今日はあんまりテンション高くなかったね?」
呼びかけるのは梨華ちゃん。
「え?そう?」
「やっぱミニモニ。のほうがいいって思ってるんだ」
と皮肉っぽく言う飯田さん。
…元気じゃなかったみたいやな。
ちゃんとアイボンスマイルしてたはずなんになぁ。
「そ、そうじゃないですよ。タンポポも大事です」
そう言わんと飯田さん、年がいもなく泣いてまうからなぁ。
「じゃあ、なんで…ってそうか…」
のののことを心配してるってバレた…かな?
まあ、別にいいねんけど。
「お腹すいてんだね」
ウチはののかい。
そんなご飯を食べれんかったぐらいで、仕事をおろそかにする人間やない
で、ウチは。
確かに昼ごはん、あんまり食べれなかったんやけど…。
タンポポってグループは居心地がいい。
口だけじゃなくてホンマ、このグループは大事にしたいって思っとる。
そりゃあ、最初のころは矢口さんも飯田さんも怖くって…
ていうかウチと梨華ちゃんが入るって決まったときの飯田さんのガッカリした顔っていったら、
今でも思い出すと胸が痛くなんねんけど、もう今はそんなんは全くなくってホンマいい感じや。
ミニモニ。にいると天国にいるみたいにふわふわした感じやけど、
タンポポはこう名前の通り、地面に根っこがはっていて、落ち着いた感じがする。
まあ、ののがおらん唯一の場所やからな。
つまりののがいるイコール落ち着けんってことや。
だから、ウチが守っていきたいもんの一つには変わりない。
ただ、このお腹ぎゅうぎゅうの衣装は何とかしてほしいねんけど…。
「そういえばさあ、今日って辻の引越しの日だよねー」
とののの話を切り出したのは矢口さん。
鏡で前髪をチェックし終えたときやった。
すると飯田さんと梨華ちゃんは「おお、そういえば」と口をそろえて言った。
「あれから1ヶ月かぁ。どうなることかと心配したもんだね」
と遠い目をして言う矢口さん。
少し苦い顔をしとった。
「ま、しっかし、辻のわがままも困ったもんだよね。いきなり一人暮らしがしたいだなんて、むちゃくちゃダダをこねるんだもんなぁ」
「そうですよね。ののって自分の立場ってわかってないのかなぁ」
「ホントホント、心配するこっちの身にもなってみてよ、って感じだよね」
何言うとんねん。
ののは立場をわかっていたからこそ一人暮らししようって思ったんやで。
それにみんな、ののの心配なんて今までほとんどしてへんかったやん。
「ま、オイラから言わせれば、そんなこと言う前に自己管理ををどうにかせい!って言いたいね。
ホント、あのデブ化はマジでアイドル生命危ういぞ、っと」
「そうですよね。ののって相変わらず1日6食食べてるらしいですよ。
今考えると一人暮らしをさせるだなんて…怖いことですよね。何食べてるかわかったもんじゃないし」
「ホントホント、無謀なことをした、って感じだよね」
ののは一人暮らししてからほんの少しだけ痩せたんやで?
それって”自己管理”っていうもんができたからなんちゃうん?
それに今は1日6食やのうて5食なんやで。
なんで、文句を言うん?
「ま、辻も一人暮らしがいかにつらいことなんかよくわかったみたいだからね。
ホント、マネージャーも1ヶ月限定だなんて上手いこと言ったよなぁ」
「そうですよね。ののってすぐくじけるからマネージャーもよくわかってたみたいですね」
「ホントホント、今回ばかりはマネージャーのナイスアイディア、って感じだよね」
何やって?
ののがいつくじけてん?
この1ヶ月、一生けん命生きてたやん。
それですっごい変化したやん。
「ま、これを機に辻も大人しくなって…くれるわけないか…。はぁ、これからミニハムずもあるし、ミニモニ。大変だなぁ」
「そうですよね。がんばってください、ミニモニ。リーダー矢口さん」
「ホントホント、矢口ご苦労様、って感じだよね」
「何アホなこと言ってるんですか?」
ウチはついにキレてもうた。
「ど、どうしたの、あいぼん?」
「どこがのののわがままなん?どこでののがくじけとんねん?なんでのののことをそんなに悪く言うんや?」
つい矢口さんや飯田さんにもタメ語の関西弁を出してしまった。
でもウチは止まらへんかった。
「ちょっと落ち着きなよ…」
「あたしは落ち着いてます!でもののの悪口は言わないでください」
「別に言ってないよ…。ただ…大変だったねって…」
「ののはですね、一生けん命生きてるんです。必死になって…だからない頭をいっぱい使って一人暮らしを始めたんです。
少しでも成長しようって…だから…」
「ちょっと、ホントに落ち着いてよ、加護…」
ウチは少し青くなっている飯田さんの言葉を無視する。
「一人暮らしをやめるときにだって、ののはいっぱいいっぱい悩んだんです。
ののはアホやし、何言ってるんかわからへんときもあるし、食ってばっかりおるし、
いろんな人に迷惑かけとるし…あたしだって、何度もなんでやねんって思ったこともあるし…。でも…」
「でも…?」
ウチは一回鼻をすすった。
なんか目の前がぐにゃっとゆがんでた。
「でもそういうとこも全部ひっくるめてののの良いところじゃないですか?」
ウチは失望した。
モーニング娘。って…タンポポってこういうグループなんやったって。
いろんな人に夢を与えてやりたいだなんて、チョーシのいいこと言ったりしながら、
実際は一番身近にいる、たった一人の女の子のことさえも考えられへんグループなんやって。
「加護、わかったから落ち着きなさい。周りの人に迷惑でしょ?」
「そうだよ、加護。加護ももう少し大人にならないと…」
「また、何か週刊誌に言われちゃうから、ココはとにかく…」
ちょうどこの部屋にはウチらタンポポ以外にもスタッフの人とかがいた。
そんな人たちがウチの叫び声を聞いて、こっちのほうをじっと見ていた。
ウチはさらに許せなくなった。
だって、ウチが必死で言ってるんに、飯田さんと矢口さんと梨華ちゃんは周りのことばかりを気にしてたってことやから。
目から冷たいもんがウチのほほを伝っていた。
ゴシゴシこすると少し化粧がとれた。
ねえ、飯田さん。大人になるってなんですか?
ねえ、矢口さん。セクシーになるってなんですか?
ねえ、梨華ちゃん。キャラをつかむってなんですか?
それって一番重要なことなんですか?
そんなもんのために、ののの悲しむ顔を忘れなければならないんやったら、ウチはそんなもん、欲しくない!
子供でいたってかまわへん!
「あたし…帰ります。もうみんなと一緒にいたくありません」
ウチは思いっきり3人をにらんだ。
ウチって天使みたいな顔やから、あんまり怖くはならへんかったと思う。
でも、そんな顔を面と向かってしたんははじめてやったやろうから、3人は少し引いてた。
そして、ウチはこの場を飛び出した。
◇
あ〜あ、仕事すっぽかしてしもた。
寝坊は何回かあったけど、こうやって自分の意志でサボったんは初めてや。
今ごろみんなカンカンやろうなぁ。
しかも、あんな捨てゼリフを吐いてしまって…。
マネージャーなんていろんな人たちにあやまっとるんやろうなぁ。
ウチはどうなるんやろう?
クビ…もしくはキンシンっていうのもあるかも…。
これで緊急!加護SPも三人祭モーニング娘。全員(-保田)バージョンもお流れか…。
もしかしたら、めっちゃ恥ずかしい脱退かもしれへん…。
あ、そういえば携帯とかお財布とか置いてきてしまった。
ていうか、今タンポポの衣装着てるやん。
なんちゅうか、目立つ格好や…。
もし、このまま街ん中をフツーに歩いたら大パニックやろうな。
…一旦、帰ろっか…。
スタイリストさんにも迷惑かかるし…。
ってそんなことをしたらそれこそ恥やん!
お金もないから着替えも買えんし。
とにかく行くとこ考えよ…。
歩いて行けるくらい近くてウチのことをわかってくれる人…
ってののの家しかないな。
考えるまでもないわ。
こっから歩いて20分ぐらいやな。
でも、ののにも今頃連絡行ってんねやろうなぁ。
もしかしたら、それを見越されて先回りしとるかもしれへん。
そこで捕まったら心読まれとるようでなんかイヤやな。
ってウチなんか逃亡者みたいやな…。
どうしよう…。
ってでもそんなこと考えとったらどこにも行けんようになってしまうわ。
そや、あんまり深く考えんとこ。
ウチはののの家に向かった。
ののの家まで、人通りの少ないところを選んでいった。
このタンポポの衣装やからな…。
誰が来とっても目立つんに、ましてやウチやからなぁ。
神様、どうかヲタさんたちだけには会いませんように。
「あのぉ?」
ビクッ!
後ろから肩をポンポンと叩かれ、そして声がした。
もうバレた?
「ここに行くにはどうしたらいいんですか?」
振り返ると三つ網でそばかすたっぷりの女子高校生が地図を片手に立っていた。
「え?」
「ここなんですが…?」
「あ、はい…」
バ、バレてないんやろうか?
ウチはそう思いながら地図を見て、指を差していた方向を教えてあげた。
「ありがとうございました!」
「あ、はい。あの…」
「はい?」
「いや、なんでも…」
結局何にも気づかずに去っていった
ウチって一体…。
自意識過剰ってやつなんやろか?
「Oh! Beautiful girl! Kokeshichan!」
わっ!
今度はなんや?
「ペラペラペラ!」
なんや、外人か?
「ペラペラペラペ〜ラ!」
何言うとるかわからへん?
一人っきりで見知らぬ外人に会うんははじめてや。
ああ、ミカちゃんにもっと教えてもらえばよかった…。
「お、おーけーおーけー、ミスタームーンライッ!ピースピース、コンヤチカウヨ、フジヤマ、ばーい!」
ウチは手を振りながらそう言って逃げ出した。
ハイヒールを履いていたから、上手く走れんかったけど、なんとか振り切れたようや…。
それからはさらに路地裏を通って歩いた。
めっちゃ、衣装が汚れてしもたんやけど、しゃあないわな…。
許してな衣装さん。
それから30分もかけてやっとののの家に着いた。
ちらほらこっちを見てる人がおったけど、声はかけられたりはしなかった。
いろんな人がおるもんや。
ののの家のチャイムを鳴らした。
するとピンポーンという音が玄関の向こうから妙に響いていた。
ウチはノブに手をかけた。
そしたらガチャリと回った。
中でとんがりコーンでも食べながら寝とてるんやろうか?
不用心なやっちゃ…。
そう思い、ドアを開けるとそこにはガランとした部屋が広がっとった。
「………」
ののはいなかった。
そして昨日まであったはずのテレビや棚がなかった。
ただ床と壁と窓と…それだけがあった。
なんかむっちゃ広く感じた。
「………」
「あれ?あいぼんじゃないれすか?」
後ろから声がした。
振り返るとののがフシギそうに目をパチクリさせながら立っていた。
「のの…」
ウチの家じゃないのに、ただ引越しが終わっただけやってのに、うっすらとまぶたに熱いもんを感じた。
ああ、一人暮らしが終わったんやな、ってあらためて思ったんやろう。
もう明日からココはののの家じゃなくなって、ウチもこーへんようになるんやって。
お別れなんやって。
「あいぼん、泣かないでくらさい…」
「アホ、別にあたしが引っ越すワケやないのに何で泣かなアカンねん…」
ウチは歯をくいしばりながらののに強がった。
「入ります?何にもないれすけど…」
「あ、うん」
ウチとののはもう何にもない家に入った。
もうすぐ冬になるからかもしれへんけど、床が冷たかった。
壁にさわったら壁も冷たかった。
窓にさわったら窓も冷たかった。
ここにはいろんなものがあった。
でもそれも全部なくなって、ただただ広い空間だけになっていた。
そんな部屋を見るといたたまれんようになるんは何でやろ?
「もう引越し完了したんやな」
「はい、引越し屋さんが来て、つじの家に持っていきました」
「マネージャーは?」
確かののの引越しの付き添いに下っぱのマネージャーが付き合わされはずや。
「今はつじの家れす」
じゃあ、しばらくは誰もこーへんっちゅうわけやな。
「そうだ。あいぼん、おそば食べるのれす」
「ソバ?」
「はい、引越しには付きものらしいれす。さっき注文しときました」
それって引越し先で食べるもんやと思うけど。
ま、いっか。
「でもあたしの分注文してへんやろ?」
「はい。でもつじと”半分こ”すればいいのれす」
「なるほど」
食べ物のことなんに”半分こ”なんて言葉がののから出てくるとは…。
よう言った、のの。
「さすがに4人分は多いかなって思ってたところだったのれ」
って4人前食う気やったんかい!
やはり、いつまでたってもののはののやな…。
「今気づいたんれすけど…」
「ん?何?」
「どうしてタンポポの衣装なんれすか?」
今ごろ気づいたんかい…。
フツー一番最初に気づくやろ?
「いやな、それは…って聞いてない?」
「え?」
「電話かかってきてへんの?」
「誰かられすか?」
と言いながらののはポケットからミニモちゃんストラップ付きの携帯電話を取り出した。
「いや、誰からも来てないれすけど…」
「そうなんや…」
ウチはここに来る前、できればののには連絡いってないでくれ、って祈っとった。
でも実際そうなったらむちゃくちゃショックなウチがいた。
それは多分、タンポポの三人がウチのことを少しでも心配してるんやったら、絶対ののにはかけていると思っとったからや。
ウチがあんなことをしでかしたっちゅうのに、誰も気にも留めてくれなかったんや…。
今頃、矢口さんらはフツーに仕事しとるんやろうか?
「どうしたんれすか?」
ポタリという音が床から聞こえた。
見ると床に水滴が落ちている。
なんや、雨もりかいな…。
結構新しそうに見えて、ホンマはめっちゃ古い家なんちゃうん?
それともケッコン住宅かいな?
ってまたポタポタと…。
ここだけ穴があいてるんやろか?
「あいぼん…泣かないでくらさい…」
「え?」
ウチは顔をあげた。
そしたらほほに何かが伝っていった。
ののの顔を見たはずやのに、ちょっとゆがんでブサイクに見えた。
元々、そんなに整った顔やないねんけどな。
「何言うてんの?なんであたしが泣かなアカンねん…」
あごに何かへんな感触があったので手でそれをぬぐった。
水みたいな液体がついた。
そして、ちょっとなめてみる。
しょっぱかった。
「あいぼんが悲しむとつじも悲しいのれす…」
涙だとようやく気づいた。
同時にそれはウチが流したもんやと気づいた。
ののには涙なんて見せたくない。
そう思ったら、目の前がもっとぐちゃっとなって、壁とか床とかさえわからんようになった。
「泣かないれくらさい…」
「のの…」
ウチはののを抱きしめた。
むっちゃ太かった。
ちょっと震えていた。
そっか…。
のののあったかい体を抱きしめ、そして抱きしめられてやっとウチは気づいた。
このガランとした部屋はウチの心そのものなんやって。
昨日まではいっぱいツマっとって、そこにいればなんでもできた。
中にはテレビがあってフトンがあって漫画があった。
ののがいて…笑って、はしゃいで、喜んで…そんな楽しいもんがいっぱいツマってたところなんや。
ウチの心もそんな感じで満たされていたんや。
でも、もうそれももうなくなってしもた。
ウチの心は空っぽで、明日にはののさえもウチから離れていってしまうんや。
だからむっちゃ悲しいんやって…。
「のの…ありがとな…」
「それはこっちのセリフれす。あいぼん、最後に来てくれてありがとう」
ウチはののと向き合った。
ちょっと顔を近づけたらチューしてしまいそうなくらい近かった。
ののは目が真っ赤になっていた。
ウチと一緒にののは泣いてくれたんや。
きっとののはずっと泣くのをこらていたんやと思う。
それがちょっと嬉しかった。
だって、ののは簡単に涙を流さなくなったんやけど、ウチの前では心のままに正直に泣いてくれるってことやもん。
『あたしな…逃げてきてん。だから辞めなアカンかも…』
この言葉を言ったら、この顔をまた泣かせてしまうかもしれへん。
でも言わなアカンと思った。
もしウチからじゃなく他の人からののの耳に届いたら、そっちのほうがののにとってはつらいはずや。
だからどんなにつらくても、ウチにはののの泣き顔を見なければならない義務があるんや。
「のの…聞いて…」
「へい…」
「あたしな…」
ピンポーン。
ウチが告白しようとした瞬間、玄関のチャイムが鳴った。
ここには何にもなかったからか、妙に大きく響いた。
「ちぃ〜っす。ソバ屋で〜す。引越しソバお待たせいたしました〜」
なんか威勢のいい女の声。
タイミングを逃してしもた。
まあ、ソバを食べてからのほうがいいからちょうどエエわ。
涙流しながらソバをすするののは見たくないからな。
「は〜い」
ののは少し離れて、目をゴシゴシさせながら、玄関に向かって言った。
そして、立ち上がって歩いていった。
「ありがとうございます」
ののは玄関の扉を開けて言った。
すると、ののより身長がちょっと高いぐらいの女の人が帽子を深くかぶって、待っていた。
「えっと、辻さんでよろしかったですよね?」
伝票をペラペラとめくりながらそのソバ屋さんは言った。
「はい」
「では、確かにソバ13人前お届けに参りました」
「え?13人前?」
ののは戸惑った声を出す。
「はい。13人前とお伺いしておりましたが…」
「あれぇ?4人分しか頼んで…」
「え?4人前なんですか?まじっすか?うわぁ、まいったなぁ…」
頭を抱えるソバ屋さん。
ウチも何があったのか気になって玄関に向かった。
「どうしたん?」
ウチはののに聞いた。
「いや、まちがえたみたいれす」
と困った顔をするのの。
「何を?」
「13人前持ってきたらしいのれす」
ウチはうつむきながら頭をかくソバ屋さんを見た。
まあ、ウチらには非はないねんから、4人分だけいただこか。
と思ったとき、ののがポツリと口を開いた。
「13人分も食べれるかなぁ…」
って食う気かい!
「あ、でもあいぼんがいるから10人分ぐらいかな?」
ってウチも3人前食べなアカンのかい!
「なら大丈夫かな?」
って10人前は食えるんかい!
ウチはさっさとお引取り願おうとソバ屋さんに声をかけようとした。
しかし、その時やった。
ソバ屋さんは口を開いた。
「う〜ん。しかたないですね。じゃあ、私たちも一緒に食べることにします」
「は?」
ウチはソバ屋さんにあんぐりと口を開けた顔を見せた。
すると、ソバ屋さんは帽子を取った。
「あっ!」
「辻ついでに加護。一人暮らしおつかれさま〜!!」
「安倍さん!!」
そしてソバ屋さんからパパン!とクラッカーが鳴る音。
「おつかれ〜」
ソバ屋さん、ていうか安倍さんの後ろには、後藤さん、オバちゃん、小川ちゃん、高橋ちゃん…
あ、矢口さん、飯田さん、梨華ちゃんも…タンポポの衣装でいた。
ともかく狭い廊下にメンバー全員がいた。
「さあて、ソバ食べるべさ!」
「おう!」
安倍さんの掛け声にみんな反応し、ののの部屋にズカズカと入っていく。
「ちょ、ちょっと…」
イマイチ状況がわからへんウチの肩を矢口さんがポンと叩き、ウィンクしながら親指で後ろのほうを指さす。
その方向にはよっすぃーがハンドカメラをウチに向けていた。
「そのポカンとした間抜け顔、オイラの宝物にするよ」
皮肉っぽい笑みを浮かべながら矢口さんはそう言った。
…なんや?
ドッキリ?
どこから?
どこまでが?
「加護」
次に飯田さんがウチを呼んだ。
「ごめんね、だますような真似なんかして。でもそんなつもりじゃなかったんだよ」
飯田さんはウチを柔らかく抱きしめた。
ウチは呆然としたままやった。
「あいぼん」
飯田さんが向こうに行った後、梨華ちゃんがウチを呼んだ。
「な、なあ梨華ちゃん…」
「ごめんね。安倍さんがどうしてもやりたいっていうから…」
「どういうことなん?」
ウチは仕事場を飛び出した時のことを思い出していた。
あれからウチをだましてたんやって気づいた。
「ののの引越しのお祝いしようってことになって…ほら、引越し初日ってあんなだますようなことしちゃったでしょ?
だからみんなすっごく気にしてて。そしたら、安倍さんが『じゃあ今度は温かいだましをやろう』って言い出したの」
「だからって…ウチまではめんでも…」
ていうか、ののはほとんどダマされていないんじゃ…?
「別にあいぼんのことをはめようなんて思ってなかったんだけどね。
ちょっと怒らせて、からかおうって思ってただけなんだけど、飛び出していっちゃうし…」
ウチは顔がカーッと赤くなった。
「まあ、でもののの家にいるって聞いてほっとしたよ。あ、オバちゃんがね、監視してたの」
「もう、いいから…」
「でもあいぼんってすっごいって思った」
梨華ちゃんが微笑みながら言った。
「なんでやねん?」
こうやって完璧にはまってもうたウチのどこがすごいねん?
少し悔しくて強い口調で言った。
「だって、あんなにのののことを考えているんだもん」
「あ…」
さっきとは少し違う感じで顔が熱くなった。
「さっきも言ったけど、ののの悪口みたいなことを言っても、そこまであいぼんは怒らないって思ってたの。
ちょっとからかって万が一あいぼんが拗ねたらそれで『ヨシヨシ』って頭なでてそれでおしまい。
そんな感じにするつもりだったんだけど、あいぼんはすっごく怒って出てっちゃった。私すごいなぁ、って思ったよ」
なんや、むっちゃハズいやん…。
「あたしは…別に…」
「ののがけなされて悔しかったんでしょ?」
「うん」
「腹が立ったんでしょ?」
「うん」
「守ってやらなきゃ、って思ったんでしょ?」
「…うん」
「やっぱ、あいぼんってすごいよ」
ウチは何にも言えなかった。
涙が出てきそうなのを必死でこらえた。
だけど、それも耐え切れずに少しこぼれた。
そんなウチを梨華ちゃんは優しく抱きしめてくれた。
それは悔し涙でもあり、嬉し涙でもあって自分でもよくわからないフシギな涙やった。
「ねえ、あいぼん…」
少し落ち着いた時、梨華ちゃんがぼそりと口を開いた。
「ん、何?」
「さ〜て、おソバの準備ができました〜」
遠くでは飯田さんがみんなに向かって声をかけていた。
「わ〜い」
と子供のように喜ぶ矢口さん。
「おっそばだおっそばっだ♪うっれしっいな♪」
と割りばしを二つに割りながらもっと子供のように喜ぶオバちゃん(年いくつやねん…)。
梨華ちゃんは何か言うつもりだったみたいやけど、
飯田さんの声にタイミングを逃してしまったんか続きは言わずにただウチを抱きしめていた。
ウチはそんな状態でずっとおるのが少し恥ずかしくなった。
だからパッと離れて、梨華ちゃんに
「ねえ、行こ」
と、うながした。
「その前に、一つ言わせて」
みんながいる部屋に行こうとするウチの背中を梨華ちゃんは呼び止める。
ウチは「ん?」と言いながら振り返る。
「大丈夫だから心配しないで」
「何が?」
「私は…ううんメンバーみんな、ののの良いところを知ってるから」
「……」
「モーニング娘。はあいぼんが思っているよりずっとずっとすごいグループなんだから」
「梨華ちゃん…」
「もちろん、あいぼんの良いところもい〜っぱい知ってるからね」
梨華ちゃんはウィンクした。
「し、知ってるよ、そんなことぐらい。だって…」
「ん?」
「だってあたしもモーニング娘。やから」
梨華ちゃんは「そうだね」と言わんばかりに微笑んだ。
ウチもそんな梨華ちゃんを見て笑った。
「梨華ちゃ〜ん、あいぼ〜ん。早く来なよ〜」
よっすぃーの楽しげな声が聞こえる。
「うん!今行く〜。ね、あいぼん行こ」
「うん」
梨華ちゃんはウチのそでを引っ張った。
顔をあげるウチは目の前の広がる光景を見て、一つ気づいた。
部屋の中には人で埋め尽くされている。
幸せそうな顔がいっぱい。
そうや。
何にもなくなるんやない。
物がなくなったとしても、ココにはいろんな出来事があったっていう思い出がいっぱい残されとるんや。
ウチの心も空っぽになるなんてことはないんや。
「か〜ご〜ちゃん!だからそんなところで突っ立ってないで早く来てよ!
早くしないとのびちゃうぞ〜」
「へ、へい!今行きます」
ウチはそんな幸せが詰まった部屋に飛び込んだ。
◇
メンバー13人が円になって床に座った。
ザブトンもなく直に座ったのでめっちゃお尻が冷たかった。
「では、ソバもみなさんに行き渡ったことだし、今回の主役の辻さんから一言いただきたいと思います」
今回はどうやら安倍さんが進行役みたいや。
え?という顔をウチの隣りにいるののはした。
ウチはのののぶよんぶよんの脇腹をつつき、微笑む。
「パチパチパチ」という拍手の中でののは一度ウチにややひきつった笑顔を見せながら立ち上がった。
「きょ、今日は、ま、まとこにお忙しいなか…」
なんで緊張しとんねん?
「のの、がんばれ!」
「へい。あ、ああ〜アエイウエオアオ〜」
何、発声練習しとんねん?
「みなさん、つじのためにありがとうごじゃいます。つじはまだまだみんなに迷惑かけると思いますけど、
これからもがんばりますのでよろしくおねがいしま〜す、でございま〜す」
「おう、これ以上太るんじゃねえぞ!」
飯田さんの男口調の声にみんな爆笑しとった。
そして後藤さんが立ち上がり、ののに近づき花束を手渡した。
「後藤しゃん」
「辻、おつかれ。これからもがんばれ」
後藤さんはめっちゃハロモニの文麿やった。
ののはポケーッとした顔を後藤さんに見せとった。
これはむっちゃ感動しとるっちゅう意味なんや。
そんなののを見て、後藤さんは少し照れた風に苦笑いしとった。
ああ、うらやまし…。
ちなみに梨華ちゃんが白いハンカチを取り出して口にくわえとったんは…演技やな…。
…そう思いたい…。
(そして、よっすぃーのそんな梨華ちゃんを見る目も…怖い…)
「じゃあ、次にカンパイの音頭を紺野ちゃんヨロシク」
安倍さんがすぐ横にいる紺野ちゃんを見ながら言った。
「は、はい…」
なんで紺野ちゃんなんやろ?
別に紺野ちゃんが悪いって言ってるわけやないねんけど、ココで代表して新メンバーである紺野ちゃんが出てくるのはおかしい気がした。
「何かねぇ、紺野がどうしてもやりたいって言い出したんだべ」
みんなもフシギに思ってたみたいで、一人知っている安倍さんがそう付け加えると
「よ!紺野がんばれ!」
と矢口さんがゲキを飛ばしていた。
みんな水の入った紙コップを手に持った。
そして、紺野ちゃんは立ち上がって、一呼吸おいてから言った。
じゃなくて歌った。
「じゅ〜うさんにんが〜か〜り〜のお〜ひぃっこ〜し〜…」
「…………」
「…………」
あまりにも暗いフインキになり、誰もがしばらく何も言えんようになった。
「ちょ、ちょっと何だべ?これ…」
「ダメ…ですか?」
「いや、いいんだけど…」
「………」
「………」
なんや、このシーンとした空間は…?
てか13人で引越ししてへんやろ?
「と、とにかく……カ、カンパ〜イBaby!」
安倍さんが少しカラ回りして言った。
「Baby!」
「紙コップで〜いんじゃない?」
と恋レボの合唱してから、ようやく紙コップに口をつけた。
それからはホンマみんな思い思いにしゃべりはじめた。
少しのびとったけど、それはそれでまあまあおいしかった。
ウチは狭いスペースにちょこんと体育座りをしながらソバを食べているののをふと見た。
その顔が少しさびしそうなんに気づいた。
まだ、なんか考えてるんやろうか?
やっぱり一人暮らしを続けたいんやろうか?
「のの…どうしたん?」
いてもたってもいられんようになり、ウチはののに聞いた。
「あいぼん…」
「ど、どうしたん?」
「おソバ…1人前しか食べれなかったのれす…。3人前のはずだったのに…」
って、そんなんで悲しむな!
またカンチガイしてもうたやん。
ったくホンマののはウチがおらんとホンマアカンわ。
「ねえ、あいぼん…」
「何?」
「本当にありがとうれす」
「今日、あたしは何にもしてへんよ。するんやったら安倍さんとか…」
と言っているときにののは首を横に振った。
「そうじゃなくって。今まで…オーデションで出会ったときから、つじの一番の友達でいてくれて…本当にありがとうれす」
「のの…」
ウチかてそうやで。
のの…ありがとな。
だらしなくて、たよりなくて、ウチに迷惑ばっかかけて…ホンマ困ったもんやけど、ウチと一緒にいてくれてありがとな。
ののがおらんかったらウチ今、こんなに幸せやないと思う。
「だからね…」
ののはウチのソバをもの欲しそうに見てた。
って、さっきの「ありがとう」は単なる前フリかい!
くっさいこと言わんで良かったわ…。
ウチはソバを隠す仕草をした。
「なんでやらなアカンねん…イヤや!」
「ちょうだい」
「ダメ」
「ね〜え〜、ちょーだい。今日はつじのための会なんれすよ」
「それとこれとは別や」
「ちょ〜だいったらちょ〜だい!」
「ダメったらダメ!」
「あいぼ〜ん」
そんな情けない声が部屋中に響き渡った。
他の11人はそんなウチらを楽しそうに見ていた。
◇
「さて、これでオッケーかな?」
部屋を見渡して安倍さんは言った。
もう部屋には何にも残ってへんかった。
ソバを食べるときに使った皿も紙コップも梨華ちゃんやよっすぃーがまとめて持っている。
みんなが来る前の何にもない部屋に戻っていた。
「んじゃ、あたしたちはこの辺で帰るから」
安倍さんはウチとののに向かって言った。
「明日は8時だからね。遅刻するんでないよ」
「はーい」
ののとウチは声を合わせて言った。
でも一番遅刻しそうなんは安倍さんなんやけどな。
安倍さんたちメンバーは家を去っていった。
みんなを見送ったあと、
「これから何かすることあるん?」
とウチはののに聞く。
「特にないれす。あとは…」
ののはポケットからカギを出した。
「このカギで玄関を閉めて、マネージャーに渡したら終わりれす」
おそらくカギはマネージャーから管理人さんみたいなところに行くんやろう。
その後の手続きとかはマネージャーにおまかせってなるみたいや。
「そっか…」
このカギを使って扉を閉めたとき、ここはののの家ではなくなる。
もう二度と来ない場所になる。
「この1ヶ月間、すっごく充実していたのれす。この家のおかげれす」
「ホンマやな」
ののは目をつぶって、鼻をヒクヒクさせてこの部屋の匂いを最後にかいでいるようだった。
ウチも同じようにしてやってみたら、ソバの匂いがした。
ってまた食い物かい…。
そんな思い出しか残ってへんのんちゃうん?
「つじはおかげで強くなったれす」
ののはカギの先っぽをつまみ、ぶらんぶらんさせながら言う。
「うん、そやな」
「これからもっと一生けん命がんばれるのれす」
「うんうん」
「お姉ちゃんも折れてくれたれすし、バンバンザイれす」
「うんうん、そやな…って、は?」
ウチは口を開けながらののを見た。
「なんれすか?」
「今、何て言った?」
「え?何がれすか?」」
「ののの姉ちゃんがどうしたって?」
「え?」
ののは「しまった」という顔をしながら、よしかかっていた壁にさらに強くもたれかかった。
「どういうことや?」
ウチはガンを飛ばすようにののを見る。
「じ、実は…帰ってきたら、お姉ちゃんのバッグを貸してくれるって言ってくれたんれすよ」
しどろもどろになるのの。
その汗のかきかたはフツーやなかった。
「もしかして…のの…。一人暮らししたかったのは、お姉ちゃんとケンカしたからとか…?」
ウチは半分冗談、半分はカマをかけるつもりで聞いた。
「…そ、そんなワケ…な、ないじゃないれすか…?」
ののはいつも以上にかみかみになりながら言った。
…図星?
呆れながらののを見た。
「ま、まあ、いいじゃないれすか?」
「……」
ウチは目を細めてののをじっと見る。
「……」
「……」
「………」
「………」
「あ、あいぼ〜ん…」
情けない顔をしてウチの名前を呼ぶののに対し、ウチは、
「まあ、そうやな。そんなんで一人暮らしするわけないやんな」
と笑顔で返した。
そしたら、ののは「そうれすよ〜。てへてへ」と安心したように顔をだらしなくゆるめて言ってきた。
ま、もう一人暮らしを始めた理由なんてどうでもいいんやけどな。
目の前には一ヶ月前とは違ったののがいる。
それだけでいいんや。
とにかく、真相はヤブん中っちゅうわけや。
…枯れたヤブやけどな。
二人一緒に「えへへ」とヘンな笑みを浮かべてるときやった。
突然、「ミニモニ。テレフォンリンリンリン!」が流れた。
電話や。
ウチは当然ミニモニ。を着信音にしてないから、ののの電話やってのがすぐわかった。
「誰かられすかね?」
ののはポケットから携帯電話を取り出した。
「マネージャーれした」
と一度ウチに残念そうに言ってから、「もしもし」と電話をしだした。
やけにののの声、そして電話の向こうのマネージャーの声が聞こえた。
やっぱり部屋ががらんとしているからやろうか。
だから内容はののに聞かなくてもわかった。
マネージャーはののの家に待機しとるようで、早くカギを持ってこいとのことやった。
電話を切るなりウチは「じゃ、行こうか」と言い、ドアのノブに手をかける。
「あ、はい。でもその前に…」
ののはもう一度部屋の奥を見ていた。
ウチもつられて振り返り、夕日が差して赤くなった部屋を見た。
動かない景色にまどわされたみたいにウチは、そして、多分ののも一瞬言葉を失った。
時間が止まったみたいになった。
「キレイやな…」
ウチは思わず言ってしまう。
「そうれすね…」
震え気味の声にウチは思わずののを見る。
ののは今にも泣きそうで、それを一生けん命こらえている感じやった。
泣けばいいもんやない。
泣くな、というもんでもない。
ウチは何も言わんかった。
言えなかったんやない。
こんなときは多分、なんも言わんでただ、そばにおるのが一番いいんや。
ただ、今こうしてここにいることに、思いをよせて―――
ウチは何も言わず目線を部屋に戻した。
ののとは違い、ホント数日間だけの部屋やったけど、ウチにも思い出はある。
部屋の色以外は何にも変わっていない。
壁と床と窓。
それ以外はなんもない。
だけどな、ウチには見えるんや。
ここで確かにののは住んでたんやってこと。
たったの一ヶ月やったけど、笑ったり泣いたりおしゃべりしたりおねしょしたりしたところなんやって
(おねしょは見たくないねんけどな…。もっともよく見えるわ…)。
生きていて残らないもんなんてない。
目に見えへんもんでもきっと目を閉じたら見えるもんがあるんや。
これからモーニング娘。がどうなっていくかわからへん。
突然売れなくなってみんなにそっぽ向かれるかもしれん。
ヘンなスキャンダルに巻き込まれてむごいパッシングを受けるかもしれん。
テレビではいっつも笑顔を振りまいているけど、みんなそれぞれいろんな不安をかかえているはずや。
いつかくる解散もオバちゃんや矢口さんなんかは一番リアルに考えとるかもしれへん。
ウチだってぼんやりとやけど考えとる。
そして多分ののだって(一番考えていなさそうやねんけど…)。
だけど、もし、なくなってしまったってこの部屋のように目を閉じたらきっと何かがあるんや。
思い出がウチらを勇気づけてくれるんや。
一歩進めてくれるんや。
そうやって大人になっていくんや。
「最後に…持っててくらさい」
ののが抱えていた花束をウチに渡しながら言った。
「何?」
「だ〜!」
ののはフロアに向かって走り、ジャンプした。
靴下をはいていたので着地したときに、滑ってしまって、尻もちをついた。
ドスンという迫力たっぷりの音が響いた。
「イタタタ…」
「何しとんねん、のの?」
アホなやっちゃ、と思いながらウチからは笑みがこぼれた。
「最後に何かしたくって…てへへ…」
「だからってそんな意味不明なことしたって…」
「あ〜…、もう痛くて涙が出ちゃったのれす…。あ〜イタイイタイイタイ…」
と、まぶたをおさえるのの。
ウチは気付いた。
その涙は……ま、エエわ。
ちゃんと、その意味不明な行動には意味があったんやな。
「さてと…」
ののはお尻をパンパンとはたいた。
「ありがとうも言ったことれすし…」
今ので「ありがとう」なんか?
「あいぼん、そろそろ行きましょう」
「うん」
「あ、その前に…花束貸してくらさい」
「いいけど、何かするん?」
「いいからいいから」
ののはウチから花束を受け取ると、それを部屋の真ん中に置いた。
「ん?どうするん?」
「置いとくのれす。お部屋にありがとうって意味をこめて」
ののはそのまま両手を合わせ、目を閉じながらおじぎをする。
「のの…」
って一瞬、死体現場を思い浮かべたウチはどうすればいいんやろ…?
アカン…最後の最後でこの部屋のイメージが…。
「どうしたんれすか?」
「いや、なんでも…」
ま…いっか…。
「じゃ行きましょう」
「おう!」
ののはウチに腕をからめてきた。
ウチは扉を開ける。
最後にののは部屋に向かって叫んだ。
「バイバーイ!」
バタンと扉が閉まる。
そして、ののはカギをかけた。
☆
〜 エピローグ 〜
「一人ぐらしがしたいのれす!」
「………」
「一人ぐらしがしたいのれす!!」
「………」
「一人ぐらしがしたいのれす!!!」
ののがマネージャーさんに言ったのは……‥
ってなんでやねん!!
つい3日前、一人暮らしが終わったばっかやん!
「したいのれすしたいのれすしたいのれす!」
後藤さんは「ほえ?」なんて言いながら口をあんぐりと開けてた。
安倍さんと矢口さんは目を大きく開けてののを見てた。
飯田さんは元から交信してたから変わらずボーッとしてた。
デブジャって言うんやったっけ?
何か前に見たような光景が広がっとってウチは目をゴシゴシさせた。
「この前、やったばっかりじゃないの?」
面と向かって言われたマネージャーが一番反応が早かった。
目を細めて、何か優しく諭すような言い方やったけど、
それが逆に「アホなこと言うな!」と心では叫んでいるようでちょっとだけビビった。
「でもまたしたいのれす!」
ウチはちょうどののの後ろにいたから、小っちゃい背をピーンと伸ばして、カカトなんか半分浮かしてるのが見えた。
さすがに最初は冗談やって思った。
でもやっぱりののは…本気みたいや…。
「ちょ、ちょっと…のの…」
ウチはののを呼んだ。
「なんれすか?」
「なんでまたしたいん?」
言っとくけどな、ここで「大人になりたい」なんて言わんでな。
そんなわがまま言うんは誰がどう見たって子供やからな。
「らってみんなじまんすんらもん!」
「は?」
ののは口をとがらせて、涙を浮かべながら、ウチの後ろのほうを見ていた。
ウチも振り返ると梨華ちゃんやよっすぃーと後藤さんと矢口さんがコソコソと帰り支度をしていた。
「あの四人がどうしたん?」
「らってらって…一人暮らしっていいなぁいいなぁってつじに会うたびに言うらもん…。毎日毎日…」
ウチは四人を見た。
「さ、さてと…今日はどこに行きましょう?ダーリン?」
「そ、そうだなー…。やっぱバッティングセンターにでも…」
って梨華ちゃん、よっすぃー…。
また意味のわからん物真似を…。
「ね、ねえ、やぐっつあん。焼肉食べにいかない?」
「あ、うん。オイラがおごるよ…」
って矢口さん、後藤さん…。
大体、二人ってそんなに仲良かったっけ?
ウチは息をつく。
「あのなぁ、のの。あんなアホな四人の相手をしてたってアカンって…。もっと大人にならんと…」
「れも…」
ののは次は右を向いた。
そこには安倍さんと飯田さんとオバちゃんがいた。
まさか…。
「さ、さて、帰るべさ。お母さんに早く電話しないとね…」
「う、うん。あたしも絵の勉強しなきゃ…」
「あたしも絵の…」
オバちゃんは絵の勉強なんてせんでもいいわい!
てか、あの年長3人までののをあおってどうすんねん…。
「なあ、のの…」
と声をかけようとするとののは左を向いていた。
「今井さんに負けないようにもっとアゴを鍛えないと…」
「あたしも福井弁の勉強を…」
「石川さんに歌で負けないように練習しないと…」
「パ、パパにバッグ買ってもらう約束だった…」
って新メン!
「のの、あのな…。そんな、人から言われたって…」
「一人ぐらしがしたいのれす!!」
「もう十分したやん」
「またしたいのれす!」
「そんなこと言ったって…」
「したいのれす!一生したいのれす!」
「………」
「何がなんでもしたいのれす!」
「…もうエエわ…」
ののの声は部屋中響きわたっていた。
それはもう誰にも止められんかった。
― のの、一人暮らしをはじめる ― おわり