雪の女豹

 

第1章 かまいたちの夜〜娘篇〜

「わぁ〜凄ぉ〜い雪だ!雪だ!」
「これぜ〜んぶ雪なんやろ〜」
目の前いっぱいに広がる大雪原にはしゃぐ辻、加護を横目にあたしは眠気を抑えていた。

突然、新曲のレコーティングの予定とテレビ収録の予定が変わり
巧いこと全員がオフになる日が2日ほどできた。
久々のオフだったので、バラバラにオフを満喫してもいいかなと思っていたのだが
やぐっつぁんの誘いであたし後藤と、よっすぃー、梨華ちゃん、辻、加護の六人で温泉に行くことになった。
そこでどうせなら…と話に乗った圭ちゃんとカオリ、なっちが加わり
どうせなら全員で行こう!と新メンバー4人も加えての温泉旅行が計画されたのだ。
ただ、あたしたちだけではどうにも予定が立てられず、結局は事務所のスタッフが
予約を取った旅館に泊まることになったのだけど…。

「それにしても、こんな時期によく貸切で旅館なんか取れたよね」
あたしの後ろに座っていた圭ちゃんが、外を眺めながらぽつりとつぶやく。
「確か〜、スタッフさんが見つけて来た超穴場の旅館らしいですよ」
圭ちゃんの独り言に、律儀に梨華ちゃんが答える。
「へぇ〜…聞いたことないもんな、『かまいたち荘』なんてこんな旅館の名前…」
「なんか怪しい感じですよね」
二人の会話を聞いてるうちにさっきから抑えていた眠気が最大限に達していた。
「なんか起こりそうな予感がするんだけどねー…」
圭ちゃんのそんな言葉が聞こえたのを最後に、あたしは眠りについていた…。

「ごっちん!ごっちん!!着いたよ。起きて!!」
「んん…」
さっきからよっすぃーがあたしの肩を揺さぶっているのがわかるのだが、どうにも眼が開くのに
しばらくかかった。どうやら旅館に到着したらしい。
「あ、おはよう〜…」
「おはようじゃないよ、ごっちん!もう矢口さんたち降りちゃったよ」
見ると、前の方に座ってたやぐっつぁんやなっちたちの姿はもうバスの中にはなく、
残っているのはあたしとよっすぃー、後ろにいた圭ちゃん、梨華ちゃんだけだった。
「後藤、そんなに疲れてたの?みんなで起こしても全然起きなかったんだよ」
「そうそう、20分くらい前から起こしてたんだよ〜」
圭ちゃんと梨華ちゃんがあたしの顔を見ながら、心配そうな顔して聞く。
いや、別に疲れてはないんだけど…。と心の中で思いながら降りる準備を始めた。
「ごっちんってば、辻や加護が横で騒いでたのによく眠れたよね〜」
「ん…。なんか考え事してたら寝てた…」
眠たい目をこすりながら、先に降りてゆくよっすぃーの後に続く。
ん〜…まだ眠い。いつも眠いけど今日はいつもより眠い…。

「も〜っ!後藤遅いよ〜!!」
バスを降りるとすでにやぐっつぁんが旅館の入り口でわめいていた。
「ごめんごめん…ぶわっ!!」
突然、目の前が真っ白になり顔を冷たい感覚が襲う。こ、これは…
「や〜い!目、覚めたぁ?」
「つ、辻ぃ〜〜!!!」
そう、辻があたしの顔面めがけて思いっきり雪を投げつけたのである。
あたしは顔の雪を払いながらしゃがみ、地面の雪を拾おうとするが…
「ぶわっ!!!」
「あはは〜大ヒットぉ〜」
今度は加護の投げつけた雪が顔面に直撃し、あたしはバランスを崩し地面にひっくりかえってしまった。
「このぉ〜〜!!」
「ほら後藤、みんな待ってるんだから遊んでる場合じゃないでしょ」
2人に反撃しようと雪を素早く拾おうと試みるが、圭ちゃんに促されてそれをすることはできなかった。
覚えてろよ〜!辻加護ぉ〜!!!

「へぇ〜いい部屋だねぇ」
部屋に着くなり、なっちが感激の声をあげた。
今日の部屋割りは、事前に2人1部屋で決めてあったのだ。
あたしは別に誰となってもよかったんだけど、珍しいことになっちが「後藤、一緒になろ」と誘ってきた。
なっちと同じ部屋になることは結構珍しい。どうにも周りからは不仲だと思われてるし、
いつも部屋割りを決めるスタッフの考慮かもしれないけど、別に仲が悪いということはない。
…嫌いだったら、同じ部屋になんかなりたくないし。
「ごっつぁん、この後どうする?」
「ん〜…どうしようか。あたしちょっと眠い…」
「ダメだよ〜さっきも爆睡してたでしょ〜」
どうしようかと二人で話し合ってたところ、リーダーかおりんから召集がかかった。
どうやら、近くにがら空きのスキー場がありそこに行こうとのことだった。
・・・運動好きなカオリらしい。
あたしはもちろん、カオリ、やぐっつぁん、よっすぃー、なっち、加護、辻、小川、高橋、新垣はスキーに行くことにし、
残る圭ちゃん、梨華ちゃん、紺野は旅館で温泉に入るとのことだった。
「じゃあ、みんな気をつけてね」
圭ちゃんに見送られあたしたちスキー組は先ほど乗ってきたバスに乗り込んだ…。

スキー場についたあたしたちは、あまりの人気のなさに驚いていた。
「こんなスキー場初めてみた!」
「…なっちも…」
呆然としてる北海道出身のカオリとなっち。ん?北海道ってスキーするっけ…。
「圭ちゃんたちもくれば良かったのにねー。こんながら空きのスキー場なんて滅多にないでしょ」
「圭ちゃんは運動神経悪いからイヤなんだってよ」
「紺野が来ないのも珍しいよね」
「温泉が好きらしいですよ〜」
「あははは〜」
リフトに乗りながら、そんな他愛ない会話をみんなが交わしてる時に、あたしには一つだけひっかかっていたことがあった。
それは、バスに乗る前に圭ちゃんが言いいかけた一言……。
『後藤、何かが…ううん、何でもない』
その時圭ちゃんが何を言おうとしたのか解らなかったけど、すごく深刻そうな顔してたんだ…。
それに、バスの中でも圭ちゃん、『何かが起こりそうな気がする』って言ってた…。
……って、考えすぎだよね!!だって、あたしたちただのオフでここに来ただけだもん。
そうだ、そんなこと考える方がどうにかしてる。あたし最近、ちょっと変なのかも。
きっと疲れてるんだろうな〜…。そうそう、せっかくスキーしに来たんだし、楽しまなきゃ!!
「ごっちん、だいじょぶ?今日はなんか、いつもよりぼーっとしてるけど」
あたしの横に座っていたよっすぃーがあたしの顔を覗きこんだ。心配そうな顔してる…。
「ううん、大丈夫。ちょっと疲れてるみたいなんだよね、後藤」
「ふぅん…。それにしてもスキーだよ、スキー!スキー大スッキー!!なんちゃってぇ〜」
「も〜、よっすぃー超大バカ〜!!」
「オ〜、ホラ、てっぺんが見えてきたぜ、ベイベー」
悪い予感なんて当たりっこない。大丈夫、きっと…。
そう思いこもうとしていたあたしの胸は、何故か不安でたまらないのだった。

悪い予感は的中した。
あたしたちが滑り始めてから2時間もした頃、突然の猛吹雪がゲレンデを襲った。
幸い、一緒に滑っていたあたしとよっすぃー、やぐっつぁん、小川、高橋、新垣は無事に近くのロッジに避難できたのだが…。
吹雪が吹き始めてから1時間近くたっているのに、未だになっちやかおり、辻、加護の姿は見えない。
どこかに避難しているといいんだけど…。
「矢口さん、やっぱり探しに行きましょう!」
そう言って立ち上がったのはよっすぃーだった。頼りがいがあると言えば聞こえはいいが、この状況では無謀なだけだ。
「待ってよ、吉澤。どこかに避難してるかも知れないでしょ?それに、今この吹雪の中をあたしたちが出て回ったら
 逆に遭難しちゃうわよ?」
やぐっつぁんもそうは言ってるけど、すぐにでも探しに行きたそうな顔してる…。
「でも……ケータイも圏外だし……」
「救助の人も、探しに出れないんじゃ…どうしようもないですね…」
高橋がそうぽつりとつぶやいてから、会話は途切れた。
…どれだけの時間、そうやって全員がうつむいて黙ったままだったのだろうか。
気がつくと時刻はすでに午後6時を迎えたところだった。
救助隊も、この吹雪の中ではこのロッジに来ることもままならないと言う。
それどころか、あたしたちが旅館に無事に戻れるのかも解らなかった。

ドンドン!!!

午後7時を回った頃、突然ロッジの戸を叩く音がした。
「……今……」
「ドアが…。かおりたち?」
誰も出れずに躊躇している間も、戸を叩く音は大きさを増す。
「あたしが…開ける」
そう言って、あたしはドアの前に立った。
心臓がバクバク言っている。怖かった。
もし、かおりたちではなかったら…。かおりたちでももし、もし…。
もし、4人そろってなかったら…。色々な不安が胸を巡る。一刻も早く、ドアを開けたいのに。
「……」
ドアノブに手を回し、ゆっくりと戸を開ける。
隙間から冷たい風が入り込み、そしてまたゆっくりと戸を開く…。
あたしの悪い予感は…また的中した。

「なっち!!加護!!!」
必死にドアを叩いていたのはなっちだった。
顔が真っ青で頭には雪だらけ。今にも凍えて死にそうな顔で、必死にドアを叩いていた。
その背中には、加護がぐったりと背負われていた。
「はぁはぁ…よ、よかった…加護…。ほら、助かったんだよ…なっちたち…」
なっちも今にも倒れそうになりながら、背中の加護に声をかける。
だが、加護の返事はなく暖かい暖炉の前に運ばれてもまだぐったりしたままだ。
「これを着させて!!」
やぐっつぁんが自分のコートを脱ぎ、加護を包ませる。
あたしもなっちの肩に自分のコートを脱いで追いかぶせた。
「それで…なっち。かおりと辻は…?」
やぐっつぁんが恐る恐るなっちに尋ねる。だけど、あたしは聞くのが怖かった。
「わからない…。吹雪の後、すぐにロッジの方に行こうと思ったの…。だけど、辻とはぐれてかおりが探しに行くって…それで…」
「加護を背負って、ここまで…?」
「うん…。なっち、疲れたよ…ちょっと寝かせて…」
そう言った瞬間、なっちは倒れるように眠ってしまった。
どうやら悪夢はまだ終わっていないらしい。…時計は午後7時半を指していた。

「雪、止みませんね…」
今まで口を閉じていた新垣が、外の吹雪を見ながらぼーっとつぶやいた。
すでに午後9時、吹雪はすでに雪が降り始めて4時間近く経っているのに一向に吹雪は止みそうにない。
辻とかおりは未だにこのロッジには現われていない。どこか他の場所へ避難しているといいけど…。
あたしたちもそうは言ってられない。雪が止まなければ、旅館に戻ることもできず、このロッジで朝を待つことになる。
雪が降っていなければ、ここからならバスの停めてある駐車場までそう遠くもないはず…。
「あ〜あ、このまま帰れなかったら仕事どうなるんだろう」
今度はよっすぃーが誰に向かって、というわけでもなく呟いた。
よっすぃーはただ、ぼんやりそんなことを思って口にしただけなんだろう。
「吉澤ッッッ!!あんた、こんな時にそんな事気にしてる場合じゃないでしょ!?」
やぐっつぁんが立ち上がって凄い剣幕でよっすぃーに詰め寄る。
「な!?なんでですか!!アタシはただ…」
「あんた、こんな時によく仕事の話なんかしてられるよね!!今の状況、わかってんの!?」
「だ、だからアタシは…ただそう思っただけで!!別に悪気があって言ったわけじゃ…」
「悪気がある、ないの問題じゃないのよ!!人の命がかかってるかもしれないっていうのに…」
「あ……」
よっすぃーがハッとした表情で辺りを見回しうつむいた。
もう頭が痛い。よっすぃーも何気ないつもりだったし、やぐっつぁんも気が張ってヒステリックになってたんだろう。
こんな状況で平静を保ってられる方がどうにかしてる。
いつ戻れるかわからない恐怖。
それどころか、無事に戻れるかもわからない。
「なんで…こんなことに…」
そんな悲痛な声をあげたのもやぐっつぁんだった。
「……」
誰もその言葉に応えられる人はいない。自分自身だって、恐怖で声がでないのだから…。
あたしのノドはすでにカラカラになっていた。それにひどく頭痛がする…。
また沈黙が続き、そのまま永遠に時が過ぎてしまうような気がした。
ふと、暖炉のそばの加護を見ると顔色も大分良くなったようだがまだ安心はできない。
外の雪は未だ止みそうにない。
時刻は午後10時を回ったところだった。

「アタシ、やっぱり外見てきます!!」
「ちょ、ちょっと吉澤ぁ〜!!」
雪が弱まったのをきっかけに、制するやぐっつぁんを押しのけよっすぃーが外へ飛び出したのは11時を回った頃だった。
先ほどからの吹雪はすでにパラパラと降る程度にはなった。
だが、今外へ探しに出て何になるというのか。降り積もった深い雪に足場をとられ、思うように前に進めやしない。
真っ暗闇の中、行方不明の二人を探すのは勇気があるというより無謀そのものだった。
「後藤、後頼んだよ!!」
「…んえっ!?やぐっつぁんも行くの!?」
加護を追いかぶせていた自分のコートを羽織って、あたしの言葉を待たずやぐっつぁんもよっすぃーを追いかけ外へ飛び出した。
ど…どうしろっていうの…?
あたしが深刻な表情で二人の走り去った方を見つめていると、高橋と小川、新垣があたしの服の袖を引っ張った。
「あの、後藤さんまでいなくなったら…」
「わ、私たちどうしたら…」
3人とも今にも泣き出しそうな顔で、心配そうにあたしの顔を見つめていた。
『あたしがしっかりしなきゃ』
心の中で強く呟く。
いつも頼ってる圭ちゃんもいない。リーダーのかおりもいない。
あたしより頼りになるなっちはまだ眠りに就いたままだ。
『…あたしが、しっかりしなきゃ』
もう一度、心の中で呟き、拳をギュッと握った。
「待とう、4人を。今のあたしたちに出来るのは…それだけだよ…」
あたしは怯える3人の肩を抱いて、力強くそう言い聞かせた。
…恐怖に怯えてる場合じゃない。
『あたしが、しっかりしなきゃ……』

あたしがしっかりしようと、そう決意したのも束の間、すぐにやぐっつぁんとよっすぃーはロッジに帰ってきた。
「ハァハァ…、みんな、すぐにここを出る支度して…」
やぐっつぁんがロッジに入るや否や、そうみんなを促した。
「で…でも、飯田さんたちは…」
「いいから早く!」
「……?」
何がなんだかわからなかったけど、やぐっつぁんがとにかく急ぐようにみんなに指示する。
あたしたちも、急いで暖炉の火を消し、眠ったままのなっちをあたしが担ぎ、加護をよっすぃーが背負った。
最後にやぐっつぁんが、『かおり、辻へ。私たちは助けを求めに行きます。ここで大人しく待っててください』と書置きしておいた。

「ハァハァ…、ここのすぐ下に…駐車場があったわ」
ロッジを出て、先導するやぐっつぁんは急ぎ足で雪山を下り始めた。
どうやら、あたしの予想通りバスのある駐車場はそれほど遠くはなかったらしい。
雪が止んだ今ならそこへ行くのも危険ではないというわけだ。
ただ、今は雪が止んでいるけどまた雪が降り始めたらまたロッジで足止めをくらうことになる。
そうなる前に山を下るってことね。
「道はわかってんの。早く!急いで!!雪が降ったら大変なんだからね!」
あたしたちは無言で先を急ぐやぐっつぁんの後に続いた。

駐車場への道のりは、ほんの2km程のものだった。
どうやらこちらの方は山の中より雪が積もっていないらしい。
これならバスも出せるかもしれないけど…。
「ねえ、バスを運転してたスタッフってどこ行ったんだろうね」
そう。バスを出せるのは良い状況なんだけど…運転する人がいないんじゃぁ…。
「そ…そっかぁ〜…。矢口、うかつだった〜!!」
「はぁ〜〜〜…」
辺りを見回しても、近くには店もないし…。駐車場に他に車はない。
「お〜い誰かいませんかぁ〜!!」
やぐっつぁんがバスの窓をガンガン叩くが、返事はもちろんない…。
「小川、ちょっと加護預かってて」
よっすぃーが背中の加護を小川に預け、バスから離れた…と思ったら!
なんとよっすぃーはバスの入り口を思いっきり助走をつけて蹴っ飛ばした!!!

ガコン!!

「うへっ!?」
バスのドアが勢いよく開きよっすぃーはバスの中へそのままダイブしてしまった。
な〜んだ…カギかかってないんじゃん…。
「よっすぃー、大丈夫〜?」
あたしがバスの入り口に立ちよっすぃーに尋ねると、よっすぃーはすでに運転席に座っていた。
「ねえねえ、ごっちん!これカギもここに置きっぱなしだしアタシが運転しよーかv」
「よ…よっすぃー…楽しそうだネ…」
なーんてやってると、他のメンバーも続々とバスに乗り込んでくる。
「さて、これからどうしたもんかね」
最後に乗り込んだやぐっつぁんが運転席を眺めながらぼーっと呟いた。
だんだんと良い状況に向かってはいたが、まだまだ安心はできない状況にあたしたちは立たされていた。

「よぉ〜し、矢口が運転する!!」
「ええっ!???」
やぐっつぁんの突然の提案に、あたしたちは全員声を上げた。
その手にはいつの間にか、しっかりとバスのカギが握られている。
「だ〜いじょうぶ、大丈夫!!矢口こう見えてもちゃんと免許持ってるんだからv」
「でも、車の運転はできてもバスの運転はできないんでしょ…?」
「この際しょうがないでしょ」
「で、でも歩いたっていいじゃないですか!!20分くらい!!」
よっすぃーも必死にやぐっつぁんを納得させようと立ち上がる。
「そんなことしててまた雪が降ったらどうすんのよ。
 事故になったらそん時はそん時よ。大丈夫よ〜、アンタたち矢口を信用しなさいよね!
 ホラ、吉澤どいてどいて!!」
そういうと、よっすぃーをどかし運転席に乗り込んだ。
「さぁ〜、エンジン回すわよっ!」

ブルルルル…。

誰の言葉も待たず、バスのエンジンがかかる。
「ほらっ!エンジンかかったよ〜v旅館までは一本道だったわよね」
こういう時のやぐっつぁんって、何でこんなに楽しそうなんだか…。事故が起こってからじゃ遅いんだからね〜!!
「あの〜…矢口さん、失敗しないで下さいね?」
「アタシまだ死にたくないです〜〜〜」
不安になったのか、高橋と小川がやぐっつぁんに念を押す。
「大丈夫大丈夫!矢口にオ・マ・カ・セv」
もう誰も何も言わなかった。
…いや、もう止めても無駄なことがわかったというべきか。
「うぅ〜…緊張する〜…」
やぐっつぁんがハンドルを握りしめ、そして…力強くアクセルを踏んだ。

ブゥゥゥゥン…。

目の前が揺らいだ。車はどうやら無事に走り出したらしい。…のだが。

ガタッ!!

「ひゃっ!!!」
「ぬおっ!!」
「アハハ〜、やっぱりバスの運転は難しいわ〜…」
走り出した途端、急ブレーキがかかりあたしたちはつんのめり返った。
どうやら雪山で遭難するより、早く人生の終わりを迎えそうな予感である(笑)
「さっ、気を取り直していくわよ〜〜〜」
も〜〜〜!!しっかりしてよね、やぐっつぁん!!!

やぐっつぁんの危なげな運転で、あたしたちは無事(?)旅館に辿りつくことができた。
コートのポケットから取り出したケータイは「12時38分」の時刻を映し出していた。
バスのドアを開き、加護を担いだよっすぃー、新垣、小川、高橋…と続いて外へと降りる。
あたしは未だに眠ったままのなっちを背中に背負い、入り口の階段をゆっくり慎重に降りる。
寒い…。
真冬の山奥の風が、頬に冷たい。
「ふぅ〜…雪の中、山道を運転するのはさすがに大変だったわ…」
不意に声のした後ろを振り返るとやぐっつぁんがドアにカギをしめているところだった。
旅館の方に目をやると、玄関口の明かりはまだ灯ったままだ。
その奥の方や上の方はよく見えない。
あたしより先にバスを降りたよっすぃーたちは、すでに玄関の前までたどり着いていた。
あたしとやぐっつぁんが玄関に辿りつくと、小川と高橋が「せーの」でドアを開いた。
……。
玄関先から見えた旅館の中は、いくつかの部屋から灯りが漏れているだけで暗闇にほぼ等しかった。
そして、怖くなるくらいにしーんと静まりかえっている。
「女将さ〜ん…只今帰りましたよ〜…」
よっすぃーが小さく叫ぶが、もちろん返事はない。声は暗闇に響き、奥の方にこだましていった。
「圭ちゃんたち、寝ちゃったのかな」
「白状だねぇ、圭ちゃんも梨華ちゃんも」
よっすぃーがあたしの問いにヤレヤレ、という表情で応え靴を脱いだ。
…と、その時奥の暗闇の方からドタドタ…という足音が聞こえてきた。
足音に混じって話し声も聞こえる。
あたしは、直感的に圭ちゃんたちだと悟り靴を脱いで玄関に上がった。
「みんなっ…」
「よかったぁ〜…無事だったんだね〜…」
暗闇から姿を現したのは案の定、圭ちゃんと梨華ちゃんだ。何故か紺野はいない。
「も〜〜〜。いつまでも…、帰って来ないから…、遭難したと思って心配したんだからぁ〜〜」
圭ちゃんの声が途切れ途切れに言葉を紡ぐ。その瞳からは安堵の涙が流れていた。
「心配したんだよぉ〜…」
圭ちゃんの隣の梨華ちゃんも顔を涙でぐしゃぐしゃにして、のどをつまらせながら言った。
安堵する二人をよそに、あたしたちは未だ暗い表情でうつむいていた。
「実はね、圭ちゃん…」
やぐっつぁんが口を開く。
「?」
圭ちゃんと梨華ちゃんは泣くことを忘れポカンとした表情でやぐっつぁんを見つめている。
「かおりと…辻が……」
二人…いや、全員がやぐっつぁんの言葉の続きを待った。重たい空気が流れる…。
「かおりと辻は…雪山ではぐれて…行方不明に…」
「!!!」
やぐっつぁんの言葉が終わるよりも早く、二人は驚愕の表情をあげていた。
梨華ちゃんに至っては、先ほど流したばかりの涙がまた溢れ出している。
「それで…どうして二人を置いて…」
それでも圭ちゃんは冷静にやぐっつぁんを見つめた。その目は鋭く、まるで…睨んでいるかのようだ。
「矢口さん、雪の中二人を探しに行ったんです!!!」
「私たちも、長い間待ったんです!」
「でも、でも…二人は見つからなくて…」
やぐっつぁんを庇うようにして、小川と新垣、そして高橋が泣きそうになりながら圭ちゃんに事情を説明した。
「……」
無言であたしたちを見回す圭ちゃん。鋭い瞳はそのままだ。
「圭ちゃん、アタシたちだって決して二人を見捨てたわけじゃないんだよ。
 でもそうするしかなかったのよ。まだ意識がない加護やなっちもいる。
 アタシがしっかりしなきゃいけなかったの。そうしなきゃみんな助からなかったかも知れないの。
 だから…二人が無事に戻ってきたら矢口を思いっきり気の済むまで殴っていいから…」
やぐっつぁんは、3人を押しのけて圭ちゃんの前に立ってキッパリと言い放った。
その姿は凛として、いつもはおちゃらけてるやぐっつぁんとは全く別人のようだった…。
「…わかってる。私だって、きっとそうしたよ…」
圭ちゃんがやぐっつぁんの頭をくしゃっとなでて抱きしめた。
「とにかく…無事で良かった…」
圭ちゃんの瞳に鋭さはなく、代わりに大粒の涙が流れていた…。

「…てやる…」
…誰?
「みんな…みんなめちゃくちゃにしてやる…」
…誰なの?
あたしは暗闇の中を、独り駆け抜けていた。
どこからか聞こえる不思議な声に導かれて…。先に何があるかはわからない。
でも、あたしは走り続けるしかなかった。
次第に声が強くなる・・・。
「みんな、みんな、殺してやる!!!!」
「!!!」
あたしは振り返った。
…誰かがそこに立っていた。
…静かだった。何の音も、何も見えない。
…『彼女』を除いて…。
あたしと『彼女』の二人だけがこの世界に存在するかのように。
暗闇に隠れて、その姿は見えない。
けれど確かに『彼女』はそこに「在た」。
「…誰なの?」
あたしが恐怖に怯え、『彼女』に触れる。
「めちゃくちゃにしてやる…!!」
「!!」
『彼女』に触れたあたしの右手の指先が…溶けてゆく…。痛みはない。
「あなたは…誰?」
あたしは、それをものともせず今度は左手で『彼女』に触れる。

シュゥゥゥ…

気持ち悪い音をたてて今度はあたしの左手が溶け始めた…。
「私を助けて…」
『彼女』は泣いていた。漆黒の闇の中…。まるで子供のように。
「大丈夫よ…あたしが…ついてる」
あたしはそう言って『彼女』を抱きしめた。
「ありがとう…」
抱きしめた腕に『彼女』の冷たさが伝わる。
…それはまるで、この闇のように冷たかった…。
そして…あたしの体は闇に溶け込んでいった…。

「んはっ!!!」

ガバッ!!!

「ゆ…夢…?」
あたしはその夢で目が覚めた。
なんだったんだろ…あの夢は…。
窓の外を見ると、まだ真夜中だということが確認できる。
あたしはケータイを取り出し時刻を確かめた。…「AM3:49」。
まだ眠り始めて2時間くらいか…。こんな時間に目が覚めるなんて珍しい。
ふぅ…。
あたしは深呼吸してもう一度布団にもぐりこんだ。

…あれからすぐに食事(きちんと残してあった)を取って温泉に入り
すぐに自室に戻って眠りについた。さすがにソッコーで寝れたわけなんだけど…。
なんとも寝覚めの悪い夢だったな…。ハァ〜〜〜…。
さて、もう一眠りするかなぁ〜…。



寝れないッッッ!!!!!!
いつも眠いのになんでかこういう時って皮肉にも眠れないもんである…。
しょーがない、暇だし温泉にでも入ってくるかぁ。
あたしはゆっくりと布団を抜け出し、横でスヤスヤと寝息を立てて眠っているなっちを起こさぬように
静かに部屋のドアを開いた。そして、きちんとカギをかけて廊下に出た。

「あれ…よっすぃー…?」
部屋を出ると、階段の一番上によっすぃーが座ってうつむいていた。
こんなところで寝てるのか、と思ったけど…ちょっと違うみたい。
「よっすぃー、どしたの?」
「…あ、ごっちん…。ごっちんも眠れないの?」
よっすぃーはちょっと驚いた様子であたしを見上げて応えた。
「あ、うん。ちょっとヤな夢見ちゃって〜…」
「…そう…」
…?どっか様子が変だな、よっすぃーってば。
「どしたの?」
「…疲れてるのはわかるんだけど…よくみんな眠ってられるなって」
よっすぃーがうつろな目で答える。
「それって、辻とかおりのコト?」
あたしが尋ねるとよっすぃーは黙ってうなずいた。
「ねぇ、ごっちん。…どうしてこんなことになったんだろうね…」
「よっすぃー…」
「ア、アタシたち…ただ遊びにきただけじゃない…。なんで…なんで…」
「……」
それは、あたしの普段見ないよっすぃーだ。よっすぃーは普段、絶対に人前で泣いたりなんてしない。
きっと、誰よりも二人の無事を祈っているんだろう。…だからこんな真夜中にも眠らないで二人を待っている。
あたしはよっすぃーにかける声がわからず、ただ戸惑っていた。
「よ、よっすぃー…」
それでもなんとか慰めようと声をかけるが、頭の中でこんがらがって巧く言葉にできない。
「あのさ、巧く言えないけど…、きっとみんなだって心配してると思うのね。
 で、でもさ…今日は色々あったし…みんな疲れてると思うんだ。
 きっと二人は無事だよ。そう信じよう、ねっ!!!」
「……うん」
よっすぃーはあたしの言葉にうなずき、そして立ち上がった。
「そうね。アタシ、ちょっと変だったみたい。ごめんねごっちん…」
「ううん、大丈夫。それよりよっすぃー、ここは冷えるしもう寝たらどう?」
「…うん。そうするよ。実はアタシももう限界なんだよね〜。で、ごっちんはどこ行くの?」
「あ、あたしはちょっと温泉にね。なかなか寝付けなくて…」
「そう。じゃあ、アタシはもう部屋に戻るね。ごっちんも長湯しないで早く寝るんだよ。じゃあ…おやすみ」
よっすぃーはそう言って、部屋に戻ろうとした。
「おやすみ」
あたしもそれに応え、階段を下りようとすると…。
「ごっちん」
突然上からよっすぃーに呼び止められ、あたしは立ち止まって上を見上げた。
「ごっちん、ありがと…」
声だけが聞こえて顔は見えなかったけど、よっすぃーってばきっと凄く照れくさかったんだろうな…。
「うん、おやすみ」
あたしはなんだか胸が温まって、よっすぃーにおやすみを言ってまた階段を下りていった。
…この後に起こる悲劇を…あたしも、よっすぃーも…この時はまだしる由もなかった。

「ごっちん、ごっちん、もう朝だよ〜。起きて〜」
…う〜ん…もうちょっと寝かせてよ…。
頭の中でつぶやくが、目も口も動かない。
「ごっちん〜!!」
ぺちぺちと、あたしの頬を叩く感触がする。
「…ん…」
「コラッ!後藤、起きろっ!」
布団をひっくり返されて、あたしはようやく目を開く。
「おはよっ!」
すぐにくっつこうとする瞼と瞼を抑えて、あたしが目を見開くと…。
「んあ〜…おはよう、なっち」
すっかり顔色も良くなったなっちがあたしの目の前でニコニコしていた。
「なっち、もう起きて平気なの?」
あたしが体を起こしてなっちに聞くと、なっちはニコニコした顔で「うん!」とうなづく。
「それよりごっちん、もう八時だよ〜。ご飯できてるって」
「まだ八時〜!?…あたし、ご飯いらないっ!寝るっ…」
そう言って、もう一度ガバッと布団を頭からかぶり毛布の中に潜り込む。
「ダメだよ〜。かおりたちを探しに行くんだからぁ〜」
「そうだった!!」
あたしが布団からガバッと起き上がると…
「ひゃぁ」
「…なっち…何してんの…?」
あたしの毛布を引っぺがそうとしていたなっちが毛布に包まってもごもごしていた。
「ふええ〜ん…」
なっちの上に被さっていた毛布を取ってあげ、あたしは窓の外を眺める。
…大雪…。
どうやらまた雪が降り出したようだ。これじゃ…二人を探しにいけない…。
「なっち、雪降ってるけど…皆は?」
「皆はもう下の食堂に降りてったよ〜。ホラ、ごっちん早く!」
「ハイハイ…」
あたしはカバンをごそごそと漁り、持ってきた着替えの中から、一番上にあったジャージに着替える。
「さ、行こっv」
あたしはなっちに手を引かれ、カギをかけて廊下に出る。
そして、昨日よっすぃーと会った階段を降り、玄関の横の食堂に入る。
あたしたち以外には客はいないので、そこにいるのはあたしたちモー娘のメンバーと、旅館の女将さん、従業員がたったの二人。
すでに長テーブルには食事が用意されている。
ご飯に味噌汁、焼き魚に卵焼き…といったような、まさに朝ご飯という感じの食卓だった。
「ごっちぃ〜んvvv」
「加護ぉvvv」
あたしが食堂に入ってすぐに、あたしを見つけた加護が抱きついてきた。
「加護、もう大丈夫?あたし心配したんだからね〜」
「もう大丈夫!でも〜…飯田さんとののが…」
加護が暗い表情でうつむく。そりゃ、心配だろうな…。いつも一緒にいる辻もいないんだし。
「それより、まずはご飯を食べてから予定を立てなきゃネv」
…と、食卓であたしが席につくのを待っていたやぐっつぁんがおっきい声でこちらに声をかけた。
正面から、右側にやぐっつぁん、圭ちゃん、梨華ちゃん、紺野。
正面から左側に高橋、眠そうなよっすぃー、小川…ん?
「ねえ、新垣は?」
あたしがみんなに聞くと、誰も知らない…という感じで首をかかげた。
「あの…」
一番端っこに座ってた紺野が遠慮深く声をあげる。
「あの〜…里沙ちゃんたちの部屋、カギがかかってて…もう下にいるんだと思って…」
「も〜…紺野、今度からそういうことは先に言いなさいよ」
圭ちゃんが紺野に向かってちょっと怒ったような言い方をする。…どうやらおなかがすいてるみたい…。
「じゃあ、新垣起こしに行こうよ」
やぐっつぁんが席から立ち上がる。どうやらやぐっつぁんもご飯が待ち遠しいみたい…。
「じゃ、起こしに行ってくるから。小川、高橋、着いて来て」
「あ、はい」
やぐっつぁんが小川と高橋をつれて食堂を出て行く。
その間にあたしは紺野の隣に、なっちは小川の座ってた席の隣に座る。
…5分くらいはたっただろうか。
未だに3人と新垣は食堂には戻ってこない。
「もう!!ご飯冷めちゃうじゃない!!」
圭ちゃんが怒って立ち上がり、食堂から出て行く。
…それからさらに5分。
高橋が一人で降りてきて、旅館の女将さんに何かを告げていた。
そして女将さんと高橋が慌てた感じでまたどたばたと食堂を駆けて出て行く。
「…どうしたんだろうね」
あたしが横の紺野に尋ねると、斜め前のなっちが応えた。
「何かあったのかな??」
あたしが4杯目のお茶を注ぎ始めたとき…。

「キャァァァァァァァァ!!!!!」
複数の悲鳴が…旅館内にこだました。
そして…悲劇の幕が切って落とされた…。

悲鳴を聞き駆けつけたあたしたちが新垣の部屋の前にたどり着くと
やぐっつぁん、小川、高橋、圭ちゃん、そして女将さんがただ腰を抜かし床に座りこんでいた。
見ると…誰のかはわからないけど嘔吐の後が見られる。
…その表情を見ると、ただではないモノを見たような…恐怖と驚愕の表情が浮かべられている。
ドタドタとやってきたあたしたちにも気づかず、5人はただただ震えあがっているだけだった。
…これは…。
あたしが部屋の中を確かめようと、恐る恐る部屋の入り口に近づく。
「ご…後藤…、来ちゃ…来ちゃ駄目!!!」
圭ちゃんがあたしに向かって、出せる限りの声で叫んでいたが…遅かった。
「……!!!!!」
恐怖。
体の全身を吐き気が襲う。
「ごっちん??」
あたしは口を抑えて…誰かの不思議そうな声に耳も向けず、猛スピードでトイレに駆け込んだ。
「ゲホッ…うっ…ゲホゲホッ…」
嘔吐が止まらず、あたしは壁に手をつきうずくまっていた。
衝撃的な光景が脳裏に焼き付いて…あたしはまた吐き気を催した。
「ハァ…ハァ…」
心臓が苦しい。そして激しい頭痛が襲う。
どうして…こんなことが…?
「ギャァァァァ!!!!」
…誰の悲鳴かは解らなかった。
だが、どうやらあの光景を目にしてしまったんだろう…。
あたしは立ちくらみを抑えて立ち上がり、洗面台の蛇口をひねる。
あたしは顔をすすぎ、ジャージの裾で顔をごしごしと拭くともう一度新垣の部屋へ向かった。
…もう誰もその場に立っているものはいない。
あの加護さえも顔を真っ青にしてブルブル震えているのが…ちらっと目に見えた。
その光景をもう一度、目にしたいとは決して思わなかったがもう一度確かめたいことがあった。

部屋に入ろうとするあたしを…誰も止めなかった。
「うっ…」
…また吐き気が起こる…。けれどあたしはもう逃げない。
薄暗い部屋、閉じたカーテン、乱れた布団…、それに置きっぱなしの三人の荷物…。
そこまでは何の変哲もない部屋の様子だ。
一つ、普通ではない状況といえば…。
何かに怯えた表情で布団に横たわる息絶えた新垣…。赤く飛び散った液体…。
これは…誰がどう見ても「殺人」というものだ。
あたしがこんな光景を目にしたのは始めてだったが…恐怖はあったが気持ち悪い、というような感情は湧かなかった。
「…新垣…かわいそう、かわいそう…」
あたしは…自分が涙を流しているのに気づかずに、もう動かない新垣の手の平を握ってうずくまっていた…。

あたしの脳裏に、新垣の記憶が蘇る。
『後藤さん、ヨロシクおねがいします!!』
そうやって、13歳ながらにしっかりした目で、前を見据えて娘に入った新垣。
「新垣…もっと、もっと生きたかったよね…」
あたしはもう新垣の顔を見ることもままならず、毛布をかぶせて部屋から立ち去った…。

「ご、ごっちん…、新垣は…?」
やぐっつぁんがしどろもどろになりながら、怯えてあたしに聞いた。
「……」
あたしは無言で首を横に振る。
それを見た小川と高橋と紺野が声を上げて泣き出した。
……昨日、あんなことがあったばかりなのに……。
「ど、どうして新垣があんな目に…」
怯えていた加護を抱きしめ、一緒に泣いていたなっちがあたしに向かって聞いた。
「…わからない」
あたしにはそれ以外に、返す答えがなかった。
だが、わかっていることがある。
あれは「殺人」だ。
あたしは怒りに近い感情を自分の中に覚え、いつもより冷静に…そして頭の中が冴えきっていた。
「…とにかく、警察に連絡するわ」
今、こうして動いていられるのはあたししかいない。警察に連絡して、早く新垣を楽にしてあげたい・・・ただそれだけ。
この時のあたしには、犯人を暴こうとか、誰が犯人かなんて全く興味のないものだった。
そうして、階段を駆け下り玄関口の電話を目指した。

「予想通りというかなんと言うか…」
そう。予想通りの展開だった。
電話線がプッツリ真っ二つに切られている。殺人事件にはつきものってことか…。
あたしは再び階段を上がり、未だに床に座り込んだままのみんなの横をすり抜け、廊下を掃除していた女将さんに報告した。
「女将さん。電話線…やられてました」
「あ、あ・・・そうですか…」
どうやらこの人にもショックは大きかったようで(そりゃ、自分の経営する旅館で殺人が起こったんだから)
どうにも呆然とした様子であたしの問いかけに答える。
「あの〜…この辺に電話が使えるところってないですか?ケータイも圏外だし」
「いえ…この辺にはこの旅館と、スキー場以外はなくて…」
…ん〜…。スキー場には普通はあるはずの喫茶店や休憩所もなかったよなぁ…。
そう考えるとどうにもおかしいんじゃないか。
だって、スキー場だよ…?今時電話もないなんて…。
「あの〜…失礼ですけど、今時あんなスキー場に休憩所なんかがないのも珍しいですよね〜…?」
あたしがぶしつけな質問をすると、女将さんも困ったような表情で答えた。
「…ええ、この辺は元々観光地ではないんです…。
 この辺は、冬以外は農作業を営んで生活しているんですが、冬の間はこの旅館もお客が来ますけど…
 それに、あのスキー場はつい先月できたばっかりなんですが…どうにもまだ利用する方は少なくて…」
なるほどね…。こんな時期に、あんなに急に旅館を貸しきりにできたわけがなんとなくわかる。
あたしが困惑の表情で考えにふけっていると女将さんはさらに続けた。
「隣村まではあの山を越えて、20kmほど歩かないと…」
「……」
そこまで言われてあたしは黙りこくっていた。
つまり、あたしたちは閉じ込められたわけだ。この自然の監獄に、殺人犯と一緒に。
バスがあるにしても、なんにせよこの大雪じゃあの崖道を車で運転するのは危険すぎる。
…さて、どうしたもんか…。
あたしは、未だ床に座り込んでいるメンバーの横をもう一度すりぬけ、階段を降り立った。
どうにかして、ここを脱出しないと…。
知らず知らずのうちに、靴を履き傘をさして外へ出て行った。

ふむ…。
外観から見た限りでは侵入者が入ったような形跡はない。
それに…近隣を見渡しても、民家らしきものも見当たらない。
その上、昨日から降り続く雪がまた次第に強くなっている。
どうやら…あたしたちは本当にここに孤立してしまったようだ。
そのことを確認すると、再び旅館の玄関に戻っていった。

「ひっく…ひっく…」
「……」
あたしが食堂に入った時には、メンバーは全員朝と全く同じ席順についていた。
時々、小川や高橋、紺野たちの泣き声が聞こえるが他の者は静寂を保ったまま…。
「ねえ、ごっちん…」
あたしが静かに席につくと、沈黙を破った者がいた。
…やぐっつぁんだ。
こういう時に、一番に口を開くのは必ずと言っていいほどやぐっつぁんだ。
「何?」
あたしは静かに問いに応えた。
「どうして、あれが……」
「……」
続きを待った。
「どうしてね、あれが殺人だって…」
「…心臓を刺した後があった…」
あたしが躊躇いながらその事実を淡々と伝えると、やぐっつぁんは顔を背けた。
なっちは耳を塞いでいたし、圭ちゃんはうつむいたままキッと下を睨みつけていたし、紺野たちの泣き声は一層強まった。
「それと…」
あたしは続けた。この事実から逃げるわけには行かない…。みんなにも解ってもらうために。
「あたしたちは今、この雪山の中に閉じ込められてるのよ。…殺人犯と一緒にね」
「!!!!」
全員の視線があたしに向かって注がれる。うつむいていた梨華ちゃんやよっすぃー、顔を伏せていた加護もあたしを見た。
「ね、ねえごっちん」
今度は梨華ちゃんが口を開く。その声が震えているのがよくわかった。
「その、殺人犯って誰なの!?」
またもや、視線があたしに注がれた。
あたしは瞼を閉じゆっくりと首を横に振る。
「それは、まだわからない…。でも少なくとも外部からの侵入者である確率は低そうだね。つまり…」
「つまり???」
「つまり…この中に犯人がいるかも知れないってコト」
「!!!!!」
あたしの口から放たれた言葉に、全員が驚愕の表情を見せた。そしてまた視線が注がれる。
あたしが口を開こうとした時、意外な人物が口を開いた。
「あの〜…」
あたしは誰が声をあげたのかわからずにキョロキョロすると、あたしのすぐ後ろに旅館の女将さんが立っていた。
「あの〜…後藤様。お話の途中に済みませんが、あの部屋には先ほどまでカギがかかっていたんです」
「カギがかかってた…?でもあたしが上がった時はドアは…」
「ハイ。そちらの高橋様からカギを貸してくれ、とのご要望がありましてカギを持って2階に上がったんです。
 そうしてカギを開けたところ…。その…」
そう言って女将さんは顔をうつむかせる。なるほどね…。
「でも、カギって自分たちで持って行きましたよ」
そう、自分たちの部屋のカギは自分たちで管理していたのである。…普通は預けて行ったりするんだけどここはそういうのないみたい。
「ねえ、カギを持ってったのって誰?」
あたしがみんなに聞くと、やぐっつぁん、圭ちゃん、紺野、高橋、なっちが手を挙げた。
え〜っと…ちょっとまとめてみると。
部屋割りは矢口-吉澤、保田-石川、紺野-小川、加護-高橋、安倍-後藤…そして飯田-辻-新垣か…。
よく考えてみるとちょっと意外な組み合わせもあるみたいだけど…。
そうすると、もう一つの部屋のカギを持ってる可能性が高いのはかおり…。
つまり、かおりの部屋は密室だったというわけか…。
そして、女将さんの手元にあるスペアのカギ束。犯人はこのカギ束を使った…???
「女将さん、そのカギ束って昨晩はどこに?」
「え、ええ。いつも私の部屋に保管してありますが…」
…んん〜〜〜〜…。となると犯人が使ったのはかおりたちの持ってるカギ?
…駄目だ、もう頭ん中いっぱいだぁ〜〜〜〜!!!!
「わかった。じゃあ、みんなもう部屋に戻った方がいいね。
 けど、絶対一人で行動しないで。いいわね!!」
あたしは勝手にその場を仕切って、自室にあれこれ考えながら戻って行った。

「ごっちん、なんか今日いつもと違うみたい…」
「んあ?そ、そうかな…」
自室に戻って、あれこれ一人で考え唸っていたところ、不思議そうにあたしの顔を眺めていたなっちが言った。
「んと…自分でもわかんないんだよね。でも頭が冴えまくってて…」
いつものあたしだったら…きっと、こんなことになっても決して自分から謎を解くような行動には出ない。
何故あたしがそんなことを始めたのか…きっとみんな不思議に思っているんだろうな。
あたしを突き動かしたのは何だったか…。
『私は自分の正しいと思った道を選ぶの。だから後藤、あんたも自分を信じて歩くのよ』
…遠いあの日、あたしにそう言ったのは誰だっただろうか。
その瞳は力強く前を向いていた。少しの曇りもなく、意志の強いその瞳。
あの瞳の持ち主は誰だったたろうか。
通り過ぎてきた日々で埋もれてしまったけど、とても大切なことだった気がする。
「ねえ、ごっちん。ごっちんってばぁ〜〜」
「…ん?んあ〜???」
なっちに右腕をガクガクされて気づく。
「ごっちんってば〜、考え事しながら寝てたよ。今…」
「ん…。疲れ溜まってるかも…」
そういえば今日はよく眠れなかったからなぁ〜…。…ん?
あたしの中で何かが閃く。
事件が起こった時刻っていつ頃だっけ。
あたしたちが旅館に戻って来たのが12時半頃。
眠りについたのが1時過ぎ。
あたしが目を覚まして、廊下でよっすぃーに会ったのが午前4時頃。
その30分後にあたしが廊下を通った時は誰にも会ってない。
つまり犯行が行われたのは午前1時から4時くらいの間か、午前4時半から6時くらい…か。
犯行は刺し痕があったことから刃物による刺殺。
新垣が怯えた表情で死亡していたことから、殺害される時に新垣が起きていた(または起きた)のは間違いない。
そして犯人はカギをかけて立ち去っている。
単純に考えるとスペアのカギ束を持っている女将が犯人になるのだが…。
昨日会ったばかりの彼女に新垣を殺害する動機があるだろうか?それは旅館の従業員二人にも言えることだ。
…となると。やっぱり犯人がメンバー内にいる確率が高い???
……そんなバカな。
あたしってばなんてことを考えてるんだろう。
どうかしてる。メンバーを殺人犯と疑うなんて。
でも新垣は殺された。……紛れもない事実。
「あの〜…後藤さん、いますか?」
あたしが考えを張り巡らせていると、紺野があたしたちの部屋に入ってきた。
「どうした?」
あたしが立ち上がりもせず、布団によりかかったまま尋ねると紺野がオドオドしながら応えた。
「あの。私も、私なりに色々推理してみたんです」
「ふんふん」
最初の方は適当に流していたが不意に、あたしは考えるのを止め、紺野の考えに耳を向けた。
「待った。今なんて言った?」
紺野は、突然あたしに言葉を遮られ少しビックリしたような感じでもう一度同じ部分を繰り返した。
「え?だから、私は飯田さんが犯人なんじゃないかと…」
「……」
確かめるまでもなく、あたしはまた考えの中にふけっていた。
かおりが犯人…。そう仮定して考えを進める。
まず、犯行が起こったのはかおりの部屋だ。そのカギを持っているのであの密室という状況を作り出すことが可能。
そして、いなくなったスタッフ。カギの開いていたバス。
あれはあたしたちが旅館に戻ることを促していたのではないか。もちろんやぐっつぁんが運転するのも計算に入れて。
…いや、でもそれが真犯人の狙いなのかも知れないぞ…?
行方不明のかおりを犯人に仕立てることで罪を被せるという策なのかも知れないし。
それに、意表をついてかおりではなく辻が犯人である可能性も考えられる。
その場合…どちらか片方はすでにこの世にはいないかも知れない。
考えれば考えるほど、色々な仮説が頭に巡る。まるで張り巡らされた蜘蛛の糸のように。

だが、あたしの考えを余所にすぐにその推理が無駄であったことが証明されることになる。

 

第2章 SIDE-N.T

雪山の中を、辻と飯田さんは二人きりで歩いていました。
もう足は重いし、お腹は減ったしとても疲れます。
スキーをしたままの格好なので、上手く歩けなくてとっても大変です。
時々、飯田さんが「辻、ダイエットできるね」って冗談を言うけど今の辻には悲しくて仕方ないのです。
なんでこんなことになったのかと言うと…。

辻たちは旅行に来ていました。オフの日ができたから、と矢口さんは言っていました。
どこの県に来ているのかは忘れてしまったんですが、雪がいっぱい降っててあいぼんと二人でバスの中から
いっぱいはしゃいでいました。
旅館に着いた時、辻の部屋は飯田さんと新垣ちゃんと一緒でした。
この部屋は飯田さんが決めたんです。
それで、飯田さんが「スキーに行こう」と言ったので辻はお気に入りのスキー板を持って(ちゃんと持ってきたんですよ)
みんなとスキーに行ったのです。

辻はスキーをするのはコレが2回目だったので、あいぼんと安倍さんと3人で飯田さんにスキーを教わっていたのです。
でも、辻はおっちょこちょいだから、お気に入りのニット帽を風で飛ばしてしまったのです。
あいぼんは「一緒に行こうか?」と聞いてくれたのですが、辻は「一人で行けるよ」と行って帽子を追いかけて行ったのです。
帽子は高く空に昇っていって、辻の手には届かないところまで上がって飛んで行きます。
辻は「待て〜」とスキーの板をかかえたまま帽子を追いかけました。
やっと帽子に追いついた時、さっきまで止んでいたハズの雪が降り始めたところでした。
空も真っ黒になって、風もびゅーびゅー吹き始めました。
辻は少し怖くなって、飯田さんたちの所に早く戻ろうとしたのです。
そのうち、雪が段々強くなってきて、風も強くて上手く前に進めなくなってしまいました。
辻はもう疲れてしまって、地面にお尻をついて座り込んで、ワンワン泣いてしまいました。
そうしたら、飯田さんの声が聞こえてきて、辻は大きな声で「ここれす〜〜!!いいらさん、ここにいるのれす〜!!」と叫んだのです。
飯田さんはすぐに辻を見つけてくれました。そして辻の左手をつかんで一緒に歩き出しました。
でも、雪のせいで道がわからなくなってしまって道に迷ってしまいました。
飯田さんの来た方向に歩いて行って、何十分か歩いて行ったのですがスキー場には辿りつきません。
辻はその時、あいぼんのことを思い出し飯田さんに聞きました。
「いいらさん、あいぼんたちはどうしたのれすか?」と辻が聞くと、飯田さんは
「加護となっちは二人で山を降りたよ」と教えてくれました。
辻はあいぼんんたちがすごく心配だったのですが、それよりも自分のことが心配でした。
ご飯が食べられないなんて嫌だ!と思いながら、一生懸命足を引きずって歩きました。
・・・。
もう何時間歩いたかわかりません。
辻も飯田さんも、コンサートでダンスするよりもずっとずっと疲れてしまいもう歩けないと思った頃でした。
「辻!あそこ、家がある!!」
飯田さんが突然、前の方を指さしましたが、辻には雪でそれが見えませんでした。
でも、近づく度にその家が段々見えてくるようになりました。
こういうお家をなんていうのかずーっと考えながら歩いていたのですが、答えが「ログハウス」だとわかった頃には
そのお家の前に着いていたのです。ログハウスのとっても大きいお家です。
飯田さんが辻の手を離し、ドアをノックしました。
何回も何回も、大きな声を上げてノックします。
「誰か、誰かいますか〜!!!」
10回くらい叩いたころに、ドアが開き一人のお婆さんが出てきました。
「おやま!!あんたたち、遭難者かい?さ、さ。寒かったろう〜…早よお入り…」
と、辻と飯田さんを手招きし家の中に入れてくれました。
辻はすっかり安心していたのですが、まだ戻れるかどうかは心配なのでした。

「ふぅ〜…いい気持ちなのれす…」
温かいお湯の中で、辻はまるで天国にいるような気分になりました。

大きなログハウスに住んでいたお婆さんは、辻たちを家の中に入れるなりすぐに
「お風呂に入るといいわ」と、お風呂を貸してくれたのです。
飯田さんが「辻が先に入りなさい」と言ったので、辻は「いいらさんも一緒に入るのれす」と誘ったのですが
飯田さんは辻に「一人で入りなさい」と言いました。
辻はお婆さんの案内でお風呂場に連れて行かれました。
そして、辻のびしょ濡れのスキーウェアをお婆さんが乾燥機に突っ込んでくれました。
辻はお風呂場に入ってとてもビックリしました。
木製のお風呂で、辻の家のお風呂よりもずっとずっと大きかったからです。飯田さんと二人でも広いくらいです。
辻は浴槽のお湯を、風呂桶で体にかけ湯船に浸かり始めました。

今日は色々あったのです。
辻が帽子を飛ばしてしまって迷子になって、飯田さんが助けに来てくれました。
でも…辻がおバカさんだから飯田さんまで巻き込んでしまったのです。
辻は自分のしたことがとても飯田さんやあいぼん、安倍さんに申し訳なくなりました。
そんなことを考えてたら、突然悲しくなって涙が流れてきます。
「あいぼん…会いたいのれす…」
いつだったか、矢口さんにこんなことを言われたことがあります。

『アホか辻は!お前14歳だろ〜!』

辻はあの時のことを思い出し始めました。

それは去年の夏のことでした。
辻は「ハローモーニング」の収録の時、10人祭で焼きそばが食べられなくて泣いてしまったのです。
焼きそばが食べたかったのはもちろんあるのですが、それ以上にもっと悔しい思いをしました。
それは……あいぼんだったのです。

あいぼんと辻は同じ日にモーニング娘。になりました。
初めて逢った日から、あいぼんとは双子のように仲良しになったのです。
毎日がとても楽しくて、中澤さんに怒られたりした時も二人一緒なら怖くありませんでした。
辻は、こうして毎日が続いて行くんだ…と思っていたのです。
でも、あいぼんと辻が初めて離れる時が来ました。
それは辻にとって、繋いだ手が離れるだけでなく…心まで離れたように思えました。

2000年6月。
「タンポポ」の追加メンバーが発表されました。
タンポポはどちらかというと大人な雰囲気のユニットだったので、辻は梨華ちゃんとよっすぃーが入るのではと思っていました。
でも、辻の考えとは違くてタンポポの追加メンバーは梨華ちゃんとあいぼんでした。
辻は、あいぼんと離れてしまうことがとても悲しかったのですが、その後さらにショックなことが起こったのです。
次に発表された「プッチモニ」の追加メンバーは……よっすぃーだけでした。
つんくさんの「以上」という言葉を聞いた瞬間、辻は何が何だか解らなくなってつんくさんに聞きました。
「つんくさん、辻はどのユニットに入るのれすか?」
辻の質問につんくさんはちょっと困りながら「辻はユニットには参加させないんだよ」と言ったのです。

辻はその日の仕事が終わってからずーっとずーっと泣き続けました。
帰りのタクシーの中でも、家に帰って部屋のベットの中でも泣きました。
「もう、モーニング娘。をやめる」とまで思っていたくらい泣きました。
目が赤くなるまで泣いた時、あいぼんから電話がかかってきました。
「あんな…のの」
あいぼんはこの時はまだ関西弁が少し残っていて聞くたびに辻は面白いと思っていたのですが、その時は違いました。
あいぼんの声なんか聞きたくない…そう思っていたのです。
「あんな、のの。うち、ののとは親友だと思ってんねん」
……辻は黙ったままでした。「あいぼんの声なんか聞きたくない…」まだそう思っていたのです。
「だからな、うちとののが離れてしまっても友達だと思ってんねん」
……辻はまだ黙ったままでした。でも、あいぼんの声を聞くのが辛くなくなってきたのです。
「のの…。うち、つんくさんは何か考えがあったんだと思う。だから…泣かないでよ…」
「……うん・……」
電話の向こうであいぼんは泣いていました。辻も泣いていました。
二人で電話越しのワンワン泣きました。でも、辻はそれで少し吹っ切れた気がしたのです。

次の日から、あいぼんはタンポポの新曲のレッスンがありなかなか顔を合わせることがなくなりました。
でも、辻はあいぼんのことを恨んだりはしません。
…だって、あいぼんは辻のことを「親友やで」って言ってくれたから。
辻とあいぼんはそれから、周りのみんなに「名コンビ」と言われるくらいになったのです。

それから色々なことがありました。
「青色7」に初めてのユニット参加に、新曲がリリースされたこと。
矢口さん、あいぼん、ミカちゃんとの「ミニモニ。」が結成されたこと。
中澤さんの卒業の時には今までにないくらい泣いたこともありました。

だけど、辻も大人になっていくに連れて、徐々に自分とあいぼんには差があることに気付き始めました。
新曲の、辻のソロパートがあいぼんより少ないこと…。
「I WISH」ではあいぼんは後藤さんと二人で「メイン」と言われる大役を果たしたのです。
…でも、辻にはそんな役割は回って来ませんでした。
それでも辻はあいぼんのことが大好きだったし、みんなの前で歌うあいぼんも大好きだったので
自分のソロパートが少なくてもあまり気にしないようにしていました。
それに、「ミニモニ。」ができたことによりあいぼんと一緒にいつも居られるようになったのが嬉しかったのもありました。

でも、辻があいぼんに対して「嫌な気持ち」を持っていることを知ることになるのです。

2001年夏。
2度目のシャッフルユニット企画で、辻は「10人祭」に所属することになりました。
それに対してあいぼんは、梨華ちゃんや松浦亜弥と一緒に「三人祭」をやることになったのです。
本当は辻も三人祭が良かったのに…。でも辻は三人祭には選ばれませんでした。
そんな辻の気持ちを知らずに、あいぼんはピンクのカツラを被って、可愛い格好で辻に新曲のフリを教えてくれました。
辻も一生懸命覚えた10人祭の振り付けを教えてあげました。
「三人祭ってズルイよね」
……?
ハローモーニングの収録前に、二人でフリ付けの練習を廊下でしていたときに、どこからかそんな声が聞こえてきました。
あいぼんと辻は顔を見合わせ、キョロキョロとしていました。
見ると向こうから、スタッフの女性のような人たちが三人ほどこちらに向かって歩いてきていました。
とっさにあいぼんと辻は、すぐ近くの部屋に隠れてスタッフさんたちの話を盗み聞きしました。
「三人祭なんて、売れないハズがないじゃん」
「事務所の推しって言うのがバレバレなんだよね」
……辻はこっそりとあいぼんの方を見ました。
あいぼんはうつむいたまま、辻の視線に気づかないように…唇を噛んで黙っていました…。
何か言葉をかけようと思いましたが、何も言うことができませんでした…。
でも、あいぼんはキッと顔を上げて辻の頭をポン、と叩くと辻と目を合わさずに言いました。
「…のの。本番、始まるよ…」
あいぼんは辻の返事を待たずにスタジオに向かいました。辻もあいぼんの後を追いかけます。
「……」
「……」
……。二人ともスタジオまでは黙ったままで歩いています。
スタジオの目前に辿りついた時、あいぼんが振り返って言いました。
「のの。去年私が言ったこと覚えてる?ののと私は大親友だよ、って」
「え?…う、うん」
少し戸惑いながらも、辻はあの時のことを心の支えにしていたので首を縦に振って、あいぼんに素直に答えました。
「…ののと私、大親友だけどライバル同士なんだよね…」
あいぼんは辻から目を背け、うつむいて言いました。とても悲しそうに…。
「でも、私…。ののが大好きだから!」
あいぼんはそう言い終わる前にクルッと振り返り、辻の言葉を待たずにスタジオの中に入ってしまいました。

あいぼんはとても悲しそうな眼をしていました。
それは辻も同じだったのかも知れません。
…本番が始まってもどこかあいぼんのことが気になってしまっていたのです。
あの時…。焼きそばが食べられなくて泣いた時。
辻は焼きそばが食べられなかったのはもちろん悲しかったのですが、あいぼんへの思いが溢れてしまってそれが涙に変わって溢れていました。
あいぼんへの、ダイキライな気持ちとダイスキな気持ちが入り混じって溶け込んで…。
大親友だけどライバルのあいぼんへの気持ち…。
あの時の辻にはそれを抑えることができなかったのです。

『しっかりしなきゃ、私。』
そう何度も心に言い聞かせてきました。
それは矢口さんに言われたのもあったけれど、いつまでもあいぼんが着いていてくれるわけではないことを
その時、初めて知ったからです。
…だって、二人はライバルなんだもん…。
でも、辻は……。

「辻、辻!!」
「うぅん…???」
辻が目をあけると、体と髪をバスタオルを巻いた飯田さんが心配そうな顔で辻の頬をペチペチと叩いていました。
「…あいぼん?」
「ハァ??」
飯田さんが不思議そうな顔をして辻を見下ろしていました。
それで一瞬にして目が覚めました。
辻ってば、お風呂の中で眠ってしまっていたのです…。まるで後藤さんのようです。
「も〜!遅いから心配してたら、湯船の中で眠ってるんだもん」
飯田さんはちょっと怒ったような感じで言うと、風呂桶を掴んでお湯を体に流し、湯船の中に入りました。
お湯がユラユラと揺れ、少しだけ溢れましたが辻と飯田さん二人で入っても湯船はゆったりとしていました。
「辻、どーしたの?ボーっとして…。まさか…のぼせてるんでしょ」
「そうなのれす。もう出るのれす〜…」
辻がボケーっとしたまま、湯船から上がろうとした時…。

カコン!!!

「あう〜〜〜〜…」
お約束というかなんというか…辻は石鹸を踏んづけて転んでしまいました。
膝を思いっきりぶつけてしまい、また泣きそうになってしまったのですが
さっき『しっかりしなきゃ!』と思ったばかりだったのでなんとか泣かずに頑張りました。
「も〜…ホントに辻は〜!気をつけなさいよ」
「ごめんなさ〜い」
辻は笑顔で立ち上がると飯田さんを後に、お風呂場から出て行ったのでした。

「あ、お嬢ちゃん。もう少しでご飯できるからね。そこのソファに腰かけて待っててね」
辻がお風呂から出て、さっき通ってきたリビングに入るとお婆さんがお料理の途中でした。
「あっ、は〜いv」
辻はご飯が待ち遠しくて待ち遠しくて、もうこれでもかってくらいお腹がすいていました。
……。
ソファに座った辻は、それから何をしていいのかわからずただぼんやりとしていました。
ログハウスの家の造りや、家具に目をやっても、立派そうな壷や観葉植物などが置いてあるだけで
テレビなんかは置いてないみたいです…。残念。
そうやってキョロキョロしていると、大きな古い壁時計が目に入りました。
今の時間は午後9時半くらいです。
飯田さんが、奥のドアを開け「あ〜いいお湯だった〜。お婆さん、お風呂ありがとーございました!」
と言いながら出てきてすぐに、
「さあ、ご飯ができましたよ」
そう言ってお婆さんはリビングの木製のテーブルの上に次々と料理を運んできました。
「ごめんね、急なお客さんだったものだから…こんなものしか用意できなくて」
お婆さんはそういいますが、辻は料理に目が向いたままだったのですが飯田さんが「お構いなく」と言っていました。
今日のメニューは、ちょっとしたサラダに、お魚の…煮物?でしょうか。それにハムを焼いたもの。
それからあいぼんの大好きなオムライスゥーでした(もちろん辻も好きですよ)
「さ、召し上がれ」
辻はお婆さんの言葉が終わるか終わらないかぐらいにはもうすでにお箸を握って
凄い勢いでご飯を食べ初めていました。
…やっぱりご飯を食べてる時が一番幸せなのです!

「もうお腹いっぱいなのれすぅ〜…」
「御馳走様でした〜」
辻と飯田さんはもの凄い勢いであっという間に食事をたいらげてしまい、お婆さんの入れてくれた
レモンティーとチョコレートケーキを今、丁度食べ終わったところなのでした。
「おやおや、よっぽどお腹がすいてたのねぇ〜…」
お婆さんがニコニコしながら、空いたお皿を片付けていると飯田さんがレモンティーを啜りながらお婆さんに尋ねました。
「お婆さん、なんでこんなトコロに一人で住んでいるんですか?」
「ここはねぇ、とあるお金持ちの別荘なのさ」
カウンター越しのキッチンからお婆さんがお皿を洗いながら答えます。
「この辺は夏も涼しいから良い避暑地になるのでね。アタシはその金持ちに雇われて
 冬の間、お金を貰ってこの別荘を管理しているってワケさ」
飯田さんは「ふ〜ん」となにやら納得していたようですが、辻にはサッパリでした。
「あんたたちこそ、こんな真冬の雪山ん中、どうして遭難なんかしていたんだい?」
「えっ…」
お婆さんの質問にちょっと戸惑ったのか、飯田さんはレモンティーをちょっぴり服の上にこぼしてしまったようです。
「あの、私たち…モーニング娘。って言うんですけど…」
飯田さんはもじもじしながらお婆さんに言ったようなのですが、お婆さんは手を拭きながら「なんだい、それは」と不思議そうに言ったのです。
「あの、私たち、東京の方で歌手をやっているんです」
飯田さんがモーニング娘。についての説明をしてる間、お婆さんはソファの反対側に座り、飯田さんの話を「うん、うん」と頷きながら聞いていたのです。
「…というわけで、私たちはスキーの途中で遭難してここに辿りついたのでした」
「おやまぁ…大変なんだねぇ。東京の歌手っていうのは…」
お婆さんは飯田さんの話が終わってもニコニコしながら何度も何度も頷いていました。
そんな二人のやりとりを見てるうちに、段々辻は自分が眠くて仕方ないことに気づき始めました…。
瞼がとろ〜んとして、すぐにくっつこうとするのですが、力を入れて「えい!」と瞼を開けます。
でもまたすぐに瞼は閉じてしまい、意識も段々もうろうとしてきていました…。
「あっ、辻ったらもう寝てる!」
飯田さんのそんな声が聞こえたような気もしましたが、すでに辻は眠りの中なのでした…くぅ…zzz

真夜中。
飯田さんが部屋の戸を開ける音で辻は目覚めました。
どうやら、飯田さんはお婆さんとの話が弾んでいたようで今から眠るようです。
辻は飯田さんに気づかれないように、「うぅん…」と寝返りをうつフリをしてケータイを取り出しました。
まだ午前0時過ぎです。…まだ、そんなに眠ってなかったみたい。
飯田さんがベッドの中に入ってしばらくは、辻もすぐに眠ろうと思っていたのですが
目が冴えてしまって眠れなくなってしまったのです。
「いいらさん、起きてるれすか?」
辻が小さな声で隣のベッドの飯田さんに声をかけました。
…飯田さんは眠ってしまったと思ったので「なに?」という返事が返ってきた時はちょっと驚いてしまいました。
「どうしたの?眠れない?」
「はい…」
「そう、カオリもなんだ〜…疲れてるのに眠れないの」
飯田さんは寝返りをうって顔をこちらに向けました。
「いいらさん。お話しませんか?」
「…?別にいいけど…」
飯田さんの返事を聞くと、辻は…少し戸惑いながらも飯田さんに自分の思いを打ち明け始めました……。

いつからだったでしょう…?
私が『彼女』に対してライバル心を持ち始めたのは…。
それは、出逢ったあの日からだったのかも知れませんね。
だって二人は同じ夢への席を目指していたから。
「負けたくない。」
そんな気持ちはあったんでしょう…、きっと、初めから。
でも…私は『彼女』に惹かれていました。
だから、ライバル同士でも…お互い大親友になれたのでしょう。
だけど……。
これからもずっと二人は一緒に居られるのでしょうか?
これからも…ずっと……。

「…というわけで、つぃとあいぼんはライバル同士だということに気づいてしまったのれす…
 つぃは、あいぼんがダイスキなのれす…。でもそれとおんなじくらいに…ダイキライなのかもしれないのれす…」
辻は飯田さんに自分の思いの全てをぶつけたのでした。誰かに聞いて欲しかったのです…。
辻の、正直な気持ち。あいぼんに対する…。
飯田さんは黙ったままでした。
辻は涙を流したまま、黙っていました。
長い長い時間、二人は黙ったままでした…。
「カオリもさー…」
5分くらい沈黙が続いた頃、ようやく飯田さんが口を開きました。
「カオリもさ、色々あったよ。そんなこと」
「…えっ?いいらさんもれすか???」
「うん。まぁ、カオリも大人になったってことかな…」
辻は、涙を流すのも忘れて飯田さんの話に耳を傾けていました。
「カオリもね、なっちや矢口に…後藤や…辻にだってライバル心持ってるの。
 でも、それってお互いが向上していくためのいい刺激だと思うんだよねー…
 だからさ、辻の中にもジレンマがあると思うんだけど、カオリはそれを背けることなく加護にぶつけて欲しいと思うワケ」
辻は黙ったままでした。
飯田さんの言ってることが100%理解できた訳ではないけど、80%くらいは理解できたました。
飯田さんも辻の答えを待つように、辻の顔を見つめたまま黙っていました。
その表情は、自信に満ち溢れた大人のオンナの顔でした。
「…つぃ、まだちょっとよくわからないけど、わかった気がするのれす」
辻はうつむいていた顔を上げました。
なんだか、こんな簡単なことが今、まさに解けたような感じなのでした。
「うん、辻も自信ついてきたんだと思うの、カオリ。だから…頑張れよ、辻!」
飯田さんは拳を握って辻の前に差し出しました。
…辻は、ためらいもなく自分も拳を握ってそれを飯田さんの拳に思いっきりぶつけたのです。
「さてと…マジメな話もしたことですし、そろそろ寝なさいよ。明日朝早いんだから」
「ハ〜イ!」
飯田さんはそう言って、すぐにベッドの中に潜り込んでしまいました。
辻も…同じようにベッドの中に潜り込みましたが心はドキドキワクワクしているのです!

そうだ。何を恐れることがあったんだろう。
ライバルだから仲良くしちゃいけないなんてコト、ないんだ…。
辻、ちょっと自信なくしてたのかも知れない。
これからは頑張れる…これからは…。
東京に戻ったら…今までの辻とは変わるんだから!

「お婆さん、一晩だけでしたがお世話になりました!」
「なりましたのれす!!」
飯田さんと辻がお婆さんに深々とお辞儀をすると、お婆さんは「また、おいでね。東京の歌手、頑張るんだよ」と言ってお見送りしてくれたのです。
辻たちの泊まっている旅館「かまいたち荘」まではここから約10kmほどだそうで、でもこの辺には道路がないから歩いて帰るしかないそうです。
お婆さんは、「こんな雪の中帰ることないのに…」と言ってくれましたが、
今日中には東京に帰らなければいけないし、ということで雪の中頑張って歩くことにしたのです。
お婆さんは、出発する時に辻たちに、今日のお昼の分のおべんとう、夜のおべんとうにちょっとした地図を書いてくれました。
それから、昨日乾燥機に入れてくれた辻のスキーウェアをたたんで返してくれました。
辻と飯田さんは、お婆さんに何度も何度もお礼をいい、元来た道を帰ることになったのです。

「遠いけど、頑張れるよね…辻?」
「はい!」
辻は、雪の山道を歩きながら元気よく返事をしました。
朝だというのに、昨日ほどではないけど雪が降り続いていて視界もあんまりよくありません。
でも、辻は「早くあいぼんに会いたいよ…」と心の中でずっと思いながら歩き続けました。



出発してから、1時間。
ケータイの時刻は午前10時を示していました。
「いいらさん、何キロくらい歩きましたか??」
辻が飯田さんに聞きますが、飯田さんは「わかんない」と機嫌悪く答え、すぐに黙ってしまいました。
……。
「いいらさん、おなかすいたのれす」
辻がまた飯田さんに言いますが、飯田さんは「まだお昼じゃないからダメ!」とまた機嫌悪く答え、黙ってしまいます。
……。
「いいらさん、10キロってどのくらいなんれすか?」
辻がまた飯田さんに聞きますが、飯田さんはとうとう答えもせず黙ったままです。
……。
「いい…」
「あーもう、うるさい!!静かにしてっ!!!」
飯田さんは辻の方を振り返ると、大きな声で叫んですぐにまた踵を返して歩きはじめました。
……くすん。
辻と飯田さんはそれからしばらく黙ったまま歩いていました。
……辻、おなかすいたのです……。
でも…言ったら怒られちゃうカナ…。
もう2時間くらい歩いてるし、そろそろ着くカナ…。
でも、言ったら怒られちゃうカナ…。
…おなかすいた…。
もう辻の頭の中はパニックに陥っていました。
歩いても歩いても雪、雪、雪、雪!!!
こんな雪ばっかり見てたら、いらいらするに決まってるのです。イライラ…。
「ねぇ、辻…」
「うるさいのれす!!静かにしてほしいのれす!!!」
…辻が我に返ると、とっても寂しそうな目でウルウルとこっちを見ている飯田さんがいるのでした…。

「アレ、辻!見て見て!」
辻の空腹が最大限に達したと思った時、飯田さんが遠くを眺めて指さしていました。
…それにしても飯田さんってば、雪の中でも目がよいのですねぇ…。
辻には全くもって何も見えません。
「なにがあるのれすか?」
「小屋よ。小屋!ロッジって奴よね、アレ」
飯田さんはそのロッジというものを見つけると雪で足が巧く運べないというのにダッシュで前方に向かいました。
…取り残されて辻は、あまりにもの空腹で走ることはできずに、今までと同じスピードでとぼとぼと歩きます。
痺れを切らしたかのように、飯田さんが辻の方へまたダッシュで逆戻りして辻の手を引っ張りました。
「いいらさん…辻、走れないのれす〜〜〜」
「じゃあ、辻。あのロッジで休憩!ご飯にしましょう」
ご、ご、ご飯!!!
人間とは(いや、辻に限ったことなのでしょうが)なんてゲンキンな生き物なのでしょう。
辻はご飯の言葉に惑わされてしまったのです。
「いいらさん!!何をとぼとぼ歩いてるのれすか!?ご飯、ご飯が待っているのれす!!」
……呆れる飯田さんを余所に、辻は一人元気になってロッジまでダッシュで向かうのでした。

「だ〜れ〜か〜い〜ま〜す〜かぁ〜〜〜〜〜」
辻は、ロッジのドアをガンガン叩いて、中に人がいるかどうか確認しました。
ロッジは昨日のお婆さんの家と同じログハウスですが、それよりもずっとずっとちっちゃいまさに小屋という感じなのでした。
灯りが点いていないので、確認するまでもなくここには人はいないと思います。
「つ〜じ〜…ど…どうしてご飯になるとそんなに…元気…なのよ…?」
辻よりずっと遅く飯田さんが、息を切らしてロッジに辿りつきました。
辻は心の中で「若さが違うのです」と思ったのですが、飯田さんは最近、歳の話をするとうるさいのでやめておきました。
「いいらさん。誰もいないみたいれすよ」
「そうね。遭難者用のロッジってトコね…」
「辻が開けてもいいれすか?」
「いいわよ」
…飯田さんの言葉を待ち、辻はロッジのドアを開きました。
ロッジのドアは軽く、いとも簡単に開いてしまいます。
開いた先は、外の光が射し込まずにとても薄暗く、そして冷たい空気でひんやりしていました。
辻と飯田さんは手をつないでロッジの中に入り、部屋の中央にある垂れ下がったランプの火を点けました。
薄暗い部屋の中に、オレンジ色の光が照らされました。
飯田さんが、部屋の右隅にあった暖炉に、「どーやってやるの〜!?」と苦戦しながら火を点けようとしていました。
辻は…左隅にある木製の机に気がつきました。
いえ、正確にはその机の上の紙切れに目がいったのです。
辻が近づいて、その紙を見ると、小さな茶色いメモ帳のような紙に、黒いボールペンで文字が書かれていました。
「かおり、辻へ。私たちは助けを求めに行きます。ここで大人しく待っててください」
この字には辻は覚えがあります。
「いいらさん!コレ、コレ!矢口さんの字れすよ!!」
辻は飯田さんのところまで、紙をひらひらさせて駆け寄りました。
「ちょっと見せて!」
飯田さんが辻の手からメモをぶん取り無言でそのメモを見つめていました。
「……辻、ご飯を食べたらすぐに出発するよ」
「えっ??なんでれすか??」
突然の飯田さんの言葉に、辻は袋からお弁当を取り出すのをやめてしまいました。
「カオリの予想だと、矢口たちはもう旅館に戻っていると思うの。
 ほら、お婆さんに貰った地図見てごらん」
飯田さんはそう言って、ジャンパーのポケットから地図を取り出しました。
「ココがホラ、ココでしょ…?」
そう言って説明すると、ここがスキー場のすぐそばで、そこから20分程度で旅館に着くことがわかりました。
辻、もうすぐあいぼんに会えるんだ…と思うと、胸がちょっぴり嬉しくなるのです。
「じゃ、辻!もう少しだから頑張ろうね!」
「ハイ!!でもご飯を食べないと頑張れません!!」
「………………」

「さて、お腹もいっぱいになったところだし、しゅっぱぁ〜つ!」
「辻、おなかいっぱいになったら眠くなったのれす」
…辻の冗談を、飯田さんはギロッという目で見ていました。
「じょ、冗談なのれすぅ〜…」
「ま。いいでしょ。急ぐわよ」
そう言って、暖炉の火を飯田さんが消し、辻がランプの火を消しました。
そして二人でロッジのドアをしめて、また歩き出し始めました。
ケータイで時間を確認すると、すでに午後12時半になっていたのです。
果たして、辻たちは今日中に東京に帰れるのでしょうか!?

辻と飯田さんはまたしばらく歩きましたが、段々下り坂になっているのがわかったので
気持ちとしてはさっきのただ歩くだけよりも気持ちが楽でした。



「おっかしいなぁ〜。ココが駐車場のハズなんだけど…」
飯田さんが、周りの景色と地図とを何度も何度も眺め比べながら言います。
「辻にも見せて欲しいのれす〜〜」
辻が飯田さんの手元の地図を覗き見ますが、飯田さんがイジワルして地図を辻の頭の上まで上げてしまい見れないのです。
「ココが駐車場なんだから、車があるハズなんだけど〜…」
「車なんかないのれす」
…ホントにここが駐車場なんでしょうか?でも、看板に「駐車場」と書いてあるので間違いないとは思います。
ただ、地面が雪に隠れてしまって何も見えないのですが。
それに、辻たちがスキーに来た時確かにここで降りたような気がしました。
…辻がぼけーっとしながら飯田さんの顔を眺めていると、飯田さんもぼけーっとしていました。
「いいらさん、何をぼけーっと…」
と、辻が言いかけた時、飯田さんは怪訝そうな顔をして辻に呼びかけました。
「……ねぇ、辻」
「なんれしょう??」
「あそこ、見て」
辻は、また例の「雪の中でもしっかりモノが見える」技かと思ったのですが、どうやらそうでもないみたいです。
飯田さんの指差す先には、雪を被った数本の木とその下にある巨大な雪ダルマでした。
……???
「何もないれすよ?」
「本ッッッ当に何もない?」
……????
辻は訳がわからず、またその方向を目を凝らして見ますが木と雪ダルマしか目に入りません。
「ないれすよ。どうかしたのれすか?」
「………」
飯田さんは、何か考え事をしたまま黙っています。そして、再び口を開くと
「辻、こんな家もなんもないとこに、雪ダルマがあるの変じゃない?」と言いました。
……??????
辻はそれでもよくわからず、飯田さんの目をきょとんと見ていました。
「あいぼんたちが造ったのかもしれませんよ?」
「そっかなぁ〜…でもカオリたちが昨日、ここに来た時はなかったよね?」
……????????????
辻の頭の中は「?」が踊りながらいっぱいになるほど混乱していました。
「絶対、何かある。…これ、カオリの野生のカン…」
飯田さんは、ゆっくりゆっくり雪ダルマに近づこうとします。ですがそれを辻が「怖いのれす」と言って止めました。
「いいから。辻はそこで待ってて」
・・・。
飯田さんはゆっくりゆっくり…雪ダルマに近づいていきます。
一歩…一歩…。
雪ダルマへの距離は後、3歩。
もう一歩進んだところで振り返り、「辻、何かあるといけないから目、閉じてて」と言いました。
辻はしぶしぶ目を閉じながら、「何があるんだろう」と思っていました。
・・・・・・。
・・・・・・。
「キャァァァ〜〜!!!!!」
突然、飯田さんの悲鳴が上がり、辻はそれにビックリして目を開けてしまいました。
「つ、つ、辻!!見るな!!!」
飯田さんはブルブルしたままこちらに後ずさりしてきますが、もう遅かったのです。
辻の目に入ったのは……雪ダルマの頭を崩した部分から覗いた目を開いたままの……。
凍りついて死んでいる…事務所のスタッフが二人…。
雪ダルマの中に包まれていたのでした。
辻はその瞬間…地面に座りこんで、気を失っていました……。

 

第3章 再会と罠 

「嘘だよ!かおりや辻が犯人なワケがないでしょ!」
やぐっつぁんは、あたしとなっちの部屋で、うるさいくらいの大きな声を張り上げて、立ち上がっていた。
「で、でも…私、思うんです。飯田さんか辻ちゃん以外に里沙ちゃんを…その…」
おどおどした口調で、紺野はやぐっつぁんに食ってかかったが後半は口にすることができなかったらしくもごもごしていた。
「そんなの、アタシたちの中にいるなんて決まってないでしょ!?」
やぐっつぁんはとうとう半分キレかかったような感じで、床に立て膝をついていた紺野を見下ろした。
その剣幕はもの凄いものがあるが、小川と高橋がそんなやぐっつぁんを制していた。
「…ごっちん、どしたの?」
あたしの隣に体育座りしていた加護が、あたしの顔を覗きこんだ。
「…ん、いや…」
あたしが口を開くと、やぐっつぁんと紺野がギロッとこっちを睨みつけ近寄ってきた。
「後藤!後藤はどう思ってるのよ。今日のアンタはちょっと鋭いから、もしかしたら謎が解けるんじゃないの!?」
「あの、後藤さん。後藤さんも私と同じ考えですよね!?」
「……」
あたしは二人に詰め寄られても黙ったままでいた。
さっきから頭の中で何かが引っかかっているが、かおりと辻の行方が知れない今…。
全てを決め付けるワケにもいかないだろう。
「後藤!」
「後藤さん!!」
…それでも二人はあたしに詰め寄るが、結局あたしは何も答えないままだった。
それを見た圭ちゃんが助け舟を出した。
「もういいでしょ、矢口も紺野も…
 仲間を疑いたくないのもわかる。でも新垣はもうこの世にはいないんだ」
圭ちゃんの口から告げられた残酷な事実に、やぐっつぁんも紺野もバツの悪そうな顔をしてうつむいてしまった。
それでも圭ちゃんは続けた。
「…私は新垣を殺したヤツを許さない…」
……重い沈黙の空気が流れる。
圭ちゃんも、なっちも、よっすぃーも、梨華ちゃんも、加護も…みんな黙ったままだった。
「あたしが、きっと…犯人を見つけて見せるから」
あたしは戸惑いながらも立ち上がった。
みんなの視線があたしに注がれる…。だが、あたしは迷わなかった。
「…あたし、新垣の遺体を見て思ったよ。
 きっと、新垣…辛かったと思う。だってまだ13歳だよ!?あたし、人の命を奪う権利って誰にもないと思うんだ。
 だから…もしも、この中に犯人がいるのなら…。あたしは絶対この中から見つけてみせる。
 それがあたしにできることだと…思って…るから……」
あたしは言うだけ言うと、またしゃがみこんで黙りこくっていた。
誰も応えることなく沈黙が続く…。
「とにかく!各自…単独行動は控えることよ。部屋に戻って大人しくしていなさい」
そう圭ちゃんが促すと、梨華ちゃんとよっすぃー、紺野、高橋、小川はあたしたちの部屋から出て行ってしまった。
そして圭ちゃんはさらに残ったなっちと加護の方を向き
「ちょっとゴメン。後藤と二人で話がしたいの」
…と、なっちと加護も部屋の外に追い出してしまった。

たたんだ布団に寄りかかるあたし。
窓の縁に手をかけ、振り返る圭ちゃん。

そして…圭ちゃんとあたしは向き合っていた。

「後藤、今日のアンタってちょっと変よね」
圭ちゃんはクスッと笑いながら、あたしの顔をマジマジと見つめていた。
「…自分でもそう思ってる」
あたしはわざと無愛想な答え方をしたが、本当に自分でもなんだかちょっと変な気分だったのだ。
……。
二人の間に沈黙が流れる。
「後藤」
しかし、口を開くのは決まって圭ちゃんの方だ。
「なに?」
あたしはまた素っ気無い返事を返す。
「新垣、かわいそうだね」
「…うん」
あたしはそれでも素っ気無い返事をするが、沈黙の度に圭ちゃんは構わず質問し続けた。
「アンタのその姿、アイツにそっくりだよ」
「……ふ〜ん?」
あたしは初めて、圭ちゃんに興味を突く質問をされたがやっぱり素っ気無いままだった。
「解らなくてもいいんだよ」
「……」
何のコトだかホントは少し気づいていたが、やっぱり解らないフリで黙り込んでいた。

あたしの中に、あの日の出来事が鮮明にフラッシュバックしてくる。
そう、先ほど見た…あの夢の出来事。
あたしは幼かった。
だから…「あの人」の後ろ姿を見送るのが辛くて、何度も何度も泣いた。
「どうして去ってしまうの?」と聞いたあたしに、「あの人」は
『私は自分の正しいと思った道を選ぶの。だから後藤、あんたも自分を信じて歩くのよ』
…そう言った。
そんな背中をあたしは素直に見送ったし、その強く前を見た瞳を信じた。

「今のアンタの姿、『紗耶香』そっくりだよ」
今度は圭ちゃんが名前を出して…言った。
「……」
あたしはいつまでも黙ったままだ。
「あのコは帰ってきた。
 だけど、前を見たあの瞳は今も変わっていなかった…。
 自分の信じたものを、信じる瞳。今のアンタに、私はそれを感じたよ」
…圭ちゃんは、あたしの中に「あの人」の姿を見ていたのだろうか。
「後藤、私もアイツと同じ気持ちだよ。
 アンタはアンタの信じる道を選べばいい。それがもし、私たちの今を壊すことになっても……」
………。
あたしは、圭ちゃんの言葉に一つも答えることはなかったが、圭ちゃんはそれで満足して部屋を出ていった。
………。
「自分の、信じる道…か」
あたしはポツリとつぶやいて、遠くの雪の空を眺めていた……。

「圭ちゃんと、何話したの?」
圭ちゃんが出てからすぐに入れ替わりでよっすぃーが入ってきた。
「別にぃ〜…ちょっとした話だよ」
あたしは、外の雪を眺めながら気のないフリをして返事を返す。
「…あのさ、ごっちん。昨日の夜のことなんだけど…」
姿の見えないよっすぃーの声はとてもか細く、弱々しい声に聞こえた。
「何?」
あたしが少し気になって後ろを振り返ると、よっすぃーは下をうつむいたままで黙っていた。
そして、そこまで言いかけると「いいや、何でもない!」と後ろを振り返り出ていってしまった。
「なんなのよ、よっすぃー…」
口ではそう呟いたが、頭の中では一つの考えが浮かんだ。
よっすぃーは何か、知っているのではないか。
そういえば、昨晩よっすぃーはずーっと階段に座っていた。
何かを見たとしても変ではないはず。
…もしや、よっすぃーが犯人ということも有り得るのだろうか。
……止めろ、真希。そんなこと考えるなんてホントにどうにかしてる。
あたしは自分自身に言い聞かせ、再び雪の降る外の景色の鑑賞した。

……。
アレ?
人影が二人。
あたしの視界のちょっと下(つまり1階層ね)に人影が二人見えた。
従業員の二人かも、と思ったがその姿には見覚えがある…いや、もう見飽きたとでも言おうか。
「アレは……!!」
あたしは気づいた瞬間に、スリッパを履くのも部屋にカギをかけるのも忘れて隣の加護と高橋の部屋の前に立った。
「加護、高橋、なっち!!」
ドアをノックもせずに乱暴に開け、中にいた三人に声をかける。
「何だよ〜、ごっちんはそんなに慌てたりして〜」
「い、今…下に、かおりとつ…」
「ののっ!!?」
あたしの言葉を言い終わるより先に、加護が辻の名前を叫んで部屋から飛び出した。…スリッパも履かず。
加護に続くようにして、なっちと高橋も部屋から飛び出した。
高橋は「私がみんなを呼んでくるので、後藤さんは下に下りていってあげてください」と言って、隣の部屋のドアを叩いていた。
あたしは「わかった」と返事を返した瞬間、階段を駆け下りた。

階段を駆け下りた玄関のその先には…
開かれたドアと、さらにその先に見える抱き合う加護と辻、なっちとかおりの姿があった。

「新垣が…死んだ?」
かおりが怪訝そうな顔をして、あたしたちを見回していた。
「…嘘だよ〜!そんなの!みんな、かおりを騙そうったってそうは行かないんだから!!」
かおりは、食堂のテーブルに肘をつきお茶を啜りながら、苦笑いでけらけら笑っていた。
あたしはかおりの隣の辻に目がいき、いつもより大人しい辻が気になった。
「辻、どうした?」
「…………」
あたしの問いに辻は、答えずに黙ったままだ。
お腹がすいて機嫌でも悪いのかな?…と思ったが、どうやらそうでもないみたいである。
目が虚ろで、ボーっとしたままうつむいている。
「…死体」
「は?」
辻がぽつりと呟いた、縁起でもない言葉をあたしは聞き漏らさなかった。
「死体???」
「……」
あたしが確認しようとしても、辻は黙ったままうつむいている。
「のの、どうしたの?」
辻の手を握って加護が聞くが、辻はブルブル首を横に振って黙ったままだった。
「辻、答えて」
あたしが最初は優しく聞くが、辻は相変わらず黙ったまま。
「辻。答えて!」
もう一度、今度は強く聞くが、それでも首を横に振って何も話そうとしない。
沈黙が続くが、またもや辻が断片的にぽつりと呟いた。
「……雪ダルマ、駐車場……」
死体に、雪ダルマに駐車場?
あたしはその三つの単語でなんとなく想像ができてしまった。
「……かおり」
今度は辻ではなく、かおりに問う。かおりはビクッとして目を逸らしたまま「何?」と聞いた。
「見たんでしょ?何か」
「……」
辻もかおりも、他のみんなも黙ったままで、相変わらず重々しい空気が流れていた。
……。
あたしは、沈黙の中静かに立ち上がった。
そして、食堂を出ようと足を運ぶ。
「後藤、どこ行くの!」
だが、圭ちゃんに止められた。
「あのスキー場の駐車場。そこで…多分あたしの予想だとスタッフの人の遺体があると思う」
圭ちゃんをはじめ、かおりと辻以外のみんなは驚いていた。
「一人で行くなんて危険過ぎる!!」
圭ちゃんがあたしを心配してか、そう言うがあたしはできれば自分の目で確かめたい。
「…カオリが、案内するよ」
かおりが静かに立ち上がりあたしに申し出る。
あたしは、初めからそうして貰いたかったのだが、敢えて「いいの?」と聞いた。
「…一人じゃ、危ないでしょ。カオリ、リーダーだもん。行かなきゃ」
かおりがそう言うと、やぐっつぁんが今度は立ち上がった。
「なら、矢口も行く」
…あたしは、正直言って今度ばかりは少し戸惑ったのだが、やぐっつぁんは「運転手が必要でしょv」と
ちゃっかり左手に握ったカギを見せウインクした。
「わかった。…後は?」
あたしが他の黙ったままのメンバーに質問するが、他に名乗り出る者はいなかった。
「じゃあ…」
あたしが二人に移動を促そうとした時、紺野がおどおどと立ち上がった。
「あの、後藤さん…私も行っていいですか?」
「…ハイハイ、そう言うと思ってたよ。じゃあ、きちんと寒くない格好しておいでね」
あたしの言葉に、紺野は急いで2階の部屋に上がって行った。

「じゃあ、気をつけてね」
圭ちゃんがあたしたちにそう言って見送る。
あたしも「そっちこそ、殺人犯に気をつけて」と言い残し、バスに乗り込んだ。

……できれば、2度とこの人の運転する車には乗りたくないのだが。
歩いて行って帰ってくるのに、下手したら1時間近くはかかってしまうだろうし。
ここは素直にやぐっつぁんに頼るしかないと言うわけだ。
正面から最前列の左側の通路寄りの席にかおり、
右側の通路寄りにあたしで、窓寄りの方に紺野が座った。
「じゃ、行きますよ〜」
やぐっつぁんが、威勢よく声を上げるが、
あたしは心の中で「頼むから、安全運転してくれよ…」と神様に祈りたい気分だった。

ブルルルル…

エンジンがかかり、車が雪道を走り始める。
上手くいけば、5分ちょっとで駐車場まで着くはずだ。
「順調順調♪ど〜お〜後藤!矢口の運転も、サマになって来たでしょ〜!!」
「キャ〜!!矢口、前見て。前!!!」
振り向いたやぐっつぁんを見て、かおりが悲鳴をあげた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ!矢口にオ・マ・カ…」
「辞めて!!マジで、前だけ見てて!!お願いしますから!!」
…あたしもかおりと一緒に悲鳴をあげていた…。

「もう〜だらしないよ、二人とも」
バスが到着するなり、やぐっつぁんはあたしたちのところまで近づいてきて言った。
「あんな…あんな運転で…」
かおりはほとんど泣き顔で何事かをポツリポツリと呟いていた…。
「ホラ、行くよっ!」
……。
やっぱり、歩けばよかったという後悔は捨てられなかった。

「後藤さん、後藤さん…」
バスを降り、外に出てから紺野がバスの裏側に回り小さな声であたしを手招きした。
「何?」
あたしはやぐっつぁんとかおりに気づかれないように静かにそれに近づく。
大体の予測はついた。
「で?まだかおりを疑ってるんでしょ?」
「はい」
あたしの予測通り、紺野は小さく返事を返す。
「あのねぇ…あの様子でかおりが犯人なワケないわよ。現に辻だって…」
「辻ちゃんを脅したのかも知れません」
…。あたしの否定をあっさりぶち壊す紺野。
「…じゃあ、なんで辻を真っ先に殺さないワケよ?」
「自分が疑われるからです」
…。またもやあっさり答える。…ったく可愛げがないんだから。
「私は飯田さんをマークしてますので」
…。どうやら紺野の中では、かおりが犯人に決定されてしまったらしい。
あたしの推理ではかおりが犯人になるのはありえないんだけどなぁ…。
「さて、早く行かないと怪しまれますよ」
…。ホンッッットに可愛いげがないのね、紺野って…。
あたしたちは二人の所に時間差で戻った。
「ちょ〜っと!何してたのよ、二人とも」
「…あの、トイレに…。ビビって失禁でもしたらいやなので」
巧い!
「あ、じゃぁ〜矢口もちょっと…」
ふぅ…どうやら巧くごまかせたようだ。
やぐっつぁんはそう言うとあたしたちの向かって来た方向に向かい、木の陰に隠れた。

「さてと…」
あたしは心の準備を始めていた…。

やぐっつぁんがあたしの横に立った。
あたしの左に紺野、その隣にはかおりが無言で立ち並んでいる。
目の前にあるのは変哲もない巨大雪ダルマ。
その頭が少しズレているが、かおりたちが動かして直した跡であろう。
あたしが一歩一歩近づき、雪ダルマの頭に手をかける。
・・・。
ドクン、ドクン…。
心臓がバクバクしてくる。
手も震え始めた。
…心の準備はできてるというのに。
「行くよ…」
あたしは後ろの三人に、振り返らずに声をかけ、両手に力を込めた。
そして、それを上に思いっきり持ち上げる。
・・・。
少し重いが、更に徐々に力を入れ引っ張り上げた時、雪ダルマの首の部分から人間の首が2つ覗いた。
あたしはそれにビビってしまい、足が滑って後ろにひっくり返ったのだが…。
勢い余って雪ダルマの頭の部分を思いっきり引っ張って持ち上げてしまった。
「ひっ!!!」
「キャッ!!」
紺野とやぐっつぁんの悲鳴が後ろで聞こえる。

顔見知った人間の死体なんて、あたしとて見たくはない。
その雪ダルマの体から、2つの頭が突き出ていた。
それは間違いなく…あたしの知っている顔だった。
あたしたちの旅行に、事務所の命令でついてきたスタッフの二人。
あたしには、その二人の冥福を祈ることしかできなかった……。

「なんかさ、ああいうの見ちゃうと…何もかもヤル気なくすよね…」
運転席に座ったやぐっつぁんが、後ろも振り返らずにポツリと呟いた。
…それが独り言だとわかっていたので、誰も返事を返すことはなかった。
・・・・・・。
旅館への帰りのバスは、静かに、そして順調に帰路を進んでいた。

あたしは、バスの中で考えことをしていた。
それはもちろん、先ほどのスタッフの遺体のことだ。
実は、死亡を確認したまではいいのだが・・・。
雪ダルマの体の部分から、胴体が抜けずに死因が判明しなかったのである。
ただ…その表情が、新垣と同じく酷く怯えた表情であったことだけが解ったといえば解ったことだった。

「…後藤さん」
隣の紺野があたしに小声で声をかける。
「…何?」
あたしが同じように小声で返事を返すと、紺野も自分なりの推理をあたしに説いた。
「……あの死体、どーやって中に入れたんでしょう?」
……そういえばそうだ。紺野に言われて初めて気づいた。
雪ダルマの中に人間2人を隠すのって、案外大変じゃないのかな?
あんなにでかい雪ダルマ、作る時間が犯人にあったのだろうか。なんせ、2メートル近くあったし。
何かが妙だ…。そう思いながらもあたしには謎がまだまだ解けずにいた。
やがて、沈黙のバスは旅館へと辿りついた。

「ごっちん、どうだった?」
「何か、わかりましたか?」
旅館に入るなり、あたしたちを残りのメンバーが迎えた。そしてあたしの姿を見るなり口々に質問してくる。
「だーめ。ほとんど何もわからなかったよ」
あたしの言葉は、どうやらそんなメンバーたちの期待を裏切ったようで、明らかにみんなが「あ〜あ」という
表情をしているのがわかる。
「さて…と。これからのことについて話合わないとね」
そうやって場を仕切るのはいつものようにやぐっつぁんだった。
「とにかく、食堂に行きましょ。温かいお茶が飲みたい。ね、矢口」
後ろにいたかおりが、やぐっつぁんに声をかける。やぐっつぁんは「うん」と大きく頷き靴を脱ぎかけていた。

「それで…これからどうするんですか?」
みんなが座るなり、一番最初に口を開いたのは珍しく梨華ちゃんだった。
今朝の朝食の時と同じ並び順で席につく。
変わったといえば、加護の隣に辻が。あたしの隣にかおりが座ったことだけだろうか。
…よく考えてみると、12人しかいない「モーニング娘。」なんだ、コレ…。
今まで人数が多すぎてわからなかったけど新垣一人いないだけで随分違和感がある。
「そうだね…」
リーダーのかおりが、梨華ちゃんの問いに対して応えるが、結局答えは出ないまま黙ってしまった。
「やっぱり矢口が運転するよ、東京まで」
「却下!!」
「絶対、イヤです」
「いやだ!」
やぐっつぁんの申し出は次々に却下され、やぐっつぁんは「なんだいなんだい…」と拗ねてしまった。
「後藤、どう思う?」
圭ちゃんに突然こっちに話題を振られあたしもちょっと戸惑いながら自分の意見を言った。
「あのさ、あたし…一刻も早くここを出た方がいいとは思うんだ」
うんうん、とそれぞれが頷く。
「だけど。ここから出るにも出れないじゃないの」
うんうん、とまたそれぞれ頷く。
「だから…なるようにしかならないでしょ」
……。沈黙。
誰もがわかっていることを、釘付けされたような決まりの悪い表情を浮かべていた。
「……あのさ」
そう言って立ち上がったのはよっすぃーだ。
「あの、アタシ思うんだけど」
「何?吉澤?」
「あの、アタシ…。アタシ〜…」
よっすぃーは、何かを言いたそうにしながら言いにくそうに口の中でもがもがしている。
だが、決意を決めたように大きく頷くととんでもないことを言い出した。
「東京に、帰らないっていうのはどうかと思う!!!」

「ハァ?吉澤、気でも狂った?」
そうやって、茶々を入れるのはやぐっつぁんだったが、よっすぃーは立ち上がったまま
鼻で荒く息をして、そう、まるで興奮しているようだった。
「だってそうじゃないですか!新垣いなくなって、この中に殺人犯がいるんです!」
よっすぃーの興奮は次第に高まっていき、さらには大声を出し始めた。
「アタシ、イヤですからね!!東京に戻って、この中の誰かが殺人犯扱いされるなんて!!!」
…よっすぃーの大声がむなしく響く。
誰も喋らなかった。いや、むしろ誰もがよっすぃーの意見に同意したってことか。
「そうね」
あたしは、よっすぃーに助け舟を出し静かに立ち上がった。
「確かに、この中に殺人犯が潜んでいるかも知れないけど…。
 根本的に何かが変わるってわけでもないわね。…東京に戻っても」
「…そうかも」
「そうだね」
「……そうですね」
他のメンバーも口々に納得し始める。
「じゃあ、しばらくはここで生活しましょう」
そうやって、あたしたちの意見をかおりがまとめた。そして、こうも言い加えた。
「ただし…。安全には十分気をつけてね」
それぞれが返事を返し、部屋に戻る。あたしもなっちと一緒に2階の部屋へと戻った。

結局、なんの音沙汰もなく夜になった。
事務所からの連絡は当然なく、あたしたちはすでにもう東京に帰るのを諦めた頃だった。

ドクン。

突然、胸の鼓動が変わった。
何故、そんなことが解ったのかは解らない。けれど、「何か」を予感していた。
「あ、ごっちんどこ行くの!」
なっちの叫ぶ声が後ろから聞こえたが、あたしは本能的に察知した予感を胸に
すぐに部屋から飛び出していた。
そして、まずは隣の加護、高橋、辻の部屋のドアをノックする。
「は〜い!」
と、加護と辻が手をつないで仲良くドアのカギを開けた。
「みんな、いる!?」
「いるよ〜。加護と、ののと愛ちゃん」
「わかった、じっとしてなさいよ。絶対部屋から出ちゃダメだからね!?」
あたしは、部屋に三人いることを確かめ、念を押してから隣の部屋のドアをノックする。
紺野と小川の部屋だ。
「はい」
と、紺野の声が返ってきてドアが開くのをイライラと待った。
「後藤さ…」
「紺野っ!小川は!?」
「え?麻琴ちゃんなら、さっきトイレに行きましたけど…」
「わかった、紺野。カギかけて小川が帰ってくるまでここから動かないで」
「あ・・・はい」
あたしは、紺野の部屋のドアを閉め、更に隣の部屋のドアをノックした。
圭ちゃんと梨華ちゃん、かおりの部屋だ。
「……」
だが、最初のノックには誰も応じなかった。
あたしはさらに何度も何度もドアを叩くが、中から返事はない。
まさか…三人ともやられた!?
あたしは、先に隣のやぐっつぁんとよっすぃーの部屋の前に立ち激しくドアを叩き続けた。
…出ない…と諦め始めた時、
「なぁに〜?」
寝ぼけたやぐっつぁんの声が返ってきて、ドアがゆっくり開いた。
「よっすぃーは!?」
「え?吉澤〜?…ん〜知らない〜…それより、なんか眠くて…」
まずい…今、いないのは5人。圭ちゃんと梨華ちゃん、よっすぃー、かおり、小川…か。
と、あたしが廊下を行ったり来たりしていると…
「あれ〜ごっちん、どうしたの??」
と、一度聞いたら忘れられない強烈な梨華ちゃんの声から響いてきた。
「あ、あれっ?梨華ちゃん…どこにいたの!?」
「えっ?えっ???私と保田さんと飯田さんで温泉に…」
「二人だけ!?小川とよっすぃーは!?」
あたしの緊迫した様子に、梨華ちゃんもビクビクしながら答える。
「えっと、実はさっき浴場に着いたんだけど〜…私、着替え忘れて戻ってきたの。
 その途中でよっすぃーに会ったけど、小川は見てないよ」
梨華ちゃんの話が終わると、あたしは温泉の方向へ足を向けた。
「ありがと。梨華ちゃん、気をつけてね」
「あ、う…うん??」
あたしがそう言って走り去ると、梨華ちゃんは戸惑ったまま部屋に入っていった。

しまった…。迂闊だった。
犯人の狙いは「一人になった時」だろう。
どうやら、その辺は計画性のない犯人のようだ。
あたしは頭の中でそんなことを考えながら温泉へと走った。
…だが、よく考えたら…。
この旅館には階段が二つあって、一つ目の階段は玄関から入り、食堂の前を通ってその左にある。
もう一つの階段は、その廊下をもっと奥に進み、温泉のまん前の階段である。
あたしは、その温泉側の階段に向かって走っていたのだがその途中に、トイレがあることに気づいた。
…まさか、とは思ったが一応覗いてみることにした。
ゴクッ…と息を呑みこみ、スリッパを履き替えそこでまず立ち止まり「小川…?」と名前を呼んでみる。
・・・・・・。
返事はない。
あたしは、もう一歩進み、また「小川…?」と名前を呼んでみた。
・・・・・・。
また返事はない。
嫌な予感がプンプンしていたのだが…あたしはトイレの個室4つのうち、一番右側から順にドアをノックする。
1つ目のドアを開けたが、何もなかった。
2つ目のドアにも何もなく、3つ目も同様だった。
そして…最後の左端のドア。
ドアノブに手をかけるが、その手がガクガク震えてることが自分でもよくわかる。
・・・・・・。
もしかしたら、それはわかっていたのかも知れない。
ゆっくりゆっくりドアノブを引くと…
便器に顔をうずめて、頭から血を流して死んでいる…小川の姿があった。
「うっ…」
昨日見た新垣の変わり果てた姿や、スタッフの凍り漬けの死体よりも…もっとグロテスクで強烈な衝撃が頭を襲った。
おそらく、何か重い鈍器で殴られたのだろう。
頭がかち割られている。そしてそこから赤い血がドクドクと流れて、便器の中へと流れてもうそろそろ溢れそうなところだ。
あたしは、ハッとそんな観察を冷静にしてる自分を嫌悪した。
あたしはすぐに部屋に戻り、「どうしたの?」と尋ねるなっちを余所に毛布を取り出し…トイレに再び入った。
そして、小川の遺体を毛布で包むとそのまま、どうすることもできずに…。
それから、トイレの床に座りこんで、汚いという感覚もなしにただ、ただ…泣き崩れるばかりだった……。

「ひっく…ひっく…」
誰の声かはわからない。あたしとなっちの部屋に全員が集まっていた。
ただ、泣き声が響くだけで誰も言葉を発する者はいなかった。
第1発見者のあたしは、その様子を詳しく知っているだけに…一番ショックを受けていた。
どうして、一人になんてさせてしまったんだろう…。
考えてみれば、わかることだったのに…。
「私が…私がいけないんです!!」
そうやって涙ながらに号泣しながら叫んだのは紺野だった。
「私が、私が麻琴ちゃんを一人で行かせなかったら…」
紺野は悲痛な叫びを続けたが、誰も答えることなくうつむいて黙っていた。
「…後藤、何かわからないの?」
圭ちゃんがあたしに向かって聞くが、あたしも「今はなんとも…」と答えるしかなかった。
「やっぱり、東京に戻ろう…」
そう言ったのはかおりだ。みんなが視線を向ける。
「ここは危険だわ。これ以上、犯人の好きにさせるワケにはいかないもの」
「無理よ」
かおりの話を遮り、あたしは冷たく言い放った。
「女将さんの話では、あたしたちが来た方の崖道は雪が積もって危ないって。
 ただ、隣村まで行けば…」
「そうだ!!」
あたしの言葉を遮って、辻が大声で立ち上がった。
「いいらさん、お婆さん!お婆さんの家に行くのれす!それで、それで隣村なのれす!」
「…お婆さん?辻たちが泊まったっていう家の?」
あたしが辻に聞くと、辻は大きく頷き「そうなのれす」と言った。
「でも、そこへ行って何になるわけ?」
「そうか!」
次はかおりが立ち上がって叫んだ。
「カオリ、あの夜お婆さんに聞いたもの! 隣村まで行けば電話が通じるって!!」
だぁぁ〜!!!
「なんで、そう言うことは早く言わないの!?」
あたしがかおりに問い詰めるが、かおりは「てへへ」と苦笑した。
「そっか!それで、助けを求めに行けるじゃない!」
そうやって喜びに溢れる声を上げたのはなっちだ。
他のみんなも少し安心したような顔で微笑んだ。
「これで、助かりますね!」
「うん!」
と、新垣の事件からずーっと塞ぎ込んでいた高橋と梨華ちゃんも安心した様子ではしゃいだ。
「まだ暗くなってきたばかりだから…夜中にならないうちに出発しよう」
圭ちゃんがみんなを促し、一刻も早く…と部屋を出ようとした時。
「……ちょっと待って下さい」
そうやって、話の腰を折ったのは紺野だ。いつものオドオドした態度ではない。
「…全員で行くべきではないと思います」
「……?」
紺野の言葉に、一瞬空気が止まった。

紺野は続けた。
「この夜の雪の中を、全員で行くのはかなり危険だと思いますが」
「でも、紺野。そんなこと言ってる場合じゃないと思うけど」
あたしが紺野に返すが、紺野は首を横に振り「いいえ」と言った。
「いいですか、こんな時だからこそ冷静にならなくてはいけないんです。
 そうでしょう?後藤さん」
…紺野の言葉に、あたしはハッ、として黙ったままだった。
「いいわ。カオリが行く」
かおりが突然、無謀な提案をした。しかし、それはみんなに「一人は危ない」と却下されたが、
「一人が危ないなら、アタシも行く!」
と、今度はよっすぃーが名乗り出た。
「一人だから危ない、っていうワケでもないでしょ!吉澤は〜!」
「そうよ!危ないよ、よっすぃー!」
やぐっつぁんと梨華ちゃんがよっすぃーを止めたが、よっすぃーはそれを聞きいれるはずもなく「絶対行きます」と言い張った。
「仕方ないわね、じゃあ矢口も行くよ。それにいつものア・レも必要でしょv」
相当、バスの運転が気に入ったのかやぐっつぁんはカギを左手にしっかり握り閉め、よっすぃーに向かってウインクを投げた。
「ののも行くれす。お婆さんに会いにいくのれす」
辻も立ち上がった。その辻の手を加護がしっかり握り締めて、心配そうな顔をしている。
「ののが行くなら、加護も…」
と加護が辻と一緒に立ち上がったのだが、それを聞いたやぐっつぁんとかおりが慌てた様子でそれを止めた。
「加護はダメ!行くなら、加護か辻のどっちか一人!!」
「お子様二人と雪山歩きなんか、無理!」
口々にそう言うが、加護は納得しないようで「ブーブー」とふてくされていた。
「あいぼん、大丈夫なのれす。辻、頑張るのれす! お婆さんにも会いたいので、辻が行くのれすよ」
驚いた。いつも甘えん坊なイメージのある辻が、こんなこと言うなんて…。
他のみんなも驚きの表情で辻の顔を見つめていた。
「じゃあ、この4人で行くわ」
かおりが最終的にまとめ、かおり、やぐっつぁん、辻、よっすぃーの4人がコートやマフラーを着込んで行くことになった。
準備の間にあたしたちは女将さんに事情を話し、見送りに玄関に降りるときには女将さんが「これをお持ちください」
と、温かいお茶が入った水筒と、夜食のお弁当を4人に渡した。
「気をつけて」
「遭難しないでね」
「…お気をつけて」
あたしたちはバスに乗り込む4人を見送った。
…大丈夫、大丈夫…。
あたしは何度もその胸の中でそう思い込み、不幸な予感が起こらないことを願った…。

4人の行った後、あたし、圭ちゃん、なっち、加護、梨華ちゃん、高橋、紺野の7人は再び、
あたしたちの部屋に集まり、個人行動をしないように努めた。
心配なことは心配だが、今のこの状況では4人に期待するしか希望はない。
あたしはその間に、さっきの小川の事件の事情聴取を始めていた。
「…で、麻琴ちゃんがトイレに行ったのが、後藤さんの発見した15分くらい前でした」
紺野が記憶を辿るようにして、ゆっくり語る。あたしはそれを「ふんふん」とメモ帳に書き取る。
「あたしが梨華ちゃんと会ってから3分後くらいに小川を発見したから…」
と、ぶつぶつと呟きながらメモを進める。
つまり、まとめるとこんな感じだ。
・圭ちゃん、かおり、梨華ちゃんが温泉に行く(小川発見の15分前くらい)←梨華ちゃん談
・小川、トイレに行くため個人行動。(小川発見の15分前くらい)←紺野談
・あたしが部屋から出る(小川発見の10分前くらい?)
・梨華ちゃんとよっすぃーが階段ですれ違う(小川発見8分前くらい?)←梨華ちゃん談
・加護、高橋、辻の部屋の覗く(小川発見の8分前くらい?)
・圭ちゃん、かおり、梨華ちゃんの部屋のドアをノックする(小川発見の6分前くらい?)
・よっすぃー、やぐっつぁんの部屋のドアをノックする(小川発見の5分前くらい?)
・やぐっつぁんがドアを開ける(小川発見の4分前くらい?)
・あたしが梨華ちゃんとすれ違う(小川発見の3分前くらい?)
・あたし、小川を発見。

…と流れるわけかぁ。
小川が殺された時間が判明すればそこから犯人が割り出されると思うんだけど…?
でも、正確な時間がわからないのでかなり厳しいのだが。
とりあえず、ここからは加護、高橋、辻、そしてあたしと一緒にいたなっちは犯人の可能性はありえない。
と、そこまで考えてあたしはある仮定を思いついた。
もしかしたら、「紺野か梨華ちゃんが嘘をついている」可能性がある。
そうなれば、この二人が犯人になる可能性も高い。
特に紺野は…。あたしは紺野に対して初めて疑いを持ち始めた。
冷静で飄々とした紺野のことだ。その上、つかみ所がなく、頭の回転が速い。
…まさか、ね。
あたしは自分の考えに苦笑しながら、メモを眺めていた。
「ねぇ、助かるといいねぇ」
あたしがぶつぶつ言っている横でなっちが呟いた。
「私、こんな怖い思いしたの初めてです」
高橋がちょっとズレた事を言っているのを横で聞き、あたしはまだぶつぶつ呟いている。
「あいぼん、元気だして」
梨華ちゃんは、窓の外を眺めている加護を慰めていたし、圭ちゃんは黙って目を閉じていた。(寝てる??)
あたしが目だけで他のみんなの様子を伺った後、メモに再び目を移すと…。
「ねえ、なんか…あそこ赤くない?」
梨華ちゃんが窓の外を眺めてぽつりと呟いた。
「??」
あたしは首を伸ばして窓の外を見ると、確かに暗闇の中で赤い…というよりはオレンジ色の光が見える。

ドクン。

…来た。
あたしは「予感」を感じ取り、急いで部屋を飛び出した。

もう誰も止めなかった。
いや、むしろあたしが飛び出したことで他の6人も一緒に飛び出してきた。
何があったかは、だいたい予想できたのだろう。
…あの方向は、あたしたちが避難したロッジがある方向だ。

あたしたちは走った。
唯一舗装された雪の積もった道路を、スキー場目指してひたすら走った。
駐車場に到着した時、一度休憩を入れたがここには例の「雪ダルマ」があるので長居はできない。
バスが置いてあるので、4人に何かあったのは間違いないだろう。
…迂闊だった。さっきもそう思ったばかりだったのに…。
見ると、さっきの赤みがかかった空に煙が白く上がっているのが目に入る。
それを見たあたしは、みんなに先へ急ぐことを促した。
一刻も早く…。
あたしたちはまた走り出した。
雪山に足を取られ、上手く進めないが、それでも走った。走りつづけた。

すでに駐車場を出発して20分近く走り続けた頃。
前方から、何かがやってきた。
あたしが腰にかけた懐中電灯でそれを照らすと…。
「よっすぃー!!」
そう、光に照らされ現われたのはよっすぃーだった。
よっすぃーは体中を傷とすすで真っ赤と真っ黒に染め、背中にやぐっつぁんを背負って歩いていた。
「大丈夫!?」
あたしが近づいても、よっすぃーは黙ったまま虚ろの瞳で雪の降る夜空を見上げていた。
「吉澤!矢口!!大丈夫!?」
「矢口ぃ!!矢口っ!!」
後から来た圭ちゃんとなっちがよっすぃーの背中からやぐっつぁんを下ろし、腕の中で声をかける。
やぐっつぁんも体中に傷を負い、顔中すすだらけで真っ黒になっていた。
だが、意識がないようでやぐっつぁんは返事をしなかった。
圭ちゃんが急いでやぐっつぁんの左胸に手を当てる。
「…大丈夫、生きてる」
それを聞いて瞬間、ほっとするが他の二人がいないことに気づきあたしはまたハッとしていた。
「よっすぃー!かおりと辻は!?」
「のの!!」
「あっ、加護!ダメ!!」
加護はあたしのその言葉を聞くなり、赤い光の方へ一目散に走り始めた。
「高橋!よっすぃー、お願い!」
「あっ、ハイ!」
あたしは高橋に未だに呆然としているよっすぃーを任すと、加護の後を追って走り始めた。
…あたしの予感が…また当たったことを体中で憎んでいた。

ロッジは火がついたまま跡形もなく、崩れ落ちていた。
…雪の中でも、火って消えないんだなぁ〜…と呆然としていた。
ロッジの中には危険だったので近づけなかったのだが、遠目から見ても二つ…黒焦げの遺体があるのが見えた。
あたしは…雪の中に膝をついて愕然としたまま、何もかも捨て去りたい気分に陥っていた。
「ののぉ〜…ののぉ〜!!!」
…うるさいなぁ…。
加護が泣き叫んでいるのを、あたしは虚ろに見つめたままそれ以上何を考えるのも止めた。
「のの…ううっ…」
あたしも、加護も、そこから一歩も動かなかった。

それからどのくらい時が流れたのかもわからず、二人でただ抱き合って泣き続けていた…。

「後藤さん、しっかりしてください」
…うるさいなぁ。疲れてんだから寝かせてよ、と口が動かずに心の中で呟く。
「後藤さん、後藤さん!!」
「…???」
あたしが目を見開くと、紺野があたしの体を揺さぶっていた。
どうやらいつの間にか気絶してしまったようだ。それに気づくのにそんなに時間はかからなかった。
まだ火は上がったまま…。
「後藤さん。ここは危険ですよ。早く降りましょう」
「……うん」
あたしは我に返り、手をつないで倒れ込んでいる加護を背中に負ぶさる。
「…紺野、かおりと辻は?」
「……多分、後藤さんの見たままだと思います」
…あたしと紺野はそれっきり、黙ったまま雪山を降り始めた。

あたしたちは駐車場のバスまでやっとの思いで辿り着いた。
カギは開けっ放しだったようで、すでに他の4人はバスに乗り込んでいる。
「後藤!かおりと辻は…」
圭ちゃんやなっちがあたしに近づくが、あたしは黙って首を振った。
それを見て、圭ちゃん、なっち、梨華ちゃん、高橋の4人も愕然と崩れ落ちる。
「そんな…何があったっていうの…」
なっちが悲痛な叫びを上げたが、あたしにはどうにも答えることなどできなかった。
「やぐっつぁんは?よっすぃーは?」
あたしが答える代わりに別の質問を返すが、よっすぃーもやぐっつぁんもぐったりしたままバスの座席でうな垂れていた。
「…とにかく、旅館に戻らないと。私が運転するよ」
圭ちゃんが、運転席に座った。
「急いでね、圭ちゃん」
あたしは抱きかかえた加護を隣の座席に下ろすと、運転席の横に立った。
「任せて…」
バスは走った。
静寂の中、バスは速やかに雪道を進んでいった…。

 

第4章 真実の糸

もう、あたしは疲れた…。
どうしてこんなことになったのだろう。
あたしたち…ただ旅行に来ただけだったじゃない…。
もう、疲れた…。

「ダメよ」
…誰?もう寝かせてよ。
「諦めるの??」
…うるさいな。ほっといてよ。
「私、そんな後藤なんか見たくないよ」
…誰なの?どこかで聞いた声。
「後藤、『自分の信じた道を歩け』、だよ」
…わかってる。でも、もう疲れたよ…。
「じゃあ、逃げるの?」
…逃げない。
「あんたしか、みんなを救えるヤツはいないんだよ」
…わかってる。
「頑張れ、後藤」
…頑張…る。

あたしは、目を覚ました。
夢に出てきた『あの人』はあたしを励ましていた。
…ふふっ、変なの。市井ちゃんは東京にいるのにね。ちゃんとあたしの前に戻ってきたのに。
でも、大切なコトを教えてくれた人だ。
あたしは逃げない。
疲れても、立ち上がろう…何度だって。
これ以上、誰も犠牲になんか…しない。
あたしは、布団から起き上がった。
…そっか、あれから戻ってきてまたすぐに寝たんだっけな。
かおりと辻は…。頭の中にさっきの風景が蘇ってくる。
あの時…紺野が来なかったら、あたしと加護はあそこで凍死してたかも知れない。
その加護は、ショックで意識を失ったままだし、怪我を負ったやぐっつぁんとよっすぃーも心配だ。
どうやら、あの火事は爆発によるものらしかった。
…我を忘れたよっすぃーが、「爆発、爆発」とずーっと言い続けていたらしい。
その衝撃に巻き込まれて、辻とかおりは死んだ…。
やぐっつぁんとよっすぃーは無事とはいかずとも、命だけは無事だったようだ。
そして、旅館に戻ってからとりあえず、今夜は疲れをとる為に早めの就寝となったということだ。
それぞれの部屋で眠るのは危険なので、あたしの部屋に全員が集まって眠った。
あたしは暗闇の中、目を覚ました…というわけだ。
ケータイを開くと「AM4:44」…ゲゲェッ!!
嫌な時間に起きちゃったなぁ…。と、あたしは周りを見回す。
どうやら異常はないようだ。
あたしは再び布団に潜り込み…瞬間的に眠りに落ちていった…。

「ごっちん!起きて〜!起きてよ〜!!」
「…んあ?」
あたしが目を覚ますと、梨華ちゃんがあたしの体を揺さぶっていた。
…朝からシェイクは辛い…とか自分でもワケのわからないことを考えていたのだが、すぐに現実に引き戻された。
「矢口さんとよっすぃーが連れ去られちゃったのよぉ〜!!」
「…ハァ!?」
梨華ちゃんの突然の衝撃の発言に、あたしは脳みそが起きるまでに少しだけ時間がかかった。
「どういうこと、それ!?」
あたしが梨華ちゃんに食ってかかるが、梨華ちゃんは小さな紙切れをあたしに渡した。
『吉澤と矢口は預かった』
そこには、どこで用意したのか新聞紙の切り取りで作られた文字が貼られ、そう書かれていた。
「ね、どういうことなの?」
あたしが梨華ちゃんに聞くが、梨華ちゃんも首をブンブン振って「わかんないよ!」と言った。
「他のみんなは?」
「うん、下の食堂にいる」
「そう、じゃあ行こう」
あたしはすぐに着替えて梨華ちゃんを引っ張って食堂に降りていった。

食堂に入ると、高橋と圭ちゃん、なっち、加護、紺野が椅子に座って言葉も発さずボーッとしていた。
「ゴメン、お待たせ」
あたしがそう言いながら席につき、誰かの説明を待った。
「遅い」
と、圭ちゃんに怒られあたしは「ヘイヘイ」と適当に促す。
「で、どうなの?紺野」
あたしは、とりあえず紺野に話を振った。紺野は待ってましたといわんばかりに説明を始める。
「ハイ。朝起きたら、吉澤さんと矢口さんがいなかったんです」
「ふんふん」
「で、目が覚めてどっかに行ったかと思ったらどこにもいないんです」
「ふんふん」
あたしは適当に相槌を打ち、紺野の話に耳を傾ける。
「探しまわったら、どこにも居なくて…」
「私がそれを見つけたの」
…と、紺野の話に割り込んで圭ちゃんが喋り出す。視線の先には、あたしの手の中の紙切れがあった。
「どこにあったの?」
「…吉澤たちの部屋で」
圭ちゃんの話が終わると、すぐに紺野が続けた。
「カギはかかっていませんでした」
「ほう」
あたしはそれを納得しながら、頷く。
「以上です」
紺野の報告が終わると、あたしはしばらく考えにふけった。
…どうやら、犯人の次のターゲットはよっすぃーかやぐっつぁんのどっちかのようだ。
考えてみればわかる。
昨日の爆発の時にも、二人がいたこと。それにかおりと辻が巻き込まれたこと。
そして、連れ去られた二人か。
…でも、そうにもおかしいことがある。
犯人の目的は何か、ということだ。
二人をさらう現場を目撃もせずに、そんなことする理由があるのかどうか…。
あたしの考えはさらに深い方へ沈んでいった。

おかしい。
絶対おかしい。
…おかしいと言えば、紺野だ。何故こうにも事件に絡んでくるのか。
考えてみたら、あたしたちが遭難して戻ってきた時に…紺野はいなかったのではないか?
あの夜、あたしたちを迎えたのは圭ちゃんと梨華ちゃんだ。確かに紺野はいなかった。
…だが、そうするとスタッフを殺害した事件の時には紺野は旅館にいたはずだから殺せるはずがないし…。
そして、新垣の時。
この時は誰にもアリバイがないが、よっすぃーは誰も怪しい人物は見ていなかったはず。
その後、新垣が殺されたのかどうかはわからないけど…。
小川の時が一番怪しい。
何故なら、紺野の証言次第で犯人が変わってくるからだ。
その上、紺野にはアリバイがない。
そして昨日。いつの間にか、あたしたちの後をつけて来た紺野。
…どうにも、不可解な行動が多すぎる。
…というところまで考えて別のことを思いついた。
そういえば、かおりたちの最初の部屋のカギ!!アレは今、どこにあるのか。
死んだかおりが持っていたとしたら、あの中から捜すのは難しいのだが、幸いここにはスペアキーがある。
つまり、犯人がかおりたちの部屋のカギを持っていたとしたら…??
あたしは、丁度側を通りかかった女将さんに「スペアキーを貸してください」と頼んだ。
女将さんは二つ返事で「いいですよ」と言ってくれ、すぐにカギを持ってきてくれた。
「後藤さん、どこにそんなカギ使うんですか?」
紺野が聞くが、あたしは「ナイショ」と言って食堂を出て階段を上がる。
他のメンバーもそれに続く。
あたしは、新垣の殺害現場…つまり、かおりたちの部屋の前に立った。
「こんなとこに…何かあるっていうの?」
なっちが聞くが、あたしはドアにカギを挿し、「見たくない人は入らないようにね」と言ってカギを回した。
カチャ…という音を立ててカギが開き、あたしはドアをゆっくり開く。
その際に、なっちと加護、高橋、圭ちゃんは廊下に残ったままで、紺野だけがあたしについてきた。
…目の前に広がる、残酷な光景。
そのままで残って、酷い悪臭が漂った。
「うっ…」
あたしは口と鼻を抑え、部屋中の隅から隅までを調べ始めた。
「後藤さん…一体何を?」
紺野も鼻を抑えて聞くが、あたしは黙って部屋を調べていた。
そして、押入れの前に立ち、一気にその襖を開けた。
…覚悟は決めていた。
…あたしの予感は、見事に的中したのだ。
だが、幸いなことに押入れの中で目を閉じて眠っているやぐっつぁんとよっすぃーは無事でいたのだった。

すぐに二人を押し入れから出し、部屋にはカギを掛けた。
二人をすぐに部屋に運び、布団の中に安静に眠らせた。
そして…あたしは紺野だけを廊下に呼び出していた。
「…紺野、どう思う?」
あたしが冷静に紺野に問う。
「そうですね、犯人の狙い通りというところでしょうか」
紺野は、同じように冷静にあたしに返事を返した。その瞳には一瞬の隙もない。
「じゃあ、ちょっと聞きたいこと、あるんだけど。いい?」
「はい」
紺野は同じように隙を見せずに答える。
「単刀直入に聞くけど。あたし、あんたが犯人じゃないかと思ってんのよ」
…そうきっぱり言い放つが、紺野はそれでも隙を見せなかった。
それどころか…どこか冷酷な笑いを見せた。…それはあたしの初めて見た紺野の表情だった。
「嫌だな、後藤さん…私が犯人?ふふっ…」
紺野はそう言って微笑したが、あたしはその目が笑っていないのを逃さなかった。
「…それは、推理が甘いですよ。後藤さん」
「……?」
紺野はいつまでも不適な笑いを浮かべている。まるで、そう、『犯人を知っている』かのように。
「あんた…」
と、あたしの言葉を遮り、紺野が冷酷に笑った。
「いいですか、私はもう犯人がわかりました。…でも、教えません。何故なら…私の身に危険が迫りますからね」
……?言ってる意味がよくわからない。
「何を…」
「これ以上、余計なことに首を突っ込まない方が身のためですよ。探偵さん」
紺野は…そう不適な笑いを浮かべながら…みんなの待つ部屋へと戻って行った…。
おかしい。
絶対おかしい。
あたしの中で…すでに犯人は紺野だと確信していた。
…だが、スタッフの事件と、爆発の時には紺野はその現場にはいない。
どの現場にも共通しているのは、よっすぃーとやぐっつぁんしかいないのか…。
でも、やぐっつぁんは小川の事件の時にあたしと会ってるし、よっすぃーは梨華ちゃんの証言では犯行には厳しそうだし…。
段々よくわからなくなってきた。
アリバイがあると言っても、加護や高橋、なっちや圭ちゃんが犯人ではないとも言い切れない。
ただ、犯人ではないと確実に決定してるのは…あたしの中ではあたしだけなのだから。
…あたしは、今初めてこうして犯人を暴いていくことの辛さを感じた。
メンバーの誰かを疑い続けるなんて…辛すぎる。
あたしはその思いを胸に秘め、部屋のドアを開けていた…。

「…矢口、起きないね」
なっちがやぐっつぁんの顔を覗きこんだ。
やぐっつぁんは睡眠薬でも飲まされたかのようにグッスリと眠っていた。
よっすぃーは…さっき目覚めたのだが、目を見開いて虚ろな瞳で天井を見上げている。
…まるで、気でも狂ったかのように…。
時々、「爆発がする!!」と、ワケのわからないことを叫んで苦しんでいるようだった。
…痛々しい、叫びだ…。
紺野の予想では、あの爆発に巻き込まれたためにそうなってしまったのだろうとの事だった。
あたしは…紺野のことは信用できずにいたが、その件についてはあたしも同感だった。
そして…もう一人…。
「加護も元気出しなって…ね」
なっちが優しく声をかけても加護は体育座りで黙って、顔もあげようとしない。
…多分、辻を失ったショックがよほど大きかったのだろう。
まるで自分の一部を失ったかのように……。
あたしたちも相当なショックを受けていたのだが、加護にとっての辻とはまさに
自分の一部だったのだろう。
放っておきたい気持ちはあるが、それこそ何をしでかすかわからない。
それでも…誰か一人に任せっきりにもできない。
あたしたちは、もう自分以外を信じられないようになっていた。
もう、これ以上の犠牲者は出せない。
できれば、争いも…避けたい。
あたしは、早くこの事件を解決させなければならないという使命を感じていた。
「嫌だ!!熱い、熱いぃぃぃぃ!!!」
…またよっすぃーが叫び声をあげた。
だが…あたしにはどうすることもできなかった。

「あ…?」
それからほどなくして、やぐっつぁんは目覚めた。
まだ、意識がもうろうとしているようでそれに気づくのにしばらくかかった。
「アタシ…ここ…旅館?」
「旅館の部屋だよ」
あたしがやぐっつぁんに答えると、やぐっつぁんは…何かわけのわからないという顔でポカンとしていた。
「そう!かおりは!?辻は!!??…そっか」
やぐっつぁんは、あたしたちの顔ぶれを見回して、二人の姿がないことに気づいてしまったようだ。
「…やぐっつぁん、あの時…何があったか教えてくれる?」
「ちょっと待ってよ後藤」
あたしがやぐっつぁんに事情を聞こうとしたのを止めたのはなっちだった。

「…何?」
あたしはあくまで冷静にその制御の理由を尋ねる。
「矢口は今、目が覚めたばっかでしょ!?」
…実は、あたしは誰かがそんなことを言い出すことくらい承知だった。
「待ってよなっち」
あたしが反論を返そうとする前に、あたしのフォローに圭ちゃんが入った。
「後藤だって、そんなこと望んでるワケじゃないことくらい、わかるでしょ?」
「で…でも!!」
「一刻も早く、犯人見つけなきゃ私たちだって死ぬかも知れないじゃない!!」
圭ちゃんは泣いていた。
その涙には、怒り…不安…。あたしだって、同じ気持ちが心の中で渦巻いている。
だからすぐにわかった。
「だいたいねぇ、こんな旅行なんか…」
なっちが怒りに任せてそこまで言った時に、やぐっつぁんがその口を塞いだ。
「なっち…解ってるから…言いたいこと。矢口が悪いんだから…」
「あ…」
その言葉になっちも決まりの悪そうな顔をする。だが、怒りの表情はまだ消えていなかった。
「…嫌ですよ」
今度は梨華ちゃんが泣き叫びながら、口を開いた。
「なんで私たちが命狙われなくちゃいけないんですか!?
 私、殺されたら一生犯人を呪ってやるんだから!!!」
「ちょっと、石川落ち着いて!!」
圭ちゃんが梨華ちゃんを止めるが、梨華ちゃんの火はついたまま消えるどころか燃え上がっていった。
「この中にいるんでしょっ!?私、私…死にたくない!!」
「そうよ…誰なのよ!?こんなことして、ただで済むと思ってるの!?」
「矢口もまだ死にたくない…生きたい!!」
「私だって!!せっかくモーニング娘。になれたのに!!」
…もう、どうしようもなかった…。
今まで、それでもお互いを信じようと思いつづけてきたその想いまで、壊れて崩れてしまったのだ。
「あたしが何とかするから…みんな、落ち着いてよ!」
あたしもとうとう冷静を保てずに叫び喚いたが、それも無駄だった。
「…ごっちんだって犯人かも知れないでしょ…」
誰の言葉かはわからなかった。そうポツリと聞こえたが…。
あたしは…ついにブチ切れた。

「……いい加減にしてよ!!」
あたしの一際でかい大声に、一同が静まり返った。
「…聞いてりゃねぇ、死にたくない死にたくないって…
 あんたらはそれでいいかも知れないわよ!あたしだって死にたくないわよ!
 だからあたしがこうやって、怖い思いしたって、無謀だって思われたって、犯人を見つけようと
 してるんじゃない!!!!
 あたしだって…、犯人が誰かわかったら…すぐにだって捕まえてやりたいのに…」
……最後は涙声になっていた。
今まで、冷静になろうと抑えていた気持ちが全部溢れ出していく気がしていた。
涙に霞んでなにも見えなくなっていた。
あたしの肩を、圭ちゃんとなっち、やぐっつぁん、高橋が抱いていた。
加護は無言であたしの手を握っていたし、梨華ちゃんはあたしの背中にもたれていた。
ただ、その涙に映る中で…ただ一人不敵な笑いを浮かべている者がいたことなど、あたしには解らなかった。

「それで、矢口と吉澤はちょっと遅れてロッジについたのよね」
やぐっつぁんはちらりとよっすぃーを横目で見たが、よっすぃーは相変わらず虚ろな目で天井を見つめている。
そして時々、また叫んでいた。
「で、矢口がロッジのドアを開こうとした時に突然、小さな爆発音がしてね。
 矢口もなんだろ〜?くらいにしか思わなかったんだけど、瞬間的に火が燃え上がって…」
やぐっつぁんがその時のことを思い出すようにしながら、淡々と話を続けていく。
あたしたちはそれを黙って聞いていた。
「そう、火事になって、アタシと吉澤はまだロッジに入ってなかったから助かったんだけど
 かおりと辻は…火事に巻き込まれて…」
「……で、よっすぃーに背負われてきたのね」
「う〜ん…多分、そうだと思う」
やぐっつぁんは曖昧にそう答えた。
「わかった」
やぐっつぁんの話に頷きながらも、あたしは「紺野。」と紺野に声をかけた。
「…なんでしょう?」
紺野はさもやとぼけたようにそう聞くが、まるで初めから解っているようかのようだった。
「ちょっと…」
と、紺野を誘いあたしは部屋の外へと出る。
紺野もそれに従い、あたしたちは部屋の前の廊下で二人きりになった…。

あたしは、紺野の意見を聞くことにした。

「私は、矢口さんが怪しいと思いますよ」
と、あたしの問いかけに紺野は答える。
さらに、続けた。
「吉澤さんのあの様子を見てください」
「…?よっすぃー?」
突然出た、意外な名前にあたしは戸惑ったが、紺野の推理の続きを待った。
「……あの様子は…もはや、異常だと思います」
「……あたしも、それは思った」
よっすぃーの叫び声を上げるその姿は…。もはや、正常には見えない。
それはあたしが一番よく知っているよっすぃーの姿はない…。
あれは…そう、まるで獣のようだった。
「吉澤さんがもし犯人だとしましょう」
紺野はさらに話を続ける。
「ロッジの火事は、おそらく爆発によるものだと思いますよね」
「…そうね」
「きっと、リモコン式の爆弾が使われたんではないかと思います」
「…それもそうね」
「じゃあ、後藤さん。例えば、後藤さんが犯人だったとしてですよ」
「…うん?」
「後藤さんは爆発することがわかってますよね。
 それって…それなりに怪我をする事は解ってても、覚悟はできてますよね」
「…何が言いたいの?」
「つまり、です。私が言いたいのは、吉澤さんが犯人だった場合。
 爆発することがあらかじめ解っている吉澤さんは、あんな状態になるはずがありませんよね」
「……」
あたしは、紺野の言葉を聞きそれには納得していた。
確かにやぐっつぁんが犯人だとしても、色々と合点のいくところがある…。
「それに、です」
紺野は言葉を続けた。
「その後に二人だけがさらわれたという事件」
「……?」
「姿も目撃されずに、犯人の目的は何でしょうか」
「……それは、あたしも思ったわよ」
あたしは言葉を返すが、さらにも紺野は続けた。
「それは…わかります?」
「『自分は狙われてる』と思わせるため…?」
「上出来です」
…いちいちムカつく言い方をされたが、今は気にしている場合じゃない。
「それに…」
紺野の話は途切れることなくまだ続いた。
「麻琴ちゃんが殺害された時、矢口さんはどうしていました?」
「…部屋で…寝てた」
「そうです」
……あたしはそれを思い出した時、ひとつだけひっかかったことがあった。
だが、紺野には言わずにいた。
「それだけではありません」
「……」
「里沙ちゃんの事件は置いておくとして。
 ロッジの時です」
「…ロッジ?」
「はい。矢口さんは、吉澤さんと一緒に…ロッジを出た」
「そうだったわね」
「ええ。…おそらく、その時に矢口さんはスタッフの方を殺害したんです」
「……それで急いでロッジに戻ったってこと?」
「その通りです。そして…バスの中にあったカギ。
 そして、自分が運転して旅館に帰る…」
「……」
「…矢口さんが、犯人です」
紺野は決定的な言葉を、あたしに向かって放った。

紺野の推理とも裏腹に、あたしにはどうにも納得できない事があった。
それは『何故、紺野がロッジでの出来事まで知っているのか』。
あの時、紺野はいなかったハズだし、あたしは紺野に一言もそれを告げてはいない。
…この時、初めてこの事件の糸口を発見した気がした。
そう、犯人は……。
『一人ではないのかも知れない。』
そう考えると、紺野が犯人であることが確定するのだが…。
一見、その場にいないと犯行ができなさそうなロッジの爆発も、リモコン式であれば
外す確立は多くとも、当たれば4人とも死に葬ることができる。
…つまり、これは誰にでもできる犯行ということだ。
そうなると実際には誰が実行犯で紺野が共犯でも、犯行が成り立ってしまうのだ。
例えば、今まで全くもって犯人である可能性のなかった加護。
加護は部屋で辻や高橋といても、小川を殺したのが紺野だとすれば…。
どうにも証拠が少なすぎる。
それに、犯人が特別な手口を使っていないところ。
例え、あたしの中で考えが決まっても決定的な証拠がないのでは…。
…そこまで考えたが、あたしはそれを紺野に告げるのはやめておいた。
とりあえず今は、「矢口さんに自白してもらいます」とはりきっている紺野をなだめ、
「今はマズイ」と促すことしかできなかった…。

だが、真実の糸は…
確実に解かれ始めていた…。

「…ごっちん、何かあったの?」
あたしが黙ったまま考え事をしていると、梨華ちゃんが顔を覗きこんでたずねてきた。
「ん、いや。ちょっとね」
あたしはその問いに曖昧に答えた。
…その曖昧に答えたついでにやぐっつぁんをちらりと横目で見ると、
その更に先に居た紺野の横目と目が合った。
紺野が口パクで「や・ぐ・ち・さ・ん」と言っていたがあたしは相手にしなかった。
どうしてもあたしには紺野が犯人としか思えない。
それはとりあえず確定だとしても…。
共犯の謎は解けないままだった。
そこで今までのメンバーの動きを一人ずつ思い出してみることにした。
まずはあたしの隣で体育座りでうつむいてる加護。
……あたしには加護が犯人とは思えない。
辻を失ったことで、しゃべることもままならない加護。
雪山では遭難しているし、新垣の事件の時は気を失ったままだったはず。
また、小川の事件では辻、高橋と一緒にいたのでアリバイがある。
加護はシロ。
お次はあたしの逆隣にいる梨華ちゃん。
梨華ちゃんはロッジの方には来ていないから、スタッフの事件の時の犯行が不可能だと思われる。
ただ、ロッジに残った3人のうち、紺野が犯人だったとすると梨華ちゃんか圭ちゃんが共犯の可能性もある。
いや…下手すると3人が犯人の可能性も…。
とりあえずクロ。黒といえば梨華ちゃん…なんてコト思ってる場合じゃなかった。
次はなっち。
なっちはほとんどあたしと行動している。
ただ、スキー場ではぐれた時以外は個人行動はしていないはず。
とりあえずシロ。
そんで高橋。
高橋に至っては、ほとんど個人行動をしていない。
でもそれが狙いということも考えられるのだが、一応シロ。
圭ちゃんは…実は一番動きが少ないのでわからない。
ただ…圭ちゃんが犯人とは考えたくない。
だが、先ほどの3人が犯人という可能性も考えられるのでクロ。
よっすぃーは…。
あたしはよっすぃーをちらりと横目で見た。
今はだいぶ落ち着いたようだがそれでも時々、うなり声をあげたりしている。
この様子を見たら、よっすぃーが犯人だなんて思えない…。
ただ、今までの行動を見ると、よっすぃーはほとんどやぐっつぁんと行動している。
つまり、アリバイがない。
だが、紺野の言った通り自分をこんな危険な状態に冒してまで犯人になる理由があるのか…。
一応クロ。
やぐっつぁんは…紺野の言った通り。
それはあたしも納得したし、間違いはないと思う。よってクロ。
…そんなところか…。
怪しいのは梨華ちゃん、圭ちゃん、よっすぃー、やぐっつぁん、紺野の5人か。
下手したらこの5人とも全員が犯人…という状況も考えられるのかも…。
いや、もっと下手したらあたし以外が犯人…というのも・・・。
あたしは背中がぞくっとしたが、それはどう考えてもありえないと思った。
…あたしの推理はそれからもまた続いた。

…よく考えたら、こんなのアリバイなんかがあってもどうにもならないんじゃ…。
決定的な証拠がない以上、「犯人はお前だ!」って決め付けられるわけでもない。
ん〜…どうしたらいいのよっ!!
あたしは困惑していた。
犯行の内容が複雑でないのが逆に、あたしの中では謎になったままだった。
「怖いッッッ!いやだッッッ!!!」
不意にそんな叫び声があがり、あたしはビクッとして肩をすくめた。
……よっすぃーだった。
嫌だ、嫌だと叫びながら布団に顔をうずめている。
それをやぐっつぁんと圭ちゃんがなだめるが、よっすぃーは肩を振るわせたままだ。
「……後藤さん、ちょっと」
紺野に肩をたたかれて、あたしはまたもビクッとしながら振り返る。
「ちょっと、来てください」
「……わかった」
あたしは躊躇せずに紺野に着いていった。…罠かも知れない。
だが、あたしは黙って着いていった。

「…後藤さん、これからどうするつもりですか?」
あたしが廊下に出ると、すぐさま紺野はあたしに尋ねた。
「…どうするも何もねぇ…」
あたしはもうどうしようもならず、紺野の問いに曖昧に答えるだけだった。
「……そうですか」
紺野はそう言ってうつむく。
・・・・・・?
「紺野?」
様子がおかし…!!
「うぐっ…こ…こんのっ…」
突然、あたしのみぞおちを激痛が襲う。
紺野の拳があたしの腹を狙っていたのだ。
罠だった…!!!軽薄すぎた、あたし…。
「ごめんなさいね、探偵さん。しばらくそこで眠ってて下さい」
あたしは薄れ行く意識の中、激痛を押さえ紺野に食いかかろうとするが
紺野が懐から取り出したスプレーのようなものを、思いっきり嗅がされてしまった。
「…こ…こんの…」
あたしは薄れ行く意識の中で…紺野のあざ笑うかのような表情を見た。
あたしは、軽率な自分の行動を憎んだ…。

あ、またあの夢だ。
あたしはすぐにそれが夢であることに気づく。
真っ暗闇の中、またもやあたしと『彼女』の二人だけがそこにいた。
「ねぇ〜、あなたって誰なの?」
あたしの問いに、姿の見えない『彼女』は答えようとせず黙っている。
「ねぇ、何なのよ」
あたしは夢の中で『彼女』に対して何度も何度もそうやって問い掛けたが、
『彼女』は一向に黙ったまま、あたしの瞳を見つめている。
・・・・・・。
どこかで見た瞳なのだが、それが誰のものかなどわからない。
「ねえ、どうしてあたしを待ってるの?」
あたしがもう、何度目かわからない問いをかけた時、『彼女』の瞳が動いた。
悲しげな瞳…。
疲れ果てた、死んだような瞳をあたしに向けた。
「どうして、そんなに…」
あたしがその姿の見えない肩に手をかけようとすると…。
「やめてっ!!」
あたしの右手を振り払い、『彼女』は逃げ出した。
「待って!」
あたしはそれを追うが、暗闇の中でついには『彼女』を見失ってしまう。
「誰なの?」
「何をしてるの?」
「何がしたいの?」
「ねえ、答えて」
「答えてよ!!」
・・・・・・。
長い沈黙を残し、『彼女』がついに口を開いた。
暗闇の中だというのに、さらに闇が深くなったような気がする。
『彼女』の唇がゆっくり動き、こう言った……。
「アタシを、見つけて…真希…」
『彼女』の声は、確かにあたしの知った声だった。
「あなたは、誰なの?どうしてあたしを知ってるのっ!?」
「早く、アタシを見つけて、真希…」
あたしの問いに『彼女』は答えない。
あたしもまた、『彼女』を見つめていた。
「…あなたは…」
『彼女』の顔が、天空からの光に照らされる。
だが…顔だけは闇に閉ざされたままだった。
「あなたは…誰?」
……あたしは、夢の中だというのに深い眠りについていた・・・。

……ん?
あたしは目を覚ました。
眼前が真っ暗闇なので、まだ夢の中なのか…と錯覚したが、そうではないと感づいた。
意識が朦朧としている。
また、みぞおちの辺りがキリキリと痛む…。
「おや、お目覚めですか?」
あたしはその声を聞いて、全身の血の気が引くような気がした。
「紺野…!」
あたしは、暗闇の中、たった一本の蝋燭の灯に照らされた紺野を睨み付けた。
「ふふっ…何とも無気力ですね、後藤さん」
紺野のあざ笑う顔を見て、あたしの怒りが頂点に達するが、手足を縛られ思うように動けやしなかった。
「何をしたの?紺野」
あたしの問いに、紺野は不敵な笑いを浮かべたままだ。
「見てわからないんですか?」
と、皮肉たっぷりにあたしをあざ笑った。
「では、ライトアップしましょうか」
紺野が、右手を懐に突っ込み、スイッチのようなものを握る。
あたしはそれを眺めていたが、紺野右手がスイッチを押すと…。
「…みんなっ!!」
紺野の押したスイッチで、壁際に並べられた蝋燭の火が点る。
部屋中が蝋燭で囲まれて、明るい…というわけではなかったが、部屋全体が見渡せるほどの明るさになった。
そこには、手足を椅子に縛りつけられ座らされているメンバーたちの姿があった。
横に一列、左からなっち、高橋、加護、やぐっつぁん、よっすぃー、圭ちゃん、梨華の順だ。
彼女たちの顔の下部…つまり口には猿ぐつわが巻かれており、しゃべることができないようになっているようだ。
…だが、よく見ると彼女らも目を閉じて眠っているようにも見える。
「…心配ならさないでもよろしいですよ。もうすぐ睡眠薬が切れます」
「みんなに何をしたのっ!?」
あたしの激怒に、紺野はまたも冷ややかな笑いを浮かべ、さっきスイッチを取り出したのと同じところから
先ほどあたしに嗅がせたスプレーを取り出した。
「…コレ、私の自作なんですよ。超強力タイプでね。
 コレを後藤さんに嗅がせた後、部屋中に充満させたというワケです」
「…で。何でこんなことしてるワケ?」
…あたしは、ただ冷静になることだけを考え紺野に尋ねた。
「わかりませんか?コレが、最後のゲームです」
紺野は、あたしの側まで寄るとしゃがみこみ、あたしの頬をなでた。
「つまり…この人たちが生きるかも、死ぬかも…あなた次第…」

 

第5章 LIKE A GAME

「どういうことよ…」
旅館の部屋の一室。
頬をなでる紺野の指を顔で振り切り、あたしは紺野を睨み付けた。
「…どういうことって…ちょっとしたゲームですよ」
「…ゲーム?あんた、人をこんな目に合わせてゲームはないでしょ?」
「ふふ…そんな生意気な口が聞けるのも今のうちですよ。後藤さん」
あたしは…紺野の指が頬に触れるたびに不快な気分に陥っていた。
「御覧なさい」
紺野が立ち上がり、メンバーの方をそっと指差す。
見ると目を覚ましたメンバーたちが驚きの表情をあげ、うなっていた。
「さて、ルールを説明しましょうか」
紺野はあたしの足のロープを解きながら説明を初めた。
……あたしは、紺野の隙を見計らって足が解放されるのをまったが…
「後藤さん、無駄なことはしない方が見のためですよ」
と、またもや紺野が懐に手を差し込み取り出したスイッチのようなものを見てやめた。
「…この旅館には、すでに私の作った爆薬が大量に担ぎこまれています」
紺野があたしに向かってにやりと不気味に笑った。
「あなたが歯向かえば…。容赦なく、ドカン!ですよ…?」
「くッ…」
あたしは、その脅しに脅かされたが…今の紺野の言葉で解ったことがあった。
そう、ロッジの爆破事件は紺野の仕業であったことだ。
その爆薬も紺野の作ったものだったのだろう。
「この爆薬…。凄く高性能なんですよねぇ…。爆発させても、音がしないんです」
「それで…」
そう、おかしいとは思っていたのだ。
爆破事件があったのに、あたしたちは普通するであろう、爆音を聞いていない。
それを見つけたのは、窓を覗いていた梨華ちゃんだったけれども。
「さて、おしゃべりはそのくらいにしておいて、ルールを説明しましょうか」
紺野の言葉が終わる頃には、あたしは腕のロープもほどかれ自由になっていた。
「賭けに乗るか、乗らないか…。二つに一つ…」
…紺野があたしの頬をそっとなぞる。
あたしは顔を思いっきり振り切り、それを避けた。
「あなたたちが死ぬか、死なないかも…二つに一つ」
「……」
「さあ、始めましょう…」

「ルールは簡単です、わかりますよね」
「……わかんないわよ」
…わかんないとは言いつつ、大体は予測できたけどね。
「わからないのなら、資格なしです」
紺野が懐から、『例のスイッチ』を取り出す。
「…そんな物騒なもの、しまってくれる?集中力が途切れるから」
「…では、つまらない冗談はやめてください」
紺野が懐にスイッチをしまう…って、こいつの懐はいったいどうなってるんだか…。
「つまり、あんたの共犯を当てろってコトなんでしょ」
あたしが単刀直入に紺野にキッパリ言い放った。
その際、不穏な反応をしたヤツがいるかどうかメンバーの方をちらりと横目見るが
みんな同じような表情を上げている。
どうやらその共犯ってやらは、どうにも演技が得意なヤツのようだ。
だが、あたしのだいたいの予想を裏切り、紺野は説明を続けた。
「違います。共犯は…私の方ですから」
紺野は…またもや「ふふっ…」と不気味に微笑っていた。
「…じゃあ、この6人の中に真犯人がいるってコトね」
あたしはわざととぼけてみせたが、あたしにはとっくの昔に解っていることだった。
つーことはだ。あたしはこの6人の中から犯人を当てなければいけないワケなのね。
「さて、それよりルールの説明の続きをしたいのですけど」
「……さっさとしたらどうなの?」
…あたしは苛立ちすら感じ始めていたが、紺野の機嫌を悪くして『例のスイッチ』でドカン!だけは困る。
「…いいですか、あなたには5回だけ『犯人でない者を当てるチャンス』があります」
…ふんふん、つまり消去法で犯人を当てるワケね。
「上手く犯人を推理して、『犯人ではない者』を当てるワケです」
紺野は淡々というが…。
「ですが、一度でも間違えた場合」
「…つまり、犯人をシロにしてしまった場合ね?」
「そうです。その時は、犯人からあなたへ罰ゲームが与えられるのです」
「……それは、あたし自身の『死』?」
あたしは、口の中が乾いているのに気づき…紺野に恐る恐る尋ねた。
心の中に不安が生まれているのがわかる…。
「それは…わかりません。あの人は…気まぐれですからねぇ」
・・・・・・。
「それから」
紺野は続けた。
「そっちの皆さん。言っておきますけど、不穏な動きを見せたら…
 一人残らずドカン!ですから」
紺野は常に不気味な笑いを浮かべているのだが…こいつ、この状況を楽しんでやがる…。
だが、何故紺野がこのようなことをするんだろうか…。
「さて、ルールはそれだけです」
「…ちょっと待って。質問がいくつかあるんだけど」
「何でしょう?」
あたしの問いに、素直に紺野は応じる。
「まず一つ」
「はい」
「犯人は一人なの?」
「……まあ、いいでしょう。ヒントをあげます。
 犯人は2人です。…私を含めて」
今ので確定したのは、犯人は紺野ともう一人ということ。
「で、次。当てるって…あたしはどうすればいいの?」
「簡単です。犯人ではないと思う人を、椅子から解放してあげればいいだけの話です」
「…わかった」
あたしが納得して頷くと、紺野はまたあの不気味な微笑を浮かべていた。

「……」
あたしは躊躇していた。
あたしの、一つの間違いが全員の命に関わることになる…。
無理だよ、そんなの…。
それに、何故?どうして紺野がこんなことしているの?
…誰が犯人なの?
何かの冗談だと、紺野が今すぐにでも「ドッキリですよ」と言ってくれるのを待っている。
でも…。
冗談で済まされることではないことくらい、とっくの昔に気づいていたはずだ。
あたしは賭けることにした。
…いや、もうその気分でここまで来たはずだよ。
あたしは…ただ、ただ冷静になることだけを考えていた。
「……後藤さん」
ハッと振り返ると、紺野が冷たい微笑みを浮かべている。
その微笑みが、蝋燭の火に照らされてなんとも不気味に見えた。
「何をしてるんですか?早くゲームを始めて下さい」
……逃げることはできない。
「わかってるわよ」
あたしは…あくまでも冷静に、凛として強気な気持ちで紺野に立ち向かった。
「…あんたたちの悪事は、あたしが裁く!紺野、覚悟してろ」
あたしは紺野にそう言い捨て、並べられた椅子の方へと歩んだ。
そこであたしは振り返り、またもや紺野に質問をする。
「ねえ、紺野」
「はい」
紺野はさっきの場所から一歩も動かず、あたしの問いかけに応えた。
「…なんで、こんな唐突に自分が犯人であることを明かしたのよ?」
かなりギリギリの質問だったが、紺野は特に気にする様子もなく答えた。
「…秘密、です」
…はぁ。
あたしはため息を、気づかれないように吐き、もう一度みんなのところへ歩んだ。
誰もが、あたしに救いを求めるような目をしてあたしを見ている。
だが、この中に一人だけ…。
あたしは、すでに目星のついている犯人を想像しながらも
もう一度…、推理を初めから考え直した。

「じゃあ…始めるわ」
旅館の一室。
あたしは紺野の方へ向きかえり、話始めた。
まず、することは犯人を絞るところ。
そのためには…。
「じゃあ、質問をしましょう…。やぐっつぁん」
「!!?」
やぐっつぁんはあたしに突然質問を振られ、ギョッとした様子で驚いていた。
猿ぐつわのせいか、何もしゃべれずもがもがしてるだけだが。
「やぐっつぁんはバスを運転したわよね」
頭をブンブン縦に振るやぐっつぁん。
「それはどうして??」
「ん〜!ん〜!!!」
やぐっつぁんは、言葉を発せず身振り手振りで説明する。
その仕草がなんか可愛い…v…とか思ってる場合じゃないんだった。
あたしはその答えを聞くと、口を閉じたまま黙って頷き、こう続けた。
「そう…それが犯人の狙いだったのよ」
「んん〜????」
やぐっつぁんや他のメンバーも、何がなんだか…という顔をして驚いた。
…とは言っても顔がよく見えないので目がビックリしてるだけだったんだけど。
「つまり、旅館に戻るためにやぐっつぁんの運転が必要だった、ってワケ」
「後藤さん」
横から紺野が口を挟む。
「何故、そんな必要があったんですか?」
あたしはふふん、という勝ち誇った顔を紺野に向け、そして逆に問い掛けた。
「それは取りあえず置いといて。
 じゃあ、最初の被害者はいったい誰だったでしょう」
あたしはメンバーたちと、紺野の直線上の丁度真ん中に立ち、メンバーの方へ振り返って聞いた。
すると、紺野は「…里沙ちゃんですよ」とあたしに返す。
あたしはそれを聞き、口元に笑いを浮かべ首を横に振った。
「違うんだ、コレが」
「ん〜っ!!?」
あたしの言葉に、メンバーたちがざわめく。
それを見た紺野が多少、機嫌な悪そうな顔をしたが特に何も言わなかった。
「そう、新垣が殺害されたのが最初なんじゃない…。
 つまり、それ以前に殺人は起こってたのよ」

あたしはメンバーと紺野の間を、直線上に行ったり来たりしながら淡々と言い放った。
・・・・・・。
沈黙が続く。全員の視線があたしに注がれていた。
「考えてもみてよ。犯人はいつ、スタッフの二人を殺した?」
「あっ!」
「そう。発見されたのが後だっただけで、新垣が殺される以前にスタッフたちは殺されてた…」
あたしは一瞬の間を置き、話を続ける。
「じゃあ、それはいつなのか…?」
・・・・・・。
反応を返す者はいない。
・・・・・・。
相変わらず沈黙が流れる。
「そこでまた質問。スタッフを殺したのは誰でしょー…」
あたしは誰に質問を振ろうか、とチラッと目を向けると、梨華ちゃんと目が合った。
梨華ちゃんは「しまった!」という顔をして慌てて目を叛けた。
「ハイ、梨華ちゃん」
だが、すぐに梨華ちゃんを指名した。
「んんっ…」
梨華ちゃんは少し困惑した顔で答えを必死に探している。
「んっ???」
梨華ちゃんも身振り手振りで答えるが…。
「…ゴメン。全然わかんね」
ガクッとこけるフリをする梨華ちゃんを見て、あたしはそこでいったん後ろを振り向いた。
「紺野。あんたなんでしょ?」
ピタリ、と指を差して紺野と向き合う。
「……さあ?」
紺野はとぼけた様子で答えたが、あたしは逆にそれで確信を持った。
「ここからはあたしの予想だけど…、
 紺野と犯人との間には、何かしら計画がされていたはず。
 …でなければこんな殺人事件が起こるはずがないからね」
そう、紺野が共犯であると自分自身で明かしたことにより、解けなかったことが
次々に解けていったのだ。かく言うあたしも自分で驚いている。
「だけど、犯人の計画に大きな誤算が起きた。…それは、なっちたちがはぐれてしまったことよ」

「では、何故なっちや加護、かおりや辻がはぐれたことで、犯人が旅館に帰る必要があるのか…」
・・・・・・。
誰の反応もないので、さっさと説明を続ける。
「つまりは、こういうこと。
 犯人と紺野の間に計画があり、その計画では、紺野がスタッフを殺害しておくことになっていた。
 だけど、なっちと加護、かおりと辻がはぐれたことによって犯人の計画とそれがずれてしまった…」
・・・・・・。
一瞬の間があくが、やはり誰の反応もない。
あたしは気にせず続けた。
「だから犯人は一刻も早く、旅館に戻る必要があったのよ。…紺野と落ち合うためにね」
うんうん、と頷くメンバーたち。
「だけど、ここでも大きなハプニングが起こりました。
 一刻も早く旅館に戻りたい犯人とは裏腹に、ロッジで4人を待ったあたしたち…。
 さあ、犯人はどんな気分でしょうか。ハイ、高橋」
「んんっ!?んんんん〜〜!!??」
さっきの梨華ちゃんと同じ反応を返す高橋。
「…〜〜?」
よくわからない声をあげて、腕を自分の前でビュンビュンさせている。
あたしはそれを見て「おっ、鋭いね」と高橋を誉め、そしてその続きを始める。
「つまり、犯人は焦った。…だけど、よく考えてみて」
あたしはメンバーたちに問い掛けるようにして間を置く。
「紺野は計画通りに話を進めていってるワケでしょ?
 だとすると、その時点でバスの運転をする人がいない。
 つまり、紺野と落ち合うのに時間がかかるってワケよ」
「…ちょっと待って下さい。だとすると、『あの人』は旅館に戻るために
 矢口さんを利用した、みたいないい方ですけども?」
紺野があたしに問う。
「そうね。でもそれは結果としてそうなったということだから」
・・・・・・。
「で、ここで解決したいことが一つ。 ここまでの話でわかったこと」
「ふっ。ここまでの話でまさか、犯人がわかるとでも?」
あたしに反論を返す紺野。その表情には未だ余裕の色が残されている。
「まあ、ここで犯人がわかるような事件ではないわね。
 …だけど、犯人でない人はわかるじゃない?」
「……」
あたしが紺野に向かい、ニヤリと笑いかけると紺野は決まりの悪そうな顔を叛けた。

あたしはメンバーたちの方へ向かい、右から2番目の圭ちゃんの椅子の前に立つ。
そしてまずは猿ぐつわを外した。
「あ、ありがとう」
「…紺野、ナイフかなんか持ってないの?」
「……」
紺野は黙って懐からカバーのかかったナイフを取り出し、カバーを外すとあたしの足元ギリギリにそれを投げつけた。
部屋の畳にナイフがささり、あたしはそれを引っこ抜きロープを切る。
「…助かった、ありがとう後藤」
圭ちゃんのお礼を聞くと同時に隣の梨華ちゃんの椅子のロープをナイフで切る。
「ありがとう、ごっちん」
そしてあたしはそれを紺野の足元に投げつけ(ちょっとやってみたかった)
二人を解放させると、紺野に向きかえった。
「…クリア、ね」
あたしはクールに笑って見せたが、紺野はそれを見てまたもや微笑している。
「ですが、後藤さん。…その二人にも犯行は可能ですよね。
 …いや、むしろ犯人がロッジの方へ行っていたとも限らない」
「それはわかってたけどね。
 …じゃあ、聞くけど。紺野はなんでロッジでの事件を知ってたわけ?」
しまった!という表情を紺野が一瞬浮かべたのをあたしは見逃さなかった。
「つまり、そういうことよ。
 あんたが自分で共犯者だと明かしてしまったせいで、この二人が犯人ではないのが浮かびあがる」
「えっ??どういうこと??」
あたしの後ろでたたずんでいた梨華ちゃんが横から口を挟んだ。
「じゃあ聞くけど、梨華ちゃんと圭ちゃんに問題。
 …ロッジで、雪の中を飛び出して行ったのは誰と誰?」
あたしの質問に、二人は戸惑いながらも、梨華ちゃんは「わからないよ」と言い
圭ちゃんは「そんなことがあったの?」と言った。
あたしはそれを、聞いて解り易いように説明する。
「いい?あたしは紺野に一言も、ロッジでの事件はしゃべってないのよ。
 だけど紺野はそれを知っていた。つまり、犯人と接触を取ってたってことよね。
 だとすると、犯人はロッジに行った人物ってことじゃない?」
「あっ…」
圭ちゃんが後ろで声をあげたのを確認し、あたしは話を続ける。
「今ので解ったでしょ?圭ちゃんと梨華ちゃんは今、確かに『知らない』って言ったわよね」
「だけど、わざととぼけているという可能性もありますよ?」
紺野はそうやって食らいついてくるが、あたしはそれを上手く切り返した。
「そう?じゃあ、紺野。あんたがそうやって聞かれたらなんて答える?」
「……?」
紺野は黙ってしまったが、実はあたしも確信があったわけではない。
あくまでも仮定の上で成り立っているからだ。だが…
「あたしが惚けるんだったら、間違っても名前を答えるんだけど」
「!!!」
そう、あたし実は探偵モノの漫画で読んだことがあったのだ。
それによると、惚ける時はたいてい架空でモノを言い、言い逃れようとする。
だが、今二人はまさに「知らない」というようなことを言った。
「どう?まっ、こんなんじゃ根拠としては弱いけど」
すると、紺野はあの微笑を浮かべていた。

「まあ、いいでしょう。その二人は犯人ではありません」
ほっ…という安堵と共に、次へと進む緊張が生まれてくる。
あたしは二人を取りあえず、あたしの側から離さないようにして話を続けた。
「じゃあ、次ね。新垣の事件…」
再び静寂が部屋中に広まる。
「今の話でわかったことがあるでしょ?」
「何が?」
「……じゃあさ、犯人はかおりたちの部屋のカギをどうやって開けたワケ?」
・・・・・・。
少し戸惑いながら、梨華ちゃんが答えた。
「だから、スペアキーを使ったんでしょう?」
「そう。じゃあ何で新垣が狙われたかわかる?」
「……??」
「1人になったから?」
今度は圭ちゃんが答える。あたしはそれを聞いて頷き、
「そう。まさにその通りよ」
と答えた。
「最初の予定では、第1の被害者は新垣ではなかった…
 だけど、犯人たちの計画とは余所に、かおりと辻は行方不明。
 仕方なく、犯人は新垣を襲った…」
・・・・・・。
淡々と説明を続けるあたしに対し、部屋中が沈黙に包まれている。
あたしはそれを、むしろ気にせずに話を続けた。
「そこで必要な新垣の部屋のカギ。でもそれはかおりが所持している…」
・・・・・・。
相変わらず沈黙が続く。あたしはその一間一間を取りながら話を進めていくのだ。
「だとすると、スペアキーが必要になるのよね。
 では、どうやってスペアキーを手に入れたのでしょうか?」
・・・・・・。
「それはね…」
あたしはゆっくりと紺野に、警戒しながら近づき懐に手を突っ込もうとする。
だが紺野は、「何ですか!?」と言いながら体をひらりと後ろに避け、それを回避した。
「紺野。あんた甘かったわよね。
 …あたしにそれを使ったことで、謎が解けたわよ」
紺野の懐辺りを指差しながら、あたしは勝ち誇った顔で笑った。
紺野はそれを見て、焦りを見せたがあたしは今度は逆にそれに気づかないフリをしていた。
「紺野が使ったのは、超強力な睡眠スプレーよ。
 何か、紺野の特製で時間とかも調整できるらしいわよね」
あたしのその言葉に、紺野は「チッ」というような顔でうつむき、懐を隠した。
「それを女将さんの部屋で使うことによって、カギを入手したってワケ」
「ほぉ〜…」
「でも、それは置いといて」
「はぁ!?」
あたしはジェスチャーで、手を曲げそれを横に置くフリをした。
「取りあえず、よ。取りあえずその話は置いといて。
 小川の事件も置いといて。ロッジの事件が先よ」

あたしの筋書きではこうだ。
ロッジの事件で犯人を絞り、小川の事件で解明し、新垣の事件で確実なものにする。
あたしにはこの時点で犯人は確実に解っていたのだが。
「では、質問です」
「えっ!?またぁ?」
梨華ちゃんが後ろで声を上げた。
「梨華ちゃん、聞くけどさ。犯人はあの爆破事件で誰を狙っていたと思う?」
「ええ?…??」
梨華ちゃんは少々まごまごし、戸惑っていたが「辻?」と自信無さ気に答えた。
「…ん、まあちょっとは合ってる。
 …じゃあさ、その後で誰かが狙われたらどう思う?」
「…???」
「つまり、詳しく言うと。
 あの爆破事件の時に狙われたのが、やぐっつぁんとよっすぃー、辻とかおり。
 その後、辻とかおりは死にやぐっつぁんとよっすぃーは執拗に犯人に狙われ攫われた…」
「矢口さんとよっすぃーを狙ったと思う…」
梨華ちゃんはまたも自信無さ気だったが、あたしの思惑通りに答えた。
あたしはそれを聞いて満足気に頷く。
「そう、上出来。今ので解った?
 つまり、ロッジでのあの事件の犯人の狙いは…『その二人が狙われていると思わせる』こと…」
あたしはメンバーたちの方へ向きかえる。
「その二人が狙われてることで、何かあるの?」
「…それは、とりあえずもう一回置いといて」
あたしはまた、さっきのジェスチャーをした。
「さて、あの爆破だけど。おそらくそれも紺野の作った爆薬が使用されたのよね。
 …だから、あのロッジを爆破したのは紺野という可能性もある」
あたしは紺野の『例の懐』を指さす。
「だけど。何故、『その二人が狙われてる』と思わせる必要があったのか…」
・・・・・・。
「わかるわよね、それくらい?」
・・・・・・。
「じゃあ、犯人は…」
そのかすれた声は圭ちゃんのものだった。
あたしは振り向くと、静かに頷きそして口を開く。
「そう、犯人の目的は、『自分が狙われると思わせること』。
 …つまり、犯人は二人のうちのどちらか、よね?」
・・・・・・。
沈黙が続いた。
今までで一番長い沈黙だ。
「紺野、ナイフ貸して」
あたしは紺野からナイフを受け取ると、静かにメンバーたちの方へ近づく。
そして、左から4番目と5番目…つまり、やぐっつぁんとよっすぃーの丁度中間で立ち止まった…。

メンバーたちの見守る中、あたしは再び話を続けた。
やぐっつぁんはすごく焦った顔をしていたし、よっすぃーはやはり叫び声こそは上げないが
虚ろな瞳で宙を見つめていた。
「実はサ、最初に疑ったのが…やぐっつぁんだったんだよね」
あたしはそう言いながら一番左の椅子へと歩き、なっちの足に絡み付くロープを切った。
「小川の事件の時…」
今度は腕に絡みつくロープをばっさりと切る。
「やぐっつぁんはやたら眠いって言ってたけど…」
あたしはなっちを解放すると、ゆっくりゆっくり今度は加護に近づき、足のロープを切る。
「あの時、なんであんな状況だったのか…」
加護の腕のロープを切り、もう一度立ちあがる。
「…あたしの記憶では…」
今度は高橋だ。
「あの時、アリバイがなかったのはやぐっつぁんだけ・・・」
高橋の椅子のすぐ横にしゃがみ、足のロープを切り刻む。
「……だけど」
高橋の腕のロープを切って解放してやる。
「一つだけ、気になることがあってね」
3人と梨華ちゃん、圭ちゃんを部屋の後ろの方…つまり、あたしの後ろに隠し
二人の椅子の間に立つ。
「紺野が犯人だとわかったからなんだけど」
ちらり、と紺野を見る。
当の本人はかなり焦ったような表情を浮かべているのがすぐにわかった。
「…もし、紺野が嘘をついていたら」
・・・・・・。
「紺野の嘘により、小川の死亡した時刻が変わってしまったとしたら…」
・・・・・・。
「誰のアリバイも意味のないものになるんではないか…」
あたしは、静かに瞳を閉じ、『彼女』との記憶を思い返した。
…夢の中であたしを呼びつづけていたのは、『彼女』だった、と。
あたしはこの時初めて気がついたのだった。
「そう考えると…。
 『犯人』の動きをうやむやにするために眠らされていたのではないかと…」
敢えて名前を出さず、あたしは説明を続けた…。
「紺野の睡眠スプレーは、特殊で眠る時間を調整できる…」
あたしは足に絡み付くロープに触り、そう話ながら一気に切り落とした。
「まあ、証拠としては…弱いけれど。そういう解明なのよ」
…ナイフは腕のロープを切り落とした。
腕からロープがするりと抜け落ちる。…『やぐっつぁん』の腕から。
「つまり、犯人は…」
あたしは『彼女』の前に立ち、悲しい瞳をしてその瞳を見つめた。
そして、痛い胸を押さえ付けて…。
「吉澤ひとみ。あなたよ…」
『彼女』の名を呼んだ・・・・・・。

「どうして!?どうしてよっすぃーなのっ!!?」
「嘘でしょう!?」
誰の声かはわからない…だけど。あたしはその答えに辿りついてしまったのだから…。
「これがあたしの答えよ。どう?紺野」
「……」
あたしの問いかけを、紺野は無視して『犯人』に近づく。
そして、ロープを静かに解いていた。
「…あの、新垣の事件の夜。
 あたし、よっすぃーと会ったわよね…。
 あの時、あたし…。はぐれた辻とかおりのことを思って眠れないのかと思ってた…。
 あなたが、ずっとあの場にいたなら、誰かが通った時に気づくはずよね。
 だけど、あなたは紺野と会ったとは一言もいわなかった…」
・・・・・・。
『彼女』は相変わらず虚ろな瞳で宙を見つめているが、すでに手や足は自由にされていた。
他のメンバーは何も言葉を発せず、あたしの後ろで呆然としているだけだ。
「大した推理だったワケでもないけど…。
 あたし、解っちゃったから…」
あたしがその瞳から目を逸らした瞬間。

グサッ!!!!

「うぐあっ!!」
「!?」
唐突のことで、事態が飲みこめなかった。
だが、あたしがハッとした時には紺野のちょうど腹の部分にナイフが突き刺さっていた…。
「何…を…するの…ですか…」
立ち上がってあたしの方へと向き直った『彼女』は先ほどまでの虚ろな瞳ではなく、
見たこともないような恐ろしい瞳で紺野を見下していた。
「…この、役立たずが!!」
そうはき捨てるように紺野に罵声を浴びせると人間とは思えぬ速さで腹に突き刺さったナイフを抜き
紺野の心臓を一突きした…。
赤い鮮血が飛び散り、『彼女』はその返り血を浴びて全身真っ赤な化け物のようになっていた…。
「ひいっ…」
誰の声かはわからないが、恐怖におびえる声が後ろから聞こえる。
…かく言うあたしも、恐怖のあまりそこに立っているのがやっとだったのだが…。
「ふん…。頭がいいからと思ったが、使えないヤツめ」
『彼女』のそんな言葉に、あたしは何も返せず、ガチガチいっている歯を押さえることができなかった。
「しかし、余計なことしてくれたね。
 …アンタだけは生かしてあげようと思ってたのに…」
「……ど、どうしてなの!?」

あたしがやっとの思いで『彼女』に問うが、
「どうして!?ああ、答えてやるわよ!!!」
・・・・・・。
「アタシはねぇ、もううんざりなの。
 だから壊してやるのよ!!こんな生活、環境、人間関係!!
 全部、全部、全部壊してやりたくて仕方なかったのよ!!!
 アハハハッ、笑っちゃうわよね。
 何がアイドルよ!!もううんざり…」
「だからって、人殺してまで…」
「黙れ!!!」
『彼女』はあたしに向かってナイフを突きつけた。
そのナイフがあたしのちょうどのど元を狙い定めている…。
「……全部、全部壊れて…」
『彼女』は下をうつむいたまま、何事か何度も何度も呟いていた…。
その姿が、あたしには堪らなく痛くて、信じられずにいた。
「よっすぃー…」
「来るな!!!」
『彼女』はナイフを突きつけたまま、しゃがみこみ倒れた紺野の懐を漁る。
そして…紺野が何度も脅しに使っていたスイッチを取り出した…。
「やめ…」
あたしが止めるより早く、『彼女』はそれを押していた…。

ゴゥゥゥゥゥ!!!!!

「キャッ!!」
「な、何っ!?」
突然の爆音が響き、部屋の中に並べられていた蝋燭の火が勢いを増した。
「さあ、早く逃げないと死ぬわよ!!
 アハハハハッ!!!全部、全部壊れてしまえばいいのよっ!!!」
「逃げるのよ、みんな!!早く!!」
「で、でもよっすぃーが…」
「いいから!!!」
あたしは、逃げ戸惑ってる梨華ちゃんの手を引っ張り部屋から出るように促す。
「………よっすぃー……」
あたしは、もう火の手があがって真っ赤に燃え上がった部屋から、ただ出ていくしかなかった…。
「ゴメン…」
あたしは『彼女』に届かない最後の言葉をかけ、火のあがる廊下を駆け出して行った…。
「……後悔なんて……しない……」
あたしは…炎の中、『彼女』のそんな言葉を聞いた気がした…………。

 

エピローグ

あの火事により、あの旅館での出来事はただの事故死として世間では片付けられた。
燃え上がった旅館から、『彼女』の遺体と、女将さんと従業員の遺体も見つかった。
どうやら…あたしが推理をしたあの時にはすでに殺されていたらしい。
それが「殺人事件」であったことは、検死をした検察官とあたしたちの間だけにとどまることとなった。
そして、あたしたちはどこをどうやって帰ってきたのかはわからないが、
気がついた時には東京の病院に入院していたのだった。
そして…突然のメンバーの事故死…(ということになっている)。
それは世間に衝撃を与え、彼女らの葬儀であたしたち「モーニング娘。」は解散することとなった。

それから半年ほど。

やぐっつぁんとなっちはその解散から一週間の休養を経て、すぐにもソロ活動に入った。
ソロになっても忙しいのは相変わらずのようだ。
二人とは時々、遊んだりしている。それは今までと何も変わらない関係だった…。

圭ちゃんはしばらく芸能界を休養、ということになり実家で将来、ソロで歌手になる修行をするとのことだった。
時々、電話やメールで連絡をとっているが、解散してから実は一度も会っていない。

加護は…。
一番、今回心に傷を深く負ったんだと思う。
いつも一緒にいた、体の一部のようであった辻を亡くし、一時はしゃべることもままならなかった。
今でも入院しているのだが…。
だが、最近はだいぶ元気になってきたようで、こないだお見舞いに行った時には
「ののね、あの夜…。ずっと、ずーっと、ずーーーーっと一緒だって言ってた」って、笑いながら泣いたりして…。
あたしはその姿がとても愛らしくて、そして…すごく切なくなった。

高橋と梨華ちゃん、そして当のあたし。
実は4月からマジメに学校に通い直してたりする。
芸能界を続けながら、学業優先のスタイルを選んだ。
もう1度1年からなので、ダブリになったんだけどね。
梨華ちゃんなんかは「あたし、やっぱり高校に通う運命だったんだね」なんて言いながら…。
今は同じ高校に3人で通っている。

何故、『彼女』がこんな事件を起こしたかなんてあたしには解らない。
理解できないし、する気もない。
…『彼女』とは心で繋がり合ってる友達だと思ってたから、正直自分を憎んだ。
『彼女』は、何をしたかったのだろう。
『彼女』は、何を恨んだのだろう。
『彼女』の瞳には、あたしたちの姿はどう映っていたのだろう…。
あたしは、待ち合わせの場所へ行く途中、ずーっとそんなことを考えていた。

「それにしても、あのときのごっちんはすごかったね」
横を歩く梨華ちゃんがクスクス笑っている。
「そうですねー、いつもとは別人でした」
それに便乗して高橋もクスっと笑いながら梨華ちゃんの横をぴったりと歩いていた。
「そ、そーかなぁ。あたしも必死だったんだけどな〜」
「うん。あっ、矢口さんたちもう来てる!お〜い、矢口さ〜ん!」
梨華ちゃんは、前方にやぐっつぁんとなっちの姿を見つけ、大きな声で呼びかけ手を振った。
「遅い〜〜!!」
「遅いぞ〜!!!」
二人のそんな声が聞こえてきて、あたしたちははしゃぎながら小走りになって急いだ。
「アレ?圭ちゃん、まだ?」
あたしは二人に近づく。
「ん〜、まだみたい」
「ほぉ〜…。加護は来れない、よね…」
・・・・・・。
しまった、あたしは自分で今言ったことを後悔した。
来られるわけないじゃない…。「墓参り」なんて…。
「ねえ、矢口さ」
沈黙を破り、やぐっつぁんがぼそりと呟く。
その声にはどこか陰りが感じられた。
「矢口、アイツのしたコト…。許せないけど、でも決して憎んでないんだよね……」
・・・・・・。
重い空気がその場を包み込み、返事を返すものは誰もいなかった…。
だが、しばらく沈黙が続いて梨華ちゃんやなっちもそれに答えた。
「私も…。あの時は、呪ってやるとか思ったけど…」
「なっちも…」
・・・・・・。
「わりぃ!お待たせっ!」
不意にそんな声がして、重い空気が一気に軽くなった。
「圭ちゃ〜ん!と…!!」
「えへ、来ちゃった」
「加護ぉ〜〜〜!!!」
圭ちゃんの陰から加護がピョコっと跳ねて姿を現した。
そんな加護の頭を撫でながら圭ちゃんは、
「こいつも行きたいんだってさ」
と、優しい瞳で語っていた。
「じゃあ、行こうか」
「そだね」

あたしは、『彼女』のことを決して忘れはしない。
それは、あたしに対しての痛みでもあり戒めでもある。
だから、安らかに眠って下さい…。

あたしたちは、『彼女』たちの墓の前、強く強く念じ、
そしてそこを後にした。

…今日は晴天。
今日も…暑い日になりそうだ。

【完】