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200 投稿日: 2001/07/05(木) 02:02
夏の日の夕暮れの河原。
小学生の頃の俺と梨華が草むらに作った秘密基地の中で遊んでいる。「お兄ちゃん、あのね、大きくなったら梨華と結婚してくれる?」
「えー、やだよー。だって梨華デブだもん」
「り、梨華デブじゃないもん!」
「なんでだよ〜。どー見てもデブじゃん」
「・・・っく、ひっく・・・。お兄ちゃんのバカぁ!」みるみるうちに梨華の顔が真っ赤になり、大粒の涙が頬を伝う。
げ、マズった・・・。「わっ、こら。泣くなよぉ〜」
「うえーん、うえーん」
「ったくもう、わかったよ。大きくなったら梨華と結婚してやるから。
な、泣くなってば」
「・・・っひっく。ぐすん・・・ほんと?」まだ涙の残る瞳で、俺を見上げる梨華。
俺は幼心に胸がキュンと締め付けられるの感じながらも
ついつい憎まれ口を叩いてしまう。「ああ、どうせ梨華は誰も結婚してくれる奴なんていないだろうから、
俺が一生面倒見てやるよ。
な、だから泣くなって」
「・・・ぐすん。うん、もう泣かない。
梨華、お兄ちゃんの傍にいても恥ずかしくないように
もっともっと綺麗になるから、だからぜったい離さないでね」
「ああ、ずっとずっと離さないよ」
「えへへぇ、大好きだよお兄ちゃん。
それでね、えっとね、がんばるから・・、チュウして・・・」
「ばか、そんなのできるかよ! 恥ずかしいだろ」
「・・・ぐす、してしてぇ〜」
「わーった、するよする。だから泣くなって」梨華は目をつぶって唇をつきだす。
胸がドキドキする。身体を一歩前に踏み出し梨華の肩に両手を置く。
視界一杯に広がるピンクの唇。
俺はゆっくり顔を近づけていった・・・そこで急に目が覚めた。
梨華は誕生日が2日しか違わない俺をずっと
「お兄ちゃん」って呼ぶ。
生まれた病院も一緒、家も隣同士で家族ぐるみの付き合いをしてたから
小さい頃はいつも一緒に遊んでた。
そんな幼い二人の思い出の一コマ。あー、この夢見るの久しぶりだなー、
などと机の上でまどろんでると
クラスメイトがでかい声で騒ぎながら教室に駆け込んできた。「うおーーー!! 大ニュースだー!!
吉澤が3組の石川にコクったぞーーー!!」一瞬の沈黙の後、教室に残ってる奴らが一斉にざわめき出す。
「えー、吉澤ってあの吉澤かよ?
くっそー、俺石川狙ってたのになー」
「うそー、私の吉澤く〜ん。何であんな女にぃ〜」
「あぁ、梨華ちゃん・・・俺の女神様が・・・」
「石川は吉澤と付き合うのかなー?」
「そりゃ付き合うだろ。あの吉澤だぞ。俺ならケツの穴差し出すね」
「・・・マジっすか?」吉澤ひとみ。
女みたいな名前だが、実際女みたいにかわいい顔した
一学年下のスーパー高校生。
モデル雑誌でも紹介されたことある程の天才的美少年。
おまけに頭も良いしスポーツ万能で性格も良い(らしい)。
さらには親父が大会社の社長ときては、
もう何の非のうちどころも見当たらない。
中学の頃から地元じゃ知らない奴はいないくらいの有名人で、
言い寄ってくる女の数は後を絶たないらしい。その吉澤に梨華が告白された・・・
「ゴルァ!! 授業始めるぞ〜、席につけ〜」
午後のの授業が始まっても、
俺は教師の話が全く聴こえないほどうろたえていた。── 梨華は中学に入ってから目覚しく変わっていった。
男子生徒の人気ランキングでも、後藤や安倍には及ばないものの、
常に上位にランクされるほど顔もスタイルも良くなったし、
テニス部のキャプテンに選ばれ自信をつけたのか考え方も大人っぽくなった。俺はそんな梨華の成長振りに置いてきぼりを食らったような気がして、
自然と梨華の事を避けるようになってしまった。
梨華は相変わらず俺に微笑みかけてくれるのだけど、
いつも俺のほうが冷たい態度をとってしまい、さらに自己嫌悪に陥る。
そんなことの繰り返しばかり・・・梨華は吉澤と付き合うのかな・・・
もう、あの頃の約束なんて覚えてないだろな・・・午後の授業を上の空でこなし、とぼとぼと校門を出ようとすると
何処からか俺を呼ぶ声が聞こえる。「おにいちゃーん!」
梨華!
部活の最中なのか、テニスウェアのまま息を弾ませ、梨華がこちらに走ってきた。
首筋を伝う汗にドキッとする。「お兄ちゃん、もう少しだけ待ってて。
一緒に帰ろうよ。話があるんだ」
「・・・・、お、俺は用事あるから帰るぞ」
「えっ、すぐ終わるから。お願い」
「あ、と、とにかく俺は帰るから・・・。じゃぁな」「・・・お兄ちゃん」
呼び止めようとする梨華の言葉を無視して学校を後にした。
あー、なんでこうなんだ。俺は・・・その夜。
ベッドに寝そべってぼーっと昼間の事を思い返してると
不意に携帯から梨華専用の着信音が流れ出した。
携帯を手にとり、じーっと眺める。
不意に、梨華と楽しそうにしゃべっている吉澤の姿が思い浮かんだ。「くそっ!」
俺は頭から布団をかぶってベッドに潜り込んだ。
それから着信音は3回鳴ったけど、俺は一度も取らなかった。─────
結局、昨日の夜は一睡も出来ないまま朝を迎えてしまった。
目の周りに盛大なクマを描いて玄関のドアを開けると
塀の向こうにもたれかかっている影が見えた。「・・・梨華?」
「・・・お兄ちゃん」いつもは朝錬ですでに登校してるはずなのに・・・
俺が出てくるのをずっと待ってたんだろうか?「おはよう」
「・・・・・・」
「ねぇ、どうして何も話してくれないの? 私何か悪い事した?」
「何でもないよ・・・」
「じゃあどうして?」
「うるさい! 俺にまとわりつくな!」梨華がびくっと震える。
言っちゃダメだ。理性では判ってても、感情が抑えきれない。「吉澤、かっこいいよな。
良かったじゃないか、あんな凄い奴と付き合えて。
俺なんかより全然いいよ」
「・・・」
「もう無理して俺に付き合うことないよ。
お兄ちゃん役も卒業だな。ははは・・・」「・・・、違うよ」
「え?」
「私、吉澤君にはちゃんと断ったよ」
「・・・・・・」
「・・・いないの」
「・・・・・・・・・」
「私にはお兄ちゃんしかいないの・・・」
「・・・ 梨華 ・・・」
「お兄ちゃーん」俺にしがみついたまま、梨華は子供のように激しく泣きじゃくる。
幼かったあの頃のように。
俺は何も言えず、
バカみたいに、ただ梨華を抱きしめることしかできなかった。しばらくして梨華が落ち着いたので、
二人分のコーヒーを用意して俺の部屋に戻る。「お兄ちゃんの部屋に入るの久しぶり」
「そうだっけ」
「中学生になるくらいから『勝手に入ってくるな』って怒ってたよね。
寂しかったなー」
「ああ、そーいやそうだった。悪かったな」
「ほんとに思ってる?」
「思ってるよ」
「・・・じゃあ、これからも前みたいに時々遊びにきてもいい?」
「ああ、いいよ」
「えへへ、良かったぁー」安心したかのように微笑みながらコーヒーを啜る梨華。
笑顔の目のふちには俺と同じような影が色濃く残っていた。
梨華も一晩中眠れないくらい不安な思いをしていたのだろうか・・・。「もう9時かー、学校行っても遅刻だな」
「もうそんな時間?
今まで無遅刻無欠席の優等生だったのに〜
お兄ちゃんのせいで台無しだよ」
「ははは、悪かったよ。梨華、ごめんな」もぉー、と梨華は口を尖らせて拗ねたように甘える。
「ねぇ、お兄ちゃん。遅刻ついでに学校サボってどこか遊びに行こうよ」
「おい、いいのか? 優等生なのに」
「へへへ、一度でいいから学校サボってみたかったんだ〜」
「知らねーぞ、後で叔父さんに怒られても」
「うん、その時はお兄ちゃんに強引に連れてかれた、って言っとくから」
「ヲイヲイ・・・」「何いってんだよ、ばか〜」と笑いながら、
梨華の額を軽く指で弾くマネをする俺。
「やだー、止めてよー」と笑みを返しながら、
俺の腕を掴んで避けようとする梨華。一瞬、二人のバランスが崩れて
梨華が俺にに覆い被さるような格好で倒れこむ。
制服のブラウス越しに梨華の心臓の鼓動を感じる。
見つめあう二人。
梨華の瞳が潤んでるかのように揺れている時が止まった・・・
「ふわぁぁ〜、眠い」
「え? 」極度の緊張感に耐え切れなくなった俺は
下手な演技で欠伸をかみころすマネをしながら、
のそりと梨華を抱え起こす。「俺さ、昨日、全然寝てないんだよ。ダメだー、一気に眠気が・・・」
「・・・・・・」とてもじゃないけど梨華と目をあわせることが出来ない。
俺があさってのほうを向いて弁解するように呟いてると、
梨華は小さなため息を一つついて、「私もね、お兄ちゃんのことが気になって
昨日はほとんど寝られなかったんだ」
「・・・そ、そっか。なあ、遊びに行くのは一眠りしてからにしないか?」
「そうだね。じゃあさ、昔みたいに一緒に寝ようよ?」
「えっ・・・、い、一緒、にって・・・」
「・・・うん。ダメ、かなぁ? 小さい頃いつも一緒に寝てたよね
あ、もしかして別のこと考えてるの?
もぉー、お兄ちゃんの ス ケ ベ !」
「い、いや、あの、その・・・」「制服、皺になっちゃうかな?」梨華は呟きながらベッドに潜り込み、
布団から顔を半分だけ出して悪戯な瞳で俺を見つめる。「お兄ちゃん。一緒に寝ようよ」
全力疾走をした後のように心臓がドキドキする。
全身の血が頭に上ってくかのように顔が赤くなってくる。
何か言おうとしても喉が引きつったかのように声にならない。「早くぅ」
梨華は本当に『お兄ちゃん』と眠りたいだけなのだろうか?
それとも・・・