082
ネオ生茶 投稿日: 2001/07/29(日) 02:43
「りょっ・おっ・ちゃんっ!」
いつものように、梨華が俺に話しかけてきた。
「…なんだよ?」
返って来る答えはいつも同じなのに、俺はついつい質問してしまった。
「一緒にか〜えろっ!」
梨華は俺の腕に抱き突いてきた。
「はいはい…」
俺は、渋々そう答えた。
以前までは、断わっていたのだが、結局は一緒に帰るはめになるので、最近はハナっから諦めている。
俺と梨華は教室を後にした。
相変わらず、梨華は俺の腕に抱きついたままだ。
「あ〜、なんか暑いな〜。僕も早く新しい彼女がほしくなっちゃったよ〜!」
「ヒューヒュー、おっしあわせに〜!」
いつものように、そんな声が聞こえてくる。
そんな声がすると、梨華は真っ赤な顔をしてすぐに腕から離れてしまう。
そして、
「りょうちゃん、行こっ!」
と言って、早歩きになるのだ。
まあ、そこがまた可愛いのだが……。
「もう人、いないよね?」
しばらく歩いてから梨華が言ってきた。
「ああ」
俺が答えると、梨華はまた俺の腕に抱き突いてきた。
そのまま歩いていると、
「あっ、梅田君っ!」
という声がした。
振りかえってみると、一つ年上の飯田圭織先輩が話しかけてきたのだ。飯田圭織先輩…この人は、美人で校内でも一位、二位の人気を争う人だ。
「梅田君、今、帰るところ?」
「ええ、そうですけど…」
この人はどうやら俺のことを気にいってるらしい。
だが、そのことで俺に恨みを抱いてるバカ者がいるとか、いないとか…。
全く、迷惑な話だ…。
「あれ、隣にいる人は石川さんだったよね? こんにちわ」
飯田さんがそう言うと、梨華はそっぽを向いてしまった。
実際、飯田さんが現れてから、梨華が俺の腕を握る力は強くなっている。
「おい、梨華。挨拶ぐらいしろよ」
「いいのよ、梅田君。私、嫌われちゃったのかな?」
「そんなことないっすよ。こいつ、恥ずかしがり屋なんで…」
「そう…、じゃあね、梅田君」
「じゃっ、失礼します」
そう言うと、俺達と飯田さんは別れた。
「おい、梨華?」
「……」
「おい?」
「……」
「いい加減にしないと怒るぞ!」
「だ、だって…」
「だって、なんだよ?」
「だ、だって、だって、だって、だって……りょうちゃんのバカっ!!!!」
そう言うと、梨華は走っていってしまった。
「……どうしたんだ、あいつ?」
俺はその時、まだ梨華の気持ちに気付いていなかった……。←気付けよっ!夕食の時間になっても、梨華は二階の自分の部屋にこもりっきりで降りてこなかった。
梨華の母である、裕子さんが、
「梨華、ご飯は?」
と聞いても、
「いらない、食べたくない…」
と言って、降りてこなかった。
「ほな、ごめんな、良君」
「いやいや、気にしないで下さい」
「あの子、どうかしたんやろか…?」
「……」
俺は、裕子さんの独り言に答える気になれなかった。
この人は、石川裕子さん(当然、旧姓は「中澤」だったりする…)。
梨華の母親である。
梨華の父親は、単身赴任で家にはいない。
だから、この家には、俺と梨華と裕子さんの3人しかいない。
で、なんで俺がこの家に住んでいるかというと、俺と梨華は元々は親戚だがなんだか良く憶えていないが、俺の母親が俺が3歳のとき、交通事故で他界。
父親は、なんとかウイルスがあーだこーだで世界中を転々としている。
そんなわけで、俺はこの家に預けられているわけだ。
「ごちそうさまです…」
俺は夕食を終えると、二階に上がろうとした。
「あ、良君」
裕子さんが話しかけてくる。
「悪いんやけど、ちょっとあの子、見てくれへん?」
「ええ、構いませんよ」
「ほな、悪いんね、良君。最近、あの子…」
裕子さんが、そう言うと俺は二階に上がっていった。コン、コン!
梨華の部屋のドアをノックする。
「入るぞ」
俺は、梨華の部屋に入った。
電気はついてなく、真っ暗だった。
その真っ暗の中で、梨華はベットで横たわっていた。
「おい、梨華?」
「……」
「寝てんのか?」
「……」
返事はない。
俺は、電気をつけないまま、梨華のベットに近づいた。
梨華は……泣いていた。
「おい、梨華、泣いてるのか?」
「泣いてなんかないよ…」
泣きながら、梨華が答える。
「泣いてないって、泣いてるじゃないかよ?」
「泣いてなんかないもん! りょうちゃんの顔なんか見たくないの! 出てって!」
そう言うと、梨華はいっそう強く泣き出した。
「俺は、見たいの」
「えっ?」
「俺は梨華の顔が見たいの」
「嘘…」
「嘘だったら、なんで見たくもない梨華の顔なんか見にくんだよ?」
「…ホント?」
「だから、ホントだって言ってんだろ」
「だって…」
「だって、なんだよ?」
梨華はそれっきりまた話さなくなってしまった。「だって、なんだよ?」
梨華は相変わらず話さない。
「…だって」
梨華はようやく話し始めた。
「だって、りょうちゃん…あの飯田先輩とかいう人のことが好きなんでしょ?」
梨華が、泣きながら聞いてきた。
「好きじゃねーよ」
「えっ?」
「俺、あの人、どーも苦手でさ」
「ホント?」
「ホントだよ」
俺がそう言うと、梨華は泣き止んだ。
「電気、つけるぞ」
そう言うと、俺は梨華の部屋の電気をつけた。
梨華のまわりは、汗と涙でぬれていた。
「ったく、ほれ、起きれ!」
そう言うと、梨華は起き上がった。
「俺は飯田先輩のことなんか好きじゃないよ」
「ホント?」
「ホントだよ。よしよし、ほれ、お手」
俺は梨華の頭を撫でながら、手を出すと梨華はその上に自分の腕を乗っけてきた。
「じゃ、下行って、飯食ってきな…つーか、着替えろ」
「うん、わかった…」
そう言うと、梨華はベットから起き上がった。
「あのさ、りょうちゃん…」
「なんだ?」
「着替えるから、その…出てってくれない?」
「ああ、悪い」
そう言うと、俺は梨華の部屋を後にした。
今日のところは、どうにかなったらしい…。
学生さんは、大変だ……。「ねえねえ、りょうちゃん?」
「あん?」
「なんか、買わない?」
そう言うと、梨華は自販機の前で立ち止まった。
「いいよ、別に。俺、金ないし。梨華だけ買えば?」
「お金ないって、どれくらい?」
「金がない、つーか、財布忘れた」
「じゃあ、いいよ。私がおごってあげる!」
「いいよ、別に。悪いから…」
「いいよ、いいよ。なに飲む?」
「じゃあ…ダイエットコカコーラ」
「なんで? 普通の飲めばいいじゃん?」
「じゃあ、いいよ、普通ので」
「大きさは?」
「500」
「わかった。ホイッ!」
そう言いながら、梨華は自販機のボタンを押した。
別に、言う必要性はないと思うのだが……。
しかし、出てきたのは赤い缶ではなく、緑の缶だった。
「あれ、おかしいなぁ〜?」
梨華が缶を取ると、出てきたのは『梅ソーダ』だった。
「この自販機、相当ハメだな」
「ごめんね、りょうちゃん」
そう言うと、梨華は下を向いてしまった。
「ああ、いいよ、いいよ。気にすんな。どうせ、俺の苗字『梅田』だし……」
「ホントに? ごめんね」
「だから、いいって」
そう言うと、俺は梨華から梅ソーダを受け取り、飲み始めた。
「梨華はなに買うんだ?」
「私は、午後ティー(午後の紅茶のこと)のゲロ甘ストレートだよ。ホイッ!」
梨華は、ボタンを押し、その缶を取り出した。
「なあ、なんだその、ゲロ甘って? 午後ティーにそんなんあったっけ?」
「これ、新発売なんだよ! 吐きそうになっちゃうぐらい甘いから『ゲロ甘』なんだって!」
<注>この商品は実在には存在しておりません。←当たりめえだっ!
「どれくらい甘いん?」
「とっても」
「それじゃ、わかるほうが不思議だよ。ちょっと、頂戴」
「ヤ、ヤダよ…」
梨華は、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
「いいじゃん、ちょっだけ!」
「ダメったら、ダメ!」
そう言うと、梨華はさっさと先を行ってしまった。
「お〜い、梨華ちゃ〜ん、待って〜!」
俺は、梨華の後を追いかけた。「おい、梨華、なに怒ってんだ?」
梨華に追いついた俺がそう言うと、
「お、怒ってなんかないよ」
と、またそっぽを向いてしまった。
「ホントか? つーか、顔赤いぞ? どーかしたのか?」
「えっ、赤いの?」
「真っ赤」
「な、なんでもないよ…行こっ!」
梨華がそう言うと、俺と梨華はまた歩き出した。
テクテク……。
家に着いた。
「ただいまぁ〜」
梨華は、そう言うと家に上がった。
「ただいま…」
俺も、それにつづく。
梨華は台所に行くと、冷蔵庫を開け、さっき買った、午後ティーのゲロ甘ストレートをしまった。
「りょうちゃん?」
「なんだよ?」
「飲んじゃダメだからね」
「飲まねーよっ!」
俺がそう言うと、梨華は二階に上がっていった。
「…間接キス、か」
俺はクラスメートのアライの話を思い出した。──同日、朝。
1時間目は、体育で教室には男子しかいなかった。
女子は、体育館でバスケをやるらしいが、男子は教室で保健に授業をするとか…。
「なあ、梅?」
クラスメートのアライが話しかけてきた。
「あん?」
俺は、やる気のない答えを返す。
「ねえねえ、おまえと石川ってどーゆー仲なんだよ?」
「どーゆーって?」
「だからさ〜、付き合ってるとか、キスしたとか……やっちゃったとか」
「何にもしてねえよ。ただ、一緒に住んでるだけだが…」
「間接キスとかは?」
「間接キス?」
「だから、石川の飲みかけのジュースとかこっそり飲まないのかよ?」
「飲まない」
「なんでだよ?」
「普通だ、それが!」
「ふ〜ん、嘘ばっかり言っちゃって!」
「てめえ、よほど親の教育が悪かったらしいな?」
「なんでだよ?」
「心理学的に、自殺願望が相当高いから」
「まあまあ、そう怒るなよ」
「ケッ!」
そう言うと、アライは自分の席についた。
確かに、梨華は可愛い。
男子の中でも、かなり人気のあるほうだ。
コクった奴も少なくない(まあ、成功した奴はいないらしいが……)。
・
・
・
チャイムが鳴る。
「授業、始めるぞ〜!」
教師が教室に入ってきた。
「起立! 注目! 礼!」
俺は、席についた。
「間接キスね〜……」
俺は、一人で呟いた……。周囲を見渡す。
「梨華は……いないな」
そう言うと、俺は冷蔵庫を開けた。
さっきまで、梨華が飲んでいた午後ティーのゲロ甘ストレートを取る。
「こ、こ、この辺に、梨華のだ、だ、唾液が、つ、つ、ついてるんだよなぁ〜? ハハ、ハハハ、ハハハハ……」
俺は、一人でそんなことを言っていた。
「せ、せ、せーのっ!」
そう言うと、俺は缶に口をつけた。
これが間接キス、か。
つーか……甘い!
本当に、吐きぐらい甘い!
「なんで、梨華はこんなもん飲めるんだ!?」
俺は、一人でそんなことを言っていた。
「もういいや……」
そう言うと、俺は冷蔵庫に缶をしまおうと冷蔵庫を開けた。
その時だった。
「あれ〜、りょうちゃん?」
梨華が階段から降りてきたのだ。
「げげっ!」
俺は、急いで缶を冷蔵庫にしまった。
梨華が部屋に入ってくる。
「りょうちゃん、なにやってるの?」
「べ、別に…」
「そう…、ならいいんだけど……」
そう言うと、梨華は冷蔵庫を開けた。
そして、缶を取り出した。
「でも、おかしいな〜、そっちじゃなくて、こっちに置いたような気がするんだけどな〜……」
梨華がそんなことを言っているうちに俺は逃げようと足音を立てないように出口に向かった。
「も、もしかしてっ! ちょっと、りょうちゃんっ!」
「は、はい?」
俺は、おそるおそる後ろを向いた。
「もしかして、りょうちゃん、これ……飲んだ?」
「の、飲んでねーよっ!」
俺はそう言うと、視線を梨華から外した。
「じゃあ、なんで缶を置いた位置が動いてるのっ!?」
「そ、それは、梨華の日頃の行いがいいから神様が気を利かせたんじゃねーのか? ハハハ……」
「それだったら、量増やすでしょ!? 正直に白状なさいっ!」
「ご、ごめんなさい……。どれくらい、甘いのかなぁ〜って思って……」
あまりの梨華の迫力に俺は白状してしまった。
つーか、梨華ってこんなに迫力あったっけ?
「も、もう〜……りょうちゃんのバカっ!!!!」
梨華は、顔を真っ赤にした。
怒っている、というより、恥ずかしがっているという感じがする。
梨華は缶を持って二階に上がっていった。「こ、これって間接キス…だよね?」
梨華は、自分の椅子に座って、午後ティーのゲロ甘ストレートを飲もうとしていた。
(せーのっ!)
その時だった。
コン、コンッ!
誰かがドアをノックしたのだ。
と、言っても、今、この家には梨華と良しかいないのだが……。「梨華、入るぞ」
俺は、梨華の部屋に入った。
「な、なんか用?」
梨華は、どこか慌てた様子で聞き返す。
「いや、だから、その……謝ろうと思って……」
「べ、別にいいよ……」
「そ、そうか?」
「うん。それより、どうだった? 甘かった?」
「ああ、すげー甘い。あまえ、よくそんなもん飲めるんな?」
「私、甘いもの好きだから……」
「じゃ、俺、これで……」
「待って……」
「ん? どーかしたのか?」
「ちょっとこっちに来て……」
「別にいいけど……」
そう言うと、俺は梨華に近づいた。
「なんだ?」
「だから、その、私のジュース飲んだ罰として……」
「罰として?」
「ここで……」
「ここで?」
「ここで……キスして」
梨華は、顔を真っ赤にして、下を向きながら言った。「……はっ!?」
俺は予想もしていない言葉に驚いた。
「い、いいから、キ、キスしてよ!」
そう言うと、梨華は目をつぶった。
・
・
・
「おい、梨華?」
「なに?」
「おまえさ〜……テレビの見すぎだぞ?」
「えっ?」
そう言うと、梨華は目を開いた。
「ったく、なに言い出すんかと思ったら、キスしろ、って、お前、熱でもあるんじゃねーのか? 顔、真っ赤だし……」
「ちょ、ちょっと、ふざけてみただけだよ」
梨華は、顔を真っ赤にして下を向いた。
「じゃあな」
俺は、そう言うと梨華の部屋を出ようとドアに向かった。
「ま、待ってよ」
「あん?」
「あのさ」
「あのさ?」
「お話しよっ!」
「なにを?」
「なんでもいいの! りょうちゃんと色々お話したいんだ!」
「別に構わないけど……」
「じゃあ、このベットに座って!」
梨華がそう言うので、俺はベットに座った。
そして、梨華も座る。
「久しぶりだね、こうやって話すの」
「そー言われてみりゃ、そーだな」
俺がそう答えると、梨華はベットに横になった。
俺も、そうした。
「ねえねえ、りょうちゃん?」
「あん?」
「あのさ……」
俺と梨華が話していると、次第に梨華の顔が眠そうになってきた。
「おまえ、眠いのか?」
「……うん」
「じゃあ、寝ろ」
「ううん、大丈夫だよ!」
「いいから、寝とけ」
「でも……」
「俺も、寝てやるから」
「ホント?」
「ホント」
俺が、そう言うとしばらくして梨華は寝始めた。
その寝顔が……可愛い。
と、俺も眠くなってきた。
そして、俺も……寝た。
俺と梨華は、裕子さんに起こされるまで寝つづけた。
そう、梨華が俺の右手を抱きしめながら……。俺と梨華は、いつものように登校していた。
ガチャッ!
いつものように、下駄箱を開く。
……またか。
「ハア……」
俺が、溜め息をつくと、
「りょうちゃん、どーかしたの?」
と、梨華が聞いてきた。
「また、わけのわかんねー手紙が入ってんだよ」
俺は、そう言いながら上靴を履き、教室に向かった。
梨華も、そんな俺の隣をついてくる。
「え、なになに?」
「今、開けてみる……え〜となになに、『お話したいことがあります。放課後、屋上への階段で待ってます。』だってよ」
手書きで、字は上手かった。
「えっ、だれから?」
梨華の口調が、焦ったような口調になる。
「……書いてないや」
「で、どーするの?」
「断わるよ」
「なんて言って?」
「う〜ん、そーだな〜……今は、妹の面倒見てるだけでいっぱいいっぱいなんで勘弁してください、とでも言っとくか?」
俺が、そう言うと急に梨華の顔が赤くなった。
「いつでも、私のこと考えていてくれてるんだ……」
「ま〜な」
俺がそう言うと、俺と梨華は教室に着いた。──放課後。
「あの、りょうちゃん?」
「あん?」
梨華が俺に話しかけてきた。
「今から、行くんでしょ?」
「ああ。すぐ話しつけてくるから、そこら辺で待ってろ」
「……うん」
「おい?」
「なに?」
「絶対に、着いてきちゃダメだからな」
「わ、わかったよ!」
「じゃな」
俺は、そう言うと教室を後にした。「着いてきちゃダメってバレないようにすれば大丈夫だよね?」
梨華は、そんなことを言いながら、良の後を着いて行った。
良はそんな梨華に気付かず、屋上への階段へ向かっていく。
だんだん、人がいなくなっていく。
屋上への階段に行くまでに、すでに人は誰もいなかった。
「ここで、いいんだよな?」
良が、独り言を言う。
梨華は、そんな良を後ろから壁に隠れながら見ていた。
良の前にある階段の上を見る。
「えっ?」
梨華は、絶句した。
「な、なんであの人が……」「な、なんであの人が……」
梨華の視界にいたのは……そう、飯田圭織だった。
ドクッ、ドクッ、ドクッ……
心臓の音が聞こえる……。
確かに、良は断わるといった。
しかし、梨華は不安な気持ちを抑えられなかった……。「ああ、飯田先輩だったんですか。名前ぐらい、書いてくれればいいのに……」
「ごめんなさい、私、ラヴレターには名前を書かない主義なの」
「別に、構いませんが……」
俺と飯田先輩との間に沈黙が訪れる。
飯田先輩は、階段を降り、俺に近づいてきた。
「そーいえば、あの子は?」
沈黙を破ったのは、飯田先輩のほうだった。
「あの子……、ああ、梨華のことですか?」
「ええ」
「いませんよ。一応、こういう時は、来ないようにしつけてありますから」
「ありがとう。そのほうが話しやすいわ」
飯田先輩は階段を降りきり、俺と同じ高さの場所にいた。
「で、話ってのは?」
「あなたも、人が悪いわ。さっき言ったでしょ?」
「ああ、そうでしたね。『付き合ってください』ってヤツですか?」
「そういうことよ」
「ごめんなさい」
俺は、迷うことなく言った。
「えっ?」
飯田先輩は、俺の言った言葉が信じられなかったようだ……。「う、嘘でしょ! じょ、冗談はやめて」
「だから、ごめんなさい。いわゆる、『ノー』ってヤツですよ」
「な、なんで?」
「悪いですけど、これで失礼します……」
そう言うと、俺は飯田先輩に背を向けた。
「待って!」
飯田先輩のその言葉に、俺は振り向いた。
「も、もしかして、あの子もこと? 石川さんのこと?」
「梨華が、どーかしたんですか?」
「あの子が好きだから、付き合えないって言うの?」
「まあ、確かに、今は梨華の面倒見てるだけでいっぱいいっぱいですしね〜……」
「どーしてあの子なの!? 成績だって、人気だって、私のほうが上なのよ! どうして!?」
「悪いですけど、これで失礼します……」
「待って!」
その言葉に、仕方なく俺は振りかえろうとした。
しかし、飯田先輩が俺の背中に抱きつくほうがはやかった。
「どーして、あんな子がいいの!? ねえ、どーして!?」
今まで、飯田先輩は、多くの男に告白され、多くの男に告白し、男に不満がなかったのだろう。
しかし、初めて男にフラれたのだ。
「じゃあ、いいわ! お願い、抱いて! 一度でいいの!」
「はっ?」「ここでいいわ。今なら、誰もいない。お願い……抱いて!」
そう言うと、飯田先輩は俺を壁に押しつけた。
あまりの力に、抵抗できなかった。
「お願い、一度だけでいいから……」
そう呟きながら、飯田先輩は目をつぶり、その唇を近づけてきた。
「やめてくださいっ!」
俺は、相手が女性であることも忘れ、反射的に突き飛ばした。
「痛いっ!」
飯田先輩は、仰向けに倒れた。
「あ、す、すいません……」
俺は、飯田先輩に近寄ろうとした。
その時だった。
「おい、そこっ! なに、やってるっ!?」
俺は、声のするほうを向いた。
そこには、ハシモトという教師がいた。[「はっ!? なにしてるって……」
俺が答えていると、ハシモトは俺が言っていることなんか聞かず、飯田先輩に駆け寄った。
「い、飯田! 大丈夫かっ!?」
「ええ、大丈夫です……」
飯田先輩は、そう言うと立ちあがった。
俺は、なにをしていいのかわからず、その場に立ち尽くしていた。
このハシモトという中年の教師は、飯田先輩のことをとても気に入っていた。
そして、その飯田先輩に気に入られている俺に嫉妬しているらしく、授業の時なども俺に対する扱いはひどかった。
そんなハシモトを見て、以前、梨華が文句を言いにいったことがあったが、泣いて帰ってきた。
「おい、梅田」
「なんですか?」
「おまえ、あれだろ……レイプしようとしていたんだろ?」
「はっ!?」レ、レイプ〜〜!?
このおっさんは、なにを言い出すと思えば……。
「お前は、以前から飯田に惚れていた。そして、今日、告白しようと思い、飯田を人気のないここに呼び出した。そして、告白した。しかし、フラれたお前は一度だけでいいから抱かせてくれ、と言ったがそれも断わられた。そして、レイプにはしった……そうだろう?」
その「飯田」っていう固有名詞と「梅田」っていう固有名詞を取りかえれば、100点満点だよ、と言いたくなった。
「せ、先生、違います! 梅田君は、レイプなんて……」
「いいんだ、飯田。こんな奴のことなんてかばわなくたって……」
こんな奴……その言葉を聞いただけで俺は、このハシモトという教師を殴りたくなった。
しかし、それではこの男の思うツボだ。
俺は、必死に怒りを抑えた。
自分でも不思議なことに、抑えることができた。
しかし、ハシモトの次の言葉には我慢することはできなかった。
「全く、おまえという生徒は。どこまで問題を起こせばが気が済むんだ。しかも、いつもあんな石川なんて奴とイチャイチャして……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 梨華は、関係ないじゃないですか!?」
自分で思っていたより、声が大きくなった。ハシモトも少しビクついたようだったが、すぐに続けた。
「な〜にが梨華だ!? 全く、あいつもあいつだ。あんな何にも考えていないような顔をしていて……。以前、私のところに『なんで、りょうちゃんにあんなひどいこと言うんですか?』って文句を言いに来たことがあったなぁ〜。私が、質問に答えると『ひどいっ!』とかぬかして泣きながら職員室から出ていったよ。しかも、成績も大したことないし……。おまえらみたいな生徒がいるから、教師も大変なんだよっ!」
「てめえ、よほど死にて〜らしいな?」
俺は、自分のことを言われるだけならまだしも、梨華のことをバカにされて、俺は自分を抑えることができなくなった。
俺は、ハシモトの胸倉を掴んだ。
「ま、待て、梅田! お、おまえ、そんなに停学になりたいのか? 退学になるかもしれないんだぞ?」
ハシモトは、さっきまでとは全く違う情けない顔で助けを求めてきた。
しかし、そんな声が俺に届くはずなかった。
「……黙れ」
俺は、拳を握った。
そして、拳をぶつけようとした瞬間、
「ダメーーーーーっ!!!!」
いつものアニメ声がして、誰かが走ってきて、俺の背中に抱きついた。
振りかえらなくても、それが誰だが俺はわかった。「おい、梨華! 離せよ!」
「ダメったら、ダメ!」
「だ、だってよ〜、梨華。こいつ、おまえのこと……」
「私のことなんてどうでもいいよっ! ただ、暴力振るうりょうちゃんなんか見たくないのっ!」
梨華の言葉を聞いて、俺はハシモトの胸倉から手を離した。
ハシモトは腰が抜けたらしく、その場に尻餅をついた。
「梨華?」
「なに?」
「離れてくれないか?」
「あ、ごめん……」
梨華は、そう言うと俺から離れた。
俺は、ハシモトに近づいた。
「ちょ、ちょっと、りょうちゃんっ!?」
「別に、殴らないよ」
「う、うん……」
「蹴りもしないって」
俺は、苦笑いをした。
「先生、失礼しました。お怪我はありませんか?」
俺は、ハシモトに手を差し伸べた。
パンッ!
「フンっ!」と言って、ハシモトは俺の手を払った。
「梨華、帰るぞ!」
「う、うん!」
そう言うと、俺と梨華は転がっていたカバンを取ると帰ろうとした。
その時だった。
「あ、ヤマモト先生ですか? ハシモトです。今、屋上への階段のところで、レイプしようとしている生徒がいたんですよ。それで、私まで殴られそうになったんですよ。ええ、すいませんが、ちょっと来てもらえますか?」
ハシモトの声は、俺と梨華にまで届いた。
いや、ハシモトはわざと届くように言ったのだろう……。「りょ、りょうちゃん?」
なんだが良くわかんねー部屋から、数時間ぶりに出てきた俺に、梨華が話しかけてきた。
「りょうちゃん、どうだったの?」
「退学」
「えっ!?」
梨華は、俺ですら見たことがないほど驚いていた。
「嘘だよ」
俺が、そう言うと、
「ホントに?」
相変わらず、心配してくる。
「停学だってさ。一週間」
「そ、そうなんだ……」
そう言うと、梨華はしゃがみ込んだ。そして……泣き出した。
「ひん…ひっく…ひんっ……」
「おいおい、どうしたんだよ?」
俺は、わざと明るい声で、しゃがみながら言った。
「だ、だ、だって、りょうちゃん、何も悪いことしてないのに……」
梨華は、そう言うとまた泣き出した。
確か、以前にもこんなことあったな〜……──俺と梨華がまだ幼稚園だった頃。
「お〜い、梨華〜?」
親戚だがなんだか良く憶えていないが、なんか用事があって梨華が俺の家に遊びに来ていた。
そして、梨華がこの町を見たいというから、俺と梨華は二人だけで外に出かけた。
しかし、梨華は急にいなくなった。
俺は、梨華を探した。
「……いないな〜」
俺は、ずっと梨華を探していたが、見つからなかった。
そして、遂に梨華を見つけた。
そこが、どこだったかは覚えていない。
ただ、そこには全く人気がなかった。
そこには、5、6人のガキに手足を押さえ付けられ、口にはタオルかなんか巻いてあり、キスしようとしてくるガキを泣きながら、必死に嫌がる梨華がいた。
今思うと、おまえら、どこでそんなこと覚えてきたんだよっ!、と説教したくなるのだが……。「おまえら、なにやってるんだよっ!」
俺は、5、6人のガキ共に言った。
そいつらが、一斉に俺のほうを見た。
服に名札がついていたので、小学生だったのだと思う。
「おまえは、なんなんだよ?」
「その子の親戚だ! わかったなら、離してやれよ!」
「この女は俺のもんなんだよ! おまえら、やっちまえ!」
今、思うと、こういうガキこそ「テレビの見過ぎ」っていうのだと思うんだが……。
幼稚園生一人と、小学生数人……俺に勝ち目はなかった。
ボコボコにされ、最後には全員から蹴られる始末だった。
途中で、
「たかし〜!」
という声がした。「あ、ママだ!」
リーダー格の奴がそう言った。
「チッ、お前等、退散だ!」
「ヘイ、ボスッ!」
「じゃあな、運が良かったと思えよ!」
と、小学生らしくないセリフを残して、そのガキ共はどっかに行ってしまった。
「大丈夫?」
と、梨華がかけ寄ってきた。
「ああ、なんとかな……」
俺は、笑って見せた。
その次の瞬間、梨華が……泣き出した。
その時、俺は梨華はさっきみたいな怖い目にあったから泣き出したのだろうと思った。
しかし、違った。
「ごめんね、ごめんね、りょうちゃん。梨華のせいで……」
梨華は自分のことを助けた俺がそのことによって傷ついたことに対して泣いたのだった。「ひん…ひっく…ひんっ……」
家に帰る途中も、梨華はずっと泣いていた。
「いいよ、もう…。俺なら大丈夫だよ!」
「だって、だって、りょうちゃん……、梨華のせいで……」
梨華は、泣き止まなかった。
家の前に着いた。
辺りは、もう真っ暗だった。
「梨華、着いたぞ」
「ひん…ひっく…ひんっ……」
相変わらず、梨華は泣いていた。
「もう〜、泣くなよ〜。俺が、梨華にいじわるしたと思われるだろ〜?」
俺がそう言うと、梨華は
「そ、そうだよね……ごめんね」
と、泣くのをやめた。
「それと、僕があいつらにやられた、ってこと言うなよ」
「なんで?」
「カッコ悪いだろ〜」
「う、うん。そうだね」
俺と梨華は、家の門をくぐった。
「ただいま〜!」
俺は、家のドアを開けた。「おかえり〜!」
帰りが遅くなった俺と梨華を心配して、裕子さんが出迎えてくれた。
しかし、裕子さんは俺の顔を見ると、すぐに表情を変えた。
「りょ、良君! どなんしたんや、そのケガ!」
「え、あ〜、転んじゃったんだよ。ハハハ」
俺は、笑って見せた。
「そんなことあらへんって! 誰にやられたん?」
「だから、転んだんだよ」
俺が、そう言うと今度は梨華のほうを見た。
「梨華、知ってるんやろ?」
「りょ、りょうちゃん、小学生何人かに蹴られてなんかないよ」
素直な梨華は正直に言ってしまった。
「え〜、蹴られた〜!?」
裕子さんが、大声出していると、
「あ〜ん、うるせえな〜」
と、パンツ姿の父が出てきた。「ちょ、ちょっと、良君、小学生に蹴られたんやって〜!」
そんな父に向かって裕子さんが言った。
しかし、父は裕子さんの話など聞かず、
「おい、良。喧嘩したんか?」
と、俺に言ってきた。
「してないよ! 転んだだけだい!」
俺は、強がって見せた。
「ま〜、いい。でもな、良。男ってのはな、売られた喧嘩には負けちゃいけねんだよ。って、まあ、今日のところは梨華ちゃんにもケガはないし、許してやっか。ほれ、風呂入って来い」
そう言うと、父はまた二階に上がっていってしまった。
「俺、風呂入ってくる〜!」
そう言うと、俺は風呂場に向かった走った。
その後のことは、覚えていない……。「もういいよ、梨華」
俺は、目の前でなく梨華に言った。
「さっさと、帰らないと裕子さんが心配するぞ」
俺が、そう言うと梨華は泣いたまま、立ち上がった。
泣いた梨華を引きつれたまま、俺は玄関を出た。
「良君!」
と、誰かが俺を呼んだ。
振り向くと、裕子さんだった。
「良君。ごめんな〜。肝心な時にこれへんで……」
「ああ、大丈夫ですよ」
「ホンマに? どうする? 知り合いに弁護士いるんやけど、今から行く?」
「あーあー、大丈夫ですよ。停学一週間だし」
俺は、笑って見せた。
横目で、梨華を見る。
まだ、泣いていた、いや、泣いてくれていた……。俺と梨華は、裕子さんの車に乗り込んだ。
「良君、結局、どうやったんや? 電話で、大体のことは聞いたんやけど……」
「全面的に、俺が悪いらしいですよ。卒業するまで、レイプ犯って呼ばれるらしいです」
「そか…。ほな、相手の子は?」
「ああ、飯田先輩ですか。まあ、さすがに彼女が「抱いてっ!」って言ってきたなんて言えませんしね〜。まあ、それなりに弁解してくれたんで、退学は免れたんですけど……」
確かに、ひどい話だ。
俺は、何もしてないのだ。
むしろ、被害者は俺なのだ。
なのに、向こうは自分のメンツのために黙っている。
……ふとハシモトの顔が浮かんできた。
奴は、わけのわかんねー部屋の中での話し合いでも嘘ばかり言っていた。
「なんで、誰も俺のことを信じてくれないんだ……」
俺は呟いた……。家に着いた。
俺と梨華と裕子さんの三人で、気まずい夕食を終えると、俺は風呂に入った。
そして、出ると梨華がいた。
梨華は、何を話したらいいかわからないらしく黙っていた。
ただ、その目はひどく悲しそうだった。
「俺なら大丈夫だよ」
俺が、そう言うと、梨華は、
「ホントに?」
と聞いてきた。
「ああ、ホントだよ。ほれ、さっさと風呂入って来い」
そう言うと、梨華は風呂場に向かった。
俺は、俺の部屋に入った。
バタッ!
ベットに倒れこむ。
「……停学か。まあ、いいや。休みもらったと思えば」
俺は一人、呟いた。コン、コンッ!
眠りそうになっていた俺はその音で現実に引き戻された。
それが、誰だかはわかっていた。
実際、この家には俺を除くと二人しかいないわけだし……
俺は立ちあがりドアに近寄った。
「なんか用か?」
そこには、梨華が立っていた。
風呂から出たばかりらしく、赤の前をボタンで止めるパジャマを着ていた。
その第一ボタンは開いていて、そこから肌色が見える。
肩にはタオルがかけられていて、髪はまだ濡れている。
「入ってもいい?」
「ああ」
俺が、そう言うと梨華は俺の部屋に入った。「久しぶりだな〜」
ベットに倒れこみながら、梨華が言う。
俺は、
「なにが?」
と聞いた。
「りょうちゃんの部屋だよ。中学に入ったばかりのことだったと思う。
私がりょうちゃんの部屋に勝手に入ってたら、りょうちゃん帰って来てすごく怒ったよね?
あれ以来、りょうちゃんの部屋に全然来なくなっちゃった……。
あの時は、本当にショックだったな〜……」
梨華は、天井を見上げながら言った。
「いいよ」
俺がそう言うと、
「何が?」
と、梨華が聞き返してきた。
「俺の部屋なんか良ければいつでも入ってもいいよ。ただ、あんまあさるなよ」
俺もまたベットに倒れこんだ。「ホントに?」
俺の言葉が信じられなかったらしく、梨華が聞き返してきた。
「ああ、ホントだよ」
俺はそう答えた。
「やった! りょうちゃん、大好き!」
梨華は、俺の腕に抱きついてきた。
「お、おい、梨華……」
「いいじゃん、いいじゃん、誰もいないんだし……。
でも、こうやってベットで一緒に寝るのも久しぶりだね」
「そうだなぁ〜……」
俺は相槌を打った。
「昔はなんでも一緒だったのにね。お風呂だって一緒に入ってたよね。それに……」
「それに?」
「寝る時だって……」
「ああ、そうだなぁ〜……」
俺はまた相槌を打った。「私、寒いの苦手だったから、冬とかはりょうちゃんが一緒に寝てくれたんだよね。
でも、りょうちゃん、いつもそっぽ向いちゃうから、
私はいつもりょうちゃんの背中に抱きついてた。
りょうちゃん、すごく温かかったなぁ〜……」
「そうだなぁ〜……」
「りょうちゃん?」
「あん?」
「また、一緒に寝てもいい?」
「はっ?」
「だからさ〜、今でも冬とかは寒いの。だから、一緒に寝て♪」
「いいよ」
俺は、そう答える。
「ホントに!?」
梨華はまた信じられないらしく、驚いたように聞いてきた。
「ホントだよ」
俺はそう答える。やった!、とか喜ぶと思っていたが、予想に反して梨華は不思議そうな顔をしていた。
「ねえ、りょうちゃん?」
「あん?」
「どうかしたの?」
「何が?」
「だって、さっきからなんでも『いいよ』って言うからさ……」
「なんでかね? 自分でも良くわからん」
「変なりょうちゃん」
梨華は笑いながらそう言った。
その後も、梨華は色んなことを話し続けた。
俺は、なんと言っていいかわからず、ただ相槌を打つだけだった。
でも、梨華の話は聞いているだけで楽しかった。
少しずつ、梨華に対する愛情が変わっているような気がした。。
妹としてではなく、一人の女性として……。「ふあ〜〜〜」
延々と話し続ける梨華があくびをした。
時計を見る。
午前1時を回っていた。
「おい、梨華」
「なに?」
「もう寝ろ! おまえ、明日、学校だろ?」
「……行かない」
「はっ?」
「だから、行かないの! 私もりょうちゃんと一緒に休む!」
「そう言うわけにもいかねーだろ!?」
「いいよ、一週間ぐらい! 休むったら、休むの!!!!」
それ以降、いくら説得しても梨華は意見を曲げない。
そして、とうとう俺は……折れた。
「ったく、しょうがねーな……。明日だけだぞ!」
「うん!」
梨華は嬉しそうに頷いた。
「あのさ、りょうちゃん?」
「あん?」
「行きたいところがあるんだけど……」
「どこ?」
「ディズニーランド」
「はっ?」「ディズニーランド〜〜〜!?」
俺は大げさに言う。
「うん! だって、明日、平日だから空いてると思うし、
前からりょうちゃんと一緒に行ってみたかったんだ!」
ここから、ディズニーランドはそう遠くない。
「ああ、いいよ」
俺はそう答えた。
「ホントに?」
「ホントだよ」
俺がそう言うと、
「ヤッター!」
と、梨華はまた叫んだ。
「ってとこで、今日はもう寝るぞ」
俺がそう言うと、梨華は俺の布団にもぐりこんだ。
「……ここで、寝んのか?」
「う、うん……いいでしょ?」
梨華は顔を赤くした。「いいよ」
俺はそう言うと、梨華の返事を待たずに電機を消し布団に入った。
梨華とは反対方向を向いた。
「りょうちゃん、こっち向いてよ〜〜〜!」
「俺、こっちのほうがラクだから……」
俺はそう言うと、梨華が背中に抱きついてきた。
「りょうちゃん、昔からそう。いつもそっち向いちゃうんだもん。
だから、私はずっとこうやって抱きついていたんだよね」
「……暑い」
「いいじゃん。りょうちゃんの背中、温かい……」
梨華の口調は、どこか照れていた。
梨華に抱きつかれている、その事実が俺の頭で繰り返された。
俺の下半身は……興奮していた。恥ずかしい話だが、俺は童貞だった。
キスさえしたことがない。
ネオ生茶のように、男子校に通っているならともかく、共学の高校に通っていてだ。
「うるせえよ!」←ネオ生茶の声。
今まで、女の子に告白したことはなかった。
しかし、告白されたことはないわけではなかった。
むしろ、多いくらいだった。
しかし、俺は全部断わってきた。
なぜなら、俺には梨華がいるからだ。
実際、俺が誰か他の女と付き合ったりしたら、梨華は何をしでかすかわからないし……。
そんなこんなで、キスさえしたことがない童貞クンとしてここまで来てしまったのだ……。
だから、今日……誘おう。
俺は、梨華のほうを向いた。
そして……「お、おい、梨華……」
……返事がない。
「おい、梨華……?」
……寝ている。
く、くそ〜、人がこんなに神経使っているというのに……。
俺の興奮は一気に醒めてしまった。
「ったく、こいつは……」
俺は、梨華の寝顔を見つめた。
……可愛い。
今、キスすることだってできる。
しかし、それはする気にならなかった。
「ったく、こうしてやる!」
俺は、俺のほっぺたを引っ張ったり、人差し指でグリグリしたりした。
「うへへ〜♪」
梨華は、その度に反応する。
「……くだらん」
俺はそう言うと、俺もまた眠ってしまった……。──翌朝。
「りょうちゃん、起きて! 朝だよ!」
梨華が俺を起こす。
時計を見る。
……早い。
「ったく、もう少し寝かせろよ〜」
俺は、少し機嫌が悪かった。
「どうかしたの、りょうちゃん? 私、なんかした?」
「あ〜、なんにもしてない、なんにもしてない」
俺が皮肉っぽく言うと、梨華は、
「変なりょうちゃん」
と言い、首をかしげた。
……おまえのせいだよ、と言いたかったがとても言う気にはなれなかった。
「じゃっ、私、先に下に行ってるね」
そう言うと、梨華は階段を降りて行った。
「今日も大変そうだな……」
俺は、一人、やれやれといった感じで呟いた。俺も一回に降りた。
「あ、良く〜ん! おはよう!」
裕子さんが、話しかけてくる。
「あ、おはようございます」
俺は、それを返す。
「今日、梨華、よろしくね」
「あ〜、わかりました」
俺は、そう言うと洗面所に向かった。
「あっ、りょうちゃん!」
梨華は、ちょうど洗面所から出てくるところだった。
「早く来てね! ご飯、先に食べちゃうぞ!」
「あ〜、はいはい。わかりました」
俺はそう言うと、洗面所に入った。
適当に、顔を洗ったりして、さっさと食事に向かった。
「あ、りょうちゃん、来た来た!」
梨華が言う。
俺は、席に座り、飯を食いだした。「ごちそうさまでした」
俺は、飯を食い終わると着替えるために、二階に上がっていった。
「ごちそうさま〜!」
そんな俺の後を、梨華がついて来る。
「りょうちゃん?」
「あん?」
俺がそう答えると、梨華は顔を赤くして、
「覗かないでね……」
と、言ってきた。
「誰も、覗きやしねーよっ!」
俺はそう言うと、俺に部屋に入った。
服は、適当に決めた。
下は、ジーンズ。
上は、そこら辺にあった赤のTシャツというラフなファッションだ。
廊下に出る。
梨華はまだ着替えているみたい。
数風後、梨華が出てきた。俺は梨華を見て……固まった。
とにかく、可愛いのだ。
俺は、普段、梨華の私服をあまり見ない。
学校へ行く時は、制服を着ているし、帰ってきたらパジャマに着替えてしまう。
一緒に出かけることも、最近はあまりなかった。
上は、アロハっぽい青いシャツ。
下は、白いズボンだ。
「どお、変かな?」
梨華は、少し自信がなさそうな声で聞いてきた。
「いや、全然変なんかじゃないよ! だから、その……可愛いよ」
俺は不器用ながらも、素直に答えた。
「ホントに?」
「ああ、ホントだよ」
俺は、そう答えると、梨華は顔を赤くして、
「……ありがとう」
と言った。俺と梨華は家を出た。
駅まで歩き、電車に乗った。
ディズニーランドまではそう遠くない。
電車の中は、大して混んでなく座ることができた。
まわりから見れば、
「学校は?」
と言いたくなる年齢に見えるだろうが、
「僕達、フリーターなんですぅ〜」
と、言えばどうにかなるだろう。
電車の中では、ディズニーランドでのことを話した。
絶叫マシン好きの梨華は、片っ端から絶叫マシンに乗りたいと言う。
俺は、それを聞いただけでゾッとした。
実は、俺は絶叫マシンが苦手なのだ。
しかし、情けなくて言う気にもならない。
「はあ……」
僕は、ため息をついた。ディズニーランドに着いた。
俺と梨華は、入り口に向かう。
そう、手を握って……。
窓口に顔を出す。
「すんません、大人二枚」
「はい、大人二枚ですね。あの〜、失礼ですが、学校は……?」
やっぱ、聞かれた……。
「ああ、俺ら、フリーターなんですよ」
俺は、頭をかくような仕草をしながら答えた。
「あ〜、そうでしたか。失礼しました。良い一日を……」
俺と梨華は、入り口をくぐった。
「ねえねえ、ビッグサンダーマウンテン乗ろ〜!」
「ああ、うん……」
俺の返答も聞かず、梨華は走り出した。
「りょうちゃん、早く行こ!」
梨華がそう言うと、俺は梨華のほうに走った。「思ってたより、人、結構いるね」
梨華が、話しかけてきた。
「そりゃそうだろ? 世の中、そんなに甘くないぞ」
俺と梨華は、今、ビッグサンダーマウンテンに乗るために、順番待ちをしている。
梨華は、平日ということもあって、結構早く乗れるかと思っていたらしいが、現実はそう甘くない。
「でも、いいもんね〜」
梨華が、俺の腕に抱きつきながら言った。
「りょうちゃんと一緒ならいくらでも待ってられるよ!」
そして、俺のほうを見上げて、ニッと笑った。
「こいつぅ〜!」
と、俺は梨華のおでこに拳でグリグリした(もちろん、ソフトに)。
何年前のドラマだよ……、とツッコミたみたくなるが、俺はそんな時間が楽しく仕方なかった。
そして、俺達の番が来た……。「りょうちゃん……?」
「あん?」
俺は答える。
俺と梨華はマシンに乗っていて、マシンは動き出した。
「ちょっと、怖いかも……」
「怖い〜? だって、お前、絶叫マシン好きなんだろ?」
「好きは好きだけど、乗るの久しぶりだから……」
「大丈夫だよ!」
「う、うん……。手、握ってもいい?」
「いいよ」
俺がそう言うと、梨華は俺の手を握った。
梨華のほうを見る。
少し泣きそうな顔をしている。
「大丈夫だって!」
「う、うん……」
そして、マシンは頂上に達した。
梨華の俺の手を握る力が強くなった。
そして、マシンは下り出した……。「あ〜、おもしろかった!」
さっきまでとは、全然違う明るい顔で梨華ははしゃいでいる。
「ねえねえ、りょうちゃん! もう一回乗……」
と、言いかけて梨華は俺の異常に気付いた。
「りょ、りょうちゃん? 大丈夫?」
梨華が俺の顔を除きこむ。
「き、気持ち悪い……」
俺は今にも死にそうな感じで答えた。
「と、とりあえず、ベンチに座ろ!」
そう言うと、俺と梨華はベンチまで移動した。
俺も、それくらいは動けた。
幸いベンチには人はなく俺は横になることができた。
そして、俺の頭の隣に梨華が座った。
「りょうちゃん、大丈夫?」
「ああ、どうにか……。なんか冷たいもん買ってきて」
「わかった! ちょっと待っててね!」
そう言うと、梨華はダッシュで買いに行った。
「あ〜、気持ち悪い〜……」
俺は一人、死にそうな声で言った。
やはり、今日は厄日なのだろうか?
「はあ……」
俺はため息をついた……。「はい、りょうちゃん。買ってきたよ!」
梨華が戻ってきた。
俺は起きあがる。
「何買っていいかわからなかったから、コーラ買ってきた」
「ああ、ありがと」
俺はそう言うと、梨華からコーラを受け取り、飲み出した。
「ごめんね、りょうちゃん……」
「あん?」
「私が無理に乗ろうっていうから……」
「大丈夫だよ。まあ、今日のところは絶叫マシンはもう勘弁してほしいんだが……」
「うん! もっと静かなのに乗ろうね!」
「ああ」
俺はコーラを飲み終えると、梨華がそれを捨ててくれた。
「どうする?」
「もうちょっと寝てたい……」
「いいよ」
梨華がそう言うと、俺はまた横になった。「りょうちゃん、大丈夫?」
梨華が心配そうな声で話しかけてくる。
さっきから、何回聞いたかわからないくらい同じ質問をしてくる。
しかし、俺はそれが嫌じゃなかった。
むしろ、嬉しかった。
しかし、ここで問題点が一つ……。
頭が痛い。
頭痛がする、というわけではない。
下がゴツゴツしていて痛いのだ。
タオルとかは持ってないし……。
やはり、あの方法しかないのだろうか……?
俺は、勇気を振り絞って(?)、声をかけた。
「あのさ、梨華ちゃん?」
「どうしたの? 『ちゃん』なんて付けちゃって?」
「あのさ〜、膝枕して!」
「えっ?」
「だってさ〜、頭がゴツゴツしていて痛いんだも〜ん!」
「も、もう〜! りょうちゃんったら!」
梨華は顔を赤くした。「ご、ごめんなさい……、やっぱ、なんでもないです……」
俺はそう言って諦めた。
が、しかし、梨華が真っ赤な顔をしながら、
「いいよ」
と言ってきたのだ。
「えっ?」
と、俺は思わず聞き返した。
「そのかわり、ちょっとだけだよ! 恥ずかしいんだから……」
梨華は視線を逸らす。
「ほら、頭上げて!」
梨華がそう言うと、俺は頭を上げた。
そして、梨華の太腿に頭を乗せた。
「りょうちゃん、どお?」
梨華が顔を真っ赤にしながら、聞いてきた。
「だ、大丈夫だよ」
気持ちいいよ、というわけにもいかないので、俺はそう答えた。
「そ、そう……」
やはり、梨華は赤い顔をしたまま、視線を逸らす。
しかし、だんだん俺の意識は遠くなっていった。
そして、俺は……寝てしまった。グゥ〜〜〜!
寝てしまった俺はその音で起きた。
「なんだ、今の音?」
俺は聞く。
しかし、梨華は顔を真っ赤にして答えない。
「ん? どうかしたのか?」
俺は再び聞く。
「だから、その……お腹が、その……」
相変わらず、梨華は真っ赤な顔で答える。
「ああ、腹減ったのね?」
俺は時計を見る。
ちょうど、お昼時だ。
「飯食うか?」
「うん!」
そう言うと、俺は起き上がった。
「りょうちゃん、もう大丈夫なの?」
「ああ」
「良かったぁ〜!」
梨華は微笑んだ。「ここにすっか?」
「うん!」
梨華がそう言うと、俺と梨華は店の中に入った。
カントリーベア・シアターとかいう店だ。
幸いにも店内は大して混んでなく、どうにか座ることができた。
俺と梨華はともに、ビーフカレーを頼んだ。
「いっただきまぁ〜す!」
梨華はそう言うと、カレーを食べ出した。
「おいしいね!」
梨華は微笑みながら言った。
「ああ、そうだな」
俺は、クールに返した。
飯を食べ終わると、俺と梨華は午後のことを話し合った。
最終的に、梨華の行きたい「ホーンテッドマンション」に行くことになった。
「はあ……」
俺はまた溜め息をついた。
実は、俺はお化けとかそういうのもダメだったりする……俺と梨華は「ホーンテッドマンション」に着いた。
しかし、世の中そんなに甘くない。
また、待たされることに……
「結構、待つね?」
梨華は言ってきた。
「ああ、そうだな」
俺がそう言うと、梨華は俺の腕に抱きつきながら、
「でも、いいもんね〜! 今日は、りょうちゃんがいるもん!」
「飯食う前もそんなこと言ってなかったっけ?」
「あれ、そうだっけ?」
「そうだよ」
俺は笑いながら返した。
それから、俺と梨華はわけのわかんない話をしながら順番を待った。
俺はその時間が楽しかった。
アトラクションよりこっちのほうが楽しいかも知れない。
そして、俺達の番が来た。アトラクションの中に入ると、なんだが良くわからない暗い部屋に入ることになった。
人も結構多く隣にいるのが梨華なんだが違う人なんだが良くわからないくらいだった。
「りょうちゃん、怖いね?」
「そうか?」
「うん……」
そう言うと、梨華が俺の手を握った。
「梨華?」
「なに?」
「あれだぞ。俺と離れたら『どうなるんですかー!?!』って叫ぶんだぞ?」
俺は冗談で言った。
しかし、梨華は
「うん、わかった……」
と、真面目な返答を返してきた。
こいつ、本気にしてんのか?、と思ったが、そんなことはないだろうと思い、何も言わなかった。
しかし、俺と梨華は離れてしまった。
やばいな〜、と思っている時だった。
「どうなるんですかー!?!」
と、いつものアニメ声がした。アトラクションにいた人全てが声のしたほうを向く。
仕方なく、梨華のほうにむかった。
その時だった。
ドアが開いた。
光がさし、俺は梨華がどこにいるかわかり、梨華のほうに近づいた。
そして、二人して開けられたドアを通り、新しい部屋に入った。
そこは、電気がついていた。
梨華のほうを見る。
「おまえ、なにやってんだ?」
「だ、だ、だって、りょうちゃんが、離れたら……」
梨華は、泣きそうでそれ以上聞き取れなかった。
「あ〜、わかった、わかった。怒ってねえよ」
「ホント?」
「ホントだよ」
俺は梨華の頭を撫でる。わけのわかんねえ動く椅子みてーのに乗せられてアトラクションが始まった。
周りでは、
「キャーッ!」
とか、
「うわっ!」
とか、聞こえてくるが俺はそんなことを言う気にすらなれなかった。
梨華のほうを見る。
梨華のことだから、はしゃいでると思ったが、相変わらず泣きそうな顔をして、下を向いている。
そんなこんなで、俺と梨華は本来なら、ワーとかキャーとか叫ぶアトラクションを無表情のまま終えてしまった。
二人でアトラクションを出る。
グッと暑くなる。
梨華のほうを見る。
相変わらず泣きそうな顔をしながら下を見ている。
そこら中から、
「あれでしょ、さっき『どうなるですかー!?!』って叫んだの?」
とか言う声が聞こえてくる。
逆ギレする気力すらない。
どうやら、今日はホントに厄日らしい……とりあえず、俺と梨華はベンチに座った。
「りょう…ちゃん……?」
「あん?」
「あの、だから、その……ごめんね。……怒ってる、でしょ?」
「ああ、怒ってねえよ。怒ってねーけど、唖然としちまったよ、ハハハ……」
「ごめんね、ごめんね……」
とうとう梨華は泣き出してしまった。
「ったく、しゃーねーな」
俺は梨華の手を握った。
「えっ?」
「えっ、じゃねえよ! さっさと泣き止め」
「う、うん……」
俺は、梨華が泣き止むまでその手を離さなかった。
梨華が俺の手を握り返す。
俺はその度に、『梨華は俺のことを必要としてくれてるのかな?』と思った。
俺の心の中で、ずっとずっとずっと前に眠ってしまった恋心が動き出してるような気がした……。梨華はようやく泣き止んだ。
「じゃ、行きますか!」
俺がそう言うと、
「うん!」
と梨華は頷いた。
その後、俺とすっかり元気を取り戻した梨華は色んなアトラクションを楽しんだ。
「ねえ、りょうちゃん?」
「あん?」
「なんか、あの辺、人が集まってるね」
と、梨華がその方向を指差す。
「ああ、パレードの場所取りじゃねーのか? 時間も時間だし……」
俺は、時計を指差した。
「うん、そうだね。あのさ、買い物しよ!」
「買い物〜?」
「いや?」
「別にいいけど……」
「よし、決まり!」
そう言うと、梨華は店に向かった。
「ったく、しゃーねーな」
俺は頭をかくような仕草をしながら梨華の後を追った。……つまらない!
俺はくたくたになった体とともに、ただひたすら梨華の後を追った。
「ねえねえ、りょうちゃん! これ、どー思う?」
ああ、いんじゃない?、俺はそればかり繰り返した。
「なんか、りょうちゃん、つまんなそうだね?」
「別に……」
俺はそっぽを向いた。
「次、服見に行こう!」
そう言うと、走り出す梨華の後を追った。
店に入って、色々と服を見る。
これが、結構おもしろい。
この服似合う?、りょうちゃん、これ似合いそう!、一緒にこれ買おう!etc……
しかし、俺はそんな梨華を見ていて嫌な気はしなかった。楽しんでいる俺は、あるものに目がいった。
それは……パンツだ。
俺ぐらいの年頃の男ってのは、意外とパンツにこだわる。
結構、男同士でパンツを自慢したりするものだ(ホモじゃなくて)。
意外と、カトちゃんのパンツとかはいてる奴がヒーローになったりする。
あと、勝負パンツとして……。
「…うちゃん!」
「えっ?」
俺は一気に現実に引き戻された。
「りょうちゃん、何見てるの?」
「あれ」
俺は素直に言ってしまった。
「えー、パンツなんか見てんのー!?」
梨華は顔を真っ赤にする。
「別にいいだろ……」
俺は困ったな〜、といった感じで言った。「りょうちゃん、どれがほしいの?」
「なんで?」
「だって、りょうちゃん、何も買ってないから……」
「う〜ん、そうだな〜……梨華だったら、男にどのパンツはいてほしい?」
と、俺が言うと、梨華は顔を真っ赤にして、
「それ、セクハラだよー!」
と、頬を膨らました。
「ごめん、ごめん……」
と言って、俺はパンツをまた見始めた。
「ピンク……」
「えっ?」
「そのプーさんのピンクのパンツがいい……」
梨華は顔を真っ赤にして、下を向きながら言った。
「はっ?」
俺は思わず聞き返す。
「や、やっぱ、なんでもない……」
梨華は相変わらず下を向いたまま答えた。「これか〜……よし、これにしよ!」
そう言うと、俺はレジにプーさんのピンクのパンツを持っていった。
値段は1000円ほどだった。
「なんか、他に見たいもんある?」
「別に……」
やっぱり、梨華は下を向いたまま答える。
俺と梨華は店を出た。
「梨華、他に見たい店ある?」
「特にないけど……」
「そっか、あのさ〜、俺、買ってきたいものがあるんだ。ちょっと、待っててくれ!」
「なに? 買ってきたいものって?」
「なんでもねーよ」
俺は顔を少し赤くした。「もしかして……」
ギクッ!
俺が勘付かれたのかと思い、少し焦った。
梨華は顔を少し赤くし、恥ずかしがっているような顔をして、
「私に隠れて、エッチな本とか買ってくるんじゃ……」
「買わねーよ!」
俺がそう言うと、
「わかった、早く買ってきてよね」
と、人を信じていないような目で人を見てくる。
「はいはい、わかりましたよ……」
俺はそう言うと、お目当てのものが売っている店へ急いだ。「ありがとうございました〜」
俺は店員から、お釣りとレシート、そして、お目当てのものを受け取り店を出た。
やはり、それなりに値は張った。
やはり、高校生にとって5桁の出費は大きい。
しかし、モノがモノ……。
考え様によっては、安い。
と言うより、安いんだが……。「お待たせ!」
俺はなんか良くわかんないピアノを弾いているおっさんに見とれて、無邪気に拍手をしている梨華の背中を軽く叩いた。
「あ〜、りょうちゃんか〜! ビックリした〜!」
「ごめん、ごめん……なに見てたんだ?」
「えっ、あ〜、この人、すごいんだよ! ピアノがとっても上手なんだ!」
「ピアノか〜……俺は音楽はめっぽうダメでな」
俺は頭をかくような仕草をしながら、苦笑いをした。
「ねえ、りょうちゃん?」
「なんだ?」
「パレードまでまだ結構、時間あるけどそろそろ行かない?」
「え、あ、うん……」
俺はとまどった。実は、俺はパレードは見に行きたくないのだ。
しかし、いい言い訳が思いつかない……。
「どうかしたの?」
「う、うん……パレードさ、人気のないところで見ない?」
「なんで?」
「いや〜、静かなほうがいいかな〜、と思って……」
俺は苦笑いをする。
「いいよ!」
梨華はそう言った。
「じゃあ、どこで見るの?」
「えっ? 別に、決めてないけど……。じゃっ、適当にあっち行ってみっか?」
「ホントに適当だね……」
「ほっとけ……」
そう言うと、俺と梨華は俺が指差した方向へ歩き出した。「この辺にしよっか?」
梨華はベンチに腰を下ろした。
そこには、人気(ひとけ)が全くなかった。
つまり、俺と梨華以外、誰もいないのだ。
しかも、この場所はパレードをやっている場所より高く、パレードを上から見ることができた。
俺と梨華は、人が落ちないようにつけられた柵に手を置きながらパレードを見た。
「あっ、シャム猫!」
梨華がなんだか良くわからない猫を指差した。
「俺、なんだが、良くわかんないけど……」
俺は苦笑いをした。
それから、俺と梨華はパレードを楽しんだ。
そして、パレードが終わった。
何分か後に花火があるという。
俺と梨華はそれを見たら、帰るつもりだ。
「花火まで、結構あるな〜」
「うん、そうだね……」
梨華は少し下を見ながら言った。「どうかしたのか?」
「ううん、なんでもない。ただ……」
「ただ?」
「りょうちゃんに言いたいことがあるの……」
「なに?」
俺がそう言うと、梨華は黙り込んでしまった。
俺もどうしていいのかわからず、黙り込んでしまった。
・
・
・
「りょ、りょうちゃん?」
梨華が話し始めた。
「なに?」
「わ、私…だから、その……りょ、りょうちゃんのことが……好き、なの……」
梨華は顔を真っ赤にして、視線を逸らしながら言った。
・
・
・
俺もだ。
俺は心の中でそう思った。
だから、今……言おう。
「俺も梨華のことが……好きだ」「えっ?」
梨華は俺が言ったことが信じられないらしく、聞き返してきた。
「だから、俺も梨華のころが……好きだ」
俺はもう一度言った。
「ホントに?」
「ああ」
「りょうちゃん!」
そう叫ぶと、梨華は俺に抱きついてきた。
「私ね、りょうちゃんのことがずっとずっとずっとずっとずっとずっとず〜っと前から好きだった!
りょうちゃんは、覚えてないかもしれないけど、幼稚園の頃に、
私が小学生にいじめられているのも助けてもらったあの時から、ずっと……
だから、りょうちゃんと一緒に暮らせる、って聞いたときはホントに嬉しかった。
それから、りょうちゃんと一緒に過ごしたこの数年はホントに楽しかった。
でも、りょうちゃん、いつも私の気持ちに気付いていないみたいで……。
いつも、いつも、いつもいつもいつも、心配だったんだよ!」
「ごめんな、お前の気持ちに気付かなくって……」
「だから、今、りょうちゃんが『好きだ』って言ってくれてホントに嬉しかった……」
そう言うと、梨華は泣き出した。梨華……
君はいつも僕にくれるんだ。
何をって?
勇気さ。
誰よりも一番、君が真新しい勇気をくれるんだ。
何か辛い時があった時でも、君のその朝の光よりまぶしい微笑みは胸に……染みるんだ。
だから、僕は誰よりも、君の、梨華の心の平和を願うよ。
何も心配しなくていい、明日へと無邪気に進んでくれ……。
だから、僕が誰よりも一番君を最後まで見届けよう……。
そして、僕が誰よりも一番近くで君を守ろう……。
たとえ、地球上の全ての人間が君の敵となったとしても、僕だけは君の味方でいよう。
そして、君を傷つける全てのものから君を守りたい。
だって、君はいつも笑ってくれるから……。
だって、君は僕の一番大切な人だから……。
だって、僕はもう君なしじゃ生きていけないから……。
梨華、君は僕だけの“モノ”であってほしい。
そして、僕も君だけの“モノ”でありたい。だから、
「結婚しよう」
俺はさっき買った指輪を差し出した。「えっ?」
梨華は一瞬、何が起こったかわからなかったらしい。
「だから、結婚しよう。これ、一応、婚約指輪……」
俺は、頭をかくような仕草をした。
「もしかして、あの時、買ってきたのって……これ?」
「ああ。これじゃ嫌だったら、また買うぞ」
俺がそう言うと、梨華は泣き出した。
「えっ、どうかしたの?」
「いや、すごく……嬉しい」
「じゃ、結婚してくれる、の……?」
俺がそう言うと、
「うん!」
と言って、梨華はまた抱きついてきた。「梨華……」
「りょうちゃん、幸せになろうね! もし、なんかあったら私を守ってくれる?」
「ああ。俺が君を、梨華を守るよ」
俺と梨華はよりいっそう強く抱きしめあった。
「りょうちゃん、キス、しよ…… 誓いの……」
「えっ?」
「いいから! 私、はじめてなの……」
梨華は顔を赤くして、視線を逸らしながら言った。
「実は、俺もなんだよ……」
「えっ、そうなの?」
「ああ……」
そう言うと、抱き合っていた俺達はいったん離れた。
「りょうちゃん……」
梨華は、自分より背の高い俺を見上げた。
「梨華……」
俺は唇を梨華の唇に近づけた。
「りょう…ちゃ……」
俺は梨華の唇を俺の唇でフタをした……。
そんな僕らを祝福するかのように、後ろでは花火が鮮やかに輝いていた……。−終劇−