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ど素人 投稿日: 01/10/15 15:58

夢を見た。いつもと同じ夢を。
いつもの食卓、月に一度程度のドライブ、くだらないバラエティを見て笑う父さんと母さん。

何もなくて退屈で、でもかけがえのない日常。
それに気づいたのはもう全てを失ってからだったけど。

目を覚ますと涙でぐしゃぐしゃになった枕。
両親が交通事故で死んでからもう三ヶ月が経とうとしていた。

(・・・・・・・・・・朝か)
ただそう思った。だからといって何かをするわけではない。
両親が死んでから、正確には両親の葬式を終えてから僕は何一つしちゃいない。する気もない。
葬式までは死の実感もなく、何かと忙しすぎてまだ救われていた。

だが葬式の次の日、誰も居なくなった食卓で出前のラーメンを食べている時
いきなり涙が流れた。とめどなく流れつづけた。
(たった二人の家族を一度になくしてしまった。もう僕は永久に一人なんだ)
そう思うと涙が止まらなかった。その日から僕は全てをやめた。
ずっと皆勤だった学校へ行く事も、玄関で応対する事も、電話に出ることすらも。

最初の頃は親戚や学校の先生なんかがコマメに通ってくれていたが、応対すら
しない僕にあきれたのかもう電話も鳴らない。

・・・僕はただ何も考えたくなかった。

この三ヶ月間、何もせずただ生きていただけだった。
今日も明日もずっとただ生きていく、それだけの人生になった『はず』だった。

(十二時か・・・)
僕はいつものように食卓に向かった。起きて、大量に買い置きしてあるインスタント食品を
食べ、後は寝る。寝れなくてもベッドにしがみつく。それが僕の生活だ。

鍋に水を張り火にかけた。

『ピィィ〜〜ンポォォ〜〜〜ン』

いきなりチャイムが鳴った。久し振りだな。ここ二ヶ月間はあのチャイムはずっと
休業していた。久し振りの仕事にもかかわらずちゃんと仕事をこなしていた。
(・・・誰だろう。もう友達も先生も来ないと思ったんだけどな。っというか今は
 授業中のはずだな)
・・・ひょっとして水道代かガス代かなんかの請求かも。
だとしたら出ないわけにはいけないな。多分、かなり滞納しているはずだ。
さすがに電気やガスを止められて朽ち果てていくのはいやだ。

そう思って玄関先まで行ってドアを開けた。
そこにいたのは・・・・・

俺「・・・・・誰ですか?」

同じ位の年の女の子だった。
「あ、あの!始めまして!二村さんのお宅ですよね?」
「・・・そうだけど」
「始めまして!あの・・・保田圭です!今日からお世話になります!」

そう言ってその女の子は頭を下げた。

「・・・家を間違ってるんじゃない?」
僕はそう言った。何故縁もゆかりもない女の子のお世話をせにゃならんのだ。
「…え?でも…二村和也さんじゃないんですか?」
僕の名だった。
「そうだけど…あれ?なんか話がつかめないな」
「葉子さんから聞いてないんですか?」
葉子というのは母の名前だ。
「・・・・・・・・・・」
「あの〜?今日は学校は…?あ!お休みしてたんですか?す、すいません
 起こしてしまって!」
その女の子は勝手に早合点して謝り始めた。
「……母さんが何だって?」
「え?…いやその…私が今日から居候させてもらうっていう…
 お話になってたんですけど…」
その子はまるで愛想のよくない僕にちょっと引いてしまったのか、控えめに言った。
「……ふ〜ん」
僕はそう言った。だいたい合点がいった。うちの親の事だ。同年代の女の子が
居候するって事を隠しておいて当日にでも僕にバラして反応を楽しもうとでも
思っていたのだろう。…昔を思い出して少し僕は笑ってしまった。

同時に勝手に涙がこぼれた。

「な…なんで泣くんですか…?」
女の子が僕に聞いてくる。明らかに引いている。そりゃそうだ。
「あはは…いや、ゴメン。別に頭がおかしいわけじゃないよ」
疑いの目で僕を見ている。でも思いついたようにハンカチを取り出して
渡してくれた。
…その仕草が母と重なり僕はますます泣いてしまった。
嗚咽をもらしながら泣いてしまった。

…10分程経っただろうか。玄関の前で号泣していた僕をその女の子は最初こそ
引いていたもの、ずっとそばに居てくれた。

「…大丈夫?」
やっと泣き止んだ僕に声をかけてきた。
「…うん」
素直にそう言えた。
「…何か…あったの?」
その女の子は多分何も知らないのだろう。僕が電話に出ることすらしなかったため
完全に音信不通になっていたんだろう。
「……あのね。」
僕が三ヶ月前の事を教えようと思ったその時彼女は鼻をくんくんさせた。
「…なんか焦げ臭くない?」
…本当だ。なんだろう。………あ。
「鍋、火にかけっぱなしだった!!」
「な、なぁ〜にやってんのよぉ〜〜〜〜!!」

その後はもうメチャクチャ。部屋中に広がった煙(よくもまあ警報機が鳴らなかったな)
を追い出したり、キッチンにすこしだけ燃え広がった火を消したり。
二人でワーワー言いながら消した。

消化し終わった後、キッチンのテーブルにすわった。

「……ハァハァ…」
「………ふぅ〜…」
肩で息をするお互いをしばし見詰め合った。
「……っぷ」
「……フフフ」
僕が吹き出したのをきっかけにお互いを見たまま笑い出した。
「アハハハ!フフ…アハハハハハ!!」
「ちょっとぉ〜!フフフ…やめてよね〜!アハハハ!」
そのまま少しの間二人で笑いあった。ほんの少しの間だったけど。
(こんなに笑ったのは久し振りだな…)

「…はぁ〜…おかしい…ふふ…。…ところでなんでいきなり泣いたりしたのよ?」
突然その子(保田圭…っていったか確か)が聞いてきた。
多分この一連の出来事で緊張がほぐれたんだろう。丁寧語じゃなくなってるし。
「・・・・・・・・・・・・」
だが僕は答えられなかった。
「私に似た女の子にでも振られたの?な〜んて」
「・・・・・・・・・・・・」
僕は何も答えられなかった。だから逆にこっちが質問する事にした。
「…なんで家に居候する予定だったの?」
「え…?あの、こっちの大学行きたくて…それで地元には良い学習塾
 無かったし、それについでに部屋探しもしようと思ってて…」
急に質問されたせいか保田さんは少し戸惑っていたようだが、ごく普通に答えた。

「…ふ〜ん。高三なの?一個上なんだ」
僕は高校二年だ。
「え?いや私も二年だよ。こういう事は早い方が良いってお父さんが言ったから」
「…え?じゃあ学校は?」
「こっちに編入する予定」
大体話は掴めた。
「…ねえ。この部屋ホコリたまってない?…あ、失礼だったかな」
さっきから光に大量…って程でもないが結構な量のホコリが映し出されている。
「…掃除してないからね」
「なんで?葉子さん綺麗好きって聞いたけど」
「・・・・・・・・・・・」
僕はまた沈黙してしまう。
「…ねえ?さっきからなんか変だよ。いきなり泣いたり黙ったり。なんなの?」
彼女は少し怒り気味に言う。
僕は黙ったままで隣の部屋を指差す。そこは畳のある和室でフスマは開いたままだ。
「和室…?それがどうしたの?」
「タナの上」
「…位牌?あと写真が二つ…あるわね……え?」
やっと写真の中の人物に目がいったようだ。
「…葉子さん?旦那さんも…え?なにこれ?」
彼女は全く理解不能といった感じで僕に視線を向けた。

「死んだんだ。三ヶ月前。事故で」

僕はそれだけをやっとの事で言えた。まるで箇条書きの棒読みのように。
「・・・・・・・・・・・・・」
保田さんは隣の和室へ駆け込んでいった。
必死で理解しようとしているようだった。
そして次の瞬間大粒の涙が彼女の目からこぼれた。

「ごめ…ごめんなさい!あたし…あたし、何も知らなくて……!」

彼女は泣き崩れる。
「いいんだ」
「でも…!凄くひどい事いっぱい言っちゃって…!!」
「いいんだ。本当に」
「…でも!」
「いいから。もう終った事なんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
それ以上、彼女は何も言わなかった。
「…でもそういう事だから居候の件は無かった事に出来ないかな?」
「…うん」
「ごめんね」
「・・・・・・・・・・・・・」
僕は何故かすっきりしていた。『もう終った事だから』それを口にした時
僕の心の中でなにかが終った。
彼女を玄関まで送り出し、最後に礼を言った。
「ありがとう。こんなに楽しかったのは久し振りだったよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「…じゃあね」
彼女は黙ったままゆっくりとした足取りで帰っていった。

…一時間程経っただろうか。僕は色々考えていた。
いつまでもこうしているわけにはいかない。学校もある。さっきの子じゃないけど
受験だってあるんだ。勉強だってもう三ヶ月も遅れている。

(そろそろ…動き出さないといけないな)

僕は両親の位牌の前に立った。
「ありがとう母さん。さっきのは最後の贈り物だったの?ごめん心配かけて。
 僕、多分もう大丈夫だよ。もう大丈夫…」
僕はそう言って両親の冥福を祈った。

『ピ〜〜〜ンポ〜〜〜〜ン』

…チャイムの音が鳴る。今日は客の多い日だな。でも今度こそガス代の取立人かも。
玄関のドアを開けた。そこに居たのは…

「保田さん?どうしたの?」

さっきの女の子だった。

「あの…さ」
最初は遠慮がちに…でも強い意志に満ちた言葉で喋り始めた。
「あのさ!やっぱり居候させてよ!私の生活費はちゃんと出すし、掃除も料理
 するし!」
凄い勢いでまくし立ててきた
「あ、あの、でも」
「それに学校休んでるみたいじゃない?そういうのってクセになるんだよね〜!
 ちゃんと管理してくれる人がいないと!!」
「・・・・・・・・・・・」
「それにさ?何も連絡とかとらなくて当日にいきなり『居候させれません』って
 ひどくない?ひどいよ!」
彼女はマキャベリ並の熱弁を見せる。
生活費は親から出てるようだし、家を今日中に見つけるのも可能だろう。
でも彼女は僕と一緒に住んでくれると言う。…正直嬉しかった。
「…いいよ」
「本当!?」
彼女は目を輝かせた。
「うん。喜んで」

…お母さん。あなたの最後の贈り物は思いのほかでっかいみたいです……

『保田圭がそばにいる生活』
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