087
ど素人 投稿日: 01/10/17 19:50
『ピリリリリリ』
久し振りの聞く音が鳴る。目覚ましの音だ。
「……うう」
僕はモゾモゾ動いて目覚ましを止めた。七時。
「・・・・・・・・・・・」
多少寝不足のため少しダルい。…がもう枕は涙で濡れてはいない。
何故か感慨にふけってしまった。
キッチンの方でパタパタというスリッパの音がしている。
(…圭ちゃん)
圭ちゃんはちゃんと今日からご飯を作ってくれるらしい。(ちなみに圭ちゃんという愛称は昨日の夜、結構な量送られてきた彼女の
荷物を運び込んだりしてる時に「保田さん」と呼ばれるのが気に入らない
らしく「圭」と呼び捨てにしろというのをなんとか「圭ちゃん」で勘弁してもらった)部屋を出てキッチンに向かう…前に洗面台で顔を洗い多少小奇麗にした。
昨日は顔も洗わず玄関で応対してしまったが(よかった一昨日はシャワーを浴びてて)
さすがにもうそんな事は出来ない。
(…うん。)見れるくらいになってからキッチンに向かった。
「あ、おはよう」
彼女は僕を確認するとすぐにそう言ってくれた。
「…おはよう」
だが僕は少し目をそらしてしまう、なんか少し照れくさかった。
しかし彼女は別段気にする事もなく、鼻歌なんか歌いながら朝食を作っていた。
「〜〜♪♪〜〜♪」
する事がないので食卓で待つ。
普通の西洋テーブルだが昨日ちゃんと拭いたのでほこりはたまって無い。
「出来た〜」
圭ちゃんが料理を運んできた。「…まあ、料理は見た目じゃないからね」
圭ちゃんは僕が何もコメントする前に少し恥ずかしそうに言った。
「…そうだね」
なんといえば良いのか。いや、ちゃんとした料理ではある。
スクランブルエッグにハムエッグにゆで卵・・・・
「いや〜…実は料理なんてした事なくってさ…」
頭をかきながら圭ちゃんは言った。
「いや、いいよおいしそう。ちょっと栄養は偏りそうだけど」
「い、いいじゃない。最初はこんなモンの方があとあと楽しみでしょ?いただきま〜す!」
「いただきま〜す」食べている途中も圭ちゃんはずっと何かに言い訳していた。
…別にいいのにそんな事気にしないで。
食事も終えて、学校の行く準備もすませる。三ヶ月振りの学校だ。
少しワクワクしながらもさらに大きい不安もある。できれば何もなかった
ぐらいに迎えて欲しいんだけど。無理だろうな。
「じゃあ、いってきます」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
圭ちゃんが僕の後を追ってくる。何故か他校の制服を着ていた。
「準備オーケイ」
彼女は靴を履いたところでそう言った。
「…え?この家からもとの学校に通うの?」
「んな訳ないじゃない。あなたの学校へ行くのよ」「・・・・・・・・・・・ハイ?」
僕はあっけにとられた。
「何がハイ?よ。言ったでしょこっちの学校通うって」
「いや、確かに聞いてたけど…うちの学校に通うの?」
「そうよ。いちいち別の学校見つけるの面倒じゃない」
「…確かに。…いや、ちょっと待って!」
僕の脳は朝っぱらからフル回転を始めた。
「なによ?」
「いや、まずい!まずいよ!!」
「なにが?」
圭ちゃんは全く動じていない。僕にだって友達は居る。当然女の子の友達だっている。
両親の不幸で一人身に→でも何故か他校の女の子と登校→当然注目の的→
居候させている事実広まる→二人暮しで居候だあ?→同棲とみなされる→…退学。
まずい。まずすぎる。そうだ。これは居候なんかじゃなく、同棲じゃないか!
「何考え込んでんの?」
圭ちゃんが下から覗き込んできた。
「…圭ちゃん。今すぐ荷物をまとめて出て行った方がいいんじゃないかな?」
「はあ!?なんでよ!?」
「だってさ…これって同棲…じゃないの?」
僕はちょっと言いにくかったが聞いてみた。「そうね」
彼女はシレッと答えた。
「だから何なのよ。でも同棲…まあ一緒に住むわけだけど別にやましい事はないじゃない?
これはただの共同生活よ。もし誰かに聞かれても普通にそう答えてやりゃいいのよ。
…それとも何かやましい事でも考えてた?」「いや、決してそんな事は!」
慌てて答えた。
「じゃあいいじゃん。それより何で行くの?徒歩?バス?電車?」
まだ納得のいってない僕を置いて圭ちゃんはさっさと歩いて行った。(大丈夫かなあ……まあいいや!なるようになれ!!)
「お〜い!そっちじゃないって〜!学校行きのバスが近くから出てんだよ〜」
「それを早く言いなさいよ!」彼女はプンプンしながら戻ってきた。
何を怒ってるんだろう?まあいいか。こっちもなるようになれ、だ。僕達を乗せた通学バスは学校から500メートル位の所の停留所に到着した。
バスの中は当然うちの学校の生徒ばかりで、他校の制服を着ている圭ちゃんは
めちゃめちゃ目立つ。幸いこの通学バスには知り合いは乗っていなかった。
僕達は停留所から学校に向かって歩き出した。
(…さて、もうこっからは友達たちにも会うだろうな。でも神様…どうかアイツ
にだけは最初に会いませんように……)
僕の祈りはその一秒後に無意味となった。「おおぉぉ〜〜い!二村ぁ〜〜!!」
遠くから叫びながら走ってくる周りと比較しても小さな女の子…矢口…真里だ。
「お前…ハァハァ…何やってたんだよぉ〜!!」
息を切らせたまま聞いてくる。
「…いや、心の整理がなかなかつかなくてさ…」
矢口は僕の顔を見上げた。
「だからって引きこもんなくてもいいじゃん!何回も家にも行ったし、電話だって
したのにさ!」
「…ごめん」
「もう…でもいいよ。学校来たって事はもう大丈夫なんだね?」
「うん」
「はぁ〜…なんか心のつかえがとれたよ」
矢口は安心した表情を浮かべた後ニカッと笑った。
なんとなく、ああ学校に戻ってきたんだな、と実感した。
「…ところでその子誰よ?」
僕の傍らでじっと矢口とのやりとりを見ていた圭ちゃんに矢口の興味が向く。
「ああ、この子は…」
「初めまして。保田圭っていいます」
圭ちゃんは僕の言葉をさえぎって言った。
「あ、ども。矢口真里です」
矢口もチョコンと頭を下げた。
177 名前: ど素人 投稿日: 01/10/18 05:00 ID:sSTutbUE
「いや、そうではなく!」
矢口の手が宙を飛ぶ。矢口のクセの一つ「つっこみ」だ。
まるで隣に誰かいるかのようにつっこむ仕草は可愛くもある。
「なんで一緒になって登校してんのさ?」
「私、今日からこの学校に編入しようと思って。それで道案内してもらってるの」
圭ちゃんは素早く答える。
「…ふ〜ん」
「ま、居候させてもらってるよしみでさ」…言った。
「ハア!?」
矢口は驚愕の表情を浮かべた。三秒ほどそのまま固まっていたがすぐに
気分を持ち直すと
「…はぁ〜ん…そういうこと。三ヶ月間もねえ…そりゃ応対どころじゃないよね」
と明らかな疑いの目つきで言った。
「ち、違う!」
「何が!!」
矢口は明らかに怒っている。
「…なんだよオイラ…こんな奴の事心配してたなんて…馬鹿みたいじゃん!」
と凄く悲しそうな顔をした。「朝のホームルーム楽しみにしてろよ!馬鹿二村!!」
矢口は走り去っていった。
「なんでいきなり言っちゃうんだよ!」
僕は圭ちゃんを睨みつけた。
「隠す必要がないから」
「…圭ちゃんの言い分はわかるよ。確かにやましい事してたわけじゃないし。
でもさ!あいつは悪い奴じゃないんだけど、口から生まれたような奴なんだよ!」そう。矢口は校内一のゴシップ記者なのだ。
「ならますます好都合じゃない」
「…はあ?」
「だってそうでしょ?隠してたのがばれるから疑われるのであって、自分から宣言
した分には多分、なにも問題ないわよ」(確かに。…いや違うだろ!)
「でも…!」
「もうサイは投げられたんだからなるようにしかならないって」
圭ちゃんはニッコリ笑って僕の肩をポン、と叩いた。
「…うう」
僕はすっかり諦めて彼女を職員室まで送っていった。
その途中にも何人かの知り合いに呼び止められたがとても説明する気にはなれなかった。…で、僕は今一人で教室の前で立っている。
もうホームルームは始まっている時間だ。圭ちゃんを送るのに時間をくったからだ。
(はぁ〜…鬱だ)
ガラッとドアを開けた。
当然、視線が集中する。
「…おはよう」
先生はまだ来ていなかったがもう全員席に着いていた。
シーン…としている中、
「お・は・よぉ〜〜ん」
と矢口だけが手をヒラヒラさせながら言った。
案の定、全員に知れ渡っているようだ。
教室は静まっているが、ヒソヒソ言う声や、クスクス笑う声は聞こえてくる。
「・・・・・・・・・・・」
僕は黙って席についた。「…二村君」
その静まった教室にハッキリとした声が通り、一人の女生徒が立ち上がった。
「…なに?吉澤さん」
「…矢口さんの言ってる事はほんとなの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」「答えて」
吉澤は僕を見据えながらそう言った。
「…矢口さんからどんな風に伝わったかは知らないけど一緒に暮らしている子
がいるって話なら本当だよ」
教室中が騒がしくなる。口笛まで聞こえてくる始末だ。
「…じゃあ、やっぱり…そういう事を…」
「そういう事って?」
「三ヶ月もの間…お家にこもってそんな事を…」
吉澤は顔を真っ赤にしながら口ごもる。
「してないって!大体あの子が家に来たのは昨日なんだから!!」
教室中があれ?話と違うぞ?という空気になった。
「…で、でも一晩あれば充分じゃん!?」
矢口がこっちに向かって言った。
「何言ってんだ!それに家に居候するってのは三ヶ月前よりも前に決まってたの!」
再びザワザワする教室。「じゃあ三ヶ月間ずっとねんごろになってたっつう話は?」
「それも電話に出る暇も惜しむほどだって……」
「それにすら飽きてしまって次は舞台を学校に移すつもりだって…」…矢口。あまりにも適当すぎるんじゃあないのか?
「やぁ〜ぐぅ〜ちぃ〜〜!」
クラス中の皆の非難の声と視線が矢口に集中する。
「あ、あはは。…矢口、またやっちゃった?」「やっちゃった?じゃねえよ!」
「いいかげんな事ばっかいいやがって〜!」
「氏ね〜〜!」矢口に対して色々なものが投げられる。
「い、いだだ!ごめんごめん!!」
その時吉澤が矢口背後に向かって走りこんで、チョークスリーパーをきめた。
「花も恥らう乙女にあんな事言わせやがって〜!」
「は、花も恥らう乙女がチョークスリーパーなんかするかよぉ!あがががが!
よっすぃ〜!!入ってる!入ってるって〜!!」
「ギブ?ギブ!?」
「ギ…ギブ〜!!」教室の中は一変していつもの光景に戻った。
(案ずるより産むが易し…って事かなあ)
僕はホッと胸をなでおろした。「はいはいは〜い!な〜にを騒いどるんや〜?」
もう騒ぎも収まりそうな時に担任の中澤先生が教室に入ってきた。
騒いでいた奴等も蜘蛛の子を散らすように自分の席に逃げ帰った。
中澤先生が教室を見渡す。
「……矢口がおらんやん。声聞こえてたで?」
中澤先生が気付いたようにそう言った。すると吉澤が席を立ち、言った。「あらぬ噂を広めた罰としていつものようにロッカーに監禁されてます」
「・・・・・・・・・・」
またか、というような顔をして中澤先生は教室の隅にあるロッカーに近づく。
そのロッカーは左右にゴトゴトゆれていた
「…ぅぉ〜〜…出して〜!……開けて〜〜!!」
というような声がかすかに聞こえる。
中澤先生がつっかえ棒をはずして勢いよくロッカーのドアを開けた。
「出せ〜!!………あ。裕ちゃ……はぐっ!」
矢口が言葉を言い終える前に中澤先生は出席簿で矢口の頭をはたいた。
「くあ〜!なぁ〜にすんだよ馬鹿裕子!!…はぐっ!!」
不平を口にした矢口は即、もう一度はたかれた。
「ええから席につかんかい」
「・・・・・・・・・・・・・」矢口はちょっと涙目になりながらも渋々席に戻った。
矢口は席に戻る時にこっちを見て、覚えてろよ、という風な態度を見せた。
…そっちが悪いんだろ。
「…なにやらもう皆知ってるみたいな空気やな〜。そう、その噂の居候。
うちのクラスに決まったから皆仲良くな〜」…嘘だろ!?
「おい、入りや〜」
ドアがガラッと開いて誰かが入ってくる。…当然圭ちゃんだ。
トコトコ歩いて教壇の横に立つ。
「じゃ、自己紹介してもらえるか?」
「はい」
圭ちゃんが答えて教壇の真中に立った。
「初めまして、保田圭といいます。こっちには受験のために来ました。これから
よろしくお願いします」
と無難にまとめた。
「こちらこそ〜!」
「結構可愛いじゃん!」
「じゃあ、質問タイムでいい?」
などとクラスのお調子者連中がいつも以上に騒ぎ立てる。だが、僕はというとまた頭を抱えていた。
よりによって同じクラスか…こりゃ面倒な事になりそうだなあ…
絶対ことあるごとにからかわれるよ。「こらこら〜!質問は休み時間にでもせえ〜!もう一時間目始まるやろ〜!」
中澤先生が叫んだ。
「は〜い」
「テンション低っ!!」
「いいじゃん、今日くらい…」
などという不平が上がっていたが。中澤先生は全て無視して、
「は〜いホームルーム終わり〜!」
と言うと後手に手を振りながら教室を出て行った。…当然圭ちゃんにクラスメート全員が駆け寄る。
転校生お約束の質問タイムだ。僕はというと矛先がこちらに向く前に教室を脱出した。
一時間目は化学なので教室移動があるのだ。(はぁ〜…大丈夫かなあ……)
僕は化学室に向かう途中で一人ため息をついた。
「お〜っす。色男」
…先回りしてたのか化学室に向かう階段の上から矢口がこっちを見下ろしている。
「どうしたんだゴシップ狂いのお前が?質問してこなくていいのか?」
「誰がゴシップ狂いだ!!…ちょっと噂話が好きなだけだい」
まあ好きなように言ってもいいけど。
「で、何かようか?」
「九日十日。」「…じゃあな」
「おい!待てよ!お前が、なんかようか?(七日八日)って言うからここのかとおか、
ってボケたんじゃないか!低っ!テンション低っ!拾えよ!」
「わかってるよ!おもしろくないから無視しただけだ!!」
「なに〜!!」
「何のようなんだよ!!」
僕は怒って言ったわけじゃないが、コイツと話しているとついこういう口調になってしまう。「…ったく。あんた今から矢口に感謝して腰抜かすよ?」
そう言って矢口はゴソゴソと何かを取り出した。矢口が取り出したのはノート数冊とプリントの束だった。
「はいコレ。三ヶ月分だから随分たまっちゃったけどね。ノートも貸しとくよ」
「・・・・・・・・・・・・矢口」
おおよそこういうノートをとるとかいうマメな事が苦手な矢口とは思えない行動だった。
「…ありがとう」
「キャハハハ!いいんだよ!そのかわり今度奢れよ!!」
いつもの笑い声で笑う矢口。
「ああ。なんでも奢らせてもらうよ」
そういって僕はノートをひっくり返した。そこには…「・・・・・・・・・全部吉澤のノートじゃねえか!!」
「そうだよ?あたし、自分のノートなんて言ったっけ?」
「でも話の流れからしてそうだろう!?」
「キャハハハ!知らないよそんな事!…あ〜あ。何奢ってもらお〜。夢は膨らむな〜」
矢口は胸で手を合わせ祈るような仕草をする。
「ふ、ふざけ…」
「あれ?約束破るの?男らしくな〜い」
「…ック…仕方ないか…」
「キャハハハ!ラッキィ〜♪当然よっすぃ〜にも奢ってあげてよ。よっすぃ〜の
ノートなんだから」
そう言って矢口はヒョイヒョイ階段を昇っていく。そして最後に手すりからこっちを
見下ろしてこう言った。
「…でもマジでよかったよ。元気になったみたいでさ…」
その後矢口はサッと僕の視界から消えた。(もしかしてアイツ元気付けようとしてわざと…?)
僕は彼女の厚意に純粋に感謝できそうだった。
昼休みまでの時間はあっという間に過ぎた。勉強についていけなかったせいだ。
(やばいな〜…)
僕はしみじみと思った。これからは忙しくなりそうだ…昼休み。三ヶ月前なら友達と一緒に母さんの作ってくれたお弁当を食べていた。
…当然、今日からは学食となる。ふと圭ちゃんが一人で居るのが目に入った。
そういえば朝から何も話していない。
「けい…保田さん、一緒に学食行こう。案内するよ」
と声をかけた。教室が騒ぎ出す。圭ちゃんも少し驚いているようだ。
「…いいの?」
「もちろん。行こう」
そう言って学食に向かおうとした時、
「ちょお〜〜〜っと待ってくださいよ〜〜」
遠くの席で矢口と一緒に弁当を広げていた吉澤が声をかけてくる。
「どぉ〜して、そんな二人見詰め合って〜〜!!」
つかつかと近寄ってきた。
「いや、別に見詰め合ってはいないけど…なに?」
僕は素直な感想を言ってみた。
「吉澤が案内します」
「…なんで?吉澤弁当なのに」
「いいから!これはクラス委員長の私の仕事なの!」
…よくわからない理由を述べる吉澤。
「じゃあ、オイラも行くぅ〜〜!!」
遠くで手を上げて言う矢口。
(…なんでそうなる!?)
僕は頭の中でつっこんだが、もう矢口と吉澤の中では決定事項のようだった。
「いいじゃない。ご飯は大勢の方が楽しいわよ」
圭ちゃんが言った。矢口と吉澤は弁当を包んで持ち運べるようにしていた。世間話なんかしながら学食に着いた。
昼休みの学食は戦場だ。料理の受け渡し場所には山のような人だかりがある。
毎日、これの中から昼飯を調達しなければならないと思うとそれだけで鬱になる。「へへん。じゃ、素人の君らにオイラがお手本を見せてやるかな」
「…お前弁当だろ?」
「いいじゃん。せっかくだから温かいもんが食べたいんだよ!」
そう言って矢口は手に数枚の硬貨を握った。
「まず、欲しい食べ物の料金ちょうど握る。そして比較的、人の少ない所
をにメボシをつけおもむろに……」
矢口は言葉をためる。「特攻!!」
矢口はむしろ体当たりと思えるようなスピードで人だかりに突っ込んでいった。
体の小ささも手伝ってか、すぐに見えなくなった。それから程なくして声が聞こえてきた。
「おばちゃ〜ん!ミニ焼きそば大至急!おばちゃんおばちゃん!!お姉さん?…ババア!!」
多分学食のおばちゃんもたくさんの生徒相手で忙しいのだろう。
矢口は注意を自分に向けようと必死のようだった。
それから程なくして制服と髪形をもみくちゃにされた矢口が人だかりから出てきた。「へへ…見ろ。素人ならゲットするのに10分はかかる所をたった一分でゲット!」
ボロボロになった矢口は得意そうに言った。「駄目だなあ矢口さんは」
吉澤が鼻で笑った。
「なにい!?」
「もっとエレガントにいきましょうよ。原始人じゃあるまいし」
そういうと吉澤は少し離れた場所にある麺類:うどんのコーナーに向かった。
「へん。お手並み拝見といこうじゃないか」
そう言って矢口はミニやきそばを持ったまま腕を組んだ。
麺類:うどんコーナーはそれほど人気が無いためか人だかりという程の人はおらず、
他に比べて比較的列になっている。それに吉澤はさりげなく近づき…スイッと前から
三番目あたりにさも当然のように割り込んだ。あまりにも堂々とした割り込みなので
前の人も後ろの人も気付いていないようだった。そしてまんまとうどんを買って戻ってきた。
「どうですか?」
「き、汚え!卑怯だぞ!」
矢口は文句を言った。
「なんで?誰の気分も悪くせず、自分も一切のダメージをうけずに決める。それが知略よ」
「く……でもミニやきそばの方が人気の一品なんだぞ!」
「うどんは日本の心よ!」
二人はなんの利益もない口喧嘩を始めた。そこへ圭ちゃんがなにかを持って帰ってきた。
圭ちゃんの持ってたのはカレーの皿だった。
「…な!?人気の集るカツカレーをこんな短時間で…!!」
矢口が驚愕の表情を浮かべた。
「ば、馬鹿な!カレーコーナーはあまりにも大量の人のため矢口の技もあたしの
技も通用しないはず……一体どうやって!?」
吉澤が補足する。「…ん?前の方の人に『ついでに買って』って言ってお金渡しただけよ」
「「ガガーーーーーーン!!」」
二人は同じリアクションをした。
「……負けだ。完全にオイラの…」
「…かっけー……」
そう言って二人は肩を落とした。「もういいよコントは。さっさと食べよう」
そう言って僕は自分の食べたかったパンを買ってから適当に席を見つけて座った。
「キャハハハ!いただきま〜す!」
「…しまった。何も考えずうどんを買ってしまった…」
二人も食堂のテーブルに弁当を広げた。「ところでさ、保田さんはどっから来たの?」
矢口がやきそばを食べながら聞いた。
「ん…圭でいいよ」
圭ちゃんが口の中のものを飲み込んでから答える。
「おっけー。圭ちゃんは何県から来たの?」
「同県だよ。ただとんでもなくど田舎でこっから三時間以上かかっちゃうけど」
「あ、そうなんだ。ふ〜ん」
矢口はこの後もガンガン質問していた。だが吉澤は何故か黙っている。
いつもはもっとドンドン喋るタイプなんだけど…人見知りでもしているのだろうか。
なぜかチラチラこっちを見たり圭ちゃんを見たりしている。
「どうした吉澤?」
僕は小声で聞いてみた。
「…あ、いやなんでもないっす」
と答えたが何か違和感を感じた。「ところで君達ってずっと仲良かったの?」
ふいに圭ちゃんが聞いてきた。
「ん〜。中学からの腐れ縁だね〜。中1からずっと同じクラスなんだよね何故か」
矢口が言った。
「適当に言うなって。中1の時僕と矢口、中2,3は僕、吉澤。で、高校に
なってから三人同じクラスになっただけだろ。同じ中学出身が三人だけだった
から同じクラスにされたんだよ、多分」
僕が訂正した。
「あ〜…そうだったっけ?」
矢口はまたしてもとぼけた。「ところで…さ」
矢口が遠慮がちに切り出した。
「なんで、その…二村の家に居候してるわけ?」
「ん?だから受験のためだってば」
「そうじゃなくて!どういう関係なの?親戚?」
……そういやそうだ。僕はその事について全く質問してなかった。
「ううん。うちのお母さんと二村君のお母さんが親友同士でさ。市内の受験を考えてる
って言ったら『是非うちに来て』っておっしゃってくれて……」
「あっ、そうなんだ、ふ〜ん。ところでご趣味は?」
矢口は不自然に話をすりかえた。…多分この話が僕に事故の事を思い出させると
思ったのだろう。
「趣味?う〜ん…なんだろ…カラオケかな?」
「あっ!矢口も大好き!!今度一緒に行こうよ!!」
その後も昼休みが終るまでずっと二人で話し合っていた。すっかり打ち解けたようだった。…だが吉澤は最後まであまり喋らなかった。
午後の授業もあっという間に終った。
帰りのホームルームもすぐに終わり帰ろうとしていた時、圭ちゃんがこっちに来た。
「…どうしたの?早く帰ろう」
僕が話し掛ける。
「あのさ、制服作りにいかないといけないんだけど今日暇ある?」
圭ちゃんが聞いてきた。…当然暇な僕は二つ返事で同行を引き受けた。
「服屋さんどこにあるかわかる?」
「うん。地元の駅前にあるよ」
圭ちゃんと会話をしながら校門をくぐる。
「真里ちゃんていい子だよね」
「うん。たまにちょっとうっとおしいけどね」
そんな事を話していると少し向こうに吉澤の姿が見えた。
僕達の姿を確認するとタタタッと逃げていった…かと思うといきなり振り返り
ビシッ!とポーズを決めたタップのような変なポーズだった。
「…なんだ?」
僕は訳がわからなかったが圭ちゃんはくっくっくと笑いをこらえていた。近所の駅に着く。目的の服屋さんはもうすぐ近くだ。
この町で17年間暮らしただけあってこの商店街には知り合いが多い。
…それが三ヶ月間家から出たくなかった理由でもあるのだけど。
僕達は『ピュア』という店の前で足を止めた。
「ここだよ」
「…なんかいいとこっぽいね。制服なんて扱ってるの?」
「うん。理由は知らないけど」
店に入った。
「…いらっしゃ〜い。…あら和也君…久し振りね」
「ご無沙汰してます。式の時はお世話になりました」
「…いいのよ。そんな事気を使わなくて。元気そうでなによりだわ」
石黒さんは、ただそう言った。「ところで、今日は何?あら、誰その女の子?」
圭ちゃんに気付いたようだった。
「保田圭っていいます。初めまして」
圭ちゃんが素早く挨拶する。
「…ほほ〜……そりゃ元気にもなるわけだ」
「…多分勘違いしてますよ」
「いや、まあ詳しくは聞かないけどさ。で、どうしたの?その子に服でも
プレゼントする気だったりする?」
石黒さんはいたずらっぽい目で聞いてくる。
「違いますって、制服お願いしたいんですよ。うちの学校の。ありますか?」
「制服?こんな季節に?まあいいわ。もちろんあるわよ」
「じゃあよろしくお願いします」
「はいよ。じゃあ丈合わせるからちょっと来て」
「はい」
圭ちゃんが答えた。圭ちゃんと石黒さんは店の奥に消えた。…数分後
「お待たせ〜。よくある体型だったからちょっと裾直すだけですんだわ」
そう言いながら石黒さんが出てきた。その後に続いて圭ちゃんも出てくる。
「…………………」
…可愛い。
今まで他校の制服を着てた圭ちゃんがうちの制服を着ているのは多少の違和感が
あったが、それを差し置いても充分可愛かった。「なに初めてウェディングドレス見た新郎みたいになってんのよ」
石黒さんが声をかけてきて僕は正気に戻った。
「いや、別にそんな事は」
あたふたと言った。
「ふ〜ん…ま、いいけど」圭ちゃんが支払いを済ませ、僕達は店を出る。…僕はちょっと小腹が空いていた。
「お腹空かない?」
先に圭ちゃんが聞いてきた。タイミングばっちりだと思った。
「空いた。そうだ、この近くにおいしい店あるんだよ」
僕は彼女をそのひいきの店に案内する事にした。「…ここだよ」
その店はずっと昔からお世話になっている『安倍精肉店』だ。
「………………」
圭ちゃんは何故かがっかりしているように見えた。
「…どしたの?」
「いや…うん。そうよね」
圭ちゃんはなにやらよくわからない返事をした。
「…?ここのメンチコロッケは最高なんだよ。すいませ〜ん!」
僕は店の奥に向かって声をかけた。「おお〜!和也君でねえべか!元気してたか、お〜?」
店の奥からカッポウ着を着た人がドタドタと走りよってきた。
「安倍さん…お久し振りです」
この店の看板娘の安倍なつみさんだ。その豪快で誠実な性格と端麗な容姿
で誰からも好かれている。近所以外の人までもマメに買いに来る程だ。
「なっちでいいっつってるっしょ!って言っても無理べか。もうず〜っと呼んで
くんないもんなあ……」
安倍さんは嘘泣きをする。
「え〜とメンチコロッケとメンチカツ二つずつ」
「泣いてるなっちは無視だべか?」
顔を上げてハハハハ、と笑う安倍さん。
「ほい!じゃがバターおまけしといたべさ!」
安倍さんは紙袋を僕に渡してくれた。僕はお金を払い、礼を言う。
「ありがとう。ところあの二人は?」
「ののとあいだべか?まだ学校から帰ってきてないっしょ」
ののちゃんとあいちゃんというのは安倍さんのちょっと年の離れた妹達だ。
「…あの二人も和也君の事すごく心配してたべさ。今度ちょっとでいいから
顔見せてやってくれだべ」
安倍さんは静かに言った。
「…はい」…僕はあんな小さい子にまで心配かけていたのか…駄目な奴だなあ。
「じゃあ、またくるべさ〜!」
安倍さんは去っていく僕達に遠くから声をかけてきていた。
「ふふ、おもしろい人ね」
「でしょ?はいメンチコロッケ。食べてみ」
「ん…」
圭ちゃんはちょっとためらっていたが思い切ってかぶりついた。
「…どう?」
「おっいしぃ〜〜!!」
圭ちゃんは大げさとも見れるリアクションをとったがそれは大げさではなく、
事実このコロッケはうまいのだ。
「でしょ」
僕は嬉しくなって声をかけた。その後、商店街の色々な店を紹介しながら家に帰った。
夜。僕は夕食の後(夕食はさっきのメンチカツと卵だった)必死で勉強していたが
もういい加減くたびれた。…ベッドに横になり今日の出来事を振り返る。
……みんないい奴等だよな…
矢口も見かけによらず優しい奴だったし。
吉澤はずっと丁寧にノートをとり続けていてくれたし。
(吉澤のノートの中には『要ちぇきらっちょ!』だの『テストに出そう!!』
等の書き込みがあった。それは実際すごく助かった)
安倍さんも石黒さんも…なんで僕は三ヶ月間も家にこもっていたんだろう。(でも…圭ちゃんには参ったなあ……いきなりばらしちゃうんだもんな)
それもクラスの拡声器と言われる矢口に。まあ、お蔭でクラスの奴らはその事ばっかりで三ヶ月前の事故のには触れられなくて
助かったわけだけど…………!!僕はガバッとベッドから身を起こした。
(そうか…それで圭ちゃんあんな事を……僕にその話題が振られないように…)
今さらやっと圭ちゃんの心がわかった。(…明日礼を言おう。多分とぼけられるだろうけどそれでもいいんだ…)
僕はベッドに倒れこんで目を閉じた。
『保田圭がそばにいる生活』 第一話 終