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ど素人 投稿日: 01/10/23 09:21

圭ちゃんが来てからもう一週間が経とうとしている。

圭ちゃんは少しずつクラスになじんでいき、今では結構な数の友達もいる。
それでもいまだにお昼は矢口、吉澤と食べているのだけれど。
(クラスの可愛い子を三人も独り占めしている僕は少しクラスで肩身が狭くなったが)
家の暮らしの方も随分慣れて来た。最初の方はお互いが沈黙に耐えれず、逃げ回ったり
していたが、今ではお互い冗談を言ったりできるようになった。

「和也く〜ん!早くしなさ〜い」
玄関で僕を待っている圭ちゃんからお呼びがかかる。
「はいは〜い」
僕はカバンを持って玄関に走った。
「まだ、大丈夫だってば」
「いいから!一本早いバスにしたらそれだけで随分空いてるでしょ!」
わめき散らしながら僕達は停留所に向かった。

「じゃあ教室でね」
学校の校門まで着いた時圭ちゃんは教室とは別の方向に歩き出した。
「あれ?どこいくの?」
「花壇にお水あげてくるの」
「ああ…今日、花係なんだ。ついていこうか?」
「大丈夫よ。じゃあまた後でね」

圭ちゃんと別れて僕は教室に向かった。

その二人を遠くで見ている影があった。

「あれよ。噂の悲劇のヒーローっての」
一人の少女がもう一人の少女に話し掛ける。かなりの美少女だった。
「……ふぅん」
その少女は興味なさそうにスカートのポケットからタバコを取り出す。
「何よ?ごっちんが教えてって言ったんでしょ?」

「…悲劇のヒーローを影で支えるヒロイン。…いいと思わない?」
カチンッとジッポライターのふたを開けてタバコに火をつける。
「後藤…?あんたまさか……」
「協力してくれるよね?」
「…駄目って言ってもさせるんでしょ?」
その少女は諦めたように言った。後藤と呼ばれた女はフフッと笑っただけだった。

「楽しくなりそうじゃない?」

後藤はペロリと唇をなめた。

授業は問題なく進んでいく。最近はやっと授業に追いついてきた感じがする。

二時間目の後の休み時間にクラスメイトから声をかけられた。

「和也、ちょっといいか?」
「…アキヒト?珍しいね僕に用事なんて」
彼とも1年の時から一緒なのでお互い会話をした事くらいはある。
軽音部に所属している岡野アキヒトだ。
「ここじゃちょっと。屋上行かねえ?」
「いいけど?」
僕は何故ここじゃ言えないのだろうと思ったが素直に従った。

「…なあ、お前保田さんとはどういう関係なんだ?」
屋上についたアキヒトは開口一番そう言った。
「…は?」
質問の意図が理解できず、まぬけな声を出す。
「保田さんだよ。一緒に暮らしてるってのは知ってる。でもその他には?」
彼は食いつくように聞いてくる。
「お、おい、ちょっと待ってよ。何が言いたいんだ?」
「一目惚れだよ完全に」

彼は再び僕を理解不能に落としいれた。

「…アキヒト?」
「転校初日からいいな、って思ってたんだよ。でも一緒に暮らしてる男がいるなんて
 いうから諦めるつもりだった。でも…」
彼は止まらない。
「おい!僕と圭ちゃんはそんなんじゃないぞ」
僕はアキヒトの言葉を止める。
「…でも好きなんじゃないのか?」
真剣な目で聞いてくる。
「…居候だよ。ただの」
僕の胸は何故かチクリと痛んだ。
「そ、そうなのか!」
逆にアキヒトはホッとしたような表情を浮かべた。
「俺、今日花壇で保田さんに会ったんだよ。あんな楽しそうに花に水やる子なんて
 初めて見たよ。俺がギター弾いたときもキャーキャー騒がず本当に演奏を楽しんで
 くれてて……そんな保田さん見てたら俺もう押さえがきかなくなっちまった」
アキヒトの目に決意がみなぎっていた。

「俺、今日保田さんに告白する。いいよな?」

アキヒトはそう宣言した。

…全然授業に集中できない。昼食の時も全然うわのそらだっため、
矢口に何度もつっこまれてしまった。

(アキヒトかあ…いい奴だしなあ…)

アキヒトは今日の放課後に裏庭の花壇の前で圭ちゃんに告白したい、と言った。
彼に協力を頼まれた僕は(断るのに確固たる理由が無かった)
花係の圭ちゃんを置いて先に学校を出る。という事になった。

(…もしも…もしも圭ちゃんとアキヒトが付き合い始めたら家を出て行くのだろうか?)

多分、出て行くんだろう。もし僕に恋人がいたとして、クラスメートの男と
一緒に暮らしているなんて耐えられるはずがない。

(もう終ってしまうのかな。いや、それが普通なんだ)

どうしても陰鬱な気分になってしまう。僕にとって圭ちゃんはすでに結構重要な
ポジションにいたらしい。

…最後のホームルームが終わり、ついに放課後になった。

僕は憂鬱な気分のまま玄関に差し掛かる。約束通り今日は一人で帰るつもりだった。
「…ちょっとごめんなさい?」
一人の女生徒が僕の前に現れた。女の子にしてはけっこう身長が高い。
矢口なんかと比べたら二十センチ位違うのではないだろうか。
「なんですか?」
「あなた、二村和也君よね?」
「そうですけど」
身長は僕の方が少し高いはずなのになぜか威圧されてるような感じがする。
「ちょっと用事があるのよ。一緒に来てくれない?」
いつもの僕なら断る理由がないという理由?でほいほいついていくところだが
今日は色々あって気分がすぐれないので断ろうとした。
「断ろうとしたでしょ?」
その女の子に先手を打たれた。
「な、なんでそう思うんですか?」
「なんでってりんごが赤いのに理由なんてある?とにかく断ろうとしても無駄よ?
 私、飯田圭織。カオリンって呼んでくれてもいいよ」
なにやら意味のわからない会話を展開する女の子。

ほぼ強引に同行を決められてしまった。

「カオもね〜色々あるんだわ…」
さっきから後ろを追う僕の方を振り返りもせず意味不明な会話をしている。
失礼な話だが僕はちょっと恐怖を感じていた。ひょっとして『オカルト部』なんて
たぐいのサークルにでも誘われるのではないだろうか?
「ああ〜カオはそういう事やんないよ〜」
とまたしても会話を先取りされてしまう。全然説得力がない、と思った。
「…カオって変?」
急にグルリと頭だけこちらに向けて真剣な表情で問う飯田さん。
(例のディレクターズカット版が最近ビデオになった映画にそっくりだった)
「い、いえ、そんなことないですよ」
「うう〜…まあいいけどさ。こっちよついてきて」
彼女は校舎を出て裏庭にまわった。まずい、こっちの方角は……!

「あ、あの飯田さん?ちょっと都合があって花壇の方には行けないんですけど…」
「カオリンって呼んでよ。大丈夫よ、逆方向だから」
相変わらず振り向かずに答える彼女。だが確かに校舎の逆周りの方角に歩き出した。
「…それで、なんのようなんですか?」
「いいからいいから」
彼女はどんどん進んでいく。ついに校舎を挟んで花壇とは逆側の校舎裏まで来てしまった。

「ハ〜イ。とうちゃ〜〜く」
どこまでいくんだろう、と思っていた時に飯田さんは足をとめた。

「…なんですかココ?随分と寂しい所ですけど…」
「ん〜!にっぶいなあ!放課後に呼び出しとくりゃ喧嘩かアレでしょうに!」
飯田さんは近くにある木を指差した。今気付いたがその木の後ろに誰かいるようだった。
「じゃ、そういう事でカオ帰るね〜」
「は?飯田さん!」
呼び止める声も無視して飯田さんはとっとと来た道と同じ道を帰っていった。

(なんだそれ?)

僕の頭にはいまだにハテナマークがグルグルまわっていた。
「あの…」
後ろから声がかかる。女の子だったようだ。
「……なんですか?」
この子には見覚えがある。確か今年の初めに新入生で飛びぬけて可愛いと噂されていた子だ。
確か名前は……

「……後藤…真希さん?」
「わ、私の事、ご存知だったんですか!?」
その子は顔を真っ赤にて言った。

「あ、うん。名前だけだけど」
近くで見たことはなかったが噂以上に可愛い。これはもう芸能人級だろう。
「あ、あの、その、あの」
うろたえている彼女はさらに可愛らしくみえた。
「…君もあの飯田さんとかいう人に連れてこられたの?」
「ち、違います!飯田先輩に二村先輩を呼んでもらったんです!!」

…僕を?

「あの…二村先輩って……彼女いるんですか…?」
おずおずと聞いてくる。
「…………………」
(まさか、これはひょっとして…)
「い、いますよね。いつも可愛い人達三人とご飯食べてますもんね…」
「…いや…あれはそんなんじゃないけど…」
(やっぱり…)
「そ、そうなんですか!?じゃあ、その、もしよければですけど、私と…」

(…告白されているのか?)

「付き合っていただけませんか?」

…遠くでキーンコーンカーンコーンというベルの音が響いていた。

「…………………」

チャイムが鳴り終わった後も沈黙は続いた。
僕は正直戸惑っていた。僕は誰かに告白された事なんて今までなかったし。

…しかもこんな可愛い子から告白されるなんて…

…でも。

「…あの、後藤さん」
僕の声にビクッと体を震わせる彼女。
「…僕は、その、僕は…」
「あ、あの!!」
彼女は突然大きな声を出した。
「あの!明日ここで待ってます!ずっと待ってます!!」
僕の返事を今聞くことが怖いのか、後藤さんはまくしたてるように言った。
「さ、さよなら!…じゃなくて、また明日!…で、でもなくて…あの…」
さらにうろたえまくっている彼女は何故か子犬を連想させた。
「それじゃ!」

彼女はそれだけ言うと駆け足で去っていった。

「…………………」

チャイムが鳴り終わった後も沈黙は続いた。
僕は正直戸惑っていた。僕は誰かに告白された事なんて今までなかったし。

…しかもこんな可愛い子から告白されるなんて…

…でも。

「…あの、後藤さん」
僕の声にビクッと体を震わせる彼女。
「…僕は、その、僕は…」
「あ、あの!!」
彼女は突然大きな声を出した。
「あの!明日ここで待ってます!ずっと待ってます!!」
僕の返事を今聞くことが怖いのか、後藤さんはまくしたてるように言った。
「さ、さよなら!…じゃなくて、また明日!…で、でもなくて…あの…」
さらにうろたえまくっている彼女は何故か子犬を連想させた。
「それじゃ!」

彼女はそれだけ言うと駆け足で去っていった。

…なんていう偶然なんだろう。

ちょうどこの校舎の反対側では圭ちゃんが告白されているのだ。
そう思うとさっきまでの高揚した気分はたちまち沈む。

(圭ちゃんはどうするのかな…)

圭ちゃんだって高校生だ。男女交際にだって興味あるだろう。その相手としちゃ
アキヒトは最高の相手かもしれない。結局は選ぶのは圭ちゃんなんだけど。

(もし圭ちゃんが付き合うのに僕が重荷になるような事があったら…)

…それは嫌だ。重荷になんかには絶対になるわけにはいかない。

僕は圭ちゃんから早く自立しないといけないんだ…

でも…

結局答えは出なかった。

その日の夜。僕達の食卓は静まり返っていた。
テレビのニュースキャスターは淡々とニュースを報せている。
『ピッ』
圭ちゃんがテレビを消した。

「あ、ごめん見てた?」
「いや…構わないよ」
白々しい会話。
「そういえば今日矢口がさぁ〜〜!」
突然口調を変え明るい話題を持ち出す圭ちゃん。
「でさ…なのよぉ〜。それにさ〜!そんで…」
会話が断片的にしか聞き取れない。
「和也君…聞いてる?」
心配そうに僕の顔を覗き込んできた。

「…圭ちゃん」

「な、なによ…急に真剣な顔しちゃって…」
「僕らってなんなんだ?」

僕は一番聞きたかった事を聞いた。

「初めて会っていきなり同居。でも知り合いでもなかったし、友達でもなかった。
 今も一緒に暮らしてるからっていって恋人同士でもない。…僕らってなんだ?」
僕は一息に言った。
「……………………」
圭ちゃんは何も喋らない。
「…もし圭ちゃんが同情だけで僕と暮らしてるっていうのなら、僕になにができる?」
「……………………」
「圭ちゃんが好きな人が出来た時に僕はなんて言えばいい?」
「……………………」
再び静寂。それを打ち破って圭ちゃんが言った。
「…もし私が好きな人…っていうかちょっと素敵だな、って思う人が出来たって
 言ったら…どうする?」

この言葉で僕の心の中で一つの結論が出た。

「…アキヒト、だろ」
「…!!知ってたの!?」
圭ちゃんの大きい瞳がさらに大きくなる。
「…今日、僕先に帰ったろ。アキヒトに頼まれたんだよ。二人きりにしてくれって」
「…ちょ!ひどいよそういうのは!!」
圭ちゃんは声を荒げた。

「でも、アキヒトはいい奴だったろ?」
「そうだったけど!…和也君勘違いしてるよ。あたしはそんな…」

「圭ちゃん」

僕は彼女の言葉を遮った。
「僕、今日1年の子に告白された。多分、付き合う」
圭ちゃんの表情が固まる。
「だから圭ちゃんも自分の事だけ大切に考えてほしい」

僕はそう言い切った。

圭ちゃんは少しの間動きを止めてしまっていたがすぐにいつものように戻った。

「…そ、そうだよね…私達別に付き合ってるとかそういうんじゃないもんね…」
圭ちゃんはガシャガシャと食卓の食器の後片付けを始める。
「うん。和也君、ありがとう。和也君も頑張ってね」
「……………………」
「さあ〜、忙しい忙しい!」
そう言った圭ちゃんはキッチンの方へ引っ込んでいった。僕も部屋に戻る。
「…おやすみ」

…これで、よかったんだよな…

その晩、全く勉強ははかどらなかった。

「おい!お前1年の後藤に告白されたって本当か!?」

翌日、教室に入るなり一人の男子生徒から声をかけられた。
「…なんで知ってるの?」
「マジなのかよ!?お前今、学年中の噂になってるんだぞ!」
「はい?」
「はい?じゃないよ!吉澤と矢口に続いて後藤にまで手ェ出しやがって!」
その男子生徒はふざけてボディブローを何発もくらわせてきた。
「で、どうすんだよ?後藤と付き合うのか?」
別の男子生徒が遠くから聞いてくる。
「…うん。そのつもりだけど」
「かぁ〜!うちのクラスの綺麗どころ二人をふっておいて学校のマドンナと付き合う気か!
 何様だお前!?」
「矢口と吉澤は俺達に任せろ!」
それぞれが好き勝手な事を言っている。そこにちょうどアキヒトが入ってきた。
「よう。聞いたぜ?後藤に告白されたんだって?」
「うん…」
「…ま、頑張れよ…あいつは結構なじゃじゃ馬だぜ」

…?全然そんな感じしなかったけど…

「ところで保田さんは一緒じゃないのか?」
アキヒトが教室を見回す。
「…ああ。今日は先に出てきた」
「…そうか」
それだけ言うとアキヒトはギターだけ持って教室から出て行った。多分朝練なんだろう。

バーン!と教室の扉が勢いよくひらいてなにかが飛び込んできた。
「お前1年の後藤と出来てるって本当かあ!?」

「…お前なんで聞いた噂を即座に飛躍させるんだ?」
僕は疲れたように言った。相手はもちろん矢口だ。
「うるさいっ!そんなことどうでもいい!本当なの!?」
矢口がほえる。
「…本当だよ。出来てる、じゃなくてまだ告白されただけなんだけど」
「…付き合うの?」
「…そのつもり」

「………なんでだよ」
「…矢口?」
「なんで後藤なんだよ?」
「…………………」

(よっすぃ〜の気持ちはどうなるんだよっ!この、この愚鈍野郎〜〜!!)
矢口はそう叫びたいのを必死にこらえ、ただ走って教室を後にした。

「…なんだ?」
いきなり教室を飛び出した矢口に僕はあっけにとられてしまった。