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我輩は犬である。 投稿日: 01/12/24 17:19

オレの名前はアレックス。ジャーマン・シェパードだ。
今日は平日。天気も良い。
犬の訓練師のご主人は今日は仕事が休みなので
近所の公園に散歩に連れて来てくれた。

暖かい陽だまりの中公園の中にはあまり人も居ないので
のんびりした空気が漂っていた・・・
公園の片隅では、なにやら撮影しているみたいだ。
ご主人様はあんまり、そういうのは気にしないタイプなので
そこを避けるように方向を変えた。
「アレックス。ちょっとトイレ行くから待っててくれ。
それとあそこのコンビニに買い物も行くから10分ぐらいかな。」

と言い柵にリードを結びつけた。
留守番は慣れている。それに暖かい陽射しは気持ちがいいので
伏せの状態で少しまどろんでいた。
「お留守番れすかぁ?」
片目を開けると小さな少女がしゃがんでこっちを見つめていた。
「おなまえは?あたしはののれす。」
・・・普通に話し掛けてきたこの少女は訓練されている自分の
ココロの中にスッと入ってきた。
だが、自分には自分の名前を告げる術が無い。
そんなことを見透かしているようで少女は
「おなまえなんていいのれす。おりこうさんれすね。
ののは、すこし疲れたのでぬけてきたのれす。わるいコれす。」

なぜかこの少女には凄く引かれて気がつくと
ご主人様以外には振ったことの無い尻尾がパタパタ動いていた。
「おやつたべますか?」と言い少女はビスケットを差し出してきた。
ご主人様以外からは食べ物を貰わないように躾された自分は食べなかった。
「食べないのれすか?いけないって言われてるの?
えらいね〜。ののは、いけないとわかってても食べてしまうのれす。」
ふとさっき撮影していた方向を見ると何人かがざわついている。
どうやら人を探しているらしく、ドタバタ走り回っている。
少女はその様子を慌てているような、それでいて楽しんでいるような目で
見つめていた。
「のののこと探してるんれすよ〜。わかる?」
言われなくてもわかっていたが、ペロっと舐めてあげた。
少女は物凄く喜んで抱きついてきた。
・・・気がついたらいつもは待っているときは伏せなのに
座っている自分が居る。尻尾まで振って・・・

「ののはお仕事すきなんれすけど、一人だとさびしいのれす。
わんちゃんはさびしくなぁい?ののはあいぼんとかいいらさんとかと
仕事している時は楽しいのれすけど今日は一人で撮影だから・・・」
そういいながらまた強く抱きしめてきた。
「ねぇわんちゃん。ちょっとののと一緒に冒険しない?」
・・・困った。そんなことできるわけない。
ただ少女は今にも自分を連れ去ろうとしていた。
「あ。あなたアレックスっていうんれすね。ののにはわかるのれす。」
この少女何者だ…
「さてこれからののと行くのれす〜」と声を張り上げて飛び上がった。
やば,この子・・・あ!
ご主人様が帰って来た!姿勢を変えてご主人様を見ようとして立ち上がったとき

キィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ご主人様が車とぶつかった。
少女は瞬間を見たんだろうギュッと抱きしめたが
私は全身の力でリードを引き千切りご主人様の元へ向かった。
「・・・アレックス。待たせて・・・」
と言うと急に動かなくなった。
顔を舐めても動かない・・・
あんなに優しかったご主人様が動かない。
あの暖かかった手が血で汚れている。
一生懸命舐めても頭やいろいろなところから血が出ている

いつも散歩の途中で飲ませてくれるミネラルウォーターのボトルなどが
転がっている。

気がついたら人だかりができた。
私のご主人様は、なにやら車に運ばれて行ってしまった。
自分はどうする事も出来なくご主人様が結んでくれた
場所に戻りまた伏せのまま待つことにした。
わかっていた。ご主人様が死んでしまった事ぐらいは。
だけど、今はここで待つことしか出来なかった・・・

そんな私を少女が
「あの人が飼い主さんれすか?かわいそうに・・・
無事だったらいいけど、もし何かあったらほかに家族はいるのれすか?」
自分には、ほかに家族が居ない。これからどうしよう。
「ののはこれからお仕事するからもし良かったら
ののとくらしませんか?OKらったら待っててくらさい。」
と言うと走って行ってしまった。
ご主人様を亡くしてしまった今あの少女がご主人様に・・・
しかし、これはご主人様を裏切ることになるんだろうか?
現実問題、飼い主が居ない犬はこの世界では
生きていけないことぐらいわかっている。
思い悩んでいたら薄暗くなっていった。
あの少女は果たして戻ってくるのであろうか?

ののは、あのわんちゃんと暮らすのれす〜〜」
公園の柵の所に伏せしている犬を指差しこう言った。
マネージャーは「ちょっとそれはムリなんじゃないの?」
辻は今は実家を離れ事務所で借りているマンションで
一人暮らしをしていた。
「ただでさえ今一人暮らしで大変なのに犬なんて・・・
散歩とかできないじゃない。」
「アレックスは、のののボディーガードになるのれす。」
「アレックス?」マネージャーは首をかしげた。
「何、勝手に名前まで付けて」
「勝手に付けてないのれす。首輪に書いてありました。」
「・・・はいはい。でもアレックスが、なつくかな?
あんな大きな犬が暴れたら大変だよ。」
「ののは力持ちれす。それにアレックスは良い子だから
大丈夫なのれす。」

半ば、あきらめ顔でマネージャーは
「それじゃ。それとちゃんと世話する事。
もちろん自分の事もしっかりね。ダイエットもしなきゃだぞ。」
「へい。もちろんです。これからはお仕事終わったら
アレックスとジョギングしてダイエットするのれす〜」
マネージャーは新メンバーが入ったモーニング娘。の辻のポジションが
今までお子ちゃまキャラ脱却&後輩の世話をする立場に役が立つかもしれない
と期待をした。

あれからどれくらい経ったのだろうか・・・
昼間の暖かい陽射しは消えてなくなり薄暗くなっていた。
これからどうすればいいんだろう?
少女は本当に来るんだろうか?
もし来たら、自分は少女を一生守っていこう。
この前のように悲しい思いはしたくない。
もし来なかったら・・・
一生ここに居てご主人様の元へ行こう。
ご主人様は怒るだろうな。
前から「お前は長生きしてこの世の為になるような
立派な犬になるんだぞ。」って言われてたし。
・・・!誰か来る。
あのなんだかやさしい匂いはさっきの少女だ。

「あ〜〜よかった。待っててくれたのれすねぇ〜」
抱きしめられた時に、ふと自分の使命はこの少女を
守る事なのでは?と思った。
いや、そうだろうと確信した。
「アレックス帰るぞぉ〜!今日からののがご主人様だぞぉ〜
えっへん」
よし!これからこの少女がご主人様だ!「わぉん」
少女はうれしそうに目を輝かしてる。
少女の左側にピッタリついて一緒に歩く。
これから何があってもついて行く。
車に乗り込む。
ご主人様の足元に伏せして待つ。
「あら。このわんちゃんおりこうだ。
ちゃんとおとなしくして伏せするの?」
とマネージャーが言うと
「えっへん。アレックスはおりこうさんなのれす〜」
と、何故か鼻高々なののであった。
車の中ではご主人様は何人かの人といろいろ話しをしていた。
だけど、左手は常に自分の頭を触ってくれてた。
それだけで凄く幸せだった。

しばらくすると、車は止まりマンションの前に止まった。
ドアが開くとご主人様は「ふぅ〜。おつかれさまれした〜」
と、大きな声で車の人に声を掛け
「アレックス。ここが新しいお家なのれす〜」
と言って、降りるように促した。
車から降りるとご主人様はマンションの方に向かって歩いていくので
ついて行く。
と思ったら、急に足を止めた。
「・・・・・・・・アレックスのゴハンどうしよう。
なんにもないや。ののの食べるものって犬にはいけないんだよね。」

「よっしゃぁ!買いに行きまっしょ〜」
と言って切れたリードを持って車が去っていった方向に歩き始めた。
「あそこの角曲がったらお店があるのれす」
店に入るとご主人様はあたりをキョロキョロしながら
迷っていた。「いろいろあってどれがアレックスのゴハンかわからないのれす」
「アレックスどれ?」
いつも前のご主人様がくれてた物はわかっている。
だからその袋の前に行って鼻でその袋を突っついた。
「ん〜〜、これですね。アレックスは何でもわかるいい子れす〜」
と言いながら抱きしめ頭をなでてくれる。
うれしくて尻尾を振りながら顔を舐める。
そんな二人を周りの人たちが微笑んでいる。

買い物を済ませてマンションに戻ると
まず玄関で「ちょっと待っててくらさいねぇ」と言ってから
ドタバタと家の中に入り小さなかわいい濡れたタオルで自分の手足を
拭き始めた。小さな手で優しく丁寧に・・・
拭き終わると「お腹すいたれすね〜」と言いながら
食餌の用意をしてくれた。
「これから のののゴハン作るから先食べてていいですれすよ〜」
と言いながらピカピカの食器に先ほど買ったばかりのドッグフードを入れてくれた。
だけどご主人様が食べないのに自分が先に食べるわけにはいかないので
待っていたら、「あれ?食べないのれすか?具合わるいの??」
「・・・もしかしたら?のののこと待ってるのれすか?」
ご主人様は、不思議と自分の気持ちを自然に汲み取ってくれる。
うれしくなり尾を振ると「やっぱりそうなのれすね〜
わっかりやした、一緒に食べるのれすぅ〜ちょっと待っててくらさいね」
そう言うと小さなからだがチョコチョコと動き回りながら
それでいてテキパキと食事を作り始めた。
小さな手で器用に包丁を使い、見ているだけでとても楽しい。

しばらくすると「じゃ〜ん、完成。一緒に食べましょぅ」
と言うと小さなテーブルに自分の食事と共にドッグフードを
一緒において床にペタンと座った。
「お待たせしました。いっただきます〜」
大きな声で言い終わると食べ始めた。
もちろん私も食べ始めた。
食べている途中でご主人様を見ると
私をうれしそうに見つめていた。
「おいしいれすか?食べてくれなかったら
どうしようかと思ったれす。」
と少し涙を浮かべていた。
感謝の気持ちを舐めたり尻尾を振ることでしか
表現できない自分は少し戸惑ったが
ご主人様の顔を舐めると満面の笑みが見られて満足だった。

食事が終わると鼻歌を歌いながら時折、ステップをしながら
食器を洗い片付けている。
「それでは、ののはお風呂に入ってくるのれす。」
と言いながら風呂場に向かった。
必ずご主人様は何をするにも自分に教えてくれる。
そんな優しさが、うれしくあの事故の時に自分を
迎え入れてくれたことうれしくてたまらなかった。
何分経っただろうか、いつもより暖かい香りがしてくると
「明日も朝が早いから寝ますよぉ〜」
といってもう一個の部屋に案内してくれた。
「お布団ないから一緒に寝るのです。」
前のご主人様の時はベッドの下で寝るのが習慣だったので
戸惑ってたら、
「ご主人様の言う事は聞くもんれすよ。」
・・・なんともうれしいことを言ってくれる。
そう言いながら手帳を見ながら指を折りながら
なにやらブツブツと言っている。
「明日は、8時に家を出発だからいつもは
7時に起きればギリギリセーフだけど・・・
お散歩があるから・・・よっしゃ6時だ!!。
・・・起きれるかな。」

やわらかく、暖かい布団にもぐりこむと
「明日は朝6時に起きるのれす。目覚まし時計が
なるから、起こしてくらさい。」とキッパリした口調で言った。
そう言ったとたん・・・疲れていたのかすぐに寝息が聞こえてきた。
ご主人様はこの小さな体で頑張っているんだな。
それなのに自分を迎え入れてくれて。
感激と感動で涙があふれそうだった・・・
前のご主人様が事故に遭ったときには出なかった涙が。
精密機械のように訓練され感情さえも出す事がなかった
自分が変わった事にも驚きを隠し切れなかったが
それすらもうれしかった。

心地よく寝ていると目覚し時計が、けたたましく鳴りはじめた。
身を起こすがご主人様は起きる様子はない。
寝かしてあげたいが、起こさないと。
顔を舐めてみた。
「・・・ん〜」
起きる様子はない。
軽く手で肩の当たりを掻く。
それでも起きない。
ベッドから飛び降りてうるさく鳴っている目覚し時計を
咥えてご主人様の耳元に置いてみた。
「んぁ〜〜まだ眠たいれすぅ」目をこすりながら
時計を確認すると「まだ6時じゃんかぁ。」
と言いながら私を見ると閉じかけた目を見開いて
「あ!そっか。お散歩行かなきゃねぇ。」
と言いながら、もぞもぞ起きてくれた。
「アレックスはちゃんと昨日の夜言ったように
のののこと起こしてくれたのれすね」
と言いながら抱きしめてくれた。
「ののはアレックスのこと夢だったらどうしようかと
思ったんれすよぉ〜」
涙を浮かべながら訴える・・・

「よっしゃ〜!ちと待っててくれさいねぇ」
着替えながら家の中を走り廻っている。
「準備おっけ〜。行くぞ!アレックス!」
首輪にリードを付けると外に向かった。
ご主人様は散歩中いろいろと自分に話し掛けてくれる。
あそこのパン屋さんは美味しいとか、
あそこのお肉屋さんのコロッケは揚げたてだと
6個は食べれらるとか・・・
まるで人間に話しを聞かせるように話してくれる。
しばらく歩くと「走るのれす〜」と言い終わらないうちに
走りだした。
その後を追いかけていく。

ご近所をひとまわりするとマンションの前に
着いて「もっと行く?」って息を切らせながら聞いてきた。
もっと一緒に散歩していたいけど、それはムリだとわかっている。
朝、無理して起きてくれていることが負担になっている。
一緒に散歩してくれるだけで満足だった。
ご主人様の顔を見たら目に少し涙を浮かべながら
「ごめんねぇ〜もっとののに時間があれば
たくさん散歩できたのに・・・」って抱きしめてくれた。
「それなのにアレックスは不満も言わないでえらい子れす」
ご主人様は自分のココロを素早く察してくれる。
本当に不思議な人だ。

「ちょっと、マジで辻が犬飼ったの?」
と飯田はマネージャーに聞き返した。
「えぇ〜それが昨日撮影中、近く公園の前で交通事故にあって
飼い主が亡くなってその犬を飼いたいっていうもんですから・・・」
「飼いたいって言ったからって大丈夫なの?あの子一人暮らし
始めたばっかりで自分の事は今のところしっかりやってるけど
その上、犬なんて・・・」呆れ顔の飯田であった。
「そんなこと言ったてちゃんと世話するって言ってるし
それよりダイエットするっていたんですよ。あの辻が。」
「あの子のダイエットするって言ったの何回目?
ダイエットするって言うのが特技になってきているのよ。
宣言するだけで痩せないんだから。」
「それじゃ〜飯田さんから言ってくださいよ。
辻のあの目で訴えられたら私には言えませんよ。
それにその犬どうするんですか?」
「それじゃぁ、辻の責任はアタシがとればいいんでしょ。
うちの実家で飼ってもらうよ。まったく・・・」
やや呆れ顔で窓の外を眺めていた。

飯田とマネージャーを乗せた車は辻のマンションの前に着いた。
時間は7時45分。
「さて、ののたんは起きてるかな?もし起きてなかったら
すぐに犬は北海道行きだからねぇ〜」
と、いたずらっ子のような顔して飯田は言った。
「それじゃぁ、もしちゃんと準備できてたら
しばらくは様子をみるってことで。いいですか?」
マネージャーは辻の味方っぽく言った。
「準備できてたらね。辻は起きてても準備がふだん出来てないからね。
8時までに準備出来てたら、かおりんも協力してやろう」
飯田は犬が来て初日は調子に乗って夜遅くまで遊んで
朝起きれるわけないと思っていた。
「飯田さんも実は見守ってあげたいんじゃないの?」とからかっている。
車の時計は7:58と表示されていた。
「よし!アタシが辻を迎えに行って来る。」
そう言うと車から飛び出していった。

辻の部屋ではすっかり食事を終え
準備が終わった格好で玄関で迎えを待っていた。
玄関に腰を下ろし「アレックス。これから
ののはお仕事に行って来るからお留守番お願いします!」
というと、警察の人のように敬礼をした。
ドアの外から大股の女性の足音が響いていた。
近づいてきた。ご主人様が気づいている様子はない。
顔を起こしドアの外を向くと
「ん?誰かきたの?迎えにきたのかな?」と言うのと同時に
ピンポーンとインターホンが鳴った。
ドアを開けるとそこには背の高い女性が立っていた。
その目は自分を見て見開いている。
「・・・ののたん?もう準備終わっているの?」
「あ〜い、おはようございます、いいらさん〜ん」と言いながら
背の高い女性に抱きついた。
抱きついたと思ったら、さっと離れて
「いいらさん、アレックスれす。」
「こちらがお世話になっているいいらさんれす。」
と紹介してくれた。
「本物?それとも良く出来たぬいぐるみ?全然動かないんだけど・・・」
「本物れすよぉ〜ねぇ〜アレックスぅ〜」
と言われたのでサッと身を屈めた。
「いいらさん、アレックスはなんでもわかるいい子なんれすよぉ〜
今朝も、のののこと起こしてくれたの。」
背の高い女性はキョトンとしている。
ただ大きな目だけが何度かまばたきしていた。

マンションの階段を下りるとマネージャーが飯田の顔を見て
何か言いたそうな顔をしていた。
だがマネージャーは辻顔を見ただけで
飯田が何もいえなかったことがわかったみたいで
ニヤニヤしていた。
車に乗ると飯田は「ののた〜ん〜。眠くないの?
昨日はアレックスだっけ?あの子と遊んで寝不足なんじゃないの?」
「平気れす。夜更かししなかったれす。アレックスと暮らす為には
ちょっとガマンしてすぐ寝ましたから。
今朝もちゃ〜んと散歩に行きましたから。」
「あ・・・そぅ。辻〜大変でしょ?これから毎日できる?」
「大丈夫れす!朝はアレックスが起こしてくれるし。
なんてったて、ののはご主人様れすからね〜」
いつもの車の中では眠たそうな辻の顔はなく
キラキラと輝いた目をして飯田と話していた。
しばらく車が走るとまたマンションの前で止まり
マネージャーが車から降りてマンションに向かっていった。
その間も辻は飯田にアレックスの話を聞かせていた。

5分ぐらい経ったころに車のドアが開き
石川が眠たげな顔で車に乗り込んできた。
「ののちゃん〜犬飼ったんだって?」
「あい!」うれしそうに答える。
現場に着くまで石川に飯田に話したことと同じように
楽しそうに話をしていた。
マネージャーもうれしそうにそれを聞いていて
飯田と目を合わせ小さく微笑みながら、うなずきあっていた。
現場に着き楽屋に入ると着替えながらメンバーが続々とやってきた。
誰かが来るたびに辻は「あいぼん、あいぼ〜んおはよう!あのね・・・」
「あべしゃ〜ん、あべしゃ〜んおあようございます。あのね・・・」
と、捕まえては車の中で飯田や石川に話した事を同じように話していた。

いつもだったら机の上にあるお菓子を食い荒らす辻だが
話に夢中なのか目もくれない。
そんな様子を見ていた飯田は、辻がまさかダイエット本気で
やろうとしているのか、ただ犬の話に夢中で忘れているだけなのか
わからなかった。
「ねぇねぇ。なっち。」飯田は安倍に話し掛けた。
「辻がさぁ。マネージャーと犬飼う条件として
仕事や世話をキッチリしてダイエットまでするって
約束したのよ。まだ辻、今日お菓子食べてないんだけど
話に夢中になってるだけかな?それとも・・・」
「そんなの、調べるの簡単だべぇ。」と安倍が言うと
「つじ〜、かご〜。ケーキあるけど。食べる?」と大きな声で言った。
「ののちゃん。ケーキだって。」と加護が言うと
「食べないれす。」と辻はキッパリ言い放った。
「ののは今までの、ののとは違うのれす。なんてたってご主人様れすから。」
そう言うとみんながクスクス笑っていた。
「ののは仕事キッチリ、お世話キッチリ、ダイエットも頑張るのれす!」
安倍と飯田は驚いて目を合わせていた。

ドアがノックされ「そろそろ本番で〜す」と声がかかった。
その日の仕事も夜9時をまわってやっと帰りの車の中に
乗り込めるようなスケジュールだった。
車の中では仕事で疲れた辻は眠たそうな目で
ウトウトしているのが日常だったが車のフロントガラスを見つめながら
早く家に帰りたそうだった。
車が近所に着いた頃には手荷物をまとめてすぐに車から飛び降りれるような
格好をしていた。
マンションが見えたらドアに手を掛けて車が止まると同時に
勢いよくドアを開けて「おつかれさまでしれした〜」と言って
走ってマンションの中に吸い込まれていった。

マンションの中ではアレックスはご主人様の辻の帰りを
刻一刻と待っていた。
以前自分をここまで連れてきたくれた車の音が聞こえると
たまらなくなり玄関まで出迎えに行った。
しばらくすると、パタパタと足音が聞こえドアに近づく
ガチャガチャと鍵が差し込まれたときには自分の尻尾が
千切れるのではないか?と思うほど振っていた。
ドアが開いた途端「たらいま〜〜〜〜」と言って
抱きしめてくれる。
無意識のうちに顔を舐めている自分がいた。
「ごめんねぇ。遅くなっちゃって。ごはんにする?
それともお散歩?」と輝いた目で聞かれた。
どちらでもよかった。ただ一緒にいるだけで幸せ。
でもご主人様はどちらかの選択を迫っている。
なので玄関のところに真新しいリードが目に入ったので
それをくわえて見せた。
「よっしゃ!お散歩れすね。クツ履き替えるから待ってくらさい。」
というと、お散歩セットを小脇に抱えながらクツを履いた。
「レッツゴ〜!」

散歩は最初ご主人様は走って連れてってくれた。
ある程度走ると疲れたのか、ゆっくり歩き始めた。
息を切らせながら家を出てから家に帰ってくるまでのことを
事細かに話して聞かせてくれた。
他人から見るとその姿がおかしくもあり微笑ましく写っているだろう。
ご主人様の話は楽しい話、困った話、つらい話、いろいろ話してくれる。
つらい話でも弱音を吐かずクリアする事を考えているように見える。
見た目以上にしっかりした性格なのがご主人様の目や首輪とご主人様の
手が繋がっているリードからも伝わってくる。
話が一息つくと「マンションまでダッシュだぁ〜」と
叫びながら走り出した。
その背中には14歳の女の子とは思えない何かを背負っているような
背中をしていた。
その背中を追って走る。この瞬間がいつまで続くように祈りながら・・・

〜そして1ヶ月が過ぎた〜

 既に辻とジャーマンシェパードのアレックスは
 もう何年も一緒に寄り添っているような空気を持ち合わせていた。
 ただその二人の関係は飼い主とペットと言う関係より対等な関係。
 親友と呼べる存在になのだろう。
 普段、怒る事もない辻だがアレックスを「たかが犬だろ?」
 とか「あんな犬」とか見下した言葉を聞くと、顔を真っ赤にして
 むきになって怒り出していた。
 そんな辻の様子を周りの人は驚いて見ていた。
 あんなに怒った辻を見ることは他にはないからであった。

 野外ロケの仕事とかには何度か連れてってもらったこともあったが
 文句を言う者は誰一人居なかった。文句どころか感謝された事もあった。
 アレックスは辻の気持ちを素早く読み取り自分がどうすれば良いか
 最良の答えを導き実行する。
 絶対に仕事の邪魔になるようなことはなかった。
 山でのロケの途中で崖に小道具が落ちた時なども活躍していた。
 特に新メンバーなどが緊張している姿を見ては、そっと近づき緊張をほぐしている。

 辻はそんなアレックスを誇りに思っていた。
 もちろん辻はアレックスと暮らしてから寝坊はもちろん
 以前より仕事をきっちりこなし、ダイエットの効果も出始めていた。
 そんな辻の姿を見て加護も少しシャープになり始め
 いままでのモーニング娘。からまた違った魅力が引き出されていた。
 もはや、アレックスは娘。には欠かせないメンバーの一員になっていた。

 いつもの朝の散歩。
 もはや散歩と言うよりジョギングに近い物があった。
 朝日に照らされた辻の顔はもともとの目の輝きと
 それプラス汗も輝いて見えた。

「アレックス〜ちょっとあそこで休憩ねぇ。」

 と言うといつもの公園のベンチで汗を拭いた。

「アレックスいつか二人でもっと広いところで遊びたいねぇ
広〜い、ひろ〜い原っぱでさぁ、いっぱい走ろう。
そのときまで、ののはもっと痩せて動けるようになりますからねぇ。」

「でも、どうやって二人でそんな所行こう?」

と言って困った様子だった。
ご主人様のそんな真剣な目を見ながら尻尾を振って答える。
どこでもいいよ。
遠くじゃなくたって、一緒なら。

 散歩を終えてマンションに帰るとマンションに
 置きっぱなしの携帯電話のディスプレイが
 着信とメールがあったことを知らせていた。
 履歴を見ると着信は飯田からだった。
 メールを見るとそれも飯田からだった。
 アレックスはただその行動を見ているだけだった。
 そんな様子に気づいた辻は

「いいらさんから電話とメールだ。なんだろう?」

思うことを口に出して言う。
これは癖なのか?自分に教えようとしているのかはわからない。
それでも、不思議なそうな顔をしている
ご主人様も見ていてとても楽しい。

そんな不思議そうな顔が一遍した。

『カオリだよ〜。(^o^)丿
電話したけど出ないから
メールにしたよ。もう起
きてお散歩かな?いい子
いい子。辻は少し大人に
なったね。(^.^)
でもカオリはちょっと寂
しいぞ(;_;)(うそうそ)
そうそう今日と明日の仕
事はキャンセルだからお
休みだよ〜ラッキーだね
。明後日の予定は明日の
夜にでもマネージャーか
カオリが連絡するからね
。カオリは昼間はヒマだ
からね。夜はお酒飲んで
いないかも。フフフ。』

不思議そうなご主人様の顔が、どんどん楽しそうな
顔に変わっていく。
しばらく電話を見ている。
うれしそうな顔で電話を見てると
しばらくして顔をあげると飛び跳ねた。

「やった〜〜〜休みだぁ〜〜〜しかも二日も!」

と言いながら抱きついてきた。

「アレックス〜今日と明日はお仕事お休みだって〜
あ〜どうしよう、どこ行く?どこ行く?」

ご主人様はうれしそうに叫んでいる。
どこでもいい。正確には一緒に居られればドコにも行かなくてもいい。
ただいつもより留守番がない事だけがうれしかった。

「行きたいところないの?」

とご主人様は顔を覗き込んでくる。
相変らず、ココロを読まれてしまう。

「そっか、じゃ〜 ののが決めま〜す。大きい公園に行こっか!
あの公園なら思いっきり遊べるもんね。あいぼんちも近いし天気もいいし。」

と言われたので尻尾を振ってOKの意思をハッキリ示した。
それを確認したご主人様は携帯で電話を始めた。

「もしもし〜あいぼん?今から、あいぼんちの近くのね公園にね
アレックスと行くから。」

『アレックスと?どうやってくるん?』

「もちろんアレックスと走っていきます。」

『走って?結構あるで。大丈夫かぁ?気ぃつけや。』

「ところであいぼん、今日はひまですか?」

『なぁ。ののぉ〜。そういうことは最初に言わへんか?』

「あはぁ。そうですね。」

『うん。空いてるよ。急の休みだったからヒマしてたんだょ。
そんじゃ、公園についたら電話ちょうだい。』

「おっけ〜。そんじゃまたあとでね〜」

電話を切ると、こちらを見て大きな声で
「よっしゃ〜アレックスれっつご〜」

マンションからご主人様は、ほとんど走って
公園へ向かった。時間にして1時間ぐらいだろうか・・・

「アレックスと暮らしてから、ののはちょっとだけ体力ついたれすよ〜」

走っている時間がそう言えば長くなった。
前までは、すぐ休憩していいたが・・・
走りながらご主人様の以前とは違う少しとがった顎からは
汗がキラキラと陽射しに反射しながら落ちていった。

街中を走っている途中に
ご主人様の姿を見て何人かは驚いたように
「あ!あれって辻ちゃんじゃないの?」
なんて言って追いかけてこようとする人が何人かいた。
それもほんの何分かで、もう居なくなっている。
ご主人様は、そんな人にも笑顔を振り撒きながら
明るい顔で走っている。
男の人が追いかけても追いつかないペースだ。

公園には平日の昼間ということもあって
ほとんど人がいなかった。
ご主人様は携帯を取り出し電話をかけた。

「もしも〜し。あいぼん?ついたよ〜」

『もうついたんか?ほんとに走ってきたんか?
おけおけ、いまから行くよ。』

「あの芝生の広場の所にいますから」

『そんじゃ〜。待っててなぁ』

電話を切るとご主人様は公園の芝生にゴロリと寝転がった。

「ん〜〜〜気持ち〜〜い。
なんかひさびさに、草の上に寝たよぉ
アレックスと一緒に暮らさなかったら公園なんかで
寝転がって草の匂いを嗅いでお日様を浴びることなんて
しないで、家でゴロゴロしたりお菓子食べてすごしてたのかなぁ
もったいないところだったよ。
アレックスのおかげでこんな気持ちいいことしそこねるところだったよ。
ありがとう。アレックス。」

ご主人様は起き上がって頭を下げて恥ずかしそうな顔をしていた。
照れを隠すようにいきなり抱きついて押し倒してきた。

「プロレスごっこ〜」

たぶん周りから見たら少女が犬に襲われているようにしか
見えないんだろうな・・・
ご主人様はヘッドロックをかけたりしてくる。
負けずに上に乗っかり押さえ込む。
もちろん牙をむくことはない。
ご主人様も体を入れ替え自分を倒そうとする。
プロレスごっことやらは楽しかった。

実は以前このような訓練を受けた事がある。
走っている相手のズボンの裾を噛んで相手を倒し
相手の襟元を噛んで上に乗り動きを制したり
ただ今はその時とは全然違う。
昔、まだ自分が仔犬だった頃に兄弟とじゃれて
遊んでいた頃のような楽しさ、懐かしさでいっぱいだった。
そんなことを思い出しながら遊んでいたら
ご主人様の上に乗り前足で肩を押さえ込んだとき
ご主人様がニッコリ笑って下から抱きついてきた。

ご主人様の顔には芝生や泥が付いていて少年のようだった。
「疲れたよぉ、少し休憩しよぉ〜」
少し荒い息使いで訴える。
その息遣いを耳にしながら呼吸を整える。

「おまわりさん、あそこ!あそこ!!」

遠くで女の人がこちらを指差し叫んでいる。

「女の子が犬に襲われてるわよ〜〜〜〜」

ご主人様の顔には「?」と浮かんでいる。
状況が飲み込めないご主人様は下から抱きついたまま
自分を離そうとしない。
周りを見ると警察官が10mほど離れたところで
警棒などをそれぞれ手に持ち4人ほど構えている。
その後ろには車からまだ何人かやってくる。
陽射しをなぎ払うようにパトカーは赤いライトを撒き散らしている。

ご主人様はやっと事態を飲み込めた様子で
手を離し不安な顔をしていた…
ご主人様が手を離したので立ち上がると
「今だ!」と言って何人か警官たちが走って向かってくる

ご主人様は慌てて立ち上がり

「ちょ、ちょっとまってくらさい!!」と言うと

警官たちは慌てて立ち止まった。
と、同時に顔を見合わせていた。

「この犬はお嬢さんのペットかい?」と一人の警官が聞いてきた。

ご主人様は首を縦に振る。

「そっかそっか、おまわりさんはてっきり襲われているもんだと思ってね。
近所の方もそう思って通報してきたもんだから。驚かしてごめんね。」

ご主人様は人に囲まれ少し不安がっていた。
ご主人様の隣に座り顔を見上げていた。
その時、知っている匂いを感じた。
一人の男が近づいてきた。
そしてこっちに向かって歩いてきた。

「アレックスか?」と声をかけてきた。

その男は後から車から出てきてこちらに向かってきた男だ。
その距離10m。
知っている匂いは男から発せられる。
知っている匂い、そして声。
前のご主人様と共に一緒に働いた事のある人間だ。
名前は深野のといっていた。
同じ車から出て来たもう一人が深野に話し掛ける。
あの車。訓練所の車だ。
犬が人を襲ってると聞いて捕まえに来たわけか。

「知っているんですか?」

「あぁ。たぶんな。違うかな?いや、アレックスだ。」
深野が、じっと探るように目を見る。

車から一緒に出てきた男に話した。

「お前知ってるだろ、小橋さん。」

「小橋さん?小橋さんって前に聞いた自分の前にいた・・・」

「そうだよ、伝説って言えば大げさだけど、あの小橋さんだよ。
まぁオレの上司だった人だ。この前事故で亡くなったけどな。」

「その小橋さんがどうしたんですか?」

「アレックスは小橋さんの犬だよ。しかももっとも優秀な犬だよ。一部を除けばな」

「なんでその犬が、ここに?」

「さぁな。そこのおじょうさんに聞いてみないとな。」

「でも、警察犬がそこいらのおじょうさんに飼いきれますか?違う犬じゃないですか?」

「どうだろうな?オレが知っているアレックスだったらありえないんだけどな。
アレックスは優秀な犬だが、小橋さん以外の命令は利かないと言う難点、
難点かな?そのかわり小橋さんの言う事は完璧にこなす犬だったからな。
ただ危険なのはこのアレックスは警察犬としてトップクラスだが
戦闘能力も、ものすごく高い。軍用犬以上だな。
ひとたび、戦闘モードに入ったらあっという間に・・・」

「だったら、違う犬じゃないですか?あんな子供にはなつかないでしょ。」

「だからちょっと不思議なんだよ。」

「おじょうさん。その犬は本当におじょうさんの犬かな?」

「・・・はい。そうです。」

ご主人様は怯えている。ちいさな声が震えている。

「この犬は何歳?どこで買ったのかな?」

「・・・・・・・・・・」


後ろから誰来る。
ご主人様の友達だ。

「のの〜どないしたんや?」

ただならぬ雰囲気を感じたらしくご主人様の肩を抱く。

「あいちゃん・・・」

「どしたん?なにがあったん?」

そのまま警官たちに事情を聞いている。

「あの〜どうしはったんですか?私はこの子の友達なんですけど?
何かあったんですか?」

「あのねぇちょっとこの犬のことで聞きたいことがあってね。」

「?」

「この犬ね。もしかしたら、警察犬なのかな?と思ってね。
おじょうちゃん、お友達なら知ってるかな?この犬はこの子の犬?」

「そうやで、ののの犬やで。こんなになついてるやんか。」


「そっかそれならいいんだけど、もしおじさんたちが知っている犬なら
ちょっと危ないからね。この犬物凄く賢いけど危険な犬だから?」

「危険?だったらちゃうわ。
この犬はめちゃめちゃ賢いのは同じやけど
吠えることもないし・・・全然危険ちゃいますもん。」

「そっか。じゃぁ違うのかな?ところでおじょうちゃんはこの子と昔からの友達?」

「昔って言うか、ここ2、3年ぐらいやけど。」

「そっか。そんじゃこの犬の仔犬の頃とか知っているの?」

「えっと・・・」

明らかに動揺してしまった。
ご主人様の友達はご主人様の方を見たが
ご主人様はもっと動揺して今にも泣き出しそうだった。

ご主人様が私を見てから、ひとつ息を吸い込むと

「・・・おまわりさん。ごめんなさい。」

「のの!」

「アレックスは私が・・・
前の飼い主さんが事故を起こして救急車で運ばれた時
一人ぼっちで待ってて、ののが・・・
・・・私が
連れて帰って
それから、一緒に・・・」

「なるほど。それでおじょうさんが代わりに育ててくれたんだね。」

「・・・はい。」

「育ててくれた事はとても良い事なんだけどね。
勝手に人のペットを飼ったりしたらダメなんだよ。
だけど、この場合は飼い主もいないし、どうなるんだ?」

と言うと男は周りの警官たちに聞いていた。

ご主人様はお友達にしがみつきながら私の方を心配そうに見ている。
正直、この状況ではどうすることが最善なのかがわからない・・・
ご主人さまとの生活はとても楽しい生活ではあったが
苦労をかけているのもわかる。
ここは、大人しく警察に自分が保護され以前のように
警察犬として働くか、それとも警察に抵抗して逃げるか。
この人数だったら簡単に倒して逃げ切る事も容易い。
ただご主人様にもう2度と会う事も出来なくなってしまう。
それ以前に抵抗したらご主人様に迷惑が掛かってしまうかもしれない。

話をしていた警官たちは話がまとまったのか
ご主人様のほうを向き話し始めた。

「おじょうちゃん、ちょっと今すぐに答えが出ないから
署の方で調べて、決まり次第連絡するから。
ちょっと住所と名前、連絡先を教えてくれるかな?」

「・・・アレックス連れてっちゃうの?」

「ん〜。警察犬っていうのは警察、国の財産だからね。
小橋さん個人の犬だったら問題はないと思うんだけど調べてみないと。
もし小橋さんの個人の犬だったらご家族もいないし
問題なくあなたに渡せるんだけどね。
ただ、警察の名義になっている場合は残念だけど返してもらうよ。
この犬がアレックスだったら仕事があるからね。
とても優秀な犬なんだ。
アレックスだっていい仕事するのが、生き甲斐なはずだから」

「・・・ぁい。」

と、返事すると。
ご主人様は悲しそうな顔で震える手で紙に住所などを書き込んでいる。

生き甲斐?ふざけるな。
生き甲斐は誰が決める?
オレは今の生活に生き甲斐を感じている。
自分の意志でご主人様を決められない・・・
なんで自分は犬なんだ?
なんで自分の意志でご主人様を決められないんだ?
せっかく自分で選んだのに・・・選んでもらったのに。
ご主人様と離れたくない。
この前すでに1度お別れをして、新しいご主人様が見つかったらと思ったら
また・・・
自分の運のなさを恨んだ。
いくら訓練をつんで優秀などと他人に言われてもうれしい事はない。
ご主人様がそっと頭をなでてくれる事の方がどれだけうれしいか。
この男どもはわかっていない。

「ええんか?のの?アレックスを見捨てるの?」

「見捨てるんじゃないです。
・・・アレックスはお仕事があるんなら、しょうがないです。
それに、ののにはわかるのれす。
ここで、ののが泣いたり叫んだりしたらアレックスはきっと
周りの人に襲い掛かっちゃう。
そしたら、もうののとは会えなくなっちゃうから。
だからののも、しっかり仕事してアレックスもお仕事ちゃんとしていれば
いつかは会えるはず。だから・・・
でもね、もしも会う事が出来なくてもアレックス、ののは絶対忘れないから。
それに、あいちゃん。
なんかね。
絶対大丈夫な気がする。理由はないけど。」

涙目で語る。
まっすぐな目。
すべて納得できる目。

「ののぉ・・・」

「ね!アレックス。ちゃんと仕事がんばるんだぞ。
ののも頑張るから・・・
・・・ね。」

ご主人様はそう言うといつものように抱きしめてくれた。
ただいつもと違うのは、物凄く寂しそうなつらそうな・・・
震えているのがわかる。
それでも、不思議な温かさだけは伝わってくる。

離れたくなかった。
もう2度と離れたくなかったのにこんなに早くお別れがきてしまうとは・・・
ご主人様の決断に逆らわない。
いつまでたっても、自分のご主人様はこの小さな少女。
離れていたって、そばにいなくたって。
ご主人様と自分にしか見えないリード(引綱)は遠くにいても繋がっている。
そう信じて車に乗った。
また再会できる。
絶対に。

「ののぉ〜いいんか?本当にいいんか?」
 と加護は辻に言った。
 加護の方が今は涙目で車を見送っている。

「あいちゃん。アレックスは大丈夫。
なんかね。絶対ののの所に戻ってくる気がする。
なんて言うのかな。お別れじゃないようなの。
・・・上手く言えないけど。」
 辻は気丈に笑顔で答える。
 加護には、辻の笑顔にムリがあるのを少し感じていた。

辻が書いた紙を見ながら警官が声をかける。
「それじゃ、もしあの犬が警察の管轄外か
警察の登録犬だったかわかったら・・・
ん〜辻さんのお家に連絡するから。
お母さんにも連絡しておこうか?お家にいるかな?」

「そこに書いてあるところにはいません。一人暮らしですから。」
「君はいくつ?」
「14歳です。」
「それで一人暮らし?」
「はい。」
「そっか・・・それで犬も飼ってんだ。偉いねぇ。
それじゃ連絡は携帯の方がいいかな?」
「お願いします。」
「それじゃ、これからキミのお家までパトカーで送るよ。」
「いえ。結構です。」
 辻は断ったが、加護はパトカーに乗ってみたかったみたいで
 辻より大きな声で、「お願いします。」と言って乗り込んだ。

 乗り込むと加護は辻に
「こんな事めったにないよ。それにこれから、ののの家行くから。
ウチこれから一人でいてもしょうがないし。な?」
明るく努めて強引に辻を言い伏せた。。

 辻は窓の外に流れる町並みをぼんやり見ていた。
 また絶対に会えるって、思っていても不安がある。
 根拠がない自信にはいつでも不安が残る。

 自分が勝手にお別れすることはない。って思っているだけで、
 警察にある書類にアレックスが登録されていれば、もう戻ってくることはない。
 それは絆が深かろうと浅かろうと関係なくただ非情に決まってしまう。

加護は気がついていた。
 辻がアレックスとの別れ際に大丈夫と気丈に言っていたが
 あれは、普段の辻と違っていた事を。
 いつもの素直な感情むきだしの辻とは違っていた。
 まっすぐ見ているような視線は実は何も見ていない。
 いや、見れていなかったと思う。

 自分には出来ない、オトナの感情?振る舞い?
 辻の成長に驚き、何故かそれでいて少し羨ましくも思った。

「なぁ、ののぉ。ののはオトナになったなぁ。」
「そんなことないですよ。あいちゃん」

「なんか今までの・・・アレックスと暮らす前の
ののやったら、絶対泣いてたで。
っていうか、うちは泣いてもうた。
それなのに、のの泣かなかったやんか。」

「なんか、ののが泣くとアレックスが悲しむの。
家でもね。上手く振りが覚えられなくて、泣いた時があったの。
その時に、凄く悲しそうな顔でののの事見るの。
多分、アレックスが自分に出来る事探しても
見つからなくて困ってて悲しくなってるみたいで。
違うかもしれないけどね。
アレックスは、言葉を話すことできないんだっけど、
何故かわかるような気がするんだ。
勝手に、ののがわかっているって思い込んでいるだけかもしれないけど。」
 と、言うと、はにかみながら涙目になっていた。。

「のの。ウチ、うらやましいわ。
なんか、ヤキモチ焼いちゃいそうや。
ののとウチ喧嘩するやん。
たいていすぐ仲直りするけど。
喧嘩するほど仲が良いって言うけど
アレックスとののは喧嘩もせんと、仲良しやもんな。
ウチはののと喧嘩なんかしとうないのになぁ。」

「ののもあいちゃんと喧嘩したくないですよ。
アレックスとはアレックスがオトナだから喧嘩なんないのかな。」

 パトカーから見る窓の外はさっき走ってきた道とは
 違う道のように目に映る。
 
 アレックスと走るより早い時間でマンションの前についた。
 それは、時計の刻む時刻であって、体感時間はとても長かった。
 車から降りる時、若い警官がサインをねだりそうな顔してたが
 加護が「そういうのって、まずいんちゃいますか?」っていうと、
 あきらめた。

エレベーターに乗ると静かにモーターの動く音がした。
狭い密室の中は、どんよりとした重い空気を詰め込んでいる。
そんな空気を払拭するように
「ののの家ひさしぶりやなぁ〜。
アレックスと暮らしてから、全然呼んでくれなくなったしな。」
ちょっと意地悪そうな顔して明るく加護が言った。

「そんなことないですよ。・・・?
・・・そう言えばそうですね。ごめんなさい」
と言ってうつむいた。

「あはは、冗談やねん。気にすんなや
うちかて遊ぶヒマなかったねん。」
「?」
辻は意味がわからないまま玄関のドアをガチャリと鍵を開け
中に二人は入っていった。
ソファーに座ると加護が遠くを見ながら言った。
「ののぉ。痩せたなぁ。でもうちも痩せたやろ?」
辻は不思議な顔して自分の体を見て、それから加護の体を見てうなずく。

「ののがアレックスと暮らしてから痩せてってんのみてな
うちも仕事終わってから一生懸命ダイエットしたんやで
ののに追いつこうとして。」

「ののに追いつく?」

「そやねん。のの気づいてないんか?めっちゃ、痩せたで。
みんなも言ってたで。今度の曲の振りだってメチャメチャかっこ良かったよ。
くやしいから言わんかったけど。」

「そうですか?あんまり気にしてなかったです。
それに振りもなんか、なかなか覚えられなかったたから・・・」

「ののぉ〜、ホンマどんくさいなぁ。
アンタの今度の振りメチャメチャむづかしいんやで。
だからや。覚えられないのは。」

「そんなんですか?のの人の見ている余裕ないから
自分だけ中々出来なくて困ってたんです。」

「あのなぁ。あんたの振りだけや夏センセが息切らしてたのは
それを、ののは歌いながら踊ってんやから。正直まいったわ。
ちょっと・・・っていうか、凄く悔しかったよ。」

「いいらさんは、前までは上手く出来た時は誉めてくれたりしてたのに
全然誉めてくれないから、ダメだと思ってた・・・」
「この際やから、教えたる。みんな、あせってたんよ。
安倍さんも、矢口さんもおばちゃんに、みんなみんな。
のののダンスに。
ののがアレックスと暮らしてから、ののは仕事終わるとすぐ帰ったやんか。
最初は、残ったみんなでダラダラしてたんや。
一緒に暮らし始めたばかりの時なんて、何日で投げ出すか勝負してたんやで。
楽屋とかでは大盛り上がりや。
それが、投げ出すどころかみるみるののが痩せてって・・・

みんな、焦りだした。
そしたら、ののの体のキレにみんな驚いてののが帰った後
おばちゃんが、仕事終わってからレッスン行くって言い出して
梨華ちゃんもダイエット始めるし。
後藤さんも、ジム行き始めるし・・・」

「誰もそんなこと・・・知らなかった」

「このことは秘密やったんやで、飯田さんがののに教えると
調子に乗るからって・・・」

加護は辻のTシャツのお腹の所をめくった
「なにすんですかぁ〜」
「見てみぃ。自分のお腹。」
「?」
そのお腹は無駄な肉ひとつ付いていないダンサーのお腹
「梨華ちゃんが痩せてた時と同じくらい、ほっそいけど硬いで。」
というと、指で突っついた。
「くすぐったいですよぉ〜」

「あぁ〜なんか悔しくなってきた、ウチ帰るで。
ののに負けてられん。トレーニング行ってくる。」

と言うと立ち上がってドアに向かっていった。
「え〜、あいぼ〜ん」
ガチャン。

ドアが閉まった後、辻はシャツをめくり自分の腹筋を指で突いた。

「アレックスのおかげで、ののは痩せたんだ・・・」
全然気がつかなかった。
少し体力が付いた事はなんとなく実感していたが
こんなに変わっていたとは。
正直言うとダンスがかっこよく踊れなくてもいい。
かっこ良くなくたっていい。
アレックスといっぱい遊べれば・・・
久しぶりにひとりぼっちの部屋は物凄く広く感じた。

夕飯の時間。

一人の食事。

気温は昨日までと変わらないのに、なんか寒い。

この部屋にはいつもアレックスがいた。
アレックスの方向を見れば必ず自分に視線を向けているアレックス。

だけど、今はどこを見てもその姿はない。

絶対に泣かないと思っても、アゴには涙のしずくが今にもこぼれそうになっていた。
アゴにたまった涙のせいで、くすぐったくてアゴの先に手を触れる。
指先が濡れている。

濡れた指先を見つめ、そこで自分が涙を流している事に気が付いた。

今まで我慢していた分の涙が一斉に流れ出てきた。

たまらず立ち上がり、子供のように泣きながらベットに行って
声を出して、泣きじゃくった。

泣きながらベッドからはアレックスの匂いがした。

匂いを嗅いだら余計に涙が出た。
ただアレックスの匂いは、辻をどこか安心させる匂いでもあった。

窓の外には満月が見えている。
涙で歪んだ満月だったが、アレックスの眼差しにどこか似ていて
少し悲しげに見える。
「泣かないで。どうすればいいの?」とアレックスが言ってるよに・・・

オリのついた車は30分ほど走ったあとにどこかの敷地についた。
懐かしい匂い。
訓練所だ。
たくさんの犬の鳴き声が聞こえる。
そんなに前じゃない昔にはよく来た場所。
ここでしばらく暮らすのか。
自分が警察 所有の犬であった場合はしばらくどころか
何年?自分が老いぼれるまで働くのか・・・
訓練所がなんだか、留置所のように思えてきた。
悪い事してないのに、捕まったみたいだ。

暴れて噛み付いて脱走しようと思ったけど
警察の所有じゃなければご主人様とまた一緒に暮らせる。
だからその結果が出るまでは大人しく言う事を利くか。
そうじゃなかったら、こんな奴にリードすら触って欲しくない。
もし結果が悪かったら・・・
そのときは、脱走。
でも、ご主人様に怒られるかな?迷惑かかるかな?
泣かれるかな?それとも、もう忘れ去られてるかな?

すべてはご主人様が決めたこと。
絶対また会えると言った。
それを信じる。
ご主人様と暮らすと決めてからこの命はご主人様のもの。
だから信じる。
裏切らない。
信じる。
絶対に。

外の狭いオリに入れられ血を採られた。
殺風景な、オリの中。
今ごろご主人様は何をしているのだろう?
泣いてるのかな?
自分の事思って泣いてくれるかな?
自分の事想ってくれてると思うとうれしいけど
泣いてほしくないな。

でも忘れられるのは、もっと嫌だけど。
そんなことを何時間考えていたのであろう。
外は暗かった。
寝るとするか。
いつもなら温かくて柔らかいベッドの上で
ご主人様のやさしい香りを感じながら寝れたのに。
今は硬く冷たいコンクリートの上。
天国と地獄だ。

目線を上げると満月が見えた。
なんか満月がご主人様の「てへっ」とした
笑顔に見えて、涙が出た。
会いたい・・・

テーブルの上にはたくさんの書類があった。
深野のは注意深く資料に目を通す。
あの時現場にいたもう一人の深野より若い男も
棚の奥の方の資料をガサガサと探している。

「深野さん。アレックスが小橋さんの個人の犬ってことありえるんですか?
基本的に警察の物じゃないんですか?警察犬って。」

「岡部。アレックスは、そりゃ凄く優秀だったよ。
だがな欠点として小橋さん以外の命令は利かないんだよ。
だから元々警察の物として登録してあっても、抹消したかもしれん。
小橋さん以外操れないなんて警察犬としては失格だよ。
それで、前に小橋さん揉めた事があったんだよ。」

「それでも、勤務でアレックス使ってたんですか。
抹消されたら警察犬としては」

「だから困った事に凄く優秀だった。だから特例で使ってた。と思う。
ハッキリ聞いたことないから。だからこうやって調べてるんだろ。」
と言うと深野は資料に目を落とした。

「だったら、もし登録されてても抹消しちゃえばいいじゃないですか。
そうすれば、あの子の犬になるんじゃないんですか?」

「お前はあの子に飼ってほしいのか?アレックスを。」

「え。えぇなんとなく。それに警察犬として使えないんなら
アレックスいても意味ないじゃないですか。深野さんは渡したくないんですか?」

「オレは渡してやりたいよ。だから資料を探している。
登録抹消するには時間がかるんだよ。お役所ってとこはよ。
早くしないと、アレックス脱走するかもしれん。
そのときに、なにかしら犠牲が出たら困る。
それに・・・」

「それに?」

「あの女の子の目、見たら一緒にさせてやりてーじゃねーか。」
と、深野が言うと岡部もうなずいた。

窓には陽射しが差し込んでいた。
その陽射しが辻の寝顔を照らし出している。
まぶしくて目を覚ます。
どうやら、泣き疲れて寝てしまったようだ。
泣くと体力を消耗する。
そのせいでぐっすり寝ていたのだろ。
「・・・・・・・あれっくす。」

起き上がると、今日は仕事が休みなのを思い出して
もう一度寝ようとした。
その時携帯が鳴った。
取る気が起きない。
もしかしたら警察からかもと思い手に取ると
ディスプレーには中澤からの着信を伝えている。
「中澤さんだ。」
ボタンを押して
「もしもし?」

『おはよ〜辻!ひさぶりやな。元気か?』
「あ。おはようございます。元気です。」

『うそこけ。元気な声じゃあらへんやんか。』
「今起きたところですから。」

『そっか。起こしてもうたか?すまんすまん。』

「いえ。起きてました。だいじょうぶれす。」
体を起こしながらベッドの淵に腰掛けた。

中澤は急に声のトーンを落として優しく話し掛けた。
『加護から聞いたで。大変やったな。
それに泣かなかったんやってな。ええ子になったなぁ
ゆうちゃんうれしでぇ。ホンマ。でもな、当てたろか?』

「なにをですか?」

『泣いたやろ?正直に言いい』

「へい。いっぱい泣きました。」

『いいんやで、泣きたい時は一人で泣き。
泣いて泣いてたくさん泣いて、涙出ぇへんようなったら
今度は、そこから先の事考えやぁ』

「そこから先?」

『そうや、これからどうすらかや?
抜け殻のようになったらな、アカンで。
いつアレックスが帰って来てもいいように準備しときや。』

「じゅんび?」

『辻、お前体つきも体力もついたみたいやんか。
それを維持してな。アレックスが帰ってきたときに
思いっきり遊べるように、今の体のままでいることや。
せっかく帰って来ても辻の体がボロボロやったらアレックス悲しむ』

「悲しむ?」

『そやで、アレックスは辻の元気な姿見たくて帰ってくるはずや
元気がなかったら悲しむでぇ。
ゆうちゃんもな、元気な辻が好きやで。
ムリに作った元気やない。お前の本当に元気な姿や。
み〜んな辻の元気な姿が好きなんやで。』

「そうなんですか?」

そして、なにかに納得したように大きな声で。
「頑張ります!」

『よっしゃ。ほな。あ。最後にな。甘えたかったらゆうちゃんの
ヒザの上においでぇ。今の辻なら軽いみたいやから、待ってるでぇ。』

「中澤さん。ありがとうございます。」

『ほな、またなぁ〜』

電話が切れた。

ひとつ大きく息を吸い込むと自分で両手をはさむように
パチンと叩いてスクッと立ち上がった。

昨日外出た時の着の身、着のままだったので
顔をざっと洗って玄関に向かうと散歩用の運動靴を履いて
キャップを被り、鍵をもって玄関から出た。

外に出ると、ゆっくり走り始める。
そのうち徐々にスピードを上げていく。
「アレックスは走るの大好きだから体力落ちないように・・・」
いつもと同じスピード、いつもと同じ風景。
ただ左側には、いつもいたアレックスの姿はない。
それでも、頭の中でアレックスの姿を作り出してドンドンペースをあげていく。
自分にしか聞こえない、アレックスの地面を蹴るツメの音。
リズミカルにそれにあわせて走っていく。

泣いてばかりだとアレックスの悲しい顔を見ることになる。
悲しい顔のアレックスは見たくない。
アレックスとたくさん走りたい。
だから、泣いてるヒマはない。
一生懸命、仕事もがんばっていつ帰ってきてもいいようにしっかりしなきゃ。

家に帰ると、シャワーを浴びて朝食を作った。
昨日は夕飯も食べないで泣き、そのまま寝てしまった。
それなのに、朝から走って正直食欲もなかったが無理して食べた。
体調崩すわけにはいかない。
食事を終えてからは、掃除をして洗濯をして
部屋で振りの練習を一人で鏡を見ながらした。
途中で、明日の予定を書いたFAXが届いた。
どうやら、自分が落ち込んでると思い、電話しずらくて
FAXでよこしたのだろう。
それに目を通すと、いつもより早めに就寝。

「はぁ〜。大丈夫かなぁ?辻〜。カオリ心配だよ。
ゆうちゃん電話したみたいだったから、電話しなかったけど」

「大丈夫でしょ。あの子最近変わったじゃない」
マネージャーは車の運転席から声をかけた。

飯田は窓の外を見ながら憂鬱になっていた。

(あの子変わったけどそれはあのアレックスのおかげでしょ。
それがいなくなったんだから。
もしカオリだったら、絶対に落ち込んじゃう。
ゆうちゃんもあの子は大丈夫だって言ってたけど、心配だなぁ)

「あれ?辻もうマンションの前で待ってる・・・
よかったぁ。元気そうだ。」と言うとマネージャーは車を止めた。

ガラァ〜とドアが開くと
「おっはようございま〜す。」
と、大きな声が聞こえた。

飯田はびっくりして【LOVEマシーン】のイントロの時の
歌い出し前のような顔していた。

「どうしたんですか?いいらさん?」

ふと我に返って
「あぁ、あ、なんでもない。おはよう辻。」

飯田は、驚いた。
落ち込んでいるとばっかり思っていたのが、いつもと同じ辻に。
もしかして、アレックスが帰ってきたのか?

「辻?もしかしてアレックス帰ってきたの?」

「いいえ。まだです。なんでですか?」

「そうなんだ。そのわりには、なんていうか
落ち込んでないって言うか。まぁ、元気そうでよかった。」

「落ち込んで、アレックス悲しませないように・・・
みんなにも、心配かけたくないし。だから頑張るんだ。
いつも以上にがんばるの。」

元気よく答えた目にはうっすら涙が見えたけど
決して落ち込んでいるようにみえなかった。

楽屋でもそんな辻の一生懸命な姿を見て周りのメンバー達も
ほっとしている感じがした。

「なんか、カオリ寂しそうだね。」
「そんなことないよ、圭ちゃん。辻が元気だったらいんだよ。
もし辻が落ち込んでたら、今ごろこの楽屋はどんだけ暗いことか。」

「でも、本当は慰めてあげたかったんじゃないの?カオリ?」
「まぁね。でもゆうちゃんに取られちゃった。加護がカオリに電話するより
ゆうちゃんに先に電話すっからさ。」

「加護だって別に悪気があってゆうちゃんに電話したわけじゃないし、
カオリの事、信頼してないわけじゃなく、たまたまなんだから。」

「でも、加護の判断正しかったよ。あたしだったら一緒になって
辻と泣いてただけかも。」

「ゆうちゃんは、やっぱ人生経験豊富だわ。」

少し離れたところで腕相撲大会をやってるようで騒がしい。。
「のの、つえぇ〜〜」と吉澤の声も聞こえる。

「辻?もしかしてアレックス帰ってきたの?」

「いいえ。まだです。なんでですか?」

「そうなんだ。そのわりには、なんていうか
落ち込んでないって言うか。まぁ、元気そうでよかった。」

「落ち込んで、アレックス悲しませないように・・・
みんなにも、心配かけたくないし。だから頑張るんだ。
いつも以上にがんばるの。」

元気よく答えた目にはうっすら涙が見えたけど
決して落ち込んでいるようにみえなかった。

楽屋でもそんな辻の一生懸命な姿を見て周りのメンバー達も
ほっとしている感じがした。

「なんか、カオリ寂しそうだね。」
「そんなことないよ、圭ちゃん。辻が元気だったらいんだよ。
もし辻が落ち込んでたら、今ごろこの楽屋はどんだけ暗いことか。」

「でも、本当は慰めてあげたかったんじゃないの?カオリ?」
「まぁね。でもゆうちゃんに取られちゃった。加護がカオリに電話するより
ゆうちゃんに先に電話すっからさ。」

「加護だって別に悪気があってゆうちゃんに電話したわけじゃないし、
カオリの事、信頼してないわけじゃなく、たまたまなんだから。」

「でも、加護の判断正しかったよ。あたしだったら一緒になって
辻と泣いてただけかも。」

「ゆうちゃんは、やっぱ人生経験豊富だわ。」

少し離れたところで腕相撲大会をやってるようで騒がしい。。
「のの、つえぇ〜〜」と吉澤の声も聞こえる。

数日後
午後からの仕事では3つの班に分かれて仕事だった。
そして帰りの車の中。
渋滞中。
車の中には、マネージャーと飯田、石川、保田、辻が乗っていた。
割と静かな車内。
そこに、携帯電話の着信音。
「だれ?ののじゃないの?」とアニメ声。

登録されてない番号。

警察?

ドクン。

心臓が高鳴った。

周りの人間も気がついた。

緊張が走る。

震える指で着信に答える。

「もしもし・・・」

『あ〜もしもし、こちら─警察─2丁目の交番の巡査の工藤と言います。
辻さんですかね?』

電話から聞こえる物凄く事務的な声

「・・・はぃ。」
『え〜こちらの交番にですね。おたくの犬がね。
来るそうなんですよ。
今、連絡がありましてですね。たぶんあと30分後には
着くと思いますので、引き取りに着てくれますか?
その時に身分証かなかあれば。』

辻の顔に満面の笑みが浮かんだ。
それを見ていた。メンバー全員の顔に安堵の声が漏れた。
飯田と石川は手を取り合って喜んでいる。
辻の隣の保田は腕組みをして車窓を眺めながら口元を緩めた。

「はい。わかりました。なるべく早く行きます。
えっと、場所は、はい。ハイ。わかります。ありがとうございました。」

電話を切ると、背もたれに倒れ込むように電話を胸に抱きしめ
大きく、息を吐き出した。
「・・・よかった・・・」
思わず辻の口から出た言葉は涙も一粒連れてきた。
そんな辻の姿を見た保田は辻の頭をグシャグシャにして
「よかったな。」って声を掛けて、また窓の外に目を向けた。
辻は一言。
「ハイ」と言うと目をつぶりアレックスに掛ける言葉を捜していた。

飯田と石川は携帯で他のメンバーに今あった電話のことを伝えていた。
まるで、自分のことのようにうれしそうに。

早くアレックスに会いたい辻の気持ちを知ってか知らずか
道は混んでいて全然動かない。

赤いテールランプが延々と続いている。
少し動いたと思うと、また車は止まる。
「辻イライラしてもダメだよ。
昨日も待ってたでしょ。今回はちゃんとこれから一緒だって
わかってるんだから、我慢して待ちなさい。」

「はぃ。」
「ねぇ、ののちゃん。アレックスに掛ける言葉は決まったの?」

「まだ決まらないよぉ。なんていえばいいんだ?梨華ちゃん。」
「そぉ〜ね〜。あくまでもさりげなく。それでもってすべてを
包み込むような。感じかな。」

「だから、なんて言えばいいの?」

訳のわからない会話が続く。

そんな時間つぶしもすぐに終わってしまう。

その時辻は、見たことのある建物を発見した。
すかさずマネージャーに道を聞く。
そうすると、
「ののココで車降りていいですか?」

「はぁ?何言ってるの?」驚いて飯田は言った。
「降りてどおすんの?」
「走って帰ります。」
「走って帰るって言ったて、道わかるの?」
石川は辻を見て

「前、散歩でここの近く通ったことあります。
あの建物見覚えあるし、道聞いたら知ってる道みたいだから。」

「知っている道ってまだ遠いじゃない。ってあんたこんなところまで
散歩きたことあるの?」

「へい。40分ぐらいで来れますよ。」

「40分って・・・」飯田は呆れてた。

「行かせてあげれば。」保田は相変らず窓の外を見ながら言った。

「圭ちゃん。危なくない?」飯田は心配そうだ。

「まだ、全然道空きそうにないよ。
辻〜。大丈夫だよな?だったら、気をつけて帰るんだぞ。」

「大丈夫です。おばちゃん。ありがとう。」

マネージャーはハザードを点け左側に車を寄せた。

おりる間際、飯田と石川は声を掛ける。
「辻は明日お休みだからね。ゆっくりしなよ。」

「あぃ〜わかってます。それじゃ〜おつかれさまでしたぁ」

ドアを閉める間際、保田は辻にウインクをした。
それを見た辻は投げキッスで答えた。

「だれに?投げキッス?圭ちゃんに?いつもなら『ヲエ〜』なのに。」
保田はちょっぴりうれしそうにまた視線を窓の外に向けた。
窓の外には小さな体がぐんぐん車から離れていき、小さくなっていく。

思わず石川が「すごい。速いね。」
「陸上選手か?アイツは・・・」

「待っててねアレックス。もう少しだよ。」
大きなカバンを肩に掛けてぐんぐん走る。
車道は渋滞しているが歩道にはほとんど人はいない。
車から見えた知っている建物の角を曲がると見かけた町並み。
カバンの重さが気にならないぐらい一生懸命走った。
もちろん、車などには気をつけながら。

オリを載せたワゴンタイプの車の中。
「あの子、喜んでむかえにきてくれるんでしょうねぇ」
「だろうな。そうしないとオレ達の苦労がむくわれないさ。」

「でもいいんですか?あんな事しちゃって。」
「大丈夫さ。責任はオレが持つ。どうせ、アレックスを
操れる奴なんていないんだ。それだったら早く自由にさせてあげた方が
みんなのためさ。お前アレックスと仕事してみろ?自信なくすぞ」

「やっぱ。オレなんかじゃそんなに言う事きいてくれないんですか?」

「あぁ。そりゃもう。あきれるぐらいにな。」

「それなのにあの女の子には言う事聞くのか。一緒に仕事しなくても
自信なくなってきましたよ。」

「しょうがねぇ。あの犬は特別だ。気にすんな」

交番に着いてオリから出すと堂々とした姿でアレックスは
邪魔にならなそうな場所で、伏せをした。
リードは念のために柱に結び付けられていた。
二人の訓練師は交番内の警察官と話をしながらお茶をすする。
「連絡はしておいてくれましたか?」
「はい。こちらには向かってると思います。」
「そっか。そんじゃしばらく待たせてもらってから
感動のご対面を見学させてもらうとするかな。」

アレックスは伏せの格好のままピクリとも動かない。
気配すらけしているように。
話すことのない男たちはただ腕組みして座っている。
警察官の一人は書類になにやら書き込みをしているようだった。
時計の針の刻む音と警察官のペンの音だけが静かに響き渡っている。

岡部が何気なくアレックスを見ていたらピクリとも動かなかった
アレックスの耳がクッっと動いたのを見た。

「深野さん、彼女そろそろくるかも」
「はぁ。どした?なんでわかる?」
「アレックスの耳が動きました。」

それからしばらくするとアレックスは伏せの姿勢から
お座りの姿勢に変えた。

二人の男は顔を見合わせた。
そんな男達にお構いなくアレックスの尻尾が動き出した。
そして立ち上がる。
外に向かおうとする。
リードがあるため、前に進めない。
床とツメが擦れる音がする。
深野がリードを取ろうと立ち上がろうと
彼女は入ってきた。

聞こえる。
あの足音はご主人様の足音。
一生懸命走ってくれてる。
もう伏せの姿勢で待ってられない。
早く。会いたい。
どんどん足音が近づく。
思わず立ち上がった。
ご主人様の走っている息使いが聞こえる。
いてもたってもいられなく、吠える。
短く、一回だけ吠える。
ここに、いるよ。と教えるように吠える。
迎えに行かなきゃ。
交番の外に向かう。
グッ
リードが付いてた
それでも、無視して外に向かう。
首が絞まる。
苦しい。そんなことより早く会いたい。

そのとき・・・
外に、まるで陽が差したように
明るく見えた。

あと少し、あそこの角を曲がって
そう思うと走るペースも上がる。
流れ落ちる汗も気にならない。
角を曲がった時、見覚えのある車が目に入った。
アレックスを連れてった車。
あそこに、アレックスが・・・
あと、80m・・・50m・・・10m
交番から聞こえた。
アレックスの声。
もう2度と、もしかしたら聞くことが出来なくなるかもって
思っていたあの鳴き声。
交番の前に着いた。
交番の置くにはアレックスの姿が。
リードが引き千切れそうなほどビーンと張って
こちらに一生懸命来ようする。
「アレックス〜〜〜〜〜〜〜」

抱きしめる。
抱きしめられる。
走って熱くなった体で抱きしめる。
走って熱くなった体で抱きしめられる。

少女には根拠のない自信があった。
根拠のないぶん不安もたくさんあった。
たくさん泣いた。

ご主人様を信じた。
自分にできることはご主人様を信じる事。
ただそれだけ。
それでも、どこか不安があった。

走ってきた疲れなど微塵もない。
リードを引っ張った苦しさもない。
あの夜の涙も
月の光も
すべてが過去になった。

警官を含めた3人の男には
まるで映画やドラマのワンシーンのように映った。
でも、それは映画やドラマではない。
そこはもっとリアルな生きる物としての自然の
感情のぶつかりあっている場面。
子供と動物のウソや偽りのないまっすぐな姿。
アレックスの事を知っている深野にはとても信じられない光景だった。
アレックスのうれしそうな姿は、前の飼い主の小橋とアレックスの時とは違っていた。
まるで、この少女との再会のシーンではアレックスは仔犬のようだった。

「これで、もうこの犬はキミの犬だよ。」
警官が辻に声を掛けた。
「これで、以上ですよね。」
と深野に声を掛ける。
「あぁ。OKだ」
「それじゃ、アレックスを頼んだよ。」
「はい。ありがとうございました。」
ペコリと頭を下げて何度も、お礼を言った。

警察官と深野と岡部は笑顔を浮かべ交番の外まで見送った。
少女と犬の後姿を見えなくなるまで。
「・・・これでよかったんだ。」
「ですね。」
「犬は物じゃない。犬にだって飼い主を選ぶ権利があったていいじゃないか。」
岡部は黙ってうなずいた。


家に着いた頃にはすっかりお腹がすいていた。
「アレックスお腹すいたね。ご飯にしよ。だからちょっと待っててね。」
優しく声を掛けてくれると、パスタを茹で始めた。
伏せの姿勢でそれを見つめる。
小さな体で一生懸命な姿。
時折、こちらを見て微笑をくれる。
その微笑をみると尻尾が動く。

この視線がないだけで、どんなに寂しかったことか。
「明日お休みだからまた遊びに行こうね。
アレックスと遊ぶ為に、いない時だって走って鍛えてたんだぞ」

ご主人様といる時の時間はあっという間に流れる。
テレビを見たら、ご主人様の姿が映っている。
仕事をしている姿はなんども見ていたが
テレビで実際に映る姿ははじめてみた。

テレビの中のご主人様は真ん中で踊って歌っている。
まわりでは物凄い歓声がしているように聞こえる。
いつもとは違う、輝き方をしているご主人様の姿が見えた。
「アレックス。ののだよ。これ。なんか恥ずかしいな。」
凄くキラキラして見えた。
ご主人様はテレビなどでいろいろな人に、
このキラキラしたものを配っているのかな?
キラキラしたものは勇気にも、元気にもなる。

「アレックスはののが歌ってるところとか踊ってるところ好き?」
短く吠えて答えた。
ご主人様の歌は大好きだ。
凄く透き通っていて、まっすぐで繊細。
耳に気持ちが良い。
そして踊っている姿は美しい。
見とれるほどに美しい。
「?珍しいね、吠えて答えるなんて。そんな好きなのか?
うれしいぞぉ〜、でも照れるなあ」
と言って抱きついてくれた。

「それじゃそろそろ寝ますか。明日も元気に頑張りましょう!」
と言うと電気を消してベッドに入る。
そして、同じ布団に包まって寝る。
温かくて柔らかくて、優しい香りのするベッド。
カーテンの隙間から月が見える。
満月よりやや欠けた感じの月。
その月の光がご主人様の顔を照らしている。
寝ながらご主人様が目を細めながら頭をなでてくれる。
それが気持ちが良くて、意識が遠くなる。
意識が途切れる瞬間、ご主人様の寝息が聞こえた。
安心して、寝ることにした。

朝。快晴。
目覚まし時計が鳴る。
ご主人様は、すくっと立ち上がると
「おはよう。アレックス。ちょっと待ってて着替えるから」
と言って、着替えにを始めた。
寝起きでのどが渇いたので水を飲む。
いつもピカピカの食器。
鏡に映る自分の姿。
首には蛍光ピンクの首輪。
少し汚れてきたかな?
窓の外を見てる。
すずめが鳴いている。
雨が降る心配もなさそうだ。
ご主人様の着替えが終わったらしく、玄関から声が聞こえる。
首輪とおそろいのピンクのリードをくわえて玄関に向かう。
首輪にリードをつけてもらい、散歩に行く。
いつもの道。
最初はゆっくり。
段々ペースが上がってくる。
あっという間に公園に到着。
始めてここに散歩でつれて来てもらった時の
半分の半分ぐらい時間ぐらい。
公園内はゆっくり散歩。
途中でお水を飲む。

ご主人様は公園内では体操などしていた。
その間、草の匂いや陽射しを浴びて楽しむ。
「お腹すいたね。帰ろうか?」
と言って帰ることになった。

帰り道の商店街はいつもはゆっくり走る。
今日はいつもより人が少ないので少しづつ
ペースが上がってきた。
歩道を駆ける。
なるべく他の人の邪魔にならないように端を走る。
ご主人様の左側。自分の特等席。
走っていると、不意に大きな音が聞こえた。
ジリリリリリリ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「?」
ご主人様と顔を見合わせる。
その時、誰かが自分にぶつかった。
走り込んできたみたいで。
避けられず蹴られるような格好になった。
脇腹を蹴られて息が詰まって動けない。
その時、走り込んで来た男がご主人様を抱きかかえて走り始めた。
「アレックス!」
!!!
しかし、ご主人様が抵抗したせいでその場に止まった。
それでも、男が出てきた建物の隣の駐車場にご主人様を引きずっている。
軽く、体を振ると特にケガしてないみたいなので、
ご主人様を救出する事にした。
こんなことは、得意中の得意だ。
ただ、蹴られたからちょっと仕返ししてやる。
それに、ご主人様をこわがらせたお返しもな。

駐車場には駆けつけたガードマンなどが犯人とご主人様を囲っている。
ただ、取り押さえられないでいる。
男の右手には包丁が握られていた。
左手でご主人様の首をスリーパーホールドのようにして
ご主人様を盾のようにして犯人は身を守ろうとしている。

「近づくな!!このガキの命はねぇぞ!!!」
犯人が、がなりたてながら包丁を振りかざす。
ご主人様をガキだと?
カチン。どこかでスイッチが入ったのがわかった。
ただ冷静に、綿密に、高性能の機械のように計算する。
犯人の向かって左側に回り込む。
車の陰から間合いを計る。
頼むから、周りの人達は邪魔しないでくれよ。
オレの大事なご主人様なんだからよ。
犯人は興奮しているみたいで、前方のガードマンを威嚇する。

素人が。
刃物をそんなに振り回してくれるなんて
取りやすくしているだけだぜ。
ご主人様が気がついた。
目で合図を送る。
(ダメ!きちゃダメ。ののは大丈夫だから。)
なんで?
大丈夫だよ。
(絶対にケガさせちゃ、ダメだよ。それと気をつけて)
わかった。
ケガさせないよ。
ご主人様には逆らえない。
仕返しはあとだ。まずは救出作戦だ。

次に犯人が包丁を振りかざした時に行く。

姿勢を下げて少しずつ前進。
包丁を振りかざした。
「!」
今だ。
ご主人様がちゃんと走らせてくれたから
体のキレは衰えてない。
目指すは、犯人の右手首。
口をあけて犬歯を手首に当てる。

「ガチン」
手首の骨と犬歯がぶつかった。
「あ、うわぁ〜〜」
〜カラーン、カキン〜
乾いた木の音と金属がコンクリート当たる音がした。
犯人は尻餅をついた。
ご主人様が犯人から離れた。
ご主人様と犯人な間に体を滑り込ます。
振り返るとご主人様と目が合う。
ケガさせないようにするよ。
そのかわり恐怖を味あわせてやる。
ご主人様が感じたような恐怖をな。
犯人を目に据えて飛び掛る。
「うわああ。助けてくれ〜」
情けない声出すなよ。
だったら最初からこんな事しなきゃいいものを。
そう思いながら、犯人の洋服の襟をしっかり噛み付いて
左右に思いっきり振る。
そうすることによって、呼吸が出来なくなって気絶する。

手足をジタバタさせても無駄。
オレは離さない。
右脇腹に衝撃が走った。
それでも離さない。
そんなへなちょこパンチは効かないぜ。

それから、5回ぐらい振ったところで犯人がグッタリした。
それを確認してから口を離す。
アレ?
襟元に血がついてる。
牙当てちゃったかな?

「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

振り返ると真っ青な顔したご主人様が叫んでいる。
どうしたの?
慌ててご主人様の方に走る。

あれ?
力が入らない。
おかしいな?
ご主人様、誉めてよ。
ちゃんとケガさせないで犯人取り押さえたよ。
あれは気絶してるから。
大丈夫。ケガじゃないよ。
でも、ちょっと牙が当たったかな?
襟元に血がついてたけど。

はぁ〜
久々だからかな。失敗したのかな?

ちょっと息苦しいや。
ねぇ。ご主人様いつもみたいに抱きしめてよ。
どうしたのそんな青い顔して。
怖かったの?
なんか歩きにくいな。
自分の体を見る。
右脇腹になにか生えてる。
なんでこんなところに、木が生えてるんだ?
これのせいで、歩き難いんだ。
邪魔だな。
あれ、届かない。
いいや、早くご主人様のところに・・・
ちょっと興奮しすぎたかな。
妙に体が重い。
あれ?
口からなんか出てきた。
血?
そんなに犯人に牙当てたっけ?
なんで?
ちょっと休憩。
のど渇いたな。
歩くの疲れた。
はぁ、はぁ、はぁ。
ひさびさの散歩で飛ばしすぎたかな。
呼吸が・・・
ご主人様。
そんな、真っ青な顔してどうしたの?
どうしたの?
震えて、大丈夫だよ。

「アレックス・・・」
そうこの手。
温かい。
抱きしめてくれると疲れが飛ぶよ。
なんか、目がかすむなぁ。
どうしたの?

ねぇ、ののちゃんって呼んでいい?
これからも、ずっと一緒だね。
「・・・ばか」
なんで?
ごめんなさい。
ちょっとやりすぎたから?
だってアイツののちゃんの事、ガキなんて言ったんだよ。
それにののちゃんの事、脅かしてさ。
だからね。
もう大丈夫だよ。
「だれかぁ〜。ね〜たすけて〜。アレックスが!アレックスが〜」
どうしたの?
もう怖くないよ。
ボクが倒した。
だから誉めて。
もっと抱きしめて。
あったかい。
いい匂い。
やさしいにおい。
しあわせだなぁ。

・・・
・・

─あれ?
前のご主人様がいる。
どうして?
なんで??
怒ってるのかな?
ボクが前のご主人様以外の人の言う事聞いたから?
怒ってる?

(怒ってないよ。お前は良い犬だ。でも約束をやぶったな)

約束?

(あぁそうだ。オレはお前に「お前は長生きしてこの世の為になるような
立派な犬になるんだぞ。」って言ったの覚えてるか?)

覚えてるよ。
だから犯人捕まえたのさ。
これでいいんでしょ?

(世の為になるような立派な犬になった。)
えへへ。
まぁね。
(だが。)

(長生きしろと言ったではないか。)
え?
(お前、死んじゃっちゃーだめだよ。)

え?死んでないよ。
(しくじったんだよ。調子に乗って油断したんだな。)
油断?

─した。かも。

(右の脇腹に包丁が刺さっちまったんだよ。)
あの木?
体から生えてた木のこと?
(あぁ。そうだ。アレは包丁の柄だ)
うそ。
それじゃ、もうののちゃんに会えないの?
(あぁ。そうだ。)
なんで?
せっかく、これからずっと一緒だと思ったのに。
もう会えないなんていやだよ。
せっかくこれから、ののちゃんってたくさん呼ぼうと思ったのに。

(しょうがないさ。ただな。いずれはこうなる。
元々、人間より犬の方が寿命が短い。
オレの時は事故だけどな。もう、わかるな。)

・・・うん。
最後の時。
ののちゃんの胸の中だったんだから
ボクはしあわせだった。

(そうだな)

一人じゃなくて大好きなののちゃんと
一緒だったから
よかった。一人はやだよ。

ありがとう。

ののちゃん。

ののちゃんと会えてよかったよ。

ボクの最後のご主人様。
ありがとう。ののちゃん。