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つなぎ役 投稿日: 02/01/11 23:23

ジリリリリリリ・・・

(うるせぇなぁ…)

ジリリリリリリ・・・

(…あぁ、うるさいんだよボケ!!)

ジリリ…ガチャン!

「ん、7時ぃ〜?」

俺はちょっとイライラしながら今止めた目覚ましを見て呟いた。

(なんでこんな早い時間にセットしてんだ、俺は)

(・・・)

(…もう1回寝よう)

(・・・)

(…ん?…なんか…忘れてるような…)

「あ゛ーー!」

自分でも間抜けな裏声で叫んで俺はベッドから飛び起きた。

「今日から学校じゃねぇかよ!」

自分でも誰に言ってるのか分からないが、とにかく慌てていた。
眠気はもう完全になくなっていた。

とりあえず下の階に降りてバスルームでシャワーを浴びる。

「今日も寒いなぁ…」

バスルームから出ると朝食の支度をする。
目玉焼きにトースト、そしてオレンジジュースだ。
コーヒーは飲まない。というか飲めない。
俺は苦い物が苦手の甘い物好きなのである。
まだまだガキってことだな。

服を着替えて余裕をもって家を出る。
さすがに1月の朝は寒い。

俺の名前は「白鳥 聰(しらとり さとし)」。
この辺じゃちょっと有名な私立の学校の高等部1年生だ。
両親の都合で現在一人暮らしさせられている。
というのも父親が有名なデザイナーで、1年の大部分が海外で仕事中なのだ。
それでも俺が中学生の時までは母親との二人暮らしだったのだが、
高校に入るとすぐに母親も父のもとへ行ってしまった。

「もう聰も高校生だから一人で生活できるでしょ?(はぁと)」

そう言って呆気にとられる俺を置いて出て行ってしまった母親の顔は今も忘れられない。
まぁ、元々母は俺を強い人間に育てるため(本当かどうかは知らない)
放任主義っぽい育て方をしていたから、今考えるとあの行動も分からなくはない。
一人暮らしにもちょっと憧れがあったし、
何より金の心配が全くないこの自由な生活を今は気に入っている。
(両親のおかげで今まで金に困ったことはない)

駅に着いて電車に乗り込む。
久々のラッシュだ…
冬休み明けでみんな気合が入ってるのか、いつもより人が多い気がする。
あぁまたこんなラッシュに揉まれる日々が始まるのか…
俺の高校生活の中でこれだけが不満の種である。

??「おい!」

俺がラッシュに鬱になりながらぼんやり上を見ていると不意に下から声がした。
目線を下げるとそこには金髪がある。(w

俺「おぉ、おはよう」

??「もっと早く気付けよー!」

俺「いや、だって小さいから…グェッ!」

金髪の女の子は俺のみぞおちのあたりにパンチを放つ。

??「腰抜けのくせに反論しないの!」

彼女、いや、こいつの名前は矢口 真里。
幼稚園から現在まで一緒の幼馴染と言うか腐れ縁である。
なんとしかも小学校3・4年の時以外は全て同じクラスだ。
ここまで来ると恋愛感情が芽生えるということもない。

ところで、前にも言ったが俺の母親は俺を強くしたいらしく、
俺は幼稚園から小学校卒業まで紺野流合気道道場というところで
合気道を習わせられていた。
そこでもこいつとは一緒だった。

体は小さいが真里の合気道の腕前は黒帯である。
俺は組手で一度も勝ったことがない。(汗
以前この電車で真里が痴漢に遭ったことがあったのだが、
駅に着いて電車の扉が開くや否や、痴漢はホームにぶっ飛んでいった。
うっかり機嫌を損ねるとどうなるか分からない。
ちなみにその痴漢事件の時から俺は真里に腰抜け扱いされている。
詳細は…めんどいからやめておこう。

俺「なんかまた髪がより金色になってないか?」

真里「あぁ、昨日脱色し直したから」

俺達の学校は自由な校風で、金髪だろうが赤髪だろうがお咎めなし。
制服さえ着ていればいいような感じだ。

真里「にしても久し振りだねー」

俺「いや、正月に初詣で会っただろ?w」

真里「あれ、そうだっけ?キャハハ」
真里「そういえばもうおじさん達は帰ったの?」

俺「あぁ親父達?いたのは正月だけだよ」
俺「自由きままに暮らしすぎだよ、親父達は」

真里「なんで?いいじゃーん。私もあんな親がいいよ」
真里「あぁ!一人暮らししてみたーい!」

俺「いやいや、結構大変だぜ?」

実際はそうでもないんだが。

こんな風に雑談している内に学校の最寄駅にに着いた。

学校は駅からすぐなので大勢の生徒が降りてくる。
あちこちで「久し振り!」とか「明けましておめでとう!」という声が聞こえる。
俺と真里は人の流れに乗って高等部へ向かった。

途中何人かのクラスメートと会って挨拶を交わす。
お、あれは和也だ。

俺「おっす!和也!」
真里「おはよー和也!」

和也「ん、あぁおはよう。だるいよな?」

彼は渡辺 和也(わたなべ かずや)。
真里と同じく幼馴染だ。
真里と違ってずっと同じクラスってわけではないが、
高等部では久々に同じクラスになった。
和也は学校や勉強といったものには全くやる気が出ないらしい。
いつも「だるい」を連発してる。
中学生の時には梅雨時に「雨が降ってるから」という理由で
学校を1週間くらい休んだこともある。
遊びのことになると突然目が輝き出すのだが。

小さい時は俺・真里・和也・そしてもう一人でよく遊んだものだ。
真里に振りまわされてただけな気もするが(w

俺「新学期早々『だるい』かよ(w」
真里「テンション低いよー!ほら、もっと笑って笑って!!」

和也は苦笑いしている。
真里も元々期待してなかったんだろう、諦め顔だ。

ようやく長い始業式が終わった。
と言っても長いのは校長の話だけだが。

今日はあとはホームルームだけで終わり。
和也と講堂からクラスに戻るとクラスが騒がしい。
午後から遊ぶ予定でも立てているのかと思ったがどうやら違うらしい。
「転校生」という言葉が聞こえる。

和也「何?転校生来るの?」

和也の目が輝きだした。

男子生徒「おぉ!しかも女の子らしいぜ!」

和也「マジで!?うぉー、楽しみー!」

女の子か…
和也ほどではないが俺も少し期待してしまう。

「なーに鼻の下伸ばしてんだよ!」

突然、真里が横から耳を引っ張ってきた。

俺「俺は別に伸ばしてねーよ。イテテ…」

真里「転校生なんて期待するだけ無駄無駄!」
真里「ドラマじゃないんだから美人が来るわけないじゃーん」

俺「前に長田が転校して来たときには大騒ぎしてたくせに…」

長田は中学の時に俺と真理のクラスに来た転校生だ。
お世辞にもかっこいいとは言えなかった(w

真里「や、あれはその…」
真里「…あの時で学習したのよ!転校生は期待しちゃいけないって!」

めちゃくちゃな論理だ(w
だが、真里の言うことも一理ある。
期待が大きければ大きいほど外れた時の反動は大きい。
俺はできるだけ期待しないことにした。

……いや、そうは言っても期待しちゃうのが人間だよね…w

キーンコーンキーンコーン・・・

チャイムが鳴って担任の天野先生が教室に入ってくる。
HRの始まりだ。

というか…いる。
明らかに…いる。
教室の前側のドアに人影がある。
あれが噂の転校生に間違いない。
俺は後ろの方の席からドアを見ていた。

ちなみに真里は俺の斜め後ろの席。一番後ろだ。
真里は昔から背が低いくせに後ろの席を好む。

天野「じゃあHRを始めまーす」

誰も天野先生を見ていない。
クラス中がドアの人影に注目している。
俺は期待を通り越して、なぜか緊張している(w
自分の心を操作するのは簡単じゃないね。

天野「えーっと、もうみんな知ってるみたいだが、
   今日からウチのクラスに転校生が来ます」

「おぉーーーー!」

あちこちからよく分からない歓声が沸きあがる。

天野「では、どうぞ!」

なんかバラエティー番組の司会者がゲストを呼ぶみたいだな…
と考える暇もなくドアが開く。
クラス中の視線が集中する。

・・・・・・

一瞬の静寂の後、一人の女の子が入ってくる。

クラスが少しずつざわつきはじめる。
「かわいくない?」
「おい、やばいよ、かわいいよ…」

おぉ、結構、いやかなりかわいいじゃん!
…ん?でもなんか見覚えがあるような…?

真里「……っちん…?」

俺の斜め後ろの席で真理が何かを呟く。
もちろん俺の耳には全く入っていないが。

天野「では、自己紹介よろしくっ!」

天野先生に促されて女の子は黒板に名前を書き始める。

…ぎょうにんべん……うしろ、…はなかんむり……ふじ…

俺「な゛っ!」
真里「ごっちん!!」

2人同時に叫んでいた。
もちろんクラス中の視線が俺達に集まる。

黒板に書かれた名前は…

『後藤 真希』

彼女がこちらを見てニコッと微笑んだ気がした。

後藤 真希…ごっちんは俺の幼馴染……だった。

俺、真里、和也、そしてごっちんは幼稚園で同じクラスでいつも一緒に遊んでいた。
だけど小学校に入ってごっちんだけが違うクラスになってからはだんだん交流がなくなり、
たしか四年生の時、彼女はいつの間にか転校していた。

不思議なもので、一度疎遠になってしまうと、
あれだけ毎日遊んでいた親友だったというのに、
いなくなっても俺は大して何も思わなかった。

俺が冷たい人間なだけなんだろうか?

でも、ごっちんも俺達に何も言わずに転校していったんだから同じだよな。

・・・・・・

とにかく!
今そのごっちんが目の前にいる。

そしてそれより!
今はこの俺達に集まったクラスメイト達の視線をどうにかしなくてはいけない。

俺がクラス中の視線にどうしていいか分からず
「あ、いや…」
と狼狽している後ろから真里の声がとんだ。

真里「やっぱごっちんじゃ〜ん!久し振り〜!!」
真里「覚えてる〜?真里だよ、真里!」

天野「なんだ、矢口。お前等知り合いか?」

真里「そうそう!ごっちんは私の幼馴染なの♪」

はーい!一応僕も幼馴染なんですが…
ごっちんは無言で微笑んでいる。

和也「あ、ごっちんか…」

和也が俺から少し離れた席でボソッとそう言うのを俺は聞き逃さなかった。
思い出すの遅いよ。あいつこそ冷たい人間だな(w

天野「そうかそうか。ま、とりあえずそういうわけでね!」
天野「後藤さん、自己紹介の続きをお願いします!」

相変わらずバラエティーの司会のような口調で天野先生が促す。

後藤「あ、はい。」
後藤「後藤真希です。両親の都合で遠くに引っ越したんですけど、
   小さい時は近くに住んでました。」
後藤「みなさん仲良くしてください。よろしくお願いします。」

ちょっと緊張気味にごっちんはごく普通の自己紹介をする。
一言一言に男子の歓声が上がっていた。

天野「よし、じゃあ後藤の席は…」

真里「アマノッチ!こっちこっち!」

真里が手を上げてアピールする。

天野「よし、じゃあ矢口の隣で!」

矢口の席の隣、つまり俺の後ろの席にごっちんが歩いてくる。

・・・・・・!!

目があってしまった!
俺はどうリアクションしていいか分からず、軽く会釈して視線をずらしてしまった。

真里「ごっち〜ん!超久し振り〜♪」

ごっちんが真里の隣の席に座る。

後藤「そうだね〜、真里っぺ元気だった?」

真里「うん元気元気〜!それでねー、……

俺はHRの間中、後ろが気になってどうしようもなかった。
もっとも近くの男子はみんなそうだったみたいだが。

(俺のこと覚えてるのかなぁ…?)

HRが始まったため真里とごっちんはひそひそ話になっている。
俺は一生懸命聞き耳をたてるが…

くそっ、単語単語しか聞こえねぇ…

天野「それじゃ今日はこれで終わり!まーた明日ぁー!」

ありゃ、いつの間にかHRが終わってるし…

天野先生が教室を出ると十数人がこっちに集まってくる。
転校生が来た時に必ず起こる「アレ」だ。

「ねぇねぇ、どこから引っ越して来たの?」
「血液型は?」
「好きな食べ物は?」

質問責めってやつだ。
俺は質問者達の熱気に押され席を立つ。

和也「まさかごっちんとはなぁ…」

和也が俺の方に歩いてくる。
俺達は質問コーナーから少し離れた所で話を始める。

俺「あぁ、懐かしいよなぁ」

和也「俺、小学校入ってからはほとんど喋らなかったからなぁ。
   ごっちんって気付くのに時間かかっちまったよ」

俺「俺も」

和也「にしてもかわいくなったよなぁー。
   昔あんなにかわいかったっけ?」

俺「さぁ…?」


「彼氏はいるの?」

・・・・・・・・・

そのとき突然後ろから聞こえてきたこの質問に教室中が静まりかえる…

(いるの…かなぁ…?)

静寂の中ごっちんが答える。

後藤「いないですよ」

………ふぅ。

……ん?なに安堵してんだ、俺は…?

「じゃあ好みのタイプは?」

・・・・・・・・・

再び静寂が教室を包む。

後藤「うーん、そうだなぁ、優しい人かな?」

俺ってどっちかっていうと優しいよな?

後藤「運動は…」

ハイ!合気道やってました!
スポーツ結構得意です!!

後藤「…特にできなくてもいいんだけど」

……そうすか。

後藤「やっぱり男らしい人がいいかな〜」

めっちゃ硬派です!
彼女とかつくったことないっす!
……できないだけだけど…

和也「ん?どうした聰、ブツブツ言ってるけど?」

俺「え、あ、おぉ!大丈夫!」

和也「(何が大丈夫なんだ?)ごっちん彼氏いないってよ」

俺「あぁそうらしいな」

この後もしばらく質問責めは続いた。

真里「よーし!じゃあごっちんの歓迎会やろ〜!!」

ひとしきり質問が終わった頃に真里が叫ぶ。

「おぉ、いいねぇー」
「行こう行こう!」

和也「俺らも行こうぜ!まだ全然話してねーもん!」

ここぞとばかりに和也の目が輝く。

俺「あぁ、そうだな」

結局10人くらいの団体で近くのファミレスに行くことになった。

うーむ、しかし話し掛けづらいな…
みんながごっちんを囲んでワイワイ歩いている後ろで俺は思った。
とりあえず「久し振り!」って言ってみるか。
それが一番自然だよな。うん!そうしよう!
・・・・・・
いや、ちょっと待て!
向こうがこっちを覚えているとは限らないぞ。
幼稚園の時はともかく小学校に入ってからはほとんど話してないし。
「え?誰あんた?」とか言われたらどうする?
・・・・・・
だめだ、考えても仕方ない!
とにかくファミレスに着いたら話しかけてみよう!

ブーンブーンブーン・・・

とその時、俺の携帯のバイブが鳴った。
俺は集団からちょっと離れて携帯に出る。

「もしもし?」

「おぉ聰、元気か?」

親父だ。

俺「なんだ親父かよ。どうかしたか?」

親父「いや、例の荷物をちゃんと送ってくれたかどうかの確認だ。念のためな」

例の荷物……?
…やべ!
正月に帰ってきてた両親が戻るときに仕事道具とかを送るよう頼まれてたんだった。

俺「あ、いや、ごめん。まだだ…」

親父「おいおい…確認しといてよかったよ。
   今日送ってもらわないと仕事に間にあわんからな、今すぐ頼むぞ」

俺「あぁ、分かった分かった!じゃあ!」

俺「悪い!俺ちょっと急用ができちまったから帰るわ!」

真里「え?ちょっと何言ってんの?」

俺「本当悪い!じゃあな!」

真里が何か言っていたが無視して駅に向かって走り出した。

俺が今自由な生活ができてるのも親父のおかげなんだから
迷惑かけるわけにはいかない。
ってか親父は怖い(w
普段はそうでもないが、怒った親父には決して近づきたくない。
俺が行っていた紺野流合気道道場でも親父は八段を持っているし、
何か妙な威圧感があるのだ。
小さい時からほとんど一緒にいたことがないってのも恐怖を増大してるのかもしれない。

にしても結局ごっちんとは話できなかったなぁ。
ま、明日も会えるからその時でいいか。
…嫌なことは先延ばしの精神だな(w

「……ん…!」

ん?誰かに呼ばれた気がする…
まぁいいや、今はとにかく急ごう。
荷物をまとめるだけでも結構時間がかかりそうだし。

駅に着いてホームに降りるとちょうど電車が来ていたので慌てて乗り込んだ。

なんとか家に着いた。
急いで親父が書いた荷物のメモを捜す。

「お、あったあった!」

仕事道具の他にも日常品がいくつか書いてある。

「でもこれくらいなら結構すぐ終わりそうだな」

・・・15分後・・・

ピンポーンピンポーン

お、誰か来た。
やれやれ、忙しいってのに…

「はーい」

ガチャッ

「あ、こんにちわぁ♪」

俺「おぉ、愛ちゃん。こんにちは」

彼女は高橋 愛。
俺の従兄妹である。
彼女は俺のひとつ年下で、同じ学校の中等部に通っている。

愛「あのぉ〜、今暇ぁ?」

更に彼女は独特の訛りで話す。
福井弁ってやつらしい。
つい最近まで福井に住んでて、訛りが抜けないらしい。
いや、意識的に抜かない、というのが正しいな。
彼女の父親(つまり伯父さん)は福井大好きで、娘に
「訛りはなくすな!」と教育してるとか。

俺にしたらただの東北訛りにしか聞こえないのだが。

愛「学校で聰兄ちゃん見かけたんやけどぉ、すごい勢いで走って行くからぁ…」

あの時俺を呼んだのは愛ちゃんだったのか…

俺「いや、ちょっと忙しいんだけど…」

愛「何してるのぉ〜?」

俺「親父に荷物を送らなくちゃいけなくて、今まとめてるとこ」

愛「じゃあ手伝うよ〜」

俺「いやいいよ。もう少しだから…」

愛「いいからいいから〜♪」

家に上がりこんでくる。

愛「この箱ぉ〜?」

俺「あ、あぁ。そこのメモにあるものを入れてくれ」

まぁ人手は多い方がいいか。
できるだけ急がないといけないし。

・・・更に15分後・・・

俺「よし!チェックOK!」

俺は早速宅配業者に電話する。

俺「ふぅ、なんとか大丈夫そうだな」
俺「ありがとう。愛ちゃんのおかげで助かったよ」

愛「いいよ〜♪」

・・・・・・

で、この業者を待つ時間をどうしよう?(汗
ってかなんで愛ちゃんはウチに来たんだろう?

俺「あ、お茶でも飲む?」

愛「うん。紅茶とかある?」

紅茶か、たしか母親が好きだからあるはずだ。

俺「あると思うよ、ちょっと座って待ってて」

愛「私入れてくるぅ〜。紅茶どこぉ?」

俺「いや、俺行くからいいよ。適当に座ってていいから」

俺はキッチンにいってお湯を沸かし始める。

ピンポーンピンポーン

お、宅配便だな。

俺「はーい」

・・・・・・

俺「じゃあお願いします」

無事荷物を預けてキッチンに戻るとちょうどお湯が沸いている。
二人分の紅茶を煎れてダイニングに向かう。

俺「おまたせー」

愛「あ、ありがと〜」

紅茶を飲み始める。

愛「…聰ちゃん、砂糖いれすぎじゃない?」

俺「そうか?」

俺は甘い物好きなので紅茶1杯にスティックシュガー1本半は入れる。
今は2本入れた。

愛「体に悪いよ〜」

俺「うーん、まぁいいよ」

俺「で、今日はどうした?」

愛「ん?あぁ、聰ちゃんと遊びたいなぁと思って…」

遊び…?
俺が愛ちゃんの家に呼ばれて飯を食べるってのはたまにあるが、
(一人暮らしを心配してくれているらしい)
愛ちゃんのほうからウチへ来るのはなかなかない…
いや、もしかして初めてかも…

俺「遊ぶって…プレステでもする?」

愛「う〜ん…買い物行かない?」

俺「買い物?」

愛「私新しいコート欲しいからぁ」

買い物か…
荷物作り手伝ってもらったし、行くか。

俺「よし、んじゃ行くか?」

愛「本当ぉ?やったぁ〜♪」

夕方にもなるとかなり冷えてくる。
手袋してくりゃよかったなぁ…

愛「聰ちゃん、のぉのぉ〜!」

 (※「ねぇねぇ」は福井弁で「のぉのぉ」)

俺「ん?どした?」

愛「このコートかわいいと思わん〜?」

愛は店のウィンドウ越しに赤いコートを指差している。

俺「おぉ、かわいいんじゃない?」

もう小1時間は色々な店を見てまわっている。
さすがに疲れた俺はさっきからずっと同じリアクションしかしていない。

愛「着てみようっと!」

愛は店に入っていく。
俺も続いて中へ。

あぁ、店の中は暖かくていいなぁ…
と幸せを感じていると、

愛「じゃあちょっと待ってての〜」

どうやら服を試着するらしい。
コートはどうしたんだ?
愛は試着室に入っていく。
俺は適当に服を見ながら試着室の周りをぶらつく。

「かわいい彼女ですね」

はぁ!?
いきなりのことに焦ったが、店員さんが俺に話し掛けてきたのだ。

俺「あ、はぁ…」

曖昧に返事する。

そっか…言われてみればそう見えてもおかしくないな。
彼女ねぇ…愛ちゃんをそんな風に見たことはないが…
アリかもな…従兄妹なら問題ないし。
じいちゃんばあちゃんも従兄妹同士だったらしいし。

そんなことを考えていると試着室のカーテンが開く。

愛「どぉ?」

白いタートルネックのセーター…

俺「かわいい…」

俺は思ったことをそのまま口に出していた。

俺「…あっ」
俺「いいんじゃん?似合うよ!」

恥ずかしさを紛らわすために無理やり勢いをつけて誉める。

愛「そう?じゃあ買おうかな〜♪」

愛ちゃんはご機嫌だ。

結局そのセーターとさっきの赤いコートを買って店を出た。

愛「本当にありがとう」

俺「いやいや、ただついていくだけならいつでも」
俺「『服買って〜』ってのは困るけど(w」

愛「一人暮らしでお金ないもんねぇ?(w」

買い物を終えた俺達は喫茶店でくつろいでいる。

愛「今日は大満足やぁ♪」

俺「そんなにその服気に入ったの?」

愛「それもあるけどぉ…」

俺「それもあるけど?」
ピリリリリリリリ・・・

俺がそう言うと同時に携帯が鳴る。

俺「あ、ごめん」

携帯を見る。真里からだ。

俺「もしもし?」

 

929 名前: つなぎ役 投稿日: 02/01/16 01:36 ID:ATnxR5AS

真里「あんた今何してるの?」

心なしか声が暗いような…?

俺「何って…別に。ちょっと作業を…」
俺「…?どうかしたか?」

真里「作業?」

俺「あぁ、ちょっとな。んで何?」

真里「あんたちょっと外見てみなさいよ!」

外?
この喫茶店は二階にあって、外の通りに面している。

俺「は?何言ってんの?」

俺はガラス越しに通りの方を見下ろす。

!!!!!!!!!

真里がこっちを見ている!
つーか睨んでる?(汗

俺「あ…」

真里「ごっつぁんの歓迎パーティーを切る急用ってデートだったんだ…」

俺「いや、違…」

プツッ!…ツーツーツー…

切れた…
真里がプイっと向こうを向いて歩き出す。
やばい!

俺「ごめん!ちょっと待ってて!」

俺は慌てて席を立つ。

愛「え?ちょっと…」

そのままダッシュで喫茶店を出て外へ。

俺「真里!!」

なんとか真里に追いついた。

真里「何よ?彼女ほっぽってきていいの?」

かなり不機嫌みたいです…(汗

俺「いや、だから違うんだって!」

真里「何がぁ?」

真里が投げやりに答える。

俺「あいつは従兄妹で……」

・・・・・・

俺はここまでの経緯を話した。

真里「…なんだ、そうなんだ!キャハハ!」

お、機嫌直ったかな?

真里「でもさ〜」

真里の顔がまた少し曇る。

真里「荷物送った後すぐ歓迎会来ればよかったじゃん!」
真里「私達さっきまで歓迎会やってたんだよ?」

俺「いや、でも、手伝ってもらっておいて、はいさよならってわけにも…」

真里「ふーん、まぁいいわ。許してあげる」

ホッ。
……ん?
ってか何を許してもらったんだ?
そもそもなんで真里が怒る必要があったんだ?
うーん…?
…まぁ真里の機嫌も直ったみたいだしいいか…

俺「あ!俺、彼女待たせっぱなしだからそろそろ戻るわ」

真里「彼女?」

真里の顔がピクっと強ばる。

俺「違う違う!SheだShe!!Girlfriendじゃないって…(汗」

真里「はいはい!キャハハ!」

なんか疲れる…(汗

俺は真里と別れて喫茶店へ戻った。

カランカラン・・・

俺「ごめんごめん。ちょっと色々あって…」

愛ちゃんの席に小走りで近づく。

…あれ?
なんか愛ちゃんの表情が暗い。
っていきなり放っとかれりゃ当然か。

俺「本当ごめん!ここ奢るからさ!な?」

愛「……ですか?」

俺「え?」

愛「あの人彼女なんですか?」

なぜか標準語になってる…?

俺「あ、あぁ真里?あいつは違うよ(w」
俺「単なる幼馴染だよ。いや、腐れ縁ってやつかな?(w」

愛「…な〜んや!そうなんけ!(w」

おっ!福井弁だ!

愛ちゃんに笑顔が戻る。

俺「そうそう!ちょっと学校で色々あってな…」

とりあえず全部説明するのが面倒だから適当に答える。

俺「じゃあそろそろ行こうか?」

愛「うん!」

俺「あ、会計は俺払うから」

俺が会計を払っている時。

愛「さっきの…真里さんって言うの?」

俺「ん?あぁ。昔っからの腐れ縁でな。
  さすがにもう恋愛感情なんて沸かないよ(w」

愛「(……真里さんはきっとそう思ってないと思う…)」

俺「え?何?何か言った?」

愛「え?何も言ってないよぉ?」

俺「気のせいか…」

喫茶店を出て愛ちゃんを家まで送ってから俺も家に帰った。

冬の日没は早い。
まだ六時前だってのに真暗だ。
俺は寒さに震えながら家へと歩いていた。

「かわいい彼女ですね」
店員のあの言葉が頭の中でリフレインする。
うーむ…
でも向こうがこっちに対して恋愛感情ないだろうしなぁ…

ん?でも真里追っかけて戻ってきた時不機嫌だったよな。
もしかしてヤキモチとか?
……いや、単にほったらかしにされてたから不機嫌になってただけだよな…

『期待が大きければ大きいほど外れた時の反動は大きい』
俺がこれを考えるのは今日2回目だ。

よし!期待しないことにしよう!
これも2回目。

でも転校生の時は期待通りのかわいい子が来たんだよなぁ。
…ごっちんなんだけど……
……ごっちん…

頭の中で色々考えている内に家に着いた。

あれ?玄関先に誰かいる…?

・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・

俺は自分の家の前でしばらく固まっていた。

頭の中は「?」で一杯だった。

なぜ「この人」がここにいるんだ?????????

「あ、おかえりー」

人影が俺に気付いた。

俺「た、ただいま…」

話しかけてきたよ。
どうやら幻覚や人違いではないらしいな。

よし、次は「夢」説を検証してみるか。

「あの…」

俺が古典的方法(ほほをつねるw)
で自説を検証しようとしている所に「この人」が話しかけてきた。

俺「え?」

「ちょっと話があるんだけど…中、いいかな?」

俺の家の玄関を指差して言う。

俺「あ、あぁ…」

とりあえず俺は家に招き入れることにした。

「この人」………ごっちんを。

後藤「あの、さ…」

俺「え?あぁ、はい?」

俺はまだちょっと……いや、かなり混乱していた。

後藤「暖かい飲み物ないかな?冷えちゃって」

俺「あ、あぁちょっと待ってて」

キッチンに行きかけて慌てて戻る。

俺「リビング行ってて。暖房つけていいから」

後藤「うん、ありがと」

改めてキッチンへ向かう。

・・・・・・

ようやく落ちついてきた。
お湯を沸かしながら思う。

話ってなんだろ?
今日の歓迎会に行かなかったから…?
…そのためにわざわざ家まで来るか?

・・・・・・

うーん、分からん…

・・・・・・

冷えたって言ってたよな。
ずっと家の前で俺を待ってたってことか?
どれくらい待ってたんだろ?

・・・ピーーーーーー!

お湯が沸いた。
さっきの紅茶を煎れてリビングへ向かった。

俺「お待たせ」

後藤「あ、ありがと」

よく見るとごっちんの鼻の頭が赤い。
相当な時間寒空の下にいたのかもしれない。

俺「どうぞ」

ごっちんに紅茶を差し出す。

後藤「……あぁ、あったまる〜♪」

幸せそうなごっちん。…かわいい。

後藤「さとちん、相変わらず甘いの好きなんだね〜」

さとちん…懐かしい響きだ。
そういえば俺達はさとちん−ごっちんの仲だったな。

俺「え?あ、あぁ砂糖ね。よく言われるよ」

今回は1本半にしたんだが…

後藤「昔、饅頭の中の餡だけ食べてたもんね(w」

俺「そ、そうだっけ?」

後藤「そうだよ〜!私が皮の部分だけ食べてたんだから(w」

俺「そういえばそんな気もするな…」

後藤「あ、あとあれもそう。ホットケーキ食べる時も……

俺達はしばらく童心に戻って談笑した。
心配することなんてなかったな。
あんなに色々心配したのがバカみたいだ。

後藤「アハハハハ!」

談笑はまだ続いていた。

俺「なんだよー!それならごっちんだって…」

後藤「ちょっと待った!」

俺「え?」

急にごっちんが話をさえぎる。
なんだろ?

後藤「『ごっちん』ってのやめてよ〜!w
   私もう高校生なんだしさぁ…」

俺「ん?そうか?別にいいと思うけど…」

後藤「だ〜め!そうだなぁ、『真希』って呼んで!」

俺「『真希』か…、おう、分かった」

なんかいいかも…真希…

俺「ん?でもさっき俺のこと『さとちん』って言ってたじゃん」

後藤「それは別にいいじゃ〜ん!w」

俺「なんだよ、それ…ずるいなぁ…」

後藤「分かった分かった!じゃあ『聰』でいい?」

俺「あぁ。みんなそう呼んでるしな」

後藤「さ・と・し♪」

俺「な、何?」

後藤「呼んでみただけ〜♪w」

俺「なんだそりゃ(w」

昔っからこんなキャラだったかなぁ?
……かわいいからいいけど。

俺「あれ、そういえばさぁ…」

俺は重要なことを思い出した。

俺「話って何?」

真希「あ、それね…」

真希の表情が曇る。
なんだなんだ???

真希「話ってゆ〜か『頼み』なんだけどさ…」

俺「うん…」

真希「ここ住んじゃダメ?」

俺「……………はぁ???」

真希は上目遣いでとんでもないことを言い出す。

真希「…いい?」

俺「い、いや、あの、いいとか悪いじゃなくて…(汗」

真希「お願い!ちゃんと家賃も払うし家事もするから!」

両手を合わせて頭を下げる真希。

何がどうなってるの?
なんでごっちんがウチに住むの?
・・・・・・
僕の頭ではもう処理しきれません…

真希「いい?」

真希が少し顔を上げて上目遣いで聞いてくる。

…かわいい…

じゃなくて!!

俺「ちょ、ちょっと待って!」
俺「何がなんだか…」

真希「そっか、そうだよね…。いきなりだもんね」

俺「いきなりっつーかなんつーか……とりあえず詳しく説明してくれる?」

真希「…うん」

真希が話し始める。
これまで両親の仕事の都合で全国各地を何回も引越したこと。
父親の次の転勤先が海外になったこと。
母親は父親について行くが自分だけ日本に残ったこと。

俺「…そっか。ごっちんの親も海外か」

真希「……『真希』!」

俺「ん?…あぁ悪い。」
俺「でもなんでごっ…真希だけ日本に残ったわけ?」

真希「え?う〜ん、日本好きだし」

それだけの理由で?

俺「そっか。でもよくおじさん達許してくれたね」
俺「めちゃめちゃ真希のことかわいがってたじゃん」

真希「もう高校生だしね」

母親の言葉が思い出される。
高校生ってそんなに大人か?
自分で自分を大人だとはとても思えないが…

俺「…で?」

真希「え?」

俺「いや、なんで俺ん家なわけ?ってか今まではどこにいたの?」

真希「五日に親が行っちゃって、私は昨日までホテルにいたの」

俺「普通アパートとか準備しとかないか?」

真希「……」
真希「とにかく行く所ないの!お願い!」

再び真希は手を合わせる。

俺「いや、悪いんだけど…ウチ今母親いないんだよね」
俺「去年親父ん所行っちゃってさぁ…」
俺「今、一人暮らしなんだ」

真希「知ってる」

俺「え?」

真希「昼間、真里っぺに聞いた」

昼間…歓迎会の時か。
………んん!?

俺「じゃあ俺が一人暮らしだって知ってて来たわけ!!!?」

真希「…そうだけど…なんかまずい?」

俺「まずいに決まってるっしょ!!」
俺「俺、男だよ?」
俺「ごっちん女だよな?」

真希「『真希』!」

俺「とにかく女でしょ?まずいって…」

真希「だって幼馴染じゃん…」

俺「いや、そうだけど男と女でしょ?」

真希「…どうしてもだめ?」

俺「だめに決まってるでしょ!!」

真希「………………グスッ」

へ?

真希「グスッ…グスッ…どこにも行くとこないのに……グスッ…」

な、泣いてる!?
お、俺のせい……なのか?

俺「いや、ちょっと……泣くなよ…」

真希「だって…だって…グスン…」

ワチャー!
どうしよう?

・・・・・・

…仕方ないよな?

俺「…分かったよ」

真希「グスッ……え?」

俺「とりあえず今日だけな」

真希「…今日だけ?」

…上目遣いだ。

俺「…分かったよ。アパートとか見つかるまでな…」

真希「やった〜!!ありがと〜♪」

真希がとびっきりの笑顔で抱きついてくる。
うおぉ…シ・ア・ワ・セ♪

……あれ?でもさっきまで泣いてなかったっけ?
涙の痕がないような……
うーむ…どうでもいいか(w

いいのかな…?
…少なくともよくはないよな…
どう考えても「同棲」だもんな…

今は夕食後。(お互いあまりお腹すいてないし面倒なのでピザにした)
真希は風呂に入っている。
一通りの着替えはあるらしい。
さっきはそれどころじゃなくて気付かなかったが
真希はでかいボストンバッグを持ってきていた。

俺はリビングのソファーに寝転がっている。

うーん…仕方ないよな…
…そう!仕方ないんだよ!!
アパートが見つかるまでだし!
そうそう!条件付きだ!仕方ない!!

自分を正当化しようと必死だった(w

とにかくそうと決まれば特に問題はない!
俺が夜這いをかけたりしなけりゃいいわけだ!w

ひとつ屋根の下とは言え別々の部屋だし。
(ウチは客間もある)

・・・・・・

お、真希が上がったみたいだ。
足音が近づいてくる。
んじゃ俺も入るとしますかね。

リビングのドアが開く。

俺「おぉ、湯加減どうだっ……た…」

な! な!!  な!!!

俺「なんでバスタオル1枚なんだよ!?」

ドアのところに真希がバスタオル一枚纏った姿で立っている。
湯上がり直後で……色っぽい…

真希「んぁ?あぁごめんごめん。下着忘れちゃってさ」

真希はリビングに入ると置いてあるボストンバッグをあさりはじめる。

うおぉお!!
しゃがむとお尻見えそうなんですけど!!

真希「…あったあった!んじゃ!」

俺「あ、あぁ…」

真希がリビングを出て行く。

・・・・・・

先生!夜這いかけちゃうかもしれません…(泣

真希「おやすみ〜」

俺「あぁ、おやすみ」

真希の布団は客間に敷いた。

自分の部屋に戻る。
ようやく就寝だ。
なんか今日はすごく長かった気がする。
疲れた…
とりあえずどっぷりと眠りたい…
ベッドに横になる。

・・・・・・

眠れねぇよ!
身体は疲れてるのに精神はフル稼動中だ…
セミダブルのベッドの上をゴロゴロ転がる。

真希……

…夜這い、か…

アホか!何を考えてるんだ俺は!!

…いや、でも俺が一人暮らしなのを知ってて来たんだぞ?
それってつまりOKってことなんじゃないの?

・・・・・・

んなこたぁない!
幼馴染だからだな、本人も言ってたし。
よく考えりゃ一人暮らしの家に泊めてもらうってのは理にかなってる。
家族で暮らしてるところにいきなり、お邪魔します!
って方が無理あるよな…
真希は無難な選択をしたわけだ。

・・・・・・

…本当にそれだけか?
それだけで男の一人暮らしの家に来るか?
いやいや、待てよ!実は………

こんなことを考えていたらいつの間にか眠りについていた。

・・・・・・

…ん?なんかいい匂い…

俺はボンヤリと目を覚ます…

んん?何かやわらかくて気持ちいいな…
なんだろ…?

まだ暗くて周りはよく見えない。

………人?

人!?

俺は慌てて身を起こす。

真希だ!
なんで同じベッドにいるの???
ってか抱きついてたよ俺!

や、やわらかかった……♪

俺「おい。おい真希!起きろって!」

真希「…んぁ〜?」

俺「お前なんで俺のベッドで…」
真希「…今何時?」

俺の質問をさえぎって真希が質問してくる。

俺「え?あぁ…」

時計を捜す。
まだ四時だ。

俺「四時だけど…」

真希「四時?まだいいじゃん、寝かせてよ〜」

俺「あ、はい。すいません」

思わず敬語になってしまった…

俺「ってそういうことじゃなくて…」

真希はもう寝ている。

・・・・・・

さて、どうしよう?

・・・・・・

…とりあえず寝るか。

俺は真希からできるだけ離れてベッドの端に横になった。

・・・・・・

当然朝まで眠れなかった。

俺「六時半か…」

俺は時計を見て呟く。

結局あれから眠れなかったな。
もう起きるか。
目覚ましより早く起きるなんていつぶりだろう?

目覚ましは七時にセットしてある。

俺は目覚ましを切ると、隣で寝ている真希を起こさないようにベッドを出た。

一階に降りてシャワーを浴びる。

ふわぁ…

あくびが出る。
眠れなかったからなぁ。
こりゃ学校で寝ること間違いなしだな。

バスルームから出てダイニングへ。
まだ45分だ。

とりあえず飯作るか。
二人分作るのは初めてだな…

トースターに食パンを二枚セットして冷蔵庫から卵とベーコンを取り出す。

スクランブルエッグにするか…

フライパンでスクランブルエッグを作り始める。

とその時、俺の視界が真っ暗になった!

俺「おわっ!」

誰かが目隠ししている。
いや、誰かもクソもないんだが…

俺「ちょっ…真希?」

真希「ピンポーン!」

後ろを振り返ると無邪気な笑顔の真希。

俺「危ないだろ!火使ってるんだぞ」

真希「ごめ〜ん」

かわいいから許す!

俺「今飯できるから座ってて」

真希「起こしてくれれば私やったのに」

真希はそう言いながらテーブルに着く。

俺「飲み物どうする?」

真希「さとち…と一緒でいいよ」

さとちんって言いかけたな、今。
別にいいけど。

俺「俺と?俺オレンジジュースだけど?」

真希「オレンジ〜!?」
真希「…あぁそっか、猫舌だったもんね」

よく覚えてるな…10年くらい前だってのに。

俺「紅茶とかコーヒーにする?」

真希「うん、寒いからあったかいのがいいな」

・・・・・・

俺「はい、お待たせ」

テーブルに朝食を並べる。

真希「いただきま〜す」
俺「いただきます」

真希「いつも自分で作ってるの?」

俺「めんどい時は菓子パンとか買って行ったりもするけど」

真希「ふ〜ん、えらいね〜」

俺「ところでさ」

オレンジジュースを飲みながら尋ねる。

真希「んぁ?」

俺「俺のベッドで寝てた…よな?」

真希「あぁ…うん」

俺「なんで?」

真希「寒かったから」

俺「は?」

真希「客間広くて寒いじゃん。私冷え症だからさ」

うーむ、理由になってるようななってないような…

俺「とにかく同じベッドはまずいだろ」

真希「大丈夫だよ」

何が大丈夫なんだ?
ってか、もしかして俺って「男」って認識されてない?

俺「とにかくもう勝手に入ってくんなよ?」

真希「…次からは気をつける」

俺「あぁ。……って『次』があるのかよ!?」

真希「アハハ!朝からテンション高いね〜」

誰のせいだよ……(泣

俺「行くぞ?」

真希「は〜い」

学校へ向かうべく家を出る。

俺「…ってか一緒に行くの?」

真希「当たり前でしょ?何言ってんの?」

俺「いや、まぁ、そりゃそうなんだが…」

二人で「同棲」してることを他人に知られるのはまずいよな?

俺「あのさ、二人で一緒に住んでるってのは誰にも秘密な?」

真希「んぁ〜?なん…」
俺「秘密な!!」

真希「…分かった」

うーん、心配だ。

真希「どうしたの?キョロキョロしちゃって」

俺達は駅のホームで電車を待ってるところだ。

俺「え?別に」

知り合いがいないか確認してるんだよ!
この駅で知り合いに会ったことはないから大丈夫だとは思うが。

真希「あ、電車来るね」

ホームに電車が入ってくる。

扉が開いて乗客が降り終わると乗り込む。
…のだが、やっぱりラッシュは苦手だ…

真希「さとしぃ〜」

真希が人を別けてこっちに来る。

俺「大丈夫か?」

真希「毎日こんななの?大変だね〜」

他人事みたいに…(w
お前もこれから毎日味わうんだよ。

俺「前の高校ではなかったの?」

真希「うん、田舎だったし自転車通学だったから…キャッ!」

不意に電車が揺れた。
真希が俺の体にしがみつく。

シャンプーのいい匂い…
同じシャンプー使ってるはずなんだが…

車内の人ごみのせいで真希はしがみついたまま動けないようだ。

俺「大丈夫か?」

真希「う、うん…」

より強く俺にしがみつく真希。

あぁ…今ほどラッシュが好きに思えたことはないよ…

「あれ、二人一緒なんだ」

俺が幸せに浸っているところに下から声がした。
真里だ。

俺「おぉ、おはよう」
真希「おはよ、真里っぺ」

真里は俺のひとつ前の駅から電車に乗っているのだが、
いつも人ごみをするすると掻き分けて俺の所にやってくる。
小さいからこそできる芸当かな?

真里「おはよ〜!聰、ごっつぁん!」

…ごっつぁん?

真里「それでなんで二人一緒なの?」

俺「え!?…あぁ、さっき偶然会って…」

ちょっと動揺してしまった。

真里「ふーん。なんで抱き合ってるの?」

俺と真希はさっきの体勢のままだった。

俺「べ、別に抱き合ってるわけじゃねーよ!動けないんだよ!」

真希もコクンと頷く。

ちょっと顔が赤くなっちゃったじゃねーか…(照

真里「二人共もう普通に喋れてんだね」

俺「?」

どういう意味だ?

真里「昨日は一言も喋ってなかったじゃん」

やべ!そういえばそうだ!

俺「そうだっけ?喋ったような…」

真里「喋ってないよ!
   だから歓迎会であんたとごっつぁんを喋らせようと思ってたのに
   あんた突然急用ができたとか言って帰るし。
   挙句にカワイイ子とデートしちゃって…」

俺「な!?
  だからあれは違うって!!」

真希「カワイイ子?」

真里「昨日、聰がその子と喫茶店で一緒にお茶してるの見たんだ」

俺「だーかーらー!!」

真里「従兄妹らしいけどね…」

俺「…そうそう」
真里「…怪しいけど」

…こいつは!(怒

真希「それが急用だったんだ…」

俺「いや、だから違うんだって。真希聞いてる?」

真里「!……」

真希「別に言い訳しなくてもいいんじゃない?」

いつの間にか真希は俺から離れている。

俺「いや、言い訳じゃなくて…」

俺は昨日真里に話したのと同じ説明を真希にした。

・・・・・・

真希「ふーん」

あんまり聞いてもらえませんでした(泣

真希「あ、そうだ真里っぺ、今日の授業だけどさ……

・・・・・・

その後は普通に三人で喋って学校に着いた。

眠い……睡眠不足なのは間違いないからな…
今は教室。真希は今日も大勢に囲まれている。
HRまであと10分あるな、寝よう。

・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・バシッ!!

俺「グェッ!」

なんだなんだ???
いきなり後頭部を叩かれた…?

俺は慌てて後ろを振り返る。
と、そこには真里。

俺「いてーなー!何すんだよ?」

真里「………ちょっと来て」

あれ?なんか妙にシリアスじゃない?

俺「なんだよ…?眠いんだけど…」

真里「いいから!早く!」

やっぱりシリアスです…
…いきなり投げ飛ばされたりしないよな?(汗

俺は人気のない階段の踊り場に連れていかれた。

ここから投げられたら間違いなく死ぬな(w

俺「で、何?」

真里が近づいてくる。
え?まさか?…投げられる!?

俺はとっさに間をとる。

真里「…何やってんの?」

俺「え、いや、別に…」

投げるわけではないらしい。
…当たり前か。
投げられるようなことは何もやってないもんな。

真里「ごっつぁんのことなんだけどさ…」

俺「…ごっつぁん?」

真里「あぁ、ごっちんね。
   『ごっちん』は恥ずかしいっていうから『ごっつぁん』にしたの」
真里「…ってそうじゃなくて!」

俺「な、何?」

まさか…
まさか「同棲」がばれた!?

真里「聰、あんた昨日ごっつぁんに会った?」

俺「な!あ、会うわけないじゃん…」
俺「歓迎会行かなかったんだからさ…」

真里「本当に〜?」

俺「あぁ、本当だよ!」
俺「今日の朝偶然会っただけだって!!」

真里「ふーん…」

俺「なんだよ、それだけか?帰るぞ?」

俺は教室に戻ろうと歩き出す。
心臓はバクバクだった。

あぶねー!なんでいきなりあんなこと聞いてくるんだあいつは…

真里「…『真希』って呼んでたよね?」

俺「え?」

俺は歩みを止めて振り返る。

真里「今日の電車で『真希』って呼んでたよね?」

俺「え、俺、真里と真希を間違えて呼んだりした?」

真里「そうじゃなくて!ごっつぁんのこと!!」
真里「あんた昔は『ごっちん』って呼んでたじゃん!」

俺「あぁ、だからそれはお前と同じだよ」
俺「真希が『ごっちん』ってのが恥ずかしいって言うから…」

真里「いつ?」

俺「は?」

真里「いつごっつぁんとそんなに話したの?」

あれ…もしかしてやばい?

俺「いや、それは、あ、朝だよ!!」
俺「朝、偶然会ってさ。
  『おはよう、ごっちん!』って挨拶したら
  『ごっちんはやめてよ』って言われて…」
俺「そうそう!ホームで結構喋ったんだよ」
俺「電車一本乗り過ごしちゃってさ…」

嘘つきは多弁になる。

真里「…電車の中で話している時もあんたとごっちん、妙に打ち解けてるし…」

俺「いや、だからホームで色々話したんだって!!」
俺「俺と真希が打ち解けてちゃまずいのかよ!」
俺「……」
俺「あ!もしかしてヤキモチとか?w」

真里「んなわけないでしょ!!」

やべ…怖い…(汗

俺「…あ、もうすぐHR始まるな…教室戻ろうっと…(汗」

真里「…じゃあ何も隠してないのね?」

真里がいつになく真剣な表情で聞いてくる。
いや、真剣というか……切なく…見えた。

俺「あ、あぁ…隠して…ないよ…」

語尾が萎んでしまった。
妙な罪悪感がある。

HR、休み時間、授業中。
俺はずっと考えていた。

絶対何か怪しんでるよな…真里の奴。

俺は犯罪者には向かないらしい。
たったあれだけの嘘でも心が痛む。
これからしばらく毎日騙し続けなきゃいけないのか…
ハァ……

・・・・・・

…いっそのことばらしちゃうか。
真里は親友だしな。

いや、ダメダメ!!
あいつはめちゃめちゃ口が軽いんだった。
あっという間に学校中に噂が広まりかねない。
絶対にばらすわけにはいかない!

でもこの罪悪感も辛いよな…

・・・・・・

なんか昨日から俺悩みっぱなしじゃないか?

・・・・・・

あぁ!もうやめやめ!!
悩むのがばからしくなってきた!
なるようになるさ!楽しくいこう!!

キーンコーンキーンコーン・・・

教師「はい、じゃあ今日はここまで」

お、四限が終わった。
結局午前中はずっと考え事してたな…

和也「昼飯行こうぜ」

和也が話しかけてくる。

俺「おう」

和也「真里と真希っちも行こうぜ!」

真里「いいよ〜」
真希「うん」
俺「(……真希っち!?)」

みんな好きなように呼んでるんだね…
なんで『ごっちん』だけがダメなのかよく分からん。

四人で食堂へ向かった。

この学校には食堂が四つある。

・定食系の第1食堂
・洋食系の第2食堂
・ファーストフード系の第3食堂
・アジア料理からアフリカ料理まで無国籍の第4食堂

俺達はいつも第2食堂(通称:2食)に行く。

真希「わぁ!広〜い!」

そっか、真希は初めてだもんな。

和也「他にも3つ食堂があるんだぜ!
   明日は1食にでも行くか!」

真希「すご〜い!4つもあるんだ」

食堂内はそこそこ混み合っている。
この学校は他にもパンショップや弁当屋もあるのだが、
1食から3食はいつも結構混んでいる。
4食は人を選ぶ料理ばかりだからすいてるんだが。

俺「俺はパスタにするわ」
和也「俺はハヤシライス」
真里「じゃあ私はオムライスにでもしようかな…
   ごっつぁんはどうする?」

真希「うーん……パスタにしようかな…」

俺と真希は一緒にパスタコーナーへ向かった。

俺「やっぱカルボナーラだな!真希は?」

真希「え〜と、ペペロンチーノ」

それぞれを注文し、列に並ぶ。

俺「なぁ、真希…」

真希「んぁ?」

俺「なんか真里が怪しんでるみたいなんだよ」

真希「何を?」

俺「いや、その…(一緒に住んでること)…」

周りに聞こえないように小声で囁く。

真希「え、なんで?」

俺「今朝、俺と真希が親しく話してたかららしいんだけど…」

真希「ふーん…」

なんかあまり重大問題と捉えられてないような…

俺達はそれぞれのパスタを受け取るとレジを通って席を捜した。

真里「こっちこっち〜!!」

真里がこっちに向かって手招きしている。

真里が確保していた席に座り、四人で昼食を食べ始める。

・・・・・・

和也「そういえばさ、今日また真希っちの歓迎会やろうぜ!」

俺「なんで?昨日やったんだろ?」

和也「昨日は聰いなかったじゃねーか
   まだ真希っちとほとんど喋ってないだろ?」

俺「あ、あぁ…」

ごめんよ、きっとこの中で俺が一番たくさん喋ってるよ…

和也「それにやっぱ幼馴染だけで再会を祝いたいじゃん!」
和也「な?真里!」

真里「う、うん」

和也「…ってわけで、真希っち今日暇?」

真希「んぁ?……うん…」

和也「よし、じゃあ決定な!」

相変わらずこういう時はいい目してるね、和也くん。

にしても真里は微妙に元気ないな…
まだ疑ってんのかな…?

そして放課後。

和也「よし、行こうぜ!みんな!」

こいつ…さっきまで死んだような目してたくせに…

俺「おう」

真里「ちょっと二人は先行ってて〜」

和也「ん?」

真里「私はごっつぁんと『女だけの話』があるから」

真希「んぁ??」

女だけの…話?

和也「そっか、んじゃ例のファミレスでいいな?」

真里「OKOK!!すぐ行くから!」

和也「おう。それじゃ行くか!」

俺「あ、あぁ…」

何か引っかかったが、とりあえず先に行くことにした。

俺「遅いな…」

ファミレスに着いてもう30分はたっただろうか。
まだ真里達は来ない。

和也「なんだよ、まだ10分も待ってないだろ?」

あれ?
時計を見る。
本当だ(w

和也「でも『女だけの話』って何だろうな?」

俺もそれが気になっていた。

俺「さぁ…?」

何か胸騒ぎがする。

・・・五分後・・・

和也「お、来たぞ」

俺「本当だ」

真里とその後ろに真希がファミレスに入ってくる。

俺「遅いよ」

真里「お待たせ〜♪」

なんだ?
真里は怖いくらい笑顔だ。

(ゾクッ!)

…あれ?何か悪寒がしたような…?

真里「聰、ちょっと立ってくれる?」

俺「ん?あぁ…」

なんだ?こっちに座りたいのか?

俺は席をたって通路に出る。

…フッ…

真希「真里っぺ!!!」

あれ、視界が回っ………投げられてる!!??

俺は地面に叩きつけられる寸前で慌てて受身を取る。

ズドン!!!!

俺「ぐぁっ!!」
いってーーーーーーーー!!(泣

受身をとったとはいえファミレスの床は畳とは比べ物にならないほど硬い。

ウェイトレス「お、お客様!!??」

近くにいたウェイトレスが慌ててやってきて、店内が騒然となる。

俺「あ、すみません…。なんでもないですから…アハハ」

腰をさすって起きあがりながらウェイトレスに言う。

ウェイトレス「で、でも…」

俺「あぁ、俺達流のスキンシップなんですよ(w
  迷惑かけてすみません。
  あ!あとコーヒー2つお願いします」

俺は苦笑いしながら答える。

ウェイトレス「は、はぁ…」

ウェイトレスはどこか納得できない表情で戻って行く。

和也「ま、真里、いきなり何してんの?」

俺も知りたいです(涙

真希「だ、大丈夫?」

真希が寄り添ってくる。

俺「あ、あぁ。なんとかな…」

真里の方を見る。

・・・汗汗汗汗汗汗・・・

めちゃめちゃ睨まれてるっす。

俺「ま、真里?」

真希「ご、ごめん。私のせいなんだ…」

俺&和也「「え?」」

???
どういうこと?

真希「あの、さ。言っちゃったんだ…」

言っちゃった?
言っちゃったって……
まさか!?

真里「全部聞いたわよ!(怒」

真希「ごめん!」

ばれちゃったみたいです…(汗

和也「何?一体何?説明しろよ」

真里「聞いてよ和也!」

真里が和也に俺と真希の「同棲」のことを伝える。

・・・・・・

和也「マジで!?」

俺「ん、あぁ……」

真里「しかもね!私のこと騙したのよ!!(怒」

俺「いや、騙したっていうか…」

真里「騙したじゃん!!」

俺「…いや、ごめんなさい…(泣」

真里「もう超最悪ーー!!」

「女だけの話」ってのはどうやら真里が真希を問い詰めていたらしい。
真希は隠しきれなくてつい言ってしまったらしい。

真希「ホントごめんね…」

真希が俺に謝る。

真里「ごっつぁんが謝ることないよ!」
真里「隠そうとしたこいつが悪いんだから!!」

「だって言えるわけないだろ!」
なんて言えるわけもなく、俺はただ黙っている。

真里「あのねぇ、私は別に同棲してることを怒ってるんじゃないのよ?」
真里「私に嘘ついたことをおこってるの!!」

俺「…すいません…」

この状態の真里に弁解は不可能だ。
大人しく謝るしかない。

和也「…なるほどねぇ」
和也「んじゃ二人は付き合ってるんだ」

俺「は?」

和也「え?だって同棲してるんだろ?違うの?」

俺「いや、たしかに同棲…じゃなくて同居してるけど
  別に付き合うとかそういうことはないよ」

真里「そうなの?」

真里が真希に聞く。

真希「うん…」

俺「一緒に住み始めたのも昨日だし…」

和也「なんだかよくわかんねーな…」

はい、僕もよく分かりません…(泣

ここまできたら仕方ないので、
俺達は「同居」の理由と経緯を洗いざらい説明することにした。

・・・・・・

和也「ふーん、そういうことなら仕方ないんじゃねーの?」

だよな?な?
そう!仕方ないんだよ!

真里「…別に一緒に住むことはいいんだけどさ…」
真里「なんで私に隠すかなぁ?」

俺「……ごめん」

和也「まぁ仕方ないっしょ?やっぱ言いづらいって!」

おぉ!和也、心の友よ!!(泣

和也「でも親友に秘密を作った罪は重いな」

え?

和也「というわけで今日は和也の奢りな!!w」
和也「な、真里。それでいいだろ?」

真里「…しょうがないなぁ…」

よかったぁーーーー!!
その程度ですむなら全然OKだ。

俺「ありがとうございます!」

俺は真里に深深と頭を下げる。

真里「その代わり!!」

俺「はい?」

真里「ごっつぁんに手出したらただじゃすまないからね?」

俺「………はい(汗」

和也「…あとサーロインステーキとカニ雑炊。あ、ミートソースも」

真里「私はフィレステーキとフライドポテトとサラダ追加ね」

甘かった!!!!

こいつらどれだけ食うつもりだ?(汗
全然「その程度」じゃねーよ…(泣
全メニュー注文しちゃうんじゃないか?

真里「ごっつぁんは何食べる?」

真希「私はいいよ、あんまりおなかすいてないし…」

ありがとう、真希…

真里「遠慮しなくていいよ!どうせこいつの驕りなんだしさ!」
真里「じゃあデザートとかにしたら?」

真希「いいって……あ、これおいしそう!」

あれ?

真里「これもおいしそうじゃない?」

真希「うんうん♪」

真里「あ、でもこれもいいな〜」

真希「じゃあ全部注文しちゃおう!!」
真希「すいません!デザート全種類ください♪」

ま、真希ちゃん???(泣

和也「はー、もう食えねー!!」

真里「おいしかった〜!」

真希「うん♪」

結局会計はン万円(泣
途中で銀行におろしに行ってきたよ…

まぁ最後にヤケになって食べまくった俺も悪いんだが…

真希「(ねぇ!)」

俺「ん?」

真希が小声で話しかけてきた。
真里と和也は前を喋りながら歩いている。

真希「私、半分払うよ」

俺「あぁ、いいよ別に」

真希「でも私のせいなんだし…」

俺「いや、内緒にしようとした俺が悪いんだよ」
俺「やっぱ隠し事はだめだな」

真希「でも…」

俺「それにこれくらいで友情が守れるなら安いもんだよ!(w」

真希「ホントごめんね…」

俺「気にするなって!」

真希「うん…」
真希「…じゃあ、別のかたちでお礼するから」

別のかたち???
…何してもらえるんだろう?

和也「じゃあなー!」

俺「おう!」
真里「また明日ね〜!」
真希「バイバ〜イ」

和也は原付で学校(正確には駅までだが)に通っている。
電車は「あんな混む乗り物に乗る奴の気が知れない」らしい。

残った三人でホームに降り電車を待つ。
もう八時過ぎだ。

真里「私今日、聰ん家行くから」

不意に真里がわけの分からないことを言い出す。

俺「はぁ?」

真里「泊まりに行くって言ってんの!」

俺「……なんで?」

俺と真希は呆気に取られている。

真里「行きたいから」

理由になってねーよ。

俺「いや、でも…」
真里「何よ!私が行くとまずいことでもあるわけ?」

俺「いや、ないけどさぁ…」

真希「いいんじゃない?多い方が楽しいよ!」

楽しいとかそういう問題ではないのだが…まぁいいか。
俺も真希と二人っきりだと色々大変だし。

俺「分かったよ。ちゃんとおじさんとかには連絡しとけよ」

真里「オッケ〜!」

真里は携帯で家に連絡し始めた。

……眠い。

………眠すぎる。

さすがに昨日の睡眠不足が効いてきた。
元々俺は睡眠時間が人よりも多いタイプだ。

学校 → 帰宅 → ひと眠り → 夕飯 → 睡眠

という日も少なくない。
そんなわけで今は意識が微妙にふわふわしている…

目の前ではテレビでバラエティーをやっている。
俺はソファーに横になってそれを眺めている。

真希は座布団に座ってテレビを見ている。
真里は風呂に入っている。

しかし新学期早々生活が一変したなぁ…
冬休みまでは…マッタリした一人暮らしを楽しんでたのに……
突然…真希と一緒に暮らすことになって………
今日は……真里まで泊まりに来ている…………
明日…また一人…増えてたら……どうしよう……………

・・・・・・

「……し、………としってば」

「聰!!!」

俺「んなぁあ!?」

なんだなんだ!?

……真里?

真里「やっと起きたか…」

ん?
あぁ、俺寝てたのか…
やべ、よだれ垂れてるし…(汗

俺「…真希は?」

俺はよだれを拭きつつ、まだ虚ろな頭で尋ねる。

真里「今お風呂行ったよ」

そう答えると真里はソファーの俺の隣に座った。

俺「そっか…」

・・・・・・

俺「ってかお前、何そのカッコ!?」

急遽泊まりに来ることになった真里は
当然着替えなど持ってるわけもなく、
とりあえず下着は真希に借りて、
あとは俺のTシャツやらトレーナー、ジャージを貸してやったんだが…

今の真里は上はトレーナー、下は…ジャージをはいてない……素足だ。
トレーナーが大きいから(真里が小さいんだが)
太股の下くらいまではトレーナーで隠れているが。

俺「ジャージ貸してやっただろ?」

真里「だってこの部屋暑いじゃん!暖房効き過ぎだよ」

…そんなことはないと思うが。

真里「それにあのジャージおっきいからさぁ、
   ブカブカで歩きづらいんだよね〜」

にしても男がいる前で脱ぐか普通?

真里「どう?色っぽい?」
真里「男ってこんなの好きなんでしょ〜?キャハハ」

俺「…知らん」

うーん、確かに色っぽいかも…湯上がりだし。
トレーナーから覗く鎖骨も……
…つっても真里だからな…

真里「…この下もね、はいてないんだよ?」

俺「えっ?」

下って…何もはいてないってこと???

眠気が一気に覚めた。

真里「嘘に決まってんじゃん!キャハハ」
真里「今、一瞬期待したでしょ?キャハハハハ」

なんかすげぇむかつく…

真里「ブラはつけてないけど」

…え?

俺「……元々ブラなんていらないだろ」

平静を装ってみた。
ってかなんでわざわざそんなこと言うかね?
なんか妙に意識しちまうじゃねーか…

真里「何よ〜!!(怒」

俺「おわ!ごめんごめん…(汗」

真里「………」
真里「…まぁたしかにちっちゃいんだけどさ」

俺「え?」

真里「ごっつぁんは大きいよね…?」

俺「ん?…あぁ、そうなんじゃない?」

どう答えていいか分からん。
どうしたんだ?
今の真里は妙にしおらしいぞ…?

真里「…ねぇ」

俺「ん?」

真里「私って女として魅力ないかな…?」

俺「へ?」

真里が少し潤んだ目で近づいてくる…!!

俺「あ、いや、その……(汗」

真里は横になっている俺に半ば覆い被さるような状態になっている!!
たしかにブラしてない!

大きめのトレーナーから少し胸元が覗く!

心臓がバクバクいってる!
おおお、落ちつけ、俺!!!

俺「そ、そんなこともないんじゃ…ないかな?」

俺は少し顔をそむけた……が!

真里の顔が少しずつ俺の顔に近づいてくる!!

な、なに?
今から何が行われるの?
僕はどうすればいいの??

真里「…ホント?」

もう真里の吐息が顔で感じられる距離だ!!

落ちつけ!!!
相手は真里だ!!真里だぞ?
…え?まだ近づいてくるの??

今や俺がほんの少し顔を前に出せば唇が重なるような距離だ!!!

俺は思わず目をギュっとつぶった!!

・・・・・・

真里「キャハハ!!」

!?

真里「な〜に焦ってんのよ!w」

俺は恐る恐る目を開ける…

真里「私の魅力にドキドキしちゃった?w」

俺「な、なわけねーだろ!!」

俺は必死で平静を装った。

真里「私のフェロモンも捨てたもんじゃないな〜♪」

…クソ。
今でも胸がドキドキしてる…

真里相手に……一生の不覚だ。

俺「い、いいから早くジャージはけよ!!」

真里「あれぇ〜?私の足に興奮しちゃう?w」

俺「しねえよ!」
俺「飲み物とってくるから、その間にはいとけよ!」

俺は足早にリビングを後にした。

…だって股間がちょっとやばかったんだもん(泣

俺は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出すと、
椅子に座ってしばらく股間がおとなしくなるのを待った(w

俺「くそー…真里相手にこんな状態とは…」
俺「何やってんだ俺は…」

ぶつぶつ独り言を言っている内に股間もおとなしくなってきた。
オレンジジュースをコップに注ぐ。

俺「ふぅ」

でもまた戻るとまずいな…(汗
今度はあの足だけでも危ないぞ……
どうするか?

真希「んぁ?何してんの?」

俺「お、おわ!!」

真希がキッチンの入り口から覗いていた。

俺「え?いや、ジュ、ジュースでも飲もうかと…」
俺「も、もうあがったの?」

真希「うん。私お風呂早いから」

俺「そっか、じゃあ俺も入ろっかなー」

俺はコップのオレンジジュースを一気に飲み乾した。

真希「うん。んじゃリビングにいるから」

俺「おう!」

正直助かった。
今はリビングに戻りたくないからな…

俺はそのままキッチンを出てバスルームに向かった。

あぁさっぱりした。
このまますぐに寝たいな。

風呂をあがった俺はキッチンでオレンジジュースをコップに注いでいた。

とりあえずジュースを三杯持ってリビングへ向かう。

俺「おっす!ジュース飲むか?」

リビングに入ると…

俺「二人して寝てるし…」

真里はソファー、真希は床に座布団二枚ひいて寝ている。

二人とも結構かわいい寝顔してるじゃん。

真希は仰向けで大の字…とまではいかないが、堂々とした眠りっぷりだ。
そういや真希は俺以上に寝るのが好きだったなぁ。
かくれんぼの時に隠れたまま寝ちゃってて大騒ぎになったこともあったなぁ(w

真里はソファーの上で小さい体を更に小さく丸めて寝ている。
こいつもおとなしくしてりゃかわいいんだよな。
ま、「三つ子の魂百まで」って言うし、無理な相談か(w

・・・・・・

っと、見とれてる場合じゃないな。
このままほっとくわけにはいかない。
起こそう。

俺「おーい!二人とも起きろー!」

・・・・・・

ダメだ。
仕方ない、一人ずつ起こすか。

俺「真希!おい真希!起きろって!!」

俺は真希の体を揺さぶる。

真希「ん…んぁ…?」

俺「起き…!?」

その時突然真希が抱きついてきた!!

いや!

抱きついてきただけじゃない…

  「キス」

されていた……

俺は身動きできないまま床に崩れ落ちた。

!!!!!!

その時俺は気付いた。

真里がこっちを見て固まっている!!

やばい!!

俺は真希を振りほどいて真里に釈明しようとした。

ゴン!!!

真希「あたっ!!」

やべっ!

真希が頭から床に落ちてしまった。

真希「…んん〜、んぁ〜???」

俺「あ、ごめん…」

真希「……」
真希「あ、あれ?寝ちゃってたんだ…」

マジですか???
今の覚えてないの?

真里「ごっつぁん、上(客間)行って寝ようよ」

え???

真希「うん…そうだね」

真里「じゃあね〜。聰、おやすみ〜」

あれ?

真希「おやすみ〜」

俺「あ、あぁおやすみ……」

あれれれれ?????

二人はそのままリビングを出て行ってしまった……

リビングの暖房と電気を消した。
歯を磨いた。
トイレに行った。
そして今は自分の部屋のベッドの上にいる。

・・・・・・

おかしい!!!

真里は間違いなく「あの現場」を見ていたはずだ。

なのになんで…?
なんで何も言わずに立ち去ったんだ???

そもそも真希は本当に寝ていたのか?
寝ぼけて…………するものなのか??

・・・・・・

分からん!!

全然全くさっぱり微塵も分からん!!!

うーむ……

実は夢だったとか?

とりあえず頬をつねってみる。
…痛い。

実はドッキリ企画だったとか?

ドッキリでキスまでするか?
ってか看板はどこよ?

うーむ………

今日もこんな風に色々考えている内に意識が遠のいていく…

ガチャッ…!

・・・!!

俺の部屋のドアが開いた…
俺は半眠り状態から意識を戻す。

誰だ…?

俺「……」
俺「…真里?」

真里「…うん」

俺「…どした?」

真里「あのさ…」
真里「ごっつぁんに手出したらただじゃすまないって…言ったよね?」

!!!

やっぱり見てたのか。
っていうか、ただじゃすまないの?(汗

俺「いや、あれは……違う……」

俺はベッドから起きあがって真里に言う。

俺「あれは……事故、そう!事故だよ!」

真里「…問答無用」

おわぁ…時代劇かよ(汗
もう僕は助からないんでしょうか?(泣

真里「…目つぶって歯食いしばりなさい」

俺「……はい(泣」

ダメだ、今の真里にはどんな言い訳も通用しそうにない。
諦めよう…(泣

おとなしく俺は目を閉じて身構えた。

真里「…お腹に力入れて屈みなさい」

俺は言われる通りに屈んで腹に力を入れる。

あぁ…何されるんだろう?
ビンタ……なんて生易しいもんじゃないよなぁ…
この体勢からだと投げじゃないよなぁ…?
まわし蹴りとか…?(汗
うぅ…俺は悪くないのになぁ…(泣

色々考えていると、

真里「行くよ!」

来る!!

俺はより力を込めて身構えた…!

!!!!!!

真里の手が俺の首にまわった!!

く、首投げっすかぁーー??

俺はとっさに受身の用意をした。

…ふっ……

え?

予想したのとは違う方向に力が……

・・・・・・

ってかキスされてる!!

俺はそのままベッドに押し倒された。

真里が力を込めて唇を押し当ててくる…!!

俺はあまりのことに何もできず……
……ただ……
…息を止めていた………

・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

「「ぶはぁっ!!…はぁっはぁっ…!」」

唇が離れ、二人同時に呼吸を取り戻す。

どのくらいの時間だっただろうか…?
俺達はずっと固まったままキスしていた…

とてつもなく長い時間だったような…
それでいて一瞬だった気もする…

真里「はぁ…はぁ…、こ、これくらいで勘弁しといてあげるわ…」

そう言って真里は部屋を出て行ってしまった…

チュンチュン・・・

・・・・・・

あぁ…朝か…

俺は時計を見る。

六時二十分。

結局一睡もできなかった……

・・・・・・

真里の唇の感触…

思い出しただけで恥ずかしくなる。

暗くてよく分からなかったけど、真里はどんな顔してたんだろう?

・・・・・・

ってか……

今日は真里にどうやって接したらいいんだ?

・・・・・・

俺は部屋に引き篭りたくなった。

しかしそういうわけにもいかない。

「とりあえず起きるか…」

俺はそう呟いてベッドから出た。

いつも通りシャワーを浴びてダイニングへ。

「今日は三人分か…」

とりあえず昨日のことは考えないことにした。
といってもあと数十分以内に真里と顔をあわせてしまうのだが。

朝食を作りはじめる。

さっさと俺だけ先に学校に行っちゃうか。
と考えたりもしたが、結局同じクラス(しかも後ろの席)だからどうにもならない。

覚悟を決めるしかない。

というか何をどう覚悟していいのか分からない…

・・・・・・

色々考えている内に朝食はできた。

二人はまだ起きてこない。

うーむ…
起こしにいかなきゃダメかなぁ…?
できれば行きたくないんだが……

五分ほど待ったが二人とも起きてくる気配がないので、
仕方なく俺は重い腰を上げた。

二階への階段を上り、客間の前に立つ。

・・・・・・

コンコン…コンコン…

・・・・・・

ノックしてみたが返事はない。

・・・・・・

俺「…よし!」

俺は意を決して客間のドアを開けた。

畳敷きの部屋に布団が二つ並んでいる。

……あれ?
手前の布団に誰もいない…

まさか真里はあの後帰ったのか??

そう思いながら奥の布団を見ると…

いた。

二人で仲良く同じ布団で寝ている。

うーん……
やっぱり起こすしかないよなぁ…

俺「(すぅー、はぁー…)」
俺「おい、朝だぞ」

俺は深呼吸してから二人に向かって言った。

・・・・・・

が、反応がない。

…仕方ない。

俺「おい!朝だ、起きろー!!」

ちょっと大声を出してみる。

真里「…ん、んん……」

げ!真里だけ起きた。
最も嫌な展開だ。

真里「…おはよう…」

俺「あ、おはようございます…」

やはり喋りにくい。

真里「………!」
真里「ちょっと!何勝手に入ってきてるのよ!!」

俺「え?えぇ!?」

勝手にって…ここ俺ん家なんだけど。
しかも起こさないと学校間に合わないし…

真里「いいから!早く出てってよ!!」

真里が枕を投げつけて叫ぶ。

俺「あてっ!…は、はい!」

俺は慌てて後ろを向いて部屋を出ようとする。

真希「…んぁ?」

さすがに真希も起きたらしい。

とりあえず部屋を出てドアを閉めた。

??????

……あ!寝起きの顔を見られたくなかったのか。

俺はしばらくドアの前で考えて結論を出した。

…とするとこのままここにいるのはまずいな。
部屋の中はなんかドタバタしてるし。

俺「あのさ…」

恐る恐るドア越しに話しかける。

真里「なに〜?」

俺「飯できてるから。ダイニングにいるから。」

真里「分かった〜」

……うーん……

とりあえず俺はその場を後にした。

俺「スポーツ欄も特におもしろいのないなぁ…」

今はダイニングで新聞を読んでいる。
別に先に朝食を食べていてもいいのだろうが、
なんとなく二人を待ってみることにした。

真里「おはよ〜!!」

真里が大きな声で挨拶しながらダイニングに入ってくる。
テンション高いな、おい。

真希「…おはよ」

真希はまだ少し眠そうだ。

俺「おはよう。何飲む?」

新聞をたたみながら聞く。

真里「コーヒーある?」

俺「あぁ。真希は?」

真希「んじゃ私もコーヒーでいいよ」

俺「了解」

俺は二人分のコーヒーをいれるべくキッチンへ。

うーん…とりあえず普通に喋れてるけど……
昨夜の「アレ」はどう理解すればいいんだ???
うーん…

そんなことを考えつつコーヒーをいれる。

俺「おまたせ」

二人にコーヒーを渡し、席に座る。
四人掛けのテーブルで俺と真里が対面、真希は真里のとなりに座っている。

真里の目の前か…なんだかな……

真里「いただきま〜す!」
真希「いただきます」

俺「あ、あぁ、いただきます」

とりあえず朝食を食べはじめる。

真里「ねぇ、このオムレツって、中に何入ってるの?」

俺「ん?あぁそれはチーズとミックスベジタブルと………

結局、今朝はまるで昨夜は何もなかったかのように時間が過ぎていった。

俺はずっと心の片隅で気になってたけどね。

バシッ!
和也「おっす!!」

和也に頭を叩かれて目を覚ます。

俺「んん…おっす」

いつもの教室。
あと五分くらいでHRが始まる。

俺は学校に着いてからずっと机で寝ていた。
いくらなんでも眠すぎる…

和也「どうしたんだよ?めちゃめちゃ眠そうだな」

俺「ん、あぁ。昨日真里がウチに泊まりに来てさぁ」
俺「…色々あって全然寝てないんだよ」

さすがに「色々」については言えない。

和也「マジで!?真里も泊まりに行ったの?」
和也「なんだよ!俺も行けばよかったなぁ」

…勘弁してくれ(泣

和也「あ!じゃあ今日は俺行くよ!」

…頼むから勘弁してくれ(涙

俺「お前は俺を不眠症で殺す気か…」

和也「ハハハ!そっか」
和也「んじゃいずれ行くから」

俺「……はいはい。いずれな。」

キーンコーンキーンコーン・・・

HRを報せる鐘が鳴った。

ふわぁ〜ぁ!!

四時間目が終わった。
結局俺は午前中はずっと寝ていた。

和也「よし!飯行くぞー!!」

和也がこっちに来る。

俺「あぁ、行くか!」

さすがに睡魔もおさまってきた俺は和也に負けないテンションで答えた。

和也「真里!真希っち!行こうぜ!!」

真里「おう!」
真希「うん」

げ!真里とはやっぱりまだ話し辛いなぁ…
今朝の電車の中でも俺はあまり話さなかったし。
(めちゃめちゃ眠かったってのもあるんだが)

俺達は今日は1食(第1食堂)に来ていた。

和也と真里が真希に1食を説明している。

和也「ここは定食が中心なんだ」
和也「4つある食堂の中でも一番広いんだぜ」

真希「へぇ〜」

真里「レディースセットってのはコーヒーとケーキが付いてくるんだよ」

真希「そうなんだ」
真希「じゃあそれにしようかな」

真里「私もレディースセット」

和也「俺はやっぱ焼肉定食だな!」
和也「聰はどうする?」

俺「んじゃ俺も…うわっ!」

突然俺は誰かに「ヒザカックン」された。

振り向くとそこには…

「テヘヘ…」

俺「辻ちゃん!?」

加護「加護ちゃんもおるで〜」

辻ちゃんの後ろから加護ちゃんもひょっこり顔を出す。

辻「びっくりしたれすか?」

この二人は、辻 希美と加護 亜依。
二人とも俺の1つ下で中学3年生。
苗字が違うが姉妹だ。
といっても義理の姉妹で双子とかではない。

俺も詳しくは知らないのだが、数年前にそれぞれの両親が離婚した後に
辻ちゃんの父親と加護ちゃんの母親、加護ちゃんの父親と辻ちゃんの母親、
それぞれが再婚したというのだ。
(というか再婚が決まってから離婚したらしいが)

しかもなんとそのまま二つの家族は一緒に住むことにしたらしい。
本物の「二世帯住宅」ってわけだ。

そんな環境だと子供達はひねくれてしまいそうだが、
元々仲がよかった辻ちゃんと加護ちゃんは
むしろ二人が姉妹になったことと一緒に住めるようになったことに大喜びだったらしい。

と、まぁドラマみたいな状況におかれている二人なのだが、
昔この二人も「紺野流道場」に通っていたということもあって
俺と真里とは仲がいい。
妹みたいな存在ってとこだな。

真里「辻、加護、あんた達ここで何やってんの?」

辻「何って、お昼ご飯を食べに来たんれすよ?」

辻ちゃんはちょっと舌足らずなところがあって、「だ行」は「ら行」に聞こえる。
(時々「さ行」も「は行」に聞こえるが)

加護「うちらいつもここで食べてるからな」

辻「矢口さん達こそ珍しいのれす」

真里「私らはねぇ……

真里が二人に真希のことを説明する。

・・・・・・

辻「そうらったんれすか…」

加護「うちは加護亜依いうんや。『あいぼん』でええで」
   よろしくな!後藤さん」

辻「ののは『のの』れいいのれす」

真希「あ、よろしくね…」
真希「え…と、あいぼんちゃんと……ののちゃん?」

俺「辻希美っていうんだけど、あだ名が『のの』なんだ」

真希に説明する。

辻「そうなのれす。よろしくなのれす」

真希「うん、よろしくね〜。あいぼんちゃんとののちゃん」

加護「『ちゃん』はいらんで〜」

真希「じゃあ『あいぼん』、よろしく」

真里「んじゃあんた達も一緒に食べる?」

辻「一緒に食べるのれす」
加護「ええで〜」

和也「二人は何食べるの?」

辻「ののは焼肉定食大盛りなのれす!」

真里「あんたは食べ過ぎだって!(w」
真里「太るよ?」

辻「う……れも、うんろうするかららいじょうぶなのれふ!!」

真希「(…うんろう?)」

俺「(運動するから大丈夫、だってさ)」

俺は真希にそっと耳打ちして翻訳する。

真里「分かった分かった!(w じゃあ加護は?」

加護「うちはAセットやな」

真里「Aセットはレディースセットと同じコーナーか…
   んじゃごっつぁん、行こうか」

真希「うん」

真里・真希・加護ちゃんの三人は2番コーナーへ行ってしまった。

和也「じゃあ辻ちゃん、俺達は4番コーナーに行こうか」

辻「はいなのれす!!」

俺達は4番コーナーに向かった。

加護「のの、食べ過ぎやで」

辻「そ、そんなことないのれす。甘い物は別腹なのれす」

俺達は昼食を食べ終わり六人で雑談している。
辻ちゃんは焼肉定食の大盛りを食べた後にケーキを食べている。

しかし……

俺はまだ昨夜のアノ事件が気にかかっていた。
真里とはまだそのことについて何も話していない。

あいつは全然気にしてないのかな…?
女心(?)ってのは分からない。
そもそもなんでいきなり「キス」なんだ?
お互いにそういう関係ではないはずなんだが……

・・・・・・!!

ぼーっと考えていたら真里と目が合ってしまった!

やべ!!

焦って目を逸らす。

……あ、でもすぐに逸らしたのはまずかったかな?(汗

真希「聰、どうかしたの?なんか今日元気ないみたいだけど」

不意に真希から鋭い質問が入る。
全員の目が俺に集まる。

俺「そ、そうか?そんなことはないけど………」

…いい言い訳が思い付かない。

辻「聰さん大丈夫れすか?」
辻「のののケーキ半分あげてもいいれすよ?」

加護「ののが自分から食べ物をあげるなんて珍しいなぁ」

辻「そんなことないのれす!」
辻「甘い物を食べると元気になりますよ?」

俺「いや、いいよ(w」

加護「ののは何を食べても元気になるからなぁ?」

辻「そ、そんなに単純じゃないれす!」
辻「あいぼんひどいのれす…」

「アハハハ」

辻ちゃんのおかげでこの場はなんとかごまかせた。
助かった。

和也「よし、そろそろ戻るか!」

食器を片付けるために返却コーナーへ移動しはじめる。

俺は真里が行ってから間をあけて立ちあがった。
と、そこへ

真希「本当に大丈夫?」
真希「風邪でもひいた?」

真希が話しかけてきた。

俺「あぁ、大丈夫だって!」

食器返却コーナーに向かいながら答える。

真希「そう…ならいいけど」

・・・・・・

「聰ちゃん!!」

二人並んで歩いていると後ろから声が。

俺「ん?」

振りかえると、そこには愛ちゃんがいた。

俺「おぉ、愛ちゃん」

愛ちゃんは友達と四人でご飯を食べているみたいだ。

ん?
嬉しそうな顔で自分のコートを指差してるな…

…あ!!あのコートか!
よっぽど気に入ったんだな。

俺「似合ってるよ」

と声をかける。

なんか下を向いちゃったけど嬉しそうだな。

俺は愛ちゃんに手を振って再び歩き出した。

真希「誰?」

真希が聞いてくる。

加護「4組の高橋愛ちゃんやな」

俺が答えるより早く加護ちゃんが答える。

ってかいつからいたんだ?
てっきり真里や辻ちゃんと先に行ったと思ってたんだが。

真希「高橋……愛?」

俺「うん。俺の従兄妹なんだ」

加護「そやったんか…」
真希「へぇ…あの娘が…」

あの娘が?どういう意味だ?
ちょっと気になったがそれよりもっと気になったことを
加護ちゃんに聞いてみる。

俺「加護ちゃん、愛ちゃんの知り合いなの?」

真希「(…愛ちゃん…ちゃん付けなんだ…)」

加護「別にそうじゃないけど有名人やからなぁ」

俺「有名人?なんで?」

加護「美人や美人や言うて、クラスの男子が騒いでるし」
加護「文化祭の美人コンテストで準グランプリ獲っとったし」
加護「ま、ウチほどではないけどな」

美人コンテストか…懐かしい。
去年は真里が出たけどあまりの騒がしさに10票くらいしか入らなかったんだよな(w
しかし準グランプリはすごいな…

真希「じゃあグランプリはあいぼんだったの?」

加護「ウチはあんなもん出ぇへんよ」
加護「辞退したってん」
加護「6組の松浦さんって人がグランプリやったらしいけど
   ウチが出てればぶっちぎりやったな」

うーんすごい自信だな…
たしかに加護ちゃんはかわいいけど。

キーンコーンキーンコーン・・・

ふぅ、今日も無事終わったなぁ。

真希「聰、ちょっといいかな?」

俺「んぁ?どした?」

真希「今日まっすぐ家帰る?」

俺「うん、そのつもりだけ…」
和也「聰!」

会話を遮って和也が話しかけてくる。

俺「なんだよ?」

和也「今日哲也の家行って麻雀しようぜ!」

俺「麻雀?……別にいいけど」

和也「よし!決定だな!!」

相変わらず目が輝いてるなぁ…

和也はそのまま教室を出て行ってしまった。

あ、やべ!真希のこと忘れてた…

俺「あ!そういうわけでまっすぐは帰らないけど…
  何か用事あった?」

真希「ううん!全然!(…むしろそっちの方がいい)」

俺「ん?むしろ?」

真希「ううん!なんでもないなんでもない!」
真希「じゃあ私帰るから!」

俺「あ、あぁ…」

真希は笑顔で行ってしまった。
……なんだ?

哲也「いやぁ、四人目がいなくてさ。助かったよ!」

太一「麻雀久し振りだなぁ…」

俺達は学校を出て哲也の家に向かっていた。
こいつらはは斉藤 哲也(さいとう てつや)と加藤 太一(かとう たいち)。
同じクラスの友達だ。
哲也の家は学校から近い上に、昼間は親がいないので溜まり場になっているらしい。
俺や和也もたまに麻雀しに行ったりする。

和也「で、レートはどうする?ピンでいいか?」

俺「お前は張りきりすぎだよ(w」

ピロリロリンピロリロリン・・・

と、そこへ携帯が鳴った。

俺のじゃないな。

哲也「はい、もしもし?」

哲也のか。

・・・・・・

哲也「え?……あぁ、分かった。うん…」

哲也は数十秒で電話を切る。
そして俺達の方に向き直ってこう言った。

哲也「悪い!今日の麻雀中止な!!」

………は?

太一「…どうする?」

和也「どうするって言われても……どうする?」

俺「俺に振るなよ」

哲也に突然のデートが入ったらしく、俺達三人は路頭に迷っていた(w

和也「三麻?」

俺「どこでやるんだよ?」

和也「…だよなぁ」

和也の沈みっぷりが激しい。
あれだけ張りきってたんだから当然か。

太一「…帰ろうぜ。元々麻雀も乗り気じゃなかったし…」

俺「そうだな。帰るとするか」

和也「えー!」

ごねる和也をなだめつつ俺達は歩き出した。

太一「あーあ、俺も彼女ほしいよ…」

急に太一が呟く。

和也「…だな」
俺「うん」

和也「聰!お前はいいじゃん!!」

俺「え?なんでだよ?」

和也「お前は家に帰ったら女神がいるわけだろ?いいなぁ…」

な゛っ!!??

太一「女神?」

俺は素早く和也の腕を極めた。

和也「アイタタタタタタタタ…!!!」

俺「(真希のこと喋ったら殺すぞ?)」

腕に力を込めつつ和也の耳元で囁く。

和也「分かった!分かったから!!イテテテ…!」

和也の腕を解いた。

ふぅ、危ない危ない…
そういや口止めしてなかったっけ?(汗

太一「なぁ、なんだよ女神って?」

俺「忘れろ」

俺は冷たく言い放った。

俺は今駅のホームでぼけっとしている。
いや、一応電車を待ってるんだが。
和也たちとは駅に着いたところで別れた。
和也はゲーセン行こうとかうるさかったがあんまり乗り気じゃないので断った。

そうだ、真里にもちゃんと口止めしとかなきゃなぁ。
…でもやっぱ話し辛いよなぁ…

…でも話さなきゃなぁ…

…うーん…

「聰さん!」

俺「んぁ?」
俺「おぉ、加護ちゃん」

後ろからの声に振りかえると加護ちゃんが立っていた。

加護「今日はよう会いますね」

俺「そうだね……………あれ?辻ちゃんは?」

二人はいつも一緒にいるのだが。

加護「あぁ、ののは生徒会の引継ぎです」

俺「生徒会!?……誰が?」

加護「せやから『のの』が!」

俺「辻ちゃんって生徒会入ってたの!?」

加護「一年間書記やったで」

信じられん…
辻ちゃんが書記って、大丈夫なのか、ウチの学校は?(w

加護「そんで今学期から下の学年に引き継ぐらしいで」

そういえば冬休み前に高等部でも選挙をやってたな。

しばらく加護ちゃんと雑談していると電車が来た。

うーん、微妙な混みっぷりだ。
ラッシュじゃないだけいいけど。

加護「ところで聰さん」

俺「んぁ?なに?」

加護「もしウチが聰さんのこと好きや言うたら…どないします?」

俺「は!!??」

え?

なに?

どういうこと?

これってもしかして告白されてんの???

ちょ、ちょっと待て!!
加護ちゃんが俺に告白!?

そんなの全然考えてなかったぞ…

どうする?
どうする俺!?

落ちつけ!落ちつけ!俺!!

加護ちゃんは…………………かわいい。

…じゃなくて!!付き合う気があるのか俺は?

妹みたいな存在だろ?

いや、敢えて妹みたいな存在だからこそ………

加護「も、もしもーし!!」

俺「え、あ!はい?」

加護「なんかえらい考えてるみたいやけど、『もしも』の話ですよ?」

俺「ん?あぁ」

加護「別に告白とかやないんで…分かってます?」

俺「ん、あぁ。もちろん!(汗」

俺は無理やり作り笑いして答える。

なんだ、告白じゃないのか…
焦っちゃったよ…

加護「聰さんはウチのこと好きですか?」

俺「え、いや……別に嫌いじゃないけど…」

加護「恋愛的には?」

俺「いや、それは……」

加護「ないでしょ?」

俺「…うん。ごめん」

加護「なんで謝るんですか!w
   なんかウチ、振られたかわいそうな子みたいやん(w」

俺「ごめん…」

加護「あのなぁ、好きでないんやったらちゃんとはっきりと断らなあかんで」

俺「…はい」

加護「聰さんは昔からそういうとこ優柔不断やからなぁ…」

俺「…はい」

加護「(…あかんわ、こりゃ)」

加護「(これじゃあ矢口さんも苦労するわけやな。)」
加護「(…それに後藤さん、やったっけ?あの人も)」
加護「(更に高橋愛ちゃんか…………………………そしてもう一人……)」

加護「(…とにかく!状況悪化してるで…)…矢口さん…」

俺「ん?真里がどうかした?」

加護「え、いや、なんでもないですよぉ」

ん?なんだ今の慌てようは?
……まさか俺が真里とキスしたの知ってるんじゃ……(汗
…んなわけないか。

しかし…辻ちゃんと一緒の時は気付かなかったけど…加護ちゃんは大人だなぁ。
本当に中学生か?
話してる内に頭が上がらなくなっていくんだが…(汗

そうこうする内に電車が俺の降りる駅に着いた。

加護「優柔不断はあかんで!!」

俺「分かった分かった!w」

最後まで言われちゃったよ(w

…しかし、なんであんなに優柔不断に拘ってたんだろう?

駅を出て家に向かって歩きながら携帯の画面を眺める。

ディスプレイには真里の名前が出ている。

……さて、口止めは早くしないとだめだよな……

コールボタンを押す。

・・・・・・ピッ!

すぐに切る。

やっぱだめだ!
…うーん…そうだ!…メールにしておこう…

俺はメールを書きながら歩みを進めた。

・・・・・・

メールが書きあがるとほぼ同時に家の前に着いた。

俺「よし、送信っと!」

送信を確認して家のドアを開ける。

俺「ただいま…」

一呼吸おいてリビングのドアが開き、真希が顔を出す。

俺「あ、ただい…」
真希「なんで帰ってきたの!?」

え?なに?
……帰ってきちゃまずかった?(汗

俺「なんでって……帰ってきちゃダメなのかよ?」

いきなりの真希の言葉に一瞬呆気に取られたが、とりあえず反論してみる。

真希「いや、そうじゃないけどさぁ…」
真希「麻雀やるんじゃなかったの?」

真希が何かそわそわしながら言う。

俺「あぁ、そうだったんだけど、
  哲也が突然デートらしくて中止になったんだよ」

真希「そ、そうなんだ……」

俺「全く勝手な奴だよ…」

俺はそう言いながら二階の自分の部屋へ向かった。

・・・・・・

真希「………………どうしよう?」

部屋に入ると荷物を置いて、着替えをすませ一階に降りる。

と、ロビーに真希がいる。

俺「何やってんの?」

真希「あ、いや、別に…」

俺「寒いだろ?リビング入れよ」

真希「……うん」

二人でリビングに入る。

・・・・・・

しばらくテレビを見たり新聞を読みながらまったりしていると、

真希「…ねぇ」

真希が話しかけてきた。

俺「んぁ?なに?」

真希「いや、その……夕食どうする?」

俺「そうだな、何か食べたいものある?」

真希「え、特には……あ!カ、カレー!!」

俺「カレー?」

真希「うん!カレーが食べたい!」

俺「そっか、じゃあカレーにするか」

後で買い物行かなきゃな。

真希「じゃあ…ほら。買い物行ってきて!」

俺「え、今すぐ?」

真希「うん。今夜は私が作るから」

俺「そう?んじゃ今日は真希に頼むよ」
俺「それじゃ行くか!」

真希「え、私も?」

俺「作る人が行かなきゃ材料分からないじゃん」

真希「え、適当でいいよ。普通の材料で」
真希「ほら!私寒いの苦手だからあんまり外出たくないんだ」

俺「ふーん……分かった」

よく考えれば二人で買い物してる所を誰かに見られるとまずいしな。
一人で行ってくるか。

なんか様子がおかしい気もするけど…

…重いな。

ちょっと買い過ぎたかな?
いいや!二人ならこれくらいだろう。

近所の商店街からカレーの材料を両手に持って帰ってきた。

ピリリリリリ・・・

家の前につくと同時に携帯が鳴った。
メールを受信したみたいだ。

お、真里からだ…

メールの内容を表示する。

『言うわけないでしょ!
 あたしだって言っていいことと悪いことくらいわかってるわよ!
 あと、アンタも昨日の夜のことベラベラ喋るんじゃないわよ!
 アンタがごっつぁんにデレデレしてるからお灸をすえてやったの。
 勘違いしないでよね。
 
 *まりっぺ*』

……はぁ、そうですか。

状況が改善されたんだか悪化したんだかよく分からないな…

まぁいいか。

家のドアを開ける。

俺「ただいまー!」

真希「もう帰ってきたの!?」

真希がリビングから出てくる。

俺「うん。俺買い物に時間かけるの嫌いだから」
俺「材料キッチンに置いておくな」

真希「あ、うん……」

俺はキッチンに向かう。

・・・・・・

材料を冷蔵庫に入れてリビングに行こうとすると家の前にトラックらしい車が止まる音がした。

なんだろう?

ピーンポーンピーンポーン♪

俺がリビングのドアを開けると同時にチャイムが鳴り響く。

やっぱりウチの客か、誰だろう?

と思う俺の横をすり抜けて真希がリビングを出ようとする。

俺「おい!どこ行くんだよ?」

真希「え……玄関。私出るから」

俺「は?」
俺「いや、ダメだって!一緒に暮らしてるのばれるとまずいだろ!」

真希「…でも……」

俺「いいから!リビングから出てくるなよ?」

俺はぐずる真希を無理やりリビングに押し込めて玄関に向かう。

俺「はーい!どなたですか?」

「白鳥さん、宅急便でーす!」

宅急便???

ドアを開けると青い服を着た配達員が立っていた。

配達員「白鳥さんのお宅ですよね?」

俺「はい」

配達員「すいません、遅くなってしまって……」
配達員「ではこちらがお荷物となりますので…」

そう言って配達員は大きなダンボール箱を差し出してくる。

俺「あ、どうも…(ってでか!)」

俺はその大きな荷物を受け取り廊下に置いた。

配達員「ではハンコお願いします」

俺「あ、サインでいいですか?」

配達員「はい、いいですよ」

俺は配達員が差し出したペンと受け取り票を受け取りサインした。

俺「…はい」

配達員「はい、ではありがとうございましたぁ!!」

俺「どうも」

ドアを閉めるとしばらくしてトラックが走り去る音が聞こえた。

さて、この荷物はなんだろう?

しかしでかい荷物だなぁ……

俺は荷物に貼ってある配達票を確認した。

受け取り人は、白鳥聰様方………後藤真希ぃ!!??

なんで真希の荷物がここに届くんだ???

差し出し人は?

えーと……後藤清十郎?

真希の父親ってこんな名前じゃなかったよな?

ん?

差し出し人の住所……同じ市内だよ。
隣の地区じゃん。

一体どういうことだ???

俺がそう考えていると真希がリビングから出てきた。

俺「あ、真希。なんか真希に荷物だぞ?」

真希「……うん」

真希「部屋に運んでおくからリビング行ってていいよ」

真希が笑顔で答える。

俺「いや、っていうかなんでウチに真希の荷物が届くの?」
俺「それに差し出し人の後藤清十郎って誰?」
俺「なんか住所が隣の地区になってるんだけど?」

俺は矢継ぎ早に質問をぶつける。

真希「いやその……………………アハハ」

アハハじゃないっつーの。

真希「う〜んと、あのね……っていうか、その……」

なんだ?わけが分からない……

真希「え〜と、その……………………ごめん!!!」

突然真希が顔の前で手を合わせて謝る。

ごめんって……どういうこと???

俺「どういうこと?」

真希「うん……ちゃんと説明するね」

真希「まず、その荷物の差し出し人、後藤清十郎ってのは私のおじいちゃんなんだ」

おじいちゃん……
なるほど、おじいちゃんか。

真希「それで私、この家に来た時に着替えとか持ってきたんだけど、
   やっぱり足らなくてさ。
   それでおじいちゃんに着替えとか日常品とかを送ってもらったの」

このでかい箱の中身は真希の私物か。
確かにあのボストンバッグはいかに大きいといっても、
一人の人間が暮らしていくのに必要な物全部が入るとは思えない。

・・・・・・

あれ?
でもちょっと待てよ!

俺「なんでおじいちゃんが真希の着替え持ってるの?」

真希「……うん」
真希「私小学生の時に転校したじゃない?
   あの時まではおじいちゃんと一緒に住んでたんだ。
   それでお父さんの仕事の都合で私とお父さんお母さんだけ引っ越して…」
真希「その後も全国を転々と……」

俺「……でもおじいちゃんはずっとこっちに住んでいた…?」

真希「…うん」

俺「…ということは?」

真希「………」
真希「ここに来るまでは……おじいちゃんの家に住んでました」

…やっぱり。

俺「ってことはホテル暮らししてたってのは?」

真希「嘘です…エヘッ」

「エヘッ」じゃないっつーの!!

俺「まさか親が海外行ったってのも作り話?」

真希「違う!それは本当だよ!」

俺「………ふぅ」
俺「とりあえずリビング行こう。ここ寒いし」
俺「それで今度は嘘なしでちゃんと説明してくれ」

真希「……うん、分かった」

俺達はリビングに入った。

テレビを消してお互いに向き合う。

俺「…さて!説明してもらおうか?」
俺「なんで嘘ついたわけ?」

真希「う〜んとねぇ……」
真希「嘘ついたのは…そうじゃないと一緒に住むこと認めてくれなかったでしょ?」

俺「そりゃな」
俺「…なんでそこまでしてここに住もうと思ったの?」

真希「それは……その…実はおじいちゃんのこと嫌いでさ…」
真希「………………」
真希「…ごめん、今のも嘘」

どっちだよ。

真希「…嫌いではないんだけど、やっぱりちょっと苦手って言うか…」
真希「それに自立した生活?みたいなのをしてみたいってのもあって……」

俺の家に来て自立も何もない気がするけど…

真希「そんな風に考えてたら聰が一人暮らししてるって話聞いて、
   じゃあ私も一緒に住まわせてくれないかなぁ?って思って…」

真希「(…嘘はついてないよね…?)」

俺「……ふぅ」

さて、どうするか?
…って決まってるよな。

俺「今日はもう仕方ないけど明日からはちゃんとおじいちゃん家帰れよ?」

帰る所がある以上、真希がここに住むのはまずい。

真希「え……?」

俺「おじいさんも真希のこと心配してるだろ」

真希「おじいちゃんにはちゃんと言ったよ!」
真希「荷物も送ってもらったし……」

俺「でもおじさん達にも俺の家に住むこと言ってないんだろ?」
俺「おじさん達は真希がおじいさんの家にいると思ってる。そうだろ?」

真希「……うん」
真希「でも!おじいちゃんにはちゃんと口止めしたし…」

俺「そういう問題じゃないだろ」
俺「やっぱちゃんと家族で暮らすべきだよ」

真希「………」
真希「そんなに私がここにいるのは迷惑…?」

俺「え?」

真希「そんなに私は迷惑なの?」

俺「え、いや、そういうことじゃなくて…」
真希「やっぱり邪魔なんだ……そっか。そうだよね……グスッ」

なんかこんな光景、前にも見たことあるような…(汗

真希「そりゃいきなりこんな女に来られちゃ迷惑だったよね…グスッ」

わぁ……泣いてますよ奥さん(汗

俺「いや、別にその迷惑…ってわけじゃないんだけど……」
真希「本当!?」

真希が突然顔を上げ、潤んだ瞳で見つめてくる。
なんだかとてもその瞳を直視できない。

俺「いや、本当だけど…でもな…」
真希「じゃあここに住んでもいい?」

俺の話を遮って真希が聞いてくる。

俺「いや、それは…」
真希「だって私の今の保護者はおじいちゃんだよ?」
真希「そのおじいちゃんの許可があるんだからいいじゃん!!」
真希「何の問題もないよ!」
俺「あ……う…」
真希「ね!お願い!!家事とか頑張るから!!」

一言も喋れない…

しかし、真希が言ってることも一理あるな。
保護者の許可はあるわけか。

いやいや!そうじゃなくて倫理的にまずいだろ!?
やっぱりここはきっぱり断らなきゃな!!

俺「真希!!」

真希「…はい…?」

俺「…………………とりあえずしばらくだけな」

真希「本当?やった〜!!」
真希「聰大好き〜♪」

真希が抱きついてくる。
…や、やわらかい…………しあわせー……

結局俺は真希のあの瞳の前に断ることができず、
この生活をしばらく続けることにしてしまった……

真希「おいしい?」

真希が上目使いに聞いてくる。

俺「…………」
俺「…うん、うまい!!」

ちょっと大袈裟に答える。

真希「よかったぁ〜♪」

真希は満面の笑みだ。
めちゃめちゃかわいい。

真希「じゃあ私も。いただきま〜す」

というわけで俺達は今、真希が作ったカレーを食べている。

結構時間がかかっていたので心配したのだが、お世辞じゃなく本当にうまい!
一杯をあっという間に食べ終わってしまった。

真希「おかわりする?」

俺「あ、あぁ…」

真希が皿を持って炊飯ジャーへ向かう。

ご飯をよそっている姿がこれまたかわいい。
母親が使っていた花柄のエプロンがよく似合ってるし。
あぁ……なんか幸せ…

結局俺はこの後カレーを4回おかわりした。

俺「ふぅ…さすがに食べ過ぎたなぁ…」

風呂にも入って今はテレビを見ている。

・・・・・・

お、真希も風呂をあがったみたいだな。

リビングに足音が近づいてくる。

そしてドアが開く。

真希「んぁ〜、いいお湯だったぁ」

真希は昨日までと違ってピンクのパジャマに着替えている。
今日届いた荷物の中にあったものだ。

うーん、パジャマって結構色っぽいかも…

真希「んぁ?どうかした?」

おっとと!見とれてたよ(汗

俺「いや、別に?」
俺「何か飲む?」

真希「う〜ん、そうだなぁ…お風呂あがりは牛乳かな」

俺「あいよ」

・・・・・・

二人でまったり過ごしている内に、時計は十二時を回っていた。

俺「そろそろ寝るか?」

真希「…んぁ〜…うん……」

真希はそうとう眠そうだ。

そんな眠そうな所がまたカワイイ…

そういえば電車の中で座ってる女の子が眠気でコックリコックリとなっちゃってて、
途中で目を覚まして必死に起きてようとするんだけどまたコックリとなっちゃって、
そういう女の子が眠気と一生懸命戦ってる姿ってめちゃめちゃカワイイよなぁ…
おっさんとかならウザイだけなんだが。

真希「…寝るんじゃないの?」

しまった!こんな所で妄想に嵌まってる場合じゃない…

俺「あぁ、寝る寝る!」

真希「?」

さて、寝ますか。

部屋に戻った俺は自分のベッドに入った。

・・・・・・

ちょっと待てよ!

一昨日のことを考えると、また真希が勝手に俺の部屋に入ってくるかもしれないな…

さすがにこの年代の男と女がひとつの布団で寝るのは問題だろう。

念のために鍵をかけておくか。

備えあれば憂いなし!
今日こそは熟睡したいしな。

よし!

・・・・・・

・・・・・・

でもせっかく俺の部屋まで来たのに鍵かかってたらかわいそうかなぁ…?

そんな気もするなぁ…

っていうか絶対そうだ!そうに決まってる!!

そもそも来るって決まったわけじゃないし、
そんなに気にして色々しなくてもいいんじゃないか?

ちゃんと一昨日の朝に注意したし、真希も懲りただろう。

うん!

結局なんだかんだ理由を付けて鍵はかけずに眠ることにした…

「……とし…」

「…さ………」

ん?

「…さとし……」

んん?

「……さとし」

俺「…え?」

俺は熟睡状態から意識を戻し目を開ける。
目の前には俺を呼ぶ声の主…真希がいた。

俺「…真希…どうかした?」

真希「私、聰のこと好き…」

真希の目は俺の目を見つめて離さない。

俺「え?」

真希「好きなの」

より一層力がこもった…それでいて柔らかい視線が俺を包む。

俺「…俺もだよ」

真希「本当?」

俺「あぁ」

真希「じゃあ…ちゃんと言って」

俺「え?」

真希「私のこと好きだって……ちゃんと言って」

真希が少しはにかみながら言う。

俺「なんか……恥ずかしいなぁ」

真希「いいじゃん!言ってよぉ!!」
真希「私もちゃんと言ったんだからぁ!」

ふくれてしまった。

俺「分かった分かった」

俺「………………きだよ」

真希「聞こえな〜い!」

俺「す……すき、だよ…」

真希「もっとちゃんと言って!」

俺「……」
俺「す、好きだ!!」
俺「真希のことが好きだ!!!」

ピピピ・・・

真希「嬉しい♪」
真希「もっともっと言って♪」

ピピピピピピ・・・

俺「好きだぁ!!好きだ好きだ好きだ!!!」

真希「聰大好き!!」

俺は思いっきり真希を抱きしめる。

俺「好きだ好きだ好きだ……」

ピピピピピピ・・・

俺「…きだしゅきだしゅきだぁ……」

ピピピピピピ・・・

!?

俺「好き………んん?」

ピピピピピピ・・・

目覚ましが鳴り響いている。
外はもうかなり明るい。

・・・・・・

俺は目覚ましを止めて辺りを確認する。

俺の部屋。
ベッドの上。
布団を思いっきり抱きしめている。
ちょっとよだれがたれている。
そして…

そして真希はいない。

・・・・・・

……夢か……

俺はなんとも言えない虚無感に包まれた。

学校休みたい(泣

俺「…ふぅ、起きるか」

五分くらいの軽い鬱状態を十分に味わった後ベッドを出る。
いつものように階段を降りてバスルームへ向かう。

しかしこっぱずかしい夢だったなぁ。
なんか前半部分はよく覚えてないけど、なんか真希と抱き合ってたよなぁ…

ちょっと顔が熱気を帯びてしまう。

・・・・・・

…ん?

ダイニングキッチンの横を通りかかった時、中に人の気配がした。

俺はそっと中を覗いてみる。

真希「あ、おはよ〜」

俺「あ、あぁおはよう」

中では真希が朝食の準備をしていた。

俺「なんだよ、飯なら俺が作るのに…」

真希「いいの、私が作るんだから」
真希「居候の身だしね(w」

ウインクのように片目をつむって笑いかけてくる。

ちょっとドキっとしてしまう…かわいい。

真希「シャワー浴びるんでしょ?」

俺「あ、あぁ」

真希「出てくるまでには作っておくからね♪」

俺「ん、分かった」

俺はドアを閉めてバスルームに向かう。

なんかすごいかわいいよなぁ…
「夢」のせいであんまりまともに見れなかったけど(汗

あぁ!今日はいい一日になりそうだ!!

真希と二人で駅への道を歩く。

今日は雲一つない青空だが、そのおかげで空気はとても冷たい。
二人して白い息をはいている。

だが俺の心はとても暖かかった。
なぜかって言うと……やっぱり真希のおかげなんだろうな。
朝からあんなにカワイイ笑顔見せられたら気分もよくなるってもんだ。

真希「なんかすごい機嫌よさそうだね」

そんな俺の心を知ってか知らずか、真希が話しかけてくる。

俺「ん?そうか?別にそんなことはないけど…」

真希「嘘だぁ!なんかニヤニヤしてるじゃん」
真希「何かいいことでもあったの?」

俺「べっつにぃー!!」

さすがに面と向かって真希のおかげだとは言えない。
っていうかそんなにニヤニヤしてるかな?

真希「あぁ寒いなぁ…………あっためて!」

そう言うと、突然真希が腕を組んできた。

俺「おいおい……」

と口では言いつつも気分は最高だ。

あぁ…このまま学校行かずに遊びに行きたいなぁ……

今日もいつもと同じ電車に乗る。

俺が最も憂鬱な時間……満員電車。
ラッシュってやつはいいことがひとつもない。
電車が出発したり止まったりする度に前から後ろから押されて、
無神経に新聞を読んでるおっさんや化粧直しをしてるOLが邪魔で仕方ない。
最低最悪の時間……だった。

しかし今は違う!

今は……真希とこんなに近くでいられる幸せをかみしめている。
ちょっと電車が揺れるだけで真希は俺にしがみついてくる。
朝からこんな幸せを味わえるなんて…

人生で始めてこの言葉を使おうと思う。

ラ ッ シ ュ あ り が と う

ボスッ!
俺「グハッ!!」

真里「相変わらずデレデレしてるわね〜、腰抜け!!」

いつの間に後ろにいたのか、真里が俺の脇腹にパンチしてきた。

俺「いっつ…別にデレデレなんてしてねーよ…」
真希「おはよ、まりっぺ」

真里「おはよ〜!ごっつぁん」

真里「ダメだよ〜ごっつぁん、あんまりこいつとひっついてちゃ。
   何考えてるか分かったもんじゃないんだから!!」

真希「え〜(w」

俺「なんだよ、それ…」

図星です。

ともあれそこからは三人和気藹々と登校した。

メールしたからか、真里とのぎこちなさもほとんどなくなっていた。

俺「ただいまぁ」

家の中は暗い。
真希はまだ帰っていないようだ。

今日は学校の後、和也に誘われて(半ば無理やり)ゲーセンに行ってきた。
対戦格闘で熱くなって結局3000円くらい使っちゃったよ…
だからあんまり行きたくなかったんだが。

真希は真里達とカラオケとか言ってたな。
いつごろ帰ってくるんだろ?

Rururu・・・

自分の部屋に行こうと階段に足をかけた瞬間に電話が鳴り出した。

俺は急いで受話器をとりに行く。

真希からかな?
でも家電は知らないはずだよな…

そんなことを思いながら電話に出る。

俺「はい、白鳥ですが」

女性「もしもしぃ?聰ちゃん?」

聞き覚えのある声と訛り…愛ちゃんのお母さん、高橋の伯母さんだ。

俺「あぁ伯母さん?こんばんは」

伯母「こんばんは。
   あのね、ちょっと頼みがあるんやけど…」

頼み?

伯母さんは俺にとてもよくしてくれていて、たまに食事に招待されたりする。
俺が一人暮らししていることを心配してくれているのだ。
ほとんど連絡をよこさない放任主義の俺の父親と姉弟とはとても思えない。

それで今日も食事の招待かと思ったんだが…
頼みなんてのは初めてだ。

俺「頼み…ですか?」

伯母「そうなの。
   実はウチの子……ストーカーされてるらしいのよ」

はぁ!?
ストーカー!?

愛ちゃんがストーキングされてるの???

俺「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」
俺「愛ちゃんが…ストーキングされてるんですか?」

伯母「そうなのよ!
   なんか去年の12月くらいから一人で歩いてると
   誰かが後ろからずっとついてくるらしいのよ」

伯母「それで聰ちゃん、格闘技やってたでしょ?
   愛のボディガードやってもらおうと思って…」

俺「ボ、ボディガード!?」
俺「いや、たしかに合気道とかやってましたけど、
  そういうのは警察に言った方がいいんじゃ…」

伯母「警察にも何度か電話したんやけど全然あかんのよ!
   『何か被害が出ないと動けない』の一点張りで。
   ウチの子に被害が出てからじゃ遅すぎるんや!!って言ってるのに…
   やっぱり警察はアテにならんのやって…」

俺「はぁ…」

伯母「そんで聰ちゃんやったら愛も安心やって言ってるし、
   ボディガードやってくれんかのぉ?」

俺「…いや、あの…」

伯母「学校への送り迎えだけでいいから!!
   伯母さんが毎日おいしいご飯作ったげるよ!」

俺「え!?泊まりこみっすか?」

伯母「その方が楽でしょ?」

俺「いや、その…」

真希「ただいま〜」

時刻は午後8時少し前。
ようやく真希が帰ってきた。

俺「おぉ、おかえり」

俺はリビングから出て玄関の電気を点ける。

真希「ごめんね、遅くなっちゃって」
真希「まりっぺが何度も延長するんだもん(w」

俺「あぁ、飯できてるから」
俺「着替えたらダイニング来いよ」

真希「ごめんね、また作らせちゃって…」
真希「今日は何?」

真希が靴を脱いで廊下に上がりながら聞いてくる。

俺「今日は寒いからおでんにした」

真希「お!いいねぇ〜!!」
真希「じゃあすぐに着替えてくるね♪」

真希はそのままいそいそと二階へ上がっていった。

俺「いただきます」
真希「いただきま〜す」

二人でおでんの鍋を囲む。
我ながらいい出来だと思う。

俺「…どう?」

真希「うん、おいしい!」

俺「そっか、よかった」

真希「聰、料理の才能あるよ〜。絶対」

いや、おでんくらいなら……

俺「そんなことはないと思うけど…」

真希「いいお嫁さんになれるよ〜」

俺「…そうかな?」
俺「……って嫁かよ!!」

真希「アハハ、三村突っ込みだ〜(w」

こんな感じで夕食は楽しく進んでいった。

そして二人とも大体食事を終えようとした頃。

俺「あのさ…真希」

俺はようやくアノ事を真希に伝える事にした。

真希「んぁ?」

ゴボ天を咥えながら真希が答える。

俺「いや、それ食べてからでいいけどさ(w」

真希はゴボ天を一口かじって残りを皿に置く。

真希「なに?」

俺「うん……俺、来週は家空けるから」

真希「えっ!?なんで???」

俺「いや、あのな……

俺は真希に「愛ちゃんのボディガード」の話をした。

真希「ストーカー……」

俺「うん、らしいんだ」

真希「……でも別に泊まり込みじゃなくてもいいんじゃない?」

俺「俺もそう言ったんだけどさぁ、
  どうせ毎朝送っていくなら向こうに泊まった方が手っ取り早いし
  ボディガード料として食事をご馳走するからって言われて……」

俺「とりあえず着替えとか取りに家に戻ったりもするけど」

真希「…でも……」

俺「まぁとりあえず一週間だけだから」
俺「それで特に問題がなかったらボディガードも終了」

真希「う〜ん……」

真希はさっきの残りのゴボ天をかじり始めた。

俺「だから悪いけどしばらくこの家任せるから…」
俺「…ほら!自立した生活したいって言ってただろ?」
俺「家の中にあるものは自由に使っていいから」

真希「…………モグモグ……」
真希「……ごくん……………………分かった」

俺「うん、悪いな…」

正直何が悪いのかよく分からないがとりあえず「悪い」を連発してみた。

真希「一週間ね、絶対一週間で帰ってきてよ!」

俺「あ、あぁ…」

「多分」と続けたかったが、面倒なことになりそうなのでやめておいた。

・・・・・・

俺「あ!そうだ!!もう一個あったんだ」

俺は真希に伝える事をもう一つ思い出した。

真希「んぁ?」

俺「あの…『洗濯』のことなんだけど……」

真希「あぁ、私やっとくよ」

俺「いや、そうじゃなくて……さっきしたんだよ」
俺「それで…その、真希の物も一緒に洗っちゃったんだけど…いい?」

終わった事に「いい」も糞もないんだが…

真希「あぁそうなんだ、ありがと」

それだけかよ!!

俺「いや、その…下着……とかさぁ…」

真希「下着がどうかした?」

俺「いや、俺が見ても……いいのかな?って……」

真希「あぁ別に気にしないからいいよ〜」
真希「私が洗濯する時には聰の下着見るんだし」

そ、そういう問題なのかな?(汗

オープンというか男っぽいというか…

とりあえず俺が真希の下着を見て怪しい妄想をしてしまったのは内緒にしておこう。
いや、最初から言うつもりはないけど。

キーンコーンキーンコーン・・・

和也「あぁ、やっと長い一週間が終わった…」

俺「そうだな…」

確かに今週はめちゃめちゃ長かった気がする。
新学期早々ヘビーすぎた。

和也「というわけで遊びに行こう!!」

何が「というわけ」だよ(w
いつも遊びたがりのくせに。

俺「いいけど、どこ行くの?」

真里「遊園地〜!!」

後ろから真里が話に割り込んできた。

俺「遊園地?今から?」

今日は土曜だからまだ昼前だけど。

真里「久々に『ヤスダパーク』に行こうよ!」

和也「お、いいねぇ!!」

ヤスダパークは市の外れにあるかなり小規模の遊園地だ。
一応観覧車とかジェットコースターとか、それなりの設備は揃っている。

真里「ね、ごっつぁんも行こうよ!!」

真希「いいよ〜」

俺「よし、久々に行くとするか!」

和也「ちょっと聰くん」

突然和也が俺を教室から連れ出す。

俺「なんだよ、一体?」

和也「まぁあれだ。辻ちゃんとかも連れていってはどうかな?」

俺「辻ちゃん?別にいいけど…なんで?」

和也「そりゃあこういうことは人が多い方が楽しいからに決まっているじゃないか!!」

あからさまに怪しいんですけど(w

俺「お前、もしかして……辻ちゃんのこと好きなの?」

和也「し、失敬だな、君は!!」
和也「憶測でものを言うなよ!!」
和也「何か証拠でもあるのか?」

俺「そうだな、強いて証拠を出せと言われれば……そのお前の慌てぶりかな(w」

和也「………」
和也「あぁそうだよ!!好きだよ!!悪いか!?」

うわぁ、逆ギレだよ…

和也「なぁ頼むよ、聰ぃ!」
和也「親友だろ?」

今度は泣き落としだし。

俺「分かった分かった」
俺「誘えばいいんだろ?」

和也「聰くん大好きー♪」

和也が抱きついてくる。

俺「分かったからやめてくれ…(泣」

密談(?)を終えて教室に戻る。

真里「あんた達何してたの?」

俺「いや、別に」

俺「ところで辻ちゃん達も誘わない?」

ちょっと唐突すぎかな?
まぁいいや。

真里「あのうんこ姉妹?別にいいけど」

俺「『うんこ姉妹』って言い方やめろよ(w」

和也「いやぁ、聰がどうしても誘いたいってうるさくてさぁ…」

…俺かよ(w

真里「ふ〜ん……まぁいいわ。とりあえず電話してみるね」

・・・・・・

真希「『うんこ姉妹』って何?」

真里が辻ちゃん達と電話している間に真希が俺に聞いてくる。

俺「いや、俺もよくしらないけど
  辻ちゃんと加護ちゃんで『ぶりぶりうんこ』とかいう
  コンビ名を使ってるらしいよ(w」

和也「『ぶりんこうんこ』な」

真希「へぇ…」

俺「さすが和也くん!詳しいねぇ(w」

和也「常識だよ」

そんな常識はありません!w

真里「OKだってさ!!」

俺「そっか」
和也「ぃよし!!」

すごい気合入ってるな…和也。

真希「お昼ご飯はどうする?」

真里「向こうで食べればいいでしょ」

俺「そんじゃ行くか」

和也「おう!!!!」

いや、暑苦しいよ…(w

・・・

真里「(すごい気合じゃない?)」

真里が耳打ちしてくる。

俺「(あぁ、目の輝きも当社比1.5倍だな…)」

真里「(よっぽど辻のことが好きなんだね〜)」

和也くん、あっさりバレてますよ(w
アレでバレない方がおかしいけど。

和也「何やってんだよ!行くぞ!!」

俺・真里・真希「「「は〜い!」」」

−ヤスダパーク到着

途中で辻ちゃん・加護ちゃんとも無事合流できた。

真里「久々〜!!」

俺「そうだな」

中学生の頃は真里達と何度か遊びに来ていたが、
もう最近は来ることもなくなってしまった。
相変わらずこじんまりとした遊園地だが、久々に来るとより小さく見える。
卒業した後に小学校へ行くと妙に校舎が小さく見えるのと同じだろうか?

和也「ほらののちゃん、入園チケット買いに行こう!!」

辻「へい!」

二人はチケット売り場に向かって走り出した。

真里「全くあいつら、子供だなぁ」

和也は辻ちゃん達が合流してからずっと辻ちゃんに付きっきりだ。
いつの間にか呼び方も「ののちゃん」になってるし。
和也ってたしか年上好みとか言ってたような…?

真希「遊園地なんて久々だよ〜」

俺「俺も」
俺「そういや真希も昔ここ来たことあったっけ?」

真希「たしかあったと思うけどよく覚えてないや」

俺「そっか…」

小学校低学年の頃の話だからな、そんなに色々は覚えてないか。
俺もボンヤリと断片的な記憶しかないし。

真里「何してんの?私達もチケット買いに行くよ!!」

俺「おう!」
真希「は〜い」

和也「全員チケット買ったな?」
和也「じゃあ行くぞー!!」

入園ゲートをくぐって入園する。

係員「チケットをお出しください」

辻「はい、おばちゃん」

係員「お!おば………はい、どうぞ」

おいおい、まだ見た目20そこそこの人に向かって「おばちゃん」かよ(w
係員のお姉さん、顔が引きつってるじゃん。
辻ちゃんはこわいな……

加護「はい、おばちゃん」

加護ちゃんもかよ(w

係員「……………………………………はいどうぞ」
係員「次の方!!(怒」

俺「は、はい………お姉さん」

係員「はい、どうぞぉ♪」

ニッコリ微笑まれちゃった…(汗

大人になるってのは大変だ…

和也「よーし、じゃあ何から乗る?」

真里「やっぱアレでしょ!!」

と言って真里はジェットコースターを指差す。

うーん、正直あんまり得意ではないんだが…

辻「いいれすね〜!!」
加護「やっぱ最初はコースターやな!!」
真希「面白そ〜」

もはや決定のようだ。

・・・・・・

ジェットコースター乗り場には数人の列ができているが、
どうやら待たずに乗れそうだ。

3分くらいでコースターが戻ってくる。

係員「はいどうぞ、お乗りください」

前から2人ずつ乗り込んでいく。
俺は真里の横に乗り込んだ。

ジリリリリリリリリン

ガクンと一瞬揺れた後、ジェットコースターは動き始めた。
ガタンゴトンとレールを昇っていく。

この時間がなんかすごい嫌だ。
死刑宣告から執行までの間のような感じだ。

真里「なにびびってんのよ、腰抜け!!」

そんな俺を見て真里が横から話しかけてくる。

俺「べ、別にびびってはないけど…」

真里「びびってんじゃん!そんなに必死にバー握り締めちゃって」
真里「ほら、大丈夫だから手はなしなさいよ」

真里はそう言うと俺の手をバーから引き離そうとする。

俺「おわ!バ、バカ!!やめろって!おい!!」
俺「これはセーフティ・バーなんだから握ってなきゃ…アイテテ!!」

必死の抵抗も空しく指を極められてしまった。
仕方なく手を離す。

っていうかもう頂上じゃん!!!!
やばいって!!

もう一度バーを掴みにいった俺の手を真里が掴む。

真里「ほら、手上げて!!」

真里が俺の手を万歳させると同時にコースターは下り始めた。

真里「キャ〜〜!!キャハハハ!!!」
俺「ーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

プシューッ!!

コースターはようやく乗り場まで戻ってきた。

係員「はい、お疲れ様でした。気をつけてお降りください」

結局俺はほとんどずっと目をつむっていた。

真里「ちょっと、もういいかげん離しなさいよ」

ん?……あれ?

どうやらずっと真里の手を握り締めつづけていたらしい。

俺「あぁ、悪りぃ」

手を離すと汗でびっしょりだ。

俺は肩にかかっていたカバーを上げ、コースターを降りようとした。

和也「すいません、俺らもう1周行きます」

………………………………………………………え???

係員「はい、分かりました」

真里「は〜い!もう1周ね!!」
真里「ほら聰!座って」

マジすか!?

俺は真里に無理やり座らされた。

ジリリリリリリリリン

出発の鐘が鳴り響き、コースターが動き出す。

「いってらっしゃ〜い」

と、そこに横から声がした。

ま、真希!!??

俺「あ、あれ!?なんで???」

俺達の後ろの席に乗っていたはずなのに…

加護「後藤さんは1回で疲れたから今回は見てるって」

真希と一緒に乗っていた加護ちゃんが後ろから説明してくれた。

つーか……なら…俺も降ろしてくれーーー!!!(泣

真希「おかえり〜」

俺「…ただいま」

2周目を終えて、ようやく地上に戻ってきた。
まだ微妙にふらつく……

ノリノリ和也が3周目を主張した時はどうなることかと思ったけど。
結局辻ちゃんの「お腹減ったのれす」の一言で、食事休憩することになった。

真里「じゃあご飯行こっか!!」

辻「賛成なのれす!!」

・・・・・・

−ランチコーナー

真里「うわ!なんかメニュー増えてない?」

和也「本当だ、『ホルモン焼き』とかあるぜ」

俺「日本酒コーナーとかできてるけどいいのか?
  ここ遊園地のはずじゃ…」

何はともあれ昼食をとることにした。

真希「……ホルモンおいしい?」

和也「あぁ、うまいうまい!ビールがほしいな!!」

真里「あんたまだ学生でしょ!!」

俺達は幼馴染4人組で食事をとっている。
辻ちゃん・加護ちゃんはまだ注文したメニューができないらしい。

俺「お前、そういう変わり種好きだよなぁ…」

和也「新しいもの見るととりあえず試してみたくなるじゃん。
   今回は『当たり』だな!モグモグ…」

俺「俺のやきそばはごく普通だけどなぁ…」

真希「私のラーメンも」

この遊園地はホルモンだけ力入れてるのか???

加護「じゃあ私のお好み焼きも期待できなさそうやな…」

加護ちゃんっていつも気配なくすっと現われるな…

俺「おう、加護ちゃん。こっち座る?」

俺は隣の椅子を出す。

加護「……こっちでいいです」

加護ちゃんは俺が用意した席の逆側の隣に座った。
ちょうど俺と真希の間だ。

ん?なんだ?嫌われてるのかな?
…でも一応隣に座ってくれたしな…
あ!まさか真里のことを嫌いとか?

俺が用意した席の更に隣には真里が座っている。

……でもそんなことはないよなぁ…

真里「何よ、加護!あんたそんなにごっつぁんが気に入ったの?」

加護「…………えぇ、まぁ」

真希「んぁ?」

あ、そういうことね。
無駄に深読みしちゃったよ…

「矢口しゃーん!!」

と、そこに辻ちゃんの大声が響いた。

……なんかすごい量の食べ物持ってるんですけど(汗

辻「見てくだしゃい!!この…」

あ!!

その時辻ちゃんの体が一瞬宙に浮いた!
そのまま地面に倒れ込む。

どうやら何かにつまずいて転んでしまったらしい。

俺は慌てて辻ちゃんのもとへ向かった。

・・・

俺「大丈夫!?」

駆けつけた俺は辻ちゃんを抱き起こした。

辻「…へい、大丈夫なのれす…」

顔を上げた辻ちゃんは頭からやきそばをかぶっている。

…やべ!笑っちゃいそうだ。

俺は笑いをこらえながら辻ちゃんの頭の上のやきそばをとってあげた。

他のみんなもやってくる。

矢口「もう、何やってるのよ!まったくドジなんだから(w」

真里が半ば呆れ気味に言う。

と、突然!

辻「え〜〜〜ん!!」

辻ちゃんが泣き出してしまった!

俺「ほら!真里がそんなこと言うから泣いちゃったじゃん!!」
俺「辻ちゃん、気にするなって!」

俺は慌てて辻ちゃんを慰めた。

真里「え!?こんなこといつものことなのに…」

俺「いいから謝れって!!」

真里「…ごめんね、辻」

しかし辻ちゃんは泣きやまない。

俺「辻ちゃん、真里も謝ってるから許してあげようよ…」

辻「ひっく…ひっく…違うんれす…ひっく…」

俺「違う?」

辻「ひっく…矢口しゃんは別に悪くないんれす…」

俺「え…じゃあ、なんで泣いてるの?」

辻「ひっく…ひっく…ののの…ののの『3段アイス』がぁ…」

辻ちゃんの前にはつぶれたアイスが落ちていた。

辻「おいしいのれす〜!!」

辻ちゃんは俺達が買い直したアイスを食べている。
その数、なんと8段!!!

最初に俺が3段アイスを買い直そうとしたのだが、和也が
「こうなったらむしろいけるとこまで」
という訳の分からない理屈を言い出して、結局2人で8段を買ってしまった。

俺「…つ、辻ちゃん、無理して食べなくてもいいからね」

辻「へい!おいしいのれす!!」

俺「そ、そうれすか…」

あ、「れす」がうつっちゃったよ。
しかし、めちゃめちゃうまそうに食べるなぁ。
食べ物系のCMに出たら結構いけるんじゃないか?
顔だって結構カワイイし。

…ちょっと痩せれば、の話だけど(w

・・・・・・

結局辻ちゃんは
やきそば・お好み焼き・タコ焼き・8段アイス
という脅威的な量を平らげてしまった。

フードファイターとしてもいけるかも(w

真里「じゃあ次はなに乗る〜?」

食事を終えた俺達は再び行動を開始した。

和也「アレなんかいいんじゃないのか?」

和也が指差しているのは「ヤスダバイキング」、
船の形をした乗り物が振り子のように揺れて最終的にぐるぐる回ったりするやつだ。

これもあまり得意な乗り物ではない。
基本的に自分で操作できない(運転できない)ものは苦手なのだ。
そういう乗り物って結構少ないんだけど…

俺「ちょ、ちょっと待て!!」

俺「もう少し穏やかな乗り物にしようぜ。
  食事直後だしさ…」

真里「そうだね、じゃあ観覧車でも乗る?」

辻「観覧車大好きなのれす!」
和也「いいねぇ!観覧車にしよう!!」

お、珍しく和也が自分の意見をあっさり変えたな。
辻ちゃん効果か。

というわけで俺達は観覧車に乗ることにした。

観覧車乗り場の前までやって来た。
並んでいる人は誰もいない。
というか乗っている人も少ない。

こんなに客が少なくて大丈夫なのか、この遊園地は?

とにかくすぐに乗れそうだ。

真里「さすがに6人いっぺんには乗れないか」

注意書きには定員6名となっている。

俺「じゃあ3人3人に分ける?」

和也「いや、むしろ2:2:2にしよう!!」

何が「むしろ」なんだか。

真里「別にいいけど。
   じゃあ2人ずつね」

和也「よし、ののちゃん一緒に乗ろう!!」

行動早いね…
ある意味感心するよ。

辻「いいれすよ」

加護「…じゃあ後藤さん一緒に乗りましょうか」

後藤「んぁ?いいよ〜」

…ということは残りは俺と真里か。

和也ペア、真希ペア、そして俺達の順に観覧車に乗り込んだ。

俺達を乗せたゴンドラはゆっくりと地上を離れていく。

観覧車ってのは誰が考えたのだろうか?
別に自分で操作できるわけでもなく、
早く動いてスリルを味わうわけでもなく。
ただゆっくりと半円を描いて上空に上がり、
そしてまた半円上に下に降りてくるだけ。

しかし俺は、そしておそらく多くの人が観覧車を好んでいる。

ゴンドラに揺られてただボンヤリと外を見ているだけでなんか癒される。
リラクゼーション?みたいなもんだ。

真里「これで二人っきりね、ダーリン♪」

そんな俺のまったり空間をぶち壊す一言。

俺「…誰がダーリンだよ」

軽くあしらう。

真里「なによ、つまんないわね。
   もっと雰囲気だしなさいよ〜」

嫌です。

真里「ところでさぁ、和也のことどうなると思う?」

俺「…どうって?」

真里「辻にベタ惚れって感じじゃない?」

俺「あぁ、辻ちゃんのことね」

実際どうなんだろう?
和也は惚れやすい分、飽きっぽい性格だからな。

俺「そのうち飽きるんじゃないの?」

真里「いやいや、恋愛のこととなると結構本気よ」

そうなの?

俺「そんな話聞いたことないけど」

真里「あんた石川さんの話知らないの?」

石川さん…あぁ、小学校の時に和也と同じクラスだったって娘だな。
中学校は公立の方に進んじゃったらしいけど…
中学1年くらいの時に、和也がよく話題にしたのを覚えている。
「かわいい」を連発してたな。
その内話題にしなくなったから忘れてた。

俺「石川さんがどうかしたの?」

真里「どうかって…告白してこっぴどく振られたのよ」

俺「マジで!?」

告白していたとは…
やっぱり学校以外のことには積極的な奴だ。

俺「…でもどうせすぐ立ち直ったんだろ?」

真里「あんた本気で知らないの?」

俺「…何を?」

真里「和也振られたショックで、その後1週間くらい学校休んだじゃない!」

1週間?
………………………………あ!
そういえば昔1週間くらい学校休んだことあったな。

俺「あぁ、そういえば…」

俺「でもあの時は『雨が降ってたから』とかいう理由じゃなかったっけ?」

真里「はぁ〜、あんたの鈍さも天才的ね」

真里は額に手をあてて頭を横に振る。

真里「そんなの嘘に決まってるでしょ?」

嘘だったのか…
たしかにいくら和也でもやりすぎだとは思ったんだが…

真里「大体どこの世界に雨が降ったくらいで学校を休むバカがいるのよ?
   ハメハメハ大王じゃあるまいし…」

ごもっともです(泣
でも…

俺「いや、たしかにそうだけど……和也ならやりかねないじゃん?」

真里「…………まぁね」

俺「ところでそれが失恋のせいだって証拠はあるの?」

真里「ウザイくらい毎日電話かかってきたのよ」

俺「真里に?」

真里「そうそう!1週間励ましっぱなしだったわよ」

うーむ、そんなことがあったとは…全く知らなかった。

そういえば以前和也に
「恋愛関係の悩みはお前に相談しても無駄だ」
とか言われたことあったな。

そんなに頼りない…というか鈍いかなぁ?

真里「とにかく!あんたもあんまり期待させること言うんじゃないわよ!」

俺「期待させること?」

真里「辻が和也のこと好きだとか、そういうこと」

俺「…いや、言わないけどさ」

真里「むしろ嫌われてるって言っとけばちょうどいいから」

それはちょっと言い過ぎじゃないのか?

と思ったが、反論しても面倒なのでとりあえず同意しておいた。

俺「分かった」

そして俺達のゴンドラは頂上部分へ。

真里「わ〜!すっご〜い!!」

ゴンドラからは俺達の住んでいる街並が一望できた。

真里「ほら、聰!見て見て!!
   私達の小学校が見えるよ!
   懐かしいなぁ〜、今度行こうよ!!」

真里が大はしゃぎで俺を呼ぶ。

「結構かわいいとこあるじゃん」と思いつつ、俺もワクワクする気持ちを抑えられない。
真里と一緒にガラスにへばりつく。

俺「小学校か…久しく行ってないなぁ」
俺「…あ!あの川原は真里が犬のフン踏んだところだな!w」

真里「ちょっ!!なんでそんなことはよく覚えてるかなぁ?もう!!」

指で軽く俺のこめかみのあたりを小突いてくる。

俺「あの後しばらく『うんこまり』ってあだ名だったもんな(w」

真里のほっぺを軽くつねりながらからかった。

真里「ひょっ!ふぁによぉ〜!!(ちょっ!なによぉ〜!!)」

ほっぺをつねられたまま声を出したのでなんだかかわいらしい喋り方になっている。

真里「もう!ちょっとやめてよ〜!!……えい!」

真里は俺の手を払いのけると、そのまま俺の脇腹のあたりをくすぐってきた。

俺「アハハハ!!バカ!ちょっと!やめろって!!w」

負けじと俺も反撃に出る。

真里「キャハハハ!!あんたそれセクハラよ!!キャハ!!w」

このまましばらく二人でゴンドラ内で騒ぎまくった。

−隣のゴンドラ

真希「んぁ〜、景色いいねぇ〜」

加護「そうですねぇ…(…ん!?)」

真希の座っている後ろのゴンドラが大きく揺れている。

加護「(矢口さん達のゴンドラめちゃめちゃ揺れてるやん…)」
加護「(気ぃ利かして二人っきりにしてあげたけど…)」

加護「(一体何してるんやろ…?(恥)」

真希「んぁ?あいぼんどうしたの?なんか顔赤くない?」

加護「そ、そんなことないですよぉ!!」

ゴンドラはもう少しで地上に着く。

俺「はぁ…はぁ…腹いてぇー!w」

真里「ふぅ…ふぅ…あんたが暴れ出すからでしょ!w」

俺達はようやくくすぐりあいをやめて席についた。

俺「くすぐり始めたのはお前じゃん…(w」

真里「知らな〜い!!w」

こんなやりとりをしている内にもう地上部分がすぐそこに見えてきた。

俺「…そろそろ降りる準備しないとな」

真里「…ねぇ、もう1周しようよ!!」

俺「はぁ!?」

真里「だって私達騒いでばっかで景色ほとんど見てないじゃん!」

誰のせいだよ(w
でもまぁ、たしかにその通りだ。

俺「別にいいけど」

ゴンドラが地上に着いた。
係員が扉を開けにやってくる。
出口部分で先に降りた和也達が待っているのが見えた。

真里は係員がゴンドラの扉を開けると同時に言った。

真里「もう1周お願いします!!」

係員「あ、はい。いいですよ」

中年の係員は客が全然いないためか、あっさりと承諾してくれた。

真里「和也〜!!!」

急に真里が大声で叫び出す!!

真里「私達もう1周行ってくるから〜!!!!」

出口部分にいたみんながちょっと驚いた顔をしている。

俺も何か言おうかと思ったが、係員によって扉が閉められてしまった。

−出口部分

和也「なんだよ、もう1周かよ!俺達はどうする?」

真希「とりあえず待ってようよ」

和也「そうだな…」

加護「(あの二人、なんか汗かいてたなぁ…)」
加護「(服装もなんか乱れてたっぽいし……)」

辻「…あいぼんどうしたのれすか?」

加護「な、なんでもあらへん!!」

加護ちゃんは耳まで真っ赤になっていた。

俺達を乗せたゴンドラは再びゆっくりと上空へ向かう。
ゴンドラはさっきと同じように上がり、さっきと同じような景色が見えてきた。

ただ…さっきと違うのは、二人の間に会話がないことだった。

俺も真里もただぼーっと外を見つめている。

・・・・・・

ゴンドラが頂上部分の7合目あたりにさしかかった頃に、
不意に真里がぽつりと呟いた。

真里「…あの後はごっつぁんと何もないの?」

俺「………別に」

頬杖して外を見つめたまま答える。

・・・・・・

8号目のあたりで、再び真里が呟く。

真里「…なんだ………何かあったんならまたキスしてやろうと思ったのに…」

思わず目だけ真里を見る。
相変わらず外を見たままだ。

俺も視線を戻し、動揺を悟られないようにゆっくりと答える。

俺「そりゃ残念…」

再び静寂がゴンドラを包む。
ゴンドラのスピードがやけに遅く感じられた。

そして頂上部へ…

真里「…ねぇ」

ゴンドラはちょうど頂上部分にさしかかっていた。

雲ひとつない青空…
近くを流れる川に太陽の光がキラキラ反射しているのを見つめながら答える。

俺「ん?」

5秒か、10秒か…俺にはもっと長く感じられたが、
それくらいの間をおいて真里は言った。

真里「…キス……しよっか?」

俺「いいよ」

俺はほとんど間をあけずに答えていた。

なぜだかは分からない…
ただその時は何も考えることなく、自然と言葉が出ていた。
そう、なんだか夢の中にいるみたいだった……

真里が体をこちらに向ける。

俺も川から視線を外し体を真里に向け、その瞳を見つめた。

まっすぐな瞳…

その瞳が徐々に近づいてくる。
いや、正確には向こうも近づいていたが、俺も近づいていた。

俺の首筋に真里の両手がまわった。

なんだか体が凄く熱い!!
それなのに頭に中はとても落ちついている。

俺はゆっくりと真里の腰のあたりに手をまわし、自分の方に引き寄せた。

真里の顔が左に少し傾き、目が閉じられた。

俺も顔を右に少し傾け、目を閉じた。

・・・・・・

唇に確かな感触があった……

二度目の地上が近づいてきた。

俺と真里はもうお互いに離れて座っている。
キスの後に会話は一言もない。

なんか…だんだん……恥ずかしくなってきた…

自分の顔が真っ赤であろうことが熱で分かる。
なんか手も震えてきた。
視線は定まらず、頭も暴走しかけてきた。

なんでキスしちゃったんだろう?
なんで真里はキスしようって言ったんだろう?
なんで俺は断らなかったんだろう?
なんで何も喋らないんだろう?
なんで…

真里「ばっかじゃないの!?」

俺「…え!?」

突然の真理の言葉に現実に戻ってくる。

真里「簡単にキスなんてしてんじゃないわよ」
真里「冗談も分からないわけ?」

俺「…え?」

真里「まったく、あんたは昔っから冗談とか通じないんだから!」

冗談?…………あれが?

真里「まぁそんなあんたをからかうのが面白いんだけどね、キャハハハ!!」

笑ってるよ、おい。
マジで冗談だったわけ?
………………つーかそれならやる前に言えよ…

真里「とにかく!!あんなことで私に惚れないでよ〜」
真里「あ!もしかしてもう惚れちゃったりした?w」

俺「んなわけねーだろ!!つーか…」

ガタン!!

係員「はい、お疲れ様でしたー」

地上に到着してしまった。

俺の反論を待たずに真里はさっさとゴンドラから降りてしまった。
渋々俺も後に続く。

出口ではみんながソフトクリームを食べながら待っていた。

和也「お前ら勝手に2周目とか行くなよな」

俺「あぁ、悪りぃ……」
真里「ごめ〜ん!!
   聰がもう1回景色見たいっていうからさ〜」

また俺のせいかよ…もういいや(泣

和也「仕方ねぇなぁ!ま、いいや。
   んで、次はなに乗る?」

真里「え〜とね〜…」

辻「あのぉ……トイレ行きたいのれす…」

辻ちゃんが恥ずかしそうに言う。

真里「だから辻は食べ過ぎなんだって!!w」
真里「さっさと行ってこ〜い!!」

辻「へい!!」

辻ちゃんは勢いよくトイレに向かって走り出した。

ふぅ、そういえば俺もトイレ行きたいかも。
今の内に行っておくか。

俺「俺もちょっとトイレ行ってくる」

和也「んじゃ俺も行っておくか」
真希「私も」

…お前ら、待ってる間に行っとけよ。

和也「女心って難しいな…」

俺「んぁ?」

連れション中に和也がいきなりわけのわからないことを言い出した。

俺「まぁ…そうだな」

実際さっきの観覧車での真里の行動も俺にはよく分からない。

俺「……辻ちゃんと何かあったか?」

和也「……別に。
   携帯の番号交換したくらい」

俺「よかったじゃん!」

順調そうなのになんでこんなに悩んでるんだ?

和也「…でもさ」

和也はトイレの洗浄ボタンを押すと、手洗い場に向かって歩きながら言う。

和也「なんか好きな人いるらしいんだわ…」

俺「辻ちゃんに?」

俺も手洗い場に向かう。

和也「…どうしたらいい?」

そんなこと俺に聞かれても…
「とにかく!あんたもあんまり期待させること言うんじゃないわよ!」
真里の言葉が頭をよぎった。

手を洗いながら少し考える。

俺「うーん……お前がどうしたいかによるんじゃねーの?」

和也「いや、そりゃそうなんだけどさぁ…
   まぁいいや、聞かなかったことにしてくれ」

そう言うと和也はトイレを出て行ってしまった。

なるほど、真里が観覧車で言ってた通りかもな。
恋愛のこととなると結構本気、か……

つーか…真里の最近の行動はどう解釈すればいいんだろう…?

一人っきりになった男子トイレでしばらく考えてみる。

まず最初は俺の家。
寝ぼけた真希が俺にキスしてきたんだよな。
それで、それを見ていた真里が後から部屋にやってきた。
当然ボコボコにされると思ったけど、なぜかキスされた…
更にその後で、俺が真希にデレデレしてるからお灸をすえてやった、
とかいう内容のメールが届いた。

最初から最後まで意味不明。

2回目がさっきの観覧車。
1周目はふざけて遊んでただけだったのに、
今思うと2周目はなんだか変な空気がたちこめてたなぁ…
頂上付近で真里からいきなりのキスの申し出。
いいよ、と即決する俺。
そして…………
でもゴンドラを降りる時には冗談で片付けられてしまった。

これも最初から最後まで…というか俺の行動も含めて意味不明。

つーか俺、自分の行動すらよく分かってないじゃん…

なんであの時「いいよ」って言ったんだろう?

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!
もう分かんねーーーーー!!

髪をくしゃくしゃにかきまぜながらトイレを出る。

真希「どしたの?」

俺「…え?」

真希と鉢合わせになった。

ピッ・ピッ・ピッ・ポーン!

シグナルが赤から青に変わった。
一斉に4台の車が走り出す。

和也「…ぃやっほーい!!」

一番最初に飛び出したのは和也。
なんか若干フライング気味だった気もするが…

しかし俺はその和也を第一コーナーで捕らえた。
和也が外に膨らんだのを見て一気にインをつく!!

和也「げ!!」

俺「ぬるいぜ和也!!」

一気に和也を抜き去る。

このままぶっちぎりだ!!

しかし、その刹那車体に衝撃がはしった。

視界がぐるぐる回る!スピンだ!!

真里「キャハハ!だっさ〜い!!」

真里が後ろから俺の車にぶつかってきたらしい。
あっさりと抜き去られてしまった。

和也「じゃあなー!」

辻「お先なのれす〜」

和也、辻ちゃんと次々に抜かされる。

俺もなんとか体勢を立て直し、リスタートした。

・・・・・・

というわけで俺達はゴーカートレース(エンジン付き)を楽しんでいた。

こういう自分で操作できる乗り物は凄く楽しい。

でも今この瞬間を楽しめているのは、実は真希のおかげだ。

トイレの前で鉢合わせした後−

  真希「どしたの?」

  俺「…え?」

  俺「あ、いや、別に…」

  真希「嘘だ、何かあったんでしょ?」
  真希「聰は嘘ついてもすぐ顔に出るから」

  女ってのはみんなこういうことに鋭いのかな?
  それとも俺がわかりやすすぎるだけなのか…

  俺「…いや、本当に何もないって!!」

  例えバレバレだとしても、さすがに本当のことは言えない。

  真希「…………言いたくないなら別にいいけど」
  真希「でもね、聰は昔から色んなこと考え過ぎだと思うよ」

  俺「昔から?」

  真希「そ。いっつも何かやる前に考え込んじゃうの」

  んー?そうかなぁ?

  真希「全部の問題に答えがあるわけじゃないんだよ?」
  真希「考えるより行動することで得られるものもたくさんあると思う」

  俺「…………」

  目から鱗って感じだった。

  確かに俺は「答え」を求めすぎていたかもしれない。
  十年以上一緒にいる真里のことなら何でも分かるはず…
  こんな風に考えていたのかも知れない。

  バカな考えだ。
  何年一緒にいようと全てが分かるわけがない。
  現に親友である和也の失恋話も今日まで知らなかった。
  あいつが恋愛に関しては本気だってことも。

  大体真里も俺のことなんて分かっちゃいない。
  あの時、なんで俺が真里を止めたのか…
  「腰抜け」か……

  そうだよ。
  「分からない」のが「普通」なんだ、人間なんて。
  都合のいい考えかもしれないが、分からないことはとりあえず忘れておこう。

  真希「ほら、また考えてる〜」

  真希の言葉にはっと我に帰る。

  俺「いや、いいんだ……ありがとう」

  この時の俺は、ひとつ大人になったというか…一皮剥けたというか…
  そんな表情をしていたと思う。

  真希「んぁ?」

  俺「よし、みんなの所に戻ろうぜ!」

  真希「う、うん…」

  俺は疑問顔の真希の手を引いて歩き出した。

  うん、今は今を楽しもう。
  考えるのは後でいい。

・・・・・・

真希「おかえり〜」

レースを終え、入り口に戻ってきた。

真里「ごっつぁん見てた?
   私の華麗なるトップ激走と聰の間抜けなビリケツっぷりを」

真希「うん(w」

俺「間抜けって…お前がぶつかってこなきゃトップだったんだよ!」

真里に文句をたれる。

実際、運転技術は俺が一番だった。
スピン後もあと少しってところまで追い上げたし。

真里「ぶつかったのは偶然よ。
   運も実力の内でしょ?キャハハ!」

……ちくしょー!(泣

・・・・・・

この後も色んなアトラクションを思いっきり楽しんだ。

・・・・・・

「「ただいま〜」」

ようやく帰宅。
もうクタクタだ。

俺「真希、先に風呂入っちゃっていいよ」

俺はそう言いながらリビングの暖房をつける。

真希「んぁ〜、じゃあ入ってくるね〜」

真希がリビングを出ると同時に、俺はソファへ倒れ込んだ。

俺「あー、つかれたー…」

結局あれからゲームコーナーなんかではしゃぎまわって、
最後にジェットコースター3連荘だった(泣

みんなでファミレスで夕飯は食べたから、後は風呂に入って寝るだけだ。

寝っ転がりながらテレビをつける。

ニュースで成人式の話題なんかをやってる。

そっか、明日から2連休か…
今週は疲れたからゆっくり休むことにしよう。

・・・・・・

俺「コーヒー飲む?」

コーヒーを2つ持ってリビングに入る。

真希「あぁ、もうお風呂あがったんだ。ありがと〜」

ソファに座って真希の様子を横目に見つつタオルで髪を拭く。

・・・

俺「おい、砂糖入れ過ぎじゃないのか?」

真希はスティックシュガーを丸2本入れてしまった。

真希「んぁ〜、聰の真似してみようと思って…」

俺の真似って……たしかに俺はいつもそれくらい入れるけど…
それは俺が子供舌なだけだと…

真希「何これ?あま〜い!!」

ほらね。

真希はコーヒーを一口飲んで顔をしかめる。

真希「……かえて」

そう言うと真希はまだ手付かずの俺のコーヒーと自分のコーヒーを入れ換えた。

しかし俺の味覚ってそんなおかしいかな?

真希がたっぷり砂糖を入れたコーヒーを手に取る。
そのまま口に運ぼうとしたが、「間接キス」って言葉が頭をよぎる。

真希が口をつけた反対側で一口飲む。

うん、甘くておいしい(w

テレビを見ながらちびちび飲み続ける。

・・・

真希「ねぇ」

俺「…んー?」

ちょっと眠いせいもあって、真希の言葉に気怠く答える。

真希「なんか…イイ顔になったよね」

俺「何が?」

テレビに向いていた視線を真希に向ける。

真希「ほら!遊園地のトイレ前で話してから」

あぁ、あの時ね。
自分でもあれで少しふっきれたものがあったと思う。

真希「やっぱりなんか考えてたんでしょ?」

俺「……まぁな。でもふっきれたよ、ありがとう」

ちょっと照れくさいが、想いをそのまま言葉にする。

真希「…そっか……よかった…」

真希「……でもね、言い忘れたこともあるんだ」

え?まだ何かあるの?

俺「……なに?」

ちょっと怖い気もしたが、また何か救いになる言葉かもしれない。

真希「………うん、聰はね〜…………………
   いざって時にはね…自然に『考え』より『行動』が先になるんだ……」

いざって時?
よく分からない…

真希「いつもは色々考えてばっかりだけど…
   ホントにいざって時には何も『考え』ずに
   どんどん一人で『行動』しちゃうの…」

俺「……そうか?」

真希「そうだよ〜!!
   私、昔っから聰を見てたもん」

なんか、他人に自分がどう見られてるのかを聞くのは…むずがゆい感じだな…

真希「でもまぁ、どんどん行動しちゃう聰は
   結構危なっかしいんだけどね〜(w」

真希「でも…そんな時の聰は………結構………カッコイイカナ………なんて…」

……ん!?

真希の顔が真っ赤になっている。

いや、俺もめちゃめちゃ恥ずかしいんですけど……

・・・・・・

しばらく無言が場を支配する。

うーん…こういう空気は苦手なんだよな…

俺「……そ、そろそろ寝るか?」

頑張って言葉を絞り出した。

真希はコクンとうなずくと無言のまま部屋を出ていってしまった。

・・・

俺「ふぅー!!」

重苦しい空気から解放されてソファに横になる。

俺「『いざ』って時ねぇー……」

天井に向かって呟く。

いつが「いざ」なのか、
真希が言ってたことは何のことなのか、
そして……本当にかっこいいのか。

全然分からない。

分からないけど辛くはない。
今の俺は全てに「答え」なんて求めてないから。

俺「ま、その内分かるだろ」

小さく呟いてリビングを出た。

・・・・・・

…う……うーん………………

・・・

……うーん…………お、重い………

俺「…重い………んん?」

なんだか何かに拘束されているような感覚に目を開ける。と…

真希「……私って…………重い?」

なぜか真希がいる!!
至近距離で目と目が合う!

俺「んおぉ!?」

思わず間抜けな声を出してしまった。

真希「ねぇ、私って重いかな…?」

俺「ん?……………」

何が何だかよく分からない。
とりあえず状況を整理する。

えーと、俺は今起きたばっかりで……
なぜか俺の体の上(というか布団の上)に真希が乗ってる。

真希「私は重いんですか〜?」

再び真希が聞いてくる。

俺「…うん………………あ!いや!!」

よく分からずに返事をしてしまった。

真希「…そっか…ふ〜ん……」

時既に遅し。
真希はベッドから降りて部屋の入り口に向かって歩き出した。

俺「いや!重くない!全然重くないって!!」

相変わらず状況はよく分からないが、
とりあえずこのままだとまずい気がした。

真希「……ホント?」

真希が顔だけこちらに向けて聞いてくる。
ちょっと不安そうな顔だ。

俺「本当だって!!」

精一杯答える。

すると真希はしばらく黙り込み……
次に顔をこちらへ向けた時には…満面の笑みで……
……走ってきた!!

そのままジャンプ!!

当然着地は…

俺「グェッ!!」

…俺の上(泣

真希「気っ持ちいい〜!!」

そのまま俺の上でゴロゴロ転がる真希。

勘弁してください(泣

・・・

俺「……ってか何でここにいるの?」

ようやく質問できた。

真希「んぁ?…あぁ、起こしにきたの」

時計に目をやると9時を少し回っていた。

俺「まだ9時じゃん…今日は休みなんだからもうちょい寝かしてくれ」

布団を頭までかぶる。

真希「え〜!!買い物行こうよ〜!!」

俺「痛い痛い!とりあえず上で暴れるなって…」

俺の上で地団駄を踏んでいる(?)真希を制して起き上がる。

俺「買い物って何が欲しいの?」

真希「ん〜色々」

俺「色々って…特にないのかよ(w」

真希「いいじゃんいいじゃん!行ってから考えれば」

ここでも「考える」より、まず「行動」ですか……

俺「…分かったよ」

渋々承諾した。
さすがにこれだけ暴れられれば眠気もかなり覚めちゃったし。

真希「それじゃあ下でご飯作ってくるから早く来てね〜」

真希はそう言うとバタバタと部屋を出ていった。

俺「寒いなぁ……」

2人で家を出て近くの商店街に向かって歩いている。

今日は快晴。
雲はほとんどない。
その分昼前だというのにかなり寒い。
室内の暖房で慣らされた体にはしばらくきつい。

と、首に何かが巻きついてきた。

真希「半分あげる」

真希がピンクのマフラーを半分俺にかけてくれた。

かなり長いマフラーだが、身長差の分歩き辛いな…
と思うと同時に真希がよりくっついてきた。
多分向こうも歩き辛いと思ったんだろう。

俺「サンキュ」

俺も体を寄せて答える。

…なんかちょっと恋人同士っぽくないですか?

という気分に浸っていると今度は右腕に何かが巻きついてきた。
いや、何かってか真希の腕なんだけどさ…

真希「半分ちょうだい」

半分?片腕ってことか。

俺「あ、あぁ…」

真希「サンキュ」

このまましばらく歩きつづけた。

真希「これかわいくない?」

俺「…何それ?ポラロイドカメラ?」

真希「うんうん!かわいいよね〜」

俺達はまずカメラ屋に入っていた。

なんでカメラ屋かっつーと、
入り口に飾ってある海の写真がとてもきれいだったから…かな?
特に真希がその写真を気に入ってしまい、
「私も写真撮りたい」と言い出したわけである。

その割には今は小型のポラロイドカメラに興味を示してるけど。

機械に対して「かわいい」っつーのはどうにも理解できないなぁ。

真希「これ買っちゃおうかな〜?」

俺「いいけど、風景写真とかならちゃんとしたカメラの方がいいんじゃねーの?」

真希「う〜ん…とりあえずこれで練習してからにする。
   ちゃんとしたやつだと高いし……」

確かに今まで見た限りでは高いのばかりだ。
でも、ポラロイドで練習になるのか?

真希「すいませ〜ん、これくださ〜い!」

ま、本人がそれでいいならいいんだけど。

真希「かわいい〜♪」

俺「いや…それ……イグアナだよ?」

真希「うん、かわいいじゃん!」

じーっと眺めてみる…………………………………分からん!!

俺は真希をおいてペットショップ内を周りはじめた。

お、あの猫かわいいじゃん。
なんか毛がファサファサしてて。
どれどれ?……ラグドールって種類なのか。
いいねぇ!ペットってのもいいかもしれない。
飼ってみようかなぁ?
…………げ!15万!?
さすがに無理だ…

あ、こっちの猫もかわいいなぁ。
アメリカンカールかぁ。
………………13万5千

ペットってかなりするんだな…
まぁ簡単に飼えるようだと捨てる奴とかいっぱいでそうだしな。

うーん、とりあえず出よう。

入り口の方へ戻る。

俺「おい、次行こうぜ」

ずっとイグアナを眺めていた真希に声をかけた。

真希「ねぇ、どっちがいい?」

俺「…………右かな?」

ようやく洋服店という普通の(?)店に来ていた。

真希「んじゃこれにするね〜」

俺「…え!?」

真希「んぁ?どうかした?」

俺「あ、いや、別に……」

即決か…

前に愛ちゃんと買い物した時なんかは「どっちがいい?」を連発されて、
俺がどっちを答えてもまだ他の服を色々見てみるって感じだったんだが…
(というか「女の子=そんなイメージ」だった)
まさかすぐ決めちゃうとは…
悩まれるよりはずっといいけど。

真希「じゃあ買ってくるね〜」

レジに向かう真希を見送り、俺は入り口近くでブラブラしていた。

・・・

ピリリリリリ・・・

その時、俺の携帯が鳴った。
着信は…和也からだ。

俺「もしもし?」

和也「おっす!聰!!」

なんかやたらハイテンションだな…

和也「今暇か?」

俺「まぁ暇っちゃ暇だけど……どうした?」

和也「んじゃちょっと出てこいよ!
   真希っちもいるの?」

俺「ん?あぁ、真希と買い物してるんだけど…」

和也「真里も呼んだからさ!
   『タンポポ』にいるから、どれくらいで来れる?」

「タンポポ」はここから割と近くにある喫茶店だ。
10分もかからず行けるだろう。

しかし、「真里も呼んだ」?
一体何が始まるんだ?

俺「ちょっと待て、真希にも聞いてみるからさ」
俺「折り返し電話すっから、じゃあな」

とりあえず電話を切る。

幼馴染全員集合ねぇ…
あのハイテンションっぷりが意味分からないよな。
ローテンションだったら、辻ちゃんに振られたとか、色々考えられるけど…

真希「んぁ〜、おまたせ〜」

ちょうどそこに真希が戻ってきた。

俺「あのさ、真希…………

俺はさっきの電話の経緯を話した。

「喫茶タンポポ」の看板が見えてきた。

あんな電話をもらったんじゃ行かないというわけにもいかず、
結局2人でノコノコ出向いてきた。

俺「一体何が行われるんだと思う?」

真希「う〜ん…わかんない」

俺「…だよな」

まぁなぜか嫌な予感とかはしないから大丈夫だと思うけど…

カランコロン・・・

入り口の鐘を鳴らして中に入る。

店員「いらっしゃいませー」

女にしては長身の、モデルのような店員さんが迎えてくれる。

俺「あ、待ち合わせなんで…」

そう言いながら中を捜すと……いた!
奥の方に座っている和也を確認した。
まだ真里は来てないみたいだな…

2人で和也の方に向かう。
向こうも気付いたようだ。

俺「おっす!」

和也「よぉ!早かったな!!ま、座れよ!」

めちゃめちゃ笑顔だよ…
ある意味気持ち悪い(w

和也「違う違う!そっちだ!」

俺が和也の隣に座ろうとしたら拒否された…
仕方なく向かい側に真希と並んで座るが……なんでだ?
6人くらいは座れそうな大きな席なのに。

店員「ご注文は?」

そこへさっきの店員さんが注文をとりにきた。

綺麗な長い髪にすらっと伸びた脚…やっぱモデルみたいだな。
…あぁ、でも顔がちょっと怖いかも…

などと思いながら注文する。

俺「オレンジジュースで」
真希「コーヒー」

注文を終えると入り口で鐘が鳴るのが聞こえた。

目をやると…やっぱ真里だ。

これで全員集合だな。
さて、何が始まることやら…?

真里「あ、コーヒーひとつ!」

真里が注文しながらこっちに歩いてくる。

真里「一体なんなのよ?急に呼び出して…」

どうやら真里も何も知らないらしい。

和也「まぁまぁ、座れって!」

和也は和也でニコニコしてるし…なんだか変な空気だ。

和也「あ、そっちな!」

真里「…どっちでもいいわよ」

和也はまたしても隣に座ろうとした真里を制して
俺達の方に座らせた。
位置的には1(和也):3(俺・真希・真里)の形だ。
……なんかバランス悪くない?

俺「…で、話って?」

和也「そうそう!今日わざわざ諸君を呼び出したのは他でもない。
   ………………聞きたい?」

ドン!!

真里「……あんたね〜!!
   わざわざ出向いて来たんだからさっさと話しなさいよ!!」

真里がキレて、両手で思いっきりテーブルを叩きつけた!
お冷が波打って少しこぼれる…

隣に座ってる俺が怖いよ…(泣

和也「分かった分かった!今から話すって!!」

和也は相変わらず笑っている。

よく笑ってられるな…イカれちゃったかな?

和也「実は…………和也君に彼女ができましたー♪」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

3人「(゚Д゚)ハァ?」

和也「苦節16年……遂にその努力が報われる日が来たんだなぁ………

俺達3人を無視して、なんか語っちゃってますよ、和也君。

で、ちょっと待てよ!
さっき確かに「彼女ができた」って言ったよな?
それってどういうこと?
和也に彼女ができたってこと???

俺の頭は相当混乱していた。

和也「…で、雨の日も風の日も、日々の努力を怠らずに………

真里「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!
   あんた、それって辻と付き合うってこと?」

語りモード全開の和也を止めて、真里が質問する。

おぉ!ってか確かにそうじゃん!
辻ちゃんと付き合うのかよ!!
なんか複雑だぞ、おい!

和也「は?違うよ」

3人「(゚Д゚)ハァ?」

和也の答えに再び3人とも呆気に取られてしまった…

俺の頭の中で思考回路がフル作動する!!

−−−−−−−−−−−−−−−−

a)和也君には好きな人がいます。

a')和也君の好きな人は辻ちゃんです。

b)和也君に彼女ができました。

b')彼女とは和也君の好きな人のことです。


a)〜b')より、「和也君の彼女は辻ちゃんです」

−−−−−−−−−−−−−−−−

・・・・・・

俺「おかしいじゃねーか!!……………………あ、すいません…」

思わず立ち上がって声を張り上げてしまった。
周りに謝りつつ着席する。

俺「いや、一体どういうこと?」

今度は小声で質問する。

真里「そうよ!とりあえず最初から説明しなさいよ!!」

「お待たせしました」

ちょうど俺達の飲み物が運ばれてきた。
店員さんが戻っていくまで無言で待つ。

・・・・・・

俺「で?」

運ばれてきたオレンジジュースを一口飲みながら和也を促す。

和也「まぁ、アレだな。『百聞は一見に如かず』ってな!」

またなんか変なこと言い出したぞ、おい……

和也「圭ちゃーん♪」

…ケイチャン?

和也の声にその後ろの席に座っていた女性が立ち上がった。
そのままこちらを向くと、歩いてきて和也の隣に座ってしまった。

圭「初めまして、保田 圭です。チュッ♪」

一礼して自己紹介した後に投げキッスを飛ばしてきた……

和也「My Girlfriend...OK?」

その女性の肩を抱きつつなぜか英語で紹介する和也。

OKじゃないし。
誰だよ、一体?

真希「んぁ〜、なんか見たことある…かも」

マジですか!?

真里「ごっつぁん、知り合いなの?」

真希「知り合いじゃないけど…う〜ん…………あ!遊園地にいた人だ!!」

和也「That's right!」

和也が指をパチンと鳴らしながら答える。

遊園地?あ、ヤスダパークか…
あれ?そういえばこの人もヤスダさんって言ってたような…?

圭「私、ヤスダパークで入り口の係員やってるんですよ」

入り口の係員?
……あ!!

俺「辻ちゃんに『おばちゃん』って言われてた人か!!」

思わず声にしてしまった。
ヤスダさんはちょっと顔を強ばらせている…

俺「す、すいません……」

圭「い、いいのよいいのよ!これでもまだハタチなんだけどね…」

真里「ハタチィ!?
   あんた、めちゃめちゃ年上じゃないのよ!!」

今度は真里が和也に向かって叫ぶ。

和也「いや、俺16だぜ?4月には17だし…」

圭「め、めちゃめちゃってほどでもないんじゃないかなぁ…?」

またもや顔を強ばらせるヤスダさん。

真里「4つも上じゃないのよ!!
   あんた何考えてるの!?」

真里さん…本人の前で暴言は勘弁して下さい…(泣
ヤスダさんの笑顔が限界っぽいよ……(汗

真希「でも、恋愛に年は関係ないんじゃないの?」

真希、ナイスフォロー!!

和也「そうそう!真希っちの言う通りだぜ!!」

真里「そりゃそうかもしれないけどさ……」

真里は力なく背もたれに倒れかかった。

俺「と、とりあえずどういうことか説明してくれない?」

俺もまだ状況が把握しきれていなかった。

和也「まぁ実は昨日の時点でお互いに
   『ちょっといいかな?』とは思ってたんだが…」

…マジかよ?
お前辻ちゃんに付きっきりだったじゃねーか!胡散くせー!

話の腰を折るのもなんなので口には出さないでおく。
和也はノリノリで話を続ける。

和也「でさ、今日暇だからぶらぶらしてたところ
   俺の魂を激しく揺さぶる写真に出会ったわけよ!!」

真里「写真?」

和也「そう!透き通った限りなく透明に近いブルーの海に
   イルカが飛び跳ねてる写真なんだけどさ」

ん?

和也「その写真が俺のハートをパワフルにシェイクしたわけよ!」

真里「…いいから普通に喋んなさいよ」

真里の的確な突っ込みが入る。

つーか、なんかそんな写真見たなぁ……………………………さっき。

真希「ねぇ、それって商店街のカメラ屋さんにあった写真じゃない?」

真希も気付いたらしく、俺が言おうと思ったことと全く同じことを
先に言われてしまった。
とりあえず相槌を打っておく。

俺「そうそう!」

和也「…そうだけど、お前らも見たの?」

真希「うんうん!すごい感動した〜!!」

やっぱりあの写真のことだったか。

真里「それで、その写真がどうしたのよ?」

真里は不機嫌そうにコーヒーを飲んでいる。

和也「ん?あぁ、それでその写真があんまり綺麗だったから
   店に入ってそこのオヤジさんに聞いてみたわけよ」
和也「『あの写真撮ったのオヤジさん?』って」

俺「あぁ、あの店長さんが撮ったんだ、アレ」

和也「違う違う!撮ったのはオヤジさんじゃなかったんだけど、
   偶然その写真を撮った人が来てたから紹介してもらったんだよ」

真希「え〜!撮った人に会えたの?」

真希が目を輝かせて前のめりに会話に参加してくる。
割と珍しい光景だ。

和也「あぁ、会えた」
和也「…というか今真希っちの目の前にいるぜ!」

目の前?……………ってことはまさか!

圭「私が撮ったのよ、あの写真」

ヤスダさんは嬉しそうに笑っている。

真希「え〜!?そうなんですか?」

圭「あの写真は私がサイパンに行った時に撮った写真なんだけどね、
  そこのマニャガハ島ってところがすごく海がキレイで………

ヤスダさんも語り出すと止まらないタイプらしい…
真希が嬉しそうに相槌を打ってるからなおさらだ。
和也もニコニコしている…………いや、これは最初からか。

真里「だから結局2人の出会いはどうなのよ?」

再び真里が脱線した話をもとに戻す。

和也「あ?うん、それで紹介されたのが昨日見た美人なお姉さんだったから
   びっくりしたんだけど…」

圭「もう和也ったら…!」

「美人」という言葉に敏感に反応して照れるヤスダさん。

なんかもうどうでもよくなってきたよ(w

和也「2人で話してみたら意気投合しちゃって!」
和也「思いきって告白してみたらOKだったんだよ…」

和也&圭「「ね〜♪」」

2人で顔を見合わせながらノロケている…

もはやあいた口が塞がらず、乾いた笑いしか出てこない。
隣を見ると真里も口をぽかーんとあけている。

圭「そうだ!…えーとあなたが真希ちゃんよね?
  それで聰くんに真里ちゃん」

ヤスダさんは俺達3人の名前を的確に当てた。

俺「は、はぁ…なんで知ってるんですか?」

圭「一応和也に聞いてたから。
  『金髪でちっちゃい娘が真里ちゃん』
  『ロングでほんわかしてるのが真希ちゃん』
  『おぼっちゃまっぽいのが聰くん』って」

俺…おぼっちゃまっぽいか???
たしかにワイルド系とかじゃないけど…

圭「そうそう!それで真希ちゃん!
  写真に興味あるなら今度私のカメラあげるわよ!」

ヤスダさんはなんだか少しおばちゃんくさい喋り方で真希に話しかけた。

真希「え〜!本当ですか?
   あ、でもさっきカメラ屋さんでカメラ買ったんですよ。
   ポラロイドなんですけどね……」

そう言いながらさっきのポラロイドカメラを取り出す。

圭「あ、ウチの店で買ってくれたんだ。
  買う前に言ってくれれば割り引きしたのに…」

俺「ウチの店?」

思わず疑問を口に出してしまっていた。

そういえばあのカメラ屋さんも「ヤスダカメラ」だったな。

圭「正確には叔父さんの店なんだけどね」

そこに自慢気に和也が割り込んでくる。

和也「圭ちゃんの父親はヤスダパークの社長なんだぜ!
   すごいだろ?」

俺「え、そうなの?…じゃあなんで入り口の係員なんか…?」

話を振ってしまった!
ここからヤスダさんのトークが炸裂する…

圭「よく聞いてくれたわね!
  あのね、入り口の係員って毎日多くの人と顔をあわせるでしょ?
  その人達ってどんな顔してると思う?
  …そう!笑顔なのよ!!
  これから遊園地に入るぞ!!って時に暗い表情の人なんていないでしょ?
  私はそういう人々の表情を見たくてあの仕事をやってるのよ。
  みんなの笑顔を見てると写真を撮る時のイメージって言うか、
  創作意欲みたいなのが沸いてきてすごいやる気になれるのよ!
  あ、まだ言ってなかったっけ?
  私、カメラマン志望なんだけどね。
  だからたまに遊園地の中をカメラ持って歩いて、目に付いた人を撮って、
  その写真をプレゼントしたりしてるんのよ。
  さっき真希ちゃんも私の写真のこと誉めてくれたでしょ?
  もう嬉しくて嬉しくて…
  そうそう!この前熱海に行ったのよ!その時に…………

ヤスダさんの話を聞いてる間にオレンジジュース飲み干しちゃいました…

・・・・・・

ようやく一段落ついた。
あれから保田さん(漢字ではこう書くらしい)は自分の旅行体験から
カメラの専門的な話までひたすら喋り続けた。

実際にカメラを取り出して分解しはじめた時にはどうなることかと
思ったけど、さすがに和也が止めてくれた。

俺はただ半笑い(もちろん乾いた笑い)の状態で話を聞きつづけ、
真希は割と興味津々に聞いていて、
真里は携帯で何かのゲームをしているようだった。

和也「じゃあ俺達今からデートだから!」

和也は突然そう言うと立ち上がろうとした。

俺「え?」

もう今日はひたすら呆気にとられっぱなしだ…

和也「今日はみんなに『彼女ができたよ』
   ってことを報告しとこうと思っただけだから」

「報告」というより「自慢」のような…
いや、「ノロケ」か…

和也「そうだ、真希っち!
   そのカメラで練習がてら俺達を撮ってくれよ!」

圭「やだ、恥ずかしい…ポーズはどうする?」

立ちあがりかけていた2人は再び着席する。

真希「いいよ〜」

パシャッ!!…ウィーン…

ポラロイドカメラ独特の音とフラッシュの光が店内に響く。

・・・・・・

徐々に2人の姿が浮き出てくる。

圭「なかなかいい腕してるじゃない!」

真希「本当ですか?」

和也「うん、真希っちも才能あるよ!!」

真希の撮った写真を眺めながら3人で盛り上がっている。

俺はそれを遠くから見ていた。

…いや、距離的には近いんだけど気分的にね。

・・・

しばらくの雑談の後、和也が立ち上がる。

和也「よし!じゃあ行こうか、圭ちゃん!!」

圭「OK!」

和也&圭「「じゃあね〜♪」」

2人は仲良く手を組んで出ていきましたとさ。

2人が出ていった店内は他の客が2,3人くらいしかいないこともあって、
静かな空気が包んでいた。
その中でも俺達の周りの空気は…何て言うか…虚無的な感じの空気だった。

真里、俺、真希と横一列に並んだ状態。
誰も何も話さない。というか話せない。

手持ち無沙汰な俺は飲み干してしまったグラスの氷を
カラカラまわしてみた。

その音だけが虚しく店内に響く。

・・・・・・

真里「…で、何だったの…アレ?」

真里がようやく沈黙を破った。

俺「アレって?」

真里「あの2人に決まってるでしょ」

俺「…………さぁ?」

真希「すごかったね…」

・・・・・・

再び静寂。

俺「…んー、まぁ、自慢したかったんだろうな…」

俺「…つーかさ、お前和也のこと
  『恋愛には本気』って言ってなかったか?」

俺は観覧車の中での真里とのやりとりを思い出していた。

真里「…言ったね〜」

俺「アレはどうなの?」

真里「…………さぁ?」

会話が長く続かない。
まるであの2人に精力を吸い取られたようだ。

真希「…どういうこと?」

何の話?という顔で真希が質問してくる。
自分自身でもよく分からなくなっていたが、なんとかまとめて説明してみる。

俺「ん?…あぁ、昨日の遊園地で
  和也が辻ちゃんのこと好きだっての気付いてた?」

真希「ん〜、まぁ何となく…」

俺「そんで真里が言うには、
  和也は普段はいい加減だけど『恋愛に関しては本気』らしいんだよ」

真希「…そうなの?」

俺「今日の様子を見てる分には怪しいことこの上ないけどな」

俺と真希の2人で真里をじっと見つめる。

真里「……な、何よ?」

俺「…いや、別に」
真希「うん……」

真里から視線を外し、誰もいない前を見つめる。
そして少し嫌味っぽく言ってみた。

俺「あの様子で『本気』って言われてもねぇ……」

真里「…何よぉ…私が悪いわけ?」

俺「べっつにぃー」

より悪意を込めてみる。

真里「……」

真里「…………」

真里「………………」

真里「す、少なくとも昔の和也は本気だったのよ!!」

真里はそう言うと同時に俺にボディブローをいれてきた。

俺「痛!?ちょ…ごほっごほッ!!」

完全に逆ギレじゃないっすかぁ(泣

真里「あぁ!!もう、何かイラつくからケーキでも食べようっと!」

真里は咳込む俺を無視してわけのわからないことを言い出した。
ってかもうメニュー見てるし。

真里「ごっつぁんも食べるよね?もちろんこいつの奢りで」

真里の指は俺をさしている。

俺「はぁ!?なんで俺が奢らにゃならんのよ?」

真里「うるさ〜い!あんた和也の親友でしょ?
   責任とりなさい!」

真里は笑顔でわけのわからないことを言っている。

俺「責任って……つーかお前も親友だろうが!」

真里「私はただの幼馴染。さ、ごっつぁんどれにする?」

んなめちゃくちゃな…(汗

真希「ん〜と、私はねぇ…」

真希も乗るのかよ!!

結局よく分からないけどケーキやらパフェやら奢らされました(泣

結局「他人のことを完全に分かるなんてことは不可能」ってことを再確認しただけだったな…

ぼんやりと空を見上げながら歩く。
2つ3つ星が光っている。

俺達は「タンポポ」を出て家路についていた。
とは言っても途中までは3人同じ方向なのだが。
真里と真希は2人で何か話しながら俺の前を歩いている。

夜の冷たい空気を吸いながら再び考える。

結局真里も和也のことを分かってなかったってわけだ。
何が「恋愛に関しては真剣」だ(w
…………まぁ今回の保田さんのことは真剣かもしれないけど…
でもあの様子じゃ怪しくなってくるよ…

・・・・・・

そういや辻ちゃんのことはどうなったんだろう?
もうきっぱり諦めたのかな?
……月曜になったら学校で聞いてみるか。
わざわざメール送るまでもないだろう。

・・・・・・

もうすぐ真里とは別々の道になる。
夜に女の一人歩きは危ないらしいけど、真里なら何の問題もないだろう。

真里「そうだ!ごっつぁん、私らも撮ってよ!」

真里は突然そう言うと、俺に近寄ってきた。

俺「…何?」

2人の話を全く聞いてなかったので困惑して尋ねる。

真里「ごっつぁんに写真撮ってもらうから!
   ほら!ポーズとって!!」

真里はそう言うと俺に腕を組んできた。

ポーズって言われても……

とりあえず無難に笑顔&ピースにしておく。

真希「じゃあ撮るよ〜」
真希「3……2……1……」

パシャッ!!…ウィーン…

真里「見せて見せて!!」

フィルムが出ると同時に真里は真希の元へ走っていく。

そんなに早くは浮き出てこねーって…

・・・・・・

真里「あぁ〜!出てきた出てきた!!キャハハ!」

お、出てきたらしい。

俺「見せて」

俺も2人の方へ歩く。

真里「ダメ!まだ完全じゃないから!」

別に完全じゃなくてもいいんだが…

仕方ないのでその辺りをぶらぶら歩く。

・・・

真里「キャハハ!フラッシュで目赤いよ〜!」

真希「そうだね、失敗しちゃったかな…?」

真里「ごっつぁんのせいじゃないって!」

なんか盛り上がってるね。
そろそろいいかな?

俺「おい、俺にも…」
真里「じゃあもう帰るね〜!じゃあね〜!!」

真里はそう言うと写真を持って小走りで駆けていく。

俺「いや、おい!俺にも見せろって!!」

俺の声だけが虚しく夜空に響いた…

真希「…行っちゃったね」

……………うん。

俺「…仕方ない…帰るか」

真希「うん」

俺達も家に向かって歩き出した。

しばらくして会話が始まる。

真希「…ごちそうさま」

俺「んぁ?」

真希「ケーキ」

俺「あぁ……結局何個食ったの?」

真希「私は3個…あとパフェ」
真希「真里っぺは他にも頼んでたような…」

よく食うなぁ…
俺も甘い物好きだから気持ちは分かるけど。

俺「太るぞ?」

冗談混じりに言ってみる。

真希「う゛……
   ……ねぇ、私太ったかなぁ…?」

そう言う真希の顔を見てみると、かなり不安そうだ。
どうやら本気で言ってるらしい。

俺「ん?そうでもないんじゃない?」

本当なら「太った」と、からかってやりたいところだが…
真希の顔があまりにも真剣だったのでやめておいた。

真希「…だって今朝も『重い』とか言ってたしさぁ…」

真希の歩くスピードが遅くなってきた。
どうやらかなり凹んでるらしい…

俺「んなことないって!
  真希がそれで『太ってる』なんて言ってたら他の女子の反感買うぞ?w」

冗談っぽく本心を言う。

はっきり言って真希のスタイルはかなりいい。
毎日ドキドキさせられっぱなしの俺が言うんだから間違いない。
恥ずかしくて真希本人には言えないけど。

真希「そんなことないよ〜」

俺「あるって!w
  もっと自信持てよ!」

真希「…そうかなぁ…………」

・・・・・・

真希「えいっ!!」

俺「おわっ!?」

真希がいきなり俺の背中に乗ってきた。
おんぶの体勢だ。

真希「じゃあ軽い私を家まで運んで♪」

いや、別に「軽い」とは言ってないんだが…(軽いけど)
それよりも背中とかになんか色んな感触があるんですけど…

俺「えー…仕方ねぇなぁ…」

と口では言いつつも、この体勢ちょっといいかも!とか思ってたりするわけで…

俺は真希から買い物袋を受け取ると、しっかりとおんぶをし直した。

真希「わぁ、たか〜い!!」

俺「よし!じゃあダッシュで行くぞ?」

真希「おぉ〜!行け行け〜!!」

真希の掛け声とともに走り出す。

真希「わぁ、はや〜い!!」

結局このまま家まで走り抜けてしまった。

ちなみに家に着いた時に息が激しく乱れていたのは、
しばらく運動していないのにいきなり人1人担いで走ったからであって、
決して真希の太股やら胸の感触にハァハァしていたわけではない。

 

たぶん。

 

チュンチュン・・・

……ん?

・・・

…んんー!
朝か……もうちょい寝てたいなぁ…今何時だろ?

俺は枕もとの時計に目をやる。

…つもりだったんだが、それより先に隣にいるものに目がいく。

真希だ。
また俺のベッドに潜り込んでるよ……。
一瞬ドキッとしたけどもう慣れてきたな。

慣れちゃいけないことなのかもしれないが。

とりあえず真希はそのままにして時計を見る。
8時半。
日曜だしもう少し寝ていてもいい。

俺は眠たい頭でどうしようか考える。

寝直したいけど隣に真希がいるしなぁ…
まぁそんなこと気にせず寝ればいいのかもしれないけど……
…しかしかわいい寝顔してるなぁ。

キスシチャエヨ

こんなに幸せそうに寝られたら起こすのもためらわれるな…
昔もこんなにかわいかったっけ?
うーん…よく覚えてないや…

ヤッチャエヨ

……ん?なんか今俺、真希に顔近づけてないか?
あ……いい匂い……

ヤレ!ヤッチマエ!

あぁ……このまま顔近づけたらどうなるのかなぁ……?
お、唇だぁ…唇がすぐそこにあるよ…

真希「ん…」

おわぁ!?

真希の口から吐息が漏れた。
それは声になるかならないか、といった大きさだったが俺は飛び上がるほどびっくりした。
なんとか声は出さずに済んだが。

うおぉ、つーか俺何やってたんだ?
あぶねーあぶねー…寝起きは何するかわかんねーな…
とりあえず真希を起こそう。

俺「真希!おい真希!起きろ!!」

肩の辺りを揺さぶりながら起こす。

真希「…んぁ〜?」

ものすごい眠たそうに目を覚ます真希。

真希「…今何時ぃ?」

気だるい声で聞いてくる。

俺「8時半だけど…」

・・・

しばしの沈黙の後、今まで薄ら開きだった真希の目がはっきりと開いた。

お、起きるのかな?

という俺の期待とは正反対の答えが返ってくる。

真希「もう少し寝よ〜よ〜」

いや、俺ももう少し寝てたいんだけどね。
あなたがそこにいると眠れないのよ。

と考える暇もなく、真希の腕が俺の首に巻きついてきた!
そのままベッドに引きずり込まれる。

俺「ちょ…真希!!」

真希「おやすみ〜」

俺の言葉も聞かずに真希は再び眠りについたようだ。

…しかし!
しかしこの体勢はヤバい!!

真希は俺の顔を抱きかかえて寝ているので…
その…つまり……

俺の顔が真希の胸元にあるんですよ、奥さん!!

…どうしよう?

・・・

…つーか……マジでやばい……

俺の鼻をくすぐる真希の香りに脳がじわりじわりと痺れていくのが分かる。
麻痺していくのは…俺の理性。
そして体の自由。

もはやこの体勢からは少しも動けない。
段々と体中の力が抜けていく…
重力に抗いきれない……

硬直していた体がガクンと力を失う。

プニャッ…

頬に柔らかい感触が…!!
気持ちよすぎる…

オソッチャエ

鼻から入ってくる媚薬の香りと頬から伝わる最高の感触に
もはや俺の理性は風前の灯だった。
さっきも聞こえた悪魔の囁きが最後の理性を消し去ろうとしている。

ヤッチャエヨ

…あぁ気持ちいい…
……とりあえずこの感触を楽しむのは自由だよな?
だって事故みたいなもんだし。
そうそう!俺が自分で触りにいったわけじゃないしな!

頬を擦り動かしてみる。

プニョ…プニュ…

あぁ!さいっこう!!

1回呼吸する度に媚薬の香りが体内に摂り込まれる。
その香りは俺の理性を削る…いや、溶かしていく感じだ。

ダキツケヨ

…抱きついてみようかな?
……そうだよ!真希だけ抱きしめてるってのは不公平だ!
俺も抱きしめる権利があるはずだ!!

悪魔の声のせいか、思考が段々過激で意味不明になってきた。
それでもまだ考えているだけマシなのだが。

ヤッチャエ

俺はなんとか手に力を込めると、真希を抱きしめるべく動かし始めた。

ふっ…

その途中に柔らかい感触に触れる。

これは…これは…ふ、太股か?

俺の手は真希の太股の上で動きを止めてしまった。

モットサワレヨ

掌から伝わってくる太股の感触は胸のそれとはまた違っていたが、
同じなのは最高ってことだった。
「究極」対「至高」って感じか…

ドッチモイタダイチャエ

ハァ…ハァ…

自分の息使いが荒くなっているのが分かる。
必死でそれを抑える。

ドクン!…ドクン!…

心音が頭の中まで響いてくる。
それは普段よりずっと大きく、そして早かった。

サワレヨ…キモチイイゼ?

無意識に頭を動かしている俺がいた。
頬に擦れる感触を楽しんでいるのだ。

テモウゴカセヨ

悪魔の囁きに導かれるように、俺は震える手を動かす。
真希の太股を撫でるように…そっと…

掌から快感が伝わってくる。

もはや頭の中は半ば真っ白でほとんど何も考えられない!

自分自身の息の荒さ
頭に響く激しい心音
脳を溶かす媚薬の香り
頬から伝わる胸の感触
下半身の熱い疼き

そして右手が教えてくれる真希の体のライン。
上へ上へ向かっていた手が遂に臀部まで到達する。

『オソエ!!』

悪魔の声が今までで一番はっきり聞こえた瞬間!

俺の理性は完全に吹き飛んだ!!

首にかかっていた真希の腕を振りほどき、勢いよく頭を上げる!
真希の顔を見下ろして叫ぶ。

俺「真希!!」

真希「んぁあ!?」

真希は一瞬体をビクッとさせて目を覚ました。

そのまま続けて叫ぶ。

俺「……俺朝飯作ってくる!!」

……吹き飛んだ理性は一瞬にして再構築されていた。

真希「わ、分かった…」

真希はキョトンとして答える。

俺はその答えを聞くとゆっくりとベッドを降りた。
もちろん下半身の膨張は悟られないように。
そのまま歩いて部屋を出る。

ドアを閉めた瞬間…俺は膝から崩れ落ちた……

ふぅ、俺って結構意気地なしかもなぁ…

シャワーを浴びながら考える。

でもまぁ今回は意気地なしでよかったかも。
さすがに襲っちゃまずいだろ。

表面上はそう考えているが、
心の奥底では「なんで襲わなかったんだ?」「このヘタレ!」といった
後悔の念が渦巻いている。

……真里の言う通り「腰抜け」かもな………

そんな心の闇を洗い流すかのように
俺はシャワーを強くして頭から浴びつづけた。

・・・・・・

しかし朝から疲れたなぁ…

バスルームから出ると一直線にリビングへ向かってソファに飛び込んだ。
手足をダラリと伸ばして横たわる。
少し足が筋肉痛だ。
昨日真希をおんぶして走ったからだろう。

そういや最近運動不足かもな。
明日から愛ちゃんのボディガードやることにもなってるし、
少し鍛え直しておくか。

俺はソファから降りて腕立て伏せを始めた。

今思えばボディガードを引き受けてよかったかも。
これ以上真希と2人っきりで暮らすと何が起こるか分からない。
とりあえず1週間それから解放されるのは大きいよな。

こんなことを考えている間に腕立ては50回に達していた。

とりあえず50回1セットでやるか。
次は腹筋だな。

うつ伏せ状態から勢いよく仰向けになり、腹筋を開始した。

・・・・・・

ガチャッ

俺が3セット目の腕立てをやっている時にリビングのドアが開いた。
真希が中を覗き込んでくる。
腕立て中の俺と目が合う。

・・・・・・

なぜか真希は沈黙したままこっちをじっと見ている。
俺も何を喋っていいか分からないのでそのまま腕立てを続けた。

真希「……何してるの?」

長い沈黙の後に真希の口から出た言葉はそれだった。
俺は腕立てを続けながら普通に答えた。

俺「…腕立て」

真希「……………………そう」

会話の最中もずっと目があったままだ。
真希は不思議そうな目でこちらを見つめている。

まぁ朝っぱらから腕立てしてるのは不思議な光景ではあるけど。

・・・・・・

俺「よし…っと」

50回が終わったところで立ち上がる。

俺「んじゃ飯にするか?」

真希「う、うん……」

俺「じゃあテレビでも見てて。今作ってくるから」

真希が入るのと入れ替わりにリビングを出てキッチンヘ向かった。

俺「…おいしい?」

真希「うん」

今朝のメニューはスクランブルエッグにサラダにトースト。
おいしいも糞もないような気がするが、沈黙が嫌だったので聞いてみた。
答えは一言でまた沈黙状態になっちゃったけど…

なんでこんなに空気が重いんだ?

キッチンにおいて真希が喋った言葉は
「コーヒー」、「いただきます」、そしてさっきの「うん」だけだった。

なんか機嫌でも悪いのかな?
…………まさか襲おうとしたのばれてたとか?
いや、それ以前に胸とかお尻を触ってたのがばれてるのかもしれない…

俺は少し血の気が引いた。

だとするとやばい!
どうする?誤魔化すか?
…でもどうやって?
…………寝ぼけてたことにするか!
……いや、でも勢いよく起きちゃったし…寝てたってのはあまりにも不自然だよな…
じゃあどうする?
…………………………あ、謝るか…?
謝って許してくれるかなぁ?
ここはやはりしらを切りつづけるのがいいのでは?
いやいや、でもまてよ…………

・・・・・・

頭の中で延々と議論が続く。

…あぁ、こんなことならいっそ襲っとけばよかった……

ちょっと本音が出た。

トーストやサラダを口の中に放り込むが、全く味がしない。
ただ噛んで飲み込んでるだけだ。
いや、オレンジジュース(これももちろん味はしない)で流し込んでる
というのが正しいか。

とにかく!俺は食事なんかより今後の対応で頭が一杯だった。
結論はまだ出ていない。

「……ぇ…」

どうする?どうする?

焦りだけが先走っていく。
背中は冷や汗でぐっしょりだ。

「……ぇ……ねぇ…」

落ちつけ!とりあえず落ちつけ俺!
とりあえず冷静に現状を把握して、最適な行動を見つけるんだ!
いざとなったら逆ギレでうやむやにしてしまえば……
…いや、だめだろ!これから毎日顔合わせるんだぞ?
ここはやっぱり…………

真希「ねぇってば!!」

俺「え!?…あ、あぁ…」

真希の大声で我に帰る。
どうやら軽くトリップしていたらしい…
戻ってくる時に口の中のトーストを落としてしまった。
慌てて拾って飲み込む。

俺「ど、どうかしたか?」

俺は努めて冷静に真希に質問した。

真希「それは私が聞きたいよ…
   今日の聰、何か変じゃない?」

激しい疑いの眼差し。

変?変ってどういうことだ?
胸とか触ったりしたことを言っているのか?
やっぱりばれてるのか?

俺「え?別に普通だけど…?」

謝るべきかすっとぼけるべきか。
答えの出ないままとりあえず無難に答えてみる。

真希「普通じゃないよ〜!
   朝から大声出して部屋出ていくし……」

真希の言葉にビクンと体が硬直した。

や、やっぱばれてる…?

真希「下に降りてきてみれば腕立てやってるし…
   何かあった?」

「何かあった?」っつーか、あったにはあったんだが、その…
……ん?
今の聞き方…もしかして……もしかしてばれてない?

俺「いや…その…なんつーか……朝のこと覚えてないの?」

恐る恐る聞いてみる。

真希「朝のこと?朝って何かあったの?」

真希は本気で疑問な顔をしている。

俺「いや、別に!」

セーフ?
これってセーフ???

ちょっと安堵の思いが心に広がる。

俺「腕立てはアレだよ、アレ!
  『ボディガード』のために鍛えておこうと思って」

真希「あぁそっか。明日からだもんね…
   それで朝から気合入ってたのか〜…」

真希は納得した顔をしている。
と同時に少し寂しげな表情も入っていた気がするが、気のせいだろうか。

俺「そ、そうなんだよ!ちょっと入れ込みすぎかもな(w」

上手く誤魔化すことができた!
よかったぁ!!

真希「じゃあさ、もしも私もストーキングされたりしたらさ、
   その時はボディガードやってくれる?」

俺「ん?仕方ねーな、幼馴染割引でやってやるよ!w」

真希「何それ〜?お金とるの〜?w」

俺「当然!学生さんは金がないの」

こうして話している真希はいつもの真希だ。
いつもの笑顔。
寂しげな表情なんて欠片も見えない。
やはり気のせいだったんだろう。

この後飲んだオレンジジュースは柑橘系特有の甘酸っぱさが口に中に広がった。

真希「ねぇ、今日って暇?」

朝食を終え、新聞を読んでいる俺に真希が話し掛けてきた。

俺「あぁ、特に予定はないけど」

真希「じゃあさ、一緒に勉強しない?」

俺「はぁ?勉強?」

予想だにしなかった誘いにちょっと飲んでいたジュースをこぼしそうになった。

真希「うん。だって明日からテストじゃない」

…すっかり忘れていた。
というか俺達の学校ではテストなんてどうでもいいことなのだ。
それなりに有名な私立校だから赤点さえとらなきゃ自動的に大学まで進める。
いわゆる「エスカレーター」ってやつだ。
俺は人生で一度も「テスト勉強」ってやつをしたことがない。
まぁ真里や和也はたまに赤点をとっていたが(w

俺「勉強なんてしなくていいんだよ、ウチの学校は(w」

俺はちょっと苦笑しながら真希に答える。

真希「え…なんで?」

真希は怪訝な顔で聞いてくる。

俺は読んでいた新聞をたたむと椅子に座り直し、
真希にウチの学校のシステムを細かく説明してやった。

真希「ふ〜ん……そうなんだ」

真希は納得したのかしないのか微妙な顔をしている。

俺「そ!だから俺達は一生懸命勉強する必要はないの」

俺は笑いながら再び新聞を手にとり、さっきまで読んでいたスポーツ欄を見直す。

真希「でもさ〜」

俺「んぁー?」

俺は意識の大半をスポーツ欄に置きながら適当に返事をした。

真希「まだ来たばっかりでこっちの授業とかよく分からないしさぁ…
   転校してきてすぐ赤点なんて恥ずかしいよ〜…」

俺「大丈夫だって!滅多なことじゃ赤点なんてくらわないから」

真希「でもさ………」

真希の声が小さくなり、やがて何も聞こえなくなった。
さすがに俺も不思議に思って新聞から顔を上げて見ると、
真希は下へうつむいている。

あれ?もしかして……泣いてる?

俺「……え…とぉ……ま、真希ちゃん?」

恐る恐る声をかけてみる。

真希「……勉強教えてくれないんでしょ?」

ボソリと返ってくる答え。

俺もちょっと慌ててフォローする。

俺「いや、別に教えないとは言ってないじゃん!
  分かった、じゃあ少しだけやろうか?…な?」

真希「…………ホント?」

真希は顔を上げて明るい笑顔で返事をする。

この笑顔を絶やさせるのはまずいな…

と咄嗟に考え、更に答える。

俺「本当本当!…たまには勉強するのもいいかな、なんて(w」

真希「じゃあ10分後に始めようね!」

…え?

真希「あ、私洗い物しておくから先に準備しておいて!!」

…マジすか?

真希はそのままご機嫌で食器を持って笑顔でキッチンへ入っていった。

………なんで休日に勉強なんかしなけりゃならないんだろう?(泣

・・・・・・・

俺「……だから、こうだろ?」

真希「おぉ〜!なるほど〜!!」

俺「はい、じゃあ次の問題やって」

リビングの小さなテーブルに向かい合った状態。
2人で仲良く(?)勉強している。
とは言っても、真希がひたすら問題を解いて、
分からない部分を俺が解説するってだけだから考えてたほど辛くない。
っていうか楽。
真希が問題を解いている間は俺は漫画を読んでいる。

ま、これくらいなら別にいいか。
どうせ暇なんだし。

とボケッと漫画を読んでいるとまたご指名だ。

真希「ねぇ、これは?」

漫画のページに折り目をつけてテーブルに向かう。

俺「はいはい。えーと、これは………

・・・・・・

勉強を始めてから30分くらい経っただろうか?
勉強の方は2科目目の数学になっている。
俺は漫画も読み終わり、何となく手持ち無沙汰の状態だった。
さすがに真希が勉強してるのにテレビをつけるわけにもいかない。

真希「…あ゛〜!わかんない〜!!」

真希が教科書をバサッとはじく。
さっきからずっと同じ所で止まっているのだ。

俺「えー、まだわかんないの?」

真希「悪かったね〜バカで…」

真希が口を尖らせて答える。

俺「別にんなことは言ってないだろ?
  …まぁたしかにここは結構難しい所なんだけど…
  貸してみ?」

俺は真希からノートとペンを受け取ると解説を始めた。

俺「だから、ここのxとyになんかの数字が入るわけでしょ?
  それで、ここに数式が2つあるから、まずyを消して…………

俺「……んで、こう式を立てれば、後は計算で求まるじゃん」

真希「じゃあ、この式は何?」

俺「え、どれ?」

真希「そこの2番目の式」

俺「これ?これはさっきも言ったじゃん。
  上の式を分解して…」

真希「違う!それじゃなくてこの式!!」

俺「…どれよ?」

真希「あ〜もう!そっち行っていい?」

俺「いいけど」

真希がテーブルの向こうからこっちにやってくる。
とは言っても小さなテーブルだからちょっと移動しただけだが。

真希「…だからこの式」

俺「あぁ、この式ね!これはさぁ…………

・・・

真希「あぁなるほど〜!」
真希「やっぱりこの方が分かりやすいね〜
   っていうか教えてもらうんだから最初からこうすればよかった…」

そうすか?
なんか狭いテーブルに無理やり2人で横並びに座ってるからキツイんですけど…

とりあえず狭苦しいのでちょっと横に出た。
と、すぐにまたお呼びがかかる。

真希「ねぇ、じゃあこれも同じようにやるの?」

俺「どれ?」

再び密着空間へと戻り、問題を見る。

俺「あぁこれはちょっと違うな。
  途中までは同じなんだけどね」

モットクッツケヨ

俺「まず最初の式を分解するところまでは同じ。
  これは分かるよな?」

サワレヨ

俺「んで、ここで3番目の式を使うんだよ」

モメヨ

俺「んで2番目の式に代入するとさっきと同じ形になるだろ?
  あとは同じ」

ダキシメロ!

再び悪魔が舞い降りた。

真希は俺の説明で納得したようで、早速問題を解き始めている。
俺はそんな真希の横顔を見つめる。

……かわいいなぁ…

そう思うと擦れ合っている太股の感触に段々とテンションが上がっていく。
うなじが目に入る。

…なんかうなじが色っぽいってのが分かる気がするなぁ。
俺も大人になってきたかな?w

表面上は冗談っぽく考えているが、
それと同時に変な妄想も始めてしまう。

・・・

…やばいやばい!股間に血が集まりすぎた。
何考えてんだ、俺?
勉強!勉強に集中しよう!!

とりあえず視線をうなじからずらそうとすると、今度は胸元に目が行く。
今日の真希はVネックの白いトレーナーを着ている。
ややかがみながら問題を解くのに夢中になっているので…

ちょっと覗き込むと胸の辺りが見えるかもなぁ…

ばれないように、そっと顔を動かす。
そのまま胸元に目を凝らす。

・・・

もうちょい

・・・

もうちょいで見える

ピリリリリリ・・・
俺「どわぁー!!!」

真希「うわ!びっくりしたぁ!!」
真希「……どうしたの?」

突然のベルの音に思わず大声を上げてしまった。
(ついでに少し飛びあがった)
俺の携帯が鳴っているらしい。

俺「いや、あの、け、携帯がね…鳴ったから…」

しどろもどろに答える。

真希「わ、分かったけど……出なくていいの?」

真希が俺の携帯を指差す。
携帯は相変わらず鳴り響いている。

俺「あ、いや、出ます!出ますよ…」

股間のふくらみに気付かれないようにかがんで内股で携帯に向かう。
もっとも真希は再び問題に取り組んでいて、こっちは見ていなかったようだが。

携帯を取って見ると、着信は真里からだ。

ピッ!

俺「はい、もしもし?」

真里「あ、聰?今暇〜?」

相変わらず能天気に明るい声だ。

俺「うーん、暇ではないけど…
  真希とテスト勉強してるんだよ」

俺は特に勉強してないけど。

真里「ウソ!?あんたが勉強するなんて珍しいじゃない!
   ほっといても頭いいくせに…」

俺「まぁたまにはな…」

真里「んじゃちょっと抜けてこれない?
   話ってゆーか頼みがあるんだけど」

俺「あ?頼み?どうせくだらないことだろ(w
  なんだよ?」

真里「ちょっと電話だと言いにくいから…」

ほう、珍しいな。
いや、真里が俺に頼みごとをするのは特に珍しくはないのだが、
電話で言えないようなことはそうない。
というか初めてかもしれない。

俺「分かったよ、どこ行けばいい?
  …………………おう!12時な、OK
  じゃあな」

12時に例の「タンポポ」で会うことにした。
電話で言えないほどの頼みってやつにちょっと興味が引かれる。

これでくだらないことだったら殴るからな!

真希「…誰?」

電話を切ると同時に真希が聞いてくる。
勉強してるようだったが、ちゃっかり電話にも聞き耳を立てていたらしい。

俺「あぁ真里。なんか相談があるらしい。
  というわけで昼は出かけるから」

真希「聰1人で行くの?」

俺「ん?なんか電話では言えないことらしいからな…」

真希「ふ〜ん……ねぇ!それよりここ教えてよ!」

真希の顔は一瞬曇ったようだったが、すぐに元の明るい顔に戻った。

俺「またかよ…」

俺は悪魔を召還しないようにテーブルの横側から説明する。

しかしどうも今日は変な感じだな…
……欲求不満かな?

若干の疑問を残しつつ勉強会は続いた。

・・・・・・

真希「よし!もう終わり!!」

真希はそう言うとペンをテーブルの上に放り投げた。

俺「おつかれ」

さすがに俺も疲れたけど…

ようやく長い長い勉強会が終わった。
ひとつひとつの教科に15〜30分くらいしかかけてないけど
一気にやるとさすがに疲れる。
時計はもうすぐ11時を差そうとしている。

俺「それだけ分かってりゃ全然問題ないよ」

真希「ありがと!」

そう答える真希の笑顔を見ていると少し疲れも癒される…

真希「真里っぺとの待ち合わせって何時だっけ?」

真希が勉強道具を片付けながら聞いてくる。

俺「ん?12時」

俺も教科書やノートを片付ける手伝いをしながら答える。

真希「じゃあお昼ご飯どうする?」

俺「うーん…外で食べた方が楽だけど…真希は?」

真希「じゃあ私も昼からは買い物でもしてようかな」

俺「よし!じゃあ飯食いに行くか!」

現在11時55分。
俺はやや早足で歩いていた。

真希と飯食ってから別れたまではいいんだが、
その後ちょっと時間があったからって本屋で立ち読みしたのがまずかった。
時間を忘れて本に没頭してしまって、気付いた時にはギリギリの時間になっていた。

ようやく「喫茶タンポポ」の看板が見えてきた。
腕時計に目をやると、11時57分。
なんとか間に合いそうだ。
少し歩くスピードを緩める。

・・・

カランコロン・・・

入り口の鐘を鳴り響かせて中に入る。
祝日だけあってさすがに少し混んでいる。

と、前から金髪の小さな店員さんが歩いてくる。
この前来た時のモデルっぽい人とは別の人だ。

店員「いらっしゃいませ〜!何人様ですかぁ?」

店員さんはよく通る大きな声で元気よく迎えてくれる。

俺「……つーかお前、何やってんの?」

店員「何ってバイトよ、バイト!
   どう、似合う?キャハハ!」

店員さん…いや、ウェイトレス姿の真里はくるっと回って見せた。

真里「まぁ立ち話もなんだから、とりあえず奥行こっか!」

そう言うと真里は俺を客席ではなく、店の奥の方へと連れていった。
途中、厨房の隣を通る。

真里「彩っぺ、今日はもう終わりね〜!
   あと奥借りるから!」

「はい、ありがとね」

彩っぺと呼ばれた人が厨房の中で何かを作りながら返事をする。
目が合ってしまったのでとりあえず会釈しておく。

この店は店の中まで美人揃いだな…あのモデルっぽい店員さんといい。
真里もここでバイトするんなら、あの人達を見習って
もうちょっとは大人っぽくならないかな?

と、口に出したら投げ飛ばされそうなことを考えてしまう。

そのまま奥へ入った部屋に通されると、
そこは従業員の休憩室なのか、ロッカーなどが置かれていた。
部屋の中心には客席にあるのと変わらないテーブルセットがある。

真里「そこに座って待ってて。お昼は?」

俺「あぁ、食べてきたけど…」

言われるままにソファに腰掛けつつ答える。

真里「じゃあ何か飲む?」

俺「オレンジジュース…」

真里「あんたオレンジ好きね〜…
   オッケ〜!ちょっと待ってて」

そう言うと真里は部屋を出ていってしまった。

部屋に一人きり。
状況が全く分からないので、とりあえず部屋のあちこちを眺めてみる。

・・・・・・

真里「おまたせ〜」

壁にかかっている変な絵を眺めている所へ真里が何かを持って戻ってきた。

真里の持つお盆にはナポリタンとオレンジジュースが2つ乗っている。
真里はそれらをテーブルに並べると、俺の対面に腰を降ろした。

真里「いただきま〜す!!」

そのままナポリタンを食べ始める。

俺「……いや、どういうこと?」

真里「え〜?…モグモグ……何が?」

ナポリタンを食べながら答えてくる。
何が?というか聞きたいことは色々あるのだが…

俺「…とりあえずなんでここでバイトしてるの?」

真里「あ〜、モグモグ…えっとね…モグ……それはね〜……」

俺「あぁいい!食ってからでいいよ!」

とりあえず真里が昼食を食べ終わるのを待つことにして、
置いてあるオレンジジュースを口にふくんだ。

真里「ごちそうさま〜!」

満足そうな笑顔。

真里は5分足らずでナポリタンを平らげてしまった。
よっぽどお腹が空いていたのだろうか?

俺「すごい勢いだな…辻ちゃんみたいだ」

苦笑しながら話しかける。

真里「辻と一緒にしないでよ〜!
   労働の後はお腹が減るの!!」

顔をちょっと赤らめながら抗議してくる。

こういうちょっと女の子っぽいところはかわいいと思う。
自然と顔がほころんでしまう。

真里「なにニヤニヤしてんのよ!!」

真里の顔がますます赤くなる。

ちょっと、こう、からかってやりたくなるようなかわいらしさだな。
実際からかうとその後本気でキレられたりするんだが…(汗
まぁまだガキってことだな。
…俺も真里も。

俺「いや、別に。
  んで、そろそろ質問してもいいか?」

笑いを必死で抑えながら冷静を装う。

真里「いいけど…」

真里はまだちょっと腑に落ちない、といった顔だ。

俺「で、なんでここでバイトなんかしてんの?」

真里の家はいわゆる「お金持ち」ってやつだ。
父親がどっかの社長だとか。
言い換えれば「真里=お嬢」なのだが、
見た目や性格(つまり全部だが)はそんなイメージからかけ離れている。
本人もお嬢扱いされることは嫌っていた。
そもそもお嬢扱いしたがる奴なんてほとんどいなかったけど。

とは言え、お嬢であることは残念ながら(?)事実であるので
幼い頃から真里がお金に困っているところなど見たことがない。
(俺がよく奢らされるのは単にイジワルをしたいだけだろう(泣)
実際洋服やらアクセサリー、化粧品なんかには湯水のごとくお金を使っている。

そんな真里がバイトをする理由というのが思いつかない。
単なる社会勉強?
いやいや、こいつはそんなに勉強家じゃない。

真里はしばらく考え込んで、オレンジジュースを一口飲むとゆっくり話しはじめた。

真里「え〜と、この店はねぇ、彩っぺ…さっき厨房で料理してた人ね、
   山田さんって言うんだけど。その彩っぺと旦那さんの2人で
   やってるの」

ひとつひとつ言葉を選んで喋っている。
ややこしいことを他人に説明する時の真里の癖だ。
こういう時は俺は相槌を打ってやるだけにしている。
途中で邪魔すると怒るし、何も言わなきゃ言わないで「聞いてるの?」って怒られるし。

俺「で?」

真里「うん…で、その彩っぺとウチのお母さんが知り合いで、
   詳しいことは私も知らないんだけど。
   それでこの店が開店した時に…2年くらい前かな?
   お母さんと私でお祝いに来たのよ。
   客席に座って店員さんの働きぶりとか見てる内に、
   なんかいいなぁって思って、ちょっとお手伝いさせてもらったの」

初めて聞く話だ。
まぁ真里のことだから、クラスメイトとかが店に来るのを嫌ったのだろう。
…にしても、俺にも内緒か。
別に全てを話しててくれなきゃダメ、ってわけではないけど…

ちょっと複雑な気分。

真里「ほら!この衣装とかかわいくない?
   全部彩っぺの手作りなんだよ!」

真里は俺の心の中に気付いたのだろうか、ちょっと話を脱線して笑顔で話しかけてくる。

俺「へぇ、手作りか。すごいな」

素直に心のまま伝える。

真里「でしょ〜?
   …で、まぁ、この衣装とかも気に入ったし、
   それからたまにバイトさせてもらってたのよ。
   …終わり」

真里は話し終わるとちょっとうつむいてジュースのストローに口を付けた。
照れているのか、今まで俺に秘密にしていたことを悪いと思っているのか。

俺「ふーん、そっか」

とりあえずもうこの話題については追求しないことにした。
人には触れられたくない部分もある。

ならここに呼ぶなよ!という気がしないでもないが。

俺「それはそれとして、で、今日呼び出したのは何?
  頼み、だっけ?」

ちょっと空気が重い気がしたので次の話題に移行してみる。

真里「そうそう!それで呼んだんだった!!」

途端に真里の顔が明るくなる。

真里「実はちょっと言いにくいんだけどさ〜」

そう言う真里の顔は全然「言いにくい」という顔ではなかった。
なんかニヤニヤしている。
さっきの話の方がまだそんな感じだ。

この分だと「頼み」ってのも大したことないことかもな。

そう考えた俺は姿勢をくずしてジュースを飲み始めた。

真里「実はね…………

店員「とってもお似合いですよ!」

俺「そ、そうかな?」

真里「似合う似合う!ちょっとおぼっちゃまっぽいわよ!キャハハ!!」

鏡の前でもう一度自分の姿を確認する。
とても似合っているとは思えない真っ白なスーツ。
それに真紅のネクタイ。

自分で言うのもなんだが…キショイ。
なんでこんな格好しなけりゃいけないんだか…

真里「じゃあ聰はそれで決定ね!
   私はどれにしようかな〜?」

俺「お、おい!決定なのかよ!!」

叫んではみたものの、俺の声は届いていないらしい。
真里は自分用のドレス捜しに一生懸命だ。

店員さんも真里についていってしまったので、
1人残された俺はとりあえず私服に着替えなおすことにした。

試着コーナーに入り、カーテンを閉める。
目の前の鑑に映った自分の姿に再びため息をつく。

ここは俗に言う高級ブティック。
いかにも高そうなドレスや紳士服が並んでいる。

で、なんで俺がこんな場違いな所にいるかというと、真里の頼みの一環だ。

俺もまだ完全に把握してはいないが、真里の頼みってやつを要約すると
「一緒にパーティに出てほしい」ということ。

何のパーティだかは真里自身もよく知らないらしいが、
洒落にならないほど豪華なパーティらしい。
それに父親の仕事のツテで招待状は手に入れたのだが、
そのパーティというのが「男女ペア」でしか出席できない仕組みらしく、
俺の出番となったわけだ。

そんな豪華なパーティには逆に出たくないんだが、
真里はどうしてもそこでおいしいものが食べたいらしい。
金は全部真里が出す(正確には真里の親が、だが)ということで渋々OKした。

それで早速パーティ用の衣装選びってわけだ。
貸し衣装とかでいいと思うんだが、どうしても買いたいらしい。

俺の衣装も買ってプレゼントしてくれるってさ。
いいねぇ、金持ちは。
まぁ、もらっても着る機会がないんだが。

……しかし白いな、これ。

着替え終わって試着室を出る。
向こうで真里は店員さんと熱心に話している。

気合入ってるなぁ…

と思いつつ近づいてみる。

真里「あ、聰!あんたはどっちがいい?」

俺に気付いた真里が両手にドレスを持って聞いてきた。

なんか最近こういう状況多いような…?

俺「…右」

こういう時はとりあえず右とでも言っておけばいいということをここ数日で学習済みだ。
女にはどうやら2種類のタイプがいるらしい。
アドバイスを受けたらすぐに決めてしまう真希タイプと
延々悩み続ける愛ちゃんタイプ。
前者ならさっさとアドバイスすれば買い物がすぐ終わるし、
後者ならどっちにしろ長くなる。

真里「右かぁ…う〜ん、たしかにこっちの方がいいような気もするなぁ…
   でもこっちの方があっさりした感じで……

真里はどうやら愛ちゃんタイプらしい。
長い買い物になりそうだ。
俺は覚悟を決めることにした。

真里「どぉ?似合う?」

真里が試着室から出てくる。
小さな体は黒のカクテルドレスに包まれている。

俺「うん、いいんじゃない?お姫様みたいで(w」

頭にティアラでもつければそれこそお姫様、って感じだ。

真里「何よ、それ?バカにしてんの?」

真里がちょっと睨みつけてくる。
軽く首を横に振って答える。

店員「とってもよくお似合いですわよ」

店員の大袈裟な誉め言葉に頷いておく。

真里「そ、そぉ?」

まだ不信そうな顔をしているが、照れ隠しなのがバレバレだ。
瞳の奥が嬉しそうなのが分かる。
かわいい奴だ(w

しかし、単純なだなぁ、と思うと同時に
俺もあいつには心の中を簡単に読まれてるんだろうなぁ、と少し複雑な気持ちになる。

真里「ど、どうかな?」

カーテンが開いて出てきたのは顔を真っ赤にした真里。
その顔よりも赤い、ワインレッドのセミロングドレスを纏っている。
胸元や背中が大きく開いたドレスだ。

真里「ちょ、あんま見ないでよ〜…」

胸元を抑えて恥ずかしがる真里。

な、なんかかわいいぞ…

俺「とてもよくお似合いですよ、お姫様」

照れ隠しに仰々しくお辞儀しながら褒め称える。

真里「もう!またそういうこと言うんだから〜!」

そう言う真里の顔はまんざらではなさそうだ。
もしかして俺の本心を読まれたのかもしれない。
ともあれ、もう一度よく見なおす。

大人っぽいデザインのドレスと子供っぽい真里本人のミスマッチがいい感じだ。
いや、案外ミスマッチでもないかもしれない。
普段の真里のイメージを取り除いて見てみると、それは淑女と呼ぶにふさわしい姿だ。

真里「だからあんまり見るなって!!」

真里は俺の視線に堪えかねて胸元を抑えてしゃがみ込んでしまった。

つーか、そういうことすると逆に色んな部分が見えそうなんですけど…

ただでさえ露出が多いドレスなのに、サイズも少し大きい。
(真里が小さいだけとも言えるが)
更にかがむと胸元部分が見えそうになる。
いくらないとは言っても一応女だからそれなりに胸もある。

・・・

また真里に心を読まれそうだったので目を逸らした。

結局その後も何着か試着してみたが、
あのワインレッドのドレスに決まったようだ。

もっともそのまま真里が着るとロングドレスになってしまうので
少し直しをするらしいが。
俺の純白スーツも体に合わせて直してもらうことになった。

約2時間の買い物。
ようやくこれで解放されるかと思ったのだが…

真里「次はジュエリーね!」

この一言でもうしばらく我慢の時間が続くことになった(泣

例の如くまた高級なジュエリーショップに連れていかれたのだが、
その値段に呆れて何も言えなくなってしまった。

 な ん で 石 コ ロ に そ ん な 金 出 せ る の ?

その店にいる間中ずっとそんなことを考えていた。

結局真里は指輪にネックレス、そしてイヤリングを購入した。
その額「ン十万」…恐ろしい限りである。

真里「あんたも買えばよかったのに。
   どうせお金はお父さんが持つんだからさぁ」

ジュエリーショップを出た途端に真里が話しはじめる。

辺りは既に薄暗いを通り越して、ほとんど真っ暗だ。

俺「いや、俺は宝石とか興味ないし…」

外の暗さに少し驚きながら答える。

つーか男が指輪やら何やらつけるのはおかしいだろ?
もしかして俺って考え方古い?
…まぁいいや。それよりも…

俺「そんなことよりこんなに買い物して大丈夫なのかよ?」

真里「何が?」

俺「いや、おじさんのお金なんだろ?
  使いすぎじゃねーの?」

いくら社長とはいえこの不況では無駄使いはできないはず。

真里「あぁ、いいのよ!
   昨日お父さんと大喧嘩しちゃってさぁ…
   これはその仲直りの印ってワケ♪」

そう言いながら真里はニヤッと笑って金色のカードをひらひらさせた。

1喧嘩でン十万か…すごい一家だな。
ウチは親父と喧嘩でもしようものなら2,30発は殴られそうだな…
したことないけど。
つーか怖くて無理だけど…

嫌な想像を巡らせて苦笑いをしている俺に真里が話しかけてくる。

真里「ねぇ、どっかでご飯食べようよ!」

俺「ん、あぁもうそんな時間か…」

時計代わりに使っている携帯を出して見る。
ディスプレイには「18:05」の文字。
もう結構な時間だとは分かっていたが、
改めてその事実を目の当たりにするとなんだか萎える。

買い物ってこんなに時間がかかる行為だったっけ?

俺「…じゃあ真希も呼んでどっか食いに行くか!」

萎えていても仕方ないので意識的にテンションを上げてみる。

真里「…別に2人でいいんじゃない?」

俺「え?」

予想外の答え。
少し暗い声なような気がしたが…
真里の顔を見てみるが、暗くてよく分からない。

俺「…なんでだよ?真希も呼ぼうぜ」

真里「…そうだね、うん!私電話してみる!」

さっきとはうってかわって明るい声。

…だけど何か違和感を感じる。
それが違和感であることすら気付かないほどのほんの小さな違和感。

相変わらず暗くて真里の表情を窺い知ることはできない。

もちろんこの時の俺はその感覚を気に止めなかった。

真里「…ダメ、つながんない!」

真里が首を振りながら言う。

俺「え?マジで?」

まさか地下にいるとは思えないから、電源を切っているのだろうか?

真里「しょうがないから私達2人だけで食べに行こうよ!」

真里が腕を組んでくる。
いや、30センチ弱の身長差があることを考えると
「しがみついてくる」という表現の方が正しいかもしれない。
こういう時の真里は大抵上機嫌なのを経験的に知っている。
…のだが、どうも今の真里はそんな風には見えない。

俺「2人じゃ行けねーよ」

真里の手を振りほどく。

真里「なんでよ〜?」

俺「だって真希は俺の帰り待ってるかもしれねーじゃん。
  何も連絡せずに待たせるわけにはいかないだろ?」

こう言いながら、「もし将来誰かと結婚したら毎日がこうなるのかなぁ?」と
どうでもいいことを考えてしまう。

真里「じゃあ連絡すればいいじゃん」

俺「だからその連絡がつかないんだろ?」

真里「あそっか…」

こいつ…天然か?w

俺「というわけで、家に帰るぞ?」

真里「え〜!!」

真里が子供のように駄々をこねる。

俺「仕方ないだろ?ほら、行くぞ!」

納得いかない、という表情の真里を尻目に歩き出す。

真里「ちょ、ちょっと待って!もう一回電話してみる!!」

歩き出した俺の袖を慌てて引っ張る真里。

俺「だってつながんねーんだろ?」

真里「今度はつながるかもしれないじゃん!」

いやそりゃそうだけど、さっきの今では可能性は低いだろ。

携帯を取り出してかけている真里を見ながら思う。

真里「……あ、もしもしごっつぁん?」

つながってるよ、おい!

真里と2人で待ち合わせの店へ向かう。
家の近くの商店街の外れにある中華レストランらしい。
最近できたばかりで俺は行ったことがないが、真里はもう2,3回行っているとか。

今いる場所からは普通は電車で移動するのだが、
真希も出てくるのに20分くらいかかるというので、敢えて一駅分を歩くことにした。

にしても寒い!
さすがに夜になると冷え込みが一段と増すなぁ。
やっぱり電車にすればよかったかも…

そう思って横を見てみると、真里の表情も暗いように見えた。

俺「やっぱ寒いか?」

真里「え!?…あ、うん。いや、別に大丈夫だけど…」

俺の言葉になんだか慌てている。
何か考え事でもしてたんだろうか?

俺「…なんか今日のお前変じゃねー?」

寒さにかじかんだ手に息を吹き掛けながら聞いてみる。

真里「変って何が?」

不思議そうな顔で聞き返されてしまった。

俺「いや、別になんとなくだけどさ…」

そう言うと同時に吹いた寒い冬風に、俺はコートの襟元を閉め直した。

真里「ごっつぁ〜ん!!」

真里が手を広げて走り出す。

俺達が店に着くのとほぼ同時に真希もやってきていた。

真希「真里っぺ〜!!」

真希も両手を広げて真里を受け止める。
抱き合う2人。
どうもこういう女の子同士の行動は分からない……

俺「ごっつぁーん!!」

…分からないけど真似してみた。
手を広げて真希のもとへ走る。

ドカッ!!

真里「あんたはいいのよ!!」

真里に腹を蹴飛ばされた…つーか…マジみぞおち入った…(泣
息……でき…ない……

その場にうずくまる。

真希「だ、大丈夫…?」

真里「いいのよ、こんな奴ほっといて。
   さ、店の中入ろ!」

真希「う、うん…」

2人は俺を置いて店の中へ消えていった。

地面についた手から冷たさがじんわりと伝わってくる。

寒い…寒いよお母さん……

遅れて店の中に入ると、ちょうど2人が席に案内されているところだった。
俺もそれについていく。

席についてコートを脱ぎながらメニューを眺める。
中国語表記の料理名の下に小さく日本語表記がある。
値段は思っていたほど高くはない。

真希「うわぁ、すごいいっぱいあるね〜。どれにしようかなぁ?」

真里「何でもいいわよ、聰の奢りだから!」

おいおい、また俺かよ…(汗
真里は金持ってるんだからたまには奢れよな…

俺「なんで今日も俺なの?
  そもそも今日は真里のお願いのために来たんだよ?
  むしろ真里が奢れ!」

そうとも!今日の俺は立場が上のはずだ!
なんせお願いする方と聞く方だからな。

真里「あんたねぇ、あのスーツいくらすると思ってんの?
   まだ金出させるつもり?」

う…それを言われると辛い…
あのスーツも洒落にならん値段だしなぁ…

…………全然欲しくないけど。
…いや、口に出したら殺されるな。

俺「…分かりました(涙」

渋々承諾する。
いつも通りだけど…

真希「ねぇ、スーツって何?」

俺と真里のやりとりを黙って見ていた真希が聞いてくる。

そういえばまだ話してなかったな。

俺「いや、実はさ…………

・・・・・・

真希「へぇ、そんなすごいパーティなんだ」

真里「そうよ!招待されるのはVIPばかりなんだから!」

真里がまるで自分が偉いかのように自慢気に語る。
その説明の中には昼間は聞かなかったこともあったので
俺も真希と同じように感心するばかりだった。

真希「いいなぁ、私も行きた〜い!」

真里「ごめんね、招待状1枚しかないから。
   この1枚も手に入れるの苦労したのよ」

俺「そんなにすごいのか、ある意味楽しみになってきたな」

真里「『ある意味』って何よ?
   めちゃめちゃ楽しみって言いなさいよ!」

真里の眼光が鋭く光る!

俺「は、はい、めちゃめちゃ楽しみです…」

これは素直に従ってるのが吉だな。

真里「大体私がいなかったらあんたなんか一生招待されることないんだからね?
   感謝しなさいよ?」

真里はどんどん高圧的になっていく。

俺「はい、めちゃめちゃ感謝してますとも!」

ヘラヘラ笑いながら答える。

・・・

こんな生活もう嫌だ……(涙

真希「お風呂あがったよ〜」

真希がさっぱりした表情でリビングに戻ってきた。
俺はソファでゴロゴロしながらテレビを見ていたが、ゆっくり体を起こした。

俺「おう。お湯流してくれた?」

真希「うん」

俺「サンキュ」

姿勢を戻して再びテレビを見る。
深夜バラエティ、つまらなくはないが面白くもない。
スポーツニュースからの惰性で見ているだけだ。

真希はそんな俺の横に座って話しかけてくる。

真希「ねぇ、肩凝ってない?」

俺「肩ぁ?…いや別に」

真希「そっか…」

・・・・・・

番組は大した盛り上がりも見せずにCMに入った。

俺「凝ってるの?」

顔を起こして聞いてみる。
こくりとうなずく真希。

俺「…揉んでほしいの?」

再びこくりとうなずく真希。

俺「…しゃあねーなー」

俺は反動をつけて上半身を起こした。

真希「え、揉んでくれるの?」

嬉しそうに目を輝かせて聞いてくる真希。

俺「嫌ならやらないけど」

なんとなく恥ずかしくてぶっきらぼうに答えてしまう。

真希「嫌じゃない嫌じゃない!やって!!」

満面の笑みの真希を見ているとなんだかこっちも嬉しくなって、
たかが肩揉みがすごいいいことのように感じてしまう。

俺「よし、んじゃあっち向いて」

俺の指示に真希は体を向こうへ向けた。

半乾きの髪。
うなじ。
仄かなシャンプーの香り。

すべてが色っぽい。

数秒間見とれてからはっと我に帰る。

やべぇやべぇ、ここ最近理性働かせすぎて弱ってきたかな…?

両手をそっと真希の肩に乗せる。

華奢な肩。
思わずそのまま後ろから抱きしめたくなる。

最近弱り気味の理性に鞭をいれて衝動を抑える。

ゆっくりと肩を揉み始めると、
肩の中にコリコリしたしこりがあるのが感じられた。
そのしこりを絡んだ糸をほどくかのように少しずつ揉みほぐしていく。

真希「んぁ〜♪」

俺「どうですかお姫様?」

真希「気持ちいいよ〜♪」

完全にリラックスした声だ。
なんとなく嬉しくなって指に力が入る。

俺「あぁ、そういえばさぁ」

リズムよく手を動かしながら気になっていたことを聞いてみる。

真希「なに?…あ、そこ気持ちいい♪」

俺「なんか今日の真里変じゃなかったか?…ここね、はいはい」

真希「変ってどういう風に?」

俺「いや、どういう風って聞かれるとわかんないけど。なんとなく」

真希「ふ〜ん、別に私は普通だと思ったけど」

俺「そっか…ならいいんだ…」

・・・・・・

俺「はい終わり!」

ポンと真希の肩を叩く。

真希「んぁ〜、肩軽くなったよ〜。
   ありがと〜」

真希は腕を上げて大きく伸びをしながら答える。

俺「どういたしまして」

ソファにごろりと横になってテレビを見る。
さっきとは別のバラエティ番組が始まっている。

真希「ねぇ…」

真希が俺の体にかぶさるような姿勢で話してくる。

俺「んぁ〜?」

視線はテレビのまま欠伸をしながら答える。

真希「…腰も凝ってるんだけど♪」

その言葉に視線だけ真希の方へ向ける。
いたずらっ子のような笑顔。

こういう表情には弱いんだよなぁ…

少しため息をついて起きあがる。

俺「ここに横になれよ」

ソファをポンポン叩く。

真希「え、いいのぉ?」

わざとらしい…(w

苦笑いする俺の横にうつぶせになる真希。

さて、んじゃマッサージするか!

というところであることに気付く。

…これって上乗ってもいいのかなぁ?

俺「し、失礼します……」

意識したら急に緊張が襲ってくる。
意味の無い挨拶をしてから真希の太股のあたりをまたぐ。

なんとなく腰をおろすのはためらわれたので立膝のままでマッサージをはじめる。

俺「えーと…どのへん?」

真希の細いウェストを軽く揉みほぐしながら聞いてみる。

真希「んぁ〜、もうちょい下…」

俺「し、下はいりまーす」

もはや自分で何を喋っているのか分からない…

少しマッサージの位置を下にスライドさせつつマッサージを続ける。
静かに背骨のスジを揉んでいく。

もう少しでお尻だなぁ…

呑気に考える頭とは対象的に胸がバクバクいっている。

真希「ぁ……」

!!

吐息ともうめき声ともとれる小さな音に心臓が止まる。

真希「んぁ?どうしたの?」

突然手を止めた俺に真希が視線だけこちらに向ける。

俺「あ、いや…別に…」

その視線から逃れるようにテレビを見つつマッサージを再開する。

・・・

…しかし、アレだな。
女の子ってのは柔らかいんだな…

真希の腰の感触を確かめながら考える。

マッサージなんてのは子供の頃に親父の体をマッサージしたことくらいしか記憶にない。
あのゴツゴツした感触はなんとなく覚えている。
しかし今俺の掌から伝わってくる感触は親父と同じ人間のものとは思えない。

げんこつせんべいとマシュマロくらいの違いだな。

よく分からない例えを心に描きながらマッサージを続ける。

・・・

俺「どう?気持ちいい?」

ようやくこの状況になれてきたので軽く質問してみる。

真希「…んぁ……うん…………」

真希から甘ったるい答えが返ってくる。

俺「まだやった方がいい?」

真希「…………」

今度は答えが返ってこない。
俺は手を止めて真希の顔を覗き込んでみた。

…寝てる。

幸せそうな表情で、真希はぐっすり眠っていた。

クスッ

仕方ねぇなぁ…

自然と笑みがこぼれる。

しばらくその可愛らしい寝顔を眺めていたが、
ふと時計を見るともう時計は2時をさしていた。

さすがにそろそろ寝ないとまずい。
ただでさえ明日は朝早く出かけなくちゃならないのに。

俺はソファを降りて一度部屋を出た。

そして歯磨き、洗顔、トイレをすませて戻ってくる。

相変わらず真希は気持ちよさそうな寝息をたてている。

起こそうかとも思ったが、あの寝顔を見るとそんな気になれない。
かといってこのまま放っておくわけにもいかないので、部屋まで運ぶことにした。

真希の横に立ち、首のあたりと太股のあたりに手を入れて持ち上げる。
俗に言う「お姫様抱っこ」だ。

想像していた以上に簡単に持ち上がった。
俺の力が強いのか真希の体重が軽いのか。

確かめるために明日学校で和也でも持ち上げてみるか…

バカなことを考えながら階段を上る。
客間のドアを開けるのに苦労しつつ中に入り、真希を布団に寝かせる。
優しくかけ布団をかけて、真希の頭の横にしゃがみ込む。
起きる気配は全くない。

これだけぐっすり眠れたら気持ちいいだろうなぁ…

ついついまた寝顔に見入ってしまう。

……おっと!俺も寝なきゃ。

頭を軽く2,3度振って立ちあがり、そのまま部屋を出る。
ドアを閉める前にもう一度暗がりの中に眠る真希を確認する。
そして静かにドアを閉めた。

おやすみ、眠り姫……

ジュージュー・・・

そろそろかな?

フライパンの蓋を開けてみる。
黄味がちょうど薄い膜に包まれていい感じだ。

できたてのハムエッグをサラダが乗った皿に乗せる。
これで完成。

時刻は朝の6時すぎ。
普段ならまだベッドの中だが、
今朝はもうシャワーを浴びて朝食の準備まで終えた。

まだ寝ているであろう真希を起こしに階段をのぼる。

コンコン!

俺「真希ー?朝だぞー!」

ノックをしてドア越しに起こそうとしてみる。

・・・・・・

予想はしていたが何の返事もない。
おそらく熟睡中だろう。

俺「やれやれ…」

誰に言うでもなく独り言を呟いてドアを開ける。
本当は入りたくないのだが。

ドアを開けて客間を覗くと、真中に敷いてある布団で真希が寝ているのが見えた。
少し布団からはみ出した足が色っぽい。

…じゃなくて!!

呼びかけても一向に起きる気配がないので仕方なく中に入る。
真希に近づいてみると、すーすーと寝息をたてている。
枕もとにしゃがみ込む。
かわいい寝顔だ。
このままずっと見てたいなぁ…

…じゃなくて!!

俺「おい真希、起きろー!」

肩の辺りを揺さぶりながら起こしてみる。

真希「…ん…んぁ〜?」

ようやく目を開ける真希。
その目で俺を確認したようだ。

真希「今…何時ぃ?」

気だるそうに聞いてくる。

俺「えーと、6時…15分くらいかな?」

真希「え〜、なんでそんなに早いの〜?」

寝起きの甘ったるい声もいいなぁ……

…じゃなくて!!

俺「いや、ほら、俺今日から愛ちゃんの送り迎えしなくちゃいけないから…」

真希「…アイチャン?」

どうやらまだ頭は寝ぼけているようだ。

俺「そう、ボディガードつーかなんつーか…
  だからもう少ししたら愛ちゃん家まで行かなきゃいけないから」

真希「…………あぁ、あれかぁ…」

ようやく目が覚めてきたようだ。

俺「そう、“あれ”だよ。
  だから起きろ。もう朝飯できてるから」

真希「ん〜わかった」

真希は大きく1回伸びをすると布団から起き上がった。

そのまま歩いて部屋を出るのかと思ったら、途中で歩みが止まった。

俺「…どした?」

真希はくるりとこちらへ振り返る。

真希「…寒い」

そう言うと俺に抱きついてくる!!

ね、寝ぼけてるのか!?
つーかやべぇ、かわいすぎる!!
このまま押し倒したい!!

俺「………台所、暖房ついてるから」

ありったけの理性を総動員して言葉を発した。
真希はそれにうなずくと俺から離れ、部屋を出ていった。

この1週間で理性を回復させないとな……フゥ…

真希「んぁ〜、もう行くの〜?」

俺がコートを着ている姿を見て真希が眠たそうな声で聞いてくる。

俺「あぁ、7時に迎えに行くことになってるからな。
  悪いけど洗い物とか頼むわ」

真希「……分かったぁ」

俺「じゃあな」

鞄を持ってダイニングから玄関へ出る。
靴を履いているといつのまにか真希も玄関へ来ていた。

真希「もう今日は帰ってこないの?」

俺「いや、一回着替え取りに帰るつもりだけど」

真希「そっか…いってらっしゃい…」

俺「おう、いってきます!」

玄関を出ると朝の冷たい空気が俺を包み込む。
一回大きく深呼吸すると白い息が勢いよく空へ上っていった。
コートの襟をしっかり絞めて歩き出す。

なんか真希寂しそうだったな…
…いや、俺の思い上がりか。

ピンポーン

俺「おはようござーまーす!」

高橋家に来るのはお正月以来だ。
相変わらず玄関周りには伯母さんの趣味の鉢上やプランターがたくさん並んでいる。
すぐ横にあったアロエの棘を触ってみる。

前に遊びに来た時にこのアロエを使った料理を出されたんだったな。

アロエの味を思い出していると不意に玄関のドアが開いた。

伯母「聰ちゃんいらっしゃい、ありがとうねぇ。
   もうすぐ愛も準備できるからちょっと待っててね」

俺「あ、いえいえ…」

伯母さんの嬉しそうな顔にどうリアクションをとっていいか分からず、
とりあえず作り笑いを浮かべておく。

伯母「ほら、愛!
   早よしねや!!」

伯母さんが中にいるであろう愛ちゃんを大声で呼ぶ。

ちなみに「早よしねや」というのは標準語で「早く(準備)しなさい」という意味で、
決して「早く死ね」という意味ではない。
初めて聞いた時は俺もびっくりしたものだが…

愛「は〜い!ちょっと待ってって!」

奥から愛ちゃんの元気な声が聞こえた。

愛「はぁはぁ…お待たせ〜!」

1分くらいしてようやく愛ちゃんが出てきた。
ピンクのマフラーに例の赤いコートだ。
まだ玄関でロングブーツを履くのに手間取っている。

伯母「本当にこの子はもう…
   聰ちゃんがわざわざ迎えに来てくれたのに待たせてもて…
   ごめんの、聰ちゃん」

俺「…あ!いえいえ…」

愛ちゃんに見とれていて伯母さんの言葉は半分も耳に入っていなかったが、
適当に相槌を打っておく。

伯母「この子、今日は聰ちゃんに会うから
   朝からずっと洗面所占領しておめかししてたんやよ」

俺「はぁ…そうっすか…」

なんともリアクションに困ってしまう。

愛「もう!お母さん!!言わんといてや!!」

ようやくブーツを履き終わり立ち上がった愛ちゃんが
伯母さんに鞄をぶつけながら文句を言う。

寒さのせいか、頬が少し紅潮しているのが可愛らしい。

愛「ごめんのぉ、聰ちゃん。行こ!」

そう言うと愛ちゃんは先に歩き始めた。
慌てて後を追う。

伯母「じゃあ悪いけど聰ちゃん、よろしくね」

俺「あ……はい!」

駅までの道を2人並んで歩く。
まだ朝早いこともあって人影はまばらだ。

愛「今日もいい天気やの〜」

俺「そうだね」

愛「福井は冬はずっと雨や雪が降って曇ってるからぁ、
  私はいつもお天気マークやったこっちが羨ましかったんやざぁ」

俺「そうなんだ」

せっかく愛ちゃんが話しかけてきてくれているのだが、俺の返事は上の空だった。

何せ俺の役目は“ボディガード”。
後ろを変な奴が尾けてきていないか、どこかから覗かれてないか、色々と確認する必要がある。
当たり前のことだが他人のボディガードなんてのは初体験で、とても会話を楽しむ余裕はない。
誰かとすれ違う度にそいつをチェックしていると、段々誰もが怪しく思えてきた…

愛「…のぉ、聰ちゃん!聞いてるんか?」

俺「え?あ、そうだね」

愛「もう、全然聞いてないんやから…」

俺の生返事に愛ちゃんはとうとう呆れてしまったようだ。
その後学校に着くまではほとんど口を聞いてくれなかった。

今朝は何事もなく中等部の校門前まで愛ちゃんを送り届けることができた。
とは言え、いつもストーカーらしき人物が現れるのは帰りらしいので油断はできないが。

俺「じゃあ帰りも迎えに来るから、学校終わったら電話して」

愛「うん、わかった。ほいじゃいってきます!」

愛ちゃんは機嫌を直してくれたのか、笑顔で走っていった。
彼女が学校に入るのを見届けてから高等部へ歩き出す。

いつもは登校中の生徒で混雑しているこの通りも30分以上時間が早いと人通りもまばらだ。
やはり広々した道の方が気分がいい。
そういえば大嫌いな満員電車にもあわずにすんだ。

俺もいつもこんな時間に登校するようにしようかな…と思うと同時に大きな欠伸が出る。

やっぱり毎日早起きってのはしんどいな…
慣れないことはしないでおこう…

毎日早い時間に登校している愛ちゃんに尊敬の念を抱きながら高等部の門をくぐった。

教室に着く頃には完全に眠気がぶり返してきていた。
廊下を歩く足取りが重い…

教室の扉を開けて中に入るが、まだ誰も来ていないらしい。
当然電気もついていないので薄暗い。

ウチのクラスに真面目な奴はいないのかよ…

少々愚痴りながら自分の席につくとそのまま机にうつ伏す。

あー、気持ちいい…しばらくこのまま寝よう…

・・・・・・

それからどのくらいたっただろうか?
夢心地の中で教室に人が入ってくる気配を感じた。
顔を上げるのも面倒なのでそのまま寝続けていると、その気配は俺の後ろまでやってきた。
そして―

ドン!!

後頭部に衝撃が走る!

俺「いってぇーーー!!!」

無防備なところへの突然の一撃に、涙目になりながら振り返るとそこには笑顔の真里がいた。

真里「キャハハ!ごめん、痛かった?」

笑いながら俺の肩をバンバン叩いてくる。
言葉では謝っているが、態度は全然謝っている者のそれではなかった。
さすがに温厚な俺も怒って真里を責め立てる。

俺「痛いに決まってるだろ!バカかお前!」
俺「せっかく気持ちよく寝てたのになんなんだよ!」

真里「ごめんごめん、なんか誰でもいいから殴りたい気分でさ〜!」

相変わらず反省の色は見られない。
なんだか説教するのがバカらしくなってきた。
「適当に相手するモード」に変更だ。

俺「だからって俺を殴るなよ…サンドバッグでも叩いてろ…」

真里「あ、もうサンドバッグは殴り飽きたから。
   そろそろ本物の人間を相手にしたいな〜、と思って」

恐ろしいことをさらっと、しかも笑顔で言ってのける。

矢口のおじさん、娘の育て方間違えてますよ…(泣

俺「大体なんでお前がこんなに朝早くに来るんだよ?
  いつもは俺と同じくらいギリギリに来る癖に…」

真里「今朝は朝稽古してきたのよ」

俺「朝稽古?」

真里「そ。昨日偶然師範に会っちゃってさぁ。
   久々に朝稽古にでてこいって言われちゃったのよ」

俺「師範か…まだ朝稽古するほど元気なのか…」

師範というのは俺達が通っていた紺野流合気道道場の道場主・紺野剛三のことで、
若い頃には素手で月の輪熊で倒したとか、猛牛を倒したとか、数多くの伝説を持っている人らしい。
昔は何度か組手をさせてもらったこともあるが、当然全く歯がたたなかった。
もう既に70歳を超えているはずだが、未だに現役だったのか…

俺「んで、朝稽古って何したの?」

真里「早朝マラソンに始まって、柔軟とか受身をやってから
   片手取りとか肩取りとかの基本を一通り。
   あとはサンドバッグ叩いてた」

俺「待て待てぃ!!
  なんで道場にサンドバッグがあるんだよ!」

たしかに合気道は当身7割とも言われる格闘技だが、
サンドバッグを使っての練習というにはしたことがない。
普通は合気道の道場というのは畳が敷いてあるだけで、
サンドバッグはもちろん余計な物は一切置いていないはずである。

真里「ほら、今はK-1だとかPRIDEだとか流行ってるじゃない。
   門下生獲得のために打撃系の練習も始めたの」

総合格闘家にでもなるつもりですか?

真里「それで朝からテンション上がっちゃってねぇ。
   学校まで走ってきたら教室であんたが寝てたから思わず殴っちゃった♪」

思わずっておいおい…

真里「あんたの方こそなんでこんな朝早くにいるの?」

俺「単なる気まぐれだよ。珍しく早く目が覚めたんでな」

イチイチ説明するのはあまりに面倒なので適当にあしらうことにした。
愛ちゃんのストーカーの話もまだ確定というわけではない以上、
正直に話して真里にまで頭を突っ込まれるのも厄介だというのもある。

真里「そんなわけないでしょ。
   じゃあごっつぁんはどうしたのよ?」

俺「あ!…」

やはり俺は嘘つきには向いていないらしい…

真里「私に嘘はつくなって…前にも言ったわよねぇ?」

真里の瞳があやしく光る。

俺「ごめ……んがっ!!!」

俺が謝るより早く、みぞおちに鈍い衝撃が走った。

真里「へぇ、あの子にストーカーねぇ」

俺「まだ確定じゃないからな」

結局今回の件の洗いざらいを説明した。
その間5分くらいだったが、教室はまだ二人っきりである。
ウチのクラスの奴らは一体いつになったら来るんだ?

真里「たしかにあの子かわいいもんね」

俺「だろ?」

真里「でもあんたみたいな腰抜けにボディガードなんてできるの?」

俺「わかんないけど、一人歩きよりは男連れの方がそれなりに安全なんじゃないか?」

真里「じゃああんたこれからずっと一緒にいないといけないじゃん」

俺「それはそうなんだが…さっきも言ったけどまだ確定じゃないし、
  まぁとりあえず一週間様子見ってことで」

ここでようやく3人目が教室に入ってきたのでストーカー話は終わりになった。
真里に「私も一緒にボディガードやる」なんて言われそうで怖かったが
何もなくてよかった。

俺「ふわぁーあ!」

1回大欠伸をしてから伸びをする。
やっぱり寝るってのは気持ちいい。
午前中の授業は暖房の温もりに包まれて熟睡してしまった。

和也「飯行こうぜー、聰!」

いつものように昼飯を誘いに来た和也もおでこに本の跡がついている。
俺も自分の顔を確認してみる。

俺「おう!…と、ちょっと待って」

ポケットで携帯のバイブが鳴っている。
こんな昼間に電話がかかってくるのは珍しい。
何かの勧誘かと思って画面を見てみると着信は愛ちゃんからだった。
慌てて電話に出る。

俺「もしもし!!どうかした!?」

愛「え!?べ、別に何もないよ…」

俺「そ、そっか…」

俺の危機迫る声で逆に愛ちゃんを怖がらせてしまったらしい。

ストーカーに襲われでもしたのかと焦ってしまったが
よく考えれば学校にいる分には安全だ。
寝起きで頭が働いていないようだ。

俺「で、どうしたの?」

俺達の学校には4つの学生食堂がある。
・定食系の第1食堂
・洋食系の第2食堂
・ファーストフード系の第3食堂
そして、
・アジア料理からアフリカ料理まで無国籍の第4食堂
である。

第4食堂、通称4食はその独特なメニューと雰囲気、値段の高さのために大抵すいている。
いや、正確にはすいている「らしい」だな。
俺は中学から通してこの4年間で1度も訪れたことがないのだから。
今日が初訪問というわけだ。

午前中の授業が終わった後に電話で愛ちゃんに呼び出された。
一緒にお昼ご飯を食べよう、ということだったが、
ついでにストーカーの話も詳しく聞いておこうと思い、出向いてきた。
朝は全然話ができなかったからな。
…俺が悪いんだけど。

4食の前に行くと愛ちゃんが1人で待っていた。
俺の姿に気付くと笑顔で小さく手を振ってくる。

俺「ごめん、待った?」

愛「ううん、今来たとこやよ。さ、行こ!」

そう言って腕を組んでくる。

俺「いやいや、恥ずかしいよ」

愛「大丈夫、誰も見てないから」

腕をほどこうとする俺にニッコリと微笑みかけてくる。
思わずドキッとしてしまう。

誰かが見てるとかそういう問題じゃないんだが…
しかし女らしいというか色っぽいというか…本当に中学生か?

俺は腕を諦め、一緒に歩き始めた。

4食の中に入ると、そこには想像を絶する…というほどではないが
とても学食とは思えない内装が目に入ってきた。

学食内は全体的に薄暗く、ジャングルをイメージしたように蔦なんかが壁や柱をはっている。
入り口からは中がよく見えないので本当にすいているのかどうかすら分からない。
学食というよりは趣のあるレストラン、という感じだろうか。

俺が内装に面食らっていると、
本当のレストランのようにウェイターが迎えてくれて席まで案内してくれた。
初めての4食の雰囲気と隣で腕を組んでいる愛ちゃんに胸は高鳴りっぱなしだ。
俺達はそのまま奥の2人席に案内された。
もっともここが本当に奥なのかどうかすらわからないわけだが。

ウェイターがメニューを置いて立ち去ったのを確認してから話しはじめる。

俺「愛ちゃん、ここよく来るの?」

メニューを眺めていた愛ちゃんは、
顔を上げメニューを下に置いて少考しながら喋り出した。

愛「う〜ん、あんまり来ないけどぉ…
  人が少ないし2人っきりになれるから友達と何か相談がある時とかだけかのぉ…」

たしかにここは2人っきりになるには最適かもしれない。
他の客の話し声は聞こえるが姿は全然見えないし。
そういえば前に誰かから4食はカップルのデートスポットになっている
という話も聞いたことがある気がする。

愛「のぉ、聰ちゃんは何食べるの〜?」

メニューを開きつつもまだここの空気に戸惑っていた俺は
愛ちゃんの言葉で少し落ち着きを取り戻した。

俺「そ、そうだな…」

改めてメニューに目を落とす。
さすがに無国籍を売りにするだけあってメニュー数が半端ではない。
しかもその半分くらいが聞いたこともない料理なのには正直困った。

愛「私はのぉ、この『エティリ・パパズヤハネシィ』にしようと思うんや〜」

…それ何?

愛ちゃんが俺のメニューに指差した部分を見るとメニューの後ろに
(牛肉と小玉ねぎの煮込み)と書かれていた。

愛「前に食べた『ペリメニ』もおいしかったよ〜」

…まずどこの料理か説明してくれ。

愛ちゃんはニコニコしながらこちらを見ている。
なんとなく質問しづらい雰囲気だ。
とりあえずフンフンとわかったように相槌を打ちつつ必死で『ペリメニ』なる料理を探す。

ペ…ペ…ペ……あった!
「ペリメニ(シベリア風水餃子)」と書かれている。

まぁこれでいいか。

注文を終えると、ようやくこの雰囲気にも慣れてきたので本題を切り出す。

俺「で、あのさ…ストーカー…のことなんだけど…」

「ストーカー」
この言葉を口にした瞬間に愛ちゃんの表情が強ばるのが
暗闇の中でもはっきりと見てとれた。
一瞬後悔が頭をよぎったが、避けて通れる問題でもないと思い直し彼女に正対する。

愛「…うん」

しばらくの沈黙の後、愛ちゃんは少しうつむいたまま話し始めた。

愛「学校から家までの間…その内の5分くらいなんだけど…
  いつも誰かが私の後ろにぴったりついてくるの…」

意識してなのか無意識なのか、いつもの福井弁が消えている。
うつむいているためその表情は分からない。

俺「5分くらいだけ?ずっとじゃなくて?」

愛「…うん」

俺「それは間違いない?」

愛ちゃんが少し顔を上げる。

俺「……あ、いや、別に疑ってるってわけじゃなくて…」

愛「…絶対間違いないと思う」

少しあたふたしている俺とは対称的に愛ちゃんはゆっくり静かな声でそう言った。
助けを求める瞳を俺に向けて…

その後しばらくそのストーカーについての話を続けた。
その中でわかったことは、相手は大柄な男らしいということ。
後をついてくるのは駅から家までの間で、どう道順を変えてもついてくるということ。
それに気付いて走ったりすると気配がなくなるということ。
そしてまだ相手の顔は見たことがないということ。

「大柄な男」というのは「190cmくらいある」という発言からだが
あまり当てにならないかもしれない。
愛ちゃんが嘘をついているということではなく、
恐怖から相手が実際より大きく見えているという可能性があるからだ。

そもそも190cmもある奴がストーキングしてたら目立ちまくるだろう。
ストーカーってのは大抵ヒョロヒョロの奴とか或いは逆に
チビでデブな奴がやると相場が決まってるしな。
…完全に決めつけだけどさ。

まぁガリにしろチビデブにしろ、何をしてくるか分からない以上
その危険性は変わりない。

愛「…毎日外を歩くのが怖いの…」

愛ちゃんは今にも泣き出しそうな様子で…
声も心なしか震えているような感じだ。

俺「…心配すんな!俺がいる分にはどんな奴が来ても絶対やっつけてやるから!」

精一杯自信満々の顔を作って愛ちゃんを励ます。

もちろんそこまでの自信はないが、ここで俺が弱気を見せるわけにはいかない。

愛「うん!」

愛ちゃんは笑顔で応えてくれた。
しかしその瞳にはうっすらと涙が溜まっている。

やっぱり俺がしっかりしないとな…

話を聞いて“ボディガード”としての決意を新たにできた。
いや、それはもう“ボディガード”としてのものを超え始めていた。
この時の俺はまだそのことに気付いていなかったけれど。

・・・

それからすぐにウェイターが料理を運んできた。
今までの空気を振り払うかのように愛ちゃんの顔が明るくなる。
と同時に福井弁も戻ってくる。

愛「うわぁ〜、おいしそうやのぉ!」

愛ちゃんの前に置かれた皿には牛肉と小玉ねぎを丸ごと煮込んだ料理が、
俺の皿には餃子というよりもシュウマイに近い物が入ったスープが並ぶ。
どちらも見た目は悪くない。
空きっ腹に響くいい匂いだ。

愛「いただきま〜す!」

・・・

愛「おいし〜い!!」

小玉ねぎにかじりついた愛ちゃんの幸せそうな顔を横目に俺も食べ始める。

俺「いただきます」

……………………ウマイ!!
ロシアの餃子らしいが日本人向けに味付けされているのだろうか、
とてもジューシーで食べやすい。
ライスにもよく合う感じだ。

これだけの味でありながらいつもすいているのは
やはり中の独特の雰囲気のせいであろう。
でも逆に考えると、この妖しい雰囲気は2人っきりに集中したい時、
例えばデートなんかにぴったりかもしれない。

デート……?
そういえば今のこれはデートなんだろうか?

愛「聰ちゃん、それ1個ちょ〜だい」

1人物思いにふけっていると愛ちゃんが話しかけてきた。

俺「あぁ、いいよ」

皿を前に差し出す。

愛ちゃんはその皿からUFO型の餃子を一つ取り、そのまま口に運ぶ。
一口食べると、2回3回噛み砕いて味わって、そして飲み込む。

本当は女性が食べている所をずっと見てるのはいけないことなのだろうが、
この空間の妖しい空気にやられてしまったのか、自然と一連の動作に見とれていた。

そんな俺の半開きの口元に何かが触れる。

愛「はい、ア〜ンしてぇ♪」

愛ちゃんが嬉しそうに自分の皿の子玉ねぎを差し出していた。

俺「い、いや!恥ずかしいから…」

俺は慌てて顔を引っ込めた。
しかし愛ちゃんの方は引く気配はない。

愛「大丈夫、誰も見てないからぁ♪」

だからそういう問題ではないんだが…

俺は念のために周りを確認してから口を開けた。

愛「はい、ア〜ン」
俺「アーン」

そのまま子玉ねぎを丸ごと頬張る。

愛「…どう?」

俺「おいしい…です…」

おいしい…おいしいのだが…やっぱり恥ずかしい。
そして恥ずかしいんだけど…幸せ…かも…

この時の俺の顔は、きっと正月に焼酎を一気飲みさせられた時並に真っ赤だっただろう。

幸せな時間というのはあっという間に過ぎるもので、
気付いたら昼休みも終わりの時間になっていた。

俺「そろそろ出ようか?」

俺が伝票を持って立ち上がると愛ちゃんも慌てて財布を取り出した。

俺「あぁ、いいっていいって!俺払っとくから」

愛「でも…」

俺「どうせ夕食は愛ちゃん家でご馳走になるんだから。な?」

愛「…うん。じゃあご馳走様でした」

愛ちゃんは財布をバッグに戻すと胸の前で両手を合わせて小さくウインクする。

予期せぬかわいいリアクションにどうしていいか分からず、
意味もなく手をあげて応えてみる。

レジ前まで行って伝票を見るとそこそこ立派な値段だったが、
まぁ今日は夕食代はかからないから平気だろう。

・・・

俺「じゃあまた後で」

愛「またの〜」

愛ちゃんはそう言い残して元気よく駆けていった。

うーん、久々に楽しい昼食だったなぁ。

高等部の校舎の中で最も騒々しい教室の前に立つ。
1−7。ウチのクラスだ。
休み時間になる度に校舎中に騒音を撒き散らし、
朝はみんなギリギリまで登校してこない(これは今朝初めて知ったんだが)
学年一…というか高等部一の問題クラスである。

まぁ俺はともかく和也や真里には相応しいクラスだけどな…

少し苦笑いをしながら教室の扉を開けて中に入る。
みんな自分達のお喋りに夢中で、こちらを気に止める奴なんていないはずなのだが、
今はなぜか鋭い視線を2つばかり感じる。
それらは俺の席のすぐ近くからビンビンきている。

真里「聰ちゃん、誰とお昼ご飯食べてきたんでちゅか〜?」

俺が自分の席につくと同時に視線の片方が突っかかってくる。

俺「別に…従兄妹だけど…」

真里「イトコ〜?
   私らとの食事を断ってイトコのカワイ子ちゃんと食べてきたんでちゅね〜
   おいちかったでちゅか〜?」

真里はバカにした口調で思いっきり下から俺の顔を覗き込んでくる。

俺「…その喋り方やめろ」

真里「な〜によ、ニヤニヤしちゃってさぁ〜!」

真里が俺の両頬をつまんで前後左右にグニャグニャ引っ張る。

俺「ニヤニヤなんてしてねーよ。
  別に俺が誰と昼飯食おうと自由だろ?」

真里の手をどけて2人に向かい直る。

真希「そうだよね、自由だよね。
   聰は幼馴染なんかより従兄妹の方が大事ってことでしょ」

今度は視線のもう片方が絡んでくる。
かなりご機嫌斜めな様子だ。

真里「聰は昔から薄情だもんね〜」

それに真里も乗ってくる。

俺「いや、どっちが大事とかそういう話じゃなくて…」

俺、何か悪いことしましたか…?(泣

放課後、愛ちゃんから連絡があったので中等部前まで迎えに行くことにした。
教室を出る俺の背中に冷たい視線が2つ刺さっていたのは言うまでもない。
俺はそのまま振りかえらずに教室を後にした。

中等部の校門前には愛ちゃんとその友達らしき女の子が待っていた。
愛ちゃんは俺の姿に気付くと大きく手を振ったので足早に彼女の元へと向かった。

俺「ごめん、待った?」

なんだか本当に恋人同士みたいなベタな言い回しだな…
口に出してしまってから少し恥ずかしく感じた。

愛「ううん、今来たとこやよ」

愛ちゃんもベタな言い回しで答える。

女の子「愛、この人?…結構かっこいいじゃん」

愛ちゃんの隣の女の子が小声で愛ちゃんに囁くのが耳に入ってしまった。
当然聞こえない振りをする。
2人の間で一言二言内緒話があった後、愛ちゃんが紹介してくれた。

愛「この子は友達の麻琴ちゃん。同じクラスなんや」

麻琴「初めまして!小川 麻琴(おがわ まこと)です!!」

麻琴ちゃんは大きな声で自己紹介すると、上目遣いで俺の顔を見ながら小さく頭を下げた。

おそらく愛ちゃんの友達なのであろうこの子は、一見ボーイッシュな感じを受けるが、
それと同時に女らしさを併せ持つような不思議な印象の子だった。

俺「あ…どうも、白鳥 聰です…」

情けなくも年下の女の子相手に気圧されてつつ自己紹介する。

麻琴ちゃんはしばらく値踏みするかのように俺を観察すると、
「じゃあ愛、頑張ってね!」という謎の言葉を残して去っていった。

何を頑張るのだろうか?
というかむしろ頑張るのは俺の方じゃないんだろうか?

小さな疑問を抱きつつ、帰っていく麻琴ちゃんの後ろ姿を眺めていた
俺の背中に愛ちゃんが声をかけてくる。

愛「行こ、聰ちゃん!」

俺「うん」

振りかえって2人並んで駅へと歩き始めた。

俺は愛ちゃんを家まで送り届けると、着替えを取りに一度家へと帰ってきた。

俺「ただいまー」

真希「おかえり〜」

ドアを開けて家に入るとリビングから真希が出てきた。
学校の時とは違い、機嫌もそんなに悪くなさそうだ。

真希「夕食はこっちで食べていくんでしょ?」

俺「あ…悪い。
  伯母さんが晩飯作って待ってるから荷物持ったらすぐ戻らないと…」

真希「ふ〜ん、そうなんだ…」

心なしかまた機嫌が悪くなった気もするが、そんなに長くは相手もしていられない。

俺「冷蔵庫の中の物とか好きに使っていいから」

そう言い残すと2階の自分の部屋へ向かった。

トントン!!

部屋でバッグに着替えを詰めているとノックの音がした。

俺「どうした?」

真希「ちょっと入っていい?」

俺「おう」

ゆっくりとドアを開けて真希が入ってくる。

真希「あのさ…
   ストーカーがいるから聰はあの子の家に行かなきゃいけないわけだよね…?」

学校の時のようにまた皮肉っぽいことでも言われるのかと思ったが、そうではないらしい。

俺「まぁそうだな」

真希「ってことはストーカーが捕まれば、あの子の家に行かなくてもいいわけでしょ?」

俺「まぁそうなるわな」

なんでそんな当然のこと言うんだ…?

真希「じゃあさっさと捕まえてよ」

俺「いや、うん、それはそうなんだけど…」

真希の言うことはどれも正論ではあるんだが…
机上の空論というか、なんというか…

俺「そんなに簡単に捕まる相手なら逆に俺は要らないだろ」

真希「う〜ん、そっか…」

俺「………それにそういう奴がいるって決まったわけでもないしな。
  …愛ちゃんの勘違いかもしれないし」

真希「そうなの?」

俺「……いや、だからわかんないって…」

俺の言葉に真希は残念そうだった。
家に一人ぼっちと言うのは寂しいのかもしれない。

その後、真希だけ真里の家に泊まれるように聞いてみようかと提案したが
真希はそれを拒否して留守番すると言ってくれた。
俺は時間もないので、仕方なく後を任せて家を出た。

嘘をついた。

いや、正確に言うと嘘ではないのだが、ほぼそれに近いことを言ってしまった。

本当にストーカーがいるかどうかはわからない。
愛ちゃんの勘違いかもしれない。

俺は本心ではこんなことを思っていない。

夕方に愛ちゃんを学校から家まで送った時、明らかに俺達を尾けている奴がいた。
愛ちゃんの言う通りほんの数分でいなくなったし、姿も見ていない。
けれどあの俺達に向けられた視線は間違いない。

愛ちゃんを余計怖がらせることになるので、
そのことはまだ彼女に伝えていないしこれからも伝えるつもりはない。
相手が俺を見て諦めてくれるか、確実に捕まえられる時を待とうと思う。
一番まずいのは下手に相手を刺激して逆上されることだ。

とは言え、俺は嘘をつくのが下手だからなぁ…
真希には気付かれたかも。
まぁ最悪愛ちゃんにばれなきゃいいか。

伯父「聰くんも飲もうや!」

まだ一口も飲んでいないはずなのになぜか赤ら顔の伯父さんがビールを勧めてくる。

俺「あ、いただきます…」

目の前に置いてあった空のコップを差し出す。
普段一緒に飲む人がいないからだろう、ビールを注ぐ伯父さんの顔は嬉しそうだ。

酒豪の父親の遺伝なのだろうか、俺もかなり酒に強い。
正月など親戚の集まる時を始め、
何かあるごとに小さい頃からかなり飲まされていた。
もちろん法律上は問題あるのだが。

「「乾杯!」」

グラスをカチンと鳴らすと一気に飲み干す。

ウマイ!この一杯のために生きてるよなぁ…なんて言葉が頭をよぎる。
それを口に出すほどおっさんではないが。

愛「私も飲みたいなぁ…」

2杯目を注ぐ俺達を見て愛ちゃんが小さく呟く。

伯父「なんや、愛も飲むけ?」

益々上機嫌の伯父さんが差し出す瓶を料理を運んできた伯母さんが制す。

伯母「もう、お父さんあかんって!
   愛は私と一緒で全然飲めんのやから!」

伯父「でもちょっとぐらい…」

伯母「あかん!!」

愛ちゃんと伯父さんは小さく「えー」と不満の声を漏らしたが諦めたようだ。
相変わらずこの家では伯母さんの権力は絶対らしい。
俺は家族じゃないのに自由に飲ませてもらっていることを考え、少し恐縮してしまった。

伯母さんは約束通り、夕食にご馳走を用意してくれた。
こんな豪勢な夕食は久し振りだ。
そして何より、こういう家族っぽい雰囲気で食事をとるのも久し振りだ。
やっぱり和気藹々とした食卓ってのはいいもんだ。
俺は昔から家族揃っての食事というのに縁遠かったからなぁ…

もちろん友達とガヤガヤ騒ぎながら飯食うのとか…真希と二人っきりってのも悪くないんだが。

伯父「しかしアレやな、聰くんみたいな息子がいたらいいんやけどなぁ…」

俺「ふぇ!?」

茹でダコみたいな顔色の伯父さんの言葉に思わずビールを吹き出しそうになる。

伯母「ほやのぉ。
   聰ちゃんが愛と結婚して息子になってくれたら最高やのぉ」

伯父「ほや!愛、聰くんと結婚せぇ!」

あまりの展開に言葉が出ない…

愛「え…」

愛ちゃんも呆気に取られている様子だ。
しばらくしてようやく我に帰ってくる。

愛「あ……もう!お父さん飲みすぎやって!!」

伯父さんにクッションを投げつける愛ちゃんの顔は
伯父さんに負けないくらい真っ赤だ。

伯母「お母さんは飲んでないよ〜
   どうなの、愛?」

愛「ど、どうって……」

愛ちゃんはどう答えていいものか悩みつつ、
伯父さんと伯母さん、そして俺の顔をチラチラ見つめる。

伯母「聰ちゃんはどうなんや?」

俺「は、はい!!……あ、いや!」

俺はまるでテレビの中の出来事のように愛ちゃん一家のやり取りを
口を半開きにしたまま見ていたが、突然話を振られて思わず返事してしまった。

俺「いや…その…まだ高校生ですし……
  そう、それに愛ちゃんだってまだ中学生じゃないですか!」

少し酔いがまわった頭で必死で答える。

伯父「ほやな、まだ高校生やしなぁ」

俺「そうですそうです」

伯父「ほんじゃとりあえず許婚やな!ガハハハ!」

俺「アハハハ…」

アハハハじゃねーよ。

伯母「ほんでも聰ちゃん、愛は結構奥手みたいやからよろしくの〜」

よろしくって言われても……

愛「もう!ごちそうさまでした!!」

愛ちゃんは真っ赤な顔で勢いよく立ち上がると、
そのまま自分の部屋に戻ってしまった。

これから毎日こんな状態なんだろうか…?

伯父「まぁ聰ちゃん飲みーな!ガハハハ!」

アハハハ…

・・・・・・

俺「お風呂あがりましたー!」

伯母「は〜い」

いつもはシャワーだから湯船に入ったのは久し振りだ。

あの後伯父さんはハイペースが祟ったのか酔い潰れてしまった。
明日の会社は大丈夫なのだろうか。
俺は風呂に入ったらあっさり酔いも醒めたけど。

寝室として用意された客間に行くと、既に布団が敷いてあった。
なんとなくそこに倒れ込む。
肌に擦れ合うシーツの冷たい感触が心地よい。
そのままグッタリしていると次第に意識が遠くなっていった…

愛「聰ちゃん…」

俺「あれ、どうしたの愛ちゃん?」

気が付くと愛ちゃんが目の前にいた。
真剣な目でこちらを見ている。

俺「どうかし…!」

俺の言葉を遮り、愛ちゃんが胸に飛び込んでくる。

俺「ちょっ…愛ちゃ…」
愛「好きなの!!私聰ちゃんのことが好きなの!!」

突然の告白。
胸に響く声。
鼻をくすぐるシャンプーの香り。
肌を伝う温もり。

愛「だから…だから私のこと好きにしていいよ…」

いつの間にか愛ちゃんは服を全て脱いでいる。

上目遣いで俺に迫ってくる愛ちゃん。

愛「ねぇ…」

俺はたまらず彼女を押し倒した。
そのまま愛ちゃんの上になる。

俺「ほ、本当にいいの…?」

俺の質問に愛ちゃんはニッコリ笑ってこう答えた。

愛「うん…」

真希「好きにしていいよ…」

え…?

愛ちゃんの顔が瞬時に真希へと変わった。

俺「真希!?」

布団から飛び起きる。

俺「……?」

辺りの見覚えのない景色を見まわす。
しばらくしてからそこが愛ちゃんの家の応接間だと気付いた。

俺「夢か…」

いつの間にか眠っていたらしいな。
すごい汗かいてるし、息荒いし。
どんな夢見てたんだっけ?
たしか愛ちゃんと………で、なぜか真希が出てきて……

ふと下半身に体中の血液が集まっているのに気付いた。

とりあえずロクでもない夢だったらしいな。

しばらくぼんやりと放心状態だったが、頭をすっきりさせようと洗面所へ行くことにした。
歯も磨かなきゃいけない。
立ち上がると一瞬平行感覚が崩れた。

俺「血が下に集まりすぎだよ…」

独り言を呟いてドアを開ける。

愛「あ…」
俺「おわぁ!!」

ドアの外には愛ちゃんが立っていた。
例の夢のせいもあって大袈裟に驚いてしまう。

俺「どど、どうしたの?」

俺は必死に心を落ちつけて話し掛けた。
心の奥底では「あの夢は正夢だったんじゃないか」という半ば妄想のような気持ちが支配している。

愛「え?あ…ただおやすみを言いに来ただけなんやけど…」

俺「あ、そう。それだけね…」

なんとなくガッカリしてしまう。
そんな自分にまたガッカリなわけだが。

愛「うん、じゃあおやすみ」

俺「はい、おやすみ」

挨拶を終えると愛ちゃんはニッコリ笑って廊下を歩き出した。
その後ろ姿を見つつ俺も部屋を出る。

愛「あ!そうや!」

急に何かを思い出したかのように愛ちゃんが振り返った。

俺「え、なに?」

愛「さっき血がどうこう言ってたけど怪我でもしたの?大丈夫?」

俺「……ダイジョブ」

あと1週間こんな生活が続くんだろうか。
これはこれで結構しんどいぞ……

それから3日がたった。

相変わらず愛ちゃんとは仲良く登下校しているし、
相変わらず教室では真里&真希の冷たい視線をくらってるし、
相変わらず伯父さん伯母さんには愛ちゃんとの仲をいじられている。

…そして相変わらず毎日ストーカーの気配を感じている。

どうやら愛ちゃんが男と一緒にいるところを見れば
ストーカーの方も諦めてくれるかもしれないという
俺のささやかな望みは叶わないようだ。
となると、どうにかして強制的にストーキングをやめさせるしかない。

具体的な方法は何も思いつかないのだが…

とにかく約束の期間は1週間。
学校がある土曜日までと考えると今日を入れてもあと2日。
俺としてもあまり長期戦にはしたくないので何とかケリをつけたい。

いざとなったら気配を感じた瞬間に追いかけてとっちめてやるさ。
もちろん少々リスクを伴うけど。

朝から色々考えつつ家を出た。


168 名前:ラムザ 投稿日:2002/11/05(火) 12:55 ID:Rm80hFhh
愛「今日は少しあったかいの〜」

俺「そうだね。天気はイマイチだけど」

二人でいつもの道をいつものように歩く。

愛ちゃんとは最初の日以来ストーカーの話はしていない。
忘れているのか意図的に話題にしないのかはわからないが、
下手な嘘をつかないで済むので助かっている。


俺「じゃあまた帰りに」

愛「うん、電話するの〜」

中等部校門前で愛ちゃんと別れてから一人で歩き出す。
そろそろ早起きするのも慣れてきた。
高等部の門をくぐり、下駄箱で靴をスリッパに履きかえる。
誰もいない廊下のど真中を歩き、階段を2段飛ばしでのぼる。
そして誰もいない教室の扉を開け……あれ?

教室内は珍しく既に電気がついていた。
俺は恐る恐るドアを開けた。

・・・

俺「…何してんの?」

教室の中では真里が一人雑誌を読んでいた。

真里「あぁ、おはよ〜」

真里はこちらを見向きもせず答える。

俺「…いや、だから何してんの?」

俺は再度質問しながら真里の席の方(というか俺の席の方)へ歩き出した。

真里「うるさいわね〜!見りゃわかんでしょ!
   雑誌読んでるのよ!!」

突然癇癪を起こした真里に思わず退いてしまう。
そういうことを聞いたわけじゃないんだが…

真里「大体こっちがおはよ〜って挨拶してるんだから
   あんたも挨拶くらい返しなさいよ!!」

俺「あ、すいません…おはようございます…」

別にそれくらいで怒らなくてもいいじゃん…
なんか機嫌悪そうだな。

一通り怒り終えると真里はまた雑誌を読み出したので
俺も静かに真里の横を通って自分の席に座った。

・・・・・・

嫌な空気だ。

朝の冷たい空気と後ろの金髪女が醸し出す鋭利な空気の見事なコラボレーション。

背中にじんわりと汗が滲む。

すげぇ落ちつかないよ。
針の上の筵って感じだな。
まな板の上の鯉…これは意味が違うか。


真里「早朝稽古に行こうと思ったのよ」

俺「は、はい!!……え?」

突然の真里の声に後ろを振り返る。

真里「だから早朝稽古!」

俺「はぁ…」

俺は真里が何を言っているのかわからないまま相槌を打った。
真里はこちらを気に留めるでもなく、視線は雑誌のまま話を続ける。

真里「でもなんかめんどくさくなっちゃってさ〜、
   やる気しないっていうかモチベーター?が上がらないって言うか…」

モチベーター……
俺はとりあえずうんうんと頷いて続きを聞いた。

真里「で、しょうがないから学校に来たってわけ。終わり」

俺「はぁ…」

ようやくわかった。
真里はさっきの俺の「何してんの?」という質問に答えてくれていたのだ。
えらいタイムラグがあったけど…

真里は相変わらず雑誌から目を離そうとしない。
逆に本当に読んでるのか疑わしくなるくらいだ。

話も終わったし、このまま前を向こうかとも思ったが、
また嫌な空気の中で時間を潰すよりは、と決心して真里に話しかけてみた。

俺「でも…珍しいな。
  真里が稽古やる気しないなんて」

真里「………まぁそういう時もあるわよ」

俺「…ソウダネ」

・・・

やばいやばいやばい!話終わっちゃったよ!
どうしよう?もうこのまま前向いて寝たふりでもしようかな。
いや待て、この教室に人が来るまであと10分…下手すりゃ20分だ。
耐えられるのか、俺?
……トイレ行くふりして逃げちゃおう作戦なんてどうだろう?
いやいやいや!その後めちゃめちゃ教室入りにくくなるじゃん!
どうしようどうしようどうしよう???
……えーい、仕方ない。何でもいいから話せ俺!
間をあけずになんとか喋り続けろ!!

俺「……日本の未来ってさぁ…」
真里「それよりちょっとこれ見てよ!」
俺「は、はい…」

俺の言葉を遮って真里が差し出した雑誌のページを見る。
女性誌によくあるファッション関連のページだ。
何人かのモデルの子がポーズをとっている。

真里「あんたどの子がカワイイと思う?」

俺「え……?」

真里の言葉にもう一度まじまじとページを見つめてみる。
そのページには見開きで1ページに4人ずつ、8人の女の子が写っている。

…どう答えたらいいんだろうか?
そもそもカワイイの定義ってなんだ?
顔で判断すりゃいいのかファッションに注目すべきなのか…
真里の質問の真意がさっぱりわからないのが怖い。