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ソムデート 投稿日:02/01/27 11:03
後藤真希を初めて見たのは高校の入学式の時だ。
同じ中学から来た奴らが可愛いと騒ぎ立てていたからいまだに覚えている。
その時、俺は彼女になにか特別な思いを抱いたわけじゃない。
ただ印象に残っている事は周りの奴らがまだ話した事もない彼女の事を既に知っているかのように喋り合っていたことだ。入学から1ヶ月が過ぎたある日、中学時代の友人の岸本から妙な話を聞かされた。
「やっぱ可愛いよ」
「なにが?」
「後藤」
「……」
「っつーか噂なんだけどさ、男いないらしいんだよ」
「へえ…」
「俺狙っちゃおうかな」
「お前またかよ?ちょっと可愛い奴見るとすぐそれだな。またいつもみたいになんじゃねーの?」
「いや!わっかんねーよお。中学ん時はすごかったらしいし男関係」
「なにそれ?」
「D組の藤田って奴知ってる?あいつから聞いたんだけど......」
岸本が藤田から聞いてきた話はこうだ。
中学時代、後藤は複数の男と付き合っていた。
その中には金で繋がっていた相手もいたらしい…
「人って見かけによらないよな〜」
岸本はそう言って一人納得したように頷いていた。「ばっかばかしいっ」
「……」
「どうして男ってそういう話気にするかね〜」
「ベ、別に気にしてるわけじゃ…」
「私に話してる時点で気にしてる証拠だよ」
帰り際、幼友達の飯田圭織にその事を話してみた。
圭織とは小学校から一緒でお互い異性を意識しない友人同士だ。
性格はキツイ所もあるが俺は圭織の歯切れの良さが好きだった。
今回も圭織の反応は予想通りというか俺を一刀両断するものなのだが。
「俺もまるごと信じてるわけじゃないよ。話の出所の藤田だって人聞きだって言ってたらしいし」
「ふーん。で?もしそれが本当ならどうしたいの?」
「どうって?なにが?」
「その後藤って子にちょっかいでも出してみるとか?」
「ばっ、馬鹿言ってんなよ!んなわけねーだろ!!」
「どうだか…」
焦って否定する俺に圭織は薄ら笑いを浮かべる。
別にやましい事など本当に考えていなかったのだがなぜか俺は圭織の方をまともに見る事ができなかった。
「結局さ、みんな大勢で作ったフィルターかけて相手のこと見てるんだよ」
別れ際、圭織はそんなことを言っていた。
その時の俺は圭織が何を言いたいのかがよくわからなかった。「じゃあ問4を…今日は15日だから…出席番号15番の者、後藤」
「はい」黒板の前で問題を解く後藤真希はすらっとした均整のとれたスタイルで後ろから見ても目を惹く。
後藤の背中を見つめながら俺はぼんやり考え事をしていた。
まだ後藤にはクラスに友達はできていないようだ。
同じ中学から来た人間もいないようだし。
そもそも彼女が誰かと親しげに話しているのを見たことがなかった。(あの噂…やっぱり本当なのかな……)
「……原、萩原っ」
「…あ、ああ、なに?」
「問題あてられてるよ」入学式の日、後藤の事を騒ぎ立てていた連中は日を追うごとに減っていった。
聞いた話では大半の奴が告白どころかまともに話す事すらできなかったそうだ。美味くはないがその分安い学食のうどんをすすりながら、岸本は元からある眉間のしわをさらに寄せて俺の目の前でブツブツ文句を言っている。
「あれじゃ攻めようがねーよ。初めから完全拒否だもん」
「結局上手くいかなかったんだな」
「おー。それがちょっと携番教えてっつっただけなんだけどすっげえ目で睨まれてさあ」
「お前、後藤と話したことあったっけ?」
「あ?無いよ。そん時初めて」
「……あっそ」後藤に接近しようとしていた奴らはどうもこんな感じのが多かったらしい。
噂が噂を呼んでその時俺の耳に入ってきていた後藤の話はかなり凄いものになっていたし、なにしろこの年頃の奴らはどうも自分に都合良く相手を見てしまう。探していた雑誌を買いに寄った本屋で、偶然圭織に出くわした。
「あれえ萩原じゃん。何してんのこんなとこで」
「何って、参考書買いに」
「…へー。最近の参考書は表紙にサッカー選手使うんだね」
「ああこれ?難しいっすよ」
俺は手にしていた雑誌の表紙を圭織に向けた。
圭織はもういいよ、といった感じで頷く。「あんた脳みそ筋肉になりかけなんだからちょっとは頭使えば?」
「だから本読んでんじゃんよ」
「もっと活字いっぱーいのを読みなよ」
「帰って勉学に勤しむかな」
「その雑誌で?なんの勉強すんの?」
「…サッカー」帰り道、雑談を兼ねて2人でファーストフードに寄り道した。
「ハンバーガーってさあ…なんの肉使ってんだっけ?」
「肉?ミンチ…何だろな?豚じゃない?」
「牛肉でしょ。見てみこれ」
ハンバーガーの包装紙を見せる圭織。
100%ビーフの表示。
「…知ってんなら聞くなよ」
「いやなんとなく。やっぱバカだねえ。注意力散漫なのかな」
「うるせえ、必要ない事は興味ないだけなの」
「うんうん。言い訳苦しいね」しばらくの間どうでもいいような会話が続いた。
俺は背もたれに体重をかけて座る。
なんだか楽な気分だった。
圭織と話す時は話題を探す事に苦労しなくてすむ。
相性かな?どうなんだろう…。それまでの雑談が途切れた。
ふと圭織が窓の外に目線を外して呟く。「あんたが言ってた後藤さんの話さあ…」
「うん」
「すごいことになってるね」
「すごいって?なにが?」
「うちのクラスにも流れてきてるよ」
「……」
「噂話ってほんっとレベル低いよね。それでそういう話をまたみんな面白がるんだよな」真顔で話す圭織の言葉に耳が痛かった。
決して楽しんでいるわけではないが俺は後藤のそういう話をなんとなく知りたがっていた。
気になっていたというほうが正しいか。
なんにしても圭織と違って俺はそういう話を聞くのが嫌だというわけではなかった。俺は姿勢を正して席に座りなおす。
そして圭織に尋ねた。
「あのさ、お前はどう思う?」
「どうって後藤さんの事?知らないよ」
「なんかかわいそうじゃねえ?あること無いこと噂されてさ」
「かわいそう?」圭織は呆れたような顔で俺を見つめる。
その後軽くため息をついた。
次いで頬づえをつくと何か考え事をしているのかしばらくの間黙っていた。
目線は机の上に向いている。
俺は圭織の反応をただ見ていた。
すると圭織はじろっと俺を睨むように目を動かして口を開く。
「くだらない」
「はい?」
「あんたはもう少しまともだと思ってたけど」
そう言って立ちあがると圭織は俺を置いてさっさと店を出ていってしまった。「おい、なんだよ!?おい!」
なにがなんだかわからなかった。