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名無しさん 投稿日:02/02/03 16:39
空を見あげると漆黒のカーテンの上に星と月が散りばめられている。
真夜中の公園は春だというのに冬のような冷気に包まれていて、外灯も凍えていた。
フラフラとおぼつかない足取りで歩く紺野に肩を貸しながら俺は溜息を付く。
辺りを見回すと桜の色だけがくっきりと浮かび上がり、その映像は胸の奥を押した。
「す、すませ・・・ん・・・うく・・・ちょっと・・・」
突然、紺野はそう言うと俺を押しのけて前に進もうとした。
つまずきそうになる紺野を慌てて横から支える。
「は・・・離して下さ・・・い・・・」
「何言ってるんだよ。一人じゃまともに立ってられないくせに」
「先輩に・・・お見苦しい所を見せてしまいます・・・」
「いいから」
俺がそう言うと同時に紺野は胃液と一緒にそれをぶちまけた・・・2度・・・3度と。
ほんの少しの軽蔑。きっと俺以外の男が今の紺野を見たら突き放された気分になるだろう。
普段絶対に見せないような汚さと醜さ。
しかし、嫌悪感というよりはそんな無防備な紺野を知ったことを嬉しく思った。
「はい、これ」
「・・・すいません」
差し出した缶ジュースを受け取るときも目を合わさない。
たぶん、男の前で醜態を見せたことを悔やんでいるのだろう。
「落ち着いたか?」
「・・・はい。あの」
一瞬、顔を上げ俺を見たがすぐに目を伏せた。
俺は何も言わず、紺野の隣にちょうど二人分の空間を空けてベンチに腰を下ろす。
こんなとき、何か軽い冗談でも言った方が良いのだろうが俺にはそんな器用さも持ち得ていない。
外気が身に染みる。タバコに火を付けた。
「軽蔑・・・してますよね?」
横から聞こえた声。俺は紺野の方を見ずに煙を吐きながら言った。
「少し。でも大したことじゃない」
眼前には薄暗い電灯に映えて、ボウッと夜桜が浮かび上がっている。
桜の木の下には死体が埋まっていて、その血が花弁をピンクにする・・・そう言っていたのは誰だっただろうか。
「嘘つかなくてもいいです。ものすごく軽蔑してるんでしょう?」
自嘲気味に言い放つ。
「別に」
「・・・嘘つき。軽蔑したなら軽蔑したと、汚いなら汚いとそう言って下さい」
酒のせいでもあるだろうがやけに今日の紺野は俺に突っかかってくる。
普段、酒の飲めない紺野がここまで飲んだ理由。
前々から聞かされていた彼氏に、ついに別れを告げられたから。
会社を休んだ理由を淡々と述べた声は予想と反して乾いたもので、
「少し付き合って頂けませんか?」と言う紺野に俺は2つ返事で承諾したのだった。
実際、俺が止めなければどこまでも飲んでしまうような勢いを持っていた。
それに女1人で酒をあおらせるほど俺は甲斐性なしでもない。
「どうなんですか?」
「『軽蔑している』、『汚い』と嘘ついて、紺野が満足するならそうしよう」
フゥーっと吐き出した煙が闇に溶け込んでいく。
そして紺野を見ると何故かその目は生き生きしていた。
「先輩は私のこと、好きなんですよね」
「何を・・・」
俺は思わぬ方向からきたパンチに一瞬たじろいたが平静を装う。
「酔ってるんだろう? バカなことを言うんじゃない」
「ずっと前から気付いてました。先輩、嘘付けないから・・・」
「・・・・・・」
「私を抱きたいですか?」
くわえていたタバコを思わずポロリ、と落とす。
紺野は笑った。
「私も先輩のこと、嫌いじゃないです」
足下に落ちたタバコを踏み消す。
そして新たに火を付けると煙を肺にため込み、空を仰いだ。
桜の枝を縫って十六夜が俺と紺野を見つめているのが見える。
「・・・・・・」
煙をゆっくり吐き出しながら見ると紺野はまだ俺を見つめていた。
「自分を大事にしろよ」
「壊されたいときだってあります」
体を預けてきた紺野の温もりを感じながら、俺はたばこを吸い続けた。