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関西人Z(中継ぎ投手) 投稿日:02/02/08 22:47

ユサユサユサ

誰かが俺の身体を激しく揺さぶる。
いや、誰だかはわかっていた。
「早く起きなよ。今日はスタジオ練習するんだから」

「わかってんよ」

全くうるさい女だ。仕方なく体を起こす。
「もうすぐご飯の用意できるから、早く着替えてよ」

「はいはい」

彼女は部屋を出ていった。
俺は布団から這い出し、着替えを始める。

彼女と言っても『恋人』ではない。
同じバンド仲間、ただそれだけだ。
俺はドラム担当、彼女はボーカル担当。
彼女の名前は『福田 明日香』

何故一緒に住んでるのか?
金がないから、それだけだ。

俺がドラムを初めて叩いてから4年が経つ。
始めた頃はただ叩いてるだけで良かった。
でも今ではプロになろうと頑張っている。
そのキッカケになったのは、今一緒にバンドを組んでいる『彼女』だった。

初めて明日香を見たのはある有名歌番組。
(このグループの中で一番若いのに良い歌声してるな)
これが第一印象だった。

そんな彼女と出会ったのは、母校での文化祭。
俺と友達は飛び入りで軽音部のライブに参加した。
俺達が演奏していると、生徒らしき女性が舞台に上がって歌い始めた。
そこで歌ったのが、紛れもない『明日香』だった。

正直、俺は身震いした。
明日香の歌声に、ステージで歌っている彼女のオーラに。
演奏が終わり、俺はステージを降りると、
「あの、ちょっと待って下さい」

明日香から声をかけられた。そして、
「私と一緒に、バンドをしませんか?」

続けざまに言われた言葉は俺に衝撃を与えた。
と同時に嬉しくなった。
今までそう言ってくれる奴はいなかったし、
なによりTVに出てて、俺が上手いと思っていた人が
俺を誘ってくれているのだ。
しかし俺はすぐには答えを出さず、次の日に茶店で合うことを約束した。

なぜ答えを出さなかったのか・・・。
俺の中で疑問があったからだ。

次の日、指定した茶店で明日香に会う。
そこで俺の中の疑問を彼女にぶつけた。
『なぜバンドを組もうと思ったのか』
『実力からいけばソロでもやっていけるんじゃないのか』
『過去のことを考えれば容易く芸能界に帰れるんじゃないか』
と。

それに対して彼女の返答は、
「・・・もう一度、1から音楽をしてみたい」

その一言に全てが詰まっている、そう感じた。
そして俺は最後にこの質問をぶつけた。
『何故俺なんだ?』

すると彼女は、
「んー、なんだろう・・・。直感かな?」

屈託のない笑顔で答える。

俺はバンドを組むことを承諾し、
そしてお互い誓い合った。

【プロデビューするんだ】と・・・。

明日香の覚悟は半端じゃなかった。
次の日に俺の住んでいる家にやってきたのだ。
「家、飛び出してきたの」

その手には着替えや日用品が詰まった鞄を持っていた。
お陰で明日香は高校中退。それほど音楽をやりたかったのだろう。

あれから1年。
俺達はメンバーを集め、インディーズで地道な活動をしている。
バイトをしながらの活動だが、やりごたえはある。
なにより、明日香の日々の努力とレベルアップは見ていて楽しかった。
これから彼女はどうなるんだろう・・・。
どんな歌手になっていくのだろう・・・。
いつまでも近くで見ていたい。
同じメンバーである限り。

「ほら、早くスタジオ行くよ」

「ああ」

簡単に荷物を積めた鞄を持つと、
俺は明日香の背中を追いかけた。