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ボビー 投稿日:2002/02/14(木) 22:46

「それじゃ、いってくるね。バイバイ☆」

それが彼女の最後の言葉だった・・・
寒さ厳しい冬、しとしとと長く降り続く雨の日。
彼女は車にはねられて帰らぬ人となった。

なぜあの時俺はいっしょに行ってやらなかったのか?
風邪気味だったから?それとも面倒臭かったからか?
そんな事は何千何万回も考えたさ。
だからといって彼女はもう帰ってこない。
俺が行かなかったから彼女は、梨華は死んだ・・・
俺が梨華を殺したんだ・・・俺が悪いんだ・・・

あれから何ヶ月経っただろうか。憶えていない。
そもそも今の俺に時間なんて意味があるのか?
ただ飯を食って寝る、生きているだけの俺。
時間なんて意味をなさない。梨華が死んでから俺の時間は止まった。
もう学校には行かない。梨華がもう行けないというのにどうして俺が行ける?
もう何もいらない・・・もう何も望まない・・・

ある日、電話が鳴った。
俺は何も反応を示さない。いつものことだ。
母親が急いで出る。なにやら喜んでいるがどうでもいい。
電話を切った母親がすぐにこっちにきた。

「円!亜弥ちゃんが帰ってくるって。よかったじゃない!」

「・・・。」
亜弥?誰だっけ?亜弥・・・

「もう忘れちゃったの?中学校の途中まで近所に住んでて、すごく仲良かったじゃない。」

「・・・。」
ああ、確かにいたな。亜弥、松浦亜弥・・・

「明日こっちに越してくるって。」
そう言うと母親は忙しくそうに家事に戻った。

そして俺はまた浅い眠りについた・・・

次の日、電話の音で目が覚める。
例によって母親が出た。

「もしもし。あら、亜弥ちゃんどうしたの・・・そうなの!?」
母親の声が大きくなった。
「じゃあ、よかったら家に来る?・・・じゃあ迎えに行くわ。」
電話を切ると母親がこっちにくる。

「円。亜弥ちゃんを家に住ますからね。じゃあ迎えに行ってから。」
何を言ってるんだ?まあ、いいや。

少し時間が経った。下が少しうるさい。

「狭い所だけど上がって。」

「おじゃまします。」
亜弥の声だ・・・何故だかわからないけれどそんな気がした。

「じゃあ亜弥ちゃんは2階の部屋を使ってね。」

「はい。これからお世話になります。」
階段を上がる足音が聞こえた。

「まー君。久しぶりだネ。これからよろしくね。」
ドアの向こうで声が聞こえる。

「ああ・・・。」
・・・返事をしたのなんていつぶりだろう?
なぜかいきなり声が出た。勝手に・・・。なんで・・・?

・・・足音、母親が2階に上がってくる。・・・隣の部屋に入ったようだ。
「あの亜・・・」
ドアが閉まった。何故か俺は聞き耳を立てている。

「・・・かをよろしくね。亜弥ちゃん。」
「はい!」

母親がまた下に降りていく。
なんだったのだろう?少し気になってしまう。
・・・もう、いい。もう寝よう。

翌日、亜弥が学校から帰宅した。

『コンコン』
ドアをノックする。

「・・・。」
俺は返事をしない。

「入るよ?まー君。」
亜弥が制服のまま入ってきた。

「まー君久しぶりだね。中2の夏以来かな?」
亜弥が笑顔で話しかけてくる。

「お引越しする時、お別れ会やったよね。憶えてる?」

「・・・。」

「その時、私悲しくて泣き出しちゃってさ。」
ああ、そんなこともあったな・・・

「そしたらまー君が『亜弥。また会えるだろ!?』って私をなだめて。
 それで『また会おうな。絶対だぞ!』って最後に言ってくれて・・・。」

「・・・。」

「あの時まー君のおかげですごく安心したんだ。
 あと・・・ホントに嬉しかったよ。ありがとね。」
亜弥は少し涙していた。

「ごめんね。いきなりこんな昔話して。」
亜弥は無理矢理笑顔をつくってそう言った。

「じゃあ、もういくね。」
亜弥はすっと立ち上がると部屋を出た。

「・・・。」
少し昔のことを思い出した。
「・・・亜弥。」

それから亜弥は学校から帰るとすぐに俺の部屋にきて話しかけた。

「私ね、あっちの学校ではね・・・」
・・・
「そしたら、なんか言ってきてホントにムカついたんだよ〜。」
・・・

毎日毎日、俺が返事もしないというのに亜弥はずっと話しかけてきた。

「っていったらさ・・・」
突然亜弥の声が止まった。
そして亜弥の目からは大粒の涙が流れていた。

「ご、ごめんね!いきなりどうしたんだろう。」
亜弥は涙を抑えようと必死に拭っていた。

「ホントどうしたんだろう?あれ?おかしいな〜・・・」
それでも亜弥の涙は止まらない。

「ごめん。もういくね・・・。」
亜弥が立ち上がって部屋を出て行こうとした時、
「亜弥・・・。」
俺は無意識に亜弥の名前を呼んでいた。

「!!・・・まー君!?」
亜弥が振り返った。

「亜弥ごめんな・・・。」
俺の口から言葉が出る。

亜弥の目からまた涙が溢れる。
「まー君!まー君!まーくん・・・」
亜弥はいつまでも俺に泣きついていた。

「亜弥、ごめんな・・・」
俺はその時こんな言葉しか言えなかった。

それから亜弥の話しは独り言じゃなくなった。

「それでね、私1等になったんだよ。すごいでしょ!!」

「ほんと、頑張ったな。」

まだ俺は一言二言相槌をうつので精一杯だった。
でも亜弥はそんなことは気にしないで楽しそうに話す。

そんなことが続いたある日。

「そうだ!まー君、今日からいっしょにご飯食べようよ。」

「・・・。」
思わず黙ってしまう。

「別に下で食べようっていうんじゃなくて私がこの部屋で食べるの。ダメ?」

「・・・別にいいけど。」

「じゃあ決まりネ!やった〜まー君とご飯☆」

誰かと飯を食べるの何ヶ月ぶりだろう。

亜弥といると少しずつではあるが凍てついた俺の心が解けていくのを感じた。

今思えばその日を境に俺は次第に人間らしさを取り戻していった。

亜弥との話しに笑顔で反応できるようになった。

飯が美味しく感じられた。

何ヶ月も入ってなかった風呂にも入った。

荒れ果てた部屋の掃除も亜弥といっしょにやった。

そして亜弥といると幸せを感じるようになっていった・・・。

亜弥が家きてから俺は確実に変わっていった。

「母さん、いままで色々迷惑かけてごめん・・・。」

「円!?・・・まどか。うぅ・・・」

亜弥のおかげで母さんとも何ヶ月ぶりかに話せた。

「母さん泣いてたな・・・。すごく苦労かけたもんな・・・。」
階段を上がりながらうなだれる俺。

「そうだね。でも、そんなことよりまー君とお話できた事が嬉しかったんだよ!きっと。」
そんな俺を亜弥の言葉はいつも救ってくれる。

「いつもありがとな・・・。」

「な、何言ってるの。恥ずかしいじゃん・・・。」

俺は失った時を埋めるように急速に回復していった。
『もう俺は独りじゃない・・・』

夏の気配を感じられるようになったある日。

もう俺はすっかり回復して、平穏な生活を送っていた。

しかし、ただ1つだけまだできない事があった。
学校に行く事・・・これは、できない。
梨華との思い出が詰まっている学校は、恐い・・・

亜弥との生活は幸せだ。でも梨華を忘れる事はできない。
・・・梨華を殺したのは俺なのだから。

そうだ・・・俺だけが幸せになってどうする?

そうだ。俺だけがのうのうと暮らして良い訳が無い。

そうだ!俺だけが・・・
「・・・。」

「まー君!ただいま。」
いつもの様に学校から帰った亜弥が部屋に入ってくる。

「疲れた〜今日は暑かったね〜。もうすぐ夏だネ。」
亜弥は笑顔で話す。

「でてけ・・・」

「え?聞こえないよ。まー君?」

「でてけ。」

「え・・・なんで?どうしたの?」

「いいからでてけ!!」
俺は思わず怒鳴る。

ビクッと亜弥は驚く。目には涙が浮かぶ。
「なんか悪い事したかな、私。」

「・・・でてけ。」
冷たく言い放つ。

「ごめんね、まー君・・・」
そう言うと亜弥は部屋をでていった。

『これでいい。俺は独りでいい・・・』

それから亜弥は俺の部屋にこなくなった。

飯の時間もしゃべらなくなった。

当然母親にどうしたのか聞かれるのだが、
「別に何でもない。」
と言う。亜弥も同じ様に答える。

俺と亜弥は完全に他人になった。

亜弥としゃべらなくなってから1週間がたった。

その日はしとしとと雨が降っていた。気温も低い。
そんな天気の日は気分が悪くなる。

母親が下で夕食の準備をしている。

俺と亜弥はいつも通り別々の部屋にいる。

「お醤油がなくなっちゃったから買ってきて〜。」
いきなり母親が2階に向かって言った。

「俺はパス。」
ドアから顔だけ出して返事をする。

「私、いきます。」
亜弥が部屋からでてきた。

「あら、そう。悪いけど頼んだわね。」

「いえ、いいですよ。」

「じゃあお願い。雨が降ってて暗いから気をつけてね。」

バタンとドアが閉まった。

・・・10分たった。
まだ亜弥は帰ってこない。

さらに5分。・・・おかしい。
家からスーパーまではどんなに遅くても12、3分で往復できる距離だ。

嫌な予感がした。それを必死で振り払おうとする。
しかし、どうしても不安が拭えない。

「はぁ・・・はぁ・・・」
息が荒くなる。汗が出てきた。

あの日もこんな雨だった。しとしとと・・・
「亜弥!!」
俺はいてもたってもいられなくなった。

雨の中、必死に走る。

すぐにスーパーに着くが亜弥の姿はない。

「亜弥!!亜弥ぁ!!」
買い物客が振り向くが亜弥の返事は無い。

「くそっ!!」
俺は力の限り走った。
途中つまずいた。車に轢かれそうにもなった。
それでも走った。走り続けた。

不意に遠くで救急車のサイレンが鳴る。
『亜弥!嘘だろ亜弥!!』
俺はもうパニックだった。

「亜弥!どこだ!亜弥ぁ!」
幾度も叫んだが辺りには声だけが虚しく響いた。

『こんなことになるんだったら・・・なんで俺が行かなかった・・・。』
そんな事を思っていると雨音の中から微かにネコの鳴き声がする。
『ネコ?亜弥が大好きだったな。もしかしたら・・・』

どこで鳴いているのか耳を澄ます。

「・ニャー・・二・ャ・・」

「・・・よしよ・・さむ・ない?かわ・・うに。」

どこからか人の声が聞こえる。

「亜弥・・・よかった・・・」

橋の下に捨てられているネコといっしょにいる亜弥を見つけた。

「まー君・・・」

「亜弥!!」
思わず抱きつく。

「やっと『亜弥』って呼んでくれた。」

「ごめんな・・・ごめんな・・・」

「もう、いいよ。」

「もう傷つけたりしないから・・・」

「うん。」
亜弥の声は穏やかだった。

それから何分経っただろう?

「・・・ご、ごめん!」
ふと我に返り、急いで亜弥から離れる。

「う、うん。」
亜弥の顔が真っ赤になる。

「と、ところでまー君傘は?」
傘が無い。全身びしょぬれだ。

「そういえば・・・へっ、へくしょん!!」

「ほら、まー君風邪引いちゃうよ。」

「そうだな。早く帰ろう。」
俺が歩き出すと亜弥が腕をつかむ。

「ちょっと待って。この子達飼えないかな?」
ダンボールに入れられている子猫を指差している。
「こんなところじゃ死んじゃうよ。」

確かにこんな場所じゃ誰も気付かない。

「そうだな・・・じゃあ家で飼おう!」

「ホント!?やった〜まー君ありがと!」

俺達はダンボールを持って家路を急いだ。

「もう、こんな時間までなにやってたの!
 それにどうしたの?その格好。早くお風呂に入りなさい!」
当然俺達は母親にこっぴどく叱られた。

「もちろん、その子猫達もね。」

「母さん・・・」
この時ほど母親を寛大だと思ったことはない。

「亜弥ちゃんも待ってたら風邪引いちゃうからいっしょに入ちゃいなさい。」

「母さん!?それは・・・」

「何慌ててんの?円。亜弥ちゃんになんかしちゃダメよ。」

亜弥は顔が真っ赤だ。

「さあ2人とも早く!」
この時ほど母親をある意味尊敬したことはない。