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USB 投稿日:2002/02/15(金) 02:13

「大きくな〜れ。」

ジリリリリソ
万国共通のこの朝の不快な音で矢口は目を覚ました。
「うるせ〜」
叫びつつ、彼女は目覚まし時計を放り投げた。
ガシャーン
放り投げた目覚ましが派手な音を立てる。どうやら硬いところに
ぶつかったらしい。
「あっ、やべ〜」
さすがの彼女もこれには顔を真っ青にして飛び起きる。
見ると目覚ましはつなぎ目から完全に真っ二つになって、ばねやら
何やらが飛び出してしまっている。壁紙が一部はがれているところをみると、
そこにぶつかったことは明白である。
「あぁ、よかった。とりあえず時計以外に壊れたものはないみたい」
そうひとりごちながら、彼女は散らばっている時計の中身であった
それらをまとめてゴミ箱に放り込んだ。

「真里。ご飯できてるけど、どうする〜?」
「行くいく、行きます。食べるから」
彼女は1階の母親に向かって叫んだ。
以前一度、寝ぼけてて答えなかったことがあるのだが、10分後に彼女が
見たものは空っぽの皿と使い終えたフォークとスプーンだった。
『だってあなた食べるって言わなかったでしょ』
それ以来、彼女は朝食をとる意思を明確に表すことにしている。
まあもっとも、今朝の場合は母親の問いかけから3分とたっていないので
さすがの彼女もこの間に食べることはできないだろう。
ともあれ、席についた彼女は何故か目の前においてある牛乳をのけつつ、食べ始めた。
「真里、なんかさっきすごい音したみたいだけど?」
「ああ、あれね。なんでもないよ。ちょっと目覚まし壊しちゃっただけ」
「そう。それならいいんだけど」
そう言って母親はパンにバターを塗り始める。
(よくはないと思うんだけどなあ。無関心すぎないかな、チョット)
「……わよ」
「え?」
「よくないわよ」
「え、何急に。どうしたの、お母さん?」
「真里、今そう思ったでしょ」
「…………」
何気に彼女は鋭い。しかも、何故か(?)お笑いに詳しい。
一時期『三村ツッコミ』が気に入って連発していた彼女に「突っ込み」をいれて
やめさせたのも母親である。

「そういえば真里、ちょっと大きくなってない?」
「何言ってるのよ、お母さん。身長なんてもう何年も前から変わってないよ。
なんたって『ミニモニ。』なんだからね」
「そういう意味じゃなくて、なんかあんた一晩の間にグイっと引き伸ばされた
みたいな感じがするんだけど」
「ちょ、ちょっと何それ。そんなことあるわけないじゃん」
「う〜ん、でも絶対勘違いじゃないと思うんだけどなあ。じゃあ真里、そこの棚の
上の缶、とってみてよ」
「え〜、取れるわけないじゃん」
「いいから」
「分かったよ。まったく、朝から何をわけのわかんないことを……」
言いながら矢口は立ち上がった。その棚というのは、何の変哲もない、
いたって普通の棚なのだが、「普通でない」矢口には届かないことはもう
5年以上かけて証明済みの棚なのである。

「ホラ、届くわけ……届いた?」
「でしょ、母さんの勝ち。100ペリカげっと〜」
「ちょっと、そんなこと言ってる場合じゃないよ。どうすんのよこれ」
「どうするって……欲しかったらあげるわよ」
「要らないよ、海苔なんて!ていうか海苔くれるんならご飯炊いてよ!」
「いいけど、仕事間に合うの?」
「だから、ご飯を炊いて欲しいわけじゃなくて……」
「分かってるわよ。」
彼女は冷静な顔でそう言った。
(まったく、こんなときにまでいちいち『ボケ』ないでよね)
矢口がそう言おうとしたが、母親の言葉にさえぎられた。
「でもまあ、そんなに大きくなってるわけじゃないし。
毎日見てなきゃわかんないんじゃない?」
「いや、ヲタってのはそれこそ毎日のように見てるんだけど」
「あらそうなの。それは大変。」
(ハァ、何か身長伸びたってどうでもいいことのような気がしてきたよ)

内心疲れてる矢口の考えを知ってか知らずか、彼女は続けた。
「でも、辻加護ちゃんと同じぐらいじゃないの、それで」
「まあ確かに。5cmぐらいかなあ、伸びたの」
母親のおかげで、早くもこの状況を受け入れてしまっている矢口。
お笑いは血だ、と彼女は確信している。
仕事に行くために着替えと化粧をすまそうと部屋をでようとした矢口の背中に、
母親の能天気な声が聞こえてきた。
「じゃあ大丈夫じゃない。『ミニモニ。』脱退せずにすみそうだし。
がんばってらっしゃい。」

満員電車に揺られ仕事に向かっていた矢口に、中学生ぐらいの男の子の声が
聞こえてきた。
「おい、あれ『ミニモニ。』の矢口じゃねぇ?」
その声で矢口の周りにいた人々の視線が一斉に降り注ぐ。
(はぁぁ、気づかれたよ。しかもそんな声で叫ぶなよなぁ。
だいたい、『ミニモニ。』の、ってなんだよ。『モーニング』の、って言えよ!)
多少げんなりしながらそう思っていると、それに答える女の子の声が聞こえてくる。
「ちがうよ、絶対」
(よっしぁ、えらいぞ!女の子その1)
「だって大きすぎるよ、あの子」
(やべ〜、ばれてるよ。どこがばれないんだよ、お母さん!)
しかし、その声のおかげで周りの視線を避けることができたので、とりあえず
彼女は女の子その1に感謝することにした。

「ん〜でもすっげぇ似てるよなぁ。あれを上からつぶしたらほんとに矢口じゃん?」
「確かに似てるね〜。でもあの子、なんで矢口の真似なんかしてるんだろう」
(よけいなお世話だよ)
「あんなに足も長いのに、もっと大人っぽくしたらすごくかっこよく
なるんじゃないかな〜」
「お、大人っぽい矢口!ま、マンセ〜!」
男の子の意味不明な叫び声はともかく、女の子の言葉には同感だった。
服を着替えるときに分かったのだが、上半身は昨日と全く変わっておらず、
ただ足だけが5cmほど伸びていたのである。
(これ以上伸びちゃうと『ミニモニ。』は無理になっちゃうかもしれないけど、
でも足だけ伸びるんだったらいいかもなあ……)

しかし、次に聞こえてきた言葉で矢口は再び現実に引き戻されることになる。
「ねぇ、矢口って身長いくらだったっけ?」
「145、だけど」
「そっか。あの子155はあるよねえ」
(え、ちょっとまってよ。あの棚にぎりぎり届いたんだから、5cmぐらいしか
変わってないはずだよ)
確かに、矢口がずっと届かなかった棚というのは、あと5cm程度で届くという
高さだった。それゆえ、矢口も母親も5cmぐらい伸びた、と考えていたのだが。
女の子の声にあわてて下をみた矢口だったが、スカートの裾の部分を見て愕然とする。
それは家ではいてでてきたときと比べ、明らかに5cm程度上にあがっていた。
(やばい。さすがにこの身長じゃ『ミニモニ。』ってわけにはいかないよ。
しかも今日Mステじゃん。生だよ、どうしよう)
思案に暮れる矢口だったが、学生たちの「厚底だったら?」「ちがうみたいだけど」
「そっか、ザソネソ」という会話を聞いて、あることを思いついていた。

「矢口さ〜ん、じゃんけんぴょ〜ん」
そう言いながら走ってきたのは、『モーニング娘。』で2番目に『ミニモニ。』
が似合わない長身女、吉澤ひとみである。
(まてよ、よっすぃ〜よりは圭ちゃんの方がきついから3番かな?)
そう思いながら何気なく吉澤を見ていた彼女は、あることに気づく。
「ちょっと、よっすぃ〜。何で厚底なのにいつもと変わんないのよ?」
目の前に現れた吉澤ひとみは、彼女より20cmほど高い、いつも通りの吉澤である。
厚底ブーツを履いているのに。
「へへ〜ん、すごいでしょ〜。これなら私でもじゃんけんぴょ〜ん
できますよねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?」
「はいはい、できるできる。で、なんでなの?」
(だいたい、あんた本当に『ミニモニ。』がやりたいのか?
小一時間ほど問い詰めるぞ、まったく……)

「実はこれ、『逆シークレットブーツ』って言うんです。これを履くと、
厚底を履いてるように見えるけど背は高くならない、というどらみチャンもビクーリな
ブーツなんです。通販で見つけたんですけど、結構したんですよ〜」
「ああ、そうなんだ。(なんでコンビニで水も買えないやつがこんなもの買えるんだ?)よかったね〜。でも今日の収録には出してあげられないよ」
「え〜、ひど〜い」
「だってそうでしょ〜。仮に身長だけの問題だとして、10cmの厚底を履いて163cmの
よっすぃ〜が厚底を脱ぎました。さて、身長はいくらですか?」
「153」
「正解。じゃあ駄目じゃん」
「え〜、でも辻加護だって152,3は……」
「ダマレぇ!他の人に聞かれたらどうするんだ。そのことは秘密なの、分かった?」
「は〜い。じゃあ吉澤は帰ります。頑張ってください」
そういって厚底(?)を脱ぎ捨て、吉澤はとぼとぼと歩いていった。
(ていうか、あいつはほんとに『ミニモニ。』やるつもりだったのか……)

吉澤が『厚底ブーツ』を置いていったのは一昨日のことだったので、
まだおいてあるかと期待していた矢口だったが、そこには矢口の求めるものはなかった。(どうしよう〜。このままじゃあ出られないよ〜)
その時、遠くの方から吉澤らしき声が聞こえてきた。
(あ、よっすぃ〜だ。あれ持ってるかどうか気いてみよう)
部屋をでた矢口はその光景に唖然とした。吉澤は、例の『厚底ブーツ』を履いて
『ミニモニじゃんけんぴょん』を歌いながら歩いているのだ。
廊下をすれ違う人々は少し遠巻きに、少々不安げな顔をしてその光景をながめている。
(はぁ。なんだかんだ言ってあれ、気に入ってるのか。手間がはぶけたというか……
でもあれと同じ仲間だ、って思われるのはやだなぁ〜。しょうがないか)

「お〜い、よっすぃ〜。ちょっと急いでこっち来てくんな〜い」
「Oh〜、おはようございます、テメエラ!」
(ちくしょ〜、人が急いでるのにふざけやがって。だいたいテメエラって、
矢口一人じゃんか〜。よ〜し、)
「Would you mind lending me your boots?」
「すいません。もうふざけないので許してください」
「分かればよろしい。……ってそんなことよりさあ、そのブーツ貸してくれない?」
「え〜、矢口さん、これ以上小さくなったらなくなっちゃいますよ」
「それがなくならないからこまってるんじゃないの。
私大きくなってると思わない?」
「そうですかぁ。ちっちゃい可愛い矢口さんですよ」
そういって吉澤は矢口に抱きついた。
「ちょっとよっすぃ〜、やめてって。みんな見てるでしょう。
……ねえ、本当に気づかない?」
「分かりませ〜ん。よっすぃ〜は矢口さんのオパーイに夢中で、それどころじゃ
ありませんよ〜」
(はぁ、なんでこんなのばっかなんだ……)

と、そこに辻、加護、ミカとマネージャーがやってきた。
さすがにマネージャーはすぐに気づいたのか、血相をかえながら叫んだ。
「ちょっと矢口。どうしたのよ?」
(はあ、やっとちゃんと話ができる奴がでてきたよ)
「レズネタはネットだけだと思ってたのに……」
「矢口さん、やらし?のれす」
「あ、でもよっすぃ?はええ顔しとるで?」
「ゴルァ!ふざけんのもいい加減しろ、てめえら!」
「ちょっと矢口、冗談よ、冗談」
「そうですよ、落ち着いてくらさい」
「落ち着けるわけないでしょ、どいつもこいつも。」
「でもこれじゃあちょっと『ミニモニ。』やれないわねえ。どうしよう」
やっと話ができる状況になったので、矢口は吉澤の頭をどけながら
マネージャーに言った。
「このブーツ見てください。これは普通とは逆の『シークレットブーツ』で、
これを履いて出れば小さくみえると思うんです。」
「なるほど。じゃあみんなには普通の厚底ブーツ履かせるのね。」
「ええ、それでお願いします。」
「じゃあ厚底3つとってくるから、ちょっと待ってて」
そう言ってマネージャーは走り去った。