119
M・P・D 投稿日:2002/02/17(日) 23:26
今日、おれは会社をやめた。
周りの連中は必死で止めようとしたが
もうどうでもよかった。
なにか冷めてしまったんだ・・・・・。
会社では真面目な会社員だったと思う。
出世コースにも乗っていた
でもそれだけだ・・・・・。同僚達が送別会を開いてくれた。
最初は行くつもりなんか無かったけど、強引に連れていかれた。
ただ飲む口実が欲しかったんだろう。
最後のわがままぐらい聞いてやろう。それが餞別だ。・・・・・・・・
送別会もお開きとなった
結構飲まされたな・・・・・。
同僚は泥酔状態である。歩くことさえままならない。
「おい、お前大丈夫かよ」
「でええじょうぶだよぉぉ」・・・・・全然大丈夫じゃなさそうだ。
「ほれ送っていってやるから」
おれは近くでタクシーを捕まえ、奴と一緒に家路についた結局、家に着いたのは午前2時
まあ明日から何もないので別にいいんだけどね。
「寝る前にもう一杯ぐらい飲むか」
なんてつぶやきながらマンションに入っていく。
おれの部屋は8階にある。
親の遺産と俺の貯金で購入したマンションの一室。
昨日からこっちに引っ越してきたばっかりだ。部屋の前に立ち、鍵を回す。
ガチャ・・・・・ガン!。
「・・・・・?」
鍵が掛かっている・・・?。
「今朝閉め忘れたか?」
軽い疑問を感じながら部屋へはいる・・・・・なにかおかしい
部屋に入ったら妙な違和感がある
とりあえず部屋の中にはいって電気をつける。
が何もない・・・・・。あれ?一応ほかの部屋も確認してみよう
リビング・キッチン・トイレ・風呂・そして空き部屋2つは異常なし。
泥棒でも居るんじゃないかと思ってドキドキしたがなんにもなかった
まだ部屋になれてないだけと違和感をそう解釈しようとした。
「最後に寝室か」まあ何もないだろうと思いつつドアをあける・・・・・おかしい。妙な違和感はここにきて一層ふくらみはじめる
部屋のベッドに人の気配がするのだ。俺は内心ビビリながらベッドに近づく。
ドクン・・ドクン・・ドクン
自分の鼓動の音がやけにうるさく聞こえる。耳を澄ましてみると「スー・・・スー・・・」と寝息が聞こえてきた。
それを聞いた瞬間全身から力が抜けた。
でも安心はできない。そぉと顔のほうを伺おうと枕元の方へ移動するしかし反対を向いていて顔は見えなかった。
髪は・・・・金髪?
俺は意を決して布団をめくり上げた。
ガバッそこには全裸の女が寝ていた。
「!!!!!!!!」
俺は驚きのあまり布団を元に戻した。
なんでおれのベッドで女が寝てるんだ!?
しかも全裸で・・・・そんなことを考えパニクってるおれを後目に彼女は寝返りを打つ。
顔がこちら側に向く。そぉーと顔を覗き込んでみる。
あれ・・見たことがある顔だ。だれだっけなあ?
その時彼女が目を開けた。
「!!」おれは一瞬たじろいた。「ん・・・・」まだ寝ぼけているのか目の焦点が合っていない。
しかしすぐに自分の目の前にいる男に気づいた。
「あなたいったい誰!!」
「きゃああああああああ!!!!」と声を上げながら枕を投げ付けてきた。「ちょっちょっと待て」俺は必死で彼女を落ち着かせようとした
しかし彼女は声を上げながら手の届くものすべてを投げ付けてくる。「ちょっと落ち付けって!」とキレかかった時、ガツンと頭に衝撃が走る。
目覚まし時計が眉間にヒットした。
「痛!」そして眉間が熱くなり俺は押さえてうずくまった
どうやらカドが当たり流血したらしい。「あ・・・」彼女もそれに気づいたのか物を投げる手を止めた。
「とにかく落ち付けって・・・」俺は眉間を押さえながらいった
そして俺は部屋のあかりをつけるためかべに近づきスイッチを入れた。
蛍光灯の光が部屋全体を浮かび上がらせる。彼女は布団で顔を隠しながらこちらを窺っていた
「ふうっ」とおれは一息入れなるべく優しい口調で話しかけた。
「とりあえず落ち着いてくれ。おれは君に危害を加えるつもりはない」。彼女はおびえながら
「あなたは誰なの」
「ここで何しているの」
「私の部屋で何をしているの」と聞いてきた。「それはこっちの台詞なんだケド・・・」
「え・・・」彼女は周りを見わたし自分の部屋で無いことに気づいたらしい。
「なんでこんなところに・・・」彼女は不安げにつぶやいた。「とりあえず此処はおれの部屋だが・・・」と眉間をハンカチで押さえながらこたえ
段ボールを開け中から新しめのスウェット上下を出した。
「とりあえずそれでも着てくれ。目のやり場に困るから」
彼女はその言葉で自分が裸であることに気づいたのか「きゃっ」悲鳴を上げて
布団にうずくまった。「おれはリビングでキズの手当してるから落ち着いたらきてくれ」。
そう告げおれは寝室のドアを閉めリビングに向かった。おれはキズの手当を終えてお気に入りのワイルドターキーを飲み始めた
「なんなんだいったい・・・」おれは今の状況を考えた。
部屋に全裸の女がいた。しかもその女が何者か今は理解している。
彼女はモーニング娘。の「矢口真里」だ。疑問は数多く浮かんでくるが何一つ解決できない。
おれはこのままでは犯罪者になるかもしれない。冗談じゃない
彼女に嘘をつかれたらおしまいだ。何とか自分の無実を証明しなければ
いらつきが募る一方なので酒もうまくない。
おれはいったいどうなるのだろう。グラスに3杯目のワイルドターキーを入れはじめたとき
寝室のドアが開いた。彼女はぶかぶかのスウェットを着ていた。
その姿は非常におもしろく、また可愛くもあった。「落ち着いた?とりあえず座っていて」。おれはそう声をかけキッチンへむかう
そして普段自分では飲むことがない来客用のハーブティーをいれた。「まず何から聞こう・・・どうやって君はこの部屋に入ったんだ」
彼女は俯いたまま「・・・わからない」とつぶやいた。わからない?
「いつからいたんだ」「・・・・わからない」
「ここでなにがあったんだ」「・・・・・わからない」
うーん なんの回答も得られない。なにを聞けばいいのかわからん。
二人の間に沈黙が漂う「あの・・・」彼女が沈黙をやぶり話しかけてきた。
だがその言葉をおれは理解できなかった
「えっ ごめん。もう一度言ってくれる?」「あの・・・わたしは誰なんですか・・・・」
まったく予想もしていない言葉がでてきた。
「まさか記憶が・・・・」
「私さっきから思い出そうとしてました・・でもなにもでてこないんです」
「・・・・・・」おれは返答に困った。記憶喪失だなんて・・・・
彼女は俯きながら泣き始めた。・・・・見ていて可哀想になってくる。
少しでも彼女の不安を取り除いてあげよう。「おれは一応君の名前はしっているよ・・・」。
「えっ・・」。彼女は驚き顔を上げた。
「私はあなたの知り合いなの」。「いや違う・・・」。
「君の名前は、矢口真里だ。 モーニング娘。の矢口真里さんだよ」
「モーニング娘。・・・?」「そうアイドルグループのね」彼女は理解できていなさそうだ・・・
そりゃそうだろ自分がいきなりアイドルだったなんていわれたってわかるはずもない。「そうだあれをみれば・・・」おれはノートパソコンを取り出しネットにつなげた
そしてモーニング娘。の公式ページにアクセスする。「みて・・・これがきみだよ」。
彼女はパソコンに映る自分の画像を食い入るように見ている。
まるで無くした体の一部を探すかのように。
「私は矢口真里・・・」おれはパソコンを見ている彼女の顔を見ていた・・・やっぱしかわいいよなあ。
彼女は大人と子供どちらともいえない魅力をもっている。
それが絶妙なバランスで今の彼女を形成しているんだと思った。
やっぱし芸能人てかんじだなぁ そんな人が目の前にいる。ふと視線を下げると首にアザが出来ている。まるで犬の首輪のように。
それを見た瞬間、緊張感が全身をつつむ。もしかしたら彼女はこの部屋で・・・・・殺されそうになっていた?
彼女は自分に視線を向けられているに気づいたんだろうか顔を上げた。
視線がばっちりおれと合った。あわてて彼女から目をそらす。
「どう?少しは思い出すことがあった?」動揺を隠すように質問を投げかける。
彼女は寂しそうに首を横に振る。何とか力になってあげたい。単純にそう思った。
「とりあえず朝になったら事務所に連絡しよう。みんな心配しているだろうし」
「・・・です」
「え?」
「ごめんなさい・・・わたし戻りたくない」
「戻りたくないて何で・・・ 」
「わからない・・・でも戻りたくないんです」
まいったなぁ。でも彼女は涙目で訴えてきた
・・・・そんな目で見ないでくれよ。
「わかったよ・・・とりあえずこれだけは信じてくれ。 俺は犯人じゃない。
だからおれを信用して欲しい」
「・・・・・・はい。あなたが犯人じゃないことは薄々感じていました」
よかった。なんとか信用は得られたわけだ。
「ありがとう・・正直ドキドキもんだったんだよ。犯人だと思ってんじゃないかって」
「今わたしはあなたを信じるしかないから・・・それに親切にしてくれたし」
「まあ困ったときはお互い様ってやつだよ。」
「よかった。あなたがいいひとで」といって彼女は少し微笑んでくれた。ほんの少しだけ張りつめた空気がゆるみ、二人の間に安堵感が漂った。
「あの・・・そういえばあなたの名前まだ知らない」
「ん?あぁそうか・・・おれの名前は木島英慈(きじまえいじ)元サラリーマンだ」
「元?」
「今日付けで会社辞めたところなんだよ。だから元サラリーマンなんだ」
「そんな日に・・・ごめんなさい迷惑かけてしまって」
「いいからそんなこと。それより考えるべきことは山ほどあるんだ」俺達はこの後どうすべきかを話し合った。
彼女は事務所への連絡は拒否し続けた。
どうも恐怖を感じているらしい。なにかあったのか?
でもどうしても彼女のことを連絡しなければならないだろう。警察は・・・あまり信用できないしな・・・・。
彼女も警察はできれば行きたくないと言っていた。これは後回しだ。そしておれが一番気がかりなこと。記憶と体だ。
体は首以外怪我はしていないようだ。問題は記憶のほう。
記憶喪失は簡単に分けて2つの原因が考えられる。キズか心理的なものか。
脳の傷害による記憶の喪失の可能性もゼロじゃない。
これは医者に診てもらうしかないだろう。
「おれの知り合いに医者がいる。そいつに診てもらった方がいい」
「でも・・・」
「大丈夫。おれとそいつは腐れ縁なんだ。幼稚園からのね。一番信用できる医者だよ」
「・・・わかりました」
これは朝電話をいれておこう。あとは彼女の衣服の調達。いつまでもおれの服じゃいられないだろう。
どうみてもでかすぎるしな。彼女にサイズを紙にかいてもらおう。「さてとりあえずはそんなとこかな・・・」
「本当に迷惑ばっかりかけてすいません」
「きにすんなって。それに一番大変なのはきみのほうだしね・・・。
さてと、少しでも寝よう。朝からいそがしくなるしね」そして彼女には寝室で、おれはリビングのソファで寝ることにした。
習慣とは恐ろしい物できっちり七時に目が覚める。もう会社はいかないのにな。
昨夜のことが夢だったらなと思ったけど、眉間のキズが現実に戻した。
やっぱり夢じゃなかったんだ・・・。煙草をくわえ火をつける。
朝飯の用意しなくちゃな。冷蔵庫の中身は何もない。
彼女はまだ寝ているよな・・・ 今のうちにコンビニで買ってこよう。部屋に戻ってくると彼女が起きてきていた。
「あぁ、起きてたんだ。おはよう」
「あ・おはようございます」
「どう、少しは眠れた?朝食買ってきたから一緒に食べよう」朝飯はトーストとコーヒー。独身男性にとっての定番メニューてところか
「ごめんね朝飯パンで良かったかな」
「はい大丈夫です」
「それはよかった」朝食をたべながら軽い会話を交わしていく。
「それで・・・何か思いだしたことはあるかい」
「・・・いいえ」
「そうか・・・まぁ焦らない方がいい。きっと記憶がもどるよ。」
「はい」彼女はそういってすこし笑ってくれた。
強い子だな。明るく振る舞ってくれている。
たぶんおれが想像する以上に不安だろう。何とかしてあげたい。「今日とりあえず午前中は外にでてきます。病院は午後からになるだろうからね
だから矢口さんは部屋に居てもらうことになる。」
「はい」
「それで留守番をしてもらうんだけど、来客は全部無視してくれ。危ないからね
電話はおれがかけるとき以外はでないでくれ。
おれからかける時は三回コールして一回切る、そして再度かけ直すから」
「はい」
「あと、もし記憶が戻った時や、ここにいたくなかったら」
おれは合い鍵と三万円を渡した
「それをつかってくれ。合い鍵は郵便受けにいれておいて」
彼女は複雑そうな顔をしてうなずいた。
「まぁあとは好きにすごしてくれればいいよ。といっても何もないけどね(笑)
まだ引っ越しの荷物もそのままだし」おれは朝食を終え、電話をかける。幼稚園からの腐れ縁の平野一紀だ。
「・・・・もしもし、一紀か」
(なんだよ英慈か。ひさしぶりだな元気か)
「あぁ。」
(どうした。なんか用事か、もう出なきゃいけないんだよ)
「じつはお前に頼みがある。」
(何だよあらたまって。)
「ちょっと問題が起きてな」
(・・・どうゆうことだ)
「訳はちょっといえないんだ。力になってほしい」
(まるで犯罪者みたいだな。・・・・こまってるのか)
「あぁ。それに非常にデリケートな問題だ。だからお前に頼みたい」
(・・・・・わかった。昼にもう一度連絡してくれ。)
「すまない」「とりあえず病院はまたあとで時間をきめることになる。まあ午後からだろうね。」
「すいません」
「謝らないでいいよ。昨日から謝ってばっかりだよ(笑)」
「ごめんなさい・・・・・あ」彼女と顔を見合わせて笑った。
「そう笑ってよ。女の子は笑ってなんぼだよ」
「はい」時計が十時を指す頃、おれは家をでた。
向かう先は前の会社だ。昨日退社したのにまた行くことになるとは思わなかった。会社につき受付へ向かい、受付嬢の子に声をかける。
「よう」
「あれ木島さん。どうしたんですか」
「じつは頼みたいことがあるんだよ。頼まれてくれないかな」
「えーなんですか。もしかしてナンパしにきたんですか」
「なんでよ(笑)。おれがそんな奴に見える?」
「見える」
「・・・・まあなんでもいいや。昼にでも時間とれないかな」
「いいですよ。」
「じゃあ昼飯おごるよ。あの喫茶店でいい?」
「はい」
「じゃ昼に店にいるから」そう会話を交わしそそくさと会社を出る。おれは受付の女の子(鈴木早苗)を待つ間公園のベンチで考えを巡らせていた。
引っかかるのは彼女が事務所の連絡を拒否し続けること。
短絡的に考えれば彼女を襲った人間が事務所にいるんじゃないかと言うのが一つ。
でも彼女は芸能人だ。当然ストーカーって線も考えられる。
熱狂的なファンは多いんだろうな。俺はフーリガンを思い浮かべた。警察へ連絡すべきだろうがそうすると必ず事務所に連絡が行くだろう。
事務的にしか行動しないからな。
警察は事件が起きないと行動を起こさない。ことが起きてからじゃ遅い。
彼女は一度殺されかけてる。次は死んでいるかもしれない。
あのときも・・・・・思い出したくないな。やっぱりすべておれ一人で解決するのは無理だ。
誰か一人でも味方につけたい。彼女のことをよく知り信用がおける人物。真っ先に思いついたのはモーニング娘。のメンバーたち。
でも人数が多すぎてだれが信用できるかわからん。
おれの知識は顔と名前が一致するぐらいしかない。
それに接触する術がない。・・・これはパスするしかない。
あとは・・・プロデューサーのつんくか・・・・。
うーん・・・顔からして胡散臭いんだよなぁ。・・・・パス。あとは誰かいるか?・・・・思いつかん。頭から煙がでそうだ。
ふと気づくと十一時五十分になっていた。急いで喫茶店へ向かう。
喫茶店にはいると鈴木早苗は注文をしているところだった。
「悪いね、遅くなった」
「いえ、私も今来たところですよ」おれはウェイターにコーヒーと継げ、席についた。
「それで頼みたいことって何ですか」
ここでおれはウソの交渉を早苗とはじめた。
「あぁ・・実はね、昨日の夜に親戚の子が家に来たんだ
どうも家出してきたらしいんだよ」
「はぁ」
「どうも相当やり合ったらしくてね。家に帰ろうとしないんだよ
そこで家でしばらく預かることになったんだ」
「・・・・それで?」
「おれとしてもいつまでも家にいられても困るしね。
そこで機嫌をとるためにプレゼントで気を引こうと思ったわけだ。
機嫌とって言いくるめりゃなんとか帰るでしょ?」
「つまり私にプレゼントを選んでくれってこと?」
「そうゆうこと」
「いいですよ」やった。おれは早苗に洋服と靴を選んでもらうようにお願いした。
早苗は「わたしにも買ってー」と戯けて言ってきたが軽くかわしておく。
上下2ポーズずつ選んでもらった。うん、早苗にたのんで正解だったな。
靴はスニーカーにしてもらった。やっぱり動きやすい格好がいいだろう。「ありがとう助かったよ。早苗ちゃんに頼んで正解だったな」
「いいですよこれぐらいのことなら。昼食代も浮いたしね。
また今度食事にでも誘ってくださいよ」
「わかった。約束するよ」よし、うまくいったな。早苗と別れた後、公園のベンチに荷物を置き時計を見る。
十二時五十分か・・・・。一紀に電話しなきゃ「・・・もしもし一紀か」
(おう英慈か。それで朝の続きだ。何があった)
「おれ自身に問題があるわけじゃないんだ。おまえにある患者を診てもらいたい」
(・・・・・。)
「頼むよ。お前にしか頼めないことなんだ」
(おまえがそんなこと言うなんてな。・・・・わかったよ)
「なるべく人目に付きたくない。なんとかなるか?」
(難しい注文だな・・・八時以降ならなんとかしよう)
「すまない。迷惑かけるな」
(気にすんな。おれとお前の仲だ。じゃあ八時に病院に来てくれ)
「わかった」マンションの前に着き、おれは自分の部屋に電話をいれる。
三回コールをしていったん切り、再度かけなおす。
八回コールしたときに電話がつながった。
(・・・もしもし)
「あっ・・・英慈です。いまから部屋に戻りますから」
(はい。わかりました)「・・・ただいま」
「お帰りなさい」
・・・・なんか変な感じだ。ちょっと照れるなぁ。部屋のなかに入ると、彼女は荷物をかたづけていた。
「あぁそんなことしなくてもいいのに」
「いえ・・・なんかやってないと落ち着かなくって」
「なんかわるいなぁ・・・・あぁ服買ってきたから着てみてよ」
彼女に買ってきた服を渡す。
「すみません。なにから何まで」
「気にしないでよ。それより服きてみてよ、一応前の会社の子に選んでもらったんだ」彼女にバスルームで着替えてもらっている間にテレビをつける。
丁度ワイドショーのオープニングが写し出された。
トップニュースでもしかしたら彼女が行方不明の報道をしているかも・・・。
が、政治家が病院に緊急入院したのがトップニュースだった。くそ・・・。くだらないニュースだ。
そのニュースを見ていると彼女は着替え終えて出てきた。
「おぉ似合うじゃん。サイズはどう?」
「えぇ大丈夫ですよ」彼女は嬉しそうに笑ってくれた。「ちょっと下着までは無理だったけどまぁそれは後にしよう。
それより昼食はまだだよね?ちょっと近くに食べに行こうか」
「はい」
おれは彼女にニット帽を渡した。金髪は目立つから隠してもらう。おれ達はパスタ専門店「インディゴ・ブルー」へ。
丁度昼休みも終わった平日だけあって人は三人しかいない。
おれ達は奥の席に着き、メニューを彼女に渡す。「英慈君。ひさしぶりだね」マスターは微笑みながら水を持ってきた。
「お久しぶりです。相変わらず人いないねぇ」
「相変わらずキツいこと言うなぁ。・・・あれ、今日は仕事じゃないの」
「あぁ・・・会社辞めたんですよ」
「なんでまた・・・」
「まぁ色々あったしね・・・そうだバイトで雇ってくんない?」
「無理。だって見ての通りウチはヒマだからね(笑)」
さっきの皮肉を見事に切り返してきた。マスターはおれが話したくないのを
理解してくれたんだろう。「・・・ところで、英慈君お連れの方は彼女かい?」
・・・マスターそっちもまずい(泣)
(すいませーん。お勘定)。おれにはその声を出したおばさんが天使にみえた。
「ほらマスター此処で油売ってないで仕事しなよ」
「・・・あぁ。ゆっくりしていってね」
マスターは最高の笑顔で声をかけ、レジに向かった。
・・・なんかいろいろ気をつけないとやばいな「ふぅ。ちょっとどきどきしたねぇ」
「なんかちょっと犯罪者気分ですね(笑)」
「なんでそんなに落ち着いてるのよ。おれなんかびびりまくってるのに」
「だってべつに悪いことしたわけじゃないんですよ。私たち」
「・・・たしかに」
「それに木島さんがドギマギしていたらよけいに怪しまれますよ」
「・・・・・そうだね。ちょっと気を遣いすぎてたのかもしれないね」
「そう。普通にしてましょうよ」
彼女の言葉で少し救われた気がした。うーん女は度胸って奴か?「何食べる?一応此処はパスタだけはうまいからね」
「へぇ。よく来るんですか?」
「あぁ、学生時代にねバイトしてたんだよ。おかげでパスタは得意料理。」
「えー。料理出来るんですか?」
「まあね。今でも晩飯は自分で作ってるよ」
「意外ですね。」
「そう?料理は結構好きだからね。
そこら辺の主婦には負けないくらいレパートリーはあるよ」
「すごい。格好いいですね男の人が料理上手なのって」
「ははは。そんなもんかねぇ」おれはペスカトーレ、彼女はボンゴレ・ロッソを注文した。
手早く調理され彩りよく皿に盛られたパスタが目の前に並ぶ。「いただきます。・・・・ん。おいしい!」
「ホント?よかった」
「木島さんもこんなパスタ作れるんですか?」
「この店のメニューはほとんどつくれるよ。割と簡単だしね」
「そうなんですか」
「そのボンゴレ・ロッソなら2・30分でつくれるよ」
「へぇ。すごいなー、矢口あんまし料理できないから
こんど教えてくださいよ」
「うーん。機会があったらね」なごやかに会話は弾み、おれは久しぶりに楽しい昼食を過ごしている。
昨日までと180度違う、仕事に追われていない生活。
正直こんな些細なことで喜びを感じている自分がいる。
でも本当なら一人で過ごしていたんだろうな。おれ一人だったらどうしてたんだろう?
まぁいいや、束の間の幸せに今は浸っていよう。
明日にはまた一人になるんだろうから・・・・。食事を終え、食後の飲物を飲みながら彼女にこれからのことを話した。
「矢口さん。ちょっとこれからのことを話しておきたい」
「はい?」
「今日これから病院に行くことになってるよね。そこに入院してもらおうと思う」
「え?」
「君は記憶が無い状態だし、脳に異常がある可能性もある。
勿論異常が見つかったら強制入院だ。でも全く異常が無くても入院してもらいたい」
「・・・なんでですか?」
「君をおれの部屋に連れ込んだ奴がいる可能性がある以上、おれの部屋は危険だ。
相手は合い鍵もしくは、ピッキングで侵入したんだろう。
そうなると君の居場所が相手にモロバレだ」
「・・・・・」
「それにね、いつまでもこんな知らない男の部屋にいるのも嫌でしょ?」
彼女は蚊の泣くような声で「・・・・そんなことないです」とつぶやいた。
「うーん、でもねやっぱし家はまずいよ。かといってほかに頼れる所がないんだよ。
だから少しの間は入院という形で病院にいてもらいたいんだ」彼女は俯いて黙っていた。ちょっと一方的な言い分だったかな。
でもこれは仕方がないことなんだ。今のおれにはこれしか方法が浮かばなかった。「「・・・木島さんは、やっぱり私が居ると迷惑ですか?」
「・・・いや、そんなことはないよ。でもおれは何も出来ないから。
ちょっと強引な方法だけど今おれに出来る最良の方法がこれなんだ」
「・・・・・わかりました」彼女は渋々承知してくれた。ちょっと寂しそうな顔をしている。
正直そんな顔は見たくない。
・・・くそ。いつまでたってもおれは役立たずなままだ。自分の無力さにいつまでも悔いている場合じゃない。
時計を見ると二時十七分。買い物する時間は十分にあるな。
そろそろ店を出よう、この気まずい雰囲気もオサラバしたい。「さて、それじゃあ必要な物を買いに行こうか。」
「・・・・・」彼女はぼーと下を向いている。聞こえていないのか?
「矢口さん、聞こえてる?」
まったく反応がない。あれ?
「もしもーし」肩を軽く叩いてみる。
「えっ、あれ?」ハッと気付き顔を上げた。
「どうしたの?なんかぼーっとしてたけど」
「・・・いえ。なんでもないです」
「ま、いいや。それよりも買い物にいこう。
まだ時間はあるし、ゆっくり見て回れるからね」
「・・・・はい」彼女はまた俯いてしまった。「暗いなー。もっと気軽に考えていいと思うよ、ホテルに泊まるみたいにさ。
べつに病気じゃないんだし、ちょっとした休養だと思って気楽に考えたら?」
「・・・・・」
「大丈夫だよ。べつに改造人間にされるわけじゃないんだから。
記憶が戻るまでの辛抱だ、べつにずっと病院にいろって訳じゃないんだし。」
「・・・・そうですけど、私迷惑ばっかりかけてますよね。
記憶も無いし、全部木島さんに負担ばかりかけてる。」
「なーんだ、そんなこと気にしてるの?いいんだよ、おれプータローだよ。
時間は腐るほどある。金も気にすることはないさ」「でも」
「いいから。おれは目の前の困っている人を見捨てるほど、薄情者じゃない。
それに親父の口癖なんだ。女の人と飯をくれた人には最高の奉仕をしろってね」
「はぁ」彼女は少し不思議そうな顔で相づちをうつ。
「ま、これは木島家の家訓に従ってるとでも思ってくれよ。
そうすれば少しは気が楽になるでしょ?そうしなきゃ先祖に恨まれっちまうんだ。
だからおれの為にしょうがなくつき合ってやってるとでも思ってくれ」
「しょうがなく?」
「そう、おれの枕元に先祖が恨んで出てこないように。おれを救ってくれよ」
おれは少しオーバーに祈るような仕草をとり、彼女に悲願の目を向ける。彼女は少し笑みを浮かべ、
「わかりました。木島さんを助けるためですもんね、じゃあお言葉に甘えますよ」
「ありがと。これで夜も安眠できるよ」
彼女も少しは納得してくれたのかな?ちょっと笑顔もみせてくれた。・・・・ふぅ、よかった。少しギャグっぽくなったが、彼女はそれで納得してくれた。
ウソも方便とはよくいったもんだ。
実際の親父は絶対そんなこと思っていない人だった。
おふくろには一切優しさを見せた姿を一度も見たことがなかったし、
時には暴力をふるい、いつも罵詈雑言を浴びせ続けた記憶しかおれには無い。
おれはそんな親父が大嫌いだった。
こいつの血を受け継いでいるなんて考えるのも反吐が出るくらい嫌だった。
だからおれはフェミニストなのかもしれない。
親父に反抗していた過去がそうさせたんだろうか。もう今となってはどうでもいいことだ。おれ達は店を出て、ショッピングモールに車を走らせる。
「あの、入院に必要な物ってなんですか?」彼女に言われてちょっと考えを巡らしてみる。
うーん、よく考えたらおれも入院したことってないんだよなぁ。
「まぁ普通に考えればパジャマ、洗面用具、下着、それから・・・女性なら化粧品かな」
「それなら近場のデパートみたいな所でもいいんじゃないですか」
「まぁ時間もあるし、ちょっと欲しい物もあるからさ。ちょっとつき合ってね」
「はいもちろん」彼女は楽しそうな声を返してくれた。ショッピングモールについたおれ達は、色々な店を回り買い物を済ませていく。
矢口さんも楽しそうに物を選んでいる。彼女が嬉しそうにしている表情はすごくいいな。
カメラがあったら納めたいなと思うようないい表情をする。
やっぱりかわいいよな。人気があるのもうなずける。ほとんどの買い物が済み、後は下着だけか・・・。
「さすがに下着売り場までは一緒にいけんな・・・いきたいけど」
「えー。それはちょっと恥ずかしいですよ」
彼女は顔を少し赤らめる。うーんわかりやすいリアクションだな。
「そっか、残念だけど店の外で待ってるよ。あっそれからお金だけど・・・」
おれは財布から5万抜き彼女に渡した。
「それ使ってね。まぁ足りると思うけど」彼女が店に入っていくのを見届け、おれは携帯でニュースにアクセスしてみる。
どうしても彼女のことが気になるのだ。芸能ニュースか、事件ででてないかな。
・・・・しかしなにもそれらしき記述は見つからなかった。
おかしいな?もしかして今日はオフだったのかな。いや、まだ捜査依頼されてないだけか?
何だろう?妙な胸騒ぎがする。
おれはとんでもないことに巻き込まれているんじゃないか?
いや、もう充分とんでもないんだけどまだ先に闇が広がってる感じがする。・・・・・いかんな。どうもネガティブな考えが頭をもたげる。
ちょっと気分を変える為に煙草を吸う。ゆっくりと煙を燻らし、気持ちを落ち着かせる。
とにかく今しなければならないことは、彼女の身の安全を確保する事。そして、
彼女をもとの生活に戻すことだ。
身の安全は病院という方法で大丈夫だろう。しかし問題はどうやって彼女をモーニング娘。に返してあげるかだ。
しかし結局は昼に考えていたことを反芻しているだけだった。あまりに状況が悪すぎる。イライラしながら煙草を携帯灰皿に押しつけた時、彼女が店から出てきた。
「どうもお待たせしました」
「どう、いいもの買えた?セクシー系のすごいやつ」
「そんなの買わないですよー。木島さんそれ、オッサンのセクハラですよ」
「うっ・・・・。すいませんねぇオッサンだもんで」
「いや、あの、そういう意味じゃなくって・・・」
「ま、ちょっと調子に乗りすぎたかな。でもたしかにオッサンのセクハラだよな」
「キャハハハ。自覚あんのかよ」
「おれも若く無いしなぁ。もうちょっとヤングのハートをつかまければ」
「ヤングって(笑)。・・・ところで木島さんはいくつなんですか?」
「・・・・・29歳」
「えー。本当ですか?28歳にしか見えないですよ」
「1歳だけかよ」
「キャハハハハ」
うーむ笑いの基本は心得ているらしい。でまだまだ甘いな。
ま、そんなこたあどうだっていいんだけどね。「さて、ここで漫才やってても仕方がない。えーと必要な物はもう全部あるよね」
「はい。これで全部だと思います」
「それじゃおれの買い物につき合ってくれ。ここからすぐなんだ」
「勿論いいですよ」
「それじゃ行こうか」おれは歩いてすぐのビルの地下1階にある「ネクロマンス」に向かう。
その店の扉はH・Rギーガーの絵のような禍々しい造りで、
ある種独特な雰囲気を漂わせている。
まるで「機械に取り込まれた人間」のような女性の顔が店を守るかのように
扉の中央に配置してあり、周りは肋骨とバーコードの融合したものと、
男性性器がシリンダーの融合したものが周りを無機質に彩っている。「・・あのホントに此処に入るんですか?」
彼女もこの雰囲気に危機感を感じるようだ。
「ん?あぁちょっと変わった店だけど、別に変なところじゃないよ」
「・・・・ものすごくアヤシイんですけど」
「そう?まぁ初めて来る人はそうかもね。でも大丈夫、普通の店と変わらないよ」
おれ達は重々しい扉を開け、店の中に入っていく。店の中は壁から天井すべての面が赤く塗られている。
そして店の中は人体模型や、蝶々の標本や牛の骸骨のレプリカ等が飾っている。
そうこの店はゴシック調な趣でその手のマニア御用達の有名店だったりする。
でも敷居が高くなく、初心者でも普通に見られるようになっている。
店長も聞けばなんでも丁重に答えてくれるので雰囲気も悪くなく安心だ。
ここは無意味に暗い店では無いのだ。興味があったら覗いて見てもらいたいぐらいだ。「うわー。映画のセットみたいですね」彼女は目を丸くして驚いている。
「そうでしょ。結構格好いい店じゃない?」
「いやーこんな店初めて来ましたよ」彼女はカルチャーショックをうけているのかな。
「おれは此処の常連さんでね。まっ色々と協力したり・・・」
「あら、英慈君ようこそ。」
彼女と会話している最中に店主の伊園磨知(いそのまち)に声をかけられた。
黒いスーツに身を包んだ彼女は、相変わらず妖しい色気を漂わせている。
磨知さんはこの業界ではかなりの有名人で、ファンも多く彼女に惹かれて来る人も多い。
そういうおれもその一人だった。
いつ見ても若々しくて格好いい。・・・・・とても四十歳前には見えない。「どうも。相変わらず繁盛してますか」
「うーん、この不況だからねぇ。まぁ、君のTシャツは売れてるけどね」
「Tシャツ?」矢口さんは思わず聞いてしまったのかあっと口を押さえる格好をした。
「あらー、英慈君の彼女?可愛い子ねえ。
そうよ、彼がねデザインしたシャツがあるのよ。そこに飾ってあるのがそうよ」
磨知さんが指さした先には戸棚があり、俺のデザインした
Tシャツが陳列してあった。そのシャツは黒のシャツで、左胸には髑髏に注射器のクロスが合わさった絵が
描かれている白のガーゼが安全ピンで止まっている。
このブランド「スワンプテロリスト」のシンボルマークとしておれが書いた絵だ。
そして背中には白いマネキンの首で、頭は切開して脳が剥きだしになっており、
その脳には無数のチューブが差し込まれたデザインの写真をプリントしてある。
よく見ると結構エグいデザインではあるが、どことなくポップでもある。「これを木島さんが?」矢口さんはシャツを手に取り、おれを見た。
「あぁそうだよ。おれの作品ってやつかな」
「木島さん何やってる人なんですか」
「おれ?元サラリーマンのプータロー」
「いやそうじゃなくって」矢口さんは困惑しているらしい。
まあそれもそうか。普通の人がデザインするような物じゃないからな。
「うーん、芸術家気取りのホラーマニアかしらねぇ」磨知さんがかわりに説明してくれた。
「ひでえ言い方だな。・・・・ま、その通りかもね」
「あら?最上級のほめ言葉だったんだけど気に入らなかったかしら」
「いえ、返す言葉もございません。おれはこの人には逆らえないんだよな。おれは矢口さんに誤解されないように説明を始めた。
「芸術って言うのはあれだけどね。こういうのをデザインしたりしてただけだよ」
「いやー、こういうの初めて見たから」
「まぁ昔に取った写真をシャツにプリントしてあるだけだよ。今はやってないんだ。
磨知さんが家に来たときに持っていった写真の内の一枚だよ」
「今やってないってことは、これをいつ作ったんですか」
「・・・・たしか高校2年か3年のときだったかな」
「えー、すごい。でも変な高校生ですね」
う・・・痛いところつくなぁ。軽くへこんだところで此処へ来た訳を思い出す。
「あぁいけね。ここに来た用事を済まさないと。磨知さん、アレ出来てる?」
「出来てるわよ、いつ取りに来るのかと思ってたわ」
そういって磨知さんは店の奥から小さな箱を持ってきてくれた。その箱は黒いジュエルBOXで、上にはスワンプテロリストのマークがクロームで作られ
ており、けっして結婚指輪なんか入れないようなデザインだ。
箱を開けると二つのシルバーリングが納められていた。
一つはケルトをメインモチーフに周りにユリを施し、ゴシック調にまとめたデザイン。
もう一つはフローラルが全体に彫り込まれ、中央のユリが強調されている優美な作品。「おぉ格好いい」おれはその二つを手に取りちょっと興奮していた。
「どう、注文どうりに出来てるかしら?」
「うん文句なしだよ。おれが書いたデザイン画より数倍いいね」
「大変だったのよ、細かい模様で複雑なんだから。職人が嫌がってしょうがなかったわ」
「でもコレ製品化するんでしょ?」
「まぁね、でも受注生産だけだわ。それだけの価値はあると思うけどね」おれは嬉しさを噛みしめながらリングを見続けていた。
「格好いいですね」矢口さんも横から見ている。
「うん、こうやって形になると全然別の良さがあるよ。あっちょっと着けてみてよ」
そういっておれは矢口さんの手を取り指にリングをはめる。
さすがにサイズはあわないが女の子の手についた感じが見たかった。
彼女の手のひらはちっちゃくってリングが大きく見えるが違和感はあまりない。「うーん、ゴシック調のはちょっとゴツすぎるかな。フローラルはまだいいね、
女の子が着けていても大丈夫そうだ」
「そうですね、私もこっちはカワイイと思います」
「本当に?へぇー、おれデザインしてる時に人のこと考えてないからよくわかんないけど」
「うん。これなら買ってもいいかなって思いますもん」
「マジで!?嬉しいな、人に自分の物が誉められると」
「あら、わたしも誉めたんだけどそんなに喜ばなかったじゃない」
磨知さんが不機嫌そうな顔しておれを睨んでいる。
「そりゃ違いますよ。磨知さんとはビジネスでの話、こっちは初見の人の声ですから。
やっぱり全く知らない人が欲しいって言ってくれるのが一番じゃないですか」
「・・・そうねぇ、なんか上手くかわされた気がするけど確かにそうだわ」
磨知さんも機嫌を直してくれたのか笑顔を見せてくれた。「これ持っていっていいんでしょ?」
「まぁ設計図は出来てるから構わないけど」
「それじゃ着けて帰るよ」
磨知さんは無言で手のひらを出す。
「なんですかその手は。えー、まさか金取るの!?」
「冗談よ。最初からプレゼントする気だったわ」
磨知さんは手をヒラヒラさせて戯けてみせる。びっくりさせないでくれよ
「それじゃぁ遠慮なく。それと彼女の分を注文をしようかな。」
「え?」矢口さんは驚いておれの顔を見る。
「なるほど、彼女へのプレゼントね。いいわよ安くしとくわ」
「そんな。悪いですよ」矢口さんは遠慮して断ろうとしている。
「いいの、さっき欲しいって言ったじゃん」
「そうよ、もらえる物はしっかり貰っておきなさい」
「でも・・・・やっぱり悪いですよ」
「いまさら遠慮しなさんなって」矢口さんはいまいち納得してなさそうだったけど、もう強引に決定し予約を入れてしまう。
その横で磨知さんは彼女の指のサイズを取っている。
おれはその光景を横目で見ながら、磨知さんに話しかける。
それはおれが決意しているもっとも辛いこと、でも言わなければいけない。
個人的には継げずに済ませるのが一番ラクなのだが。「磨知さん。おれ、デザインの仕事これで終わりにしようと思ってるんだ」
「なんで?ようやく半年ぶりの新作だったじゃない。みんな楽しみにしてたのよ」
「・・・・・そう言ってもらえるのはありがたいんだけどね。
ちょっと全てについてリセットしたいんだ。今はまだちょっとゴタゴタしてるけど、
それが終わったらゆっくりと考えてみたい」
「リセットってなにするの?」
「具体的には何もないんだけどね。とにかく今は全てから離れていたいんだ」
「やっぱり千鶴子ちゃんのこと?」
「・・・うん、それと親父のことともね。」
「・・・・・」
「身勝手なのはよく分かってる。でもそうしないとおれが壊れちゃいそうなんだよ」
「・・・なるほどね。でもデザインを辞めるのは許さないわよ」
「え?」
「いいのよ、いつまでも待ってあげるから。だってその指輪だって半年待ったのよ。
私は気が長いの。」
「磨知さん」
「いつでも戻ってらっしゃい。私が生きてる間ならいつでもいいから」おれは嬉しくて言葉が出なかった。ただただ頭を下げるしかできなかった。
そんなおれを優しく抱きしめ頭をポンポンと叩いてくれる。
やっぱりおれはこの人に頭が上がらない。いつでもおれを包んでくれるそういう人だ。
思わず泣きそうになったけど我慢して離れる。「それじゃ一週間もあれば出来るけど、どうする?」
「おれが取りに来ますよ。もう一回磨知さんに会う口実が欲しいから」
「それじゃ出来たら連絡いれるわ。彼女もまた来てね」
「それじゃまた」おれ達は磨知さんと別れ、店を後にする。ネクロマンスを離れて時計を見る。時刻は5時47分、ちょっと半端な時間だ。
「ちょっと中途半端な時間だな、病院にはここから20分もあれば行けるし。
ちょっと一服しようか」
そうして俺達は近くにあった喫茶店に入った。
おれはウーロン茶、彼女はオレンジジュースを注文し席につく。
見ると矢口さんはなにか暗い表情をしている。「どうしたの、疲れた?」
「いえ。そんなこと無いですよ」
「ホントに?なんか思い詰めた ような顔してるから」
「・・・・・あの、私ものすごく迷惑かけてるから」
「え、またそんなこと考えてるの?結構気にしいなんだね」
「でも、さっきの話聞いてたら・・・」
「あぁ、リセットのことか。それは別にいいんだよ、昨日今日の話じゃ無いんだから。
それにこんな言い方は不謹慎だけど、ちょっと今の状態をありがたく思っているんだ」
「どういうことですか?」「確かにおれは全てをリセットをしたいと思っているよ。
でもそれは社会から完全に離れることになる。
そして辛い現実と向き合わないといけない。
心のどこかで逃げ出したい自分がいるんだ。
でも矢口さん、君のおかげで少しでもその時が延びたのに感謝している自分も居るんだよ」
「・・・・・」
「だからおれは感謝ことはあっても、迷惑だなんてホントに思っちゃいない。
何の因果か分からないけどこうやって矢口さんとも知り合えたし、
それに木島家の家訓もあることだしね(笑)」
矢口さんはちょっと複雑そうな顔をしている。
そりゃそうだろうな。自分が迷惑をかけている事実はあるわけだし、
でもその相手に感謝されたんじゃどうしていいか分からないだろう。「とにかく、今一番大事なことは君の記憶のことだよ。
君が記憶を取り戻して元の生活に戻すことが、おれに出来る唯一のことだし。
・・・・ところで何か思いだしたことは無い?」
「スミマセン何もないです」
「そっか、まぁゆっくりと行こうよ。焦ってみても始まらないだろうし」
「そうなんですけど・・・・やっぱり何とかしたいと思うから焦ってしまいます」
「うーん、おれが記憶無くしたことないから何もアドバイス出来ないけれど、
焦っていいことは無いと思うんだ。だから慌てないでいようよ」
「・・・はい」彼女は悔しそうに下唇を噛んでいる。
どうしても彼女に悲しそうな顔をさせてしまってるな。なんとか明るい顔をして欲しい。何とかこの状態を変えたい。
おれは頭をフル回転させてみる。そしてひとつだけ思い出した「そうだ、思い出と記憶の違いって知ってる?」
「えっ・・・・そうですねぇ。思い出は良いことだけ、記憶は嫌なことばっかりかな」
「そんなことはないよ。嫌な思い出もあるし、楽しい記憶もあるでしょ?」
「あぁそっか」「あのね、思い出は全部記憶しているけど、記憶は全部は思い出せないんだ」
「はぁ・・・・なるほど」
「おもしろい話じゃない?どっちも同じ記憶なのに意味が変わってきてしまうんだ」
「へぇー。考えたこともなかったです。頭いいんですね」
「まぁね。って言いたいところだけど本の受け入りだよ」
「ふーん・・・私は本なんて読んでたのかなぁ。なんか余り頭良さそうじゃないなぁ」
「ははは、それは年輪の差だよ。まだ君は勉強出来る年齢だろ?
これからもっと学ぶことがたくさんあるさ。それに本当はおれの知らないことを
知ってるはずだしね」
「そうだといいんですけど」「でもこれではっきりしたよ。君は記憶を無くしているんじゃないってことが」
「え!?どうしてですか?」
「だってこうやって会話出来るってことは、ちゃんと記憶があるってことでしょ?」
「?」「つまり本当に記憶が無ければ言葉でさえも理解出来ないってことだろうからね。
だから記憶はちゃんと存在している。君が取り戻すのは思い出のほうだよ」
「あ、・・・そうか」
彼女は納得したのかさっきまでの険しい顔がなくなり、普通の矢口さんに戻った。「おれさぁ、昨日の夜から今までちょっと気が重かったんだ。
でもさっき話したみたいに、思い出を取り戻すって考えたら少し気が楽になったよ」
「何でですか?」矢口さんは不思議そうな顔をしている。
「なんかさぁ記憶喪失って考えると、推理小説とか火曜サスペンスみたいな
暗い・重いイメージが出来ちゃってさ、なんか妙に重圧を感じる言葉なんだよね。
でも思い出を取り戻すって言葉だとさ宮崎駿のアニメみたいじゃん」
「えーっそうですか?」
「うん、スタジオジブリ最新作『彼女のおもひで』って創りそうじゃん」
「あー、なんかありそうな気がする」
「でしょ。今年の夏一番の話題作、全国の人が感動に包まれた。
あなた思い出はありますか?みたいな」
「うんうん」
「興行収入記録更新、なんとか賞も受賞。千と千尋を越えたって感じで」
「うわ、なんか見たくなりますね」
「ね?こうすると『思い出』って柔らかい言葉な感じするでしょ」「うん、確かにそうですね。じゃあ『記憶』だとどうなります?」
「うーん・・・そうだなぁ。D・フィンチャー最新作
失われた記憶に隠された驚愕の真実。彼女の記憶を取り戻せるのか?
結末は誰にも解らない。衝撃のサイコホラーが日本中の常識を破壊する。
セブンを超える問題作ついに日本公開って感じかな」
「なるほど。ちょっと重い感じがしますね」
「でしょ」
「でもなんかそれはそれで見てみたいですけど」
「おれもこっちを見に行きたいな・・・ってダメじゃん。興味持たせてどうすんだよ」
「キャハハハハハ」「あれ、どこで間違ったんだろう?こんな展開になるとは思わなかった」
「だって変なたとえ話するんだもん」
「そっか、D・フィンチャーはまずかったな」
「いや、そうじゃなくって」こんなとりとめのない話によって彼女にも笑顔が戻る。
その後もなんか意味のない会話を続けていく。
なんか自分の予想どうりの展開じゃなかったけど、結果オーライかな。結局なんだかんだで1時間30ほど時間が経過していた。
俺達は喫茶店を後にして駐車場へ向かって歩き出した。
その間も意味はない会話は続いていく。
良かった、また病院に行くのを拒否されたらどうしようかと思っていたけど、
そんなことを言い出さないのはありがたい。そういえば此処まで一緒に居たから分かったが、彼女は感情の起伏が激しい。
ちょっと情緒不安定なのかな?それは記憶がなくなった為なのかはわからない。
でも本当の彼女はどんな子なんだろうか?
ちょっと興味あるな。
頭の片隅でこんなことを考えながら、彼女と会話を続けながら歩いていた。すると彼女は突然、歩くのをやめて立ち止まった。
「矢口さん?どうしたの」
「・・・し・・げ・・る・・・?」「え?」
彼女はある一点を見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。
しげる?もしかして知り合いか?
もしかして今すれ違った人の中に、その『しげる』という人物がいたのか?
おれはすぐに振り返り通り過ぎた人波を見たが、当然分かるわけがない。
すぐに接触しなければ!もしかしたら協力してくれるかもしれない。「矢口さん・・・誰か知っている人がいたの?」
でも彼女はある一点を見つめたままだ。
「矢口さん!」おれは彼女の方を掴み、揺さぶってみる。「・・・え?木島さん、どうしたんですか?」
「いま、『しげる』って言ったでしょ。知り合いでもいたの?」
「・・・いいえ、違うんです」違うだって?どういうことだ?どう考えても人の名前を言ったのに。
「あれ・・・アレを見たら『しげる』って言葉が頭に浮かんできたんです」「・・・はぁ?」
彼女が指を指した先を見て、おれは困惑した。
なぜならそこにはでかい熊のぬいぐるみが、こっちを見て笑っていたから。「・・・・・」
おれは全く理解できなかった。なんでぬいぐるみ?しかも『しげる』?
「・・・・ねぇホントにコレ見て言ったの?」
「はい・・・この子見たらパッと浮かんできたんです」
「なんだろう?・・・それ以外に思い出したことは?」
「・・・・・いえ、何にもないです」なんじゃそりゃ、初めて戻った記憶がぬいぐるみに対してだって?
『しげる』って何者なんだよ。
おれはいつもの癖で独り言をつぶやき始めていた。「誰だろう?父親、兄弟、男友達、彼氏・・・・」
「あのー・・・木島さん?」
「待てよ、男とは限らないよな。室井滋もいるし・・・」
おれは『しげる』について、想像を膨らましていた。
おれにとってその名前は、闇の中で見つけた一筋の光だと思ったから。「もしもーし、木島さーん」
彼女が上着の裾を引っ張って俺の方を不思議そうに見ていた。
いかんいかん、探偵にでもなったつもりかよ。
素人の考えなんてたかがしれてる。「おっと、ゴメンね。ちょっと気になったもんだからさ・・・」
「急にブツブツしゃべり出したから、どうしたのかと思いましたよ」
「あぁ、昔からね深く考え始めると独り言を始めるみたいなんだよ」
「みたい?」
「うん、おれはそんなことないと思ってたんだけどさ。どうもそうらしくって」
「あぁ、無意識なんですか」
「そうなんだよね、自分では分かんないんだよなぁ」おれは照れ隠しにおでこを掻きながら苦笑した。
「でもクセなんてそんなものですよ」
おれはそうかもねって答え、煙草に火をつける。
一回ここで落ち着こう。おれが焦ってどうする?着実にいこう。「まぁ何にせよ良かったよ。
記憶・・・いや思い出が戻る可能性があるってことが、今はっきりした訳だ」
「・・・・確かにそうですね」
「この黄色いクマに感謝しないとな。思い出復旧の第一歩だよ」
「そんな大袈裟な」
「いや、感謝すべきだよ。ありがとうプーさんってね」おれは胸の前で十時を切り、両手を握り額にあてた。
端から見りゃバカみてぇな光景だな。イカン目立ってどうする。
さぁ行こうか。と矢口さんに声をかけ、再び駐車場に歩き出した。駐車場に着き、車に乗り込もうとしたときに、おれはある考えが浮かんだ。
「あ、矢口さん。ちょっと待っててくれる?ちょっとトイレ・・・」
「いいですよ」
「それじゃ乗って待っていて」
おれはすぐに駐車場から離れ、トイレへ行くフリをしてさっきの店へ急いだ。約15分ぐらい経っただろうか。
衝動的な行動とはいえ、どうなんだろう?
三十歳近い男がでかいクマのぬいぐるみを背負って、駐車場に戻る光景。
絶対に知り合いに見られたくない状況だなこりゃ。
ものすごいシュールな光景なんだろうな。車に近づくと矢口さんは、まだこちらに気づいていないのか下を向いていた。
おれは助手席のドアをノックし、彼女に自分が戻ってきたのを知らせ、
後部座席にプーさんを座らせた。「どうしたんですか?それ」
「あぁ、買ってきたんだ」
「なんで・・・」
「んー、おれの勘かな。なんとなくあったほうがいいと思ったから」
「・・・・・私のためですか」
「そうだね。・・・・あれ、気に入らなかった?」
「・・・・・」
「まぁ、君の記憶・・・じゃなかった思い出を思いださせたものだし、
近くにあればもっと何か思いだすかなと。
あと入院中のボディガードも兼ねてね」
「え?」
「だって、おれがずっと一緒にいれる訳じゃないからね。
だから、俺が居ないときのボディガードをコイツにまかせようと思ってさ」
それじゃ行こうかとおれはゆっくりと車を出した。車内には沈黙が続いていた。
別に気まずい訳じゃないが、何となくおれから話しかける気がなかった。
特になにがあったからとか、プーさんが問題でもない。
ちょっと過去のことを思い出していたからだった。「・・・・あの」矢口さんが沈黙を破るように話しかけてきた。
「ん?」
「ちょっと聞いてもいいですか?」
「あぁ、別に構わないよ」おれはその言葉で現実に意識を戻した。
「・・・なんで木島さんはそんなに優しいんですか?」
「そうかな?」
「そうですよ。普通の人じゃあり得ないぐらい」
「そんなことないでしょ」
「いいえ。だって私なんかに何でこんなに色々してくれるんですか?
普通だったら不法侵入の記憶喪失なんて警察につきだすでしょ?
でも木島さんは必要な物まで買ってくれて、私の記憶まで気にしてくれて、
警察や事務所に連絡しないでって言ったらしないし、
私が暗かったら笑わせてくれる」
「・・・・・」
「何でそんなに優しいんですか?」「・・・アレだよ、木島家の家訓を守って」
「ウソです。そんな、今時家訓なんて何時代の人なんですか」
「・・・・・」
「何でなんですか?ホントのこと言ってくださいよ。
そうじゃないと私は・・・・何を信じていいか分からないです」おれは正直困った。正直に言うべきなのか、それともウソで固めるべきか。
別に本当のことをいってもいいが、彼女にそれを言ってしまっていいのか?
信号待ちで車を止めたとき、矢口さんの方を見る。
彼女はまっすぐおれの目を見ていた。
その瞳は純粋でまるで真実の鏡のように思えた。「・・・負い目を感じているからかな」
「負い目ですか?」
「昔にね、人を助けてやれなかったんだ。
おれがもっとしっかりしていれば、なんとかなったのかなって」「まぁ理由を付けるならそんなとこだね、でも勘違いして欲しくないな。
おれはそんな理由なんて無くてもやっぱり君を助けたよ」
「え?」
「ここまでは仕事があったら無理だけど、似たようなことはしたと思うな。
誰であれ自分に関わった人には何かするよ」
「・・・・・」「それにね、前にも言ったけど今のおれには時間が欲しかったんだ。
リセットするまでの時間がね。だから需要と供給が一致した感じかな。
でも、何でこんなこと聞くの?おれって怪しいかな」
「いえ、そんなことないです」
「そっか。それならおれを信用してくれないか。
とにかくおれが出来ることはしてあげるから。矢口さんは心配しないでよ」
「・・・・・わかりました」ふう、何とか信用はたもてたかな?
「よし、それじゃ改めてよろしくね」
「よろしくお願いします。・・・って変な会話ですね」
「そういえばそうだな、結構長い時間一緒にいるのにね」「ふふふ、でも安心しましたよ本当に。木島さんに出会えて」
「え?」
「だって本当に変な人だったら、どうなってたか分かんないじゃないですか」
「そりゃそうだな。君は運がいいよー 、こんないい男に優しくして貰えてるんだ。
ホストクラブでも行かないと、なかなか無いことだよ」
「えぇ、ホントに」
「だろー、ってツッコミ入れてくれよ。
自分でいい男なんて無茶苦茶ハズいこと言ってんだから」
「あっ、ボケてたんですか。分かんなかったですよ」しまったな、ボケがわかんなかったかな。
おれはバツが悪そうにおでこを掻いた。「ねぇ、何で木島さんはすぐに笑わせようとするんですか?」
「え?・・・そうだなぁ、やっぱ女の子は笑ってナンボでしょ。
女の子の暗い顔はやっぱ見たくないよ。まぁセクシーな顔はいいけどね」
「はぁ」
「男はみんなそうじゃないかな?やっぱり女の笑顔の為に男は生きてるんだよ」
「そうなんですか?」
「さぁ?」
「『さぁ?』って、ウソっすか?」
「だって人のことなんか分からないよ。ま、当たらずも遠からずだと思うけどね」
「ふーん。そうなんですかねぇ」
「ま、おれはみんなが笑顔でいてくれれば、それだけでOKなんだけど」
「みんなが?」
「そう、おれに関わった人全員がね。みんなでバカ話出来たほうがいいじゃん」
「たしかに楽しいのが一番ですよね」「ね?それに偉大なる昔の人が言っていたんだ。人生はギャグであると」
「ホントに?誰がですか」
「ターザン山本」
「はぁ?誰ですかそれ」
「元週間プロレス編集長」
「きゃはははは、週プロかよ!」ぬ、週プロ恐るべし。こんな若い子でも通じてやがる。